ゴロねこニャン吉奮闘記 5 (紫 李鳥)
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一目惚れ

 

 

 

 ♪今はもう秋~誰もいない海~

 

 浜辺で夕日を眺めながら歌を口ずさむニャン吉は、ちょっぴりおセンチになっていました。

 

 あ~あ~、なんだか寂しいな……。湘南までやって来たのに、爪楊枝くわえてたせいで、ヒーロー猫のそっくりさんにされた上に、恋人もゲットできなかった。

 

 そろそろ、慣れ親しんだ田園風景ののどかな村に帰って、おばちゃんたちの立ち話でも聞くか……。

 

 

 ニャン吉は夜明けと共に目を覚ますと、ピューマのようにしなやかに走り、国道134号沿いを戻りました。

 

 

 

 ねぐらにしようと、ニャン吉が神社の床下に入ると、先客が寝ていました。

 

 その後ろ姿は、ピンクの首輪をしたアメリカンショートヘアでした。

 

(なんでこんな日本のド田舎に、アメリカのしゃれた猫がいるんだ?)

 

「……あの」

 

 ニャン吉の声にアメリカンショートヘアが振り返りました。

 

 顔を見た途端、ニャン吉は目を丸くしました。

 

(わぁ~、目がクリッとしてかわいいな~♪)

 

 ニャン吉は一目惚れをしました。

 

「あら、ごめんなさい。あなたのお住まいでしたの?」

 

(日本語ペラペラじゃん)

 

「いや、家賃は払ってないんで、そうは言い切れないんですが、雨露をしのげるんでねぐらにしてました」

 

「わたくしも同居させていただけませんか?」

 

「えっ?こ、こんな所でよければ、ずーっといてください」

 

「わたくし、サクラと申します」

 

(めちゃくちゃ日本風の名前じゃん)

 

「わたくしはニャン吉と申します。自分でつけた名前ですが」

 

「ニャン吉さん、よろしくお願いします」

 

「あ、こちらこそ。……でも、どうしてこんな所に?」

 

「……話せば長くなるのですが、ペットとして飼われていたわたくしは、大人になると、好きでもない血統書付きと結婚させられ、子供をもうけました。生まれてきた子供には罪がないので、愛情をそそいで育てました。ところが、ブリーダーによって、子供と引き離されてしまったのです。あまりの悲しみに生きる望みを無くしたわたくしは、死ぬつもりで飼い主の家から逃げ出しました。死に場所を探しているうちに、気づいたらここに……」

 

 そう言って、サクラは目頭を押さえました。

 

「……そんなつらいことがあったんですか」

 

 サクラの身の上に同情したニャン吉も、目頭を押さえました。

 

「でも、ニャン吉さんにお会いできて、少し気が楽になりました。……優しそうだから」

 

「他に取り柄がないもんで」

 

「そんなこと。わたくしのクラシックタビー柄と違って、ニャン吉さんの白黒のパンダ柄はとてもステキですわ」

 

 

 

 

 

(いつも白黒のずんぐりむっくりの雑種って言われてる俺らのことを、ステキだとよ。……もしかして、恋が生まれるか?)



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旅立ち

 

 

 

 サクラとの生活は楽しかった。

 

 俺が盗んできた魚をおいしそうに食べてくれるし、俺のつまらない話を笑顔で聴いてくれる。

 

 そんな楽しい生活が数日続いたときだった。

 

 夕食を物色するために林道に沿った草むらを歩いていると、チャリに乗った二人のおばさんが立ち話をしていた。

 

「奥さん、お昼のニュース、観ました?」

 

「え、観たわよ。ピンクの首輪をした高級猫のニュースでしょ?」

 

(もしかして、サクラのことか?)

 

「そう。見つけた人には、懸賞金100万ですって」

 

(100万?)

 

「スゴいわね。よほど、大金持ちのペットだったんでしょうね」

 

「そうでしょうね。じゃなきゃ、100万なんて大金出せないでしょう」

 

「そうよね。どこにいるのかしら。サクラだっけ?名前」

 

(……やっぱりだ)

 

「この辺にいないかしら。見つけて、100万ほしいわ」

 

「私も」

 

 

 

 ニャン吉は道を戻ると、サクラの元に急ぎました。

 

 

 

 毛繕いをしているサクラに、耳にしたことを伝えました。

 

「……どうしよう。あの家には帰りたくない」

 

 サクラは震えていました。

 

「きみが帰りたくないなら話は早いよ。ここにいたら危険だ。どこか、場所を変えよう。俺らに任せるかい?」

 

「ええ、ニャン吉さんにお任せします」

 

 サクラがクリッとした目で見つめました。

 

「じゃ、まず、首輪を外そう。目立ちすぎる」

 

「でも、どうやって」

 

「うむ……」

 

 グッドアイデアが浮かばないニャン吉は、腕組みをすると首を傾げました。

 

 ところが、あることに気づきました。

 

 首輪をよく見ると、革製ではなく、柔らかいリネン素材だったのです。

 

 首の周りの毛をハゲさせないための飼い主の配慮でしょう。

 

 ニャン吉は、サクラに対する飼い主の深い愛情を感じました。

 

 しかし、「帰りたくない」と、はっきり言ったサクラの気持ちを、ニャン吉は尊重(そんちょう)することにしました。

 

 そして、サクラの首を傷つけないように、ゆっくりと首輪を噛みちぎりました。

 

「フー、外れたよ」

 

「ありがとう」

 

「では、旅に出発だ!」

 

「ええ」

 

 サクラがうれしそうにニャン吉を見つめました。

 

 

 

 日が暮れると、ニャン吉とサクラは山に向かって川沿いを行きました。

 

 登るにつれて人家の明かりが途絶(とだ)え、少し心細くなりましたが、サクラと一緒だと、ニャン吉はなんだか浮き浮き気分でした。

 

 サクラを守るためには、人が住んでいない山しかない。

 

 ニャン吉は、そう決断すると、この先の生き方を考えました。

 

 もう、人様の食べ物は盗めなくなる。カエルや昆虫、トカゲやネズミを獲って生活するしかない。

 

「大丈夫?」

 

 後ろをゆっくりとついてくるサクラに声をかけました。

 

「ええ。……大丈夫」

 

 家で飼われていた猫だから、それほど体力はないはずだ。それでも頑張ってついてくるサクラのことを、いとおしいとニャン吉は思いました。

 

 

 そして、しばらく登ると、小屋が見えました。

 

 こんな所に人は住んでないはずだ。

 

 ニャン吉はそう思いながら、抜き足差し足で小屋に近づきました。

 

 するとそれは、使われていない古い炭焼き小屋でした。

 

 ここなら、雨や風をしのげる。



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家族

 

 

 炭焼き小屋を住まいに決めると、近くにある渓流で喉をうるおしました。

 

「あ~、冷たくておいしいわ」

 

 生き返ったようなサクラの声がしました。

 

「あー、うまい」

 

 ニャン吉も生き返った思いでした。

 

 

 

 

 そして、サクラとの新たな生活が始まりました。

 

 その夜、ニャン吉は思いきって求婚しました。

 

「お、俺と、……結婚してくれるかい?」

 

 ニャン吉は、少し緊張気味でした。

 

「……こんなわたくしでよければ」

 

 サクラは()じらうようにうつむきました。

 

「俺には勿体ないきみだけど、好きだという気持ちは隠せない。地位も名誉も財産もない俺だけど、……それでもいいかい?」

 

「ええ。ニャン吉さんの優しさだけで十分ですわ。……わたくしも、好きだという気持ちは隠せません」

 

(やったー!相思相愛じゃん)

 

「お嬢様育ちのきみに苦労をかけるかもしれない。それでもいいかい?」

 

「ええ。幸せはお金では買えないもの」

 

(サクラは、いいこと言うな)

 

「俺は親の顔も知らない。飼われたこともない。根っからの野良だ。きみに贅沢(ぜいたく)をさせてあげられない。それでもいいかい?」

 

「わたくしは贅沢な生活がイヤでした。貧しくてもいい、温もりのある生活がしたいと思っていました。ニャン吉さんに出会えて、……幸せです」

 

(サクラ……。泣けてくるぜ)

 

「あした、結婚式を挙げよう」

 

「ええ」

 

 サクラがクリッとした目で見つめました

 

 

 翌朝、ニャン吉は小屋の近くに咲いていた赤い花をくわえて戻ると、サクラの耳元に添えました。

 

「……キレイだ」

 

「……ありがとう」

 

 そして、二人だけの結婚式を挙げました。

 

 互いに寄り添い、頬を寄せ、そして、キスをしました。

 

 なんの取り柄もない俺と結婚してくれたサクラを、大切にしようと、ニャン吉は心に決めました。

 

 

 

 

 夕食のためのハンティングに出掛けたニャン吉は、トカゲやバッタをくわえて戻りました。

 

 おいしそうに食べてくれるサクラを見て、ニャン吉は幸せだと思いました。

 

 最高級のキャットフードしか食べたことがないであろうサクラが、俺が獲ってきたその辺のものをおいしそうに食べてくれる。

 

 ニャン吉は、サクラをいじらしいと思いました。

 

 

 そんな生活が2ヶ月ほど、続いたときでした。

 

 サクラが出産したのです。

 

 男の子と女の子の双子でした。

 

「ニャーニャー」

 

 鳴く子供に母乳を与えるサクラは、まさに肝っ玉母さんです。

 

 “母は強し”という言葉がぴったりでした。

 

 女の子はクラシックタビー柄で、男の子は白黒のパンダ柄です。

 

 自分にそっくりな子供を見て、ニャン吉は男泣きしました。

 

 うれしかったのです。幸せだったのです。

 

 

 

 

 家族ができたことが……



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