ソードアート・オンライン〜Unlimited Blade Works〜 (†AiSAY)
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Episode 0
東京都 某所
薄暗い部屋の中で、その男は1人で佇んでいた。
目の前には男の身長を優に超える黒い箱。
棺にも似たその箱は、青白い光を放ちながらわずかに起動音をたてている。
男は近く置いていた自身のPCの方を向く。
黒い箱とケーブルで繋がれたそのPCを見て、男は笑みをこぼした。
画面には多くのウィンドウが開かれており、その全てに難解な暗号のようなプログラムの数列が展開されている。
そして、男がカーソルを動かしすと、新たに1つのウィンドウが開く。
そのウィンドウが示したのは、たった1つのタイトル。
《Sword Art Online》
そのタイトルを見て、男は目をつむり柄にもなく思いを馳せた。
描くのは空に浮かぶ鋼鉄の城。
その空想に取り憑かれたのは、果たしていつの頃だっただろうか。
だが、その空想はもうすぐ現実となる。
そう思うと男は目を開けて再び画面に目を向ける。
「さぁ、始めよう。」
そう呟いて、PCのEnterキーを押そうとした。
すると、突然先ほどまで何の異常もなかったはずの画面にノイズがはしった。
男は驚愕する。
まさかここに来てエラーが起きたのではないかと。
もし、そうであるならば男がこれまで費やしてきた全てが無に帰ってしまう。
男は慌てて画面に向かう。
しかし、ノイズはすぐになくなり、画面は数秒前と変わらない姿を見せた。
不思議に思い、男はPCを操作する。
表面上に異常は見られなくとも、もしかしたら何かしらデータに損傷があるかもしれない。
そう考えながら、キーボードを叩くと、ふと見慣れないデータアイコンがあることに気づいた。
本来ならば、見慣れないデータなどバグの原因にしかない為、すぐに消去すべきだ。
しかし、何故か無性に気になるそれを男は黙ってクリックする。
新たに開かれたウィンドウ。
男はそれを見て目を見開いた。そして、しばしの間考えると、おもむろにその不明のデータを《Sword Art Online》の中へと繋げた。
システムのエラーが起きないように変換されたそのデータは異常をきたすこともなく、まるで最初からそれを構成する一要素であるかのように、そこにおさまる。
「これは…。」
そう一言呟くと、遂に男はEnterキーを押した。
すると、PCとそれとつながった大きな黒い箱が光り輝く。
その光景に目を閉じることもなく、男は再び言った、
「さぁ、始めよう。」
そして、最後にこれから自らが作り出した世界に挑むであろう者達にむけて、こう言った。
「これはゲームであっても、遊びではない。」
そうして、男は部屋を出る。
誰もいない道を歩きながら、男《茅場晶彦》は先程の突然現れたデータを思い出す。
そのデータにはすでに名前が付いていた。
アイコン表記《UBW》
データ名《Unlimited Blade Works》
to be continued
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剣の世界
突如発生したVRMMORPG《Sword Art Online》の事件。
開発者、茅場晶彦によりそのゲームにログインしたプレーヤー全員がそのゲームからのログアウトできなくなった。
すなわち、実に約1万人がゲームの中に閉じ込められたのだ。
内部はもちろん外部からの救援もないこの状況の打破。
その唯一の方法、それは浮遊城アインクラッドの第100層の到達。すなわちゲームのクリアである。
しかし、《これはゲームであっても、遊びではない。》そう言い放った茅場晶彦の言葉の通り、この世界での死は現実世界での死と同義である。
そんな状況の中、いつの頃からかこのゲーム、この世界を絶望と恐怖、そしてわずかばかりの皮肉を込めて、こう呼んだ《デスゲーム》と。
デスゲームが開始され一ヶ月が経過すると、犠牲者は二千人にも達した。第1層は攻略されるどころか未だボス部屋すら発見できていない状況だった。
そんな状況の中、元《ベータテスター》のティアベルの呼びかけで、当時100層攻略を目指そうと動いていた少数のプレイヤー達が1層の攻略会議に集まった。
中性的な容姿と黒髪の少年、キリトもまたその1人だった。
キリトはここに集まった自分以外のボス攻略参加者を見ていた。
すると、中央に立つプレイヤーの人が喋り出す。
「今日は集まってくれてありがとう!俺はディアベル!気持ち的に騎士やってます!よろしく!」
ディアベルと名乗る男はそう、高らかに言った
その言葉に緊張に身を包んで集まった者達が笑い出す。
キリトもまた同様にジョブシステムのないこのゲームの世界で騎士と名乗るディアベルに内心呆れながらも心が軽くなるのを感じた。
そんな空気が僅かばかりだが、緩んだことを確認したところで、本題に入ろうとした、その時である。
「ちょお待ってくれへんか!」
と、オレンジ色の髪をした粗野な風貌をした男がディアベルの隣に立つ。
何事かと皆が彼に注目すると、キバオウと名乗った男はこう主張した。
"βテスターのせいで2000人が死んだ。謝罪をしてアイテムや、コルを分けろ。"と
その言葉にキリトは苦い顔をして顔を伏せた。
デスゲームの開始が宣言されてすぐに、《ベータテスター》つまりはゲーム販売の前の時点で既にこの《Sword Art Online》通称SAOをプレイヤー達は直ぐに次の街へと向かっていたのだ。
理由は簡単、彼らにはこのゲーム世界に1日の長があるため、どのルートが安全で、どこにどのようなアイテムがあるかを知っていたのだ、その為SAO初心者達はレアアイテムを手に入れることができなかった者や、危険なルートを選択し事実上死んだ者までいる。
そして、キリトもまたその《ベータテスター》の1人であった。
一度は緩和された空気がその発言により、再びいやそれ以上に不穏な空気になる。
すると、キリトの斜め前方に座っていた男が手をあげる。
「発言いいか?」
手を挙げてた斧を背負った黒人の男はキバウの前に立つと言った。
「俺はエギルってもんだ。キバオウさん。情報はあったんだ。なのに2000人もの人が死んだ。そいつらは恐らくMMORPGのコアゲーマーだろう。そいつらは己の力を過信し、引き際をあやまったんだ。」
そして、一冊の冊子を取り出して続ける。
この冊子には、この世界に関する情報が記載されており、誰もが無料で手に入れることができるものであると。
そして、情報は二日目にはある程度出回っていた。そして、エギルはこの冊子がβテスターが作ったものであると言った。
「それでもあんたは、βテスターを憎むのか?俺は、感謝すべきだと思うんだけどな。」
そう言われると、今度はキバオウが苦虫を潰したような顔をした。
そして、彼は納得がいかないような顔をしながらも、元の席に戻った。
それを機に嫌な雰囲気が静まると、再びディアベルが口を開いた。
「まあそこらへんにしよう。今は情報があるだけありがたい。これがβテスターの時のでも、1番危険なのは、ボスの偵察だからね。それじゃあ、レイドを組みたいから六人一組になってくれ。」
「な!!」
その言葉を聞いてキリトは慌てる。
周りが次々とパーティを組む中、彼だけが取り残されていった。
どうにかして、自分も誰かと組まなければと辺りを見渡すと、自分の横に同じように1人ポツンと座っているプレイヤーを見つけた。
チャンスは今しかないと考えたキリトは意を決して声をかける。
「な、なあ、俺とパーティ組まないか?」
キリトの言葉にフードを被ったその人物は、少しためらうようを見せたが、結局はキリトからの申請を受けた。
(何とか、取り残されるのは回避できた…)
そう安堵していると、大きな影がキリトを隠す。
何だろうとキリトは顔を上げる。
するとそこには知らないプレイヤーがいた。
180cmを超える身長、浅黒い肌に白い髪。
そして、鷹のような目をした男のプレイヤーに見つめられキリトは身構える。
そんなキリトの様子を見て、男は肩をすくめると言った。
「すまないが、私も君達のパーティに入れてもらえないだろうか?」
「え?」
突然の言葉にキリトは頭が回らない。
すると、男はフッと自嘲的な笑みを浮かべると再び口を開く。
「何、あぶれてしまってね。知り合いもいないし、何より1人でボスに挑むほどの勇気もないのでね。君達さえ良ければの話だが…。」
そう言って、申請をキリトへと出す。
キリトは考えた末に、その申請を承諾した。
するとキリトの目の前に新たな名前が浮かび上がる。
その様子を見ると男がキリトを見て言った。
「承諾、感謝する。すでに私の名前が出てきているだろうが、一応自己紹介をしておこう。私の名はArcher(アーチャー)だ。」
to be continued
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出会い
この世界、アインクラッドにも夜は来る。
攻略会議が終わり陽が傾くと、その場にいた者達は町の噴水広場に集まっていた。
英気を養う為、あるいは明日のボス戦へと意気を高める為、あるいは今日で終わるかもしれない自分の生を実感する為か、人によって違うが今だけは諍いはなかった。
それを象徴するかのように、広場の中心ではディアベルとキバオウが腕を互いに組みながら盃を傾けている。
そんな中、広場から離れた路地の段差に座る姿が1つ。
そのプレイヤーは1人、フードを被ったままパンをかじっていた。
現実のそれは異なり硬く、味気のないそれを、やはり何の感情も持たず口にする。
「結構、美味いよなそれ。」
すると、キリトがその人物に話しかけた。
「座ってもいいか?」
キリトの問いにフードのプレイヤー、アスナは無言で答えた。
それを了承と感じたキリトは、同じように腰掛け、やはり同じパンをかじり始めた。
「本当に美味しいと思ってる?」
「もちろん、この街に来てから1日1回は食べてるよ。まぁ、ちょっと工夫はするけど。」
と言って、キリトは自分とそのプレイヤーとの間に小瓶を置き言った。
「そのパンに使ってみろよ。」
そう言われ、細い指が小瓶に触れる。
すると指先に青いエフェクトが発生した。
そして、自分の持っていたパンを指でなぞると、何もなかったパンの上に乳発色の物体が現れた。
「クリーム?」
そう呟いて、隣を見るとキリトもまた同じようにパンにクリームを塗り食べていた。
気がつくと小瓶は役目を果たした為か、ポリゴンのの結晶となり消える。
彼も同じものを食べているのだから害はないだろう。
そう思いアスナは思い切ってクリームのついたパンに齧り付く。
すると、何の味もなかったパンから甘みが口の中に広がる。
この世界に来るまでは当たり前だったもの、しかしここ数日は感じることのできなかった甘味というものに懐かしさを覚えつつ、気づけば夢中なって食べていた。
そんな様子を見て笑みをこぼしキリトは言った。
「一個前の村で受けられる《逆襲の雌牛》ってクエスト。やるならコツ教えるよ。」
突発的とはいえ、明日のボス戦では命を預けるパーティメンバーに何かのきっかけになればと思い、話しかけたキリト。
しかし、そんな相手から返ってきた言葉は平坦なものだった。
「美味しいものを食べるために、私はこの村まで来たわけじゃない。」
「じゃあ、何のため?」
「私が私でいるため。最初の街の宿屋に閉じこもって、ゆっくり腐っていくくらいなら、最後の瞬間まで自分のままでいたい。たとえ怪物に負けて死んでも。このゲーム、この世界には負けたくない。」
そう言って、手に力を込めるパーティメンバーをキリトはただ黙って見ていた。
そして、持っていたパンをちぎり口の中に放り込むと
「パーティメンバーには死なれたくないな。せめて明日はやめてくれ。」
とだけ言った。
沈黙が2人を包む。
「確かに彼のいう通りだな。」
突然、2人の背後から声が聞こえた。
全く気配を感じなかった2人は慌てて振り向く。
するとそこにいたのは、先ほどの攻略会議にてキリトにパーティに入れて欲しいと頼んできた男だった。
「アンタはアーチャー。」
そうキリトは彼の名前を口にする。
そんなキリトの反応を見てアーチャーは、やはり不敵な笑みを浮かべて言った。
「驚かせてしまったのならすまない。だが、明日は互いに命を預ける身だ多少の交流は必要と思い声をかけたのだが、どうやら邪魔をしてしまったかな?」
「いや、それなら別に大丈夫だ。」
「うむ。それで、そこにいるのが我々のパーティメンバーかな?」
そう言って、アーチャーはフードを被った自身のパーティメンバーを見る。
しかし、当の本人はこの状況に未だ困惑しているようだった。
そんな様子を察したのか、キリトが話しかける。
「えーと、この人はアーチャー。明日のボス攻略で俺達のパーティメンバーだ。」
「アーチャーだ。驚かせてしまったことは謝罪しよう。明日はよろしく頼む。」
そう挨拶の言葉を口にするアーチャーに対し、やはりアスナは無言で頷くだけだった。
そして、今一度突然現れた男をアスナは見る。
180cmを超える身長に浅黒い肌。髪は白く、目は鷹のように鋭い。
明らかに自分や隣にいる少年よりも歳上だろう。
そんなことを考えていると、ふと彼と視線が合う。
「ん、私がどうかしたかね?」
「え!い、いやあの…」
ゲーム内とはいえ、歳上の男性をジロジロと見てしまったことに気づかれたアスナは、慌てた。
しかし、アーチャー自身は特に気にした様子も無い風に言った。
「まぁ、この姿を見て思うこともあるだろうが、気にしないでくれ。」
「え、あの…。は、はい…。」
と、歳上の男性に気を使われたことに気恥ずかしくなったアスナはフードを深く被った。
「それで、何の用だ?」
と、それまで傍観していたキリトがアーチャーに話しかけた。
すると、アーチャーは片腕を腰に当て、やれやれと言った感じで答えた。
「言っただろう。パーティメンバーに対して交流をはかりに来たと。」
「交流って、でも自己紹介は済んだだろう。」
そう言うキリトに対して、アーチャーは再び呆れた顔をした。
そして、今度は腕組むと言った。
「全く、キリト、では君は名前を知っただけで、その瞬間からその相手に信頼を置けるのかね?」
「は?」
「先ほどの君自身も言っていたが、我々は明日には背中を預けるパーティの一員だ。別に馴れ合う必要はないが、せめてある程度の関係性を築いておくべきだと、私は思うのだが?」
と、アーチャーは目の前の2人を見て言う。
当の本人達は彼の言葉の意味は理解できたが、ではどうやってそれを行うのかは全く理解できなかった。
すると、その様子を見ていたアーチャーが2人に向かって言う。
「何、別に特別なことするつもりはない。言ったように直ぐに信頼を築こうと言うわけでもないし、それは不可能だ。」
「じゃあ、何をするつもりなんだ?」
そう聞くキリトにアーチャーは笑みを浮かべて答えた。
「お茶会さ。」
to be continued
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預けるもの
「何もないところだが、寛いでくれ。ああ、それとキミは無理にフードを取らなくても構わない。」
そうアーチャーに言われ、キリトとフードを被ったプレイヤー、アスナは彼が泊まっているという宿屋の一室に入った。
何故、こんなことになっているのかといえば、
アーチャー曰く互いを少しでも知るためにお茶会をしようとのことだった。
最初、2人はその言葉に呆気にとられたが、キリトはアーチャーの言うことも一理あると考え、素直にその招きに応じた。
一方、アスナは最初は渋っていたものの《お茶会》という響きと、アーチャーのキザで皮肉な態度ながらも、決して無理強いはしないと言った振る舞いに、結局は付いてくることを決めたのだった。
入った部屋は自分達が泊まっているものと対して差はなく、実に簡素な作りだった。1つの部屋の中にベッドと机と椅子があった。
しかし、違うところといえば、部屋の中心に机とは別に丸いテーブルと椅子が2脚ある。
どうやら来客を想定した作りであるようで、よく見ると扉の直ぐ横にはシンプルながらも調理ができるスペースがあった。
「立ったままでは落ち着かないだろう?適当に掛けてくれ。」
そんな風に部屋を見ている2人にアーチャーは声をかける。
キリト、そしてアスナも彼に言われるまま丸テーブル近くの来客用の椅子に座った。
そして、アーチャーが2人の前にカップとソーサーを置き、中に手に持っていたポットの中身を注ぐ。
「これは…」
「紅茶?」
目の前に差し出されたカップから立ち昇る湯気と香り、そして中身を覗くとそこにあったのは色こそ違うものの紅茶であった。
「お茶会と言っただろう?まぁ、お茶請けはないがそこは勘弁して欲しい。」
そう言って勧めるアーチャーに従って、2人はカップに口をつける。
すると優しい香りと味が体に広がっていくのがわかる。たとえそれが、データによる情報信号の伝達であったとしても、この世界に来て初めての安心感が2人を包んだ。
「なぁ、アーチャーこれどうやって?」
キリトがアーチャーに問いかける。
横にいたアスナも口には出さないものの同じことを思ったのだろう。フード越しにアーチャーを見た。
「驚くこともないだろう。これもゲーム内のスキルの1つに過ぎん。」
2人に見つめられたアーチャーは特に偉ぶることもなく淡々と言った。
すると、キリトは納得したように口を開く。
「あ、調理スキルか。」
「その通り、皆忘れているようだが、戦闘のみがこの世界にて要求されるものではない。調理スキル、鍛治スキル、索敵スキル等、この世界では様々なものがスキルのレベリングによって可能になる。最も現実のそれとは簡略化され過ぎているがね。」
と、肩をすくめるアーチャー。
そして、自身は机に備え付けられた椅子に座ると言った。
「さて、それではお茶会と言う名の交流を始めようか?」
「でも、具体的になにを話すんだ?ボス攻略については今日ディアベルが話しただろう?」
「なに、別に攻略や戦闘のことでなくてもいい。さっきの様なスキルに関する話でもいいし、何なら自己紹介でも構わないさ、もちろん話す範囲は任意だがね。」
と、自分もカップに口をつけながら言うアーチャー。
そんなアーチャーに対して、キリトは出会った時からもさ思っていた疑問があったので、聞いてみた。
「じゃあ、アーチャー。何故、アンタはその名前にしたんだ?」
「何故とは?」
「だって、Archarってつまりは弓兵ってことだろ?この世界は剣をはじめとた近接戦闘しかない。弓や魔法といった遠距離はない。なのにそんな名前なのが不思議でさ。」
アスナもまたそういえばと言った風にアーチャーをみる。
そう言うキリトの質問を受けると、アーチャーは少し難しい顔をした。
キリトは何かまずいことを聞いてしまったのかと思い、謝罪しようとした。
「いや、構わない。うむ、それに関しては申し訳ないが私も答えられないんだ。」
「答えられない?」
「あぁ、信じてもらえるかわからないが、私には記憶がないんだ。」
その言葉に2人は驚愕する。
そんな2人の反応をアーチャーは気にすることなく続けた。
「気がついた時には、私はあの広場にいた。分かったのは自分の名前とステータス、そしてこの世界が《Sword Art Online》という自分がいた場所とは異なるゲームの世界だということ。それ以外の一般的な知識は持ち合わせているのは君達との会話から察してくれていると思う。」
アーチャーの言葉をただ2人は黙って聞いていた。
「おそらくログインした時にナーヴギアが何かしら、私の脳に作用したのだろうと思うが、ここに来るまえ、つまりは現実世界において私は自分が何をしていたか、どんな人間だったのか覚えていないんだ。」
「確かに、ナーヴギアは俺たちの脳に直接接続しているから、そう言った問題も起こる可能性はあるのか。特にこんなことになっているんじゃ、そう思うのも仕方ないけど。」
と、キリトがつぶやく。
「後は君達と同じだ。空が暗くなったと思ったらあの男が出て来た。最初は困惑したが、他にやることも思いつかなかったのでな、非才ながらも何とかこの街までやって来たというわけだ。」
そう言って、立ち上がりアーチャーは空になっていたキリトとアスナのカップに再び紅茶を注いだ。
すると、それまで黙っていたアスナが口を開いた。
「あの、どうしてそんな風に平気な顔をしてるんですか?」
「どうしてとは?」
「ここでは本当に人が死んでしまう。誰も知り合いがいない、自分が何者かさえもわからないのに、どうして貴方はそう笑っていられるんですか!?」
下を向きながら声を上げるアスナ。
キリトがそれを諌めようと、近く。
すると、アーチャーは静かに口を開きアスナに言った。
「君と一緒さ。」
「え?」
「私が私でいるため。例え記憶がないとしても、私がここにいることには変わらない。記憶を取り戻すにしても、何もせずにいることに意味はない。ならば生き残る為に戦うしかなかろう。このゲーム、この世界には負けないよう。いつか現実の世界に戻った時にはもしかしたら、記憶も戻っているかもしれないからな。君もそう言っていただろう?」
「でも!!」
「それに、もう1人ではないからな。」
そう笑顔を浮かべて言うアーチャーをアスナは見た。
キリトもまた同じように彼を見る。
「君達と出会えた。それも互いに命を預けるパーティとしてだ。」
「アーチャー」
「アーチャーさん」
だから、とアーチャーは最後にこう言った。
「明日は私の命、君達に預けよう。だからと言って君達も私に命を預けてくれとは言わない、しかしせめて信頼だけは私に預けてくれないか?」
そうして、その日は別れた。
明日は遂に第一層のボス攻略戦である。
to be continued
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決意と覚悟
2022年12月3日 第一層 森のフィールド
その日、遂に第一層のボス攻略戦が行われようとしていた。
ボスに挑む者達はディアベルを先頭にして、ボスの待つ塔へと進んでいる。
その最後尾にキリト達の姿もあった。
キリトがアスナとアーチャーに声をかける。
「確認しておくぞ、あぶれ組の俺たちの担当はルイン・コボルト・センチネルっていうボスの取り巻きだ。」
「分かってる。」
「了解した。」
アスナとアーチャーがキリトの言葉にそれぞれ頷く。
「俺かアーチャーが奴らのボールアックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチして飛び込んでくれ。」
「スイッチって?」
キリトの言葉にアスナから疑問の声が上がる。
すると、キリトがアスナを見て聞く。
「もしかして、パーティ組むのこれが初めてなのか?」
その言葉にアスナが頷く。
それを見たキリトは顔を固まらせたと思うとガックリと肩を落とした。
すると、アーチャーが助け舟を出す。
「難しいことではない。キリトの言っていた通り、敵の攻撃は私達が弾く、おそらく敵はそれによって体勢を崩すだろうから、君がその隙を狙って攻撃すれば良いだけだ。」
「わかりました。」
アーチャーの説明に納得したのかアスナは頷き歩みを進めた。
するとキリトがアーチャーに小声で話しかける。
「大丈夫かな?」
「問題ないだろう。もし失敗しても3人いるんだ、すかさず1人がフォローに回ればいい。それに…」
「それに?」
「ボス攻略に挑もうというのだ、決意も覚悟も十分だろう。下手をすれば足を引っ張るのは我々かもしれん。」
と、そう言ってアーチャーもまた先に進み、キリトは首を傾げながらもそのあとに続いた。
そして、遂にキリト達はボス部屋の前へとたどり着いた。
リーダーのディアベルが扉の前に立ち、皆に向かって言った。
「聞いてくれ皆んな。俺から言うことはたった1つだ。勝とうぜ!!」
その言葉に全員が頷き、気を引き締める。
「行くぞ!」
そう声を上げると、ディアベルは扉を置く。
ギィィと不快な音を立てて扉が開かれる。
真っ暗な部屋の奥、そこには巨大な体をしたモンスター、第一層のボス
イルファング・ザ・コボルトロードが鎮座していた。
全員が部屋に入ると、突然視界が明るくなる。
そして、イルファング・ザ・コボルトロードが高く飛び目の前に現れた。
そして、その周りには取り巻きであるルイン・コボルト・センチネルが現れ、キリト達に向かって来た。
「攻撃開始!!」
ディアベルの号令により、全員が駆け出す。
「俺たちも行くぞ!」
「ええ!」
「了解だ!」
キリト達もまた前に進みでる。
すると、取り巻きの一匹がキリト達めがけて来た。
パーティ戦に慣れていないアスナを前に出すわけには意外と考えたキリトは我先にとセンチネルの前に出ようとした。
しかし、そんなキリトよりも早く前にでた姿があった。
「甘いな!」
そう言って、攻撃を弾いたのはアーチャーであった。
アーチャーはセンチネルの攻撃を弾くとすぐさま、声を上げる。
「隙が出来た。今だ!」
「はい!」
その言葉に答えるかのように、アスナが手にした細剣を目に見えないほどの速さでセンチネルめがけて突き出す。
その攻撃は見事敵を貫き、ルイン・コボルト・センチネルはポリゴンの結晶を霧散してしょ滅した。
「よし、そのタイミングだ!次行くぞ!」
「はい!」
「キリト、遅れるなよ!」
その光景と言葉にキリトは自身も負けじと駆け出す。
そして、今度はキリトが敵の攻撃を弾き、同じようにアスナがとどめを刺した。
その連携は3人のみのパーティとは思えないほど洗練されており、目の前のセンチネル達を一掃していった。
戦闘が進み、ボスのHPもだいぶ削れて来た。
「D.E.F隊センチネルを近づけるな!」
「了解!」
ディアベルの言葉にキリトが答える。
そして、向かって来たセンチネルの攻撃を再び弾く。
「スイッチ!」
その言葉にすかさずアスナが反応し、センチネルを穿つ。
「三匹目!!」
その姿にキリトはただただ感心した。
初心者だと思っていたプレイヤーは、凄まじい手練れだった。
その攻撃は疾く剣先が見えないほどであった。
すると、アーチャーが近いて来て言った。
「だから言ったはずだ。下手をすれば足を引っ張るのは我々かもしれん。とな。」
「あぁ、確かにな!」
そう言って、キリトもセンチネルに攻撃を仕掛ける。
そして、その攻撃を受け体勢を崩したセンチネルを今度はアーチャーが一太刀で斬り伏せた。
(アイツも凄いが、アーチャーもとんでもないな。確実に敵を仕留めている。それに、SAOでの初めてのボス戦だっていうのにあの落ち着きよう。明らかに戦闘慣れしてる?)
そうアーチャーもまたキリトの予想を大きく上回っていた。
キリトとアスナがスイッチをもってセンチネルを倒している中において、アーチャーは彼らに向かってくる他のセンチネルを一人で相手取り、撃破していた。
それだけではなく、ディアベルの指揮が届かない他の隊にまで目を向けており、攻略隊の戦闘を円滑に回していたのだ。
「グッジョブ」
キリトはそんなパーティメンバー達を見てそう呟く。
そうしていると、ボスであるイルファング・ザ・コボルトロードが雄叫びをあげた。
HPを見ると、そのゲージは最後の一本の残りわずかとなっていた。
ボスは手にしていた巨大な斧と盾を投げ捨てる。
前情報の通り、ボスは武器を変えるつもりのようだった。
すると、
「下がれ!俺が出る!」
そう言って、指揮をしていたディアベルが声を上げ、前に出て剣を構える。
ボスが腰の武器を引き抜いた。
すると、誰かが声をあげた。
「たわけ!直ぐに下がるんだ!!」
その声の主はアーチャーだった。
キリトは何故かと思いアーチャーの視線の先を見る。
そこにあったのはボスの構える武器。
キリトは直ぐに気づいた。
(タルワールじゃくて、野太刀!?βテストと違う!!)
「ダメだ!全力で後ろに飛べ!!」
キリトもまたセンチネルの攻撃を防ぎながら、アーチャーと同じよう叫んだ。
しかし、もう遅い。
野太刀を構えたボスは高く跳躍すると、猛スピードでディアベルに突っ込み斬り伏せた。
「ぐあぁーーー!!」
ディアベルが吹き飛ばされ、攻略隊は隊列が崩れだした。
「ディアベル!!」
キリトは急いで駆け寄ると、ポーションで回復を試みる。
「何故、一人で?」
しかし、キリトの行為を手で止めディアベルはかすれるような声で言った。
「お前もベータテスターなら分かるだろう?」
その言葉にキリトはハッと息を飲む。
ディアベルの意図がその一言で分かったからだ。
「ラストアタックによる、レアアイテム狙い。お前もベータ上がりだったのか?」
「頼む、ボスを…、ボスを倒してくれ。みんなの為に!」
それが彼の最期の言葉だった。
体が光り輝くとディアベルは青く輝くポリゴンの結晶となり消えていった。
その姿を見て、キリトは考える。
このデスゲームが始まって、自分が生き残ることだけを考えてきた。
だが、ディアベルは自分と同じベータテスターであるにもかかわらず、他のプレイヤー達を見捨てなかった。皆んなを率いて、見事に戦った。
自分が出来なかったことを彼はやろうとした。
そう胸に刻み、キリトは立ち上がるとボスを見た。
ディアベルの死によって攻略隊全体が怯んでいる。しかし、キリトの隣に2つの姿が並ぶ。
アスナとアーチャー。自分のパーティメンバーだ。
「私も。」
「準備は良いな。」
「頼む。」
そう言って、3人はボスに向かって駆け出す。
「手順はセンチネルと同じだ!」
「分かった!」
「了解だ!」
ボスの野太刀が光りだし、キリトに向かって放たれる。
それをキリトもまたソードスキルにより弾いた。
それによりボスの体勢が崩れる。
「スイッチ!!」
キリトの声にアスナがボスに攻撃を仕掛ける。
すると、ボスの目が見開き、崩れた体勢でなお攻撃をしたけてきた。
だが、それもまた弾かれる。
キリトとアスナが見るとそこには、アーチャーの姿があった。
常にボスを注視していたアーチャーは、ボスの動向を見逃してはいなかった。
先ほどよりも疾く繰り出された斬撃をアーチャーは見事に弾き、再びボスの体勢を崩す。
するとアーチャーとボスの剣戟の衝撃でアスナのフードが飛んだ。
しかし、アスナは構わずボスに攻撃を繰り出す。
キリトはアスナの姿に息を飲んだ。風に靡く長い髪、端正な顔立ち、そして何よりもその立ち姿に場所もわきまえず見惚れてしまった。
しかし、直ぐに頭を切り替える。
ボスが再び向かってくる。
「次来るぞ!」
先ほどと同じようにスイッチして、ボスに攻撃する。
だが、ボスは怯まない。
野太刀を振り下ろしアスナを攻撃しようとする。
キリトは前に立ち、ボスの連撃を防ぐが最後の一太刀は防ぐことが出来ず、その身に受けてしまう。
吹き飛ばされ、後ろにいるアスナを巻き込みながら弾き飛ばされた。
「しまった!」
倒れる2人にボスはとどめを刺そうとする。
しかし、それの攻撃が2人届くことはなかった。
再びアーチャーがボスの攻撃を弾いたのだ。
アーチャーだけではない、攻略会議の時にいた黒人のプレーヤー、エギルをはじめとした攻略隊の全員がボスに攻撃を仕掛ける。
「回復するまで、俺達が支えるぜ!」
エギルはそういうと、自分もボスに向かっていった。
繰り出される攻略隊の攻撃にボスが追い詰められる。
しかし、それでも終わらない。
ボスは大きく野太刀を振るい、周りにいたプレイヤー達を吹き飛ばすと、高く跳躍した。
ボスの野太刀が光りだす。
「危ない!!」
キリトがそう叫び前に出ようとした。
「舐めるな!!」
すると、ボスの体に斬撃が走った。
皆んなが、何が起こったのかと上空のボスを見るとそこにはボスの他にもう一つ影があった。
その姿はアーチャーであった。
攻略隊を弾き飛ばした剣戟をアーチャーのみは回避し、ボスが跳躍したのと同時に自身も飛んでいたのだ。
そして、アーチャーの攻撃によってボスが地面に弾き飛ばされる。
キリトはそれを見ると、迷わず走り出す。
「アスナ!最後の攻撃、一緒に頼む!!」
「了解!!」
キリトの言葉にアスナも駆け出す。
ボスの繰り出す斬撃をキリトが弾き飛ばし、アスナが突き穿つ。
しかし、それだけでは終わらない。
野太刀を手放したボスに向かって、キリトがそれに続き、さらに続いてアスナが再び突く。
そして、キリトが叫びながら最後の攻撃を繰り出す。
「うおぉーーーーー!!!」
キリトの剣がボスの体を両断する。
弾き飛ばされたボスは眩いほどの光を放ち、消滅した。
ボス部屋を静寂が包む。
しかし、それもつかの間だった。
「や、「「「やったーーーー!!!」」」
誰かの声につられるように全員が歓喜の声をあげた。
上空には《Congratulations!!》の文字が浮かび上がる。
肩で息をするキリト目の前に1つのウィンドウが現れる。
それはラストアタックボーナスの獲得を提示するものであった。
キリトはそのレアアイテム《コードオブミッドナイト》をストレージにしまう。
するとアスナとエギル、そしてアーチャーが近づいてきて言った。
「お疲れ様。」
「見事な剣技だった。Congratulations!!」
アーチャーはキリトの肩に手を置くと頷き、キリトを手を掴んで立たせた。
そして、
「この勝利は君のものだ。」
とだけ言った。
その言葉、攻略隊の全員が声をあげ、キリトを讃える。
その時だった。
「なんでや!!」
全員が振り向くと、そこには膝をついて顔を伏せたキバオウの姿があった。
「なんで、なんでディアベルはんを見殺しにしたんや!!」
「見殺し…?」
「そうやろうが!!自分はボスの使う技知っとたやないか!!最初からあの情報を伝えておったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや!!」
その言葉に不穏な空気が広まる。
そして、1人が言った。
「アイツ、きっとベータテスターだ!だから、ボスの攻撃パターンも知ってたんだ!!知ってて隠してたんだ!他にいるんだろう!出てこいよ!!」
その言葉により、その場の空気は完全に淀んだ。
誰も口々に誰がベータテスターだ、自分は違う。と言ったようなことを口にし始めた。
キリトは考える。
このままではダメだと。
そして、ディアベルの最期の言葉を思い出すと何かを決心したような顔をした。
その後ろではエギルとアスナがキバオウの元に近づいて、どうにか場を収めようとした。
アーチャーはただ目を閉じ、その場に立つだけだ。
すると、突然キリトが笑い出した。
「元ベータテスターだって?俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな。」
「な、なんやと!」
「SAOのβテストに当選した1000人の内のほとんどはレベリングの仕方も知らない初心者だったよ。」
キバオウに近づきながらキリトは続ける。
「今のあんたら方がまだマシさ。でも俺はあんな奴らとは違う。俺はβテスト中に他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知っていたのは、ずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったからだ。」
そして、キリトは言う。
「他に色々知っているぜ。情報屋なんか問題にならないくらいな。」
そう言い放ったキリトに罵声が飛び交う。
誰かが言ったベータテスターのチーターだから《微ーター》だ。と。
「《ビーター》、いい呼び名だな、それ。そうだ、俺はビーターだこれからは元テスター達と一緒にしないでくれ。」
そう言いながら、キリトはストレージを開く。
そして、先ほどゲットしたコートを装備すると、キバオウ達を一瞥し次の階層へ続く出口まで歩いていった。
「良いのか?」
そう声をかけたのは、事の成り行きをずっと静観していたアーチャーだ。
アーチャーは二層の入り口前にある階段の近くに腕組んで立っていた。
キリトはアーチャーに目を向ける事なく。
「あぁ…。」
とだけ言った。
そう答えるキリトにアーチャーは言う。
「そこから先は地獄だぞ。」
「分かってる。」
「いや、分かっていないよ。お前は…。」
そう言って、アーチャーはキリトに背を向け歩き出した。
途中、アスナとすれ違ったが歩みを止めはしなかった。
すると、アーチャーの目の前にキバオウが立つ。
「そういやアンタもボスの武器に反応しとったな?」
「それが?」
アーチャーはその問いに温度のない声で答える。
彼のキバオウを見る目はいつも以上に鋭い。
キバオウはその目に押されながらも続けた。
「アンタもあのビーターの仲間やないんか?同じパーティやったろ?」
「だから、それがどうした?言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
「詫びを入れんかいって言っとるんや!!ディアベルはんに、これまで死んだモン達にな!!」
その言葉にアーチャーは皮肉げな笑顔を浮かべる。
しかし、それはキリト達に向けた事のあるものではない。
そこにはただ目の前の男に対する軽蔑だけがあった。
「哀れだなディアベルも。」
「なんやと!!」
「彼が抱えていた理想と苦悩をここにいたほとんどの者が、理解していない。あるのはただ、自分達の弱さを他人に押し付けるという醜さだけだ。」
そう言い放った。
その言葉にキバオウだけでなく、全員が声を荒げる。
「もういっぺん言ってみい!!」
「事実を言われて怒るか。つくづく救いようがないな。」
そう吐き捨てるように言って、アーチャーは全員に問うた。
「なら教えてくれないか。ディアベルが死んだ時、この中の何人がボスに立ち向かった?」
「な!?」
「そして、貴様はその時何をしていた?」
その言葉にキバオウ達は黙る。
アーチャーはそんな彼らを見て言った。
「決意も覚悟も足りなかったな…。」
そう言って、アーチャーはボスの部屋を後にした。
to be continued
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圏内事件
(どうしてこうなった…)
自分の目の前にいるプレーヤーを見てキリトは心の中でため息をついた。
ここはアインクラッド第57層主街区《マーテン》。
現在の最前線からわずか2フロア下にある大規模な街で、必然的に攻略組のベースキャンプかつ人気の観光地となっている。
そんなマーテンにある、とあるレストランの一席にキリトは今いる。
目の前にいるプレーヤーにキリトは再び目線を移すとそこには白を基調とした服を纏った女剣士アスナがいた。
キリトはここに至るまでの流れを思い返す。
《アインクラッド第59層ダナク》
その日、キリトは転移門のすぐ近くの草原に身体を横たわせ、休んでいた。
そんなキリトに《血盟騎士団》副団長アスナは自分達の現状を理解しているのかと苦言を呈した。しかし、キリトはそんな彼女に今日のアインクラッドは最高の季節の更には最高の気象設定だから、自分も横になってみろと冗談まじりに言った。
そして、キリトが目を覚ますと横には気持ち良さそうに寝ているアスナの姿があった。
まさか本当に寝ると思わなかったキリトは仕方なしに彼女の身が《睡眠PK》されることがないよう、近くでガードすることにした。
しかし、女性にとって自分の無防備な寝姿を他人のそれも異性に見られることは恥ずかしかったらしい。ましてや、彼女は今やこの世界において名の知れた攻略組のトッププレイヤーだ。
思わず、キリトに斬りかかろうとしたが、寝てしまった自分に非がある上、ガードしてもらった恩もある為、アスナはキリトにその礼として食事一回分を奢ることになった。
そして、場面は現在に戻る。
過ぎてたこと、なってしまったことを後悔しても仕方がないと思い、ぎこちないながらもキリト達はたわいのない話をした。
すると、どこか遠くから、紛れもない悲鳴が店内まで響いた。
「……きゃあああああ!!」
2人は息を呑み、素早く自分達の剣を掴む。
「店の外だわ!!」
アスナの声に頷き、キリトは座席から立ち表通りへと走り出した。
そして、悲鳴の元らしき場所に着くと、2人は信じられないものを目にした。
広場には教会のような石造りの建物がそびえていた。
そして、その二階中央の飾り窓から一本のロープが垂れており、人の甲冑を身につけた男がぶら下がっていた。
一見すれば首吊りの現場であるが、この世界においては窒息で死ぬことはない。
それよりもキリトもアスナの視線は男の胸に突き刺さっている一本の歪な形をした剣のような槍だった。
男は恐怖に歪んだ顔で槍の柄を両手で掴んでいるが、非常にも胸の傷口からは、赤いエフェクトが血のように吹き出ていた。
キリトは我に帰ると叫んだ。
「早く抜け!!」
男はキリトの声に気付くも恐怖の為か手に力が入らず、食い込んだ槍は抜けない。
この瞬間にも槍によって男のHPが削られていく。
キリトの頭の中には男をどのようにして助けるかということと同時に、何故目の間でこのようなことが起こっているかという疑問が渦巻いていた。
男のHPは確かに減っている。
しかし、今自分達がいる場所は《圏内》。
普通に考えれば、ダメージ発生そのものが有り得ない。
逡巡するキリトにアスナの鋭い声が耳に響く。
「きみは下で受けてめて!」
そう言うと、アスナは目にも留まらぬ速さで建物の中へと駆け出した。
彼女が男を吊るしているロープを切ろうとしていると気付いたキリトは、アスナに答えるとぶら下がる男の真下へと走り出した。
しかし、キリトが辿り着くと何かが砕け散る音共に、ポリゴンの欠片が霧散し男の姿も消えた。
キリトは周囲にいたプレイヤー達に向けて叫んだ。
「みんな!デュエルのウィナー表示を探してくれ!!」
主街区はアンチクリミナルコード有効圏内。
すなわちこの場所でプレイヤーがHPにダメージを受け、なおかつ死に至るにはデュエルにおける完全決着モードによる敗北でしかない。
しかし、いくら探しても表示は見つからない。
ならばとキリトは建物の窓からアスナが見えたので、彼女に向けて叫んだ。
「アスナ‼︎ウィナー表示はあったか⁉︎」
「無いわ!システム窓もないし、中には誰もいない‼︎」
「なんでだ…」
キリトは建物の奥にある階段を駆け上がりアスナと合流する。
しかし、やはり他のプレイヤーの姿はなかった。
隠蔽アビリティ付きのアイテムの使用も考えたが、現在この世界にキリトの索敵スキルを無効化するほどのアイテムは存在しない為、その案は却下された。
「ウィナー表示がどこにも出なかった。広場に詰めかけた数十人が誰も見つけられなかったんだぜ。デュエルなら、必ず近くに出現するはずだろう」
「でも…有り得ないわ!」
アスナがキリトに反論する。
2人の間に沈黙が漂う。
「このまま放置は出来ないわ。もし、《圏内PK技》みたいなものを誰かが発見したのだとすれば、早くその仕組みを突き止めて対抗手段を公表しないと大変なことになる」
「…俺とあんたの間じゃ珍しいけど、今回ばかりは無条件で同意する」
アスナは頷いたキリトに右手を突き出すと言った。
「なら、解決までちゃんと協力してもうわよ。言っとくけど、昼寝の時間はありませんからね。」
「してたのはそっちじゃないか…」
そう呟きつつも、キリトもまた手を差し出す。
白と黒の手が握手を交わすと2人は建物を後にした。
2人は証拠物件の中にあったロープ、そしてプレイヤーに突き刺さっていた槍を回収し、出来る限りの情報を収集すると第50層主街区《アルケード》に移動した。
その理由は回収したものを鑑定するためだ。
そして、目的の場所、とある雑貨屋に到着した。
すでにそこにいたプレイヤーとすれ違いながら店の中に入ると店主に声をかけた。
「相変わらずアコギな商売をしてるみたいだな」
「ようキリトか?」
声をかけられた雑貨屋の店主エギルはキリトの姿を見ると笑顔を見せた。
「安く仕入れて、安く提供する、それがこの店のモットーなんでね」
「後者は疑わしいもんだな?」
「何を人聞きの悪いことを、って…」
そんな憎まれ口を叩きながらも2人は拳を合わせる。
するとエギルがキリトの後ろにいたアスナに気付くとあからさまに驚いた顔した。
そして、キリトの首を掴むとカウンターの中に引き摺り込む。
「ど、どうしたキリト。ソロのお前がしかもアスナと一緒とはどう言うことだ?お前ら仲悪かったんじゃ…」
「ちょっ!いやっ…」
そんな2人の様子にアスナは呆れたような困ったような苦笑いを浮かべていた。
エギルは2人の様子から何かを察したのか、店を閉めると2人を二階の部屋に通した。
そして、ことのあらましを聴くと先ほどのキリト達と同様驚いたような表情で言った。
「圏内でHPが0に?デュエルじゃないのか?」
そう言うエギルにキリト達はウィナー表示が出ていなかったこと、
そしてあの街で消滅したプレイヤー、《カインズ》と直前まで行動していた《ヨルコ》というプレイヤーから一連の流れを聞いたことを話した。
「突発的デュエルにしては遣り口が複雑すぎる。事前に計画されていたPKなのは確実だと言って良い。そこで…コイツだ」
そう言ってキリトは目の前の脚の低いテーブルに件の槍を見て言った。
エギルはその槍を持つと自身の鑑定スキルでもって、その槍を調べた。
キリトとアスナは改めて目の前の槍を見る。
一口に槍と言ってはいるが、実際は剣に近い短槍と言ったほうが正しいのかも知れない。
そして、何よりも目を引くのがその形。
柄の部分以外のほぼ全体に返しと言えば良いのか、逆棘が生えている。
あの刺されたプレイヤーが引き抜くのに苦労したのも今となっては納得がいく。
まるで、攻撃をすること以上に相手を苦しめることを目的としたもののようにキリトは感じた。
「プレイヤーメイドだ」
鑑定を終えたエギルの言葉にキリト達は思考を呼び戻す。
そして、そのエギルの鑑定の結果を聞いて声を上げた。
「本当か?」
「誰ですか作成者は?」
「《Grimlock(グリムロック)》聞いたことねえな。少なくとも、一線級の刀匠じゃねぇ。それに武器自体も特に変わったことはない。」
それを聞きアスナが言う。
「でも手がかかりにはなるはずよ」
「あぁ、一応固有名も教えてくれ」
アスナの言葉に頷くとキリトはエギルに尋ねた。
「えっと、《ギルティソーン》となっているな。《罪の荊棘》ってところか…」
「罪の荊棘…」
キリトはその言葉を繰り返し呟くとその短槍を手に持つ。
そして、よしと呟くとおもむろに躊躇なく自らの掌に振り下ろした。
するとアスナがキリトの手首を持って叫ぶ。
「待ちなさい‼︎」
「なんだよ?」
「なんだよじゃないでしょ、馬鹿なの?その武器で実際に死んだ人がいるのよ⁉︎」
「いや、でも試してみないことには分からないだろ?」
あまりにも突拍子もない行動をしておきながら、あっけらかんとしているキリトにアスナは苛立ちを覚えた。
そして、キリトの手からその短槍を奪うとエギルの方を向いて言った。
「そう言う無茶はやめなさい、これはエギルさんが預かっていて下さい」
「え、あ、あぁ…」
アスナの剣幕に押されながらも《ギルティソーン》をエギルは受け取った。
そして、今後の調査の方向性が決まると2人はエギルの店を出ようと立ち上がった。
「あ、おい!」
扉へと向かう2人の背にエギルが声をかける。
キリトとアスナは呼び止められると振り向いた。
「ん、どうした?」
するとエギル少し考えるそぶりしていたが、2人を見て言った。
「あくまで俺の鑑定スキルは商売用のもんだ、だからマスタースミスや他の専門のヤツには一歩劣る。」
「あ、あぁ…」
「だが、もしかしたらアイツなら俺以上にお前達に必要な情報を与えられるかもしれん。」
「アイツ?」
その言葉にキリトとアスナは首を傾げた。
「場所を教える。確実とは言えないが、この時間なら大丈夫だろう。」
「なんだか知らないけどそこに行けば、手がかりをつかめるのか?」
「言っただろ、確実とは言えないってな。だが、反則級に腕は確かだ。」
そう言って、2人にマップ情報を提供するエギル。
流されるがままにキリトはそれを受け取ると尋ねた。
「で、アイツってのは誰なんだ?」
「私たちも知ってる人ですか?」
その2人の言葉にエギルは答えた。
「あぁ知ってるよ。お前達2人ともよくな…」
キリトとアスナは提供されたマップ情報に目を移す。
そこにあったのは、今いる場所からそう遠くなかった。
そして、マップ上にマークされた場所の名前を見る。
そこにはこうあった。
《Ahnenerbe(アーネンエルベ)》と。
to be continued
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再会
エギルの店から出た後
キリトとアスナは彼が紹介した店の前にいた。
《Ahnenerbe》店の看板にはそう書いてあった。
どうやらここはレストランやカフェといった飲食系の店のようであり、立てかけられた看板にはメニューが表記されていた。
しかし、ここで2人の頭に疑問がよぎる。
もちろん自分達は食事をしに来たわけでない。
何故、自分達がここにいるかといえば圏内で起きたプレイヤーの消滅の真実の究明、
そして、その唯一の手がかりといえる《ギルティーソーン》の鑑定のために来たはずだ。
「…ここ、よね?」
「あぁ、エギルの話だとここで間違いないはず」
2人は再び店を見る。
何度見てもそこにあるのはカフェレストラン以外の何物でもない。
だが、いつまでもここで立ち尽くしているわけにもいかず、2人は意を決して扉を開けた。
中に入るとこじんまりしつつも、落ち着いた雰囲気の中、そこには4.5組の丸テーブルと椅子、そして5人ほどが座れるカウンター席があった。
するとカウンターの奥から声が聞こえた。
「おや、誰かと思ったら懐かしい顔だな」
その皮肉めいた声に2人は聞き覚えがあった。
そして声が聞こえた方に2人は顔を向ける。
するとそこにある姿に2人は目を見開く、その姿を見にすると頭の認識よりも先に自然にその人物の名を呟いた。
「…アーチャー」
そう、そこにいたのはキリトとアスナが第一層のボス戦を共に戦った人物、
《アーチャー》がそこにいた。
「何で、アンタがここに?」
「何故と言われても、ここは私の店だ。店主が自分の店にいるのは当たり前だろう」
「アーチャーの?」
そう言って、キリトは再び店内を見渡す。
そんなキリトを見てアーチャーは笑みを浮かべると2人に向けて言った。
「さて、そこでそう立たれていても落ち着かないだろう。座ったらどうだ?」
「あ、あぁ…」
そう言って、キリトはカウンターへと座った。
しかし、後ろにアスナがついてこないのに気づき彼女の方に視線を向ける。
すると、そこには剣呑な目つきでアーチャーを見つめるアスナの姿があった。
「…アスナ?」
「……」
そう声をかけるとアスナは黙ってキリトの隣に座った。
しかし、その目は変わらず鋭くアーチャーを見据えている。
アーチャーはそんな彼女の目線を受け流しながら2人の目の前にそれぞれカップを置く。
「こうして君達にお茶を振る舞うのも久しぶりだな」
「あ、あぁ」
「それで、今日はどのような用件かな?攻略組のそれも第一線で活躍している《黒の剣士》と《血盟騎士団》の副団長《閃光》がこのような場末に来るとは?」
そう言われてキリトは我に帰る。
そして、ここに訪れた理由を思い出し、口を開こうとしたその時。
「…どうして」
「アスナ?」
「貴方は、どうしてこんなところで何をしているんですか?」
隣にいたアスナが鋭い目で目の前のアーチャーに投げかけた。
その口を挟めない厳しい雰囲気にキリトは驚いた。
一方、当のアーチャーは何事もないように振る舞いながらアスナに振り返った。
「どうしてとは?先ほども言ったようにここは私の店なわけだが?」
「そういうことを言っているんじゃありません!!」
アスナが声を机を叩き、立ち上がり声を荒げながら叫ぶ。
その拍子でアスナの目の前に置かれたカップが倒れ中身が溢れる。
そしてカップはその衝撃でカウンターから落ち、床の上で壊れてポリゴンの結晶となって消滅した。
「お、おいアスナ」
「っ!」
キリトに諌められアスナは席につく。
しな垂れたように下を向くアスナを見てアーチャーはため息をつく。
「お前達、何があったんだ?」
「別段心当たりが無いわけではないがね」
キリトの疑問にアーチャーはあくまでも冷静に答える。
するとアスナが顔を上げると話し出した。
「何故、戦線からいなくなっんです?」
「……」
アスナの言葉にアーチャーは答えない。
そして、彼女の言葉はキリトも考えていたことだった。
第一層が攻略され長い時間が経った。
その間に多くのことがこの世界で起きていた、そしてそれはキリトにとってもアスナにとってもいえたことであった。
「確かに、アンタほどのプレイヤーが何で店なんか…」
たが、あの時以来キリトはアーチャーの噂を聞かなかった。
それはボス戦時の後ろ暗さもあって、気にしないように努めていたこともあったが、攻略組として第一線で戦っていた為、他のプレイヤーとりわけ第一線で活躍しているプレイヤーの話は自然と入ってきた。
その中には今隣いるアスナのことも含まれる。
そして、目の前にいるこの男アーチャーはキリトがその腕を認めていたプレイヤーの1人だった。
たった一度、共にパーティーを組んだだけだったがその戦闘技術は群を抜いていたことをキリトは今も鮮明に覚えている。
「《黒の剣士》殿にそこまで認められているのは光栄だ。だが、それだけがこの世界に求められていることではあるまい」
「何を言っているんですか貴方も!!」
アーチャーの言葉にアスナが再び叫ぶ。
そして、続けて言った。
「こうしている間にも現実世界での私たちの時間は!!」
「おい、アスナ…」
そんなアスナの前にアーチャーは再び淹れ直したお茶の入ったカップを置く。
そして、息を吐くと言った。
「アスナ、君の言いたことは分かる。誰もがこのデスゲームからの解放を望んでいることだろう。だが、誰もがそれにのみに注力していてはこの世界は回らない。戦線で心身ともに疲弊した者達の憩いの場も必要だ。」
「それがこの店か?」
「あぁ、戦闘に息の詰まった者たちの英気を養うささやかなものだがね。ありがたいことに客はそれなりに入っているよ」
アーチャーは肩を竦めながらキリトに答えた。
しかし、アスナは納得がいっていないようで、再びアーチャーに問い詰める。
「貴方の考えも分かります。今日、同じようなことを言われたばかりですから」
そう言ってキリトを横目で見ながら言うアスナ。
その視線を受けてキリトは気まずそうにカップに口をつけると、その久しぶりに飲んだアーチャーのお茶の美味しさに目を見開く。
しかし、そんなことは知らずにアスナは続ける。
「ですが、貴方はただの攻略組ではなかった。《血盟騎士団》の一員、それも実力も団員からも信頼も団長に次ぐ立場にあった。それなのに…」
「そうだったのか?」
アスナの言葉にキリトは内心驚きながらも冷静にアーチャーに目線を移す。
その視線を受けてアーチャーは溜息を吐くと諦めたように話し始めた。
「昔の話だ。確かに私は《血盟騎士団》に席を置いていた。もっとも当時の私はギルド運営を任されていたのでねフロアボス攻略には出ていなかった。キリト、君が知らないのも無理はない。その代わり彼らの手の回らないクエストに駆り出されていたよ?」
とやはり皮肉げにキリトに答えるアーチャー。
そして、続けて言った。
「だか、今の《血盟騎士団》にいる意義を私は感じられなくなったのでね」
「どういうことですか?」
アーチャーのその言葉にアスナの目はさらに鋭くなる。
「かつての《血盟騎士団》はこの世界において全てのプレイヤーの希望だったと言って良い。私を含め当時の団員は団長が個々にスカウトしてできた義勇団的な存在だった。」
「ええ…」
「だが今の《血盟騎士団》は肥大化しすぎた。これも実力派ギルドの弊害とでも言うべきなのかもしれが、団員が増えるにつれそこにはデスゲーム攻略以外の思惑が錯綜している。無論、団長もそれは理解しているだろう。だが、本来の目的を見失わない為かギルドはよりデスゲーム攻略に無心になっていったよ。」
アーチャーの言葉は真実なのだろう。
彼の話を聞き、アスナもまた思い当たる節があるのだろう唇を固く結んだ。
「仕方がないことだとも思うがね。いずれにしろその様子を間近で見ていた私はそのことに疑問を抱いたのでね。団長に直々に退団を願い出たというわけだ。本来の目的、解放を待ち望む他のプレイヤーの希望としてあったはずのもの、他者という外向けられてたものが内に向けられた。自らの理想と重なっていたからこそ、私は《血盟騎士団》に入った。しかし、変わりゆく理想に付き合う気に私はなれなかったのでね…」
そう言ってアーチャーはアスナを見る。
その真摯な眼差しにアスナは納得はいっていないが、理解はしたといった風な顔をしてようやく席についた。
「さて、だいぶ長話をしてしまったな。それではそろそろ話してもらおうか?何故君たちがここに来たのか」
「あぁ、実は…」
アーチャーにそう聞かれ、キリトは今日来た目的を思い出すと自分達が見たもの、
そしてエギルにこの店のことを聞いたことを話した。
「なるほど、圏内でHPがゼロになった。それも睡眠PKではなく武器によってか…」
「あぁ、それでエギルには鑑定はしてもらったんだが、その武器にも特段不思議な点はないみたいなんだ」
そう言うキリトにアーチャーは顎に手を当て、
考え込む表情をした。
「それでエギルから私のところに来るように言われたと?」
「あぁ、アーチャー、その時はあんただとは知らなかったんだが、ここに来れば何か分かるかもしれないって言われてな」
「やれやれ、エギルのやつ当人の許可もなく勝手なことを…」
腕を組みため息を吐きながら言うアーチャーの姿にキリト、そしてアスナは首を傾げた。
するとアーチャーが2人に向き直り言った。
「本来ならば業務外の案件だが、君たちの頼みだ、それにもし君たちの見たことが真実なら確かに原因は究明せねばなるまい」
「あぁ、悪いが頼めるか?」
「まずはその武器を見せてもらえるか?」
アーチャーにそう言われ
キリトは自身のストレージから件の武器《ギルティーソーン》を取り出し、
アーチャーへと渡した。
アーチャーはそれを手に取ると目を鋭くする。
「これは…」
「アーチャー?」
「キリト、確かにエギルはこれを鑑定したんだな?」
「あぁ、アイツによると《ギルティーソーン》って固有名と《グリムロック》っていうプレイヤーが作成したってことしか分からなかったよ」
「ふむ」
キリトの言葉に頷くとアーチャーは手に持った《ギルティーソーン》を鑑定し始めた。
するとキリトとアスナは少し驚いたような顔をした。
「アーチャー、アンタ、鑑定スキルを上げてたのか?」
「ん?あぁ、これもこの世界で生きていく術の一つということでね。この店の経営には必要ないが、いかんせん誰かさん達のように食事以外で来店するものも少ないはない。」
そう皮肉げにいうとアーチャーは鑑定を続けた。
その言葉にキリトはもちろんアスナまでも少し苛立ちを覚えた。
すると意趣返しなのかアスナが皮肉げに返す。
「まぁ元とはいえ《血盟騎士団》のトッププレイヤーですからね…」
「フッ、そうかならばその有名税分働きをしなくてはな。そうすれば君たちからの報酬も期待できそうだ」
「「えっ!」」
アスナの皮肉に皮肉で返したアーチャーの発言に2人は声を上げる。
その様子を見たアーチャーが笑みを零す。
「フッ、冗談だ。曲がりなりにも一度はパーティーを組んだよしみだ、別に金はいらん。」
「ふぅ…」
「まぁ、《血盟騎士団》を勝手に抜けた手切れ金だとでも思ってくれ」
「むっ…」
まったく、この男は皮肉を交えないと会話できないのかとホッとするキリトとは対照的にアスナはまた顔をしかめた。
すると、鑑定が終わったのかアーチャーがウィンドウを閉じて手に持った《ギルティーソーン》をカウンターのテーブルの上に置くと言った。
「何か分かったか?」
「あぁ、まず最初にエギルの鑑定に間違いはない。この武器はプレイヤーメイドに間違いはない。だが…」
「だが?」
「他に何か分かったんですか?」
説明を中断したアーチャーに2人が尋ねる。
すると、アーチャーは《ギルティーソーン》を見ながら言った。
「どうやら、この武器は最近作成されたもののようだ」
「どういうことだ?」
「鑑定したところ、この武器は作成されてそう時間が経っていない。それに加えて耐久値を見たところ、使用されたのも一回といったところか…」
「それって…」
アーチャーの言葉にキリトとアスナは息を飲んだ。
その言葉の意味することそれは
「あぁ、どうやらこの《ギルティーソーン》という武器は高い確率で君たちが見たプレイヤーを殺すことを目的に作成されたということだ。」
「「っつ!!」」
店内を静寂が包む。
キリトとアスナの頬から一筋の汗が伝う。
熱をともわないはずの世界で、2人の背にいいようない寒気が走った。
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調査開始
後日、キリトとアスナは再び《ahnenelb(アーネンエルベ)》にヨルコと共いた。
ヨルコの顔には疲労が目に見えていた。
やはり昨日の一件のせいであまり眠れなかったようで、ここに来る前にあった時も何度も瞬きを繰り返していた。
「悪いな、友達が亡くなったばかりなのに」
「いえ…」
そうキリトにか細い声で答えるヨルコの前にカップが置かれる。
ヨルコが顔を上げるとそこには店主のアーチャーがいた。
「あまり寝ていないのだろう?ことがことだリラックスとは言えないが、いくらかは気持ちが落ち着くだろう」
「あ、ありがとうございます」
そう言って、ヨルコはカップに口をつける。
すると、ヨルコは一度目を見開くと目を閉じた、そしてカップから口を離すとほぅと息を吐く。
「…美味しい」
「それは良かった」
「この世界でお茶がこんなに美味しいと思ったのは初めてです」
そう告げる彼女にアーチャーは同じものをキリトとアスナの前に置きながら言った。
2人も置かれたお茶を飲むとヨルコと同じような顔をした。
ただ、アスナだけは何か思うことがあったのか何故か悔しそうに顔を歪めた。
すると、本題に入る為にキリトが口を開く。
「まず、報告なんだけど…昨夜、黒鉄宮の《生命の碑》を確認してきたんだ。カインズさんは、あの時間に亡くなってた」
「そう……ですか。ありがとうございました、わざわざ遠いところにまで行って頂いて」
「ううん、いいの。それに、確かめたかった名前が、もう一つあったし」
そして、アスナはヨルコにグリムロックっというプレイヤーについて聞いた。
するとヨルコは昨日話さなかったことを謝罪すると詳細を話し始めた。
そこで、2人は彼女とカインズがかつて所属した《黄金林檎》で起こったことを説明した。
ある時《黄金林檎》は敏捷力が20も上がる指輪をドロップアイテムとして手に入れた。
しかし、その扱いについてギルド内にて口論が起きた。
ギルドで使うべきか売って儲けを分配するべきか、そして多数決の投票の結果、売却することになったという。
そして、リーダーが代表して売却に行ったが、それ以来帰ってこなかったという。
それが意味することはただひとつだった。
それが半年前のことだという。
「私達は後になってグリセルダさんの死を知りました。死因は《貫通属性ダメージ》だったそうです」
「そんなレアアイテム抱えて圏外に出る訳はないよな。てことは、《睡眠PK》か。」
「半年前なら、まだ睡眠PKの手口が広まる直前だわ」
「ひとつ、教えてほしい。そのレア指輪の売却分配に反対したプレイヤーの名前は?」
アスナの言葉に頷いたキリトがヨルコに尋ねる。
ヨルコは少し黙ると意を決したように顔を上げ、はっきりと答えた。
「カインズ、シュミット……、そして私です」
「シュミット?」
ヨルコから出た名前にキリトは聞き覚えがなかった為、首を傾げた。
するとキリト達の横から声がかけられた。
「DDA、《聖竜連合》のランス隊の隊長の名だ」
「アーチャー…、知ってるのか?」
「この店にも来たことがある。それにお前たちも攻略組なら顔は知っているんじゃないか。元々は別の中規模ギルドに所属していたが、ある日DDAの入団規定をクリアしたと聞いていたが…」
その言葉に2人は驚いた顔をした。
「ランス使い…ああ、アイツか」
「それじゃあ、その人が犯人?」
「断定は出来ない…、シュミットは投票では反対側だったわけだから、どちらかと言えば狙われる側じゃないか?」
「それもそうね…、じゃあグリムロックっていう人は」
キリトの言葉に頷き、アスナがヨルコに聞く。
「…彼は《黄金林檎》のサブリーダーで同時にギルドリーダーの旦那さんでした。もちろんSAOでの、ですけど」
「え…、リーダーは女の人だったのか?」
「ええ。グリゼルダさんといって、とっても強い片手剣士で、美人で頭も良くて…私の憧れでした。」
「…じゃあ、グリムロックさんもショックだったでしょうね。」
アスナの言葉に頷くとヨルコは再び下を向いた。
その痛ましい姿に2人も口をつぐむ。
だが、いつまでもそうしてはいられない、キリトは悪いと思いつつも尋ねた。
「辛い質問ばかりして悪いけど、最後にもう一つだけ教えて欲しい。昨日の事件…カインズさんを殺したのがグリムロックさんだ、という可能性は、あると思うか?実はカインズさんの胸に刺さっていた黒い槍……鑑定したら、作成者はグリムロックさん当人だったんだ。それも作成されたのは最近らしい。」
その言葉にヨルコは一度目を見開き、長い逡巡を見せた後、
わずかにだが首を縦に振った。
「…はい、その可能性はあると思います。もし、昨日の犯人がグリムロックさんなら、あの人は指輪売却に反対した3人、つまりカインズ、シュミットそして私を全員殺すつもりなのかもしれません」
そう答えるヨルコは再び下を向くと、何かを考え始めた。
そして、顔を上げると2人を見て言った。
「あの、シュミットに合わせていただけませんか? 彼はまだ今回の事件を知らないかもしれません。そうなると、カインズのように……」
ヨルコの言葉を聞いて、アスナは返答する。
「分かったわ、ヨルコさん。わたしの知り合いに《聖竜連合》に所属している人が居るから、その人を通じて彼を呼んでみるわ」
「なら、ヨルコさんを宿屋まで送ろう。彼女だって狙われる可能性がある。ヨルコさん、俺達が宿屋に戻ってくるまでは外に出ないでくれ」
「はい……」
その会話を最後にその日は解散となった。
キリトとアスナはヨルコを宿屋まで送り届けると再びアーネンエルベに戻ってきた。
余談だが、店を出る際にアーチャーが外に出られないヨルコにせめてもの気晴らしにと小包を渡しており、聞いてみるとそれは店で出していたケーキとのことで、それを聞いたキリト達は始終凝視していた。
それに気づいていたのかアーチャーは2人が戻ってくると踏んでいたのだろう、カウンターの上にカップと共に小皿に乗ったケーキがあった。
戻ってきた時、それを見た2人の目が輝いていたのは言うまでもない。
今は2人とも目の前のケーキにパクつき舌鼓を打っている。
「しっかし、鑑定スキルだけじゃなく料理スキルまであげてるとは……エギルが反則級っていうのも頷けるな」
「人聞きが悪いな。これもスキル育成の結果だ。」
そう洗い物を拭きながらアーチャーは答える。
キリトの横ではやはりアスナも食べているがひと口ごとに何やらぶつぶつと言っている。
ゲームとはいえ男に料理スキルが自分より上なことにプライドが傷つかれているのだろう。
もっとも横にいる男が彼女の料理の腕を知るのは少し先の話になるわけだが。
「他にも何か上げているスキルもあるのか?」
「うむ、そうだな……索敵スキルはもちろんのこと、鑑定スキル、料理スキルの他には裁縫スキルもそれなりに上げてはいる」
「索敵スキルはともかく、料理スキルに裁縫スキルって」
「なんだか…」
((主婦じゃん))
2人はアーチャーを見て思った。
その視線に気づいたのかアーチャーは何か言いたいことでもあるのかと言った風に2人を睨んだ。
すると、2人はすぐに目を背けた。
「それに鍛治スキルだな。」
「鍛治スキルもか!?」
「あぁ、言ってなんだがこれに関してはそこいらのマスタースミスに引けはとらんよ」
その言葉に先ほど以上に驚くキリト
しかし、一方でアスナはそのことを知っていたようだった。
「で、これからどうするの?」
「そうだな…」
どうやらシュミットは、今の時間は迷宮区に潜っているらしく、《聖竜連合》の本部に戻るのは夕方になりそうだと、アスナ宛にメッセージが届けられていた。
そこで、キリトはシュミットが戻ってくる間に他に手掛かりはないかとこれまでの状況を整理することにした。
「選択肢としては…その一、中層で手当たり次第にグリムロックの名前を聞き込んで居場所を探す。その二、ギルド黄金林檎の他のメンバーを訪ねて、ヨルコさんの話の裏付けをとる。その三…カインズ殺害の手口の詳しい検討をする、くらいかな」
「ふむむ」
キリトの提案に腕組みをし、アスナは思案した。
すると目の前にいるアーチャーが口を挟んだ。
「その一は、君たちのみじゃ効率が悪いだろう。現在の推測どおりグリムロックというプレイヤーが犯人だとしたら、今頃身を隠しているだろう。その二は…どちらにしろメンバーも当事者なのだから、裏付けのしようはない…」
「どういうことだ?」
「つまり、仮にさっきの彼女ヨルコの話と矛盾する情報が聞けたとする。だが、我々には出てきた情報の真偽を見極める術はないということだ。余計な情報は今しばらく寧ろ混乱を招くだろう。今は客観的な視点、判断材料が必要だ」
アーチャーが2人に冷静に言い放つ。
「じゃあ…その三か」
キリトと目線を交わし、アスナは頷く。
「でもな…もうちょっと、知識のある奴の協力が欲しいな…」
「そうは言っても、無闇に情報をばら撒いちゃヨルコさんに悪いわ。絶対に信頼できる、それでいて私たち以上にSAOのシステムに詳しい人なんか、そうそう…」
そう言い澱んでいると再びアーチャーから声がかけられた。
「君たちの要望にそうプレイヤーが1人いる」
「「え!?」」
驚く2人がアーチャーを見る。
しかし、アーチャーの顔は少し険しかった。
アーチャーは息を吐くと2人を見て言った。
「現在、全SAOプレイヤーの頂点にして《血盟騎士団》団長…」
「あっ!」
「まさか…」
「そうヒースクリフだ」
そうアーチャーに言われると2人は目を合わせ、
アスナはすぐさまメッセージを送った。
30分後、
アルケードの裏路地にある寂れた店にキリト、アスナ、そして呼ばれたヒースクリフがいた。
安っぽい4人がけのテーブルにはキリトが頼んだ《アルケードそば》なるものが置かれていた。
そこで2人はヒースクリフにこれまでのあらましと今現在の自分たちの考察を伝えた。
一つは正当な圏内デュエルによるもの
二つは既知の手段の組み合わせによるシステム上の抜け道
三つはアンチクリミナルコードを無効化する未知のスキル、アイテムにやるもの
しかし、三つ目の考えは公平さを貫いているこのゲームSAOの在り方を考えるとあり得ないと断定された。
一つ目はどのような状況であれ、デュエルの場合ウィナー表示が出ないことはあり得ないとして、これも却下された。
「じゃあ残る可能性は二つ目のやつだけね。《システム上の抜け道》。……わたしね、どうしても引っかかるのよ」
「何が」
アスナの言葉にキリトが反応する。
そしてアスナは言った。
「《貫通継続ダメージ》。あの槍は公開処刑の演出だけじゃない気がするの。圏内PKを実現するために、継続ダメージがどうしても必要だった……そう思えるのよ」
「うん。それは俺も感じる」
しかし、いくら《貫通連続ダメージ》を受けた状態でも圏内に入った瞬間にそのダメージは止まる。
ヒースクリフによると《回廊結晶》を使用して、テレポートした場合でも同様だということだった。
すると、キリトがある考えが思いついたのか口を開いた。
「例えば物凄い威力のクリティカルヒットを喰らった時、HPバーはどうなる?」
「ごっそり減るわよ、もちろん」
何を当たり前のことを言いたげな目でアスナはキリトを見た。
「その減り方だよ。ある幅が一瞬で消滅するわけじゃなくて、右端からスライドして減ってくわけだから、被弾とその結果としてのHPの減算の間には、わずかながらタイムラグがあるわけだ」
その言葉にアスナがハッとする。
一方、ヒースクリフは表情を崩すことなく黙って話を聞いている。
「例えばだ、圏外に於いて、カインズのHPを槍の一撃で満タンからゼロまで持っていく。あいつは装備から見て壁戦士(タンク)だ、HPの総量はかなりの数字だっただろう。バーが左端まで減り切るのに、そうだな…5秒はかかってもおかしくない。その間に、カインズを回廊で教会に送り、窓からぶら下げる…」
「ちょ、ちょっと待って」
キリトの考えを聞き、アスナが声を上げる。
「攻略組じゃなかったにせよ、カインズさんはボリュームゾーンでは上位のプレイヤーだった。そんな人のHPを単発ソードスキルで削り切るなんて、わたしにも、キミにも不可能なはずだわ!」
そう、キリトの考えが真実ならあの槍《ギルティーソーン》を用いてカインズを殺害したプレイヤーはフル装備の壁戦士(タンク)を一撃死させられるほどの実力者ということになるのだ。
しかし、それまで黙っていたヒースクリフによりその考えは不可能と断定された。
「無論、君も知っているだろうが貫通武器の特性というのは、一にリーチ。二に装甲貫通力だ。単純な威力では、打撃武器や斬撃武器に劣る。重量級の大型ランスならまだしも、ショートスピアなら尚更だ」
そして、ヒースクリフ曰くもしそれを可能とするプレイヤーがいたとするならば、その人物は現時点でレベル100に達している必要があるのいう。
それは事実上の不可能を意味しており、それを聞いた2人の調査は振り出しに戻った。
そんな2人にヒースクリフは一言だけ言う。
「現時点の材料だけで、《何が起きたのか》を断定することはできない。だが、これだけは言える。いいかね……この事件に関して絶対確実と言えるのは、君らがその目で見、その耳で聞いた一次情報だけだ…」
そう言うとヒースクリフは席を立ち店から出て言った。
取り残された2人はその言葉の真意を考える。
「つまり、伝聞の二次情報を鵜呑みにするなってことよね。この件で言えば、つまり動機面、ギルド黄金林檎のレア指輪事件の方にるわけだけど…」
「ヨルコさんを疑ってことか…。さっきアーチャーも裏付けの取りようもないから、疑っても無意味って言ってたけど…」
「こうなったらPK手段を断定するにはまだ材料が足らなすぎるわ。こうなったら、もう1人の関係者にも話を聞きましょう。指輪事件のことをいきなりぶつければ、何かぽろっと漏らすかもしれないし」
「それって」
キリトがアスナを見る。
アスナは頷くと現在分かっている黄金林檎の最後の1人の名前を言った。
「ええ、《聖竜連合》のシュミットよ」
そう言うとアスナは席を立つ。
キリトもそれに続くと2人は店を出た。
to be continued
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幻の復讐者
シュミットを迎えに行ったキリト達は、シュミットをヨルコの宿屋へ案内した。
本当ならアーチャーにも同席して欲しかったため彼の店を指定したかったが、《アーネンエルベ》に行くと店の扉には《close》と閉店を知らせる看板が出されていたため、断念した。
キリトは念のために、不審な点がないか監視するために部屋の端っこで同席した。
「……お久しぶり、シュミット」
「……ああ。もう二度と会わないと思ってたけどな。座ってもいいか」
シュミットはヨルコの向かい側のソファーに腰を下ろすと、口を開いた。
「話はキリト達から聞いた。グリムロックの武器でカインズが殺されたのは本当なのか?」
「本当よ」
ヨルコがそう答えると、シュミットはその大きな身体をびくっと震わせた。
そして震える声で脇目も降らず喋りだす。
「何で今更カインズが殺されるんだ!? あいつが……あいつが指輪を奪ったのか? グリセルダを殺したのはあいつだったのか。グリムロックは売却に反対した三人全員を狙っているのか? 俺もお前も狙われてるのか!?」
ヨルコに問い詰めるように叫ぶシュミットは自身にも凶刃が迫ろうとしている恐怖ゆえか軽いパニックを起こしていた。
そんなシュミットにヨルコがか細い声で語りかける。
「落ち着いて、シュミット。私もカインズもそんな事しないわ。それに、これはグリムロックさんに槍を作って貰った他のメンバーの仕業かもしれない。でも、もしかたら……」
「な、何だよ」
ヨルコはやはり消え入りそうな声で呟く。
しかし、その言葉はその場にいる全員の耳に深く響いた。
「死んだグリセルダさん自身の復讐なのかもしれない」
「へっ?」
ヨルコの言葉にシュミットは唖然としていた。
キリトとアスカも同じような顔をしている。
「だって、圏内で人を殺すなんて、幽霊でもない限り不可能だわ」
「何を馬鹿な事を……。カインズは指輪を奪ってないんだろ? だったら、どこに殺される理由があるんだ?」
そのシュミットの問いにヨルコは直ぐには答えず、音もなく立ち上がると、一歩右に動いた。そして、両手を腰の後ろで握ると、顔を見せたまま、夕日の立ち込むの窓に向かってゆっくりと歩いていく。
「私、昨夜、寝ないで考えたの。結局の所グリゼルダさんを殺したのはメンバー全員でもあるのよ! あの指輪がドロップした時投票なんかしないで、グリセルダさんの指示に従っていればよかったんだわ!!」
まるで発狂したかのようにヨルコは叫ぶ。
「……でも、グリムロックさんだけはグリセルダさんに任せると言った。だからあの人には、メンバー全員に復讐して敵を討つ権利があるんだわ」
長い言葉が切れるとヨルコさんは南の窓枠に腰をかけた。
するとシュミットがガバッと顔を上げて言った。
「……冗談じゃない」
シュミットは突然立ち上がると、ヨルコさんに向かって叫ぶ。
「何で半年経って今更……。お前は、こんな訳のわからない方法で殺されてもいいっていうのか、ヨルコ!」
シュミットがそう言った瞬間、突然ぐさっと何かが突き刺さる音が聞こえた。
ヨルコの体が大きく揺れ、キリト達に背中を見せた。そこには、投擲用の短剣がヨルコの背中に深く突き刺さっていた。
「ヨルコさん!」
キリトはヨルコさんに駆け寄り、手を伸ばして彼女の体を部屋の中へ引き戻そうとしたが、その前に彼女は窓から転落し、彼女は石畳に叩きつけられ、そのままポリゴンの破片となって消滅した。彼女が居た場所には、凶器となった黒い短剣が乾いた音を立てて、路上に転がっていた。
キリトは周囲に誰か居ないか辺りを見渡すと、宿屋から二ブロックほど離れた同じ高さの建物の屋根に、ひっそりと佇む黒いロープを着た人物が居た。
「あの野郎……逃がすか。後は頼む」
「ちょっと!!」
アスナの言葉を聞かず、振り切ってキリトは窓枠に右足をかけ、通りを隔てた向かい側の建物の屋根へ一気に飛んだ。そして、屋根の上を移動しながら黒いロープの後を追った。
黒いローブのプレイヤーはキリトの存在に気付くと、懐から何かを取り出そうとしていた。キリトは先程の短剣を警戒し、背中の剣を引き抜こうと手を添えるが、実際に取り出したのは転移結晶だった。
(転移結晶だと? 一体どこに行くつもりだ)
しかし、そのプレイヤーは、その直後転移結晶のライトエフェクトに包まれて姿を消した。
「くそっ。逃げられたか……」
キリトはこれ以上の追跡は不可能だと判断すると、大人しくアスナ達の居る宿屋へと戻った。部屋に入ると、俺の無茶な行動に呆れ、激怒したアスナ、そして恐怖に怯えているシュミットが居た。
「バカっ!無茶しないでよ!!それで、どうだったの?」
「だめだ、テレポートで逃げられた。顔も声も、男か女かも分からなかった。まぁ、あれがグリムロックなら男だろうけど…」
俺がそう言うと今まで震えていたシュミットが口を開いた。
「……あのロープはグリセルダのものだ。あれはグリセルダの幽霊だったんだ。俺達に復讐しに来たんだ……。幽霊ならなんでもアリだ。圏内PKするくらい楽勝だよな。」
シュミットは完全にパニックを起こしていた。
するとごどん、と鈍い音が部屋に響く。
キリトがタガーを放り投げた音だった。その音にシュミットのビクッと身体を震わせると固まった。
「幽霊じゃないよ。 そのダガーは実在するオブジェクトだ。SAOのサーバーに書き込まれた、何行かのプログラムコードだ。」
そう言ってキリトは窓の外を睨む。
その後、キリト達はその後怯えるシュミットからグリムロックが行きつけにしていたという店の名前、場所と《黄金林檎》のメンバーが記されたメモを受け取ると《聖竜連合》本部に送り届けた。
そして、シュミットから教えられた店に行こうとしたその時、キリトにメッセージが届いた。
キリトはウィンドウを開くとその差出人の名前を見て驚いた。
アスナもその表情が気になりマナー違反とは思いつつも、同じようにウィンドウを覗き込む。
するとそこにはこうあった。
from:《Archer》
message:どうやら我々は大きな思い違いをしていたようだ。《Caynz》は生きている。
「これって…」
「どういうことだ…。カインズが生きている?」
その時の2人はアーチャーのその言葉の意味がわからなかった。
そのメッセージを頭に止めるとキリト達はシュミットから教えられた店へと向かった。
一方、キリト達がヨルコの部屋での一件があった頃
アーチャーは1人第49層の主街区を歩いていた。
その姿は普段の《アーネンエルベ》にいる時の黒いシャツ姿ではなく、袖なしのボディアーマーに紅の外套を着込んでいた。
そして、広場を前にしてふと立ち止まると、とあるベンチに座った。
すると腰掛けたアーチャーの後ろに誰かが立ち、夕焼けよってできたアーチャーの影が大きくなる。
「時間ちょうどだな…」
「フフン、情報屋は時間に正確じゃないとナ」
そこにいたのはSAOにて情報屋として活躍しているアルゴだった。
アルゴはその場で背を向けたままアーチャーに話しかける。
「それにしても珍しいナ。アーちんが俺に頼み事なんテ」
「その呼び方には些か言いたいことがあるが、まぁ良い。それで、頼んでいたことだが…」
「ギルド《黄金林檎》についてだったナ。でも、多分お前の知っている情報とそんなに変わらないゾ」
「構わん。判断は情報を聞いてからする」
そうアーチャーはそう言うとウィンドウを操作する。
すると、アイテムストレージから革袋がオブジェクト化された。
アーチャーはそれを後ろを見ずに放り投げる。
「毎度アリ」
アルゴもその受け取った革袋を自身のストレージに入れる。
そしてあくまでも独り言のように話し始めた。
しかし、どうやらアルゴの言う通りその情報は事前にキリト達から聞いていたものとさほど変わらなかった。
与えられた情報をアーチャーは頭の中で反芻する。
「やはりこれ以上の情報は望めないか…」
「悪いナ、役に立てなくて…」
「いや、充分だ。もともと今以上の情報は期待してなかったのでな…」
「ムっ!そう言われるとムカつくな…」
アーチャーの言葉にあからさまに苛ついた声を出す。
「いや、すまない。君の情報収集能力に対していったわけではないよ」
「とはいえ、後知ってることと言ったらリーダーのグリゼルダに対して、グリムロックはこの世界での生活に消極的だったらしいゾ」
「消極的?」
「あぁ、元々職人系、支援系のプレースタイルだったこともあるんだろうガ、どうやら攻略はもちろん、クエストにも同行してなかったらしい」
そのアルゴの言葉を聞き、アーチャーは顎に手を置くと再び考えた。
確かに《ギルティーソーン》を作成したと言うことはグリムロックというプレイヤーは鍛治スキルを上げていたということになる。
たが、パーティーの武装を預かる立場にいるのなら戦闘に参加しないのはおかしな話だった。
しかし、一方で妻のギルドリーダーであるグリゼルダはヨルコの話を信じるのであれば、リーダーとしてパーティーを率いていたという。
両者のこの正反対のプレイスタイルは些か疑問に残る。
「ゲーム内とはいえ2人は結婚していた。ならば互いのプレイスタイルは熟知していたはず。」
アーチャーはそう呟くとこれまでの情報を再び頭の中で整理し始めた。
そして、何かを思いついたような顔をすると再びアルゴに尋ねた。
「アルゴ、グリゼルダというプレイヤー個人について知っていることを教えてくれ
「ン?そーだナー、中堅ギルドとはいえ《黄金林檎》はソコソコ有名だったぞ、まぁ《血盟騎士団》や《聖竜連合》、《アインクラッド解放軍》ほどじゃないけどナ。まぁ、このゲーム内じゃ数少ない女性プレイヤーが剣士としてリーダーをしていたからナ。グリゼルダってプレイヤーはそれもあってそれなりに名が売れていたゾ」
「なるほどな…」
「グリゼルダは攻略こそしなかったガ、リーダーの立場に恥じることなくギルドを率いていたそうダ」
「そうなるとますますグリゼルダがグリムロックと結婚したことが気がかりだ。そこまでの気高い人物の相手にしては言っては悪いが不釣り合いだ…」
「まぁ男の好みは人それぞれだからナ。一目惚れだったんじゃないか?」
《一目惚れ》
その言葉を聞きアーチャーは顔を訝しげた。
「何故、そう思うんだ?」
「何せあの2人はSAOでデスゲームが始まってすぐに結婚してるからな。ギルドが結成する前からの話らしいゾ?」
その言葉を聞き、アーチャーは目を見開いた。
(何?では、まさか!?)
そして勢いよく立ち上がった。
アルゴがその勢いに押されビクつく。
アーチャーはそれまで背を向けて話していたことも忘れてアルゴに正面から向き合う。
「お、オイ!どうしたんだ急ニ!?」
「アルゴ!《黄金林檎》のメンバーのキャラクター名を表記を含めて覚えているか?」
「あ、あぁ…元々あーちんに渡すためにメモにして持ってるガ?」
「礼を言う!」
そうとだけ言うとアーチャーはアルゴからそのメモを受け取り走り出した。
夕焼けの光によって赤く染まった広場にポツンと取り残されたアルゴは呆気にとられた顔をすると、すぐにふっと笑みを浮かべて路地の方へと歩いていった。
アルゴと別れたアーチャーはアインクラッド第一層《はじまりの街》へと来ていた。
目的の場所は黒鉄宮《生命の碑》だった。
そこでアーチャーは自分の推理が正しいかを確かめるためにある名前を探していた。
そして、目的の名前を見つけると確信した。
(やはり《カインズ》は生きている…。だが、だとしたら…)
その先は考えなかった。
アーチャーはウィンドウを開くとキリトにメッセージを送ると、
黒鉄宮を後にした。
外に出て、《はじまりの街》が夕日で赤く染まっているの見て、
先ほど頭から取り除いた考えを再び思い起こした。
(やれやれ、人間とは生きる世界が変わっても愚かな生き物だな…)
赤く染まる《はじまりの街》に風が吹き、紅い外套がたなびいていた。
to be continued
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