八雪はアッタカイナリ (うーど)
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八幡とメガネと雪ノ下

「ちょっとそこの君、なにしてるの?」

 

 休日、久々に家から出て本屋に向かってる最中に警察官の人に呼び止められた。うん、これまさしく職質だ。

 

「君、中々怪しいね、学校はちゃんと通ってるの?今何をしようとしてたの?身分を証明できるもの持ってる?」

 

 矢継ぎ早に質問攻めををなんとか答えていく。怪しいってなんだよ。これだから外に出たくないんだよ...。

 こんな感じに職質受けるのは珍しいことじゃない。それどころか外に出れば高確率で職質受ける。割と本気で国家レベルでのいじめかと疑ってたりしてる。

 

 

 

 

 流石の俺もうんざりなので帰宅早々にどうやったら職質を受けずに済むか妹の小町に相談してみることにした。

 

「...職質受けてる人初めて見た」

 

 もうこの一言でだいぶ傷ついたよね。

 

「だから俺も困ってんだよ...。どうしたらいいと思う?」

「うーん、ようするに怪しい見てくれを少しでも塞げばいいってことでしょ?」

 

 そこは直すんじゃなくて塞ぐんだ...。臭い物に蓋をする理論を見てくれで使われるとは思わなかった。

 

「よし!小町に言い考えがあるよ!さ、お兄ちゃん、もう一度出かける準備して!」

「えー、また外に出るの?警察官怖いんだけど...」

「今度は小町も付いてくから職質されること無いよ!...多分」

 

 多分かよ...。

 

 

 

 

 そうして小町に引っ張られながらやってきた場所は...。

 

「...メガネ屋?」

「そう!お兄ちゃんは特に目が怪しいんだから、メガネでもしてれば怪しさを抑えられるんじゃないかって」

「そんな単純な話か...?」

「いいから!ものは試しってことで!ほら、小町が選んであげる!」

 

 たたたーっと店内に入っていく小町の後を付いていく。店内には様々なメガネが鎮座しており、別にメガネに興味がない俺でもこうかけてみたくなる衝動に駆られる。

 

 店内をキョロキョロと見ていると、小町が一つのメガネを持ってこちらに近づいてきた。

 

「お兄ちゃん、ほらこれ!かけてみて!」

「黒縁フレームのメガネか...。あー、なんかいかにもオシャレメガネって感じがするんだが...、俺に似合うのか?」

「むっ、お兄ちゃんは小町のセンスを疑うつもり!?いいからかけるの!さ!ハリアップ!!」

 

 微妙に英語使うのやめろよ...。ある人物の顔が脳内でちらつくんだけど...。

 渋々と半信半疑で小町から受け取ったオシャレメガネをかける。ほう、だいぶ軽いな。

 

「どうだ小町、似合って...、どうした?口空いてるぞ」

 

 メガネをつけた俺の感想を聞くべく小町へ顔を向けると、なんともアホ面を晒している妹がそこにいた。はしたないから口閉じなさい!

 

「あ、やっ...!うん!い、いいね!怪しい箇所にちゃんと蓋出来てるって感じがするよ!」

 

 顔を赤らめながらワタワタとそうこたえる小町。今こいつ中々酷いこと言ったぞ。

 

「まあ、少しは端から見ても怪しくなくなるならいいか...」

 

 かけているメガネを一度外し、カウンターへと向かう。わざわざ小町が選んでくれたものだし、ほぼ即決に近い形で購入を決めていた。

 

 

 

 

 メガネを購入した後、実際の効果を確認すべく帰りは別々で家へと向かった。小町が選んでくれたメガネをかけて家へと帰ったのだが、警察官の人とすれ違ったりしても職質を受ける事は無かった。あまりの嬉しさに帰った後にその事を小町に伝えたのだが「いや、職質受けないのは当たり前じゃない?」とまた傷つくこと言われた。泣きたい。

 

 そんな感じに休日が過ぎ、平日がやってくる。制服を着ていれば職質を受けることは無いので別にメガネをかける必要はないのだが、せっかくなのでメガネをかけて学校に行くことにした。...それに小町が選んでくれたものだしっ...。

 

 学校につくと矢鱈と視線を感じる。まさか俺を認識してるだと!?ステルスヒッキーの感度が落ちている事実に若干へこむ。クセになってんだ、音消して歩くの。

 

 教室に入ると女子達が俺に視線を向けつつヒソヒソと何か話してる。そういうの傷つくからやめてね。最近は俺の悪評も収まりつつあって、あからさまに陰口を叩かれることは無くなったと思った矢先にこれだ。またオレ何かやっちゃいました?

 

 

 そんな女子達の反応に辟易しつつ席に座ると目の前に天使が降臨した。どうしよう、俺もう死んでもいいや...。

 

「八幡!どうしたのそのメガネ!...な、なんか一段とカッコいいね!」

「はぅっ...!」

「八幡!?」

 

 え、どうしよう、戸塚からカッコいいなんて言われた...。俺死ぬの?まだやり残したこと結構あるのだが、戸塚にそんなこと言われたら一瞬でこの世に未練無くなりそうなんだけど。

 

 

 どうやら俺の席に来たのは戸塚だけではなかったようだ。

 

「ヒッキーどうしたの、そのメガネ!」

「へ...変か?」

「ちがっ...その、カッコいいよ!」

「そ、そうか...」

 

 顔を赤らめながらそうこたえる由比ヶ浜。

 

「比企谷...今日ちょっとカッコいいよ...」

「お、おう、ありがとな」

 

 そうそっけない感じで褒めてくれる川...川...?

 

「ヒキオ、そのメガネよく似合ってるし、カッコいいじゃん。隼人には劣るけど」

 

 褒めてくれるのはいいが一言余計なあーしさん。

 

「やめてヒキタニくん!私から純情な乙女の部分を引きずり出さないで!腐っていたいの!」

 

 よくわからんこと言ってる海老名さん。

 

「うぅ~!ヒキタニのくせにっ...!ヒキタニのくせに!」

 

 こいつもまたよくわからんこと言いながら顔を赤らめている相模。何が言いたいんだ。

 

 

 ってか何だこれ、気づけば俺の席の周りには女子達がいる。...いや、まさか、そんな。

 だが、脳内でそれを否定しようにも目に見えるのは皆俺に視線を向けながら赤くなっている女子達の顔だ。

 うん...、これきてる。小町、きてるよ。

 

 

 俺、モテ期がきてる!

 小町の選んでくれたメガネの効果は半端じゃなかった。

 

 

 

 

 今日は矢鱈と女子達の視線を浴びながら時間が過ぎていき、気づけば放課後になっていた。まあ授業ほとんど寝てたから時間過ぎるのが早いのは当たり前なんだが。今日は戸部が「お...俺もメガネかけたら変わるかな」と呟いたら「変わらないよ?」と海老名さんが真顔でこたえていたのがすっごい印象に残ってる。戸部、強く生きて!

 

 部活へと向かうべくそそくさと席を立つ。ここで由比ヶ浜に見つかってはならない。見つかったら一緒に行くことになっちゃうからだ。...だって、それちょっと恥ずかしいじゃん?

 

「あ、ヒッキー!」

 

 だが俺のそんな努力もむなしく散る。教室から出ようとしているところを由比ヶ浜に呼び止められた。無視して行くわけにもいかないので嫌々ながら由比ヶ浜のほうを向く。

 

「そんな嫌そうな顔すんなし!ちょっと優美子達との話が長引きそうだからさ、ゆきのんに遅れるって伝えて!」

「おー、そうか。雪ノ下にちゃんと伝えとくからゆっくりしていきな」

「わかったー!」

 

 

 

 

「あら、こんにちは」

「...うす」

 

 奉仕部の部室に入ると雪ノ下がいつもの席で本を読んでいた。何度見てもその美しさに一瞬目を奪われる。

 挨拶も早々に、俺もいつも座っている席へと腰を下ろす。長机を挟んで雪ノ下と対極になる場所だ。

 

「あー、由比ヶ浜だけどな、ちょっと遅れるってよ」

「そう、わかったわ」

 

 席に着くなり、由比ヶ浜から頼まれえた伝言を済ます。俺は大体の頼まれごとは忘れないのだ。忘れないが、やるとは言わない。

 ちゃんと伝言も伝えたので、いつも通り家から持ってきたラノベを鞄から引っ張り出して読書に集中することにした。

 

 

「...比企谷くん、そのメガネどうしたのかしら?」

 

 しかしそこでやっと雪ノ下がいつもの俺と違う箇所に気づく。教室に入って椅子に座るまでの間に俺のほうへ視線を向けていなかったことがよくわかる。

 

「まあ、なんてーの?イメチェン?」

「あら、そうなの?てっきり私は休日に外に出る度に職務質問を受けることにうんざりして小町さんに相談したらメガネを薦められたものだとばかり」

「...なに、どっかで見てたの?ストーカー?」

「貴方をストーキングしても何も得られるものなんてないでしょう。これぐらいは予測できる範疇よ」

 

 出た出た出ましたよ。雪ノ下のよくわからんハイスペックな部分が。いやほんとそのハイスペックで超絶無駄な予測立てないでくれる?

 

 そんな俺の反応を楽しんだのか、雪ノ下はクスりと小さく笑った。

 

「ふふっ、その反応をみるとどうやら正解のようね」

「はいはい、そうですよ。...それで」

「...なにかしら?」

「あ、いや...。それで、このメガネどう思う?...似合ってるか?」

 

 女子受けがそこそこ良かったため、雪ノ下にも感想を求めてみた。こいつが俺のメガネ姿にどういう感想を述べるのか大変興味があった。...というのは建前なのは自分でもわかる。他の女子と同様にちょっと褒めて欲しかったりしてる。

 

 

「よく似合っているわ。小町さんはいいセンスしているわね」

 

 なんか褒められ方が思ったのと違った。いや、似合ってるって言ってくれたが、どちらかというと小町のセンスを褒めている感じだ。

 あまり雪ノ下には受けがよくないのか?...いや、単純に俺に興味無いのか。

 

「でも、私は...」

 

 そう言うと雪ノ下は静かに席を立ち、こちらへ歩いてきた。

 

「え、なに?」

 

 俺の前で立ち止まった雪ノ下はゆっくりと俺のほうへ両手を伸ばしていき...。

 

「ゆ、雪ノ下...!?」

 

 俺の顔にかけられていたメガネをゆっくりと両手で外していく。

 

 

 

「私はメガネをかけていない貴方のほうが好きよ。だって、貴方の目がよく見えなくなってしまうもの」

 

 

 

 美しい声音で、微笑みながら雪ノ下はそうこたえた。

 ...そんな顔でそんな事言うなよ。駄目だ、今の俺絶対に顔赤くなってる...。

 

「あ、や、その...」

 

 あまりの出来事に言葉を失っている俺、そして今しがた自分がすっごい恥ずかしい事を言ってしまったことに気づく雪ノ下。

 

「い...今のはっ!貴方が目を隠してしまうと普段でも影の薄い比企谷くんを識別するのが更に至難になるからであって、別に貴方のその腐った目が好きだとか言ってるわけではないのよ!勘違いしないでもらえるかしら!」

 

 そして早口で言葉をまくしたてられる。うん、すっごい酷いこと言われた。ってか俺を目だけで識別してんの?確かに一番特徴的な部分だけどね!...不本意ながら。

 

 

「やっはろー!遅くなってごめんねー!あ、そこでいろはちゃんと一緒になって...ってヒッキー!?ゆきのん!?何してるの!?」

「せ、せせせせ先輩!?雪ノ下先輩も!距離近くないですか!!?」

「由比ヶ浜さん、一色さん、こんにちは。少し待っててもらえるかしら、すぐに紅茶を用意するわ」

「一色、お前生徒会はどうした。こんなとこで油売ってていいのか?」

「え!?え!?スルー!!?何で何事も無かったかのように!?」

「先輩!そうやって騙せると思ったら大間違いですよ!ちゃんと説明してください!」

 

 俺も雪ノ下も先ほどのやり取りをおくびにも出さず、騒がしいなか部活動の時間が過ぎていった。

 

 

 

 

「お兄ちゃん、せっかくメガネ買ったのに休日に外出る以外ではかけてないね」

「まあ、元々は職質対策に買ったみたいなもんだからな。普段からかける必要なんてないし」

「せっかくカッコいいのに、勿体ない!」

 

 小町の言った通り、あの日から俺はメガネをかけるのは必要最低限のみとなった。学校では女子にちらほらとまたメガネをかけてきて欲しいと言われたりするが、もう学校でメガネをかけることはないだろう。だって...。

 

 雪ノ下に認識して貰えなくなるのは悲しいから、な。

 




かぐや様は告らせたいのある話を見て思い浮かんだ内容です。
ちなみに私も好きですよ、八幡のあの腐った目。


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奉仕部と怪談

お気に入りに6件、そして2人の方から評価がっ...!嬉しいです!ありがとうございます!
自分の趣味にクラウチングスタートかましたので、評価貰えるとは思ってもいませんでした。


「第一回、奉仕部怪談噺ぃ~!!いぇ~い!!!」

 

 ドンドンパフパフと一人超盛り上がる由比ヶ浜。

 

 今現在夜の10時を迎え、ここ雪ノ下が住むマンションにお邪魔して俺ら奉仕部は集まっている。

 部屋内は照明等を全ておとし、唯一の明かりは蝋燭一本のみだ。そして俺たちはその蝋燭を囲うような形で下に座布団をひき床に座っている。

 

 

 まず何でこんな状況になっているのか。夏の終わりも間近に迫ってきているなか、部室内で唐突に由比ヶ浜が「怪談噺がしたい!」と言ったのが発端だ。そこからはもうトントン拍子で雪ノ下のマンションで怪談噺がすることが決まっていった。

 

 もう少しだけ詳しく説明すると、由比ヶ浜が雪ノ下のマンションで怪談噺をしようと雪ノ下にせがむ、が、雪ノ下はそれに対して難色を示す。本人は否定しそうだが、その手の話が苦手なのだろうな。しかしそこで由比ヶ浜の「そっかぁ、ゆきのん怖がりだもんね、ごめんね」というナチュラル煽りが放たれ、雪ノ下はその煽りにまんまと引っかかり、この怪談噺イベントが起きたという訳だ。雪ノ下嫌がる、由比ヶ浜煽る、雪ノ下煽りに乗っかかる、これまじで様式美すぎるだろ。

 

 ちなみに怪談噺が終わった後は由比ヶ浜はお泊りしていくそうだ。由比ヶ浜も雪ノ下が怖がりなのを知っているのだろうな、アフターサービスもちゃんと用意しているとは良い気づかいだ。

 

 あ、俺?普通に帰るけど?そもそもお情けで呼ばれたようなものだし。しかし帰りのことを思うとちょっと憂鬱となる。今日は風が強いため外を出歩いてる人があまりいない。そんななか真夜中に一人で歩いていたら間違いなく職質される。

 

 

 

「よぉ~し、じゃあ早速やっていこうね!司会進行はこのあたし、結衣だよ!!!」

「司会進行も何も3人しかいないんだから必要ないだろ...」

「ヒッキーうるさい!じゃあトップバッターはゆきのん!」

「ええ、わかったわ」

 

 雪ノ下の話す怪談は実体験からきたものだ。放課後の部室でつい眠気に負けうたた寝をしているといつの間にか近くに人の気配を感じた。危機感を覚えたのですぐさま体を起こすと、そこには生気をまったく感じ取れない目をした男が...って。

 

「おいまて、それ俺のことだろ」

「ゆ、由比ヶ浜さん!そこよ!とても生きてるとは思えない目をした男がいるわ!」

「おいこら」

「あっはははは!」

「由比ヶ浜も何笑ってんだよ」

 

 ぶっちゃけ雪ノ下の話す怪談はまったく怖くなかった。そもそもオチが俺だし。

 

 

「あー笑った~!じゃあ次はヒッキーね!」

「怪談なのに笑えるのは駄目だろ...。ってか次は俺かよ。まあいいか」

 

 俺が話す怪談はネットで見かけたものだ。夏合宿時に話した怪談はあまり受けがよくなかったんで、ネットからネタを仕入れてきたってわけだ。家賃が安い賃貸に住むOLが風呂場で恐怖体験をするっていう話なのだが、その場で聞くのも勿論怖いが、こういうのは実際に風呂に入った時にその恐怖が倍になって甦るのだ。誰もが聞いたことはあるだろ?水場に霊は現れやすいって、な。ちなみにそのネタを発掘した日は親父と一緒に風呂入った。

 

 そうこうして怪談を語り終えたのだが、なんだこれ。俺の目の前には由比ヶ浜に思いっきり抱きついている雪ノ下が映っている。

 

「ほらもー、ゆきのん大丈夫だよ!終わったよー!...いやぁ、それにしても怖かったぁ、ヒッキーって喋り方も怖いんだもん!」

「お...おわり!?そ、そう。...えぇ、まあ、そこそこ怖かったわ。そこそこね」

 

 こいつどの口が言ってんだ...。がっつり由比ヶ浜にしがみついて震えていた奴から出た言葉とは思えないな。

 

「えー?ゆきのんすっごい震えてたよ?ほんとブルブルって!可愛かったぁ」

 

 俺も気づいてたけど言葉にしてバラしてやるなよ...。

 

「...怖がってなんてないわ。由比ヶ浜さんの...バカ」

 

 ほらみろ、スネはじめた。雪ノ下がツーンと由比ヶ浜から顔を背ける。しかし未だに抱きついたままだ。そしてそんなスネのんにキュンキュンする由比ヶ浜。うーん、この百合百合しさ、多分こいつら俺の存在忘れてる。あ、ほら由比ヶ浜が俺のほうを見た瞬間に「あ、そういえばこいついたわ」みたいな顔したぞ。

 

 

「もー、ゆきのん機嫌直して!さ、怪談噺のラストを飾るのはこのあたし!」

 

 由比ヶ浜の怪談か...。うん、まったく期待出来んな。オチも無い支離滅裂な怪談が繰り広げられそうだ。どうやら雪ノ下も俺と同じこと考えているのか、その表情は余裕そのものだ。まあ、なるべく怖がってやるか...。

 

 

 

 などと余裕をこいていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 由比ヶ浜!?由比ヶ浜さん!!?お前どうしてそんなフザけた口調でそこまで怖い怪談喋れるの!?終始笑顔なのが更に怖いんだけど!雪ノ下なんて体裁など諸々かなぐり捨ててガッツリ泣いてんぞ。今も俺の腕に思いっきりしがみついてる。普通の状況ならば雪ノ下がしがみついているとか胸がドキドキもんだが、今の俺は胸をドキドキさせてる余裕がない。

 

 由比ヶ浜が話す怪談の舞台は高層マンションでの話なんだが、最後に「そういえばここも高層マンションだったね!」って言った後にフッと蝋燭の火を消すもんだから雪ノ下は声に出しながらの号泣、俺は「照明!雪ノ下!!照明!!はやく!照明!!!雪ノ下ぁ!!!」ってな感じでここ一番めっちゃ大声出た。

 

 

 そんな阿鼻叫喚な形で第一回奉仕部怪談噺はお開きとなった。

 

 

 

 

 その後は俺と由比ヶ浜の二人がかりで雪ノ下をあやすなど大変だった。ちなみにあやす際に「いや!由比ヶ浜さん怖い!いや!」って雪ノ下からガチの拒否反応されていた。今は落ちつきも取り戻し、雪ノ下が淹れた紅茶を飲んでゆったりとしている。

 

 そんな中、バイブレーションの音がきこえた。音源の先を見ると由比ヶ浜のケータイがあった。

 

「由比ヶ浜さん、ケータイが鳴っています」

「ヒッキーなんで敬語!?ってママからだ。ちょっとごめんねー」

 

 由比ヶ浜はケータイを取り電話に出た。相手は由比ヶ浜の母親か。

 

「うん、うん、...え!?...うん、わかったぁ」

 

 どうやら母親との通話が終わったようで由比ヶ浜はケータイを閉じる。そして申し訳なさそうな顔を雪ノ下に向けた。

 

「うー、ゆきのん...。ごめんね、急に帰らないといけなくなっちゃった...」

 

 ...おい、アフターサービス。

 しゅんとする由比ヶ浜。サーっと血の気が引いていく雪ノ下。そりゃそうだよな、あんな怖い話聞かされた後なのに急遽一人で過ごすことになったもんな。

 

「ごめんねー!ゆきのん、ごめんねー!おやすみー!」

 

 そして由比ヶ浜は荷物を纏め、早々に立ち去って行った。

 そして取り残される俺と雪ノ下。あまりのことに俺も雪ノ下も声が出ず、唯一の音は時計から発せられるカチッカチッという音だ。

 

「...じゃあ俺も帰るわ」

 

 うん、耐えられん。この気まずい空気耐えられん。俺も逃げるように雪ノ下の家から出ようとしたのだが。

 

「まって、お願い、まって!」

 

 必死な表情の雪ノ下に思いっきり服の裾を引っ張られる。

 

「比企谷くん、今日は泊っていきなさい。いいえ、泊ってください。お願いします」

 

 そして雪ノ下から藁にも縋る勢いでお願いされた。

 

「いや、流石にまずいだろ。独り暮らしの異性の家に泊るとか」

「今はそんな小さなことはどうでもいいわ!それに比企谷くんだったら対処法はいくらでもあるのよ!」

 

 小さい...小さいのか?...。しかし雪ノ下とはそう短い付き合いでも無いのだが、こんな必死な表情は初めて見るぞ。そこまでか。...いや、わりとそこまでの話をされたな。

 こんな雪ノ下を一人にするのはそれなりに気が引けたりしてる。今回は例外ということでやむを得ず泊ることにした。

 

 

 

 

 そうして今は雪ノ下の寝室で布団を敷き、布団の中。服は雪ノ下から学校で使っているジャージを借りた。ちょっときつい。

 

 ここまで至るのも大変だったんだけどな。まず俺が話した怪談を覚えているだろうか。そう、風呂場うんぬんの話。そのせいで雪ノ下がお風呂に入っている間ずっと風呂場とドア挟んだ脱衣場の場所で存在確認され続けられた。存在確認とはようするに「比企谷くん、ちゃんとそこにいる!?」「...います」みたいなやり取りのことだ。

 ってかそんな風呂場の近くにいるせいで雪ノ下のシャワー浴びる音や湯舟に浸かる音やらをガッツリ聞いてしまった。学校一美少女のそんな艶めかしい音を聞かされ続けてめっちゃ辛かったし、めっちゃ興奮した。

 

 とまあ、そんなこともあったが何とか乗り切って見せた。雪ノ下が浸かった後の湯舟にも興奮したとかそんなことはなかった...いや、めっちゃ興奮しました。

 

 

 後は眠るのみなのだが、眠れるだろうか。ここは先ほども言った通り雪ノ下の寝室だ。そして勿論ここに自分のベッドの中に入っている雪ノ下がいる。近くに女子がいる状況で眠れる気がしないわ。

 

「比企谷くん、まだ起きているかしら?」

 

 そんなモンモンとしていると、雪ノ下がいつもよりも小声で話した。

 

「...起きているぞ。正直眠れるきがしない」

「ふふっ、それは私が近くにいるからかしら?」

「...ノーコメントで」

 

 俺の回答にまた雪ノ下は小さく笑った。そしてフゥと小さく息を吐いた。

 

「まさか、私が比企谷くんと一緒の部屋で眠る日がくるなんて、貴方と初めて出会った私ではまったく想像もつかなかったわ」

「俺は今日ここに来る時の俺も想像出来てなかったわ...。雪ノ下もそうだろ?まさか今日こんなことになるとは想像できたか?」

「そういうことを言っているのではないのだけれど...。だって、そうね、昔の私なら比企谷くんを泊まらせるぐらいなら死を選んでたと思うわ」

 

 死を選ぶってなんだよ。言い方が武士っぽいんですけど。だがちょっとそのセリフ言ってみたい。使う機会どこだよって感じだが。

 

「昔の貴方は変わりたくないって言っていたのだけれど、今の貴方は大きく変わったわ」

「なんだよ藪からスティックに...。まあ、雪ノ下の言うとおりだな...。昔の俺ならまずこんな催しもんとか絶対に行かない。しかし今の俺はあの時もしかして俺は誘われないのか心配にまで...って何言わすんだ恥ずかしい」

「...貴方が勝手に言ったのでしょう。...へぇ、誘われないのか心配になっていたのね...」

「ぐっ...殺せ」

「嫌よ、面倒くさい」

 

 俺の超需要無いクッ殺を面倒くさいで一蹴しやがった。

 思い返せばこいつとの出会いってクソ最悪だったなぁ。あの日を思い出すと確かに今の状況ってミラクルすぎるだろ。

 

「そしてそんな私達よりも大きく変わったものがあるわ」

「...それは、なんだよ」

「それは...」

 

 ここで雪ノ下との会話が一瞬途切れる。一拍おいて、ゆっくりと静かに、とても大事な物を扱うかのように、雪ノ下はその答えを告げる。

 

 

 

「私達の関係」

 

 

 

 それはとても優しい声色で、まるで愛おしい者の名前を呼ぶかのようだった。

 そして俺はつい彼女のほうへと顔を向けた。部屋は明かりを落としてあり、目が暗闇に慣れてはいても、その横顔を確認することは出来なかった。でも、それでも、今の彼女はきっととても優しい顔をしているのだろうと、あの部室でみる横顔を思い浮かべた。

 

「比企谷くん、この先の私達、由比ヶ浜さんと比企谷くんと私、この関係は更に良くなっていくのかしら?」

「さぁな...。関係って人間よりも大きく変化するしな。わずかなことで結構ブレたりするもんだ。でもな」

「でも?」

「俺はきっと...」

 

 この先何があろうと、関係が更に良くなろうが、とても悪くなろうが、どのように変化しようが、この関係は決して壊れない。そう確証している。...まあ、こんな恥ずかしいこと言えないわな。

 

 

「比企谷くん?」

「ん?ああ、何でもない」

「...そう?」

「ってかそろそろ寝るか。流石に眠くなってきた」

「そうね、私も...、今なら眠れる気がするわ」

 

 雪ノ下と話ていくうちに、だんだんとまぶたが重くなっていくのを感じた。心のなかで雪ノ下におやすみを告げると重くなったまぶたを閉じた。

 

 

 

 

 と思った矢先にドーンと思いっきり窓を叩くような音が響く。まじでびっくりして布団の上でつい跳ねちまったわ。

 そして驚いてるのは俺だけではなくて。

 

「比企谷くん!!」

 

 超パニックになった雪ノ下が俺が入ってる布団めがけてダイブする。思いっきり雪ノ下の頭が俺の鳩尾を強打。こいつ、マーダーライセンス持ってるんじゃね?

 

「ゆ...雪ノ下...、おまっ、殺す気か...」

「比企谷くん!窓!誰かが窓を叩いているわ!」

「こんな高い所にある窓を誰が叩けるんだよ!ほら、今日ちょっと風強かっただろ?これは風が窓を叩く音だ!」

 

 そうこう言ってる間も窓はずっとドンドンと叩く音を出している。...風だよな?

 

「比企谷くん...そういえば」

「おい、馬鹿、思い出すな」

「由比ヶ浜さんが今日語った怪談で...」

「思い出すな!やめろ!!」

「最上階にも関わらず外から窓を叩く男がっ...!!」

「思い出すなって言ってるだろうがあああ!!!」

 

 本日の阿鼻叫喚パート2である。結局俺たちは一睡も出来ずに終わった。

 

 

 

 

 

「いやー、昨日はごめんね、急に帰っちゃって...。ってゆきのん!?ヒッキー!?その目どうしたの!?隈すっごいよ!!?」

「誰のせいだと思ってんだよ...」

「由比ヶ浜さん...貴方の...貴方のせいでっ...」

「えっ?えっ?」

 

 もう怪談はこりごりだ...。

 




夏が終わる前に夏の風物詩ってことで。
怪談の内容は思いつかなかったので思い切って無くしました。そこが重要ではないですし。

私がかく八幡と雪ノ下ってどうしてこうポンコツになってしまうのだろうか...。


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戸部とモテタニくん1

なんかバーに色がついてる!?まさかこんなに評価を頂けるとは...!うん、やっぱり八雪は最高だな!!!

評価やお気に入り、そして感想を書いてくださった方々、大変ありがとうございます!


そんな評価を頂いてからの一発目が戸部って...。あ、ちゃんと雪ノ下も出ますよ。そんな雪ノ下が出ずに戸部が出ていたなら八雪タグを返上してとべはちタグをつけないといけなくなりそうですし...。


今回話が長くなってしまったので分割しました。


 休日の昼、本来ならばまだ眠っている時間だが、俺は今イタリアンファミリーレストランチェーン店であるサ〇ゼリヤの4人掛けボックス席にて戸部と2人で向かい合うような形で座っている。

 

 ちなみにここは重要な部分だが、戸部と俺は友達ではない。友達ではない。もう一度言っておくが、友達ではない。俺の友達は戸塚のみだし、妹は小町だけだ!材木座?誰だそいつ。

 

「いやー、ヒキタニくん!休日なのに来てくれてマジ感謝だわー!」

「人の金で飯が食えるっていうならな。俺はどこだって行くぞ」

「でもさー、本当にここで良かった訳?しかも注文したものと言えばミ〇ノ風ドリアとドリンクーのみって...。別に俺としてはもう少し値段が高い場所でも良かったのにさー」

「は?サイ〇リヤ最高だろうが?お?」

 

 

 昨日、教室にて戸部が急に俺に相談したいことがあると言ってきたのが今日の発端だ。奉仕部を通していない依頼なんて根っから受ける気が無かったのだが「飯奢るからさー!」と言ってきたので受ける事にした。俺は人の金で飯を食えることに愉悦を感じるタイプだ。

 

「で、俺に相談したいことって何?」

「...その前にさ、ヒキタニくんに訊きたいことあるんだわ」

 

 なんか急に悲痛な面になる戸部。え、そんな顔して俺に訊きたいことってなんだよ...。

 

 

 

「ぶっちゃけさ、俺ってそこまでイケメンじゃないよね」

 

 

 

 ポジティブのみが売りの戸部からのまさかのネガティブ発言に内心めっちゃ驚いている。

 しかし、...ふむ、なんてこたえたらいいのだろうか。ここは同意して「お、そうだな」ってこたえるべきか、それとも「そんなことないよー」って言ってやるべきか。

 

 などと思考を巡らせてはいるが、先ほども言った通り戸部の急なネガティブ発言にめっちゃ驚いたせいで、既に俺の口からは声が出ていたようだ。

 

「気づいて無かったのかよ!?」

 

 まあ、考えれる限り最悪なこたえを口に出しちゃったって訳だ。言うつもりは無かった。すまん戸部。

 

「酷いわー...。ヒキタニくんマジ酷いわー...。なんか太刀でバッサリ斬られた気分だわー...」

「一太刀浴びせられる程度で済むならマシなほうだろ。なかにはこれでもかってぐらいに死体蹴りをかます奴もいるしな」

「...ヒキタニくんの周りってそんな人いるの?っべー...」

 

 千葉市立総武高校が誇る秀才は死体蹴りが大好きなんだ。特に俺を蹴りまくってる時のあいつはまじで楽しんでる。

 

 

「そこでヒキタニくんに相談っつーか、教えて欲しいことがあるんだけどさー。ヒキタニくんも別にイケメンじゃないのに何でそんなにモテるのか、その秘訣を教えて欲しいって訳よ!どうかオナシャス!!」

 

 俺はすかさずベルを鳴らした。ピンポーンという音と急な俺の行動に戸惑う戸部。そして近くにいた店員がこちらの席へとやってきた。

 

「ご注文お伺いします」

「マル〇リータピザを追加で」

「少々お待ちください」

 

 注文を受け取った店員は厨房の方へと入っていった。その後を困惑しながら目で追う戸部。

 

「...え?なんで急に注文したの?」

「いや、なんか急に食べたくなって。ほら、戸部も食っていいぞ」

「お、おお、ヒキタニくんサンキュー!...支払いは俺なんだけど」

 

 俺は食べかけのミ〇ノ風ドリアの残りを食べ、ジュースを飲んで喉を流した。そしてとりあえずフゥと一息。

 さて、このフザけたこと言ってる奴をどうしようか。

 

「俺がモテるってなんだよ...。いったいどこ情報だよ?完璧にガセネタ掴まされてるぞ」

「え?いやいや!そんなことないっしょ!ほら、ヒキタニくんって結衣やあの雪ノ下さんを(はべ)らしてるじゃん?」

「は!?おい、なんだそのフザけたっ...!!」

 

 戸部がとても恐ろしいことを言ってのけるので否定を述べようとしたが、俺は言葉の二の次が出なかった。...いや出せなかった。

 

 

 

「...へぇ、誰が誰を侍らしているのかしら?」

 

 

 

 それは底冷えするような声色だった。思いっきり水風呂に沈められたような、とにかく急な体感温度の変化に心臓が一瞬止まりかけた。

 

 ...いる。そこにいる。めっちゃ恐ろしい人がそこにいる。

 俺の全身の力を振り絞って何とか声のするほうへ首をゆっくりと向けると...、そこにはやはり。

 

 

 我が部の部長であり千葉市立総武高校が誇る秀才の雪ノ下雪乃がそこにいた...!

 

 

 雪ノ下は席案内をしていたであろう店員に「ここで大丈夫です」と一言告げると、俺に向けて詰めろというジェスチャーをとる。

 俺が席を詰めると俺の横に雪ノ下は座った。そしてニッコリと笑顔をつくり、けれど目は射殺すような眼差しで。

 

「とても愉快で素敵な会話が聞こえてきたのでつい。さあ、続きをどうぞ?」

 

 と俺達に遺言を残すよう言い渡してきた。

 

 小町...どうやらお兄ちゃんここまでみたい...。

 俺と戸部はお互いに顔を近づけ雪ノ下に聞かれないように小声で話し合う。

 

「おい戸部!おまっ...これどうするんだ!?」

「...っべー。...っべー。雪ノ下さんマジ怖えぇ...」

「べーとか言ってる場合んじゃねえんだよ!これまじで何とかしないと俺等消されるぞ」

「消されるって...や、流石に大げさっしょ...そんなそこまで...」

 

 俺等がヒソヒソ話をしていると店員が俺が注文したピザを持ってきた。

 

「お待たせしました、マル〇リータピザとなります」

 

 店員が机の上にピザを置くと、それを見ていた雪ノ下がボソッと。

 

 

「あら、最後の晩餐かしら?」

 

 

 と、呟きを残す。

 

 そして俺と戸部はそんな雪ノ下の呟きに一気に血の気が引いていく。お互いに青い顔を見せ合う。

 

「聞こえただろ今の!完璧に消す気満々じゃねえか!」

「どどどうするのヒキタニくん!俺まだ死にたくない!」

「それは俺も同じだ!...あれだ、先ほども言いかけたがそのフザけたこと言ったの誰だ?」

「あー...俺は大岡から聞いたんだけど...」

「誰だそいつ」

「...ヒキタニくん、同じクラスでしょー...。ほら、俺や隼人くんとよく一緒にいる背が小さくて野球部でー」

 

 ちなみに戸部がいるクラスにヒキタニってやつはいない。戸部から提供された断片的な情報を元に脳内で該当人物を照らし合わせる。ああ、童貞風見鶏か。それならそうと言ってくれ。

 

「なら事実をそのまま伝えるべきだ。そいつが元凶で俺等は何も悪くない」

「わ、わかった。そうする...」

 

 話し合いは終わり、お互い近づけていた顔を話していく。

 

「話し合いは終わったようね?では言い訳を聞きましょうか」

 

 俺達に凍てつくような笑顔を向ける雪ノ下。おかしいなぁ...本来の笑顔はポカポカ暖かいものなんだけどなぁ...。完璧に絶対零度なんだよなぁ...。

 

「まあ待て雪ノ下。大変ご立腹なのはわかるが俺も戸部も悪くない。俺はここで初めて聞いた話だし戸部は他の人から聞いた話だ。そうだろ?」

「そ、そうだべ!俺も大岡から聞いただけで、なにも俺が思ってることじゃなくて!」

 

 俺と戸部の言い訳に雪ノ下は首を傾げる。

 

「大岡ー...誰?」

 

 完璧に雪ノ下に忘れられている大岡。まあ、大岡と雪ノ下の接点なんてほぼ皆無だしな...。名前はチェーンメール事件時に聞いた程度だし、顔は戸部の海老名さんへ告白大作戦の時に見た程度だもんな。ちなみに割と高頻度で会っているはずの材木座のことをこいつはまともに覚えていないし、俺もよく存在を忘れられる。

 

「まあ、いいわ。その大岡くん...彼?で間違ってないのよね?その彼を追い詰め...問い詰めればいいのね」

 

 言い直しているようだがはっきり聞こえたぞ...。追い詰めちゃうのかよ...。

 

「戸部、早いとこ大岡に別れを済ませておけ」

「うん、そうするわ...」

 

 大岡、あいついい奴だったよ。知らんけど。

 

 

 それはそうと先ほどから気になっていたことを雪ノ下に訊いてみた。

 

「ってか雪ノ下がサ〇ゼリヤとは珍しいな。というより飲食店とかあまり行かないだろ?」

 

 そう雪ノ下に訊いてみたところ、急に雪ノ下は急に落ちつきを無くし、あちこちへ視線を泳がせる。

 ...訊いちゃまずいことだったが?

 

「あ...」

「あ?」

「貴方が部室で延々とサ〇ゼリヤの魅力について語るからっ...!」

「あー...」

 

 そういや週末の部室で由比ヶ浜にずっとサ〇ゼリヤの魅力について語ってたわ。こいつ、ずっと本を読んでたと思ってたのだが聞いていたのか。

 

「ほーん...。それで行きたくなった訳と。...ファミレスに一人でか?」

 

 俺のその言葉にキッと俺を睨みつける。しかし先ほどの眼圧に比べれば弱弱しく、顔はほんのりと赤くなっている。

 

「別にファミリーレストランだからと言って一人で来てはいけない制約などないでしょう!...それに由比ヶ浜さんを誘ったのだけれど、彼女は今日は忙しいらしくて」

 

 語尾がどんどん小さくなっていく雪ノ下。うん、なんかごめんね?

 

「別に深い意味で訊いた訳じゃねえから気にするなよ。俺もサ〇ゼリヤには一人でよく来るし。まあ、ほら、食べに来たんだろ?なんか注文しときな。戸部が奢ってくれるらしいし」

「あら、そうなの?では遠慮なく」

「あ...あんれー?」

 

 雪ノ下はベルを鳴らして店員を呼び、料理の注文を済ます。そして俺と戸部はその間にピザを何枚か食べていた。「これが最後の晩餐にならなくて良かったわー...」って戸部が呟いてたが俺も同じ気持ちだ。俺の最後の晩餐は小町の手料理と相場が決まっている。

 

 

「それはそうと珍しいといえば比企谷くんと戸部くんとは珍しい組み合わせね。とくに比企谷くんが家から出ているだなんて。それにまだ昼間よ?ゾンビは総じて陽の光に弱いと聞いたことがあるのだけれど」

「人をゾンビ呼ばわりするのやめてね。まあ、あれだ、俺は戸部の相談に乗ってるだけだ。飯奢ってくれるって話だし」

「そうそう!ヒキタニくんにモテる秘訣を教えてらおうとしててさー」

「モテ...?比企谷くんが...?」

 

 おっと、そこで首を傾げるのは失礼だぞ雪ノ下。お前は知らないと思うが俺はモッテモテだからな。主に警察官に。

 

「残念だけれど、彼が教えられるものは独りでいる寂しさの誤魔化し方ぐらいよ」

「ほんと残念だが、俺は独りでいても別に寂しいと感じたことは無いから教えれるものではないな」

「...本当に残念な話ね」

 

 とは言ったものの、雪ノ下の言った通りなんだよなぁ...。俺がモテるとかは大岡や戸部の勘違いしで別に俺はモテはしない。それどころか大半の女子から認識されていないまである。飯まで奢って貰っておいて俺から何も提供できないってのは何か申し訳ないな。

 

「まあ実のところ雪ノ下の言う通りなんだわ。最初にも言ったと思うが俺がモテるってのはガセネタでな。悪いが俺から戸部に教えれるものなんて何もないぞ」

「そうかー...。まあ、最初っから藁にも縋るぐらいの感じだったし?今日はとりあえず一緒にお食事でも楽しましょーってことで!ああ、お金はちゃんと俺が払うよ。そこは気にするなっしょ」

 

 おい、誰が藁だ。...いやまあ藁か。ってか何でこいつは藁にも縋る勢いでモテたいとかぬかして...、まあ海老名さん関係が妥当か。ちなみに料金ことは別に気にしていない。端っから戸部に支払わせる気満々だ。

 

 

 

 タイミングよく雪ノ下が注文した料理が届くと、そこから俺たちは会話をしながら食事をした...ってのはちょっと語弊があるな。ちゃんと言うと戸部が一方的に喋って俺はそれに相槌を打つ程度だ。雪ノ下はガン無視だ。

 

 そんな感じに食事を楽しんでいると。

 

「あれ、戸部?...それにヒキオに雪ノ下さんまで。なにこれ、どういう集まり?」

 




戸部出してみたいな...という軽い気持ちで書いてみたのですが、思いのほか戸部の口調がわからず、とりあえず「べー」とか「うぇーい」とか言わせておけば戸部になるんじゃね?ってこれまた軽い気持ちでやってみせたら

奇行種が爆誕しました。

ちゃんと原作引っ張り出して戸部の口調をちゃんと見てきました...。


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戸部とモテタニくん2

この話、前回と前々回のメガネと会談の文字数足しても此方のほうが多いのですよね...。


「あれ、戸部?...それにヒキオに雪ノ下さんまで。なにこれ、どういう集まり?」

 

 声がしたほうを見ると、そこには金髪縦ロールが特徴な三浦優美子が立っていた。

 三浦は席案内をしていたであろう店員に「ここでいいです」と一言告げると、戸部の足を軽く蹴って席を詰めさせ、戸部の横に座った。ますますなんだこの集まり。

 

「あんれー?優美子?やべっ、超奇遇!ってか優美子がサ〇ゼとか珍しくねー?」

 

 そんな軽い調子で戸部が言うと、三浦はピクッと一瞬肩を震わせる。...ってか戸部、お前軽くとはいえ蹴られてたぞ。そこはスルーなのか。普段から蹴られ慣れてんのか...。戸部の苦労を垣間見た瞬間であった。

 

「ヒキオがっ!」

「...は!?俺!?」

「ヒキオが教室で戸塚と一緒に延々とサ〇ゼの魅力について語るからっ...!」

 

 そういや週末は部室内だけでなく教室でも戸塚とサ〇ゼリヤの話してたわ...。あーしさん聞いてたのか...。

 

「ヒキタニくん、サ〇ゼの売上貢献しすぎっしょ!」

「あら、三浦さん。ここに一人で来たのかしら?」

 

 おっと?雪ノ下が自分のことは棚上げして超いい笑顔で三浦を煽りだしたぞ。

 そしてその煽りにまんまと三浦は引っかかり、雪ノ下をキッと睨みつける。大丈夫だよあーしさん。今あんたが睨みつけてる相手も一人で来たから。何なら俺はいつも一人で来てる。

 

「別にファミレスだからって一人で来てはいけない決まりなんてないし!...それに結衣と海老名を誘ってみたら二人とも今日は忙しいっていうし...」

 

 語尾がどんどんと小さくなっていく三浦。うーん、これに似たセリフちょっと前に聞いたな。由比ヶ浜が人気すぎる。

 

「三浦の言うとおりだ。別にファミレスは一人で来てもいいんだ。俺もサ〇ゼリヤには一人でよく来るし、まあ、ほら、食べに来たんだろ?戸部の奢りだから遠慮なく注文しな」

「お?まじ?戸部、あんた太っ腹じゃん」

「え、ちょ、え?あ...あんれー?」

 

 三浦はベルを鳴らして店員を呼んだ。そして雪ノ下はチラッとこちらを見てきた。

 

「...なんだよ?」

「いえ、特には。強いて言えば貴方が話せる話題はサ〇ゼリヤぐらいしかないのかしら?と思っているぐらいよ」

「めっちゃ特にあるんじゃねえか。ばっか、ばかお前、サ〇ゼリヤの他にもト〇ザらスについても語れるわ」

「それを語られても困るのだけれど?」

「お?ト〇ザらスを愚弄したな?何なら飯食ったら行くか?ト〇ザらス。一瞬で虜にしてやるぞ」

「どうして私が貴方とト〇ザらスに行かないといけないのかしら?行くなら一人で行ってなさい」

 

 こんな感じに雪ノ下と口論を繰り広げていると、三浦は既に注文を済ませていたようで、俺等の口論を聞いていたようだ。三浦はそんな俺達のやり取りをまじまじと見て、ンー...と軽く唸り声をあげた後に、戸部のほうへと視線を向ける。

 

「戸部ー、ヒキオと雪ノ下さんってさ、やっぱ付き合ってんの?」

 

 そんな三浦の言葉に俺も雪ノ下もピタッと会話が止まる。

 

「え、ヒキタニくんと雪ノ下さんが?流石にそれはないっしょー」

「そお?あーしとしては結構お似合いって思うけど。ほら、雪ノ下さんとこうも言い争えるのってヒキオぐらいだし?」

 

 戸部、俺が雪ノ下や由比ヶ浜を侍らしているっていう話は信じて、付き合っているってことには否定を唱えるのかよ。俺のこと何だと思ってんだよ。ってか三浦よ、なに末恐ろしいこと言ってんだ。んなこと言ったら雪ノ下が...。雪ノ下、そこで黙って顔赤くするのって反則だろ...。

 

 

 三浦が注文した料理も届いて、しばし食事をしていると。

 

「つーか、普通に流されたけどあーしの質問にも答えろし。これ何の集まり?」

 

 三浦がここにきて最初に言った疑問を覚えていたらしく、再度それについて訊いてきた。

 だが、この集まりが何なのか、馬鹿正直に答えるのはまずい。とりあえず俺が適当にでっちあげようとしたのだが。

 

「ん?あーそれは...」

「あー悪い悪い、完璧にわすれてたわー」

 

 戸部が俺の言葉にかぶせてきた。まずい、戸部にこたえさせるのはまずい。

 

「お、おい、戸部。俺が...」

「いやー、ヒキタニくんがモテるってもっぱら噂だったもんで、そのモテる秘訣を教えてもらおうって思った訳よー。まあモテる話はガセだったんだけどー...。雪ノ下さんはヒキタニくんと話している時に一人で来て、まあ一緒にご飯食べてるって感じだべ」

 

 俺の努力も空しく、戸部が全部説明してしまった。ついでに雪ノ下が一人で来たってとこまでも説明してしまった。

 

 そんな戸部の説明を聞いて三浦がジロリと雪ノ下のほうを睨む。

 

「ちょっと、あんたも一人で来てんじゃん」

「...別に私は一人で来ていないなんて一言も言ってないわ」

 

 雪ノ下はフイッと顔を横に向け、三浦と視線を合わせないようにしている。おまえ今すっげえ見苦しいぞ...。

 そんな雪ノ下の態度に三浦はハァとため息をはいた後、視線を雪ノ下から戸部へと移す。

 

「で、戸部。そのモテがどーのこーのの話って海老名のことまだ諦めてないってこと?」

 

 三浦がそういうと、リアクション芸人ばりに肩をびくつかせる戸部。そしてしきりに自分の襟足を引っ張りだし、視線はあちこちと泳がせている。戸部、今のお前の表情めっちゃ気持ち悪いぞ。

 

「ん...んー、まあそんなとこ?」

「はぁ、やっぱり」

 

 戸部の回答に三浦はもう一度ため息をはいた。まずい、案の定三浦にバレた。三浦は訳あって海老名さんが言い寄られることを快く思っていない。また、修学旅行の海老名さんへ告白大作戦の顛末を聞いた時もかなりの難色を示していたらしい。

 

「あんさー、今からキツいこと言うけどさー。戸部、あんた全体的に軽いんだよ。本気とか口では言ってるけどあーしからしてみればまったく本気には思えないわけ」

 

 うっわ、ほんとキッツ...。三浦のキツい言葉に戸部は一瞬でしゅんとなり、俺もたじろいだ。雪ノ下だけは平常運転で優雅にパスタを口に運んでいる。めちゃくちゃ食べ方綺麗だなー。一瞬ここが高級イタリアン料理店に見えたわ。

 だが、修学旅行での告白時の戸部は俺から見れば本気に思えた。現に今でも海老名さんのことを思っているわけだし。

 

「で、でも優美子、俺は本当に本気で...」

「ヒキオがモテないって話はガセとか言ってたけどさ」

 

 戸部がたじたじになりながらも小さく反論しようとしたが、その言葉に三浦が重ねてきた。ってか何で急に俺の話?

 

「あーしとしてはそれ本当だと思う。ただ皆がヒキオを知らないだけ。これは結衣から聞いた話なんだけど、入学式の日にさヒキオって事故にあったんだけど、それの原因が見ず知らずの人の飼い犬が車に轢かれそうになっている所を自らを犠牲にしてまで助けたっていうらしいじゃん。自己犠牲が美しいとは言わないけど、いざという時に危険を顧みず行動できるってやっぱカッコいいよ」

 

 三浦が話しだした内容がまさかの入学式の日に俺が事故に合った内容でマジでびっくりしてる。由比ヶ浜、なに話してんだ...。しかも三浦からカッコいいとか言われる日が来るとは...2度びっくりしてる。

 戸部は戸部で「まじで!?」みたいな顔をこっちに向けてくる。

 そして実はこの事故の関係者でもある雪ノ下は流石にこの話は反応せざるをえず、食べている手をとめ俯いてしまった。ってかなに俯いてんだよ、この話は俺とお前の間で既に終わったことだろ...。

 

「それで戸部、あんたは海老名のためにこんぐらいのことやってのけれるわけ?」

 

 そこで戸部は言葉を詰まらせる。いや重いよ!?高校生の恋愛なんてもっとフワッとしたもんで良くね?街で見かけるウェイウェイ言ってるカップルとかまじでフワッフワじゃん。コットン100%かよ。

 

「悪いけど中途半端に海老名に言い寄られても海老名もあーしもめっちゃ迷惑なんだよ。だからその程度ならもう諦め...」

 

 三浦の止まらない口撃に戸部の表情が締まる。そしてまだ三浦が話している途中にも関わらず、その口を開いた。

 

 

 

「俺は本気だ!!!!」

 

 

 

 そして戸部の怒声がこもった声が響いた。先ほどの気づかれないような小さな反論とは違い、三浦の目を真っすぐと見つめながらの大きな反論となった。急な大きな声に俺も雪ノ下も肩をびくつかせ、雪ノ下は俺のほうを見ながらワタワタし始める。

 そして三浦はいきなりの戸部の反論に呆けていると、ほんの一瞬だけ笑ったような気がした。その笑みに気づいたのはどうやら俺ぐらいのようだが。そしてすぐさままた戸部を睨みつける表情をつくる。

 

「で、何がどう本気なわけ?」

 

 そんな三浦の問いに、戸部は先ほどの大きな声とは違い若干小さな声でぽつぽつと話しだした。

 

「そりゃあまあ、修学旅行の時の俺はどこか焦っていたっつーか、俺だけ突っ走った感はあったさ。そのせいで海老名さんにもそして奉仕部の皆...特にヒキタニくんには多大に迷惑かけたって反省してる」

 

 多分戸部が言ったのは俺の嘘告白のことなんだろう。俺が戸部の告白を阻止するために戸部の目の前で海老名さんに告白をした。そしてこれがすべての原因という訳ではないが、奉仕部の間に亀裂が入る発端の一部ではあった。

 

 雪ノ下はこの話に思うところがあるのか、再度俯いてしまった。俺はそんな雪ノ下の反応を横目で見る。戸部は迷惑をかけたって言うが、あそこで一番迷惑かけたのは誰でもない俺だ。誰にも何も伝えず言わず二人の気持ちを何一つ理解せずあのような行動を起こしてしまった俺が一番迷惑をかけたと思っている。雪ノ下に「嫌い」と言わせてしまった、由比ヶ浜に「人の気持ちをもっと考えて」と言わせてしまった。俺はあの時の二人の表情を昨日のように思い出せる。そして忘れてはいけない、俺の戒めだ。

 

 それにあの件に関しては告白を台無しにされた戸部も被害者の一人なのだろうに。戸部は戸部であの件には思うところがあるのかもしれない。

 

「それに後々に思い返せば、海老名さんから脈が少なかったっつーか、あそこで告白出来ていてもフラれていたっつーか、それでも俺は諦めれないっつーか...、でもそれって俺の独りよがりじゃね?っていか...」

 

 しどろもどろになりながらもこたえていく戸部。そしてそんな戸部に雪ノ下が俯きながらもぽしょりと「少ないというより皆無だったわね...」と戸部に聞こえないぐらいの声量で呟く。落ち込んでんのにそこに関しては突っ込むのかよ。いや、俺も内心思ってたけど。でもまあ口に出てしまったとはいえ戸部に聞こえない程度に収めたところをみると雪ノ下も成長したんだなぁ...。

 

「だから俺はやり方を変えた。海老名さんにちゃんと俺っていうのを見て貰えるように、俺の本気を見て貰えるように。でもそれは少なくとも高校生の間では到底無理な話だと思う。なんなら一生かけても見てもらえない可能性もあるかもしれない。でもそれは諦める理由にはならない」

 

 そして戸部のいつものフザけた口調は鳴りを潜め、どんどんと力強い口調へと変わっていく。自分がどれだけ本気なのかを三浦に本気で訴えかけるために。

 

「そして海老名さんが俺のことをちゃんと見てくれるようになって初めて俺は海老名さんに告白出来るとおもう。だからこそ俺はもういい加減ではいられない。いついかなる時でも俺は常に本気の姿でいなくちゃいけない。その姿勢を俺は何年も何十年も貫き通す。それが俺の本気だ」

 

 打ち明けられた戸部のおもいに俺は愕然とした。俺は戸部翔という人物を完璧に見誤っていた。そして俺の隣では雪ノ下も同じ気持ちなのか呆けた表情を戸部に向けていた。

 

 三浦は戸部に向けていた視線を外す。

 

「あんたがいい加減じゃなく、本気だってことはよくわかった。でもあーしはあんたの手助けは一切してやらない」

 

 戸部の熱を帯びた声とは裏腹に三浦の声はどことなく冷めているように感じた。しかし、三浦は「でも」と一言言うと、戸部のほうへ顔を向ける。

 

「あんたの本気、カッコよかったよ。もうあーしからは何も言わない。ま、うまくやってみせろし」

 

 優しい声色で、そして優しい表情を戸部に向けた。俺はそんな三浦がどことなく息子の成長を喜ぶ母親のように思えた。

 

 

 

 

 その後の俺たちは食事を終えて支払いを済ませた。勿論俺と三浦のぶんも戸部が払ってくれた。雪ノ下だけが「私は施しは受けない」と言い、自分が食べた分を支払っていた。戸部が奢ってくれるって言ったときには「では遠慮なく」って言ったのにな。いつの間にこんな茶目っ気になったことやら。

 

 そして今はサ〇ゼリヤの店先にいる。これでもう解散っていう流れになると思うのだが、不意に三浦がこちらに近づいてきた。

 

「あんさー、あんたがモテるっていう話、雪ノ下さんはなんて言ったの?」

「ん?あー、普通に否定されたけど?」

「ふーん、ヒキオのこと知っているなら否定なんて出来ないと思うけど。単にあんたに言うのが恥ずかしいのか、それとも他の人に知られたくないのか。まあいいや、じゃああーし帰るわ。じゃあね」

「お、おう...」

 

 そう言い残し三浦は去って行った。なんか今日のあーしさん俺のこと褒めすぎじゃない?小町がなんか賄賂でも渡したのか?

 そして三浦と入れ替わる形で次は戸部が近づいてきた。

 

「いやー、ちょっと恥ずかしい話しちゃったわー。ヒキタニくん、今日俺が言ったの皆に内緒な?」

「別に端から言いふらすつもりはねえよ。それよりもあまり役に立てなくて悪かったな」

「ん?いや、そんなことないっしょ。それにヒキタニくんのこと色々知れたし?それで俺もヒキタニくんのカッコよさがどことなくわかったっつーか」

「いや...俺はカッコよくないわ。お前のほうがカッコいいよ戸部」

「ちょ...ちょー!そんな面と向かって言われると照れるわー!ま、まあ、俺もそろそろ行くわ、またな!ヒキタニくん!」

「おう、じゃあな」

 

 戸部もそう言うとこの場を去って行った。戸部よ、色々知れたと言っているが、ヒキタニなんて人物はどこにもいない。

 

 

「比企谷くん」

 

 三浦や戸部のやりとりを眺めていたであろう雪ノ下が、一人になった俺に静かに近づいてきた。

 

「彼、凄かったわね」

「ああ、戸部な。まさかあいつの本気がここまでとは思わなかったわ」

「ええ。ふふっ、もしかして海老名さんはとても幸せ者かしらね」

「かもな。自分のことをああも思ってくれる奴なんてそうそういないしな」

 

 クスクスと笑う雪ノ下を見つめる。駄目だ、これは戸部に完璧に触発されたわ。

 

 見つめられていることに気づいた雪ノ下が小首を傾げる。

 

「比企谷くん?」

「ん?ああ、悪い。なんでもない。それはそうと雪ノ下、今からでもト〇ザらスに...」

「行かないわよ。はぁ、やはり比企谷くんは比企谷くんね...」

「そりゃあどういう意味だよ」

「特に深い意味はないわ。では、私もそろそろ行くわね」

 

 雪ノ下がスタスタと俺から離れていく。すかし数歩歩いたところでピタッと止まり、クルッとこちらのほうへ体を向ける。

 

「また...ね」

 

 何時ぞやの文化祭準備の日のような、雪ノ下は胸の辺りまで手を上げて小さく手を振った。そんな雪ノ下にどことなく愛おしさを感じた。

 

「ああ、またな」

 

 俺がそう告げると、雪ノ下は小さく笑い今度こそこの場を去って行った。

 

 

 俺は去って行く雪ノ下の背中を眺めた。俺が知る中で一番いい加減だった男が一番本気を見せてくれた。そんな姿を見せられては俺も、俺自身も本気にならなくてはならない。

 

 いつまでも、今のままではいられないから。




八幡のカッコいいとこを書くよりも先にまさかの戸部のカッコいいとこを書いちゃったよΣ

今回の話、八雪成分がちょっと足りなかったかもしれませんね。いえ、前回と前々回もそこまででしたけど。
そろそろいい加減に八雪フルオープンアタックな話を書くべきですかね...。それと八幡がカッコいい話


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海と写真1

 お気に入りが増えている...!!!大変うれしい限りです!ありがとうございます!

 今回の話を書くのとても大変でした...。何が大変って、私、海行ったことがないからです!海行ったことが!!!

なのでわからないとこがあったら調べたり、はぐらかしたりして書きましたが、変な箇所があったら「海...知らないんだな...」ってな感じで微笑んでもらえたら幸いですね!

 また今回も長くなってしまったので分割しました。


「なぜ俺はお前と二人きりで海なんかに来てるんだ...」

「私の台詞を取らないでもらえるかしら?...はぁ、そもそもここに来ることになったのは貴方が最初に言ったからでしょう」

「お前だって同意してたじゃねえか」

 

 夏の真っただ中、俺と雪ノ下は二人きりでお互いちゃんと水着に着替えて海へと来ている。どこかに由比ヶ浜やら材木座やらが隠れてたりしない。まじで二人きりで海に来ている。

 男女二人っきりで海とか一見めっちゃリア充イベント中のように思えるが、俺も雪ノ下もびっくりするほど乗り気じゃない。例えばリア充カップル恒例イベントの「日焼け止めオイル塗って(はぁと)」など、そんなこと一切起きなかった。雪ノ下は手が届かない背中はそこらの女性客に頼んで塗ってもらったらしい。いやそんなイベント雪ノ下と起きてもらっても困るけど。...ああ、戸塚に日焼け止めオイル塗りたい。

 

 何故こんな状況になっているのか、それを説明するには少々過去へ遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 実のところ俺と雪ノ下は絶賛仲違い中だ。いやまあ違えるほどの仲も無いが、とにかくそんな感じだ。

 

 その仲違いが起きた原因は奉仕部に一つの依頼が来たことから始まった。俺と雪ノ下はお互いに違う方法を提案したのだが、俺も雪ノ下もお互いが出したやり方が気に食わずに、どちらの案で進めるかでめっちゃ口論となった。雪ノ下が頑固だってことはわかっていたことだが改めて思い知らされたね。結局その依頼は俺が自分の案を強行的に進めて達成させた。案の定そのことに雪ノ下は大変お冠となってしまったが。でも今でも俺はこの方法が一番だと思っている。事も無き、依頼もちゃんと達成。何がご不満なんだか。

 

 この後もそのことが尾を引く形となり、奉仕部の中は俺と雪ノ下のせいで超ギッスギスとなっていた。そういうことに人一倍敏感な由比ヶ浜はそれでも何とか場を明るくしようとしていたが、どれも空振りに終わる。

 

 そこで手段を変えてきたであろう由比ヶ浜は急に俺等に「せっかく夏だしさ、三人で海に行こうよ!」と言ってきた。しかし、やはりと言うべきか、俺も雪ノ下も拒否を唱える。そもそも俺等はインドア派だし。家から出たくない。...ちがう、これは引きこもりだ。

 

 だが、短くない間を俺等と過ごしてきた由比ヶ浜は拒否られることなんて百も承知なのだろう、そんな反応をされても一歩も引かなかった。まず雪ノ下に「あたし、ゆきのんと一緒に遊びたいな...」とまるで雨に打たれている子犬のような目で雪ノ下を見つめ雪ノ下を撃沈。そして俺には袖部分を軽く引っ張りながら「ヒッキー...」と上目遣いで見てきて俺を撃沈。仕方なく奉仕部のメンツで海に行くことが決定した。俺等がチョロいんじゃない、由比ヶ浜の俺等の攻略が上手すぎるんだ。

 

 しかし、海に行く当日になってなんと由比ヶ浜が風邪でダウン。由比ヶ浜が来ないのならば俺も雪ノ下も海に行く理由などまったくもって皆無なのでこのまますぐにお開きにするつもりだった。

 

 しかし俺は今までの自分の態度に思うところがあった。そこで俺は今にも帰ろうとしている雪ノ下を呼び止めある提案を持ちかける。

 

「雪ノ下、このまま俺等で海に行こう」

「あ、貴方急にどうしたのかしら?理由も無ければ外には出られない貴方が理由も無しに海に行こうとするなんて...。ゾンビの変異かしら?」

「変異も進化も変態もしていない。ちゃんと理由ならある。雪ノ下、お前は今までの自分の態度に思うところ無いのか?」

「それは...」

「俺等のせいで由比ヶ浜に余計な気苦労をかけていたのは事実だ。もしかしたらそのせいで風邪をひいたのかもしれん」

「そう言われると弱ってしまうわね...。でも何故それで海に?」

「ようは由比ヶ浜の気苦労を取っ払ってやればいい。このまま海に行って俺等二人で楽しんできました的な写真を何枚か撮れば由比ヶ浜は俺等が無事仲直りしたと思うだろ」

「直るもなにも私と比企谷くんの間に元から仲なんて無いわ」

「いちいちツッコむな...。そうじゃくて、仲直りした思わせるんだよ。で、これっきりで前の依頼の件を引きずるのは無しにしよう」

「はぁ...。そうね、確かに今までの私の態度はあまり良くなかったわね。由比ヶ浜さんのためにもそうするわ」

 

 

 

 

 

 

 そういう理由があって今俺達は海へと来ている訳だ。

 

 それにしても先ほどから矢鱈と視線を感じる。...そりゃあ確かに絵に描いたような美少女がいたらつい見ちゃうよな。...普段から見慣れているはずの俺でも水着姿のこいつには目を奪われてしまったほどだし。で、そんな美少女の隣にまったく似つかわしくない男がいるんだから他の男共の怨念のこもった視線も向けられれる訳だ。あまり考えたくはないがこいつの隣に俺ではなく葉山がいたのならこんな視線向けられることは無いんだろう...。

 

 そんな視線に辟易しつつ俺は家から持参したとシートと飲み物が入ったクーラーボックス、レンタルしたビーチパラソルをせっせと設置していく。体力が悲惨な雪ノ下にすぐに必要となるだろう。

 

 そんな珍しく作業に勤しんでいる俺をまじまじと見つめる雪ノ下。

 

「...なんだよ?」

「いえ...その、やけに手馴れていると思って」

「あー、引きこもりのくせになんでこんなアウトドア技術持ってんの?無駄じゃね?とかでも思ったのか?」

「流石に被害妄想が過ぎるわ。思ったけれど」

「やっぱ思ってんじゃねえか。...はぁ、昔は家族とこうやって海に行くこともあったんだが、その時親父に『男ならパラソルの設置の仕方ぐらい覚えておけ、モテるぞ』とか言われ明らかに面倒事を押し付けられる形でやらされてその名残だな」

「そう...。貴方は海に行ったことがあるのね...」

 

 最後の雪ノ下の言葉に反応してしまい雪ノ下のほうへ視線を向ける。

 

「...もしかして海に来るの初めてか?」

「そう...なるわね...」

「...そうか」

 

 そしてまた視線を設置しているパラソルのほうへ戻す。まじか。雪ノ下は初めて海に来たのか...。その初めての海で一緒に来たのが俺って、何かすごい申し訳なく感じてきた。行く前に言ってくれれば別の方法を取っていたのだが...。

 

 

 そうこう言っているうちに設置完了。もうこれだけで疲れた。もう帰りたい欲に囚われそうになるが残念ながら言い出しっぺは俺なんだよなぁ...。

 

 あとはこれまた持参した防水バッグを肩にかけてスマホ以外の貴重品を中に入れる。

 

「雪ノ下、お前の貴重品もこのバッグに入れるから貸せ。あとカメラは俺のスマホを使うか。防水だし」

「ま、待ちなさい!貴方のケータイで私をも撮るというの!?」

「まあそうなるな」

「...如何わしいことに使われそうでとても不快なのだけれど」

 

 ジトーっとした目で見てくる雪ノ下。こいつ普段から俺のこと何だと思ってんだ...。

 

「しねえよ...。なんなら撮り終えたらお前のスマホに転送して俺のほうにあるデータは削除する形でもいいぞ」

「そうね、そうしましょう」

 

 

 

 準備体操をし終え、いざ俺たちは海のほうへと入っていく。

 

 水面が膝部分まで来るほどの深さまで海に浸かる。軽い波の衝撃が足に伝わってきた。

 

 雪ノ下はそんな波が新鮮なのか「おぉ...」と小さく声が漏れていた。そしてそのチャプチャプと小さく足で水を蹴っている。わりと楽しそうにしているな。なんか微笑ましい。

 

 そんな雪ノ下をジーと見ていると、雪ノ下は俺の視線に気づいたのかあからさまにハッとした後に小さく咳払いをした。

 

「こほん...。そ、それで、写真のことなのだけれど、どのように撮るべきかしら?」

「ん?あー...まあ楽しそうな雰囲気出てればいいんじゃね?」

「漠然としてるわね...」

 

 何か参考になるものが無いか辺りをキョロキョロ見渡すと一組のカップルに目が留まった。そのカップルは「もぉ、つめた~い!」「やったなぁ~おかえしだぁ!」とうすら寒いやり取りをしながら水をかけあっている。お前らの関係もそのうちそんな感じに冷たくなるぞ。そして雪ノ下は俺の視線の先を追って同じくカップルを見やる。

 

「まさか、あのようなことを私を貴方でするなんて言わないでしょうね...?」

「安心しろ。そんな写真撮ったところで俺もお前も由比ヶ浜に頭の病気を疑われるだけだ」

「...否定出来ないわ」

 

 いやほんと俺と雪ノ下でカップル紛いなこと出来る訳が無い。なんせ雪ノ下とは友達ですらないしな。

 

 何も参考になるものが無い...。さてどうするか。などと考えていると隣から「きゃっ!」と小さく悲鳴が聞こえる。水底の砂に足が取られ、雪ノ下はバランスを崩した。転倒しそうになるのを俺が雪ノ下の両肩を掴むことで何とか防ぐ。

 

「あぶねっ...!大丈夫か?」

「え、えぇ...ありがとう」

 

 雪ノ下は急な出来事にまだ動揺しており、ほんのりと顔に赤みがかかっている。そして俺の肩を掴みながら息を整えようとしている。

 

 俺はというと咄嗟とはいえ直に雪ノ下の肌に触れてしまい、ちょっとドギマギしてたりしてる。ほぼ照れ隠しのために俺は今の状態の雪ノ下をスマホで撮った。パシャリとシャッター音が鳴る。

 

「なっ!何を撮っているの!」

「いや、珍しい表情してると思ってな。由比ヶ浜に見てもらうと」

「くっ...、貸しなさい!」

 

 雪ノ下は俺の手からスマホを奪い、俺を軽く押し退けスマホを俺に向ける。そしてパシャリと写真を撮られた。

 

「すごいわ比企谷くん!貴方と海、とても似合わない!」

 

 とても嬉しそうに言う雪ノ下。楽しそうですね、俺をいじるのが。

 

「まあな、どんな背景だろうが俺は浮きまくって逆に背景に溶け込んじゃうまである」

「貴方に溶け込まれる背景が不憫で仕方ないわ」

「そうだな、ほんと仕方ないよな。お前の発言の辛辣度合が」

 

 

 

 

 

 

 その後も雪ノ下はパシャパシャと何枚か俺を撮るもんだから俺も無理やり雪ノ下からスマホを奪い取り逆に雪ノ下を撮る。そんなやり取りを何度かやっているうちに雪ノ下は完璧にグロッキーとなる。ほんと体力無いな...。

 

 そんな早いうちから体力を使い果たした雪ノ下を軽く引っ張りながら前もって設置したシートへ向かい、そこで雪ノ下を休ませた。クーラーボックスから飲み物を取り出すと雪ノ下に渡す。

 

「ほれ、水分補給はこまめにな」

「そうね、ありがとう...」

 

 雪ノ下はそれを両手で受け取りコクコクと飲む。ふむ、喉の動きがエロ...あ、こっち睨まれた。

 

「...何をジロジロと見ているのかしら?」

「まあ、あれだ。わりと楽しんでいたなと思っただけだ」

「...そう、ね」

 

 素直に認めた!?絶対に「そんなことないわ。第一貴方のような人が近くにいて気も休まらないのにどうやって楽しめと?」ぐらいの毒は吐いてくるもんかと...。どうでもいいが俺の雪ノ下のモノマネが上手すぎてヤバい。うん、ほんとどうでもいいな。

 

「初めての海を前にして似合わずとも気持ちが昂っていたようね。私だって素直に認めるわ」

 

 ...雪ノ下に素直に認めたことについて俺が驚いてたことがバレてた...。

 

「でも、その...ごめんなさい。早々と休むことになってしまって...」

「別に一応遊びという名目で来てんだから気にすること無いだろ...。お前が体力無い事なんて俺も由比ヶ浜も知ってることだしな」

「...それはそれでとても癪ね」

 

 雪ノ下はすぐに体力使い果たしたことをそれとなく気にしているようだ。いやほんと別に今更って感じだから気にする必要無いんだがな。しかし、ふむ、どうしたものか。

 

 そこでふと昔に家族と海に来たことを思い出す。大抵は小町と一緒に泳いでいたが、その役を親父にとられた時は何をしていたか。...そう、あれだ。

 

「雪ノ下、ちょっとここで待ってろ」

 

 と、その場に雪ノ下を置いて行こうとしたが...。見てる、見られてる。こう男共に見られてる。

 

「...すまん、やっぱ一緒にきてくれ」

「え、えぇ...いいけれど...?」

 

 雪ノ下は小首を傾げる。いや、この場に雪ノ下を一人にしたら間違いなくナンパに合う。そして雪ノ下の図書館レベルで豊富な罵倒語ディクショナリーによってナンパしにいった男共が次々と死体に変わっていくのが目に見えてわかる。...後は、その、あれだ、今の雪ノ下は疲れているし、人目があるから無いとは思いたいがナンパしてきた男が強引な手法をしてこないとは限らないし、極力雪ノ下にも危険が及ぶことは望むことでは無い。

 

 

 

 

 

 

 そんな雪ノ下を引き連れてあるものを借りて俺たちはシートが敷いてある場所へと戻ってきた。そしてそのあるものというのは...。

 

「バケツ...?何に使うのかしら?」

「その前にだ、雪ノ下。少しは興味あるんじゃないか?こんな俺が海でいったいどのように過ごしたのか!」

「...いえ?特には...」

「際ですか...」

 

 想像以上に雪ノ下に興味持たれていない俺...。いや知ってましたけどね...。望んだ回答が得られずに若干落ち込むが、だがここからが本番だ。海は海に入る以外にも遊ぶことはあるというのを雪ノ下に教えてやる!あとこれならそこまで体力使わないだろうしな。

 

 雪ノ下に何をするのか見守られながらバケツで作ったもの、それは。

 

「どうだ、久々だったが中々上手いものだろ、家族で海に来た時によくこうやって砂で城を作ったものだ...」

 

 そう、砂の城だ!海に来てしまったぼっちのためにある究極な遊びと言っても過言ではない。いや過言だけど。

 

 せっせと城の建築に勤しんでいると、後ろからカシャリとシャッター音が聞こえてきた。

 

「...おい」

「貴方、砂をいじくっている姿がとても似合っているわ!流石ね!」

「いやそれ全然褒めてないだろ」

「当たり前よ、私が比企谷くんを褒めることなんて無いわ」

 

 その後もパシャパシャと何度かシャッター音が聞こえる。俺が砂をいじくる様がどんだけお気に召してんだ...。

 

 しかし、いつの間にかシャッター音が鳴り止んでいた。物静かになった雪ノ下のほうを見たら俺の砂の城を見て何処となくうずうずしている。

 

「作りたくなったか?」

「それはっ...!」

「ほれ、バケツは2個借りてきたんだ。お前も作れるぞ」

「...そうね、せっかくだし、比企谷くんに乗ってあげるわ」

 

 雪ノ下はもう一つのバケツを受け取り、俺から作り方を吐かせると、せっせと作り始める。...うまいな。

 

 そんな砂弄りに夢中になっている雪ノ下を怒られる覚悟でパシャリと写真を撮る。ふむ、すごくレアな写真が撮れた気分だ。

 

 しかし後ろから思いっきり写真を撮ったと言うのにまったく気づかねえ!まじかこいつ、どんだけ砂弄りに夢中になってんの!?しかも矢鱈とクオリティが高い。

 

 え、ちょっと、え...。俺わりと砂の城が上手く作れるっていう自信あったのに、こいつの訳分からないハイスペックなせいで自信無くしたんだけど...。

 

 美少女がクオリティ高い砂の城を作るもんだから注目度が更に上がる。その城の隣にある俺製の砂の城が晒しもんみたいになってる。なにこれ辛い。

 

 

「...できたっ!」

 

 どうやらお気に召すぐらいの完成度が出せたらしい。雪ノ下は嬉しそうに完成した砂の城を眺めている。

 

 俺は完成記念にもう一枚パシャリと雪ノ下とその砂の城を撮る。いやほんとクオリティ高いな...。

 

「なっ!比企谷くん!」

 

 しかし今度は撮られたことに気づき、こちらを振り向いた。そして自分が結構注目を浴びていることにも気づく。

 

「えっ...。どうしてこんなに注目されて...」

「それ言うか?自分の作った城を見てみろよ」

「...うっ」

「どしたのこれ?このクオリティの高さどしたの?作っているうちにどんどんハマって本気出しちゃったの?」

「くっ...!私も...やりすぎたと思うわ...」

 

 視線に耐え切れなくなったのか、雪ノ下は照れ隠しに自分の作った城を破壊する。周りからちょっと落胆した声が漏れる。そしてついでに破壊される俺の城。



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海と写真2

 そんなちょっとした事件もあったが、雪ノ下の体力は元に戻っていた。いつまでも砂を弄っている訳にもいかないので、俺達は再び海へと入った。

 

 その後は泳いでいる様をお互いに撮り合って、雪ノ下に「どざえもんみたいね...」とか言われたり「今の河童みたいだったわ!」とか言われたり「流石はカエルといったところかしら...」なども言われたりした。ちなみに雪ノ下の泳ぐフォームはめちゃくちゃ綺麗だった。そっこうグロッキーになったけど。

 

 

 そんなこんなで海に来てから結構な時間が過ぎており、既に空には夕日が浮かんでいた。俺たちはシートの上に並んで座り、そんな夕日を眺めている。

 

 青かった海は今ではオレンジ色に染め上がっており、夕日の真下にある海はまるで鏡のように夕日の光をそのまま光らせていた。久々に見たが、やはりこの時間の海は何処となく幻想的だ。

 

 そんなセンチメンタルな気分に耽っていると隣に座っている雪ノ下が小さく呟いた。

 

「とても綺麗な景色ね。皆が海に来たがる理由が少しわかった気がするわ」

「...だな。俺も久々に見るがやっぱきれ...い...」

 

 隣で感想を漏らす雪ノ下のほうに視線を向けると、向けた先にあるその横顔に俺の言葉は詰まってしまった。

 

 夕日に照らされ、海に向けて微笑むその横顔。こいつの横顔なんてあの部室で何度も見てきたというのに、それでも、今一度、そのことを思い出させられる。

 

 雪ノ下は...雪ノ下雪乃は...

 

 

 

「とても...綺麗だ...」

 

 

 

 見慣れたはずのその横顔に俺はそんな感想を漏らしていた。

 

「あら、貴方でも景色を見て綺麗と感想を述べるほどの美的感覚は持ち合わせているのね。意外だわ」

 

 しかし、雪ノ下は俺が漏らした感想が景色に向けてのものだと勘違いしていた。先ほどの漏らした言葉はまじで失言だったので雪ノ下の勘違いに素直に感謝しそのまま乗っかることにする。

 

「お前ほんと俺のこと何だと思ってんの?景色見て普通に綺麗って思うことあるわ」

 

 俺の発言にクスクスと小さく笑う雪ノ下。こいつはこいつで今日それなりに楽しんでくれたようだな。

 

 

 

 

 

 

 そろそろ帰る頃合いだが、その前に雪ノ下ともう一度話し合っておきたかったことがある。

 

「雪ノ下、もう一度だけあの話をしよう、今回こうやって海に行くことになった根本にあるあの依頼について」

「それは...!引きずるのは無しと言ったのは貴方でしょう...」

「だからこそだよ。引きずるのは無しと言った手前、今後その話は一切しなくなるだろ。でもそれだと俺もお前も心底ではスッキリすること無く日々過ごすことになる。だからこうして、今一度、今度こそ落ち着いて話し合っておきたい」

「...そうね。私もあの件に関しては納得していないわ。あの時は冷静さを失って貴方とただの口論になってしまったのだけれど、今ならちゃんと話し合えるかもしれないわね」

 

 俺と雪ノ下は体ごと向き合った。空気も読まず真正面から見る雪ノ下の真剣な眼差しにまた見惚れそうになってしまった。そもそもこいつの顔を正面から見る機会ってわりと少ない気がする。あの時もそうだ、俺はこいつの横顔を横目で見やりながら言い合っていた。あの場では由比ヶ浜だけが唯一、俺や雪ノ下の顔を見ようとしていたんだ。

 

 俺は向けられたその真っすぐな瞳を見つめ返した。ちゃんと話し合うために。

 

「まずは...そうだな、俺が雪ノ下が提案した方法を否定した理由だが、あの方法だとお前の負担が大きすぎて何時ぞやみたいにまた体調を崩してしまう恐れがあったからだ。ここまではいいか?」

「えぇ...。でも...」

 

 雪ノ下は言おうか迷っているかのように、困った表情を浮かべた。

 

「でも...なんだ?大丈夫だ、言ってくれ。今度こそお前の話をちゃんと聞くから」

 

 俺はそう言うと、雪ノ下は表情を引き締めた。

 

「私は...信じて欲しかった。今度こそやりきれると、貴方に信じて欲しかった...」

「それは...」

「わかっているわ。客観的に見て信じられる要素が何一つないことなんて。無理をして体調を崩した事実があるのに信じて貰おうだなんて結局は虫が良すぎる話よね...」

 

 そう言って雪ノ下は力なく笑った。まるで自分自身を嘲笑うかのように。

 

 ちがう、そうじゃないんだ。確かに信じてやれることなんて出来なかったかもしれない。それでも。

 

「汲み取ってやるべきだった。確かに信じることは出来ない。それでも、お前がやってみせたい思いをちゃんと汲み取って、見守って、時にはフォローして、そうすべきだったのかもしれない」

「そういう事を言うのね...。卑怯だわ...。何一つ言わなかった私を批難すべきでしょう」

「しねえよ、そんなこと...。でも、今度は言ってほしい。聞くから...」

「...そうね、そうするわ。貴方と由比ヶ浜さんに聞いてもらうわ。...いいえ、聞いてもらいたい」

 

 雪ノ下は今度は優しく微笑んだ。そしてその顔にまた俺は一瞬見惚れてしまう。誰だよ、美人は三日で飽きるとか言ったやつ。お前が会った美人っていうのが三日で飽きる程度のものの話なだけじゃねえか。

 

 俺は自分の顔が赤くなっていないか、そしてそれが雪ノ下に気づかれていないか心配になりつつ話を強引に進めた。

 

 

「今度は俺の話だな」

「...そうね」

 

 雪ノ下は微笑んだ顔を元に戻し、そしてまた顔を引き締めた。

 

「私が比企谷くんの案を一蹴した理由を覚えているかしら?」

「ああ、よく覚えてる。俺の案ではバレた時のリスクが大きすぎるとかだったな」

「そう、貴方のやり方だと大勢の生徒を騙す形となる。そしてその騙した事実が露見した際に貴方がまた悪評に晒されることになる...。とても容認できるものではないわ。それなのに...!」

 

 雪ノ下の語尾が強くなり、それと同時に俺を睨みつけた。わかっている、雪ノ下は俺が案を強行したことを酷く怒っている。それはきっと、俺の勘違いじゃなければ、俺の身を案じてから来ている怒りだ。わかっているが、それでも。

 

「それに関してはあの場でも言ったが俺は上手くやれる自信があった。そんなバレるようなヘマはしない自信がな。実際にこうやって何事もなく依頼を完遂できたんだ。自分のことは信じて欲しいだなんて言っていおいて、なんで俺のことは信じてくれねぇんだ」

 

 あの口論になった場で頑なに俺のことを信じてくれようとしない雪ノ下を思い出し、口調がどんどんと冷たくなっていった。落ち着いて話し合うって決めていたのに少し感情的になってしまった自分に嫌悪した。そして自分がそれだけ雪ノ下に信じて貰えなかったことが悲しかったのだと理解した。

 

「そうじゃない!そうじゃないわ!」

 

 しかし雪ノ下は俺の言葉に対し思いっきり首を横に振る。まるで駄々をこねる子供のように。そして雪ノ下はとても悲しい顔をうかべる。

 

「信じるとか、信じないとか、そういう話ではないの。どうしても...私達はもしもの事を思い浮かべてしまうのよ。それなのに私達の知らない所でそうやって危険を冒して、その事を知った私達はどれだけ心を痛めたのか貴方にわかる?何事も...何事も無かったから良かったで割り切れることじゃない...。もう事が終わった今になってでも...、私達は...、私は、あの時...もしもの事を思うと...」

 

 雪ノ下が話す声はだんだんと小さくなっていき、最後には何とか声を出そうとするも掠れた声となっていた。

 

 

 

「それだけで...辛いのよ......」

 

 

 

 雪ノ下の瞳から一粒の雫が流れ、頬に一筋を描く。涙を流したことを隠すかのように、雪ノ下は俺の胸に頭を預ける。俺はそんな雪ノ下にどうしてやれればいいのかわからない。わからないが、肩を震わせながら俺の胸で顔を隠し小さく嗚咽を洩らす雪ノ下のその震えが少しでも和らいでほしくて、そっと肩を掴んだ。

 

 何を、何をやっているんだ俺は。雪ノ下の掠れながらも絞るように吐き捨てた「辛い」という言葉、それと今もなお震わせ続けているその小さな肩を見て、今になって自分のしでかした事の意味を知る。

 

「...そうか、心配、してくれたのか」

「するに決まっているでしょう...」

「言い訳になるが聞いてほしい。俺もな、お前と同じ心配だったんだ。無茶しがちなお前が、また無茶をするんじゃないかって。お前が挙げた案は無茶をするそのものだったしな。だからこそ、そうなる前に俺は無理やりにでも自分のやり方を強行してしまったんだ」

 

 でも、心配をするあまりに大切なことをまた見失っていた。由比ヶ浜に言われたある言葉が今になって心に突き刺さっている。

 

「だから何だって話ではあるが、とにかく、その、あれだ...。悪かった...」

 

 俺の謝罪となっているか怪しいその言葉に、雪ノ下は俺の胸に預けていた頭を起こした。それと同時に肩を掴んでいた俺の手からも離れる。そうして俺と向き直した。

 

「由比ヶ浜さんにもちゃんと謝るのなら許してあげるわ...」

 

 そう言って、雪ノ下は手で自分の涙を拭った。普段は大人びている彼女が今では幼い少女に見えて、それがまた微笑ましく感じ、俺は頷くと同時に小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 こうして話し合っても、まだ蟠りが完全に消えてはいない。だが、これ以上の話し合いはもういらない。あとお互いに必要なのは自分自身での心の整頓だろう。もうここでのやれる事は何も無い。

 

 帰る時間が押しているので、いい加減帰る準備をしないとな...。設置したパラソルとか返さないと...。面倒くせぇ...。

 

 俺はシートから立ち上がると雪ノ下に一声かける

 

「雪ノ下、そろそろ帰るか」

「...いいえ、まだよ」

 

 しかしまさかの雪ノ下からの待ったがかかり面を食らった。

 

「え?なに?遊び足りないの?」

「...はぁ」

 

 おっと?これ見よがしに溜息吐かれてイラッとしたぞ?

 

「...なんだよ?」

「貴方、今日ここに来た理由覚えていないのかしら?」

 

 それなら覚えている。っていうか俺が言い出しっぺだし。俺の記憶力なめんなよ。一度聞いたものはだいたい覚えているし、どうでもいい事までちゃんと記憶している。いやほんと材木座が書いた小説の内容を記憶から消し去りたいんだけど。

 

「由比ヶ浜に見せる写真だろ?それなら結構撮ってたじゃねえか。主にお前が俺の痴態を」

「そうね、貴方も私を何度も盗撮していたものね。...って、そうではなくて、...いえ、その、写真のことで合っているのだけれど...」

 

 なんだか急に雪ノ下の歯切れが悪くなった。え?なに?ちょっと最後の部分がごにょごにょってなってて若干聞き取れなかったんだけど。

 

「...何言ってんのお前?」

「だ、だからぁ!」

 

 うお、びっくりした。急に大きい声出すなよ。ビクッてしちゃったわ。ってかこいつまじで何を訴えかけてるわけ?

 

「二人で写っている写真が...一枚も無いから...その、最後に一緒に...撮りましょう?」

 

 顔を赤らめそっぽを向きながら恥ずかしそうにそう言う雪ノ下。...まあ確かに言われてみれば撮った写真全て単体だな...。ってかその表情やめろ...、ドキッとしちゃうでしょ...。

 

 

 雪ノ下が自分の隣をポンポンと手で軽く叩き、もう一度座るように俺に促してくる。

 

 雪ノ下の隣に腰を下ろすと、俺のスマホを持って雪ノ下が詰め寄ってきた。そして俺の肩と雪ノ下の肩が触れ合う。

 

「ちょ、雪ノ下、近くない?」

「こうでもしないと二人ちゃんと写らないでしょう?我慢しなさい」

 

 そう言って雪ノ下が更に詰め寄ってきた。密着度が増していく。俺も雪ノ下も水着しか着ていないので肌同士が直接触れ合っている状態になっている。雪ノ下の柔肌を直で感じ取ってしまい、先ほどから心臓がドキドキとしている。このまま心筋梗塞でぶっ倒れそうなんだけど...。このドキドキ音聴かれてないかしら...。

 

 雪ノ下が思いっきり腕を伸ばしスマホを構える。

 

「カメラの設定を内カメラに変えて...と。撮るわよ比企谷くん、その変な顔をやめなさい」

「いや、別に変顔としてないんですけど...」

「そうね、よく見ればいつもの顔だったわね。ごめんなさい」

「こいつっ...!」

 

 不本意ながらも雪ノ下のいつもの罵倒で少し緊張がほぐれた気がした。やだ、完璧に調教されてる!

 

 向けられたスマホの画面を見ようとして、やっぱやめる。気恥ずかしくてスマホの画面を直視できなかった。俺の耳元近くに雪ノ下の吐息が聞こえる。触覚や聴覚で既にどれだけ雪ノ下と密着してんのか大体把握出来ちゃってるのに、それで更に視覚で今の状況を知るのがめっちゃ恥ずかしかった。

 

 シャッター音はまだ聞こえない。色々と調整しているのか、スマホを見ていないので状況が把握できていない。俺はただ写真が取られる瞬間をじっと待った。

 

 ...でも、少しだけ、もう少しだけ、その時間が長引いてほしいと思ってしまっている。今、この状況を、もう少しの間だけでも...、そう考えてしまった。

 

 シャッター音はまだ聞こえない。どれだけ経ったのか、自分でも時間が把握できていない。

 

「...雪ノ下?」

「えっ!...えぇ、大丈夫よ。ごめんなさい」

 

 それでも、少し心配になってしまい、つい雪ノ下の名前を呼んでしまった。隣から少し驚いた声が聞こえた。

 

 

 

「では、その...撮るわよ」

 

 

 

 そして、シャッター音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えええええええええええ!!?!?」

 

 後日、奉仕部の部室にて雪ノ下と一緒に海に言ったことを由比ヶ浜に伝えたらめっちゃ絶叫された。

 

「ちょ、うるさ、え、なに?どしたのお前?」

「どうしたのじゃないよ!?二人で海行っちゃったの!?何で!?」

「いやだってお前休んじゃったし」

 

 俺がそういうと由比ヶ浜は顔をしかめ「うぐっ...」と悔しそうな声を漏らす。

 

「そうなんだけど...。そうなんだけどさぁ...。ゆきのんと二人っきりってそれって...」

 

 ブツブツとスネ始める由比ヶ浜。あれ?何か思っていた想像と違うぞ?

 

「比企谷くん、由比ヶ浜さんの反応が思っていたのととても違うのだけれど...」

「それ俺も思ってた。おかしいな...」

 

 雪ノ下とヒソヒソと話していると、由比ヶ浜がキョトンとした顔でこちらを見てきた。

 

「え?え?ヒッキーとゆきのん、仲直りしたの?」

「違うわ由比ヶ浜さん、直るなにも比企谷くんとの間に元から仲なんて無いわよ?」

「話をややこしくするな...。まあ、そんな感じだ。ってかそのために二人で海に行ったみたいなもんだしな。...それと由比ヶ浜、悪かったな...色々と」

 

 そして由比ヶ浜に小さく頭を下げると、由比ヶ浜は満面な笑顔をうかべた。そしてその笑顔を見て雪ノ下も小さく笑った。

 

 

「そうだ、由比ヶ浜さんに見てもらいたくて海で色々と写真を撮ってきたの。見るかしら?」

「うん!見る見る!」

 

 雪ノ下は鞄から自分のスマホを取り出すと机の雪ノ下と由比ヶ浜が座っている位置の丁度真ん中辺りの位置に置いた。

 

「あ、このゆきのん可愛い!」

「これは...、そこの盗撮魔くんに撮られたものね」

 

 盗撮魔くんって誰だよ。めっちゃこっち見てるけどそんな人物俺は知らん。めっちゃこっち見てるけど。

 

 雪ノ下がスマホを操作して次の写真に変える。

 

「ヒッキーだ...。えへへ」

「その微妙な笑いはなに?」

「感想に困っているのよ。察しなさい」

 

 次々と撮った写真を由比ヶ浜に見せていく。違う写真が出る度に由比ヶ浜は何かしら感想を述べ、雪ノ下は何かしら罵倒を俺に述べた。ちなみに俺が砂を弄っている写真で由比ヶ浜が笑っていたが雪ノ下は一切笑わなかった。それもそうだろう、その後数枚目に出てきた写真で思いっきり雪ノ下が砂を弄ってる写真が出てきたのだからな。由比ヶ浜はその写真が出た時に俺が砂を弄っている写真で笑ってしまった手前、少し決まづそうに雪ノ下からそっぽを向き「や、まあ、うん!楽しいよね!砂の城作るの!」と下手なフォローをしていた。そして次に出てきた矢鱈とクオリティの高い砂の城とその完成した砂の城を嬉しそうに見ている雪ノ下の写真で由比ヶ浜は耐えきれずに吹き出してた。

 

 その後も写真を見せていき、全部見せ終わったのか雪ノ下はスマホを鞄にしまった。ここからではスマホの画面が見えなかったので由比ヶ浜の感想だけでどんな写真だったのかを思い出してたのだが、最後に撮った俺と雪ノ下が写っている写真についての感想は一切聞こえてこなかった。少し疑問に思ったが、二人で海に行ったと由比ヶ浜に言った際にあまりいい反応が来なかったので奉仕部の三人のうち二人が写っている写真はあまり快く思わないのだと思い気を利かせて見せるをやめたのだと勝手に解釈することにした。

 

「いいなぁ...。私も海行きたかったなぁ...」

「由比ヶ浜さん、まだ夏は終わらないのだから、今度こそ行きましょう?」

「あ...、うん!行く!ヒッキーもね!」

「...俺もかよ」

 

 そして雪ノ下と由比ヶ浜は海で起きたことについて盛り上がっていた。その様子を眺めながら、こうしてまたこの関係は壊れずに元に戻れたのだと実感した。きっとこの先も何度も間違い続けるだろう。それでも、またこうして、今のように笑い合えるために、間違った部分から正していきたい。

 

 

 

 何度も、何度でも。この関係を無くさないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  interlude...

 

 

 

 私が住まう高層マンションに帰宅し、疲れた体をそのままベッドの上に沈ませる。

 

 初めての海はどれもこれもが新鮮で、目まぐるしくて、比企谷くんと仲違いしていたことをつい忘れそうになってしまった。

 

 体を起き上がらせ、鞄からケータイを取り出した。帰りの際に比企谷くんのケータイから今日撮った写真を全て私のケータイに移した。その撮った写真を見たくて、私はケータイを操作する。

 

 次々と写真を見ていくと、今日の出来事が一緒になって思い出された。比企谷くんとケータイを取り合って、つい楽しくなったこと、砂の城を作っている比企谷くんの姿が思いの他面白かったこと、そして自分でやってみたらつい夢中になってしまったこと。

 

 最後に映し出された写真を見て、ケータイを操作していた手が止まる。そこに写っているのは恥ずかしそうにそっぽを向いている貴方と、そして嬉しそうに微笑んでいる私。鏡でも見たことが無い自分の表情が知らない少女のように思えた。この表情はまるで...。

 

 この写真は貴方にも、そして彼女にも見せられない。これに写し出されているものはまだ誰にも知られる訳にはいかない、

 

 

 

 私だけの秘密...。

 

 

 

 

 




 今回の話は「ぼくたちは勉強が出来ない」のある話を参考にかきました。

 自分で言うのもあれですが、今回はわりと八雪してる感じにかけたとおもっております!

 
 まだ名前ぐらいしか出てないキャラクターや名前すら出てないキャラクターを出していきたいのですが、中々思い浮かばない...。


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満員電車1

 たくさんのお気に入りや評価、たいへんありがとうございます!ほんとうに嬉しいです!やっぱ八雪は最高だな!!

 
 ちょっと投稿に間が出来てしまいましたね。ここ最近はリアルが忙しくて...。パレスの攻略とコープのレベル上げがほんと忙しくて...。今後もリングを持っての冒険やら配達業やら仲間を増やして次の町へなど...リアルが、リアルが忙しい!!


 それと今回、なかなかいいネタが思い浮かばなくて大変でした...。タイトルだけでいつどこで浮かんだネタなのか丸わかりですね。それと何をさせたいのかも。

 だいたい想像通りな内容になっていますが、楽しんで頂けたら幸いです

 
 今回も長くなってしまったので分割しました。


 冬の真っ只中、こんな寒い日にも関わらず今日も今日とて学校もあれば部活もある。俺はもうヒキガエルでいい、プライドなんていらない、暖かいお布団でとにかく冬眠したい。

 

 そんなことを部活中に由比ヶ浜に言ったら「え、気持ち悪っ...」と言われる。おい、いつもの「ヒッキーキモい!」はどうした。真顔マジトーンやめろ。ガチすぎて泣けるんだけど。

 

「ゆきのん、ヒッキーがカエルになりたいんだって。ちょっと引くよね」

「どうした由比ヶ浜、今日のお前めっちゃ辛辣なんだけど。そろそろまじで泣くぞ」

 

 途端に由比ヶ浜が勢いよく席から立ち上がる。

 

「だって!こんな寒い日にかぎって何でストーブ壊れちゃうの!?ほんとマジない!ヒッキー直して!」

「気持ちはわかるが落ち着けよ...」

 

 由比ヶ浜は「うぅ...」と小さく呻いた後、ゆっくりと席に座った。寒いから不機嫌になってたんかこいつ...。

 

「それに直せ言われても素人が変に手を出すもんじゃないだろ。トレース使えないし」

「トレー...何?」

「...まぁ、このネタ伝わらねえよな」

 

 トレース・オンっ!!

 

 材木座だったらネタを拾ってくれるんだがな...。そう思うと何だかんだ言って材木座とは馬が合うのか...?新たな新事実に打ちひしがれる。戸塚や小町のことを考えて精神を安定させないと。

 

 それにもし俺がストーブを直せたとしても結局お前等だけで占領するだろうが。こっちは寒いままなんですけど。

 

 そんな意味合いを込めて由比ヶ浜のほうを見るが、由比ヶ浜は既に俺のほうを見ていないため視線に気づいて貰えなかった。

 

「ゆきのーん、寒いよぉ~!」

 

 由比ヶ浜は雪ノ下の席の間を埋めるよう席を密着させてから雪ノ下に抱きつく。本日も奉仕部恒例のゆるゆり空間が展開される。こうなると俺の居場所が無くなってしまう。元からあるかどうか微妙なところだが。

 

 

「...ゆきのん?」

 

 俺がゆるゆり空間に耐えるために空気と同化を進めていたところ、由比ヶ浜の心配するような声が聞こえた。

 

 そういえば先ほどから雪ノ下の口数が少ない。雪ノ下は元々そこまでお喋りが好きではないのだが、俺に毒を吐く時は饒舌になる奴がヒキガエルの(くだり)で何も言ってこない時点で違和感に気づくべきだった。

 

「お前、体調悪いのか?」

「ゆきのん、そうなの?」

 

 雪ノ下は俺や既に拘束を解いた由比ヶ浜に問われると、ゆっくりと俺達の方へ顔を向ける。頬にほんのりと赤みがかかっている。

 

「...これぐらい平気よ。気にすることはないわ」

「否定はしないってことはやっぱ体調悪いんだな」

「それは...」

 

 強がる雪ノ下に俺はため息を一つ吐く。こいつ変に強がる癖どうにかならんのか。強がっても何も良いことはない。なので俺は体調悪い時は三割増しで相手に伝えることにしている。大袈裟なぐらいが丁度いいのだ。とはいえ母ちゃんも伊達に俺と長年過ごしていないのかそこんとこは普通に見抜かれて学校行かされる。なぜ世の母親って息子の仮病を的確に見抜けるのだろうか...。社会人になったら学生の頃に出来なかった分だけ仮病で休んでやる。まず働かないけど。拙者は流浪の身、決して働かないでござる!働きたくないでござる!!

 

 途中から超どうでもいい事を考えながらも俺は鞄を持ちながら席をおもむろに立つ。

 

「もう今日は誰も来ないだろ。帰るぞ」

「そうだね!今日はもう帰ろう!」

 

 俺とは対照的に由比ヶ浜は先ほどと同じように勢いよく席を立つ。こいつ動作がいちいち大袈裟だよな。

 

「でも...」

 

 既に荷物を持って席を立っている俺等を前にしても雪ノ下は渋る。しぶのん。

 

「ゆきのん、帰ろ?」

 

 しかし如何にしぶのんでも由比ヶ浜スマイルと由比ヶ浜圧しの前では圧倒的に無力。渋々ながらも今日の部活動の終了を了承する。

 

 

 

 

 

 

「あたし、ゆきのんを送っていくね!」

 

 鼻息を荒くしながら任せろと言わんばかりに自分の胸を叩く由比ヶ浜。叩いた時に由比ヶ浜メロンが揺れたのを俺は見逃さなかった。男の子だもん!仕方ないよね!...あっ、雪ノ下がゴミを見るような目でこっちを見てる...。

 

「由比ヶ浜さん、その...気遣いには大変嬉しいのだけれど、陽が落ちるのが早いこの時期だとあなたの帰る頃には真っ暗になってしまうと思うの。そのなかを一人で帰すのはとても心苦しいわ」

「うーん、そっかぁ...。明日も学校あるし泊まっていく訳にもいかないしね...」

 

 由比ヶ浜の提案をやんわりと断る雪ノ下。ってか学校無かったら泊まっていくつもりなのか...。

 

「仮に由比ヶ浜が泊まったら体調が更に悪化しそうだしな」

「それどういう意味だし!」

 

 そのまんまの意味だし!

 

 由比ヶ浜は俺を睨み付けながら「うぅ~」と唸る。こいつが睨んでもびっくりするほど怖くねえな。そもそも雪ノ下が怖すぎる。あれと比べたら大抵は可愛いもんだ。その他にも川...川...なんとかさん?とか金髪縦ロールの女王様とか独身様とかも睨んできたら超怖い。なんだよいっぱいいるじゃん。魔王は存在そのものが怖い。

 

 由比ヶ浜は一頻り唸った後、何かを思い付いたのか顔をハッとさせる。

 

「そうじゃん!ヒッキーがゆきのんを送っていけばいいじゃん!あたし頭いい!ゆきのん褒めて!」

 

 名案が浮かんだとばかりにはしゃぐ由比ヶ浜。まったくもって名案じゃないんだが...。

 

「由比ヶ浜さん、その案は却下よ。私の身の危険が過ぎるわ」

「ヒッキーの信用無さすぎじゃない!?」

「フッ、まあな」

「褒めてないから!」

 

 俺も雪ノ下もぼっちっていうのはだいたい人を信用しないものだ。ほとんどの人が敵。あれも敵。これも敵。自分以外はみんな敵。私以外私じゃないの!雪ノ下に関しては更に気難しいとこや過去のこともあるから猶更人を信用しない。しなさすぎて実姉すら信用していないまである。...いや、あの人は仕方ないわ...。なので雪ノ下に信用されていないのは俺のせいじゃない。ぼっちが悪い。...それだと俺も含まれてるじゃん。

 

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。体調が悪いといっても少しだけだから。だから一人でも帰れるわ」

 

 俺たちがあれこれ話している内に帰り支度を終えていたのか雪ノ下はコートに身を包み首にはマフラーを巻き肩に鞄をかけて席を立っていた。普段よりもゆっくりとした動きで俺の近くまで歩くと俺に部室を施錠する鍵を渡そうと鍵を持った手をこちらに伸ばす。

 

「悪いけれど、今日は比企谷くんが部室の鍵を教員室まで返してもらえるかしら?」

「お、おぉ。まあこの程度なら別に」

 

 雪ノ下から鍵を受け取ろうと俺も手を伸ばしたが、俺が受け取る前に横から由比ヶ浜が雪ノ下から鍵を引っ手繰る。由比ヶ浜が引っ手繰った際に受け取る寸前だった俺の手に由比ヶ浜の手が思いっきりぶち当たって超痛い。

 

 ちょっとー?手が痛いのですけどー?訴えかけるように由比ヶ浜のほうを見るが由比ヶ浜は俺の手にぶつかったことに気づいていないのか些事な事で済ましてしまったのかこっちを見ておらず、まっすぐと雪ノ下のほうを見ている。見て?こっち見て?超痛いアピールしてるんだけど?見てもらえないとなんかすっごい恥ずかしいんだけど?あ、ちがう、雪ノ下は見なくていいから!こいつ何してんの?みたいな顔しなくていいから!

 

「だめだよ!鍵ならあたしが返しに行くから!だからゆきのんはヒッキーと一緒に帰って!ヒッキーのこと信用できなくてもヒッキーのことを信用している私のことを信じて!」

 

 勢いよく捲し立てる由比ヶ浜にたじろぐ雪ノ下。なんか某激熱アニメの名台詞っぽいの聞こえた気がするんだけど。思わず「アニキィ!」って叫ぶとこだったわ。これ以上の奇行はまじでよくない。

 

「由比ヶ浜さん、その、本当に大丈夫だから...」

「ゆきのんのそういう時の『大丈夫』は全然信用できない!こういう時は大げさなぐらいが丁度いいの!...それに、ゆきのんにもしもの事があったらあたし嫌だよ......」

 

 雪ノ下は「うっ...」と声を漏らし、言葉が詰まる。そして考えあぐねたのか横目で俺のほうを見る。俺は横目で見てきた雪ノ下に対し、小さく溜息を一つ吐き、頭をガシガシとかいた。

 

「諦めろ雪ノ下。俺はもう諦めた」

 

 俺のそんな返答に雪ノ下は伏し目になり、小さく溜息をもらす。

 

「そうね...。では、その...比企谷くん、お願いできるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 学校を出て、いつもよりゆっくり歩く雪ノ下に歩幅を合わせて自転車を手で押しながら雪ノ下の隣を歩く。とくにこれといった会話は無く、ただただ街の喧騒のみが聞こえてくる。まさか雪ノ下と一緒に帰る日が来るとはな。「一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしいし...」ぐらい言っておくべきだったか?サイコマンティスよ、人が妹に隠れてやってたゲームを暴露するのやめろ。

 

「その、駅までで大丈夫だから」

 

 ときめいちゃうメモリアルなことなど考えていると前触れもなく雪ノ下が話し出した。危うく聞き逃すとこだった。何とか聞き逃さす聞こえた雪ノ下の言った内容に僅かばかり笑いそうになる。

 

「悪いがお前のマンションまで行くぞ。由比ヶ浜に『絶対に駅までで大丈夫とか言うけどちゃんとマンションまで送って』って言われたし」

「うっ...」

 

 なんというか本当にその通りなこと言ったな。きっと、相手の言いそうなことなどわかってしまうぐらいには彼女達は一緒の一時を過ごしてきたのだろう。ナイフのように尖りまくっていた俺の横を歩く少女にそんな友達が出来たんだなと思うと感慨深いものがあり、つい顔が綻ぶ。

 

「でもその...電車賃のこともあるし...」

 

 それでも尚も抵抗を試みる雪ノ下。そんな雪ノ下に多分一番効果的な一言を言い放つ。

 

「そうやって友達に心配させるつもりか?」

「うぅ...」

 

 俺の一言に雪ノ下は先ほどと同じような声を漏らして顔を俯かせる。そして観念ともとれるため息を一つ漏らして困った表情で此方に顔を向ける。その表情は俺にではなく、きっとこの場にいない彼女へと向けたものだろうな。

 

「......マンションまでお願い」

「おう、まあ運賃については気にするな。小町経由で親から貰うし」

「気にしないことにはならないのだけれど...」

 

 

 

 

 

 

 その後、歩くほど数分で俺達は駅についたんだが...。

 

「えぇ...、なにこの人の量...。人、人、人、うわぁ...」

 

 駅のホームは人でごった返していた。軽く吐ける。食道オールグリーン!八幡、出ますっ!いや出さないけど。

 

「雪ノ下、お前いつもこんな中で帰ってたの?」

「いえ...。本来はもっと空いてるはずなのだけれど...」

 

 どうやらこのごった返しは雪ノ下も知らないらしく、俺の袖をつまみながらわたわたと困惑している。

 

 こういう時はツイッターで調べるに限る。路線の名前で検索かければ誰かは原因をつぶやいているものだ。駅で公表されないサイレント遅延などもツイッターで調べれば一発で原因特定!だいたいの原因は荷物挟まりとかだけどね!皆も電車への無理な乗車はやめようね。これ、遅延の元となるから。八幡との約束だよ!

 

 雪ノ下につままれてないもう片方の手でスマホを取り出しぬるぬるくぱぁと操作してツイッターを開く。フォロワー数3という数字はとりあえずスルー。ちなみにフォロワーの三人のうち二人がよくわからん外国の人。あと一人は誰かって?......材木座だよ。特に教えてもないのに俺がアカウント作ったその日にフォローしてきやがったからな。しかも矢鱈とフォロワー数が多い。ネットの世界では強いな材木座。

 

「あー...なんか隣の△△線が事故によって止まってるらしい...。だからこっちに人がなだれ込んだのか」

「そ、そう...」

 

 原因特定!まあ特にはこっちの路線は混雑以外は何もないらしい。調べたついでに俺の何ともない呟きに毎度毎度応答してくる材木座に「カレーでも飲んでろ」と返信しておく。カレーは飲み物!ってよく聞くが材木座とカレー屋行ったらまじで飲んでた。ファミレスのドリンクコーナーにカレーが追加される日もそう遠くない。

 

「どうするよ?人が少なくなるまでどっかで待っておく?」

「いつ掃けるかわからないものを待っていても仕方ないでしょう...。たった数駅分ぐらい我慢するわ。...でも」

 

 雪ノ下は言葉を言いよどんだ後、つまんでいた手をそっと離して遠慮がちに此方のほうを見つめる。眉は垂れ下がっており、見つめきた大きく透き通った瞳は忙しなく揺れ動いている。

 

「比企谷くんは嫌でしょう?我慢することないわ...。ここで帰っても......」

 

 混雑しているホームのがやがやした音にかき消えそうな弱弱しい声で喋る雪ノ下。向けられた顔はどんどんと下がっていき、最後には完璧に俯き加減となる。そのせいで語尾は完璧に周りの喧騒でかき消された。

 

 そんな雪ノ下にまた溜息を吐いた。今日の俺溜息吐きすぎじゃね?逃げる幸せ残ってないから別にいいけど。

 

「アホか。マンションまで送るって言っただろ。それにこの惨状を見て猶更帰れんわ」

 

 俺のその言葉に対して雪ノ下から何かしらの返答は特になく、返事代わりにもう一度俺の袖をつまんできた。いつも大人びて綺麗である彼女のその小さな子供のような行動が普段のギャップも合わさってとても可愛いと思ってしまった。

 

 電車が駅に到着するまでの間、雪ノ下のその手はずっと離れず袖をつまんでいた。

 



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満員電車2

 到着した電車に乗り込むと、分かっていたが車内がぎゅぎゅうですし詰め状態となった。人波に流されて俺と雪ノ下は乗車した反対側のドア付近へと移動させられる。丁度俺の位置に吊皮がある場所だ。ぎゅうぎゅうだモー。

 

 体調があまり良くない雪ノ下を席に座らせてやりたいが、身動きがあまりとれず席のほうまで移動すら出来ない状態だ。それでも何とか移動させたい。座ることは出来なくてもせめて通路側に。この場所では駅に停まる度に降りる人に道を空けるために一度駅のホームへと降りないといけない。降りる人が居るにも関わらず出口付近で不動を決め込んでる奴はまじでギルティー。

 

「...此方側のドアは私が降りる駅まで一度も開くことは無いから大丈夫よ」

「あ、そう...」

 

 雪ノ下に俺の意図がバレてたようだ。いや別に隠してはないけど。大丈夫というならこの場所で留まるとしよう。

 

 鞄を肩にかけたままだと他の乗客の邪魔になるので俺と雪ノ下の鞄を足元に置く。なんとか邪魔にならないのと俺の鞄を下敷きにすることでなるべく雪ノ下の鞄が汚れない位置を確保できたのを確認して足元から視線を戻すと雪ノ下の視線とばっちり合った。

 

 現在俺と雪ノ下は向かい合ってる状態だ。そりゃあ視線合っちゃうよね。恥ずかしいからつい逸らしちゃう。顔ごと視線を逸らして、横目でチラッと雪ノ下をうかがうと雪ノ下も頬を染めて顔ごと逸らしていた。

 

 

 車内が揺れ動く。どうやら電車が発車したようだ。揺れた瞬間に吊革を掴み、もう片方の手で雪ノ下の肩を掴んで支える。揺れた拍子に転ばないだろうかと思って咄嗟にやってしまった。やめて、セクハラで訴えないで。

 

「あっ...」

「いや、すまん。余計な気づかいだったか?」

「いえ、大丈夫よ。ありがとう」

「そ、そうか...」

 

 

 その後はこれといった会話は無く、ただただガタンゴトンと車内が揺れる中、雪ノ下の様子をチラチラとうかがう程度だ。

 

 俺もそうだが雪ノ下も人混みが得意ではなく、更に体調がよくないのも相まって何とも顔色が悪い。元々雪のように色白な肌は更に真っ白で真っ青。大丈夫?ちゃんと血管通ってる?

 

「お、おい、大丈夫か?今のお前めっちゃ顔色酷いぞ」

「...大丈夫、これぐらい...」

 

 心配して声をかけたら何とも弱弱しい声で返ってきた。絶対大丈夫じゃないだろ...。とはいえ俺が今してやれる事は倒れないように支えてやるぐらいだけだ。次の駅ついたら一度下ろして外の空気でも吸わせてやるべきか?いやしかし変に動かすのもな...。

 

 などと俺がグダグダ考えあぐねていると。

 

 

 

「......やっぱ、大丈夫じゃない」

 

 

 

 雪ノ下は何処となく甘えるような声でそう言うと元々近かった俺との距離を更に詰める。というか抱きついてきた.........ふぁ!?

 

 雪ノ下は俺にもたれかかるように抱きつくと自分の腕を俺の腰へと回す。鼻孔いっぱいにサボン系の香りがして一瞬酔いそうになる。めっちゃいい匂い。

 

「比企谷くん、私のことを支えて」

 

 これまた甘えるような声でおねだりされる。支えるって何!?何をどう支えろと!?あまりのことに俺の思考はほぼ停止に近い状態だ。あとめっちゃいい匂い。

 

 行き場がわからない俺の手が空中で止まっていると、雪ノ下から「腰」と答えをもらう。...腰。......腰!?

 

 とりあえず要望に応えるべく自分の顔が引きつるのを感じながらも恐る恐る雪ノ下の腰に吊皮を持っていない側の手を回す。コートの上からでもそのくびれと細さが伝わってくる。今すっごいイケない事してる気分でやばい。それとめっちゃいい匂い。

 

「こ、これでいいでしょうか」

「ん...」

 

 きょどり、ちょっと裏返った俺の声に雪ノ下は満足げに小さく返事すると額で俺の肩をスリスリ、手で背中をさすさすしてくる。なんというか甘え方が完璧に猫じみてる。ってかくすぐったいわ。ええい、やめい。

 

 雪ノ下が自分の額で俺の肩をスリスリする度に、俺の頬に雪ノ下の艶やかな髪が触れる。その髪の柔らかさと肌触りの良さにドキドキさせられる。また、時々、匂いを嗅ぐかのようにスンスンと鼻を鳴らしたり、その度に小さく嬉しそうに「ふふっ」と笑う。なにこれまじで猫じゃん。うちの猫にされたことないけど。

 

 というかこの子さっきからどうしちゃった訳?体調が悪いのと満員電車に()てられて限界迎えちゃったのかな?とりあえず雪ノ下の頭が深刻なエラーが起きているのは確かだ。変にスペックが高い分、バグった時の反動がすごいな...。

 

 まあ、その、なんだ。とにかく...。

 

 

 

 甘えのん、めっちゃ可愛くて辛い。

 

 

 

 冷静になった後に死なないか心配になってくるぐらい甘えてくる。やばい。

 

「ふふっ、比企谷くんが居てくれて良かった...」

 

 嬉しそうに言う雪ノ下。おいおい、死んだわ、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 やっとこさ降りる駅に着く。電車の中ほんと辛かった。色んな意味で。

 

 そこからまた数分歩いて雪ノ下が住まうマンションへと向かっているのだが、先ほどの雪ノ下の甘えムーブは未だ健在で今もぽわぽわした表情で俺の腕にしがみついている。歩き辛いわ。外の空気を吸わせたら多少マシになるかと思ったのに。冗談みたく考えてた「噂されると(略)」が冗談じゃなくなってきた。こんなとこ見られたら死ぬわ。雪ノ下が。

 

 

「ほら、着いたぞ。いい加減離れてくれ...」

「ん、本当ね」

 

 マンションの玄関前に到着すると、雪ノ下は俺の腕からするりと離れていく。離れていく際に少しばかりの名残を置いて。そんな名残から目を逸らしながら俺は雪ノ下の鞄を渡してちゃんと握らせる。

 

「もうここまでで平気か?」

 

 返事代わりなのか雪ノ下は頭を小さくうなづく。本当に大丈夫か?

 

「そうか。それじゃあな、ちゃんと安静にするんだぞ」

 

 雪ノ下をマンションまで送り届けるという一仕事は無事(?)に終わったので俺も帰ることにする。踵を返してその場を離れる。

 

「比企谷くん」

 

 が、数歩歩いた所で雪ノ下に呼び止められる。呼ばれた以上無視する訳にもいかず、また体をマンションの方へと向き直す。

 

 雪ノ下は先ほどと同じ位置に立っており、その場から一歩も動いていなかった。そして俺が振り返ったのを確認するとはにかむように笑った。

 

 

 

「私も、あなたのことを信用している」

 

 

 

 そう言い残して俺に背を向けマンションの中へと消えていった。一瞬呆けてしまう。完璧に言い逃げじゃねえか。ほんとまじで、甘えムーブの雪ノ下は何なんだ...。

 

「...帰るか」

 

 小さく呟いてから雪ノ下が住まうマンションを後にする。陽は既にだいぶ傾いており、空はオレンジ色に染まっていて、そして冷たい風が火照った頬を撫でていった。

 

 

 

 

 

 

 家に帰り、現在はリビングのソファで湯煎で温めたマッ缶をチビチビあおりながらゆったりしている。

 

 ほんと疲れた。マジで疲れた。帰りの電車も行きの時と負けないぐらいすし詰め状態でマジで辛かった。社会人ってのは行きも帰りもあんな満員電車に毎日乗ってんの?やっぱ働くって駄目だな!家についてからも帰りが遅かった俺に小町が訝しんで問い詰めてくるもんだからついポロっと言っちゃって、そりゃあもう小町が嬉しそうにはしゃいでうざかった...。でも可愛いからいっか!流石に甘えのんのとこは伏せたぞ?

 

 あー、一仕事終えた後のマッ缶が超うまい。疲れた体に糖分が染みわたっていくのが何とも心地いい。このために働くのもありなんじゃね?って思えてくるぐらいやばい。でも働いたら絶対に社畜と化すからヤダ。

 

 そんな感じにゆったりダラダラごろんごろんしていると。

 

「お兄ちゃーん、雪乃さんから電話ー」

 

 と、言って部屋から出てきた小町が自分のスマホを差し出してきた。まて、雪ノ下から電話...?あんなことがあった手前すっごい身構えてしまう。飲んでいたマッ缶を机の上に置き、背中に冷や汗をかきつつ小町から受け取ったスマホを耳に当てる。小町は俺にスマホを渡すと「連絡先ぐらい交換しようよ...」と言葉を残してまた自分の部屋へと戻っていった。面倒かけてごめんね?

 

「も、もしもし...」

「ひ、比企谷くん、今大丈夫かしら...?」

 

 恐る恐るといった感じで電話に出たが、スマホから聞こえてくる雪ノ下の声は電車内で聞いた甘えの声は抜けていた。うむ、どうやら正常に戻ったらしい。...それはそれで大丈夫かな?

 

「お、おお、別に大丈夫だ。どした?」

「いえ、その...今日のことを一言お礼言いたくて。比企谷くん、今日はありがとう。とても助かったわ」

「そ、そうか。そりゃあまあご丁寧に。どういたしまして」

「それと...」

 

 そこで雪ノ下の声が途切れる。吐息が聞こえてくるので電話が切れた訳ではないようだ。どうやら何かしら言いよどんでいるらしい。まあ、言いよどむような事なんてアレしかないわな...。

 

「......もしかして電車内でのことか?」

 

 俺がそう問うとスマホからドンガラガッシャーンとなんか転げ落ちるような音が響く。急な大きな音に驚いてスマホを一瞬耳から放してしまう。

 

「おい、大丈夫か?」

「...ええ、大丈夫よ。大丈夫、大丈夫...。大丈夫......」

「大丈夫じゃなさそうだ...」

 

 まるで自分に言い聞かせるかのように何度も大丈夫と反復する雪ノ下。傷は深そうだ。

 

「電車内でのことは忘れてまでとは言わないけれど、誰か他の人に言うとことだけはやめて...。あの時の私は色々と限界だったのよ...」

「別に心配しなくても誰にも言わねえよ...」

「そうしてくれると助かるわ...」

 

 きっと今日の出来事は雪ノ下にとって黒歴史の一つとなったであろう。黒歴史の辛さを知っている俺としてはそんな人に言いふらすような残酷なことはしない。

 

 この件に関してこれ以上広げる訳にもいかず、話題を変えることも含めて雪ノ下に体調のことをきいてみることにした。

 

「それよか体調のほうはどうなんだ?」

「え?...えぇ、あなたに送って貰った後に少し眠ったら多少は良くなったわ。でも大事をとって明日は学校を休もうと思うの。なのでごめんなさい、明日の部活はお休みよ」

「お、おぉ...。そいつは別にいいけど、何か休むとは意外だな。変にまた無理をするかと思ったんだが」

 

 俺がそう言うと会話が途切れた。俺は不振がって何かを言おうとしたのだが。

 

「だ...だって...、友達に心配をかけたくないし...」

 

 と、てれたような声で言う雪ノ下。その意外な反応に俺が呆けてる間も雪ノ下の話は続く。

 

「私が休むことはこの後で由比ヶ浜さんにもちゃんと連絡するわ。大丈夫なことを伝えて安心させたいし。あ、あとそれと...」

 

 そこで雪ノ下は一拍挟む。そして恥ずかしそうな声で、それでもちゃんとはっきりとその言葉を言う。

 

 

 

「別れ際に言った言葉...ちゃんと本心だから......」

 

 

 

 そしてまた俺は言葉を失うことになる。

 

「では、その、おやすみなさい、比企谷くん」

 

 そこでブツりと電話は切れた。おい、またもや言い逃げかよ...。電話が切れた後も唖然として耳からスマホを離せずにいた。

 

 どうやらまだ雪ノ下は体調が悪いらしい。じゃないと理由や理屈など無しであんな事を言う訳が無い。冷静になったつもりで何一つ冷静になれていない雪ノ下は最後の最後まで黒歴史を作っていった。俺を巻き込んで。

 

 スマホを耳から放し、ソファに深く座る。次に雪ノ下に会う時のことを考えると自然に溜息が出そうになった。

 

 だが、何とか息を呑み込む。

 

 

 

 いかんいかん、危うく幸せが逃げるとこだった。




 雪ノ下を限界に追い込んでぶっ壊す...何とも鬼畜な所業!頭がいいぶん壊れる時は盛大に壊れそうですよね。

 そういえば最終巻出ましたね!最終巻!勿論私は既に読了済みです!感想は一切言いません!「良かった」も「良くなかった」も言いません!ネタバレになるんで!!!とはいえやっぱ最終巻読み終えたあとは寂しくなりますね。って、感想言っちゃうのかよ!!


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クリスマスと似合わない言葉1

 明けましておめでとうございます(遅)

 タイトル通り、クリスマスの内容となっています!いやクリスマス過ぎて何週経ってると思ってるの!?

 すみません、なかなか忙しくて...。いやぁ、ドラクエ11S面白いですねー。

 そして例の如くまた話が長くなってしまったので分割しました。4千~6千字程度で納めたいのに...っ


 今日は12月23日、クリスマスイブイブとも呼ばれる日だ。いや、イブイブってなに?どれだけクリスマス待ち遠しいの?そのうち10日前からイブイブいい始めるぞ。困った。なにが困るってクリスマスなんていうリア充イベントに世の中が侵食されていく様をただただ指をくわえて見ていることしか出来ないこの惨状に困った。

 

 だが俺こと比企谷家のクリスマスは妹の小町とチキンやらケーキやらを囲んでちょっとしたパーティーをするのだ。なんだ、俺もリア充だったわ。世界一可愛い妹とパーティーなんてそこらのリア充カップルが泣いて悔しがるレベル。いや知らんけど。

 

 などと超どうでもいい事を奉仕部の部室内でただぼーっとしながら考えていると。

 

「ヒッキー!話聞いてた!?」

 

 と、由比ヶ浜の声で強制的に覚醒させられる。

 

「聞いてた聞いてた。で、何の話だっけ」

「ぜんぜん聞いてないし!?」

 

 由比ヶ浜はうがーっと叫びながら机をペシペシと叩き、雪ノ下はため息を吐きながらこめかみを指でおさえた。

 

 いや聞いてましたよ?何か喋ってるなー程度には聞いてましたよ?ただ話してる内容が1ミリも頭に入ってないだけだから。いやそれ聞いてるとは言わないな。

 

「すまん。で、何の話だっけ」

「だから、明日クリスマスパーティーしようって話してたじゃん!」

 

 俺が平謝りして再度話の内容について聞いてみると、どうやらクリスマスイブに開くパーティーの計画を立てている最中とのことだ。

 

「それで、まずショッピングモールでプレゼントを買ってゆきのん家で買ったプレゼントを交換するの!ヒッキーも来るよね?」

「雪ノ下のマンションで?前回みたくカラオケの個室じゃないんだな」

「うん、ほら、今年はこの3人でしたいから...」

 

 由比ヶ浜はぽしょりとはにかみながら言い、くしくしとお団子髪をいじった。そんな由比ヶ浜にたいし、俺も雪ノ下もつい笑みがこぼれた。

 

 高校3年にして卒業も間近に迫ってきているなか、この3人で過ごせる日々も終わりが見えてきた。だからだろうか、少しでも多くの思い出を作って今というこの日々をいつまでも思い出せるように目一杯の印を付けたいんだろう。

 

「そうだな、この3人で、まあ俺達なりのクリスマスってのをやってみるか」

「私たちなりと言われると何だか不安になるわね...」

「いいんだよ、俺達3人がクリスマスだなって思えるものであれば、それでいい」

 

 自分で言っといてあれだがものすっごく謎な理論にたいし、雪ノ下は何かがお気に召したのか「そうね...」と一言残し、嬉しそうにこくこくと小さく頷いた。

 

「あたし達なりのクリスマスかー。えっとね、ケーキはゆきのんが焼いたものが食べたいなぁ。あ、あたしもケーキを焼こうか?」

「却下だ」

「却下よ」

「ひどいっ!?」

 

 由比ヶ浜、それでは思い出に印ではなく傷が出来るだけだ...。まあいつでも簡単に思い出せそうではあるがな...。

 

 それにしてもこの子達ほんと仲良いよね。「それはまた今度...一緒に作りましょ?」「ゆ、ゆきのんっ!」みたいなやり取りを眺めながら思う。ほんと仲良いよね。というか良すぎない?大丈夫?百合の花咲いちゃってるよ?俺は大歓迎だが。

 

 

 その後の俺達はあーでもないこーでもないと部活の時間いっぱいまで明日のパーティーの過ごし方について話し合っていた。

 

 ちなみに小町に電話で一緒にクリスマスが出来ないことを伝えたら「小町もクラスの子達とパーティーの予定だけど?」と言われた。おい、クラスの子って誰だ!女子だけだよな!?女子だけだと言ってくれ小町っ!

 

 

 

 

 

 

 そして迎えた12月24日、クリスマスイブ。集合場所である駅前の広場へとやってきた。時刻にして集合時間の5分前だ。遅れてとやかく言われるわけにも行かないのでな。

 

 俺が集合場所へ着くと既に由比ヶ浜は来ており、何やら電話中だった。しかし大概集合場所に一番乗りでやってくる雪ノ下は珍しくまだ来ていないようだ。

 

 そこでふと俺が近づいたことで由比ヶ浜が俺の存在に気付き、電話の最中にも関わらず挨拶をしてきた。

 

「あ、ヒッキー。やっはろー!」

「うす...」

「...うん、今ヒッキーが来たところ」

 

 しかし挨拶も早々にすぐに会話を電話の相手に戻す。心なしか由比ヶ浜にいつものやけに高い元気を感じられない。

 

「うん、うん。え...?うん、わかった、ヒッキーに変わるね」

 

 電話をしていた由比ヶ浜が自分のケータイを俺に渡す。急に渡されても困って「え?これ?え?」と困惑していると由比ヶ浜から「相手はゆきのんだよ」と教えられた。

 

 この場にいない雪ノ下からの電話、珍しく寝坊でもかましたか?と考えながら受け取ったケータイを耳に当てた。

 

「もしもし俺だ」

『あ、比企谷くん、雪ノ下だけれど...』

 

 お、おかしい、ここで「俺?俺とは誰のことかしら?平塚先生世代の詐欺常套句の電話かしら?今どきそんな化石じみた時代錯誤な詐欺に引っかかる人なんて世間から絶縁されているあなたぐらいよ。ごめんなさい、切るわね」ぐらいのことを言ってこないだと?いや電話切っちゃうのかよ。あとただただ平塚先生に失礼である。

 

 セルフツッコミもそこまでにしといて、雪ノ下の一声をきいただけで雪ノ下に元気が無いことがわかった。なんかいつもの凛とした声の張りを感じられないし。

 

「どした?なんか元気が無いようだけど」

『...その通りよ、どうやら体調を崩してしまったみたい。由比ヶ浜さんにも先んじて伝えてはいるけれど、ごめんなさい、今日のパーティーには参加出来そうに無いわ』

 

 電話越しからも雪ノ下が大変申し訳なさそうにしているのが感じ取れる。まあ体調不良なら仕方がない。いくら気を付けていたところで急激な気温の変化などで体がやられてしまうものだ。俺も、あと偏見だが由比ヶ浜もそこら辺に関してはかなり鈍感な類いだと思うので敏感な雪ノ下と比べちゃいかん。

 

 まあ気にするな、仕方がない、と言おうとしたが雪ノ下の話はまだ続いていた。

 

『なので今日のパーティーは私抜きで行っても...』

「アホか、それじゃ意味ないだろ」

 

 自分抜きでなどアホなこと言うもんだから、ついたまらず食い気味で口を挟んでしまった。

 

 全員が揃わないと意味が無い。それでは思い出にはならないし、思い出したところでそこに雪ノ下がいなければ思い出とは呼べない。それはもう印ではない。だから、意味が無いんだ。

 

『でも...』

 

 しかし雪ノ下はなおも食い下がる。きっと今日という日に自分のせいでパーティーが開けなくなることが申し訳なく感じているのだろう。

 

「いいか、この先俺達は大学生になってそのままなんやかんや就職して...して...嫌だ!働きたくない!...じゃなくて、就職して学生の頃のように直ぐに互いの都合がつくことなんて無くなるんだ。そうなってくるとな、この日にパーティーしようだなんてまず無理だ。だから皆が都合がつく日にパーティーを開くこととなる。それが予定された日からだいぶかけ離れても、だ。大事なのは揃ってパーティーすること。日付なんておまけだ。いつやろうがクリスマスパーティーと思えばクリスマスパーティーなんだよ!」

 

 食い下がる雪ノ下にたいし、つい熱くなって途中なんか拒否反応も出たが超完璧な理論武装を披露してしまった。心なしか由比ヶ浜が引いてる気がするが、まあ些事だ。

 

「ヒッキーなに言ってんの...?超意味わかんない...」

 

 などと由比ヶ浜が言っているがまあ些事だろう...些事かこれ?

 

『あ、あなた何を言っているのかしら...?意味の半分も理解するのに苦しんだわ...。それにその謎な理論からすると高校を卒業したその先もずっと会うことになるのだけれど...』

「え...、意味の半分もって...。え...?ま、まあ、その、そうなんじゃねえの?知らんけど。少なくとも由比ヶ浜はその気だろ」

 

 俺がそう言うと電話から小さく笑う声が聞こえた。

 

『ふふっ、そうやって由比ヶ浜さんを盾に使うのは反則ではないかしら?』

「ぐっ...。まあとにかくだ、パーティーにはお前がいないと由比ヶ浜も...あと俺も納得しないんだよ。だから、あれだ、元気になったらやろうな」

『そう...あなたも...。わかったわ。もう私抜きでなんて言わない。すぐに元気になってみせるから...待ってて貰える?』

「安心しろ、俺に予定らしい予定が入ることなんてこの先まったく無いから。...じゃあ由比ヶ浜に変わるぞ」

『威張っていうことではないのだけれど...』

 

 そう言って多分だが電話越しでこめかみに手を当ててるであろう雪ノ下を想像しながら由比ヶ浜にケータイを返す。

 

 が、そこには何故か超ニッコニッコニーな由比ヶ浜がいた。ニッコニー♪なんで?

 

「...なんだよ?」

「んー?んーん、なーんにも♪」

 

 由比ヶ浜はそうご機嫌な返事をして俺からケータイを受けとると雪ノ下とまた電話を始めた。

 

 今さらながらすっごい恥ずかしいことを言った気がする...。帰ったら間違いなく布団にくるまって悶えることとなるだろうな、と由比ヶ浜が電話してる様を見ながらぼーっと考えてた。...というか今日の予定空いちゃったな。材木座とゲーセンでも行くか。どうせ予定無いだろ。

 

 そしてぼーっとすること数分、由比ヶ浜は電話を終えてくるりとこちらに向き直った。

 

「話、終わったのか?」

「うん、ヒッキーにもよろしくって!」

「そうか...。んじゃあまあ、雪ノ下がいないんじゃ仕方ないし今日のところはお互い帰るか」

「...うん、そうだね」

 

 由比ヶ浜の返事を聞いて帰路につくため踵を返す形で後ろを向いて一歩を踏み出す。

 

「...ヒッキー!」

 

 が、しかしそこで由比ヶ浜に呼び止められた。

 

「ん?」

 

 ゆっくりくるりと由比ヶ浜のほうに向き直すと、由比ヶ浜は自分のお団子髪をくしゃりといじいじして、その手を次第に下に降ろしつつ、そのままそ髪を耳にかけてはにかみ笑いを浮かべる。

 

 

「メリークリスマス!」

 

 

 そう言ったその表情はいつもより大人びていて、つい綺麗だと思ってしまった。恥ずかしいのやら照れなのやら自分自身困惑しつつも顔が次第に熱くなっていくのがわかる。

 

「め、メリー...クリスマス......」

 

 ついしもろどもろとなってしまった俺の言葉に由比ヶ浜は満足そうに頷くと顔を朱くしながら俺の隣を通ってそのまま駆けていった。

 

 俺はただただその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 帰路につき、帰った後どうしようかと考えようにも、どうしても頭は雪ノ下との電話の内容にシフトされる。

 

 あれだけ申し訳なさそうにする雪ノ下は珍しく、そこまで今日のパーティーを楽しみにしていたのだろうと考えとれる。

 

 もしかしたら楽しみにしすぎたせいで体調崩した可能性まである。なんだそれ微笑ましい。

 

 電話で雪ノ下に言った言葉に嘘は無い。別に今日にこだわってパーティーをしなくてもいい。だがクリスマスイブという日に今も雪ノ下は一人で寝床にいると思うと、本来なら楽しい気持ちでクリスマスを迎えるはずだったのにと考えると、どうしてもやるせない気持ちになる。

 

 出来れば寂しい気持ちのまま高校生最後のクリスマスという日を迎えて欲しくはなかった。今日という日を過去の傷として生涯残らせたくはない。

 

 そして俺は雪ノ下に今日や明日という日に言わなくてはならない言葉を忘れてしまっていた。そのことを由比ヶ浜のおかけで思い出せた。伝えようにも雪ノ下の連絡先知らんけど。このことを小町に知られたら「未だに!?」とドン引きされる。

 

 さて、どうするか...。いや、実は既に方法は思い付いている。しかし内容が内容なだけでやったら最後、新たな黒歴史が産声を上げながら爆誕する。とびきり大きいの。

 

 ...まあ、それでもやるんだけどね。

 

 独り善がりで気持ち悪くて小っ恥ずかしくて、そして超似合わないものを。

 

 先ほどから俺の中の冷静な部分が耳元でガンガンとやめろと抗議している。ぶっちゃけ俺だってこんなことやめたい。絶対に笑われて馬鹿にされてからかわれる。

 

 でもいい。むしろそれが目的でもある。ならば盛大に馬鹿みたいにおどけて赤い帽子でも被りながら道化にでもなってみせよう。

 

 恥も後悔も考えるな。冷静な部分なんて根っこから捨て置け。

 

 今日という日を、クリスマスというこの日を、忘れられない思い出にするために。

 

 

 今できる目一杯な印をつけてみせる。

 

 

 ......まあ、もう1つ問題あるとすれば、というか一番の大問題だが、()()()()()()()()()ってとこなんだよなぁ...。

 



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クリスマスと似合わない言葉2

  interlude...

 

 

 

 目が覚めると、寝室は真っ暗で冷えていた。今現在の時間を確認すべく、ベッドから体の上半身のみを起き上がらせ、ベッドの脇の机に置いてあるケータイを手に取る。

 

 ケータイの画面を点けると、丁度午前2時という数字が映し出された。

 

 既に日付は変わっており、今は12月25日、世間でいうクリスマスという日だ。

 

「そんな日に、何をやっているのかしら...」

 

 そう、つい独り言が漏れた。自分の不甲斐なさがとても腹立たしい。比企谷くんは日付は関係がないと言ってくれたけれど、それでも私は我が儘を言えばちゃんと昨日の日にパーティーをしたかった。高校生最後のクリスマスだからこそ余計にその日にこだわりたかった。でも、そのパーティーを潰してしまったのは私。

 

「本当に、なにをやっているのかしら...」

 

 ついまた独り言が漏れる。きっと由比ヶ浜さんも比企谷くんも本当は昨日の日にパーティーをしたかったに違いない。それでもそんな気持ちをおくびにも出さずに私を励ます言葉を送ってくれた二人には感謝しかない。

 

 ケータイの画面を消灯すると、そこはまた真っ暗な寂しい部屋と変わる。ケータイを机の上に置き直し、寂しさを少しでも誤魔化すためにお気に入りのパンさんのぬいぐるみを抱いてもう一度眠ることにする。

 

 しかし、そこでふと違和感を覚える。

 

 部屋は真っ暗でよくわからないけれど、確かに違和感がそこにある。

 

 違和感の正体を確認すべく、机の上に置いてあるランプを灯す。周りが仄かな光で照らされた。

 

 そして違和感を感じた枕元に視線をスライドさせた。

 

「...え?」

 

 そう驚きの声が出てしまうぐらいには違和感の正体に驚かされた。そこには緑のリボンで口を結ばれたベルやらツリーやらがプリントされた赤い袋が置いてあった。大きさとしてはそこまで大きくはなく、丁度今抱えているパンさんのぬいぐるみが入る大きさだ。間違いなく自分が眠りにつく時には無かったものだった。クリスマスプレゼント、というものだろうか。

 

「はぁ...、姉さんね...。いくら姉妹とはいえ不法侵入はいただけないのだけれど...」

 

 こんなことを仕出かす人物なんて姉さん以外考えられなかった。してやったり顔の姉さんを想像してしまい、自然とため息が漏れる。いったい全体あの姉さんが私にどんなしょうもない物を送りつけてきたのだろうか。それを確認すべく袋のリボンを解いて中の物を取り出す。

 

 しかし、袋から出てきたものはショッピングモール内にあるデスティニーショップにこの時期のみ賞品棚に並ぶサンタ仕様のパンさんのぬいぐるみだった。まともなものどころか私の喜びそうなものでつい驚愕してしまった。大丈夫かしら、ついに頭おかしくなってしまったのかしら...。疑問の気持ちも大きいけれど、自分が持っていないパンさんのグッズが手に入った嬉しい気持ちのほうが大きく、つい顔がほころぶ。

 

「あら...?」

 

 袋から取り出したパンさんのぬいぐるみにメッセージカードが添えられているのに気づく。こっちが本命かしら?

 

 しかしそのメッセージカードには姉さんの文字ではなく、でもどこかで見たことのある書き文字で一言。

 

 

 

『あなたにメリークリスマス』

 

 

 

 と、だけ書かれていた。その瞬間にこのプレゼント自体は姉さんが用意したものではないと気づく。いえ、プレゼントのチョイスの時点でとっても怪しいとは思っていたけれど。

 

 でも、そうなるとこのプレゼントは一体誰が...?雪ノ下家の誰か、もしくは雪ノ下家の誰かと繋がりのある者にしぼられる。

 

 しかし、すぐに犯人がわかった。その犯人の決め手となることがメッセージカードの端に小な文字で書かれていた。

 

『俺達には似合わない言葉だよな』

 

 こんなひねくれた物言いをする人物なんて私の周りに一人しかいない。姉さんに頼んでまでこんな凝ったことをするなんて、彼は何を考えているのかしら...。

 

 呆れてため息を吐こうとするが、ふいに、ぽつりと、メッセージカードに水滴が落ちた。

 

 そこからまた、ぽたぽたと、メッセージカードや自分の手に水滴が落ちて濡らしていく。

 

 どうして?自分自身よくわからなくて、でもいつの間にか私は泣いていて、止め方がわからない涙が次々と落ちていく。

 

 これ以上カードを濡らさないためにも手からカードを離す。そして空いた手で腫れることがわかっていたのに、つい目からあふれでている涙を拭ってしまう。

 

 呆れたのは本当。彼の似合わない行動に最後で格好のつかない言葉、どれもこれもがおかしくて、呆れて、笑って。

 

 でも、彼がくれたものが、彼から出た言葉とは思えないとっても似合わない添えられた言葉が、その総てが、とても暖かかった。

 

 だからだろうか、気づけば寂しくて寒かった私の体と心は、今はぽかぽかと暖かくなっていた。

 

 離したメッセージカードをもう一度手に取り、自分の涙で少し滲んでしまった文字を読み直す。そして、そっと隣の机の上に置いて、そのまま灯していた明かりを消灯させた。

 

 後ろ向いた気持ちはもうどこにもない。お気に入りのパンさんのぬいぐるみと、目の腐ったサンタがくれたパンさんのぬいぐるみを抱えてベッドに横たわる。

 

 きっと今日という日を、このぬいぐるみを見るたびに、毎年訪れるこの日に、何度も、何度も、思い出すだろう。この暖かい気持ちと共に。

 

 貰いっぱなしなんて許せない、伝えたい言葉と贈りたい言葉を届けるためにきっと元気になってみせてやる。私は負けず嫌いなのよ?

 

 

 だからどうか、待っててね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から数日後、雪ノ下が快調したため、改めてクリスマスパーティーを開いた。にしてもやけに治り早いな...。雪ノ下に言ったら「本気だした」とか言うし。どれだけパーティ楽しみだったの?なんか微笑ましい。

 

 既にショッピングモールで交換するプレゼントを購入して今は雪ノ下の住むマンションで雪ノ下が振る舞った料理を食べている。病み上がりなのに無理するなよ...と言ったら「本気だした」とか言うし。いやまじでどんだけパーティー楽しみだったの?なにそれ可愛い。

 

「ゆきのんが作ったケーキすっごくおいしい!いくらでも食べれそうで怖いぐらい!」

「それな。正月前に肥えそうでまじでやばい」

「ヒッキー!肥えるとか言わないで!」

 

 俺と由比ヶ浜が二人でモシャモシャと料理やケーキを食べてると、キッチンからまた新たな料理を持って雪ノ下が戻ってきた。

 

「大丈夫よ由比ヶ浜さん。気になるかと思ってなるべくカロリーは抑えてあるの」

「そっかー、じゃあ安心だね!...いや、どうやって!?」

 

 由比ヶ浜の疑問はもっともであり、明らかに料理もケーキも「じぶん、めっちゃカロリー高いッス!」とでも言いたげな味だ。これでカロリー抑えたって軽い錬金術師だぞ。なんというか雪ノ下の本気度合いが怖い。本気ノ下さん怖い。

 

 由比ヶ浜は「じゃあ気にすること無いね!」と言い、雪ノ下が持ってきた料理をモシャモシャ食べてる。そして雪ノ下はそんな由比ヶ浜の食いっぷりが大変ご満悦なのか、嬉しそうな顔を浮かべながら由比ヶ浜を見ている。由比ヶ浜、カロリーは抑えたっていうがゼロじゃないからな。そこ勘違いしたら正月前に地獄の数字を見るぞ。

 

 その後も料理をたらふく食べて、買ったプレゼントを交換しあって、そしてあの部室と何ら代わりようのないいつもの会話をしていた。これがクリスマスパーティー?と言われたら多分大抵の人達は否を唱えるかもしれない。でも、俺達がクリスマスパーティーと思えるものになったのなら、それでいい。

 

 そして由比ヶ浜とは対照的にちゃんと食べる量を考えてる雪ノ下を俺は見逃さなかった。

 

 

 

 

 時刻は既に夜の11時を回っており、窓から街を見下ろすと、キラキラとイルミネーションが光っていた。

 

「結構遅くまで居座ってしまったな。そろそろ帰るわ。由比ヶ浜はどうすんの?帰るなら送るぞ」

「あたしはゆきのんの家に泊まっていくから平気だよ。......ちょっと惜しい気もするけど」

「ほーん、そうか。...なにが惜しいの?」

 

 ということは帰るのは俺だけとのことで帰る用意をせっせとする。確か去年も泊まっていったよね。相変わらず仲が宜しいことで。

 

「ヒッキーまたね!...あっ、じゃあ次会うのは新年明けてからかな?じゃあ良いお年を、だね!」

「おう、そうだな。お互い良いお年を」

 

 由比ヶ浜と別れの挨拶を済ませて、雪ノ下ともしようとしたが何故か見当たらない。まあいいかと思い、そのまま玄関へと向かった。

 

 玄関の上がり(かまち)のとこに座り、靴に履き替えてると。

 

「待って」

 

 と、後ろから呼び止める声がした。

 

 腰と首だけを回して後ろを見ていると、トートバッグを携えた雪ノ下が立っていた。

 

「下まで見送るわ」

「いや、別にお気遣いなく」

「いいから」

「あ、はい」

 

 若干有無を言わせない感じだな...。同じく靴に履き替えた雪ノ下と共にエレベーターに乗って1階へと向かう。

 

 エレベーター内では特に会話は無く、エレベーターが現在どの位置にいるかを表示するランプをただじーっと見ていた。

 

 1階に着き、そのままマンションを出て歩道を歩く。その間も雪ノ下はずっと無言で俺の隣にいる。...いやどこまで見送るつもり?丁度マンション前の信号に差し掛かった辺りでこちらから声をかけることにした。言わないとなんかそのままどこまでも付いていきそうだったし。

 

「や、ここ辺りで大丈夫だ。じゃあまたな。雪ノ下も良いお年を」

「だ、だめ、待って」

 

 別れの挨拶を済ませて立ち去ろうとするが、雪ノ下が細い指で俺の手首を掴んでそれを阻止する。

 

 急な接触に驚いて掴まれた部分を凝視する。

 

「え、なに?どしたの?」

 

 雪ノ下は掴んでいた手を離すと、部屋から持ってきていたトートバッグから何かを取り出し、こちらに差し向ける。

 

「その、これ...、受け取って...貰えないかしら...?」

「え、あ、おう...」

 

 雪ノ下が渡してきたものは緑一色の袋だ。口の部分は赤く可愛らしいリボンで結ばれている。

 

「...開けても?」

「ど、どうぞ」

 

 リボンをなるべく丁寧に解いて、封を開けて中の物を取り出した。そして出てきたものはトナカイの格好をさせられた何とも目付きの悪いパンダのぬいぐるみだ。というかこれ雪ノ下が愛して止まないパンさんだ。

 

 急なプレゼントに予想外の中身で困惑しまくったまま、説明を要求する思いで持っているぬいぐるみから雪ノ下のほうに視線を戻す。

 

 雪ノ下のほうを見ると、雪ノ下はトートバッグを肩にかけ直し、立ち姿勢を正し直していた。そして何度か深呼吸をした後に俺に微笑む顔を向けてゆっくりとその言葉を口にする。

 

 

 

「あなたにもメリークリスマス」

 

 

 

 

 街のイルミネーションで照らされたその顔は、恥ずかしさからか頬はほんのりと朱くなっており、それでも笑顔を崩さなかった。俺は雪ノ下から視線を外すことが出来ず、そして何かを言おうとしても何も言葉が出なかった。ただずっとその顔に見惚れてしまっていた。

 

 何も言えずにいる俺に対し、雪ノ下はクスリと小さく笑う。

 

「ほんと、似合わない言葉ね」

 

 そして悪戯に成功したかのようないじわるそうな笑みをして、どこかで聞いたことのある言葉を口にする。

 

 俺もついつられて笑ってしまう。ほんとまったく、似合わない言葉だよな。

 

「お互いにな」

「ええ、でも...、この言葉をあなたに贈りたかった。遅くなってしまったけれど」

 

 クリスマスイブのあの日、ただただ雪ノ下が少しでも寂しくないように、少しでも喜んで貰えるようにと贈ったものに対して、まさかお返しがくるとは思わなかった。

 

 正直なところ不安まみれだった。俺がやったことなんてぶっちゃけ独り善がりの塊みたいなものだ。受け取った雪ノ下が喜ぶことは無くても、ネタとして笑ってもらえるだけでも良かった。

 

 しかし、こうやってプレゼントを贈られたことでわかったことがある。

 

 雪ノ下もきっと俺にプレゼントを贈るのが不安だったんだろう。自分からは中々話を切り出せず、ずるずるとここまでついてきてしまったのがいい証拠だ。それでも勇気を絞って、喜んでもらえるかわからない独り善がりなプレゼントを俺に贈ったんだ。

 

 それがこんなにも嬉しいものなんだな。気持ちがこもっていれば受け取った相手は喜んでくれる、とよく耳にするが、これがあながち馬鹿にはできないわ。

 

 だからこうしてはっきりとわかった。

 

 俺のしたことは、きっと間違いではなかった...。

 

「これ、サンキューな。その、大事にするわ」

「そ、そう...。そうして貰えると此方も嬉しいわ。...そろそろ戻るわ。これ以上は由比ヶ浜さんに心配されるだろうから」

 

 雪ノ下は今までのやり取りに恥ずかしさや気まずさを覚えたのか、忙しなく視線をキョロキョロさせながら後半早口になっていた。

 

「そういやそうだな。さっさと戻ってやれよ。今頃由比ヶ浜がベソかいてるかもしれんぞ。あいつお前大好きだし」

 

 だからこそ雪ノ下を落ち着かせる思いでへらへら笑いながら軽口を叩く。

 

「そ、そう...!ならば早く戻らないといけないわね」

 

 俺経由で由比ヶ浜が雪ノ下大好きだと言われたのがよほど嬉しいのか、目元はキリッとしてるが口元が嬉しさを隠しきれずにニヨニヨとしていた。あと若干声弾んでたし。

 

 なんというか本当に仲良しだよね。離れててもゆるゆり出来ちゃうもんね。

 

 そんな彼女らが微笑ましくて、ついついフッと笑ってしまった。そして雪ノ下は笑われたと勘違いしたのか顔をムッとさせる。

 

 だがそれも一瞬。真冬で真夜中な時間にも関わらず、どことなく暖かな空気がそうさせたのか、次の瞬間には雪ノ下もくすくすと笑っていた。

 

「また...。今度は年明けかしら?」

「そうなるわな、だから良いお年を、だ」

「そうね。お互いに良いお年を...」

 

 雪ノ下が小さく微笑むと、背を向けて来た道を辿るように戻っていく。

 

 俺はその後ろ姿を見送って、トナカイのパンさんのぬいぐるみを丁寧に袋に戻してから抱える。そして丁度信号が青になっていたのでそのまま横断歩道を渡る。

 

 街灯とイルミネーションで照らされた帰り道、人や車の数が少なく、静寂な真夜中となっていた。

 

 贈り合った言葉はとてもぎこちなくて、こんな言葉を口にするのは似合わないと、お互いが自覚していた。

 

 来年、再来年と、またこの言葉を贈り合えるのかはわからない。こうして集まれる日などもう来ないのかもしれない。

 

 だが、俺としては来年も再来年もこの言葉を贈り合いたいと思っている。そしていつかはぎこちなさが取れ、似合わないことなんてなく、当たり前のようになってほしいとも思っている。

 

 未来なんてわからない。でも、そうなれるように努力することはできるのではないだろうか。

 

 

 今年のクリスマスはその第一歩だ。

 

 




 ちょくちょく出てくる去年のクリスマスパーティーに関してはドラマCDで内容が聞けますよ!まあそのドラマCD手に入れるには特装版の6.5巻を買わないといけないのですけどね!今もあるか知らないですが...。

 今回も合わせて1万文字オーバーとなってしまいました...。これでも削ったんですけどね。特にはるのんの案外お姉さんしているんだなーシーンとか全面カットですからね。はるのんは泣いていい。

 語られていない部分ですが、はるのんがゆきのんの寝室に忍び込んでヒッキーから頼まれたプレゼントを置いた後に、溜まっている家事とかをやってあげてたりしたんですよ実は。その部分をはるのん視点で書こうと思ったんですが、まあカットされました。


 ちなみに私のクリスマスは会社の帰りにショートケーキ買って一人で食べました。おいしかったです。


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