この呪いの装備に祝福を! (はじ)
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プロローグ

「本当にすみませんでした!」

 

真っ白な部屋で俺は唐突にそんな事を言われ驚きを隠せなかった。

部屋の中には事務机と椅子があるが声をかけてきた存在は床に手をつきそれは見事なフォームの土下座をかましていた。

 

頭を下げている為顔は分からないが、ここは多分さっきと同じ場所で、この銀髪の人も女神なのだろう。勝手に決められた異世界ライフが始まると思ったところでこの状況。いまいち理解が追い付かない。そもそもさっきいた青髪のアクアとか言う奴はどこに行ったんだ?それに明るい光に包まれた後、微かに見えたあの景色はなんだったんだろうか?よく分からないから仕事モードで対応しておこう。

 

「とりあえず頭を上げてください。そして説明をしてほしいのですが・・・・・・」

 

女神様に頭を下げられたままなのは流石に居心地が悪い。

 

「本当にすみませんでした、貴方に起きた事態はこちらでも把握するのに時間がかかっていまして、説明をしたいのですが確認をしているので少しだけお時間を頂きたいのです」

 

ようやく顔を上げてくれた女神様は先ほど会った悪徳業者のようなアクアとは違って真面目で少し焦ったような顔で俺を見つめてきた。

 

「待つのは構いませんよ。一度死んだ身ですのでここでこうしてるのも本来はあり得ない事でしょうから・・・・・・」

 

「ありがとうございます、それでは少しだけお時間を頂きます」

 

女神様はそう言うと立ち上がり光に包まれて消えて行った。

 

・・・・・・この空間で一人になった俺は待ってる間、左手首に付けられたシルバーのブレスレットを撫でながら目を閉じ先ほど自分に起きた事を思い出す事にした。

 

 

「相沢唯人さん、ようこそ死後の世界へ。貴方はつい先ほど不幸にも亡くなりました。貴方の生は終わってしまったのです」

 

目の前の青髪の女はそう俺に告げた。

 

俺は死ぬ前は何処にでもいる仕事に疲れたくたびれた三十半ばのオッサンだった。結婚はしたが子供はいない。その生活が幸せだったかと聞かれたらそうでもないと答えられる。

何故なら俺が死ぬ事になった理由は嫁さんのストーカーに刺されたからだ。

ストーカーが出現したせいで嫁さんは心を病んでしまい、仕事帰りに別居中だった嫁さんに会いに行く途中、『何で!』だの『お前のせいだ!』だの虚ろな目で喚き、『殺してやる』と叫びポケットから出したナイフで俺を刺した。いろいろやり返したがやはりこれが致命傷だったようだ。

 

「一つ聞いても良いですか?」

 

目の前の女は頷く。

 

「どうぞ?」

 

「俺を刺した奴はどうなりました?」

 

「あの男なら病院に運ばれたわよ。まぁ、貴方が死ぬ前にやった攻撃で、二度と病院から出れない生活になるでしょうけど・・・・・・」

 

顔を引きつらせながら答えてくれた。まぁ、他人に暴力を振るうなんて二十年ぶり位だから手加減なんか出来なかったよ。だって俺、刺されたし。

 

「・・・・・・しょうがないさ」

 

「しょうがないじゃないわよ。最後のあれは何なのよ!リアルに格ゲーの超必殺技を使う人間を私は初めて見たわ!マックスコンボ!って聞こえてきたもの。そして右手を天に掲げそのまま立ち往生。アンタは何処の拳王様なのよ!」

 

昔はヤンチャだったから・・・・・・っていうかあのポーズのまま死んだのか・・・・・・

 

「今病院に着いたアンタの家族はその話聞いて『よくやった!』って爆笑してるわ。もちろんアンタの奥さんもね」

 

なんかあれだな葬式も楽しそうだな。そういうのにも出てみたい気がする。それに嫁さんも笑えるくらい元気になってくれたのか・・・・・・ストーカーが病院から出れなくなったのは良かったけど、もうあの笑顔が見れないのは辛いな・・・・・・・

 

「・・・・・・さて。その話はここまでにして。初めまして相沢唯人さん。私の名前はアクア。日本において若くして死んだ人間を導く女神よ」

 

ん?若くして死んだ?

 

「俺、そこまで若くないけど」

 

「そうなのよ。アンタは特例なのよ!本来であれば人間として生まれ変わり新たな人生を歩むか、天国的な所でおじいちゃんみたいな暮らしをするかの二択なの」

 

「じゃ、生まれ変わりで」

 

「そうね!生まれ変わりね。って違ぁぁぁぁう!」

 

こいつ本当に女神なのか?キレの良いノリツッコミだぞ。それにさっきから話をしてたら言葉遣いも軽くなってきてるし、なんか残念な感じがする。今もゼーハーいいながら肩を揺らしてるし。

 

「アンタは特例って言ったでしょ!もう一つの選択肢があるのよ!」

 

選択肢・・・・・・あぁ、あれか?

 

「地獄か・・・・・・」

 

「そう、アンタ昔ヤンチャしてたみたい・・・・・・って違ぁぁぁぁう!」

 

違うの?

 

「何で地獄行きの人間を女神である私が案内しなくちゃいけないのよ!」

 

「思い出作り?」

 

「何でよー!地獄行きの奴は死神がちゃんと案内してるわよ」

 

地獄もちゃんとあるのね。それじゃ分からん。死んだ俺に何させる気だろう。このそこはかとなく不安だ。

 

「ふぅー、まぁいいわ。アンタに与えられた選択肢は、異世界転生よ!」

 

異世界転生?夜中にアニメでやってたスライムになっちゃうやつ?普通にスライムは嫌だな。

 

「そういうのいいんで、生まれ変わりでよろしく」

 

「だから最後まで話を聞きなさいよー!」

 

アクアが言うことには、その世界には魔王がいてそいつらによる侵攻のせいでピンチらしい。んで、そこはロープレ的なファンタジー世界らしい。

 

ただの日本人にどうしろと?中年太りでお腹ポヨポヨだし、魔法?モンスター?無理でしょ。何か面倒臭くなってきたな。

 

「何を聞けば良いんだ?俺は生まれ変わりで良いと言っているだろう?」

 

「魔剣マスターって知ってるわよね?」

 

もちろん知っている、近衛山彦先生の作品だな。世の中を見るとそこまで評価されてないけど俺は好きなラノベだ。中学生の時に一巻が出て七年かけて全二十巻の大作だ。ちょうど青春時代と呼ばれる時期に買って読み続けたから今でも部屋の本棚にある。

 

「それがどうかしたか?」

 

「『原罪の剣(アポカリプス)』。それがアンタの転生特典よ」

 

確か魔剣マスターってファンタジー世界だったから魔法もあったけど基本的に皆身体強化をして剣で切り合う脳筋ファンタジーだったはず。それに『原罪の剣(アポカリプス)』。魔剣マスターの最終巻でしか登場せず、ラスボスに止めを刺したのは主人公のサブウエポンという主人公に三流の装備品と言われた剣に見せ場を奪われ、いまいち活躍できずに終わったなんとも不憫な神殺しの魔剣だ。それに確かデメリットが・・・・・・

 

「アンタの腕にもう付いてるでしょ」

 

そう言われ腕を見ると確かに手首の所にシルバーのオシャレなブレスレットが付いてる。いつの間に付いたんだ?

 

「挿し絵だと白い輪だったけど、オシャレにしておいたわ。いやー技術開発局が苦労していたけど、ようやく完成したのよ。そうしたら原作知らない世代になっちゃったから上に無理言って特例を認めさせたらちょうどアンタが来たってわけ。オマケで肉体年齢も16歳くらいにしといたから感謝しなさい!それに魔王を倒したら何でも願いが叶うから良いでしょ!」

 

強制かよ!それにデメリットを思い出したぞ。確か魔力を吸収し続けるだったはずだ。魔力が尽きたらそのまま生命力も吸われ、主人公が最初は死にかけてたな。

 

「チェンジで!」

 

「何なのよー!もうアンタで登録完了してるから外せないし、特典は一つしか与えられないから無理に決まってるでしょう!」

 

「ドヤ顔で呪いの装備をやるから魔王を倒せって何処の悪徳業者だよ!」

 

「呪いの装備ってなによ!悪徳業者って!わ・た・し・は女神様なのよ!それに私だってあの作品大好きなんだからそんな事言わないでよ!」

 

「呪い以外の言い方があるわけないだろう。デメリットのほうが大き(でか)すぎる!それに俺は一言も転生するなんて言ってないだろうが!」

 

最初の緊張感もなく相手が女神だと言うのに気がつくと怒鳴っていた。まぁ、話の内容事態十割がた向こうに非があるのは一目瞭然だが・・・・・・

 

「こうなったらさっさと行ってもらうわ」

 

そうアクアが告げると俺の周りに青白い魔方陣が現れた。

 

・・・・・・おい、まさかこのまま異世界に行く事になるのかよ。

 

「ふざけんな!」

 

「・・・・・・プークスクス!さぁ、勇者よ!願わくば、数多の勇者候補達の中から、貴方が魔王を打ち倒す事を祈っています。・・・・・・さぁ、旅立ちなさい!プフー」

 

笑いを堪えながらそう告げるアクアを見た。

 

「次に会ったら絶対にぶん殴ってやるぅー」

 

そして俺は自分の叫び声と共に青い光にのみこまれた。

 

 

目を開き、大分ムカムカする気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返していると何もないところから光が溢れ先ほどの銀髪の女神が現れた。

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません。貴方に起きた事態もだいたい把握できたので、説明させて頂きます」

 

そう、転生したはずなのに元の場所にいる理由は何でだろうか?それにアクアはどこに行った?

 

「先ほどは名も名乗らずにすみません。私の名前はエリス。貴方が転生するはずだった世界の女神です」

 

違う世界の神ということか?アクアみたいなテキトーじゃなく神々しい感じがする。

 

「まず貴方に起きた事態を説明させて頂きます。貴方が付けている転生特典の『原罪の剣(アポカリプス)』。そもそもこれが原因です。転生特典は、本来選ばれて初めて魂との繋がりを得ますが、貴方の場合、選ぶ前から登録されていた為に他の転生者達とは比べ物にならないほどの繋がりを得てしまいました。これによりその待機形態のブレスレットでも魔力を吸ってしまうという状態になりまして、貴方は、転生直後に一瞬で魔力、生命力を吸われてしまい此処に戻ってしまったという訳です」

 

ん?ということは?

 

「あの、俺って勝手に付けられた呪いの装備のせいでまた死んだの?」

 

素で出た俺の一言で気不味い空気になり、エリス様も申し訳なさそうな顔をしている。そうか死んだのかぁ。何か二回目になると耐性がつくというか、どうでもよくなるな!

 

「聞きたいんですが、此処にいたアクアは何処にいますか?」

 

「女神アクアは先ほど来た転生者に特典として選ばれて向こうの世界へ行きました」

 

え!あんなのを特典に選んだの?そいつはバカなのか?

 

「それで俺はこの後どうなりますか?」

 

「まず確認させていただきたいのですが、相沢唯人さんは、転生ではなく生まれ変わり希望でよろしかったでしょうか?」

 

そう言うエリス様に俺は驚きを隠せなかった。また、選ぶの?それに・・・・・・・

 

「『原罪の剣(アポカリプス)』はどうなりますか?」

 

どちらを選んでもすぐ此処に戻る事になるだろう。予想通りなら魂レベルで繋がってる『原罪の剣(アポカリプス)』は、外す事が出来ないはずだ。今も手首にはまっているのが理由だけど。

 

「その質問をするということはある程度理解されていると思いますが、上との協議の結果、貴方には『無限魔力回復機』が特典とは別に与えられる事になっていますから、天国以外選んでも大丈夫ですよ。生まれ変わりの場合は外す事が可能になった時点で、両方回収させていただきますし、さらに転生の場合今回の件のお詫びとして一つ特典を選ぶ事が出来ます」

 

何その厚待遇!怖いんですけど・・・・・・選べるのは一つだけど肉体の若返りも含めると実質4つとか凄くない?一つは呪われてるけど。

 

「転生の場合、本来であれば最初に特典を一つ選ぶ事が出来ます。今回は天界(こちら)の勝手な都合で、不幸を押し付けてしまったのです。お詫びになるかは分かりませんが転生していただけるのであれば必要になるものだと思います。それに異世界転生者を蘇生することは天界規定で禁じられてますが、貴方の場合はこれに当たらないと上に確認もすんでいますので問題ありません」

 

蘇生って!そんなのあるのか・・・・・・まぁチートをもらってるんだからそこまでOKにする訳にはいかないのかもしれない。俺の場合は女神(笑)(アクア)による完全なまでの巻き込み事故だしな。これは転生でもいいのかもしれないけど、とりあえずちゃんと聞いておこう。

 

「教えてほしい事があるのですがいいですか?」

 

「何でしょう?」

 

「まず、選択肢についてです。アクアと名乗った女性はほとんど説明がなかったものですから」

 

あっ!俺の言葉でエリス様が頭抱えてる。やっぱりあいつ問題児なんだな。

 

「取り乱してすみません。最初の選択肢ですね。生まれ変わりはそのままの意味です。記憶は消されてしまいますが元の世界に新たな命として誕生します。天国的な場所は貴方の世界の言葉で説明するのは難しいのですが、簡単に言うと何もない所でボーっとしてるだけの場所ですね」

 

記憶が消されるのか・・・・・・嫁さんに会うことも出来なくなるな。まぁ前世の記憶があっても生きにくそうだし生まれ変わりはしょうがない話だな、だけど天国って何もないのかよ。

 

「なら転生する世界について教えてください。俺のいた世界でのゲームみたいなファンタジー世界としか聞いてませんので・・・・・・」

 

エリス様は顔をヒクつかせてる。今の俺ってゲームでいう所のチュートリアルがほとんどなされていないクソゲー状態なのにラスボス戦で使用する装備持ち状態だからなぁ。エリス様もアクアが趣味全開で仕事放棄してるとは思ってなかったんだろうさ。

 

エリス様の説明は細かい所まで教えてくれた。アクアとは大違いだ。転生にしようかな。そもそも生まれ変わりをと言ってたのは意味も分からず勝手にされるのがいやだったからだしな。向こうに行けばアクアも殴れるし魔王を倒せば願いを叶えてくれるらしいから、そうすればもう一度嫁さんに会えるかもしれない。なら俺は・・・・・・

 

「俺は転生することにします」

 

「分かりました。それではこちらから特典を選んでください」

 

エリス様はそう言うと俺にカタログらしき本を差し出した。

 

ページをペラペラめくるとゲームではお馴染みの伝説の武器やら防具やらが色々と載っている。でも『原罪の剣(アポカリプス)』がノーリスクで使える今それを選らばなくても良いはずだ。となると選ぶのはステータスやスキルを対象とした特典が必要不可欠になる。日本人である俺が、剣なんぞ振り回したことはないしな。エリス様の話によると職業補正があるらしいがそれでは見切られたら終わりだろう。なんせ、今まで転生者はたくさんいたらしいが魔王が倒されていないのが理由だ。

 

ん?これは?

 

「ちょっといいですか?」

 

「はい?」

 

「このスキルポイントボーナスって特典は何ですか?」

 

俺はカタログに載ってるページを指差した。これだけ名前で説明がない。

 

「まずスキルポイントですが、各職業につくと様々なスキルがあります。例をあげると、魔法を使う為にはその魔法を習得しなければなりません。その習得にスキルポイントが必要になります。適正があれば消費ポイントが少なく、適正がなければ多く必要になります。基本的にレベルが上がればスキルポイントを少しずつ手にいれる事が出来ますのでポイントを貯めて習得するのが一般的ですね。それでそのスキルポイントボーナスはレベルアップ時に手にはいるスキルポイントにボーナスが付くというものです。ボーナス量はその人の幸運に依存しますがそれでも通常の倍は手にはいります」

 

これにしようかな。レベルアップするのは当たり前だが、それだけじゃ勝てないのは過去の転生者達がしてるしな。

 

「これにします」

 

「承りました。それでは此方の魔方陣へどうぞ」

 

俺は促された魔方陣へ向かおうとずっと座っていた椅子から立ち上がろうとした。

 

「何事です!」

 

エリス様が突然魔方陣の上に溢れ出した光に問いただし始めた。光から現れたのは背中に翼を持つ天使と黒い大剣だった。流石天界。天使もいるんだな。

 

「申し訳ありませんエリス様。ですが、相沢唯人さんにはこちらを渡すように指示がありまして」

 

「それは?」

 

「アクア様より頼まれた技術開発局が開発した一振りなんですが、使用できる適正があるのが『原罪の剣(アポカリプス)』適正者になっているため他の方には渡せないのです」

 

大剣をよく見ると『魔剣マスター』で主人公が使用していた人間が作り出した最高峰と呼ばれた『大陸一の剛剣(ハイペリオン)』だ。なに、それもくれるの?くれるんなら何でも貰うよ!おじさん異世界に行くんだ準備は万端に整えたい。エリス様頭を抱えないで・・・・・・頬を膨らませて怒るのも可愛らしいけど、女神なんだからもっと毅然としなきゃ。

 

「これも持って行きますか?」

 

「こちらにあってもその剣が不憫ですし貰えるならもらいます」

 

「分かりました。それとこれが向こうの世界で使えるお金になります。少しで申し訳ありませんがギルドの登録料と3日分位の生活費になります」

 

「ありがとうございます」

 

「こちらこそ多分なご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。それではこちらに」

 

いつの間にか天使は魔方陣からエリス様の後ろに移動しているな。さぁ異世界に行ってさっさと願いを叶えてもらおう。

 

「最後に相沢唯人さん、貴方に私の加護を」

 

俺の身体を光が覆う。なんだろう、何か暖かい。

 

「貴方の生に幸福があることを祈っています」

 

そして二回目となる青い光に包まれた。

 



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冒険者始動

そこは石造りの街並み。中世ヨーロッパのような風景が目の前にはあった。

 

俺が暮らしていた日本とは違う別な世界。何か感慨深いな。さてこれがこの世界での第一歩だ。やることはたくさんあるがまずは・・・・・・

 

「ねえねえ君!もしかしてこの街初めて?」

 

数歩進んだ所で横から話かけられた。振り返ると銀髪の女の子がいた。

 

「何してるんですかエリス様?」

 

さっきまで見てた顔だ間違いない。

 

「ち、違うよ。あたしの名前はクリスだよ」

 

焦ってるな。やはり本物か。

 

「ちょっと困ってるように見えたから声をかけたんだよ。それにエリスって国教にもなって崇められてる女神だよ。そんな存在と一緒な訳ないじゃない!」

 

そんなに焦ることなのかな。

 

「分かりました。クリス様。それで何の用なんです?」

 

クリスは落ち着くように一つ咳をした。やっぱりエリス様だな。

 

「さっきも言ったけど、困ってるように見えたから声をかけたんだよ」

 

「それはありがとうございます。洋服屋さんを探そうとしてたんです」

 

「店?ギルドじゃなくて?」

 

おいおい、それは自分がエリスって言ってるようなもんだぞ。

 

「見た通りの格好では動きにくいので、動きやすい服を買おうと思ったのです」

 

そう、今の俺の格好はスーツに革靴、手に先ほどもらったお金が入った袋で背中にハイペリオン。仕事帰りだったからしょうがないとはいえよくこの格好で転生させるよな。お陰で変に目立つのか周りの人の目が痛い。

 

「あぁ、その格好じゃしょうがないよね。なら案内するよ。安い服屋さん知ってるから、さぁ行こう」

 

 

なるほどその店は安かった・・・・・・でも!

 

「ねえ、安かったでしょ」

 

「あぁ安かったな」

 

だけど言いたい。ギルドから出された亡くなった冒険者の遺品って!普通の古着屋でも良いじゃないか!なぜデカデカとそれを書いて売り文句にする!こっちは冒険者始める前にちょっと萎えたよ。それに着せ替え人形にされること数十回。結局決まったのは最初に俺が選んだ服だった。これじゃあ敬語使う気も失せるな。

 

「似合ってるよ。ベテラン冒険者みたいだ」

 

まだ冒険者じゃないんですけどね。

 

今の俺の装備は、動き安いシャツと黒いズボン、ブーツ。そして黒いロングコートとさっきまで着ていたものが入っているリュック。凄い事に全部驚きの未使用品だ。さすがに洗濯してあっても使用済みの下着なんか身に付けたいとは思わない。背中にハイペリオンとスーツと2日分の替えの服を入れたリュックを背負い冒険者ギルドをクリスの案内で目指す。ちなみにリュックはサービスだった。

 

「もうすぐ着くよ。最初は視線が煩わしいかもしれないけど、気にしないようにね」

 

視線?何で?

 

「何でって考えてるね?さっきも言ったけど、今の君はベテラン冒険者みたいに見えるし、何よりもその大剣だね」

 

ハイペリオン?

 

「あんまり感じてないみたいだけど、その剣の持つ雰囲気が周りから見ると凄く禍々しいよ」

 

天界産のくせに禍々しいのかよ。原作だとそんな描写なかったはず、人間により作られたものだけど天界で作られたことに理由があるのかな。

 

「考えこんでるところ悪いけどもうすぐ着くよ。それとアタシはもう行くね」

 

へ?いっちゃうの?忙しいのかな?

 

「何か用があっただろうにここまで付き合わせてすまない」

 

「いいの、いいの。んじゃこんど何かおごってよ」

 

「わかった。ありがとう」

 

「その建物がギルドだからね」

 

そう言うとエリス様もといクリスは手を振りながら去って行った。多分天界の仕事が忙しい中案内してくれたのだろう。確かエリス様は国教として崇められてるらしいから余裕ができたら少し寄付でもしておこう。

 

「さて、行ってみるか」

 

俺はクリスを見送る為止めていた足を動かした。

 

――――冒険者ギルド――――

 

「あ、いらっしゃいませ!お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞ!」

 

強い酒の匂いが鼻につく。愛想の良いウエイトレスに言われた通り俺は奥のカウンターへ向かうために歩き始めた。それにしても静かだな。クリスの言った通り視線は鬱陶しいけど、よく映画である荒くれ者に絡まれる。とかはないみたいだからよしとしよう。

 

ちょうど空いているカウンターがあったのでそこの前に立つ。

 

「冒険者ギルドへようこそ。今日はどういったご用件でしょうか?」

 

おっとりとした美人さんが受付か、これは男としてラッキーなのか?断じて浮気とかではないぞ。

 

「冒険者登録をしたいんですが」

 

「登録手数料で、千エリスかかりますが・・・・・・」

 

「これで大丈夫かな?」

 

俺はポケットから財布を取り出しエリス様からもらったお金を出した。服の買い物をした時に元々持ってた財布にお金を入れ、日本円はリュックにしまった。多分使うことはないんだろうな。死ぬ前に嫁さんと食事でもと考えてたからけっこう入ってたんだよね。

 

お金を受け取った受付の美人さんは免許証位の大きさのカードと書類を俺の前に差し出した。

 

「此方のカードは冒険者の身分証明書になります。このカードには名前、レベル、職業やスキル、モンスターの種類、討伐数等自動的に更新され表示されます。人はモンスターを討伐するとその魂を吸収します。一定の量を吸収すると急激に成長することがあり、それを俗にレベルアップと呼びます。才能があればレベル1でもスキルポイントを取得していることがありますが、基本的にレベルアップすることでスキルポイントを取得して新たなスキルを獲得していく形になります。スキル獲得方法は冒険者カードを操作して『習得可能スキル一覧』から選んでください。それでは、此方の書類に記入をお願いします」

 

えーと、記入するのは名前、身長、体重、年齢、身体的特徴か。体重?確か十六歳位まで身体が戻ってるんだっけ?

身長は182センチ、体重は65キロ、年齢は・・・・・・肉体年齢が変わっただけだから36歳、黒髪、黒目っと。

 

「はい、それでは・・・・・・えぇ!」

 

ん?なんか間違ってたかな?

 

「失礼しました。その・・・・・・年齢はこれで良かったですか?」

 

やっぱり年齢で驚かれたか。まぁ、ごまかそうか。

 

「間違ってないですよ。いろいろと事情がありまして、気にしないでいただけるとありがたいです」

 

・・・・・・女神を名乗るやつに呪いの装備を付けられて身体も若返らせられたなんてさすがに言えないなぁ。

 

「わ、分かりました。それではこちらのカードに触れてください。それでステータスが分かりますのでなりたい職業を選んでください」

 

俺は少し緊張しながらカードに触れた。

 

「えーと、アイザワユイトさんですね。なぁぁぁ!」

 

受付の美人さんがなんか驚いて絶叫した。

 

「このステータス数値はなんなんですか?スキルも発現してるし、年齢の件もあるし一体アイザワさんは何者なんですか?」

 

えーと、こういう時ってなんて言うんだっけ?嫁さんが好きだったアニメで確か・・・・・・

 

「禁則事項です」

 

「え?」

 

時が一瞬止まった。やっぱりこういうのは可愛い女の子じゃないとダメだな。

 

「気にしないでください。そういうものなんです」

 

「気を取り直しまして、アイザワユイトさん。職業ですが、貴方のステータスなら上級職も含めてどんな職業にでもなれます」

 

「その前に一つ聞きたいんですが、職業についてスキルを覚えたら転職というのは可能ですか?」

 

ここでチートもといスキルポイントボーナスという特典が活きてくる。エリス様の話で理解しているが自分が必要だと思うスキルを必要なだけ持っておけば安心だ。いうなればモフモフⅤのスッピンで魔法剣二刀流乱れ打ちのようなことも可能になるはずだ。

 

「可能ですが、転職するほど早くその職業のスキルを覚える方はほとんどいませんよ」

 

大丈夫なんだよね。多分普通の人よりボーナスあるし、モフモフⅤならパーティー組んでるし装備制限があるから出来ないけど、今の俺なら出来る最初に選ぶジョブ。

 

「大丈夫です。まずは『白魔法使い(アークプリースト)』でお願いします」

 

「分かりました。ではアークプリーストに設定します」

 

さて、初回のスキルポイントボーナスはどんなもんなのかな?

 

「あぁぁぁぁぁ!」

 

この受付の美人さん大丈夫かな?さっきから叫んでばっかりだけど!そのお陰で周りの注目を集めてるんですけど!

 

「あの!すみません。カードの確認をして欲しいのですが・・・・・・」

 

スキルポイント『くぁwせdrftgyふじこlp』。

 

なぁにこれ?

 

「こんなの初めて見たんですけど、心当たりありますか?」

 

どうしたらこの表記になるんだ?これってスキルポイントボーナスのせいでカードにおける数字がバグったのか?なら消費すれば通常表記に戻るはず。

 

・・・・・なんて思っていた時もありました。

 

アークプリーストから始まりソードマスター、ルーンナイト、クルセイダー、アークウィザード、料理人、掃除夫等々・・・・・・とりあえず職業一覧を総なめしてもスキルポイントの表記は変わりませんでした。最終的にモンスターのスキルすら教えてもらえば覚えることができる冒険者に就職した俺は叫びすぎる受付の美人さんのせいでギルド内にいた人達からも歓迎を受けスキルマスターという肩書きを頂いた。

 

とりあえず一言言いたい。

 

どうしてこうなった?

 

 

あのあと、騒ぎが大きくなったギルドでソロは無理だと言われながらも初心者向けのクエストを受け、今晩の寝床として少し割高だったが宿をとり街の外に広がる広大な平原地帯に来ていた。

 

受けたクエストは『3日以内にジャイアントトードを5匹討伐』。金属を嫌うため装備さえ整ってればなんとかなるらしい。これを受けた理由はスキルの確認や明日からの生活費稼ぎのためだ。原型をとどめていれば一匹当たり移送費を引いて五千エリス。成功報酬は十万エリス。レベルあげとスキル確認をしばらく行うと考えればしばらく常設してるらしいこのクエストはうってつけだ。と考えながら歩いていたら影がさした。

 

空を見上げると巨大なカエルが空を跳んでいた。

 

どうやら(エサ)を見つけたとばかりに向こうから来てくれたらしい。

 

最初に試すスキルは剣術だな。ハイペリオンを構えカエルの着地に合わせて切りかかる。卑怯と言ってはいけない。命のやり取りなのだから、しかも今回はレベリング及びスキル確認の調整なのだ。自分の安全を第一にドリクエ風の戦闘作戦を決めるなら『いのちをだいじに』だ。

 

魔剣補正なのかスキル補正かは分からないが、初撃で決まってしまった。これで五千エリス。周りを見ても平原が広がりカエルが見当たらない。後四匹今日中に倒してクエストクリアしておきたいんだが・・・・・・確かこういう時に使うアークプリーストで取ったスキルがあったな。

 

『フォルスファイア』

 

敵寄せのスキルである。が、調子にのって魔法威力増大やら魔法範囲拡大やらのスキルを最大値まで上げた結果なのか何もなかった平原のあちらこちらからジャイアントトードがぽこぽこと這い出て来た。

 

やっちまったなぁ!

 

この状況。『いのちをだいじに』を元に考えるならコマンドは逃げるだな。でもこの状況じゃさっき倒したカエルをギルドで回収するのもままならいだろうし、やれるだけやったほうがよさそうだ。

 

『筋力強化』

 

『速度強化』

 

『防御力強化』

 

俺は身体強化のスキルを掛けてあらためてハイペリオンを構える。

 

心がけるのはヒットアンドアウェイ。一撃入れたら次へ無駄なく行く。イメージはマンガを実写化したワイヤーアクションのやつ。

 

「いくぞ!」

 

 

・・・・・・疲れた。生き残れた事を良しと考えるなら心地良い疲れなのかもしれない。魔剣補正やソードマスターのスキル補正様々な状況だが汗だくだし足はガクガクだし肉体年齢は若返ってる訳だが、社会人になって十数年まともな運動してないから身体はついて行ってるが精神がついていかない。それに命のやり取りによるストレスがこんなにキツイとは思ってなかった。風呂に入って寝たいな。だけど・・・・・・ギルドに報告がてらとぼとぼ歩く今の俺は周りから見るとどう映るんだろうか・・・・・・

 

異世界生活1日目。こんなにナーバスになってはやっていけない。魔王を倒して嫁さんにもう一度会うんだ気合いをいれよう。こういう時は楽しみを見つけるんだ。何かないか?うん、まずは食事やお酒だな。それにタバコを吸ってるやつもいたし明日はいろいろ見て回ろう。

 

「いらっしゃいませー、あっ!帰って来た!」

 

どうやら俺はいつの間にか有名になっていたらしい。

 

「どうせこの様子じゃ、ソロがキツくて帰って来たんじゃねえの?」

 

「カエル一匹倒せずにか?」

 

好き勝手言いやがって。シバいてやりたいが身体があんまり動かん。カエルに感謝しろよ。俺は馬鹿にされんのが一番ムカつくんだ。俺は善いことだろうが悪いことだろうがやられたらやり返すのが信条なんだ。

 

奥のカウンターまで足を動かすとさっきもいた絶叫する美人さんに告げた。

 

「クエストは終わらせたから報酬をください」

 

「へ?」

 

確か冒険者カードを見せるんだったな。財布からカードを取り出してカウンターに置く。

 

「は、はい。えぇぇぇ!」

 

カードを見てカウンターにある妙な箱を操作して確認してた美人さんはまた絶叫してる。

 

「この短時間で二十六匹って何やったんですか?」

 

「切った・・・・・・」

 

「「「二十六匹!」」」

 

ギルド内にも絶叫が伝染した。伝染するものなの?

 

「ほ、報酬はギルドがモンスターの回収を行ってからの支払いになりますので明日でも大丈夫でしょうか?」

 

えっ!今貰えないの?服買ったり宿取ったりしたから残金が心許ないんだけど。

 

「分かりました。それと一つ聞きたいんですが今日この街に来たばかりなので地図など有りませんか?」

 

宿に風呂はなかったし、洗濯もしたいし日用品も必要になる。

 

「それならこれをどうぞ」

 

折り畳まれたそれはショッピングモールによくあるやつに似ていた。

 

「ありがとうございます。ではまた明日」

 

貰うもの貰ったらさっさと帰ろう。此処にいると絡まれそうだ。

 

 

宿に戻って地図を開くと大衆浴場を見つけたので行って来た。洗濯もそこでやって乾燥もした。魔法スキル様々だ。夕飯はその辺の屋台の謎肉で済ませ、今は宿のベッドの上だ。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

手で冒険者カードを操作する。これが俺の今のレベルとステータス。カードに表示されたレベルの数値は9。ステータスもギルドで見た時よりも数値が増えている。スキルポイントは文字化けしたまま。なんかゲームみたいだな。文字化けは裏技したみたいだし。ただの特典なんだけど・・・・・・駆け出しでは今日のカエルはレベルを上げやすいモンスターらしいが二十六匹も狩って9レベル。ロープレ的には上がってるほうだ。だが、狩りやすいモンスターでこのレベル。ドリクエでいうところのスライムに当たるんをだろう。今後の事を考える意味でもこの世界について学んだ方が良いみたいだ。地図を見ていて気づいたけどこの世界でも図書館があった。明日必ず行こう。

 

それに今日のクエストは通常パーティーを組んで行うものらしい。5匹討伐で10万エリス。5匹とも引き取りで2万5千エリス。五人パーティーで日給2万5千エリス。日本だと残業込みで日給換算だと1万3千円。プラス1日当たりの命の値段が1万2千エリス・・・・・・これをどうとらえるのかが冒険者としてやっていけるかどうかのラインなんだろうな。しかし俺の場合、今回はソロで二十六匹だから13万エリスとクエスト報酬10万エリス。ストレスは感じたがどうにか対応出来るだろう。明日日用品を買ったりするには十分な稼ぎのはずだ。この宿の連泊予約も明日しておこう。

 

明日の予定も決まったことだし、気になってたスキルの確認をしておこう。操作して見つけたものだけど『幸運の女神の加護』と『水の女神の呪い』、そして『魔力回復』。多分エリス様が転生直前にくれたものと、多分『アポカリプス』のせいで一度死んだからだろう。だけど『水の女神の呪い』ってウケるな。それと俺の命綱の『魔力回復』。こうして考え事をしてる間も吸われっぱなしなんだろうな。

 

アクアなら『呪いってなんなのよー』って叫ぶんだろうけど、今度会ったら絶対ぶん殴る。

 

そんな事を考えながら俺は眠りに落ちた。

 



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魔王軍準幹部

新しい朝が来た。と始まる、俺の子供の頃は夏の風物詩だった体操を宿の部屋の中でする。子供の頃から毎朝やってる体操だ。全身の筋肉を使うから身体に良いらしい。素足だから飛び跳ねてもあまり下に響くこともないだろう。

 

やはり軽い筋肉痛で身体がダルい。

 

習慣とは怖いもので時計がないから分からないが多分朝の6時くらいに起きたところ、朝食を宿が出してくれた。パンと目玉焼きとコーヒー。この世界でも普通の朝食メニューらしい。食べた時に連泊の話をし、とりあえず今晩分を払ったから財布の中身は空に近い。

 

深呼吸をして体操を終えたのでブーツを履くき、リュックから着替えなんかをベッドの上に出して空にする。日用品を買った時に入れるために持って行くつもりだ。

 

今日の予定はギルドで報酬を受け取り日用品の買い物と、地図で確認した時に見つけた図書館に行く事。何故ならこの世界の常識なんかも身につける必要がある。知らないとは怖いことだ。まずこの街の名前すら知らない。国はもちろんこちらの法も分からない。知らないうちに犯罪を犯していたなんて事になったら目も当てられない。

 

ハイペリオンも置いて行こう。買い物をするには邪魔になる。最悪アポカリプスを使えば良いだろう。初日の騒ぎで武道家のスキルもコンプリートしてるから必要になることはないだろうけど、聖騎士のスキル『手加減』もその時は使おう。でも最初に使うのは『威圧』だな。

 

 

「報酬を貰いに来た」

 

「あっ!昨日の件ですね。用意してあります」

 

昨日の絶叫美人さんは別の冒険者の相手をしているので違うカウンターで報酬を貰う。

 

「ジャイアントトードを3日以内に5匹討伐。クエストの完了を確認しました。ご苦労様でした。二十六匹のジャイアントトードの買い取りとクエスト報酬を合わせまして、23万エリスになります。ご確認下さいね」

 

空に近かった財布の厚みが復活した。これでいろいろ買えるな。

 

「そうだ・・・・・・すみませんがこの辺で筆記用具が売っている店はありますか?」

 

受付のお姉さんに聞いてみる。図書館に行く前に買っておく必要がある。昔から物覚えは良い方だがさすがに必要になるだろう。

 

「それでしたら、ギルドを出て少し行った所にありますよ」

 

「分かりました。ありがとう」

 

礼を言い、さて買いにいきますか。

 

「クエストにも行かずに良いご身分だなぁ、新入り?」

 

行けなかったよ。なんと言うか絡み方がモブだなぁ。こういうのを最初にやるやつってだいたい物語の序盤で殺されるんだよな。よく見ると昨日馬鹿にしていたやつだった。

 

「おいおい、ビビり過ぎて声もでねぇのかよ」

 

騒ぎを見ている冒険者で笑いを堪えているやつもいる。ちょっとイラっとするな。やられたらやり返そう。

 

『手加減』

 

『威圧』

 

『手加減』は文字通りのスキルだ。即死レベルの攻撃でも瀕死レベルに抑えてくれるらしい。そして『威圧』。

ただの殺気を飛ばすこのスキルはレベル差なんかは関係ないらしい。ただ使用者の人生経験における修羅場をくぐった数、特に死ぬような経験を元にするらしい。らしいが付くのは皆経験が無いからだ。アークプリーストには『復活魔法(リザレクション)』があるが、そんな思いをしてまでこのスキルの力を上げる必要もそんなにない。だが、死ぬような経験というより二回も死んだ俺には最適なスキルではないだろうか? どの程度になるか分からないから一応『手加減』を使ったんをだが・・・・・・

 

「うわ!汚な!」

 

絡んで来たモブは口から泡を吹いて漏らしてた。笑いを堪えてたやつも赤くなっていた顔が蒼白になってガタガタ震えている。

 

俺は『威圧』を解きガタガタ震えてるやつに近づくと声をかける。

 

「なぁ、俺は馬鹿にされんのが一番ムカつくんだ。だけど軽く睨んだだけでこんな様になるお前ら見たいな調子にのった雑魚はムカつくを通りこして憐れみさえ覚えるよ。そこで漏らしてるやつが起きたら伝えてくれないか?『雑魚は雑魚らしく部屋にでもこもってろ』ってな」

 

俺はカクカク首を縦に振るそいつの肩をポンポンと叩くと静まりかえったギルドから出ることができた。

 

 

あの後、教えてもらった店で手帳とずっと書き続けられるという魔道具の万年筆を買い図書館にたどり着いた。

 

こういう静かな雰囲気は好きだ。元々騒がしいのが苦手なのもあるが・・・・・・さて勉強開始だ。

 

この世界は俺がいた世界とは違う文化や文字、技術で構成されていること。一番の違いはやはり『モンスター』の存在。俺のいた世界の野生動物がそうなったのかと思っていたが『モンスター』は『モンスター』として存在しているみたいだ。そして冒険者。冒険者とはギルドに所属し、討伐や採取、捕獲等の様々なクエストをこなす便利屋みたいな存在だ。法に関しても元の世界より甘めなだけであまり変化はないみたいだ。これならこちらの世界での生活もそこまで苦にならないだろう。

 

当面の目標も見つかった。それは家の購入だ。いつまでも宿暮らしは資金的に苦しいし、なんと言っても『テレポート』という魔法。登録しておけばその場所まで一瞬で行ける便利魔法だ。遠くにクエストで出てもすぐに帰れる。魔力を大分使うみたいだが今の俺はノーリスクで使いたい放題なためゲームであった、自分の魔力を登録して射出、瞬間移動、攻撃なんて戦闘行動も出来るわけだ。今度試そう。このスキルに関する本は便利だな。今度本屋で探そう。いろいろスキルの組み合わせのアイディアが湧きそうだ。

 

 

昼飯も食べずに没頭していたらしい。知識を詰め込めるだけ詰め込んだ俺は日用品の買い物をするために図書館を後にした。

 

この世界にも銀行があるみたいなので登録をして少し預けた。これからの俺は『冒険者家を買う』だ。少しずつでも貯めていこう。元の世界でもストーカーのせいで実家暮らしで酒とタバコ以外ほとんどお金を使わなかった俺だ。こちらでも似た生活になるだろう。駆け出し冒険者が多いこの街だが治安も日本と変わらないくらい良いみたいだし、拠点にするなら問題ないだろう。

 

日用品の買い出しは順調というかあっさり終わった。クエストの時に財布や小物が入れられるウエストポーチも買いこれでリュックを持っての移動も避けられるだろう。それに水筒も買った。紙巻きタバコを見つけた時は年甲斐もなく狂喜したもんだ。銘柄がよく分からなかったが種類もそんなになかったのでスタンダードなものを3種類ほど購入し携帯灰皿も買った。やはりこの世界にはフィルターがないが、元々フィルターなしのタバコを吸っていたから問題ない。買った荷物を宿の部屋で整理する。ついでに更に10日ほど連泊の予約をしたら割引もしてくれた。

 

腹は減っているが先に大衆浴場に行く事にする。昨日は100エリスで購入した石鹸で頭から洗ったためゴワゴワしていた髪もこちらの世界でもあったシャンプーやコンディショナーを使いうとそれも取れた。今日着ていた服も洗い乾かしたので酒場に行く事にする。朝の件があるが、どちらにしろ明日またクエストを受けに行くため気まずいのは早めに解消しておくに限る。

 

「いらっしゃいませー!あぁ!貴方は!」

 

俺が店内に入ると騒がしかった店内も静まりかえってしまった。やはり朝の騒ぎのせいだろう。

 

居心地が悪いが、これも今後のためと空いていた四人がけのテーブルに座りメニューを手に取る。ジャイアントトードの唐揚げ?あれを唐揚げにするの?一番人気って書いてあるけど・・・・・・だから買い取りなのか?シャワシャワってなに?飲み物の所に書いてあるから飲み物なんだろう。ヤバい、メニューがあまり分からない。これが異世界の洗礼ってやつなのか?朝食が元の世界とあまり変わらなかったから油断してた。今度図書館で料理に関しても学んでおこう。料理人のスキルもとってあるから何かの役にたつだろう。

 

ん?クリムゾンビア?ビアってことはビール(麦酒)に近い飲み物か?とりあえずこれを頼んで見よう。

 

メニューを置いてウエイトレスさんを呼びこれと灰皿を頼む。ポーチからタバコを出して準備だ。

 

2日ぶりのタバコ。特にヘビースモーカーではないが楽しみだ。

 

「ごゆっくりしていってくだしゃい」

 

ビクビクしながら灰皿とクリムゾンビアを持って来たウエイトレスさんは最後に少し噛んで逃げるように行ってしまった。

 

メニューを説明してもらいたかったがしょうがない。一口クリムゾンビアを飲んでみる。うん、ビールだな。良かった。一安心したところでタバコに手をつける。

 

『ティンダー』

 

初級魔法で火を着けて一口目を吸う。これも元の世界でスタンダードだったタバコの味ににている。ハズレじゃなくて良かった。

 

メニューを眺めつつ一本目のタバコを灰にしたところで見知った顔が声をかけてきた。

 

「ずいぶん派手にやらかしたみたいだね」

 

銀髪の美少女。エリス様もといクリス様だ。

 

「何のことですかクリス様」

 

「クリスだよ。様はいらない」

 

クリス様はプクッと頬を膨らませる。かわいい。

 

「分かったよクリス。昨日は助かった。それで何のようだ」

 

「もう!おごりの約束をしたじゃないか」

 

「なら好きなものを注文してくれ。俺はメニューの料理の良し悪しが分からないから摘まみになるものも頼む。なるべく野菜のものが良い」

 

「へぇ、その体格だから肉ばっかりなのかと思ったけど違うんだね」

 

驚きを隠せないみたいな顔をするクリス。

 

「特に好き嫌いはない。ただ酒を飲む時は野菜系の摘まみを摂るようにしてるだけだ」

 

「そうなんだ。あっ!お姉さん!こっちによく冷えたクリムゾンビアと唐揚げと野菜スティックちょうだい!」

 

笑顔で注文を終えるとこちらに向き直り小声で話かけてきた。

 

「それで何したのさ。昨日の今日でこんなに噂になる冒険者ってなかなかいないよ」

 

俺はポーチから財布を出して冒険者カードを見せる。

 

「見ていいの?」

 

俺はカードを操作してスキルポイントの表示を見せた。

 

スキルポイント『くぁwせdrftgyふじこlp』

 

「何これ!」

 

エリス様でも分からないらしい。

 

「何でこんな・・・・・・」

 

ついでに昨夜確認したスキルも見せる。

 

『幸運の女神の加護』、『水の女神の呪い』、『魔力回復』。

 

「こんな事になるなんて・・・・・・」

 

素に戻ってますよエリス様。冒険者カードを財布にしまいポーチに戻す。

 

「これを妬んだモブに絡まれたからちょっとお仕置きしただけです」

 

「モブって、君。まぁ聞いた話じゃ手は出してないみたいだから良いけどあんまりやり過ぎると余計絡まれるから注意した方が良いよ。それにギルド内で揉め事は厳禁だから、最悪冒険者カードの剥奪もあるから気をつけるんだよ」

 

この年齢(とし)で説教されるとは思わなかった。エリス様は私とっても怒ってますと顔に書いてあるような膨れっ面だ。かわいい。

 

いや、これは浮気ではない。そもそも死んで別の世界に来た場合の婚姻状態ってどうなるんだろう。相変わらず左手に付けっぱなしの結婚指輪を撫でる。

 

「まったく君は・・・・・・そんな寂しそうな顔をするんならパーティーでも組めば良いじゃないか。まぁ今晩はアタシが付き合ってあげるから楽しく飲もうじゃないか!」

 

ちょうどクリスが頼んだクリムゾンビアや摘まみが届いた。

 

「まずは、乾杯だ」

 

そう言ってジョッキをかかげる。俺もジョッキを持ち軽く当て、

 

「乾杯」

 

タバコを吸っていたせいで少し温くなったクリムゾンビアを飲む事にした。

 

 

昨夜はお楽しみでしたね。なんて事もなくクリスと飲み食いした後宿に帰った俺は普通に寝て朝起きた。朝起きると隣にお持ち帰りした女神がいるなんて朝チュンもない。習慣の体操をしたあと朝食を食べた。

昨日と変わらないメニューの朝食は宿のサービスなんだそうだ。そんな話を宿でしてからハイペリオンを持ちギルドへ向かう。昨日買った手帳と万年筆もポーチに入れスキルの組み合わせを書いていくつもりだ。水筒は水をいれてズボンのベルトに引っかけておく。

 

前回出来なかった身体の動きとスキルの組み合わせを今日は試そう。

 

ギルドは今日も静まりかえっていたよ。昨日のが後を引いてるみたいだ。

 

クエストは受けれた。無理矢理だけど・・・・・・

 

「このクエストはパーティーを組んでないと危険です」

 

「気にするな、大丈夫だ。むしろこのくらいじゃないといろいろ試せないじゃないか」

 

「本当にいいんですね」

 

「構わない。むしろこれで楽勝だったら俺が困る」

 

という訳で来ましたゴブリン討伐。ゴブリンは通常十匹位でコロニーという群れを作っているらしい。しかし今回のゴブリンは知恵もあり、集団で討伐に来た冒険者達を殺しその武器や防具を奪い装備している。リーダー的なやつもいてなかなか討伐が出来ていないということだ。

 

まずは、盗賊スキルだな。

 

『敵感知』

 

えーと。なぁにこれ?

 

かぞえきれないくらいたくさんいるよぉ!

 

『潜伏』

 

まずは状況把握だな。この状況じゃスキルの組み合わせをするなんて無理だぞ。それに山だから広域殲滅なんて出来ないから地道に数を減らすしかない。そうなると暗殺系か?

 

今も作戦は『いのちをだいじに』なんだがどう対処する?

 

こういう時に使えるスキルはなんだ?

 

もう特典によるスキル頼みの脳筋戦闘しかしてない気がする。

 

スキルポイントのおかげで魔力量アップはカンストさせてるから魔力量勝負の魔法は大抵なんとかなるはずだ。

 

ん?これでいけるんじゃね。

 

冒険者カードのスキルを見て気づいたもの。

 

『パラライズ』

 

確か敵をマヒさせて一定時間動けなくさせる魔法。

 

これを特典のおかげで範囲やら威力やらをカンストしている今の俺なら大多数を動けなくすることが出来るはず。動けない敵相手ならスキルの組み合わせも試せるし良いんじゃないか。さて作戦も決まったことだしいきますか。

 

 

『潜伏』スキルで近づいた俺は深呼吸をして右手にはハイペリオンを持ち左手を突き出すように構える。すでに身体強化のスキルは掛けてある。さぁ行こうか。

 

『パラライズ』

 

何でコイツら人間の集会みたく整列してんの?どこぞの軍隊みたいなんだけど?

 

楽でいいけどさ。

 

整列していたゴブリン達の背後から広範囲に魔法をぶっぱなす。

 

そしてここで試したい組み合わせは・・・・・・

 

『カースド・ライトニング』

 

うっわぁ!ハイペリオンがバチバチいってる。

 

んじゃいきますか!騎士スキル『かまいたち』を組み合わせた、

 

『ライトニング・ソード・ビーム』

 

俺は両手持ちしたハイペリオンを横凪ぎに振り切った。

 

あれぇ・・・・・・『魔剣マスター』でラスボスが使ってたし、主人公も炎をぶっぱしてモブ兵士を片っ端から吹っ飛ばしてたからそこそこだと思ってたけど・・・・・・大半のゴブリンが上半身と下半身を生き別れさせてる件について・・・・・・

 

この組み合わせはヤベェやつだ。間違っても人間相手には使ったらダメなやつ。

 

というかハイペリオンでこの威力ってことはアポカリプス使ったら更に威力が上がるってこと?

 

試すか・・・・・・

 

ハイペリオンを鞘にしまい、左手を前に突き出す。

 

「アポカリプス!」

 

左手のブレスレットから光が溢れる。そして重さを感じさせないが確かに左手には剣が握られている。

 

原作挿し絵と全然違うじゃないか!

 

だけど、ハイペリオンからは感じなかった禍々しさが凄い。

 

「行くぞ!」

 

マヒ効果で動けないまま混乱する生き残ってるゴブリン達に一振り、二振りとアポカリプスを振るう。

 

あれぇ?何で?

 

原作主人公がアポカリプスを使った初陣みたく群れたゴブリン達が無双系ゲームのやられキャラのようにバッサバッサと切り飛ばされて行く。

 

これが神殺しの魔剣アポカリプスの補正か?

 

というか格闘ゲームでいうところの当たり判定がよく分からない。明らかに刀身が当たってないゴブリンまで切れてるのは何故?

 

なんて整列していたゴブリン達を切り終えると校庭で全校集会してるときの校長のように壇上にいた二回りは大きいゴブリンが動き出した。

 

「何者だ?」

 

モンスターなのに話せるの!

 

「モンスターが話すのがそんなに不思議か?」

 

なんか話し始めるお約束みたいな展開なんだけど・・・・・・

 

「まぁいい、魔王様に言われ育てたゴブリン兵達をこんなに簡単に殲滅するとは名のある冒険者なんだろう。それにその剣だ。お前も女神によってこちらの世界に送られた異世界人なのだろう?」

 

何でそんな事を知ってるんだ?

 

「・・・・・・俺も送られた元人間だからな」

 

何ですと!

 

「俺の特典はモンスター変化だった。魔王軍とも最初は戦った。しかしやつらは強かった。こちらの世界で仲良くなったパーティーメンバーも殺された」

 

それは御愁傷様です。

 

「俺はこの姿になり生き延びた。だが、死んだ事になっていた俺は人間社会で生活することが出来ずなんとか生きている所を魔王様に拾われた。その生活の最中に冒険者によりモンスター変化の神器は壊され人の姿に戻ることも出来ずこうして醜態をさらしている。お前は生き汚ない俺のこの姿になり極めたこの一撃。越えることが出来るか?」

 

いきなり戦闘開始かよ。

 

「俺の名はシュウ。魔王軍準幹部にしてゴブリンキングだ」

 

名乗りもするの?分かったよ。

 

「俺は3日前に冒険者になった相沢唯人」

 

「「行くぞ!」」

 

俺は先ほどの組み合わせをもう一度試す。

 

『カースド・ライトニング』

 

ん?アポカリプスの刀身が光輝きながらバチバチいってるんだけど?とりあえず両手持ちでたたっ切る。

 

『ライトニング・ソード』

 

「3日で上級魔法だと!いいだろう、相手にとって不足なし!喰らえ『鬼切り』」

 

閃光で目がくらむ。手応えはあったがどうだろう。

 

「すまない。嫌な役目を押し付けたな」

 

そこに立っていたのは身体が半分消し飛んだゴブリンキングだった。

 

「これでようやくあいつらの所に行ける」

 

そう言うと短髪のガタイのいい男がゴブリンキングの身体から抜け光に包まれ空へ登って行った。

 

あれぇ?どうなったのこれ?勝手に語って勝手に満足して勝手に成仏したぞ。

 

というか山の地形が少し変わってるんですけど!

 

怒られないよね?

 

 

生き残ってるゴブリンがいないか探して何匹か切った後、駆け出しの街アクセルへと帰ってきた。

 

テレポートを使う気分でもなかったのでいろいろ考えながら帰ってきたのだ。ゴブリンの姿をしていたとはいえ元は人間だったやつを殺したのだ。さすがに考えてしまう。

 

ギルドの扉を開けると慣れてしまったが静まりかえる。俺の歩く音だけが響くが気にしてもられない。カウンターにいるのは最初に受付してくれた絶叫美人さんだ。

 

この後どうせまた叫ぶんでしょう?

 

「クエストを終えてきた。確認してくれ」

 

「分かりました」

 

カードを受け取り横の謎の箱を操作する。

 

「な、なんなんですかこのゴブリンの数は!それに特別指定モンスターの魔王軍準幹部まで!」

 

・・・・・・やっぱり叫んだ。けどちょっと待て!

 

あいつ特別指定モンスターなの?それに倒した相手の魂を吸収してくんだよね。あいつ成仏してたのになんで?

 

「「「指定モンスター!」」」

 

「「「魔王軍準幹部だと!」」」

 

この美人さんが叫ぶと伝染するの?

 

「ゴブリン討伐クエストがなんでこんなことに?」

 

俺が聞きたい。

 

「アイザワユイトさん。ちょっと待っていてください」

 

そう言ってお偉いさんがいる部屋に走って行ってしまった。

 

「スゲーじゃねぇか!」

 

「魔王軍を倒すやつが現れるなんてな」

 

「今日は祭りだみんな飲もうぜ」

 

俺を置いてきぼりで騒ぎが大きくなっていく。

 

何回も言ってるが・・・・・・どうしてこうなった?

 



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仕事しろ!幸運値!

「特別指定モンスターのゴブリンキングが元は人間で冒険者だったと・・・・・・」

 

「本人が言ったことが事実ならな」

 

騒ぐ冒険者をよそにポツンとカウンター前に立ち尽くした俺は、お偉いさんの部屋に通される事になった。

 

「それに育てられたゴブリン兵・・・・・・」

 

「多分あそこは練兵場だったんだろう」

 

ここに通された時に確認したゴブリン討伐数は百を越えていた。それにゴブリンキング討伐数1。

 

これが意味するのはシュウと名乗ったやつはモンスターに変化することでモンスターの魂も持つことになっていたということ。討伐されたことで人間としての魂は天に還り、モンスターの魂は俺に吸収されたということか。まぁ、経験値が貯まるなら良いんだけどね。

 

「とりあえず、魔王軍の当面の脅威を取り除いていただいた礼を言いたい。それに特別指定モンスターには賞金が掛けられているからその支払いの手続きもしよう」

 

マジですか?

 

「魔王軍準幹部ゴブリンキングの賞金は五千万エリスになる」

 

何だって!やったね唯ちゃん!これで家が買えるよ。

 

「だが今回の件で君は魔王軍からも狙われてしまうだろうね」

 

何ですと?

 

「まぁ、冒険者3日で特別指定モンスターを倒せる実力があるなら問題もないだろう」

 

おい、馬鹿やめろ!

 

「これからも君の活躍を応援させてもらうよ」

 

そんなんでお偉いさんとの話は終わった。人を殺した悩みなんてぶっ飛んでしまった。俺って狙われちゃうの?

 

「それではクエスト報酬は指定口座に振り込ませていただきます」

 

絶叫美人さんに伝えるだけ伝え帰る事にした。騒ぎが凄いし落ち着いて食事も出来ない。

 

食事の前に風呂と洗濯を終わらせ何かないかと歩く。暗くなっているが夜はまだまだこれからとばかりにこの街の喧騒は終わりそうにない。

 

今日は何を食べようか・・・・・・

 

そう考えキョロキョロ屋台をひやかしてると、杖に体重をかけふらふらしているとんがり帽子の小柄な女の子がいた。眼帯もしてるしケガでもしているのだろうか?

 

そしてふらふら俺の前で倒れた。

 

そう、俺の前で倒れたのだ。

 

思わず二度見してしまった。こういう時はどうしたら良いんだ?

 

声もかけずオロオロしてると盛大に音がなった。

 

その音を聞いて周りも止まりもちろん俺も止まった。本当にピタッと止まるんだな。こんなコント見たいな事態に合うのは生まれて初めてだからリアクションがこれで良いのか分からない。

 

「図々しい・・・・・・お願いなのは分かっていますが・・・・・・誰か食事を・・・・・・いただけませんか?」

 

そう、盛大に響いたのは腹の音だったのだ。

 

 

「すみません。助かりました」

 

食事の合間に礼を言われた。そりゃ探してたよ。静かに夕飯食べれる場所・・・・・・でもこれは少し違うとおじさん思います。

 

本当に女の子?っていうかフードファイターみたいにどこに入ってるのその食事という量を食べるちんまい女の子。

 

その量に周りも驚き店内は女の子の咀嚼音が響く。

 

俺が食べているのはサンマの塩焼き定食。こっちの世界にもサンマがあるとは思わなかった。

 

ギルドの場所も知らなかったちんまい女の子を案内するべく嫌々ギルドの併設している酒場に戻る事になり、食事を奢る事になってしまった俺は扉を開けた瞬間『威圧』により強制的に店内を静かにさせた。

 

「ここのギルドは静かですね」

 

なんて言って俺の後ろをついてきたちんまい女の子は、俺よりも早く席に付きメニューを開くとウエイトレスを呼びここからここまでなんて何処かのセレブみたいな頼み方をしていた。

 

ため息をついたのは仕方のないことだろう。

 

俺はちんまい女の子が座ったテーブルではなく隣のテーブルの席に座った。

 

「なんでそっちに座るんですか?」

 

「俺はタバコを吸うからだ。とりあえずメシ代は出してやるから黙って食事が来るのを待ちな」

 

タバコを出して灰皿とクリムゾンビアを注文する。さて何を食べようか?メニューを開くと、前回は気がつかなかったがサンマの塩焼きがある。定食もあるしこれにしよう。

 

灰皿とクリムゾンビアを持ってきた相変わらず語尾を噛んだウエイトレスに注文し、タバコに火を付け一本吸い終わる頃にはちんまい女の子の注文したものはあらかた届いていた。俺が注文したものが届くのを待っているのかあからさまに我慢してる感じだ。

 

「腹へってるんだろ、先に食え」

 

「いいんですか?」

 

ちんまい女の子は驚いたようにこちらを見る。

 

「出来立て食った方が旨いだろ」

 

「では遠慮なく、いただきます」

 

俺はタバコをもう一本取り出し火をつけてその様子を眺める。もしかしたらこのくらいの子供がいた未来があったのかもしれない。

 

そんなことを考えながらタバコを吸う。ちょっとセンチな気分だ。

 

吸い終わるのに合わせたのか定食が届いた。

 

クリムゾンビアを追加で頼み、俺も食事を始めた。

 

と、さっきまでを脳内回想してみたんだが・・・・・・

 

「ちょっと聞いてるんですか?お礼を言ってるんですから反応くらいしてください」

 

「あぁ」

 

「そう言えば名乗ってませんでしたね」

 

「俺は相沢唯人だ」

 

ちんまい女の子は椅子から立ち上がりバサッとマントを翻し、

 

「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強攻撃魔法、爆裂魔法を操るもの・・・・・・!」

 

「そうか・・・・・・とりあえず座ったらどうだ?ちんまいの」

 

「ち、ちんまいの!」

 

ちんまい女の子。めぐみんだったか・・・・・・変な名前と紅い瞳。確か紅魔族ってやつか?図書館の本に書いてあったな。

 

「発言の撤回を!小さいのは認めますが今が成長期なんです!」

 

「成長期なら残ってるメシをちゃんと食え、足りなきゃ頼めよちんまいの」

 

「ま、またー!分かりましたよ。食べてやりますよ。すぐに大きくなってやりますよ!ってどこへ行くのですか?」

 

「トイレ」

 

「早く帰って来るんですよ!」

 

めぐみんに見送られ俺は席をたった。タバコをポケットにいれトイレに向かう。

 

あんなちんまい子供も冒険者になるんだな。さてどうしようか?あのちんまいのはメシ代がない。ってことは泊まるところもないんじゃないか?うーん、俺がこのまま宿に連れて行くとロリコンだと思われるんじゃないだろうか・・・・・・まずいな。非常にまずい。なんて考えてると、受付の絶叫美人さんが私服姿でいた。帰宅するんだろうか?

 

あの人に頼もう。

 

「すまない。ちょっと良いだろうか?」

 

「は、はい」

 

引き気味に対応された。ちょっとキズつくな。

 

「あそこにいるちんまい女の子だけど、街で行き倒れてたんで食事を奢ったんだけど、あの様子だと泊まるところもないだろうからこの時間からでも泊まれる宿を紹介してやって欲しいんです。もちろんお金は出しますんでお願いできませんか?」

 

「構いませんけど、なんでアイザワさんがそんなことするんですか?」

 

うーん、なんでだろう?

 

「・・・・・・ちんまい子供が行き倒れるような状況に思うところがありまして」

 

ちんまい女の子に嫁さんの小さい頃を重ねてしまったのは悪くないだろう。

 

「優しいんですね」

 

そうなのかな。

 

「分かりました。引き受けましょう」

 

「それじゃこれお金です」

 

財布からお金を出す。

 

「こんなに!」

 

「あの子たくさん食べてたんで。それと余ったらあの子に渡してあげて下さい」

 

俺はそこまで言いお金を渡し帰ることにする。

 

「よろしくお願いします」

 

めぐみんに見つからないようにスキル『光の屈折魔法(ライト・オブ・リフレクション)』を使いギルドを出た。

 

あぁ・・・・・・嫁さんに会いたいな・・・・・・

 

俺は星空を眺めながら宿に帰った。

 

 

今日は不動産屋で家の話しをした。少し街の中心から離れるが自然が残る良い場所だ。他の家もあるが隣と言っても離れているし貴族の別荘なので普段は静かだ。そんなに離れてない場所に墓地があるからかもしれないが土地代も安かったのでそこに決めた。家の形も図面で決めたので支払いも銀行から引き落としということになった。大工も余ってるので突貫でやってくれるらしい。

 

という訳で今は街で見つけたカフェに来ている。家も買うことが出来たし、しばらくはのんびりできると思いたいがギルドマスターの話しであった「今回の件で君は魔王軍からも狙われてしまうだろう」という言葉。からもってなんだ?準幹部を倒したんだからそんなの当たり前じゃないのか?もしかして魔王軍以外にも危険なやからがいるのか?ちょっと勘弁してほしい。そもそも魔王を倒すのもかねて女神というか天界は他所の若いやつが死んだら移民させてるんだよな?なのに魔王以外の勢力があるとするなら話しは変わってくる。願いを叶えると言いつつ魔王を倒しても別の魔王がいるからそいつも倒せと最悪エンドレスな状況になる可能性もあるのか?まぁ、今度クリスにあったら聞いてみよう。

 

それにジャイアントトードとゴブリン、シュウ相手にはスキル補正の脳筋作戦でどうにかなってるけどこれからはやっぱりいろいろ考えないといけないよなぁ。実際剣の振り方なんかはスキル補正でどうにかなってるけどこんな戦い方じゃ底が浅すぎる。格闘技ならなんとかなるんだけど体さばきから違うから考えないといけない。図書館に良い本ないかな。

 

ちょっと行ってみるか・・・・・・

 

ありました。『ソードマスターへの道』著者はもう亡くなった王様だ。この本を元に王国の兵士達は日夜訓練に明け暮れてるらしい。極めると『エクステリオン』という光る斬撃を放てるようになるらしい。聖騎士のスキルでもなかったということは訓練により何かを得るのだろう。

 

すでに『ライトニング・ソード・ビーム』があるが、これはスキル脳筋の産物だ。己の力で成してこそのスキルなんだろう。レベリングも兼ねてクエストを受けながらやっていこう。

 

 

あれから『スキル図鑑』と『ソードマスターへの道』を本屋で購入し、毎日、討伐クエストと修行をこなし続けている。あのちんまいのは元気だろうか?

 

今はギルドでクエスト終了の報告を行っている。

 

「そう言えばアイザワさん!そろそろキャベツの季節ですけど準備とかしてますか?」

 

「キャベツ?」

 

「キャベツの収穫の時期が近いんです」

 

「キャベツって野菜の?」

 

「緑で丸くて噛むとシャキシャキする歯ごたえの美味しい野菜です」

 

どうやらこの世界ではキャベツの収穫に冒険者まで駆り出されるらしい。

 

「今年のキャベツは出来が良いらしく良い値で買い取りになりますから傷つけないように収穫してくださいね」

 

うなずくしかなかった。そう言えばクエストと修行にかかりっきりになってこの世界の常識を調べるのを忘れてた・・・・・・

 

図書館ナウ。困ったら図書館。そんな図式が成り立ってきた今日この頃。キャベツについて調べたが、どおりでおかしいと思った。今まで野菜を頼むのが飲んでからだったから最初に掴めないのは酔ってるからだと思ったけど違ったみたいだ。生きがいいから逃げてたのか!この世界の野菜は根性あるな!捌いてからが勝負とは・・・・・・

 

・・・・・・いまいち気分がのらない。

 

なんでだよ!キャベツが空を飛ぶなよ!毎年ケガ人がでるって何?何が悲しくてキャベツと死闘を繰り広げないといけないの?

 

当日は別のクエストに出よう。

 

毎日のクエストでお金はあるし、レベルも中盤で困らないくらいまで上がったし、修行のおかげで意識と身体のズレもなくなった。

 

調子にのる訳ではないが、最初にくらべればだいぶ強くなった。『エクステリオン』はまだ出来ないが・・・・・・

 

とりあえず1日がかりのクエストを明日から受けよう。宿も家が出来るまでの宿泊料を払ってある。そうしたら朝食と夕食が出るようになった。クエストでいない日の宿泊料が当てられてるらしい。荷物も置きっぱなしなのに申し訳ない。

 

それにしてもこの世界の常識と元の世界の常識が微妙に違うから戸惑ってしまう。さっきの本にも書いてあったが、この間食べたサンマの塩焼きのサンマは畑で獲れるらしい。

 

図書館を出た俺は街を歩く事にした。ここのところ宿とギルド、そしてクエストで街の外とほとんどこの街を見ていない。

 

修行は休んで街を散策でもしよう。

 

この辺は初めて来たな。大通りから外れ路地を歩いて行く。今までは買い物も含めほとんど大通り沿いですんでいたので違った景色だ。

 

なんて考えてると黒いローブの塊がふらふらしている。なんか似たようなことが最近あったな。

 

きゅーと切ない音が響く。

 

あっ!倒れた。俺の幸運値って『幸運の女神の加護』のおかげで結構な数値だった気がするんだがどこへ行った?ちゃんと仕事しろ!

 

 

「本当に危ない所を助けて頂きありがとうございました」

 

大通りで開いていた屋台で食べ物と飲み物を買い与えた。

 

とりあえず一食分だが足りるんだろうか?

 

「もうこの一週間砂糖水で生活していたものですから固形物を食べるのが久しぶりで、何ででしょうか涙が止まりません」

 

そこまでー!

 

「本当にありがとうございます。命の危機でした。私は不死者のはずなのにおかしいですね」

 

ん?不死者?確かさっき読んだ本にあったな。

 

「あんたもしかしてアンデットなのか?」

 

少し距離を取りハイペリオンに手を掛ける。

 

「あっ!」

 

「何の目的でこの街に来た?」

 

「ち、違うんです。違くないけど違うんです。私はこの先にあるところで魔法具店を営んでいる。ウィズと申します」

 

何言ってるんだこいつ?

 

「・・・・・・結局アンデットじゃねぇか!」

 

「あうぅ、人に危害をくわえたことはないんです」

 

こんなアホなアンデットなら人に危害は加えないだろうな。言葉を信用するなら一週間以上まともな食事をしてないみたいだし、そんな状況なら普通は人に危害を与えて自分を満たすだろう。演技をしてるようには見えないしな。

 

「分かった、今回は引いておこう」

 

俺の言葉にほっとしたように安堵の表情を浮かべたウィズは「そうです」と言いポケットから何やら紙を取り出した。

 

「こちらをどうぞ」

 

元の世界で見慣れたもの。それは『名刺』。

 

「これはご丁寧にどうも。ただいま名刺を切らしておりまして・・・・・・」

 

思わず仕事モードになってしまった。

 

「名刺持ってるんですか?見たところ冒険者さんみたいですが?」

 

いかん、社会人の時のクセが出ちまった。

 

「今は理由があって冒険者だが、以前は名刺も必要な仕事をしていたんだ」

 

「若いのに苦労されたんですね」

 

若い?そうか肉体年齢が変わってるから見た目も若いんだっけ。

 

「これでも36歳なんだ」

 

「・・・・・・え?」

 

「実は水の女神とかいうやつに呪いをかけられて若返ってるんだ」

 

「水・・水の女神と言いましたか?まさか・・・・・・アク・・・シズ教の女神アクアですか?」

 

アクシズ教?宗教か?え?アクアってこの世界で奉られてんの?ろくでもなさそうだな。

 

「そんな名前だったな」

 

「そんな・・・・・・女神が降臨してるなんて・・・・・・」

 

ウィズはびっくりしてる。そりゃそうか、一応あんなんでも神の一柱だしな。

 

「そのアクアに呪いをかけられてな。運良くエリスって女神が助けてくれたんだ。危うく死ぬところだったな」

 

「エリス様まで!世界で何がおきてるんですか!」

 

この世界で会った訳じゃないんだけどな・・・・・・あっ!エリス様には会ったな。

 

「それは知らないが、まぁ特に何もおきてないだろ」

 

「そうなんですか?」

 

「何かおきてたらとっくの昔に何かしらの話が出てるだろう?」

 

「そうですね」

 

チョロいなこいつ?ホントになにしてんだろう?アンデットが店やってるのもそうだがこの街の治安はどうなってるんだ?

 

「そう言えば魔法具店をやってるんだっけ?」

 

「は、はい。なかなか売れなくてこんなありさまですけど・・・・・・」

 

「お前が人を襲わないんならいいさ」

 

よく分からないやつだが店やってるくらいだから認知はされてるんだろう。それなら倒さなくてもいいだろう。

 

「人を襲うなんてしません。これでも心は人間のつもりですから・・・・・・」

 

こいつにも何かしらあったんだろう。ただこういうのに関わるとろくなことがない。

 

「まぁ、それを信じよう」

 

こうして俺のアクセルの街の散策は終わりをつげた。

 



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