ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ~地底で戦う地獄の男~#1 (温泉卵)
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1話

薄暗い洞窟の中で無数の怪物がひしめき合っている。その姿は多種多様。黒犬に猛牛、兎に巨大な蜂。そんな中に黒鉄の巨人が立ち怪物たちをなぎ倒していた。

 

 

「オォォォオオラァッ!」

 

巨大な牙を模したような巨剣『牙斬刀』が叩きつけられる『ドゴンッ!』という爆音と共に扇状に地面が爆発を起こし五匹程の怪物が巻き込まれてバラバラになる。直後に真後ろに巨剣を投げつけ何匹かの怪物を串刺しにして仕留めた。

 

「まだまだ止まらねえぞぉ!」

 

胸の飾り『ブレストリガー』が外れ二つに別れる。それを手に持ち構えると叫んだ。

 

「何処を撃ち抜かれてぇんだ!?五秒以内ならリクエストに答えてやるぜ!」

 

怪物が言葉を話す訳もなく当然襲いかかってくるがあっさりと攻撃を掻い潜り顔面に得物を押し付ける。

 

「残念だったなぁ!時間切れだ!」

 

何の躊躇いもなく発砲。周囲の敵の体の至るところをぶち抜き蜂の巣にしていく。恐れを成したのか怪物のうち何匹かが逃げ始めるが

 

「逃がすと思ってんのかボケがぁっ!」

 

得物を胸に戻すと左腕を逃げていく怪物達に向けて

 

「トルネードクラッシャーパンチィ!」

 

凄まじい速度で回転を始めた左腕を発射した。真っ直ぐ飛んでいく左腕が怪物達の腹部をくり貫いて大穴を空ける。そして壁に怪物を張り付けにしていた牙斬刀を掴んで体を引き裂き腕に戻った。

 

「てめぇで最後だ!」

 

最後に花で出来た剣を構えたトカゲ人間を真っ二つにして怪物を全滅させた。

 

「これで終わりかよ。仕方ねぇ、パイルダーオフ!」

 

黒鉄の巨人がそう叫ぶと瞬く間に黒い影が全身を多い尽くした。そしてその影が散った後には屈強な鍛えられた体つきの青年が立っていた。

 

「ちっ、歯応えのねぇ連中だぜ。もっと下まで行くか?」

 

青年がそう思案していると微かに地面が揺れているのを感じとる。

 

「あぁん?」

 

振動が来ている方向を向くと先程より揺れが激しくなり微かだが猛獣の咆哮の様なものも聞こえてきた。

 

「……団体様ご来店、てか?」

 

ニタァ、と口角を吊り上げ凶悪な笑みを浮かべると走りだし叫ぶ。

 

「パイルダァ、オォンッ!」

 

 

 

 

 

 

ダンジョンの中を逃げ回るミノタウロス。自分の真後ろから追いかけてくる捕食者から逃げようと必死に走り続ける。仲間が一匹づつ殺されていくのを感じながら絶望的な逃走劇を続けていた。

 

「フーッ、フーッ!」

 

荒い息を吐き出しながら次の曲がり角を曲がろうとしたその瞬間。

 

「くたばれ!」

 

唐突に視界を埋め尽くした黒鉄の拳が自分の顔を押し潰したのを最後に意識が闇に溶けた。

 

 

 

 

 

「俺の前に出てくるからだ、ざまぁねえぜ!」

 

先頭にいた猛牛の頭を拳で粉砕しその後ろから更に走ってくるミノタウロス達の前に立ち塞がる。

 

「さーて、どいつからぶっ殺されてぇんだ?」

 

牙斬刀を肩に担ぎながら問いかけると怯えた様子で後ろをしきりに気にしながらなんとかこちらの隙を見つけようと必死なミノタウロス。すると場違いな少女の声が響いた。

 

「やっと追い付いた!もう逃がさないよー!?」

 

そこには褐色の肌をした少女がいた。

 

「へぇ、ティオナじゃねぇか。なんでまたこんな浅いところでミノタウロスなんて追いかけ回してんだ?お前らじゃこの程度の奴等を潰した所で経験値なんて手に入らねえだろうに」

 

「あれ、リョウじゃん。そっちこそなんでこんな浅いところに居るのー?」

 

片手間にミノタウロスを惨殺しながら会話を交わす。

 

「あのなぁ、こちとら構成員が一人………いや、今は二人か。まぁいい。そんな弱小ファミリアがポンポン下層やら深層やらに行ける訳ねぇだろ。てめぇ等ロキファミリアみてぇな大派閥とは違うんだよ」

 

ミノタウロスの頭を肘鉄で潰しながら『大切断』ティオナ・ヒリュテに対して文句をいう。

 

「へー、そうなんだ。あ、なら次の遠征に付いてくる?リョウならフィンだって二つ返事で了承してくれるよ!」

 

最後の一匹を仕留めたティオネが顔を輝かせてそう言った。

 

「そりゃまた都合が良いな。そろそろ暴れ足りなくてストレスが溜まってきてんだ」

 

ニヤリと笑って答える。そしてふと考える。そう言えばなんだってこいつはミノタウロスなんぞを追いかけていたのだろう、と。

 

「さっきも聞いたがなんでまたミノタウロスなんざ追っ掛けてたんだ?あいつのドロップアイテムにそんな良いもんも無かっただろう」

 

「あー!?そうだった、他のも追いかけないと!」

 

「他の?」

 

「えっとね、遠征の帰りにミノタウロスの群れに襲われたんだけど返り討ちにしたらそのまま残りが逃げ出しちゃったんだ。追いかけたんだけどそのままどんどん上の階層に逃げていって、多分何匹かが上層に上がっちゃってるんだ」

 

「お前それはヤバすぎるだろ!?ミノタウロスは所詮レベル2程度の雑魚だがそれでも下級冒険者が遭遇なんてした日には一瞬で挽き肉にされちまうぞ!?」

 

あまりの事態に思わず声が上擦る。

 

「まぁまぁ、ベートやアイズが追いかけてるし多分大丈夫だよ!」

 

「あのなぁ……」

 

(そういやベルも今は上層に居るんだよな、確か)

そう考えながら頭に新入りの白い髪に紅い眼の兎のような少年を思い浮かべる。そしてその少年は今…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほわぁあああああああああああああああああああ!!??」

 

「ブモォォォォォォォオオオオオオ!!」

 

気の毒だがこの後は割愛しよう。

 

「たぁすけぇてええええええええええええええ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァレンシュタインさんと知り合いなんですか、リョウさんは!?」

 

「知り合いっつったってそんな大した仲じゃねえ、2、3回遠征に付き合った事があるくらいだ。そんときに何度か手合わせしちゃいるがな」

 

あの後ダンジョンから帰還した俺はバベル一階で待ち構え血塗れで疾走してきたベルを捕獲。ミノタウロスに散々追い回されたというのに矢鱈と元気なのを不思議に思い浮かれたベルに話を聞くにどうやら剣姫に助けられて一目惚れしたらしい。

 

(しかしアイズのやつは強くなることにしか興味がねぇからなぁ。前途多難だぞこいつぁ)

 

 

 

 

 

そうこうしながらもギルドに顔を出して手に入れた魔石を換金し主神の待つホームへと帰る。ギルドから半刻程離れた路地裏に俺たちのホームはある。ホームとは言っても精々2、3人住めるかどうかと言った程度の小さな平屋だ。最初に俺たちの主神『ヘスティア』が住んでい

たのはとある廃教会の地下室だったのだがあまりの狭さと汚さに激怒した俺が三日で金を用意し購入。なんせあの部屋といったら俺が横たわると両方の壁に頭と足がつっかえてしまうほど狭かったのだ。確かに俺がデカいってのもあるかもしれねぇが。

 

 

 

ドアの鍵を開けて中に入るとまずベルをシャワー室に突っ込む。何時までも血塗れでいられちゃたまらねぇ。

 

「おら、とっととその汚ねぇ体を洗って来やがれ!」

 

「え、ちょ、うわぁぁぁ!?」

 

投げられたベルの情けない叫びを尻目に更に進み3つあるうちの一番奥の部屋に入るとそこには恐ろしく整った顔立ちの少女がいた。

 

「よぉ、ヘスティア。戻ったぜ」

 

「あ、リョウ君。お帰り。今日はなにかあったかい?」

 

この胸が矢鱈と発育した幼女……少女が俺の主神だ。2年前にこの迷宮都市オラリオに来た際あまりにも無計画過ぎて着いたは良いもののそのまま行き倒れた俺を拾って当面の飯と寝床をくれた。そんでその恩を返すためにファミリアに入団した。まぁこの女神…生活力皆無の駄女神だったんだがな。

 

「あぁ、特に大した事はねぇなぁ。精々ベルがミノタウロスに追いかけ回されたくらいだ」

 

それを聞いてヘスティアがひっくり返る。

 

「精々って、それは十分大した事だろう!?それでベル君は無事なのかい!?」

 

「無事じゃなきゃこんな呑気に話してねぇよ」

 

「なら良いけど気を付けてあげておくれよ?ベル君は君みたいに人間辞めてないんだからね」

 

人間辞めたってなぁ、ロキんとこのガレスみたいな奴の事を言うんだぜ。なんせあの野郎腹ぶち抜いたってのに平然と殴り返してくるもんでビビったビビった。ただでさえ馬鹿みたいに頑丈なドワーフの癖にレベル6だしな。

 

「俺が人間辞めてるってのは否定しねえがそんなストレートに言うこたぁねぇだろうがよ。ま、ベルの事は心配すんな。俺がきっちり面倒みてやらぁ」

 

「本当かい……?僕はどうしても君がベル君を「強くなりたいならこれぐらい生き延びてみやがれ」とかいって中層辺りに放り込んでいるシーンしか想像できないんだよ」

 

「流石にそんな事はしねぇ……と思うがなぁ」

 

「その間はなんだい…?まぁベル君を頼んだよ」

 

「へいへい、わかりましたっと」

 

報告を済ませ手を振って部屋を出て、自室で背嚢を背負いそのまま丁度シャワー室から出てきたベルを取っ捕まえて庭に出た。

 

「まずお前は技術云々の前に体力が足りてねぇんだよ。ステイタスがあるからって基礎を疎かにしてちゃ意味がねぇんだ。走って筋トレしてナイフの素振りをしろ!ダンジョンなんぞに潜る前に基礎体力だ。確かに実戦でしか身に付かないもんもあるがそれはある程度戦える奴の話だからな」

 

そう言ってベルを担ぐとその場で地面を蹴り飛ばして隣の家の屋根に登り市壁に向かって跳び続ける。市壁の上に辿り着くとそのままベルを放り出し告げた。

 

「とりあえず走れなくなるまで走り続けろ」

 

「えぇ!?そんな走り続けられる訳無いじゃないですか!って痛!?」

 

泣き言を言うベルに拳骨を落とし告げる。

 

「うるせぇ!つべこべ言わずに走れ!そもそも自分の限界を知らなきゃ実戦もクソもねぇんだよ。お前、ダンジョンで自分の体力を把握しないままで戦うつもりか?技術は後からどうとでもなる。まずは体力だ!」

 

「うぇぇ、無理ですよぉ…」

 

嘆きながら走り始めるベルを尻目に肩に担いでいた牙斬刀を模した偽剣を取り出し素振りを始める。

 

「1、2、3、4、5、6、7、8…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポタポタと足元に汗が滴り落ち腕も筋肉がパンパンに膨れ上がっている中素振りも終盤に来た。

 

「………9994、9995、9996、9997、9998、9999、10000!」

 

俺が日課の一万回素振りを終わらせた時には日も落ちきり、ベルはと見れば口の端から泡を吹きながらぶっ倒れている。どうやら走れなくなるまでどころか気絶するまで走ったらしい。口では色々と言ってもやはり素直な少年である。そんなベルの体が冷えないように汗を拭いて着替えさせてから毛布を巻き付け背負う。

 

「さってと、公衆浴場にでも行ってくるかね。やっぱ一日の疲れを取るなら風呂に限らぁな」

 

ベルを起こさぬ様にゆっくりと歩き周囲の屋台を冷やかしながらバベルに向かっていく。屋台の一つで串焼きを買い込み路地裏で食べていると清純な中に凄まじい妖気を孕んだ声が俺の背筋を泡立たせた。

 

「あら、リョウじゃない。奇遇ね、こんなところで会うなんて」

 

「何でこんなところにあんたが居るんだよ、『フレイヤファミリア主神(・・・・・・・・・・・)』フレイヤさんよ」

 

後ろを振り向けばそこには黒いローブで全身を隠してなお凄まじい『美』を放つ女神が立っていた。

 

「あら、私は久々に子供たちの生活を見ようと思って降りてきただけよ?」

 

「アホ抜かせ、あんたがそんなどうでもいい理由で降りてくる訳がねえだろ。またどっかの冒険者に目を付けて下見に来たに違いねぇ。そんで次は何処のどいつに目を付けたんだ?」

 

フフ、と意味深な笑みを浮かべると俺を……いや、俺の向こうを見ているのか。なるほどな。

 

「ベルに目を付けやがったか、だがな。俺の身内に手ぇ出すって事の意味を知ってなおやるってのか?もしそうだってんなら……」

 

……オラリオ諸とも沈めてやるよ……

 

無言で凄まじい怒気と殺気を叩きつける。周りの空間が余りの重圧に軋み、いつも飄々としたフレイヤの頬を冷や汗が伝う。その直後屋根の上から巨漢が石畳を粉砕しながら飛び降りてきた。

 

「フレイヤ様に何をする、この下郎め」

 

「てめぇこそこの年中発情期の盛りの付いたメスに首輪つけとけやボケが」

 

「「……………………」」

 

重たい沈黙が辺りを包む。

 

「フレイヤ様を愚弄するかッ!」

 

「レベル7程度で最強気取ってんじゃねえぞッ!」

 

都市中に響くような激突音を立てて拳が衝突する。窓ガラスが衝撃で振動し石畳が軽く浮き上がる。お互いの手を掴み全力の力押し。信じられないことにレベル7、それも力と耐久に特化した男とレベル5の力が拮抗状態にある。それだけで以下にリョウが異常な化け物なのかがよくわかる。二人が歯を食い縛り膂力を振り絞っているとフレイヤがストップをかける。

 

「止めなさいオッタル。こんなところで力を使って街を崩壊させるつもりなの?あなたもよ、リョウ。別にその子に手を出す気は無いわ」

 

それを聞いた途端オッタルが手を放して飛び退く。

 

「は、申し訳ありません」

 

「ちっ!本当だろうな。嘘だったらただじゃ置かねえぞ」

 

渋々と引き下がりその場を立ち去る。ふと気付いて背中に背負うベルを見るとあれだけの事があったというのに熟睡している。

 

「へっ、見た目に似合わず神経が太いやつだぜ」

 

感心しながら見ているとベルが目を覚ましてしまった。

 

「………あれ、リョウさん……?」

 

「あぁ、風呂屋に行く途中だ。まだ少しかかるから寝てな」

 

真紅の瞳を眠たげに瞬かせトロンとした瞳でこちらを見るベルに答える。

 

「ぁい………」

 

瞼を閉じるとそのまま眠ってしまった。

 

(そういやこいつはまだ14才なんだったな。物心つく前に両親が居なくなって天涯孤独の辺境の生まれってなぁよくよく似たような身の上じゃねえか)

 

そんなことを考えながらリョウはオラリオの雑踏に姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず凄まじい子供ね……」

 

背を向けて去っていくリョウを見つめながらフレイヤが呟く。神ですらも虜にするフレイヤの魅了をあっさりとレジストする精神力といいレベル5でありながらレベル7であるオッタルと互し得るその馬鹿げた膂力といい、恩恵システムがバグを起こしたか、アルカナムで改造されたのかとすら疑う程だ。

 

「あなたは彼に勝てるかしら?オッタル?」

 

憮然とした顔でオッタルが答える。

 

「あなたがそれをお望みとあらば如何なる相手であっても私は勝利を掴んで見せましょう…と言いたいところではありますが、正直なところであれば…わかりません」

 

「あなたにそこまで言わせるなんて相当ね」

 

呆れた顔でフレイヤはリョウに思いを馳せる。

 

「この先彼はどのような道を辿るのかしらね?オラリオをついうっかりで吹き飛ばしました、なんてことにならなければ良いけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は心地よい揺れに意識を微睡みの中に沈めていた。僕を背負う背中はとても大きくて、暖かい。ここに居ると未だに心に染み付く祖父を失った痛みが和らぐようで、安心する。物心付く前には既に両親を失っていた僕にはわからないけれど、多分父親に背負って貰った時普通の子供はこんな風に安心感を抱くのだろう。

 

(お父さん……?)

 

揺れが止まったのをうっすらと感じ取って目を開けると前には珍しく柔らかい笑みを浮かべたリョウさんの横顔があった。何を言っているのかはよくわからないが何となく寝ていて良いと言われたのは分かったから目を閉じると今度こそ深い眠りに落ちていった。

 

 



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