雀野さんはドスケベビッチ (モブガサ)
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ながされて青藍島

ぬきたし二次流行って♡



 夕暮れに染まる閑散とした教室で一組の男女が対峙していた。

 男はいかにも粗野で、野暮ったく、下品。ニタニタと笑い、興奮で鼻息が荒く目は獣欲で満たされている。雄が何を求めているのか、誰の目にも明らかだ。

 時計の刻む規則的な運針音が支配する箱庭に少女の凛とした、それでいて親しみある声が響く。

 

「そんなに見つめられると、(オレ)も聊か気恥ずかしくなるのだが」

 

「そりゃあ眺めるだろうよ……今からたっぷり味わう身体なんだからなぁ……!」

 

 男の熱ある声を意にも介さずフゥと息を吐き、呆れたように男の傍から離れ窓へと身を寄せた。

 下から上へ。視線がねっとりと移動していく。眼前の獲物は絶世という表現に決して言葉敗けしない美少女であった。

 夏服から伸びる手足はスラリと長く、女性の象徴とも言える双胸は見事な程に実っている。

 鍛えているのか腰がきゅっと引き締まっていて、それが女性らしい肢体をより強調していた。

 落陽に染まる街並みに感じ入ったか。薄い唇が柔らかな曲線を描き、形良い鋭い双眸はどこか楽しげで。

 腰まで伸びる絹のような濡羽色の髪が、窓から流れ込んでくる風によってふわりと広がる。

 

 

 少女は名残惜しそうに一瞥したのち、窓を閉め、カーテンにて光を遮る。

 こうして世界は完全に二人だけのものとなった。

 

「散々焦らせやがって……! お、俺の身体なしじゃ生きられなくしてやる……!」

 

「ふふ──さぁ、始めようか」

 

 乙女の小さな口から誘惑の言霊が紡がれる。清純と淫蕩のオーラ。二律背反する属性を内包する魔性を垣間見て、青年は息を呑み込んだ。

 宝石のような空色の瞳と、性欲の瞳が交わったその刹那。

 

 

 

 ────男は、理性を失い獣となった。

 

 

 

「孕めオラアアアア!」

 

「言うのが早いわアアア!」

 

「ぐえ──────────っ!」

 

 

 

「よし、今日も処女を守り抜いたぞ」

 

 可愛らしくガッツポーズを決めて、後始末を終えたあと保健室のベッドへ男を運んだ。

 

 雀野(すずの) 薙帆(ちほ)水乃月(みのつき)学園A等部(高校生)2年生。

 セックスが日常と化した島、青藍(せいらん)島で一二を争うほどのビッチと持て囃されている少女である。

 性交経験は、ない。

 

 

 ◆

 

 

 数十年前からこの島には特別な条例が存在していた。

 名を、"ドスケベ条例"。

 アホみたいな名前のこの法を簡潔に表すのならばこんな感じだ。

 

 ──この島では誰とでも、いつでも、どこでもドスケベセックスを楽しめる。

 

 この条例に日本は沸き上がった。若者が次々と出ていき老人ばかりが取り残されていたこの島は、ドスケベ条例のおかげで観光客数が鰻登り。急速に発展を遂げ、大量の移住者の存在もあってあっという間に若返りを果たした。

 その復活劇の裏には一人の政治家の辣腕と、血の滲むような努力があったらしいのだがそこまで詳しくは知らない。

 ドスケベ条例が存在する青藍島生まれの子供たちにとって、性行為とは日常的なもの。そういった価値観を育んで成長していく。

 当然私の通っている水乃月学園の生徒たちは皆セックスを愉しみ、快楽を享受しているのだ。

 左を向けば──

 

「突かれるたびにあらゆる方向からマ〇コいじめられてるぅ♡ う、上ぇ♡ また上ぇ♡ 今度は下ぁ♡ 下ぁ♡ 次はひだりでみぎ……あぁあん♡気持ちよすぎてもうわかりません♡」 

 

「視力検査やってんじゃねぇんだぞ! わからなかったので一段繰り上がり更に穴が大きくなりますガバガバマ〇コで孕めオラ!」

 

 

「性の風紀を乱す行為は許しまオホォォ♡」

 

「そのおっぱいで風紀を守るのは無理でしょ! デカ乳と一緒に風紀委員特有のクソ雑魚ケツマ〇コを後ろから同時責めしてやるよ孕めオラ!」

 

 どこもかしこも孕めオラ。

 一応言っておくと島民の女性全員が妊活時以外、常にピルを服用しているため孕むことはまずない。誰が言いだしたんだろう。何故この言葉が青藍島の伝統になっているのだろう。

 右を向けば──

 

 

「HRMORAAAA!」

 

「…………!」

 

 えぇ……。

 精巧なドラゴンの着ぐるみを身にまとった男がこれまた精好な車の着ぐるみ女子と性交している。

 これが三次元のドラゴンカーセックス……! なんという圧倒的存在感。

 相方が沈黙しているのは技術向上に伴うハイブリッド車特有の静音化を表現しているのか、無機物の鉄塊に過ぎない車が声を出すはずがないというリアリティに即しているのだろうか。判断に迷うところである。

 性の乱れる青藍島とはよくいったもの。そこいらで行われるセックスもハイレベルだ。

 そんな光景を尻目に廊下を歩いているとコソコソと噂話が耳に入って来る。耳が良いのがそれなりの自慢だけど今は塞ぎたい気分です。

 

「聞いたか? 雀野さんの話。またヤった相手の記憶を飛ばしたらしいぜ」

 

怪物的(モンスター)マ〇コの異名は健在か。くぅ~! ビッチさに磨きがかかってまたエロくなってやがる……!」

 

「この前はSSの"妖刀ムラハメ"先輩もマン堕ちしたと聞くぞ」

 

「マジで!? あの百戦チン魔の"妖刀ムラハメ"先輩が!?」

 

「憧れちゃうなー。毎日膣トレやってるけど追いつける気がしないよ」

 

 バトル漫画で初登場した有名キャラのように私のことを噂している。同性の別人の話だと思い込みたいが現実そんなにスイーツじゃない。

 私まだセックスエアプなのに、処女なのに。

 これも全てお父さんのせいなのだ。

 

 

『薙帆。お前おじいちゃんのとこに行け。転入の手続き諸々全て終わらせておいたから安心しろ』

 

『え?』

 

『あー。そうだ肝心なこと言い忘れてた。我が娘 雀野 薙帆よ。高校卒業までの間、青藍島で処女を守り通すこと。是、静乱流免許皆伝における最終試験の課題とする。……返事は?』

 

『う、うっす! ……え?』

 

『よーし良い返事だ愛してるぜ~おやすみ~』

 

『ええー!?』

 

 こうして私は次の日青藍島に送り込まれた。あまりにも展開が早すぎる。

 というか青藍島出身じゃなくても今のご時世、既に経験済みの子が多いと思うんだ。私のこと最初から処女だと決めつけてるの酷くない? 事実だけども。

 それはともかく。私の父は静乱流という、一子相伝の殺人拳の伝承者である。一昔前の世紀末系漫画みたいな話だが事実なのでしょうがない。

 雀野家に生まれた男子は、皆例外なく呪いを浴びて生を受けるという。それを打破すべく誕生したのが静乱流の起こり。実際父も祖父も呪われていて、凄絶な鍛錬の末に克服したそうだ。不謹慎だけど一族総出で呪いに立ち向かうなんて、私の家系、正直とっても格好良い……!

 

 大昔はその技を活かして暗殺稼業を営み、数多の命を奪ってきたらしい。もっとも時代も移り変わったことでお爺ちゃんの代からは要人警護が主な仕事になったそうで。

 お父さんは今表舞台にあまり姿を現さない、とある大物政治家の護衛に当たっているとかなんとか。

 ちなみに名前の通りこの島発祥、この島由来の拳法名だ。父の実家でもある。私は今お爺ちゃんの家に住まわせてもらっているのです。

 

 普段仕事のない日は幼い私に家事を任せてずっとグータラしてるだけのお父さん。夜中ふと目が覚めた時、庭で演武をしている父の後ろ姿を見た。

 ──綺麗だった。

 あんな風になりたいと。私は一瞬で武術に魅せられてしまったのだ。私は勢いのまま庭に飛び出してお父さんに教えてくれと頼み込んだ。

 お父さんの困ったような、嬉しそうななんとも言えない表情を私は一生忘れないだろう。

 父は自分の代で静乱流を終わらせるつもりいたらしく、当初は私に教えるつもりがなかった。だけれど私は結構頑固者のきらいがある、らしい。家にいる間、四六時中付き纏って二年近く頼み込み続けてたら父は折れた。

 それから流派を継ぐかは置いておいて、ひとまず私は稽古をつけてもらった。

 辛い修行も必死に耐えた。女の子の私にとっては猶更地獄の日々だったが辛抱した。

 飄々とした父は修行に関しては大変厳格だった。いつも限界ギリギリまで追い込まれ、心臓が止まる度に静乱流心臓マッサージで蘇生させられた。

 私には天稟があったようで、お父さんはスポンジのように技を吸収していく娘の姿を見て内心とても喜んでいたとか。それで次第に育成熱が上がっていたとか。

 でももう少しこう何というか手心というか……。

 

 まぁ中々にバイオレンスな日常だったが、それでも愛されていたという自覚はある。あるのだが。

 

 それにしたって大事な一人娘を青藍島に送り付けるとはどういうことよ。

 今度会った時は半殺しに……はちょっと可哀想だから、ビンタした後に高級ディナーを奢ってもらうのだ、うん。

 

 閑話休題。

 青藍島で、ある年齢を超えた人間はセックスを求められたら基本的に応じなければならない。それは条例にも書かれており、正当な理由もなく断れば立派な条例違反となってしまうのだ。

 まず私は一人称を(オレ)にして痛い子を装って水ノ月学園転入デビューを果たし、人を遠ざけようとした。だが男の子の性欲はそんなものでは止まらなかった。

 そこで私は代々伝わる秘伝の一つ。側頭部を両手で抑え込み、記憶を司る海馬へ絶妙に加減した"気"と"振動"を与え、対象の記憶を抹消するという奥義で密室に誘い込んだ男子を次々と葬ってきた。

 射精していないと不自然すぎるため私は常にオナホとローションを携帯し、超振動させたオナホで射精させてその場を凌いできたのである。最初はおっかなびっくりで顔を真っ赤にしていたが繰り返しやっていれば嫌でも耐性はつく。機械的に処理できるようになり、最近はワンスイングのみで射精させる技を身に着け、効率化にも成功し早く家に帰れるようになった。

 

 おかしいなぁ。私や友達に襲い掛かる悪漢を瞬殺して見知らぬ老子に『伝説と謳われたあの絶技をお目にかかれるとはのう』と見抜かれ周囲に凄い凄いと持ち上げられるのが理想の静乱流初お披露目だったのに。

 どうして私はファンタジーに片足突っ込んだ武術を死ぬ思いで習得しておいてやってることがオナホコキなんだろう。冷静に考えたら泣きたくなってきた。

 

 そんなこんなで誤魔化しているうちに、気が付けばこんな噂が立っていた。

 

 ────セックスしたらその間の記憶が吹っ飛ぶ。究極の膣穴を持つ学生が存在する、と。

 

 決して大きくない、閉鎖された島なので噂はあっという間に広まり、私を誘ったことまでは記憶のある男子全員がそれを真実と認めた。

 それに加えて噂に尾ひれが付きまくり

『雀野薙帆は本土の男に食べ飽きて青藍島にやって来た現代のアマゾネス』

 というのが今では青藍島民の共通認識になってるらしい。どういうことなの……

 いつの間にか私は変態ドスケベビッチアマゾネスの称号を手に入れていましたとさ。ちくしょう。

 悪口にしか聞こえないがそこはこのドスケベ島。ビッチとは最高級の誉め言葉であり羨望の対象なのだ。

 訂正することも叶わず。また処女であることがバレたら条例違反者として本当にえらいことになってしまうので、私は島中のみんなを騙してる罪悪感に苛まれながらも保身のために必死になって約半年を大胆に、コソコソと生きてきたのであった。

 

 

 

 さて、授業も無事終了したことだし、とっととこの性の魔窟から出ていくのが吉。今日は金曜日だから、土日は家に引きこもってだらだら漫画が読めるのだ。

 頑張って身に着けた気配遮断術があれば通学路など基本的に問題なし。

 問題なのはこの逃げ場所の少ない閉鎖空間と──。

 

「あら、雀野さん。今から帰り?」

 

 ゲ──ッ。

 お手洗いからやべーお人が現れてしまった。彼女の名前は片桐(かたぎり) 奈々瀬(ななせ)

 濃く彩られたメイクに染められた金髪。胸元を大きく開いた制服がより彼女の煽情的な魅力を引き立てている。泣きぼくろが印象的な美人さんだ。

 一言で言えばギャル。

 

「今日は先約があるのでな。早々に帰らねば殿方に申し訳が立たん。貴女もか?」

 

 いや、ギャルビッチ。

 

 そう、ギャル"ビッチ"なのだ──! 

 

「そうなのよ。童貞チ〇ポ500人切りが見えてきたところでね。今日も予約がいっぱいいっぱいで大変なんですけどー」

 

 ホラいきなり桁違いのワードが出てきましたよ。

 この通り私のようなペテン師似非ビッチとは棲むステージが違う歴戦の真正ビッチだ。

『学園の男子生徒はみな彼女の穴兄弟』『72時間耐久セックス成功者』『放課後は常に50人待ち』等々、彼女を語る上で外せない伝説的エピソードは数知れず。

 身体から発せられるエロオーラが違う。女としての格の違いに息が詰まりそうになる。

 

 私はこちらに引っ越してきてからアダルトビデオや同人CG集、エロゲ等でそれなりに勉強し、島中の至る所で行われているドスケベバトルを観察して知識を蓄えてはいるが、百シコは一姦にしかずという青藍島生まれの諺もある。彼女と日常会話(エロトーク)の一つでもすればボロが出るのは必至。

 一応言っておくと私は必要に迫られてしょうがなくエロ漫画を買ったりしてるだけだから。私はエロに全然、全く、興味がないのだ。はい。

 

 移動方向は全く同じ。校門へと向かいつつ唯一共通の趣味である料理の話題で凌ぐしかない。そう考えていると正面からクラスメイトがトタトタと走り寄って来た。

 この展開は……まずい! 

 

「あー、龍虎ビッチが揃ってる! 珍しー」

 

 滝登りできない鯉と虎を一緒にしないでほしい。

 それと龍虎ビッチってもうちょっとこう……あるでしょ! 格好いいのが! 

 

「ねぇねぇお願い! 手コキのコツ、教えてもらえるかな? 最近手コキカラオケのバイト始めたんだけど店長に生ヌルヌルいって叱られちゃって。 アクメ将軍にザ・マンと呼び声の高い二人に是非教えてもらいたいなー」

 

 あだ名が増えてる……それ絶対マンの後にコが付く奴じゃん……。

 しかし私はこの手の質問を何度も尋ねられている。既に対策はバッチリだ。

 

「ふ。指導する立場というものは相応の"格"が必要だと我は考えている。我はこの島に来て僅か半年。まだまだ浅学故に、な。すまない」

 

「もー御謙遜をー! 東京で散々暴れまわってたクセにー! 勉強とかいつも面倒見てくれるけど、ほんとセックスに関してはストイックというか、求棒者だよね!」

 

 性欲溢れる性行為に対して禁欲的とはこれ如何に。だが思った以上に簡単に引き下がってくれた。やっぱり堂々と自信を持ってお断りするのが正解だね。

 

「我の代わりと言ってはなんだが片桐、何かアドバイスしてやってくれないか? なぜだか我達は同列扱いされがちだが、我などまだまだ貴女には遠く及ばんよ。それに片桐は長年この島にいると聞く。ベテランの域に達した貴女なら、あの噂に名高い"膣ハメ回転菊一文字"と同等の熟練手コキ技を持っているのは想像に難くないからな」

 

 よーしパス成功。これで私は安全圏。しかしどうしたことか、セックスに関しては他の追随を許さないあの片桐さんが少々慌てている様子。自分で言っておいてなんだがそもそも膣ハメ回転菊一文字って何なんだろう。

 

「え、えぇ!? えーと私もC等部(小学生)低学年で一度島から出て行って、B等部(中学生)3年の頃にまた戻って来ただけだから長年いたってわけじゃないのよ? うーん……」

 

 足を止めて熟考し始めてしまった。……そうだ、片桐さんは面倒見のいい姉御肌気質な好人物である。引っ越し直後、右も左もわからない私に水ノ月学園を案内してくれたのも彼女。

 

 この長考もそれだけ深く手コキについてを考えてくれているのだろう。

 クッ、これ以上話を振られないようにと適当に話題を振ったただけの自分が恥ずかしくなってくる。お詫びに今度売店のコンドームアイスでもあげよう。凄く似合いそうだし。

 暫くして、重々しく彼女の唇が開いた。

 

「うーん……さ、最終的には相手のチ〇ポを射精させてあげたいっていう優しさが大切になってくるのよねぇー」

 

 レベル1の私にももう少し理解できるように説明してほしい。 

 そう、まるで耳年増な未通女(おぼこ)の背伸びトークにしか聞こえないが、相手はあの片桐 奈々瀬だ。そんな浅い発言でないことなど百も承知。

 学園最強ビッチの熟慮の末に捻り出された啓示には、必ずなにか裏がある。深い意味がある。

 ここで片桐テクを学んでおけばいつか似たような話を振られた時に役に立つことがあるはず、私は勤勉。決してムッツリなわけではない。

 最終的に……射精する寸前は優しい愛撫へと切り替える……? 悪魔のように細心に、天使のように大胆に、みたいなことを彼女は言いたいのだろうか? 

 ……くそう、さっぱりわからない。やはり実戦経験皆無のクソ雑魚女子では彼女の助言から言葉以上の意味を見出せなかった。無念。

 

 質問者の女の子を何気なく見てみると。

 

「……なるほど……そういうことかー!」

 

 凄まじいスピードでメモ帳に書き綴ってる……。

 え? あの一言でどんだけ情報量得てるの。もう三枚も捲ってるし滅茶苦茶気になる。

 

「す、少し見せてもらってもい」

 

 

「──雀野ォ!」

 

 私の小さな好奇心は野太い声によって遮られた。

 

 声の主は昨日の男の子だ。顔を真っ赤にしてプルプルと激しく震えている。前傾姿勢になっているから今彼はフル勃起状態なんだろう。

 

「もう一回、俺とセックスしろォ……! 今度こそお前を俺のモンにしてやる……!」

 

「……すまない、片桐にも言ったが今日は約束があってな」

 

 む。

 最近、私に声を掛けてきた人はなぜだか暫く誰も近寄ってこないのだが珍しいこともあるものだ。

 それにお爺ちゃんのマッサージだから別に嘘は言ってない。

 

「は、はぁあん♡」

 

 私の声を聴いた途端彼が突然喘ぎ声を放ち始めた。なにゆえ!? 

 

「クソッ俺は屈しねェ! 体はお前に屈していても心だけは思い通りにさせねェぞ……!」

 

 男子はまるで私に調教されたみたいな態度を取っている。エロゲでいうなら半堕ち状態だ。全く記憶にございません。

 相手が女の子なら一番美味しい時期なのだが男がそれやるって誰得よ。私にそういうS系の趣味はない。

 こうなれば昨日と同じ状況に持ち込んで速やかに射精させて帰宅せねば。ここでウダウダやってると、急いでるならこの場で公開セックスしろという流れになりかねない。

 

「仕方がないな。あの特別教室で相手をしようじゃないか」

 

「お、おう……そ、それでいいんだよそれで……」

 

「話の途中ですまないな、二人とも。それでは、また来週」

 

 二人に微笑みかけ、そのまま男の子へと視線を戻した。

 するとどうしたことか。失礼な言い方ではあるがまるで薬物中毒者のように痙攣していて、食い縛っているのか肉食系男子の相貌は大きく歪み、より朱くなっている。

 これは何かやばいことでも起こっているんじゃないだろうか。保健室に連れて行った方がいいのかな。

 もし我を忘れて文字通り私に襲い掛かってくるのであれば迎撃も視野に入れなきゃいけない。セックス絡みの暴力的行為は青藍島におけるタブーの一つになっている。ここで抵抗をしても咎める者は誰もいないだろう。怪我をさせないように、上手く手加減をしなきゃ。

 

 ゾンビのような足取りで男が一歩、また一歩と私に近づいた。

 

 私は肉食動物じみた相手を警戒させないように、慈愛に満ちた雰囲気(があってほしい)の笑顔で、男と視線を合わせた。

 

 その瞬間。

 

「ウック! ッウアアア射精()るゥゥゥ♡」

 

「え?」

 

 情けない絶叫と共に、男の子は膝から崩れ落ちる。所謂アヘ顔でそのまま白目を剥いて気絶した。きたない。

 ズボン内側から染みが広がっていき、すぐさまあの匂いが込み上げてきて、何が出たのかハッキリと悟った。うお大量だな……。

 

「す、凄い……!」

 

 クラスメイトの子が何やらキラキラしたような目で私のことを見つめている。

 え? 何が? 

 玄関口の近くだからか、困惑している内に沢山のギャラリーが詰め寄って来ていた。

 まるで私が何かしでかしたような雰囲気に包まれている。これはいったい。

 

「この前やったエロゲに眼力で対象をイかせる、という主人公がいたが……まさか!」

 

 まさかじゃない。そんな頭がおかしそうなエロゲの主人公と一緒にしないでほしい。

 

「いや違う! ニコッと微笑んだだけでチ〇ポが暴発した……あれは"ニコポ"! 伝説と謳われたあの絶技をお目にかかれるとはのう。長イきはするもんじゃわい」

 

 世のハーレム系オリ主に失礼だと思う。あとそこのお爺ちゃん教師は私の理想をぶち壊さないでほしい……! 

 

「馬鹿な……そんな技僕のデータにないぞ!?」

 

 あってたまるか!! 

 データ系男子君が口を閉じた途端、周囲にいた男女が感極まったのかセックスを開始し余った男性観客は拍手をしてシコり始めた。なるほどこれがスタンディングマスターベーション。

 彼らの奇行もだいたいわかってきた辺り大分私もこの島に馴染んできているようだ。全然うれしくないけど。

 

「す、凄いわねー、雀野さんは。やっぱ本物の人は次元が違うのだわ……

 

 周囲の喧騒で最後の方が聞き取れなかったが、片桐さんがちょっとドン引きしてることはわかった。

 違う、私じゃない。凄いのは勝手に射精できた彼であって私じゃない。

 だけど困惑していたら怪しまれるので、さも私は最初からソレを狙っていたかのように、優雅な微笑みを絶やさぬままその場を立ち去っていったのであった。

 

 

 帰宅してから私はまたしょーもない噂が広まるんだろうなと、マッサージ終了後に枕に顔を埋めて足をバタつかせていた。

 確かにここはほぼ全ての男性が敵、常在戦場の心得を身に着けるには絶好の環境。お父さんがこの場所を最終試験の課題に選んだのもあながち変な話じゃないのかもしれない。

 ボケーッと枕に突っ伏してたら、ポケットから電子音が鳴り響いた。

 連絡主は、タイミングが良いというべきか父だった。

 

「はい、もしもし」

 

『よーよー元気にしてたかー? 悪いな、半年間まともに連絡取れなくて』

 

「なんでしょうか、お父さん」

 

『おいおいそう冷たい言い方しないでくれよ母ちゃんっぽい。お父さんどうしても言いたいことがあってなぁ……』

 

 青藍島送りを今更になって後悔し出したのだろうか。返答次第ではビンタ抜きにしてあげよう、第一声が謝罪の言葉だったら花丸だ。

 高級ディナーからファミレスまでランクダウンすることも吝かではない。

 さぁどう出てくるマイファーザー。

 

 

『お前本当に青藍島行ったのかよ馬鹿正直だなー! 文句の一つでも言ってくれれば別の課題を用意したのにハッハッハ。それにお前は母さんと似てチ〇ポに弱そうだから心配d』

 

 バキリと。

 勢い余ってスマホを粉砕してしまった。

 こっちがドスケベアイランドにいるからって下ネタ全開できやがって……! 私を産んで亡くなったお母さんの数少ない情報がチ〇ポに弱いって。そんな話聞きとうなかった……! 

 もうあったまきた。水ノ月学園卒業したら親父に静乱流電気あんまをお見舞いしてやるのだ。けど一応心配してくれてはいるみたいだし……いやいや私はそんなことで気を許すようなチョロインじゃない。心を鬼にせねば。

 

 A等部(高校)卒業まで残り約2年。こうなったら意地でも生き残ってやる。

 免許皆伝のためでもあるが、やはり私も女の子。島の人たちの価値観を否定するつもりはないけれど、初めては大好きな人と一緒がいい。

 それにしてもどうしようかなこのスマホ……。

 

 

 ◆

 

 

 週が明けて月曜日、転校生がやって来た。

 

「えーと……橘淳之介と言います。東京から転校してきました」

 

 名前を聞いて、偶然ってあるものだなぁとしみじみ感じた。

 

「昔この島に住んでいましたが、小さかったのでほとんど覚えていません。なので青藍島ビギナー同然です。趣味はパソコン関係で、モノを作ったりとか……あとは筋トレなどです」

 

「……よろしくお願いします」

 

 男の子が頭を下げる。クラスメイトは気のいい子ばかりで、予想通り歓迎の拍手が教室全体に響き渡った。うーん何だろうこのデジャビュめいた感覚は。

 

「はーい、みんな静かにねぇ~~。えーと席は……橘君、あの今手を振ってる美人の子の隣に座ってね。必要な教科書は全部机の上に載っているから」

 

 実は金曜日の時点で私の隣に机が運び込まれていたから、転入生の話は最初から知っていた。

 担任の先生の言葉にコクンと頷き、少年が近づいてくる。こんな初々しい男の子も数日もしたら青藍島に馴染んでドスケベセックスを楽しむようになるんだろうなぁ。

 でも彼はこの島にやって来て日が浅い。不安は沢山あるだろう。情けは人の為ならず。片桐さんに良くしてもらったように、困っていたら私も彼の手助けをしてやらねば。

 しかし、あの顔どこかで……。

 

「……雀野さん?」

 

「え」

 

 何故私のことを知っているんだろうこの転入生くんは。もしや私の勇名という名の嘘の塊が本土にまで轟いてしまっているのか? それは流石にないないと内心苦笑する。

 私の隣まで近寄ってきていた男の子と目が合った。

 な、なんなのその信じられないものを見たという驚愕の瞳は! 

 

 ……

 

 脳内検索開始。

 

 橘 淳之介

 同級生

 そこそこイケメン

 ガッチリした体型

 趣味はパソコン

 メガネ

 

 ピコーン、と。該当者アリのメッセージと同時にエマージェンシーコールが頭の中で駆け巡る。

 

 

「ひ、久しぶりだね、だな橘くん……息災だったか?」

 

 

 

 東京に住んでた頃のクラスメイトだった。

 しにたい。 

 

 




雀野 薙帆
→雀(じゃく)→弱(じゃく) 弱野 薙帆→よわいのチンポが由来。
マゾ気質なムッツリドスケベだが本人は否定的。ヒロインの影響を受けやすい淳之介は雀野さんとくっついた場合鬼畜プレイでもイけるようになる。
√によっては特定の条件を満たすと卒業後マニラへ飛び立つ手嶋エンドも。

雀野家の呪いとは遅漏のこと。雀野さんはもっとシリアスな呪いだと思い込んでいる。
筋肉の一本一本を収縮・弛緩させそれを超高速で繰り返すことで肉体を振動させ破壊力を上げる、それが静乱流の基本。挿入前、自慰行為の際に手をバイブ化させることによって刺激を与え短期間でオーガズムに達することを可能とした。
極まった静乱流継承者男子はチ〇ポすらバイブ化でき、中には疑似的なマジカルチ〇ポへ昇華させる者も。
遅漏克服した初代がハッスルし、子供を沢山作りすぎたせいで食うに困って暗殺稼業に手を出し始めそれが一族の伝統となっていった。

雀野さんはオナホを超振動させ、ワンスイングで射精させていたのだが、その瞬間的快楽負荷はあまりにも壮絶。
気絶していても、記憶を失ってもその快楽は身体が覚えている。男の子は雀野さんに近づいたせいで、無意識下で味わった快感がフラッシュバックしてああなった。要するにニコポは雀野さんのせい。
ちなみに同じ技を生の手コキ状態でそのまま使用するとチ〇ポは爆裂する。

物語終盤になるとオナホコキ経験者が大量に増え覇王色の覇気状態に。
その光景を目の当たりにした人々の証言を元に、やがて雀野さんは神話へと至る。
後年、雀野さんの妨害空しく青藍島の入り口に淫魔の像が建築された。
その際『ぜひポージングは我が魔王と同じ変身ポーズで』と早口で頼み込むアナル弱そうな女性がいたとかなんとか。


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橘くんナズェオキテルンディス!!

『橘くんには、妹さんがいるんだよね』

 

『あぁっう、うん』

 

 放課後の教室で、少女が不意に語り掛けてきた。俺達の学校では授業後、日直が教室を簡易的に清掃することが決まりになっている。

 俺は、はっきり言って彼女の容姿がどちゃくそ好みである。物静かで白百合を思わせる、清楚で儚げな、思わず守ってあげたくなるような人だった。そんな彼女と二人きりの状況になれば舞い上がらないはずもなく。

 緊張していたせいかつい素っ頓狂な声を上げてしまい、そんな俺を彼女はクスクスと口元を隠して上品に小さく笑った。

 

『入学式のとき見かけたんだ。迷子になって困っていた妹さんを、必死になって探していたあなたを』

 

 実際は方向音痴の俺自身が妹の麻沙音(あさね)ちゃんとはぐれて迷子になり、ただがむしゃらになってあちこち走り回っていただけなのだが。

 それを口にするのは、男としてあまりにも恥ずかしかった。

 

 それでね、と前置きを彼女は入れて。

 瞬きで俺の視界が暗転したほんの一瞬。気が付けば5mは離れていた筈の彼女が目の前にいて。

 あっという間に、俺の手を優しく握っていた。

 

『──格好良かったよ、橘くん』

 

 彼女の花咲くような笑顔を見て。

 

 

 俺は。

 

 

 人生二度目の恋をした。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 4時限目終了を知らせるチャイムが鳴り、ひと段落。

 私は自分のクラスで一人ポツンと座っていた。

 先の授業は移動教室で私だけがいち早く戻ってきただけなのだが、ほぼ確実にクラスメイトたちは暫く誰も戻ってこないことだろう。

 理由は至ってシンプル。そう、セックスのためだ。

 性欲>食欲である彼らは昼食も食べずに、空いたお昼休憩時間のほぼ全てを性行為に費やす。ラスト10分くらいで全員が大慌てでクラスに戻り、急いで昼食を掻っ込んでいくのである。中には栄養補給ゼリー(中身はほぼほぼ青藍島産精力剤)を飲みながらセックスに勤しむ者も。

 水ノ月は授業の合間合間に5分しか休憩時間がないから、基本的にセックスするタイミングがない。午前中ずっとお預けを食らい続けるとはいえあまりに貪欲すぎやしませんかね。

 

 この学園、一部の授業内容はともかく教育に力を入れており、生徒たちもまた勉学に精を出している。下ネタじゃないよ。

 特に禁止されていないはずだけど、普段勉強している空間でまでセックスをやりたいとは思わないんだろうか。特に、お昼休憩の間は廊下や体育館など各々好きな場所に散開するので誰も近寄ろうとしない。

 必然的に教室は穴場となって、私は安心して昼食を食べられるのだ。性欲と食欲を絡める一部の特殊性癖生徒と遭遇するのは好ましくない。申し訳ないが食ザー文化はNGです。

 

「いただきまー」

 

 お弁当箱を用意し手を合わせたところで、無情にも扉の向こうから気配を感じてしまった。 

 ちいっ、今日はだし巻き卵がとっても綺麗に巻けたから早く自画自賛したかったのに間の悪い。

 おのれなにやつ。

 

「……あれ? 雀野さんだけ?」

 

 橘くんだった。

 男子生徒たちと仲良く話し込んでいたので、てっきり彼らに連れられ絶賛青藍島デビューしているかと思ったが。いや、教室で昼食をとろうとするのは転入生の彼にとって至極当然の話だった。

 

「みな出払っているよ。ただ、もう少しすれば彼らも廊下に……そら、噂をすればというやつだ」

 

 今回私たちの授業は通常の5分ほど前に終わって解散になった。ちょうど今、隣の教室も授業が終了したのだろう。

 終わった終わった~と伸びをしながら歩く生徒たち。よくある光景だ。

 橘くんの後ろを生徒たちが次々と通り抜け──廊下で交尾を開始する。よくある光景だ

 

「!?」

 

 シンとしていた廊下が瞬く間にピストン運動音、フェラ音、喘ぎ声に染まり橘くんは固まった。

 扉の向かいつまり彼の真正面に、コスプレをした一組の男女が現れる。

 

「──チンポをカリ奪る、えぐい形をしてるでしょ?」

 

 目元に69(シックスナイン)とペイントしている死神装束女子が袴をたくし上げた途端、橘くんは思い切り扉を閉めた。彼には刺激が強すぎたんだろう。ふっ初心なやつめ。私にも覚えがある。

 

「……え、えーと……! 購買があるって聞いたんだけど、どこにあるかな? 弁当を持ってきてないんだ」

 

 暫し硬直した後、間を置いて再起動した橘くん。話題を変えるためなのか、早口気味で話を切り出してきた。

 橘 淳之介くん。彼とはあまり話したことがなかったけど、とても妹さん想いのお兄ちゃんだってことは知っている。兄妹一緒にこの島にやって来たんだろうか。両親の転勤に付いてきたから、というのが大抵の転入理由。気になったけど軽はずみに質問をするのはやめておいた。

 ──その大抵の理由に当てはまらなかった場合、高確率で誰にも触れられたくない地雷を踏むからだ。

 

 

 午前中、周囲の男子やクラスの風紀委員ちゃんが彼を逐次サポートしていて、私の出る幕は皆無だった。

 性欲をいつでも発散できる環境だからか、本当に良い人ばっかりなんだよねこの島。私が青藍島を嫌いになれない理由の一つでもある。

 

 それに比べて私はどうだ。

 口調や東京にいた頃の話を掘り下げられたくないあまり、橘くんに話しかけられたら困るなぁなどと心の中で少なからず考えていた自分がいる。

 片桐さんのように彼をフォローしたいと思っていたのに、彼が元クラスメイトと知った途端掌を返すとは何事か。恥を知れ雀野 薙帆。

 開き直るんだ雀野 薙帆。橘 淳之介以外に私を知るものは誰もいない。

 東京の高校にいた頃の私は、猫を被っていただけなのさ……という体でいくんだ。本来の喋り方はこうなんだと振る舞えば、なんとかなる気がしてきた。

 

 

「よし、我が案内しよう。もし貴方さえよければお昼も一緒にいかがかな? これも何かの縁だ。これからも仲良くしてもらえると我は嬉しい」

 

「え? (オレ)?」

 

 何言ってんだこいつみたいな顔やめて。

 その反応、やはりダメージが大きい……! 

 何故私は男避けが出来なかった時点で即喋り方を修正しなかったのか。今ではもうこっちが自然体になってるし。多分ロールプレイ気分で楽しかったんだろうな。完全に自業自得です。

 

「……でも今から食べようとしてたみたいだし迷惑じゃないか?」

 

「なに、我は一人より二人で食べた方が美味しく頂けるたちでね。普段は悪友と食事を共にしているのだが、今日はあいにく欠席でな。我のためと思って……どうかな?」

 

 なんでも冷蔵庫を夜中漁っていたら、奥底に隠されていた賞味期限が10年以上過ぎてる缶詰を発見して、一口食べてこいつはいける! と確信してその場で完食し今朝お腹を下したそうだ。何やってんだろうあの子は。

 ……後でお見舞いに行かなきゃ。下校する頃には復活してドカ食いしてそうだけど。

 

「じゃあ……よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げた橘くんを引き連れて、善は急げと私は扉を勢い良く開けた。

 

 

「なん……だとぅ♡ 私の卍解がメダリオホォン♡に奪われるぅ! 歴史に名を刻まれた隊長格まんこを無防備凌辱されたらどうやって戦えばいいのぉ♡」

 

「お前のは卍解じゃなくてマン開だろうが! 俺の圧倒的霊圧で瞬歩が如くイかせてやるよ! 神聖滅棒(ハイリッヒ・ペニス)で孕めオラ!」

 

 先程までイキっていた死神系女子が滅却師(クインシー)系男子によってあっさりとチン敗けしていた。女子側にあと何回か増援が来なければ逆転は不可能のようだ。知ってる作品のネタと遭遇するのはちょっと嬉しいかも。

 

「なんて圧倒的なバトル展開だ……こんな情報(ダーテン)僕の所には来てないぞ……!」

 

 この前見かけたデータ系男子くんがまた何やらメモに書き殴っている。果たしてその情報は必要なんだろうか。

 道なりに進んでいくと、やはりというべきか見馴れた影が。クラスメイト同士で仲良くセックスをしている集団を発見した。

 

「お、雀野か。良かったらお前も一本ひっかけていかないかー?」

 

 そんな、ちょっと居酒屋に寄って行かない? みたいな。

 

「誘ってくれて感謝する。しかし、今は橘くんにこの学園を案内しているところでね」

 

 案内するのは購買だけど、それだけだと場所を教え次第すぐここに戻ってきて『ご注文頂きましたーのど越し(に)生一本挿入(はい)りまーす!』というイラマチオプレイを勧められそうなのでここは少し大袈裟に。

 

「あぁそういうことか……さすがだな雀野は」

 

「あちゃー……もう橘君愛液付けられちゃってたか。雀野さんなら仕方ないわね」

 

 なんでしょうその含みのある言い回しは。感心したような面構えは。羨ましそうな目は。たぶん愛液は唾だよね。と思っていたら気のいいクラスメイトが駅弁状態で女の子を抱えながら耳打ちしに近づいてきた。シュールすぎる。

 

「あれだろ? 二人きりで校舎案内した後は我のマ〇コあぁん♡内、所謂『最高に高めたエモいフィールで最強の快楽を手に入れてやるぜ作戦』だろ?」

 

 私の行動は全て下半身に直結しているとでもみんな思っているんだろうか。思っているんだろうな……。

 一方、橘くんの方に射精してひと段落ついた男子たちが駆け寄って、何やらヒソヒソと話している。

 耳を澄ませば。

 

「橘。無理だと思うが……! お前だけはあの子とのセックスを忘れないでやってくれ……!」

 

「俺達は……駄目だったんだ……!」

 

 私は誰からも忘れられていくセカイ系泣きゲのヒロインかなにかだろうか。

 でも原因が私にある分、感極まって男泣きされるととても心苦しい……! 

 

 

 ……聞かなかったことにしよう。

 橘くんの突き刺さる視線も無視して更に廊下を進み、学園に備え付けられているエレベーターへ到着した。

 ふと思い出したけど橘くん、東京にいた頃も私のことをこんな風にじっと見つめていた気がする。と、当時私がなにか粗相をしてしまっていたのだろうか……。不安になってきた。

 

「購買部は一階のエレベーターの目の前にあるんだ。おっと、丁度我たちの階に留まっているようだし乗ってみようか」

 

 扉が開いて、小さな箱に乗り込む私と橘くん。

 その後を追うように、ゴテゴテした赤い……パワードスーツだろうか? 所々金の入った、ロボットのようなメカメカしい機械鎧を着込んだ男子と、星条旗をモチーフにしたであろう一昔前の古風なデザイン、青いピチピチスーツを着た女子が一緒にやって来た。大きな盾も装備している。

 名前は知らないけど、海外のヒーロー映画でこんなビジュアルの人を見たことがある。

 

 他に誰もいないようなので、レッツラゴー、ボタンを押してエレベーターが始動する。

 狭い空間に四人、半分は制服で半分はコスプレ衣装と異様な光景である。

 

 おもむろに少女が手を壁に突き、メカ男子がチャックを開けた。

 あ、そこは布だったんだと驚いている場合ではない。

 この流れはもしかしないでも。

 

「枝分かれ細長蛇チンポに前と後ろを同時に責められて……これが本当の入りゅ・ヒドラァ(小声)♡」

 

「ナノテク技術で構成された近未来チンポの味はどうだ子宮降りてくるなら今のうちだぞアメリカのケツを抑えられながら3000回孕めオラ!」

 

 こっちがエレベーターから降りたいよ! 外部を通るクリスタルエレベーターならガラスを割ってでも飛び降りたい気分である。

 まぁ所詮は学園校舎。私たち二年生がいるのは3階なので1階などすぐに到着する。

 扉が開き開ボタンを押してる間に、二人組が軽く会釈して先に降りた。あっどうも。

 

 

「雀野さんここ訴えられたりしてない?」

 

 真顔で聞かないでよ橘くん。

 

 

「貴様らぁ!」

 

 女性の砲声が飛び込んできた。二人組は驚いているのかピタリと動きを止める。

 規則正しい靴音が聞こえ、直後私たちの眼前を凛とした少女が通り過ぎた。

 再び、少女の怒声が校舎に響き渡る。

 

「視界不明瞭なコスプレ着用中での移動セックスは危険だといつも言っているだろう! 直ちに中止して壁際へ移動し立ちバックの状態で再開しろ!」

 

 ハーイと力のない返事をしてトボトボと壁に寄り掛かる二人組を尻目に、私は一学年上の先輩へご挨拶した。

 

「いつもお疲れ様です、(れい)先輩」

 

 青藍島では特別な奨学制度が存在している。なんと返済義務のない奨学金で、それ目当てでやってくる学生も少なくない。

 SHOと呼ばれる、青藍島を管理している組織から資金は提供されており、支援を受ける代わりに彼らのお手伝い、更には風紀委員──通称SS──として、学園の健やかなドスケベ性活を守るための治安維持活動を行っているのだ。

 糺川(ただすがわ) (れい)先輩。彼女はその風紀委員長で、事実上のSSナンバー2だ。SSの特殊制服は青藍島でのセックスの象徴とも言うべきか、かなり露出度の高い服装。胸部に至っては乳首を隠す程度の僅かな布切れしかない。

 格好いい、クールビューティな彼女が卑猥な服を身に纏っているのは何というか。この前、後学のためにやった催眠抜きゲーの常識変換で痴女コスを普通の制服だと思い込んでるシチュを想起させられる。とってもインモラルな光景だ。

 

「ああ雀野か。知っての通り二カ月前のイベント、シルビュルビュルウォーで彼らは仲違いしていたんだがな。この前のED(インポ)ゲームで再び共闘して以降、痴漢エレベータープレイにすっかりハマってしまったようだ。私はそっちのネタをあまり詳しくないんだが……」

 

 そんなイベントがあったこと自体知らないんだけど……

 

「あ、見てみろ雀野! あっちならお前も知っているだろう!?」

 

 普段はとても厳格な人なのだが、確か青藍島に引っ越してきて数カ月が経過した頃の話だったか。

 山間部をジョギングしていたらいい感じの滝を見つけたので私は人生初の滝行にチャレンジしていたところで、溺れている子供たちを発見した。彼女の弟とその友人が保護者に黙って川遊びをしていたら、突然流れが強くなったらしい。

 なんとか彼らを救出したことがきっかけで、私に対する礼先輩の対応が比較的優しくなったのである。彼女は二人いる弟妹の保護者同然らしい。深く事情を尋ねることなどできないが、とても苦労をなさっていることだけは何となくわかる。

 

 そして、この前オナホ技を習得した私が調子に乗って人前で『貴方は一手で詰む……』と指を上げて格好つけてた次の日以降だったか。周囲に誰もいない状況で会うと時折テンションMAXで話しかけてくるようになった。

 あのセリフがなにか彼女の琴線に触れてしまったのだろうか。

 

 彼女が指差す方角にはまたもやコスプレ男子……って今日は多いなぁ。

 フェラしてしゃがんでいる女子生徒の股下へ、男子生徒は滑るように移動する。不気味な姿の装束だけあってなんというかヒーロー物に出てくる怪人っぽい。

 地面と平行にスライディング滑走した怪人が、そのまま挿入を開始した。

 

「おほぉ♡」

 

「ゼサギデギス リントド ジャス ザベボ ダギブヅバ ゲゲル ザバ。ゴゼバ ガダラ ミンブ ン ズヅ・ヂンボ・ジャ ザ! ギベ!」*1

 

 ここでは人の言葉で話して。

 礼先輩めっちゃ得意技な顔で頷いてるけど何言ってるかわかっているのだろうか。すごい。

 よくわからないジャンルだけど、とりあえず肯定しておこう。

 

「いいですよね……」

 

「ああ、クウガいい……」

 

 クウガというのか。適当に相槌打つような真似をした手前、あとでネットで調べて見てみよう。知ったかぶりは原作ファンをとても苛立たせるものだしね。

 そうこう会話しているうちに、橘くんは既に購買へ突入していたみたいだ、抜け目がない。食料を無事確保できたようで少しずつ私に近づいて来ていた。それでは、と礼先輩に頭を下げたら引き止められてしまった。

 

「待て! よくないなぁ、そういうのはぁ……男女が揃っているのにも関わらず、性産的行為に励まないってのは……どうかなぁ?」

 

 ねっとりと語り掛けてくる礼先輩。

 なんだろう、本気で咎めるつもりで言ってるわけでない。そこはかとなく言ってみたかった感。まるで数少ない同士を発見してついつい早口で話しかけてくるオタク特有のアレのような。これも先のクウガという作品のネタなんだろうか。

 かくかくしかじか。

 

「なるほどフィール作戦か。分かった、行ってよし」

 

 校舎案内の一言で伝わってしまった……。橘くんも合流したので素面に戻ったのかドライな対応。

 

 

 

「やっほー! もしかしなくてもフィールだよね!?」

 

 この島って実は島民の脳みそにチップが埋め込まれていて無意識のうちに情報共有を行っているSFディストピア物の舞台かなにかじゃないんだろうか。

 

 帰り道はエレベーターではなく、階段を昇っていこうと提案した。

 道沿いには体育館に続く連絡通路がある。お昼から体育の授業もあるし予め説明しておいても彼にとって損はないだろう。

 こっちの通路は遠回りになるが。玄関口に最も近い表ルートの階段より比較的人通りが少ないため話しかけられる機会もあまりなく、結果的に早く校門へ到着できるのだ。急がば回れとはよく言ったもの。

 なのだが、運悪く昨日手コキテクを訪ねてきた元気っ子と遭遇してしまった。

 

「ちょっとこっち来て……」

 

 一体なんなんでしょうか? 超絶技巧のセックスか、それともお笑いセックス鑑賞でもしようというのか。……ちょっぴり気になる。

 

 橘くんを引き連れて、着いた先は保健室。

 中に入ってももぬけの殻、人の気配は皆無。

 

「ほら、今は保健室に誰もいないんだよ!」 

 

 うん。

 

「珍しいよねー! 保健室セックスって人気あるのに!」

 

 うん。

 

「私が入口を見張っているから、一対一で安心して童貞卒業させてあげてね!」

 

 え。

 

 突然の出来事に思考停止していた私の虚を突きあっという間に扉の向こう側に移動してしまった。

 扉の窓から少女の後ろ姿が見える。本当に監視しているようで、規則的に左右へ首を振っていた。かわいい。

 

 うーむどうしようかなこの状況。橘くんが困惑している。勿論私も困惑している。

 まだ二人とも食事をしていないのは事実だし、腹が減ってはイク竿できぬと言えばこの場は脱出できそうだが──

 

 あっ、と。思わず声が出そうになった。時折見かけた女の子たちの羨むような表情が一体何を意味していたのか。今になって漸く理解できた。

 

 

 ────そうか、橘くんは童貞なんだ。

 

 

 すっかりそのことを失念していた。

 この島の女子は肉食系ばかり。彼女たちにとっては青藍島にやって来た男子の初物チ〇ポを戴くことが一番の御馳走と言っても過言ではない、らしい。更になんとなくで童貞か童貞じゃないかを見分けることができるそうだ。

 みんなして私をアマゾネス扱いしてるけど島民ほぼ全員がアマゾネス要素をデフォルトで装備してませんかね? 

 

 それはともかく、こちらの諺で言えば据えチン喰わぬは女の恥垢という奴で。童貞チ〇ポを自由に出来るシチュエーションを手にしておいてあっさり手放すという行為はこの島の一般人にとって有り得ない、信じがたい所業なのだ。

 私は不本意なことに滅茶苦茶目立っている。女の子の負の感情、爆発力というのは恐ろしいもの。きっかけさえあればアンチが急増し、揚げ足を取るために監視の目が沸く可能性は否定できない。

 

 ──橘くんには悪いが、童貞はこの場で捨ててしまったと思い込んでもらおう。恐らく放課後になれば橘くんは今の混乱した顔のまま、この学園の女子たちに囲まれて強制的にハメさせられる。転入生の多いこの学園では、そんな光景を僅か半年だけで山ほど見てきた。

 それよりはここで卒業したと周囲に思わせた方が、橘くんも気軽に本当の初セックスを楽しめるんじゃないだろうか。初日で女子たちに輪姦されトラウマになった男の子もいたとかなんとか聞いたことあるし……いや、これは私にとって都合のいい言い訳に過ぎないな。

 

 ごめんなさいと心の中で呟きながら静乱流独自の歩法で、橘くんに反応する時間を与えず私は一気に距離を詰める。橘くんはポカンとした表情のまま私の接近を許してしまった。

 そのままクラスメイトの視界に映らない角度に設置されたベッドへと橘くんを押し倒す。腕力には結構自信があるんですよ。力が入らなくなるツボもバッチリ抑えているので抵抗は無意味だ。

 ……わっやっぱり橘くんは結構筋肉あるなぁいいなぁ。男の子の筋肉って言うまでもなくスケベだよね。

 

「え? え?」

 

「──さぁ、始めようか」

 

 

 

 崩れ去る橘くんを見て、私は一息ついた。口で説明するのは難しいけど、なんというか普段より気の巡りが遅く感じたのだ。初めての感覚だったが上手くいったのは間違いない……はず。

 さて、オナホで抜いたら気つけして目覚めさせて、ちゃちゃっと一緒に教室へ戻ろう。記憶を失ってる間に、挿入してすぐ射精()ちゃったことにすれば問題ない。

 島民のほとんどは膣トレを行っており、その締まりの強さに我慢できず転入生は同じように即イキするのがお約束。よくあることなので橘くんの尊厳も守られるはず。

 

 隠し持っていたオナホと個包装の使い捨てローションを取り出そうとした瞬間。

 

 

「きゃああああああああ♡」

 

 

「なっ──」

 

 クラスメイトの悲鳴が、保健室にまで轟き渡った。禍々しい圧力が扉越しからでもはっきりと伝わってくる。総身に活を入れ、血を巡らせ即座に臨戦態勢を整える。

 

 現れたのは、長槍を持った巨漢だった。一応注釈しておくと長槍チ〇ポを隠そうとしない丸裸男性、というわけではなく本当に武器としての槍を抱えていた。

 

「あの娘はどうした? 返答次第によってはただでは済まさんぞ」

 

呵々(カカッ)、そう急くな小娘。あ奴はそこでノビているだけよ。俺が欲するのはお主の首級、ただそれのみ」

 

 子宮でなく首級とな。穏やかではない。

 SSの制服着てるからウチの生徒なんだろうけど彫り深いし笑い方も凄いしこの人本当に同世代? 

 

「こんな華奢な女を捕まえて中々物騒な話をするものだな?」

 

「呵々、戯言を。正中線が一切揺るがぬ立ち振る舞いを見れば一目瞭然。お主の強さも推察できなければ、武人として生きる価値もなし」

 

「俺はSS一番隊が精鋭、ストライクフォースにひと月前配属された者よ。今日は挨拶代わりにとやって来ただけなのだがな」

 

 殺傷性能を限りなく落とすためか、刃先を潰した槍を中段に構え、肩幅より大きく、ワイドスタンスでどっしりと足腰を深く落としている。

 あれは確か管槍。文字通り柄に管が取り付けられていて、管を左手で抑え、右手で押し出すことで柄が管の中を滑るように移動する。要はピストン運動のような動きでシコシコと……って今はシリアスな場面だった。これにより通常の槍を遥かに凌ぐ速度での刺突を可能とする武器だ。更に手元で捩れを加えることによって円運動のような軌道を生み、相手を撹乱し圧倒する流派もあると聞く。

 

「──お主の闘気に当てられて気が変わった。悪いが少しばかり遊んでもらおうか」

 

 あまりにも一方的に、矢継ぎ早に語り掛けてくる野武士面のおっさん学生。

 SSメンバーは暴徒鎮圧ないし治安維持のため、ゴム弾を装填したライオットガンを各自装備しており、更には軍隊さながらの訓練で格闘術も修めている。一応ここ日本ですよね……? 

 個人戦で負ける気はないが、彼らは後方からの的確な指示を受け集団で襲い掛かってくる。数の暴力とは恐ろしいもの。絶対に敵には回したくない相手だ。

 一番隊はその中でも特殊。各々が得意な得物を装備し、一人一人が他の部隊員とは隔絶した強さを誇るとか。一番隊のトップはまさに別次元。私も勝てるかどうかわからない。他の隊で馴染めなかった子が集まってくる問題児収容所のような役割もあるそうで、みんな頭悪い言うこと効かないで扱いづらいと以前彼女が愚痴ってたっけ。この人も扱い辛そうだ。

 

 だが、──なるほど、確かに強い。筋肉達磨のようでいて無駄な肉は徹底的に削ぎ落とされている。正に戦うためのフォルムに仕上げていることが制服越しでもよくわかる。写真撮らせてもらえないかな。付き合ってもない男の子にそんなことを頼むのはちょっとはしたないし本当にお願いするつもりもないけど。

 

「強者との交わりこそ至上の悦楽よ。いざ──」

 

 でも。

 一言いいたい。

 

 来る場所間違えてません? 

 

 

 

 

 

 

 

「孕ませ御免ェェェェン!」

 

 すみません合ってました。交わりってそーいう。

 

 

 一々槍を振るうたびにシコォ! シコォ! と掛け声の五月蠅かったヤリオさん(仮称)を制圧し速攻で抜いてベッドに寝かせ、カーテンを閉めていない子扱いに。橘くんが気が付かなければいいけど。

 クラスメイトの様子を見に行ったらアヘ顔Wピースのまま気絶したまま立っていた。器用ですね。彼はあっちの槍も強かったんだろうか。

 

 さてと。騒ぎにならないよう、暴力沙汰にならないよう、怪我をしないさせないためかなり気を遣ってたから完全に意識外となっていたけれど、そろそろ肝心の橘くんをどうにかしなきゃね。男の子はいつも勃起してるものだけど気絶していればその限りではない。まだあれから5分と経過していない、萎えてしまわない内にとっとと抜かねば。彼もお腹ペコペコなはず。

 

 ……視線の先には、ムクリと起き上がる橘くんの姿があった。

 

 

 えーっ! 

 

 やばいよやばいよ初めての状況だよ。あまりにも復帰が早すぎる。

 あの技は脳への負担が僅かながらあるし短いスパンで使うのはご法度だ。記憶を抹消できない以上、これ以上彼に対して手出しできない。

 

 ……こうなったら一か八か、"アレ"を使うしかあるまい! 

 

 

「フフ……貴方の初めて、確かに頂いた。ご馳走様でした」

 

「……?」

 

 再び理解不能といった表情を見せる橘くんだが、そんなものは想定内の反応。

 これは心理学で言うハロー効果。普通の人が語れば誰も信じない胡散臭い話でも、権威ある教授や医者が同じ内容を話せばその権威に自然と引きずられ肯定的に受け取ってもらえる、というものだ。催眠ゲーで知った。

 

 彼は授業合間の休憩時間や一部の授業、加えて先ほどの廊下。ありとあらゆる場所で私の噂を耳にしている。挿入すれば記憶を失ってしまう、変態ドスケベビッチだと。

 そう、彼が私のことを学園トップクラスの淫乱女と認識する環境は既に完成されているのだ! 全然嬉しくないしそれが私の首を締め上げているんだけど。 

 

「記憶がなく実感も湧かないだろうが、中々の射精っぷりだったよ。思わず我も丹念に掃除してしまった」

 

 人は思い込みで、ありもしない火傷を負ってしまう生き物だ。実際に射精してなくとも、その痕跡が残っていなくとも、頂点を争うビッチアマゾネスにこうも堂々と言われれば橘くんも納得せざるを得まい。時間が経つにつれて、あの時俺は本当に射精してたんだなという確信に変わっていく。

 私の奥義によって保健室入室前後の記憶がスッポリ抜け落ちていることもまた、私の嘘を力強く後押しする。ありもしない虚構は橘くんの中で事実へと姿を変えるのだ。

 

 私の言葉に、橘くんは

 

「……そうなんだ……」

 

 と小さく呟いた。よしセーフ。声色には当然懐疑的な感情も少し含まれているが、その問題も時間が解決してくれることだろう。

 

 極々稀に、数千万に一人という割合で、特別頑丈な人は脳まで力が及ばず記憶消去が上手くいかないという、ケースがあると父から聞いたことを唐突に思い出したが。

 ……いやいや、ないない。そこまで運が悪いなんてことは流石にないでしょ。

 

 一年以内に青藍島だけを破壊する隕石がピンポイントで落下してくるレベルのあり得ない話だ、うん。

 

 

 そしてお昼ご飯は特に滞りもなく無事に完食できた。

 橘くんは筋トレが趣味と言ってたが確かに、なかなかどうして筋トレマニアだ。

 筋肉は努力の積み重ねによって形成される。コツコツと努力していることが一目でわかるから、私は好きだな。

 ウェイトトレーニングそのものはあまりしないが私も鍛錬を積んでいる身。筋肉について……というより身体を痛めつける行為については一家言ある。

 二人で盛り上がって、人生初の男友達ができた。

 今でこそ肉体を維持するために最低限の修行しかせずアニメ漫画を読み漁っているだけの日もあるが、本土にいた頃は小中高とずっと修行第一主義でお友達が全くいなかった。橘くんは人生で通算二人目のお友達だ。

 

 テンション上がって何を言ったかも朧気だけど、変なこと言ってないよね私。

 

 

 ◆

 

 

 やめてくれ、と俺は声にならない叫びを口にした。

 

 皆が言う。雀野さんは誰にでも股を開く最高のビッチだと。島の誇りだと。そんな人じゃない、と俺は否定した。だが島民は俺を諭す──常識のない子供を嗜めるように。

 

『雀野は東京にいた頃からヤリ慣れてたんだぜ? 本島じゃ往来でセックスもできないらしいから、学校じゃ大人しくしてただけなんだろ』

 

『セックスなしの窮屈な生活をしてる人たちがいるなんて、ちょっと信じられないよねー。私だったら息苦しさで喉に精液詰まって死んじゃいそう。雀野さんも本当は辛かったんじゃないかな』

 

 お前たちに雀野さんの何がわかる。彼女がそんなことをするはずがない。おかしいのはお前らの方だ。はっきりこう言ってやりたかったが、転校初日から敵意剥き出しで噛み付くのがいけないことぐらい俺だって理解している。できるだけオブラートに包んで反論した。

 

『雀野の友達ってわけでもなかったんだろ? 動揺するのはわかるけどお前も雀野の何が分かるんだよ』

 

 返す言葉が出てこなかった。彼女と会話をした回数は片手の指で足りる。あの人はクラスメイトに遊びを誘われても家の用事があるからといつも断りを入れていた。彼女が下校してから普段何をやっていたかなど、何一つ知らない。

 二学期が始まったと同時に、俺は夏休み中に雀野さんがどこかに引っ越したことを聞かされた。喪失感から本気で悔し抜きした。

 教室で彼女と再会した時は本当に嬉しかった、運命的とさえ思えた。反面この島の実態を目の当たりにしていくうちに、憂慮に堪えない自分がいた。

 青藍島ではセックスを求められれば応えなければならない。それは学生でも、雀野さんでも同じこと。

 今の彼女の口調は、本来の自分を曝け出しているといわんばかりの自信に満ち溢れているもので。

 もしかして。本当にそうなんじゃ、と俺の中の雀野 薙帆像は大きく揺らいでいた。

 

 島民の言葉を彼女自身が肯定するように、槍の名手のベルトを緩めズボンのファスナーを開いていく。

 やめてくれ。やめてくれ。口に出したいのに力が上手く入らない。

 雀野さんにされたがまま、仰向けの状態で俺はその光景を眺めていることしかできなかった。

 俺の混迷極まる心の内とは正反対に、雀野さんは淡々とズボンを露出させる。吐き気がこみ上げてくるのに、俺の視線は目の前の光景に釘付けとなっていた。

 そして彼女はどこからか、何かを取り出した。

 俺にとっては見慣れたものだが、それ故に疑問符で頭の中が埋め尽くされる。

 

 それは、一振りのオナホであった。

 

 正式名称オナニーホール。女性器である膣を模倣し、男性器を慰めるために作られたソレは一つの"芸術"と呼んでもいい。

 彼女自身がオナホを握っていた。右手に収まるシリコン製の筒は生物のように脈動して……いや、そのような生ぬるい言葉では済まされない。例えるなら肉食動物が飢えに喘いでいるような、そんな錯覚すら覚える。

 瓦割りをするかのように雀野さんは姿勢を正し深呼吸。先ほど見せつけられた武術のキレのように、その構えはあまりに洗練されていて思わず俺は息を呑み込んだ。

 

「──はぁっ!」

 

 ──鋭利で小さな掛け声と共に、蠢く人口筒を男の肉棒めがけ勢いよく振り下ろす。速すぎて、俺の目には雷が落ちたようにしか映らなかった。

 それでもオナホは見事肉棒のキャッチ成功にしたらしい。そして雀野さんが再び声を出すと自慰道具は更に勢いを増し、チ○ポを包み込んだまま手負いの獣のように獲物を喰い千切らんと暴れ狂っていた。

 ──あれは、やばい。俺はゾクリと身震いした。

 

 予想通りと言うべきか、僅か一回の抽迭。それだけで、男の全身は打ち震え呆気なく射精させられた。

 雀野さんは部屋に備え付けてあった水道の蛇口でオナホ洗浄し、テキパキと後始末をつけていく。

 麻痺していたかのような俺の身体はいつの間やら治っていたらしい。思わず勢い良く起き上がった瞬間に、片付け終えた少女と目が合った。

 僅かながら彼女は目を見開いたが、すぐに鳴りを潜め普段の穏やかな笑みを浮かべた雀野さんへと戻っていく。俺のベッドへとゆっくり近づいて、こう言い放った。

 

「フフ……貴方の初めて、確かに頂いた。ご馳走様でした」

 

 ……何を言ってるんだろう、この人は。

 保健室に突然閉じ込められて、押し倒されて。突然頭を押さえつけられたと思ったら気絶して。何やら騒がしいなと音に気付き目覚めたら彼女たちが凄まじい戦いを繰り広げていて。

 そして俺の時と同様に、頭を押さえつけた途端男は気絶。雀野さんが男を抜いて今に至る。

 

 いかん。全くもって意味が分からない。

 そのあともまるで本当に、雀野さんは俺とセックスしたかのように語り掛けてきた。

 

 

 昼食を終えた後も、気になって気になって授業を集中して受けられなかった。

 どうしても気になって放課後、彼女とセックスしたという他生徒に質問してみたが皆同じ反応。誰もがセックスしていると主張するが肝心の記憶はない。オナホについて言及しても知らぬ存ぜぬ。それは先の槍男も例外ではなかった。みな、嘘をついているようにはとても思えない。

 

 本当に記憶を忘れるほどの膣を持っていたとして、なぜあの男はセックスしていないのに関わらず記憶を失っていたのだろう。

 

 俺もセックスをしていないのに、なぜ彼女はそううそぶいていたのだろう。

 

 なぜ雀野さんは。なぜ雀野さんは。なぜ雀野さんは──

 

 答えが見つかるはずもなく、出口の見えない迷路を彷徨いただただ懊悩として時間は過ぎ去っていくのであった。

 

 

 

 

「雀野さんはビッチィ……雀野さんはビッチじゃないィ……!」

 

「……す、雀野さんはビッチ……す、雀野さんはビッチじゃないィィ……! うっ!!」

 

 

「雀野さんうおおおおおおお!」

 

 収まりがつかない俺のリビドーを、全力で特製オナホに叩きつけた。貫通式オナホールである構造上、挿入口の反対にも穴が開いており、その隙間から精液が弾丸のように射出される。大量の白濁液は俺の股間と天井を繋げる蜘蛛の糸と化していた。

 直後、蹴破るような勢いで真後ろにそびえるドアが開かれる。

 

「もうー用事があるならまずはノックしようっていつも言ってるだろー?」

 

「さっきからチュンチュンシコシコ雀野さん雀野さんうるさいんじゃい! ってうわきったな!」

 

「すまないなアサちゃん。これも愛故に……。全く、MIUHIKI_Aさんも花占いオナニーとは乙女チックな提案をする──!」

 

 アサちゃんの声で白濁糸が大きく揺れ、ブチリと切れてはそのままオナホの中へと落下する。そんな光景を白い目で見つめてる最愛の妹。

 

「乙女要素どこにあるんだよ……大体『ビッチじゃない』と抜くタイミング合わせてるだけで花占いですらないただのマッチンポンプだろうがこの処女厨童貞クソメガネ」

 

 眼鏡は関係ないだろうが……! それに童貞は大事な人に捧げるための大切な物なんだぞ童貞をマイナスの意味で使うのやめろ。

 

「グヌヌ……! まぁいい。とにかく俺は雀野さんがビッチじゃないと信じることにしたぞアサちゃん」

 

 射精したことで幾分か冷静になれた。彼女の真意はまるでわからない。

 でも。

 身勝手なエゴイズムであることは重々承知しているが、それでも俺は信じていたい。あの教室で会話したあの頃の彼女と何一つ変わっていないと。

 

 少なくとも、この目で真実を確かめるまでは。

 

「えー別にいいじゃんビッチで。雀野さんはドスケベビッチ~」

 

「……あれ? アサちゃんはギャル系が好みじゃなかったんだっけ」

 

「いやぁ私の中の至高の存在はギャルビッチである片桐 奈々瀬しゃんだけだけど雀野さんみたいな清楚な人が実は男を喰い漁ってる清純派ビッチというのもそれぞれの属性の魅力が引き立って所謂ギャップ萌えならぬギャップエロで非常に性欲を駆り立てられるためそれはそれで大変ありというかありがたいといいますかグヘヘヘ」

 

「めっちゃ早口で言ってそう」

 

 橘 麻沙音は女の子が好きだ。恋愛対象として。特にギャル、ビッチというものに目がない。

 ちなみに俺は彼女の言う通り、処女厨で純愛エロゲでしか興奮できずかわいそうなのは抜けない。

 一方アサちゃんはビッチ好きで陵辱鬼畜調教ゲー専でかわいそうなので抜ける。

 嗜好が見事に正反対な兄妹なのであった。

 

「あたしの勘じゃねぇ……ビッチかどうかはともかく雀野さんは絶対ムッツリだよ。抜きゲーの犯されヒロインに自己投影してオナってるタイプのドMでド変態なのさ……」

 

 なにいってだこいつ。

 

「適当なこと言っちゃめーでしょ。……あっそうだ。俺、雀野さんと友人になったぞ」

 

 今こいつ鼻で笑いやがった。

 

「笑わせてくれるねぇ……どうせ兄のことだから『これからも仲良くしてもらえるかな?』みたいな社交辞令を真に受けちゃったんだろうがよぉ……」

 

「いつもの俺ならそうだったかもしれんが……実は彼女も筋肉を愛する同士"マッスルメイト"のようでなぁ……!」

 

 俺の発言を真実だと悟ったのかニヤニヤ半笑いを浮かべ小馬鹿にしていた彼女は急に動きを止め、次第に目をぱちくりさせようになる。

 暫し沈黙したのち絞り出すように口を開いた。

 

「……え? マジで仲良くなったの?」

 

 うん、とドヤ顔で俺は頷く。

 

「ハァッ!? 何言ってくれちゃってんのあたしたち兄妹は一生友達いないことを桃尻で誓い合った仲じゃんかよぉこの裏切り者ぉ!」

 

 それを言うなら桃園の誓い。何が悲しくてそんな後ろ暗い誓いをしなきゃならんのだ。

 

「ふーん……あたしの中じゃ筋肉好きの女なんて禄な奴いないんだよねぇ……マトモな人種だったの?」

 

「んー」

 

 昼食時の会話の断片を少し思い出してみる。

 

『スクワット等で下半身を徹底的に追い込んだ次の日の日常生活の辛さがいつの日かクセになってしまっている自分がいる』

 

『わかる』

 

『痛みとはつまり、気持ちいいことだと我は思う』

 

『わかる……!』

 

『心臓が止まる程の負荷となるともはや絶頂物だな!』

 

『わか……りたい!』

 

 

 

「至って普通だったぞ」

 

「ほんとかよぉ……?」

 

 ……おかしいことは何一つ喋ってなかった、よな……? 最後の方なんてちょっと大袈裟に言ってただけだろうし……。

 

 

「ま、彼女のことはひとまず置いといてこれからの対策もちゃんと考えなきゃな」

 

「ここまでやべー島だとは思わなかったよ兄ぃ……」

 

 

 アサちゃんは女の子が好きだ。しかしこの島は同性愛者を、彼女を性産的な行為を行わない条例違反者として全面否定する。アサちゃんが男とセックスするなんて死んでも御免だということを、俺はよく理解している。

 俺も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が原因で、性行為そのものができない。

 俺たちは、訳あってこの島に来ざるを得なかった。この島以外にはもう居場所がなかったからだ。

 だが、この島においても俺達には居場所がない。

 俺たち兄妹は二人して、この島の根幹を為す"ドスケベ条例"に反する存在なのだから。

 

 オナホを洗い、アサちゃんと作戦会議を終え居間へ向かった。

 ピルの効果が安定するまでの2週間だけは、セックスを拒んでも問題ないとされている。それまでには、二人で学園を歩き回り、安全ルートを模索していかなければ。

 居間にはまだ引っ越しの荷物が山積みされている。その量に少し億劫になりつつも、俺は飾られた仏壇に線香をあげて手を合わせる。

 この島に着いてからの出来事を、心の中で報告しながら、俺は祈るようにゆっくりと目を閉じた。

 

 ────アサちゃんだけは守り切ってみせます。天国で見守っていてください。"父さん、母さん"。

 

*1
「フェラしているリントとヤるだけの退屈なゲームだな。おれは頭ピンクのズビュ・チンコ・ジャだ! イけ!」




主人公→友達がいなかったのであまり距離感が掴めず冒頭のような台詞をたまに言っては男女を勘違いさせていた

淳之介→常識人のように振る舞う非常識野郎。筋肉の話題、何かしらの非常事態が起きなければこの後特にイベントも発生せず卒業まで主人公に一度も話しかけられなかった可能性もある骨の髄まで童貞男

アサちゃん→雀野さんがビッチであることをロジカルに突き付けてやろうと思ってたけど面倒くさい反応を起こすのは目に見えてし今回は勘弁してやるよ兄ぃ

礼先輩→主人公を『騒がず多くを語らない大人のライダーオタ』としてああなりたいものだと密かに尊敬している。引っ越し背景を知ったら本気でキレそう


──次回、デブ襲来! ○○○嬢!


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デブ襲来!ミサキ嬢!

原作のマンコナイズワードと違っていましたらぜひご報告ください


 暗い、暗い、舗装されてない獣道を力強く踏みしめ駆け抜ける。

 鳥たちの囀りと、風に揺らされ生まれた枝木の囁き声が少女の耳をくすぐった。

 澄んだ空気が心地良いらしく、鼻歌混じり。不安定な足場を歯牙にもかけず、鋭い風切り音を出しながらも女は息ひとつ切らしていない。

 傾斜のある坂道を難なく登っていき、やがて少女は開けた場所にたどり着いた。俯きがちに歩を進め、やがて行き止まりの柵が視界に入るとピタリと足を止め手を前に伸ばす。

 やや古ぼけた転落防止柵を握りながら、少女は独り目を瞑った。強風に煽られ黒髪が舞い、くちゅんと可愛らしく音を出す。もう少し着込んでくればよかったと内心後悔していた。

 同じ姿勢のまま、約15分。今か今かと待ちわびていたその瞬間が、ようやく彼女に訪れる。

 

 ──瞼を刺激する熱に反応して、少女はゆっくりと瞳を開いた。

 

「わぁっ……!」

 

『お前は母親ゆずりの、俺の故郷と同じ目だな』

 

 昔、父が語った言葉を彼女は思い出した。

 雀野たちが住まう島は環状となったサンゴ礁によって囲まれている。それにより礁湖と呼ばれる、外海とは色合いの異なる美しい空のような海を眺めることが出来るのだ。

 

 水色の海と深い藍色をした海の境界線が明瞭とし、非常に綺麗だったことから。

 

 ──この島は、青藍島と呼ばれるようになった。

 

 ここは雀野が住む家近くに聳える山間部、その山頂。大海原を一望することができる最高の絶景スポットだ。

 色取り取りの珊瑚が。双海の織り成すグラデーションが。煌々と照り付ける太陽が。視界に映る総てが美しい。

 日の出に照らされた眺望は筆舌に尽くし難い。心の底から沸き上がる激情を抑えられず、感情は涙へと変換され少女の瞳からボロボロと溢れ出る。

 雀野は時を忘れ、涙を拭うこともなく唯々眺望し続けた。

 

 

 

 

「もし……」

 

 一体どれだけの時間が経過したのか定かではないが、太陽が昇り少女の昂りは漸く沈み始めた頃。

 不意に声を掛けられて、雀野はその場から距離を取った。魅入っていたとはいえ、音もなく気配もなくこれほどの接近を許すとはかなりの達人だと内心唸る。

 しかし、視線の先にいたのは雀野の一回り小さい線の細い子供だった。美しい白髪に着物を身に纏った、どこか神秘的な少女は静かに頭を下げる。

 

「驚かせてしまい……誠に……申し訳……ございません……」

 

 途切れ途切れに言の葉を紡ぎ、雀野へ歩み寄っては静かに手を差し出した。

 

「よろしければ……手巾で涙を……」

 

「しゅ……ああ、ハンカチか。すまない、感謝する」

 

 家族のお下がりであろう一、二世代前のレトロな絵柄だが生地はおろし立てと見紛うほどしっかりしていて、それだけで彼女の人柄が見えてくるというもの。これを受け取らないのは却って失礼だと、雀野は四角布を受け取り頬を拭った。

 洗濯し返却しようと考えたが、私の考えを見透かしたのか小さなかんばせが横に揺れる。感情をあまり匂わせない、ある種機械的な表情だが力強い意思をどことなく感じた雀野は再び礼を言って、彼女の手にハンカチを置いた。

 

「あの……」

 

 あまり会話に慣れていないのか、言うべきか悩んでいるのか、白き少女は二文字の言葉を呟いて沈黙する。雀野は当然、少女を待った。

 吹き荒ぶ風が鳴りを潜め、それが切欠となったのか。

 彼女は絞り出すように口を開いた。 

 

「あなたは……島のことを……どう……お思いでしょうか……?」

 

 

 その質問に、雀野は僅かながら悩んだ。

 

 観光客でないことはわかる。背丈だけで判断すれば、この少女は十中八九B等部の学生。自分の素性はまず間違いなく知られていると考えるべきだ、と。

『ドスケベセックスができる最高の場所』と返答するのが最適解だと理解はしている。

 だが。どうにもそんな気になれなかったので、黒髪の少女は素直に心の内を伝えることにした。

 ハンカチの恩義もあるが、彼女の朱眼を見つめていると雀野は不思議とそう思ってしまったのだ。

 

「そうだな……我にとっては中々に生きづらい土地だ。時折死にたくなることもある」

 

 多人数との性行為を推奨し、処女であることは恥ずべきことだと歪んだ性教育を施す島の思想には首を傾げてしまう。

 だが、そういう島だとわかってやって来て、雀野家の都合のため──当然本人自身のためでもあるが──性行為に及ばず純潔を守ろうなど、ただの我儘に過ぎない。

 また、身から出た錆とはいえ噂から生まれた雀野薙帆をあたかも真実であるかのように振る舞い、嘘をつき続けるというのは辛いものがある。

 しかし、と女は断りを入れて。

 

「ここは笑顔で溢れている。セックスを通じて、という枕詞が不格好ではあるがな」

 

 青藍島の犯罪率はなんと1%にも満たない。性欲からの解放が直接犯罪抑止に繋がっているのだ。当然、取り沙汰されないこの島ならではの人間トラブルもあるだろうが、その数字を誇るべきだと女は思う。

 少女から視線を離し全てを呑み込む無限の海へと身体を向け、思いの丈を、どこまでも続く地平線に向かって咆哮した。

 

「──我は、青藍島が好きだ! 美しい景色のこの島が。幸せでいっぱいのこの島が!」

 

「左様に、ございますか……」

 

 言い切ったあと雀野は無性に顔が熱くなった。紛れもない本心であったが、あまりに大声を出しすぎたし何より今のは勢い任せで後々思い出したら恥ずかしい類の発言だと、目の前にいる少女の淡々とした口ぶりではっきりと自覚してしまったからだ。

 

 そんな羞恥で赤みがかかった彼女の右手を、少女の小ぶりな両手が包み込む。まるで主人に仕える従者が慈しみをもって接する情愛の所作。

 無機質じみた少女の顔には、思わずドキリとさせられるような柔らかな微笑みが浮かんでいた。

 

 

「わたしも、同じ想いにございます……」

 

 

 

 

 素敵な体験だったと、雀野は帰宅し自宅前でストレッチをしながら思い返していた。普段はランニングや滝行を行うために山へと赴いていたのだが、今回は勝手が違う。数日前祖父の部屋の掃除を行っている途中で、山間部の見取り図や山頂へのルートが書き記された地図を雀野が発見したためだ。休日に訪れてよかったと少女は心底安堵する。平日であれば、一時限目がとっくに始まっていた筈だから。

 

「そう言えばあの子の名前を聞いてなかったな……またどこかで会えないものか」

 

 可憐な少女を脳裏に浮かばせながら屈伸運動を終え門扉をくぐろうとしたところで、遠くから呼び鈴の音色が響いてきた。

 

「ち~~~~ほ~~~~ちゃ~~~~ん!!」

 

 続いて大声で叫ばれる自身の名前を耳にして、雀野は音源の方向へと視線を送る。

 その先には自転車を駆る、紫の髪色をした女の子。彼女は減速せず突貫してくるものの、雀野のいる手前の位置でクルクルと車体を回転させ、大道芸のようにピタリと止まる。

 その道で稼ごうとすればいくらでも稼げるのではないかと思わせるほどの見事なドライブテクニックだった。

 

「おはよう。どうしたんだ美岬(みさき)? 土曜の朝だというのに、そんなに慌てて」

 

「お、おはようございます! どうしても見せたいものがあって、飛んできました!」

 

 自転車を止め、背負ったリュックサックを地面に下ろしガソゴソと中身を漁る。現れたのは薄い黄土色のひょうたんの形をした大きめの野菜。

 

「これピーナツカボチャって言うんです! 知ってますか!?」

 

「いや、名前を聞いたことはあったが実物を見るのは初めてだな」

 

 美岬と呼ばれた少女は、続けてスマートフォンの画面をスクロールさせ、画像ファイルを雀野の双眸に提示する。そこには、真っ二つに切られたピーナッツカボチャ。半分となったカボチャの形状を把握して、彼女の意図を雀野は何となく理解する。

 

「ほら極太チ〇ポみたいですっごく卑猥じゃありませんか!?」

 

 美岬の目は、これ以上ないほどに輝いていた。

 

「……もしかして、貴女はそれを言うためにわざわざここに?」

 

「はい!」

 

「はいじゃないが」

 

挿入(はい)りますかね……!?」

 

「……どこかとは敢えて訪ねないが。もし挿入ったとしたら我は本格的に貴方との交友関係を見直すぞ」

 

「だ、大親友にチンコアップですか!?」

 

 どうして今の会話でランクアップできると思えるんだろうか。ポジティブすぎる。先ほどの余韻を返せと雀野は頭を抱えたくなった。

 

 

 ◆

 

 

 あれは、ひと月ぐらい前の出来事だったかな。

 

 私の住む雀野家は青藍島でもメインストリートから外れた山沿いの集落の中にある。

 そのコミュニティは昔からこの孤島に住み続けている老人たちばかりで構成されており、セックスに誘われることもない。この一帯は私にとって文字通り聖域だ。

 たまにお尻を触ろうとしてきたり、このキュウリは結構収まりがいいぞと親切心で手渡されることもあるけど。それにさえ目を瞑れば、下ネタに染まった島には似つかわしくないどこにでもありそうな田舎風景だ。

 

 そうしたのどかな光景を眺めながら散歩していると、微かに何かが聞こえてきた。うめき声だ。

 水乃月学園ならSMプレイか何かだと聞き流しそうになるが、この集落での出来事となると話は別。ご老人が心臓発作で倒れたり、転んで怪我をしてしまうことなど大いにあり得る。

 手遅れにならないよう努めて冷静に、耳をそばだて小さな音を辿っていくと、その先にはポツンと大きな一軒家。表札には(ほとり)と書かれている。お爺ちゃんの家から離れているためほとんど関わり合いのないお家だ。

 

『うっ……ぐっ……あっ』

 

 女性のくぐもった、痛苦に悶える声色をはっきり捉えた私は半身に力を入れ、2階まで跳躍しベランダへたどり着く。窓の向こうには、扉を開け一階に降りようと必死に藻掻いてる女の子の姿があった。幸い窓には鍵がかかっておらず、私はすぐさま彼女に駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

 

 なんでこの部屋こってり豚骨ラーメン屋の臭いがするんだろう、と疑問に思ったが今はどうでもいい。

 

 たすけて……とか細い声に頷いて私は彼女を安心させるよう手を握りながら、すぐさま救急車に連絡を入れる。

 彼女の身に何が起こったのか。

 じっくりと観察──しようとしたが、一目で異常を理解してしまった。

 まず女の子は下半身を露出させていた。そして。

 

 

 ──お尻から、小さな両足が生えていた。

 

 

 え? なにこれ。

 

『あ、畔さんの末っ子さんですね。大体わかりましたー』

 

 ありのままの状況を説明したらあっさり話を受け入れてもらえた。まるでこの子が既に何度もお世話になっているかのような迅速な対応。

 そのまま暫く時間が経ち、彼女は救急搬送されていった。

 

 これが私の友人、(ほとり) 美岬(みさき)との最初の出会いである。

 

 

 

「いやー、薙帆ちゃんにはとても恥ずかしいところを見せてしまいましたね」

 

 昔話に花を咲かせながら、人通りの少ない歩道を横並びで歩いている。私たちは今、島の中心街へ向かっているのだ。

 美岬ちゃんは本日発売のとある本を買いたいらしく、私も足りない食材や調味料を補充したかったので同行したという次第である。私の視線に気づき、照れ臭そうに頬を掻いた。

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 去年も体イク祭当日に同じミスをして学校を休み病院のお世話になったそうだ。

 人として本当に恥ずかしいと思う。

 

「あの頃の私はまだまだ功夫(クンフー)が足りませんでした……次こそはイケる!」

 

 ガッツポーズで意気込みを熱く語る友人。

 

「我は最初美岬が誰かにいじめられてああいう状況に陥ったのかと本気で心配したんだぞ……」

 

「す、すみません、これが出来たらアナルマンとしてやっと二流、というネットの煽りに触発されてしまいまして」

 

 美岬ちゃんは根が素直な子なんだけど、青藍島純粋培養な下ネタ大好きっ娘で極度のアナル狂いでもある。お尻を開発して少しずつ大きなモノを呑み込めるようになっていく達成感がたまらないとか。

 ちなみに言うと件の美少女フィギュアはM字開脚しているエロ系だ。

 物理的に入るわけないでしょそんなもん。

 

「どんなサイトを閲覧すればそのような怪しげな情報を手に入れてしまえるんだ」

 

Onatter(オナッター)です!」

 

 超有名SNSのパチモンみたいな名前が出てきた……。

 

「……もしかして、そのサイトも青藍島生まれなのか? 淫スタのような」

 

 Inkeisasuttagram。略して淫スタ。ドスケベセックスの内容をネット上にアップするSNSアプリで、淫スタ映えする島の人気スポットはいつも観光客でごった返ししている。

 ユーザーランキング──ハメともランキング──で一位に輝いているのは当然片桐さんだ。自己申告制で義務はないため私は全くの手つかずです。現在私のスマホは機能していないからどっちみち使えないけど。それと似たようなものではないかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。美岬ちゃんは大きく首を振っていた。

 

「いえいえ! ドスケベ総合掲示板として名高い45(シコ)ちゃんねる……オナニーをこよなく愛する紳士淑女の集い場Onatter(オナッター)……小説投稿サイトハーメルン……古今東西あらゆるドスケベ情報が記載されている百科事典サイト、イきペディあぁん♡……どれも青藍島関係なく発足されたサイトなんですよ!」

 

「違うものが混じっていた気がする」

 

 例えばですねー、と私のツッコミをスルーし美岬ちゃんがOnatterの画面を見せつけてきた。非常に細かくジャンル分けがされており、彼女がオナホールを選択すると、そこには大量の文章を投稿している二つのアカウントが。

 手淫を皮つるみと呼んでいた時代の話から始まり明治時代に生まれたオナニー有害論、果てはオナホール誕生からその未来まで。二人は多角的な視点でありとあらゆる熱い議論を交わしていた。履歴から察するに討論は早朝からずっと続いている。

 

「ここ数年で家庭用3Dプリンタもかなり普及しましたし、それを利用してオリジナルのディルドやオナホールを作ってみよう! というのが昨今のドスケベネット業界での一大ムーブメントになっておりまして! このjunonanistとMIUHIKI_Aはオナホカテゴリで知らぬ人なしと謳われるほどの逸材なんです!」

 

 何でこの子オナホ関連までこんなに詳しいの? 

 

「我の知らない世界が沢山あるのだな……」

 

 ……思い返してみると、先ほど名前の挙がったサイトは何回か検索に引っ掛かっていた気がする。怪しすぎると思って開かないよう避けていたが、なるほどそういうことだったのか。

 

「でも、薙帆ちゃんがこの手の話題に詳しくなかったのはビックリです」

 

「……貴方も知っている通り、我はビッチでもなんでもないぞ。ネットのエロコンテツを見ているのも青藍島に適応するため仕方なく……」

 

 個性的な性格をしているのに、彼女はとんでもなく影が薄い。何度か図書室で他生徒に誘われていたことがあったのだが、美岬ちゃんは毎回私たちの目と鼻の先にいて本を読んでいた、らしい。

 らしいというのは私を含め誰も彼女に気づけなかったのだ。彼女曰く修学旅行で一人取り残されたり、図書室で利用時間いっぱいまで本を読んでいたら図書委員に気づかれず鍵をかけられ閉じ込められたりなど日常茶飯事とのこと。

 極々自然体で、武道の達人レベルの気配遮断を彼女は常時発動しているのだ。

 

 病院へお見舞いに行った際彼女にオナホコキの件を指摘されて、私は観念し真相を明かした。

 彼女自身とある理由が原因で性産的行為から逃げ回っていたのでもしや、と考えていたらしい。

 こうして私たちは各々の事情を打ち明け合い、似たような境遇の者同士で登下校や食事を共にする仲になったのだが。

 

「あっそうなんですかプッ。へーそーなんですかー」

 

 ニヤケ面から後半部分の発言を全く信じてないのがありありと伝わってくる。その顔めっちゃ腹立つなー。

 美岬ちゃんはどうも私がエロに興味津々なムッツリスケベだと思い込んでいる節がある。なんとも失礼なやっちゃ。

 私だってお、オナニーはするけど美肌効果が期待できるってネットに書かれていたからやってるだけだし……一日平均10回はオナニーすると豪語している美岬ちゃんに比べたら、週6の自慰行為など物の数ではない。女の子なら誰だってそれくらいやってるでしょ。私は普通なのだ、うん。

 

「む……そろそろ繁華街にたどり着くな。美岬、準備はいいか?」

 

「ラジャラジャです!」

 

 ──姿勢を整え、深呼吸。

 息を吐く度に私を形作る筋肉が、体内を循環する血液が徐々に徐々に緩やかとなっていく。雀野薙帆という一個体は希薄となり、肉体から溢れる"気"を全て内に秘めることでこの技は完成する。これでよっぽど意識でもしなければ、私のことを誰も気がつけなくなった。習得するまでに何年もかかったがこの島ではとても便利な技である。

 片や相方はというと。

 

「忍っ!」

 

 忍術っぽく、人差し指中指を伸ばした左手とグーの右を重ねて掛け声を呟く。本人もよくわかっていないが彼女は自分の存在感を負の方向限定で調整できるらしい。

 その一言だけで、彼女は透けるように存在感が……あれ? 

 美岬ちゃん物理的に消えていってない? 

 慌てて手を伸ばし、完全に見えなくなる前に彼女の腕をグッと掴むと、私はなんとか彼女を再認識できるようになった。半透明どころか9割ほど透明化が完了したところから、巻き戻しをかけたように元の姿へと戻っていく。

 

「あ、危なかった……薙帆ちゃんに握ってもらわなかったらうっかり消滅してしまうところでしたよ」

 

 どういう肉体構造をしているんでしょう、この子は。

 

 

 

 

 

「騎乗位で責められるなんて最低に屈辱的だよね!? 赤ちゃん産んでおじさんの人生もっともっと辱めてあ・げ・る♡」

 

「催眠アプリで操られてるのに気づかずいい気なもんだないじめだと思い込みながら孕めオラ!」

 

「ふふふ……おじさん、こんな性人したてまんこなんかに夢中にへこへこしちゃうんだ♡ 無様な(ワン)ちゃーん♡」

 

「日々メスガキに射精管理され尻をエネマグラで開発されメスイキさせられても負けを認めぬ醜さ……侍の姿か? これが……」

 

 先程まであった静けさは影も形もなくなって、喘ぎ声と孕めオラ大合唱の環境音を耳に入れながら私たちは人込みに紛れ街中を練り歩いていた。こういった人通りの多い場所では、下手に周囲の様子を窺いながらコソコソとしているよりも、気配を消して堂々と歩いた方が遥かに安全だということをこの半年間で嫌というほど学んだ。

 催眠アプリ持ち種付けおじさんとWメスガキ女子ちゃん、それと鏡で地獄絵図みたいな自身の姿を見つめながら、神妙な顔で腰を振っている生き恥長男おじさんの前を通り過ぎ、目的地にたどり着く。

 私は基本的に生活必需品を購入するスーパー以外には立ち寄らないことにしていた。

 身の安全のためでもあるが、この島は流通の関係でどうしても漫画の新刊入荷が遅くなる。私はいい機会だと引っ越してからは電子書籍派に乗り換えた。

 だから青藍島の本屋自体初めて。ちょっとワクワクする。

 

 扉をくぐるとA等部の少年少女二人がカードを手に持ち向かい合っていた。この建物は手前にカードショップ、奥に書店がある構造のようだ。

 男の子はいくつになってもハマる人はハマると聞くけど、年ごろの女の子がカードゲームとは中々珍しい。私も漫画やアニメを見たことはあるがカードゲームは全くの手つかずだ。周囲で応援している幼い子供たちは少女に似た顔立ちで、もしかしたら妹や弟と一緒に遊ぶためやっているのかも。

 姉妹仲良く、どこに行っても変わらないほのぼのとする情景だ。

 

「NO.1919、亀頭皇ンホォウ♡のセクシーズ(スススーズ)素材を一個取り除き挿入行為を中断させるっす!」

 

 なんか思ってたのと違う。

 

「血迷ったようだね! 自分モンスターの生ハメストップとはとんだパコリングミスだよ!」

 

「にっひっひ、それはどうかな!」 「な、なんだって!?」

 

「早漏魔法発動! ハラム・チャンス・アップ! 挿入行為が中断となったとき、そのモンスターのチンポの大きさを2倍にして再びセックス(スッスス)を再開するっす! パコル! ホーケーWスラーッスュ!」

 

「うああああああ!」

 

 錐揉み状で男の子が通路を渡っている私の前に吹っ飛んできた。闇のゲームかなにか? 

 よく見ると彼は最近何度も会っているデータ系男子くん。目が合って互いに軽く会釈する。

 

「お兄さんよわよわっすね~!」

 

「そんな……こんなタクティクス僕のデータにな……い……ウッ!」

 

 ビクンビクンと小刻みに振動し、男の子は沈黙した。

 彼は本当にデータキャラなんだろうか、疑問を抱き始めた私です。

 大の字のデータ系(?)男子くんをかわし、私たちは本屋へとたどり着いた。

 

「貴方は何が目当てなんだ?」

 

「えへへーそれは後のお楽しみです」

 

 美岬ちゃんは可愛らしく前屈みになる。それだけで、彼女の豊満な胸元がたゆんと揺れた。でかい。いいなー。

 この島は一年中常夏の環境下で、みな薄着で通気性の良い露出度高めの服装を好んでいる。

 露出に関してはスムーズにセックスするためだったり男性の劣情を煽ることが主目的になっているけれど。

 青藍島住民は全体的に発育が途轍もなく良い。私も高校生にしてはそれなりに大きい方だと自負していたけど、彼女らの平均胸部装甲を目の当たりにし私の自信は粉々に打ち砕かれました。

 美岬ちゃんはその中でも更に上をゆく。男の子の掌でも絶対に収まりきらないほどのダイナマイトボディで、ノースリーブの薄手のパーカーが彼女のおっぱいをより強調している。同性から見ても美岬ちゃんは可愛いしとっても男受けしそうな体つきなのに、どうしてこの子は目立たないんだろう。最近一段と酷くなっているらしいし……。

 

 私の方はというと白のワンピースに袖を通し、ドスケベビッチを象徴するロングストレートから僅かながらでも遠ざけるため髪を後ろで一本に細かく編み込んでいる。フィッシュボーンという髪型だ。更にタレ目メイクで印象カバー。ちょっとしたお嬢様気分だ。

 ポニテ+ジャージの女を捨てた格好でも個人的にはよかったのだが、そういった放課後の部活系女子の装いは一部で大変人気があるらしい。目立って一度酷い目に遭いそうになったことを教訓とし、お買い物で街を出歩く際は封印することにしたのであった。

 

 お昼ご飯を食べる時間帯だからか、店内に人気はなく書店員さんも奥に引っ込んでいるようで少し安心。美岬ちゃんに引っ張られて、漫画コーナーにやって来た。私の知っている少年漫画もそこそこある。青藍島でもあの作品は大人気なんだろうか。

 

「美岬、アレを見かけなかったか? 最近アニメ化で話題になった、さっきも路上でやってた鬼滅の──」

 

「あ、それならこっちにありましたよ! これでしょう!」

 

 ハイ、と反対側の棚から見つけ、元気よく手渡される。見馴れた絵柄だが少し、いや大分違う。鬼っぽい女の子の服ははだけているし普通に乳首を露出させている表紙絵で。

 

「キツ雌の売女(ばいた)……!?」

 

「面白いですよねーキツ雌! 最初は低迷気味でしたけど我妻(わがつま) 全奪(ぜんだつ)という寝取られキャラの登場で一気に空気変わりましたよ! 眠るとガバ穴前立になるギャップもさいこー!」

 

 ガバ穴前立の詳細がちょっと気になる。

 単行本付近の手書きPOPには『頑張れ短遅漏(たんちろう)♡頑張れ♡お兄ちゃんは今までよくヤってきた♡』と妹に応援射精させられている主人公のイキ顔が。

 

 原作ファンの人に見られたら怒られそう。

 

「我の知ってるのとちがう」

 

 

「あぁーもしかして鬼詰のメコですかね? メとコで刃に見立てるとは流石我らの雛形、圧倒的マンコナイズセンス……!」

 

「他にもあるのか……いや違うが」

 

「え? それ以外にまだあるんですか!?」

 

 原作の方を知らないの!? こっちが驚きだよ! 

 よく見たら私の知る普通のコミックスはコンビニの駄菓子コーナー程度のスペースしかなく──

 

挿入(ハイ)リュー!!』

 

『姪探偵はガバマン』

 

『RAPE』

 

獣姦(ビースター)ズ』

 

『まんこたいむびらら』

 

 反対に、こういった単行本や漫画雑誌は端から端まで山積みである。サンプルを読んでみたけどどれもこれも原作を軸にとにかくセックスしていくストーリーへ改変されていた。

 もしかしてこれまで何度も視界に入れたパロ系セックスって実はこっちが元ネタなんじゃ。 

 店内をグルリと回ってみたが絵本から美容雑誌に至るまで全てが青藍島色に染め上げられており、本島の方はどれも片隅に小さく追いやられていた。

 この店ただのエロ本屋ですやん……まぁ青藍島らしいと言えばらしいけど。

 

「む。オリジナルのエロ漫画もあるのだな」

 

 純愛物、凌辱物、NTR物、催眠物……きちんとカテゴリ毎に区分けされており、おねショタ物でもショタおねなのか最初はおねショタでも最後の最後で逆転するのか、逆転しつつもオチで可愛らしいショタ的反応を見せるのか、ショタは仲間を呼ぶタイプなのかショタはゴブリン系なのか、と詳細が裏にラベルで張り付けられている。なんという気配り、是非ネットの通販サイトでもやってほしいものだ。

 あれ? 薬を盛られ普段の力が出せなくなり調教される女格闘家の漫画を取ろうとしたところで、思いがけないジャンルが視界に入り手を止める。

 

 それは百合。本来は別に気にかかることでもないけど、この島は青藍島。同性同士の性行為は非性産的行為として取り締まりの対象となっているので、てっきり百合や薔薇は存在そのものがなかったことにされていると思っていたのだが……。

 二次元までは干渉しないのかと少し感心して、百合漫画を適当に選び私は固まった。

 

「何故女の子たちの間に小太りなおじさんがいるんだ……?」

 

 どの本を見ても、金髪チャラ男や種付けおじさんが女の子に囲まれていて、いなかったとしても明らかに第三者から催眠食らってそうな虚ろ目の女の子二人組の組み合わせ。

 百合のネームプレート位置を間違えてるんじゃないかと疑ったが、どの冊子にも百合と大きくラベリングされていた。

 これは一体、とドスケベ博士である美岬ちゃんへと尋ねてみることに。

 

 すると、彼女はキメ顔で言い放った。

 

「────百合は、チンポに屈するための前振りに過ぎない!」

 

 誰か勇次郎さん連れてきて。この島ガイアに占拠されてる。 

 

「全然関係ないですけど、薙帆ちゃんって最近特撮作品を見てるって言ってましたよね」

 

「あ、ああ、クウガという作品だな。面白いぞ」

 

「そうそう、それでふと思い出したんですけど、私の小っちゃい頃にSHKでも特撮番組がやっていたんですよ。たしか顔騎!」

 

 SHKとは、青藍島専門の公共放送チャンネルである。アナウンサーがバイブを挿入れたまま青藍島の情報を読み上げるニュース番組、セックスは身近なものだと子供に伝えるための性教育エンターテインメント番組『おかあさんが知らない人といっしょに』等々が放送されている。

 お爺ちゃんと年末に見ていた『メスガキの腰使いやあらへんで』は凄く面白かったなぁ……。

 お爺ちゃんと言えばお昼ご飯用意しておいたけど大丈夫かな? 今日は同窓会という建前の夜通し飲み会があって今はそのために絶賛寝溜めしているからちゃんと食べてくれるかちょっぴり不安。というか行動が若すぎるでしょ大学生かよ。

 

「ただ、許可なく無断で放送していたそうで、本島のお偉方に叩き潰され番組は中止になったそうです」

 

「それは当然の結果だろう……ん?」

 

 見たかったなぁオーチンの最終膣穴(ファイナルベント)とボヤく美岬ちゃん。

 しかし。

 逆説的に言えば。

 この漫画群や番組はちゃんと許可を得た上で出版しているというのか……! 

 

 この国大丈夫かな? 

 

 

 

 そんなこんなでいつの間にか買い物を終わらせていた美岬ちゃんと一緒にフードコートへ。

 私たちは禁煙席ならぬ禁交席に座っているので食事中も一安心だ。食事処でしか見かけないが、この席に座っていれば食事中は性行為に誘われず、またその旨を店員に伝えれば提供される料理に精液や愛液を盛られることはない。大勢の観光客から非難が殺到したらしく、紆余曲折あってこのシステムが出来上がったとか。食ザー文化を強要されなくて本当によかった。

 

 空となったラーメンの器をテーブル端に寄せて、美岬ちゃんは積まれた個包装の包みを開けながら、真剣な眼差しで私に語り掛けてくる。

 

「モグモグ……どうひて私は痩せられないんでしょうかね?」

 

 それはひょっとしてギャグで言っているのか? 

 開封されたハンバーガーの包み紙は一つ二つどころではない。ラーメンも大盛りを頼んだ上で替え玉の追加も行っているというのに捕食速度は依然として変わらない。

 一、二時間前、彼女に貰ったカボチャを煮物にして一緒に朝食を頂いたばかりなのだが、その出来事は最初からなかったかのよう。健啖家であることは知っていたがその食事量には毎度毎度驚かされる。今は別の意味で驚かされた。

 

「痩せるつもりがあったのか……!?」

 

「ありますよ! そのために最近はオナニーの回数を少しずつ増やしているんですから!」

 

「……オナニーは結構運動になるからな、その発想は百歩譲って理解できなくもないが。単純に食事量を減らすというのはどうなんだ?」

 

「私、思うんですよ。食欲に抗うダイエット生物としての本能に反していると。食事量を抑えるなんて、ストレスで却って太りやすくなると思いませんか?」

 

 言い分があまりにも典型的すぎる件について。

 

「そもそも貴女が太っているとはとても思えないのだがなぁ」

 

 この島の女性は皆モデル顔負けのスタイルだ。彼女らに比べたら、確かに美岬ちゃんがふくよかな体形であることは否定できない。だがそれは比較の問題で、美岬ちゃんは少し肉付きが良いだけなのだ。ちゃんとくびれはあるし十二分に綺麗なボディライン。寧ろ摂取カロリーのことを考えたら人間離れした太りにくさだ。正直ズルいと思う。

 そう言うとヘッとスネたように口を尖らせた。かわいい。

 

「いいんですよ……そんなに気を遣わなくても……もし私に存在感があったら『うっわこの階層でデブートン出現すんのかよ見た目もゲームバランスも悪いな!』って罵倒されるんですよ。

 ハハ……私は石を投げられる側なんですけどね……」

 

 ドスコーイハッキョーイゴッツァーン! とヤケクソ気味に叫ぶ畔親方。身体のことになるとナイーブになっちゃうんだなこの子は。だらしない身体、特にお腹周りを誰にも見られたくないからセックスを拒絶していると聞いていたが、まさかここまでとは。

 気に病む必要性は全くないと思うけど、これはもう当人にしかわからないデリケートな悩みで何を言っても彼女が納得することはないだろう。それならば、友達としてできることをするまでのこと。

 

「食事についてはひとまず置いておいて……今度トレーニングを一緒にやろうじゃないか。貴女が本気なら、我も結果が出るまでいつまでも手伝おう」

 

「あ、ありがとうございます薙帆ちゃん……私頑張ります! あ、そうだ!」

 

 喋っている間に全てのバーガーを食べ尽くしていたらしい。おしぼりで手を拭いて、鞄から彼女は袋を取り出した。ギフト用にラッピングされており、それを私の前に勢い良く突き出す。

 これは、もしかして私に? 

 

「その、お友達一カ月の記念に! どうぞ!」

 

 思わず泣きそうになってしまった。

 一カ月記念。そういうのもあるんだ……!

 私は何も用意していないのに、受け取ってよいものか。そう伝えると、いつも薙帆ちゃんに色々食べさせてもらってるから気にしないでください! と笑顔が返って来た。

 本当にいい子なんだよなぁこの子は。また美岬ちゃん用にお昼のお弁当を作ってあげよう。彼女は高カロリーな食べ物が大好きなので、揚げ物をタップリ詰め込んで……っていけないいけない。折角やる気になったのだ。美岬ちゃんのダイエットが上手くいくよう私も心を鬼にしなければ。

 

「本当に感謝する……今開けてもいいかな?」

 

 ぜひぜひ! と勧める彼女の声に頷いて、私は慎重に紙袋のテープを剥がす。

 サイズからして文庫本のようだ。美岬ちゃんは図書室に足繁く通う文学少女。これは彼女が厳選した拘りの一作なのかもしれない。

 ウキウキしながら取り出した表紙の中央には、少女の姿があった。長い黒髪で水色の瞳に鋭い眼光。水ノ月学園の制服を着た女の子は青藍島を背景に女王が如く君臨している。

 どこかで見たことのある顔立ちだ。と同時、猛烈に嫌な予感がして私はタイトルを凝視した。

 

『青藍島有名人パロディ官能小説シリーズ第45弾』

 

『おいでませ青藍島! 学園きってのアマゾネスが童貞観光客たちを筆下ろし~旅の疲れは記憶ごと我のマ〇コで癒してやろう~ 雀〇薙〇』

 

 私のエロ小説……だと……!? なにそれきいてない。

 あと私がアダルトビデオに出演したかのようなタイトルやめろ。

 

「トッテモウレシイナー」

 

「喜んで頂けてなによりです! 自分の分も買ったので帰ったら今日はこれをオカズに30回はイきますよ! よかったら薙帆ちゃんも一緒に如何ですか!?」

 

「ヤラナイ」

 

 ……感極まって、美岬ちゃんのセンスというものを、すっかり忘れていた私でしたとさ。

 

 




主人公→凌辱系や調教系へ無意識に目が行く

デブ→美岬。主人公の友人で原作よりは(比較的)まともだが更に影が薄い。光が多ければ影も強くなる的なアレで雀野が目立つほど存在感がなくなっていく。しかし本人は特に気にしてない。

???→むべむべ。山の中で何度か雀野を見かけていた。

お爺ちゃん→ワシが許可した


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バブみナル・マインド

気が付けば一カ月以上も時間が経過していた……だと……!
これも全て風邪とエール団って奴の仕業なんだ


「ごきげんよう、薙帆さん」

 

 鈴を転がすような声を耳にして、私は立ち止まる。場所はデパート一階の階段。愛用しているスーパーにお目当ての調味料が運悪くなかったので、店を梯子し地下一階の食品売り場で買い物を終えたところである。やっぱり醤油は亀甲マンじゃないと。

 美岬ちゃんはご飯の後、単身赴任の父が急遽帰宅するとの連絡を受け迎えに行くために港まで飛んでいった。高校生なら意味なく反発していてもおかしくないのに、親子仲が良好そうでなによりです。私だったら家の前でしか待たないもんね。

 それはさておき、セックスで大喜利に気を取られバレることはあっても、完全な気配遮断状態で話しかけられたのは青藍島に来て初めてだったので正直かなり驚いてる。

 振り返ると、美しく翡翠に輝く長髪が見えた。この島の人間であれば見紛う者は誰もいないであろう、圧倒的存在感。

 ────冷泉院(れいぜいいん) 桐香(とうか)。SS代表にして、水ノ月学園生徒会長の肩書きを誇る若きカリスマ。表舞台に現れるだけで誰もが彼女に釘付けとなってしまう。とっても頭の回転が速いらしく、一人でSSの膨大な仕事量を短期間で消化できるとのこと。これでまだA等部の1年生。私より一学年下という、天才としか言いようのない少女なのだ。

 挨拶すると、冷泉院さんは口元に微笑みを浮かべながらズイッと私に身を寄せた。

 

「私、薙帆さんにどうしても言わなければならないお話があったんです」

 

「む、なんだ」

 

 髪色と同じ深い碧の両眼が私を覗き込む。その瞳は深く、感情が一切読み取れない。一体何を告げようというのか。

 ま、まさか彼女の天才的頭脳によって私が条例違反者であることをバレてしまった……!?

 彼女自身は囮で、入口に向かうとSSが既に完全武装状態のまま待機してるとか。

 ありえない。と言い切れないのが恐ろしい。

 彼女の蠱惑的な唇がゆっくりと開かれていくのを、私は動揺を隠し見守るほかなかった。

 

 

「"男より先に絶頂したら自害する"──あなたの、完璧(パーフェクト)超膣(ちょうちつ)としての信念についてですね」

 

 えぇ……聞いたことないですよそんな信念。あとめっちゃ言いづらくないそれ。

 

「あなたの性産的行為に対するストイックな精神は大変素晴らしいもの。しかし……セックスとは他者と繋がり相手と分かり合える、素晴らしいコミュニケーションツールだと私は考えています。そのためにも、あまり殿方に気負わせてはいけませんよ?」

 

「す、すまない……善処する」

 

 性技(せいぎ)超膣みたいなこと言いよってからに。そうですねキン肉マンおもしろいですよね。

 ……私どんだけやべー人だと思われてるんだろう。

 大変結構です、と嬉しそうに頷く冷泉院さんがそうだ、と何か思い出したかポンと手を置いた。

 

「薙帆さんはエレベーターの場所をご存知ですか? 5階にあるという手品コーナーへ向かいたいのですけどあまりこの建物には馴染みがなくて」

 

 へぇ、冷泉院さんは手品が趣味なんだ。意外や意外。

 確かエレベーターは丁度この階段の反対側に位置していた筈。

 指を差そうとして──入口に貼られていたポスターが脳裏に浮かんだ。

 

「エレベーターはあちらにあるのだが──如何せん今日は工事中らしい」

 

 まぁ、とお上品に頬へ手を当てる冷泉院さん。何をやっても絵になるなこの人めっちゃ可愛い。

 でも棲む世界の違う、良家のお嬢様っぽいこの子も年がら年中セックスを楽しんでるんだよなぁ……今いちピンと来ないや。

 

「エスカレーターなら問題なく稼働している。そちらなら案内もできるだろう」

 

「うーん……エスカレーターはアリかナシかと聞かれたらナシよりのナシなんです」

 

 ナシよりのナシってつまりは駄目ってことか。エスカレーターに乗ること自体を怖いと感じる人って稀にいるみたいだけど、彼女もそういった悩みを抱えているのかな。

 

「困りましたねぇ……」

 

 ボケーッと階段を見つめて固まっている冷泉院さん。

 

「5階まで歩いて登るのは中々に骨が折れるものな」

 

「いえ、私階段が登れないんです」

 

 ……?

 …………

 ………………ああ、なるほど。それで動けなかったのか。

 彼女は恐らく膝を痛めているのだ。歩行は問題ないが膝を上げる昇降運動まではできないということなのだろう。怪我しているようには見えないが、嘘をついているようにも思えない。きっと彼女は人の上に立つ立場上、弱みを見せないために頑張って我慢して平静を装っているんだ。

 あまり関わり合いを持つべき相手ではないかもしれないが折角の休日。やりたいことをやれないのはつまらないし、先輩なら後輩を助けなきゃね。

 私は彼女の前に膝を突く。

 

「よければ肩を貸そう」

 

「よろしいんですか?」

 

 ああ、と頷き、それでは、と彼女が返す。買い物袋もあるが彼女の華奢な身体など鍛えている私の手にかかれば数人分でもよゆーよゆーっておや、これは意外と。

 

「重くありませんからね」

 

「そうだな」

 

「お尻も大きくないですよ?」

 

「そ、そうだな」

 

 何も言ってないのに早口で先制攻撃されてしまった。女の子だものね。冷泉院さんはSSで鍛えているからか、かなり質の良い筋肉を育てていることが触れているだけでもわかる。筋肉って普通に重いから、筋トレして肉が付いてくると自然に体重も増えちゃうのだ。

 私もインナーマッスル分で結構凄いことになってるから、美岬ちゃんの総重量についてはとやかく言えないのです。

 階段を駆け上がると、楽しそうに背中の後ろできゃっきゃっと彼女は騒いでいた。きゃっきゃっをそのまま口にする人初めて見たよ。

 5階にたどり着き私に向かって礼を言うと、フラフラとどこかに歩いていった。手品コーナーの場所はちゃんとわかっているんだろうか。無責任にほっぽり出すのはいけないし、彼女が下に降りたくなるまではこの階で待機していよう。

 時間を潰すために少し見て回ろうかな。視界に入るのはどれもかれもがエログッズだけど、見ている分には面白い。

 階段から上がってすぐ、目玉のように展示されている機械に目が止まった。

 

「だんめんず?」

 

「ご紹介しましょう。こちらは最新のAR技術の粋を集めた、女性の膣内をリアルタイムで表示することができる画期的な商品なのです!」

 

 しまった私気配遮断してない素の状態だった。商魂逞しく、私が近寄った途端即解説しにやってくる店員さん。すばやい。

 

「ここをこうして私の膣へと設定しまして──」

 

 女性が私の前で画面を操作すると、店内の巨大モニターに彼女の体内が映し出された。僅かに蠕動している性器が生々しい。名前の通りエロゲや同人CG集で見かける断面図そのままだこれ。

 レジに立っていた眼鏡をかけた知的な男性店員が近づいて来て、私と目が合うと恭しく頭を下げる。そのまま女性店員のスリットが入ったタイトスカートを無造作に持ち上げた。 

 

「駄目ですぅ♡お客様に解説できないとまたカスマターサービスに苦情入っちゃいますぅ♡」

 

「クレーム入れられるより先に俺がヤキ挿入れてやんよお客様に射ザーしろ性意見せろ孕めオラ!」

 

 射ザーするのは男性側でしょうと。

 元ヤン系社員さんが突っ込むと大画面にチンポが出現し、力強い抽送運動で肉襞をゴリゴリと削いでいく。

 ……いつもは見ているだけだけど、こうして実際にオマンコとチンポが重なっているところを目の当たりにすると圧巻の一言。物凄くエロい光景だ。

 私が画面を眺めているのに気付いたのか、店員さんは喘ぎ声を上げながら頑張って説明しようとしてくれている。私に気を遣わなくてもいいですよほんと。

 

「はひぃ♡ お客様♡ だんめんずにはこちらのヘッドマウント型ディスプレイがご用意されておりましてイくゥゥゥゥ♡ オマンコ陵辱を強制的に見せつけられる目隠しくっころプレイなどにも最適ぃおほぉ♡」

 

 絶頂と一緒に膣内が脈動し、白い液体が解き放たれチンポも揺れる揺れる。ARがどういうものかそれすらよくわかってないけどとんでもないテクノロジーの無駄遣いを感じますよ。

 二人とも説明し終えたことに満足したのか、そのまま二回戦へと突入してしまった。

 ……ゴクリ。

 辺りを見回し、気を探り、彼女たち以外誰もいないことを確認してから、機器とディスプレイを無線接続。近未来的な巨大ゴーグルを頭部にセットしてみた。

 わ、私はビッチ扱いされているのだ。流行にもいち早く乗っかっておかないとね。話題を振られた時その場で即それらしい切り返しができてこそ、というもの。

 不本意だけど一度くらいは体験しておかなければ。非常に不本意だけど!

 

「おおぅ……」

 

 私の視界がピンクで埋め尽くされた。これが私の未使用生殖器内部。

 思い出すのは、丁度昨日やった抜きゲ。敵組織の奸計によって捕らえられ、分娩台のような椅子に拘束されつつ衆人環視の下、似たような機械を装着させられる主人公。

 厄介だった女もこうなっちゃ形無しだな

 な、なんだこれは! ま、まさか……!

 そう、コイツはテメェのマンコさ。いやーしかし傑作だったぜあのクソ生意気なガキがまさか処女だったとはな。見えてるか処女膜?

 だ、黙れ……!

 身動きを取れない少女が、全方向から注がれる舐めるような視線を感じ取り身震いする。誰が一番最初に突っ込むかを決めるじゃんけんの声が聞こえてきて固まる主人公。

 やめろ……! 私は初めてなんだ……! 頼むからやめてくれ……! 

 

「へっへっへ、あんたの処女は俺様がきっちり頂いてやるぜ」

 

 く、来るなぁ!

 

 ──立体的な音声が聞こえてくる。フッ私のイメージ力もここまで成長したか。脳内イメージで生んだ巨大カマキリと戦うなどという芸当はまだ私にはできないけどこの分では時間の問題かな。

 それに加えてなんだか急に身体の奥が熱くなってきた。おかしいこれではまるで私がドMのようではないか。

 

「ほーらチホちゃん力を抜いて♡ 大丈夫すぐあなたのクソ雑魚アナルにもチンポ入れて、後ろから子宮ゴリゴリ突いて何も考えられなくさせてあげるから♡」

 

 いやなんでやねん。 

 生暖かい吐息で耳元をくすぐられたことをきっかけにゴーグルを外すと、目の前には水色の髪をした美少女がプクーッと頬を膨らませていた。

 

「えー、やめちゃうんだ? イクがノッてあげてたのに。それにしてもチホちゃん凄いねー。完璧に気配絶ってたあたしに話しかけられても何の反応も見せないまま演技し続けるなんて」

 

「……ふ。いやなに、修行の一環で感情が表に出にくいだけさ」

 

 私の背中取れる人最近多すぎ問題。必死に取り繕いながら、彼女の台詞にうんうんと頷いた。

 危なかった、この私にそういう趣味があると彼女に勘違いされてしまうところだった。

 

 というかもしかしなくても私エロゲの台詞を口に出してたの? しにたくなるんですけど。

 

「今日のチホちゃんも可愛いねー。髪で遊べていいなー」

 

 この子は女部田(おなぶた) 郁子(いくこ)。風紀委員の一人で今日は非番みたいだ。

 所謂童貞を殺すセーターを着ているんだけど、普段身に纏っているSSの制服の方が遥かに露出面積大きめなためそこまでエッチな服を着ているという感じがしない。寧ろ肌が隠れている分スケベ度はこっちの方が高い気がするけど。

 

「ありがとう。女部田はあまり髪型を変えないな。折角綺麗な髪をしているのに」

 

「……あたしね、癖っ毛が酷いんだ……下手に弄ったらそれはもう凄いことに」

 

 とっても温度差のある返事が戻って来た。これはあまり触れない方がいい話題のようだ。

 

「そうそう、ヤリオくんって相手してどうだった?」

 

「ふむ……年の割にはかなり強い、といったところだな。将来が楽しみだ」

 

 彼女は一番隊の隊長さんで以前戦いを挑んできたヤリオさんの上司に当たる。襲撃の後日二人で私へ謝罪しに来た時に知ったのだが、彼はB等部の二年生らしい。あの口調もただの中二病だとか。あの野武士みたいなおじさん顔で中二とは……。

 

「そっかーあたしは年齢踏まえてもよわよわだったかなー。はいイクの勝ち~」

 

 ペロっと舌を出し勝ち名乗りを上げる郁子にぐぬぬと心の中で歯噛みする。この負けず嫌いが!

 彼女は女部田流という剣術と柔術を修めた凄腕の女傑なんだけど、私をライバル視しているのか偶然会うたびに何かしらの勝負を吹っかけてくるのだ。

 

「んー……クンクン……臭うね」

 

 辺りを嗅ぎまわる女部田さん。それは近くで孕オラしてた人の精液臭ではなかろうか。

 だが彼女の指さす向きはだんめんずの置かれたショップとは正反対の方向で、彼女を真似してみたものの全く見当がつかない。思わず首を傾げてしまう。

 

「とぼけちゃってぇ……あ、いいこと思いついちゃったカモ」

 

「ちょっ」

 

 女部田さんに引っ張られて、ぐいぐいと移動させられる私。

 建物の反対側まで歩くと雑貨店があり、店頭には見知った影が。橘くんだ。

 真剣な表情をした彼が手に取ったのは、一着の服だった。

 

 ──白地にシャケの切り身がデカデカとプリントされた、ネタTシャツ。

 

 もしや、彼はアレを買おうとしているんじゃ。

 橘くんがやって来てもう一週間近く。既に下半身でモノを考える立派なチンポ脳に成長している筈なんだけど、まだ彼はあまりクラスに馴染めていない様子だった……はっ、読めた。

 あのクソダサシャツをネタにして、クラスの子ともっと仲良くなろうという橘くんの作戦なのだ。

 あなたのその心意気買った。月曜日に彼がシャツのボタンを開けて周囲に見せつけてきたら、私が真っ先に笑ってあげるのだ。多少滑った空気になっていても、先導する人間がいれば気のいい彼らは察して場を盛り上げてくれるに違いない。

 

 あの服をオシャレだと思っていたら失礼ってレベルじゃないけど。

 流石にありえないでしょ、うん。

 と考えてるうちに、女部田さんが橘くんに対して熱視線を送っていることに気が付いた。

 

「凄いよね……」

 

「ああ、確かに……」

 

 目線を落とす彼女に、私は心底同意する。女部田さんなら気づくと思っていたが、そう、彼は腹筋をとっても鍛え上げているのだ。雑談でお腹触ってもいい? ってさりげなく聞ける流れにしたいぐらいには私も気になっているのである。

 彼が服を脱いだら綺麗に6つ別れたゴツゴツの腹直筋が姿を現すに違いない。彼の胸板がもう少し厚かったらアクセントになってもう最高だ。

 いやぁ彼女は見るべきところをよくわかっている。武道を嗜む女というのはやはり似たような気質を──

 

「凄い大きさのおちんちんだよ彼」

 

 ちょっと何言ってるかわかりませんね。

 え、あの匂いを嗅ぐ動作はチンポに対する反応だったの? 

 なにそれこわい。

 彼女のチンポ探知能力はさしずめマラウターかスカマラーといったところか。

 

「それでね、チ・ホ・ちゃ・ん♡」

 

 私の全身にまた熱が入った。以前聞いた話だけど女部田さんの声には催淫効果があるらしく、こうやって耳元で囁かれるとプチ発情状態にさせられてしまうのだ。私がさっきの場面で興奮していたのもそれが原因であることは確定的に明らか。全部女部田さんが悪いのだ。

 ポーカーフェイスを維持できているけれど残念ながら乳首は正直である。

 

「今から3Pで彼をどっちがより気持ちよくできるか勝負しない? チホちゃんとあたしのテク、どっちが凄いか前から比べたかったんだ♡」

 

 あんまり趣味じゃないんだけどね、と語る彼女。いや趣味じゃないならやめましょうよ精液(いのち)がもったいない。

 こうなればいつの間にか根付いていたあの噂を利用して回避するか。

 

「その申し出は大変興味深いのだがな。我が複数人での行為に及ぶと直接セックスをしていない女性も記憶を失ってしまうんだ。男性から放たれた快楽(エクスタシー)電波(パルス)の余波が伝播した結果とも言われている」

 

「えー、常識的に考えてそんなことあるわけないじゃん」

 

 いやそうだけども。チンコの大きさを嗅ぎ取れる人に常識を説かれるとは思わなかった……!

 

「大丈夫大丈夫、例え本当でもあたしなら絶対耐えられるから。というわけで、れっつ・ごー! ってあれ?」

 

 うーむ、女部田さんに先行を譲って彼女自身が絶頂、もしくは橘くんが膣内射精する瞬間に襲撃を仕掛けるか……? それとも今日は生理が近いから、体調が悪いからと嘘つくか。

 前者は成功したとしても記憶を失った=私に敗北したと思い込んで更に3P勧誘が増えそう。体調不良の場合、彼女の観察眼でもし嘘だとバレたらかなり怪しまれてしまう。

 本気でどうしましょと内心頭を抱えていたら、再び女部田さんに引っ張られた。

 向かう先は、橘くんとは全く別の方向。終点には、ポケーッと立っている冷泉院さんがいた。

 

「あら、郁子じゃない。薙帆さんも」

 

「……どうしてトーカちゃんがここにいるの?」

 

「……私が、ここに来たかったから?」

 

「そうじゃなくて、今日はレイちゃんと一緒にドスケベ遊園地(ランド)のH・EROショーを見に行くって話してたじゃない」

 

 そうだったわと口に手を当てる彼女に呆れて深い、深い溜息を吐く女部田さん。電源を切っていたらしく、間を少し置いてやって来たであろう大量の礼先輩からの連絡コールに顔を引き攣らせていた。うっかり属性持ちだったのか生徒会長。

 

「すまないな、私が彼女を連れてきてしまったばかりに」

 

「いいっていいって。今週に入ってからトーカちゃんずっとテンション高くてねー。目を離すとすぐいなくなるんだ。この階まで連れてきてアリガトね。チホちゃんがいなかったら今頃迷子になってた筈だから」

 

 私と同じように彼女を抱えてウインクする女部田さん。これから礼先輩のところまで連れて行くのだろう。性欲は凄いけど面倒見の良い子だな。

 二人を眺めていると、冷泉院さんが私に目を向けた。

 

「私、触れた相手のことを理解できる、という特技のようなものを持っているんです。自分でもよくわかっていないんですが──」

 

 彼女曰く手を握る、キスをする、セックスをする、という段階によって精度が上がっていくという。セックスをすれば相手の経歴なども丸裸にできると彼女は断言した。

 つまりおんぶで触れ合った僅かな時間で私の過去をある程度把握できたというのか。

 なにそれこわい。たったあれだけで非性産的な人間だってことがバレたら理不尽もいいところですよ。……バレてないよね? 彼女の顔色を窺っても先ほどと何一つ変わらない、感情を読み取れない不思議な笑顔がそこにあった。

 無意識の内に唾を飲み込んで、彼女の言葉を待つ私。

 少し間を置いて彼女は下唇に人差し指を立てながら、小首を傾げ話し出す。

 

「薙帆さんはとても身体を鍛えているんですね」

 

 おおこれはセーフか……? フフン、それほどでもないさ。

 

「──修行ばかりの暗い青春を送っていたんですねぇ」

 

 おっふ。

 ひ、人が気にしていることを的確に抉ってくるのほんとやめろォ!

 そうですよどーせ私なんか小中学生の頃クラスの子にほとんど話しかけられたことのないぼっちでしたよーだ。多分修行の辛さで目が完全に死んでたせいだけど。

 

「あーごめんねぇ。この子人の心がわからないから。今のは『遊び盛りの筈なのに修行へ打ち込むひた向きな姿勢、尊敬してます』みたいなニュアンスなんだ。あとトーカちゃん今のは私にもダメージ入るからやめようね」

 

 言葉足らずって次元じゃない。

 それじゃ、と二人が別れを告げ階段の方へ去っていた。あ、嵐のようだった……。申し訳ないが女部田さんと冷泉院さんからは距離を置こう。二人ともそれぞれ危険すぎる。

 

 よし、橘くんもバタバタしてるうちに帰っちゃったようだし、私もそろそろお暇するか。

 彼女はパーフェクトと読まない方の一般的な完璧超人というイメージだったので、さっきのはビックリだったな。あの冷泉院さんが迷子になったなどと噂しても誰も信じてくれないだろう。

 

「──迷子じゃありませんけど!」

 

 通りがかった店先で、可愛らしい声が私の耳元に飛び込んできた。そこには小学生くらいの子供と、困った顔をしている店員さんの姿が。

 

「そうだよねぇ、うんうん、わかってるのよ。ちょっとお姉さんと一緒にあそぼっか」

 

 目線を同じ高さに揃え、頭をナデナデしている店員さんに何故だかガガーンとショックを受けている少女。どこかで見たことのある子だな。……あ、あのパイプ椅子。思い出したぞ!

 私は二人の前に飛び出し店員の挨拶を受け取りながら、彼女の耳元で小さく囁いた。

 

「知っていますか。C()()()()()()()()()()()()水ノ月学園のA等部に飛び級入学した女子生徒の話を」

 

「はぁ、それが一体なんなん──まさか!?」

 

 話が早くて助かる。

 そう、彼女こそが、学園一の才女。

 常に持参しているパイプ椅子がトレードマークの、渡会(わたらい) ヒナミ先輩だ。

 小学生扱いするのは失礼かもしれないという旨を伝えると、納得したのか店員さんは大人しく店内に引っ込んでいった。

 

「何だかよくわからないけど、ありがとう!」

 

「なに、目上の方が困っていたら放ってはおけませんよ、ヒナミ先輩」

 

「せ、先輩……! 初めて言われた……! あたしが先輩! あたしが目上!」

 

 なんだか感極まっている彼女。私より年下なのに一学年上、最上級生の中で成績トップを取り続けているのだ、敬意を表するのは至極当然の話でしょう。多分他の子たちに子供だからとこれまで舐めた態度を取られていたのだろうが、私は違う。

 暫く私の顔をジッと見ていたヒナミ先輩の目が大きく見開かれる。燦然した輝きを瞳に宿しながら、彼女は感激の言葉を呟いた。

 

「わぁぁぁ……! 生の雀野ちゃんだぁ……!」

 

 憧れのプロ野球選手に偶然出会った野球少年みたいな視線だ。私は年棒5万を軽く咥えているとの噂だからね。青藍島キッズ達には人気者なのです。全然嬉しくないけど。

 彼女はまだセックスが解禁される性人年齢に達していないから、その分憧れも強いのだろう。同級生たちが目の前で楽しげにドスケベしてるのを眺めているだけなら尚のこと。

 すると彼女は手に持っていたプラスチックの袋を開け、私の前に取り出してきた。それはつい先ほど見かけたばかりの──エロ本である。私の。

 

「あたし、雀野ちゃんに憧れてるんだ! クールで正に大人の女性って感じだよね!」

 

 その本を見せつけられながら言われなかったら素直に喜べましたよはい。

 ……おや。彼女の袋から見え隠れするもう一冊の本の存在に私は気がついた。

 

「失礼ですがそちらの袋に入ってるのは本土で出版されていた少女漫画では?」

 

「雀野ちゃん知ってるの?」

 

「ええ、名前だけは。古い作品になるので読もうか悩んでいたところです」

 

 確か学校一の人気者であるイケメンとひょんなことから関わるようになり、少しずつ仲良くなっていく普通の女子高生が主人公の、オーソドックスな恋愛物。確か実写化もされていた筈。

 10年ぐらい前に連載されていた漫画だから、気になってはいたのだけれどお小遣いは有限じゃないのでずっと先延ばしにしていたんだ。本屋さんに取り寄せてもらったのかな?

 そんなことを思っていると、ヒナミ先輩の頂点──所謂アホ毛が天井に向かってピンと立ち、彼女の目はデフォルメされたゲームや漫画のキャラクターみたいにピカピカと光っていた。

 私の手をガッチリと掴んで一言。

 

「──よかったら、お家に来ない!?」

 

 

 というわけで舞台は打って変わってヒナミ先輩のご自宅へ。天才飛び級生なんだから、如何にもそれっぽいインテリジェンスな内装を想像していたんだけど案外普通、いや私の部屋より数段上の女の子部屋だった。実年齢小学生に負けてる私って一体。

 

「えへへ、水ノ月の子にオススメしてもあんまりウケがいいトキなかったからな、仲間が増えて嬉しいな」

 

 花咲くような笑顔を浮かべながら、彼女の髪がピョコピョコと動いていた。感情に反応して動くアホ毛、実在していたとは。

 まぁここの人に薦めても日常、恋愛描写はあくまでセックスを盛り上げる過程なのにそれが長すぎる、肝心のセックス描写が薄すぎるって匙を投げられそうだよね。

 

「ヒナミー、礼ちゃんが上がってくるけどいいかしらー?」

 

「うん、もちろんお母さん! って、あっゴメンね薙帆ちゃん。あたしのお友達が来るみたいだけどいいかな?」

 

 すっかり意気投合して下の名前で呼んでくれるヒナミ先輩に首肯する。

 彼女の友達かぁ、小学生の子だろうか、それともA等部の人だろうか。音で伝わってくる歩幅間隔からして高確率で後者だろうな。

 規則正しいノックが響き、失礼しますと礼儀正しい声が伝わる。

 キビキビとした動きをした少女、糺川礼先輩は、ヒナミ先輩を視界に入れると今まで一度もお目にかかったことのない弛緩しきった表情を見せ──座っていた彼女の薄い胸元にダイブした。

 

「ヒ~ナ~ミ~! うぉぉぉぉん!」

 

 私がいることに全く気付かず、おいおいと泣き叫ぶ礼先輩。お家が揺れると錯覚するほどの大咆哮である。頭をヒナミ先輩の服に押しつけながら超高速で首を回し抱き着く礼先輩は普通に怖い。

 無言で気配を殺し、ひっそりと息を潜める。これバレたらいかん奴だ。

 

「桐香様が迷子になったのは私が目を離してしまったのが原因で……それは街中で突然性産的行為に誘われたせいだから、つまり出発する時GPS機能付きスマホを持たせることを確認しなかったせい……全部私のせいだ! ハハハハハッヒナミ全部私のせいだ!」

 

 礼先輩が狂ったように哄笑する。ヒエッ。

 くっいかん。あまりの衝撃に固まってしまったが、それ以上の衝撃を受けているのはヒナミ先輩の筈だ。私が何とかして礼先輩を宥めなきゃ。

 でもどうすればこの人を静かにさせられるのだろう。手刀かな。記憶消去かな。いやいやそれはあくまで最後の手段でしょ。

 

「オギャッ!! オギャッ!! バブゥー!! バブゥー!!」

 

 今度は幼児退行し出してしまった。指をしゃぶりながら足をバタつかせている風紀委員長。

 駄目だ闇が深すぎる。彼女の抱えているストレスは、一体どれほどのものなのか。

 私が説得できるとは到底思えないけど、お姉さんとしてヒナミ先輩を何とかして助けなきゃ……。

 何を言おうか迷いつつも立ち上がろうとするしたら、ヒナミ先輩と目が合い──ゆっくりと首を振る。

 少し困ったように微笑む彼女が礼先輩の頭をその小さな両手で包み込むと。

 

 ────ヒナミ先輩は、そっと。少女の髪に手を置いた。

 

「バブ……?」

 

 ヒナミ先輩が優しく頭を撫でる。ただそれだけで、彼女の興奮が少しずつ氷解していく。やがて指を咥えながら、静かに彼女は眠りについた。

 膝枕をしている彼女の慈愛に満ちた横顔に。

 

 会ったことのない、母の姿を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 丁度日付が変わる頃、雀野は先輩から貸してもらった漫画を勉強机に置き身体を伸ばした。飲み会で明日の昼から夕方まで帰ってこない祖父のことは気にせず、消灯し床に就こうとしたところで。

 開いた窓から、渇いた音が流れ込んできた。

 距離は遠いが聞き慣れない非日常的な音は聞き間違いようがない。

 これは、銃声だ。それも一発どころではなく、絶え間なく響く発砲音は戦闘が継続していることを如実に表していた。音源は山の中。

 SHOが条例違反者を発見したのだろうか。

 それにしては妙だ。これほどの銃撃戦を行っていたら、付近の住民に外出を控えるようにとすぐ通達が入ることになっている筈である。

 雀野が思案していると──窓の近くで、男の野太い声が響いた。

 

「おいあっちに逃げたんだよな!?」

 

「あぁ、とっとと追いかけるぞ!」

 

「俺達みたいな新入りでもあのガキさえ捕まえりゃ……ひひ!」

 

 駆け足で山へ赴く二人組の男達は、明らかにSHOやSSの関係者ではない。そもそも青藍島に住んでいる人々とも、観光客とも纏っている空気が全く違う。

 ────嫌な予感がする。

 少しでも身元が判明しないようにと、マスクと伊達メガネをかけ寝間着用ジャージのまま、雀野は家を飛び出した。走りながらゴムを伸ばし、艶やかな黒髪を一房にまとめる。

 鋭敏な聴覚を活かし銃撃地点を大まかに捉え、円を描くような軌道で移動しているのだろうと脳内で予測を終えた少女は、一気に加速した。鍛え抜かれたしなやかな下肢が落ち葉を踏み抜き、慣れ親しんだ山を最短距離で瞬く間に縦断していく。

 道中誰か落としたのか転がっていた狙撃銃が目に入り、一先ず簡単には見つからないようにと生い茂る木の一角へ放り投げ、枝葉のクッションに引っ掛けた。

 

 暫くして目に映し出されたのは大量の男たち。そして、暗中でもよく映える、美しい白髪を靡かせた着物の少女。

 ハンカチを貸してくれた、今朝出会った女の子の矮躯が無情にも吹き飛ばされた。発射された無数の弾丸の一発が命中したのだ。発砲が止み、最も近くにいた二人の賊が力なく崩れ落ちた彼女へ迫る。

 

 雀野は全力で大地を踏みしめ──男の懐に飛び込み、空いた横腹へ剛脚を叩き込む。肋骨が何本か折れたのだろう、嫌な音と感触に眉を顰めた。男は僅かな呻き声を上げ何が起こったかもわからぬまま沈黙する。

 

「なんだテメェ!」

 

 もう一人の男は場慣れしているのか突然の奇襲に慌てることなく即座に銃を構えた。

 力なく前に伸びた骨折男の腕を掴んで雀野は鋭い呼吸音を伴い地を蹴り伏せる。

 引き金を引こうとして、男が固まった。

 視界に映るのは、相棒を前面に押し出し、拘束状態を維持したまま突貫してくる少女。

 

「なっ」

 

 仲間という肉の盾を構えられては当然射撃を躊躇してしまう。比較的無防備な少女の足を狙おうと銃口を下に向けるが、その反応は少しばかり遅かった。

 か細い腕のどこにそんな力があるのか。雀野の女離れした膂力によって相方を押し付けられた男は為す術もなく地に倒される。

 意識のない成人男性一人分の重りを載せられては藻掻くことしかできず、鞭のようにしなる腕を顎にかすめられ、男は意識を手放した。

 

 無力化した敵を一瞥し少女の元に急いで駆け寄る。

 雀野を視界に入れ、弱々しく閉ざしがちだった少女の瞳が大きく見開かれた。

 

「す、ずの、さ、ん……?」

 

 時間がなかったとはいえ、一応変装してきたつもりだった雀野は一発で名を告げられ驚愕する。

 生気の抜けた薄い朱の瞳に僅かながら光が宿る。残された力の全てを振り絞る勢いで、少女は声を張り上げた。

 

「お逃げ……ください……! 彼らの狙いは、わたし一人です……わたしはもう、動けません……! 今であれば、あなただけなら、なんとか、助かるはずです……!」

 

 彼女の足元に転がった弾丸に触れる。柔らかい感触、ゴム製であることから最悪の事態にはならないだろうが、息も絶え絶えといった様相はあまりにも痛々しい。

 草木が揺れ、複数の乱雑な足音が耳に届いた。どうやら追手が続々と集まってきたらしい。

 

「お、ねが、いします……! えっ?」

 

 土を舐める白髪がふわりと浮かび、必死の形相で懇願する少女の視点もまた上昇した。腰と太腿を軸に持ち上げられる、所謂お姫様抱っこの状態で雀野に抱きかかえられたのだ。

 近場の木にゆっくり寄り添わせ、困惑の表情に塗り替えられた着物少女の首に腕を回してはギュッと抱き締める。

 久しく味わっていなかった温もりが冷えた身体に染み込み、小さく震えた。

 

「あっ」

 

「大丈夫だ」

 

 自分が狙われているのにも関わらず、自身の怪我を顧みず。真っ先に他人の心配をしてくれた。

 なんて優しい子なのだろう。なんて健気な子なのだろう。

 そんな女の子を目の前にしたら。

 

 ────全力で助けたくなっちゃうってもんでしょ!

 

「我は知っての通りドスケベビッチの雀野さん。殿方を腰砕けにするなんて赤子のチンポの皮を剥くぐらい造作もないことだ」

 

 青藍島風の決め台詞に茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべ、嫋やかな手つきで少女の頭を撫でる。薄い赤い瞳が先ほどより更に大きく張るが、直後意識を保つ体力の限界を迎えたのかプツリと首を下ろし、押し黙った。

 

 強い光を背中越しに浴びて雀野は立ち上がる。正対するは、両手の数ほどの男達。

 一人が手に持つ懐中電灯の光に晒され、暗がりに慣れた目を細めながらも冷静に戦力を分析していく。

 

「あん? なんだこの女? つーかあいつらは? 聞いてるか? あーあー聞こえてますかいー若頭代行ー! ちっ駄目だわ電波悪ぃーなクソ田舎が」

 

「そりゃ山の中だからな。大方騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬かなんかだろ」

 

「ま、見られた以上拉致るしかねーだろ。クソビッチだがここの連中顔だけはいいからな。使い道ならいくらでもある」

 

 中央に固まって好き勝手宣う3人は皆銃を握りしめている。やる気のない姿勢に見えるが、それなりに格闘技を修めていることが体幹の良さから読み取れた。残りのメンバーは多少身体を鍛えているかいないかという程度で、バットやバールのような鈍器を各々肩に担いでいる。銃持ち以外は数だけ集めたチンピラ、というのが雀野の第一印象だった。

 

「……あなたたち、この子をどうする気?」

 

 少女は身元を悟られぬよう、本土にいた頃の口調で問い掛ける。意識しなければ元に戻らない程今の口調が身体に馴染んでいる事実に少しだけむず痒くなった。

 その一方で口元に厭らしい笑みを浮かべながら、中央の男がハンドガンを手で泳がせた。威圧も兼ねているのだろう。

 

「なーに殺しやしねーよ。コイツに入ってるのもライオット弾っていう暴徒鎮圧用のゴム製でな。俺達はそのガキを保護してやりたいだけだ」

 

「まぁその後でガキの身体をたっぷり味わう予定だけどな」

 

「死にさえしなきゃある程度の怪我は大目に見てくれるって言うしマジ楽しみ。俺骨折したロリ大好物なんだわ」

 

「そ。ご親切にどうもありがとう。あなた達にはあなた達なりの信念や正義があって、彼女を捕まえようとするのも仕方なく──という事情がもしあったのなら、私も少しやりすぎたと後悔したかもしれなかったけど」

 

「はぁ? 何言って──」

 

 身の毛がよだつ会話のバトンを耳にし少女は僅かに嘆息する。

 ニヤニヤと下品な笑顔を一斉に貼りつかせる男達を、鋭利な蒼い瞳が刺し貫いた。言葉に詰まり視線が紅一点へと集中する。

 女の存在感が、突如として膨れ上がったのだ。怒りを溜め込み暴発寸前となった自分たちの上司を思わせるプレッシャーに誰かが固唾を飲み込んだ。

 白く、滑らかな指は少し離れた地面を指し示す。照明器具の光を向けた男達の眼下に映ったのは、倒れ積まれた仲間たち。

 再度照らそうと試みるものの少女は既にもぬけの殻。

 動揺が走り直後、中央に構えていた男の一人が崩れ落ちる。

 目前には先ほどの威圧感が嘘のように消え失せた少女が拳を突き立てていた。

 確かに女は存在している。しかしいない。奇妙なほどの実在感のなさが敵の恐怖を煽った。

 

「同情する余地のない悪党なら、私も遠慮なく叩き潰せる」

 

「…………やれぇぇぇぇ!」

 

 マスク越しに言い放たれた宣言を合図に、男たちの絶叫とけたたましい炸裂音が幾度となく鳴り響く。

 

 常人であれば骨も砕けるその一撃を至近距離から連射された、か細い少女は。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、次の標的に双眸を向ける。

 ひ、と悪漢の口から小さく漏れ。

 

 濡羽色の少女の拳が、闇を舞った。

  




主人公→基本的に噂は全部真に受ける。幽霊がお爺ちゃんの家の近所に出ると聞いて数日間まともに寝付けなかったという悲しい過去を持つ

 桐香→日常生活が何もできないやべー奴。桐香√尊い……

 郁子→主人公と戦ってみたいけどヒートアップして本気になったらお互い退学じゃ済まされないとわかっているため手を出さない常識人(?)

ヒナミ→本編開始後、そこには本気で年下だと思い込んでいた主人公にお説教したくなったけど唯一後輩として慕ってくれていた事実もあり、何とも言えない表情を見せるヒナミ先輩の姿が!

淳之介→主人公のせいで月曜日に勇を失い散体してたかもしれない原作主人公

むべむべ→雀野さんはど、どすけべなびっちな方ではないのですか……!?(嘘を見抜く力持ち)


次回で最終回になります。
その後一気にエピローグまですっ飛んでドスケベ回をやる……かもしれない。


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ドーピ淫グガンハメヌープだ…… 

あれ?これ1話完結じゃなくね?と気がついたので短編から連載へ変更しました
それと文字数が結構増えてしまったので、あともう一話だけ続きます



 男たちの張り上げる怒号に晒されながら、少女が森でただ踊る。

 懐中電灯を女の手に奪われ男たちを覆うのは深い闇。

 夜間での戦闘訓練を施されていた雀野は敵の姿をはっきりと捉えることができ、一方彼らはお互いの位置も覚束ず鈍器を安易に振り回せない。少女には圧倒的な地の利があった。

 そして何より、雀野には気配遮断術の心得がある。男たちは少女の居場所すら認識できない。

 すらりと伸びた四肢のどこかが振るわれるたび、悪漢の声は一つまた一つと沈黙していった。

 

「クソ、今のうちに……!」

 

 雀野宅の前で会話していた二人組の片割れが、眠る少女のいるであろう方向へ走り出す。

 偉そうにふんりがえっていた先輩連中は物の役にも立たずあっという間に倒された。この状況で頼れるのは自分の力のみ。

 彼らの狙いはあくまで白髪で、黒髪を相手にする必要性はどこにもないのだ。

 

 女を無視して、いざ目前に迫らんとした青年が不意に大きく跳んだ。

 

「……ってぇ!」

 

 ふと足がもつれて、着物女から逸れ前額部が土くれと接吻を交わす。

 じわじわと痛みの広がる足元には弾丸が転がっていた。回収したゴム弾を女が指で弾いたのだ。

 仲間の様子を見るために前を向くと、鷹を想起させる瞳で男の双眸が埋め尽くされた。ハイライトのない蒼眼は幽鬼のよう。左右から頭部を無造作に掴まれ、男が臆病な鳴き声をあげる。

 今更になって暗黒へと順応し、横たわる仲間を朧気に見つめつつ男は気を失った。

 頭を中心にシェイクされる薄気味悪い刺激に襲われながら。

 

 ──こうして一方的な蹂躙劇が幕を閉じた。

 会敵して凡そ1分にも満たない出来事であった。

 

 着物をはだけさせ、露出する弾痕へそっと雀野は掌を置く。

 肌は赤く染まっているが体内を巡る気脈にあまり乱れはなかった。臓器の損傷や骨折の心配はないと判断し、ほうと安堵の息を吐く。これならこの場から少女を動かしても問題はないだろう。

 無論、病院で一度検査を受けさせる必要はあるが。

 

 和装を整え帯を回し、少女を連れて帰ろうとしたところで、雀野はピタリと手を停止させた。

 背中側から人の気配を再び察知し静かに目線を向き直す。

 

「────電波が悪いんで見にきてみればこの有様たーなぁ」

 

 身長は目算180を超えている。声の低さも相まって男性であることは疑いようがない。

 漫画に出てきそうな黒いマントで巨躯を隠蔽しており、覆い被さる仮面が地顔を秘匿していた。

 雀野が息を呑む。

 リアルでこのような服装を拝めることへの驚きもあるのだが、それ以上に。

 

 ──仮面がださい。すっごください。罰ゲームか何かだろうか。

 

「使えねぇ奴らだ。近頃の若い衆はこれだからよぉ」

 

 ダサ仮面が粗野に吐き捨てては転がる男に蹴りを入れる。

 規則的な大きい打撃音と、喪神した男が零す小さな喘ぎに眉を顰める少女。

 

「あなたがこの人たちの言ってた上司の若頭代行さん?」

 

 下品な連中であったが死体蹴りは不愉快で見るに堪えない。制止も兼ねた声掛けに、マント男があーと独り言ちた。

 

「そうだよ。こいつらは一応俺の手下だ。……なぁお前知ってるか?」

 

 雀野に話しかけたと思えば。

 脈絡もなく、少女へと突進した。

 

「これぐらいのガキはよぉ、首を絞めながらピストンすると最高に締まりが良いん、だぜっ!」

 

「っ……! どいつもこいつも……!」

 

 振りかぶられた拳が少女を襲う。

 だが大振りも大振り、拳骨を耳まで引き力任せに押し出すお手本のようなテレフォンパンチなど雀野に当たるはずもなく、空虚な風切り音を生み出すのみ。

 男の殴打は稚拙だ。武道を嗜んでいるとは到底思えない型もへったくれもないゴリ押しの連打。初めに仕留めた三人の方がよっぽど強かっただろう。

 

「ビビッてんのかぁ!? あぁ!?」

 

 耳元で砲声を轟かせるマント男。

 実戦とはとどのつまり度胸である。格闘技を学ぶ者であってもアウトローに喧嘩を吹っかけられ、口汚い過激なトラッシュトークを浴びせられれば誰だって心が怯むだろう。

 場慣れしていなければ能力を活かせず負けることなど決してあり得ない話ではない。

 男は戦意喪失を狙っているのだろうが、それは幼少の頃既に雀野が通った道だ。虚仮威しにしか聞こえず少女は内心呆れ返った。

 

「これでも食らって、反省しなさ──」

 

 鈍重な右ストレートを半歩横に逸れて回避し、少女の右足が鋭く上がる。

 目標位置は隙だらけの下半身、その中央。男性にのみ与えられた人体急所。

 熱に弱い精子を育てるために体温と遠ざける目的で外部へ剥き出しとなった生殖器。

 俗に言う、金玉である。

 

 

 蹴りと睾丸がぶつかりあった瞬間。

 

 

 ────右足から、突如として激痛が伝播した。

 

「えっ」

 

 少女の口から信じられないという声色が漏れる。それは、途轍もなく奇妙な感触だった。

 柔らかな精巣に触れたにもかかわらず、雀野が感じたのは()()()()

 一体何が起きた? 思案に埋没する一瞬の空白を男は見逃さなかった。

 

 雀野が弾き飛ばされる。マントの下から伸びた剛脚が、少女の脇腹を襲ったのだ。

 同一の妙竹林な感覚と強烈な衝撃が細身を駆け巡る。

 

「ッゲホッ……演技がとっても上手いんだね、あなた」

 

 痛みに耐え体勢を立て直しながら男へ投げ掛けた。

 仮面の繰り出した蹴撃は鋭利で、名のある武闘家でも放てる者はほとんどいないだろうと断言できるほどの、流麗な一撃。

 見せつけるように、ゆったりと残心し姿勢を整えていく。その風貌は紛れもなく達人のそれ。

 

 男は弱者を装う強者だった。

 

「そういうお前もなぁ()() ()()()

 

「…………! 看破された上での賛美など嫌味にしか聞こえないのだがな」

 

「いやぁマジで褒めてるんだぜ? さっきまでのオーラのない死人みたいなお前と普段のお前を結び付けられる奴はそういない。だが俺は人間観察ってのが得意でね。素顔を見さえすれば、どれだけ変装しようと俺の眼は欺けねぇんだよ」

 

 存在感を消していた少女の目に光が戻る。

 正解と言わんばかりにマスクと眼鏡を放り投げ、得体の知れない外敵に強いまなざしを向けた。

 教員や清掃員含めた職員の男性全員から性産的行為に誘われたことのある雀野は、水ノ月学園に通っている者でないと断定する。男の声は聞き覚えがなかった。

 街中のどこかですれ違ったのだろうか──いや、今はそんなことどうでもいい。

 黙考と平行して呼吸術を駆使し、腹部の痛みを滅却した。傷がなくなることはなく、ただ誤魔化しているに過ぎないがこの戦いにおいては無用の長物。

 

「ったく手間かけさせやがって。手加減せず蹴ってればそこで試合終了だったのによぉクソ甘ちゃん女が。……あービッチのお前が金玉をぶっ潰すわけもねぇか」

 

 そうだ。心の中で少女は男に同意する。

 男の想像する意図とは違うがその通り陰嚢を粉砕しようなどとは微塵も思っていなかった。

 暫しの間悶絶させられれば、それでいいと。

 だが。

 もしもあの時、怒りに任せて蹴りを放っていたとしたら。

 

 

(私の右脚の骨は間違いなく金玉に折られていた──!)

 

 

 少女の額を、冷たい汗がじわりと濡らした。

 青藍島では性人年齢に達していない幼き少年少女との性行為を固く禁じられている。

 性に緩すぎるこの島の住民にとってそれは絶対的な境界線であり犯してはならない禁忌で、長年本土で生活を送っていた雀野も同様である。

 白髪の少女がそれに抵触しているかどうかは定かでないが、彼の発言で未性年を意識させられていたのは確かだ。

 ごくごく単純な煽りによって、雄の象徴へと誘導させられた。男の掌で踊らされていたことに気づき、少女は軽く舌打ちする。

 

 緩慢な動作で前進する男へ、今度は雀野が飛び出した。しなやかな腕が伸び、ボクシングのジャブを思わせる速射砲が男を襲う。威力を犠牲にし速度に特化させた、拳の弾幕。

 ところが──拳打をぶつけるたびに、攻めを担う雀野の顔に苦悶の色が差していく。

 どこに打ち込んでも、恐ろしく硬いのだ。生身である筈なのに、金属を叩いてるようなちぐはくさ。少女の両手に疼痛が着実と積まれていく。

 

「どうした痛いどころか気持ちよくすらねぇぞ! 腰の動かし方もわからない処女の騎乗位かぁ!?」

 

 ノーガードから男の一閃が解き放たれた。掌が上から下へと反転し、螺旋の軌道を描きながら少女の胸部へと肉迫する。

 雀野は腕を交差させブロックしバックステップ、反動を活かし空中で鮮やかな一回転を決めて、被害を最小限に押し留めた。 

 マント姿の男が如何にも面倒だという物言いで少女に対し開口する。

 

「これでわかっただろう? 無意味な反抗をやめて大人しく降参しろ」

 

「いや、意味がなかったわけでもないさ。3つほどわかったことがある」

 

「ほー言ってみろ」

 

 まずは一つ。少女が口ずさみ人差し指が立てられる。

 

「今しがた見せた、空手の正拳突きによく似た技から察するに──貴方の流派は崋山(かざん)心眼流(しんがんりゅう)だ」

 

「へぇ、マイナーもマイナーだと思ってたんだがな」

 

「そして崋山心眼流の多くがとある大組織に属していると聞いている。恐らく貴方たちは本土からやってきた、そう──ヤクザだろう? これが二つ目」

 

 雀野薙帆という女は父親の伝手により様々な格闘家との手合わせを行っていた。任侠団体に籍を置く一人とも対戦済みである。もっとも、過去に戦った男とマント姿のレベルは段違いだが。

 確証はなかったがどうやら推論は正しかったらしく、僅かに男が静止した。

 

「最後。貴方の戦い方は肉体に宿る気を操作する──一般的に内功、気功術と呼ばれる技法に近似している。パッと思いつく限りでは、隣国に伝わる硬功夫(イーゴンフー)か、それとも沖縄空手の上地流か」

 

 硬功夫。それは中国独自の鍛錬法だ。

 頭から足先まで、五体を毎日極限まで虐め抜いて虐め抜く。幾星霜を経て修練を重ねた者は、煉瓦を指で貫き鉄棒を頭で受け止める凄まじい頑強さを得られると雀野は聞き及んでいる。

 少女が話し終えるとマントは手を叩いた。まばらで嫌味や嘲りが混合された、乾いた拍手だ。

 

「似ているかもなぁ、御明察と言ってやりたいが……それがわかったところで何になる? お前の攻撃が一切通じないことに変わりはねぇ」

 

「なに、何事もやってみてなくてはわからんよ!」

 

 力強く唸り、再び少女は攻勢に出た。

 足場を踏み込み、仮面の眼前で雀野が廻る。ワンテンポ遅れた形で、仮面の男もまた廻る。

 軸となる右の踵が相対者に向けられ、双方無防備な背部を曝け出した。

 遠心力を高め利用する蹴り技──後ろ回し蹴り。まとめられた一房をはためかせながら、仮面男の横っ腹を刺す。始動の速い雀野の技が先に決まるのは道理だった。

 けれども。 

 

「効かねぇっつてんだろうがよぉ! その程度の火力如きがぁぁ!」

 

 それでも男は止まらない。桁違いの耐久力が、打撃を浴びながらのカウンターを可能にした。

 最初の蹴りとは比較にならない仮面の全力を纏った流星が、空を裂いて雀野の側腹に飛来する。

 男の両目に、腕を差し込みガードを図ろうとする少女の姿が見えたがその程度で殺し切れるほど生易しい代物ではない。腹も腕も深手を負うことは必至だ。

 敢えて女と同じ技を使用し、ねじ伏せる。男は仮面の下で雀野を嘲笑い。

 直後、驕り高ぶっていた男が驚愕で目を見開く。

 

「なっ──」 

 

 仮面の背中が、地面に叩きつけられた。

 蹴り足を両側から腕でホールドし男を押し倒したのだ。回し蹴りで片足立ちとなった男は不安定な態勢であり、崩すのは雀野にとって造作もなかった。

 完全な予想外の反撃により硬直する男の股座に、雀野の足が纏わりつく。両腕で抑え込まれた脚が、少女の太腿に挟み込まれた。

 名を膝十字固め。膝を極めるために作り出された()()()

 膝関節の可動方向と真逆に捻ることでこの技は完成する。 

 片足さえ動かせなくすれば逃走の余裕ができる。雀野の最終目的はあくまで少女を安全に避難させることで、男を打ちのめすのは必須条件ではない。回し蹴りはそのためのブラフだった。

 

 後方へ倒れ込もうとしたその刹那──雀野の視点が上昇した。

 

 男は常人ならざる背筋を推進力に変え、女ごと持ち上げたのである。不意を突かれた急浮上に僅少ながら女の拘束が緩まった。尻を地べたから離したことで可動域が広がり、足を雀野の腕からスルリと引っこ抜く。

 男と女がほぼ同時に起き上がり、後退。闇の中を静寂が包む。

 一呼吸置いて、少女が短く溜め息を吐いた。

 

「貴方がいくら堅くとも、関節技ならあるいは……そう思ったのだがな」

 

「間違っちゃいないぜ。はっきり言っちまえば、俺の技はただ体を硬質化させ暗示みたいなもので痛覚を鈍くしているだけだ。神経や靭帯は人と然程変わらない」

 

 ただな、と男は繋ぐ。

 

「弱点をそのままにしておく馬鹿がいるかよ……! ありとあらゆる締め技、関節技への対処方法を俺の身体は学習済みだ。薬物投与や肉体改造で身に着けた筋力もある。俺にベーシックな技は通用しねぇ」

 

 ハッタリではない。力ずくのようで、経験に裏打ちされた技術を少女は肌で感じ取った。

 雀野にとって関節技は本来専門外のスキル。奇襲に失敗した今、自身の力量でこの男を捕らえるのは困難を極めるだろう。寧ろ逆に関節技で返される可能性の方がずっと高い。

 それこそ寝技のエキスパートでもなければ、マント男の牙城は崩せない。

 男の言明を認め、少女はゆっくりと首を縦に振る。

 

「──貴方は強いな。掛け値なしに。やり方はどうあれ、我は努力する人が好きだよ」

 

「俺もお前のことは気に入った。青藍島の超が付くほどの有名人をどう始末しようか悩んでいたんだがな────俺の部下に加えてやる」

 

「ふっ、世迷言を……仮に負けたとして、我があっさり恭順するとでも思っているのか?」

 

 称賛の微笑を浮かべていた雀野は打って変わって冷淡な表情に切り替わり、呆れてものが言えないとかぶりを振った。

 しかし、面の隙間から光る両眼は不思議と力強さに満ち溢れていて。

 

「ああ思っているぜ。断言する。俺のイチモツを突っ込みさえすれば、お前は俺に逆らえなくなる。一生な」

 

 荒唐無稽な戯言。一笑に付す妄言に、雀野が息を呑む。

 男は、先ほどと変わらず揺るぎない自信を以って少女に語り掛けたのだ。

 まるで本当に女をいとも呆気なく屈服させる、チン堕ちさせる力を男が備えているような。

 ──それは、如何程の絶技なのだろうか。やはり、凄く大きいのだろうか。

 

「流石は島でも一、二を争う淫売だな。チンコの話をしただけですっかりヤる気になってやがる」

 

「真剣勝負の最中だぞそんなことあるわけないだろう常識的に考えて」

 

「心理学齧ってなくてもわかるぞ。すげー早口で言ってそう。図星だな、ってな」

 

「……………………ちなみに聞くが、貴方の部下とやらになったら我に何をさせるつもりだ?」

 

「やらせたいことは山ほどあるが……そうだな。いつの世も裏の世界ではガキを使った商売ってのが人気でね。お前はガキ受けがいい。どいつもこいつも声を掛ければお前に付いていくだろうさ。つまりはそういうこった」

 

 そうか。少女は低く呟き。

 トントンと。少女が小さく跳ねた。足周りに落ち広がった木の葉が子気味良い音を立てる。

 鋭い呼吸音はやがて揺れを鎮まり返し。

 

 雀野が、初めて構えを取った。

 

「……人に向かって、使いたくはなかったのがな」

 

 ──女から醸し出される空気が明らかに変質した。

 未知のプレッシャーに、荒事に慣れていた男の全身が総毛立つ。

 

 

 男が発動している技は"漢勃(おとこだ)ち"。

 男は元々短小だった。不出来な息子を抱えているのが嫌で嫌で仕方がなかった。

 それを解決すべく、男が取り組んだのはペニトレである。

 勃起した陰茎だけで全体重を支え、上下させるイチモツ勃て伏せ。

 バーベルを紐で股間に巻き付けるチンコースクワット。重りを付けてチン垂。

 並々ならぬコンプレックスが常軌を逸した負荷修行を生み──執念の果てに、紙のナイフを鉄の剣へと昇華させたのだ。

 ペニスの勃起力を総身へ転化させ、男を鋼に変異させる。それが漢勃ちの原理。

 

 少女は男を右脚で蹴り、男の右脚で腕と腹を蹴られた。最早戦えない身体の筈。

 にもかかわらず、少女は負傷などまるでないように深く腰を落とし脚を大地に突き刺していた。

 何かがある。揺らがない体幹と、未曾有の威圧感を前にして男は警戒心を最大限に押し上げた。

 

 ────イメージしろ。純白のショーツを。

 

 ────イメージしろ。事務的にたくし上げられたスカートを。

 

 ────イメージしろ。蔑むような視線で己を見下す雀野薙帆を。

 

 速やかにピースを組み立て、妄想のパズルが仮面の脳裏で完成した。

 嫌そうな顔でパンツを見せてもらうこと。それは男にとって、究極にして至高のオカズ。

 男の逸物が黒布の中でもぞもぞと猛り狂い、外套を押し上げ黒の天幕を作り出した。

 覚醒を遂げたモンスターに連動し男は更なる剛体へと進化した。

 蔑視でうっかり射精してしまわないよう、精神統一を行いリビドーを沸点寸前までに抑え込む。

 

 突風が吹き砂埃が舞う。

 瞬きをし黒で映像が途切れ──少女は男の目と鼻の先まで接近を終えていた。 

 

「な──」

 

 漢勃ちがあるからといって馬鹿正直に攻撃を食らう義理はない。一対の腕で捌き、流す。

 男は万全の状態で待ち構えていたつもりだった。

 しかし爆裂音を伴った、雀野の人間離れした神速を仮面は目で追うのがやっと。

 振り上げられた拳を流すのは不可能だと悟り女の狙いである腹直筋にだけ神経を研ぎ澄ます。

 チンポエナジーを一点集中させたマント男の最大防御が少女を迎え撃った。

 

 何とも形容しがたい、奇妙奇天烈な衝突音が闇に響く。

 

 どちらもその場から一歩も動かない。  

 風が止み、男は仮面の下でニタリと嗤った。

 

 ──勝った。女の切り札であろう一撃を完全に防いだ。

 

 ビビらせやがってと心の中で悪態をつきながらも、肉体は女にトドメを刺すべく淡々と行動を開始していた。

 拳を突き出したままリアクションを起こさない無防備な少女へと蹴りを放とうとして。

 

 男の眺める景色が急激に変化した。

 

「あ? 何がが起こって──」

 

 少女が逃げていく。構えを解かぬまま逃げていく。

 違和感に戸惑いながら、少女の蒼眼に睥睨され──真相を直視する。

 

 

 男はたたらを踏んで、尻餅を付いていた。

 

 

 漢勃ちはあらゆる痛撃を防ぐ守りの技だが、減衰できるダメージにも限度がある。

 許容量を超過すれば技は解除され、蓄積された人体への負担が一気にフィードバックするのだ。

 たった一撃。

 たった一撃で、漢勃ちのチンポエナジーを全消費させられ解除ギリギリまで追い込まれていた。

 生まれたての小鹿のように震える脚で男は何とか立ち上がる。

 少女も拳を下げ、信じがたい物を見つめるように口を開いた。

 

「我らが業を受けてなお立ち上がるか。敵ながら見事……!」

 

「うるせぇ……! 俺に何をしやがった……!」

 

 怒気を込めた男の問いに無言で応え、少女は腕を下ろしリラックス状態を取った。 

 女がぼやけている。漢勃ちの副作用が目にも来たのかと男は早合点したが不正解だった。風景は尚も鮮明で、曖昧なのは少女のみ。

 時が経つにつれて少しずつ夢現と化していく雀野を凝視して、男は不鮮明の正体に辿り着いた。

 

 振動だ。 

 少女だけを局地的な地震が襲っているような、猛烈な超震動。 

 その姿を一言で表すとしたら──────それは、一振りのバイブであった。

 

 打撃というものは足から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へと力を伝達させるもの。

 体の構造を把握し、内部に流れる力を外へ流出しないよう研鑽を積み徹底的に無駄を削ぎ落す。

 いかにエネルギーを効率よく拳に乗せるか。それが技の威力に直接結びつくのだ。 

 ならば、あの振動を武術に応用したら。

 パフォーマンスを維持したまま振動エネルギーを生成し、それを上乗せできたとしたら。

 

「貴方は強い。だが──我と貴方では如何せん相性が悪すぎたな」

 

 防御力を遥か上回る攻撃力によっての正面突破。

 全身を肉バイブに変えた女と全身をチンコに変えた男による一騎打ち、勝敗は一目瞭然だった。

 それでも男は少女を仮面の下から睨みつける。任侠としての意地か、男としてのプライドか。

 

「テメェ……爪を隠してやがったな……! 舐めやがって……!」

 

「侮っていたわけではない。我の流派は、古くは戦国より続く殺人拳。一撃一殺を旨とするこの技は容易く人の命を奪ってしまうのだ。故に貴方の技をまずは体感しなければならなかった」

 

 だからこそのジャブ。だからこその回し蹴り。効果範囲を確認し、守備力を見極め、その上でバイブレーションの出力を雀野がコントロールできる最下限まで調節し魔拳を撃ち放った。

 筋肉を瞬間的、連続的に緊張&弛緩させ振動を発生させる。静乱流の基礎にして奥義を雀野家は地狼(ちろう)と呼んでいた。

 技の本当の由来を、雀野は知らない。

 

「降参しろ。貴方に勝機は残されていない」

 

「……いいものかよぉ! 女如きに舐められるなどぉぉ!」

 

 男が女の周囲を旋回する。まだ何かをするつもりかと仮面を警戒しながら少女は追従した。

 途中で走行をばたりと中断した男が外套のなかで何かを探る。

 仮面が引っ張り出した武器を一目見て、雀野は深い、深い嘆息をもらした。

 

「動くんじゃねぇぇ! いくらテメェでも鉛玉は防げねぇだろうが!」

 

「中身はゴム弾だろう? 少女の確保のために、殺傷力のある実弾を用意するとはとても思えん」

 

「チィ……! だがなぁ、例えゴム弾でもこの距離ならかなりの破壊力になるんだぜ。

 ここでもし避けたら、お前の代わりに大切な大切なお姫様が大怪我負っちまうぞぉ!?」

 

 雀野は少女の身を守るべく常に男と挟まれる形で戦闘状況を保っていた。

 男の狙いはできうる限り間合いを縮め、このシチュエーションに持ち込むこと。

 乱れたポニーテールを指簪で整えながら、少女は身構えもせずに男の正面に立ち塞がる。

 

「──好きにしろ。どこまでも足掻く姿勢は嫌いじゃない。ただし先に言っておくぞ。我にライオット弾は届かん」

 

「吠えてろやメス豚がぁぁ!」

 

 怒声とシンクロするように引き金を折らんとする強力さで人差し指は内転した。

 銃口から弾丸が射出され、闇夜で発砲炎が花開く。

 技能に乏しいまま銃を扱うなどあり得ない。妥協を許さない男は当然訓練にも力を入れていた。結果、身に着いたのは驚嘆に値する正確無比の精密射撃。

 仮面の狙い通りに、少女の脚部を凶弾が撃ち抜いた。

 次弾発射はすぐに行わない。少女が痛苦に悶え暴れるかわからないからだ。男が求めるのは確実な勝利。

 ゴム弾を一発も浪費してはならない。焦燥に駆られた男に残る一欠けらの判断力が自然と慎重な態度を生んでいた。

 しかし男がその機会を得ることは永遠になかった。

 

 ────女は、微動だにしていない。二本の足でしっかりと立ち退屈そうに男を眺めていた。

 

「続きはいいのか?」

 

 銃弾の雨霰が雀野を襲う。薬莢もろとも理性が体外へと放出され、男は思考を放棄しただトリガーを握り続けた。典型的なトリガーハッピーだ。

 火花舞い、重い衝撃音が静閑な森林地帯を駆け抜けるが、すぐに指を引いても砲火の光が散ることはなくなった。

 ライオット銃の上部が横にスライドしている。それは弾切れの証明であり、仮面を現実へ強引に連れ戻す。何度目かもわからない、男の叫び声が山々に木霊した。

 

「どういうカラクリだ! 何故通用しねぇ!」

 

「……我の流派は内気功にも精通している。気を集中すればそれなりの防御力にはなるさ。そして」

 

 雀野が転がり落ちていた小石を拾い上空へひょいと投げた。重力に従い、地と平行に伸ばされた腕へ石ころは落下していく。

 揺れ動く腕と接した途端──石はバネで押し出されたように、再び天空へと飛翔する。

 滞空時間は、先の比ではなかった。

 

「──気で肌を保護し、ゴム弾そのものを筋肉の収斂によって弾いた。ただそれだけのこと」 

 

「俺の回し蹴りでピンピンしてたのも……クソっ化け物が……!」

 

「結構痛いんだぞこれでも。しかし貴方の怪物じみた強靭さも大概だと思うがな。我の内気功とはどことなく毛色が異なるようだが」

 

「俺はただイチモツの勃起力を身体に行き渡らせてるだけだ! テメェのトンデモ拳法と一緒にするんじゃねぇ!」

 

「は? いやそれはこっちも一緒にされたくないんだけれど……え? イチモツ? え?」

 

 男の発した言葉を上手く咀嚼できず、少女の脳内が疑問符でいっぱいになる。

 動揺を狙っているのかと疑ったが、男の声は本気と書いてマジトーン。

 実際、嘘偽りなかったが雀野は聞き流すことにした。

 錯乱状態に陥った男から吐き出された唯の出任せだと、そう思いたかったのである。

 

「……ゴホン! さて、そろそろ幕引きといこうか。我もいい加減眠りたい」

 

 詮索はやめておこう。雀野は考えるのをやめた。今のやりとりを丸々なかったことにして、後ずさるマントへゆるりと進撃を開始する。

 少女が一歩、歩を進める。男性が一歩、後ろに下がる。

 逃亡できないことを男は自覚していた。少女は速度においても男を凌駕している。

 男はここに来てゴム弾だとあっさり認めてしまった判断ミスに気が付いた。心理戦は得意分野であった筈なのに、人外的な強さを目の当たりにして冷静さを欠いてしまったのだ。

 もしも女をペテンにかけていれば。もしも真の実力を発揮する前に関節技で壊せていたら。

 無為なIFが泡沫の如く消えては現れる。大木に行く手を遮られ、反復作業は唐突に終局を迎えた。男の相貌が苦々しく歪曲し、外装から滲み出ていた尊大さは影も形も残されていない。

 文字通り後がなくなった黒衣の仮面は、女に向かって突貫した。

 

「誰にでも股開くクソビッチがああああ!」

 

「ありがとう。ここでは最高の誉め言葉だロリコン仮面!」

 

「俺は老若男女誰にでもイチモツ突っ込めるだけで特別ロリコンの趣味はねええええ!」

 

「それはそれで気持ち悪いわああああ!!」 

 

 男女の咆哮が山に響き、合わせ鏡のように拳が打ち放たれる。

 各々の腕が敵にいざ迫らんという時──重量感のある効果音を伴って何かが天来した。

 何事かと顔を向けると、そこには土床に転がり落ちている丸い砲弾めいた球が。

 

 落下物には、でかでかと『SHO』の文字が刻印されていた。 

 

「は?」

 

 二人の間の抜けた声が重なり合い──ピンクがかった煙が瞬く間もなく森に充満する。

 

「はひん♡ おぉん♡」「お゛お゛っ♡! お゛おっ! ♡」「イクのおおおおお♡」

 

 最も近くで倒れていた男達が、喘ぎ声の大合唱を一斉に唄い始めた。

 

「銃声を聞いてSHOに通報した奴がいたか……! だが今はありがてぇ!」

 

 桃煙を視認した両者の初動は素早かった。

 雀野は男に構うことなく着物の少女を担ぎ上げ、そのまま女の子を支えていた木を猫のように駆け上がる。

 微少ながら煙を嗅いでしまい、甘ったるい香りに鼻腔をこそがれながら、明朝にSHKのニュースで語られていた報道内容を雀野はふと思い出した。

 淫スタをインストールしたスマホやタブレットは常時、GPS情報を青藍島の管理組織SHOへと発信している。

 それを活用して何かしらの通報があった際、位置情報を下に事件現場を索敵。催涙弾ならぬ催淫弾の砲丸を飛ばし とりあえず媚薬で興奮させセックスで行動を制限しようという、最近考案され実験的に取り入れられた新システムだ。

 雀野はスマートフォンを持っていない。大方汚いコーラスをしている人間の誰かが持っているのだろうと少女は当たりを付ける。

 

 男の方はというと、銃を持っていた部下を連れてそそくさと退散しようとしていた。

 体力も残り少ないだろうに、それでも成人男性3人を背負える膂力に雀野は驚きつつ遁走を図る男に吠える。

 

「逃げるなダサ仮面! 他の部下たちはいいのか!」

 

「こいつらはロリを犯せるって謳い文句で本土から引っ張ってきた何も知らないチンピラ上がりの新入りよ! 捕まったところで俺は何も損しねぇ! あとダセェ言うなこれだから芸術のげの字もわからないバカ女はってうお!」

 

 煙の及ばない高所から飛礫が襲来し、男は肉盾で投石を防いだ。欠片に内包された、部下越しに波及してくる激震に歯を食い縛る。樹木を遮蔽物とし、振動を帯びた拳で投擲物を打ち出してくる少女の猛攻をやり過ごしながら、仮面の口が大きく開く。

 絶叫に近い金切り声が雀野へシャウトした。

 

「────テメェはSHOに保護されるためそこにいるんだろうが! もしそうなったらそのガキの人生終わっちまうぜ! S()H()O()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何!?」

 

 言い置いて、男はその場から足早に離脱した。

 耳を澄まし次第に強くなっていく幾人もの靴音を雀野は聞き取る。警備員たちのお出ましだ。事情を説明すれば罪に問われることはないだろう。

 しかし。

 獲物である少女を治安維持組織に奪取されたくない、敵の虚言を真に受ける必要はないと思う反面、真実ではないかと拳を交えた雀野の、武闘家としての本能が囁いていた。

 そもそも子供一人を拉致するにしては大掛かりすぎるのだ。性犯罪の痕跡を隠すため大人数を動員するというのは理解できるが、それにしてはあまりにも過剰武装。

 白髪の少女が極道者にとって重要人物であることは紛れもない事実なのだろう。

 

 青藍島という、危険でなければ基本的にどんなドスケベプレイでも無料で楽しめるセックス島の誕生によって、客足が遠のき本土の性風俗業界は一気に凋落した。風俗店を裏で経営していたヤクザたちも大打撃を被ったのである。

 重要な収入源を焼野原に変えられた彼らは青藍島の存在そのものを疎んでいる。父が嘗て雀野に語っていたことだ。

 それを踏まえると、彼らが少女を捕らえようと躍起になっていた理由も自ずと見えてくる。

 

(あくまで仮定だけど──彼女はSHO、つまり青藍島を管理する上層部の誰かにとっての弱みなのかな。それならこの子を人質に取り、脅そうって魂胆もわからなくはない……この島の商売に俺達も一口噛ませろ! とか。

 クソダサマスクさんの捨て台詞がもし本当だったとしたら、青藍島に属する人間はこの子を明るみに出したくない……? SHOに保護されたら監禁生活ってうわもう来ちゃった!)

 

 草木掻き分ける進軍音を雀野は間近に捉えた。 

 時間はもう残されていない。

 

「うーむ、ええいっ、なるようになれ!」

 

 少女を乗せ木から木へと音もなく飛び移り、雀野はその場を後にした。

 

 翌日、男達が検挙されたことと導入一日目にして催淫弾の中止が発表される。

 守るべき未性年の子供が発情してしまっては本末転倒であることと、かなりの重量がある鉄球を位置情報のみで判断し発射するのはあまりに危険という、至極当然の理由である。

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば、一安心だな……全く、無駄口を叩いて取り逃がすとは未熟極まりない。まだまだ修行が足りん」

 

 山を抜けて、雀野は住宅街へとたどり着いた。このまま北東へと進めばこの島で絶大な人気を誇る海岸『ヌーディストビーチ』に抜け出て、北西へ道なりに歩けば水ノ月学園が姿を現す。

 この道は雀野の通学路なのだ。幾重にも設置された監視カメラの位置を少女は半年間の登下校でチェック済み。足跡を残さないよう、雀野は迂回し自宅のある南方向へと戻ろうとした。

 

「おっと」

 

 駐車場に止められた車の影に身を委ねる。数拍の間を置いて、路上を眩い光が照らした。SHOに所属する夜間警備員の女性だ。今頃は男しかいない集団が発見されていることだろう。同性同士の深夜密会、傍らには鈍器。怪しさしかなく、大騒動になることは必須だ。そこそこ現場近くにいる彼女は応援に向かわないのだろうのか。

 いや、こういう時だからこそ通常警備が肝要なんだろう。雀野が一人納得している内に、女性は照明片手に少女の横を通り過ぎていった。

 

 警備の数が増えているかもしれない。厳戒態勢であることを念頭に、雀野はひとまず安全確認のため周囲を目視しようと立ち上がろうとして──突然、身体の自由が全く効かなくなった。

 千鳥足を制御できず、雀野は目の前にあったフェンスへ激突し、無様にも崩れ落ちる。

 大きな物音を立ててしまったことに反応する余地すらなく、異常事態に唯々当惑した。

 

「……な、んで……」

 

 壁に頭をぶつけ、激しく臀部を強打した──それが、たまらなく気持ちいい。

 

「や……んぅっ!」

 

 夜風が少女を仰ぐ。心地よく冷やしてくれる微風にくすぐられ、少女の肢体が跳ね上がった。

 呼吸をするたびに熱くなる。外気が肌を撫でるたび妖しい痺れが生まれ、それを起点に肉の内側を浸食していく。

 原因は明白であった。

 

「た、たった、あぁっ、あれだけのっ、りょう、で……!?」

 

 雀野家に生を受けた者は様々な毒を少量ずつ長期に渡って服用し抵抗力を獲得していく。

 暗殺稼業を営んでいた雀野は兎にも角にも人からの恨みを買いやすいからだ。

 毒物に適応した血が脈々と受け継がれ代替わりをするたび耐性はより強固なものとなる。

 現代に生きる雀野薙帆は、歴代で最強の抵抗体を保有していたのだが。

 

 ────それでも、青藍島で誕生した最新鋭の媚薬には為す術もなかった。

 

 後にドーピ淫グガンハメヌープと呼称される、一滴でアフリカゾウも発情させ、長いお鼻までバキバキに勃起させてしまうという劇毒中の劇毒である。

 そのプロトタイプとなる試験煙を、雀野は身中に含んだ。含んでしまった。雀野の体は発症を遅らせる時間稼ぎが関の山。

 

「ん、やぁ……! あっだ、だめ……!」

 

 今まで味わったことのない、膨大な快楽が津波となって押し寄せる。無意識の内に股間へ伸びそうになっていた腕を、気力を振り絞り紙一重で押さえつけた。

 自慰行為に手を出せば最後、官能の鎖に囚われこの場から移動することすら叶わなくなるだろう。それだけは避けなくてはならない。

 酩酊する中、着物少女を見つめる。通学路を覗くため降ろしておいたのは不幸中の幸いだ。

 もしも背負っていたら、少女を硬いコンクリートに叩きつけてしまうところだったから。

 女の子はスゥスゥと寝息を立てていて着物から伸びる手足も特に紅潮していない。

 弱った骨身にこの発情地獄は大層堪える。彼女だけは媚煙を吸わせなかった。雀野は幾分か心が楽になったが、開閉音を耳にしてささやかな正の感情は雲のように霧散していく。

 

「おやおや、どうしたんだい夜中にこんな所で」

 

 扉の向こうから小太りの中年男性が現れた。車の持ち主でもあり家主なのだろう、入口で雀野を気遣うように見つめている。

 夜更けであるのに盗人の類だという疑念心は、頭部と同じく男には毛頭なかった。それは青藍島の治安の良さを如実に表している。

 

「す、すみません、何でもありませ、ん……ぁぁ」

 

 玄関周りの照明を点けて、おぉっと男性は感嘆の声を漏らす。

 雀野は銃撃をほぼ無効化していた。それでもジャージの方は被害甚大であった。

 弾丸と皮膚とでの板挟みにあった布が千切れ飛んでしまったのだ。

 結果的に残ったのは肌をあちこち晒し、男性の劣情を煽るために造られたような娼婦服。

 照らし出された少女の白き肌が桜色に上気し、鋭い瞳の淵には涙が溜まっていた。

 息を乱す上目遣いの美少女に男は唾を呑む。雀野に夢中で、もう一人の少女には目もくれない。

 

「いやぁ、今日は仕事で疲れてたから早めに寝たかったんだけど……これはもうドスケベしなきゃマナー違反だろう」

 

「こ、来ないでくれ……」

 

 人畜無害の、人の良さそうな男性がごく自然に年若い少女へセックスを求める。

 異様な光景だがここは性の乱れる青藍島。どこにでもある日常風景だ。

 雀野には自負があった。万が一男性に乱暴されそうになっても人生の多くを武術に捧げてきた身であれば、誰であろうと返り討ちにできると。

 その培ってきた力を一ミリも発揮できない。媚毒は既に雀野を犯し尽くした。少しでも身じろぎしようとするだけで電流のような快楽刺激が湧き上り、強制的にアクションを中断させられる。

 雀野は生まれて初めて男性に対し恐怖した。

 

「はぁっ、んっ、すまないが、見てのとおり体調が、わ、わるいんだぁ……」

 

「うーむ確かに体調が優れないようだ……だけど」

 

 舐めまわすように視姦され、嫌悪感で悪寒が走る。

 真面目な口調で少女に同調するが、雀野の期待に沿うような台詞が続くとは思えなかった。男性から迸るギラついたオーラが全てを物語っている。

 年季の入った丸眼鏡をクイッと上げながら。

 

「私は性用医学を嗜んでいてね。その顔色と上擦った声。確実に精液不足が原因の貧膣だ」

 

「ひっ、んんぅぅぅああ……!」

 

 貧血みたいに言うな、と大声で叫びたかった。

 けれど喉に力を入れたことで溢れ出た熱感によって、雀野の脳は焼き尽くされる。淫熱が頭の中をドロドロに溶かし、少女の口は雄を誘う淫らな嬌声を奏でるのみ。

 よし! 掌に拳をポンと打ちつけて雀野に提案する。

 

「おじさんが栄養になってあげよう! なーに心配しなくていい、私は春の町内射精大会において精液量部門第45位の実力者だからね!」 

 

 少女を安心させる声遣いに朗らかな笑顔を浮かべ、威風堂々とサムズアップ。

 純粋な善意と性欲が混じり合った面様はひどく不気味に映り恐怖心をより掻き立てた。

 雀野は尻をつきながら男から逃れようとする。瞼の裏で何度も紫電が走り、痙攣は激しさを増していくばかり。

 それでも淫咽をこぼしながら遠ざかろうとするが、その行為も徒労に終わる。

 無我夢中で進んでいた方向は、よりにもよって袋小路であるフェンスだったことを、再び接触したことで漸く気が付いたのだ。

 

 ──逃げ場が、どこにもない。

 弱々しく首を振り、か細い声を上げることでしか雀野は押し迫る中年男性に抵抗の意思を示せなかった。それは情欲をそそる物でしかなく、元より男には届いていない。

 

 太ましい脂ぎった指が、少女の身を包むファスナー目がけて伸びていく。

 

「嫌、だ……だれ、か、たすけて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──すみません。彼女から離れてくれませんか?」

 

 友人となった、男の子の声がした。

 

 

 

 

 




・主人公→現状では殴る、蹴るの単純動作のみ地狼が使用可能。飛び道具ブッパ、足だけ振動させて急加速ぐらいしかできず、力の制御は0か80~100かとコントロールも苦手
現時点でも殴り掛かられてもカウンター振動波で相手の腕足を破壊することはできるが、主人公は甘ちゃんなので精神的に追い詰められなきゃそこまでやれない
NLNS発足後、郁子に追い詰められた経験を経て寝技へ持ち込まれても相手の身体を怪我させることなく弾き飛ばして防ぐキン肉マンの面倒くさいギミック超人のような技を習得する


・若頭代行
ダサ仮面……一体何嶋なんだ……?
彼彼女と共通点が多かったために多分センスは二人と大差ないんだろうなーという解釈
漢勃ちの反動で再起不能とまではならなかったがTRUE√の途中まで動けないペナルティを食らう
やってない人は本編をプレイしてその正体を確かみてみろ!

主人公は命に関わるため郁子に対して静乱流の技をそのまま行使できず、速度域では同等かつ刀の間合いの長さも加わり終始劣勢。若頭代行は普通に殴れるため一対一なら負ける要素がない
郁子は逆刃刀で耐久を削れるしゴム弾斬れる、掴まれても寝技に持ち込めるとこちらも負ける要素がない

本気を出した場合完全な互角状態。どちらが先に一撃必殺を決めるかの速度勝負にしかならないため、平和な時代に生まれた主人公と郁子が全力で戦う機会は一生訪れないでしょう



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禍福倚伏

前回の裏スジ(約四カ月前)
夜中にパンパン音を耳にして近場の山に入った主人公、雀野!
そこにはチャラ男系竿役に襲われそうな着物少女が!
部下たちは難なく撃退するものの、上司であるボキボキの実の全身勃起人間に大苦戦!
バイブ拳で男を絶頂寸前まで追い込むもののSHOの横挿入りによって寸止め中段!
その場から離脱できたはいいものの媚薬のせいで力が全く出せなくなった!
そんな彼女のピンチに現れたのは近所の種付けおじさん!
雀野ハード→雀野極→雀野堕の連ちゃんパパチンコンボを阻止すべく原作主人公橘淳之介が立ち上がる!


 ほんの微かに残された男の子の臭いを嗅ぎ取って、私の中のナニカが目覚めた。

 子宮が、疼く。膣が痒い。私の内側を思いっきり掻き回してほしい。

 

 私をベッドに寝かせ退出しようとする彼の腕をギュッと掴み、そのまま寝床へ押し倒した。

 駄目だ。そんなことしちゃ。それをやっては、この島で過ごした半年間は全て無駄になる。

 なにより、私を助けてくれた橘くんに失礼じゃないか。そう頭の中では考えていても、ちっとも身体が言うことを聞かない。私の心は置き去りとなり肉体に別の意識が宿ったかのよう。

 

「す、雀野さん!?」

 

 吐息が私の顔に降りかかる。クラクラする。

 橘くんの全身から溢れる雄臭さを嗅ぐたびに、彼が欲しくて欲しくてたまらなくなる。

 

 そうだ。

 ここは青藍島なんだ。セックスするのが当たり前の場所。

 橘くんに、恩返ししないと。女の私にできることはそれぐらいしかないじゃないか。

 振って湧いてきた都合の良い言い訳が私の脳内を浸食していく。

 

 薄れゆく意識の中で。

 私は高らかに宣言した。

  

「さぁ──始めようか♡」

 

 

 

 

 

 

 

 向かい合わせ。橘くんと恋人のような距離感で目が覚めた。

 身体の節々が痛い。慣れない動きというのは筋肉に負担をかけるものだ。

 

 ────うん。

 ヤっちゃったもんは、しょうがないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──すみません。彼女から離れてくれませんか?」

 

 夜中に強い衝撃音が響いて、俺は泥棒か何かの類かと心配し家を飛び出した。

 そこにいたのは見知らぬ中年男性と、壁に追い詰められていた──雀野さん。

 ポニーテールに髪を結んでいたが俺には一目でわかった。

 どんな経緯があって、こんな時間、こんなところにいるのかは定かではない。

 だがあられもない格好を晒し、息も絶え絶えといった様子で男から遠ざかろうとする女の子を見て黙っているわけにはいかなかった。

 

「離れてくれ、とはご挨拶だね。今から私が彼女の相手をするんだ。邪魔しないでくれたまえ」

 

「体調が悪そうだし、嫌がってるじゃないですか。無理やり迫るのは条例違反では?」

 

 そう。この島では性産的行為に誘われたら基本的に応じなければならないが、生理や体調不良など理由があれば断ってもいいとされている。

 俺の主張を受け入れ大人しく引き下がってくれるとありがたいのだが、残念なことに男は頭を振ってやれやれとため息をついていた。納得していないことは明らかだ。

 

「条例違反……? ほらちゃんとよく見てみろこの子の顔を。どう見てもメスの顔をしてるじゃないか。大方誘い受けが好きなMっ気のある子なんだろう。体調不良だって? そんなこともわからないとは、全くマンコの位置も知らない童貞みたいなこと言い出すな君は」

 

「ぐっ!」

 

 小太りな男に腕を引かれ雀野さんの前に連れ出された。

 ライトに照らされる紅潮した肌。薄っすらと溜まる涙のせいで妖しく光沢を放つ蒼眼。

 荒々しい呼吸音に混じる、この島であればどこでも耳にする喘ぎ声と同質のソレ。

 彼女が発情していることを、俺は否定できなかった。 

 

 

 

『はい、先生。チンポの大きさが三センチしかないという逸話は誰もが知っている一般的常識ですが、実はフランス皇帝としての側面を持つ人物でもある──それがナポレオンです』

 

 再会してから凡そ五日間。

 嘗て教室の片隅でひっそり本を読んでいた彼女は、青藍島では積極的に授業で手を上げていて。

 

『ねぇねぇ雀野ー! 究極の焦らし技、膣のカーテンを教えてよ!』

 

『……膣のカーテン……?』

 

『それは片桐さんの改良型でしょ。薙帆のは源流のパーフェクトディマンコー』

 

『あ、あぁなるほどな……パーフェクトディマンコーか……まず前提として膣力の数値が──』

 

 女子に囲まれながら雄弁に語る雀野さんは。

 さながら水ノ月学園に君臨する女王のようで。

 

『俺もコキ……コキ……してもらっていいですか? 雀野』

 

『もちろんだ。やっとらしくなってきたな孕丸』 

 

 気安く請け負い、男と共に席を立つ彼女の姿は。

 俺が嫌いな──ビッチそのもの。

 

 雀野さんからはこの島の人間とはどこか異なるものを感じていた。

 性行為にドはまりして下半身で物を考えているような連中とは違う、確かな理性を。

 だがこの島に来て俺は既に何度も期待を裏切られてきた。

 本島の人間のような極々普通の反応を示し、もしや、と思った片桐とかいう女は見た目通りのクソビッチで、まともそうな担任もまた、青藍島に相応しい教師だった。

 

 彼女の痴態を一度でもその眼に焼き付けてしまえば、いっそ気が楽になったかもしれない。

 しかし俺は転校生だからか女子たちに目を付けられていて、アマゾネスを撒きアサちゃんと合流している内に、雀野さんは校舎から立ち去っていた。その繰り返しで今に至る。

 誰からも一目置かれ、羨望を集める彼女を目にするたびに不安で不安で堪らなくなった。

 

 中年男性の言う通り……なのかもしれない。

 青藍島の空気に染められて、あの清廉な雀野さんはもうどこにもいないのかもしれない。

 潔癖であってほしいという、独りよがりな妄想に俺は縋っていただけなのかもしれない。

 

「ぁ、た、橘、く……ん……?」

 

 だけど。

 

「ん? 橘……?」

 

 俺には。

 

「お、おい君!」

 

 彼女の瞳が、本気で助けを求めているように見えた──!

 

「きゃっ……!」

 

 雀野さんがもしそうであるなら俺は道化もいいところだが、考えるより身体は先に動いていた。

 彼女を抱き抱え、俺は自宅へ走る。

 この島にやって来てまだ一週間も経過していない、青藍島の常識というものを理解し切れていない俺では彼を言いくるめことなど不可能だ。

 数カ月先、半年先であればウィットに富んだ切り返しも可能だったかもしれないがそんな未来のことを考えても仕方ない。

 

 ──今は黙って、無理やりにでも彼女をこの場から退避させるだけだ!

 

 

「あー! もしかして君、お隣の橘淳之介君!?」

 

「へ? あっはい」

 

 細身な雀野さんが思ったよりも重……重量感あったせいでスピードが出ず、少々まごついていたところで背中から俺の名前を呼ぶ声がした。

 振り返ってみると、合点がいったという男性が。

 

「やっぱりかー! 私はここに住んでいる者なんだがね、このところ仕事が忙しくてすっかり挨拶が遅れてしまった! いやぁ、すまない!」

 

「いえ、そんな、とんでもない……」

 

 冷たい目が嘘のように、隣の家主であるおじさんは和やかな態度で話しかけてきた。

 この家の奥さんのことは俺もよく知っている。引っ越して間もない俺たち兄妹に目を掛けてくれている、とても親切な人だ。バブみ幼稚園という大人向けの施設で働いているらしい。

 

「しかしあまり感心できないな。性に飢えるのは大変素晴らしいが、順番は守らないとね。

 マナーを守って楽しくドスケベ! の精神を大切にしないといけないよ」

 

 俺がこの人から雀野さんを奪ったハイエナクソ野郎みたいに思われてる……。いや状況的には何も間違っちゃいないけど。

 根はとても良い人で善良なのだろう。それがありありと伝わってくる、穏やかな口調で諭すように語り掛けてくるおじさん。青藍島基準の会話内容が全てを台無しにしているが。

 返答に困っていると、か細い声が俺の腕から飛び出した。男二人の注目が彼女に向けられる。

 

「す、すみません、おじ様……。んっ……我、彼と、約束を、していたのですが……」

 

 途切れ途切れに時間をかけて言葉を紡いでいく彼女を、俺とおじさんは静かに見守る。

 

「……手違いで、び、媚薬を飲んでしまい……頭が回らず、家を間違えてしまいました……そのことにも気が付けず……夜分遅く、申し訳ありません……」

 

 言い切って、ペコリと頭を小さく下げた。

 勿論俺はそんな約束を彼女と交わしてはいない。

 咄嗟に思いついた雀野さんの作り話なのだが──俺はその一言で、彼女が男性と性行為を望んでいる訳じゃないことを確信し、安堵した。

 

「なるほど君が先約だったか。それなら仕方ないかぁ。親睦を深めるために3Pを提案したいところだが、橘君はまだ他人の精液まみれマンコへ挿入するのに抵抗があるだろう?」

 

「え、えぇまぁ」

 

「この辺りは人の出挿入(でい)りが激しいからねぇ。青藍島来たての人間が何を嫌がるかはよく理解しているつもりだ。ただ若いからと言って夜更かしのしすぎはいけないよ?

 それでは、おやすみなさい」

 

「す、すみませんでした! おやすみなさい!」

 

「──ところで、彼女とはどういったシチュでドスケベを?」

 

「…………家出神待ち少女……メスガキの、わからせを」

 

「つくづく、つくづく残念だよ──!」

 

 おじさん……別の場所で出会えていたら、俺たちは世代を超えた友になれていたかもな。

 丁寧な物腰で会釈をして玄関の扉をくぐり、おじさんは家へと戻っていった。

 シンと静まり返る夜の路上に俺たち二人は取り残される。

 ……なんか思ってたのと違う、締まらない形になってしまったが一応穏便に解決したということで良しとしよう。

 ホッと一息付くと、俺の服を彼女が強く握り締めていることに気がついた。

 

「橘く、ん……ほ、本当に、怖かった……!」

 

 別種の涙が、彼女の瞳からポロポロと零れ落ちている。

 普段の凛然とした雀野さんとは思えないほどにその姿は弱々しい、どこにでもいる少女だった。

 

 

 暫く経過し、彼女の病状も僅かにだが沈静化し、俺は自分の置かれている状況に漸く気づく。

 

 ────俺、お姫様抱っこしてるじゃねーか。

 

 エロゲで言えば愛の告白をする一歩手前。これは主人公とヒロインに真の絆が芽生え、物語が更なる盛り上がりを見せるという中盤~終盤に発生するイベントではなかろうか。

 やばい急に恥ずかしくなってきた。

 付き合ってもいない男女がこんなことをするのにも抵抗あるのにいやしかし彼女を助けるための不可抗力であり仕方なかったってやつだってなもんで今態勢を変えるのは不自然だしうーん改めて近くで見るとほんと美人だなこの子髪の毛凄い良い匂いする

 

「あ、あの……」

 

「ひゃい!」

 

 雀野さんの前で情けない声を上げてしまった。顔に出てないだろうか。

 

「放して、頂けないか?……我は、ぁ、もう、大丈夫だから……」

 

「全然大丈夫には見えないよ」

 

「助けてもらった上に……厚かましいが、一つだけ、お願いを聞いてほしい……!」

 

 俺の言葉を頭に入れることができないほどに彼女は疲弊していた。

 それでも残る力を振り絞り、手を震わせながらお隣さんの所有物である車へと指差している。

 彼女を下ろすわけにもいかず、そのまま進んでいくと乗用車の影に少女がいた。

 B等部ぐらいの子だろうか、白い着物を着ていて人形のような端正な顔立ち。

 美しく伸びた白髪は、どうしてだか物懐しさを感じる。

 そんな女の子が、車の影に隠れて寝息を立てていた。

 

「この子を、一晩だけでいい……貴方の家に、泊めさせてもらってもらってはくれないだろうか……! 明日になったら、必ず迎えに行く。我にできることなら何でもする! 頼む……!」

 

 雀野さんが、俺の胸元で頭を下げる。

 一体全体何が起きているか。何故彼女を保護して欲しいのか、問いただしたかったが──雀野さんの必死の眼差しを見て、俺は疑問を心の奥に仕舞い、彼女の懇願を受け入れた。

 

「ありがとう……! 我、は……一人で帰れるから……って、ちょっと、橘くん……!?」

 

 これ以上面倒をかけさせたくないのだろう、俺の腕から離れようとする雀野さんだがその力はあまりにもか細い。一人で立っていることもままならないだろう。

 そんな状態の彼女を放っておくことなどできないし、何より、俺が嫌だ。

 まずは彼女を玄関まで連れて行き、すぐに白髪の子を運び出そう。

 

「さっき何でもするって言ったよね。だったら、俺と一緒に来て──絶対に手を出さないから」

 

「は、はい……

 

 心なしかより顔を赤らめて消え入りそうな敬語で呟く雀野さん。

 俺の顔をジッと見つめていた彼女は俯きがちになり、モジモジとしている。

 よっぽど辛いんだろう、早く二人を安全な場所に運ばなければ。

 

 

 

 

 

「よし。雀野さん、こっちだ」

 

 着物少女を俺のベッドに寝かせて、もう一人の少女を移動させる。そう、俺のベッドにだ。

 同性であるアサちゃんのベッドに寝かせてもらえないだろうかとお願いしたのだが──

 

『すすすすすす雀野しゃん!? むムリムリムリムリかたつむりぃ!』

 

 あの妹ほんと使えねぇ……!!

 この場合無理というのは、兄妹以外の赤の他人を自室に招き入れるのが嫌、というわけでもなく清楚系ビッチ雀野薙帆──アサちゃんはそうであってほしいようだ──が同空間にいたら緊張して死んでしまう、といったニュアンスに近い。

 妹ながら童貞力が高すぎる。

 

「我はな……お姫様抱っこも、殿方の寝室に上がるのも、貴方が初めてなんだ……」

 

 やめてくださいしんでしまいます。

 俺もまた骨の髄まで童貞男、耳元でそんなこと囁かれたら俺のこと好きなのかと勘違いしちゃうだろうが……!

 付き合って3年は経過しないと女の子を下の名前で呼ぶことができない、真なる純愛好きの俺にとってこのシチュエーションは刺激的すぎた。ちなみに雀野さんに『淳之介』と不意打ちを喰らった日には、腰が抜けてまともに動けなくなること請け合いだ。

 今回はイレギュラーもイレギュラー、そう言い聞かせて無心で彼女を連れてきたが、これ以上は俺の童貞力で対応し切れない。とっととリビングのソファに退避しようそうしよう。

 

 雀野さんを寝かせたところで──彼女がビクッと激しく揺れた。

 俺が駆け寄ると、彼女の呼吸は更に乱れ、強く目を瞑って何かに耐えているようだった。

 焦りで頭に浮かばなかったが、家に連れてくるより救急車を呼んだ方がよかったかもしれない。

 

 今からでも遅くないかと受話器を取りに行こうとした時、彼女が緩やかに瞼を開き始めるのが見えた。

 雀野さんの唇が動いている。何かを伝えたいのか、俺が耳を近づけると。

  

「なぁ──橘くん。さっきまで、オナニー、していたか?」

 

「ななななな何ゆえ!?」

 

 やべぇよやべぇよ……。

 確かにさっきまでやってたけど、ちゃんとオナホもローションも片付けておいたはずだ。

 性的な物は表に出てない筈。それは二人を連れてくる前にチェック済み。

 バレる要素など何一つ──ハッ!

 そう言えば聞いたことがある。

 嗅ぎ慣れて感覚が麻痺している男性よりも、女性はそういった臭いに敏感であると。

 俺、換気してない……!

 海のタチバナ、一生の不覚!!

 

「気にするな……男性であれば、自慰行為など、誰だってするものだ」

 

 そう言って雀野さんは優しく呟き──俺は天井を眺めていた。

 

「えっ」

 

 何が起きたか理解できない。

 わかっているのは、横になっていた彼女が馬乗りになっているという事実だけ。

 困惑する俺の眼前には、嗤うオンナがいた。

 青水晶の瞳は禍々しく光っていて、精を貪り喰らうサキュバスを想起させる。

 俺のことを獲物として狙い定めている、厭らしい眼光。

 

 この島にいる女たちと、同じ目だ。

 

「す、雀野さん!?」

 

 そんなことをしちゃいけない。してほしくない。

 振りほどこうと俺は全力で抵抗しようとするが、どういう訳か力が全く入らない。

 彼女もまた大して力を入れていないはずなのに、俺の腕の一点を握るだけで何故か力が抜け落ちてしまうのだ。

 これではまるで転校初日、保健室で押し倒された時の再現。

 一つだけ同様でない点があるとすれば、以前と違い今の彼女には理性という物が全く存在していないということ。

 

 やはりそうなのか。彼女は青藍島の価値観に染まった、誰にでも股を開くビッチなのか。

 これも全ては雀野さんが仕掛けた罠だったと──いや、だがあの時流していた恐怖の涙が嘘とはどうしても思えない。

 先ほど彼女は手違いで媚薬を飲んでしまったと言っていた。その薬効により正気を失っているだけだとしたら、どうにかして時間を稼げば元通りになるかもしれない。

 

「……だえだ…すじゅの…ざ……あぇ?」

 

 雀野さんの手を止めさせるため、静止を呼び掛けようとしたが──出てきたのは譫言のような、意味を為さない言葉だった。

 喉にさえ力が入らない。呼吸もできなくなるのではと錯覚する程の、虚脱感。

 

「さぁ──始めようか♡」

 

 甘美な媚声が俺の前立腺を刺激する。特別な魔力を帯びているように、そう簡単に動くことがない肉棒は俺の意志とは裏腹に少しずつだが産声を上げ始めていた。

 煩わしいのか簡素な髪留めを引き抜き、束ねられた黒髪がふわりと舞う。無造作に散る黒糸はまるで解き放たれた獣性を表現しているかのよう。

 動けない俺に彼女が近づいてくる。鼻と鼻が擦れ合い頭を上げればキスができるという距離。

 大声を出すことも出来ず、また指の一本も動かせない俺に、この状況を覆す手段は何も残されていなかった。

 心臓が痛い。吐き気がする。こんな雀野さんを、もう見ていたくない。

 俺は思考停止し、天井の染みを数えながら、時が進むのを只管に待った。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………。

 

 勢いよく、俺の胸に何かが落ちてきた。

 

「いた!」

 

「やめろぉ……美岬ぃ……そんなの貴方にしか挿入らにゃい……」

 

 ふにゃふにゃとした声を聞き痛む場所へ目線を送ると、雀野さんは俺の胸筋を枕代わりにしてうつ伏せとなっていた。

 彼女に向かって解放された手を振ってみるが、リアクションはまるでない。

 これは……

 

「ね、寝ている……!」

 

「死を齎すは幽世の業……青藍に在りしは幽玄の華……静乱の担い手、ここに推参……」

 

 なんだか格好いいこと言ってる。

 

「テロリスト共ぉ……水乃月学園を脅かす者を、我は絶対に許しはしない……!」

 

 寝言クソうるさいな……!

 しかしこれはチャンスだ。拘束が解かれている今なら俺がこの場から脱出しても問題ないはず。

 彼女が目覚めないよう、雀野さんの身体から離れようとして──

 

「……フッ甘いな……貴方は視覚外からの攻撃を仕掛けたつもりなんだろうがぁ、気を感じ取れる我に奇襲は通用せん……」

 

「ヒエッ」

 

 俺の両目に二本の指が差し迫っていた。

 押し倒された時に弾き飛ばされたからよかったが、眼鏡をそのまま掛けていたらレンズをぶち抜かれていたぞ。

 保健室で槍使いとの戦いをチラ見していたから彼女が武道の達人だということは知っていたが、睡眠中でも護身できるような特訓でもしているんだろうか。凄いな武術。凄いな人体。

 いかん。下手に動いて彼女を刺激したらどんな目に遭うかわからないが、現状を維持するのもキツいものがある。

 ここは時間をかけてでも静かに、慎重に、薄紙を剥ぐように彼女から離れなければ……!

  

「動くなよ……一ミリでも動いたら、貴方は二度と光を見れなくなるぞぉ……ふふふ、私、今とっても格好いいかも……」

 

 実は起きてないですねこの子。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ人質とは卑劣な……! わかった……! 降伏するから彼女たちに手を出すな……!

 は、放せ! なんだその液体は……やめろぉ!! ……あっおはよう」

 

「お、おはよう……」

 

 眠い。結局彼女の話を延々と聞かされていたら日が昇ってしまった。

 それもそうだろう。本土基準では間違いなく巨乳にカテゴライズされる美少女が、独り言を呟いてる間忙しなく俺の腹筋周りをたゆんたゆんとさせていたのだ。

 健全な男子高校生がそのまま寝られるはずがあろうか。いやない。

 俺は非常に疲れているが雀野さんは対照的に熟睡のおかげか元気を取り戻し、横たわる白髪少女の顔を覗いて微笑んでいた。

 淫魔めいたオーラはすっかりと鳴りを潜めていて、その横顔からは聖母の清らかささえ感じる。

 そんな雀野さんが、少女を眺めつつ俺に尋ねてきた。

 

「……橘くん、我はどうだったか? 激しかったか?」

 

 この場合指摘していいものだろうか。寝言について。

 あと俺に乗っかったまま話しかけてくるのはいい加減辛抱堪らんのでやめて頂きたい。

 あれだけ酷いと家族が指摘してそうなものだが、もし彼女自身が自覚してない場合は残酷な現実を突きつけてしまう形になってしまう。

 女性との交際経験どころか同性との友人関係すらまともに築いた試しのない俺には恐ろしくハイレベルな問題であった。

 

「えーと、普通、だったよ……うん」

 

 そんなわけで俺は──誤魔化した。

 そんな俺のはぐらかし回答に、普通だったか。と満足げに頷く彼女。

 

「橘くん!」

 

「は、はい!」

 

 声だけ掛けて彼女は押し黙ってしまった。

 言おうか言うまいか、視線を忙しなく泳がせて、悩んでいる様子。

 まさか、俺の本心を読まれたか!?

 気遣ってはいたが、それが彼女の逆鱗に触れてしまった……?

 

 心の中で冷や汗をかきながら待機していると彼女は意を決したか、俺を再びベッドドン。

 大きく口を開いて。

 

「──我と、もう一度……セ、セックスしてくれないだろうか!」

 

 えっ。

 

「貴方も今日知っただろう? 我の隠し事を」

 

 もう一度? 隠し事?

 何の話かサッパリわからず、疑問符を浮かべていると雀野さんは半目に、所謂ジト目で俺のことを見つめては呆れたように首を振った。

 

「む、とぼけたフリして我の上の口から言わせたいか。貴方も中々どうしてサディスティックだな。自分から切り出すのも気恥ずかしいが……橘くんには恩がある」

 

 包み隠さず、我の秘密を明かそうじゃないか。

 ほんのりと朱に染めながら、胸に手を置き彼女は語る。

 

 幼少の頃から一子相伝の武術を習っていたこと。

 その免許皆伝の条件として、この島で処女を守り続け無事卒業することを言い与えられたこと。

 人を避けるためにキャラ付けしていたこと。

 オナホールを使って射精させ、記憶を特殊な技法で抹消し誤魔化していたら、勘違いされいつしか片桐奈々瀬と肩を並べる弩級のビッチ扱いされてしまっていたこと。

 昨夜は色々あって媚毒に犯されてしまい、ああなってしまったということを。

 

 到底信じられない話ではあったが、彼女と槍使いとの戦い、記憶を失った男たちやオナホを使いこなす彼女を実際に見た俺にとっては、ストンと胸に落ちる確かな説得力があった。

 

「我はご存知の通り、最終試験の資格を失ってしまった。ああすまない、決して貴方を責めるつもりはないぞ? 媚薬でおかしくなったとはいえ、我が貴方を求めたのだ、それも強引に。

 ……ただ、非常に申し訳ないが、昨晩の出来事を朧気にしか憶えていなくてな」

 

 彼女は続ける。自分は落伍者であり、養われている身。

 これからの身の振り方は父の裁量に任せるつもりだ。

 だから師の返答次第では、明日にでもこの青藍島を去らなければならなくなるかもしれないと。

 

 だからその前に。

 

「貴方に、抱かれたい」

 

 怪しげな我々を、理由も聞かず介抱してくれた橘くんに。

 処女であることが罪であるこの島で、それを知っても尚、通報せずにいてくれた橘くんに。

 

「────初体験が記憶にないのは、何とも味気ないものだろう?」

 

 羞恥心を抱いたか、髪を弄りながら流し目で見つつ、吹けば飛んでしまいそうな笑みを浮かべる雀野さんは儚げで美しかった。

 

 俺は彼女の願いを──首を振って、拒絶する。

 

「大丈夫、雀野さんは処女のままだから」

 

 俺は、彼女が盛大な勘違いをしていることに気がついた。

 雀野さんは俺を押し倒して、そのまま行為に及んでいたと思い違いをしている。

 まずは誤解を解かなければ。

 俺の返事を聞くと彼女はパチクリと瞬きを反復し、困ったように薄く笑った。

 

「貴方は優しいな。だからこそ、橘くんにお願いしたい」

 

「いや、そうじゃなくてさ」

 

「なに、気遣いは無用だ。自暴自棄になっている訳ではないから安心して欲しい」

 

「だからそうじゃなくて」

 

 俺の言葉を聞いてるうちに何かを察したかあっと零し、ばつが悪そうに眉を顰める。

 更に勘違いしてるんじゃないだろうかこの人は。 

 

「そうか……橘くんは既に沢山の女子たちと睦言を交わしているものな。彼女たちの卓越した技巧を味わっているから、我のような性技0のクソ雑魚似非ビッチでは抜けなかった。

 橘くんは遠回しに、我を傷つけないよう……」

 

「雀野さん、俺の話を聞いてほしい」

 

「は、はい、何でしょうか?」

 

 なんだろう。

 ビクッと震わせながらチラチラと見つめる雀野さんを、無性にからかいたくなった。

 いじめてオーラというべきか。彼女の言う通り俺には加虐性が潜在的に備わっているのか。

 閑話休題。

 彼女は恐らく、非常に思い込みが激しい。

 はっきりと言わなければこのぐだぐだ会話がいつまでも続いていく。そんな気がしてならない。

 俺は彼女の両肩を掴み、

  

「俺は雀野さんとセックスしていない。君は押し倒してから、すぐに寝ちゃったんだ」

 

 真実を伝えた。

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

「………………我の身体がそこまで汚れてないのは、お風呂場に二人で赴いて

 『雀野さんお股からお水出せて偉いでちゅねぇ~ふざけんなさっきから洗うたびに汚しやがって死ねよ! 孕め! オラ! 死ね!』という出来事があったわけじゃなく……?」

 

「うん」

 

「『こんなクソ雑魚処女マンコでビッチ気取ってたのか。騙してた青藍島住民に申し訳ないと思わないのかな?死ねよ。俺が立派なメスの身体に育ててやるから安心して♡おい早速ガニ股に媚びと下品さが足りてねぇ殺すぞ』ということもなく……?」

 

「ないです」

 

 真面目な顔でちんちん亭みたいな台詞言う女の子初めて見たわ。

 

「我の全身が痛いのは」

 

「ごめんそれはよくわからない」

 

「……そうかそうか。これはあの時に負ったダメージだったか。なるほどなー」

 

 あんな相手と戦ったのは初めてだったからな。

 格闘戦での怪我と質が違ってもおかしくはないか。そっかーとうんうん頷く雀野さん。

 

 間を置いて。

 彼女は茹で蛸になった。

 

「ハ、ハメエエエエエエエエエエエエ!」

 

「雀野さん落ち着いて!」

 

「ええい! 放せ! 大人の階段上ったと思ったのにまだ処女だっただと!?

 くっ殺せ!

 

「大丈夫だ俺も童貞だから!」

 

「ワケのわからない慰めを──!」

 

 

 

 

 

「──取り乱したな。もう大丈夫。私は 正気に 戻った!」

 

「それ正気に戻ってない人のセリフでは?」

 

 破れたジャージのせいで肌色率が非常に高く、目のやり場に困るので冬服用のワイシャツとズボンを貸したのだが、このチョイスは間違いだったかもしれない。

 この島は一年中暑い。冬になると多少肌寒くなるが本土ほどの気温ではない、らしい。

 そのため冬服は薄手のシースル-風となっていて──というかこの島的にはセックスアピールの要素が強いと思われるが──彼女のブラジャーは、ものの見事に透けて見えていた。

 レース生地の、如何にも高級な黒のカップがこんにちはしている。

 そんな状態を気にしていないように、腰に両手を当てながら、ふんす、という擬音が聞こえてきそうなドヤ顔の雀野さん。

 姿勢良く背筋を伸ばしているせいで健康的おっぱいが非常に強調されていた。

 

「いやいや。我、今とっても冷静だよ?

 私は静乱流の修行で感情をコントロールする術を身に着けているのだ」

 

「口調バグってますよ」

 

「グヌヌ……! と、統一せねば……」

 

 思いっきり感情を剥き出しにしてる彼女はそそくさと俺から離れ、正座状態で深呼吸。

 息を吐くたびに、彼女を取り巻く熱は霧散していく。10秒もすれば、女帝を思わせる鋭い瞳を持ちながら、どこか親しみある雰囲気を漂わせる雀野薙帆が復活していた。

 ポンコツくっころ騎士から、厳格な武家に生まれた娘へ。見事な変わりようである。

 

「……よし、完全に戻ったな。我が精神的動揺を起こすことはもうないだろう」

 

「そっちで統一するんだ」

 

「『雀野薙帆かくあれたし』というここに住む人々の信仰心が十重二十重と積み重なり、ある種呪いのような形となって我に降りかかっていてね。青藍島の意思がこの口調を半ば強制しているのだ」

 

「えぇ……」

 

「冗談のつもりだったんだが」

 

 本気で言ってるように聞こえて非常に困る。

 水乃月学園に通っている彼女は無表情を起点に微笑か苦笑、顔グラ差分が実質2つだけなのだ。

 こうも淡々と喋られるとマジで何考えるのかわからんなこの子。

 一連の騒動でレア差分を大量に拝めたのは不謹慎ながらも僥倖だったが──俺としては、表情豊かな姿を見ていたい。

 もっと笑ってほしいな、雀野さんは可愛いんだから。

 

「カワ……!? 橘くん今ワザと言っただろう……!」

 

 一瞬だけ、彼女が思いっきり後ろを振り返ったような……というか残像が見えたような……

 相対する雀野さんは変わらず表情の乏しい、しかしどことなく抗議めいた声色だ。 

 無意識の内に俺変なことを言ってしまったのだろうか。

 

 彼女曰く、これも青藍島に来てから始めた修行の一つらしい。些細なことで顔に出てしまう、己を律することもできない未熟者では、静乱流当主の身は務まらないそうだとか。

 雀野さんはまだまだ修行不足で大した威力を出せないが、彼女のお父さんなら青藍島のマスコットキャラクター・ハメドリくんの着ぐるみサイズの鉄塊でも破壊できるとのこと。

 

 いやいやそれは出来ちゃ駄目だろ人として。

 これも彼女なりのジョークなんだろうか?

 

「我のことはともかく……橘くんはさっき言っていたな。童貞がどうとか。あれは、一体──」

 

 コホンと咳払いをして話題を変えた雀野さんに俺は頷いた。彼女と同じく膝を正し、同じ体勢で対面する。

 白髪の子が起きてないか念のため確認。相当疲れていたのか今なお夢の世界に揺蕩っていた。

 俺の決意を感じ取り、目の前の少女は真剣な面持ちで俺の発言を待っている。

 

 勘違いとはいえ彼女は全てを打ち明けた。俺も明かさなければ失礼というものだ。

 

「雀野さん。俺は童貞だ」

 

「それは青藍童貞を指しているのか? ……いや、違うな。本来の意味での?」

 

 青藍童貞。青藍島に行きさえすれば誰でも童貞を卒業できることから広まった蔑称だ。

 かつて本土で性風俗産業が活発だった頃に呼ばれていた素人童貞、その延長なのだろう。

 雀野さんは俺が青藍童貞であることに思い悩んでいるのかと考え、俺に話を振ったようだった。

 

「世の殿方は、童貞というものを早々に手放したいものだと聞いていたが」

 

「……雀野さんはどう思ってる? 恋人でない人。親しくもない人。初対面に近い人。

 誰でも彼でもセックスをする、いや、しなければならないこの島のルールを」

 

 俺は──絶対に嫌だ。

 セックスとは、愛する人とだけ交わす神聖な行為である。

 息をするように行うものでは断じてなく、また人目も憚らず往来で及ぶなど言語道断。

 一時の快楽を貪るために見も知らぬ赤の他人と交わるなんて、死んでも御免だった。

 

「全てを否定するつもりはないが──我自身は、受け入れ難いな。

 初体験は恋した人と迎えたい。余程のことがなければ、ただ一人に身を捧げたいし尽くしたい」

 

 夢見がちな乙女の戯言と笑ってくれ。

 

 自虐の笑みを、そして恥じらうように語る雀野さんを見て。

 

 上から下へ、一筋の液体が俺の頬を流れ落ちる。

 

「あれ、おかしいな」

 

 疑問を口にしたが、理由は自分でもよくわかっていた。

 

 もし、セックスをしたくない人がいたら。尋ねると、彼らは口を揃えて言う。

 そんな人いるわけがないだろうと。

 それはセックスを受け入れられない者は、まるで人間ではないかのような、冷たい口ぶり。

 性産的行為を行わなければ補導の対象となると、水乃月学園の風紀委員長にも強く咎められた。

 条例違反者。犯罪者。セックスができない俺達兄妹を、それだけで悪だと青藍島は否定する。

 中心街は巡回するガードマンSHOに性交目的で訪れる大勢の観光客。

 学び舎は風紀委員の監視に加え、血気盛んな生徒たちの箱詰め状態。

 極めつけは、授業として組み込まれたドスケベセックスの勉強、という魔の時間。

 

 妹だけは何としても守りたい。けれどこの島で暮らし日を追う毎に、それがどれだけ困難な現実化であるかを突き付けられていった。 

 俺一人では、どうしようもないのでは?

 

 本土にいた頃と彼女が何一つ変わっていないことは勿論嬉しかったけど。

 それ以上に、俺は、同じ価値観を持つ人がこの島にいることを知れた。

 それが嬉しかったのだ。

 

 涙を隠そうと彼女に目を背けたら、じわりと。俺の身体に、ぬくもりが伝わってくる。

 瞬間、あふれ出す幼少の頃の記憶。母に抱き締められた思い出がフラッシュバックし──俺は堰を切ったように咽び泣いた。

 

 

 両親は交通事故で亡くなった。

 休日、一家全員で遊びに出かけていた俺たちの車に対向車のトラックが突っ込んできた形だ。

 後部座席にいた俺たち兄妹は奇跡的にも無傷だったが、二人は即死だったらしい。

 親族のいない俺たちは、その日から兄妹だけで生きることを余儀なくされる。

 家賃を払いながら高校に通うほど経済的に余裕はなかった。青藍島に来たのは、亡き祖父祖母の暮らしていたこの家が、まだ遺されていたためだ。

 

 俺たち兄妹の得意分野を活かし、力を合わせ生計を立てようと思えば、もしかしたら本島で生活を送ることも可能だったかもしれない。しかし両親を失ったばかりの俺たちにはそれを思い浮かべる発想も、立ち上がる気力も行動力もなかった。

 事故から数カ月間。何があったのかほとんど覚えていない。

 頭が真っ白になって、ただ流されて、ながされて。青藍島に俺たちは辿り着いたのだ。

 

 涙と共に語られる俺の過去を彼女はただ黙って、頭を撫でながら聞いていた。

 その手つきは母さんそのもの。

 ──これが、バブみか。同年代、年下の子にオギャりたくなる気持ちが、わかるというものだ。

 

 馬鹿なことを考えられるようになって一気に気持ちが沈んできた。

 女の子の前で男が泣くなんて情けないにも程があるだろ……!

 幻滅されただろう、恐る恐る彼女に焦点を合わせると──雀野さんが俺の手を握っていた。

 

「橘くん、改めて礼を言おう。

 辛い境遇に遭い、切羽詰まった状況でも我に手を差し伸べてくれた貴方の行動に感謝と敬意を。

 そして──」

 

 仮面が剥がれ落ち。

 喜色満面。眩しすぎるくらいの、笑顔だった。

 

「──とってもとってもとっても! 格好良かった!」

 

 

 

 

 え、ちょっと待って。

 

 ……もしや。

 

 ──雀野さん、俺に気があるのでは?

 

 これまでプレイしてきた、頭に蓄積された膨大なエロゲ知識もその意見を肯定している。

 清純派ヒロインは距離感を大事にするものなのだ。

 こんなガチ恋距離で『格好良かった』などと、俺に心を開いていなければ言える筈がない。

 しかし落ち着け橘淳之介。俺はモテたことのない男。短い人生の中で、一体何回この子俺のこと好きなんじゃね? と勘違いしてきたと思っているんだ。

 ここで判断を誤ってしまえば俺は死ぬ。

 間違いなく有頂天になり、なんやかんや真顔でお可愛いこと……と言われ死ぬ。

 

 彼女と目が合うと露骨に目を逸らされた。

 フニャッとした感じに緩んだ唇を慌てて手で遮蔽し、下を向いて顔を隠しているけど真っ赤に燃える耳朶の自己主張が凄い。

 

 ──雀野さん、俺に気があるのでは?

 

 他人には感情を見せないようトレーニングしていると言っていたが、俺にだけは隠したくないと思ったけどやっぱり恥ずかしい的な。

 

 ……ふ。これはもう勘違いではないかもしれない。

 少なくともあやしたことで子供扱い、俺が完全に恋愛対象外になった可能性は低い。と思いたい……きっと、たぶん、メイビー。

 今こそエロゲを通して学んだ会話術を発揮すべきだ。

 ここは『君は笑顔が一番似合うよ』か──?

 駄目だそんなキザな台詞俺が言えるわけないだろ……! こちとら何年純潔を保ってきたと思ってんだ。

 そっちの路線は10年早い。やはりヒロイン攻略法の王道、『共通の趣味で盛り上がる』に限る。

 俺の趣味といえば──

 

 オナニー。

 3Dプリンタを利用したオナホールの制作。

 エロゲ。

 そして筋トレ。

 

 どれも俺にとって恥じることのない誇りそのものだが、女の子に振る話題として前者二つは論外すぎる。

 そしてエロゲ。俺がクリアしてきた数々のゲーム、その中でも珠玉ともいえる作品は女の子に薦めても何ら問題ない──と考えているのだが、それはそれ。

 エロゲはアンダーグラウンドの存在。どんな綺麗ごとやお題目を口にしてもそれが真実。

 性表現が完全に取り除かれたゲーム機移植版でもなければ、エロが含まれている以上胸を張って語れるものではないのでござるよ。

 それを教えてくれた謎の忍者には感謝してもしきれない……!

 

 まぁ彼女もエロゲプレイヤーならその限りではないが、ありえない話だ。

 となると当然筋肉や筋トレの話題一択しかないのだが──これが中々難しい。

 昨日アサちゃんから珍しく忠告を受けたのだが、俺は自分の趣味のことになるとかなり興奮して早口になるきらいがあるらしい。

 転校初日、雀野さんと二人きりで昼食を食べた時を思い出そうにも、確かに当時テンションが上がりすぎていたせいか会話の断片しか頭に出てこないのである。

 

 女子との会話において自分語りは極力NG。話し上手より聞き上手。

 受けに徹することこそがモテ男の必須条件だと俺は知っている。それもエロゲで学んだことだ。

 よって俺がすべき会話は、そう──筋肉と絡めつつ、彼女が語りやすい武術に触れること!

 これだ──!

 

 完璧な流れだと自画自賛しつつ、何と話しかけようと頭の中で整理していたら。

 

 グゥゥゥゥゥゥ。

 

「あっ」

 

 くぅ、という可愛らしい音ではない。

 物凄い貪欲な。胃袋が、餌を求めて雄叫びを上げたかのような音が。

 雀野さんのお腹から部屋中に鳴り響き──同時、俺に天啓が降りた。

 

「俺、なんかお昼ご飯を作ってくるよアサちゃんの分も作らないといけないし気にしないで!」

 

「あっちょっ」

 

 

 

 

 

 ……彼女は武道の達人。それも常識からかなり外れていそうな、漫画に出てくるような子だ。

 きっと自分のコンディションを把握することなど造作もないのだろう。

 彼女が頬を赤らめていたのは、お腹が減っていること、お腹が鳴ることを予見し、もう止めようがないことを悟っていたからだ。

 危なかった……! あの場で会話を始めていたら雀野さんの俺評価が空気を読まないお喋りクソ野郎になっていたかもしれなかった。

 

 しかし──エロゲは偉大だな。

 俺はあの時天の声を耳にした。これまで楽しんできた歴代エロゲの主人公たちのだ。声はないけど声がしたのだ。男主人公だけに。

 彼らに限った話ではないが、世の創作物の男はアクシデントに遭遇した際、こうやってヒロインの胃袋を掴み好感度を得てきたのである。

 あの時即行動に移せていなかったら俺は何を言えばいいかわからず固まっていたことだろう。

 まさにパーフェクトコミュニケーション。よし、楽しく話せたな、という奴だ。

 エロゲはやはり俺を正しく導いてくれる。未来を明るくしてくれる。

  

 ……一つだけ。

 

 そう一つだけ。

 

 彼らとの致命的な、相違点があるとすれば。

 

 俺には料理スキルが一切ないということだ──!

 

「ど、どないすればよかとですか……」

 

 




主人公は中二病を卒業したと思い込んでる中二病タイプ。


更新が遅れて本当に申し訳ない……!
ここ数カ月の現実の出来事ですっかりメンタルブレイクされておりました。
元々遅漏でしたがここまで書けなくなるとは……
長くなってしまったので、分割という形で明日本当の最終回を投稿します。


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愛(液)・精子編

前日に一話投稿したので、もし見ていない方がいましたら前話を先にご覧ください

『ある日の出来事』

「薙帆ちゃん読みましたか!? 私の貸した漫画!」
「ああ……読んだは読んだが……」
「滅茶苦茶面白いですよね、イイの♡大棒剣!」
「うん……」
「なんだか歯切れが悪いですね……『ユンケルよ……オレは男の価値というのはどれだけ特殊性癖への偏見を捨てられるかで決まると思っている』と格好良く諭していた男が、実は敵のトドマン女子に開発され手駒にされていたマゾワニだったなんてペニ汗握りませんか!?
 しかも作中で幾度となく使われきた、ハラメダイイン!が孕め!イイ!という主人公のおまんこを狙う蜜命を帯びたコードネームと引っ掛かってたことに気づいた時は思わずマン痴魔塔の構えで耽ってしまいましたよ!」
「トドマン×ワニの構図が直視できないんだよ……やたら絵柄の再現度高いし……美岬はいいのかあれで……」
「薙帆ちゃん、結構初心なんですねぇ」
「それに関しては初心の一言で片づけられてたまるか!」
「たぶん、薙帆ちゃんはエロ紋派なんですよ。そちらを次回お貸ししましょう!」
「エロ紋?」
「マラゴンクエスト膣伝、エロの紋章! ですです!」
「ただの淫紋じゃないか……」
※ユンケルとは過去とあるドスケベ淫魔とコラボしたことで認定された、立派なドスケベワードの一つである


 恥ずかしくて死にそう。膣穴(あな)があったら挿入(いれ)たい……。

 じゃなかった。穴があったら入りたい……。

 

 私は無性にゴロゴロと暴れたかったけれど、隣には寝ている子がいるし人様のお家のベッドなので、シーツを摘む程度に抑えてもう一度寝そべっていた。

 クソダサマスクさんとの決闘で使ったのは、全身の筋肉を超人的な速度で収縮・弛緩させ、莫大な振動エネルギーを生み出し拳一点に集約させ解き放つというもの。

 それを発動するだけでカロリーを消費する。つまり、とってもお腹が減るのだ。

 

 私、腹ペコキャラだと思われちゃっただろうか。恥ずかしい。

 それにこの格好。この濡れスケワイシャツ。

 橘くんがヤリマラくんだと思ってたから気にしてなかったけど、青藍島のノリに染まってないハツマラくんだと意識し出した途端駄目だった……! 

 彼が好意で貸してくれたものだから脱いで別の物をお願いするなんて論外だし。

 青藍島のおっぱい魔人さんたちに比べたら、私など貧相ボディもいいところだ。お尻の大きさでは負けてないが! 格闘家ならそこ重要ですよ。

 ……それはさておき。

 

 何より、私が一番恥ずかしかったのは──素の私を、彼に見せたことだ。

 見せた理由はなんてことない。

 ただ恩人でもありお友達でもある彼に感情を隠すのは、不誠実だと思ったから。それだけだ。

 

 でもどうしてだろう。橘くんと一緒にいるとポーカーフェイスが上手く決まらない。

 この半年、度肝を抜かれる数多くの変態交尾を目の当たりにしてきたが、内心吃驚こそすれ、それを顔に出したことは一度もない。何事にも動じぬ涼し気クールな顔つきを維持できていなければ、私はこの島で神格化されていない。

 

 起きてからの私は、変だ。

 彼と話してるだけでなんだかホワッとした気分になって、浮足立った心を引き締めてもすぐに緩んでしまう。こんな経験は生まれて初めて。

 

 足をばたつかせ敷き布に顔を埋めたら、男の子の匂いが。

 よく見てみれば、そこは丁度橘くんが首を置いていた場所だ。

 私に押し倒されたから枕を敷くこともできなかったのだ。そして私が彼にだ、抱き着いて寝てしまったせいで、橘くんはとっても暑かったはず。

 その証拠に彼の首筋から伝わった汗によってシーツはかなりの湿り気を帯びていた。

 

 スーハー。

 

 橘くんの香りが、私の鼻に充満していく。

 

 スーハー。

 

 そう言えば、橘くんにビッチアピールするために学校でははりきりすぎちゃったな。

 なんなんですかパーフェクトディマンコーって。普段なら適当に流すだけなのにノリノリで嘘解説しちゃったよ。

 

 スーハー。

 

 …………常に嘘ついてるようなものだけど、更に嘘を重ねるのも申し訳ないし、頑張って習得してみようかなぁ……。ただの自己満足だけど。

 

 スーハー。

 

 物珍しさに嗅いでみたが、そろそろ止めないと。

 

 スーハー。

 

 いやいや、ここですぐ顔を離したら、まるで橘くんの汗が汚いみたいじゃないか。

 もうちょっとだけ。もうちょっとだけ。

 

 スーハー。  

 

 もう本当に止めないと。

 

 スーーハーー。

 

 歯止めが。

 

 スーーーハーーー。

 

 癖になりそ

 

「ん……」

 

 衣擦れと年相応の可愛らしい声が横から届いて、反射的に私は伸びた手を引っ込め彼女より早く起き上がった。

 年下の女の子の横で男性の汗嗅いで興奮するって言い逃れようのない変態じゃないか私……!

 

「ここ、は……」

 

 半覚醒といったところか、瞼をやや開けボンヤリとした表情で上体を起こす。

 しかしそこだけ切り取って見ても、優雅かつお上品な仕草だ。それが自然体になるほど、彼女は厳しく育てられたんだろうな。

 

「おはよう。よく眠れたか?」

 

「おはよう、ございます……彼の、方たちは……」

 

 よしよし、今は上手く機能しているみたい。私の顔に熱はなく、至って平静だ。

 キョロキョロと辺りを見渡し、私を認識すると彼女は大きく目を見開いた。

 今の私同様、この子は普段からあまり感情の起伏がないようだが、語調は明らかに動揺を隠し切れていなかった。

 彼女からしてみれば、ゴム弾で撃たれ気絶している間にこの部屋に運び込まれていたのだ。

 私とセットで男たちに捕まってしまったと考えるのも無理はないか。

 

「大丈夫だ。我が全員返り討ちにした──と言いたいところだったんだがな。

 すまない、主犯格だけは取り逃がしてしまった」

 

 あの後やって来たSHOによって下っ端さんたちは全員捕まっているだろうけど、常軌を逸した防御力とタフネスを誇るあの人なら上手く逃げ切ったに違いない。

 でも、あくまで私の目算だけど、数カ月まともに動けないんじゃないかな彼。

 威力は極力抑えたが雀野の奥義はそれでも生半可なものではない。

 彼は耐え切ったが、爪痕は必ず残る。すぐ報復にやってくることはまずあり得ないだろう。

 

 私の見解を伝えると、白髪の少女は楚々と寝台から降りて向き直った。

 そして──両の掌を床に着け、深々と頭を垂れる。

 思わず言葉を失いそうになるほど、彼女のお辞儀は美しさと神聖さを兼ね備えていた。

 

「雀野様……心より感謝申し上げます……そして、あなた様を巻き込み、お怪我をさせてしまいましたこと……お詫びの言葉もございません……」

 

「好奇心で山に入り、我が自分から首を突っ込んだだけの話だ。貴女が気に病むことではない。

 それにこんなもの怪我の一つにも入らんよ」

 

 私はどれだけ傷を負っていようと戦闘続行できるよう様々な特訓を受けているのだ。

 ……昔、人目に付かないからと言って夏休み開始初日に片足の骨を折られた時はお父さんを呪い殺したくなっちゃったけど……まぁ今では笑い話さははははは。

 

 彼女は首を横へ振るだけで微動だにせず平伏を崩さなかったが、後半の自虐を伝えると顔を上げ瞳は驚愕を物語って、いや思いっきりドン引きしている。

 全然大したことないんだから畏まらなくていいんだよーと言いたかっただけなのに。気持ちが前のめりになって女の子へ話すべきでない物騒な話になってしまいました。

 

 …………あれ?

 

 橘くんとこの子の前で一度も戦ってる姿を見せたことないし、もしかして客観的に見たら私とっても痛々しい人!? 記憶も消せる一子相伝の暗殺拳とか世紀末劇画漫画のパクリ乙もいいところで、語った内容も胡散臭いことこの上ない。ドスケベビッチ雀野なら、ドスケベバトルで相手のマラポイント(MP)を出し尽くして勝利したと考える方が彼女視点では自然だ。

 やばいよやばいよ。二人に内心笑われてたら私しんじゃう。

 ど、どうしよう。二人の前でお披露目した方がいいだろうか。廃棄予定の鉄板でもその辺に落ちてないかな。

 でもなー、力を誇示する目的で武術は行使したくないんだよね。凄い凄いって皆に褒められ、チヤホヤされたいっていう欲求があるのは否定できないけど、それはそれだ。

 いやでもこれは私の人間としての名誉を守るためだし……と葛藤していたら、

 

「雀野様は、わたしの想像も及ばぬ、修養をお積みになられているのですね……

 感服、いたしました」

 

 ……彼女の言葉から嫌味は一切感じ取れない。

 妄言だと斬って捨てられたくはないが、しかし私の眉唾物な話をそっくりそのまま受け入れるのもどうなのよと思ってしまう。我ながら面倒だな!

 ってそんなことはいいんだ。重要だけど重要なことじゃない。

 

 ──一体、この子は何者なんだろう。

 

 クソダサマスクさんの言うことが虚言でなければ、本土の任侠団体にもSHOにも追われる身。

 僅かな時間しか視認できなかったけれど、少なくとも昨日今日に始まったわけでないと確信できるほどに少女の後姿は淀みなく。

 またワケもわからず恐怖に怯え逃走しているようには見えず、寧ろ彼らの思惑を理解した上で毅然と立ち向かう──そういった強靭な意思を、この少女から見受けられた。

 

「……貴女の名前を、教えてはくれないか? わからずに会話するのは、どうにもむず痒くてな」

 

文乃…………ふ、吹子とお呼びください!」 

 

「そうか。吹子。奴らが口にしていたのだが──SHOもまた貴方の敵だと。それは本当か?」

 

 私の問いに、吹子を名乗る少女は沈黙で応えた。肯定と捉えてよさそうだね。

 青藍島はドスケベ条例という錦の御旗の下に統治された、一種の管理社会だ。

 その管理者であるSHOは島に住まう者たちのありとあらゆる情報を全て握っている。

 もし彼女が一般家庭に生まれた人間であれば、登録された住所を調べ条例違反者としてでっち上げ確保すればいいし、逃げられても大々的に犯罪者として島全体へ喧伝すればいいだけ。

 でも、そんな話を耳にしたことがない。小さな島だ、違反者の情報はすぐに出回ってくる。

 やはり私の推測通り、この子は青藍島を支配する上層部の誰かにとって明るみに出したくない、弱み、なんらかの火種となり得る子なのだろうか。

 

「そうか。ならば、これ以上は何も聞くまい」

 

 どこに住んでいるのか?

 何故狙われているのか? 行動を共にする仲間はいるのか?

 庇護下に置いてくれる、信頼できる保護者や家族はいるのか?

 本当はもっともっと、沢山聞きたいことがある。

 

「だがな、これだけは言わせてくれ」

 

 人は追い詰められた時にこそ、本性が現れるという。

 この子は銃に撃たれ激痛に襲われた。のたうち回り、大声を張り上げ助けを求めるのが普通だ。

 だけどしなかった。絶望的状況に陥り、それでも尚私の心配だけをしてくれた。

 そんな自分よりも他者を優先してしまう慈愛の心を持った少女が、私を渦中に引きずり込むことを良しとするか? 否。私の戦える姿を目にしたところで多分答えは変わらない。 

 

 彼女の本当の名は──『ふみの』。残念ながら私は難聴系主人公とは対極にいるのだ。

 小声でうっかり呟いてしまえば、よほどのことがない限り私は声を確実に拾えてしまう。

 彼女はとてもわかりやすい。ふみのという言葉を滑らせたときは明らかに失敗したという不安の感情を滲ませ、私が吹子と返した時には安堵か顔ばせが緩んでいた。

 

 それは、名前を知っているだけで他人(わたし)を危険に晒す可能性を孕んでいるとうこと。

 そしてそのリスクの高さを、彼女が自覚していることに他ならない。

 彼女はもう、踏み込んだ質問にこれ以上は答えてくれない。

  

 だからこそ。

 

 

「──我は貴女が好きだ!」

 

「むべ!?」

 

 一回り幼いが私なんかより、ずっと大人である。吹子ちゃんの高潔な精神こそ尊敬に値する。

 

 彼女を害する全てから守ってあげたい。物語のお姫様を守護する騎士のように。

 

 でもそれは拒絶されるだろうから、彼女を遠くから見守ろう。

 私なりの、やり方で。

 

「故に」

 

 私たちの一族は元より闇に生きる者。影に潜み生を喰らう者。

 尾行なんて朝飯前だ。

 

「困ったときは我を呼べ。貴女が危機に陥った時、我は必ず現れる」

 

 呼ばれずとも行っちゃうけどね。

 

「お、お心遣いありがとう、ございます…………お気持ちだけ、有難く……」

 

 やんわりと断られたがそれは予想通りなので気にしてないけど、彼女が更に角度を付けて頭を下げているのが気になった。まるで私から顔を隠したいみたいだ。

 

 ん?

 

「何か、髪に付いているぞ……あぁ、土か」 

 

 彼女は一度山で倒れたが、幸運なことに泥汚れが着物に付着することはなかった。

 移動している最中に土埃をポンポンと払い除けていたが、髪の毛は手付かずだったな。

 よしよし、私が取ってしんぜよう。

 

「……なん……だと……」

 

 彼女の髪の毛に触れた途端──私に、電撃が走った。

 なにこの手触り。指の間をすり抜けていく、サラサラとした感触。

 よく小説で絹糸のような髪、という表現が使われるけど、これはもうそのままズバリだ。

 

「貴女はヘアケアに何を使っているんだ?」

 

「えと……市販の物かと思われますが……商品名は……申し訳ございません……それを一週間に、一度だけ……使わせて頂いております……あとは、お水を浴びて」

 

 なにそれ凄い。私は毎日かなり時間かけて手入れしてこの黒髪を維持しているというのに。

 格闘家ならデメリットでしかないんだけど、その程度のハンデも背負って戦えないなんて本当に俺の子か?と師匠に煽られてそのまま伸ばすようになったのだ。今では気に入っていますけど。

 うーむ、なんというナチュラルボーン柔らか艶やか髪質。とっても羨ましい。

 

「なぁ……頭を撫でていいか……?」

 

「へ!? ど、どうぞ……ご随意に……」

 

「では、早速」

 

 わーい。

 許可を貰ったので意気揚々と手を置く。しかしただ触るだけでは味気ない。

 そんな訳で──アレをやっちゃおうか!

 

「す、雀野、様……?」

 

 私の胸で彼女の小っちゃな頭を優しくホールドする。

 ……自分で言うのもなんだけど、私には天稟があるのだ。

 一度見た肉体の動きを忘れることはないし、大体即興で技を再現することができる。

 そう、これより放つは昨日見せてもらったヒナミ先輩の技(?)。勝手に命名──バブみハンド。

 あの礼先輩を宥めた先輩の手つき、力加減を全てを投影(トレース)

 

「んっ、ふあ……」

 

 だが私にはヒナミ先輩のようなお母さん力がないだろう。

 よってその辺は雀野家に伝わるツボ押しを織り交ぜることでカバー!

 

「のっへっへ……」

 

 頭皮マッサージをしつつ彼女に気持ちよくなってもらいながら、髪を撫で私も気持ちよくなる。

 まさにWin-Winだ。そのキラキラ白髪、堪能させて頂きますよ。

 

 

 

 

 

「ゴロゴロゴロ……ぬっへへへへへ……」

 

 手を止めたら、いつの間にか時計の針が15分も進んでいた……!

 なんという魔性。女の髪には魔力が宿ると言うが納得である。

 いやぁだってワンコ的反応するの可愛すぎでしょ。この子を愛でてるだけで一日分の栄養を補給できそうだ。

 そんな私の蹂躙を受けていた彼女はボーっとしていた。焦点が合っていない。もしかして私やりすぎちゃった!?

 

「だ、大丈夫か?」 

 

「────もも問題はありませんので……!」

 

 顔を近づけると丁度我に返った女の子が、今度は顔を林檎のように真っ赤にして私から視線を外している。

 羞恥心だけで頬を染めているのではない。まだ未成熟であるにも拘わらず、彼女からはどことなく妖しげな色気を感じる。小ぶりな唇をキュッと引き締めているが、それは声を押し殺しているようにも見えた。

 

 あれ。この光景、記憶に新しい……ハッ!

 

 私。この子。橘くん。至近距離。そして、媚薬。

 

 謎は全て解けた──!

 

 実は彼女も微量ながら媚薬を吸い込んでいたんじゃなかろうか。

 あの超強力な催淫煙が、ただ性欲を掻き立てるだけとは考え辛い。何かしらの影響や副次的効果があると考えて然るべきだ。

 私が発情した時最も近くにいて長く寄り添っていたのは、お姫様抱っこで運んでくれた橘くん。

 この子を運んだのも橘くんだけど、少なからず毒に耐性のある私と違って、彼女は眠ったままの状態ですぐに発症してしまったのだろう。

 その間、身近にいたのは彼女を背負っていたこの私。

 

 私は橘くんの。この子は私の。

 ──そうだ、私達はそれぞれの体臭に敏感になってしまっていたのだ!

 彼に妙にドキドキしたのも、汗を嗅いでしまっていたのも、全ては媚薬のせいだった。

 彼女も私の匂いでプチ発情状態になっていたんだろう。げに恐るべき青藍島の媚薬技術……!

 

 橘くんと言えば。

 

「……伝え忘れていたんだがここの家主は我のクラスメイトでな。匿ってくれたのもその殿方だ。

 今も我たちのために昼食を用意すると言ってくれていたのが──吹子はどうする?」

 

 呼ばれるまで休んでいるか、リビングで待たせてもらうか。

 私は何か手伝えることがないかとりあえず聞いてくるつもりだ。勝手に人の家をうろつくのも失礼だけど、ここで出来上がるのを二人して待っているのもね。

 

「では、微力ながらご助力を……わたしも母より指南を受けております」

 

 スッと立ち上がる吹子ちゃん。

 きちんとした正座であれば痺れは起こらないものだけど、慣れるまでが結構難しい。

 厳しい躾をそのお母さんから施されていたのはこれまでの所作からして容易に想像がついた。

 扉を開けて廊下を進むと、彼女は一定の距離感を保って私の後を追ってくる。

 見ずとも気配でわかる、寸分の狂いもなく距離を置く吹子ちゃんに、聊か悪戯心が芽生えた。

 

 ほんの少しスピードアップ。同上。ほんの少しスピードダウン。同上。

 足を止め振り返るとチョコン、小首を傾げる吹子ちゃん。なんなのこの子可愛すぎる。

 もう一回頭を撫でたかったがいけないいけない。これじゃいつまでも下に降りられないし、またえっちな気分にさせてしまう。

 腕を降ろすと物欲しげに小さく声を漏らし口元を袖で隠していたが、見なかったことにしよう。

 

「……先程はよくわかったな。我がダメージを負っていたことに」

 

 私、そんな素振りを見せてない筈だったし、回復力は高い方だから炎症もすぐに引く。

 このドスケベシースルーで肌が透けても気づかれない自信があったのにな。

 

「……ひとえに、わたしが賜った、"豊玉(とよたま)の瞳"の加護のおかげでございます」

 

 吹子ちゃんはいつ頃からか数㎞先の距離を肉眼で捉えられる、常人ならざる視力を発揮していたらしい。そしてそれに付随して相手の発言の真偽を見極めることも可能だと。

 魔眼じゃ魔眼! 格好良いなぁ。

 私、彼女との会話で嘘は一言もついてないよね。全部本心から出た台詞なので彼女を不愉快にさせることもなかった……ついてたわ。嘘と言うのか微妙なラインだけど。

 

「貴女と森で再会した時、我はドスケベビッチを自称したはずだ。もしや…………!」

 

「わ、わたしも処女でありますゆえ……!」

 

 フォローありがとうございます……!

 

 

 

「ん? 居間が騒がしいな……」

 

 階段を下りたら、ざわついた雰囲気を壁の向こうから感じる。

 こういう時は気による探知だ。リビングには二人。一人は当然橘くん、そしてもう一人、似た気配の──妹さんだね。何日か前、校舎でほんのちょこっとだけ話したことがある。

 人見知りなのか、かなり言葉に詰まっていた様子だったけど。

 

 扉を開くと。

 

「──知ってるかアサちゃん。この目盛りに合わせ水を入れると、ご飯が美味しく炊けるんだぞ」

 

「おいおい、誰に向かってものを言ってるんだよぉ。こちとら生まれてこの方炊飯器から自分の手で一度もご飯をよそったことのない女だぜ……マジか兄ついに覚醒しちゃったか!?」

 

「しちゃったかもしれん! わかる! わかるぞ! この5の数字がベストだ──!」

 

 そこには、かなりのダメ人間っぷりを自慢げに語る妹さんと。

 

 少量のお米に、並々と水を注ぎ込んで、蓋を閉めようとする橘くんの姿が。

 

「スイッチ! オ」

 

「待て待て待て」

 

 私が手を掴むと、うぉぉぉ雀野さん!? とビックリしている彼。こっちの方が驚いてます。

 そしてここ汚いな! 数歩分歩いてるだけで埃が舞ったよ。お鼻がムズムズする。

 もう一度開けて中身を確認。えーと、これはお米が約1合半……いや、1.3~1.4か……とっても中途半端だな。お水は5合分。

 なんだこれ。

 

「貴方は一体何を作ろうとしていたんだ……?」

 

「チャ、チャーハンです……」 

 

 へぇ、チャーハン……チャーハン⁉

 

「むべ、むべ……斯様な調理方法があるのですね……勉強になります……あんちょこはどこかしら……」

 

「絶対違うから書かなくていい」

 

 吹子ちゃん結構天然入ってない?

 

「どうやってお米は計量した……?」 

 

「こう、袋ごと持ち上げてザーッと……」

 

「ああ、うん……」

 

 雑い。あまりにも雑い。

 わかった。わかりたくないけどわかっちゃった。

 橘くん、この兄妹、料理全くやったことがないんだ。

 

「米袋に付属されている透明なカップがあるだろう? これだ、これ。

 ……失礼する」

 

 台所を借りて手を洗い、備え付けの計量用カップを橘くんに提示する。

 素直に頷く彼を尻目に、私は袋の中へカップを突っ込んだ。器よりはみ出たお米を指でスッと落としたらそれで終了。

 

「これで、一合。だいたいお茶碗二杯分だな。そして釜に表記されたこの白米1が、一合分に必要なお水の目安となる」

 

「雀野さん、料理ができるのか!?」

 

 そんな迫真ボイスで叫ばんでも。

 尊敬の眼差しを送ってくる橘くんだが、この程度で褒められても全然嬉しくない……!

 

「何故あんなこと言ったんだ」

 

「すみません……良いところ見せようとして見栄張ったんです……!」

 

 ……男の子だものね。格好つけたくなる時は誰にでもあるよね。

 

 

「あのあの雀野先輩ビッチじゃないって本当なんですか!?」

 

 唐突に脈絡なく早口でぶっ込んできたなこの子は。

 

「麻沙音だったか。そう、我もまたドスケベ条例違反者だ」

 

 だから私はあなたの味方だよ。安心してほしい。

 詳しいことは聞いていないけど、橘くんの妹さんなら、きっと貞淑な子なんだろうな。

 親しみを込めて微笑むと──唾を吐く勢いで彼女の眉が歪んだ。

 

けっ、んだよ清純派気取りのカマトト女かよ……

 

 えぇ……

 

「……な、なるほど、わかった。昼食は我が作ろう──そして、助けてもらった礼だ」

 

 捨て台詞を吐いて出ていく麻沙音ちゃんの心が全くわからない件。

 考えてもどうにもならないので、一先ず置いておこう。私は切り替えが早いのだ。

 切り替えが早くなければこの島ではやっていけないとも言う。

 会話している間に、吹子ちゃんは橘くんにお礼を言っていたようだ。今は麻沙音ちゃんを追いかけようかしまいか少し悩み、私の後ろへ控えるように回った。

   

 ……部屋を全体的に眺めてみる。床にはそこかしこに散らばっている埃。端にはほとんど手を付けていなさそうな引っ越し用ダンボール群。これはまぁ仕方ない。

 上からは悪臭、匂いの元は部屋干ししているグシャグシャとなった洗濯物だ。

 洗ったまま長時間放置してた奴じゃん。

 しかもティッシュまみれだったり服が伸びていたりとよくありがちなミスの見本市状態である。

 台所もまた酷い有様だった。小さなフライパンを食器乾燥機に突っ込んでいるのはいいとして、ひっくり返さずに入れているせいでお水が溜まったまま。新品っぽいのにテフロン加工が金たわしのせいで思いっきり傷ついてるしちゃんと汚れを全部取り切れてない……。

 紙袋に纏められた、割れたお皿の量も凄いことになっちゃってるけど、これは違うよね?

 引っ越しする時に梱包が甘くて移動中割れちゃったとか、食器棚へ運んでいる時にうっかり落としてしまったとか、そういうことだよね?

 まさか洗うたびに皿を割るなんて、そんなフィクションのドジっ子メイドさんみたいな現象、現実であるはずないでしょ、うん。

 

 あまりにも、あまりにも惨たらしい。

 お友達として、私がなんとかせねば。

 そして私に対して見栄を張りたかった、というのがよくわからないけどなんかグッと来た!

 

「──我が家事全般を教えよう! 貴方が一人で完璧にこなせるようになるその日まで!」

 

「いやいやお礼なんて気にしなくていいって! わからないことがあってもネットで調べられるから!」

 

 ……インターネットで何でも調べられる時代。その場で検索し、失敗した原因を大体はすぐ突き止められる。失敗から学んでいけば、いずれは問題なく作業を終わらせられるようになっていくものだ。普通は。

 しかし、橘くんを見ていると……なんだろう。物凄く気懸かりになる。

 誰かが傍にいてアドバイスできる環境でもなきゃいつまで経っても成長できないような……私のシリアスセンサーが囁いてる。そんな気がしてならないのです。

 

「我が貴方の手助けをしたいのだ。部屋の環境というのは精神にも大きく影響を与える。すぐ改善できなければ、貴女の大事な妹にも悪影響を及ぼしかねん。

 ……厳しい言い方になるが、貴方たちはこの島の圧倒的少数派として生きねばならぬ身。自宅を心休まる場に出来ずしてなぜ戦えよう?」

 

「そう言われると、弱いな……よろしくお願いします」

 

「ん、こちらこそ。我も基本を見直すいい機会になりそうだ。

 まずは掃除からだな。流石にこうも埃が立っていては落ち着いて料理も出来ん」

 

「僭越ながら、本日はわたしも……」

 

 掃除道具が保管されている場所を橘くんに尋ね、吹子ちゃんも部屋を出て行った。

 麻沙音ちゃんを例に出したのは大きかったようだ。説得に時間がかかると思っていたけど、こうもあっさり話が進むとは。

 吹子ちゃんは一宿一飯の礼として手伝ってくれるが、恐らく長居するのも迷惑だからと今日一日限りの参戦だろう。

 

 そう、これからは二人で…………ふたり!?

 

 男の子の家に毎日上がり込んで、家事を……。まるでこ、恋人みたいな関係じゃないか……!?

 いけない緊張してきた。この高まりはただの媚薬の副作用に過ぎない、落ち着け私、橘くんはあくまでお友達なのだ。ドキドキを鎮めるのだ。

 せめて誰かもう一人。そうだ、麻沙音ちゃんも一緒にお料理勉強しないかな。私嫌われてる?みたいだから難しいかもしれないけど。

 

 ………………いるじゃないか! 私の初めてのお友達が! 

 

「……さて、理由はどうあれ我々は志を同じくする仲間という訳だ。我には友人の女子生徒にして同志がいてね。今日か明日か、貴方たちに紹介しよう」

 

「本当か!? それは心強いな……」

 

「うむ。転校したての貴方には少々劇毒というか、怪物というか……超危険生物に映り青藍島に大きな偏見を抱いてしまう恐れがあるため引き合わせるのを躊躇っていたんだが……」

 

「不安になってくるんだけど……」

 

「根は良い子なんだぞ……?」

 

 ピンポーン!

 

 彼女の良さをどう上手く伝えればいいのか悩んでいたら、電子音が鳴り響いた。

 どこかギクシャクした足取りで受話器を取ると。

 

『家事代行サービスですが、お話を伺いに参りました』

 

「あっそうだった……」

 

 インターホン越しから、歯切れ良い女性の声が伝わってくる。はて、どこかで聞いたような。

 家事代行サービスとはその名の通り家事を請け負ってくれる、家政婦さんと似たようなものでお仕事内容も然程違いはなかったと思う。

 大分前、雀野家にチラシが入ってたのを見て気になって調べただけだからうろ覚えだけどね。

 

 心当たりのありそうな台詞を聞くに、お仕事を依頼したはいいものの私たちのドタバタに巻き込まれて、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていたんだ。

 そっかぁ、ちゃんと色々考えてたんだね橘くん。メガネ掛けてるし見ての通り頭のいい人だ。 しかし、そうなると私の出番はないかな?

 青藍島の代行サービスは、相場に対してかなり安かったはず。私が手伝えば無料だけど、そうなると橘くんは家のお仕事に時間を割かなければいけなくなる。

 私たちは学生、時間はいくらあっても足りないものだ。

 でも、ちょっとだけ残念だな。ちょこっとだけね!

 考え込んでいると、橘くんが振り返って、手でマイクを隠しながら首を横に振っていた。

  

「相手はこの島のビッチ──よく考えたら、俺の貞操が危ない!」

 

「確かに……」

 

 男の子の貞操って初めて聞いたよ。

 

『あのー、すみませーん! お電話が遠いようなんですけどー!』

 

 二段階ほどボリュームの上がった音声が届いてきた、放置してしまってごめんなさい……やはり、聞き覚えがある。声はかなり若い。うーん水乃月学園の生徒ぐらいしか思い浮かばないな。

 女、ビッチ、語尾のなんですけどー……あっ。

 

「この声は……片桐奈々瀬!」

 

「あの女を知っているのか!?」

 

「知らぬ方がおかしかろう……これは、かなりまずいな橘くん」

 

 どういうこと……? と尋ねる橘くん。

 

 ある日、彼女は中出しバケツリレーなる青藍島最難関を誇る競技の記録に挑戦していたらしい。

 積み重なるは死屍累々の男たち。対して身体を交える度、精力をつけ艶々していく一人の女。

 そんな彼女は射精済みで文字通り精魂尽き果てた彼らに対し、指を差して、こう尋ねた。

 

『ところで…なんで山の下に童貞がいるのかしら?』

 

「ひいっ」

 

 男は青藍島に訪れたばかりの観光客だったが、あまりの熱量に呑み込まれて運悪くそうなってしまったそうだ。その後どうなったかは言うまでもない。

 彼女が一度だけグラビアモデルとして表紙を飾った雑誌の、片桐奈々瀬の生き様を描くスペシャルコラム『愛(液)・精子編』にて語られていたお話だ。

 このエピソードからわかる通り、童貞を嗅ぎ分ける能力を持つ青藍アマゾネスたちの中でも彼女は別格中の別格。万と珍の応用技エッッ!随一の使い手である片桐さんは、その力で補足した初物の悉くを食べ尽くしてきたのだ──!

 

「彼女の索敵範囲は異様に広い……つまり」

 

「俺は既に捕捉されているかもしれない……だと」

 

「十中八九な」

 

「とんでもないクソビッチだな……! しかしそれならどうしてあの時俺を見逃して……」

 

 彼女は史上最強のギャルビッチ。ギャルとはオタク、堅物系、不良……誰とでも仲良くなれるトーク力と行動力を併せ持つ、チートめいたコミュ強生物である。

 橘くんがいくら性産的行為を拒絶する鋼の意思を見せようと、彼女が本気を出せばそれも儚く崩れ去ってしまうことだろう。息をするように彼と距離を縮め、自然な流れで筆下ろし展開へ移行しCG、回想シーンの一枠が解放されるは必定。

 なんなら彼女の淫力に魂を引かれ、私、吹子ちゃん、麻沙音ちゃんも参加し5P大乱交パーティに発展してもおかしくはない。

 それほど別次元の存在なのだ、この島の看板を背負う女というのは……!

 

「断言する……家に上げたら、終わりだぞ……!」

 

 橘くんが顔を引き締める。私の言葉で事の重大さを理解したようだね。

 片桐さんはドスケベをこよなく愛するが決して無理強いはしない、とってもいい娘なんだ。

 丁重にお断りすれば、彼女はそれに応え退いてくれる。依頼しておいてキャンセルするのも申し訳ないけど事情が事情だ、仕方がない。

 

 彼が片桐さんに返事をしようと口を開こうとしたその刹那。

 居間の扉が、突然開いた。麻沙音ちゃんである。

 

 彼女は橘くんへと近づいていく。何事かと目配せするが彼もよくわかっていないようだ。

 力強く、ズンズンと彼に迫るが──その勢いに反比例して、まるで低速再生かのようにその歩速は、べらぼうに遅かった。

 

 麻沙音ちゃんが橘くんの横に立ち。

 

 開錠ボタンを押して。

 

 先ほどより気持ち足早に、部屋から出て行った。

 

 ……?

 

「なんで!?」

 

「俺たちの会話を盗み聞きしてたな……! ビッチ好きマイシスターめぇ……!」

 

 妹さんは階段を上り、玄関口から開閉音が聞こえた。こ、これはやばい! 途轍もなくやばい!

 彼女の謎行動に思い当たる節があるようだけど今それを問いただしている時間はなかった。

 

「こうなれば──腹を括るしかあるまい! 橘くん! 迎え撃つぞ!」

 

「ど、どうやって!?」 

 

「我も世間からは彼女と双璧をなす龍虎ビッチと呼ばれている身だ。

 仕事を任せその上で如何にして貴方を味わい尽くしたかを強く主張し、誤信していたと彼女に思い込ませる! 活路を切り開くにはそれしかあるまい」

 

「………………ごめん、雀野さん。君にそんな真似させるなんて」

 

「気にするな。逆の立場であれば、貴方もきっと同じことを我にしてくれる筈だ」

 

「橘様……お客様が、お見えになっていらっしゃいますが……」 

 

 バケツや雑巾を手に持ちながら、吹子ちゃんが戻ってきた。

 片桐さんは中に入って玄関で待っているみたい。

 

 ──これからは、もっともっと忙しくなる。

 吹子ちゃんの安全の確保も勿論必要だが、任侠団体の動向も探らないといけない。

 彼女に心配をかけてしまうから言わなかったけど、私の顔は既に割れている。

 青藍島全域に張り巡らされている監視カメラのおかげで彼らも表立って行動は出来ないし、いくら末端とはいえ部下を大勢検挙されたのでは身動きも取りづらくなる。

 今回の一件で私の住んでいる過疎地域にも暫くは警備員が巡回するようになるだろう。

 水乃月学園の子も、あの山付近にいるみんなも安全だと思うけれど。それでもあの手の人種は何をしてくるかわからない。面子を重んじる彼らが復讐しにきたり、『ふみの』を匿っているとして私の周囲の人間を人質に取ろうと画策する可能性だってある。

 後でお爺ちゃんやお父さんに相談してみよう。ドスケベ条例とは無関係な話であれば、力になってくれる筈。

 仮面の人以外の人相を、SHOに情報提供するのは──悩ましいところ。私も監視対象としてマークされることになったら自由に身動きが取れなくなってしまうから。

 

 やるべきことも考えるべきことも、懸念材料も山積みだ。

 

 が。

 

「雀野さん、行こう!」

 

 今はこの場をどう乗り切るかが重要です。

 相手は青藍島の実質的頂点。ラスボスが物語開幕から攻めてくるようなもの。

 敗北イベントで勝利をもぎ取る、そういった無理ゲーを私たちは強いられているのである。

 一瞬の油断が致命傷になり得る難敵を前にして、他所事を考えている余裕はないのだ。

 

 彼は愛する人以外とはセックスしたくないと言っていた、それは同感だけど、しかし彼の場合私とは比較にならない程──何かしらのトラウマがあるのではと考えてしまう程──尋常でない気迫を感じた。

 私はあの時、おじさんが怖かった。当然の権利のように性行為に及ぼうとするおじさんが。

 橘くん、麻沙音ちゃんにとっては、この島の女性/男性全員がそうなんだ。私には特別なスキルがあるから密室状態に持ち込めば何とかなるという自負心があったけど、二人は違う。いくら筋トレで身体を鍛えようと、条例によって抵抗自体禁止されているのでは意味もなし。

 

 あんな怖い思い二人にはさせたくない、登校中だけでも守ってあげたいけど特定の異性とずっと行動を共にするのは、より多くの不特定多数の異性と交わるべしという条例の理念に反する。

 結局のところ、お互い目をつけられないよう要所要所で助け合うしかない。

 

 そして今が、その時だ。

 

 隣にいる彼と目を見合わせ、頷き合う。

 家の前で見た、彼の目を瞑ったあのなんとも言えない表情も味があって好きだけども。

 キリっとした目つきは、やっぱり男の子だなって。

 

 ……漫画とかだと、こういうタイミングで、呼び名を変えるよね。

 緊張するけど、言っちゃおう。

 だって私たちは、お友達なんだから!

 

「ああ──頼りにしているぞ、()()()!!」

 

 あっその顔、その顔……。

 

 えっ、何でこけた!?

 

 ま、まさか……これが音に聞く片桐さんの特殊能力!

 この距離で、もう彼女の肉棒(スタンド)攻撃を受けているというのか……! 

 

「淳之介!? しっかりしろ淳之介ー!」 

  

 彼女と対面する前から敗色濃厚な私たち童貞処女コンビであった。

 




この後滅茶苦茶仲良くなった。
一時間後、奈々瀬の圧倒的女子力と吹子の圧倒的女中能力を前にアヘ顔完全屈服キメる主人公。
修行人生送ってきて片手間で家事してきただけの女が勝てるわけないだろ!
雀野と、恩義に報いようとする文乃は今後お互いを守りたいあまり雀野は街中でどこからか視線を感じ、文乃は山でどこからか視線を感じる。お互いがお互いにプレッシャーを掛け合うことに。



たった7話書くだけで一年近く時間を掛けてしまうとは、読めなかったこのモブガサの目をもってしても!
元々ぬきたし普及のため、未プレイヤー(マダハメイト)に読んでもらい生ハメイトが増えてあわよくば二次も増えないかなーと思って執筆を開始したのが切欠です。
そのためキャラ紹介も兼ねた初心者向け作品にしようと考えていたのですが、途中であれ?生ハメイトの方しか読んでないんじゃね?生ハメイト向けにもうちょっと尖らせた方がいいんじゃね?と悩み中途半端感が否めなくなってしまった気がするのは内緒。
そんなこんなでマダハメイト、生ハメイト双方の方に少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
一応これにて体験版終了。番外編としてドスケベ回と、いつになるかわかりませんがダイジェスト形式の本編を書けたらなーと考えてます。いつになるかわかりませんが!

ご読了、ありがとうございました。




 
オマケ『同好の士』

「む、本は燃えるゴミではないぞ」
「ゲッ別にいいじゃないですか燃えますって……どうせ叱られるなら奈々瀬しゃんがいい~」
「そういうわけには……おや、この本は向かうから持ってきたものじゃないか。
 荷物の整理を手伝っていた時に見かけた覚えがある。本当に捨てていいのか?」
「いいんすよ急に冷めたんです……」
「……我もこれを読んだことがあるからわかったぞ……理由はオチの──適当な二次元エンドにある!」
「────へぇ……」
「戦うヒロインが徹頭徹尾陵辱調教されていたのにも拘わらず、最後の数ページで何の伏線もなく唐突に逆転する。様々な理由があるとはいえ、個人的にはあまり好ましくないのだが──どこかクセになるものがある。しかし読み直したらやはりコレジャナイ……と感じることもあろう」
「二次元エンド! ジュブナイルポルノの失敗作!! 雑で抜けなくて今まで読んできた中で一番醜悪な終わり方だぁ!」
「そこまで言わなくても……」
「雀野先輩は理解(わか)っている側の人間みたいですね……!」
「お、おおう……?」


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雀野さんは証明したい!

そして よが あけた !
いつのまにか よんかげつ が けいかしていた !

一気に飛んで時系列としては2が終わったあと
各ヒロインのアフターほど以心伝心おちんちん状態ではないぐらいの仲
これまでとは違い1、2のネタバレが含まれていますのでぬきたしをこれからプレイする予定の方がいればお気をつけを……



 短い秋も終わり冬に移り変わろうとしている時節だが、蝕む暑さは少しも陰りを見せていない。

 夜だというのにじんわりと額から流れる汗を前腕で拭き取りながら、俺はタブレットに表示された画面と建物を照らし合わせ頷く。

 

「……ここだな」

 

 中心街に聳えるビルの一角に入り、受付で簡易的な手続きを済ませ奥に進む。

 指定された階層、地下へエレベーターで降りていき角に配置された一室を数度ノック。

 どうぞという呼び掛けに応え、キーをかざし扉を開いた俺の耳に心地よい涼声が届く。

 

「よくぞ参られた──()()()殿?」

 

 薄暗い照明の下。ベッドの横で、深々とお辞儀する少女がいた。

 白と赤を基調とした、巫女服を思わせる戦闘装束を纏いながら彼女はゆるりと面を上げる。

 服装も相俟って神事の祭場に迷いこんだのではないかと錯覚してしまう程に、その所作は洗練されていて美しく。

 見惚れて固まる俺を少女が悪戯っぽく笑い、立ち上がった。

 

「今晩は貴方に頼みがあってな。聞いてくれるか?」

 

「ああ、ち……()()が望むことなら何でもしてやりたい」

 

「ありがとう。ふふ。まだ言い慣れないようだ」

 

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花──先人はきっと彼女と瓜二つの女性を目の当たりにして、このことわざを思いついたのだろう。あらゆる仕草に華があり、気品がある。

 光に当てられた濡羽色の髪は夜空に輝く星屑を浴びているかのよう。

 振袖で口元を隠しながら小気味良く笑う彼女は雅、という他なく。

 そんな大和撫子の体現者が、緋色の袴を入口に佇む俺の手をそっと握り。

 

「貴方にレイプされたい」

 

 

 ────ん?

 

 

「なんて?」

 

「貴方の手で! どちゃくそに! レイプされたいのだが!」

 

 聞き間違いじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 雀野薙帆と再会し彼女の秘密を知ってからは、まさに激動の毎日だった。

 

 実は処女だった──俺は仲間に加えてからもずっとただのビッチだと勘違いしていたのだが──学年でも一二を争うギャルビッチ片桐奈々瀬。

 身長のせいで未性年と思われ誰からも相手をされていなかった、小さいが心は大きな先輩渡会ヒナミ。

 それとラーメンデブ。

 

 その日を境としドスケベ条例に仇なす同志が続々と集まり、やがて俺たちはひょんなことから戦える力を手に入れる。

 童貞と処女を守り無事に帰宅することを目的とする、反交尾勢力NLNSとして活動し大掛かりなドスケベイベントを協力して乗り越えて、SSとは水面下で数え切れぬ程にぶつかり合った。

  

 本当に。本当に、沢山の出来事があった。そして俺の傍らにはいつも彼女がいた。

 格好つけようとして空回りして、雀野さんの前で何度無様を晒したことか。

 ドスケベ条例を憎み怒りを露わにする俺はどれだけ醜かったか。

 しかし彼女は俺に、友として武術の師匠として、いつだって真摯に向き合ってくれた。

 俺が明かした憎悪に満ちた胸中を決して否定せず、それでも俺のためを思って幾度となく口論を重ね、秘められた憎しみ以外の想いを引き出してくれた。

 

 やがて島そのものに怨讐の念を抱いていた独りの老人の計謀により、青藍島は本土の人間たちに占拠され崩壊の一途を辿るようになる。

 そして島の存亡を賭けた戦い"ドスケベ戦役"を経て、ドスケベ条例は真ドスケベ条例へと生まれ変わった。ドスケベセックスをしてもしなくてもいい、新たな道を皆で作り上げたのだ。

 

 俺はその後、気持ちよさのあまり光の速さに達したオナホコキが原因で平行世界の魂と入れ替わってしまうというチン事に遭遇したのだが──その話はさておき。

 

 無事元の世界に帰還して暫く時が経ち、お互いが落ち着いた頃──俺は彼女に告白した。

 武道を通して心身を鍛え、誰でも敬意を払って接する雀野さんは何歳も年上の立派な大人に見えていた。

 しかし彼女は、漫画やアニメへ真剣にのめり込み、笑い、泣く。

 女子力の高い身内に憧れて、涼し気な表情をしながらも裏では彼女らに追いつきたい一心でひたむきに努力する。

 そんなどこにでもいる頑張り屋な女の子で。

 そんな一面を知るたびに、俺は彼女に惹かれていって。

 

 薙帆は俺を受け入れて、下の名前で呼び合う特別な関係になった。

 ドスケベ戦役の折、老人に雇われていた己が師匠を打倒したことで静乱流免許皆伝を授かり、卒業まで処女を守り切るという制約がなくなった彼女と、一週間ほど前に初体験を済ませたばかりなのだが──。

 

 

「事の始まりはあの憎っくき横綱、メスブタを超えたメスブタ……!

 我の大親友の軽はずみな発言よ──!」

 

「大親友に滅茶苦茶言ってんな。もっと言ってやれ」

 

 俺は元々友達の水引ちゃんとシュウくんの三人で遊ぶ予定があって、雀野さん……薙帆はNLNSと偶然非番だったSSメンバーで集まってお茶会を開いていた。

 成績や進路相談、一通り真面目な会話をした後で、俺とは上手くいっているのかという話題に移り、嬉しいことに薙帆は惚気話を皆に聞かせていたそうだ。

 だがラーメンデブリこと畔美岬の何気ない一言が彼女を硬直させた。曰く──

 

『薙帆ちゃんって淳之介君とくっころプレイとか調教プレイとかとっくに体験済みですよね?

 どうでしたどうでした!? 好きですよねそういうの!』

 

「……それを引き金に桐香と郁子、そしてスス子も乗っかってこう言い出したのだ」

 

『薙帆さんは催眠に弱そうですよね。マゾっぽいです』

 

『チホちゃんってアナル弱いよね。マゾだし』

 

『スズさんはムッツリスケベっぽいっすよねー。風紀委員長が似合ってそうっす」

 

『というよりドスケベに関する全てに弱そうですよね。なんせマゾですから!』

 

『ブーブーメラン飛んでんぞ豚女。あんたの場合頭も弱いだろうがよぉ』

 

『当たり前じゃないですか!』

 

『声でっか……』

 

 薙帆は常に冷静沈着、修行で身に着けたポーカーフェイスによって、余程のことがなければ彼女は感情を表に出さないのだが──

 

「っかしいだろ……あの子たちおかしいだろ! なんだあの偏見は!

 しかも何故マゾヒストであることが共通見解となっている!? 彼氏としてどう思う!」

 

 こういった話は余程のことらしく、ご覧の通り彼女は激情を剥き出しにして吠える吠える。

 そして俺の主観を素直に白状するのは火に油を注ぐと同義。

 

「……でも、ほら! 文乃は勿論のこと、奈々瀬やヒナミ、礼先輩だって薙帆のことをフォローしてくれただろ!?」

 

「ああしてくれたさ……礼先輩は母君のお見舞いで今日はいなかったが……

 全員! 目を背けて! ソノヨウナコトゴザイマセヌヨーとカタカナで!」

 

「ドードー」

 

「んぅっ……」

 

 この手に限る。

 彼女はよく頭を撫でるのだがそれは誰かに撫でられたいという欲求の裏返し、らしい。

 現世に生を受け、入れ替わるように母を失った薙帆は母性に飢えていて、愛を欲している。

 だからどれだけ拗ねていても頭を撫でさえすればご機嫌取れるクッソちょろい女だぞと、彼女の父親いやさお義父さんが言っていた。俺も教えられた時は半信半疑だったが試しにやってみるとぐうの音も出なかったものだ。

 

「大体アナルや催眠に弱いってなんだよ。我は自己暗示も最近会得したんだぞ……

 我不敗也!我無敵也!我……最強なり!と明治催眠おじさんの再現だってできるんだぞ……

 言うなれば催眠強者、例えるなら催眠を知り尽くし催眠アプリを開発した女博士……」

 

「サンプル渡した人に下剋上されるやつじゃん……」

 

「むー」

 

 薙帆は真ドスケベ条例が制定された後も島民からビッチとして崇められている。

 奈々瀬が皆にビッチでないことを打ち明けた時、それに薙帆も便乗しようとしていたのだが。

『でも、雀野は違うよな!?』という、水乃月学園生徒たちの不安立ち込める熱視線に耐えかねて、ただ彼女は薄く笑った。

 それを誰もが肯定と捉えてしまいあっという間に噂が広まって、奈々瀬という対抗馬が消えた翌日には青藍島随一のドスケベビッチとして祀り上げられるようになってしまったのである。真実を知る者はNLNSとSSの一部だけだ。

 

「……どうしてだろうな? 気心の知れた者が一様に我をムッツリだの何だのと決めつけるのは。

 毎度否定してるがその度にハイハイと流されるぞ」

 

「どうしてだろうな」

 

「な」

 

 …………口には出せないが。

 

 俺も彼女たち同様、薙帆はムッツリスケベで被虐願望持ちでないのかと疑っているのだ。

 

 何故ムッツリスケベと思ったのか。それはドスケベ条例が機能していた頃の話だ。

 昼休憩に入り、いそいそと俺が隠れ家に逃げ込もうとしていたら、校内で行動を共にしていれば目を付けられるからと、教室で別れた薙帆が存在感を消して立っていた。

 ジーッと廊下の隅でドスケベセックスを眺めている。何してるの?と尋ねると彼女は。

 

『敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うだろう? これは敵情視察みたいなものさ』

 

 そう言われ、その時は俺もさす雀と感心していたのだが──親交を深めていくにつれ、徐々にだが彼女の分かりづらい機微というものがわかってきた。

 そのような光景を、何回何十回と目にする内に、あれもしかして? と疑念が湧いてくる。

 彼女は、あたかも性行為には何ら興味ありませんよという素知らぬ表情を顔に張り付けて。

 その実エッチなことにガッツリ興味を持っているのではないかと……!

 

 特に女の子が攻められる過激なSM系エッチを目の前にした時、薙帆は露骨に発情していた。

 

『おお……なんと激しい……なっあの体勢からまだイけるのか……!?』

 

 器用にも気配遮断は維持していたがその時の薙帆は無防備も無防備、真横で呼び掛けても俺には気づけていなかった。

 そんな彼女の日常生活を、みんなそれぞれ別の視点で見かけていたのだろう。友人の気配には気が緩むようで、真ドスケベ条例施行以後はそれが顕著であった。

 

 そのままナデナデしていると、薙帆と目が合って。

 

「ふぅ……感謝する淳之介。少しは頭も冷えたようだ。

 そして、改めて貴方にお願いしたい! 我をレイプしてくれないか?」

 

「それは、アレか──薙帆がその、マゾでないという証明の?」

 

「麻沙音には数え切れぬほど煽られているから然程気にしていなかったのだが──NLNS並びSSメンバーに勘違いされているという現状を知ってしまった以上、捨て置くことは相成らん!

 我が嗜虐的行為に耐え手本を示し、彼女らの誤謬を正さねばならんのだ!」

 

 ドスケベ戦役の前哨戦時、薙帆の自宅は粉微塵に爆発させられたためお爺ちゃんと彼女、そして彼女の従者である文乃の三人は現在我が家で暮らしているのだ。

 アサちゃんと薙帆は意外なことに仲が良く、陵辱物や調教物の抜きゲを二人で雑談しながらプレイしては感想戦をよく行っている。

 そしてやっぱ興味あんじゃん……と鼻で笑うアサちゃんに、そんなことはない我は青藍島で生き残るために淫語が多くなりがちな抜きゲを学習目的でやっているのであってそのような嗜好には全然興味ないのだと早口で返す薙帆。

 

 未だ九九をマスターできないほど勉強が不得手な妹であるが、口喧嘩にはめっぽう強い。

 薙帆はその都度言い負かされ次第に半泣きとなり、バブみハンドという母性の暴力によってアサちゃんを強制的に黙らせる。高確率でしれっと撫でられる側に混ざってる文乃。

 その一連の流れを反復する内に、アサちゃんはすっかり撫で中毒者となって頭皮マッサージをしてもらうためだけにレスバを仕掛けるようになってしまったのだ。

 ちなみにアサちゃんはどれだけ可哀想でも抜ける派で薙帆は可哀想すぎると抜けない派らしい。

 

 ズバッと言い放つ薙帆だったが、直後申し訳なさそうに俺を上目遣いでチラチラと見つめている。

 

「……しかし、な。そういった性的嗜好では抜けないという淳之介だからこそ、却って泰然自若に審判を下せるではないか──そう考えたのだが」

 

 ただのプレイといえど純愛好きな貴方がそれを嫌がるのも十二分にわかる。

 これは我の我儘だ。貴方が少しでもその行為に否定的ならば、この話はなかったことにしよう。

 何しろまだ1()()しか睦言を交わしていないのだし……彼女の提案を、俺は首を横に振った。

 

「やるよ。やらせてほしい。彼女の我儘を聞くなんて、彼氏冥利に尽きるじゃないか──!」

 

 薙帆は俺に合わせようとしてくれる節があったので純粋に嬉しかったりする。

 俺の返答を聞き、彼女の顔がパーッと明るくなった。

 

「やだ淳之介格好良すぎる……ふふ、ならば二人で立証してみせようではないか!

 そしてやるからには一切の手加減不要! 本気で我を陵辱してくれ!」

 

 当然だ、俺は首肯する。手を抜いたり手心を加えてしまえば即座に看破されてしまうだろう。人に押し付けないが、薙帆は極めてストイックで妥協を許さない性格だ。

 恋人として、全力でぶつかっていかなければ失礼というもの。

 ハード系のジャンルは門外漢だが、俺はアサちゃんとの付き合いでテンプレ、鉄板というものをそれなりに把握しているつもりである。

 

「よく見たら手錠や足枷が壁にぶら下がってるな……どれか使ってみるか?」

 

 俺たちが今いるのはラブホテル。学割で実質無料という青藍島特有の学生に優しいサービスだ。

 そしてこのホテルはSMを専門とする。電マやローター各種、ベッドルームに取り付けられた四肢拘束キット、ハメ撮り用ビデオカメラ、ムードを出すためか様々な拘束具や縄が並べられていた。

 デスクの上にはそれぞれの説明書や注意書きが積まれている。セックスはあくまで幸せに楽しむもの、が青藍島のモットーである。注意喚起は徹底しているらしく入口でもそういった指導を受けるそうだが、なんせ相手はあの雀野さんだ。パートナーには伝えるので安心してくださいと言えば二つ返事でOKだったそう。

 

「それらではなくこちらを使おう」

 

 彼女が椅子に置いていた余所行き用のバッグからいくつかのアイテムを取り出し、その一つを俺に提示する。

 ──それは、異常なまでに輪が太く、鎖も極太な、地下牢に閉じ込められた賢人(ゴリラ)を連行するために造られたような厳つい鉄輪だった。

 

「ガチなやつじゃん……」

 

「これは我が家で特訓用に使われる特別製でぇ──」

 

「大丈夫か薙帆!?」

 

 前に飛び出して、俺は超重量の鉄枷を受け取りつつ抱き支える。

 解説している途中で彼女が不意に姿勢を崩したからだ。立ち眩みを起こしたようにフラつく薙帆に動揺を隠せなかったが、彼女は体調が優れないというわけでもないらしい。

 辛い様子は見られず、バツが悪そうに頬を掻き苦笑いを浮かべていた。

 

「すまない……きっと貴方は我の願いを受け入れてくれるだろうと思ってな。

 再会するまでの間に抵抗する余力を削ぎ落すため地狼を常時発動していたのだ」

 

 なるほど、それで体力が尽きてしまったと。

 

「最後に我が淳之介へ頼み込もうと思い至るまでの記憶を我の奥義澱魔(でんま)で消去すれば調整は完了だ。

 技による消耗で完全に力尽き指一本動かせなくなり、記憶喪失となった未来の我は訳も分からず貴方に蹂躙されてしまうことだろう」

 

「そこまでする?」

 

「する」

 

 ……薙帆が着ている、巫女服に似た和装は雀野家伝統の決戦装束である。

 彼女も、平行世界の彼女も。島が危機に陥るたび、それに袖を通し縦横無尽に暴れ回った。

 大切な勝負服だろうに、いやこの子はそれだけこれから行われる性戦に懸けているのだ。

 そうだ、これは橘淳之介と雀野薙帆の真剣勝負──戦う前から気圧されていてどうする。

 

「転びそうになった拍子にバッグから落ちたみたいだけど、これは媚薬か?」

 

「我にも効く強力な物らしいぞ。桐香が私にくれたものだ」

 

 ピンク瓶を俺から受け取り鞄へ仕舞い思い出したようにあ、と呟いて彼女はスマホを取り出す。

 そして操作を終えると共に、俺のタブレットへ薙帆からの通知が一件届いた。

 開いてみると、そこには数分間の動画が添付されている。

 サムネイル画像から察するにこの場で撮影をしたようだ。

 

「我が貴方に依頼した証拠兼勝利宣言が含まれている映像だ。

 事が済み次第我に見せてやってほしい」

 

 そう言って薙帆は寝台へ上がり、俺に再び頭を下げ──黒の目隠しを自らギュッと縛る。

 

「貴方の準備が出来次第、起こしてくれ──さぁ! 始めようか! ヌンッ!」

 

 薙帆の両腕が、床と平行に力強く伸び袖も舞う。己の頭部を掴み、深呼吸。

 側頭部に手を当てた薙帆の総身が大きく揺れて、糸が切れるように彼女は俯きがちとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 失神したことを感じながら、まずは彼女の細い手首に重々しい枷を後ろ手で嵌め込む。

 落ちる寸前に『あの力の存在を』と言い残してていったのだがアレは一体なんだったのか。

 

 まぁ考えても仕方ないので、一先ず備え付けのシャワールームで汗を流してからノクターンなノベルで少し勉強しようと、彼女に背を向けたら──

 

「う、ん……? んん!? 何だこれは!」

 

 擦れる鉄鎖と困惑の音色が室内に響き渡った。

 視線を戻すと、気絶していたはずなのに、既に覚醒を終えている薙帆がそこにいる。

 あまりに目覚めが早い。俺もだが薙帆のやつ、自分の回復力を全く考慮に入れてなかった!

 

「そこにいるのは、淳之介だな!? 布を外してくれないか? 力も入らず現況が掴めん。

 筋弛緩薬の類ではなく極度の疲労による脱力状態に近いようだが……」

 

 気配察知スキルのある薙帆は俺の気というものを憶えているから、視力に頼らずとも同部屋の人間が誰かを見抜けるだろうとは睨んでいたが──やばい。言い訳が全然思いつかない。

 一度離脱するのは不自然すぎるし、予想外な回復速度を鑑みれば愚の骨頂だ。

 限りなく無抵抗な素の薙帆がどうリアクションをするか、それが今回のテーマ。

 ここで猶予を与えるのは、彼女の意に背く行為となる。

 

 ──こうなったらアドリブで乗り切るしかない!

 

「そうして迫られると後ろから抱き締められるようで、少し気恥ずかしいな」

 

 俺も寝床に上がり、力ない彼女の背を鍛え上げた自慢の胸板にもたれ掛けさせる。

 先に身を清めていたのだろう、普段とは異なるシャンプーの良い香りが俺の鼻を突き抜けた。

 はにかんだ声色と遮眼物を取り除いてくれるだろうという彼女の期待に心苦しさを感じつつも。

 

 俺は薙帆に手を伸ばし──前開き状の服を包む帯を緩め。

 

 きつく巻かれたさらしを解き。

 彼女の双胸を、下から掬い上げる。

 

「ちょ、な、何を……」

 

 表舞台での華々しい無双シーンから一転、薄暗く湿り気のある地下世界へ。

 力を削がれた囚われヒロインをグヘヘと男が舌なめずりしながら品定めをする。

 獣欲を突き付けられながらも反抗的な態度を取る気丈な少女。しかし地の文で語られる、女の子に内心渦巻く恐怖感や無力感にプレイヤーは嗜虐心を煽られて否応なしにボルテージが上がってしまうものだとアサちゃんは熱く語っていた。

 

 まず俺が言うべきは、女としての価値を褒め称え、これから行われる性事を意識させること!

 確かこんな感じだ── 

 

「ふっ──良い身体しやがって……! 大きいおっぱいに大きいお尻……!

 立派な赤ちゃんをいっぱい産めそうじゃないか──!」

 

「も、もう……赤ん坊なんて気が早いぞ……えへへ

 

「殺す気か?」

 

「どうしてそうなる」

 

 危うく薙帆ニウムの過剰摂取で心臓が破裂するところだった……!

 同性愛が禁忌とされていた青藍島女子からの人気も高い凛とした女の子が俺の前でだけ、肩を預けながらか細い声を上げて、しおらしく縮こまっているのだ。

 さらっと将来的に子作りする気満々なことを呟く辺りあざとい……! 卑しか力が高すぎる。

 心なしか彼女もまた小さく見えて庇護欲を大変掻き立てられた。今の甘い薙帆ボイスを録音しPCに焼き付け複製元音声ファイルが入った記録媒体を俺の体内に埋め込み墓まで持っていきたい。

  

「あの、な? 貴方が我を求めてくれるのは非常に嬉しく、心躍るのだが……な?」

 

 恋人持ちなら誰もが抱くであろう一般的願望を思い描き、このまま小動物じみた彼女を抱擁しながら朝までイチャイチャ添い寝したい──と妄想したところで、薙帆の囁きにより目が覚める。

 そうだ、今の俺は橘獣之助平。彼女をどちゃくそに犯すことが使命の変態クソ野郎。

 目的を見誤るな──心を鬼にするんだ! 薙帆のために!

 

「何ゆえにまた胸!?」

 

「愛ゆえに──!」 

 

「む、胸に触れるのは構わんがひとまずこれを外してからだな……」

 

「薙帆こそ今の状況をわかっているのか!?」

 

「わからないからこうして言ってるのに何故我が怒られているんだ……?

 ……うーむ、今の、状況………………ハッ──!」

 

 そうだ。目隠しされた上に腕を拘束され肉体は満足に動かせず、胸を弄ばれている。

 これは確実に乙女のピンチと思わざるを得ないシチュに違いない。

 

「我々は何者かの手に落ち、制限時間内で我をイかせられないと部屋ごと爆破され二人とも死ぬといったシチュエーションだな」

 

「ごめんそういうシリアスな話じゃないです」

 

「では我をイかせるかセックスしないと出られない部屋に閉じ込められたか──!」

 

「探せばこの島のどこかにありそう」

 

 僅かな情報や手掛かりを基に繰り出される彼女の推理能力はとても心強かった。

 しかし深刻でないと直感した場面では決まって見当外れな結論をドヤ顔で導き出すという、肝心な時にしか役に立たないとNLNSでもっぱら評判な雀野さん。

 ……今回に限って言えば俺が悪いのだが。

 彼女の体を性的に褒めるといってもそれは敵対関係にある人物や見知らぬモブが言ってこそ。

 俺が言ったところで誉め言葉でしかないしチョイスもズレていた気がする。

 

 俺がおっぱいを触っているのも緊急事態を想像してのことだったのだろう。

 セックス部屋は如何様な仕組みの扉で閉じられてるのだろうか、と興味津々な清純派ヒロインの夢を壊すようで悪いが。

 あれこの子言うほど清純派ヒロインか? という疑問を頭の中から消し去りつつも、俺は彼女にストレートな物言いで告げるため腹を括った。

 

「薙帆。俺は前々から気になってたんだよ。お前がマゾなんじゃないかってさ」

 

 

 

「……ほーう」

 

 口にして、彼女がゆっくりと振り返った瞬間俺は硬直した。

 笑っているが笑っていない。黒布の裏にある蒼眼が俺を刺し穿っているのがよくわかる。

 浮つく少女は消え去り獲物を仕留めんと見つめる狩人が、俺の眼前にいた。

 

「なるほど、なるほど。合点がいったよ。誰が貴方を誑かしたのか──大方予想はつくが」

 

 雀野薙帆であることを気取られぬようSSとの戦いで敢えて威圧感を放っていたこともあったが。

 肝が冷えるとはよく言ったものだ。彼女から滲み出る圧力によって全身から汗が噴き出し、思わず呼吸も忘れ鳥肌が止まらない。当然俺の愛らしい股間も萎縮してしまっていた。

 

「しかしどのような卑劣な手段で貴方が我を捕縛したのか知らぬが、その事実は覆せん。

 貴方相手とて気を緩ませていた我が悪いのだ。敗者は勝者に恭順するのが世の習い」

 

 好きにしていいし、いかなる命令でも従おうではないか──漢らしく宣言する薙帆。

 

「けれどそれは我が復活するまでだ。必要最低限の力を取り戻すには……ふむ、凡そ10分といったところか。それが過ぎてもまだ我に何かしようと目論むなら──わかるな?」

 

 彼女は強い。尋常なく強い。一撃必殺技持ちなうえ、他人の技を目に映しただけでコピーする才能を秘めた薙帆は多種多様な格闘技を一流の精度で行使することができる。

 薙帆は腕が不自由だ。だが足には何の制限も課せられていない。足のみを使った関節技に持ち込まれれば、俺にはそれを防ぐ手立てがない。

 とっておきの防御技が手札にあるが、それは関節技に対し効果を期待できないものだ。

 タイムリミットが訪れれば、その時点で俺は為すすべなく封殺されてしまうだろう。

 

 果たして、俺は限られた時間の中で約束をまともに履行することはができるのだろうか──?

 

「折角我が真面目な雰囲気出してるんだから話を聞いてる時ぐらい胸触るの止めなさい」

 

「だって薙帆のおっぱいが好きなんだもん……」

 

「子供か貴方は」

 

「薙帆の子供になりたくて何が悪い!」

 

「ちゃんと会話してほしい」

 

 俺は彼女の胸が好きなのだ。

 一対の果実は上下対称の見事な円錐型で、手から零れ落ちそうになるくらい実っている。

 だが下品になりすぎない絶妙な大きさと鍛えた大胸筋によって押し出され、重力を意にも介さずツンと張る健康美とが融合し、寧ろ気品さえ感じられた。

 滑らかな白肌にチョコンと佇む薄桃色は、さながら楚々としたお嬢様といったところか。

 そのまま揉みしだいていると彼女は深い溜息をついた。

 

「はぁ…………貴方やる気あるのか?」

 

「何を言っている? お前の胸をどちゃくそに嬲る雀野ハードを絶賛プレイ中じゃないか」

 

「嬲ってなどいない。前回もそうだったが、それはたださすったり撫でたりしているだけだ」 

 

「え?」

 

「気付いてなかったのか……マゾかどうかを検証したいならもっと乱暴にやれ。

 我を傷つけまいという貴方の心遣いは伝わってくるのでそれは嬉しいのだがな」

 

 視界が、滲む。

 彼女の台詞を反芻して──目から熱い液体が下へ下へと流れて行くのを俺は自覚した。

 

 情動によって歪んだ気と、服を捲られ露出した肩に涙が落ちたことで俺の心情を察したのだろう、薙帆は射殺すような闘気を静め、先程より背筋を俺に密着させている。

 手を使わずとも慰めようとしてくれているのだ、彼女は。

 なんて良い子なんだろうと感激すると同時に、俺は俺を許せなかった。

  

 俺は、俺は、大馬鹿野郎だ──!

 

「淳之介の優しさはよくわかっているとも。我を責めようなどとは土台無理な話だったのだ。

 貴方を唆した、脳内に居座る有害物質ミサキウムを二人で追い出そうではない──」

 

「俺は好きだと言いながら! お前のおっぱいを理解しようとしていなかった!」

 

「は?」

 

 小学生の頃美術館に展示されていた、世界的に有名な本物の絵画を生で見た際はいたく感銘を受けたが。しかし薙帆の胸はそれを上回る衝撃が、俺の五体に駆け巡った。

 そうだ。俺は彼女の胸を一つの芸術として愛している。この均整が取れた完全なる半球体の調和を絶対に乱してはならない──と、慎重に触れてきたつもりだ。

 

 しかし彼女は絵ではない。人間だ。

 それも極限まで人体を鍛え上げ、常識の枠から大きく逸脱した超人体を持つ少女。

 壊してはいけない。その気持ちは変わらないが、壊してしまうかもしれないから力を全く入れずに触るだけというのは、何年もの歳月を費やし作り上げた彼女に対する侮辱ではないのか。

 

「傷つけることを恐れ内側に踏み込もうとせず、表面上の美しさにのみ目を向け固執し知った風な口を聞く──俺は、なんて醜く臆病な男だったか」

 

「我そんな話1mmもしてない」

 

「おっぱいを揉むという行為は、恋愛に似ているらしい」

 

「我の話聞いてる?」

 

「だから俺は改めてここに誓う。お前の全てを知るために、薙帆を全力で犯し尽くす!」

 

 澱魔を使う前の薙帆は俺に言った。貴方の手でどちゃくそにレイプして欲しいと。

 それは彼女の、信頼の証。粗暴に振舞ったところで俺なら一線を越えない。辛い目には遭わされないと信じて疑わず、俺にお願いをしてきたのだ。 

 覚悟もなしに安請け合いした俺自身に腹が立つ。

 彼女の願いの本質を気づけず行為に及ぼうとした思慮のなさが憎らしい。

 

「……何でもいいが、あと5分もないからな」

 

「ああ、わかってる。痛いと感じたらすぐ声に出してくれ」

 

「…………うん」

 

 忘却前の薙帆が生んだ貴重な時間を早くも半分も浪費してしまった。

 俺の未熟さが招いたことだけど、後悔したところで時が遡るわけでもない。

 タイムリミットに焦り必要以上に力を入れてしまっては最悪だ。

 俺は冷静に、手荒に彼女の肢体を弄ばなければならない。言うは易く行うは難し──しかし、やり遂げなければならない。薙帆の彼氏として、一人の男として。

 

 彼女の果肉を、初めて揉んだ。

 

「──ひにゃん!?」

 

「え」

 

「……驚いただけだ」

 

 痛くはなかったらしい。突然の高音に驚いたけど、胸の感触がそれをすぐに忘れさせた。

 ハリがあり、誰にも心を許す気はないと言わんばかりの気高さをも感じる彼女の乳房。

 しかし力を入れてみると、どこまでも指が食い込んでいきそうなほどに、柔らかい。

 女王として島に君臨する孤高な少女──だが歩み寄ってみれば、彼女の慈しみに包容力に誰もが気づく。薙帆の胸は彼女そのものだ。

 

 おっと、これだけに集中してはいけない。

 

「薙帆の胸、熱くなっているぞ……俺のいいようにされて、興奮しているんだ」

 

「…………っ」

 

「イメージしてみろ。戦闘力に劣る格下の相手に組み敷かれて、許しを懇願する薙帆を。

 それでもチンポを入れられて惨めによがる自分の姿を」

 

「黙れ……!」

 

 よし、思いのほかスラスラと出てくる。

 薙帆はヒナミと同じく少女漫画が好きで、俺にもよく薦めてくるのだが王道系セレクトなヒナミと比べドSな男に強引に迫られて……というストーリーの作品がやたら多かった。

 無理に抜きゲの悪役を演じようとせず、彼女推しの男キャラをリスペクトしつつもあくまでプレイの一環と思えば何とかなりそうだ。

 

 俺の言葉責めに呼応して、胸の先端が目を覚ます。

 蕾は穢れを知らない無垢な桜色で、今すぐにでも舐め回したいほど。これほど惹かれるのはこの双丘によって育てられ、俺たちヒトの遺伝子が魂の故郷として認識しているからだろう。

 アサちゃんもおっぱい星人だし、きっと全人類みなおっぱい星人なのだ。そうに違いない。

 そのまま胸をまさぐっていると──薙帆の口から、吐息が漏れた。

 

「…………淳之介、無駄な真似はよせ。いくら貴方が責めようと我は反応を示さんぞ。

 わかっているだろう? 我が喘ぎ声一つ出していないことを」

 

「──くっ、しかし薙帆の乳首はこんなにも勃起しているぞ」

 

「ハッおめでたいな。そんなものただの生理現象にすぎん。当然この火照りもな」

 

 そうハッキリ言われてしまえば、彼女以外との経験がない俺では反論が出てこない。

 

 ……薙帆との初セックスはやや失敗気味だったのではないのかと俺は感じていた。

 俺のコンプレックスだった一物を、彼女は幸せな笑顔で迎えてくれたのだが──後になってみれば、全然喘いでいなかった、と。

 俺にとってエロゲとは恋愛指南書であり性教育学習媒体である。

 前戯をせずとも思い人と一緒にいるだけで自然と濡れるものだから、すぐに挿入しても大丈夫。

 処女であっても大きな艶声を上げ、蕩けた表情で異性を見つめるもの。

 前者は実際そうだったから参考書通りの展開だと安心していたが、後者は違っていた。

 俺が射精し終えるまで、薙帆は会話以外一言も声を上げなかったのである。

 

 確かに薙帆は微動だにしておらず、声のトーンに変化もなく無機質だ。

 不感症という線もあった。しかし雀野家玄関の鍵が開いていることを伝えるために上がり込んだ美岬曰く、2Dエロ格闘ゲームでNPCに負けた薙帆は普通に声を出して喘いでいたそうだ。

 美岬もその後ろで気配を隠し自分の後ろを責め喘いでいたそうだ。

 だから薙帆が黙っているということは、悔しいが彼女のオナニーよりも俺が与える刺激が微弱だっただけ。

 マジで感じていないのなら彼女に被虐的な性癖はなかった。ということになるが、もし俺の技量不足で感じる感じない、それ以前の問題だったとしたらこのテストに意味はあるのだろうか──?

 

「む、無駄だと言っているだろう……!」

 

「ん?」

 

 力を取り戻すまでなら好きにしろと彼女は言い切った。

 生真面目なこの子は、やれと言ったからには刻限まで余計な口を挟まないものだ、平静ならば。

 無意味だと強く主張して手を止めさせようとする薙帆にふと違和感が込み上げて、一つの推測が頭に浮かんでくる。

 

 もしかしたら。

 

 ──彼女は今、焦っている?

 

「止めろ……! 淳之介、もうやめろ……!」

 

 俺は強く力を込め五指を埋没させていく。

 完璧な曲線を描く豊熟した膨らみが指に連動し姿形を変え、紡がれるのは明らかな焦燥の声。

 下から掬い上げては、彼女の乳肉を堪能すべく何度も何度も捏ね繰り回した。

 そして彼女の指示に従い、俺は勢いを緩め美桃の表層のきめ細やかさを楽しむように、弱く弱く指を巡回させ、やがて手を離す。

 

 聞き入れてくれた──と思い込んだのだろう。

 嘆息ではない、安堵による深い息をしたその刹那。

 

 このタイミングだ、と俺の勘は告げていた。

 

 狙いは赤みがヒクつき、ここが弱点ですと自己主張する可憐な突起。

 

 俺は今宵最も力を入れて、彼女の胸丘と頂きを、同時に握り弾いた。

 

 

「……ぁ」

 

 傍目から見れば、何も起きなかったように映ったかもしれない。

 密着状態だからこそ薙帆の僅かな痙攣がダイレクトに伝達し、吹けば飛ぶような声量も拾うことができたのである。

 本当に大したものだ、彼女の感情制御術というのは。

  

「薙帆、あとどれくらいで回復するのかな?」

 

「は……ぁ……何故、そんなことを……」

 

「言ったよな。いかなる命令でも従おうではないかって。

 じゃあ命令だ、俺の問いに答えろ──お前はあと何分あれば回復する?」

 

 質問の意図を汲み取ったのだろう、薙帆は言いにくそうに口篭もる。

 俺が急かすように胸元を撫で上げると彼女は息を乱しながら、8()()()、と言葉を投げた。

 

「さっきより分数が増えたのはどうしてだ? 俺を油断させるための作戦か?」

 

 彼女は正直に返事する、俺は確信を抱きつつ結ばれる黒帯を取り除いた。

 布の向こうには、俺を睨み付ける切れ長の蒼水晶。しかし布越しから見せていた凍てつく殺気は見る影もなく。

 嘗て転校してきた週末の日に俺が見た快楽に染まった瞳を、どこか彷彿とさせられる。

 長い沈黙の後、彼女は絞り出すように。

 

「ぜ、絶頂……したから、だ……!」

 

 薄い唇を歪ませ悔しさを隠そうともしない、ひどく呆気なく達してしまった薙帆を前にして。

 

 俺の縮こまっていた息子に電流が駆け抜ける。

 

 新たな扉の開かれつつある音が、俺の頭に響き渡った。

 

 

 

 

 




最初にやった抜きゲで、媚薬なしに処女がこんなに喘ぐわけないでしょこれじゃただの変態じゃないと呆れていた雀野さん

抜きゲってリアリティあるんだなぁ、と思いつつも純愛エロゲーマーな淳之介はきっと処女ヒロインの清楚な演技に慣れているだろうから、変態だと勘違いされないよう途中から必死になって声を抑え込んでいた雀野さん

あと2話分を1日おきに投稿するつもりですので、またよろしくお願いします


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Stand♥ and♥ Fight♥

 雀野にとって橘淳之介は目が離せない、危なっかしい男の子である。

 炊事洗濯の才能はからっきしで特に料理は酷いものだ。塩と砂糖を間違えるのは日常茶飯事、気を抜けば食材が真っ黒に、味付けが極端になってたり。何故か見知らぬモノが混入していたり。

 漫画に出てくる料理オンチなキャラそのものだと、指導する立場の少女は頭が痛くなった。

 

 そういう星の下に生まれたからか、彼は荒事に巻き込まれやすい。

 淳之介は危害を加えられそうな人間が目の前にいれば、後先考えず戦力差も考慮しないで突っ込んでいくきらいがある。きっと彼は嫌いな島の人間であろうと手を差し伸べようとするだろう。

 人としては好感が持てるが、友人としてはその捨て身な姿勢を看過することができなかった。

 雀野が率先して蹴散らせばいい話ではあるが、常日頃彼と同行しているわけじゃない。

 

 だからこそ少女は淳之介に戦い方も教えることにした。一人でいる彼が誰かに手を伸ばし、少しでも安全に、少しでも遠くにいる人へ手が届くように。

 格闘のセンスもあるとは言えない。だが、彼は雀野の想定を遥かに超えた努力家だった。

 日々の修練で疲労が蓄積し体を動かすことも億劫だったろう。しかし彼は気合でそうした素振りを見せず、逆に素人相手だからと気を遣わず練習量を増やしてほしいと頼み込む始末。

 家事についても、よく頑張っていた。毎回問題点を洗い出し、改善点をまとめ上げ牛歩だが確実に成長を遂げていく。一カ月かけてまともなチャーハンを完成させた際には、橘家に雇われている家事代行サービスのアルバイター奈々瀬と肩を抱き合ったものだ。

 

 だが淳之介には紛れもなくリーダーとしての、司令塔としての資質があった。

 目まぐるしく変遷する戦況を冷静に見極めながら的確な指示を送り、いざとなれば仲間を守るため躊躇なく自身を賭けのテーブルに載せ囮役を買って出る思い切りの良さ。

 そんな仲間想いの彼だからこそ雀野は、NLNSのメンバーは支えたくなったのだろう。

 

 淳之介は、雀野が絶対的窮地に立たされた時にいつだって駆けつけた。

 白馬の王子様のように美しく颯爽と現れるわけじゃない。地に這い蹲り服を身体を土で汚しながら死に物狂いで助けようとする姿はみっともないと敵に嘲笑されることもあったが。

 雀野にとってはその泥臭いヒーローが、たまらなく格好良く映っていた。

 

 手のかかる弟を見る眼差しが、いつしか変わる。

 目が離せない、から目が離せないへ。言葉は同じなれど意味の変化に気付いた瞬間。

 

 ────雀野薙帆は、橘淳之介への恋心を自覚した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだかな?」

 

「わ、わかっている」

 

 想い人の青年に睥睨され、雀野は自由の利かない体を芋虫のように這わせ進みながら、蒼眼を前方に戻す。乱した清廉な白服を纏う女の眼前には巨大な塔が、聳え立っていた。

 このようなデカブツが体内へ入ったことがあるのか──ゴクリと唾を呑む。

 

 どうしてこんなことに。そもそも雀野から言い出したことで完全な自業自得だが、記憶を手ずから消去した少女はそれに思い至ることなどできずただ嘆く。

 目覚める前の会話がすっかり抜け落ちた少女からしてみれば、淳之介に突然SM部屋に拉致され拘束されマゾでないかと疑われ襲われているのだ。たまったものではない。自業自得だが。 

 

 いくら体力を回復するまでの短い時間だからといって、軽々しくどんな命令に従うなど言うべきでなかったと少女は後悔する。だが、やると口にしたからには嫌でもやる。

 雀野はそういう女だった。

 

「早くしゃぶれよ」

 

「ぁっ……待て、急かすな……!」

 

 せめてものと睨もうとしたが、その行動は正しくないと人体が訂正を促すように、女体の芯から脳髄へ妖しい電流が駆け回る。結果的に鋭い目尻は垂れ下がり熱を帯びて、淳之介の一物を愛おしげに見つめる形となってしまった。

 蠱惑的な瞳に、彼の股間から噎せ返る雄臭が溢れ出す。生臭さに眉を顰めるが、男の手に持つ小型の機械をチラつかされて、雀野は慌てて顎を突き出した。

 

 ──この痺れは、ただの脳の錯覚だ。

 NLNSとして淳之介の号令の下、作戦を見事遂行した際はいつだって爽快な気分になれた。

 指揮官の手足となっていた時の高揚感が性的刺激と紐付けられてしまうという、バグが発生しているのだろう。決して彼に隷属する悦びを見出しているわけではない。

 そう少女は言い聞かせ、一瞬意地の悪い笑みを浮かべては、膨張した肉を咥え込む。

 

「ぐうぅ……!」

 

 雀野の舌先が、最も敏感でデリケートな茎肉の先端をチロチロと舐め回す。

 生暖かさに包み込まれた直後の鋭利な刺激に淳之介は唸った。

 女の唇は埋没し頬を窄め、肉を吸引しながら元いた地点へ戻ろうとするがしかし追い打ちはまだ終わらない。彼女の薄桃舌が、竿と頬粘膜の合間を縫うように踊っているのだ。

 規則的な頭部の上下運動と、不規則な舌運動による同時攻撃に、男の腰が浮いた。

 

だらしない顔になっているぞ(だりゃちにゃいかほひはっているお)……なさけないな(ばじゃげだににゃ)……」

 

 信じられないかもしれないが、雀野にフェラの経験はない。

 だが稀に水乃月学園で行われるビデオによるテクニック学習授業。

 男性視点、口腔内、多角的な視点で映し出される解説映像を聞いているだけで、肉体操作において天稟を発揮する雀野はどう動かせば殿方が気持ちよくなるのかを理解した。

 未経験なのに青藍島有数のフェラチオマスターへ。

『初めてだからうまくできるか分からないけどジュルッジュボボッジュボボボオ』現象を完璧にこなせる女なのであった。

 

「くっ……!」

 

 拙い。あっという間に限界へと達してしまう。淳之介は雀野をイカせたのち、追撃に何度も絶頂を肢体に覚えさせ体力を奪った上で口奉仕を強要していた。

 猶予は十二分に確保しているが、呆気なくイカされたとあっては彼女により勢いを与えることになり、そうなってしまえば現在の明確な上下関係に綻びが生じる。

 薙帆はそれが狙いなのだ。先手を打たねば大局が変わってしまう──!

 暴力的な快楽に翻弄されながらも、淳之介は握り締めていたスイッチを指で押し上げた。

 

「はぁふぃ!?」

 

 カチッとスライド音が鳴り雀野は口撃を止める。原因はテープで胸元に貼り付けられたカプセルだ。興味はあったが、この手のアイテムを買ったら何らかの一線を越えてしまう気がして購入を控えていた──俗に言うピンクローターである。

 淳之介と再会して半年、その間に一回り大きくなった乳房が性具によって揺らされる。

 

「ふぅぅ……! ふぅ……!」

 

 振動は微弱だ、しかし昇り詰めさせられた発情体はそれを無防備に受け入れる。未体験のバイブレーション快楽は、雀野にとっては恐ろしい毒だった。

 伝播していく熱に身を焦がされながらも、熱肉掃除を再開する。

 ここでイッてしまえば益々淳之介をつけ上がらせる──それより先に出させなければ。 

 恋人と同じ思考で、雀野は更に肉茎を咥え込もうとした。

 

「……ぅ! ち、薙帆は俺のチンポが大好きなんだなぁ!

 精液を早く味わいたいって貪欲さがビンビンに伝わってくるよ」

 

「んぅ!? 違う(ぢぎゃぶ)そうじゃない(ぞうじゃない)!」

 

 冷静でいれば淳之介の意図を察して聞き流せていたことだろう。

 だがいくら優れた技巧があろうと雀野にとっては初フェラだ。射精させるのに手一杯で考える余裕がなく、すっとぼけた台詞を真に受けてしまう。

 

「いいぞ、お前がそんなに俺のを飲みたいって言うのなら仕方ない。

 望み通りくれてやるよ! このスケベ女が!」

 

「やめ……んぎぃ!?」

 

 淳之介に後頭部を掴まれ、喉奥まで男根を呑み込まされる雀野。

 精神的優位に立ちたいがための積極性を肉棒愛へ勝手に捉えられ貶されて、まるで性処理道具のように扱われているというのに、下腹部から発する切ない疼きが止まらない。

 胸の先から常に広がる淡い快美も相俟って、早くも少女は限界へと訪れようとしていた。

 

「んじゅぅっ、じゅぼっ、あぐぅぅ、じゅじゅっ!」

 

「くぅぅぅ……!」

 

 けれど、少女の奉仕もまた止まらない。

 強引に肉勃起を押し込まれる息苦しさに相反する心地良さ、そして淫悦。

 頭は霞みがかっていたが、持ち前の運動センスが彼女をオートパイロットで動かしていた。

 根元から鈴口まで縦横無尽に暴れることで生まれる擦過快楽は最初の比ではなく、青年が歯を食い縛り淫撃に耐える。しかしもう長くは持たないことは淳之介もよくわかっていた。

 もう一度、手に持つ機器を同方向へ滑らせる。

 

「ふぅぅぅん!? んぼぉっぢゅぅっ、ぐぽっっ、ぁぁらめ!」

 

 ローターの振動設定が変更されたことで、下から響く鈍い機械音に比例し、媚電も増していく。

 口内に含まれる先走り汁の分泌量が増加し肉が戦慄いて、破裂しそうな程血管が浮き出ていた。

 終着点はすぐ先だ──雀野がラストスパートに入ったその時。

 

 淳之介の指が彼女の充血した肉の蕾を、ローターごと押し潰した。

 

「んぼぉぉぉぉぉぉふぐぅっぁあああああ!!」

 

 少女の頭の中が真っ白に染まり。

 

「出るぞ! 命令だ! 全て飲め!」

 

 熱い液体が雀野へと迸る。凶悪な竿肉が脈打つたびに淳之介の子種が注がれて、言われた通りコクリコクリと喉を鳴らし内側に送り込むがその量は膨大だ。

 唇から一滴も零れぬよう時間をかけてゆっくりと嚥下し、男汁を飲み干した少女はひどく息を乱していたが、授業で習ったマナーを守るため無意識的に口の中を淳之介に見せつけ、完飲した証拠を示していた。

 

 武装した兵隊たちを相手に無双し、人外でしかない動きを見せていた、父であり師匠を破り。

 平行世界では空飛ぶ鉄のハメドリ君を拳で撃ち落とし、その亡骸で山を築いた。

 負けず嫌いの女部田郁子をして、殺しはご法度、正々堂々戦うならいざ知らず、何でもありの殺し合いという条件下なら勝てる気がしないとまで言わしめた──一騎当千の女傑が。

 

 自分の掌で転がり、奴隷のように傅いている。

 

「っふぅ、あっんんっ、くぅふぁぁ!」

 

 至ったところで無機物は人間を気にも留めず、ただ与えられた電気信号のまま作業を続ける。

 無慈悲にも送られてくる快電に丸腰の雀野は浸食され、ついには表情を取り繕うこともできなくなり、顔を真っ赤にして嬌声を漏らした。

 あの何事にも動じず泰然として微笑む武人が、こうもはしたなく喘いでいる。

 

「く、ぁぁん……はぁ、はなせぇ……あぅぅう」

 

 こんな彼女を知っているのは世界に俺一人だけ。優越感と征服感に、ゾクゾクと背筋から何かが込み上げてきた。もっと穢して、もっと淫らな彼女を知りたい。もっともっと。

 肉棒と脳が直結し、淳之介は少女を押し倒す。

 緋色の袴を持ち上げて、中を凝視し──橘淳之介はピタリと動きを停止した。

 

「薙帆。これはなんだ」

 

「な、んぅ何だって、何の話をしてんぅぅ、いる、んだぁ!」 

  

 どことなく含み所があるように聞こえる真面目な口調に、思わずビクリと肩を震わせる。

 しかし彼の問いそのものが見当もつかず、疑問を投げ返す雀野。

 仕方なしに淳之介が粘着テープを剥がし、彼女を蝕む性玩具から解放した。

 青年の先にあるのは、雀野が穿いている繊細なレースをふんだんに使用した高級な黒のショーツ。

 艶やかな黒髪と同色の光沢布は見栄えよく彼女の玉の肌を素晴らしく引き立たせていた。

 メガネをクイッと上げ整え直し、真剣な面構えで質問を投げかける。

 

 

 

「どうして上はさらし巻いてたのに下はふんどしじゃないんだ──!?」

 

「ふぅ……はぁ、はぁ、はぁ!? 知るか! あ、貴方が私をこの装束に着替えさせたんだろう!?」

 

「あぁそうか……ならこう考えてみてくれ。

 もし巫女服エッチがしてみたいと思ったら下着はどうする? これにするか?」

 

「勝手に脱がすな……! まぁ、その下着を選ぶかな。

 我が言うのもなんだが似合っていると思うし」

 

「うん凄く似合ってて綺麗だけどさ……ふんどしを選ぶという選択肢は?」

 

「ふんどしって……いやそれはないな。…………エッチじゃないだろ?」

 

「エッチだろうが────!」

 

「ひぃ、申し訳ありません……?」

 

「ええい、そのスケベボディに常識というものを教え込んでやる!」

 

「滅茶苦茶だ──!」

 

「でも黒パンツとさらしの組み合わせも趣があってそれはそれでありだと思います」

 

「そのようなところはやはり兄妹だな……」

 

 淳之介が袴を捲り、下肢を持ち上げては彼女に向かって押す。

 少女は足を下ろすことも叶わず、強制されたのはまんぐり返し。

 大きな角度で折り畳まれたため、雀野は目と鼻の先に自身の恥部を突き付けられた。

 閉じがちだった乙女の聖域は言い訳のしようがないほどドロドロに蕩けており、外部からの訪問者を歓迎するかのように城門が左右に開いている。

 

「フン……胸を弄んだ次はクンニリングスか……あ、安直な流れだな」

 

 我はこんなやり方で興奮するような女ではない。雀野は未だそう信じて疑わないが、目の前の花蜜溢れる肉穴は何よりも雄弁だった。

 そんな痴態から目を逸らすため、上から見下ろす眼鏡男に冷めた態度を取り話しかける少女だったが──男の眼球が想定していた箇所とズレた方向へ向いていることに、雀野は気がつく。

 じっと見つめていた淳之介が、ボソリと呟いた。

 

「薙帆ってアナル弱そうだよな」

 

「おい、やめろ。それはやめろ!」

 

「洗ってないのか?」

 

「しっかり洗ってはいるが! 尻だぞ!? 便を出し入れするだめの穴だぞ!?」

 

「出し入れは普通しないんだよなぁ」

 

 男の視線は勝負下着に隠されていた秘園──ではなく、その手前にある菊穴へ注がれていた。

 早一年以上、この島に移り住んで久しい雀野はそれが何を示しているのかわからぬほど初心ではない。アナルとはやり方次第によって第二の性器成り得る性感帯の一種──と。

 しかし適切な開発やプレイでなければかなりの危険性を伴うそれは、セックスパートナーとの信頼関係が何よりも肝要である。

 誰でも彼でもセックスすることが前提条件だった、この性の乱れる青藍島においてもアナルセックスを許容する女性は意外にも数少ないのだ。

 当然雀野は断固拒否するつもりだったのだが──

 

「薙帆が感じちゃうならそりゃ必死にもなるよな。またイって振出しに戻るんだからなぁ」

 

「──感じるわけないだろやれるものならやってみろぉ! あっ」

 

 この子青藍島でよく誰の毒牙にもかからなかったなぁ、と見え見えの挑発に飛びつく少女に内心呆れながらも、指で愛液を掬い取り、潤滑油にして雀野の肉皺へと近づけていく。

 だがこれは所詮、彼女を困らせる一環に過ぎない。アナル開発とはセンズリの道も一指から。

 よほどの素質がなければ初めはくすぐったいか異物感で苦い顔になるだけ、とは雀野の友人談。

 そしていいんちょさんに匹敵する程の潜在能力を秘めているから薙帆ちゃんもアナル沼に嵌りましょうとアナル怪人がよく勧めていたが──それはあくまで、勧誘の謳い文句なのだろう。

 

 気の強い女はアナルが弱い。雀野は糺川礼と並びアナルが弱そうな見た目をしている。

 くっころヒロインのアナルが弱い──ロマンである。しかし、ロマンでしかないのだ。

 そう都合よく性感帯として機能するはずがない。

 わかっていながらも淳之介は豊満な尻肉、その中心を二本の指で押し広げ。

 ツプン、と人差し指を尻蕾に埋めた。

 

「ひんっ」

 

「えっ」

 

 淳之介は鳩が豆鉄砲を食ったようになり、雀野もまた同様だった。

 目が点になりパチクリと瞬きを繰り返し、キリリと結ばれていた桜色の唇は上下に離れている。

 可愛らしい声を上げてしまったことで、少女の耳までもが紅に燃えた。

  

「……違、う。驚いただけだ」

 

「そうだよな、あり得ないよな。何もしてないのに尻で感じるなんて。

 元々独りで開発してたわけじゃないだろ?」

 

「やるか馬鹿! ……ふん、そうだ。ありえん。そんな女ただの変態だ。淫売だ」

 

 だからその無益な行動を今すぐ止めろ。

 焦りからか乳首弄り時に行っていたやり取りを忘れ、無自覚に再現していた雀野は。

 尻の上からニイッとサディスティックな笑顔を見せる男に血の気が引いた。

 

「じゃあもし。薙帆がアナルだけを責められてイったりしたら……どうなるかな?」

 

「やめぐ……くぁ……かっ……ぁっ!」

 

 残忍な発想をする男に反抗しようとするものの、丸められた腰に男の体を添えられただけで雀野は重量により身動きが取れなくなってしまっていた。

 圧迫されることで嫌でも下半身を意識させられる。雀野の機微を読み取っているような絶妙のタイミングで、淳之介は指を入れた。

 排泄物を体外へ排出するための一方通行な出口をこじ開けられる、日常生活では絶対に起こり得ない背徳的行為。

 気持ち悪い、痛い。嫌悪感を発信することさえできれば、淳之介は手を止めてくれるだろう。

 理不尽な目に遭っている──つもりの──雀野も彼に信頼を置き、そう確信していたのだが。

 

「ぃはぁあっ、んんぅ、ひゃぅぅっん!」

 

 確かに不愉快ではあった。しかしそれと一緒に流れ込んでくる、何倍もの肛悦の波に負の感情はいとも容易く押し流されていく。

 桃割れに指が深く潜り込む度に拒絶ではなく官能的な声が漏れ、どうあっても動かせない総身が反射的に捩れ狂った。第三関節まで沈んだことで媚刺激の供給が一時的に中断される。

 しかしそれで終わりではない。入ったということは、出なければならないということ。

 

「っ、はぁぁんっ! やっ、はひっんぅぅっ……いぁぁぁ!」

 

 肛門には神経がある。これは体内に不要な物質が残留しているから早く除去しろと人間に訴える役割を果たしており、そのために不快感を脳へ伝達させ排便を煽る。

 それが取り除かれることで、人は爽快感や快さを覚えるのだ。

 

「ふあぁ、ぬ、抜くなぁぁっ! それ以上はぁぁぁ!」

 

 本来であれば少女が肛虐でここまで身を捩ることはなかった。

 しかし幾度もオーガズムを強いられたことで、異物が抜け出ようとする解放感を性の悦びとして認識してしまい、肉の窄まりから指が遠ざかっていくほど雀野の頭に紫電が貫いていく。

 黒髪少女の頼みを聞き入れて淳之介の指の逆走が終了し。二度目の侵入が開始した。

 

「や、ぁぁあああああ! あひぃっぁっうぅぅぅぅぅぅ!」

 

 押して、引く。類稀なる肉体はあらゆる状況に対応する順応性を秘めており、筋肉の集合体である肛門は指にあっさりと馴染んでいった。

 筋が雀野の反発心を差し置き柔らかく解れ、淳之介の抽送を受け入れる。スムーズに行き来できるようになったことで肉悦は津波となり荒れて、暴虐に虐げられていく乙女。

 寝台に押し付けられていた少女の背が、大きく跳ね上がった。露骨なまでの前兆である。

 

「ここでイったらお前はただの変態だぞ! 頭美岬になっちゃうぞ!」

 

「やだ! あたまみさきやらぁ! イきたくないぃ……! んあぁっ! ほんろにダメぇ!」 

 

「イけーっ淫売の雀野!!」

 

 滂沱の悦楽を叩きつけられ、思考停止に陥る雀野には淳之介の言葉が頭に入っていないが、なんとなく人間的尊厳を愚弄された気がして遮二無二首を横に振る。 

 指関節が尻中で屈曲し、これまでとは異なる別種の淫熱に焼かれ、呂律も回らず子供の癇癪のように嫌々するが──一息に。指を引き抜かれたことで、雀野は咆哮した。

 

「やあぁぁあああああああああああああぁああぁあ!」

 

 はち切れんばかりの健康的な太腿がブルンと震え、ピンと伸びるは純白の足袋に覆われた爪先。

 絶叫と共に、少女の顔面が半透明な液体で濡れる。噴射口は他ならぬ雀野の股間だった。

 弾かれたかのように腰が跳ね上がり、滴る淫汁を飛び散らせたのだ。

 

 人生初の肛門開発でエクスタシーに達し、潮吹きにも似た行為で自らを汚す。

 精神を淫蕩に染められ下品に喘ぎ、前述の変態的所業をしでかしてしまったという現実を、雀野は呼吸を整えることで直視した。

 

「あ、ぅ、ふぁ……、はぁ……こんな、こんなこと……」

 

 屈辱で視界は滲み、脳内で多数の自己弁護が流れ星のように振っては消える。

 この現状を素直に受け入れるのは、自分がどうしようもない淫乱女と認めるのも同義だから。

 雀野はまだ踏み荒らされていない膣道から来る淫疼に身震いしつつ、呆けた頭を鼓舞し一心不乱に外的要因を捻り出そうとする。

 そうしてふと思い出したのは──昼間、後輩から渡されたプレゼント。

 

「も、もしや……貴方、我に媚薬を盛ったか……?」

 

 強力な淫毒に蝕まれていたから、嘗てない淫獄に苛まれただけ。だが口にした本人は、恐らくそうではないと勘付いていた。

 そう、推測や推理でも何でもない、そうであってほしいという雀野の縋りつきたい願望である。

 しかし淳之介は──笑っていた。

 

「まさか……!」 

 

 暫しの沈黙のあと、さながら正体を見破られた悪役が如く高らかに。

 それは肯定しているも同然の反応だった。

 

「桐香が薙帆に渡したものがあるって、誰かさんから聞いたなぁ……!」

 

「そう、か」

 

 視野の片隅に置かれていたのは、少女お気に入りのトートバッグ。

 食事会にも利用していた鞄の中身は変わらないはず。変わらないはず、というのは帰宅してから何をしていたかを雀野は全く思い出せないからだ。だがそんなことは重要でない。

 

 淳之介が名前を挙げた少女から受け取った、媚薬がその中に存在していることに比べれば、雀野にとって些事でしかなかった。

 

「さぁ……そろそろお待ちかねの場所を責めてやろう」

 

 淳之介がチャックを下ろし、隙間から仕舞っていた息子を取り出した。

 ついさっき盛大に白濁汁を放出したにも拘わらず、その砲台からは僅かな陰りすら見られない。

 寧ろ一層の興奮で一回り成長しているような。誰もがそう思わざるを得ない剛健ぶりだった。

 雀野の斜め上に配置された足をそれぞれの腕で固定する。抵抗の意思が微塵も感じられず小首を傾げる淳之介であったが、少女の艶やかな裸身は臨戦態勢に入った雄にとってはそれだけで毒。

 恥骨と恥骨をぶつけるべく雀野の膣穴に、男の象徴を差し込もうとして。

 

「あれ?」

 

 先ほどより淳之介は首根を曲げた。肉槍が、奥に進まない。

 経験不足、童貞特有の入れるべき膣口位置を勘違いしているというわけでもなく、見えない壁に正解の道を阻まれているかのような不思議な感覚だった。

 

「……るさない」

 

「……!」

 

 瞳を閉じていた少女がぼそぼそと何かを呟いた。と思えば、男の肌は一瞬にして総毛立つ。

 淳之介がこのプレイを始めてすぐに食らった、圧倒的な威圧感の再臨だ。

 これは不味い。何かが起こる。淳之介が雀野の変化に汗を滲ませるとほぼ同時。

 牡棒が全角度から尋常でない負荷がかかり──淳之介は空を舞った。

 

「許さない!」

 

「ぐおおおおおおっ!?」

 

 錐揉み状に回転し、青年の網膜に投影される映像が次々と切り変わっていく。

 わけもわからず吹き飛ばされたが数多くの修羅場を潜り抜けてきたのは伊達ではない。

 荒れ狂う風景の中、淳之介は平静を保ちつつ地面に勃起肉を叩きつける。

 落下衝撃を局部で吸収し、し切れなかった分は跳躍という形に変換させられたが怒涛は見る影もなくなった。

 腕と足そしてチンコ。五点着地により、淳之介は無傷で生還を遂げる。

 

「今のは?」

 

 問いに、押し黙っていた少女が口を開く。

 淳之介の気狂い的行動も、その結果も見越していたようで慌てる素振りもなかった。

 

「……膣周りの筋肉を総動員してチンポの挿入を防ぎ、投げ・極め・折る……それらを1アクションで成立させ、本来はチンポを膣圧で制御し焦らせることを目的とした静乱流奥義が一つ。

 名をパーフェクト・ディマンコー」

 

 今のは当然手加減していたがなと告げる少女の対男性技にゾッとするも、どうしても気になることがあって再度質問。

 

「何で横文字なんだ。他の技は漢字だったよな?」

 

「……我が作った、我だけのオリジナル技だからだ」

 

「あぁうん」

 

「色々な事情や葛藤があったんだよその可哀想な子を見るような目やめろ。

 ……それはともかく、許さんぞ淳之介!」

 

 鋭く言い放ち、雀野は跳んだ。淳之介では視認できない位置で爆音が轟いたかと思えば、複数に分かたれた鉄塊がマットレスに沈む。

 

「また俺なんかやらかしちゃいました?」

 

 白を切る淳之介に、少女は美しく整った眉根を寄せて瞼を見開き吊り上げ、まさに怒り心頭といった形相であった。

 縛られていたはずの片腕を突き出して、雀野が吠える。

 

「やらかしまくりだわ! クスリを使って我を騙し篭絡しようなどと……!

 誉れなきアクメを我は認めん!」

 

「誉れなきアクメってなんだよ」

 

「あのンホォ()を窘めた伯父上の名台詞を知らないのか? この島では鉄板ネタだぞ」

 

 大昔も大昔、青藍島が女海賊の手に落ちようとした時、一人の侍盛理(さかり)(ちん)は勃ち上がった。

 ケツ闘で3人を真正面からチン敗けさせる、海賊たちの視姦を潜り抜け一人一人をバックからの膣討ちと無双神話は数知れず。男はムラムラを解消しつつ占拠された村々を解放していった。

 そして乗っ取られた城で開かれた宴に性欲増強剤を仕込み、錯乱レズセにおいて無ケツ開城。

 だが武人らしからぬ非道の数々に領主からも百姓からもお侍様の腰振りじゃないと非難轟々。

 本人もどこからか流れた性欲増強剤レシピによって女海賊たちにより逆レ拷問を受ける淫芽オホォ♡な憂き目に遭うこととなった。

 

「媚薬と聞いて青藍島民の真っ先に思い浮かべる歴史的人物が英雄パコウ()なのだ」

 

「異名変わってない?」

 

「まぁそんな話どうでもいい。これ以上貴方の指図は受けんし手出しもさせん!」

 

「俺を投げ飛ばしたからと言って急に強気だなぁ薙帆ちゃん!

 陸奥圓明流のパチモンみたいな技を使えたのは言わば火事場の馬鹿力、もう力は使い尽くしただろう!」

 

「グヌヌ……!」

 

 維持することもままならず伸ばした腕を下ろし跪く完全な脱力状態を指摘されて、雪肌に戻りつつあった雀野の頬が再びカアッと朱に彩られる。

 しかし少女は首を小刻みに揺らして、羞恥を振り払うように。

 

「……きちんとごめんなさいできたら、罰としてデート1回で許してやらんこともない」

 

「罰要素一切ないよな。ふっ。これからごめんなさいするのは薙帆の方だ──!」

 

「それが答えか、淳之介よ」

 

 ああ! 力強く返答して、淳之介は屹立する己の分身と同調し地面から尻を離した。

 激情の赴くまま地狼を使ったのだろう、砕け散った手錠の残骸を目にした淳之介は顔を引き攣らせながらも、危ないからひとまず欠片を床に全部集め下ろす。

 ベッドへ上りにじり寄り、男を誘う卑猥なポーズに今一度戻し、中央に咲かせたいやらしい花を摘もうとする淳之介だったが。

 

 しかし。

 

 対する雀野の瞳は、煌々と輝いていた──異常なまでに。

 

(こうべ)  を  垂  れ  よ

 

 どこか懐かしさを感じさせる、得体の知れぬナニカが男の骨身に染み込んでいった。




オマケ『初めて』

「初めてのデートに失敗したくない?」
「ああそうだ! 奈々瀬並びにNLNSの同志諸君! 俺にアドバイスをくれ!」
「……淳の好きなようにすれば結果的に一番あの子は喜ぶと思うけどねぇ」
「顎クイッ! 壁ドン! だよ淳くん!」
「顎クイ……!? 薄い壁をドン……!?」
「ネラークソメガネぜってー違う意味で考えてるだろ」
「お前に言われたくないわ……!」
「まぁ確かに薙帆は少女漫画的なシチュエーションに憧れてる所あるから、多少ぐだぐだになっていても一発で空気を変えられそうよね」
「そーそー、薙帆ちゃんは乙女なんだから!」
「皆さん正気ですか!? 壁ドンなんてしたらそれだけで薙帆ちゃんは頭ドスケベに染まっちゃいますよ!? 壁ドン!からの!膣ドン!!」
「ワケわかんねぇこと口走ってんじゃないやいこの図鑑No.143」


「どうした? 路地裏に何か用でもあるのか?」
(デートは皆の助言もあってか順調……! ここから壁ドンで更にムードを盛り上げる──!)
「…………淳之介。そういった行為には、相応しい場というものがあるものだ」
「えっ」


「先に身を清めさせてもらった……何をボンヤリとしている。次は貴方だ」
「えっ」



「そんなわけで淳之介が我を強く求めてきてな……ふふふ」
「ええ……えぇ……」
「ん? どうした奈々瀬」
「美岬の薙帆理解度に驚きと恐怖を隠せないのだわ……」
「……?」


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四五握剣 射快珍宝

(こうべ)  を  垂  れ  よ

 

 透き通る美声が浸透していく。王族貴族を想起させる威圧的な物言いは思わず跪き従いたくなってしまいそうになるが、彼女のカリスマ性に呑まれててはいけない──淳之介は戒めて膣へ、肉棒に目線を送り。

 

 息子の変わり果てた姿に、硬直した。

 

「……何…………だと……!?」

 

 淳之介の淳之介が、雀野に向かって亀頭を下げている。

 あれほど熱感渦巻いていた暴れ馬は鳴りを潜め、そこにいるのは生まれたての仔馬だった。

 少女が勃立と呟けば大亀となり、少女がと呟けば可愛い小亀さんへと大変身。

 着床、という締め括りで淳之介は寝台へ縫い付けられたように身動きが取れなくなった。

 巫女服を身に纏う少女からは怒気や殺気とも違う、荘厳で神秘的なオーラが立ち込めている。

 祝詞を紡ぐように、少女は詠った。

 

「淫力、シコエッチパワー……言い手により名前はコロコロと変わるけれど。

 人に宿り目に見えぬ超常的な力が、この島には実在する」

 

「そ、そんな非科学的な──!」

 

「そうだな。しかしこの島にやって来てからその非科学的な現象を、淳之介は幾度となく目の当たりにしてきたはずだが?」

 

 青藍島では、物理法則を無視したオカルティックな事象が度々発生する。

 つい先日も性の裏技投稿サイトハメップに書き込まれていた、

『催淫ペンで正の字を書き殴り続け、肌が見えないほど黒化させたダッチワイフを等間隔に並べ五芒星を形作ることで絶対性欲圏が生まれ発情云々』

 という内容を水乃月学園で実践し無事成功させてしまい刑務所にぶち込まれる予定らしい花丸な娘がいたのだが閑話休題。

 

 偶に射精できれば充分という性欲の薄い人間が島へ引っ越してきても、何日かすればいくらでも装填可能な性豪へと誰もが変貌していく。実際夏休み明けに転校してきた同級生が馴染めるか不安だと淳之介へ相談してきたが、その悩みは杞憂に終わった。

 しかし人間は性に開放的な環境へ移っただけで、性欲や精子を作る精巣が超強化されるものなのだろうか?

 

 いつの日か雀野がそう心配していたせいか、青藍島では何が起きても不思議じゃないと開き直る淳之介もまた、その光景には少なからず違和感を覚えていた。

 旧ドスケベ条例下では、一度や二度だけだと射精したことにもカウントされないのが青藍島においての一般基準だったのである。

 隠れた才能を持つ一部が発掘されただけならまだしも、皆平等に覚醒しているのなら話は別。

 

 ──もしかしたら、島へやって来た者には性にまつわる加護が与えられるのかもしれないな。

 そう彼女が冗談めかしく話していたのを、淳之介は思い起こした。

 

「奈々瀬がビッチでないことを発表してから数日後、我に力が突如降り注いだ。

 行き場をなくした彼女へのドスケベ信仰力が我に飛来したのだと、直感的に悟ったよ。

 それからだ、奇妙な出来事が多発するようになったのは」

 

 常人であれば関わるのをやめておこうとその場を後にする、スピリチュアルで非常に電波的な内容だが、淳之介は息を呑んだ。

 真ドスケベ条例が制定されてから、彼女の周りでは以前よりあったドスケベ系アクシデントが輪をかけて規模が拡大し、頻発するようになったのだ。

 夏休み明けの『全男子生徒一斉掃射精による精液津波化事件』は未だ記憶に新しい。

 そして彼女の発言に、淳之介は心当たりがありすぎた。

 

 極めて近いが限りなく遠い地にて君臨する性器末の覇者。

 転校したての淳之介が、妹の麻沙音を守るためSSに入りその怪物的巨根にて青藍島を支配していたら、というもしもの桃源郷。

 平行世界の淳之介と光速オナホコキのせいで一時的に入れ替わっていた青年にとって、雀野の境遇は決して他人事でない。

 

 ──それではまるで。

 

「こちらの世界の性帝じゃないか……!」

 

 青藍島在住で彼女を知らぬ者なし。島外からも雀野の名声を聞きつけてやってくる観光客は後を絶たない。

 射精すれば性行為前後を忘れてしまう、極上の膣を持つ雀野。

 僕だけは。私だけは俺だけは。彼女とのセックスを忘れずにいられる特別な人間かもしれない。

 そうして少女と交わり、全員愛液に溺れ沈んでいった。

 本当は雀野がオナホによってイカせ、武術で男の脳からそれを消していただけなのだが。

 

 セックスの自由化が決定した後はのらりくらりと誘いを躱し、淳之介と恋仲になってからは彼以外と性交しないと公言したことで男たちは手を引いたが、雀野への神聖視は留まることを知らなかった。

 皆が皆夢想する。島随一と名高いビッチは卓越した性技で男をどう責めたて、まぐわうのか。

 クールビューティな彼女は娼婦と化してふしだらに喘ぐのか、淡々と事務的に処理していくのか、サドッ気のある嘲笑で男を弄ぶのか。

 わからないからこそ、焦がれ夢見る。こうだと思う、こうであって欲しいという希望を民衆は語り合い、それはいつしか真実のように広まり季節が跨ぐたび彼女を賛美する架空の伝説はその数を増していく。

 

 雀野薙帆は、人々の尊敬をその身に集め今や現人神として崇拝される域に達していたのである。

 

「徒に使ってはなるまいと封印してきたが……悪さをする貴方を折檻し教育するためにもこの力、解禁させてもらう」

 

「きょ、教育……!?」

 

「ふふ……いやまずはテストといこうか。貴方がマゾヒストかどうか……な?」

 

「そんな……」 

 

「Mシチュのみ音声作品のような体験を骨の髄まで堪能させてやろう。無論逆転なしが謳い文句のものを」

 

 嗜虐的な彼女を見るのは初めてだ。

 お淑やかな微笑みとはまた異なる笑みにドキリと男の心臓が高鳴る。

 

「そんなの……!」

 

 このままでは彼女が復活してしまう。

 

 あと一歩のところから、為す術もなく大逆転され、雀野に敗戦を喫してしまう。

 

「そんなの…………!!」

 

 想像してしまう。

 

 彼女にやってきたことをそっくりそのまま返される自分を。

 

 目隠しや手錠を嵌められ、後ろから耳元で言葉責めを受けながら乳首を弄られる無様さを。

 

 拘束状態でフェラチオされるも射精を徹底的に管理され、無我夢中で許しを懇願する醜態を。

 

 信頼するアナルバイブ型ウエポン穿(つらぬ)き丸を取り上げられて、尻を開発させられるメスイキマゾメガネを。

 

 勝ち目0のタイトル名の上に表示された、雀野と一緒に写るサムネ絵を。

 

 男としての惨めさに震えが止まらない。淳之介の額から汗が布にポタリと落ちる。

 そんな暗い顔をした淳之介に、雀野は見かねて。

 

「あ、あのな? 本気で貴方を責めようなどと思っているわけではないんだぞ?

 少々怖がらせてみたかっただけで、我としてもそういうのはちょっと──」

 

「興奮するに決まっているだろ────!!」

 

「貴方無敵か?」

 

 淳之介は純愛エロゲを愛しているが、音声作品もまた大好物である。

 聴覚のみを利用する作品形態だけあってヒロインとのイチャラブも耳かきや耳舐め、添い寝からの囁きボイスや呼吸音、といった耳回り音を楽しむものが多い。

 そういったオーソドックスな作品も悪くないが、淳之介は特に催眠物が好きだった。

 催眠物と言っても女の子が催眠にかかり、男の意のままに操られる──ではなく、聞き手が女の子から催眠誘導を受け、暗示をかけられるというもの。

 

 期間限定の大幅割引に釣られて物は試しと初経験したトランス状態の心地よさに、淳之介は一発で催眠にドハマりした。

 掛けられる側だけあって必然的に女の子の言いなりというシチュエーションが大半を占める。

 催眠音声を漁るうちに自ずと男性受けシチュへ傾倒していき、淳之介は催眠要素のないマゾ向け音声でも抜けるようになっていった。

 そんな性癖ドスレートのプレイを想い人にやってもらえる。

 淳之介にとって、それはご褒美以外の何物でもなかった。

 

「くっ犯せ! 俺は薙帆からどれだけ恥辱を受けようと決して屈しはしない──!」

 

「我を犯そうとしてた人間の方がノリノリなのはおかしいと思う」

 

「あっそうだった」

 

 ヤられる気満々だった淳之介が少女のツッコミでふと我に返る。

 駄目牡ペットとして一から躾けられたり、彼女が得意だと言う催眠にかけられ女体化し、バイブでアナルを穿られ雌堕ちしている場合ではない。

 少なくとも今晩ではなくまたの機会に是非お願いしたい──と。

 

「ぬぅぅぅ! 動け俺の身体! 俺はあの娘を陵辱しなければならないんだ!」

 

「まだ言うか……! この淫力の前では貴方の抵抗など無意味!」

 

 もう一つの世界、B世界の淳之介は性帝として崇められていて、その信仰心によりもたらされるパワーは凄まじいものがあった。

 憑依したA世界の淳之介が何気ない一言をぼやいただけで、周囲が総勃起し股を濡らす。

 発情効果は水乃月学園の同階層のみならず全フロアにまで波及し、怒涛の勢いと化した学生たちの性産的行為で校舎全体に激震が走ることなどままあることだった。

 その力が今淳之介に牙を剥いている。天賦の才を持つ少女は淫力を感覚的に捉え行使し言霊として青年を蝕んで、金縛りにも似た症状に陥らせていた。

 

「そうかもしれない……だけど!」

 

 傍から見ればひっくり返せるわけのない圧倒的劣勢──けれど男の心は折れていなかった。

 今回の件が淳之介の発案であれば、とっくのとうに諦めていたことだろう。

 だが淳之介は雀野に呼ばれここへ来たのだ。

 

「──頼まれたんだ、俺は薙帆に! どちゃくそにレイプされたいと!」

 

「言うわけが! あれ、なんだろう……何故かデジャヴのような……!」

 

 始めたからには中途半端で止まれる筈がない。

 雀野薙帆の彼氏に、妥協は許されない。使命を全うできずに何が漢か!

 淳之介の熱意にピクリ、と僅かに上を向いた。しかしそれで終わりだ。まんぐり返しする女の前でPAUSEしている男というシュールな絵面は依然として続いている。

 

「俺にマゾヒズムを暴かれ、淳之介専属オナペットになりたいと!」

 

「それは確実に言ってない!」

 

「マンコがピクッと動いたぞ」

 

「動いてない!」

 

 淳之介は既に確信している。薙帆は乱暴にされるほど悦ぶ、被虐性愛者だと。

 そんな彼女を見ていると、堪らなく欲情してしまう──淳之介は自覚していた。

 新たな性癖への扉を開きつつ、その奥にあるマラの剣へ必死に手を伸ばす。

 

「い、いいだろう。そんなに貴方が反抗的な態度を取るのならば、望み通りにやってやる。

 まずはその場で発射して無駄撃ちの虚無感にでも襲われるがいい!」

 

「なんとぉ……!」

 

 蠢く肉傘に焦り始めたか、雀野からプレッシャーが解き放たれて、対峙する淳之介は思いつく限りのオカズを生み出していく。

 獣じみた後背位、四肢を縛ってバイブピンクローター装着放置プレイ、彼女の痴態を撮りそれをネタに脅迫──今まで感じなかった熱が沸々と突起に加わるが、しかし目覚めない。

 妄想で彼女をどれだけ犯そうとも、勃起させるには至らず。

 何かが、足りない。そして無慈悲にも雀野の呪文が唱えられる。

 

ふ ぐ り ゆ ら ゆ ら

 

「くふぅ……!」

 

 金玉が袋の内側でシェイクされ、液体が作り出されているのを淳之介ははっきりと感じ取れた。

 詠唱が完了すれば彼女の手に、いや口によって魔股羅が召喚されてしまうだろう。

 雀野一人相手に射精させられたらイク竿アヘ房術による調伏は有効化──御終いだ。

 

「がぁ……負けるかぁ……! 負けてたまるか……!」

 

 早く自らの意思で勃たせなければならないのに、あと一歩が届かない。

 次に彼女が口を開き、勃起させられたら遺伝子レベルで屈服してしまう気がする。

 

 ──俺には、才能がないのか。

 

 ──彼女の被虐性を満たせる加虐性を持ち合わせていないのか。

 

「勝負は見えたな。結局貴方は純愛物でしか抜けないのだ」

 

「くっ……!」

 

「せめてもの情けだ、貴方が好きだと噂に聞いた台詞で止めを刺してやろう。力は使わずにな」

 

 雀野の一方的な処刑宣言。

 絶望感に打ちひしがれそうになったその刹那。

 

 

「……ざ、ざーこ! ざーこ♡ クソ雑魚チンポ♡ 我をわからせるのではなかったのか~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう──薙帆」

 

「え」

 

 淳之介はメスガキも好きだ。

 メスガキとは大人を性的に誑かす、生意気な未成年少女を指すキャラクター属性の一つ。

 それには調子に乗る女の子がおじさんをそのまま負かすドM向けと、逆に玩弄していた女の子におじさんが雄の強さをわからせるドS向けの二つの需要が混在する。

 

 この男は言わずもがなドM向け──ではなく。

 ことメスガキというジャンルに限定し、淳之介はわからせ派であった。

 

「嫌な顔されながらパンツを見せてもらう、といった特例もあるが……

 薙帆は正しいよ、俺は純愛物でしか抜けない」

 

 淳之介の中で、先に言及した催眠音声は立派な純愛物にカテゴライズされている。

 催眠術とは術者と被験者の相互信頼、心理学用語で言うラポールを構築できていなければ上手くかからないものだ。

 催眠音声の登場人物は催眠にかけ、かけられていく。最初から想いが通じ合っているから物語は成立する、劇中で語られていなくとも淳之介はそう解釈し主人公に自己投影して独りアヘ顔を晒してきた。

 

「だけどな、俺のこの想いは」

 

 そして淳之介にとってメスガキ物もまた純愛物である。

 メスガキとわからせおじさんの関係は、双方愛情があってこそ。ただおじさんに嫌悪感を抱き見下しているだけのメスガキが催眠アプリでわからせられるなど言語道断。

 "わからせる"というのは、あくまでも愛の教育的指導なのだ。

 どう見ても虐められて快感を得ているのに、それを意地になって否定する彼女をわからせたい。

 この想いは。

 

「メスガキわからせと、純愛と、何ら変わりないものなのだから──!」

 

 あらゆる性癖は純愛に通ず。純愛なくして橘淳之介に性癖(みち)はなし。

 悟りの境地に至り、欠けていた最後のピースが揃った。脳内で生まれた煮え滾るマグマの如きエネルギーはロスなく下半身に伝達し、遅々と回り停止しかけていた歯車たちが、内より溢れ出る激流に流され火花を散らして円転する。

 

「ぁ……」

 

 大きく。もっと大きく。雀野の視界は時を経るごとに肉で埋められ、膨張が止まった頃には嘗てないほどの巨躯を誇る種付け棒が顕現していた。

 メスガキ口調で小悪魔な作り笑いを余裕綽々に浮かべていた少女は一転、男根の熱気に当てられて眉尻を落とす。聳え立つ逞しい太幹、膨れ上がり女の性急所を抉るためのえげつない形状をしたエラ。赤黒い剥き出しの先端部。

 根元から頭まで、忙しなく視線を動かしていた雀野が正気に戻り劣情を誤魔化すよう大声を張り上げた。

 

「……勃起したところで貴方は動けまい! 我が優位に立っているのは変わらん!」

 

「ふっ──それはどうかな?」

 

「なに!? こ、この圧力は!」

 

 不敵に笑う青年も一回り巨大に見えた。その原因を雀野はわかっている。

 わかっているからこそ、少女は驚愕に目を見開いた。

 

「雀野さんはドスケベビッチ。この島の人間なら誰でも知っているフレーズだな。

 ドスケベビッチ──それは、青藍島で最も肉欲の強い女という称号に他ならない」

 

「そ、それがどうしたぁ! 他人がどう思おうと我は人並み! ないとは言い切れないけれど人並みしかない!」

 

「薙帆のドスケベさはともかく、重要なのは薙帆がそう思われている点だ。

 世間じゃ俺はお前の無限淫欲を彼氏として一身に受け止めていることになっているらしい」

 

「ま、まさか……」

 

 雀野の交際相手となった淳之介は、過去と比較にならない程に女性陣から誘惑を受けている。

 ドスケベ戦役にて獅子奮迅の活躍をし、ドスケベセックスの権利を勝ち取った英雄だから、もあるが──青藍島女子にとって雀野の彼氏という肩書は、この上なく魅力的だったのだ。

 何せ海外旅行でフラリと寄った土地に住まう住民全員と大乱交を始めその愛液と精液のみで新たなオマン湖を誕生させたという神話を作ったことになっている少女である。

 その性に飢えた獣が(つがい)一匹できただけで雄たちと縁を切ろうとは考え辛い。

 

 ──彼は、あの淫魔を満足させられるほどの精力を持つ怪物なのではないか。

 

 有頂天になっていた雀野は知らなかったが、まことしやかな話はあっという間に広まり、淳之介は女性から狙われ──襲われることはなかったが──男性からは敬意の眼差しを送られるようになった。

 

「お前ほどじゃないが、その淫力は少なからず俺にも宿っている!」

 

「ぐぅぅぅぅ! 着床! 着床! 着床! 着床!

 

 文字列を重ねるたびに呪縛は強固となり、地面が陥没するかのような錯覚を覚える中で──淳之介は口角を吊り上げた。

 

「認めているようなものだ! ワンパターンとはぁ! 敗北に向かう趨勢を!」

 

「黙れぇ! 貴方一人の力など所詮は焼け石に水でしかない!」

 

「確かに、俺一人の力では敵わない……」

 

 片桐奈々瀬。彼女は誰とも交わったことのない生粋の処女であるが、雀野同様周りから勘違いされ、ペアで龍虎ビッチと称され讃えられてきた。

 奈々瀬は遊んでばかりのギャルビッチな出で立ちをしており、求められていたのは包容力。

 オタクに優しそう、私の母になってくれそう──ギャルとは甘えたくなる種族なのだ。

 

 そして奈々瀬がビッチとして高名になってからやってきたのが雀野。

 奈々瀬に要求されるのが甘々ラブラブ甘やかしプレイならば、片割れのビッチにはそれ以外を望んでしまうのが人の性。

 ミステリアスな雰囲気を漂わせ、寡黙がち。気の強そうな容貌に反して婉麗で蠱惑的な立ち振る舞いは実にチンポに強そうで、少女を端的に言い表せばラスボスであった。

 武勇伝は自然と男を支配する女性優位プレイによるものが大半を占めており、ドMな男たちに絶大な人気を誇っている。

 

「だけどな」

 

 元々趣味で行っていた筋トレに加え、父から肉体改造術を学ぶ雀野とのパーソナルトレーニングによって、淳之介は筋骨たくましい見事なる肉体美を完成させていた。

 高身長で筋肉質の巨漢と華奢な少女のカップリングは、客観的に見れば美女と野獣。

 しかし前述の情報と、どことなく情けない表情が似合いそうな顔立ちも相俟って、ベッドの上だと淳之介は調教され、雀野は調教する側なのだ、青藍島住民にとっては。

 

 しかしいつの世も──例外は存在する。

 

「俺は一人で戦ってるわけじゃない」

 

「馬鹿な……! 淳之介の淫力が……上がっていく……!」

 

 サディスティックな少女に責められたい変態は多数いるが。

 雀野の怜悧な美貌を官能に染め上げ服従させたい変態も、一定数いた。

 逆転シチュ、反転攻勢を望む少数派(マイノリティ)の純粋な願いが、淳之介に呼応する。

 淫棒を包み左右から掌を合わせようとする淫力は、あたかも祈りの所作であった。

 

 ──遠からん者は音に聞け

 ──近くば寄って目にも見よ

 ──義侠に生きる、その姿

 

「漢勃ち──────最大一物」

 

 もう一人の師から授かった奥義の名を、荒れ狂う奔流とは対照的に低く呟いた。

 祈祷力が亀頭力に変換され、頭の天辺から足の爪先まで余す所なく流れ込む。

 チンコだけは雀野の束縛から外すことができた。ならば、全身を勃起チンコにしてしまえば?

 脱出は、容易い。淳之介が屹立し雀野を睥睨する。

 見下ろされる少女は自嘲的な笑みで唇を歪曲させた。

 

「…………やはり凄いなぁ……淳之介は。貴方を力で抑圧など不可能だということを、我が一番良く知っていたつもりだったが──完敗だよ」

 

「俺は、NLNSのリーダーだからな」

 

 淫鎖を断ち切られたことで、観念したか雀野から力が抜け、霧散していく。

 御役御免と判断したのか、淳之介の淫力もまた大気に消えていった。

 後はお前だけでヤれ。誰かに背中を叩かれた気がして、青年はコクリと頷く。

 

 破られたが、少女の相貌は口惜しさでなくどこか誇らしげで晴れやかだった。

 

「──ここまでされては仕方あるまい。体力が回復するまでという条件を破棄しよう。

 我を好きなだけ犯すがいい!」

 

「潔すぎると趣旨からズレてしまうんだが……待てよ? 薙帆、お前のバッグ開けていいか?」

 

「構わんがその許可は今更すぎやしないか……」

 

 寝床から離れ、椅子の上に置かれたトートバッグを手に取り雀野へ背を向けながら、淳之介が口を開く。

 

「事実確認だが、お前は前回よりかなり感じてたよな?」

 

「……その通りだ。我は目隠し状態で胸や乳首を摘まれ何度も達したし、イラマチオの際は手荒に扱われて夢心地だったよ。あまつさえ初の肛門責めでイッてしまった」

 

 包み隠さず雀野は答える。ただし! と少女は強く置いて。

 

「それは桐香の媚薬があったからだ。これから我ははしたなく喘ぐだろう。泣きじゃくるだろう。

 しかしそれは毒のせいに過ぎん。投薬を明らかにしたのは失策だったな淳之介よ」 

 

 ──いくら体が敏感に反応したところで屈しないし、俺の心には響かんぞ?

 

 そう言い放って少女は冷ややかな瞳を形作る。どうせ言っても淳之介は手を止めない。

 ならばこちらのスタンスとよがり狂う理由(いいわけ)を予め告げた上で、挑発的に嗤い勝者である青年の望みのまま好きなようにヤらせてやろう。

 彼の言った通り、潔すぎるとくっころにはならないのだから。

 気絶している間にいかがわしい密室へ連れ込まれ、媚薬を盛られ、犯される。

 どう考えても恋人であろうと許されざる、卑劣極まりないやり口ではあるが、それほどまで淳之介に求められているのだと思えば、雀野は不思議と悪い気がしなかった。

 

「……え?」

 

 偽の敵対心を込めた眼で彼の動向を追っていた雀野だったが──帰ってきた淳之介の手にある物を目にして、少女は年相応の困惑した声を出す。

 

「え? え? なんで?」

 

 それは、()()()の小瓶だった。

 ピンク液がなみなみと注がれているプラスチック製容器を淳之介は敢えて雀野の胸元に置く。

 

「俺はそう匂わせただけで、使ったとは言ってないんだよなぁ」

 

 雀野が固まる。

 思い返してみれば冷泉院桐香から雀野薙帆に渡したものがあった、そう聞いたとしか淳之介は語っていない。

 少女の脳裏に、媚薬を毎回飲まされていたが実はただのビタミン剤だったことをネタバラシされるエロ同人にありがちなシチュが過ぎった。

 淳之介がしゃがみ、雀野の膣穴に陰茎を近づけていく。

 

「……フッ、貴方は事実を口にしているのだろうよ。

 今更嘘だ! などと無駄な押し問答をするつもりはないさ。ただな──」

 

 半年前に強力なSHO謹製媚煙を嗅がされた雀野は、クスリによる強制発情化を今でもハッキリと覚えていた。その経験もあり、催淫剤の類が投与されていないと明かされても雀野は反論なく納得している。

 格好の口実をチラつかされ、都合の良い話へまんまと飛びついた。

 それだけのことだったのだ。

 

 なのだが。

 

「──嫌だぁぁ! 今入れられるのは不味い! 入れるなよ!? 絶対入れるなよ!」

 

「それは入れろって意味だよな?」

 

「フリではない!! こんなの彼女にすることじゃないぞ! 良心は痛まないのか!?」

 

 武人めいた往生際の良さをかなぐり捨てて、雀野は声を荒げ取り乱す。

 淫獄は媚薬のせいでなく、全て自身から生まれていたもの。

 道具のように扱われ辱められ、その度に雀野は味わったことのない快美に打ち震えた。

 少女も素直に肯定していたが、それはあくまで興奮剤に侵されていたと思い込んでいたから。

 

「失礼だな。純愛だよ」

 

「純愛に失礼なのはそっちだろうがぁぁ!」

 

 しかし前提条件が間違っていたというのなら、少女の予防線張りは一変して、マゾであると赤裸々に自白したようなもの。

 雀野は弁解の余地もなく、ズルズルと這いずり後退しようとするが、地狼で解除した腕を捕えれて逃げることも叶わない。

 

「何とでも言うがいい。これも多イキのためだ──!」

 

 責めに抗おうとしていたこれまでと違い、少女は媚薬のせいだから仕方なしと性悦を受け入れる心構えに移行していた。

 心を開いていれば拒絶していた時の何倍もの情動に襲われてしまうだろう、冷静になり再び反抗心を育ませようとするものの、思考が纏まらない。

 

 このままでは、負ける、墜ちる──女の勘は訴えていた。

 

「やめてく」

 

 淳之介の棒頭が動けない少女の花弁へそっと口づけををし。

 侵攻を、開始した。

 

「んはぁぁぁぁぁっ! はぁうっ、ひぃぃぃぃん!」

 

 先端突起を挿入されただけで、雀野の大口から牝の絶叫が響き渡る。

 熱い脈動は膣孔を押し広げ、淳之介の腰が接近すると共に雀野の背も張り詰めていく。

 初夜の際、潤滑剤のおかげで滑りが良くなっていても、規格外な逸物を迎え入れるに伴って激しい裂けるような痛みに雀野は襲われていたものだ。

 

「そ、そんなに、つよく、叩きつけるなぁ!」

 

 だが今宵の牝口はいとも容易く淳之介を咥え込んでいく。子種を少しでも奧で受け止めるべく蕩けて開き、離れようとすればキュッと狭まり肉と肉とを密着させては性摩擦を起こさせる。

 内粘膜はまるで生き物のように、雀野の意思関係なく淳之介の抽挿に連動して弛緩と緊張を交互に繰り返し射精を促していく。

 

「こ、このままではぁ……んぁ! なぜだ、あれほど痛かったのにぃ!」

 

 苦痛がないわけではない。痛いが──遥か上回る、男性器からもたらされた喜悦が強烈すぎて、苦しみはよりそれを引き立てるスパイスとなり否が応でも雀野の肢体を昂らせて、膣襞が戦慄き、絶頂サインを棒へと伝える。

 受け取った淳之介は少女の細腕を引っ張り上げて上半身を浮き上がらせた。

 

「あふぅ! はぁやぁっひぃ!」

 

 突く度に男が引く力を変えるせいで、雀野はその都度角度を変えられて責められる。しかも両腕は双胸を挟み込む、交差する形で拘束されており淳之介が外側にスライドしていくだけで豊かな双胸はぐにゃりと変形した。粗雑な胸弄りではあるが、ぐねぐねと果実を擦り合わされるだけで甘美な痺れが雀野を貫いて、視界に砂嵐が巻き起こる。

 

「オラ! イケ! ちゃんと言えよ! マナー違反だぞ!」

 

「うるしゃいぃ! イク! イクからぁぁぁ! イッたからああああぁぁ!!」

 

 女体を激しく揺さぶって命令のまま報告し、顎を天井に突き出して子供のように嫌々する少女が涎を垂れ流す。

 拭き取りたかったが、口元を意識したせいで口奉仕が鮮明に蘇り、雀野の膣は更に窄まって淳之介を締め上げた。

 

「……っもう少しで俺もイキそうだ!」

 

「ま、まってくれ! イッたばかりなんだ。休ませて──」

 

「薙帆が腰振るのを止めたら考えてやるよ」

 

「うそ……我は振ってなんかあぁ」

 

 淳之介のストロークで揺れているだけではない。青年が体を休めると、視線の先に言い訳のしようもなく、力なく腰を動かし足をバタつかせている下半身があった。

 痴態を見せつけられ呆然自失となる雀野だったが、その心の隙間を淳之介は見逃がさない。

 茹で上がった雀野に筋骨隆々な巨獣が圧し掛かる。

 深く剛直は沈み、下腹を打ち付けて卑猥な水音が鳴り響いた。間近に迫った男の唇が瞬く間に女へ触れてはすぐに遠ざかる、がすぐさま唇の間合いを縮め短い口接触を再演する。

 

「んぅ! ちゅぶっ、ふぅ、らめ、らめ!」

 

 形だけでも抗おうとする雀野だったがしかし、啄むようなキスをすればするほど反骨心はドロドロに溶解してその場所を幸福感に占拠されていく。

 淳之介の舌が飛び込み、雀野も無自覚に城門を開いた。蠢く桜器官はそれぞれの歯をこそぐように撫で、歯茎を舐め回し、絡ませる。

 口腔内が性感帯となって燃え上がり、噴き上がる淫熱は真上にある少女の脳髄を炙った。

 連続的な接吻、舌先が融け合うかのような舌陵辱。そして種付けプレスという逃走を許さぬ制圧姿勢は雀野の雌を燃え上がらせ。

 唇を離したのが、合図となった。

 

「オラ! イクぞ!」

 

「あふいぃぃ!! イクぅぅぅぅぅぅ!」

 

 滂沱の白濁液が最奥へと注がれてあっさりと二度目の膣イキを果たし、寿命を迎えた電球さながらに雀野の視野は明滅する。

 淳之介に引かれそのままマットレスへ勢い良く沈み込む、少女のすらりと伸びた美脚。息継ぎもせずに唇を求め合っていたため、両者は肩で息をしていた。

 

「あっ……うぅ」

 

 蹂躙棒を引き抜かれて、膣内の喪失感に少女は切なく喘ぐ。

 徐々に多幸感の波は引くように去っていくが、内腿同士を擦り、麻薬に依存するかの如く次なる幸福洪水の到来を今か今かと待ちわびている自分自身に気付き、雀野は静かに恥じ入った。

 

 少女の裸身は油を塗ったようにヌラヌラと輝いて、白き衣が水気を吸って張り付いている。

 汗にまみれた紅潮した肌はひどく淫らで、あちこちから流れ出る分泌液が混ざり合い、甘い牝の香りが部屋中に充満していた。

 そんな雌臭に鼻腔をくすぐられて、肉砲は早くも再装填を済ます。

 

 淳之介は直観していた──もう一押しで彼女は陥落すると。

 どう攻めようか。ふと思いついたアイディアに、青年の眼鏡が光った。

 

「えっなんだっ?」

 

 放心していた雀野は、唐突な浮遊感に何事かと目をパチクリさせる。

 淳之介が巫女服の少女のくびれた腰部を両側から握り上げていたのだ。

 鍛え上げた屈強な太腕は、特殊な鍛錬法で見た目に反映されない雀野の重量を難なく支える。

 そのまま空中輸送し今度は、淳之介が寝そべった。雀野が引き寄せられたのは、陰部上空。

 そこで漸く淳之介の狙いを察したが、察したところでどうこうなるわけもなく。

 紅袴が重力に従い青年へと落ちて、外からは見えない内部で結合した。

 

「はぎぃ」

 

 眼下の剛槍で刺し貫かれて、高い背丈が弓なりに仰け反る。

 上擦った声を吐露し、肉杭を埋められた雀野は立ち上がることもままならない。

 

 奥歯を嚙み、目を瞑って襲来に備え身構えていたが──いつまで経っても訪れない肉悦に動揺を隠し切れず、少女はぎこちなく小首を傾げて淳之介へ疑問を口にする。

 

「どう、した……何故、動かない……」

 

「動くつもりはない。この態勢から解放されたいのなら俺をイカせることだな。

 もしくは──」

 

 ──薙帆がマゾヒストだと宣言するのなら、動いてやってもいいが?

 

「さいっ……てい……!」

 

 力を入れられない少女はフラフラしており今にも倒れそうだった。しかしイチモツ勃て伏せを何百回でも行える強靭な肉の楔を打ち込まれ、腰に手を添えられただけで騎乗位から抜け出ることもできなくなり、雀野が淳之介を睨み付け恨み言をぶつける。

 

「クソッ…………! クソッ……! クソッ」

 

 だが罵倒を右から左へと受け流し、一向に動く気配を見せない淳之介。彼の忍耐強さを身に染みている雀野は、それこそこのまま一晩中過ごすことも厭わないだろうと結論付ける。

 この圧迫感にずっと苛まれるのは、辛い。 

 そして、何より──頭によぎった欲望を打ち消そうと、ただ無心で上下させようとした。

 

「あっ……はっ…………ふっ」

 

「そんなんじゃ俺は射精しないぞ?」

 

「うる……さい……静かにして、い、ひぃ」

 

 腰が重く、思うように上がらない。離陸したが膣奧を熱柱に擦らされることで電撃が走り、すぐ着陸を余儀なくされる。落下の勢いでより鋭利な紫電が疾走して、雀野は股間の上で息を切らし喘ぐ。

 間を挟み再挑戦するが、何回やろうと結果は同じ。いや、積み重なる失敗のせいで雀野の肉体は着実に変化が起き始めていた。

 

「はっ、チンポぉ、こすれ、るぅ」

 

 肉幹を咥え入れている状況で、少女は常時じわじわと昇る性感に炙られている。そのせいで体力を取り戻すことなど最早不可能であった。

 時間をかけて小さく腰をヘコヘコと一回動かすのが精一杯。その蠕動カウントが増す毎に思考回路は鈍化して、代わりに神経が研ぎ澄まされていくように、膣中の淳之介の存在感は肥大化していくばかり。

 

「んっあぁっ、ふぅ」

 

 一度に得られる媚電は濃厚だが刹那的だ。絶頂には届かない性刺激が着々と蓄積し、淳之介をイカせるためだった腰下ろしは己を慰めるためのオナニーに成り果てていた。

 早く早くと最低限の回復を待ち、浅ましい呼吸音を漏らすが──男の手に押さえつけられたことで、如何に下品で性に貪欲であったかを雀野は理解させられる。

 

「薙帆だけが気持ちよくなろうなんてズルくないか?」  

 

「……ち、ち、違うんだ」

 

「何が違うんだ?」

 

「ひぃぃん!」

 

 雀野の身動きを封じながら、薄桃色の乳頭を片方の指で円を描くようになぞりギュッと抓んだ。

 それだけで発情した熟れた淫体は反り返り、かいていた大粒の汗を撒き散らす。その直後に更なる高みへ上るため雀野は細腰を揺らそうとするが、もちろん動けず。

 到達寸前に乳首から手を離され、ガタガタと身震いする少女は既に限界だった。

 

「ゆ、ゆるして、ゆるしてくれぇ……!」

 

 雄しべと雌しべの連結部分上部へ淳之介の手が置かれ、雀野の蒼眼が妖しく煌めく。

 それは性的興奮を得るために作られた器官、クリトリス。自慰行為でその豆突起を触れていただけに、生じる快感の強さをよく知っていたし、自分で触れるよりも誰かに触れられた方が快楽度数が上がることを、淳之介の胸責めで雀野は学んだ。

 

 ──イキたい。イキたいイキたいイキたい

 

「あ、あふぁ……ひぅ、あっはぅ!」

 

 哀願を聞き入れてくれた救世主に魅入る信奉者のような熱視線の女は、包皮を捲られトントンと肉豆を軽くノックされただけで、期待以上の、異なる新鮮な刺激を受け身悶えした。

 鋭い瞳はだらしなく垂れ下がり継続的に押し寄せる熱波がチリチリと頭を焦がす。

 優しい愛撫へと切り替わって、達する予兆を知覚し桜唇を歪ませた。

 やっとイケる。心の底から安堵した雀野だったが──

 

「……どう、して」

 

「イキたいなら、先に言うことがあるだろう?」

 

 供給を突然ストップさせられて、最後のラインを超えることができなかった。

 淳之介の前戯技術は素人と言ってもいい。しかし彼は女を堕落させる性技において、紛れもなく天才的な才覚を誇っていた。

 雀野の絶頂タイミングを第六感(セックスセンス)で感じ取り見極めて、爆発目前の所で乳首同様手を止めたのだ。

 

 少女が、観念したように吐息を零した。

 

「……貴方はもう、わかってるくせに」

 

「想いが通じ合っていても、言葉にしなきゃ伝わらない時だってあるんだ」

 

「名言のような台詞を……! いじわる、いじわるぅ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は、貴方にいじめられるのが好きな、変態女です……!

 どうか、どうか、イカせてください……!」

 

 

 口にして。

 堤防が決壊したように、ドロリと恥液が上から下へと伝わり落ちた。

 淳之介は行動で返答をするべく雀野の両腰に手を当てて持ち上げ、恥部から分身を引き剥がしていく。ゆっくりと、次の一撃を引き立たせるためにとことん焦らして。

 赤黒突起だけが肉壺に入り込むまで距離を取り、男と潤む女の瞳は交差し頷き合った。

 

 スプリングに腰を沈み込ませていた淳之介は──可動域限界まで、打ち上げる。

 

「あっ♥ イクッ♥」

 

 雀野から吐き出されたのは、あまりにも牝の啼き声だった。

 体躯と形を覚え込まされた蜜口は柔らかくほぐれきって、何の抵抗もなしに淳之介を呑み込む。

 子宮と内臓に衝撃が駆け抜け、内側で爆発でも起きたかと思えるほどの官能波に攫われる。

 たった一突き。たった一突きで、雀野はオーガズムに昇り詰めた。

 

「ひどいっ♥ はぁぁ♥ 我を、ふぅ、お、オナホールのようにぃ♥」

 

「でもそんなヤラれ方が~?」 

 

 動くことのできない雀野は、高い高いされる赤ん坊のように天高く掲げられるが返す刀で肉の大地へと急降下させられる。

 遠慮もへったくれもない、力任せで自分本位な抽送行為。

 

「すきぃ♥……気持ちいい♥ 気持ちいいんだ♥」

 

 軽いノリで質問する淳之介。

 性処理道具として雑に扱われているが、まるでその役割に至上の悦びを見出したかのように、箍の外れた少女は愉悦満面の笑みで答えた。

 

「文乃が今のお前を見たら! あの子はどう思うだろうな!」

 

「言うな……♥ 言わないで……♥」

 

 小気味よいスパンキング音を奏でる最中、想起させられたのは美しい白髪の少女だった。

 その出自からSHOや島に巣食う任侠団体に狙われ、それでも島のために独り戦う文乃へ手を差し伸べたのが、雀野と淳之介。

 二人の精神性に惹かれ、主として敬い仕える文乃が、もしも、この現場を目撃したら?

 軽蔑されるだろうか──万物見通す灼眼を細め、冷たい蔑視を彼女に注がれると思うと。

 

「ひぃぃ、あぁっ♥ すまないぃ……すまない、文乃ぉ♥」

 

 背徳的で、それがどうしようもなく心地良かった。

 

「薙帆……! お前が堕ちた記念になる最初の一発目だ! 受け取れ!」

 

「あぁ♥ きてくれ♥ 我を余すところなく犯し尽くしてくれ♥」

 

 牡の腰振りは一層の激しさを増して、対する膣口が物欲しげに収縮する。

 被虐の炎に焼かれた汗まみれの媚態を引き攣らせ、長い黒髪はベタベタと湿り気を帯びて赤肌に付着した。ほつれ髪を舞わせ淫らにくねる雀野は、切羽詰まっていく鼓動を感じ取り、これより来たる快楽を一片たりとも逃さないようピンと手足を伸ばし切った。

 

 

「孕めオラアアアア!」

 

「イクゥゥゥゥゥゥ♥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『未来の我よ。淳之介との強姦ごっこは如何だったか?』

 

「……」

 

『彼は紳士的だからな、冒頭では我を気遣うあまり大した責めができないだろう。

 しかし誠実な淳之介のことだ、途中からこれでは駄目だと気づき本気で貴女を襲ってくれた筈』

 

「…………」

 

『喜べ雀野薙帆よ、貴女は被虐体質でも何でもなかったのだ! 美岬たちに自慢するとい』

 

「……なんなのこの子……なんでここまで自信あったの……美岬ちゃんと桐香ちゃんに疑ったこと謝らないとなぁ……はぁ…………」

 

 防水ケースに入れた、春頃うっかり破壊してしまったスマートフォンの代替品を雀野は力強くタップして、画面に映るドヤ顔巫女服少女を消し飛ばす。

 狭い空間に呆れ返った声色を響かせながら、雀野は設置された籠に携帯電話を押し込んだ。

 元いたポジションへ戻り掻き分けた温水の音を反響させ、少女は深い溜め息をついて淳之介にもたれかかる。

 男女は裸体を重ね合いながら、備え付けの小さな浴槽に浸かっていた。

 

「…………ごめんね、淳之介くん」

 

「えーと、何の話だ? 淫乱マゾ犬な彼女でごめんなさい的な……?」

 

「そうじゃないよ! そうだけど……ほら、あなたを淫力で勃たせなくしたでしょ」

 

 振り返る少女は申し訳なさいっぱいに目尻と眉を下げている。

 多くを語られずとも真意を汲み取った淳之介は苦笑し、安心させるようにはにかんだ。

 

「あー……正直言われるまで気づかなかったよ。薙帆にブラフをかけたのは俺だし気にするな」

 

「でも、それは私があなたに頼んでいたのがそもそもの発端で……んぅ」

 

「そんなことよりも、そうやって気に掛けてくれるのが、俺は嬉しいんだ」

 

 ポンポンと触れたあと、慣れた手つきで少女の頭部を撫で回す。

 険しかった顔つきは次第に氷解していき、女誑しめぇ……と小声で囁く雀野は猫のように目を細めた。

 

「寧ろ薙帆に勃起コントロールさせられていたのを思い出しただけでイケそう」

 

「つよい」

 

「…………なんかナチュラルに口調が戻ってるけどどうしたんだ?」

 

「あー、多分それはね」

 

 ここ最近は本島にいた頃の喋り方に戻すことができないほど淫力の影響を受けていたが、A世界の性帝を完全攻略したことで淳之介に与えられた特典のようなものらしいと指に手を当てる雀野。

 らしいというのはあくまで淫力を持つ雀野がそう感じただけのようだが、それは何となく正しい気がして淳之介は相槌を打つ。

 

「ど、どうしよう。淳之介くんはどっちが好きかな?」

 

「どっちも好きだよ」

 

「とっても困る返事だ」

 

 じゃあ薙帆の気分次第で。そう提案すると雀野はクスクスと笑い了承して、背を向けていた体勢から反転、青年と対面し、心臓音を聞き取るように小顔をくっつける。

 淳之介が力を込め、膨らんだ胸に雀野は押し返されそうになるが負けじと寄せてグリグリと大胸筋を頬で擦り下ろした。

 筋肉フェチの雀野はこういったスキンシップが大好きなのだ。

 

「……淳之介くん」

 

「何だ?」

 

 女性特有の柔肌を満喫していた淳之介はいつの間にやら首へ手を回されていた。

 ボディタッチを止めて、目の高さを合わせるべく登る雀野。

 

 長々と見つめ合い──意を決したように、少女はコクンと頷いて青年に迫る。

 

 そうして淳之介は、空気音と湿った感触を覚えた。頬に。

 

「────ふふふ、キス。しちゃった」

 

 頬っぺたにチューするだけで、雀野は顔を林檎にして恥じらっていた。

 

 先の淫蕩さが嘘のような、まるで穢れを知らぬ生娘然としていた少女に。

 

 そのギャップといじらしい風体が──淳之介の残り火を、再び燃え上がらせた。

 

 破顔する雀野は淳之介の股上にいて、怒張の再起に当然気づくが──

 

「な、何でお尻を掴んでるの!? まるでお尻の皺を伸ばしてるみたいだけど!?」

 

「漢勃ちはさ。総身をチンポにする技なんだ」

 

「知ってるよ! それが何!?」

 

「この指もまたチンポということになる。

 つまり俺だけでも薙帆をチンポで二穴責めできるんじゃないかって」

 

「ま、またわけわからない理屈を真面目な顔して……!

 お尻はダメだからね! ダメなんだから──ひぃぃん♥」

 

 

 火が付いたコンビは改めて互いを貪り合う。

 

 文乃が連絡を入れてくるまでの丸一日。二人が部屋から出ることはなかった。




全√攻略すると回想にオマケの主従3Pが追加されるとかなんとか

私は本来エロにギャグ挟むと抜けなくなるのでNG派でしたがこの作品だけは……!
許してください!見た目清楚な巨乳紫髪ヒロインが何でもしますから!


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