艦これ 恋愛短編 (MONO(暫定))
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瑞鶴編

記念すべきシリーズ一本目

読み返してみるといろいろ改善点はあるけども、ワンライと言っているのでそのままで


 鎮守府から電車で一駅。そこは港町、そして軍港が並ぶこの一帯の物流を担う、繁華街のような場所。そこのシンボルともいえる噴水の前で、普段の白い士官服とは違った、フランクな服装の「提督」が立っている。本来ならばこの時間はここではなく、鎮守府の中心にある執務室へと出向し、膨大な書類仕事と向き合っている時間だ。しかし、今日は、その役は大淀に丸投げして、ようやく認められた休暇を謳歌すべくここにいるわけである。

 

 が、特に歩き回るわけでもなく、周りを行く人々をぼんやりと眺めながら、絶え間なく吹き上がる噴水の水と、左手にまかれた腕時計の間で、視線を往復させている。

 

「やっほー、提督さん、待った?」

 

 声をかけたのは、一人の女性だった。少女といってもいい。冬の街だというのに、ショートパンツというなかなかに攻めた服装。一応上半身にはコートを羽織っているが、その下はかなり薄着なようで、見ているだけでも寒さが増す。

 

 上司と部下、指揮する側と指揮される側、とはいっても、艦娘はその名の通り、うら若き女性の姿をしているのだから、提督と艦娘の間に浮いた関係が結ばれるのはよくある話である。この二人も、休みを利用して一緒に街へ出てきたのだろうか、と道行く人たちは微笑ましい(一部妬みのこもった)視線で二人のそばを通り過ぎていく。

 

「『待った?』じゃねよ、瑞鶴!」

 

 しかし、そんな微笑ましい空気が、当の提督本人の絶叫によって破壊された。

 

「お前、どれだけ俺がこの寒空の下待ってたと思ってんだ。一時間だぞ、正確には六十八分だ。午前十時って言ったのお前だよな? それを分かってて、なおも『待った?』『いや全然待ってないよ』っていう定番のやり取りを求めるのかお前は!?」

 

 振り向きざまに、満面の笑みを浮かべる艦娘、瑞鶴に対してまくし立てた。しかし当の瑞鶴の方は意にも介さない様子だ。

 

「分かってないな~提督さん。女の子は準備に時間がかかるのよ」

「一時間の遅刻に対して開き直るか、お前は」

 

 はあ、とため息。いつものことだ。業務の方はともかく、私生活が基本的にはずぼらなこの艦娘が、時間通りにここに来るとは思っていない。

「誘ったのはお前だから、もしかしたら時間通りに来るかも、なんて思った俺が馬鹿だったわ。へいへい、不問にしとくよ。いつものことだし」

「やったね」

 

 全く反省の色がない。これでも艦娘としては鎮守府のエースともいえる存在である。特に装甲空母となる改二が実装されてからはその防御力と速力を持って、勝利に貢献し続けている。基本的に練度の高い空母の中でも特に高練度を擁する艦の一人である。

 

「で、なんだっけか、今日は」

「赤城さんの進水日記念のお祝い。そのプレゼントを提督さんと一緒に買ってきてほしい、って加賀さんに頼まれたの。提督さんのお休みとあってるのが私だったから」

「それで容赦なく俺の休みをつぶしたんだな……」

「いいじゃない、こんな可愛い子と繁華街デートだよ? 休みをつぶす価値はあると思うな~」

 

 わざとらしくクルッと回って見せる瑞鶴。長い髪が、フワッと広がった。

 

「あー、ハイハイ……ってお前その髪どうしたんだ」

「あ、やっと気が付いた。提督さん、そんなことだから彼女できないんだよ」

 

 ニヤニヤしながら、瑞鶴が上目づかいに提督の顔を下から覗き込む。

 普段は長い髪をツインテールにしている瑞鶴だが、今日は、それこそ回れば広がるように、一切止めずに背中の方に垂らしている。

 

「……なんか、翔鶴みてぇだな」

「そこで他の娘の名前出すのってどうなんだろ……まあ、そうね。……翔鶴姉が行けるんだから、私だって行けるでしょう、って思って。どう? 似合ってる?」

「あ、ああ、そうだな」

「なーに? 似合ってないの?」

「いや、何というか、にあってはいるんだがな、その、イメージがな」

「イメージ?」

「ほら、お前、前にも一回髪下ろしてただろ? レイテ作戦の時に」

 レイテ作戦は、直近で行われた作戦の中では最も大規模といえるもので、艦娘「瑞鶴」としては、思い入れのある作戦でもあった。鎮守府で一番気合が入っていたといってもいい。その時の瑞鶴は髪を下ろし、陣羽織を来た姿で、提督に敵のボスへの突入に参加させろと迫ったのである。

「なんか、そんときのイメージで、どうにも、な。可愛いという感じじゃないんだよな」

「……えっ」

「あれは、なんていうか、カッコいいって感じだったからな」

「あ~、あの時はちょっと……」

「だからなんか、髪下ろしてると決戦に臨む武士のイメージが取れなくてな……どうした、瑞鶴」

「……そんなことないもん。ちゃんと翔鶴姉にやってもらった、ちゃんとしたおしゃれなんだもん」

 拗ねてしまった。ぷいっと横を向いて、むくれた、テンプレートのような拗ね方。艦娘に成長という概念はないが、姉の翔鶴と比べても、瑞鶴の精神年齢は低い。

「……おう、なんかすまん……行くか、そろそろ」

 

 しかし、提督にそう言われると、不満げな顔をしながらも、ちゃんとついていく瑞鶴。この程度のことは鎮守府では割と日常茶飯事。本当に気分を害したのなら、相手が提督であれ、このじゃじゃ馬は艦載機をぶっ放してくる。

(やれやれ。翔鶴、とまでは言わんから、せめて大鳳くらい大人になってくれれば、秘書官に据えるんだがな)

 

※※※※

 

 夕方。空母寮のリビングで、翔鶴は帰ってきた妹を迎えた。

 

「おかえりなさい、瑞鶴。赤城さんへの贈り物は買えたの?」

「……買えた」

「そう。もう加賀さんに渡した?」

「……渡してきた」

「そう……あれ、今日は髪下ろしてたの? 可愛いじゃない」

「ちょっ……翔鶴姉……」

 急に顔を上げてバタバタし始める瑞鶴。その顔は真っ赤だった。

「どうしたの瑞鶴。顔が真っ赤よ、風邪?」

「……そうかも」

 

 瑞鶴は言葉も短く、部屋の方へ踵を向けた。

 普段なら翔鶴の隣に座って、姉妹の団欒に花を咲かせるところである。それどころか、翔鶴と目を合わせようともしない。

 

「? 何かあったのかしら。提督と? でも、せっかく加賀さんが気を使ってセットしてくれた機会だったんだし……」

 

 部屋に戻って戸を開ける。部屋の内装は至ってシンプルで、最低限のものの置き場と机、そして翔鶴と共有している二段ベッド。

 荷物を放り出して、二人で一枚の姿見の前で直立不動の真顔を作って見せる。しかし、真っ赤な顔だけは隠しようがない。ちょっとほっぺたを引っ張ってみたり、はたいてみたりするが、一向に効果はない。

 あきらめた。

 瑞鶴は二段ベットの上の段に、一足飛びで飛び込む。

 

 そして、枕に顔を押し付けると

 

「あああああああああああ」

 

 爆発した。

 枕に顔突っ込んだまま、バタバタと悶える。ベッドがきしむ音が部屋に響くが、気にしない。

 

(あああああ、無理無理無理無理、提督さんの前じゃ頑張ってたけどこんなの無理だよ、大体なんで髪下ろしてるのに全然気付かないのに、気付いた途端にレイテの時の話とか、心臓止まるかと思ったじゃない、何、何、私が勝負所で髪下ろすの知ってたの、いや、いや、絶対そんなことない、翔鶴姉にだって言ってないのに、てか私も私よ、翔鶴姉にやってもらったって何、翔鶴姉が聞いたら一発でばれちゃうじゃない、今からでも口裏合わせてもらう、でも翔鶴姉だって理由を聞くだろうし、あーなんであんなことしたんだろう、遅刻してまで慣れないことしていったのに、結局何も進まなかったじゃない、気合入れていった私がばかみたいじゃない……)

 

瑞鶴の大暴れは、部屋の異音を聞きつけた翔鶴が踏み込んでくるまで続いた。

 




今回の反省
前半は提督視点、後半は瑞鶴視点ってはっきり切り分けた方がよかったと思っている


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ZARA編

書いて、悩み悩んで、そこから半分近く書き直した問題作
普段しっかりしてる人の酔っ払いって、いいですよね(ただし二次元に限る)


「提督~、お仕事終わりましたかぁ~」

 

 日が沈んだ後の鎮守府の執務室。執務机に向かう俺のところに、ここのところ毎日このイタリア生まれの重巡がやってくる。

 

「終わったんなら飲みに行きませんか~、いいワインが入ったんですぅ~」

「……生憎この職場には定時というものがなくてな。演習艦隊がまだ戻ってねえんだ」

「ええ~、いいじゃないですか~。隼鷹さんや千歳さんも待ってますよ~」

 

 提督の渋面などお構いなしに、椅子の後ろから寄っかかるポーラ。吐く息はすでにアルコールの匂いがプンプンしており、顔は上気して赤くなっている。

 

「飲みに行こうと言いつつ、しっかり出来上がってやがる……まあいつものことだが。ほら、やめろって。演習艦隊の報告を聞くまではこの部屋でいなきゃならねえんだよ」

「ええ~、いいじゃないですか。ザラ姉さまには私が言っておきますから~」

 

 今日の演習は、最近この鎮守府にも増えてきたイタリア出身の艦娘での演習である。割と古参で、練度も高いポーラはそこから外れているのだが、こんなことなら艦隊にぶち込んでやればよかった。

 

「そんな簡単な問題じゃねえ。それに酔っ払いにそんな大事なこと任せられるか」

「ねえ~、提督~、飲みましょうって~」

 だめだ、聞いちゃいねえ。

 

 俺はガクッと肩を落とした。そもそもこいつはなんでこんな酔っぱらった状態で日常生活が送れるのか。それどころか、艦娘としての勤務についても、支障が出たという話はほとんど聞いたことがない。練度も高いし、演習や出撃の成績はかなり良いほうである。

 そんなことを考えながら、背後から吹きかけられる酒の匂いに俺は顔をしかめる。

 

 しかし、直後、そんな執務室に救世主が現れた。

 

「提督、入ります」

 

 戸がノックされて、外から声がかかった。俺の肩で、ぐで~となっていたポーラの体が硬直した。

 

「……いいタイミングだ。入り給え」

「失礼します。演習艦隊の帰投を報告しに来ました」

 

 そもそもこの酔いどれを制御できる艦娘は、この鎮守府でもほんの数隻しかいない。そして、その最も最有力候補というのは、今日、演習艦隊の旗艦を任せていた、鎮守府最古参のイタリア艦、重巡ザラ。この酔いどれの姉である。

 入口に立つザラと目が合ったポーラが、俺の肩の上で硬直して、そこから震えだす。

 

「ザラ、報告は後でいいぞ。こいつを鳳翔さんとこにいる隼鷹たちの卓へ放り込んできてくれ」

「……了解しました」

 

 おお、頼もしい。

 

「あれほど提督の邪魔をしないように言っておいたのに。あなたって子は!」

「待って、姉さま、これは、違うの、私は提督の日ごろの労をねぎらおうと思って……」

「それがダメだって言ってるのよ! ほら来なさい! うわっ、酒臭っ、あなたもう飲んでるの?」

 

 ポーラが問答無用で俺から引っぺがされる。そのまま襟首をつかまれると、観念したのか、子猫のようにおとなしく連行されていった。

 

※※※※

 

「いや、助かったよ、ザラ」

「お見苦しいところをお見せしました……」

「いやいや、もういつものことだしな」

 

 ザラは慣れた手つきでポーラを隼鷹たちに引き渡した後、改めて執務室に戻ってきた。もちろん、そこで演習の報告を済ませてもらう。

 

「提督も甘やかさないでください。大体勤務中の提督の下に酩酊で来るなんて」

「ははは、あいつは酔ってるとこしか見たことねえな」

 

 そうやって話しながら、ザラは応接用のソファーに座って、クリップボードにペンを走らせる。いつも酔った状態で、会話が成立しているかどうかすら怪しいポーラの姉とは思えないしっかり者。数が増えてきたイタリア艦のまとめ役として抜擢してからだいぶたつがその役も見事にこなしている。

 

 その真剣な横顔は、本人の整った顔立ちと合わせって、絵画の中の美女のような様相を醸し出す。

 

「……何ですか、提督」

 

 しまった。じっと見つめすぎていたのか、視線に気づいたザラが、ペンを止めてこちらを向いた。

 

「あ、いや……そういえば、ザラの練度も、ずいぶんと上がってきたなー、と」

「そうですね。イタリアの子も増えてきて、演習の旗艦をやることも増えてきてますから」

「……今いくつだ」

「ええっと、今日の演習で上がりましたし、97です」

 

 その回答に、俺は少しだけ声を落とす。

 

「そうか……あと少しだな」

「え、なんですか」

「いーや、なんでもない」

 

 そういいながら、俺は彼女から死角になっている、机の引き出しをそっと引いた。

 そこに入っているのは、黒いビロードで仕上げられた小箱。最近上層部の方から送られてきた、“指輪”である。

 

 高い練度と、提督との信頼関係を持って、艦娘の戦闘能力をさらに向上させるアイテム、と聞いている。が、大半の提督はそうは思っていない。これを艦娘に渡すということは、最も信頼している、ということの証。形状が指輪であることも含めて、プロポーズとなぞらえて「ケッコンカッコカリ」なんてうそぶく者もいる。

 

 あと2か、と心の中でつぶやくながら引き出しをそっと閉じる。ザラはもう書類に目を戻している。ザラにはまだ指輪の話はできていない。だから、イタリア艦のまとめ役をお願いしつつ、演習での旗艦をやらせて、練度を上げてきた。もちろん、これまで何度か言おうとしたことはあった。しかしそれも直前で踏みとどまってしまったり、例の酔っ払いの邪魔が入ったりで、結局言えていないのだ。

 

 俺は執務室を見渡した。補佐をやってくれる大淀はもう上がったし、こんな夜更けにここに来る人間はいないだろう。そして部屋の中には俺とザラだけ……

 

「……なあ、ザラ」

 

 意を決した俺の声に、ザラが振り向く。

 

「何ですか、提督」

 

 夜だからか、手に負えない妹を見た後だからか、いつもより綺麗に見える。その微笑みに、俺の決意はもろくも揺らいだ。

 

「あ、いや……この後、時間はあるか。さっきポーラを無理やり追い出しちゃっただろ。だからこれ終わったら鳳翔さんとこに行こうかと思ってな……一緒にどうだ?」

 

 見事なチキンである。いや、何とか彼女自身も同じ席に誘えただけでも、上出来なのだろうか。そもそも指輪を渡そうという相手にこれでは先が思いやられるというものか。

 

「別にいいですよ。私もポーラがご迷惑をおかけしていないか見ておきたいですし」

「そ、そうか」

「それでは報告書を仕上げちゃいますね」

 

 そういうとポーラはみたび書類に目を戻して、ペンを走らせ始めた。

 

※※※※

 

「て~とく~、ほらほら、飲み足りないんじゃないの~。ほらグラス出して」

 

 死屍累々。そんな光景が俺の目の前には広がっていた。

 

「おい、そろそろやめといたほうがいいんじゃ……」

「え~、いいじゃな~い。おいしいんだからさ~」

 

 問答無用で、俺の目の前にワインボトルが差し出される。ここで拒否するとボトルごと口に突っ込まれそうな勢いである。というか、実際にそれの被害者が俺の脇でぶっ倒れている。

 

 なみなみとグラスに注がれるワイン。どう見ても酔っ払いの酩酊状態のくせに、酒を注ぐ手は微塵もぶれない。

 

「お、おう。ありがとう」

 

 申し訳程度に口をつけて、俺はグラスを置いた。

 そして、あえて正面に座ってにこにこと自分のグラスにワインを注ぐザラと目を合わせないように、横に倒れているポーラを起した。申し訳ないが、ここは生贄として蘇生してもらうしかない。

 

「……おい、ポーラ。お前の姉は酒を飲むといつもこうなのか」

「いつもですよ~。ザラ姉様もワインは大好きですし……」

 

 後のセリフが続かない。あのポーラが、常時酩酊といっても過言ではないポーラが、完全にイってしまっている。ついでに、先ほどまでザラからのワインを物珍しそうに飲んでいた隼鷹と千歳は、早々に潰れてしまった。

 

「……この鎮守府の酒豪トップ3がこんなにもあっさりと……」

 

 俺も、酒にはかなり強いほうだと思う。が、目の前のイタリア艦の姉さまは、次元が違った。

 

「さすがはポーラの姉、といったところなのかな。……悪い意味で」

「て~とく~。ほらほら、ポーラとばっかり話してないで。呑んで呑んで~」

 

 いい笑顔。ここだけ切り取れば、好きな娘にお酌してもらっているという男の夢みたいな構図なんだがな。

 

「それじゃあ、提督~。姉さまをお願いします~」

 

 ポーラはそれだけ言うと、もう一度ぱたんと倒れてしまった。この野郎、逃げやがった。

 

「まてまて、まださっきついでもらったやつが残ってるし」

「え~、じゃあ早く飲んでよ~。待っててあげるから」

 

 美人が、酒で上気した顔で、にこにこしながらボトルを差し出してくる。可愛い。とっても可愛い。最も、そんなものは幻想で、直後に手に持ったワインボトルから、直接アルコールを摂取し始めるのだが。

 

「あれ~、空っぽだ~」

 

 いや、今お前が飲み干したんだよ。ボトルに半分くらい残ってた、イタリアから送られてきた割といいワインを。

 

「次の開けなきゃ~」

 

 そういって、ザラは立ち上がると、座敷部屋の一角に置かれた木箱から、新たなボトルを取り出し始める。

 

「……持ち込みの本数、制限かけるかな。今度鳳翔さんに言っとこ」

 

 両手でボトルを抱えて戻ってくるザラ。俺の目の前には先ほどから中身の減らないワイングラス。

 

「……そろそろ鳳翔さん呼ぼうかな」

 

 すでに三人の被害者が出ている。千歳と隼鷹は、最悪、部屋にいるであろう姉妹艦を呼べば良いが、ザラとポーラ、両方が立てなくなると、俺一人で運ぶのは無理がある。酔っぱらったレアなザラが見られなくなるのは残念だが、背は腹には代えられない。さっさと鳳翔さんにつまみ代を払って撤収する口実を作った方がいい。

 

「鳳しょ……」

 

 俺は、趣味でここの管理と営業をやっている鳳翔さんを呼ぼうと、外に顔を向けた

 

「どうしたんですかあ~、て~とく~」

 

 ところで、硬直した。いつの間にか、正面の席から離れたザラが、俺のすぐ隣に座っていた。

 

「ほらほら~、お酒が減ってませんよ~。いらないなら私が飲みまぁす」

 

 そういうと、ザラは、俺のグラスを手に取ると、一気に飲み干した。

 

「ほら~、持って~」

 空になったグラスを俺に渡すザラ。

「お、おう」

 

 大人しく受け取ると、今度は肩に手まわして、俺ごと引き寄せるようにしてワインを注ぎ始めた。

「うお、おい、ザラ……」

「ほら飲んで飲んで。私の故郷のお酒ですよ~、不味いわけないですよ~」

 

 そろそろ、ザラも言語が怪しくなってきた。が、今の俺はそんなこと考えている余裕はない。

やばいやばい。心臓の鼓動が激しくなる。顔に血が上るのがわかる。酒のせいだけではない。というかついさっきまで標的となっていたのは他の艦娘たちで。俺はそこまで飲んでいない。待て待て待て、近い近い近い、本当に酔ったポーラみたいになってんぞ。

 

「ザラ、放してくれ。飲むから、入れてくれた分はちゃんと飲むから」

「や~だ~、て~とく、放すとすぐ他の娘のとこ行っちゃうじゃないですか~」

「はあ?」

「さっきだってちょっと目を離したらポーラの方に行っちゃうし、初めの方は千歳さんとか隼鷹さんとばっかり話してるし、鳳翔さんとは仲良さそうだし」

 

 そりゃ提督やってりゃ艦娘とは仲良くなるだろ、という言葉を飲み込んだ。

 

 これはチャンスなんじゃないか。今いるのは個室に近い座敷部屋で、一緒に飲んでいる三人は完全にダウンしている。つまり、今俺はこの部屋で、ザラと二人きり。

 

「な、なあザラ」

 

 本当はこんな状態で言いたくはないが、今日の執務室でのやり取りを考えると、今後言う機会は、本当に指輪を渡すタイミングになってしまうかもしれない。

 

「あの、ちょっと話があるんだけどさ」

 

 俺はザラの腕をかいくぐって抜け出すと、姿勢を正す。

 

「あの、この間、艦隊強化の一環としての限界突破のシステムがうちの鎮守府にも導入されたのは知ってるだろ。それで、その限界突破なんだけど……」

 

 そこまで行ったとき、俺は右肩に重みを感じた。

 気恥ずかしさから、無意識にザラから外していた視線をそちらへ戻すと、肩の上にザラの頭が乗っている。

 

「……おい、ザラ、おーい」

 

 スースーと安らかな寝息が聞こえる。ただ眠っているだけのようだ。

 

「……やれやれ」

 

※※※※

 

 結局、そのあと、鳳翔さんによって、寮の部屋から呼び出された飛鷹と千代田が、隼鷹と千歳を回収していった。そして残るはイタリア艦姉妹なのだが駆逐艦ならいざ知らず、さすがに重巡クラスの娘を二人同時に運ぶのは無理がある。

 

 そんなわけで、ザラとポーラの相部屋の鍵を持っているのがザラだったので、俺はひとまずポーラと座敷の片づけを鳳翔さんにお願いして、ザラをおぶって、イタリア艦寮を目指していた。

 

「全く。大事なところで寝やがって。俺の決意はどうしてくれるんだよ」

 

 背中でだらしなく寝るザラ。居酒屋へ行く前、執務室にいた、デキる姉のザラはいったいどこへ行ってしまったのか。いや、ある意味で、ポーラの「姉」であることを再確認したわけだが。

 

「……それでも、お前に幻滅しなかったことに、なんか安心したよ」

 

 俺はやっぱりザラのことが好きなようだ。しっかりものとか、酔っ払いとか、そんなところを全部ひっくるめてザラのことが好きだ。

 

「……ん~、て~とく……」

「……起きたか、ザラ」

 

 背中でもぞもぞと動く感覚。しかし返事はない。起きてはいないようだ。

 全くのんきなもんだ。

 

「……て~とく~、今日も勝ちましたよ~。褒めてくださ~い」

「はいはい、すごいすごい」

 

 寝ぼけたザラの声を背負って、俺はイタリア艦の入っている、海外艦寮を目指した。

 



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文月編

世に文月の在らんことを



「作戦終了~、艦隊が帰投!」

「……おう、おかえり、文月」

 

 書類から顔を上げた提督の顔には、クマが浮かんでいる。ここのところ欧州への派遣艦隊やそれに伴う遠征艦隊の強化で、提督の仕事が激増。寝る間を惜しんだデスクワークに追い込まれているのだ。

 

「司令官、大丈夫?」

「あ、ああ。まあ大丈夫だろう。……いや、不味いかも……」

 

 提督が目頭を押さえる。

 

「文月、悪いが、コーヒーを入れてくれないか」

「は~い」

 

 緊張感のない、ほわ~んとした笑顔で文月が答える。いそいそと併設された給湯室へ入って、そこに用意している自分のエプロンを付け始める。さながら新婚直後の新妻である。

 

「全く……欧州派遣なんて毎年のようにやってるじゃないか……」

 

 そう愚痴をこぼしながら、立ち上がって伸びをする提督。執務机を離れ、執務室の中央に置かれた応接用のソファーに腰を落ち着けた。

 給湯室ではやかんの沸騰する音に交じって、文月の鼻歌が聞こえる。

 

「あ~、俺の癒しは文月だけってか……」

 

 提督の指に光る指輪。給湯室の文月の指にも、同じものが輝いている。そう、なにを隠そうこの提督の、「ケッコンカッコカリ」の相手は、給湯室の文月である。

 

「いや~、周囲にロリコンと罵られながらも強行したかいがあったというか……」

 

 まあ、事情を知らないものが見ればまごうことなきロリコンなのだが、艦娘はその存在の関係上、年齢の概念がない。法律に引っかからないのはいいことに、「愛さえあれば、そんなものは関係ない!」と駆逐艦との「ケッコンカッコカリ」を行う提督の話は後を絶たないが、彼もその一員である。

 

「司令官~。コーヒー、入ったよ~」

 

 ソーサーに乗ったコーヒーカップを、ちょっとたどたどしい手つきで持ってくる文月。

 

「ありがとう、文月~」

 

 先ほどのやつれた表情はどことやら、満面の笑みで、コーヒーを受け取る提督。そしてそれに無垢の笑顔を返す文月。仲睦まじい……親子のような絵面だが、実際は「フウフカッコカリ」である点が重要である。

 コーヒーを渡して、文月は提督の隣に座る。

 

「ど~お? おいしい?」

「うんうん、おいしいよ」

「そ~お? よかった~」

 

 あまあまである。コーヒーは無糖のブラックだが、あまあまである。

 

「司令官、お仕事大変?」

「あ、ああ。いろいろと重なっててな。ゆっくりと体を休める時間もないって感じだ」

「そ~お。そしたら……」

 

 無邪気な笑みで、文月が自分の太ももをポンポン、と叩いた。

 

「いま、ちょっと休んだ方がいいよ~」

 

 天使だ。天使がそこにいる。心なしか後光も見える。この世には文月教なるものもあるらしいが、この笑顔なら、手を合わせてもいい。

 

「いや、さすがにそれは……ちょっと恥ずかしいというか……」

 

 提督のささやかな抵抗も、むなしく、文月は優しく提督の頭を持つと、自分の膝の上に置いた。

 

「大丈夫だよ~。ここには私たちしかいないし~」

 

 膝の上まで降りてきた提督の頭を、よしよし、と文月の手が撫でる。

 

「司令官は、よく頑張ってるよ~。それは文月が一番よく知ってるんだから」

「文月……」

 

 ああ、なんてよくできた娘、いや、妻なんだ。

 

「文月」

「なあに? 司令官」

「ちょっと眠たいんだが、このまま寝てもいいか?」

「だめだよ。ちゃんとお布団に行かないと。風邪ひいちゃうよ」

「ちょっとだけだからさ」

「う~ん。まあ、ちょっとだけなら……」

「……も~。仕方ないな~。ちょっとだけだよ?」

 



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Bismarck編

もう何日前のお題かも忘れたビスマルク編です


「艦隊旗艦ビスマルク、帰投の報告に上がりました」

「うむ。ご苦労だったな。ドイツ艦隊の調子はどうだ」

 

 ビスマルクを先頭に入ってくるドイツ艦の面々。数は少ないが、重巡、駆逐艦、空母、潜水艦と艦種のそろった、海外艦の中でも屈指の精鋭部隊である。

 

「上々よ。グラーフやゆーとの連携もだいぶ形になってきたわ」

 

 誇らしげに胸を張るビスマルク。海外の艦も今となっては増えてきたが、ビスマルクは記念すべきその第一号である。最近は海外艦が増えてきたこともあって、各国ごとの艦隊を編成することが多くなった。

 

 そして、その際に、ドイツ艦隊旗艦として抜擢されたのが、ビスマルクである。

 規律に対して忠実で、品行方正。日本に来てから日の浅いものもいるドイツ艦隊を率いるには最適の艦である。

 

「グラーフも日本の艦載機に慣れてくれれば、こちらも戦術の幅が広がるからな」

「そうだな。残念ながら、母国の艦載機はどうにも扱いづらいからな。アカギから借りたゼロは発艦も楽だ」

 

「ゆーちゃんも、最近はごーやたちとも仲良くやってるんだって?」

「はい……でっちたちには優しくしてもらってます」

 

「プリンツは……聞くまでもないか」

「えー、どういうことですかー」

「じゃあ、最近あったことを言ってみろ」

「この間、ユウバリと見たアニメがすごくおもしろかったです」

「ほらみろ」

 

「レーベとマックスはどうだ」

「大丈夫! 楽しいよ、このチンジュフ」

「……まあまあね」

 

 ドイツ艦は割と昔からいるものも多く、日本艦と艦隊を組んでいた時期もかなり長かった。今でこそ「ドイツ艦隊」を中心にして、あちらこちらの部隊への出向という形になったものの、昔は寮も分かれていなかった。そのためか、最近では海外艦と日本艦の間のかけ橋のような役割を担っているのだ。

 

「ありがとうな、ビスマルク。お前のおかげで、次のイタリア艦の受け入れもうまくいきそうだ」

 

 そして、この活動を主導しているのも、ドイツ艦のリーダー格であるビスマルク。俺としても、この役にドイツ艦を選んだのは、この真面目なビスマルクの下に、よくまとまるからである。

 

「ふふん、当然じゃない。私がやってるのよ」

 

 誇らしげである。

 ともあれ、酔っぱらって暴走する某I国艦や、風紀的にかなり怪しい服装で鎮守府を闊歩する某A国艦と違って、問題行動はなし、仕事には真面目、任務の達成率も極めて高い。鎮守府の主力艦隊の一つであることは間違いない。

 

「さて、じゃあ、みんなお疲れ様。ビスマルクはこの後打ち合わせがあるから残ってく

れ。後のものは解散で」

「「了解」」

 

※※※※

 

「……私だけ残してどういうつもりかしら」

 

 皆が出て行った後の執務室。応接用のソファーに腰を下ろして、足を組むビスマルク。

 

「いや、この間、青葉からこのあたりでやってた夏祭りの写真をもらってな」

「な、何よ。夏祭りに行っちゃいけないなんてことはないでしょ」

 

 まだその写真に何が写ってたかなんて言ってないぞー。一瞬で吐いてしまった。こいつほんとに軍人か。

 

「……お前ほんとに嘘つけないのな」

 

 ぷうっ、と頬を膨らませるビスマルク。他のドイツ艦の前では決して見せない表情だろう。こうして二人っきりの時は、素直になって素を出してくるから可愛い。

 

「うるさいわね。で、私が夏祭りに言ってたら何か問題でもあるの?」

 

 前言撤回。まったく素直じゃない。仕方ない、もう一歩譲歩してやるか。

 

「いや、俺、その日、執務室にこもって仕事詰めだったからさ。夏祭りの話を聞きたいな、と思っ……」

「仕方ないわね! 聞かせてあげるわ!」

 

 さっき日本艦と仲良くしている話を他の艦娘に聞いたわけだが、プライドの高いビスマルクは、あの場で聞いても、決してこんなにいい笑顔で語り始めることはなかっただろう。

 

 でも予想通りというか、本人は語りたくて仕方なかったようだ。

 

「あの日はね、ナガトとムツと一緒に、ユカタを着ていったのよ。ヤタイもおいしかったけど、やっぱり最高だったのはハナビね。あの祭りの最後に打ちあがるやつ。それから……」

 

 怒涛の勢いで、長門たちとの思い出を語り始めるビスマルク。他のドイツ艦と同じように、日本艦と他の国の船との橋渡しの役割に対しては、非常に熱心なのは知っているが、最近はそれを抜きにしても、長門型の二人をはじめとした日本艦と、打算なしで仲良くしているように見える。もともとイタリア艦とは仲がいいし、なんやかんや言いながらも、因縁のアークロイヤルをはじめとしたイギリス艦とも仲良くやっている。

 

「他にはそうね、あのリンゴアメというのはもう一度食べてみたわね……」

 

 誇らしげに、得意げに、夏の思い出を語る。その様子からは、先ほどの凛とした、ドイツ艦隊旗艦の様子は見て取れない。年相応、もしかするとそれよりもよりも幼いかもしれない、無邪気なビスマルクがそこにはいた。

 

「……わかったわかった。お前はよく頑張ってくれているよ。本当にありがとう」

 

 何気ない、素直な感想とお礼。俺はその言葉と共に、無意識に、ビスマルクの頭にポンッ、と手を置いた。

 

「ひゃうっ」

 

 ビスマルクの体が跳ねて、俺の手を払いのける。その勢いで、頭に乗っていた帽子が脇に落ちる。

 

「ああ、すまん。いやだったか」

 

 上目使いで、顔を真っ赤にしながら俺を睨むビスマルク。やれやれ、これで可愛いビスマルクは終わりのようだ。

 

 怒鳴られるかと思って、二三歩下がる。

 ビスマルクは、落ちた帽子を拾い上げて、口元を隠したまま、真っ赤な顔でこちらを睨み続ける……と思ったが、急にそのとげとげしい雰囲気がふっと消えた。目元が緩んで、同じ上目遣いなのだが、ずいぶんと印象が変わった。

 

「……ったのよ」

「は?」

「誰が嫌っていったのよ!」

「は、はあ?」

「ほら、わ、私が頭をなでさせてあげるって言ってるのよ。も、もっと褒めてよ……」

 

 さすがに、ビスマルクをあおっていた俺も、これは予想外だった。

 帽子を握りしめ、頭を差し出すように顔を近づける。なんというか、先ほどの可愛いビスマルクが、さらに練度を上げて戻ってきた。

 

 潤んだ目で俺の顔を見つめるビスマルク。はあっ、とため息が一つ漏れる。

 

「はいはい、よく頑張ったな、ビスマルク。頼りにしているぞ」

 

 先ほどと同じように、頭にポンと手を置いて、軽く撫でてやる。こいつ、気持ちよさそうにしやがって。しかし、なんかあれだな。何かに似ていると思ったが、子供のころに飼っていた猫にそっくりだ。触ろうとすると邪険にするくせに、その後で撫でてくれとばかりにすり寄ってくる。

 

「ふふーん、もっと私に頼ってもいいのよ?」

「はいはい。頼りにしてるぞ。ドイツ艦隊旗艦様」

 

 どっかの背伸び駆逐艦のようなセリフを宣うドイツ最強の戦艦様の頭を、俺はしばらく撫で続ける羽目となった。

 

※※※※

 

「なるほど、あれが、オイゲンの言うところの『ツン・デーレ』というやつなのか」

 

「なんかあそこまで行くと、「ツン」がどっか行っちゃってますけどね。『デレ・デーレ』です。まあ、どちらにしても、ビスマルクお姉さまの魅力を高める『ゾクセイ』であることに違いはないです」

 

「どちらにしろ、あんなビスマルクは見たことがないよ」

 

「ビスマルク、部屋のオスカーみたいです……」

 

「……ねえ、これ、わたしたちが見ててもいいの?」

 

「……そうだな。マックスの言う通りだ。見つからないうちに退散するか。ほら、行くぞ、オイゲン」

 

 執務室の戸の隙間から、顔を放すと、グラーフはオイゲンの襟首を捕まえた。

 

「え~、もうちょっと見ていたいです~」

「問答無用だ。行くぞ」

 ひそひそと争う声が、提督の執務室の前から遠ざかっていった。

 




頭を撫でられるのは、好きな方と嫌いな方がいるそうです
頭が身体でも重要な部分であることが関係しているのだとか
紳士の皆さんは気を付けましょう


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