転生したら柱の女だった件 (ひさなぽぴー)
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Part.1 いまだ星なき世界の転生者
1.転生したら柱の女だった件


 ヤバい死ぬ。

 

 この世界の真実を知ってしまったわたしが最初に思ったのはそれだった。

 間違いない、確実に死ぬ。コーラを飲んだらゲップが出るくらいには確実ッ。

 

 なんでって?

 

 そんなの!

 

 今わたしをあやしてる妖しげな色気漂うイケメンが!

 

 ()()()()()()()()()!!

 

 

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 なんてことはない。よくある……いやそんなよくあっても困るんだけど、ともあれ二十一世紀も四半世紀近く経った昨今の日本ではよくある、死んで生まれ変わって、という話だ。

 わたしの場合は、ちょっと友達のために身体張ったんですよ。なんか薬キメちゃってるみたいな半目で、ガソリン振りまいてるやつからかばう感じで。クッソ熱かったですファイヤー。

 

 で、まあもちろん死にましたね。死なないはずがない。ところが気づいたら暗いところで赤ん坊になってて。

 

 ピーン! と来たよね。いわゆる転生ものだ! って。

 

 こいつぁ主人公来ちまったんじゃあねーの、ってワクワクしたりしちゃったんですよ。切った張ったの痛いのは好きじゃあないけど、かといってあからさまに転生ものムーブキメちゃったとなれば、一オタクとしてはそれなりに期待しちゃうのは仕方ないじゃあないか。

 

 でね。まあね、最初は異世界転生ものだと思ってたんですよ。なんかあんまり文明的な暮らししてないし、そもそも両親はおろか周りにいる人が全員頭にツノ生やしてたからね。少なくとも地球じゃあないなって、思ってたんですよ。

 だから異世界の人外転生系かー、なんてのんきしてたんですよ。

 ちょっと赤ん坊の期間長くない? とか、やけに暗いわりにやたら見えることない? とか、なんかまったく眠くならないし寝なくても平気っぽいぞ? とか、思ってはいたけど。とりあえず異世界なんだろうなーって思ってたの。

 

 ところがどっこい。ついさっき、カーズ様が石仮面片手にご機嫌で現れたものだから、一気に世界の真実を知ってしまったよね。

 

 うん。

 

 ここ、ジョジョの世界だ。しかも一巡する前の。

 

 それの何が問題かって、今が最低でも原作第一部の一万年……いや、ワムウとサンタナがまだいないから一万二千年は前ってことで、わたしが柱の男の一族ってことよ。

 

 二部を読んだことのある人ならここで察してもらえると思うんだけど、彼らは皆殺しの憂き目に遭ってる。

 主犯は何を隠そうカーズ様。自分の思想を理解しない仲間を全員殺しちゃうの。そこに痺れる憧れるゥ。

 

 いや痺れも憧れもしないからこそ、思わず泣いてしまったわけなんだけど。そこで何を思ったか、カーズ様が優しげにわたしをあやしてくれてるところです。

 

 さてどうしたものか。

 わたし、女に生まれてるから少なくともワムウやサンタナじゃないのよね。だからカーズ様が皆殺しを敢行する前には、ある程度成長するのはほぼ間違いない。はず。

 だってあの皆殺しを生き残ったのは、当時赤ん坊だったワムウとサンタナだけだったわけだし。となれば、殺されるのもほぼ間違いないわけで……。

 

 かといって、せっかく転生できたんだからすぐにまた死ぬのは嫌だなぁ。それにもし今が二十一世紀から見て万年単位の過去なら、知りたいことがたくさんある。

 柱の男……いや、闇の一族と言うべきか。いずれ絶滅する彼らの生態とか文化とか知りたいし、二十一世紀に至るまでの世界の歴史の、謎になってるところとか特に知りたい! 万年単位を平気で生きるうえに、知能も記憶力もいい闇の一族の身体なら、そういう埋もれた歴史も記録できずとも記憶できるはずだし!

 元歴史学専攻の大学院生としては、やっぱりそこはとっても気になるの! 猫型ロボットのひみつ道具で一番欲しいのはタイムテレビですって即答するくらいだしね!

 

 じゃあどうするか?

 

 となれば、なんとかしてカーズ様に取り入るしかないよねっていう。今可愛がってくれてる両親や仲間にはとても申し訳ないけど、しょせん黄金の精神を持たないわたしには自分の命が一番かわいいのだ。

 ……親を直接この手にかけたくはないから、もうあと数百年程度でカーズ様動いてくれないかな、なんて後ろ向きに考えながら。

 どうしたらカーズ様に仲間認定されるか、わたしはとにかくそれだけを考えることにした。

 

 

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 はい、というわけで大体五百年が経ちました。

 

 すごい。びっくりするくらいなんともない。普通に生きてる。わかってはいたけどさすが闇の一族、やたら長寿。

 この間に、わたしは赤ん坊から幼女に無事成長した。外見年齢で言えば、人間の三歳児くらいかな。

 ただ中身が大人だから、他の同年代よりは明らかに精神が成熟してて、色んなことに首を突っ込んでは怒られたり呆れられたり、なんやかんやで可愛がられたりしてる。いや、同年代二人しかいないんだけどね。

 

 この五百年ほどでわたしが何をしていたかといえば、積極的に昼間に外に出て日光を浴びていた。

 もちろん太陽の光に極端に弱い闇の一族にとって、それは自殺行為。普通に何度も死にかけた。

 親はもちろん一族総出で止められたし、なんならわたしもそんな泳げないのに海に潜るような真似はあんまりしたくなかったんだけど、将来のためには必要だったから仕方ないじゃあないか。

 

 だって、カーズ様が仲間を皆殺しにしたその根っこのところには、「太陽を克服したい」という願望が特に大きかったはずだから。

 カーズ様はそのあとに何ものをも支配したいとは思わないのかとも言ってたけど、それはそれとして、カーズ様にとって何よりまず太陽を克服して昼の大地に打って出ることが直近の目的なのだ。

 

 そんなカーズ様が、好奇心たっぷりに太陽の下に行こうと繰り返す子供を見たらどう思うだろうか? 少なくとも、興味くらいは持ってくれるだろう。

 そしてその子供がある程度成長したあと、弟子にして欲しいとか言ったらきっと信じてくれるんじゃないかなって。

 

 以上がわたしの考えた生き残る方策だ。

 

 もちろん、一族最高の頭脳を誇るカーズ様には見抜かれる可能性が高いけど、それはそれとして太陽を克服したいというのはわたしの偽らざる本音でもある。わたしは本気で昼の外に出たいし、日光であっさり死にたくはないのだ。

 だから、最終目標はさておき今は全面的にカーズ様の味方というのは本当なのよ。なので信じてくださいお願いします。

 

 なおそのカーズ様は、この五百年ほどの間に仲間のエシディシと一緒に石仮面をかぶって、ある程度の日光耐性を獲得している。日光を浴びても死なずに石化だけで済む程度の耐性だ。

 同時にこれではいかんとますます研究に打ち込みつつも、どれほどの変化が自身に起きたのかを調べるために並行して試行錯誤した結果、見事に光の流法(モード)輝彩滑刀(きさいかっとう)に目覚めておられた。早い。さすが天才。なおエシディシはまだな模様。

 

 彼らの生命体としてヤバすぎる体質とか能力は、半端とは言え石仮面の力で引き出されたものだったんだなぁ。確かに、二部の回想シーンで輝彩滑刀を振るうカーズ様と戦ってた闇の一族は、普通の剣とかを使ってた。そういう意味では、闇の一族におけるカーズ様は人間で言うところのDIO様みたいなポジションなのかもしれない。

 

 とかなんとか思って二人を見てたんだけど、たぶんこれも石仮面の効果なんだろう。二人は石仮面をかぶったその日を境に急に燃費が悪くなって、めっちゃ食事の量が増えて周りから白い目で見られてる。闇の一族、大人しすぎて名前負けがすぎる。このままだと、二人が一族から完全に孤立するのもそう遠くはなさそうだ。

 とくれば、これは結構近い将来にエックスデーは来そうだなぁ、と今から戦々恐々なわたしです。

 

 

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 てなわけで、またしてもおよそ五百年が経過。早い。月日早い。

 約千歳になったわたしは、推定六歳児程度の幼女に成長した。

 

 ……同年代の子を見る限り、どうにもわたしの身体の生育はすこぶる遅いらしい。

 どう考えても、毎日日光を浴びてるせいですねわかります。あんな身体が灰になるような劇物を毎日浴びてたら、そりゃあ生育にも悪影響が出るってものだ。

 

 でもこれも生き残るため。我慢しよう。身長もスリーサイズもグンバツな美女に育つ代わりに理不尽な最期を迎えるくらいなら、わたしは合法ロリになってでも生き延びたい。死ぬよりはマシだ。

 

 それはさておき、わたしは無事カーズ様に弟子入りすることに成功した。太陽を克服したいという熱意を伝えて、実際に少しとは言えそれを成したカーズ様に熱烈なラブコールを送ってどうにか庇護下に転がり込んだのである。

 渋い顔で「子供の面倒など見切れん」とうめくカーズ様と、カラカラと笑いながら「いいじゃあねーか少しくらい。息抜きだと思えよ」と彼の肩を叩くエシディシの対比がなかなか面白かった。

 

 で、最初はそんな感じで渋ったカーズ様だったけど、子供にしてはなかなかに聡明ということで、最近はちょこちょこ手伝いに駆り出される。彼が内心でどう思ってるかはわからないけど、とりあえずそれなりに構ってもらってる感じだ。

 

 なんなら石仮面作りを手伝ったりもしてるぞ。おかげで石仮面のほとんどを一人で作れるようにもなったけど、肝心要の骨針の仕組みは触らせてもらえてない。あそこはやっぱり、カーズ様的にも下手に他人に知られたくはないみたい。

 でもせっかくならそこらへんは知っておきたい。理論がわかってる人が目の前にいるのに、それを教えてもらえないのは理不尽だと思うの!

 わたし! 気になります!!

 

 というわけで、カーズ様が教えてもいいと思ってくれるように、色々小細工を考えるのが最近の日課。

 直近だと、石仮面を他の生き物に使ったらどうなるの? って無邪気して聞いて、実験してみろと言われてそっちがメインって感じだ。

 

 とりあえず近場のところで、ほ乳類を中心に片っ端から石仮面をかぶせて吸血鬼化して経過を観察、その様子を余すことなく記憶してる。

 本当なら彼らの素の生態を見てみたいんだけど。だってまだダイアウルフ(推定)とかいるんだよこの世界! 気になるに決まってるじゃん絶滅種だよ!?

 

 ……こほん、閑話休題。

 

 このとき、メモはしない。何せ闇の一族は人間と違って知能と記憶力が段違いに飛びぬけてるから、メモなんて取らなくても全部覚えてられる。思い出そうとすれば前世のことだって克明に思い出せるから、原作の時代に突入してもすっかり忘れてるなんてことはなさそうでちょっと安心してる。この辺は、人外に転生した特典みたいなもんだね。

 

 ただ、石仮面で吸血鬼化した生き物はその大半が凶暴化して、こっちに襲い掛かってくるからメモしてる余裕なんてないとも言う。

 幼児とはいえ、一応わたしも闇の一族。小動物が吸血鬼化したくらいじゃ負けやしないけど、負けないからといって怪我しないわけじゃないから……。痛いものは痛い。

 

 あ、ちなみにわたし、石仮面はまだかぶってない。だからかわからないけど、肌から他の物質を取り込んで即消化、なんて芸当はできない。できたらそこまで怪我も気にせず観察とかできるんだろうけど、精神に影響出そうだなぁとか、生育に悪そうだなぁとか、色々思うところがあって。

 

 カーズ様はさっさとわたしにかぶせてサンプルを増やそうと考えてるっぽいけど、そこはもうちょっと待ってほしい。

 ありがとうエシディシおじさん、あなたがカーズ様のストッパーです。まああの人も「やるときはやるッ!」んだけど。

 

 この状態が、一体どれだけ持つことやら。

 既にカーズ様たちの食費がかさみすぎてて、闇の一族全体のエンゲル係数がヤバいことになってるのはなんとなくわかってる。

 このまま行くと、近い将来原作通りに皆殺しが起こりそうなんだよなぁ……。

 

 

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 そしてまた五百年ほど。時間の価値ってなんだろうね。

 

 というか、近い将来って思ってたのに何普通に五百年経過させてるの? いくらなんでも闇の一族気が長すぎない?

 

 で、まあわたしも約千五百歳になって、無事に外見年齢九歳児くらいになった。ここまで来れば、さすがに幼女は卒業だと思う。いまだに百三十センチあるかないかってとこで、ぺったんこの寸胴体型のイカ腹だけど。受け入れてるからいいんだけどね、うん。

 

 で、まあこの歳になってようやくというか、ついにわたしも石仮面をかぶった。

 最初は後頭部に野太い骨の針が刺さるのが怖くてハラハラしてたけど、やってみれば特に痛みもなくってあっさりしたものだった。しっかり麻酔して抜く親不知って感じ。

 

 危惧してた精神への変調は今のところ感じてない。……と思う。変わってはいない、と思うんだけど、自分で自分を客観視できない以上本当に変わってないのかどうかはわかんない。

 

 まあそれはそれとして、肌からものを取り込めるようになったり日光に耐性がついたり、明確な変化もしっかりあったよ。ちゃんとね。

 カーズ様やエシディシとの違いとして、わたしは二人よりもさらに日光耐性が強い。二人が石化するレベルの日光でも、最終的には石化するにしてもするまでにかかる時間が倍以上違ったのだ。

 

 これはあれかな? まだよちよち歩きのころから日光を毎日浴びてて耐性が既にできてたからかな?

 おかげでカーズ様からは見事にモルモット扱いで、最近は色々と身体を調べられることが多い。

 

 それは別に嫌じゃないんだよ? ただ触診のとき、たまに「ウィンウィンウィンウィン」とか言いながら肌を撫でてくるのがなければなぁ……。傍目から見たら完全にただのやべーロリコン野郎ですよ……。

 いやカーズ様、将来グラマラスな美女(リサリサ)に対しても同じことやるからたぶん彼なりのジョークなんだと思うけど。ちょっとそっちのセンスは足りてないんじゃあないかなぁ。

 

 まあそれがなければ、昼でも明け方や日暮れくらいなら普通に外で活動できるようになったから、最近は独自に色々調べものをして古代ライフをエンジョイしてる。

 二十一世紀だと絶滅した生き物もいるから、普通に超楽しい。できればそうやって、学者みたいな生活をずっとしていたいんだけど……。

 

「よぉし、いいぞ。どこからでもかかってこいッ」

「とあーっ!」

「ほいっと」

「むきゅー!」

 

 最近、カーズ様の命令で昼は主に戦闘訓練を受けている。エシディシから。受けさせられている、が正しいんだけど。

 

 このロリ体型で、身長二メートルはありそうなエシディシとまともに戦えるわけがないんだよなぁ! 今とかメダカ師匠のお家芸みたいになってるぞ! くそう、ぐるぐるパンチをくらえ! くらわないけど!

 とはいえ、こうやって手加減をしてくれるのは最初の数分だけ。そこから先は情け無用のスパルタ教育で、普通にボッコボコにされる。おかげでそうなるまいと必死にくらいついてるけど、正直永遠に勝てる気がしない。これに競り勝ったジョセフの頭どうなってるんだ。

 

 ただなぁ。

 

 いきなりカーズ様が備えろ、って言って戦いも覚えろって言ってきたのは、今度こそ近い将来同族を皆殺しにすることになるからなんだろうなぁ。予期してるんだろうなぁ。だってカーズ様、天才だもの。

 そして戦闘訓練を受けさせられてるってことは、わたしは一応カーズ様から身内認定を受けてるんだろう。そりゃ確かに、ここ千年ほどですっかり両親始め仲間とは疎遠になってるけど。

 それでも、彼らを殺せって言われたらわたしは躊躇するんだろうなぁ……。

 

 

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 そしてさらに約五百年。わたしおよそ二千歳になって、遂にそのときが……。

 

 ……来なかった。来たのはわたしの休眠期。

 そういえば、闇の一族って二千年周期で眠りに就く種族でしたね! 二千年間一睡もしなかったから普通に意識してなかったけど!

 

 というわけで、おやすみなさい。

 わたし、これから二千年ほど石になります。

 

 寝てる間にイベントが進まないことを祈るよ……!




主人公の名前は次の話で。
スタンドも出るよ。もうちょっとあとだけど。


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2.師曰く「滅びよ」

 おはようございます。人間から闇の一族に転生した女ことアルフィーちゃんほぼ四千歳です。

 

 あ、そういえば初めて名乗りました? そう、わたし今の名前はアルフィーと言います。わりとかわいい名前だと思うので、気に入ってます。

 

 それはさておき、いやー、眠りに落ちていくと同時に身体が石化していく感覚は結構怖いものがあるよ。これは確かに、克服したいと思っても不思議じゃないね。

 とはいえ、眠りから覚めて身体に血が通っていく感じは独特の高揚感もあったんだけど。

 

 さて目が覚めたところ、カーズ様とエシディシも休眠中だった。残っていたメモから、どうもわたしが休眠した少しあとに二人もほぼ同時に休眠期に入ったみたいだった。

 

 とりあえず寝てから起きるまでの間に何があったのか、情報収集をしようと思ったんだけど……いやー、すっかり一族からつまはじきにされてますわ。

 気持ちはわからなくはないんだけどね。わたし一人でも結構な量食べるし。きっとわたしたちが寝てる間、一族は平和に過ごしてたんだろうなぁ。

 

 というわけで、年齢的にもほぼ独り立ちを余儀なくされるところではあるから、食料探しを兼ねて情報収集に向かった。

 見つけた生き物に、持参した石仮面をかぶせて吸血鬼化。しかるのちにズムムっと吸収するお食事だ。

 

 正直、食べてる気がしなくてわたしはこれがあんまり好きじゃない。味をしっかり感じられる口からの摂取がいいんだけど……かといって、闇の一族は味付けや調理の概念があまり普及していない。生物として強すぎて、料理の概念を発達させる余地がなかったんだろうなぁ。必要は発明の母とはよく言ったものだよね。

 でもそういう学者的な感傷はさておき、二十一世紀から来た身としては、日々の食事が本当に味気なくて……。

 それに、生肉をかじったり火で焼いただけのタイプ:ワイルドな食事は、さすがに遠慮したいし……。

 

 というわけで、仕方ないのだ。ジョジョの本編が始まる時期まで行けばそこらへんは改善するだろうから、待つしかない。

 

 ……あ、人間。迂回しよう。

 人間は……人間はやっぱり、食べたくないね。元人間だもの。み〇を。

 

 カーズ様たちが見たら、不思議に思うんだろうなぁ。一番エネルギー効率がいい食べ物を食べないなんて、って。

 でもこればっかりは、ね。どうしようもない。

 いつか慣れる日が来るんだろうか。そんな日が……来てほしいような、来てほしくないような。

 

 

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 そこからおよそ五十年。やっとカーズ様とエシディシが復活した。

 目覚めた二人に、食べ物を渡しながらついでに眠っている間にどうなったのか、報告する。

 

 と言っても、目立った変化はさほどない。わたしたちが寝たことで食物連鎖が正常に戻ったみたいで、外は平穏そのものどころか食料には困らないありさまだったし、闇の一族も寝てる間特に何も対策を講じていなかった。

 正直言って、彼らはのんきしすぎだと思う。

 

 こちらにおわすお方をどなたと心得る。合理主義の塊、目的のためには手段を選ばないラスボスの鑑、カーズ様にあらせられるぞ。彼なら寝込みを襲うくらい平気でするだろう。

 

「ふん、所詮やつらはそこまでの生き物ということよ」

 

 ほらね。

 

「どうすんだ?」

「……どうもしないさ。やつらが何かしない限りは、だがな」

 

 一見良心があるように見えるでしょ? これ別に専守防衛じゃあないんだ。まだ目的達成のために必要なものがはっきりしてない段階だから、単に今行動を起こすのが割に合わないだけなんだ。

 

 そしてわたしは知っている。先にしびれを切らすのは、一族のほうだと。

 今度こそ、本当に今度こそ、そのときは近いはずだ。

 

 

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 それからたった数年が経ったある日、久しぶりに一族に新しい命が誕生した。

 彼に与えられた名は、ワムウ。

 さらに、もう一人子供を身ごもっている人がいる。こちらの出産も、もう間もなくだろう。

 

 それを聞いて、わたしはようやく今がいつかを確信できた。

 設定上、ワムウとサンタナの年齢は2部の西暦1938年の段階でおよそ一万二千歳。つまり今は、およそ紀元前一万年とちょっとってことになる。

 

 そして同時に思う。遂にそのときが来た、ってね。

 ……まあ、実際はそんなにすぐには来なかったんだけどさ。

 

 だからぁ! 闇の一族のんきがすぎるよ! 危険視してるなら早く動こう!? なんでそんなに傍観続けてるわけ!?

 ほら、そうこうしてるうちにわたしの戦闘訓練もそこそこ進んじゃったじゃあないかッ!

 

 あんまりにも何もなさすぎて、本当にアレは起こるのか……もしかしてこの世界は原作通りに進まないのか……。

 そうやってわたしはやきもきしつつも、ワムウとそれからサンタナが育つのを遠目に眺めていた。

 

 それでわかったのは、どうも闇の一族、生まれてしばらくは二千年周期の睡眠をしないっぽいぞ、ってことだ。さすがに赤ん坊のころは成体ほど頑丈でもないからなのか、人間とそこまで変わらない周期で寝て起きてを繰り返してたんだよね。

 ただし身体の成長もその分ゆっくりで……その辺と照らし合わせて考えるに、記憶にないからそんな感じしないけど、わたしたぶん自分で思ってるよりさらに何千年か歳行ってるな……?

 長生きしすぎて年齢の概念が曖昧過ぎるなこの生物……。まあいいや、自分で認識してない時間を加算するのも面倒だし当初思ってた通りに名乗ろう。

 

 そんなわりとどうでもいいことを考えながら過ごすこと、約二千年。ワムウとサンタナも赤ん坊から少し脱却してきたかなってくらいの時間が経った。

 

 またかよ。本当にもう、闇の一族危機感なさすぎるよ。

 わたしがもはや呆れの境地に至ったころ。ようやくそのときがやってきた。遂に一族が重い腰を上げたのだ。

 

 わたしを含めた三人を、剣や斧、槍などの武器を持った一族がぐるりと取り囲む。その様子は、漫画やアニメで見ていたそれとまったく変わりがなくて……。

 

「やつが存在するのは危険だ」

「あいつをこの地球から消してしまわなくてはならない……!」

「やつを殺してしまわなくては!」

「バカ者どもがッ! 太陽を克服したいと思わないのかッ! 何者をも支配したいと思わないのかッ! あらゆる恐怖をなくしたいと思わないのかッ!」

 

 けれど、誰もその言葉に耳を貸さない。同意するものは、エシディシとわたしだけだ。

 

 それを確認したカーズ様は、一瞬だけ無言で目を細める。この一瞬に、彼が何を考えたのか。わたしにはわからない。

 ただすぐに呼吸を整えると、殺到する彼らに一切動じることなく、自身の前腕から輝く刃を生じさせて。

 

「では――滅びよ」

 

 淡々と、静かに。だけどはっきりと、別れの言葉を突き付けた。

 それに応じて、エシディシが。そしてわたしも、遅れて前に出る。

 

 かくして、虐殺が始まった。

 

 それは戦いじゃあなかった。まさに、虐殺としか言えない一方的なものだった。

 石仮面の効果でそもそも地力が違いすぎるって言うのに、それに加えて流法(モード)という特殊能力まで持ってるんだから、カーズ様たちに勝てるはずがないよね。

 闇の一族たちに勝ちの目があるとしたら、それはわたしに対してのみだっただろう。わたしまだ流法(モード)に開眼してないし、初めての実戦でビビりまくってたからね。

 

 けど、そうはならなかった。わたしは普通に生き延びた。わたしだって、伊達に石仮面をかぶってない。こうなると見越したカーズ様に色々教えられたんだからね。良くも悪くも、あのボッコボコにされまくった日々は間違いなくわたしを強くしてたわけだ。

 まあ、それでもすぐには動けなかったんだけど……。

 

「アルフィー! 何をぼさっとしているッ! 殺せッ! 一人残らずだッ!」

 

 カーズ様の輝彩滑刀が(恐らくは意図的に)わたしの眼前を走った瞬間、そんなことは考えられなくなった。

 

 ここで彼に従わないと、わたしもこの場で殺されるだろう、って。そう思って、どうにかこうにか理性を抑え込んで、無我夢中で手刀を前に突き出した。

 

 すると、目の前に迫ってきていた男性の身体に腕が貫通した。

 あまり抵抗はなくて、結構あっさり。それはもう、あっためたナイフをバターに突き立てるみたいに。

 

 その事実と、飛び散る血しぶきにわたしの思考は止まった。

 

 え。そんなバカな。だって、こんな単純で非力な少女の貫手なんて、エシディシもカーズ様も全然効かないどころか、そもそも当たりもしないのに。

 

 そこに、斧が叩きつけられた。わたしの頭はそれでトマトみたいにつぶれ……ることなく、普通に刺さったままで止まった。ついでに、その勢いでかなり大きく吹っ飛んで壁に激突する。

 

 痛い! 肺から空気が一気に抜けて、一瞬息がつまる。

 けど、それだけだった。頭の傷が、見る見るうちに治っていくのが感触でわかる。

 

 ああ。

 

 そうかぁ。そうだよねぇ。

 

 だって、わたし石仮面かぶっちゃったんだもんなぁ。

 そりゃそうだ。

 

 うん……わたし、もうとっくにバケモノなんだなぁ。

 

 そう思ったとき。

 かちり、と頭の中で何かが切り替わったような気がした。

 オンとオフが切り替わるようなものじゃあない。生卵が鍋の中でゆで卵になっていくような、不可逆的な切り替わり。

 

 そしたら、目の前が真っ赤になった気がして……。

 

「あは……あはははははっ!」

 

 気がついたらわたしは、けたけたと高笑いしながらサルかヨーダかみたいに飛び回りながら、カーズ様たちみたいに殺す側に回っていた。

 

 心の中では非道だなんて言いながらも、身体はまるで本能に突き動かされているみたいに止まらない。

 そんな、頭と身体が乖離したみたいな状態だったからか、そのときわたしは不思議なくらい冷静に自分の行動を見ていた。

 

 そして思う。ああ、やっぱり石仮面は精神を悪に傾けるんだなぁ、って。

 

「これで全部か」

 

 カーズ様のその声を聞いたとき、わたしの全身はすっかり血に染まっていた。

 あぜんとして、けれどなんだか右手が何かを持っていて、重くて。不思議に思ってそれを眼前に持ち上げて……。

 

「ひっ」

 

 それを。

 今世のお父さんの首を、思わず投げ捨ててしまった。

 

 すぐにいけないことをしたと思いなおして、そちらに目を向けたけど……。

 わたしを見つめるお父さんの目は、恐怖と絶望に染まっていて。

 それから逃げるように周りを見渡してみれば、同じような顔で絶命した仲間がそこら中に転がっていて。

 

 わたしの心は良心の呵責に耐えられなくなって、その瞬間ぷっつりと意識が途切れた。

 




闇の一族の成長速度とか過程とかは、完全に作者の独自解釈です。
きっとこんな感じだったんだろうっていう、そういう。
カーズ様の若いころとか見てみたい気もしますが、公式でそういうのやんないですかねぇ。やらないでしょうねぇ。

なお主人公の名前の由来はもちろんあのレジェンドです。


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3.任務は子育て

 はい、というわけで人間改め、闇の一族改め、柱の男……じゃない、柱の女ことアルフィーちゃん大体八千歳です。紀元前六千年くらいかな?

 え? 一気に時間が飛んだって? そりゃああの大虐殺のあと、みんなで揃っておねむの時間でしたからね!

 

 それはともかく、起きて思ったことはなんというか、やってしまったなぁ、って感じだ。

 うん、完全に人間をやめてしまったよ。もう後戻りはできない。わたしは、自分だけ生き残るために仲間全員を売ったんだ。

 

 後悔は……あんまりない。少なくとも、普通に生活できるくらいには。

 この辺りも、石仮面の副作用なのかなぁ。あの瞬間は確かに、ものすごいショックがあったはずなんだけど。

 でも確かに、わたしはあの瞬間に変わってしまったんだとは思う。何せあのあと、普通に人間を食べられるようになっちゃってたから……。前はあんなに避けてたのに……。

 

 そんな風にわたしが一人葛藤しながらも、複雑な心境で人間を食べる日々を過ごしていたある日、ふと思い出したようにエシディシが言った。

 

「ところでカーズよぉ。こいつらのことはなんて呼べばいいんだ?」

「名前か……考えたこともなかったな……」

 

 ネグレクト全開なカーズ様の発言に、思わずジト目を向けてしまったのは悪くないと思う。この人は本当に、自分ファーストだなぁ。

 

 いや、気持ちはわからなくはないんだよ。わたしも、自分の好きな研究やってるときは周りが見えなくなってる自覚はある。楽しいからね、仕方ないね。オタクってそういうとこある。

 でもそれはそれとして、子育てのほうが優先度が高いことは理解してるつもりだよ。だって放っておいたら死んじゃうんだもの。

 というか、そもそも彼ら生まれてから二千年の間、あなたたちも同じ場所で生活してたはずでしょーが!

 

 なんてことを言ってしまったわたしを殴りたい。なんなら【バイツァダスト】でも構わない。

 

「そうか。ならばお前が育てるといい」

 

 なんて丸投げされたんだもん!

 エシディシも何笑ってるんだよ! かくなる上は、お前がパパになるんだよ!

 

 というわけで、まさかの八千歳にして未婚の母になってしまった。種族的には、姉って感じなんだけど。

 でも()()ワムウとサンタナを育てる羽目になるとは、誰が予想したことやら……。

 

「で、名前は?」

「あ、はい。先に生まれたこの子がワムウで、こっちの子がサンタナです」

「そうか。覚えておく」

 

 簡潔に答えて、頷くカーズ様。

 

 うん、知ってた。優先すべきはそこじゃないもんね。

 

「あれ? あとに生まれたガキの名前、そんなんだったかぁ?」

 

 あ。

 

 しまった、普通にジョジョラーの観点で答えちゃったけど、サンタナってあいつの本名じゃないや。シュトロハイムのつけた人間側のコードネームだった。

 

 ……い、いや、でももう言っちゃったし。それに違う名前だったとしても困らないよね誰も!

 

「そ、そうです。そういう名前でした」

「そうか? まあ、別にどうでもいいか」

 

 どうでもよくはないと思いますけどね!

 

 ま、まあ、かと言って今さら撤回して疑いをかけられたくない。

 だから末っ子くん、君はサンタナなのだ。誰がなんと言おうと、君の名前はサンタナなのだ!

 

 このアルフィーが名づけ親(ゴッドマザー)であるぞッ!

 

 

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 さて、そんなわけで子育てをすることになってしまったわたしだけど。これが思ってたより楽だった。

 というのも、そもそもわたしたちは人間より普通にハイスペックなので……。色んな意味で成長が早くて、手がかかったのは最初のうちくらいだった。

 

 というか、そうでもなきゃ原作でカーズ様とエシディシに子育てができたとは思えない。

 この時期は、まだ石仮面の完成に必要なものをつきとめられていない。だから研究と子育てを並行してたはずで……これが人間と同レベルの苦労が必要なら、あの人普通に殺してたんじゃないかな。

 

「ふんっ!」

「ぎゃあ!」

 

 そして五百年ほどが経った今、サンタナがワムウにぶっ飛ばされるのをわたしはため息混じりに眺めている。

 

 なんていうか、あれね。原作でカーズ様から直々に「戦闘の天才」と言われるだけあって、ワムウが強すぎる。

 それに対して、原作でカーズ様から直々に「青っちろいガキ」と言われるだけあって、サンタナが弱すぎる。

 

 二人ともほぼ同い年のはずなのに、なんだろうこの差。いや、階級に差があるのは知ってるけど、だとしてもこれじゃあ戦闘訓練にならないよ。

 カーズ様からは戦闘力も伸ばせと言う育児方針を与えられてる以上、成果を出さないとわたしの首が物理的に危ないのに。

 

 ちなみにそれがなんでかって言うと、どうも石仮面の効果向上は掛け算っぽくて、素の能力が高ければ高いほどあとあとよりすごくなれるっぽい……という研究結果が出たからだ。

 それで行くと、あまり訓練がないまま石仮面をかぶったわたしは戦力としてはかなり低いんだろう。わたしが他の面子に勝る能力と言えば、日光耐性くらいじゃあないだろうか。

 

 それにわたしの最大の目的は歴史や文化の観察と研究だから、極論そこまで強さは必要ない。人間相手なら今のままでも十分オーバーキルだし、スタンド相手だと肉体的なスペックはあんまり意味がなかったりするしね。

 

 ただわたしとしては、そっち方面じゃなくて平和的な子たちに育ってほしいんだけど、命令とあれば仕方ない。まあ、ワムウは戦い方を教えないと逆に歪んでしまいそうな気もするけど、サンタナはもうちょっとあるんじゃないのとは思う。

 

 そんなことを考えながら、わたしはサンタナに近寄る。

 ああ、これ完全に気絶してますね。そりゃまあ、頭にクリーンヒットだったから仕方ないか……。

 

「うーん、今日はここまでかなぁ」

 

 思わずそうつぶやいたら、残心し続けていたワムウが心底つまらなさそうにため息をついた。

 

「サンタナは弱すぎる。これでは鍛錬にならん!」

 

 原作では戦うことに生きる意味を見出してただけあって、ワムウは既にそういう気質を見せている。一方的な、戦いとも呼ばないようなやり取りは本当につまらないんだろうなぁ。

 

 でもサンタナの名誉のために擁護しておくと、手先が器用なのは断然サンタナのほうなんだよね。道具を作ったり料理したり……そういう細かい作業をさせたら既にわたしよりできるまである。

 カーズ様たちはそういうところ評価対象にしてないみたいなんだけど、わたしはそうは思わない。サンタナに作ってもらった紙とか、かなりの逸品ですよ? 細かいところにも結構気が利くし、研究の助手としてはかなり向いてるんじゃないかなぁ。

 もっと彼のことを認めてあげてほしいよ、まったくもう。

 

 とはいえ、ワムウの気持ちはわからなくはない。スポーツでもなんでも、ある程度実力の近い人とやるのが一番楽しいもんね。

 お前どっちの味方だよって言われれば反論の余地はないけどね! だって二人ともほとんどわたしが育ててるんだもん、それぞれのいいところは褒めたくなるでしょ。

 

 まあそれはともかく、仕方ないからわたしが続きを引き受けよう。

 ホラ、わたしもせめて流法(モード)には開眼しておきたいしね。原作を見る限り、たぶんあれは戦いの中で目覚めるものだろうし。

 

「じゃあ、少しわたしとやろうか」

「ぜひッ!」

 

 そしたらワムウってば、一転して楽しそうにそう言ってきた。まだ変声期を迎えてない声はどこからどう聞いても真綾さんだし、目なんかもうキラッキラしててとてもかわいい。

 いやはや、このイケショタがのちのち明夫ボイスの超マッチョになるなんてとても思えないな……。

 

「じゃあ、いつも通り投げた石が地面に落ちたら始めってことで」

「はいッ!」

 

 同意を得たわたしは、そこらへんに転がっていた小石を拾い、手のひらに乗せてしっかりワムウに見せる。で、それをぽーんと軽く真上に放り投げて……。

 

「ふッ!」

「甘い!」

 

 地面に落ちた瞬間、すごい勢いでワムウが突進してきた。

 けど、わたしはそれをなんなく回避する。動体視力や反射神経は、人間の頃とは比べ物にならないくらい良くなってるのだ。元が一般人でも、スペックの暴力でこれくらいはできる。

 

 そして回避と同時に、まずは軽くパンチで攻撃だ。

 ワムウはこれをあっさり見切って回避……しようとしたけど、そうは問屋がおろさない。これは人間同士の戦いじゃあないッ!

 

「!?」

 

 ワムウの目が見開かれる。彼の目には、わたしの腕がいきなり伸びたように見えたはずだ。

 それもそのはず、腕の中の骨を外して実際に腕を伸ばしているからね。強引に。いわゆるズームパンチだ。

 

 今回はさらにその先を行く、回転も加えたドリルズームパンチだ! 速いぞ! 強いぞ!

 痛み? そんなもの、ウチにはないよ……。伊達にバケモノはやってない。

 

 けど、ワムウはさすが天才だ。彼には初めて見せた技だったんだけど、基本は普通のズームパンチと同じだからか対応が早い。回避しきれないと見るや、自らぶつかりに来て打点をずらされた。これで狙った場所には当たらず、ミスヒットとでも言うべき軽い打撃にしかならなかった。

 

「ふんぬッ!」

 

 そして彼は、そのままわたしに肉薄して投げに持ち込んでくる。

 最近のいつもの流れだ。最近の訓練で、ワムウはよくわたしに投げをかけてくるんだよね。どうも力だけでは済まないこの技術が、最近のお気に入りらしくって。習得しようと躍起になってるんだろう。実に彼らしい。

 

 ただし、わたしも素直に投げられるつもりなんて毛頭ない。四千歳も歳下の、しかもまだ石仮面もかぶってない相手には負けたくないし、第一ワムウは手加減されることをことさら嫌うしね。

 

 というわけで、くらうがよい!

 

「ちぇすとーっ!」

「ぐぬぅ!?」

 

 相手の力を利用して、大外刈り! 決まったッ!

 

 ……でもこれだけでは絶対に終わらないのがわたしたち。ここから普通に逆転しにかかってくるのも当たり前なので、わたしは技の途中でさらに力をかける。

 

「くっ!」

 

 ほらね。ワムウってば、わたしにつかまれてるところを起点にして、人間なら絶対できない体勢に身体を変形させて倒されるのを回避してきた。

 

 けどまだ甘い!

 

「よいしょ、っと!」

「ぬう! またしても!」

 

 わたしは既に全身の関節をすべて外して、タコよろしくワムウの身体にまとわりついている! 触手みたいになったこの状態、意図的にしがみついてる以上簡単には外されないぞぅ。

 まあ、カーズ様やエシディシ相手だと不利にしかならないけどね!

 

「せいっ!」

「ぐッ!?」

 

 このままわたしは一気に落としにかかる。

 生態は違えど、わたしたちも酸素で肺呼吸する生物。首を絞められたらいずれ失神してしまうのは避けられないさだめなのだ!

 

 ワムウはすぐにわたしを外そうとするものの、起点がなかなかつかめず四苦八苦している。

 ジョセフたちと戦ったときのワムウなら風を操って対応してくるんだろうし、そうでなくとも何かしら手を打ってくるだろうけど、今のワムウはまだ自身の流法(モード)に目覚めていないうえに子供。圧倒的に経験が足りてない。

 

 これでわたしの勝ち、だと思うけど……カーズ様からは容赦するなって言われてるから、さらに一発行くとしよう。

 全身でワムウの身体にしがみついてるこの状態から、さらに骨を操って体内から射出。ちょうど原作のサンタナがやった露骨な肋骨(リブス・ブレード)と同じ形で、全方位からワムウの身体を骨で串刺しだ。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 さらにその骨を地面に突き刺し、完全なる固定を実現する。

 ついでに、少しだけ肌伝いの吸収もかけようか。憎き肉片(ミート・インベイド)の再現だ! じわじわと肌を削られる痛みを味わうがよい!

 

「ぐぬ……ぬぅ……! ぐふ……っ!」

 

 ふっ、勝ったな。

 

 ……石仮面をかぶったことによる恩恵を全振りして、全力で歳下をハメにかかるとか大人気ない、なんて言わないでほしい。わたし決定的に攻撃力に欠けるんだよ。こうでもしないと千日手になるんだよ……。




サンタナ器用説は作者の独自解釈です。
精密機器の正規手順による分解を原作中で披露してるのはサンタナだけなので、彼にも一つくらい長所があってもいいだろうなと思って。
原作のサンタナって不遇すぎひん・・・?
ちなみに本作における柱の男一味の階級は
カーズ=エシディシ>主人公≧ワムウ>サンタナ
のつもりで書いています。中間管理職アルフィーちゃん。


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4.それは福音か災厄か

 はい、というわけでいつものようにおおまかに五百年カッ飛びました。 推定九千歳くらいになりましたアルフィーちゃんです。紀元前五千年くらいですね。たぶん。

 

 ここ千年ほど、まったく身長が伸びてないんですがどうなってるんでしょう。それどころか骨格とか肉付きもどう控えめに見ても完全なる子供体型なんだけど、なんで? ガイアがわたしに合法ロリになれとささやいてるの?

 

「肉体が全盛期を迎える前に石仮面を被った副作用かもしれんな。あれは全盛期を保つようになるが、正しくはその状態に戻すものだ。その状態になったことがない以上、お前の肉体はその姿が全盛期と認識しているのだろう」

「……だから実証実験もなしに石仮面被るのイヤだったんですよぉ!!」

 

 ええまあ、なんとなくそんな気はしてたからいいんですけどね……。一応覚悟はしてたんで、別に……うん……。

 

 ……それはともかく。

 この五百年で何をしてたかというと、石仮面にさらなる力を持たせるための素材を探してみんなで大陸中を旅してました。

 

 その結果わかったことは、わたしたちのいる大陸が北米大陸ってことですかね! そこはなんていうか、だろうなって感じだけど!

 

 素材? ダメですね。南米大陸も回ったけど全部ダメ! どれもこれも石仮面に合わなかったですね!

 まあ、わたしとしては二十一世紀には絶滅したと思われる生き物が色々見れたから結構楽しい旅だったんだけどね! いや、わたしが知ってるのは骨だけで生きてるときの姿はわからないから、あれが本当にそうだったかは知らないけど!

 

 ともあれそんなわけで、一旦この大陸の捜索は打ち切ることになった。さすがのカーズ様も、こうカスリもしないと堪えたんだと思う。

 

 なので、今は海を渡って違う大陸に行く途中。計画としては、極夜を利用して凍りついた北極を渡ることになっている。

 とはいえそこは人外の集団だから、わりと近所を散歩するくらいのノリだ。この時代、わたしたちは正真正銘地球生態系の頂点だからね。グリズリーだって怖くない。

 

 そんなある日のことだ。

 

「……カーズ様、あれ……」

 

 最初にそれに気づいたのは、サンタナだった。彼が空に指を向けるのにつられて、わたしたちも顔を上げてそれを認識する。

 

「おいおい、ありゃあ……」

「隕石か。でかいな」

 

 そう、そこには空から降りそそぐ赤い玉があった。赤熱して、轟音をあげながら落ちてくるそれは、見ようによっては世界の終わりに見えなくもない。

 

「どうする?」

「少しルート変更といこう。もしかしたら、この地球上には存在しない物質が見つかるかもしれん」

「あっ、確かにそうですね! えへへ、楽しみですねカーズ様!」

「うむ。……まあ、期待しすぎて肩透かしを食らう可能性のほうが高い。今から落ち込む準備はしておくのだな、アルフィーよ」

「いえ、ワクワクしすぎてそんなの無理ですね!」

「……姉上のそういうところは、このワムウには理解しがたいです」

 

 何を言うんだワムウ! 地球外の物質とかロマンじゃあないかッ! 何がなんだかわからない謎の物質とか、気にならない!?

 ……ならない? そっか……ならないかぁ。

 

「……俺はちょっとわかるかもしれない」

 

 ふふん、それに比べてサンタナは見どころがあるね! いっそわたしと一緒に研究者になろうよ!

 ……ならない? そっか……ならないかぁ。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 いつものように約五百年があっという間に過ぎた。

 いや我ながらびっくりする時間の流れだよ。なんかもう人間だった頃の時間感覚には戻れそうにない。

 

 この五百年は、こないだの隕石の調査に没頭していてほとんど動くことがなかった。食事のために場所を変えることはあったけどね。

 

 そう、結果的にわたしたちはユーラシア大陸への渡航を中止した。わたしとしては、ユーラシア大陸の絶滅種……ホラアナライオンとかオーロックスとかを見てみたかったんだけど、カーズ様がそう決めたんだから仕方ない。

 

 じゃあそのカーズ様はこの五百年間何をしてたかって言うと、さっきも言ったようにこないだの隕石の調査だ。ほとんどそれしかしていない。

 わたしでもちょっと驚く集中力は、さすがって感じかな。カーズ様ももしかしたら本質は研究者なのかもしれない。戦闘すら人並み以上にできる天才なだけで。

 

 で、今はそれもだいぶ落ち着いてきた。そのまま実験をする段階に入ってる。

 どんな実験かと言えば、隕石を使って石仮面にうまいこと影響を与えられないかという感じだね。

 

 うん、あの隕石ただの石じゃなかったんだ。わたしはよくわかんなかったけど、なんかカーズ様も見たことのない物質が入ってたみたいで発見した直後はわりとテンション高かったよ。

 それを調べてみたら、正確には物質って言うより生き物っぽいとかで。地球の生態系に照らし合わせて無理に分類するなら、金属元素的な特徴を強く持ったウィルスの集合体、とかに分類できるらしいんだけど……。

 

 説明聞いた瞬間、思ったよね。

 それ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 思い返してみれば確かに、飛呂彦先生の原作には出てこないけど、小説版ではスタンドを目覚めさせる弓と矢、その鏃を作ったのはカーズ様って設定になってるやつがあった。だとしたら、これから実験の過程であの鏃ができる可能性はすごく高いわけで。

 もしスタンドに目覚められたらそれは一ジョジョラーとしては嬉しい限りッ!

 

 というわけで、今回の実験はわたしもかなり積極的にお手伝いした。おかげでカーズ様から少しはお褒めの言葉をいただくという快挙を成し遂げてしまったね!

 

 ……まあ、その実験で何をしたかって、人間を対象にした人体実験なんだけどね。

 そしてさすがカーズ様、人間を殺すのにまったく躊躇がない。彼にしてみれば、人間にとっての鶏とか豚みたいな存在なわけだから、それもわからなくはないんだけど……元人間としては、ね。思うところはもちろんあるよ。

 

 あるんだけど、わたしが止めたってカーズ様が聞き入れるわけないし、止めたら最悪殺されるかもしれない。それもわたしにはできないんだよねぇ。

 だからわたしにできることと言えば、彼らの死を無駄にしないよう少しでも情報を多く集めてカーズ様がたくさん殺さないようにすることしかない。だからいつもよりがんばったってのもある。

 

 さてその実験だけど……ウィルス的なものとわかったらやることと言えば、そりゃあ感染させてみるに尽きるでしょ。誰だってそーする、わたしだってそーする。

 そしてカーズ様もそーした。まずは隕石を少し切り出して、破片を人間の体内に埋め込んでみた。

 

 そしたら、うん……なんていうか、()()()()()ね……。

 

 正直なところ、そんな気はしてた。だってジョジョにおけるキーアイテム、スタンドを目覚めさせる矢は、デッドオアアライブだ。その原料と思われるものを直に体内に入れたら、まあその、うん。ね。

 

 でも、わたしは原作知識でそれを知ってるけど、カーズ様は知らない。それを実際に結果を起こさずに止めるなんてできるわけない。仮説として提言することはできたけど、それでおしまいだった。ごめんね犠牲になったおじさん……。

 

 もちろんカーズ様がそれで止まるはずはなくて、その次は血液感染だーってことで隕石を加工し始めた。

 

 てなわけで、本人曰く「ちょいと片手間の遊びみたいなもの」でこさえられたこちら、こちらをご覧下さい。

 デザインは特に何もないシンプルなやつだけど、この形状わたしとても既視感がありますねぇ!

 

 そう、どこからどう見ても、()()()ッ!

 

 なんだかジョジョの世界に一歩近づいた気がして、悶え苦しんだよ! 喜びでなッ!

 

 ……さてそんなこんなで遂に出てきた鏃。これで人間を順番に斬りつけていったところ、なんとまあ九割以上がお亡くなりになってしまってわたしはドン引いた。体内に埋め込むのとほとんど変わらないじゃあないか!

 でもよくよく考えればこれも当然の結果だったかもしれない。原作だとわりと大勢のスタンド使いがこの鏃から生まれてるけど、四部とかこれが原因で死んだ人が大勢いたことはほのめかされてたわけだし……。

 

 とはいえ、全員が死んじゃったわけでもない。

 そしてこの鏃の傷から生還した生き物は、スタンド使いになる。実際、その全員が不思議な力に目覚めた。スタンドだ。

 

 わたし大興奮! ……とはいかない。

 なんてったって、スタンドはスタンド使いにしか見えない。だからわたしたちにはそれがどういうものか見えないし、その能力も結果しか認識できないんだよねぇ。

 

 おまけに、スタンド使いになった彼らは一様にわたしたちに牙を剥いた。観察とかしてる暇はなかったよ。

 

 気持ちはわかる。理不尽に拉致られて実験台にされて、いつ死ぬかわからない中で圧倒的な力にさらされる状況。そんな中わたしたちも知らない力に目覚めれば、人間って立ち向かうよね。

 いやまあ、そういうことができる人だからこそスタンドに目覚めたのかもしれないけど。

 

 ただ……ねぇ……。確かにわたしたちは全員、スタンド使いじゃあないんだけど。それでも、残念ながら普通の人間でもないんだよね……。

 

 何が起きたかって? そりゃあもう、いつぞやの再演みたいな一方的虐殺だよ。

 

 確かにね、スタンドを持ってればわたしたちにも対抗できる。実際、戦闘経験が少ないわたしたち年少組は何度か危ないことがあった。サンタナとか、たぶんわたしがかばわなかったら三回くらい死んでたと思う。

 でもカーズ様やエシディシ相手となると、ね……。

 

 そもそもスタンドって、全部が全部戦闘に向いてるわけでもないし、そうでなくとも初手を取って奇襲してこそってやつも結構多い。本体が認識できるより速く、強く動ける相手には、どうにもならないこともあるわけで……。

 全部終わって血まみれになりながら、わたしはため息しか出なかったね。

 

 これは間違いなく石仮面の完成に寄与すると、最高にハイ! ってやつになって高笑いするカーズ様とか。

 

 複数との戦いを経験して楽しかったのか、やたら名残惜しそうなワムウとか。

 

 人間に殺されかけたことがショックで凹んでるサンタナとか見てるともうなんか、こう、ね……。

 

 エシディシ? あのおっさんは「こういうやつが増えればもっと楽しく戦えるんじゃあねーか?」ってワムウを焚きつけてるよ。

 

「一通り情報は手に入った、実験は終わりだ。アルフィー、石仮面を完成させるぞ!」

「は、はいっ!」

 

 こうして真なる石仮面づくりが始まった。

 今までのものと違うのは、骨針のところ。ここが、例の隕石から削り出されたものに差し替えられた。

 はからずもその過程で石仮面の作り方を教えてもらっちゃったんだけど、喜んでいいのか悪いのか。

 

 でもね、カーズ様。わたし知ってるんだ、残念だけどこの隕石じゃあわたしたちを究極生命体にはできないって。

 




本文中にある通り、本作では「スタンドの矢の制作者はカーズ様」説および「スタンドの矢の正体はウィルス」説を採用しました。ご了承ください。

・・・最初のプロットでは、矢はゲブロンからできていてすべてのスタンド使いはグロンギ族の子孫だったんだよ! な、なんだってー!?
みたいなクロスオーバーを考えてて、今回の話も柱の一族VSグロンギ族にしようかと思ってたんですよ。
でもそれをやると大規模なクロスオーバーになって収拾がつかなくなりそうだったし、何より究極生命体になってない段階のカーズ様がダグバに勝つ未来が見えなかったのでやめておきました。
仮面ライダー、敵も味方もオーバースペックがすぎるよね・・・。


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5.目覚めた力

 はい、いつも通り大体五百年くらいが経ちましたそろそろ休眠期な約一万歳、アルフィーちゃんです。紀元前四千年前後だと思われ。

 

 こないだ自信たっぷりに隕石から石仮面を作り上げて、テンション大マックスにそれをかぶったカーズ様は、やはりというかなんというか、特に何も変化することなく骨針が刺さっただけに終わった。

 あのときのカーズ様の顔は、申し訳ないけど永久保存版だった。カメラがあったらぜひ残しておきたかった。それくらい、愕然としててひどい顔だったよ。

 

 そこから百年くらいは、手を替え品を替えて色々試してたんだけど……結局全部ダメ。最後は隕石の中核の一番ウィルスがたくさん集まってる部分から()()()()()()()()()()()()()()()()を作ってたけど、それもダメだった。

 あわよくばスタンドに目覚めようと思ってたみたいなんだけど、それも残念ながら目覚めず。

 

 そりゃ、原作のカーズ様たちはスタンド持ってなかったしね。スタンドの矢を作ったのがカーズ様なのにその当人がスタンドに目覚めてなかったんだから、残念ながらまあそうなるわな。

 

 これに関しては、

 

「あの奇妙な力は、ウィルスに対する抗体のようなものだ。細胞が死の危険を感じ、それに対抗すべく変異を起こすからこそ生まれるものだろう。しかも全身どころか個人の能力に及ぶほど劇的で強大なものというわけだな。

 しかしであればこそ、究極の生命に限りなく近い我々がそれに目覚めることはないだろう。何せ我々の身体はあらゆる害をはねのける。抗体を必要としていないのだ」

 

 という結論を出しておられた。

 

 つまり、あの隕石が持ち込んだウィルスは地球上の生物にとっては即死の危険があるほどの厄モノで、その感染に打ち勝った人だけがスタンドに目覚める。

 ところがそんな地球外物質であっても、わたしたち柱の一族は別に命の危険を感じるほどのものではないから、抗体をわざわざ体内に作ることもなく対処できてしまう。

 だからこそスタンドの発現は起こりえない、ってことみたい。

 

 推測止まりだけどね。さすがのカーズ様も、自分はともかく身内であるワムウやサンタナで実験しようという気にはならなかったみたい。

 ……その優しさを向ける範囲をもうちょっと広げてほしいなってわたしは思うんだけど、十万年以上生きてるカーズ様がそこを改めることはないんだろうな。三つ子の魂百までって言うし。

 

 ともあれそんなわけで、カーズ様の目論見は実に見事な空振りで終わった。

 そして今回は、期待が高かっただけにカーズ様も結構ショックだったんだろう。自ら休眠期に入ってふて寝してしまわれた。昔わたしにそんなこと言っときながら、自分がそこにハマっちゃうカーズ様ったらお茶目よね。

 

 そしてカーズ様が寝ちゃったら、わたしたちはやることがほとんどなくなる。仕方ないから休眠期に入るまでそれぞれが好きに動くことになったわけだけど……わたしは普段やってる観察とか文化調査以上にやってみたいことがある。

 

 それは、ずばり()()()()()()()使()()()()()()()

 

 だってだって! ジョジョラーならスタンド使ってみたいってみんな思うでしょ! 一回や二回や三回や四回くらいはさぁ!

 

 それに、わたしは知りたい。スタンドを使う、ということがどういう感覚なのかをね。

 確かにドジこいたら死ぬかもだけど、好奇心があればわたしは少しだけ戦える。それだけが、元一般人のわたしに振り絞れるたった一つの勇気だもの。

 

 ……まあ、決意してから行動に移すまで五十年くらいかかったんだけど。それはなんていうか、大目に見てほしいなって……。

 だって生きるか死ぬかなんだもん、躊躇くらいするでしょ。まったく何も問題が起きない可能性も十分あるけど、それはそれとして、ねぇ?

 

 というわけで、みんなの目を盗んでこっそり鏃を持ち出して誰もいないところへ移動(これ自体は五十年くらい毎日やってた。ヘタレでごめんよ)。そこで手首に刺してみた。けど、特に何も起こらず。

 

 これはなんとなくわかってた。カーズ様の推測は、やっぱり正しいんだと思う。その辺りについては、わたしかなりカーズ様を信じてるのだ。

 

 だから次にわたしは、カーズ様が最後に作った一番ウィルスが多く含まれた特別製を使うことにした。

 これは、最初にも言ったけど中身だけじゃなくて見た目も他と違う。この鏃には、()()()()()()()()()()()()()()が施されてるのだ。ヤケを起こしたカーズ様が、無駄に凝りまくって作った逸品だぞぅ。

 

 原作五部を読んだことがあれば、きっとピンと来るはず。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これはまさに特別製。他の鏃に比べて効果は高い可能性は高い。

 なんだったら、わたしたちと同じく人間以上の肉体を持つ吸血鬼のDIO様がスタンドに目覚めることができたのは、これを使ったからなんじゃないかってわたしは思ってるくらいだ。

 

 そんな特別製を使ってもなお、残念ながらカーズ様には今後ますますのご活躍をお祈りすることしかできなかったけど……ろくに鍛えることもないまま石仮面をかぶったわたしの究極生命体度は、カーズ様よりかなり低いはず!

 とくれば、そう! ワンチャン行けるかもしれない!

 

 いくぞ!

 

 ……い、いくぞ!

 

 ……ハァー、ハァー、い、行くぞぅ!

 

 い……行くったら行くんだ!

 

 せ、せーの!

 

 ……()()()!! 

 

「痛ったぁ!?」

 

 うわ痛い! びっくりするくらい痛い! 痛みじゃなくて死ぬかどうかでビビってたのに、これはちょっと不意打ちが過ぎる!

 というか、何千年もエシディシとかからボコされまくってて痛みには慣れてたはずなのに、我慢できないくらい痛いってヤバくない!? なんなら石仮面かぶってから感じた痛みの中で一番じゃあないかこれッ!?

 

 ……あ、いや、でもこの痛みなんとなく覚えがあるぞ。あれだ、夏の強烈な日光を浴びたときの痛みがこれくらいな気がする!

 え? だとしたらこれ、マジでヤバいやつでは?

 もしかしてオラオラですかーッ!?

 

 ……いや冗談言ってる場合じゃない、本当に意識が遠のいてきた。

 ま、待って待って、嘘でしょ? こんな半端なところでわたし死ぬの?

 や、やだな、まだ死にたくないんですけど!

 

 あ、あ、ダメだ、眠くなってきた……も、もうダメだ……。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 おはようごさいます。

 大げさに死ぬとか言ってたけど、単に久々の痛みがきっかけになってちょっとだけ早く休眠期に入っただけだったアルフィーちゃんおよそ一万二千歳です。紀元前二千年くらい? そろそろ各地ではっきりと文明が興ってる時期ですね。

 

 いやうん、なんか、あれだよ。笑えよベジータ。

 ふふ……自分でもびっくりするくらいバカだったね……。

 

 でもホラ、一万二千年ぶりに感じた死の恐怖だったんだし、これくらい大目に見て……っていうかみんな忘れて! お願いだから!

 何もなかった! いいね!?

 

 忘れた? ならよしッ!!

 

 というわけで、休眠期から明けたわけだけど、まだわたし以外みんな寝てる件。

 いやね、わたしよりあとに寝ただろうみんなはともかく、わたしより先に寝たカーズ様はまだ寝てるんですね……ちょっとふて寝長くないですかね……。

 

 でもまあ、逆に考えよう。これは色々試すチャンスだ、そう考えるんだ。

 そう思いながら、わたしは一人意識を自分の中に集中させる。そして……。

 

「……()()

 

 いつのまにか、()()()()()()()()()()()()()()()。オーラをまとった、ルビーのような美しい宝石状の弓。

 

 そしてそれを認識すると同時に、わたしは理解した。

 これがわたしのスタンド。わたしの超能力の(ヴィジョン)

 

 頭ではなく、魂でそれを理解できた。

 もちろん、使い方も。

 

 何気なく、弓をそのまま引いてみる。すると、そこにどこからともなく矢が現れた。

 うーん、どう見ても原作に出てくるあの矢と同じ形してますすね、これ。そういう深層心理なのかな?

 

 とりあえずそれを、少し離れたところにいたウサギに向けて放ってみる。

 矢は、まっすぐ飛んで行った。でも、わたしに弓道の心得がないからかな。残念ながら狙いは全然的外れ。これじゃあ当たるはずがない。

 

 ……んだけど。

 

「……うわ、()()()()()()()()

 

 物理法則を無視して、矢は「グゥーン!」と曲がって狙った獲物の身体を貫いた。わたしの意思通りに。

 

「……【エンペラー】と同じタイプのスタンド、かな?」

 

 地面に倒れたウサギを見やりながらつぶやく。

 

 タロットカードの四番目、皇帝の暗示を持つスタンド【エンペラー】。三部の中盤から登場する、銃の形をしたスタンドだ。射程範囲内で、本体の視界の中にある限りは、本体の好きなように軌道を操れる暗殺向けのスタンドでもある。

 

 使ってみて、最初に頭に浮かんだのはそれだった。

 

「これはあれかな。遠近両方に対応できるようになったってことかな?」

 

 だとしたら……え、結構強くない?

 欲を言えば人型のやつとか、会話が成立するやつとかがよかったけど、単純に戦力として考えたとき結構バランスよくない?

 

 だって近距離の戦いなら、石仮面の恩恵あふれるスペックで大体ゴリ押せる。何せ柱の男一味って、生身のまま下手な近距離パワー型スタンドよりも力出せるし。わたしだってその足元に及ぶくらいの力はあるもん。

 にも拘らず距離を離したら離したで対応できるやつとか、敵に回したらはっきり言って厄介の極みでは?

 

 ……ふふ、ふふふ、もしかしてこれは来てしまったかな……わたしの時代が……!

 いやまあ、だからといってカーズ様に勝てる気はまったくしないんだけどね。ラスボスの貫禄ですよ。

 

 でもとりあえず、思ってた通りにスタンドが手に入ってよかったよかった。細かい確認は追々やってこう。みんなが目覚めるまで、まだ年単位はかかるだろうしね。

 

 なので差し当たってやるべきことは、

 

「……うへへ、なんて名前にしようかなぁ!」

 

 うなれわたしの厨二(ちから)……!

 




スタンド:???
破壊力:なし(本体に依存) スピード:なし(本体に依存) 射程距離:B 持続力:A 精密動作性:C 成長性:A
(覚醒直後のステータス)
実体を持たない矢を放つ道具型のスタンド。その軌道はエンペラー同様自在に操作できる。
威力およびスピードは、本体の弓の技量および腕力によって変動する。

デイリーランキング5位が嬉しかったので今夜もう一話更新します。


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6.カーズ様「私にいい考えがある」

本日二度目の更新です。ご注意ください。


 どうも、どうもどうも。スタンドに目覚めた合法ロリこと、一部の市場を席巻するアルフィーちゃんおおむね一万二千五百歳です。紀元前千五百年くらい? エジプトがとてもホットな時期ですね!

 

 この五百年がどうだったかと言えば、日常的にカーズ様の機嫌が良くなくて馬車の空気が最悪ですって感じでしたね!

 あ、馬車は比喩だよ。そんなものないよ。だって、この時代の南北アメリカ大陸に馬はいないからね。

 

 それ以外で何をしていたかって言えば、まずはアメリカ大陸の再調査だ。二千年も経てば環境も変わるからね

 一度調査した場所を調べるのはかなり精神的にしんどいものがあったんだけど、これが意外や意外、ちゃんと成果はあったんですよ。

 

 なんと、遂にカーズ様が見つけたんですよ、エイジャの赤石を!

 もちろん石仮面の力を最大まで引き上げる、通称スーパーエイジャには程遠い屑石程度のものだけど。それは確かに石仮面の力を引き上げて、今まで以上の効果を発揮した。

 原作で挿入された、赤石の効果を試すカーズ様とエシディシのやり取りはなかったけどね。

 

 代わりにそのやり取りをやったのがわたしでしてねぇ!

 炎の明かりを増幅して赤石から放たれたレーザーとか、ただの研究者のわたしが回避できるわけないでしょーがッ!

 おまけにエシディシときたら、爆笑してくれたからいつかどこかで仕返ししてやる。やるったらやるッ!

 

「しかしそうなると、どうする?」

 

 ひとしきり笑ってから、エシディシがカーズ様に問いかけた。

 答えはもう決まってたんだろう、カーズ様はほとんど秒でそれに回答してくれた。

 

「基本は変わらん。……が、今まで何千年もあちこちを調べて回って、やっと見つけたのがこれだけだ。方法は変える必要があるだろう」

 

 彼の回答は、わたしにとっても頷けるものだった。今のやり方がダメなら変えてみる。研究者としてその姿勢は至極当然だ。

 

「ほーん。で、どうする?」

「人間を使おうと思う」

 

 エシディシの再度の質問に、これまた即答したカーズ様にわたしたちは揃って首をひねった。

 カーズ様は確かに天才なんだけど、天才特有の発想の飛躍がたまに見られるのがなんていうか欠点って言えば欠点かなぁ。もうちょっと順を追って説明してほしいよ。

 

「えっと、その心は?」

「いかに我々が優れた生物であっても、この地球全体を調べるには数が少なすぎる。海の中も調べねばならない可能性もあるというのに、これでは時間がいくらあっても足らん」

「確かにそうですねぇ。でもそれって、カーズ様が一族のみんなを殺しちゃったからじゃ……」

「何か言ったか、アルフィー?」

「ひぇっ、ご、ごめんなさい!」

 

 ぎろりと睨まれて、縮こまるわたし。うう、何千年も一緒にいるのにいまだに慣れない。

 

 というかわたし、一族で唯一生き残った女なんだから、カーズ様はもうちょっと大事にしてくれていいと思うんですけど!

 そんな思いが通じたのか、カーズ様は珍しいことにため息をついてわたしの頭をなでてきた。

 

 ……えっ、なに、もしかしてわたし今から死ぬの?

 

「……だが確かに、お前の言わんとしたことも一理ある。あのとき私は、私を理解できぬものなど平等に生きている価値がないと判断した。しかし人手が必要な今になって思い返せば、少々軽率だったと言わざるを得んだろうな……」

「カーズ様……」

 

 カーズ様が……反省している……!?

 あの、退かぬ媚びぬ省みぬを地で行くようなカーズ様が……!?

 こ、これは天変地異の前触れか……!?

 

「……何をしている?」

「いえその、カーズ様の口から滅多に出ない類の御言葉が出たので、もしや熱があるのかと」

「ほう……もしかすると私は、バカにされているのか?」

「ひぇっ、め、滅相もないです! わ、わたしは純粋にカーズ様のことを想ってですね!」

「お前に心配されるほど耄碌はしておらん。話を戻すぞ」

「アッハイ、どうぞ」

 

 また睨まれたけど、額に手を当ててもそれだけで終わるあたりカーズ様もさすがに参ってるみたいだ。

 わたしに気を許してるってわけじゃあないだろう。彼にしてみれば、しょせんわたしは小娘だ。

 

 ……エシディシ、お前また爆笑してるな。覚えてろよ、ホント。

 

「問題は、手が足りんことだ。そして我々は繁殖力が低い。加えて、女ももはやお前一人だ。これ以上増えることは難しいだろう。()()()()()()()()()? 我々には及ばないが、知恵がある。繁殖力が高く、すぐに増える。これを使わない手はなかろう」

「ははあ、なんとなくわかってきたぞ。増えた人間に、それとなくこいつを教えて探させるわけだ」

「わたしもわかりました。見た目は人間が好きそうな宝石ですもんね、人間が増えて文明が各地に興ればわたしたちの手の届かない範囲にも進出して見つける可能性がある、ってこと……ですよね?」

「そういうことだ」

 

 名案だろう? と言いたげにカーズ様が鼻を鳴らす。

 

「いいんじゃあねーか? 俺にはこれ以上の方法は思いつきそうにない」

「わたしもいい案だと思います。これから先人間はどんどん増えると思いますし。でも、それだとどうやって教えてもらいます? 仮に人間が見つけたとしても、もしわたしたちが地球の裏側にいたりしたらどうにもならないんじゃあ」

 

 ドヤ顔のままのカーズ様にそう返したら、見越していたんだろう。さらなるドヤ顔を見せてくれた。

 

「吸血鬼を養殖する」

「はい?」

「あん?」

 

 いきなり何を言いだすんだこの人は。やっぱり発想の飛躍がすぎるんですけど。

 もうちょっとわかりやすくよろしくプリーズ。

 

「つまりだ。吸血鬼ならば人間より頑丈だろう。連絡係として各地に放つのだ」

「あー……それでもし何か見つけたら、カーズ様に知らせるってことですか」

「吸血鬼になりゃあ、普通の人間よりも長生きするもんな」

「あ、そっちのメリットもありましたね。……でも吸血鬼って、命令聞かせられるくらい理性が残るやつ少ないですよ?」

「そこは数をこなすしかあるまい。どうせ人間など掃いて捨てるほどいよう」

「……仮に残ったとしても、みんな大体自分の欲に忠実っていうか、自分勝手な感じになりますけど……」

「家畜の扱いは心得ている」

「アッハイ」

 

 うまくいくかなぁ……。

 

 いや意味は理解はできるし、確かに遠距離の連絡手段がないこの時代で取れる方法の中でもいいほうだとは思うんだけど。

 吸血鬼が従うかなぁ……そりゃカーズ様の目の届くところなら従うだろうけど、離れたら……それこそDIO様みたいなことになってもわたし驚かないよ。

 でもカーズ様は自信満々だ。彼がやるって言うなら、わたしに拒否権はないしお付き合いしますよ。わたしはカーズ様の助手ですからね、わたしの罪悪感はこの際封印しておかないと。

 

 で、その日からカーズ様主導の下で人間を吸血鬼にする作業が進められた。

 見どころのありそうな人間を捕まえてきては、石仮面をかぶせて血を一滴。するとあら不思議、その人は吸血鬼になっちゃうって寸法だ。

 

 一応、過去のデータから見て吸血鬼化しても理性を保ちそうな人を選んでるけど、それでも三割くらいはただ暴れるだけの怪物になっちゃうのが色んな意味で申し訳ない。

 理性を保ったまま吸血鬼になった人も、その三分の二くらいは人間よりワンランク上の存在になったことに気を大きくして、イキりにイキった挙句みんなのご飯になりました。

 

 そうやって選別された数少ない吸血鬼が、南北アメリカ大陸の各地に()()されていく。集落の規模や人口密集度によっては複数置いたりもして。

 一度吸血鬼を設置したあとは、それぞれの場所を巡って報告を受けつつ次に向かう、というルーティンで各地を回り続けることになる。一応そこでわたしたちも調査はするけど、あんまり報告を信じないようなことするのもあれだし、手間は大幅に減ると思う。

 

 吸血鬼たちは与えられた使命を遂行するに当たって、手段は問わないことになっている。赤石の情報収集と報告業務がちゃんとできていれば、わたしたちは一切彼らを咎めない。

 つまり言うことをちゃんと聞いてれば、不老不死の身体で好き放題できますよっていう内容だね。

 カーズ様もなかなかエグいことをするよ。不老不死なんて餌をぶら下げられて、飛びつかない人間なんてそうそういるもんじゃあない。特にこの時代は。

 

 この作戦は、結構うまくいった。屑石程度ではあるけど、百年程度の間にエイジャの赤石が複数見つかったから、やっぱり数は力だよね。

 

 カーズ様はこの成功を見て、いよいよユーラシア大陸に目を向けるようになった。元々視野には入れてたんだけど、ここにきてようやくって感じだ。

 

 そしてユーラシア大陸に移動するに当たって、サンタナが残されることになった。アメリカ大陸の南北を結ぶテワンテペク地峡からパナマ地峡にかけての地域で情報が集まるように整理して、彼をそこに配置。彼はそこで吸血鬼と情報の統括に専念するってわけだ。

 

 そこはカーズ様がいるべきじゃないのかとは言ったんだけど、正直まだ見たことのないユーラシア大陸をその目で見たいって理由が強いんじゃないかってわたしは密かに思ってる。

 

 それにしても、なるほどなぁ……サンタナはこうやってアメリカ大陸に放置されたんだなぁ……。

 原作で言われてたほどかわいそうな感じではないけど、それでも一人きりになっちゃうのは寂しいだろう。時間も持て余すだろうし。

 

 というわけで、暇潰しになればと思って吸血鬼の生態調査をお願いしといた。あの子、研究者とか職人としてはかなりできるんだがら、それを活かさない手はない。

 まあ、本当に暇なときに片手間程度でやってくれればいい。他にやりたいことが見つかるなら、別にやらなくってもいいしね。

 

「サンタナ、こっちはお願いね。気をつけるんだよ」

「わかっているとも姉さん。そっちこそ気をつけるんだぞ」

「うん、ありがとう。あ、そうそう。これ、今までわたしが書いた吸血鬼に関してのメモね。調べようと思って取ってたわけじゃないから取っ散らかってるけど、ちょっとは助けになるかもだから」

「ありがとう。姉さんはいつも優しいな」

「当たり前でしょ、誰が育てたと思ってるの。お姉ちゃんは弟を守るものなのだよ」

 

 えっへん!

 

「……そういうことをするから、カーズ様にいつまでも子供扱いされるんじゃあないか?」

「いやいや、カーズ様からすればみんな子供でしょ。あの人十万年以上生きてるんだから」

「いやそういうことではなく……まあいいか。姉さんが誰かと愛し合ってるところなど、俺には想像がつかん」

「むきーっ、サンタナまでそういうこと言うの!」

「だから、そういうところだぞ姉さん……」

 

 なんて会話があったんだけど、そのときのサンタナはなんだか疲れた顔をしていた。解せぬ。

 

 まあそれはともかく。

 

 こっちの大陸はサンタナに任せておけば大丈夫だろう。まあ、原作通りならこれだけやっても石仮面を完成させるだけのエイジャの赤石は見つからないんだけどね。

 というわけで、本命はユーラシア大陸のほう。わたしとしても、文明のるつぼともいえるユーラシア大陸の、それも紀元前十世紀以前の様子を見る機会がようやく巡ってきてとってもワクワクしてる!

 

 何より、この五百年の間に色々あって持ち運びと保管の手段が手に入ったのでね。最近はスケッチを残す余裕ができたんですよ! それでユーラシア大陸の古代文明を見られるんだから、そりゃもう心が躍るってもんですよ!

 

 え、どうせ下手くそだって? ふふーん、柱の男一味をなめないでもらいたいね!

 わたしたちは、地球の生態系の頂点に立つ生き物ですよ? たとえわたしがその中ではみそっかすでも、そもそも生き物としてのスペックが高いのだ。

 おまけに練習時間は腐るほどある。それを無駄にハイスペックな身体と組み合わせれば、写真顔負けのきれいなスケッチができるって寸法さ!

 

 なんなら塗料も自前で用意して、彩色までしてるんだぞ。お絵かき楽しい!

 まあこの辺りまで行くと、さすがに生物としての能力だけでゴリ押せなくなってくるみたいで、今はまだ練習中って感じだけどね。

 

 ちなみにこのスケッチ、カーズ様もわりと気にしてくれてて、やめろとは言われてない。彼はやっぱり根が研究者なのか、こういう知識の蓄積にはむしろ賛同すらされてるくらいだ。

 

 だからなのか、最近は昔に比べたらわりとカーズ様と行動する機会も増えた。たまにいい絵ができると、褒めてくれる。

 最近は、それで撫でられるのを普通に喜んでるあたり、わたしもいよいよ心の上でも随分人間から遠ざかったなとは思うけど。元々カーズ様は好きなキャラでも上位にいた人だから、ある意味当然かなって開き直ってる。

 

 そうそう、そんな風に接触が増えたこともあってかスタンドはとっくにバレてます。

 隠し通せなくなったから申告したんだけど、特に怒られたりとかそういうのは今のところない。たぶん、わたしのスタンドじゃどうあがいてもカーズ様に致命傷は与えられないってことと、使い勝手は悪いけど便利ってことが大きいんだと思う。

 

 実際便利だしね、わたしのスタンド。矢で攻撃するのが主だったはずなんだけど、五百年もの間ずっと修行してたら、最近になって収納能力が目覚めまして。

 うん、なんかわたしのスタンド、四次元ポケットみたいな機能がついたんだ……。おかげでスケッチとかを保存できるようになったわけだけど、成長しない身体といいなんでわたしってこうも戦闘向きにならないかなー?

 

 そんな風に思いながらも、いよいよユーラシア大陸に渡るべく移動を始めたんですけどね。

 

「オマエ……まさかワタシの守護霊が見えるのか!?」

 

 ここでスタンド使いと鉢合わせる羽目になるとは思ってなかったよ。

 




あくまでも自分は戦闘向きではないと評する主人公。なお(

あ、主人公のスタンド名は次回にて。


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7.初スタンドバトル

 発端はユーラシア行きの道中で村に立ち寄ったことだ。わたしたちがいくら不眠不休で活動できるとはいっても、体質の関係で昼間は移動ができない。だから夜が明けるころには太陽を避けなきゃいけない。今回はたまたまそのタイミングで村に入れたってわけ。

 

 とはいえ、わたしの日光耐性は仲間でも随一だ。これは今もなお変わらない。ノーダメージとはいかないけど、大体平均して四十分くらい。調子のいいときは一時間近く日光の下で石化することなく活動できる。天気が悪いともうちょっと行ける。これ以上は伸びそうにないけど、それでも十分だ。

 

 だから屋内で休憩するカーズ様たちを尻目に、村に繰り出して人間の暮らしぶりを眺めたりスケッチしたり、ときには噂話に耳を傾けたりしてたんですよ。何度か休憩を挟みながら、ツノを隠して人間に擬態しつつね。

 今まで何度か言ってきたけど、わたしは歴史や文化に強い関心を持っているからね。柱の男の一味ということに思うところはあるけど、こういう瞬間がわたしにとってはとっても楽しいひとときなわけですよ。

 

 で、そろそろ日も暮れてきたし戻るか―、って思ってカーズ様たちのいる家に戻ったんですけどね。

 そしたらですね……なんとこの辺を任せてる吸血鬼、死んじゃってまして。壁に空いた穴から差し込んできた日光に焼かれて。

 

 その壁の近くに立って、死んだ吸血鬼の灰を見下ろす屈強な男が一人。周りには明らかに戦いの痕跡。

 ところがそんな中、部屋の隅で椅子に座って優雅にわたしのスケッチ集を眺めてるカーズ様と、彼と一緒に談笑しているみんなの場違い感と言ったらッ!

 

「……ええと、え? あの、なんですこの状況?」

「見ての通りだ。あの人間が、仲間を取り戻しに来たとか言いながら乗り込んできてな」

「ええ……だからって普通吸血鬼が人間に負けます?」

「ふふふ……どうやら例の力を使うようだぞ」

「え゛、マジですか?」

 

 例の力……まさか、スタンド使い?

 

 恐る恐る男に目を向ける。いかにも先史時代っぽい雰囲気のフェイスペイント……入れ墨……? どっちかはわかんないけど、そういう模様が顔に描かれている。

 それと目を引くのは、両手にそれぞれ握られたマカナ(刀身に黒曜石を挟んで殺傷力を上げた木剣)だ。あれはわりと未来の、アステカで使われていたものだったかと思うけど……そうか、この時代でも既にあるにはあったのか。地域も近いし納得はできる。

 

「オマエたちも……あのバケモノの仲間か?」

 

 まじまじと観察していたら、男が口を開いた。思ったより高い声だ……じゃなくって。

 声質は問題じゃあない。そこには明らかに怒りの気配が漂っていた。仲間を取り戻しに来た、ってのは真実っぽいねこれ……。

 

 ってことはこれ、あれじゃないの? もしかしなくても、悪役はわたしたちなのでは?

 そんなことを考えながらカーズ様に視線を戻したところ、

 

「ふん、仲間とは失礼だな人間。あれはただの手駒にすぎん」

「カーズ様ー!?」

 

 なんでそんな煽るようなことを!

 

「そうか……じゃあ、オマエたちが一番悪いやつか! 許さないぞ……オマエたちのせいで、オマエたちのせいでワタシの村はッ!」

 

 完全にまっとうな動機のある復讐じゃあないですかやだー!

 しかも今ので感情が高ぶったのか、男の身体からもう一つ、別のヒトガタが湧き上がってきた。大柄な男の分身と言われても納得する、筋骨隆々な立ち姿。その顔には、男のものと同じ模様が描かれているッ!

 

 ――人型のスタンド!

 やっぱりこの男、スタンド使いだ! まさかこんなところで顔を合わせる羽目になるなんて!

 

 というわけで、前回のラストシーンに戻る。明らかに目の色を変えて動揺したわたしを見て、男ははっきりとわたしも同じ力が使えると察してしまったんだ。

 

「オマエ……まさかワタシの守護霊が見えるのか!?」

 

 これなんて答えればいいですかカーズ様ー!?

 せめて方針! 方針だけでもください! そしたらわたし何とかしてみせますから!!

 

「なるほど、その反応……やはりアレの使い手か。それではただの吸血鬼程度では苦戦してもおかしくはないか」

 

 くっそう、完全に面白がってるなこの人!?

 

 そして、今回ばかりはわたしもジョセフの気持ちがわかるぞ!

 次にカーズ様は、「お前に任せる」と言うッ!

 

「面白い……アルフィー、ここはお前に任せてみよう」

 

 ほらやっぱりなー!!

 くそう、こうなったらワムウ! ワムウだけが頼りだ! こういう未知との戦いは君が一番楽しめるやつでしょ!?

 

「カーズ様、ここは私が!」

 

 ほら! さすがはワムウだ! さすがは生まれついての戦士!

 

「いやワムウ、今回は控えよ。能力者同士の戦いがどういうものになるのか、確認しておきたいのだ」

「ム……なるほど。わかりました、それでは今回は、私も見に徹しさせていただきます」

 

 ワムウーッ!!

 

「ふんっ!」

 

 そして動揺する間も与えず突っ込んでくる男! 勘弁してよもー! わたし、非戦闘員ですよ基本的に!

 

「…………」

 

 あっ、今やれって意味で顎しゃくりましたね!?

 もー! もう、本当に仕方ないですねこのカーズ様は!

 わかりましたよやりますよ、やればいいんでしょ!! そうですよわたしはカーズ様の助手ですからねッ!!

 

「うひっ、とぉ、ちょ、まっ、待って待って、ちょっと待ってってば!?」

「待てと言われて、待つやつがいるか!」

「まったくもってその通りですねごめんなさい!!」

 

 男の前に出た人型のスタンドが、猛烈な勢いでラッシュを放ってくる。明らかに人間の動きを超えたその速度、間違いない。このスタンド、近距離パワー型!

 

 あっ、でも意外とイケる!? 散々戦闘訓練をさせられたからか、動体視力も反射神経もついてこれる! 全部を回避できてるわけでもないけど、これくらいなら!

 なんだ、わたし強くなってるじゃん! いや、種族としての能力が高すぎるだけか!? どっちだ!?

 

「姉上は相変わらず、強いのか弱いのかよくわからないですね……間違いなく防御や回避は一級品ですが」

「はっはっは、確かに。あいつ避けることだけはやけにうまいもんなぁ」

「敵の能力が見えているのだ、ならば回避自体は容易だろう」

「なるほど」

 

 君たち! 何をのんきに実況解説してるのかね!! わたしゃいっぱいいっぱいですよ!

 

 ま、まあ? 【スタープラチナ】とか【クレイジーダイヤモンド】のラッシュがどれほどのものかわかんないけど、確かにこのレベルのスピードなら正面からなら普通に対処できそうだけどさぁ!

 

 というわけで、

 

「ていっ!」

「!?」

 

 右手を腕からぐねりと伸ばして操作して、鞭のように変形。それを振るって相手本体を打ち据える!

 

「んえっ!?」

 

 ところがどっこい、その瞬間わたしの腕ははじかれていた。

 

「むう、今のは」

「どうやら何らかの能力が発動したようだ」

 

 人間の動体視力じゃ見切れないとは思ったけど、カーズ様の言った通りとっさにスタンドを戻して防御したんだろう。その判断は正解だ、鞭と同じようなものだと思って腕とかで防御してたら、そこから腕一本食べに行ってただろうから。

 

 ただ、男の防御は正確に言うと防御じゃなかった。スタンドがあさっての方向を殴ったと思ったら、そこから先の腕が消えて、まったく関係のないところにあった私の腕を殴り飛ばしたのだ!

 何それ、どこでもドア的なやつ!? 攻撃を遠距離に飛ばせるって、それずるくない!? あのパワーを相手の予期してないところに叩き込めるわけじゃん!?

 

「はあっ!」

「うべっ!?」

 

 と思っていたら、今度は後頭部に一撃を食らった。男のスタンドは明らかに虚空を殴った体勢なのに、ある地点から先の腕が奇妙なもやに包まれて消えている。

 

「っで、ぃったぁ!? くっそぉ!」

 

 殴られた反動を利用して前に跳び込んで片手での側転を決めながら殴られた辺りを垣間見たところ、空中に奇妙なもやが浮かんでいて、そこからスタンドの腕が伸びていた。

 

「……どうだワムウ、わかるか?」

「ただの遠距離攻撃では断じてないかと。恐らく、攻撃を別の場所に忽然と飛ばす、か……あるいは攻撃そのものを設置する……そのようなものではないでしょうか」

「ほーう、そいつぁなかなか面白い技じゃあねーか」

 

 はい実況解説ありがとうございます!

 

 しっかしこれ、吸血鬼のパンチと同じくらいの威力だな!? 波紋がないからそこまで脅威ではないけど、それなりに来るものがあるぞ!

 波紋なしで攻撃を受けるとゴムみたいに包み込んで威力を吸収するのがわたしたちの体質なのに、純粋にパワーでそれを超えて来るとかおっそろしいよ!

 

「い、今のが痛いで済むのか……!? くっ、まだだ、まだ行くぞッ!」

 

 男がおののきながらも一歩前に踏み込む。それに応じる形で、スタンドも腕を振るう。

 その腕先が、また消える。今度の出現地点は……わたしの横っ腹か! いいよ、これは回避できそうにない。それなら下手に避けるより、覚悟の上でもらっておこう!

 殴られた反動を利用して、横に吹き飛ぶわたし。けどこれ以上はさせないぞ。種はわかった。それにもしかしたら何かまだ能力があるかもしれないし、これ以上は!

 

 というわけで、吹き飛ばされながらの空中で、わたしは自身のスタンドを呼び出す。

 

「【コンフィデンス】!」

 

 それはあえて文字で言うなら、「ギュパン!」って感じ。そんな感じの雰囲気で、わたしの手の中に弓が出現する。ルビーのような輝きを放つ、かなり大きめの弓。

 これこそわたしのスタンド、【コンフィデンス】!

 

「!」

「いくよ!」

 

 いまだ空中を吹き飛ばされながらも何もないはずの弓を引けば、そこにどこからともなく矢が現れた。鏃はもちろん。スタンドを呼び起こす鏃と同じデザインだ。

 わたしはそれを放つ! 単発じゃあない、連続発射だ! ふっふっふ、何百年も訓練したからねぇ! 速射もできるようになったんですよ!

 

 けど、男は見事にそれに対応してみせた。ほとんど間を置かずに連射したのに、華麗な体さばきでギリギリのところを回避していく。

 嘘でしょ。どんな動体視力してるの。それともこの時代の人間ってみんなそんななの?

 

「ほう」

「やるじゃあねーか」

「そうですね。……ですが、人間ではここらが限界でしょう」

 

 また実況解説組が何か言ってる。

 でもその通りだ。【コンフィデンス】の矢が直線にしか飛ばないと思ったら大間違いだ!

 

 というわけで、おかわりと行こう!

 わたしはもう一度、矢を連射する。数は七本。射程距離内で同時に出せる矢が七本までなんだよね。

 

 と、ここまでならさっきまでと同じ。だけど今度は違う。野に放たれた七本の矢は空間を走り、広範囲へと拡散した。

 そして、多方面から同時に男へ殺到する!

 

「な……っ!?」

 

 ふっふっふ、なんてったって【コンフィデンス】の矢は自由自在! わたしの意思に従って、その使命をまっとうするまでいつまでも(誇張)どこまでも(誇張)飛び続けるんだよォー!

 だからたとえば、直角にだって曲がるのさ!

 

「く……っ、くそっ、くそぉっ!」

 

 さすがにこれは避けられないと判断したんだろう。男は即座にスタンドで攻撃を防ごうとした。自分の身体ごと横に回転しながらラッシュを放ち、それで矢を叩き落そうとする。

 

 実に見覚えのある光景……と思ったけど、ん? わざわざ回転してまでラッシュするってことは、あの空間飛び越えパンチは見えないところには出せないのかな?

 でも、どれだけラッシュを放っても回りながらである以上、タイムラグがどうしても発生する。前後左右、さらには上下からも飛んでくる大量の矢に対応するには、それだけじゃあ難しいだろう。

 何せあの無敵の【スタープラチナ】でさえ、ただ全方位から飛んでくるだけのナイフ(ただし吸血鬼が投げたもの)を防ぎきれなかったのだ。意思を持って動き回る矢を防げる道理はないね!

 

 まあ実を言うとわたしが同時に制御できるのは今のところ二本が限界で、あとはわりと適当に飛んでるんだけどね。状況を見て適度にコントロールする矢を入れ替えることでごまかしてるだけだ。

 それに矢は射程範囲外に出るだけじゃなくて運動エネルギーを喪っても消えるんだけど、物理法則を無視した挙動を何度もさせると普通よりその減少が早い。命中するころには普通の矢程度になってるのはよくあるし、調子こいてたらすぐ消える。

 そんなだから、コントロール下にないやつとか動かしすぎたやつはちょくちょく横に逸れたりあっさりはじかれたりして消えてるんだけど、その間に次の矢を放てば問題ない。ふっふっふ、これぞ我が必殺の布陣!

 

「あれが出たようだな」

「みてーだな。あれは実際ちぃーっとばかし厄介よ」

「はい、どの方向からも絶え間なく攻撃が続くというのは、なかなかに対応しづらいものです」

「ま、俺たちにはチョビっとしか効かんけどな」

「面倒なだけで、威力が低いからな」

「おう。だったらどうにでもならーな」

「同感です」

 

 ……なおカーズ様はもちろん、エシディシやワムウにも普通に負ける模様。

 必殺じゃないとか言わないで……あの人たち見えない矢の雨に構わず普通に突っ込んできて強制的に本体での接近戦になるから、わたしとは相性が悪いんだよ……。それというのも柱の男が生物的に強すぎるのがいけない……!

 

 ちなみに今回戦って初めて気づいたんだけど、【コンフィデンス】の矢はスタンドエネルギーだから矢自体をスタンドで攻撃されると普通にダメージになって返ってくるっぽい。今みたいなラッシュでの攻撃的防御でも同様。

 だから今、わたしの身体には少しずつ傷ができてて、なんなら内臓もさっき殴られたのもあってそれなりに痛む。

 つまり、この広範囲攻撃はスタンド使い相手には諸刃の剣。ちぃ覚えた。

 

 覚えたところでそろそろ決めよう。わたしは飛び回る矢と共に、一気に距離を詰める。

 

「……ッ!」

 

 男はそれに備えようとするけど、スタンドは矢の対処で手一杯。

 それはわたしも似たようなものだけど、本体の戦闘力には大きな差がある。わたしは戦士ではないけど、柱の男の一味。吸血鬼を上回る身体能力を持っている。

 だからこそ、本体同士の戦いに持ち込めばスタンド使いとの戦いでもそうそうは負けない。はず。

 

 一気に踏み込んで、男を殴り飛ばす!

 

「く……っ! させない、()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 それを見て、もうさばききれないと悟ったんだろう。男は覚悟を決めた顔をして、矢の雨の中前に踏み出した。

 完全に、刺し違えてでもわたしを倒す気だ。スタンドも同様で、今までで一番のエネルギーを感じるパンチがわたしに向かって飛んでくる。

 

 でもね、残念だけどそれは予測済みだ。これくらいのことは、まだ小さかったころのワムウも普通にしてきたからね。追い詰めたからってそこで気を抜かない癖はついている!

 

 わたしは前に踏み込みながら、迫りくるパンチを冷静に正面から見つめながら、少し前から硬化させていた右手を繰り出す。

 身体の操作ももう慣れたもので、これくらいはかなりの短時間でやってのけることができるようになった。モース硬度で言えば、8くらいだッ!

 

 すぐ目の前で、男のスタンドの拳とわたしの拳がすれ違う。速度はほぼ互角! 距離はわたしのほうが少し遠い! 

 このままじゃあ攻撃を食らってしまう……けど! わたしの! 腕は! めっちゃ伸ばせる!

 

 ズームパンチもかくやの速さでぐいんと伸びたわたしの拳が、男の腹部に突き刺さる。捨て身で攻撃に集中していた彼はその直撃を受けて、文字通り腹に穴が開いた。

 

「ぐがッ、がはあっ!?」

 

 血反吐を吐きながら吹き飛ぶ男。勝負あったな。そう思った瞬間。

 

 わたしのすぐ横で、壁が吹き飛んだ。

 穴が開いたとか、崩れたとかじゃない。文字通りに吹き飛んだんだ。どれだけの衝撃が加わったかは、察して余りある壊れ方だ。

 

 だけど、それで何ができるっていうんだろう? 男が、自分の命も捨てて放った最後の一撃があさっての場所を破壊しただけ? そんな意味のない行動をするなんて、とても思えないんだけど――。

 

「――うぇっ!?」

 

 そこでようやく、わたしは男の意図を悟った。吹き飛んだ壁の向こうにあったものを見て、初めて。

 

「そういう、ことか……ッ!」

 

 ぐっと歯をかみしめて、これから襲ってくる痛みを覚悟する。

 

 太陽。壁の向こうに、それがあった。わたしたち闇に生きる一族の天敵にして、唯一の弱点。山の彼方に向かいつつあるそれは、赤く暮れなずんではいるものの確かにまだそこにあった。

 そして遮るものがなくなったこの場所にその赤い光が一直線に差し込んできて、わたしを襲う。

 

「……ッ!!」

 

 うへー、痛い! しんどい!!

 

 そりゃあ確かにわたし一族で一番太陽耐性あるし、なんなら歴史上もっとも太陽に強い女と言っても過言じゃあないと自負してるけど!!

 我慢できるだけで! 別に痛くないわけじゃないの!!

 夕日は南天してるときよりは痛くないけど! 痛いものは痛いです!!

 

「うぐぅ……! や、やってくれたなぁ……!」

 

 なるほど、とっさの機転としては十分すぎる成果だよ。これがわたしじゃなかったら、十分相討ちになってたと思う。

 

 ……いや、わたしたちは吸血鬼と違って石化するだけだし、わたしでなくともみんな即座に石化するほどやわな身体でもないから、どっちにしても勝ちは揺るぎなかったと思うけど。

 それでも、あの土壇場で一矢報いた男は間違いなくひとかどの戦士だよ。

 

「……く、くそ……ぅ……し、死ななかった、か……」

「うん……ごめんね、わたし太陽にはちょっと強い体質なんだ」

 

 そしてわたしは、男の前に立つ。それからそこに片膝をついて、彼の上半身を起こした。

 

「……ワタシの……負け、だ……」

「うん……わたしの勝ちだね」

「……殺、せ……」

「……できればしたくないなぁ」

 

 しなくっちゃあいけないのは、わかってる。だからそう言いはしても、手を止めることはないんだけど。

 

 それでもやっぱり、わたしはできるだけ人を殺したくない。

 今のわたしがそれを言っても、偽善でしかないことはわかってるんだけどね。でも、この気持ちはきっと、忘れちゃあいけないものだとも思うんだ。

 

「……最後に何か言い残すことは?」

「……聖、地に……埋、そ、う……を……」

 

 そこから先は、聞き取れなかった。でも、言わんとしていることはわかった。

 だからわたしはまっすぐ男の目を見て、静かに頷く。

 

 そうして、男の身体から力が抜けて。彼の野太い腕が、ごとりと床に落ちた。

 

「……さよなら、名前も知らない戦士さん」

 

 もう答えを返さない男に、わたしは声をかける。同時に彼の目を閉じてやりながら。

 

「よくやった、アルフィー」

 

 そこに、みんなが後ろから声をかけてきた。その中で、カーズ様がゆっくりと拍手をしてるのがわかる。

 振り返れば彼は、差し込んでくる夕日を避けながらこちらに近づいてきていた。

 

「お疲れさまでした、姉上」

「ああ、アルフィーにしちゃあがんばったんじゃねーか?」

「ふん、まあまあだな」

「……ありがとうございます」

 

 答えながらも思わず目を伏せたわたしの横に、カーズ様が同じように片膝をついた。そして今まさに息を引き取った男に手を伸ばす。

 

 意外だな……カーズ様が立ち向かってきた相手に手を伸ばすなんて……。

 

「……って、カーズ様? なんで石仮面を持ってるんです?」

「知れたこと。この地に置いた吸血鬼は死んでしまったからな。この男に代わりを務めてもらうのだよ」

「ええ……あの、この人もう死んでるんですけど」

「私の見立てではまだ間に合う。なに、人間が意外としぶといことはお前も承知しているだろう? 完全な死が全身を覆うまで、魂を喪うまで、多少だが猶予がある」

「だからって戦士として死んだ人を吸血鬼にするとか……相変わらずやり方がエグいですよカーズ様……」

 

 はあ、とため息をつくわたしをよそに、カーズ様は手際よくやることを終わらせてしまった。

 止める間なんてなかったけど、どっちみちわたしが止めてもカーズ様は強行しただろうし、なぁ……。

 

 ごめんなさい戦士さん……あなたをあるべきところに戻せそうにありません……。

 




スタンド:なし(本体は守護霊と呼称) 本体:古代人の戦士(名前決めてない)
破壊力:B スピード:C 射程距離:B 持続力:C 精密動作性:A 成長性:C
顔に本体と同様の入れ墨が刻まれた人型のスタンド。近距離パワー型。ステータスでわかる通りスタープラチナとかクレイジーダイヤモンドに比べると攻撃力にはかなり劣る。
その代わり本体の視界内の場所に攻撃を転移させる能力を持ち、劇中されたように本体のあずかり知らぬところから不意打ちで一撃をたたき込める。しかも射程範囲が近距離パワー型にしてはちょっと長め。完全に相手が悪かった。

デイリーランキング2位がとっても嬉しかったので、今夜もう一話更新します。
主人公の収納能力はそちらで。


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8.第二の矢

本日二度目の投稿です。ご注意ください。


 カーズ様の見立て通り吸血鬼として蘇った男は、カーズ様に説明されてすぐに死のうとした。そりゃあそうだろうなぁ。

 でもカーズ様が、

 

「お前が自ら死ぬのは自由だが、そうしたところで代わりの吸血鬼はすぐに用意できる。そいつがこの地でどう振舞うかは私にもわからんぞ? もしかしたら、この辺りの人間を根こそぎ食ってしまうかもしれんなぁ。

 その点、お前が私の命令とその身体を受け入れていれば、少なくともこれ以上吸血鬼がこの地に増えることはないのだが……ま、私にはどちらでもいいことだがね」

 

 なんて言ったものだから、比喩ではなくてマジで血の涙を流しながらしばらく葛藤した結果、しぶしぶ傘下に入ることを承諾した。

 

 汚い……さすがカーズ様汚い……。

 あれ、本当にどっちでもいいんだろうなぁ……。

 わたしとしては、最期に約束したこともあって非常に気まずい。

 

「あの……」

 

 だから、タイミングを見計らって声をかけた。

 そしたら殺意満々の鋭い目で睨まれたので、めちゃくちゃ怖かったです。

 

「あ、あの、すいません本当に……! 約束したのに叶えてあげられなくて……!」

「……オマエがそうしたくてしたわけでは、ないのだろう?」

「それは、まあ、そうなんですけど……でも、破ってしまったことには変わりないですし……なので、代わりと言ってはなんですけど、吸血鬼について教えようかと……」

 

 そこで言葉を切って様子を窺えば、殺気が引いた。どうやら、話は聞いてくれるみたいだ。

 カーズ様がいつ来るかわからないから、わたしはひやひやしながら話を続ける。吸血鬼という存在について、今わかっていることをできるだけ。

 

「……というわけなので、他人の血を吸うことで理論上は永遠に生きていけます。ただ、日光を浴びたらほぼ即死なので気をつけてください」

「……よくわかった。教えてくれて、礼を言う」

「いえ……感謝されるほどじゃあないです。約束、守れなかったですから……」

 

 説明しておいてなんだけど、この人吸血鬼になったのにめっちゃ思考がまともだな。そんな人もいるのか……びっくりだ。

 ただ言うまでもなくこの人は例外なんだろうなぁ。精神的な要素も重要なファクターになるジョジョの世界だからこそ、高潔に生き抜いた人に正常な思考を残したのかもしれない。

 

 でも、生前の意識がはっきりしていてよかったのかどうかはわたしにはわからない。いっそのこと狂っちゃったほうがよかったんじゃあないかって思ってしまうよね……。

 

「……オマエは、きっとそこまで悪いバケモノじゃないのだろう。短い間だが、戦ったからこそわかる。今も、オマエは誠実だ。だから、ワタシはオマエのことは許そう」

「……でも」

「それでもオマエが自分を許せないなら、……そうだな、これを」

 

 ためらうわたしに言いながら男が差し出したのは、戦いでも彼が使っていたマカナだった。しっかり二本だ。

 思わず受け取ってしまってから、彼の意図がわからなくて視線で問いかける。

 

「もう、ワタシは一族の戦士ではない。だからそれは、ワタシが持っていていいものではない」

「はあ……えっと、つまり?」

「それはワタシの、戦士の魂だ。だからワタシの代わりに、それを聖地に埋葬してほしい」

「……なるほど。わかりました、約束します。今度はちゃんと守ります」

「場所はわかるか?」

「わかりません。でも、この辺りで聖地って呼ばれてる場所があるらしいことは知ってます」

「ああ、そこで間違いないだろう。では、頼んだぞ」

「はい、任されました!」

 

 それだけ交わして、わたしは彼と別れた。

 

 ……どうやってカーズ様に寄り道を進言しよう。約束したはいいものの、正直殺される気しかしないんだけど。

 でもなぁ、約束しちゃったしなぁ……。一回は破っちゃってるし、今回ばかりはわたしの命が脅かされようともがんばらないとだよね……。

 

 はあ、とため息をついて、託された二本のマカナを何気なく眺める。

 大きい。わたしが飛びぬけて小さいのもあるけど、それにしたって大きい。このまま腰に提げたら地面を引きずっちゃうぞ。

 仕方ない、急いで収納しちゃおう。

 

「【コンフィデンス】第二の矢、【スターシップ】!」

 

 わたしはマカナを二本左手に抱えて、右手に矢だけを出現させた。その鏃には、()()()()()()()()()()()()()

 それからくるりと矢を逆手に持ったわたしは、その鏃を自分の腕に向けて……突き刺した!

 

 痛い! でも別にリスカとかそういうんじゃないからねこれ!

 だって……ほら、いつの間にか周りの景色が変わってる。夜の帳が下りた壊れかけの家から、色んなものが雑多に並べられた広い部屋に。

 

 これこそ、わたしのスタンド【コンフィデンス】のもう一つの能力。この星の模様が施された矢で貫いたもの(と、条件はあるけどそれが接触してるもの)を、この部屋に収納する能力だ。大元は変わることなく別の能力を保持している【キラークイーン】にならって、第二の矢【スターシップ】と呼んでいる。

 

 たどり着いたこの部屋は、十メートル四方くらいの広さ。窓はなくって、ドアとかもない。だけどなぜか一定の明るさに保たれている。

 そしてここに並んでいるのは、今までわたしが記録したメモとか、描いたスケッチとか、あるいはなんとなくほしくなって手に入れたお土産とか、そういうのだ。ついでに例の矢もね。

 

 原理はまったくわかんないけど、たぶんどこにもないどこでもない、現実から隔離された空間って感じかな。わたしはスタンド空間って呼んでる。

 

「カーズ様を説得できるかどうかわかんないけど、とりあえずすぐに取り出せる位置に置いとこう」

 

 このスタンド空間に最初にたどり着くのは、ちょうど中央だ。その近くには仮置き用の棚を置いてあるから、ここにぽんとマカナを載せておく。

 でもって外に出る。そう思った瞬間に、元いたところに戻っていた。もう慣れはしたけど、相変わらずスタンドって不思議だ。

 

 ただ便利は便利なんだけど、対象に一定以上突き刺さらないと発動しないのが欠点なんだよねぇ。

 突き刺さないといけないってことは、つまり傷をつけなくちゃあならないってことだ。おかげで最初の頃は本当に困ったよ。ちょうど初期の【ハーミットパープル】が、念写のためにわざわざポラロイドカメラを破壊する必要があったのと同じようなものだ。

 接触してるものも収納するから今のままでもいいと言えばいいけど、そのたびに自分を刺さなきゃいけないのはちょっとしんどい。

 

 だから絶賛訓練中で、少しずつマシになってきてはいるんだけど……それでも現状だと絶対に傷をつける必要がある。抜け道を使うにしてもワンテンポ遅れる。

 

 さらにこの【スターシップ】。五部に出てきた【ミスター・プレジデント】と違ってスタンド空間から出られるのはわたしが出そうと思ったものだけで、しかも一旦中に入ってものを確認しないといけない。ゲームみたいに一覧が表示されればいいのにと思うけど、そう都合よくいかないのが現実なんだろう。

 おかげでカーズ様からは便利アイテム扱いされつつも、ちょくちょく愚痴を言われてましてね。使い勝手は悪いけど便利ってわけです。

 

 訓練は続けてるし、スタンドはできると思い込むことで本当にできるようになったりするから、いずれはと思ってるんだけどね……どうなることやら。

 威力をゼロにする、でも矢は貫通させる。両方やらなくっちゃあならないところが幹部の辛いところだな。覚悟はいいか? わたしはできてる。

 

 ……っていうか、どっちにしても種族柄練習する時間は文字通り腐るほどあるから、そのうちなんとかなるだろうって思ってもいるけどね。

 

「カーズ様、お待たせしました」

「遅いぞアルフィー」

 

 あ、カーズ様待っててくれたんだ。少し前までは置いてかれるか強引に連れていかれるかだったと思うんだけど。最近結構待ってくれますね?

 もしかして、ちょびっとは気を許してくれてるんだろうか。それなら寄り道したいって言っても許されるかな。

 

「行くぞ」

「は、はい。……あの、遅いって言われたうえでこれ言うのは、とっても申し訳ないんですけど」

「なんだ、言ってみろ」

「この辺りに、色んな人が聖地と呼ぶ場所があるみたいなんです。そこに寄りたいんです」

「……そこは私の時間を使うだけの価値のある場所か?」

「わかりません。わかりませんけど……実はその聖地の周りには、不思議な力を使える人が何人かいるみたいなんですよ」

「ほう……? それは本当か?」

 

 あ、なんか行ける気がする。疑ってる感じに見えて、ちょっとだけ目が好奇心で光ってる。

 

「それもわかりません。……でも、この村も、他の村でもそういう噂を聞きました」

「火のない所に煙は立たないということか」

「はい。なので、少し調べてみたいなって思って」

「ふむ……いいだろう。確かにそれは気になる、許可しよう」

「……! ありがとうございます、カーズ様!」

 

 やった! 聞いててよかった噂話! 何事も無駄なものなんてないもんだね!

 もしかしたら、スタンド使いは引かれ合う、の法則通りに色々鉢合わせるかもだけど、そのときはそのときだ!

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ってわけでやってきた聖地とやらなんですけども。

 

「あれ、なんだかここ見覚えありますね?」

「うむ。位置関係からして間違いない、ここは例の隕石が落ちた場所のようだ」

 

 みんなでやってきた聖地の真ん中辺りから周囲を見渡して、カーズ様と二人で頷き合う。

 

 すり鉢状になった地面は、あのときと違ってすっかり植物で覆われていて面影がほとんど残っていない。でも周りの景色の形状はほとんど変わってなくって、記憶力のいいわたしたちには昨日のことのように思い出せる。その記憶と、今の景色がほぼ一致していた。

 

「なるほど、大体わかった」

「はあ、と言いますと?」

 

 いきなりどこかの破壊者みたいなことを言いだしたカーズ様に問いかける。

 すると彼はピンと指を立てながらこっちを向いて、推理を披露してきた。

 

「ここが聖地と呼ばれる所以(ゆえん)は、あの隕石の残滓だろう。あの隕石はアルフィー、お前が身に着けた能力を目覚めさせるウィルス性生物だった。そのほとんどは私が回収したが、ごくわずかな量がここに残っていたのだろうな。その影響で、この近辺では例の能力に目覚めるものが他の地域より多いのではないか?

 あるいは、ここに赴いた人間がそれに目覚める儀式か何かがあるのかもしれん。だからこそ聖地というわけだ」

「はあー、なるほど。名推理ですね」

 

 わたしが持ち上げると、ふふんと得意げに笑うカーズ様である。

 

 うーん、つまりこの場所は、七部の悪魔の手のひらみたいな感じになってるのかな。あれは入った人間は死ぬわ、方位磁石効かないわ、流砂になってて場所が変わるわで、本気でやべーところだったはずだけど。ここはそんな雰囲気もなくて、落ち着いた平原って感じ。

 もしかして、カーズ様が隕石をまるっと回収しなかったらそうなってたのかもしれない。あれが及ぼす効果は悪魔の手のひらのものに近いし。もしかして、七部以降の世界はまずそこで分岐した世界なのかも?

 

「……あの隕石の影響はあっても、それそのものがないならこのまま放っておいてもいいですかね?」

「そうだな。もしあれがそのままここに残っていたとしたら、どうなっていたのかという好奇心もなくはないが……」

「あれはもう全部鏃に加工しちゃいましたからねぇ」

「そしてそのほとんどはもう私には用のないものだ」

「そう言いつつ、今回は捨てずに持ってますよね?」

「ふん、一族を皆殺しにした結果人手不足になった教訓だ。これはいずれ、何かに使えるかもしれんからな」

 

 とか言っておきながら、当の鏃はわたしが管理してるんですけどね。

 

「謎は解けた。行くぞアルフィー、もうここに用はない」

「あっ、すいませんちょっとだけ、ちょっとだけ時間をください!」

 

 やることやってはいおしまい、とばかりに背中を向けたカーズ様にわたしは慌てて声をかける。

 

 そして彼が返事をするより早く、【スターシップ】の矢で自分の手に刺した。

 で、スタンド空間からマカナ二本をつかんですぐ外へ。

 

「どういうつもりだ?」

 

 もちろん、すぐにカーズ様から声が飛んでくる。

 

「すいません、彼の誇りを腐らせたくなかったんです。どうしてもちゃんと、眠らせてあげたくて」

「さすが姉上、よくわかっておられる」

「まったく、お前はたまにワムウのようなことを言う。……ああいや、ワムウを育てたのはお前だったか」

「うーん……ワムウはわたしが育てなくってもたぶんこんな感じになったと思いますけど」

 

 実際わたしのいない原作の彼は気高い戦士だけど、そのありようはこの世界の彼と大差ないし。

 

 そんな風にとりとめのない会話をしながら、わたしはマカナを平原……隕石でできたクレーターの中央付近に埋める。

 地面は手をスコップ状に変形させて堀った。なんだかこういうところだけ器用になっていくなぁ……。

 

「これでよし、と……。どうか安らかにお眠りください」

「……用は済んだか?」

「はい。すいませんでした、わたしのわがままで」

「構わん。お前は他の連中と違って、普段は滅多に自分の意思を出さないからな。たまにはこういうのもいいだろう」

「カーズ様……ありがとうございます」

 

 なんだどうした、カーズ様がデレたぞ。

 ああでも、原作でも目的達成の直前までは結構紳士っぽい行動してたか。花とか犬とかを、巻き込まないように動いたこともあったね。

 

 なんていうか、仲間でいるうちはわりと仲間の行動を目立って否定しようとはしないんだよね、カーズ様。貫くべき自分の意思が関わらないところだと、わりと寛大っていうか……。

 上手く言えないけど、落差の激しい性格な気がする。でもそういう差がはっきりしてる人は人間にもいるし、敵対しない限りは話通じるから、なんだかんだでわたしもカーズ様のこと嫌いにならないのかも。殺されたくないっていう打算ありきだけど、そういうところがあるから一緒に何千年もいられるのかもなぁ。

 

「……なんだその顔は?」

「んふふ、いーえなんでも。それじゃ行きましょうカーズ様!」

「はしゃぐなやかましい。それだからお前はいつまでもガキなのだ」

「んまー失礼な! わたしだってもう一万年以上生きてるんですよ、もう立派な大人ですとも!」

「お前が言っても説得力がまるでないぞ」

「むーっ!」

 

 超上から目線で頭をぽんぽんされるとか、なんたる屈辱!

 まったくもう、カーズ様はこのロリボディの魅力をご理解いただけないようで残念だよ!

 

 ……ご理解いただけても、それはそれでとも思うけど。

 

 うーん、もしカーズ様がロリコンだったら、わたしはカーズ様とそういう関係になってたりしたんだろうか?

 それは……まあ、それはそれで。

 そんな風に思う辺り、わたしはすっかり馴染んでしまったみたいだ……。人生色々……。

 




コンフィデンス第二の矢:スターシップ
破壊力:なし(本体に依存) スピード:なし(本体に依存) 射程距離:B 持続力:A 精密動作性:C 成長性:A
(現時点のステータス。コンフィデンスと共通。500年経って弓を使わずとも矢だけを手元に出せるようになった)
矢で貫いたものとそれが接触しているもの(重量やサイズなどの制限あり)を、スタンド空間に収納する能力を持つ。
「矢で貫いたものを収納する」能力である(大事なことなので二回言いました
星の模様が施された矢。同時に出せるのは一本だけで、大元の能力で出せる七本のうちの一本に数えられる。
まだ成長性Aなのはそういうことです。


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9.波紋登場

 色々ありましたが、何はともあれユーラシア大陸にやってきました。

 いやー、大陸が変わると景色もだいぶ変わってきますね! 動植物の生態系もかなり差があるから、スケッチとかしててとっても楽しい!

 

 もちろん浮かれてるだけじゃなくって、やることはやってるよ。むしろ浮かれてたのは最初だけでしたね。だってまずやったことって、吸血鬼による情報収集のための準備だもん。

 しかもアメリカ大陸と違って足掛かりがない分、かなり短期間でかなりの数の人を犠牲にすることになりまして。

 ふふ、さすが文明のるつぼユーラシア大陸、広さも人口もアメリカ大陸の比じゃない。おかげで精神的負担の最大瞬間風速がわたし史上最高を記録しましたよ。

 

 ただ、血なまぐさいスタートを切ったユーラシア大陸での活動も、すぐにとん挫することになった。

 

「何だと?」

「あの、ですので……この辺りに配置してた吸血鬼が、全員死んでました」

 

 そう、吸血鬼すぐ死ぬ。あちこちに配置したのにわりと短時間で全滅しちゃってて、ちっとも網が広がらないのだ。

 大量の犠牲者を出したのにその甲斐もない展開に胃が痛いよ(比喩。残念ながらこの頑丈すぎる身体でそれは起きない)。いや、彼らが長く生きててもそれはそれで犠牲者がたくさん出るんだけど……うう。

 

 わたしの心についてはこの際考えないようにするとして、さすがにこれはちょっとおかしい。

 なんたって吸血鬼は、他者の生命エネルギーを吸い取って生き続ける生き物。元は人間だし、生物学的には人間なんだけど、はっきり言ってその枠を超えたバケモノだ。殺されてもほとんど死なないわけだし。

 

「うーむ……まさかとは思うが、こちらの大陸には吸血鬼の天敵か何かいるのかもしれんな」

「あ……そ、そうですね。考えたことなかったですけど、元は人間ですしね」

 

 天敵と言われて、そういえばと思う。うん、これたぶん波紋案件だ。

 原作で波紋の修行場として整備されてる描写があったのはチベットとイタリア。距離はあってもどちらもユーラシア大陸だ。いつからあったかははっきりしてないけど、確か波紋の歴史は四千年くらいって言及があったはずだから、わたしの計算が間違ってなければもうあるはずだ。

 

「ああ、これは早急に調べなければなるまい。あちらでは吸血鬼を使った人海戦術は比較的うまく行っていたが、それがこちらで通じぬとなれば計画の見直しも必要だ」

「はい、お供します」

 

 うーん、いよいよ波紋戦士との戦いが始まるのか……。遂に波紋をこの目で見れるっていう、ファンとしての心理はあるけどやっぱりこの身体がなぁ……。

 日光に耐性があるわたしだから、そこまで致命傷にはならないんじゃあないかって予想はあるんだけど、実際どうかは神のみぞ知る。うう、怖いなぁ。

 とはいえそれを知っておかないとあとあと困るのも間違いないだろうから、知識としてはちゃんと覚えておきたいところではあるよね。

 

 というわけでカーズ様と一緒に調査だけど……彼が何をしたかと言えば、ずばりシンプルな囮作戦。少し大きめの街で、わりと強めかつ派手に暴れそうな悪漢を吸血鬼にして解き放ったのだ。そして舞台の外から観察する、っていう。

 相変わらず、人を人と思わないやり方はさすがカーズ様。わたしにはとても思いつかない。まあ、止めてない時点でわたしも同罪ですけどね。

 

 そして数週間が経って、今わたしたちは小高い丘からその下を眺めている。

 

 視線の先にあるのは、戦闘の様子だ。一対一の、決闘とかそういう類のじゃあない。大勢の人間が、束になって一人に立ち向かっている……普通なら蹂躙と呼ばれる類のだ。

 

 けど蹂躙されてるのは大勢いるほう。当たり前だ、だって襲われてる側は吸血鬼なんだから。

 それなのに吸血鬼を襲っている人間たちはどれだけやられようとひるむことなく、吸血鬼を襲い続けている。一人がやられても後ろに続く人間が、それでもダメならその後ろの人間が、さらに、さらに、さらに……という具合で、人海戦術で吸血鬼を圧倒しているのだ。

 

 雷雨という悪天候の中とはいえ、昼は昼だ。あそこまで命を投げ捨てられる人間がこんなにたくさんいるなんて思わなかった。

 

 何より目を引くのは、彼らは明らかに波紋と思われる技を使っていること。太陽と同じエネルギーを持った、吸血鬼を滅する黄金の技。

 あれを食らってしまえば、たとえ吸血鬼だろうと死に至る。彼らは数で力の差を補い、誰か一人でもいいから吸血鬼に波紋をたたき込もうとしているのだ。

 

 吸血鬼側も波紋の危険性は既に理解しているようで、必死に近づけさせないように立ち回ってるけど時間の問題だろう。何せ片腕がない。既に一発腕に食らってしまい、自切した結果だ。

 

 原作を知ってると気化冷凍法とか空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)を使えばいいのにって思っちゃうけど、あれは悪のエリートであるDIO様だからこそすぐに使えるようになっただけなのかもしれない。

 

「まるで一つのエサに群がる蟻だな」

「差し出がましいことを申すようですがカーズ様、虫の蛮勇もそうバカにできたものではないかと」

「……彼らはすごいですよ、わたしにはあんな風に勇気をもって立ち向かうなんてできないです……」

「すんげぇなぁ。ああまでして吸血鬼を倒してぇってのかよ?」

「それだけ吸血鬼が脅威なんだと思います。彼らにしてみれば、生き物としての存続を賭けた戦いなんじゃあないかと」

「……そういうもんかねぇ」

「まあ、わたしたちは天敵って呼べる生き物がいないですからね……」

 

 実感なさそうに首を傾げてるエシディシだけど、気持ちはわからなくはない。

 

 でもわたしとしては、元人間としては、やっぱりああして戦える人々に深い共感を覚える。わたしがそれを実行できるかはさておいて、だけど。

 

 それでも、いやだからこそ。

 ああやって立ち向かう勇気は。闇雲じゃない、一人一人が工夫と思考をその一瞬一瞬で続々と繰り出す人々の姿は、まさしく恐怖を克服して、わがものとした人間だからこその勇気の賛歌を高らかに歌い上げてるようにも見える。

 

 ……そうだね、ツェペリさん。きっと、あれが人間賛歌なんだよね……。一万年以上生きてもなお、わたしにはたどり着けない境地だ……。

 

「……各地の吸血鬼も、ああしてやられたということか」

「人間は一応知恵があるからなぁ。何かしらの形で弱点が伝わって、そこから崩されたってとこか」

「そしてあの技術ですな。吸血鬼を滅ぼす見たことのない技術……身のこなしもなかなかのものだ。ぜひ戦ってみたいものです」

 

 マイペースな締めをするワムウは相変わらずだなぁ。

 

 とはいえ、カーズ様たちも理解しただろう。あの技……波紋こそが自分たちの前に立ちふさがる壁だってことを。

 

「……作戦を練り直す必要があるな。我々にも効果を及ぼしかねないあれへの対策を、まずは考えねばなるまい。しかしエイジャの赤石のための情報収集も疎かにはできん……これは吸血鬼どもに潜んで調べるように指示すればよいとして……ううむ」

 

 さすがにカーズ様の表情が渋い。

 今までうまくいってたやり方ができないってなると、誰だってそうなるよね。思わぬ天敵も出たこともあって、かなり機嫌も悪そうだ。あとで慰めてあげよう。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 それから数百年。わたしも一万三千歳くらいになりましたが。

 前世で謎とされていた中東近辺の「前千二百年のカタストロフ」の原因の一つが柱の男だったなんて思わなくて、またしてもゴリゴリ精神を削られもしましたがなんとか生きて紀元前十一世紀くらいを迎えました。

 

 わたしが今どうしてるかと言うと、情報収集のため各地に潜む吸血鬼との連絡役みたいなポジションに落ち着いて、あちこちを巡ってる。

 

 カーズ様たちとも一緒に行動はもちろんしてるんだけど、最近は直接殺しに関わる頻度はかなり減ってたりする。

 というのもどうもカーズ様、最近は虐殺シーンをなるべくわたしに見せないようにしてくれてる節があるんだよね。優しいんだか厳しいんだかわからない。

 

 でもそれは素直にありがたいので、わたしは今連絡係として各地の吸血鬼とカーズ様の間で情報のやり取りを取り持つお仕事をメインに活動してるってわけ。

 

 なんでそんな仕事があるのかといえば、もはやユーラシア大陸はあちこちで文明が根付きつつあるわけで。特にいわゆる四大文明の地域はそれが顕著で、そろそろ派手に動きづらくなってきてるんだよね。

 だから昼間でもある程度活動できるわたしが、伝令役としてうってつけだったのです。

 

 そしてこれまた最近のカーズ様の妙に優しいとこなんだけど、最低限仕事をこなしたらあとはわりと好きにしていいと言われてるんですよ。

 なのでわたしはこれ幸いと、あちこちでこの時代の人々の暮らしを詳細にスケッチしたり、記録に書き起こしたりして過ごしてる。おかげでここ百年くらいはようやく素直にフィールドワークを楽しめる余裕が戻ってきた。

 

 うんうん、歴史を学んだ人間が一度は夢見るタイムスリップ(厳密には違うけど)をしたんなら、これはやっとかないとね!

 

 ……薄々これもカーズ様の策なんじゃないかって思ったりもするんだけど、藪蛇になるのも嫌だしなるべく考えないようにしてる。

 

 まあそれはともかくですね。実はわたし、最近になって遂に自分の流法(モード)に目覚めたんですよ。 

 

「……今回はこんな感じでいいかな?」

 

 水面に映り込んだ自分の顔を確かめながら、一人頷く。

 

 その顔は、いつものわたしの顔とは違ってる。ツノは完全に頭の中に納まってるし、顔は幼さ全開じゃなくって大人の女性感あふれる美しさになっている。

 さらに言えば身体も五十センチくらい伸びてるし、スリーサイズもボンキュッボンなダイナマイトボディ(死語)だ。わたしの身体がもしも順当に成長してたら、こうなってたんじゃないかって感じの姿だね。誰がなんと言おうと、わたしはきっとこんな感じになってたはずなのだ。そうったらそうなのだ!

 

 ……で、これは一体何事か、って言えばずばりわたしの流法(モード)が変身能力だったんだよね。そう、わたしはカーズ様の命令で連絡係をやってるうちに変装の必要に駆られてあれこれやってたら、変装どころか変身能力に開眼してしまったのだ。

 

 ……いやいや流法(モード)って戦闘技術じゃなかったんかい、って自分で自分にツッコんだのはいい思い出。これは完全に魂レベルで戦うことを拒否してますね……。

 

 いや戦いで使えないわけじゃあないんだよ。究極生命体になったカーズ様のような凶悪さや万能さはないけど、それでもかなり幅広い変身が可能だ。

 いい例としては、翼を生やして空中戦ができる。そこから【コンフィデンス】を使えば、一方的に攻撃ができるわけで。やったらやったで吐きそうになるけど……っていうかなったけど。身体が頑丈すぎてそんな気分になっただけで済んじゃったけど。

 

 そんなわけだから、今は完全に変装用だ。何せ素の姿で人間社会をうろついてると、色々不都合があるんだもん。良い人は親はどうしたとか言ってくるし、悪い人はさらって売り飛ばそうとするし。ろくな目に遭わない。

 

 その点この流法(モード)は、男にも擬態できる。声も変えられる。おかげでルパンもびっくりの仕上がりよ。

 なんなら他の動物にだって変身できるから、本当に便利で便利で仕方ない。中身はそのままだから長時間は無理だし、ある程度ダメージ受けたりすると元に戻っちゃうけどね。

 

「……やー、賑やかだなぁ。やっぱり中国はすごいところだ。さすが、四千年の歴史だねぇ」

 

 そうやって大人モードになったわたしが今いるのは、ちょうど易姓革命が起った直後の中国。その覇者たる周王朝の都、豊邑(ほうゆう)だ。……おっと、今は川を挟んで移動してて、鎬京(こうけい)って呼ぶんだっけ。

 いやーまさかわたしが歴史に興味を持ったきっかけのマンガにも出てきたあの街を、実際に歩けるとは思ってなかったからね! 憂鬱な気分も吹き飛ぶってものですよ! 生きてればいいことあるってホントだね!

 え? いやいや、さすがにフィールドワークは仕事が終わってからにするよ!

 

 そんなファンのうんちくはともかく、実際はそんな簡単に王朝が切り替わるなんてことはない。内政をしっかり充実させる必要があるのはもちろん、軍事的にもやらなきゃいけないことがたくさんあって、この街どころか各地が賑やか……っていうよりは騒がしい。

 カーズ様にしてみればそうやって荒れてる時代のほうが暗躍しやすいんだけど、内乱の時代はろくにエイジャの赤石を探せないから一長一短って言ってた。

 ただ、どっちにしても吸血鬼が表通りを堂々と歩けるわけもないから、大体はスラム街に落ち着くことになる。

 

 ……というわけでばっちり変身と変装を決めたわたしは、今日も鎬京の街並みを歩き回ってその奥のほう、スラムにやってきた。

 

「えーっと……あ、ここだここだ。すいませーん」

 

 その中にある家の一つで、わたしは声を上げる。

 ……んー? 返事がないなぁ。

 

「すいませーん? 留守ですかー?」

 

 もう一度呼び掛けてみたけど、やっぱり返事がない。

 

 おかしいなぁ、どうしたんだろう。二十一世紀なら、ここから推理もののドラマが始まるんだろうけどここ紀元前十一世紀ですよ? そんな事態、そうそう……いやあり得るのか。スラムだもんなぁ。

 

 ここら辺の住人に吸血鬼が負けるとは思えないけど、一応確認するか……と思って中に入ってみたところ。

 

「……これは」

 

 そこには、不自然な形で落ちた服があった。まるで、着ていた人間だけが忽然と消滅したときのような、そんな。

 

「どなたかのう?」

 

 思わずそれに近寄ったわたしに、聞き覚えのない声が飛んできた。ここに置いてた吸血鬼の声じゃない。

 侵入者……かどうかはわからないけど、それは正直問題じゃあない。そんなことよりも、もっと大事なことがある。

 

 なぜなら、警戒して見せたわたしの目の前に現れたおじいさんは。

 

 コオオォォォ……という、特徴的な呼吸をしていたのだから。その拳に、見覚えのある黄金の輝きを宿して。

 




最初からそのつもりとはいえ、どんどん便利屋になっていく主人公がいるらしい。
タグに最強じゃない系のタグつけておいたほうがいいかな・・・。


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10.伝説との邂逅

 アッ、これダメなやつだ。直感でそう思った。

 だって、どこからどう見ても波紋使いじゃあないですかやだー!! 下手しなくともうっかり握手とかしただけでめちゃくちゃ痛いやつですよこれは!

 

「……ここに住んでたものの友人なんですが、そういうあなたは?」

 

 それでも、下手なことはできない。わたしはできるだけ堂々と聞き返したけど……どうかなぁ、できてる自信ないなぁ。

 

「そうであったか……それは、災難であったのう」

 

 さてどう来るかなって思ってたら、意外にもおじいさんは小さくため息をつきながらそう答えた。

 意味するところはなんとなくわかる。だけど本当に心からそう言ったのかは、まだわからない。

 だってまだ波紋がスパークしてる。彼はまだ、警戒を緩めていないのだ。

 

「お嬢さんに言って信じてもらえるかはわからんが……ここに住んでいた男はな、妖怪だったのだ」

「…………?」

 

 とりあえず、語るに任せて首を傾げてみせる。

 妖怪……なるほど妖怪ね。言い得て妙な表現だ。

 

「少しずつだが確実に被害が広がっておってな。ここいらじゃあもうこの一年で五十人近くが行方不明になっておる」

「それは……かなり異常事態ですね」

「うむ……ゆえに、な。わしが赴くことになったのだ」

 

 な……にやってんのあのバカーーっ!!

 あれだけ目立つことは慎めって口酸っぱくして言ったのに、カーズ様だって散々釘刺してたのに!!

 これだから吸血鬼ってやつは! やっぱり急に大きすぎる力を手にしたら人間ダメになるね!!

 

「……残念です。この辺りには久しぶりに来たので、顔を見ようと思ったんですけど」

「災難であったのう。いや、お嬢さんに怪我がなくてよかった、そう思っておくべきやもしれんのう」

「そう、ですね……」

 

 本当に災難だよぉ!!

 

 ……まあ、嘆いていても仕方ない。カーズ様に報告しないと。そんでもってこのあとのことを考えないと。

 

「時にお嬢さんや」

「はい、なんでしょうか?」

「今日の宿はどうするつもりなのだ? もしここに泊まる予定だったのなら、残念ながら遠慮してもらわねばならん。他に仲間がおらんか調べねばならんし、そやつが来るやもしれんからのう」

「あー……確かにそう、ですね……」

 

 いや、帰ります。もうおうち帰りますんで……宿とかいいんで……本当に……。

 

 っていうかここにいた吸血鬼、下手な証拠とか残してないだろうな……それだけは困るぞ……。

 

「ふむ。であれば、今日のところはわしの家に来るとよい。年寄りに年頃のお嬢さんをうまく持て成せる自信はないが、設備だけは整っておるゆえ」

 

 出たよ良い人! そこまでみんな親切にしてくれなくてもいいのよ? もうちょっと他人に関心薄くていいんだよ!?

 

「……いえ、せっかくのお言葉ですがあまりお世話になるわけには。ひとまず自分で宿を探してみますよ」

「欲のないお嬢さんだのう。ならばわしがあまり引き留めるのも失礼というもの。これ以上は言うまい」

「すいません、親切にしていただいたのに」

「よいよい。歳を取るとどうも世話を焼きたくなって困る。……だからのう、これもそのじじいの世話焼きと思ってくれて良いのだがな」

「? これは?」

 

 わあ、竹簡(ちくかん)だ! 巻物状にはなってない、一本だけだから札って言ったほうが正しそうだけど。

 

 それはそれとして、甲骨文字が書かれてますね。呂子牙(りょ・しが)……?

 ……え? それって。まさか、え? 嘘でしょ?

 

 信じられない気持ちを全開に、目の前のおじいさんの顔を凝視する。

 すると彼は、いたずらに成功した子供みたいににっこりと笑みを浮かべた。

 

「許可証みたいなもんだのう。それを持ってわしの家まで来てくれれば、家人が部屋を用意してくれるというな」

「わお……それはまた。なんていうか、本当にありがとうございます」

 

 脈が早くなるのを感じながらぺこりと頭を下げれば、おじいさんは好々爺の見本みたいな笑い声を上げる。

 波紋の輝きは、いつの間にか消えていた。

 

「では、わたしはこれで」

「うむ、ここいらは治安もちとよろしくないからのう、気をつけてな。……おおそうだ、お嬢さん」

「はい?」

 

 呼び止められて振り向けば、おじいさんはぱちりとウインクをしながらこう付け加えた。

 

「名乗っておらなんだのう。わしの名は(しょう)という。もし宿が見つからんくてわしの家に来るのであれば、その名で場所を訪ねてくれればよいからのう」

「ッ!? ……わ、わかりました。本当に何から何までありがとうございます」

 

 なんとかそう口にして、わたしはそこを後にしたけども。

 

 うん。

 なんていうか、うん。

 

 この時代の!

 

 周の都にいる!!

 

 呂尚子牙さんとか!!!

 

 ()()()()()()()()()()()()()ふざけんなばーかばーか!!!!

 

 わたしは色んな意味でバクバク高鳴る胸を押さえながら、足早にならないよう努めて普段のペースで街並みを抜けていく。

 

 太公望! 古代中国において、商から周へ易姓革命がなされるに当たってその功績大として歴史に名を刻む、稀代の名軍師だ!

 まあ時代が時代だけにどこまで本当かはわからない点も多々あるし、なんなら彼の出自とか経歴はほとんど残ってないわけなんだけど。それでも周の中で一つの国の祖として名を残す以上、明確な功績があったのは間違いないだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 わたしが憧れた人は漫画のキャラクターで、歴史上の太公望とは決して同じではないのはわかってる。それでも太公望という人物は、確かに偉業を成し遂げ歴史に名を刻む人物。そんな彼に惹かれないはずがなかった。

 どちらも知恵を絞って仲間を勝利に導く人。勝てない戦いをひっくり返す鮮やかな手腕。その姿はわたしにとって、まごうことなきヒーローだったのだ!

 

 そんな人と顔を合わす機会に恵まれた。これほど幸福なことかあろうか! いや、ない!

 いやもう、嬉しすぎて顔がとろけそう!

 

 ていうか、え? そんな人からサイン入りの竹簡とかもらっちゃっていいんですか!? マジで!?

 

 ひゃっほおう!! 太公望からもらった竹簡とか、世界遺産級ですよ!!

 もうこれは使わない! 絶対使わない! ずっと保管して、お守りにしよう!!

 

 えへへ、早速【スターシップ】で収納だー!

 

 ……でも喜んでばかりはいられないのも事実だ。まさか周の軍師が波紋使いだったなんて、歴史とはまた面白いことをしてくれる。

 でもよくよく思い返してみればジョジョのごく初期のころ、波紋という概念が初めて登場したそのときに、ツェペリさんは波紋のことを「東洋人は仙道と呼ぶ」って言っていた。

 

 そして太公望という人物は、後世(それでもジョジョ一部の舞台である十九世紀よりはかなり前の時代)に書かれた物語において、人間から長じて仙道に精通し周に力を貸した仙人に描かれる。これが偶然とは思えない。

 

 だとしたらもしかして、この辺りには波紋使いが結構な人数いるのかもしれない。神仙思想の元祖とも言える中国だから可能性はある。

 そしてそんな仙人を組織的に育む場所があるとしたら、カーズ様にとって非常に面倒なことになる。そうなると……どうなる?

 

 うん……たぶん、とっても血生臭いことになる可能性が……。

 

「……それは、嫌だなぁ」

 

 原作においては、カーズ様がこの時代どこで何をしていたかは一切明らかになっていない。だから何もしていなかった可能性もあるけど……自身に敵対する存在を許さないカーズ様だ、その手の組織は見つけ次第潰してたと考えたほうが自然だよね。実際、原作でも波紋の一族は滅ぼしたって言ってたし。

 

 とりあえずカーズ様には太公望はともかく、波紋の修行場みたいなのがあるかもしれないという懸念は言わないでおこう。これは確定。

 それでももし別のところからそういう話が挙がったら……どうしよう? わたしはそのとき、どうするんだろう。

 

 わからない。自分がどうするのか、わからない。いつもならどんなに嫌なことでもカーズ様にやれって言われれば従うのに。今回ばかりはやれる気がしない。

 憧れの人と明確に敵対するようなことなんて、できるわけがないじゃあないか。ましてや憧れの人を殺すことになったとしたら? 無理無理無理、そんなのできるわけない。

 

 どうかそんなことにはなりませんように。そう思いながらも、街を歩く足は止まらない。我ながらこんな自分が嫌になる。

 それでも、ここにずっといるわけにもいかない。気は重いけど、報告のために戻らないと。

 

 そう思ってたんだけど。

 

「やれやれ……どうしてこう嫌な予感は当たるかのう」

 

 彼は気だるそうな態度を隠すこともなく、けれど残念そうに肩をすくめて正面からわたしに向き合った。

 

 そう、街を出たわたしを待っていたのはさっき顔を合わせた太公望その人だった。

 いやいや、なんで国の要人がこんなところに一人でいるんですか先生!?

 

「あまり手荒な真似はしたくない。素直に捕まってはくれんかのう、お嬢さん?」

 

 ところが色んな疑問が頭の中で飛び交うわたしをよそに、太公望は確信に満ちた声でそう言った。

 ますます思考が真っ白になりそうになるのをこらえて、なんとか意識を集中させる。

 

 くっ、どういう方法かはわからないけど、どうやら彼にはバレてるらしい。さすがは歴史に名を残す名軍師か……。

 

「……わたしもできるならそうしたいんですけどね。そうもいかない事情があるんですよ」

「ふむ……人のお前さんが妖怪に関わっているところを見るに、何やら脅されて、とかかのう? であれば、わしの下におればその危険はなくなるが」

 

 あ、さすがにわたしが人外ってことは彼でもわかんないか。まあそうか、今の見た目はどこから見ても人と変わらないもんね。

 

「いえその、そうじゃないとは言わないですけど……普通の人がどうにかできるものでもないので……」

「妖怪を恐れる気持ちはわかるがのう。あれは決してどうにもできぬものでもないぞ? 事実、わしは退治できる」

「いや、あの人たちは吸血鬼とか目じゃないくらいヤバいんで……」

「ほう吸血鬼。あれはそう呼ぶのか。そしてその口ぶり、どうやらまだ裏に潜むものがありそうだのう。そしてお前さんは、()()()()()わしの知らんことをたーくさん知ってそうだな?」

「……アッ!? カマかけてたんですか!?」

 

 しまったぁ!! 完全に引っかかった!!

 

 え、じゃあさっきのあの自信満々な態度はなんだったの!? さも全部お見通しみたいな感じだったじゃん! おかげですっかり騙された!

 軍師って怖い!!

 

「そうでもあるが、根拠がなかったわけではないぞ? 宿を探すと言うておったのに、その手の施設があるところをまるで無視してふらふらした挙句、外に出ようとする輩なぞまっとうな手合いではなかろうダアホめ」

「ウッ!?」

 

 確かに!!

 

 まったくもってその通りですね!!

 

「く……っ、さすが天下の太公望と言ったところですか……!」

「いや、わしでなくとも気にかかると思うが……まあよいか」

「ていうか、あれだけ好々爺みたく振舞っておきながら尾行つけてたんですか!? だましてたんですか! ずるい!」

「ケケケ、褒め言葉だのう。詐欺に恫喝、誘導ハッタリ……エトセトラエトセトラ(他にも他にも)。いずれも策を練る際には必要になるものだぞ?」

「ですよね!! くそう、これだから軍師ってやつは! でも悔しい、そんなあなたが嫌いじゃない!!」

 

 あのニョホホと笑う主人公とわりと被って見えちゃう! 自分が憎い!!

 

「ふむ、お嬢さんのような美人さんにそう言われるのは悪い気はせんのう。どうであろう、ここは大人しく捕まってはくれんかのう。先の言葉は本音なのだ、手荒な真似はしたくない」

「……残念ですけど、それとこれとはまた別の問題でして。正直わたしもあなたとはもっとお話ししたいんですけど、色々あってそうもいきません。なので……押し通ります!」

「そうか……残念だ。ならば、少々痛い目を見てもらわねばならんが……あんまり泣いてくれるでないぞ、お嬢さん?」

 

 どうやら問答はここらで打ち切りらしい。太公望がゆるりと構えを取った。その両拳で、黄金の輝きがスパークする。やる気だ。

 

 いやー……。

 

 いったい! どこの誰が!

 転生した挙句憧れの人と戦う羽目になるなんて想像できますか!! なんとか逃げるだけで手打ちにしたい!!

 

 ああもう、今こそ切実に【バイツァ・ダスト】がほしいよ!!

 




易姓革命といえば周。
周と言えば太公望。
このロジックに素直に頷ける人はたぶん作者と同世代。
まあ一応、歴史の方に準拠して太公望の本名は望ではなく尚にしましたけど。


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11.波紋戦士・太公望

 太公望の構えに応じる形で、我流だけどわたしも構える。逃げる気満々なので、初手は譲る。

 

 色んな効果がある波紋だけど、遠距離攻撃手段に乏しいことは欠点の一つだ。接触しないと相手に流せないからね。

 波紋で遠距離攻撃をしようと思ったら、何かしらの工夫が絶対に必要になる。少なくとも、スタンドみたいにノーモーションで弾丸が飛んできたりとかはないはずだから、ここは様子見だ。そして動いたのを見計らって逃げよう。

 

 そこに、太公望がゆらりゆらりと近づいてきた。ぱっと見はものすごく遅くて、全然近寄ってきてない気もするけどこれは違うと思う。仮にそうだとしても、迂闊に波紋使いには近づけないからまだまだ様子見。

 

 するとある程度近づいたところで、太公望の姿が急にブレて増えた。もちろんそんなことは現実には起きてなくて、特殊な歩法か何かかな。思考の間を縫う位置を常に取ることで錯覚を呼び起こしてるとか、そんな感じ?

 そしてさらに近づいたところで、彼はふわりとジャンプ。そのまま近寄って来たときと同じような緩やかな動きで、両足の蹴りを向けてくる。

 

 こっ、これは……ッ!

 ゼミでやった問題だ!

 

 じゃない!

 

 間違いない、これはダイアーさんの稲妻空烈刃(サンダースプリットアタック)、その布石ッ! この時代既にあったのかッ!

 

 ダイアーさんも放つこの攻撃、原作一部を知ってる人ならここからどう来るかわからないはずがない。この攻撃を、手で受けてはいけない!

 

 ……受けたくなっちゃうのはジョジョラーの悲しいサガかなぁ。でもだからって命に関わるところで試してみるほどわたしの神経はずぶとくないので、素直に回避させてもらおう。

 ついでに言うなら、相手が空中にいるのはチャンスだ。空中では自由に動けない。

 

 よし。ぐっと下半身に力を入れて、ほとんど四つん這いになるくらいの勢いで今空中にいる太公望……の、真下をくぐり抜ける形でダーッシュ!

 そしてそのまま逃走だぁーッ!

 

「むう、ある意味潔い!」

 

 残念だけどわたしあなたと戦う気ゼロですから! この戦いのわたしの勝利条件は、倒すことじゃなくて逃げ切ることだもんね! そう決めたから!

 よってこれは戦いから逃げてるわけじゃあない! 勝利への転進なのだ!

 

 そして一度走り始めれば、人外のわたしはかなりの速度で走れる。しかも長時間だ。百メートル走の速度でフルマラソンくらいよゆーよゆー。逃げ切ってみせるッ!

 

「うーん、年寄りに走るのはつらいんだが……のう!」

「……そんな気はしてた! してましたとも!」

 

 なんで同じ速度で走れるのかとか、そういうことは聞かない。波紋は色んな面のある技術だけど、特に肉体操作や治療などに顕著な効果のあるもの。折れた腕が治るくらいの効果があるんだから、走る疲労を極限まで軽減してもわたしは驚かないね!

 さすがにフルマラソンしたら多少は響いてくると思うけど、数キロくらいならそんなに影響は出ないだろう。そもそも普通のマラソンなら何十キロ走っても呼吸が乱れないのが波紋使いだしね!

 

 そのまま並走する形になるけど……さすがにここから攻撃する余裕はあまりないみたいで、しばらくは追いかけっこを……。

 

「そいや!」

「やだこの人、なんの躊躇いもなく目潰しを!?」

 

 いつの間に手に砂を! しかも結構な量だぞこれ!

 おまけになんかいい具合に風が吹いて的確に目に飛んでくるんですけど!? 幸い生物じゃないから波紋は流れてないけど……いや流れてるな、ちょっぴりだけど流れてるな。

 一族最高の日光耐性があるわたしにはこの程度の波紋は効かないみたいだけど、向こうもこれで倒そうとは考えてないだろう。

 

 となるとこれは単純に目潰し。その手には乗らないぞ!

 片腕で砂を振り払い、目に入るのを防ぐ!

 

「うむ、これくらいは対処できて当然と言った様子だのう。ならばこれはどうかのう?」

「ゲェーッ!? そっ、それはまさか!?」

 

 走りながら太公望が懐から取り出したのは、鞭だった。もしかしてあるかもとは思ってたけど、本当に出てくるとは思わなかったよ!

 

 ヤバい、あれはヤバいぞ。そんなに長い鞭ではないけど、それでも離れたところに攻撃ができることには変わりない。

 そして波紋使いが武器を使うとき、それに波紋が乗っていないなんてことはないと見るべきで。

 

()ーっ!」

「うひゃあっ!?」

 

 慌てて横に飛びのけば、直後にその場を鞭が打ち据える。

 同時に、鞭の胴体全体を覆う黄金の輝きが見えた。間違いない、波紋たっぷりの劇物ですよあれは!

 波紋の性質から考えれば、電撃鞭みたいなものじゃあないか! タチ悪いぞ!?

 

 もしも打神鞭(だしんべん)って名前だったらぜひ触ってみたいところではあるけど!

 

「疾! ちっちっ、ちーッ!」

「だっ、もう、やめてやめて! わたしあなたとだけは戦いたくないんです!」

「ほっほっほ、残念ながらそれはできんのう!」

 

 振るわれる鞭を、なんとか紙一重のところで避けていく。聞こえる音が、鞭の風切り音じゃなくて波紋の音ってのが何より恐ろしいわ!

 

 一応全身厚着してるけど、天然素材しかないこの時代、服は当然のように波紋をよく流すものしかない。一発足りとも食らうわけにはいかない!

 

「げっ……! やばい、河だ……!」

 

 視線の先に現れた河を見て、思わず舌打ちしてしまう。

 跳んで渡ればいいかもだけど、どう見ても川じゃあなくて河なんだよぁ! さすが大陸、河幅が広い! さすがにこれは飛ばないと無理!

 

 かといって何も考えず跳び込んだら即死しかねない。いや、泳げないわけじゃあないよ。

 じゃあなんでって、波紋は水によく通る。太公望はどう見てもかなりの使い手なんだから、河岸から波紋を流すくらいわけないだろう。普通に泳ぐくらいの速度だと、それで追いつかれる可能性が高い。

 

 となると、普通じゃない手段しかないか……!

 

「おっと、手癖の悪いお嬢さんだのう」

「あなたには言われたくないですねぇ!」

 

 そこらに転がっていた岩にすれ違いざま手を突っ込んで砕き、掴んだ石をさらに手の中で砕いて小石の山にする。

 それらを散弾みたいにぶん投げて牽制したけど、なんで鞭で全部はたき落せるんですかね? わけがわからないよッ!

 

 そうこうしているうちに河にたどり着いてしまった。

 くそう、仕方ない。できればこの前に対処したかったけど、もう四の五は言ってられないな!

 

「むう!?」

 

 太公望がやっと驚いた声を出した。

 これはさすがに無理もないだろう。なにせ、河に飛び込むべく地面を蹴ったわたしの身体が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 着水は、河の中ほど。そしてそのとき既に、わたしの身体は完全にイルカに変じていた。

 

 ふっふっふ、これこそわたしの流法(モード)! 「如意転変(にょいてんぺん)」の流法(モード)ッ! わたしの身体を自由自在に変えて、ありとあらゆるものへの変身を可能にする技なのだ!

 そう、我が流法(モード)は「(てん)」!

 

 水の中を高速で泳ぎながら、そうドヤ顔をしてみる。もちろん見てる人は誰もいないけど。

 

 まあ実際にはありとあらゆるものだなんて不可能で、制約は色々ある。一定以上のサイズ変更はできないとか、相当量の知識が必要とか、色々ね。

 それでもやれることは大幅に増える。部分的な変身もできる。それはカーズ様の指示に従って人間社会に入り込むためには必要なことだった。

 なにより、それとは別にわたしはきっと、人間社会に本当の意味で溶け込みたいんだろう。だからこそ、たどり着いたのがこの境地なんだと思う。

 

 ちなみに服はわたしの身体じゃないから、今回みたいに劇的に身体を変えると普通に脱げる。場合によっては膨張に耐え切れなくて破れる。それはスムーズじゃないので、変身時はそのまま身体の中に取り込んで収納してる。

 つまり元の姿に戻ったとき、わたしは全裸になるんだけど今はそんなこと言ってる場合じゃあない。

 

 わたしの後ろから、波紋が伝わる音が聞こえてきた。やっぱり撃ってくるか。そりゃそうだよね。

 でも、だからこそイルカに変身したのだよ!

 

 とーう! イルカジャンプ!

 

「波紋は電気みたいに跳躍したりはしない! それなら媒体から離れればいいってことだよね!」

 

 さらにさらに、ジャンプと同時にわたしは身体を変化させる。今度は鳥だ。それも、速度の出せるツバメ!

 まあ技の制約上、ツバメとは到底かけ離れたサイズになっちゃうんだけど。それでもかなりの速度が出るのには変わりない。高さも稼げる。いいことづくめだ。このまま一気に突き放させてもらうッ!

 

 ちらりと鳥の視界で見てみれば、さすがの太公望もこれには手が出せないらしい。

 ふっふっふ、どうやらこの勝負、わたしの勝ち……。

 

「ぴゃあ!?」

 

 慌てて軌道を変えて、飛んできたそれを回避する。

 目標を見失って飛び去っていくそれは……風の刃だった。

 

「……ええ……? 嘘でしょう……?」

 

 恐る恐る下を見てみれば。

 なんと太公望の背後に、龍の姿が浮かんでいた。

 

 えっと。

 

 まさかとは思いますけど。

 

 太公望さんあなた、波紋使いでありながらスタンド使いでもあらせられる?

 




普段より文字数が少ないけど、ちょうどキリがいいので今回はここで切ります。

うん、あれだけそれっぽく設定をクロスさせたならここまでやらないとね。
ってことで次は太公望とのスタンドバトルですが、当然彼のスタンドは風を操るスタンドです。


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12.幽波紋戦士・太公望

 あかんやつ。これ絶対あかんやつ!

 波紋使いでスタンド使いとか、そんなのわたしたちの天敵じゃあないか! なんかわたし、運悪くない!?

 原作じゃあジョセフしか出てこないのに! ここぞってところで引き当てるなんて全然嬉しくない!

 

 いやあの漫画も好きな身としては、太公望が風を操ってるの見るのはライブで推しのアイドルと目が合ったくらい嬉しいけど!

 えへへ、風を操るスタンドとか、太公望の能力としてはピッタリだよね! これまた不思議な一致もあったもんだ!

 

「ぴぃーっ!?」

 

 なんてこと言ってる場合じゃないや! そうこうしてるうちにも、どんどん風の刃が飛んでくる!

 なんとか全部かわしてるけど、おかげでなかなか距離を稼げない。こちとら板野サーカスじゃあないんだぞ!

 

 というか、わたしは距離を取るべく飛び続けてるのに飛んでくるとかどういう了見だ! スタンドの射程距離の概念はどこに行った!

 あの龍の姿をしたスタンドの射程距離が長いのか、単に能力によって生じたものからさらに生じた自然現象にその範囲は適用されないからなのか……。

 

 いやそんなことより、なんとかしないと撃墜される!

 ええと、風……風というと、空気の流れ。ってことは、たぶん空気のないところでは使えないだろうから……。

 

「土に……潜る……!」

 

 たぶん、今はこれが最適解だろう。土の中なら波紋からも風からも、あまり影響は受けないはずだ。

 

 あとそれとは別に、そろそろ太陽の光を浴びすぎてヤバい。このままだといい加減石化しちゃう! 我慢してたけど正直普通に全身が痛いし、もう限界です!

 

 というわけで、一気に急降下。そしてそれに合わせてモグラに変身する。

 そのまま地面に突っ込み、血と肉の塊に……もちろんなることはなく、激しい音とともに地面が悲鳴を上げた。

 同時に大急ぎで地面を掘って、地下へ避難。

 

「ふう……これで少しはマシなはず」

 

 もちろんそれで安心することはなく、ひたすらこの場から離れるべく地中を掘り進めていく。

 そしたら予想通り、地面の下までは干渉できないみたいで劇的に静かになった。入った穴から風を突っ込まれたらヤバかったけど、それは来なかった。たぶん飛んでる間に結構距離を稼げたから、そこに着いたときにはもう射程距離外だったんだろう。

 

 はあー、なんとかなったぁー。でもこのままここにいるのは得策じゃないんだろうな。普通に追いかけてきてもわたしは驚かない。

 

 というわけで、少しでも太公望から距離を取るために移動は続ける。

 そのままさらに掘り進めることしばし。地上のことは音と気配でしかわからないけど、明らかに何か大きめの物体がまっすぐわたしを追いかけてきてるのがわかる。

 

 うーん、なんかもうここまで来ると「でしょうね」って感じ。たぶんだけど、あのスタンドは風を操るだけじゃなくて追跡、もしくは対象を探知する能力が備わってるんだろうな。

 さてどうしようか。さすがの太公望でもここまで攻撃はできないにしても、こうもべったり張りつかれたら上がるに上がれない。出て行った瞬間殴られて終わりだろうし。

 

 となると……んー。

 

「こうしてみるか」

 

 とりあえず元の姿に戻って、【コンフィデンス】発動。【スターシップ】で自分を刺して、スタンド空間に転移する。

 

 これならどうだろう。いくらスタンドでも、この世のどこにも存在しないこの空間の中までは探知できないんじゃあないだろうか。むしろ見失っちゃうのでは?

 あまりにも消極的な対応かもしれないけど、そもそもわたしは太公望と戦いたくないのだ。逃げきれればそれでいいって思ってるんだから、これだって立派な戦術でしょうよ。 

 

 ……まあこのスタンド空間、生物は一日経過で強制的に外に放り出されるっていう面倒な制約もあるから長居はできないんだけど。今はそれで十分でしょ。

 放り出されるのはわたしも例外じゃないけど、そうなってもわたしが最後にいた場所に出るだけだ。一日で地形が変わるなんてことはそうそう滅多にないし、どうにでもなる。

 

「よし、となれば適当に整理して時間を潰そう」

 

 この空間は大体十メートル四方の立方体で、単体の部屋としてはかなり広い。だから全部埋まってるなんてことはないんだけど、それでも気に入ったのはぽんぽん入れてるから整理が行き届いてないんだよね。

 

「あ、そうだこれこれ、これは額縁に入れて飾っておかなきゃ!」

 

 まず、仮置き用の棚に置いといた竹簡を手にしてわたしは声を上げる。

 せっかく太公望からもらった直筆サインの竹簡だ、これは他とは区別してちゃんと飾っておこう。永久保存だ!

 

 あ、ちなみにこの空間、言った通り生物は一日で弾かれる。これはデメリットなんだけど、どうも微生物とかそういうのも全部弾いてるみたいで、この中にあるものは生物由来の腐敗や劣化はほぼ起きないメリットがあったりする。何事も長所と短所は表裏一体だ。

 

 ……なんていうか、あからさまにわたしの深層心理が反映されてるんだろうねこれ。そんなに文物を保管したいかわたし。

 でもまあ、実際古代ギリシャとかマケドニア、あるいはローマの文物が手に入ったらしっかり陳列して眺めて悦に入りたいなとは思うから、そのものズバリなんだろうけど。

 

 惜しいのは、ローマが終わる前に休眠期に入ってそこから二千年くらい眠らなきゃいけないことだね。それがなければもっと色んな歴史に触れられるんだけど。

 まあ、そこまで求めるのは欲張りが過ぎるかもしれない。人間、欲張り始めたらきりがないもんね。人間じゃないけど。ほどほどのところで満足しとくのが平和なんだろうね。

 

 とまあ、そんな感じで整理を進めることしばらく。そろそろほとぼりも冷めたかなと思って外に出ることにしたんだけど。

 

「……なんでまだいるんですかねぇ!!」

 

 普通に頭上から気配を感じる!!

 

 ねえ待って、おかしくない? なんでそんな確信めいた待機ができるの? わたしにはとてもできないよ!

 もしかして、スタンド空間に入って姿が消えても、わたしがここにいるっていう証拠か何かが残留してるとか?

 

 となると……憧れの人と戦うのは嫌だけど、ある程度本格的に干戈を交える覚悟はしないとダメそうだ。できる限りは避ける方針は変えないけど。

 

 とりあえず、もう一度モグラに変身して上に向けて掘り進める。ここまで来たら、地中で距離を取ろうとするのは悪手だろうから。

 

 そして地表に近くなったらそのタイミングで、元に戻って(ついでに服を着てから)下から思い切り殴り抜けた。爆発音にも似た轟音とともに、「グワシャア」っと吹き飛ぶ地面。巻き上がる大量の土砂。

 それに紛れて外に出て、最低限の確認のあと大急ぎで太公望から距離を取るべく走り出す。

 

 そこは森だった。わりと開けた感じの森で、あちこちに人の手によると思われる伐採の痕跡が見える。

 

「やれやれ、ようやっと出てきたのう! ……うん? なんというかお主……縮んだのう?」

「ほっといてください! どうせ永遠の幼女ですよぉ!」

「ふーむ、あの変化といいやはり、そういう宝貝(パオペエ)の使い手か。見たところ仙術の基礎もできておらんというのに。基礎を経ることなくあれに開眼できるとは、この歳にして新たな知見を得たわい」

 

 うーん、もしかして彼は波紋の修行の果てにスタンドに目覚めたタイプなのか? 確かに、原作で波紋はスタンドという才能に至るための技術の一つって説明があったような気はするけど……本当にそういう人がいるとは思わなかった。原作で言及はされてても実際にそれを成し遂げたキャラが出てこなかったことを考えると、ますます感慨深いものがあるがあるなぁ。

 

 いやそれも気にはなるんだけど、宝貝って。まさかスタンドのことそう呼んでるの? マジか……マジかぁ。じゃあわたしもあの世界に行ったら仙人名乗れるのかな? それはちょっと嬉しい。

 

「いやそういうこと考えてる場合じゃなくって! なんでそんなわたしの場所がはっきりわかるんですか! その……隠れるのには自信あったのに! おかしいですよ!」

「うむ、実を言うとわしもちょいと驚いておる」

 

 この間、わたし目がけて放たれた風の刃は八本。そのいずれもがわたしには当たらなかったけど、大半が木や草を切り倒すことになっててわたしの逃走経路を絞ってくる。

 これ、間違いなく誘導されてるよねぇ……。

 

「あなたが想定外とかわたし超びっくりなんですけど!?」

「うむ、なんでかのう? 見たところお主は既に目印を持っておらんはずなのだが……」

「……目印?」

「なんだ、気づいておらんのか? 渡したではないか、しっかりと手渡しで」

「? ……手渡し……、……ハッ!? ま、まさかあの竹簡……!?」

 

 数秒考えて答えたわたしに、太公望がケケケと笑った。

 

「うむ、いかにも。つまり、お主は最初からわしの描いた絵の中におったということだのう」

「そんなー!?」

 

 じゃ、じゃあわたしが彼から逃げきるためには、あの歴史的に超貴重な太公望の直筆サインを捨てるしかないってこと!?

 

 そ、そんな……そんなこと……、そ、それをすてるなんてとんでもない!!

 

「まあそういうわけでのう。逃げられるとは思わんほうがよい。それにこの距離ならのう……こんな、ことも、できる!」

「ぴゃああああ!?」

 

 振るわれた鞭に合わせて飛び出た風の刃が、ホーミングしてきたぁぁー!?

 

「そしてもちろん、こういうこともな」

「うっひいぃぃ!?」

 

 今度放たれた刃は、円月輪みたいな輪っか状になっていた。若干光って見えるのはもしかして波紋ですか? なんだか八つ裂き光輪って感じだけど……それらが複雑な軌道でわたしを追いかけてくる!

 慌てて回避したけど、これあれだな!? 遠隔操作で軌道を操るタイプか!

 

 ホーミングする刃だけにとどまらず、自前で好きに動かせる刃で前後左右から的確に追い詰められてて、もうなんていうか完全に逃げきれず大半を食らって血が噴き出た。

 これわたしの技の完全上位互換じゃあないですかやだー!!それでも致命的なところに飛んでこなかったあたり、まだ捕まえる気でいるってことなんだろうけど!

 

「さぁて、ここからどうする?」

「むきー! 逃げ切れない!」

 

 逃げるどころか避けるのももう厳しい!

 仕方ない、こうなったら迎え撃つしか! そのためには武器……何か武器はないか!

 

「……! これだ!」

 

 風の刃で切られ、わたしに向かって倒れてきた大木を正面から受け止める!

 そしてそのまま掴み寄せて、振り回す!

 

「彼岸島直伝! 丸太はどうだぁーっ!」

「なんと!?」

 

 正確には切り倒されたばかりの生木だし、加工もまったくされてないけど!

 でもさすがに太公望もこれは予想できてなかったのか、ここにきてようやくあちらから距離を取らせることに成功した。

 

 けど、どうやらこれであちらを完全にその気にさせてしまったっぽい。

 

「その身体でその怪力……薄々そんな気はしておったが、どうやらお主も人ではないようだのう?」

「……まあ、そうですね。バケモノなのは認めますよ。なりたくてなったわけじゃあないですが」

「であれば、ますます逃すわけにはいかんくなったのう……」

 

 そう言う太公望の背後から、龍が前に這い出てきた。と同時に、太公望の周囲に風が集まり始める。

 

 大技が来る! そう確信したわたしは、完成する前になんとかすべくとりあえず手にしていた木を全力で振り下ろす。

 直撃したら即死もやむなしだけど、なんだか彼が相手ならそうはならないだろうっていう奇妙な信頼があった。

 

 そして実際、そうなった。巻き上がる豪風の前に振り下ろしきれず、数秒ほど拮抗したのち逆に木を持っていかれてしまった。そして目の前に現れる竜巻……。

 ヘクトパスカルぅ! もう災害ですよこんなの!

 

「……う、うーん、これは。どうしよう、ちょっと勝てない……」

「いかに強力な存在であろうと、所詮はこの大地に生きとし生けるもの。であれば、大地からほとばしるその息吹に打ち勝てる道理などないというわけだ」

「そうですね!」

 

 ヤケクソ気味に答えるわたしだけど、確かにこれはどうにもならないだろう。

 

 というかこれ、下手したら究極カーズ様すら手が出せないのでは? だって竜巻を越えて行動できる地球上の生物なんてそうそういないでしょ?

 いや、太公望のほうも致命打は放てないとは思うけどさ。

 

「さて。見ての通り次は殺す気で撃つが、気は変わっとらんかのう?」

「こんなの見せられてはいそうですかって言えるわけないじゃあないですか!」

「ほっほっほ、確かにそうかもしれんが。一応言っておくのが礼儀というもんであろう?」

「ううう、もういいですから! いっそ一思いにやっちゃってくださいよぉ!」

「そうかのう? では遠慮なく……疾!」

 

 太公望の掛け声とともに、竜巻が襲いかかってきた。

 もちろんそこら辺の木や石、あるいは土なんかも含んだ破壊力抜群の竜巻だ。はっきり言って、これに対抗するのは並みのスタンドには不可能だろう。

 しかもただまっすぐ向かってくるだけじゃなくって、その頂点があぎとのようにしてわたしを飲み込まんと放たれたんだからたまらない!

 まさに文字通り竜って感じですねハハッ! 本当に遠慮なく来たなこの人!

 

 でも……でも! ()()()()()()()()()()()()

 ここでわたしが捕まったら、高確率でカーズ様が出てくる! あの人究極生命体になって戦う意義がなくなったのにエシディシたちのためにジョセフと戦い続けるくらいには、身内に甘いとこあるんだもん! そうなったらきっと太公望も殺されかねない!

 彼なら大丈夫のような気もするけど……それでも、もしも本当に彼が殺されるとしたら?

 

 それは、()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()! ()()()()()()()()()

 

「……ここだッ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 竜巻が目前に迫ったそのタイミングで、今まで彼に当てるのが怖くてずっと使う気になれなかった【コンフィデンス】を出した。そして今できる最高の力でもって七本の矢すべてを地面スレスレに放つ!

 

「なんと、まだ力を隠し持っていたか! 基本的に宝貝は一人一つしか覚わらんはずだがのう……が、その矢で我が【四不象(スープーシャン)】を貫けるかのう?」

 

 えっ、そのスタンド【四不象(スープーシャン)】って言うんですか!? 宝貝の名前としてはちょっとアレな気はするけど、でもそれはそれでタイムリーですね! 龍だし!

 

 ……じゃなくて!

 

 太公望がわたしの矢を認識したときには、既にわたしは竜巻に呑み込まれて空中でもみくちゃにされていた。

 一応翼を生やして対抗はしてるんだけど、ないよりはマシ程度でしかない。漫画だとこういうところを泳いで乗り切るみたいなシーンがあったりするけど、現実でそんなことできるはずもない。

 

 で、当たり前だけど竜巻の中ってめちゃくちゃ痛いね。全身バラバラになりそう。

 ていうか一部なってる。あ、あの辺でミキサーかけられてるみたいになってるの、わたしの左手ですね?

 でも瞬間的にはワムウの神砂嵐のほうが断然痛いから、なんとか我慢できる。断続的に続いてるから人間ならもうこの段階で死んでるだろうし、吸血鬼もたぶんアウトだろうけど。

 

 ただ、この竜巻の中からなら太公望とそのスタンドの位置もなんとか見えた。感じられた。

 よかった。たぶん竜巻から逃げてたら、この状況にはならなかったと思う。

 

 そして認識できるなら! ()()()()()()()()()()()()()

 

 ごめんなさい太公望! 当てさせてもらいますッ!

 

 竜巻の外から太公望に向けて、()()()()()四方八方から殺到する!

 

「甘い!」

 

 そしてそれは、あっさりと風の刃で蹴散らされる。わたしの身体にさらに裂傷が走り、痛みが全身を駆け巡るけど、構うもんか! 大体、ここまできたらもうどんな傷も大差ないね!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()! 竜巻の制御に加えて迎撃までスタンドでこなしたことで、一瞬だけど明らかに、スタンドにスキが生じた!

 

「今!!」

「むっ!?」

 

 殺到させた六本とは別行動させていた最後の一本……鏃に星の模様が刻印された【スターシップ】が、そのスキをついて【四不象(スープーシャン)】の右腕に突き刺さった。

 それに連動して太公望の左腕にも傷が生じて血が噴き出す。

 

 けれど彼はそれにはまったく目もくれず、いずこかへ吸い込まれていく龍を驚きの面持ちで眺めていた。

 

「……やった! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど、やっぱりだ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてスタンドが急に消えた衝撃でよほど動揺したのか、あるいはスタンドが消えたことで制御ができなくなったのか。ともあれ一気に竜巻が崩れ始めた。

 

「ぬっ、待てぇい!」

 

 よしここだ! わたしはきしむ身体に鞭打ってツバメに変身すると、一気に太公望から離れる!

 スタンドが使えないなら、彼はもう遠距離攻撃はできないはず。これで逃げ切るんだい!

 

 予想通り、太公望はもう追ってくる気配がなかった。一瞬見えた彼の悔しそうな顔に、わたしは追手はないと確信してホッとする。

 どうやら逃げるという目的はなんとか達成できそうだ。彼に大きなケガをさせることもなく済んだみたいだし。

 

「やれやれ、今回はわしの負けだ。だが次に会ったときはとっちめてやるゆえ、覚えておれよ!」

「忘れてください! ていうか、あなたが生きてる間は絶対ぜーったいこの辺には来ませんからねッ!」

 

 そしてわたしはそう捨てゼリフを残して、この場を後にした。

 

 いや危なかった。全身ズタボロの血まみれだし、骨とかいくつか足らないぞ。過去最高の大怪我だ。

 なのに意識は結構しっかりしてる辺り、相変わらずフィジカルオバケだな柱の一族。でも吸血鬼になったスト様だって全身吹っ飛んでも復活してたし、わたしも時間さえあればここから普通に回復するんだろうなぁ……。

 

 それにしても、【スターシップ】でのスタンド収納は前々からできるんじゃあないかとは思ってたけど、成功するとは。今まで試す機会がなかったからぶっちゃけ最後の賭けだった。完全に出たとこ勝負だったけど、うまくいってよかった。

 まあ、なんでうまくいったのか正直よくわかんないんだけど、そもそも太公望が最初から殺すつもりでいたら試すまでもなくそのずっと前に死んでただろうし、そのおかげかな。人間のふりしててよかった。捕まえて情報を引き出そうって判断は、軍師としては正しいんだろうけどね。

 

 それにしても疲れた。今日はもうまっすぐ帰るとして、差し当たっての問題は……。

 

「……スタンド空間に収納した【四不象(スープーシャン)】、どうしよう?」

 

 ってことである。

 

 先述した通り、あの空間は一日経つと生き物は全部強制退去させられるんだけど……。

 スタンドって……生き物……かなぁ……?

 

 かといってここで出すわけにはいかないし、今から中に入るのもなんか怖い気も……。

 

 ……うん、とりあえず一日様子を見よう! そうしよう!

 




スタンド:四不象(スープーシャン) 本体:呂尚・子牙(太公望)
破壊力:D スピード:C 射程距離:B 持続力:A 精密動作性:C 成長性:D
龍(いわゆる西洋のドラゴンではなく、東洋の龍)の姿をした遠隔操作型のスタンド。決してカバではないが、玉は持っている。
風(つまり空気)を操る能力、および本体がサインしたものの位置を正確に探知する能力も持つ。実質ほとんど【ストレイ・キャット】の上位互換。
本編で出てくる予定は一切ないけど、たぶんレクイエム化したら空間まで操り出す。しんしんと魂を溶かす雪とか降らすんじゃないかな。鬼か。


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13.おしおき

 どうにかこうにかみんなのところに戻ったら、ものすごく怒られた件。

 なお内容は「心配させるな」ではなく「人間に苦戦しすぎ」である。解せ……解せるなぁ。まったく申し開きようもない。

 

「どれ、俺が少し喝を入れてやろう」

「えっ」

 

 で。平謝りし続けてやっと解放されると思ってたら、エシディシがそう言った。

 にまりと笑いながら近寄ってくる彼の手には、試験管っぽい管が。材料はガラスじゃあないみたいで、中身は見えないけど。

 それを見たワムウは小さく首を傾げ、カーズ様は面白そうに笑う。

 

 え、何? 嫌な予感しかしないんですけど?

 

「今、空いた時間にカーズとちょいと工作をやっててなぁ。波紋使いと遊ぶためのものなんだが」

「はあ……?」

「人間の体内で一定時間が経過したら溶けだす入れ物に、こいつを入れて連中に押し込もうと思ってる。そうすりゃあ、いつ死ぬかわからない恐怖に怯えながら過ごすしかなくなるってぇ寸法よ」

「え……、えげつないですね……」

 

 ごくりと生唾を飲み込む。

 

 うん……つまり「工作」ってのは毒薬作りで。その入れ物はまだないみたいだけど、いずれ死のウェディング・リング(結婚指輪)になるってことですね? 原作だとジョセフがワムウとの再戦から逃げないため打った楔扱いだったけど、本来はそういう使い方だったと?

 いや、ワムウがまっとうな方向に使っただけってことなのかな……。致死毒にまっとうも何もないとは思うけど……。

 

「で……あの、つまりそれをどうしようと」

「おう、つまりだアルフィー。()()()()()()()()()()()

「わたしに死ねと!? 人間相手に苦戦したのってそんな重罪ですか!?」

「安心しろ死にゃあしねぇーよ。ま、ちょいと苦しいかもしれんが、そんなもんだ。効果が切れるまでの間、反省すりゃあいいんだよ」

「…………」

 

 ど、どこにも安心できない!

 あれでしょ、あなたたちの「死にはしない」ってのは翻訳すると、「死ぬほど苦しむ」ってことでしょ!?

 

「お、そうだ。いきなり飲めって言われても納得できんだろうから、一分の間逃げきれたら飲まなくっていいってことにしようか。うーん、俺ってば優しいねェ」

「い、いいんです? わ、わたし逃げるのは得意ですよっ?」

「くっくっく、安心しろよ。それくらいハンデがないとすぐに終わっちまうからなぁ~」

「い、言いましたねっ? 約束ですよ! 一分! 一分逃げきれたらわたしの勝ち!」

「おう……っと、例の能力で隠れるのだけはナシな。あれやられるとさすがにどうにもならねぇーからな」

「……わ、わかりました」

 

 ちっ、開幕【スターシップ】で逃げ切ろうと思ったのに。さすがにダメだったか。

 

「ルールはわかったな? それじゃあスタートだ」

 

 エシディシの宣言と同時に、わたしは全力で後ろに逃げた。身体を反転させる余裕なんて絶対ないだろうから、小さな跳躍に合わせて下半身をぎゅるんっと百八十度反転させて走る。上半身を合わせるのは逃げながらでいい!

 

 と思ってたら、一歩目でいきなり地面から火が上がった。それをほとんど真正面からかぶってしまう。

 

「ぅあっつぅ!?」

 

 よく見たら、そこには血管が横たわっていた。火に見えたのは、高温の血液だったのだ。くそう、いつの間に!

 

 高温と言ってもエシディシのそれは五百度くらいがマックスで、火に比べて決して高すぎる温度ってわけでもない。わたしも普段ならそこまで反応しなかったと思う。

 でも! 今はちょっと無理だよ! だってわたし、太公望との戦いのキズ、まだ全然癒えてないんだよ!? 左手なんて修復中でまだないままだし! なのにここまでするかな普通!

 

「さすがにこれくらいはかわすかァ。だがそうでなくっちゃあなぁ~!」

 

 そうこうしているうちに、エシディシが横に回っていた。そりゃそうだ、このくらいのスキを見逃すほど生易しい性格はしてないもんね。

 

 ぐわっと、勢いよく彼の手がわたしに向かって伸びてくる。腕力差がある上にわたしは負傷してるんだ、あれに捕まったらおしまいだ。

 かといって、普通に避けたら絶対何か追撃が来るはずだ。となるとここは……!

 

「【コンフィデンス】!」

「おっ?」

 

 その手を、【コンフィデンス】の正面部分……和弓で言うところの鳥打で殴って受け止めてやる!

 使い方がおかしい? そんなことない、前世の特撮オタクの友達が言ってたもん! 弓は近接武器だって!

 

 そう思ったんだけど。気合いを入れすぎたのか、それとも友達の語る弓のイメージが斬撃だったからか。

 

 ザクリ、と音が響いた。

 エシディシの手のひらに【コンフィデンス】が当たり、そのまま切り裂いてしまったのだ。

 

 あ、まずい。すぐにそう思った。

 

 いや、普通ならいい反撃になったって思うんだろうけど。

 相手は「炎」のエシディシ! 彼の流法(モード)は熱だから! 下手に裂傷をつけちゃうと……。

 

「ありがとよォ、血管を出す手間が省けたぜェェ!」

 

 ほらなぁ!

 

 切り裂かれた傷口から、数本の血管が出てきてわたしに絡みつく。同時にそこからは血液がじわじわとにじみ出ていて、景色が揺らぐほどの熱気がわたしを襲った。

 

「ぅあああぁつうぅぅーーい!!」

 

 しかも傷口に熱が染みる!!

 

 くそう、でも負けてたまるか! 絶対逃げきってやるんだい!

 わたしも傷口から血管を出して、反撃だ!

 

 流法(モード)行くぞ! 「如意転変」!

 

「おっ? へぇ、お前の 流法(モード)、無機物にも変身できたんだなぁ?」

「あくまでも『っぽい』だけですけどね! カーズ様の見よう見まねです!」

 

 わたしが出した血管は、体外に出る過程で刃に変身していた。これでエシディシの血管を切って、拘束から抜け出る!

 

 と同時に、手のない左腕から血管を飛ばして近場の木の枝に引っ掛ける。どこぞの考古学者のように脱出……!

 

「だ?」

 

 と思ってたら、急に身体から力が抜けてわたしはぱたりと前に倒れた。そのままろくに受け身も取れず、顔面から地面に激突する。

 

「な……なんで……? て、いうか……身体……しびれ……?」

「残念、惜しかったなぁ」

 

 そんなわたしの顔近くにエシディシがしゃがんで笑う。手にはさっき見せた試験管みたいな道具。その口を、ぐるりと地面に向けた。

 ……んだけど、そこから毒らしいものが落ちてくる様子はなかった。

 

「ま、さか……」

「おう、最初っから空っぽだぜ。中身は最初浴びせた血の中に混ぜておいた。もちろん俺は解毒剤を服用済み。つまり、最初の一発で既にお前は毒を摂取してたってぇわけだ」

「う、うう、う~~……!」

 

 やられたー!

 くそう、逃げようとするところから挑発に乗るところまで、何から何までわたしはエシディシの手のひらの上だったってことじゃあないかー!

 

「さすがだな、エシディシ」

 

 とそこに、カーズ様が近づいてきた。

 

「ふん、この程度でさすがと言われてもそう嬉しくもねぇなぁ」

「それもそうか。……おい、どうだアルフィー。得意だと思っていた分野で負けた気分は?」

「…………」

 

 むきー! と普段なら言うんだろうけど。

 ダメだ、もう毒が全身に回ってるんだろう。口をぱくぱくと動かすのもままならないぞ。

 

 え、ちょっと。エシディシ? これ、本当に大丈夫なやつ? 本当に死なずに済むの? このままあの世に行ってもおかしくないくらいな気がするんですけど!?

 

「……ふむ、第一段階の神経毒作用は問題なさそうだな。我々でもこの即効性、実に素晴らしい。いい実験になったな」

「あとは経過観察だなぁ。調合がうまくいってりゃあ次は出血毒に効果が変わって、最終段階になると体内体外を問わず様々な症状を発現させて死に至るはずだがー……」

「そうだな。ここから先がどうなるか……さて見ものだな?」

「だなぁ。第一段階だと即効だが、そこからさきはじわじわと効くようにしてるからなぁ!」

 

 ちょっと……ちょっとちょっと、ねえそこのお二人さん!

 

 物騒な実験トークで盛り上がるのはいいですけど、わたし今まさにその症状で出血がひどくなり始めてるんですけど!?

 なんだか全身の痛みも鋭くなってきてるし、これ本当にヤバいんじゃ?

 

 簡単な実験台になるのは慣れてるけど、今回は一万年以上の付き合いの中でもトップクラスにヤバい反応がもう出てるんですけど!? ねえちょっとぉ!?

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 三日三晩苦しんだ。いやホント、マジで死ぬかと思った。前世で死んだときに匹敵するくらい死ぬかと思った。

 

 結局、わたしの苦しみ方が尋常じゃあないってことで、見かねたワムウが途中で止めに入ってくれなかったらもっと長引いてたと思う。いやもう、ワムウありがとう本当ありがとう。お姉ちゃん嬉しい。

 

 なんかエシディシの想定より効果が激しかったってあとで聞いたときは、本当お前お前お前……って感じだったけど、毒が抜けた直後の身体で抵抗なんてできるはずもなく。

 それでいて、苦しみ抜いたわたしにカーズ様とエシディシは「鍛え方が足らん」「これに懲りたらもっと強くなれ」だもんなぁ。鬼畜の所業だよもう。令和だったら絶対パワハラとかモラハラで訴えられてますよこんなの!

 

 とまあそんな感じで日常に戻ってきたんだけど、なんとか療養と身体の再生が終わるころには十日くらい経っていた。

 

 うーんあの毒、苦しませるだけでなく治癒力まで奪うとは恐るべし。もう二度と飲みたくないです!

 

 そうして落ち着いて、ようやく動けるようになったわたしはある日なんという気なしにスタンド空間に入ったんですけどね。

 

「うえぇぇ!? なんでまだいるの!?」

 

 わたしの目に飛び込んできたのは、棚に飾った太公望のサイン竹簡に半分埋まった【四不象(スープーシャン)】の姿だった。

 

 待って? これは緊急調査案件では!?

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ってわけでまた五百年くらいがすっ飛んで、わたしきっと一万三千五百歳くらい! 紀元前六世紀を迎えましたアルフィーちゃんです。

 この五百年ほどは、主にスタンド空間へのスタンドの収納について調べてた。いや、ある程度の当たりをつけるまでこれくらいかかったんだよ。そもそも人口の少ないこの時代に、スタンド使いと出会う確率もそんなに高くないからさぁ。

 

 結論から言うと、【スターシップ】によるスタンドの収納は、普通にしてたら生物と同じように一日で外に弾かれる。

 

 じゃあなんで太公望の【四不象(スープーシャン)】が残ってたかというと、これは恐らく太公望に所縁の深いものが空間内にあったからだ。つまり例のサイン竹簡だね。あれがどうも、本体の代わりのような効果を発揮してるみたいなのだ。

 他のスタンドでも、本体と何かしら関わりのあるものが中にあった場合は同様にそれに引っ張られたから、たぶんこれは間違いない。

 

 それじゃあわたしの意思でスタンドを空間から出すとどうなるか。答えは本体のところに即戻る、だった。【四不象(スープーシャン)】もこれでちゃんと返しました。

 ただし、それができるのは本体がまだ生きてる場合に限るらしい。本体が死亡してる場合、外に出したスタンドは完全に消滅する。

 

 例外として、空間内で媒体になってるものと一緒に出せば消滅は免れるんだけど……。これってつまり、媒体になるものがあれば、スタンドだけ引き剥がして本体を殺害することで半永久的に他人のスタンドを保持できるってことになる。

 

 正確に言うと、【アヌビス神】のようなアイテムに宿った本体不在型のスタンドに作り変えられる、のほうが正しいかな。

 唯一の救いは、単にそのアイテムを持たせただけで誰もがスタンド使いになる効果はない、ってことか。スタンド使いに持たせても能力が使えるようになるわけでもなかったから、安心は安心だけど……。

 

 将来そうならない保証がないんだから、どっちにしてもヤバい。そんなことあっていいのか。

 これでもしも他人にスタンドの移植ができるようになったら、それ完全に【ホワイトスネイク】じゃん。ラスボスじゃん。わたしそのポジションだけは本気で遠慮したいんですけど……。

 

 まあそんな感じで検証はここらで一旦終わりにしようと思うんだけど、さてどうしよう。この空間内に並んだスタンドつきのアイテムたち……。

 

 どれも紀元前の文物だから、史料としての価値はいずれ青天井に上がり続けるだろう。かと言って、万が一のことを考えると人に譲渡するとあとのことが心配すぎる。

 このままスタンド博物館みたいな感じで、空間内を維持していくしかないってことなんだろうか。それはそれでもったいないような気も……うーん。

 

 あ、ちなみになんだけど、この五百年間で実験に巻き込むことになったスタンドは、いずれも強引に奪ったわけじゃあないことは付け加えておきたい。幼いころの花京院みたいに、他人に見えない何かを持ってることに悩んでたりその力を持て余してる人から、同意を得て譲ってもらったものだ。

 中には制御しきれなくて暴走してたスタンドを譲ってもらったこともあるんだけど、それはスタンド空間の中でも暴れたからもう二度としない。あのときはそこまで害のあるものじゃなかったものの、それでも貴重な史料がいくつか壊れちゃったから……。

 




え?
いや、弓は近接武器でしょう?
何もおかしなことはない、いいね?


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14.悟れ! アルフィー

 さてそんなわけで紀元前六世紀くらいなんですけどね。

 

 わたしのスタンド調査と違って、カーズ様本来の目的はあんまり進捗がない。一応小さめかつ質もよろしくないとはいえ、エイジャの赤石もいくつか入手はできたんだけどねぇ。やっぱりそれじゃあダメみたい。

 

 波紋使いとの遭遇率も上がってるせいもあってか、カーズ様の機嫌も悪いことが多い。なんなら憂さ晴らしに波紋使い狩りをしてるまであるんじゃあないかってくらいだ。

 あまりにも進捗がないせいか最近はその殺し方のバリエーションを増やす方向に行ってて、こないだエジプト辺りに行ったときとかスタンドの矢を持ち出して派手にやってましたね……。

 

 ただ時代が下って世界の人口が増えてるからか、赤石の情報も少しずつ増えてきてる。だからまったく進んでないってわけでもない。

 それにわたしは知っている。カーズ様が探し求める品質の赤石が歴史上に登場するのも間もなくだってね。……ん? 約四百年は間もなくとは言わないか。

 

 というわけで今、わたしたちはインドまでやってきた。正確に言うと北東インドってところかな。

 この辺り一帯で赤石の採掘ができる、みたいな話があったんだよね。だいぶ範囲が広いから、みんなで別行動して真偽を確かめることになったんだけど。

 

「何を言っておられる! せっかくの悟りがもったいない! 教祖になるべきだ!」

「いや、でも……あー、う~ん、鹿スタートなら、まあ……」

 

 なんかものすごく熱いトークで説得してる人がいる……。

 されてる側の人は、一見パンチパーマみたいな髪……型? で、耳たぶがものすごくおっきい。おまけに眉間の辺りにボタンみたいな……って。

 

 いやいや。いやいやいや!

 ()()()()()()()()()()()()()()!? もう一人はもしかして梵天さんかな!? 状況があまりにも聖求教(しょうぐきょう)梵天勧請(ぼんてんかんじょう)に一致しすぎてるよ!!

 

 というか、あれがそうだとしたら、お釈迦様って悟りを開いた頃からもうあのいわゆる仏像スタイルなのか……!? なんだか妙な歴史的事実を知ってしまったような気がする……!

 ……あ、でもスケッチはしたいな……歴史的瞬間だよねこのシーン……!

 

「……そうだそこの方!」

「……へ? え、わたしですか?」

 

 どうしようかなと思いながら遠巻きに二人を眺めてたら、梵天さん(推定)に声をかけられた。思わず反応してしまったけど、よかったんだろうかこれ。

 

 ちなみに現在、いつものように目的地周辺に潜伏している吸血鬼と合流するため大人バージョンの姿に擬態してるんですけども。

 なんかわたしって、こう妙に歴史上の人物と会う機会が多くないです? いや、それ自体はむしろありがたいんですけど、本当にいいのかとも思うわけで。

 

「そうです! あなたも真理に達した目覚めし者の教えを知りたいと思うでしょう!?」

「わーっ、ちょ、初対面の方に何を……!」

 

 でももうこの流れは変えられそうにないなぁ。梵天さん(推定)がものすごくぐいぐい来る……ちょっと、ものすごく近いんですけど……って、眉毛すんごい太いなこの人……。

 

 た、ただまあ、なんていうか。歴史学を志したものとしては、この質問の答えは一つしかないんだよなぁ!

 

「ええ、まあ。その、興味がないと言ったら嘘になりますね……」

「えっ、ほ、本当ですか!? わ、わかりにくいですよたぶん!」

「ほらごらんなさい! 心あるものはいるのです! 智慧持つものはいるのです! そういうものにこそ、あなたの(ダルマ)は必要なのです!」

「わ、わかりました……その、できるかどうかわかりませんが、私は甘露の門を開きましょう」

 

 名ゼリフきたあああ! そのセリフ実際に言ったんですね!? 感動だ!

 

 そんなわたしの心境をどう思ったか、お釈迦様は少し照れたように前に出た。

 後ろに下がった梵天さん(推定)は、うんうんと頷くながらも言葉は発さない。成り行きを見守ることにしたみたいだ。

 

「ええと、ではまず……そうですね……あなたは、なぜ人は苦しむのだと思いますか?」

 

 初手から質問が重い!!

 

 ……人はなぜ苦しむのか。重い上に難しい問いだ。これをまじめに考えたことのある人間が、宗教者以外で果たしてどれくらいいるだろう。

 ただ、一応わたしは歴史を学んだ身。仏教も当然その範疇で、一部だし大雑把ではあるけどその教えは多少知っている。

 キリスト教なら原罪から逃れられない的なところから切り込むんだろうけど、仏教の場合は――。

 

「えーっと、何かにあまりにも入れ込みすぎるから、ですかねぇ……」

「……! そ、その心は?」

「なんていうんですかね、こう、ものでも人でも、一つのことにこだわりすぎると大体ろくなことにならないっていうか。苦ってそもそも思う通りにならないからこそ感じるものだと思うんですけど、いいことも悪いことも、行き過ぎると人の思う範囲を超えて害になっちゃうんだと思ってます、かね」

「そ……そう! そうなんですよ!」

「ひゃっ!?」

 

 いきなりお釈迦様に手を握られてしまった!?

 どうしようこの手もう洗わないほうがいいかな!?

 

「そうなんですよ……! 人間はどんなことにもこだわりすぎる……! 固執して、とらわれることで心を乱されるんです……!」

「え、は、はあ……」

 

 なんだかよっぽど感極まったのか、泣いちゃってる。

 ええ……そんなに……? いやそんなにか……だってまだ仏教成立してないんだもんね……。

 

「すべての苦には必ず原因があり、それを冷静に見つめ、因果を読み解いて明らかにすることでその本質がわかる……苦を和らげるには、解くには、その理解こそが肝要なのです! そして理解を得たうえで、努力を重ねるべきなのです! 多くの人がそれに気づかず、間違った努力を重ねている……私はそれが悲しい……!」

「ええと、四諦(したい)でしたっけ。確か苦集滅道(くじゅうめつどう)……だったかな?」

「おお……! そう、まさにその通りです! まさか、あなたも悟りを……!?」

「い、いえそんな。わたしはただ……なんていうか、ズルをしているだけなんです。前世の記憶があるだけで……」

 

 転生なんて普通なら頭を疑われるだろうけど、この時代のこの地域なら別に気にされることはないだろう。

 そう思って前世のことに触れたら、案の定なるほどと納得された。ネパール近隣の死生観は転生(この世界観の輪廻転生において時系列は関係ない)が基礎にあるからね……。

 

「そういうわけなので、理論はなんとなく知ってても実践できてるわけでもなくてですね。今もどうにかこうにか生きあがいてる感じです……」

 

 そう締めくくって、わたしはため息をついた。

 

 そう、知ってるのとできるのとは別だ。一応浅くとも仏教を知ってたって、わたしはろくに実践できてない。一万年以上、同じ場所で足踏みしてばかりで……。

 

「どうですシッダールタ! 私の言った通りでしょう!?」

「はい! 私の目が曇っていたようです! わかってくれる方は必ずいるのですね!」

 

 一方、わたしをよそに盛り上がるお釈迦様と梵天さん(推定)。

 

 まあ、わたしのことはさておきお釈迦様が喜んでくれるなら、別にいっか。理解してくれる人はいないだろうって思ってたところに、それらしい人が現れたら誰だってそうなるだろうし。

 

「あなたにも、お礼を言わせてください。ありがとうございます、あなたのおかげで私は一つの決心がつきました」

「……お役に立てたなら何よりです」

 

 にこりと微笑むお釈迦様の顔は、晴れ晴れとしていた。元がいいんだろうなぁ、とってもイケメンに見える。

 だけど気さくな雰囲気もあって、東京の下町でバカンスしてるお兄さんみたいだ。フェイスラインは手塚版っぽいけど。

 

 ……それにしても、ここから仏教が始まるんだとしたら、感慨深いものがあるなぁ。まあ、彼はわたしが関わっていなくたって悟りを開いて、教えを広げるんだけどさ。

 だとしても、その伝説の一助になれたんだとしたら、こんなに嬉しいことはないよね。

 

「……それで、お礼というのもはばかられるのですが。もしよろしかったら……」

「あ、はい? なんでしょう?」

「私の初仕事に。あなたの重荷を少し、分けていただけませんか?」

「…………」

 

 重ねて微笑む彼に、わたしは思わず息を呑んだ。彼の表情が、近所のお兄さんから目覚めた人のものに変わっていたから。

 

 そう思うと同時に、彼の背後に彼とよく似た仏像が出現した。ただ彼と違うのは、その仏像の手が大量にあることか。わたし仏像の分類はわからないけど、顔の造形は如来っぽい気がする。それを抜きにすれば、全体像はどこぞの会長の百式観音に似てるかな?

 

「……あの、それ」

「えっ、これが見えるんですか? そうですか、あなたもかなりの苦行を重ねたのですね……」

 

 思わず指摘してしまったけど、お釈迦様はなぜか納得顔で頷いた。

 

 うん、どうやらスタンドらしい。またか。もしかして歴史上の偉人はみんなスタンド使いだったりしない?

 まあでも、二回目ともなれば驚くほどでもない。むしろお釈迦様と見比べて、違いを観察する余裕すらあるくらいだ。

 

「ご安心を、本物ではありませんよ。もし本物なら、限られた人にしか見えずその恩恵に浴せないはずがありませんからね。これはあくまでわたしの願いが形作る力の像でしかありません」

 

 いや、そういうことを気にしてるわけじゃあないんですが。

 

 なんて思いつつも回答に迷っていると、お釈迦様の後ろから後光が差してきた。スタンドが光ってるんだ。

 とはいえ、お釈迦様のスタンドがいきなり攻撃してくるとは思えない。わたしはそのまま、特にスタンドに対処することなく彼の言葉を聞いていた。

 

「修行の果てに目覚めたこの力はなかなか不便なものでして。人が抱えている心の苦しみを目で見える形で認識することができるのですが、手で触れるだけで勝手に見えてしまう欠点があるんです」

「あー……ってことは」

「ええ……申し訳ない、先ほど嬉しくてついあなたの手を握ってしまいましたが。そのせいで見えてしまっているんです。そしてあなたの苦しみは、今まで私が見た中でも特に大きく深いように見えまして……」

「……わかりました、そこまで見えているなら」

 

 原作なら、スタンド使いに心の内を話そうものならとんでもない目に遭いそうだ。でもさっきも言ったけど、お釈迦様がそういうことをするはずないだろうし。

 それに何より、仏教の開祖にカウンセリングしてもらえる機会なんて、ここで逃したら二度とないだろうから素直に話そうと思う。いい加減、人に相談したかったってのもある。

 

「……昔、仲間をたくさん殺してしまったんです」

 

 初っ端に出てくるのはこれだから、確かに深いと思われたのも仕方ないなとは思う。

 

「そうしないと、わたしが殺されてしまうから。わたしは、自分一人だけが助かるために、親も含めた仲間をこの手にかけてしまったんです……」

 

 それは一万年以上もの間、ずっと抱えていたわたしの罪だ。そこから続く大量殺戮と併せて、わたしが天国に行くことは絶対にないと断言できる。

 

 根が一般人のわたしは、そこからずっと目を背けていた。やれと言われたから、そうするしかなかったから……そんな風に、自分がさも被害者の一人みたいな顔で。

 おまけにわたしは未来を知っていた。なのに何もすることなく最初から全力で保身に走ったんだから、まったく救いようがない。ただ一人自分が生き残るためだけにカーズ様の身内になったわたしの罪は、未来永劫許されることはないだろう。

 

「それにそのあとも。たくさん、たくさんの人を殺しました。きっとこれからも。命令されて仕方なく、なんて言えません。わたしは、自分の意思でたくさんの人を……」

「……辛い想いをたくさんしたのですね。あなたのこれまでのことは、私が心に刻みましょう」

 

 ところがお釈迦様は、そんな極悪人のわたしを断ずることなく優しく答えた。

 思わず顔を上げてみれば、そこには変わらず笑顔を浮かべた彼がいる。

 

「そもそもこの世に救われてはいけない衆生など存在しません。たとえあなたが闇より出ずるものであろうとも、この世に生まれたからにはあなたも救われるべき衆生の一人です」

 

 本当に?

 本当に、わたしは救われていいんだろうか。そんな価値がわたしにあるんだろうか。

 仮にあったとして、わたしは。

 

「……わたしは、どうすれば」

「あなたの苦しみは、身体と心が相反する生き方を求めていることから生じていると私の目には映りました。あなたは、修羅の身でありながら人の心を持っている。あなたの苦しみの因果はそこにある」

「修羅と、人……」

 

 言わんとしていることは理解できた。

 確かに、わたしはいびつな存在なんだろう。人間よりもはるかに強靭な生命体である柱の一族の身体に、どこにでもいるような一般人の魂がインストールされてるんだから。

 

「なので、修羅の身に心が染まることができれば、あなたは救われるでしょう。ですがあなたは、そうしたいとは思っていない。そうですね?」

 

 その問いには、ほとんど反射的にこくりと頷いていた。

 

 確かに、心からカーズ様に心服できればこんなに悩まないだろう。彼と同じように、ときに楽しんで殺戮ができればこんなに悩まないだろう。そういう生き方に素直になれるなら、どれだけよかったことか。

 でも、そうだ。わたしはそれを受け入れられない。前世から持ち越した人間の心が、どうしてもそれを拒む……。

 

「やはり、あなたは意志の強い方ですね。そして優しい人だ。人を傷つけることをことさら厭う。追い詰められたときでさえ、目の前の敵がそのあとどうなるかを考えてしまう」

 

 そう思っていたら、まったく想定外の言葉が投げかけられた。

 お釈迦様の意図がわからず、思わず彼の顔を直視したけれど……彼は確信をしてるような穏やかな、けれど揺るぎない顔をしていた。

 

「……そう、ですか? 自分で言うのもなんですけど、そんなことないと思いますけど。わたしなんて、いつも流されてばっかりで……」

「本当に意志の弱い方なら、優しさを持たぬ方なら、何年も悩まずとっくに修羅に染まっているでしょう。生きている限り、どんなものであろうと良しにつけ悪しにつけ、身を置く環境に影響を受けるものなのですから。

 しかしあなたはその環境にあって、人の記憶を失っていない。人としての価値観、倫理観を維持して今もなお悩んでいる。これを意志が強く、優しいと言わずしてなんと言いましょう?」

「……!?」

 

 そ……その、発想はなかった。

 言われてみれば、確かに。一万年以上も一緒にいるんだ、普通ならもっとカーズ様側に寄っててもおかしくない……の、か……?

 

「つまりあなたは、既に歩き出しているのです。人であろうという生き方を、貫こうとしているのです。自覚はないかもしれませんが、あなたは確かに前に進もうという意志を持っているのですよ」

「……本当に、そうなんでしょうか。わたしは、本当に、前に進めてるんでしょうか。というより……進んで、いいんでしょうかっ? わたしのせいで進みたくても進めなかった人が、たくさんいるのに……!」

「そうですね、一度起きたことは変えることはできません。あなたが行ったことをなかったことにはできません」

 

 感情が高ぶってきたことがなんとなく自分でもわかる。

 そんな、感情の乗った言葉を遮ることなく受け止めたお釈迦様の言葉は、ある意味で正面から切り捨てるようなものだった。

 

 だけど……ああ、そうだ。だけど、それはまたある意味で、わたしが望んでいた言葉でもある。

 そう、そうなんだよ。わたしは、わたしはそういうことをしたんだ。怒られるのが、恨まれるのが、裁かれるのが、当たり前なんだ!

 

 ところが、お釈迦様はですが、と言葉を続ける。

 

「これから起こることを止めることは、できるはずです」

「……わたしは! これからも人を殺すのに!? わたしの意思とは関係なく、たくさん! それを止めるのは、すぐには……!」

 

 今のわたしに、カーズ様の命令を跳ね除ける力なんてない。やれと言われればやるしかない。止めろなんて、そんなの不可能だ。そんなやるせなさと、無力感で視界がにじむ。

 

 だけどその視界の中で、お釈迦様の表情が変わった。やや怒りを含んだ色。背後のスタンドもまた、同様のものへと切り替わる。

 

「あなたが死ねば、すべての命が救われるとでも? あなたがいなければ、死なずに済んだ命ばかりだとでも? そう思っているのだとしたら、それは思い上がりというもの。

 あなたがいなくとも人々は死んだでしょう。これからも死ぬでしょう。なぜなら、あなたへ指示を出している存在はあなたがいなくとも健在だからだ!」

「……ッ!」

 

 気迫の乗った言葉は、まるで質量を宿した風のように正面からわたしの顔を打ち据えた。

 でもおかげで、その意図はバカなわたしでもはっきりとわかった。

 

 そうだ。カーズ様たちは息をするように人を殺す。それは、原作を見ていても確かなことだ。

 その生き方が変わらない以上、いつの時代であろうと意味はなく、死体の山は延々と積み重なっていく。

 わたしがいなくなっても、殺戮を直接行うのがわたしじゃなくてカーズ様になるだけ……。

 

「だからこそ、あなたは生きなければなりません。もしもあなたが本当に心のまま人であろうとするなら、そうであるからこそあなたは生きなければなりません」

 

 わたしの理解を察したからか、お釈迦様の表情がまた戻る。スタンドも。

 穏やかで、けれどすべてを見通すような超然とした微笑みが、改めてわたしを射竦める。

 

「あなたがいてもいなくても、失われる命がある。であるならば。

 あなたはそれ以上の命を救いなさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!」

 

 わたしがいなかったら死ぬ人たち。

 

 それは。それは、原作で柱の男たちに。あるいはその関わりの中で死ぬことになる人たち?

 その中に、わたしがいれば救われる命が、ある……?

 

 それは、それって、つまり。

 

 原作を。

 変える。

 

 そういう、こと?

 

「何か、思うところがあったようですね。恐らく、それがあなたが進む道における()()()()()()()

 そうやって未来に善を残しなさい。起こり得る不善を起らぬよう、過去、現在、未来の善をよりよいものへ拡げ、縁起を繋ぎなさい。そのために心身を鍛えるべく努め、精進なさい。

 それこそが、あなたが手にかけてきたものたち、これからかけることになるものたちへの償いとなるでしょう」

 

 ああ。

 

 やっぱり。この人はお釈迦様だ。

 

 これが目覚めた人。これがこの世で最初の仏。

 

 見透かされてる。その上で、導かれている!

 

「あなたはまだ、力の出し方を覚えていません。まずは力の限界を知りなさい。

 そして、少しくらい力をつけたとて思い上がってはいけませんよ。どれほど力をつけたとて、一人でできることには限りがあるのですから。

 元よりあなたは、自分より誰かのためにこそ力を発揮する人のようです。なれば喜びも悲しみも分かち合う友と出会えたとき、あなたの本当の()()が始まるのだと心得なさい」

「……はい! ありがとう、ありがとうございます、……ありがとうございます……!」

 

 ああ、どうしような。涙が止まらない――。

 




スタンド:ガンダーラ 本体:ゴータマ・シッダールタ(ブッダ)
破壊力:B スピード:A 射程距離:A 持続力:A 精密動作性:A 成長性:D
無数の手を持つ如来の姿をした近距離パワー型のスタンド。
精神的苦痛を察知することで、相手の思考や感情、記憶を解き明かす能力を持つ。なお能力発動時に光って本体に後光が差す。この光は一般人も認識可能。
本体の手で触れた相手の精神的苦痛を視認できるが、これは本来の能力を容易に発動し取捨選択をする判断材料にするための補助的なもの。
また、対峙したスタンドの性質を帯びるという能力も持つ。そして成長性をまだ残している。これはすなわち、戦闘中に相手のスタンドと同じ能力に目覚める可能性を常に保持しているということでもある。
でも本体はこのスタンドを戦いには使わない。だってブッダだもん。

人類史上最高峰の弁舌家とも言える彼のセリフを書くの、自分なりにがんばったつもりですがこの辺りが限界です・・・! 
当初から主人公を諭すのは彼と決めていたのですが、おかげで一万年以上足踏みする主人公になっちゃったのは作者の構成力不足ですねぇ。決定打にするのは変えずとも、小刻みにその手のエピソードを足していければよかったんですが。

ところで本作とは全く関係ありませんが、今夜N〇K総合で聖〇おにいさんの実写版が放映されますね!
本作とは全く関係ありませんが!


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15.第三の矢

 この身に宿った魂の声に従おう。人として生きて、物語を変えよう。お釈迦様のお言葉で、わたしはそう決めた。

 決めたけど……だからと言ってそう簡単にどうにかできるはずもない。

 

 まず、現状でカーズ様をどうこうするのは不可能だ。これは単純にわたしが力不足な上に、ドジこくとカーズ様以外とも同時に戦う羽目になるからだね。

 何より、一度でも失敗するともう取り返しがつかない。これは本当に最後の最後の手段だ。時代がジョジョ原作に追いつくまでは、極力避けるべきだと思う。

 

 じゃあ他に何ができるかって言えば、強くなるための訓練以外は世界の歴史そのものを変えることだろうけど……一個人がどうこうできるほど歴史はヤワじゃあない。

 確かに歴史を変える系の逆行転生モノはジャンルとして存在するけど、あれは腰を据えて何かしらの組織を構築するなり乗っ取るなり、しっかりした基盤を作って初めてできることだ。

 根無し草の一個人であるわたしには手が出せない。カーズ様からの命令であちこち動かなきゃいけない以上、この選択肢も選べない。

 

 ならどうすればいいのか。しばらく考えたんだけど、ひとまずわたしは死にそうな人たちをできる限り助けようという結論を出した。

 

 紀元前のこの時代、人の命は驚くほど安くて軽い。社会制度は未発達だし、科学や医療も同様だ。倫理観なんてあまりにも薄い。だから二十一世紀人からは信じられないくらい、簡単に人が死んでいく。そんな人たちを、まずはできるだけ助けようと思ったんだ。

 

 もちろん、元がただの文系大学院生だったわたしに科学や工学、医療方面の活躍は無理だ。人文系の知識なんて、この時代じゃあほとんど役に立たない。

 でも、今のわたしは柱の女だ。たとえ元がヘタレの一般人でも、人間を大きく上回る戦闘力がある。だからせめて、荒事で命を落とす人が出ないようにしよう。居合わせた場所で、理不尽に殺される人が出ないようにしよう。そう思ったんだ。

 

 その上で、いずれ到達する未来で、その時代のジョジョたちの助けになる。

 肩を並べて戦えるならそれでよし。それができなくても、スピードワゴン(スッピー)みたいに彼らを支えることができるならセカンドベストだろう。

 

 と、以上がわたしが考えて出した答え。とにかく手が届く範囲の人は助ける。それを念頭に置いて生きていくことにした。

 それでわたしが許されるとは思ってないけど、少しでもよりよい未来のためになるならわたし、がんばれると思う。

 

 まあ一ファンとして、原作で死んじゃったキャラが死なないようにしたいっていう欲望もないわけじゃないんだけどね。あわよくば世界を一巡させないようにできればいいかなぁ、なんて。

 

 そのためにも、まずはもっと戦えるようにならないといけない。強くなれば、きっと助けられる機会も多くなる。ジョジョたちと同じ戦場に立てる意義は言うまでもない。

 

 そして可能なら、回復系の能力が欲しい。戦うだけで助けられる人は限られるから、もう少し手を伸ばしたい。

 特にジョジョは四部になるまで明確に回復系の能力が登場しない(波紋もそうと言えばそうだけど敵が強すぎていまいち回復効果が実感できない)からね。そういう能力があれば、大幅に死者を減らせると思うんだ。

 

 ということで、スタンドに関してはしばらく回復技の開発に専念することにした。

 開発って言っても、精神修行っていうか、一種のイメトレみたいなものだけどね。

 スタンドは超能力的なものだけど、できるって思うことが大事なところがある。エンヤ婆も言ってたけど、「空気を吸って吐くことのように! HBの鉛筆をベキッ! とへし折る事と同じようにッできて当然と思」ってこそ能力も成長するんじゃあないかってね。

 

 ただ、わたしがやろうとしてることは要するに、長年共に過ごした人たちへの裏切りだ。人を殺すどうこうとはまた別の罪悪感がある。

 人類と柱の一族が争うことなく共存できれば一番なんだろうけど、そんな方法あるのかなぁ……。

 種としての生存競争ってことを考えると正解はないんだ、とも思う。それでも……どっちも知恵のある生き物なんだから、住み分けができればいいのに。

 

 そんな難しい新たな悩みも抱えつつ、三百年ほど時代も進みまして、なんとか回復技を使えるようになった頃。

 

 わたしはカーズ様たちと一緒にシチリア島にやってきた。あ、念のために言っとくと、イタリア半島のつま先にある大きめの島ですね。

 

 そこに何しに総出でやってきたかと言えば、ここにかなり大きいエイジャの赤石が使われたって情報をつかんだから。

 しかもなんと、赤石を利用して日光を増幅し、攻めよせるローマの軍艦を焼き払ったというあまりにも聞き覚えのある情報だ。

 

 うーん、たぶん「アルキメデスの熱光線」でしょうねぇ。あれは伝説というか、後世に付け加えられた逸話だった気がするけど、赤石があるなら不可能じゃあないだろうし。

 

 ともあれこれはかなり信用していいと思う。そしてそれがあるらしいとなれば、カーズ様が動かないはずがない。

 こういうとき率先して動くのはカーズ様のいいところだよね。人手がないからでもあるけど。

 

 ただ、問題が一つ。当該の赤石が仮に「アルキメデスの熱光線」の逸話を形作るものであるなら、その場所はシラクサの中ってことになる。

 

 なんでそれが問題かって?

 それはね。シラクサは今、ローマ軍に絶賛包囲されてる最中で……うん、要するに、歴史に名高いシラクサ包囲戦の真っただ中なんですよ! 

 

 ちなみに史実通りなら、アルキメデスはこのときに殺されます。

 

 そしてわたしたちがシラクサに着いたとき、街は既に外郭を落とされて陥落寸前。内郭でなんとか籠城はしてるけど、まさに風前の灯状態だったわけで……ね? 問題でしょ?

 

 それに歴史を知るわたしは知っている。このあとシラクサが巻き返すことはないって。そして、陥落したシラクサの街は軽く地獄になる。苦戦させられたローマ軍が、鬱憤を晴らすかのように暴れ回るんだよね……。

 

 それの是非を問うつもりはない。この時代の戦争でそれは普通のことだし、ローマはそれを繰り返して歴史の覇者になるのだから。そこを土台にして発展した時代を生きたことのあるわたしに、彼らの是非を問う資格なんてあるはずもない。

 もちろん止められるなら止めたいけど、万単位の人同士がぶつかり合う戦争を始まったあとに腕力だけで止めるのは不可能だ。

 だからわたし自身は、せめてどちらかに肩入れすることはないようにしたいんだけど……。

 

「状況はよくわかった。ならばそのローマとやらを手伝ってやろうではないか。なに、どうせここから籠城側が勝つことはなかろう。ならばそれが少し早くなるかどうかの違いだ」

 

 なんてカーズ様が言うんだもんなぁ。

 要するに、ローマ軍の略奪に便乗して赤石を回収しようぜってことだ。漁夫の利を狙う立場としては至極当然の選択だとは思うけど、釈然としないのはわたしだけじゃないって信じたい。

 

 そして夜。シラクサにとっての地獄の化身が現れる。

 固く閉ざされた城門はワムウ渾身の神砂嵐でズタボロに吹っ飛び、その近くで守りに当たっていた兵士たちはカーズ様の輝彩滑刀(きさいかっとう)とエシディシの怪炎王(かいえんのう)でバラバラになるか消し炭になるかした。

 突然の出来事に動揺はあったものの、ローマ軍がそこを見逃すはずもなく……やがて冷静になった彼らはほどなくしてシラクサに攻め寄せ始める。

 

 先んじて空からシラクサの中に乗り込んでいたわたしは、少しずつだけど確かに近づいてくる彼らの雄叫びにそっとため息をついた。

 これから一体、何人の人たちが死ぬことだろう。歴史の必然とはいえ、それを目の当たりにするのはやるせない。

 

 だけどそれよりも問題は、カーズ様たちが暴れる気満々ってことだ。赤石を入手するか、最低でもその行方に関する情報を入手するまで彼らは止まらないだろう。

 

 だったらいっそ、赤石を真っ先に入手すればいいのでは? そしてもし入手出来たら、ローマ軍に渡してしまおう。そう思って、わたしは海側のほうにやって来た。

 伝承では、さらにはこの世界での伝聞でも、赤石によると思われる熱光線はローマ海軍に向けて放たれた。なら、きっとその辺りにあると踏んでのことだったんだけど……。

 

「……ない。やっぱりもう回収されてるのかなぁ」

 

 どこを探しても、それらしいものは見当たらない。赤石を組み込んだであろう装置も見当たらないのは、そもそも作られてなくて赤石から直にレーザーったのか。それとも装置ごとどこかに回収されたのか……。

 いずれにしても、当てが外れた。ここにないとなると、他の心当たりはわたしにもない。となると、情報を得るためにカーズ様たちが拷問に走る可能性が……それだけはなんとかして避けないと!

 

 わたしはツノを隠して、市民が避難してる場所へ向かう。道中、申し訳ないけど適当な服を失敬しつつ、それがかみ合う姿に変身して装備。これでどこからどう見てもシラクサ市民!

 そしてその恰好で、その辺を慌ただしく走り回る兵士に聞く。どうしてあの熱光線の兵器を使わないのか、ってね。いかにも状況に混乱してる人を装いつつ、クレーマー気味にだ。

 

「バカ野郎ッ、そんなもんもう使えねぇーよ! アルキメデス様が殺されちまったんだからな!」

「あれはアルキメデス様が管理しておられたものだ、我々はどうなってるのかもさっぱり知らんよ!」

「大体アルキメデス様が死ぬ少し前にまだ改良の余地があるとか言って持っていかれたから、今どこにあるかもわからんわ!」

 

 場所を変えて何人かに聞いて、得られた答えで有用そうなのはこの辺りだ。

 つまり、あの熱光線はやっぱりアルキメデスによるもので。その管理運用はアルキメデスが担ってて、今は装置そのものが内郭にない。だけど肝心のアルキメデスは既に死んでいて……。

 

「……待てよ。確かアルキメデスが殺されたのって、史実通りならシラクサ外郭の陥落時だよね。この世界でもそうだったとして、それって今から……えっ、()()()()()()()()!?」

 

 ってことは、赤石はシラクサどころかこのシチリア島にすらとっくにない可能性があるぞ!?

 だとしたら……ここにいる理由はもうないってことに!

 

「カーズ様に早く知らせないと……! じゃないと無駄に大勢が死んじゃう……!」

 

 わたしは大急ぎで外に出た。すぐさま元の姿に戻ると同時に、背中から翼を生やして空に浮かぶ。

 空から眺めるシラクサの光景は、まさに地獄だった。あちこちから悲鳴と火の手が上がっているし、それを追い詰めるような怒号も飛び交っている。略奪が進行しているんだ。

 

 でも申し訳ないけど、今はそれに関わってる余裕はない。一刻も早くカーズ様の場所を特定しないと!

 

「……でも、少しくらいはっ!」

 

 空を移動しながら【コンフィデンス】を取り出す。

 そしてローマ軍の略奪にさらされているシラクサの人たちを助けるべく、矢を放つ。

 

 当たり前だけど、彼らに向けて射かけるわけじゃあない。そして襲ってるローマ兵を射貫くわけでもない。そんなことしたら即死しちゃう。カーズ様たち相手だとろくなダメージソースにならないから忘れがちだけど、対人として見ると逆にオーバーキルだからね。

 

 じゃあ何を狙ったかと言えば、彼らの周囲にある壁やものだ。そこを破壊して発生するがれきなんかでローマ兵を妨害して、逃げる時間を稼ぐ寸法だ。

 ついでに言えば、スタンドが見えない人にはいきなり目の前のものが壊れたように見えるだろう。それが連続すれば、得体の知れなさに逃げてくれる……はず。

 どのみちカーズ様を探してあちこちを見ることになるんだから、これくらいはしてもいいでしょ?

 

 そうやって空をさまようことしばし。ある場所から、夜とは思えないほどの強烈な光が生じた。

 

「……! あれは! 間違いない、カーズ様の輝彩滑刀!」

 

 あそこにカーズ様がいる! よし直行だ!

 

 ……待てよ? 向かいながらふと疑問に思う。

 カーズ様の流法(モード)は確かに光だ。そしてその正体は腕から生じさせる刃が発する光だけど、常に光ってるわけでもない。あれを光らせるときは、すなわち使ってもいいと思う敵と相対したときで……え、このシラクサにそれほどの人間がいるの?

 

「カーズ様!」

「アルフィーか。何をしている、調べるところはまだあるだろう」

 

 慌ててそこに下りたところ、カーズ様ってば波紋戦士と対峙しておられた。なるほどなぁ!

 

 そちらをちらっと横目で見てみれば、相手はどうやらローマの兵士。ローマ軍にも波紋戦士がいるんだなぁとか場違いな感想が脳裏をよぎるけど、カーズ様が輝彩滑刀を出すまで五体満足とは相当な使い手だ。いや、手加減してた可能性もあるけど。

 手にしているのは波紋を帯びた剣。なるほど、銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)の使い手かな?

 

 とはいえ、カーズ様が輝彩滑刀を出したからには彼の勝ち目はかなり低いだろう。それなのに逃げる気が欠片も見当たらないのは、その近くで倒れている瀕死の男のためだろうか。こちらは既に両腕を落とされている上に、目を潰されているようだ。完全に戦意を喪失して泣き叫んでいる。あるいは近くで隠れてる未熟な使い手のためか……。

 

 どっちにしても、これ以上はいけない。そう思って、わたしは声を張り上げた。

 

「いえそのっ、それなんですけど、もしかして赤石はもうここにないかもしれない可能性が出てきまして!」

「……続けろ」

 

 その内容に、カーズ様はピクリと眉を動かしてこちらに顔を向けた。

 

「はああぁぁーーっ!」

 

 それをスキと見てか、相手の波紋戦士が突っ込んできた。

 

 だけどカーズ様は動じない。相手の猛烈な剣戟を、まるで遊ぶかのように上半身の動きだけでかわし始めた。ぐねんぐねんとありえない方向に動き回って、ときには骨格からしておかしい形にズレたりする動きは……えっと、ジャングルの王者で見たような気がしますけど、こうやって目の前で見ると正直かなりキモく……。

 

「えっとですね、実はかくかくしかじかで……」

 

 その動きは、わたしが事情を説明し終わるまで続いた。たまに輝彩滑刀で地面を弾いてバランス取ったり態勢を変えたりもしてたけど、終始相手を翻弄し続けていた。

 思うんだけど、カーズ様ってたまにそういう遊びにこそ本気になるところあるよね? 遊び心を忘れない大人なの?

 

 それにしても相手がかわいそうだ……。あまりにも攻撃が当たらなさ過ぎて涙目じゃあないか……。

 呼吸も乱れてるのは、あのみょうちきりんなかわし方には精神攻撃の意味もあったからなんだろうけど、にしてもかわいそすぎる……。

 

「チッ、遅かったということか?」

「かもしれません! なので調べるとしたら、まずはそのアルキメデスとやらの家のほうが……」

 

 そして説明が終わると同時に、彼は遊びは終わりだと言わんばかりに腕を振るった。

 

「ぎょええぇぇーーっ!?」

 

 それは一条の軌跡を描いて、正確に相手の首筋に裂傷を入れた。

 裂傷はゆっくりと、けれど間違いなく奥まで達して……ええまあ、その、首が飛びました、ね。当然、血しぶきが派手に噴き上がる。

 

「……いい、かも……しれません、よ?」

 

 ぐらりと倒れ伏す男。その凄惨な最期に、わたしは思わず顔ごと声がひきつった。

 

「そうだな」

 

 一方、それをしたカーズ様は淡白に頷くだけだ。バヅンッ、と音がして刃が腕に収納される。

 そしてそのまま、もはやこの場のすべてに興味がないと言いたげに踵を返した。

 

「戻るぞアルフィー。エシディシたちと合流する」

「えっ、あ、は、はい!」

 

 彼に促されて、わたしも続く。

 だけど……そこで一旦足を止めて、振り返る。

 

 そこには即死しただろう波紋戦士の遺体と、今なお死への痛みと恐怖で泣き叫ぶ男の姿。

 

 わたしは、その光景を目に焼き付ける。そしてごめんなさい、と心の中で言う。

 この光景を、わたしは忘れない。忘れちゃいけない。

 

 だから……。

 

「アルフィー、隠れている臆病者のことなど気にするな」

「はい……」

 

 後ろからカーズ様の声が飛んできた。

 彼の言わんとすることにそれ以上の意味はないだろう。もはや彼にとって、彼らは路傍の石以下の存在に化したんだ。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(【コンフィデンス】第三の矢、【センド・マイハート】!)

 

 カーズ様に聞こえないよう、心の中で言いながら【コンフィデンス】を構えて矢を放つ。それは狙いを一切違えず、腕と視力を無くした男の眉間に突き刺さった。

 だけど血は出ない。それどころか、男がそれで痛みを覚える様子もない。

 

 そりゃそうだ、放った矢は癒しの矢。そのデザインは、普段の矢とも【スターシップ】の矢とも異なる。

 鏃に刻まれた意匠は、その名にもあるハート。この矢に殺傷能力は一切なく、射貫かれたものは治療される!

 

 その仕組みは、わたしという本体から生命力を譲渡するというものだ。それを用いて対象を癒すわけだから、ある意味では波紋による治療に近い。

 ただ地球上で最も生命力のある柱の一族であるわたしの生命力は、それだけで強力な治療装置足りうる。治療速度は、並みの波紋使いの非じゃあない。譲渡する量を増やせば、部位欠損にすら対応できるのだ! なんならスタンドにも有効で、一時的にスタンドパワーのブーストにだって使える優れものだぞぅ。

 

 とはいえデメリットももちろんあって、その性質上即死した人には効果がないし、一度に放てるのは一本だけ。二発目を出すには、先に放った【センド・マイハート】を消さなくっちゃあいけない。わたしか射貫いた相手、どちらかが射程距離外に出ても矢は消える。

 さらに、対象に生きる気力がないと効きがすこぶる悪くなったり……あとは、前提としてわたしから生命力を譲るものだから、わたしには効かないんだけど。

 

 でもそれでいい。わたしのことなんて後回しでいいんだ。

 

 ともあれ、これでよし。これでわたしがここから離れるまでの間に、多少なりとも彼を癒してくれるはずだ。

 

「……あっ、カーズ様待ってくださいよぉ!」

 

 そしてわたしはばたばたと、だけどできるだけゆっくりとその場を後にした。

 願わくば、彼が死なないようにと思いながら。




コンフィデンス第三の矢:センド・マイハート
破壊力:なし スピード:なし(本体に依存) 射程距離:A 持続力:A 精密動作性:C 成長性:B
(現時点のステータス。破壊力、射程距離以外は【コンフィデンス】、【スターシップ】と共通)
矢で貫いたものに本体の生命力を譲渡し、それによって対象を治療する能力を持つ。
対象をスタンドにすることで、スタンドパワーを一時的に強化するという使い方も可能。
治療は怪我だけでなく部位欠損、病気、寄生虫などにも効果を発揮するが、【クレイジーダイヤモンド】のような即効性はなく【ゴールドエクスペリエンス】のような創造性もない。
ハートの模様が施された矢。【スターシップ】同様、同時に出せるのは一本だけで、大元の能力で出せる七本のうちの一本に数えられる。


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16.合法ロリVS脱法ロリ

 結局と言うべきか案の定と言うべきかはわからないけど、赤石はシラクサでは見つからなかった。

 あのあと足を運んだアルキメデスの家は、当たり前だけどかなり略奪されていた。ただ、図面や資料の類は乗り込んだ兵士が価値を見出せなかったのか多くが残ってた。これはカーズ様にとっては不幸中の幸いだと思う。

 

 何せこれを見るに、アルキメデスが熱光線に利用した赤石は石仮面を完成させるに足るもの、すなわちスーパーエイジャである可能性が極めて高いということはわかったからね。

 彼は色までつけたかなり詳細なスケッチを残してたんだけど、それを見る限りここにあった赤石の形はまさに原作で出てきたスーパーエイジャだったからね。これにはカーズ様も一応にっこり。

 

 そのスケッチは、今後の比較用にするという名目でスタンド空間に収納させていただいて、このときは撤収することになった。

 

 そのあと指示を受けてローマ軍に潜り込んだ結果わかったのは、少なくともローマ側指揮官は赤石の存在を認識していたこと。そして彼は略奪の成果を奪うことはしなかったものの、アルキメデスを殺すなと命令していたのに殺して略奪に走った兵士たちを、後方に下げたことの二つだ。

 

「……で?」

「はい。そのあと彼らは冷遇されたことに腹を立て、勝手に陣幕から脱走したみたいです。そのあとの行方はわかりません。

 ローマの兵士が脱走してローマに戻るとか、ローマと戦争中のカルタゴ方面に行くとかはちょっと考えづらいですけど、可能性がないとは言い切れないですね……。他にも選択肢はいっぱいあるので……そのぅ」

 

 無言のカーズ様が拳を下ろした机が「ゴワシア」とあっけなく壊れる。やめてよね心臓に悪い。

 

 にしても、これは相当お冠ですね……。原作で手段選ばないやり方が目立ったのも、こういうイライラが積もり積もった結果なんだろうか……。

 とはいえ、激昂した様子を見せたのは一瞬。すぐに普段の様子に戻るのはさすがと言うべきか。

 

「……赤石は傍目には宝石とさほど変わらん。各地の商人や質屋などを重点的に探すぞ。エシディシはギリシャを頼む。ワムウはヒスパニアだ。私は念のためエジプトを調べる。

 アルフィーはローマ周辺を調べろ。だがついでに、ローマのたかが末端の兵士に波紋使いがいた経緯も調べておけ。どうも嫌な予感がする」

「あいよ、任された」

「御意」

「わかりました」

 

 わたしだけ仕事が多くないですか……。そりゃあ、便利キャラなのはわたしも自覚するところではありますけど。

 

 ともあれそんなわけで、それぞれ別行動になった。カーズ様たちが行くことになった土地で何かやらかさないかすごく心配だけど、今は何もできない。せめて穏便でありますようにと祈る。南無阿弥陀仏。

 

 さてせっかくの単独行動だから、この機会にローマの街並みを堪能しながらゆっくりしたいところではあるけど、まずは赤石探しだ。

 少なくとも現状のローマにある情報をしっかり集めておかないと、万が一他の地域でローマから来た商人がスーパーエイジャを持ってたなんてなったら、カーズ様に殺されかねない。あの不機嫌な感じからしてその可能性は高い。だからお楽しみは全部終わってからだ。

 

 で、ローマおよびその周辺であれこれ調べて回ったところ、いやはや戦争景気と言うべきか。儲かる人は儲かるんですね。結構短い間に宝石関係の商取引が行われてて、歴史って繰り返されるんだなぁなどと思うなど。

 

 まあその手の売買で動いた「赤い宝石」の大半はルビーだったわけだけど、中には質は良くなくても本物の赤石がちょっとだけ混ざってた。この辺りは、昔と比べて変わったなと思うね。人類の数が少なかった数千年前じゃ考えられなかった。

 

「……ここのもルビー、と。これでとりあえず、今のところ回ってきた情報のところは全部答え合わせが済んだかなぁ」

 

 そんなある日。わたしはとある新興貴族の家に忍び込んで、宝物庫(と言うほど広くはないけど)を物色していた。

 

 調べた限り、ここも外れ。そして現状、これ以上ここ一年以内でそれらしい宝石が動いたって話は聞かないから、赤石関係はここらで一旦中断して波紋関係の調査に移ったほうが良さそうだ。

 ……闇取引とか個人間の譲渡とか、あるいはどこかで盗賊とかに奪われたとかの可能性もあるけど、それをやり始めるときりがない。一応の区切りは必要だろう。

 

「よーしそれじゃあ帰るかー。今日はもうゆっくり休みたーい」

 

 持ち主が無精者なのか、今日のとこは宝物庫内がごちゃごちゃしててかなり時間がかかっちゃって疲れた。最近はまず赤石の情報を早めに潰しておこうと思って働きすぎだったし、今日くらいはゆっくり休んでも許されるよね。

 

 そう思いながら宝物庫を出る。結構広い邸宅だからちょっと脱出が面倒だけど、わたしには空から出入りするという反則技があるから庭に向かう。

 廊下を抜けて見えてくる庭まで行けば天井がないから、そこで大幅なショートカットだ。ちょうど正方形を対角線に切り込む形で中に足を踏み入れ……ようとしたとき、それが目に入った。

 

 寝室と思われる部屋で、恰幅のいいおじさんが全裸でハッスルしておられる様が。もちろん、性的な意味でのハッスルだ。うわあ。

 

 正確にはこれからハッスルしようとしてるところ、ではあるんだけど……それだけなら別に、嫌なもの見たってだけでスルーなんだけど、問題はそのおじさんが迫ってる相手だ。

 

 そこにいたのは、どこからどう見てもわたしより小さい女の子だったのだ。

 どう見積もっても二桁に達してないだろう女の子が、全裸に剥かれて襲われて泣き叫んでる。どこからどう見ても事案ですよこれは!

 

 しかも改めて見るとあの女の子、身体のあちこちに暴力のあとが見えますね!? これは……ギルティ! 誰がなんと言おうとこれはギルティです!!

 

 わたしは一刻も争うだろうと、大急ぎで今まさに蛮行がなされようとしていた部屋に突入……。

 

「ぶげぁ!?」

「えっ」

 

 したところで、入れ替わるようにしておじさんが外に吹き飛んでいった。

 

 その姿を見送って、数秒硬直。まさかこんな小さな女の子が……と思って、改めて室内に目を向けたわたしは、お釈迦様に会ったとき以来くらいの驚愕を覚えた。

 

「は?」

 

 そこにいた女の子の背中から、白い翼が生えていた。

 それはいい。それだけならまだいい。

 

 けど、次の瞬間女の子の身体が波打つようにたわみ、ぐにゃりと歪んだかと思うと、それまでとまったく違う姿に変わったんだから、驚くなってほうが無理でしょこんなの!

 

 しかも現れたのは、全体的にダークな系統の色で統一された身体、それに反して唯一抜けるような白さを保つ一対の翼、禍々しい形状の装飾、あちこち割れたり欠けたりした悲しげな顔をした謎の存在で……。

 

「いやいやいやいや、ここジョジョの世界なんですけど!? 仮面ライダーの世界じゃあないんですけど!?」

 

 そう、有り体に言ってそれは仮面ライダーとかに出てきそうな怪人みたいだった。そんなものに女の子が変身してしまったんだから、驚くなって言うほうが無理!

 

「グキカクゲコカアァァァ!!」

「そんなー!?」

 

 そしてその怪人は、自我をなくしたような獣じみた声を上げて襲いかかってきた!

 

 ……けど、なんていうかわりと冷静に対処できた。

 いやその、だって相手が普通に遅くてパワーもなかったから……見てから回避余裕でした……。

 

 これはあれかな、見た目すごいヤバそうだけど、中身はそのまま幼女のままで身体能力は特に変わってないってことなのかな? だとしたら、逆に下手な攻撃をすると死なせちゃうぞ。どうしよう。

 

 そう思って、まずは無力化するために軽く腕を狙って拳を当ててみたんだけど……これがなんとノーダメージ。

 あまりにもダメージがなかったから、次は強めに攻撃してみたんだけど、これまたノーダメージ。

 

「……え、なにそれどんな防御力?」

「グギエェェェー!!」

 

 さすがに二発目はそこそこ効いたでしょって思ってたから、手応えのなさに思わず呆然としちゃって反撃に頭を殴られた。

 

 ところがこの攻撃、こちらもノーダメージに終わった。

 いや、普通に幼女に殴られたくらいの威力しかなかったらそりゃノーダメですよ。子供の加減知らずな一撃はときにかなり効くものだけど、一応わたしこれでも柱の女なんで……。

 

 ただこのままだと千日手だ。仕方ない、暴れられたら中のものが壊れかねないからしたくなかったけど、ここは【スターシップ】で……。

 

「えっ、うっそだぁ!?」

 

 弾かれた!? マジでどんな防御力してるの!?

 

 試しにと思って今度は普通の矢を、結構本気で射かけてみたらこれまた弾かれる。ちょっと待ってそれはどうかと思う!

 これでもわたし柱の女ですよ!? コンクリ破壊できる威力の矢を出せるんですよ!? それ食らってちょっと火花が散るだけって絶対おかしい!

 

 でも現実は変わらない。

 となると仕方ない、今度は本気でボディーブローだ! 中の幼女に何かあったら……そのときは平謝りの上で【センド・マイハート】しかないだろう。

 

 そうと決めたからには、速攻だ。ガッて近づいてどんってパンチを放った……と思ったら、あっと思う間もなくいきなり吹っ飛ばされた。

 吹っ飛ぶ衝撃はなかった。そして速度も結構なものだ。人間だったら反応できなかっただろう。

 

「……え、今のなに?」

 

 伸ばした手を地面に打ち込んで、体勢を整えながら着地する。

 しながら思わずつぶやいたけど、それに対する答えは言葉じゃなくてそこら辺の石とか木屑とか()()とかだった。まさしく手当たり次第って感じで飛んでくる。

 これも一応回避できる速度だったから、なんとか全部避けた。正面向いた状態で横向き九十度に身体が曲がるのは、我がことながら気色悪い。でも、飛んできたものに何か変な効果があっても嫌だからね。がんばったよ。

 

 いや、今のは明らかに物理法則が無視されてたもの。つまり、この奇妙な怪人? もたぶんスタンドなんだ。となると、それによると思われるものに迂闊に触れるのはまずいでしょ。暴走してるっぽいし。

 

 スタンドとしては、物質と同化する【ストレングス】か、スタンドのスーツを身にまとう【ホワイトアルバム】みたいなものかな? 前者だとしたら、普通の人にも明確に認識できる。この外見で人目に触れたら、バケモノ扱いまっしぐらだろうなぁ……。

 

 じゃあ問題の能力は、ってことだけど……。

 

「サイコキネシス? ……や、違うな、どっちかっていうとこれは……【タスク】に近い?」

 

 爪を弾丸として放つあれとは違うけど、雰囲気……ものを放つって一点に関してはかなり近いような。

 音はない。けどまっすぐ飛んでくる様はまさに弾丸みたいで、言うなればあれの能力はものを撃ち出す程度の能力と見た。

 

 確認のためにそこら辺のものを投げ返したりして様子を見たけど、飛ばしたものに何か特殊効果があるわけでもなさそうだ。

 本体もただ叫びながら殴りかかってくるかものを飛ばしてくるだけな上に、それも単調。本当に子供を相手にしてるみたいだ。

 

「……そろそろ終わりにしないと人が集まってくるかな」

 

 人が慌ただしく集まってくる気配もある。となると、これ以上の長居はまずい。そう思ったわたしは、一気に前に出ることにした。

 

 特殊効果のない飛来物なら、怖くない。色んなものを正面から食らいながら無視して突き進む。

 たぶんマスケット銃くらいの威力はあると思うんだけど、残念ながらそれくらいでダメージを負うような身体じゃあないから……。

 

 近づいてどうするかといえば、同化だ。わたしは普段滅多にやらないから忘れがちだけど、一応柱の女。普通の生き物を体表から吸収できるし、吸収せずその体内に潜り込んだりができる。

 もしもあれが本体と同化したことで見た目が変わっただけなら、たぶん接触からの同化は行けると思うんだよね。スーツタイプだったら……一度抱えてこの場を離れよう。

 

 ということで、相手の眼前。だけどそれを認識するよりもわたしが手を出すほうが早い。やっぱりというかなんというか、身体能力は全面的に幼女のままみたいだ。

 とくれば、振り払うこともできないだろう。わたしが発射されるのは防げないけど、今からやるのが成功すればそれも無効化できる。

 

「よいしょ」

「ギアッ!?」

 

 鞭……というか触手じみた状態にした両手両腕で、相手の身体を拘束する。それと同時に、相手を取り込む要領で一体化……あっ、できた!

 よし。大丈夫、食べはしないよ。このまま身体の中に入り込んで、ちょっとだけ体内を傷つけるだけだから!

 うん、外からの攻撃には強い相手は中からやっつけるのは鉄板だよね。

 

「アアアアアアアッッ!!」

「ちょ、そんなに嫌がられるとさすがにわたしも傷つくんですけど」

 

 ところがものすごい悲鳴を上げながら、のたうちまわろうとするものだから思わずこっちが泣きそうになる。

 そんなにこれ嫌なのかな……。いや確かに嬉しくはないだろうけどさ……。

 

 このままだとわたしの心に致命的なダメージを受けそうなので、さっさと終わらせよう。

 

 えーっと、まだちっちゃいんだし、なるべくあとに響かないだろう場所を選んで、ちょっとだけちくりと……。

 

「アアアアアアアッッ!!」

 

 そしたらそれがまたよっぽど痛かったのか、びくんびくんしながら絶叫してそのままがくりと動かなくなってしまった。

 と同時に、変身が解けて元の幼女に戻る。

 

「ええ……そんなに……? 体内が傷つくくらい、よくある……ことじゃあないな。うん」

 

 しまった、一万年以上人間してなかったせいか感覚がマヒしてる。

 

 そりゃそうだ。麻酔なしで体内をいきなり傷つけられたら、普通死ぬほど痛い。しかもこの子はまだ幼いわけだし、気絶の一つや二つくらいしちゃってもおかしくない。

 うん……わたし見た目はこの子よりちょっと大きいくらいだけど、中身は大人だしなんなら死にそうな大ダメージも稀によくあるから、痛み自体にはもうすっかり慣れ切ってるんだよね……。

 

「……ごめん。いやホントごめん」

 

 ずぷりと女の子から抜け出ながら、とりあえず謝る。気絶してる子に言っても仕方ないけど。

 

 と……とりあえず、このまま放置したら大変なことになる。わたしはこの幼女に【スターシップ】を撃ち込んで、そそくとその場を後にした。

 

「……あれ、待てよ。この子の立場がどうあれ、この時代の法律だとわたしは文字通りの誘拐犯なのでは?」

 

 そのことに気づいたのは、ねぐらにしてるスラム近くの家に着いたときだった。

 

 ……共和政ローマって、虐待されてた子を助けましたって言って通じる時代かなぁ?

 




申し訳ないけどさすがに共和政時代のローマの法律を調べる手段は持ち合わせていないので、うやむや(物理)にして進める所存。


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17.旅は道連れ

うやむや(物理)


「ごめんなさいわたしがやりましたごめんなさい……ぶたないでくださいごめんなさい……」

 

 ……幼女誘拐犯の供述じゃあないよ?

 

 これは目を覚ました幼女が、わたしを見て最初に言ったセリフだ。これに土下座がついてくる。まったく嬉しくないセットがあったものだ。一体普段からどんな生活を送ってたのか、想像するだけでも嫌な気分になる。

 

 というわけで、わたしはすぐに彼女を助けるべく動くことにした。うつろな目で何度も謝罪を繰り返す幼女には、なだめすかすようにしてあやしてスタンド空間の中で休んでてもらう。

 そのついでに【センド・マイハート】を撃ち込んで、治療する。まあ、あの奇妙な姿はやはりスタンドなのか、矢を視認できた幼女にものすごく怯えられるっていう顛末もありましたけどね……。

 

 いや違うんですよポリスさん、誤解です。確かにわたしは思わず幼女を連れてきてしまいました。字面だけ見ると最悪ですね。でもこれには深いわけがあるんです、本当なんです。

 

 ……誰に向けてるのかわからない言い訳はともかく。

 

 この幼女について、あとから調べたことを先に説明しておくと、彼女はあのおじさんの家で使われていた奴隷だった。どうやら見世物小屋で見世物にされていたところをあの屋敷のおじさんが買い取ったらしい。

 

 詳しい来歴は不明。どことなくゲルマン系の雰囲気がある気がするけど、見た目でそういうのを判断できるような知識とか機能はわたしにはないしわからない。

 ただ、背中に生やした不気味な羽と謎の力を振るう娘を嫌った両親に売られて奴隷になった、という話は聞けた。そして、あちこちの奴隷商をたらい回しにされた結果、見世物小屋にたどり着いて今に至る、んだとか。

 

 ここまでだと買い取ったおじさんが善人に見えるけど、買った理由が自分の一族に幼女が持つスタンドを取り込んでローマを牛耳るくらいになりたいから、な辺りもうなんていうか。

 

 で、毎晩のように幼女を犯そうとするも、そのたびにあの同化するスタンドに撃退されてたんだってさ。一般人が毎晩スタンド使いに挑むそのガッツは賞賛するけど、向ける先をもうちょっと考えて欲しかった。

 

 そしてそのおじさん。実はわたしが幼女を連れ出したその日に家が火事になって、それに巻き込まれてお亡くなりになってます。

 

 いや急展開がすぎるようにも思うけど、わたしだってびっくりしたよ! ねぐらに戻ってこれからのことを考えてたらいきなり空が赤くなって、街が大騒ぎになったんだもん!

 聞けば火事で、それが直前までいたところで起こってるってんだから、思わずわたしじゃありませんって言っちゃったくらい驚いたよ!

 

 ただ、原因がまったくわたしにないわけでもなくって。というのも、暴走した幼女と戦ったとき、彼女わたしに向けて燭台を発射してたじゃない? どうもあれがそのまま燃え広がったみたいで……。

 そして運の悪いことにあのとき幼女にぶっとばされたおじさん、ぶっとばされたまま気絶してたみたいで、逃げ遅れて……。

 家族も、幼女を襲って返り討ちに遭う毎日に感覚がマヒしてて、特に起こしたりとかしなかったっていうからなんていうか、因果応報ってこういうことを言うのかなって。しかも彼以外の家族は奴隷も含めてみんな無事って言うんだから、日頃の行いって大事だよね……。

 

 火事自体はわたしのせいでもあるから消火活動は手伝ったし、救助だって手伝ったけど、おじさん火元周辺にいたから間に合わなくってね……。

 

 とまあそういうわけで、なんだかんだあったけどあの幼女はわたしが引き取ることになった。

 

 法律的な面は、先にも言った通り幸い奴隷だったので、お金が解決してくれた。

 うん、家主が死んだ上に家もなくなったわけで、お金がいるだろうと思ってちょっと、ね。元二十一世紀人としてはお金で人の身をやりとりするのは思うところがあるけど、この時代のローマでこれは普通のことだ。

 

 え? いやいや、わたしちゃんと経済活動してますから。お金は各国のをそれなりに持ってるんですよ。カーズ様たちはお前のものは俺のものみたいな感じでかっさらっていきますけど、わたしはちゃんとお金が必要なものは払いますからね!

 

 それはともかく、そこそこの金額(一般人の年収の半分くらい)を払ったから、あちらとしても渡りに船だったんじゃないかな。あのおじさんの趣味で買った気色の悪い小娘、みたいな認識の人ばっかりだったから。

 

 というわけで幼女なんだけど。いや、まさか背中の羽が一般人に認識されるとは思わなかった。

 

 そりゃあ普通の人には受け入れがたいだろう。いや、羽だけなら人によってはキューピッドの化身みたいに崇めるかもしれないけど、暴走したスタンドが本人の意思に関係なく色々巻き起こすとあっちゃあねぇ……。

 あちこちところかまわずものを吹っ飛ばしまくったら、そりゃあ不気味がられても仕方がないんじゃなかろうか。

 これで暴走が加速するとあの姿に変身する話は既にこの辺一帯に広がってるものだから、まあ迫害されるよね。見世物小屋とかで離れたところから見るにはいいけど近づきたくはない、くらいが一般人の歩み寄れる限界じゃあないかな。だから売られたんだろうね。

 

 当初はどこかの孤児院とかに入れてあげればいいかって、思ってたんですけどね。

 だって生活習慣どころか生態が違うし、今はローマにいるけどそれもずっとじゃなくて、カーズ様の命令次第であちこち飛び回る。物騒なことだってする。そんなすさんだ生活よりは、心ある人に引き取ってもらったほうがよっぽど幸せになれるでしょ。

 

 ところが羽を全員が認識できる(ついでにスタンドで事件が起こりまくる)ということで、そうもいかなかった。

 何せあの羽、ただ見えるだけじゃあない。それならマントとかで隠せるけど、スタンドが暴走して中途半端に本体と同化してるからなのか、服とか関係なく生えてるんだ。そのうえで人の目に見えるわけだからもうね。

 連れ立って歩くことすら奇異の目で見られる始末で、引き取ってどうこう以前に、話をするところまで持ち込めないことのほうが多かったレベルですよ。

 

 結果、文字通りわたしが引き取ることになりましたとさ。まさかの一万年ぶりの未婚の母リターンズだよ。

 

 まあ、これも何かの縁だろう。仏教的に言うなら、縁起か。見捨てる選択肢は最初からなかったし、こうなったからには責任を取るべきだろうと腹をくくりましたよ。

 確かに仕事に支障が出るだろうし、それでカーズ様に怒られることもあるかもしれない。でもそんなこと、子供には関係ない。少しでも首を突っ込んだ以上は、面倒見るのがわたしの義務だと思うんだ。

 

 ……というわけで、この幼女にはショシャナって名付けました。元々の名前はあったみたいなんだけど、嫌な思い出でもあるのか名乗ろうとしなくってね。

 

 まあ当たり前だけど、最初は全然心を開いてくれなかった。でもわたしにも羽があるよって言いながら生やしたら、それ以降は一気に懐いてくれた。

 懐くを通り過ぎてしまったような気もするけど、無気力のままずっと心を閉ざしてるよりはマシだろう。断じてわたしが甘やかしているわけではないと思いたい。

 

 そして彼女の生い立ちとかに関する調査も済んで少し。大体引き取ってから三か月くらい経った頃。

 

「おねーちゃん! できたよ!」

「うん、よくできました。ショシャナはいい子だねぇ」

 

 スタンドという概念を理解したからか、彼女は遂に、幼くして自らのスタンドを制御できるようになった。

 これによって彼女は、常に背中から生やしていた羽を消すことに成功。自分の意思で出し入れが可能になり、自由に変身できるようになった。

 

 そう、やっぱり彼女のスタンドは本体が同化して変身するというものだった。一通り試してもらったけど、わたしと戦ったときに見せた圧倒的な防御力も健在だった。

 さらに、触れたものを発射する能力まである。どちらもシンプルだけど、それゆえに使いこなせれば敵対するものにとってはものすごく厄介なものになるだろう。

 

 ……制御しきってもなお、変身後の姿が特撮の怪人みたいなままなのは、彼女の深層心理がそうさせるんだろうか。

 泣いたような悲しげな顔と、ボロボロかつ暗い色彩の身体が心の闇を窺わせる。あの強固な防御力も、もしかしたらそれ由来かも。だとしたら悲しい子だ。

 

 けれどそれ以上に、もう彼女が人目にもつくほどの羽を常時展開させることはもうないだろうことが、今は重要だ。

 

「これで一緒に歩けるね」

「うん!」

 

 頭をなでたわたしに笑う彼女の姿からは、虐待されていたなんて誰も思わないだろう。虐待の痕跡も全部治したし、傍目には普通の子供と変わらないように見えるはずだ。

 いやはや、この短期間で随分変わったとは思うけど、子供は笑顔が一番だよね。

 

「よーし、それじゃあショシャナのスタンドに名前をつけてあげよう。……でも本当にわたしがつけていいの?」

「うん! おねえちゃんおねがい!」

 

 そう言って、べたりと抱きついてくるショシャナ。

 

 だいぶ依存されてる自覚はある。このままだと、わたしがいないと生きていけない大人になりそうで怖い。早いところ人付き合いを学ばせないとなぁ。

 と思いながらも、彼女に合わせざるを得ない形とはいえ実に万年ぶりの人間らしい生活をしてることに、内心喜んでるわたしがいるのも事実だったりする。人付き合いをこんなに楽しいと思う日が来るとは思わなかったよ。

 

 まあ、これが執着になってしまわないか、将来の苦になりやしないかって、思うこともあるんだけど。そのときは念仏と写経をして心を落ち着けて、お釈迦様の教えをしっかり反芻しようと思ってる。

 ……わたしのことだから、どうせうだうだとそれなりの期間悩むような気はするけど。でもそれは今じゃないし、とりあえずそのときの自分の任せようと思う。

 

 まあ、今はともかく彼女のスタンドに名前をあげよう。

 名付けてくれとは言われてたから、実は結構前にもう決めてある。

 

「ショシャナ、覚えておくんだよ。あなたのスタンドの名前は――【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】!」

 

 願わくば、小さくともあなたが幸せに出会える人生を送れますように。

 




スタンド:ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ 本体:ショシャナ
破壊力:なし(本体に依存) スピード:なし(本体に依存) 射程距離:D 持続力:A 精密動作性:C 成長性:A
スタンドそのものは像を持たず、本体と同化することでその姿を変じさせる同化型のスタンド。
物理攻撃のほとんどを相殺する強烈な防御力と、接触したものを発射する能力を持つ。

というわけで皆さん大体予想されてたと思いますが、家族枠です。短期間ですが。
スタンド名に反してキャラ名は特に由来とかないです。いやあるけど、よくある人名です。

それはそうと、いよいよもってストックがなくなったので、そろそろ本当に不定期更新になりそうです。あしからず。


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18.ローマ、その力の源

 突然だけど、わたしは元日本人だ。そして日本人に必要なものといえば、お米とお風呂だと思う。異論は認める。

 

 そして今わたしがいるのはローマ。ローマと言えば?

 うん、ズバリお風呂でしょうよ。

 

 一時期ローマの浴場技師を主人公にしたタイムスリップものが人気を博したけど、あれはわりと冗談じゃあない。ローマ人は本気でお風呂を愛してる。それはこの紀元前三世紀に、既に公衆浴場があちこちにあることからはっきりわかる。

 

 まあ、さすがにあの漫画の時代みたいに豪華だったり色んな施設が付随してるところはまだないみたいだけど。

 それでも広い浴槽に足を伸ばして浸かれる。これはわたしにとってとても嬉しいことに他ならない!

 

 生まれ変わってこの方およそ一万四千年。そこら辺で自然発生してる温泉以外でお風呂に入る機会なんてずっとなかったから、ローマに滞在する機会が来て一番嬉しいのはこれかもしれないとわりと真剣に思うよ。もちろん単独行動になった初日に行きましたとも!

 

 ただ、ショシャナを拾ってからは控えてた。この子を一人にするわけにはいかないし、かといって一人で行くのもなんだか申し訳なかったしね。

 

 だけど彼女が羽の出し入れを制御できるようになったことで、銭湯通いが再開できた。これがまあ染みるのなんのってね。お風呂はいいぞ。いや本当に!

 

 というわけで最近よく使ってるのは、うらぶれた公衆浴場。質は悪くないけど、真新しさを打ち出せないまま続けてきたことで客足が遠のいたところだね。

 ショシャナがまだ人の多いところを怖がるし、わたしもスネに傷のある身だから、こういう隠れ家的なところはありがたい。

 

「あったかぁーい……」

 

 浴槽に肩まで浸かったショシャナが、緩みきった顔でわたしの身体にしがみつく。彼女の身長だとぎりぎり足がつかないせいだけど、それだけでもなさそうだ。

 

「ねー。お風呂は命の洗濯だよー」

 

 彼女の頭をなでながら返すわたしも似たような背丈だから、傍目からはどこかの子供が戯れてるようにしか見えないだろう。まあ、その傍目から見る人がいないんだけどね。

 

 そんな感じでお風呂を堪能しつつ、二人で身体を洗い合う。これまた傍目からは微笑ましい光景にしか見えないだろう。

 と言ってもこの時代にはまだ石鹸は貴重だから、汚れを洗い流したらあとはストリジルで垢をかきとるくらいがせいぜいなんだけど。

 

 ……そういえば原作でワムウがシーザーのシャボンランチャーを見て、似たような技を使う相手と戦ったことがあるみたいなこと言ってたけど、この時代に石鹸をそんな贅沢な使い方できる人ってかなり限られる。一般人から見たら、非難の対象になってもおかしくない気がする。

 一体どんな状況ならそんな人と戦うことになるんだろうねぇ。既に波紋に関するあれこれの地盤はあるから、確かにあり得るのが怖いところではあるけど。

 

「はー、さっぱりしたねぇ」

「したー!」

「これでコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳でもあればなおいいんだけどねぇ」

「こーひー? ふるーつ?」

「あーうん。コーヒーは最低でも千年は経たないと出てこない飲み物だよー。フルーツのほうは……がんばればこの時代でも再現できるのかな?」

 

 なんて話をしながら、ショシャナの手を引いて家路に着く。

 

 ああ……なんていうか、わたし今人間してるなぁ。もちろん実態は依然変わりなくバケモノなんだけど、それでもこうしてると、わたしの性根は人間なんだなって思える。なんだかとても懐かしい……。

 

「いつも以上に気の抜けた顔をしているな」

「かかかカーズ様!? おおおお早いお着きでしゅね!?」

 

 そこにはカーズ様がいた。まだ日は沈んでないのにいつの間に!

 

「船が予定通りに動いただけだ。それよりアルフィー、その人間はなんだ? 飼っているのか?」

「いえその、飼っているわけではなくですね。ちょっと色々あって、育ててるところでして……」

「ほぉーん?」

 

 言葉とは裏腹に、カーズ様の視線は剣呑だ。元々人見知りが激しいショシャナは、これで完全にわたしの後ろに隠れてしまった。

 

「相変わらずお前はわけのわからんことをするな。人間のような短命で気まぐれな生き物を育てたところで意味などほとんどないだろう」

「……カーズ様って、なんていうか自分の効率最優先みたいなところありますよね……。意味がないならしちゃあいけないなんてこと、ないと思いますけど……」

「……ふん、最近は本当に言うようになったではないか。どんなことからも逃げることしかできなかった小娘風情が一丁前に(さえず)りおる」

「う……そ、それを言われると反論できませんけど……わたしだってもう一万年以上生きてるんですから、これくらいはですね」

 

 お釈迦様の後押しがなかったら、今でも逃げ続けてるであろうのがありありと想像できるけどね……。

 

「まあ良い。我々は不老不死……趣味の一つや二つくらいはないと張り合いもなかろう。好きにしろ。私の邪魔にならない範囲でな」

「……はい、わかってます……」

 

 しっかり釘を刺されてしまった。うーん、カーズ様に心を読む能力はなかったと思うけど、頭のいい人だからなぁ。わたしが考えてることがバレてなきゃいいけど。

 わたし、ヘタレな上に抜けてるからなぁ……。気をつけてるつもりだけど、自分が考えてる以上にやらかしてる可能性は否定できない。

 最悪のことはちゃんと考えておかないといけないな……。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 さてなんでここにカーズ様がいるのかと言えば、定期報告会だ。一定期間進展がないときは、ローマに一旦集まって状況を確認し合うって事前に決めてたのだ。

 これが二十一世紀なら、もっと迅速かつ世界中から連絡が取り合えるんだけどね。紀元前だからね。

 

 というわけで、カーズ様の次にエシディシが。少し遅れて最後にワムウがやってきた。

 屈強かつ強面なおじさん三人の揃い踏みにショシャナが怯えに怯え、わたしも彼女を柱の会議に連れ込むつもりはなかったから、まだ洗濯してないわたしの服を与えてスタンド空間でお留守番してもらう。

 

 ……わたしの匂いで安心するらしいんだけど、早くも危ない方向に進んでる気がしないでもない。いやいや、単純に子供が保護者の匂いで安心してるだけだよね。そうだと思いたい。

 

 そして始まった報告会。やっぱり、わたし含めて全員がスーパーエイジャを見つけられていないみたい。その明確な行方もだ。

 これは仕方ない。何せ紀元前なのだ。世界がいまだに広く、人々の交流も限定的だった時代だ。そんなところを一人で調べるのはなかなかに難しいよね。人手が足りなさすぎる。

 

「……人手が足りないので、サンタナを連れてくるのはどうですか?」

「戦いとなると番犬程度にしかならんが、数合わせにはなるか」

 

 カーズ様のサンタナ評が相変わらず手厳しい。もうちょっとなんかあるでしょ。

 

「しかしわざわざ大陸を渡ってまで呼ぶ価値があるかと言うと、微妙なところだろう。費用対効果に見合わん。その間、この辺りの調査が滞るわけだからな」

「……わたしは久々にサンタナにも会いたいですけどね。あの子も寂しがってるでしょうし」

「またお前はサンタナを甘やかす。お前がそんな風だから、サンタナが惰弱に育ったのではないか?」

「いやいやいや、それだけはカーズ様に言われたくないですよ。完全にわたしに丸投げだったじゃないですか」

 

 まあ確かに、あっという間に強くなったワムウより、彼に置いてけぼりだったサンタナのほうを構ってたとは思うよ。いつも凹んでたら気にもなるじゃない。

 そして彼を凹ませてた最大の理由はカーズ様たちからのプレッシャーなんだから、この件に関してはマジでとやかく言われる筋合いないと思う。

 

 ……あの頃はカーズ様に全面服従してたから、わたしもその一端を担ってはいるんだけどね。だからわたしも許されるべきではないとは思ってるんだけど、それもあってサンタナには休眠期入る前に会っておきたいんだよなぁ。趣味というか、研究とか工作とかで気が合うし、頼んでた吸血鬼の研究とかどうなったのかも気になるところ……。

 

「そうだぜカーズ。それにワムウと一緒だったろ。あいつのショボさはあいつ生来のもんだろうよ」

「それもそうか」

 

 そうかじゃないんだよなぁ……。まあ、ここでこれ以上言っても仕方ないだろうけどさ……。

 

「ところでアルフィー、波紋使いについてはどうだ?」

「ああはい、それなんですけど……ちょっと厄介なことになってましてですね。まずはこちらをご覧ください」

 

 このローマ市内の大まかな地図を、三人に渡す。

 プレゼンの準備は万端だ。ショシャナを引き取ってから早一年近く。わたしはちゃんとお仕事はする女だからね!

 

「地図か。これがどうした?」

「なんか、ちょこちょこ書き込みがあるみてぇだが……」

「それはですね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()。確認できた範囲ですけど」

「は?」

「なんだと?」

 

 わたしの言葉に、三人が目の色を変えた。ワムウは言葉こそ出さなかったものの、明らかに好奇心の色を見せてるな。

 でも彼らがそういう反応をするのも無理はない。何せ地図上の書き込みが正しいなら、ローマには万に匹敵する波紋使いが住んでることになるのだから。

 

「どういうことだ。ここが総本山ということか?」

「ある意味近いと思います。まだ調べ切ったわけじゃないんで、具体的なことはわからないんですけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ッ!?」

 

 そうなのだ。ローマがヤバいのは元々わかってはいたけど、その実態はさらに輪をかけてヤバかったのだ。

 

 ローマにおいて、兵役は義務だ。正確に言うと権利に近いんだけどそれを説明するとややこしくなるから、置いとくとして。

 とにかくそんなわけで、ローマでは市民権を持つ成人男性はみな軍に従事することを求められている。そこで一般的な軍事教練に加えて、波紋を叩き込まれる。これがいかにヤバいかは、ジョジョ好きの皆さんにはご理解いただけるよね。

 

 もちろん、というかなんというか。明確に波紋法に開眼するのは、その中の一握りではあるらしい。そりゃあそうだ、原作でも習得はかなりの時間と鍛錬、才能が必要ということが示されてたもんね。

 それでもこれだけ分母が大きいなら、まったく波紋を練れないような人の数も一握りだ。僅かでも波紋を扱える兵士が軍の大半を占める。だから今、ローマ市民権を持つ成人男性は全員が波紋使いと言っても言い過ぎではない状況なのだ。ヤバいなんてレベルじゃあない。

 

 そしてなおヤバいことに、はっきりと波紋に開眼した上位の使い手は軒並みどこかで出世していましてね! 調べた限り、軍の上層部に少なくとも二桁人数、元老院議員にも三人ほど波紋使いがいるんですよ! さすがに太公望やお釈迦様ほどの使い手はいないみたいだけど、それでも相当ですよこれは!

 

 おまけに史実通りなら、この百年後くらいに軍制改革を成し遂げてローマはさらに強くなる。ぶっちゃけて言うと手がつけられなくなる。

 なるほど、ローマがヨーロッパはおろか地中海全域をも統べる大帝国になるはずだよ。将校クラスどころか兵士にすら波紋使いがいて、そいつらが統制された職業軍人ときたらそりゃあ銃のない時代では最強の陸軍国家でしょうよ!

 多少の怪我はものともしないだろうから最悪ゾンビアタックまでできるだろうし、なんなら海の上を走って渡れるだろうから海軍でも他を圧倒できそう!

 

 いやーこれは、なんというか、原作のカーズ様たちは波紋の一族を滅ぼしたって言ってたけど、そりゃあ滅ぼせませんよ。裾野が広すぎて、三人でなんとかできる範囲を超えてるよ。きっと地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)とかもそこから生き残った誰かが作ったんだろうね。

 

「そうそう、赤字で名前書いた人は、遠目で見て特に強そうだなって感じた波紋使いです。さらにですが、青字で名前書いた人はわたしと同じように能力に目覚めた人ですね……」

「むう……厄介な……」

 

 これには流石のカーズ様も腕を組んでうなる。その少し後ろで、ワムウがそわそわしてるのが対照的だ。

 

「……その人数は面倒だなオイ。負ける気はまったくしねぇが、人海戦術されるとどんだけ時間食うかわかんねぇぞ」

「そうだな……万単位となると、さすがに想定しきれん。くそっ、ここまで来てこれとは、やはり人間はろくなことをしない!」

 

 あのときシラクサを手伝ってやるべきだったか、なんて付け加えるくらいだから、カーズ様これだいぶ頭にキてるんだろうな。

 この間の「嫌な予感がする」はまさにフラグだったわけだ。見事なフラグ回収とも言えるけど、彼がそれで喜ぶわけがない。

 

「わたしも今はローマとことを構えるのはまずいと思います。やはりここは、赤石探しを優先したほうがいいんじゃあないでしょうか」

「チッ、まったく腹立たしい。だがそれが最も効率的だろうな。最も優先されるべきは赤石だ。連中の命はそれを手に入れるまでは預けておいてやろうではないか」

 

 そして話は、カーズ様がそう締めくくって終わった。

 

 ……赤石とわたしたちについては、まだしばらく波紋使いたちには教えないほうがよさそう、かなぁ。

 確かにこの時点で彼らが敵に回れば、カーズ様の目的はさらに遠のくだろう。それは、人間として生きると決めたわたしにとっては悪いことじゃあない。

 

 でも逆に早期からカーズ様たちと敵対すれば、当然波紋使い、一般人の別なく死ぬ人の数は増えると思うんだよね。何せカーズ様のことだから、無関係の人も相当数巻き込むだろうからさ。わたしにとってそれは選びがたい道だ。

 

 だから今は、まだ原作通りに進んだほうがマシ……なんじゃないかなぁ、と、思うんだけど……。

 さて、これが吉と出るか凶と出るか……。

 




感想でローマカラテに言及されてる方がいましたが、おおむね正解でした。
でも実際、史実のローマの膨張っぷりってかなり頭おかしいと思うんですよね・・・これくらいあっても不思議じゃないレベル・・・。


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19.あっちこっち

 そしてあっという間に時間は流れ、大体三十年くらい経った。だけどスーパーエイジャはいまだ見つからない。昔みたいに吸血鬼も動員してるんだけど、成果はかんばしくない。

 正確には、一瞬見つかるんだけどそのたびに逃げられてる、かな。吸血鬼に至っては、ローマの勢力圏内だとかなりの早さで駆逐されちゃうからあんまり……って感じ。しかもその勢力圏が年々広がってるものだから笑うしかない。さすがローマ。すべての道を繋げただけのことはある。

 

 それはともかく。

 最初にスーパーエイジャの情報が出たのは、ワムウが調べていたヒスパニア。そこで彼は、ローマ人が赤く美しい宝石を売ったという情報を手に入れた。

 ところがこれを知ったときにはもう遅く、その宝石を買った人はおりしもローマとポエニ戦争を戦っていたカルタゴ軍の略奪で奪われてしまってて。

 この時代の第二次ポエニ戦争では、両国はヒスパニア、つまりイベリア半島でも覇権を争っていた。そこで作戦行動中のカルタゴ軍に襲われたわけだね。

 

 で、ならばとカルタゴに乗り込んだわけだけど、カルタゴもこの時期斜陽になりつつあるとはいえ、ローマと競り合った国だ。その勢力圏はローマに匹敵する広さを誇り、しかも地中海を挟んで分かれてる。

 仕方なしに二手に分かれて調べることになったんだけど……その矢先にスーパーエイジャらしき情報がエジプトから挙がる。これでさらに手を分けなきゃいけなくなって、わたしはショシャナを連れてエジプトに飛ぶ羽目になった。

 

 久しぶりのアレクサンドリア大図書館でちょっとサボったりもしたけど、それなりにまともに活動してましたとも。

 

 ところがそうこうしてるうちに、マケドニアのほうでスーパーエイジャらしき宝石を自慢げに吹聴している貴族の話が聞こえてくるようになって。

 それに前後する形で、カルタゴが敗北してローマへ払われた損害賠償金の一部に赤石があったという情報も出てきた。

 

 情報が錯綜しまくってて何が何だか、な中でマケドニアに飛ばされたわたしは、そこで運悪くローマとマケドニアの戦争に、更にはそこにシリアとエジプトも絡む一連のゴタゴタに巻き込まれて数年も足止めを食らった。第二次ポエニ戦争も終わって間もないってのに、ローマもよくやるなって思う。

 

 いや、わたしだけなら難なく脱出できたんだろうけど、このときのわたし、ショシャナ以外にもたくさんの人を抱えて大所帯になっててさ……。

 

 うん……あちこちで手当たり次第にいろんな人を助けてたら、そりゃあ中にはわたしが引き取らざるを得ない人も出てきますよ。

 それでもまさか、一つの組織になるくらいの人数が集まるとは思わなかったよ。最盛期には百人くらい連れ歩いてた気がする。

 

 もちろんカーズ様には職務怠慢でこってり絞られて、それを見たショシャナがしばらくキレっぱなしだったのが今世で最高に心臓に悪い時期だった。なだめるの大変だったんだからねマジで。

 

 で。このときやっぱりたくさんの人を連れて行動するわけにはいかないってことで、この団体を商団として独立させることになった。 目指したのは、地中海を囲む地域を網羅する大商会だ。

 そして主に扱うのは宝石などの高級品や、嗜好品に設定した。これはわたしがこれからも引き取ることになるだろう人々の受け皿にすると同時に、その情報網でスーパーエイジャをいち早く見つけいち早く届けてもらおうってわけだね。

 

 名前は「ルブルム商会」。斜めに交差する二本の矢をトレードマークにして、その後ろに赤い弓が背負われてる紋章を使ってる。

 名前のルブルムは、ラテン語で赤という意味。日本語に意訳したら赤井商会みたいな感じになるかなぁ。ひねりも何もないと思われるかもしれないけど、最初はわたし以外の満場一致でわたしの名前を使おうとしてたから、慌てて却下した経緯があったりする。

 ルブルムは、わたしのスタンド【コンフィデンス】が赤いから、そこから取ったらしい。それもどうなんだろうね。まあアルフィー商会にされるよりは格段にマシだったから、オーケーしちゃったけど。

 

 そんな命名をやらかしてくれた代表はショシャナだ。彼女案外経営がうまいみたいで、妙齢の女性に成長した今はまさにやり手の女社長って感じになっている。

 

 と、ここまでが大体この約三十年間のダイジェストになるわけだけど……。

 

「アルフィー様、ようやくローマに店舗を出せることになりました。これでひとまず、地中海の主要都市には足がかりができたことになりますね」

「おおー、遂にだね。この短期間で随分と成長したものだねぇ」

「そこはアルフィー様のお力あってのことですよ」

「いやぁ、わたしなんて初期投資費用を出したくらいでしょ。そりゃ、たまに【スターシップ】で重いもの運んだりもしたけど、それだってたまにだし」

「その初期投資費用がまさに一番大きいのですよ。あれがなければこうは行きませんでした」

「そういうものかな? まあ確かに、コンビニとか街とか文明とかのシミュレーションゲームでも、初期費用が多いとヌルゲーになるか」

 

 アレクサンドリアに構えた本店の店舗で、そんなことを話すわたしたち。

 ただ、ショシャナが仕立てのいい椅子に座っているのに対して、わたしが彼女の膝の上に座っている点が複雑な心境にさせる。

 

 ショシャナはわたしを膝の上に乗せて、後ろから抱きしめながらもわたしの髪を手ですいているのだ。

 当初わたしのほうが大きかったのに、今や完全に逆転してる。どころか、頭二つ分くらいは身長差がある。外からの印象も、もうお母さんと娘くらいだろうなぁ。

 十年前ならぎりぎり姉妹でいけたかもけど、さすがにこの時代の三十代後半は、二十一世紀のそれより老けて見える。ローマじゃ女って理由で波紋を教えてもらえなかったし、これも仕方ないんだろうけどね。

 

 まあでも、うん。お姉ちゃんはショシャナが大きく立派に育ってくれて、嬉しいよ……()()()()()()()()()()()()……。どこがとは言わないけどさ……。

 

 でも、ねぇ。

 ちらりと目を向ければセリフに反して顔はとろけていて、かなり危ない。これが今新進気鋭の商会を率いる女頭首とは誰も思うまい。

 

「……あのさショシャナ、確かに今日はもう人に会わないだろうけどさぁ」

「嫌です。今日はもう仕事終わったんですからアルフィー様を堪能するんです」

 

 そう早口に言いながら、わたしのうなじに顔を埋めてすーはーすーはーくんかくんかする様は完全に向こう岸の人だ。どうして……なんでこんなことに……。

 

「だってアルフィー様を愛しているんですもの。アルフィー様さえいれば私何もいりませんわ」

「……人目のないところでだけにしてよね」

 

 そう、彼女ときたら当初の懸念通りそっちの人になっていた。依存がそのまま恋慕に変換されたみたいで、思春期以降わたしに愛をささやいてくるんだよね……。

 根っからそっちの人だったのか、育ちが理由でそっちに気質が寄ったのかはわからないけど、どちらにしてもこの時代ではあんまり一般的じゃあないから時と場所は選んでほしい。

 

 時と場所を選べばいいのかと言えばもちろんよくはないんだけど、それでもわたしも好きと言われて悪い気分じゃあない。わたしを選んでしまった見る目のなさはともかく、その短い一生をわたしと使いたいと願ってくれるなら、わたしはそれに寄り添うよ。

 

 ただ残念ながら、わたしが彼女に感情を高ぶらせることは今のところない。それが種族が違うからなのか、根っからのノンケだからなのか、はたまた石仮面の影響なのかはわからない。

 おかげでこうもわたしに身も心も捧げようとする彼女の気持ちに応えられないのは、申し訳なくも思うよ。家族的な愛はあるんだけどねぇ。

 

 というか、愛を注ぐ相手にするならわたしなんかよりいい人なんて世界中にいくらでもいるだろうに。せっかくエジプトの王族に見初められたのに断っちゃうし、なんだかなぁ。

 

 まあ、それで諦めるどころかさらに熱を上げて、アレクサンドリアの一等地に土地まで用意したあの王子様はすこぶるキてるなとも思うけど。

 ただ、それをそっくりそのまま商店に使うショシャナの神経はだいぶ図太い。不敬罪で死刑が普通にあり得るこの時代に、よくもまあそんな大胆に行動できるものだ。わたしにはとてもできない。

 

 いやうん、つまり彼女の中ではこの世のものはわたしか、わたし関係か、それ以外かの三種類しかないんだろうね。わたしはとっても複雑だ。

 

「……まあでも、これでスーパーエイジャの情報も手に入りやすくなるかな」

「……アルフィー様にやれと言われれば、これからも私やりますけど。でも本当に赤石探し続けるんですか? まったく、アルフィー様に一万年以上こんな苦労を強いるなんて、あんな男早く死ねばいいのに」

「く、くれぐれも言葉は選んでね……」

「善処します」

 

 ショシャナはやたらカーズ様への風当たりが強い。わたしをお説教したことがよっぽど頭に来たんだろうけど、だとしてもあのラスボス相手によくそこまで言えるよなぁ……。

 本当、あの誰にでも怯えてた子がここまで図太くなるなんてね……あの頃が懐かしい……。

 

 ちなみになんだけど、彼女にわたしの本当の目的は言ってない。もちろん他の人間にもまったくだ。

 だけどそれとは別のところで、カーズ様と敵対する覚悟を勝手にいつの間にか固めてた彼女にわたしは苦笑するしかない。これが黄金の精神ってやつか……いや違うか。

 

「いやホント、マジでやめてね。フリでもなんでもなく。ショシャナが殺されるなんて嫌だからね」

「わかってます、しないですよ。アルフィー様に迷惑がかかることなんて私しませんから」

「じゃなくってさ。ショシャナが殺されるなんて普通に怖いからやめてって話なんだけど」

 

 どうせ寿命に大差があるんだから、せめて逝くときは寿命であってほしいんだよ。

 素直にそう思えるくらいには、わたしだってこの子には情があるんだ。毎日ストレートに愛をぶつけられてたらまあ、そりゃあね。

 

「アルフィー様が私を心配してくださってる……!?」

「そこ泣くところじゃないでしょ!?」

 

 ダメだこいつ……早くなんとかしないと……。

 これでこの子大丈夫かなぁ……。情報網の構築もある程度できたことだし、わたしこのあとしばらくアメリカ大陸に帰省する予定なんだけどな……。

 




当たり前と言えば当たり前だし、仕方ないと言えば仕方ないんだけど、ショシャナが一瞬で三十代になったことを一番嘆いてるのは作者です。
ずっと幼女のままでいてほしかった・・・(血涙


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20.帰省

 わたしがしばらく帰省すると告げたら、案の定ショシャナはついていくと即答した。

 

 だけど現状、ルブルム商会は成長著しいとはいえまだ新興勢力の域を出ていない。経営陣は育ちきっておらず、そもそも人数もあまり足りてないのが現状だ。

 ついでに言うなら、パソコンやら携帯電話やらの文明の利器がないこの時代でモノを言うのはマンパワーだ。一人いなくなるだけで生じるロスは二十一世紀の比じゃあない。

 

 というわけで、わたしの返答は却下だったんだけど。そしたら彼女、号泣しながら留守を守ると宣言すると共に、近い将来絶対に商会を盤石にして会頭を辞めると力強く断言した。

 

 なんとなくそうなるような気はしてたけど、まったくわたしのどこがそんなにいいんだか……。

 

 それにしても、思えばショシャナを拾ってから今日まで彼女と離れたことがなかった。それを思うと、彼女の反応は親離れできない雛鳥みたいなものなのかも。

 だとしたら、わたしは育ての親としてちゃんと親離れできるようにしなきゃ。そう思って、心を鬼にして留守は任せることにした。

 

 そう、わたしは今回アメリカ大陸に戻る。その間カーズ様の下から離れることになるわけで、当たり前だけど彼がそれを許すはずがない。

 だからこそ、ルブルム商会だ。これが機能するようになった今、わたしが今までやっていた仕事のほとんどは彼らで代行できる。そう説明して、実演して見せたらちゃんと許可も降りた。ノルマをこなしてるうちは、カーズ様は寛大なのだ。

 

「人間も少しは役に立つようだな」

 

 ただ、そう言ってたのがとても不穏でしたけどね!

 

 さてそんなわけで、わたしはアメリカ大陸に戻ってきた。道中は身体のスペックにモノを言わせて全力でやってきたから、エジプトから陸路(ちょっと空路込み)でアメリカまで二ヶ月弱でたどり着くという頭悪い記録を叩き出した。

 なお、そのうち約一か月は北極圏の凍結待ちなので、実質五十日程度の到着だ。我ながらどうかしてる。

 まあ、そこから目的地までまだあるんですけどね。何せ行き先はメキシコ周辺なので。

 

 そう、メキシコ周辺。つまりはサンタナがいるところだね。当たり前だ。今回の帰省はサンタナに会うことが主な目的なんだもの。

 

 理由はもちろん、人手不足の解消のためにサンタナを迎えに行くこと。ただ、カーズ様は「え、こないだのあれ本気だったの?」って顔してたし、実際ほぼそのままのセリフを言った。エシディシも興味なさそうだったしなぁ……。

 ワムウはさすがに同年代だからか、わりと嬉しそうにしてたのがあまりにも対照的で……なんというかあの二人、つくづくサンタナへの当たりが厳しいのホントなんなんだろうね。

 

 仕方ないから、連れて帰らずとも久しぶりに会いたいからって言ったら、呆れられた。解せぬ。

 そうまでして会いたい相手かとカーズ様には言われたんだけど、いやわりと会いたいです。どうもわたしは、自分で思ってた以上にサンタナに愛着があるらしい。

 

 前世じゃあ好きなキャラの上位にいたわけでもないのに、なんでだろうね? 育児を担当したからなのかなぁ。それとも、カーズ様に虐げられてるところにある種の親近感でも持ってるのか……。

 

 ともあれそういうわけで、サンタナに会うためにアメリカまで来たけど……久々に足を踏み入れた北アメリカの大地は、記憶にある景色とさほど変化がなかった。

 とはいえこれは、当たり前とも言える。何せアメリカ大陸では、ユーラシア大陸のものと同じタイプの文明は発生しなかったんだからね。

 正確に言えばインカとかアステカとか、中南米には王権を擁する文明が生じるけど、それはまだかなり先のことだ。何より、北米にはそういうものがついぞ興らなかったんだから、景色がさほど変わらないのも当たり前なのだ。

 

 それでも人間はいる。いわゆるネイティブアメリカンと呼ばれる人々……の、祖先たちだ。自然と共に生き、死ぬ人々の営みは、文明によって劇的に、そして現在進行形で変わるユーラシア大陸に慣れた身にはすごく穏やかに見える。ここは時間が緩やかだ。

 もちろん、自然がそんなに優しいものじゃあないってことは、わかってるつもりだけど。

 

 そんな北米大陸を抜けて、メキシコ。そのユカタン半島の根元からまっすぐ西に行った辺りの台地の上にそびえ立つ建物が、わたしの目指す場所だ。つまるところ、スッピーがスト様に殺されかけたあの遺跡だね。

 原作だと管理するものがいなくなってかなり経ってたからか、色が落ちてあちこち朽ちていたけど今は真逆。装飾はおろか彩色まで残った外観はとても美しいし、すべて健在な外観はとても大きく……いや待って?

 ガチに原作で見たやつより大規模かつ豪華な気がする……ここってこんなに大きかったっけ? なんなら最後に見たときより大きくなってる気がするんだけど……あっれー?

 わたしの記憶違いかなぁ……? うーん、柱の一族でもド忘れってあるんだね。

 

 まあそれはそれとして、すごく歴史的に価値がありそうな外観ではある。ということで、時間に余裕があったらあとでスケッチしたいところ。

 

 そう思いながら入り口付近に飛んできたわたしは、その周辺で掃除をしていたらしい子供たちを見つけて驚く。

 

 なんとまあ、ここに人が住んでるのか。

 いやでも、確か原作でもミイラとかが出てきてたっけ。それならここは、全盛期の今は集落としても機能してるのかもしれない。

 

 それっぽい結論を自分の中で勝手に出して、わたしは着陸する。

 すると当然、そこにいた子供たちが一斉に驚いた顔を向けてきた。

 

 そりゃあそうだろうね……って言いたいところだけど、実のところ驚いたのはわたしも一緒だ。

 

 いやだって、この距離まで近づいたらさすがに違いがわかる。()()()()()()()()()()()()()

 だとしたらつまり、吸血鬼ってことになるけど……それだけならまあ、別にそこまでおかしくはない。サンタナにとって彼らは食料、かつ奉仕種族みたいなものだろうから。

 だけど何よりおかしいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

「こんにちは。今、サンタナいる? アルフィーが来たって伝えてもらえないかなぁ」

 

 とりあえず黙ってても仕方ない。羽をしまいながらそう告げたところ、目の前の子供たちは「なんだこいつ」「通していいのか?」と相談し始めた。

 

 なんだろうこれ、吸血鬼の割にはずいぶん人間の子供っぽい態度だなぁ。話がまとまらずわちゃわちゃしてるところなんて、完全にただの子供だ。いや、子供の吸血鬼とかあり得るのかっていう疑問はさておきね。

 

 うーん、これどうすればいいんだろう。押し通ってもいいけど、それだと誤解を生むよなぁ……と思っていたら、

 

「姉さん!? どうしてここに!」

 

 普通にわたしを察知したらしいサンタナがやってきた。屋外にまでは出てこないのは、太陽が出てるから仕方ないとして。

 彼の登場に、子供たちが一斉に彼の名前を呼びながら彼に群がる。それはさながら、遊園地で着ぐるみに殺到する子供たちみたいで……。

 

 サンタナに笑いかけながら手を振ろうとしていたわたしは、殺されるぞと思って思わず顔を引きつらせた。だけど……。

 

「ええい邪魔だ、控えていろ!」

 

 驚くことに、サンタナはそう恫喝はしたものの特に手は出すことも、吸収することもなく、ただどかすだけに留めたのだ。

 そして言われた子供たちも、幼さゆえの緩さはあるものの、「はーい」と了承を返してその場に腰を下ろす。

 

 え……っ?

 

 いや、ええ!?

 

 ちょっとちょっと、この二千年の間に何があったサンタナぁ!?

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「久しぶりだな、姉さん。元気そうで何よりだ」

「……サンタナもね。安心したよ」

 

 立ち話もなんだってことで奥のパーティ会場みたいなところに案内されたわたしは、豪華な机(サンタナ作)に着いていた。机の上には美しい細工が施された諸々の食器(すべてサンタナ作)が並んでいて、それぞれに豊かな自然の恵みが絶妙な具合に調理されて配されている。

 そしてお互いの横には数人の吸血鬼が控えていて、ベテランの給仕さながらに甲斐甲斐しくそして勤勉に動いている。

 

「あ、ありがとね」

 

 その中の一人から差し出された立派な杯(サンタナ作)を受け取ってみれば、そこには琥珀色の液体が満たされている……。

 

 ……っていやいや! なんなのこれ!? ホントなんなの!?

 この時期のサンタナ(というか柱の男全般)がどこで何をしてたかは原作で何も描写がなかったけど、マジで何がどうなってるの!?

 ものすごく文化的というか、文明的というか、ナイフやフォークまであるし、なんならお箸まであるんですけど、確実にここだけローマ以上の文明度じゃあないの!?

 

「どうだい姉さん、その酒は。昔、姉さんが言っていたことを実践してみた結果なんだが」

「えっ、あ、う、うん……おいしい、よ?」

 

 ……お酒には明るくないけどこれはわかる、バーボンだこれ!!

 嘘でしょ紀元前のメキシコでバーボン作ってるのこの子……!?

 

「ていうか、え? サンタナ、そんな昔にわたしがちょっとだけした話からこれ作ったの?」

「? 作り方は姉さんが教えてくれたんじゃあないか」

「いや、それはそうなんだけど、にしてもちょっとした合間の休憩の数分で終わったような曖昧な説明だったはずだし、そもそもサンタナには作る必要がないじゃない?」

「暇つぶしにやってみたらできただけのことだ」

「ええ……」

 

 やだ何この子、天才なの? 天才技術者? いくらわたしたちが種族柄ハイスペックだからって、そんな……ああいや、ハイスペック種族に暇と知識を与えたらこうなるのかな……。

 

 そう考えながら、とりあえずバーボン(サンタナ作)を改めて口に含む。アルコールは感じるけど、酔いを覚えるような感覚はゼロ。うーん、これじゃあお酒の楽しさが半減だぞ。

 

 そう思いながらも味だけはと口の中で転がしていたら、

 

「それに、こいつらにも娯楽は必要だったからな」

 

 再びサンタナが爆弾をぶち込んできた。思わずバーボンを噴き出しそうになったよ。

 

 いやもう、もう!

 ホントなんなの君! どうしちゃったの!?

 

 なんか穏やかな微笑み浮かべてイケメン度増してる気がするし、その態度で乃村ボイスはズルすぎるぞ!

 

 おまけに周りの吸血鬼たちも、尊敬どころか信仰すら感じさせる眼差しを向けてるんだけど!?

 

 ホントもう、この二千年の間に何があったんだよぉ!?

 




そのとき特派員の見たものは!?(画面下のテロップ
あ、CM入りまーす。


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21.バタフライエフェクトLv100 上

「……えっと、サンタナ? その、この二千年の間に何があったの?」

 

 なんていうか、考えてることがそっくりそのまま口に出た。いやでも、これ以外に言いようがないんだもん、しょうがないじゃない。

 

 そんな益体もないことを考えてたら、サンタナはふっとほほ笑んできた。

 

「色々あった……と言うのは陳腐だが、そう、色々あったのだ。長い話になるだろうから……あとで姉さんの部屋に入れてくれ」

「……わかった。あとでね」

 

 わたしの部屋……つまりスタンド空間のことかな。

 

 ふむ、そこで話したいってことはもしかして、ここにいる吸血鬼たちには言えない事情がある?

 だとすると、今の態度も作ってるものだったりするのかも。うん、もしかしてあんま変わってないかもしれない。

 

 それなら……それまでは、この食事を堪能するとしよっかな。せっかく出してもらったんだし、素直に楽しめるならそのほうがいいに決まってるよね。

 

 ……えーっと、このお肉はなんなんだろう。黒みがかった茶色いソースがかかってて、ステーキみたいな雰囲気だけど。

 うーん、アメリカ大陸には二十一世紀に主要な食肉となる生き物がいないはずなんだけどな。全然想像がつかない……んん?

 なんだか鶏肉みたいな食感。くさみもないし、普通に美味しい。あとこれ、このソース何? 食べた感じなんだか照り焼きソースにかなり近いんだけど、まさかサンタナ醤油や砂糖まで再現を……!?

 

「……ねえサンタナ、これおいしんだけどなんのお肉?」

「ああ、姉さんの口にあってよかった。それはワニの肉だ。最初は俺と同じようにしようと考えたが、姉さんは昔から偏食だったからな。人間や吸血鬼よりこっちのほうがいいと思って」

 

 なるほどなーと思ってたら、最後に付け加えられたセリフに思わず吹き出すかと思った。

 

 うん、まあ、そうね。わたし、確かに人間は極力食べないようにしてる。なんならお釈迦様に諭されて以降は一度も食べてないまであるから、その配慮はとても嬉しいんだけど。

 そんなことここで言ったら周りの人たちが怒るんじゃ……と思ったものの、特に何もなし。みんなそれが当たり前と言わんばかりにしてる。

 

 え、待って? ということは、サンタナの前に給されてるお肉って、まさか……。

 

 いや、考えるのはよそう。これ以上考えるのはやめたほうがいいと思う。

 

「……そっかー、ワニかなるほどね。初めて食べたけどおいしいね……」

 

 なんとかそう答えたわたしに、サンタナは嬉しそうに頷いた。

 

 直前の嫌な予感はさておき、ワニは普通に納得だ。恐竜より起源の古いワニはこの地域なら普通にいるだろうしね。鶏肉みたいな感じも、そういえば前世でそんな話が聞いたことあったよ。

 

「このソースは?」

「それも昔姉さんに聞いた、テリヤキとやらの再現だ。うまく再現できているといいんだが……」

「……うん、かなりイメージ通り、かな。おいしいよ、うん……」

「それはよかった。姉さんが喜んでくれて何より」

 

 やっぱり照り焼きソースかーい!

 

 おかしいなー、大豆ってこの辺のものじゃあなかったと思うけどなー……! これ何から作ってるんだろう……!

 

「ショーユとやらは、要は豆から作る発酵食品なんだろう? それなら、と思って豆なら種類を問わず手当たり次第に集めて、片っ端から試したのさ」

「根気すごいなぁ……」

「時間だけはあったからな。……ああそうだ、甘みは北から取り寄せた木の樹液を使っている。その分多くは作れないが」

「……えっ、もしかしてサトウカエデを北米から輸入してるの? て、手広いね?」

「おかげさまでな」

 

 ふふふ、と笑うサンタナだけど。

 ちょっと待って、それもしかしなくても普通にある種の国じゃない。なんなのサンタナ、なんでそんな内政チートモノの転生主人公みたいなムーブして……。

 

 はっ!? ま、まさかとは思うけど、サンタナもわたしと同じ転生者だったりして!?

 今までそんな兆候なかったけど、途中から意識が覚醒するパターンもあるし……そういう……!?

 

 も、もしそうだったとしたら、わたしとしてはとても嬉しい。色んな意味で。

 これはちょっと、聞くべきことが増えたぞ……!

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 どうやって問いただすべきかと思いながらも、食事は続く。

 タイミングがはかれないのは、周りに人目があるのもそうなんだけど、サンタナからぽこじゃか繰り出される内政チートモノそのものな話題がびっくりすぎて、そっちについて聞いちゃうのが一番大きい。

 

 何さ食用ワニの養殖場って。主要穀物用、兼酒用のトウモロコシ畑って。

 品種改良? うっそでしょ。

 水車小屋と連動した粉挽き機とか、紀元前の中米で作っていいものじゃあないでしょーが! いわんやローマ顔負けの水道施設をや!

 

 いやはや、サンタナも成果を自慢したいみたいでお互いに打てば響く状態で会話が弾む弾む。こういう話するのすごく久しぶりで、ツッコミつつも楽しんでる自分がいるのがよくわかる。

 

 そしてそれを、周りにいる吸血鬼たちが讃える。いわくおかげでいい暮らしができている、毎日が充実している、神。などなど。

 そして、そんな神に食べていただけることは、彼らにとってこの上ない名誉らしい。吸血鬼になるということはすなわち神の食事になると同義で、このサンタナの城に上がるためにこの周辺地域の人はあれこれと頑張ってるんだとかなんとか。

 

 ……うーんなるほど。つまり……これは……ミノタウロスの皿ですねぇ!? 嫌な予感ってホント当たるなぁ!

 完全に家畜だぞそれ! どこぞの絶対巨人駆逐するマンが聞いたら全ギレ待ったなしなやつじゃん!

 

 ま、まあ、それを喜んでる人たちにわたしがとやかく言うことはひとまずこの場ではないけど、さぁ。人間として生きようと思ってるわたしには複雑な心境だ。

 

 さらにわたしを困らせるのが、わたしまで神様扱いされてることだ。むしろサンタナより敬われてるまである。

 何せ彼らにとっての神であるサンタナが、わたしを姉と呼んで歓待してるのだ。おまけに彼の話題にずっとついていけている。そりゃあそうもなるのかもしれない。

 でもわたしの頭なんてそんな大したものじゃあないので! というか、絶対この件に関してはサンタナのがすごいから! わたしの持ってる曖昧な知識だけでここまでできる自信なんてこれっぽっちもないし、たとえその手の知識を潤沢に持ってたとしてもできないと思う!!

 

 ちなみにそんな神ことサンタナの最近のマイブームは、チョコレート作りらしい。カカオの加工が予想より難しくてまだ全然みたいだけど、だからこそやりがいがあると笑ってた。その顔には邪気がなくて、わたし何も言えなかったよ!

 

 ただ、話を聞き続けて感じだけど、たぶんサンタナは転生者じゃあない。何せ、彼がやらかしたことは全部わたしが昔彼に話したことがあるものばっかりだからだ。このときばかりは記憶力がよくてほっとしてる。

 

 んだけど……。

 

「姉さんが言っていた……」

 

 が必ずどこかに挟まるせいで、お前はどこの天の道を行き総てを司る男なんだってツッコミたかったよね……。

 

 まあそれはともかく。要するに、彼はわたしがちょくちょく話してたことを全部覚えてて、カーズ様がいないのをいいことに試し続けてるんだ。好奇心の赴くままに。

 

 ……うん……なんていうか、うん……。

 

 つまり、わたしのせい……! 圧倒的に原因はわたし……!

 さしずめわたしは神話学で言うところの文化英雄ってか! ハハッ! 笑えない!

 

 いやでも、まさかこんなことになるなんて思わないじゃん!? 昔何気なく言ってたことがこんな形で返ってくるなんて、そんなの思わないじゃん!?

 これがバタフライエフェクト……ううう、ちょうちょがふきとばしとぎんいろのかぜとようせいのかぜとたつまきを同時に使ってるのが見える……!

 

 宴が終わる頃には、わたしは普段とは異なる精神的ダメージで吐きそうだった。なんていうかもう、ホントこれ以上は勘弁して……。

 

「では姉さん、本題に入りたいんだが」

「……ああ、うん、そうね。うん。そうだね。じゃあ行くよ……」

 

 そうでしたね! まだ話は終わってませんでしたね!

 

 かくしてわたしは泣きそうになるのをこらえながら、サンタナと自分に順次【スターシップ】を撃ち込んだのだった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「……また随分とものが増えたんだな」

「そりゃまあ、色んなところいっぱい見て回ったからねぇ」

「姉さんが楽しそうで何よりだ」

 

 スタンド空間に収められたあれこれを眺めたサンタナが、楽しそうに言う。

 視線はあっちこっちを動き回っていて、非常に興味深そうでもある。彼はやっぱり、こっち方面の人なんだろう。

 

 でもそういう話はあとにしたい。ひとまず椅子を勧めて、向かい合う形で座り合う。

 

「……それで? 一体何があったの?」

「ああ。正直、俺もこうなるとは思っていたわけではないのだが」

「?」

「すべてのきっかけは、姉さんがもし時間が余るならと任せてくれた吸血鬼の調査だ」

「うん? それがなんでこんなことに……」

「同感だ。順を追って話そう。俺は姉さんたちが発ってから、早速時間を持て余した。だから姉さんの言う通り、吸血鬼の調査に乗り出したのだが……これがなかなかうまくいかなくてな」

 

 肩をすくめるサンタナいわく。

 

 彼は最初、力ずくで吸血鬼を作っては強引に実験を繰り返してたらしい。

 

 まあそれはある意味既定路線だ。彼だって戦闘力は低くても柱の男なんだから、人間なんて相手にならないし吸血鬼だってそうだもんね。カーズ様の教育方針がそういう方向だったから、そういうやり方をする子に育ったのだ。

 でもそれだと、なかなか調査が進まなくなった。みんな死に物狂いで抵抗するからだんだん面倒になるし、なんなら研究中に押し入ってくることもままあったとか。深い思考を必要とするときにそんなことされたら、まあ腹も立つ。おかげでイライラも募る、と。

 

 そんな生活を五百年ほど続けたサンタナは、あるとき方針の転換を決意したという。

 

「姉さんも昔から言っていただろう。行き詰った時は発想を切り替えるんだと。逆に考えるんだ、と」

「……うん、まあ、うん。言ったね」

 

 ごめんねジョースター卿! 二千年以上先取りしたことになっちゃったよ!

 

「だから俺も逆に考えてみた。強引にやるから反発されるのではないかと。だから、やり方を変えた。連中のほうから率先して首を差し出すようにしむけることにした。その結果が、この王国だ」

 

 ここからそれを見ることはできないけど、ともあれサンタナはそう言いながら見せつけるように腕を開いた。

 

 そしてその説明に、わたしはなるほどと思う。

 ようやく腑に落ちた。わたしは食事の席で、控える吸血鬼たちや人間の話を聞いて家畜だと思ったけど、まさにその通りだったわけだ。

 

 サンタナは、人間を家畜化した。自分の食料に、あるいは実験材料になることが名誉だと思うように育て上げた。そういうシステムを組み上げたのだ。

 

「この地に俺の王国ができて、千年ほどになる。こうやって手なずけてみれば、人間もなかなかかわいいものだと思うようになった。姉さんが何かと気にかけるのも理解できたよ」

 

 いや、わたしはそういうつもりで人間を気にしてるわけじゃあないんだけども。

 でも見方を変えればわたしも似たようなものかもしれない。わたしにそんなつもりはなくても、そう思う人も出てくるかもしれない。

 

 にしても、千年かぁ……。人間の歴史としてはとても長い時間だ。それだけの間、この周辺に住む人たちは一人の男を神として崇め、その庇護の下で平和を謳歌しているのか。それは……。

 ……ああでも、わたしが見たのはこのサンタナの城だけだ。それだけで答えを決めるのは、さすがに早いかな。もっと見てからでも遅くはないだろう。

 

 だからわたしは、のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。そして、やけに誇らしげな様子の弟分に、改めて声をかける。

 

「がんばったんだね、サンタナ。たった一人でここまでできるなんて、本当にすごいよ」

「……ああ! 姉さんなら、わかってくれると思っていたぞ!」

 

 返ってきたのは……原作でも、そして今までの人生でも見たことのない、とてもいい笑顔だった。

 




現状、本作最大の原作改変。
と同時に、本作最大の歴史改変でもある。
ただサンタナの存在がすべてを支えてるので、彼が眠りについたあとは・・・。
それでも後年この大陸を「再発見」する白人たちはとんでもなくびっくりするでしょうね。コンキスタドール涙目案件。
ちなみに主人公の推測通り、サンタナは転生者ではないです。今後も主人公のような異世界からの転生者は出す予定はありません。


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22.バタフライエフェクトLv100 下

 それからしばらく、わたしたちはユーラシア大陸の文明について盛り上がった。

 こっちの大陸とは異なる文化や、そこで作られたものはやっぱりサンタナにとっては興味深いものみたいで、あれやこれやと品を変えて見せながら話すととても楽しそうなのだ。

 

 特にサンタナの目を引いたのは、青銅器と鉄器だ。前世と同じくこっちの大陸では金属関係の技術が発達してないみたいで、興味津々だったね。金属器は多種多様な道具にできるうえに、石器よりも頑丈だ。その用途の広さに感じ入ってたよ。

 いやー、あっちのものを色々とお土産として持ってきて正解だ。こういうこと話せる相手がいるって楽しいなぁ!

 

 あとは、描きためてきたスケッチもここで大活躍した。ローマの街並みやそこに繋がる道路、水道橋、あるいはエジプトのピラミッド(わたしが初めて見たときまだ化粧石が健在だった!)、スフィンクスみたいな建造物の絵を見せながら色々話したんだけど、特にピラミッドはやっぱり彼も驚いていた。万里の長城なんかもそうで、この辺りはわたしも改めて人類ってすごいなって思ったところだ。

 

 そしてある程度距離が離れてかなり性質の違う文明が複数鼎立しているあっちの状態については、主に国を動かすものとして気になったみたい。

 確かに、この大陸でも中南米にはアステカやマヤ、ナスカ、あるいはインカと言った文明が国を作る。今後はそういう、考え方も文化も異なる国と色んな形で接触する機会もかなり増えてくるだろうし、その辺りは参考にしたいって言ってた。

 

 これに付随して孫子の写しを渡したんだけど、これが一番喜ばれたかもしれない。これはさすが、人類史に通底する兵法書ってところかな?

 

 そうやって盛り上がって、一体どれだけの時間が経ったことやら。時計がないからよくわからないけど、ともあれ文明談義が一段落したころ。

 

「……そういえば、姉さんはどうしてこっちに戻ってきたんだ?」

 

 会話の切れ目に、何気なくって感じでサンタナが問うてきた。

 

「うん、久しぶりにサンタナに会いたくて」

「……そうか。そうか」

 

 そしたら、少し照れたように笑った。うーん、カーズ様たちだとこうはいかない。

 

「一応他の用事もなくはないんだけどね」

「そうなのか?」

「うん。ちょっと人手が足りないから、サンタナにもあっち行ってほしいなって話なんだけど……」

「……聞こう」

 

 わたしの言葉に、サンタナは腕と足を組んだ。

 顔から笑みは消えていて、何だか身構えるような雰囲気。

 

 えっ、そんな警戒されるようなことかなこれ?

 

「えーと、確かこの辺に写しを……あ、あったあった。ね、サンタナ、これ」

「このスケッチは……まさか、エイジャの赤石が見つかったのか?」

「うん。……って言っても、まだみんな目で見たわけじゃあないんだけど」

 

 手渡したのは、アルキメデスの家から拝借してきた例のスケッチ。色までしっかりついてるから、サンタナもすぐに理解したみたいだ。

 

 そんな彼に視線で続きを促されて、わたしは口を開く。

 

「ただ、場所がはっきりとわかってないんだよね。最初持ってた人は強奪されて、そこからあっちこっちを人伝いに動き続けてるみたいで。今はみんなでそれを追ってるんだけど何分範囲が広くってねぇ」

「なるほど、それで俺もということか」

「うん、そう……なんだけど……」

「……? 構わない、言ってくれ姉さん」

「あ、うん……その、カーズ様は、費用対効果に見合わないから別にいいって言うんだよ」

「……あの方はそういう方だろう」

 

 そう言いつつも、サンタナの表情は渋い。

 やっぱり彼も、カーズ様には思うところがあるんだろうなぁ。

 

「そうなんだけどさ。それでもやっぱりひどいよ。だからね、わたし逆に会いに行こうと思って」

「……ふっ、なんだそれは。カーズ様に逆らったと?」

「そこまではしてないよ。ただ、わたしがいなくても情報が集まるようにしただけ。カーズ様、ノルマをこなしてるうちはあんまり大きく言ってこないからね」

「その辺りはさすがというか……器用だな、姉さんは」

「ま……まーね!」

 

 実際のところは半分くらい成り行きなんだけど、せっかく褒めてくれてるんだしちょっと見栄を張っちゃうわたしだ。

 

「と……とにかく、そんなわけでさ。サンタナもあっち行かない? 色々話した通り、あっちは色んな文明があるから見て回るのも楽しいだろうし」

 

 ところがそう提案したところ、サンタナの表情は渋いを通り越して険しくなった。

 

 え……えーっと、あれー? なんで? どうして?

 

「……なあ姉さん……」

「な、なぁに?」

「つまりもう間もなく、石仮面を完成させられるところまで行っていると見たが。それでカーズ様はどうするのだろうな?」

「え? ど、どうって……あの人の目的は太陽を克服することだから……」

「いや、俺が聞きたいのはそのあとだ」

「そのあと」

 

 思わずオウム返しに問うたわたしに、サンタナが重々しく頷く。

 彼はそのまま、天井を仰ぎながら言葉を続けた。

 

「カーズ様は太陽を克服し、究極の生命体になろうとしている。だがそのあと、何をするのだろう? 俺の知る限りでは、世界を支配すると聞いているが」

「あー……うん……そう、だねぇ。たぶんそうだと思うよ。昔一族を出たときもそんなようなこと言ってたし……」

 

 原作でも、究極生命体になったあとの目的は「自分の思うがままの世界を創造してゆくこと」って書いてあったし……。

 

「……だとすると、俺たちはどうなる? 俺たちも、完成した石仮面を使わせてもらえるのか?」

「え。え……あー、あーあー、それを言われると……」

 

 素直に頷けないなぁ。何せ()()カーズ様だ。最後の最後で捨て石として切られる可能性は否定できないぞ。

 特に原作で完全にその他大勢扱いだったサンタナはその可能性が高いだろうし、わたしにしてもどこまで信用されてるかわからない。

 エシディシは……まあ昔からのカーズ様の同好の士だし、ワムウも二人にとって自慢の弟子みたいなものだろうから、使わせてもらえるだろうけど……。

 

「だろう。そしてもう一つ聞くんだが……姉さん。カーズ様は、俺の作った王国を見てどう思うだろうな?」

「…………」

 

 人間を家畜にした世界を見てどう思う、か……。

 超効率主義なあの人のことだから、たぶんありよう自体は肯定すると思う……けど。

 

「……乗っ取られる可能性が高いんじゃないかなぁ」

 

 ゼロからシステムを構築するより、既にあるものをそのまま使ったほうが早い。

 そして何度も言うけど、カーズ様は超効率主義者だ。今まで歯牙にもかけてなかったサンタナが作り上げたものなら、躊躇せず没収してもおかしくない。

 

「だろうな……俺も同意見だ……」

 

 そう告げたところ、サンタナは深いため息をついた。

 

 ……えっと。

 あれ? もしかしてだけど……サンタナ、あなた……。

 

「……姉さん」

「うん」

「姉さん、俺はな。今までずっとカーズ様たちに虐げられてきた。無能とさげすまれ、こちらに置いて行かれた。そう思っている。確信としてな。

 そんな俺を見ていてくれたのは姉さんだけだ……。姉さんだけは俺の技術を褒めてくれた。それを誇っていいのだと言ってくれた。俺にも長所はあるのだと、教えてくれた。

 そんな姉さんにだから……言うのだが。俺は――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 静かに、だけどはっきりと告げたサンタナに、わたしは思わず生唾を呑んだ。

 彼が言葉を続ける。気分が高ぶって来たのか立ち上がって、腕を振りかざしながら。

 

「俺はこの地に、俺の国を作った。ここでは俺は誰よりも偉く、誰よりも優れていて、誰よりも(まさ)っている! ここは俺を崇める、俺だけの、俺のための国だ! 今さらこの地を明け渡してたまるものかッ!」

 

 自分の目が大きく開いたのがわかった。心の底からと思えるほどの叫びが、びりびりと身体を揺らすのがわかる。

 

 サンタナがまさかここまでカーズ様に反抗心を露わにするなんて、原作を知ってる身としては信じられない。

 

 視線を合わせる。彼の瞳は……まったく揺らいでいなかった。

 

 本気だ。彼は本気なんだ。そのまなざしの力強さに、わたしはそう確信するしかなかった。

 

 なんてことだ。今までわたし、この地域の変貌っぷりをバタフライエフェクトだって思ってたけど……これに比べたら、あんなの大したことない!

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 そして……わたしは。彼の言葉を聞いて、わたしは。

 

「……サンタナ、あなた……」

 

 口端が、くいっと持ち上がったのがわかった。

 同時に冷や汗がこめかみを滑り落ちる。

 

「……応援するよ」

「姉さん……!」

 

 少し。少しだけ、目指すところは違うけど。

 それでもサンタナの目指すところは、わたしの目指すところに限りなく近い。

 

 だから、きっと。サンタナとなら、手を取れるんじゃあないか。一緒に生きていけるんじゃあないか。

 意見の相違もあるかもしれないけど……でも、それをときにぶつけあって、その中間を探す行為は……人間のそれじゃあないか。

 

 そう……思った。思えた。あるいは、思ってしまったのか。

 

「今はまだできないけど。でも……もう少し時間が経ったら。わたしも協力するよ」

「姉さん? 姉さんまで俺に付き合う必要は」

「ううん、そんなことない。だって……わたしは人間の作る歴史を見ていたいから」

「!」

「カーズ様は、たぶんそれを認めない。だから……わたしも」

「姉さん……!」

「わっ?」

 

 わたしの言葉を遮るようにして、サンタナの身体がわたしを抱き寄せた。そのまま彼の腕の中にすっぽり収まる。

 

 普段のわたしならものすごく動揺しそうなことをされてるけど、でもなんだか不思議と頭は冷静だった。

 昔、まだサンタナが子供だったころ、抱っこしたりしてたからかなぁ。

 

 そんなことをぼんやり脳裏に浮かべながら、彼の背中に手を伸ばす。

 あー、サンタナ大きくなったなぁ。手が手に届かないや。わたしは小さいままだから、それは当たり前ではあるんだけど……本当に、なんだか感慨深いものがある。

 

 そうやって、どれだけ二人で抱き合ってたかはちょっとわからない。

 どちらからともなく離れたのはいいけど、お互いにちょっと……いやだいぶ気まずくて、とりあえずこれまたどちらからともなく視線を外す。

 

「……えーっと、まあその、そういうわけだから、わたしはサンタナの味方だよ。うん」

「ありがとう姉さん……姉さんが味方してくれるなら百人力だ」

「しばらくはまたあっちの大陸に行くことになるけど……いつも通りならわたしが最初に寝て最初に起きるだろうから、そのときに、また」

「ああ、そこが節目だな」

「それまで、赤石がカーズ様の手に渡らないようにしないとね」

「ククク……そうだな、その通りだ」

 

 そうしてわたしたちは、これまたどちらからともなく笑い合う。まるで越後屋と悪代官みたいなやり取りだ。

 

 かくしてわたしは、思いがけないところで思いがけない共犯者を見つけたのだった。

 




サンタナに「ハッピーうれピーよろピくねー」フラグが立ちました。


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23.サンタナの吸血鬼レポート

・吸血鬼の定義

石仮面により我々に近い生態と能力を獲得した人間を、吸血鬼と定義する。以下、特記しない限り吸血鬼はそれを指すものとする。

 

・吸血鬼の特徴

A.犬歯を中心としたいくつかの歯に若干の伸長が見られる。

特に深い意味はないと思われる。

 

B.他者の体液を吸収することで自身の栄養とする。この行為は接触してさえいればどこからでも可能だが、固定観念により口からしか行えない個体もいる。

対象となる体液はなんでも良いが、血液が最もエネルギー効率が良い。限定的だが、妊婦の母乳はこれに匹敵するか場合によっては凌駕する。

 

C.Bを行うことで肉体は常に全盛期を維持する。外的な要因による病気や感染症などにも罹患しない。

ただし、精神的な疾患や先天的な疾患に関しては例外である。先天的なものについては一部治癒する症例もあるため、こちらについては調査を続行する。

この他、幼体に関してもこの限りではない。幼体を吸血鬼とした場合は、生物としての全盛期ではなくそのときの年齢で固定される。これは、まだ生物としての全盛期を迎えていない個体は、生態としての遺伝子がその状態を現状の全盛期として認識したまま固定されるからと推測される。

 

D.Cとやや重複するが、ほぼ不死身の肉体を持つ。怪我はするが、脳さえ無事であればどの部位も復元が可能。

ただし我々と異なりその効率は悪いが、その個体と適合し得る肉体を用意することで効率よく行うことが可能。

例外は頭部を破壊された場合で、このときは死亡する。

 

E.Bに伴い、吸血した対象に自身の体液を注入することで対象を隷属下に置くことができる。ただしこの行為は任意であり、吸血のみにとどめることも可能。

またこの処置を施されたものは限りなく自我を低減させられることに加え、肉体の生命活動が極限まで低下する。このため、人間の価値観で言えば「生ける屍」と称される状態に陥る。

 

F.人間の数倍の身体能力を持つ。これは個体差が激しいうえ、能力ごとにもばらつきが大きいため厳密な数値は個体ごとに見るべきものとなる。

現状では、およそ二倍〜十倍の範囲で収まっている。

 

G.肉体を操作する能力を持つことがある。ただしこれはあくまで技術であり、これは上記までのものとは厳密には異なる。各個体が意図して身につけようとしなければ身につかないものであり、我々で言うところの「流法」に相当するものと見なせる。

現状確認できたものは、眼球より行う体液の射出、自身の血液の物理的な操作など。

 

H.日光に極めて脆弱である。触れただけで当該箇所が灰化するほどであり、全身を焼かれた場合はほとんど間を置かず死滅する。

また、吸血鬼化してもこの弱点を認知することはない。このため、吸血鬼とはあくまで後天的な生物であると言える。

 

I.上記の特徴から、吸血鬼は理論上はほぼ不老不死である。

ただし、多くの個体は一定以上生きるとこの特徴を持て余すようになり、最終的に自ら死を選ぶ。この境地に達する目安はなく、完全に個体差である。

生を諦めない個体は生き続けるが、そこに限界があるかどうかは不明。

現在、自死を選んだ個体の寿命は確認できている最短は百年ほど、最長は八百年ほどである。

 

・特殊環境下における吸血鬼の実験記録

以下に、様々な状況での吸血鬼化がどうなるかを実験した結果を記録する。

 

1.人間以外の吸血鬼化

哺乳類に限って可能。これは哺乳類の「幼体が哺乳によって成長を行う」という特徴が、吸血鬼のそれに繋がるからと思われる。

この際人間同様に様々な能力の向上が確認できるが、現状では我々に及ぶ知能に至るものは確認できておらず、人間にも及ぶものではない。ただし、可能性はあるものと思われるため調査を続行する。

我々の食料と見た場合、人間ほどではないが栄養価が増大するため、そういう観点では有用である。

 

2.幼体の吸血鬼化

一定以上の年齢であれば可能。逆に言えば、極端に幼い幼体を吸血鬼化することは不可能である。

これは恐らく、幼すぎる肉体では石仮面の力に耐えられないからと思われる。

なお、可否の目安は生殖機能が充実し始める時期である。

 

3.吸血鬼化に我々の血を使用

若干だが日光への耐性が見られるなど、全体的に性能の高い吸血鬼となる。

食用としてもこちらのほうが質が良い。

 

4.吸血鬼の生殖行動

吸血鬼の親と人間の親:吸血鬼の特徴は一切遺伝しない。ただし、稀に親から受け継いだ遺伝的形質が成長過程で入れ替わることがある。原因は現状不明。

吸血鬼の親同士:吸血鬼の特徴は、Aを除き一切遺伝しない。ただし、知能に関してのみ最初から高度なものを持つ個体が現れることがある。それも初期値が高いだけで、最終的な到達点は人間と大差ない。

また、吸血鬼の親と人間の親の間に生まれた子供と同様、稀に親から受け継いだ遺伝的形質が成長過程で入れ替わることがある。

人間の妊婦を吸血鬼化した場合:特殊な変化が生じるため、別項目を設けてそこで説明する。

 

5.一度吸血鬼化したものへの石仮面の再使用

特に変化なし。

ただし、エイジャの赤石を用いる完成した石仮面を使用した場合どうなるかは現状不明。

また、Cの状況における妊婦に対しては効果がみられる。この詳細は当該の項目で説明する。

 

・半吸血鬼の定義

先述の通り、妊婦を吸血鬼化する場合には特殊な変化が起こる。具体的には、吸血鬼の特徴がある程度遺伝する(この表現は厳密には正しくないが、わかりやすくするためこう表現する)

ただし必ずしもこの変化が起こるわけではなく、どうやら妊娠中期に入る少し前の段階で行うと遺伝すると思われる。

仮説だが、これは恐らく石仮面の効果がある程度及ぶほど胎児が成長しており、かつ母体とは別個体という認識が完全にはなされていない時期がこの時期に当たるからではないかと思われる。

以下、この吸血鬼の特徴を受け継いで生まれる個体を半吸血鬼と定義する。

半吸血鬼が発現する特徴は個体ごとに異なる。また、その程度も個体ごとに異なる。ただし、一部共通する特徴もある。

 

・半吸血鬼の特徴

基本的には吸血鬼のものと同様だが、一部異なる部分もある。基本的には人間と吸血鬼の中間くらいの特徴を持ち、全体的に人間以上吸血鬼未満と言ったところ。

吸血鬼とは異なる特徴は以下の通り。

 

a.歯に特に変化はない。人間のものと変わらない。

 

b.吸血鬼ほど柔軟に体液を吸収できず、口でしか摂取できない。

ただし、それによって吸血鬼同様に栄養を確保できる。

 

c.bを行っても成長・老化する。外的要因による病気や感染症などは、罹患するものとそうでないものがある。

逆に、吸血鬼が発症するもので半吸血鬼が発症しないものは今のところ存在しない。

 

d.人間よりは頑丈な肉体だが、吸血鬼よりは脆弱。切り傷や打撲、骨折程度は早期に回復するが、部位欠損が回復することはないし一度切断された部位同士が簡単にくっつくこともない。

また、その適合し得る肉体を用意しても効率よく回復することはできない。失血死も起こり得る。

 

e.Eに該当する行為は不可能。

ただし、半吸血鬼がEを施されても生ける屍と化すことはなく、逆にそれを吸収して一時的に強化する。

 

f.身体能力は人間より少し強い程度。個体差が激しいうえ、能力ごとにもばらつきが大きいため厳密な数値は個体ごとに見るべきという点は変わらない。

現状では、およそ等倍〜三倍の範囲で収まっている。

 

g.肉体を操作する能力は一切持たない。

 

h.日光に対しては人間寄りであり、我々より日光に強い。人間よりは弱いが、白化個体(アルビノ)程度には日中の活動が可能。

 

i.半吸血鬼は当然幼体として生まれるが、その成長は心身ともに人間より遅く、また寿命は人間より長い。

おおよそ人間の三倍の時間をかけて成体へとなり、最長でも二百歳ほどで死を迎える。寿命については、人間同様技術の進歩などで伸びる可能性が高いがその点は保留とする。

 

・特殊環境下における半吸血鬼の実験記録

以下に、様々な状況での半吸血鬼がどうなるかを実験した結果を記録する。

 

1.半吸血鬼の吸血鬼化

問題なく可能。ただしこの場合、普通の吸血鬼と特に変わらない存在と化す。

このため、食料として考えた場合は費用対効果に見合わない。

 

2.幼体の半吸血鬼の吸血鬼化

問題なく可能。吸血鬼と異なり、生まれたての幼体であっても吸血鬼化することができる。

幼体時の吸血鬼化による外見年齢の固定も変わりなく起こる。

 

3.半吸血鬼の吸血鬼化に我々の血を使用

普通の人間を同様のプロセスで吸血鬼化するより、さらに全体的に性能の高い吸血鬼となる。

日光耐性に至っては半吸血鬼よりも弱くなるものの、吸血鬼や我々よりも高い耐性を依然として保持する。

食用としてもこちらのほうが質が格段に良い。

 

4.吸血鬼の生殖行動

現在調査および実験中だが、半吸血鬼同士を交配させることでその特徴を保持した子供ができることがあるようだ。

今後代を重ねて行けば、人間という種の品種改良種として成立し得る可能性がある。

もしこれに成功すればより我が王国の力は増す上、この身より血を分け与えればさらに使い勝手のいい吸血鬼を量産可能となるだろう。

さらに調査と実験を重ね、より確かな成果としたい。

 

…………。

……………………。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 あのあと、サンタナから渡された研究レポートが冗談抜きで笑えない件について。

 紙を持つ手が震える……。

 

「……え、サンタナこれ、……ホントに?」

「そうだ。今俺の城に詰めている子供は大体が半吸血鬼だな。実験用に飼っている」

「へ、へえー……、そ、そうなんだぁ……」

 

 だ、誰がここまでやれと……!

 この凝り性めー……!




こいよコルテス、銃なんか捨ててかかってこい。

今回はマジで独自解釈の塊なので、あんまり深く気にしないでいただけるとありがたい。
飛呂彦先生の中でどうなってるのかはわからないので、この件についてはあくまで本作における設定と思っていただければなと。


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24.神が住む山

 恐ろしい研究は全力で見なかったことにしたわたしは、ひとまずしばらくの間サンタナの城に逗留しつつ、彼の国を見て回ることにした。

 色々と気になるワードも多かったし、いずれ歴史になるこの地域の今も見ておきたかったからね。

 

 というわけで夜はサンタナの案内を受けつつ、昼は自分の足であちこちを観光する形で過ごすことになる。

 

 だけど、昼間外に出られないサンタナに代わってわたしのお世話係としてつけられた子が、当たり前のように半吸血鬼だったから見なかったことにはできなかった。息をするように彼女が人間じゃないことをあちこちで見せつけられたんだよね……。

 

「下界に行くには、ここから飛び降ります!」

「どう見ても崖な件」

 

 その子、トナティウに連れられてやってきたのは、崖だった。普通にどこからどう見ても断崖絶壁で、これをどうしたら移動経路に設定できるのか。

 

 いやうん、普通の人間が簡単には踏み込めない場所だからこそ、神として崇められるサンタナがいる価値があるんだろうけどさ……。これをなんかあるたびに登り降りするのは、ちょっと……。

 江戸時代の城が軒並み平野に建てられてるのは、それだけの理由がちゃんとあるんですよ! 主に平時に毎日山を上り下りするのがしんどいって理由が!

 

「ここが一番安全なんですよ! それではお先に失礼しまして……」

 

 そうやってわたしがドン引いてるのをよそに、トナティウは無邪気にそこから飛び降りた。

 

「トナティウーーっ!?」

 

 慌てて顔を出して下を見れば、ちょっとした段差や取っ掛かりをうまいこと使って落ちる速度を殺しながら、順調に降りているトナティウの姿が見えて……。

 同時に、その身体から出ている人型の(ヴィジョン)に、目を疑う。見たこともない花が五つ、その人型の周りを公転するかのように回っていて……うん、なるほど、あの子半吸血鬼でスタンド使いか!

 

 やれやれ。ここでもスタンド使いは引かれ合うらしい。さすがにこっちの大陸で歴史上の偉人に会うことはないっぽいけど、だとしても毎度のことながら喜んでいいのか悪いのか。

 

「……とりあえず追いかけるかぁ」

 

 どんどん小さくなるトナティウの姿に、そう呟いて背中から翼を生やす。たぶんこの高さから落ちても死なないけど、わたしは紐なしバンジーをする趣味はないんだ。

 

「わあ!? さすがはサンタナ様のお姉様ですね!?」

 

 そうやって持ち上げられると普段なら調子に乗っちゃうわたしだけど、迂闊なことを言うとこの地域の神話に名前を刻まれる可能性がある。今回ばかりは曖昧に笑い返すだけにとどめたのはかなりナイスな判断だったんじゃあないかな!

 

 そうして到着したふもとの集落では、まず神殿を見ることにした。遠目から見ても、見事な装飾や壁画が施された大きな建物は、歴史クラスタの心をくすぐるのだ。

 

「アルフィー様! こちらがサンタナ様を祀る神殿です!」

「うわあ、めっちゃ祈られてる……」

「サンタナ様は偉大な神様ですからね!」

 

 ふふーん、と自分のことのように胸を張る(その胸は平坦であった)トナティウはさておき、サンタナは本当に崇められてるんだなってことがあちこち見たことでよくわかった。

 

 人間はほとんどが台地の下に住んでて、サンタナや吸血鬼とは明確な線引きがされてるんだけど、彼らは毎朝夜が明けるとまずサンタナの城がある台地に向かって祈りを捧げる。夜闇から人々を守る神という扱いみたいで、無事に朝を迎えられたことを祈る儀式が毎日絶やすことなく行われてる。

 わたしはこれを見学したわけなんだけど、決して広くはない神殿の中に老若男女が並んで、平坦ながらも確かな抑揚のある歌を奏でる様はまさに宗教行事って感じがして興味深かった。

 

 と同時に、改めて神様としてひざまずかれるのは性に合わないなとも思った。ちやほやされるのが嫌だとは言わないけど、やっぱり人間身の丈にあった生活ってあるよね……。

 

「……わたしのことは、神様扱いしないで適当にごまかしといて……」

「なんでですか? サンタナ様のお姉様となれば当然神様じゃあないですか!」

「それはその、ホラ、アレだよ。神様だってバレたら、普段の姿が見れないでしょ。わたしはありのままの姿が見たいだけだから……」

「な……なるほど! さすが神様がたは冴えてらっしゃいますね!」

 

 なんか、トナティウの後ろにぶんぶん振られる尻尾が見えるのは気のせいなんだろうなぁ……。

 

「ところで、あそこにある神殿とよく似たデザインの建物は?」

「はい? あ、あれですか。アレはですね、食料を下賜するための神殿ですね! 五日ごとに、吸血鬼の皆さんがあそこに食料を用意するんですよ!」

「ああ……あれベーシックインカム用の場所なのね……」

 

 サンタナから聞いてる。彼は自分の領土内ではすべての集落でこれをやってるらしい。有能か。

 

 おまけにこの配給、先天的な障害だったり精神的な疾患を持っている人であっても区別なく行われるそうだ。この時代であれば、真っ先に排除されるだろう人々もサンタナは等しく取り上げ、自分の民として差別しない。

 前世で何か大罪を犯したとか、神に嫌われたからとか、そんな迷信めいた差別を彼は許さない。だって障害がなんだろうと、食料とした場合のエネルギー効率は普通の人と変わらないもの。彼にとっては人間なんて、その程度の差しかないんだろうね。

 でも、人間にとってはそうはならない。どんな人間でも、サンタナの手が届く範囲にいれば生きていける。最低限の暮らしは保障される。つまり、ある意味で多様性が認められた社会として機能してるわけだ。

 

 その上で、様々な道具や知識も与えている。それが人々の暮らしを豊かにしているんだから、

 

「サンタナ様は素晴らしい神様なのです!」

 

 そりゃあ慈悲深い神様扱いも納得だ。祈られもするし、崇められもするよ。とりあえず、トナティウをよしよしして同意しておく。

 

「でもさ、サンタナは人間を食べるんだよ? それは怖くないの?」

「普通に死ぬならそう思うかもですけど、神様の血肉になれるなら怖くないです! それに、サンタナ様はそんなに頻繁に食事されるわけでもないですし!」

「そ、そっかぁ」

 

 他の人にも聞いてみたけど、みんな大体おんなじ感想だった。すごい、めっちゃ飼い慣らしてる……。

 

 ただ聞いた限り、ただ闇雲に名誉なことだって思ってるだけでもないみたいだ。どうもサンタナ、食べるのは主に「長きに渡る神への奉仕、功績の大なる人間」……つまり年寄りを中心にしてるらしい。しかもときには食べることなく、吸血鬼として眷属にする。

 となれば、人間なら懸念する殺されるという出来事も立派な慶事扱いになるわけで……よく考えてるよ、サンタナってば。

 

 城のある台地なんて、そのまま「神が住む山」って呼ばれてるもんなぁ。世界が違えばとんでもない信仰を稼いでる主神になっててもおかしくないレベル。

 そして彼に信仰を注ぐ人々の顔に、悲壮感はまったくない。二十一世紀の地球でも、これほど穏やかに暮らしてる人々が一体どれくらいいたことか。

 

 なるほど、これはわたしがどうこう言うのは完全にお節介らしい。それが、わたしの結論となった。

 確かにすべてを知っていれば、この人々は家畜の安寧を甘受するだけの存在に見えるかもしれない。だけど、彼らは幸せに日々を生きている。それを、部外者が違うって言うのはお門違いだよね。中からそう言う人が出てくるならまた話は別だろうけど。

 

 というわけで、あちこち見て回って納得したわたしは、帰省を終えてユーラシア大陸に戻ることにした。

 

「サンタナの国、堪能させてもらったよ。すごいね、直に見るとつくづくそう思う」

「姉さんにそう言ってもらえると、頑張った甲斐があったというものだ」

 

 サンタナが笑う。この間、決心を固めたからか今まで以上に表情が柔らかい。おかげで原作の彼と比べると別人感がすごい。

 

「次に会うのは、たぶん休眠期が明けてからになるだろうから……二千年くらい先かな」

「そうなりそうだな。俺がいない間、この国が保てばいいが……」

「それは難しいんじゃあないかな。人間の作る国が、二千年以上続いたって話はわたし知らないもの」

 

 地域の歴史として数千年以上続くところはあるけど、一つの王朝が大過なく千年、二千年続いたことなんて前世でも聞いたことがない。

 強いて言えば日本はそれに当たるかもだけど、それにしたって単に天皇家が続いてるってだけで、統治機構として考えれば他の国と大差ないもんね。そもそも、実在を確実視されてない人もいるし。

 

「……そのときはそのときだ。できる限りの備えはしておくが……」

「だよねぇ……」

 

 これについては本当にどうしようもないから、運否天賦に任せるしかないと思う。

 まあでも、千五百年後くらいに、ユーラシア大陸からコンキスタドールが来ることくらいは教えといてもいいんじゃあないだろうか。サンタナとしても、遠方から来た人間(コーカソイド)を自分と同類と誤認されるのは業腹だろうし。

 

「ふむ、確かに技術が進めばそれもあり得るか。なるほど。考えることが増えたが、備えられることを考えれば朗報とも言える。感謝するぞ姉さん」

「えへへ、どういたしまして」

 

 そんな会話を交わした翌日。わたしはいよいよ、メキシコを出立することにした。

 餞別としてサンタナが作った色んな道具をもらっちゃったから、これはショシャナたちへのお土産にしようと思う。

 

「姉さん、よければこれを連れていってくれ」

 

 ところが、そう言って差し出されたトナティウを見て、わたしは視線を限りなく遠くに向けた。

 この子を連れて帰っていいんだろうか。正直、嫌な予感しかしないんですけど。

 

 トナティウは、最初に言った通り半吸血鬼だ。それはもうこの際どうでもいいんだけど、聞けば今年でちょうど五十歳とのこと。つまり人間に当てはめると、大体高校生くらいなんだけど……要するに若い年頃の女の子なわけだ。

 

 さて問題です。そんな女の子を連れてわたしが帰ってきたら、果たしてショシャナはどういう反応をするでしょう?

 わたしには、修羅場になる未来しか見えないんですよぉ!

 

「あちらの大陸のこと、あたしこの目で見てみたいんです!」

 

 でもなぁ! わたしとほぼ同じ動機を語る彼女を無下にするのは、わたしのポリシーに反するんだよなぁ! これは断れない……!

 

「サンタナ、ホントにいいの? 人手はあんまり足りてないんでしょ?」

「構わない。姉さんのほうこそ、人手を求めてこっちに来たのに手ぶらで戻っては何を言われるかわからんだろう?」

「それはそうなんだけど……」

 

 というやり取りもあったしね……。うん、サンタナの完全な厚意だし、そういう意味でも断れないよね……。

 

 正直、ショシャナ関係で不安がある以外にも、検疫的な意味で大丈夫かなとも思ったりするんだけど……。これに関しては、柱の一族が行き来してる以上あんまり気にしても仕方ないかもだけどさ。

 

「……ええと、うん。移動は正直強行軍になるけど、そこは覚悟してねトナティウ」

「はいっ!」

 

 ショシャナとは逆に、根っからの元気っ子という感じのトナティウ。名は体を表すとは言うけど、もしかして世界共通なのかな。半分とはいえ吸血鬼に太陽(トナティウ)とか、よく名付けたなとも思うけど。

 

 そんなわりとどうでもいいことを考えながら、わたしは北に向けて走り始めたのだった。

 




二人目の家族枠。同じく期間は短いですが。
彼女のスタンドについては次の次あたりで。


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25.嫌な予感は大体当たる

トナティウのスタンドについては次の次くらいと言ったな。
あれは嘘だ(無計画


 さて戻ってきましたユーラシア大陸。強行軍になるとか言っておきながら、行きと同じく北極海が凍るまで移動できなかった時期もあったことについてはなかったことにしたい。

 まあでも、その時期はトナティウに文字や言葉を教えるのに使えたから、結果オーライってことで?

 

 にしても、トナティウは記憶力がいい。そして身体能力もかなり高い。半吸血鬼は能力が高いとはサンタナのレポートにあったけど、どうもその通りみたいだ。

 ショシャナもかなり物覚えがよかったけど、あの子はわたしの見てないところでものすごい努力をしてることをわたしは知ってる。それをさほど苦労しないでこなしちゃうんだから、いかにトナティウが……というより半吸血鬼がすごいかわかるね。

 

 ……その点について、色んな懸念があるのも事実ではあるけど。いつものようにそれは棚に上げて、わたしは一路エジプトはアレクサンドリアに戻ってきた。

 

 道中では何度もトナティウが好奇心を爆発させて質問攻めにあったけど、スポンジのように知識を吸収する彼女にわたしも触発されて、ついつい語りすぎてしまったこともあったね!

 念のため、ギザの三大ピラミッドはまだ見せてない。あれはこの時代ですら、既に完成から二千年近くが経ってるロマンの塊だ。語り尽くすには相応の時間が必要だ。

 

「はー、やっと着いた」

「賑やかな街ですね! あんなに大きな船まであります!」

「ここは港としても重要なところだからね。色んなところの色んなものがここに集まっては出て行くんだよ」

「すごいですね……!」

 

 キラキラした目であっちこっちに目を向けるトナティウを見てると、なんだか自分を見てるような気分になる。カーズ様たちも、こんな感じでわたしを見てたんだろうか……。

 

「えーと、これから行くのがここでのわたしの拠点だよ」

「ルブルム商会ですね! 商売というのがあちらにはほとんどなかったので、とっても楽しみです!」

 

 サンタナの国は、ある意味では完全な統制国家とも言える。だから商売という概念が希薄で、広範囲をカバーする商会という概念となると皆無だった。トナティウが好奇心を向けるのも当然と言える。

 そもそも売買すら滅多になかったもんなぁ……。物々交換がされてたくらいだから、貨幣という概念には最初困惑してたっけ。

 

 そんなことを考えながら、およそ一年ぶりとなる我が家の軒先をくぐる。

 

「ただいまー」

「!? あ、アルフィー様!」

 

 店番をしてた男が、わたしの顔を見て驚く。だけどすぐに嬉しそうな顔になって、大急ぎでショシャナを呼んでくるように周りの従業員に指示する。

 

「お久しぶりですアルフィー様! よくご無事で!」

「うん、久しぶり。まあ、病気とかに縁のない身体だし、そこはね」

「ああ、それは確かにそうなのですが。我々としてはやはり、どれだけあなたがすごくても心配になるのです」

「ありがとう。みんな優しいよね、嬉しいよ」

「いえいえ、アルフィー様にいただいた恩に比べれば……」

「ああああああああああ!!」

「……ショシャナが来たね」

「ですな」

 

 話の途中に割り込んできた叫び声に、わたしと彼は苦笑する。

 だんだん大きくなるその声が、ショシャナのものということは一目瞭然だ。

 

 そして勢いよく扉が開くと同時に、

 

「ああああアルフィーさまああああああ!!」

 

 猛然とわたしに抱きついてくる、いい歳した女が一人。言うまでもなくショシャナだ。

 

 わたしに抱きついた彼女は泣きわめきながらわたしを抱きしめ、さらに頬ずりしながらキスを乱発してくる。

 間近で見ると、随分やつれて髪も肌もかなり荒れているのがわかるけど……わたしに会えないのがそんなに堪えたのか……。

 

「……うん……よしよし、よしよし。寂しかったねぇ。大丈夫だよ、わたしちゃんと帰ってきたからねぇ」

 

 でもそんな彼女を振り払う選択肢はわたしにはない。なんだかんだで、わたしも彼女のことは身内として認めてるのだ。実際、一年ぶりのこの強烈なスキンシップに妙に安心してるとこあるし。

 

 ……待て、さすがに股間に手を伸ばすのはナシだぞ。顔を舐めるのもやめなさい。ぺろぺろじゃありません、どこでそんなこと覚えたんですかこの子は! そんな子に育てた覚えはありませんよ! わりとマジで!

 

 ちなみに、斜め後ろに控えてたトナティウはドン引きだ。紛うことなきドン引きで、ついでに言うなら彼女的にわたしはサンタナに並ぶか下手すると上回る神様なので、ショシャナのこの行動に対して「不敬!」と言いたげでもある。

 まあ、この子はわたしの家族なので。大目に見てあげて。これもカルチャーギャップってことでさぁ。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 その日は、終始ショシャナに抱きつかれたまま行動することになった。食事はおろか入浴や就寝まで彼女はわたしにべったりで、まるで子供の頃に戻ったようなありさまだった。

 そんなに寂しかったのかと改めて思ったけど、同時にこれは矯正は無理そうだなど思う。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。……わたしのせいか。

 

 他のメンバーに聞けば、わたしがいない間は最初の一ヶ月以外ほとんど使い物にならなかったみたいで、文字通り「わたしがいないとダメ」らしい。

 おかげで他のメンバーも商人として成長せざるを得ず、結果として商会の底上げになったのは怪我の功名以外の何物でもない。

 

「……おはようショシャナ。よく眠れたみたいだね?」

 

 朝。彼女が起きたのを見てそう言うと、彼女は感無量と言った様子でわたしの頰を両手で挟み込むと、さわさわと手を動かして。

 

「ああ……いる……アルフィー様が、ここにいらっしゃる……!」

 

 とつぶやいてはらはらと泣くんだから、ホントどうしたものだろうね……。

 そのまま唇を奪われたことはこの際目をつぶるから、誰かこの末期的な依存症をなんとかする方法を教えて欲しい。はーもう、二十一世紀から病院が来ないかなー!

 

 だけど、本当の地獄はここからだった。

 ルブルム商会での普段通りに、わたしがショシャナに抱きかかえられて食堂に降りたところをトナティウが待ち構えていたのだ。

 

「おはようございますアルフィー様! 本日もよろしくお願いします!」

「うん、おはようトナティウ。今日も元気だねぇ」

 

 わたしも、ここ一年ほどの普段通りになっていた挨拶を習慣でしてしまったわけだけど……。

 

 ここでわたし、自分の失敗を悟る。

 慌ててショシャナに目を向ければ、彼女は般若も裸足で逃げ出しそうな凶相でトナティウをにらんでいたのだ。

 

「……アルフィー様……? この小娘は……一体……?」

「あ、あーっと、あのねショシャナ。あなたが思ってるのとは違うからね?この子はトナティウって言って、わたしの弟の従者なんだけどね、色々あってこっちに勉強しに来たの」

「……は……? まさか……この一年……この小娘と一緒にいたと……?」

「いや一緒だったのは帰りだけだから、半年くらい……」

「半年もッ! アルフィー様とッ!」

 

 その声は、悲鳴みたいだった。思わずわたしは口をつぐむ。

 

「ゆ……許せない……許せない許さない許さないッッ!!」

 

 そして沈黙は一瞬。ショシャナは身体を翻すと、そのまま一直線にトナティウに襲いかかった!

 

「ちょ、ちょっとショシャナ!?」

 

 幸い、というかなんと言うか。トナティウは半吸血鬼だから、攻撃自体はなんなく受け止めてた。なんならそのまま押し返すだけの膂力もあるから、余裕すら感じられる。

 だけどその顔には隠しきれない怒りが浮かんでいて……。

 

「それはあたしのセリフですっ! なんですかあなたは昨日から! 黙って見てればアルフィー様に無礼な行いの数々! 神様に対する敬意はないんですかっ!」

「うるさいうるさいうるさぁぁぁい!! アルフィー様は私の母で姉で運命の人なのよ!! ポッと出の小娘ごときが、私たちの愛を引き裂こうなんて断じて許さないわ!!」

「なんですかこの頭悪い女! 信じられないです! あーもーあたしも限界! もー我慢できないっ!」

 

 あ、やべ。そんな声が出た。

 

 そしてわたしが周りにいる全員に避難指示を出すのと、にらみ合う二人がスタンドを出すのは同時だった。

 

「【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】ッ!」

 

 ショシャナの姿が変わる。暗い色合いで構成された全身に。昔に比べて背丈も伸びて、すらりとした身体つき。だけどどこか泣き顔のような印象を受ける顔面のデザインは、昔と変わることなく怪人のようだ。

 ただ一つ、背中に生える翼だけがどこまでも白く、彼女に許された純真さがいかに少ないかを語っているようで。

 

 その姿は、どことなく物悲しい。

 

「【マクイルショチトル】ッ!」

 

 対してトナティウの隣に現れた人型は、まさに正反対。白を基調とした身体は美しく、その身に刻まれた装飾はサンタナを祀る神殿に施されていたものとほぼ同じ。エメラルドのように輝く瞳はトナティウのそれと同じ色で、彼女の旺盛な好奇心を体現したかのようだ。

 さらにはその周囲を緩やかに公転する、五つの花が特に目を引く。いかにも熱帯の花らしい様子のそれは赤やオレンジなどの、鮮やかな色合いで。

 

 その姿は、どこまでも華々しい。

 

「スタンド……!? そうか……そういうことなのね……それでアルフィー様にすり寄ったのねッ!」

「ナワル……!? なんでそんな高等なものに欲望一直線の単細胞が開眼してるんです!?」

 

 二人はお互いのスタンドを見るやそう感想を言い、

 

「アルフィー様! 騙されてはいけませんわ! この小娘はスタンドであなた様をたぶらかしているのですよッ!」

「アルフィー様! あたし納得できないです! こんなおバカになんでここまで加護を与えちゃったんですかぁ!?」

 

 そして直後に同時にわたしに声をかけ、

 

「誰がバカですってぇこの小娘がッ!」

「不敬がすぎますこの頭沸騰女めッ!」

 

 最後に、これまた同時互いにガンを飛ばしあった。

 

 さらに二人同時に拳を繰り出す様を見て、わたしは思った。

 実は仲が良いのでは……?

 

 そんなわたしをよそに、二人の……正確にはショシャナの拳とトナティウのスタンドの拳とがぶつかり合った。爆発にも似た音が鳴り響く。

 

 だけど、両者にダメージはなし。ショシャナの【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は防御特化のスタンドで、自身の攻撃力はあくまで本体であるショシャナに依存する。けど、ただの人間である彼女が放った拳は、あくまで成人女性のそれでしかない。

 

 一方、トナティウの【マクイルショチトル】は近距離パワー型のスタンドで、本来であればそのパンチはわたしたち柱の一族にすらダメージを与えうる。ところがそんなパンチであっても、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の守りを抜くことはできないらしい。

 

 そして二人は、これまた同時に自身の攻撃が互いに効かないことを瞬時に理解したんだろう。すぐさま能力を用いた戦いに移行した。

 

「死ねッ!」

 

 なんとも物騒な言葉とともに、ショシャナの足元に転がっていた小石たちが凄まじい速度で放たれた。

 向かう先はもちろんトナティウだけど、半分を本体に、もう半分はスタンドにという具合でなかなかに周到だ。速度と言い、随分と能力を使いこなしてるようで何よりだよ。

 

「ふぅーん、ですっ!」

「!?」

 

 だけど、それはすべて当たらなかった。外れたのではない。かわされたのだ。

 

 トナティウが何をしたかと言えば、【マクイルショチトル】の周りを公転していた花が二つ消え、直後に周辺にその花がいくつもしかしわずかな時間差で咲き誇り始め。それらを順繰りにスタンドで殴っていっただけだ。

 一見すると、それだけ。だけど、そうやって順番に花を殴ったことで、結果的にスタンドと本体が踊るように動くことになり、それによって石を回避したのだ。

 

 ちなみに花を殴った時に、グレートとかパーフェクトとか、そういう意味合いの象形文字が出現するのは……なんていうか、すごくゲームっぽい。

 

「……ちぃ!」

 

 とはいえ、それで取り乱すほどショシャナはうぶじゃないし、諦めも良くない。小さいものでダメなら、同時でダメならと、すぐそこにあった机と椅子をランダムにぶっ飛ばし始める。

 

「効きませんねぇ!」

 

 それをトナティウは、やはりその能力で回避し続ける。

 けれどかわすだけでもなくて、スタンドのほうが少しずつショシャナに近づいている。本体にも飛んでくる射撃もかなりあるのに、それをかわせているのはひとえに半吸血鬼としての高い能力があるからだろう。

 

「はあっ!」

 

 げ、ショシャナったら遂に包丁の類まで飛ばし始めた……ああもう、食堂がめちゃくちゃだ。

 

 そして当然のようにそれを回避するトナティウに、いい加減痺れを切らしたのか。ショシャナが次の手を切った。

 

「うひゃっ!? くっ、このぉやりましたね!?」

 

 今しがた、回避したはずの包丁がぐるりと軌道を変えて再びトナティウに襲いかかったのだ。

 そう、ショシャナはある程度射出したものの軌道を変えられる。追尾はさせられないけど、進行方向を変えるくらいはわけないのだ。この辺りは、わたしの【コンフィデンス】の影響のような気もするけど。

 

 この能力を使い出したことで、トナティウもスタンドをより精密かつ正確に動かす必要が出てきた。先ほどまでは単調なところもあった花は、かなりの頻度で現れるようになっている。

 ついでに言えばスタンドの周囲を公転する花の数は二つに減っていて……いわゆる、「難易度が上がった」ことが見て取れる。

 

 それでも直撃を食らわないのはさすがと言うべきか。

 

「そ……こだぁっ!」

 

 そして間隙を縫って反撃に転じるんだから、まったく大したものだと思う。

 

「効かないわね!」

 

 だけど、その攻撃もショシャナには効かない。打音は鳴ったけど、それだけ。強いて言えば少し体幹が揺らいだ程度で、相変わらず理不尽な防御力だ。

 

「これでも食らいなさいっ!」

 

 そしてその隙を見逃すショシャナじゃあない。攻撃直後の体勢を崩すように、拳が遂に【マクイルショチトル】の腹部に叩き込まれた。

 

「……っ! ふん……軽いですねぇ!」

 

 普通なら、本体の攻撃はスタンドには通じない。だけどスタンドによって変身しているショシャナの拳は通る。いかにそれがただのパンチでも、確かにダメージになったようだ。

 

「ふふん、でも『効かない』とは言わなかったわね!」

「……言わせておけばっ!」

 

 そう、トナティウは()()()()()()()()()()()()()()。それはつまり、ダメージを受けたことを認めたも同然だ。

 

 にも関わらず、逃げなかったトナティウは根性が据わってると思う。わたしがあの場にいたら、……ショシャナの能力を知ってるからでもあるけど、一度下がって様子を見るだろうに。

 うん、トナティウは逃げなかった。公転する花をすべて使って咲き誇る無数の花を殴りながら、踊るようにショシャナの身体を打ちすえる! ラッシュだ!

 

「ううううりゃあああああーーっ!!」

 

 花が次々に消されていく。現れる文字はほとんどがグッド、だけどたまにプアーとパーフェクトが混ざる。

 

「無駄ァ!」

「うぐっ!?」

 

 ショシャナがDIO様みたいなことを言い出した! いや今更か!

 

 彼女の声とともに、【マクイルショチトル】が天井にぶっ飛ばされた。あれは殴ったんじゃなくて、スタンドそのものを射出したんだな。その速度は今までの比じゃあなく、さながら人間大砲じみた有様だった。

 あれがあるからショシャナのスタンドは厄介なんだよなぁ……。殴ってきた相手すら能力の対象としてぶっ飛ばせるから、本人の攻撃力が低くても関係ないんだよなぁ。特に閉所だと、壁が凶悪な武器に早変わりするから余計。

 

 それはそれとして、今の大丈夫かな? トナティウはもちろんだけど、この建物が壊れるのはまずい。ローマンコンクリートでできてるし、大丈夫だと信じたいなぁ……。あとで念のため検査しとくか……。

 

 ハラハラしながらも二人に目を戻すと、トナティウが背中をかばうようにして立っていた。さすがに、コンクリートに背中から叩きつけられたのは効いたらしい。口から血を吐いてるし、内臓にも届いたみたいだ。

 

「……ふふん」

 

 ところが、彼女は笑っていた。なぜなら。

 

「な……そ、そんな……!?」

 

 ショシャナの身体に、一部。小さいけど確かに、ヒビが入っていた。そこからはくすぶる煙と弾ける火花が上がっている。さながら壊れた機械みたいで……彼女自身も、痛みがあるのか少しフラついてる。

 

 そう。なんと、トナティウはあの【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の防御を抜いたのだ!

 あの絶望的な防御力を知っていると、にわかには信じられない話だ。だけどこれも、もちろんスタンド能力によるものだ。

 

 トナティウのスタンド、【マクイルショチトル】。その能力は、ただ攻撃をかわすことじゃあない。その本質は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、【()()()()()()()()()()()()。つまり回避だけでなく、攻撃にも使えるのだ。

 

 ラッシュのとき、いくつか混ざったパーフェクトの象形文字はまさにその証。ショシャナの堅い守りを抜くという、限りなくゼロに近い可能性をそれによって強引に現実のものとしたんだね。

 

 正直言って、運命に干渉する破茶滅茶なスタンドだと思う。ただ、もちろん穴はあるわけだけど……さて、ショシャナにそれをつけるだろうか。

 

 まあ、つけたとしてもこれ以上はわたしが許さないけど!

 

「はい、二人ともそこまで!」

 

 建物はもちろん、二人にも相応のダメージが入ったところで、レフェリーストップだ。これ以上暴れられると、色んな意味で取り返しがつかなくなる。主に建物のほうが。

 ダメージを受けた(あるいは与えた)ことで少し頭が冷えたのか、二人もそれは認識したようだ。双方が同じ表情を浮かべながらもスタンドを解除した。

 

「うん、よろしい。はあ……わたしも迂闊な発言したけど、やりすぎちゃダメだよ?」

「申し訳ありません……私としたことが我を忘れてしまって……」

「はい……あたしが軽率でした。せっかくの食堂がめちゃめちゃですね……」

 

 周りに目を向ければ、大惨事だ。これより悪い事態なんて、それこそ建物が壊れるくらいしかないんじゃあないかってレベル。

 

「だよね。……というわけで、まずは片付けだよ。わたしも手伝うから、三人で終わらせるよ!」

 

 ところがそう言ったら、

 

「いいえ! アルフィー様のお手を煩わせるほどのことではありませんわ! アルフィー様は休んでいてください!」

「そんな畏れ多い! アルフィー様は神様なんですから、こういうことは下々に任せていただければいいんですよ!」

 

 二人してこう言うんだもんなぁ。

 君たち、やっぱり仲良いでしょ?

 

「……ふん、小娘と同意見なのは癪ですが、確かにこういうことは私たちの仕事です」

「ふーんだ、あたしだって癪ですよ。でも実際、これくらい余裕ですもんね」

 

 こう付け加えて、顔を背け合うんだからなんだかなぁ。わたしは苦笑するしかない。

 わたしとしては、わたしも含めて三人でやったほうが早く終わると思うんだけど。それでも二人は頑として譲らなかったから、わたしは諦めて二人の仕事ぶりを眺めてることにした。

 

 なお、この日の朝食は昼食とイコールになったことは付け加えておきたい。二人とも片付けながらケンカするんだもんなぁ……。

 




スタンド:マクイルショチトル 本体:トナティウ
破壊力:B スピード:B 射程距離:E 持続力:B 精密動作性:B 成長性:C
白い胴体にアステカチックな模様と装飾が施された人型のスタンド。本体が女なのでスタンド像も女性的だけど、近距離パワー型。
本編中でも説明があった通り、出現する花を散らすことで直近の可能性の中から最善の結果を引き寄せる能力を持つ。ただし必ず成功するわけではない。
デフォルトではスタンドの周囲を公転する五つの花を持つが、能力を発動すると、状況に応じてこの花が消える。消えた花の数が多ければ多いほど、最善を引き寄せる難易度が上がることを意味している。この挙動はパッシブなものであり、本体にも制御はできない。
花を散らすと、そのタイミングに応じてミスとかプアーとかグッドとかグレートとかパーフェクトとかを意味する象形文字が出現するが、要するに大規模な三次元ju〇eat。


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26.新しい門出

 ともあれそんなわけで、トナティウがなかまにくわわった。

 彼女のこちらでの役割は、主にわたしが以前から担当していた情報の取りまとめと各所の繋ぎ役となる。これは、彼女が人間以上の身体能力を持ちながら日中に行動できるからこその役割だ。

 わたしやルブルム商会だけでなく、カーズ様たちとのやり取りも担当することになるかなり重要なポジションになる。わたしもこの仕事は継続するけど、わたし一人でやってたことを二人でできるようになったことは色んな意味で大きい。

 

 新入りにいきなりそんな重要な仕事を与えて嫉妬する人が出てくるかなとも思ってたけど、そこは彼女の一本気な性格と相応の実力もあって特に気にされた様子はない。

 

 ショシャナ? あの子はわたしの隣さえ死守できればいい子だから……。

 なんならトナティウがわたしの近くにいる頻度が下がる上に、トナティウがこの仕事をやってればショシャナが毛嫌いしてるカーズ様に顔を合わせる頻度も下がるってことで、歓迎してたほどだ。

 

 そしてそのカーズ様はと言えば、さすがと言うかなんと言うか、トナティウを一目見て人間じゃあないと看破した。これについてはわたしですらわかったことだから、彼にわからないはずがないよね。

 それからその正体について説明を求められ、かくかくしかじかとサンタナの人間の品種改良について話したら、なるほどと面白そうにしてたのが実に嫌な予感しかしない。

 

 と思ってたら、案の定こっちでも半吸血鬼を作ってみようと言い出したからたまったもんじゃない。

 

 とはいえ、人手不足解消のためにわざわざ一時離脱したのに、ほぼ成果なしで戻ってきたわたしにノーと言う権利なんてあるはずもなく。求められるまま(脅されるままと言い換えても可)半吸血鬼について説明せざるを得なかったよ……。

 まあ、細かい作り方までは説明していないけどね! 内容が内容とはいえ、サンタナが頑張って調べたことを全部開示するのははばかられたし、歴史どころか世界そのものがこれで変わる可能性まであるんだからあちこちぼかしてごまかしたよ。わたしがんばった。

 

 というわけで、カーズ様は気晴らしも兼ねて実験を始められた。わざわざアルビオン(ブリテン島のこの時代の呼び名)に渡って人目の少ないところで始めるあたり、こういうことには凝り性な人だなとは思う。

 

 まあ、カーズ様が実験にかまけてればその分赤石探しも遅れるわけだから、そこは歓迎だ。それだけ原作の時代への備えもできるわけだしね。

 実験台にされる人については本当にごめんなさいだけど……それについてはせめてまっとうに生きていけるように、人生の選択肢を増やしてあげるようにしようと思ってる。どうせ、カーズ様のことだから教育関係はわたしに丸投げるだろうし。

 

 なお、トナティウのカーズ様たちに対する印象は、悪神、悪神、武神らしい。順にカーズ様、エシディシ、ワムウだ。

 カーズ様たちの言動は、確かに悪神と言われても仕方ないとは思う。あっちでサンタナがやってることに比べればそりゃあ、ねえ。

 

 そんなこともあってか、カーズ様のいないところでは、神としての力をいたずらに振るう邪悪な存在扱いだ。そしてこの件で、ショシャナと悪口が盛り上がってる。やっぱり君ら仲良しだよね?

 でも指摘すると口を揃えて違いますって言うんだなぁ。わたしはもう、なんか親戚の姪っ子とかを眺めてるようなほっこりした気分だよ。

 

 そんなこんなで、また三十年ほどが過ぎた。今のところは波紋使いの目を避けてることもあってか、わりと穏やかだったと思う。相変わらずローマは拡張を続けてたけど。

 

 わたし自身は、案の定アルビオンの人体実験施設での教育を丸投げられたせいもあって、ちょっと忙しかった。ルブルム商会の拠点がエジプトのアレクサンドリアなこともあって、行き来がもうね、しんどくってね……。

 

 とはいえ、半吸血鬼の研究はサンタナが何百年もかけたものだ。たかだか三十年、しかも気晴らしの片手間にやってることもあって、目立った人材を輩出するには至ってない。

 そもそも半吸血鬼って老化が遅いんだけど、それは同時に成長が遅いってことでもある。だから三十年経っても、初期に生まれた子ですらまだ十歳くらいの子供なんだよね。そりゃあ人材どうこう以前の問題だ。

 

 それはともかく。

 

 さっきも言ったけど、三十年が過ぎた。大事なことだから何回も言う。

 わたしたち柱の一族にとって三十年はあっという間だけど、人間にとってはそうじゃあない。むしろとても長い期間だ。

 

 何が言いたいかって?

 

 それはね。

 三十年が過ぎたってことはね。

 ショシャナが、七十近いおばあさんになったしまったということでもある、んだよ。

 

 ……この時代としては、かなり長生きだ。それでも、二十一世紀の七十手前とはわけが違う。随分と老け込んでしまって、最近は介護が必要なレベルになっている。

 トナティウは半吸血鬼だから、まだ二十代くらいの姿と精神を保ってるけど……だからこそ、二人の差があまりにも顕著で見てるだけでつらくなってくる。

 

 トナティウもショシャナの衰弱には思うところがあるみたいで、寂しそうにしてることが増えた。やっぱり仲良しだった。

 

 そんなある日のこと。わたしはいつものようにショシャナの介護のために、つききっきりで世話をしてたんだけど。

 彼女は普段とは違う覚悟を決めた顔でこう言った。

 

「アルフィー様……私に……石仮面を使わせてください」

 

 その言葉に、わたしは思わず手にしていた食器を取り落としてしまう。

 

 石仮面を使う。それはすなわち、吸血鬼になるということ。ほぼ不老不死の身体と無双の力の引き換えに、人間性を失う諸刃の剣。それを使わせてくれと、彼女は言ったのだ。今までずっと使わせなかったそれを、使わせてくれと。

 

「私……死にたくないのです……。もっと、もっとアルフィー様のおそばにいたいのです……。アルフィー様をずっとお支えしたい……」

「……ショシャナ……」

「それに、あの女はこれからもアルフィー様と一緒にいるのに……私だけなんて、そんなの、あんまりです……!」

「そっちなんだ……」

 

 死にたくない理由がわたしで、さらにはトナティウに張り合うためとか。老婆になってもこの子が変わらなさすぎてわたしは思わず笑っちゃったよ。

 

 でもそれはそれとして、簡単に吸血鬼になっていいものでもない。カーズ様はほいほいやるけど、わたしはやっぱりそういうものじゃあないと思うんだよね。

 

「……わかってる? 吸血鬼になったところで、ショシャナがショシャナであり続けられる保障はどこにもないんだよ?」

「愛の力で乗り越えますわ」

「なんの根拠もない答えをありがとう」

 

 ブレないなぁ、この子は。結局、ずーっとわたしのことだけを見てわたしのことだけを愛し続けてくれた。

 わたし自身は、やっぱり人を見る目がないなぁと思うんだけど。でも好き嫌いって、理屈じゃないところもあるしねぇ。

 

 だけど吸血鬼にはなってほしくないのは、それだけじゃないんだよ。他にも問題はあるんだ。だってサンタナの研究によれば、殺される以外での吸血鬼の死因は主に自殺なんだから。

 

 吸血鬼という生き物は、根本的に人間と変わらない。それは生物学的な意味だけでなく、精神性もそうなんだよね。ただ、心のブレーキがなくなるだけで。

 そして人間は、何百年も生きていられるほど図太くない。多くの吸血鬼は、その永遠性を最終的には持て余して自ら死ぬことになる。

 

「……ねえショシャナ。吸血鬼になって、あなたも心を喪わなかったとして。それでも、あなたの心が生き続けられるかはわからないんだよ?」

「そんなことはありません! ありえませんわ! 私は、アルフィー様さえいれば何も怖くありませんもの!」

「わたしが二千年もの間不在でも?」

「……!?」

 

 ショシャナが絶句した。そのまま、しばらく沈黙が場を支配する。

 

 彼女には、言ってなかった。だって、人間の彼女の短い人生の中では関係がないと思ってたから。

 でも、吸血鬼になるなら話は変わってくる。わたしの、と言うより柱の一族の生態を知る必要がある。

 

 そう、わたしはもう百年もしないうちに、二千年の眠りにつくということを。

 

「ショシャナは、それに耐えられるの? たった一年ちょっと、わたしがいなかっただけであんなに取り乱したあなたが?」

 

 そして説明を終えて、わたしはあえて突き放すように言った。

 

 だってもしも耐え切れなかったときは、生き地獄を味わうことになるんだよ。目の前にわたしがいるのに、石化している。いないも同然の状態を目の前に、延々と苦しむことになる。

 そうやって心が壊れていくショシャナのことを考えると、とてもじゃないけどいいよなんて言えない。かわいそすぎる。

 

 だから、あえてわたしは拒絶したんだ。どれだけ人間ぶっても、結局のところわたしのこの手は悪魔の手。こんな手は取るべきじゃあない。ショシャナはあくまで人間として、その命を全うしてほしいんだよ。

 

 ああでも……それでも、家族だからわかる。ショシャナはそれでも、って言うだろう。

 

「それでも……たとえ私が壊れることになっても、それでも私は……アルフィー様と同じ時間を過ごしたいんです!」

 

 ほらね。

 

 わかってた。知ってる。ショシャナがそういう子なのは、誰よりも知ってる。

 だって、わたしがこの子を育てたんだもの。わたしは世界で一番、この子のことをわかってる。

 

 きっと、二千年の不在に耐えられないだろうなってことも、なんとなく。

 

 わかってるなら止めるべきだ。それはわかってる。

 わかってるけど……でも、万年単位で続くわたしの人生と同じ時間を過ごしたいという彼女の言葉は、わたしにとっても嬉しいもので。

 

 そんなこと言われたら、わたし断れないじゃないか……。

 

「はあ……。わかった、わかったよ。死ぬより辛い目に遭う覚悟があるなら、わたしはもう何も言わないよ」

「……ありがとうございます!」

 

 かくして、ショシャナは吸血鬼として生まれ変わった。せめて、と思ってその起動にはわたしの血を使い、若返るための最初の吸血もわたしからさせた。

 サンタナのレポート通りなら、これで普通より優れた吸血鬼になるはずだ。そうなってほしい。そう願って、わたしの血を使った。

 

「ああ、身体に力がみなぎる……! これが若さ……! 素晴らしいわ、今までの重かった身体が嘘のよう!」

 

 そうして、見事に二十代前半くらいの姿を取り戻したショシャナは、どうやら理性を失わずに済んだようだ。

 

 よかった。わたしの手でこの子を殺すなんてしたくなかったから、本当によかった。

 

 でも、やっぱり石仮面は人を狂わせる。つくづくそう思わされた。

 

「ではアルフィー様! まぐわいましょう!」

「なんでそうなるかなぁ!?」

「だってせっかく若返ったのですもの! やはり(しとね)は共にしたいじゃあありませんか! さあ遠慮せずこちらにどうぞ! 愛を育みましょう!」

「いやそのりくつはおかしい……っう、きゅ、吸血鬼になったから力が……!」

「はあはあ、アルフィー様を押し倒せる日が来るなんて、夢のようですわ! 大丈夫です、幼い頃から頭の中でイメージトレーニングはバッチリ重ねてきましたので! 私に身体を委ねてくださいな!」

「ああもう! 石仮面なんてだいっきらいだぁ!」

「ああんアルフィー様ぁ! あ、でもこんな風に蹴っていただけるのも新鮮……! 頑丈になったからできることですね! 最高ですわ!」

 

 どうしよう。まさかスケベ方面にタガが外れるなんて思ってなかったよ!

 

 原作の吸血鬼は大体破壊衝動とかそっち方面だったのに、この子ときたら!

 そりゃあ、わたし今までショシャナのそういう求めには応じてこなかったけどさぁ! いくらなんでも処女をこじらせすぎでしょ!?

 




あくまで家族枠と言い張る(真顔
ちなみにショシャナが主人公を押し倒せたのは不意打ちだったからです。普通にしてれば押し倒せません。


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27.スーパーエイジャ争奪戦 序

「はぁー? 最期くらい真面目に見送ってあげよーと思って、必死こいて戻ってきてみれば……何やってるんですかこの色ボケババア!」

 

 アレクサンドリアに戻ってきたトナティウ、渾身のツッコミだ。全面的に同意したい。

 

 ところが言われたほうはどこ吹く風で、今日も元気にわたしに踏まれて興奮している。

 なんとかしてほしいところだけど、何しても喜ぶせいでどうにもならない。放置が一番ではあるんだけど、そうするとそれはそれで泣き始めるから……。

 

「聞きなさいっ!」

「はぁーん? 負け犬が何か吠えてるわねぇ? よくわからないわ、だって私人間ですもの!」

「もう人間じゃないくせに何をいけしゃあしゃあと!」

「見苦しいわよトナティウ! どうせ嫉妬してるんでしょう! アルフィー様の血をいただけたこの私に!」

「え、別に? だってアルフィー様の血はあたしもたまにいただいてるし」

「……は?」

「はァン?」

「ああもう、二人ともそれまでにしようね……」

 

 なんとなく楽しそうに見えるけど、一応とめておく。

 視線をぶつけあってすぐにこっちを向いて、同時に謝ってくるのなんて久々すぎて思わず笑っちゃったけどさ。なんだか始めの頃に戻ったみたい。

 

「……アルフィー様、どうしてこいつを吸血鬼なんかに? 元からアレな性格だったんですから、石仮面使ったらこうなるのはわかってたでしょうに」

「ごめん、わかってなかったんだ……いや忘れてたっていうか」

「神をも欺く色狂い……!?」

「失礼ね! 誰が色狂いですって!?」

「あんたですよ!」

 

 ハハハやっぱり二人は仲がいいなあ(現実逃避

 

 でも実際問題、ショシャナがショシャナでなくなることは危惧してても、性格が悪に振り切れることに関しては失念してたんだよね……。

 もうすぐ死ぬって状況で、わたしもわたしなりに冷静じゃあなかったんだろうけど……それはそれとして、自発的に石仮面を使ったことには変わりないわけで。本当にやってよかったのか、許されることではないんじゃあないかって、今になって後悔してる。

 

 我ながら、本当に学習能力がない。生まれ変わって記憶力とかそういうのはよくなったかもだけど、根本的なところがまるで成長してないんだよなぁ。うっかり屋っていうかなんていうか。お釈迦様が聞いたら怒る通り越して呆れるかなぁ……。

 

「……とりあえず、そろそろストップね」

 

 放っておくとすぐケンカするのは、猫とネズミ的な間柄だと信じたい。

 ただそれはそれとして、わたしを物理的な中心にしてぐるぐる追いかけっこされるのはさすがにちょっと気になるんだ。

 

「はぁい」

「はい。……だからそこで抱きつかない!」

「嫌よ!」

「迫真の顔で言うことじゃあないですからね!」

 

 ハハハやっぱり二人は仲がいいなあ(現実逃避

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 カルタゴ、地図から消えるってよ。

 

 そんな速報をもらったわたしは、ならば今が紀元前百四十六年なのかなと時系列に思いを馳せる。

 

 これは明確な歴史の分水嶺だ。カルタゴはローマに匹敵する存在だったんだからね。それが破れ、歴史の彼方へ去ったことでローマの覇権はもはや確定したも同然だ。ここにローマ帝国は、歴史に燦然と輝く金字塔となる。

 今後も、カエサルたちの第一次三頭政治、オクタウィアヌスたちの第二次三頭政治という歴史的に重要な出来事はあるけど、それらが行われないにしてもローマは存続していずれ帝国になるはずだ。

 言うなれば、ローマをローマ足らしめる……後世にまであまたの分野でその影響を残すローマ帝国、その礎は間違いなくここで完成した。であれば、今後の歴史にそこまで大きな差は出てこないだろう。

 

 もちろん、わたしの知る歴史と大きく異なるものになり得る歴史の分水嶺は、まだいくつか残ってる。その筋の人なら、人理定礎と言えばそれが何を指すかわかるだろう。大航海時代の成否とか、ウォーバランスの担い手となるアメリカ合衆国の行方とか、その辺だ。

 

 ただ、この時代の先にあるそれは、わたしにとっては当事者になれないものでもある。そのすべてを寝て過ごすことになるんだから仕方ないんだけど、それはそれとして残念だ。

 

 ……ショシャナには、そういう歴史上のあれこれを記録したり、文物を集めといてもらおう。あの子がわたし抜きで生き抜いていけるかどうかは正直怪しいところだと思ってるけど、仕事があればもしかしてそれが逃避になるかもしれないし。

 あとは、念には念も入れとこうかな……。

 

 さてそれはともかく、今が紀元前百四十六年なら、わたしはあと三十年くらいで眠りにつくことになる。一年二年くらいは平気で誤差として出てくるから、はっきりこの年、って断言できないのはアレだけど。そこは人間だって、絶対に同じ時間に起きて寝るなんて人はいないだろうし。

 

 ……いや、四部の吉良吉影ならやってそうではあるけど。彼ほどの几帳面さはわたしにはないから、いつもブレるんだよね。

 だから今のうちに、寝たあとのことを伝言として残しとこう。ショシャナとトナティウ宛に書いとけば、万が一はないだろうしね。

 

 ……そこ、遺言とか言わないように。

 

 そしてカルタゴが滅ぶのに前後して、遂にと言うべきかいよいよと言うべきか……。

 ともあれ、このタイミングで赤石とわたしたち柱の一族のことがローマの波紋戦士たちに発覚した。

 

 事の発端は、エシディシだ。あの人ときたら、せっかく秘密裏にことを進めてたのにうっかり見られて、それだけならまだしも人間にちょっと(聞く限りかなりのものではあったけど)挑発されただけで激昂して、派手にやっちゃったのだ。それも波紋戦士の前でだ。

 これにはカーズ様もげきおこで、友達に怒られたエシディシはさすがにシュンとしてた。以降彼は、キレそうになったときは号泣して気分を入れ替える手法を採るようになった。

 このタイミングと顛末が原作と同じかどうかはわからないけど、ともあれジョセフに対して見せたエシディシの「あんまりだ」はここから始まったのか……とちょっと感慨深いものがあるのはわたしだけだろうな。

 

 それはともかく。

 

 そんなわけでバレちゃったので、事あるごとに波紋戦士と戦う羽目になった。まあワムウなんかは楽しそうにしてたんだけど、カーズ様とあとわたしにとっては面倒でしかない。

 一応、ルブルム商会が柱の一族と繋がりがある……っていうかぶっちゃけ下位組織ってことまではバレてないけど、やりづらくなったのは間違いない。

 カーズ様がやってるアルビオンでのアレもまだ時間が足りないしで、ほとんどの作戦を少人数でやることになったと言える。

 

 これでも原作よりも手が届く範囲はだいぶ広いんだけどね。ただ、残念ながらわたしは諸々含めて決定的な情報を()()()()()()()()見落とし続けてるので、状況としてはたぶん原作と大差ない……と思う。思いたい。

 

 そうやっていたちごっこを続けることおよそ三十年。トナティウがショシャナの外見年齢を追い越し、アルビオンに半吸血鬼の部族が形成され始めた頃。

 変わった世界情勢と、スーパーエイジャがローマ市内に持ち込まれたという情報を受けて、いよいよカーズ様が動き出す。

 

「作戦は、単純に言ってしまえば囮だ」

 

 アレクサンドリアにあるルブルム商会の本店で、カーズ様以下すべての柱の一族が揃っていた。

 

「囮は二段階に分ける。まず一つ目。ローマの目と鼻の先にあるシチリア島に石仮面を放つ」

 

 あっ、察し。

 

「とりあえず一体、適当な吸血鬼を作るのだ。そいつに暴れさせる。すると当然、ローマは軍を派遣せざるを得なくなる。……が、ここ最近のローマ軍は弱体化が著しい」

 

 以前ローマが手をつけられなくなるって言ったけど、実はこの時期はその空白期間だったりする。ローマ軍の強さは市民権を持つものが支えていたけど、この時期になると拡張がすぎて財を失わざるを得ない人が続出。それに伴って市民権も失う人が相次いだんだよね。

 だからこそ根本的な軍制改革が必要になって、実際それは成し遂げられるんだけど……それが完成するにはもう数年の時間が必要になる。カーズ様はそこを突くつもりなのだ。

 

「なるほど、最近のローマ軍にゃあ手応えがなかったからな……」

「スタンド使いの波紋戦士も減りましたしねぇ」

「ただでさえ弱体化している軍が、さらに減ったところを狙うと。そういうわけですか」

「ああ。シチリア島に関してはそれでいい。あとがどうなろうと我々には関係のないことだ」

 

 ……終わったらちゃんと後始末しなきゃ。

 

「軍がローマを離れ、シチリア島にたどり着いた頃合いで我々は動く。ここでも囮だ。アルフィー、お前吸血鬼を飼っていただろう。そいつにやらせる」

「……あの子を囮にするんですか」

「能力的にもちょうどいいだろう?」

 

 不満か? と言いたげにじろりと視線が向けられる。

 そりゃ、確かに変身後のショシャナは怪人だけどさ……防御力も折り紙付きだけど、波紋は普通に食らうんだから危ないじゃあないか。

 

「……私も囮に回っていいですか?」

「ほお。まあいいだろう。せいぜい死なないように立ち回れよ」

 

 一瞬にやりと笑ったように見えたけど……今のなんだったんだろう。

 

 でもそれはともかく、やっぱり危険なことをショシャナにはやってほしくないんだ。

 殺されることが心配なんじゃあない、戦いの中で吸血鬼としての衝動に呑み込まれてしまうことが怖いんだ。もしそうなったら、わたしは石仮面を使ったものとして彼女を殺さなきゃならない。

 ここ三十年の間に、やってしまったものは仕方ないと一応の折り合いはつけたものの、やっぱりそういう事態になってほしくないよ。

 

 まあ、それでもまったく関係のない人を無理やり吸血鬼にするよりはマシか。そう思わないとやってられない。

 シチリア島に関しては、それもできないわけだけど……なんとかして被害を最小限にすることで償いとしたい。

 

「囮のアルフィーに波紋戦士の大半を引き付けることとするが……下手に騒ぎを大きくすると情報が錯綜する。ゆえにアルフィー、そこは賢く立ち回れよ?」

 

 そうやって内心で葛藤している間にも、話は進む。とりあえず自分のことはあとで考えるとして、今はカーズ様に合わせよう。聞いてませんでしたとか言ったら斬られる。

 

「えーと、あのローマの街を完全に制御するのはいくらなんでも無理ですよ。人手が足らなさすぎます」

「それについては半吸血鬼どもを使って構わん。情報網を確実に構築しろ。それと、赤石がローマから出ないように監視もな」

「わ、わかりました」

 

 うへぇ、そんな指揮官みたいなことわたしにできるかなぁ。全然自信ないぞ。ショシャナに任せちゃっていいかなぁ……。

 トナティウ……は、シチリア島のほうをなんとかしてもらいたいし……んんん、どうしたものか。会議が終わったら、二人を呼んで話し合おう、そうしよう。

 

「スーパーエイジャが持ち込まれたとされる場所は、全部で三箇所。この騒ぎに乗じて、同時に攻め入る。ワムウ、お前には強力な波紋戦士がいるところを任せるぞ」

「御意」

「人数の多いところは私がやろう。自らの持ち場が片付いたら私のところを手伝ってくれ」

「あいよ、了解だ」

「わかりました」

「作戦は以上だ。何か質問は?」

 

 カーズ様の問いに答えるものはいない。それを見て、彼は満足そうに頷く。

 

「では行くぞ。スーパーエイジャをこの手にするのだ!」

 

 かくして、賽は投げられた。

 




やっとここまで来た・・・長かった。
正直早く原作の時系列に飛びたい(本音


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28.スーパーエイジャ争奪戦 破

 そんなわけで移動を始めたわたしたち。最初の目的地は、ローマを一旦通り過ぎてアルビオンだ。

 

 昼間は吸血鬼化で日光に極端に弱いショシャナはスタンド空間に退避させて。夜間はみんな出て走るっていうスタイルだ。

 その途中、わたしはカーズ様たちが周囲にいないことを確認してから口を開いた。

 

「ショシャナ、トナティウ。ローマに入る前に言っておきたいことがあるんだけど」

「遂に愛の告白ですか!?」

「んなわけないでしょ……」

「うん、そんなわけない。だいたい、大仕事の前に恋愛について話すと死ぬっていう迷信があるからするにしても終わったあとだよ」

 

 しょぼーんのアスキーアートみたいな顔されても、わたしはそれ以上言わないぞ。

 

 おほん。

 

「それはともかく。これからカーズ様の大作戦が始まるわけだけど……ぶっちゃけるね。めっちゃねむい」

「ああ……」

「そういえば、そういう時期でしたっけ」

 

 納得という様子の二人に、こくんと頷く。

 

 そう、眠い。わたしの休眠周期的に、もうほとんど寝てる時期なのだ。

 今のわたしは言うなれば、眠気に耐えながら必死こいて勉強をしてる受験生の心境。寝そうになるのをこらえながら、あれこれやってるわけで……。

 

「何かやらかしてもおかしくないから、注意しといてほしいなって」

「わかりました、すべてこの私にお任せくださいませ!」

「こいつに任せとくと不安なので、あたしも気をつけておきますね」

「ごめんねぇ……。ある程度すると逆にハイになるんだけど」

 

 人間だったころ、よく眠気と深夜ハイテンションが交互に来てたものだけど……今の身体でも似たような感覚は存在する。人間は数時間単位で推移するけど、今の身体だと大体数日ごとにって感じだ。

 

 わりと冗談抜きで二千年ぶりくらいのあくびをこらえようと、はあとため息をつく。

 人間があんまり夜更かしをし続けると次の日に早く起きられないように、わたしたち柱の一族もそういう傾向はある。いかに常識を超えた生き物であっても、地球に生まれた生き物である以上はその範疇からは逃れられないんだろうな。

 

 でもそうなると困るんだよなぁ……。夜更かししたせいで原作を寝過ごしましたとかなったら目も当てられないじゃあないか。

 いや、さすがに二部の時期になってもまだ寝こけてたらカーズ様たちにたたき起こされるとは思うけど……でもそれだと何もできないまま原作の物語に突入するから、できれば早めに起きときたいんだよなぁ。

 できるかな……目覚まし時計的なのって作れないものか……。

 

 ……まあ、これに関してはどうしようもないから諦めるしかない。早く起きようって思ってても、できないときはできないのはみんなもご存知の通りだ。

 

 だから今はそれよりも……。

 

「二人とも、これ今のうちに渡しとくよ」

「これは……まさか……恋文……!?」

「なわけないでしょ……あの、中を見てしまっても?」

「うん、いいよ。それはわたしが寝た後こうしてほしいって言う……まあ、要望みたいなものだから」

「あら? 一枚目はもしかして同じ内容ですか?」

「……シチリア島の後始末となっていますね。ショシャナもですか」

「うん、たぶんひどいことになるだろうから」

 

 吸血鬼を作って放置するとか、昔ですらしなかった。最低限の管理はしてたんだから、今の地中海地域で吸血鬼の放置なんてやったらとんでもないことになる。それこそジョジョの世界っていうよりバイオの世界になっちゃうぞ。

 それはなんとしてでも避けたい。避けられないとしたら、最低限に抑えたいんだ。原作でそういう逸話が出てこなかったことを考えると、たぶんこれはわたしがいることで起きることだから、ね……。

 

 遠回しにそう告げると、二人は神妙な面持ちで頷いてくれた。

 

「やっぱりアルフィー様は、お優しい神様ですね」

「……そんなことない。わたしはただ、弱虫なだけだから」

「何をおっしゃいますか。そんなアルフィー様に私は救われたのです! ですから、そんなにご自身を卑下しないでくださいな」

「ショシャナに同意するのは癪ですけど、あたしもそう思います」

「……二人ともありがとね。本当に。二人に会えて、本当によかったよ」

 

 これは本心だ。たまに期待が重いときもあるけど、むしろわたしみたいなヘタレで風見鶏なやつにはそれくらい重しになってくれる人がいてくれないと、ちょっとした決心さえできないんだから。

 それに、二人はこうやって励ましてくれるしね。過度な励ましは重荷になるものだけど、まったく励ましがないのもやっぱりしんどいもん。

 

「……あの、ところでアルフィー様」

「なぁに?」

「三枚目以降に書いてある内容なのですが……」

 

 連絡書として二人に渡した一覧は、一枚目が今回の一件が終わったあとのことを。二枚目がカーズ様たちが寝るまでの間のことを書いてある。

 じゃあ三枚目以降は何かというと……。

 

「これは、その……もしかして予言ですか? ナザレ地方に生まれるヨシュアという人間からサイン入りの杯をもらっておいてほしい、とか……そういう記述が多く目立ちますけど……」

「いやー、うん、その……なんていうか、まあ、うん……」

 

 いや、だって。仕方なくない? 何の因果か、不老不死になったショシャナがいるんだしせっかくなら……って思っちゃうのはさぁ!

 

 正直、全力でお釈迦様に顔向けできないことだとは思うけど、それでも……! それでもこれは元歴史学の徒としてはどうしても……どうしても我慢できないの……!

 だってよりにもよって人類史の中でこれから面白くなる地点で休眠を余儀なくされて、次に起きる予定なのが十九世紀末って、そんなのあんまりだよ……!

 

「すごい……! アルフィー様は予言もできたのですね……! やはり知の神様……!」

「い、いや、そんなすごいものじゃあないから……! これはなんていうか、ズル……そう、チートだから……!」

 

 そんなに信仰のまなざしで見ないで……!

 自業自得なのはわかってはいるけどさ……!

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 さてそれはさておき、まずはアルビオンだ。ここで半吸血鬼の部族と合流する。

 

 カーズ様が暇つぶしに手がけた彼らには、その当初からかかわってるわたしだ。顔を見せればそれで歓迎される。フリーの顔パスだ。

 これはショシャナやトナティウも一緒で、基本的に彼らはわたしたちに対してはサンタナの民並みに従順だったりする。

 この点はカーズ様に対しても同様ってところがあっちとは違うけど、カーズ様へのそれはどっちかって言うと恐怖政治に対するそれに近い。なので、命令するとなったらわたしたちのほうが受け入れてもらいやすい……はず。

 

 というわけで彼らの集落にやってきたわけだけど……案の定、わたしたちは歓迎されたあと、こうこうでと事情を説明したら半分以上が微妙な顔をしていた。

 

 彼らに吸血鬼のような不死身さがないのは周知の事実だし、そもそも言葉の通じないところに行きたがる人間がこの時代にどれだけいるかっていうと、ねぇ……。

 おまけに危ないことをしに行かされるわけだから、やりたがるはずがないんだよなぁ……。

 

 で、こういうとき強引にできないのがわたしだ。カーズ様みたいな情け無用の男ならそれもないんだろうけど、それができないわたしは言葉を尽くすしかない。

 

 幸い三十人ほどが素直に応じてくれて、二十人ほどが説得の末に応じてくれた。合計五十人ほどが、ローマに来てくれることになる。

 そのほとんどがまだ人間換算で十代くらいの若い子たちで、ローマを見てみたいっていういかにも若者らしい理由での賛同してくれたんだけど、わたしとしては複雑な心境だ。だってローマで何をするって、下手したら死ぬかもしれない行為なわけだし……。

 

 だからわたしは、できる限り彼らが死なないようにがんばらないといけない。指揮自体は、まあ、ショシャナたちに任せたほうがうまくいくと思うけど。方針として、いのちだいじにを徹底させるという点ではわたしがやらないとだ。

 

 そしてこれは、相手側に対しても同様だ。当たり前だけど、わたしは波紋使いを全員殺して済ませるつもりなんてない。

 カーズ様としてはそのほうがあとあと楽かもしれないけど、率先して人を殺す趣味は持ち合わせてないもんね。だから、できる限り穏便に済ませるつもりだ。気絶か、捕縛くらいにとどめる感じでね。

 

 大丈夫。なんてったって今回、カーズ様はできるだけ騒ぎを大きくすることなく、波紋使いの大半をわたしが引き付けておくようにと仰せだ。つまり、殺せとは言われてない! これ幸いとばかりに穏やか~に終わらせたい。

 

 ローマへの移動中にそういう話を済ませておく。と言っても、ローマ近くに着くまでは行きと同じくショシャナをスタンド空間に入れて。半吸血鬼のみんなもそこに入っててもらって、その間にショシャナに説明してもらう。

 

 ……ヘンなことを吹き込んでなきゃいいんだけど、そこは信じてるので。うん。あの子はその辺りをぼかすことはしないはずだから。

 

 ローマの近くに着いたら、ルブルム商会に手配しておいてもらってた荷車とかで身分や外見をカムフラージュ。そのまま堂々とローマ市内に入り込むことに成功した。

 

 カーズ様たちはまだ到着してなかったこともあって、待ってる間はみんなに自由行動をさせてあげることができた。

 

 みんななんというか、田舎から上京した若者って感じで見てると微笑ましかったね。この時代としては最先端を走るローマだ、アルビオンの風景とはまるで違うもんね。

 彼らの目を特に引いたのは、やっぱり巨大建造物。凱旋門の類に始まって、水道橋や円形闘技場なんかが人気だった。

 中には闘技場に飛び入り参加して優勝をかっさらった子もいたんだけど、ただの人間相手に半吸血鬼が全力出したらそりゃあそうもなる。

 

 その間わたしは何をしてたかと言えば、波紋使いたちの調査だ。ルブルム商会はローマ市内にも拠点を構えてるから、彼らの情報網を使って今何をしてるのかを調べてたよ。

 まあ、向こうも相当警戒してるのか、事前にわかってたこと以外でわかったことなんてほとんどなかったけどね。

 

 強いて言うなら、今ローマにいるスタンド使いが一人だけってくらいか。他はみんなシチリア島に向かったらしい。スタンドが使えずとも、波紋戦士として一流の人間はまだまだいるみたいだけど、スタンド使いがいないだけで戦力にはだいぶ差が出る。カーズ様の作戦、大成功じゃないのこれ。

 

「ふっ、当然だ」

 

 合流してきたカーズ様にそう伝えたら、渾身のドヤ顔を拝むことができた。井上ボイスでそれはずるい。

 

 まあそれはともかく、カーズ様たちの合流に合わせてわたしは半吸血鬼とルブルム商会の面々を動員。およそ一日かけて、秘密裏にローマの街を可能な限り封鎖した。

 もちろん正体はわからないように特殊な恰好をさせてだ。ついでに波紋対策もつけてあげている。こうすれば万が一波紋戦士と戦うことになっても、安心して戦えるだろうからね。

 

 そしてその夜。いよいよ本作戦が始まる。

 

「【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】!」

 

 ショシャナが、スタンドを発動させる。すぐさま怪人のように変身した彼女の姿は、かつてと異なり翼まで真っ黒に染まっていた。それはまるで彼女が吸血鬼になったことを示しているようで、わたしとしてはちょっと複雑なんだけど、それはともかく。

 

 そうやって変身したショシャナは、本体と同化する性質のスタンドゆえに誰もがその全身をはっきりと認識することができる。

 そんな彼女が、夜とはいえまだまだ元気な繁華街に突如として降り立ったら。しかも暴れ始めたら、さてどうなるでしょう?

 

 答えは一つしかない。

 

 阿鼻叫喚、とまでは言わないけど、悲鳴と怒号が飛び交う大騒ぎに早変わり、だ。

 

 それを一瞥して、カーズ様たち三人はそれぞれの目的地に向かって散開する。

 

 わたしは彼らを見送って、深呼吸を一つ。

 

「……たぶん、これが今回寝る前最後の仕事だ。がんばるぞ」

 

 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、わたしはいつでも動けるように意識を集中させた。

 




積極的にフラグを立てていくスタイル。

そういえばなんですが、読者の方からGLタグについてのメッセージをいただきましたが、アンケートでも不要論のほうが倍くらいあったので今後もタグはつけません。
ご了承ください。


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29.スーパーエイジャ争奪戦 急

前話でやってたアンケートは締め切りました。
ひとまず今後もGLタグはつけないで行こうと思います。


 変身したショシャナが暴れるたびに、人々の悲鳴が上がる。

 

 暴れる、と言っても本気で殺すつもりでやってるわけじゃなくて、少し転がしたり、クッションになるようなものに向けて投げたり撃ったり、あとは壁をぶん殴って破壊してるくらいなんだけど。何せ見た目が見た目だ。

 何より一撃で粉砕される壁、という絵面が人々の恐怖を煽るんだろうね。わたしも前世時代にああいう存在と出くわしたら、正気でいられる自信がないもん。

 

 あれで吸血鬼としての能力まで使ったら相当な騒ぎを起こせるだろうけど、それはやりすぎになる。小心者のわたしは死者はおろか怪我人だってできるだけ出したくないから、それはしないようにってショシャナには伝えてある。

 まあ、元々そっちの力は使わないようにって言ってあるんだけど、今回はカーズ様も下手に騒ぎを大きくしないように言ってきてるしね。どっちにしてもナシってわけだ。

 

 そんな様子を高所から観察しつつ、周りにもできるだけ目を向ける。ショシャナが暴れるのに合わせて、人々が向かう先を絞るように立ち回ってる半吸血鬼たちが見える。今のところ順調そうで何より。

 

 ……なんだけど、

 

「もう来た……初動が早いなぁ、さすがローマの街中ってことかな」

 

 武装した兵士たちがすぐさまやってきて、ショシャナを取り囲んだ。

 彼らは、ショシャナ相手に誰何はしなかった。暴徒を見て、すぐさま攻撃に移る辺り時代を感じる。

 

 とはいえ、普通の人間が槍で突きかかったくらいでショシャナには傷一つつけられない。彼女は避けるそぶりも見せず、すべての攻撃を身体で受けた。

 もちろん、それで【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の守りを抜けるはずがない。硬すぎたのか、全員が手を痺れさせたようなリアクションをして愕然としていた。

 

 にやり、と。ショシャナの顔が歪んだように見えた。あのスタンドの顔の表情が変わることはないんだけど、なんだかそう見えたんだ。

 

 次の瞬間、ショシャナが前進しながら腕を振るったことで、兵士たちが文字通り宙を舞った。

 そこからしばらく、ショシャナの独擅場が続いたけど……。

 

「来た、波紋使いだ」

 

 彼女の下に方々から急行する、屈強な男たちがわたしの視界に入り込んだ。ただの兵士とは明らかに一線を画する身体つきに加えて、耳に届く独特な呼吸音。波紋使いだ。

 

「ごめんね……しばらく通せないんだ」

 

 わたしは【コンフィデンス】を出すと、彼らの進路を妨害する形で周辺のものを撃ち抜く。全力でやると普通に建物が倒壊しかねないから、手加減してね。

 すると壁とかが崩れて、いくつかの道が使えなくなる。いきなりのことに波紋使いたちが驚くけど、それは一瞬。彼らは気を取り直してすぐに別の道を目指し始めた。

 

 うーん、有能。すぐに意識を切り替えられるなんてすごい。それでいて、妨害を受けてる可能性を考慮して周囲を警戒してる。これはちょっと、工夫したほうがよさそうだ。

 

 わたしは全身の色を、夜闇に紛れるように黒く変えた。これでそうそう見つからないだろう。ついでに、位置も少し変えよう。

 

「……あっちも順調……なのかな?」

 

 そんなとき、風に乗ってあまりにも凄惨な悲鳴が聞こえてきた。方角的に、カーズ様が向かった先だ。

 ……うん、まあ、その。つまりそういうことなんだろうね。相変わらず容赦がないなぁ……。

 

「わっ?」

 

 思わず視線が遠くなったわたしの横を、人間が吹き飛んでいった。ショシャナに飛ばされたらしい。勢いから言って、射出されたのかな。

 見ればショシャナは、なんとかたどり着いた波紋使いたち相手にも優位に立ち回っていた。

 

 それも当たり前だ。だってショシャナ、飛べるもん。

 

【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は、堕天使みたいな見た目のスタンドだけど。あの翼、飾りじゃあないんだよね。訓練を重ねた結果、彼女は今や普通に飛べる。

 訓練した理由が、便利とか強いとかじゃあなくてわたしと一緒に飛びたい、な辺り相当アレだけど……それはそれとして、肉弾戦で飛べるってことがどれだけ有利かは言うまでもないわけで。

 

 しかも彼女の能力は接触したものの射出なので……こう、そこら辺から拾った石でもあれば一方的に攻撃できるんだよね……はっきり言ってシンプルに強すぎる。

 そして波紋は、基本的に接触しないと効果がないので……うん……なんていうか、無双ゲーみたい。あそこだけなんか世界が違う感じする。

 

「ふにゃあ」

「おや。こんなところにいたら危ないよ」

 

 飛び交う人々を尻目に、これはわたしの出番はないかなぁと思いながらもたどり着いた屋根の上で、丸くなってくつろいでいる猫と出くわした。

 

 こんなときにこんなところでのんびりしてるなんて、肝が据わってるなぁ……。

 しかもこの猫、逃げる気配もなく近寄ってきた。随分と人懐っこい猫だなぁ。飼い猫なのかな?

 

 かわいいけど、かといって遊んであげるだけの暇はないわけで。あとから来といてなんだけど、ちょっとだけ横にズレてもらお、

 

「う゛ぁおッ!?」

 

 どかそうと思って身体を持った瞬間、その手から全身にビリっと衝撃が走った!

 

「なっ、な、ななな、なぁ〜〜!?」

 

 大慌てで猫から手を離して、さらに距離も取ってから触れた手を見る。その手はじゅくじゅくに溶けかけていて、白煙がうっすらと上がっていた。黒くした肌の色が元に戻ってるのは、ダメージ受けたからだとして……。

 

 これ波紋傷だ!? 猫が波紋を使っただって!? そんなバカな!

 

 混乱しつつも猫に目を向ければ、当の本人はのんきに「なんかあったの?」とでも言いたげに首を傾げていた。

 耳を澄ましてみるけど、波紋の呼吸をしている気配はない……ということは、まさか。

 

「スタンド攻撃を受けている……!?」

 

 い、一体どこから!?

 周りを見渡してみるけど、それらしい姿は見えない。いや逃げ惑う人が多くて特定できない、のほうが正しいか。

 

 待って待って、落ち着こう。まずは状況を整理だ。

 

 猫が波紋を使った。これはたぶん間違いない。だけど猫自身にそんな自覚はなさげで……おまけにしている雰囲気もない。

 どういうことだろう? 動物を操るとか、変身するとか、乗り移るとか……その辺りかと思うけど、だとしたら波紋の呼吸をしてる様子がないのはおかしいよね……?

 

 で、でも仮にそういう搦め手系の能力だった場合は、遠距離操作型のことが多いはず。もしそうだとしたら……うん、すぐ近くとまではいかないまでも、劇的に離れた場所にいる可能性は低い。はず。たぶん。いたとしても、隠れてるはずだ。

 そして事前の調査のおかげで、ローマにいるスタンド使いは似顔絵程度ではあるけど全員顔を覚えてる。誰がどんな能力かまではわからないけど、少なくともシチリアに出撃せず残留した人の顔はわかってるんだ。そこに気配を探る手順も加えれば……。

 

「にゃあん」

「ひぇっ」

 

 ところが、そんなわたしをよそに猫が近づいてきた。どこまでもマイペースなのはいかにも猫っぽいんだけど、そのまま屈託のない表情でじゃれついてくるのは今はちょっとやめてほしい!

 

「わぁーっ、ごめんこっち来ないで! 今の君すごく危ないから!」

「ふにゃぁー」

「うひぃー!!」

 

 制止しようにも触ったら波紋だし、殺すなんてできないし、仕方なくわたしは飛び降りてこの場から逃げた。

 

 あーもう、我ながら情けないよぅ! カーズ様に知られたら、お腹抱えて大爆笑されるやつだこれ!

 あるいは恥さらしとかってなじられるか! 猫から逃げる柱の一族とか、されても文句言えないけど仕方なくない!?

 

 だってあの猫が宿してた波紋の量、おかしかったよ!? あの猫の身体、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ!?

 太陽に耐性のあるわたしは同時に波紋にもそれなりの耐性があるんだけど、それをなでるくらいの一瞬のうちにあっさり貫通してくる猫とか、恐怖以外の何物でもないよ!

 それにじゃれつかれるとか、死だよ! 死あるのみだよ!!

 

「うっぎゃあああ!?」

 

 そうやって必死に自己弁護しながらも、ちょうどいい高所を見つけたからそこに着地したら……その瞬間、足から波紋が伝わってきた!

 その衝撃はさっきの猫に勝るとも劣らないレベルで……猫と違ってすぐに身体を離せなかったこともあってか、わたしは下半身が一時的に麻痺してそのままそこから落下した。

 

 落下しながらその足場をにらんだけど、全然普通の屋根だった。何の変哲も無い屋根。なんでそこから波紋が伝わってくるんだよぅ!?

 

 いやでも、なんとなくわかった気がする! そもそも波紋は非生物には宿らない。剣とかに波紋を流す技はあるけど、あれはあくまで伝わらせてるだけでとどめておけるわけじゃあないんだ。それはありえない。

 ありえないのに今まさにそれが起きてるってことは? きっと普通じゃない力が働いてるんだ。そしてこの世界には、それがある。

 

 スタンド。傍に立つもの、あるいは立ち向かうもの。そこから発現する能力は、この世の物理法則を無視する!

 

 そして今わたしが受けてる攻撃は、たぶん攻撃であって攻撃じゃあない。これは一種の罠と見たね!

 波紋を設置する。それも対象は生物、非生物を問わない。たぶん、相手はそんな能力の持ち主なんだ!

 

「ふぎぇっ」

 

 考察ができたところで、地面に叩きつけられる。くそぉ、波紋の影響もあって治りが悪いせいで普通に痛い!

 起き上がる頃には痺れも綺麗さっぱり消えてたけど、痛いものは痛い!

 

「いっづ!?」

 

 そうしてもしかしてと思いながら、今しがた落ちてきた建物の壁に触ったら……案の定、波紋が流れてきた。

 

 建物全体に波紋を設置ですか!? どんなスタンドパワーしてるの!?

 くそう……まさかとは思うけど、行く先々に仕掛けてあったりしないだろうな!? 可能性高そう!

 

「となると……やっぱ空だね!」

 

 というわけで、わたしは翼を生やして改めて空に浮かび上がる。そのまま最初に陣取ってた場所と同じくらいの高度まで上がって、状況を確認。

 

 少し目を離してたけど……ああ、さすがにショシャナのほうは変わらずかな。無双している様子がよくわかる。

 それでもできるだけ死人が出ないようにしてるのは、ちゃんと守ってくれてるようで何より。

 

 となると、問題はわたしのほうだ。ショシャナの【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は無敵に近い防御力を持ってるけど、弱点はある。あれは身にまとってるわけじゃあなくて変身してるものだから、かつてわたしが同化できたのと同じように波紋が通るんだよ。

 変身中は平常時よりは耐性がついてて、普通の柱の一族くらいの耐性はあるけどそれは吸血鬼よりマシって程度だ。

 だから彼女が今わたしが受けたような波紋を受けちゃったら致命傷になりかねない。そうなる前にわたしがなんとかしないと……!

 

「まずは本体を見つけないと! 話はそれからだよね!」

 

 というわけで飛びながらそれらしい姿を探していると……。

 

「……! あれだ!」

 

 とあるインスラ(集合住宅)の上層階から、こちらをじっと眺めているやたら大柄なおじいさんがいた。顔の半分を覆うあの火傷の跡……間違いない、スタンド使いとして紹介された一人だ!

 

 ……またおじいさんか。太公望みたいな凄腕じゃなきゃいいんだけど、多分そうもいかないんだろうな。

 

 彼はにやりと笑うと、とてもその見た目からは想像できない跳躍力で建物を屋根伝いに移動していく。来るなら来い、ってことだろうか。どこからどう見ても罠だよねぇ……。

 でもこのままじっとしてるわけにもいかないか。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。仕方ない、ショシャナのためにもがんばるぞ。

 

 心の中で自分を鼓舞して、わたしは彼を追いかけ始める。もちろん、ただ追いかけるだけなわけはない。矢を射かけながらだ。

 移動もずっと飛んでやってるから、仕掛けられてる罠を踏むことはないはず。空中に罠が仕掛けられてる可能性は排除できないけど……それをされてたら飛ぼうが走ろうが防ぎようがないし、そのときはダメージ覚悟で突っ込もうと思う。

 

「うーん……当たらないなぁ……?」

 

 周りの家を破壊しすぎないように手加減してるとはいえ、それなりの威力で撃ってるんだけど。軌道も操作して追いかけてるのに。

 なんだか不思議な挙動してるんだよね。ふわふわ空中を漂ったり、かと思えばすとんと落ちたり。なんなら近くを通った矢の勢いだけで吹き飛んだりしてる。波紋にあんな歩法(?)なんてあったっけ?

 それともあれもスタンド能力なんだろうか? スタンドって一つ一能力で、複数持っててもなんらかの共通点があるものだけど……。もしかして、ただ波紋を設置するだけの能力じゃないのか……?

 

 わたしがその考えに至った、ちょうどそのときだ。おじいさんが足を止めて振り返った。

 

「……追いかけっこは終わりですか?」

「そうじゃな、これで終わりじゃ」

 

 追いついたわたしの質問には、即答でそう返ってきた。あまりにも自信に満ち溢れた答えと、その体内からずぷりと出てきたリスに似た小動物に、わたしは警戒度を上げる。

 

 周囲は古い神殿まで至っていた。その上に立って、わたしたちは向かい合っている。

 古い上に小さくて、少し前に引っ越しがあった神殿じゃなかったっけここ。周囲を見渡しても、特に何か目立ったものがあるようには見えないけど……たぶん、この建物には波紋が仕掛けてあるはずだ。波紋以外にも、何かある可能性は高い。わたしは背中の翼をハチドリのものに変えて、空中にとどまった。

 

 あとはあのリスみたいな……そう呼ぶしかない奇妙ないでたちの小動物は、間違いなくスタンドだろう。尻尾が注射器みたいになっている。それがおじいさんの手のひらにも文字通り()()する。群体型なのかな?

 新しく出現したやつもデザインは同じだけど、注射器っぽくなってる尻尾の雰囲気が違う。体内から出てきたのはタンポポの綿毛みたいなものが入ってるけど、あとからパッと出てきたのはバチバチと火花か電気みたいなのが見える。

 

 ここでスタンドを出してきた意図はわからない。だけど、何かをしようとしてるのは間違いないはず。

 だからわたしは、【コンフィデンス】を引き絞る。今度こそ逃がさないぞ。

 

 そして先手必勝、矢は一気に六本! 行っけぇー!

 

「なるほど速くて強い……狙いも正確じゃ。しかし、当たらねば意味はない」

 

 わたしの攻撃を見るのと同時に、おじいさんの体内にあとから出てきたスタンドがずぷりと入り込んだ。

 

「ッ!?」

 

 すると次の瞬間、おじいさんが二つほど離れた横のインスラの屋上にいた。

 

 なんだ!? 今、一体何が起きたの!? 超スピード!? いやまさか、時間停止!?

 

 大慌てで相手に目を向ける……と、その視線の先、ちょうどわたしたちの間でありながら神殿の屋根の淵のところに、いつの間にか先ほど見たリスっぽいスタンドがいた。その尻尾には、煌々と輝く白い光が入っていて……。

 

「そして波紋で傷を負うということは……太陽に弱いということ!」

「……!」

「滅せよ吸血鬼! 太陽の光に焼かれて灰になるがよいッ!」

「わあああぁぁぁーーっっ!?」

 

 そのスタンドが、ずぷりと神殿に入り込んだ次の瞬間。その神殿が光り出した。まるで真昼の太陽のような、真っ白な光が湧き上がる。

 

 光を回避するなんてもちろんできるはずもなくて、わたしはそれに呑み込まれたんだけど……痛い痛い痛い痛い! これ、これはただの光じゃあない! 日光だ! やっぱり波紋以外も設置できたんだ!

 でもだからって、まさか日光まで設置できるとか思わないでしょ!? この光量、この神殿の近くまで来た時点で大ダメージ不可避じゃあないか!

 

 とにかくここから離れるべく、わたしは大慌てで神殿から離れる。だけど既に翼を維持できなくなっていて、無様に地面に墜落した。

 それでも光が収まることはなくて……ああ、これはもうダメだ。身体が石化し始めたのがわかる。食らった日光があまりにも強烈過ぎたんだ。

 普段ならもうちょっと耐えられそうだけど、休眠期直前の今はこれ以上は無理だ。さほど時間をかけることなく、わたしは気絶するだろう。

 

「うう……! ほ、本当に……本当にどこまでも不甲斐ないなわたし……! 何やっても全然だ……!」

 

 地面を這いつくばりながら、思わず自己嫌悪に囚われそうになる。

 

 でもここですんなり終わってたまるもんか! せめて、せめて悪あがきぐらいはっ!

 

 たどり着いたインスラの壁で身体を支えながら、【コンフィデンス】を空に向ける。つがえた矢に描かれた紋様は、雫。

 そしてわたしは……トドメを刺すそぶりも見せずに屋根からわたしを見下ろしていたおじいさんを一瞥すると、今生まれたばかりの第四の矢を発射した。

 

 と同時に、わたしの身体を石化が覆いつくして……ほどなくして、わたしの意識は闇の底へと落ちていった。




噛ませ犬役を与えられる主人公がいるらしい(すっとぼけ


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30.ペル・アスペラ・アド・アストラ 1

 相手の気配が消えたことを確認して、テルティウス・クラウディウス・マルケッルスは、自らのスタンドをとめた。

 ずぷり、と神殿からリスのような見た目の小さい動物が現れる。それを手元に呼び寄せながら、テルティウスはふうと一息ついた。

 

 手のひらに上がってきたその小型のスタンドをちらりと一瞥する。尻尾になっている、注射器めいたものの中にある白い光が弱くなっていた。

 

「やれやれ、まさか幽波紋を使う吸血鬼がおったとは。日光を貯めておいてよかったわい。備えあればなんとやらじゃな」

 

 スタンドをひとまずかき消して、ひとりごちる。

 だが彼は、死んだはずの相手が石の状態とはいえまだそこに残っていることに気づいて目を見開いた。

 

「バカな、灰になっておらんじゃと?」

 

 吸血鬼ならばありえない事実を前に、思わずうろたえる。

 しかしそれも一瞬。わずかな思考ののち、ならばトドメを刺せばよいと判断して神殿の屋根から飛び降りた。そして警戒しながら、直前まで戦っていたアルフィーに近づく。

 

 石化した彼女は翼を広げつつ、弓を空に向けて引き絞った体勢で完全に固まっていたが、テルティウスはその表情に何か含むものが感じられた。

 気配が消える直前、空に矢を放ったことは見えていた。あれがスタンドであることはテルティウスには理解できていたため、何かしようとしていたことも理解できた。

 

「ならばあまり警戒しすぎて、増援が来てもいかんな。なるべく急いで破壊してしまうか」

 

 ひとまずアルフィーが何も反応しないことを確認したテルティウスは、足元に転がっていた手頃なサイズの石を拾うと、出現させたリス型のスタンドを出す。注射器のような形状の尻尾では、黄金に輝く波紋のエネルギーが躍っている。

 

 そのスタンドを潜り込ませた石を、テルティウスは振りかぶって投げた。

 老いているとはいえ、鍛えられた人間が投げた石だ。それはかなりの速度でもって、アルフィーの翼部分に当たり……石のほうが砕けた。その瞬間、テルティウスの左腕からつぷりとわずかに血が漏れる。

 

「む……これでは足らんか」

 

 顔をしかめた彼は、ため息をつく。

 

「しかも()()()()()()()()()石に触れても、影響はないと来たか。厄介な置き土産もあったもんじゃ……」

 

 さらにため息。

 

「手近な武器はないが……高所から落としてみるか。さすがに多少の効果はあるじゃろ」

 

 そしてそう付け加えて、アルフィーに歩み寄ろうとした。その瞬間。

 

「……!」

 

 空から飛来する憎悪を感じて、テルティウスはとっさに後方へ跳んだ。それとほぼ同時に、アルフィーをかばうようにして何者かが着地する。その軌道は間違いなく、テルティウスを踏みつぶそうとしていた。

 現れたのは、黒い全身に、黒い翼を背負う異形。自らのスタンドによってその身を変じたショシャナだった。

 

「……もう来おったか、予想よりもだいぶ早いな」

「……殺すッッ!!」

 

 そして彼女は、衝撃すら伴うほどの怒声と共に前へ出た。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 その少し前。夜の街に突如として現れた昼の光に、誰もがそちらに気を取られていたころ。

 ショシャナは忌々しい日光を避けて、一度物陰に隠れようとしていた。

 

 しかしそんな彼女に、見覚えのある矢が飛んでくる。それがまっすぐに己に向かっていることを見とめた彼女は、それが偏愛する主人のものと判断して頭部だけ変身を解除した。

 そこには、矢の殺傷力を懸念するそぶりなどかけらもない。彼女にとってはそこは疑いの余地がないし、そもそも主人に殺されるなら本望ですらあった。

 

 だがそんな彼女も、頭部に突き刺さった矢からもたらされたものには驚愕を覚え、さらには底のない怒りに支配されることになる。

 

 彼女の主人……アルフィーが悪あがきに放った新しい第四の矢。雫の紋様が刻まれたその矢がもたらしたものは、アルフィーの記憶だった。いや、正確にはその場所の記憶とでも言うべきか。

 アルフィーがいかにして敵に出会い、戦い、そして敗れたか。それが、アルフィーではなく神の視点でショシャナに流れ込んできたのだ。

 様々な角度から俯瞰できる記憶を与えられたショシャナが、それに怒りに突き動かされることは必然であった。

 

 やがて雫の紋様が黒く変じ、その役目を終えて霧散したとき。もはやその怒りは誰にも抑えられなくなっていた。

 彼女は周りを無視して空へ上がると、そのまま一直線にアルフィーの下へ向かい……テルティウスと遭遇した。

 

 かくして二人は、必然として戦い始める。

 

 しかしショシャナは当初怒りに支配されていて、我を忘れていた。暴走列車さながらの、制御も何もあったものではない一直線の攻撃をしかけて返り討ちに遭った。

 無駄のない足払いと、人体の急所への的確な一撃。さらに波紋が加わったそれは、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】に阻まれこそしたものの、その守りを抜いてショシャナの身体をわずかに焼いた。これにより、彼女は多少なりとも落ち着きを取り戻したのだ。

 

 そこからの戦いは、ほぼ一進一退へともつれ込む。

 

(なんという苛烈な攻撃か! 少しでも気を緩めたらそこで腕の一本や二本、簡単に持っていかれかねん!)

 

 ショシャナは受け取った記憶を元に、テルティウスにスタンドを使わせないように巧みにものを発射して行動を制限。同時に吸血鬼としての身体能力をフルに発揮して猛烈な、けれどそれまでとは異なる制御された攻め方を見せる。

 

(くっ! なによこの爺! なんで一発も当たらない!?)

 

 一方で、テルティウスも引かない。磨き抜かれた熟練の技は、スタンドを多少制限された程度では陰ることはなかった。強烈な攻撃力を前にしてもひるむことなく、受け流しや障害物を駆使して致命的な一撃は一切受けていない。ときには自らのスタンドすら見せ札として使い、攻撃を誘発することすらあった。

 

 一見するとテルティウスが位置を常に変えているし、ショシャナの派手な攻め方からショシャナ有利に見えるが、実際はそうでもないほど状況は拮抗していた。

 またその裏で、テルティウスはスタンドのいくつかを気づかれないように動かしている。それらは既に、テルティウスの波紋を抱えて周辺の様々なものに潜り込み、場を整えつつあった。

 

 整えつつあったが……。

 

(こやつ……並みの吸血鬼と違って波紋に耐性を持っているな? 接触するたびに流しているのに、手ごたえがほとんどない!)

 

 苦々しい思いを決して表には出さず、テルティウスは呼吸を整える。

 それによって波紋が練り上げられるが、その量は決して多いほうではない。ローマでも屈指の使い手の彼ではあるが、その神髄は波紋の量ではなく操作にあった。

 

 とはいえ、波紋に強い耐性を持つアルフィーに即ダメージを与えられたのは、それだけでもない。対象に性質を付与するスタンドと合わさってこその結果だ。

 そう、彼のスタンドの能力は性質の付与。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これはすなわち誰を相手にしてもダメージ量は同じ、即死させられないということでもあるのだが、防御力を無視できる意味は極めて大きい。

 

 これで地面そのものに波紋の性質を付与できればよかったのだが、世の中そう上手くはいかない。大きなものに付与するとなると、それだけ多大なエネルギーを消費するからだ。

 

(うーむ、さっきの分は光る性質まで吸い出してしまったものじゃから、あれを使うと即座に光ってしまって隠せぬ……我が技ながら妙なところで融通が利かぬわい。使い所をしかと考えねばな……それまでは、波紋をたくさん仕込むとしよう)

 

 ちなみに自分に対して使用することもできるため、波紋を付与すればわずかな接触でダメージが与えられるようになる。しかしそのために用意したスタンドは、囮にしたものそうでないものの区別なくものの見事にすべて妨害されて使えないでいる。

 

(最初からまるでわしの能力を知っているかのような動き……あの最後に放たれた矢の影響か?)

 

 彼の予測は正しい。ショシャナは与えられた記憶から、ほぼ正確にテルティウスの能力を把握しているのだから。より正しくは発動条件を、だが。

 

 さらに言えば、彼女はアルフィーから……原作ジョジョの知識を知るものから、スタンドに関することはほぼすべてを教えられている。

 だからこそ、彼女はテルティウスにスタンドを使わせない。スタンドが持つ能力は、どんなものであろうと使い方次第で相手を即戦闘不能に追い込めると教えられたからだ。

 

(スタンドなんて使わせるものかッ! 囮に使うならそれでもいい、そのスタンドごとぶっ殺してやるッ!)

 

 さらに、彼女は実のところテルティウスが繰り出そうとするスタンドのいくつかが囮であることには気づいていた。

 しかしそれでもスタンドを狙うのは、単にスタンドを使わせないという牽制のみならず、本体へのダメージも狙っているからだ。群体型のスタンドは本体へのフィードバックが少ないが、ゼロでもないのだから。

 

 事実、テルティウスの身体は無傷ではない。わずかではあるが、血があちこちからにじんでいる。多少のキズなど波紋でどうにでもできるはずが、それでも出血があるということはやはり群体型でも限度はあるということに他ならない。

 

 戦い方としてはかなり消極的ではあるが、そもそも殴る蹴ると言った単純な攻撃が一発も当たらない。達人級の技術を前に、致命傷を与えるには至っていないのだ。こと殴り合いのみに限って言えば、この時代で最も洗練された体系を極めたテルティウスと、ただ強大な力を持つだけのショシャナの差は隔絶したものがあった。

 それゆえに、彼女はどれだけ迂遠であろうとダメージとなるならなんでも狙う必要に迫られていたのである。

 

(なんでもいい、押し切るッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()!!)

 

 ショシャナはさらに、前に出る。今度は地面を踏みしめてではない。翼を広げ、地面スレスレを切り裂くように飛んでだ。

 

(ちぃ、やはりそう来るか)

 

 自らのスタンドの多くを地面に近いところにあるものへ潜ませていたテルティウスは、それに眉をひそめる。触れてくれなければ意味がないのが波紋の性質だ。これではせっかくの罠があまり使えない。

 それでも使い道はある。テルティウスは攻撃をかわしながら地面を転がりつつ、波紋を付与していた瓦礫を拾う。

 

 その間に、ショシャナは完全に空の上にいた。道中、手近なところにあったインスラを破壊し、それがテルティウスに降り注ぐように乱射しながら。

 

(これだから吸血鬼は嫌いなんじゃ! 何百年とかけてここまで至ったローマの街に対する敬意がこいつらにはまったくない!)

 

 テルティウスはそんな雨あられと降り注ぐ壁の一部を最低限回避しつつ、ダメージを受けながらも拾っていた瓦礫を憤慨と共に投げる。それは一直線にショシャナに向かうが、空中を自在に動く彼女にはあっさりかわされた。

 

 だがそれでいい。彼はそれを狙っていたのだ。ショシャナが回避にリソースを割く、一瞬さえあればよかった。

 

「【ペル・アスペラ・アド・アストラ(困難を乗り越え星へ至る)】!」

 

 テルティウスが己のスタンドを手元に出した。その注射器状の尻尾では、音がないのが不思議なくらいの紫電が躍っている。

 

「……!」

「さてここからが本番じゃぞ!」

 

 ずぷりと。

 

 それがテルティウスに入り込んだ次の瞬間。

 

 彼という人間に、()()()()()()()()()()()

 




主人公が寝落ちたから二千年ジャンプすると思った?
もうちっとだけ続くんじゃ!
第四の矢については彼女が目覚めてからということで。一応、単に自分の記憶を与えるだけの能力ではないです。
マルケッルスさんちの三郎爺さんのスタンドの説明は決着がついてからですかね。今はアニメでいうCM入るときの、スタンドの名前と外観だけが出て?が羅列されてる状態ということで。


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31.ペル・アスペラ・アド・アストラ 2

 テルティウスの宣言に対して身構えるより早く、ショシャナは腹部に衝撃を受けてたたらを踏んだ。

 

「!?」

 

 すぐ目の前には、間違いなくテルティウスがいた。無駄なく、右の拳を突き出した状態で。

 

「この……!」

 

 即座に反撃しようと腕を動かすが、それと同時にテルティウスの姿が消えて空を切る。

 そして次の瞬間、彼は完全にショシャナから離脱していた。

 

「……ッ!」

「さて、見えるか?」

 

 テルティウスが構える。と同時に消える。そして、ショシャナは打撃を受ける。あてずっぽうで攻撃をしてみるが、当然のように当たらない。かすりもしない。

 そうして相手の姿を認識できないまま、彼女はしばらくなす術もなく攻撃を四方八方から食らい続けた。

 

 ただしテルティウスのほうも、完全には波紋を流し込めていない。接触が一瞬ということもあるが、やはり【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の防御力が高すぎるのだ。これがなければ、既にショシャナは死んでいるだろう。

 それでも、強固な防御力を持つショシャナにこれほどのダメージを与えたものは過去にはいなかった。

 

「な……めるなぁッ!」

 

 ただ、そこは彼女も吸血鬼。人間より鋭敏な感覚が、テルティウスの行動のタネを理解しつつあった。

 それでこの状況を覆せるかと言えば、必ずしもイエスではない。ないが、それでも彼女は己の推理に従って虚空を裏拳で薙いだ。それまでと違って、明確に何かを察した動きだった。

 

 すると派手な音を立てて一瞬テルティウスが裏拳の寸前に現れ、直後地面を蹴り抜いた砂埃とともに再度消える。

 そうして刹那のうちに、彼は遠巻きに現れた。

 

「やりおる。さすがに吸血鬼じゃな……」

「……超スピードということね?」

「いかにも」

 

 大股に踏み出してショシャナが問えば、テルティウスは隠すほどのことでもないと言いたげに肯定した。

 

 彼が自身に宿したのは、雷光である。雷ではない。雷光だ。即ち光。

 光の性質は様々あるが……中でも()()()()()宿()()()()()()()()()()。時代の科学的知識の限界から、それ以外に選べないとも言うが、それはともかく。

 光より速く動くものは、この地球上には存在しない。少なくとも、二十一世紀の段階でもそれは揺るぎない。まして、生き物でそれを認識できるものなどあるはずもない。

 

 そう、今のテルティウスはまさに光速で動く。動けてしまう。

 

 再びテルティウスが動き、怒涛の攻撃を開始する。

 だがショシャナがいかに人間を上回る身体能力を持っていようと、その速さを視認することは不可能だった。

 

(くそっ、速い! 集中すればなんとなくどこから来るかわかるけど、割に合わない……ッ!!)

 

 最初に比べると、明らかに対応できるようになってはいる。ただ、それでもまったく間に合っておらず、攻撃はすべて空振りだ。光とはそれだけ速いのだ。

 

 だが、それでもショシャナに諦めるという選択肢はなかった。今まで蓄積したダメージもあってか、波紋によって肉体が焼ける音も響き始めていたが、そんなことは関係なかった。アルフィーに傷をつけた男を許すつもりなど、毛ほどもないのだから。

 

「これは……どうだァッ!」

 

 歯を食いしばり、ショシャナはテルティウスが来ると判断したほうへ向けて地面を勢いよくえぐった。それによって巻き上げられた砂と、土、それに小石が、散弾となってテルティウスに向かう。位置の目測は正しかった。

 

 ただそれは、当然のように回避される。ショシャナの行う射撃は既に銃に匹敵する速度を持つが、光速で動けるテルティウスにとっては不足に過ぎる。

 

 たが、ひとまずそれでよかった。たった一瞬でも、テルティウスの意識が外れさえすれば、ショシャナは飛び立てると判断して。

 

 とはいえ、馬鹿正直にこの場で上に行こうとは思っていない。空に上がるのは逃げるためだが、その能力ゆえに彼女は逃げながらも攻撃ができる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを受けたインスラは、先ほどショシャナによって一部を破壊されたインスラであり……この体当たりによっていよいよ寿命を迎え、崩れ始める。

 彼女はそれだけにとどまらず、隣、さらに隣と移動して周辺の建物も破壊しにかかった。

 

「やめんか! これ以上街を破壊するんじゃあないッ!」

 

 その行動に、テルティウスは気色ばむ。

 慌てて止めようとするが、既にショシャナはそれらに順次()()()()()

 

「これならどうよ!」

 

 テルティウスの言葉を無視して、一気にその能力を発動させる。

 たちまち彼女に当たった、あるいは触れた大量の瓦礫が次から次へと弾丸となってテルティウスに殺到する!

 

「吸血鬼め……! 甘く見るでないぞ!」

 

 圧倒的な物量で全方面から放たれるその攻撃は、光速で動けたとしてもかわせない。このまま光速で動いたら、逆に光速で弾丸に突っ込むことになるだろう。テルティウスがもっと小さい身体をしていればあるいは、隙間を縫って避けられたかもしれないが。彼の体格で、この弾幕を抜けることは不可能だ。

 

 だが、そんな攻撃を前にテルティウスは慌てない。対策は、持っている。光速移動すら、テルティウスにとっては戦いの一手段でしかないのだ。

 

 彼はショシャナの動きを止められないと見るや、すぐに体内からスタンド【ペル・アスペラ・アド・アストラ】を放出していた。代わりに、今度は一見すると空の尻尾に見えるスタンドを身体に入れる。ショシャナの攻撃は、直後に彼を襲った。

 

 ほぼ全弾がテルティウスの身体を貫いたが……それは貫くというより、素通りと言ったほうがよかった。何せ、弾丸を全方位から受けたテルティウスは、ダメージを受けなかったのだから。

 その結果にショシャナは目を見開く。

 

「今のは……!」

「答える義理はないッ!」

 

 その宣言と共に、攻撃の余波で巻き起こった砂煙の中にテルティウスは身を隠す。

 すぐにその気配を追って攻撃をしようとしたショシャナだったが……それよりも彼女は、別の場所の変化に気づいて視線をそちらに向けてしまった。

 

 だがそれはある意味、無理もない。何せそこでは、石化したアルフィーを波紋戦士たちが取り囲んでいたのだから。ショシャナにとってそれは、決して見過ごすことのできないものだった。

 

「来たか! お主ら、その像をしかと持ち帰るんじゃぞ。吸血鬼たちのことが調べられるかもしれん!」

「はっ!」

「やめろッ! 汚い手でアルフィー様に触れるんじゃあないッ!!」

 

 ショシャナはこの瞬間、テルティウスを忘れた。隠れているのに声を上げたテルティウスを、完全に意識の外に追いやってしまった。結果、彼女は一直線に、全速力でもってアルフィーの下へ急降下する。

 その動きを見逃すテルティウスではない。彼は砂煙の中から飛び出すと共に、網を投げ込んだ。物陰に隠していた道具の一つで、誘い込んだアルフィーが万一日光に耐えたときに備えてのものだった。

 

 放たれた網はすぐに大口を開けて広がり、ショシャナの身体を搦めとる。と同時に、その身体に波紋が一気に流れ始めた。

 

「ぐうあああぁぁぁッ、きっ、貴様らああぁぁッッ!!」

 

 そしてこの網は、ただの網ではない。油が染み込んだ縄で作られており、対吸血鬼用に仕上げられた一品だった。

 油は波紋をよく伝える。そこに自ら飛び込んだショシャナのダメージは、それまでの比ではなかった。

 

「よし!」

「やったッ!」

 

 それを見て、アルフィーを運ぼうとしていた男の一人も歓声を上げた。他のものも声にこそ出さなかったが、勝利を確信して表情を緩める。

 

「まだじゃ、まだ気を抜いてはいかん!」

 

 しかしテルティウスただ一人が、それに否を唱えた。そして彼の指摘は正しい。

 

「へ……? うぎゃあっ!?」

 

 不意にインスラの壁が崩れ、波紋戦士の一人が潰されて即死した。突然の出来事に、誰もがそれに気を取られる。

 

 一見すると不幸な事故に見える。だが、その崩れたインスラは他と違ってまったくの無傷だった。それがいきなり、何の脈絡もなく崩れ、しかも狙ったかのように人に落ちてくるというのはあまりにも不自然だ。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゆえにテルティウスは注意を促し、自身も気を緩めることなく周囲に目を配ったが……それでも、死角から飛ぶようにして襲ってきた白い人型に対処しきれず、網から離れるしかなかった。

 

「テルティウス様!?」

「わしはよい! それよりお主ら、後ろじゃ!」

「ぎゃっ!?」

 

 白い人型からの攻撃をテルティウスがバク転で回避するのと、波紋戦士がさらに一人、猛烈なアッパーカットで宙を舞うのは同時だった。

 

 その攻撃を見舞った人物は……。

 

「トナティウ!?」

「ちょっとなんで言うんですか、こちとら顔隠してるんですよ!? はーもうまったく、相変わらず頭が沸騰してますねあなたは! そんなあっさりはめられて、吸血鬼として恥ずかしくないんですかばーがばーか!」

「うるさいわね! あんたから殺すわよ!?」

「ふふーん、やれるものならやってみてくださいよ! ぷぷっ、そんな網の中でどうこうできるならですけどー?」

「きいいぃぃぃぃーーッ!!」

 

 そう、トナティウだった。ただし顔は布で覆い隠しているし、全身もアサシンを思わせるものだ。

 彼女はショシャナを弄りながらも、止まることなく攻撃を繰り出してアルフィーから波紋戦士たちを遠ざける。

 

 そんな彼女の背後からは、同じ格好の人間……もとい、半吸血鬼が十人以上現れた。彼らはすぐさま波紋戦士を蹴散らすと、アルフィーの身体を何重にも布で包んで撤収の準備を整えていく。

 

「くっ、逃さんぞ!」

「ダメでーす! おじいさんはここから通しませーん!」

「ちぃっ!」

 

 仲間を確認したトナティウは、テルティウスへ直進する。

 

 その勢いのまま蹴りを放つが、テルティウスはそれを腕で的確に受け止めた。さらには呼吸を振り絞る。接触している腕から波紋がほとばしり、トナティウの身体を襲うが……。

 

「……!? お主、人間か……!」

「ふっふっふ、あたしに波紋は効きませんよ!」

 

 トナティウは一瞬硬直したが、それだけ。それは人間に波紋を流したときと()()()()現象で……テルティウスは愕然として声を張り上げた。

 

「吸血鬼に味方する人間とは! いることは知っていたが、この目で見るまで信じたくはなかったわい……!」

 

 しかし波紋が効かないと見るや、テルティウスは即座にトナティウを押し出しながら距離を取った。

 だがその横から、白い人型……トナティウのスタンド【マクイルショチトル】が攻撃をしかける。間髪を入れずの連携は、さしものテルティウスもかわしきれなかった。

 

 それでもそこは歴戦の戦士。彼はかわしきれないと判断すると、即座に左腕を捨てにかかった。率先して腕を犠牲にすることでスタンドのパンチによるダメージは最小限にとどめつつ、衝撃で吹き飛ばされることで大きく距離を離すことに成功したのである。

 

「ぐ……つ、つつ、この娘も幽波紋を使うのか! 一体吸血鬼どもは、どこまでローマに根を伸ばしているんじゃ……!」

 

 呼吸を整え痛みを消しながら立ち上がったテルティウスに、トナティウが正面から立ちはだかる。

 その隣では五つの美しい花を公転させて、【マクイルショチトル】が同じポーズを取る。

 

「さあ選手交代ですよおじいさん! 別にこの単細胞女のことはどーだっていいですけど、あの方を痛めつけた不敬は見過ごせないので!」

 

 彼女の宣言に、テルティウスはここが己の命の使いどころだと覚悟した。

 




まったくどっちが主人公なんだか(すっとぼけ


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32.ペル・アスペラ・アド・アストラ 3

作者の力不足により、前の話でテルティウスが宿したものを液体から気体に修正しております。
読者の方にはご迷惑をおかけしてしまいまことに申し訳ありません。


 襲いかかるトナティウに対し、テルティウスは剣を持ち対抗する。先ほど吹き飛ばされたところで拾ったもので、いわゆるグラディウスと呼ばれるものだ。

 彼はそこまで剣術に通じているわけではないが、ローマの市民権を持つものとして一通りの技は持っている。左腕がまともに使えないのは泣きどころだが、添えるくらいはできるしそもそも波紋戦士であればこの剣を片手で使うくらいはわけもない。これがあれば、技のない力だけの攻撃にはなんとか対処ができる自信が彼にはあった。

 

 実際、襲いかかってくるトナティウの攻撃にも対応して見せた。放たれる拳を払い、振るわれる脚をかわし、ときには反撃も試みる。そんな応酬がしばし続く。

 しかし剣はひらひらとしたトナティウの服を切り裂くことも、貫くこともできず、かといって接触時に流した波紋もやはり効いた様子がない。これでは牽制になっているかどうかも怪しかった。

 

 とはいえ、テルティウスにとって気をつけるべきは彼女ではなくスタンド【マクイルショチトル】のほうだ。トナティウ自身も人間より強烈な攻撃をするが、吸血鬼に比べたら軽い。格闘技術も、ショシャナほどではないが力に任せたところが目立つ。テルティウスにとってはノーダメージとはいかないまでも、なんとかさばくことができる。

 

 だがスタンドの攻撃となると話は違う。何せスタンドにはスタンドでしか触れないのだ。そして攻撃力もスタンドのほうが高い。

 だからこそ、出会い頭の一瞬でそれを見切ったテルティウスは、常にスタンドへ注意を向けていた。そしてその判断は正しく、彼は能力を使った確定的な一撃を幾度かもらうことになる。

 

 それでも致命傷を負わずに済んでいるのは、彼が自らに付与した空気の……というよりは気体の性質が、受ける衝撃をほとんど通過させてしまっているからだ。

 

「あー! またそれですか! なんなんですかそれ!」

 

 もはや何度目かもわからない至近での攻防。それを制したはずのトナティウが、悔しげに声を上げた。

 

「さて、当ててみるがよいぞ!」

 

 スタンド【マクイルショチトル】の強烈な拳が直撃したテルティウスの身体が、そのまま拳ごと貫通している。肉体や血がまるで煙のようにふわりと舞ったが、ダメージはほとんどない。

 

 とある並行世界には「当たらなければどうということはない」と言った男がいたが、テルティウスは当たってもダメージがないならどうということはないと言いたげに波紋を練り上げる。

 彼はそのまま【マクイルショチトル】に体内から波紋を流し込む。黄金の輝きが走り、それは一瞬の誤差なく本体であるトナティウにも伝わった。

 

「いつつつッ、はーもう厄介! あの子が苦戦したのもわかりますね……!」

 

 スタンドの拳を下げながら愚痴るトナティウだが、それでも攻撃はやめない。美しいオレンジの花が咲き乱れる。

 

 彼女が先ほどまで選んでいた最善は、あくまで攻撃を当てることだった。だがここからは、当てるとともに明確なダメージも求める。

 

(こうなったら仕方ないですね……疲れるの早くなりますけど、段階を上げましょう!)

 

 そう彼女が決めると、【マクイルショチトル】を公転する花の数が二つ減った。能力を発揮するための難易度が上がった証拠だった。

 

(花の数が減った……何かしかけてくるか?)

 

 しかしテルティウスも簡単にやられるつもりはない。彼はまだトナティウの能力を見切っていないが、それでもやけにタイミングよく、あるいは不自然なまでにちょうどよく攻撃を食らうことがあることは認識していた。周囲に設置した罠をまるで場所を知っているかのように避けていく様など、呆れるしかなかった。

 

 だからこそ、【マクイルショチトル】に起こったわずかな変化を見逃さなかった。相手が手札を切ったと見たテルティウスもまた、己の札を切る。

 周囲に咲き乱れる花と共に再び向かってきたトナティウは、恐らく次こそ確実にダメージを与えてくるだろうと予測して。致命的な場所を守りながら迎え撃つ。

 

「せぇい!」

 

 トナティウと【マクイルショチトル】が、同時に殴りかかる。後者は最高のタイミングで花を散らしており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ここじゃ!」

 

 そして左右から殴られる直前。彼はスタンドを繰り出してトナティウにけしかけた。

 新しく現れた【ペル・アスペラ・アド・アストラ】が尾に宿していたのは、炎。それが躊躇なくトナティウへ……否、そのまとう服へ入り込んでいく。

 

「ぐふっ!」

 

 直後、テルティウスはスタンドの拳をほぼまともに食らう。剣を使い、現状可能な最高の防御はしたつもりだったがあっさり砕かれ、一緒に吹き飛ばされた彼はインスラの壁を突き破って屋内に叩き込まれる。

 

「あたしに能力を使った……?」

 

 一方のトナティウは首を傾げた……が、即座にテルティウスの意図を悟って服をかなぐり捨てた。

 地面に落ちた服が触れた箇所が、急速に赤熱する。それに伴って服からスタンドが抜け出し、その影響を失った服は勢いよく燃え始めた。

 

「あたしじゃなくて、服に火の熱を付与したんですね!?」

 

 下着姿になり、その肢体を露わにしたトナティウだが羞恥心はない。いやあるが、戦いの場でそれを気にするつもりがないだけのことだ。

 

「そ、の通りじゃ……下手をすると街を焼く、からあまり使いたくはなかったが、な……」

 

 そしてテルティウスも、そこまでは期待していない。

 瓦礫をはたき落としながらインスラから出てきた彼に、今しがた服を燃やしたスタンドが駆け寄ってかき消えた。

 

 その身体から、多量の血が滴る。はた目からはわかりづらいが、左腕だけでなくあばら骨もいくつか折れていた。

 それでも致命傷には至っていない。心臓も、肺も。諸々を無視すればひとまずは戦える程度には、動いている。

 

「お主、波紋は効かんと言ったが嘘じゃな? いや、確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……どこで気づきました?」

 

 テルティウスの指摘にトナティウは逆に聞き返した。相手が相手なら怒られる場面だが、問い返したということは認めたに等しい。

 

「何度も殴り合って波紋を流せば誰だって気づくじゃろ……服が波紋を散らしていたことにな」

「……はー、やれやれその通りです。よくわかりましたね、最新の高級品だったんですけど」

 

 燃え尽きた服を名残惜しそうに見やって、トナティウは肩をすくめる。

 

()()()()()()()()とは実に興味深い。どこでどう調達したか知りたいところじゃが……」

「答えると思います?」

「じゃろうて。しかし……」

 

 そしてそれだけやりとりを交わした二人が、同時にとあるほうへ顔を向けた。

 

 そこには網からようやく脱出したショシャナが立っている。身体は今もなおスタンド【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】に包まれており、悪鬼羅刹もかくやといった佇まいだ。

 

(これで二対一か……)

 

 彼女を見て、いよいよもって悲壮な決意を固めたテルティウスだったが……。

 

「トナティウ……少しだけこいつの相手を任せるわ……」

「は? どういう風の吹き回しです?」

「すぐ戻るわ……すぐね……!」

「あ、ちょっと!?」

 

 当のショシャナはトナティウの声も聞かず、飛び立って行った。

 

 その姿を呆然と見送るしかなかったトナティウだったが、テルティウスは違った。

 

「まさか……いかん!」

 

 慌ててショシャナを追いかけようとするが、やはりトナティウが立ちはだかる。

 

「あの子が何をする気かわかりませんけど、任されましたし行かせませんよ!」

「どいてくれ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「はあ? ははは、いやそんなはずないですよ。それはするなって言われてますからね。盲信する神様からの命令に、あの子が背くなんてありえません」

「我を忘れるほどの激情に囚われたものがそこまで自身を戒められるものか! ましてや吸血鬼! あれは今、わしを殺すためならなんでもするつもりでいるぞ!?」

「……いやいや、まさか。いやそんなはずは」

 

 テルティウスの指摘に一瞬だけ固まるトナティウ。

 口では否定したが、彼女はあり得ると思ってしまったのだ。今のショシャナならあるいはと、思ってしまった。何せその指摘は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だがそのスキを、テルティウスは見逃さない。自らに雷光を付与すると、光速で走り出した。

 

「あっ、しまっ……待ちなさーい!」

 

 テルティウスを見失ったトナティウもそれに続くが、ショシャナが飛び去った方角から新しい悲鳴が続々と上がり始めたのを耳にして息を呑む。

 それを頼りに走って、走って。

 

 やがてトナティウがたどり着いた先では、呆然とした様子のテルティウスがショシャナと対峙していた。

 

 だが同時に、彼女は見てしまった。そこいらに打ち捨てられた、恐らくは屈強な戦士であったろう亡骸の数々を。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 知識があれば、何が起きたのかはすぐにわかる。ゾンビだ。今ここに、ショシャナによってゾンビが作られたのだ。

 

(や、やりやがった……!)

 

 それを見て、トナティウは心の中で頭を抱える。

 

 トナティウとしては、憎まれ口をたたき合う間柄とはいえショシャナはアルフィーに仕える同僚だ。その態度の是非はともかく、彼女が主に向ける感情の強さにだけは一目置いていた。

 だからこそ、主の言いつけは何があっても守るだろうと、アルフィーからの指摘には半信半疑になってしまっていたのだが……どうやら、正しいのはアルフィーだったと、トナティウは主への尊敬を新たにする。

 

 しかし、今はあれこれと考えている場合ではないとも理解できていた。だからこそ、彼女は決意を持って前へ進み出る。

 

「あらトナティウ……まったくもう、少しだけ任せるって言ったのに。何出し抜かれているわけ? まったく、それでもアルフィー様の使徒ですかだらしない!」

「……申し開きのしようもない、あたしのミスですね。だからそれについては何も言わないですけど……」

 

 そして、警戒、驚愕、憤怒……様々な感情を顔に浮かべるテルティウスをよそに言葉を紡ぐ。

 

「今のあなた、あの方の命令を完全に無視してますよ。それわかってます?」

「トナティウこそわかってるの!? アルフィー様を傷つけられたのよ!? 本当なら穏やかな眠りについていただきたかったのに! それをこいつは!」

「それはあたしだって許せませんけど! でもそれにはそれ相応のやり方があるでしょう!? 究極、今ここでやる必要だってないはずです!」

「あなたはアルフィー様を傷つけたやつらを許すと言うの!? 信じられない……! 小憎らしい小娘だけど、あなたは、あなただけは私に匹敵するアルフィー様への愛を持っていると思っていたのに!」

「そんなことは言ってませんよ!? いいですかこのおバカ! あの方は優しい方です! 人間をできるだけ殺さないように、怪我だってできるだけしないようにっていつも心を砕いておられる! そんなあの方が、無差別な吸血やゾンビ化をしてるあなたを見て喜ぶとでも思ってるんですか!?」

「無差別……? 何を言っているの……? こいつらは全員、波紋使い! こいつらはアルフィー様の敵ッ! そんな連中を殺して何がいけないと!?」

「だから、そこじゃなくて……! ああもう、話がかみあわない!」

「まったくだわ……あなたもう黙りなさい。そして隅のほうで私の活躍を見ていればいいわ! 今からこの爺を殺すからッ!!」

「やめ――」

 

 成立しているようでしていない、正気の感じられない会話を打ち切られたトナティウは、テルティウスへとびかかるショシャナに手を伸ばす。

 遠くを攻撃する手段を持たない彼女にできるのは、それくらいしかなかったから。

 

 しかしそれよりも早く、テルティウスが動いていた。蚊帳の外にあった会話のさなか、ひっそりと用意していたスタンドを自らに使う。

 

 かのスタンドの尾にあったのは、少し前にアルフィーを焼いた光。その残り。

 そしてそれを宿したテルティウスは。

 

「我が門弟たちよ、太陽の光のもとで安らかに眠れッ!」

 

 全身から日光を放ち、高々と声を上げた――!

 




次回、WRYYYYY。


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33.ペル・アスペラ・アド・アストラ 4

 ショシャナとトナティウにお願いすることはたくさんあるけど、それぞれにだけ伝えたいことがあって、それは分けて書き記しておいたからあんまりお互いに詮索しないでおいてくれると助かります。

 ……というわけで、ここから先はトナティウにだけのお話。あなたがこれを見てどう思うか、わたしには……想像はできても確信はできません。それでも、せめてわたしのお話に目を通してくれたら嬉しいです。

 

 では本題に入りましょう。わたしが二千年の眠りについたあとのこと。世界がどうなるかはまだわからないけれど、それはこの際気にしません。

 ただ気がかりなのは、ショシャナのこと。彼女が狂ってしまいやしないか、わたしはそれが心配です。

 

 いえ、寂しさに耐えかねて死を願うようになるのであれば、まだいいんです。それは悲しいけれど、でも受け入れることができます。

 

 だからわたしが心配してるのは、ショシャナが吸血鬼としての衝動に呑み込まれて、人を人とも思わない、殺しをいとうことのない化け物になってしまうこと。それが心配なのです。

 あの子は今も昔も、極端から極端に走る子です。生まれ育ちに不幸があって、それも仕方がないとは思うのだけど、それでもしたことをなかったことにはできません。それが悪いことなら、なおさら取り消すわけにはいかないのです。

 

 もちろん、自分以外から生命をいただくこと自体は、この世界に生きとし生けるものすべてが行なっていること。ですから、命を繋ぐために必要な分だけというのであればわたしは何も言いません。

 だけど……そうじゃなくて。たとえば自分の快楽のために。たとえばいわれのない復讐のために。そんなことのために多くの人を殺すようであれば、それは見過ごせません。

 

 ですから、もしショシャナがそうなってしまったときは、トナティウ。どうか彼女をとめてあげてください。そのために彼女が死ぬことになっても構いません。いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……本当は、彼女を吸血鬼にしてしまったわたしがそれをしなければいけない。いっときの感情に流されるまま、石仮面を使ったわたしにはそうする義務があります。

 それを、眠ることをいいことにあなたにお願いしてるわたしは、ひどく身勝手で、傲慢で、浅ましいやつだなと思います。どれだけ罵られても、それは正当なものでしょう。

 

 ですが……それでも、伏してお願いします。どうか、どうかあの子に間違いを犯させないでほしい。

 どうか、どうか……。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ローマの街に突如現れ、その大部分を包み込む強烈な日光からかろうじて身を隠したトナティウは、近くから聞こえる戦いの音に耳を傾ける。

 その脳裏によぎるのは、主人から受け取った自身宛の手紙の内容。ショシャナの行く末をひたすらに心配する優しい主人の切実な懸念は、まさに今現実となっていた。

 

 テルティウスから日光を浴びせられたショシャナは。

 今もなお、高笑いをしながら戦い続けている。日光をものともせず、吸血鬼としての力を振るって破壊をもたらし続けている。

 

(光を浴びた端から全部発射し続けるなんて……いくらなんでも力技すぎですよ!)

 

 そう。ショシャナは自身が浴びた光を即座に発射し返し続けることで、無理やり日光を乗り切っていた。

 

 確かに彼女のスタンドには「触れたものを発射する」能力があり、光とて接触することで作用するものであるからには能力の対象になるだろう。だがそれは常にスタンドの力を全開にし続けているに等しく、いかな吸血鬼と言えど簡単なことではない。

 

 しかし吸血鬼であれば、不可能でもない。他人の命を、血液を介して奪う吸血鬼ならば。

 

 それはすなわち、必要以上に命を奪う行為に他ならず……トナティウは、ショシャナが派手にスタンドパワーを使い続けるその様を察して、主人が残した懸念は確実なものとして改めて認識した。

 

「WWWWWWRYYYYYY!!」

 

 今もまた、ショシャナの攻撃でインスラが一つ破壊された。傍目には謎の発光体が建物に突っ込んで破壊したようにも見えるが、それはともかく。

 

 壊れると同時に散弾のように吹き飛ぶインスラから距離を取りながら、トナティウは決意する。

 今ショシャナがしていることは、トナティウにとっても許容できない。だからこそ、ショシャナをとめる。たとえそれがテルティウスを助けることになるとしても、と。

 

 幸い、ショシャナは日光の対処に全スタンドパワーを割いているからか、発射を攻撃に使う気配はない。

 いや、現状は発射に専念している状態ではあるのだが、絡め手として戦いの要所要所に織り込むような使い方をしていない。それに伴ってか、動きも鈍い上にあの防御力もやや落ちているように見える。

 何せ、テルティウスがどこからともなく調達してきた槍がわずかとはいえ刺さったのだ。やりようはあるだろう。

 

 そう判断したトナティウは、あるものを求めてこの場を一時離脱することにした。ルブルム商会のローマ支店に行けばあれがあるはずだ。そう考えて。

 

 一方ショシャナと対峙するテルティウスは、己の命を顧みない捨て身の攻撃を続けていた。攻撃を回避しない、というような次元ではない。己の命を薪にくべて、スタンドパワーを全開にし続けているのだ。

 もちろん、吸血鬼でない彼がそんなことをすれば、死ぬ以外の道はない。だがそれを、彼は受け入れた。刺し違えて目の前の吸血鬼を打倒する。その一念であった。

 

 これによって、テルティウスは一度に顕現できるスタンドの枠を一時的に増やしていた。今は全盛期の頃同様に、五体の【ペル・アスペラ・アド・アストラ】を一度に繰り出せる状態にある。

 それらを駆使して、今までストックしていた様々なものを惜しみなく使い潰し、ありとあらゆる手段でショシャナを攻撃するのだ。

 

 傍目には、テルティウスが押しているように見えるだろう。何せ、そのほとんどの攻撃をショシャナは回避しないのだから。光の反射に力を注いでいる分、動きも鈍くなっているのである。もちろん、後々に響くだろうものは的確に回避しているが。

 しかし、この攻勢が長く続かないことをショシャナは見抜いていた。自身もまた急速に疲弊していることはわかっていたが、それでも先に力尽きるのは己ではないと確信していた。そしてそうなれば、もはや目の前の相手に一切の余力が残らないことも。

 

 それは相手を見くびっているというような話ではない。生命としての形の違いから来る、客観的な事実だ。

 

 だからショシャナは、守りを堅くする。どのみち、光を反射し続けているためにスピードなどは犠牲になっている。ただ時間を稼ぐだけで確実に勝てるのだから、下手に力を浪費しようとも思わない。

 

(何よりエネルギー切れになってくれたほうが、色々とできそうだしねぇ! 絶望した顔を拝んであげるわぁ!)

 

 ショシャナは、力尽きた相手を自身が思いつくありとあらゆる拷問でいたぶる気満々であった。彼女にとって、テルティウスはそうされるべき相手だった。

 

 そんなショシャナの嗜虐心を認識しながら、テルティウスは網を放る。戦いながら移動するさなか、拾ったものだ。

 もちろんただの網ではない。既に波紋の性質が付与されており、これに絡め取られればショシャナは大ダメージを余儀なくされるだろう。

 

 とはいえ、こんなあからさまな危険物は当然ショシャナももう受けない。だからこそ、テルティウスにとっては当たれば儲けもの程度でしかない。

 

 すぐさま次の攻撃を放つ。後ろ手に隠していたナイフを、回避の動きを取っているショシャナ目がけて投げた。

 

 だがこれは、あっさり腕で弾かれ明後日の方向へ飛んでいく。目標を失ったナイフは、そのまま転がっていた木箱の残骸に刺さった。

 

 それを確認するより早く、テルティウスは前に出る。猛然とショシャナに肉薄し、年齢に釣り合わない鋭い正拳突きを放った。

 

「あはははははは、あはははははは!! 効かない、効かないわッ!!」

 

 それらを当然のように受け流しながら、ショシャナは嗤う。かなりの波紋が乗った攻撃でありながら、それはほとんど効いていなかった。

 

 何せ、光すらも触れた瞬間に発射して無効化しているのだ。波紋も同じ道を辿ったにすぎない。

 そしてそれを操るテルティウスの身体もまた、能力によって強引にショシャナから引き離される。もはや何度も繰り返された光景だ。

 

 だが、今回は違った。

 

「いや、これでよい」

 

 テルティウスはにやりと笑う。攻撃が一切通じなかったにもかかわらず、不敵に。

 

 その態度が、ショシャナは気に入らない。この男は彼女にとってできるだけ惨たらしく死ぬべき相手で、そんな相手がいまだ負けるつもりがないことに苛立ちを覚える。

 

「ふん、いい加減諦めればいいものを!」

 

 地面を転がりながらも立ち上がるテルティウスをよそに、ショシャナは瓦礫の中に飛び込む。

 今の彼女は全自動発射装置だ。触れたものを片っ端から乱射する。瓦礫もまた、その大小に関わらず一気に発射され、またしてもいくつかのインスラが傾いていく。

 

「もちろん……諦めるはずがなかろう!」

 

 その間をすれすれでくぐり抜けて、テルティウスが再度ショシャナに迫る。

 手には、先程あっさり弾かれたナイフ。転がったときに拾い上げたそれには波紋に加えて波紋の性質そのものまで与えられていて、黄金の輝きを放っていた。

 

 光とはまた若干異なるその光彩に、ショシャナも警戒を強めて身構える。これにだけは触れるわけにはいかないと判断して、今しがた崩れ終わったインスラの瓦礫の山に踏み込む。

 

 再び、大量の瓦礫が無数の弾丸となって発射された。テルティウスはもう一度、その隙間を潜り抜けようとするが……今度は完全にはかわし切れず、手にしていたナイフを撃ち抜かれ取り落としてしまう。

 彼はそれでも、前に進むことをやめない。ここで立ち止まったり、背中を向けようものならその瞬間無駄死にするということを理解しているがゆえに。

 

 しかし、現実は非情だ。痛打を全身に負いながらも気力で瓦礫の弾丸の雨を潜り抜けたテルティウスの身体から、急速に光が消え始めた。スタンドによって付与された日光が、遂に底をついたのだ。

 

 ショシャナが暗く嗤う。死と隣り合わせの綱渡りをするかのようなギリギリの前進をなんとか切り抜けたというのに、ここまで来て頼みの綱を失うという相手の間の悪さに、心底愉悦を感じながら。

 

 その顔のままで、彼女はこれまでの守勢が嘘であったかのように一転攻勢に出た。光の対処に割いていた力を、テルティウスの発射に振り分けるべく姿勢を整え、猛烈な力を腕に込めて振り抜ける。

 

 果たしてその一撃はテルティウスの身体を捉え、……そして、その感触にショシャナは顔色を変えた。

 

 今まで殴ったことのない硬さだった。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】をまとった身では、一度とて感じたことのない強烈な硬さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

「どうやらぎりぎりで間に合ったようじゃな……ふふ、わしは悪運が強い」

 

 吹っ飛んだ先から戻ってきたテルティウスは、無傷だった。

 その姿を見て、ショシャナも察する。

 

「まさか、貴様……! ()()()()()()()()!」

「おっと、気づいたか。左様、左様。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして一撃を食らう直前に、それを自分に入れたということじゃ」

「いつの間に……!」

 

 その言葉を受けてもう一度にやりと笑い、テルティウスは己のスタンドを一体繰り出す。現れたリスのような姿のそれは、今までと違い注射器のような尻尾に何も入っていなかった。

 

 そのスタンドが、今しがた戻って来るときに拾っていた剣に尻尾を突き立てる。すると、その尻尾の中に剣の形をした陽炎が現れた。

 

「そうか……さっきまで、私の防御も少し弱まっていたから……!」

「その通り。槍が少しでも刺さるくらいであれば、我が幽波紋はその真価を発揮できる」

 

 テルティウスのスタンド、【ペル・アスペラ・アド・アストラ】。その能力は性質の付与だが、そのためには一度、付与する性質を何かから調達する必要がある。

 今見せた行為こそそれだ。対象から、性質を抽出する。これで今、テルティウスは剣の性質である【特定部位に触れたものを切断する】性質を一つ獲得した。

 

 とはいえ、対象から性質を抜き取り空にすること……つまり性質を完全に奪うことはできない。抽出とは言っても、その実態は転写のようなものだからだ。

 

 しかし、それでも。

 

「さて、これでようやく五分かのう。いい加減決着をつけようではないか」

 

 ショシャナが持っていた、絶対的な防御力。そのアドバンテージが崩れた。

 




あけましておめでとうございます(震え声
今年もよろしくお願いします(震え声


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34.ペル・アスペラ・アド・アストラ 5

「舐めるなよ……! その程度で私に勝てると思うなッ!」

 

 ショシャナが吠える。と同時に、大きく地面を蹴ってテルティウスに向かう。

 

 今まで明確に距離を置いて戦っていた彼女の行動に、対するテルティウスは目を細めて身構える。構えた剣に、今しがた性質を抽出したばかりのスタンド【ペル・アスペラ・アド・アストラ】が潜り込む。

 

 そして一直線に突っ込んできたショシャナの攻撃を、避けることなく当たりに行く。これまた今までとまるで正反対の行動だ。

 普通の人間なら、大丈夫だとは思っていても慣れた感覚を捨てきれないものだが、テルティウスは違った。攻撃を受けても問題ない、と即座に切り替えられる辺りはやはり歴戦の戦士と言えるだろう。直前まで散々苦労させられた防御力を、ある意味で信頼していたとも言う。

 

 そのままぶつかり合う両者の肉体。どちらもそれによるダメージはなく、ただ膂力の差からテルティウスが押し出される。

 だが当然、馬鹿正直に攻撃を受け止めたわけではない。接触と同時に波紋を流して少しでも吹き飛ばされるのをこらえつつ、ショシャナにしがみつきながら手にした剣でもって彼女を切りつける。

 

 ――火花が散った。が、それだけ。ショシャナの身体は切られることなく健在だ。

 にも拘らず、ショシャナの肉体には確かに痛覚が駆け巡っていた。それは文字通り、斬撃を身に受けたときと同じもの。ただ規模が違うだけで。

 

「……ッ!」

「どうやら、重ねがけは効果があるようじゃな。ま、こんな至近距離でノーガードに攻められれば、という条件つきのようじゃが!」

「小癪な真似をッ!!」

 

 テルティウスの目は、それを即座に見抜いていた。

 

 しかし彼は、それだけにこだわるつもりもない。剣での打撃を狙うと見せかけて関節を極めに行ったり、空に逃げられては困るとばかりに翼を集中的に狙ったり、それまで反撃を警戒してできなかった戦い方を恐れずに繰り出していく。

 そこに織り込まれた技巧の数々は、まさに歴戦の戦士と言えよう。対して、長くは生きていても戦いを本分としてこなかったショシャナは、やはりその対応に苦労することになる。

 

 とはいえ身にまとったスタンドの防御力と、吸血鬼特有の膂力もあって、その苦労というのも「嫌らしくて面倒」程度のものだ。ゆえに彼女もまた、反撃など気にすることもなく攻め続ける。

 そして互いに防御を考慮しない殴り合いとなれば、膂力で勝るショシャナに分がある。次第にテルティウスが押され始め、少しずつ後退していく。

 

(……ここじゃ!)

 

 ここでテルティウスが再度前に出た。と同時に、足元に転がっていたものをその足で上へと跳ね上げる。

 それは夜の中にあっても波紋特有の黄金に煌めいており……しかしその光は、テルティウス本人の身体によってショシャナには隠されていた。

 

 その中で、彼の波紋が込められた拳がショシャナの胸元に叩き込まれる。もちろんそれによってダメージは入らないが、波紋はわずかにショシャナの身体に染み入る。それは遅効性の毒として、彼女の身体に蓄積するのだ。

 

 だがこれを意に介さず、ショシャナはテルティウスの腕をつかむと強引に引っ張る。それに引きずられるテルティウスの顔には、空いた手を握り込んでたたきつけるのも忘れない。派手な音が鳴り響いて、テルティウスの身体が泳ぐ。

 

「ふんはッ!」

 

 しかしそれでもなお、テルティウスは攻め手を緩めなかった。たたらを踏んで後ろに下がった彼は――今まさに眼前に落ちてきた光を。スタンドによって波紋の性質そのものを与えられたナイフの切っ先が、ショシャナを向いたそのタイミングで柄の根元に殴りつけた。

 当然、ナイフは反作用によって落ちる方向を変える。すなわち、ショシャナに向けて。切っ先が突き刺さるように、押し込まれる。

 

 だが、刺さらない。当然だ。ただのナイフで、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は抜けない。

 

「ぐが……ッ!」

 

 けれども、波紋の性質。「日光に弱いものにダメージを与える」性質が、スタンドの防御力を無視してショシャナの腕を焼く。

 波紋が通ったとき特有の音が響き、同時に肉が焼けるような音も上がった。

 

 上がったが……。

 

「押し通るッ!!」

 

 そんなことはおかまいなしに、ショシャナも前に出た。身体を巡ろうとする波紋を強引に押しのけ、ナイフを蹴散らしながら突き進む。

 彼女はそのまま、テルティウスの懐に入り込む。そして波紋を受けなかったほうの腕を可能な限り全力で振るって、テルティウスの腹にアッパーカットを叩きつけた。

 

「何!?」

 

 刹那、テルティウスの身体が発射される。飛んでいく方向は、上だ。アッパーカットが入るそのタイミングで、スタンドの力を開放したのだ。

 さらに言えば、彼の身体はまっすぐに飛ばされたわけではない。ショシャナは発射する際にそこにひねりを入れており、テルティウスの身体は縦に回転しながら吹き飛ばされていた。

 

 空中は、人間のあるべき場所ではない。飛ぶ手段を持たない彼にしてみればもはやできることはほとんどないのに、これではまともな着地すら不可能だろう。

 

「まだまだァ!!」

 

 にもかかわらず、ショシャナはさらに追い打ちをかける。黒い翼を広げて勢いよく空へと舞い上がると、そのまま一直線にテルティウスへ突っ込んでいく。

 その勢いを見て、テルティウスは意図を察する。

 

(空の果てまで飛ばし続けるつもりか!?)

 

 この時代、空の果てがどうなっているかを知る者は普通いない。それでも漠然と、戻ってこれなくなる地点はあるだろうと彼は思った。

 なるほど、そこまで飛ばされれば防御力の高低は関係ない。行き着くところまで行き、二度と戻ってこれないのであれば、それは敗北そのものと言える。

 

 仮にそこまで行かずとも、そこから落下したとあれば……今の彼を包む守りであっても無事で済む保証はないだろう。

 

(あれに切り替える……いや、次の攻撃まではこのままじゃ!)

 

 眼前に迫ったショシャナの、恐ろしくも悲しげなスタンドの顔面を見据えながらテルティウスは決断する。ここから無事に帰還する手段を、彼は思いついていた。

 しかし今ここで防御を捨ててしまえば、発射の能力以前に殴られるダメージを食らってしまう。そう判断して。

 

 実際、次の瞬間ショシャナの拳が再度テルティウスの腹に刺さった。テルティウスの予測通り、吸血鬼の膂力で放たれる凄まじい拳だ。

 しかもそこには、高速で上昇する勢いまで乗っている。先ほどよりも強烈な衝撃が、彼の身体を走り抜ける。

 

「ここッ!!」

 

 そしてショシャナの攻撃は、まだ終わっていなかった。そこに乗せられたスタンドパワーが炸裂する。

 これにより、ようやく上昇のピークに肉迫していたテルティウスの身体は、またしてもさらなる上空へと撃ち(・・)上げられる。

 

 これは予定通り、と頭の中でつぶやいたテルティウスはしかし、飛ばされる直前にショシャナの顔が笑ったように見えて思考を加速させる。

 そして、自身が空を上がる速度が先ほどよりも増していることに気づき、歯ぎしりした。

 

(読まれていたか! しかしまだ手はある……む? これは……さ、寒い……いや待て、こ、呼吸が!?)

 

 そこで彼は、己の身に起きた異変に気がついた。夜のローマに迷い込んだ小柄な雲を突き抜けて、闇一色の空の高みをも貫きつつある彼の身体が、凍てつき始めたのだ。それに前後する形で、どんどん息苦しくなっていく。

 

 母なる星の庇護から離れつつあるのだ。温度という温度はどこまでも暗い宇宙の闇に飲み込まれ、下がり続ける。生き物をはぐくむ酸素もまた、例外ではなかった。

 

 そう、地球という天体は、高度を上げれば上げるだけ温度が下がる。さらには、空気も薄くなるのだ。

 二十一世紀の日本であれば、ほぼ常識として認識されている知識である。そう、二十一世紀の日本であれば。

 

「名前通り、星の果てまで飛んで行ってしまえッ!!」

 

 それを飛べるようになったとき主から教えられたショシャナは、勝ち誇ったように宣言する。

 実際、彼女は勝利を確信していた。だからこそ、彼女は残心しながらも少しずつ己の高度を下げつつある。

 

 そんなショシャナをにらんで、テルティウスは浅く、荒い息をつく。既にほとんど空気のないところにまで到達し、なおも上昇がとまらない事実にさすがの彼も焦りを隠せない。

 そうこうしているうちに、ショシャナの身体が雲間に紛れて、見えなくなる。

 

(く……っ! ここまで来たら、あれでは戻るのは難しいか……むしろそれこそ永遠にここに取り残されそうじゃ。……ふ、ふふ……わしも焼きが回ったか……まだ心のどこかで、生きて帰るつもりでおったようじゃな……)

 

 見失った敵の姿を思い起こして、テルティウスは笑った。凍てつき動かすのが億劫だったが、それでも確かに。

 

(よかろう、これにて本当に終いじゃ。これをもって、我が人生の幕としよう。無論、このままただで死ぬと思うなよ、吸血鬼!)

 

 そして、彼が内心で叫び。

 

 身体の上昇がピタリととまり。

 

 いよいよもって落下が始まった、その瞬間。

 

「最後にとくと見よ! この身は! 困難を乗り越えて星へ至った(【ペル・アスペラ・アド・アストラ】)ぞ!!」

 

 かすれた声で、されど今度はしかと叫んだその身に、今までどれほど命をくべても不可能だった二つ目の性質付与が行われる。そう、二つ目のスタンドが彼の体内に入り込んだのだ。

 その特徴とも言える注射器のような尾の中には――雷光が煌めいていた。

 

 かくして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして――

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 この日、ローマの街に激震が走った。比喩ではない。文字通りの激しい揺れが、実際にローマの街を駆け巡ったのだ。

 その直前には筆舌に尽くしがたい轟音も響いていたから、ローマ中の……いや、その近隣も含めた実に多くの人間が、天罰ではないかと恐れおののいた。

 

「い、一体何!?」

 

 それを認知したとき、トナティウは簡単な衣服をまとい直し、エイジャの赤石を懐に忍ばせて表に出たところであった。

 

 赤石とは言っても、クズ石とまではいかないものの石仮面を完成させるには届かない小石が数個である。しかし小石といえど、テルティウスほどの熟練の波紋戦士が扱えば、堅い守りを誇るショシャナにも多大なダメージを与えられる。

 トナティウはそう判断して、ルブルム商会からこれを持ち出したのだ。暴走したショシャナを止めるために。

 

 だがそこで彼女が見たものは、はるか彼方の天空から、縦一文字に夜空を切り裂く雷がごとき白光で。

 それに数瞬遅れて、これまた雷鳴を思わせる轟音が鳴り響く。

 直後、大地が大きく揺れ動き……あの光が落ちたところから猛烈な煙が立ち上がった。

 

 煙といっても火炎によるものではなく、瓦礫などの土埃によるものだ。それが、雪崩のようにローマの市内に殺到する。

 それで建物が壊れることはなかったが、人間にとっては十分に脅威になり得た。

 

「けほっ、な、何が起きて……!」

 

 だが、半吸血鬼のトナティウにとってはそこまででもない。強引にその中を突き進めるだけのスペックが彼女にはある。

 

 ()()()()()()()

 

 もうもうと立ち込める土埃の中を、しかし明確に原因と思われるものが落ちた場所はまっすぐ向かう。道中の建築物は、これまた身体能力でゴリ押しして屋根の上を走る。

 やがて彼女はその中でも、現場に最も近くまた最も高い建物に目をつけた。一度の跳躍と数秒の登攀を経てその頂上へと至る。

 

「……あれは。遅かったか……」

 

 そこで彼女が目にしたもの。

 それは、クレーターのようにえぐれたローマの大地……その中央に、重なって倒れるショシャナとテルティウスだった。

 二人とも身体はぼろぼろ……というよりはバラバラで、手足などは両者とも吹き飛んでいた。そこらに、ではない。文字通り吹き飛んでしまって痕跡がなかった。

 テルティウスはもちろん、ショシャナすらそのスタンドが解けている辺り、凄まじい攻防があったことは誰の目にも明らかだ。

 

「先ほどの何か? が二人に落ちた……? いや、そんなことは今はどうでもいいか……!」

 

 ともあれトナティウは、大急ぎでその場から飛び降りた。その勢いのまま、動かない二人の下へ一気に距離を詰めていく。

 そして目の前まで来て、トナティウは改めて驚愕した。

 

「……まだ息があるなんて。さすが吸血鬼ですかね……」

 

 テルティウスは、さすがに死んでいた。もはや臓器の動きさえ微塵もなく、呼吸も同様で。少し前まであったはずの命の煌きはかけらもなく、肉体もまたひどく萎縮したように見える。

 

 しかしショシャナは生きていた。呼吸をしている。心臓も動いている。意識は失っているようだが、それでも。

 

(……今なら。今ならやれる)

 

 その様を見て、トナティウの脳裏に主の手紙が浮かび、今しかないと判断する。すっとショシャナの近くに立ち、スタンド【マクイルショチトル】の拳を振りかぶり……無意識のうちに動きをとめて、ごくりとつばを嚥下した。

 

 しかし、その一瞬がすべてを手遅れとした。

 仮に彼女がそのわずかな動作を挟まず、即座に動いていれば間に合っただろう。

 だが、いまだ心に傷のない彼女は、ためらった。ほんの一瞬だけ、ためらってしまった。

 

 だからこそ。

 

「アルフィーのアホめが……目立つなどあれほど言ったというのに」

「そのアルフィーが見えねえな……どこだぁ?」

 

 カーズとエシディシ、そしてワムウが到着してしまった。

 彼らの登場に、慌ててトナティウは平伏する。

 

 トナティウは自覚している。自分ではこの三人には勝てないと。そもそも、悪とはいえ神に歯向かおうなどとは露ほどにも思っていないが、それでもなお。

 

「お前は確か、アルフィーが飼っていた半吸血鬼の頭だな。状況を説明しろ」

 

 そしてその頂点に立つ男が、殺気と苛立ちを隠すことなく言い放つ。既にその腕には刃が展開されており、下手なことを言えば即座に餌にされることは明白であった。

 

「……アルフィー様は」

 

 だから、自分でも完全には状況を把握しておらずとも、まずは口を開き。

 

 それを、数十年を共にした声に遮られた。

 

「わ、たしが……説明、します……」

「ショシャナ!? あんた……」

「許す。ただし手短に言え」

 

 振り返れば、再生を始めたショシャナがはいつくばりながら起き上がろうとしていた。

 震える上半身をわずかにもたげさせて、血反吐を一つ。

 

「……はぁっ、はぁ……! アルフィー様は……! あの波紋戦士のスタンドにより痛打を浴び、石化いたしました……今は、このトナティウの配下がかくまっています……!」

「……何?」

 

 そして紡がれた報告に、カーズの眉が半分上がった。他の柱の男も同様だ。

 

「逃げ回ることには定評のあるアルフィーが、か?」

「光……日光を目の前で叩きつけられたのです……! だからアルフィー様は!」

 

 ショシャナの言葉に、トナティウは悲しげに顔を伏せた。

 事情は初めて知ったが、やはり主がテルティウスに敗北していたという事実は堪えるものだ。ショシャナの狂乱っぷりも、理解はできると彼女も思う。

 

「……つまり、吸血鬼……お前はこう言いたいのか? アルフィーがやられ、冷静ではいられず仇を取った、と?」

「アルフィー様に不敬を働いた愚か者、死んで当然でしょう!? 本当はもっと惨めに死なせたかった! ……ですが、ええ、そうです。私の力不足です……!」

「…………」

 

 カーズの言い方に、ショシャナは激高して顔を上げる。

 それこそ不敬だ、と思ったトナティウだったが、ここでカーズたちの不興を買うことはなんの益もなく、動くことができない。

 

 そんな二人に、カーズは刃を閃かせて――息をのむ二人をよそに、一歩でテルティウスのもとへ移動し、その身体を滅多斬りにした。

 てっきり自分たちが斬られると思っていたトナティウは、呆気にとられてその背中を見つめる。

 

 それでもなおカーズはとまらず、ほどなくして命を賭して吸血鬼と戦った誇り高い戦士の遺骸は、無惨な血と肉の塊と化した。

 カーズはそれでもしばらくそこに佇んでいた。しかしやがてトナティウたちに振り返る。

 

 そんな彼の顔を見て、トナティウは瞠目した。

 

「……吸血鬼、名は?」

「ショシャナ。アルフィー様より、賜りました」

「そうか。ではショシャナよ。仇討ち、大義。お前の忠心、アルフィーに代わりこのカーズが確かに見届けた」

 

 カーズが、悲しげに顔を歪めていた。あるいは悔しげに。

 

 初めて見るその表情に、トナティウは心底驚いた。

 血も涙もない悪神だと思っていた。なんの躊躇いもなく、他人を害せる男だと思っていた。

 

(……仲間には、そういう顔もするんですか。できる、んですか……)

 

 だから、トナティウは少しだけカーズへの評を改めたほうがいいかもしれない、と考えた。

 

 考えたが、

 

「だが見た限り、満足のいく葬い合戦ではなかったと見た。ショシャナよ……構わん。このカーズが許す。波紋使いをこの星から根絶やしにしろ」

 

 続けられた言葉を聞いて、やはりこの男は悪神だと再認識した。

 

「……ッ! 喜んで!!」

 

 そして、その言葉に嬉々として平伏するショシャナに、薄ら寒いものを感じる。

 あれほどカーズを嫌っていたはずのショシャナの、まるで新たな主を得たような態度に。

 

(ダメだ……このままじゃ、ダメだ……!)

 

 だからこそ、トナティウは決意を新たにする。

 喧嘩ばかりではあったが、確かに同じ神を崇めた隣人との決別だった。

 

 そして。

 

 そんなトナティウの背中に、今にも消滅しそうな小さなリス……否、リスのような出で立ちの、(ヴィジョン)が。逃げ場所を求めるかのように、ずぷりと沈み込んでいく。

 

 その尻尾には――星のような揺らぎが宿っていた。

 




スタンド:ペル・アスペラ・アド・アストラ(困難を乗り越えて星へ至る) 本体:テルティウス・クラウディウス・マルケッルス
破壊力:なし スピード:C 射程距離:A 持続力:A 精密動作性:C 成長性:D
大型のリスのような姿をした、十六体からなる群体型のスタンド。同時展開可能数は三体、全盛期は五体。尻尾が注射器のようになっている。遠隔操作型。
尻尾の注射器を対象に刺すことで発動する「対象の持つ性質を抽出する」能力と、性質をストックしたスタンドを対象に潜り込ませることで「抽出した性質を対象に付与する」能力の二つを持つ。
抽出する性質はある程度本体で取捨選択できるが、一つのペル・アスペラ・アド・アストラで抽出できる数は常に一つであり、ゆえにストック可能な性質は最大で十六。
これにより、たとえば「光の速さ」や「火の温度」、「水の流動性」などを発揮可能となり、変わり種では「波紋の持つ日光に弱いものに大ダメージを与える」性質や、「ほこりの持つ空気中をふらふらと漂う」性質も使える。
条件さえ満たせばスタンドの能力すら抽出可能であり、極めて応用性の高いスタンド。
最期は本体を光速で落下する超硬物質となし、敵にぶつかることで相討ちを期したがわずかに及ばず再起不能(リタイア)
ちなみに光速で落下することによる被害のデカさについては、本体の想定以上の結果となっている。ここまでの被害が出るとわかっていたらたぶんやってない。


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35.アンケ・セ・モリラ・ドマーニ

「いやー、随分と寛大だったなぁ?」

 

 闇が最も強くなる時間。ローマの街を後にする柱の男たちの中で、ふとエシディシが口を開いた。言いながら歩み寄り、カーズの肩に腕を置く。

 

「なんだ、知らなかったのかエシディシ?」

 

 それを払うそぶりは見せず、カーズはフッと笑う。

 

「私はわりと、犬が好きなのだよ。アルフィー風に言うなら、犬派というやつだ」

「飼い主に忠実な犬は、だろ?」

 

 再度の問いに、カーズは答えない。代わりに皮肉げな笑みを返しただけだった。

 

「……しかしよかったのか?」

「何がだ?」

 

 みたび、エシディシが問う。

 

「アルフィーを置いてきてよかったのか、ってことだよ。わかってるくせに、はぐらかすなぁカーズ?」

「死んでおらんのだ。ならば放っておいても問題あるまい。報復は済ませたしな」

「報復、ねぇ……。俺には赤石が見つからなかった腹いせにしか見えなかったがな?」

 

 エシディシの追究に、カーズは視線を合わせず自嘲気味に笑った。

 

「さすがに石になったアルフィーに当たるわけにもいかんだろう?」

「ハッハッハ、違ぇねぇや!」

 

 他の生き物ならいざ知らず、柱の男の攻撃なら問題なくアルフィーも死ぬだろう。

 もちろん、カーズもそんなことをするつもりはない。今はまだ。

 だからこそ、手ごろな肉袋で濁したのだ。今まで使いづらくて邪魔でしかなかった吸血鬼がいい具合に仕上がっていたから、ついでに背中を軽く一押しした。カーズにとってはそれだけのことに過ぎない。

 

「しかしあの吸血鬼……ありゃヤベェやつだぞ。寄りかかる柱がないと何もできんくせにその本質を見ようとしない、実に人間らしいクズだ」

「馬鹿と鋏は使いようだ。だからこそ一声かけたのではないか」

「クックック……まったく、相変わらずのお手並みだぜ」

「そのほうがあの吸血鬼のやる気も出るだろう?」

「手のひらくるっくるだったな!」

 

 エシディシの笑い声が夜の中に響いて溶けていく。カーズの冷たい物言いがそれに続く。

 

 彼らの後ろに無言で従うワムウは、そんな主たちの様子を静かに……しかし良き戦いを制した感慨とは逆の、ささくれた心境で眺めていた。

 

(あのような子供まで殺す必要はあったのだろうか? 皆殺しにする必要もあるのだろうか? 人間の一生など所詮短いと言うのに。……いや、カーズ様の目的のためには……)

 

 戦士として純粋すぎるが故の、心の乱れであった。

 

 本来であれば、彼はそこまで考えなかっただろう。しかしこの世界の彼には、姉がいた。彼女がいることで獲得した記憶が、経験が、本来の彼とはごくわずかな……誰の目からもほとんどわからないほどのかすかな差を、生み出そうとしていた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 良きことがあろうと悪しきことがあろうと、時間は流れ続ける。低きに従う水のごとき流れの中で、人の営みは続いていく。

 

 ローマに落ちた光は記憶から記録となり、やがて伝説、神話へと変わっていく。

 その記憶の変質の過程で、波紋使いを襲撃した柱の男たちのことは埋もれ、ごく一部を除いて人々の口にすら上がらなくなった。

 

 そうして当の柱の男たちすら長い眠りにつき、歴史が今一度人の手に預けられたのと時を同じく。

 

 逃れ得ぬ生命の終焉を間近に控えた老婆が、イタリア半島のとある集落を訪うた。

 老いてなおしゃんとした背筋に、適度に残る肉。何より瑞々しく光をたたえた瞳は、とても二百近いものとは誰も思わぬだろう。

 

 しかし、彼女を迎え入れるものはいなかった。

 単に夜だからではない。何せ、集落のあちこちに死体が転がっているのだから。なんのことはない、この集落には今、生きた人間が一人もいないのだ。

 

 そんな無人の集落を、老婆はゆっくりと中心に向けて進んでいく。視界に入る死体に悲しげな表情を浮かべ、されどためらうことなく。

 

 やがて彼女がたどり着いた、集落でも特に大きな建物。その玄関口で、彼女は今しがた出てきた妙齢の女と顔を合わせる。

 

「お目当てのものは見つかったようですね、ショシャナ」

 

 その声に女はやや驚いた顔を見せたが、すぐに気を取り直して口を開く。

 

「……驚いた。トナティウね? しばらく見ないうちにまあ、随分と老けたこと」

「おかげさまで、まだ人はやめていませんからね。あんたのほうは相変わらず、元気そうで何よりですよ」

 

 肩をすくめる老婆……トナティウの言葉に、女……ショシャナは鼻を鳴らして応じる。

 その手には、一本の矢。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふん……ご覧の通り、カーズ()の矢を遂に見つけたわ。これでもう私に憂うものはないわ。あなた以外はね」

「……変わりましたね。人間だった頃のあんたは、もう少しまともでした」

「皮肉のつもり? あいにくと裏切り者の言葉に貸す耳はないわ」

「でしょうね。……もはや問答も無用となって久しいですし、そろそろ始めますか。いい加減決着をつけましょう」

「醜く老いさらばえたあなたに何ができるのかしら?」

「余裕ぶってないで、早くスタンドを出したほうがいいですよ。今回は切り札を用意してきたので」

 

 言葉を交わしながら、トナティウの隣にスタンドが浮かび上がる。【マクイルショチトル】。その姿は往年のそれと違ってやや老いた風貌をたたえながらも、今なお凛々しく力強い。

 

 それに応じて、ショシャナの姿が変わる。全身黒の、翼持つ異形の姿。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】。その姿は往年のそれと変わらないがただ一つ、顔だけが憤怒の形に変わっていた。

 

「……アルフィー様の意思に背いたあんたを、ここで終わらせる。あの方が堕ちたあんたを見て悲しむ前に」

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 

 そして二つの影が凄まじい速度で飛び出し、ぶつかり合う。否、拳がぶつかり合う。

 

 刹那。【マクイルショチトル】の拳が黄金に輝いた。

 それだけではない。黄金は真紅の輝きを内包して、すさまじいエネルギーの奔流を一瞬にして生み出していた。

 

 それが、ショシャナの拳を貫く。無敵の防御力を誇ったはずの【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が、いともたやすく。

 

「グア……!?」

「――【マクイルショチトル・ニョア】」

 

 トナティウが静かに告げる。

 

 それに呼応するように、【マクイルショチトル】の背中に星の刻印が輝きながら現れる。

 そして、衣服で隠れて見えないが。トナティウ自身の背中にも、同じ刻印が現れていた。

 

「ば……ッ、バカな、そんなバカな!?」

「いいえ、必然です。このために今まで何度も負けたフリをして、色んな性質を抽出して来ましたからね」

「そ……そんな、あり得ない! それは、あの爺のッ!?」

「なぜかはわかりませんけどね。そういう風になったんですよ……不思議なこともあるものです。ねぇ?」

 

 深呼吸のような息をして、トナティウは言葉を続ける。

 

「波紋とエイジャの赤石を中心に、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】からも少々。他にもありとあらゆるものを取り出して、混ぜて、一つにして……まさか八十年近くかかるとは思ってなかったですけど……でもこれで、ようやく」

 

 ――おしまいです。

 そう告げて、トナティウが悲しげに微笑む。

 

 彼女がそうしているうちにも、ショシャナの身体が崩れていく。スタンドの変化は半ば解け、左半分が露わになった顔がそれでもギラついた目を向けている。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁ! こんな、こんなもの認めないわッ!! 私は、私はアルフィー様と一つになるまで、死なない、死んではいけないのにッ!!」

「そのアルフィー様を裏切ったのはあんたのほうでしょうに……と、言うのはもう何十年も重ねたやり取りでしたね」

「ゆ……ッ、許さない、許さないッ!! トナティウお前は、お前だけはッ!!」

 

 グズグズに溶け始めた顔。それでもなお腹の底から絶叫が放たれる。

 同時に能力が発動し、肉片が放たれた……が、もはやその軌道は覚束ないもので、一歩横にずれただけでトナティウは難なく攻撃を回避した。

 

「うおおおああああ!! 認めない、認められるものか! こんな、こんな終わり方なんてッ!!」

 

 ショシャナが慟哭する。光のない闇の中、一人しか聞くもののない絶望が響き渡る。

 

「……?」

 

 その声を。

 

「!?」

 

 聞き届けるものがあった。

 

「ぐっ!? ――は、はぁ……?」

 

 矢。

 ()()()()()()()

 ショシャナの身体を。波紋で溶けかけた右腕に、突き刺さっていた。

 

 そして。

 変化は劇的だった。

 

 残っていた【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の表面が波打つ。さながら水に広がる波紋のように。

 それに応じて、一部の黒が薄れていく。代わりに現れたのは、金。技術としての波紋に近い、金色の装飾が今まさに作られ、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は腕輪を手に入れた。

 

「こ、れは。スタンドの、矢? それが、スタンド使いに、刺さった、ということは」

「は……はは……ははははははは!!」

 

 ずるり、と波紋に焼かれた腕が煙を上げながら落ちる。にもかかわらず、ショシャナは強引に立ち上がる。

 既に死に体のはずなのに、その姿は変化を終えた半身のみがやけに生き生きとしていた。

 

「アルフィー様……ありがとうございます!! やはりあなたの仰ることは正しかった!!」

「ショシャナ……あんた……」

「私は……ッ! 私のスタンドは! 今新たな力に目覚めたッ!! すべてアルフィー様のお導き通りに!!」

「……!」

「もうこの身体は持たない……けれど! お前だけは! お前だけは殺すッ!!」

 

 言うや否や、彼女の身体から【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が発射された。恐らく彼女の人生においても、最速と呼べる速さだった。

 そして、まさか【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】そのものが飛んでくるとは思っていなかったトナティウは、回避行動を取ったものの下半身を撃ち抜かれる。

 

「ぐ……っ!?」

 

 このとき、トナティウは見た。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が撃ち抜いたところから、生きるために必要なもののほとんどが吹き飛んだところを。【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】が、それを遥か彼方のいずこかへと持っていくところを。

 

 が。

 

 ここに至ってもなお、反撃するべくショシャナに目を向けて。

 そこでショシャナの身体が、既に灰に朽ちている様を見て、トナティウは拍子抜けしたようにぽかんとした。

 ゆっくりと、そのまま仰向けに倒れる。

 

「…………。……ま、いっか」

 

 そして、誰にともなくひとりごちた。

 

「元々もう長くはなかったし……。はあ、やれやれ。わかりましたよ。あんたを一人にしてもどーせ周りに迷惑かけそうですしね。あたしも一緒に死んであげますよ。感謝するんですね」

 

 目が閉じられる。ほう、と息が漏れる。

 

「……さようなら、アルフィー様。あなた様によい未来がありますよう……」

 

 そして。

 トナティウの身体も、穏やかに生命活動を停止した。

 

 動くものがいなくなった紀元前の夜が、緩やかに更けていく。

 

 その空に、いまだ星はない――。

 

 

 

 Part1.いまだ星なき世界の転生者

 

 ――完




スタンド:マクイルショチトル・ニョア 本体:トナティウ
破壊力:A スピード:A 射程距離:E 持続力:B 精密動作性:B 成長性:E(完成)
テルティウスの遺志たるスタンドの断片を宿し何十年もの修練を重ねたことで、新たなステージに上がった【マクイルショチトル】の姿。背中に星の刻印が現れ、他にも入れ墨や周囲の花も全体的に豪華になっている。
元々の能力に加え、テルティウスの【ペル・アスペラ・アド・アストラ】の能力を部分的に受け継いでおり、より厳しい条件をクリアする必要はあるが性質の抽出・付与を行える上に、統合したり削ったりと魔改造すら可能。
言ってしまうと、獲得した様々な性質をこねこねしてメタったうえで、本来の能力である運命操作で無理やりたたきつけてくるやべーやつ。ショシャナはその全ぷっぱを初見でやられて負けた。

スタンド:アンケ・セ・モリラ・ドマーニ(明日天に召されるとしても) 本体:ショシャナ
破壊力:なし スピード:A 射程距離:A 持続力:A 精密動作性:E 成長性:E(完成、というより一度しか使えない)
絶望したショシャナがスタンドの矢に貫かれることで目覚めた、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】第二の能力。レクイエムではない。
通常変身する形で発現する【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】の姿を、そのまま弾丸として発射する。
発射された【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は魂を引きはがす効果を持ち、引きはがした魂をそのまま運んでいく。
引きはがされた魂、そしてそれを抱えた【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】は(自主規制)
そしてその魂は(自主規制)


キャラ紹介を挟んでからPart.2入りまーす。


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Part1終了時点のキャラ紹介

本作オリジナルのキャラやスタンドなどの紹介になります。
原作に登場しているキャラは基本割愛します。あしからず。


《めっちゃ登場したオリキャラたち》

◆アルフィー

年齢:約1万4000歳(推定、自己申告ですけどね)

出身地:アメリカ大陸のどこか、闇の一族の集落

身長:約130センチ(つ、角を入れると140センチくらいありますよ! それに、能力使えば1~2メートルの範囲で変えられますもん!)

体重:約85キロ(これは変えられないんですよね……)

外見:銀髪、金眼、褐色肌が揃った合法ロリ。額からは太めの角が一本(角は収納可能ですよ!)

胸ランク:無(の、能力で大きくできますし!)

好きな色:キラキラ光る赤

好きな食べ物:甘いもの全般(でも今は日本食が恋しいです……)

趣味:歴史、文化、風俗の勉強、研究、収集(ほしいひみつ道具はタイムテレビです!)あと写経

性格:ビビりのヘタレだが好奇心は強く、好きなものにはとことんのめり込む。喜怒哀楽もかなりはっきりしているため、見た目もあって子供っぽい。

流法(モード):如意転変、自身の姿を任意でかなり自在に変えられる

スタンド:コンフィデンス(普通の能力に加えて、スターシップ、センド・マイハード、名称未決定の能力が3つもあります! えっへん!)

 

作者解説:いまいち主人公してない主人公。ごくごく一般の歴オタだったのに、よりにもよってジョジョ世界のカーズたち一族に転生してしまった人。

死にたくないからカーズに従い、けれどそのやり方に染まり切れず、人間としての魂を抱え込み、それをブッダに指摘されジョジョの改変に挑む。

その経験から、明確に仏教徒になっていたりする。仏教徒の柱の一族って、字面がもはやギャグ。

 

名前の由来は言わずと知れた日本屈指のロックバンド「The ALFEE」から。スタンドの名前はその前身となったグループ「コンフィデンス」であり、能力名もすべて彼らの楽曲名から。

「The ALFEE」をすこれ。ちなみに作者のお気に入りは「冒険者たち」と「エルドラド」。モンタナはいいぞ。NHKさんどうして再配信してくれないの・・・。

 

◆ショシャナ

生年月日:紀元前220年ごろ

出身地:ガリア・ベルギカ周辺(今でいうベルギー周辺)

身長:約165センチ

体重:約55キロ

外見:茶髪碧眼のコーカソイド系

胸ランク:大

好きな色:銀、金、褐色、キラキラ光る赤

好きな食べ物:アルフィーが作ったもの全般

趣味:アルフィー

性格:極めて依存の強いヤンデレ。アルフィーのことしか見ていないが、その本質をとらえられていないためエシディシに「人間らしいクズ」とか言われる。

スタンド:ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ、アンケ・セ・モリラ・ドマーニ

 

作者解説:家族枠として登場したやべーやつ。育児放棄と虐待があったとはいえ、最初はここまでこじらせるつもりはなかった。

当初の予定ではトナティウ路線のキャラで、貞淑に主人公の帰りを待つ、原作では一切いなかった正義の吸血鬼にする予定だったんだけど。あれえ?

ぶっちゃけた話、こいつ一人に属性を盛りすぎたため扱いがめっちゃ難しくなってしまい、打開策としてトナティウに正の成分を持っていかれた経緯がある。

おかげで「ゲロ以下のにおいがプンプンする」成分だけが残ってしまった不遇なキャラなんだ。本当なんだ。嘘じゃないんだ・・・。

 

名前の由来は英語でいう「スザンナ」で、ショシャナとはその原形であるヘブライ語での名前。そしてその名前の意味するところは「百合」。書き始めた段階ではGL要素もモリモリ入れようと思ってたので、そういうネーミングだった。途中でラブはいらないって判断したのでちょっと半端になったけど。

スタンド名はRevoによるガンスリンガー・ガールのイメージアルバム、「poca felicità」の第1曲目「La ragazza col fucile 〜少女と銃〜」。

第二の能力は「La ragazza col fucile 〜少女と銃〜」の歌詞である「Ah…Anche se morira domani il cielo puo darsi non cambiera」の前半部分。

意味するところは「嗚呼 彼女が明日天に召されるとしても その空は変わらないだろう」であり、まさに彼女が死んでも紀元前の空は何も変わらないままだった。

 

◆トナティウ

生年月日:紀元前240年ごろ

出身地:ユカタン半島周辺(今でいうメキシコの東のほう)

身長:約150センチ

体重:約50キロ

外見:黒髪黒目のモンゴロイド系

胸ランク:小

好きな色:緑(特に翡翠の緑)

好きな食べ物:ワニ肉の照り焼き

趣味:新しい物事を知ること

性格:快活な元気娘。一方で敬語を滅多に崩さないなど一歩引いたところもある他、神の従者として常にどうすれば神のためになるのか考え、実行する理性的な一面も併せ持つ。

スタンド:マクイルショチトル、マクイルショチトル・ニョア

 

作者解説:主人公の里帰りのエピソードを書いてるとき、なんか勝手に生えてきた本来なら出すつもりのなかったキャラ。

いやだって、せっかく吸血鬼の設定独自解釈で掘り下げた上に、半吸血鬼なんて独自設定盛ったのにそれ使わないとかもったいないし・・・もったいなくない?

だけど先述の通りショシャナの扱いが難しかったこともあって、よっしゃ逆に都合いいやんけとばかりにいいところを軒並み移植され、結果出来上がったある意味勝ち組。

プロットは置いてきた・・・この戦いにはついてこれそうにないからな。

 

名前の由来はナワトル語(アステカ帝国の言葉)で「太陽」の意味。さらにはアステカ神話における太陽神の名前でもある。性格から逆算して名前を付けました。

スタンド名はコナミの音ゲー「jubeat」のアーケード第二弾、「ripples」で新規実装された曲の中でも最高難易度を誇る曲、「Macuilxochitl」より。能力も指だったし、まあ多少はね?

さらにたどるとマクイルショチトルとは、やはりナワトル語で「五輪の花」を意味であり、さらにはアステカ神話における芸能の神の名前でもある。

さらにさらに、作曲者の別名義による短編物語集、ゼクトバッハ叙事詩における案内役が持つ剣の名前がマクイルショチトル。

ちなみにこの案内役の名前が、ニョアである。

 

◆テルティウス・クラウディウス・マルケッルス

生年月日:紀元前180年ごろ

出身地:共和政ローマ首都、ローマ(現代でもイタリアのローマ市。さすろま)

身長:約195センチ

体重:約115キロ

外見:元黒髪の白髪、茶眼の日焼けしたコーカソイド系

胸ランク:大(筋肉的な意味で)

好きな色:透明感のある色全般

好きな食べ物:ワインにあうもの

趣味:修行、ローマの街並みを眺めること

性格:ローマを愛し世界に冠たる帝国市民に恥じない善人足らんと、精進を続ける生粋のローマ人。善を愛し悪を憎む正義漢でもあり、理由なき悪行がどれほどの強敵であろうと立ち向かう心の強さを併せ持つ。

スタンド:ペル・アスペラ・アド・アストラ

 

作者解説:終盤になんかすごく主人公してた人。この章のラスボスのつもりだったんだけど、確かに倒されたけど、展開が真逆になったのは予定半分誤算半分。

スタンドといい身長といい性格といい、すごくあの血族っぽいキャラに仕上がったけど実のところ作者の中ではイエスとノーの間を高速で反復横跳びしてて、現状でもぶっちゃけ定まっていなかったりする。

そしてこのあとは一気に時代ジャンプする予定なので、まあ、テル爺が彼らの先祖なのかどうかは読者の皆さんの解釈にゆだねるということで一つ・・・。

 

名前の由来は全部一般的なローマ人の名前から。ファーストネームのテルティウスは、日本語訳すると三郎になる。この時代のローマ人の名前は数も少ないし結構適当です。帝政以降はバリエーションも増えるんだけどね。

クラウディウスは氏族名で、日本で言うなら源氏とか平家。代々政府高官を輩出したローマ屈指の名一族で、国家利益を最優先とする確固たる意思、強い責任感、といった資質を持つ男たちが多いと言われる。ちなみに、かの有名な暴君ネロもこの氏族出身。

そしてマルケッルスは、軍神マルスに由来する家族名で、日本で言うなら徳川とか織田。歴史的には紀元前23年に断絶してるんだけど、きっと傍系はたくさんいただろうし、テル爺が彼らの先祖だとしてもさほどおかしくはない。歴史とはそういうものさ。

スタンド名はラテン語(ローマ帝国の言葉)の格言で、劇中ルビ振った通り「困難を乗り越えて星へ至る」の意味。あるいはシンプルに、「星の彼方へ」とか。

格言とは言うものの実際にはローマ時代の文献にはないっぽくて、本歌取りみたいな感じで改変されて作り出された言葉と思われる。

ちなみに初期案はメメント・モリ(死を思え)でしたが、あからさまに吐き気を催す邪悪が使いそうな意味なので却下しました。

 

《ちょい役だったオリキャラたち》

◆名もなきスタンド使い

主人公が最初に戦ったあの人。相手が悪かったんだなぁ。

ちなみに初期案では、この人こそショシャナのポジションになる予定だったしなんなら当初は女だったんだけど、色々プロットの変更もあって屈強なおっさんになった。

いや、だって展開上出会うの紀元前6000年とかそこらへんだったし・・・いくら吸血鬼化したとしてもそんなには生きないだろって思って・・・。

 

感想で一度「絶対女だろ」って言われたときは「貴様ッ見ているなッ!?」って思った。なんでわかったんだろう・・・言葉遣いだけはそのままだったからかな・・・。

そんなわけで色々あって名前与えられなかったからスタンドにも名前はついてないんだけど、サファイアっぽい色合いとかは前述の設定の名残。主人公がルビーのような色合いのスタンドを持ってるから、その対に・・・って思ってたんだけど。

うん、なんかなかったことになったね。後悔はしてない。

 

ちなみに感想で問い合わせあったので答えましたがここでも言っておくと、この人は吸血鬼になって集落の管理をさせられましたが、数百年後に普通に生きるのに疲れて死んでます。

 

◆太公望

波紋戦士でスタンド使い! をやりたくて登場したキャラ。

原作でも波紋は東洋で仙道と呼ばれている、というツェペリさんの発言から至ったある種のクロスオーバーキャラ。

見た目はともかく、性格はもうぶっちゃけほぼフジリュー封神演義の太公望。能力も同様に。

 

スタンド名が今のところ唯一、元ネタありきの名前だったりする。四不象とは封神演義では空を飛ぶ霊獣のことで太公望の乗騎だが、実はこの名前の生き物は現実に存在する。四つの動物に似ていない象っぽい生き物だから四不象、だとかなんとか。

まあでも、さすがにヴィジョンをカバにする勇気はなかった。それはそれで面白そうだけど、たぶん主人公がウザいくらいハッスルしそうだし。

 

ちなみに当初の予定では、四不象は主人公がパクったまま返さず原作の時代まで持ち込んで、シーザーにプレゼントしてVSワムウで風対決! って流れを想定してた。

太公望にその仕打ちはしたくないなって思った(作者の封神演義に対する思い入れは、主人公のそれとほぼ同等である)のと、シーザーにはやっぱり自力で自分のスタンドに目覚めてほしいなって思ったので没になりました。

 

◆ブッダ

転生モノではおよそ半分くらいの確率で必要になる、主人公に発破をかけるポジションとして用意されたキャラ。

逸話から言ってこの人は絶対波紋使いだろうし、絶対スタンド使いだろうなって説得力しかないお人。

そして出すならせっかく太公望でクロスオーバー枠使ったし、ここはちょっとクロスオーバーしてもいいよねって思って、立川のパンチにご光臨いただいた次第。いや決して本人じゃないんですけど。本人だったら普通に六部に出てきちゃうから。出てきたらぶっちぎりで最強で話成立しないだろうし。

見た目と性格が立川のパンチってことで。雰囲気だけというか。

作中で彼に語らせた言葉の一部は、完全に立川のパンチと担当編集の会話と一致するのはここだけの話。

 

スタンド名は、マチャアキ主演のドラマ「西遊記」のEDにしてゴダイゴの名曲「ガンダーラ」から。インドだしやっぱこれかなって。

 

ちなみにロン毛のほうも出したかったんだけど、どうあがいても主人公が起きてる時代に彼は生まれてこないので、泣く泣く没。

一応、ショシャナかトナティウを彼のところに行かせて説法を聞いて覚醒するシーンとか考えてたし、ペトロが「あっはははこうッスか?」ってロン毛に投網するシーンを見せて爆笑させようとかも思ってたけど、ご存知の通りショシャナもトナティウも死んじゃったのでこれも没。プロット君さては虫の息だな?

 

 

←To Be Continued...

 




なお人によっては紀元前からスタンドを出すことに違和感を覚える人もいたみたいですが。
作者としては原作で「生まれながらのスタンド使いが存在する」、「スタンドの矢は遥か昔に作られたらしい」「波紋はスタンドに至るための技術と解説されている」、などの原作情報から紀元前にスタンド使いがいる、しかも波紋使いがそこに至っている、というのは十分あり得ると判断しています。
今後も波紋使いのスタンド使いは出てくる予定。まあ数は少ないでしょうし、大体察しはつくと思いますけど。

さてそんなわけで、第一章はこれでおしまいです。
次は時代を一気にジャンプして原作の時代まで行きます。
やっとここまで来た・・・長かった・・・。


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Part.2 エピソード:ルベルクラク
1.覚醒のとき


 気づけばそこにいた。

 母親はいなかったけれど、厳しくも優しい父がいて、穏やかで()()()弟がいて、暖かい場所だった。あとから()()()()()()()()()()()()()()弟にも、彼の人の黒い部分を煮詰めて固めたような性根にも、不思議と親近感を覚えていた。

 

 楽しかった。幸せだった。

 

 けれど、それが自分には相応しくないとも思っていた。

 自分には、こんな幸せは似つかわしくない。自分はもっと、()()()()()()()()()なのだ。

 自分という存在が確立したときから、そう思っていた。そう感じていた。

 

 それがなぜかはわからない。そこに思いを馳せると、いつも決まって行き詰まる。さながらゴールのない迷宮を彷徨っているような、そんな感覚を味わうのだ。

 

 そして同時に、これまたなぜか、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という確信もあった。

 

 ずっとずっと、それについて考え続けてきた。考えても考えてもわからなかったけれど、ともかくずっと。それはもはや、ライフワークとも言えるほどだった。

 

 だから。

 その状況に居合わせたとき、これだと思った。そうだ、そうだったんだ、と思い出せた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが何か、までは思い出せなかったけれど。

 忘れてはいけないことを忘れていたのだと思い出せたのだから、まだよしとすべきだろう。

 

 だから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 弟はたぶん、自分が失った、裏切ってしまった人ではないけれど、唯一残された、血の繋がった肉親だ。彼は今の自分にとって大切な家族で、失いたくない、裏切りたくない存在だった。

 彼のためなら、この命も賭けられる。彼が助かるのなら、罪深いこの命など、いくらでも賭けよう。

 

 そしてそう思ったときには、既に身体は適切な場所へ動いていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もちろん、待っていたのは確実な死だ。それでもその行動に後悔はなく。

 そんな死の瞬間に思ったことは、どうか自分の分まで生き延びてほしいと、夫婦仲良く幸せになってほしいと、そういうもので。

 だから覚醒と永眠のあわいに漂う刹那の間、死力を振り絞る。驚愕に顔を染める弟に向けて微笑みながら……彼は()()この世を去ったのだった。

 

 ――だが彼の魂は、いまだ永劫の安らぎを赦されていない。他の誰でもない、赦しを乞うべき相手がまだいないのだから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()――

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 意識が少しずつ浮上していく。前世、人間だった頃はこの感覚がとてもふわふわしてて、好きだった。何度も眠り直す快感、たまらなかったなぁ。

 柱の一族になってからもそういう感覚はあるけど、二千年に一回なものだからちょっと惜しいよなぁ。

 

 でもなんか、すごく久しぶりに……それこそ万年ぶりくらいに、夢を見た気がする。どんなだったかはあんまり覚えてないけど、なんだか懐かしかったような……。

 

「ふぶへっ!?」

 

 なんて思ってたら、覚醒が終わったらしい。身体の石化が完全に解けて、わたしはそのまま数メートル下に落ちた。顔から。

 

「うう、寝起き早々なんなの……」

 

 もそりと身体を起こしながら、顔をさする。種族柄この程度で痛いわけじゃあないんだけど、こういうのは気分の問題だよ。

 

 まあ、それはともかく……。

 

「……ここ、どこだろ?」

 

 ぺたんと座って顔をさすりながら周りを見渡す。

 

 そこはどうやら、何かの神殿っぽいところだった。ステンドグラス(なんかやたら赤の比率が多い気がするけど)があったり、巨大なパイプオルガンがあったり、人が並んで座るような長椅子がずらっと並んでる辺り全体的に教会っぽいけど、キリスト教らしいものが何もない。

 

 まず十字架が見当たらない。隠れキリシタンじゃあるまいし、キリスト教徒がそれを隠す必要性がないよね。

 それに置かれている像や絵画も、キリスト教っぽくない。キリスト教におけるその手のモチーフって言えば、キリストやマリアって相場が決まってるけど……なんか、こう、どっかで見たことのある四人組ばっかりだ。

 

 極めつけは、天井に描かれた絵。そこにあったのはミケランジェロもかくやな壮麗なものだったけど、肝心のモチーフがどうも……こう……角のある四人組で、ええと……。

 

「いやこれ以上は無理だ。どう見ても柱の男たちな件」

 

 そう、そこにあったモチーフは、誰がどう見てもわたしたちだった。

 

 頂点に立つのは、輝く剣を頭上に掲げる美丈夫。うん、剣そのものを持ってる点に目をつむればカーズ様ですね!

 その少しだけ下には、炎を両手からみなぎらせる巨漢。エシディシだろうなぁ。

 さらにその下に、弓矢を引きしぼる幼女。わたしだ。ただし肌が白いし髪も金色だ。2Pカラーか。なんで? 他は完璧なのに。わたしの肌は褐色だし、髪も銀だよ?

 ……そんなわたしを肩車してるのが、下半身が竜巻になってる一番の巨漢。まあ、ワムウだよね。……肩車……肩車かぁ……。

 

 そしてサンタナらしい人物は描かれていない。サンタナは泣いていい。そりゃあ確かに、彼はこっちに来てないけどさ……。

 

「いやそれはともかく。なんでこんなのがあるんだろ?」

 

 教会……なんだよね?

 でもこんなのをキリスト教っぽく飾ってたら、異端審問待ったなしじゃない? イザベル女王が黙ってないよ? 貴公の首は柱に吊し上げられるのがお似合いになっちゃうよ?

 

「ジョジョの原作にこんな要素は一切出てきてなかったけど、実は柱の男たちを崇める邪教的なのが存在してたとか……?」

 

 可能性はなくはない。何せ百年以上の時間経過が作中であった、とても長い作品がジョジョだ。言及されてないものだってあっておかしくない。

 おかしくないけど……それを言い出したら、そもそもわたしの存在がおかしいからなぁ……。

 

「……もしかしてわたし、また何かやっちゃいました?」

 

 だからこっちの可能性のほうが絶対高い。間違いない。バタフライエフェクトが起きたんだ、きっと。

 

 なんだ、今度はわたし、何をやらかしたんだ? 何がきっかけでこうなった?

 半吸血鬼を作るきっかけになったこと?

 それとも、ショシャナたちに歴史上の人物たちのサインをねだったことかな。ちょっとだけ先のことも手紙に書いちゃったし、これの可能性が高いかなぁ。

 いやでも、もしかしたらスタンドの矢を教えたこともあり得るんじゃ?

 

 ううん……これが世界の片隅の、村一つ程度の土着信仰くらいならいいけど、もし世界的な宗教になってたら目も当てられないよね……どうしよう……。

 なんて思って、一人でわたわたしてたときだった。

 

 バタン! と扉が開いて光が差し込んでくるとともに、数人の人影が中に踏み込んできた。

 その人影は全員、一様に銃を構えている。おお? 銃だ! すごい、時代はそこまで来たんだね!

 

 どこの銃だろう……ボルトアクションの小銃ってことはわかるけど、それ以上はちょっとわからないや。前世の友人にいたミリオタならわかるだろうけど、わたしは兵器はそこまで詳しくないんだよなぁ。

 

 あ、そうそう。銃がわたしに効くとは思えないけど、一応手を上げておこう。友好的にね、振舞っておかないと。わたしは人類の味方だって証拠、今のところなんにもないわけだし。

 

「そこにいるのは何者です!」

 

 そんな人たちを縫うようにして、真ん中から一人の女性が進み出てきた。

 見覚えはない。壮年ではあるけど、化粧その他でしっかり整えられているから結構若く見える人だな。美魔女って感じ。

 

 ……けど、この感じ。人間じゃないな。でも吸血鬼でもない。半吸血鬼かな?

 そう思ったけど、それよりも、だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()よね! ね!? いま英語だったよね!? つまりここは英語圏!

 てことはイギリスかな? アメリカかな? ショシャナたちにお願いした通りになってるなら、イギリスのはずだけど……まあ、どっちに転んでもなんとかなる。幸先いい!

 ただわたしの知ってる英語とちょっとイントネーションとか文法が違って聞こえたのは、地域の違いか時代の違いかな? 言語は生き物だから、そこらへんの違いで結構差が出るんだよね。

 まあでも、とにかく英語なのは間違いない!

 

 どうやらわたしは、無事に原作の時代に来れたらしい。それがなんだか嬉しい! 寝る直前のことは忘れよう! うん!

 

 わたしがそうやって、一人で感動してる間にも話は進む。

 燭台を掲げてわたしを照らした女性は、あり得ないものを見たように大きく目を見開いた。

 

 まあ、気持ちはわかる。今の今まで忘れてたけど、わたし角出しっぱなしだったし……。英語圏なら間違いなく、悪魔認定でエクソシスト呼ばれるやつだよなぁ……。

 

 そう思ってたのに。

 

「おお! お目覚めになられましたか、アルフィー様!」

「……はぇ?」

 

 次の瞬間、目の前の女性だけでなく、ここに入ってきたすべての人が土下座する勢いでひざまずいたものだから、わたしは目を点にして立ち尽くすことになった。

 

「あなた様の目覚めを我らルベルクラク、お待ち申し上げておりました!」

 

 おまけになんかすんごい大仰なこと言い出した。

 

 なんだこれ、どうなってるの。わたしは何されてるのこれ。

 そうやってわたしがどうすればいいのか、おろおろしてると話はなぜか不穏なほうに転がり始める。

 

「長きに渡る眠りで、空腹でございましょう。()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 なんかそんなことを言ったかと思ったら、懐から石仮面を取り出してかぶり……ってぇ!?

 ちょっと、いや、ずっと待ったぁ!?

 

「あ、アルフィー様? な、何を?」

 

 思わず全力で腕を伸ばして仮面を取り上げちゃったよ。ああもう、心臓に悪い。

 

「何を、じゃあないッ! 命を粗末にするんじゃあないよッ!」

 

 言いながら、石仮面に【スターシップ】を突き刺してスタンド空間にしまう。あ、危なかった。自分から生贄になるなんて、勘弁してほしいよ。

 

「あのね、わたしは人間を食べる気なんてないんだよ。吸血鬼にしようとかも考えてないの。あなたたちはわたしを崇めてるみたいだけど、そこまでしなくったっていいんだからね」

 

 そしてため息混じりにそう答えたんだけど、

 

「おお……素晴らしい……! この一瞬で、二千年後の言語を既にマスターしてしまわれるとは……! さすが知の神……!」

「えっ、そっち!?」

 

 想像の斜め上方向に感動されて、わたしは思わずのけぞった。

 

 いや、確かに二千年も寝てたやつが起きた直後にいきなり当時存在しなかった言語をばっちり使ってきたら驚くだろうけど! それは単に前世で色んな言語を習ってたからであって、ぶっちゃけただのチートだよ!

 そりゃ前世で色んな国の一次資料に当たりたくて色んな言語勉強したけど! それが無駄になってないみたいでラッキーだけど!

 だとしても、知の神なんて荷が重すぎるよぉ! なんで二千年も経ってその肩書まだ残ってるの!?

 

「……と、冗談はここまでにいたしましょう」

「……ぅえ?」

 

 混乱しながらもどう切り出そうかと考えてたら、女性がうっすらと微笑みながら膝をつき、深々と頭を下げた。今度こそ完全に、由緒正しい土下座スタイルだ。

 

「申し訳ありませんアルフィー様、先祖の言い伝えが正しいのかどうか、試させていただきました。あなたが人間を慈しむ神であるとは伝え聞いておりましたが、念のためと思いまして」

「……ええと。なるほど?」

 

 確かに伝承は、時代が下れば下るほど形も変わる。いくらそう言い伝えられてたとしても、確認したいと思うのは人間としては当然だろう。

 それにこの場所を見るに、カーズ様たちも伝わってるだろうし。だとしたら、人間に近い立ち位置って言われてても同族のわたしを警戒するのも当たり前かな。

 

 ……にしても、この世界では柱の一族についての情報が原作以上に伝わってるのかな? ということは、戦闘潮流で共闘できる人も原作より多いんじゃ……。

 

「不敬な行いであることは重々承知の上。どうぞこの首一つでご寛恕を」

 

 おっと。話の途中だった。

 

 ……ていうか、また物騒なこと言うなこの人も。狂信的な人じゃなくてよかったって思ってたけど、そうでもなかったり……?

 

「いやいやいや、しないよ。するわけないってば。なんでそんなに死のうとするの……いのちだいじにだよ……」

「もったいないお言葉……ですが、ありがとうございます」

「……そろそろ頭を上げてほしいなぁ、なんて」

「御意」

 

 わたしに言われるまま、女性は顔を上げた。

 やれやれ、これでようやく普通に話ができそうだ。

 

 そう思ってたら、女性はこう提案してきた。

 

「アルフィー様。様々なことをお考えかと存じますが、まずは場所を変えてもよろしいでしょうか? 食事とともに現状の説明をさせていただいと考えている次第なのですが。あるいは湯殿もございますが、いかがなさいましょう?」

「お風呂? え、お風呂あるの? ここヨーロッパじゃないの?」

「……はい、仰る通り。ですがアルフィー様がお好きだったと、記録がございます。ここ三十年ほどは、間もなくお目覚めになるはずと思いいつでも使えるように整えておりました」

「わぁい! ぜひぜひ!」

「ふふ、かしこまりました。ではこちらへ」

 

 そしてわたしは、彼女が導くままにこのよくわからない場所を後にした。

 




Part2開始。
・・・なんですけども、章タイトルからお察しいただけるかと思いますが、プロットが暴れ太鼓したので原作の時系列じゃないオリジナル展開です。
でも原作キャラは出る予定なので・・・なので・・・(五体投地


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2.今はいつ?

今回、第一部ファントムブラッドのネタバレがドカンと丸ごと入っています。
ジョジョ原作の第一部ファントムブラッドを見たことがないという方はご注意ください。


 おふろちょうきもちいい。

 いやほんとほんと。何せ寝る直前がアレだったからね……そりゃもう、お湯が気持ちいいのなんのって。

 

 ただ、子供が数人ついてきて、手取り足取りお世話してきたのには参ったよ。みんな本気でご奉仕しますって感じで、悪意どころか他意もなかったとは思うんだけど。こういう下にも置かない扱いってやっぱり慣れないんだよね……。根が小市民なもので……。

 まあそんなわけだから、途中から遊ぶほうに持っていったけどね。子供たちも、見た目幼女な神様の相手なんて緊張するだけだろうし、こういうときはゆるーく行きたいじゃない?

 

 決してまだまだ伸び代を感じる、だけど紀元前とは比べるべくもない石鹸の出来映えに感動して泡を作りまくったりしたわけじゃあない。子供たちと一緒になって泡作りに夢中になったりなんかしてない。()()()()()()()()()()()()()()。いなかったんだ、いいね?

 

 あと、個人的にはタオルにも感動したね。

 確かタオルが世に出たのは、十九世紀の初めなんだよね。当然、これは紀元前には影も形もないわけで。今治のタオルにはそりゃあ劣るけど、それでもただの麻布に比べたら抜群の手触りだもの。

 

 こういう文明の利器を見ていると、間違いなく世界は進んでるんだなぁ、って実感できて嬉しい。その歩みに寄り添えなかったのは残念だけど、逆にここから先はわたしも知らない時代がそのうちやってくるわけだから、そこを楽しみにしよう。

 ……その前に乗り越えなきゃいけない壁がいくつかあるけどね。

 

 まあ、今はそれはともかく。

 

「お疲れ様でした。湯加減はいかがでしたか?」

「うん、よかったよ。ローマのお風呂を軽く超えてたよね!」

 

 ローマのお風呂って、実は衛生観念ガバガバだからね! おかげで公衆浴場から伝染病が広がったりとかしてたというのは、ローマのお風呂文化の闇の部分だよね!

 

「ありがたきお言葉。……と、この喜びをしばらく噛み締めたいところですが、わたくしのことはさておき、食事にいたしましょう。この度は、今の我々に用意できる最高のものを揃えさせていただきました。どうぞ存分にお楽しみくださいませ」

「おおー」

 

 ずらっと並んだ料理に、思わずぱちぱちと拍手をする。

 いや、だってだいぶ豪華だよこれ。料理の歴史はさておき料理自体は詳しくないから、どんなものかはよくわからないけど……とりあえず、並んでるナイフフォークからしてフルコースなのは間違いなさそう。

 

 言語が英語ってところが、正直一抹どころじゃない不安を煽るけどね。きっかり二千年寝たんだったら、たぶん今がメシマズの国イギリスの頂点な時代だろうから……。

 イギリスじゃなきゃいいじゃないって思われるかもしれないけど、私見ではイギリスの植民地だったところって食事がまずい国が多いんだよなぁ……。

 

「まずは前菜からです」

 

 けど、やってきたものを恐る恐る食べたわたしは……どうやら杞憂だったらしいと思い知らされた。

 いやあ、なかなかどうして美味しいじゃない! 少なくとも、ローマのものよりは確実に上だよ! コショウは偉大だ!

 

 聞けば、わたしにまずいものは食べさせられないと、長年腕を磨いたシェフが何人もいるらしい。ショシャナ並みの執念にちょっと引いたけど、美食の前にはかすんじゃうんだなぁ。

 それからわたしは、しばらくの間二千年ぶりの食事に酔いしれるのだった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「さて、一段落したところで本題に入りましょう」

「うん、お願い」

 

 食後に出された紅茶を楽しみながら、わたしは目の前の女性に頷いた。

 うーん、イギリス流の紅茶だ。やっぱりここイギリスでしょ。お風呂と食事を見る限りそうは思えないけど、絶対そうだよ。よくよく聞いたらクイーンズイングリッシュだしこれ。

 

「と言っても、何から話せばよいやらですが……そうですね、やはりまずは今がいつか、でしょうか」

「うん、たくさん話題はあるだろうけど、そこが一番気になる」

 

 わたしたちは二千年周期で眠るけど、絶対きっかり二千年、ってわけじゃないから誤差はあるんだよね。わたしの予定だと、十九世紀末くらい……1880年代くらいだと思ってるんだけど……まあ、狙いすましたタイミングで起きたとは思ってない。絶対何年かズレてるはずだ。

 

 わたしがそう伝えると、彼女はまた目を大きく開いて驚いた。

 

「……我々から言わずとも、西暦をご存知でしたか。さすが神……」

「え。あ! いや、まあその、い、一応タネも仕掛けもあるんだけどね、まあうん!」

 

 しまったぁ! ついいつもの癖で!

 そりゃそうだ、二千年前とかキリストもいないんだから、世紀とかそこらへんの概念もないよね! くそう!

 こういうことをうっかりやっちゃうから、知の神だとかなんだとかって祭り上げられるんだよな……! いい加減気をつけなきゃ……できるかどうかわかんないけど、次に寝て起きたらわたしの前世知識まったく使えないだろうし……!

 

 ……でも西暦(AD)、つまりAnno Domini(主の年)が使われてるってことは、この世界でもキリストは生まれて贖罪をしたんだろうなぁ。そこは良かった……のかな?

 ショシャナにはキリスト関係のものをできればサイン入りでお願いしてたけど、手に入ってるかな……どうかな……。

 

 って、いや、それは今は後回しだよね! うん!

 

「それはともかく、実際のところどうなの? 今っていつくらい?」

「はい。今は()()()()()の6月8日でございます」

「へぇー、じゃあもう二十世紀に入ってるんだ。ってことは飛行機もばっちり飛んでる時代……で……」

 

 答えを聞いてうんうんと頷いたわたしだったけど。

 

 え。

 

 いや、ちょ、ちょっと待って? 待ってよ?

 

 1934年? せんきゅうひゃくさんじゅうよねん?

 

「……は!? 1934年!? うそ!? 二十世紀入ってる!? マジで!?」

 

 理解するまで時間かかった! 理解できなかったよ!

 

 そして理解すると同時に、わたしはテーブルをたたきながら立ち上がる。

 その剣幕に、周りにいた全員がびくりと身体を震わせて顔をこわばらせた。

 

「え、は、はい……二十世紀ですが……あの、どうかなさいましたか?」

「そ、そんな……そんな……こんなのってないよ……あんまりだぁ……!」

 

 だけど答えは肯定で……わたしは思わず頭を抱えて顔を伏せた。

 

 だってそうでしょ!?

 

 二十世紀に入ってたら!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ジョジョの奇妙な冒険、という物語をここで少しおさらいしておこう。

 

 物語の舞台は、()()()()()()イギリス。イギリスの名門貴族、ジョースター家の一人息子である主人公、ジョナサンが養子となるべくやってきたディオと出会うところからすべてが始まる。

 二人はそこから衝突しながらも青春時代を共に過ごすけれど、最終的にディオは石仮面によって吸血鬼となり、命を懸けた戦いを繰り広げることになる……と、言うのがジョジョの物語だ。

 正確には、第1部ファントムブラッドのあらすじが、だけれど。

 

 そう、ジョジョの始まりは十九世紀なのだ。断じて二十世紀じゃあない。1934年なんて、とうの昔に第1部が終わっている時期なのだ!

 そしてこの第1部、なんと主人公のジョナサンの死によって幕を引く。しかも蘇ったりとか、そんな奇跡は何も起こらない。彼は淡々と、しかしすこぶる美しい最期を迎えて、物語を次に繋げていく。

 

 ……うん、そうなんだ。ジョナサン、死んでるんだよ。

 わたしはジョジョの世界の犠牲者を減らそうと決意して、なんとかこの時代までやってきたっていうのに!

 一番救いたい物語のメインキャラ、しかも劇中で明確に死亡して終わった一人であるジョナサンを救えない、だって!?

 そんなの、そんなのあんまりすぎるじゃあないか!! 凹むなっていうほうが無理だよ!!

 

 それだけじゃあない。ジョナサンは……ジョナサン・ジョースターという男は!

 わたしにとって、一番推しのジョジョなんだ! 8人いる歴代のジョジョの中で、わたしが一番好きなジョジョ! 気は優しくて力持ちを地で行く、男らしいことは優しいことだと言うような生き様が大好きなのに!

 彼は、彼だけはどうにかして助けたかった! エリナさんといつまでも仲睦まじく生きている彼が見たかったのに!!

 

 なのに……なのに、寝過ごした!? バカじゃないのわたし!! いくらなんでもバカすぎる!!

 

「……あの、アルフィー様……一体何が……」

「……ごめん、ちょっと今すごくショック受けてるところだから……」

「はあ……申し訳ありません」

 

 わたしは椅子の上で膝を抱えて、背もたれを前にしてどんよりしている。

 

 なんで……どうしてこんなことに……。

 やっぱり、大きなダメージを受けて眠りに入ったのがいけなかったのかな……。

 

 前にもスタンドの矢で痛い思いをしたあとの眠りは、普段より長かったし……。日光を浴びて石化したんだったら、多く寝てもおかしくないよなぁ……。

 カーズ様たちより少しでも先に目が覚めたのは、不幸中の幸いなんだろうけど……気休めにしかならないよ……。

 

 ううう……。ジョナサンと話がしたかった……。

 彼なら、大学で考古学を専攻してた彼なら絶対話が合うのに……。わたし昔のものいっぱい持ってるから、それをさかなに歴史トークがしたかったよぉ……。

 

 なんで……どうしてこんなことに……。

 

 はあ……。

 

 ……これからどうしよう。ジョナサンを助けてファントムブラッドを大団円にして、ジョースター家と一緒にカーズ様の復活に備えようとしてた案が、完全にポシャってしまった。

 あわよくば日本に大量のテコ入れをして、第二次世界大戦の犠牲者も減らそうと思ってたんだけどな……今からやれることなんて、もうほとんどないよ……世界恐慌もとっくに始まってるし……。

 

 ていうか、1934年ってもう第2部直前じゃあないか……。

 だって第2部戦闘潮流の始まりは、1938年……四年後だよ。すぐだよ四年なんて。柱の一族的には一瞬だよむしろ。

 

 四年……四年の間何をしてようか……。何かするには時間が足りないけど、何もしないとめっちゃ持て余すよなぁ……。というか、何ができる……?

 だってあれでしょ……1934年ってことは、ジョナサンの息子でジョセフのお父さんであるジョージはとっくに死んでるでしょ。リサリサだって国際指名手配されて、イタリアに隠れてるはずだし、できることなんて何もないと思う。ジョセフの初飛行機墜落事件だって、多分終わってるだろうし……。

 

 あとは……あれか、シーザーがグレるきっかけになったお父さんの出奔もとっくに終わってるよなぁ。なんならシーザーが波紋の修行を始めるきっかけになった、お父さんが死ぬ事件も終わってる可能性すらある……。

 他に何か……と無理くりひねり出すとしたら、チベットの山奥まで行ってストレイツォを暗殺するくらい……? でもそれにしたって、実質2部の物語的にはそんなに影響ないしなぁ……。

 

 はあ……ほんと……わたしってほんとバカ……。

 




はい、というわけで時系列発表。第二部直前の1934年です。なので今章は、第二部の前日譚的なお話を予定しております。これ以上プロットがエイヤハーしなければですけど。

と、ここからはオリジナル展開になった言い訳タイムなのですが、本当は作者もファントムブラッドから始めようと思ってたんですよ。作中でアルフィーが語っていたプランは作者のプランでもあるのです。
ただアルフィーをファントムブラッドにぶち込むと、どうシミュレーションしても冒険が始まらないんですよ。始まってもすぐ終わる。ファントムブラッドの段階だと、今のアルフィーでも過剰戦力すぎて。

あとそもそもの問題として、第一部を大団円で終わらせると第三部以降のジョジョが全部起こらないんですよね。その状態で無理にでも承太郎たちを出そうとすると、1988年から2011年までずーっと完全オリジナル展開を延々やることになるわけで。
二次創作としてそれはそれでありなのかもですが、それは作者の書きたい話ではないというか・・・そんなクソ長いオリジナル展開やるくらいならジョジョでやる必要なくない? ってなるんですよね。

まあ、戦闘潮流以降をやらずカーズ様倒しておしまい、って締めればそんなことで悩む必要なんてなくなるんですけど、一書き手としては挑めるなら挑みたいじゃないですか・・・。


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3.二十世紀の世界

 まあしばらくぐじぐじしたけど。

 あれこれ悩んだところでどうしようもないし、何か変わるわけでもないし。

 今までのことは仕方ないものとして呑み込んで、これからのことを考えよう。そうすべきだし、そうしないと大変なことになる。

 

 というわけで。

 

「……うん、ごめん。色々待たせて」

「いえ。我々では思いも及ばない何かがおありなのでしょうし」

 

 そういうわけでもないんだけどね……。期待が重い……。

 でも訂正したらもっと面倒なことになるし、これはスルーしたほうがいいんだろうな……。

 

「じゃあその、話を戻すんだけど……今が1934年だとして、ここはどこ?」

「はい。では、こちらをご覧ください」

 

 そう言って広げられたのは、世界地図だった。ユーラシア大陸だけじゃなくて、アメリカ大陸もオーストラリア大陸も、そして南極、日本列島まで描き込まれた見まごうことなき世界地図。おまけにかなり詳細かつ正確だ。

 

 うーん、これはまた、時代の流れを感じさせるものが出てきたなぁ。ローマ時代にこれほどの代物は絶対に無理だし、あったとしても完全に国家機密だったろうに。こういう地図が普通とは言わないまでも、問題なく存在できる時代になったんだなぁ。

 

「アルフィー様が眠っておられたここは、こちら。現代ではブリテン島に居を構えるグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国です」

「おお、やっぱりイギリスだったんだね。ローマからわざわざ海を隔てたここまで運ぶの大変だったろうに……感謝しかないなぁ」

 

 いくらドーヴァー海峡が泳いで渡れる(素人にはお勧めできない)とはいえ、海は海だもんね。石化した状態のわたしなんて文字通り石像だけど、触った生き物は問答無用で吸収しちゃう状態だから扱いも面倒だったでしょ。

 当時の人はもう誰も生きてないだろうけど、それでも感謝はしておかないと。

 

「そしてその中の、ウェールズ地方。その首都のカーディフという街になります」

「おー、ウェールズ」

 

 確か、アーサー王伝説の伝わる地域だよね。イギリスではわりと重要な地域で、伝統的にここの大公位、プリンス・オブ・ウェールズを与えられた人が次期王位継承者とみなされる土地だ。

 そしてこの世界においては、半吸血鬼の集落の一つがあった地域でもある。なるほど、彼らはここでしっかり根を張ってわたしの復活に備えていたらしい。

 

 なんてことを思いながら、改めてこの世界について説明してもらう。

 ひとまず大雑把な現状だけを聞いたけど、どうやらこの世界はわたしが知る世界とおおむね変わらない歴史を歩んでるみたいだ。ヨーロッパの各国が列強として世界に覇を唱えていて、アメリカがその膨大な国力を爆発させる直前。中国は国民党と共産党が第一次国共内戦を繰り広げていて、日本がそこに手を出していて……そして、ドイツではヒトラーが既に内閣を取っている。

 世界恐慌もしっかり起きたみたいで、喜んでいいんだか悪いんだか、って感じだ。

 

 わたしの中の歴史好きな部分は、ある程度の条件が揃えば世界は同じように動くんだなっていう実態を認識できたんだから、喜んでるんだけど……。

 世界恐慌が起きたってことは、当然世界全体で色んな面で不幸になった人が大勢いて、そのあおりを受けて死んでしまった人だっているわけで……。

 それを知って喜ぶのは人としてどうなんだ、とも思う自分がいる。いや、わたしもう人じゃないんだけど、心は人のつもりだから一応ね?

 

 ただ、わたしが知ってる歴史とは違うほうに動いてるところが少しだけある。地域的には西欧と中米なんだけど……。

 

「……カリオストロ公国って、()()カリオストロ公国……?」

 

 スイスとフランスの間に、カリオストロ公国って名前が見えるんだよなぁ……。

 わたしの知ってる歴史にそんな国はないんだけど、そんな国が出てくるアニメなら知ってる。

 あの作品の中だと、新聞の中でフランス語が使われている上にローマの遺跡が沈んだ湖がある、ってことでスイス近隣が舞台だろうって言われてたけど……スイスとフランスの間って、位置も完璧に一致してるよなぁ……。

 

「カリオストロ公国が気になりますか?」

「いやまあ……その、予測してなかった国だから……」

「左様ですか。とはいえ、表向きにはあまり見るべきところのない国ですよ?」

「表向きには……? ってことは裏向きには何か……はっ!? もしかしてこの国、偽札とか作ってたりしてない?」

「ご明察です。……とはいえ、証拠はありませんが」

「……ゴート札まであるのか……」

「……まさかその名前までご存知とは。さすがです」

 

 ガチじゃん。

 間違いないじゃん。

 それ絶対、30年ちょっとしたあとに大怪盗の孫が一味で乗り込んで世界に暴かれるやつじゃん。

 

「調べますか?」

「え? ……あー、いや、いいや。どうせ近い将来暴かれるだろうから」

「御意」

 

 ま、まあうん、そこは、うん。いいんだ。

 あの作品の中だと、カリオストロ公国の偽札が世界恐慌を招いたって話もあったけど……その世界恐慌はもう始まって何年も経ってるわけだし。今からこの国が世界に影響を与えられるかっていうと、ちょっと疑問だしね。

 ……あの大怪盗が実在する世界だったりするの? っていう疑問はとっても気になるけれど、それは置いておこう。

 

 それより、わたしにはもっと気になるところがある。カリオストロ公国以上に、前世とは違う部分。

 

 それはここだ!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 サンタナあなた、何地図に名前刻んでるの。

 これあれじゃん。絶対サンタナが作ってた国の末裔じゃん! 位置的にも一致するし!

 いや、二千年前のあの繁栄っぷりから考えれば、この時代に残ってもおかしくはないなって思ってたけど。完全に国名として残ってるとまでは思ってなかったよ!

 

 ていうか、メキシコがない! わたしが知ってるメキシコはいずこへ!? メキシコだった土地が全部サンタナ王国になってるんですけど!?

 へぇー、首都の名前はテノチティトランっていうのかー! 実にアスティカンな名前だなー! そこはメキシコシティだったと思うんだけどなー!

 

 しかも、おまけとばかりにグアテマラも存在しないぞ……どこに消えたんだ。ごたごたはしてたものの、この時代には一応既にあったはずなのに。そこまでごっそりサンタナ王国になってる。どうなってるんだこの世界の歴史は……。

 

「ああ、そこはアメリカ大陸の先住民の国ですね。新大陸では唯一ヨーロッパからの征服を自力ではねのけた国で、アメリカ合衆国以外では新大陸でもっとも力を持った国とも言えますね」

「……マジかぁ……」

 

 しっかりばっちり生き残ってるらしい。なんていうか、すごいとしか言えない。

 わたしが注意喚起を促したからってのもあるとは思うけど、二千年経ってもなおしっかり継承された国って前世じゃありえなかったよ。

 

 ……とりあえず、この国には一度行っておこう。前世では存在しなかった国ってのもそうだけど、サンタナが作った国が今どうなってるのか、見てみたい。サンタナの状態も確認したいしね。

 

「ちなみに我々ルベルクラクの民とは根を同じくしますね」

「あ、それは知ってる。だって導入したのわたしだし」

「そういえばそうでした。差し出がましいことを言ってしまいました」

「気にしてないから大丈夫だよ。……首を出そうとしないでいいからね?」

「はっ」

 

 厳密に言えば、わたしは半吸血鬼の技術を持ち込んだのであって、知る限りあっちからこっちに来たのはトナティウ一人だけだ。だから遺伝子的にはまったく別の人種だと思うけど……それはそれとして、半吸血鬼ではあるから、同じと言えば同じなのかな。

 っていうか、やっぱり半吸血鬼の国なのかな?

 

「この神聖サンタナ王国って、やっぱり半吸血鬼たちの国なの?」

「王族と大多数の貴族はそのようです。だからこそヨーロッパの征服に対抗できたとも言えましょうが」

「あなたたちもだよね?」

「ええ。とはいえ、我々は比較的早い段階でアングロサクソンに従っております。その方がのちのち活動しやすくなるだろうという見立てゆえですね。おかげ様で現在は、ウィンザー朝から名門貴族として遇される身です」

「しっかりしてるねぇ」

 

 名門貴族としてイギリスに属してるって、なにげにすごいことでは? 半吸血鬼の団体がでしょ?

 二千年前、ルブルム商会もローマに食い込んだ大商会だったけど、これも相当だよ。みんながんばったんだなぁ……。

 

「……ちなみにそのルベルクラクって」

「はい、イングランドの下で過ごすうちに名乗るようになった家名です。かつてはルブルムと名乗っていたようですが、時代と共に変形してルベルクラクとなりました」

「なるほど、そういうことだったのね。すごいなぁ」

 

 はー、と思わずため息が出た。

 

「ちなみに、現当主はロンドンにある別宅で基本的に生活しております。先ほど連絡は致しましたので、明日にはこちらに来るかと」

「あ、そういう体裁もしっかりしてるんだね。完璧じゃない」

 

 いやぁ、本当にねぇ。

 

 ……ん? あれ、そういえば。

 

「ところでさ、その当主ってやっぱりショシャナ?」

 

 ふと思って聞いてみた。

 すると、露骨に視線を伏せられた。

 

 それを見て、ああ……なんて思う。どうやら、やっぱりショシャナは二千年を乗り越えられなかったみたいだ。

 

「……初代様は」

「ああうん、大丈夫だよ。言わなくっても。大体察した。吸血鬼の寿命は数百年くらいだからねぇ……」

 

 あの子の執念ならもしかして、とは思ってたけど。やっぱり越えられない壁ってのはあるんだなぁ。

 トナティウは半吸血鬼で、二百年くらいしか生きられないはずだからもういないだろうし。

 

 ってことは、わたしを直接知ってるのはカーズ様たちだけなのか。覚悟はしてたけど、やっぱり寂しいな……。あの子たちと一緒にすごした百年がにぎやかで楽しかったから、余計にそう思う。

 

 寿命の差か……こればっかりはどうしようもないよね……。これから人との付き合いも増えていくだろうけど、今後もこういう想いを何度もすることになるんだろうなぁ……。

 

「いえ……その、実は、なのですが」

「?」

 

 そう思ってたんだけど。

 

「実は……初代様……ショシャナ様は、二代目様……トナティウ様と、相討ちになって……」

「!?」

 

 どうやら実態はもっととんでもないらしかった。

 

「こちら……破損している箇所もありますが、トナティウ様の遺書です。アルフィー様宛にあっておりますので……」

 

 そうやって、うやうやしく差し出されたのは古ぼけた紙。言われた通りあっちこっちに穴が開いていて、おまけに色もかなり変色してる。

 だけどそこに書かれた文章は……忘れようもない。トナティウの筆跡だった。

 

 慌ててそれを手に取る。

 そこに書かれていたのは、トナティウからの報告だった。わたしが石になったのを見たショシャナが暴走して無差別に血を吸って暴れ、カーズ様に言われるがまま波紋の一族を根絶やしにしてしまったこと。波紋に関わる文物の多くが破壊されたこと。

 そして……わたしの依頼に従って、ショシャナを討つと。最後の闘いをしにいくと。そう書いてあった。

 

「……その手紙を最後に、トナティウ様は」

「そう……だったんだ……」

 

 手紙を持つ手に、思わず力がこもる。くしゃりと手紙がゆがんだ。

 

 ああ……ごめん、ごめんよショシャナ。一番恐れていた事態になってしまったんだね。

 もしかしたらそうなるんじゃないかって、思ってた。いつかあなたが暴走するんじゃあないかって……。

 わたしのせいだ。わたしが石仮面を使うの、許可したばっかりに。ショシャナはショシャナでいられなくなってしまったんだ……。

 

 トナティウにも申し訳が立たない。本当ならわたしが後始末すべきだったのに。彼女に全部押し付けてしまった。あの二人に殺し合いをさせてしまった。

 わたしは……わたしは本当にどうしようもないやつだ……。

 

「アルフィー様……」

 

 横からメイドさんがハンカチを差し出してきた。

 

 ……なんか視界がぼやけてると思ったら、わたしひょっとして泣いてるのか。

 心境の動きだけで泣くなんて、どれだけぶりだろう? それこそ転生した直後以来じゃないだろうか。

 

 そうか……わたしは、本気であの二人が好きだったんだな……。

 恋人とかそういうことじゃあない。それよりももうちょっと広くて、深い……家族。そうだ、家族だったんだな……。

 

 ああくそ、もっと二人とたくさん話しておけばよかった。いいことも悪いことも、もっともっと……。

 ……これは、しばらく涙がとまりそうにないや。

 

 




唐突なネタバレ:カリオストロ公国は物語の本筋とは関係ありません。



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