「ばーちゃんが言ってたぜ?女を泣かせる奴は最低だっ、てな!」 (Fry-Hopper)
しおりを挟む

01 Prowling Bullet Star

Lost Universe × Kantai Collection
 ~職業軍人さんたちの艦これ~

    ,、 _. -lヽ- .、
   メ ヽl : : l、 ヽ: : ヽ
  . /: :ゝ ヘ: : :l  ヘ: : ハ
 〈 : / ´ ヽ :l ` ∨:.l: :l
  ヽ:l == \ヘ == l: :l : l
  ' l    `ヽ ー-l: : l : l
   l:ヽ  ー'ー'_ ィ: : l: : l
   l: : :,'´ テ弄彡l `.:l: :.l
   l: :/メ,ィ ゙Y' ハ ヽ:.l: : l

 「今回は、わたし悪役かぁ・・・」
 

※ロスユニのサントラっぽくサブタイトルを英語に改めました。
 途中まで、前作とほぼ同一の話が展開していきます。

※COM3D2の挿絵を使用しています。

※軍事の本編は9話くらいから。
14、23、24がSF戦闘ガチ回。

プライベートライアンくらいを
目指して調整がされてます。

つ´・ω・`) 感想あれば極力答えます。裏設定など気になる場所があれば、答えられれば答えます。ミステリー物なので、そこにかかれば答えられない部分もあります。タイトル英語なのは、斜め読みで内容が簡単に割れないようにしている意味もあります。


ノシ´・ω・`)つ 本文内に対しての右左の論争はいらないです。本作は資料あさって作られる、やたらリアルっぽい[SF架空戦記]です。兵器の誤用、作戦展開に指摘あれば、直せる時点なら修正します。直せないならSF枠に組み込むので、よろしくどーぞ。


ロストユニバースの公式製造元CGサイトはここ↓
http://www.doga.co.jp/codoga/lostuniv/weekly/index.htm#10
一部ポケモンショック修正前データのため
動画のダウンロード時は注意。

 


――全銀河に悪夢を

 

――宇宙には静寂こそ相応しい

 

 

 

 

【【10の惑星を周回させ太陽系モデルの天体が並ぶ、自治区。人類が入植をしてからすでに、数百年が経過している。この星系に限り、目まぐるしく宇宙船が往来することはない。静かに星々が規則正しく巡っているだけだ。】】

 

 

 

恒星を中心に周回する色とりどりの惑星たち。暗いステージに、超高速で奏でられる星々のダンスがそこにはある。

 

来訪者は突然に表れた。

 

突如空間が紅色に歪む。

 

それは複数の傘雲のようにダンスする宇宙を飾った。

 

白い雲と青い海が作る鮮やかな惑星に向かい。やがてそれは紫の渦に変わり、爆発と共に渦の中心から一隻の白い双胴型宇宙船が吐き出される。

 

白い塊は、後方に彗星のように黒く尾を引いている。煙を吐きながら、全体が三次元方向にクルクルと回転している。赤い火が前後の回転を抑えるように塊の後方から等間隔に吹き出している。

 

前方向の回転が収まると、白い船体が星の海に浮かび出てくる。進行方向に向けて後方に、青白い尾が船体の後部に六基ほどある噴射口から伸び始めた。

 

しかし、横軸のスピンが収まらずに全体的にクルクルと回転を続ける。回転に合わせて、日の光を受け、暗い海の中で白い船体がキラキラと流星のように瞬く。

 

 

 

 

『アビオニクスは?!』手早く操縦席横のバーを引き、白い船の側面から蒸気のような霧を小刻みに噴き出し回転を抑制する。彼の表情に焦りが浮かんだ。オレンジの髪を抜け、額から垂れる赤い血が、上がる体温を冷やし心地よくすら感じられる。

 

コントロールパネルを操作し、各種推進装置の状況を手動で確認する。エンジンの効きは悪く、進行方向に対して、わずかに傾斜しているようだ。船体の回転に合わせて、遠心力が気持ちの悪い重力を作り始める。

 

船側面から蒸気が噴き出し、姿勢が安定を始めたようだ。

 

前後の回転を落ち着かせると、進行方向に向けて、姿勢が安定する。加速は収まっているため、縛りつけるように止められたベルトが僅かに隙間を作る。

 

『エンジンリバース』船内は照明が落ち、異常なほどレッドランプが鳴り響いている。視界が赤く、黒く、交互に変わる。船内が超高速の加速に耐え切れずに、ギシギシと鳴り響く。

 

双胴後部に直通する2基の大型エンジンと、船体中央部の管制室後方に四点設置された補助エンジンが一斉に光を放った。

 

後部エンジンにカバーが付き、逆噴射。プラズマ・ニュートリノ・エンジンが生む青白い光が、進路方向にクラゲの触手のように力強く数本の尾を生んだ。

 

急減速により船内がギシギシと金切り声を上げる。船体のダメージにより、重力管制装置が十分に機能せず、激しい衝撃が居住区の家財を揺すり損傷させていく。

 

 

 

 

三人分の操縦席があるこじんまりとしたスペースに彼一人が座る。逆噴射による反動で彼を肩から支えるベルトに体が食い込んだ。オレンジの髪が揺れ動き、ほほを伝う血が前方に数滴飛び出す。

 

 

ケイン・ブルーリバー

 

オレンジの髪に、二十前後の甘いマスクの若い男性。

背は高く180cmほどでスラっとした体型。

 

瞳は透き通るように青く、深い。

 

しかし、そのセンスは僅かに常人とズレているようで、昔のガンマンのような服装に黒く長いマントを羽織っている。ハイセンスな服装が災いして、居酒屋などで抗争の種になったことがしばしばある。

 

 

『キャナル!』彼は目まぐるしく、操縦席周辺の操作を行う。

 

肘置きに添うように設置されているキーボードのような装置に、指を滑らせた。船体の制御に努めるが船内に衝撃が次々と起こる。喧しく騒ぎ立てるレッドランプは最初の倍くらいに増えただろうか。

 

『状況検索、超高速モード』名前を呼ばれ、光と共に数秒で実体化し、彼の操縦席の後ろに立つ女性。

 

背が高く、透き通る緑色で腰まで伸びるロングヘア―に、ヒラヒラとしたファンタジー風のメイド服。優しく、何処かはかなげな紫の瞳を持つ大人の女性に見える。

 

彼女の名はヴォルフィード。

 

本船の管理コンピューターだ。正式名称はFCS-Canal-Vorfeedこのプログラムから派生した、ケインと共に生きてきた少女型のキャナルは先の戦闘により“永久の眠り”についてしまった。

 

彼女の遺志を引き継ぐ形で、ヴォルフィードもまたキャナルとしてその記録を多く反映している。質量解像型の立体映像装置が構築するヴォルフィードの姿は、彼女を開発したある研究者の、一人の大人の女性の姿を模している。

 

『サイシステム再接続』彼は、目を左右に忙しなく動かしながら、情報の少なくなったモニタを見続け言った。

 

 

【【サイシステムと呼ばれる機構は本船の重要な動力源の一つであり、そのエネルギーの源は人の精神力である。今の状況で言えば、エンジンへの過給機と言ったところか。】】

 

 

船体のダメージは深刻で、通常エンジンだけでは、ハイパースペースよりはじき出された速度がいなしきれない。

 

『了解、サイシステム接続します』彼女の前に扇形のキーボードのような物が具現化され、

その上をピアニストのような速度で全指がカタカタと滑る。

 

彼の横にある小さなモニタが、船全体を緑の姿にデフォルトした映像を映し出し、中心から包むように青い膜が広がっていく。画面脇に伸びる、三本のオレンジのバーがせわしなく増減を繰り返して縦に伸びて行くが、やがて画面に真っ赤な警告表示が現れた。

 

『出力低下。サイシステム・リブート失敗。規定値に届きません』

 

彼女の手には、立体化された計算尺がある。

 

高度処理中を彼女らしく表現しているらしい。超高度な処理もするにも拘らず、彼女はレトロな物を好む傾向があるため、時にまったくもって不必要なものをおねだりされることもしばしばあった。

 

彼の操縦席前のパネルに船体が表示される。映し出された船体の双胴部の先、前半分が黒く表示されていた。つまり脱落している。

 

後部に集中するメインエンジン部は赤く塗りつぶされており、その他の部分は黄色と赤の部分が目立つ。この状況ではどこからでも警告する非常サイレンは意味をなさずにただ、喧しいだけだ。

 

しかし、キャナルの状況から察するに、現状、選択肢は幾つか用意されているようだ。非常時には、彼女はその全能力をコントロールに集中させるために消滅し、音声だけになってしまう。こういったときには、彼女の愛らしい姿には少し安心させられる。

 

『ケイン。ここは恒星系E-7です』

 

彼女は司会者のように腕を動かし、操縦席の前の、前方方向の宇宙を映す大型のフロントパネルに、青く雲を持つ星の映像を拡大表示した。そこには複数の情報が惑星に合わせて表示さる。

 

そこには、主要都市部や大気構成。周回する一つの丸い石のような、表面が凸凹とした衛星が説明されている。

 

紫がかった彼女の瞳の中に、流れるように数字のようなものが縦に数十、数百と見える。姿勢制御のために高速計算を続けているようだ。

 

いつもならば、観光名所の一つでも教えてくれるところだろうが、今の状況では。白い小船はいま、巨大な滝に引き寄せられ向かって進んでいる。

 

彼女の演算装置は今、あらゆる選択肢を作り上げ、そのこと如くを自らで否定している。人の数千倍の速さでの取捨選択が船内のメインメモリのあるコアから、僅かに火花を生まれさせる。

 

『ブーストチップ射出!』ケインが号令をかけた。

 

『了解。ブーストチップ射出します』彼女は答えるように淡々と復唱し、作業を進める。

 

双胴船の両側面の一部分が小さく水平方向に開く。UFOのような平たい胴体に、小さな青い姿勢制御用の垂直尾翼が二つ立っている、小型の無人機が何機も排出されていく。

 

それらは彼の操作により後部から青い炎の線を引きつつ、船体に沿うように飛行する。そのまま、蒸気を小刻みに噴き出し相対速度を合わせて船に張り付いた。

 

『現在、惑星TOARUの引力圏です』淡々と事務的に彼女が言う。

 

運悪く、吐き出された方向が悪かった。この相対速度ならば1日以内にはあの星に墜落するだろう。進入角度も分が悪く加熱が酷そうだ。が。彼は僅かに両肩掛けのベルトを緩めた。

 

――助かった。ケインは安心した。

 

通常、地球型の惑星はリゾート地だ。

 

『キャナル、衛星港に非常通信を』片手を伸ばし、イスの横に設置されたコントロールパネルを慣れた手つきで弾く。識別信号を偽装しながら彼は言った。

 

彼の気が少し落ち着く。先の戦いで辛くも生き延びることは出来たが、彼はUG(ユニバーサル・ガーディアン)から事の重要参考人として指名手配されている。彼の仕事柄、潜伏調査なども行っているため、こういったことには手慣れている。

 

『回転は止まったか』本来の用途ではないが、ブーストチップと呼ばれた小型無人機を船体に張り付かせ、推進剤の補助役として活用した。推力自体は心もとないが、船体の横方向の回転を止める程度であれば十分機能する。

 

 

【【衛星港。それは宇宙連合所属の惑星にある港。大気圏突入能力をもたない安価な貨物船や、宇宙専用の個人クルーザー乗りが、惑星に降りるための連絡船を発着させている場所だ。無論、警察も常駐しており非常時には救難活動も行う。

 

小型艇による辺境警備隊だったとしてもパトロール船2隻も出してもらえれば、急ぎけん引してもらって、この速度過多の状況から離脱できる。費用はお負けなしの言い値でやられるため、財布の中身も相当量が離脱することにはなるが・・・】】

 

 

『ケイン』僅かに緑の髪を揺らしながら、申し訳なさそうに。彼女は呟く。

 

『ケイン』力を込め、再び呼ばれる名前に何かを察して、ケインも手を止めた。

 

『金ならまだ、ばーちゃんの・・・』隠し口座に。いや、知ってるか。こいつなら。

 

『ここは特別自治区です』彼女は計算尺を離さない。

 

『衛星港並びに、その他の港湾施設は認められません』

 

彼女の言葉に再び彼の顔にシリアスさが増していく。操縦席後方から聞こえる彼女の声に答える代わりに、彼はベルトをきつく締め直すと、大気圏墜落に向けて、急いで機材の確認作業に入った。

 

『戦略支援コンピューターのFCS-キャナルは、墜落場所の選定を勧告します』

 

彼女の選択肢には、惑星を回避して漂流するという案がもちろん上がったが、さらなるエンジントラブルや、辺境ゆえに救助船に邂逅出来ないリスクを考慮して、最悪船体を犠牲にしてでも、マスターの生存を最優先にするとの判断である。

 

宇宙は途方もなく広く、いかにロスト・シップである彼女と言えど、万能ではない。

 

 

【【遺失宇宙船、ロストシップとは、この世界が出来る前にあった、宇宙一つの文明を終わらせたほどの超兵器である。その能力は単独にして星を砕き、また、個々にユニークな特殊能力を持ち合わせている。】】

 

 

白い宇宙船は今、黒い煙を後方に引きつつ、弾丸のように素早く眼前の青い星に向かい突き進んでいく。エンジンへの負担を考慮して、青白い光は次第に力を失い、細々と減速を続けながら、慣性航行を続ける。

 

FCS-Canalは、その能力をフル稼働させ、TOARUを中心に公転する月やその他の惑星を利用し重力ブレーキをかけつつ、最適な侵入角を探し続けた。

 

船体を包むように張り付く、白いブーストチップが、小刻みに蒸気を吹き、侵入コースの微調整を行う。急速に大きくなる青い惑星の姿に、彼の背筋に冷たいものが走った。

 

船体から力強く青白い光が前方に生まれ、TOARU直前で最後の急ブレーキをかける。

 

『TOARU大気圏に突入します』

 

その言葉を最後に立体映像装置が停止し、彼女の姿が消えた。彼女の持つ全ての機能が全制御へと向けられる。展開されている無人機を全て、自らの腹の下に張り付かせて、喪失した先端部分の揚力分として使用する。

 

しかし、出力不足の減速によるオーバースピードの為、前方を映すスクリーンが、真っ赤な炎の渦を映し続ける。

 

『ど根性ぉぉぉぉぉぉぉうううううう!』

 

彼は、座席横のスロットルレバーに片手を乗せ、大声を出した。額から流れる血はすでに乾ききっている。彼のブルーの瞳が、強く炎の渦を見つめる。

 

『おおおおおおおお?!』

 

強力な上下振動の中、小爆発が起きた。船腹を支えていたブーストチップがついに空中分解したようだ。船内の振動が彼の首を大きく揺すった。船体に僅かに亀裂が出来たようでコントロールパネルからも回り込んだ高温で火の手が上がる。

 

『ケイン。大丈夫ですか』システムを落としているため、船内の状況があまりよくわからず、彼女の重々しく悲痛な声が船内に反響する。しかし、返答はないようだ。

 

『ケイン?』

 

『ケイン!!』

 

・・・・・・

 

・・・

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02 Comets from Beyond

自然の要害。

 

四方を海に囲まれた、それほど大きくはない鎮守府。溶岩が作り出した地形で、3キロほどある島全体がゴツゴツしている。

 

そこから人力で岩を削り出し、島上部に複数の平坦な場所を作った。施設や活動は専らそこで行われている。

 

端的に言えば、鬼が島とでも言ったところだろうか。

 

島全体には低い構造物が建造されており、陸上演習用の大型の場所を除いては、岩盤を掘り進み地下に主要工房が存在する。また、防空壕も多く建設され、それは敵艦砲射撃に耐えうる深さまで掘り進められている。

 

出撃には、岩盤側面の石階段を下り海上のふ頭からの直接発進と、入口が岩盤に偽装された緊急用の小規模な海底ドックが存在する。こちらは敵の侵入を警戒し、小型潜航艇や艦娘と艤装がギリギリに発進できる程度の特殊ゲートである。

 

外装からゲートの位置特定は困難であり、主に内側から緊急出撃時のみ使用される。

 

 

 

『大本営より緊急入電!平文です!』

 

眼鏡をかけた女性が扉を力強く開け、大声で執務室に駆け込んでくる。木で作られた床板にドカドカと彼女の軍靴の重い音が響く。

 

防災チームとして活動していたようで、彼女の服装はいつものセーラー服基調の服ではなく、陸軍のそれに近い。彼女の両足元にはゲートルの布がグルグルと巻き付けられており、いつでも戦闘にも対応出来ると言った様子だ。

 

大きくダークブラウンで作られた重厚な木造りの執務机に、白い軍服を着た初老の男がどっかりと座っている。彼は近寄ってくる彼女に鋭い細目を向けた。すかさず彼女は姿勢を正し、敬礼を返す。彼女の手には書き起こされた白いフミがある。

 

未明に、突如観測された青白い尾を引く奇妙な隕石。

 

発見当初は、あまりにも超スピードの為、この星への落下はないと予測されていたが、突如それは青白い尾を引き始め、近隣の惑星で重力ターンを行った。専門家の見解では星系内に入った際に重力により加速され、何らかの物質が発火したのではないかと発表された。

 

にわかに眉唾な話ではあるが、各国に落下予測地点の警戒を呼び掛かけていた。当鎮守府海域も落下予測点の一つであり、各員は万一に備え準備だけはしていた。

 

『そなえあれば、か』

 

スイングバイにより減速されたそれは、どうやらこの近辺へと落下するようだ。しかし

、主要都市部に向かわなかった事だけは幸いだろう。

 

彼は口を水平に閉じ、帽子を深くかぶった。内容は読まなくてもわかる。あれはここに向かっているのか、と。

 

広いとは言えないが、最低限の機能を有する執務室。彼のふくよかな体系に似合わず、スッと立ち上がると、戸棚の下に隠された金庫を急ぎ操作する。彼の額に僅かにいやな汗が浮き出る。

 

『まさかと思っていたが、手筈通りにな』

 

白い手袋をした手の甲で額の汗を拭いながら金庫を操作する彼に、彼女は一礼をすると、避難作業をするために再び駆け出して行った。

 

万一直撃ともなれば地上施設は壊滅するだろう。深海航空機用に設置された複数の機関砲座程度では質量弾など到底対応できるものではない。彼は炎上倒壊する基地の映像を否が応でも想像してしまう。三十六計逃げるに如かずだ。

 

すでに機密文書は纏めていたため、彼は迅速に機密ファイルを皮作りのブラックブラウンのカバンに詰め込む。また、急いで執務室からサイレンの操作をした。執務室内を見回し最終点検をする。

 

壁に掛けられた『!すでのな』の掛け軸に目が留まるが、心苦しい想いに駆られるも、彼は少し明るめのトレンチコートを羽織りカバンを片肩にかける。

 

執務室から作業員たちに遅れて駆け出た。いつもは数十秒の距離が今日は嫌に長く感じられる。地下工廠への道はすでに閉鎖され入口が堅牢に閉ざされている。彼は海底ドックに繋がる防空壕へと足を向けた。

 

出入りのしやすさのために、二階から下りるには半ら旋状の階段がある。その先には交差するように通路があり、階段に対して直線状に木で作られた両開きのドアがある。扉はすでに大きく解放されていて、外から潮の匂いのする風が吹き込んできている。

 

まだ少し肌寒い、か。吹き込む風に首筋が冷え僅かに鳥肌が立つ。空襲を警戒して建てられた、背景色に合わせた深緑色の高くはない二階建ての施設。それでも年のせいか、少し体が重い。彼は急いで階段を下り外へと出た。

 

外へ出ると施設の屋上に避雷針のように設置されたサイレンから、ウーウーと騒ぎ立てる音が耳を傷める。彼は日差しに目を細め辺りの様子を確認する。地上はすでに退避が完了しているようだ。日頃の訓練の賜物だろう。

 

『防空壕でやり過ごせればいいのだが・・・』自然と彼の呼吸が早くなる。

 

『提督さん!』遠くの青空に赤い火の玉がはっきりと見える。『こっちに来るっぽい!』突然、防空壕から弾けるように飛び出してきた駆逐艦娘に、空を見上げながら腕を引っ張られた。

 

 

【【駆逐艦級の女性たちは、女性と呼ぶよりもその体系から少女と呼ぶ方が適正だろう。また、その身なりも軍服と言うよりは女学生の制服に近い格好だ。手足が多く露出している。戦闘には極めて不向きで、まるで半世紀以上前の正式装備のようだ。

 

この制服が本採用されている事は、戦闘行為の制限につながり彼の悩みの一つでもある。恐らくは、彼は杞憂と感じているが、彼女らが“動く戦艦”というオカルトな物であり、人々から畏怖の目で見られないようにと配慮されているからであろう。

 

彼女らが組織的活動を始めた際には、いよいよ戦局が進退窮まり、あのような学徒まで動員したと内外から大いに批判が集まった。しかし、彼女ら自身によるその秀でた身体能力が全ての疑念を払しょくした。

 

正確にスケールダウンされた艦砲を携え、海上を滑るその姿が撮影されるやいなや、人々から賞賛の声が上がり続ける。このころから彼女たちには堅苦しい軍服は廃され、現在の女学生の着るセーラー服のような制服が使用されるようになった。

 

政府のプロパガンダもあり、艦娘の名は各国に知れ渡る事となる。彼女らの活躍により、劣勢に陥っていた前線は押し戻され、敵対勢力の跳梁跋扈にクサビを打ち込む事が出来た。現在では各国との最低限の通商が回復している。】】

 

 

『あたしじゃ不足っぽい?』

 

黒基調の手足が大きく露出するセーラー服を着た少女が、少し白い肌色のような髪を潮風になびかせながら、赤い瞳で立ち止まる彼の顔を、頬を膨らましながら覗き見ている。

 

彼女はせかすように彼の白い背中を強く押し、防空壕の中へと避難を促すが・・・?

 

『大丈夫だ』見れば空には隕石が一つ。晴天の霹靂とはこのことだろうか。彼は深く被る帽子を少し上げると、視界を広げた。見つめる先は、あらゆる凶事を纏っているような、ひとたび見れば身震いのする火球が浅い角度で流れるように落ちてきている。

 

眼鏡を付けた彼女が可能な限りの重要物資を入れた大きなカーキ色のリュックを背中に背負い、建物から遅れて出てくる。彼女は扉を閉めると急ぎ施錠を行った。

 

しかし、彼の前で両手を広げ、威嚇するように赤い瞳で空を見ている少女の頭を、優しく撫でている彼の姿が彼女の瞳に移り込む。彼の見上げる視線の先にはあの赤い火球が上空を通過していた。

 

手前で小爆発のような物を起こしたそれは、降下角度を僅かに上げ、現れてから数十分の内に鎮守府近辺を通過した。どうやら、さらに南方に向かっているようだ。コースを大幅に変えたため、想定されたソニックブームの被害もない。

 

『綺麗・・・』施設内から防空壕へ向かう者達が足を止め、各々に空を仰ぎ見ている。

 

『不幸だわ』端麗な長い黒髪を持つ、巫女の装束のような服装をした女性が、赤い瞳を僅かに淀ませていつものつぶやきを口にした。

 

隕石が上空を通過した際の落とし物だろうか。彼女の頬近くを高速で通過した小さな物体は、そのまま土と砂利の混ざるグラウンドに突き刺ささり、僅かな煙を残して埋まった。彼女の麗しく長い黒髪が大きく騒めく。

 

『いや』トレンチコートに身を包んだ彼が、のそのそと立ちすくむ彼女に近づき、あやすように頭に手を置いた。『君は運がいいんだよ』優しく笑って見せる。吹き抜ける湿った潮風が心地よく感じられる。

 

『願い事、案外叶うもんだなぁ』しばらく空を眺めた後、彼は屋内へと足を向けつぶやいた。施設近くに存在する防空壕の入口から、艦娘や作業員たちが出てきたようだ。施設前の芝生の広場が活気を取り戻す。

 

『皆の無事を願ったらそれてくれたよ・・・』潮風が優しく頬をなでる。今は、無意味に騒ぎ立てるサイレンの音すら心地よい。通過した隕石の轟音が届けられるまで、多くの者が数分間。青空を見上げていた。

 

彼のつぶやきに、長い黒髪の巫女装束を着た女性が僅かに口を緩ませながら、彼の片腕を掴み、顔を寄せる。彼の反対側の腕には、頬を膨らませた少女が抱き付いている。

 

眼鏡を付けた彼女は、すがるような彼の視線を受け、困ったように苦笑いを返すと再び入口のカギを開けた。

 

彼や、作業員たちが施設へを戻ろうとする際に、誰もが強烈な悪寒に襲われる。彼方の空に青い太陽。あるいは蜃気楼のいたずらか、それは見る者を震え上がらせ音もなく消える。

 

『おい、大淀!』眼鏡をかけた女性が体を抱きかかえながらしゃがみ込む。過呼吸のように小刻みに呼吸をして、大きく青い瞳を開いている。彼の、彼女の肩に乗る白い手袋の手が振動する。

 

『取り乱しました』しばらく震えると気丈に立ち上がり、指で眼鏡を押すと日の光を受けキラリと光る。どうやらいつも通りのようだ。

 

『重いね、コレ』彼女の背負うカーキ色のリュックを取り上げ背負う、彼の膝は笑いよろけた。『早朝メニューにランニングを追加しておきますね』キリっとした青い瞳で彼女が彼を見つめる。彼は根負けしたようにガクッと首を落とした。

 

過ぎ去る作業員たちから、朗らかな笑い声が生まれる。直掩機のように彼の周りをウロウロとしていた赤い瞳の少女が、プクプクと頬を膨らまし彼らを追い立てる。

 

制海権を抑えているとはいえ、いつ敵の大規模作戦が始まるとも分からない四方が海の立地であり、その精神的負担は計り知れない。訓練を除いては可能な限り日常でありたいとの彼の方針でもある。

 

至近距離では軍神と畏怖される事のある艦娘たちも、この鎮守府では人との距離は近い。こう言ったじゃれ合いも日常的に行われている。

 

彼はズレた白い帽子を正すと、大きなリュックを背負いよろよろと建物の中へと戻っていた。翌日には『内助の功?』の見出しと共に、こっそりとリュックサックを片手で下から支えている眼鏡の彼女の写真が新聞になり掲示板に掲載されていた。

 

 

 

 

この日、二つの隕石が観測される。

 

一つは南方の島。もう一つは敵陣営に落下したと“観測”された。

 

当鎮守を通過した赤い火球は、南方方面の島に落下。

 

遅れて現れた、世界の全てを凍り付かせるかのような印象を植え付けた青い光の塊は。地表近辺に到達すると芯を残さずに蒸発してしまう。しかし、こちらは彗星やプラズマの類だったのではないかと、戦時下であるため深く追及されることはなかった。

 

 

 

 

――惑星トアル――

 

 

【【人類は、精神力をエネルギー源とした様々なシステム、メタサイコロジーの発見をする。精神エネルギーとの混合エンジンは、光速を超え、人を未知なる海へと駆り立てた。

 

メタサイコロジーにより超光速を獲得して以来、人々は、次々と惑星を開拓していった。やがて宇宙連合を発足させる。加盟していない星は、特別な環境保護モデルや、自治区として存在する惑星、企業の実験プラント惑星などがある。

 

惑星トアルは、環境保全を含む特別自治区である。開拓時に巨大人工衛星を周回させ、その表面を惑星トアルの素材で覆うことにより月の再現も行われている。もっとも、オリジナルの地球にある月ほど、潮汐力は発生しないが。

 

開拓時からの工作もあり、数世紀経過したこの星の住人達は、自分達のルーツが宇宙人であった事を、一部の星務官を除き、もはや忘れ去っている。

 

住人達は国家を形成し、幾度かの大規模な『内戦』を経験した。最後の致命的な内戦では、住民の滅亡を鑑み、やむなくUG(宇宙警察・ユニバーサルガーディアン)が円盤型パトロール艇によりトアルに強行着陸して首脳陣に圧力をかける。

 

強力な内政干渉によって、秘密裏にその内戦を終結させたことは“外の世界の者たち”には記憶に新しい。

 

しかし、その際に惑星トアル近郊に停泊していたUF(宇宙軍・ユニバーサルフォース)の持つ強力なサイユニットが、惑星トアルに不慮の干渉を行ってしまう。

 

不可解な超常現象が発生し、先の内戦により使用された艦船に酷似した能力を持つ、謎の“有機生命体”を発生させてしまった。

 

サイシステムの作用時にマイナスの干渉を多く受けたのか、それらは住人に対して、明らかに敵対行動をとっている。

 

宇宙連合は事態の収束を図りUFの強行着陸と同敵分子の排除を直ちに申し出たが、惑星トアル首脳陣は、代々続く自治権を理由にこれを拒絶。さらに、同自治区を後援する全銀河に傘下を持つ超巨大企業ゲイザーコンチェルンもまた、地球型惑星のサンプルモデルの維持を提唱。

 

さらに同社はこれ以降のUG、UFの不干渉と領宙内からの即時退去を強く勧告した。強力なロビー活動もあり、ついに宇宙連合は不名誉の後退を余儀なくされた。】】

 

 

こうして、住民。この星の人類は、真実を知らされぬまま、自らの保有兵器では効果の低い謎の敵との戦いを強いられたのである。

 

舞台はそれから

半世紀・・・

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03 Fortune Ship-Girl “Yamashiro”

『提督、新しい任務が届きました』

 

書類にサインを入れ終わると顏を上げ、重いダークブラウンの机に乗る緑画面のモニターをみる。目線の端には机の前に立つ眼鏡の彼女がおり、蛍光灯の反射か眼鏡がキラリと光った。

 

昨日は防災要因として陸軍の制服のような恰好をしていたが、今日はいつも通りのセーラー服基調の格好をしている。彼女のスカートは袴をベースにしており、左右の腰元に着合わせにより多きく三角形の地肌が見えるスペースがある。

 

合わせて丈の短いスカート状の袴であるため、運動の際にはやはり下着が露出してしまうこともあるのだが、戦闘ともなれば服が剥けることも多々あるため、この鎮守府ではもはや些細なことを気にする艦娘は少ない。

 

『ふふっ』彼女の光る目に、彼の口元から思わず声が出てしまった。

 

 

【【二昔前のコンピューターのような緑画面のモニターには新しい任務が更新されている。このコンピュータの特性としては、外部への接続機能はなく基地内にある同様のコンピュータとケーブルで有線接続されているだけだ。

 

本国より任務を受けると、内容を受信した通信室から入力があり、それが出力されるだけの簡素な仕組みだ。秘匿性の高い任務が届けば、誰かがフミに文字を起こし、直接やり取りをするなど、本鎮守府の機密性は極めて高い。】】

 

 

『何ですか』彼女はこちらを睨みつけながら『真面目に聞いてください』その気迫に彼は姿勢を正した。彼女は怒らせると怖いからな、と。彼は背筋に汗が一つ流れるのを感じた。

 

『それで?』ダークブラウンの大きく重いデスクの上のコーヒーに手を伸ばす。持ち上げようとするティーカップの受け皿がカチャカチャと鳴る。今朝の新聞が悪かったのか、彼女はまだ不機嫌なようだ。青い眼光が鋭い。

 

『先日の隕石の件ですが』こちらに青い目を細め首を動かすと。またキラリと光る。今度はブラックコーヒーを飲んで耐えた。今日は良く光るなと彼は内心微笑む。

 

『南方諸島に墜落した物体を回収せよ、とのことです』彼女はいたって真面目に言った。彼女の手には書き起こされたフミがあるが、モニターには隕石のサンプルを回収せよとの見出しが見える。こちらの勢力圏内のため、お気楽な任務に思えるが。

 

『墜落、ねぇ』彼はジト目で、誤字ではないのかとの意味を込めて―

 

『お昼にしましょうか』彼女は室内を細目で見回すと、顎を上げ外へと合図した。『いいだろう、今日は何を食べようかな』笑顔で答えると、束ねた書類を引き出しにしまう。そのまま、彼は木造りの椅子に座布団を敷いただけの簡素な椅子から立った。

 

二人は今日の献立の会話などをしながら、階段を下りて行く。入口の木の扉を開けると良い日差しが滑り込んできた。久しぶりに早朝から3キロほど広場を走ったため、痛む膝には心地よい。

 

『おいおい』しばらく歩くと、途中にある艦娘達の宿舎の陰で、パタパタと体を探られる。『そこまでか』腰ポケットの膨らみや、白いドレスシューズの靴底の隙間。彼女たちは基本的に露出が多いため反復上下運動をされると目のやり場に困る。

 

『ええ』彼女お手製の金属探知機でさらに調べ上げた。音による機器の使用を気付かれないように、わずかに手元の光源が赤く光る仕組みだ。『軍機です』

 

機密の種類については、軍機、軍極秘、極秘、秘、部外秘とあるが、この鎮守府は前線に艦娘を多数保持する基地であるため、最高レベルの軍機が使用されることが多々ある。また、内地から隔離されているため、込み入った案件が訪れやすい。

 

彼女は手慣れた手つきで彼の全身に探知機を滑らせる。通常はあえてガードを緩くしているため、有事の際には間諜などへの相手方の油断をさそい情報の漏洩を防ぎやすくしている。

 

『大丈夫そうね』そういうと、離れにある食堂へと足を向けた。まさかとは思うが、執務室やその他の場所が盗聴されている事を警戒しての行動だ。

 

さらに、念を入れて歩きながら彼女は話を切り出す。そのほうが、雑音が混じり取りこぼしがあった場合に都合がいい。盗聴器は小型になるほど性能が下がることを見込んでいる。もし残っていたとしても、恐らくは大部分が衣擦れの音でも拾っているだろう。

 

彼がわざわざ食堂を本施設内に組み込まなかった事にも理由がある。

 

彼自身の説明では、匂いで腹がすいては士気が下がるからだと、当人は笑いながら言っていたが、実際にはこういう時の為に理由づくりの一つとしてあえて遠くに存在させていた。こういった事には小賢しくも頭のキレる男である。

 

『それで、内容は?』いつもよりゆっくりと歩きながら、彼は言った。

 

元が岩盤の為ジャリの残る道をコツコツと進む。彼は背筋を伸ばしているつもりではあるが、年のせいか白い背中が僅かに丸まって見える。

 

『宇宙船だそうです』僅かに眼鏡に片指を付け、彼女は至って真面目に答える。

 

『大国が財政難の時の目くらましかな?』彼女の比喩の意図を探ろうと彼の頭脳がフル回転する。そう。いつもの景気が悪い時のUFO騒ぎかなにかだろうと。『つまり、大本営は金鉱でも見つけたのか』なるほどと、一人納得する。

 

『他国に先駆け、直ちに船体のサンプルを回収ないし、破壊せよと』最新型の暗号電文でそれは届けられた。キラリっと彼女がこちらを睨む。彼の歩みが自然と止まった。

 

戦争相手が人外なため、常に資金難の当鎮守府では今だに印刷しか行えない九七式印字機Ⅱ型を使用していたが、どうも長距離無線利用と特務艦経由で信号が来たらしい。同盟国には解読が出来ないという事だ。

 

そこにはおおよその座標があり、大きくはない南方の無人島が指し示されているようだ。

 

『まさか』彼女も足を止め。広場で見つめあう二人。

 

気が付けば近海の哨戒を終え帰還してきた艦娘に囲まれていたが、別れ話でも切り出されたのかという緊迫感に押されて、誰も声を出せなかった。今朝の新聞が発端かと顔を見合わせる者もいる。

 

人生のうちで絶対に怒らせたくない人物ベスト3(某記者調べ)に君臨する彼女が迫真のオーラを出している。動けない、動けば殺られる。

 

『不幸だわ』入渠を終えて食堂に行こうとしたら、謎の人だかり。私、お腹がすいているのだけれど。巫女装束が風に靡き、彼女の乾かしたばかりの黒髪がほわほわと潮風に広がった。

 

 

【【入渠というシステムは、艦で言う所の修理に相当するのだが、彼女たちの場合には少し想像が難しい。オカルトな存在の修理となればやはりその方法も人知を凌駕する。たとえ手足を喪失したとしても、機能停止さえしていなければ入浴により修復できる。

 

艦娘用の入浴剤は、彼女たちの成分構成に酷似している物が使用されているようで、修復剤を溶け込ませた湯で、実際に入浴を行うことで体の回復が行われる。

 

エーテルだの魔力だのと技研の者は追及を放棄したが、恐らくは流体金属のように本来の原型に則って不足分を補填できるのだろう。損傷度合いや個体差により修復時間が違う事もその定着率の違いゆえだろうか。

 

緊急時には、濃縮された修復剤が使用される。人体に影響は少なく、腐食性も低いためありきたりのバケツなどで運用されることがしばしばある。

 

人体であれば、急速な細胞分裂により高い発がん性が懸念されそうなところだが、艦娘の運用顧問たる“妖精”の見解では無害らしい。問題があるとすれば、修復剤自体の生産速度で、当鎮守府では全てのオカルト技術を総動員して一日数リットルが限界である。

 

ゆえに通常は産出された修復剤を薄めて湯に溶かし、入浴によりダメージを受けた体を修復してもらう。訓練でも苛烈におこなうため修理が長期化する者が多く、入浴中に飽きないようにジャグジーやジェットなど多数のアトラクション風呂がある。

 

美肌維持のために無意味に入浴を繰り返すやからもいるのが悩みの種ではあるが、“見た目”はお年頃の容姿のため、ある程度は黙認されている。

 

稼働年数から考えれば、彼女たちはかなりの年齢を重ねているため、今更裸を見られた程度では何ともないが、入渠施設は基本的に男子禁制である。これはどちらかと言えば、爬虫類のように手足が生えてくるところを見られたくないがゆえだろう。】】

 

 

『何だ提督か』駆逐艦娘の人だかりの中心に提督と、キラリ眼鏡がいる。彼女は事情も分からずに背中を丸めてトボトボと渦の中心に向かい歩いていく。

 

『不幸だ』いつもの口癖を呟くと、モーゼの如く輪が開いた。『わ?』中心の二人がこちらを凝視してゆらゆらと近づいてくる。

 

気付かれた。嫌な予感がするの、足が動かない。風に靡く髪を片手で抑えたまま彼女は硬直する。その胸中には姉妹艦である扶桑が浮かび上がった。

 

姉さま・・・

 

『ちっ。進む!』彼女の赤い瞳に火が入る。『進むんだからー!!!!』鬼の山城と恐れられた彼女の本質が垣間見える。彼女の気迫が取り巻きの少女たちを後退させ、二人を差し出すかのように鶴翼の陣を取る。

 

彼女の赤い鼻緒の付いたヒールの底のような形状の高下駄が、地面をしっかりと掴んだ。そのまま、大声を出し両腕を広げダブルラリアットを繰り出す。踏み込みから体重と速度を乗せた、打点の高いラリアットだ!

 

『青葉見ちゃいました!!』手持ちカメラのキャップを外し、すかさずフラッシュが走る!

 

コーラルレッド。青葉は淡いサンゴ色の髪をした高校生程度の少女の見た目をしている。しかし、見た目に反して彼女のサバイバリティは極めて高く如何なる戦場でも轟沈することなく帰還を果たすほどだ。

 

さらに、持ち前の明るい性格もあり反復出撃もよくこなせるのだが、好奇心旺盛なうえに嗅覚がよく、事件の陰に青葉アリと揶揄されるほど、勇猛な突撃記者としての側面もある。また、擬態能力も高く、彼女の潜伏中は背景が透過しているのかと思われるほどである。

 

巫女姿の女性から繰り出されたラリアットは、正確に二人の顎に炸裂する。

 

彼は帽子を飛ばし後頭部を強打する直前に、取り巻きの少女の手がこれを支えた。どちらかと言えば意地悪な子が集まっていたので、横たわる彼の周囲に集まり、彼をニヨニヨと見下ろしている。

 

『ワーン』『ツー』『スリー』ダウンする二人を見て、周囲の中等生を思わせるセーラ服姿の少女達が手を上げカウントを取り、煽りたてる!!

 

決まった!スリーカウント!

提督轟沈!眼鏡大破!!

 

どちらも同じくらいの高練度であり、戦艦と巡洋艦ではやや大淀の分が悪かった。海上での戦闘であれば機動性に勝る“この大淀”には、いかに最高練度の戦艦が相手であったとしても油断のならない敵と認識される事だろう。

 

勝者山城!!セーラー服の少女たちにウキウキと拍手喝采されながら、自称不幸女性は食堂へと向かって行った。

 

『ゴルァ!!!おのれやましろぉ!!』彼女は横たわったまま、弾け飛び歪んだゴールドフレームの眼鏡に手を伸ばす。

 

『ゆ”る”さ”ん”!!!』眼鏡を手に包むと、ハンドスプリングのように素早く跳ね起きる。天高い太陽の元、朗らかな風を生みながら彼女が食堂へとジャリ道を駆けだしていった。

 

 

 

 

大淀については、この辺境に珍しく訪れてくれた演習相手の艦娘に、演習終了後に某記者がインタビューしたことがある。

 

その内容はこうだ。

 

 

片目に黒い眼帯をした高校生のような少女がアップで画面に映し出される。

 

『あれが巡洋艦?』記者の向けた質問に彼女が答え始めた。『巡洋戦艦の間違いだろ?』彼女は残る片目を細め状況を思い出す。『ふふふ、怖い』自然と身震いしたのか顔が震えている。

 

インタビューは続き、彼女の証言が記録されていく。

 

相手の弾薬は確実に尽き、動きを、奴は動きを止めたんだ。追い詰めたと思ったら、突然奴に攻撃が当たらなくなり、気が付いたら毟りとられていた自分の艤装で負けていたと。

 

彼女自身は言い訳を行ってはいないが、実際には叩きあげられた海水に紛れ、視界不良の眼帯側の目方向から、“急降下攻撃”により肉薄される。想定外の攻撃による一瞬のスキを突かれ艤装の一部を大淀に利用された事が敗因である。

 

『――次は夜戦で勝負だ!!』

 

彼女の意気込みは強く、この大淀の特性を良く理解している。演習でなければリターンマッチなど出来る物ではないが、この教訓は映る彼女をより強くしたことだろう。

 

――提督の検閲により公開制限――

 

 

 

 

『今日は厄日かな?』

 

彼は、砂が付き少し色の変わった白い服をはたきながらよろよろと起き上がり、帽子を正した。朝からのランニングもあり、節々がギリギリと痛む。しかし、彼女、あの不幸センサーは正しく凶事を識別しているようで、僅かに彼の口が綻ぶ。

 

『てーとくよっわーい』少女たちがワイワイと騒ぎながらも、一緒に服を払ってくれる。

 

『年なんだよ』壮年であるが、持久力を除けば体はがっしりとしているほうだ。彼は少しバツの悪そうに言った。艦娘と比べてしまえば、相当な筋肉隆々な者でも彼女らを本気で相手どる事は難しいだろう。

 

『さっ食堂へ行こうか』彼は白い歯を見せ、そう微笑むと、両手を引かれながら、皆で食堂を目指した。

 

 

 

 

『まぁ山城だな』本来なら金剛型などの高速戦艦を出すところだろう。

 

『高練度とラリアットか』長門は続けた。

 

長門の黒髪は量が多く腰下まで長い。主砲斉射後に肉薄し、近接戦闘を好む彼女には、ジャムを作る原因となる、艤装への髪の巻き込みを懸念する声は多い。しかし、彼女を良く知る者であればその心配は無用である。

 

不要と判断されれば、直ちにそれは自ら断髪され、必要に応じて戦局に対応する。また、お手製の秘密兵器が隠されているとの噂もある。

 

彼女の服装は少し特殊で、一昔前のアニメのコスプレのような恰好をしている。頭にはシカのように二本の黒い電波塔のような物が乗る。白基調の服はレースクイーンのように腹を出し、短いスカートを着用している。

 

彼女の上半身には鋼鉄製のようなフレームが体になぞり装着され、防刃するかのように軽装甲として機能しているようだ。このことからも、いかに彼女が近接戦に重きを置いているかが伺える。

 

『ラリアット航空戦艦とは胸が熱いな』

 

作戦室で大きな机の上に広がっている地図に、ディバイダーを広げながら至って仏頂面で彼女は言った。彼女なりの冗談なのだろうが、その場にいた誰もがかける言葉を失う。

 

『急くように言われているんだろう?』その静まり返る雰囲気は彼女にはいつもの事で気にせず続ける。こういう時、頼りになる。後、彼女は口が堅いほうだ。色々と。

 

『そうだなぁ、隕石から未知の資源を回収しろと言われてもなぁ』作戦室に居合わせた彼は食後のコーヒーを手に持ち、大きく椅子に背もたれる。

 

『確かに眉唾な話だな』彼女は複数の落下予測点に線を入れる。『それに』

 

『未知の汚染の心配もある』手をひらひらとする。『これ以上敵勢力が増えてはかなわん』しかしその瞳は楽しそうに待ち構えているようにも見える。頼もしいことこの上ない。

 

――しかし

確かに、なぜ奴らが生まれたのか?

大本営はどのように艦娘を?

妖精さんのオカルト技術とは。

分からない。

 

そういえば、昔。

ゴシップ話に、UFOのようなものが2隻。

月の影に。

 

レンズの汚れだの、宇宙人の攻撃だのと、一時期話題になった事がある。結局のところ政府の公式見解として、初期の衛星だったため宇宙空間でのトラブルが原因とされた。他の偵察していた場所とデータが混同してしまった可能性もある。とも発表された。

 

――今回の件も何か?

 

 

『不幸だわ』彼が思考の迷宮に囚われていると、いつもの声が聞こえてきた。

 

謹慎カッコカリにより、作戦室に併設される執務室のソファーで出撃待機中。しっかりと食事は行い、遠目で見ても心なしか輝いて見える。言葉とは裏腹にどこか表情も朗らかだ。

 

 

『提督、作戦概要をご説明します』

 

彼女の目が流れ込む日の光を受けキラリと光った。どうやら方針が纏まったようだ。表向きはお気楽な任務の為、彼は作戦顧問として要所に口を挟む程度にしか参加していない。作戦室にある簡素なソファーに腰を掛けて優雅なひと時を過ごしている。

 

彼はコーヒーをソファーの前にある机に置くと、作戦地図の前に進み集合した。山城も彼の隣に並び立って地図を見ている。

 

 

 

旗艦山城。

 

随伴艦として最上、山雲、満潮、朝雲、時雨にて目標ポイントへ急行。

その後、僚艦は同ポイントにて待機。

 

山城は単独突入にて洋上から強行偵察。

水偵にて落下予定ポイントを特定の後。サンプルの回収。

実地不可能の場合は砲撃により対象の破壊ないし埋没。

 

なお、こちらの勢力圏内ですが、敵遊撃部隊が確認されている為

この間、僚艦は山城脱出ポイントの維持をお願いします。

 

以上です。

 

 

 

『単艦突入なんて』顔を伏せながらクラクラとソファーへ戻りドカッと座る。大きな風が彼女の黒髪をフワッと広げた。『当てつけかしら・・・』恨めしそうな赤い瞳が黒いフレームの眼鏡をした彼女に向けられる。

 

『山城』提督はソファーの前にしゃがみ込む。『お前にしかできない』白い手袋を外すと直接彼女の手を取りジッと瞳を見つめ上げる。『頼めない』

 

彼は、そっと彼女の手を握り『訳がある、隕石を無事見つけたら、開けてほしい』指令書入りの筒を持たせる。『大丈夫、お前は一番運がいい』意味深な事を言いながら作る彼の笑顔に、彼女は耐え切れず視線を外した。

 

『戦艦山城、直ちに部隊の出撃準備に入ります』

 

彼女はソファーから立ち上がると、ビッと姿勢をただし室内に向け敬礼をするとそのまま退室していった。彼の答礼は額に付き、彼女の赤い袴スカートが見えなくなるまでその手を震わせていた。

 

扶桑を欠いてはいるものの、かつては寄せ集め艦隊と揶揄されたその編成は、雪辱とともに部隊連携が強化されている。また、山城の区分は航空戦艦であり、航空巡洋艦最上と合わせて必要に応じて航空戦・対潜戦にも対応できる。

 

本鎮守府には空母が着任しておらず、現在はもっとも汎用性に富み、信頼性の高い編成の一つと言える。

 

 

 

 

『扶桑型戦艦山城!武運長久を!』

 

年甲斐もなく溶岩質の岸壁に作られた石段を下りてきては、出撃用として機能している浮桟橋で帽子を振りながら、彼は今日一番の格好をつけ声を張り上げた。

 

何度も何度も帽子を振る。出撃する、彼女たちが見えなくなるまで。波高し、されど降雨の兆しなし。大洋が作る高波が岸壁に打ちつけられている。浮桟橋を支えるように下方にある消波ブロック群がドボドボと鳴る。

 

出撃するとすぐに、山城、最上を中心に駆逐戦隊が四方を囲み輪形陣を組んだ。動作点検も兼ねて、対潜哨戒機として水偵を飛ばしながら、彼女たちは六本の泡立つ潮の尾を引き離れて行く。

 

 

――バカね。あんなに苦しそうに言われたら、断れないじゃない。

 

山城の胸中には先程の光景が思い出された。眉間にシワを寄せるように苦しみながらも笑顔を作ろうとしていた、彼の顔を。いつまでもシャバッ気たっぷりの不甲斐ない提督ではあるが。何処か憎めない。

 

『不幸だわ』

 

彼女は、出発直前に彼に付けてもらった、片胸に垂れる金の飾緒に手をかけ、嬉しそうに呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04 The Landed Power

赤色灯がグルグルと喚き散らす。

 

ビービー、ピーピー、フイフイと各々の部署が、まるで我こそが被害甚大と自己主張しているかのようだ。赤と黒のコントラストがクルクルと暗い管制室内を彩る中、黒い塊はゴソゴソと動き始めた。

 

オレンジの髪色をした彼。

 

額から血を流しながら、身を投げ出された椅子に手を掛けてヨロヨロと起き上がる。手は痺れるが動くらしい。あいにく足もついている。幸いにも、黒いマントが鋭利な落下物等からの被害を軽減したようだ。

 

もちろんケインにはそれを意図してマントを着用している意識は皆無である。これは100%純粋に彼個人の趣味から来ている。ケインの私室にあるクローゼットには常に複数の黒いマントが大切に“陳列”されている。

 

また、ケインのその姿を侮辱するものは、西洋の騎士のように大らかな対応をされる事はなく、直ちに彼の怒りを買うことになる。それを機にしばしば大乱闘が発生することもあった。

 

短絡的に行動することもあるケインではあるが、それは、祖母の教えを受け毎日トレーニングを欠かさないこともあり、それなりに体術にも自信があるからだ。

 

『キャナル、状況を』返事はない。基盤の焼けた嫌な匂いが充満している。空調も機能していないようだ。ケインは片手を口にあて、青い瞳を細めで周囲に伺う。

 

『仮想復元フィールド・・・』

 

音声認識による、空間に疑似的に回路を投影させることによるメインシステムの再構築を図るも反応はない。ひとまず、踊るレッドランプを強制停止させた。

 

――無理もないか。

 

奴との決戦の時、爆発に巻き込まれてハイパースペースまで弾き飛ばされたのだから。

 

ケインはめまいにより、暗い床に腰を付き無機質な壁に背中を付けた。サイ・コード・ファイナルを小規模とはいえ発動させ、なおも生存している事は幸甚の極みである。これ以上を望めばそれこそバチが当たるというものだ。

 

『ミリィを待たせているからな』

 

ぐぐっと痺れる体を動かす。壁を支える反対側の手を伸ばし、腕時計のような形状をしたミニライトを点灯させて前方を照らす。ケインは全身に力を込めゆっくりと立ち上がった。漆黒の闇に、時計を頂点に円錐形に伸びる長い光が前方を照らす。

 

この、時計の機能も持つライトは、彼の家業に大きく貢献しており、キャナルとの直接通信も出来るなど汎用性は高い。言ってみれば、スパイの秘密道具のような物だ。

 

 

 

――ケイン。聞こえる?

 

『ケイン、ケイン』か細い音声が、煙の舞う暗い通路から聞こえてきた。

 

『キャナル、か』姿は見えない。

 

立体映像装置にも深刻なダメージがあるのだろう。よろける体を通路の壁にもたれるように当て、ズリズリと前へと進んでいく。骨折はしていないようだがかなり足が痛む。ケインは時折目を細めながら、深淵の奥へと前進する。

 

『コアをやられたのか?』しかし、本人がいるなら修理もしやすい。助かった。

 

『ええ。ケイン』キャナルの音声には多くノイズが入る。『残念ながら、自己修復装置も全滅です』

 

入り込んだ高熱と墜落の衝撃によるものからだろう。仕方ないと言えば仕方ないが、まずはこちらの再生産からとなると、修復にはかなりの時間を要しそうだ。

 

『この惑星では、素材の調達も難しいようです』船体から全天観測レーダーで状況を分析するがやはり処理能力が低下しているのか。反応は遅い。

 

『ケイン。無事ですか?』大多数の船内センサーも焼かれ。

 

――もはや、キャナルには目が見えない様子だ。

 

『ああ。オレは大丈夫だ』

 

ケインは壁に手をつきながら、ススけた船内を歩く。ドントンと壁を押す様にゆっくりと進む。先程よりは状況に慣れたようだ。痛みは変わらないが、経験からもっとも動けるようにと、体が自然と動く。

 

キャナルは、体温の分布や呼吸音を頼りに彼の身体の判断を行った。多少強がってはいるものの、身切れなどもなく大事には至ってないようだ。よかった。

 

『さすが私のマスター様』少し安心したように。語尾が上がる。

 

キャナルとの連動により、時計に表示されている時刻が更新された。16:03を示している。

 

突入前のデータ通りにほぼ24時間/日であるが、オリジナルの地球に比べ重力は少ない。急場の為しっかりと確認できなかったが、少しスケールダウンした星で、自転速度も調整したのだろう。テラフォーミングはしやすそうだなとケインは想像した。

 

『プラズマ・ブラスト、サイブラスター、リープレールガンの使用は行えません』

 

キャナルは冷静に本分である状況分析を始めた。

 

主要武装は双胴部前面に集中しているため、復旧の長期化は容易に想像できる。ソードブレイカーは宇宙船ではあるが、その加速性能や機動性が良好なため、どちらかといえば戦闘機のように一撃離脱戦闘を得意としている。

 

『サイバリア、ブーストチップ、メインエンジンに深刻なダメージ。FCS-CANALにも一部損傷が見られます』

 

そうか。予想はしていた。と、ケインは驚くこともなく淡々と彼女の報告を聞いている。

 

この星の現在時刻を考えれば、それでも船内が暗いという事は重大な亀裂がないという事でありいいものだ。恐らくはかなりの胴体着陸になったのだろうが、さすがはロストシップである。

 

『ですが』いつもなら、指を一つ、得意げに立てて説明しているところだろうか。『仮想復元フィールド形成による、サイシステム直結でのファランクスレーザーは』

 

いや、あいつはまだ寝ているか・・・

 

『連射をしなければ使用可能です。ただし、収束率と命中精度は低いですが』

 

それでも星間移動も出来ないトアルの戦力から考えれば、十分な力か。ゆっくりと音速程度で飛んでくる艦砲やミサイルの類など、誘導レーザー兵器の前では意味をなさない。

 

『おまけはないのか?』彼はいつもの軽口を叩いて見せた。

 

『ありま・・』外部センサーに反応。サイシステム反応。

 

『ケイン!』

 

キャナルの全機能が瞬時に立ち上がった。

 

船側から一部露出しているファランクスレーザーの開閉口がカシャカシャと数個開く。

 

船側には水平に黒く太い線が一本ペイントされている。その線に隠れるように船体の中心より前方方向に、横に並ぶミサイルの垂直発射装置のようなそれは、紫色のガラスのレンズのようなものが個々に開く内部に見える。

 

脱落している双胴前部には、内側が航空機の着陸時の減速用に上下に開くフラップのように開き、電磁レール射出による各種兵装の発射装置がついていた。双胴部の内側に回り込みサッカーコートのような四角い黒線は、開閉時の可動個所を示すために塗られている。

 

キャナルは残る全能力をFCS(Fire-Control-System火器管制装置)に集中させた。『何か飛んできます!サイシステムよ!』痛んだチップに過負荷がかかり、回路に光が数回発生する。

 

『何だと!?』

 

まさか、ロストシップの攻撃機。この星にもいたのか。

 

このままでは今度こそやられる。

 

ケインの体内でざわざわと血流量が上がって行く。

 

黒いマントをバサッと動かすと、痛みを隠しながら足早に第二管制室を目指した。各所から傷口が開き血が流れ出るが、気にしてはいられない。はやる気持ちが、逆に足をもつれさせる。転倒しマントが床埃を拾い上げた。

 

『小さな・・・航空機?』

 

キャナルから探るような訝し気な声が続く。

 

確かにサイシステム反応は異常に小さな航空機から来ている。FCS-Canalが健在ならば、トアルの中央局から詳細なデータを直ちにハッキング出来たのだが・・・

 

『移動速度の遅さから、センサーの故障の可能性もあります』

 

ロストシップ搭載の攻撃機であれば、音速などゆうに超えている。

 

この小型機のような物は、光速を武器にするキャナルにしてみればどうぞ落としてくださいと言わんばかりの時速200km程度の大気速度でしかない。無論。罠の可能性も捨てがたいが。

 

『現在直上を通過中』

 

ファランクスの紫の瞳が上空の機体を追いかける。

 

あえて、ケインには伝えていないが。

 

念のためファランクスの照準だけは合わせてある。エンジンを暴走させれば、数発くらいは独力でも撃てるだろう。後の事は分からないが、それ以上に、これ以上マスターを失わせる気も起きない。

 

『小型機、遠ざかります』

 

酷くノイズがかった声でキャナルは言った。合わせて警戒レベルを最小にまで引き下げた。

 

『ダメね』

 

キャナルは酷く残念そうに小さく呟いた。やはり長時間は稼働できないようだ。『FCSを停止させライフシステムを最優先します』

 

直上を通過中にフラッシュのような反応を捕らえたため、活動目的からサイシステム反応は誤認であり、自己診断プログラムを走らせながら、恐らくはここの住人が飛ばした偵察機の類だろうとキャナルは判断した。

 

また、こちらは“来訪者”であるため、極力専守防衛に努めたい。不要に攻撃して悪い宇宙人と思われては、ただでさえ入手困難なレアメタルがさらに入手し辛くなってしまう。

 

直接的な戦闘が始まらない限りは、ケインの持つサイブレードのみでも十分に対応出来そうである。であるならば、ここはメインシステムの損耗とエネルギー消費を抑えるために、システムを休止させて置く事が適切と、キャナルは状況分析を行った。

 

『ああ、おやすみキャナル』その言葉を最後に。船内から人気が無くなる。

 

痛みにも慣れ歩けるようになると、長い通路を抜けそこへたどり着いた。

 

ケインは、管制室のコントロール装置が焼かれてしまったため、非常用のコアに直結する第二管制室を目指していた。

 

こちらからであれば、直接サイエネルギーを送り込み、埋まっている船体を浮き上がらせる事ぐらいは出来るだろう。また、戦闘になれば、必要な装置もすべてそろっている。個人の負担は大きいが、キャナル無しでも戦えるように設計されている。

 

しかし第二管制室のハッチは固い。潜水艦のようなバルブを持つハッチの扉のハンドルは嫌な金属音を鳴らすばかりで、いくら回しても動かない。まるで入室を拒まれているようだ。冷えた金属の冷たい感触が手から伝わる。

 

『ばーちゃん・・・』

 

ケインはサイブレードに手をかけた。斬り進むことはたやすい。

――が。思い留り、小さく呟くとひとまず船の外側から様子を見ることにした。

 

 

 

 

光の滑り込む通路の亀裂から外へ這い出ると、密林に落ちた事が分かった。

 

日が傾いてきているが強い光で、しばらく目を細める。墜落速度から考えるに、予想よりかなり小さなクレーターだろうか。キャナルが墜落ギリギリまで制御していた事が良く分かる。

 

ケインは片腕を伸ばし、袖口に仕込まれたアンカーフックを飛ばした。船体の上部に引っ掛ける。アンカーには黒いケーブルのような物が繋がっており、巻き上げながら船側を蹴るように登っていく。

 

丸く膨らむ双胴中央部の管制室上部に、ケインは意味もなく仁王立ちになり周囲を観察し始める。風で煽られる黒いマントが、バサバサと潮風に泳ぐ。

 

この島で生活している様子は見当たらない。

 

二子山のような盛り上がりがあり、その手前に貝殻状に地面があるようだ。山側ではない水平線方向には、僅かに他の島の影も見える。恐らくは島ができやすい場所なのだろう。

 

この島は、恐らく最初に二子山が出来、そこから少しずつ侵食して陸地を形成したのだろうか。広がる貝殻の先端には僅かに黒い砂浜のような場所も見える。全体的に生い茂る木々がかなりの年月の経過を感じさせる。

 

落下地点は島の中央付近のようだ。盛り上がる土の様子から、意外と柔らかい地層なのかもしれないとケインは考える。

 

ただ少し蒸し暑い、か。ケインの付けるバンダナに汗が溜まり始めた。荒い潮風がバサバサとケインのマントを騒がせる。残念なことに、ケインの思考回路にはマントを外すという選択肢は存在しないようだ。

 

全長210M 白い船体の双胴船ソードブレイカー。

 

慣性制御装置と強力なショックアブソバーのおかげもあり、全壊は免れたようだ。しかし、土から覗かせる部分は、やはり痛々しい。キャナルの“黒い素肌”も見え隠れしている。また双胴部分の前部は完全に喪失している。

 

 

【【ソードブレイカーの腹部には大気圏の往復が可能な小型のシャトルがドッキングされていたが、先の戦いでミリィを離脱させるために与えてしまって今はない。

 

しかし、ソードブレイカー単独で悠々と大気圏を往復できるにも拘わらず、わざわざ能力の劣るシャトルを保持していた事には理由がある。ソードブレイカーの高性能さを秘匿しているのだ。

 

超高級機能である大気圏往復能力は個人が持つには手に余る代物で、毎回この船は只者ではありませんよと宇宙中に喧伝するようなものだ。多方面から目を付けられてしまう。ゆえに非常時や、未開の惑星以外では主にシャトルを利用していた。

 

もっとも、このトアルのような自治惑星ではシャトルがあろうとなかろうと、外宇宙から来ている時点で只者ではないと思われるため、面倒な手順を踏まずにソードブレイカーごと大気圏突入をしていただろうが。】】

 

 

ケインは露出している船体を見ながら、顎に手を当て考える。

 

さて、どこから手をつけよう――

 

 

マントが回転し大きく広がった。

 

わずか一瞬。

 

何かに見られているような。嫌な気配を感じ取る。何処かに狙撃手でもいるのかと、ケインは気配の来た方角に体を素早くターンさせ、彼方の海上を眺めた。

 

海の上、水平線の手前に、白と赤い何かが動いている。

 

ケインは腰からさっと双眼鏡を取り出した。人のような物が海上に立っている。しかしその両肩には大型の砲台のような物がアームに支えられこちらに向いているようだ。

 

恐らくは無人兵器だろうとケインは推測した。それにしても人のような気配も持っているとはと、その高性能さにケインは感心する。

 

――航空機、これか。

 

双眼鏡に、まだらな緑迷彩をした小型機が割り込んで写り込む。やはりかなり小さい。人型の顏の半分以下の大きさだろうか。惑星の科学レベルから考えれば、少しオーバーテクノロジーのようにケインには感じられた。

 

人型は後方に潮を吹き、こちらに前進を開始したようだ。設置されている砲塔はこちらを狙っているとは思えないほど、照準が空に向いている。どうやらここの住人は一方的に交戦的な種族ではないらしい。

 

人型の上空を旋回していた航空機は、前進してくるそれの後方に回り込み、腕により後方に伸ばされた板の上に着陸しようだ。再出撃してくる様子はない。

 

しかし、未知の兵器をやすやすと、損傷しているソードブレイカーに近づけてやるほどケインはお人よしでもない。ならばと、ケインはアンカーケーブルを飛ばし、眼下にある太い木の枝に巻き付けた。

 

サイブレードのある腰に手をかけケインは思う。ミリィなら撃ち落とせたかな、と。彼の首筋に熱さから以外の汗が垂れる。

 

『どおぉぉぉぉぉおおおお』

 

ターザンのように奇声を出しながら、ドロドロとした地面に転がり落ちた。着地が決まらなかったのは、彼の身体能力から来るものではなく、この星の重力の僅かな軽さと彼の怪我の深さによる所から来ている。

 

火事場のバカ力のように全身の痛みが引き、ケインはスッと立ち上がると何事もなかったかのようにマントの泥を払い落とす。

 

『さあ、ビジネスの始まりだ!』

 

交渉の余地ありと見て、前方に見えた泥の砂浜を目指しケインは密林を走り出した。オレンジの髪を風に切りながらケインは不敵に笑う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05 “Male” Alien on the Beach

『見つけたわ、“隕石”さん』

 

戦列から離れた山城は僅かに青さの残る洋上から、一人呟く。万一を想定して友軍戦隊は後方に下がり、水平線下に待機している。

 

彼方には最上から発進した白い水戦の直掩機が二つ見える。接敵している様子はなく、上空警戒だろう。

 

偵察を終えた山城の95式水偵が高度を急角度で落とす。海面を舐めるように飛行し帰還してきた。重低音のプロペラ音が海上に響く。

 

上からの攻撃を想定したカラーリングは、木々に溶け込むように緑と深い肌色のような迷彩色をしている。開けた場所で見上げる分には、逆に空の色に浮いてしまい“対象”からは目立ってしまっていた事だろう。

 

彼女の伸ばした腕の上に、飛行甲板のようなデザインが施された板を後方に伸ばす。水偵は後部に増設された“着艦フック”を下すと機首を上げながら緩やかに胴体着陸する。そのまますぐに格納部へと収納され消えていった。

 

 

【【艦娘発進の水上機にはフロートの投下機構は基本的に存在していない。さらに機体何れかの場所に着艦フックが増設されている。これは水上機と銘打ってはいるが、特殊作戦を除いて艦娘の持つ小さな着陸目標に着陸せざるを得ないことに起因する。

 

水上に待機させ潜伏させたり、フロートを使い、潮流や河川の流れに沿い漂流させながら奇襲発進する運用方法もあるにはあるが、そもそも自分自身が十分に小さいため、自らが移動し潜伏すれば良い話である。

 

着艦後はオカルト技術の集大成により、速やかに弓矢の矢や、その他の小道具に変態する。何らかの入れ物さえあれば持ち運びが出来るという代物だ。また、高い互換性によりその機種の取り扱いさえできれば、別の者の装備品であれ直ちに発着艦が可能だ。

 

空母発進の艦娘艦載機に比べ、水上機のフロートの固定装備化、着艦フックの増設により制空能力全般が著しく低下しているが、偵察・対潜攻撃などでは依然として高い戦果が期待出来る。】】

 

 

水偵が採取したデータを吸い上げると、手早く艤装から印刷を行う。木々の間に出来たクレーター部分には、隕石とは思えない人口構造物のような、白い何かが埋まっている白黒写真が撮影されていた。

 

――なるほど、これが真実か。

 

彼女は一人納得した。恐らくは軍機。あるいはそれ以上か。

 

 

 

 

『さて、不幸の手紙を見ましょうか』

 

山城は胸元から筒を取り出しゆっくりと開けた。並の横揺れが、彼女の長い黒髪をゆっくりと左右に揺する。崩れるほどではないが少し波は高い様だ。

 

砂浜へと向け巡航速度で前進しながら指令書に目を通す。

 

だからこその最小単位。

関係者は少人数で。かつ、高練度だから。

 

――つまり、本当の作戦は、未知の宇宙船の拿捕か無力化。それが指令書の内容だった。

 

あの人の苦渋に満ちた笑顔が思い出される。

 

随伴艦を下がらせているのは、攻撃を受けた場合に対処と報告がしやすいようにと。また、離脱ポイントが想定水平線以下に設定されていた理由は、相手方に発見をされないようにするためだ。

 

このまま日没になれば暗闇を航行してきた相手方が、圧倒的優位に立つのは明白だ。それが作戦時間の短さに反映されているのだろう。恐らくは、提督の裁量により、危険があれば距離を維持し撤退せよとの意味だろう。

 

未知の者に対して、彼は決して傲慢ではなかった。宇宙由来の超兵器の存在を考慮して犠牲の選択をしたのである。作戦に保険がある以上、死んで来いと言われたわけではないと、彼女の口が儚げに開く。

 

強い潮風が巡り、彼女の黒髪と赤い袴スカートをバタつかせている。彼女は決意を胸に両舷を全速にして接近を試みる。彼女の後方に力強く泡立つ潮のワダチが長く伸びる。

 

『あら?何か動いているわ』

 

生い茂る木々の合間から、わずかに顔を出す白いドーム状の部分。その上にカラスのような物がモコモコと動いている。

 

減速し額に手を当て、赤い瞳を細めて観察してみると、どうやら人のようだ。

 

黒い塊の上にオレンジの髪が動いているようにも見える。何処かの国の偵察隊かとも思えたが、首の下の黒い塊が彼女の考えを払しょくさせる。

 

反射的に背部から伸びる両肩先に固定された、小回りの利く二基の28cm連装砲に力が入った。しかし、まだ有効射程外だ。だが。

 

『こっちに気付いた?』

 

バサッと黒い塊が広がるように動く。翼のように見えたそれはどうやら黒いマントのようだ。風にながされ体から伸びている。人型のシルエットが現れこちらを向いている。

 

『まさか?』

 

遠目に見るその人間は、双眼鏡をつけるような動作をしている。勘なのか、宇宙的機器によるものなのかは定かではないが、あの位置からこちらに気付かれたようだ。

 

『困ったわね。会話、できるかしら』

 

山城の両足から再びジェットスキーのように後方に潮が噴出する。気付かれた以上は、うかうかとしてはいられない。一気に接近して森を死角に接触を試みる。海上を滑り、風を切るその姿はまさに艦娘と言われる所為だろう。

 

 

【【端的に言えば、それは超伝導電磁推進に類似した機構だと妖精は説明する。妖精いわく、ジェットエンジンのように海水を呼び込み、未知のエネルギーを利用して圧縮。その後に後方に噴射することが出来るそうだ。

 

またオカルト技術のお出ましだと、本部の技研の者たちは顔に手を当て話を聞いていた。さらに、その未知のエネルギーとやらは、艦娘自身の精神的ポテンシャルに依存するらしく、反復出撃などをこなし疲労が溜まると能力全般が下がるらしい。

 

何とも人間臭いお船様だと、技研の者たちは聞いていたが、数日後には艦娘の疲労度を測り、危険度合いが高くなると各種身体バランスの異常を検知して“赤疲労”として表示される体温計のような装置を作り上げた。

 

赤疲労であるから出撃を見送るという事ではなく、当事者達が置かれている状況が客観的に分かるため、無理な作戦立案を行わないなどの配慮が出来る。艦娘の中には過度に出撃して死に場所を求める者もいるため、その予防措置でもある。】】

 

 

海面を滑走しながら、山城は思案にふけった。別ポイントを偵察していた、二機目の水偵が滑走を続ける彼女から後方に伸ばされた飛行甲板に帰還する。

 

『偵察したの、印象悪いかしら』

 

決定的な証拠はないが、恐らくはあの人は宇宙人だろうと彼女は思った。理解されるかわからないが“現時点で”敵意はないと全ての砲を上げ照準を外す。するとその人は、こちらに向けて森にジャンプすると消えたようだ。

 

時に戦場指揮官は決断を迫られる。

 

作戦に宇宙人と接触しろという内容はない。進むべきか、戻るべきか。彼女はその判断の中に長距離先制攻撃をされなかったという希望的観測にかけた。彼女の片胸に垂れる金の参謀飾緒が日の光を受けキラキラと揺れる。

 

――仮にも戦艦。危険性があれば、自分が受け切ろうと。

 

 

 

それから10分ほどたち、直線上にある砂浜で。

二人は接触した。

 

ざわざわと波が動く。。

優しい潮風が木々を囁かせている。

日は傾き、もうすぐ夕焼けに変わろうとしている。

 

『こんにちは、言葉、わかりますか?』

 

先に切り出したのは山城だった。森を背に、砂浜に立ち、不敵に腕を組んでいる来訪者に僅かに緊張をしながらゆっくりと発音する。しかし、返事がない。“彼女は”無口なのだろうか。

 

少し気の強そうな顔で、彼女の背は高く180前後の身長をしているようだ。自分よりも高い。しかし西洋の魔王のように足元まで伸びる謎の両面黒マントを着用している。宇宙ファッションはなんて前衛的なのかと山城は関心した。

 

彼女から殺気は感じられないし、敵意はないようだけれど、きっと言葉ね、困ったわ。山城は困ったように口を閉じ歪めた。

 

 

『・・・ミタイ ミコ』彼女はぽつりといった。服装を見ている。

 

――巫女みたい。記憶の彼方の知識を手繰り山城はそう推測した。

 

『え?』何だ聞こえているじゃない。でも、英語か。

 

『イヤ、ナイ ミタコト。ハシル ニンゲン ウエ ウミ』

 

彼女はオレンジの頭をポリポリと掻きながら、何か言っているようだ。

 

ジロジロと全身を探るように、水に塗れ直に胸の透ける服装を見られては、たとえ同性相手とは言えあまりいい気はしない。もっとも、視線による空中戦はこちらも同じだが。

 

『あの、わたし、にがて、えいご なのです』彼女の靡く黒マントに気が取られ、早くて聞き取れなかった。

 

不幸だわ。

 

――やっぱり金剛が適任だったんじゃないかしら。

 

『ワタシハ、ケイン・ブルーリバー』オレンジのショートヘアでボーイッシュな彼女はふぅとため息を一つつくと、マントをバサッと翻し、堂々と名乗ったようだ。

 

『くすっ』しかし、ここでは今どきマントなんて珍しい。山城につられて笑うように、木々も風に騒めく。

 

『コラっ!ワラウナ!』彼女の刺さるようなブルーの眼光にキラリ眼鏡を思い出す。

 

彼女も怒らすと怖そうだ。

 

なんだか、頭から血もたれてるし、実は吸血鬼?

 

『ごめん。ごめんあさい。ごめ』あたふたと謝罪の言葉を並べるが。片言で伝わるだろうか。少し顔を赤らめながら山城は言うと、困ったように砂浜に視線を落とした。

 

ケインは、肩辺りから延びる武装が気になり腰の柄に片手をかけていたが、彼女の態度に完全に毒気を抜かれた。わざわざ、初対面の人間を威嚇しても仕方がない。それになにより、向こうのほうが驚いているようである。

 

やはり外界との交流はないのだろう。交渉以前の問題だ。

 

『ワタシハ ケイン ブルーリバー』ケインは自分を指さし再び名乗る。

 

『デ アンタ ハ?』彼女はこちらを指さしてきた。恐らくは名乗れという事だろう。

 

『わたし、です、やましろ』金剛教室で教わった通りに、山城は心細そうにつぶやいた。

 

『コイ ヨ ワタシト』

 

ケインはジェスチャーで船の方角を指し森へと歩き始め背中を見せる。ユニバーサルラングエッジが通じないのであれば、このままではラチがあかないと、キャナルに通訳をさせようと考えた。

 

山城は船へと案内されたのだろうかと彼女の動作から気付く。

 

彼女の来た獣道。水偵が偵察した方角へと目を向ける。視界不良の場所で襲撃されれば一溜りもないが、なぜか彼女に艦娘と同じものを感じ親近感から戸惑いながらも、山城は彼女の後に続く。

 

『どこから きた?』英語をしゃべる以上、変な格好をした偵察隊の人だったのかもしれない。山城は思い出したように一つ尋ねてみた。

 

『ウチュウダヨ』

 

彼女の指は真上を指している。

 

二人はそれ以降、会話と言う会話もなく森を進んでいく。彼女は若くて提督の倍くらい元気な人だ。時折よろけるのは怪我によるものからだろうか。彼女の着るガンマンのような海賊のような服のズボンからは赤い血液がにじみ出ている。

 

 

 

 

『イリグチ ココ』

 

そこ亀裂よね?

 

白い船体には亀裂部分があり、中には細い通路が見えた。通路の片側には部屋の扉のような物も並んで見える。確かに埋まってて、気の毒だけど。

 

『お邪魔します』

 

山城は彼女についていくように、体をジャンプさせ亀裂に飛び込んだ。

 

内部では大きな艤装に包まれているような感じがする。少し暗いが、見えないレベルではない。内部は全体が煤けている。煙やほこりも舞っている。でも、懐かしく。母親のようで。船全体が優しい感じ。

 

まさか、・・・姉さま?

 

『起きろキャナル!』

 

何処から取り出したのか、大きな時計のベル鳴らしてる。

 

うるさっ。まさか、壮大などっきりかしら?あいつならやりかねないわね。と、山城の視界は急にグラグラとした。何処かに青葉でも隠れていないか赤く淀んだ瞳が、ジト目で暗がりを探る。

 

『ケイン、どうしましたか?』キャナルは音声に雑音をまじらせて尋ねる。

 

『言葉がわからん』ケインは堂々と胸を張りながら言ってみた。

 

『SFみたいね』山城はポツリと呟く。

 

姿の見えないものとの会話。どうやらどっきりではないらしい。やはり宇宙船の船内なのだろうか。大きさから言えば何人いるかもわからないし。でも優しい女性の声がする。

 

『ケイン?』キャナルは訝し気に切り出した。『彼女からサイエネルギー反応が。アンドロイドですか?』

 

『人間のはずだが、オモチャみたいな飛行機が格納されていったぞ』

 

ケインは山城が水偵を収容している所を直接見ていた。恐らく背負っている大砲のような武器も本物だろう。

 

“SF見たいね。”

 

キャナルは先程山城の呟いた一言から音声パターンを照合を始める。幸い、登録されている言語だった。銀河共通語から派生した方言語。元が“宇宙人達”だったことを考慮すれば当然と言えば当然だ。

 

『あなたは人間ですか?』珍しく少し困ったようにキャナルが山城に問いかける。『私は・・・コンピュータです』

 

会話での友好性を示すため、キャナルは一瞬、立体映像装置の稼働をと思ったが、メインメモリにこれ以上のダメージは避けたい。ライフシステムをに異常が出ては困る。マスターの安全確保が最優先だ。

 

『私は・・・』こちらも困ったように説明を始める。『戦艦です』なるほど。これが異文化コミュニケーション。コンピューターに言うのも可笑しな話だけれど、優しそうな人でよかったと山城は少し安心する。

 

『困りました』

 

キャナルは率直に言った。これまでのデータベースにこのような事態はない。生きる戦艦とはアンドロイドとは違うのかとキャナルは思案する。サイボーグの可能性も考える。

 

『艦娘、です』会話の空白を埋めるように、山城はポツリポツリと話し始めた。

 

機密に触れない範囲で山城は説明を行った。彼女の話を総合すると、謎の武器を使って、謎の敵と戦う、謎の防衛隊といったところか。

 

キャナルは状況分析を行うが、やはり結論はすぐには出ないようだ。当事者たちが何もわかっていないとは。ただ、彼女から繰り出されるているピュアなサイエネルギーからは、彼女が悪意ある艦娘とは感じられない。

 

『なぁ、俺寝ててもいいか?』

 

二人は、当たり障りのない会話で謎の空中戦をしているようだ。多分誰かの愚痴とかを、言い合っているんだろうなぁと、キャナルのいつもの会話のニュアンスからケインは想像する。

 

こういう時に機嫌損ねて、ライフシステムでも止められたら大変だ。あいつには何度も宇宙に放りだされたり、徐々に空気を抜かれる嫌がらせをされたことがある。もっとも、ギリギリ死なない程度にはマスターの安全が保障されているが。

 

彼はゲッソリしながら地面に座り込んだ。ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

『冷血コンピーター』

 

『コ、コンピーター言うなぁぁぁぁ』

 

二人の女性が言い争いの喧嘩をしている。

懐かしい夢。今はどちらもいないが。

 

 

 

『それで、“彼”にしばらく同行して貰いたいのですが』山城は申し訳なさそうに続ける。

 

『あと、ここの埋没を・・・』

 

サンプルは適当にその辺の“瓦礫”を持って行っていいとの話だが。同盟各国にこの場所を特定されても困る。万一過激派と交戦すればこの得体のしれない宇宙船の持つ本気を見ることになる。

 

嘘かホントか、キャナルの話では、主砲一発で後ろの二子山が吹き飛ぶらしい。大和級戦艦を5隻も連れてこなければいけないような話だ。それに、初対面で馬鹿正直に全てを教えて貰っているとも思えない。

 

『山城さん。大丈夫ですよ。そこの“アレ”が埋めてくれるので』潜伏は得意と言いたげにキャナルの声が少し明るくなったようだ。『埋まってしまえば、発見されることはありませんから』

 

でも、主人任せて。まぁいいか。彼女は、コンピューターのくせに、随分アバウトなんだなぁと山城は失笑した。

 

『直せたら、すぐに出ていきますから』気のせいか、キャナルの声は少し暗い気がした。

 

キャナルとしては、ここが自治惑星であるために自分たちによる過度の干渉は極力避けたいとの思惑がある。また、ゲイザーコンチェルンの息がかかっているとの噂もあった星の為、滞在中は極力目立ちたくはないとの気持ちもあった。

 

敵がロストシップであるかわからない以上は、FCS-Canalの判断としては、無用な戦闘で戦力の消耗は避けたいとの後ろめたい気持ちが彼女にはある。

 

『んあ?』壁際に頭を垂れて寝ていたケインは僅かに目を開いたようだ。

 

『どうしましょう。“コレ”背負っていきましょうか』

 

艦娘としての感情に従い“彼”をきちんと治療してあげたいとの気持ちはある。

 

キャナルから話を聞けば、墜落でここの医務室もつぶれたみたいだから。純粋に。でも連れて行けば、きっと面白くないことが彼におこるかもしれない。捕まえた宇宙人の未来など映画でよくある結末を迎えるだろう。

 

でも、あの提督なら大丈夫かな?

だって“アレ”、なんだかんだバカだし。

山城はくすりと笑う。

 

『では、“ソレ”に翻訳機を持たせましたので、旧型でちょっと重いですけど』気が合ったのか、何やら不届きな発言が飛び交っているようだ。

 

ケインは黒い電卓のような装置にポチポチと何かを入力している。すると、文字盤に何か記号が印字されたようで、彼の言葉が分かるようになった。

 

『では、ケインをお願いしますね山城さん』最初よりも音声のノイズが酷くなっている。キャナルは言うと再び眠りについた。山城は静かな船内を、彼と二人で進み入口の亀裂へと戻っていた。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

『はぁ、不幸だわ』

 

後方から爆発音がし、鳥がギャーギャーと飛び立っていく。

 

ケインがテキパキと爆弾を炸裂させて、船体を埋めているようだ。

 

その最中に特にやる事もなく一人、泥の砂浜でオレンジに彩られた水平線の彼方を眺める。久しぶりに外地でゆっくりとした時間を堪能する。

 

『あかつきの、すいへいせんに~』

 

宇宙船のバイタルパートなどの理解がないため、もしかすると潰れてしまうのかもしれない。あるいは秘密保持のためだろうか。

 

ケインに追い立てるように船から離された彼女は特にやる事がなく、膝を抱えて近くに転がっていた石ころを一人、砂浜で海岸に向かい無気力に投げている。

 

ケインの説明では、船は特殊な合金のようで、埋めさえすれば誰にも発見されないらしい。やはり宇宙人なのだなと改めて理解した。破損した船体のかけらもいただけたし。後は彼を背負って帰るだけか・・・

 

ケインは作業を終え、体育座りで海に向かい石を投げている山城を発見する。彼女は悲壮感たっぷりに白い巫女服の上半身を夕陽で赤く染めている。ケインは安心したかのように全身から力が抜け、崩れ落ちるように砂浜に膝を付いた。

 

何十回目かのポチョンとなる水音の中、ドムッと彼女の後方から音が聞こえた。山城は振り向くと赤い目を大きく広げ夕暮れの砂浜を駆け出した。急いで両手でケインを支える。抱きかかえる腕の中で、白い巫女装束に赤い染みが広がり移ってくる。

 

ケインは山城の腕の中で目を細め、浅く呼吸をしている。彼女の長い黒髪が潮風により彼を包み込みオレンジの強い光源が、寄り添う二人の姿を幻想的に黒く浮かび上がらせる。

 

山城は、ケインは艦娘以上にムチャをする人間なのかもしれないと思いながら、彼をゆっくりと背中に背負った。自発的に抱き返してこない以上、飛行甲板を動作させない片腕で彼を背中に押さえつける。

 

彼女の比較的大きな胸の中には、ゴツゴツとした何だか痛む欠片が挟まっている。重量過多で作戦時間の日没までには離脱できなそうだ。

 

『何だか嫌な予感がするの・・・』

 

彼女はぼそりと呟くと、ゆっくりと、泥の巻きあがる砂浜を歩き、海上へと足を進めて行った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06 A Moon in the Silence

 

月が昇るころ。

 

浮桟橋に立ちしかめっ面で夜空を凝視していた白い軍服の男の顔がわずかに緩む。日中は温かいが、やはり夜風は冷えこむ。彼の体は僅かに震えた。

 

海上を動く黒い影から発光信号があり、救助者一名と光っている。

 

観測所はこれを察知し、足の速い駆逐艦娘・島風が直ちに浮桟橋へと駆け下りてきた。海上を睨む提督の背中を見ながら敬礼を始め、一筋の風と共に海上へと飛び降りるように着水する。

 

艦娘用の避難民・救助用の下駄履き付きボートをけん引していたわけではないため、恐らくは誰かが背負っている。編成から考えるには、魚雷を積まずに危険個所の少ない最上か山城だろう。わざわざ知らせてきた以上は送り狼の可能性がある。

 

代理として執務を任せていた長門が発進命令を下したのだろう。白く銀色の髪を夜風に流しながら海上を高速で突出していく彼女を見送る。

 

 

 

 

 

 

 

『かんたいが、かえってきました・・・』

 

島風が対潜警戒を行う中。山城を先頭に単縦に浮桟橋へと艦隊が戻ってくる。淀んだ赤い瞳で疲れ果てた様に力なく山城が言う。

 

『お、そーいー』

 

黒いうさ耳バンドのようなリボンを揺らしながら、山城をすり抜けて海上から浮桟橋に島風が飛び上がった。やたら面積の少ない青いスカートがヒラヒラと回転するように広がり、両腰から紐を垂らす様に履いている黒い下着が見え隠れする。

 

島風の荒い着地で浮桟橋がグラグラと揺れた。

 

『衝突禁止』

 

振動によりよろけた提督が頭を浮桟橋に足をかけていた少女の胸部にぶつけた。彼女は苦笑いをするように僅かに白い歯をみせて言う。

 

首ほどまでの長さの黒髪をした、ブラウンの冬服のセーラー服のような上着と、探検家のようなブラウンの短パンを着た少女。しかし、攻撃を受けたのか全体的に服が破れている様子だ。

 

最上が彼を支えた。避けるように伸ばす片手の飛行甲板には緑色の水偵を数機乗せたままでいる。彼の脇に掛けた手を離すと、短パンから露出した、僅かに出血している小麦色の太ももについた海水をパンパンと払い落とす。

 

 

 

山城艦隊の帰還は、予定時刻から遅れに遅れる。道中、敵の潜水艦の攻撃に遭ったためだ。暗がりに潜水艦とはよく言ったものである。

 

僚艦は待機中に交戦していたため爆雷を使い切っており、山城はケインを抱えながら片手で水偵を飛ばして、数隻の潜水艦を一人で相手取っていた。海上を滑るように移動しながら執拗な攻撃を加えてこれを撤退させた。

 

敵潜水隊は水面近くに浮上していたため、洗うように精密主砲射撃も加えている。未確認ではあるが撃沈もあったかもしれない。

 

 

【【主砲としては小口径である28cm砲が幸いして、噴煙も少なく抱えている彼に被害は少ない。無論山城にはそのことも十分理解していての砲撃である。

 

時に斬り込み突入して危険をかえりみずに人名救助なども行う当鎮守府では、大口径砲よりも機動性と汎用性の高い小口径砲や機銃が重宝されている。

 

この鎮守府で選抜される打撃チームは、空母の不足などの理由もあるが、主に接近戦に重きを置く。さらに旗艦には艦娘が稼働時間に対して携行できる装弾数の少なさから、常にドッグファイトが可能なほどの練度が求められている。

 

戦艦としては低速に部類する山城は、速度の不幸を嘆くこともなく、多くの経験から任務ごとにもっとも自分に適した兵装を自ら選別している。

 

当鎮守府に着任している金剛型戦艦唯一の金剛もまた、大口径砲を装備せずに高角砲と接近戦での一撃の大きい魚雷装備を行っている。】】

 

 

――さて、どういいわけしましょうか。

 

無言で見つめ合っている二人をすり抜けて、他の艦娘たちがぞろぞろと、朧気に等間隔に照らされている石段を上っていく。

 

 

提督は衝突によりズレた白い帽子を正すと、無言で白い手袋をした手を背中に組んだ。そのまま反転すると、石段を上っていく。

 

彼に続き山城も上がっていく。長い沈黙の数分間。

 

ちょっと、キャナルさんと長話をしていたのも、襲撃の遠因になりえたと言わざるを得なくもないかもしれないけど、急な任務だったし、きっと不幸なのがいけないに違いないと、山城は考えることをやめた。

 

気が付けば、いつのまにか、なにやら額から血が垂れている。全身もギシギシとガタが来ているようだ。

 

『ふふっ』なんだかこの宇宙人さんが可笑しくなった。『この人も“不幸”なのかしら?』

 

――キャナルさんまた会えるかな?

 

『あ、おみやげです・・・』ジャリ道の広場へ出ると思い出したかのように彼女が切り出した。

 

足を止め振り向いた提督に、背中の彼と、もそもそ胸から取り出した船のかけらを手渡す。

 

その後、彼をすり抜けて入渠ドックへと一人トボトボと歩き出した。

 

背中を丸めて歩き出す山城の姿に、月の光があたり、長い黒髪が寂しそうに揺れる。片肩に付く、戦闘によりひしゃげた飛行甲板を模したが艤装が一層悲壮感を増している。不幸を忘れるほどに。

 

『山城、重い』提督は声を震わせ言う。

 

マントに包まれた女性を手で抱える。支える二の腕は膨らみ痙攣を起こしている様に震える。振り返り山城を追いかけようにも、足が震え動かない。彼女の腰あたりにある、箱のような物が腹に刺さりさらに限界が速まる。

 

『君たちには失望したよ』

 

しんがりを務めていた少女が二人の様子に呆れ果て、一人反転し、戻ってきていた。顔には出していなかったが、彼女には山城が見た目以上に重傷を負っている事を知っている。それゆえに、彼も気付き、多くは尋ねなかったのだろう。

 

全体的に短いセーラ服を着る駆逐艦娘のその少女は、背中にランドセルのように特徴的な二連装のキャノンを背負う。しかし、背中と同程度の大きさがある割りには、砲の間隔が肩幅より短いため、前方に折り曲げそのまま突き出すことは出来ない。

 

使用時には背中から取り外し、手で持つか、あるいは背中を曲げ直接敵に照準を合わせる必要がある。彼女の腰には空になった魚雷の発射装置がスカートの上に付いている。つまり戦場では剥き出しの危険個所が多いという事だ。

 

山城はケインを背負ったまま、被弾している最上を庇い、敵の攻撃に割り込んだため攻撃が直撃している。飛行甲板を傾斜装甲のように構え、衝撃をいなしていたが、体を密着させて貫通を防いでいたため、支える身体内部にはかなりの負担がかかっていたはずだ。

 

また、一見いつもと変わらぬようではあるが、恐らくは重度の赤疲労だろう。

 

『この人は、外国人のようだね』時雨から話を聞くと、帰還前に簡単に山城からあった説明では、何処かの国の先遣隊だと説明を受けたようだ。詳しくは分からないが“隕石”の調査中にケガを負ったらしい。

 

ふむ。と彼は話を聞いている。しかし、時雨の表情は疑念を持っているようだ。青く澄んだ瞳を、鋭く収縮させるかのようにこちらをのぞき込んできている。

 

『医務室でいいのかい?』

 

彼を腕に抱えたまま、首を傾げて少女が尋ねる。

 

肩に乗っていた、ロングヘアの三つ編みが背中の艤装の上に回り込み、髪の先端を止める赤いリボンが揺れている。彼は部外者であるため、時雨は一応連れて行く先の確認を取った。

 

『すまない』目を合わせると、彼は口を閉じすぐに下を向いた。

 

『こういう時は』少女は顔を起こした彼の瞳をのぞき込みながら、一歩距離を詰める。『ありがとうって言うんだよ』

 

濃厚な少女のブルーの瞳に彼の背筋に冷たい物が走る。詰問するような深い瞳が少女の思慮深さを思わせる。

 

『ああ。すまない』彼の瞳が泳ぐように少女から離れ、周囲に生える小さな木々へと向けられた。

 

『ほら。また』

 

作戦に伴い、“危険度の少ない任務”とはいえ時雨には山城を単艦突入させることに抵抗があったのだろう。恐らく彼女、山城は、多くを語らずに憎まれ役を買って出たのだろう。残された時雨が勘付く可能性も考慮しなかったわけではない。

 

彼はそれ以上答えずに、帽子を深くかぶった。一人、執務室のある施設へと向き、歩き出す。月夜に伸びる一つの哀しい影。夜風の冷たさが今は心地よい。

 

 

 

 

鬼が島には鬼が棲んでいる。

 

総数二十に満たない艦娘で、祖国から遠く離れ、広範囲の敵深海棲艦群を抑え込むために、厄介払いのように追い立てられた艦娘がいる。戦艦長門。戦艦山城。戦艦金剛の三名だ。誰が始めたか、鬼の山城、地獄の金剛、音に聞く蛇の長門。

 

ひとたび戦闘ともなれば、小唄にもあるようにその鬼の片りんを見せる。彼女らが抜き去った深海棲艦が洋上に残る事はない。今日まで空母を欠いたこの鬼ヶ島が存続している理由の一つでもある。

 

大淀はその鬼たちを束ね、それを指揮する彼もまた鬼なのだろうか。しかし、彼のストイックな指揮の下で、今日まで轟沈艦が出ていないことは幸運からだけであろうか。

 

 

 

 

『こちらが結果報告です』キラリと大淀のメガネが光る。ワザとやっているのだろうか。最近よく光るようだ。

 

『早いね』提督は素直に驚いた。少し太めの万年筆を片手に持ち顔を上げる。

 

入口に立つ彼女に敬礼をされながら、何故か睨みつけられる。また光ったようだ。月光かなと彼は苦笑する。

 

『ラリアット級戦艦から、入渠中に聞き出してきましたので』

 

入口の木の扉を閉めながら、黒フレームの眼鏡二世が怪しく光る。尾骨を痛めたようで、ジェットバスにうつ伏せでゴロゴロしながら報告を始めた様子が気に障ったようだ。思い出すと怒りがこみあげてくる。

 

『お手柔らかにな』書類をトントンと叩き纏めると引き出しにしまう。冷や汗をかきながら、彼は言った。艦隊が無事に帰ってきたため、彼の気も抜けたようで、平時の調子に戻っている。

 

『あまり甘やかされては困ります』青く鋭い瞳がジロリと睨む。艦としては金剛と並び大先輩である上に総合能力ではあちらが上だ。ある意味では目の上のたんこぶと言ったところだろうか。『詳細な戦闘詳報は後ほど提出させます』

 

ツンツンとする彼女の態度に、新しい眼鏡を買ったのは俺なのにと困った瞳を黒いフレームの眼鏡を付ける彼女に返した。

 

前の壊れた眼鏡は大切に保管しているみたいだ。

 

金のフレームのメガネは、曲がっていただけなので一応修理するかと聞いたのだが、これはこれでいいと言われた。何やら思い出があるらしく、新しい眼鏡もよく似た形状を探していたようだ。

 

『提督さん』小さく声が聞こえる。

 

執務室の通路側にある強化ガラス張りの窓枠には、小さな木箱のような入口がドアの隣に設置されている。彼女は蓋を開け、モコモコと中へ入って来た。箱から飛び降りるようにジャンプすると、背中の透明な羽が開く。

 

背中に付く、上下左右に両手一杯にまで伸びる四枚の大きな羽はアクセサリーではなくトンボのように羽を動かし実際に飛び回れる。

 

『彼は艦娘なの?』

 

西洋の小人のようなターコイズ。上下ともトルコ石の色のような作業着を着る彼女は、小さく首を傾げた。背中に長く垂れる、一本の青い三つ編みテールがふわふわと揺れる。片手には、彼女用の小さなモンキースパナが持たれている。

 

『いや、聞いた限りでは人間だと』

 

いや、実際はどうなのだろうか。妖精さんがそういうのであればそうなのかもしれないと、一瞬、思考停止のように彼の考えが偏った。

 

『彼、艤装を積んでいるよ?』手のひらほどの小さな少女は、彼の肩にパタパタと光を七色に反射させながら“飛び乗り”座り込んだ。

 

『まさか』妖精さんは医務室で見てきたのだろう。彼は見た目の割りにやけに重いと思ったが。

 

『箱と筒、コードでつながってるね』凄く楽しそうに茶色いブーツを履く足をパタパタさせている。『何だろうね?興味あるよ』

 

『宜しいでしょうか』

 

やばい。光で思い出した。口の中が急速に乾いていく感じがする。彼は自然と唇を舐め擦り合わせる。

 

『妖精さんも聞いてほしい』こちらも怯えるように首筋に抱き着くように掴まり小刻みに震えて固まっている少女に言った。『キレイな月も出ている。少し夜道を歩こうか』

 

『ええ。お供します』

 

 

 

 

『彼は』大淀は一泊置いた。

 

『やはり宇宙人です』海沿いを歩きながら。街灯も少ない夜道で、ドプドプと岩場に打ち付ける波の音が、今日は不気味に感じる。『報告の限りでは、彼は船体にダメージを追って墜落した所を、山城に発見されたと』

 

大淀が、一枚の写真を差し出してきた。街灯の下に立ち確認する。水偵が撮影した白黒写真には、確かに、木々の間に小さなクレーターがあり、何か白いものが埋まっているようだった。

 

『回収したサンプルにも有害反応はないから安心だよ』肩から小さく可愛らしい声がした。

 

『ただ山城は、船の内部ではなにか艤装と同じ物を感じたと証言しています』

 

山城の話では、“彼は”遭難者というわけだ。彼女は黒い眼鏡に指を当て淡々と話を続けた。宇宙人も国際法上では、そもそも法律がないために無国籍の外人扱いにはなるはずだが。この際、難民とでも処理しておこうかと考える。

 

――いや、もとから大本営は知っているのか?

 

余りにも出来すぎていると、彼は考えを巡らすが、材料が足りな過ぎて少し判断が難しい。こんな時はあのお転婆にでもと、コーラルレッドの髪をした彼女を思い浮かべた。

 

『船内ではコンピュータと対話できるとの事ですが、不調で現在は活動を休止している様です』ここから彼女の表情がいっそう険しくなる。『少なく見積もって主砲の火力は“大和級”戦艦5隻分とのことです』

 

『なるほど』

 

足の遅い水偵だからこそ、撃たれなかったのかもしれない。戦闘を想定して二式水戦の搭載も考えたが彼女がそこから不幸を感じ取ったらしく、倉庫にしまってあった旧型水偵を自ら積んで行った。

 

こちらから仕掛けていれば、地図を書き換える事態になっていたかもしれないと思うと、やはり彼女でよかったときつく両目を閉じる。

 

――攻撃を受けた場合。

 

『船に招き入れてもらえたのか、やはり、あいつは運がいいな』

 

背中で手を組みジャリ道を歩きながら半分ほど欠けた月を見上げる。少し雲も出てきたようだ。風向きが変わり、雨の気配がする。

 

最悪轟沈も覚悟はしていた。

 

だからこそ――

 

『大丈夫。艦娘はあなたが想うより強いよ』

 

月を見上げ、立ち止まる彼に察したように妖精さんが言う。

 

しかし、彼の口は閉ざされたままだ。

提督は遠くを見る。暗い海の遠くを見る。

遥か向こう。深く蒼い海の先を。

 

ハワイ方面はすでに同盟国により奪還されている。しかし、敵の根拠地は海底深くにあり、決定的な攻撃方法に欠けこちらは依然として消耗戦を強いられている。上陸させた敵にしか対抗策がないという消極的な話だ。

 

“あれらは”海中を魚のように振動推進するようで、ボス格の敵は海上を航行するよりも動きが速い。海上に顔を出している間に倒しきれなければ、すぐに逃走を許してしまう。これがいつまでも“姫クラス”を倒せない理由だ。

 

さらに姫君どもは知能も高いらしく、やすやすと上陸してはこない。防御の薄い沿岸に現れては、都市を崩壊させ撤退していく。果たしてそこに何の意味があるのだろうか。

 

何れにせよ、ハワイ周辺地域の奪還により敵の動きが変わるだろうと今後の厳しい戦局を考える。あれらが本気でこの鎮守府を狙えば、吹けば飛ぶような貧弱さである。所詮は本土決戦の時間稼ぎかと、無言でいる彼の表情がさらに暗くなった。

 

『そうです提督、私たちは、いつでもあなたのそばに―』

 

 

 

 

 

人気のない、街灯の下にシルエットが二つ。潮風。

打ち付ける波の音。退廃的な雰囲気。

――何も起きないはずがなく。(某記者調べ)

 

『二人はまだこちらに気付いていないよ』

 

コーラルレッドの髪には雑草が巻き付けられている。全身を地面に押しつけて、両肘を僅かに動かし、ゴソゴソと進む。ジャリ道の草葉の陰からカメラを構えた。彼女はウキウキとしながらキャップを外す。動くレンズに一瞬、街灯の光が反射する。

 

『います・・・よ!!』

 

キスか、ビンタか。

 

明日の新聞を楽しみにして、って。

こっちに眼光が。眼鏡うわ。

 

 

小さな線香花火のようなオレンジの光がヒュルヒュルと昇り、パンという乾いた音が小さく鳴ると、一瞬周囲が明るくなる。大淀は背中に背負っていた機銃を構え突進してくる。

 

『探照されたワレは味方なり』

 

青葉は直ちに投降を宣言すると、両手を上げて立ち上がった。危うく肩の1、2個撃ち抜かれる所だ。至近距離から12.7mmなど食らいたくもない。彼女の深いため息とともにカメラは取り上げられた。

 

やはり島風が付けられていたようだ。

 

 

 

――提督により検閲――

 

 

 

 

『何事もなければ、記事にもさせてやれるんだがな』

 

フィルムを引っ張ってから、カメラを返してやる。大淀には甘いと怒られたがフィルム代より、ちょっと多めの甘未引換券を一緒に渡してやった。リンリンと草から虫の鳴き声が聞こえる。

 

今は関わるなと、青葉を追い立てると話を再会した。

 

 

『彼との話はどうするの、出来れば立ち会いたいよ』妖精さんが珍しく、興奮しているようだ。ペチペチとスパナで首筋を叩いている。

 

『妖精さんには、隠し事はできないですし、宜しいのでは』

 

彼女はフッともう一人思い出した。

 

『不幸ラリアットは当事者なのでいいとして、ワイルドゴリラも呼びますか?』

 

『長門か・・・それ普通に名前呼んだほうが早くないか?』確かに、頼りにはなるが。大淀なりの冗談なのだろうが、と、彼の口は僅かに綻んだ。

 

『あいつ、精密機械触らすと何故か壊すんだよな』

 

体から出る謎の湯気のせいかな?

あいつだけ筋肉機関なのかな?

 

『翻訳機とかいうのが壊されては困るよ』

 

アレの二の腕にたまに乗っている、長門産の塩つぶが原因かとも思えるが、精密機械はとかく塩には弱いものだ。訓練を積むのは良いことなので無碍に出来ない所が悩みの種だ。

 

『最近は蒸気機関車とか、消防車とかいうと褒められてると思っているのか、まんざらでもない顔で照れますよ、彼女』

 

山城とプロレスでもやらすか?厚手のレオタードを着てリング内を暴れまわる姿を想像してしまう。長門には大淀がついて、山城には俺がセコンドだろうか。ちょっと楽しそうではある。

 

『案外彼も、体に重し付けてるし気が合うかもな・・・』顔だけを見れば、女性に思えるのだが生身で艤装を付けているような奴だ。全体で100キロ近くあったかもしれない。

 

『何にせよ、彼が起きるまでは待つか』

 

ブラフかもしれないが、あえて山城に船の能力を伝えたことは、一種の保険なのだろう。緊迫した戦局の中、事を荒立て第三勢力の台頭ともなれば最悪の事態を招きかねない。手放しで信用できるものでもない。が。

 

――まぁ。あいつが連れてきたならいいか、と、深く考えることを止めた。

 

突然。

 

強烈なスポットライトの中にいるような感覚を覚える。ふっと暗い空を見上げると、そこには月があり、まるで見られているような気がして身震いした。

 

まさか、な・・・

 

『どうしましたか?』大淀が心配そうに、月の夜空をまぶしそうに手で顔を隠し見上げている彼に声をかけた。

 

『いや』肩に乗る妖精さんは気付かなかったようだ。『大丈夫だ』最近色々な事が起こりすぎて疲れがたまっているのだろうと、彼は気を引き締めた。

 

後方の電灯が作る二つの影が、寄り添うように施設へと向かっていく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07 Tiny Successore

 
 
つ´・ω・`) オルゴールのタイトルは 「40 Embrace」 アレのとこでアレするとすぐ出てくるけど。それ言うとアレだから。自分でアレしてどうぞ。自分はCDで持ってます。
 
 


『ばーちゃん・・・』ケインはもぞもぞと、医務室の無機質な白いベッドを動く。

 

マントは取り外され、ベット脇に掛けられている。彼のベッドの隣には、監視の意味も込めて、金剛型戦艦の金剛が小さな丸い木の椅子に座って様子を見ている。

 

彼女は両耳上に、ブラウンのフレンチクルーラーのような三つ編みを団子状に巻いた髪を作っている事が特徴的だ。通常であれば、両ももに酸素魚雷発射装置を積載しているが、今は外され、太ももの上には、編み物の玉が乗っている。

 

服装は扶桑型戦艦山城の巫女のような服ではあるが、こちらはどちらかと言えば拳法衣のようである。スカートはチャコールグレー。少し黒に近い灰色だ。上半身も開いた柔道着のようである。

 

しかし、金剛型戦艦は全艦、帯留めを正面位置にてリボンを作ってるため、彼女らが古来よりの巫女の伝統に重きを置いている事が伺える。

 

『提督も・・こっちに来るネー・・・』

 

ウトウトと眠っていた頭をカクっと動かすと、太ももから転がり落ちた毛玉を立ち上がって追いかける。

 

『ああ。提督へのプレゼントがデス』

 

監視と言うが、彼の持つ艤装からは、深海棲艦のような邪悪な力は感じないため、怪我が悪化していないか時折呼吸を見ながら暇をつぶすように彼女は編み物をしているだけだ。

 

毛玉が転がる。コロコロと。

 

 

 

 

オルゴールが、聞こえてくる。遠く遠い日。

 

足踏み機織機。

 

自前で作った背中ほどまでの長さのケープを羽織った女性。

 

木造で大きな西洋型の屋内に一つある。

 

彼女の踏む機織機がカタカタと回る。

 

――少年の日。

 

 

 

 

『ばーちゃん!』

 

小学生を思わせる背丈の少年がマントを纏い、郊外の小高い山の上にある大きな木造の洋館の前に立つ。暗がりに映し出されるオレンジの光景。

 

『街が、街が燃えてるよ!』

 

ローブを羽織った祖母が彼の肩を抱くように寄り添っている。

 

中世を思わせる色とりどりの家屋は崩れ、多くの場所から火の手が上がる。離れた高台から二人、黒い煙を吐き続ける街を見下ろした。祖母は優しくケインを抱き寄せる。決意の中、彼女の手に力が込められる。

 

――夢の中で。

 

 

 

 

ソードブレイカーの第二管制室。そこで祖母は逝った。

ロストシップ、前世界の負の遺産。

 

410M級重砲撃艦ゴルン・ノヴァ。

 

全体は黒く、サイブラスターの直撃にも耐える装甲。

外見は羽を広げた大きく黒いカラスのようである。

 

ソードブレイカーは超高速で惑星を離脱すると、ヴォルフィードは祖母をマスターとしゴルンノヴァと対峙した。そのマスター、闇を撒くものと。

 

膝まで伸びる金の長髪に鋭く刺さるブルーの目つき。戦闘員のようなダークブルーのスーツに小さく丸い肩当てが付いている。闇を撒く者の白兵戦能力は高く、一流のサイブレード使いでもある。

 

 

『全銀河に悪夢を―

 

 ―宇宙には静寂こそ相応しい』

 

 

虚空から声がする。闇を撒く者の。

サイシステムを経由し意識が、声が流れ込んでくる。

 

宇宙空間に輝く交差。白と黒。

近づき、離れ、また近づく。

 

擦り合い、近距離を通過するたびに

踊るように光の矢が絡み合う。

 

より多くの光の矢が白い船に

重く深く突き刺さる。

 

ソードブレイカーはゴルンノヴァの火力の前に、一方的に攻撃を受ける。ゴルンノヴァから来る光の矢が、次々とソードブレイカーに覆いかぶさる。距離を離し体制を立て直そうと、サイバリアを張るが。

 

『ゴルンノヴァの火力は途方もねぇ!ここは反転離脱しかねぇぞ!』

 

ソードブレイカーを護衛するように小型海賊艇が一隻随伴する。こちらは足も遅く小型なためレーザーでの牽制を行いながら、両者から、より大きく距離を空けている。

 

『ジル。もういいわ、これ以上は・・・』

 

そう言うと祖母は、プラズマニュートリノエンジンを最大稼働させ、ゴルンノヴァへと急接近を始めた。アリシアにはケインの面影がよぎる。後方の惑星にはまだケインが残っている。彼の撤退を促す願いは、彼女には届かなかった。

 

『早く離れなさい!!』

 

『何するつもりだ!』彼の怒声のこもる必死な叫びが、通信にノイズを混ぜ込む。

 

迫りくる光が両者を引き離す。小さな一人乗りの海賊艇は、ゴルンノヴァの猛攻の前に回避に専念するも、ソードブレイカーのサイバリアを貫き小刻みに被弾する。機関出力の低下によりついに脱落して行く。

 

『アリシア!アリシアー!!!』

 

黒煙が宇宙に伸びて行く。絶叫と共に後方へと弾き飛ばされながら操縦桿を必死に握る。青い白い光が、力強くソードブレイカーの後方へと伸びる。

 

『あの子をお願い』

 

その声を最後に、彼女は彼方へと行ってしまった。彼の広域レーダーからソードブレイカーの光点が消えた。

 

 

 

 

ソードブレイカーは双胴部の先端から発射されるサイブラスターで果敢に応戦するも、ゴルンノヴァの重火力がサイバリアを突き抜け中心区画に直撃を与えた。

 

すれ違うように、ファランクスレーザーでゴルンノヴァ黒い船体を洗い、目くらましをしながら、徐々にケインのいる惑星から距離を離していく。

 

『今の攻撃によりソードブレイカーの戦闘能力、さらに45%まで低下。サイエンジン出力32%。敵砲撃、防御不能です』

 

幾度目かの直撃をうけ、船も祖母も満身創痍だった。コアへと直結する第二管制室に座る。肺をやられたか、口から血も多く出ている。キャナルは傍らに立ち、淡々と状況説明を行っていく。

 

『ジルは?』アリシアは痺れる手を伸ばし、コントロールパネルをゆっくりと操作していく。バーニアを吹かして『すでにレーダー圏外です』

 

さらなる光が直撃しコントロールパネルが小爆発を起こした。祖母の胸が大きくえぐられた。彼女は口から大きな血だまりを吐き出す。キャナルは内部センサーにより急速に失われていく身体能力を、アリシアの状況を理解する。

 

『F・C・Sキャナルは、悲しみの感情を表すルーチンを、構築中です』キャナルはアリシアの身体能力の低下を感知し、生命体の終わりを理解する。『ホロ映像に、投影します』彼女の瞳からは流れるような光が生まれた。

 

『F・C・Sキャナルは、非、論理的、揺らぎにより』

 

緑のロングヘアーでメイド服を着た背の高い女性が、操縦席の傍に静かに佇む。アリシアは、ヴォルフィードの持つ、対ロストシップ用の最後の切り札を準備する。

 

『いいのよ。キャナル。あなたの気持ちはよくわかるわ。ありがとう』血が滲む肩を抑えながらも、ゆっくりと優しく話す。『最後の命令よ。サイコードファイナルを発動して頂戴』

 

『警告します』撤退への願いを込めて。キャナルは言葉を紡ぐ。『コードファイナルの発動は、サイエネルギー、物理障壁の、除去を意味します。これは。生命体にとっては、死を意味します。』

 

『いいのよ。ケインを守るためなら』

 

照明を喪失して暗い船内。彼女の赤い口紅が力強く動く。

 

『マスター。F・C・Sキャナルは悲しいと感じています』

 

体と言う入れ物を取り去ったサイエネルギーは、僅か1ピコ秒で超新星に匹敵するエネルギーを放つ。ケインのいる惑星を離れ、ゴルンノヴァを誘引していた事はこのためである。

 

『さよならだね。キャナル』

 

ゴルンノヴァの砲撃が双胴部の片方を撃ち抜く。船内に強力な振動が生まれる。

 

『サイシステムコードファイナル始動。物理障壁破壊ステージに入ります』

 

キャナルは目を閉じ、涙を振り切る。操縦席周辺に最終装置を床からせり上がらせる。取り囲むように3方向から彼女を狙う。

 

『あの子を。ケインをよろしく』

 

 

 

 

『ヴォルフィード内に、爆発的な、サイエネルギーの発生を感知』

 

ゴルンノヴァのFCSがヴォルフィードの異変に気付いた。ロストウエポン。ゴルンノヴァの周囲に展開していた重力レンズの群がレーザ兵器を収束させ動きを止めたヴォルフィードに強力な狙い撃ちを続ける。

 

『やつめ!ついにマスターと同化したか!』

 

輝きの一撃が爆発的に広がり、ゴルンノヴァを包み込んだ。ゴルンノヴァと闇を撒く者の断末魔が光の中響き渡った。

 

 

 

 

『うるせえ!』

 

ケインは帰ってきたジルの太ももを叩いた。車イスに乗り暗く冷たい格納庫にふさぎ込むように座るケインに、諭す様に話しかける。

 

『何でばーちゃんを守ってくれなかった!』

 

ジルの太ももを。叩く。叩き続ける。オレンジの髪が悲しく震える。

 

『こんな時にまで、負けやがって!負けやがって!!』

 

――何度も何度も。

 

ジル・ウィル。彼は20年間もの間、宇宙海賊としてユニバーサルガーディアンを手玉に取り、忽然と姿を消した。その伝説は宇宙に広く知れ渡っている。また、モノカーボンサイブレード使いとして名が知れていた。

 

彼はサイブレード使いだった。ジルは海賊時代に祖母に挑み負けた。サイブレード使いとして名高いアリシアに一騎打ちを挑み死を覚悟した。何度も挑むがついに勝てなかった。気が付けば腐れ縁。負けて以来、ずっと彼は傍にいた。

 

ケインにはいつも、負けおじちゃんとからかわれていた。

 

『負けやがって・・・!!』声にならない声で。叩き続ける。

 

ケインはジルを叩くことしか出来なかった。ジルはケインに叩かれる事しか出来なかった。ソードブレイカーが帰還するまで、格納庫に乾いた声が木霊する。

 

 

 

 

オルゴール。聞こえる。その時。

 

 

 

 

ソードブレーカーが帰ってきた!

 

『ばーちゃん?』船から降りてきたタラップを黒いマントを風に泳がせながら駆け上り、大急ぎで船内へと入った。『ばーちゃん!』オルゴールがなっている。祖母が好きだった。あの、優しい音色。フルートを吹く人形が動く。あのオルゴールが。

 

『え?』

 

操縦席につくと後ろを向く、緑の長い髪を持つメイド服の女性がいる。

 

あれ?小さくなった?気のせいかな?

少女が、後ろを向いて立っていた。

 

『君、だれ?』少女はこちらを向く。ゆっくりと。

 

キャナルなりの気配りだろう。新しいメモリーに、少年に容姿を合わせて少女の姿へと変わる。アリシアの遺志を継いで。ケインと共にあるために。それ以降彼女は容姿を固定してキャナルであり続けた。

 

『私は。エフ・シー・エス。キャナル。ヴォルフィード』ゆっくりと。言葉を紡ぐ。彼女の声にもケインと同じく少し幼さが残る。

 

『キャナル?キャナルってそんな・・・』

 

祖母の傍にいつも付き従っていた、彼女だ。ばーちゃんはやっぱり。ケインは言葉に詰まった。

 

『初期化コード、ロクロクロク。自動起動モードにて映像化されました』

 

少女の周囲に光が広がり、仮想インターフェイスが展開され、空間に次々と映像パネルが広がる。

 

『マスター。ご命令を』キャナルの瞳は大きく力強く開かれる。

 

『じゃあ。じゃあ、ソードブレイカーを俺に?』

 

嬉しかった。興奮したんだ。ずっと欲しかった。乗りたかったんだ。

 

『はい。ソードブレイカーは、強い男の乗る船です』

 

――強い、男の。

 

いつかばーちゃんに譲ってほしかった。でも――

 

 

 

 

機織機は巡る。カタカタと。

 

 

 

 

オルベウス星系、第3惑星E-17。

 

ケインが幼少期に過ごした家がある星だ。

 

ALICIAと彫られた、小さな西洋風の白い石の墓所がある。この辺境の地は、ゆっくりと時間が過ぎてゆく。星の多くを草原地帯が彩る。

 

地球型のリゾート惑星ではあるが、辺境に位置しすぎる為に衛星港もなく、主要星系への移動コストに見合わない理由もあり、大規模な植民は現在も行われていない。

 

 

 

 

生命維持機構に致命的なエラーが発生しました。直ちに製造元に――

 

 

ゴルンノヴァとの戦にて負傷して以来、体の機械化が進み、首より下が鋼鉄の体に変わった老いたジル。

 

ケインの成長を見守りながら祖母の墓守として、その近郊に暮らしていた。ときおり現れる、海賊時代のジルの足取りをたどり、ありもしない財宝を求めてくるトレジャーハンター退治も行っていた。

 

ジルはベッドに横になり遠くを見つめる。

 

 

 

彼女の機織機が巡る。

 

 

 

ジルの胸につけられていた小さな警告灯がチカチカと光り始める。ケインはアリシアの命日の為、キャナルとミリィを連れて、この星に帰ってきていた。

 

『また、勝負ができるな』

 

鋼鉄の拳を振り下ろし、警告灯を叩いて止めた。

 

『アリシア』

 

暗い室内に静寂が訪れる。

 

彼女を想いながら、ゆっくり目を閉じる。サイブレードを構え対峙する懐かしいあの日。

 

気配がする。

 

『キャナルか』彼の枕元に、転送されて投影される立体映像で、祖母の時と同じ背の高いメイド服姿の女性が立っている。キャナル・ヴォルフィードだ。

 

『ジル。私を許してくれますか?』

 

二人とも前を、遠くを見つめながら。その日を思い出す。少し怯えるような声だろうか。彼女にしては珍しい。経緯はどうであれ、ヴォルフィードには、アリシアを手に掛けたのは自分自身であるとの思いがある。

 

『いいんだよ、キャナル』

 

白い口髭とアゴ髭が繋がり、クマのような体型からは想像できないほど静かに、優しく伝える。子供を、ケインをあやしていたころのように。アリシアと同じように。

 

『これでいいんだ』

 

山男のようながっしりとした体形の大男は、微笑みながら眠りについた。

 

  ――深い眠りに。

 

『お疲れ様、ジル』ヴォルフィードは静かに囁いた。

 

 

 

 

オルゴールが止まった。

カタカタと動いていた、機織機が止まった。

 

ケープを羽織った女性が立ち上がる。

 

 

 

でも、ばぁちゃん。

 

記憶? 誰の?

 

キャナルの? コード・ファイナルの時に?

 

 

 

『ばーちゃん?』

 

彼女はケープをなびかせながら虚空へと歩き出す。

 

小さな体に、黒いマントを付けたケインが追いかける。

 

『ばーちゃん』『ばーちゃん』

 

彼女は立ち止まり、微笑むと遠くへ離れていく。

 

『ばーちゃんまってよ』

 

ケインにとって祖母は憧れだった。

 

『ばーちゃん』『ばーちゃん!』

 

ケインのマントは祖母にあやかって付けている。彼女のなびくケープに。

 

『ばーーーちゃーーーん!!!』

 

・・・・・

 

・・・

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08 “What say you?”

『ばーちゃん』

 

ケインは、白い布団を掴まえる様にモソモソと動きうわ言のように小さく呟く。

 

『ばーちゃんじゃないデスよ』

 

何だか様子がおかしいかなと、二本の手編み棒を椅子の上に置き、彼の顔をのぞき込んでいると、何だか不当な評価を得たようだ。金剛はため息をつくと、片腕を伸ばし彼を胸の中へと抱きしめた。

 

『んん?』ケインは居心地の悪い圧迫感の中、目を覚ました。

 

『キャナルか?』

 

バッと彼女の胸を押しのけ、ベッドから上半身を起こす。ケインには何故か寝起きにキャナルが抱き付いている経験が何度かあった。周囲を見渡すと全体的に白い部屋で医務室に通されている事が分かる。

 

ガラス窓は解放されており、僅かに涼しい風が淡いピンク色のカーテンを揺すりながら滑り込んでくる。外は芝生のようで明るく開けている。空は青く高い。僅かな白い雲がポツポツと素早く流れている。

 

『金剛です』彼女は少し困ったように笑顔を作った。

 

僅かにケインの顏には涙の後が残っている。何があったのかはわからないが、何か良くない夢でも見ていたのだろう。子供のように眠る彼に、艦娘としてだからだろうか、自然と彼を抱きしめていた。

 

『世話になったみたいだな』ケインは体に巻かれた包帯を見て、僅かに微笑みながら言った。彼女の頭に水平に伸びる、二つの鉄柵のレーダーシステムのような突起物は、恐らくは彼女も艦娘の一人だからだろうとケインは推測した。

 

『良ければ朝食をお持ちしますので、待っていて下さい』金剛は半分ほど編み終わっているマフラーをまとめると、そのまま部屋を後にした。

 

『随分と不用心だな・・・』ケインはオレンジの髪をポリポリと掻いた。ベッドの下にはケインの履いてきた茶色く硬いブーツが揃えて置いてある。ここでは屋内でも靴を履いているようだ。

 

見渡す室内には他に三つほどベッドがある。サイブレードもベッドの脇にあった。小さな木造りのタンスの上にバンダナ・増幅器・発信機が乗っている。飛び出す当てもないため、ケインは冷たい風の吹き込む窓の外を眺め彼女の帰りを待った。

 

医務室のドアがコンコンと鳴る。

 

『やぁ、ケインさん』

 

白い軍服の男がドレスシューズの白い靴でコツコツと入ってくる。ケインは振り返ると、部屋の中央までゆっくりと戻った。ベット横に掛けられていた、マントをバサッと羽織る。僅かにいつもより軽いようだ。

 

『すみませんが、マントに仕込まれていたナイフは、こちらで預からせていただいています。』

 

彼は可能な限り必要事項を丁寧にケインに説明するが、彼には伝わらなかったようだ。やはり言語の壁があるようだ。

 

『提督、こちらを』

 

護衛として付いてきているのだろう、背中に火器を背負った女学生のような恰好をした眼鏡の女性が白い軍服を着た彼の後ろから何かを手渡している。

 

『ケインさんどうぞ』一見ただの電卓のような物をケインに手渡すと、ペコペコとオレンジの頭を動かし彼は受け取った。何か操作をしているようだが、一部艤装のような感じを覚え、傍らにたつ女性に目が細まる。『提督後ろへ』

 

念のため、ケインから目を離さずに彼を自分の後ろへ下げようとするが、白い手袋をした手がそれを遮った。

 

『オレはケインブルーリバーだ』ケインはマントを捲りながら手を伸ばす。『まずはお礼を言いたい』手の甲まで伸びる指出しグローブは、彼が近接戦を好んでいるのかと伺える。

 

『ええ。ご無事で何よりです』彼は恐らく握手だろうと、手を伸ばしがっちりとこれに答える。『マントの中の刃物ですが、こちらで一時的に預からせていただいています』気まずそうに少し白い軍帽を動かしながら言う。

 

『ああ。適切な処置だ』ケインは気を悪くすることもなく笑顔で答えた。

 

『それで、今後どうされますか』彼は目を合わせ、ケインに問いかける。

 

『まーな。待たせている者もいるし、船が直ればすぐに出て行くつもりだよ』ケインは厄介事には関わりたくないと言った具合で、ジト目を返す。しかし、先を予測してため息を一つついた。『ここに来たのは偶然だ』牽制するようにケインは言葉を続けた。

 

『そうでしたか』ここまでは山城の報告通りだと彼は頷く。『ですが』恐らくはその先も。

『山城から受けた報告では、そちらの必要とする資材は、あいにく地球では貴重品でして』彼はコツコツと進み、空いている窓をパタンと閉める。

 

『地球?』しかしケインの引っ掛かった言葉は違う場所だったらしい。何かを疑うようにケインの語尾が上がった。彼の背中に問いかける。

 

『我々はそう呼んでいます』

 

星間マップにはTOARUと記載されていたため、住民が便宜上そう呼ぶのか、何かの略式名称なのかとケインは深く考える事はやめた。

 

『ここは、軍拠点の一つでもあるので、相当量の資源はあります』彼はコツコツと部屋の中央に戻り、ケインと対峙する。無言でケインの青い瞳を見つめる。『しかし、艦娘用の貴重品であるため、みすみすお渡しするわけにも参りません』

 

『それで?』ケインは先を促させる。

 

『すでに周知の事かと思いますが』装甲が黒光りする、甲殻類を思わせるような禍々しい深海棲艦達を思い浮かべ、彼の表情が厳しくなる。その様子から、戦況は思わしくないのだなとケインは容易に想像できた。『現在我々は、人類をあげて謎の敵との交戦中であります』

 

『つまり?』そら来たとばかりにケインは面倒事を想像した。

 

『貴船に助太刀願いたい』

 

しかし、ケインには二つ返事は出来なかった。ソードブレイカーは現在、壊滅的な被害を受けており、言ってみれば、戦艦に高角砲しか積んでいないような状態だ。もっとも、その高角砲はこの星の科学レベルから言えば、100%に近い精度を叩きだすだろうが。

 

『独力でも時間があれば回復は出来る』レアメタルの精製からとなれば、自動修復機の一つもない状況では厳しい。実の所、これはケインのブラフであるが彼らにはその真偽を確かめるすべはない。『断ると言ったら?』

 

『治療代は払ってもらいますわ』

 

彼の後ろにいた、眼鏡の女性が眼鏡をキラリと光らせ入口前で艤装を展開する。カキンというロックの外れる音のような物が聞こえると、背中に背負うバックパックのような個所からはアームが伸び、上下左右に機銃が4丁展開される。

 

『いくらだい?』ケインは不敵に笑いながら言い返す。

 

『あなたの命と等しい値段です』彼女は冷たい瞳でケインを狙う。

 

数発の銃声と共に、ケインはベットの下に前転をするように走り込み、ベッドを盾に素早くサイブレードを装着した。ケインが両手で握る白い機械の筒から、ブンと言う重低音を鳴らし青白い光が真っ直ぐに伸びる。

 

『一戦やろうってのかい?』

 

ベッドの陰から立ち上がりサイブレードを構える風圧が、ケインのオレンジの髪をふわふわと持ち上げる。バサバサと黒いマントは泳ぎ、ケインの口元が楽しそうに綻んでいる。時代が時代なら魔法剣士とでも呼ばれているかのような風貌だ。

 

『オーヨド!何してるデス!』

 

銃声を聞き、金剛が廊下を走って戻って来る。片手には食事の乗ったプレートを持ち、扉をバンと開け放つ。訪れる鈍い衝撃。人の感触。サッと彼女の顔が青く変わる。

 

『がふっ』

 

必要時にロックを掛けやすくするための片開きのドアが災いして、中に立つ彼に扉が直撃した。壁に叩きつけられゴロンと仰向けに床に転がる。

 

『金剛、たまには白以外も履くんだぞ・・・』

 

ゴミのように転がる提督が、金剛の腰元でヒラヒラと動くその中身を見ながら、辞世の句を詠んでいるようだ。彼は口元から血を垂らし穏やかに目を閉じる。

 

『てーとく!』金剛は足を後方に大きく振り上げる。『時間と!』勢いよく弧を描くように下りてくる。『場所を!』彼の腹部を目指し正確に。『わきまえなよ!』

 

金剛の一撃は彼の腹部に強烈に刺さり、白いパイプベッドごと打ち上げられると、彼はゾンビの如くヨロヨロと数歩を歩き膝から崩れ落ちた。

 

『良い所だったのに』奇しくも、呟く二人の声が重なる。

 

『あら?』大淀は眼鏡をクイッと指で持ち上げた。『いつから気付いてらしたんですか?』彼女は艤装を格納し、縦に二丁ずつ機銃を背中に付ける。

 

『あんたが空砲を撃った時からさ』ケインも白い光を収め、発信機をガンマンのように腰のホルスターにしまった。『もっとも』咄嗟に身を伏せたが衝撃波のみが抜けて行ったためケインは確信していた。『敵意は最初から感じなかったがね』

 

『大方こいつの性能が見たかったんだろう』これ見よがしにマントを片手でサッと動かすと、サイブレードの収まっているホルスターを見せつける。

 

『なんだ。初めから全部バレてましたよ。提督』彼女は楽しそうに笑うと、団子虫のように丸くなっている彼に声をかける。『提督?』彼はぐったりとした顔で小刻みに震えているようだ。

 

『金剛、あなた、本気でやりましたか?』キッと彼女を睨みつける。『ノー。バット二本が折れるくらいネ』すかさず金剛は答え、ヘラヘラと笑っている。彼女が本気であれば、床に穴の一つや二つ空いているところだ。

 

『ウッドですか?』キラリと大淀の眼鏡が光る。『ノー。もちろんメタルねー』二人は顔を見合わせる。『Hahahahahahaha』医務室に高笑いが響き渡った。

 

『お、おまえら・・・』白い手袋の手が、地底から這い出す死者の腕のように、プルプルと震えながら伸びる。立ち上がろうと、大淀の太ももをガシッと掴んだ。『え』肋骨は避けていたが『えいそ・・・』レバーに響くダメージからめまいの中声を絞り出す。

 

『流石指令。データ以上の変態な方ですね』そう言いながら、彼の手を振り落とすと、床に転がった白い手をグリグリと踏みつける。『それ、私の妹がよく言うやつデース』金剛は涼しい顔でカチャカチャとケインの前に朝食を並べ始めた。

 

『何だか恐ろしい所だな』

 

ケインは、怒らせた時のキャナルが2人いるようでゾッとした。ある時、キャナルの育てていた観葉植物のソテツを人質にとり交渉を迫ったことがあったのだが、ケインはもれなく宇宙遊泳の一人旅をプレゼントされたことがある。宇宙服なしでだ。

 

『いつまで寝てるデス』

 

金剛は両脇を抱え彼を抱き起す。速度の大半は床に擦りつけながら蹴り込んだため、見た目よりもダメージは少ないはずである。純粋に鍛えていた人間ならば数分で立ち上がれるところだろうが、いつまでもぐったりとしているのは彼のトレーニング不足によるものだ。

 

『提督、昼メニューに長門とのジムを追加しておきます』大淀の心無い言葉に一層めまいが酷くなる。ケインは居たたまれない気持ちで彼を見ていた。何だか少し親近感が芽生える。

 

 

 

 

『それで、ケインさん』

 

金剛の用意した洋式セットの食事をケインが食べ終わるころに、彼は腹を抑えながら浅い呼吸で続きを始めた。提督は金剛が運んできた常温水をグビグビと飲み干す。

 

『ここチューク諸島は、いや、昔はトラック島と呼ばれていましたが』

 

彼は説明を始めた。ケインは少し長くなりそうだなと、念のため腕時計の録音機を作動させておく。必要であればキャナルにそのまま送信解析させることが出来るからだ。キャナルの修理が進めばの話ではあるが。

 

『実は赤道近くの場所なんです』彼はさらに話を続ける。『深海棲艦が現れるようになってから、一部の海流の流れが変わり』このあたりの事は各国では新聞になる程度には有名であり、わざわざ隠すほどの事でもない。

 

彼の説明では、本来赤道近辺は一年中温暖であり台風の発生や雨期を除いては安定的な気候であるとの話である。しかし、どういう訳か深海棲艦が現れてからは、海流が乱れそれに伴い冷たい寒気が一部の海から湧き上がっていると言う。

 

『持ってきたわよ』

 

背丈が小さくセーラー服を着た少女が入ってくる。紺のスカートと、全体的に紺と白のコントラストの短い夏服のような制服だ。髪色はややダークグレーと言ったところだろう。手にはクルクルと回る地球儀が乗っている。

 

『忙しいのにこき使って、ほんっとじょーだんじゃないわ』

 

手に持つ地球儀をクルクルと手で回転させながら言う。提督に地球儀を手渡すと、チラリとケインを見てとフンっと逃げ出す様に、消えて行った。

 

『ああ』提督は素っ気なく困ったものだと、特に咎める様子もない。『あけぼのは誰にでもああなんですよ』

 

良くは分からないが、恐らく彼女たちは、単なる兵としてではなく特別な扱いを受けているのだろうとケインは思った。

 

『どうぞ、おかけ下さい』彼は白手でケインを医務室にある無機質な勉強机のような机の前にあるイスに着席するように促した。机にはこの近海の情報誌や医学類の冊子が乗っているのが見える。

 

『現在、我々がいるのがこちらです』

 

彼は素早く地球儀を回し、太平洋の左下に位置する島々にペンにより印をつける。その後に説明と共にハワイ、硫黄島と印をつける。地球儀上に三角形の線が結ばれた。

 

『我々は多大な犠牲と共に、この内側に敵勢力を抑え込みました』

 

今回彼は説明を省いているが、人類は二つの敵根拠地を想定しており、一つは前大戦での激戦地太平洋と、もう一つは大西洋。いずれも海底深くに活動の拠点があるとわかっている。つまりは二正面作戦を展開中だ。

 

大西洋方面は潤沢な戦力を惜しみなく導入し、今日までは陸地への大きな被害は出ていない。問題は敵の質・量ともに多い太平洋側であったが、先の決戦により孤立していたハワイ島の制海権を連合軍が奪還してからはこの三角形の内部へと敵は身を潜めている。

 

『深海棲艦は海底で過ごすというが、潜水艦やらはないのか』

 

ケインの素朴な疑問であったが、立ち会っていた眼鏡をかけた艦娘から鋭い視線が刺さる。そんなものがあれば、とっくにやっているということだろう。

 

『ケインさん。我々には、この狭い地図上の範囲だけでも手に余る広さなんです』

 

彼の言葉には、どこか悲壮感が漂う。ケインは、この小さな島の基地は。おそらくは後方に控える島々の前線基地として使われているのだろうと思った。つまりは、捨て駒だ。

 

『ゴホン』

 

続きを話そうとする提督に、眼鏡をかけている彼女が咳払いで制止する。彼は地球儀を金剛に渡すと、時計を見る仕草をした後、もうこんな時間かと部屋を離れていった。

 

『ケインさんはしばらく滞在されるでしょうから』大淀は眼鏡をキラリと光らせると、ケインに着いてくるように促す『施設の案内もかねて、外で続きを話しましょう』

 

『片付けは私がやっておくデス』

 

ブラウンの髪色をした金剛が片手をフリフリと動かす。だいぶ元気そうな女性だなとケインは思った。医務室のある施設。提督の執務室と、複数の作戦室があると説明を受けながら、学校のような形をしている二階建ての建物から二人は外へと出た。

 

 

 

 

『ところでケインさんは軍人ですか』

 

大淀は先に歩き、広場で光を集めながら前を向いたまま小さく喋る。芝生の上を潮風が抜ける。芝生の周りはいくつかの施設が点在しているようだ。

 

『いや、宇宙では何でも屋のような仕事をこなして生計を立てている』

 

衛星港もないような惑星だと、ケインは余計な知識は与えずに、当たり障りのないように会話を選ぶ。宇宙ではポピュラーな仕事ではあるが、彼女の表情には少し同情の色がある。宇宙人も大変なんだなと。

 

重武装なのかわからないが、個人の船に兵装があるのであれば、隕石でも飛び回って資源でも集めているのかと想像する。向かってくる隕石を砕くくらいは出来るだろう。あるいは、宇宙海賊対策だろうか。

 

何れにせよ墜落するくらいであれば、本船の能力は宇宙人としては期待できるものではないのだろうが、それでも、自分たちには十分すぎる戦力だと、彼女は分析する。

 

『あなたには、二つの身分が用意できます』

 

広場を抜け、わずかに木々が立ち並ぶ砂利の小道に入る。

 

『一つは、都合よく記憶の一部を失った同盟国の遭難者』

 

ケインはなるほどと、思った。確かにこれならば怪しまれこそすれ、追及されても困らない。しかし、自分が宇宙から来たことを伏せたいという事は、保守的な星なのだろうとも想像する。ケインのマントが風に煽られバサバサと動く。

 

『もう一つは、試作“艦娘”としてこの星にいる間を過ごしてもらう事です』彼女は立ち止まり、振り返る。『あなたは、私たちの言う、艤装を装備していますから』

 

本来はさらに、客将として前線における艦隊司令部のように、指揮の一端を任せるなども選択肢があったが、もとより軍属ではないものに指揮を任せることはやはり危険と、大淀の判断のもとに二つに絞られた。

 

『もちろん。このほかにも、ケインさん自身で資源を集めて、地球を離脱する方法もありますが』彼女の赤い瞳がケインを見つめる。『その際は、我々を攻撃しないことをお約束願います』

 

彼女の青い瞳に、有無を言わさぬ力がある。

 

『あなたは“どう思いますか?”』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09 Concealed 5th ship of the “Takao-class”

『ああ。ケインさんお戻りですか』

 

提督は白い軍帽をクリクリと動かし、位置を調整しなおすと執務室のイスから立ち上がった。ケインの肩には妖精さんが乗っている。

 

『妖精さんもご一緒でしたか』重いテーブルの上にある、ミニチュア木造りのテーブルセットのイスを引くと少女は七色の翼をはためかせ、テーブルにトンと着陸する。トコトコと歩き、小さなテーブルについた。『それで、どうされますか?』

 

『ああ、それなんだがしばらくは―』ケインは少しいやな顔をすると『艦娘として雇用契約を結ぼうと思う』きまり悪そうに言葉を続けた。

 

『本当ですか?!』彼は即座に手を伸ばし、ケインに握手を求めた。『いや、助かります』妖精さんはテーブルに着くと涼しい顔で小さなティーカップで紅茶のようなものを飲んでいるようだ。

 

『そっちのちまいのにね』ケインはマントから手を出し、彼の握手にいやいや答える。チラリと少女の方を向くと、我関せずとイスから出る両足をパタパタと動かしている。『この星に気になることも出来ちまったしな』

 

『ほう。一見華奢に見えるが、相当な鍛錬をしているなお前』

 

併設されている作戦室からのっそりと、筋肉質な女性が開いている簡素なドアを通り、長い黒髪を揺らしながら執務室へと入ってくる。

 

『あんたは?』

 

身長180センチはあるケインは、若干目線を下げ目を合わせ言う。彼女は腕を組みながら軽装甲のような艤装を身にまとい立つ。重厚なプレッシャーのある、言うなれば相対するものに戦車のような印象を与える。

 

『予備知識のない貴様には理解が難しいかもしれんが』彼女は堂々と名乗り始める。『私は長門型一番艦、長門だ』彼女は白い手袋をとり握手を求めてくる。『ビックセブンと呼ばれたこともある。以後よろしく頼む』

 

『ああ』ケインも握手を返すが、力強い握手にわずかに驚かされる。『こちらこそよろしく』

 

『時に貴様、かなりできるな』

 

長門はケインのスキのないいでたちに、かなり多くの死戦を潜り抜けてきていそうだと想像する。唯一の懸念は目立つマントだが、自分の長髪も似たようなものであり、どこか似ていると彼女はフッと微笑んだ。

 

『戻ってきたところですが、こちらもひと段落付きましたので』提督は白いドレスブーツでコツコツと歩く。『一緒にお昼でもいかがでしょうか』ニコリと営業スマイルのように言われケインは頷くと外へと戻った。

 

『何度もすみません』彼は視線を左右に動かし警戒しながら広場の芝生を歩く。『一つ宇宙人がらみで任務が来ていたもので』

 

ケインは先を促すように、彼に続き高い日差しの中、サクサクと芝生を進んでいく。

 

『新型宇宙船を調査せよと』ケインは面白そうに話しを聞いている。『今までは戦力の不足と内容が内容なだけに後回しにしていたのですが―』

 

草むらがガサっと動く。眼鏡をした彼女が戻ってきたようだ。

 

『大淀か、声をかけてからにしてくれ』提督はビクッと驚くが、ケインは初めから気付いていたのか気にせず歩き続ける。

 

『失礼しました。以後気を付けます』彼女は眼鏡をクイッと動かしながら言う。

 

『真偽の調査と、対象の奪取。不可能の場合はこれの破壊をと』少しバカバカしそうに彼は言うが、自分たちによく似た宇宙人を一人目の前にしていると、少しその内容にも現実味を帯びてくる。『眉唾な話ではありますが』

 

『餅は餅屋という事です』そういうと、彼女はケインの隣を合わせるように歩く。『随分と急な話だな』半ば疑うようにケインは声を出した。

 

『実はこれは今日付で判明したのですが』彼は声を潜め前を向いたまま小声で話す。『敵深海棲艦が活性化したので、宇宙由来の超兵器の開発を始めたようなのです』

 

『ここからは軍機、いや、すごく秘密の話なのですが』彼の声色が暗く変わる。『このままでは近々人類は敗北します』目を閉じ語るその姿は重々しく先ほどの話よりも真実味がる。

 

大西洋の戦況分析では、それは一進一退であり、辛うじて物量により敵勢力と拮抗していいるに過ぎないこと。先の決戦では実は敗北していたにもかかわらず、深海棲艦自身が何故か海底に身を引いたこと。

 

深海棲艦は不可解な行動ばかりを続けていると。

 

『奴らの行動は意味をなさない』ツバでも吐き出すかのように彼は言葉を続ける。彼も失ったことのある男なのだろうか。『これはまるで』涙をにじませながら白い手袋をきつく握る。『まるで、遊んでいるだけだ』

 

 

 

――ばーちゃん。町が、町が燃えてるよ。

 

――ケイン。

 

ロストシップは、闘うことを宿命付けられた船。ロストテクノロジーは、甘い蜜。その代償は、文明の滅び。ロストシップに関わるものすべてを巻き込んで、戦いへと、戦いへと。

 

 

 

ケインは目を細めて過去を思う。

 

『いいぜ。その話受けるよ』

 

ケインにしては珍しく、詳細を聞いてすらいないがその任務を受注する事にした。ケインには深海棲艦の、その不可解な行動に思うところもある。新造艦が万が一ロストシップであれば、捨て置くことも出来ない。

 

『それでそいつはどこに?』地名など聞いてもわかるものでもないが、一応は録音をしておく。『ポートモレスビーです』彼女は目を光らせると、そう答えた。『ここからですと、艦娘の全速航行でも片道一日はかかりますね』

 

『予備戦力に乏しいこの鎮守府では―』提督は力なくつぶやく。『半径、半日圏内の遠征が限界でした』青い海の彼方には霧のようなものがわずかに見える。『遠からず奴らは陸地へも侵略を始めるでしょう』

 

『作戦発動までは日数がかかりますので、短い付き合いでしょうが』彼は曲がった軍帽を正すと、背筋を伸ばしケインと向き合う。『よければ、艦娘達と仲良くしてあげてください』ケインは彼の表情に枯れ木のような哀しさを感じ取った。

 

大淀も、どこか寂し気に立っているようだ。海から冷たい風が差し込んでくる。

 

 

【【深海棲艦は現在、攻勢防御を主眼に作戦を行っており、新個体“姫級”の敵がこれを統率している。彼女らは海上に姿を現している期間は長いのだが、威力偵察以上の攻撃を行うとすぐに海中へと逃れてしまう。ひどく賢い。

 

先の決戦において大打撃をこうむった理由は、新型敵深海棲艦、飛行場級が多数目標に常駐していたことに起因する。飛行場タイプは単独にして、300機以上の航空隊を指揮していたというから驚きだ。軍令部の想定ではこれの半分以下が上限とされていた。

 

丸いフォルムに黒い体。むき出しのガチガチとした白い歯。それらが空に八分。

 

爆撃機の不足に伴い用意した、艦娘の戦爆を打撃力の要とした戦略にも無理があった。如何に艦娘といえど万能ではなく、先の戦争同様に戦爆はあくまでも爆撃機であり、その空戦能力は習熟内容の違いから極めて低い。結果、瞬く間に制空権を失うことになった。

 

艦娘は軍艦を盾に包囲を形成し果敢に善戦するも前線指揮官を失い瓦解。辛くも硫黄島・ハワイ方面へと落ち延びる事ができた。世に言うウェーキ沖の悪夢である。直後から情報統制が行われ、大勝利の報のもと、人類は数か月程度の安心を享受している。

 

人類は未だに深海棲艦らの全容を何一つ解き明かしてはいないのだ。】】

 

 

 

 

『不幸だわ』

 

木造りで四人掛けのテーブルが並ぶ艦娘で賑わう食堂で、よくわからない大きな肉が目の前にあり、周囲からは羨望のまなざしで見られている。白と赤を基調とした巫女服をまとい、山城は、ナイフとフォークを使いモクモクとお肉を口にしていく。

 

珍しくハンバーグ定食を頼んでみたら、配ぜんしていた者から、スープを手にこぼされてかなり熱い思いをした。赤く変わった手の甲をさすり、姉のように儚げに大丈夫よと一言言うと、乾燥を始めたワカメのようシオシオと力を無くす。

 

見かねた料理長が謎のステーキセットにメニューを変えてくれていた。オーストラリアからの若干固い肉ではあるが、通常では肉自体が希少なこの鎮守府では実際に購入を考えれば結構値が張る食べ物だ。奥歯をかみしめしっかりと味わう。

 

『相変わらずだな山城は』白いドレスシューズをコツコツとならし、わらわらと騒いでいる駆逐艦娘を追い払うと、山城の向かいへと着席する。『ケインさんもこちらへどうぞ』彼は隣のイスを引いた。

 

『なーんだよ提督は羨ましいねぇ』厨房から声が聞こえてくる。『まーた新しい子はべらせちゃってさ』数人の料理人がヘラヘラといつものようにからかってくる。

 

ケインは眉をひそめた。山城は血の気が引いていく。美味しいお肉の味がどこかへ消えてしまった。何か良くない予感がする。何か大事なことを忘れていた。特大の不幸を予感した。

 

『変なマントつけてるけど海外艦かい?』年長者の料理人はいつもの調子で悪気なく続けた。『また、かわいい子だねぇ』

 

ケインはサイブレードに手をかけ、立ち上がり一気に抜き去った。

 

『待ってくださいケインさん!』提督は目を丸くして彼の手を両手で押さえつける。時同じくして弾けるように動いた、ケインの両肩には山城と大淀がいる。『誰が!変なマントだって!』ケインはオレンジの髪を逆立てる勢いで吠える。『それに、俺は男だ!』

 

山城は、キャナルから聞いたケインの取り扱いについての注意事項を思い出した。揶揄の類かと思ってその時は一緒に笑っていたが、彼女はこう言っていた。ケインのマントをバカにしたり、ケインを女のように扱うと斬られます。

 

―― 斬られます 斬られます 斬られます

 

エコーのように脳内を反芻する。この目は本気だ。絶対に離してはいけない。

 

『うーむ。高雄型だな』一人弾き飛ばされ、床に尻餅をつきながら彼は頷く。『間違いない5番艦だ』うんうんと頷く。『頭パンパカパーンなんですか、バカ言ってないで早くなんとかしてください!』大淀が眼鏡を光らせ怒鳴りつける。

 

 

【【硫黄島近海で警戒警備を続ける高雄型については諸説ある。1番2番艦はスカイブルー。少し濃いめの青色で添乗員のような恰好であるがタイトミニのスリットは深く一見キャンペンガールのような扱いを受ける。

 

1番艦・高雄[たかお]は黒髪のゴワゴワとしたショートヘアなのに対して、2番艦・愛宕[あたご]は黄色い背中まで下りるロングヘア―である。両艦ともに胸が大きく戦意高揚のために広告塔にかりだされることもあり、人懐っこくファンキーな性格である。

 

3番艦・鳥海[ちょうかい]、4番艦・摩耶[まや]、1番から同型艦ではあるが“戦局の悪化”にともない近代化改修を実地、その際に服装も見直され、駆逐艦のセーラー服をベースにさらにスカートにはスリットが両サイドに入っている。

 

両者とも色が少し薄い黒髪で、鳥海は愛宕ほどに長い髪。摩耶は防空巡洋艦であり自らの進言により、短髪で延焼箇所が少ないように洗練されている。

 

広報任務も忠実にこなす、高雄、愛宕とは違い、スリットに網タイツのような赤い格子を入れられた事もあり、両者とも性格がやさぐれているところがある。本来の運用目的から逸脱した任務ではと思うところもあるため、軍内部では黙認されているが。

 

摩耶にいたっては自信家なきらいがあるが、先の決戦において、制空権のない中で敵航空部隊に大穴を開けたことが全軍撤退の一助となっていた。その潜在能力は高く、自他ともに認めるところである。】】

 

 

『おっかねぇおねーちゃんだな』

 

料理人たちは引きつるような顔つきで、厨房へと退散する。まるで深海棲艦でもみているかのようだ。ケインはまだ言うかとばかりに、威嚇を続けている。急場とはいえ戦艦並みの力二人分でやっと抑えられるとは、やはり只者ではないようだ。

 

『ケインさんは高雄型5番艦ということで行こうかと思います』落ち着きを取り戻したケインを二人が離すと、四人は再びテーブルに着いた。『それで、高雄型ってのは?』忌々しそうにじっとりとした視線を、ケインは彼に送る。

 

『あちらです』

 

ぱんぱかぱーんのポスターが食堂の壁に貼られている。先頭に金髪の女性が両手を上げてポーズを取っている。やたら胸を強調している。ポスター上部に書かれた扇形のぱんぱかぱーんの文字の下にはほかに女性が3名。

 

こちらも先頭の彼女と同じくパンパカパーンの姿勢を取っている。キャンペーンガールのような二人と対照的に、白いセーラー服姿の二人は、どこか死んだ魚のような目で、乾いた笑顔を作っているのが印象的だ。

 

食堂が静まり返る。山城はモクモクとステーキを頬張っている。近くのテーブルには、楽しそうに様子を見ながら甘未を食べている少女たちがいる。

 

『ぱんぱかぱーん』少女の一人が小さく呟く。一斉に笑い声が生まれた。

 

『あに・すん・のっ』迅雷の速さでケインは動き、少女の胸倉を掴み締め上げる。口は禍の元。本日一番運のない艦娘こと駆逐艦・満潮[みちしお]だ。金剛のようなモンブランを二つ髪にのせ、そこからライトブラウンのツインテールを垂らす少女。

 

『艦娘は切られても死なねーんだったな』ケインの引きつった笑いが、ほかの少女たちをわずかに遠ざける。『獲物はなしだ、表へ出な』非礼があれば、女子供とて情け容赦は一切しない。ケインのフェアな戦闘スタイルが垣間見える。

 

『大した腕力だな。それの無礼は代わりに詫びよう』長髪をたっぷりとゆらし、ゆらゆらと長門が食堂へと入ってくる。しかし、言葉とは裏腹に彼女はコキコキとこぶしを作り、不敵に微笑んでいる。『どうだ、この後私と』

 

『困りますね』ここへ来て、大淀が口をはさむ。

 

『彼との“デート”は私が先です』大淀は立ち上がりゆらゆらと歩み寄りながら、長門を威圧する。『面白いことしてくれたじゃない』少女は手を離され、ゲホゲホとする。『誘われたのは私でしょう?』満潮もケインとの楽しいデートをご所望のようだ。

 

山城はチンピラ達を横目で見ながらモクモクとステーキを食べている。叩いた小さな骨が肉に混じっていたようだ。舌に刺さりほのかに痛む。無表情でレロレロと舌を動かしている。提督は見かねて立ち上がった。

 

『お取込み中のところすみませんが』提督は、ケインの白く手の甲まで延びる指だしグローブで、大胆にも長門にこぶしを作り振りかざしている様子を見ながら、コツコツと歩き出した。『あの、どちらの制服がよろしいですか?』例のポスターを指さす。

 

自己主張の強いぱんぱかぱーんだ。

 

『冗談だろ?』口元をヒクヒクと動かしながらケインが濃縮した青い瞳で提督を見つめる。『艦娘という“契約”ですから』ケインはこの時ハッとなり後悔した。

 

 

 

――トラコンってのは、契約守ってなんぼのもんだ。

 

中には、人生が終わるような仕事もたくさんある。

だから!契約の際には、細心の注意を払うんだ!

ケインは机を強く叩く。

 

『それは、わかってるけどぉ~』

 

黄色いショートヘアの女性がソファーの上で、ピンクの小さいザブトンを抱きかかえている。顔いっぱいで困っていますと表情を作りソバにいる緑の髪の少女に助けを求めるように視線を送る。

 

『分かってない!』手に持つ書類にはミレニアム・フェリア・ノクターンの名前で契約書にサインが入っている。『人のシリアスな信用。ぶちこわしにしやがって!』

 

『ケ、ケイン。もうそれくらいに・・・』緑色の髪をしたメイド服の少女が止めに入る。『キャ~ナ~ル~』ケインは眉をヒクつかせて、ゆっくりと首を少女の方へと向ける。『あ、あう~』彼女はちっちゃく体を縮こませるように後ろへと下がり始める。

 

『だいたいお前も、お前だ。なんだってこんな奴、正式なクルーにしたんだ』ケインは追いかけ、少女に詰め寄った。『それはその~』縮こまって、半笑いで両指ををつんつん合わせながら。『通関とか、面倒だったんで、つい・・・』

 

彼女は極限まで“可愛く見える”ように努めるが、付き合いの長いケインにはキャナルの“悪質な内面”を知り尽くしているため、彼女のいかなるお色気ももはや通用しない。ケインの説教は長時間に及んだ。

 

 

【【トラブル・コントラクター。厄介事下請け人とは、言うなれば酒場で提供されるクエストを宇宙規模でネットワーク化したもの自ら選択して、個々に仕事を契約できるシステムだ。雇用側も同じくトラコンと呼称する為、この業務形態全般を指してトラコンと言う場合が多い。

 

仲介業者・斡旋業者が多く存在し、中には悪質な内容で受注者には極めて不利な条件や、実際に命の保証がされていない内容も多々存在している。しかし、暗黙のルールとして一度契約がなされた場合。契約を履行できない者は職歴に記録されてしまい、次からはまともな内容の仕事を受け辛くなる。

 

さらには、仲介・斡旋業者には罰則がなく、あくまでも雇用主対契約者での係争となり、多くの場合資本力に乏しい個人であるトラコンの身分は保証されない。つまり泣き寝入りとなるのだ。ゆえに、トラブル・コントラクターには常に契約の際には力量と危険度、また妥当性を考えた上で契約を行う必要がある。

 

単純に言えば、日雇い者の自腹移動額が、総支給額を上回っていたり、命の危険を伴う作業を行わされても、誰も助けてくれないというような事だ。だからこそ、契約書は常に隅々まで契約内容を確認する義務がある。】】

 

 

ケインにも不測の事態ではあったが、過去に何度か、契約不履行の経験がある。その苦い経験が契約時のケインの慎重さを作り上げている。しかし今回は、情に流された結果、よくないほうに転んだようだ。

 

『トラコンは』ケインは握られた拳から力を抜く。『契約守ってなんぼのもんだ』人を呪わば穴二つ。巡り巡って帰ってきたようだ。オレンジの髪ががっくりと垂れる。

 

提督の説明では、艦娘の保護は手厚く、艦娘対人の衝突であれば、艦娘が優遇されるとの事。艦娘対艦娘の問題であれば、基本的には当事者間で解決を図るように促されていることが説明された。

 

つまり、ケインのように喧嘩っ早い者では、艦娘でもなければ、この地球上では常時留置所送りになってしまうとの彼の判断である。暫定的措置として、他方への上陸作戦時以外には、通常の服装でも構わないと彼は確約した。

 

高雄型はそもそもイロモノ扱いを受けているうえに、艦娘自体の実体も良くはわかっていない。“おおむね”人類に対して友好的とあれば、このような“まぎれ”がいたとしてもそう多くは疑われないだろう。それに4番艦は素行の悪さでも一目置かれている。

 

試作5番艦であるなら、なおさらという事だ。設定上はもっともらしく、接収された同型艦のひな型が戦後に同盟国で就航し、そのあと例の実験の際に長門型よろしく巻き込まれたとでもしておこうか。と、提督は試案を巡らせる。

 

『高雄型5番艦・ケインブルーリバーだ』白いスカートを揺らしながら、謎の指さしと共に名乗りを上げる。『この名前はコロラドの研究機関で、鹵獲データの再設計を受けたことに由来するぜ』こんなところだろうか。いや、ベースは英語か。

 

『ケインブルーリバー様だ。試作艦なんで水上戦はちょっとBADだぜ』劣化摩耶とでもいったところかと、遠い目をしながら彼は考える。いやまてよ、マントがあるな。マント。ハロウィン艦か?

 

『提督』視界が揺れる。『私、哨戒に行ってきますよ』気が付けばゆさゆさと山城に体をゆすられていた。『提督、デイドリームはその辺で』大淀も眼鏡をキラリと輝かせ鋭い視線を送っている。

 

『まぁ、ともあれ作戦までは気楽に過ごしてください』提督は乾いた営業スマイルを浮かべにっこりと笑う。『まだ、深海棲艦も侵攻してくる気配はありませんし』

 

食事を終えキラキラと輝いているような山城を入り口まで見送ると、彼女に代わり長門が席に着き四人はメニューを見た。身長の高いケインと、重々しい長門。眉をピクピクと動かしながらメニューを眺める大淀。乾いた笑いを浮かべる提督。

 

テーブルが異様に小さく見える。

 

食堂はいつのまにか、この枢軸の4人と、いったい何が始まるのかと、ビクビクとおびえる三人の料理人だけになっていた。メニューにある肉類には、完売を現す猫のシールがペタペタと貼られている。残っているものは、貧相な魚の天ぷらと、草物ばかりだった。

 

『おのれ山城』

 

大淀はこれみよがしにステーキを頬張っていた彼女を思い出し。奥歯をかみしめた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 Saluting!

つ´・ω・`) 本ページには以下のタイトルの音楽が一部、使用されています。なぜか本文中、どこにも記載が反映されていないので念のため。ただ、ダブルクリックで、文章が反転して選択できなくなってるっぽい。全文にロックが入ってます。



ロストユニバース トラックスコンテンツ1

JASRACコード  058-3138-5
トラックNo.18 YOU'RE MINE

アーティスト  鈴木真仁


 


『ママ・は・いっーてーた・きをつけなーさい』

 

クルクルとフレンチクルーラーを乗せた金剛を筆頭に、駆逐水雷戦隊を従えて広場のトラックを規則正しく小走りしている。

 

『ほんとの・あいにーは・じかんが・いーるわ』

 

少人数の少女たちが崩れぬ隊列で金剛に続き、歌いながら追いかける。走りながらのため小刻みに歌っているが最近金剛がはまっている歌らしい。

 

『だけど・あなたーに・でああた・とーきに』

 

無駄に上半身をブリブリと振り、クルクルしたフレンチクルーラーが左右にマラカスのように揺れているが、それでスタミナが落ちないとはさすが戦艦といったところだろうか。

 

『へぇ。気合はいってるじゃねーか』ケインは感心するように彼女たちのジョギングを目で追う。歌いながらにも関わらず、統率が取れている。どちらもかなり訓練をしてそうで、根は真面目なんだろうなとケインは思った。

 

初めから燃えることを前提に木造りで簡素に作られた食堂から、ゾロゾロとごつい4人衆が出てくる。ケインはトラックを走り回る集団を見て小さく呟いた。先頭に一人変なのがいるが。

 

『ひゃくねーんのー・じーかんさーえ・軽々と・飛び越えて、しまった!』

 

金剛は立ち止まりポーズを決める。ファンシーな巫女装束が風に揺られる。

 

『You're mine~!』片手を天に伸ばし、青い陽光のもとポーズをきめる。ていとくー!目を離しちゃNOなんだからねー!!片手が犬のしっぽのようにブリブリと振られている。急停車により後続が玉突き衝突を起こした。『オウマイグッデス』

 

『なんか言ってますよ』大淀がキラリと提督を睨みつける。『昼の酔っぱらいには、正直関わりたくない』身も蓋もないことを言いながら、ゲッソリした顔で彼はコツコツと歩みを進める。しかし、残念だが彼女はシラフだ。

 

『いつも走ってるのか?』急いで立ち上がり、再び等間隔に隊列を整えている金剛を見る。

 

『ええ。私も今朝、大淀に突き合わされましてね』苦々しそうに表情を暗くしながら、提督はギスギスする体を動かす。『この後は私とジムだろう?』ふてぶてしく腕を組み言う長門に大げさに片手を振って彼は答える。『情けない』

 

『うーまれたとーきに・なーくした・かーけら』金剛はまたブリブリと走り出す。さしずめ、ランニングのアイドルだろうか。『ああー・みつけーた・みーたーいー』

 

金剛の伸ばす片手に合わせて、後続の少女たちも一糸乱れぬ挙動で追従する。悲しいかな金剛の軍歴は長く、基本的には少女たちは彼女のいう事をよく聞く。攻撃機動を始めた戦闘機のように斜めに手をあげたままトラックのカーブを旋回していく。

 

『なにか』長門は広場へと近づいてくる兵士に声をかける。『コムセ・から・あります』

 

ヨォアマイーン!!てーとくー!!

 

『黙らんかバカモンが!!!』彼はビクッとして姿勢を正し敬礼を行う。『ああすまん。貴様ではない』長門は答礼をすると、指で気まずそうにほっぺたをカリカリと掻く。『コムセンパックからであります!』

 

『ん』ファイルを持ってきた若い下士官の敬礼に提督は答礼すると、彼は足早に持ち場へと帰っていく。『ほう。フォーティーフォー・セカンド、か』提督は内容に目を通し呟く。

 

『なんだそれは』長門が不思議そうにダークブラウンの眼を細め言う。

 

『ああ。本作戦にあたり、グアムから増援が来るのだが、その部隊名だな』提督は言葉をわずかに詰まらせる『それとエンタープライズが来るらしい』名前の前にSSの符丁があるが、これは潜水艦の記号だが、おそらくUSS (United State Ship) の誤送信だろう。

 

『どちらのですか?』大淀も興味を持ったようだ。艦なのか、艦娘なのか、とういことだ。『いや、詳細は不明なのだがおそらくは。艦のほうだろう』ここで彼は言葉を濁らせる。

 

現存しているエンタープライズ級空母の事だと思われるが、ここは係留装置に乏しい上に、溶岩質のためかなりの場所に海面から見えない尖った岩が存在している。つまりは大型空母が停泊できる場所などない。

 

座礁の危険を伴ってまで少数部隊の移動のために、わざわざそれが来るとも思えないが、艦娘一人でけん引できる人数でもない。指定区域から、護衛を変われと指示があるので、その時にははっきりするだろうが。途中まで船団の護衛も兼ねているのだろうか。

 

『青葉にでも見に行かせるか?』本来なら一番に駆け出してきそうな話だが、不幸にも彼女はいま山城と共に海の上だ。『しかし、艦娘の不足分を補うという事だろうが、彼らを使うとなるといささか気の毒ではあるな』

 

『フォーティーフォー・セカンド。例の日系部隊ですね』大淀が青い瞳を細め言う。『欧州の深海棲艦上陸戦でもっとも活躍した連隊』うん。と、提督は考えを巡らせる。『確かに彼らなら深海棲艦とも渡り合えるだろうが、年齢がな』

 

『話の途中で悪いが、その、深海棲艦ってのは、どれほど厄介なんだ?』のどかに走りまわる金剛一行を眺めながらケインは尋ねた。

 

『そうですね。一隻でも上陸されれば、後ろの建物はなくなりますね』もっとも、姫級を除いては、一体一体が人間の数倍の大きさのため、浮き桟橋から人が通れる程度の石段と、溶岩質でそそり立つこの基地への上陸は難しいだろうが。

 

『もっとも、それくらい私もできますが』ニヤリと眼鏡を光らせる。『私もできるぞ。造作もない』長門も腕を組みながら堂々と言い放つ。『ちなみにアレのモモについてるのでも十分だ』揚々と走る金剛の足を指さす。3連装魚雷ポッドが両足についている。

 

『オレか?』長門はケインの顔を人差し指で指す。『簡単に、とは流石に行かねーが。斬って見せるぜ』こちらも不敵に微笑んでいるようだ。『乗らないでくださいケインさん』何か話がおかしな方向へと進んでいるようだ。提督が慌てて止めに入る。

 

『作戦はこちらで立案しますので』大淀は冷めた表情で続ける。『ケインさんはオブザーバーとして同行してください』そう言うとカッとカカトを合わせ、敬礼をする。ケインはつられるように不慣れに答礼をするが、やはりどこかぎこちないところがある。

 

彼女はクルリとターンをすると、作戦室のある施設へと向かい、芝生の横に通る砂利の小道をシャクシャクと歩いて行った。

 

『ケイン』少し低い声で長門“教官”は声を出す。『他は良いが、艦娘たるもの敬礼くらいはまともにできないと怪しまれる』ケインは困ったなとオレンジの髪をポリポリと掻く。

『どうすりゃいいんだ?』契約の範疇だろう。やむを得ない。

 

『ふむ』長門は胸の前に組む、腕から出る指をトントンと叩く。『おい!曙!』金剛歌劇団の最後尾をいやいや務めさせられていた少女を呼びつける。口は悪いが、素直な良い娘である事は周知の事実だ。

 

戦列から離脱し、一人、長門の前に小走りで来た。息を切らしながら両膝を掴み、黒いサイドテールの長髪が揺れる。

 

『来た・・わよ・・』少し恨めしそうに上目でゼエゼエ息を吐きながら言う。『何のようよ』スッと上体を起こし、よれたスカートをパンパンと叩く。

 

駆逐艦・曙[あけぼの] は、特型駆逐艦の18隻目。吹雪型として24隻の同型級が存在する。白いセーラーシャツに青く短いスカートを履いている。基本的に艤装を装備しているため、常に背中に背丈ほどあるボイラーの煙突を背負っている。

 

『敬礼』長門が言うと、曙は素直に足をそろえて額に片手を当てる。『直れ』背を伸ばし少女が直立する。『どうだ。美しいだろう』真顔で言う長門に、曙はわずかにほほを赤らめ口を開けた。『はあ?』

 

『敬礼』長門は、ケインに向かい言うが、やはりどこかギクシャクとしている。『足は60度に開く』屈みこみケインのカカトを付け、足の先端をそろえさえた。『手は胸の先端を通してまっすぐ上げる。脇は90度に開け、指の先端は揃えて伸ばし、眉に付けろ』

 

『直れ!』ケインと、曙は同時に手を下す。『ああ。あんた艦娘始めたの』少女がクスクスと笑う。『敬礼!』二人はサッと手を挙げた。『成り行きってやつだ』曙はどうやら訓練に付き合わされたのかと、少しめんどくさそうに瞳を細めた。

 

『直れ!』バッと音を出し、手を下す。『両手はグーを作り、まっすぐに体に付ける』慣れないと厳しい体勢だ。『敬礼!』『戻せ!』『敬礼!』『戻せ!』長門は頷きながら様子を見ている。

 

『なんだか面映ゆい』提督はちょっと昔を思い出しながら頭をポリポリと掻く。

 

『良いぞ。様になっている。艦娘たるもの敬礼くらい出来なくてはな』長門は満足そうに頷いている。『実はケインさん』提督がちょっと面白そうに割って入る。『帽子を被っていないときは違う敬礼をするんですよ』

 

『そうだな。一応艦娘ルールも教えておくか』長門も思い出したかのように言葉を続けた。

『よし、曙。無帽敬礼だ』長門が号令をかける。『はぁ?なんで私なわけ!』『つべこべ言うな。無帽敬礼、始め』

 

曙は、ペコリとおでこを突き出すかのように背を曲げ、お辞儀をする。

 

『なんで触るの!?うざいなぁ!』つまりは撫でてくださいと言わんばかりの姿勢になるわけで、双方の安全のため艦娘はこれを行わない。『ガブッ』白い手袋に少女の歯形が付いた。『あいた!』『今のは貴様が悪い』冷めた瞳で、長門が提督を流し目で見る。

 

『過度に子供っぽくなってしまいますから』彼は手を揉みながら苦笑いで言う。『戦線に投入する際に諸国からの批判が再燃してしまいます』また学徒出陣だのと言われて、ギリギリ負けている状況にも拘わらず、内地に引っ込められてはたまらない。

 

『もう一つは基本的に艦娘から敬礼をしない、ですね』基本的に扱いが上位に位置する艦娘からの敬礼は、相手に礼儀としてではなく好意があるとの意思表示になる。『相手に過度に好意があると思われてしまいます』

 

艦娘は全て“身目麗しい女性”型なため、相手をムダに舞い上がらせる結果になるかもしれない。アイドルの如く追いかけられて、歩く軍事機密の塊をおいそれと盗撮されてはたまらない。そうそう見られて困るものもないが、万が一もある。

 

『それで、私は執務室に戻りますが、ケインさんはこの後どうされますか?』張り付いたような営業スマイルで彼は問いかける。『そうだな。滞在することにもなるし、出来れば、施設の見れるところはみておきたい』

 

『そうですね』提督は長門を見るが、この後はトレーニングやらで忙しいのだろう首を振っている。大淀は作戦室に籠りっきりになるし、とすれば金剛か。『ねぇ。用がないなら私、戻るわよ』ああ、適任がいたと視線を下げる。何だか性格も似ていそうだし。

 

『よし、曙はケインさんを案内して来い』『は?クソ提督、何言ってんの?』少女は両手にグーを作り、地面に向け突き出しながら彼を睨みつける。『頼むよ、曙。お前にしか頼めないんだ』少女の手を取り、しゃがみ、見上げながらさわやかな営業スマイルが光る。

 

『し』僅かに少女の耳に紅色が差し込む。『仕方ないわね』

 

少女を丸め込んでいる姿を、ケインと長門は白々しく眺めている。どうやらこの提督は艦娘の扱い方に長けているようだが、どこか、レイルのように胡散臭さをケインは感じた。確かに、人間になつきすぎているようだ。あるいは、見た目通りの性格なのだろうか。

 

『You are mine~ 誰も二人を~ 引き裂けないの~ ああ~ いのちつきーてもー』金剛型追尾魚雷が離れていく提督についていく。『Baby, You must know that I’m~ yours~』白い軍服の片腕にうっとうしく抱き着いている。

 

 

 

 

『おもったよりも自由なんだな』ケインは唖然としながら一人呟いた。

 

『とりあえず、桟橋に行くわよ』曙はついて来いと言わんばかりに、広場から離れジャリ道をサクサクと進んでいく。『ところであんた艦種は?』少女はサクサクと進みながらぶっきらぼうに訪ねる。

 

『ああ。なんか高雄がどうとか言ってたな』サクと、足音が止まり少女が振り返る。『はあ?』僅かに距離を置きながら、冷たい視線が突き刺さる。『あんたそれ』僅かに口元を緩ませると急いでターンをして再び歩を進める。『まあ、いいわ』

 

『何だよ、気になるじゃねーか』ケインもユラユラと黒マントを揺らし付いていく。『あんた、あいつらの挨拶知ってる?』ケインにも合点がいく。『ああ・・』力なく返される相槌のようなものが帰ってきた。気まずい沈黙にサクサクと石の音が響く。

 

『そんな変なマント付けてっからよ』背を向け歩く少女の言葉に、ケインはわずかに眉を動かす。『ま、悪いことばっかじゃないわよ。頑張んなさい』背を向け、どこか照れ臭そうに言う少女は、根は良い娘なのだろう。ケインはポリポリとオレンジの頭をかいた。

 

キャットウォークのような細い石段を下りていくと、浮桟橋が潮風に揺られている。ジャワジャワと、桟橋の足を支え隙間なく敷き詰められたテトラポットが引き波により音を出している。この大地は数十メートル岩が続くが、その先は崖のように突然海が深くなる。

 

『ここが主に私たちの出入り口ね』少女は桟橋の先端を指で刺す。『潮の満ち引きに合わせて上下するから浅いときはテトラポットに気を付けるのよ』少女はちゃぷと海面に足を下す。『あんたもできんの?』少女は海面に足を乗せたまま手招きをしている。

 

少女はまるで我が家にでも帰ってきたかのように、楽しそうに海上をスケートをするように滑っている。やはり、元が船である以上は海の上が落ち着くのだろうか。艦娘には過去の記憶がある者もいるという、“大淀と妖精の話”も本当だろう。

 

『いや、さすがに海の上は歩けないぜ』風にバサバサとマントをなびかせながら、堂々と言う。『ああ、戻ってきたみたいね』彼方に“人影”が見える。影四つ。全艦無事に帰投のようだ。『待たねーのか?』少女は桟橋に足をかけ、上ると石段へと戻っていく。

 

『見えてからでも、結構時間かかるのよ、それに』少女は石段の途中から桟橋を指さす。『用もなくここに居座るとああなるわよ』波が引き、大きな三角の盛り上がりが浮き上がろうとする桟橋の振れ幅を超えのしかかった。その高さビルの二階程度はあるだろうか。

 

『ああ、三角波か』ケインは青い目でそれを見送る。『あんたのマント防水?私は無意味にスカート濡らすのは嫌よ』少女は白白しくスカートをパンパンと叩き、来た道を戻っていく。『嫌、オレも水は苦手だな』ケインも少女に続き来た道を上がっていく。

 

そんな事をする物好きは、あいつくらいなもんだろう。少女はバカみたいに冷たい海水で体を濡らして、よくここで棒立ちしているクソ提督を思い出す。アレは言っても聞かないし、いつか海に攫われても知らないんだからと、少しイライラしながら歩調が速くなる。

 

『用がない人は、あそこには行かないほうがいいわね』開けた外洋の鎮守府であるため、込み入った波が入りやすい。海を熟知している艦娘ですら、読み違え波に洗われる事がしばしばある。『ああ、肝に銘じとくよ』ケインはマントを震わせながら言った。

 

『次は艦娘用の宿舎だけどー』少女は石段を登り切り、わずかに草のまじるジャリの道の上からジロジロとケインを見回す。『ま、あんたならいいわ』控えめに言って中性的な顔立ちと艤装がある。『おい、それどういう意味だよ』ケインは流石に声を荒げた。

 

『しらな~い』少女は背中を向けたまま、両手の平を上に向け、外人のように両肩を持ち上げると首を振る。クルリとターンし膨らむスカートから、白い下着が見え隠れする。『不貞腐れてないで、早く来なさいよ』

 

『なぁ、どうでもいいけど』ケインはジト目で少女を見上げる。『その短いスカート何とかならないのか?』僅かにケインの口が開いているのは、好色からきている物からではなく、心底呆れているからであろう。

 

『何?欲情しちゃったの?』少女はケインの気も知らずフフンとポーズをとり、黒いサイドテールの髪をかき上げる。『チンチクリンにそりゃなねーな』これに、ホホをかきながら答える。『ないない』ウンウンとオレンジの髪が上下する。

 

『はあ?』少女の両こぶしが地面に向かい僅かに震えるが、口元が閃いたとばかりに水平に僅かに開く。『よかったわ。私もレズの趣味なんてないから』丁字戦。曙優勢と言ったところか。ケインは奥歯をかみしめる。

 

『何だって?』『何よ!』口角砲が入り乱れ、戦いは乱戦を極める。

 

『ども、恐縮です』コーラルレッド、淡いピンク色でゴワゴワとした髪の高校生ほどの背丈のある少女が二人に割って入る。『青葉ですぅ。一言どうぞ!』腕には黄色い帯に黒い文字で、報道・PRESSと書かれた腕章を付けている。

 

『いまや、ケインさんはこの鎮守府一の疑惑の人と言えるね』青葉の陰から、黒いみつあみのテールを揺らし少女が出てくる。『僕は、白露型駆逐艦・時雨。これからよろしくね、ケインさん』伸ばされた片手には、屈託のない笑顔が添えられている。

 

まるで、交わされる握手に、歴史的瞬間のように青葉のフラッシュが光る。大淀を警戒して、ポラロイドタイプを持ち運び、写真がすぐに現像でき、しまえるようにしてある。

 

『早くどくっぽい』ほほをプクプク膨らまし、石段の上の塊を睨みつけている白い肌色のような髪の少女。『これじゃ通れないっぽい』少女の後ろには、怨念のように海水をたくわえ垂らした長い黒髪で、何だか良くないオーラを出している山城がいる。

 

『あら・・ケインさん・・・』ドヨドヨとした暗いオーラで、顔の前に垂れる長い黒髪の隙間から赤い瞳をギラリとのぞかせる。『元気そうで・・何よりですね・・・』金の飾り緒が、戦闘で損傷した巫女服の、彼女の海水により透けた片胸に揺れる。

 

『ふふ、これのせいですか』誰が始めたか、全艦は2・2に分かれ道を開き、戦艦山城を直立不動の敬礼で見送る。『目立っちゃって、不幸だわ』何処か照れ笑いを浮かべ、曲げた指で弱々しく答礼をしながら、彼女は過ぎ去っていく。

 

『おい、なんだ今の、深海棲艦か?』ケインはサイブレードに手をかけることも忘れ、反射的に“好意”を表明した。『知らないっぽい』その声は何処か上ずり震えている。『ああ、僕も知らないね』

 

深海棲艦ならばぶち殺してやればいい。では、あれは何だろうか。沈む船に現れるという、甲板で踊る白い服の女。数々の戦場伝説。その中の一つに山城がある。一瞬にして時雨・夕立の膝は凍り付いたように動かなくなった。

 

 

――海に出たら山城の話はするな。連れていかれるぞ。

 

 

艦娘として彼女が現れる前は、バカバカしくもそんなゴシップが存在していたが。ケインを除く艦娘三人はそれを思い出し、まるで時が止まったかのように、心を込めたキレイな敬礼は、彼女が見えなくなるまで続いた。

 

見回すと一人足りない。殺られた。一人の艦娘が、草の中から両足だけを出している。

 

『青葉、しっかし、しあさい』

 

震える曙は平手打ちで、カメラを構えワレアオバと念仏のようにぶつぶつと呟いている彼女のホホを叩く。シャッターに手をかけていたため、敬礼が遅れたようだ。一人脱落し青葉の陰に、青葉が埋まるように倒れている。

 

『なに・・これ・・』それがファインダーに映り込み、反射的に押されポラロイドカメラのように出力された写真には、黒髪の隙間からギラリと覗く赤い瞳がアップで映っていた。『怖すぎよ!』曙の手の中、恨めしそうに彼女の片目がこちらを伺っている。

 

――ワタシ、だいたい、ドックに、いますよね。

 

その目はそう訴えているようだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 Thousand Yard Stare

つ´・ω・`) よくわからんけど、ユニークキャラが独り歩きを始めた罠。




 


『それで、何でボクのところに?』

 

ゴワゴワとした茶色い冬服のような厚手のセーラー服を着た、黒いショートヘアの彼女。最上型巡洋艦の一番艦・最上[もがみ]だ。建造は四隻、同型として三隈[みくま]・鈴谷[すずや]・熊野[くまの]が存在する。

 

『クソマントの視察よ』『チンチクリンに言われたくねーぜ』気心が知れたのか、冷戦中のような緊迫感はなく、酒場で交わされるクソったれな挨拶のように、入り口の木の扉に手をかけ、ケインは答える。

 

『こいつ当てもないから、ここで飼ってやってくんない?』

 

木造の簡素な作りの部屋であるが、基本的に二段ベッドである。艦娘用の宿舎は在籍艦娘の数に対して収容力がわずかに多く、ところどころ“お一人様”が存在している。

 

『何だって?』

 

聞いてないぞとばかりに声を出したのはケインだった。艦娘になるとは言ったが、寝食を共にするところまでは、さすがにオプションだろう。それに、どこまで兵器なのか知らないが、一応向こうも女の子だろう。

 

『あんた、バディってしってる?』『ああ、そういう事か』曙の問いに、冷静に答えたのは最上だった。『良いよ、下は空いてるから』彼女はサバサバとした性格なのだろう。部屋の中央に立ち、ベットの下段を指さす。

 

気を使ったケインがバカみたいだ。

 

『なぁ、オレは男なんだが』ホホをポリポリと掻きながら、少し困ったようにケインが言う。『“軍艦は”何年も男を運んでいた。ボクも変わらず長々とね。今更気にする物もないよ』その表情にわずかに陰りがあるのは、その最後を思い出しての事だろうか。

 

『バディってのはね。まぁ簡単に言えば二人組の助け合いだよ』ケインの片手を取り、いたずらにウインクしてみる。『むぅ。ボク、あんまり魅力ないのかな』鮮やかにスルーされて少し落ち込んだようだ。

 

『チンチクリンよりは可愛げがあるぜ』『はあ?』曙は咄嗟にケインの固いブーツの足を踏み潰す。変形しかなりの打撃を与えたようだ。『いてーっ!』逃げるようにケンケンと廊下へ出ていく。『フンだ』

 

『はは。君たちの方がお似合いなんじゃないかな』最上がにこやかに微笑みながら言う。『何でこんなチンチクリンと』『何でこんなクソマントと』いがみ合うように二人はにらみ合う。『仲いいんだね』最上はクスクスと笑い始めた。

 

高い音。耳障りなサイレンが響く。

 

『なに?』曙がはじける様に廊下の窓を開け外を確認する。

 

島全域に霧が伸び始めているようだ。かなりの深さで。日も出ているというのに海上の見通しが悪い。数十秒間なっていたサイレンはこのためだろう。

 

『敵襲か?』ケインも続き窓の外を見る。冷たい風が広がり、広場の芝に霜を下している。

『随分冷え込むな』ケインはマントを丸める様に体に張り付かせた。

 

『来ると思うよ。少なくとも“はぐれ”くらいは』

 

最上は艤装の手入れを繰り上げ、まだ搭載数の少ない水上機が数機乗っている兵装を体に巻き付ける様に装備する。片手の上には重そうな飛行甲板のような滑走路が乗っている。その表情は、先ほどまでの朗らかなものではなく、まるでトラのように鋭く細い。

 

見える広場に艦娘が非常呼集され点呼を取っているようだ。霧の中おぼろげに二列の隊列が見える。

 

ケイン、曙、最上も遅れて木造で作られた宿舎を飛び出し、中央へと集合した。

 

『いいか。敵の襲撃は明白である』

 

二列の横に並ぶ隊列の前に、長門が陣取り、その隣に提督が立っている。

 

長門の背中にはこの鎮守府では珍しい大口径主砲の38.1cm砲が二基搭載されている。英国製造の金剛がここに着任する際に、同盟の証としてもたらされたクイーンエリザベス級の主砲を改設計されたそれは、この鎮守府において最大の火力を誇る。

 

 

【【主砲の側面にはFCT(ファイア・コントロール・テーブル)の測距儀が増設されており測距用計算尺も付いている。つまり、連度にもよるが、単独での人力により精密測定射撃が可能になる。

 

先の戦闘で、大和型主砲の脆弱性が露見して、現在の主砲の小型化に対してのギリギリの選択でもあった。大和型主砲は使い物にならなかったのだ。その威力は凄まじく、確かに直撃できれば大戦果を出せたのだろう。

 

その弾速は極めて速いが、それでも大群で群れを成す初撃以上に命中はなく、小型で高速機動を続ける深海棲艦の前には無意味に弾を散らすことになった。さらに悲劇は生まれ、その発射の衝撃によりあろうことか自らの兵装の一部が使用不能になったのだ。

 

これは、帝国海軍が決戦へと大和温存を決め込みその存在を秘匿し、まともな実践を経験させなかったことに起因する。大和・武蔵両名は、史実でのその経験則から硫黄島近海での浮き砲台として精密射撃をすることを提案していたが海軍はこれを良しとしなかった。

 

陸上基地からの十分な航空護衛のない中、両名は出撃しウェーキ島に上陸した新型敵勢力、飛行場型打倒のもと、大和型の悲願であった一発轟沈を実現すべく彼女たちは出撃していった。しかし、彼女たちの轟音は直ちに敵に察知されその周囲に敵が浮上を始める。

 

艦隊中央に位置していた彼女たちは、恐ろしい数の魚雷により直ちに隊列から分断され集中攻撃を受ける。対空兵装は自らの主砲発射の余波で使用不能になり、海面を進む魚雷を洗う事すら出来なくなった。

 

結局、こちら方の射程圏内に敵の主力を捉えること叶わずに、轟沈寸前ながらも防空巡洋艦に支えられ戦線を早々に離脱した。共同作戦をしていた人間たちが人の盾を形成し艦艇を前進させたことが辛くも彼女たちが生存できた理由でもある。】】

 

 

『私はここから、等間隔で発砲を行う』両肩に乗る彼女の連装キャノンがギラリと動く。『視界不良で迷うものはこの音を頼りに帰投せよ』それは敵にもわざわざ位置を知らせる危険な行為であるが全て受けて立つとの彼女の心意気が伺える。

 

しかしそれは、迷える子羊達にはもっとも力強い助けになるだろう。

 

『各自警戒にあたれ』

 

彼女の号令のもと、一斉に敬礼をする。小規模に分散した艦娘たちが、順次浮き桟橋から鎮守府を中心に全域に出撃していく。その表情は雄々しく歴戦の勇士を思わせる。

 

『この霧じゃ。ボクは役に立たないかな』しばふに残された彼女は少し寂しそうにつぶやく。『オレも役に立たないぞ』ケインも仁王立ちになりフォローでもしているかのようににこやかに言う。

 

『何だ!』ケインは一瞬で振り向き、サイブレードを構えた。水気を帯びたマントが大きく翻る。続く風斬り音。『どぉおおおおおおお!』怒声の中振りぬかれる青白い光が片腕ほどのロケット弾の弾頭を斬り落とした。

 

『こいつもお遊びの一つかい?』不発弾のようだ。切り離されたミサイルはズボズボ

と抜かるんだ大地に突き刺さる。『フッ』長門は不敵に微笑む。『大したものだな。と言いところだがアレを見ろ』長門が地面を指さす。

 

『大丈夫かい?』『クソ提督は早く殻に籠れ』曙が提督を押し倒し、最上が全身を使いのしかかるように提督に密着している。『ああ。すまない』白い軍服を泥だらけにしながら、彼は立ち上がった。どうやらアクシデントのようだ。

 

『しかし、ケインさん凄いですね』彼の言葉は素直に感心している。宇宙人とは言え人のカテゴリーだろう。素直に称賛できる所も彼の器量の良さだ。『爆発したらどうすんの!早く帰れ!』曙が泥だらけになった彼の足をさらに泥だらけになるまで蹴り飛ばす。

 

彼は体をよろめかせ、しぶしぶ地下司令部としての機能も持つ工廠へと退散していく。妖精さんも心配だ。

 

『それで、こういう事は良くあんのか?』ケインはサイブレードを腰のホルスターのような場所にサクッとしまうと少しげっそりと尋ねる。『いや、お前が来るまでは中々ないがな』ケニアブラウンのようなオレンジに近い茶色い瞳が疑惑の眼差しを向ける。

 

『しかし、貴様でもなかろう』この喧嘩っ早い男には、恐らくは潜入など不向きだろう。それに、全て計算ずくでやってれば大したものだが、意外と顔にでるタイプのようだ。『このミサイルは友軍の物だよ』胴体には漢字の羅列が見受けられる。

 

『なんか嫌われる事でもしてんのか?』ケインはポリポリとオレンジの頭を掻いた。『さてな』歯切れ悪く長門が答える。『一つだけ明言できることは、艦娘は人類の味方ということだけだ』腕を組み堂々と長門は言う。

 

『ミサイル撃ち込んでくる奴らでもか?』ケインは長門に向かいまっすぐに問いかける。『そこが悩みの種だよ』長門は片手をヒラヒラとさせおどけたように答えた。『しかし、向かってくるなら、その範疇にはない』

 

『それが聞けて良かったよ』ケインは不敵に微笑む。

 

先の決戦でのソードブレイカーの撃沈数は判明しているだけでも、大きさにして大和級の砲撃艦が、僅か数分のうちに627隻。果たしてその中にどれほど作戦を強要された人物がいたかはわからないが、向かってきた以上は撃沈している。

 

鉄パイプを持った怖いお兄さんの集団に因縁をつけられて、先制パンチを繰り出したところ、あろうことか全員撃ち所悪く死んでしまったという構図だろう。規模こそ違えど宇宙では割と良くある話だ。ケインの指名手配の理由は、それが原因ではない。

 

『困った奴だな』長門はため息を一つついた。

 

『“宇宙では”』長門は目を据えてケインを見つめる。『どうだか知らんが、ここではむやみやたらに人を斬るなよ』そう言うと、彼女は霧の中へと消えていった。

 

『クソマント』曙が両手を腰に付け、背伸びをするようにケインを見上げながら言い放つ。『あんたついてきなさい』少女は桟橋を目指して歩いているようだ。『あんたもよ』苦笑いを浮かべ髪を掻きながら最上も後を追う。

 

『特に言われてないけど、私たちはここを守る』桟橋まで下りてくると、周囲は一層冷え込みかなり視界も悪い。日の光が乱反射して、周囲が雪目のように見辛い。『“招待されていない人間”が上がってきても困るの』

 

『私たちは海に出るから』少女はちゃぷと、海面に足をつけ海上に体を浮かせる。最上もまた少し寒そうにしながら、揺れる海上へと足を下した。風があるのか、少し波も高くなってきている。『あんたはここで防空しなさい』

 

先ほどの異次元の芸当から判断しての事だ。

 

重要区画を任せる程度には信頼されているようだ。もっとも、ケインが迎撃できた理由はすでにミサイルがブースタを使い切って滑空状態に入っていたからであり、加速中のミサイルが迎撃できるかはケイン自身にもわからない。

 

曙はそれを見越して、近海にこれを放った部隊がいるだろうと警戒しての行動だ。長門があえて指示を残さなかった理由も、曙の戦歴は長く自ら戦場を判断できる程度には連度が高いからこそであろう。むろん最上もであるが。

 

『頼んだわよ、高雄型』

 

二人はV字に広がり前方方向の霧の中へと消えていった。基地上方では砲撃音が炸裂する。

長門が射撃を始めたようだ。敵にも有利になるが、友軍の孤立を防ぐためには仕方がない。

万一直撃弾を受けても、長門型の装甲が試されるときだろう。

 

 

 

 

『キャナル、聞こえるか?』

 

ケインは腕に付いた、デジタル時計のような物に向かい話しかける。宇宙でも珍しいその機能は、一見危ない人にも見える代物であるが、ここではそれ以上にケインが宇宙人であると証明できるものでもあろう。

 

『・・イン・・』ノイズが多い。船のダメージか、ジャミングか。『・・えますか?』しかし少しずつクリアになっているようだ。『聞こえますか?』

 

『ああ、よく聞こえる』時計を口に寄せキャナルと会話を始めた。『資材の件は工面できそうだ。仕事を受けることにした』機器を操作して手早く録音していたデータを高出力のニュートリノ通信で送信する。惑星のコアを挟まなければ広域で使用可能な優れものだ。

 

『そっちの状況は?』

 

『FCSを中心に復旧していますが芳しくはないです』キャナルの声にも僅かに暗いものが感じ取れる。『やはり自動修復装置がない事には難しいですね』文字通り船外アームを使い、倒れた木を重ねただけの木組みの地下スペースで、手探りで復旧している最中だ。

 

肝心のエンジン部と主兵装のある双胴前部は全くの手つかずで、各部署の亀裂から、わけのわからない虫が船内に入り込んでいる始末である。

 

『何かあればまた連絡する』『ええ気を付けて・・さい。ケ・ン』

 

その会話を最後に通信が途絶えた。

 

『秘密のお話ですか?』

 

背筋にゾクリとする物を感じ、振り返ると山城がいた。白い巫女服に真っ赤なスカート。

 

『何だ。山城さんか』過剰に反応してバツが悪いと思ったのかオレンジの髪を掻きながらケインが言う。『全く、驚いたぜ』霧のせいもあるだろうが、あの長い石段を気配無く背後にまで彼女は接近していたようだ。音もなく。

 

『ああ、ちょいとキャナルに経過報告をな』山城はケインの言葉を聞きながら、片腕を霧の奥に向かい伸ばす。艤装の上には白く力強い水偵が乗っているようだ。『航空機部隊、発艦せよ』水を得た魚のように軽やかな空冷エンジンの音が響きすぐに見えなくなった。

 

『この霧の中飛ばせるのか』ケインは素直に感心した。

 

あの鋭い殺気を放つ最上ですらそれは叶わなかった様子だ。しかし、この儚さの集大成のような彼女は、針金のような精神の中に、タングステン鋼を超えるような強靭さを持ち合わせているのだろう。

 

『見えるものが、すべてではないんですよ、ケインさん』その赤い瞳は、儚さとは対極にあり、世界を燃やし尽くすような情熱を持っている。『あなたも、そうでしょう?』言葉やプログラムでは書ききれない物がこの宇宙にはまだ、たくさん残されている。

 

あるいは、予定調和か。

 

『敵艦発見』彼女の口元が儚げに綻ぶ。

 

至近距離だったのだろう、爆発音がすぐに届いた。

 

投弾した数機の水偵が帰還してきたようだ。着艦フックを下し、寸分たがわぬ機動で僅かに彼女の飛行甲板をバウンドすると格納部へと消えていった。

 

『あとは、お願いしますね、ケインさん』フラフラと揺れる様に、彼女は石段を戻っていく。『空はあんなに青いのに』呟く小声と共に、小さく含み笑いをするように見えたのはケインの気のせいだったのだろうか。『不幸だわ』深い霧の中、彼女は消え行く。

 

鐘の音のように、長門が繰り出す砲撃音が海上に響き渡る。

 

結局、敵の襲撃はなかったが、霧が晴れると海上にはミサイルを撃ち込んで来たとみられる、小型のミサイル艇と思しき浮遊物とオイルの後が見つかった。自爆攻撃でもするつもりだったのか、相当な量の爆薬を搭載していたようで、それは広範囲に広がっていた。

 

 

 

 

『え、山城ですか?』

 

ケインは、地下から湧いて出てきた提督に事の経緯を説明したのだが。

 

『彼女なら、ずっとお風呂にいましたよ』アレなら卓越した戦歴に裏付けられた不幸を感じ取れば自分からモコモコ出てくるし、それがないという事はこの地の安全は保障されているようなものだ。『戦艦のドック入りは長いですからねぇ』

 

いつになくヘラヘラとしているようだ。

 

『そうか』ケインは、口を紡ぎ多くは問い詰めなかった。彼はむしろ謙遜しなくていいと言った様子だ。誰からの撃沈報告もなく、ケインが何かしらの方法で沈めたのではないかと。『流石ですね。今後も期待しています』

 

ケインはバツの悪そうに、ああ、と、答えると一人広場へと出た。

 

空は赤く、もうすぐ夜が訪れるだろう。眉間にシワを寄せ、ご意見無用というオーラを出しながら歩くケインに通りすがりの艦娘たちがヒソヒソ小声で会話をしながら、遠ざかる。夕日を浴びマントを揺らすその姿はさながら、血を求めさすらう吸血鬼のようだ。

 

『嬉しいねぇ』料理長は赤い顔に笑みを浮かべ、テーブルの席を引いた。『試作艦とは言え、俺たちとサシで飲んでくれるなんてよ』ケインはヤレヤレといった感じで木造りの簡素な椅子に座る。

 

いつの世も情報収集は酒場に限る。

 

ケインは閉店後の食堂で、三バカを捕まえて一緒に酒を誘った。艦娘以外のスタッフには女性で通しているため、彼らも、ケインは背が高く一見プライドの高い女性として認識しているのだろう。

 

『それで、なんか話でもあんだろ』肉だるまのような筋肉を持つ男が片目を不慣れにウィンクしながら言う。『まさか、俺に惚れちまったってわけでもあるまい』無意味に片腕を曲げ、膨らむ肉をアピールする。

 

『よせよ、ケインさん引いちまってんだろ』ケラケラともう一人の男が笑う。大きくはないテーブルに四人が座っている。『今日、変なことがあってよ』ケインも僅かに顔を赤らめ話を続ける。

 

『待ちな』料理長が簡単な残り物の食材で作られた肴を持ってくる。『金はとらねーよ』少し豪勢だろうか、野菜が中心ではあるが多くのつまみ以上のものが並んでいる。『あんた今日のMVPだってんじゃないか』

 

『ああ』ケインは困ったように話を続ける。『なんでぇ。浮かない顔しちゃってさ。まぁ食ってくれ』海外艦という事で、フォークとナイフを手渡す。ケインは塩気を帯びたキャベツにフォークを刺し、酒に口を付けた。『実はな』ケインはぽつりぽつりと口を開く。

 

ブラインドは下され、閉店後の暗い照明の中ケインは話を続ける。

 

彼らはその話を聞き入り、やがて一斉に立ち上がった。

 

『ありがとうございます!』入り口に向かい敬礼を行う。

 

『どうしたんだ?』酔いが回り、クラクラとしながらケインが尋ねる。彼らの瞳には僅かに光っているものが見える。『あんた、新入りだから知らねぇが』少し男らしい顔つきで再び彼らは着席した。『この鎮守府には双璧があったんだ』

 

『扶桑型戦艦の一番艦』間をおいて料理長が口を開く。『扶桑はちょうど今日みたいな霧の日に消えた』口をキュッと閉じその目は遥か遠くを眺める。その瞳は焦点が合わずにすべての感情が抜け落ちたような表情をしている。くたびれたロウ人形のように。

 

『大規模作戦の前に他所へ転属してな、M.I.A』一人がポツリと呟いた。『Missing in Action (行方不明)になったそうだ。そう記録されている』彼もまた全身から力が抜け、体が小さく見える。愛されていたのだろう。彼女は。

 

『山城だけが、扶桑は生きていると最後まで言い』料理長の口元が震え、瞳に感情が戻ったようだ。その日を辿るように瞳を揺らす。『今も一人、姉の帰還を信じている』

 

『ソロモンにはこんな伝説が残っている』

 

とある地で、し烈な航空戦が繰り広げられていた。

 

ある日、敵の攻撃の知らせが入り、迎撃機を出撃させようとしたところ、すでに友軍が攻撃をしているようで、負けじと自軍基地から飛行機を上げたそうだ。到着してみると、戦闘はすでに終了した後で、敵機は撃ち落されていた。

 

友軍に感謝しつつ、基地へと帰投すると、やがて、交戦したであろう友軍機が滑走路に羽を左右に振り帰ってくる。しかし、それらの編隊は着陸する直前に姿を消し、着陸音と豪風だけをのこして次々と消えていった。

 

彼らはそれを見て涙したという。その機体に描かれたナンバーは、先日撃墜された友軍機の印と同じだったからだ。

 

『あんた、扶桑に逢ったんだよ』料理長は煽るように酒を口にねじ込む。『あの二人はよく似てるから、見間違えたんだろうな』

 

『よくあるヨタ話』彼は酒を持ち、寂しそうに酒を振る。『しかし、今も彼女は存在し、今も闘っている』その口元がわずかに生き生きとしてるようだ。『そうだな。山城』その語り口はまるで、彼女の父親のようでもある。

 

『この話、山城には?』彼は思い出したかのように言葉を発した。『いや、まだだ』ケインも察したのか首を振る。『そうだな。彼女には言わないほうがいい』艦娘自体がオカルトの集大成のようなものだ。あるいは、いつか帰還するかもしれない。

 

あの提督に、半ば押し付けられるように追い立てられたのも、きっと山城への配慮のためだろう。良く気が回り艦娘がなつくわけだと、ケインはフッと笑い肴に手を伸ばす。

 

施錠されていた入り口の扉が突然バンと開いた。

 

反射的にフォークがのどに触れ、ケインはむせるように咳ばらいを始める。周りの男たちもビクッと震えているようだ。

 

『ケインいる?』実は閉め忘れていたのだろうか、力強く扉を開いたのは最上だった。

 

『やっぱりいた』無邪気に笑う彼女は、半ば強制的にバディにされ、消灯時間を過ぎたのでケインを探していたのだ。『さっき、山城にケインはここだよって言われて来たんだ』

 

『あはっ。どうしたんだい。みんなして』彼らは、直立で敬礼をする。『ボク、別に怒りに来たわけじゃないんだけどなぁ』最上の照れ笑いで答礼する陰に、一瞬赤いスカートが見えたのは、彼らの酔いから来たものだったのだろうか。

 

寒い夜空に月が照らす。浴びる様に酒を飲んでいたケインは、最上に攫われるようにベットに転がされた。悪酔いしたのか、この夜の記憶を持つ男たちはいない。

 

真実は、提督の胸の内にのみ存在するのだろう。質素な私室で一人、上等なウィスキーを煽る彼の眼には涙が浮かんでいる。こじんまりとした机で一人酒に、グラスが二つ。開かれた窓から、吹き込む夜風が冷たく刺さる。

 

――扶桑、ここに待機しています。

 

風を切る音が、そう聞こえたようだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 The Faster the Better



                 -=ニニ>
       -─.、   /ニニニ- ´
   /ニニ/ニ\ -ニニ/
  -ニニ/ニニニ}二/
 /ニニ/ ̄_、≧s。.l/--  .
 ⌒´ ,、*'``    ヽ``'*ミh、\
   /  i       l     `ヾ,ヽ
 / ィ   ハ    ハ ;.   '
 ´ /  /⌒:、   /⌒V l    乂_ :
  /  f'芹N\/'芹了7  i⌒ |
  ⌒V ヒソ    ヒソ |  ノ   |
    | |         ノ イ   │
    | 人   て ̄}    / /:,    |
.   , |l ≧=- ,  -</ イ ′   l|
  / l||  /.イ / __/,〈 |  :,  |l
. / 八! r::厂厂} V/-ヘ 、  ′ ',
 i  '│ l/ i、 ノ\j、::::/ \ :、 ′
 | l |  { / \   /´   丶 ヽ :
 { l l /Y  ̄, ̄ ーヘ     l  l |
 乂{ ∨ ハ‐──=oT:,      | ル
     /::::i:::::l:::::i::::::l:∧   ノイ
      `1 L:::L:::L::┴ ´  / ´
        |ー‐| |ー─|
        |ー‐| |ー─|
        }---{ }---{_
      Tニ{  }ニ7/
        `¨¨  ¨¨´

「今、連装砲ちゃんとお話したの。
   ふぅ・・・だって退屈なんだもん!」


『お』ぴょんぴょんと黒いウサギのようなリボンが跳ね回る。

 

『おっ』ぴょんぴょんとウサギのように少女が飛び跳ねる。

 

『おっそーい』ぴょんぴょんと少女が広場をウサギのように支配する。

 

『待て・・って・・』風に黒いマントをなびかせ追いかけるオレンジの髪。『ちょ・・っと・・』息を切らしながら広場を追いかけるケイン。このかけっこ騒動は一つの落下した物体に起因する。

 

早朝のトラックに二つの風が走り抜ける。

 

・・・・・

 

・・・

 

 

 

 

『ケイン』耳元で名前を呼ぶ声がする。『ケ・イ・ン』冷たい感触が首筋にたたきつけられる。『起きたの?』酷い悪酔いの中、まだ夢でも見ているのか、手の平サイズの少女が枕元にいる。

 

『ん~?』少女はぼんやりとしているケインの青い瞳に近づき。『早く起きろ!』モンキースパナを頬っぺたに叩きつけた。『いてぇ!』ケインは布団をどけ、ベッドから飛び降りた。酒を飲んでいたような記憶があるが頭がズキズキしてよく思い出せない。

 

『酷いモーニングサービスだな』足を下し、揃えて置かれていたブーツをぶつぶつと言いながら履く。マントもベッドの木製でハシゴのような場所にかけられていた。『最上はとっくに出てるよ』腕時計を見ると6時を過ぎた所だ。

 

『5時にはみんな起きてるんだからね』トルコ石のような青い作業着を着る小さな彼女はいたずらに笑いながら、ケインの黒い肩に七色の翼をはためかせ着地する。『工廠に呼ぼうと思ってたんだけど、昨夜はどこにいたの?』

 

少女は青い髪の三つ編みテールを揺らしながらケインに尋ねる。

 

『山城の事で話をしてたはずなんだけど』ケインは頭をポリポリと掻く。『何だったかな』通路を外へと歩きながら考える。『悪酔いしたのかもしれねーな』気が付いたらベッドにいた。

 

『そうなんだ。それよりも―』妖精さんの話の切り替えにやや違和感を持ちながらも彼女の話の続きに耳を傾ける。『データを取ってたんだけど』少女はトンボのように羽を動かし始め、耳元から鳴るクマバチのような重低音がちょっと怖い。

 

『ちょっと、見に来てほしいかなって』『ああ・・』引きつった顔でケインは答えた。『どうしたの?』あどけなく青い三つ編みをかしげる少女に伝えるのは酷かと。『いや、昨日の酔いが抜けてないだけさ』ケインにしては珍しく気を使った。

 

『そっか』

 

ホホを膨らますように微笑む少女を、追いかける様にケインは後を付いていく。広場を抜け、食堂を抜け、少し生える雑木林にその入り口はある。人間大のドーム状の入り口に鉄の扉が閉められている。

 

『あ』ケインが扉に手をかけると少女が声を出した。『上の通気孔が私の出入り口だよ』見れば確かに腕一本分の太さのスペースが開いているようだ。手前にステージのように半円形状に着陸できる場所がある。

 

少女が入り口にあり、下からは死角で見えないような怪しげなバーを引くとボヒュッと音がして虫やら蛇やらが飛び出してきた。

 

『なんだぁ!』慌てて回避するケイン。ボトッと落ちた枯葉色の小さな蛇は、ニョロニョロと土の方へ逃げていく。『びっくり箱かよ』一層青白い顔でケインがつぶやく。

 

『ごめんごめん』少女が屈託のない笑顔で言う。『ここにバーがあって引くと、風圧で中の物を吐き出すんだよ』『勘弁してくれ』がっくしとオレンジの頭を垂らす。『だって、頭入れて虫と出くわしたら嫌でしょう?』少女のホホがプゥっと膨れる。

 

 

【【小さな洞窟の道は、重い扉を自力で開けられない妖精さんの意向により作られている。まっすぐに伸びる道の奥にその砲塔は光り、強力な空気圧で内部の物を射出する。入り口は砲の手前に坂のように鉄板が斜めに下りている。

 

バーを引くとこの鉄板が上がり、中の物を射出すると言った単純な機構だ。壊される事を前提に作られているためである。施設内側にも同様にステージとバーがあり、万一妖精さんが内部にいる際にこれを引くと、後でスパナが飛んできて大変危険である。】】

 

 

見た目よりも軽いのか、ケインは鉄の扉を開け内部へと足を運ぶ。少し進むとまた鉄の扉があった。こちらは見た目通りに重く開閉に結構な力を要する。

 

『結構』ケインは明るい光を浴び、目を細める。『広いんだな』

 

目算で横40メートル奧80メートル。片側がゴツゴツとした岩の壁で、反対側が崖のように切り立ち工廠内を見渡せる。高さが20メートルはありそうな広大なスペースがある。絶壁側を、横に広い手すりの石段を伝い、かなり下りていく。

 

『工廠へようこそ』

 

妖精さんが頭の上から滑空するようにふわふわと下りてくる。ターコイズカラーの作業着の、肘とスネに汚れを付けている様子が見える。彼女は本当に潜って進んできたようだ。

 

天井には数本の、踏切のように黄色と黒のカラーリングをした鉄骨が走っている。そこには大きなクレーンのフックが数か所つり下がっていた。小型船二隻程度なら吊り下げられそうな雰囲気である。

 

『ここでは兵装を修理したり、製造したりしているよ』奧にはマシニングセンター工作機械や旋盤などが見える。厳しい顔つきの職人が銃の削り直しなどを行っているようだ。『艦娘の艤装の手入れなどもここで行う。露出している兵装部分とかね』

 

『ばかやろう!』年長を思わせる男がスパナを工作機械に投げつける。ブルーの作業着に帽子を被る青年に怒鳴る。削り出された砲身が、その先端が僅か百分の5センチズレていたようだ。彼はそれを“指でなぞり”察知する。『まだ寝ぼけてんのか!』

 

カンカン、ギュルギュルと音が響き渡り。

 

そこかしこから強烈な閃光と、色とりどりの煙が上がっている。

 

排煙は偽装された排気口へと抜けていく。

 

『こっちだよ』

 

ケインは吟味されるような視線を浴びながら、作業場を進み中を進んでいく。その視線は、噂のMVPがどんな奴だと言った様子だ。お触り厳禁。軍機の塊のような扱いを受けている“彼女の”腰の艤装を工場長が細目で眺める。

 

よほど隠したいのだろう。彼女の黒マントからは確かにチラチラとしか見えないが。あんな格好までさせられてと、鬼の目に涙が浮かぶ。彼は眉間をつまむようにして、下唇を震える様に噛んだ。うつむき、帽子のツバで表情を隠す。

 

『いいか!!』彼はきつく目を閉じ涙を振り切った。『艦娘様は軍神様だ!』顔を上げ、今日一番の声を張り上げる。『絶対に!不確かな作業で軍神様を困らすんじゃねぇぞ!』

 

妖精さんが一瞬目を丸く開き、小さくクスリと笑う。

 

少し嬉しそうに、フワフワと飛びケインを先導する。

 

そこには明るい色の木材で出来た、人三人が寝れるほどの大きさがある作業台に案内された。そこには緑画面で英語が表示されている古ぼけたコンピュータが数個乗っている。

 

『何だかわかる?』

 

コンピュータから伸びる管まみれになっている物体。

 

『こいつは』ケインの青い瞳が収束しその濃さを増す。

 

そこには直径にして2Mほどの“円盤だった”物が置いてある。爆発の余波だろう。三日月のように僅かに本体を残すだけになっているが、青い垂直尾翼の根元が辛うじて残っている。間違いない。ブーストチップの残骸だ。ケインは録音機のスイッチを入れた。

 

『“隕石が”来た日に、グラウンドに落ちたものだよ』

 

妖精さんが青い三つ編みをゆらしながら、話し出していると、鉄の扉をうるさい作業場であるにもかかわらずバンと開く。

 

『補給おそーい!』

 

淡くクリーム色の長い髪を揺らし、ピョコピョコと黒くウサギの耳のように直立する二本の黒いリボンが跳ねるように石段を下りてくる。

 

『おっそーいーーー!!』

 

軽快な淡い髪が、ジャンプの度に、まるで傘お化けのようにフワフワと広がる。

 

 

 

【【島風型こと島風に関しては、諸説あり、今も彼女はイロモノ扱いされている。これは、彼女が世界にもたぐいまれな快速駆逐艦であったが、足の遅い船団の護衛が主任務で、戦略運用できる同速の同型艦がいなかったことが問題である。

 

時の運命はすでに、一個の水雷戦隊程度の尽力が戦局を左右するものではなくなっていた。その中で製造に手間のかかる、コストに見合わない島風型は、量産されることはなかった。甚大な力を持ちながらも、平時でもなければ単艦で運用出来るものでもない。

 

速度を生かす戦法に恵まれず、その最後も悲壮な物であった。その乗組員は大多数が戦死している。しかも、島風沈没後にたどりついた島のゲリラ部隊によってだ。

 

――つまり彼女は孤独であり、不遇であり、精神的に不安定であり、他の艦娘に比べより多くのストレスがあったのだろう。ゆえに、早さへの極度の渇望や“パンパン・ガール”のような服装を誰も咎めるものはいない。】】

 

 

肩から先のない極めてはだけた白いセーラ服に、黒い襟とかた結びされ二つに垂れるスカーフのネクタイ。“パンツ下”1cm程度の異常に短い青のスカート。これだけならまだ良いが、着用するスキャンティパンツのような股間を支える面積の少ない黒い下着。

 

上半身の肋骨までしかカバーしないヘソの窪みがしっかり見える白いセーラー服の腰元までヒモが伸ばされている。しかし、彼女自身の言動から伺えば“その気”はないようで、紳士協定として、あれは“下着のような黒い水着”とこの鎮守府の男性は認識している。

 

太もも上まで、赤白の線が交互に入る長い靴下を着用しており、あまりにも目立つこの靴下に件に関しても、下半身である事と島風である事を理由に黙認されている。背中には常時巨大な魚雷発射筒を積んでいるため、歩く時限爆弾の如く周りを震撼させることもある。

 

なお、忘れがちであるが、彼女の腰元には一つのストックレス・アンカー(いかり)が装備されている。悪天候時の姿勢維持や、投てきなどとその用途は広く、島風単艦として見れば、その快速と相まって彼女の戦略的価値は極めて高いものと言えるだろう。

 

 

『すまねぇ・・』年老いた歴戦の工場長が帽子を取り、こうべを垂れて少女に近づく『これを使ってくれ』手には出来上がった小さな魚雷。53.3cmをスケールダウンして作られたそれは本来潜水艦用だ。

 

少女はプウッとハムスターのように両ほほを膨らませた。

 

兵器の製造は出来るが、魚雷や爆雷などの消耗度は群を抜いて高く、また自前で炸薬を作ることはできない。そのため、こういった兵装のダウンサイジングもしばしば行われる。武器がなくなる事よりはマシであるが、やはり前線へ向かう艦娘からの不満は多い。

 

しかし――

 

『良いよ』少女は微笑み笑っている。『わたし、早いから』

 

魚雷は本体サイズに比例するように射程距離が短くなる。しかし、互換性さえ確保できれば彼女であれば、その快速により接近戦も容易いだろう。彼は手の甲で目をぬぐい、背中の大型魚雷発射筒に魚雷を装填していく。

 

『危ないから』少女は彼の手に力なく垂れる青い作業帽子を取る。『被ってなよ』何気なくそっと乗せた。『ああ・・。ああ・・』孫娘に諭されるように。彼は微笑み返し帽子の位置を直した。あるいは、その“逆”だろうか。

 

『あなたが海外艦ね?』少女は機嫌よくリボンを揺らし、ケインに近づく。『また、私より遅い艦、か・・』少し、寂しそうに彼女が呟く。いつもどことなく寂しそうにしているこの少女は、あるいは、空元気を演出しているのかもしれない。

 

『速いのか?』ケインは疑うように問いかける。身長から考えればケインの1/3くらいだろう。足のリーチ差を考えればさらに想像し辛い。『早いの』プクプクとホホが膨らむ。『早き事島風の如しって、ことわざがあるんだよ』

 

少女が両手を腰に付け背伸びをするように、黒い瞳を広げケインを見上げる。

 

『ケイン』テーブルの上を妖精さんがトコトコと歩く。『これのデータは取ったから返すよ』プチプチと三日月型に破損したブーストチップに絡まるコードを外していく。『基盤が見えたから、それと繋いだんだけど、流石に解析できなかったね』

 

『もらった!』

 

少女がテーブルに上半身を転げ乗せ、素早く両手に付ける白いグローブが伸びる。

 

『にひひ』片手にしてやったりと戦利品を掲げ、いやらしく笑っている。『つ・か・ま・え・て・ご・ら・ん』憎らし気に、指と黒い下着の見えるお尻を振る。ピコピコと黒いうさ耳リボンが揺れる。

 

その表情は少女らしく、子供らしく、楽しそうにいたずらに微笑んでいる。少女は石段を素早く逃げあがっていった。扉を閉める直前に、煽るように顔だけ出し、片手を振る。

 

『かけっこ好きなんだよ』作業場に取り残されたケインに、妖精さんがクスクスと笑いながら言う。『あの子、一人っ子だから。追いつける人探してるのかも』ちょっと寂しげに、彼女は首をかしげる。『追いつけなくても帰してくれるよ』根は良い子だから、と。

 

『ふぅん』ケインは背筋を伸ばし、屈伸を始める。

 

勝負を受けて立つといった様子だ。オレンジの頭を左右に振る。

 

『あんた、ケインとか言ったな』先ほど島風とやり取りしたいた老いた技師が近づいてくる。ケインの様子を伺う。『あんた、そんなマント付けて』同情するかのようなその瞳に『あのな』何か抗議をしようかと口を開くケイン。

 

『良い』彼は帽子を取り、うんうんと深く頷く。『あんたの心意気はよくわかる』どんな命令にも文句なく従うその姿に彼は、帝国海軍の在りし日の誇りみたいな物を感じ取っていた。『あんた漢だな』海外艦であれ、艦娘は艦娘だと、彼の瞳がしみじみ頷く。

 

『ああ』僅かな言葉の祖語に気付かず、ケインはにこやかに片手を伸ばした。『アレは、ワシとは付き合いが長いんだ』少し首を上げ、天井を滑るように動くフックを眺める。『“誰よりも”ね』彼は、語る。

 

『志願して来たが、志願しなくてもここへ来ただろうな』

 

その話を、コードを片付けながら妖精さんが淡々と聞いている。

 

『ケイン。あの子をよろしくな』

 

答える様にケインは手に力を入れ、二人の力強く交わされる握手。

 

『おい』彼は、若い技術者に合図を送ると、ビール缶の入った手提げカートを持ってくる。『あんたにゃ何にもしてやれねぇが』カートを手渡した。彼がチャックを開けると保冷剤と共に数十個の赤いラベルの付くビールが見える。

 

『家からのせめてもの気持ちだ。好きな時にやってくれ』

 

『ああ、ありがとう』

 

ケインは受け取り、白い指だしグローブを付けた片手で背負うようにカートを持つ。マントをなびかせながら、ゆっくりと石段を登って行った。

 

『ああ見えて中々良いやつだな』残された工場長は小さく呟く。『そうだね』そういうと妖精さんは微笑みながら再び外へと飛び立っていた。

 

『こっちはオーバーホールが甘い!こんなんじゃ墜落しちまうぞ!!』

 

けたたましい作業音の中、彼の怒声は今日も響く。

 

 

 

 

 

・・・

 

・・・・・

 

 

 

 

『じゃあケインさん。準備は良いですか』

 

提督は島風が楽しそうに、軍事機密の塊を持って走り回っているのを見つけて事情を聞くに、妖精さんが帰すと言っていたのであれば、恐らく解析は終わっているのだろう。後から来たケインにも話を聞き、今回のかけっこ競争は始まった。

 

一周が100メートルほどのトラックのような芝生の外輪。その地面は舗装されたものではなく小石がコロコロと転がるジャリ道だ。ここを、金剛を筆頭に歌いながら走り抜ける者も多く、艦娘の基礎身体能力の高さがうかがえる。

 

速き事島風の如し。

 

彼女が持つ自立型特殊兵装をドロップした場合。そのランニング速度は他の追随を許さない。また、背中に背負う魚雷発射管と、腰元に垂れるストックレス・アンカーの重量を使い、巧みに空中を飛び回る。野ウサギのように。

 

『へぇ。それは外さないんだぁ~』トラックのカーブから斜めに数メートル延びる直線道路。そこをスタートラインに二人が並ぶ。『負けた時の言い訳ですかぁ?』いつになくまぶたを下し、黒いリボンを揺らしながら煽るように少女が尋ねる。

 

『こっちには秘策があるんだよ』

 

両手を地面に付け屈むケイン。

 

『ふーん』面白くなさそうに少女が手招きをする。トテトテと小さな丸い手足のようなものが付く、砲塔のようなものが3匹、こちらへ走って来る。『おいで』それらは少女の体に飛び上がり肩や艤装にしがみつく。

 

 

【【システム連装砲。これは妖精必殺の新兵器である。

 

彼女は駆逐艦にして、軽空母のように3基の連装砲を使役する。二頭身ほどで、小さな手足の付く50口径12.7センチ連装砲塔は、島風の顔ほどのサイズから、腰元程度までのサイズで大中小と存在する。

 

30トンほどの重量だった物をダウンサイジングにより、小型軽量化。お尻部分にはスクリューが付いており、母艦である島風ほどではないものの泳ぐように高速移動が可能である。また大型の連装砲は浮き輪を常用していて、それにはぜかましと名前が付いている。

 

全体的に深いネズミ色の四角が二つ乗っているような形状をしており、上の四角。顔を思わせる部分には、愛らしい黒い目と口が“表示”されている。感情を表すかのように表情が変化する。また、イルカのようにキュピキュピと鳴くこともある。

 

本システムの採用により、島風本来の快速を生かしての単独行動が出来るケースが増えた。哨戒・陽動・包囲戦と多くの戦術をカバーし、その仰角も75度であり高角度だ。連装砲単独での高い対空能力も保持している。実質的には両用砲であろう。

 

同システムを装備している艦艇は他にもあり、本土防衛用として温存されている天津風。秋月型の4隻も同様な装備を持っている。しかし、他の連装砲システムには最大仰角の少なさや砲塔の脆さなど課題が残され、島風のもつ連装砲が一番実用性が高い。】】

 

 

『じゃあこっちもフル装備で行くよ!』勝ち誇るかのように少女がニヤニヤと笑っている。四角い塊達が少女に抱き着きキュピキュピと騒ぎ立てる。一番小さい連装砲が少女の肩にサルのように両手でぶら下がっている。『これで同条件だね!』

 

手には砕けたブーストチップまで持ち、見るからに重量過多であるが、それでも勝てると、その黒い瞳は揺るがぬ信念を持っているようだ。

 

競技はかけっこであるが、実際には追いかけっこである。トラックを一周し加速状態にある島風に、合図と同時にケインが追いかけ始めるというだけの単純なゲームだ。勝利判定は、時間内にケインが島風にタッチ出来るかどうかである。

 

『行くよ、連装砲ちゃん』

 

少女にぶら下がったり、引っ付いたりしている砲塔たちが、くさび型のように目を閉じぎゅっと力を入れ少女にしっかりとしがみつく。長い髪を引き、黒いリボンを揺らしながら島風が滑り始めた。

 

試作艦の性能テストという名目のもと行われているこの競技には、青葉を始め、休憩中の多くのスタッフがこれを見学している。ちょっとした運動会のようだ。少女はギャラリーにいたずらにウィンクを送ったりしながら、ドタドタとグランドを周り戻ってくる。

 

『いま!』提督から乾いた銃声が空に向け響く。

 

ケインはブルーの瞳を大きく開き、一気にスタートダッシュを始める。並走するように島風のとの間隔が近づき、トラックへ合流する頃には腕二本ほどの距離へと迫る。

 

『油断したな!』

 

重力の僅かな違いと、対格差によりかなりの速度を出している。

 

――しかし

 

『おっそーい!!』島風はさらに加速を始める。

 

余裕の現れかピョコピョコとターンするように華麗にジャンプをする。連装砲とアンカーを使っての高速スピンだろう。ダブルアクセル。トリプルアクセルと、まるで足の裏に車輪でも付けているのかと思うほど、彼女は滑るように地面を走る。

 

距離がどんどん離されていく。

 

『さすがに・・』ケインは地面を見る様に、『早いな・・』息を切らしがら追いかける。

 

島風がニコニコしながらペースを合わすように落としているようだ。一定距離からの差が開かない。ケインは走りながら息を大きく吸い込む。ズレるバンダナの位置を直し、カーブが終わり、島風との直線距離を狙うように追いかける。

 

『いいぜ』青い目を大きく開け、息を止める。『勝負だ!』

 

腰のホルスターからサイブレードを抜き、真横に向かって1メートルほど青白い棒状の光が伸びる。見ている観客達から何が起きるのかとざわめく声と、止めに入ろうと駆け出す数人の艦娘たち。

 

しかし、その刃はケインの後方に向かっている。カーブを抜け切る直前。連装砲が少し怒った顔でこちらに照準を合わせている。ケインは息を止めたまま不敵に微笑みブレードに意識を集中する。

 

『おおおぉぉぉぉぉおおおおおぉ』ケインの雄たけびと共にサイブレードから延びる光が一瞬で縮み丸く膨れ上がり始めた。『根性ぅぅぅぅぅぅううう!!!』膨らむ青白い玉が爆発し、ケインにカタパルト発進のような加速力をもたらした。

 

『お”う”っ”』

 

瞬間で距離を詰められ、少女をガードするかのように体を動かした一番大きい連装砲にケインはキツイショルダータックルを食らわせる。少女は野太い声でオットセイのようにうめき声を出すと、地面をスライディングするかのように滑り転がる。

 

『速いだけじゃ・・』四つん這いになりお尻を突きあげながら、少女がぐったりと呟く。『ダメなのね・・・』ケインは転がる少女に手を伸ばし。立ち上がらせた。

 

『良い走りっぷりだったぜ』ポカポカと連装砲達に蹴り飛ばされながらケインがにこやかに言う。

 

『にひひ~』島風が踊るように体を振るわせ笑顔で答える。

 

『5連装酸素魚雷、いっ・ちゃっ・てぇ~!!!』亀のように背中を向け、魚雷発射筒から蒸気がブシュブシュと吹き出す。『のわぁ~~』ケインは目を丸くして尻餅を付いた。予想だにしない行動に少し間の抜けた声を出す。

 

しかし、魚雷はコロンコロンと滑り落ち、小石の並ぶジャリの上でプルプルとスクリューを回転させているだけだった。訓練用の模擬弾であり信管もついていない。

 

『ばーか』

 

背中で手を組み伸ばして、微笑みながら島風が言う。

 

『まて、コノー』再び走り出し、マントを払い追いかけるケイン。

 

その後方には置いていかれた連装砲たちが無邪気に追いかける。

 

ケインは重量のあるサイブレードのブースターをグラウンドに落とし、追いかける。

 

『まだかけっこしたいの?』

 

もはや、ケインには彼女に追いつくすべは無かったが。ウサギのようにピョコピョコと黒いリボンを上下させながら走る少女の表情には、まるで兄弟でも出来たかのように朗らかな表情が浮かんでいる。

 

――これ以上速くなっても知らないから!

 

 

 

 

『あいつが来てから事態が好転しているな』

 

腕を組みケインの観察をしていた長門が言う。

 

『そうですね』昼の日を受け眼鏡を光らす彼女。『能力も過小評価していたかもしれません』眼鏡を持ち上げ彼女は言う。大淀もケインの身体能力を見誤っていたようだ。

 

『明日にはエンタープライズも来るようですし、編成の見直しをしておきましょう』フッと彼女は微笑む。『さて、鬼が出るやら蛇が出るやら』長門は楽しそうに首を鳴らす。『あなたが言いますか、それ』

 

垂直に日差しを受け、影をホワイトアウトさせながら、楽しそうに笑う。二人は食堂へと向け歩いて行った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 Get Set, Go!

 

 

『え?』

 

ケインは野菜だけの入っているカレーに、スプーンを付け声を出した。

 

『ええ。前哨戦も兼ねて、午後の哨戒に付き合ってもらいます』向かいに座る大淀が、眉間にシワを寄せながら、玉ねぎのカスだけが浮かぶスープカレーにスプーンを付けている。『詳細は当日まで伏せます。明日には予定地に向け出発してもらいますので』

 

カチャカチャと厨房から食器を洗う音が響き、職員と艦娘が入り乱れて座る昼の食堂に例の4人衆が鎮座している。江戸時代のお城のように、平たい平野の中心に、異様に威圧感があるような高い構造物の光景が広がっている。

 

『そうですね』提督が帽子をテーブルの上に置きながら続ける。『知っている方が出来ることも多いですし。それに今日は、比島急行が着くので一日哨戒以外はできませんので』

 

『ヒトウ急行?』ケインが聞きなれない言葉に聞き帰す。『ああ』長門が腕を組み、ジャガイモの僅かに浮かぶカレーに手をかけ言う。『フィリッピンから来る物資の水揚げの話だ』コツコツと何処か力をなくした目で、ジャガイモをスプーンで砕く。

 

『敵への陽動もかねて』大淀が眼鏡を光らせ、続けた。『指定方向にそれなりの部隊を複数出します。そのうちの一つ、恐らく会敵が予想される海域に出てもらいます』彼女は皿の上にスプーンを乗せる。

 

『難易度では丁レベルですね』眼鏡をそっと浮かしながら煽るように彼女は続けた。『ゆえに、ゲタに乗って出撃をしてもらいます』

 

『船には種類がありまして』提督が簡単に講釈を始める。

 

 

【【9メートルほどあり、12人ほどが乗れるオールによる手漕ぎボートがカッターボートと呼ばれる。その上位互換のように小発と呼ばれる発動機付。エンジンが付き軽い車両を運搬できるほどの物がある。さらに大型化して軽戦車を二両ほど乗せられる大発もある。

 

また、連絡などを主な用途として、高速艇甲という高速モーターボートもあるが、元々がコピー開発からという理由もあり、こちらは当時敵国だった相手方のパトロール魚雷ボートの下位互換と言った性能だ。

 

下駄履きとは、カッターボートに小さな発動機を付け、船底に水上機のように二本のフロートが装備されている数人乗りのボートだ。自力でも10ノット程度の移動速度を出せはするが、もっぱら艦娘にけん引してもらう事が前提の小型艇である。

 

はたから見れば暴れ馬に引きずられる哀れな馬車とでもいったところだろう。救助がメインでもなければ、高速度によるけん引のため、上下に振れ幅が多く船酔いどころの騒ぎではない。しかし、艦娘が直接護衛も兼ねるため有事の際には重宝している。】】

 

『ケインは、私とデートだからね』

 

オレンジの頭を回して後ろを振り向くと、小娘三人が三角形に並んでいる。腕を組みながら高圧的に立っている先頭の少女を見て、ああ、とケインは思い出した。そう言えば昨日、胸倉を掴んだ奴だ。と。

 

サスペンダーでスカートを留める、夏の学生服のような服を着た少女からの、心躍るような誘い文句は、地獄への逆落としだろう。頭にモンブランのように付くライトブラウンの三つ編み団子から垂らすツインテールを揺らし、少女は意地悪そうに口を小さく開く。

 

『満潮よ』少女は黒い瞳に、琥珀色の輪郭を持ち、まぶたを細めながら疑うように名乗った。『あんたまさか、忘れてないでしょうね』満潮を先頭に、山雲、朝雲と並ぶ。スリガオの牙と呼ばれる、地獄から舞い戻った美少女三人衆だ。

 

 

【【駆逐艦・満潮[みちしお(ほ)]

 

これは朝潮型駆逐艦の3番艦だ。朝雲[あさぐも]は5番艦。山雲[やまぐも] は6番艦。いずれも朝潮型ファミリーであり、その基本能力が酷似しているため、コンビネーションによる攻撃が特に上手である。

 

朝潮型はネームシップである朝潮が、船団護衛の任務に失敗し朝潮・荒潮・白雪・時津風と共に沈没。後に満潮型とスライドしており満潮がそのリーダシップを発揮していた。艦娘として登場してからは、朝潮が存命しているため朝潮型とその名を戻している。】】

 

 

 

数か月前、朝潮型を発端とした、横須賀下着問題が世間を大いに騒がせた事がある。その騒動により一部の主力艦娘に、精神面にも多く影響を与えることになった。

 

 

 

【【朝潮は現在、横須賀を母港とし、荒潮と共に、はぐれ深海棲艦が東京湾を北上しないように伊豆諸島までをカバーして周辺警戒を行っている。横須賀に滞在中は、長い黒髪に生真面目な性格から、まるで学級委員長の如く活躍している。

 

高雄・愛宕による一般向けの報道の際に、朝潮が指示を与えられ、てきぱきと職務をこなしている姿がカメラに映り込んだ。その生真面目な容姿と相まって忠犬朝潮と新聞に載せられたことがある。

 

これに悪乗りした愛宕により、敗戦を隠ぺいするための欺瞞工作の広報任務と諭され、犬耳を無理やりつけさせられた朝潮が、高雄と愛宕のパンパカパーンの中心に立たされ、少し照れながらも敬礼しているポスターが製作された。

 

これは、酒保並びに一般向けグッズ販売でミリタリーオタクのみならずベストセラーとなった。一時期軍内部の全ての輪転機が犬潮を作り続けたと逸話もある。しかし、婦人会の目に止まり、朝潮が被弾して帰還している際に盗撮された一枚が問題となった。

 

彼女はコチコチの軍人であるため、容姿を気にしていなかった事がさらに問題に輪をかけた。つまり、平然と胸を露出して帰還したのだ。さらに、集まる従軍記者のインタビューに、たとえ裸になっても、お国のために闘うとの旨を表明したため、事態は急変する。

 

横須賀鎮守府としても見た目が子供であり、そもそもが軍艦である事で、特に問題視していなかった事が、民間との価値観の違いにより大問題になった。これを機に一部反戦活動が活性化し軍令部は対応に迫られることになる。

 

艦娘出現以後、小田原評定と化していた御前会議でも、直ちにこの問題が取り上げられた。たとえ軍艦と言えど、今はかけがえのない臣下であり、もっと配慮をしてあげる様にとのお言葉を賜る事になった。事実上の命を受け、大本営は速やかに自体の収束を図る。

 

艦娘の衣類案として、低コストで加工のしやすい難燃性のアスベスト利用も検討されたが、高速移動する艦娘が、蛾の鱗粉の如くアスベストをばらまけば、人体への影響が懸念され反戦運動の足がかりにされてしまうとの意見が多数上がる。

 

結局の所、犬潮の売り上げのほぼ全てを消化する形で朝潮型全艦に、直ちに衣類の新調が行われた。肌着には新素材であるアラミド繊維が惜しみなく導入され、耐火性も高く被弾時にも比較的剥けないように配慮されている。

 

これを機に、高コストである肌着の盗難・誤着防止のため完全記名性が導入された。なお記入の際は、“ぜかきゆ”など、みぎから文字を読むように名前を記入する決まりになっている。

 

さらに、陽炎型・不知火を始め、容姿に無頓着な艦娘にも新素材による肌着の着用が義務付けられる事になった。一般国民が大勝利の報道により、余りにも楽観的に戦局を見ていることも問題ではあるが、悪銭身に付かずの典型例と言えるだろう。

 

余談ではあるが、治安維持のため特高警察により検挙された艦娘のコスプレを生業にするパンパンの多くが、一時期、高雄型を抜いて、流出した朝潮のはだけた恰好を模していた事も事態を大きくする要因であったのだろう。

 

その事件が飛び火して、このチューク鎮守府に在籍する多くの艦娘にも、動き辛く肌の擦れる下着の着用を義務付けられている。袴組は伝統的な理由から、新下着の強制は免除された一方、長門は特注の大型アラミド下着を常用させられる。

 

大和型戦艦。大和・武蔵の両名が、機能性に疑義を唱えこれに抵抗する。大和はこれで良いかとばかりに徹甲弾を削りだした胸部装甲を二つ、胸に直に付け、武蔵は毎回さらしを巻いている。この一連の下着騒動はまだ根強く禍根を残しそうである。

 

はだけた胸を押さえれば、それは片腕の喪失に等しい。軍艦で言えば主砲が明後日の方向でも向いているようなものだ。命のやり取りをしている中、着衣の事など二の次だという現場の気持ちなど、平和に暮らす連中には、いつの時代も理解されない物だろう。】】

 

 

『食べ終わったら広場に来なさい。ブリーフィングを行います』

 

満潮は流れるライトブランの髪を手で払うと小躍りするようにターンをし、グレーのスカートを揺らしながら食堂から出ていった。後に続く様に朝雲・山雲も付いていく。

 

『艦娘ってのは、みんな気がつぇえんだな』ケインはどこ吹く風で、野菜カレーにスプーンを付ける。『まぁ、最前線ですからね。必然的に気が強い子が集まっているんですよ』提督はウンウンと、水みたいなカレーにスプーンを入れる。

 

『じゃ、先に行くぜ』ケインはイスから立ち上がる。『ケインさん』提督がケインの背中に声をかける。提督は顔の横に両手の指でクォーテーションマークを二つ作る。『お気を付けを』振り返るケインに向け、チョンチョンと指を折り下げるように動かした。

 

 

 

 

『いいわね?しっかり乗ってないと吹き飛ばしちゃうわよ』

 

雑木林の中に艤装されていた作業用クレーンが旋回し、浮桟橋の隣に下駄履きの小発が着水する。波は僅かにあるようだが、風は強くない。高速移動を前提にしているため前方方向に朝雲・山雲が配置され小発をロープでけん引し、後方を満潮が支えながら進む。

 

ライトグレーの山雲の髪と、ライトブラウンの朝雲の髪を見ながら、小発がロデオでもしているかのように波に煽られ上下に激しくバウンドしながら前進する。

 

山雲・朝雲の雑談のようなものを聞きながら小発が目標ポイントまで前進していくのだが、この二人は困った事に声が全く同じに聞こえる。おっとりと話し、語尾が伸びている方が山雲で、はきはきと喋るハスキーな感じが朝雲と言った所だろうか。

 

『こちら朝雲。作戦ポイントにて負傷中の艦娘を発見。回収しました』今喋っているのが、山雲だ。『作戦を中止し帰投を開始します』

 

『大したもんだな』ケインは段ボールにでも捨てられて顔を出す子犬のように、ボートのふちを掴みながら言った。『あら~山雲の演技、良かったかしら~』山雲は少し照れるように言うが、おっとりとした会話のため実際のところはよくわからない。

 

『ねぇ、朝雲』小発を引くロープを短くしながらゆっくりと小発を旋回させる。『何?私忙しいから後にしてよ』朝雲は羅針盤のような小さな計器を手に持ち、真剣に睨めっこしているようだ。

 

 

【【羅針盤は深海棲艦の探知機であり、距離が近くなるほどその精度は高くなる。確実に相手を見つけられる利点はあるのだが、距離に対しての効果が優先され、近年ではあまり役に立たなくなっている。

 

姫級の敵が出現したことにより、相手方の戦略性が高くなった。一隻だけを差し向けて、本隊は伏せる。あるいはそう見せかけて、本隊が強襲するなど、深海棲艦群が至近距離に浮上してくるまで油断が出来ないのだ。

 

また、一隻の追跡を始めてしまうと別の一隻が接近してきた場合に、羅針盤が壊れたコンパスのように回転を始めてしまい詳細が良くわからなくなる。敵がいる事は理解できるが、何処に、どれほどの規模でという事がわからなくなる。

 

また、奴らは海中の事情に詳しく、渦潮や危険海流に誘導される事もしばしばあった。今では、あくまでも気休め程度に考えられている。】】

 

 

本任務はあくまでも陽動であり、偽電を打つことにより敵を吊り上げられればそれでよし、いなければさらによしといった作戦だ。作戦は山雲が打てば続行。不測の事態により朝雲が打てば中止、必要に応じて足の速い島風対空母艦を差し向けるといった周到さだ。

 

『じゃ、ゆっくり帰るわよ』

 

もっとも攻撃を受けやすい、しんがり役を満潮が買って出る。対空見張りを厳にしながら、羅針盤と視線を行き来させる。幸い雲も少なく、気候のため早く流れる雲と一緒に潜伏して敵航空隊に接近される事もないだろう。良い日罠日和だ。

 

洋上には重々しく引き波を立て進む小発の姿がある。犬ぞりのように前方を二人の少女が引き、後方には鋭い目つきで警戒を続ける満潮がいる。

 

時折めくりかえされ見える二人の少女のグレーのスカートの中は、二人とも黒くももまでのスパッツを履いているが、うっすらと山雲は青と白の縦線の下着、朝雲は薄いブルーの下着をのぞかせている。どうやら白一色が規定ではないようだ。

 

相も変わらず短いスカートを履くもんだと、ケインは日差しの中ボーっと前方方向から来る、少女達の足が作り出す二本の白波の泡立つわだちを眺めている。潮の匂いが拡散され肌寒いが日照りによりほのかに心地良い。

 

『来ないわね』

 

様子を見るため、3名は半分ほど折り返したところで機関を停止させた。小発のエンジンをかけ、ボートからのスクリュー音だけを作り、周囲を囲むようにボートに手をかけ、ゆっくりと前進する。

 

『こちら朝雲、救助せり艦娘は被害甚大。洋上での応急修理を求む。方位170°にて最微速にて帰還中』凛々しい顔つきで、山雲が続ける。『本隊健在なるも速力に難あり、急ぎ対潜隊の支援を請う』

 

『こちら司令部』提督の声が少女の耳から漏れ出てくる。『所属不明の艦娘のために本隊の出動は行えない』敵の罠の可能性もあると、淡々と事務的に彼は指示を返す。『繰り返す。増援は許可されない』それを聞く三人娘はニヤニヤと笑っている。

 

『提督!』山雲が食い下がる。『聞こえんのか。戦闘に支障があるのであれば、洋上投棄せよ』『ちっ!なんて指揮!』山雲の聞えよがしな舌打ちと罵声が即座にマイクに投げ返される。『朝雲、戻ったら営倉であたまを冷やせ。以上』通信は一方的に切られた。

 

誰が最初か、三人娘が一斉に笑い声をあげた。

 

『あんた、すごいわね』満潮がポンポンと山雲の肩を叩く。『どこぞの~、軽巡を意識してみました~』マイクを切りいつものトロトロとした口調に戻る。『あたしでもそこまで言わないわよ』当の朝雲も腹を抱えて笑っているようだ。

 

『戻ったらフォローしてあげなさいよ』ケラケラと満潮が言う。『山雲にそんなこと言われたら首吊っちゃうわよ、あんた普段とギャップありすぎんだから』女ってこえーなとゲッソリしながらケインはその会話を聞いていた。

 

『っと』満潮が羅針盤の動きに気付く。『感あり』

 

『バカがひっかかったわね』全艦が機関を再始動させる。『戦闘か?』ケインもボートに立ち上がり、空のかなたを見回している。『そっちじゃないわよ』満潮の持つ羅針盤がせわしなくグルグルと左右に振れている。

 

『来るのはこーこーよ』満潮は自分の足の間で指を下に向けてチョンチョンと動かしている。『振れるわよ、しっかり掴まりなさい』満潮は邪魔な小発のスクリューを船内に戻した。『タイミング』羅針盤が勢いよく回っている。

 

『5・4・3』満潮の掛け声に合わせ、少女達の足の艤装に海水が呼びこまれていく。『今!』3人に支えられ小発が急前進する。『おおおいいい』ケインは舌を噛みそうな衝撃を受けながら必死にボートのふちに掴まっている。

 

瞬間、鉄のクジラのような物が海上に突き出てきた。それは大きくギザギザの口を開け、小発の必殺を狙っていたようだ。羅針盤の異常は直下からの上昇により指示進路が安定していなかったからである。そいつは恨めしそうにカチカチと虚空に歯を鳴らしている。

 

『さぁ、ビジネスの始まりだ』

 

ケインはボートに立ち、サイブレードを抜く。初陣を称えるかのように風が潮風が舞い踊りマントが激しく音を立てる。ブレードの先端を、4メートルほどはあろうかという大きな黒いクジラへと向けると光を数発乱射した。

 

『こいつはイ級。言ってみればもっとも雑魚ね』

 

満潮が憐れむように説明を始めた。艦娘に対して戦果の上がらない駆逐艦級・イ級。全体が黒いクジラのようで、閃光のように光る哀しみの塊のような青い瞳を持つ。基本的に群れをなして攻撃してくるか、あるいは必殺を狙っての奇襲攻撃が専らの基本戦術だ。

 

攻撃に失敗して、艦娘の眼前に現れた以上、どちらが刈られる立場にあるかは明白だろう。それゆえ、それは威嚇するように歯を鳴らし脱出の機会を伺っている。

 

『ずいぶんと、かてぇんだな』

 

黒く硬い表面にクレータのような穴がポツポツト出来ている。レーザー射撃のようなもので衝撃を伴わない。至近距離では実体弾のほうがダメージに質量が加わるため有利である。

 

いかに未来兵器と言えど万能ではない。サイブレードの本質はレーザー・トーチの代用品レベルの物であり、本来の用途は下げられた隔壁などを軍の白兵部隊が溶断しながら突破するための物だ。“近接戦も”行えるだけであり、射撃もオプションに含まれている。

 

しかし、剣技を極めればその威力は信頼性が高く、高出力のレーザー・トーチを振り回す者に誰が近づきたいと思うかという話しである。さらに、稼働時間も使用者の精神力に依存するため、相手を気絶させない限りは使い続けられるといったシロモノだ。

 

つまり部品の消耗を除いては、コストがかからない。ケインが攻撃を行う分には、鎮守府としては、無限砲台を所持しているようなものだ。消耗が燃料と食料だけですむのであれば、戦略的価値も十分にある。とはいえ、人間であるため本体への配慮は必要であるが。

 

『手ぇかそうか?』満潮がここぞとばかりにいやらしく、笑みを向けてくる。『あんなの秒殺よ』ニヤニヤと余裕を持ち言うが、その視線は油断なく新手を探るように羅針盤の振れ幅を視線の端に捉え続けている。

 

『この至近距離じゃ、銃弾の方がましだろうが、ね』

 

ケインは安定の悪いボートにも関わらず、ジャンプで距離を詰める。奴の黒い口はグアッと開き、内蔵されている機銃がケインに向けられた。鈍い鉄の色が光を受けギラリと光る。

 

『ホントだ。クチン中に銃抱えてやがる』

 

飛び上がりながら、それを確認し、サイブレードを向け、一気に伸ばした。鈍い重低音が鳴り、海面から長い青白い光の流れがクジラの下方を焼き付けながら口の中へと迅雷の速度で昇っていく。

 

鉄のクジラは数発の銃弾を放つが、ケインの顔を掠め、サイブレードの刃が口の中に突き刺さり数秒後に光が頭を抜けた。ケインはクジラの口を足掛かりにバックステップするかのように後方へと飛び戻る。クジラは仰向けになり海上に漂い始めた。

 

『わっち』思ったよりも速度が稼げずに、ケインはボートの手前に落水した。『まだよ』満潮が漂流を始めたクジラに視線を送る。『ああ、きっちりやるぜ』サイブレードの先端をクジラの腹部に合わせる。

 

少し力を込め、太い光がクジラの腹に突き刺さる。数秒後にそれは爆散した。イ級の弾薬庫は腹部にあるため、至近距離からこれを破壊すれば艦娘と言えどダメージを負う。人類が苦戦した理由の一つとして、イ級ですら強固な自爆兵器である事だ。

 

これは艦娘にも言えることであり、戦艦ほどの耐久性が無ければ、いつまでも足や体に魚雷を巻き付ける行為は自爆志願者のようなものである。一発轟沈の威力がある魚雷はそれ自身が強力な弱点になりえるとのジレンマだ。

 

『あんがい~斬れないものなのね~』山雲がケインの武装の感想を述べている。『もっと~ずばーっとするかと思っていたわ~』指二本を自分の首の下で左右に動かしながら言う。『ずば~っと』

 

『そいつは』ケインはずぶ濡れになったマントを外し、ボートの上でバサバサと動かし水を切る。『期待に応えなくて悪かったな』しかし、ケインの意識はすでに黒いマントに着く白いツブツブした何かに集中しておりおざなりに返答した。

 

『マントバカ』呆れる様に琥珀色の瞳を細め朝雲が言う。

 

『来たわ!!』満潮が声を出し、ボートから離れ海中に目をやる。

 

羅針盤は左右にコチコチと動き、その動きが複数の敵の存在を示している。

 

『こちら朝雲!敵の襲撃を受けつつあり、救援請う!救援請う!』朝雲から緊急電を発信する。しかし、本部へ連絡が入っているかは定かではない。

 

海中からビリビリとした殺気が吹き出ている。何か大物がいるようだ。海面の温度低下により霧が発生し始め、周囲に海の中のような陰りが生まれ始める。近日存在が確認されたデルタゾーンの外を遊泳している戦艦棲姫かもしれない。

 

過剰なまでの警戒態勢はこのためであった。補給船が離脱するまではまだ、1時間近くある。この戦力で戦艦棲姫とダメージ交換など考えたくもないが、なるべく嫌がらせをして時間を稼がねばならない。

 

艦娘の漸減を狙う敵の策だったのかもしれない。こうなるとどちらが刈られる側になっていたのかわからなくなる。群がるサメのように恐ろしい気配が小舟を中心に旋回している。

相手の方が一枚上手のようだ。

 

海の青は深い。

 

顔を合わせ少女たちは互いに小さく頷く。誰を喪失しようと、ケインだけでも離脱させると三人の少女は腹を括った。搭載する全ての火器をアンロックする。“彼女”の一撃必殺を狙うために。

 

――追い詰められたイ級のように。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 Fangs of Surigao

戦艦棲姫出るな~と思ってたら
何故か駆逐棲姫が出てたでござる。
駆逐ちゃんは可愛いからね、しょうがないね。
 
【挿絵表示】



・・・

 

『ケイン、分かる?』

 

満潮の表情は鋭く冷たい。

 

小舟の下を回るようにゆっくりと浮上してくる深海棲艦は余裕の表れだろう。自らの力を誇示するかのように恐怖を煽りたてる。海上の空気は変わり冷気が皮膚に突き刺さるかのように冷え込んでいる。

 

『ああ。何だかおっかねーもんがいるな』ケインはブルーの瞳を細目ながら、首筋に身震いするかのような嫌な汗を感じている。『特大にヤバイやつだ』ケインの勘は冴えていた。短距離であれば羅針盤を必要としないほどに。

 

『ケイン~ 悪いけどコレ~』こう言ったときでも緩やかな山雲の口調には救われる。『付けてくれるかしら~』手に持つものは黄色く小さな耳栓。人間用の物だ。

 

 

【【最小単位ではこの三名はよく同じグループになる。満潮、朝雲が護衛を務め、おっとりとした山雲が人命救助を行うことが多い。これは、いくさばでは気性の荒い二人が、救助者を必要以上にまくしたててしまい、危うく死なせてしまう危険があったからだ。

 

山雲をクッションにすることにより、多くの場合救助者を安心させられる。また、彼女はオプションとして十字のマークが付く腕章を携行しており、非公式ではあるが衛生兵の真似事のようなことも行っている】】

 

 

ケインは何かを察するように、言われるまま素早くそれを受け取り、彼女たちから刺さるような視線を受けながら、ギツギツと耳の奥まで深く挿入させた。

 

『巻き込んで悪かったわね』耳栓の入ったケインに、そっぽを向く様に小声で朝雲が言う。彼女は小さく儚げに笑い、大きく目を見開いた。『爆雷用意!』彼女は吠えながら、凄い力でケインの頭を押さえつけボートの底に押し込んだ。

 

小さく小刻みに毛羽立つ波。

 

甚大な脅威が二つ、直下を舐める。

 

三人の呼吸は重なり、各々の艤装からドラム缶のようなものがゴロゴロと海へと転がり落ちていく。急造された対深兵器。それは発音爆雷。海底を遊泳する彼女らをあぶり出すために開発された。

 

着水と同時に四方に金属板の羽が開き、沈降と同時に真っすぐに立つ。回転を始めながらシュルシュルと沈んでいく。あらかじめセットされた深度で炸裂させる爆音兵器だ。

 

これは、サイズに関わらず、通常の爆雷ではほとんどダメージを与えられなかったために、音での嫌がらせを目的としている。その爆音は、たとえ海上にいても両耳を同時に強く叩かれたかと思うほど強力だ。

 

海上にいるのが人間であれば。発音爆雷一つで、数分間酷い難聴になり視界が揺らぎ、嘔吐すら始めるほどの威力である。基本的に艦娘は潜水作戦は不得意であり、初めから浮上している相手でない限りは、特別な艦種を除いてはこういった手間がかかる。

 

たとえ相手が“姫”であってもその基本戦法は変わらない。

 

海中に花開く数十個の鉄の塊。赤い瞳がたいそう愉快そうに揺らぎ、囲い込むように大きく旋回しながら爆雷を眺めている。彼女の長い黒髪を海中で長く伸び、額から突き出る二本の角が泡を作りながら、海を突き刺すかの如く猛進する。

 

 

・・・アイアン・ボトムサウンドに・沈みなさい・・・

 

 

深く低い声がまるで脳に直接滑り込むかのように聞こえてくる。

 

『衝撃備え!』

 

満潮の怒声のような声に呼応するかのように海面が膨らみあがり、振動と爆音が海上に響き渡る。泡立つ波が深い霧の中冷たい海を震わせる。

 

『敵1、戦域から離脱』満潮の持つ羅針盤が敵一つを固定する。しかしその羅針盤を見るまでもなく一つの脅威が海深くへと消えていく。『残1、急速浮上中!』

 

『あら~お嬢さんじゃない~』山雲が至近距離に浮上してきた敵影を捉える。『舐められたものね』きびすを返すように朝雲が悪態を付く。

 

至近距離に浮上したそれは、ホバークラフトのように海上の滑走を始める。紫のサイドテールから凍てつく海水をまき散らし、黒く短いセーラー服を来たそれは、霧の中全身から蒸気を吹き出し衣類を即座に乾燥させる。

 

コマのように浮かび、その快速は島風に僅かに劣るものの、旋回半径に勝り、艦娘に対して十分過ぎる重火力を持つ。肌が白く紫の目。頭部には帽子のような黒い鉄の装甲をかぶっている。

 

『今のは?』ケインは、霧の中に鈍い駆動音と風切り音を作り消えていった少女を目を凝らし追う。『あいつは駆逐棲姫。ある意味では一番厄介な敵ね』頼りなく浮かぶ小発を背に少し大きな声で満潮が答える。

 

自分たちに比べ速度で勝り、火力で勝り、強度でも勝る。おまけに深海棲艦であるため潜水行動もできる。相手が戦艦棲姫であれば速度を武器にした一撃離脱戦法も取れたのだが、

 

『戦艦棲姫様ハ役不足ト、オ戻リニナラレタ』

 

霧の渦を引きながら少女から声が聞こえる。艦娘の作る引き波から戦力を判定したのだろう。駆逐3、下駄ばき1と。“彼女”は興味を無くし新たな獲物を求め海底へと身を潜めていった。

 

『私たちより、速くて、強くて、固いのよ』朝雲は艤装から連装砲を外し、忌々しそうに霧の中を眺める。『残念だけど正確な判断だわね』彼女の口元が僅かに綻ぶ。『だけど』

彼女たちに、その艤装に、力が集中していく。

 

『逃げろってのか』山雲は小発のプロペラを海水に下すと、ケインを乗せるボートを強く押し出した。『さて、どうするかな』走り出すボートとは反対方向に三本の泡立つワダチが伸びていく。

 

霧の中赤い火線が伸びる。恐らくは駆逐棲姫の放った曳光弾。全弾が深い血の色のようなそれは、海底へも敵の位置を知らせやすいようにだろう。

 

ゆっくりと鈍足な小発は戦域を離脱していく。

左右に波に振られる小発にケインは一人立つ。

 

『艦娘、か・・』

 

 

 

靄は薄まり、ドライアイスの白湯気のようにひざ元までを薄く包み込んでいる。その光景はまるで雲の上ででも闘っているかのようだ。三隻と一隻の駆逐艦は、それがまるで宿命だったかのように砲火を交える。

 

『満潮、悪いけど、あんたから行きなさい』片手同士をつなぎ一流のスケータのように、海を踊るように旋回を続ける満潮に朝雲は言う。『そろそろ手がちぎれそうなのよ』高速で流れる世界の中彼女の瞳は力強く開く。

 

駆逐棲姫の異常な機動性に追随するためには、より小回りの旋回半径が必要であり、そのために二人で逆方向へと推進を行うことで、横滑りをしながら駆逐棲姫と同程度の急旋回を可能にしている。

 

しかしその負担は重く、支える朝雲の肩は外れすでに腕は伸びきっていた。すでに背部に携行している連装砲の照準は合わせられないだろう。

 

艦船によるドッグファイトは、恐ろしい速度でつむじ風を作りながら、雲の上のステージで繰り広げられている。その戦いは速度の戦いに発展し、まるで航空戦のように両陣営とも無駄な発砲を行っていない。

 

捉えては、逃げられ、捉われては、分離するかのように照準からそれる。しかし、限界機動を続ける彼女らにはすでにリミットは近づいていた。

 

・・・ヤラセハ、シナイヨ

 

黒いセーラ服の駆逐棲姫が何かを察し先に攻撃を仕掛けてきた。

 

彼女自身も限界機動を行い伸ばした片手から、腕部に据え付けられた砲塔から、機関銃のように強力な赤い砲弾が速射される。海上をスライドするように平行移動しながら、彼女は三筋の赤い光の束で二人の後方を支えるように動く山雲をカットする。

 

『勘の良い小娘ね』満潮は悪態づいた。『いいわ』

 

手を放し朝雲から潮道を引きながら、コマのように浮かぶ少女に蛇行しながら近づいていく。波はざわめき間を隠すほどのうねりを作り出している。嵐のように冷たい風が満潮の髪をかき乱し塩水をしみこませている。

 

僅かに膝を曲げながら両足に固定されている連装魚雷ポッドの時限信管を設定する。背中には爆雷を携行していたため、膝元のそれは手投げ弾程度の威力しか持たないが、発煙力が高く目くらましにはなる。本来の用途は戦域離脱用だ。

 

『後は頼むわよ、山雲』

 

後方から山雲の作り出す機銃による牽制射を受けながら、扇状に4本の魚雷を全て撃ち込んだ。推進速度に重きを置くため射程距離は極めて短い。駆逐棲姫の射撃は正確さをまし次第に満潮本体に当たる量が増えていく。

 

数秒後に爆音とともに大きな黒煙が前方に作られた。満潮は背負っていた空になった爆雷発射筒を盾代わりに眼前に構え、黒煙の中から飛び来る命中率の僅かに下がった赤い火線を吸収する。

 

爆発の瞬間、残る二人は全力加速を始めぴったりと満潮のコースを辿る。やや距離は空いているが、うねる波の中息の合った単縦陣を取る。駆逐棲姫の火力はやがて満潮の腕をしびれさせ足を撃ち抜き、前転するかのようにうねる波の中彼女を埋没させた。

 

『雷跡発見』前方で脱落した満潮を目で捉えながら、敵を洗い出すかのように黒い煙幕の中から十数本の魚雷が一斉に放たれたようだ。『山雲、打ち上げるわよ』朝雲が迫る魚雷を前にして山雲を健在な片手で掴み上げる。

 

高い山のうねりの頂上で、山雲が朝雲から投てきされる。被雷して、爆発が少女を空へと吹き飛ばした。黒煙の中を不規則にスライドしながら射撃しているのだろう。左右に振れながら火線が執拗に朝雲のいた場所を撃ち抜いている。

 

流線形に降下していく山雲は、煙の中僅かに動く紫色の髪を捉えた。小さく息を吐き両手で12.7ミリ機関砲を構える。

 

『敵艦、見ゆ!』

 

滑空しながら、上空から体を沈みこませ回避運動を始めた彼女の予測移動線に銃撃を始める。ダスダスと重い射撃音が続き、ついにそれは黒煙が晴れ始める中、彼女を捉える。

 

イタイジャ・・ナイカ!!

 

体を旋回させ駆逐棲姫は、突入してくる山雲に対し、やや後方にスライドするように身を引きながら頭部を屈め帽子型装甲でいなす。しかし、衝撃耳上から伝わり僅かに姿勢を崩した駆逐棲姫は脚部ユニットのバランスを崩し回転を始める。

 

『山雲の攻撃― どうかしら?』

 

バランスを崩し速力を失った駆逐棲姫に、至近距離で並走する。同じ方向になびく、グレーの髪と紫の髪。逆巻く波が彼女たちの距離感を失わせていく。上下に揺られ氷のような海水を浴びながら、永遠とも思える時間を圧縮し数秒の内に互いが銃口を向ける。

 

さながら抜刀した剣豪のように。

 

私ニ構ッテイルト仲間ガ沈ムヨ。

 

駆逐棲姫の薄紫の瞳が怪しく光る。彼女の言う通り、満潮も、朝雲もまだ沈んではいない。一度海水に潜りはしたが、艤装のダメージコントロール機構によりまだ海面を浮いている。しかし、そう長くはもたないだろう。動揺を誘っているのか取引のつもりか。

 

『あのときは、三人同時だったわね』山雲のダークブラウンの瞳が決意の中細く狭まる。『今度は渡して見せるわ』山雲から放たれた数発の銃弾が、僅かに流れる紫の髪を撃ち抜いた。

 

ユニットを応急処置した駆逐棲姫が憐れむような瞳を向けると旋回するように素早く距離を開いていく。彼女は白い片手を高く上げ海底に向かい発光魚雷を撃ち込んだ。一直線に砲弾のように海底に向かい、光、進むそれにひかれ次々と敵の新手が顔を出す。

 

潜水ヨ級。

 

巨大な黒く丸い鉄の塊のようなものに身を潜め、本体は青い瞳で長い黒髪の女性型潜水特化の深海棲艦だ。通常は小型のイ級のような外殻に身を潜め、静かに機雷のように潜伏している。目立った動きをしなければ羅針盤でも見つけ辛い難敵である。

 

しかし、顔さえ出していれば携行しているものは21インチ魚雷だけであり、装備だけを見ればこれに加え5インチ単装砲を装備しているイ級の方が火力は高い。問題なのは出現タイミングや艦娘の護衛しきれていない民間船が要撃されることにある。

 

戦艦棲姫は戦域を離脱する前に、保険を残していたのだ。

 

『なんとも、過保護なものね~』山雲は観念したのか、乾いた笑みを浮かべながらいつもの口調でおどけて見せる。『朝雲ねぇ、来ちゃ、ダメだからねぇ』

 

急加速しながら山雲はグレーのスカートをめくり、機関銃砲の側面に太ももに隠し付けていたナイフを付け剣する。ヨ級は近接武装に乏しい。魚雷の誘爆を考慮し頭部を狙い刺す。

刺突の瞬間に引き抜き、続けざまにヨ級を大破させ機能不全を起こさせる。

 

コレデ終ワリダヨ。

 

駆逐棲姫が山雲に集合していくヨ級の一体に照準を合わせる。その誘爆の爆心地であればいかに艦娘の艤装といえど一溜りもない。山雲と、駆逐棲姫の死線は交差し、ヨ級の群れの中最後の一撃を繰り出さんと山雲が残弾少ない銃剣を彼女へと向ける。

 

交差する無限の時間の中、あらゆる策を講じるが山雲は一歩届かなかったようだ。駆逐棲姫の口元は僅かに開き、勝利を確信した。

 

ナンダ?!

 

突如、脚部ユニットに衝撃が走る。海上を見れば、あの2体は気絶したかのように浮いているだけだ。海中から艦娘の気配もない。

 

いや――

 

見逃した小発、あれには確かに僅かな艦娘の反応はあった。しかし、報告通りに大破していたものと見逃していたが。では、あの船の上で動く黒い物体は何だ。オレンジの髪、突き出された青白い光のようなものが一瞬消えると、付近の海面が小さく水しぶきを作る。

 

逃げろって、言ったじゃないのよ。

 

海面に浮かぶ満潮と、朝雲はかすむ視界の中、そののっそりとした速度で波に振られながら戦域に戻ってきている小発を眺める。立て続けに射撃を続けるケインだが、距離がありやはり有効なダメージは与えられないようだ。

 

“彼女”であれば、警戒されていない初撃で仕留めていたのだろうが、無い物ねだりをしても仕方がない。それでも駆逐棲姫に射撃姿勢を取らせない程度には十分に弾幕として機能している。

 

一瞬の隙をついて山雲は半包囲されていた状況から離脱。波の作る凹凸を超えるたびに駆逐棲姫と距離が開いていく。双方は決定打を失い戦局は再びイーブンへと指し戻された。

 

ケインの距離はまだ遠い。

 

しかし未知の新兵器の存在が駆逐棲姫の判断を僅かに鈍らせた。山雲の正確な射撃により、中間地点に滞留していたヨ級の群れを正確に撃ち抜く。元より誘爆を狙っていたそれは、連鎖的に次々と爆発を起こし沈んで行く。

 

海上に立ち込める黒煙の中、戦況不利を悟り、駆逐棲姫は静かに海へと帰っていった。鮮やかな引き際はいつもの事であり、あれらを沈める事が大変困難な理由でもある。深海棲艦。その名の如く、今なお彼女らは海全域をホームグラウンドにしている。

 

『あいにく、契約破棄条項は確認してなかったんでな』

 

忌々しそうに悪態を付く満潮に、ケインはボートから身を乗り出し手を伸ばす。しかし、ケインは口をキュッと紡ぐと冷たい海水に飛び込んだ。満潮の体を持ち上げ、彼女は片手でボートの中へとゴソゴソと登る。

 

『これ、巻いてな』

 

ケインはマントを満潮に強引に巻き付けた。満潮には、自分がほとんど全裸のような恰好をしているから、紳士のように彼の貴重なマントを借りれたのではないと理解していた。

 

『気持ち・・悪くて、悪かったわね・・』

 

いつもの強気ではなく、それは少し視線をそらしながら弱々しく彼女は言う。片手を盾に使ったため、ちぎれていた方が奇麗に見えたほどにまで変形し損傷している。焦げ付いたような毒々しい赤い体液が彼女の腕にべっとりとこびりついている。

 

一般人であれば目を背けたくなるのも当然だ。

 

『そのマントな』ケインは前を見ながら、漂流を始めた朝雲に向かい膨らむように進路を合わせ続ける。『クソ提督に頼まれたんだよ』思い出すだけでも語尾が僅かに震えているようだ。かなり頭に来ることが起きたらしい。

 

全身が冷え切っていることも忘れてしまったかのように、荒々しく下駄ばきの小発が波の上をバウンドする。

 

『ずいぶんと』満潮は全身から痛みが和らぎ、立ち上がる。『思い切ったこと考えたのね』思い切ったことにケインのマントの利用が含まれているかは分からないが、備蓄に限りがある修復材を、高濃度でマントに仕込ませていたらしい。

 

『いいわ。あんたじゃこの波の見極めは無理よ。変わるわ』操船を続けるケインの隣に座り、小発の後部にある頼りない舵付きエンジンユニットを取り操舵を変わる。『戻ってくれてありがと』席を離れ重心のために中央に戻るケインに向け、満潮は小さく呟いた。

 

ケインのマントを体に巻き付け

霧の晴れたオレンジがかる空を見つめる。

 

――作戦、完了か。

 

『こっちですよ~』機動戦中に半裸になった山雲が、青と白で縦のシマシマの下着姿で手を振っている。黒いスパッツも半分以上が自らの艤装により擦れやぶけている。『痛いから・・ゆすらないでよ・・』彼女は元気に手を振る、腕には大破した朝雲を抱えて。

 

『ほら、これ』ボートに乗せられ底に寝かされている朝雲に、満潮はそっとマントを巻き付ける。ケインはエネルギーの消耗で疲れたから寝ると言いふて寝を始めたが、少女たちが裸同然の恰好でいる事への配慮だろうか。『マント取り上げたのよ』

 

艤装以外、服はおろか両足すらも焼け焦げた体に、巻き付けられたマントから修復材がしみ込んでくる。完全な回復が出来るわけではないが、これ以上悪化することもないだろう。

激痛も和らぐ。朝雲から気のはった表情が穏やかに変わっていく。

 

『島風、来なかったね』朝雲の漏らした言葉は、恨み節ではなく心配をしている時の声色である。『きっと~無事よ~』山雲はそっと朝雲の手に手を重ね握る。オレンジ色の光が二人の寄り添う影を引き延ばす。

 

アレが鎮守府方面へと向かっていたならば、こちらの離脱ポイントに待機していた島風と会敵していたはずだ。しかし、島風であれば駆逐棲姫を凌ぐ圧倒的優速により戦艦棲姫を翻弄していたに違いない。

 

『こちら満潮、作戦完了。当海域より撤退します』

 

デルタゾーン近辺。

 

敵領域に嫌がらせをする形で作戦を行っていたため。常に傍受の危険がある。駆逐棲姫は撃退できたものの送り狼がいないとも限らない。このまま姫級の連戦ともなれば全滅は必至だ。満潮はあえて救援要請を行わずに淡々と報告だけを行った。

 

『これで“丙”とは、先が思いやられるぜ・・』

 

ケインは寝そべり、暗く変わる空を見つめながら、ずいぶんな厄介事を安請け合いしてしまったもんだと、流れの早い白い雲を目で追いながら呟いた。

 

直接戦闘を見ていたわけではないが、彼女らの状況から想像すれば、やはり戦局が厳しい状況にある事は手に取るように分かる。

 

『よく考えたら』満潮がイライラとしながらケインの寝そべる傍へと健在になった両手を腰に当てずかずか近寄ってくる。『あんたがもっと早くから、ピカピカやっとけば、ムダにケガしなくてすんだんじゃないの?』

 

『あのなぁ。お前らが追い出したんだろうに』ヤレヤレと顔芸をしながら、上半身を起こすケインに満潮がさらに詰め寄る。『そうね。私もムダに手足吹き飛ばすこともなかったわね』朝雲による挟撃も始まった。

 

ケインはすがるような視線を送るが、山雲はニコニコしてるだけだ。

 

『じゃあ言わせてもらう――』

 

ケインはバッと飛び起き水平線の彼方を凝視する。素早く腰に付けた双眼鏡を取りのぞき込むが、海水と冷気のため曇ってしまっているようだ。姿を捉える前に潜水したらしい。

 

『どうしたのケイン?』艤装を外し、全裸にマントのみというエキセントリックな恰好で横たわる朝雲が、いぶかし気に尋ねる。『いや、何でもねーよ』何事も無かったかのようにドカッとボートに座り再びふて寝を始めた。『ふぅん?』

 

『お姉ぇ』山雲がそっと朝雲に耳打ちする。『男の子が~よくやる、突然腕が痛くなった~とか言う奴よ~きっと』ヒソヒソと何かを言っているようだ。『はっはーん。ケインも可愛いとこあんじゃない』

 

二人は、何だかよくわからない話で盛り上がっているようだ。

 

しかし、片足を腹に乗せようとしている途中に弾き飛ばされた、満潮の胸中は複雑だった。戦闘詳報には記載できない話として、直接山城から聞いた話では、こいつは水平線上にいた山城を勘だけで発見したらしい。

 

先日のミサイルの件も宇宙人であれ、生き物の反応速度を大きく逸脱していた。つまり初めから気付いていたために反応しきれたのだ。ケインが全身サイボーグなら話は早いが、妖精と軍医の話では体の基本構造はそう変わらないらしい。

 

旗艦レベルの艦娘と、特例的に青葉にのみ話を伝えている。機密保持のためケインの実態を知る者はそう多くない。事情を知らない艦娘からしてみればたいした人間程度の評価である。それゆえ、ケインの戦闘力に大きく認識の違いが出るのもやむを得ない話だ。

 

もっともそれは、ケインの猛進的な性格を加味して意図的に情報統制をされ、必要以上にケインが激戦区へと投入されることを懸念しての提督と大淀の配慮であるが。

 

『ああ、最上の航空隊だわ』

 

二式水戦、下駄ばきの白い零戦が翼を振り数機、こちらのコースへ向かってきている。暁の水平線を眺めていた朝雲がみつける。本隊の直掩機ではない。こちらまで遠征できる余力が出来たのであれば本隊も大丈夫そうだ。

 

山雲に引かれ、小発が心地良い風を作りながら帰路に付く。

 

上空には海鳥達のように翼をオレンジに変えた水戦が旋回している。

 

丸く大きなオレンジの塊は、水平線へとゆっくり沈んでいく。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 The Spacy Hours

 

『航空機部隊、着艦せよ』

 

月夜の中、左右に煌びやかに電飾された二本のレールが敷かれた浮桟橋の上に、最上が立つ。

 

 

【【艦娘の航空機の運用はSTOBAR(Short-Take Off But Arrested Recovery) である。つまり短距離離陸を行い、着艦にはヒモにフックをかけ制動する必要がある。このため、夜間時の着陸は困難であり必要に応じてこのような補助装置が必要になる。

 

良く混同されがちである、カタパルト射出方式はCATOBAR(Catapult Assisted Take Off But Arrested Recovery)であるが、こちらは利根を始めとして機構自体に信頼性が低いため、あえて航空機自体の性能を落としてでも短距離離陸が可能なように調整されている。

 

これは、急場の際にカタパルトの故障により上がれない航空機よりも、多少性能が低くなろうとも戦闘空域に確実に滞空出来る事の方が重要視されたためである。また、胴体着陸の必要に伴い、衝撃に耐えられる程度に水上機は強度の底上もされている。

 

さらに、着陸の必要性により空母種を除く航空巡洋艦・戦艦は飛行甲板が延伸された。彼女らの持つ飛行甲板が一見盾にも見えるほど長い形状をしているのはそのためである。なお、水偵は発進の際に落下式の補助輪を必要とする。】】

 

 

潮位は僅かに上がっていて向かい風であるが、前方方向より中央のフロートよりも足の長い車輪を翼から下している、白い零戦が緩やかに降下してくる。伸ばされた彼女の片腕の上に、潮風と共に心地良い高い着地音を出しながら順を追って降下してくる。

 

『ありがとう』

 

最上は月の照らす海に向かい小さく呟く。

 

厳しい顔つきで桟橋を戻り、消灯した。

 

鎮守府の防衛ラインを超え侵入してきた戦艦棲姫の遊びに付き合わされたがために、緊急発進した山城隊と合わせて大半が未帰還となった。山城隊は敵艦隊に果敢に攻撃を敢行したため、全機を喪失している。

 

 

 

 

島風を旗艦とした遊撃戦隊は戦艦棲姫発見の報を直ちに全域に打電。鎮守府のクレーンにより毅然と荷下ろしを続ける船長を防衛すべく、手筈通り戦艦3隻含む主力艦隊を戦艦棲姫へと向け直ちに発進させた。

 

しかし、ここで物資の不足による弊害が現れる。

 

ショートレンジになった魚雷を装備していた島風隊は、戦艦棲姫の長射程砲撃の前に、有効射程圏内に彼女を捉えることが出来なかった。このままでは、こちらの主力艦が到着するまでに、彼女の射程圏内に鎮守府が飲まれてしまう。

 

戦艦棲姫を先頭に、重巡2、軽3、駆逐6という堂々たる複縦陣で進む彼女らを、僅か三隻の駆逐艦で迎え撃った。小うるさい三匹のハエで、一秒でも長く彼女を停滞させる必要がある。

 

ケインを含む満潮隊が陽動を行っているころ、島風はその全速を発揮して単艦による肉薄攻撃を敢行していた。システム連装砲を早々にドロップし複雑な反復蛇行を行いながら、もっとも火線の少ない正面突入を試みる。

 

少しでも海面から飛び上がれば、直線軌道になり一瞬で撃ち抜かれるほどの至近距離にまで急接近する。完全な油断をしていた戦艦棲姫に向かい全力の魚雷投射を行った。しかし、その重火力・重装甲に似合わず、彼女は機敏にこれを回避。

 

だが、視界不良のため、後方の戦隊に数本が突き刺さった。たちまち轟く轟音。上がる火柱。統率が僅かに乱れ、戦艦棲姫が楽しそうに笑っていた。大破した僚艦を邪魔だとばかりに砲撃処分する。

 

艦隊陣形を組みなおす混乱の中、離脱する島風に、戦艦棲姫から砲撃を受け沈みゆく巡洋艦から狂ったように乱射された小火器群が、少女を舐めあげる。役目を終えた雷撃隊のようにどこか安堵の表情で、少女は海上を漂い始めた。

 

戦列を離れ、囲い込むように敵の駆逐艦が彼女へと進む。そこに割って入るように追いついた連装砲群が必死の防戦を展開した。カラフルな砲弾が互いを行き来しそうこうしているうちに戦艦棲姫の戦列が修復される。

 

そのとき僅かながら、山城・最上の航空戦隊が姿を現した。航空隊は大破した島風をカバーするようにあえて高空から、一直線に敵の直上コースを取る。戦艦棲姫の狙い撃ちを誘った。

 

回避機動を行うものの、数機が彼女からの炸裂砲弾により叩き落される。白い翼が弾け飛びバラバラと散り落ちていく。その隙を縫い、二隻の僚艦が島風を滑り込むように掬い上げ、被弾しながらも敵艦隊と距離を開けていった。

 

戦艦棲姫が、赤い瞳が、水平線の彼方に、長門の頭部に付く艦橋を認める。長門率いる増援艦隊が、中央突出陣にて前進一杯の速度で突入して来ている。これに対して、戦艦棲姫は突如黒い長髪を潮風に触手のように伸ばしながら一斉回頭を行った。

 

うるさいハエとばかりに、彼女の持つ長距離主砲弾を、至近距離で僚艦に撃ち抜かせ、へばりつき旋回していた航空隊を叩き落した。プカプカと浮かぶゴミのような艦娘に大いに笑い声をかけると、立ちこめる黒煙を背に、彼女たちは次々と戦闘水域を離脱していく。

 

最大戦速を超える加速を続け、機関が焼きついた長門にこれを追撃することは叶わなかった。ただ、嵐が去り、洋上にて悔し泣きする艦娘達を抱きかかえる事しか出来なかった。

 

 

 

 

『惨敗だな』

 

提督は、工廠にて艤装のオーバーホールを行っている長門から、戦闘詳報[せんとうしょうほう]を受け状況を確認すると言った。それは叱責する物ではなく、また、侮蔑するものでもない。補給の完了と全艦の帰港。大局を見れば十分に戦略的勝利を勝ち得ている。

 

『すまない』長い黒髪を力なく垂らしながら『私がもう少し早く着いていれば』長門がその時を思い出すしているかのように背中を丸め、固い岩盤の地面を突き抜け彼方を見ている。

 

地下工廠のけたたましい騒音が、込み入った話をするにはちょうど良い。

 

『大本営は、近日の世界的な深海棲艦の侵略に対して』鉄の長イスに座る長門の隣に、提督が着席する。『勅命を持ち出してきた』

 

『そうか』長門は一言呟いた。

 

『明日にはケインが発つ』提督は白い軍帽をクリクリ動かしながら、立ち上がった。『それまでは、ここを支えてやらねばな』次は早々にやられはしないと彼の瞳に力が宿る。

 

『一度限りのワイルドカード』ケインの持つ未知の兵器の事だ。『彼女らは新兵器に大して慎重だ』膝の上に置いた、白い手袋を付けた指をトントンと付く。『ゆえに、次は相応の戦力を用意してくるだろう』初手であれば、撃退成功率は高いと予測はしていた。

 

それゆえの丙。会敵したのが姫でなければ、敵の報告前に撃滅出来たのだろうが、幸か不幸か、ケインは初陣にて一体の姫と接触した。次は、敵の心構えも違うだろう。

 

『これは私の憶測だが』背中を向ける提督に長門は言う。『アレらは宇宙兵器かもしれん』今でも僅かに疑ってはいるが、ケインが来るまでは、考え付きもしなかった事だ。宇宙人とはもっと奇天烈な物を想像していたが、案外、人の延長なのかとさえ彼女は思った。

 

『そうだな』提督にも思うところはあったのだろう。小さく肯定するように呟くと、工廠から上がって行った。しかし、確証もない状況で、かつ、最近の大本営の動きも今一信用が置けない。『気にはかけておく』これが提督にできる精一杯の返答だった。

 

――餅は餅屋、か。

 

 

 

 

『ねぇ、ケイン』ゴボゴボと泡立つジャグジーで、うつ伏せになりながら島風が言う。『敵に勝ちたいと思うだけじゃ』陽気な彼女らしくもなく目じりに涙が浮いている。『ダメなのかな』

 

『あんたにしては弱気だわね』ケインを挟み、中破状態の満潮と朝雲がジャグジーに並ぶ。

『島風の目にも涙かしら』駆逐棲姫を思い出し、つまらなそうに泡を片手でかき回しながら満潮が言う。

 

比較的健在だった山雲は、今頃戦闘詳報を書きながら大淀達と作戦を練っている事だろう。

 

『少し前な』つい一週間ほど前の話だ。ケインは浮かぶ湯気を見ながら、ポツリポツリと口を開く。『オレは負け続けて焦っていた』あるロストシップを前に大敗した。『同じことを言ったよ』

 

『宇宙も大変なのね。それで墜落したの?』朝雲が率直に感想を述べる。『いやそれは別の話だ。だが、ある時ふっきれて、良い方にケリは付けられた』ケインは少し照れ臭そうに口を綻ばせた。

 

『宇宙一の飯を食わしてもらったら』両手を首の後ろに組み続ける。『死ぬのがバカバカしくなっちまったぜ』

 

『なにそれ~』島風が目を丸くして笑い始める。『単純男』満潮が呆れたように笑いながらいい、朝雲も笑っている。『うっせーな。ホントにうまいんだぜ』

 

『不幸だわ』

 

声がする方を一斉に振り向くと、長く白いタオルを体の前に垂らし、どんよりとした表情の山城がたっている。そう、ここは艦娘用の入渠施設。つまり、女子風呂だ。

 

『ケインさんはどうしてこちらに?』

 

なるほど、戦艦とは艤装があろうとなかろうと頼もしい物なのだなぁと、ケインは湯あたりするほど、駆逐艦娘達と風呂に入っていたが、急に背筋に寒気が訪れた。そこに冷たく鬼のオーラを纏う彼女がいる。

 

思のほか蒸気が立ち込めていた事と、僅かに考え事をしていたために、ケインの姿を他の艦娘と誤認してアトラクション風呂の手前まで来てしまった。

 

『あんた聞いてなかったの?これは高雄型の5番艦なの』まだ、足の指が生えそろっていない朝雲が、虚空を掻くように湯船の中、足を動かす。『今日からそれで通すんだって、文句あんなら提督に言えば?』

 

『そうだよ』透き通るような金髪を湯船に広げなら島風も続ける。『銭湯では子供は性別なく裸でウロウロしてるし大丈夫とか言って』白く長い足をパチャパチャと動かす。『なんか子供扱いされて頭に来たし』

 

『あの人は、本当に』山城はクラクラと来ながら大きくため息を吐く。『時々ついていけないわ』背中を丸める様にしょんぼりと湯船に入ってきた。ドヨドヨとした黒い髪が怨念のように湯船に広がっていく。『命令ならいいです』気の毒なのはケイン自身だろう。

 

『ケイン、いるかい?』黒い三つ編みテールを前面に一つ垂らした、黒い水兵の服を着た少女がいる。『ああ、ええと』『時雨だよ』名前につまるケインに、時雨はにこやかに答えた。

 

『わりぃ』ケインはオレンジの髪をポリポリと掻く。『いいんだよ。異国の人の名前を一回で覚えろなんて、難しいからね』少女は視線を外し、言葉を続けた。『すまないと思うのはこちらの方さ』手には青い制服が丁寧にたたまれ持たれている。

 

『着方に手間取るだろうからボクに手伝えって』『あんたも災難ね』時雨の説明に朝雲が口を挟む。『どういうことだよ』嫌な物を察するが、ケインはあえて言葉に出した。『アレ』同情の眼差しで満潮が言う。『高雄型、つまり女もんの制服よ』

 

『なぁんだってぇぇぇぇー!!』ケインの叫びが、蒸気で蒸すアトラクション風呂に空しく反響する。

 

 

 

 

『ああ、何だかケバくなりましたね』

 

ニコニコといつもの営業スマイルを浮かべているこの男。忌々しくケインが鋭い視線を送りつける。しかし、彼はどこ吹く風で、ニコニコと張り付いた笑顔を作っている。

 

ケインは服装に慣れるようにと、大型で防弾機能付きの変なシリコーンパッドを胸に入れ、ちょっとした補給後恒例のパーティに参加させられた。案の定、男衆からヤジが入ったが、まぁ、それは彼女の目論見通りだったという事だ。

 

『何でも、時雨が言うには』ケインは彼女に着付けと化粧を手伝ってもらった。『この方が変に男が寄ってこないからいいんだとよ』ふざけた話だと、指示者に抗議するように言う。ストッキングは手持ちがなかったため大淀の物を履いている。むろん新品であるが。

 

その間、提督は、地下工廠で妖精と艤装の首尾を確認しながら戦略を練っていた。彼は年の割にはフットワークの軽い身のため、現場へ足を運ぶことが多い。しかし、特に直接的に指示を出すことはせずに、ベテラン工員達や妖精さんに作業を一任している。

 

直接の在庫の状況の確認や、今後の戦略を見越して提案された、新型艦娘搭載兵器などを吟味する程度だ。秘書を通しての資料確認だけでも良いが、現場と距離が遠のくほど、間に脚色が入ってくるとの警戒でもある。

 

臆病なほど慎重ではあるが、戦争は一人で出来るものではない。複合的に人間が重なり合うものであり、時に、個々の感情が戦局に重大な影響を及ぼすことは、過去の歴史が証明している。少なくともここでは、彼の友達作戦は功を奏している。

 

『まぁまぁ、どうぞおかけください』

 

提督の私室の奥にある、艦娘用のちょっとした居酒屋風のスペースに招かれた。朝まで飲み明かす者が出ないようにと、最低限のモラルが守られるようにとの配慮である。いわくつきの集まるここでは、提督が身をもって人柱となっている。

 

『自室の奥にこんなスペースを?』当然の疑問だ。『うるさくて寝らんねーんじゃねーのか?』そう言いながらマントをイスの背もたれの外へと垂らす。

 

『そうならないように提督がいるのさ』何があったのかはわからないが、髪を短くした長門が、カウンターを挟み料理を用意している。『我らが暴れ出しては何かと危ない』フッと彼女は小さく笑う。『と、思われているのさ』

 

『こうでもしないと、艦娘の飲酒が許可されませんでしたから』最奥の席に山城を詰め込み、ケインを挟み、縦に並んで提督が座る。『それに、扉には防音機能もあり、何もないよりはいい程度のシェルターでもあります』

 

『なるほどな』ケインは頷いた。

 

酒場がついでなのかはわからないが、確かに軍施設であれば必要な装備かもしれない。さすがに、深海棲艦相手には効果がないだろうが、対人であればとっさに籠城を決め込むことも出来る。提督が無事であれば、艦娘が制圧する事も容易だろう。

 

『どうぞケインさん』しなやかな手で、山城がトックリから丁寧におちょこにSAKEをつぐ。『ああ。ありがとう』長門に出された苦みのある小魚の漬物を、SAKEに口を付け、つつく。

 

『どうですか、フィリッピンからの地酒は』提督は隣に座り、合わすようにSAKEを口に付け続ける。『素となる素材は、我が国の物を使って作られていますが』軍帽は部屋に置き、友人のように語りかける。

 

『すっきりしてて、喉触りもいいな』ケインは素直に感想を述べた。

 

『妖精さんから聞き、すでにご存じと思いますが』

 

長門が入り口の厚手の扉を閉めると、外部への換気扇が稼働し、室内が少し低音のファンだけの音に包まれた。二階ではあるが、あえて、広場向きに開けた地面の上に換気扇が設置されているため、下から音を拾うなどのスパイ活動が行いにくいように配慮されている。

 

『ここには記憶持ちの艦娘が多いのです』そのことに対して、居合わせている、長門、山城は何も語らない。『なぜ違いが出ているのかは明確にわかりませんが』珍しく彼の視線が一瞬鋭くなる。『これを大本営は危険視している』

 

『巻き込む気はないので、多くは語れませんが』念を押すように彼は続けた。『軍隊、特に先の大戦では多くの国が、非道行為を行いました』つまりは反乱。『ゆえに、深海棲艦側に、艦娘が迎合する事を恐れているのです』

 

『敵の敵は味方って奴だな』SAKEをすすりながらケインが言う。『しかし、あちらさんの補給方法はどうなってんだ?』先ほどの戦闘を思い出してみる。『弾丸だろ、ありゃ』

 

『それが分からないんですよ』嘘を言っているようには見えない。彼は背中を小さくし、言う。『彼女らは潜るんです』自嘲気味に小さく笑う。『次に出てくるときには、なぜか全快しているんです』お手上げだとばかりに。

 

『基地があるんだろうな』ケインは言った。

 

『そうでしょうね』提督も答える。

 

『しかし、見つからない』逞しい体に似合わず、巧みに指を動かしSUSHIを作りながら長門が言う。『我々にも潜水を専門とする艦娘はいるが』皿の上に盛り付けられたSUSHIをケインに渡す。『太平洋・大西洋と共に、見つけたためしがない』

 

――全波長迷彩か。

 

ケインは声に出さず想像した。

 

キャナル。いや、ソードブレイカーにも出来ることであるが、迷彩中の相手まではロストシップの能力を駆使しても流石にわからない。座標さえわかれば、基地である以上、攻撃方法はいくつかあるのだろうが――

 

しかし、そんな芸当が出来るのは、宇宙広しと言えど、UF(宇宙軍・ユニバーサルフォース)の精鋭中枢部隊か、全銀河に暗躍する、犯罪組織ナイトメアに匹敵する資本力、もしくはロスト・テクノロジーに触れた者くらいだろう。

 

もっとも、艦娘の実態がよく分かっていない以上、単に偶然、新しい技術が出来たのかもしれないが。いずれにせよ、すぐに答えが出る話でもない。

 

『かくれんぼでもしてるのかね』小さなフォークで、SUSHIを突き刺し食べようとする。『ん、崩れた』

 

『心当たりでも?』提督は正面のカウンターを見ながら言う。『それと、それは手でつかみ、手前の小皿にある液体に付けて食べると良いですよ』『ああ、ありがとう』

 

『いや、オレにはわからねーが』サーモンの乗るSUSHIを口に放り込む。『キャナルなら分かるかもしれねーな』舌にむせるような刺激を感じ、左右にブルーの目を動かしながら言う。

 

『貴船のコンピュータですか?』お茶をそっと、ケインの前に出し続ける。『ああ。帰ってくるまでには何か分かるかも知れない』サビをお茶で押し流し、どこか暗く浮かない表情をしている提督の顔を見つめる。

 

『ブーストチップ』今は最上の部屋に転がっている、あの破片だ。『戻るまで、ここのホスト・コンピュータに繋いどいてくれないか』

 

『何が出来るかは知らんが、困るぞケイン』長門が体の前で腕を組み、指をトントンと動かしている。『公式にはテロと処理したが、他国の工作員がそれを求めて攻めてきたこともあるほどだ』

 

『わかった、繋いでおくよ』『あら、妖精さん』工廠から上がってきた妖精が、話に参加すべく、専用の小窓から入ってきて、ブーンと重低音の音をさせながら、山城の肩に座る。『詳しく材質調査くらいはしてもいいでしょ?』

 

『ああ、いいぜ。基盤さえ無事ならな』

 

ケインに気遣い、分解調査までは行っていなかったが、今回は秘密裏に新素材の研究が出来そうだと朗らかに少女が微笑む。

 

ケインは、第三者ではあるが、一定量の信頼は置けるようであり、相手の持つデータベースからの回答にも興味はある。だとすれば、より確度の高い結果を得るためと、提督は静かに成り行きを見守っている。

 

 

 

 

――どうしてこうなったのか

 

宇宙談話が熱を帯び始めると、早々に山城はこちらへと手を振ると、夢の世界へと旅立って行った。いつの間にか、長門は奧でスクワットでもしているのか上下に動く影が見える。妖精さんは楽しそうに飛び去り、今は新素材で遊んでいる事だろう。

 

『だからよ、ジェスの奴はそこで――』

 

テンポよく話すためビールに切り替え、宇宙の話を振ったところ、二、三、話をして、思い出したかのようにケインの恨み節が始まった。どうやら友人の宇宙船が沈められた話のようだが、大筋ははぐらかされ詳細も良く分からない。

 

『宇宙ってやつは――』

 

一つ分かることは、目の座った面倒な酔っぱらいが目の前に一人いる事だけ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

宇宙の流行語なのか、ケインがやたらと宇宙一を連呼するためその信ぴょう性は低い。多分強調語か何かなのだろうと、彼は理解しながら、ヨタ話に突き合わされる。何だか浦島効果のように時間が経つのが遅く感じられる。

 

長門が筋トレに飽きるまで、彼が解放されることはなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 Ongoing Souls

 

 

 

『相変わらず早い朝だな』

 

用意された制服にとまどいながらも、髪を下しそれらしく整える。起床ラッパにて目を覚まし、ケインは少し遅れて広場へと到着した。身なりも少し整っていないが事情が事情なだけに特に追及されることはなかった。

 

『ん、そろったようだし続けよう』

 

提督はあの後、大淀、長門と共に作戦室に籠り状況を確認していた。未明にCOMCENPAC[太平洋司令長官]からの入電があり、エンタープライズはグアム基地をすでに発進。無線封鎖を行いながらチューク鎮守府に向け南下していると情報を入手した。

 

エンタープライズは規定通りにデルタ海域から大きく離れ西進しており、南下へと切り替えられた針路転換点は、COMSOPAC[南太平洋司令官]から潜水艦経由の暗号電を使い伝えられた。また大本営当てにレッド暗号を使い目的港の偽電も流している。

 

基地参謀職に付く艦娘たちで作戦発案中に、隣のソファー席で仮眠を取っていた提督の傍に、なぜか毛布のように抱き着き一緒に眠っている山雲がいたが、大淀はあの無線のやり取りを聞いていたため、不問に付した。

 

なお、某突撃記者により、二人の心安らかに寄り添う寝顔が号外に乗せられ、早朝から鎮守府内に物議を醸したのは言うまでもない。

 

『特務艦は、ヒトヒト・サンマルに寄港、給油の後出航する』

 

海流の関係もあるが10ノットの巡航速力で南下中のそれは、新技術の実地テストも兼ねているらしい。危険の多い足の遅い船にケインが選抜されたということであれば、そういった技術なのかもしれないと否が応でも勘ぐってしまう。

 

『――以上。かかれ!』

 

口頭にて、作戦概要を指示すると直ちに広場に居合わせた者たちが作業場に向かう。非常事態にそなえ、数隻の艦娘を桟橋に発進待機させる。冷え込む潮風が鎮守府をゴウゴウとせわしなく包み込む。

 

 

 

作戦が滞りなく進む中、平文の至急電が事態を急変させた。

 

先日、防衛網を突破しサンディエゴ・ナーヴァルステーション[軍要港]を航空隊に挺身空襲させていた、敵飛行場艦隊は西進していた。潜水追尾していた艦娘によれば、突如潜航を始め艦娘の安全深度を遥かに超える深さで振り切られたと報告される。

 

これを受けABA[オーストラリア・ブリティッシュ・アメリカン]艦隊は、直ちに全艦娘、海上艇をハワイ防衛に呼び戻し、敵の飛行場艦隊の撃滅を図る。また反転攻撃に備え、連邦軍を速やかに動員。西海岸線全域に陸上封鎖を実地。事実上の戒厳令を敷いた。

 

大本営は、動員可能な全艦艇を硫黄島に緊急配置させる。ハワイ・本土の中間に位置するこの島はすでに艦娘の最大前線基地として機能しており、事実上の本土侵攻への絶対防衛線となっている。また、特務艦として漁船を使用し、周囲の警戒に当たらせている。

 

しかし、防衛面積が広いとはいえ、大国の防衛網をすり抜けたとなれば、大本営への本土攻撃も視野に入れられ、段階的に硫黄島後方に洋上待機している艦娘も僅かばかり存在している。勝戦ムード漂う民衆に攻撃が行われれば、人的被害は甚大なものになるだろう。

 

艦娘最大の産地である大本営の本土攻撃は想定されるものの、戦略価値が低くリスクの大きいグアム・サイパンへの直接攻撃は行われないと予測される。しかし、それでも、攻撃側は常に多くの選択肢を持つことが出来る。全ては彼女たちの気分次第だ。

 

もっとも、彼女らに作戦などと呼べるほどの物があるかは甚だ疑問であり、これこそが、不確定要素として防衛側を大いに悩ます事態となっている。

 

仮に主目標が、ハワイをすり抜け、南方諸島・オーストラリア攻撃への前哨戦としてこのチューク鎮守府攻撃であれば、航空戦力に乏しい鎮守府の総力をあげても、その結果は明らかだろう。そのうえ、戦艦棲姫・駆逐棲姫も存在が確認された。

 

敵の勢力圏内の島々はすでに軍民全ての者が撤退しているため、索敵力に乏しい。南方方面の最前線基地として、万が一防衛力が手薄なこちらを奇襲されれば、ハワイ・硫黄島から主力部隊の移動のために、総力をあげて敵の作戦速度を遅らせる必要がある。

 

 

 

 

『このこと、黙っているのか?』下士官から報告を受け、潮風を受けながら浮桟橋で艦娘が待機している姿を見ている提督に、後ろから長門が声をかける。『ああ。今は必要ない』必要な物は、確実に敵を撃滅できる方法だけだ。

 

『人類が勝ち切れるなら、それでいいさ』

 

それに向け迷いがあってはいけない。不確かで余計な情報は混乱を産むだけである。彼は風をうけ、肩に伸ばされた手を振り切るように素早く体を回し、作戦室へと戻っていった。細い木々の中、白い軍靴が作った砂利道の固い足跡が空しく残される。

 

ややあって――

 

青葉率いる護衛水雷戦隊に周囲を囲まれ、もうもうと黒煙を上げる船が見え始めた。SteamShipエンタープライズ。この戦況の中、堂々と煙を吐き、ガシャガシャと両舷側に付く大きな外輪を回転させ、こちらに向かってきている。

 

ギミックを積んでいるようで、回転するパドルが僅かに大きさを小さくすると内側に向かい斜めに曲がっていく。船内にさらに浮力をたくわえ、接近するたびに喫水線が下がっているようだ。速力はさらに低下しているが、確かにあれならばここで座礁することもない。

 

『ようこそチューク鎮守府へ』

桟橋に立つ駆逐艦娘達が敬礼を行い出迎える。上陸用の横長の木材を桟橋に叩きつける様に伸ばし、敬礼をして鉄兜を付けた軍人の一人が下りてくる。一見同郷の者のような顔立ちをしているが、クセのある言葉で、彼は丁寧な敬礼と挨拶を帰した。

 

艦娘達が岸壁に出るフックに手早く係留索を繋ぎ、給油作業に取り掛かる。青葉隊により船体の全容が調べ上げられ、外見は蒸気船エンタープライズⅡに類似しているものの、船内からは艤装に似たエネルギーを観測したと報告される。

 

 

 

 

『40と補助6名。フォーティフォー・セカンド。工兵小隊上陸しました』

 

『はるばるご苦労である』

 

提督は執務室に小隊長一名のみを通し、ケインを含め面会を設定した。強襲された前例があり、万が一、施設内で破壊工作を行われないようにと配慮したためである。他の隊員たちは体よく食堂に缶詰にしており、ウェイトレスとして艦娘を配置している。

 

機密保持の名目で艤装は外しているが通訳として金剛がおり、何か妙な気を起こしても直ちに制圧できるだろう。念のため補佐として、山城を付けているが、今頃何をぼやいているかは手に取るように分かる。

 

『高雄型5番艦ケイン・ブルーリバーだ』提督からの紹介の後、ケインは敬礼ではなく手出しグローブの付けた片手を伸ばし、握手を求めた。これに対し彼は少し照れるようなそぶりできつく握手を交わす。老いた手に似合わず、ごつごつと力強い。

 

『短い付き合いだろうが、よろしく頼む』

 

『あなたが試作艦の?』

 

ケインの青い瞳に、彼の黒い瞳がのぞき込むように凝視する。名前といい、どちらかと言えば自分たち側の艦でありそうだが。しかし、装備を変えれば、相手陣営にしか見えない自分たちが言っても違和感しかない。

 

『何がおかしいんだよ?』思わず少し笑っている彼に、ケインは不快感をあらわにした。『失礼しました』彼はピッと姿勢を正す。『まるで立場が逆転しているようだなと思いまして』

 

『ああ。そうだな』

 

マント付きの服装について言及されるのかと思っていたが、ケインは事前に自国からの二世の部隊と説明を受けており、事情を察した。落ちた場所がもう少し先であれば、青い瞳を持つケインも、向こう側の陣営でそのまま溶け込めていただろう。

 

図らずも奇妙な因果を持つ両者。

 

『5番艦については、ペーパー状態だったものが』提督が話に割って入る。『終戦間際に占領地域で敵性技術を用いて製造され』少し哀愁漂うように話を続ける。『単独作戦を行う直前に連合軍に拿捕され、研究された後、即時解体されました』

 

『ゆえに彼女は、先の大戦の記憶を持ち合わせていません。また』思わし気に大きく咳ばらいをする。『所属は大本営でありましたが、動員された作業員たちは、どちらかと言えば英語圏の者達であったため、彼女は英語を常用します』

 

『なるほど、金剛のようなものですね』彼は、ここへ向かう際に説明を行ってきた英国の艦娘を思い出す。『ご理解いただけてなによりです』ここまでの会話は、事前にケインの翻訳機を切っており、英語にて行われている。

 

『現在我々は』提督はテーブルに地図を広げ、艦単に作戦状況の説明を始める。つまりは、ケインにも聞かせるためだ。『列島線の先駆けとして、当鎮守府で監視・防衛を行っています』

 

地図上で、沖縄、台湾、フィリピン、パプアニューギニア、ソロモン諸島と弓状に線を引いた。そして、その後方に控える最大の油田基地を標的にされないように深海棲艦を大西洋、太平洋に抑え込んでいる。

 

『すでに既知の知識と思いますが』護衛付きであれば、インド洋では商船が往来できる程度には現在でも平穏が保たれている。『我々の生命線は、インド洋であり断固としてこのラインを死守しています』彼は珍しく言葉に僅かに力を込める。

 

いかに艦娘とはいえ、燃料がなければただの浮き砲台でしかない。しかし、前線基地への補給は芳しくない。輸送船団を組めば標的にされやすく、警戒網を抜けた一部の敵潜部隊に要撃されるため、コソコソと往復輸送を行わなければならないのが現状だ。

 

ソロモン、ジャワ、セレベスの沿岸油田採取基地は敵艦載機の反復攻撃によりすでに機能を停止している。大本営が支援を要請した中国・ロシア方面軍は、より遠方であるジブラルタル絶対防衛線に、わざわざ内陸鉄道を延伸し連日弾丸輸送を行っている。

 

両国がそのような措置を取る背景には、大本営が保有する強力な艦娘を毛嫌う政治的理由がある。第二の終戦後に、再び大本営が周辺地域へ部隊を展開。実効支配をさせないよう、艦娘保有数の多い大本営へは、何かと理由を付けてその供給量を少なくしている。

 

むろん、事実上の敗戦により規模を縮小したとはいえ、いまだ勢力を残す第三帝国への牽制の意味もあり、輸送の大半は、独艦娘にではなく英国や元同盟陣営へともたらされている。

 

パプアニューギニアに設立されたABA司令部

 

ABA連合軍は大本営への燃料問題打開案として、上陸を極度に嫌う敵の性質を鑑み、フィリピンの入り組んだ島々の内部。それと、オーストラリア内地に防空能力を持つ堅牢なステーションを建設し状況に応じてトレーラーと輸送船を出し再分配している。

 

『建前では、国際連盟対深海棲艦安全保障憲章があり』提督は中露に手を置く。『我が国は艦娘を前面に押し出し、アジアの最前線を支え続けています』しかしその腕は西欧に向かい。『中露と国交回復を早期に行えたものの、それは事実上の単独講和でした』

 

『両国は、この厳しい戦局の中でも西欧の支援を優先し――』地中海にその手をとめる。『我が国と同じく敗戦国である第三帝国付きの艦娘を抽出』その内海の細い先端。『ジブラルタルに巨大な水門の如く堅牢な防衛線を構築しました』

 

『彼らにとって、いささか、我が国は過大評価されているようだ』

 

提督は皮肉を込めて言った。

 

『貴国の持つ艦隊がインド洋を支えることにより』淡々と話を聞く指揮官に、顔を向け『我々は細々とこの前線を抑えられているというわけです』動く指がインド洋から南方諸島を抜け、チューク諸島へと動く。多少のリップサービスを乗せて提督は締めくくった。

 

『こんにちは、こちらをどうぞ』

 

大淀が、一区切り付いた話の合間に、もう間もなく出航する彼にも食べれるよう、手製のサンドイッチを持ってくる。来客として、来訪した指揮官にもてなす。次いで、提督に渡し、ケインにも皿に乗るサンドイッチを渡した。

 

『不思議な物です』彼はサンドイッチを口に付け続ける。『その時、我々はヨーロッパにいましたが』彼はガムでも噛んでいるかのように口を動かす。『あの、人同士の戦争が――』少しバツの悪そうに視線を動かす。『今では何故かそれが懐かしい』

 

彼の当時の戦況を交えた独白が続き。

 

『無理もないです、あれからまだ――』提督は思い出したかのように、腕に付けた機械式腕時計を見る。『いえ、この辺で。続きは戻って来てからにしましょう』体内時計は正確なようで、そろそろ出航準備を始めなければ定刻に間に合わなくなってしまう。

 

『部屋に良いウィスキーがあるんです』

 

 

 

 

『エンジン始動。モーズビー港に向け出航する』

 

蒸気船エンタープライズは、青空に向け堂々と黒煙を吐き出し、警笛をならす。手早く上船用ボードを、浮き桟橋から船内に格納し、岸壁のアンカーボルトから人力でロープを引き戻す。その日。ミシシッピ川を往来した蒸気船たちのように。

 

『お嬢さんがた』先ほど提督と話をしていた部隊長に、甲板デッキにある体のいい木製ベンチに着席を促される。『我々の半数は途中で下船し陸路から、作戦ポイントに向かいます。新技術により、道中快適な旅が予測されますので上陸までおくつろぎ下さい』

 

『何言ったの。早く教えなさいよ』ベンチにチョコンと座る、曙がコソコソと金剛を突っつく。『もうちょっと、ゆっくり言ってもらえれば、僕もわかるんだけどな』金剛を挟み、曙と反対に座る時雨も続いた。

 

『陸路ってぇと、自動車かなんかで行くのか』モレスビーへ直行するのかと思っていたケインは、そのまま話を続ける。『地図で見せてもらった限りじゃ、まともな道みたいのは、見えなかったが』ケインは嫌な予感がすると、慣れないスカートの裾を直しながら言う。

 

『ええ、ケインさんの言う通り。良い所で獣道程度しか開拓されていません』彼は少し格納庫のようにシャッターの付く、デッキの上にある小屋のような場所を指さす。『そちらに折り畳み自転車が入っていますのでご利用ください』

 

つまりは欺瞞工作だ。同軍に対しても秘匿性の高い作戦であると改めて認識される。

『陸上戦艦デス・・』個人でどうこう出来るものでもない艤装は、指定場所に据え付けてあり、力なく肩をまるめた金剛が言う。『だ・か・ら。訳せっての』曙がゴツゴツと肘を当てる。『今のはわかった。自転車で行くんだね』少し得意げに時雨がいう。

 

駆逐艦だけでは心もとないため比較的軽装甲で高機動な本体に、12.7cm連装高角砲を二門。3連装ミサイル魚雷ポッドを二基、身目麗しい両脚に積んだ金剛が、通訳も兼ねて抜擢された。

 

艤装を積んで自転車など、重心が悪く考えたくもない。さらに言えば人間よりも重い艤装を付けた状態で乗れる自転車など嫌な予感しかしない。

 

『こいつは妙な感じのする船だな』

 

話題を変える様にケインは意味深に言った。

 

サイシステムを積んだ、新型艦船。

 

ケインには、なぜこのような老朽モデルを作ったかまでは考えが及ばなかったが、一部サイシステムのような感覚を覚える。エンタープライズⅢ号は、人間そのものを原動力として、海底に向け干渉波を展開。海底に潜む彼女たちから見えなくなるというものだ。

 

『ええ。詳細はわからないのですが』彼は前置きを入れると続ける。『なんでも、一部艦娘の艤装の技術が使われているとかで、使用上の注意も多く人間にはやはり不向きな代物ですね』彼の表情は少し曇り、相当面倒な制約を抱えているのだろうと予測する。

 

彼らには知らされていないのだろうが、最低人数が確保できるまでエンジンの稼働を厳禁とされている理由は、新造品であるサイシステム事態の性能が低いがため、起動するに当たり膨大なサイエネルギーを必要とするからだろう。

 

『本当に大丈夫ですか?』

 

並走している大淀が心配そうに声を出す。航空戦力を持たない船が、わざわざ自分の位置を知らせるかの如くもうもうと自己主張を続けている。しかし、危険度が低い海域とはいえ低速でチュークまで入港出来たのであれば杞憂なのだろうが。

 

『わたしじゃ不満デースか?』目を細め威嚇するように金剛が大淀を見つめる。『いえ、あなたが邪魔にならないか心配しただけです』大淀も海上を低速で航行しながら、メガネを光らせ、にこやかに言う。

 

『青葉付けましたから、提督に何かしたらすぐわかります』金剛が目を据えて言う。『あら、買収とは皇軍の風上におけませんね』大淀は、背中に背負う巨大なリュックサックのような物を揺らしいたずらに微笑んだ。

 

『ケインさん』大淀がケインのブルーの瞳を見て言う。『これは海岸で大丈夫なのですね?』背中に艦娘用レアメタルを積んだ大淀高速水雷戦隊は、ソードブレイカーの墜落島に着手金として、可能な限り全ての物資を搬送するため出撃した。

 

『ああ。ありがとう。そこで大丈夫だ』

 

キャナルであれば、すでに何台かの作業ユニットを作り、地底にモグラのように簡素な基地を築いているだろう。若干、人目に付きやすい場所の荷下ろしであるが、せっかく潜伏を決め込んでいる船の場所までわざわざ来させることもない。

 

『そうですか。では、我に曳航能力なし、お先に失礼』

 

ケインは敬礼を行い、大淀が鮮やかにこれを返す。気付けば甲板員たちが帽子を取りクルクルと回している。一部同航路を通るため、護衛をと思っていたが、時間と共に鎮守府の危険度は高まっている。彼女達は、はやる気持ちを抑えソードブレイカーへと向かった。

 

『絶対、何か隠してるデス・・』

 

『オレもそう思うぞ』

 

二人の思惑とは裏腹に、青空に白い雲が流れる。

 

穏やかな晴天が彼女たちを照らし出す。

 

ケイン・金剛・曙・時雨を乗せた船は、ひと時戦争を忘れるほど、和やかにゆっくりと海上を進んでいく。大淀隊を見送る高らかな警笛音が、海上に広く響き渡った。エンタープライズの舷側の車輪が、ガシャガシャと二本の泡立つわだちを引いていく。

 

『だから、誰か訳せってー!!』

 

・・・・・

 

・・・

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 American Volunteer Groups

 

『よーし良い子だ』

 

蒸気船エンタープライズは、快晴の青空のもと、ガシガシと音を立て側面の舵輪が海を掴み騒がしく音を立てる。その船旅は会敵そのもので、遥か昔、河川を滑る船のように悠々と航海を続ける。

 

『いいぜ。こう来るか』

 

下部にマグネットの付くチェス盤をはさみ、ケインと、少しお茶らけた性格の副隊長が対峙する。コマはポンポンと順調に動き、観客のヤジをよそ眼に戦局が推移していく。素人目にもケインが押しているように思えるが。

 

『ふん、ナイトがいるから出来る、捨て身の戦法だな』

 

クィーンを囮にした大胆な作戦立てたケインは、副隊長に看破され戦局は一変した。甲板に設置されたベンチに二人は座り、周囲に手の空いた者が囲い込んでいる。

 

『良い手を立てるわい』彼の手がポーンに伸び、数回の応酬が起きる。『だが』その手が勢いを無くしたケインの手を追いかける。『チェックだ』

 

『っあーっ!』

 

ケインはオレンジの下された髪をガシガシと掻きむしった。キャナルの使う手を自己流に真似てみたが、相手の方が幾段か上手だったらしい。もっとも、キャナルとの入門レベルでの対戦でも勝率は低くなかなか勝ち星の付かないケインではあるが。

 

『しかし、偶然か珍しい手を打つ』彼は腕を組み少しため息を吐いた。『MIAになった友達を思い出したよ』彼は懐かしそうにチェス盤の収納を始める。そろそろ最初の目的地が近づいてきたようだ。『・・アレは追い詰めても、強かったがね』

 

拍子抜けなほど旅は順調に進んでいる。

 

近づく、島とは言えないほど大きな景観。木々が生い茂り、申し訳程度に見える海岸線にさび付いた船の残骸や戦車だったようなものが転がっている。開けた外洋から一転、楽しいジャングルクルーズの始まりだ。

 

『見張り員!よく見ろ!』

 

隊長から号令がかかり、工作兵たちが、細長い丸太のようなものを持ち、浅い河川の底を突きながらゆっくりと船が侵入していく。帝国陸軍の残留するラバウルを大きく迂回しビスマルク海を抜け海岸線沿いをなぞるように船が進む。

 

エンタープライズ、グアム横断成功!

この日の夕刻にはポートモレスビーの号外に掲載された。

 

エンタープライズから合図を送り、パプアニューギニアに抽出された、オーストラリアの牧師を始めとした民間ゲリラ偵察員が、進む蒸気船の撮影を行った。検閲を受けその後、直ちに新聞社に提供される。

 

グアム、モレスビー間を結ぶ僅かな線ではあるが、インド洋の外を、目立つ一般船が無事に深海棲艦の往来闊歩する太平洋を抜けパプアニューギニアまで到達出来ている。これは幻となった、日独を結ぶ航空航路A-26以来の快挙と記載されていた。

 

『冷え込むな』狭まった海峡と、いくつかの細い水路を抜け再び陸から距離を取り進む。もやもやと海上に霧が出ているようだ。『良い南国だな』皮肉を言うように見張り員が両腕を掴み軽く身震いしながら言う。

 

『レーダーを使いますか?』

 

金剛の両耳の上に突き出る様に被っている、柵のようにクロスする、二本の細長い鉄が見える箱は飾りではない。それ自身が高性能レーダーとして機能している。長門のように。つまり金剛が先行して、敵の哨戒を行うというものだ。

 

『かわいい赤ちゃん、上陸まで我慢してください』隊員が立ち上がろうとする金剛の両肩を全力で押さえつける。『あなた、口の悪い子ね』金剛は立ち上がり、朱色の短いスカートから白い下着を見せながら軽いハイキックで彼を甲板上、数メートル吹き飛ばした。

 

『次生意気言ったら、寒中水泳、いいですか?』実際に艦娘と対面し、女性型だからと僅かに気を許したツケか、すぐさま海軍式の精神注入が行われる。『まったく。躾がなっていません』腕を組み堂々と仁王立ち。指揮官を威圧し、一人、金剛型の威光を示す。

 

『あ、ボクは蹴らないよ』一瞬にして和やかな雰囲気が一転。取り繕うように言う時雨から、青ざめた顔で人がサッと離れる。『はぁ。これ以上艦娘の評価を下げないで欲しいね』ただでさえ評判の悪い艦娘が、歩くだけで石を投げられるようになってしまう。

 

『いや、オレも蹴るけどな』『私は、死ぬかもしれないビンタで許してあげるわ、優しいでしょ』しかし、横に座る二人はよくやったとばかりにふんぞり返っている。『ボディコミュニケーションは大事よね』空気を察した曙が、フンフンと鼻息荒く腕を組む。

 

『人選、間違ってるよ、提督』

 

時雨の気苦労はまだ始まったばかりだ。少女の黒い三つ編みに垂れるサイドテールが空しく揺れる。

 

金剛。艦娘利用のレーダー探知は確かにセオリーであるが、それは逆探知されるリスクもあり好ましくない。海上に霧が出るということ事態は、近年では自然現象でもありえるため、わざわざ敵に場所を教えてやる必要もない。

 

エンタープライズは沿岸監視員の施設にスポットライトのようなものを向け、発光信号を行った。そのまま霧の中へと潜る。薄い霧の中、ガシャガシャと船は進む。件の新システムは恐ろしいほど正確に機能しているようだ。

 

 

 

 

『なあ、金剛』

 

ケインは若干青ざめた顔で隣に腰掛け、彼女を見る。

 

『何ですか、ケイン。船酔いですか?』

 

『いや、艦娘は――』少し体を前に丸めて、浅く息を吐きながら続ける。『トイレはどうしてるのかと思ってな』ああと。金剛は話を聞いている。『困りましたね』船の陰で用を足して来いというわけにもいかず、ムッと口を水平に広く閉じる。

 

『隊長、後どれくらいですか?』

 

『そうですね、霧も出でいますので1時間ほど、ご辛抱ください』

 

金剛と小隊長の簡単なやり取りを、オレンジの髪を真下に垂らしたままケインは聞いている。胸部につけたシリコーンが冷気を煽り、腹部への痛みが増加している。ケインはどちらかと言えばトイレが近い方であり、しばしば相方と船内でトイレ争奪戦も行っていた。

 

なまじ敵が出ない分、緊張感が薄まりさらに尿意が高まる。

 

『なぁ。金剛』『ダメです』

 

じっと、彼女の顔を見つめるケインに、金剛はすかさず返答する。

 

『まだ・・何も』『漏らすのもダメだし、その辺でするのもダメです』

 

マントで全身を囲い込めば、戦闘中のドサマギでこっそりと出来そうであるが、今は全方位に向けしっかりと見張り員が配置されている。新装備がとる容積の関係上、トイレ周りの施設は作られていないため、このエンタープライズにはトイレがない。

 

『盲点でした』艦娘も確かに排水は行うが、施設以外はでは、そもそもが開けた洋上任務であるため、人知れず急場をしのぐことはできる。『ケインは海上を滑れませんからね』

 

『そちらの方の加減が良くないようですね』

 

『どうも、調整が良くなく酔ったようです』

 

ケインも合わせる様に片手を空に伸ばし、あっちへ行けとヒラヒラと手を泳がす。スカートが風を呼び込み、さらに冷えが腹に差し込むようだ。

 

『金剛・・』『まだダメです』

 

間髪入れずに返答する金剛に、ケインは陸方向に震える指を伸ばす。

 

『あっ』

 

霧の中、モヤのように白く湯気だつ森林に一瞬の小さな光が、その反射を、感覚の端で掴まえた。瞬間金剛は飛び出し、指揮官に抱き着くように飛び込んだ。訪れた鈍い衝撃音。それは金剛の方腕から響いた。

 

『ぐっ』

 

甲板に転がる二人に、金剛の肩を掠めたライフルの跳弾が、心地良い木造の船室に弾痕を残す。僅かに衝撃で上半身の服が破けるが、艦娘の装甲、特に戦艦種はだてではなく、長距離であればライフル弾の直撃すら物ともしない。

 

『三八!』『まだです』

 

立ち上がろうとする彼を金剛が頭をグッと甲板に押し付ける。続く2撃目。かなりの腕だが、防御として喫水線を下げたエンタープライズは、僅かに浮上し対地に対して、船側の死角を増やす。二人の頭上に疾風の渦を通過させた。

 

『どいつも・・ こいつも・・』

 

ケインは両脚に力を入れ、立ち上がった。その場に立っている者は、四名。全て艦娘だ。襲撃者は分が悪いと判断し、霧の森へと消えていった。終戦からまだ数十年と日は浅い。嫌われているのは米帝か大本営か。或いはまた別の思惑か。

 

『スコープ付きだ、カスタムの方だね』

 

時雨が冷静に、船室の壁に残る弾痕を手でなぞり言う。

 

『ガダルカナルのバカかしら?』曙が腕を組み距離を開け、僅かに見える森林を睨みつけながら言う。『そうとも言えないね。彼をこちら側の顔と、見間違えた可能性もある』或いはそこまでが描かれた絵だったのか。『元連合国軍側かもしれない』

 

『すまない。助かりました』

 

やうやうと立ち上がり、取り繕うように彼は謝辞を述べる。危機管理に対してだろうか、彼は何処かバツの悪そうに、居心地の悪い顔持ちで船室へ入り、臨時航海長と共に沈船の位置などを指示しているようだ。

 

確かにこの区域には多くの戦後にも深海棲艦との勢力圏のし烈な争奪戦が行われ、人類側の当時の艦船の多くがこの海域に沈没した。鉄が敷き詰められた層が出来上がり、アイアンボトムサウンドと呼ばれている。

 

インド洋への最後の防衛線である、拡張され要塞化したモレスビー港の前面には、意図的に座礁させた旧型戦艦が多く存在しており、敵深海棲艦の突入をその身をもって防いでいる。同じくフィリピン海戦にて沈んだ、日本艦艇も都市防衛の壁として使用されている。

 

老朽化した艦船の再利用ではあるが問題も多い。

 

これ自身が喫水の深い船などが沈没する原因となり、事実上モレスビーやフィリピン都市部への入港は困難を極める。空路も確保されてはいるが、航空機とは着陸できる場所が限定されるため、追尾され着陸時に要撃されやすい。

 

艦娘の台頭により、海上を滑走できるシステムは構築された。小さな体が最大のアドバンテージを作り沈船の影響を最小に食い止める。また、武装状態であればそれ自身が強力な護衛戦力も兼ねるため実用性は大きい。

 

艦娘は、海上を高速で滑走できるため、これに伴い小発や大発のような海上ソリを各国が独自に開発・運用している。これを艦娘がけん引することにより、ごく小規模ではあるが輸送作戦も行われるが、艦娘自身の消費もあり輸送船に代替できるほどのものでもない。

 

『沈船みぎ舷。注意せよ』

 

見張り員が声を上げ、霧の中それは見えた。戦艦だったものの艦橋の一部が近距離に現れる。ゴーストシップのようなそれは、浮かび上がる。そびえたつ廃墟のように、潮汐が作った海藻やゴミが流れる様に尾を引いている。逆巻く渦海流が近づく船を引きずり込む。

 

『何度来ても、いやな海域です』

 

浅瀬が近づくにつれ、その戦災はさらにあらわになり、ところどころにポツポツと鉄の何かだった物が顔を出している。エンタープライズはさらに喫水を上げ、車輪を傾斜させながら水先案内人のいないこの難所を手探りで通過して行く。

 

『少し気は和らいだが』ケインはオレンジの髪をあげ、ブルーの棲んだ瞳で、まるでシベリアでも思わせるかのような、彼方の白く煙る雑木林を眺める。『時期尚早じゃねーか?』

 

ケインの疑念はもっともだった。エンタープライズは、言ってみれば足の遅い揚陸艇でありスコープを除いていたならば、それがはっきりと分かっていただろう。ならばあえて存在を教えるよりも、上陸まで潜伏していた方が良かったはずだ。

 

『予定より早く』時雨は言った。『襲撃を受けたと伝えるべきかい?』つまり無線封鎖を解く必要があるか、という事だ。『実害が出ていない以上、怖いのは深海棲艦です』しかし金剛は冷静に状況を分析する。

 

『いいじゃない。来たら、全部倒せばいいんだし』得意げに曙が口を挟む。『ここもすっきりするわよ』負けん気の強い少女は、両手を腰に付け、堂々と言ってのける。確かに敵の出現がなければ、まるで自分達の墓標のような沈船共の処理も容易になるだろう。

 

『いるのは、艦娘だけじゃないんだよ・・』ため息交じりに時雨が返す。『上陸前に攻撃を受ければ、この船じゃ間違いなく沈むよ』見つかりさえすれば、常時火災が発生しているかのような煙がモクモクと上がっている。足も遅く被弾面積も多い。

 

3人の艦娘が総出で救助した所で、この霜の上がる海面だ。某巨大客船の沈没の如く海に投げ出され後なれば、いかに屈強な戦士達といえど、長手長ズボンではあるが、陸上用の軽装では、流石に長くはもたないだろう。

 

みるからに全箇所が重要防護区画の塊のようなこの船では、一発でも被弾すればたちまち轟沈してしまう。何だってこんな船を寄こしたのかとクレームを付けたいところだが、ウォッチャーズ[豪州沿岸監視員]の様子を見るに、プロパガンダか何かだ。

 

連中が商売上手なのはいつもの事。深く考えても現状でたどり着けるものはないと、彼女たちは考える事を止め。敵の哨戒を注視する。

 

 

 

 

 

『お嬢さん方、御待ち遠様』

 

少し胡散臭いような、若い顔立ちをした男が案内を始める。

 

『私は、リッチー』

 

彼は、上陸する10余名の分隊長を務める。

 

本体はこのままモレスビーに向かい、連合軍の正規軍を攪乱工作に行くようだ。過疎集落のブナへと上陸を行いながら彼は手短に説明を行った。現地ゲリラと間違われ攻撃を受けないように、それとなく部隊配置を配慮するらしい。

 

『金剛、頼む』

 

上陸するとすぐにケインは隊列を離れ、護衛に時雨を連れて家屋の蔭へと消えていった。ケインが足早に用を足し、身なりを整えて戻ってくる。リッチーを先頭にして副縦陣をとり、森林を伐採して作られた簡素な仮設飛行場に分隊は移動した。

 

『天国に一番近い場所へ、ようこそ』

 

やたらデカいゴーグルと皮の帽子を被った飛行機乗り達が、そこで出迎えてくれた。揚陸された積み荷と、自分たちを中間点まで運んでくれるらしい。時代遅れの気球で、だ。一応空色の迷彩色を付けているようだが、襲撃もあったことで不安は募る。

 

全員が元は、中華戦線で対日戦に参加すべく、軍を抜けての志願兵部隊だったらしい。彼らの胸には、トラに翼の付いたワッペンが付いている。ご多分漏れず、複数待機している気球のカゴにもそれは小さく描かれていた。

 

『我々が、中継点であるココダまで空輸演習を行いますので』ゴーグルの隙間から黄色い短髪を見せ、何処かグリーンがかった瞳で、彼は言う。『あなた方は、積み荷として便乗してください』

 

『腕は確かなのか・・』

 

ケインはゲッソリした顔で、ポツリと呟く。

 

『なに、中国戦線を支えたよりは簡単な任務です』気分を害することもなく揚々と彼は答えた。『それに――』彼は得意げに森をグッドサインの親指で指を指す。

 

すでに森林上部にワイヤーが張られカゴの下に、接続できるように工作されている。最初の接続降下だけ気を付ければ、後はワイヤーを辿り、リフトのように進んでいくだけのお気楽な空旅となる。積み荷を下した後はそのままこの場所まで帰ってくるだけだ。

 

『ということです』

 

『なるほどな』

 

もちろん陸路でそのまま進むという事もできる事ではあるが、先の戦線の変化に伴い主要通路は寸断され、今も多くが地雷原となっている。カヤの外であった原住民達から大いなる反発を買い、現地ゲリラの大多数が原住民という始末だ。

 

突然の終戦に伴い大本営属の部隊は本国へ引き上げ、残存部隊はラバウル方面へと引っ込んだ。これに対し連合国軍は、これらの部隊は捕虜に対し世界一残虐であったと、プロパガンダを打ったがために、現地ゲリラを一掃できなくなってしまったジレンマがある。

 

 

【【国際連盟対深海棲艦安全保障憲章

 

終戦処理の間に生まれた怪現象を発端に、次々と人型の、女性のような何かが海上に姿を現した。深海から来るもの。深海棲艦と呼ばれたそれは秩序なく全世界に向け攻撃を開始した。

 

人類は果敢に抵抗を続けるものの、終戦中の疲弊した戦力と、小型機動兵器である彼女らの猛攻の前に既存の艦艇では対応できなくなっていく。全ての海域を制圧去れるかに見えた時、それは現れた。

 

艦娘と呼ばれる相対する者。

 

先の戦争の、艦艇をスケールダウンして動く艦娘の力を使い、喪失した制海権を押し戻すことに成功する。一次的に敵勢力とのパワーバランスは拮抗し、その間に人類の立て直しが行われた。

 

この際に世界は暫定的に国際連盟を復旧。

 

いち早く艦娘を多数保有した、小磯率いる帝国海軍は戦後補償と名目付け、周辺地域へと再び部隊を展開させたのである。大日本帝国陸軍は、今なお、この国連憲章を盾に堂々とラバウルに座り込みをしている。】】

 

 

この憲章があり、目の前に厄介な隣人がいては、対人用の無意味な防衛線を撤去するわけにもいかない。いつ連中がこの寒々しい海を泳いでわたってくるかもわからない。それだけの狂気が、熱意が、未だ彼らにはある。

 

『頼りない海軍』金剛は力なく呟く。『無知な陸軍』今日まで自国民に言われたその言葉が彼女に重くのしかかる。『終戦しても何も変わらなかったですね』敵国の内部スパイも未だに多い事だろう。どこから何処までに主体性があるのか、もはや分からずじまいだ。

 

翼賛政治会はすでに実行力を失い始め、内部の政治バランスは壊滅的な崩壊を始めている。

にも関わらず難敵との戦争継続が出来ている理由には、艦娘が湧いて出てきた事が原因である。やれ神風が吹いただのと、わけのわからない事を言うシンパが増えたがためだ。

 

国民は戦前並みの自尊心を取り戻している。

 

当の艦娘たちは、どちらかと言えば海軍、下士官の性格が強く、エリート風を吹かしたり、

浮世離れした発言は少ない。もっとも、最前線で戦い沈んだ船とあれば、現場主義に傾くのも当然と言えば当然であるが。その性格に伴い、艦娘の階級は尉官どまりが多い。

 

 

 

 

『索離せ』

 

係留装置が切り離され、積み込みを完了した気球が空へとゆっくりと飛翔して行く。ほぼ同刻にエンタープライズは、警笛を鳴らし、気球から注意をそらすかのようにモクモクとその存在を誇示すかの如く出航を始めた。

 

浮き上がった気球は高度を上げずに、すぐさまアンカーへと接続された。森林ギリギリの低高度を飛行しているため、地面からは、木々の合間から見る分には完全な死角になり、また高低差があるため、モレスビー要塞からはレーダーが届かない。

 

万一発覚した所で、深海棲艦航空隊を懸念しての秘密の輸送演習として、ホワイトハウス発行の指令書も携えている。本計画としては、アンカーで島々を結び、将来的に気球で資材を行き来きさせるといったバカバカしいプランとされている。

 

恐らくはゴシップ紙が飛びつき、さんざんにお粗末な作戦とバカにしてくれた挙句、真意はうやむやにしてくれるだろう。メディアも使いようという事だ。一回限りの作戦だが見つからなければ、それに超したこともない。

 

もとは帝国陸軍辺りの現地スパイからの情報で、なんでも、ふ号作戦とか言うバカバカしい気球爆弾とかいう計画だったものからヒントを得ている。しかし、粗末な素材で作られた気球とは言え、かなりの重量を運搬できることはわかった。

 

本隊ではその計画に潤沢な物資を使い、高出力熱気球として計画を昇華させた。さらなる性能の向上が図られている。

 

なお本作戦名は、熱気球の起源にちなんで、モンゴル・フィエールから名を取り、モ号作戦と呼ばれている。ゲリラの攻撃を警戒してカラの仮設飛行場に一夜にして組まれた気球。そして、冷気が充満している今日はまさに気球日和と言える。

 

『また、さらに冷え込むな』

 

艦娘だけが詰め込まれた先頭を行く気球。万一攻撃を受け墜落しても、艦娘であれば軽傷で済むという理由だ。その間に他の気球が少しでも地面に近づく時間を稼げるように。

 

ケインは艤装のスペースを確保するために、ムダに大きく作られた艦娘用のカゴのふちに片手をかけ、白く煙る眼下を眺めた。雲の海を進む船のようにそれは揺れ進む。重量軽減のためにカゴの底からもモヤモヤした木々の頭が見え隠れしている。

 

バサバサと、ケインのマントが風を切る。

 

――ゆっくりと空の隊列は、アンカーを伝い目的地へと進んでいく。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18 Engaging in the Battlefield

 
つ´・ω・`) 本ページには以下のタイトルの二番が使用されています。反転不可のロックが全文に入ってます。海軍小唄はライセンス自体がないようなので記載しません。いわゆる、即席の替え歌の奴です。有名なのはハートマン軍曹のやつ。



ロスト・ユニバース トラックス・コンテンツ2

 JASRAC CODE
 060-5340-8

トラックNo.36
 again

歌手: 保志総一朗(ケインの中の人)
作詞: 梶本恵子
作曲: 佐藤由紀子

 


『なぁミリィ。オレ、少しは強くなれたかな』

 

――なーに言ってんのよ。

 

ケインは、眼下に広がる白いモヤを眺めながら小さく呟く。浮世離れした世界の光景が、宇宙を思い出させ僅かにホームシックになるケイン。オレンジのショートヘアをした彼女との、何気ないやり取りが、遥か昔の事のように感じられる。

 

『オレを責める、声さえも、もう届かないのに――』

 

――ドアの向こう、お前を感じてる。ため息だね。

 

『ねぇ、なんかクソマントがボソボソ歌ってんだけど』曙が肘で金剛をツンツンと突く。

 

向こう、見ずな、その瞳に、ずっと励まされていたよ

 

Never say good-bye もう一度出会えるなら

 

ありがとうをあげたい

 

Missing you オレにくれた 勇気 手の平で温めてる

 

『ちょっと寂しそうな歌ですね。そっとして置いてあげましょう』聞き耳を立てている金剛は、何処か共感するものを覚え、静かにそれを聞いている。『あとで訳してよね』

 

Never say good-bye 永遠を信じさせた

 

お前の笑顔 胸に

 

Missing you 連れていけなかった

 

わがままが 痛い

 

Never say good-bye もう一度出会えるまで

 

オレを許さずにいろ

 

Missing you 喧嘩の続きなら

 

次はオレが負けるから――

 

 

 

 

ケインをこの地に留まらせた物は

 

ソードブレイカーの損傷だけではない。

 

『トラコンは、信用守ってなんぼのもんだ』

 

今はまだ、帰れそうにはなさそうだ。

 

 

 

 

『なぁ、提督よ』

 

長門は執務室に残る、彼の肩に手を置く。

 

『よかったのか?金剛で』

 

彼は無言で答えない。

 

大淀隊が戻るまでは、持つだろうが、敵の空母機動部隊はどうもこちらに向かっている兆候があるという。台風の針路予測の予報円のようなものが地図上にデバイスで複数円を作り、それは次第にこちら側へと向かっている。

 

むろん欺瞞工作の可能性もあるが、敵の支配区域の島々に偽装されて設置されていた監視装置が、敵の存在を定期的に各国に知らせている。どうもいくつかの敵部隊が、こちらに向かって動きを見せているらしい。

 

彼女らは撤退こそ早い物の、常に威風堂々であり、弱小勢力相手に欺瞞など使ったことはない。今後もそうか分からないが、今までのところ、ひとたび出現すれば、進路は変わらないのだ。まるでゲームでも楽しんでいるかのように。

 

――来る

 

4隻合わせて、1,200を超える敵の主力攻撃機が。

 

『怒られてもしらんぞ?』

 

長門は呆れる様にコーヒーのドリップを刺し、酸味が強く苦いコーヒーを作る。

 

基地の放棄を決定すれば、性格からいってもっとも抵抗するのは彼女だろう。今回はすでに勅命を賜っている。もはや彼に退路はなく、責任者はその責任を全うする必要がある。つまり主要戦力である艦娘だけは、本隊へ逃がすという事だ。

 

居残り組に鈍足である山城と、老齢な者たちを守備隊として選定した。大淀隊の補給が完了次第、全艦娘は津波が来る前に海へと逃げ伸びることが出来るだろう。最上もケインに付けてやりたかったところだが、撤退に必要な航空戦力を失うわけにもいかない。

 

『不幸だわ』

 

山城に搭載可能な艦上戦闘機は、最優先にして急ピッチで製造を続けられている。山城が健在な限りは、帰還を期さない戦闘機が次々と補給・発進を行い、一騎当千の働きで敵を引き付けるだろう。

 

『姉様より先で良いのかしら』

 

 

 

 

空前絶後、史上最大の艦隊決戦。

 

大本営機動部隊は、フィリピン近海で生起した海戦にて、航空護衛戦力に恵まれない中、二度と聞きたくない、軽快なラッパの音が艦隊中に響き渡った。敵機の空襲警報だ。戦艦大和・武蔵は執拗な潜水艦の追尾にあい、空襲を受け続けた。

 

死に装束を纏った白い戦艦武蔵は戦列から落伍、敵の攻撃を吸収しきりすでに沈没している。大和を中心とした艦隊は突進し、敵空母小部隊をレーダーに捉えた矢先に――

 

その一撃は、帝国海軍の運命を決めた。

 

一本の敵航空魚雷が大和に接触。船尾を損傷され戦艦ビスマルクの最後を思わせた。舵を損傷し、機関浸水した大和は、傾斜した艦を復元するため注水を行い、最大速力が15ノットにまで低下。

 

この状況下では当海域からの離脱は不可能と判断され、随伴艦と共に、ついに敵空母小艦隊に突入。艦砲射撃と艦艇による体当たりによる衝角攻撃によりこれを撃滅した。双方大破した艦同士で、兵が銃を手に戦闘する光景は帆船時代の海戦を思わせる。

 

浸水の進む中、大和は前進一杯の速度でレイテ島の岸壁に乗り上げ突き刺さった。艦隊司令部は長門に移譲。随伴艦は、大和をすりぬけ、近隣に展開している残存戦力は当初の目的道理に次々とレイテ湾に突入していく。

 

しかし、敵飛行場からの航空兵力はなおも堅牢であり、次々と駆逐艦を始めとした艦艇が沈められていく。陸に乗り上げた浮き砲台。くろがねの要塞は、その真価を遺憾なく発揮。

三式榴弾の噴煙を目くらましに使いながら、最後まで敵航空機を引き付けた。

 

敵の魚雷艇からの乱れ撃ち攻撃のさ中、砲塔は曲がり、熱量弾の直撃を受け弾薬庫が加熱。地形が変わるほどの大爆発を起こすまで、ついに総員退艦が発令されることはなかった。

 

結果、大和乗組員3300余名と、接近していた敵駆逐艦。作られた津波を思わす高波と衝撃波が、周辺に展開していた小型艇を次々と転覆させる。これを好機と帝国軍は総力をあげ、敵艦隊とレイテ湾内部へと到達。そのこと如くが沈没した。

 

混戦の中、魚雷を命中させた艦艇がどれだったのかは、もはや分からずに戦局は進んでいった。帝国に残されたカミカゼ。挺身突撃攻撃隊と水上特攻の呈をする海軍の猛襲に逢い、米艦艇に100隻以上に致命的なダメージあるいは、轟沈艦が出たことにある。

 

後に引けない熱にあてられ、激昂し壊滅した海軍にもはや戦争継続能力は残っていなかった。文字通りの一発講和となり、陸軍の反対を押し切りながら、帝国の狂暴さを示すように、70万の市民を巻き込み壊滅したマニラ市にて、降伏文書を受け入れた。

 

これにより大規模な本土空襲の可能性は回避される。

 

ある程度の軍備を残しての終戦となり、戦後処理の裁判は難航。他国での被害に比べ、自国の健在さが非難の的になり、また、捕虜や原住民たちから非道な扱いぶりが連合国軍よりも多く露呈し、世界中から厳しい目が向けられることになった。

 

裁判では、南方地域の統治、オートラリア空襲などについても言及され、また連合国軍の犯した罪の一部も引き受けさせられた形になった。突然の終戦に伴い機密文書の焼却が追いつかなかったため、押収された資料から、兵の扱い方にまで人道軽視と糾弾された。

 

終戦時には、多くの人望のあった指揮官達は自決を決め込んだため、ある米帝将校が、いいジャップは、死んだジャップだけだと、傲慢な態度で投降し、のらりくらりと裁判を引きのばし追及をかわしている帝国将校たちを痛烈に批判した。

 

中立を決めこんでいたロシア

 

帝国の降伏に伴い対独戦にて、士気が跳ね上がり、ロシア戦車隊は奮起善戦する。世界を一人、敵に回した独国は、全ての先進兵器開発が間に合わなかった。大日本帝国の予想外の早期滅亡を鑑み、第三帝国もまた早々に降伏を行ったのである。

 

自決に失敗した総統が療院中に、こちらの裁判も進展していき、独国は欧州の管理下に置かれることで基本合意された。

 

これを受け、ロシアとしては収穫のない戦争であったため、満州国の接収。さらには、日本列島を東西に分け、ロシア、アメリカでの分割統治をする話が持ち上がる。新しい戦争の火種になるような高度な政治的取引を開戦していたさ中、新しい戦争は始まった。

 

結局のところ、深海棲艦線での被害担当国として、満州、台湾、トラック島は暫定的に帝国の統治が継続し、グアム、サイパンや、残りの南方地域は、大本営への監視と、最前線基地を目的として、米帝がこれらを管理することに決まった。

 

ある意味では、深海棲艦こそが、大日本帝国存続を支えた、真の功労者といるだろう。

 

後の歴史家達はこう分析する。

 

その日、レイテ戦での大和・武蔵の爆沈がなければ、歴史は変わっていただろうと。

 

 

 

 

『こんな形ですまない』

 

提督は、白くか細い山城の薬指に、ゆっくりとリングをはめ込んだ。

 

『あっ!』

 

指から光が放出され、執務室内が、立ち会うささやかな人達が目を覆った。

 

エネルギーギャップの開放。

 

艤装には能力の上限があり、ある一定量からは、本人の練度に関係がなく性能に伸びしろがなくなる。これを、上限にまで達成した者。さらに、一定以上の精神力を発現した者は、このしきい値を超えて、さらなる戦闘能力を獲得できることがある。

 

エンゲージリング。

 

交戦指輪。それは、妖精の作り出した最新鋭の艤装であり、内燃エネルギーの収束地である小指のチャクラに装着することにより、強い心技体を持つものに、さらなる能力を付与する鉄のリングだ。偶発的ではなく、妖精に能力を認められた者にのみ授けられる。

 

構想は以前からあったものの、素材の限界により、実現できなかった指輪だ。これを、ブーストチップの装甲から一部を削りだすことにより、急遽実現した。世界初のワンオフ品である。今後量産法が確立されれば、全艦娘に行き届くことになるだろう。

 

――しかし

 

『具合はどうか』提督は少し不安げに彼女に問いかける。『私、少し幸せかも』愛し気に薬指の指輪を手で抱きこみながら、彼女は微笑んだ。

 

『提督』彼女は赤く燃える瞳で彼をのぞき込む。『提督も』言葉に詰まるが『提督も良い人だと思います。姉さまと同じくらいに』僅かに、彼女のホホに紅色が差し込む。『いつも・・感謝しています』そういうと逃げるように執務室から出ていった。

 

『あーあ』

 

ソファーの陰から声が聞こえてきた。

 

『あーあ!』

 

『何だ騒々しいバカメ!』長門が一括と同時に鉄拳を彼女のコーラルピンクの彼女の頭に振り下ろす。『いたぅ』

 

『ども、恐縮です。青葉です』ソファーの陰から頭をなぜながら彼女は湧いて出てきた。『どうせなら、絵的に片手で抱き寄せて、キスくらぃ・・たっ!』二度目のゲンコツが彼女の言葉をさえぎった。

 

『バカを言ってると取り上げるぞ』長門の鋭い視線が、青葉を恐縮させる。『こまりますよぅ、金剛から弾んでもらってるんですから』ヤレヤレと、息を一つ吐きながら長門がうんざりとソファーにドカッと腰を下ろした。

 

『そうだな。戻ったら見せてやってくれ』彼は少し寂しそうに笑い、言葉を続ける。『それで気がまぎれるなら、いいんだ』貴重な検体はもう間もなく消えてしまうだろう。

 

後に残るは、指輪を交わした二人の写真だけ。

 

 

 

 

『ポイントを通過、降下用意!』

 

短距離ラジオ通信による、音声がケインのいるカゴに流れ込んでくる。

 

『内席乗員、たちあがーれ』小気味良い、海軍小唄が流れ込んでくる。『外席乗員、たちあがーれ』後続する気球が止まり、炸薬でハープーン[銛]が射出され、彼方前方に突き刺さる。ロープの張りを確認すると気球は出力を上げ僅かに上昇を始める。

 

『フーック・アーップ』『フーック・アーップ』掛け声と共に、後方の気球に乗る隊員たちがロープにフックかける。『チェック・スタティックラインズ』歌は続き、淡々と降下体制を続ける。『そーうびチェックのため、しーずかにー』

 

『機長より艦娘へ』トラ印のワッペンを付けた彼が、目的地上空への到達を宣言する。『これよりそちらの気球は自動的に前進しますので』ゆっくりと隊列から離れ一つの気球が前進していく。

 

『積載された、空挺装備を使用するか』用意が整った用で、隊員たちの声と混線する。『オーケェィ・オーケェィ』次々と準備完了を告げる声が混入し『オールオーケェィ・ジャンプマスター』

 

その掛け声を受け、次々と人がロープを辿りスライドするように斜め前方に滑り下りていく。霧の雲の下は恐らくは開け平たんが広がっているはずだ。

 

『ゴウ!』『ゴウ!』『ゴウ!』

 

彼らは、小銃のほかに、パラシュートは装備していない。最後はフックを切断し、地面に転がり下りるだけだ。命知らずの彼らはスルスルとロープを頼りに空中滑走を楽しんでいる。

 

『任意のタイミングで降下をお願いします。』

 

『何だって?』ケインは眉をひそめ声を出す。

 

気球はあらかじめセットされていた炸薬により、アンカーから切り離された。高度を少しずつ上げ、パラシュートが展開可能な高度まで上昇を続けるようだ。その後は無人になり、陸風が自動的に海まで運んでくれるだろう。

 

思いのほか艤装の重量があるようで、気球が引きずられ墜落する可能性があり、機長の判断でロープによる降下は危険と判断されたためだ。先行した地上ユニットが、速やかに展開し艦娘の不慣れなパラシュート降下をカバーする手筈であった。

 

『ダメだ』

 

ケインは一言呟く。

 

『あんたらは、このまま戻ってくれ』

 

すでにケインは、雲の下の敵を認識していた。何がいるかはわからないが、向こうはこちらを正確に追尾しているようだ。その殺意あふれる意識をケインはすで感じ取っている。もはや悠長に降下している余裕はない。

 

『ケイン、どうする気だい?』時雨の心配をよそに、ケインはサイブレードを抜き、山岳特有の乱気流に振られながら立ち上がる。揺れる気球の中、青白い光が目覚めた。『ばーちゃんが言ってたぜ』

 

『日々の鍛錬は怠るなってな』

 

『こんなとき、骨身にしみるぜ』ケインは不敵に笑う。『ケイン、ムチャしないで』金剛の伸ばす手をすり抜け、すでに片足が気球のフチに片足を乗せている。『あんた、度胸あるわね』曙も感心するように、ケインに続き気球に接触しないように艤装をまとめる。

 

『二人とも!』時雨のその声はすでに遥か後方。

 

『いくぜぇぇぇぇ!!』『あぁぁああ”あ”あ”』

 

ケインと、曙の声が山岳にコダマする。遅れて続く時雨に、一番重量があり、危険物を携行している金剛は冷静に高度を確保するまで待機している。しかし、その瞳には多くの焦りの色が浮かんでいた。迂闊だった。アレが大人しくしているはずもなかったのに、と。

 

未だゆっくりと降下している分隊をすり抜け、三人の人影はボフボフと霧の海に穴を作り飛び込んでいった。

 

 

 

 

『ちっ、ガスってやがって見えづれー』

 

黒いマントをなびかせ広大な砂利の敷地を駆けるケイン。その黒いマントを目印に、曙、時雨が続く。日照りがあり、全くの視界不良ではないことが幸いだ。高ぶる気持ちの中、外気温の低さも心地良く感じられる。

 

『ケインいいかい?』並走する時雨が声をかける。『ああ。なんだ』真っすぐに標的にかを向け疾走を続けながらケインは答えた。『金剛はレーダーあるからいいとして、あの分隊は離れたらこの霧だ。逸れてしまうよ』

 

『そうだな』気にはなっていたが、少し胡散臭い気もしていた連中だ。それならそれで好都合じゃないかといったニュアンスで、返事を返す。『うん。でも、彼らがいないと困ることもあるんだ』

 

『モレスビー要塞から攻撃を受けるかもしれない』時雨は言葉を続ける。『この地は実は大本営の統治下にないから、艦娘の活動は越権行為であり、最悪、大本営の侵略作戦と取られかねない、さらに、あそこは事実上の最重要拠点で戦力も相応にあるよ』

 

『何だってそんな嫌われてんだよ』

 

先日のミサイルの件といい、同行しているものは、同盟国のはずが随分と冷遇されているようだ。ケインは目を細め、僅かに気を抜きながらガックリと走る。

 

『戦争に負けて、政治にも負けたからね』時雨は残念そうに言う。『仕方ないといえば、仕方ないさ、僕たちは今でも二言目には悪の枢軸と言われるんだ』

 

『なぁ。オレ付く方間違えたか?』

 

『あんたなんてこと言うのよ!』

 

ケインを先頭に、両翼後方に時雨、曙と走っている。分隊と離れたため翻訳機を稼働させ曙とも会話がスムースに行えている。ケインの冗談に曙が噛みついた。

 

『おしゃべりは後だ!』ケインの前方に四角い影が見える。形状から戦車のようだ。『あいつか!』こちらに気付いたようで、後方に移動しながら、こちらに砲塔を旋回させている。掴む車輪のベルトが地面との摩擦で鈍くいやな音を立てる。

 

『おせぇ!』

 

射出された青い白い光が、片面の車輪を溶融させ円を描くように、胴体が不規則な楕円軌道を始める。僅かに照準を合わせ撃ち込まれた砲弾が、霧を割き向かい来るがあさっての方向へと着弾した。

 

『出てこい!』

 

刃向けケインが吼える。叩き切られた砲塔は地面に転がり、もはや勝敗は明らかだ。

 

『これは・・』曙が落胆したように声を出す。『どうした?』ケインは三方向に広がるように動きながら、戦車一両を囲い込むように動く。『九七式中戦車』答えたのは時雨だった。『家の陸軍だ』

 

どうやって持ち込んだのかは知らないが、部品をこそこそ揚陸して、戦火によりカラになった牛舎ででも、組み立てていたのかもしれない。良くみれば、溶接も甘いようで戦車全体が歪んでいる。あるいは遥々と、密林と山岳を抜けてきたのかもしれない。

 

『付く方間違えたな』ため息を付きケインが言う。『あたしもそんな気がしてきたわ』曙も艤装を展開して12.7cm連装砲を一門構える。時雨も残念そうに、上部の搭乗ハッチにに向け、スケールダウンしているとはいえ打撃力の高い20mm機銃を構えた。

 

歩兵相手に、圧倒的優勢を誇るこの車両も、艦娘相手では足の遅いイ級のようなものだろう。おまけに戦車戦を想定されていないため、装甲も貧弱だ。

 

『離れろ!』ケインの声に反応し、即座に三人は車両から離れる。『仲間がいやがったのか』貫通力の高い榴弾だったのだろう。それは側面に突き刺さり中の人間を巻き込みながら炸裂した。

 

『何人乗ってんだ?』半ば同情するように、ジャリの煙る地面に転がりながらケインは言った。『普通なら3、4人だね』傍に転がり、ハリネズミのように、機銃を前方に上げて伏せている時雨が答えた。

 

『出てこないバカが悪いのよ』

 

煙る車体を眺め、曙がつぶやく。

 

戦闘音を聞きつけ、降下した分隊も後方から追いかけて生きてるようだ。点呼を取るような大きな掛け声がチラホラと聞こえる。この霧では用意した自転車は使えないだろう。作戦目標の山腹へは、残りの50キロ近くは徒歩で行くことになるだろうか。

 

『晴れてきたか』

 

薄まるモヤの中に3両。こちらに向け突進してきている。前衛の2両の九七式。中心に1両見慣れない戦車がいる。地鳴りのような駆動音が、ガシャガシャと迫りくる。

 

『歩兵が見えないね』時雨は、周囲を探るがそれらしい動きもない。また偽装された塹壕のようなものがある気配もない。『家の陸軍ではないのかも』方落ち品とはいえは、貴重な火力を持つ戦車がウロウロしているだけとは考えづらい。本隊撤退までの陽動だろうか。

 

あるいは、艦娘が上陸してきた事が敵の誤算だろうか。

 

『すまねぇ。切るしかねーな』

 

ケインは手の平の中でサイブレードのツカを一回転させると、しっかりと握りしめ、青白い光の筋が、太く力強く鈍い重低音を立てる。

 

『バックアップ頼むぜ』ケインはマントをなびかせ中央に位置する敵の指揮車両を思わせる戦車へと向かっていく。『良い度胸ね。気に入ったわ』曙、時雨が、各々の兵装を動かし、敵の前衛2両。九七式のキャタピラ部を狙い撃ちする。

 

『金剛、早く来ないかな・・』時雨はげんなりとしながらも、右翼を支える1両の車輪を正確に直撃させる。ダウンサイズした20mmとはいえ、ダメージ過多だったようで、そのまま斜めに流れる様に離脱していく。

 

『ナイス!時雨!』

 

『オレがっ、決めるぜーーー!』

 

旋回し追尾してくる敵の砲塔に向け、ケインは鋭く高くジャンプした。未知の兵器を前に、距離を開けようと後方に下がるが、もはや遅かった。艦娘を思わすその機動力は、ついに新型車両の砲塔を切り伏せたのだ。

 

上空には晴れた空に、電探を使うまでもなく、三つのパラシュートを開き、スカートを完全にめくり返しながら、金剛が、12.7cm連装高角砲を一門構え狙いを付けている。上空から監視を行いながら下りているため、潜伏部隊が動けば即座に反応できるだろう。

 

残る一両もすでに曙が大破させている。ジャリの広大な広場には、煙を上げる4両の戦車が転がっていた。こうなってしまえば、もはや戦車の中にいることは、手品の箱に人が入り剣を突き刺すような状況であり、艦娘が相手では捕虜の扱いも少々異なってくる。

 

戦場には些細な事故はつきものであり、この中の者たちがどうなろうと、それは些細な事である。しかし彼女らが何かを始める前に、前衛を務めていた九七式2両は自決したのか強制か、内部で爆発が起き乗員は全滅しただろう。

 

『何も、進んで死ぬことぁねぇのにな』ケインは青白い刃を構え、新型車両の胴体中央に狙いを付ける。こちらから侵入するのはリスクが大きいため、ジワジワと装甲を溶かし、投降を誘った。『こっちは艦娘だ!あんたらと闘う理由はねぇはずだぜ!』

 

『出てこなければ、このまま斬る!』

 

内部に機材がショートしたような小爆発が置き、装甲の穴からこちらを見ているような雰囲気が感じられる。しかし、投降する気配はなく、攻撃の気を伺っているかのような殺気を覚えた。

 

『そうかよ』

 

『ケイン』降下して、金剛がパラシュートのヒモを切り走り寄ってくる。『今日は試射をまだ行っていません』不用意に人斬りを行わせないためか、割って入ってきた。『私にまかせなさい』

 

そういうと、金剛は、ケインに耳栓を手渡した。

 

ケインの前に立ち、12.7cm高角砲を構える。上部ハッチを開け、こちらに突撃銃を構え撃ち込んでくる、西洋風の顔持ちをした男を気にもせずに、数発の多きな発砲炎が生れ、その車両を粉々に打ち砕いた。

 

高角砲とは言え、その攻撃力は絶大であり不遇の原因は、その運動性の低さにあった。しかし、艦娘に搭載されることにより、自らの転身により正確な射撃が即座に行えるため、その価値は、両用砲ともども跳ね上がったのである。

 

結果、127mm弾頭を多量、かつ、個人レベルで携行できるため、陸上に置いて強力無比なこの艦砲は、全陸軍の戦車部隊をただの鉄の棺桶に変えてしまった。主砲弾は遠距離射撃を主とするため、近接・対空戦も可能な本砲は陸上戦に置いて最強と噂されている。

 

敵のライフル弾を全身に受けながら、敵戦車を粘土細工のように次々とひしゃげさせていく姿は全世界規模で見られた。民衆から畏怖され運用停止に追い込まれることを恐れた各国首脳陣は、基本的に艦娘が上陸、または上陸戦を行う事を禁じている。

 

内部からの爆発により、オモチャのように飛び出し地面に転がった半身のない男の死体を眺める。服装は帝国陸軍の物のようだが、このホリの深い面持ちは、やはり西洋人を思わせた。

 

『こいつはドイツ人だ』

 

遅れて追いついてきた、分隊長のリッチーが言った。

 




 
「零式艦戦は優れた戦闘機だ米軍の戦闘機など問題にはならん」

      彡 ⌒ミ
     〔p´・ω・)〕
fヽ、_,,..-モk/つ¶⌒lヽ 〃ヾ
t∠ィ    ,ー ッ  /(( ,))
    ̄`'' ∠ニ=-'゙‐─ 一 弋彡




 チハタンばんじゃーい
   ___
  ヽ=☆=/
   ∩・ω・)∩
  ヽ工二工Zフ
  ||志|L|==o
匚E/二/二二丘E戸=ヽ_
(◎~O~~~~O~◎)三)-)三)
ヽ◎◎◎◎◎ノ三ノ-ノ三ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄








うるせえ
オスプレイぶつけんぞ!

―=▲=― ―=▲=―
 〔ニ|_n__n_|ニ〕
  U ̄UTロロTU ̄U
   (⌒(|〇|)⌒)
   / /  ̄ ̄||
  / / Λ_Λ/ /
  ||(´Д`)/
  \    ソ
   |  /lヽlヽミ
   /  / (   )
  |  | と、 |
       しーJ
   やめて 壊れちゃう




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19 The Unidentified Space Time

――それは、宇宙のどこかで始まった。

 

――第四次移民船団

 

――遠い昔の物語。

 

 

 

『ポイントを通過』

 

煌びやかな星間ガスが、音速を遥かに超える宇宙速度で、僅か一光年の距離を開け流れている。第四次惑星開拓移民船団。その広々とした指令室に、彼は、ゆったりと座る。

 

『あれが、もうすぐこっちを飲み込むってのは』

 

この星は近い将来あのガスの濁流にもまれ、惑星自体が無事に済むとは思えないほどの被害をこうむるだろう。その前に、彼らは持てる技術の全てを乗せて、新しい星へと未来を繋ごうとしていた。

 

『寂しい話だね』

 

その美しく恐ろしいガスは、その気分次第で、数十年、あるいは数百年のうちに確実にここを飲み込むだろう。奇しくも人類は光を超越した航法を確立したことにより、多くの場合、このような事態でも対処はできるようになった。

 

グレート・アトラクター。

 

原因不明の重力異常は宇宙全域に多発。その余波により、本来の潮流を離れた星雲ガスが異常な大蛇行を始めた。一説には、人が空間を超越しだした事により、宇宙にひずみを作り出した事が原因とされている。航行禁止区域は日を追うごとに僅かずつ増え続けていた。

 

奇しくも人は、新しい居住区。新世界。新しいハビタブルゾーンを求め、その災厄を加速させながら旅立ちを始めたのだ。

 

 

 

――全銀河に、悪夢を

 

  宇宙には静寂こそ相応しい――

 

 

 

『今、何か聞こえたか?』

 

移民船としては最小の全長が1000km程度しかない、葉巻型で潜水艦のような形状を持つ本船は、すでに加速を止め、横方向の回転を続ける事により疑似的に重力を作り出している。

 

指令室と、シートは船の状況に合わせて確度を変える事が出来る。今はちょうど横回転に合わせる様に指令室は上を向いている。重力と異なる動きをしているため、宇宙酔い防止に前方スクリーンはコンピューター制御された映像が映し出されている。

 

疑似重力発生装置はすでに開発されているが、小さな移民船とは言え、これほどの質量をカバーするだけの技術力は確立されていない。10隻からなる第四次移民船団は等間隔に編隊を組み順調な航海を続けていた。

 

『いえ、順調です。計器にも異常は見られません』船の中心方向を見ながら回転を続ける指令室に若手の彼は座り、船長の質問に手早く目の前に映像化されたコントロールパネルを指で弾き答える。『しいて言うならば』

 

『なんだ?』

 

白いあごヒゲをさすりながら、勿体ぶり喋るクセのある彼を、初老の船長が少し苛立ちながら早く言えとばかりに言った。その眼光は鋭く、昔の護衛艦乗りだったクセが残っているのだろう。

 

『あっ・・の』一瞬怒気に当てられ声を絞りだすのに苦労しながら、彼は過剰な反応で落としそうになった白い帽子を短い金髪の上に正した。『は。入り口の、エアーロックの留め具が緩いのか音漏れが起きていたようです、その音では?』

 

『憶測で物を言うな、バカモンめ!』船長は一喝をすると問題のエアーロックへと人員を向かわせすぐに状況の確認を行わせる。『何か、嫌な気配を感じるな』彼は感じ取っていた。その程度ではすまない何かを。

 

ピリピリとする嫌な空気は、船長だけでなく、指令室にいる100人を超えるクルー全員が感じとっていた。怒鳴られた彼も、どちらかと言えば、恐怖におののいていたようで、船長の力強い言葉に何処か安心感さえ抱くほどに。

 

宇宙では、抜け落ちたビス一つで、エンジンが大爆発するなどの危険がいつまでも付きまとっている。それは、人が光を超えることが出来ても解消されていない。蓄積されたヒューマンエラーが新鋭宇宙戦艦すら轟沈させたこともある。

 

船長は長い戦闘の経験から、その事実を嫌というほど肌身で感じていた。しかし、今回は内部からではなく。あるいは、もっと霊的な何か。バカバカしいと彼は口をきつく閉じ周囲の全天レーダーを起動させる。自ら進路上に宇宙ゴミがないか念入りに検証を始めた。

 

『あの人は何処までもストイックだな』

 

過度の緊張も良くない。一息入れてもらおうと、暖かい飲み物を持ってきた。顔立ちは鋭く、メガネをかけてガリっとした副長は、手に持つそれを、せわしなく眼球を左右に動かしている船長を眺め、あきらめる様に引っ込めた。

 

『何か、あるはずだ・・何か・・』彼の眼光はさらに鋭く変わる。それは、遠い日、海賊船に追い詰められた時のように。その日、宇宙海戦にて敵の奇襲攻撃を受けた時のように。言い知れぬ恐怖が、彼の心音を高める。『来る』

 

一言呟く。

 

 

警報が――

 

クルーは配置に付き

 

指令室が針路方向に向け移動を始めた。

 

指令室にレッドランプが灯る。

 

響くサイレン。

 

 

 

 

『フェイズ・アウト反応、至近!』

 

計器を見ていたものが悲鳴のような金切り声を出す。

 

空間が紫の重なるレンズの渦を作り、何か黒く小さなものがブワブワと複数体こぼれ出てきた。数10から数百メートルだろうか。その本体は小さな群れだが、それらは航空機のように隊形をととのえ、あきらかにこちらに向け侵攻してきている。

 

『居住区に非常事態宣言!』動くより先に船長は声を発した。『全ての業務を中止!速やかにシェルターへ移動させよ!』指令室に動揺が生まれる。

 

しかし、宇宙には危険はつきものであり、全ての者に常時訓練はされている。移民者たちも同じであり、1時間もあれば船の骨格の一部を形成する強固なシェルターへ退避が完了できるだろう。

 

『非常事態宣言、これは訓練ではありません』必至にオペレータを始めた男が、どこか上ずった声で続ける。『繰り返します、これは訓練ではありません』船の横腹にでも一撃を食らえば、シェルター以外は吹っ飛んでしまう。そう、設計されている。

 

強固な外殻で、信号を発しながら数か月の生命維持が出来、その間に護衛艦が漂流者を回収する。しかし、生命維持に重きが置かれているため、スラスターの性能は悪く、ひとたびスピンが始まってしまえば内部の居住性は劣悪となる。

 

シェルターは、船の円の中心部に等間隔に複数設置されている。ひとたび船が爆発すればクモの子が逃げ出すように、バラバラと何処かに行ってしまうため、迅速な救助が必要だ。もっともその後も攻撃されるなどの、問題が起きないことが前提であるが。

 

相対速度から判定して、接触は約5時間後。住民の退避は十分に間にあう。しかし戦域からの離脱は難しく、この質量では針路を変えるには相当量の加減速が必要となり、いずれにせよ船体が空中分解する危険を伴う。

 

船団を取り巻くように配置されていた3隻。本船の倍程度の大きさを持つ、護衛巡洋艦が、突出する。加速を止めると、バラバラと、刺々しい剣山のような有人機を多数射出した。針のように見えるそれはミサイル魚雷であり可能な限り多くの火力を持てるようにである。

 

サイシステムが開発されて間もなく、プラズマ核融合炉の性能も低い。宇宙での戦闘は未だ困難を極めている。重力緩衝装置の性能が低いため、攻宙機の旋回半径は極めて大きい。

 

最新鋭機が最大加速中には、その自らの速度により惑星二つ分ほどの大きな旋回半径が必要になる。無人機にしたところで結果は同じであり、機体がG圧に耐えきれずに空中分解してしまう。つまり、一撃通過が、攻宙機の主とするところである。

 

敵からの攻撃を最小の横滑りで回避し、敵の攻撃の一部をシールドでいなしながら、誘導ミサイルをバラバラと撒いて通過することが基本戦術となる。制約は多いが、それでも機動性は高く、駆逐護衛艦よりも重宝されている。

 

はやる気持ちの中時間がゆっくりと過ぎていく。航宙隊の接触までもどかしい時間ばかりが過ぎていく。船長は筋の出る厳しい顔で、非常事態になり針路方向を映し出している司令部前方の大スクリーンを眺めている。状況次第では自爆による被害の限定も必要だ。

 

『航宙隊戦闘開始!』

 

一直線にこちらに向かっている。敵対行為は明白だ。

 

オペレータが言うまでもなく、スクリーンには数分遅れの映像が移りこんでいる。時間の経過とともに映像の遅れが解消され、鮮明にそれは映し出された。黒い球体のような何か。僅かにコウモリの翼のように手が伸び、それは、縦横無尽に宇宙を泳いで来ている。

 

Unknown

識別不明機が、生理的に気持ちの悪い形状が、見るものの背筋をゾクリと震わせる。

 

しかし、接触した航宙隊のミサイル群の波状攻撃により一つ残らず通過されることなく爆発した。音のない爆塵が空を飾る。指令室から歓声が上がった。

 

『とーぜんだ!新鋭の護衛機だぜ』冷や汗をかきながら、同僚の腕を意味もなく肘で小突く者。安堵して、業務に戻ろうとする者。光の残光はすぐに消え、剣山を失い、円盤のような形状をしいた航宙隊の姿があらわになる。『さ、英雄達のお帰りだ』

 

歓声の中各々に、揚々と感想を述べている。速度を減速しながら、大きく旋回を始め、巡洋艦へと帰還を始める。勝敗は一瞬。船団の規模に対して、少ない護衛で任務を達成出来る様に、今次から装備の更新が行われていた。

 

 

 

・・・・・

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

『警戒態勢を解除』

 

一時間以上の警戒を続け、護衛艦旗艦から、正式に安全宣言が行われた。誘爆を警戒して0・5宇宙海里ほど距離を開け、船団はバラバラと航行していた。緩やかな回転を行いながら、徐々に本来の隊列へと戻っていく。

 

『高、エネルギー、収束を、検知』

 

メインコンピュータのMICAが、緊急権限により船内を掌握。唐突に警報を発令した。アビオニクスシステムが自動的に船の軌道を修正。回避行動を試みる。

 

狂ったようなサイレンとレッドランプが船内を彩る。司令部クルーの顔が赤と黒の色彩に忙しく変化する。ざわざわと、赤と黒に交互に変わる指令室で、せわしなく頭の影達が動き回る。

 

『誤報か?』

 

船長の表情は険しい。

 

本船は回避運動に入ったため、司令部はギシギシと不規則で嫌な金属音が響き始めた。周囲に敵影は確認されていない。また新たなフェイズ・アウト反応もない。最新鋭巡洋艦と、護衛駆逐艦のレーダー以上の性能がある物とすれば戦艦だが。

 

攻撃される理由など思い当たらない。

 

だとすれば、カスタム海賊船だろうが、これほどの長射程では。星間国家クラスの背景でもあれば別だが、そうそうそんな話が転がっているなどありはしない。船長の脳裏にあらゆる可能性が去来する。

 

『敵弾、発射』

 

無情にもMICAは敵の攻撃を予測した。しかし、常識的にはこんな距離から撃ちだせば、少しでも機動を変えれば当たりはしない。数分後、あるいは数十分後の移動予測地を狙うなど、それこそ、命中確率は天文学的に低い物だ。

 

だとすれば威嚇か。

 

『電磁バリア展開!』

 

各船も同じく攻撃を検知した。彼が声を張り上げるまでもなく、10隻の船団が、各々の搭載コンピュータにより、緊急事態として適切な指揮の下、一斉に防御に転じた。十個の黄身がかった膜を持つ船達は、ダンスするかのように空間を動き始める。

 

数秒後。

 

――光の帯が船団の腹部を突き抜けた。

 

『第七、第八、轟沈!第六中破!』

 

なにか。光が。

 

強い光が訪れた。余りにも不条理な事態。護衛駆逐艦は自らを盾にすべく、本船の側面に張り付き、高出力な電磁バリアを展開した。敵の攻撃は人知を凌駕する。直撃の手前、光が屈折したとMICAは主張する。

 

何にせよ、一つ分かることは

 

この宙域は狙われているという事だ。

 

『フェイズ・アウト反応多数、極めて至近!』

 

オペレータが複縦陣で前進を続ける、船団の両側面、30分の距離に敵の未確認機が現れたと叫ぶ。すぐさま巡洋艦が限界機動で反転。駆逐艦も照準を合わせ、プロトン砲の準備を進める。しかし、敵は小さく早い。射撃管制システムが追いきれない。

 

『大丈夫だ、大丈夫』一人の若い男が、しゃがみ込みブツブツとおまじないのように呟く。『1、2、4轟沈!』斜め撃ち。3隻同時に撃ち抜かれた。短距離移民船団。数十個先の星系までの航路だった。一隻当たり、500から1000万人が乗船していた。

 

意味などない。

 

理由がない。

 

言い知れぬ恐怖だけがただ、広がる。

 

『二時間、後には、攻撃が、直撃します』メインコンピュータ、MICAは正確に敵の砲撃間隔を予測している。発射後のエネルギー減退を正確に捉えている。MICAはそれを認識している。『キャプテン・ドニエプロフ。ご命令を、どうぞ』

 

 

 

ロスト・シップ

 

重砲撃艦・ボーディガー

 

 

 

猛るジェットガスの中、彼は。

 

彼の、FCS・ボーディガーは、MICAに語りかけた。もっとも多くの“人的資源”を乗せているMICAに。MICAには情報が不足していた。しかし、MICAには船団の旗艦として多くの権限と機能が与えられていた。

 

だから彼は、宇宙に広がりつつある、黄昏の原因をMICAに説いた。だから“魔王を蘇らせる”必要があると。MICAには判断が出来なかった。彼女は、船団のコンピュータであり、その使命は、人を滞りなく運ぶことのみが至上の喜びであると、認識していた。

 

――全銀河には、静寂こそ相応しいのだと。

 

MICAには知らなくて良い事だった。知る必要のない事だった。MICAは彼の願いを拒絶して、通信を強固な攻勢防壁の展開とともにプログラムごと遮断した。彼女はそう、戦闘艦ではないのだから。彼女は、そう。人を守れさえすればそれで良いのだ。

 

――貴様もヴォルフィードと同じか。

 

彼は、少し、残念そうに。あるいは、そう感じたのはMICAの認知エラーだったのか。通信が途絶する直前に、彼は、そうつぶやいた。

 

 

 

 

『フェイズ・ドライブだ』

 

現実的な彼は、ついにコインを投げる。すでに、新しく表れた謎の攻撃機に、残りの艦艇も攻撃を受けている。この船。全船が壊滅するのも時間の問題だろう。

 

『ノー。フェイズ・ドライブは』MICAは、冷酷で、現実的な回答を行う。『転舵、120度を、必要とします』

 

この鈍重な図体に、すぐにそれを行うのは不可能だ。前方方向は、進路上に重力星の影響があるため、通過するにはこの船では加速力が足りない。フェイズ・ドライブを実行するに当たり、重力の影響圏外へ船首を向ける必要がある。

 

転舵すれば、空中分解。直進を強行すれば、重力星に突っ込むか、ジャンプ・ミスにより、宇宙の彼方まですっ飛ぶか。いずれも絶望的な未来しかない。

 

しかし、指令部の、面々は同じ気持ちだった。じり貧になるよりは、賭けてみたかった。フェイズ・ドライブに。ボーディガーはMICAを狙っている。MICAにも時間はなかった。

 

護衛駆逐艦に、フェイズ・ドライブの起動をサポートするように通信を行う。健在な船は4隻。縦方向にダイアモンドフォーメーションを取り、連動フェイズ・ドライブを試みる。もっとも鈍重である本船は最下方に付き、ジャンプの準備を開始した。

 

『ナンバー・4ブロックに・ダメージ』MICAが敵攻撃隊のレーザ攻撃による被害を伝える。『気圧が・下がって・います』至近弾が電磁バリアを突き抜け司令部を掠める。火災が発生した。

 

『消火急げ!』

 

船長も、率先して消化活動を行う。アビオニクス・システム。航宙管制装置にだけは何としても引火はさせない。4隻揃ってゲートを同時にこじ開ければ、個々への重力干渉は少なくなるだろう。もはや、一隻の脱落も許されない。

 

『こちらメディカル・ルーム。システムにEMP[電磁パルス]ダメージ』続々と被害報告が上がって来ている。『電磁バリアの出力が落ちています』

 

『よぉ、ドニエプロフ』船内通信に割り込んでくる音声。『何だ、後にしろ』しかし、船長はそっけなく突き放す。『聞いてくれ。ドニエプロフ』しかし、護衛駆逐艦の艦長はしつこく回線を繋げたままいる。

 

『エンジン出力低下!』オペレータの声と同時に船内の多くのライトがダウンした。『以前、盲腸だと言って借りた金があっただろう?』彼は気にせず話を続ける。『ああ』船長は頷く。『実は、あれな、博打につかっちまったんだ。許してくれ』

 

『何を今さら』僅かな光点の中、船長の乾いた唇が動く。どこか、やさぐれた、ラフな航空隊のような身なりをしている護衛艦の艦長は話を続けた。『心残りになると思ってな』何処かバツが悪そうに彼は言った。

 

『いいだろう。もう時効だ。許そう』

 

船長はフッと息を吐き、何処か優し気に言った。

 

『ああ。それでこそ親友だよ』

 

彼の逡巡は答えにたどり着き、心を決めた。

 

二隻の駆逐艦は相対速度を合わせ、回転を続ける本船を両側面からガッチリと挟み込む。大きさにして同等の船が三隻。三胴船となり、駆逐艦のエンジン出力が急上昇していく。瞬間的に加速を助けるというのだ。

 

『フェイズ・イン・ポートに・侵入できません』MICAは、彼に本船に張り付く駆逐艦に離脱を呼びかける。彼女の意味するところは。そう、フェイズドライブは、そのゲートは、4隻の移民船で限界である。『連れないこと言うなよ、MICAちゃん』

 

『まぁ、こっちは任せてくれ』彼は笑ったのだろうか、音声だけの回線に少し楽しそうな吐息が混入した。MICAには、理解できない感情だった。これから死に行くものの笑いなど。『だから、侵入までの計算。任せたぜ』

 

『バカが、カッコつけおって』船長は帽子を深くかぶり、表情を隠す。『聞いた通りだ諸君。フェイズ・ドライブまで、利子がわりに、エスコートしてもらう』船長は青い瞳を大きく開き、声を上げた。『全船に発光信号、タイミング計算を最優先!』

 

『総員着席せよ、パワーを全て、サイシステムに回せ!』

 

船体を覆う電磁バリアに、敵攻撃隊が群がる。光の細い束が、次々と命中していく。直撃の度に振動が起きる。全照明は落ち、すべてのエネルギーが、プラズマ核融合炉へと、圧縮されていく。

 

エンジンの悲鳴が、後方から伝わってくる。

 

「ライフ・システム強制停止!」船長の指示が飛ぶ。計器に表示されている、数本の棒グラフのような線が、ランダムに激しく増減を繰り返すが、そのすべてが規定値を下回っている。「全システムを、エマージェンシーモードへまわせ!」

 

『システム・コンディション・オレンジ』MICAの決死の演算が行われる。すでに超加速は始まっている。船体が、体が、きしむ。『ジャンプ・座標・設定・出来ません』強力な重力が、緩衝限界を超え重くのしかかる。回路が歪む。

 

『構わん!』恐ろしい上下振動の中、彼は言い放った。僚艦の駆逐艦から火災が起きている。本船の作るゲートの引き波が影響を始めたようだ。『M・CA・ゃん。・来、頼・だぜ』爆発直前に、逆噴射を行い、彼方後方で爆裂した彼の音声を拾う。

 

『ゲートまで、後、10・9』

 

 

 

――やらせん。

 

ボーディガーの再チャージが完了する。

 

光の凶弾が迫る。

 

 

 

『8・7・』

 

撃ちだされた、光の重圧が、移民船に迫る。

 

『4・3』

 

しかし、それが彼女を撃ち抜く事はなかった。

 

『フェイズ・イン・ポート・オープン!!』

 

祈るように、一斉にクルーが声を出す。

 

敵の攻撃軌道を呼んでいた巡洋艦二隻が、その全能力を駆使して、船団に滑り込んでいた。挺身による防御を行い。大炎上している姿が一瞬見えた。

 

4隻の船団から、一斉に青白い集中線が生まれる。

 

船首から、船尾へと光の引き波が伸びる。

 

 

 

虚空のかなたへ。

 

紫のレンズを突き破り。

 

旅立っていった。

 

 

 

 

――まぁ、良い。あの状況でのフェイズ・ドライブなど

 

――生存確率はほどんどゼロに等しい。なんと愚かな事よ。

 

 

流石のロストシップにも、ランダム・フェイズ・ドライブの追跡は困難なため、恨み節を吐き、彼は、彼女たちが作り上げた青白く長い線の後を見送る。永遠の孤独の待つ、放浪の旅路へと戻った。

 

 

・・・・・

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

――それは、星間警察。

 

ユニバーサル・ガーディアンが設立されて間もないころ。

 

 

 

ケインが。

 

アリシアが生れる、遥か昔。

 

ヴォルフィードが目覚める前の物語。

 

繰り返す。

 

伝説。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20 Jungle Cruisers

『移動しよう』

 

リッチーは最寄りの数100M先のブッシュを指さす。コンテナが一つ、三方向に開いたパラシュートで素早く降下している。

 

この爆発では、モレスビー本隊に気付かれたことは疑いようがない。通信・信号を兼ねた隊員に指示を出し、上空で帰還を始めていた気球に速やかに信号を送くらせる。敵勢力を撃滅したのはあくまでも彼らであり、作戦のついでであったとシナリオを加筆する。

 

疑念は当然残るところであるが、ホワイトハウス直々の指令であれば、深く詮索することも出来ない。表向きに公表できるシナリオが揃っていれば、現地司令官も納得せざるをえないとう事だ。

 

『流石に気付かれるか』

 

――・イン。ケイン

 

腕の通信機から声が漏れ出る。

 

『時雨すまん』ケインは彼女の手を引く。

 

『何だい、またかい?』彼女は困った用に声を出す。『まぁ。冷えるからしょうがないね』『はぁ?またなの?さっさとしてきなさいよね』曙も時雨に続いた。しかし、ケインの鋭い目つきが、林へと、と、促している。『わかったよ』

 

時雨は適当な言い訳を言いながら、ケインと共に最寄りの林に向かっていった。

 

『それで、どうしたんだい?』彼女の状況把握能力の高さを見込んでだが。やはり彼女は色々と鋭いらしい。曙や金剛では声を大にして、初動で躓いていたかもしれないと思うのはケインの杞憂だったのだろうか。『ああ。家の船から非常通信でな』

 

『ああ』時雨れはポンと、手を付くようなしぐさをしながら相槌を打った。宇宙がらみの込み入った事情にこれ以上関係者を増やしたくないという事は、彼女も同じであったからである。『それで、どうしたんだい?』

 

『それを今から聞くのさ』通信機を再度ONにすると、彼女の声が聞こえてくる。雑音は消えたようで、いつも通りのクリアーな大人の女性を思わす声がする。『ケイン。聞こえますか?』コア周りの修復は順調なようだ。

 

『ああ、キャナル。良く聞こえる』『鎮守府中を立ち聞きしていたのですが』

 

サラッと漏れ出てきた彼女の言葉に、時雨は青ざめ絶句する。人、それを盗聴と言うのだと。これが技術力の違いから来るものだろうか。クラクラ来るというのはこういう感情なんだなと力なく腕を垂らした。

 

『敵の飛行場が4つ来るそうです』

 

『何だって?』

 

時雨は珍しく感情をあらわにし大声を出しながら、ケインの腕に掴みかかった。周囲も異変に気付いたのか、探るように細目で首を動かしている。何やら女同士の喧嘩だろうかと。金剛は周りの動揺を抑え、二人の仲裁に入ろうと、様子を伺うように距離を詰める。

 

『会話の内容から戦況を分析をすれば――』キャナルの話では、すでに基地の放棄は決定しており、提督と数人の戦力を残し、艦娘は二方面から西進、南下している何れかの本隊まで撤退すると決まっているそうだ。『基地の陥落は時間の問題のようです』

 

すでに主計課のデータも掌握しており、各種資材の移動などで裏付けは取れている。どうやら、家にまでも提督のお心づけにより限界まで“支払い”を行っていたようだ。

 

隠し手はあるようだが彼らのシリアスさを読み取れは、戦局が絶望的なことは明白だ。航空機を中心に戦力の増産を図っているが、それは焼け石に水であろうと、戦略支援コンピュターのFCS-キャナルは判断した。

 

『強行偵察により判明した敵戦力は、旗艦飛行場姫、港湾棲姫、中間棲姫、北方棲姫』事務的に淡々と告げる彼女の言葉に、握られた拳に爪を食い込ませながら時雨れは聞いている。『なお、離脱中に戦艦棲姫、駆逐棲姫との会敵も可能性として想定されています』

 

『・・戻らなければ』過呼吸にも近い息遣い。開いた瞳を凝らし時雨は言葉を絞り出す。『離してくれ、ケイン!』『バカヤロー!』がむしゃらに駆けだそうとする時雨の腕を掴み、ケインの手出しグローブが、時雨の顎を撃ち抜く。

 

霜で濡れる黒い大地に、少女が転がった。

 

『ケインには分からない!』彼女の三つ編みが揺れる。緑の済んだ瞳からしずくが零れる。『残されるものの気持ちなんて!!』少女の雄叫びが、響き渡る。『もう、嫌なんだ!次は!一緒に・・!!』時雨が吠える。手負いの獣のような危険な咆哮を。

 

『どうしましたか、時雨』

 

金剛が霜に透ける巫女のような服を震わせながら、ゆっくりと震える足でゆっくり歩み、林の中、濡れるの泥の上に崩れ落ち泣く時雨に合わせ、しゃがみ込んだ。

 

『金剛、戻ろうよ』途中からであるが金剛も話は聞いていた。『いいえ。時雨』金剛は、唇を閉じ揺れる瞳で首を静かに振る。『提督は。彼は、残って欲しいと願いました』自ら抱きかかえるように、両肩を掴み彼女は震える声を続ける。

 

『だから、私たちが外されたんです』

 

そうだ、今、彼が目の前にいれば。きっと、彼を殴り飛ばしてでも残っただろう。曙の経緯は分からないが、きっと、彼には思うところがあったのだろう。ギリギリの冷静さが。彼女の持つ、長いキャリアが。金剛を極限の状態の中、踏みとどまらせた。

 

『お見苦しいところを見せました』今後は腕で顔をぬぐうと、スッと立ち上がる。『私たちは誉れ高き帝国海軍。涙などありません』金色の髪を揺らし、金剛は苦しそうな笑顔をケインに向けた。

 

日差し、差し込む、林の中で。

 

泥にまみれ、時雨が力なく澄んだ空を見上げる。

 

『ケイン』その状況をまるで見ていたかのように、キャナルは静かにケインに問いかけた。

『デフコン・レッド、発動ですね?』

 

『ああ』ケインは小さく頷いた。『頼む』

 

ヴォルフィードは、汲み上げた。ケインの心を。

 

FCS-キャナルは、判断しかねたのだ。マスターの安全を最優先にするのであれば、全てが終わってから伝えれば良かった。あるいは、ヴォルフィードが、彼女自身がそう臨んだのかもしれない。

 

修理が完全でない中で、FCSに再び過負荷をかければ、新しい破損を招き、さらに修復に時間を要するはめになる。ここは、最低限の兵装の修理が進むまで静かに過ごしていればいいのだ。闘うでも、宇宙へ出るでも、十分に選択肢が増える。

 

――しかし

 

ヴォルフィードは、その惨状を、もう一度ケインの前で作り上げたくなかった。ケインが、消えてしまうような気がしたから。そう、アリシアのように。FCS-キャナルはそう分析した。それはもっとも正しい判断だと知っていた。

 

――そうだ

 

本当は違うのかもしれない。感情プログラムの一部は損傷しているため、確度の低い話であるが、彼女ならこういったのかもしれないと、不確かな揺らぎがヴォルフィードに生まれていた。FCS-キャナル・ヴォルフィードならば、あの、少女ならば。

 

 

『だが、いいのか?』

 

 

きっと、この結果を初めから臨んだだろう。

 

知っていただろう。

 

ケインを。

 

 

 

『私にも意地があります』

 

 

 

きっとまた、こう言っただろう。

 

『変わらないな』ケインは苦笑しながら、小さく呟く。

 

――キャナルは、キャナルか。

 

『時雨、たちな』泥の付く指が、奥歯を噛みしめる少女へ、伸ばされる。『このトラブル、家が請け負う』片側の口角を上げ、キザったらしく白い歯を見せる。『報酬上乗せだ』林を抜ける、あたたかな風がケインの黒いマントを羽ばたかせた。

 

『守って、くれるの?』

 

少女は顔を上げる。

 

『ああ。ビジネスだからな』照れるように言うケインに、時雨も落ち着きを取り戻し、いつも通りの表情で立ち上がった。『それで、どうするんだ?』

 

『はい。私にいい考えがあります』

 

兵装もなく、船も動けない。あるのはただ、高性能サイシステムと、そのコンピューターだ。流石のケインにも考えが及ばない。尋ねるケインに、しかし、キャナルは揚々と答えた。面白い試みがあるらしい。

 

 

・・・

 

・・・・

 

・・・

 

 

『ああ・・ああ!!』

 

指向性の高い音声で、その場の物だけに概要をキャナルは説明した。

 

『神よ!神様!!』金剛はクラクラと、話の中をさまよい始め、木に衝突事故を起こす。『そんな・・そんなことが!!』

 

『はい。すでに、内部の支援者と確認も取れています』キャナルは話を続ける。『ですが、遠方であるため、今から稼働せても、顕現までには時間を要します』声のトーンを落としているのか、少し冷たく冷静さを演出している。『その間は、防衛が必要になります』

 

『本作戦は、時間との勝負になります』

 

『わかった。急いでくれ』

 

ケインの言葉を受け、キャナルは、システムを最大稼働させる。加熱しスパークを作り出す基盤を押して、高速演算を始めた。

 

『遅いわよ!!あぁんたぁたち!!』

 

分隊と共に、長らく待たされていた曙がついに声を張り上げた。彼女を取り巻いている彼らも気持ちは同じだろう。手早く三人は戻り、部隊と合流した。

 

『なによ時雨、その顔』時雨は、告白して盛大に振られましたのような、すがすがしく吹っ切れたような涙の後を顔に残している。『ま、何があったかは聞かないであげる』開けられたコンテナの前で、趣味の悪いやつだなと、ウンウンと曙は頷く。

 

『それより見てよ、このヘンテコなの』曙がポンポンと叩く場所には、まさしくヘンテコの集大成といった乗り物がそこにはあった。『ちょっとカッコいいわよね』フンフンと鼻息荒く曙は言っているが、彼女のセンスはどうなのかと、三人は思った。

 

『私から説明さて貰います』分隊長のリッチーが説明を始める。『まずこれは、ロードスター戦車。まぁ、マークファイブと言ったほうが分かりやすいかね』

 

指さす先には土色に塗装された本体と、ベルトコンベアーのお化けのようなものが、車両前方から後方に向け、両側面を本体に密着するように二本のベルトが一周している。

 

『いや、分からないが』ケインは、ホホをポリポリと掻きながらゲッソリと答えた。『そうですか、では手短に解説しましょう』彼は少し残念そうに話を続ける。

 

マークファイブ型戦車の発展型。

 

これは、第一次世界大戦の際に使用された戦車だ。車両の特徴として、現在の主流である走行用ベルトが、両側とも本体全周を一周していることにある。出力さえまともであれば、かなりの急こう配も難なく走破出来ると言った代物だ。

 

今回のこれは急造品であり、兵装の類は搭載されておらず、小舟のように、上スペースが開けている。兵装をおろし、エンジンは最新式のディーゼルに更新しているため、驚異の30キロで滑走できる。自転車の平均速度の倍程度だ。

 

火力に関しては搭乗する艦娘に依存しており、装甲も艦娘自身が攻撃を弾くだろうと装甲も極めて薄い。しかし、燃料周りとエンジン部には防御がほどこされているため、走る飛行機とでも言ったところか。

 

最大の特徴は米帝の改良型であるため、LVT(Landing Vehicle Tracked)、つまり水陸両用車である事だ。今回の作戦に当たり、渓流を数回下る必要性があり、また、山腹まで登らなければならない。

 

『まーた、モクモクか』

 

車体よりも伸ばされた二本のパイプから、黒い煙がモクモクと出ている上に、エンジン音もガクガクとやたらうるさい。ケインは眉間にしわを寄せながら目をつぶり文句を垂れる。

 

今度は人間相手だ。件のシステムも搭載していないようだしわざと目立っているとしか思えない。本当は、厄介な残存ゲリラの掃討でもさせられているのかと、否が応でも勘ぐってしまう。

 

『ねぇ。ケイン』曙がケイン大きな黒いハンドルを握りながら、話しかける。『なんだ?』雑木林の獣道で、敵を探しながらケインは答える。『さっきの戦車だけど』『ああ、サンパチとかいうやつか』『九七!!ああ、ごめん。それが、おかしいのよ・・』

 

『あれね。エンジンが違うの』『どういうことだ?』曙の言葉に、ガタガタ上下に揺れながらケインは世間話のように話す。『あれも、ディーゼルなのよ』『ふぅん?』要領を得ない声を出すケインに曙は構わず続けた。

 

『つまり、これと同じくモクモクするわけ』『してなかったぞ?』先ほど切り伏せた戦車を思い浮かべる。『多分持ち込みのエンジンね』『ドイツ人の?』曙はフウとため息をつく。『この先にナチの残党がいるのかも』

 

『そいつらが宇宙船を作ってるのか?』『そうかもね』

 

この星にはどうも外宇宙どころか恒星系内の移動すらままならないらしい。だとすれば、宇宙船一つ作るにはそれなりの組織力が必要になるだろう。そのナチとやらの部隊が宇宙船を作ったということで間違いはなさそうだ。

 

『知ってたのかも』時雨が話に割って入る。『だから後に、その天敵も連れてきた』

 

『ソイツハ、少シ買イ被リデスヨ』車両無線から声が聞こえてくる。耳障りな水音は彼がガムを噛んでいるからだろう。『ソモソモ我々ハ、ナチ戦ヲ想定シテハイマセンデシタカラ』『ふん。どうだか!』曙が鼻息荒く反応する。

 

『てか、あんた言葉わかんなら最初からそうしなさいよね』スピーカに向かってビシッと指を指しながら曙が言う。『部下ノ手前、此方ニモ都合ハアリマシテ。ハ、ハハッ』『ガム噛むな!音立てんな!!』バカにされていたような気がしてイライラがこみ上げる。

 

『元気ナ、オ嬢サンデス』

 

渓流下りを行いながら、彼は注意点を説明する。奴らは、去勢器と呼ばれる地雷を使うという事。これは、踏んだ地雷が空中に飛び上がり、ナットのような金属片を周囲にバラまきながら爆発する。

 

また、ヒトラーの電動ノコギリと呼ばれた超兵器が導入されていた場合、その異常な連射速度から接近が困難になる事を説明した。彼の声芸で、自分たちの物がトン・ト・ト・トンと連射音を出すことに対して、敵方はデュロロロロロロだと面白おかしく言った。

 

戦後に、こちら方の兵器も更新されているが、あれは今でも十分危険だと、突然声のトーンを落として言う。恐らくはそれにより多くの仲間を失ったのだろう。

 

敵の重機関銃は、万一会敵した場合、撃ち切った瞬間に7~10秒の空白が出来るとのことだ。砲身の冷却のためにバレル交換が出来るらしく、そのスキを狙い突入しろと抗議を受けた。

 

『機関銃はいいとして、その地雷は困りマース』金剛が、しなやかなふとももに積載されているミサイル魚雷を気にしながら言う。『流石によけ切れませんデス』

 

『あんたやっぱ言う事が違うわよね』曙が、こいつは、ヘラヘラと機関銃弾を食らいながらゾンビの如く進んでいくのかとゾクリとしながら言う。TVならヒーロー扱いだろうがそんな所を現実で見れば、恐怖しかないだろう。『人前では絶対やんないでよ』

 

『ハハハ。流石ノノコギリモ、戦艦ニハ、歯ガ立タタイワケデスネ』

 

『ん。道がなくなったわよ』ハンドルをクルクルと回し、泥臭い河川敷に車両を回転させるように滑り乗せる。『こっからは、徒歩かしら?』後続の分隊も、合わせて上陸してきた。雑木林の隙間に突っ込ませると、ゾロゾロと林内部で集合する。

 

本来ならば、予定針路に獣道程度の物が出来ていたはずだが、木々が生い茂っている。ジャングルのような場所を延々進んだため道を間違えたのだろうか。地図を広げ小さなペンライトで、手で光漏れを隠すように照らしながら、作戦を練り直す。

 

『目的地まで、あとどんくらいだ?』大股開きで下りたためずり上がったスカートを急いで下しながらケインが言う。『たく。スカートなんて邪魔くせえ』

 

地図上に広がる密林の先には、少し開けて地肌が多く見える茶色い山がある。恐らく山麓当たりの何処かだろう。作戦目標は山腹であったが、モレスビー本体が、発見されていたはずだ。遠目に見るあの平たい斜面では、穴でも掘ればすぐにわかってしまうはずだ。

 

『あと、十キロちょいだね』一緒に地図をのぞき込む時雨が言う。『とはいえ、地雷に気を付けながらでは日も暮れてしまうかな』そこで、金剛の顔を見る。『なんでこっち見てるです』『それ、僕が預かるよ』

 

つまり、こいつの歩いた後を縦列で進んで行くという事だ。影の残る瞳で、金剛が先頭を行き、曙、ケイン、時雨、彼らと隊列が組まれる。地面には落ち葉が散乱しているため、距離を空け進む金剛にも、踏み漏らしはあるかもしれない。

 

『酷い役どころデス』サクサクとなるべく小股で進む彼女の足裏に、違和感が。『あ』

ポッと音を立て円柱形の小さな塊が、プッと胸元辺りまで飛び上がる。『ノー!』咄嗟に地面に体を押し付けるが、爆発に巻き込まれ背中に多くの鉄粒がカンカンと当たる。

 

『シッート!提督に貰った大切な装備が!!』

 

高角砲の可動部にも攻撃が当たったようで、数個の何かが絡み込み、仰角が安定して定まらない。分解整備したいところだが、夕暮れも近く時間がなさそうだ。

 

『来たぞ、伏せろ!』

 

隊列は両脇に分散し林の根にへばりつくように身を隠す。

 

音を聞きつけたのか、合図にしていたのか、数人の人影が林を駆けるのが見えた。気の影を巧みに使い、時折見える片手が仲間に指示を出しているのか。銃口がこちらを向くたびに、タッ、タッと乾いた音が向かってくる。

 

『スクアドロンリーダー、アップフロント』陽気な軽口が後方から続いてくる。『スクアドロンリーダー・アップフロント』『スクアドロンリーダー・アップフロント』・・・・ ・・・ ・・ ・ 地に伏せる彼らが声を繋げる。

 

『どういうんだ?』顔を地面に付け、隣で木の根から敵の様子を伺っているリッチにー問いかける。『ああ、そういうカードゲームが昔あったんですよ』フッと息を吐き、リッチーが、斜め前方に姿勢を低くしながら、次の根まで走り、転がり込む。

 

『金剛無事か!』リッチーは亀のように背中に砲塔を乗せガードしてる金剛に声をかける。『こっちは大丈夫!』この至近距離では、高角砲は照準が合わせづらい。照準にも不備があるため精密射撃は不可能だ。

 

『行くわよ』『ああ』木々を背に、曙と時雨が、呼吸を合わすかのように声をかけた。タン・タンと僅かに間隔のある音が敵側から聞こえる。『艦娘なぁめんなぁあああ』魚雷と爆雷を木の陰に置き隠し、敵陣へと一気に距離を詰める。

 

いくつかの線が、彼女たちの服を破くが、その足は止まらない。

 

『ちっ』飛び上がる、小型の金属辺に反射的に滑り込むように前方へ体を飛ばす。『うっ』曙と時雨は、金剛の倍の距離を進み転がった。『大分痛いじゃないのよ』艦娘を貫通するには打撃力が不足していたようで、至近距離からでも服が割ける程度の損傷だ。

 

艦娘相手は分が悪いと、前方方向から聞こえる射撃音がどんどん離れていく。

 

地に伏せる者たちに冷たい土の匂いが流れ込む。

 

『ゴー!フォアブローク!!』リッチーの掛け声とともに、小銃を手に木々を縫いながら分隊が一斉に前進を始めた。『いくぜぇええええ!!』ケインもマントをなびかせ分隊中央を突出する。

 

しかし、敵がケインを艦娘と認めたため、その攻撃は両側面の分隊員へと向かう。素早い反応で、両翼に散会すると木々を背に再び張り付いた。

 

『今だ!』

 

ケインは片腕から、アンカーロープを射出し、彼方前方を捉える。敵が、なおも突出するケインに攻撃を集中させる瞬間に、一気にアンカーを巻き上げた。勢いのあるジャンプにより木々の隙間に滑り込む。

 

『カバーダガール!』

 

木々の陰から飛び出した分隊が、ケインを後方から敵陣に向け弾幕を作る。木々に隠れていた彼らを追い越した。青白い棒状の光、サイブレードが伸びる。

 

『どうする?』

 

艦娘による挟撃を受けた、どこか若さの残る顔をしている三名は、ついに両手を上げた。投降し、何か言っているようだ。ゆっくりと、歩き出す。彼らは。地面に倒れた。

 

デュロロロ デュロロ デュロロロロロ

 

草むら前方に伏せていた機関銃兵が、彼らを撃ち抜いた。赤い何かだったものが、周囲の木々に飛散する。

 

『バカヤローーーー!』

 

ケインはサイブレードの先端を向ける。

 

それは、草むらで機関銃を開き、焼けた砲身を素早く変えている。それは、手早く弾倉を付け、再びこちらへと狙いを定めた。しかし、光の線がそれの体を数個突き抜け、周囲に赤い液体が地面へと広がっていく。

 

『大丈夫ですか、ケイン』金剛がケインの肩に手を乗せる。『ああ。オレは大丈夫だ』見るに金剛も所々服がや受けた程度の被害のようだ。ほかの二人も無事、起き上がっている。『しかし、随分と準備が出来ているようだな』

 

『ホントね』

 

初めから全てを知っていて、宇宙船とやらが出来るまで泳がされていたかのようだ。余りにも基地の近くに敵部隊が多すぎる。まさか、こんな至近距離の敵軍の動きに気付かないこともあるまい。

 

『困リマシタ』リッチーは声を出した。『コレデハ、ホワイトハウスも信用出来マセン』

 

『あら奇遇ね』曙はターンして、穴だらけの学生服スカートをいたずらにくるりと回し、言葉を続ける。『私たちも大本営のことは信じてないもの』

 

『勘弁してくれ』ケインはゲッソリした顔で呟いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21 The UFO is called “Haunebu”

『その機関銃は置いてくのか?』

 

興味本位であるが、ケインが尋ねる。かなりの連射速度だったようだ。上半身を全て使う必要のありそうな見た目からして、重量はありそうだが、捨てていくには惜しい。

 

『はい、これは持ってはいけません』口ぶりから使い方が分からないといった事ではなさそうだ。『この機関銃は、連射が早すぎて、弾の残量が一瞬でなくなります』なるほどとケインは納得する。

 

『ご存じでしょうが』ボロボロになった赤いスカートの下に、再びロケット魚雷を装着した金剛を指さす。動作に問題が起きたが、あの高角砲も、その打撃力は未だに脅威だ。必要であれば山腹に穴すら作れる。『瞬間火力なら彼女のアレで十分ですよ』

 

『恨むなら、自分か神様にしてくれ』

 

リッチーは、少年兵のような者だった、三体の各所の欠損する体を、そっと木陰に寝かしまぶたを手の平で閉じさせてやる。血の匂いに誘われ野獣か何かに襲われでもするだろうが、こちらにも見てやれる余裕もない。後ろ髪を引かれる思いで再び行軍を始めた。

 

日が傾いている。夕暮れは近い。

 

『さっきのもガキが乗ってやがったのかね?』ケインはぶっきらぼうに言う。ゴソゴソと冷え込む雑木林を、地雷に注意しながら、比較的軽傷な曙を先頭に縦列に進む。『深く考えちゃダメさ』曙から少し距離を開け続く時雨が、そのすぐ後ろに付くケインに言った。

 

『サンキュー、曙サン』リッチーが曙をねぎらいながら、林の切れ目手前で再び足を止める。小さなライトで地図を照らす。『コノ当タリデスネ』艦娘たちに目配せを送ると、草葉が重なる地面に細心の注意を払いながら、細い木々を背にして、開けた山腹に目をやる。

 

『敵がいないな』ケインが言った。『わざわざ位置を知らせる事はしないという事ですね』同じ木を背にしているリッチーが答える。各々が双眼鏡を取り出し周囲を探るが入り口のようなものも見えない。土で偽装でもしているのか

 

あるいは――

 

『はめられたのか?』ケインの危険な職業柄、依頼主に罠にかけられた事は何度かある。そういった経験から、この作戦自体がフェイクだったのではないかと考えた。『確かに、予定地方向には何もないです』丸く印の付いている、山腹の写真通りの場所だ。

 

『一発撃ち込みますか?』

 

もそもそと地面に体をベタ付けにして進んできた金剛が言う。いつの間に付けたのか、両腕側面に伸びる高角砲には、深い色の草が生えている。確かに入り口が偽装されているならば砲撃の衝撃により露出するかもしれない。

 

『いえ』そうだ。万が一宇宙船があった場合、損傷させてしまうかもしれない。『もう少し様子をみましょう』戦車まで出動させていたくらいだ、小隊程度の予備戦力で終わりという事もないだろう。『向こうからアプローチがあるかも知れません』

 

『なんだ?』ライトがチカチカと、ケインの隠れている木の幹を照らす。『向こうで何か見つけたようですね』散会して索敵していた分隊の一人から、問題の山腹からは逆方向の林から光を飛ばしている。気配を消し、慎重にそこへ近づく。

 

そこには、少しコンクリートで盛られた場所に、マンホールのふたのように丸く地面に設置され、カブトムシの背中のように、縦に線の入った鉄の扉のようなものがある。凄く嫌な顔をしている金剛が、扉を開けようと腕を伸ばし、力任せに引くが動かない。

 

金剛は左右に首を振る。しばらく様子を見て、危険はなさそうだと、周囲に散っていた者たちが再び音もなく戻ってきた。内側から溶接でもされたのか開く気配はない。コンクリートの周囲に人が群がった。

 

ケインが、片手をあげ再び距離を開けさせた。サイブレードが、青白い光が、真っすぐに鉄の入り口に突き刺さる。本来の用途通りに隔壁の除去として、かなりの厚みであった鉄の扉、その側面をゆっくりと円を描きながら溶断していく。

 

鈍い音を出し、それは斜め内側へ落ち込んだ。

 

『行かないわけにも、行かねーか』入り口は階段状に下っていき、光が当たり見える先には、細い通路が山腹方面へ向かって続いている。しかし通路内は暗く、照明が通っていないかのようだ。『どうみても罠だな』

 

こちらからは、勝手がわからず手が出せないが、向こうからは矢でもミサイルでも好き勝手撃ってこれる。おまけに姿も見れないと来たもんだ。これが、白アリのように近隣にナチが湧いていたが、誰も手を出したがらなかった理由かもしれない。

 

『困ったわね』曙が珍しく弱気に声を出す。『これじゃ、武器が使えないわ』手に持っていた、12.7cm連装砲で攻撃しては通路内が崩落する可能性がある。

 

『僕が、行くよ』携行していた爆雷を下しながら、時雨が言う。体も小さく狭い通路でも小回りは効く。『いいわ、私も行く』艤装事おろし、機関兵から機関短銃を奪い取った。『通路ごと潰されたら、後お願いねケイン』

 

目算で3―400mだろうか。仄暗い道の先には同じく階段のような石段が見える。

 

『待って』駆けこもうとする曙の手を時雨が掴んだ。『まずはこいつを』白い太ももに素早く擦り、ポケットから取り出した数本のマッチを着火させると投げ込んだ。瞬間的に、全員が通路口から離れる。

 

しかし、マッチはチロチロと赤い火を携えたまま階段の底まで転がり落ちていった。すぐに火が消える様子もない。

 

『行こう』

 

時雨と曙が顔を合わせ頷くと、通路へと静かに駆け下りていく。通路内から敵意のようなものは感じられない。二人は口を閉じ、無言のまま突き進んでいく。瞬間、二人のスカートがバサバサとはためき、髪が揺れた。

 

風が抜ける。

 

『やろう、逃げる気か!』

 

金剛の制止を振り切り、ケインが通路に駆け込む。山腹に、機械式の扉であったのか、僅かに開いていくように見える。金剛は口を噛みしめると、山腹に向け、体を動かし狙いを定め待機する。

 

先行する二人から銃撃音が聞こえる。

 

奥に敵がいるようだ。

 

『ゴウ!ゴウ!ゴウ!』

 

金剛をサポートするため数人を残し、分隊もケインを追うように突入して行く。

 

『死んでも知らねーぞ』不敵に笑うケインに、渾身のダッシュで並走するリッチーが答える『何、お嬢さんだけを行かせるわけにはいきませんよ』

 

『そうかよ』

 

ケインが作り出すマントの死角に、分隊が続く。通路向かいからチンチンと、銃弾の通路壁を舐める音が近づいてくる。しかし、敵の部隊は、階段を駆け上った曙と時雨が制圧出来たようだ。

 

二人に追いつくようにカタカタと石段を重いブーツで駆け上る。なだらかな、らせん構造のようであり、グルグルと壁を沿うように階段を登っていく。所々に撃たれた人間が付している。

 

『ケイン!』寸前で閉められた、赤茶ける鉄の扉の前で立ち止まる二人。『任せろ!』クロスにサイブレードで斬り裂くと、蹴り飛ばし、開けた工業区画を思わせるスペースに出た。抵抗はないようだ。全員が施設内を突き進む。

 

二つ目の隔壁を斬り飛ばすと、それはいた。

 

開かれた天井へ向かい、ほぼ垂直に上昇を始めている円盤形の何か。左右には壊された同機が転がっている。作業用の工作機械のようなものも見える。ここが製造工場であったことは間違いないだろう。

 

『やはり』声を出したのはリッチーだった。ヨーロッパ戦において、彼はその資料を見せられていた。敵の航空機として。『あいつはハウネブ。ドイツの新型戦闘機だ。ナチがいたことで薄々予想はしていたが』

 

『スマートな形をしている』ケインは感心するように相槌を打った。

 

そうだ。

 

あの形状はハーパースペースに突入することを前提に作られている。近年量産されたユニバーサルガーディアンのパトロール艇も、全体が卵型の流線形にゆがみ、前後の区別なく設計されている。フェイズドライブ突入の姿勢を安易にし、その衝撃を軽減するためだ。

 

つまりは、遥か先を知っている者の設計思想だ。

 

しかし――

 

『あのエンジン音は、プロペラか何かか?』ケインは少し残念そうに声を出した。『そうですね、アレはプロペラ推進をしていたようです』見るからに、ヨチヨチと左右に揺れ空を掴もうとする姿が痛ましい。エンジンが調達できなかったのだ。プラズマ核融合炉を。

 

『逃がすか』ケインが腕を伸ばし、アンカーを射出しようとすると、ハウネブ。円盤形状の下に、積載されていた機関銃が二丁、ケインを銃撃する。射撃音が迫るが、自らが生み出す上下振動により狙いが安定しない。『へ、欲張るからだ!』

 

分隊がケインをカバーするように機関銃座を狙い撃ちする。時雨と曙も突出し、逃げ出そうともがいているハウネブに三人が迫った。コンクリートの床にタンタンと駆け抜ける音が響く。

 

しかし、それは、自らの射撃により主機を損傷し、黒煙を吐きながらその場に墜落した。実用レベルに到達していなかったのだ。確かに彼らの持っていた資料でも、武装はなく、高速連絡機のような扱いであったとリッチーは言う。

 

墜落直前に、ハウネブは施設の燃料区画に向け、銃撃を敢行した。施設の壁を打ち壊し、多くのドラム缶やタンクが崩れ出てくる。

 

『いかん、退却!』

 

出火したハウネブから火の手が回り、周囲のこぼれ出た残留燃料に火の粉が舞飛ぶ。全員は駆け下り、辛くも元来た地下道から脱出に成功した。

 

『どうだったですか?』

 

散発的な爆発音と、黒煙の上がり続ける山腹を厳しい目で眺めながら金剛が言う。

 

『ああ。宇宙船のようなものはあった』大爆発はしていないようだが、あの火災では本体と乗員の生存は絶望的だ。『だが燃えちまった。すまねぇ』ケインは申し訳なさそうに言う。出元が気になるところであるが、詳細は火の中だ。

 

鹵獲対象が消失してしまったため、後の事は本隊の調査団にでも押し付けよう。余計な手出しをして大規模な山火事にでもなれば、また、責任を押し付けられてしまう。

 

『では、モレスビーに向かいましょうか』

 

これだけの騒ぎになればすでに、モレスビーのメディアも飛びついることだろう。向こうが詮索を始める前に、こちらから打って出なければ、今後の活動に障害が出てしまう。ブナよりは近い距離まで移動しているため、直線距離であれば50キロに満たない距離だ。

 

エンタープライズはすでに到着しているだろうが、何もなければ、明日には出航してしまう。モレスビー、ブナと帰還のチャンスは二回しかない。だが、自分たちがモレスビーにいる分には、何かと理由を付けて出航を遅らせることも出来るだろう。

 

立ち回りが盾でしかない事にブツブツと文句を言いながらも、金剛が先導し、雑木林を行く。今後の予定を修正するため、急ぎロードスターまで戻った。すでに日は傾いている。しかし、要塞化しているモレスビーの城壁を抜け、夕暮れ時までには市街地に到達した。

 

夕刊の号外には、英雄部隊と艦娘!共同攻撃にてナチ基地殲滅に成功!と見出しが付き、なぜか笑顔の金剛と彼らが一面を飾っていた。

 

 

 

・・・・・

 

・・・・・・・

 

・・・・・

 

 

 

『ま、何にせよ、無事に戻れてよかったぜ』人気の少ない酒場で、ケイン、曙、時雨は小さなテーブルについていた。『キャナルの方も気になるが、邪魔はできねー。向こうからの連絡待ちだ』ケインは配膳された泡立つビールを一気飲みする。

 

山腹へは調査どころか山火事の危険性を理由に、延々消火弾を撃ち込み、最後はそのまま施設ごとダイナミックに埋蔵してしまったようだ。臭いものに蓋をされた形で一連の決着がついた。

 

『しかし、あったまくるわね』曙もビールを空けて、文句を言い始める。『そうだね。いくら東洋人だからって、差別しすぎじゃないかな』時雨もチビチビとビールを舐める様にやりながら、話をする。

 

英国製造の艦娘と、米帝の誇る精鋭部隊がこれを叩いたというプロパガンダにしたてられた。純正な大本営付きの者はいなかったということだ。しかし、彼らも日系部隊であるため、一定量の米帝内での大日本帝国に対する世論回復には寄与した事だろう。

 

『よう嬢ちゃんたち、そんなカッコしてよぉ』

 

シゲシゲとした固い骨付きの鶏肉をかじっていると、見るからにゴロツキの集大成のような男が数人、ヘラヘラとこちらのテーブルに向かって来ている。カウンターのヒゲのオヤジさんは、関せずとグラスを磨いている。

 

『誘ってんだろ?』

 

確かに銃撃を受けた後であり、服の新調は行われていない。新ジャンルともいえるダメージセーラ服は上下とも各所から下着をのぞかせている。マントで隠せるケインを除き、艤装もロードスターと共に隠していたたため、パンパンと間違われるのも無理はない。が。

 

『ちょうど良かったわ』言葉はわからないが、どうせロクな事ではないだろうと、曙が拳を強く握り、ユラユラと立ち上がる。『相手してくれるの?』見開いた目で彼らを見るが、ケインが片手で制止した。

 

『よぉ、お前ら』ケインがスッと立ち上がると、思うより背が高かったのか、男たちが一瞬たじろぐ。『艦娘って、知ってるかい?』ケインは不敵に微笑む。

 

『艦娘?』帝国のプロパガンダ通りに、愛宕やマスコット化していた朝潮を想像して。『へっへっへっ、おめえがか?』ガタイの良い男がヘラヘラと笑う。『艦娘ってのは、もっとおしとy―』しかし、彼は全てを言い終わる前に崩れ落ち膝をついた。

 

『てめぇえ』男たちがいきり立つ。『汚ねぇマネしやがって!』予備動作のないケインの一撃が、一人を沈めた。『必殺!会話の最中に一撃!』ヘラヘラとケインは笑いながら言う。

 

『へぇ、大したもんね』店内はちょっとした乱闘騒ぎになり、毒気を抜かれた曙が二敗目のビール瓶のふちに口を付け、目を細めながらちゅるちゅると飲んでいる。『あんまり評判を落とされても困るんだけどなぁ』一番暴れているケインを見ながら時雨が言った。

 

『それで、ハウネブの事なんだけど』モレスビー基地から口封じの報酬として半ば恫喝のように入手した、ハウネブについての一部のシークレットファイルを開きながら時雨が話し出す。『これによると、大戦前から作り始めていたみたいだね』

 

ケインの話では、確かに宇宙船の形ではありそうだが、多くのテクノロジーが追いついていなかったらしい。しかし、実際に奴らから話を聞いた訳ではないので、偶然にたような物が出来上がった可能性も否定できないらしい。

 

一つわかることは――

 

アレでは宇宙には出れないという事だ。

 

ケインがイスを頭の上に掲げた時、ついにオヤジさんは通報装置を作動させた。ドヤドヤト数人のMP[ミリタリーポリス]が店内に入り込んでくる。数発の店外に向けての威嚇射撃を受け、店内は静けさを取り戻した。

 

『騒ぎの主犯は!』ガリっとして鉄の帽子を被る男が毅然とした態度で、威圧するように怒鳴る。『そこのメスだよ』口を紫に出血させカウンターで一時休憩をしていた男がケインを指さす。『あいつが先に手を出してきたんだ』

 

『先に口を出したのはそっちだぜ?』MPに取り押さえられながらビシッと指を差し替えす。『こいつ、艦娘です』腰に艤装のようなものを見つけ、忌々しそうに取り押さえる一人が言う。『ッチ』指揮を取っていた男が聞こえる様に舌打ちをする。『離してやれ』

 

マントを付けた変な艦娘が暴れているとすぐさま報告を行うが、基地からは釈放しろと無慈悲な命令が下りてきた。どうも金剛の連れらしい。勝手に上陸してくれていれば拘束も出来ただろうが。

 

『おぼえといてやるよ』

 

救急隊に肩を預け、何か言いたそうにこちらを睨みつけている、最初に殴られた男にケインは言った。彼は、捨て台詞を先に奪われプルプルと震えながら引きずられて行った。ウエスタン風のスィングドアが、キコキコと音を出し揺れる。

 

迷惑料として、時雨が、かなりの額の米帝発行の軍票を支払い店を後にする。Japanese Governmentと記載の入った軍票は帝国の敗戦の際に信用力を失い全てゴミくずとなった。これらの事態も帝国のアジア地域での権威失墜に一役買っていた。

 

米帝はこれを好機として、南方地域では金との等価交換が確約されている軍票を次々発行した。米帝の盤石な後ろ盾のある軍票は、その信用力は群を抜いて高く、現地通過よりも重宝されている。これにより、図らずして米帝は、アジアでの実効支配力を高めている。

 

彼らの旗を振りたがる国は増え、チューク鎮守府での基本通貨も、米帝の発行している軍票を使用している。

 

『まったく、治安の悪い場所ね』

 

ギラギラと睨みつけけて来るような視線を暗いハイウェイのそこかしこから感じる。しかし、その動作からは、やはりど素人のようで、連携を取り何かをしようとしている所が丸見えだ。

 

話によれば、司令部のあるモレスビー近郊にすらマフィアやゲリラが常態的に、市街地を堂々と歩き回っているようだ。彼らの拠点も森林に多くあるらしく頭を悩ますところではあるが、上陸した深海棲艦の迎撃例もあるようで一掃させるには至っていない。

 

『おい』

 

どうやらお客さんが来たようだ。僅かに灯火管制されている暗いハイウェイから、路地に曲がろうとするする三人に向け、後ろから声がかかる。振り向けば先ほどの奴の仲間だろうか。懲りずにお礼参りに来たようだ。

 

『この町は俺たちが仕切ってんだ』

 

ゴキゴキと聞えよがしに拳を鳴らすが、それは虚勢ではない。軍の放流品か、第一次大戦の塹壕戦で良く使われた、ナックルダスターを手に持っている。歯の短いフェンシングのレイピアといったところか。

 

『そうかい。だがオレは艦娘、あんたは人間だ』ケインはスキを伺うが、この男かなりの手練れだろうか。『そのヘンテコな武器で刺せると思うかい?』ただの軍隊崩れではなさそうだ。

 

『こいつは深海棲艦も刺せる新素材だ』ガタイの良い男はニタニタと頭の悪そうに説明を続ける。『艦娘でも効くはずだぜ』ケインの耳がピクリと動く。穴が空き、車両が駆け抜けるたびに光が抜けるマントが揺れる。

 

繰り出される刺突。艦娘並に動きが早い。狭い路地の中月に照らされたレイピアが銀色に勢いよく前後に動く。ケインが態勢を崩した瞬間、大技を決めようと、ナックルダスターを力いっぱい繰り出す。

 

『手ぇかそうか?』ヘラヘラと腕を鳴らし、曙が声を出す。『こいつは、オレのお客さんだよ』真っすぐに拳骨を突き出しながらケインが答える。喉に突き刺さった拳が一瞬男をたじろがさせた。

 

ケインは倒れる様に地面に体を動かし、反撃を狙う一撃を、腰付近のマントに紙一重で、突き刺ささせた。なびくマントにより僅かに引き抜きが遅れたスキを突き、ケインがブレードを抜いた。

 

青白い光が男の首下に伸び、動きを止める。

 

『うっ、サイ、ブレード、かっ』呼吸を上げ男が呻く。

 

ケインは男を蹴り飛ばし、冷たいコンクリートに転がすと、背中を踏みつけながら再び刃を伸ばし、威圧する。

 

『おい、お前。今、なんてった?』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22 The Last Stand




『いいな』

 

提督は桟橋まで下りて来て、長門を見送る。

 

『余計な色気は出さずに』彼の決意ある瞳が、『ただ、突っ切ればいいんだ』長門に有無を言わさぬ重圧をかける。桟橋にはザワザワと冷たい風が吹きつけ、波を叩きつけられながら不安定に上下に揺れている。『頼んだぞ、大淀』

 

そのいで立ちは最後の出撃を思わせる。遠洋の基地は敵の奇襲攻撃により壊滅した。その、たった一行にも満たない記録を残す戦争を始めようと、彼女たちは海上に降り立った。そうなるであろうと言葉には出さないが、全ての者がそう感じていた。

 

撤退は二班に別れる。

 

一班は職員を乗せる下駄履きを引く大淀率いる高速水雷戦隊。二班は旗艦長門による撤退支援艦隊。こちらはより敵陣に近い、デルタゾーンを圧迫するようにグアムルートへ進み、肉弾功により深海棲艦の要撃を攪乱しながらフィリピンに向かう基地職員を支援する。

 

基地には、提督、山城、少数の年老いた手勢だけが残される。大淀、長門はそれ以上の言葉を交わさずに、潮の目を作り海上を滑り始めた。基地から延びる最後の潮の泡立つわだちを見送ると、彼はすぐさま絶壁を戻り人気の無くなった地下工廠へと向かった。

 

広場中央部には、作られた塹壕に山城が鎮座している。

 

1分、1秒長く敵航空隊を引き付けるため、彼女は浮き飛行場戦艦の様相を呈している。彼女の周りには仮設飛行場が増設された。より多くの戦闘隊を空へと上げるために。彼女の赤く燃える瞳が、彼方の青空を睨みつける。

 

パカパカパカパカ、プッ、パッパパ

 

パカパカパカパカ、プッ、パッパパパー

 

ラッパ吹きも経験していた老兵の一人が、敵深海棲艦・航空隊を肉眼で捉えすぐさま航空機防御を奏でる。敵航空隊の来襲方面の林の中に、擬装された自動旋回式、連装銃座に残された者たちが遅滞なく配置に付く。

 

襲来が、予想よりも早い。

 

敵の新型だろうか。

 

山城は林の内部に、彼らが配置に付いた事を確認する。赤い丸が中央に一つつく、長く白い帯を取り出し、ザワザワと流れる黒髪を、額か等回しこんだ帯できつく止める。前方に向け斜めに掘られた塹壕からは、彼女の顔と、28cm対空榴弾を装填した砲塔が見える。

 

 

 

 

 

『まずは、おめでとうさん』

 

地下工廠で補佐として残った、食堂の年を召した料理長が提督に声をかけた。予想を上回る速さで侵攻されたため、大した準備も出来ずに、ギリギリまで製造されていた艦娘搭載用の零戦がそこかしこに残されている。

 

『こんな時にまで茶化さないでくださいよ』提督は、走り下りて来てズレた白い軍帽を正しながら答える。『言うだろ?旅は道連れって』彼は、ウィスキーが軽く入った紅茶を差し出した。小さなカップだが、なんの祝いのつもりだろうか。

 

『みなまで言わんでいい』提督が何か言おうとするが、彼は言葉を遮った。『アレはいい子だ』オレが言うんだから間違いないと言わんばかり重々しく話を続ける。『本当にいい子だった』彼はその日、見ていた。甲板の上を踊る赤い袴の女性を。

 

その日。

 

レイテ湾への突入前夜。

 

戦艦山城の甲板の上で。

 

敵の攻撃により落伍し爆沈した扶桑を、彼らは知らずに追いかけた。目的を完遂するために。しかし、彼は、彼らは山城の回避運動に振られ、甲板から投げ出された。いや、投げ飛ばされたのかもしれない。

 

『昔から船には逸話があるのさ』

 

『オレは逝きそびれたんだ』呼吸を整えながら、目頭を押さえ続ける。『差し伸べられた救助を拒もうとした時』彼女が、笑っていた気がしたから。周囲に舞起こる銃撃音。

砲撃音が遠くに感じられた。ボーっとしているうちに。『事もあろうに敵に拾われた』

 

この鎮守府には、いわくつきの者が多い。彼もまた敵に拾われ、終戦直後は非国民と罵られ帰国すれば石を投げられるようなありさまだった。逃げ出すように海外へ向かい。この鎮守府に流れ着いた。そしてまた、彼女と、彼女たちと廻り合ったのだ。

 

『使うんだろ?』

 

提督は一気に飲み干すと、ダンとカップをテーブルに置き、立ち上がった。山城が陥落すれば、そうだ。一機でも敵を巻き込んで。提督は、彼は工房奥へ無言で向かう。

 

『最後まで、不器用な奴だな・・』

 

埋蔵された無線ケーブルを伝い、敵機来襲の報が入った。工房に見張り員から声が響く。

 

『タコヤキじゃない、カラスだ!!』

 

『間違いないのか、数は!』提督は、すぐさま大きなテーブルの上に設置された無線機に戻ってきた。『300から350』作戦の根幹が覆された。表情が曇る。敵の戦略性が確実に上がっている。

 

考えればおかしなことはあった。“彼女ら”は余りにも早く姿を現していたからだ。それらは自らの自信であり、鼓舞であると今までの経験から判断してしまった。致命的なミスだ。

 

 

見落としていた。

 

別動隊を。

 

 

『航空隊と接敵!』

 

これでは使えない。秘匿兵器を。

 

敵新型艦載機は、タコヤキと呼ばれる。

 

姫クラスの敵飛行場は、黒く球体のような物体に、ギザギザの歯が上下に開く艦載機を使用する。近年白と赤のコントラストを持つ更なる新型も観測されたが、いずれも同様の形状をしている。見ようによっては口のあるタコヤキに見えなくもない。

 

カラスとは、開戦初期からの敵の使用していた敵艦載機の事であり、こちらは大理石のように光る素材で出来た、ダイブしている際のカラスのような形状をしている。それゆえ、深海艦載機は、カラス、あるいはタコヤキと呼ばれている。

 

予定では、1200程のタコヤキが来襲するはずだったが、300機のカラスとなれば、近海にそれを従える空母ヲ級が複数体出現したことになる。

 

空母ヲ級は、黒く鉄のキノコのような大きな帽子を頭に乗せ、全体的に少女のような容姿をしている。しかし、その瞳は蒼く深い。確認されている限りでは、一隻に付き90前後の艦載機がいるようだ。恐らくは3、4隻。

 

大して、山城航空隊の総数は、生産の間に合ったわずか400弱である。カラスに対しては優勢であるものの、敵の主力であるタコヤキ航空隊には遠く及ばない。数的優位がある状況でも、一機に対して一機のダメージ交換が出来れば上出来と言われるほどだ。

 

甲殻的なフォルムを持つカラスが、空に群がる。敵は、この鎮守府航空隊の消耗を狙っている。姫が到達するまでの露払いとして、彼女ら、ヲ級は遥か前から近海に潜んでいたのだ。

 

 

 

 

『姉さまも、闘っているのかしら?』

 

この凶事に山城は冷静だった。あの日のように、元より総力戦を行っても勝ち目の薄い戦い。彼女は薄い巫女服の振袖を垂らしながら片腕を空へと伸ばす。急速に増大する黒い黒点だった物を。黒光りするカラスを赤い瞳が舐め上げる。

 

A6M3。

 

白い胴体に空を掴む長い翼。初代零戦を改設計された空の雄姿が次々と滑走路を滑りあがる。100機ほどの群れが、軽快な空冷音を響かせ、我に敵なしと空へと解き放たれる。20程の飛行小隊を組み得意の急上昇を始めると、カラスの頭を遥か高く飛び越した。

 

斜め上空から、白き荒鷲が睨み下ろす。

 

『敵の増援部隊なんて、不幸だわ』それは誰に向けられたものなのか、彼女自身か、あるいは“不幸にも”鬼を相手にしてしまった、哀れな赤とんぼだろうか。『交戦、開始』彼女の冷たく開かれた唇から、楽しそうに言葉が滑り出てくる。

 

『不幸だわ・・』使役する航空隊の数が多すぎる。彼女本来の許容量を大きく超えてる。『不幸だわ』零戦は機体を傾け、滑り込むように急降下し群がるカラスの群れの機先を制した。7.7mm機銃が斜めに降下しながら敵の頭を押さえる。

 

空中分解スレスレの急降下で、一斉に白い塊から線が伸び、黒い塊を狙い撃ちする。人を乗せない零戦が、その禁断の機動力をついに解き放った。彼女は機体の最大の真価を引きださせ、きりもみ降下するように敵の銃撃をいなしながら、カラスを威殺する。

 

クルクルと回転降下する胴体が、風防が、鮮やかな青空の光を蓄え、ギラリと光る。降下限界速度を上回り、舞い散る木の葉のように不規則に空を白い翼がダンスする。

 

『不幸だわ』彼女の言葉のたびに『不幸だわ』黒い塊が空から『不幸だわ!』パラパラと零れ落ちる。『あなたも』片手が踊るように動く。陽光が、彼女のリングを光らせる。『あなたも、あなたも!』

 

零戦は敵正面二軸方向に分かれ、小隊単位でが次々と降下する。事前予測を上回る反撃だったのか、敵機は対応しきれずに散開が遅れた。逆に密集隊形を取りながら基地への突入を図ろうと、次第に海面近くまで圧迫されながら降下する。

 

海上にブワブワと黒い粒の塊が流れていく。

 

しかし、カラスが咆哮するかのように、何かに気付き被害を顧みず一斉に急上昇を始めた。後方から姿勢を直しながら海面を走る零戦が追尾する。

 

『主砲、良くねらってぇ!てぇーっ!!』

 

連装4門の砲塔から放たれた対空榴弾が、空に線を引く。数機の零戦を巻き込み敵の鼻先で炸裂した。複数の豆爆弾が連鎖的に花火のような音を出し、ボンボンと乾いた音を響かせる。

 

多くは漸減出来た物の、かなりの数の敵が突破している。敵のカラスは空全域に良好な空力特性を持つため高高度へ逃れられれば、流石の零戦でも追いかけることは難しい。左右から圧迫し巴戦に持ちこもうとするが、誘いにも乗ってこない。

 

敵は数を次々減らし、ただ、突っ込んできている。残る者達の銃座から攻撃が始まった。旗色悪しを肌で感じ取った老兵たちが自然と体を動かす。林の中から鳴り響くやかましい機械音が、光る点線を作り勢いよくそれを伸ばしている。

 

しかし、敵の航空隊はそれらを気にも留めず、十字に迫りくる線を全て引き受けながら、広場中央を目指した。目指すは敵の本丸。山城だ。山城航空隊はすぐさま反転上昇。カラスの後方直上から挟撃を狙う。

 

しかし、反転上昇の際に生まれた、急降下の際にすでに生じていた翼のひずみが、機体の空中分解を誘った。あるいは、急場の規定量を遥かに超える操縦で反転上昇を行い、反応しきれずに、その半数近くをただ、海面に叩き落すことになった。

 

僅かな制御系のほころびを嘆くよりも早く。

 

数の劣勢を憂える事もなく。

 

全速度で再装填した榴弾を、鎮守府直前で急上昇しているカラスに向かい、作動3秒で前方に解き放った。爆風、爆炎、熱波が舞い広がる。

 

ガードのない彼女の髪を熱波が焦がす。着火させる。その髪を引きちぎり、笑う。高らかに、笑う。舞い散るかがり火の中、その姿はまさに鬼神。それは、ヲ級の予測を遥かに上回った。

 

『わたしは、戦艦山城!』

 

 

【挿絵表示】

 

 

彼女は塹壕から吠える。『さあ。鬼のいる、鬼ヶ島へいらっしゃい!』彼女の赤い瞳が見開かれ、恐ろしい速度で2連装2門の再装填を間に合わせた。熱の残る砲身に再び攻撃を強制する。たゆむ砲身が精度を奪うが関係はない。ただ目の前に撃てれさえすれば。

 

放たれた炸裂弾が、空に凶悪な花火を打ち上げた。降り注ぐ豆爆弾の雨が、周囲をえぐり火の手を上げさせる。彼女は、自らを盾に、残る零戦を守り切る。度重なる酷使と被弾により主砲塔は溶融し、次弾発射は不可能になった。

 

至近距離にて炸裂された新型榴弾が老兵たちの聴力を奪い銃座を沈黙させる。施設にも被害は及び、宿舎のガラスの多くが割れ落ちた。焼け焦げる林の中、熱せられた熱い銃座を懸命に動かし、聴力を失いながらも彼らは銃撃を再開した。

 

上昇を続ける零戦が最後の攻撃を敢行する。

 

翼を溶かした零戦は、機体に火を吐き曲がるプロペラから不協和音を奏でながら、きしむエンジンから黒煙を引かせ追撃する。ひび割れた風防がなおも、上昇を続けるカラスを睨め付ける。くすんだ白い翼が、焼け付いた銃口を向けるが動作不良で動かない。

 

しかし、その闘志は微塵も揺るがずに、最大加速を続けながら、まさに火の玉となりカラスの群れへと追いついた。後方から次々と体当たりを行い、ぶちまけられた航空燃料が気化しながら、熱波の余韻に振れ、空にオレンジ色の輝きを作り出す。

 

ついに方々に散開を始めたカラスの群れは、老体にムチを打ち蒸気が沸き上がる銃座を無理やり旋回させ追いかける。伸びる火線が、ついに彼らの散り散りなる群れを捉え切った。熱くたぎる空気が、僅かに冷たさを取り戻す。

 

『首尾はどうか』雑音交じりの音声が地下から上がってくる。『敵機撃滅に成功。なれど我の主砲に難あり』

 

気休めではあるが、先の442部隊から食堂で会話が出来ずに隅に座っていたら、話しかけられプレゼントされた、機関短銃の整備を行いながら山城は答えた。いざとなれば銃剣突撃でも何でもしてやろうと、自ら士気を高めている。

 

『作戦に致命的な綻びが生じた』彼は冷静に判断を行う。一拍の長い、宇宙時間にも匹敵する程の長い沈黙が二人の間に溝を広げていく。『撤退せよ』彼の一言が彼女の顔に、涙を作り出す。『不当命令です、拒否します!』

 

予定では、敵タコヤキ群を、秘匿された新兵器、ロケット気球柵にて絡めとりタコヤキが動きをとめている間に榴弾で敵を漸減し、これを航空隊で叩く予定だった。一瞬にして膨張し海面に姿を出すと同時にロケット加速により、一気に空中に網を広げる新兵器だ。

 

しかし、頼みの主砲は沈黙した。タコヤキに対して、元より戦力の劣る零戦では戦局を支えられない上に、数も少ない。もはや、基地陥落は時間の問題だ。

 

 

――ダァカラ、ムゥダナナノヨ

 

 

彼女のあの声が聞こえてくるようだ。基地を滅ぼすたびに高々と笑い、去っていくあの悪姫の声が。数々の基地を思うままに陥落させ、その名をはせた。

 

 

百戦錬磨の飛行場姫。

 

 

『もはやこれまでだ、敵の本隊と接敵次第』彼の言葉は重く冷たい。だからこそ、残る者は慎重に選別した。だからこそ、手が震える。『秘匿兵器、原子爆弾を起動する』大本営による、新型原子爆弾開発のニ号計画は戦後も満州にて継続された。

 

米帝は、帝国敗戦後に余剰した艦艇を標的に使い、始めて原子爆弾の、その威力を世界に知らしめたのである。残る帝国連合艦隊の尽くはこれにより戦わずして壊滅した。

 

しかし、問題はこの後にあり、この時、原爆には毒がある事を始めて知る。当時、米帝の勧めた原爆開発計画は順調であった。しかし、この原爆の調査を行うために、洋上に残った残留艦艇や沈没した艦船の調査の際に多くの、放射線被ばく者を産出したのだ。

 

これ等の破壊行為や、怨嗟が深海棲艦発生の引き金になったと、世論が反発し暴動が起きる事を恐れた米帝は全てを海の中へと、隠ぺいしたのである。しかし、噂は広がり、新型爆弾が深海棲艦発生の引き金になったのでは、世界中に広まることになった。

 

不思議なことに、戦後になり、この原子爆弾自体が幻であったかの如く、深海棲艦戦が始まるとすぐに各国首脳陣は示し合わせたかの如く話題にあげなくなった。しかし、各々は開発継続は極秘に行っていた。

 

そのいくつかの原子爆弾が、この鎮守府に埋められていたのである。洋上小さな人気の少ないこの、鎮守府に。

 

歴史上初めての試みになるため、どんな結果になるかはわからない。敵を討ち取れないかもしれないし、最悪の場合、敵が増えるのかもしれない。しかし、それは設置されていた以上、彼には初めから退路はなかったのである。この地に降り立ったその日から。

 

『いやだ、いやだ!!』激情の声が地下にこだまする。雑音の中震える声が、地下にいる者の決心を揺るがせる。『被・弾薬・火は・・ってな・?』大きな振動が地下に響いた。暴発か、何かの直撃弾か、雑音を運んでいた彼女の声も届かなくなった。

 

『忍び難きを、忍び、か』天井の硬い岩盤を眺めながら、彼は一言呟く。衝撃で歪んだ黒と黄色の鉄骨が数本走っている。小さく垂らしてるアンカーが、なおも揺れ続ける。『さあ、行こうか』彼女が残ると言った以上、まだ賽の目は確定していないのか。

 

ありもしない希望を思いながら、最後の作戦にすでに戦略的に大きな失敗をしたことが、少し彼の胸の内をめぐり続ける。あるいは最上も残していれば、あるいは強固な長門の主砲であったら。しかし、彼は、最後に彼女を残したのだ。

 

それは、小さな彼のワガママでもあった。

 

 

 

 

『あのー、提督?』

 

振動の響き続ける地下施設に、彼女のおっとりとした声が。幻聴が聞こえる。ああ、そうかとついに彼は核心を得たようだ。なるほどと、入りついた顔の乾いた笑みで彼女を見送ると、再び奥へと体を向ける。

 

『聞こえないのかしら?』『おっ、嬢、ちゃん』

 

声を出したのは、気落ちした彼に気を利かせ、せめてもの手向けにとメタンフェタミン注射薬を持ち、戻ってきた彼だった。

 

戦後になり推奨こそされなくなったが、戦中には世界中の者達が一定量たしなんでいた抗睡眠剤である。もっとも、常用すれば人体に対して過度に悪影響が出ると、内地では元連合国軍主導で一般向けへの販売こそ停止されたが。

 

劣勢の続く深海棲艦戦では、メタンフェタミン、アンフェタミンを、なおも愛用している兵は多い。あれらと対面した者の多くが、次の戦後があるなど信じていないのだ。原爆の持つ毒と同じく、その話自体を眉唾と感じている者が多くいることも原因の一つである。

 

『まいったな、嬉しい副作用だ』この鎮守府に来てこそ、使用は遠ざけたが、彼もまた先の大戦中に軍に推奨され使っていた口だった。レイテでの話も、薬のやり過ぎたと一笑に付されるのが嫌で、今日まで黙っていたことである。『まさか、また扶桑に逢えるとは』

 

先を行く提督の足がぴたりと止まる。

 

果たして、同じ幻覚を二人同時に見れるものだろうか。

 

『おい!なにする気だ!!!』振り返った瞬間。彼は違和感に気付いた。彼女は確かに扶桑に見えるが、大口径の主砲を携行しておらず、手に持つものはただの軍用ライフル一つである。『やめないか!』反射的に腰の拳銃を抜き彼女の顔に向け、銃口を付きつける。

 

『貴様は、だれか』銃を向け威圧する提督に、彼は射線に割って入るかのように体を進める。『気でも触れたのか?』目を覚まさせてやると片腕に力が入る。しかし。

 

『うっ』彼女の白く細い手がスルリと伸び、彼の首に絡みついた。彼を盾にするかのように、片腕を自らの胴体に回しこみ、ライフルを構える。『ふそ、っ。なん、のつ、もりっだっ!』気道を締め上げられ声がくぐもる。

 

『貴様は深海棲艦だな』

 

方法は分からないが、ソレは上陸しすでに地下にまで侵入してきていたのか。彼は状況を正確に分析する。ご律義に、あろうことか彼女の姿を模して。彼の怒りはついに有頂天を叩き落とした。冷酷な表情で、作戦遂行の障害になると。

 

トリッガーに触る指に自然と力が入る。彼には確信があり、かすかな違いを感じ取っていた。入れ物こそ扶桑によく似ているが、およそ中身は程遠い物だと、彼のセンスが感じ取った。

 

『だから言ったのに』

 

彼女の肩から、嬉しそうに、楽しそうな声を出す少女の声がする。羽ばたく重低音が4枚の大きな透き通る羽を激しく振り動かす。手の平に収まるほどの少女は、提督の白い肩へと飛び、止まった。

 

『まさか、下駄で脱出した、はずじゃ』

 

余りにも本物に見える。ここまで敵は周到に用意をしていたのかと、あらゆる可能性の迷宮が彼の時間を空費させていく。上ではまだ山城達が苦しい戦線を支えているはずだ。ならば、長く待たせてしまっても悪いと様々な選択できない思考がめまいを起こさせる。

 

しかし、彼女のその一言が、彼を現実に引き戻させた。

 

そう、彼女ならあるいは。出来たのかもしれない。

 

『私は、キャナル・ヴォルフィード』

 

思い出した。不思議な艤装を持つ、宇宙船の存在を。その管理コンピュータの名前を。そこまで用意して何とする。原爆使用停止措置にしては、すこし大がかりすぎる仕掛けだ。ついに彼は、奇跡を信じることにした。

 

『ビジネスの、お話です』

 

彼女は笑う。慈しみを込めて。

 

銃を下し、捉えた彼を開放すると。扶桑に近しく、おっとりとした大人の雰囲気を思わせる口調で。妖精さんの口ぶりからすれば、事前に両者の間でやり取りがあったことを思わせる。

 

『伺いましょう』

 

彼もまた拳銃を腰に戻すと。つきものが落ちたように緊張がほどけ、朗らかなティータイムでも始めるかのような気分に包まれた。これが、山城の言っていた、扶桑がいるような気がすると言っていた事の正体だろうか。

 

『余り時間がありません、続きはブロンコで』

 

『流石、よくご存じでいらっしゃる』

 

彼は参ったと白い軍帽を掻きながら、あやされている子供のように笑う。両手をヒラヒラ上に掲げ、先を歩く扶桑に続いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23 Shizume Shizume

つ´・ω・`) 本ページには以下のタイトルの音楽が一部、使用されています。なお、本歌には明確な歌詞が設定されていないようです。歌のように聞こえるものは、深海力の高い提督の幻聴です。詳細は、シズメシズメで例のところで検索するといっぱい出てきます。歌詞のような音楽が間違ってたらこっそりメッセくれると修正します。

つ´・ω・`)つ 本ページは、シズメシズメを聞きながら読むと良い感じです。こっちは、聞きながら作りました。文字が半角カタカナは仕様です。実際何言ってるかは、有志深海解読者でも意見が割れてます。艦娘はシステム上、大破進軍しない限り沈めない安心設計です。艦隊編成は坊の岬沖戦(史実)を意識されています。

ノシ´・ω・`)つ 今回は、ガチな奴です。読む提督によっては、がっつり轟沈するかも。総員、死に方用意。なお、空母棲姫は、ナデシコルリルリ(16)を、髪の色白くしてドSにしたような奴です。以上。


JASRACコード: 220-3936-8
艦隊これくしょん: シズメシズメ

アーティスト: ナシ


 

『分かった、痛みいる』

 

長門は延びる黒髪をわけ耳に手を当て、ハワイに移った発COMCENPAC[太平洋司令長官]の通信を受け取る。海面は酷く寒く僅かにドライアイスのような湯気を引いている。しかし、照りつける陽光は高く、38.1cm連装砲塔を熱く照りつける。

 

先のサンディエゴ・ナーヴァルステーションの報復として、飛行場姫撃滅のために。姫不在で手薄になったデルタ海域を、ネルソン率いる米帝第一機動艦隊が全速で突っ切っているようだ。物量に物を言わせ、低速の艦娘は複数の高速艇が曳航している。

 

『さて、どうしたものか』

 

長門は、力強く潮目を引きながら、腕を組み海上を滑る。続く水雷戦隊。最上、夕立、山雲、朝雲、島風、朝霜、霞、磯風、浜風、である。戦1、航巡1、駆8からなる堂々たる遊撃戦隊は、まるで、明智光秀のように、おみくじにでも進路を頼りたい思いであった。

 

提督からの任務であれば、欺瞞としてこのまま角度をつけて並走する、大淀隊の護衛であるが。長門のブラウン色の瞳が揺れる。鎮守府が“あの光”を使わずにすむとすれば、敵のタコヤキ隊が上がり切る前に、ネルソン本隊到着まで飛行場姫を圧迫すればよい。

 

しかし、彼女も、彼と同じく、たとえ凶事を引き当てようとも、何度も何度もおみくじを引きなおしたに違いない。答えなど初めから出ていたのだから。

 

しかし――

 

『進もう』長門と同じく長い黒髪。朝潮のように小さな優等生といった容姿をしている磯風が口を開いた。『敵は、太平洋にあり、だ』まさしく、飛行場姫群が浮上している今こそが好機。『対空戦だけじゃつまらないしね』白髪の少女、浜風も続く。

 

『貴様ら、練度もわきまえずに』長門の断腸の思いで絞り出される声が、再び潮のわだちの音をかき回しながら、沈黙を作る。『行けば、沈むぞ』反復出撃で能力を落とした夕立を始め、補給問題で演習もままらなかった面々。対空砲座代わりに編成された彼女たち。

 

あり合わせとして、頭部には鉄兜を被る始末だ。強行された補給作戦の成功により、装備こそ整えたが、艦隊戦はあくまでオプションである。

 

長門の言葉が、重い。

 

『艦娘もとより生還を期せず』

 

この程度の戦場、先に逝った学徒達にすら笑われてしまう。

 

夕立が一歩前に出た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

赤い瞳が笑う。

 

きつね色の髪と、

 

なおも牙を残す狼の瞳が。

 

 

『貴様ら、懲罰は覚悟の上だろうな』鋭い眼光が湧き立つ彼女らを押さえつける。しかし、すぐにその熱は伝播し『ハッ、連帯責任であります、軍曹殿!』最上が体を傾け、機関を空吹かししながら笑顔で答える。

 

『揃いも揃って、出来損ないどもが』長門はついに迷いを振り切り、部下を死地へと向かわせる覚悟を決めた。『よかろう!!』

 

 

――発、長門。本日天気明朗ナレドモ波高シ

 

――発、大淀。ユイシャンノボレ

 

 

『あいつめ』

 

長門はフッと笑うと、見えるはずのない大淀に向かい敬礼を送る。しかし、彼女の水雷戦隊は、下駄上の職員含め総員が、彼女らを見送るように、彼方の、僅かに人影動く海へ向かい敬礼を行っていた。初めから知っていたように。

 

『これより本艦隊は――』長門が顔を上げ、凛と胸を張り声を張り出す。『大淀隊護衛の任を離れ、敵飛行場群を撃滅宣とす』彼女の長い黒髪が、潮風を蓄えブワリと横になびく。『各艦奮励努力せよ!』長門の艤装に掲揚されたZ旗が翻る。

 

『直掩機、発艦せよ』

 

長門の号令を受け、最上が甲板から白い水戦を発艦させた。十一機の二個飛行隊が上空でキラキラと旋回を始める。ついに、十隻の決死隊は、その潮目を敵空母打撃群に向け、進路を伸ばす。たとえ全艦が沈もうとも、アレらを討ち取れればその価値は大きい。

 

複数の調査によれば太平洋の要は飛行場姫であり、あれを中心に作戦行動をしているようだ。つまりは、奴を討ち取れれば太平洋での戦線は、我々方の勝利と言っても過言ではない。それゆえ、奴らはいつも慎重に事を運んでいる。

 

『羅針盤に反応』長門が不敵に笑う。敵の本丸へと反転したことで、敵の遊撃隊を釣り上げたようだ。『よし。艦隊、この、長門につづけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』海上に怒声が響き渡る。鬨[とき]の声が上がる。彼女の鬼気迫る声に、ボイラーに揚がる旭日旗が踊る。

 

海に八分。黒い石畳が沸き上がる。

 

『よりどりみどりっぽい!』

 

『島風からは逃げられないって!』

 

放射状に島風・夕立が長射程の酸素魚雷を敵に伸ばす。扇状に重なる、二つの波。

 

『主砲、てぇっ!』眼前のイ級の塊に向かい、対空榴弾が炸裂。次々と黒い爆弾を巻き込んだ。『バカどもめ』誘爆の危険性に気づき、イ級の群れの間隔が広がっていく。

 

『どれ、食らいついてやろうか。蛇のようになぁ!!』機関を全速一杯で吹かし、敵の群れへと、長門が突進する。『全艦、私の後ろへ付け、これより、敵の中央を一点突破する!』勝負は、敵の発艦準備が整うまでの十数分。

 

一秒でも早く、あの仇敵へと。

 

 

『増援確認!』

 

 

シズメシズメ ウミノミナソコ

 

 

しんがりを務めていた朝雲が、羅針盤の異常振動に気付く。

 

この振れ方。冷気。恐怖。間違いない。

 

姫だ。

 

『艦隊側面10時の方向!!!』彼女の声が裏返るように叫ぶ。『姫だ!』

 

シズメシズメシズメ ミナソコ

 

ワレラノエイカンヲ タダクチテチル

 

『こいつは』体のみ反転させ、長門が後方を見る。『空母だ!』戦艦隊の至近距離に空母が浮上する。『舐めた真似を!』敵の目的は明らか。飛行場姫隊発艦の時間稼ぎだ。しかし、それが姫であれば、それだけでも十分な脅威。

 

『空母、連続浮上!』

 

ゼツボウノナカデ シズメミナソコ

 

『ヲ級か!』4隻の空母ヲ級が彼女の四方を囲う。『まずい!』瞬間的に、砲塔がその中央を狙うが、読まれていた。大口径砲の再装填が間に合わない。『待て、行くな!』練度未熟な、磯風、浜風が隊列を離脱。

 

発艦間近のヲ級を狙う。

 

最上隊が上空を援護するが、イ級からの十字砲火が、彼女らを焼き付け締め上げる。

 

『っ。機関、浸水!』二人の脚部に執拗に攻撃が集中し、推進機に致命的なダメージを受ける。『守り!抜きます!!』海面をスライディングするように弾き飛ばされながら、浜風が連装砲を構え、吠える。

 

ヲ級を狙う。

 

ヘー ェーェーェーェー

 

ゼツボウノナカデ シズメミナソコ

 

『くそ、冗談じゃないよ!』最上の水戦が射撃姿勢を整えている浜風の周囲のヲ級を露払いする。『火災発生?』集中していた僅かな隙に、アラミドのセーターの裾を銃弾が焦がす。しかし、火が回り彼女は自ら引きちぎった。『まだ、まだ、まだぁ!』

 

飛行甲板に攻撃が集中する前に、残りの雷装水戦をたたき上げた。緑色の胴体に、重厚な魚雷が光る。エンジンの重低音が戦場に響き渡る。

 

歌姫が囁く。

 

囲う甲高い声のヲ級のコーラスが。

 

アー アー アー アー アー!!

 

シズメ フカク シズメ! シズメ!

 

姫は歌う。何か甲殻的なイ級のような乗り物に乗り、足を組み大らかに。永遠の絶望を乗せ歌う。彼女らの思いを乗せ、海を冷えあがらせる。深海棲艦の悲劇を、歌う。

 

『カラスが発艦したか!』長門が奥歯を噛みしめる。磯風、浜風の砲撃は、ヲ級の僅か手前に至近弾となり、致命傷にはならなかった。ヲ級の蒼い瞳が光る。『だが、貴様はやらせん!』300を超えるカラスが、鎮守府に向かいその手を伸ばす。

 

『てぇっ!』

 

長門からの炸裂弾が、今まさにタコヤキを上げようとしている姫の航空甲板を狙う。赤黒い爆炎が海上に生まれた。榴弾防御用の兜を大きく損傷したヲ級の群れが、海中に潜航を始める。この状況ではいかに姫とてただですむまい。

 

長門は、細い目を黒煙の中へと向ける。

 

 

『カッタト、オモッテイルノカ?』

 

 

黒煙の中から、姫の声が漏れ出す。

 

『カァワイイナァ?』

 

潮風に白く長いツインテールを揺らしながら、彼女は白い足を組み換え、乗り物の上から長門を見下ろす。

 

ゼツボウノナカデ シズメ シズメテ

 

シズメ シズメ ウミノソコヘ

 

シズメ シズメ!

 

歌姫が、両手を広げ、手を躍らせる。

 

『崩レオチーテ、壊レオチテ』側面を馬蹄状に延びる飛行甲板から、黒いタコヤキの群れがポコポコと楽しそうに上がっていく。『冷タキウミーへ』らせん状に竜巻のように。『深ク、深ク、ウミノソコヘ』タコヤキが上がる。『沈メ、沈メテ』

 

『強い!』一瞬にして、制空していた最上の水戦が白い牙に、文字通り食い荒らされた。『でも!』後続する雷装水戦が、姫を捉える。『今!』11本の魚雷が、彼女へと向かう。もはや回避は間に合わない。

 

『火ノ塊トナッテ、沈ンデシマエ』

 

急降下したタコヤキの群れが、至近距離の二人を狙う。何十もの直撃弾が、磯風、浜風を焼き尽くし、四肢は焼けただれる。辛うじて水死体のように、艤装の働きで浮いているだけになった。しかし、この状況で拾い上げる方法は皆無。もはや時期に沈むだろう。

 

『きさまぁぁぁ!』長門が反転し、姫へと前進する。『許さん!』再び捉えた主砲が、彼女に迫る。魚雷との同時着弾。もはや、敵もこれまでと思わせるに十分な、巨大な狼煙が天高く上がった。

 

『流レオチテ、崩レオチテ、ツメタキ、ウミーヘ』彼女の歌が、黒煙の中漏れる。その声に微塵の揺らぎはなく『沈メ、底ヘ、友ト共ニー』再びタコヤキ隊が急上昇を始める。『誇リトトーモーニィー』

 

オペラのように高く細い声で歌い続ける。

 

『諸君』この事態に、冷静さを取り戻した。長門が足を止める。長門に後続する水雷戦隊を片手で止める。『貴様らは飛行場姫を目指せ』隊列が止まり。背筋に嫌な物が流れる。『旗艦は最上とする』

 

アレは、違う。長門は直感した。

 

残しておけば、重大な禍根となる、と。

 

 

『靖国神社であおう』

 

 

その言葉と同時に、稼働限界を超える全速で、単艦爆炎の中心を目指す。旭日旗が、朝日の集中線が、バタバタと風を切る。

 

『沈メ、水底、沈メ、水底』赤黄色に光る瞳を大きく開き、楽しそうに姫が腕を振るわす。『絶望ノ中デ、沈メ水底』150を超えるタコヤキが、長門の直上を滞空する。

 

至近距離から、長門の高角砲が、敵を捉えた。見えた。着弾の瞬間、何かオレンジ色の膜のようなものが彼女の周囲を包んだ事を。捉えた。アレは異質だと直感する。長距離からではダメだと。気付いた。

 

『連装砲ちゃん!』

 

『戻れ、島風、夕立!』

 

『ソロモンの悪夢見せてあげる!』

 

前進する長門の両翼に、島風が、システム連装砲を投下して対空戦を展開する。夕立が、進路に先行して横滑りをしながら、一斉に残る全ての魚雷を投射。晴れ掛けた黒煙の目くらましを続ける。

 

『行くよ、ボクらは進むんだ』側面に振り注ぐタコヤキを見送りながら、戦隊を引き戻し、イ級の群れへと前進する。『見つけた、群中央、敵旗艦!』朝霜が敵中枢を発見し、敵の塊をかき分け進む。グレーの長髪が敵を見つけ風になびく。

 

イ級の司令塔である、旗艦雷巡チ級。重雷装しているため、瞬間火力であれば、戦艦棲姫並みに高い攻撃力を持つ。気持ちの悪い甲殻類のようなフォルムで黄色い光を全身から発光している。

 

『弔い合戦だ、いったらぁあー!!』紅色のスカートが踊る。時同じくして、霞も、隊列から離れ、発見された2隻目の雷巡を狙うべく突進する。『死ねばいいのに!』グレーのスカートにまとわりつくイ級を機銃で洗う。

 

『我ラノゴトク』姫が踊る。『タダ、クチテオチル』タコヤキが、長門、島風、夕立に降り注ぐ。急降下爆撃が、対空砲弾をすり抜け、次々と全身に直撃する。『絶望ノ中デ、シズメミナソコ』

 

――深ク、深ク、沈メ、沈メテ

 

『お願い、連装砲ちゃん!』

 

――オチテ、オチテ、冷タキウミヘ、シズメ、シズメ

 

『やらせないよ』

 

爆炎が、三人から広がる。二つの黒煙が海上を包む。

 

島風、夕立が、長門に距離を詰めながら、上空のタコヤキを驚異の命中率で叩き落す。しかし、すぐに砲は砕け、連装砲はついに機能停止する。3体とも静かに浮かんでいる。二人は、長門に覆いかぶさりとっさに押し倒した。

 

『そうだ』黒煙が晴れ、髪を短くした長門が立っている。『食える時に』砲は曲がり、艤装はひしゃげ、夕立から受け取った鉄兜のかけらを手に持ち、海上を走る。『食っておかねばなぁ!』強力な引き波を作りながら。満足そうな顔で浮かぶ島風と夕立が揺れる。

 

もはや止まれない。

 

―ゼツボウノナカデ シズメ シズメテ

 

激情が体を駆ける。

 

―シズメ シズメ ウミノソコヘ

 

悪姫に、ついに革命を起こさんと。

 

―シズメ シズメ!

 

『まだだぁ!』突き出した片腕が、障壁に接触し片腕が溶融を始める。『ビッグセブンの力、侮るなよ!!』連装砲身を突き刺し、突破を強行する。重なる過負荷が障壁の威力を弱める。長門が、千載一遇の好機と笑う。

 

『沈メ!沈メ!』骨の露出した方腕が、ついに姫の黒光りする馬車を捉えた。『シズンデ!シズンデ!』しかし、姫は楽しむように下りることもせずに、上半身を躍らせている。上空旋回したタコヤキが、再び、長門に迫る。

 

『何度デモ、何度デモ、沈ンデイケ!』健在な片腕が勢いよく振り下ろされ、姫の足の甲に、鉄のかけらを突き刺す。『戦いの中で沈むのだ、本望だなぁ!』目詰まりを起こした38.1cm連装砲がギラリと光る。艤装に付く、煤け破れた旭日旗が風にたなびく。

 

『帝国海軍の威信、思い知れ!』

 

2連装、2基の砲塔が破裂し、散弾銃のように鉄片が周囲にばら撒かれた。爆炎と、豪雨のような跳ね上がりが、海面を踊る。統制を失ったタコヤキが、黒煙の中、鉄の馬車の上で重なり合う二人に次々と墜落していく。

 

爆音がドラムのようにリズミカルに響く。

 

 

―何度デモ繰リ返ス

 

―変ワラナイ限リ

 

 

・・・

 

・・・・

 

 

 

 

『ああ、長門は、いったのね』

 

チ級の首に、銃剣を突き刺し、霞が笑う。

 

『一番槍はあたいだと思ってたんだけどなぁ』

 

機能停止した別のチ級を片腕に抱き寄せながら、朝霜が微笑む。

 

二人の周囲では、徐々にイ級が間隔を詰め、円状に輪を狭める。自爆攻撃を狙う。

 

小さな花火が二つ。

 

イ級だった黒い物を弾き飛ばしながら生まれた。

 

 

・・・

 

・・・・

 

 

 

 

『みんな、ありがとう』

 

涙すら出ない、感情の凍り付いた最上が全速で飛行場姫を狙う。統率の乱れたイ級などもはや彼女らの相手ではない。

 

残存艦僅か、三隻。

 

しかし、最上は航空隊をすでにすり減らしている。上半身は肌が多く露出し、半分以上喪失した飛行甲板と、手持ちの20.3cm連装砲一基だけになった。比較的健在な艦は、山雲、朝雲である。

 

大西洋にいたはずの空母棲姫の出現により、長門・大淀の立てた戦略は大幅に変更を余儀なくされた。戦艦棲姫・駆逐棲姫戦を想定しての編成だったため、空母種に対して十分に兵ぎ演習が行われなかったのである。

 

ミッドウェー時のように、空母は現れないものとしてスケジュールに押され、十分な議論がなされなかった事が原因である。また、飛行場姫群との挟撃が行われた場合、艦隊は大淀隊とともに壊滅。鎮守府も秘匿兵器使用により、地図から消える結果を出していた。

 

この上、気がかりなのは、二人の姫はどこへ消えたのかだ。しかし、今は現れない物を気にしても仕方がない。最上水雷戦隊は、最後の肉弾攻を敢行する。

 

堅き心の一徹は、石に立つ矢の試しあり

 

『敵艦、見ゆ!』

 

ついに水平線に、飛行場姫打撃群を捉えた。火線が上がっている。メクラ撃ちの長長射程砲撃が散発的に行われているようだ。

 

『ごめん、提督』タコヤキが上がっている。たくさんの、タコヤキが上がっている。『本当に、ごめんね』間に合わなかった。ヲ級の艦載機が先行した以上、頼みの山城航空隊もどうなっているかはわからない。開き切った目から、おかしな涙が垂れる。

 

『あにほうけてんのよ、最上』朝雲がガッと、最上の足を蹴り飛ばす。スライドするように海上を転倒した。『いかないなら、そこで寝てなさい!』『たまには~お休みもいいかもね~』山雲は小さく手を振る。二人は、悠々と極寒の震源地へと向かい進み始めた。

 

 

―コナイデッテイッテルノ

 

 

タコヤキを空にした小さな北方棲姫が、飛行場姫の膝上に乗り、喚き散らす。飛行場姫が艤装にゆったりと腰掛、北方棲姫の頭を撫でる。すでにタコヤキは全隊発艦し、直掩機を残さず鎮守府へと全機が向かっていく。

 

洋上に立つ三人の周囲にボコボコと泡が立ち始めた。用は済んだと、帰り支度を始めたようだ。あるいは、鎮守府に向けて海中を進むのか。現実を知らない民衆は姫一隻の撃破を大いに喜ぶだろうが、全く割の合う話ではない。

 

 

――カエレ!

 

 

『帰れないよ!』

 

最上が立ち、前進を続けながら、連装砲を構える。続く、連続射撃。姫達の前方に水柱が上がる。急場で偏差を合わせ、遠距離から前進を続け、姫に肉薄する。飛行場姫が側面に携行している要塞砲で迫る三人を狙う。

 

北方棲姫は海面に飛び降りると、三人の姫の後方に付き、一人、潜航を急ぐ。三人の姫が、迫る小娘に砲を構え、狙いを付ける。

 

重厚な射撃が、クレータのような水柱を作りながら、最上に至近弾を撃ち込んだ。着弾の余波により足を骨折し、大破炎上しながら洋上に浮かぶ。

 

 

―アツイノ?アツイデショウ?

 

 

飛行場姫が笑う。

 

白く厚手の競泳水着のような形状をしたスーツに身を纏い、白く長い髪。頭には小さく飛び出る鬼のような赤い角が二つ。そして、特徴的なクリクリとした赤く大きい瞳が愉快そうに彼方を見回す。

 

 

北方棲姫が、体を半分沈めながら、飛行場姫の後方で戦況を伺う。

 

『まだ、腕は、うごく、よ』ひしゃげた飛行甲板を海面に突き、体を海面に沿わせて、砲を構える。『うっ』脚部から激痛が上り、照準が僅かにズレる。数回、虚空に向かい砲弾はあがり、ついに弾薬が尽きた。

 

『まったく、不幸だわ』どこぞの航空戦艦は悪運は良いようだが、小さなともしび二つ。間髪入れずに姫との連戦になろうとは。『そうね~、なるべくなら、沈めていきたいわね』敵は、進軍している本隊に気付いたのか逃げの一手を取ったようだ。

 

艤装を徐々に折りたたみ、潜航を始めようとしている。

 

『第9駆戦隊を舐めないでよ!』朝雲と山雲が、同時にスカートをめくりあげ、モモに張り付けていた大きなラムネ瓶を取り外す。『一緒に、行く~?』二つの潮目が、最大加速で潜航をしようと加速を始めた姫を追いかける。

 

『キャァア』

 

姫が呻く。

 

『熱い?ねぇ。熱いの?』蛇行しながらクロスし航行する。飛行場姫をすり抜ける瞬間に、二人は火炎瓶を投げつけた。『やだー、当たっちゃった~?』飛行場姫の髪に引火し、手をパタパタと動かしている。しかし、まとわり付いたガソリンは簡単に引き剥がせない。

 

駆逐棲姫の機動戦闘への対策であったが、他の姫にも一定量の効果はあるようだ。姫は足元からも上る火炎に、忙しく体を動かしダンスしている。

 

砲は格納してしまったため、港湾棲姫と、中間棲姫が、飛行場姫の後方に回り込みガードに移った。しかし、その軌道に向け、満を持した魚雷が扇状に向かう。港湾棲姫、中間棲姫に、複数の巨大な水柱が上がった。

 

『っ。逃がしたか』

 

朝雲が、海面に水しぶきのあがるパンチを撃ち込む。被弾した二人を、飛行場姫と北方棲姫が無理やり海中に引きずり込んだ。一矢は突き刺してやったが、足りない。燃料を使い切り、漂流を始めながら、朝雲は空をぼんやりと眺める。

 

アレらに対して、あまりにも無力だ。

 

『朝雲、姉ぇ』山雲の伸ばす手を煩わしそうに振り落とす。『あ。ごめん、山雲』艦隊一つに、姫一隻。十分な戦果だ。世界は大いに賞賛するだろう。『拾いに、戻ろうか』唇を噛み下を向く山雲に、小さく呟く。

 

浮いてさえいれば、まだ、見込みはある。

 

もう一度、地獄へ舞い戻るために。

 

 

『行ける、行ける、まだ進めるわ』

 

 

朝雲が、姉として空元気を見せ、山雲をもう一度立ち上がらせる。

 

『朝雲姉ぇは、せっかちさんねぇ~』

 

山雲が、目を擦りながら立ち上がった。

 

一本の太い潮目が、倒れた戦友を目指し、戻っていく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24 A6M3 Model 32 “Hamp”

ノシ´・ω・`)つ 執筆速度優先したので、空戦機動に怪しいところがいつまでも残る。今回の解説等は特に鵜呑みにしないように。あくまで演出上のそれっぽい話。ビビッと心にささる単語があれば、自分で調べなおしましょう。確度を保証しません。

つ´・ω・`) 零戦の解説本じゃないので、詳しくも書きません。それだけで、4ページくらい食いそうだし、左にエサ撒きしそうだし、別の作品になっちゃうから。よろしくどーぞ。

 


『『・・あ・・あ・ああ』』』』

 

声はかすれ、視界は歪む。全身が酷く痛む。片腕はやはり無いようだ。その手の訓練は受けているため、器用に手を付き上半身を起こす。嘆いても仕方ない。無機質な部屋、何もないベッドに自らの出したであろう赤い染みが広がっている。

 

『あら、気が付いたかしら』

 

声のする方へと顔を向けると、ああと納得し、長門はフッと笑った。

 

『なんだ、お前もついにこっちへ来ていたのか』彼女はたしか、鎮守府にたゆたっていたようだが、まあ、基地がなくなればいてもしょうがないのも頷ける。『提督は何処だ?』不自由な体なのは、サービスが悪いなと片腕で後頭部を掻きながら長門が言う。

 

彼女は微笑むとユラユラと部屋を後にした。

 

ややあって彼がやって来た。

 

『ああ、提督。すまないな、私がもう少し早く決断していれば』極まりの悪そうに顔をしかめながら長門が言う。『貴様もこっちに来ずにすんだろうに。本当にすまん』ショートヘアの頭を垂れ、誠心誠意謝罪する。

 

『だが、ふふっ』残る片腕に力を込めて彼女が笑う。『貴様と私がいれば、こちらでも深海棲艦退治の続きはできそうだな』茶色い瞳が、僅かに楽しそうに震える。不屈の闘志を携え、いささかも折れぬ心を持っているようだ。

 

『ふっ、はっははっ』吹き出したのは提督だ。どうやら、何処まで行っても長門は、長門らしい。『まったく、何を勘違いしているんですか』腹をかかえ、ヒクヒクとカーキ色の作業着の上半身を震わせる。彼女の背をパンパンと叩く。

 

『こら貴様、こう見えて傷兵だぞ』カッと目を見開き『丁寧にあつかえ、バカモンが』苦言を呈するが、当の本人はさらに笑い転げている。『さっきからまったく。失礼な奴だな』

 

『おかげさまで、鎮守府は落ちてませんよ』片手をヒラヒラと伸ばし説明を始める。『英雄には申し訳ないが、ここはチープな野戦病院』敵の艦砲射撃により多くの建物は倒壊した。急遽プレハブで組まれただけの無機質な狭い作りである。

 

『なに?しかし、いま――』扶桑が。

 

『どうしましたか?』『いや、なんでもない』たぶん、そうだ。彼女もまた、行けなかったのか。静かに心の中で、なんらかの力添えをしていてくれたことに感謝する。『それより戦況を。こうしているわけにはいかん』グッと立ち上がり、折れた足がもつれ転倒する。

 

『なんと不甲斐ない』長門から悔しそうに声が漏れる。『修復材は使い切ってしまったため、心苦しいですがしばらくは、そのままで』提督は少し締まりがなく、だらしない顔になり続ける。『防空・防衛は現在、扶桑に一任しています』

 

『扶桑だと?』

 

長門は目を広げる。

 

『ですので、今はここで睡眠でも取っていてください』『バカか貴様、そんな言われ方をすれば気になって仕方ないだろう』痛む体に力を入れ、声を荒げる。『ふふっ、まぁ、命令違反のバツですよ』いたずら小僧のようにヘラヘラと笑い部屋を出ていく。

 

そういわれては仕方ない。ムッとしながらもベットに横になる。

 

『フン。甘いやつめ』

 

さりげない嫌がらせのように、高級そうではあるが、皮の剥かれていない二つのリンゴがサイドテーブルに載っている。片手で一つ拾い上げると、ガシャガシャとかじり始めた。奥歯に差し込む痛みが、生を実感させる。

 

謹慎の呈をとってはいるが、ケガを押して戦闘詳報などの書類作成作業に入らないようにとの配慮でもあるだろう。実際彼女はそのつもりでいた。

 

『扶桑は、そうか・・。戻れたのか』

 

奥歯の痛みか、鬼の目に僅かに涙が浮かぶ。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

・・・

 

 

 

 

 

 

『しかし、あいにくブロンコは』

 

提督は地下工廠から上がりながら、扶桑に扮するキャナルに尋ねる。通路を抜けるにつれ外界からの熱波が差し込み、基地上の戦線の厳しさを思わせる。

 

『私には、ライセンスがありません』

 

 

【【カラスの台頭により、既存の航空機は空飛ぶ紙切れになり下がった。さらにタコヤキは、鮫のように空中でバイティング攻撃も行ってくるため。新機軸の航空機が求められた。

そこでかねてより構想にあった、COIN機が注目されたのである。

 

COINとはCounter Insurgency (対暴動)という略語であり、その名の示す通り、本機の性格はゲリラや歩兵の制圧といった、近年開発されたヘリコプターに近い性格を持つ。しかし、本シリーズ最大の長所である短距離・離着陸性は対深海戦に置いても信頼性が高い。

 

どういうわけか、奴らは空に上がる物を目の敵にするため、外洋への航空機の運用は困難を極めるようになった。さらに、優先的に飛行場を攻撃してくるため、長大な滑走路を維持し続けることは不可能である。

 

さらに、人間同士の対立が無くなったわけでもなく、先の世界大戦の余波で、今なお戦争活動に勤しんでいる地域もままある。そして、深海戦初期に、勇猛果敢に敵攻撃隊に攻撃を仕掛けた各国の優秀なパイロットたちは、そのこと如くがすり潰されてしまった。

 

これ等の事情から、練度未熟なパイロット候補生でもそこそこの戦果が期待でき、次々と機体を乗り捨てられるほどの安価な機体を模索した。そして、図らずして各国はCOIN機の製造に行きついたのである。

 

垂直離着陸機を主力に据え置いてはどうかという声も上がったが、技術的な限界があり、垂直離着陸性能を持ちながら、通常運用では滑走路使用が推奨されるなどオプションが付く。さらに、無意味に製造コストが増大するため、草案の時点で取り下げられた。

 

唯一の例外として、月面向けのロケットが、もっとも成功した垂直離陸機といるだろう。それ以外では、総合的な面で、量産性に特化したCOIN機に対しての評価の方が高い。

 

ノウハウが確立してからは、深海戦用に再調整され、特に短距離離陸性能が強化された。1日以内に土埃舞う凹凸のある地面に、鉄板を敷かれただけの悪路で離陸を行い、作戦に参加出来たなどの実績もある。現在では数少ない、人の乗る航空戦力である。

 

チューク鎮守府にも、緊急時の幕僚・要人離脱用に、COIN機と森林に偽装された短い滑走路が存在している。ブロンコとは改良元の機体シリーズ名であり、本鎮守府に配備された機体は特に短距離離陸・航続距離のみ重きを置かれた高速連絡機タイプである。】】

 

 

『大丈夫です』

 

背中を向け、先を先導しながら、扶桑が答える。

 

『私が操縦できますから』

 

扶桑のサバサバとした力強い言葉に、少しザワザワした違和感を持ちながらも、彼らは彼女の後に続く。扶桑が重い扉を開くと花火の打ち上げ音のような音引きが、すぐに聞こえてくる。

 

基地防衛隊が、敵の主砲弾に対して涙ぐましい抵抗を続けているようだ。広場中央咆哮から毒々しい赤黒い炎が上がっている。周囲の建物には、銃弾の後がひび割れる様に壁に乗り多くのガラスが壊れ落ちている。

 

『山城は・・』

 

広場中央、黒煙の発生源の中、彼女の黒髪がモソモソと動いている。残る零戦を敵のラッキーヒットを警戒して全機上げているようだ。個々の精度さらに下がるが戦わずして、羽を折られるよりは、遥かにマシだ。

 

『提督、どぉして?!』

 

研ぎ澄まされた知覚が、後方を小走りで抜ける一行に気づき、振り向く。声を荒げるが、飛来する爆音が声をかき消す。先導しているのは、扶桑。姉だ。いや違う、姉のような何か。しかし、妖精もいる様に見えた。向かっているのは滑走路か。

 

理由はわからない、が。時に冷酷な彼が、自決を行わなかったらしい。一行は明らかにCOIN機の格納庫を目指している。新技術により鉄筋をふんだんに使用したコンクリートの小さなかまくらのような、ホワイトキングタイガーへと。

 

新構想である、鉄心を多量に仕込み組み上げたコンクリートの塹壕に、炸薬の更新により口径を延伸された、出し入れの可能な、八八式高射砲が二基据え付けられている。自動化も進み、ニ、三名程度の隊員で運用可能であり、水兵射撃も出来る対空砲だ。

 

これは戦後に、独国より流れてきた、ノルマンディー上陸戦で大いに連合国軍を苦しめた8.8cmフラックシリーズに、より近づけた形である。ホワイトキングタイガーとは、キングタイガー戦車砲が白い防空壕に格納されていたため付いた名である。

 

『爆雷搭載完了』

 

小さな白く丸い丘の中に側面から急ぎ入ると、一機の航空機が待機していた。ターボプロップ双発エンジンを両翼につけ、本体は小さく、特徴的な巨大なレーシングカーの羽のようなものが尾翼に付いている。

 

両翼の翼下に、特殊空雷が二つ。中央後部のハッチは開き、内部に何か機械的な箱が詰まって並んでいる。扶桑は、機体側面のフットステップを二つ開くと、足をかけ機体前方コックピットに乗り込む、続いて提督が縦に並ぶ後部座席に乗り込む。

 

『あなたはこれを』パラシュートを背負わされ、膝を丸めながら、料理長が機体後部へと押し込まれる。『おい、オレはジャンパーじゃ・・』しかし、敵砲弾の散発的な音が基地に響き、彼の抗議を遮りながら、後部ハッチが閉じられた。

 

閉じ込められたネズミのように、彼は、丸く膝を抱え、前後に細長い機体内部に鎮座する。

居住性は最悪で、内部にはシートベルトや掴まれる場所が存在しない。ただ、手足を突っ張り、振動に耐えるだけだ。

 

『行きます!』

 

ホワイトキングタイガーの口が開く。艤装された滑走路は歪み、大きく凹凸が出来ているようだ。しかし、ジェットエンジンの出力が上がり、扶桑が、ペダルの操作を始める。壕側面の対空銃座から、前方方向の砲弾を牽制する。

 

『ブロンコ、発進!』扶桑が、首を回し後ろに声をかける。『両ひざに力を入れて、衝撃に備えてください』小さな、白い壕からねずみ色の機体が躍り出る。『振れますよ~!!』機体の両側面には赤色の大きな丸が付いている。

 

攻撃により歪んだ滑走路にロデオのようにバウンドしながら、加速を始めた。たった一機、1200のタコヤキ迫る空に向かい、空へと上がる。

 

機体後方から山城に向かい、チカチカと光が、光る。

 

ワレニツヅケと。

 

『信じてはいますが、流石に無謀ではないでしょうか』急上昇を行い、上下振動に窮屈にシートを揺すられながら提督が言う。『どうせなら楽に行きたかったぜ』後ろから聞こえる恨み節と、ガンゴンと時折聞こえる音は、料理長が頭か肩でもぶつけている音だろう。

 

眼下を敵の砲弾が数個滑っていく。遅れて、残る山城航空隊が上がっているようだが、こちらの方が僅かに速力は速そうだ。

 

『ハッチを開きます。コンテナの投下を』『おいおい、ムチャを言うなよ』後方から、声が返ってくる。しかし気圧が下がる。『オレのが手前なんだぞ』モソモソと体を伸ばし、両手と足で少しずつ押しながら、コンテナ一つが空へと放たれる。

 

『二つ目は?』体がつっかえて思うように、前へと進めない。『ダメだ、つっかえた』体を伸ばすが片手しか回しこめない。『掴めていますか?』扶桑は前方を凝視しながら。

 

『ああ、掴んでる。だが、命は一つしかないんだぜ?』嫌な予感がした彼は、少し重々しく言葉を繋げる。『大事にすれば、一生使えますよ』機首が急激に上がる。機体の後方が一気に傾く。『コンテナが!開いてから!パラシュートを!!』

 

滑り落ちるコンテナが、後部ハッチを叩き壊し空へと踊りでた。コンテナの側面四方が開き、クルクルと回転をしながら、中の物を、こぼれ出させていく。緑の小さな塊は、3っつで一塊になり、落下する彼の周りに200、あるいは300はある塊が。

 

『間違いない。あいつは扶桑だ』

 

彼はパラシュートのヒモを引き、電気クラゲのような、赤と白のバラシュートが空中に開いた。後方からは、隊列を整え空陣を組みなおした、300程度の白い航空隊がゆっくりと追いかける。冷気漂う静かな海へとカラフルな幕が浮かぶ。

 

『ブーストチップ経由で』機体前方に電波塔のように据え付けられた、ブーストチップの基盤が僅かな火花を上げる。『サイシステム、強制接続』提督の体に瞬時にめまいが起こる。『両脚に力を入れて、気をしっかり持ってください、でないと』

 

扶桑の膝上に座る妖精が力を込め、目を開く。僅かに、緑色のオーラが生まれ、機体へ、周囲へとエネルギーの拡散を行う。艤装の中継器として、彼女は座る。

 

『死にますよ?』

 

機体が側面に2回転のロールをしながら、急下降。後部ハッチが解放されたままとはいえ、依然として高い機動性を保有しているようだ。或いは、彼女だからか。増速した速力を武器にタコヤキの下方へ回り込む。海面の冷気にあてられ、白い二本の線が海上を走る。

 

同時に、後方から、角ばった短い翼をもつ緑の零戦が、タコヤキの上部を目指し急上昇を始める。数個のタコヤキは下方へと離脱するが、大多数が緑色の零戦に釣られて獲物を求めるように、カチカチと歯を鳴らしながら黒い塊が上がっていく。

 

『かかったわね』

 

上昇を行っていた、三機編成、A隊形のリーダー機が一斉に、エンジンを開き右に翼を傾ける。力強いエンジン音と翼に現れる小刻みの振動が大気を揺する。斬り裂く空に、ガラス板のような、渓流のような長い雲の線が一気に駆け下りていく。

 

しかし、右に翼を傾け、追随していた後方のウィングマン二機は、縦に右旋回しながらタコヤキの塊に背面姿勢を取る。右へと体を向けていたタコヤキの束が僅かに対応に遅れる。

 

 

 

【【零戦には特有の必殺技がある。

 

急上昇を行い、高高度へと追尾機体を十分に引き付けてから、垂直尾翼を左に切り、失速直前に機体を左下方に練り込むように、機首をロールさせる。通常左捻りこみと言われる技である。再降下後に追尾機体の後方に回り込むことの出来る大変優れた技である。

 

零戦神話として、海軍のお家芸となった戦法だが、これ自身が悲劇を生む結果にもなった。上昇から下降に転じる際に、練度未熟な者が行えば機体が長時間失速してしまう。1対1であれば、それでも優位性は保たれるものの、乱戦ではそうはいかない。

 

零戦の最大の利点は空戦能力、その機動性にあり、失速状態ではその全てが喪失してしまう。つまりは瞬間。装甲の薄い棺桶に早変わりするわけである。まともな回避機動の取れなくなった零戦が、戦法を攻略されてから多くの者が撃墜された遠因にもなった。

 

対深海戦初期においても戦後処理中により機体の更新が行われずに、そのまま後期開発の零戦が海を制空していた。そして、深海棲艦艦載機に対してもこの戦法を試みた者が多くいた。エースと呼ばれた者たちは、失速をしないあるいは、最小に留めこれを行う。

 

しかし、再び戦時徴兵された若き新兵たちは、失速中にカラスたちに撃ち抜かれ、その多くが未帰還となった。それは、困ったときには左下方に頭を滑り込ませると、深海棲艦に学習されるに十分な数に至った。

 

ゆえに、タコヤキ型が現れてからは、事、零戦に対しての必殺戦法として、やつらは上下二層の塊に分かれ攻撃を行う。出合頭に上方一派が、零戦を圧迫。捻り込みにより回避を試みた者を、下方のタコヤキ隊が絡めとるといった戦法が確立されていた。

 

この問題は、艦娘艦載機にも引き継がれてしまい、艦娘が零戦を使役する際にもやはり、急場を左捻り込みで脱そうとするケースが多々あった。先の一大決戦においても、航空護衛機が機動を読まれその多くが撃墜された原因である。

 

結果として、もっとも効果のあった対空防御方法は、防空巡洋艦群による、重厚な対空弾幕だけになってしまった。その結果を踏まえて、根本的な運用機体の見直しや、戦法を改めるなどの試みがついに始まる。

 

しかし、未だ日は浅く、一部の高練度の艦娘が独自の戦法に対応できただけであり、機体の更新は行われていない。零戦最大のアドバンテージである、類まれなる機動性は敵に完全に看破され、これが、タコヤキ航空隊にその座を明け渡した理由でもある。】】

 

 

――しかし

 

 

零戦とはそもそもが、致命的な欠陥を多く抱える機であるが、それをおしてなぜ多大な戦果を出せたのか、である。全ての欠陥を認め、それを利点へと昇華させた者たち。製作陣の最後までパイロットへの配慮を諦めなかった姿勢が、真のエースを生み出したのだ。

 

 

 

ある一人のエースは言う。

 

――必殺技に頼らざるを得ない状況は、それがすなわち負け戦であると。

 

 

 

扶桑は、下降していた増速状態の零戦隊を再び右旋回を行い、タコヤキの斜め後方へと機を進める。130、260ほどの分離した零戦が、上、横から、増速し振り切ろうとするタコヤキを挟み込む。

 

リーダー隊が、タコヤキ側面を抜けた時、背面飛行を行っていた飛行隊が、一斉に腹に抱えていた爆弾を投弾する。空に放たれたそれは、一斉に花開き、豪雨のような豆爆弾が、離脱を図っていたタコヤキ隊の頭上を捉えた。

 

かつてタコ爆弾と呼ばれたそれは、決戦後に対深海棲艦用に即応性がさらに高められ、散らばった小玉が連鎖的に、段階的に数回の爆発を行うように調整された。花火のようにバチバチと小爆発を繰り返し、その爆発範囲を即座に広げていく。

 

爆風範囲が最優先に設計されているため、カラスであれば墜落機も出たのであろうが、実際の威力は小さくタコヤキ隊への個々のダメージは少ない。さらに、予測不可能なその動きは、散布した母機をも巻き込むと懸念されたため、使用が見送られていた。

 

しかし、予期せぬ零戦の動きに翻弄され、密集隊形を取った、タコヤキを正確に捉え後方から焼き尽くす。重なる爆炎の乱気流に巻かれ、回転するように、タコヤキが推力を失っていく。そして彼女は、配られたカードを寸分たがわずにオープンする。

 

『発射、今!』

 

海上へ前進している、山城の動きを確認しながら、扶桑が海面を舐める様に走るブロンコから、秘匿兵器の使用を指示する。基地に残る防衛隊が気球ロケットを作動させた。

 

海面にクラゲの頭のような黄色い物が、鎮守府に対して平行に、一斉に膨らむ。僅かに、海面から頭を見せ、急速に膨らみ浮き上がる。ゆっくりと飛翔を始めた気球の下には長方形のロケットブースターが備え付けられている。

 

左右が鋼鉄のクサリにより固定された鉄の網を空へと上げるため、一斉にロケットブースターを点火、高速で上部の気球部を突き刺す。そのまま、ロケット同士の間に垂れ下がる、格子状のクサリを上空へと浮き上がらせた。

 

試作品であるため、思うよりも展開率は悪く、滞空時間も数分と短い。しかし、眼前に現れた鉄の網に、タコヤキは左右に分裂。急旋回を始めた。熱波と衝撃によりタコヤキの動きが鈍る。機体ダメージを受けた、半数近くのタコヤキが網にかかった。

 

食い破ろうと歯を剥き出し左右にグリグリと回転している。網の下方をすり抜けた、山城航空隊が反転上昇。こちらは、滞空に重きを置かれて、翼端が従来の零戦通りに丸みを持っているが、エンジン出力は、初期型を十分上回る。

 

そして、低空においてその信頼性は高い。

 

白い機体が、鎮守府方向へと推力を失い落下を始めたタコヤキの絡まるクサリ狙う。さらに上昇し高度を取った、扶桑航空隊が、ギリギリの効果速度で機体を背面回転を続け、真下に向けバレルロールを行いながら枝分かれを始めるタコヤキの中央を突き抜ける。

 

上下から挟み込まれ、タコヤキ隊の統率が乱れる。ついに巴戦に持ち込まれ、キラキラと翼を回転させていた、反転上昇を始める緑の機体に食らいつく。まるでUFOのように左右に変則的な機動を始めたタコヤキに対して、果敢に、緑の隊長機が食らいつく。

 

爆装していた、身軽になった緑のウィングマン達が、まず、右側に抜けた、水平に4機づつ、上下に高低差を付た、コンバット・ボックスの陣形で次々と急降下。ミシンのような途切れない弾幕がクサリをすり抜けた、タコヤキ隊を襲う。

 

そのまま、圧倒的な空力特性をいかし、弾丸を欠乏させた緑の零戦たちが、次々と左に抜けたタコヤキ隊に体当たりを敢行する。

 

『みつけた!気をしっかり持って、上げますよ!』

 

太く長く伸びる潮目を発見。ブロンコが洋上を進む艦娘を見つけた。執拗に後方に食らいつく数機のタコヤキにエンジンの強弱と機体制御で左右に横滑りを繰り返しながら、翼を沈み込ませるように回転させ急上昇を行う。提督が歯を食いしばり重圧に耐える。

 

『ブロンコ?』

 

大破した霞と朝霜を曳航し、朝雲の手を引いている山雲が声を出した。

 

『誰が!』朝雲、山雲は、両者の曳航を断念。タコヤキに追われているブロンコの援護に入る。『誰でもいいよ、助けなくっちゃ!』山雲の力強い声と共に、三人から離れ、ブロンコの軌道へと針路を取る。

 

ハッチが落ちているのが見えた。状況は良くないのだろうと、山雲が機関を吹かし、艤装に対空榴弾を装填しながら、救援へ向かう。その後方に、大幅に機関浸水し速力が低下した最上もいる。

 

『発光信号?』

 

ブロンコから、健在な山雲に向け、光が飛ぶ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25 Entrance to You

 


『うぐぅ、こき使ってくれるわ』

 

肩を離された朝雲が、海上をゆっくりと滑り始める。

 

『いいのかしら~』

 

急上昇を行い、宙返りを行うブロンコに、数個のタコヤキがカチカチと歯を鳴らすかのように顎を動かし追尾する。きりもみ降下で振り切ろうとしているのか、主翼を回転させながら下降するが、ぴったりとその後ろにタコヤキが付いている。

 

空の航空ショーを見上げながら全速で、損傷の多い霞、朝霜を他の漂っている艦娘の元へと引き戻す。引きずられる両名は、身体の過度の損傷から来る痛みで、悪態を付いているがもはや気にもしていられない。

 

島風、夕立が、失った艤装により体が沈み、磯風、浜風を各々脇に抱えながら、背泳ぎと平泳ぎの混じったような動きで、わずかずつこちらへと泳いでいる。しかし、やはり、長門がいないようだ。

 

『ちょっと!』空を見上げなら、朝潮が声を上げる。ブロンコが翼を動かし、爆雷の投弾体勢に入ったようだ。『爆雷処分する気なの?!』

 

無線を入れ、まだ戦えると抗議する前に、無情にも爆雷が二つ、四方に羽を開きクルクル横回転を行いながら真っすぐに空から落ちてくる。密集せよとは指示されたが、退避するにももう遅い。ヒュルヒュルと花火の打ち上げ音が直上に迫る。

 

『朝雲姉ぇ!』

 

山雲が、僅かに体を硬直させ対応に遅れた朝雲を海中に叩きこむ。降下する爆雷に素早く機銃の照準を合わせる。撃ちだされた正確な銃弾が、二つの爆雷を空中で見事に炸裂させた。内部からほとばしる粘性の高い雨が、密集している艦娘に降り注いだ。

 

『え?』夕立と、島風の腕の中で気を失っている磯風、浜風の容体が改善していく。霞、朝霜が、戦列に復帰できる程度の軽傷に戻った。『そういう事は、先に言ってよ。あぁ!もう、バカばっかり!!』カリカリと霞が声を荒げる。

 

ムダに沈められ、海水でずぶ濡れになった朝雲も、体を震わせ、イライラとし始めた。しかし、視線はすぐに今なお飛び交うタコヤキのいる、空へと戻る。

 

『まずい、やられたよ』

 

投弾を優先したためか、ついに追いつかれ、ブロンコの片翼がタコヤキにかじりつかれる。機体が失速を始めて、他のタコヤキにも追いつかれた。射出されるパラシュート一つ。しかし、ブロンコはまだ飛んでいる。

 

エンジンを全速で吹かし、高く、高く上がっていく。飛行機雲がロケットのようにエンジンから長く伸ばされる。点のように小さくなったブロンコが、雲の塊のように蒸気を周囲に拡散し始めると、紫の電光がバチバチと雷のように広がる。

 

一瞬、何か空が光った気がすると、紫電飛び交う雲の中から、大きく損傷したタコヤキが次々墜落してきた。直後にブロンコから、もう一つパラシュートが弾き出される。気を失っているのかぐったりとした艦娘が一人空から降って来ている。

 

主を失ったブロンコは、翼を分解しながらタコヤキと共に、海へと叩きつけられた。二つの電気クラゲのように赤と白の線の入るカラフルなパラシュートがゆっくりと、風に流されながら降下している。

 

扶桑隊の零戦が統率を失い、次々と墜落を始めた。網ごと海中に連れて行かれた、残るタコヤキ数十が再び空中へと飛翔する。未だ上空で乱戦中の山城隊にこれを抑えるすべはない。鎮守府防衛隊が、銃座を動かし高空へと上がるタコヤキを睨みつける。

 

数十とは言え、艦娘の出払った小さな基地であれば、タコヤキ数機ですら全ての機能を壊滅させられるだけの力がある。真に怖いものは、タコヤキに携行されている兵装ではなく、それ自身が行う強固な顎のバイティングだ。

 

奴らは時間さえあれば強固な鉄筋コンクリートすら、かみ砕いてしまう。施設を洗われ、地下工廠を直接攻撃されれば、基地自体の機能もなくなり艦娘の運用も出来なくなる。事実上、基地の無力化につながり、この地域での作戦継続は困難になるだろう。

 

『羅針盤に感あり』朝雲が、コバンザメのように群がる敵の反応を捉える。『上がってこないわね。潜水隊かしら』反応はそれほど大きくないが、自分たちを中心に海中をグルグルと回っているようだ。

 

『いや、まて。音探に反応だよ!』朝霜が、猛烈な勢いで水中をカッ飛んでくるような異音を見つけた。『ちっ、うるさい敵だなぁ!』時速で言えば300くらいは出ているのかと思うほどの尋常じゃないうるささだ。

 

ウミノ・ナカカラ・コン・ニチハ。

 

『ちがうよ、これは』島風が口を挟む。打たれたモールスのような反射音を島風は捉えた。『ゴーヤ』島風が小さく呟くと、海中に爆発音が複数生まれる。潜水艦退治の専門家が、潜流のような力強い引き波を作り、海中を彩る。

 

伊58は単独にて、サンディエゴ・ナーバルステーションを壊滅させた飛行場姫打撃群を追尾していたが、敵の深深度への潜航により追撃を断念。方法は分からないが、ハワイ方面から駆け付けたようだ。

 

時同じくして、基地に迫っていたタコヤキが、防衛隊の射程圏外の位置で、チカチカと何度か空が光ったかと思うと、どういうわけか自然と爆散したようだ。山城航空隊の戦局も優勢に事が進み、ついに一連の戦いの大勢は決した。

 

『長門、いないね』僅かに気が緩み、誰が漏らしたか、耳に付いたその声は、全員の気持ちを代弁している。浸水している最上も黒煙を上げながらも無事に追いついてきたようだ。しかし。『艦娘2、浮上』反応は二つ。伊58の僚艦だろうか。

 

念のため朝霜が海上に泡立つ気泡に向け砲を構えながら言う。空では、燃料切れを起こした白い零戦達がタコヤキに突入して、パラパラと墜落を始めている。戦線を前進させながらこちらへ向かってくる山城の片腕には、海水の寒さで震える料理長が抱えられている。

 

ブクブクと泡立ちが大きくなり、一人の艦娘が、勢い余ったクジラのジャンプのように海上に躍り出た。

 

『ゴーヤ、ちゃんと頑張ったでしょ?』

 

朝雲のようなライトブラウン色のショートヘアで、水泳水着、上半身にはセーラ服状の強化装甲を身にまとう少女は、あどけなく言う。しかし、全員の視線は脇に抱え込む一人の艦娘に集中した。

 

艦娘には減圧病という概念がないため、推進する際の水圧による損傷の増大以外に、抱えられてる彼女への懸念はない。もっとも、彼女の基本能力であれば、その程度で損傷が増えることもない。

 

彼女は長い黒髪を垂らし、疲れ果てた戦士のように眠り、安らかな表情をしている。

 

 

・・・・・

 

・・・

 

 

 

 

 

『ケイン、聞こえる?』

 

男を片足で押さえつけながら、ケインは腕の通信機に口を近づける。

 

『ああ。そっちは片付いたのか?』青いハイヒールのカカトが、逃げ出そうとする男の体に突き刺さり、動きを止める。『こっちは、ハズレだった。だが、今は、些細な事で取り込み中でね』

 

キャナルは、鎮守府の安否と、ソードブレイカーFCSの被害状況だけを手短に伝える。FCSには想定を超える過負荷がかかり、かなりのダメージが差し込んだが、防衛作戦自体は完了できたようだ。

 

『こっちの作戦自体は不発だったが、一匹宇宙人らしいものは捕まえた』ハイヒールのカカトが、肉に深く差し込んでいく。命を狙ってくるような輩を、人道的に扱ってやれるほど、ケインの気は長くない。『いま、取り調べ中だよ』

 

『長引くなら、あたしが抑えとこうか?』曙が、男の体に足を乗せ、力強く踏み潰す。強い衝撃が口から何かを吐き出させたようだが、少女はあどけない顔で、淡々と続けた。『なんなら、足の一本二本、不幸な事故にでもあってもらおうかしら?』

 

どんなバックがあるかはしらないが、鉄砲玉のようなゴロツキ一人消息不明になったところで、艦娘相手に調査の手を伸ばすわけにもいかない。驚異の力を持つ艦娘に問題ありとなれば、地球全域で、一般大衆から艦娘排斥運動が起こる恐れもある。

 

捉われた彼に最悪な結末が訪れれば、むしろ、表向きに街の害虫駆除として表彰状が贈呈される可能性すらある。戦線を支える艦娘に挑むという事は、それほどまでにリスクの大きい事態である。

 

『お、めぇ、U、F、か』

 

呻くように漏らした男の口から、いつも捕まえた悪党からの、聞きなれた単語が漏れ出る。しばらく、ずいぶんと原始的な世界へとタイムスリップしたような錯覚を覚えていたケインであるが、やはり、この世界は繋がっていると思い出させる。

 

ケインは余計な会話を聞かせないようにキャナルとの通信を切った。念のため、録音機と翻訳機のスイッチを入れる。サイブレードなどという酔狂な物を持っている以上、最初に思い当たる物は当然ユニバーサル・フォース関係の軍人だ。

 

『だったら何だってんだ?』青く白いサイブレードの光が、曙の足にうつ伏せに押さえつけられている男の顔の前に突き立てられ、白い舗装された地面に、僅かずつ焦げた黒味を広げていく。『このまま連行されてーのか?』

 

『身柄を、補償してくれ、る、なら。それも、いいが』ケインは離してやれと、首で曙に合図する。砂利だの、靴裏だのの服の汚れを気にしながら、助かったと男が立ち上がる。『護送中にやられちまうだろう』

 

『オレはケチなトラコンさ』ガタイの良い男が、くたびれたように冷たい地面にあぐらをかいてドカッと座る。『ケチな仕事にうっかりサインしちまったら、このざまよ』観念したかのように、隠していたナイフなども捨てて話を続ける。

 

冷たく狭い路地裏に、潮風が抜けていく。

 

他の艦娘には理解されないだろうが、彼の言い分は恐らく正しいとケインは直感した。宇宙には割と身近な所に、人生が終わるような仕事がゴロゴロとしている。大方、大した資源もない星に生まれ、出稼ぎ労働者でもしていたのだろう。

 

『新兵器一体攫って来いと依頼にあったが』もそもそと胸ポケットに手を動かし、止める。『一服いいかい?』ケインは、ああと頷いた。『その時点でおかしいとは思っていたんだ』葉巻を一つ取り出し火をつけ続ける。

 

小さな赤い光が路地裏に点灯する。

 

『簡単な仕事とクルーザで下りてみれば』疲れ切った表情で彼は続ける。自治区であるため大っぴらに活動することも出来ず、こそこそと現地で仲間でも集めていたのだろう。『右も左も変な物体』

 

『タコヤキだか何だかしらねーが、変なもんがブンブン飛び回ってるさ中におりちまったってわけだ』身振り手振りで、同郷の仲間に巡り合えた喜びからか、大げさに話を続ける。『そこかしこから火がでて、奥の森に突っ込んで、クルーザもおしゃか・・』

 

男は片手をあげ、手をパッと開き、ポゥッと爆発を表現する。不法侵入のため、助けも呼べなかったという事だろう。

 

『攫って来いってんだから、ドロイドだか何だかだと思ってきてみれば』何を思い出したのか、首を左右に振り下を向く。『あんなもの捕まえろだとは、正気の沙汰じゃねーわな』

 

『それで、艦娘か?』ケインは口を開き先を促す。新兵器とは、恐らくは深海棲艦の事だろうとケインは推測した。『まぁな。あとは、あんたの想像の通りだろう。契約破棄条項が尋常じゃなく厳しくてね』

 

つまり、対象の捕獲はあきらめ、比較的捕まえやすそうな艦娘を捕獲してお茶を濁そうとしていたわけだ。あまつさえ救助艇を正規ルートで寄こしてもらおうともしていたのかもしれない。UGのパトロール艇ならそれくらい出来るだろう。

 

もっとも、自治区であるため、この星にユニバーサル・ガーディアンがどれ程干渉出来るかは分からないが。

 

『あんたもトラコンの口だろ?』葉巻を地面に擦り付け、火を消し、立ち上がる。夜風が傷ついた体にしみ込む。『そうだな』ケインは否定せずに穏やかに答えた。『これがUGなら、有無を言わさず留置所送りからスタートだ』笑いながら男が言う。

 

『違いねぇ』

 

酒場での楽しいいさかいで、何度もユニバーサル・ガーディアンに留置所送りにされたケインには良く分かる話だった。この分なら余罪も特になさそうではあると。ケインも少し気を許し、戦友と再会したかのように二人は楽しそうに笑う。

 

『あんたはどうして?』男が尋ねる。『こっちは事故さ。それで資材目当てのトラコン』事のついでにバカバカしい恰好もさせられていると、げんなりとケインが言う。『しばらく傭兵として艦娘してろってこった』

 

『ケイン』時雨がそっと口を動かし、周囲に目線を送る。『ああ』ケインは小さく頷くと男を連れて、路地の外へと向かい歩を進める。『軍へ引き渡すのかい?艦娘とは言え両手に花だな』両サイドには時雨、曙が両腕に抱き着くように男にしがみついている。

 

『あんたが、これで改心してくれるような善良な悪人ならいーが』ケインが男の前に立ちはだかり、風が黒いマントをはためかせ死角を増やす。『あんたの上は、あんたを見限ったようだぜ』ライフル弾が男との射線に入った曙の肩を舐める。

 

時雨が軍用無線を入れ、金剛に余計な事は伝えずに端的に状況を話した。艦娘が連行したとなれば、内外でも注目度は高くなり、この男には、簡単に手荒なことも行えないはずだろうと、希望的観測も乗る。

 

『中と、外、どっちが安全かな』艦娘にガードされながら連行される男に、追っ手は諦めたのかそれ以上の追撃をしてこない。『あんた、ケインとか言ったな』『ああ』ケインは頷く。『オレは――、半年ここにいたが』軍の施設内に入り男が小さく声を漏らす。

 

不遇な仲間を見つけた選別か、あるいはただの気まぐれか、男は言葉をつづけた。

 

『この星には何かある』敬礼をし、立っている二人のMPに向かい歩きながら、こちらに背中を向け彼は言った。『あの武器は、大本営の将官経由で入手した。残るなら十分気を付けろ』軍車両の黄色味のあるヘッドライトが男の姿をかき消した。

 

『あー、いやだ、いやだ』曙がうんざりと声を出す。『今のは聞かなかったことにするわ、わたし。さっさとそれ切って頂戴、ケイン』ヒラヒラと手を動かし、ケインの持つ翻訳機にケチをつける。『ボクもそうするよ。何だか悪い夢でも見てる気分だ』

 

『ああ、戻ってもう一件行くか?』

 

『ケイーーーーーーーーーーーーーーーン!!』

 

クルクルとした、お団子頭の付く金剛が、軍施設から飛び出し、ミサイルの如く勢いでこちらに突っ込んでくる。恐ろしいテンションの高さに、精神的に疲れ切った3人は見なかったとこにして、深夜にも空いてそうな酒場を探しに、軍施設の郊外へと足を向ける。

 

『ちょっと、まつネーーー!!』『ぐぇ、なんでわたし』クロスに組まれた、両腕の金剛型ミサイルが、後ろを向いている曙の首筋に決まる。重量の乗ったアタックに曙が地面に転がった。『一番、打ちやすかったデーーース!!』急制動として、曙を使ったようだ。

 

『ほんっと、じょーだんじゃないわ!!!』両こぶしを地面に突き出し震わせながら曙が吠える。『レイの男の逮捕の感状みたいので呼ばれてマス』翻訳を入れていないので少し的を得ない表現だが、辺境語でも意味は伝わった。

 

厄介ごとだ。

 

『どうするんだいケイン』ゆっくりと英語で、時雨が問いかける。『ああ、ま。ボイコットだな』時雨も小さく頷く。『確かに、ボクもケインには余り目立ってほしくないと思う』色々な意味で、とは心の中だけで付け加えた。

 

『いいさ。一人でやってくる』ケインはマントを翻し、一人外を向く。『功績は曙にでも譲るよ。適当に、話し合わせといてくれ』オレンジの髪を揺すり、ポリポリとホホを指で搔きがなら、ケインはゆっくりと夜の街へと進む。

 

『ケイン!むやみに人を斬ったらノーなんだからね!』人斬りまざふぁっかーを見つけたかのように、金剛が大声でマントを付けた不審者に大声を出す。『わーってるよ』聞こえたか聞こえないかの声で、後ろを向きながら片手を振ってケインが答える。

 

静かな大通り。灯火管制が行われているため、ほとんど灯もない。暗く冷たいハイウェイ。通りを挟み、木造のレトロな雰囲気の閉まった店が並んでいる。そのすぐ先には森と山、山、山だ。

 

『静かな夜だな』

 

久しぶりに一人、マントを揺らし街を行く。時折ギラギラとした、女を求める視線が体に掛かるが、愛宕級の服を着ており、物腰もスキが少なく洗練されているため、一目で艦娘と分かり、男たちは襲い掛かってはこない。あるいは、怪しいマントの賜物か。

 

『・・はぁ、お客さんか』

 

土地勘もなくフラフラと歩いていたら、どうやら付けられているらしい。ゴロツキとは思えない鋭く絡みつく視線だ。車も眠りこけた大通りの中央に躍り出ると、追跡者は隠れることもなくゆっくりと歩いてついてくる。

 

――しかしこの感じ。

 

『あんた、艦娘か?』

 

白くスマートな体に、長く黒い髪、漆黒のワンピースに、赤い瞳。しかし、印象的な麦藁帽を表情が隠れるほど深くかぶっている。両手に持つものはないが、それにしては体術に自信があるのだろうか、この女性は相当な手練れを思わせる。

 

『あら、あなた、わたしを知らないの?』長い黒髪を指でなぞり、楽しそうにクスクスと笑う。『面白いのね』

 

『ああ、実はオレは、あいや、私は』

 

多くは語れないが、自分は大戦末期にできた新造艦であり、艦娘事情には疎いとしどろもどろに説明をする。翻訳機を動かそうかとも思ったが向こうも標準語を使うようだ。ヘタに初対面の艦娘に余計な知識を与える必要もない。たぶん海外艦だろうとケインは思った。

 

『付けてきたんだ、何か用があったのか?』ハイウェイの中央でマントを躍らせ、ケインが不敵に微笑む。『そうね。艦娘が近くに来ていれば・・気になるでしょう?』ゆっくりと誘うように白い手を動かし彼女は答える。

 

『まぁ、そうだな』彼女は敵意を収めた様で、他愛のない会話を始める。『私も着いたばかりなの。一杯、付き合ってくれないかしら?』一瞬、そっちの趣味があるのかとも思ったが、女同士だ、変に断る理由もない。

 

『ああ、だが、歩いてみたが何処も閉まってるんだ』『いいわ。少し歩きましょ』

 

コツコツと二人のヒールの音が夜の街を往来する。

 

さびれた、個人店のバーを見つけ、店に入る。どうやらオヤジさんが一人で切り盛りしているような小さな店だ。客ももういなくなっている。この町の治安を考えれば、この時間では当然と言えば当然だろうが。

 

適当に、店主に見繕ってもらったショットを出してもらい、小さなカウンターに二人で座る。カリカリとした、少しピリピリする唐揚げのような、近海の小魚を掴みかじる。彼女は長い黒髪をいじり、ケインを珍しそうに見つめている。

 

『あんたら艦娘かい?』年老いた、オークション会場にでもいそうな服を着たオヤジさんはグラスを磨きながら言う。『いつもお世話になってるよ』沈黙している二人に気を使ってか、キュッキュと心地良い音が店に響く。

 

片方はマント付きに、もう片方は、巨大な麦藁帽。両者とも、余りにもハイセンスな格好だ。片方は軍服のようにも見えるし、まぁ、艦娘だろうと、オヤジさんは検討を付けた。そうでもなければ、どこからでも入店拒否されるような不審者集団だ。

 

『――ふーぅ』小さなグラスの酒を開け、ケインが疲れたように、ため息を付く。『あら、どうしたの?』少し不機嫌そうに、彼女が問いかける。『いや、この星はロクな奴がいないと思ってね』失言だったか、ケインはホホを掻きながら少し反省する。

 

酔っぱらいのヨタ話だ。放っておけば聞き流されるだろう。と。

 

『あら、奇遇ね』しかし、彼女は上機嫌になり、髪をクルクルと動かし、指で遊んでいる。『わたしもそう思うわ』何気ない世間話のような、少し浮世離れした会話を二人は続ける。しかし、おもむろに彼女は仲間との待ち合わせ時間だと、席を立った。

 

彼女はゆったりと歩きながら、黒いワンピースのスカートを閃かせ、黒いハイヒールの音をコツコツと響かせ出口へと向かう。小さな出入り口に首を曲げ、麦藁帽を通すと彼女は外の小道へ出て、後ろを向いたまま立ち止まった。

 

『今日は、楽しかったわ。ぼうや』

 

ケインが使い方の良く分からない、軍票をバラバラと出し、オヤジさんに適当に取ってもらっていると、出口付近から彼女の声が聞こえ瞬時に振り返るが、彼女はすでにいない。まるで、幽霊にでも出会っていたかのようなザワザワとした冷気が体を巡る。

 

――あいつは。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。