(Ab)normal Girl (アザナフタレン)
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(Ab)normal Girl

 普通。ふつう。フツー。

 普通ってなんだろう。

 

 毎日おいしいごはんが食べられるのが、普通?

 家族がいるのが、ふつう?

 誕生日にお祝いをするのも、フツー?

 

 それなら、あたしはきっと普通じゃなかった。

 普通じゃない施設で、普通じゃない人たちに育てられたのだから当然なのだけれど。

 でも、それは今になってわかることで。

 あの頃のあたしにとっては――

 

 毎日変な薬を飲まされるのが、普通。

 家族はいないのも、ふつう。

 誕生日を知らないのは……フツーじゃなかったかも。

 

 普通。ふつう。フツー。

 

 周りは普通で溢れているけれど。

 

 じゃあ、今のあたしは、普通?

 

――――――――――

 

 

 表通りに面した、児童公園。

 放課後ということもあり、小学生と思しき子どもたちがまばらに遊んでいる。

 その公園の一角にあるブランコに、一人の少女――暁切歌が俯いて座っていた。

 調がメディカルチェックで休みだったため、珍しく一人での登下校だった。

 ギコギコ。

 フラフラ。

 漕ぐ、というよりかは、爪先を軸にして軽く揺れている程度。

 ギコギコ。

 フラフラ。

 鈍い音を発する、さび付いたブランコに揺られながら、切歌は昼休みのクラスメイトとの会話を思い返す。

 

 ――でねー信じられないことにそれをご飯にザバーッっとかけちゃったんデスよー

 ――えー、私はご飯にかけるけどなぁ

 ――わたしもかける派かなー

 

 何ということはない。たかが食事の嗜好の話。

 誰かと意見が食い違うなど、当然のこと。

 それでも切歌にとっては、そんな些細な出来事ですら、不安の材料となる。

 自分とクラスメイトでは、生きてきた環境が違い過ぎる。故に、その『常識』にはズレが生じる。

 親友を守るために、自分は常識人なのだと虚勢を張り、それに見合うような努力はしてきた。

 それが今は、自分自身の心を締め付ける。

 いつか、致命的なズレをさらけ出してしまうのではないかと。

 その瞬間が今、来てしまったのではないかと。

 折角得られた居場所を失うわけにはいかない。その為には、周囲の『常識』に合わせる必要がある。

 ――『普通』じゃない人はきっと、排斥されてしまうから

 

 ふと顔を上げると、視線の先には、無邪気に笑う『普通』の子どもたち。

 ――あたしとは、違う……

 そう感じて、自虐的に笑いそうになったとき――

 

「切歌ちゃん?」

 

 突然呼びかけられ、咄嗟に声の主の方を向く。

 そこにいたのは――

 

「……藤尭さん?」

 

 

――――――――――

 

 

「うわーブランコ乗るのなんて何年ぶりだろ」

 切歌の隣のブランコに座った藤尭は、子供時分を懐かしむようにそう言った。

 そんな藤尭を、切歌は少々冷ややかな目で見る。

「何してるんデスか、昼間っからこんなところで」

 現在、平日の15時30分。『普通』の成人男性が公園回りを私服でうろつくような時間ではないということは、切歌も認識していた。

「不審者みたいに言わないでもらえるかな……」

 切歌の言葉に純粋な疑問だけでなく、プラスαの疑りを感じたのか、藤尭は弁明する。

「今日は有給。最近全然取ってなかったからね、いい加減司令に怒られそうになった」

「なるほど、そういうわけデスか」

 休みを取らないと怒られるとは、大人も楽ではないなと切歌は感じた。

 視線を下に向けると、藤尭の足元には中身がぎっしり詰まった布袋。先ほどまで藤尭が手に持っていたものだ。

「その袋、何が入ってるんデス?」

「ああこれ?本日の晩飯の食材達だよ。スーパーに寄った帰りでね」

「ふーん」

 そう言って、切歌は袋の中を覗き込む。

 野菜や肉など、汎用的な食材が多かったが、切歌はその中に特異的なものが一つあるのを見つけた。

「あーなるほど、『アレ』デスか」

「流石にこの材料ならすぐわかっちゃうか」

 それもあるが、ちょうど昼間にその話で気を揉んだのだから、当然だ。

「料理が趣味とは聞いてたけど、結構凝ったもの作るんデスね」

「折角の休みだからね。昼は外で美味いもん食って、夜は家で美味いもん作んないと」

 料理人にでもなるつもりだろうかと思い、その姿を想像してみると、意外に似合っているような気がした。

 ――店を開いたらごちそうしてもらうデス

 などと切歌が考えていると、藤尭が問い返してくる。

 

「切歌ちゃんこそ、こんなところで何してたの?」

 

 尤もな質問だ。女子高生が公園のブランコで黄昏ているというのも、『普通』の状態ではないだろう。

「……ちょっと考え事デスよ」

「考え事ねぇ。まあ学生だし、いろいろあるんだろうけど」

 ここで必要以上に踏み込んで来ないというのは藤尭らしいと感じる一方で、誰かに悩みをぶつけたいという思いもある。

 それでも、この悩みを話せるほど、藤尭と仲が良いわけではない。

 

「……藤尭さんから見て、あたしは普通デスか?」

 

 結果としては、漠然とした話になってしまう。

「どうしたの、急に」

「いいから、答えるデス」

「うーん」

 藤尭は切歌の方をちらりと見て、ほんの数秒考える素振りを見せたが、すぐに視線を元に戻した。

「まあ、普通なんじゃない?」

「テキトー……」

 ちょっと考えた割にはそれか、と切歌は呆れる。

「じゃあ普通じゃないって言ってほしかった?」

「別にそういうわけじゃ……」

 藤尭があまり真面目に取り合っていないように感じ、切歌はムッとした顔をする。

 質問したのは切歌だが、こうも軽く扱われると、流石に癇に障る。

「ごめんごめん。でもまあわかるよ。めんどくさいよね、普通って」

 切歌の気持ちを察したのか、藤尭はすぐに言葉を返す。

 だが、急にわかったようなことを口にする藤尭に、切歌の苛立ちはさらに募る。

 そうして――

 

 「……普通に生きてきた藤尭さんに何がわかるんデスか」

 

 つい、罵るような口調でつぶやいてしまった。

 自分から聞いておいてそんなことをいうのは、それこそ『普通』ではない。

 すぐに謝ろうと、切歌は慌てて藤尭の方を向く。

 だが、切歌が言葉を口にする前に、藤尭は、

 

「『普通』、か」

 

 と、呟いた。

 その藤尭の表情に、既視感を覚える。

 当然だ。それはつい先ほど見た、『子供時分を懐かしむ』ときの顔だったのだから。

 切歌が戸惑っていると藤尭は、ねえ切歌ちゃん、と呼びかけた。

「『S.O.N.G.』として再編される前の俺たちは『特異災害対策機動部二課』っていったんだけど、周りから何て呼ばれてたか知ってる?」

 質問の意図がわからず、切歌の戸惑いは増す。

「……知らないデス」

「『特機部二とっきぶつ』さ。色々と無理を通す事が多かったから、そう揶揄されていたんだけどね」

 聞いたことが無かった。特異災害と戦っているのにその呼び名はあんまりではないか、と切歌は憤る。

「酷い話デス……」

「ありがとう。でも実際、かなり癖のあるメンツが集められていたから、言い得て妙だと思ったよ」

 確かに、特異災害と戦う国防の要が、普通の人材であるわけがない。自分が気付いていないだけで、とても優秀で、そして尖った人たちの集まりなのだろうと、切歌は思った。

 

「そんで、俺はその普通じゃない人と環境に救われた」

 

 ――ああ、そうか。この人も、きっと……

 

 藤尭のその言葉は、切歌の認識を改めるには十分だった。

 先ほどの藤尭は、『わかったようなことを口にした』のではない。『普通』の在り方に悩む切歌に、過去の自分を重ねたのだろうと、彼女はようやく理解した。

「切歌ちゃんは、自分が普通からちょっとズレてることに気付けてるだろ?だから、きっと大丈夫。順応するまでは、少し大変かもしれないけれど――」

 その瞬間、藤尭の表情に、別の感情が加わったように見えた。

 

「――一番いけないことは、『自分が普通ではない』と気付けないことだから」

 

 気付けないこと。それがどんなに恐ろしいことか、今の切歌にはわかる。

 そして、彼はきっと『そっち側』の人間だったのだろう、ということも。

 だが、気付いているから大丈夫、と言われても、そう簡単に切歌の不安はぬぐえない。

「でも、耐えるのは苦しいことデス。馴染むまでに折れてしまうかもしれないし……」

 現に、切歌の心は徐々にすり減っている。折れる、とまではいかないが、悩みの種であることは間違いない。

「……藤尭さんは嫌じゃなかったデスか?」

「そりゃまあ、最初はつらいこともあったけどさ。でも二課に入って、色々あって……今では少し、『普通』になれた気がするよ。だから、切歌ちゃんも『普通』がつらくなったら、そうじゃない所に逃げたっていい」

 逃げる。その選択肢があることに、今の今まで気付かなかった。いや、気付いていなかったのは『逃げ場があること』の方だ。

 そうして、藤尭は告げる。

 

「俺たちの役目は装者のサポートだ。あんまりできることは多くないけどね。それでも、君たちの逃げ場になってあげることくらいはできるさ」

 

 藤尭らしからぬ頼もしい言葉に、切歌は面を食らった。

 それで、不安が完全に解消されるわけではない。それでも、『逃げ場』がある、というだけで精神的な負荷は大きく減る。それを知っているからこその言葉だろうと、切歌は感じた。 

 

 ふと、誰かが言っていたことを思い出す。藤尭はたまにこういうことを言う人なのだと。

 

 少しだけ、切歌の頬が緩む。

 

 爪先を支えに、切歌はグッと、地面を蹴る。

 ブランコの揺れが大きくなり、往復してきたところでまた地面を蹴る。

 ギコギコ。ギコギコ。

 心の揺れはブレーキになるが、物理的な揺れはエネルギーだ。

 切歌はブランコが前に出た瞬間に、飛び降りた。

 そのまま器用に柵の上へ着地すると、藤尭の方へ振り返る。

「藤尭さん、意外とかっこいいこというんデスね」

「意外とって……」

「冗談デス。今日はフツーにかっこよかったデスよ」

 別に告白ではないが、異性へストレートに好意を伝える経験が無かったせいか、切歌は少し恥ずかしくなり、後ろ手にそっぽを向いてしまう。

 照れ隠しに慌てて言い訳を模索し、一つ思い当たった。

 元より、藤尭と切歌の繋がりなど、それしかない。

 

「少なくとも、バルベルデであたしに抱きついて悲鳴上げてたときよりは」

「勘弁してくれ。ていうかあれは声出るって、『普通』は」

 

 普通。ふつう。フツー。

 切歌は『普通』であって『普通』ではない。

 ――けど、それでいいのデス

 今はまだ、勉強中。少し疲れたら、休めばいい。

 そのための場所だって、見つかったのだから。

 

「さて、じゃあ早速一つ、頼んでもいいデスか?」

「いいけど、何?」

 サポートが役目、といったのだ。積極的に利用しない手はない。まずは、今まさに困っていることを解決してもらおうと、切歌はニヤリと笑いながら藤尭へ寄る。

 

「藤尭さんの作った『アレ』が食べたいデス。調は明日にならないと帰ってこないし」

 

 切歌としては、「夕食の準備をしていない」、「一人で食事するのが何か寂しい」、「藤尭さんの料理の腕前が気になる」、といった程度の理由しかなかった。

 だが、女子高生の成人男性に対する発言としては、些か――

「……これも勉強かな」

「どういう意味デス?」

「あとで教えるよ。晩飯作ってあげるのはいいけど、俺の家に上がったこと、他の人には内緒にしておいてね」

「……?わかったデス」

 藤尭が何やら心配そうな顔をしている理由はよく分からないが、とにかく言質はとった。

 ――遠慮なく、甘えさせてもらおう

 そう考えた折、ふと、一つの疑問が湧いた。

「あ、そうだ。ちなみに晩ご飯のそれはご飯にかける派デス?」

 先刻までは切歌にとって憂慮の種だった『アレ』も、今となっては話題の種だ。ご飯に「かける派」か「かけない派」か。純粋な興味で切歌は尋ねたが――

 

「え、普通にうどんと混ぜて食うけど」

「デース!?」

 

 ――やっぱり『普通』って、難しいのデス……

 



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