Muv-Luv Alternative✖️機動戦士ガンダムOO 地獄に降り立つ狙撃手 (マインドシーカー)
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序章
序章01「終わりなき詩」


過去ににじファンにて投稿していたものの加筆修正版兼、頓挫した連載物をどうにか完結させるのを目標に、7年ぶりにうpります。
一応、pixivの方でも同じタイトルのものを投稿しました 。
一応、同時並行で行なって行く予定です。
それではどうぞ。


これは、正史から外れたある物語の終焉(おわり)。

似て非なる歴史を辿った、物語の最後の一幕だ。

 

読者にとっては然程重要ではないかもしれないが、この話を語る上でまずは、「彼」本来の「物語」に決着をつけなければならない。

 

さて、ではこの最後の一幕はこのシーンから始めるとしよう。

 

それは、最後の戦い。

 

 

 

序章01「終わりなき詩」

 

 

 

「これで、国連軍の第一派は退けられたか・・・」

 

溜め息混じりの声が、ブリッジに響く。

声を発したのは、この船のクルーの一人であり、ブリッジでは砲撃手を務めるラッセ・アイオンだ。

ここは、私設武装組織「ソレスタルビーイング」(以降、組織名を「CB」と略す)の母艦「プトレマイオス」のブリッジ内。

暗礁宙域を漂うこの船には、計四機のMSを四方を囲む4つのコンテナブロック内に抱えている。

 

「・・・そうね」

 

「プトレマイオス」ブリッジの艦長席に座るCBの戦術予報士であるスメラギ・李・ノリエガは浮かない表情のまま、ラッセへと言葉を返した。

現状、彼女達を取り巻く状況は、決していいものではない。

それどころか、悪い方向へと進んでいると言ってもいい状況だ。

 

「今現在わかっているのは、国連軍に譲渡された30基の擬似GNドライヴのうち、先の戦いで11基を破壊できたという事実のみ・・・」

 

何者かによって、国連へと譲渡されたCBの固有技術たる「太陽炉(通称「GNドライヴ」)」をベースに製造された紛い物―――――「擬似太陽炉(擬似GNドライヴ)」と、コレを搭載した「擬似太陽炉搭載型MS」の存在。

これが、これまで全ての局面において物量以外ではどの国家もMSの性能では太刀打ちできないほどに優位に在った「ガンダム」を、脅かすまでに至った。

現にスローネチームは「GN-X」と呼ばれる擬似太陽炉搭載型MS部隊に敗北し、敗走の中で消息を絶った。

 

「これで、多少なりとも敵の気勢を削げればいいがな」

 

ラッセが苦々しい表情で言う。

だが、スメラギを含めて彼女たちCBの実動部隊に撤退は許されない。

「紛争根絶」を掲げて世界へと武力介入したその瞬間から、彼女たちに逃げ場などないのだから。

その覚悟は、とうの昔に済ませている。

 

―――――まだ終わっていない。

 

「機体の修理と整備を急いで。デュナメス、ヴァーチェの状態は?」

 

艦橋オペレーターの一人であるフェルト・グレイスの座るモニターから、スメラギはハンガーブロックへと通信を繋げ、そこにいる整備士のイアン・ヴァスティに状況を聞く。

 

『両方とも何とかいける。ただ、ヴァーチェのほうは、前の戦闘でのダメージは完全に直すことは難しいぞ。これ以上の激しい戦闘には無理がある。最悪、ナドレでの出撃も考えないとならん。』

 

数秒して、モニター越しに見えたイアンの苦々しい表情と共に返答が返された。

スメラギは、その言葉を聞いて自身もまた苦々しい表情を浮かべる。

 

前々回の戦い。

その場面で、プトレマイオス配下の実動部隊はCBの中枢たるヴェーダのバックアップを失い、年長のガンダムマイスターは右目を失っていた。

また、国連軍のGN-X部隊による猛攻撃によって彼女たちはジリ貧状態にある。

追撃を振り切ってラグランジュ3へと逃げ込み、そこにあったCBの秘密基地に逃れてから既に3時間。

スメラギの予想では、あと4時間後には敵と再びエンカウントする。

 

「そこまで、何とか機体の修理と整備が終わらせて。頼むわよ、イアン。」

 

本来は非武装艦であるプトレマイオスに、今回は強襲用コンテナを設置し急場凌ぎの戦闘艦に改修。

更に、秘密基地の格納庫に残っていた、追加装備の一つであるテールブースターのキュリオスへの取り付け作業も急ピッチで行っている。

それに、前回の戦闘では地上に刹那と共に降りていたラッセの乗るGNアームズが、少ないながらの粒子残量で決死の覚悟で救援に駆けつけてくれたおかげで敵の戦力も多少なりとも削れたし、なにより大きな戦力増強ができた。

 

「まだ、手はある。こんなところで、終わるわけにはいかないのよ・・・!」

 

スメラギはそう言うと、ブリッジ越しに見える虚空をにらんだ。

戦闘開始まで、残り3時間半―――――。

 

 

 

 

 

 

 

『Eセンサーに反応あり!国連軍の擬似太陽炉搭載型MSの反応です!』

 

状況は、スメラギが予想した通りに進んでいった。秘密基地から出航し、暗礁宙域の中に潜んでいたプトレマイオスのEセンサーに、国連軍部隊の反応が表示されたのだ。国連軍の宇宙輸送艦からMS部隊が出撃した証拠であり、こちらのおおよその位置は判明している事を指していた。

 

「…やはり、おおよその位置は把握されてたみたいだな」

 

『ミツカッタ!ミツカッタ!』

 

「ばーか、まだ見つかってねえよ。MSのセンサーじゃ、この距離でのプトレマイオスの正確な位置まではわかりゃしねぇ」

 

コンテナ内。そこに格納された状態のデュナメスのコクピットに座りながら、ロックオンは相棒のハロと会話をする。

19機の擬似GNドライブ搭載型、そして―――――

 

『更に、擬似太陽炉搭載型MSの中に、スローネがいます!』

 

「・・・!」

 

彼の表情が強張る。

かつて、KPSAというテロ組織の頂点に君臨し、神を騙り、争いを引き起こした男。

 

―――――自分の家族を殺した男。

 

各地を転々とし、戦いを求め、殺し合い、それでも飽き足らず傭兵となって、今また自分たちの前に、CBの象徴たる「ガンダム」に乗って立ちはだかっている。

 

『ガンダム各機は所定の位置で待機。さぁ、先手をお願いね?ロックオン。』

 

「オーライ。さて、狙い撃ちますか」

 

『狙イ撃ツゼ!狙イ撃ツゼ!』

 

デュナメスが格納されていたコンテナの蓋が開き、中からデュナメスが現れる。彼の機体がGN粒子を放出しながらコンテナに固定された状態で狙撃態勢に入った。

狙撃態勢になったデュナメスのセンサーが、虚空を睨む。狙うは、国連軍のMS部隊。

 

 

 

 

 

 

「これで、切れるカードは全て切った…」

 

スメラギは、先手を取れたと確信し、小さくため息をつく。

最悪の状況の中で、最も最良の戦術プランを立て、最善の布陣を立てた。

 

「・・・ッ!?これって・・・!」

 

フェルトともう一人、オペレーターのクリスティナ・シエラが戸惑ったような声を上げる。その直後に、疑惑は確信に変わったかのような声で彼女はスメラギへと告げた。

 

「スメラギさん!敵部隊の後ろから、急速接近中の反応があります!」

 

「なんですって・・・!?」

 

「これは・・・MAクラス!?これだけの質量と出力の反応がどうして今までセンサーに・・・!?」

 

彼女の戸惑いは尤もだ。

なにせその機体は、ここまで来るのにその存在を完全に隠した状態で接近してきていたのだから。

 

「まだ切り札を隠してやがったのか・・・!」

 

砲撃手のラッセが呻く。

モニターに、赤いGN粒子を放出するMS部隊が映り、さらにその後ろに金色の巨大な物体が控えているのが見えた。

まるで甲殻類のような印象を受けるそれは、

 

「これは・・・宇宙艦!?」

 

「違うわ。これは、擬似太陽炉搭載型のMA・・・!」

 

スメラギは、この瞬間に自分の戦術プランの瓦解を悟った。

この状況での敵新型MAの投入。

彼女が考えうる…否、想定外の出来事の中でも、最悪のシナリオだ。

 

「(まさか―――――あれが離反者の乗る・・・?)」

 

彼女が思考の海に浸かっている最中に、その思考はフェルトの声によって中断させられる。

 

「敵MAから、巨大なエネルギー反応あり!推測で、7基のGNドライブを搭載している模様!」

 

擬似太陽炉を7基も搭載した化け物。

 

「・・・ということは、相応の武装が搭載されている」

 

『おいおいまずいぜミススメラギ!あのデカブツから高エネルギー反応だ!』

 

デュナメスに乗るロックオンから警告が発せられる。

モニター越しに映っている巨大MAの前面。その部分が一瞬拡大され、大きな口が開いた。

 

「リヒティ!緊急回避!」

 

咄嗟の判断。

 

「言われなくとも・・・!」

 

スメラギが緊急回避を命じ、操舵手のリヒテンダール・ツェーリが、必死に操縦桿を左へと傾ける。

 

『くそっ!離脱する!』

 

急いでデュナメスも機体をコンテナから離脱させた。

 

次の瞬間、大きな衝撃が、艦全体を震わす。

プトレマイオスの半身が、オレンジ色のGN粒子の光に呑み込まれた。

 

「くっ…!」

 

衝撃が収まり、対ショック姿勢から体勢を立て直すクルー達。

 

「被害状況は!?」

 

「後部メインスラスター損傷!GN粒子の供給断絶!航行不能です!」

 

スメラギの問いに、フェルトが悲鳴にも似た声を上げる。

この状況での航行不能とは、つまるところが格好の的だ。

 

「イアン、なんとか動けるようにして!それが無理なら、最悪の場合はプトレマイオスを放棄して武装コンテナで指揮を執るわ!」

 

『無茶言うなってスメラギ!くそっ・・・!なんとかやってみる!』

 

「お願い・・・!」

 

彼女は正面のモニターに向き直る。

 

「頼んだわよ、みんな…!」

 

スメラギは、四人のガンダムマイスターが奮闘してくれる事と、生き残ってくれることを、ただただ祈るしかできなかった。

 

[newpage]

 

「プトレマイオスが・・・!」

 

機体を暗礁宙域の一角に潜ませていたティエリア・アーデが、ヴァーチェのコクピット内で呻くように言う。

視界の中に、損傷し動けなくなってプトレマイオスが見えていた。

 

『土壇場で厄介な代物を持ってきてくれたもんだよ、国連軍は・・・!』

 

緑色の機体に乗る隻眼の狙撃手の悪態をつく声が聞こえる。

コクピット内のモニターに映し出された紫煙を撒き散らす母艦を見ながら歯噛みした。

 

元来、プトレマイオスは非武装艦だ。

 

―――――やはり、無理があった。

 

「だが、ここで引くわけにはいかない!」

 

GN粒子が既に十全に充填され、その解放の瞬間を今か今かと待っている両手に持ったGNバズーカ。

 

「気休め程度にしかならん。だが―――――」

 

それを前方へと向け、機体を敵MS部隊の前面に踊り出させた。

 

「反撃に出る!アレルヤ!」

 

『わかっている!』

 

「『いっけええええええ!!』」

 

ヴァーチェの持つ二つのGNバズーカ。

キュリオスのテールブースターに装備された二門のGNキャノン。

 

二体のMSから、巨大な桃色の閃光が放たれた。

 

 

 

 

 

 

「いくぞ刹那!」

 

『了解した!』

 

「ハロ、バックアップを頼む!」

 

『了解!了解!』

 

「利き目がハンデだが、やってやるさ!」

 

ロックオンはそう意気込むと、ライフル型コントローラーを下ろし構えた。

それに合わせてデュナメスが、GNスナイパーライフルを構える。

 

「まずは撹乱射撃で!」

 

そして、放たれる桃色の矢。

撹乱を目的に放たれた弾丸は、命中することはないが、敵の連携に綻びを生じさせる。

 

「行け、刹那!陣形を崩せ!」

 

『了解。ガンダムエクシア、目標を駆逐する!』

 

そこへ、GNソードを展開したエクシアが加速し、突撃する。

 

「甘いんだよ。いくら同じスペックだからって、質ではこっちが上だ・・・!」

 

重装備の2機による奇襲攻撃。

逆に虚を突く形となったヴァーチェとキュリオスの攻撃によって既に19機のうち5機が消滅した。さらに、デュナメスの撹乱に加えて混乱に乗じて突進をかけたエクシアによって敵を2機撃墜する。

そこへさらに、畳み掛ける形で、エクシアの背後を取ろうとするジンクスの動きを、デュナメスがGNスナイパーライフルによる撹乱射撃で牽制し、反撃を許さない。

 

「やらせねえよ。」

 

そして再び、レティクル内に敵機を捉えた。

ロックオンは、再び引き金を引く―――――。

 

 

 

刹那達が戦闘を行なっているエリアとは別の場所。

そこでは、最も驚異度の高い火力を持つヴァーチェ目掛け、AEUを中心としたGN-Xの部隊が殺到していた。

ヴァーチェを取り囲むようにして集中的に攻撃を行うGN-X部隊。

 

「ちぃ・・・!」

 

集中砲火に晒されれば、流石のヴァーチェといえども辛いものがある。GNフィールドを展開して耐えているが、どこまで持つか―――――。

 

不意に、熱源の急速接近を告げる警告音がコクピット内に鳴り響いた。

 

「あれは・・・!」

 

Eセンサーで捉えた反応は一つ。

それはかつて、地上で刃を交えた3機のスローネの一機。

モニター越しにに見える、宇宙空間に浮かぶ資源衛星の裏から現れたのは、緋色の機体。

 

「やはりスローネか!」

 

『ハッハァー!』

 

「ガンダムスローネ・ツヴァイ」が、左腕に装備されたGNハンドガンを乱射しながら突進してきた。ティエリアはロックオンしたツヴァイに照準を合わせると、展開していたGNフィールドを解除し、それと同時にトリガーを引いて極太のビームをツヴァイ目掛けて発射する。

だが、その行動は誘いだった。

極太のビームは当然の如く回避され、その直後にツヴァイから、二つの小さな反応が放たれる。

 

GNファング。

 

「このおおお!」

 

二門のGNバズーカを下げ、上方から迫るGNファングへ計四門のGNキャノンを向ける。

再び引かれるトリガー。

同時に放たれた閃光が、二つのファングを包み込み消滅させた。

 

『まだあるんだよ!ノロマがぁ!』

 

爆発を起こしたGNファングの紫煙を切り裂いて、新たな2つのGNファングが、ヴァーチェへと襲いかかった。

展開されたGN粒子の赤い牙により、左手のGNバズーカと、右背部のGNキャノンがそれぞれ貫かれて爆散する。

 

「うわあああああ!!」

 

衝撃で、ヴァーチェの巨体が大きく揺れ、コクピット内は激震に襲われた。緋色の機体が、身を翻して去っていく。

GNキャノンの片方が破壊され、GN粒子の放出量が減少し、GNフィールドが半減する。

そこへ再び、GN-Xの集中砲火が再開された。

 

 

 

 

 

 

「ティエリア!」

 

赤いビームの集中砲火に晒されるヴァーチェ。

しかし、オレンジと白のカラーリングのガンダム―――――キュリオスを駆るアレルヤに、仲間の心配をするほど余裕はなかった。

彼もまた、何機ものGN-Xに追われていたのだ。

その内の一機は、自身と同じ超兵。

 

「く・・・!」

 

『被験体、E-57!』

 

小惑星の裏側から、GN-Xが現れる。

 

「ぐああああ!」

 

それが放った攻撃によって、背部に装備されたテールブースターが火に包まれた。

それを瞬時に廃棄し、変形すると同時に左手でサーベルを抜く。

 

「ソーマ・ピーリスか・・・!」

 

『貴様を倒す!』

 

「くぅ・・・!」

 

―――――変われよ相棒!

 

「(ハレルヤ・・・!?)」

 

サーベルが拮抗しプラズマが迸る。

 

「はははははは!!やらせるかよぉ!!」

 

ソーマの「倒す」という言葉に答えたのは、もう一つの人格―――――ハレルヤだ。

 

「甘ちゃんには任せてらんねぇな!?」

 

凶悪な笑みと、歓喜に満ちた声をあげて、

 

『くぅッ・・・!』

 

「お前を、全力で殺しにいってやるよぉ!!!」

 

殺人鬼は同類への反撃を開始した。

 

 

 

 

 

『一気に本丸を狙い撃つ!行くぞ刹那!』

 

「ああ!」

 

眼前に迫る、金色のMA。

それ目掛けて、デュナメスと強襲用コンテナから何十発ものGNミサイルが放たれた。

それらは真っしぐらにMAへと向かい、全弾が命中する。

 

『これで多少なりとも・・・!』

 

「まだだ!」

 

だがそれは、効いていなかった。

 

否、防がれたのだ。

 

金色のMAが瞬時に張った高出力のGNフィールドによって。

返す刀で放たれるオレンジ色の矢が、二機のガンダムと強襲用コンテナを襲う。

 

『こいつ・・・!』

 

「く・・・!」

 

攻撃を回避しながら、それでも距離が詰められない。

 

『なら、俺に任せろ!』

 

前面にGNフィールドを集中展開した強襲用コンテナが後方から金色のMAへ向かう。

 

『遠くからの攻撃が効かないなら、直接攻撃だ!』

 

全力噴射をかけて加速した強襲用コンテナが、金色のMAへ体当たりをかけた。

その体当たりを、金色のMAは強力なGNフィールドで阻む。

 

『だがな、懐に潜り込めばこっちのもんだぜ!』

 

拮抗する二つのGNフィールド。

相殺し合う光の壁に、綻びが生じていた。

徐々に、壁の内側へと食い込んでいく強襲用コンテナ。

 

『これだけの近さだ!受けて無事で済むわけが―――――』

 

ラッセが、トドメの一撃とばかりにゼロ距離によるGNキャノンの砲撃を行おうとした瞬間、金色のMAの両側の装甲部分が展開された。

甲殻類―――――例えるならカニ―――――のような巨大な爪を持った腕が現れ、強襲用コンテナのGNキャノンの砲門を鷲掴みにする。

 

『ふははははははははは!!』

 

回線から、狂気と歓喜に満ち溢れた男の笑い声が聞こえた。

 

『忌々しいイオリア・シュヘンベルグの亡霊共が・・・!』

 

怨嗟にも似た感情を混ぜた声で宣言する。

 

『この私、アレハンドロ・コーナーが・・・・・・この「アルヴァトーレ」で新世界への手向けにしてやろう!!』

 

「アルヴァトーレ」。

それが、金色の巨大MAの名前。

その両腕が、鷲掴みにした強襲用コンテナを強引に左右へ引っ張り真っ二つに引き裂こうとする。

 

『冗談!!』

 

爆発する直前、強襲用コンテナからGNアームズが分離された。

 

『くそったれ!だけどな、こっちは三対一だぜ!』

 

3機でアルヴァトーレを取り囲み、反撃に出ようとする。

 

『俺も忘れなさんな!』

 

だがそれは、新たな乱入者によって阻まれた。

反撃に転じようとした三機とアルヴァトーレの間に、緋色の機体が割り込む。

 

『あれはスローネ・・・!』

 

「アリー・アル・サーシェス!」

 

『よぉ、クルジスの餓鬼。元気にしてたか?』

 

『てめえ・・・!』

 

『そろそろ俺も、テメェらの顔は見飽きてたところだ。手始めにクルジスの餓鬼ィ!ここで、お前を血祭りにあげてやるぜ!!』

 

肩部にマウントされているGNバスターソードを抜いたツヴァイが、刹那の乗るエクシアへと襲いかかった。

 

『てめえの相手は、この俺だ!!』

 

GNビームサーベル抜いたデュナメスが、エクシアとそれに斬りかかるツヴァイとの間に割り込み、斬撃を受け止める。

 

『チッ・・・あの時のやつか・・・!』

 

『お前に刹那はやらせねえ・・・!』

 

実体剣とビームサーベルが拮抗し、プラズマの奔流が巻き起こる。

 

「ロックオン!」

 

『刹那、お前はラッセとあの金ピカ野郎を叩け!こいつは、俺がやる・・・!』

 

『大丈夫なのか、ロックオン?』

 

ラッセの心配したような声が耳に響く。

 

『野暮なこと聞くもんじゃねぇよ。』

 

いつものように軽口を返すロックオン。

 

『殺りあってる最中にお喋りかい!?』

 

『黙ってろ戦争中毒が!』

 

斬撃を振り払い、距離を取る。

 

『刹那、エクシアになぜ実体剣が装備されているかわかるか?』

 

「ロックオン・・・?」

 

『対ガンダムのカウンターなんだよ、そいつは。実体剣のみが、唯一GNフィールドを破ることができる。』

 

「・・・・・・っ・・・!」

 

『お前は、俺たちの切り札なんだ。それを忘れるな。さぁ行け!』

 

モニター越しに映るロックオンに刹那は無言で頷くと、エクシアをアルヴァトーレへと向かわせる。

 

『死ぬなよ、ロックオン。』

 

ラッセはそれを言い残し、刹那に続いた。

 

 

 

 

 

 

「さて・・・」

 

一度距離をとったお互いの機体。

正面の緋色の機体を睨みつけるように見ていると、通信機越しに“奴”の声が聞こえる。

 

『いいねぇ。仲間への別れは済んだってやつかい?』

 

「お前こそ、奴らを追わなくていいのかよ。」

 

ロックオンの問い。それに対して、緋色の機体の主は嘲笑で返す。

 

『どの道、殺しあう相手だ。それが早いか遅いかの違いだよ。それにな―――――』

 

「それに?」

 

次の瞬間、剣を大きく振りかぶって、ツヴァイがデュナメスに斬りかかった。

 

『お前と殺しあった方が、殺し甲斐がありそうだぜ!!』

 

刃と刃が交錯し、受け止めたことによって再びプラズマの奔流が2機を包む。

 

「同感だぜ!!!」

 

怒気を孕んだ声で、彼は狂人に返した。

 

 

 

 

 

 

『刹那、ドッキングだ!』

 

「わかった!」

 

エクシアがGNアームズにドッキングする。

 

『邪魔をするか亡霊!』

 

「誰が!」

 

猛烈な対空砲火を展開するアルヴァトーレの攻撃をGNフィールドで受け流しながら、距離を詰めるGNアームズ。

 

「うおおおお!」

 

『もう一度、直接攻撃だ!』

 

大型GNソードを斬撃態勢に移行し、一気に距離を詰める。

 

「切り裂く!」

 

『やってみろ!』

 

「うおおおお!」

 

刹那の咆哮とともに、GNアームズとエクシアは突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

「く、ぅ…!」

 

再度の衝撃が、身体を襲う。

ティエリアの乗るヴァーチェは、既に先の攻撃に加えて砲火に晒されたことによって満身創痍の状態にあった。

四方八方からヴァーチェの装甲へ叩きつけられる赤い光弾。

出力が低下した状態でのGNフィールドに意味はなく、外部装甲はとうに限界を超えている。

 

―――――もう長くは待たない。

 

「ならばせめて・・・この一撃を!!」

 

猛攻撃に晒されながら、ヴァーチェは残る一門のGNバズーカを中央に構えた。胸の発光体に連結することで、GNバズーカと太陽炉を直結させる。

 

そして、切り札を発動させた。

 

「【TRANS-AM】・・・!」

 

ー【TRANS-AM】ー

 

モニターに【TRANS-AM】と表示され、内部がモニターの放つ赤い光の色に染まっていく。

 

「いけえええええ!」

 

ティエリアが吠える。

それと同時に、最大出力でGNバズーカが発射される。

バーストモードに加えて、トランザムによる出力の底上げ。

それが、ヴァーチェを取り囲むGN-X部隊へ向けて放たれたのだ。

巨大な閃光は、4機のGN-Xを瞬時に呑み込み、小惑星を陰に逃げようとした5機目のGN-Xも小惑星諸共蒸発させる。

 

「まだだ!」

 

光芒が消えると同時に、ティエリアはヴァーチェの装甲を全てパージした。

 

「うおおおおお!」

 

外装をパージし、先程のヴァーチェ同様に赤く発光した機体―――――ガンダムナドレが姿を現わす。赤色に発光したナドレが、装甲の裏に隠されていた残っていたGNキャノンを手に持ち、更なる反撃に転じる。

 

鬼神の如く、宇宙空間を駆け抜けるナドレ。

 

残る機体を追いかけ回し、1機、また1機と屠る。

その姿はまるで、虚空を舞う女神のようだった。

 

「ナドレ、目標を―――――!」

 

しかし、その叫びは最後まで続かなかった。

最後の二機に攻撃を放とうとした瞬間、無情にもトランザムは終了する。

 

「な・・・!?」

 

動きを鈍らせるナドレ。

 

『セミヌード如きが、俺に楯突いてんじゃねえよぉ!!』

 

そこに赤色のビームが襲いかかり、次々に直撃する。

赤いビームが軽装甲のナドレの外装を次々に砕き、左腕と両足を破壊する。

装甲にヒビが入り、コクピット内にプラズマが走る。

 

「まだだ・・・まだ死ぬ訳にはいかない・・・!」

 

ナドレの装甲が次々に破壊され、コクピットに警告音が響き渡る。

 

「死ぬ訳にはいかないんだ。こんな僕に生きる道を示してくれた―――――」

 

残る最後の力を振り絞り、ティエリアは引き金を引いた。

 

「ロックオンのためにも!!」

 

 

ナドレから放たれたビームは、正面から襲い掛かったGN-Xの上半身を吹き飛ばした。

それと同時に被弾する寸前にGN-Xから放たれた放たれたビームがナドレの頭部を吹き飛ばし、ティエリアの視界はホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

一人、また一人と散っていく戦士達。

場面は損傷したプトレマイオスへと戻る。

強襲用コンテナにスメラギとイアンが移乗し、遅れて移乗したフェルトが必死に迎撃に当たる中で、プトレマイオスへ攻撃をかけていたGN-X部隊の最後の一機が、損傷したプトレマイオス本体に迫った。

 

『やらせないわ!GNミサイル!』

 

スメラギが、強襲用コンテナの操縦席のトリガーを引く。

プトレマイオスに残された最後の強襲用コンテナから、二発のGNミサイルが発射され、GN-Xに命中した。だが、爆発した際に発生する紫煙の中から左腕を失った以外は無事な状態のGN-Xが出現し、それが一気にプトレマイオスへと距離を詰める。

 

『死角に回り込むつもりね…!』

 

『トレミーからコンテナを切り離す!』

 

強襲用コンテナに乗るスメラギとイアン、そしてフェルト。

プトレマイオスからコンテナを切り離し、迫るジンクスの迎撃を試みる。

 

だが、間に合う筈がない。

 

未だプトレマイオスのブリッジに残るリヒティとクリス。

プトレマイオスのブリッジ眼前にGN-Xが到達した。

 

GNビームライフルの銃口が、ブリッジに向けられる。

 

「・・・!」

 

クリスが、表情を恐怖に染め、声にならない悲鳴をあげた。

 

「クリス!」

 

操縦席から身を乗り出し、彼女を庇う形で覆い被さるリヒティ。

直後、赤い閃光がブリッジを貫き、

 

『クリス―――――!!!』

 

直後にブリッジ部分が爆炎に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ぁ・・・」

 

意識が戻る。

クリスは、自分を覆う何かの重みによって目を覚ました。

 

「リヒティ・・・!?」

 

自分を覆う何か。それは、自分を庇う様にして覆い被さる形で変わり果てた姿になったお調子者のリヒティだった。

 

「大丈夫・・・っスよォ・・・」

 

浅い息をつきながら、苦しいはずなのにいつものような口調で返す。だが、その浅い呼吸が既にリヒティを-----リヒテンダール・ツェーリという青年の命が、残り僅かだという事を示していた。

 

「親と一緒、に・・・巻き込まれて・・・体の半分が・・・・・・こんな、感じ・・・。生きているのか・・・死んでいるのか・・・・・・」

 

「リヒティ・・・」

 

そんな状態で今まで生きてきて、そんな風に思っていても、自分を助けようとしてくれた。

 

「馬鹿ねぇ、あたし。すぐ近くにこんな良い男、いるじゃない・・・!」

 

マスク越しに映った彼の顔にはまだ生気がある。

 

「・・・ホントっス、よぉ・・・・・・」

 

いつものように、からかうようにリヒティは答える。

 

「見る目ないね、あたし・・・」

 

そうクリスが言った瞬間、

 

「ほん、と・・・」

 

リヒテンダール・ツェーリという青年は、その短い生涯を終えた。

 

「リヒティ・・・!」

 

不意に、通信機からスメラギの声が聞こえてきた。

 

「スメラギ、さん・・・?」

 

『無事だったのね!?リヒティは!?』

 

ノイズ混じりのスメラギの安堵した声が聞こえる。

 

「・・・」

 

沈黙が答え。

 

「・・・・・・ッ・・・!」

 

そして、気づいてしまった。先程から体に感じていた違和感。

それが痛みへと変わった瞬間に、悟る。

 

彼女の背中には―――――

 

「…こふっ…!」

 

深々と金属の破片が突き刺さっていた。

 

口から吐血し、視界の端に赤い何かが映る。

それは、彼女が口から吐き出した血液。

 

「フェルト・・・いる・・・?」

 

『います!』

 

直ぐに、返事が返ってくる。

 

―――――せめて、妹分に言っておかなくちゃ。

 

「もうちょっと、オシャレに・・・を遣ってね・・・?」

 

いつも、あんまり女の子みたいにおめかししなかったフェルト。

どこか放っておけないフェルト。

 

「(私が言わなきゃ、フェルトはお洒落なんてしないよ。)」

 

もう二度と言葉を交わす事が叶わないからなのか、口から出るのは他愛もないことばかりだ。

 

「私達、の・・・分まで、・・・生きて、ね・・・?・・・お願い、ね?」

 

『クリス!』

 

「お願い。世界を、・・・変えて。お願い・・・!」

 

 

次の瞬間、彼女の視界が白く染まる。

 

それは、プトレマイオスのブリッジが誘爆を起こしたからだった。

そうして彼女は―――――クリスティナ・シエラもまた、リヒテンダール・ツェーリの後を追うようにこの世を去った。

 

 

強襲用コンテナの中でガラス越しに見えた、沈んでいくように縦向きに態勢を崩していくプトレマイオス。

 

「リヒティ!」

 

イアンが叫ぶ。

 

「クリス!」

 

スメラギが叫ぶ。

 

二人は、彼女たちに思いを託して散った。

フェルトの―――――フェルト・グレイスにとってそれは「家族」同然の存在だった。

例え血が繋がっていなくとも、「プトレマイオス」という「家」で一緒に戦った、唯一の「家族」だったのだ。

 

―――――だからこそ、彼女は叫んだ。

 

内気な自分の姉のような存在になってくれた、少女の名を。

 

「クリスティナ・シエラァ!!」

 

そして同時に、「トレミー」の愛称でと呼ばれた船は、二人の亡骸を抱いたままに、その短い生涯を終えた。

 




序章はあくまでリハビリです。


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序章02「世界を止めて」

引き続き序章02をお送りします。


序章02「世界を止めて」

 

それは、一人の男の最期の戦い。

 

 

 

 

 

 

GNビームサーベルとGNバスターソードの刃が交わり、プラズマの奔流が吹き荒れる。

宇宙空間を、二機のガンダムが駆け抜けた。

そして、刃が再び拮抗する。

濃緑の機体―――――ガンダムデュナメスに乗るガンダムマイスター、ロックオン・ストラトスは、眼前に迫った緋色の機体に乗る傭兵へ問う。

 

「KPSAのサーシェスだな!?」

 

オープン回線で叫ぶ。

直後、獰猛な雰囲気を漂わせる口調で、相手は答えてきた。

 

『はん!クルジスの餓鬼に聞いたかぁ!?』

 

「(-----認めやがった・・・!)」

 

今この瞬間、彼は家族の仇を真の意味で捉える。

 

「10年前のアイルランドでの自爆テロを指示したのはお前か!?」

 

自分の人生を捻じ曲げたあの忌まわしい事件が誰の手によって行われたかを問う。

 

『だったらどうしたよぉ!?』

 

「何故あんな事を!?」

 

緋色の機体―――――スローネツヴァイに乗る男は、さも当然の様な口調で答えてくる。

 

『俺は傭兵だぜ?それになぁ!』

 

刃が弾かれ、再び交錯する。

 

『AEUの軌道エレベーター建設に、中東が反発すんのは当たり前じゃねぇか!!』

 

―――――ふざけるな。そのせいで、俺は家族を失ったんだ・・・!

 

「関係ない人間まで巻き込んで・・・!」

 

怒りに任せて放った言葉に、サーシェスは嘲笑混じりに言葉をぶつけてくる。

 

『てめえだって同類じゃねえか。紛争根絶を掲げるテロリストさんよぉ!?』

 

再び交錯する刃。

 

「咎は受けるさ・・・!」

 

分かっていた。覚悟もしていた。

そうだ。彼は、彼らは世界に喧嘩を売った稀代のテロリスト。

テロリストいう意味では、ロックオンも、ロックオンが家族の仇とした男も、変わらない。

思いや考えの根底は変わらずとも、結局のところは同類なのだから。

 

―――――勿論、全てが終わったあとで罰は受けるさ。

 

「だがそれは・・・・・・お前を倒した後でなぁ!!」

 

サーベルでバスターソードを斬り払い、腰部スカート部分に内蔵されていたミサイルコンテナを展開し、GNミサイルを一斉発射する。

しかし、ミサイルの動きを全て見切っていたのか、アクロバティックな動きで全弾回避されてしまった。

すぐ様、追撃に移って背後からツヴァイに追い縋る。

 

「お前は戦いを生み出す権化だ!」

 

互いの機体が全力ぶつかり合い、その度に刃が交錯してを繰り返す。

 

「それをここで今―――――断ち切ってやる!!」

 

ー【TRANS-AM】ー

 

『まさか…!』

 

驚愕に満ちた野郎の声が聞こえた。だが、そんなことは彼には関係ない。

 

 

―――――俺は、今日ここで討つんだ。

 

―――――仇を。

 

―――――家族の仇を!

 

『またこいつかよ・・・!』

 

最初の一撃。

それは回避される。

だがそれは、ただの誘い。

その一撃の回避をすることにより、ツヴァイは動きを鈍らせた。

返す形で態勢を崩した状態からツヴァイは左右に装備された腰部スカートのファング格納部からGNファングを放つ。

 

二撃目と三撃目。

 

GNファングの二つが、放たれたビームに呑まれて破壊される。

残ったGNファングが内蔵粒子を解放してビーム攻撃をデュナメスへ向けて放った。

トランザムによってそのスペックを三倍まで底上げしたデュナメスは、攻撃を全て回避し、GNスナイパーライフルから放たれた四つの閃光が残るファングを消滅させる。

 

『くそったれえええ!!』

 

「うおおおおおお!!」

 

GNハンドガンを乱射しながらの突進。

そこへ、GNバスターソードを振り上げて逆襲に転じてきたツヴァイ。

しかし、斬撃は当たる事はなかった。

 

『な・・・にぃ・・・!?』

 

GNバスターソードが振り下ろされるが、そこに八つ裂きにしたかった相手はいない。

サーシェスは驚愕の声をあげる。

 

直後、スローネは四方向からの衝撃に襲われた。

 

『なああああ!?』

 

デュナメスがスローネへ突撃をかけて蹴り飛ばす。

 

「俺は、この世界を変える・・・だがそこに、てめえの居場所はねえ!これがなあ!」

 

ここで、全てに蹴りをつける。

ここで、全ての過去を清算する。ここで、全てを終わらせる。

 

『てえめえええええええええええええええええ!!』

 

『狙イ撃ツゼ!狙イ撃ツゼ!』

 

GNスナイパーライフルを片手で構え、至近距離でコクピットに向ける。

 

「だから……狙い撃つぜ!!!!」

 

射撃音。

直後に態勢を崩すツヴァイ。

済んでのところで、ツヴァイは射撃のコクピットへの直撃を免れていた。

次の瞬間に、二機がもつ刃が交わり、互いの機体が離れていく。

天才的なセンスで致命傷を避けたツヴァイだったが、それすらも折り込み済みだったロックオンは、冷静に対処した。

 

『この・・・死に、損ない・・・がぁ・・・!!』

 

赤い瞳が、背後の濃緑の機体を睨みつける。

 

「失せやがれ、下衆が・・・!」

 

直後、デュナメスの後ろに光が生じた。

 

 

 

 

 

 

「はははははは!おらぁ!」

 

ハレルヤの咆哮。

GNビームサーベルより繰り出される斬撃は、確かにソーマ・ピーリスを追い詰めつつあった。

 

『く・・・被験体Eー57ァ・・・!』

「どうした同類!」

 

交錯する刃は、一瞬だけ拮抗し、一方的にGN-Xを投げ飛ばす。

だが、ハレルヤはここで気づくべきだった。

後方から急接近してくる、もう一機のGN-Xの存在に。

警報の音に、ハレルヤはもう一つの存在が自分へ迫っている事を認識する。

 

『そこにいたかガンダム!!ハワードの仇ぃ!』

 

「邪魔すんじゃねえよ、雑魚がぁ!」

 

突進してくるGN-Xへ向けて、GNサブマシンガンを連射する。

それは確かに、GN-Xに命中した。

しかし、トドメにはいたらない。

各所にビームが直撃した事で爆発が起こり、紫煙に包まれるGN-X。

しかし、GN-Xは生きていた。

煙を突き破り、大破した状態でキュリオス目掛けて突進してきたのだ。

 

『俺はユニオンのぉ・・・フラッグ・ファイターだあぁぁぁ!!』

 

雄叫びをあげたGN-Xのパイロットは、あろう事かキュリオスへ特攻をかけてきた。

何者の邪魔もなければ、その特攻は無意味なものと化していただろう。

 

そう、何者も邪魔をしなければ。

 

「そんなもんに当たる訳―――――」

 

ハレルヤが操縦桿を引き、特攻を回避しようとした瞬間。

別方向からの射撃が、反応を遅らせた。

 

「なぁ・・・!?」

 

それは、ソーマ機からの撹乱射撃

それによって特攻は成功し、紫煙とプラズマを纏ったGN-Xはキュリオスへ激突し、右腕を道連れに爆散する。

 

「ぐぁぁぁ!!?」

 

更に襲いかかる衝撃。

GN-Xによる追撃で、右脚が失われる。

 

「くそったれ・・・!こんなところで死ねるかよ!」

 

攻撃を回避しながら悪態をつくハレルヤ。

 

「俺は生きる!他人の生き血を啜ってでもなぁ!」

「(僕も生きる!)」

 

ハレルヤの脳裏に、アレルヤの声が響いた。

 

「お前はすっこんでろ!肝心な時に何もできねぇ臆病もんに用はねぇ!」

「(僕はまだ、世界の答えを聞いていない。だからそれまでは・・・死ねない!)」

 

ハレルヤは内心驚いていた。

 

―――――甘ちゃんが、ここまで言うようになるとはね。

 

「ははは!!だったらよぉ、見せつけてやろうぜ?」

「(ああ。僕たちの本当の力を。)」

 

「本物の・・・“超兵”ってやつを!」

 

ヘルメットを脱ぎ捨てて、髪をたくし上げてオールバックにする。

 

『覚悟しろ!お前は、ここで私が倒す!』

 

「当たるかよぉ!!」

 

損傷したキュリオスに止めを刺すべく、ソーマの乗るGN-Xが接近戦を仕掛けてきた。

GN-Xによるビームサーベルの斬撃を、身を捻らせて回避するキュリオス。

 

『落ちろ"羽付き"!』

 

その直後に、キュリオスへ向けてセルゲイの乗るGN-Xから赤い閃光が放たれた。

 

「直撃コース・・・!」

「避けてみせろよ!」

 

『なに!?』

 

死角から放たれた筈の射撃。

それを、ハレルヤとアレルヤの超人的な反応速度によってキュリオスを巧みに操縦し、射撃を回避する。

 

「軸線を合わせて!」

「おうさ!」

「同時攻撃を!」

 

回避の際についた勢いを利用して、セルゲイの乗るGN-Xめがけて左脚による強烈な蹴りを叩き込んだ。

攻撃は最大の防御を実践してみせたのだ。

 

「さっきのようにはいかねえ!!」

「そうだろうハレルヤ!!」

 

『死に損ないが・・・貴様は私の命にかけて倒す!』

 

「やってみやがれ!!」

 

ソーマの乗るGN-Xが、ビームサーベルを抜いて肉薄してくる。

そして振り下ろされたビームサーベルによる斬撃は、しかし赤く輝き出したキュリオスによって回避された。

 

ー【TRANS-AM】ー

 

「トランザム・・・!これで、終わらせる!」

 

『くぅ・・・!?』

 

その勢いのままに、キュリオスはお返しとばかりにソーマ機のGN-Xの右腕を切り落とす。

 

『何故だ!?私は完璧な超兵の筈だ!』

 

「分かってねェなァ、女ァ・・・」

 

バランスを崩しながらも反撃に転じてくるソーマ。

ビームサーベルによる反撃をハレルヤもまた残った手で保持したビームサーベルで受け止める。

叫ぶソーマに、ハレルヤは言う。

 

「オメェは完璧な超兵なんかじゃねえ!脳量子波で得た超反射能力・・・だがテメエはその速度域に思考が追いついてねんだよ!動物みてぇに、本能で動いているだけだ!」

 

『そんなことォ!』

 

左手で腰部にマウントされたビームライフルを抜き、ジンクスが至近距離で銃撃する。

しかし、その攻撃はいとも簡単に回避されてしまった。

 

「・・・だから動きも読まれる」

 

嘲笑うかのように、ハレルヤは吐き捨てる。

 

「反射と思考の融合、それこそが超兵のあるべき姿だ!」

 

身を翻し一回転したキュリオスは、ジンクスの背中へ蹴りを叩きこんだ。

 

「さよならだ!女ァ!」

 

止めの一撃を、ジンクスへと叩き込もうとしたその時。

もう一機のジンクスが、二機の間に割り込んできた。

 

「邪魔を・・・!」

 

攻撃が阻まれたことに、苛立ちの声をあげるハレルヤ。

 

そしてそれはーー敵に最大の好機を与えてしまった。

 

動きが止まったキュリオス。

そこへ叩き込まれる赤色の閃光。

ハレルヤとアレルヤ。

二人の視界が、血色に染め上げられた。

 

 

 

 

 

 

戦いは、終盤へと突入していた。

 

『刹那・・・!俺たちの、存在を・・・!』

「ラッセ!」

 

分離したGNアームズが、最後の一撃を放つとともに爆発する。

 

「ラッセェ!!」

 

煙に包まれるアルヴァトーレ。

 

「これで・・・」

 

『やってくれたよ・・・』

 

直後、通信機越しに聞こえる先ほどの金色のMAのパイロットの声。

 

『未熟なパイロットでここまで私を追い詰めるとは!』

 

その中から、アルヴァトーレと同じ色のMSが現れた。

 

「貴様か、世界の歪みは・・・!!」

 

『ははははははは!貴様程度の腕で、このアレハンドロ・コーナーを倒せるとほざくか!?』

 

「エクシア、目標を―――――駆逐する!」

 

エクシアが、金色の機体―――――アルヴァアロンへ突進する。

 

『無駄だ無駄だ無駄だあああああ!!」

 

全てのビームが弾き返され、斬撃は全て切り払われてしまう。

それらは、全てが金色の機体を覆う金色の薄く堅牢な壁によるものだった。

 

「GNフィールドか・・・!」

 

『ふははははははははははははは!お前は今ここで、朽ち果てるのだ!』

 

拮抗しあう刃が、アルヴァロンによって弾き返された。

 

『私色に染め上げ、私が導く世界に君たちの居場所はない!!』

 

背部のウィングが前面に展開され、ライフルがエクシアへ向けられる。

 

『ここで、塵芥と成り果てろ!エクシアああああああ!!』

 

そしてーーー巨大なビームがエクシアへと放たれた。

 

 

 

 

 

 

ビームが消える。

 

これで、私の計画は最終段階を終えた。

 

あとは、残る俗物どもを消しされば―――――

 

―――――だから、甘いんだよ。

 

「な……!?」

 

 

背筋に悪寒が走る。

その時、別方向から桃色の閃光が向かってきた。

 

「あれは・・・!?」

 

視界に捉えたのは、赤い光。

それは、イオリア・シュヘンベルグからマイスター達へと託された最後の希望。

同時に自分にとって最も忌むべき光。

 

「まだ生きていたというのか!?」

 

再び向かってきたのは、トランザムを発動させ赤色に光り輝く青と白の機体―――――ガンダムエクシアだった。

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ、世界の歪みを。それは、貴様がその元凶だ!」

 

『再生期は既に始まっている!まだ破壊を続けると言うのか!?』

 

「無論だ!!」

 

アルヴァアロンが放つ攻撃を回避しながら、エクシアは急速に距離を詰めていく。

 

「俺は、戦う事しかできない存在。なら、俺はその力で未来を切り開く!」

 

『ぬうううう!』

 

「紛争根絶。それを理想に掲げるソレスタルビーイング!」

 

ついに目前へと迫り、アルヴァアロンへセブンソードの内の2本の刃を突きつける。

それは、GNフィールドによって阻まれる―――――筈だった。

 

『GNフィールドが!?』

「俺とガンダムが、それを成す!」

 

オレンジ色の輝きが消える。

右肩へと、実体剣であるGNブレイドの刃が深々と食い込んだ。

突き刺したGNブレイドを離し、腰部のGNビームサーベルを引き抜いて紫色の球体の両側へ突き刺す。

そして、さらにもう二本のGNダガーを両肩に突き立てた。

 

「そうだ、俺が―――――」

 

最後に、展開されたGNソードの刃がアルヴァアロンの眼前で振り上げられる。

 

「俺たちが、ガンダムだ!!」

 

そして、振り下ろされたGNソードの切っ先が、アルヴァアロンを縦一文字に切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

「ぐ・・・」

 

激痛が、身体全体を襲う。

目の前は灰色の煙に包まれ、モニターのところどころにはヒビが入っていた。

 

「認めん・・・ぞ・・・!ここで・・・コーナー家200年の悲願が、朽ち果てる、など・・・!」

 

まだ動く左腕を、エクシアへと伸ばした。

 

「お前も・・・道連れだ!!」

 

最後の力を振り絞り、アルヴァロンはエクシアへとくみつこうとした。

 

だが―――――伸ばした金色の腕は、桃色の閃光に貫かれる。

 

「な・・・!」

 

視界から、青と白の機体が離れていく。

 

「朽ち果てるのは・・・私、だと・・・!」

 

『アレハンドロ・コーナー』

 

不意に、あの青年の声が聞こえた。

自分が、「天使だ」と言った青年だ。

モニターに、その青年の顔が映り込む。

リボンズ・アルマーク。

 

『貴方はいい道化でしたよ。』

 

リボンズの口が、静かに笑みを形作った。

それは、言わば天使のような微笑み。

 

「なん、だと・・・?」

『すでに貴方の思い描いていた計画は、僕の計画になっていたのさ。』

 

青年の口から語られる現実。

結局、アレハンドロ・コーナーは利用されただけなのだ。

この、天使のような青年によって。

全てのイノベイドの頂点に立つ、このリボンズ・アルマークによって。

 

『さようなら、アレハンドロ・コーナー。』

「リボンズううううううう!!」

 

怨嗟の念を込めて、アレハンドロはその名を叫んだ。

拳をモニターに映るリボンズの顔へと叩きつける。

次の瞬間、アルヴァアロンは閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ・・・!はぁ・・・!」

 

刹那は、荒い息をつき、呼吸を落ち着かせようとする。

これで、全てが終わった。

仲間たちはどうなったのだ?

そんな事を考える。

 

―――――その時だった。

 

「Eセンサーに反応!?」

 

新たな敵が、戦場に現れる。

それは、漆黒の機体。

幾度となく、自分の前に立ちはだかった男の機体と酷似している。

その背中から放出される赤いGN粒子。

 

「フラッグのカスタムタイプ・・・?まさか、あの男か・・・!」

 

そしてその予想は、的中した。

 

『逢いたかった・・・逢いたかったぞ・・・』

 

有視界通信から聞こえるのは、あの男の声。

 

『ガンダムゥ!!』

 

グラハム・エーカーの声だった。

 

「く・・・!」

 

『待ち焦がれていた!君と出会えるのを!ハワードとダリルの仇、取らせてもらうぞ!この―――――』

 

ビームサーベルが赤い刃を展開し、エクシアへ向けて襲いかかる。

 

『GNフラッグで!』

 

「く・・・貴様ぁ!」

 

『なんと・・・君はあの時の少年か!やはり私と君は、運命の赤い糸で結ばれていたようだ・・・』

 

驚きに満ちた、それでいて歓喜しているような声が聞こえた。

 

『そうだ―――――戦う運命にあった!』

 

左腕が、GNフラッグの斬撃で切り落とされる。

 

「ぐぅ・・・!」

 

『ようやく理解した。君の圧倒的な性能に、私は心奪われた・・・』

 

刃が交錯し、プラズマの奔流が巻き起こる。

 

『この気持ち・・・まさしく愛だ!!』

 

「愛!?」

 

『だが愛を超越すれば、それは憎しみとなる!いきすぎた信仰が、内紛を誘発するように』

 

「・・・!それが分かっていながら、なぜ戦う!?」

 

『軍人に戦いの意味を説くは、ナンセンスだな!』

 

直後、GNフラッグのビームサーベルがエクシアの頭部を貫き、そのまま虚空へと薙ぎ払う。

 

「貴様は歪んでいる!」

 

返す刀で、刹那はエクシアを横へ一回転させてその勢いを利用し、残る右腕のGNソードで左脚を切り落とす。

 

『そうしたのは君だ!』

 

さらに返す刀で、GNフラッグがエクシアへ右脚で蹴りを入れた。

 

『ガンダムという存在だ!』

 

「くぅ・・・!」

 

『だから私は君を倒す。世界などどうでもいい・・・己の意志で!!』

 

「貴様だって、世界の一部だろうに!」

 

『ならばこれは、世界の声だ!』

 

「違う!貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ!」

 

確固たる意思をもって叫ぶ。

 

「貴様のその歪み―――――この俺が断ち切る!」

 

「よく言った―――――ガンダムゥ!」

 

二機の刃が、両者を貫いた。

刹那の視界を光が包み込む瞬間―――――白い羽が視界を舞った。

 

 

 

 

 

 

そして狙撃手は死に、新たな世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

 

「終わった、か・・・」

 

宇宙空間を漂うデュナメスの中で、彼は静かに目を開ける。

 

―――――全ての過去への決着はつけた。

 

「あいつらは・・・無事かな・・・?」

 

そんな事を考える。

 

「ぐ、うぅ・・・!」

 

鋭い痛みが走る。

脇腹に、金属片が突き刺さっていた。

それは、先ほどのツヴァイとの戦闘で最後の最後にサーシェスが残していった置き土産。

すれ違い様に、デュナメスにも深刻なダメージを与え、爆散したのだ。

 

「罰を、受ける時がきたらしいな・・・」

 

ロックオンは、残った力を振り絞り、コックピットから這い出ようとした。

それに気づいたハロが、ロックオンを呼ぶ。

 

『ロックオン!ロックオン!』

 

「なぁに、心配すんな相棒。」

 

ロックオンは、そうハロへと答える。

 

―――――悪いな相棒。でも、あいつらにこんな格好は見せられねえや・・・。

 

「落ち着いたら、デュナメスをトレミーに戻せ。太陽炉を、頼む・・・」

 

ハロへと手をかざし、撫でてやる。

そうして俺は、身体をデュナメスから離れさせる。

 

『ロックオン!ロックオン!』

 

ハロの、必死に引き止めるような声が聞こえる。

 

「あば・・・相棒・・・」

 

別れを告げて、ロックオンは愛機から離れていった。

彼の脳裏に、様々な記憶が蘇る。

 

 

 

十年前。

全てが終わったあの日の光景。

 

残骸があたりに散らばる。

 

後ろでは、黒い布に包まれた遺体が並べられていた。

 

その中には、変わり果てた家族もいた。

 

 

 

場面は変わる。

 

『よぉ、お前さんが新しいガンダムマイスターかい?』

 

ロックオンは、目の前に立つ少年へ向けて聞いた。

 

『あんたは?』

 

少年ーーー刹那・F・セイエイは、逆に問い返してきた。

 

『俺の名はロックオン・ストラトス。成層圏の向こう側まで狙い撃つ男だ。』

 

ロックオンは、刹那へ向けてそう答えた。

 

『俺は、それ相応の覚悟でここにいる。ガンダムで世界を変えるためにな。』

 

『ああ・・・』

 

ロックオンはそう言いながら、右手で銃を形作った。

 

『お前もそうなんだろう?』

 

 

 

「父さん・・・母さん・・・エイミー・・・」

 

脳裏に、懐かしい光景が浮かんだ。

それは、家族と共にやった最後のクリスマスパーティー。

 

―――――脳裏に浮かぶ自分は、笑顔だった。

 

―――――妹も笑顔だった。

 

―――――母も、父も笑顔だった。

 

「分かってるさ、こんな事をしても・・・何も、変えられないかもしれないって・・・元には戻らないって、な・・・」

 

誰にも聞かれる事のない独白。

 

「それでも、これからは・・・明日は。ライルの、生きる未来を・・・」

 

それは、果たして誰に向けた言葉なのか?

 

―――――脳裏に、自身の存在意義に疑問を持ち迷っていた少年の横顔がよぎる。

 

―――――脳裏に、自身の葛藤と戦い続ける青年の姿がよぎる。

 

―――――脳裏に、仲間たちの姿がよぎる。

 

―――――最後に、あの利かん坊の姿が姿がよぎった。

 

「刹那、答えをだせよ。お前は、変わるんだ・・・変われなかった、俺の代わりに・・・―――――」

 

虚空へと沈んでいくロックオン。

瞳に、[[rb:青い惑星 > ほし]]が映り込んだ。

それは、自分が仲間とともに変えようとした世界そのもの。

彼は、その手を星へとかざす。

 

「よぉ、お前等・・・満足か?こんな、世界で・・・」

 

こんな、争いだらけの世界で。

 

サーシェスのような人間を生み出してしまうような世界で。

 

サーシェスのような人間のせいで、刹那のような存在を生み出してしまうような世界で。

 

こんな、アレルヤやティエリアみたいな存在を生み出してしまうような世界で。

 

スメラギのような、悲しい過去を引きずり続けて、その辛さを酒で薄めながら。

 

それでも戦うような者を作り出してしまう様な世界で。

 

―――――こんな、俺たちみたいな奴らを生み出しちまうような世界で。

 

「俺は、―――――」

 

―――――やだね。

 

そして、狙撃手はその生涯を終える。

 

思いを、残った仲間へと託して旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

暗闇に包まれていく、意識。

 

―――――俺が落ちるのは、地獄かな。

 

その時だった。

 

『助けて・・・!』

 

声が聞こえたのは。

 

これは―――――女の声?

 

『助けて・・・!』

 

―――――君は、一体・・・!?

 

最後にロックオンが目にしたものは、ピンク色の髪に黄色のリボンをつけた悲しげな表情を浮かべ、何かを訴えかけようとしている少女の姿だった。




これで、とりあえずの序章は終了。
次は、オルタネイティブに至る前日譚をやっていきます。


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Alternative before story
story01-1「地獄に降り立つ狙撃手 前編」


オルタネイティブ前日譚編1話前編は、ご覧の作者の提供でお送りします。

OPは適当にEXCITEでも流しましょう。

ノーコンティニューでクリアとはいかない。
なぜかって?加筆修正するからさ。

追記)2019年9月26日0256 加筆修正。一部展開に修正と変更。


ここから始まるのは、新しい世界の最初の一歩。

孤独な狙撃手は、地獄へと降り立つ。

 

 

 

 

―――――ここは?

 

意識が覚醒する。

最初に認識したのは、自分が愛機のコクピット内にいるという事。

次に認識したのは、自分がまだ”生きている”という事実だった。

 

「(俺は、生きているのか・・・?)」

 

自分はあの時、スローネツヴァイに乗るアリー・アル・サーシェスとの激闘の末に死んだ筈だ。

だが自分―――――ロックオン・ストラトスという男が存在するのは、おとぎ話で聞くような「死の世界」ではなく、慣れ親しんだ「生者の世界」。

 

「くっ・・・!」

 

身体を動かそうとすると、まるで軋んだような鈍い痛みが走る。

彼は身を起こすと、視線を正面のモニター部に合わせた。

視界に広がるのは、見慣れたコンソールやモニター。

 

「・・・」

 

やはりここは、デュナメスのコクピット内だ。

なら、「あれ」もあるはずだ。

そう考えながらコクピット内を見渡すと、やはりそこにいた。

 

黄色い球体型の高性能端末―――――ハロ。

幾多の戦場を共に戦った、相棒だ。

 

「何が、起こってやがるんだ・・・?」

 

彼はそう疑問を口にしながら、相棒の名を呼ぶ。

数舜して、黄色い球体型の高性能端末は動き出した。

 

『ハロ、オキタ!ハロ、オキタ!』

 

目のような部分を点滅させて、ハロは俺に答えてくる。

 

「お前がここにいるって事は、ここはやっぱりデュナメスのコクピット内か・・・」

 

慣れた手つきでコンソールパネルを叩く。

そうして機体を起動させ、メインカメラを作動させた。

暗転していたモニターが光を放ち、ツインカメラアイに映り込んだのは―――――海中。

座標は、丁度経済特区日本近辺の海域である日本海の位置を差している。

 

「ここは、日本海・・・?なんだって経済特区の近くなんかに・・・・・・」

 

コンソールパネルをいじりながら、他のシステムを立ち上げて機体を巡行モードへ移行する。独特の音を立てながら、GNドライブが作動した。

機体が徐々に上昇していき、機体の上半身が浮上した。

 

「何がどうなってやがるんだ・・・」

 

彼はそう言いながら、愛機をその場からひとまず移動させる。

その海域は、不気味なほど静かだった。

まるで―――――まるで、生き物が何もいないかのように。

 

 

 

 

 

 

そこは、文字通り地獄絵図だった。

市街地は蹂躙され破壊され、それを守ろうとした鋼鉄の巨人(戦術機)もまた残骸の仲間入りをする。

所々では黒煙が立ち上り、戦術機であったものの残骸と、廃墟と化した街が残される。

避難できずに逃げ遅れた人々は、異形の怪物の波に呑まれ、多くが命を落とした。

 

逃げ切れたのならそれでいい。

だが、なまじ無事だったために機体からベイルアウトした衛士は、それだけで哀れだ。

うまくいけば強化外骨格を装備しての逃走劇となるが、それが無理だった場合は機体に格納してあった自動小銃を担いで逃げ回るか、それがなければ小さな自動拳銃をもっていくしかない。

それすらも無くなれば、後は丸腰で逃げるしかないが、そんな簡単に逃げ切れれば苦労はしない。負傷して戦場に取り残された兵士や、逃げるしかできない民間人ならもっと哀れな末路が待っている。

彼らは、逃げることしか―――――或いは、逃げる事すら叶わぬのだから。

 

そんな絶望的な状況の中でも、逃げ惑うそれらを守るようにして、数体の巨人が異形の怪物の前に立ちはだかった。

それは、「戦術歩行戦闘機」と呼ばれる、この世界の人類を守るための「剣」。

肩に日の丸を描くそれは、日本帝国軍所属の77式戦術歩行戦闘機「撃震」と呼ばれる機体。

それらが、一斉にその手にもつ大型の銃―――――突撃砲を異形の怪物の大群に叩き込む。

放たれた弾丸は大群めがけて殺到し命中することで、敵の骸を積み上げていく。

しかし、奴らの―――――BETAの進軍は止まることはない。前進、前進、前進あるのみ。

ただ愚直にまっすぐ、圧倒的な物量をもって仲間の屍を容赦なく踏み潰しながら前進する。

 

―――――1998年7月初頭。

 

重慶ハイヴより進軍してきたBETAの集団が、北九州沿岸部に上陸。

この瞬間から、日本本土における熾烈な戦いが始まった。

第一波はうまく迎撃に成功した帝国軍だったが、第二波以降は多方面から同時に上陸された上に当初想定されていた以上の物量と展開を見せたBETA群に、帝国軍は浮き足立ち戦線は瞬く間に瓦解。九州・中国・四国地方は蹂躙され、BETAはその勢力図を一気に広げていく。

 

後に判明したことだが、死傷者・行方不明者の数は、3600万人に昇った。

 

そしてBETAは、上陸から僅か一週間で帝都・京都目前にまで侵攻。

以来一ヶ月に及ぶ熾烈な戦いが始まった。

 

そして1998年8月時点。

 

未だ京都は、戦火の渦中にあった。

 

 

 

 

 

 

~京都、防衛ラインの一角~

 

帝都・京都。

最強の布陣で待ち構え、幾重にも敷かれた防衛ライン。

だがそれは、全てを蹂躙し破壊していく災厄(BETA)の前には何の役にも立たなかった。

 

帝国最強を自負し、京都の守護を司る帝国斯衛軍。

 

帝国全体の守護をする本土防衛軍。

 

そして、帝国最強の艦隊である連合艦隊。

 

かつて列強の一つに数えられ、かの合衆国ですら恐れた屈強な軍隊。

 

これだけの戦力を揃え迎え撃ったのにも関わらず、一ヶ月に及び続けられた京都防衛戦における戦況は一向に好転せずにいた。

終わりの見えない消耗戦は、未だ続いている。

 

 

 

 

 

 

『う、うわあああああ!!』

 

誰かが、悲鳴をあげた。

このエリアを守る日本陸軍の戦術機甲部隊。

そのエリアの防衛に当てられた戦術機の衛士の殆どは、慢性的な成人不足による影響で大半はまだ若い少年少女たちだった。

 

このエリアの死守を命じられた戦術機部隊の一つ、グリーン中隊もまた同じであった。

彼らの部隊は元々16機の撃震で構成されていたが、今はその数を7機にまですり減らしていた。

 

『ひ・・・!も、もう突撃砲の残弾が残り僅かです!』

 

中隊の生き残りの一人である女性衛士が、涙混じりの悲鳴をあげる。

彼女はこの戦闘が初陣であった。既に「死の8分」を越えていたが、精神的にも限界を迎えていた。

 

『もう無理です!こんな状況で、倒しても倒しても湧いてくるって・・・!』

 

彼女の言う事は、今の状況を端的に表現するには適切過ぎる。

グリーン中隊残存機7に対して、目の前の化け物は推定で優に100を超える数が迫ってきている。

あくまで、視界に見える範囲の中だけの話だ。

他の部隊も同じように包囲され、全滅した部隊だっている。

故に、誰が見てもこの防衛線を死守しての相手の勢いを殺すための遅滞戦闘続行は、これ以上は無理だった。

 

『まだだ!諦めるな!』

 

『その通りだ。たとえ無理でも、やれる事をやるんだ!わかったなヒヨッコ!』

 

同じ中隊に所属する古参の衛士が、若い衛士達を叱咤激励する。

 

絶望的な状況下。

 

だが、そんな状況で自分たちが逃げ出すわけにはいかない。

自分たちの後ろには将軍が、皇帝が、なにより帝国の無辜の民が、まだ残っている。

しかしそこへ、耳を疑うような通信が入ってきた。

 

『こちら、前線司令部。このエリアにおける防衛ラインは、現時点をもって放棄する。残存部隊は指定エリアへ後退せよ。』

 

突然の防衛ラインの放棄命令。

ここを守る衛士全員に、その命令が下される。

誰しもが一瞬言葉を失った。

遅きに過ぎたのだ、後退命令が。

 

『―――――ふざけるな!こんな状況で敵に背を向けて後退しろだと!?』

 

『グリーン01より前線司令部。支援砲撃は期待できるのか?このままじゃ全滅必至だぞ。』

 

『それはできない。そちらは現戦力で対処されたし。武運を祈る。』

 

そこで、通信が切れる。

グリーン01は、拳をコンソールに叩きつけて唇を噛み締めた。

目の前はBETAの大群が押し寄せ、弾薬は心許ない。

 

『くそったれが・・・!』

 

これだけ減らしてもモニター越しに見えるのは、こちらへ接近してくる要撃級、突撃級、戦車級の大群。

それらはまだ前座で、70と数は少ないが、厄介な事に戦車級が30だ。

その背後には、少なくとも光線級40に重光線級5が控えている。

現状で交戦級吶喊(レーザーヤークト)などできるはずがない。

 

『全員聞いたな?現時点をもって現防衛ラインを放棄。他の部隊も聞いたな?すぐに指定地点へ後退するぞ。』

 

グリーン中隊の隊長機が、残存部隊全機に軍用回線で指示を出す。

 

『全機、我に続け。敵群左翼を突破する!』

 

その時だった。

 

突然、電子機器にノイズが走り始めたのは。

 

 

 

 

 

 

―――――グリーン中隊のいる戦闘エリアでの後退命令が出る少し前。

 

少し離れた廃墟に、「それ」はいた。

 

「こいつはひでぇな・・・」

 

ツインアイを輝かせて、暗闇に身を潜めているのは濃緑の機体―――――ガンダムデュナメス。

機体が捉えた視界がモニターに映り、そこには一面に廃墟が広がっていた。

 

崩れた建物。

 

なにかもわからないような赤いもの。

 

ところどころに散らばる何かの残骸。

 

壁には血痕がこびりついているのも確認できる。

 

そして、センサーで捉えて確認できた熱源反応は、黒煙をあげているMSに似た人型の兵器だ。

 

そのどれもが、まだ真新しいものばかりであった。

古い物でも、数日しか経っていないのがわかる。

 

『熱源反応検知!熱源反応検知!』

 

「だろうな。ハロ、場所は?」

 

俺がそう聞くと、場所はすぐ近くの場所だという事がわかった。

機体を高台へと移動させ、匍匐姿勢を取るとGNスナイパーライフルを構え、カメラを最大望遠で向け、状況を確認する。

見えたのは、何かに追い詰められつつある何機もの見たことないMSが見えた。

先ほど見た残骸に似たものがいくつかあったが、どれも自分の記憶にはないタイプだ。

似ているものがあるとすれば、人類革新連盟の運用する陸先仕様の主力MS「ティエレン」か、或いはその系譜にある「アンフ」といったところだろうか。

 

「何かと戦っているのか・・・?」

 

ペダルを踏みもうとして、俺は一瞬だけ逡巡した。

わけもわからない状況で、自分は今、戦闘行為を傍観している。

 

だが、ここで果たして自分は、武力介入を独断で行ってもいいのだろうか?

 

「聞こえるかミス・スメラギ」

 

コンソールパネルを叩いて、プトレマイオスにいるはずのスメラギ・梨・ノリエガに通信を入れる。

しかし、モニターに表示されるのは「OFFLINE」の文字。

 

「(どういうことだ?)」

 

再びパネルを操作し、ハロへと指示を出して通信を試みる。

 

「リンクが死んでいる・・・?くそ!おい刹那!アレルヤ!ティエリア!誰でもいい!返事をしてくれ!」

 

更に、スメラギ以外の他のメンバーへのコンタクトを図るが、結果は同じだった。

モニターに表示されるのは同じ「OFFLINE」の文字。

 

「どうなってやがる・・・!」

 

全くの孤立無援だった。

状況がまるでわからない。それにここが地球だとしたら、あまりにも変わり果てすぎている。

兵器のレベルが明らかに自分たちがいた世界のものではなく、過去の―――――例えば、21世紀に運用されていたものと大して変わらないし、追い詰められている部隊が戦っているのはSF映画にでてくるような「怪物」だった。

確認できた人型機動兵器は、どれもお世辞が言えるほど、そして見た目からしても「高性能」と呼べるほどの代物ではないように見える。

まるで、中世ヨーロッパの重装歩兵のように、どれもが鈍重なイメージのものばかりだ。

推測するに、自分は過去に遡ったのか?

 

もしくは、自分のいた世界とは別の異空間にきてしまったのか?

 

「どうすればいい、俺は・・・!」

 

『ロックオン!ロックオン!』

 

自分は、死んだ筈の人間だ。

それが生きているという事だけでも立派におかしい事だ。

 

「だったら、なにが起きてもおかしくねぇか・・・。なら、この行動は、俺個人の意思でやらせてもらうぜ?」

 

誰に言うでもなく、彼は独り言を言うだけだ。

 

『ドウスル?ドウスル?』

 

「決まってるだろう?いくぜ、ハロ。」

 

ロックオンはそう言うと、機体を匍匐状態から立ち上がらせ、ゆっくりと機体を浮き上がらせる。

ゆっくりと高度を上げながら、GNスナイパーライフルの射撃姿勢に入った。

 

「”化け物”共を「紛争幇助対象」と断定。武力介入を開始する。」

 

ライフル型コントローラーを構え、異形の怪物を捉える。

 

「―――――ロックオン・ストラトス、目標を狙い撃つ!」

 

そして、トリガーを引いた。

 

一発。

 

二発。

 

三発。

 

四発。

 

放たれた四つの光弾が、戦術機部隊を追っていた戦闘の突撃級強力な甲殻を突き破り、一瞬で4体の息の根を止めた。

 

 

 

 

 

 

―――――その光景を見た私は、何を思ったのだろうか?

 

圧倒的な力。

それをもって、人類の宿敵を倒していく様は、まさに「神」そのもの。

濃緑の狙撃手が見せた後ろ姿は、どこか儚く悲しげなものだった。

 

 

 

 

 

『グリーン06!避けろおぉ!!』

 

通信機越しに、グリーン06のコールサインを与えられた新米衛士の耳に届く、グリーン01からの警告。

眼前に、突撃級の鋭い衝角が迫っていた。

 

『ひっ・・・!』

 

咄嗟に目を瞑る。

だが、衝撃は訪れない。

 

『え・・・?』

 

ゆっくりと目を開けると、機体は未だ退避行動中であり、自分を轢き殺そうとしていた突撃級が来ない。

後ろを向くと、自分へと迫っていた突撃級が何かに射抜かれ、絶命する瞬間が網膜投影越しに見えた。

 

 

―――――あれは何だ?

 

『なんだ・・・?』

 

『航空支援・・・!?』

 

『援軍か・・・?』

 

仲間たちが、口々に突然の「何か」の来訪に対する疑問を口にする。

 

『あれ、は―――――』

 

彼女が上を向く。

そこにいたのは、新型機である不知火に似たフォルムの空に浮かぶ謎の機体だった。

 

直後、ノイズ混じりになっていた仲間の声がやがて聞こえなくなり、通信が途絶した。

 

 

 

 

 

 

デュナメスが空を翔ける。

デュナメスは、大きな前腕をもつ化け物へとGNスナイパーライフルの照準を合わせた。

そして、再びトリガーを引く。

放たれた粒子ビームは、正確にその怪物を射抜いた。

小刻みに震えながら態勢を崩し、その怪物は沈黙する。

 

「ハロ、GN粒子の散布中止!全ての出力を、火器管制にまわせ!」

 

『了解!了解!』

 

 

GN粒子の特性の一つに、ジャミング機能がある。

かつての砂漠地帯での戦闘では、この機能を逆手にとられてひどい目を見たが、ロックオンが見るからに自分が知るMSよりも旧式であろう機動兵器がそれに対応できるような通信設備を持っているとも思えず、あえて粒子の放出量を絞ることでジャミング機能をオフにする。

完全にとはいかないが、これで一度途絶した通信は復活するはずだ。

 

「これは俺の責任だな・・・尻ぬぐいはさせてもらうぜ!」

 

左手にGNスナイパーライフルを持ち替えると、デュナメスの右手にビームサーベルを持たせる。

スラスターを噴射させ、そのままの勢いで機体を地面へと着地させる。

混乱に陥ったであろう部隊のフォローを目的に、突進してきたBETA群と部隊の間に割り込んだ。

直後に二体の要撃級がデュナメス目掛けて突進してくる。

前腕を振り上げ、新たな「脅威」を全力をもって粉砕しようとした瞬間―――――

 

「見た目通りだな。芸がねえぜ?」

 

桃色の光刃によって、二体の剛腕が切り裂かれた。

 

「これじゃあ、害獣を駆るハンターって気分だな・・・!」

 

彼はそう吐き捨てると、正面にいる腕を切り裂いた二体の要撃級を左手のGNスナイパーライフルで射抜く。

風穴をあけられ、崩れ落ちて沈黙する要撃級。

 

『そこの機体!』

 

不意に、オープン回線で話しかけられた。

聞こえてきたのは男の声だ。

 

『こちらは帝国陸軍所属のグリーン戦術機中隊、グリーン01だ。突然の救援には感謝する!だが、その前に貴官の所属と管制名を教えていただきたい』

 

ロックオンは、その声の主があのMSもどき(戦術機)のパイロットだということにようやく気づいた。

 

『こちらとしては撤退支援は願ったり叶ったりではあるが、我々は貴官の乗る機体を見たことがない。国連か?それともこれは米国からの置き土産か?』

 

「(米国・・・?ユニオンのことか・・・?)」

 

ロックオンがどう返答するか考えていると「答えられない理由があるのか?」と助け船を相手が出してくれた。

 

「悪いが、諸事情でね。Need to knowってやつだよ。意味は分かるよな?」

 

ロックオンは、そう返す。

 

「そんなことより、今はそんな状況じゃないだろう?」

 

彼がそう言うと、MSもどき(戦術機)のパイロットは一拍おいてから返事を返してくる。

 

『・・・・・・了解した。深くは聞かないことにしよう。こんな状況だから、な?礼は言わせてくれ。部下を助けてくれてありがとう。』

 

「やけに聞き分けがいいなあんた。」

 

『こんな戦場だ、何が起こってもおかしくないって事さ。それに、君は詳しく詮索されたくないのだろう?』

 

「ああ。」

 

俺はそう答えながら、デュナメスを後方へと下げた。

突出していたデュナメスが、MSもどき―――――撃震の横に着地する。

GNスナイパーライフルを肩へと懸架すると、ふくらはぎに装着されたコンテナからGNビームピストルを取り出した。

放たれる光弾が、迫る戦車級の脚を吹き飛ばして転倒させることで、進行速度を鈍らせる。

 

『光線兵器・・・!?そんなものが実用化されてるなんて聞いていない。』

 

「悪いな、そいつは企業秘密だ。」

 

デュナメスの武装であるGN粒子を用いたいわゆる「粒子光線兵器」。

このMSもどきを見れば分かるように、デュナメスが装備しているようなビーム兵器なんかは実用化されてるわけがなかった。

 

『・・・了解した。さっきも言ったが、これ以上の詮索は無しにしよう。』

 

「感謝するぜ」

 

俺は、そう言うと同時に愛機を空へ飛び上がらせた。

瞬間、通信機からノイズ混じりの男の怒声が聞こえてくる。

 

『馬鹿野郎!こんな状況で空に上がったら―――――』

 

「あん・・・?」

 

『ロックオン!ロックオン!』

 

突然、レーザー兵器による照射攻撃への警告音が鳴り響き、ハロが危険を知らせてきた。

 

「何!?」

 

突如として、デュナメスに無数の光線が襲いかかる。

 

「あれは・・・。ビーム・・・いや、レーザー兵器!?」

 

自分へ向けて放たれたのは、明らかにそれの類のものだった。

 

―――――ビームではない・・・まさか、レーザー兵器だと!?

 

『信じられねえ・・・!』

 

撃震の衛士の一人が、今の無数のレーザー照射による対空射撃よりも、それをすんでの所で回避したロックオンとデュナメスを見て驚いている。

 

『サラニ、エネルギー反応アリ!サラニ、エネルギー反応アリ!』

 

「あのデカ目野郎か……!」

 

カメラアイ越しに見える、地上を縦横無尽に進行する赤アリもどきの大群。

その大群の後ろに、醜悪な外見の大きな目を持った怪物が何体もいた。

 

『降りろ!奴らは、空にいるモノ全てを消し去る!』

 

グリーン01が、焦った声でロックオンへ警告する。

 

「おいあんた。」

 

彼は、MSもどきのグリーン01に通信を繋げて聞く。

 

『なんだ・・・?』

 

「あのデカ目のレーザーは、連射が利くか?」

 

『レーザー?光線級のレーザーのことか・・・?』

 

あれだけの熱量だ。

それを用いるのが機械ではなく生物兵器であれば尚更の問題。

 

「早く答えろ!」

 

俺が催促すると、男はすぐに返事を返してきた。

 

『あ、ああ…!お前に見えるかどうかは分からないが、光線級は小型種と大型種がいて、でかい方が重光線級だ。それぞれのレーザー照射の照射間隔(インターバル)は、光線級が12秒、重光線級が36秒。これで全てだ!』

 

やはり欠点はあった。

一度目のレーザー照射のあとの充填時間(タイムロス)

 

「OK。それなら、俺が光線(レーザー)級を掃討して退路を開いてやる。あんたらその間に逃げろ」

 

撤退命令がでているのは彼はハロを通じて知っている。

彼自身の提案と言うか、半ば命令のような口調に、男は異を唱えてきた。

 

『だが、たった一機では危険だ!』

 

そう。

彼らから見ればそれは、「自殺行為」と同じなのだ。

だがそれは、男や男の仲間が乗るMSにおいてのこと。

だが彼が乗っているのは、「ガンダム」だ。

 

「こいつなら、あんたらの撤退の時間稼ぎくらい楽勝だ。さあ行け!」

 

『く・・・!すまん・・・・・!』

 

MSもどきが方向転換するのを見届けると、俺は戦場へと視線を戻した。

 

『高熱源体接近!』

 

「またか!」

 

無数のレーザーが、再びデュナメスを襲う。

ロックオンは巧みに操縦桿を動かし、その攻撃を紙一重で回避していた。

 

「当たるかよ・・・!ハロ、マーキングだ!照射のインターバルでデカ目野郎を掃討する!」

 

『了解!了解!』

 

「その程度でおれとデュナメスを止められると思うなよ・・・!トランザム!!」

 

ー【TRANS-AM】ー

 

赤色に発光したデュナメスが、

戦車級と要撃級、突撃級の大群を蹴散らして、光線級の大群に突進する。

 

「俺は早撃ちも得意なんだな、これが!」

 

GNビームピストルを抜き、マルチロックした光線級数体を瞬時に射抜いた。

光弾に弾痕を穿かれた光線級が、次々に倒れていく。

 

「うおおおお!」

 

さらに数体を射抜き、地面へ右足を擦りながら急制動をかけ、着地。

一瞬でGNビームピストルをマウントすると、GNスナイパーライフルを肩から抜いて構えた。

 

「・・・!!」

 

残像を残し、ライフルの銃身が横薙ぎに振られた。

GNスナイパーライフルから放たれた矢が、五体の重光線級を瞬殺する。

崩れ去る五体の重光線級。

インターバルを終えた光線級数体が、デュナメスへ向けて猛烈なレーザー照射を放ってきた。

しかしそれは、デュナメスの全面に展開された粒子の壁に阻まれる。

 

GNフィールド。

 

物理的な攻撃でなければ、ほとんどの攻撃を阻む堅牢な盾。

 

「その程度かよ・・・・・!」

 

高速で迫るデュナメスに、光線級達は本能的な「恐怖」を抱いた。

普段なら、なにも考えない筈の彼らが「恐怖」を抱いた理由は誰にもわからない。

「恐怖」にかられた光線級が、インターバルを終えて再びレーザーを一斉照射する。

 

しかしそれは―――――当たることはなかった。

GN粒子の残照を残して、射線上にデュナメスはいない。

 

「甘いんだよ。」

 

『■■■■■■■■■!!?』

 

光線級の眼前に、デュナメスがいた。

咄嗟に飛びのこうとするが遅い。

 

「所詮は―――――見た目通りの怪物か。」

 

ロックオンが吐き捨てる様に言う。

次の瞬間、光線級は光の矢に貫かれた―――――。

 

 

 

 

 




地獄に降り立つは濃緑の狙撃手。
瞳に映る景色の中にある瓦礫は、否が応にも絶望という現実を突き付けてくる。
戦火の渦中に出会うのは未来の戦士たち。
救ったその命がその先に何の意味を持つのかは、彼にはわからない。

次回、「地獄に降り立つ狙撃手 中編」。

絶望に抗え、瑞鶴!


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story01-2「地獄に降り立つ狙撃手 中編」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。
正直、この展開を持ってくるかどうかは迷いました。

今回のイメージOPはピロピロいきましょう、ピロピロ。
僕、案外この曲好きなんですよ。
なんであんなに酷評されるんでしょうね?

目指していきましょう、TOPを。



命など安いものだ。

 

戦争であれば尚更に、それこそ人に無意識に踏まれて命を落とす蟻のように。

 

そんな世界でも、人は懸命に生きようとした。

 

地獄がそのまま現実になったような世界で、人々は今日も戦い続ける。

 

多くの屍を、積み上げながら。

 

明日のために、と。

 

 

 

 

 

 

『これより現ラインより移動する。この先は平地だが、低い高度を維持しながらであれば、問題はない。』

 

ここは、京都の市街地より少し離れた場所に位置する場所だ。

そこに、嵐山補給基地より出撃した帝国斯衛軍所属の嵐山第二中隊はいた。

その部隊の殆どが、まだ若い10代の少女達であり、隊長である赤い衛士強化装備を纏った衛士もまた、まだ年若い女性だった。

帝国斯衛軍制式採用の戦術機である82式「瑞鶴」で構成された第二中隊は、新米ばかりで構成されているにも関わらず、奮戦していた。

数名の犠牲者は出ていたものの、それでもまだ中隊の「形」は保ち続けていた。

 

戦闘を行なっていたエリアから移動を開始し、田畑が広がる平地を低い高度で飛行を行っている時に、「それ」は唐突に現れる。

 

『隊長ォ!』

 

背後から、隊長機の赤い瑞鶴が、何かに貫かれた。

近くでそれを見ていたのは、部隊の生き残りの1人である山城上総だ。

彼女の悲鳴に似た叫びの直後に、力を失ったかのように失速した赤い瑞鶴は、そのまま地面に足を擦りつけ、バランスを崩して地面へと転がる。

落下と回転の衝撃耐えきれなくなった機体のフレームはバラバラになり、残っていた燃料ごと跳躍ユニットが誘爆を起こして爆散した。

 

『れ、光線(レーザー)級・・・!』

 

誰かが、絶望に満ちた声で呟く。

直後、彼女たちの眼に映る網膜投影に「レーザー警報」の文字が表示され、瑞鶴の管制ユニット内に、光線級の存在を告げる警告音が鳴り響いた。

 

『なんで光線級が…!』

 

『レーザーの射角が開けたんだわ…!』

 

パニックに陥る生き残りの少女たち。その中で、未だ冷静さを保った人間がいた。

 

この中隊の大半を構成する白の瑞鶴に乗る上総だ。

 

『唯依!貴女が指揮を引き継ぎなさい!早くしなければ、全員死ぬ!』

 

未だ混乱の渦中にある衛士達の中で、彼女の同期であり黄の瑞鶴に搭乗している篁唯依へ上総は言う。

斯衛には古くからある伝統に則り、最上位の「紫」の色を除いて(これはそもそも前線に出てくることがないため)、青→赤→黄という順に、色による序列が定められている。

赤の人間が死んでしまった今、次席に位置する唯依が指揮を引き継ぐのは自明の理であった。

だからこそ、上総は言ったのだ。

 

―――――お前が命令しなければ、この場の全員は死ぬと。

 

『いやぁぁぁ!』

 

後方から光線級の標的にされている現実に耐え切れなくなった中隊の1人が、パニックを起こしてあらぬ方向へ向かおうとする。

 

『な・・・!?隊列を崩すな!余計に的に―――――』

 

上総がその瑞鶴の衛士を叱責しようとした瞬間、その機体は白い光に貫かれた。

 

レーザーだ。

 

 

胴体の中央を貫かれ、管制ユニットごと衛士を焼かれた瑞鶴は、直後に空中で爆散する。

 

『は、早くなんとかしてよ!唯依!』

 

中隊員の一人である、上総と唯依の同期の能登和泉が涙混じりの声を上げた。

 

だが、この戦闘が初陣の者ばかりである中隊の中で、武家の階級のみで次席指揮官となってしまった唯依に、現状を打破して反撃に打って出るような能力は無い。

 

だから、合理的に判断した。

 

『次の照射が終わると同時に対光線煙幕(アンチレーザースモーク)弾発射!レーザー照射のインターバルと攪乱目的の煙幕でなんとか奴らの射程外に出る・・・!』

 

今できる最良の判断は、逃げ続ける事。幸い、光線級との距離は近くはない。

射角が開けたことによる攻撃は、逆を言えば地形を利用すれば回避もできる。

正面には山がいくつもあり、高度に気を付けながらそれを盾にすれば撒けると判断したのだ。

だが、後方からのレーザー照射を避けながらそこを目指して全員逃げ切るのは不可能だった。

 

『前方に尾根がある!距離は120!』

 

『残存全機は、全力噴射(フルブースト)!可能な限り低く飛んで、あの尾根を目指す…!』

 

平地の先にある尾根にさえ辿り着ければ、そんな希望を抱かせることによって、光線級出現によるパニックを一時的にでも抑えようとした。

 

だがそれは、甘すぎる目算だ。

 

現実は非情であり、光線級によるレーザー照射で、1機、また1機と撃墜されていく。

 

そして-----照射が一度止んだ。

 

『対光線煙幕弾発射!』

 

肩部ユニットに内蔵された対レーザー用の煙幕弾が発射され、進路方向の前側で炸裂した煙幕弾が煙のカーテンを作り出す。そして、煙のカーテンに残存機が正面から突っ込んでいった。

 

既に残存機は5機にまで減っており、煙を抜けた直後に再開された無慈悲なレーザー照射によってまた1機、爆散する。

 

極限状態での逃走劇は、更に彼女たちの精神をすり減らしていく。

 

『あと少し・・・!』

 

目前に尾根が迫ったところで、またさらに1機が撃墜された。

残るは、黄色の瑞鶴一機に、白の瑞鶴が二機。

 

『もうダメ・・・!』

 

『諦めないで!』

 

『距離、50・・・!』

 

和泉の諦めに似た声。

それを奮い立たせようとする唯依の声。

 

その直後、彼女たちを死の世界へ引きずり込もうとしていた光線級群が爆風に包まれた。

 

『・・・砲撃・・・!?』

 

『連合、艦隊・・・』

 

それは、琵琶湖に展開する帝国海軍連合艦隊の第二艦隊による艦砲射撃だった。

 

 

 

 

 

琵琶湖の水上。

そこに、連合艦隊の主力である第二艦隊は在った。

旗艦「尾張」艦橋で、直立不動の状態で静かに燃える京都を見ているのは、艦長である小沢だ。

 

本来は、国家に仇為す仇敵を打ち砕くべく建造された戦艦。

本来は、国家と、国土と、国家元首と、兵士たちと、何より臣民達を守るために使われるはずの戦艦群。

戦艦「尾張」に備え付けられた、世界最大規模の海上兵器たる46cm3連装主砲3基9門全ての矛先が、京都市街地に向けられていた。

「尾張」麾下の水上打撃群の主砲もまた市街を向いており、次々と砲撃が行われている。

着弾と同時に、1000年の都が崩れていく。

 

「・・・長官の心中、お察しいたします。」

 

副官である安倍が、沈痛な面持ちで言う。

 

「・・・我々の任務は、我が軍の兵士を、ひいては帝国臣民をを守る為にある。」

 

小沢は、そう言った。

放棄が半ば決定した状況で、撤退を支援するためには艦砲射撃が最も適切だ。だが、京都への砲撃は、つまるところ日本の首都へと、征夷大将軍がいる場所を焼くことになる。

それはなんとしても避けたかった。

だが、今この瞬間にも砲撃が行われている理由は、小沢による独断だった。

撤退する部隊と、避難する住民たちを逃がすためには、市街へと侵入してきたBETA群を、敢えて市街諸共攻撃することによって足止めをする。

 

そしてこの行動は、後に多くの人間を救うことになる。

 

だが今この瞬間、誰しもが思っていた思いがあった。

「なぜ」、と。

だが彼は、それでも決断したのだ。

守るべきものを守るためには、国土すら焼くのも辞さない。

 

「・・・」

 

彼は静かに、火に包まれていく京都の町を見る事しかできない。

 

「砲撃の手を緩めるな!」

 

砲弾の装填を終えた「尾張」の主砲が動き出し、46cm砲による艦砲射撃が再開される。

 

-----彼女もまた、涙を流しているようだった。

 

 

 

 

 

 

京都市内。

既にその殆どが機能を失い、無人の街と化したその近くに、「それ」はいた。

 

闇の中に、近づけば辛うじて見えるほどに周囲の景色に溶け込んでいるのは、膝立ちの姿勢の巨人だ。

 

それは、GN粒子による保護膜を纏うことで光学迷彩を展開し、夜間という条件を利用して暗闇に潜むガンダムデュナメスだった。

ロックオンは、そのコクピット内で様々な機器とハロを使い、今の自分を取り巻く周囲の状況を把握すべく、情報収集を行っていた。

そうして集めた情報を統合していった結果、ここが「自分のいた地球」ではないという、確信を得るに至った。

そして、断片的な情報からわかったのは、彼が援護した部隊の所属が「日本帝国軍」だということと、それと敵対する勢力、或いは戦っていた怪物を「BETA」と呼んでいる事だった。

現状の日本を取り巻く状況は、西側の大半がその、BETAと呼ばれる存在の攻撃に遭い、陥落したことで京都へと侵攻が進んできているといったものだ。

 

『アイツラ、気持チ悪イ!気持チ悪イ!」

 

本土が戦場になっており、実質のジリ貧状態の日本と、その元凶たるBETAという化け物。

無論、これだけの被害が出ているのだから、死者もかなりの数に昇るだろう。

 

「胸糞悪い戦場だな・・・。現状の日本帝国軍とやらの戦力じゃ、無理だろうよ。ここを守って、進軍を押し留めるのは。」

 

掴んだ情報の中でわかったことだが、現在展開中の部隊には京都の守護を目的に結成された部隊によってこの京都の死守を目的に戦っているようだった。

だが、わかっている限りの布陣と状況ではここを守るのではなく放棄するのが妥当な判断だ。

しかし、どうにもこの軍はこの場所(京都)を守るのに固執しているのがわかる。

しかし、ロックオンには理解ができていなかった。

 

そこまでして、何を守りたいのかを。

 

どんなに重要な拠点といえども、立地条件などで放棄せざるをえない場合もある。

その決断が遅ければ、被害は拡大していく一方であり、いずれそれは組織の崩壊をも招く可能性がある。

 

『Eセンサーニ反応!Eセンサーニ反応!』

 

Eセンサーが動体反応を捉えたことで、ハロが反応する。

 

「こいつは・・・」

 

センサーで検知した反応は、少し前に戦ったBETAの小規模群があらゆる方向から接近してきている事を示していた。

その証拠に、簡易的にマッピングデータを作り急場凌ぎで作った戦域データ上では、反応が現れては消えていたり、BETAであろうものを示す光点(ブリップ)の大群に飲み込まれる反応も見える。

そして、小規模群の中に、ある場所を目指して動いているものがあった。

 

「ハロ。こいつらの進路上に、何か見えるか?」

 

『更ニ先ニ、動体反応ヲ検知!動体反応ヲ検知!』

 

ハロが表示した簡易的な戦域データ上に、その群体が向かう先の地図が表示される。

そこには、大きな駅があった。彼は知らないが、そこは無人となった京都駅であり、その近くに3つの光点が向かっていたのだ。

その近く、3つの反応に気づいたのであろう動きを1つの光点が移動しているのがわかった。

 

『敵接近!敵接近!』

 

戦況を傍観していると、ハロが警告を発した。

京都市街に展開していたBETAの一団の一部が、こちらへ向かってきていたのだ。

その証拠に、光点の塊の一部が、こちらの方角へ向かってきているのが確認できる。

 

『見ツカッタ!見ツカッタ!』

 

「なに・・・!?いくら優秀なレーダーがあったって、こっちに気づけるはずがねぇ・・!」

 

ロックオンは後々知ることになるが、BETAという生物は、高性能な情報処理端末を搭載したものを好んで襲う習性がある。

例を挙げるなら、戦場で動き回る戦術機、海上における戦艦や戦域管制を司る旗艦機能を持った巡洋艦、そして、様々な軍の基地司令部や、国家の中心的な都市など。

 

ようは、簡単な話が高性能なコンピュータが餌になっているという事だ。

 

デュナメスは、戦艦などの大型兵器を除けば最も優秀な情報処理端末を搭載した人型機動兵器であるため、その条件に当てはまってしまっていたのである。

それでも、BETAの展開の仕方を見ると、GN粒子の影響でデュナメスを捉え切れていないような動きをしているのがわかった。

 

「・・・チッ。」

 

歯噛みするロックオン。

既に彼は、以前の戦闘でBETAを「紛争幇助」の対象として攻撃してしまっている。

つまりは、独断で「武力介入」を行っていたのだ。

CBの理念は、「紛争の根絶」。

その理念に反してはいないが、無用な武力介入は逆に争いを生み、自分自身が「紛争幇助」の対象になってしまう。

だがしかし、この世界におけるCBは自分だけかもしれないのだ。

なら、もう1回も2回も変わらないのではないか?

 

「降りかかる火の粉は、自らで払え、か…。オーライ、ハロ。隠密行動モードを解除しろ。」

 

『了解!了解!』

 

「デュナメス、戦闘モードに移行だ。GNドライブの出力を戦闘可能レベルまで上げろ。」

 

機体のシステムを戦闘モードへと移行させながら、ハロへと指示を出すロックオン。

 

「この前と同じように、GN粒子は電波妨害をしない程度にな?ちょうど良くってやつだ。できるな?」

 

『合点承知!合点承知!』

 

最低限のGN粒子でも、この世界における兵器や、こちらへ向かってきているBETA相手でもそれなりにやれるだろう。

 

「空を飛べばあの目玉野郎に狙われて面倒だ。あくまで限定的な空戦をこなせる程度だぞ」

 

『了解!了解!』

 

「さて・・・再度、紛争幇助対象である「BETA」への武力介入を開始する。」

 

光学迷彩を解除し、膝立ち状態だった機体を起立させるとツインアイが光を放って機体が動き出し、やがて浮かび上がる。

 

「ロックオン・ストラトス。迎撃行動に移る!」

 

デュナメスのマニピュレータが、太腿の部分に懸架されている格納部からGNビームピストル2丁を抜き、構える。そして、ロックオンは、向かってくるBETA群へとデュナメスを突入させた。

 

 

 

 

―――――要塞級!?

 

―――――こんなところになんで・・・!

 

―――――うあぁぁぁぁ!

 

―――――駄目よ唯依!さっきの戦闘でのダメージが・・・

 

―――――機体の蓄積ダメージが・・・!?

 

―――――唯依ぃぃぃ!

 

 

意識が戻る。

眼を開くと、再び網膜投影による機体状況が表示された。

唯依の乗る瑞鶴は、管制ユニットも含めたすべての部位が限界を迎え、大破した状態だった。

辛うじて生きていた生命維持装置と、電力が管制ユニット内を最後の砦として機能させていたが、恐らくは瓦礫の中に擱座した状態の機体の中にとどまり続けるのは自殺行為。

故に彼女は、コンソールパネルを操作して管制ユニット前面部のパージを行い、管制ユニット内からの脱出を図った。

前面部が地面へと落下し、落下と同時に鈍い音と煙が立つ。

 

「和泉、山城さん・・・無事でいて・・・!」

 

管制ユニットから這い出ると、地面に着地し、ライト付きのハンドガンを手に歩き出す。

ここは、先ほど近くにあった京都駅だろうか?

この場から仲間と共に早く逃げなければ。

そうしなければ、待っているのは「死」しかない。

 

「和泉、山城さん・・・?二人とも無事なら返事をして」

 

通信器で呼びかけ、二人の安否を確認するが、返事は帰ってこない。

聞こえてくるのは、ノイズだけだ。

通信が繋がらないということは、二人ともそれぞれに何かがあった可能性が高い。

怪我をしていて話せるような状況にないのか、それとも、通信機器が既にダメになってしまっているのか。

或いは―――――

 

最悪の展開が、脳裏をよぎる。

だが、戦場では当たり前の話だ。なにせ、小型種のBETAそれだけで危険なのだから、既に二人が食われてしまっていてもおかしくはない。

 

しばらく歩いていると、何かの物音が聞こえた。

 

「山城さん・・・?和泉さん・・・?」

 

物音のする方向へ静かに近づいていくと、ライトに何かが映った。

それは、白い瑞鶴の部品の一部だということがすぐにわかった。

ライトの方向を上へ向けると、唯依の瑞鶴と同じように、機能を停止して擱座した瑞鶴が照らし出される。

胸部を見れば、すでに前面部は無かった。

瑞鶴の胸部に這い上がると、管制ユニット内は目立った損傷はなく、そこに誰もいない。

ということは、和泉か上総、どちらかは既に脱出し、近辺に潜伏している可能性が高い。

 

―――――では、先ほどの物音の正体は?

 

嫌な予感がして、音がする方へさらに近づいていく唯依。

やがて、駅の地面が陥没している発見した。

そこへゆっくりとライトを向けると、地面には赤いなにかと、その上をなにかが引きずられた跡がある。

そして、更に奥を照らすと―――――

 

闘士(ソルジャー)級・・・!」

 

何かに群がっている、闘士級の群れ。

聞こえていた物音の正体は、闘士級が何かに群がる音だったのだ。

だが、何に群がっている?何がそこに在る?

 

―――――奴らは、何をしている(・・・・・・)

 

「・・・っ・・・」

 

悲鳴をあげそうになるのを必死にこらえる。

そこにあったのは、

 

「和泉・・・!」

 

変わり果てた姿の、能登和泉だった。

 

闘士級が立てていた音は、何かを咀嚼する音。

食われていたのは、彼女の死体だった。

悲鳴を上げることなく、彼女は殺されたのだだろう。

力なく横たわる彼女の身体は、何の感慨も抱く事を許さないがごとく、貪られる。

 

「山城さんは・・・?」

 

彼女は即座にその場を後にすると、上総の捜索に移る。

 

「山城さん、どこ・・・?」

 

だが、通信はさっきからノイズばかりで繋がることはない。

 

突然、何かの音がした。

 

鈍い音と、振動。

まるで、何かが戦闘を行っているような。

しかも、音が段々と近づいてくる。

瓦礫から埃と破片が落ちてきて、周囲に散らばる。

 

『・・・・・篁、さん・・・?』

 

突然、通信器から声が入る。

 

「山城さん・・・!?」

 

『・・・っ・・・まだ、生きているみたいね・・・』

 

ノイズ混じりであるが、上総の声が聞こえた。

唯依は、少しだけ安堵する。しかし、予断は許さない状況だ。

小型種がいるということは、彼女にそれらが迫っていてもおかしくはない。

 

「体は無事?機体の損傷状況は?」

 

『・・・体は、うまく動かないわね。恐らく墜落した時の衝撃で色々と怪我をしたみたい・・・。機体状況は・・・ああ、完全にお釈迦ね。』

 

同じ状況で、擱座した機体から脱出できるような状況ではない。

尚更、彼女の場所をすぐに見つけないといけない。

 

直後、大きな振動が起こり、唯依は態勢を崩して地面に倒れこむ。

 

「な、なに・・・?」

 

そして、目の前に「それ」が現れた。

 

「な・・・!?」

 

無人の京都駅の壁を突き破って、何かが倒れこんでくる。

それは、要撃級の死骸だった。

小刻みな振動音とともに、ゆっくりとこちらへ近づいてくる「何か」。

 

「あれは・・・」

 

姿を現したのは、二つの目とV字の角が特徴的な見たこともない戦術機だった。

 

 

 

 

 

 

「ここは、さっきの連中が向かってた場所か。」

 

小型種をしこたま屠り、中型種の要撃級をビームサーベルで相手しながら動き回っていたデュナメスは、いつの間にか唯依達のいる京都駅まで来ていたのだ。

 

「・・・ん?」

 

メインカメラで周囲を見渡すと、黄色い見覚えのないノーマルスーツを身に纏った人間が見えた。

身体の凹凸が出るような恰好をしていて、身体特徴的に女だというのがわかる。

拡大して彼女の顔を見ると、まだ幼い女の子だった。

自分が知る中では、身近にいて歳が近いのはフェルトだっただろうか?

通信モードを外部スピーカに変更し、呼びかける。

 

「無事かい、お嬢さん。」

 

きょとんとした表情を浮かべる彼女に外部スピーカ越しに話しかけるが、返事はない。

 

「とりあえずそっちに行くよ。」

 

機体を操作して、駅の中へと入っていく。機体をしゃがませて、少女の方へ機体の手を差し出した。

 

「こっちに乗り移れるか?」

 

そう言うと、少女は頷き、すぐさまデュナメスの手に乗った。

そしてコクピットの方へ近づけると、ロックオンは躊躇なくコクピットを開けて彼女に姿を見せる。

素顔は見せないように、ヘルメットにはスモークをかけていた。

 

「ああ、悪いな。任務の性質上、素顔を晒せないんだ。」

 

訝し気な視線を向けてきた少女に、飄々とした雰囲気で返しおどけてみせる。

 

「・・・き、救援感謝します。自分は、帝国斯衛軍所属の篁唯依少尉です。」

 

「OK、ユイ。さて、質問だ。生き残りは何人いる?」

 

彼はすぐに本題に移った。

先ほどから気になっていた、ここへ向かっていた反応。

そのうちの一つが、恐らく彼女だろうと考えていたロックオンは、だからこそ聞いた。

 

「・・・既に、一人は死にました。もう一人は、擱座した機体の中に負傷して閉じ込められたままです。」

 

「動けない状況ってことか。恐らく、怪我を負っているということだな。」

 

察するに、動けない状況でこのまま放置し続ければ、死を待つばかりなのだろう。

 

「場所はわかるか?」

 

「・・・いえ。わからないです」

 

唯依は、和泉を探している時から大体の候補を考えながら動いていたが、人の脚では行ける範囲に限界がある。

 

『動体反応検知!動体反応検知!』

 

ハロが、センサーで捉えた場所をモニターに表示させた。

 

「こいつはまずい・・・!」

 

戦域データで、光点が一点に集まっていくのが確認できる。

恐らくそこに―――――

 

「悪いがあんたをコクピット内に入れることはできねぇ。暫く、こいつの手にしがみついていてくれ!」

 

「え・・・!?どういう―――――」

 

唯依が何かを言い終わる前にコクピットを閉めると、機体を立ち上がらせると機体を一旦外へと出して反応が終結している場所を外から目指す。

 

「間に合ってくれよ・・・!」

 

すぐにその場所の近くに到達すると、GNビームピストルで壁を撃ち、脆くなったところをタックルで突き破って中へと入る。

そこは、開けた空間だった。

 

『あ、あれ・・・!』

 

集音マイクが、彼女の声を拾った。

ロックオンが中へと視線を向けると、デュナメスのメインカメラが擱座した瑞鶴を捉える。

 

「まずい・・!」

 

既に、瑞鶴には赤い小型種―――――戦車級が迫っていた。

 

「おい嬢ちゃん!あの機体のコクピットは外部から開けられるのか!?」

 

『は、はい!外部の操作部を動かせば、管制ユニットの前面部をパージできます!ですが、あそこまでどうやって・・・!』

 

「わかった!こいつらをしこたま排除したら、機体をその白いのに近づける!ハロ!」

 

『了解!了解!』

 

もう片方の手にもGNビームピストルを持たせ、2丁拳銃の要領で周囲の小型種を排除していく。

瑞鶴の周囲の一時的な安全を確保すると、ロックオンはデュナメスを瑞鶴へと寄せて、手に乗せたままの唯依を近づけていく。

 

「急げ!長くはもたせられねえ!」

 

いくらデュナメスといえども、限定的な状況なうえに人命救助という場面においては、周囲のフォローをしなければいけない状況では、ある程度の危険が伴う。

無視してやっていいのであれば、問題はないかもしれないが、彼の背後には少なくとも二人の人間がいる。

 

「くそっ・・!集まってきやがった・・・!まだか、ユイ!」

 

『い、いまやっていますけど・・・うまくパージできない!』

 

焦った様子の唯依の声。彼女が外から前面部のパージをしようとしたが、開かない。

それは、墜落した際の衝撃で管制ユニット前面部が歪んでしまっていたのが原因だった。

 

「くそ・・・!少し離れてろ!」

 

右手のビームピストルを格納すると、腰部武装ラックに懸架されているGNビームサーベルを引き抜き、ビームを展開させると管制ユニット前面部を横から切り裂く。

 

『山城さん!』

 

管制ユニットにかけよる唯依。

ユニット内には、怪我と出血で動けなくなっている上総がいた。

 

「よし、これで・・・」

 

だが、一瞬気を緩めたのがいけなかった。

壁を突き破って何かが入ってくる。

そこにいたのは、大きな前腕を振り上げた要撃級だった。

 

『敵接近!敵接近!』

 

GNフィールドをこの距離で張れば、後ろの二人をフィールドで覆いきれず、逆に被害を及ぼす可能性があった。

だからこそ、彼は次の動きに躊躇してしまったのだ。

 

「くそったれ!邪魔だ!」

 

振り下ろされる前に前腕を切り裂くが、もう片方が追撃とばかりにデュナメスの肩部シールドユニットに直撃する。

それなりに強度を持つシールドだが、前腕の攻撃でデュナメスが狭い空間のなかで壁に叩きつけられた。

 

「ぐっ・・・!」

 

『二人ガ危険!二人ガ危険!』

 

「しまった・・・!」

 

モニター越しに見えたのは、擱座した瑞鶴に群がる戦車級だった。

 

 

 

 

 

唯依は、急いで上総をユニット内から引きずり出そうとしていた。

しかし、上総はぐったりとしている。

上手く体が動かせないようだ。

 

「山城さん、しっかりして・・・!」

 

「くっ・・・篁、さん。もう、私は動けないわ・・・どこか、骨折しているみたい・・・腕も足も動かなくて・・・」

 

「諦めないで・・・!今、私達を助けるために戦ってくれている戦術機がいるの!」

 

もうすでに体を動かせるような状況でない上総は、唯依に対して暗に自分を見捨てるよう促す。

しかし、唯依は諦めなかった。

 

「まだ・・・!まだ、貴女だって、生きてる・・・!生きてる限りは―――――」

 

ユニット内に体を入れると、上総の肩を担いで引きずり出そうとする。

しかし、彼女を担ぎ出そうとしたところで、大きな衝撃音と振動が起こる。

 

「えっ・・・?」

 

管制ユニット内から身を乗り出すと、要撃級に吹き飛ばされる先ほどの戦術機が見えた。

直後に、こちらへ何かが次々と近づいてくる。

 

戦車(タンク)級・・・!」

 

「ふぅ、・・・けほけほっ・・・!」

 

肩に担いだ状態の上総が呻いた。口から血を吐き出して、浅い息を吐く。

早く治療をしなければ、彼女は死んでしまう。

だが、

 

「篁、さん・・・。」

 

群がってくる戦車級を見て立ちすくんでいる唯依に、上総が話しかけた。

 

「や、山城さん・・・?」

 

「私を・・・捨てて、いきなさい・・・。」

 

改めて、上総は唯依に言う。

 

「でも・・・!貴女を見捨ててなんて・・・!」

 

「私を担いだままで、逃げ切ることなんてできない・・・!だから、私はここへ置いていって・・・!」

 

上総は、強い眼差しを唯依へと向けた。

そして、彼女は唯依が持つハンドガンを見る。

 

「でもその前に・・・貴女が、私を終わらせて。」

 

「・・・上総・・・!?まさか貴女・・・!」

 

唯依は察してしまった。彼女が何を求めているのかを。

 

「私はもう、自分で自分を終わらせることはできない・・・だから、お願い。」

 

その言葉を聞いて、唯依は首を横に振る。

そんなことはできないと。

 

「で、でも・・・!」

 

「私を終わらせられるのは、今あなたしかいない。だからお願い。撃って、唯依・・・!」

 

迫る上総に、唯依はそれでも撃つことが出来ないでいる。

 

「貴女は斯衛の軍人でしょう・・・!覚悟を持ってここにいるのでしょう、篁唯依!」

 

声を張り上げて、懇願する上総をゆっくりと下ろすと、銃口を向ける。

 

「・・・ありがとう、唯依。」

 

力なく微笑みかける上総。

 

「・・・・・・っ・・・」

 

引き金を引こうとした瞬間、管制ユニットごと機体が揺れた。

 

「きゃっ・・・!?」

 

唯依はその衝撃で管制ユニットから投げ出され、上総は再びシートに体を叩きつけられる。

それは、更に現れた要撃級に瑞鶴の胴体が殴り飛ばされたのが原因だった。

 

「うぐっ・・・!」

 

もう、動けない上総を撃ってくれる者はいない。

 

「上総ぁぁぁぁ!」

 

立ち上がり、管制ユニットに近づこうとする唯依。

しかし、影になっている場所にいる上総を唯依が撃つことはできない。

 

そしてまた、唯依自身にも戦車級が迫っていた。

 

「あっ・・・」

 

ゆっくりと近寄ってくる戦車級。

大きな口を開けて、彼女を食わんと迫ってくる。

恐怖で足がすくんでしまって、逃げることができない彼女に、大口が食らいつこうとした瞬間。

 

戦車級が、上から何かに撃ち抜かれた。

 

「あぐっ・・・!」

 

衝撃で吹き飛ばされる唯依。壁に撃ちつけられ、直後に彼女に生暖かい液体が降りかかる。

それは、戦車級がミンチになった際に飛び散った血飛沫だった。

 

「う、く・・・」

 

眼を開けると、上から何かに照らされた。

それは、新たな戦術機だった。

 

 

 

 

唯依を助けたのは、青い戦術機だった。

その機体の名は、「武御雷」。

その先行量産機だった。そして、武家においては紫を除いて最上位を示す「青」。

評価試験中に偶然京都駅での戦闘を発見し、救援に駆け付けたのだ。

京都駅の壊れた天井から駅の中へと入り、擱座した瑞鶴の横に着地する。

そして、懸架ユニットから74式長刀を左手で抜くと、群がってきた戦車級を一閃。

続けて右手に持つ突撃砲で別方向から迫る戦車級をハチの巣にしていく。

それから、一方的な蹂躙が始まった。

華麗に舞う武御雷によって、次々とBETAの屍が積みあがっていく。

 

「・・・・・で。この状況、どうするかね、ハロ」

 

その様子を、先ほど自分を吹き飛ばし覆いかぶさってきた要撃級の下に隠れながら、ロックオンは見ていた。

タイプは異なるが、恐らくあれは帝国軍所属の機体だろう。

機体の特徴が、先ほど見た白い戦術機に似ている。

 

『逃ゲルガ吉!逃ゲルガ吉!』

 

「だよなぁ・・・」

 

折角助けに入ったのに、不注意で化け物の不意打ちを防ぎきれずにこんな体たらくを晒している上に、あの少女―――――ユイの様子から察するに、こんな機体は見たことがないはずだ。

そんな状況で、あの機体に拘束されでもしたら面倒なことになる。

 

「仕方ない。この場からずらかるぞ。まあ、多少の援護はしてやるとするかね」

 

正面の化け物の死骸を押しのけて機体を起き上がらせると、GNビームピストルのトリガーを引き、青い機体に背後から迫っていた小型種を撃ち抜いて沈黙させる。

 

「離脱する。後は頼んだぜ、ヒーローさん」

 

誰にも聞こえないが、彼は青い機体にそう言いながら、先ほど叩きつけられた際に穴が開いた壁から外へと出る。

そして、機体を離翔させるとまだ闇が深い空へ消えていった。

 




混迷を極める戦場。
状況は最悪の展開を迎え、国の未来は明るくない。
そんな中でも、守りたいモノのために戦う。
その先に何があるのか、わからぬままに。

そんな世界で、彼は迷いを抱えたままに戦場へと身を投じる。
燃え盛る京都で、濃緑の狙撃手は何を成すのか?

次回「地獄に降り立つ狙撃手 後編」。

狙い撃つ相手、それは―――――


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story01-3「地獄に降り立つ狙撃手 後編」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。
オルタネイティブへとつながるお話の第一歩の締めくくり。

今回のイメージOPは鉄血のオルフェンズからFighterなんていかがでしょう?

止まるんじゃねえぞ。



ヨーロッパでは誰しもが見てきた地獄。

それが、日本でも起きている。

それだけのことだ。

 

しかして、千年の都はそれでも美しかった。

 

地獄の業火に焼かれながらも、その姿は未だ持って美しかった。

 

 

 

 

 

 

〜1998年8月14日2220、京都八坂祇園付近〜

 

千年の歴史を誇った、帝都・京都。

空にはどこまでも闇が広がり、眼前の帝都は、紅蓮の炎に包まれている。

炎は、その灯りをもって闇夜を焦がし、低く垂れ込めた重金属雲を鈍く照らし出していた。

 

そして、足元でまた一つ火の粉が爆ぜ、そこに立つ巨人を照らし出す。

第16大隊に所属する、赤の斯衛たる月詠真耶。

彼女の乗る戦術機―――――赤色の瑞鶴を、更に赤々と染め上げた。

 

「確実に抑えよ!まだ、“ここ”を抜かせるわけにはいかぬ!」

 

彼女は、僚機に乗る斯衛の衛士を叱咤しながら、その類稀なる操縦センスを活かして瑞鶴を操る。

その手に持った突撃砲のトリガーを引き、残り少なくなった36mm砲弾は突撃砲の銃口から発射される。

放たれた弾丸は的確に敵へと叩き込まれ、蜂の巣にした。

彼女の脳裏に、訓練生時代に座学で聞いた言葉が浮かぶ。

 

“BETAは火砲を用いない“

 

それは同時に、眼前の帝都を燃やしているのは、BETAからこの場所を護らんとした人類の手によって撃ち込まれた炸薬によるものだという現実を、否が応でも突き付けてきた。

本来ならば、皇帝を守り、将軍を護り、何より民の盾となるべき兵器が、帝国軍が、自らの手でBETAに先んじて、この帝都を灰燼に帰さんとしている。

 

これほどの皮肉があるだろうか?

 

「(許せ、帝都よ・・・。我らはそれでもなお、民を護らねばならぬのだ・・・!)」

 

彼女は、燃え盛る帝都を視界に捉えながら、愛機と共に駆ける。

 

 

 

 

 

 

1998年7月初頭。

 

ここから始まった本土防衛戦。

初め、この戦いは帝国軍側有利に事が進んでいた。しかし、BETAは海に四方を囲まれている日本本土に対して、西日本におけるいくつもの沿岸部から同時に上陸することで、帝国軍の防衛プランを一気に瓦解させた。

 

話は横道に逸れるが、人類同士での戦争でも同じことであったが、日本という国は武装や兵士の練度は高くとも、その数が圧倒的に少ない。

戦争というのは、常に練度が高い人間が真っ先に矢面に立ち、すり減らされていくものだ。

 

それが人類同士の戦争であれば、多少の誤魔化しは効くが、BETA相手ではそうはいかない。

瓦解した戦線は修復することが出来ず、BETAの大群は、上陸から僅か一週間で帝都・京都目前にまで、その牙を突き立てた。

 

以来一ヶ月に及んだ京都防衛戦。

それが今宵、最終局面を最悪の幕切れで迎えようとしている。

前日に舞鶴港が陥落した時点で、京都の山陰側の守りは潰えたも同然だった。

帝都市街の狭き西門となる亀岡盆地からのBETA侵入を少なからず削っていた亀岡周囲山中の砲兵・戦術機甲部隊も遂に壊滅し、決壊したダムから流れ出た激流と同じ原理で、BETAの大群はいとも簡単に最終防衛戦を食い破り、ここに敗北は決定した。

 

放棄が決定された帝都市街地に、琵琶湖の米太平洋艦隊所属の第七艦隊と、大阪湾に展開する帝国海軍の連合艦隊艦艇群から砲撃が行われる。

 

京都は、人類の手によって灰燼へと帰した。

 

 

 

 

 

 

轟音が鳴り響き、京都の街を包む炎の勢いが強くなる。

 

その中で蠢く異形の集団―――――BETA。

 

その前に、14機の戦術機―――――瑞鶴が陣形を組んで立ちはだかる。跳躍ユニットの噴射音を轟かせ、数機が地面へ着地した。

その中の1機、赤の瑞鶴に乗る月詠真耶の視線の先にある光景は、彼女に誰もが考えてしまうような|最期(おわり)を連想させた。

 

「これで、この忌々しい演目も、幕切れとなれば良いがな・・・!」

 

彼女はそう口にしながら、眼前に迫る突撃級の攻撃を、巧みな操縦技術で回避する。

すぐ横を通り過ぎる突撃級の外郭を一瞥。

直後、一瞬で背後へ回り込むと、残された最後の120mm弾を、返す刀で放ちながら後退する。

 

網膜投影越しに、血飛沫をあげて前のめりに地面へとめり込み絶命する突撃級の姿が映り込んだ。

 

そうして、彼女の瑞鶴は低噴射跳躍を駆使し、残った補給コンテナの横に着地する。

 

「02弾倉交換!援護を頼む!」

 

『了解!』

 

残弾は残り少ない。

そして同時に、補給コンテナもここにある数個を除いてもうくることはない。

残り少ない弾薬を補給するため、空の弾倉を外して突撃砲に新たな弾倉を込め、戦列に戻る。

 

「く...!」

 

『少尉、そろそろ来るぞ!』

 

階級としては上である僚機から、通信が入る。

そして次の瞬間、後方から特徴的な甲高い風切り音が闇を貫き、一瞬の後に轟く爆裂音が紅蓮の炎の勢いを加速させた。

 

それは―――――

 

「やってくれるな...!」

 

米軍の第103戦術歩行連隊から放たれた誘導ミサイル、AIM-54(フェニックス)だった。

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

撤退を命じられた米軍。

しかし、撤退命令が出たにも関わらず、琵琶湖に展開する第七艦隊は攻撃態勢に入っていた。

 

第103戦術機連隊(ジョリー・ロジャース)より帝国斯衛軍(インペリアルロイヤルガード)へ。これよりAIM-54(フェニックス)による支援攻撃を行う。』

『全機、配置につきました!』

 

甲板上に配置された、米第103戦術機連隊(ジョリー・ロジャース)所属の第2世代戦術機の傑作機―――――F-14「トムキャット」。

それが、その肩に装備した|AIM-54(フェニックス)を構える。

 

『―――――第103戦術機連隊(ジョリー・ロジャース)より帝国斯衛軍。これが最後の手土産だ。Good luck(武運を祈るッ)!全機、攻撃開始!Fire(撃て)!』

 

号令と同時に、7機のトムキャットからAIM-54(フェニックス)計28発が発射された。

 

 

 

 

 

 

「BETA共の攻勢、やはり防ぎきれぬか・・・!」

 

この戦いにおいて、殿を任された日本帝国斯衛軍第16大隊の大隊指揮官である青の斯衛の青年、斑鳩は、苦い表情を浮かべながら戦場に身を置いていた。

部下や、臨時的に我が部隊へ編入となった月詠真耶らと同じ機体である青の瑞鶴に乗って。

ホーンド01のコールサインを持つ彼は、瑞鶴を駆りBETAの侵攻を防ぐべく、斯衛の同士と共に戦場を駆ける。

 

『閣下、第96砲兵大隊の離脱を確認。頃合に御座います。御下知を!』

 

傍らの赤き瑞鶴から通信が入った。

 

「(―――――我が役目は、ここに留まり死することにあらず。)」

 

彼は決意を胸に、敢えて全員に聞こえるようにオープンチャンネルで真耶へと問いかけた。

 

「―――――うむ。月詠、そなたの意見に変わりはないな?」

 

彼の問いに、彼女は強い意思を込めた言葉で答える。

 

『ございません、閣下。我らは帝国の守護者、この「瑞鶴」は全ての臣民を守る為の「刃」に御座います。民に生き恥を晒して尚、我らは生き延びて、戦い続けねばなりません』

 

この会話は、ここにいる全隊に聞かせるためのものだ。

一部には、かつての「大日本帝国」時代の「生きて虜囚の辱めを受けず」という古き風習に則り「玉砕」をもって是とする空気もあったが、今この場に斑鳩を含めその考えを持つ者は誰もいない。

 

皆が、生き恥を晒してでも尚、生きて戦い続けるという決意を胸に戦っているからだ。

 

いつの日か必ず、蹂躙された祖国の、故郷の地を取り戻す。

そしてこの地球上から、異星起源種供を駆逐するために。

 

「―――――然り。我ら摂家の不始末にて迷惑を掛ける、この罪はいずれ問われよう。されば月詠、全隊に通達せよ。」

 

凛とした声で、斑鳩は告げる。

 

魚鱗参陣(スケイルストライク・スリー)、我らは下京北の光線級を排除した後、路上より山科、大津へ撤退する。」

 

『はっ!』

 

彼の声が戦場に響く。

 

「ならばゆくぞ。全機抜剣!」

 

号令と同時に、瑞鶴14機が一斉に長刀を引き抜いた。

そして、青の瑞鶴が、長刀の切っ先をBETAの大群へと向けて叫ぶ。

 

「皆の者、これが最後の攻勢ぞ!殿を預かる我が斯衛の戦い―――――」

 

―――――この千年の都に刻みつけてゆけぃ!

 

『『『『御意ッ!!』』』』

 

轟音轟かせ、帝国近衛軍第16大隊の瑞鶴14機による最後の攻撃が開始された。

 

 

 

 

 

〜第16大隊の突撃から数分後〜

 

炎に包まれた京都市街地から少し離れた場所にある山間部。

その中に、身を潜めている存在がいた。

この世界とは違う世界の人型機動兵器(モビルスーツ)

光学迷彩で身を潜めているのは、GN-002「ガンダムデュナメス」

それに乗るパイロットであるロックオン・ストラトスは、現状がどうなっているかをリアルタイムで把握するべく、情報の精査と統合を行なっていた。

放棄が決定した京都。

京都を守っていた帝国軍と斯衛軍の部隊は戦力をすり減らしながらも、なんとか持ちこたえていたが、ついに撤退を決定したようだ。京都の防衛に当たっていた帝国軍・斯衛軍所属の部隊は大半が後方へと下がったようだ。

今現在戦域データ上で確認した限りでは、近場で動き回る反応が複数。一定のラインを保ちながら、14個の光点が正面から迫る波を削っては下がっているのがわかる。

 

ロックオンは、機体の光学迷彩を解除し、漆黒の闇の中にデュナメスの姿が浮かび上がった。

 

「ハロ。システムを隠密行動モードから戦闘モードへ移行しろ。引き続き、化け物供を紛争幇助対象として武力介入を行う」

 

『了解!了解!』

 

操縦桿を動かし、機体を漆黒の空へ飛翔させる。

一定の高度を保ちながら浮遊するデュナメスは、マニュピレーターを動かし、右肩に懸架されたGNスナイパーライフルを掴む。

ロックオンはコクピット上部に格納されたライフル型コントローラーを下ろして構える。

同じように、デュナメスも狙撃の構えをとった。

ロックオンとデュナメスが、引き金に指を駆ける。

緑色のレティクルが表示され、瞳に醜悪な外見のBETAが映り込んだ。

レティクルの十字カーソルがそれをロックオンし、十字カーソルの表示が緑から赤へと変わる。

 

「いくぜハロ。デュナメス、目標を狙い撃つ!!」

 

トリガーが引かれ、GNスナイパーライフルの銃口から粒子ビームが放たれた。

 

 

 

 

 

 

戦場を、青の瑞鶴が駆け抜ける。

長刀を腰だめに構え、迫る要撃級を横一文字に薙ぎ払った。

血飛沫をあげて要撃級が崩れ落ちる。

 

「ホーンド01よりホーンド各機へ。このラインを維持しつつ、敵陣陣形を食い破る。後に、奴らの後方に控えている最大の障害(光線級)掃討後に橋まで後退する!死ぬなよ!」

 

『『『『御意!』』』』

 

斑鳩が大隊各機へ指示を出す。

そして、大群へと突進した14機の瑞鶴が、立ちはだかる要撃級・突撃級・戦車級を蹴散らして光線級の群れへ迫った。

 

直後。

醜悪な集団が左右へと分かれる。

 

ーーーーー光線級によるレーザー照射の予兆。

 

直後に、管制ユニット内でレーザー警報が鳴り響き、網膜投影には「レーザー警報」文字が表示される。

 

『閣下!レーザー照射が来ます!』

 

「わかっている!」

 

斑鳩は各自に通達し、タイミングを図る。

次の瞬間、視線の先が光った。

 

「全機、乱数回避!!」

 

斑鳩の号令と同時に、瑞鶴14機が各々で跳躍ユニットを点火し、散開した。

彼の号令は、正に絶妙のタイミングだった。

全機が回避成功し、BETA自身が作ってくれた道を駆ける。

ここにきて、勝利の女神は人類側に微笑んだ―――――

 

「よし、全軍このまま―――――」

 

かのように見えた。

 

『閣下ァ!』

 

月詠真耶の声が叫んだ。

斑鳩の耳元で警報が鳴り響く。

 

-----それは、斑鳩の乗る瑞鶴の跳躍ユニットが限界を迎えたことを告げるもの。

 

網膜投影越しに見える機体の現状。そこで、跳躍ユニットを示す部分が白から黄色に、やがて赤の表示へと変わり、同時に限界を迎えた事を示す「ALERT」の文字が踊る。

 

「-----っ・・・!こんな時に・・・・!」

 

そして次の瞬間、跳躍ユニットがスパークし、直後に小さな爆発が起こる。

 

「ぐっ・・・!」

 

黒煙が所々から登り、小さな火が残った燃料に引火したことで誘爆が起こり、跳躍ユニットが大破した。

 

たった数秒間の出来事だった。

 

爆発寸前に跳躍ユニットを排除する暇はなく、爆発の衝撃で管制ユニット内を大きな振動が襲い、次いで、空中でバランスを崩した瑞鶴が前のめりに地面へと叩きつけられる。

 

『閣下、ご無事で・・・!?』

 

斑鳩の耳に、月詠の悲鳴に似た声が聞こえた。墜落した形で倒れ込んだ瑞鶴の巨体を立ち上がらせようとする。

 

『閣下、逃げてください!突撃(デストロイヤー)級が・・・!』

 

斑鳩が機体の態勢を急いで立て直そうとしているところに、突撃級の衝角が襲いかかった。

 

「ぐああぁ!!」

 

再びの衝撃に管制ユニット内で彼の体が揺さぶられ、瑞鶴の巨体が投げ飛ばされる。

そして次に網膜投影越しに確認できた機体状況は、控えめに言っても中破。

直後、復帰したカメラ越しに映った夜空を、要撃級がブラインドした。

突撃級の横から現れ、斑鳩の乗る青の瑞鶴にトドメを刺すべく前腕を振り上げている状態で。

 

―――――殺られる・・・!

 

痛みを堪えながら、斑鳩はそれでも機体を動かそうとする。まだ自分は、死ぬわけにはいかない。

だがしかし、無慈悲な死神の鎌が、容赦無く瑞鶴めがけて振り下ろされた―――――

 

『な・・・!?』

 

筈だった。

 

「・・・・・?」

 

死の衝撃はいつまでたっても訪れない。

音声が、何かが倒れる音を拾う。

見れば、こちらへ腕を振り下ろそうとしていた要撃級が崩れ落ちていた。

 

何者かによって要撃級が絶命したのだ。

 

次いで、桃色の閃光が斑鳩へと接近していた突撃級二体の外郭ごと胴体をを貫いた。

 

 

 

 

 

 

斑鳩機を助けた、別方向からの攻撃。

それは、ロックオン・ストラトスの乗る、ガンダムデュナメスが持っているGNスナイパーライフルから放たれた粒子ビームだった。

 

「ハロ!あの機体を助けるぞ!」

 

ハロに、青い瑞鶴をマーキングさせると、つづけざまに粒子ビームを発射する。

彼は、青の瑞鶴を破壊しようとしていた数体の化け物を行動不能にしたことを確認し、ハロへ指示をだした。

 

「援護する!」

 

『了解!了解!』

 

「邪魔だてめえら!」

 

彼は、レティクルに捉えた突撃級の1体を狙撃する。

撃たれたのは、更に青い瑞鶴へ距離を詰めていた突撃級だった。

そして、すぐさま目標を次に切り替え、トリガーを引く。

 

「早くフォローしてやれ・・・!」

 

スコープ越しに見える戦場の景色。

倒れた青い瑞鶴に、赤い瑞鶴が近づいていく。

その方向へ殺到するBETA群。

周囲の白の瑞鶴が、赤の瑞鶴と動けない青の瑞鶴のフォローに入るが、BETAの陣形はその部隊を包囲しつつあった。

 

『ロックオン!ロックオン!』

 

「これじゃあ全滅だ・・・!わかってる、援護するぞ!」

 

ロックオンは、更に援護射撃を行う。

 

「接近戦をかける!ハロ、サポート頼むぜ?」

 

『了解!了解!』

 

バーニア噴射。

青い瑞鶴を取り囲むように援護射撃をしている瑞鶴数機に群がろうとする小型種を蹴散らす。

そして、倒れて未だ動くことができていない青の瑞鶴と赤の瑞鶴の前にデュナメスを躍り出させ、着地させた。

 

『な・・・!?』

 

ハロが音声を拾い、ヘルメット内蔵のヘッドセット越しにノイズ混じりの女の声が聞こえた。

正面から迫る小型種を移動しながら引き抜いたGNビームピストルで迎撃しながら、ロックオンはすぐさま、通信を有視界から外部スピーカへと切り替える。

 

「聞こえるか、そこの機体!」

 

彼がそう問うと、数秒して返事が返ってくる。

相手も外部スピーカに切り替えたようだ。

 

『な、なんだ貴様は!?援軍など聞いて―――――』

 

恐らく赤い方の機体だろうか、外部スピーカで突然現れた謎の機体に対する敵意に満ちた声を向けてくる。

それはそうだ。こんな状況で謎の機体が単機で戦闘に割り込んできたら、誰しもそういう対応をする。

 

『・・・救援、大義である。』

 

それを、年若い男性の声が遮った。

恐らくは、損傷した方の機体のパイロットの声だろう。

 

『か、閣下!?』

 

『良い、月詠。状況が状況だ。』

 

「(閣下・・・?)とりあえず、無事ではあるんだな?なら、あんた達は直ぐに撤退しろ。」

 

ロックオンは考えた。

「閣下」と呼ばれているということは、部隊指揮官か、或いはそれ以上の階級の人間なのだろう。

しかし、前線に将官クラスの軍人はあまり出てくるはずはないが・・・。

ましてやこのような「最前線」に出張ってくるのは、普通ではありえない。

だが、必ず「例外」というものは存在する。ロックオンは、状況を鑑みて閣下と呼ばれた指揮官に撤退するよう促す。

男の乗る機体は、どの道長く戦う事は出来ない。

 

『・・・・・』

 

「さっき、後方に下がった部隊の通信を傍受した。あんたら、殿なんだろう?なら、そこまで無理をする必要はないさ。」

 

武力介入する前にハロが拾ったここの軍の通信記録と、簡単な戦域情報。

そこから察するに、彼らの役目は時間稼ぎを目的とした殿であり、役目は終わってる筈なのをロックオンは察していた。

 

『―――――そうだ。』

 

「なら、即座に後退することをお勧めするよ。」

 

『・・・そうだな。それと一つ、先ほど一度遮った質問の続きを聞こう。』

 

―――――貴官は何者だ?

 

当然の問いだった。

 

「・・・・・」

 

『それに、私は貴官が使用している兵器を見た事がない。』

 

「―――――悪いが、今はそんな事言ってる場合じゃないだろう?」

 

彼は、自分へのこれ以上の追求を避けるために話を逸らしにかかる。

なにより、現状ではその問答をしている余裕はお互いにないだろう。

 

「こっちに、敵対の意思はない。撤退援護のために割り込んだわけだが…水を差しちまったかい?」

 

彼は答えをワザとはぐらかすように言う。

 

『・・・了解した。』

 

納得がいかない様子だが、とりあえずはと男は了承した。

 

「・・・やけにあっさりと納得してくれたな?」

 

彼にとっては助かる反面、拍子抜け、という感覚だ。

 

『それでも、貴官が私を助けてくれた事に変わりはないし、なにより貴官の言うことは正しい。』

 

彼は、ロックオンに対してそう返した。

 

『腑に落ちない点、納得がいかない点は多くあるが、まずはこの状況を打破するのが先だ。』

 

そうして言葉を続ける。

 

『・・・だが、戦闘終了後には我々に同行してもらうぞ?』

 

そして、最後に釘を刺す。

当然と言えば、当然の主張だった。

そろそろ、未知の場所での孤軍奮闘に限界を感じていたロックオンは、その条件を飲む。

 

「了解だ。」

 

『月詠!全機へ通達せよ。直ちにに撤退せよとな。』

 

男は、部下である赤い機体の女性パイロットに命令を出した。

 

『後を頼む。』

 

赤い機体と白い機体が青い機体を支えながら浮かび上がると、スラスターユニットを噴射させ、後退していく。

しかし、損傷機を抱えているため、他の機体達よりも移動速度が遅い。

そしてそれを追うように、要撃級と戦車級、突撃級の一団が動き出す。

 

「デュナメス、撤退支援を行う!」

 

『了解!了解!』

 

そして、彼はその大軍の横を並走するようにして追っていく。

大群の真横からGNスナイパーライフルで、戦車級数十体を撃ち抜いて蹴散らした。

吹き飛ばされる戦車級の骸を避けるように方向を変えながら前進を止めない要撃級や突撃級。

それへさらに粒子ビームを連続で叩き込むことで、進行速度の遅滞を図る。

 

「ハロ、トランザムは!?」

 

『圧縮粒子充填中!圧縮粒子充填中!』

 

「トランザムは無理か・・・」

 

この状況を即座に打破する1番の方法はトランザムによる強行突破だが、粒子残量の問題で断念する。

これは、使用後に大幅な性能低下が引きおこるため、そう何度も使う訳にもいかないのが現状だ。

 

さて、余談の一つであるが、デュナメスには射撃武装のほかに破壊力が高い武装が腰部と膝部の裏側に格納されていた。

 

補給に難がある以上、ロックオンは使いたくはなかったが、その武装を使うことを決断する。

 

「ハロ、GNミサイルの残弾はいくつだ?」

 

腰部と膝部分に格納されている武装―――――GNミサイル。

ここに飛ばされた際に一度確認していたが、虎の子の兵装だ。

その残弾数を聞き、ハロからは全弾が装填済みであることが即座に確認される。

 

「よし・・・なら、前方の猪野郎にGNミサイルをお見舞いしてやれ!」

 

『了解!了解!』

 

腰部のウェポンラックの一つが開き、瞬間、3発のGNミサイルが発射される。

目標(ターゲット)は前方の突撃級の進路上。

放たれたGNミサイルは、突撃級の脚部を狙った形で地面へ着弾し、着弾地点に突進してきた3体もの突撃級を吹き飛ばした。

次いで、後ろから来ていた突撃級や要撃級が、爆発で動きを鈍らせた突撃級進路を阻まれ、前進を大きく阻害される。

さらにそこへ、GNスナイパーライフルによる射撃が叩きこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

その場所は、まるで玉座のようだった。

その中央に位置する場所に、「ソレ」は在った。

様々な場所から情報を収集し、それを集約して統合していくBETAの"上位存在"。

 

自分たちの拠点を構築すべく、“上位存在”が放ったBETA達。

その一部が、たった一つの"異物"によって少なからず被害を受けていた。

 

『―――――――――――――――』

 

そして、BETAの一団は”上位存在”から命令を受け、追っていた異物から方向転換してその場から離れていった。

 

 

 

 

 

 

『化ケ物、離レテク!離レテク!』

 

「終わった、のか・・・?」

 

橋が落ちるのを見ながら、ロックオンは一人そう呟く。

BETAの進軍速度を鈍らせるために、鉄橋は破壊された。

その橋の先、そこに設営された野営基地にロックオンとデュナメスはいた。

そして、整然と並ぶ白い機体の列の中、赤い機体と、擱座した青い機体の近くに機体を着地させる。

男―――――斑鳩に言われた通り、彼はこの場所に同行していた。

外から機体から降りるように呼びかけられ、ロックオンはコクピットを開けると乗降用ワイヤーに足をかけて降りていく。

 

「動くな!」

 

地面に降り立つと同時に、彼は数人の兵士に包囲された。

兵士が構えている銃の銃口は、全てロックオンに向けられている。

 

「おいおい・・・・・手荒い歓迎だな?」

 

ロックオンは、ヘルメットガラスにスモークをかけたまま、飄々とした雰囲気で周りの人間に言った。

 

「貴官があの戦術機の衛士か?」

 

すると、彼の方に近づいてくる人物がいた。青い衛士強化装備に身を包んだ青年だ。

そして、目の前に立った青年が問いかけてくる。

 

「(センジュツキってのはあの妙な機体の事か?エイシってのは、ここで言うパイロットのことか。)」

 

彼の問いに1人納得したロックオンは、冷静な口調で返す。

 

「ああ。俺があの機体の"エイシ"だよ。」

 

相手の信用を得る為に、ヘルメットガラスのスモークを解除し、ヘルメットを外して素顔を晒す。

 

「貴官がそうか。改めて、先程の戦闘で救っていただき感謝する。私は斑鳩という。」

 

感謝の意を述べるとともに、簡単な自己紹介をしてくる斑鳩と名乗った男。

 

「俺の名前は―――――・・・一応、ロックオンとだけ名乗っておくよ。」

 

彼は、本名ではなく自分のコードネームを名乗る。

 

「・・・ふむ、そうか。ではロックオン、私の上にいる者が、其方に会いたいと言っている。私についてきて貰うぞ。」

 

有無を言わさない様子で斑鳩は強い口調で言い放つと、踵を返し、首で「ついてこい」とジェスチャーをしてから言う。

 

「こちらだ。」

 

「・・・オーライ。了解だ、イカルガさんよ。」

 

おどけた様子で彼はそう答えると、後ろからは銃を突き付けられたまま歩き出す。

 

「(さて、これからどうなることやら・・・・・)」

 

彼は黒く染まった空を見上げながら、そんなことを考えていた。

 




帝都・京都は落ちた。
未だ続く防衛戦の中、狙撃手は一人の人間に出会う。
その出会いは何を意味するのか?

混迷を極める世界の中で、彼は何を求め、何を得る?

次回「邂逅」

その出会いは、劇薬か。


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story02「邂逅」

今回は短めの内容になっています。

次の話に繋げるための繋ぎのお話です。はっきり言って。

あの「御方」が登場です。




前線から離れた場所に臨時設営された斯衛の野営基地。

 

野営地の外には戦術機が何機も鎮座しており、野営地内には其処彼処に大小様々なテントが設置されている。

その中を、ロックオンは斑鳩とそのそばに付いている月詠に誘導されながら歩いていた。

奥の方にあるのは、仮司令部となっている大型テント。

その前で斑鳩は止まると、入り口にいる警備兵に話しかける。

 

「斑鳩だ。紅蓮閣下へ取り次いでくれ」

 

斑鳩はテントの入り口に立つ警備兵と二三言会話を交わす。

少しして、戻ってくると、これから会う人物に関する説明を手短にしてくる。

 

「これより会うのは、斯衛においてもかなり上の立ち位置におられる人物だ。失礼のないよう、頼む。」

 

「了解。」

 

ロックオンは、少しおどけてみせながら斑鳩へとそう返した。

斑鳩に促され、ロックオンは後に続くと入り口を通って中へと入る。

ロックオンの前に立つ斑鳩は奥へ行くと、そこに立っていた人物へ敬礼した。

 

「紅蓮閣下。第十六大隊、斑鳩。殿の任を終え、只今帰還致しました。」

 

2mはあろうかという巨漢が、斑鳩の声を聞くと同時にこちらへ振り返る。

 

「殿の任、大儀であった。」

 

巨漢―――――紅蓮醍三郎は、そう答えた。

そして、視線をこちらへ向ける。

 

「して、こちらの者がお主の部隊と我が軍の崩壊を救った謎の戦術機の衛士か?」

 

「左様で御座います閣下。」

 

紅蓮の問いに、斑鳩は肯定をもって答える。

ロックオンは、こちらへ顔を向けた紅蓮へ向けて言った。

 

「(―――――即興の芝居だが、切り抜けるしかない。)」

 

内心そう考えて、ロックオンは直立不動の姿勢をとり敬礼する。

 

「”国連軍”特務部隊所属、ロックオン・ストラトス。階級は大尉です閣下殿。」

 

紅蓮は、鋭い視線を向けながら静かに返した。

 

「国連軍、とな。」

 

当然といえば、当然の反応。斑鳩の疑問に間接的に答えた形になったが、次の問題が浮上する。

 

―――――何故国連軍所属の人間が、1人で、しかも単機であの場にいたという事。

 

それに対して、ロックオンはこう答えてきた。

 

曰く、ロックオンが乗っていた戦術機は国連参加国の一つが独自に開発・試作した新概念の兵器であること。

 

曰く、非公式ながら国連軍の特務部隊としてその機体の実戦テストを目的にこの地に訪れていたこと。

 

曰く、あのタイミングで居合わせたのは、日本における実地試験の際に機体調整に手間取ったため、実戦データをとるために実戦テストを強行したためであること。

 

また、実戦テストを強行したため、防衛戦における帝国軍の援護を優先した結果、今現在ここにいるという事。

 

それと、自分の所属していた試験小隊とは連絡がとれず、恐らく全滅したということもロックオンは付け加える。

 

だが、今の情報は全てロックオンがでっちあげたことだ。

つまりは、嘘八百。

 

ようは、「任務の大まかな内容は説明できるが、自分の素性などの詳しいことについてまでは、任務の性質上、説明しかねる」ということ。

 

しかし、極秘任務とはいえ単機で戦場に向かうのは自殺行為に等しい事だし、ロックオンの乗ってデュナメスは、「新概念の試作兵器」だ。

おいそれと、あのような危険な場所に出てくる代物ではなく、後方の安全な場所で評価試験を行うのが常というものだ。

 

「そのような任務を帯びながら、なぜ其方はここにいる?」

 

「本来ならば、安全である後方で万全の準備を整えつつ、試験項目を消化していく予定だったのですが、何分状況が状況で、やむなく戦闘に参加しました。」

 

紅蓮からの問いに、臆することなく淡々と答えるロックオン。

 

「では、その極秘任務とやらは誰の命令だ?」

 

「それも、任務の性質上、お答え―――――」

 

「ですが、せめて最低限の事前通告程度はするべきでは?」

 

さらなる質問に対して、ロックオンは「お答えしかねます」と続けようとしたところで、新たに現れた第三者に遮られる。

紅蓮の背後。そこから姿を現した第三者。

それは、まだ幼さを残した少女だった。

彼女は、凜と下眼差しをロックオンへ向けている。

流石に、こんなところに彼女のような存在が突然現れるとは思っておらず(先程外で別れた月詠もまだ年若い女性であったが)、一瞬だけ動揺の色を見せるロックオン。

 

「殿下、なぜこの場に・・・?」

 

紅蓮にとっても想定外だったようで、歩みを進めて徐々にロックオンとの距離を近づけていく彼女を止めようとするが、彼女はそれを手で制してロックオンの方へと歩を進める。

 

「会話を遮ってしまい、申し訳ありません。」

 

そう言うと、彼女は凛とした声で、ロックオンに自分の立場と名を告げる。

 

「日本帝国政威大将軍・煌武院悠陽と申します。この度は、我が忠臣の1人の窮地を救って頂きました。其方に感謝を・・・・・。」

 

一礼し礼を述べるとともに、彼女―――――煌武院悠陽は、ロックオンへ向き直る。

 

「殿下・・・?」

 

殿下、と呼ばれた少女。政威大将軍と名乗った少女。

それはまるで、かつて見たアザディスタン王国第一王女である、マリナ・イス・マイールを連想させた。

早い話が、祭り上げられた偶像、象徴。

目の前の少女は、彼女に似ていた。年若い幼い女の子がそんな立場にいるという現実を知って、一瞬だけ苦い表情を浮かべるが、すぐに「礼には及ばないよ」と返す。

 

「いえ。私は、あなたに感謝しなければなりません。外にある貴方の乗る戦術機で、何人もの帝国軍衛士と、臣民を救うことが出来ました。」

 

彼女は謝辞を述べるとともに、先ほどの疑問の続きを口にする。

 

「国際法上、他国の軍隊ともいえる国連の介入は、正式な通告をもって行われるのが常です。しかし、私は勿論、この紅蓮も、そこにいる斑鳩も、共に貴方の存在をこの瞬間まで知らないでいました。」

 

「・・・・・」

 

ここにいる二人よりも位が上であり、マリナのような立場だとすれば、軍の最高指揮権を持っている人物か、あるいは国家元首か。

兵士でも、それなりの階級の人物だとしても言いくるめようはいくらでもあったが、ロックオンが考えていたプランでは、ここまでの大物が出てくるのは想定されていなかった。

無言のまま、答えに窮するロックオンに対して、悠陽が更なる疑問をぶつけようと口を開くと同時に部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。

 

「失礼します!紅蓮閣下、斑鳩閣下はおられ―――――で、殿下・・・!?」

 

「控えよ月詠、なぜ其方がここにいる。ここに来ることを許可した覚えはないが?」

 

それは、先ほど外で一旦別れた月詠だった。

 

「も、申し訳ありません。この月詠の無礼、お許しください・・・」

 

すぐに片膝をつき、どのような罰にも応じるという絶対服従の姿勢を取る月詠に、悠陽が告げる。

 

「良い。先ほどの無礼、不問に伏しましょう。して、ここにきた理由は?」

 

悠陽がそう問うと、月詠は「この場で発言することをお許しください」と言い、こちらへ顔を向けると一礼し、3人にあることをを伝える。

 

「其方におります未確認機の衛士の所在を調べたところ、帝国軍柏陵基地駐留の国連軍関係者、「香月夕呼」博士直属の部下である事が判明いたしましたことを、報告させていただきます。」

 

そして、月詠が述べた内容は、先ほどロックオンがでっちあげた「嘘」を「真実」に見せる確かな裏付けになっていた。

 

「・・・・・ほう、あの「横浜」と」

 

「・・・・・」

 

「つまるところ、貴官はかの「魔女」の差し金であの場所にいた、というわけか。」

 

斑鳩は1人納得した様子であり、悠陽は黙ったまま、紅蓮もまた得心がいったのか、ロックオンへと言う。

 

「一応だが、其方の身元保証人が現れた、というわけだな」

 

「・・・ええ、そうなりますね。」

 

少し冷や汗をかきながら、表面は平静を保ちつつ答えるロックオン。

 

「それと、ロックオン殿。貴方には、即時帰還命令が出ています。」

 

月詠は、ロックオン自身にそう告げた。

 

「・・・・・良いでしょう。腑に落ちない点は多々ありますが、このような状況です。今回の其方の功績を考慮し、今現在はこの件は不問としましょう。下がることを許します。」

 

悠陽はそう言い、ロックオンと斑鳩はその場から立ち去ろうとする。

 

「最後に改めて、深い感謝を。我が祖国のために献身していただき、ありがとうございます、ロックオン殿。」

 

その言葉に彼は、こう答えた。

 

「礼には及びません。人として、正しいことをしただけですから」

 

 

 

 

 

 

仮司令部である大型テントを後にし、ロックオンは再び外にいた。

斑鳩や他の衛士達が乗っていた機体(82式戦術歩行戦闘機(TYPE-82)「瑞鶴」というらしい)の横に並ぶ、ガンダムデュナメスの足元までやってくる。

 

「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ。」

 

ロックオンは後ろへ向き直り、ワイヤーフックに足をかけると、自分を見送るよう命じられた目の前の女性へ言った。

そこに立っているのは、赤い衛士強化装備に身を包んだままの月詠だ。

 

「・・・あ、ああ。送る者が、私だけですまない。」

 

少し申し訳なさそうに言う月詠。

最初に言葉を交わした時の敵意の向けようとはずいぶんな温度差だ。

 

「謝るなよ。いきなり現れて、場をかき乱しちまったのはこっちなんだからな?」

 

彼は、気まずそうな月詠にフランクに返す。

月詠はどこかやるせないという表情で、こちらを見る。

 

「ああ、そうだな。・・・確かに、正直に言うと、貴方は怪しい。」

 

「・・・おっっと。随分ストレートに言ってくれるな?」

 

苦笑混じりにロックオンが言うと、彼女は更に言葉をつづけた。

 

「だが、貴方が我々を・・・斑鳩閣下を救ってくれたのは紛れもない、事実、なのだ。それを、追い出すような形で・・・」

 

「―――――ツクヨミさん、だっけか?」

 

俺は、ツクヨミの言葉を遮り彼女の瞳を真っすぐに見つめる。

 

「あんまり考えすぎるなよ。眉間に皺がよっちまう」

 

「え・・・?」

 

少し俯きがちに喋っていた月詠は、驚いたような様子でこちらを見る。

 

「こんな情勢だしな。そうなるのは分かる。だが、あまり考えすぎるな。ある程度は、割り切っていかねぇと」

 

「・・・」

 

彼の言葉を、どこか憂いを含んだ表情で聞いている月詠。

 

「もうちょっと、気楽に生きていかないとな。やれる事も、できなくなっちまう。」

 

脚を駆けたフックと、捕まったワイヤーが上昇を始めた。

 

「それにな、そんなに眉間に皺をよせてたら、折角の美人も台無しになっちまうぜ?」

 

「・・・・・なぁっ!?」

 

最後にロックオンが言った一言に、顔をバッとあげて真っ赤にしながら素っ頓狂な声をあげる月詠。

 

「なんだ。可愛い顔もできるじゃねえか。」

 

コクピットに入りシートへ腰を落ち着けると、ヘルメットを被る。

システムを待機状態から、巡行モードへ移行。

コクピットを閉じると、動き出したメインカメラにこちらを見上げる月詠の姿が映る。

デュナメスの頭部を月詠へとむけて、メインカメラが彼女を一瞥する。

 

「離れてな!ハロ、海上に出るぞ。」

 

『了解!了解!』

 

外部スピーカ越しに月詠に呼びかけ、離れさせる。

GNドライブが独特の駆動音を鳴らし始め、緑色の粒子を散布しながら浮き上がるデュナメス。

 

「さて・・・蛇が出るか、或いは、だな。さぁて、行きますかね?」

 

『マカセタ!マカセタ!』

 

彼はそう言うと同時にレバーを引き、機体を上昇させ、その場から離脱した。

 

 

 

 

 




余談ですが、先ほどの話において即座にロックオンの身分の裏付けができたことに関する補足をしておきます。
ロックオンが国連軍の所属だという根拠の無い裏付けができたのには、夕呼先生が斯衛にロックオンが拘束されていることさる筋から仕入れた情報で知り、即座にアクションを起こしたためです。
彼女は、京都防衛戦の最中に現れた「謎の戦術機」であるガンダムデュナメスのことを予めマークしていました。
ロックオンは最初の武力介入から何度か戦闘に参加しては帝国軍の撤退を散発的に支援しており、撤退した帝国軍の衛士が書いた報告書の中に、「粒子光線兵器を用いる謎の戦術機」などの、似た記述が多数あったため、夕呼先生はAL4に出資する大投資家であり優れた研究者でもある、とある人物が中心となって計画と並行して研究・開発が行われている「特殊粒子(後のGN粒子)」及び、その粒子を生み出す「太陽炉」を動力とした新たな技術に夕呼が目を付けていたのが、デュナメスがマークされていた大きな理由です。

以降、いつもの次回予告。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

そして、狙撃手は出会う。
魔女と呼ばれる一人の女と。
それは、人類救済のための計画。

彼女は「救済の聖母」となるべく、孤独に戦う。
出会いは偶然か、或いは必然か?

次回「横浜」

その出会い、果たして何を生み出すのか。



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story03「横浜の魔女」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

火星で発見された異星起源種によって引き起こされたBETA大戦。
地球外生命体BETAを駆逐するべく、異界からの戦士が立ち上がる!
(某ライダー冒頭ナレ風)

イメージOPは「Be The One」でいきましょう。

※火星で発見されたのはパンドラボックスではなくBETAです。

※2019年10月2日2223 国際情勢を描写した部分を修正


~1998年8月15日 帝国軍柏陵基地周辺海域~

 

漆黒の闇に包まれた海。

何も無いはずの海上に、波紋が生じる。

否、「何もない」というのは些か間違っている表現だろうか。

海上に浮遊しているのは、光学迷彩によって周りの風景に溶け込んだ1機の人型機動兵器だった。

"それ"は、この世界とは異なる概念と遥かに進んだ技術で製造され、この世界においていかなる兵器の追随も許さず、本来の世界においては「最強の機動兵器」の一角を担った「ガンダム」の名を関した濃緑の狙撃手―――――GN-002「ガンダムデュナメス」。

漆黒に包まれた海上を、デュナメスはゆっくりと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

―――――帝国軍柏陵基地。

 

横浜に造られた、日本帝国軍の軍事基地。

しかしてその実態は、人類を救うための4つ目の代替計画を執り行う中心の場だ。

その場所は、帝国軍より国連へ提供された軍事基地だった。

この基地に設置されたAL4(オルタネイティブ第四計画)占有区画の一角、そこにある専用に用意された部屋に、その人物はいた。

彼女の名は、香月夕呼。

「横浜の女狐、或いは魔女」、もしくは「極東の魔女」と呼ばれ、一部の人間には畏怖される女性だ。

 

「・・・・・」

 

いつものように、彼女は部屋に備え付けの座り心地のよさそうな椅子に座っていた。

片手に持ったコーヒーカップに注がれた熱々のコーヒーをゆっくりと啜りながら、執務机においてあった「ある報告書」に目を通す。

 

その報告書には、いくつかの写真も添付されていた。

 

写真に収められているのは、報告書に記述されている謎の戦術機(アンノウン)の姿。

明らかに既存の戦術機とデザインが異なるそれは、戦術機に比べれば遥かに「人間的」な外見をしていた。

「これ」が現れたのは、つい先日の事だ。

既に陥落した京都の防衛戦時、ならびに撤退戦時において複数回確認されたという。

 

報告書の記述をまとめると、『背部の動力部らしき部分や、腰部の跳躍ユニットらしき部分から緑色の粒子を放出。光線級のレーザーをも跳ね返す「光の障壁」と光線級が放つレーザーと同等の威力をもち、光線級以上のペースで、ほぼインターバルなく光線兵器を用いる、未確認の戦術歩行戦闘機。』と記載されていた。

彼女は京都防衛戦時にその目撃情報を掴むと、すぐさまその機体をマークするよう指示を出し、自分に情報提供をしてくれる「とある人物」が情報収集に奔走した結果、その戦術機の衛士が斯衛に身柄を拘束されていることを突き止めた。

それを知ると同時に、彼女は情報操作による手を打ちその戦術機を「極秘任務で、実地評価試験を目的に西日本某所山間部で最終調整作業を行なっていた際に戦闘に巻き込まれた」とし、その機体の衛士を彼女直属の部下としたのだ。

 

その連絡を送って数十分後、件の戦術機が柏陵基地へ向かった旨が、彼女自身に伝えられた。

 

あれからすでに何時間が経っただろうか?既に時刻は20時を回り、基地の周囲は闇夜に包まれている。

 

「さて、と・・・最低限のお膳立てはしたし、後はこいつが素直にここに来るか、よね。」

 

そんな事を、1人呟いた瞬間、基地内に緊急配備の警報が鳴り響いた。

 

「・・・ようやくね」

 

彼女は、「魔女」の異名を持つに恥じない笑みを浮かべながら部屋を後に基地の指揮所に向かった。

 

 

 

 

 

 

帝国軍柏陵基地。

今この基地は、ある異常事態に見舞われ、スクランブルが発令されていた。

サイレンがけたたましく鳴り響き、暗かった基地に明かりが灯されていく。

 

その「異常事態」とは------突如として、全ての電子機器が異常を起こし始めたのだ(・・・・・・・・・・・・・)

周辺警戒用の早期警戒レーダーの表示にはノイズが走り、通信設備はジャミングがかかったかのように各所に連絡がうまくできないような状態で、未知の事態に基地内は騒然としていた。

慌ただしい司令部とその中にある指揮所にて、その様子を眺めていた基地司令。

その後ろの自動ドアが開き、白衣を着た1人の女性が現れる。

招集をされるまでもなく、香月夕呼自らがこの場所に足を運んでいた。

 

「おお、香月博士。今お呼びしようとしていたところです。」

 

「いても立ってもおられず、自らここに来てしまいましたわ?基地司令殿。」

 

基地司令の言葉に、彼女はそう返すと慌ただしい指揮所に目を移す。

 

「HQより基地の全ての戦闘要員へ!第二種戦闘配備(コンディションイエロー)!基地を守備隊に緊急出動命令(スクランブル)をかけろ!」

 

オペレーターがインカム越しに基地各所へ直接スピーカーで命令を下し、基地全体が戦闘態勢に入る。

滑走路にもライトが灯され、滑走路に繋がる位置にあるハンガーエリアの戦術機格納ハンガーの扉が開いていく。

 

「第1、第2小隊は直ちに-----」

 

「第4小隊はハンガーにて待機せよ」

 

「MPはただちに基地各所の入り口を-----」

 

「第1小隊、2番滑走路に移動して-----」

 

各オペレーターが指示を出す中で、レーダー要員の1人が声を上げた。

 

「れ、レーダーに感あり!突然現れました!」

 

「場所は!?」

 

「座標は・・・当基地直上!既に、警戒エリアを突破されています!」

 

「・・・既に懐に潜り込まれたというわけか。」

 

ノイズが走るレーダーに、辛うじて映った反応の座標は基地直上。

司令官は、その報告を聞いて苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

ロックオンは、海上から柏陵基地へのアプローチに入った。

基地の上空に到達すると、一旦機体を制止させる。

 

無論、隠密巡航モードによる光学迷彩のオマケ付きで、だ。

 

眼下の軍事基地。

これが、目的の柏陵基地なのだろう。

 

「ここが、ツクヨミに教えられたヨコハマの基地か。」

 

直後、集音マイクで拾った音声が聞こえてくる。

それは、緊急事態を知らせる警報だった。

やがて、基地の照明がいくつも点灯し、基地全体が騒がしくなっているのが見て取れる。

 

「・・・まあ、そうだよな。GN粒子にはジャミング効果があるから、対策をしているならまだしも一切していないならこうもなるか。」

 

『仕方ナイ!仕方ナイ!』

 

溜息混じりにロックオンがそう言うと、ハロがフォローするように音声を発する。

 

CBの運用する兵器の大半は、GN粒子を用いたものばかりだ。

武装も、装甲も、機体の端まで動かすのにGN粒子を用いている。故に、このGN粒子による様々な技術のノウハウがなければ、再現不可能な技術。

これが、武力介入当初のCBの絶対的優位を保っていた要因であった。

 

ガンダムデュナメスの動力部もまた、言わずと知れたGNドライヴだ。そして、それが放出するGN粒子には通信機器などに異常をきたす特性がある。

隠密巡行モードとはいえ、散布されているGN粒子は、見事に柏陵基地の電子機器に悪影響を及ぼしていた。

 

「下の奴らにしてみれば、未知との遭遇ってやつだよな。」

 

彼はそう言いながらハロへと指示を出すと、GN粒子で構成されていた光学迷彩を解除され、基地上空に浮遊するデュナメスの姿が露呈される。

 

「さて・・・どう出るか、だな。」

 

夜間という条件も相まって、突然現れた自分の機体はかなりの興味を引くと同時に、不気味なのだろう。

そんなことを考えながら、カメラの方向を格納庫の方へ移すと、いくつかのハンガーブロックの扉が開いて、何機かの戦術機が出てくるのが見えた。

現れたのは、先日見た「瑞鶴」とはまた異なるデザインの機体だ。もう一つのハンガーからは、「瑞鶴」酷似したデザインの機体-----帝国陸軍正式採用の77式戦術歩行戦闘機「撃震」が出てくる。

 

ロックオンはまだ知らないが、最初に出てきた戦術機は、帝国軍仕様の|F-15C(イーグル)である89式戦術歩行戦闘機「陽炎」だった。

 

『守備隊ラシキ部隊展開中!展開中!』

 

「ま、どちらにせよあまりいい意味で歓迎はされていないだろうな。コウヅキって人間がどの程度影響力がある人間かは知らないが・・・」

 

そうして、ロックオンは機体をゆっくりと基地飛行場へと降下させていく。

 

「さて、ご挨拶だ。ハロ、武装はいつでも使えるように戦闘モードに移行させておけ。」

 

彼は相棒にそう指示を出しながら、愛機を基地滑走路にランディングアプローチをかけた。

 

滑走路方面に向けて移動中だった部隊の1つ。

国連軍所属の部隊である事を示すUNブルーの77式「撃震」に乗る衛士は、突然のスクランブルに戸惑いを隠せないでいた。

 

「なんだってこんなとこに・・・。BETAはまだここまできてないだろう?」

 

機体をゆっくりと前進させ、彼は簡単なやりとりを僚機としながら周囲の警戒をする。

先程から通信にはノイズが走り、それがさらに、彼に不安感を増長させた。

 

「“テロリストの襲撃”なんて事態だけは、勘弁してくれよ・・・?」

 

『ーーーザザッ。曹長、通信状況が悪い。これより、通信手段を外部スピーカに切り替えるぞ。』

 

「了解です隊ちょ-----」

 

彼がそう返そうとした瞬間、「ブチッ!」という音と共に通信が途絶した。

直後、網膜投影越しに映る滑走路上、先行している陽炎の部隊の目の前に、見たことのない一機の戦術機が降り立つ。

 

「な・・・!?」

 

ありえない光景に、彼は息を呑む。

勿論、その場にいる誰もが突然の未確認機の出現に驚いていた。

何せその機体は、彼にとっても誰にとっても忌々しい、光線級という存在によって奪われたはずの「空」から現れたのだから。

 

 

 

 

 

 

基地に備え付けられたカメラに加えて、戦術機による頭部カメラの視界。

そこに映る滑走路上に、件の戦術機が降り立ったのが見えた。

指揮所が一瞬だけザワつき、すぐに落ち着く。

彼女は、画質の悪い映像を目を凝らしてよく見ると、その機体の背中からは、暗くてもはっきりとわかるほどに綺麗な緑色の粒子を、微量ながら放出していた。

 

「一体何のつもりだ、これは。博士、これが貴女の言っていた私兵か?」

 

突如として現れた戦術機の行動が理解できていない基地司令が訝しげな声をあげ、夕呼を糾弾するように問う。

 

正直、彼女も同じようなではあった。

 

突如出現した未確認機が、強引にランディングアプローチをかけてきて、あまつさえ基地防衛のための展開中の戦術機部隊の前に単機で躍り出る。威嚇のつもりなのだろうが、これではいい的であり、挑発行為に他ならない。

しかしこうとも取れる。

 

これは、あの機体の衛士なりの自分に対する挑戦状だ。

 

「・・・やってくれるじゃない。」

 

呆れた、という風に彼女は溜息混じりに独り言を呟いた。

 

 

 

 

 

 

滑走路に着陸したデュナメスは、両肩に装備されているフルシールドをそれぞれの方向に展開し、腕部を露わにする。

GNスナイパーライフルは右肩部に懸架しており、他の武装も各武装ラックに格納していた。

 

着陸から1分。

既にロックオンの乗るデュナメスは、8機もの戦術機に包囲されている。

 

『そこの戦術機!所属と官姓名を述べよ!周囲は完全に包囲されている!』

 

外部スピーカ越しに警告を発するのは、先行していた陽炎の部隊の隊長機だ。

 

「・・・これで包囲か。まあ、普通の相手ならこの数でも十分だろうさ」

 

-----普通の相手なら、な。

 

その警告に、思わず彼はそう漏らす。

彼の乗る機体は単機でも一騎当千の性能をもつ「ガンダム」の名を冠する機体の1機だ。

故に、仮に目の前の機体がMSと同等の性能を持っていたとしても、ガンダムをこの数で止めることは不可能だ。

 

「・・・」

 

彼が基地上空に現れてから相手方が完全な戦闘態勢にを整えるまでにかかった時間は五分程。

完全な不意をついたとはいえ、ガンダム相手にそれは、余りにも行動が遅いと同時に、その遅さが「後方」であることを如実に表していた。

 

「ハロ、悪いがサポート頼むぜ?」

 

『了解!了解!』

 

そう言うと同時に、ロックオンはは操縦桿を動かしデュナメスの両腕を動かし、ふくらはぎ部分にマウントされた武装コンテナからGNビームピストルを抜く。

 

「そら、ここまでやってるんだ。早く止めないと、大変なことになるぜ?」

 

ビームピストルの銃口は上に向けた状態でいると、陽炎4機全機が手に持った突撃砲の銃口をデュナメスに合わせた。

それにならって、撃震4機も同様に突撃砲の照準をデュナメスに合わせる。

 

一触即発。

 

陽炎の衛士たちは、一様にデュナメスへの不信感を強める。

 

-----何のつもりだ、と。

 

デュナメスを包囲している陽炎4機に、撃震4機。それに加えて、撃震の小隊の後ろに新たな4機の撃震が現れたことで、彼我の戦力差は12対1だ。

普通に考えれば、彼のとった行動は愚行であり、自殺行為に他ならなかった。

 

そうして、一触即発の状態が続いた永遠にも近い5分間。

事態は、状況に耐えきれなくなり、威嚇射撃を行った1人の衛士の戦術機によって動く。

 

 

 

 

 

 

1機の陽炎の持つ突撃砲の銃口が、火を吹いた。

放たれた弾丸はデュナメスに命中しなかったが、それを皮切りに大きなアクションを見せるデュナメス。

 

「正面の4機を紛争幇助対象と断定。デュナメス、敵機の無力化に移る。」

 

『了解!了解!』

 

「悪く思うなよ。」

 

動き出したデュナメス目掛けて、陽炎4機が銃撃を開始する。

遅れて、少し距離が離れていた撃震も退路を塞ぐべく距離を詰め始めた。

 

『逃すな!こうなった以上、力ずくで拘束させてもらう!』

 

中心にいたデュナメスに、銃弾が次々に命中するが-----

 

『これだけの攻撃をまともに受けたんだ、無事でいるはずが・・・』

 

『た、隊長!奴は-----』

 

煙が晴れる。

 

『奴はまだ、生きています(・・・・・・)!』

 

そこには、無傷の濃緑の機体が、先程と同じ状態で立っていた。

否、先程とは違う部分がある。デュナメスの周囲を、淡い緑色の粒子が包み込んでいた。

 

『GNフィールド、正常ニ展開中!正常ニ展開中!』

 

銃撃は、全てGNフィールドによって阻まれたのだ。

GNフィールドは、実弾に弱いという弱点を持つが、この世界の突撃砲程度の威力では、GNフィールドを突破することは難しい。

 

そして、一方的な蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

司令部内は、騒然としていた。

カメラに映る滑走路上では、煙が立ち上っている。

煙を立たせているのは、地面に倒れ伏して行動不能にされた4機の戦術機。

その全てが、先に仕掛けた陽炎だった。

頭部を、腕を、脚を、あらゆる武器に変わる部位を瞬時に破壊され、スクラップ寸前といった有様。

4機が全機大破するまでにか、1分もかからなかった。

誰1人、デュナメスに触れることは叶わなかったのだ。

最後の1機が倒れると、デュナメスは「次はお前だ」と示すようにして、呆然としていて動けない撃震へ銃口を向ける。

 

『まだやるかい?』

 

外部スピーカ越しに、冷淡な声が発せられた。

デュナメスの構えたビームピストルの銃口には桃色の光が溜められ、今にも放たれそうに見える。

 

『さて。派手にやっちまったが、ここに来た理由は襲撃じゃあない。ある人間に会うためにきた。』

 

すると、突然ロックオンは誰かに話しかけるような口調で-----誰かに呼びかけるような口調で言葉を続ける。

 

『俺は、コウヅキユウコって人間に呼ばれて、ここに来たんだが?』

 

圧倒的な力を見せつけた上で、彼は自分の目的と要求を提示する。

それを見ていた夕呼は、相手がとった行動は、多少強引だが不利な状況におけるコンタクトの方法としては及第点ではあるということを悟っていた。

 

ただ、方法は悪手と言っても差し支えのないものだが。

 

不信感から始まる関係に良いものはない。

それは、やった本人が一番わかっている事であろう。

 

数秒して、指揮所にいる彼女は司令官に許可をもらうと、1人のオペレータに近づいていき、各国共通のオープンチャンネルで呼びかける。

 

「私のことを呼んだかしら?」

 

数秒して、彼女の耳におどけた様子の男性の声が聞こえてくる。どうやら、通信が繋がったようだ。

 

『ご本人自らが応じてくれるとは、感謝するよ。』

 

「話し合いをする態度ではなかったわね。もう少し礼儀正しくできなかったのかしら?」

 

芝居がかかったような物言いの夕呼に対して、ロックオンは「生憎、のんびりできる様な状況じゃなかったんでね。」と返す。

 

「とりあえず、ご苦労様とだけ言っておくわ?」

 

彼女がそう返すと、

 

『そいつはどーも。さて、俺はこれからどうすればいい?』

 

彼は、飄々とした口調で何事もなかったかのように、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ。」

 

夕呼は執務室へと戻り、座り心地の良さそうな椅子に座り込んでため息をつく。

とりあえず、あの戦術機の衛士を基地内に入れることに成功した。

隣の部屋には社霞を待機させており、後は彼を待つばかりだ。

 

『副司令、例の衛士をお連れしました。』

 

外からは、彼女の側近の1人であるイリーナ・ピアティフ中尉の声が聞こえる。

 

「いいわ、入って頂戴。」

 

私がそう答えると、ドアが開き、そこにピアティフが立っている。彼女に促され、執務室の中に一人の人間が入ってきた。夕呼からすれば、見たこともない奇妙な形状の衛士強化装備に身を包み、頭にはヘルメットを被っている状態で、ガラス部分はスモークがかかっていて素顔が見えない。

 

「ありがとう、中尉。もう下がっていいわ。」

 

私はピアティフにそう言い、彼女は部屋の戸を閉めると即座にその場から立ち去った。

しばらく、無言の時間が続く。

そして、それを破ったのはやはりという夕呼の方だった。

 

「最低限の礼儀くらいは、示して欲しいものね?」

 

夕呼は皮肉たっぷりに、正面に立つ無言のままの人物に話しかけた。

 

「悪いな。俺はまだ、あんたを信用しちゃいない。」

 

当然の返答ではあった。

お互いにお互いの事を知らないのだから、仕方がない事ではある。

 

「そうね。でも私は、それなりに信頼を得るための譲歩をしたつもりだけれど?せめて顔くらいは見せてくれないものかしらね。」

 

皮肉混じりに彼女がそう言うと、素顔を隠したままの彼は、一瞬考える素振りを見せる。

逡巡は一瞬で、彼はヘルメットに手を伸ばすと、それを脱いだ。

 

「へぇ・・・それがあんたの素顔?」

 

「ふぅ。なんだい?仮面の下は、イケメンダンディなおじさんが入ってるとでも思っていたのかい?」

 

態とらしい口調で、青年-----ロックオン・ストラトスは、夕呼へと返した。

 

「あんたには感謝してる。拘束状態だった俺を、外から助けてくれたんだからな?」

 

そう言うと、ヘルメットを腰に抱えながら続ける。

 

「だからこそ、ここからは俺としてもあんたと色々と話し合った上で行動方針を決めていきたいと思ってる。」

 

「賢明な判断ね?」

 

「さて・・・話し合いの前に自己紹介だ、ミス・コウヅキ。俺の名は、ロックオン・ストラトス。成層圏の向こう側だろうと、狙い撃つ男だよ」

 

口元に、不敵な笑みを浮かべながら、ロックオンは夕呼へと名乗った。

 

そして彼は、自分の身の上話を始める。

 

彼がどういう人間なのか。

あれがどういう兵器なのかを。

彼女を、自身の共犯者とするために、できるだけ情報を開示する。

 

「俺がいた組織の名は「ソレスタルビーイング」。「紛争根絶」なんて大それた事を基本理念に掲げた私設武装組織だ。」

 

「そして、ソレスタルビーイングは行動を開始すると同時に、世界を相手に喧嘩をふっかけた。ようは、紛争根絶を掲げて、代理戦争たる紛争や各国軍に対して「紛争幇助対象」と断じた対象を攻撃する」

 

ロックオンは、自らがやってきた所業を他人事のように説明していく。

 

「大抵の人間は、今言った組織の名前を聞くだけで目の色を変えるんだが、その様子じゃ知らないようだな?」

 

「「ソレスタルビーイング」なんて組織、この世界中どこを探したって聞いたことがないわ。」

 

彼の質問に、夕呼は「何を当たり前のことを」という様子で答える。

 

「だよな・・・じゃあ、MS(モビルスーツ)というジャンルの兵器は?」

 

「モビルスーツ・・・?それは、こちらでいう、さっきあんたがスクラップにした戦術歩行戦闘機(Tactical Surface Fighter)の事かしら?」

 

ここまで情報の齟齬が出るとは思っていなかったロックオンは、同時に理解した。

ここが、自分の世界とはあまりにもかけ離れた物だということを。

そして、彼の中の疑問は確信に変わる。

 

「・・・そうか。つまるところだが、今までのやり取りのズレ具合から察するに、俺はどうやら、未来か別の世界から、此処に来ちまったらしい。まるで、SF映画みたいな展開だ。」

 

降参、といった様子でおどけてみせる。

彼は、自分自信がこの世界にとって招かれざる客であるということだけは理解できた。

 

 

 

 

 

 

戦術機が格納されている格納区画(ハンガーブロック)

基地の中で、空きがある格納庫の一角に、それは起立していた。

それは、ガンダムデュナメスだ。

その中に残された球体型情報端末「ハロ」は、主人の帰りを待ちながら、危険を察知した際に即座に行動できる様な態勢で待機していた。

 

基地の整備班は、急に運び込まれた謎の戦術機ということもあり、機械好きな連中は特に興味津々といった具合だったが、「機密」という言葉によって、一切の干渉を禁止されていた。

 

デュナメスのカメラアイはその様子を捉えており、コクピットの中で、ハロは自分を「相棒」と呼んでくれる人の帰りを待っていた。

 

 

 

 

 

 

とりあえず、一通り話し終えたロックオンは、「次はあんただ」と言うような態度でいた。

彼の説明を終わると、執務室の中は、再び沈黙に包まれる。

 

彼自身、今現在の自分が置かれている状況は、余り良いものではないと思っていた。

何せ、機体を一時的とはいえ放置して、この場所まで生身の状態できているのだから、ロックオン自身は最大限に「敵意ない」という事を行動で示している形だが、もしも彼本来の世界で眼鏡をかけた堅物の少年にこれを見られたら「君はガンダムマイスターに相応しくない」と言われるくらいには、愚行であると彼自身が自覚していた。

 

ロックオンは、先ほどの説明に加えて、自分が知る限りの2307年現在の世界情勢を、なるべくかいつまんで説明していた。

 

2307年時点では、世界における石油などの化石燃料が枯渇しており、その影響もあり、原子力発電とは異なる新しいクリーンな動力として、既存の太陽光発電の技術を大きく発展させた発電システムが主流になったことで、化石燃料を消費して電力などを賄う火力発電は環境汚染も絡めた問題によって衰退の一途を辿り、その影響で中東は紛争が起こり、それに各国が介入する混迷の戦場になっているということ。

そして、太陽光発電システムを世界規模で普及させるために建造された「軌道エレベータ」を巡って、世界中では紛争や戦争が多発しているということ。

2307年現在では、世界は3つの勢力に分かれていること。

その、主な勢力図としては、ヨーロッパ諸国で構成されたAEU、アメリカ合衆国を中心とするユニオン、そして、ロシアを中心とした人類確信連盟z

他にも、ある程度言える範疇のことは全て彼女に説明した。

 

「・・・はぁ、なるほどね。それじゃああんたは、本当に「別の地球」から来たというわけね。」

 

「やけにあっさりと、信じてくれるんだな。胡散臭さ満載だろう?俺の話は。」

 

彼にとっては拍子抜けな程に、彼女は納得したようだった。

そして、彼女が納得した理由が彼女自身から告げられる。

 

「それはそうよ?だって今は、西暦2307年なんかじゃない。今は、西暦1998年の8月15日。つまり、あんたの世界との共通点は西暦であるという点だけなのよ。他は、何もかもが違う。」

 

「な・・・西暦、1998年だと・・・?」

 

ロックオンからしてみれば、過去どころか大昔の話だ。

 

「・・・つまりは、そのズレが決定打か?」

 

「いいえ。理由はもう一つあるけれど・・・今の貴方に、それを教える必要性はないわ。」

 

意味深な事を夕呼は言うが、ロックオン自身は深いところまで詮索せず、逆に夕呼へ今、「この地球」が、世界がどういった状況に置かれているかを聞いた。

 

そこから始まったのは、この世界の歴史についての話。

その話に、彼は驚きを隠せなかった。

 

「まず最初に。既にこの世界において、ヨーロッパは地球人類の勢力図には存在しなくなっているわ。この日本と太平洋上に存在するいくつかの島々、そして、北米大陸を除けば、その全てが一つの勢力の手に落ちている。」

 

「言わずと知れた、BETAよ。」

 

そこから彼女は、まずはじめに第二次世界大戦の終結から順を追って説明していく。

この世界の歴史は、彼のいた「本来の世界」で起こった第二次世界大戦の結末から変わっているようだった。

 

ロックオンの生きてきた世界における第二次世界大戦の終結は、1945年8月における日本の無条件降伏によるもに対して、この世界では1944年半ばで日本が条件付き降伏をしたのを皮切りに、事態は大きく加速し、ドイツに核が落とされた事で第二次世界大戦が終結した。

つまり、この世界において、最初の核被爆国となったのは、ドイツだったのだ。

 

その後、様々な分野における技術の発展は、ロックオンが元々いた世界よりも早く進み、1958年時点で、火星探査計画を実行に移すまでに至った。

そして、1958年の火星探査計画における無人宇宙船「ヴァイキング1号」が火星地表に降り立ち、火星表面の調査をしていた時に、未確認の存在と遭遇する。

 

一枚の写真を最後に消息を絶った無人宇宙船「ヴァイキング1号」。

その写真に写り込んでいたものは、後に研究者によって「Beings of the(人類に) Extra Terrestrial origin(敵対的な)which is Adversary(地球外) of human race(起源種)」と名付けられる存在だった。

 

「当時の学者連中は狂喜乱舞したわ。だって、地球とは別の環境の惑星で、生命体らしき物を発見したんだもの。」

 

でも、と区切り。

一拍置いてから、彼女は当時の学者を馬鹿にするような、どこか同族嫌悪するような口調で再び喋り出す。

 

「-----当時の人間が期待した「希望」や「理想」なんてものは、直ぐに幻想だということに気づかされる。」

 

1967年、月面において建設された国際月面恒久基地「プラトー1」で起こった事件。

基地所属の月面調査隊が、火星で発見された存在に似た生命体と遭遇した事を知らせる一報を最後に、消息を絶ったのだ。

ただちに捜索隊が編成され、消息を絶った現場に捜索隊は向かった。

そこで発見されたのは、変わり果てた調査隊のメンバーだった。

 

「そこからね。人類の歴史という歯車が狂い始めたのは。」

 

そして、その事件を皮切りに人類史上初めての地球外生命体との全面戦争-----第一次月面戦争の火蓋が切って落とされた。

 

「結果は惨敗よ。「月は地獄だ」っていうのは、当時の月面基地司令官が残した言葉。当時の人類に、宇宙空間でBETA相手に戦えるまともな装備なんてなかったわ。確か、原始的な投石器なんてものも持ち出して迎撃した事例もあったそうよ?」

 

人類は、宇宙における有効な攻撃方法を持ち合わせていない状況で、今現在地球上で行われている規模の戦闘を人類史上初めて経験したのだ。

資源もなければ、時間も、人員も、弾薬も何もかもが足りない状況で、それでも月面基地で戦った人類は孤軍奮闘し、BETAを押し留めた。

だが、どんなに人間1人1人が優秀だとしても、物量に敵うはずもなく、人類は敗北した。

 

「そして1973年。中国・カシュガル自治区に、月から投下されたBETAの着陸ユニットが降り立つ。」

 

そこから、本格的なBETAの地球侵攻が始まった。

 

「開戦当初、当時の中国政府は独自の軍事力をもって対応するとして国連や各国の支援を断ったの。実際、最初の頃は航空機による攻撃が有効であったから、圧倒的物量を空からの攻撃で蹂躙することもできた。」

 

しかし、人類が支配していた地球の空は、ある存在の登場によって永遠にも等しい形で喪われることになる。

 

「光線属種」の出現。

 

今現在は、「光線級」と呼ばれる、体内にレーザー発生器官を備えた生体対空兵器の登場により、中国空軍は壊滅。

時既に遅く、戦線は瓦解し、最初の落着地点に地球上最初のハイヴである「オリジナルハイヴ」-----甲1号目標「カシュガルハイヴ」が建設されるに至った。

そして、中国の敗退を皮切りに、人類は次々に故郷を追われていった。

 

そして現在。

1998年の時点で、ユーラシア大陸は9割がBETAによって支配され、ヨーロッパ諸国もイギリスやアフリカの植民地方面へ非難することを余儀なくされ、一部の国は南米大陸において租借した地で臨時政府を立ち上げる有様だ。

列強各国は、その殆どが亡国と化していたのだ。

かつては冷戦によってアメリカと肩を並べた大国ソビエトも同じ運命を辿り、北米におけるアラスカを租借地として臨時政府を立ち上げていた。

 

そして、日本もまた、その半分がBETAの支配地域に加わったという事は、記憶に新しい。

 

「ここまでが現在の世界情勢。人類は今、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる。明日があるかもわからない中、それでも奪われたものを取り戻すために足掻き続けているわ。」

 

話し終えると、彼女はため息をつく。

そして立ち上がると、空のコーヒーカップにコーヒーを注ぎに行く。

 

「・・・・・」

 

想定以上に悪い世界情勢に言葉を失うロックオン。

 

「貴方が知っている知識、そしてあの戦術機・・・じゃなくて、モビルスーツ?あれに使われている様々な技術が流用可能であれば、老い先短いであろう人類の未寿命も、多少は伸びるというものよ。少なくともこれまでよりは、死者の数が減らせる。」

 

コーヒーを入れたカップ片手にデスクの方に戻ると、椅子に座りながら彼女はそんな事を口にした。

 

「・・・何が言いたい?」

 

ロックオンは、訝しげな視線を夕呼へと向けて問いかけた。

 

「あら、今のでわからなかったかしら。じゃあ、単刀直入に言いましょう。」

 

-----あの機体を寄越せ。

 

彼女は、直球でそう言った。

外見一つとっても、ガンダムデュナメスという存在は、彼女達が主に運用し、戦場の矢面に立たせている戦術歩行戦闘機とは全く違う概念、全く違う技術体系で作られていることがわかる。

 

そして、彼女が主導で行なっているある計画と、それに並行して行われている研究-----その研究において構築された理論における「太陽炉」と酷似した動力機関。

 

「そんな簡単に俺が「アレ」を明け渡すと思うか?さっきも言ったが、あれは俺がいた組織からすれば誰にも渡せねぇ代物だ。」

 

「でも、それは「貴方の世界」での話なのでしょう?」

 

そう。

あくまでも、ロックオンの言う「機密」という言葉自体は、屁理屈を言ってしまえばこの世界の理に当てはまるものではないのだ。

 

「・・・」

 

ロックオンは押し黙る。

 

「相応の対価は支払うわ。それでも聞けないと言うのなら-----」

 

そう言いながら彼女は机の引き出しに手を伸ばし、それを開けると中に隠されていたある物を取り出そうとする。

 

「やめときな。」

 

その時だった。

ロックオンは夕呼の動きを見て警告を発する。

 

「迂闊な真似はするもんじゃねぇ。それに、あんたみたいな美人の学者さんに銃は似合わねぇよ。」

 

銃を取り出そうとした時、彼女の顔面に銃口が突きつけられる。

 

「身体検査ってのは、完璧にやらないとな。でないと、こういう事になる。」

 

彼が手に持っているのは、それなりに大型のハンドガンだ。

その銃口は、真っ直ぐ夕呼の頭部を捉えている。

 

「どこに隠し持っていた、なんて野暮な事言うなよ?妙な真似をすれば撃つ。迂闊だったなぁ、ミス・コウヅキ。」

 

飄々とした態度を崩さず、ただ冷淡に言葉を続けるロックオンに、彼女はそれでも表面上平静を保ちながら返す。

 

「私が、他の連中を呼ぶって考えは浮かばないのかしら?」

 

むしろ、挑発するように。

口元には笑みさえ浮かべながら。

これは、狐の化かし合いだった。

どちらが先に、仮面を剥がされるか。

 

「悪いが、その時はあんたを人質にして逃げさせてもらうとするよ。それに、いた場所が場所だけに、潜入捜査はお手のもんだしな?」

 

「その自信はどこからくるのかしら?」

 

化かし合いは続く。

しかし、この状況は圧倒的に夕呼個人にとっては不利であった。

ここで殺されてしまえば、彼女が進める計画はご破算になり、次の計画がすぐに開始されてしまう。

 

「少なくとも、今のあんたたちの軍隊が束になってかかって来ても、あの機体には勝てないよ。わざわざ単身でここまで来て、保険をかけてないとでも思っていたのか?だったら、よっぽど腑抜けているんだな、ここは。」

 

一触即発の状況。

剣呑な雰囲気が、執務室を満たす。

夕呼は、性格上もそうだし、これまでも様々な人間を相手に得意の頭脳をもって制してきたが、力ずくとなると、目の前の男性には敵わないとわかっていた。

 

「ま、ここでそんなこと起こしても、俺には何の利益にもならんがね。」

 

進むことのない議論に終止符を打ったのは、ロックオンの方だった。

突然彼は、夕呼の頭に照準を合わせていたハンドガンの銃口を降ろし、飄々とした口調で肩を竦めのだ。

そしてロックオンは、夕呼が最初に望んでいた回答をする。

 

「協力してやるよ、ミス・コウヅキ。」

 

その言葉に、思わず驚いたような顔を浮かべてしまう夕呼に、ロックオンは罰が悪そうな表情で返す。

 

「だから、協力するって言ったんだよ。」

 

会話が、ようやく彼女が望んだ方向に転がり始めた。

 

「やけにあっさりと承諾してくれたわね?」

 

内心では安堵しながら、表面上は平静を装いながら皮肉混じりに返す。

 

「言っておくが、さっきの脅しは本当だ。と言っても、そいつは最悪の場合を想定しての保険だがね?協力する代わりに、俺には最低限の衣食住を提供してくれればそれでいい。この世界の人間でない以上、それ以上の事は現状望めないからな。」

 

「それだけ?」

 

「まぁ・・・本当にあんた直属の部下とでもしてくれれば、立場としても多少は自由が効くかい?」

 

彼は、逆に問いを投げかけてきたのだ。

「自分と協力関係を築く気はあるか?」と。

つまるところ、それは共犯関係の締結に他ならないわけだが。

 

「・・・いいわ。貴方の言う通りの事をしてあげる。」

 

「オーケイ、交渉成立だな。」

 

そうして、彼は夕呼へと握手を求めてきた。

 

「新たな共犯者の誕生に、ってな?」

 

冗談めかして言う彼に対して、夕呼は、

 

「地獄だろうとどこだろうと、付き合ってもらうわよ?」

 

と、不敵な笑みを浮かべながら返す。

ここに、魔女と狙撃手の契約は完了した。

 

 

 




必要な要素は何か?
勝つために必要なもの、それは力。
しかし、それだけでは勝つことはできない。
力を律する事が出来なければ、それは滅びの文明になりかねないからだ。
異邦の狙撃手と魔女。そして、もう一つの歯車を加えて、物語は進んでいく。
その出会いが何を意味するのか。

次回「もう一人の科学者」

人は、分かり合えるのだろうか?


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story04「もう1人の科学者」

この物語は、ご覧の作者の提供できるお送りいたします。

前回は予告ではああ言ったが、あれは嘘だ。
というわけで、前話の予告も変更します。事後承諾とか言って石を投げないで()

さて、今回も引き続き怠い話が続いていきます。
正直、この辺に関してはどう落とそうか今も考えている状況です。
なので、読んでいる方々にもいつも以上に「は?」と言われてしまうかもです()
それも踏まえた上で、読んで頂けると幸いです。
読みたくない方は正直ブラウザバックでもいいかも?

今回のイメージOPは特に考えていません!!!!!!!!!

それではどうぞ。


―――――5年前。

 

未だ、戦火の渦中にあるユーラシア大陸。その真横にあるブリテン諸島。アイルランド北東部に位置する孤島に、一件の広壮な屋敷があった。

 

世界が破滅の危機に瀕している中で、その場所は波も風も穏やかで、やや陽射しは強いが、透き通るような青空は見る者を吸い寄せ、心に一瞬の空白を作り出してしまうほどに、深く、清く、美しかった。

 

その屋敷を訪ねる者がいた。

淡い黄緑色の髪の色が特徴のイングランド人だ。

屋敷の門を叩き、その屋敷の主人のいる部屋へと足を運ぶ。

そうして向かった先、屋敷の奥にある書斎に、一人の科学者がいた。

いくつものモニターに囲まれたデスクに座っているのは、40半ばは過ぎようとしている男性だ。

白衣を着て、眼鏡をかけたその男性が、この大きな屋敷の主人だった。

彼がいる書斎は、彼の研究室を兼ねているらしく、モニター群の前のデスクには書類と本が交互に山積みになっており、デスクの左側には、描きかけの油絵がイーゼルに立てかけられていた。

 

「やぁ、久しぶりだね。」

 

屋敷の執事が戸を開くと、書斎に先ほどの人物が入ってくる。

 

「・・・君は、レイか。」

 

科学者が「レイ」と呼んだ青年は、若くしてと共にある研究に従事していた人間だった。

 

エターナル・アラン・レイ。

 

それは、ロックオンのいた世界において、アレハンドロ・コーナーと行動を共にしていたリボンズ・アルマークと瓜二つの外見をしている青年だった。

 

 

 

 

 

 

科学者は、自分を訪ねてきた青年-----レイの顔を見る。彼は、かつてはその科学者と志を同じくする同志であり、研究者だった。

 

しかし、世界の情勢は彼から研究という物を奪った。

優秀だった彼は、混迷の中にある世界を救うため、戦場に身を投じたからだ。

死地へと向かおうとしている彼を、科学者は止めなかった、

そして今、彼は未だその命を散らす事なく生きており、国連軍の軍服を身に纏った立派な軍人になっていた。

胸には、衛士である事を示すウィングマークが輝いている。

 

かつては、才能を認め合い、競っていた者同士。

 

彼らは、共通の趣味がチェスであり、互いに好敵手である事から親交も深かったが、BETA大戦の折、戦火に包まれたイングランドを救うべく戦っていた彼は、暫くこの場所を訪れていなかった。

 

「座って、構わないかな?」

 

レイがそう言うと、科学者は書斎の一角にある椅子を指差し、彼はそれに座る。

再びモニターに向き合い始めた科学者の背中を見つめていた彼は、おもむろに口を開いた。

 

「・・・意識を伝達する新たな原初粒子の発見。そして、その特殊粒子を製造する半永久機関の基礎理論の構築、そして、新理論に基づく最新型の量子型演算処理システムの提唱と発明。」

 

彼が話し始めたのは、共に行なっていた「研究」の内容だ。

 

「どれも、今の人類に希望をもたらす大変な技術だ。でも、君は人間嫌いで、こんな場所に1人で引き引き篭っている。」

 

モニターに目を向けたまま、振り返りもせず科学者は青年へと言葉を返す。

 

「私が嫌悪しているのは、知性を間違って使い、思い込みや先入観にとらわれ、真実を見失う者たちだ。」

 

科学者は続ける。

 

「このような情勢にありながら、未だに世界は一つにならず、大国アメリカもまた、あるかもわからない戦後を見据えて大きなアクションは起こさない。人々は疑心暗鬼という名の魔物に支配され、やがてそれは不和を呼び、争いを生む。」

 

溜息混じりにそういう科学者は、レイの方へ振り向くと、こう締めくくった。

 

「分かり合わせたいのだよ、私は。人類を」

 

彼の独白に似た言葉は、今の世界情勢を如実に表していた。

 

事実、未だにアメリカは独自の意見を強硬に押し通し続け、ドイツは崩壊しているものの未だにその勢力は東西に分かれたままだ。

亡国と化したソビエト連邦もまた、その内部では互いが互いを牽制し合い、己の保身や昇進の為には例え身内と言えども蹴落とす。

 

科学者は、今は志を一つにして人類最大の危機に立ち向かい、危機を脱するのが第一だと考えていた。

 

「それが、君の求める理想なんだね。」

 

「人類は知性を正しく使い、進化しなければならない。そうしなければ、たとえ宇宙へ旅立ったとしても同じ結果を―――――新たな争いの火種を生む事になる。」

 

レイの言ったことに科学者はそう返す。

 

「それは、悲しい事だよ。」

 

彼の言葉に嘘がない事は、その表情が物語っていた。

眼鏡をかけた科学者の顔には、人類の未来を憂い、そこに生じるであろう戦乱と戦火の被害者たちを哀れむような、悲壮感が漂った表情をしている。

 

彼は、天才であるがゆえに、預言者のごとく人類の未来が見えてしまうのかもしれない。

 

スカイは彼に共感したように寂しげな笑みを浮かべて、科学者の名を呼んだ。

 

「・・・イオリア。」

 

科学者の名は、イオリア・シュヘンベルグ。

 

彼は、ロックオン・ストラトスが元いた世界において、「紛争根絶」を掲げ、「人類の総意の統合」を目的に私設武装組織「ソレスタルビーイング」を創設した人物だった。

 

「今日僕は、君にある計画に参加して欲しくて、それを言いに来たんだ。」

 

「・・・それは、私が大の人間嫌いだと知っての事かな?」

 

「わかっているよ」と言いながら、彼は立ち上がる。

 

「僕はメッセンジャーだよ。極東の島国、かつてのこの国の同盟国にいる人物が、君にコンタクトを取りたいと言っているんだ。」

 

彼はそう言うと、持ってきていた鞄から一つのファイルを取り出し、イオリアのデスクに置いた。

 

「これは?」

 

「まずは、知ってもらう。コミュニケーションの基礎だろう?」

 

そうして、彼はそのまま出口へと向かう。

 

「さて、僕はこれで失礼するよ。」

 

そうしてその場を立ち去ろうとしたスカイの背中に、彼は言う。

 

「―――――生きて帰ってこれたら、その時はまたチェスの相手をしてくれ。」

 

イオリアがそう言うと、レイは振り返り、こう返す。

 

「約束するよ。」

 

レイがそう言うと、ドアが開く。

 

「僕は、君と共に同じ道を歩める日がまた来るのを楽しみにしているよ。」

 

そうしてドアへと向かい、立ち去ろうとして、ふと、彼は歩みを止めた。

 

「イオリア、最後に一ついいかい?」

 

振り向く事なく言う彼に、「構わんよ」と返すイオリア。

 

「君は、奇跡と言うものを信じるかい?」

 

問いの答えを聞く事なく、彼はその場を去った。

残されたイオリアは、彼の背中を見送ってから再びモニターへと向き直る。

 

「奇跡、か。」

 

彼は、デスクにある一つの写真立てを手に持って、自嘲気味に呟いた。

 

「・・・私はまだ、人類の可能性を信じることはできない。」

 

彼は窓から外の景色を見る。

そこから、青緑の綺麗な色の鳥が羽ばたくのが見えた。

 

―――――これは、一つの挿話である。

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで。」

 

新入りの顔見せ、と称して呼び出されたAL4の面々は、ここ横浜における帝国軍白陵基地中にAL4占有区画に割り当てられたエリアの一角、そこにあるブリーフィングルームに集められていた。

 

「これから、新入りの紹介をするわ。」

 

まるで学校の、「転校生を紹介します」というような雰囲気で、AL4の総責任者たる香月夕呼が笑顔で言う。

 

「入ってちょうだい。」

 

すると、戸が開いて一人の男が入ってきた。

 

「さ、自己紹介なさい。」

 

「おいおい、気が早いなミス・コウヅキ。」

 

肘でつつかれながら、彼は姿勢を正すと直立不動の姿勢・・・とは少し言い難いが、それなりにしっかりとした姿勢で、不慣れな敬礼をして自己紹介を始める。

 

「この度、ご紹介に預かりました。香月博士直属の開発パイロットとして当基地に配属になった、ロックオン・ストラトス大尉(・・)であります。以後、お見知り置きを」

 

最後は笑顔でそう言ったのは、国連軍のBDUに身を包んだ青年―――――ロックオン・ストラトスだった。

その彼を見た時の第一印象は人それぞれだが、集められた面々の中にいた1人、神宮寺まりもが彼に対して抱いた印象はこうだった。

 

―――――少し「軽薄な」、男のように思えた。

 

後に彼は、神宮寺まりもに自身の評価を改められた際にそう言われ、1人ショックを受けるのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

ロックオン・ストラトスがこの世界に来てから既に数週間。

ロックオンがこの基地で夕呼とコンタクトを取ってから数日。

二人が最初に始めたのは、ハロのデータベースの洗い出し。

ハロの中に在ったデータは、ロックオンが知る以上に膨大なデータが入っていた。

今現在説明は割愛するが、それはロックオンが把握している範疇を越えていた。何が原因でそうなったかは分からない。

しかし、そこにはロックオンの世界におけるユニオン、AEU、人類革新連盟の主力兵器の詳細データも閲覧が可能であった。

無論、Eカーボンや最新の通信技術等のデータも入っている。

ただ、それは閲覧可能であって、それがこの世界において再現可能かは別の問題だった。

だからそのためにも、夕呼はもう一人、自分以外の天才的頭脳を欲した。

 

「イオリア・シュヘンベルグ・・・?まさか、イオリアの爺さんがこの世界に存在するのか・・・?」

 

「ええ。あまり表には出ていない、AL4におけるもう一つの計画。それはね、AL4の前の計画における理念を継承して行われている計画よ。それの主任が、シュヘンベルグ博士。」

 

ロックオンが驚くのも無理はない。

まさか、そんな都合のいいことがあるとは思っていなかったからだ。

そうして、夕呼と共にロックオンは、彼女の共同研究者たるイオリア・シュヘンベルグとコンタクトを取るべく、ある場所に向かった。

普段彼は、AL4占有区画にある彼専用の部屋から殆ど出ることはない。

余程のことが無い限り、彼は外界との接触を拒んでいたのだ。

 

そこにきて、彼が興味を引くものは何か?彼が話を聞くという、判断材料は?

 

その問いの正解を、夕呼は持ち合わせていた。

ロックオンという手札を得たことによって。

だからこそ、彼女は引き合わせたようとしたのだ。

ロックオンとイオリアを。

 

「失礼するわ。」

 

先にアポイントメントを取っていた彼女は、イオリア専用の部屋の戸を開けると、開口一番そう言った。

 

「・・・ほう。やっと来たか、香月博士。」

 

椅子に腰かけていた壮年の男性―――――イオリア・シュヘンベルグが、二人の方へと振り返り、視線を向ける。

 

「それで?私の興味を引くほどのプレゼントを持ってきてくれた、というのは本当かね?」

 

「ええ。貴方が欲しい物を私が提供する。そのかわり、私と彼がやろうとしていることに協力してもらう。いいわね?」

 

学会の異端児同士が向き合って喋る。

その様子は、さながら龍と虎だ。

 

「・・・いいだろう。まずは、話を聞こうではないか。では、そこの若者よ。よければ、君の名を聞かせてくれないだろうか?」

 

そうして、イオリアは自分の部屋への来訪者たる二人の内、ロックオンの方へと問う。

 

「そして君が、何者かを。」

 

ロックオンは、問いに対してこう答えた。

 

「ロックオン・ストラトス。成層圏の向こう側まで、狙い撃つ男だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「資料には目を通させてもらった。あくまで、香月博士がこちらへ提供してきた報告書のみ、であるがね。」

 

イオリアはそう言うと、デスクにあった一つのファイルを手に取る。

 

「私が研究する特殊粒子と、それを有効活用するための技術。私のやっていることは、その粒子を用いたある計画の根幹たる「対話」の実現。」

 

ファイルを開き、そこに添付されていた写真を手に取り、ロックオンに見せる。

そこに写されているのは、数日前に横浜基地の滑走路上で行われた戦闘の際に撮影されたデュナメスの様子だった。

 

「君の機体が放出する未確認の粒子。これは、私の研究する粒子と酷似している。君が運用するのは、「太陽炉」と呼ばれる機関によって動く、粒子光線兵器を用いた機動兵器なのではないか?」

 

イオリアは、ロックオンを見据えながら単刀直入に問う。

 

「ああ、そうだ。アンタの言う通り、こいつは太陽炉を主機関にして動く機動兵器だ。俺たちは「モビルスーツ」と呼んでいるがね。そして、俺の機体―――――デュナメスが放出する粒子は「GN粒子」と呼称されている特殊な粒子だ。こいつのお蔭で、機動力も、戦闘力も、何もかも既存の兵器を凌駕してる。」

 

ロックオンの答えに、イオリアは頷く。

 

「それほどの高性能な機体を有する組織・・・。君は一体、何のためにあの機体を使っていた?」

 

「俺の世界の時代からは100年以上も前に存在した人間によって創設され、「ある目的」のために使われた。」

 

「ある目的?」

 

「紛争根絶。」

 

ロックオンの言った言葉に、イオリアは表情一つ変えない。

 

「余程の夢想家なのだろう、その人間は」

 

「それは貴方よ、博士。」

 

間髪入れずというか、まるで挑発するように、夕呼が口を挟んできた。

 

「彼の世界において、彼のいた西暦2307年から300年以上前に存在したイオリア・シュヘンベルグが提唱した「紛争根絶」を実現するためにソレスタルビーイングという組織が創設された。」

 

「ほう」

 

「ああ。俺のいた組織―――――ソレスタルビーイングは、世界中の紛争幇助対象を根絶するべく世界各地への武力介入を行うべく、俺の世界にいたアンタが創設した組織だよ。つまりは、俺の乗る機体も、動力炉たる太陽炉も、GN粒子も全て、アンタが俺たちに遺したものってことだ。」

 

それまで黙って聞いていたイオリアは、立ち上がると二人に問う。

 

「さて・・・それでだが、君たちが私に対して何かプレゼントがあるそうだが、それは何かね?」

 

そうして、彼はそう言った。

 

「それは―――――」

 

「アンタが研究する「太陽炉」の実物。」

 

夕呼が言う前に、ロックオンが答えた。

 

「ほう?」

 

興味を惹かれたのか、片眉を吊り上げて、ロックオンの方を見るイオリア。

 

「さっきも言ったが、俺の乗る機体には太陽炉が搭載されている。流石に取り出すことは特別な施設がなけりゃできないが、機体の実物さえあればある程度のデータ収集もできるだろう?」

 

「実物を見ることはできても、その構造を解明することは叶わないというわけかね?それでは、なんの意味もない。」

 

「それは、俺の機体が積んでいる太陽炉を作った並行世界のイオリアの爺さんと、アンタの研究が同じ道を進んでいるのなら、おのずと答えが見つかるんじゃないか?」

 

「俺には研究者ってやつの心情や考えってのはわからないがね」と付け加えて、一旦引き下がるロックオン。

 

「実物があるだけでも、貴方の研究が多少は進むのではないのかしら?」

 

黙ったロックオンの後を引き継ぐように、夕呼が言葉を続ける。

 

「博士、並行世界の貴方がどのような理由で太陽炉なんていう代物を作ったのかはわからないわ。彼の話では、彼の生きた時間からすれば過去の人間の貴方と会う機会も話す機会も無かったみたいだし、結局のところ分からず仕舞いだったようだけれど。」

 

「ああ、そういえばだが―――――」

 

ロックオンが唐突に、思い出したかのように話し始めた。

 

「俺たちが窮地に陥った際に、イオリアの爺さんはある切り札を俺たちに託していったんだよ。」

 

それは、ロックオンのいた世界において疑似太陽炉を搭載したガンダムであるスローネ3機を運用するスローネチームがアリー・アル・サーシェスに襲われ、そこへ刹那・F・セイエイの乗るガンダムエクシアが武力介入し、サーシェスがスローネチームから強奪したスローネツヴァイと交戦した際、防戦一方となり、撃墜されかけた時だ。

 

「映像データが俺たちに届けられた。それは、300年前のイオリアの爺さん―――――アンタが遺したメッセージだった。」

 

『人類は未だ戦いを好み、世界を破滅に導こうとしている。』

 

『だが、私はまだ人類を信じ、力を託してみようと思う。』

 

『世界は、』

 

『人類は、』

 

『―――――変わらなければならないのだから。』

 

そして、託された力。

それは、人類を変革と革新を夢見たイオリア・シュヘンベルグが遺した希望。

 

「一つは、言わずと知れた太陽炉。それと、その時に封印を解かれたシステムがあった。」

 

それは、太陽炉の能力を飛躍的に向上させる「トランザム」と呼ばれるシステム。

 

「俺たちがこのシステムを知った時点で、正確な用途は知ることはできなかった。ただ、こいつを発動すれば、一定時間は機体の能力を何倍にも増幅できる。粒子放出量を何倍にも跳ね上げて、オーバードライブさせることで機体のスペック自体を底上げするんだ。確か・・・素の状態から考えると、3倍ほど、だったかね。」

 

ロックオンが説明した「トランザムシステム」の一端であろう能力。

 

それは、イオリアが発見し発表した「ESPによる読心と思考転写に頼らない、全く未知の粒子の発見」と題された研究課題において、イオリア自身が考案したこの未知の粒子、つまりは「GN粒子」を用いた動力炉である「太陽炉」の能力の一つであることが容易に想像できた。

本来の用途。それはつまり―――――

 

「そうか。やはりそういうことか」

 

合点がいったように、イオリアは1人そう言った。

 

「トランザムと呼ばれるシステムは、意思を伝達するが如く使える粒子の増幅装置だよ。」

 

イオリアはそう呟く。

そして、突然立ち上がると自分のデスクに山積みになった書類の山を崩し、その下にあるいくつかのファイルを手に取って、それを捲り始めると中身に目を通していく。

 

「ああ、やはりそうだ。」

 

彼が見ていたのは、彼が特殊粒子と呼ぶGN粒子のことだ。

 

「君の言う「トランザム」とは、太陽炉に大量に蓄積された圧縮粒子を全面開放することによって太陽炉の能力を飛躍的に向上させる力を持っている。」

 

言葉を続けるイオリア。

 

「かつて、この計画の前に行われていた第3計画―――――AL3計画では、人工的に生み出されたESP発現者の大量生産、それを使ったBETAとの言葉を、或いは思考を用いた対話を試みることが大きな目的だった。対話の相手が、話の通じる相手なのか(・・・・・・・・・・)を確かめるために。」

 

「それは私も知っているわ。しかも、未だに計画から離脱した連中がソビエト連邦内で同じ研究を続けているって。」

 

夕呼がそう言う。

AL3計画。それは、AL4発動前に、ソビエト連邦主体で行われた、BETAとコミュニケーションを取るべくそこに心血を注いで行われた人類救済のための代替計画であった。

 

「そうだ。私は、そのような人間をもちいた非人道的な研究ではなく、別の方向からアプローチをかけて研究を行っていた。」

 

その過程で発見されたのが、GN粒子。

 

「私の発見した粒子が人体にどのような影響を持つのかがわからない。故に、動物実験を行った。その際に、偶然にも分かったことがあった。」

 

ESP発現者というのは、リーディングによる読心能力と、プロジェクションによる思考転写能力をやることができる。

ESP発現者は、そのリーディングの際に「色」によって人の感情を読む。色彩は様々だが、それによって感情を読み、思考を読める。

 

「生成された粒子内に長時間晒した動物の脳に、著しい変化が見られたからだ。」

 

最初は、それなりに高度な思考能力を有する犬で行われた。

次にそれに近い動物たち。

そして、霊長類に分類される猿や、それに類する動物たち。

 

「その研究からわかったのは、この粒子は動物の脳を活性化させ、「進化」を促すということだった。」

 

先ほど彼は「非人道的ではない」と言ったが、今の話を聞いていたロックオンからすれば十分に狂気に満ちた研究だった。

 

「そして、もう一つ。ある実験中に起きた事故によって、皮肉にもその粒子の能力の一端が分かった。」

 

実験中に起きた事故。

それは、彼が研究を行っていた施設内で起きた事故だった。

GN粒子が発見され、生成方法を突き止めた。しかし、問題があった。

それは、粒子を生み出すことはできても、満足に貯蔵可能なものが存在しなかったためだ。

その、貯蔵可能な容器ともいうべきものを作り出すために行っていた実験の際に起こった事故によって、見つかったのだ。

 

「それは、実験中に許容量を超えた粒子が漏れ出し、それによって起こった爆発事故が原因だった。」

 

幸い、イオリアはモニター越しに実験の様子を見ていたから何も問題はなかったが、実験を行った区画は違った。

観測するための部屋と別々になっていた簡易的な粒子発生器と様々な機械群、そして簡易的な粒子貯蔵タンク。

そこに囲まれた場所で起こった爆発事故は、偶然にも高濃度GN粒子による空間を作り出したのだ。

 

「奇跡だったよ。ESP発現者でもないのに関わらず、思考を読むことができた。」

 

普通なら届くはずのない声が届いたという事実。

 

「誰でも分け隔てなく、平等に意思の疎通をする。これはね、私の理想とする人類意思の共有を可能とし、願わくばあの化け物共とも対話が可能となる」

 

夢か幻だったはずの理論は、実証された。

 

「でも、そんな状況で人は正気なんか保てないでしょう?」

 

「そうだ。人間の脳には限界が存在する。だが、私の発見した特殊粒子には、あの事故によってESP発現者に似た能力を擬似的に常人にもたらすことを確認できた。その過程で私に協力してくれた研究者が、犠牲になってしまったがね。」

 

行き過ぎた技術が、その時代の技術力では御しきれないにも関わらず生まれることはある。

つまるところ、そういう危険な面も孕んでいたのが、このGN粒子だった。

 

「今現在の技術力では、この粒子を安定して人に有害にならぬように運用するのは非常に難しい。恐らくだが、君の世界における太陽炉も、生産数が少なかったのではないかね?」

 

その指摘は正しかった。

ロックオンが知る限りでは、既存の太陽炉は、GN-001「エクシア」、GN-002「デュナメス」、GN-003「キュリオス」、GN-005「ヴァーチェ」(ならびにGN-004「ナドレ」)と、最初のガンダムたる「Oガンダム」のものも合わせて計5基が存在していた。

しかし、オリジナルの太陽炉はそれしか存在しなかったのだ。

事実、それのデッドコピーである活動制限が存在する擬似GN粒子とそれを用いて動かす擬似太陽炉が存在したが、それも結局はCBの独自技術であり、ロックオンのいた世界の各国軍も、CBの裏切り者による擬似太陽炉の設計データと実物の提供があったからこそ運用ができた代物であった。

 

「ああ。俺の知る限りでは、俺が乗る機体を合わせると太陽炉は5基しかない。」

 

「やはりな。その数は、揃えられる限界数だったのだろう。君が言った300年前の私がいた世界では実現が難しかったはずだ。限定的な条件下・・・例えば、宇宙空間における特殊な条件の下、特殊な製造施設を使って製造された、と考えるのが妥当であろう。」

 

「そして、その製造には百年単位でかかるということね?」

 

だからこそ、CBが武力介入を行った時点で太陽炉は5基しか存在しなかったのだ。

 

「未だ、あの粒子を貯蔵して安定して保管することが可能な「容器」を開発するに至っていない。」

 

つまるところ、イオリアの出した結論は、「この世界において「太陽炉」の即時再現は不可能」というものだった。

 

「太陽炉を用いた兵器全てにそれが言える事だろう。現状、正確な製造方法がわからない限りは君の乗る太陽炉搭載機と同等の性能を持つ二つの要素を揃えることは不可能というわけだ。」

 

無慈悲な現実。

それを淡々と述べていくイオリア。

 

「・・・やっぱり、あの機体を使う以外に博士の研究をすぐに運用することはできないのね。」

 

再び八方塞がりであると、そう夕呼は考えた。

 

「なら、実現できる技術はどうだ?」

 

唐突に、発言した男がいた。

ロックオンだ。

 

「俺の相棒・・・っていうかだが、俺の所持する情報端末「ハロ」。そいつに、俺たちの技術の基本的な情報以外に、各国陣営の主力機動兵器の詳細な情報も入ってる。」

 

ロックオンは自分の考えを二人に述べていく。

 

「粒子の精製技術自体はあるんだろう?だったら、それをどうやって活用していくかだ。」

 

「だが、現状の技術ではすぐさまあの動力炉を作り出すことはできないと、先ほど結論が出たではないのかね?」

 

「前例がある。俺たちは、「疑似太陽炉」って呼んでいたがね。」

 

それは、組織の裏切り者によって国連へともたらされた技術だった。

 

「原理は知らねえが、あれはオリジナルの太陽炉と殆ど性能は変わらないが、恐らくは粒子の生成方法が異なる。俺たちの運用する太陽炉の場合は本体自身が核動力と同じで粒子を精製していくのに対して、その技術が解明仕切れてない状況で登場した擬似太陽炉は外部から粒子を精製して運用していた筈だ。」

 

「原子力発電は、調整するための様々な施設が必要だけれどその膨大なエネルギー自体は、自力で全てを賄う。それに対して、火力発電の場合には燃料が必要とされるのと同じ原理かしらね。」

 

「ああ。オリジナルのGN粒子を使っての動力炉製造、或いはそれをメインに使った武装や機体の再現は不可能。そいつは分かった。だけど、その技術を流用して、既存の技術力でできる範疇で、せめて劣化版くらいなら作れるんじゃないか?」

 

苦肉の策ではあるが、これが最善策なのではないか?と。

ロックオンは、二人にそう言っているのだ。

 

「ソレを実現するには、特殊粒子の原理をそれなりに理解していなければできない、ということかね?」

 

「ああ。粒子の能力解明には、俺のデュナメスを使えばいい。それこそ、アンタにとっちゃ願ったり叶ったりじゃないか?」

 

ロックオンのその提案に、イオリアは渋い反応を示した。

それもそうだ。

あくまでもそれは別からの技術提供なのだから、自分で解を求める生き物である研究者という人種であるイオリアが難色を示すのも無理はなかった。

 

「アンタは気に入らんかもしれねぇが、例えばSFでいう並行世界のアンタ自身が作ったものだ。それは決して、“ズル”ではないとは思うがね。さっきも言ったが、科学者の心情なんてのは俺にはわからんが・・・少なくとも、「イオリア・シュヘンベルグ」が作ったのには変わらないだろう?」

 

屁理屈。

しかし、イオリアという人間としては珍しく、彼は他人の意見に対して一部とはいえ納得しつつあった。

 

「・・・確かに、君の言うことにも一理ある。なればこそ、君の持つ太陽炉の実物は、あくまでも私の研究の参考資料として用いさせてもらおうか。」

 

「オーライ。じゃあ、この話はOKって事でいいかい?シュヘンベルグ博士。」

 

二人の話に珍しく置いてけぼりを食らっている夕呼に、イオリアが言う。

 

「素敵なプレゼントをどうも有難う、香月博士。さて、それでだが…今の件に関する見返りは、何を求めるのかね?」

 

壮年の科学者は、魔女とまで異名を取った若き女性科学者に問う。

 

「まったく・・・勝手に話を進めていながら、結局は私に意見を求めるのね?まあいいわ。科学者とか研究者っていうのは、そういう人種だもの。」

 

そうして、イオリアとロックオン。

二人を交互に見ながら言う。

 

「なら話は簡単よ。これから直ぐにでも、使える情報、技術の取捨選択をしていく。」

 

それに関して行うには、こればかりは彼女一人では無理だ。

だからこそ、彼女は二人に言う。

 

「それをするには、シュヘンベルグ博士とロックオン、貴方達二人の協力が不可欠よ。そして、これをやるには新たな部門も作らなきゃならないわ。」

 

今までの話のまとめに入っていくゆ夕呼。

 

「データの洗い出しと、使えるものの取捨選択をしていく。その上で使えそうな技術は流用可能なのかどうかの検証。その上で、博士には引き続き特殊粒子とその動力炉に関する研究を続けていく。それも踏まえた上で、既存の物のアップデートを図っていく…。欲張りなやり方ではあるけれど、これを並行してやっていかなければいけないわ。」

 

話を聞いていた二人は、その提案に頷いた。

 

ーーーーーこれが後の、特殊技術研究部の誕生である。

 

 

 

 

 

もう一つの歯車を加えて、大きな歯車が回っていく。

時計の針は徐々に動き出し、本来の世界からはズレ始めている。

本来の道筋を外れた未来は、果たして大きく変わることはあるのか。

或いは、何も変わらないのだろうか?

 

それは、誰も知る由もない。




戦火の渦中にある日本。
防衛戦は未だ終わることなく、終わりのない消耗戦は人から正気を奪って狂気を生み出す。
人類は幾度となく選択を迫られ、今この瞬間も選択を迫られていた。
否、選択肢は一つだけ。

次回「逃げる勇気」

犠牲の果てに見たのは、絶望か。
或いは、希望か。


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story05「逃げる勇気」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

今回もゆるーくだるーく。

イメージOPはドラマ「クライシス 公安機動捜査隊 特捜班」より「I Need Your Love」。

後半は正直蛇足。


あれから更に数日が経過していた。

その間に、半ば強引に発足された「特殊技術研究部」―――――通称「特技研」によって、様々な新技術の評価試験が行われる事になる。

すぐに着手したのは、既存のOSの改良だ。

 

機体挙動の問題。

 

ロックオンはまず、そこに着目した。

ガンダムデュナメスに積まれているOSならいざ知らず、ロックオンのいた世界における各国陣営のMSのOSは、その全てが2足歩行をする兵器を用いるものとしては非常に完成度が高いものであり、それによって人間的な動作もまた可能であった。

無論、戦術機とてそれは可能であったが、その挙動にはあまりにも差がありすぎたのだ。

 

それは、実際の戦闘にも現れていた。

五分にも満たない短い戦闘であったが、あの最初に滑走路で行われた戦闘においてそれが一部なりとも証明されていたのだ。

 

「そこでまずは、既存のOSの改良を最優先に行うと?」

 

今現在は白陵基地の訓練校の教官をやらされている神宮寺まりも軍曹は、特技研への派遣という形で呼び出され、話を聞かされるとそう返した。

 

「そうよ。貴方には、ここにいる彼と一緒にその評価試験に付き合ってもらうわ。」

 

目の前に立つ、この基地のもう一人の支配者たる女性―――――かつては学び舎を共にし、友人同士であったが、道が違えば立場も変わってしまった香月夕呼にそう言われる。

 

「命令とあれば、従います。しかし、それでは訓練に支障が・・・」

 

当然といえば当然。

現状、この基地の訓練校における教官はまりも一人と言っても過言ではない。

故に、ここで「こんな事」に付き合わされては、彼女の教え子達へ割く時間が少なくなってしまう懸念があった。

 

「ああ、それは大丈夫よ。評価試験と言っても、実際のところはメインはこちらで進める。貴女には、訓練が終わった後にある時間でできるようにスケジュールを調整しておいてあげるから。」

 

「・・・それは、構いませんが。」

 

腑に落ちない様子のまりも。

それは、当たり前の反応だ。

なにせ、戦術歩行戦闘機を動けるようにしたOSというのは、一朝一夕で作れるような代物ではないのだ。

長い時間をかけて、徐々に洗練されてきたシステムだ。

故に、そう簡単に「改良する」なんて言える代物ではない。

 

「大丈夫よ。数日中に、結論を出してあげる。」

 

まるで悪戯を思いついたような顔で、夕呼は断言した。

 

そしてまりもは、数日後に夕呼が言った事の意味を理解する事になる。

 

 

 

 

 

『これは・・・!』

 

基地の一角。そこは、戦術機の操縦を学ぶべく用いられるシミュレータが鎮座する区画であった。

そこで、シミュレータ内での「新OSの仮想空間における評価試験をやる」と呼び出されたまりもは、目の前の状況に対して舌を巻くばかりであった。

 

『私が・・・捉えられない・・・!?』

 

管制室でシミュレータにおける仮想空間での戦闘状況をモニターしている夕呼は、焦るまりもの声に悪趣味な笑みを浮かべていた。

 

神宮寺まりもという女性は、帝国軍の過酷な訓練で生き残り、晴れて衛士になった人間の一人だった。

初陣は、九六作戦時の大陸での戦い。

初陣では部隊全滅の憂き目に遭い、訓練生時代の友人を喪ってしまう。

以降は、死に場所を求めるように戦い続け、死地での戦いは皮肉にも彼女の操縦センスを開花させ、最終的には富士教導隊の一員になるというところまでいった。

 

富士教導隊の衛士たちは、一人一人が一騎当千の強者達だ。

その一人が、20代前半のうら若き乙女だったのだから、周囲からは尊敬の眼差しと畏怖の念を同時に向けられていた。

 

そんな彼女をヘッドハンティングして、自分の計画に巻き込んだのが香月夕呼だった。

だからこそ、夕呼は彼女がどれほどの腕前の衛士であるかを知っているし、故に彼女を選んだのだ。

新たなOSの実験台に。

まずは、踏み台になってもらうために。

そうして、戦闘はやがて最終局面へと突入していく。

 

 

 

「くっ・・・!」

 

右への咄嗟の噴射跳躍。

 

「挙動で勝る不知火を相手に、撃震でここまでやるだと・・・!?この私をここまで追い詰めるなんて・・・!」

 

神宮寺まりもは、焦っていた。

呼び出され、促されるままにシミュレータへと押し込まれ、始まった「新OSの評価試験」。

自分の乗る機体は94式「不知火」に対して、相手側の機体は77式「撃震」。

性能差は歴然であったが、過去には世代で劣る戦術機で当時最新鋭だったF-15Cを落としたという前例もある。

しかし、今現在の自分の機体と相手の機体の性能差は、世代だけでは覆せない要素が多かった。

こちらは第3世代機であり、新鋭の部類の機体だ。

対して向こうは、すでに実戦投入から10年以上経つ第1世代機のしかも最初の機体だ。

だからこそ、少し油断していたというのもあった。

 

しかし、目の前の撃震は不知火に対して、互角の戦闘をやってのけたのだ。

 

まず、相手が選択したのは射撃戦であった。

無論、射撃戦に関してはお互いの技量が影響するということもあり、評価試験としてはあまり意義が強くない部類に入る。

しかし、焦れたこちらがわざと格闘戦を挑んだことによって、それが失敗であった事を悟った。

 

セオリー通りの格闘戦。

しかし、この状況においてそれは失敗だった。

 

挙動で上回る筈の不知火。

鈍重な撃震。

ましてや、彼女の技量は高い部類に入る。

故に、彼女は油断した。

 

後ろから追い縋り、噴射跳躍を多発させ、着地の一瞬の隙を狙っての斬撃。

しかしそれは、彼女の思惑を大きく外れて、避けるどころか反撃に使われてしまった。

 

本来のOSにおいては、まず最初の挙動が噴射跳躍からの着地、そこからの次の行動を行う場合に、コマンドを入力してしまうとその動きが優先されてしまう。

さらに、そこで強引に違う動作をしようとすれば、多少なりともタイムラグが発生してしまうという欠点を持っていた。

ベテランの衛士であれば、長い蓄積データによってある程度その挙動のデメリットを埋めることは可能だが、初陣の衛士でそれをするのは不可能だ。

だからこそ、彼女はあえて対人戦であるがゆえにその隙を狙った。

 

しかし、彼女の目の前で起こった光景は、

 

撃震が着地寸前に機体の姿勢を変え、

 

ワザとバランスを崩すと、

 

その勢いを利用して逆噴射をかけ、

 

こちらの斬撃に合わせて、既に抜いていた長刀で反撃してきたのだ。

 

無論、虚をつかれたまりもの不知火は、思わぬ撃震の反撃によって肩部ユニットを損傷してしまう。

明らかに目の前のが撃震の挙動は、機動性で勝る不知火を超えていた。

 

以降、次々と今まで自分が知り尽くしていた戦術機での格闘戦のセオリーを完全に逸脱した柔軟性の高い動きに、性能で勝る不知火に乗りながらまりもは追い詰められる形になる。

 

「撃震が、ここまで動くなんて・・・!相手は一体・・・!それに、あれは既存の戦術機でやれるような動きじゃないわ・・・!」

 

行動のキャンセルと、コンボの概念。

それは、例えば「歩く」「走る」「跳ぶ」といった動作を、一つずつの動作として処理するのか、それとも行動のキャンセルを行うことで起こるタイムラグを無くし、より早い動きで次の行動に移すといったものだ。

これが、新OSにおける根本だった。

処理速度を上げることによって、この挙動を可能とする。

それにはまず、高性能なCPUが必要であった。

そしてそれを用意するために、使ったのだ。

 

ロックオンのいた世界の情報処理技術を。

 

これによって、従来のCPUよりも遥かに高性能な試作型のCPUの開発をすることができた。

ご都合主義ではあるが、偶然にもそれの実現は、従来のCPUを「多少いじれば」どうにかなる代物だったのだ。

正直言えば、そこにかかった時間は3日完徹くらいはやってのけないとできない話ではあったが。

次に行われたのは、当初の目的のOSのアップデート。

デュナメスのOSのデータの他、何故かハロのデータベースに存在した情報処理技術を元にして、新OSを作成。それを戦術機用に落とし込んで、用意された専用シミュレータにダウンロードし、今まさにその実験台にまりもがされていたのだ。

 

だからこそ、まりもが相対する撃震は、従来の撃震では考えられないような動きをしていた。

同時に、シミュレータ上だからこそできる限界機動を行なっていたわけだが。

 

「しまっ・・・!」

 

仮想空間における戦闘エリアは、廃墟となった市街地だった。

高い機動性を活かして縦横無尽に動き回る不知火に、逆に追いすがる撃震。

本来は逆の立場であって然るべきなのにも関わらず、その戦闘はありえない挙動をする撃震によって撃震側有利に動いていた。

そして、一瞬の隙を不知火が見せる。

 

「この距離では・・・!」

 

さっきの撃震の咄嗟の動き。

今現在は、撃震の立場が自分の不知火であった。

 

一瞬の隙が生じて、そこに突撃砲と長刀を持った撃震が不知火の眼前に現れる。

 

「(やられる・・・!)」

 

しかし、撃震からの攻撃が不知火に襲いかかることはなかった。

 

『機体強度の限界を迎えたことを確認。撃震、行動不能。』

 

仮想空間上で映る目の前の撃震は、機体フレームが限界を迎えたのか、脚部が破損し、蹲る形で行動不能になっていた。

 

 

 

 

 

「・・・なんですか副司令。その笑みは」

 

シミュレータから出てきたまりもを出迎えたのは、悪趣味な笑みを浮かべた夕呼だった。

 

「うちの秘密兵器の感想はどうかしら?」

 

皮肉混じりの問いに、まりもは溜息混じりに答える。

 

「相手の腕前も確かに高かったわ。でも、それ以上にあの撃震の動きは何?」

 

今までのセオリーの全てを覆す動き。

それを実現したものは何かと。

 

「答え合わせは、あんたが相手した衛士から聞くことね?」

 

「お呼びかい?」

 

夕呼の後ろ。

つまりは、自分の相手をしていた人間が乗り込んでいたシミュレータ。

そこから出てきたであろう人間の声がした。

 

「・・・貴方は」

 

二人の方に歩いてきた人物は、飄々とした態度でまりもへと話しかける。

 

「俺が今、あんたの相手をしたパイロットだよ。前に一度、自己紹介をした時にいたメンバーの一人だったよな?」

 

そこに立っていたのは、黒い国連軍制式仕様の衛士強化装備に身を包んだロックオン・ストラトスであった。

 

 

 

 

 

 

先程まりもが相手をした撃震を操縦していたのは、OSの改良と並行してこちらの世界の機動兵器である戦術機の操縦訓練もやっていたロックオンだった。

 

「神宮寺まりも軍曹であります、大尉殿。」

 

敬礼し、ロックオンに返礼するまりも。

 

「ああ、そうだったな。神宮寺って呼んだ方がいいかな?それとも、まりもって呼んだ方がフレンドリーかね?」

 

飄々とした態度で言う彼に、まりもはやはり「軽薄な男」という印象を深めてしまう。

 

「・・・神宮寺とお呼びください。」

 

「オーライ。了解したよ、神宮寺。」

 

向き合う二人に、夕呼が促す。

 

「はいはい、改めての自己紹介は終わりよ。本題は違うところにあるでしょう?」

 

「ああ、そうだったな。」

 

ロックオンは一度、夕呼の方へ向くと再びまりもへと向き直る。

 

「・・・先程も申し上げた通り、私の知る限りではあの「撃震」が既存のOSでやれるような動きではありません。単刀直入に聞きます、大尉。どんな魔法を使われたのですか?」

 

 

まりもは先程、夕呼に言った問いをロックオンへと聞く。

それの問いにロックオンはこう答えた。

「魔法なんてそんな大それたものを使っていない」、と。

 

「強いて言うなら、ちょっとした裏技だよ、裏技。俺が提供した新概念のOS構想。それを現実にできるよう落とし込んで、使えるようにしたのがアレさ。流石に、突貫工事にぶっつけ本番ときたせいで、さっきみたいな事になることも予想できたからこそ、実機ではなくシミュレータを使ったんだがな。」

 

ロックオンの、まるで「飯をうまくするには隠し味を」なんていう感覚の返答に、片眉を吊り上げて不満げな表情を浮かべるまりも。

 

「おいおい。そう怖い顔をしなさんな。折角の美人が台無しだぜ?」

 

息をするように口説き文句を言うロックオンであったが、今のまりもには通用しない。

 

「・・・わかったわかった。たださっき言ったことは嘘ではねえよ。種明かしをするなら、裏技ってのを使って戦術機に積まれているCPUの改良をして処理速度を上げ、それによってOSの限界性能を上げたんだよ。」

 

そこから、彼が新概念のOSについての説明を始める。

その説明に関しては先ほどの戦闘描写の際に述べたため、割愛する。

 

「これによって、従来のOSでは不可能だったスポーツ選手並みの俊敏性と柔軟性を手に入れたんだ。」

 

「・・・なるほど。」

 

「だからこそ、さっきのType77(撃震)Type94(不知火)と同等以上にやれた。だが、さっきも言った通りまだ突貫で作ったせいでまだ試作品の域を出れていなくてね?」

 

彼の言う通り、新OSはまだまだ発展途上のものだ。取り敢えずは、使用に耐えうるだけのシステムを構築できたからこそこうして実際に使ってみているだけであって、製品としての完成度は、精々が「体験版」の域をまだ出れない代物であった。

 

「そういうわけだから、私が貴女を抜擢したのよ。この基地の中でもズバ抜けて腕がいい、貴女をね?」

 

「・・・だからこその、評価試験というわけですね。」

 

予想はついていたが、いいように自分が実験台にされた事を改めて認識すると、どこか言い知れぬ感情が胸中を渦巻く。

 

「とりあえずはこれで第一段階を終了。次は、バグの洗い出しと、量産するためには何が必要か、或いは何が不必要かも見ていかないとね。」

 

「ふふ。色々と課題が見つかったわ。ありがとうね、まりも」と言いながら、夕呼はその場を立ち去ってしまった。

 

「・・・行っちまったな?」

 

取り残された二人。

沈黙を嫌ったロックオンが、そう言った。

 

 

 

 

 

基地施設の外。

「外の風に当たりたいんだが、いいところはないか?」と聞かれたまりもは、普段は夜間にあまり外には出ないが、上官から言われた、ということもあり、訓練校の校庭に似たトラックの方へと案内した。

 

「ふぅ。久々に外の空気を吸ったよ。」

 

国連軍のBDUを着ているロックオンが、背伸びをする。

 

「先程の話だと、長時間に渡って缶詰にでもなっておられたのですか?」

 

堅い物言いで返すまりもに視線を向けると、砕けた態度でロックオンはまりもに言う。

 

「勤務時間外だろう?だったら、上下関係的なのは、緩く行こうぜ?ミス・神宮寺。」

 

笑顔でそう言うロックオンに、まりもは「やれやれ」といった様子で、こう返した。

 

「そうね。それで、残業手当は出るのかしら?」

 

その返しにロックオンは、返答に窮した結果「ミス・香月に相談しておくよ」と返した。

すると、まりもが珍しく笑う。

少しだけ、二人の距離が縮まった気がした。

 

 

 

 

 

 

基地司令部は、再び慌ただしくなっていた。

各地の戦況を表す戦域マップと、様々な戦場の状況を逐一確認するために備え付けられたモニター群。

 

8月下旬現在、この白陵基地を取り巻く状況は、「最悪」と言っても差し支えのない状況だった。

 

中旬後半に起きた京都の陥落。

 

そこから更に続いた度重なる消耗戦によって、帝国軍はジリ貧状態に陥っていた。

国内情勢は混迷の一途を辿り、未だその犠牲者の数は増え続け、帰らぬ家族の安否も分からぬままに逃げ惑う民間人たち。

 

そんな絶望的な状況の中でも、帝国軍は諦めず、奮戦を続けた。

その結果、中越と関東地方に攻め入ってきたBETAの動きを、奇跡的にとはいえ、一時的に停滞させることに成功。

 

これは、日本帝国にとってみれば「好機」だった。

 

首都機能を陥落した京都から東京へと移動させる計画も、既にBETAは神奈川の目と鼻の先であり、第二候補地である仙台へ移すかどうかを検討中だったのだ。

 

これは「反抗」のための好機ではなく、「守る」時間を稼ぐという「好機」だった。

 

戦線を立て直しつつあるとはいえ、現状の帝国軍の戦力では、未だ圧倒的な物量を誇るBETAを対処することは不可能に等しい。精々が、時間稼ぎのための遅滞戦闘が関の山。

 

故に、国連軍もまた、横浜白陵基地に在るAL4の拠点の移転を検討していた。

 

 

 

 

 

 

「既に山梨方面に展開中の部隊は後退を開始しました。じきにこの、横浜の地にもBETAの魔の手は伸びてくることでしょう。」

 

AL4占有区画。

その一角にある香月夕呼のいる執務室で、現状を伝えに来たある人物が彼女と会話をしていた。

 

「潮時、という事ね?」

 

ある人物。

それは、帝国の情報局に籍を置く人物だ。

名を、鎧衣左近。

 

「帝都の魔人」と恐れられる彼は、かつて拘束されたロックオンの情報を彼女に教えた人物でもある。

 

「日本政府は既に、東京へと移転予定だった政府機能は、次の標的となるであろう横浜(ここ)が目と鼻の先ということもあり、仙台へ変更するのが決定している状況です。将軍を含めた斯衛の本隊も、共に仙台へと移転を開始しております。残るは、この基地にある貴女の部署のみです。」

 

AL4(オルタネイティブ第四計画)の本拠地として国連へと租借されている形となっている帝国軍白陵基地。

 

しかし、BETAの魔の手が目と鼻の先に迫った今、計画を潰えさせぬように緊迫する戦況を鑑みて、国連上層部のAL4推進派はこの基地からの拠点機能の移転を帝国へ要請していたのだ。

 

「新たな拠点として候補地として有力・・・と、言うよりかは、既に決定されおります。第二帝都・仙台における帝国軍仙台基地のようですね。」

 

「今は、尻尾を巻いて逃げるしかできないのね。」

 

「仕方のない事です。現状の帝国軍では、この基地を死守する事は難しいでしょう。それに今は、これが最善なのですから。」

 

その会話を、部屋の隅の壁に寄りかかりながら黙って聞いていた第三者が口を挟む。

 

「つまりは、ここを捨て石に逃げるってわけだ。」

 

口を挟んだ第三者-----それは、夕呼のボディガードも兼ねてその場にいたロックオン・ストラトスだった。

 

「状況が状況なの。それが分からないほど、貴方はバカではないでしょう?」

 

彼女はそう返す。

 

「それに、あの機体と、技術提供によって飛躍的に進んだとはいえ、まだ製造すらまともにできない「太陽炉」の研究・開発も、こんないつ前線になるかもしれない場所では満足にできないでしょう?」

 

「・・・そうだな。たとえ今の状況で俺がデュナメスに乗って戦場に出ても、結果は変わらないだろうさ。」

 

戦況は益々悪化し、帝国軍の奮戦虚しく、山梨や中越地方の都市は軒並み陥落していた。

 

「だが、俺がデュナメスで出て、戦線を押し戻して一時的にせよ、強固な防衛線を張ることができれば、ここを放棄しなくとも良い可能性だって、あるんじゃないのかい?」

 

珍しく、ロックオンは彼女に食い下がるように反論した。

 

「却下よ。こんな状況で隠し球(デュナメス)を出したりしたらーーーーー」

 

「彼の国が黙ってはいないでしょうな。」

 

彼の国。鎧衣が指したのは、太平洋を挟んで向こう側にある大国の事だ。

 

「もしも、緊急事態とはいえ隙など見せれば、第5の者達の格好の材料にされかねません。最悪、それを材料にこの計画の妨害を・・・或いは、ご破算にする可能性も、十分に考えられるでしょう。」

 

鎧衣の言うことは正論だった。

ここで迂闊に動けば、後に控えているにも関わらず、同時進行で行われている「第5」と呼ばれた者達に付け入る隙を与える可能性があったからだ。

 

「それに、この状況であんたが戦況を好転させるにしろ、それがそう何度もうまくいくとは考えられえない。いくら貴方の機体が高性能でも、物量で攻めてくるBETA相手に戦えば、2回目、3回目とやってるうちに自分自身をすり減らす羽目になるわよ。」

 

どれほど機体の性能がよかろうと、乗っているのは生身の人間だ。

だからこそ、夕呼はロックオンの意見を真っ向から却下した。

 

ロックオン自身も、物量作戦というのがどれだけ消耗を強いるのかを身をもって知っていた。

 

「だから、より安全な場所に退避する。そうすれば、より精度が高く、相手を噛み砕くことができる牙が研げるわ。」

 

彼女直轄の部隊ーーーーーA-01連隊。

発足されてから間も無い事もあり、未だ空きが多く存在する部隊だ。

AL4には、何もかもが足りていない状況であった。

 

「・・・・・そこに力があっても、行使するには相応の代償が必要、か。ままならないな。」

 

もしも、刹那や他の仲間たちがいれば。

四機のガンダムが揃っていれば。

そんな「もしも」の事を、ロックオンは考えてしまう。

 

だが、現実にガンダムは一機しかいない。

それのマイスターである人間もまた、ロックオン・ストラトス唯1人だけだ。

 

現有の人類側の戦力は、デュナメスを除けば彼が知る主力兵器たるMSには遠く及ばない性能の兵器-----戦術歩行戦闘機だけだ。

 

「今は耐えるしかないの」

 

夕呼はそう言うと、会話は終わりとばかりに止めていた手を再び動かし始めた。

ロックオンは、無言でその場を立ち去る。

 

-----無力。

 

執務室を出て、暗い廊下を1人で歩くロックオンの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。

次いで、思い出されるのは忌々しい事件の記憶。

 

故郷のアイルランドで起こった、軌道エレベーター建設に反対するゲリラ勢力が引き起こした自爆テロ。

 

爆発した建物は未だ黒煙が所々から上がっていて、消防士たちは必死の消火作業を行なっている。

端に置かれた遺体安置所には、沢山の袋が置いてあった。

その中には、テロによって命を落とした人間の亡骸が入っている。

その中に、自分の家族もいた。

父と、母と、歳の離れた妹。

 

その出来事を繰り返さぬようにと、もう二度と自分のような人間が生まれないようにと、そうして"力"を手にして、世界を相手に戦った。

 

だが今は、死んだ筈なのに生きていて、違う世界に飛ばされて何もできずにいる。

 

世界はいつだって、残酷だった。

 

「また俺は、助けられないのか・・・」

 

通路の壁に背をつけて、天井を見上げながら吐いた言葉は彼なりの独白か。

すると、彼の視界に何か黒い物体が映る。

視線を下げると、兎の耳のようなカチューシャを頭につけた銀髪の少女が、彼を見上げていた。

ロックオンがそれに気づいて彼女を見ると、ハッとしたような表情とともに、兎の耳のような形状のカチューシャが本当に動いたような気がした。

 

「・・・君は確か、普段はミス・コウヅキの補佐をしてる嬢ちゃんだったな。」

 

俺は、少女へそう話しかけた。

少女は無言でこちらを見ている。

 

「おいおい、お嬢さん?返事してくれないと、流石の俺も困って-----」

 

「霞。」

 

俺が言おうとした言葉を遮って聞こえた声。

それは、目の前の少女が発した声だった。

 

「社霞、です。私の、名前。」

 

か細い声で自分の名前を言う。

 

「カスミか。やっとお嬢ちゃんの名前は聞けたよ。すると、俺の名前は知ってるかい?」

 

彼がそう言うと、「ニー・・・」と言おうとしてすぐにやめる霞。

 

「ロックオン・ストラトス・・・さん。」

 

「・・・?ああ、そうそう。そういや、カスミはミス・コウヅキといつも一緒にいるよな。」

 

霞が言いかけたことに何か引っかかるものを感じたロックオンだったが、すぐにその考えは彼方へと置き去りにされる。

 

「・・・はい。」

 

こくり、と小さく頷く霞。

 

「ってことは、俺の名前はミス・コウヅキから聞いたって事になるな。」

 

ロックオンがそう言うと、彼女は数秒してから「はい。」だけ答えた。

まるで、機械に話しかけているような印象を受けたロックオンだったが、何か事情があるのだろうと何かしら別の話を振ろうとした時、

 

「無力じゃありません。」

 

唐突に、彼女はそう言った。

そして、一瞬だけ顔を俯かせてもう一度俺を見る。

 

「貴方は、無力なんかじゃありません。」

 

「あ、ああ・・・?」

 

唐突に言われた言葉に、彼は眉をひそめる。

まさか、さっき考えていた事は口に出ていたか、と。

 

「何か、心配させるような事を言っちまったかな。ちょっと情けないところを見せちまった。ごめんな、カスミ。俺みたいなのがそんな事言ってちゃ、心配にもなるよな?」

 

ロックオンはそう言ってしゃがみ、彼女の頭にそっと手をのせる。

すると、彼は頭を撫で始める。

元いた世界にいた時にフェルト・グレイスにやってあげたように。

 

「・・・貴方は、悪くありません。悲しい事は沢山だけれど、悲しい事が沢山あったけれど、それに押し潰されないで。」

 

泣きそうな表情で、霞はロックオンへと言う。

 

「だから、貴方は無力なんかじゃありません。」

 

そう言うと、カスミは手を払うようにして「失礼します」と言い、その場から立ち去ってしまう。

 

「・・・・・」

 

彼女の物言いは、まるで自分のことを知っているかのような口ぶりだった。

 

『無力なんかじゃない』

 

その言葉の真意はわからないまま、彼は自分に割り当てられた部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

社霞は、1人で自室に駆け込むと、立ち尽くしていた。

彼女は、「人工ESP発現者」と呼ばれる、人工的に人の思考を読むことができる能力を身につけた、いわば「エスパー」であった。

その彼女は、10日前にこの基地へとやってきた青年-----ロックオン・ストラトスをずっと観察してきた。

そこからわかった事は、ロックオン・ストラトスという男は、とても誠実であり、同時にとても冷酷にもなれる人間だということだった。

 

彼が言った組織の名前と、別の世界から来たという発言に嘘偽りなく、特殊な訓練を受けているということも、少しだけ嘘をついていることも、全て彼女には分かっていた事だった。

 

霞は包み隠さず夕呼にリーディングによって読んだ感情を伝えた。

 

夕呼が出した結論は、彼女にしては珍しく「彼を信用する」というものだった。

 

そうして、彼という新たな仲間を加えてこの横浜で過ごした日々。

自分でも、彼に興味を持った。

だから先ほど、彼女は自分自身の意思で彼の前に来て、言ったのだ。

 

-----貴方は無力なんかじゃない、と。

 

それを聞いたロックオンは、少しだけ寂しげな笑みを浮かべながら、そっと自分の頭を撫でた。

まるで、不安がる子供を宥める親のように。

その手が触れた瞬間に悟ってしまった。

 

彼の過去には、沢山の悲しい出来事があって、彼はずっと自分の無力を嘆きながら生きてきたのだということを。

 

知ってしまったからこそ、目を背けることができなくなってしまった。

 

「・・・・・っ・・・」

 

だから今は、彼を思って涙を流すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『-----ある報告書より抜粋。』

 

『1998年8月25日、国連は横浜・白陵基地に置かれていたAL4の拠点の移転を開始。同、8月30日付で移転を完了。』

 

『その際、基地施設より、兼ねてから目撃例のあった新型戦術機の輸送が行われた記録はないが、独自の調査で運び出された事を確認。』

 

『翌、9月3日。BETAによる神奈川への本格侵攻が開始。帝国軍白陵基地、横浜は壊滅。』

 

『同時期、日本海側よりBETA侵攻。佐渡島がBETAの手に落ちる。程なくして、H22ハイヴ-----通称「横浜ハイヴ」の建設が開始。』

 

 

 

『帝国政府はこれを見越して、政府機能を仙台へと移転。』

 

『合衆国政府は正式に、日米安全保障条約の破棄を決定。在日米軍の撤退を開始。』

 

『最大の戦力だった米軍という要素を欠きながらも、帝国軍はBETAの侵攻を押し留めることに成功。』

 

『確保された猶予を使って戦力の補填を図り、翌年には本州に打ち込まれた楔である横浜ハイヴを攻略し、横浜を取り戻すべく作戦計画を立案する。』

 

『仮ではあるが、その作戦名は-----』

 

-----明星作戦(オペレーション・ルシファー)、と呼称されていた。




やらなければ殺られる。
恐怖にかられながら、その恐怖すら武器にして。
人類は戦い続ける。
未来という名の明日を掴むために。

次回「戦う理由(わけ)」

誰もが、戦う理由を持っている。


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story06「戦う理由(わけ)」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

書いてるうちに話が迷走しちゃいました。

イメージOPは「PRIDE」。

何の前触れもなく、新キャラが登場します。
作者自身の中ではキャライメージは決まっていますが、ここではあえて言わないでおきましょう。
それではどうぞ。

追記
2019年10月18日 0306 後書きの次回予告を変更。


1998年。

その年は、日本にとって多くの出来事が起こった年だった。

大陸からの撤退に加えて、「悪夢の7月」と呼ばれた西日本での本土防衛戦と、京都陥落。

そして、関東は神奈川を奪われ、本土の半分が日本におけるBETAの侵攻は停滞した。

 

1999年2月時点で、この戦いにおける死者は死者は3600万人以上。

凄惨な戦いは、日本帝国軍の実質的な大敗をもって膠着状態に移る。

列強の一つであり、外国に派遣すらできた日本帝国の敗北は、人類がいかに無力であるかを再認識させるとともに、次は誰か?という更なる恐怖心を植え付けた。

 

だが、その恐怖心が、逆に人類を奮い立たせる。

戦わなければ、生き残れない。その瞬間に自分たちは滅びさる。

 

『死ぬわけにはいかない。』

 

『まだ生きたい、生きていたい。』

 

『こんな事で自分たちの明日を奪われてなるものか。』

 

『未来を、奪われてたまるものか。』

 

誰もがその想いを胸に、恋人を、家族を、自身の大切なものを守ろうと、必死に戦っていた。

 

 

 

 

 

〜1999年3月中旬 仙台基地 AL4提供区画 仙台基地演習エリア〜

 

その場所は、仙台基地所属の部隊が訓練で使う演習エリアの一角。

かつて白陵基地で訓練を行っていた訓練兵達が実機訓練を行うために帝国軍仙台基地より帝国政府から国連軍に提供された場所の一つだった。

 

夜間、その場所に立つ戦術機がいた。

 

97式高等練習機「吹雪」に似たその機体は、所々の形状が違っていた。

 

『-----それではこれより、97式改、仮称「雪風」の動作試験を開始する。』

 

「雪風」と呼ばれた戦術機から少し離れた場所に指揮車がいた。

その中にいる男性が、マイク越しに起立したままの「雪風」に指示を出す。

 

『新型OSによる実機を用いた試験項目はC-01から開始する。』

 

雪風に乗る衛士は、その指示を聞くと機体を前進させる。

 

「シエラ1、了解。」

 

『想定は、市街地内での三次元機動を用いた多対1での戦闘だ』

 

HUDに周囲の状況が表示され、レーダーには3つの反応が演習エリアに指定されている市街地を模した演習場の中で表示されている。

 

『昨日のおさらいも兼ねて、簡単な動作確認もしながら演習エリアに入ってくれ。』

 

シエラ1と呼ばれた衛士が乗るのは、97式高等練習機「吹雪」を改修した97式「吹雪」改、仮称「雪風」だ。

この機体には、様々な新技術が盛り込まれており、既存の戦術機とは一線を画する存在として活躍を期待されていた。

 

「了解。」

 

衛士はそう言うと、演習エリアへと機体を跳躍させた。

 

 

 

 

 

「不知火はいつものハンガーに入れろ!雪風は4番ハンガーだ!」

 

演習から帰ってきた戦術機達。

それを迎えた整備班長が大きな声で指示を出す。

まず最初に、1番ハンガーへと入ってきたのは、国連軍カラーの不知火だ。

3機の不知火が、ペイント弾で所々が汚れた状態で入ってくる。

 

「おーおー、派手にやられたな」

 

その不知火が格納されているハンガー担当の班長が機体の様子を見ながらそう言う。

 

「班長!」

 

整備員の一人が、整備班長を呼ぶ。

 

「おお、来たか。」

 

「随分派手にやられてますね。相手はあの、新型機ですか?」

 

そんな会話をしていると、遅れて吹雪に似た機体ーーーーー雪風が1番ハンガーに近づいてきた。

ゆっくりと歩を進め、4番ハンガーを目指す。

歩いている雪風の横をすり抜けるように、一台の車両がハンガー内に入ってくる。

それは、先程雪風に指示を出していた指揮車に乗っていた人間がそれには乗っていた。

国連軍のBDUに身を包んでいるのは、青年だ。

 

「おお、大尉じゃないですか。」

 

近づいてきたのは、1番ハンガー付きの整備班長とは別の、4番ハンガー付きの初老の整備班長だ。

 

「よう、おやっさん。どうだい、こいつの状況は?」

 

車のエンジンを止めて飛び降りると、整備班長にそう聞いたのは、ロックオン・ストラトスだった。

 

二人は横浜白陵基地で初めて会い、ここ数か月の間はロックオンやこの雪風を開発する上でこれに携わる人間皆が世話になっている人物であった。

 

「順調ですよ。機体各部の調子も上々だ。大尉の提供してくれた技術のおかげで、各部の損耗度も飛躍的に減らせてます。」

 

班長は、ロックオンへそう答える。

現在この4番ハンガーでは、訓練兵用の「吹雪」の他に、いくつか技術供与という形で改修計画に回された「吹雪」の改修が行われていた。

ハンガーの一角では、地面に横たわりいくつかの装甲を剥がされシートを被せられた吹雪が2機。

そして、今入ってきた「雪風」とは別にもう一機。

少し形状は異なるが、雪風に似た形状の戦術機が格納されていた。

 

これらは、香月博士が、極秘裏に進める次世代戦術機開発の先駆けという意味合いも込められて改修計画に使われている戦術機群だ。

 

「97式改一号機「雪風」、そして二号機の「初風」・・・」

 

この2機の戦術機は、前者が高機動近接戦闘仕様、後者が中・遠距離支援戦闘仕様と用途が分かれており、それぞれにロックオンから技術供与された技術を下に試作された兵装が装備されていた。

 

「今度行われる予定の例の作戦・・・果たしてそれまでに調整が間に合いますかね。上からの命令じゃあ、一応は一個小隊分は数を揃えるんでしょう?」

 

普通の整備班長であればそこまで知り得ない内容も、彼はこの機体群の置かれている特殊な状況のおかげで知ることができていた。

 

「ああ。こいつらをとりあえずは実戦に投入して、新しいOSと新技術の有用性を示すためのお披露目にする。」

 

ロックオンは、この段階までくる過程で香月夕呼に言われた事が脳裏に浮かぶ。

 

『国連のお偉方も、帝国のお偉方も、この改修案に懐疑的よ。ポッと出で、夢物語を嘲笑われてもいるこの計画の中で、急に改修案なんて出すものだから、まるで「別のおもちゃにすぐ手を出す子供だ」なんて言ってくる始末。だから、次に行われる予定の明星作戦で結果を出してちょうだい。』

 

彼女が計画の本筋をロックオンへ語らないため、夕呼がどのようにしてAL4計画を進めているかはロックオン自身にはあずかり知らぬところではあった。

ただ、彼が計画を進める上で重要な手札の一つになっていることだけは理解できた。

 

『そうすれば、あのお偉方連中も重い腰を上げる筈よ。』

 

手っ取り早い話をするならば、デュナメスを実戦へと投入し、ハイヴを攻略するという案をロックオンは提案したが、それに関しては最終手段でありここで切るべき手札ではないということで、却下された。

 

確かに、「本来の世界」でもそうだったが、GNドライヴを搭載し圧倒的なスペックを誇った「ガンダム」という存在は、「世界そのもの」を破壊する。

 

『あの機体(ガンダム)は、強力すぎるの。それを見せつけて、逆に第5の連中が調子に乗ったらたまったもんじゃないわ。』

 

会話の最後に、そう愚痴混じりに夕呼が言ったのをロックオンは思い出していた。

 

「ロックオン・・・?」

 

1人、思考の海に浸っていると彼に話仕掛ける人間がいた。

 

「ああ、もう着替えてきたのか?」

 

彼に話しかけたのは、髪は黒いのに、どこか浮世離れした雰囲気の少女だ。

 

「ええ。貴方に会いたくて、すぐに戻ってきたの。」

 

ジーナ・チトゥイリスカ。

彼女は先程、シエラ01のコールサインで呼ばれていた、「雪風」のメインテストパイロットであった。

 

 

 

 

 

「ふふ、今日の私はどうだったかしら?上手くできてた?」

 

4番ハンガーから車に乗って宿舎へと向かう車中で、ロックオンが運転する運転席の隣である助手席に乗っているジーナが、ロックオンへと聞く。

 

「ああ、上々だよ。お前のお陰で、良いデータも取れた。どう改善すればいいか、今後の参考に十分なっていく筈だよ。」

 

ロックオンはそう答えた。

 

彼が子飼いにしている形になっている少女ーーーーージーナは、ある筋経由で夕呼へと寄越されたAL4計画への補充要員だった。

彼女がこの基地へ来たのは、移転してから1か月程経った頃の話だ。

そして、夕呼からロックオンへ下された命令は、「人並みの扱い、それに操縦技術の向上。あと、まともにコミュニケーションを取れるようにして」との事だった。

 

彼女は最初、ロックオンと対面した時は酷く怯えていた。

恐らくだが、年齢は十代後半。

体つきも大人の女性らしさが出てきているが、まだまだ顔はあどけなさが残る幼い少女だ。

この場所に来る前にどのような扱いを受けていたかはわからないが、彼女は誰かに必要とされることを強く求めていた。

 

まるで、脅迫観念に近い承認欲求。

 

『貴方の役に絶対立ってみせます。だからどうか、お願いだから捨てないで。私を一人にしないで。』

 

彼女はそう、ロックオンへ言ったのだ。

状況は違う、性格も何もかも違う。

なのに、ロックオンにはいつも周りを振り回してばかりいた少年の姿が重なって見えた。

クルジスで幼少期に洗脳され、強迫観念から死こそが神への信仰だと信じて戦い、裏切られた元少年兵。

 

刹那・F・セイエイと、どこか重なって見えたのだ。

 

『大丈夫だよ。誰も君を捨てたりはしない。』

 

ロックオンはそう、彼女と約束をした。

打ち解けるまでに要した時間は2か月程。

まるで最初は機械のようであったジーナも、ロックオンと接することで徐々に年相応の女の子らしさ、人間らしさを取り戻していった。

そして今現在は、最早依存に近い形ではあるが、夕呼の当初の要望通りに沿える状態にはなった。

 

そんな事を彼女の横顔を見ながら考えていると、宿舎へと到着する。

 

「さて、お姫様。お手を拝借した方がよろしいかな?」

 

何度かしたジョーク。

たまにこれをやる度に、耐性がないのかジーナは「自分で降りれるわよ!」と対抗してきた。

今日も今日とて、同じようなやり取りをしながら車を降りる。

 

「腹、減ってねえか?夕食まだだろう?」

 

「ええ。昼から何も食べていないから、お腹が減って仕方がないわ?」

 

降りた後は、二人はそんな会話をしながら、宿舎へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

数十分後、ジーナとロックオンは仙台基地のPXにいた。

 

「ストラトス大尉に、ジーナ少尉。」

 

PXに入ると、ちょうど同じタイミングで入って来たであろう神宮寺まりもが、ロックオンのそばに立っていた。

 

「これから夕食でしょうか?」

 

「ああ。俺もジーナも夕飯はまだでね。そうだ、軍曹も一緒にディナーでもどうだい?」

 

ロックオンは、気さくにそう提案する。

その提案にジーナも「ナイスアイディアね。まりもがいるなら、食事も楽しくなるものっ」と賛成した。

とうのまりもといえば、ロックオンの誘いとジーナの勢いに気圧され、二つ返事で了解する形になる。

ロックオンは注文に、まりもはジーナに促されて席取りに回る。

 

本当は自分が階級的に下であることから、過去に食事の席を共にした時に積極的に動こうとしたが、上下関係に縛られる事を好まないロックオンは「女性に運ばせるなんてできねーよ」と以前に却下された事があった。

 

故に、こういう場面では彼にやらせるのが一番最適解である。

無論、ジーナが心を許す数少ない人間の一人であるのが神宮寺まりもであり、こういう時はジーナの好きにやらせるようにしていた。

カウンターへ行き、京塚伍長へ挨拶しながらメニューを頼んでいる。

 

「おやおや。また両手に花でここに来たのかい?色男は違うねぇ〜」

 

「お戯れを、ミス・キョウヅカ。あんまりからかわれると、ジーナが拗ねる。」

 

その会話を聞いていたジーナが、「私もうそんな子供じゃないわ!」と反論するが、二人はその様子を見て笑みを浮かべるだけだ。

暖かい空間が、そこには広がっていた。

 

「おわ!?き、京塚伍長殿?ライスの量が、少し多くねぇか・・・?」

 

「若いんだからそれくらい食べなさいな。ジーナちゃんには、特別に合成鶏肉唐揚げ2つサービスだよ」

 

「やったー♪」

 

一家団欒のような雰囲気がPX全体に広がる。

遅めに入ってきたここの基地の関係者も、その雰囲気に「たるんでいる」という感情ではなく、純粋に「微笑ましい」という感情でその様子を眺めていた。

 

食事を3人分まとめて器用に持ってきたロックオンがそれぞれの分の食事をそれぞれの場所に置いていくと、最後に席へ着く。

そして、「いただきます」と言うと、細やかな晩餐会が始まった。

 

しばらくして、まりもが自分の分を食べ終わって顔を上げると、正面に大盛りのご飯と格闘しているロックオンの姿が映る。

 

「・・・大丈夫、ロックオン?」

 

「食べきれないのですか、ストラトス大尉・・・?」

 

「く・・・!やはりライスの量が具材に比べて合ってねぇ・・・!」

 

ロックオンは痛恨のミスを犯していた。

米を食べきるための具のペース配分をしくじり、結果的に米のみがかなりの量残ってしまったのだ。

 

その姿を見ていたまりもは、不意に笑みを漏らしてしまった。

 

同い年くらいの青年は、いつも年齢よりも大人に見えるのに、こういう場面では実年齢よりも幼く見えてしまったのだ。

 

「・・・ふふ」

 

それを見られていたまりもは、気づけばロックオンにジト目で見られていた。

 

「・・・こほん。なんでしょうか、大尉?」

 

誤魔化すまりもに、ロックオンは恨めしそうに「人が大変な時に、笑うことはないだろ・・・?」と愚痴をこぼす。

 

「じゃあ、私が食べてあげましょうか?」

 

その状況を打開する天使が現れた。

現れたというよりは、ずっとその場にいたわけだが。

 

「あらあら。ジーナちゃんは量が少し足りなかったかい?」

 

「そんなことないわ!とっても美味しかったわよ、おばちゃんっ」

 

机に突っ伏して「あれでまだ食えるのかよ・・・」と言うロックオンに、苦笑まじりに「少尉が食べてくれるそうですよ?」と言うまりも。

 

しばらくして、ようやく3人全員での晩餐会はお開きになった。

 

まりもは、こういう光景を何度も見ている。

先ほども言った通り、ロックオンと食事の席を共にする事も多かったし、ジーナが来てからは彼女の母親や姉代わりになれるようにと、ロックオンに協力していたからだ。

 

その彼が、自分が育てたA-01の面々とシミュレータとはいえ模擬戦を行い、結果的に負けたとはいえ自分の教え子たちを追い詰めた上に、純粋に同じ条件で行ったサシでの勝負では、一度だけだが自分を下したということが。

 

「大尉。」

 

だから、気になっていた興味と好奇心をぶつけてみたくなってしまった。

 

「ん?なんだ?」

 

「あなたは、どこでアレほどの操縦技術を?ジーナ少尉の操縦技術とて、貴方の指南があってこそでしょう?」

 

ロックオンにとっては、唐突に投げかけられた疑問だ。

 

いずれ投げかけられると思っていたが、まさか今聞かれるとは思っていなかったという表情をロックオンは浮かべていた。

ジーナはキョトンとしながら「何の話?」と呟いている。

 

事の発端は、数日前の出来事だった。

夕呼が突然、A-01の面々にプラスしてジーナとまりもを呼び出すと、こう言い放ったからだ。

 

『なんだか最近、彼の影が薄くなってきているのよね。と、いうわけで、ロックオン・ストラトス大尉の現在の実力試験として模擬戦をやってみようと思いまーす。勿論、相手はうちの秘蔵の戦術機中隊とまりもよー。』

 

突然の事に集められた面々は騒然とし、勿論そんな話など聞いていなかったロックオンも「おいおい。冗談きついぜ、ミス・コウヅキ」と彼女に反論する。

 

『あんた達も、まりもも、気になっているんじゃない?実際のところ、彼自身は皆の前で戦術機を動かしたことは殆ど無いんだから。』

 

確かに夕呼の言うことには一理あった。

まりもも数回程度だがロックオンの模擬戦の相手や、実機を用いた試験でサポートをしたりはしていたが、本気で戦う彼は見た事がなかった。

 

『それとも・・・普段はデスクワーク専門の衛士相手に、勝てない、なんて言わないわよね?』

 

などと、夕呼はジーナとロックオン、それにまりもを除いた全員を挑発した。

 

ジーナとロックオンのみという、2対12の圧倒的不利な状況でありながら、地形と、連携と、実力と、戦力、戦術、全てを駆使して戦い、敗北したとはいえ一個中隊を追い詰め、イレギュラーで行われたまりもとの模擬戦では運が味方し、彼女に勝ったからだ。

 

「ロックオンは強いわ。なにせ、私に操縦テクニックを隅々まで教えてくれたいわば「シショー」だもの。」

 

自慢げに語るジーナに「誤解を生むような言い方をするんじゃあない。まったく、誰に似たんだか・・・」と言うロックオン。

 

「どこで、と言われてもな。俺はただ、自分がいた環境の結果、こうなったとしか言えねぇな?」

 

彼自身は、内心では答えをどうはぐらかそうか考えていた。

何せ、ロックオン・ストラトスという男は、本来は世界を敵に回した私設武装組織の構成員にして、ガンダムマイスターであったのだから。

 

「しかし現状、大尉はそれほどの腕を持ちながら前線ではなくここにおります。確かにそこには、副司令が絡んでいるでしょうが、やはり疑問が残るんです。」

 

「悪いが、これは機密に触れる事だ。それ以上は“need to know”、だぜ?」

 

今は、詳しいことは答えられないと、暗にそう返すロックオン。

 

「・・・・・」

 

「さて、いい時間だ。悪いな神宮寺。報告書をまとめなきゃならねぇから、先に失礼するぜ?」

 

「私も失礼するわ。ありがとうまりも、いつも一緒にご飯を食べてくれて。また一緒にお話ししたり、食事をしましょうね!」

 

「・・・わかりました。また、次の機会に」

 

3人は立ち上がると、食器の返却口へと行き、食器類をそこに置いていく。

 

「んじゃ、またな。」

 

「またね、まりも!」

 

「ええ、それでは。」

 

そうして3人はPXを出ると、ジーナはロックオンと共に、まりもは別の方へと歩き出した。

 

「・・・」

 

そうしてまた、時間は流れていく。

 

 

 

 

 

 

『俺は昔、アイルランドに住んでいたんだ。』

 

身の上話を一つ。

それは、ジーナと出会った頃の彼女がロックオンから聞いた話の記憶。

 

『俺には父親に母親、それに双子の弟と、小さい妹がいた。弟は早くに家を出ちまったが、故郷で家族四人と幸せに暮らしてたよ。』

 

彼の世界での、彼がまだ幸せだった頃の、故郷での幸せな日々。

母がいて、父がいて、妹がいて。

弟は早い時期に家をでてしまったけれど、それでも家族と過ごした時間は幸せなものだった。

 

『でも俺は、「ある事件」で全てを喪った。』

 

ある事件とは、ショッピングモールで起こった自爆テロだった。

 

いつの時代もテロリストというものは存在する。

 

実際、この世界においてもそれは同じで、世界各地では未だにテロ事件は絶えない。

人種差別、難民、貧困、領土問題。

金のため、名声のため、生きるため。

理由は様々だ。

 

国家間においての争いでも、自国の利益のために、そして敵対する国家を蹴落とすために「テロ」は使われる。

 

『俺は恨んだよ、「テロ」ってものを。』

 

だから力を磨いて、そのテロを、争いを生み出す元凶を叩き潰すために、ソレスタルビーイングにスカウトされ、「世界を壊し」て「世界を再生」するために戦い、その果てにロックオン・ストラトスは死んだ。

 

『俺は、ソレスタルビーイングに入ってから、幾度となく戦場へ向かい、その度に武力介入を行ってきた。死線をくぐり抜けたこともあるし、そのせいで死にかけたこともある。』

 

自分という人間を知ってもらうために、彼は包み隠さずに自分自身の事をジーナへと話す。

 

『そうして戦いを続けていく上で、結局俺が手にしたものは人殺しの技術と、結局のところは自分自身が憎むテロリストに自分もなっちまってるっていう現実だった。』

 

人殺しのための、血塗れた手。

しかしそれは、崇高な目的のためなんかじゃない。

テロという理不尽に復讐するために、世界を変革させるために、その手を血に染めた。

 

『だからな、ジーナ。お前の過去に何があったかは、俺はわからない。お前さんから教えてもらわない限りは、無理に聞いたりもしない。』

 

「悪いな。こんな話しちまって。」と言いながら、彼は立ち上がる。

 

『ロックオン・・・テロ、にくい?』

 

その問いに、彼はこう答えた。

 

「ああ、憎いさ」、と。

 

彼女は、彼の色を見た。

感情を見た。

思考を読んだ。

 

彼はBETAという存在以上に、人の「歪み」に位置するモノを憎んでいた。

だから聞いたのだ。

 

『ロックオン・・・なんのために、戦う・・・?』

 

ーーーーー戦う理由(ワケ)

 

祖国のため。

 

失った故郷を取り戻すため。

 

大切な人の仇を取るため。

 

自分は、何のために生きているのかわからない。

 

『俺は・・・正直、わからんね。ただ、力を持つ者には相応の責任が伴う。それに、「守れない」ってのは癪だろう?だから、まずは目に見える範囲のものを守るために戦う。』

 

「お前も、その一人だ」と。

ロックオンは、彼女の頭を優しく撫でてやりながら、そう答えた。

 

 

 

 

 

「どうした、ジーナ?俺の顔に何か付いてるか?」

 

記憶を反芻している間に、宿舎についていた。

ロックオンは、いつのまにか彼の顔を見ていたジーナの方へ向くと、そう問いかける。

 

「目と、口と、鼻がついているわ?」

 

笑顔でジーナはそう答えると駆け出す。

その日の夜空は澄んでいて、星が綺麗に見えていた。




新たな出会い、そして新たな仲間。
それは何を意味し、どのような変化をもたらすのか。
そして結成される新たな部隊。
彼らは、成すべきを為すために歩を進める。

次回「ウルズ結成」

進んだ先に何があるのか、それは誰にもわからない。


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story07「ウルズ結成」(2019年10月18日追加)

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

幕間的なお話。
前回投稿したお話では説明不足なところもありそうだったので、ある人が来る経緯的なお話を前日譚07として間に挿入させてもらいました。

イメージOPはブラックラグーンより「Red fraction」。

ではどうぞ。

追記
2019年10月18日2151 文章構成及び内容を一部変更


特殊技術研究部。

通称「特技」。

 

何かの技を極めたとか、何かの「特技」があるとかそういう意味合いではなく、純粋にこの部署の略称だ。

そこでは、日夜様々な「特殊な技術」の研究に取り組んでいる。

その部署が中心となって行われていたのが、既存の戦術機の改修だ。

 

この部署は、かつて横浜に本拠地を置いており、今現在はその本拠地を臨時で帝国軍仙台基地に置いているAL4計画に所属している部署だった。

 

その特技において、特別技術顧問兼開発衛士として籍を置いているのが、ロックオン・ストラトスだった。

 

 

 

 

 

仙台基地演習エリア。

その一角にある市街地を模した場所で、2機の戦術機が模擬戦を行っていた。

 

片方は、試作機であることを示すオレンジ色(テストカラー)の機体。

 

もう片方は、既存の第三世代戦術機「不知火」だ。

 

この2機は現在、テストカラー機側の実証試験のために実機訓練を行っていた。

 

 

 

「速い・・・!」

 

絶え間なく続く攻防の中で、不知火の衛士は相対する戦術機の動きを見て、歯噛みしながらそう呟いた。

相対する機体の名は、「雪風」。

97式高等練習機「吹雪」の改修1号機だ。

 

「やるじゃないか・・・!久々に心が躍る・・・!」

 

獰猛な笑みを浮かべながら、彼は退くよりも前進を選んだ。

 

「久々に食い甲斐のある奴とやり合える!」

 

不知火の衛士―――――上官殺しと呼ばれる青年、フレッド・リーバーは、正面の雪風に猛然と斬りかかった。

 

 

 

「あいつが、「上官殺しのリッパ-」か。」

 

模擬戦をモニターしている指揮車の中で、ロックオンが指揮車の隣で待機している戦術機ーーーーー「初風」に乗る衛士である自分の副官に話しかける。

 

『はい。フルネームはフレッド・リーバー。階級は少尉。元イギリス軍で、所属していた部隊の上官への反逆罪で軍刑務所に収監されていたそうです。』

 

副官―――――彼女の名は、リザ・ホークアイ。階級は中尉で国連軍所属の衛士であり、特技の2番目の追加メンバーとして、ここに配属されてきた人間だ。

黒い衛士強化装備に身を包んだ彼女は現在、模擬戦の監視役としていつでも動けるように待機していた。

ロックオンの傍にはファイル置かれており、そこには先ほどのリーバーの今までの経歴が全て記載されている。

 

「腕は立つが、性格や素行に難あり。上官殺しってのも、このご時世じゃあ果たして本当かどうかってところかね。」

 

『そうは言いますが、危険な人間なのには変わりありません。』

 

通信機越しに彼女はロックオンへそう返す。

 

「英軍時代は、殴り合いが絶えなかったほど荒れていたわけね。」

 

ファイルに記載されている経歴には、部隊内での争いが絶えず、その度に何かしらの処分を受けていたとある。

 

ーーーーーフレッド・リーバー。階級は少尉です。

 

だが、最初にここへ連れてこられた時の彼への印象としては、およそ人を殺すような人間ではないように見えた。

まるで、何もかもに希望を見いだせないような、気力のない表情を浮かべていたからだ。

まあ、実のところはそう思うだけであって、実際は違う可能性もあるのだから、ここで結論を出すのは早計なのだろう。

ロックオンは、とりあえずは結論を先送りにし、演習場内に設置された様々な場所から様子を見ることが可能なカメラ映像と、模擬戦を行っている当人達の機体のカメラ越しの映像が映るモニターに視線を戻す。

 

「まあ、うちのお姫様をあそこまで振り回すんだ。大したものじゃないかね?」

 

モニターには、およそ既存の戦術機では考えられないような柔軟でアクロバティックな動きをする雪風と、それに追い縋る不知火が映し出されている。

 

視線が交差する瞬間、不知火が左手に持った突撃砲を撃ち、それを回避する雪風。

 

回避運動の着地を狙ってすかさず右手の長刀で斬りかかる不知火。

 

その斬撃を空中で噴射させた跳躍ユニットの勢いで雪風は空中で身を翻す。

 

逆に反撃に転じた雪風の突撃砲による射撃。

 

それを横方向への跳躍ユニットの噴射で回避し、片脚で着地と同時に後方へ跳躍を行う不知火。

 

そこに前への跳躍ユニットでの噴射で距離を詰める雪風。

 

「誘われたな。」

 

ロックオンがそう言った瞬間、肉薄した雪風が銃口を向けるのとほぼ同時に、不知火が姿を消した。

 

 

 

「な・・・!?」

 

突然の出来事。

ジーナの視界から、不知火が消えた。

直後、激しい衝撃に、彼女は襲われる。

 

大きくバランスを崩して吹き飛ぶ雪風。

 

刹那の間に、眼前にいたはずの不知火は後方へ噴射をかけることで雪風と地面の間にするりと入り込み、真下から見上げる形で並走すると、あろう事か雪風の胴体部を不知火の脚で蹴り飛ばしたのだ。

 

「う、くぅ・・・!」

 

ビルに機体を叩きつけられ、想定外の出来事に一瞬の動揺を見せるジーナ。

 

唐突に、嫌な気配が全身を包み込んだ。

 

背筋に冷たいものが走り、本能的に機体を即座に前へと転がす。

前転しながら叩きつけられた場所から離れてすぐに、不知火が現れ、その場所に長刀を突き刺す。

 

「よくも・・・!」

 

不知火の頭部がこちらを見る。

まるで、獲物を追う肉食獣のような気配。

 

本能的に感じた感情はーーーーー殺意。

 

「あ・・・」

 

恐怖が、全身を支配した。

 

「あ、あぁぁぁぁああ!!!」

 

次の瞬間、彼女は激昂し、雪風は主の命令に従って不知火へと襲い掛かった。

 

 

 

「ハハッ・・・!」

 

リーバーは、歓喜の中にいた。

自分をここまで楽しませてくれる衛士とこんなにもやり合える。

己の全てを賭して挑んでも、軽々といなしてくる相手。

自分を全てぶつけても壊れない。

 

こいつなら、殺しにかかっても大丈夫そうだ。

 

そんな思考を浮かべてしまったのが、彼の失敗だった。

 

「ーーーーー・・・ッ」

 

動きが、変わった。

 

彼がそんな事を思った瞬間、有り得ない速度で雪風が彼の乗る不知火の真横に着地し、その勢いのままに後ろ回し蹴りを放つ。

 

「ハッ・・・!」

 

笑みさえ浮かべて、彼は機体を操縦する。

突き刺さったままの長刀を放し、機体を宙返りさせて蹴りを回避。

回避の勢いを利用して距離を取ると右手に持っていた突撃砲を左手に持ち替え、武装ラックから予備の長刀を右手で引き抜こうとする。

 

だが、引き抜こうとした長刀は何者かによって奪い取られ、明後日の方向に投げられた。

 

「な、に・・・!?」

 

犯人は、いつの間にか頭上にいた雪風だった。

雪風の手が、不知火の手が長刀を持つよりも先に長刀を掴んで投げ飛ばしたのだ。

網膜投影からカメラ越しに映った光景は、不知火の頭上で並走する形になった雪風が、いつの間にか持っていた打突可能な棒状の武器を思い切り不知火の顔面に叩き込んで地面へと叩き落とすまさにその瞬間だった。

 

「・・・が、ぁ・・・!?」

 

打突武器を頭部にまともに食らった不知火は、態勢を崩し、そのまま頭から地面へと激突する。

激しい衝撃に襲われ、体がその衝撃で大きく揺れた。

 

「やってくれる、な・・・!」

 

強くレバーを握り、今にも投げ出されそうな衝撃に必死に耐える。

目を開けると、機体情報を示す表示に頭部損傷を示す情報が追加され、各部も正常な色から異常をきたしている黄色へと変わっていく。

 

「くそ!視界が・・・!」

 

更には、先程の攻撃で頭部カメラユニットが損傷し、視界がブラックアウトした状態に陥っていた。

機体の態勢を持ち直しながらカメラの再起動を待つ。

 

カメラの復帰直後に映った映像は、猛然とこちらに斬りかかってきた雪風だった。

 

 

 

『た、大尉。これは・・・!』

 

あまりにも一方的な戦いを前に、ホークアイは困惑の色を隠せない声音で話す。

 

「動きがおかしいな・・・あれじゃあ、不知火が大破する。」

 

彼はそう言うと即座に雪風へと通信を繋げた。

 

「おいジーナ、いくらなんでもやり過ぎだ。模擬戦は直ちにーーーーー」

 

彼が最後まで言いかける寸前に聞こえてきたジーナの声。

それは、思いがけない一言だった。

 

『殺してやる・・・!』

 

「ジーナ・・・?」

 

『絶対に、殺してやる!』

 

焦燥に駆られたジーナの声。

 

「ホークアイ中尉!」

 

『もう行っています!』

 

危険だと判断したロックオンが指示を出すよりも先に、ホークアイの初風は動いていた。

 

 

 

「チトゥイリスカ少尉!」

 

ジーナ機である雪風に通信を繋げてホークアイが叫ぶ。

機体を指揮車の横から現場へと向かわせる為に一度跳躍し、そこから全力噴射で現場へと急行する。

 

「それ以上は不知火が持ちません。ただちに戦闘を中止なさい!」

 

『あぁぁぁあああ!』

 

叫び声を上げて攻撃の手を緩めない雪風の真後ろに自身の機体を着地させると、振り上げた腕部を掴んで強引に動きを止めにかかる。

 

「大尉からの命令です。模擬戦は中止よ、ジーナ。」

 

努めて冷静に、そう喋るホークアイの声を聞いて、ようやく動きを止める雪風。

 

『はっ・・・はっ・・・!』

 

通信が繋がり、網膜投影越しにジーナの顔が表示された。

彼女は、一方的な戦闘をしていたにも関わらず、まるで追い詰められ、弱った獣のように浅い息を吐き、顔は青ざめている。

 

「リーバー少尉、無事ですか?」

 

『・・・う、く・・・』

 

呻き声が聞こえて来る。

幸い、バイタルは危険な数値を示していないが、先程の猛攻で気絶した可能性が見られた。

 

『ホークアイ中尉。二人とも(・・・・)無事か?』

 

通信機から、ロックオンの声が聞こえた。

 

「チトゥイリスカ少尉は、体は無事なようです。リーバー少尉の方は、返事が返ってきません。恐らく先程ので気絶した可能性が。」

 

警戒状態を解かず、まだ攻撃姿勢のままの雪風を一旦下がらせると、壁にめり込んだ形で蹲っている態勢の不知火へと近づき、機体の状態を確認する。

 

「(よくて中破・・・これだと最悪大破ね。)」

 

不知火は酷い有様だった。

頭部ユニットを殴打された影響で、左側のブレードアンテナは消失しており、カメラアイのゴーグル部も割れ、中のカメラアイが露出している。

跳躍ユニットも損傷しているのが見て取れ、肩部や脚部、その他全体的に、表面装甲の損傷が激しいように見えた。

 

「チトゥイリスカ少尉、大尉の方へ方へ行きなさい。彼が待っているわ。」

 

『・・・はい。』

 

不知火に銃口を向けたままだったジーナの雪風にホークアイが命令すると、銃口を下ろし、その場から離れていく。

 

「大尉。回収班と、医療班を読んだ方が良いかもしれません。」

 

『ああ。もう手配したよ。』

 

機体状況を鑑みてホークアイがそう言うと、ロックオンはそう言われる前に既に基地に連絡し、機体の回収と医療班の出動を要請していたようだった。

 

「それにしても、あれは一体・・・」

 

ジーナの暴走。

疑問を胸に、彼女は不知火を見下ろしていた。

 

 

 

 

「これ、どういうことかしら?」

 

ドアを開けると同時に、特殊技術研究部に割り当てられた部屋。

ロックオン達が帰ってくるのを待ち構えるようにしてそこにいた女性―――――額に青筋を立てた夕呼が、ドアを開けて最初に入ってきたロック音の目に入る。

 

「おっと。どうしたんだい、ミス・コウヅキ?」

 

飄々とした態度で返すロックオンに、彼女は言う。

 

「どうもこうもないわよ!さっき行われてた新入りのテストも兼ねた雪風と不知火との模擬戦の事。分かってるでしょうね?」

 

彼女の前では、記録された模擬戦の映像が流れており、彼女の手にはある書類が握られていた。

 

「耳が早いねぇ、ミス・コウヅキ。それで?模擬戦がどうしたって?」

 

「耳が早いねぇ、じゃないわよ!やりあった不知火、ほぼ大破状態じゃない!」

 

そこにあったのは、模擬戦で痛めつけられた不知火の被害状況。

 

「あ、ああ、なるほど。それね、はいはい・・・」

 

視線を逸らして明後日の方向を向きながら言い訳を考えるロックオンに、声を荒げていく夕呼。

 

「どうしてくれるのよ!ある程度動くって言っても、限度ってものがあるでしょう!?」

 

「ほ、ほら、歓迎会も兼ねてたし、多少は目を瞑ってやってくんねぇかな・・・?」

 

「・・・誰かそこにいるのかしら?」

 

先ほどから少しロックオンの動きがぎこちなく、入り口から一歩も動かないのでそこに気づいた夕呼はゆっくりと彼の後ろを覗き込む。

 

「(ふるふる)」

 

そこには、子犬のように震えているジーナがいた。

まるで、やってはいけないことをバレた子供のようになっている。

 

「・・・はぁ。大体察したわ。これのことね、うちの社が言っていたのは・・・」

 

「・・・察しが良くて助かるよ。」

 

がくがくぶるぶると震えているジーナを横目に、二人の大人は何かに納得する。

 

「事情は大体察したわ。とりあえず、始末書は書きなさい。話はそれから。あと、あの新入りは念入りに指導しておきなさいよ?」

 

「オーライ。」

 

そう言うと、「それじゃ私、忙しいから戻るわ」と言って夕呼はその場から立ち去った。

 

「あ、の・・・」

 

残ったのはまだ涙目で震えているジーナと、苦笑混じりに彼女を様子を見ているロックオンと、あとはこの部署に属する職員達だ。

 

「ああ、とりあえず気にするな。今日みたいなことがそう頻繁にあるわけじゃない。リーバー少尉も直に戻ってくる。そこで改めて顔見せして、あとは反省文を兼ねた始末書の作成すればいいさ。ミス・コウヅキだって、ある程度は許してくれるさ」

 

そっと、頭を優しくぽんぽんとしてあげながら、ロックオンはジーナをなだめる。

こくこく、とジーナは頷いた。

 

 

 

 

『貴様のような者がいるから悪いんだ!』

 

ーーーーーあいつはそう言って、俺に銃口を向けた。

 

それは、彼が人としての道を踏み外す決定的な瞬間に起きた出来事。

 

彼はかつて、イギリス軍の戦術機部隊に所属していた。

 

彼は、親が小さい頃に他界し、幼少期は親戚の家に預けられたが、その場所ではかなり酷い扱いを受けて過ごしていた。

鼻つまみ者として、邪魔者として扱われ、やがて彼は早期から自立を目指し、兵士になる道を選ぶ。

やがて兵学校へと入学した。

しかし、入った直後からトラブルは絶えなかった。

向かってくる者には容赦せず、格闘訓練や、実機を用いた訓練でもそれは変わらず、その度に周囲と衝突を繰り返す。

 

初めて実戦に出た瞬間は、まるで自由になったかのような気分だった。

 

彼の周囲の状況は、一変する。

それは、人間相手では出来なくて、BETA相手ではできることだ。

 

殺すことを許される。

 

彼は、天性の操縦センスを持った衛士だった。

初陣では、新米衛士があげる戦果ではないスコアを叩き出した。

だが、自分が戦果を上げれば上げる程に、周囲からは敬遠されていく。

 

それは、彼の戦闘スタイルが原因だった。

 

初陣で多大な戦果を上げたことで、戦場では花形とされる突撃前衛のポジションに早くからつき、最も危険な位置にいながら生還し、戦果も上げる。

化物相手には天敵のような動きをするが故に、それをフォローする周囲の危険度が跳ね上がる。

BETA相手の戦場では、1人の能力が突出していても周囲が追いつけなければ犠牲が出る可能性は十分にあった。

 

そしてもう1つ、彼が不幸だったのは、優秀な上司に恵まれなかった事だ。

彼が所属した部隊の隊長は、自分よりも1か2期上の先輩格かつ、その期では主席であり、エリートコースに乗ろうと躍起になっているバリバリの野心家。

 

さて、ここにきて天性の才能を持った人間が現れ、自分よりも多くの戦果を上げて自分の出世の妨害する可能性がある人間が現れるとどうなるだろうか。

ましてや、それに危機感を抱く人間が物凄くプライドが高く、自分が常に1番でなければ気が済まない人間であったなら?

 

答えは簡単だ。

排除しようとする。

 

結果的に彼は、突撃前衛という立ち位置を利用され、ある戦場で孤立するように仕向けられた。

しかし、その身勝手な行動によって、彼が所属する部隊はリーバーという強力な駒を捨てようとしたせいで、全滅の憂き目に遭う。

 

『貴様のような者がいるから悪いんだ!』

 

網膜投影越しに映し出された隊長である人間の歪んだ顔。

 

『私は悪くない!貴様が全ての元凶だ!この事態を招いたのも貴様のせいだ!』

 

そう言って、自分を盾にしよう銃口を向けた時の、隊長の歪んだ笑みは、今でも忘れられない。

 

責任転嫁も甚だしい一言で、戦場では盾にされかけ、そんな人間のスケープゴートとして死ぬ事を命じられた時、彼の中で何かが切れた。

 

『そうか。だったらアンタが死ねばいい。その方が、アンタも俺も楽に済むだろうさ』

 

引き金を引くのに躊躇はなかった。

直後に放たれた突撃砲の銃弾は正確に跳躍ユニットを撃ち抜き、破壊する。

 

『ウチの隊長殿は、戦闘中に不幸にも跳躍ユニットを損傷。離脱不能になったため、勇敢なアンタは、俺たちを助けるために殿になり、名誉の戦死を遂げる。よかったな?肩書きだけの大尉殿も、二階級特進で中佐だ。』

 

リーバーはそう言い放って、残存機と共に隊長機を残してその場を離脱しようとする。

 

『き、貴様ぁ!この私を見捨てるというのか!だ、誰かこの愚か者を撃て!立派な反逆罪だぞ!』

 

だが、聞く耳を持つ者はいなかった。

断末魔の悲鳴を誰に聞かれるわけでもなく、離脱を開始し安全圏に辿り着く頃に、背後で小さな光が現れて消えた。

 

リーバーは帰還後、この時の行動を問われ、軍法会議へとかけられる。

そして、彼を敬遠していた同僚達に告発される形で、彼は上官への反逆の罪に問われ、軍刑務所で投獄されるに至った。

その罪によって、実質の飼い殺しという状況に陥った彼の下に、「ある人間」が現れた。

その人間は、どのような経緯で自分を知ったかは知らないが、突然現れて、面会を求めてきたのだ。

 

『初めまして、“上官殺し”のフレッド・リーバー。』

 

やけに芝居がかった喋り方だったのを覚えている。

 

『本題ですが・・・どうでしょうか?一度捨てた人生です。それを、我々が「買う」、というのは。』

 

その人物はまるで買い物でも行くような喋り方でそう言った。

 

腕も命もまとめて買ってしまう。

 

人身売買の意ではないが、転属という形で、刑務所から出して戦う場を用意する代わりに、全てを捧げてもらう。

彼は迷わず、その話に乗ることにした。

 

そうして訪れたのは、極東の最前線ーーーーー日本列島。

 

そこで、彼は日本のある場所にある、「ある計画」における「ある部署」に転属するように命ぜられた。

 

そして転属してきてすぐに、歓迎会と称して、模擬戦が行われることになった。

 

そして、彼はーーーーー。

 

 

 

 

 

「・・・・・っ!」

 

バッと飛び起きる。

周囲を見回すと、知らない部屋だった。

体を動かそうとすると、鈍い痛みが体全体に走る。

 

「痛っ・・・!ここは・・・」

 

さっきまで模擬戦で自分は不知火を動かしていて、それで、

 

「ここは、帝国軍仙台基地の医務室です。ようやく目を覚ましましたね、リーバー少尉。」

 

状況を確認しようとしていると、頭の上から声がした。

顔を上げると、そこには金髪の女性が立っている。

 

「リザ・ホークアイよ。階級は中尉。体の調子はどうですか?」

 

まるで鉄面皮のように、硬い表情でホークアイはそう言う。

 

「・・・お陰様で。」

 

少し不機嫌そうな声で彼はそう返す。

 

「そう、それはよかった。もう体は動かせそうかしら?だったら、これから少しするとデブリーフィングが行われるから、ブリーフィングルームへ来て欲しいのだけれど。」

 

そう言われ、リーバーは二つ返事で「問題ない」と答えると、ホークアイは「10分ほど待ちます。すぐに着替えなさい」と言って外へ出てしまった。

 

「おいおい、俺は怪我人だぜ・・・?ったく・・・」

 

ぶつぶつと彼はそう言いながら、ベッドから起き上がると着替え始める。

10分ほどして着替え終わると、入り口の外で待っていたホークアイと合流する。

 

「では、行きましょう。」

 

そうして、二人はブリーフィングルームへと向かった。

 

 

 

「お、やっときたな。」

 

ブリーフィングルームへ入ると、模擬戦の前に少しだけ合わせた顔がいた。

 

「それじゃ、始めるとするか。」

 

これが、彼が転属された場所であり、新たな職場だ。

 

「改めてだが、特技へようこそ。俺はロックオン。ロックオン・ストラトスだ。よろしくな、フレッド・リーバー少尉。」

 

国連軍における秘密計画「オルタネイティブ」計画の4番目の計画である「オルタネイティブ第4計画」。

そこに所属する、様々な技術の研究と開発・実用化を目指す部署「特殊技術研究部」。

 

「フレッド・リーバー。階級は少尉。俺の周囲のやつは俺をこう呼ぶ。」

 

そこの試験部隊が、彼にとっての新しい戦いの場。

 

「”リッパー“ってな。」

 

特に格好をつけるという理由などもなく、彼はそう自己紹介をした。

 

 

 

これが後に、特技研所属の戦術機試験部隊「ウルズ小隊」の初期メンバーであり、この日にこの部隊は正式に結成された。

 

やがて「ウルズ」の面々は多方面においても戦場で名を馳せる存在になるが、それは別の話だ。




何のために戦う。何故?何と?
それでも人は未来(あす)のためにと歩みを止めない。
来るべき反抗の時に備えて、牙は研がれていく。

手に入れた力。それはなにかを守るため、何を成すために。

次回「研がれる牙」

運命を切り開け、雪風!


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story08「研がれる牙」(前日譚07→08へ変更)

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

いつも感想をくれる方、ありがとうございます。

さてさて、準備のまとめ回?となります。
前回から時間は少し経ってます。
今回は、OOから2人、それにあるキャラクターを2名ほどチョイスして登場させています。
正直、一人の人選は狙いました。
何を狙ったかは、読めばわかりますよね?ね?

イメージOP「ゴールデンタイムラバー」。

追記
2019年11月19日一部内容修正

それではどうぞ。

追記
2019年10月18日 0302 タイトルを07→08へ変更


人々は反撃の時を待つ。

次の地は、横浜。

突き立てられた楔を突き崩すべく、牙は研がれる。

 

 

 

 

 

第二帝都・宮城県仙台市。

そこに在る帝国軍仙台基地において、帝国政府から国連軍へと提供されたAL4計画占有区画。

その一角にある格納庫では、ある機体の搬入作業が行われていた。

 

「こいつがアンタの言っていた、「とっておき」ってやつかい?」

 

ハンガー内へ搬入用トラックの荷台に載せられた戦術機が入ってくる。

 

「ええ、そうよ。これが、前の計画(オルタネイティブ第三計画)の忘れ形見。」

 

前の計画―――――オルタネイティブ第三計画。

かつて、AL3計画を主導していたソビエト連邦が中心となって行ったヨーロッパにおける一大反抗作戦「スワラージ」。

その作戦に従事したAL3が編成した戦術機部隊に配備されたのが、アメリカ合衆国が開発した当時最新鋭であった第二世代戦術機、F-14「トムキャット」の改修機。

 

「型式番号はF-14/AN3。名称は「マインドシーカー」よ。」

 

ソビエト軍では「ロークサヴァー(ミミズク)」の愛称で呼ばれた機体。

その、現存していたものの1機を夕呼が裏から手をまわし、この基地へ搬入させた。

 

ロックオンがいた世界において人類革新連盟が極秘裏に進めていた「超兵計画」。

その際に生み出された人工の改造人間が「超兵」だ。

CBのメンバーであったアレルヤ・ハプティズムは、その超兵計画によって生み出された実験体の一人であった。

その彼から提供された情報では、人革連の超人機関で特別な訓練・調整を施され育てられた兵士であり、「脳量子波」を用いる事によって常人以上の反応速度を発揮し、また兵士としても超人的な能力を有する兵士を生み出すのを目的とした計画であった。

 

それに似た経緯で生み出されたのが、ジーナ・チトゥイリスカという少女である。

AL3計画の遺児の1人である少女の専用機として、歴史の闇に消えた機体をチョイスしたと分かれば、それこそ悪趣味と言われても仕方ない。

 

「彼女に1番合う機体を探していたんでしょう?」

 

そして、ロックオンが構想した複座の戦術機であり、それなりの性能を持つという条件に合致していたのがこの機体であった、というのも理由の一つだ。

そして、明星作戦に間に合わせるべく急遽搬入され、これから本格的な改修作業に取り掛かる。

 

改修内容は以下の通りだ。

 

ロックオンからの技術供与によって開発された新型の試作型跳躍(ジャンプ)ユニットへの換装

装甲を従来の物から、この世界における「Eカーボン」に類似した強化型装甲への外装の換装。

そして、様々な動力部の改修と、各部関節部の強化が行われた。

更には、ジーナという少女の能力―――――ESP能力を最大限に活かすために電子戦能力の強化を行い、完成像は元の機体とは別物と言っても過言ではない。

机上データでは既存の第2世代機を遥かに凌駕し、更には第3世代機たる不知火と同等かそれ以上の性能を発揮する可能性も秘めていた。

 

そしてもう一つ。

 

改修用に用意された「吹雪」の調整が終わり、97式改1号機である「雪風」に続いて、97式2号機「初風」、そして2号機のデータをベースに3号機「磯風」、4号機「浜風」がつい先日ロールアウトしたばかりだ。

それらは、AL4計画におけるロックオンが指揮する特技研付き戦術試験部隊「ウルズ小隊」に配備されることになっていた。

香月博士直属のVFA-01(第一戦術戦闘攻撃部隊)に名を連ねるヴァルキリー、デリングとは別の命令系統でウルズ小隊は動いている。

そして、1998年3月現在。

仙台基地敷地内、AL4占有区画の一つであるシュミレータールームにて、ウルズ小隊の連携訓練のために、ヴァルキリー中隊(ヴァルキリーズ)が仮想敵として模擬戦闘が行われていた。

 

 

 

 

 

戦闘シミュレータ上で再現された廃墟の都市。

その中を駆け抜ける影があった。

94式戦術機「不知火」。

国連軍カラー(UNブルー)に染められたその機体の肩部分には、ある中隊の所属であることを示すマークが描かれていた。

戦乙女(ヴァルキリー)の紋章は、ヴァルキリーズ所属であることを示す隊象。

今現在、この模擬戦は二つの理由で行われていた。

最近、ヴァルキリー中隊に配属された新参の衛士達の育成と、ウルズ小隊へと配属された新たなメンバーとの小隊における連携訓練。

中隊12機に対して、小隊4機。

明らかに数の上で不利な条件が故に、ヴァルキリーズのメンバーの大半は油断していた。

 

だから、まさか模擬戦開始早々にこのような事態になるなど、想像できていなかった。

 

『発砲音・・・?ヴァルキリー07、避けろぉ!』

 

直後、小さな発砲音とともに、

 

『え?』

 

彼女たちの視界の中で、ヴァルキリー07の不知火の跳躍ユニットが被弾するのが見えた。

 

『な・・・!?』

 

そうして、模擬戦の幕が上げられた。

 

『じ、跳躍ユニット被弾・・・!?』

 

ヴァルキリー07と呼ばれた女性衛士の網膜投影越しに表示される機体状況では、跳躍ユニットが損傷したことを示す警告が表示される。

その影響で、片側の跳躍ユニットを失った形になったヴァルキリー07の機体は、大きく動きを制限されて最早動く的になってしまった。

 

『く、ぅ・・・!』

 

強引に後退をかけるヴァルキリー07の不知火だったが、更に2発目の狙撃を残った跳躍ユニットに直撃させられ、バランスを崩して倒れこむ。

 

『ヴァルキリー04より前衛全機、07のフォローに入る。私が抱える!後退の時間を稼げ!』

 

『ヴァルキリー05、了解!』

 

『ヴァルキリー06、了解。』

 

バランスを崩して倒れたヴァルキリー07の不知火の周囲に突撃前衛の3機の不知火が着地し、うずくまるヴァルキリー07の不知火にヴァルキリー04の不知火が近づいていく。

 

『動けるか、三原。』

 

三原と呼ばれたのはヴァルキリー07のコールサインで呼ばれる新参衛士の一人だ。

 

『は、はい、先輩・・・!』

 

ヴァルキリー04の不知火に肩を貸され、立ち上がる三原機。

そこに迫る影がいた。

 

「急速接近する反応・・・?ヴァルキリー04、危険だ!」

 

中隊メンバーの一人であり、ヴァルキリー03のコールサインを持つ伊隅みちる中尉が、ヴァルキリー04へ警告する。

 

『単機での突貫・・・!?』

 

オレンジ色(テストカラー)の機体が、ヴァルキリー07の機体とヴァルキリー04の機体目掛けて突撃してくる。

 

『速い・・・!』

 

『弾幕を張れ!奴を止めろ!』

 

中衛の不知火数機がオレンジ色の機体へ弾幕を張るが、突撃砲から放たれる弾丸は全て機体後方に置いていかれるばかりだ。

 

『この・・・!』

 

ヴァルキリー05とヴァルキリー06の不知火が間へと割り込んで進行を阻もうとするが、

 

『な、ぁ・・・!?』

 

弾幕の中真っすぐ突進してきたオレンジ色の機体は、2機から少し離れたところで跳躍すると、ヴァルキリー06の不知火の肩を踏み台にして軽々と突破する。

 

『舐められたものだ!』

 

三原機に下がるよう指示を出し、ヴァルキリー04の乗る不知火が臨戦態勢に入った。

 

『ヴァルキリー04!単機で突撃してきたとはいえ、他の機体の位置取りが未知数だ!態勢を立て直すために―――――』

 

『もう遅いですよ・・・!』

 

隊長であるヴァルキリー01がヴァルキリー04へ退避指示を出すが、急激に距離を詰めたオレンジ色の機体によって、動きを封じられる。

 

『この私相手に単独とは、良い度胸だね・・・!』

 

オレンジ色の機体が引き抜いたのは、特殊な形状の長刀だった。

それが、不知火が引き抜いた長刀とぶつかり合い、弾かれる。

 

『くぅっ・・・!』

 

態勢を立て直して正面のオレンジ色の機体を探すヴァルキリー04。

一瞬、彼女の背筋に寒気が走る。

 

「ヴァルキリー04!狙われているぞ!」

 

みちるが、ヴァルキリー04に叫んだ。

 

『ーーーーー』

 

直後、ヴァルキリー04の機体が狙撃され、崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

『ウルズ03よりウルズ01へ。敵機への狙撃命中を確認。良い腕ですね?』

 

『おー、崩れたッスよあの不知火。ああ、周囲のは派手に弾幕を展開するッスねぇ。ウルズ02はヴァルキリー中隊の被弾機2機との距離を詰めてます。あ、墜とした。』

 

仮想空間における廃墟の都市群。

その中に、身を潜める3機の戦術機がいた。

全てが、試作機であることを示すオレンジ色(テストカラー)で統一された機体で構成されている。

ウルズ03のコールサインを持つ衛士が、戦況をモニターしていた。

オレンジ色の機体―――――ウルズ02のコールサインを持つ衛士が乗る機体は、吹雪の改修機の1機である「雪風」が、狙撃を食らった2機を平らげて一気に距離を引き離していく様子をモニター越しに眺めている。

 

「そう、それは良かったわ。では、次の行動に移りましょう。物事は何事もスマートに、ですから。」

 

それを聞いたウルズ小隊の隊長たるウルズ01は、すぐに次の指示を出していく。

 

『ウルズ03、了解。』

 

『ウルズ04、了解ッス。』

 

少数精鋭による奇襲攻撃。

戦闘の第1段階は終了した。

狙撃姿勢を解いて、立ち上がるのは同じオレンジ色のカラーリングの「初風」だ。

立ち上がると狙撃用のライフルを腰部武装ラックにマウントし、背部武装ラックから専用の突撃砲をマニピュレータで掴むと構える。

 

『こちらウルズ02。所定のポイントまで後退完了。次の指示を待つ』

 

ヴァルキリー中隊を振り切ったウルズ02の雪風が、ポイントについたことを知らせてくる。

 

「上々よ。では、このまま畳み掛けましょう。既に大体(・・・・)の位置を(・・・・)把握しました(・・・・・・)。」

 

『連携コードは?』

 

「“ウルズ・ストライク”。パーティの始まりです。」

 

短い会話を交わして、残ったウルズ小隊の3機は移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

『ヴァルキリー04、行動不能!ヴァルキリー07も撃墜されました!奴ら、最小単位で私ら相手にここまで・・・!』

 

ヘッドセット越しに聞こえた僚機の衛士の悲鳴に似た声。

それを聞きながら、みちるは仮想シュミレーター内で再現された市街地の中で乗機である94式戦術歩行戦闘機「不知火」を走らせていた。

 

『ヴァルキリー01よりヴァルキリー各機へ。既にこちらは先制攻撃による奇襲攻撃で2機が落とされた。しかも、突撃前衛(ストームバンガード)の二人をだ。』

 

耳に届くのは、現在のヴァルキリー中隊の隊長である桐生瑞樹大尉の声だ。

 

『悔しいが、この状況はこちらの慢心が招いた結果だと認めざる負えない。特技の連中だからといって、甘く見たツケが回ってきたという事だ。』

 

遮蔽物に身を隠した隊長機の横へとみちるは自分の機体を着地させる。

 

「申し訳ありません。迎撃後衛のポジショニングからでは、後方からの狙撃の位置を正確に割り出すことは距離の問題もあってできませんでした。申し訳ありません」

 

『気にするな、伊隅。隊長、まずは一度陣形を立て直しましょう。二人の抜けた穴を埋めないと。数で勝っているのは依然こちらですから、その利点を最大限に活かすようにして。』

 

そう言ったのは、ヴァルキリー02のコールサインを持つ副隊長の女性衛士だ。

 

『ああ、そうだな。前衛の補填はヴァルキリー02が埋めろ。やれるな?』

 

瑞樹がそう指示を出し、ヴァルキリー02は指示に従って前衛にポジションチェンジを行う。

 

『一時的に全体のラインを下げる。』

 

彼女の指示で、ヴァルキリー中隊の残存機は一時的に後退していく。

 

「(やはり、只者ではないということか。)」

 

ヴァルキリー中隊の面々は当初、この模擬戦で圧倒的に不利な状況で行われるという内容に若干の不満を抱いていた。

勝負を挑んできた形の特技研所属の試験部隊「ウルズ」のメンバー数は、ロックオンを入れて6名。

そして、彼女たちの現在の相手はジーナとロックオンを除いた4名を相手に行われていた。

 

ヴァルキリー中隊は、全て同じ不知火で構成されている。

武装タイプは違えど、帝国軍制式採用の不知火は優秀な機体だ。

吹雪の改修機で構成されたウルズ相手にここまでは苦戦するなどとは毛程も思っていなかった筈だ。

 

『ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機へ。陣形を組み直す。ヴァルキリー04、07の抜けた穴をヴァルキリー02が埋める。残りは当初の構成のままで再度部隊を展開。中衛は前衛の援護だ。やれるな?』

 

『ヴァルキリー09、了解。』

 

『ゔ、ヴァルキリー11、了解!』

 

『ヴァルキリー08、了解であります。』

 

前衛が前面へと展開し、それを援護するように中衛が展開していく。

短い時間での陣形立て直しは、流石ヴァルキリーズと言うべきか、迅速に行われた。

前衛の位置に戻ったヴァルキリー06から全機に通信が入る。

 

『な・・・!?た、単機でまた突っ込んでくるやつがいます!』

 

戦域マップに1つの反応が現れる。

 

『さっきの奴ね・・・!三原の仇、取ってやる!』

 

『あまり熱くなるなよ、ヴァルキリー05?』

 

『わかってますよ。頭は冷静ですからね?』

 

『こちらヴァルキリー02。ヴァルキリー05、06と共に前方の敵機を迎撃する。先程と同じ手が通じないということを思い知らせてやれ!』

 

『了解・・・たっぷりと可愛がってやりますよ!』

 

ヴァルキリー02の原山礼子中尉の号令に応じて、ヴァルキリー05の水野奈緒中尉が吠える。

だが、彼女たちの思惑は、息を潜めて射点についていた狙撃手に狂わせることになる。

 

『そこのオレンジ色!さっきの借りを返させてもらうわよ!』

 

オレンジ色の機体ーーーーー先程と同じ、雪風が前衛とコンタクトし、それ目掛けて後方から援護を受けながらヴァルキリー05の不知火が肉薄する。

 

『今度こそ、ヴァルキリーズの突撃前衛(ストームバンガード)の実力を見せてやる!』

 

血の気の多いヴァルキリー05の不知火が、ジャンプと同時に下方へ跳躍ユニットを噴射させ、ブーストダッシュの要領で単機突撃してくる吹雪の改修機目掛けて突撃砲による掃射をしながら攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

「同じ手は二度も食わない。そう思っている・・・」

 

機体を突撃させながら、ウルズ02のコールサインを持つ青年が呟く。

 

「残念だよ。同じ手を通用させるために、こちらも戦術パターンをいくつも用意してるんだ。」

 

『そういうことだ。ウルズ02、そのまま前衛を引き摺り出せ』

 

「ウルズ02、了解。」

 

そうして、青年ーーーーーフレッド・リーバー少尉が、突撃をしたことによってヴァルキリー中隊の前衛が彼の乗る雪風目掛けて攻撃を仕掛けてくる。

突撃砲による掃射を行いながら、距離を一気に詰めてきた。

 

「そんな攻撃、当たらない。」

 

機体を横に逸らして、着地も考慮した回避運動をして格闘戦に持ち込ませないように絶妙な距離を保つ。

しかし、単機が故に完全に自由とはいかない。

リーバーの機体を包囲するように、別の前衛の不知火が動く。

 

「そうやって俺に気を取られると、怖い奴に刺されるぜ?」

 

反撃せずに回避に徹する彼の機体が、ついに捉えられた。

 

『そこだぁ!』

 

「オープン回線・・・!?」

 

斬り掛かってきた不知火に、ようやく剣を引き抜いて迎撃を行う雪風。

雪風のマニピュレータが逆手に持っているのは、専用の格闘専用武器だ。

 

ブレードトンファー。

 

腰部にマウントされている武装の一つ。

持ち手の部分にはマニピュレータで操作できるスイッチが仕込まれており、これによってある“隠し機能”を発動可能だ。

 

『妙な武器ね!さっきはうちのをよくもやってくれたじゃない?今度は私が可愛がってあげる・・・!』

 

「なんだ。戦闘中にお喋りするのが好きなのか?怖いな。逆ナンってやつかね。」

 

軽口を叩いてオープンで話しかけてきた相手の衛士に返すリーバー。

 

『ああ。そう取ってくれても構わないわよ?まあ・・・どっちにしろアンタはここで落とす!』

 

不知火と雪風の刃が再び交じり合い、弾かれる。

 

「ハッ。そいつはいいが、あんた余所見してて大丈夫か?」

 

『何が・・・よッ!』

 

再び交じり合い、弾かれる刃同士。

 

「ああ・・・悪い悪い。お節介ってやつだよ」

 

ーーーーー馬鹿の一つ覚えを正すためのな。

 

雪風が横へ飛ぶ。

隙だらけの跳躍。

 

『ふふ・・・もらったぁ!』

 

次の瞬間、

 

『ヴァルキリー05!回避しろ!』

 

『え?』

 

『奴の狙撃だ!』

 

ヴァルキリー05の管制ユニット部が撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

模擬戦が終了する。

結果は、ヴァルキリー中隊の辛勝だった。

 

「まあ、結果としては上々か。」

 

記録されていた模擬戦の映像を観ていたロックオンは、1人そう呟いた。

 

「ご覧頂けましたか、少佐。」

 

ロックオンの座るデスクの後ろ。

彼の背後に一人の女性が現れる。

 

「ああ、アンタか。」

 

そこに立っていたのは、鮮やかな金色の髪を後ろで結い上げた少し鋭い目つきの女性ーーーーーリザ・ホークアイ中尉だった。

 

「今回の模擬戦、それなりに有意義なものになりました。未だ未熟なヴァルキリー中隊の面々も、教訓を得る良い機会になったでしょう。」

 

淡々と今回の模擬戦における自分なりの分析を述べていくリザ。

 

「手厳しいねぇ、うちの副官は。あと、まだ俺は少佐じゃあないぜ?」

 

軽口を叩くロックオンに、彼女は「そろそろ辞令が下る頃でしょう?」と返す。

 

「次の作戦においては、隊長も戦闘に参加すると聞きました。その際には、貴方の階級を少佐に、私を大尉にと。博士から、直接聞かされているはずですが?」

 

「わかってるからそんな怖い顔をしなさんな。それで、2号機の調子はどうだ?他の連中と、他の3機の調子もだ。」

 

話題を切り替えようと、今回の模擬戦における機体と衛士の状況を聞いていく。

 

「まだ実機による訓練は数える程しかできていません。大体が、シミュレータを用いた訓練ばかりですからね。ですが、補充の2人もよくやってくれています。特に、雪風に乗っているフレッド・リーバー少尉に関しては。」

 

フレッド・リーバー少尉。

特技研において、「マインドシーカー」の改修にロックオンとジーナが回ったため、増員が求められた際に、配属されてきた衛士のうちの1人が彼だった。

ヨーロッパ戦線で戦っていた衛士だったが、「かつての上官が自分に殺意を抱いていたという理由で、上官を殺した」という前科があり、そのために優秀な衛士であるにも関わらず干されている状況だったため、特技に拾われた形となっている。

その彼が任されたのが、かつてジーナが調整を行った近接戦特化型の「雪風」だった。

 

「先程の模擬戦でも、相手の突撃前衛を3人も食いました。いくら私の援護があったとはいえ、です。」

 

模擬戦においてウルズ小隊が披露した「ウルズ・ストライク」と呼ばれる連携攻撃は、雪風による敵機の誘導の後、誘き出された敵機を初風が狙撃。ヒビが入った陣形を、背後に控えていた「浜風」「磯風」とともに「雪風」が食い破って乱戦に持ち込み、敵を殲滅するための陣形だった。

早い話が、「穴をあけて、広げる」。

しかし、人数が少ない上に体良く2機を序盤に屠ったとはいえ、その後に強引に行った連携パターンは初見だったのも幸いしてヴァルキリー中隊を半分にまで減らし、最終的には3機になるまで追い詰めたが、惜しいところで敗退した。

しかし、開始当初は3倍もの戦力差だったのを一瞬でも覆したという事実は大きかった。

 

「機体の性能もさることながら、彼の操縦技術にも目を見張るものがありますね。」

 

「これでとりあえずは、第3世代機相手に十分以上にやり合えるってのがシミュレータ上でとはいえ、証明できたな?」

 

「その通りです」と彼女は言うと、腕に抱えていた報告書を彼のデスクに置く。

 

「というわけで、こちらに目を通しておいてください。今回見受けられた改善点の他に、彼らの動きに合わせた改修案です。試作機をそのまま前線に投入するという話ですから、それなりの調整は必要です。時間も押していて大変でしょうが、まずはこちらに目を通して頂けると幸いです。」

 

それでは、失礼します。

 

「・・・結構な量があるな、これ。」

 

2、3cm程の暑さの報告書を横目で見ると、ロックオンは小さくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

仙台基地内の一角にあるPX。

昼時というのも重なって、その場所にはかなりの人数が昼食をとりにきており、賑やかだった。

その中を、衛士であることを示すウィングマークと、その上に特技のマークのバッジをつけた3人組が歩いている。

 

「相変わらず、この時間帯は騒がしいねー」

 

周囲の様子を眺めながら、間延びした声でそう言ったのは、ウルズ小隊の一人であり、模擬戦ではウルズ03のコールサインで呼ばれていた女性の衛士だ。

 

クリスティナ・シエラ。

 

階級は少尉で、ヨーロッパ戦線において戦っていた衛士の1人。

ロックオンのいた世界においては、同じ組織に属しており、悲劇的な最期を迎えた少女と同じ名前、同じ外見をしている。

部隊内では、「クリス」の愛称で呼ばれていた。

 

「仕方ないッスよ。数少ない憩いの時間ッスからねぇ」

 

軽い口調でクリスにそう返したのは、国連軍のBDUを着崩した格好で着ている青年だ。

 

リヒテンダール・ツェーリ。

 

クリスと同じく階級は少尉で、特技研に配属される前は彼女と同じ部隊に所属していた。

こちらは、「リヒティ」の愛称で呼ばれている。

 

「・・・・・」

 

何も喋らないまま、一定の距離を保ちつつ二人の後ろを歩いているのはリーバーだ。

3人は長蛇の列になっているカウンターの方へ行くと、列に並ぶ。

 

「それにしても、さっきの模擬戦。惜しかったッスねー」

 

「だったねー。でも、折角追い詰めたのにリヒティがトチるから囲まれちゃったんだよ?あれ。」

 

二人が会話をしている内容は、さきに行われたヴァルキリー中隊とウルズ小隊との模擬戦の時の状況についてだ。

 

「あれは仕方なかったんスよー。リーバー少尉が突進していくから、それをフォローしようとしてですねー。」

 

「別に俺は、フォローしてなんて頼んでないが?」

 

「わーかってますって。いつも通りにやれば良かったのに、ちょっと欲出した自分も悪いッスから・・・」

 

トホホ、という様子で言うリヒティ。

さきに行われた模擬戦において、連携攻撃によってヴァルキリー中隊をあと一歩のところまで追い詰めたウルズ小隊だったが、リーバーのフォローに入ったリヒティの機体ーーーーー4号機である「磯風」だったが、生き残っていたヴァルキリー中隊の2機が彼の動きをマークしており、セオリー通りに動いてしまったがために、彼は自ら渦中に飛び込んでしまったのだ。

 

高速移動するリーバーの雪風。

その後ろを追いかけるように動き回る磯風。

その動きを予想していたかのように、味方に甚大な被害を出しながらも冷静に息を潜めて隙を伺っていたヴァルキリー中隊の不知火2機。

 

網にかかった獲物を逃さないように、確実に数を減らすためにリヒティの機体は着地の一瞬の隙を突いた高台からの奇襲攻撃がリヒティ周囲の瓦礫を崩した。

 

想定外の事態に上昇を図ったリヒティの磯風だったが、上昇の際に無防備になる一瞬を突いて高台で待機していた2機に両方向から蜂の巣にされ、撃墜された。

 

「それに、クリスだって僕がやられちゃったあと、直ぐに撃墜されてたじゃないッスかー。」

 

そこから、ただでさえ数が少ないウルズ小隊の陣形は崩され、磯風撃墜に動揺を見せたクリスの乗る3号機「浜風」が迎撃後衛の不知火に狙撃され、行動不能に。

それによって陣形は崩れ去り、数で勝るヴァルキリー中隊残存機に包囲され、1機を道連れにリーバーの雪風が撃墜され、残ったホークアイの乗る初風も狙撃によってさらに1機を削ったが、接近戦に持ち込まれ撃墜された。

 

「そ、それは仕方ないじゃない。まさかあんなあっさりと落とされるなんて思ってなかったもの」

 

「リーバーさんは凄いっすよねー。あの状況で1機道連れにしたんスよね?」

 

「ああ。まあ・・・あれくらいでも、俺なら一機なら道連れにできるってことだよ。」

 

そんなことを話しながらしばらくすると、自分たちの番が回ってくる。

リヒティ達が自分の分の食事を頼むと、リーバーも続いて頼み、自分の分を取る。

 

「あれ?一緒に食べないでいいんスか?」

 

別の席で食べようと、別方向に歩き始めたリーバーに、リヒティが話しかける。

 

「ああ、大丈夫だよ。俺は寂しがりではないからな。それに、痴話喧嘩の邪魔をするわけにもいかないだろ?」

 

そう言って背を向ける。

後ろからリヒティではなくクリスの抗議する声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

時間は刻一刻と迫っていた。

そして今、誰にも知られていない場所である会議が行われていた。

それは、パレオロゴス作戦やスワラージ作戦のような過去に行われた大規模作戦以来、久しぶりに行われる一大犯行作戦―――――明星作戦についてだ。

 

「第四の連中、最近は特に調子に乗っているようだな。」

 

「あんな夢物語を信じている人間の気が知れませんな。」

 

その場にいたのは、「ある計画」に賛同せず、水面下において「ある兵器」を主眼においた殲滅作戦と地球を放棄した後に選ばれた人間のみで外宇宙における地球に類似した惑星へ逃げるための計画―――――通称「第五計画」を推進する者達だ。

彼らにとって、自分たちの利権が全てであり、それを邪魔するものは何であろうと排除する。

 

「我らには、神の火に変わる新たな灯があります。新たな世界を開くための鍵が。」

 

彼らの手にあるのは、作戦計画書の他にもう一つ、「ある兵器」の資料も添付されていた。

 

「5次元弾頭弾。BETA由来のG元素を用いた決戦兵器。これを使えば、あのオリジナルハイヴとて殲滅は容易であろう?」

 

彼らはその兵器を切り札に、今回の作戦で覆しようのない結果をもたらすことで「第四」と呼んだ者たちを葬り去ることを画策していた。

その様子を、会議室の端で眺めている人間がいた。

特徴的な金髪をしっかりとセットし、清涼感を体現したかのような鮮やかな淡い水色のスーツに身を包んだ人物。

彼の名は、ムルタ・アズラエル。

ブルー・コスモスと呼ばれる組織の盟主であり、この第五計画への出資者の一人としてこの会議に同席していた。

 

「(ああ、まったく。この人たちはいつも変わらず、わが身可愛さのお話ばかりですか。)」

 

議論を行う老人たちと他の「第五」のメンバーを冷めた目で眺めながら、そんな考えを巡らせる。

彼は、当初は良いビジネスとしてこの計画への出資を認めていた。

だが、時間が経つにつれてわかってきた「目的」に対して、彼は少し失望の念を抱いていた。

そしてついに、今日を最後にすることを決めた彼は、そっと立ち上がると退席しようとする。

 

「どうした、アズラエル。どこへ行く?」

 

それに気づいたメンバーの一人が、彼に話しかけてくる。

 

「いいえ。皆さん、議論に熱が入っておられるようなので、そろそろ僕は退席しようと思ったまでですよ。」

 

そう言って彼は部屋を後にする。

外へ出ると、少しネクタイを緩めると、襟元に指を入れて窮屈だった首周りを緩めていく。

 

「(残念です。もう少し夢がある話だと思いましたがね。僕は、この地球(ほし)が好きなのでね。)」

 

そうして、外に待たせていた車に乗り込む。

 

「お待ちしておりました、代表。」

 

車に乗っていた男性が、アズラエルへと話しかける。

 

「ああ、ありがとう。では、行きましょうか。宇宙人どもを、地球上から駆逐するために。」

 

アズラエルがそう言うと、車が動き出す。

 

「はい。」

 

―――――青き清浄なる、世界のために。

 

アズラエルと共に車に同乗している人物―――――E(エターナル)・A(アラン)・レイが、薄い笑みを浮かべながらそう言った。

 

 




まさかの人も登場。
これに関しては、最近改めて構想を練った際にちょい役で出してみた大物として考えていました。
ほら、この人政治面じゃめっちゃ優秀だと思うんですよ。
そんなキャラじゃない?それは、僕が決める事です(断言)←オイ

では次回予告をどうぞ。



何を信じ、何を求め、人は戦うのか。

悪魔の集団によって奪われた大地を取り戻す。
それは仇か、或いは復讐か。
非情な現実を覆すための反撃の準備は、着々と進められていく。

反撃の時まで残り僅か。

次回「前夜」

夜闇を切り裂け、ヘルダイバー!


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story09「前夜」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

はい。最近色々ガバってる作者です。
いっぱい指摘されながら、冷や汗かきつつ文章を書いてます()
今回のお話は、前回も最初に出てきたある機体のお披露目的なお話。

あとは、自分にとっての色んな確認も兼ねてるお話になります。

相も変わらずグダグダとしちゃってるんで、そこはご容赦を…。

ご指摘、修正点、ご要望など、設定関連に関してはメッセージなどで気軽に送って頂いて構いません。
勿論感想もすごくすごーく期待して待っています。
ほんといつも感想とかそういうのを感想欄に頂けるだけでも「見てもらえてる…!」ってなるんで。頑張れるんで。頑張れるんで。(大事なことなので2回ry)

※ただし作者は豆腐メンタルなので優しく対応してもらえると幸いです。

それでは、どうぞ。

イメージOP「Even...if(English Ver)」

追記
2019年11月3日 作戦概要の説明部分など、一部を修正



1999年5月某日。

 

『システムの起動を確認。指定ポイントへ向かって下さい。』

 

「ウルズ01、了解。」

 

『これより、F-14/AN4「ヘルダイバー」の動作試験を行います。滑走路へ移動を開始してください。』

 

暗闇に包まれた管制ユニット内。

複座になっているその中が、システムが立ち上がっていく事で各部に光が灯っていく。

 

「さて、こいつの初試験だ。いけるな、ハロ、ジーナ。」

 

ロックオンの座る上の座席のコンソール部分、右側にハロが接続されている。

前の座席には、ジーナが座っていた。

 

『初試験!初試験!』

 

「ええ、任せて!この子の初めてのお披露目よ。ふふ、まるでお忍びのお姫様みたい。」

 

「よっし、行こうか!」

 

全身をダークグリーンとモスグリーンの2色に染められた戦術機が格納庫から出てくる。

その機体は、F-14/AN3「マインドシーカー」の改修機。

型式番号は便宜上F-14/AN4。

機体名称は「ヘルダイバー」。

 

歴史の闇に消えた名機が再び表舞台に現れた瞬間だった。

 

 

 

『これが、“ヘルダイバー”ですか。』

 

演習エリアで先に待機していたウルズ小隊の一人、4号機「浜風」に乗っているクリスが、演習エリア内で動作試験を行うヘルダイバーを見ながらそう言った。

 

『そうみたいッスね。F-14ベースとはいえ、更に機体挙動が軽いし鋭い。ある意味じゃあ、アレは第3世代機すら超えてる可能性すらあるッスね』

 

ビルが密集した市街地を模した演習エリア内で、巨体に似合わぬ繊細かつ大胆な機動を描きながら飛び回るヘルダイバー。

元々、巨体でありながらその機動性は同じ第2世代機であるF-15(イーグル)すら超えていると言われていたF-14(トムキャット)

そこに改修を加えて電子戦能力その他を強化して運用されたのがF-14/AN3(マインドシーカー)であり、更にそこから改修を加えたワンオフ機がF-14/AN4(ヘルダイバー)だ。

 

『私たちの任務は、動作テストの観測。あの機体のテストデータで再現したシミュレータ上の同一機とは散々やりあったけれど、実機を用いたテストはこれが初めて。』

 

『わかってますよ。ちゃんとデータ収集もしていますから。』

 

「浜風」のカメラ越しに、動作データを収集していく。

暫く動作試験を行った後に、次に射撃試験へと移るヘルダイバー。

 

『流石は少尉。正確な射撃ですね』

 

専用の突撃砲を手に持ったヘルダイバーは、高速移動しながら演習エリア内に設置された標的を正確に打ち抜いていく。

 

「・・・・・」

 

その様子を、リーバーはじっと見つめていた。

正確無比な射撃は次々に標的を撃ち抜いていき、僅かな時間で近・中距離における射撃テストは終了する。

続いて行われるのは、狙撃のテストだ。

 

その武装は、肩部横の武装ラックに懸架されていたものだった。

 

デュナメスの持っていたGNスナイパーライフルを参考にし、更にはロックオンが提供した彼の世界での技術を応用して完成したのが、この「リニアスナイパーライフル(LNR)」である。

 

ユニオンが運用しているフラッグや、AEUが運用するイナクトが主に装備していたリニアライフルないしリニアキャノン。

そこから着想を得て、更にはワンオフというのもあって実現した戦術機用小型バッテリーにより、元々拡張性が高く出力もそれなりに高かったトムキャットの更に上をいく大出力を得たヘルダイバーは、これによって様々な武装を装備することが可能となっていた。

 

その一つがこのLNRだ。

 

大幅に進歩した通電技術によって、開発途上であり半ば頓挫しかけていたレールガン開発に加えて、様々な大出力兵器の実現が可能となり、その副産物としてこの武装が生まれた。

 

貫通力は折り紙付きで、突撃級であっても一撃で仕留められる程の威力を持っていた。

武装としては、狙撃用ライフルであるため装弾数を考慮した「狙撃モード」の他に、先ほども言った突撃級であっても一撃で仕留められる程の威力を発揮する「砲撃モード」が存在し、二つの要素を兼ね備えている。

 

狙撃モードの欠点としては、高速移動中でもハロの演算能力とジーナの高い空間処理能力に加えて、マインドシーカーよりも更に強化されたセンサー類により正確な狙撃が行える代わりに、砲撃モード程の火力は出せないというものだった。

と言っても、狙撃モードでも要撃級などは十分に対処でき、完全なアウトレンジからの攻撃が可能なため、距離と弾数が許すのであれば一定数は単機で狩れる程の威力がある。

 

反面、砲撃モードの場合には反動を軽減するための機体の固定や、大幅な電力消費が求められる上に装弾数が限られてくるため、現在実用化が急がれるレールガンなどの兵器類に比べると取り回しも汎用性も悪い。

そのため、初撃による進行停滞や、突破口を開く際など、奥の手や切り札といった要素の方が強いため、使われる場面が限られてしまうという欠点があった。

 

現在は基本的に用いる狙撃モードでの射撃テストだ。

 

頭部のヘルメット状のセンサーが下りて狙撃モードへと移行する。

鳥のような鋭利な頭部は、そのヘルメット状センサーによってまるでマッコウクジラのようなイメージを受ける頭部へと変質している。

膝立ちでの狙撃態勢を取るヘルダイバーがライフルを構えると、数秒して射撃が開始される。

 

『ヒュー。一発も外してないッスね。』

 

3発が発射され、その全てが標的中央を直撃していた。

続けられる狙撃のテストもすぐに終わり、次に格闘戦のテストに移行する。

 

『ウルズ02よりウルズ05、ウルズ06へ。これより、ヘルダイバーとの格闘戦における実機を用いた模擬戦形式のテストを行います。』

 

『ウルズ05、了解ッス。』

 

『ウルズ06、了解♪』

 

2機が動き出し、演習エリアへと入ると、指定されたポイントへと向かう。

 

「・・・・・俺ではないんだな。」

 

ふと、そんな言葉が漏れた。

 

『不服ですか?ウルズ04。』

 

「ああ、少しな。」

 

『相変わらずのその態度も、そろそろ改めさせなければいけないかしらね?』

 

軽い口調でそう返すリーバーに、ホークアイが少し苛立ちを含んだ声で返すと「失礼いたしました、小隊長殿」と言って受け流す。

 

「さて、お手並拝見だ。」

 

彼はそう言うと、始まった格闘戦テストの様子の記録を開始した。

 

 

 

 

 

「予想以上の完成度になりましたな、アレは。」

 

仙台基地の中にあるAL4占有区画。

そこの一角にある特技が使っている部屋で、テストの様子をモニターしている映像を腕組みしながらジッと見ている白衣の女性ーーーーー香月夕呼に話しかける人物がいた。

 

「あら、来ていたのね。」

 

彼女が声の主の方に視線を向けると、そこに立っていたのはピシッとしたスーツを着て、帽子を被っている英国紳士風の服装の男性だ。

帝国情報省第二課長という地位におり、表向きは帝国城内省付きの貿易商として動き回っており、多方面のおいて顔が利く数少ない優秀な人材であり、今現在は夕呼の共犯者の一人として、裏で暗躍を続ける人間ーーーーー鎧衣左近。

 

「ええまあ、果たして「人類の希望」と称される計画において行われている次世代兵器の開発と技術の評価・・・これを知る人間からは、「お遊び」とさえ評される行為が、どれほど価値があるのかをしかとその目で確かめねばなりませんからな」

 

はっはっは、とわざとらしく笑う彼に、夕呼はまるで厄介者を扱うような態度を向ける。

まあ、実際のところ、方々から便利屋扱いも厄介者扱いもされている彼にとっては、痛くも痒くもない上に、むしろそういう評価は褒め言葉や賞賛に近いものであった。

 

「さて、そろそろ行われる予定の、とある作戦の事ですが、少し博士のお耳に入れたい情報もありまして」

 

「何かしら?」

 

唐突にこんなところでそんな話を言い出す鎧衣だが、夕呼は特に止めるわけでもなく話を続けさせる。

 

「我々を常々快く思っておられない第五の方々が、現状を面白くないと考えているようで・・・」

 

「それで?」

 

「彼らは、このイベントを有効活用するために、とある贈り物を、横浜宛に宇宙から贈ろうとしているようです。」

 

「宇宙から」。

つまりは、国連宇宙総軍も一枚噛んでいるという事だ。

 

鎧衣が「第五」と呼んだそれは、AL4計画の予備案に当たるAL5計画推進派を指す言葉だ。

 

地球救済を急務とし、最終的にはオリジナルハイヴの攻略という夢物語を現実にしようと奔走するAL4に対して、AL5は人類の選定を行い、その切符を手にした者のみで構成された移民船団を新たな惑星へ移住させ、地球を捨てるという計画だった。

 

ある世界においては、AL4の失敗及び凍結に伴って同時に発動されたAL5計画。

その計画発動に伴い開始された地表のハイヴ一掃作戦「バビロン」。

これは、G弾と呼ばれる新型兵器の集中運用によってオリジナルハイヴ諸共、世界各地のハイヴを一掃する作戦だった。

しかし、この世界においてはG弾による被害を考慮していなかったため、地球に取り残された人類は人類同士で再び生存を賭けた戦争が勃発する羽目になったわけだが。

 

話が逸れた。

 

ようは、先程言ったG弾ーーーーー5次元弾頭を用いた新型爆弾の実戦投入が検討されている・・・というよりかは、既に決定事項に含まれている可能性が十分に考えられるという鎧衣からの警告だった。

 

「共同作戦でまともに戦う気があるのは、ウチの派閥側の国連軍に帝国軍、そして帝国に大きな借りと恩がある大東亜連合ってわけね。」

 

「それと、我が国にとって良い感情を持つ熱き合衆国魂に溢れる方々や、この計画を推進している方々も、ですな。」

 

夕呼の皮肉混じりの言葉に、鎧衣は苦笑混じりに付け加える。

 

「そういえば」と夕呼は思い出したかのように言う。

 

「この間搬入されてきた第3計画の忘れ形見(マインドシーカー)。あれも、そういう連中の協力があったから運び込めたのだったわね。」

 

「そうなります。無論、この鎧衣が身を粉にして奔走したという事が最も大きかったわけですが。」

 

わざとらしく大仰な言い回しをすつ鎧衣。

 

実際のところ、別の計画であるAL3の副産物たるF-14/AN3(マインドシーカー)を運び込むまでの段取りは、関係者との接触が可能であり、多方面に様々なパイプを持つ鎧衣がいなければ上手く段取りを組む事自体が正直なところ難しかった。

AL4の権限によって、と言ってもこちらは日本が主導しているのに対して、AL3の場合はソビエト連邦の管轄だ。

アメリカも一枚噛んでいたとはいえ、大きな隔たりは同じ計画の系譜内だとしても取り払いきれない物は多く存在する。

だからこそ、多方面外交が得意な鎧衣は重宝されるわけだ。

 

「まあ、普段の仕事に比べれば幾分か楽な仕事ではありましたがね?はっはっは。」

 

会話が続けられる中で、夕呼が視線を向けるモニター内では、1機で2機を相手に善戦するヘルダイバーの様子が映し出されている。

 

「成果は、とりあえずのところは次の作戦にて提示されるでしょう。ここで得られた成果が、如何に上の方々への良い交渉材料になり得るか・・・」

 

「結局のところ、貴方の言った通りこれから次第。幾ら準備をしたところで、必要な時に要求された範囲での結果が出なければ、そこで終わりだもの。」

 

「期待の星、ウルズ小隊。彼らの活躍を楽しみにしております。」

 

「あら、もういくのね?」

 

帽子を被り直すと

 

「はい。これでも多忙な身故に」

 

鎧衣はそう言うと、部屋を後にした。

ドアが開き、通路へと出る。

 

「おや、これはこれは。」

 

彼が外に出ると、彼を待っていた人間がいた。

夕呼ではなく、鎧衣左近という男を。

 

「城内省の方が、こんなところで基地の見学ですか?」

 

そこに立っていたのは、AL4計画において鎧衣とは別に、様々な人間とコンタクトをとっている人物だった。

 

「いえいえ。少し、見学も兼ねてお話をしていただけですよ。それで、貴方は?」

 

鎧衣がそう返すと、彼は自身の名を名乗る。

 

E(エターナル)A(アラン)・レイ。国連軍の諜報部に籍を置く者で、階級は中佐です。親しい者は、レイと呼びます。そうお呼び頂ければ、幸いです。」

 

その笑顔は、まるで男装の麗人のような印象を受ける。

 

「ほう?私のことはご存知でしたか。私もお初になります、レイ中佐。」

 

鎧衣は、特に反応を示すわけでもなく、いつもの調子でそう返した。

 

「お部屋を用意しました。立ち話もなんですから、そこで紅茶でも飲みながらお話をいたしませんか?」

 

スカイがそう言うと、少し訝しげな視線を向ける鎧衣。

 

「それはどのような?」

 

そう問いかけると、E・A・レイは薄い笑みを浮かべながらこう答えた。

 

「人類の、今後についてです。」

 

 

 

 

 

格納庫。

そこへ戻ってきたウルズ小隊の面々は、それぞれの機体を所定の位置に収めて機体から降りる。

 

「大尉、機体の調子はどうでしたか?」

 

機体の側に来ていた整備班長が、下から上のタラップを歩くロックオンへと聞く。

 

「ああ、問題ないよ。むしろ問題が無さ過ぎて無気味なくらいだったよ。」

 

ロックオンはそう答えると、ジーナと一緒にその場を後にする。

 

「どうだった、新型の感想は?」

 

歩きながらそう聞くロックオンに、ジーナは「とても良かったわ」と答える。

 

「私の思い通りに機体が動くの。ハロのサポートもあるけれど、なにより空間が広く正確に見渡せるのは大きいわ?」

 

ESP発現者は別に、空間認識能力に長けた人間ではない。

しかし、彼女の場合は最近判明した事ではあるが、常人よりも色々な「視野」が広い事がわかっていた。

そのため、急遽彼女のための機体が用意されたという背景もある。

元来より、戦術機の操縦センスではリーバーと互角かそれ以上の能力を持つ彼女がいればこそ、ヘルダイバーという戦術機は攻防一体で隙の無い機体に仕上がっていた。

 

『ジーナガ凄イ!ジーナガ凄イ!』

 

「ふふ。おだてたって、何も出ないわよ?」

 

彼女が抱えるハロがそう言うと、満更でも無さそうにそう言葉を返す。

 

ヘルダイバーの改修作業に加えて、実機が組み上がるまでの間に機種転換も兼ねてフィッティングテストを行うべく特注で作られた複座型のシミュレータ。

 

これによって、試験工程は実機で行う以外の物は一気に行う事ができるようになり、その過程でハロのサポート端末としての導入も決定。

シミュレータにおける仮想運用試験では、ハロも交えた実戦形式のテストも行われるに至っていた。

その時に、ジーナはハロと初めて対面し、今ではすっかり「友達」としてよく一緒にいる。

 

「実際、ジーナは凄いさ。新しい機体をああも使いこなすんだからな。あそこまで改修したら、最早別物って言っても違わないだろう?」

 

ロックオンが言うことは最もだ。

彼自身がいた世界の技術をふんだんに使用して改修されたヘルダイバーは、ベースはトムキャットのカスタム機であるマインドシーカーだが、最早別物の機体と言っても過言では無いほどの改修を加えられていた。

機体自体の動力部における出力の向上に加えて、従来の戦術機とは異なる武装の数々や懸架位置。

機体コンセプトとしては、ロックオンがいた世界における主力兵器であるモビルスーツに近いものに仕上がっているのだ。

ワンオフであるが故にの結果ではあるが、この機体に用いられた様々な技術は将来的に必ず既存の技術を飛躍的に向上させるだろうと予想されていた。

 

現状は、評価段階であるため、以前作成された新型OS等もまだ時間的な問題で量産段階には至っておらず、悲しいかな、ウルズ小隊以外には配備されていない代物だった。

 

「ええと、新型OSの名前・・・確か、「GOS」って呼ばれていたわよね。」

 

彼女が言ったのは、新型OSの便宜上の名称だ。

現在、戦術機において導入されているOSを遥かに凌駕する性能を持つもので、ベースにされているのはデュナメスに搭載されていたものの他に、予想外にハロに内包されていた情報の中にあったものを応用し、作り上げたものだった。

デッドコピーと言えば聞こえは悪いが、実際のところは言葉以上に高性能なOSであり、将来的にはこれを導入することで現在の損耗率を3割〜5割ほど軽減できることを期待されていた。

それほどまでに、画期的なOSだったのだ、これは。

 

大元はデュナメスのものであることから、ロックオンは「ガンダム」の綴りである「GUNDAM」の頭文字の「G」を取り、「G OS」と呼んでおり、これが特技研やそれに関わるこのOSを知る面々からもそう呼ばれるに至った経緯である。

 

「あれのお陰で、ユキカゼの時以上にあの子(ヘルダイバー)は動かしやすいの。まるで、自分の手足がそのまま動いているみたいに、私の思い描く動きがダイレクトにフィードバックされてる。」

 

「これもあのOSと、ハロのおかげね」と言いながら、ジーナはハロを抱きしめる。

 

「そいつは良かった。ある程度の項目はクリアできたからな。あとは、作戦に向けての追い込みに、機体の最終調整だ。」

 

ロックオンがそう言うと、ジーナは「わかっているわ」と答える。

 

「私たちの価値をここで示す。それで、コウヅキ博士の研究も、シュヘンベルグ博士の研究も、無駄では無いっていうことを証明するの。」

 

彼女は強い口調で言う。

 

「気負い過ぎるなよ、ジーナ。大丈夫だ、俺たちが力を合わせて奴らに対抗していくんだからな。」

 

ロックオンがそう言うと、ジーナは不安そうな表情を浮かべて言う。

 

「わかってる・・・だけど怖いの。何か悪い事が起こる気がする・・・」

 

歩みを止めて、ハロを抱えたままロックオンの背中に寄りかかるジーナ。

 

『ジーナ、元気ダセ!元気ダセ!』

 

「ハロは優しいね・・・」

 

ロックオンは振り返ると、ジーナを見る。

 

「大丈夫だ。」

 

ジーナを安心させるように、彼はそう言った。

 

「君は、俺が守る。任せておけって。これでも俺は、前に世界に喧嘩をふっかけた人間の一人だ。今更そのくらい、わけないさ。」

 

ジーナはその言葉を聞いて安心したのか、淡い笑みを浮かべこう言った。

ありがとう、と。

 

 

 

 

 

 

ヘルダイバーの実機を用いた初の評価試験から2か月ほどが経過し、いよいよ明星作戦を直近に控えた某日。

AL4占有区画の一角にあるブリーフィングルームに、デリング、ヴァルキリー、そしてウルズの面々が集められていた。

集められた面々を待っていたのは香月夕呼だ。

 

「態々皆を集めたのは他でもないわ。これから行われる明星作戦についてのお話よ。」

 

モニターに表示されるのは、攻撃目標を含めた横浜市を上から見た図と、立体的に見た図だ。

 

「既に5月に作戦開始が発令された甲22号目標、通称「横浜ハイヴ」攻略作戦では、その前段階として連日のように多摩川を境にして間引きが行われてきたわ。」

 

モニターにはこれまでの間引き作戦のデータと、これ以降の作戦概要が表示される。

 

「そして、8月5日に本格的な攻略作戦ーーーーー明星作戦が行われる予定よ。この作戦は、ハイヴ攻略のセオリーに従ってまず第一段階として国連宇宙総軍による装甲駆逐艦を用いた軌道爆撃が行われるわ。」

 

立体的に見た図では、衛星軌道上の国連宇宙総軍による軌道爆撃の爆撃ルートと、そこから極超音速の対レーザー弾頭弾を投下する。

 

「その後は、海上に展開する艦隊による艦砲とロケット砲による飽和攻撃を行う。勿論、レーザー級による対空迎撃は最初に行われる軌道爆撃に先に気付く筈よ。そこを逆手に取る。」

 

軌道爆撃に一早く気付いたレーザー級群は直ちに迎撃を開始するが、その際に発生するレーザー発射のタイムラグを利用して間髪入れずに艦隊による飽和攻撃を行う。

これによって、レーザーを弱体化させる重金属雲を目標周辺及び目標上空に発生させ、これ以降は徹底的な面による制圧攻撃を行うのだ。

 

「今回は、地上部隊による攻撃も同時並行で行われるわ。艦砲射撃に加えて、地上における砲兵部隊による面制圧砲撃。これで、地上のBETA群はレーザー属種も含め粗方掃除される筈よ。」

 

そして、作戦は第2段階の概略に入る。

 

「帝国海軍第二戦隊所属の水上打撃部隊が横須賀、横浜の二つの港を目指し突入。更に、東京湾内に封じ込められていた帝国海軍の艦艇群もこれに呼応して脱出も兼ねての突入を敢行するわ。」

 

そして、更に攻撃を行いながら海中からの「海神」を中心とした強襲上陸部隊の投入と、そして帝国本土防衛軍と帝国陸軍「ウィスキー部隊」(帝国陸軍機甲5個師団と戦術機甲12連隊で構成)による地上からの戦力投入を同時に行う。

これによって橋頭堡を確保し、ハイヴ本体から出てくる増援部隊を二つの方面に誘引するのだ。

 

「これが計画通りに成功すれば、作戦は第3段階に移行するわ。」

 

湾内に突入した艦隊による攻撃を行いながら、国連軍水上打撃群所属の「アイオワ」「ニュージャージー」「ミズーリ」「イリノイ」「ケンタッキー」及び第二艦隊第三戦隊「大和」「武蔵」による追加の制圧砲撃を行い、これに続いて機甲4個連隊と戦術機甲6個連隊を中心とした「エコー部隊」を太平洋側から投入。

上陸部隊の支援を行いながら、誘引したBETA群を迎撃しつつ戦線を押し上げていく。

 

「このエコー部隊投入に呼応して、A-01所属のヴァルキリー中隊・デリング中隊を投入。ヴァルキリー中隊はそのまま戦線に参加。デリング中隊は戦線投入後に各戦域の観測任務を主として戦場に展開、戦場の状況を逐一収集して頂戴。デリング中隊の場合には、戦闘だけでなく、この先のハイヴ攻略に役立てるよう、どんな些細な情報でも持ち帰ってもらうわ。」

 

続けて、作戦の第4段階の説明に入る。

 

「そして、これまで説明した状況が都合よく現実にすることができたら、お次は爆撃を終えた後に衛星軌道上を周回中の宇宙総軍による軌道降下兵団の投入よ。」

 

衛星軌道上からの軌道降下兵団による戦術機甲2個中隊をハイヴへ直接投入し、(ゲート)部の確保を行った後、ハイヴの地下茎構造内へと突入し、ハイヴ最奥部にある反応炉を目指し、最終的には攻略を目指す。

 

「そして降下兵団投入に伴って、同時に地上から先行突入部隊を強行突入させる。ここで、地上からの先行突入部隊に呼応して、ウルズの連中を戦場に投入する。」

 

これが、彼女が語ったハイヴ攻略までのシナリオだ。

 

「以上がこの作戦の大まかな流れよ。」

 

彼女はそう言うと、モニターに映し出された作戦概要を背に、最後に付け加える。

 

「なにより、今回の作戦はかなり大掛かりなものになるわ。だからこそ、不測の事態(・・・・・)は必ず起こる。それを考慮した上で、臨機応変に対応してみせなさい。」

 

そうして、作戦概要の説明は締めくくられた。

話が終わると、彼女は白衣を翻したその場を立ち去ろうとして、「ああそれと」と独り言を呟きながらブリーフィングルーム内にいた1人の男性を呼んで言った。

 

「ストラトス、貴方には話があるわ。後で、私の執務室に来なさい。」

 

ロックオンはそれを聞いて、「了解」とだけ答えた。

 

 

 

 

夕呼はブリーフィングを終えるとすぐに自分の部屋へと戻って作戦計画書に再び目を通す。

そうして暫くすると、部屋の戸がノックされた。

 

「入って頂戴。」

 

彼女がそう言うと、国連軍のBDUに身を包んだロックオン・ストラトスが入ってくる。

 

「お邪魔するよ」

 

彼は入ってくると、適当な椅子を見つけて腰掛ける。

 

「それで、話ってのはなんだいミス・コウヅキ。」

 

そう問いかけるロックオンに、夕呼は返す。

 

「そういえば言っていなかったわね。昇進おめでとう、ストラトス"少佐"?」

 

態とらしく言う夕呼に、「おいおい。昇進祝いするために態々呼んだのかい?」と肩を竦めてみせるロックオンに夕呼は意地の悪い笑みを浮かべながら言う。

 

「違うわよ。本題はこっち」

 

そう言って、ある報告書を手に持ってぴらぴらとなびかせるのを見せる。

 

「今回の作戦、これまでとは比べ物にならない規模の作戦になるわ。それだけ大きな作戦になれば、」

 

「十中八九、色んな奴らの思惑が介在する作戦であり、戦場になる。」

 

夕呼が言い終える前に、ロックオンが言葉を重ねる。

「そういうこと」と言って、夕呼は続ける。

 

「私が上に計画責任者として具申してGOサインが出されたこの作戦。その背景には、第5の連中の影もあるわ。」

 

「・・・」

 

「多分だけれど、これだけすんなりとこの規模の作戦が行われるに至った経緯に関わっているはず。でなければ、こんなに積極的に米軍もアクションを起こさないわ。」

 

「いつの時代も、こういう時ですら色んな連中の思惑で割を食うのは現場の連中か。」

 

嫌気が刺すよ、と言いながらロックオンはあきれた様子で首を左右に振る。

 

「仕方がないわ。私だって、第三者から見れば同じ穴の貉と言われても否定できない部分はあるから。・・・話が逸れたわ。」

 

夕呼は説明を再開する。

 

「恐らくは、この作戦では第5の連中の横槍が入る筈よ。奴らが使いたくて使いたくて堪らない玩具を手に入れたから、それを見せびらしたくて仕方がないというわけ。」

 

夕呼は、呆れた様子でそう言う。

 

「それが、デリングの連中を観測に回した理由かい?」

 

そう返したロックオンに「そうよ」と答える夕呼。

彼女がデリング中隊を観測による情報収集に回したのは「新しい玩具(G弾)が使いたくて堪らない連中のせいでとばっちりは御免」だと考えたが故にだ。

 

「裏で手を引いている人間が、いつアレを使うかわかったものではないわ。敵を騙すにはまず味方から・・・奴らが米軍と国連軍以外を捨て駒にする可能性だって考えられる。」

 

ウルズ小隊投入のタイミングは、地上からのハイヴへの突入部隊がタイミングに呼応して行われる。

一番お膳立てをして貰った上で、一番危険な場所に自ら飛び込む。

だからこそ、一番強力な戦力を送り込むのだ。

 

「でも、不測の事態が起これば奴らはすぐにでも行動に移すはずよ。G弾の投下を。」

 

夕呼は以前から、作戦を行うにあたって帝国政府と米国政府との間で様々なトラブルが発生しているのを知っていた。

そして、A-01も含めて作戦参加メンバーにはG弾の存在を示唆しており、もちろん以前からロックオンにもその話はしていた。

 

「だからこそ、作戦において最も重要なタイミングで投入される貴方達ウルズ小隊には是が非でも戦果を上げてもらわなければ困るのよ。」

 

この作戦の理想像はG弾によるものではなく、決定打はあくまでも戦術機や通常戦力をもってハイヴを攻略しなければならないのだ。

様々なデータを収集するためにも、ハイヴは破壊という形ではなく、是が非でも人類の手によって占領(奪取)したいのだ。

 

「それは、例え通常戦力による攻略が失敗したとしてもよ。」

 

しかし、不測の事態は必ず起こる。

 

「残念ながら、私の影響外の人間まで止める術はない。だから、不測の事態が起こればG弾投下にすぐに繋がる可能性は十分にあるわ。」

 

夕呼は眉間を揉みながらあきれた様子で言う。

 

「だから、正直私は矛盾した思惑が飛び交う戦場にあんたたちウルズの連中を送り込むのは・・・」

 

「それ以上は無しだぜ、ミス・コウヅキ。」

 

彼女にしては珍しく、余計な事を口走りそうになったのをロックオンが遮る。

 

「俺たちは、ただ与えられた任務を全うするだけだ。なにより、俺にとっての今の戦いは、BETAという紛争幇助対象の殲滅にある。その為には、手段は選ばねぇ。もしも邪魔する奴がいるって言うんだったら、そいつらを逆に利用しちまえばいいさ。」

 

そして、いつも通りの飄々とした様子でそう言った。

 

「そういう腹の探り合いみてぇのは、あんたの得意分野じゃないかね?」

 

むしろ、夕呼を挑発するように言う。

 

「言ってくれるじゃない。」

 

そう言うと、夕呼は立ち上がってロックオンに詰め寄る。

 

「なら、有言実行して頂戴ね?」

 

言質はとった。

そんな風に、彼女は笑顔でそう言った。

 

 

 

 

夜は長く、夏だと言うのに冷えたように感じる。

格納庫の中、かつて大空を駆けた地獄からの死者と同じ名を冠された戦術機は、静かに決戦の刻を待つ。

 

「・・・・・」

 

それを、下から見上げる人物がいた。

長い銀髪が風に靡いて、月明かりに照らされる姿は浮世離れしたように映る。

 

「こんな時間に、何をしてるんだ?」

 

ジーナ・チトゥイリスカが、自身の機体である「ヘルダイバー」を見上げていると、彼女に声をかけてくる人間がいた。

 

「・・・リーバー少尉。」

 

少しだけ睨むような、鋭い視線を彼女が向けた先にいたのは、フレッド・リーバーだ。

 

「リッパーで良いって言わなかったか?まあいいさ。好きなように呼べば」

 

この2人は、同じ隊になってからあまり仲が良い方ではない。

どちらかといえば、ジーナが怖がっているのだ。

表面では平静を装っていても、出会った頃に根付いてしまった苦手意識は、そう簡単に薄れることはない。

 

「相変わらず、素っ気無いな?アンタは。」

 

そう言うリーバーに、ジーナは「別に、そんなことはないわ」と答える。

彼女自身、この対応の仕方が関係性のさらなる悪化につながっているのは分かっているが、まだ払拭できていない以上はどうしようもなかった。

 

「・・・少尉こそ、こんな時間にどうしたのよ?」

 

そう返すジーナに、リーバーはいつも通りの調子で答える。

 

「作戦開始が間近だからな。愛機の様子を見に来ただけさ。」

 

彼は、誰にでも大体はぶっきらぼうだが、それなりに対応するような態度を取る人間だった。

それはもちろん、ジーナに対しても同じで、別に差別するわけでもない。

だからこそ、尚更に彼女の自己嫌悪感を更に高めてしまっているわけだが。

 

「そう・・・」

 

片腕を抱えるようにして、伏せ目がちになるジーナに、リーバーは言う。

 

「次の作戦、突入部隊である俺たちは一番危険なポジションになる筈だ。特に、前衛の俺やクリス、リヒティは隊の中でも最も危険を犯さなきゃならない。」

 

「だから」と続けるリーバー。

 

「後ろは任せる。精々後ろから撃たない程度にな?」

 

最後は冗談めかして言うリーバー。

それにうまく返せなかったジーナは、「・・・言われるまでもないわ。」と言うと、暫くの間周囲の空間を沈黙が支配する。

やがて、リーバーは「先に寝る。あんたもあまり夜更かしはするなよ?まるで遠足前のガキみたいだ」と言ってその場を立ち去った。

 

その場には、「ヘルダイバー」と他のウルズ小隊所属機、そしてヘルダイバーを見上げるジーナだけが取り残される。

 

「・・・」

 

彼女もまた、踵を返すとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

そして、決戦の幕は上がる。

 

 

 

 




イメージED「暗夜行路」

次回「明星作戦」


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story10「明星作戦」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

やっときた、どんときた。
やりたかったシーンの数々。
とりあえずは、読んでから決めてほしい。

あ、ごめんなさい本当はそんなに強気ではないんです。

ちょっとリアルが忙しめなのでこの先は投稿が滞るかもです。
なるべくは、1週間に1本のペースでいきたかったんですが(そんなこともないときもあったけどそんなのは気にしない気にしない)、今回は短い期間で連続で上げる形になりました。

独自解釈や、色々な裏設定追加などが起こっているため、「原作ではありえない」という事象がかなり多い当作品ではありますが、どうか温かい目で読んでいただけると幸いです。

前書き長くなり過ぎましたね。
では本編をどうぞ。

イメージOPは「SAVIOR OF SONG」



かつてユーラシア大陸において行われた人類初のハイヴ攻略作戦が存在した。

作戦名、パレオゴロス。

1978年当時、フェイズ3であったミンスクハイヴを攻略するために行われた作戦だ。

 

次に行われたのは、オルタネイティブ第3計画が主導して行われたボパールハイヴ攻略作戦。

作戦名、スワラージ。

1992年に行われたこの作戦は失敗したものの、この作戦によって同年には瓦解すると予想されたインド戦線を94年まで持ちこたえさせた。

 

それに次ぐ、大規模な反抗作戦を行うため、人類は横浜の地へ集結していた。

昨年、本土の半分近くを失った日本帝国は、佐渡島と横浜、二つの場所にハイヴを建設されてしまう。

人類は、先人たちが敗北を余儀なくされた幾多の戦いの雪辱を晴らすのと同時に、人類初のハイヴ攻略という悲願を成し遂げるため、横浜ハイヴ攻略及び、楔を打ち込まれた形になっている本州島奪還を目的とした作戦を行うことになった。

 

作戦名称―――――明星作戦(オペレーション・ルシファー)

 

国連軍主導で発案されたこの作戦は、前述した横浜ハイヴ攻略そして占領と同時に、本州部の奪還とBETAの侵攻を押し戻すのを目的としていた。

この作戦に参加するのは、作戦を主導した国連アジア極東方面軍及び、大東亜連合軍と、日本帝国軍。

無論、国連でも大きな影響力持つアメリカ合衆国軍も、国連軍と共に戦線において後方支援という名目で参加する事になっていた。

この作戦に参加する者たちは、人種に問わず、それぞれの思いを胸に戦場へ向かう。

 

ある者は、故郷を取り戻すため。

 

ある者は、祖国を取り戻す一歩にするため。

 

ある者は、愛すべき人を守るため。

 

ある者は、大切な家族を守るため。

 

ある者は―――――現実という非合理の塊へ復讐するため。

 

皆、その手に銃を取り、前進する。

未来(あす)を掴むために。

 

 

 

 

 

 

作戦開始1時間前―――――

 

帝国連合艦隊および、国連軍・大東亜連合軍の艦艇群で構成された水上打撃群は、上陸予定地点に対して艦砲射撃を行うため、砲撃位置へ移動するべく静かに霧に包まれた海上を移動していた。

多くの艦が海上を航行する中、霧の中から"それ"は現れる。

 

それは、極東の小さな島国が作った海の化け物(リヴァイアサン)

 

46cm45口径三連装主砲塔3基9門を搭載した、かつての大日本帝国海軍が誇る世界最大・最強の超弩級戦艦。

 

名を、大和。

 

日本という国を体現したソレは、海の覇者として君臨すべく生み出された存在だ。

 

しかし今、彼女の矛先は仮想敵として定められた各国の戦艦でもなければ、彼女がいる海は艦隊決戦の場ではない。

46㎝砲の砲口は、護るべき祖国(くに)へ向けられていた。

 

 

 

帝国海軍連合艦隊・第二艦隊第三戦隊旗艦、戦艦「大和」艦橋。

その場所は、太平洋戦闘時の物に比べると時代に合わせてより近代化を施された内装になっている。

 

「まさか、この「大和」の主砲が、倒すべき戦艦(てき)ではなく祖国へ向けられようとはな・・・」

 

艦橋内に立つ、帝国海軍の軍服を纏う男―――――戦艦大和の艦長である田所大佐は、そう独り言を呟いた。

時計の針は6の部分を指している。

 

現在の時刻は、午前6時丁度。

 

艦内では、1時間後の作戦開始に向けて各部署の人間たちがそれぞれに任を全うするべく奔走していた。

作戦の第一段階である国連宇宙総軍の軌道爆撃の準備も最終段階に入っているはずだ。

 

「艦長。第二艦隊全艦艇、並びに国連軍、及び大東亜連合軍の全艦の攻撃準備、間もなく完了いたします。」

 

彼の部下である「大和」副長が、そう伝える。

 

「了解した副長。全艦へ通達、別命あるまで待機せよ。」

 

微速のまま海上航行している全ての艦の艦載砲塔は、その全てが横浜市街地へ向けられている。

現在この海域には、連合艦隊第二艦隊第三戦隊所属の「大和」の他に同じ第三戦隊所属の「武蔵」「長門」、そして重巡洋艦と軽巡洋艦数十隻、駆逐艦多数が静かに海の上を移動していた。

この艦隊から少し離れた場所には50隻以上の戦術機母艦が航行し、海中には何十隻もの潜水艦が潜んでいる。

 

作戦開始の時間は、刻一刻と迫る。

 

別海域では、帝国海軍連合艦隊第二艦隊第二戦隊が展開していた。

 

「大和」率いる第三戦隊は第二陣であり、横浜・横須賀両港への突入が任務の第二戦隊は第一陣となっている。

 

第二戦隊は、大和型戦艦3番艦「信濃」を筆頭に、紀伊型戦艦「美濃」「尾張」「加賀」の3隻に加えて巡洋艦数隻、それに駆逐艦数十隻で構成され、その後方にはウィスキー部隊を抱えた戦術機母艦数十隻、その周囲に何十隻もの護衛艦艇、そして、第一艦隊旗艦である重巡洋艦「最上」が随伴していた。

 

 

 

 

「作戦開始まで、あと20分ほどね・・・」

 

「最上」艦内。

戦域をモニターしている巨大なCICの中で、CIC内の状況を静観する小沢艦長の隣に立つ白衣姿の女性ーーーーー香月夕呼は、そう、独り言を呟いた。

彼女はAL4の責任者として、そしてこの作戦を推した者の1人として、ここに来ていた。

 

夕呼は、時間を確認すると、艦長に許可を貰い、オペレーターの1人に命じ、待機中のある人間に通信を入れた。

 

「通信、繋がりました。」

 

「ありがと。」

 

夕呼は、オペレーターに渡されたヘッドセットを受け取り、装着する。

 

「聞こえるかしら、ウルズ01?」

 

『感度良好。問題無く聞こえてるよ、ミス・コウヅキ。』

 

インカム越しにそう声をかけると、すぐに飄々とした雰囲気で男の声返ってくる。

 

「作戦開始まで残り僅か。初陣を控えた隊長さんの調子はどうかしら?」

 

夕呼は皮肉気な笑みを浮かべながら言った。

 

『問題ないさ。調子は上々。それで、なんの用だミス・コウヅキ?』

 

強化装備に着替え、ヘルダイバーの管制ユニット内でジーナと共に機体の最終チェックをしつつで出撃待機をしていたロックオンは、問い返す。

 

「最終確認よ。わかっているわよね?」

 

その問いに、夕呼は敢えて回りくどい言い方で答えた。

それに対して、飄々とした態度でロックオンは返す。

 

『機体の準備は万全。他の連中も問題ない。あとは、俺たちが出撃するまでの間に作戦がうまく運んでもらえるかどうかにかかってる、くらいだな。』

 

「軽く言ってくれるわね。」

 

『でないと、俺もアンタも困るだろう?』

 

夕呼の呆れたような口調に、ロックオンは「仕方がない」という様子で返す。

 

『なぁ、ジーナ?』

 

同じ機体に乗る少女に話を振るロックオン。

振られた方は「私に聞かれても困るわ?」と返していた。

 

「軽口を叩けるのも今のうちよ。順番が来たら、嫌でも働かせてあげるわ?」

 

そう言う夕呼に「怖い怖い」と言いながらおどけてみせるロックオン。

 

『いつもあれだけ働かされるのに、更に働かされるのか。オーバーワークだ。パワハラだ。肝に銘じておかねぇと、次にどうなるかわかったもんじゃねぇ』

 

彼とて、大きな作戦の前で多少なりとも緊張していたが、慣れてもいる。

だからこそ、こんな軽口も叩けるのだ。

 

「そろそろ作戦が開始されるわ。それじゃあ、またね」

 

『オーライ。帰ったら一杯やろうぜ』

 

そう言葉を交わして、通信は修了した。

 

 

 

 

 

そして、戦いの幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

(※ここからは、映画「男たちの大和」サントラより、『男たちの大和』を流しながらやると個人的にはテンションが上がりました。よければかけてみてください)

 

 

 

『総員に通達する!』

 

艦内放送で聞こえるのは、艦隊司令官の言葉だ。

 

『この戦いが、BETA大戦を早期終結に向かわせることを切に願う。』

 

海を、鋼鉄の竜が駆ける。

 

『真の平和と、安らぎをこの手に取り戻すために。オペレーション・ルシファー、開始せよ!』

 

CIC内が慌ただしくなり、オペレーターが次々と指示を出す。

 

「甲22号目標攻略作戦開始!目標、日本・横浜市!」

 

そして、「大和」艦橋。

 

「作戦開始時刻です、艦長。」

 

「ああ。」

 

副長が作戦開始と告げ、田所は砲手へ命令を下す。

 

「主砲全門、射撃用意!」

 

「主砲、射撃用意!」

 

46cmの、世界最大の主砲が、全ての砲門を日本本土へ向けた。

 

「各艦、タイミング合わせ。左舷ロケット砲座および、艦対地ミサイル全門発射用意!!」

 

「発射用ー意!」

 

全ての準備は整った。

 

「攻撃目標、横浜市上陸地点周辺!」

 

           

 

 

 

ーーーーーそしてここに、反撃の狼煙があげられる。

 

 

 

 

「軌道爆撃、開始されました!」

 

観測員が上空から降下してくる対レーザー弾頭を満載した爆撃の様子を見る。

直後に、それを捉えた何かから白い光が横浜市上空へ放たれた。

 

それは、レーザー級による光だ。

 

「敵BETA群、レーザー級による対空迎撃を開始!」

 

観測員の報告と同時に、田所は叫ぶ。

 

「レーザー照射後の隙を突く!全砲門、撃ち方始め!」

 

「全砲門、撃ちー方始め!」

 

艦長の号令と同時に、砲手がそれを復唱する。

その号令と共に、艦隊全艦の全ての火砲が、一斉に火を吹いた。

 

放たれる何発もの砲弾とミサイルとロケット弾。

 

それらが横浜の廃墟となった街へと降り注ぐ。

宇宙軍の軌道爆撃に行った対空迎撃により、第一射目から次射までの間に生じる僅かなタイムラグ。

それによって数秒間、対空迎撃のためのレーザー級による傘が失われた状態である筈の地上のBETA群の頭上に、無数の砲弾が落下してくる。

照射待機状態にいた個体が順次、対空レーザー照射を再開し、落下してくる砲弾を迎撃していく。

更にダメ押しで、多摩川河川に展開していた砲兵大隊が追撃の砲撃を開始する。

次々と照射されるレーザーは、放たれるロケット弾を、砲弾を破壊していき、これによって横浜市上空には爆発によって空に黒い雲が形成されていった。

 

「横浜市上空他、目標エリアに重金属雲の形成を確認!」

 

これは布石だ。

形成された重金属雲は、レーザー級による対空迎撃を阻害する。

 

「これより面制圧砲撃を開始する。砲術長、あとは任せるぞ。」

 

「了解!これより、面制圧を目的と下艦砲射撃に移行する。弾種を対レーザー弾頭弾より通常弾頭へ変更。各艦は、砲撃準備が出来次第、徹底的な面制圧を開始せよ!」

 

CICへと指示が下り、火器管制を司る要員から各砲塔に指示が飛ぶ。

 

「弾種切り替えまだか!」

 

『もう少しで終わります!』

 

『2番砲塔、切り替え完了!いつでも行けます!』

 

『1番砲塔もいけます!』

 

『3番砲塔、準備完了!いつでもどうぞ!』

 

「了解。主砲、射撃開始せよ!撃ち方始め!」

 

直後、轟音と共に地表への艦砲射撃が開始される。

 

「観測員より報告!沿岸部におけるBETA群の数、想定の倍以上であると認む!目視確認のため、詳細はつかめず!」

 

艦橋では、報告される内容に艦橋要員の何人かが歯がみしながら言う。

 

「やはり、奴らの数は想定を上回るか・・・!」

 

「だが、既に賽は投げられたのだ。」

 

「砲撃の手を休めるな!」と指示し、艦長は海岸を睨むように見ていた。

 

 

 

 

 

「ふむ・・・。やはり、奴らの物量は想定していた数より多いようですな。」

 

通信員より現状を聞かされた「最上」艦長の小沢は、落ち着いた様子でモニターに映し出される戦況を見ながらそう言った。

 

「そのようですわ。」

 

腕組みをしながらモニターを眺めている夕呼。

戦況を表すモニターに表示されている時間は、既に30分以上が経過したことを示している。

作戦の第1段階は、既に終盤に差し掛かろうとしていた。

当初の作戦計画書に則れば、海上からの艦砲射撃と地上からの砲兵大隊による砲撃による2方面からの漸減を兼ねた面制圧射撃はまだ暫く行われるはずだ。

作戦が第二段階へ移行すれば、既に海中から横浜・横須賀両港を目指す「海神」を中心とした強襲揚陸部隊が、港を中心に強襲上陸をかけ、それに呼応して横浜と横須賀、両港を目指して第二戦隊が湾へ強行突入。

第二戦隊による支援砲撃を行いながら、ウィスキー部隊を上陸させる。

 

「想定外の出来事とはいえ、この規模のハイヴが短期間で作られたのですから、それも踏まえた上で臨機応変に対応してこそですわね。」

 

「なるほど。副司令にとっては、「お手並み拝見」と言ったところですかな?」

 

社交的な笑みを浮かべながら「お好きなように捉えてくださって構いませんわ。」と夕呼は返す。

 

「第二戦隊旗艦「信濃」より打電。『我、此レヨリ突入準備ニ移ル』とのことです」

 

CICのオペレーターの1人が、小沢へと報告する。

 

「いよいよですな。」

 

「ええ。」

 

モニターに映し出された第二戦隊を示す光点が、ゆっくりと東京湾外縁部である横須賀港近くの海域に近づきつつあるのが確認できた。

 

 

 

突入準備に入った第二戦隊は、横浜市、そして横浜・横須賀港へと近づいていく。

 

「作戦は第二段階へ移行!強襲揚陸部隊がこれより上陸を開始します!」

 

「了解した。第二戦隊旗艦「信濃」より各艦へ。進路そのまま、支援砲撃を行いつつ上陸地点の安全を確保!海中からくる連中の道を開け!」

 

そして、ゆっくりと本土との距離を近づけていく「信濃」以下第二戦隊の艦艇群から再び砲撃が行われる。

 

 

 

 

海中を進むのは、オルシナスのコールサインを冠された潜水艦群だ。

そしてそれは、潜水艦先端部に存在した。

 

81式強襲歩行攻撃機「海神(わだつみ)」。

 

それらで構成されているのは、スティングレイ中隊と呼ばれる戦術機中隊だ。

同じ海域にもう一つ、この「海神」で構成された中隊は存在した、これらは海中から目標地点への強襲上陸と、上陸地点の確保を目的として行動していた。

 

『作戦は第2段階へ移行した。オルシナス01より、スティングレイ01へ。これより戦闘海域に入る!準備はいいな?』

 

『勿論だオルシナス01。』

 

『それでは行け!海兵隊の底力を奴らへ見せつけろ!』

 

同時に、潜水艦から次々に海神が切り離されていく。

 

 

 

海の神は世に放たれ、不届き者へ神の鉄槌を下す。

 

 

 

『スティングレイ01よりスティングレイ全機へ!海兵隊の恐ろしさを奴らへ思い知らせろ!全て蹴散らすんだ!!』

 

『モビーディック01よりモビーディック全機!スティングレイの連中だけに良い顔をさせるなよ!白鯨の名が伊達ではないという事を証明してみせろ!』

 

スティングレイともう一つ、白鯨(モビーディック)の名を冠されたもう一つの「海神」の中隊がそれぞれ上陸地点を目指して海中を進む。

やがて速度をあげ、港近くに浮上した。

浮上の勢いを利用して海上に躍り出ると、潜航形態から戦闘形態へと変形する海神。

そして、港を目指しながらそれを阻むべく接近してくるBETAの生き残り目掛けて両腕のチェーンガンを構え、一斉に攻撃を開始した。

十分に海岸に接近し、未だ海上にいる海神からは無数の銃弾とミサイルが放たれる。

互いに助け合いながら、全機が無傷で上陸地点に到達した。

そして、地上を歩きながら港から街を目指す。

放たれる銃弾とミサイルは、BETAの軍勢をなぎ払っていった。

 

『こちらスティングレイ01!上陸地点に取り付いた!これより上陸部隊の安全を確保するために前進を開始する!』

 

『上陸地点の安全確保を最優先にしろ!どのみちこいつじゃ、地上で掃討戦をやるのは無理だ!』

 

徐々に戦線を押し上げつつ、上陸地点を確保するスティングレイとモビーディック両中隊に危機が迫る。

 

『隊長!光線級が!』

 

生き残っていた光線級の群れが、スティングレイとモビーディック両隊へと照準を定め始めるのが各機から確認できた。

空陸ともに脅威となる光線級。

それらが、再度陣形を組み直して両隊を消滅させるべく準備を始める。

 

このままでは、海神で構成された上陸部隊に被害が出るだけでなく、すでに同じように射程内へ入っている突入部隊と戦術機部隊を上陸地点へ送り届けるべく近づいてきている戦術機母艦部隊が攻撃を受ける。

 

『スティングレイ01よりHQ(ヘッド・クォーター)へ!至急、支援砲撃を頼む!上陸地点近くに潜んでやがった光線級の団体さんが現れた!このままじゃ、戦術機母艦部隊が狙い撃ちにされるぞ!』

 

『HQ了解。現在、支援砲撃の準備を行っている。準備完了次第、砲撃を開始する。』

 

『急いでくれ!このままじゃやられてしまう!』

 

海神の部隊は、この間にも戦線を押し上げていた。

 

と、次の瞬間。

人を「知的生命体」として認識していない相手だ。

こちらの常識が通じるはずもない。

 

『れ、レーザー照射が始まりました!これは・・・!』

 

目の前を光が通過し、数機が貫かれる。

 

『スティングレイ06!』

 

『スティングレイ09、通信途絶!』

 

『モビーディック04、応答しろ!』

 

港から出て市街地へと近づいてきていた海神数機が沈黙した。

そして、そこをすり抜けた背後の戦術機母艦部隊へ吸い込まれていく。

 

『間に合わないか・・・!?』

 

容赦なく放たれたレーザーは、容赦なく戦術機母艦へ襲いかかるーーーーー筈だった。

 

『隊長ぉ!護衛の艦が・・・!』

 

退避命令を無視したのであろう。

戦艦群よりも先に港近くへの強行突入を敢行した護衛艦数隻が、戦術機母艦の盾になる形でレーザーの直撃を受ける。

レーザー照射を受けた数隻が、何もなせぬまま無念の内に炎に包まれて海中へと没していく。

直後に、炎上しながら沈んでいく護衛艦の残骸を押しのけながら、巨大な戦艦が侵入してくる。

最大戦速で第2戦隊の艨艟達が一斉に飛び込んできた。

 

『進路そのまま!目標、敵残存光線級群及び敵残存BETA群!撃ち方始め!』

 

『撃ちー方ー始めっ!』

 

先頭の「信濃」を筆頭に、砲撃が開始された。

程なくして、地上のBETA群に砲弾の雨が降り注ぐ。

しかし、接近したがゆえにレーザー級による迎撃を許してしまい、効果的な砲撃は望めなかったことで海上を進む戦術機母艦群に光線級によるレーザー照射が行われてしまう。

想定よりも数が多いがゆえに、撃ち漏らしが出たのがここにきて痛手になっていた。

しかし、仲間の屍を越えて上陸部隊は作戦通りに上陸を秒読み段階に移行していく。

 

『各艦は臨機応変に戦況に対応!以降は各艦の裁量で判断し、上陸部隊を出撃させよ!』

 

この通信を聞いた戦術機母艦各艦の艦長が、各々で指示を出す。

戦いの場で、想定外の出来事は日常茶飯事だ。

 

それが、BETA相手の戦いならば尚更。

 

次々に、戦術機母艦の格納部からから撃震や陽炎、不知火、F-4E、F-15Cが出撃する。

 

『メイジ01よりメイジ隊各機へ。生きている機体は残らず俺に続け!上陸地点で踏ん張っている連中と合流するぞ!ついてこい!』

 

『ブラウン01より各機へ。全機、噴射跳躍最大出力!辿りつけなければ終わりだ!行くぞ!』

 

『ランサー01よりランサー各機へ、我に続け!各隊とともに、突破をはかるぞ!』

 

『ガーゴイル全機、何がなんでも上陸地点にたどり着け!』

 

どれほど被害を受けようとも、彼らの戦意が衰える事は無い。

なぜなら、彼らにはそれだけの理由がある、覚悟がある。

だからこそ、ここにいるのだ。

海上を、そして主戦場たる港を含めた沿岸施設へと辿り着いた何十体もの戦術機が、戦場を駆け抜ける。

 

帝国軍である事を示す灰色の「撃震」「陽炎」「不知火」。

 

それに続くのは、国連軍所属である事を示すUNブルーの「ファントム」「イーグル」だ。

 

『ここから出ていけクソ野郎!ここは・・・俺たちの場所だ!』

 

それに乗る衛士達は口々に叫び、立ちはだかる障害たるBETAの大群を突き崩してゆく。

 

『返してもらうぞ!俺の故郷を!』

 

後方からは支援砲撃が降り注ぎ、進路上のBETA群を薙ぎ払う。

 

 

 

その頃、多摩川を中心として構成されていた防衛線から戦域にアプローチしてくる部隊がいた。

本土伝いに旧横浜市街を目指してきたのは、帝国陸軍の2個連隊だ。

 

その中に、一糸乱れぬ動きで戦場を駆け抜ける12機の戦術機がいた。

 

「―――――綾峰中将。貴方の無念は、必ずやこの私が晴らしてみせます。」

 

銃撃音が鳴り響き、不快な破裂音や炸裂音とともに戦車級が吹き飛ばされ、切り裂かれた要撃級が崩れ去る。

 

『皆、同じ気持ちです。どれほどこの日を待ち望んだことか・・・!』

 

「なればこそだ。帝国本土を守護するは斯衛だけではない事を示す!」

 

隊長機である沙霧の乗る戦術機ーーーーー帝国本土防衛軍のカラーリングである94式「不知火」12機が、戦場を駆け抜ける。

 

「聞こえているな?中隊全機、我に続け!帝国の精鋭が斯衛だけではないということを証明してみせろ!」

 

ーーーーー本土防衛軍、ここにありと!

 

『『『『『『『『『『『はっ!!』』』』』』』』』』』

 

優秀な軍人でありながら、時代の流れに殺された不運の名将の遺志を継いだ武人は戦場に立つ。

 

彼らの志は一つ。

 

「(もう、これ以上は喪わぬために戦うのみ)」

 

彼らの意思を体現するかのように、機械仕掛の侍(不知火)が、自分たちへ仇を成す不届き者へ天誅を下す。

 

「そこを退け、化け物共!」

 

そして、沙霧の乗る不知火が、正面から襲いかかった要撃級を切り刻み、沈黙させた。

 

 

 

 

 

 

BETAによって形成された肉の壁を突破するべく、作戦に参加する衛士達は奮闘していた。

そして彼らが戦う戦場に、満を持して到着した部隊がいた。

京都において受けた屈辱。

それを晴らすために、帝国斯衛軍が今まさにこの戦場に参戦していた。

多摩川河川より、帝国本土防衛軍に遅れる形で戦域へ入ってきた部隊。

無数に形成された戦場のうちの1つに、色取り取りの戦術機が到着する。

 

それは、赤い色に塗装された戦術機を先頭に、隊列を組んでいた。

赤い色の戦術機―――――帝国斯衛軍採用の最新鋭機である00式「武御雷」の先行量産機だ。

それに率いられた中隊に引き続いて、その横に新たに隊列を組んで戦場へ現れた部隊がいた。

山吹に染められた「武御雷」と、白き「武御雷」11機からなる白き牙部隊(ホワイトファングス)が美しい陣形を形成し、号令を待つ。

更にその周囲には、瑞鶴で構成された3個中隊が合流してくる。

 

『―――――時は来た。戦場に立つは我ら斯衛の誉れ。かつて受けた雪辱を今こそ晴らす!』

 

赤い武御雷が抜刀し、その切っ先を向かうべき敵へと向けた。

 

『クリムゾン01より、斯衛の同志たちよ!突撃にぃ・・・移れぇい!!』

 

「応!!!」という全員の声と同時に、赤の武御雷を先頭にクリムゾン中隊が突撃を開始した。

共に、黄色や白、黒、赤で構成された瑞鶴のみの部隊もそれに呼応して一斉に戦線へと混ざっていく。

 

『ホワイトファング02よりホワイトファング01。赤の斯衛ばかりにいい顔をさせてよろしいので?』

 

ホワイトファング01―――――山吹色の武御雷に乗る衛士へ、部下である白の武御雷に乗るホワイトファング02から通信が入る。

 

「わかっている。かつて京都での戦いで受けた屈辱。そして、戦いの中で散っていった斯衛の先達たちに恥じぬ戦いを」

 

山吹色の衛士強化装備に身を包んだ少女―――――篁唯依中尉が、凜とした声で告げる。

 

「ゆくぞ!ホワイトファング全機、その名の示す通りに、その牙をもって奴ら噛み砕け!!」

 

『『『『『『『『『『『はっ!』』』』』』』』』』』

 

斯衛の女性衛士のみで構成された部隊「白き牙部隊(ホワイトファングス)」。

その隊長たる帝国斯衛軍中尉・篁唯依の号令の下、戦乙女たちが美しい陣形を組みながら突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

太平洋上、横浜周辺海域。

第3段階において太平洋側より攻撃を行う予定の第二陣たる帝国海軍連合艦隊・第二艦隊第三戦隊及び国連軍所属の5隻のアイオワ級戦艦で構成された水上打撃部隊。

更にその後方には上陸部隊第二陣として、戦術機母艦群が控えている。

第一陣によって上陸地点は確保され、旧横浜市海岸部への逆上陸は可能になっている。

しかし、戦いは益々苛烈を極めるだろう。

そして、戦術機母艦の中で、衛士達は出撃命令を待つ。

 

 

―――――そして、その瞬間は訪れる。

 

 

 

『エコーα1よりHQ、全艦艦載機発進準備よし!』

 

艦の昇降機(エレベーター)が起動して、機体が上へと持ち上がっていく。

彼らの眼前に広がるのは、重金属雲によって黒く染まった空と、灰色に映る海。

視界の先にある陸地では、散発的に光が点滅していて、港方向には煙がいくつも上がっている。

 

『HQ了解!全機発進せよ!繰り返す、全機発進せよ!』

 

号令と同時に、戦術機が次々に戦術機母艦の艦上から飛翔した。

噴射跳躍で跳び立つ戦術機部隊。

 

そしてまた、AL4配下の部隊を抱えた戦術機母艦の艦上に、国連軍所属としては珍しい戦術機が現れる。

それは、A-01連隊所属の2つの部隊が運用する94式「不知火」だ。

 

『いくぞヴァルキリーズ!全機、続け!』

 

『デリング01より中隊各機へ。ヴァルキリーズの連中に遅れを取るなよ。忠実に任務を全うしろ!』

 

『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』

 

戦術機母艦から、UNブルーの不知火2個中隊が出撃した。

 

 

 

 

 

 

『パープル01より、CP(コマンドポスト)!数が多すぎる!至急、支援を要請する!』

 

BETAの大群を、他の中隊と共に相手取るパープル01は、悲鳴にも似た声をあげた。

 

ウィスキー部隊の1部隊として戦闘に参加していた彼らは、89式戦術機「陽炎」を中心とした戦術機中隊だ。

彼らは、同じ戦域に展開する帝国軍の部隊と共に、ハイヴを周辺の安全を確保する目的で前進を続けていた。

しかし、眼前の圧倒的な物量の前に思うように戦線を上げることができなくなっていた。

補給用コンテナがあるとはいえ、圧倒的な物量を相手に消耗戦を続ければ、いずれ押し負ける。

 

『こちらCP。パープル01聞こえるか?』

 

『パープル01よりCPへ!感度良好だ!返答は!?』

 

『すまないが、支援砲撃にはしばらく時間がかかる。貴官達は、現戦力で対処されたし。』

 

『なに・・・!?』

 

無情にも告げられる「支援砲撃を期待するな」という言葉。

最早彼らには退路は無いというのに、ここにきてその返答は死に等しかった。

このままでは、現状を打破できない。

 

『ふざけるな!このままでは全滅も―――――』

 

『・・・待て。何?国連軍の1個中隊が向かった・・・?』

 

『どうしたCP!?』

 

『朗報だ。そちらへ国連軍所属の戦術機1個中隊が向かった。それが到着次第、戦線の押し上げを図れ。』

 

『たった1個中隊!?ふざけるな!そんなの焼石に―――――』

 

焼石に水、と言おうとしたが、CPには一方的に通信を斬られてしまった。

この状況で、ただの1個中隊が戦力に加わったところで状況が変わる筈が無い。

 

『結局、自分の身は自分で守れってことかよ・・・!俺たちは捨て駒か・・・!?』

 

『隊長!戦域に侵入してくる中隊があります!これは・・・』

 

『なんだ・・・?』

 

ーーーーーそう。ただしそれは、ただの(・・・)1個中隊であればの話だ。

 

戦域マップに表示される、戦闘エリアへと侵入してきた新たな12機の戦術機。

その識別信号は国連軍だが、確認できた戦術機の該当機種はパープル01もよく知る、帝国軍制式採用の戦術歩行戦闘機、94式「不知火」だ。

 

彼が知る中で、国連軍で運用される戦術機はF-15EやF-4Eといった機体だ。

不知火を装備している部隊など聞いた事が無い。

そして、次の瞬間「それ」が眼前に現れた。

 

『こちら、国連軍ヴァルキリー中隊所属、遠藤春香大尉だ。微力ながら、貴官らを援護する。』

 

『あ、ああ………』

 

網膜投影に映ったのは女性衛士。

しかも、階級はパープル01より上の大尉だ。

 

『ヴァルキリー01より各機へ。さぁ、狩りの時間だ。戦乙女(ヴァルキリー)の名に恥じぬ戦いを見せろ!』

 

獰猛な笑みを浮かべる遠藤。

押し寄せるBETAへ向かっていく12機の不知火。

新たに参戦したヴァルキリー中隊。

彼女たちの洗練された動きと、連携によって、怒涛の勢いで戦術機部隊を押し戻そうとしていたBETAの大群に綻びが生じ始めた。

 

 

 

 

 

 

作戦開始から既に5時間以上が経過し、沿岸部、そして地上からの二方面攻撃はBETAの戦力を完全に二分することに成功し、作戦は第3段階への移行を開始する。

衛星軌道上で周回軌道に乗っていた軌道艦隊から離脱する影があった。

それは、ハイヴ周辺のBETA群の誘引に成功し、(ゲート)周辺の安全が確保されたことが前提で大気圏へと突入した軌道降下兵団の戦術機部隊をカーゴ内に積載した再突入型駆逐艦だ。

衛生軌道上から大気圏、それを経て旧横浜市上空を目指し、死を覚悟した命がけの降下(ダイビング)を経て降下兵団は戦場へ到達。

そして、再突入型駆逐艦から投下された幾つものカーゴが、規定の高度に達したことで解放され、中から血に飢えた鷲の群れが放たれる。

 

『アクイラ01よりアクイラ各機(アクイラズ)!命がけの降下の気分はどうだぁ!?』

 

自由落下の要領で地表を目指す降下兵団の内の1機、アクイラ中隊の隊長機が通信を繋げた配下の機体に乗る部下たちに叫んだ。

 

『はっ!最高だなこいつはぁ!これで、奴らに一矢報いれる!!』

 

2番機であるアクイラ02のコールサインを与えられた衛士が応答する。

 

『その意気だアクイラ02!全機、気を緩めるなよ!ここで着地に失敗なんてヘマをした奴は俺が地獄まで追って殺してやるぞ!』

 

『『『『『了解!』』』』』

 

国連軍を示す「UN」の文字を肩につけたF-15E(ストライクイーグル)が、群れを成してハイヴの上に形成された地表構造物の横にある門を目指して降下していく。

ハイヴ上空に形成された重金属雲を突き抜け、軌道降下兵団の戦術機甲部隊は地表を目指して最終着陸態勢に入った。

 

『く・・・!』

 

重金属雲を抜けると、地上では激戦が繰り広げられているのが上から見下ろすことが出来た。

これは、軌道降下兵団だけの特権だ。

しかしまた、彼らも戦場の渦中にいることを再認識させられる。

戦線を瓦解させられているとはいえ、BETA群は全体的に見ればまだ生きている状況だ。

 

『各機、対レーザー回避運動!撃ち落されるなよ!』

 

アクイラ01が、網膜投影越しに見える景色を見つつ、高度警報を聞きながら指示を出す。

直後、運悪く被弾したストライクイーグルの姿が見えた。

 

『隊長!』

 

それは、無慈悲にも放たれたレーザー照射によるものだった。

 

当然だ。

レーザー級は空にいる存在(モノ)全てを焼き尽くす悪魔だ。

それが、空を飛ぶ大鷲(ストライクイーグル)を逃す筈がない。

 

『くそったれ…………!』

 

アクイラ02の真横を、レーザーが掠めた。

その1分後に、アクイラ01のストライクイーグルが目標地点である門近くへと着地する。

同時に、ゴールインを終えていた部隊とともに、アクイラ中隊も突撃を開始した。

 

『さあ仕事の時間だ大鷲ども!たっぷりと奴らにプレゼントをくれてやれ!!』

 

裂帛の一声とともに、アクイラ01が駆るストライクイーグルが装備している2門の突撃砲が火を吹いた―――――。

 

 

 

 

 

地中奥深く。

ハイヴから、蟻の巣のように伸びた横坑。

その中を移動するBETAの大群は、静かに指揮をとる者の指示を待っていた。

すでに、彼らの準備は整っている。

ハイヴの入り口である門を確保した突入部隊は既にハイヴ内への突入を開始し、ハイヴ近辺には地上からの突入部隊が接近していた。

 

本来のこの世界において行われた同じ作戦よりもよりも更に規模の大きな反抗作戦。

しかし、苛烈なまでの人類の猛反撃は、それでも尚、その上をゆくBETAの物量によって塗りつぶされようとしていた。

 

鋼鉄の巨神達の前に、さらなる怪物が立ちはだかる―――――。

 

 

 

 

 

 

「最上」CIC内。

 

「軌道降下兵団による門の確保、開始されました!」

 

オペレーターの一人が、軌道降下兵団の参戦を告げる。

 

「博士。頃合いですかな?」

 

それを聞いた田所が、傍らに立ち戦況を見ていた夕呼に言う。

 

「そのようですわね。オペレーター、ウルズの連中を出撃させて頂戴。」

 

「了解。」

 

そして、未だ後方の戦術機母艦の中で出撃命令を待っていたウルズ小隊隊長機へと通信が繋げられた。

 

 

 

 

 

『CPよりウルズ小隊へ。出撃してください。』

 

ウルズ小隊の隊長機であるF-14/AN4「ヘルダイバー」。

その中で、出撃の瞬間を待っていたロックオン・ストラトスの耳に、CPからの出撃命令が届く。

 

「ようし!ウルズ小隊全機、聞いていたな?満を持しての出撃だ。準備はできてるな?」

 

『ウルズ02、問題ありません。』

 

『ウルズ05、いつでも大丈夫ッス。』

 

『ウルズ06、右に同じく~』

 

『ウルズ04、問題ない。』

 

他の機体に乗るウルズ小隊のメンバーから返事が返ってくる。

 

「ウルズ03、問題ないな?」

 

複座の配置になっている管制ユニット内。

ロックオンの正面に座る形のジーナへと確認するロックオン。

 

「問題ないわ。いつでもいけるわよ?」

 

『ハロモ行ケル!ハロモ行ケル!』

 

ジーナが返事を返すと同時に、ハロもそれに応じるように耳に似た開閉部を開けたり閉じたりしながらロックオンに喋りかける。

 

「頼りにしてるぜ、相棒。」

 

ロックオンがそう言うと、昇降機が動き出し、外の景色が見えてくる。

 

『ウルズ小隊各機、出撃準備完了。いつでもどうぞ。』

 

戦術機母艦から通信が入る。

 

「オーライ。ウルズ小隊、出撃するぞ!」

 

ロックオンの号令と同時に、ウルズ小隊所属の5機が跳躍ユニットを噴射させ海上へと躍り出た。

 

「さぁ、任務開始だ。」

 

そうして、5機の戦術機は混迷の戦場へと向かった。

 




まだまだ続くよ明星作戦。
はい、説明パート的な状況が戦闘描写でもずっと続いちゃってます。
正直、ここであれを出したりこれを出したりするのも、四苦八苦だったので色々無茶苦茶になってます。
話が長くなるので一旦ここで区切りました。
なので、前書きにも書きましたが「温かい目で」お願いします。
まあ、うん。自分が悪いんですがね(

感想、ご指摘、ご要望など、気軽に頂けると幸いです。

それでは勝手に恒例にしてる次回予告をどうぞ。




手にした力を振るう理由はいつでも変わらない。
命、生きる場所、人としての誇り、穏やかな生活。
それらを奪われるから、ただ奪われないために。
誰かが危機に陥るたび、誰かが立ち上がる。
誰かが犠牲になると知りながら、誰かを守れると信じて戦う。

次回「光の果てに」

―――――それ以外に、僕らは術を知らなかった。

(イメージED「バッドパラドックス/BLUE ENCOUNT」)

※作者の都合で次話タイトルは変わります。ご了承ください。


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story11-1「光の果てに 前編」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

まず最初に、想定よりも長い文になってしまったため、分割することになったことをお詫び申し上げます。

それを了承した上で、読んでいただけると助かります。

それではどうぞ。

イメージOP「DEAD OR ALIVE/angela」



太平洋上、国連軍横浜ハイヴ攻略艦隊。

後方に展開する国連軍に臨時編入された数隻の艦艇。

 

その中に、1隻の艦がいた。

 

強襲揚陸艦「パウエル」。

アメリカ合衆国海軍、太平洋艦隊に所属するこの艦は、戦場を外側から監視していた。

 

 

 

「攻略部隊は、思ったよりも善戦しているようですな」

 

CIC内に立つ男性の傍に立ったのは、米軍の制服に身を包んだ少し太った体型の将官だ。

彼らが注目するのは、現在の戦況をリアルタイムで映し出している大型のモニターだ。

 

「奴らとて、必死なのだよ。かつて、真珠湾を卑怯な騙し討ちで壊滅させ、我らを一瞬でもあそこまで追い詰めた国の軍隊なだけはある。」

 

男性もまた、米軍の軍服に身を包んでおり、話しかけてきた将官は彼の部下だ。

彼自身は、先程の将官よりも上の階級に位置していた人物だった。

 

「ですが、あくまでもこの作戦の成功の可否を決めるのは我々。それまでは、精々頑張ってもらいましょう。」

 

「ああ、そうだな。」

 

下品な笑い声を零す部下に、彼はそう返した。

表情は見えないような角度で不快な表情を浮かべる。

 

「(勘違いしている輩は、いつ見ても不快なものだ。)」

 

頭の中でそんな事を考えながらも、視線はハイヴ周辺に展開する部隊の展開模様を見ている。

 

「門周辺の状況は?」

 

彼がCIC内の男性オペレーターの1人へ聞く。

 

「既に、安全を確保された場所からは突入部隊がハイヴ内への侵入を開始しています。」

 

「軌道降下兵団の連中はどうなっている?」

 

「スタブを目指して進行中です。」

 

既に、戦闘が開始してから6時間余り。

戦場の様子は、益々苛烈さを増していた。

 

 

 

 

 

 

『メイジ01よりメイジ各機へ。状況を報告せよ。』

 

国連軍所属の上陸部隊第一陣であるウィスキー部隊に属していたメイジ中隊は現在、旧横浜市における市街地内で散発的なBETAとの交戦を繰り返していた。

第二艦隊による港側と太平洋側からの支援砲撃の甲斐もあり、戦況は悪くはない、といった状況だった。

 

『メイジ02、問題ありません。(オールクリア)

 

『メイジ05、残弾残り僅かですが補給ポイントでの補給ができればまだ戦闘継続は可能です。』

 

『メイジ03よりメイジ01へ。損傷し後退したメイジ06とメイジ07は無事母艦に辿り着けたようです。』

 

『メイジ08〜メイジ12、共に問題ありません。補給の目処さえ立てば、ですが。正直、メイジ10とメイジ11の残弾が心許ないです。』

 

メイジ中隊は、国連軍のF-4Eで

構成された部隊だ。

未だ、F-15Cの後継機であるF-15Eは配備数が少なく、現状の国連軍では第2世代機ではF-16CやF/A-18Cなどが主流であり、戦術機としてのその大半の戦力を占めるのは未だ第1世代機のF-4Eや、F-5系列の機体だった。

 

『了解だ。メイジ05、10、11は現ポイントより移動。補給コンテナがある後方へ一時後退し、残弾補充と、念のために燃料補給もしておけ。』

 

現在の戦況であれば、一時的に戦線に小さな穴が空いても問題はないと判断したメイジ01は、先ほど残弾に不安があると報告してきたメイジ05、10、11のコールサインを持つ衛士にそう命令する。

 

『残存機は現ポイントを維持。奴らを一歩も通すな。』

 

移動を開始した3機を背に、残ったメイジ中隊の機体は再び戦闘を再開した。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、メイジ中隊が位置する場所よりもハイヴに近い場所。

つまり、現在は突入部隊の進入路を確保し、同時に退路を維持するため、戦線を維持しようとする地上部隊とBETA群との間で激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

『オクト03よりオクト01!四方八方から敵がわんさか来やがる!このままじゃ手が足りねぇぞ!』

 

帝国軍オクト中隊。

77式「撃震」12機で構成されたこの中隊は、他の中隊と共に戦線の維持を目的にこのエリアに踏み留まり続けていた。

だが、次々に戦域へと侵入してくるBETAの大群は蟻地獄のように向かってくる戦術機を引き摺り込んで喰っていく。

 

「無駄口を叩く暇があったらクソ野郎共を始末することに集中しろ!」

 

オクト中隊の隊長機―――――オクト01のコールサインで呼ばれる衛士が部下を叱咤する。

 

先程も、小さな綻びから全滅した部隊を見た。

 

「(あの部隊の二の舞だけは御免だ・・・!)」

 

そのせいで、彼らはその穴を埋めながらも戦線を維持し続けなければならない状況に立たされていたのだ。

追いついてきた戦線維持を任務とした部隊も参戦した事によって、BETA群の侵攻を押し留めつつ戦線維持に努めていたが、いつ崩れるか分からない。

戦域には、遅れてやってきた後続の突入部隊の光点が出現した。

 

『こちらストライダー01。すまない、遅くなった。』

 

戦域に、国連軍の識別信号を発する部隊が進入してくる。

 

「こちらオクト01!レッドカーペットは用意してあるんだ!そのまま真っすぐハイヴに向かってくれ!」

 

短いやり取りをし、オクト中隊の後ろを国連軍のF-15Eで構成されたストライダー中隊が通過していく。

 

『こ、こちらオクト05!突撃砲の残弾がもうありません!予備弾倉もなくて・・・!』

 

『調子に乗って撃ち過ぎなんだよ、オクト05!下がれるか?』

 

『こちらオクト06。オクト07と共にオクト05のフォローに回ります。』

 

こういう状況が何度も続いていた。

いくら補給しても、相手はそれ以上に向かってくるのだ。

その様子は、まるで猪だ。

しかも大小様々な猪がいて、その中には凶悪な赤蟻まで混ざっているのだからタチが悪い。

 

『オクト03、オクト04は左翼へ展開。オクト08〜オクト12は右翼へ。俺とオクト02は左翼と中央のフォローをしつつ戦線を維持する。わかったな?』

 

『オクト03、了解。』

 

『オクト04、了解!』

 

『オクト02、了解。』

 

オクト各機の衛士達がオクト01の指示に、了解の返事を返していく。

軌道降下兵団の投入から既に1時間近くが経過している。

しかし一向に、ハイヴ内に突入した部隊の情報は入ってこない。

一体どうなっているのかがわからないのだ。

 

『隊長!更に戦域に進入してくる反応を探知!』

 

部隊の1機が、新たな参入者を捉えた。

オクト01の網膜投影越しに見える戦域エリアマップに、新たに5つの光点が現れる。

 

「小隊規模の増援・・・?」

 

『ここに来る過程で戦力を削られたのでしょうか・・・?』

 

その光点は、また国連軍の識別信号を発していた。

しかし、識別信号は出ているが、5機全てがデータベース上に存在しない事を示す「UNKNOWN」の表記になっている。

 

『こちら、国連軍特務部隊「ウルズ」。遅くなって済まない。』

 

網膜投影には、通信が入った事を示す2つの「SOUND ONLY」の表示。

 

『カウント10で回避運動をとれ。アンタらの障害になってる左翼の要塞級をまとめて潰す。』

 

聞こえてきたのは若い男性の声だ。

突然現れた上に急な指示に抗議の声を上げようとするが、それを無視するかのように聞こえてきたのは女性の声。

 

『10、9、8―――――』

 

「くそっ・・・!オクト03、04!後方へ回避しろ!」

 

『―――――3、2、1』

 

カウント終了と同時に、戦場を何発もの銃弾がすり抜けた。

 

 

 

 

 

『全弾命中!全弾命中!』

 

「3体の要塞級の沈黙を確認したわ。」

 

複座の管制ユニット内。

銀髪の少女が、機体のカメラアイで捉えた映像から戦火を報告する。

 

「OK。ウルズ01よりウルズ全機へ。ミッションをフェイズ2からフェイズ3へ以降。突入ルート上の敵を一掃する。」

 

彼女の後ろの座席に座る男性―――――ロックオン・ストラトスは、いつも通りの飄々とした笑みを浮かべながら言った。

 

「ウルズ02と俺は所定の位置で移動しつつバックアップ。残りはウルズ04を先頭にルートを直進しろ。」

 

『ウルズ02、了解。』

 

『ウルズ04、了解。目標を蹂躙するぜ』

 

「ウルズ05、ウルズ06は突撃するウルズ04のフォローしつつ同じようにルートを直進だ。喰い荒らせ。」

 

『ウルズ05、了解ッス。』

 

『ウルズ06、了解。』

 

直後、ウルズ04のコールサインで呼ばれたリーバー機が突撃を開始した。

 

そこから先は、BETAにとって文字通りの地獄絵図だった。

 

ロックオンとジーナの乗るヘルダイバーは動き回りながら正確な照準で進路上の中型種を次々と撃破していき、それに続くようにホークアイ機がヘルダイバーの狙撃に合わせて同じ目標位置の中型種を撃ち抜く。

 

突撃を開始したリーバー機に続いて、クリス機とリヒティ機が追従する。

 

肩に「04」の数字がマーキングされた機体を先頭に、突入ルート上に流出しようとしてきたBETA群に3機が襲い掛かる。

 

大胆かつ繊細な動きでBETAを食い荒らしていくリーバー機。

 

それをフォローする2機。

 

隙のない陣形で行われる蹂躙によって、彼らが通った後には骸しか残らない。

 

やがて彼らはそのまま戦場を駆け抜け、ハイヴへと向かい、その場にいた部隊の視界からは消えてしまった。

 

 

 

 

『た、隊長・・・』

 

彼らが去った後に形成された骸、骸、骸ーーーーー。

 

オクト中隊他、この戦線を維持していた部隊は、結果的にはたった5機の戦術機部隊に窮地を救われた形になる。

 

そこに広がるのは先ほどまで彼らを苦しめていたBETAの群れの成れの果て。

 

ウルズ小隊にとっては、最小限の弾薬消費と燃料消費のみでの戦闘だ。

しかしそれは、その場にいた全員にとってはまるで違うものを見ているかのような印象を与えていた。

 

ーーーーー得体が知れない。

 

一瞬の静寂が、戦場を支配する。

 

「奴ら、一体何者なんだ・・・?」

 

オクト01はただ呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

「各部隊の状況を教えて頂戴。」

 

太平洋上に待機している「最上」の中で、戦況を見ている夕呼。

彼女は、自分の近くにいるヴァルキリー中隊、そしてデリング中隊と他にもう一つ、ウルズ小隊との通信を担当するオペレーターのうち、ウルズ小隊を担当している女性オペレーターに聞いた。

 

「ウルズ小隊、未だ健在。作戦はフェイズ3に移行しています。順調にハイヴへの進入ルートを進軍中。」

 

彼女はそう答える。

 

「ヴァルキリー、デリングの方はどう?」

 

残り2部隊の状況を聞く夕呼。

 

「デリング中隊は、作戦をフェイズ2へ移行。最小単位(エレメント)で、各方面に展開中です。全機、信号確認(シグナル・オールグリーン)。」

 

デリング中隊は現在、戦域におけるありとあらゆる情報を持ち帰るため、2機1組の最小単位編成で12機の中隊を6つに分割して展開し、観測任務に当たっていた。

 

「ヴァルキリー中隊も全機健在。作戦をフェイズ3へと移行」

 

ヴァルキリー中隊は現在、実働部隊としてウルズとは別の目的で戦場に在った。

オペレーターが現状報告を終えると、それを聞いていた小沢艦長が言う。

 

「A-01連隊の2部隊は、よくやっているようですな。流石は、かの計画における精鋭部隊です。」

 

「お褒めに預かり光栄ですわ。」

 

小沢艦長がそう言うと、笑みを浮かべながら返す夕呼。

 

「もう一つの部隊・・・確か、部隊名は「ウルズ」、でしたかな?」

 

小沢は、モニターに向けていた視線を少しだけ夕呼へと向けながら言う。

 

「ハイヴ突入の役目を持つのにも関わらず、たった5機の部隊。一体どのような隠し玉なのでしょうか?」

 

そう、質問してくる小沢に、夕呼は笑みさえ浮かべながらこう答える。

 

「詳細は、今はお教えできませんわ。ただ彼らは、実戦部隊としてはA-01以上であり・・・そして、帝国や大東亜連合、そして国連のどの部隊も追随を許さないでしょう。」

 

「ほう。その根拠は?」

 

「それは・・・見てのお楽しみ、ですわ」

 

その笑みは、まるで何かを企む魔女のように見えた。

 

 

 

 

 

ハイヴ攻略。

それは、未だ人類が成し得たことのない偉業だ。

かつて行われた「パレオロゴス」作戦において人類で初めてハイヴ内における地下構造のデータを持ち帰ったヴォールク連隊のによる「ヴォールクデータ」。

それによって、ハイヴ攻略のセオリーは徐々に確立されていった。

ハイヴ内部への進入には、まず最初に「(ゲート)」と呼ばれる地上に空いた大きな穴。

そこから、地下茎(スタブ)構造と呼ばれる蟻の巣のように縦横無尽に張り巡らされたハイヴの内部構造を奥へと進んでいった先に、ソレはある。

最奥部である女王蟻のいる部屋―――――つまりは、「反応炉」と呼ばれるハイヴ中心部にある、いわば動力炉や司令塔の類の構造物を機能停止まで追い込むことでハイヴを攻略する。

 

これが、ハイヴ攻略における大まかな流れだ。

 

「こちらストライダー隊。(ゲート)に取り付いた。」

 

ハイヴの入り口である巨大な穴の入り口―――――門へと至ったストライダー中隊。

既に軌道降下兵団によって安全を確保され、確実性を上げるために周囲の敵を掃討するために合流してきた後続部隊によって門周辺の安全は守られている。

そこから、ストライダー中隊よりも前に別の突入部隊が進入を開始していた。

地上からの突入部隊の1つであるストライダー中隊は、今まさに地獄の釜へと飛び込もうとしていた。

既に、別ルートから侵入した部隊や、同じ門から突入した部隊が設置した中継器からは、随時内部の状況が知らされていた。

突入準備に入ったストライダー中隊に、CPから通信が入る。

 

『CPよりストライダー全機、状況を報告せよ。』

 

CPがそう聞くと、周囲のストライダー隊機の衛士たちが答える。

 

『こちらストライダー02、スタンバイ』

 

『ストライダー03からストライダー10、スタンバイ』

 

『ストライダー11、スタンバイ』

 

『ストライダー12、スタンバイ』

 

「ストライダー01、スタンバイ」

 

ストライダー中隊全機からの報告を聞き、CPが指示を出す。

 

『全機突入準備完了を確認。ストライダー隊全機、突入を開始して下さい。』

 

「ストライダー01、了解。全機、突入開始!」

 

ストライダー01の号令に従って、ストライダー中隊のF-15Eが門への突入を開始した。

 

 

 

 

 

 

ハイヴ攻略戦における最終段階である、戦術機によるハイヴ内部への直接突入。

突入部隊は、ハイヴ中心部に近い地下茎構造を極力進むようにして奥へ奥へと進んでいく。

その際に、彼らの進軍を阻むために出現するBETAの数は地上戦の比ではない。

更に言えば、 ハイヴ内においていくつもある地下茎構造の中には、応急処置的な形で塞がれた穴がいくつも存在し、それらは「偽装孔」と呼ばれ、縦、横とそれこそ毛細血管の如く、巨大な地下茎構造以上に張り巡らされている。

そのため、突入部隊は最悪の場合は退路を絶たれ、全滅する可能性は十分にあった。

実際、作戦開始から既に8時間以上が経過した現在の段階では、幾つかの部隊が壊滅するほどの被害を受けていた。

 

 

 

 

 

『くそっ・・・ハイヴ内構造は、予想ではフェーズ2相当って話じゃなかったんですか!?』

 

「無駄口を叩く暇があったら敵を殺せ、サベージ03!」

 

『了解・・・!』

 

地下茎構造内。

前進を続けていた突入部隊の1つであるサベージ中隊は、現在同時突入したドミノ中隊とハイヴ中心部を目指していたが、合流予定だった部隊と連絡がつかず、闇雲に前へと進まざるをえなくなっていた。

既に奥へと進んだはずのアクイラ中隊などの部隊との連絡はつかず、進んできた後方から後続が来る気配もない。

これ以上進んでも、果たして反応炉へ辿り着けるかーーーーー。

 

『ドミノ01よりサベージ01へ。こちらの機体が異常な振動を感知した。恐らくはBETAが閉じたはずの穴の中を進んでいる音か、或いは別所での戦闘による振動の可能性が高いが念の為だ。そちらで何か確認できたか?』

 

戦闘がひと段落しがところで、ドミノ01からサベージ01へと通信が入る。

先ほどまで、進路上に残存し障害となっていたBETA群を相手に戦っていた為サベージ01自身は気付いていなかったが、僚機に確認を取るとすぐに返事が返ってくる。

 

『サベージ04よりサベージ01。たしかにこちらでも振動センサーで反応を検知しました。恐らくは、周囲の地下茎構造内、或いは小さな穴をBETA群が進んでいる可能性があります。』

 

「サベージ01よりドミノ01。こちらでも振動を検知した。全周警戒を厳にしながら先へ進もう。」

 

『ドミノ01、了解。いざとなれば、後退も視野に入れて行動するぞ』

 

通信を終え、サベージ01は中隊各機の状況を聞いていく。

全機が戦闘続行可能。

そして、陣形を組み直し、速度を上げようとした瞬間ーーーーー

 

『異常振動を検知!真下です!』

 

偽装縦穴(スリーパーシャフト)か・・・!』

 

『近づいてきます!敵増援出現まで90!』

 

「同士打ちを避ける!全機、前面方向へ全力噴射ーーーーー」

 

『うわぁぁ!?』

 

通信機から、誰かの悲鳴が聞こえた。

 

『な・・・!?』

 

『今の音に紛れて、偽装横穴(スリーパードリフト)からの奇襲・・・!?』

 

それは、真下からの進行に合わせて偽装横穴から出現したBETAによって奇襲攻撃を食らったサベージ隊の1機の衛士の悲鳴だった。

 

『く、くそ!離れろ!離れろよぉ!』

 

「サベージ07!落ち着け!迂闊にーーーーー」

 

『隊長、敵増援きます!』

 

破裂音。

地面に穴が開き、中から要撃級数体が姿を表す。

 

「サベージ01、接敵(エンゲージ)!全機、迎撃行動に移れ!」

 

『こちらドミノ01!こちらも接敵した!くそっ!奴らこのまま俺たちをすり潰す気だ!』

 

「通信で後続になんとかこの情報を伝えるしかない!」

 

彼はすぐに、司令部とのコンタクトを試みる。

 

「サベージ01よりCPへ。聞こえるか?」

 

『CPよりサベージ01へ。どうした?』

 

「問題が発生した。現在サベージ、ドミノ両隊は敵増援の出現により包囲されつつある。それともう1つ。現状確認できた限りでの地下茎構造は、状態的に見てフェイズ2相当ではない。BETAのハイヴ内における数からしても、少なくともフェイズ3以上であると考えられる。」

 

『何・・・!?それでは現行戦力で、ハイヴの直接攻略は・・・』

 

「なんとか踏ん張るが、恐らく想定以上にーーーーー」

 

通信をしながら回避機動を取るサベージ01。

 

『隊長ォ!』

 

直後、サベージ01のF-15Eは、頭部ごと上半身を要撃級の前腕部に押し潰された。

 

 

 

 

 

ストライダー中隊を含めた地上からの突入部隊がハイヴ内部を進軍している中、ウルズ小隊もまた、ハイヴ内部への突入に成功し、内部を突き進んでいた。

 

少佐(・・)、前方の地点で友軍の反応を検知しました。』

 

ウルズ02、ホークアイ大尉(・・)から報告が入る。

 

「ジーナ、どうだ?」

 

ロックオンは、前のシートに座るジーナ・チトゥイリスカにも確認をした。

 

「こちらでも反応を確認したわ。恐らく、先行部隊が不意の遭遇戦に突入したんだと思う」

 

すぐにそう、ジーナから返答が返ってくる。

 

「オーライ。LNRを砲撃モードで使う。エネルギーのチャージを開始。射線上の友軍を退避させてくれ。ジーナ、タイミングは任せるぜ」

 

「了解よ。ウルズ03よりウルズ全機へ。これよりウルズ01によるLNR砲撃モードによる支援射撃を行う。周囲の警戒を厳にし、次の行動に備えて」

 

『ウルズ02、了解。』

 

『ウルズ04、了解した。』

 

『ウルズ05、了解ッス』

 

『ウルズ06、了解です。』

 

円形に陣形を組み、前方に転回する部隊の更に前にいるBETA群を破砕すべく、ロックオンは武装ラックに懸架されていたLNRをヘルダイバーのマニピュレータで掴むと、モードを狙撃モードから砲撃モードへと移行させ、砲身を展開させる。

 

「ハロ、LNRを砲撃モードだ。俺は射撃に集中する。チャージその他、ジーナのサポートをよろしく頼むぜ」

 

『了解!了解!』

 

機体を射撃姿勢に。

背部固定用アームを展開し、地面に固定する。

 

「砲撃の際の制動動作に跳躍ユニットを使う。ハロ、タイミングを同調させろ」

 

ハロへと指示を出すロックオン。

網膜投影に移る電力のチャージ率は既に50%を超えており、ヘルダイバー管制ユニット内におけるロックオンが座る方の座席に特設されたデュナメスコクピット内に設置された射撃用ユニットのような機械がロックオンの前に降りてくる。

 

「ん〜。やっぱりこういうタイプの方がしっくりくるぜ」

 

スコープ部を覗き込み、照準を合わせていく。

 

「こちらウルズ小隊。これより、ルート上のBETA群を一掃します。射線上にいる友軍機は、カウント60以内に退避してください。」

 

ジーナが通信で前方に展開する部隊に通達していく。

電力チャージ率は既に75%を超え、砲撃準備完了までは僅かだ。

 

「ウルズ小隊各機へ。砲撃終了と同時に、ウルズ04〜06は突撃を開始。進行ルートを確保しろ。」

 

ロックオンの目に移る映像では、ターゲットを射線上に収めた事を示す表示がなされる。

 

『チャージ完了!チャージ完了!』

 

「ジーナ!」

 

「友軍機の退避完了。射線の確保を確認!」

 

全ての準備が整った。

 

「ロックオン・ストラトス、目標を破砕するぜ!」

 

次の瞬間、ロックオンがトリガーを引き、ヘルダイバーのマニピュレーターもLNRの引き金を引く。

直後、大出力で押し出された砲弾が放たれた。

放たれた砲弾は真っ直ぐBETA群へと向かっていきーーーーー

 

「弾着、今。」

 

轟音とと共に、怒濤の勢いで接近してきていたBETAの大群の中央を薙ぎ払う。

 

『すげぇな、コイツは・・・!』

 

興奮気味のリーバーの声が聞こえた。

 

「全機、兵器使用自由(オールウェポンズフリー)!喰い荒らせ!」

 

ロックオンの号令。

リーバー、リヒティ、クリスの乗る3機が、一斉に戦線へと参戦していく。

 

『邪魔だ化け物共!』

 

『2時方向、突撃級6、接近中ッス!』

 

『はいはい!どんどん処理していくよ!』

 

ヘルダイバーによる支援砲撃に加えて、3機が戦線に加わったことで、突入部隊に勢いが戻る。

3個中隊規模の戦術機が、一気に戦線の押し上げを図った。

 

『助っ人さんに遅れを取るなよ!ヘイロー中隊全機、続け!』

 

『こちらアバランチ中隊、援護に感謝する!』

 

『ウィザード全機、今までの借りを返せ』

 

勢いを取り戻したヘイロー、アバランチ、ウィザードの3個中隊が、一斉に押し上げを図り、BETA群の数を減らしていく。

 

「引き続き、援護射撃に移る。ハロ、LNRを砲撃モードから狙撃モードへ戻せ。」

 

『了解!了解!』

 

システムを砲撃から狙撃へとシフトさせ、その間に加熱された砲身を冷却しつつ格納し、LNRを狙撃モードへと戻す。

 

「ヘルダイバー、ロックオン・ストラトス!狙い撃つ!」

 

準備を整え、固定用アームを解除すると跳躍ユニットを噴射させ、滞空を開始、高機動狙撃戦闘へと移行する。

高度に限界があるとはいえ、ハイヴ内における光線級の攻撃はないというセオリーから、普段地上ではできない3次元的な戦闘が可能となる。

ヘルダイバーが放つ弾丸は、次次に中型種である要撃級へと命中し、突進する突撃級の気勢を削ぐべく足元を攻撃し動きを鈍らせる。

 

「お前らは確か、同士打ちは絶対しないんだったな。まだ生きてるぜ、そいつらは」

 

BETAは決して同士打ち(フレンドリーファイヤ)はしない。

つまりは、生きているBETAの個体を盾にした場合や、危険だが行動不能の小型種なりを抱えて戦場を飛べば、攻撃対象からは外れる。

 

だからこその戦術であった。

 

動きが止まった突撃級の背後から猛スピードで続いていた後続の突撃級の集団は、止まりきれずに前方の動きが鈍った突撃級に衝突する。

 

『ウルズ02、援護行動に入ります。』

 

ホークアイ機が、更に後方で勢いが弱まり迂回路を取ろうとする中型種を狙い撃ちにしていく。

そこへ躍り込むリーバー機。

格闘戦特化の「雪風」を更にリーバー用に調整され、たった1機で小型種と要撃級の集団を相手取り、蹂躙していく。

更にそこに、リーバー機の一瞬の隙をついて襲い掛かる小型種を叩き落とすのはリヒティ機とクリス機だ。

 

たった3機の戦術機が、数十機にも相当する働きをしていく。

 

『す、凄い・・・!奴ら、たったあれだけの数で俺たち以上の数を相手に圧倒してやがる・・・!』

 

『後から来た奴らにばっか良い顔させるかよ!俺たちだってやられた連中の仇くらいは討てる!ギズモ残存機は俺に続け!奴らに続くんだ!』

 

『ギズモ05、了解!』

 

『ギズモ07、了解!隊長の仇・・・!』

 

ウルズ小隊3機に続くようにして、ギズモ隊機が続く。

隊長機と何機かの中隊機がやられて残存6機のまま戦闘を強いられていたギズモ中隊は、撤退よりも前進を選択したのだ。

 

『こちらギズモ03、援護する!』

 

『フン。足手纏いにだけはなるなよ』

 

『こらこらリッパー。そんなこと言わないの。こちらウルズ06、援護に感謝します。』

 

『そうッスよリーバー少尉。あ、因みに自分はウルズ05です。さっきの無愛想な彼は、ウルズ04ッス』

 

『余計な事を言う暇あったら奴らを叩けよ。』

 

ギズモ03の申し出を受けて、ウルズ3機に続くようにしてギズモ残存機が陣形を組んでいく。

 

『ウルズ04よりギズモ03。好きにすれば良い。ただし、言った以上は死ぬまで働けよ。』

 

『ギズモ03よりウルズ04へ。了解した、好きにさせてもらう!』

 

即席の部隊編成。

ウルズ小隊の唯一の欠点は、その数の少なさだ。

それを補う要素は往々にして戦場に存在することはない。

しかし、この瞬間に於いては、ギズモ中隊残存機が加わったことにより形だけでも数的不利を補うことができていた。

 

「ウルズ01よりギズモ03。援護に感謝するよ。ウチの聞かん坊が迷惑かけるだろうが、そこはうまくやってくれよ?」

 

『ウルズ01・・・つまり、貴方が隊長ということですね。こちらこそ、援護感謝します。邪魔にならぬよう、最大限努力しつつやらせていただきます。共にこのハイヴを攻略してみせましょう・・・!』

 

戦闘を続けていく中で、下がっていた士気も徐々に回復していき、更に勢いが増していく。

ヘイロー、ウィザード、アバランチなど、フルメンバーで残っている中隊はそのままに、数をすり減らされて実質的な壊滅状態に陥りながらも、残って戦っていた中隊が次々とウルズ04、05、06とそれに続くギズモ中隊残存6機へと合流していった。

暫くの間は問題無く奥へと進んでいったが、先の見えないゴールに誰しもが不安感を再び抱き始めていた。

作戦は順調に進行している。

 

そう信じて進む彼らの前に、それは現れた。

 

『く、くそ!こちらアクイラ03!奴ら、偽装穴から次次に出てきやがる!どこがフェーズ2だよ・・・!』

 

前方から、ノイズ混じりの通信が傍受される。

戦域マップを見ると、数機の友軍の反応が、こちらの方向へ後退してくるのが見えた。

アクイラ、つまりは先行突入した軌道降下兵団の1部隊だ。

 

『こちらアバランチ01。聞こえるか、アクイラ03。他の誰でも良い、返事をくれ』

 

アバランチ01が何かを感じたのか、すぐに今聞こえた部隊へ通信を入れる。

程なくして、アクイラ03ではなくアクイラ02から通信が入る。

 

『こちらアクイラ02!後続部隊か!?くそっ!だったら逃げろ!地下茎構造は想定よりも複雑だ!この規模では、フェイズ2なんてものじゃない!』

 

『なに・・・!?』

 

合流してきたアクイラ02の機体は、片腕を失い、所々が傷だらけだった。

後続のアクイラ中隊機が合流してくるが、数も少なく、全ての機体が大小の損傷を負っていた。

 

『少なくともフェイズ3以上だ!現有戦力では、この場所の攻略は無理だ・・・!既に先行部隊は俺たち以外残ってない・・・!』

 

アクイラ02の悲鳴にも似た声。

 

『こちらアバランチ01、聞こえるかCP!』

 

『CPよりアバランチ01。どうした?』

 

『軌道降下兵団所属のアクイラ中隊残存機と合流!先行部隊は、既に壊滅した模様!』

 

『何・・・?先ほどからデータの更新がないのはそれが原因だったのか・・・!』

 

『それともう一つ、悪い知らせだ。現在のハイヴのフェーズは2相当ではなく3以上の可能性が出てきた。現有戦力でのハイヴ中心部への到達は可能性が限りなく低いと考えられる。』

 

CPとのやり取りはこの場にいる全機がオープンで聞くことが出来る。

 

「こちら国連軍特務部隊ウルズ小隊、ウルズ01だ。辿りつけさえすればどうにかなるんだな?」

 

『ああ、そうだ。しかし、今現在の継ぎはぎで戦力を増やしているとはいえ、これ以上の増援が見込めない以上、外の連中が確保する門もいつまで持つかが怪しい。』

 

『それは、こちらも考えていた。今は一度退いて態勢を立て直す必要がある。』

 

及び腰、と言われてしまえばそれまでだが、想定外の規模のハイヴに加えて、どこから敵が現れていつ包囲されるかもわからない状況だ。

このままでは、悪戯に被害を増やしていくばかりだ。

その上での撤退の進言に近い発言。

 

「だが、退いてどうする?ここまで来たのに、わざわざ逃げ帰るのかい?確かに今のままじゃ壊滅する可能性だってある。だが、ならもう戦えねぇって、そう言いたいのかい、あんたたちは?」

 

ロックオンは、挑発するように言う。

無論、ロックオンの言う事にも一理あった。

もしもここで退いたとしても、次にここまでこれるかの保証はない。

撤退をするにも、前に進むにも今決断するしかないのだ。

CPと、他部隊とのやり取りをしていると、ロックオンに専用回線での通信が入る。

ロックオンは即座に秘匿通信に変更し、回線を開いた。

 

『聞こえる?』

 

「おっと、こいつはミス・コウヅキ。一体全体、どうしたんだい?」

 

 

 

 

 

「聞こえる?」

 

『おっと、こいつはミス・コウヅキ。一体全体、どうしたんだい?』

 

通信回線が開き、ロックオンのいつものような飄々とした返事が返ってくる。

 

「まずは落ち着いて聞いて。単刀直入に言うわね?今現在、帝国上層部と合衆国の連中が揉めているみたい。」

 

『・・・何?そいつは穏やかじゃないな?』

 

夕呼の話を聞いた瞬間に、ロックオンの声音が変わる。

 

「十中八九、米国による新型兵器の投入に関する事よ。入ってきた情報によれば、もう米国上層部は使用を決定。」

 

『それで?』

 

「再突入型駆逐艦に積載された再突入殻には、少なくとも2発の新型爆弾であるG弾が搭載されてると思われる。これは、ほぼ確定情報よ。」

 

歯噛みするように夕呼は言う。

 

「第5の連中は、最初からこの攻略作戦での現有戦力によるハイヴ攻略なんて期待していない。自分たちこそが率いるべきと、だからこんな強硬策もとれる。」

 

『・・・ふざけてやがる。俺たちを、先に逝っちまった連中をなんだと思ってやがる・・・!』

 

ロックオンの怒りに満ちた声。

 

「米国政府は、既に決定したこの事項を覆す気は無い。このままでは、残存部隊も含めてG弾でまとめてお陀仏よ。」

 

『この情報は、今現在同じ戦場にいる連中に伝えられてんのかよ?』

 

夕呼の言ったことを、他の者達は知っているかと聞くロックオン。

しかし夕呼は「いいえ」と答える。

 

「情報が錯綜している上に、戦場はあんたが思っている以上に混乱状態にあるわ。」

 

『それで?ミッション内容の変更か?』

 

「作戦は中止。ただちにその場から地上を目指して撤退を開始して頂戴。あくまでも――――――」

 

直後、外部との通信を行うための生命線である中継器が破壊され、外部との通信が途絶した。

 

「・・・!」

 

「す、すみません。通信が途絶したようです。再度の通信を試みていますが、通信が繋がりません」

 

焦った様子でオペレーターがコンソールを操作するが通信が繋がることはない。

 

―――――それは、サベージ中隊とドミノ中隊が偽装穴から出現したBETA群に包囲され、壊滅した時刻とほぼ同じであった。




はい、次回に続きます。
文字数の都合上、前書きにも書いた通り前後編に分けることにしました。

色々と無茶苦茶な展開でお送りする本作ですが、どうか優しい目で読んで頂けると幸いです。

それと、一つ皆様に提案があります。
細やかですが、作中に搭乗する吹雪改修機である4機の戦術機の便宜名称ではなく、制式採用の際の名称を募集したいと思います。
感想欄に適当に書いて頂くか、もしくはメッセージで送って頂けると嬉しいです。
まあうん、正直こんなことやってるんだったらはよ続きと粗探しして修正していけよって話ですよね・・・()

余談ですが、7年前に書いていた時はこの話の部分でスランプに入り、先へと進めなくなりました。
ここが峠というか・・・なので、頑張って書ききりたいと思います。


それでは恒例の、次回予告ターイム!

過ぎた時は戻ることはない。
人々はそれでも希望を求めるのだ。
それがたとえ、暗雲に包まれた未来にしかないとわかっていても。
未来を求めるには、今を生きる命を使うしかないのだ。
たとえそれが、非難されるとしても。

次回「光の果てに 後編」

その光は、第二幕を告げる鐘。


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story11-2「光の果てに 後編」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

長らくお待たせしました。
これにて、前日譚における一大イベントは終了となります。
お次はどんな話になるのか?

それはまあ、先に進んでからのお楽しみで。
され、悲しいお知らせですがここでため込んでいたものは事実上すべて吐き出してしまった次第です。

一応の区切りでもあり、前には終わらせられなかった話でもあります。

ではではどうぞ。

イメージOP「Believe/玉置成美」


彼らは戦っていた。

戦術機と呼ばれる機動兵器を用いて、人類の敵と戦っていた。

勝利を信じて、戦い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

1999年8月5日16時頃。

同日0700より開始された「明星作戦」におけるハイヴ攻略戦開始から10時間余り。

そして、作戦の第4段階である軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の投入に加えて、地上からのハイヴ突入部隊が地獄の釜へと飛び込んでから、約4時間余りが経過していた。

 

 

 

『ストライダー04よりストライダー01!前方で多数の反応を確認!』

 

ストライダー中隊所属機である12機のF-15Eが進む地下茎構造内。

彼らの進む先にある広間(ホール)部では、この直接突入した状況において最も遭遇したくない出来事が起こっていた。

 

『こ、こちらサベージ06!誰か救援を・・・うわぁぁぁ・・・・』

 

目標地点を目指して速度を上げ急行するストライダー中隊。

更新された戦域マップ上に表示されていた味方の光点が消えるのが確認できた。

 

「想定よりもまずい状況か・・・!」

 

『ストライダー04よりストライダー01。前方で戦闘している部隊を確認!包囲されています!』

 

ストライダー04から通信が入り、マップ上では散り散りになっている光点が散見された。

分断され、孤立した友軍を示す光点が次々に赤い点の塊に包囲され、1つ、また1つと消えていく。

 

「ストライダー01より前方の部隊。誰か応答しろ」

 

ストライダー01はオープン回線ですぐさま呼びかける。

 

『こちらドミノ01!ストライダー01、聞こえるかストライダー01?』

 

すぐに前方に展開する部隊―――――ドミノ中隊の隊長であるドミノ01から返答が返ってくる。

 

『こちらは現在、偽装坑から出現した新たなBETA集団と交戦中。広間部の通信中継器は放棄し、現在後退中だ。至急、援護を求む。』

 

「ストライダー01よりドミノ01。先ほど通信を傍受したサベージ隊はどうなっている?」

 

『既に壊滅状態だ。生き残りはこちらでなんとか持たせているが、恐らく時間の問題だろうさ。』

 

「了解。ストライダー中隊は、これより貴隊を援護する。」

 

短いやり取りの後、ストライダー01は全機に速度を上げるよう命令し、サベージ中隊の生き残りとドミノ中隊の援護に入った。

 

『ストライダー04、エンゲージ!』

 

突撃前衛のポジショニングにつくストライダー04他4機が、一斉に外側から包囲網を食い破りにかかった。

さらにそこへ、中衛の4機が援護に入り、包囲網をこじ開ける。

開いた道目掛けて、内側の残存機が全て退避行動に移った。

 

『サベージ10!』

 

通信から聞こえてきたのは、誰かの声だ。

 

『た、助けーーーーー』

 

逃げきれずに波に呑まれた者がいた。

 

『サベージ02よりドミノ01。後を頼みます』

 

『サベージ02!サベージ02!くそ!諦めるな!まだーーーーー』

 

跳躍ユニットが損傷し、退路を切り開くべく盾になり、散った者がいた。

 

『サベージ中隊機、全機ロスト!』

 

『そんな・・・!』

 

「悲しむ暇は俺たちにはないぞ。再度あのポイントを確保する。全機、部隊を立て直してーーーーー」

 

ストライダー01はそう言って、陣形を立て直そうとした時、

 

『CPよりストライダー01。聞こえますか?』

 

CPから通信が入る。

 

「ストライダー01よりCP。どうした?」

 

『突入部隊との通信途絶。司令部は、これをもって残存部隊の後退を決定しました。誠に遺憾ですが、直ちにその場から撤退してください。』

 

耳を疑うような内容だった。

さっきの部隊がああなった以上、もっと奥は酷い可能性が十分にある。

しかし、その逆もまた然りなのだ。

たとえ退路を絶たれたとしても、反応炉にさえたどり着けばーーーーー。

 

『作戦は、フェイズ4を失敗と判断し、フェイズ05へと移行しました。ストライダー中隊は直ちに指定のポイントまで後退を』

 

有無を言わせぬ様子で次の指示を出すCPに、反論する余裕がなかったストライダー01は了解の意を示す。

 

「ストライダー01、了解。ドミノ01、聞こえるか?」

 

すぐさまドミノ01に通信をつなげるストライダー01。

 

『こちらドミノ01!どうした、ストライダー01?』

 

「ポイント座標を送った。このまま元来た道を通って地上への脱出する。ついてこれるか?」

 

『ドミノ01、了解!いつでもいける!』

 

そうして、ドミノ中隊とストライダー中隊の脱出劇が始まった。

 

 

 

 

ドミノ、ストライダー両隊がハイヴ内部からの脱出を開始した丁度同じ頃。

 

米強襲揚陸艦「パウエル」に座乗するグッドマン准将の元へ、彼の上司にあたる人間から連絡が入っていた。

 

「それは誠ですか?」

 

『ああ。上は、本作戦におけるフェーズ4、つまりは「戦術機によるハイヴ攻略」を失敗と判断し、直ちにフェーズ5へ移行することを決定した。これは最終決定事項だ』

 

軌道降下兵団と、それに加えての地上部隊によるハイヴへの突入。

しかし、そのどれもが、想定を上回るハイヴの規模(フェイズ)と、BETAの物量によって作戦計画を台無しにされてしまった形になっていた。

通信が途絶したという事実、上層部はこれを突入部隊の壊滅、或いは全滅と判断し、作戦フェーズはこれを想定したものへ切り替わったのだ。

 

『合衆国政府、ならびに国連は旧ヨコハマへのG弾投下を行う事を決定した。国連宇宙総軍にも、既に投下準備に入るよう通達されている筈だ』

 

「潮時、というわけですな?」

 

『そうだ。我らが生み出した「神の火()」に変わる新たな灯火(G弾)が、忌々しい第四計画共々、ハイヴを葬り去ってくれよう』

 

そうして、通信が終了する。

 

「准将」

 

後ろでやり取りを見ていたサザーランドは、グッドマンを見ながら言う。

 

「無礼の承知の上で聞きますが、先ほどはどのようなお話を・・・?」

 

「・・・ふん、まあいいだろう。私は今、とても機嫌が良い」

 

そうすると、グッドマンは得意げに話し始める。

 

「貴官はとても幸運だよ。今この瞬間、歴史の転換点に立っていると言っても過言ではない。」

 

「・・・どういう、意味でしょうか?」

 

「上は、新型兵器の投下を決定した。奴らでは為し得なかった事を、我々がやり遂げるのだ。」

 

グッドマンは得意げに、サザーランドに言う。

 

「国連軍全部隊に通達しろ。これより作戦はフェーズ5・・・つまり、G弾によるハイヴ直接攻撃を行う、とな。」

 

「それでは、突入部隊に含まれている国連軍の将兵は見殺しに、ということになりますが?」

 

「サザーランド大佐。貴官は何か勘違いしているようだが・・・通信が繋がらない以上、可能性が低い方に賭けるよりも、高い方に賭ける方が賢いとは思わんかね?」

 

まるで最初からそこにはなにもなかった。

そんな言い回しで、グッドマンはサザーランドの問いに答える。

 

「・・・小官は、それに関する答えを持ち合わせてはおりません。」

 

軍帽のつばを手に、表情を隠すようにして目深にかぶる。

 

「わかれば良い。」

 

上層部からの命令は直ちに通達され、「パウエル」から各部隊へ周知するべく通信が行われる。

 

「そうだ。この一撃が、歴史を変えるのだよ。」

 

そして、G弾と呼ばれた史上最悪の兵器投下の秒読みが始まった。

 

 

 

 

 

 

『CPよりヴァルキリー01へ。聞こえるか?』

 

旧横浜市街地。

その中で、戦闘を行う部隊の1つ―――――ヴァルキリー中隊の隊長である桐生瑞樹に、CPから通信が入った。

 

「こちらヴァルキリー01。CP、どうした?」

 

『先ほど入った情報です。』

 

「・・・?」

 

『ハイヴへ直接突入した部隊との連絡が取れなくなりました。恐らく、何らかのトラブルが発生した可能性が有ります。』

 

凶報だった。

 

「突入部隊との通信が途絶・・・?」

 

瑞樹がそう独り言を呟いていると、秘匿回線での通信が彼女に入る。

 

『桐生、聞こえる?』

 

聞こえてきたのは、彼女の直接の上司の立場である香月夕呼の声だった。

 

「副司令・・・?どうかなされましたか?」

 

少し焦った様子の夕呼の声を聞いて、何かを察する瑞樹。

 

『悪い知らせが2つ。1つはさっき伝えた通り、突入部隊との連絡がつかなくなったわ。』

 

「そのようですね。」

 

『もう1つは、もっと最悪よ。』

 

「もっと・・・?」

 

『今現在、米国政府と帝国政府で揉めているそうよ。直接の原因は、さっき起こった突入部隊との通信途絶。』

 

そこから彼女が瑞樹に開示した情報は、およそ信じ難いものだった。

 

突入部隊との通信途絶。

外洋にて戦場を傍観していた米国艦「パウエル」に座乗している国連軍の高官から上層部へとそれが伝わり、実質の最終決定権を持つ米国政府は日本帝国政府にG弾の投下を通達。

それに反発した帝国政府は米国政府に抗議しているが、既に投下されるまでは時間の問題ということ。

彼女の不知火に、投下された際の被害予想図などのデータが共有される。

 

「これは・・・!」

 

『そう。奴らは、この場所をG弾がどの程度使えるかの実験場にしようとしている。デリング中隊の隊長である大和田にもこの情報は伝えたわ。』

 

「第5の者達は、我々をなんだと思って・・・!」

 

『それ以上は無しよ、桐生。まずは生き延びて、それから。』

 

話を聞いた桐生は憤慨するが、夕呼がそれを宥めるように言葉を続ける。

 

『気がかかりなことが1つ。大和田に通信した時もそうだったけれど、恐らく重金属雲の影響で通信状態が不安定になっている。』

 

「はい。この長距離通信も、我々がいる場所が比較的重金属雲の濃度が薄い場所だからこそここまでクリアに繋がっているわけですから。」

 

『そういうこと。恐らくだけれど、観測任務でバラけたのが原因でこちらから通信を試みても応答がない機体がいくつかあるわ。あんた達ヴァルキリー中隊は、すぐにデリング中隊各機の所在を探し出すのと、後退を促して。』

 

「ヴァルキリー01、了解です。」

 

『それと、この情報は国連の一部の連中には伝えられているけれど、帝国軍と大東亜連合軍には恐らく知らされていない内容よ。』

 

「・・・国連上層部、ひいては米軍は、今この戦場にいる部隊を丸ごと囮にする気、ということでしょうか?」

 

『作戦はフェーズ04を飛ばしてフェーズ05に移行。それが全てよ。こちらもなんとか通信を試みるけれど、最悪の場合は、突入部隊諸共見捨てる事になる。』

 

最後の方は、考えたくもないという言い方で夕呼は言う。

 

「ヴァルキリー01、任務変更の旨を了解致しました。」

 

瑞樹はそう答えると、「お願いね」と夕呼は言い残して通信を切る。

 

「・・・政治というのはこうも、面倒なものなのね」

 

溜息一つ、瑞樹はそう愚痴を零した。

 

 

 

 

 

『駄目です。通信、繋がりません。』

 

ハイヴ内、地下茎構造と共にいくつも存在する広間(ホール)部。

通信が絶たれたため、後方に敷設された中継器の状況を確認するのと共に、部隊の再編を行うため一時的に突入部隊は後退していた。

1度通過したその場所に集結した突入部隊のうちの何機かがなんとか外部との通信を試みていたが、聞こえてくるのはノイズ音ばかりだ。

 

『恐らく、更に後方の安全確保したはずの地下茎構造ないし広間部でアクシデントが起こったとしか・・・。』

 

『そうか・・・』

 

「・・・・・」

 

各中隊の機体同士での通信に耳を傾けながら、ロックオンは管制ユニットの中で無言のまま思考を巡らせていた。

彼の脳裏に、作戦前に夕呼に言われたことを思い出す。

 

―――――残念ながら、私の影響外の人間まで止める術はない。だから、不測の事態が起こればG弾投下にすぐに繋がる可能性は十分にあるわ。

 

そして、通信が途絶する寸前に聞かされた内容。

 

「(奴らはG弾とかいう新型兵器の投入を決定。あの情報が確定情報なら、今現在孤立状態の俺たちは全滅と判断されてすぐにでもそいつが投下される可能性は十分にあるわけだ。)」

 

このままここにいれば、ロックオンを含めた自分たちは味方である筈の人間たちから後ろから撃たれて―――――死ぬ。

しかし、このまま進んでたとえ反応炉を確保できたとしても、撤退できる可能性は低い。

生存を優先するならば、最悪の場合は破壊を選択しなければならない。

この作戦における第一の目的は「ハイヴを攻略した上での占領」であって「ハイヴの攻略ないし反応炉破壊によるハイヴ機能の停止」ではない。

ある意味では、これは矛盾している要求とも言える。

ハイヴを攻略するためには、反応炉を停止、つまりは破壊しなければならないが、ハイヴ施設機能を奪取及び横浜基地の奪回ともなればそうもいかない。

 

「ロックオン・・・?」

 

不安そうな表情で、ジーナが彼の方へ振り返る。

勘が鋭い彼女は、ロックオンの様子が変わったことに気づいていたのだ。

 

「さっき、話をしていたこと・・・?」

 

不安げな様子でそう聞くジーナに、ロックオンはいつものように「大丈夫だよ」と返そうとして、やめた。

 

「ああ。ミッションプランは大幅な修正が必要になったらしい。」

 

ロックオンはそう言うと、副隊長であるホークアイに通信を繋ぐ。

 

「ウルズ02、聞こえるか?」

 

『ウルズ02よりウルズ01、感度良好。聞こえます』

 

網膜投影にホークアイの顔が移し出される。

 

「ミッションプランの変更だ。他の連中にも、お偉方にも悪いが、ここは俺の独断で決めさせてもらう。」

 

ロックオンの言ったことに、難しげな表情を浮かべるホークアイ。

 

『我々は、隊長の命令に従います。ですが、他の部隊がそうであるかは・・・』

 

「そうだな。無事な部隊は、再度進む事を選択するだろうさ。だがどうやら、お偉方は俺たちがハイヴ攻略を成し遂げたとしても、まとめて焼き尽くす気らしい。」

 

ロックオンの言うことの意味が理解できなかったのか、それとも遠回しな言い方で察したのか。

ホークアイはそのどちらとも言えない表情で「どういう意味でしょうか?」と聞いてくる。

 

「G弾。以前からミス・コウヅキから聞かされてた新型兵器だったか?そいつが、空からここに落とされる。」

 

ホークアイが浮かべた表情は、後者が正しいことを指していた。

苦い表情を浮かべながら、彼女は呻くように言う。

 

『それでは、我々は・・・!』

 

「そうだよ。ウルズ02、あんたの考えてる通りだろうさ」

 

だからもう、猶予がない。

そう続けるロックオン。

 

「残存機にこの情報を共有させる。ミッションプランはハイヴ最奥部への到達、ならびに反応炉の停止ではなく、逆に変更だ。折角入ったが、今度は脱出を最優先にする。」

 

『しかし、仮にこれを言ったとしても、他の部隊が信じるかは別です。』

 

「だとしてもだ。俺たちがいれば攻略に関して成功の可能性はあっただろうさ。だが、外部との連絡手段も絶たれた状態で前へ進み続ければ、成功の可否に関わらず落とされるG弾とやらのせいで、俺たちは諸共に天国への直行便になりかねない。」

 

「俺は地獄かもしれないがな」と、誰にも聞こえないようにロックオンは呟く。

 

『・・・・・!』

 

「戦いってのは、常に2手、3手先をってな。この場合は、すっ飛ばされた手を5、6手以上先を見越してやらなきゃならんがね。」

 

『・・・了解です。』

 

ホークアイとの通信を切ると、他の部隊の隊長機へ通信を繋げるための行程に入る。

 

「・・・ロックオン。私たち、見捨てられたのかな・・・?」

 

悲しそうな、震えた声で言うジーナ。

 

「作戦だから、軍人だから・・・こんなことで死んでもいいって、本当に思われてるのかな・・・?」

 

軍に入った以上は、上の命令は絶対だ。

たとえ理不尽な命令で死んだとしても、反論をすることは死んでも尚、許されない。

 

「大丈夫さ、ジーナ。俺は絶対に、そんなことは許さないし、認めねぇ。」

 

ロックオンは、いつもの飄々とした笑みで答えた。

 

「さて、やりますか。」

 

そうして、各隊長へと通信を繋げる。

 

「ウルズ01より、各部隊長へ。」

 

『どうしたウルズ01?』

 

すぐに回線が開き、各部隊の隊長の顔が映し出される。

 

「小官に1つ、愚策があります」

 

映し出された各部隊長を前に、ロックオンはそう言った。

 

 

 

 

 

 

旧横浜市街地。

残骸と更地が入り乱れたそこは、かつて日本に存在した神奈川県横浜市中心部の成れの果てだ。

先のBETAによる日本本土侵攻に伴い、西日本から東日本へと北上してきたBETAによって、日本の地図から消えた場所だった。

 

かつての故郷を奪われた者たちは、例え作戦が自分たちに不利に働いている現状においてもまだ諦めず、そして懸命に戦っていた。

 

1人、また1人と残骸の仲間入りをしていき、その数を減らしながら尚、退くことをしない。

 

国連軍に身を置きながら、日本人として、そして何より故郷である横浜を取り戻すために戦うのは、第四計画に属するA-01連隊・デリング中隊所属である鳴海孝之少尉だ。

彼は、日本帝国軍の将兵たちと同じ気持ちであった。

 

「邪魔だ!」

 

突撃砲のトリガーを引き、長刀による一閃で、周囲のBETA群を相手に戦うのは、彼が乗るUNブルーの94式「不知火」だ。

 

『デリング08、チェックシックス!』

 

「了解!」

 

最小単位(エレメント)での行動。

2機1組で戦場の観測任務に従事しながらも、戦闘行動を行なっていた。

 

「まったく、嫌になるな。突入部隊の状況もわからないんじゃ、終わりが見えない」

 

『そう言うなって孝之。とりあえずは、こっちにはBETAの野郎共は少ないんだ。』

 

そんな会話をしていると、戦域マップ上に接近する複数の反応が表示された。

 

『うん・・・?どこの部隊だ・・・?』

 

現れたのは、「撃震」や「陽炎」とは異なるデザインの機体だ。

そう、それは例えば、自分たちが乗る「不知火」に近いデザインをしている。

だが、所属はわかった。

 

「白に、青・・・帝国斯衛軍か?」

 

『おいおい。青って言ったら、五摂家の1つだぞ?』

 

2機の不知火の周囲に着陸したのは、クリムゾン中隊やホワイトファング中隊とは別の部隊の帝国斯衛軍の部隊だった。

先行型の武御雷で構成された部隊。

一番最後に目の前に着陸した武御雷が、孝之達の不知火を見据える。

 

『そこの不知火。ここは、我ら斯衛の戦区だ』

 

通信が入る。

聞こえてきたのは、女性の声だった。

 

「我々は国連軍の効果観測班です。戦区越境までは、1km程ある筈ですが?」

 

孝之は、そう淡々と答える。

 

『貴様・・・日本人か?』

 

少し驚いたような声。

 

「ーーーーーは。自分は、太平洋方面第11軍所属、鳴海孝之少尉であります。」

 

孝之はそう、自分の所属と名前を告げる。

 

『・・・そうか。先程、大東亜連合軍との戦区境で、流弾問題があった。皆、気が立っているようだ。』

 

「十分注意します。」

 

『それでいい。難しい立場だとは思うが、しっかりやってくれ。』

 

「ーーーーーは。」

 

『では、さらばだ。国連に属する同胞よ』

 

短いやり取りの後、通信が切られる。

そして、孝之と慎二の不知火2機を包囲するように展開していた武御雷は、再び上昇を開始するとその場を去った。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、ハイヴの地下茎構造内。

その中を、かなりの規模に膨れ上がった戦術機部隊が出入口である門を目指して突き進んでいた。

 

『ぐぁ・・・!』

 

大隊規模にまで膨れ上がった部隊の前衛に位置するウィザード中隊。

それが、道を阻むBETA集団を排除しようとした時、中隊の1機が、突撃級の攻撃をまともに受けて吹き飛ばされる。

 

『くそ!ウィザード04が!』

 

ウィザード04のF-15Eが蹲る形で壁に叩きつけられ、行動不能になる。

 

『くそ、ここまでか・・・!』

 

ウィザード04の目に網膜投影によって映し出された機体状況を示す表示では、脚部や胴体ユニット部、そして跳躍ユニットなどが軒並み赤く染まった表示になっていた。

そこへ、突撃級の横から現れた戦車級が飛びかかり、群がっていく。

 

『ウィザード04より全機へ。後を頼む!』

 

そうして、ウィザード04が通信を切った。

 

『く・・・!』

 

ウィザード04が通信を切ったのは、戦車級によってゆっくり追い詰められていく自分の悲鳴を他に聞かせない為だ。

 

『う、ウィザード04!』

 

『ウィザード01より全機!振り向くな!』

 

ウィザード01が動揺した機体の衛士とそれを含めた全員に言う。

 

『ウィザード04の犠牲を無駄にするな!なんとしても脱出しろ!我々はまだ生きている!』

 

ウィザード01が、ウィザード残存機を叱咤する。

直後、ウィザード04の光点が消えた。

既にウィザード中隊はその数を7にまで減らし、それでも、突入部隊の残存機を含めて50機以上にまで膨れ上がった臨時編成の部隊。

これらが、反応炉到達ではなく、逆の脱出を目指してひたすらに元の道を戻り続ける。

 

偽装横坑(スリーパードリフト)です!新たなBETA群が出現!』

 

ギズモ03から通信が入る。

殿をつとめる位置にいたウルズ小隊とギズモ中隊の残存機と他の部隊の残存機が後方から迫るBETA群を迎撃する中、進路上の偽装横坑から出現した新たなBETA集団と彼ら殿よりも前を進む部隊と交戦状態に入る。

 

「ウルズ03よりウルズ01!先行している部隊の前方に多数の要塞級とその取り巻きが展開してる!この状況じゃ、いくらなんでも迎撃が間に合わない!」

 

「わかってる!ハロ、バッテリーのエネルギーは後どのくらいだ?」

 

『残リ、78%!戦闘継続可能!戦闘継続可能!』

 

「オーライ。ウルズ全機、LNRの砲撃モードで道を切り開く!邪魔な奴らを排除してくれ!このまま撃つ!」

 

「ロックオン、それじゃあヘルダイバーが・・・!」

 

ジーナの制止を無視して、システムを狙撃モードから砲撃モードへと変更し、LNRへのエネルギー充填を開始させるロックオン。

 

「ギズモ03!ギズモの残った機体で俺の機体の周囲を固めろ!射撃までの時間を稼いでくれ!」

 

『り、了解!』

 

「ウルズ各機は後方のBETAを足止めだ!」

 

『ウルズ04、了解!敵を蹴散らす!』

 

『ウルズ05、了解ッス・・・!』

 

『ウルズ06、了解です!』

 

移動しながらの射点確保は困難を極める。

しかもこれでは、挟み撃ちの状況だ。

 

『こちらクロウ03!』

 

突然、通信が入った。

 

『クロウ隊全機、ウルズ小隊並びにギズモ中隊の援護に入ります!』

 

前面に展開していた部隊の一部が、方向転換してウルズとギズモ他で構成された集団に近づいてくる。

そして、高速移動をしながら援護を開始した。

損耗した部隊とは思えない連携で壁を這いながら追ってくる戦車級の群れをミンチにしていく。

 

「クロウ03、援護感謝します!」

 

『何、いいってことですよ!』

 

「よし、ハロ!LNR砲身展開!砲撃モードだ!」

 

『砲撃モードニ移行!砲撃モードニ移行!』

 

高速移動中のヘルダイバーが少し減速し、手に持っていたLNRの砲身を展開させ、狙撃モードから砲撃モードへ移行させた。

 

『LNRヘノエネルギーチャージ中!』

 

『ウルズ04、前方のBETA群を駆逐する!』

 

リーバー機が、ヘルダイバーを追い抜いて後方から前へと全力での噴射跳躍をかけ、前方の部隊がやり合う集団の先鋒に突撃をかけた。

前衛で展開していた戦車級の一団をブレードトンファーによってミンチにし、リーバー機を追ったリヒティ機とクリス機が、リーバー機がこじ開けた穴へと入り込み、飛びかかろうとする戦車級を一掃する。

 

『チャージ完了!チャージ完了!』

 

「ハロ、制動頼むぞ!ジーナ、姿勢制御だ!」

 

『了解!了解!』

 

「言われなくても・・・!」

 

一時着地し、アンカーを地面へと突き刺すとLNRの砲撃モードを構える。

 

「射線上の友軍機は退避して!」

 

『ウィザード01より射線上の機体へ!散開(ブレイク)!』

 

射撃姿勢になったと同時に、ジーナが前方の部隊へと警告を発した。

 

「ヘルダイバー、進路上の敵を薙ぎ払う!」

 

ロックオンがトリガーを引くと同時に、発射に同調して噴射ユニットを後方へと噴射させるジーナ。

LNRから放たれた砲弾は、密集することで道を塞ごうとしていた22体もの要塞級と何百体もの中型種、小型種諸共に吹き飛ばした。

 

『進路開けました!』

 

ウルズ02から観測報告が入る。

 

『援護感謝する!ウィザード全機及び残存各部隊へ通達!食い破れ!』

 

一時的に勢いを削がれていた前面部隊が、ヘルダイバーがこじ開けた風波に飛び込んでBETA集団の陣形を食い破っていく。

 

「砲身冷却!ポイントを移動して、再度LNRによる砲撃をやる!」

 

ロックオンの命令に、LNRの砲身冷却時間を考えたジーナが反論した。

 

「そう何度も撃ったらLNRもヘルダイバーのバッテリーも長くは持たなくなってしまうわ!?」

 

「まずは脱出が最優先だ!LNRを失ったとしても、こいつはまだ戦えるだろう?」

 

こちらを向いて喋りかけてきたジーナに、ロックオンは真剣な眼差しで言う。

 

『ウルズ04よりウルズ01へ。前面の安全は確保されたが、偽装坑がさっきから多いのが気になる。』

 

『ウルズ02よりウルズ01。こちらも、既にいくつかの振動を検知。隊長が具申した通り、戦闘は最小限に、脱出を最優先としてこのまま進むしかないです。』

 

リーバーとホークアイ、2人から通信が入る。

 

「・・・わかった。」

 

ロックオンはそう言うと、通信が切れる。

 

「ハロ。このまま冷却は続行。バッテリー残量を考えて、後1射が限界だが、そいつは外に出れた時用にとっておこう。」

 

『了解!了解!』

 

「ロックオン・・・」

 

「悪かったな、ジーナ。少し熱くなり過ぎたみたいだ。」

 

ロックオンはそう、ジーナに謝った。

そしてすぐさま機体の操作を行なって、砲身展開状態のまま腰部ラックにLNRを固定する。

 

「さて、ここから外まではジーナに任せたい。照準補正とかはこっちでやるから、気にせずにやってくれ。」

 

「わかった!」

 

肩部武装ラックに懸架されていた2丁の専用突撃砲を抜き、固定用アームを解除して格納すると、ヘルダイバーは再び前進を開始する。

 

『ギズモ03よりウルズ01。機体状態に問題は?』

 

心配したギズモ03のF-15Eが接近してきて、通信機越しに聞いてきた。

 

「ああ、問題ない。このまま一番近いはずの門を目指して前進続行だ。頼りにしてるよ、ギズモ03。」

 

『クロウ03よりウルズ01。先程の援護射撃、非常に助かりました。このままうまくいけば、脱出も現実ですね』

 

更にもう1機。

国連軍カラーのF-16Cが接近してきた。

クロウ中隊の機体だ。

 

「こっちこそ、感謝するぜクロウ03。お陰で安心して撃つ事ができたからな?」

 

『ありがとうございます、ウルズ01。必ずこの地獄から抜け出してみせましょう。』

 

「オーライ。クロウ03、ギズモ03、頼りにしてるぜ?」

 

ロックオンがそう2人に言うと、「了解!」と威勢よく返ってくる。

そうして、3機を含めた脱出部隊は門を目指して進む。

 

G弾投下まで、残り僅か。

 

 

 

 

 

 

既に時刻は17時を過ぎ、空は重金属雲によって8月にもかかわらず真っ暗になっていた。

 

『ダメだ。この先の門周辺の部隊と通信が繋がらないぞ』

 

「こっちもだな。肉眼で確認できる限りでは、まだ戦闘は行われてるだろうが、今のところ確認できる範囲ではレーダー上に友軍の反応がない。」

 

観測地点につき、戦域情報の収集を始める2機。

現在は、門周辺の安全確保のために展開している部隊の状況と、突入部隊がどうなっているかどうかを確認するべく、ハイヴに近い場所で2機は観測を行なっていた。

 

『ーーーーーちら、・・・ング01。聞こーーーーー・・・』

 

しばらくすると、恐らくはデリング01からの通信であろう音声が聞こえてきたが、ノイズ混じりで聞き取ることができない。

 

「恐らく大尉からだ。こちらデリング08。通信状態が安定していない」

 

『ーーーーー・・・収だ。・・・・弾の・・・が・・・・・・こち・・・入って・・・・・度の高い・・・報だ。米軍との・・・ーーーーー』

 

「こちらデリング08。デリング01、通信状態が安定していない。指示が聞き取れない」

 

ブツッという音がして、通信が途切れる。

 

「くそ、通信が途切れた。慎二、聞き取れたか?」

 

『ダメだ、重金属雲の影響だろうな。殆ど聞き取れなかった。どこか通信状態の良いところに移動しよう。』

 

通信が途切れたため、比較的通信がし易い重金属運の濃度が低いエリアへ移動しようとした直後、通信が入った。

 

『ーーーーー・・・ちら、ヴァルキリー03。デリング08、09、聞こえるか?』

 

聞こえてきたのは、2人にとっては聞き覚えのある声だ。

 

『こちらヴァルキリー03。デリング08、09、聞こえるか?』

 

「こちらデリング08。感度良好です、ヴァルキリー03。」

 

すぐに対応する孝之に、ヴァルキリー03ーーーーー伊隅みちる中尉から安堵の声と共にある事が告げられる。

 

『どうやら呼び掛けた価値はあったようだな。先程、司令部からある通達があった。国連と帝国政府が揉めているらしい。原因は、国連ならびに米軍からの一方的なG弾投下の決定だ。』

 

「な・・・!?」

 

『突入部隊との通信が途絶し、上はこれを突入部隊の壊滅或いは全滅と判断したようだ。司令部からは投下された際の被害予想図が送られてきた。共有しておく』

 

そして、網膜投影に映し出された被害予想図は、自分たちがいる地点を含めて旧横浜市全体をハイヴを中心に放射状に覆っていた。

 

「こんな・・・これは・・・!」

 

『これじゃあ、横浜は、俺たちの白陵は・・・!』

 

状況を把握した2人は、自分たちの置かれた状況と共に横浜が、自分たちの故郷がこれから辿る末路を想像して戦慄する。

 

『我々は1度、相模湾に補給に戻る。デリング中隊各機も直ちに後退し、合流しろ。すぐに動けるようにしておけ。これは副司令からの命令だ。』

 

そう言って、みちるは通信を切った。

 

「・・・なぁ、慎二。」

 

『・・・嫌な予感がするが、一応聞いておくぜ?』

 

「今の話、帝国の奴らは知ってるんだろうか・・・?」

 

孝之は、即座に疑問を口にする。

 

『俺たちと伊隅中尉のいるA-01所属の部隊は副司令直轄の特務部隊扱いだ。他所の部隊に比べれば、情報のレベルも遥かに上だろうさ。俺たちにわざわざこの話が聞かされたのも、ようは副司令お付きの部隊だからだろうよ』

 

すぐに慎二は冷静に言う。

 

「だったらーーーーー」

 

そう言いかけた孝之の言葉を慎二は遮った。

 

『聞いたな。聞いてたよな?だったら、大和田大尉と通信をとってすぐに後退だ。』

 

「さっきお前も言っただろう。これを知っているのは一部を除けば俺たちだけだ。このままじゃ、作戦成功を信じてまだ戦ってる連中は全員見殺しになっちまう・・・!」

 

『孝之・・・』

 

「そんなのは、御免だ。これ以上、俺たちの街で好き勝手やられてたまるかよ・・・!今からなら、まだ間に合う筈だ。1人でも多く、助けるんだ、俺たちで。」

 

孝之はそう言うと、機体をハイヴ方面へと向ける。

 

「慎二、お前は撤退しろ。俺だけでーーーーー」

 

『水臭ぇこと、言いっこ無しだぜ孝之。』

 

慎二の機体もまた、同じようにハイヴを向く。

 

「・・・すまねぇ、慎二。」

 

『はは!今更だろ?それにな、お前だけ死にでもしたら、それをあいつら2人に伝えるのは俺の役目だぜ?そんな面倒な役、御免被るね。だからさ・・・』

 

生き残ろう。

慎二はそう言って、気さくな笑みを浮かべる。

今から死地へ赴こうというのに、2人の男は笑い合っていた。

 

「ああ。じゃあ行くぜーーーーー!」

 

そして、2機の不知火が同胞達を救うために飛び立った。

 

 

 

 

 

「戦術機の残骸がある・・・」

 

『恐らく、戦闘の痕跡でしょう。やはり、通信途絶の原因はこれでしたか。』

 

機体を前進させながら、ジーナがそう呟くと、通信を繋げたままにしていたホークアイが答えた。

 

「だろうな。多分ここの部隊が襲撃を受けて、やられたんだろうさ。」

 

『ウルズ06よりウルズ01、ウルズ02。この広間部とその先にも、いくつかの偽装横坑や縦抗が出現した跡が見受けられます。』

 

『こちらウルズ05。こっちでもいくつか確認できました。連中はもういないですが、ここからいつ増援が現れるかもわからないッスね。』

 

ロックオンの網膜投影に映る周囲の状況では、震動センサーなどは異常値を示してはいない。

つまり現在は、偽装抗の兆候も、空いた穴からの増援の出現も無いと言う事だ。

しばらくすると、前面に展開する部隊の1つから通信が全機に入った。

 

『こちらアバランチ02。後方の部隊、聞こえますか?』

 

『クロウ03よりアバランチ02。どうかしましたか?』

 

気づいたクロウ03が聞き返す。

 

『我々よりも前面に進出していた部隊から通信が入りました。地上部隊との通信が繋がったとのことです。』

 

通信状況は悪いですが、と付け加えるアバランチ02。

これは、朗報だった。

孤立無縁だと思っていた人間が大半だった中で、それでも諦めなかった。

その先にあった、一筋の光。

 

『ウィザード01からの話では、門の確保のために未だ戦闘状態のストライダー中隊と通信が繋がったとの事です。』

 

ストライダー中隊は、1時間ほど前に地上へ戻った部隊だった。

 

『これで、我々がまだ生きている事を知らせる事ができました。あとはーーーーー』

 

そう言葉を続けようとした時、ロックオン達の周りから突然異常震動が検知される。

 

「周辺警戒!このままこの場所を突っ切る!全機続け!」

 

ロックオンは即座に前進命令を出し、その指示を聞いたウルズ小隊の機体に、ギズモ・クロウ両隊の中隊機が続く。

後方で、彼らがいた真下がいきなり崩れ去り、中から多数の要撃級が現れるのが確認できた。

 

『危ねぇ・・・!』

 

リーバーの危機一髪といった様子の声が聞こえる。

 

「後ろを見るな!追いつかれるぞ!」

 

「ダメ、ロックオン!」

 

ジーナが焦った声を上げた。

 

前にも偽装横抗が(・・・・・・・)!」

 

直後、彼らの前に新たなBETA群が出現した。

 

 

 

 

 

突入部隊が外との通信を成功させた同じ頃。

戦場を2機の不知火が駆け抜けていた。

先ほど聞いてしまった事実。

前へ前へ前へと進んで、途中で何度か衝突を起こしながらも1人でも多く助けるために、彼ら2人は突き進んでいた。

彼らの意思を体現したかのように突撃を続ける不知火は、まるでその身に狂気を纏ったかのように突撃する。

そうして進み続けたところで1度動きを止めて、進軍の足を緩める。

弾切れのマガジンを交換。

 

「残りの弾倉は・・・あと3つってとこか。」

 

孝之は1人呟くと、息を吐いて深呼吸1つ。

自分自身が焦っているのは、孝之が一番よくわかっていた。

だけど、今この瞬間は自分だけが戦っているわけじゃない。

 

『ったく。お前、伊隅中尉に似てきたんじゃないのか?』

 

傍らに立つ平慎二の不知火から通信が入る。

 

「ハンッ。言ってくれるじゃねーか慎二。ヴァルキリーズの次の「鉄の女」候補と俺が似てるだって?」

 

『慎重に見えて、時々こういう派手な無茶をやらかすんだとさ!案外、お前と気が合うんじゃねーの?』

 

「勘弁しろよ。ああいうのは、速瀬一人で十分・・・!」

 

それにな、と付け加えて俺は慎二に言う。

 

「俺は冷静だよ。だから、大丈夫だぜ?」

 

『・・・ああ。その調子で頼むぜ、相棒?』

 

そうして、2人は乗騎を駆りながらハイヴとの距離を縮めていた時だった。

 

警告音。

 

『なんだ・・・?』

 

突然、広域最優先警告を示す耳障りな警告音と赤いウィンドウが網膜投影越しに映し出される。

 

「コード666・・・!即時退避命令だと・・・!?」

 

網膜投影越しに彼ら2人の目に表示された「CODE:666」の文字。

コード991などの警告とは別の警告。

それは、「現戦闘エリアからの即退避命令」の意を持ったものだった。

考えを巡らせる間も無く、自動翻訳の機械的な音声が通信に割り込んでくる。

 

『-----国連宇宙総軍より、H:22周辺展開中の全軍、ならびに全部隊に次ぐ。ただちに退避せよ-----』

 

『やばいぜ孝之。こいつはさっき中尉が言ってたやつだ。』

 

国連宇宙総軍(UN-SPACECOM)・・・!もう投下準備は終わっちまったってことか・・・?」

 

孝之が不知火のカメラ越しに空を見上げて歯噛みする。

このままでは、本当に間に合わなくなる。

 

『我々は、新型の対ハイヴ兵器の使用を決定した。データリンク上に示した有効範囲より、直ちに退避せよ。繰り返す、我々は-----』

 

自動翻訳で流れてきた内容は、司令部から聞かされた内容とほぼ同じだ。

上層部の勝手な思惑で投入が決定されている新型の対ハイヴ兵器。

それはつまり、G弾ということだ。

戦場の渦中の中で、彼ら2人はいよいよどういう身の振り方をするかの選択を迫られる。

 

『CPよりデリング08、09へ。』

 

それでも尚、前進を続ける中。

重金属雲の濃度が薄い場所に来たところで、CPから通信が入った。

 

「こちらデリング08。」

 

『やっと繋がりましたね?デリング中隊全機には撤退命令が出ています。直ちに撤退してください。』

 

冷静なCPの声。

即時退避命令に加えての、撤退命令。

 

『直ちに前進を中止し、相模湾に展開中の艦隊に合流して下さい。』

 

CPの冷淡な声。

だが2人は、それでも引くことは選択しなかった。

 

「デリング08よりCPへ。俺たちの2機は少し突出し過ぎたみたいだ」

 

『直ちに撤退を。』

 

そこで初めて、感情を露わにしたかのような女性CPの非難の意味を込めた返事が返ってくる。

 

「これよりデリング08、09は、2機1個分隊(エレメント)を維持しつつ、進出。撤退中、ならびに撤退指示が届いていないであろう他の帝国軍部隊の救出に向かいます。」

 

孝之は、反論されるのを分かった上でそう具申する。

 

『デリング08。それでは命令違反になります。承服できません。直ちに撤退を―――――』

 

続けるCPの声を遮るようにして、通信を一方的に切る孝之。

 

『あーあ。これで命令違反成立かね?』

 

慎二が「やりやがったな?」と言いたげな様子で話しかけてきた。

 

「・・・悪いな、慎二。」

 

『いいさ。さーて、行くか。お姫様を助ける白馬の王子様みたにな?』

 

「お姫様ってのは、遥みたいな奴が似合う言葉さ。・・・さ、今更退くなんてできねぇぞ。飛ばすぜ―――――!」

 

『行くぜ、孝之―――――!』

 

互いの機体の動きに一切の淀みはない。

これで残弾も推進剤も気にする必要がないとばかりに、噴射ユニットを連続跳躍(ジャンプ)から敵頭上を掠める水平跳躍(ブースト)へと移行。

進路上に展開するBETA集団目がけて突撃を開始する。

 

「死なせたくない・・・―――――」

 

誰が求めたのか。

誰を対象としたのか。

孝之の口から自然と漏れた言葉だった。

 

「俺はただ、俺たちの街で・・・-----」

 

かつて見捨てることしかできなかった故郷。

色々な思い出があったその場所で、沢山の人が死んでいく。

 

「これ以上、死なせたくないんだぁーッ!!」

 

孝之が吼える。

その咆哮に応えるようにして、孝之と慎二の駆る2機の不知火が、鮮烈な青が、混沌の中心へと突進する。

その心に抱くのはただ1つの思い。

たった1つの、単純な、それ故にあまりにも遠く、だが命をベットするに値する気高き祈りだった。

 

 

 

 

 

 

孝之と慎二の乗る不知火が地上で激闘を繰り広げる中、衛星軌道上に存在する宇宙総軍の司令部の中では、地上より発せられた命令を遂行すべく人々が奔走していた。

 

「司令。」

 

指揮所に立つ司令官の横に、副官が表れて話しかけてくる。

 

「再突入型駆逐艦への突入殻の搬入、完了いたしました。あとは、座標の上空に差し掛かったところで攪乱用に同時に投入する軌道爆撃隊と同時に投下するのみです。」

 

宇宙総軍の司令部の中で、既に投下間近のG弾を積んだ再突入型駆逐艦の突入準備が終わったことを副官が司令官と呼ばれた男性に伝える。

 

「この一撃で、今度こそあの忌々しい塔を崩す事ができる。宇宙で何年も待ち続けたのだ、この瞬間を。」

 

司令官は、投下予定時刻に迫った時計の時刻を見ながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

結果的に、ウルズ小隊を含めた突入部隊は門からの脱出に成功した。

現れたBETA集団の増援によって一時的に前と後ろで分断された突入部隊であったが、不幸中の幸いか、命令を無視して門周辺の安全確保にあたっていたストライダー中隊を含めた3個中隊が門へと再突入し、新たなBETA集団を分断された後方の部隊と挟撃した事で退路を確保し、脱出。

ここで、彼らに宇宙総軍からの通信が入る。

 

『―――――国連宇宙総軍より、H:22周辺展開中の全軍、ならびに全部隊に告ぐ。直ちに退避せよ。我々は、新型の対ハイヴ兵器の投入を決定した。データリンク上に示した有効範囲より、直ちに退避せよ。繰り返す―――――』

 

新型の対ハイヴ兵器の投入に伴う被害予想図と、投下まで僅かしか時間がないということが全軍へと通達されているのが確認できた。

ようやく地上に出れたことで、地上部隊の状況がデータリンク上に共有され、数時間ぶりに戦域データリンクが更新される。

展開する部隊の動きから、門周辺の安全を確保するために踏ん張る部隊と、撤退し始めた部隊が確認できた。

 

『上の連中、やっぱり俺たちの安否なんてどうでも良かったんだな。』

 

ヘルダイバーの傍らに着地したリーバー機。

通信機越しに、呆れた様子のリーバーがそんな愚痴を零す。

 

『ですが、幸いにもまだ間に合ったようですね。この警告が流れているということは、まだ投下されてはいないということです。直ちに撤退行動に移りましょう』

 

ホークアイがそう具申する。

直後、ロックオンに通信が入った。

 

『やっと繋がったわ。』

 

聞こえてきたのは、夕呼の声だ。

 

「数時間ぶりだな、ミス・コウヅキ。』

 

網膜投影越しに映し出されたのは、安堵の表情を浮かべた夕呼の顔だ。

 

『状況は分かってるわよね?脱出ルートを送るわ。そこが確保できるギリギリのラインであり、最も短い時間でたどり着けるルート。』

 

「同時に、一番危険でもあるんだろう?」

 

『そうよ。詳細はCPから聞いて頂戴』

 

そう言って、夕呼からCPへと通信相手が変わる。

 

『CPよりウルズ01へ。先程の戦闘エリア全域に発せられたコード666により、戦場に展開する部隊に少なからず混乱が出ています。』

 

共有されたリアルタイムでの戦況。

芳しくないことはすぐに察することができた。

 

『これにより、先程から散発的に部隊の一部が独自の判断で後退を開始しています。これにより、脱出ルートの安全が確保できない状況です。』

 

追加でデータリンクに新たに共有された情報の中に、G弾による詳細な被害予想範囲と、先程夕呼が言っていた「最短の脱出ルート」が表示される。

 

『副指令からも聞いたと思われますが、既に投下まで残り僅かです。危険ですが、このルートを強行突破して相模湾の友軍艦隊を目指して下さい。』

 

「強行突破ねぇ・・・このタイムリミットだと、結構ギリギリってところか。」

 

『はい。なので、すぐにその場から撤退を開始して下さい。』

 

「ウルズ01、了解だよ。」

 

そう返すと、再び相手が夕呼へと戻る。

 

『そういうことよ。無事に辿り着くのがまず先決。突入部隊が無事とあれば、功を焦ってG弾投下を強行した連中が少なからず不利益を被るはずよ。』

 

「そこからは、あんたの出番だな?」

 

戦闘に入る前に交わした会話。

戦場ではロックオンが、交渉やそういう手合いは夕呼が。

 

『これで、予定よりもG弾の威力が低いなんて話になったら、尚更つけ込めるってものよ。』

 

「頼むぜ、ミス・コウヅキ。こんな風に扱われたんじゃあ、先に逝っちまった連中が浮かばれねぇからな?」

 

そう会話を交わすと、通信を切る。

 

『ウルズ02よりウルズ01へ。既に撤退行動に移った部隊を除くと、残っているのは門周辺の部隊と我々脱出してきた部隊のみのようです。』

 

「OK。オープン回線で呼びかける。いつでもいけるようにしておけ。」

 

『了解です。』

 

そうして、ロックオンはオープン回線にすると同時に喋り始める。

 

「既に全員わかってると思うが、ここには上から新型の対ハイヴ兵器とやらが降ってくる。よって、現ポイントを放棄し、離脱する。」

 

そう言うと、ロックオンは各部隊のデータリンクに脱出ルートを共有させる。

 

「残った部隊は俺たちの部隊に続け。上が決めた出来レースみたいなことで死にたくはないだろう?強行突破して、帰るぞ。俺たちの家に」

 

有無を言わせぬ態度で、ロックオンはそう言うと最後にこう付け加えた。

 

「帰ったら祝杯だ。生き残ったやつが、勝者なんだからな?」

 

そうして、決死の脱出劇の幕が今度こそ上げられた。

 

 

 

 

 

 

やがてウルズ小隊を含んだ一団が安全圏へと達した頃。

横浜の地にG弾を搭載した再突入型駆逐艦が到着し、突入殻が分離された。

地上に出現した光線級を含んだ新たなBETA集団によってレーザー対空射撃が開始され、攪乱のために同時投下された軌道降下爆撃による突入殻だがレーザーがそれらを破壊していく。

しかし、レーザーはG弾を抱えた突入殻に直撃することはなかった。

そうして、起爆装置が作動。

少しして臨界状態に達したG弾が突入殻から解放され、横浜ハイヴへ落ちていく。

やがて出現する巨大な2つの紫と黒の大きな球体の塊。

それは、地表構造物を破壊し、周囲の何もかもを巻き込み、呑み込んでいった。

 

1999年9月5日2000。

 

この日、人類史上初めてハイヴの攻略に成功した。

多大な犠牲の先に、人類は初めてハイヴの攻略に成功した。

 

しかしそれは、様々な思惑が絡み合った先に得た結果だった。

 

この結果が、何を生むかはわからない。

 

ただわかっていることは、横浜ハイヴは陥落し、人類は初めて奪われた地の奪回に成功したということだった。

 

 

 

 

 

 

物語はここに、1つの終わりを示し、同時に1つの始まりを示す。

先に待つのはどのような結末か。

それは誰にもわかりはしない。

 

狙撃手が得たものはなんであったのか?

 

それは、この先を見てみなければわからない。

さあ進もう、次の舞台へ。




正直、2週間近くにわたって書いたものとしては大きく心残りが残るものに。
どうにもうまくまとめられず、時間軸や戦場の模様などの描写はおざなりになってしまいました。
正直なところ、ここが前に頓挫した一番のネックな部分でありました。
なんとかしましたが、なんとかなってないのが現状です。
多分、今回もまたいろいろな意見がもらえるでしょうか?
そうしていただけると、幸いです。厳しい意見も優しい意見も、もらえるというそれだけでもすごく感謝していますから。

あまり長くなってもアレなので、(勝手な)恒例の次回予告パートと行きましょう。
ではどうぞ!


犠牲の先に得たものはなんだったのか。
人の思惑というのは、必ずしも当事者の思い通りにはいかない。
故に人は、それをうまくいかせるための段取りを行う。
陰謀渦巻く戦場で、狙撃手は何を見たのか。

次回「対外折衝」

政治とは、彩り代わる万華鏡。

イメージED「罠/THE BACK HORN」


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story12「対外折衝」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りします。

さて、今回は前みたいに幕間のお話です。
なのであんまし進んでいません。
あれ何ですよね。話のタイトル考えるって難しい!

君は知るだろう。段々ネタに新鮮味が感じられなく恐怖を(ぇ

ではどうぞ。

イメージOP「Rock on/ナノ」


1999年8月9日。

旧横浜ハイヴ内、地下茎構造内部および広間部周辺。

まだ青白く光る壁に囲まれたその中を、ゆっくりと進む一団がいた。

それらは全て、国連軍カラーのF-15Eだ。

彼らは今、陥落した横浜ハイヴの内部を進み、反応炉がある区画を目指して進んでいた。

彼らに命じられた任務は、ハイヴ内部に残ったG元素の捜索と回収、内部構造の探索、様々な情報の持ち帰り、そして反応炉の確認だった。

 

G弾2発の攻撃によって大きくその機能を喪失したハイヴが、その後にどうなるか。

 

ここで行われる様々な調査は、次のハイヴ攻略に大きく貢献する。

だからこそ、国連軍と米軍は未だ立て直しに忙しい帝国軍や大東亜連合軍に代わって調査隊を派遣していた。

 

『ブラボー01よりCPへ。現在、深度1300m。中枢区画へ到達した。これより、担当区画の探索を開始する。』

 

『CPよりブラボー01。そちらから送られてくる映像は激しいノイズだらけだ。恐らく、中継用のケーブルが一部破損した可能性がある。万が一の場合は、記録の回収を最優先とする。』

 

『ブラボー01、了解(コピー)。』

 

派遣された調査隊の1つであり、奥の中枢区画そ任されたブラボー中隊は、その場所にある大きな広間(ホール)部に差し掛かっていた。

 

『すげぇ大ホールだ・・・!』

 

『床が・・・それ自体が光っているのか、これは?』

 

ブラボー中隊の何人かの衛士が、初めて見る幻想的な光景に、感嘆と畏怖が入り混じった声をあげる。

 

『ブラボー01よりCP、BETAの反応は皆無だ。全センサーで確認。』

 

中の状況と周囲の索敵を行なっていたセンサーに反応がないことから、ブラボー01がそうCPへと報告する。

 

『CPよりブラボー01、G弾の影響による破壊状況の変化も細大漏らさず記録せよ。』

 

『ブラボー01、了解。』

 

前へと進み続けるF-15E。

 

『・・・専門家じゃあるまいし、そんなのわかるかよ・・・』

 

ブラボー01は、中の状況を確認しながらそう愚痴を零した。

 

『大体こっちは、壊れる前がどんな状況だったのかわからねぇんだしよ・・・』

 

『ブラボー02よりブラボー01。中隊全機、レコーダー回しっぱなしにしています、中尉。』

 

『よし、優秀だ。中隊全機、このまま前進』

 

前進を続けていると、CPから再び通信が入った。

 

『CPよりブラボー01、デルタ中隊が数体の敵と交戦中。残敵に警戒せよ』

 

『ブラボー01、了解。中隊各機、周囲の警戒を怠る―――――』

 

『中尉!』

 

静かな大ホールの中を進んでいると、中隊の1機がブラボー01を呼ぶ。

彼を呼んだのは、ブラボー05のコールサインを持つ衛士だった。

 

『ブラボー01よりブラボー05。一体どうした?』

 

そう問い返すと、少し動揺した様子のブラボー05の声が返ってくる。

 

『あれは、なんでしょうか・・・?』

 

ブラボー05のF-15Eの手が上を向き、その場所を見るよう促すように、ある方向を指差す。

 

『CPよりブラボー01。状況を報告せよ』

 

バイタルに変化があったのだろう。

変化に気づいたCPがブラボー01に状況の確認をしてくる。

 

『ブラボー01よりCP。少し待ってくれ。』

 

彼は網膜投影越しに見える暗がりの中の光景をはっきりと見るため、カメラやセンサー類などをナイトヴィジョンへと切り替える。

 

『ホールのど真ん中・・・なにかあるぞ?』

 

『ブラボー03よりブラボー01。こちらでも確認できました。あれ・・・何かの柱のようにも見えます。」

 

中隊各機がその場所に注目し、望遠モードで「柱のような何か」を見ようとする。

 

『こちらブラボー01。ホールの真ん中に柱のようなものが天井から床まで伸びていて、その中央部に透明になっている部分が見える』

 

『―――――ブ、ブラボー05よりブラボー01!あの柱、1つだけじゃありません!すごい数だ・・・!』

 

『みたいだな・・・。こちらブラボー01、これから最大望遠で確認する』

 

ブラボー01は網膜等越しに映る光景を段々と拡大していき、ノイズキャンセリングをかけながら徐々にその柱の正体に近づいていく。

 

『CPよりブラボー01、状況を報告せよ。メンタリティが、極度の緊張状態を示している。』

 

CPの声を流しながら、最大望遠で柱を注視するブラボー01が、暫くして呻き声のようなものをあげた。

 

『な・・・こいつは・・・!』

 

『CPよりブラボー01!状況を報告せよ!繰り返す、状況を報告せよ!中尉!』

 

焦った様子のCPの声は、彼には届いていなかった。

それはなぜか?

 

『―――――くそったれ(Shit)!なんてこった・・・!』

 

直後、ブラボー01が声を荒げた。

それに気づいたCPが再度状況を確認する。

 

『CPよりブラボー01!一体何があった?直ちに状況を―――――』

 

『―――――人間、だ・・・』

 

衝撃的な一言。

 

『CPよりブラボー01!生存者か!?ブラボー01!』

 

人間だ、という言葉にCPは焦った声を上げた。

もしも生存者がいるとすれば、それは奇跡だ。

しかしその希望も、次の言葉で打ち砕かれることになる。

 

『―――――人間の(Human‘s)・・・脳だ(brain)・・・!』

 

そこにあったのは、人間の脳。

培養液のようなものに浸された人の脳が、柱の中に収納され、その柱が無数にその場所に在った。

それはまるで墓標だ。

そこにあった脳の正体はーーーーーこの横浜において、行方不明となった人間達の成れの果てであった。

 

 

 

 

 

明星作戦。

1999年8月5日に行われたこの作戦において、人類はついにBETAの侵攻によって奪われた領土を取り戻した。

しかしそれは、戦術機や人の手によるものではなく、BETA由来の元素である「G元素」と呼ばれる未知の物質によって作り出された新型兵器によるものだった。

 

―――――G弾。

 

それは、人類がBETAの技術を流用して作り出した核に変わる新たな人類の「神の火」。

 

「5次元爆弾」と呼称されたそれは、重力によって敵を圧殺する兵器だ。

臨界に達すれば、重力異常を引き起こすだけでなく、様々な影響を核とは違った形で残す兵器だった。

 

しかし、明星作戦においてハイヴを直接攻撃するために投入された2発のG弾は、結果として期待された性能には満たない「欠陥品」であるという事が、白日の下に晒されることになってしまった。

米軍が中心となって行われていたこの決戦兵器たる「G弾」の研究段階で想定されていた威力に比べて、その効果範囲は想定よりも低かったのだ。

更にもう1つ、彼らにとって誤算だったことがあった。

それは、米国政府とG弾投入を当初から予定していた一部の国連軍高官によって、突入部隊との通信途絶を口実にG弾投下が決定され、米国政府からの圧力もあって、帝国政府に対して一方的にこれを通達したが、可能性があった筈の「戦術機によるハイヴ攻略」を早期に放棄しただけでなく、結果的に突入部隊の生き残りが多くの戦力を残したまま無事に生還したという事実からG弾投下に対して多くの方面から疑問の声があげられたのだ。

 

なぜ、あんなにも早く部隊を切り捨てたのか?

戦力の逐次投入を行わず、なぜあのような形でG弾投下に踏み切ったのか?

それだけでなく、この急なG弾投下によって、情報が錯綜する戦場に置き去りにされた多くの兵士が戦死、あるいは行方不明となってしまったのだ。

今回の作戦において最も積極的に動き、自国の領土内にハイヴを抱えているの立場である日本帝国政府は、一方的にG弾投下を通達してきた米国政府に対して猛抗議を行なっていた。

1番の被害を受けていたのは、帝国軍だったのも大きかった。

 

「少なからず戦術機によるハイヴ攻略の可能性があったのにも関わらずそれを切り捨ててまで、G弾投下に強硬に踏み切る必要があったのだろうか?」という意見と共に、この作戦でG弾の威力を目の当たりにしたユーラシア各国ばかりではなく、アフリカ諸国の一部でも脅威論が噴出し始めた。

 

これが後の、「G弾脅威論」である。

 

これに対して、G弾投下に踏み切った米国政府側や国連の一部上層部の人間たちは強硬にG弾のその威力とハイヴを陥落させたという事実を傘に反論し、また、逆に米国案を元々支持していた国々は、威力の実証によってより強硬にG弾の使用を主張し始める。

 

結果的に、この作戦で第5計画の優位性を示そうとした一部の急進派の暴走とそれを利用しようとした上層部は多くの反対意見を受けたことによって勢いを削がれる形になっていた。

それに対して、この作戦を主導した香月夕呼を含めた第4計画側は一定の戦果(ハイヴ内の構造などの新たなデータや戦闘データに加えて、ハイヴ攻略戦における貴重なデータ収集など)を挙げており、G弾脅威論に後押しされる形で優位に立つことができたのだ。

それがたとえその状況が期限付きであったとしても、想定よりも威力が低かったとはいえ、実際のところは核以上に危険な代物であるG弾集中運用によるハイヴ攻略を唱える第5主導の合衆国による案と、情報収集と共に、情報戦と人類の技術力を持ってBETAに対抗すべしという第4の案は、帝国政府が後ろ立てにあると同時に、水面下で第4計画を支援してきていた者達の働きもあって、ようやく優位に立ち始めていた。

 

そして、今回行われたハイヴ攻略戦において奪回された横浜の地に、第4計画主導による基地が建設された。

 

国連軍・横浜基地の誕生である。

 

旧帝国軍白陵基地の跡地に建設されたそれは、かつての白陵基地よりも大きな規模になり、そして同時に、人類の希望の象徴として扱われるようになる。

人類が初めて、BETAから人類の領土を取り戻した地として。

 

だが、それでも尚、この地を忌み嫌う者もいた。

 

彼らは一様にこの地をこう言った。

 

ーーーーー忌むべき土地だと。

 

 

 

さぁ始めよう。

物語の第二幕を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪夢の1998年、そして激闘の1999年を経て、20世紀は終わり21世紀へと移行した初めての年と初めての月。←2000年の話をしてるように見えるが、21世紀は2001年からなので間違い?

前年の横浜ハイヴ陥落後に跡地にて建設が開始された国連軍・横浜基地は、仙台からその機能の一部を元に戻していた。

基地全体の完成はまだ先であり、2001年の初頭が完成予定とされていたが、1月の段階で既にAL4占有区画は稼働を開始し、帝都大にあった研究機関そのものはこの横浜基地へと移設された。

同時に、仙台に臨時で移されていた衛士訓練学校もこちらに移設。

いよいよ、AL4計画の前進基地としての機能を果たし始める。

 

2000年1月。

 

この地で、次なる反撃の準備が始められた。

 

 

 

 

 

 

市街地。

その中を、何機もの戦術機が駆け抜ける。

94式戦術機「不知火」だ。

彼らは互いに別々の部隊に所属するが、同じ機種同士での戦闘を行っていた。

中隊同士での戦いは、12:12で、未だ数はお互いに減っていない。

 

『デリング01よりデリング全機へ!ヴァルキリーの連中に目にものを見せてやれ!』

 

『ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ!デリングの連中に後れを取るなよ!』

 

互いに一歩も引くことなく、高度な連携によって一進一退の攻防を繰り広げていたのだ。

彼らは今、「ある物」を評価するために、シミュレータを用いて中隊同士での対人戦を想定した模擬戦を行っていた。

 

 

 

 

「G-OSの調子、良いようですね。」

 

模擬戦の様子をモニタリングする部屋の中で、1人の女性が言った。

 

「ああ。俺たちがせっせと収集していたデータが役に立ったってことだな。」

 

彼女にそう返したのは、彼女の上官にあたる男性だ。

 

「先行量産型のG-OS・・・。1か月に及ぶ突貫の慣熟訓練の甲斐もあって、随分とうまく使いこなせるようになったようで。」

 

「ああ。これで、ようやく今回の新型OS開発もある程度の区切りをつけることができるってわけだ。」

 

モニターを見つめる男女―――――ロックオンとホークアイは互いに視線を合わせて言葉を交わしていた。

 

5か月前に行われた明星作戦。

この作戦において、少なからず被害を受けたA-01連隊のデリング中隊とヴァルキリー中隊。

特技は、この2つの部隊の再編に合わせて、新型OSを実装したシミュレータ及び実機による慣熟訓練を要請し、これと並行して新型OSである「G-OS」の評価試験を行っていた。

これは、今回ロックオン達特技が開発した「G-OS」の量産化に向けた評価試験でもある。。

これによって、一般兵向けの仕様である「G-OS」が実用化できれば、当初の予定通りこれまでの戦闘による生存率を大幅に上げることが可能となる。

 

その為のテストベッドとして、先行量産仕様の「G-OS」の運用試験を行う対象としてA-01連隊の2つの中隊に白羽の矢が立ったのだった。

 

実用化に至れば、最初の提供先は帝国であると予想していたロックオンは、A-01連隊が運用する戦術機が帝国軍が開発した「不知火」であるという点について好都合であると考えていた。

そうすれば、少なくとも不知火を運用する部隊に対してはスムーズにOSの変更ができ、今回の運用試験を元に作成されるマニュアルによって慣熟訓練の難易度もぐっと下がるはずだからだ。

 

「このままいけば、俺たちの計画の後ろ盾になってくれてる帝国の連中に恩を売ることもできる。」

 

さらには、特殊技術研究部が独自に開発した97式練習機「吹雪」を改修した「雪風」をはじめとした4機で得たデータに加えて、「ヘルダイバー」で得たデータ。

これらを日本帝国の兵器開発部門関連に売り込みに使えば、既存の機体を上回る戦術機の開発も夢ではないとロックオンは考えていた。

 

実際、この頃の帝国政府は、かつて大日本帝国が開発した零式艦上戦闘機の開発において起こした過ちを繰り返した結果、高い性能と量産性を両立しながらも尖った設計であるがゆえに拡張性が殺されてしまった「不知火」の改修計画、ならびに素案であるものの、のちに実戦配備される00式「武御雷」とは別に新型機開発を巡って、帝国の軍内部では多くの議論が行われていた。

 

「これがうまくいけば、”あんな兵器”に頼らずともハイヴ攻略が可能になると?」

 

「・・・そういうことだな。」

 

ホークアイが言う「あんな兵器」。

その言葉を聞いて、ロックオンは5か月前の出来事を思い出していた。

 

明星作戦の最中、アクシデントに見舞われたために一度は見捨てられた自分たち。

しかもその理由は、出来レースにも近い理不尽な理由。

自分たちはそれに抗い、生き恥を晒したとしても次に活かすために撤退を決断し、少なからず犠牲を払いながらも生還を果たした。

 

相模湾にたどり着き、安全圏に到達したまさにその瞬間。

自分たちの背後に光が溢れ、現れたのは2つの黒い球体。

 

G弾という新たな兵器は、その威力を遺憾なく発揮し、ハイヴそのものを押しつぶした。

その光景を、自分の目ではっきり見たのだ。

 

「あんな形でーーーーー上の連中の身勝手で死ぬような目に遭うなんて事、誰も納得しないだろうさ。だからこそ、それを少しでも減らすための1歩がこいつだ。」

 

既存の戦術機運用のために必要なOSの性能を遥かに上回る「G-OS」を使えば、たとえ新兵であろうとも生き残る確率は大幅に上がるのだ。

それはまさに、有限の戦力で無限の戦力を持つBETAと消耗戦を続ける人類側にとっては、夢のOSだった。

夢を夢で終わらせないために、この運用試験は様々な意味で重要な行程だった。

 

新型のOSという事象1つでどうにかなる事ではないが、夢だった事は今、確かに、現実に一歩ずつ近づいていた。

 

 

 

 

 

 

某所、会議室。

そこでは、オルタネイティブ 計画の内容に関する会議が行われていた。

議題は、オルタネイティブ第4計画の今後について、といったところか。

夕呼を中心としたAL4の関係者と、国連軍の高官など、様々な人間たちが一同に介していた。

 

「それではまず最初に、以前の取り決めでもあった横浜基地の今後の運用についてです。」

 

今回議題に挙げられたのは、2000年以降のAL4計画に関する最も重要な拠点である国連軍・横浜基地についてだ。

 

「当初の予定通り、本格稼働は2001年初頭を予定しています。現在の稼働率は40%程ですが、これで停滞していたAL4計画における研究を再開する事が可能となりました。」

 

モニターには現在の基地の状況などが大まかに表示されていく。

現状、横浜基地は前述した通り未完成であり、基地本来の機能を果たすようになるまでは1年ほどかかる状況であった。

それでも、AL4計画の本来の目的を果たすための下準備としては十分であり、研究材料であるハイヴ自体も、非公式ながら稼働状態で基地の地下深くに封印されている状態だった。

これだけの規模の代物をAL4計画が得るにあたって、様々な方面からの支援、そしてなにより夕呼やその関係者が奔走した事が大きく関係しており、同時にこの計画に関して少なからず期待が寄せられているという証拠でもあった。

 

しかし、それを面白く思わない者もいる。

 

「はたして、この基地もいつまでもつやら、ですな。」

 

「なによりも、です。このような荒唐無稽な話は実現するとは考え難い!」

 

発言をしたのは国連軍の高官の1人で、彼自身はAL4計画に懐疑的な感情を持つ人物であった。

これは、彼だけに限った話ではない。

 

ここで、改めてだがAL4計画に関する大まかな概要の話をしよう。

 

この計画は、過去に行われたオルタネイティブ第3計画の流れを組んでいる計画であった。

オルタネイティブ第3計画は、人工ESP発現者を使ってBETAとのコミュニケーションーーーーーつまり、相手が会話可能であり、交渉が可能な相手かどうかを見極めるのが主な目的であった。

しかしこの計画は、パレオロゴス作戦の失敗を機に凍結され、やがて第4計画へとシフトしていく。

 

そして、次の計画であるオルタネイティブ第4計画の目的とは、「ある要素」、或いは「ある因子」を用いて対BETAの諜報員を生み出し、そこから得た情報を元に通常兵器でオリジナルハイヴを含めた地球上のハイヴを攻略、という内容だった。

 

ここで言う「ある要素」、或いは「ある因子」とは、人類が定める生命体を認識しないBETAに対して、「生体反応0、生物的根拠0」の存在の事であり、夕呼は独自に「00ユニット」と呼称していた。

 

これら全ての要素を揃えるために、まず夕呼がやった事は第3計画の接収だ。

そこから、自分の理論や様々なパイプを使ってPRし、第4計画始動までこぎつけた。

しかし、計画が始まったとしてもこれらの条件を満たすためには膨大ない時間と資金と、人員とが必要になる。

たった1人の、しかも日本人の女性に、簡単に耳を貸すような人間は1人もいなかった。

むしろ、絵空事だと一笑に付す人間の方が多かった。

 

それでも彼女は諦めず、ようやくここまで来たのだ。

 

しかし、事ここに至っても尚、彼女の存在を、第4計画の存在自体を良しとしない勢力があった。

 

それが、5つ目ーーーーーつまり、第5計画の存在だ。

G弾もまた、第5計画が推進し、生み出された決戦兵器であった。

彼らは世論の批判を浴びて尚、自分達のとるべき道こそが正しいと、それ以外は全て無駄であると断じていたのだ。

それは、あれだけ批判を浴びても変わる事はなく、むしろその勢いは対外的には削がれていても、内面的には削がれるどころか火に油という状態であった。

 

これは、一時的にとはいえ計画における優位性がG弾によってAL4側に傾いたのが大きい。

 

「では、貴方方はあのG弾という兵器を使う方が余程現実的であると、そう仰りたいのでしょうか?」

 

夕呼側の人間の1人が、そう返す。

 

「そうだ。現に、あの兵器があったからこそ、今回のH:22目標の攻略は成ったのであろう?」

 

結果のみ見れば、そうなる。

しかし、この発言に対しての反論が投げかけられる。

 

「しかし、仮にそうであったとしてもあの破壊力に加えての二次被害は凄まじいものです。かつて行われた水爆実験のように、人体実験紛いの行為をしなければならない。」

 

それは、G弾を使った土地に残る、いわば「後遺症」だ。

 

「現に、G弾使用後のあの土地には草木一本生えていません。一部例外はありますが、不毛の大地と化しているのです。これは、核以上に大きな二次被害を残しているのは自明の理です。」

 

これは、国連軍・横浜基地を建設するにあたって米軍を中心に調査が行われ、提出された報告書によって非公式ではあるがここにいる人間全員がわかっている事実であった。

 

「このままG弾集中運用による対BETA戦勝利を目指すのであれば、それはつまり人類の母なる大地である地球そのものを破壊するに等しいのですよ。それがわかっていながらーーーーー」

 

「だがしかし、君たちが推進する計画における「対BETA諜報員育成」自体も眉唾に等しいものではないか!現に第3計画では成果が出せず、頓挫している前例もある!」

 

やがて議論は白熱し始め、暫くの間熱の篭った声が飛び交う。

そうして熱がピークに達した時、1人の男性が声を上げた。

 

「ここで、このような議論を行っても仕方がないでしょう。これでは、話がまとまらない上に、お互いに禍根を残したままになってしまうのではないでしょうか?」

 

淡い緑色の髪に、中性的な顔立ち。

国連軍の軍服に身を包んだ男性は、夕呼サイドに立つ国連軍の諜報部の人間だった。

 

「君は何者だね?」

 

自分達の声を遮ったことに苛立ちの声を上げたのは米軍における第5計画推進派の軍人だ。

 

「E・A・レイと申します。所属は国連・諜報部所属です。階級は、中佐となっております。」

 

努めて冷静に、むしろ諭すようにして優しい声で語りかけるE・A・レイ。

 

「それで、レイ中佐。君は我々に何が言いたいのかね?」

 

「小官は、当計画における一部の成果を皆様にお見せ致したく同席させて頂きました。これは、この計画を進めるにあたって皆様にもとても有意義ない時間になると思われます。」

 

そうして彼は、指示を出すとモニターに新たなデータを映し出す。

 

「これは、5か月前の作戦において収集された戦闘データと、ハイヴ内部における新たなデータ。そして、我々が独自に開発したあるものと、ある研究の成果です。」

 

そこに映し出されたのは、戦闘データに加えて、特技研が開発したいくつかの新兵器、そして「ある研究」の研究データであった。

 

「GN粒子。これは、BETAとの対話をも可能とする可能性がある粒子です。」

 

それは、イオリア・シュヘンベルグが提唱した理論を立証する過程で見つかった粒子の名称であり、イオリアが人類の希望として考えているものだ。

今回、情報公開のために用意した研究データは、イオリアが既に公開しても問題ないと判断したものである。

 

そうして、彼は宣言した。

 

「これが、人類救済の真の一歩です。」

 

 

 

 

 

 

 




はい、前日譚も終盤に入ってまいりました。
あれ・・・?このセリフ前も言ったような・・・?

さて、と。
あと1、2話やったらTE編に行きたいなーなんて思ってます。

その時はどんな試作機持っていきましょうかね。
アクティブイーグルなんて機体もありますが、原作よりも魔改造する流れにもっていきましょうかね(やるとは言ってないし、やれるとも言ってない)

ではでは、お次の話に乞うご期待!(ウルトラマンティガ次回予告風)

~(勝手な)恒例の予告パート~

世界はいまだ1つにならず、勝利を得て尚、安息の日はない。
なぜならそれは、未来が定まらぬからだ。
明日の担い手を巡り、世界はますます混沌を極めていく。
戦うべきは何なのか、何のために戦うのか。
そんな迷いだらけの世界の中で、現実は答えを急かしていく。
次なる一手のために、混迷の空を翔る1体の巨人。

次回「新たな翼」

その系譜に新たな血統が加わる。


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story13「新たな翼」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

はい!相変わらず前振り無しの新キャラ登場していきます。
いやー、名前作成メーカーって便利だなぁ!
そろそろ小隊規模は辛くなってきたんですよね()

短い間で仕上げたものなので、またまた相変わらず拙い文章となっています。

あと、割とマブラヴって世界の歴史的なのが2000年に近づくにつれて正確に把握するのが難しくなっていくみたいなんですよね・・・(
サイドストーリーに関しても、ホビー誌に掲載された当時のものと、そこから肉付けされたりして再構成されたストーリーだと中身が全然違ったり、他にもゲーム版の帝都燃ゆが、アニメ版に比べると割と濃い目な内容だったり、まだまだ知らなきゃならないことがたくさんあって冷や汗だらだらです。

自分自身でも各種設定や登場人物に関して忘れないように別所に設定を書き出して保存してあるんですよね。

あっと、前書きがこれ以上長引くとただでさえだらだらした文なのにさらに読んでくださる方々に負担を強いてしまう・・・!(震え声)

では、どうぞ。

イメージOP「Garnet Moon/鳥谷ひとみ」


フェニックス構想。

それは、マグダエル・ドグラム社を吸収合併したボーニング社が、今現在主力である第2世代戦術機を、一部の改修のみで安価に第3世代機相当にまで機体性能をグレードアップさせる構想だ。

 

1999年後半の段階で、G弾とのセット運用を求めた米軍において開発されたYF-22とYF-23。

この2つの機体は次期主力機の座をかけたコンペで争い合い、最終的にYF-22に軍配が上がった結果、米国における第3世代機はF-22「ラプター」と呼称された戦術機になった。

この機体は既存の戦術機全てをねじ伏せる性能を持っており、高いステルス性能に加えてこれによる集団戦法は、東西含めてどこにある戦術機であろうと勝てるはずのない程に強力なものであった。

 

故に、生産には高いコストがかかる。

現状の急務は対BETA戦であって、将来的に起こるであろう対人類の戦いではない。

だからこそ、企業群は生き残りをかけて様々な方法をとってきた。

その方法の1つが、フェニックス構想である。

今回は、その実証試験としてベース機をF-15Eとし、これの改修を行なって評価試験を行う形となっていた。

 

「これが、フェニックス構想の概要です。」

 

特技研のオフィス内。

吹雪を改修した戦術機である吹雪改1号機〜4号機(雪風、初風、磯風、浜風)に加えて、F-14の改修に改修を加えた魔改造機である「ヘルダイバー」。

特技研は現在、これらのデータを反映し、ある程度の改修用パックの開発と、さらなる戦術機の改修案を練っている最中であった。

 

「現在、アラスカの国連軍・ユーコン基地において、ボーニング社を中心としてF-15Eの改修とその実証試験を行なっているようです。」

 

「それで?」

 

研究員の1人の説明を受けて、集められたウルズ小隊の面々の1人であるリーバーが質問する。

 

「今度はイーグルの改修でもやるつもりか?」

 

「現状、我々が自由にできるのはこの基地に配備され始めている国連軍部隊の戦術機です。F-15E、F-4E、77式(F-4J)、89式(F-15J)、94式に97式です。F-4系統の改修は、元が堅牢な作りになっているので必要はないと思われます。なので、必然的にはF-15系統か設計が似通う94式となりますが、94式に関しては帝国軍においても改修が行われています。」

 

「なら、さっきの説明じゃあイーグルも似たようなもんじゃないのか?」

 

リーバーの質問に重ねていくロックオン。

 

「はい。ですから我々は、中間案としてF-15J・・・つまり、89式「陽炎」の改修案を上層部に提出しました。これは、今回ベースに使用した97式が、89式をベースに開発されたというのも理由になっています。」

 

研究員はさらに説明を続けた。

 

「そうしたところ、以前行われた会議の後、帝国軍から快くこの89式数機が提供されることが決まりました。」

 

一旦説明が終わると、同席していてこれまで何も喋っていなかった白衣の女性ーーーーー香月夕呼が口を開いた。

 

「まあ、この間の会議で色々と材料を用意した甲斐があったわね。それでだけれど、今回の新たなプロジェクトに合わせて特技所属のウルズへの増員要請を出しておいたわ。同時に、あんたたち特技の連中には国連軍の実験小隊としてアメリカのフェニックス構想に便乗する形で、アラスカのユーコン基地で行われている「ある計画」に参加してもらうわ。」

 

ある計画―――――先進戦術機技術開発計画、通称「プロミネンス計画」と名付けられたそれは、国連軍がアラスカにあるユーコン基地で進めている各国間の情報・技術の交換を主目的とした国際共同計画だ。

外国からの新技術流入によるブレイクスルー、設計思想の硬化防止、世界的な技術水準の向上などのメリットがある一方、水面下では外国への情報流出・機密漏洩の危険性、対BETA戦後を睨んだ参加国の政治的介入や、利益獲得を優先させる企業同士の妨害工作などのデメリットも生じているという実態もある。

国連が掲げる「東西陣営の協調」「人類の大団結」という理想には程遠いというわけだ。

 

しかしそれでも、この場所に最新鋭の戦術機や各国が有する固有技術などを見れる場所でもあり、無論それは先程のメリットが有用であるという証であった。

 

「フェニックス構想におけるバックボーンであるボーニング社にある程度の許可はもらっている。だけれど、改修自体はこちらの固有技術を用いて行うわ。もちろん、吹雪改の量産向け仕様のパッケージの開発も同時並行でやってもらう。そのための増員よ。」

 

夕呼はそう言うと、手に持っていた1つの書類をロックオンへと渡す。

 

「増員予定の人員のプロフィール。今回は、そのくらいしか分捕れなかったわ。今度はもっと大物・・・人ではないけれど、それをこちら側のものにするのが目的。あとは流れがどうなってくるかよ。と、いうわけで、あとは任せるわピアティフ。」

 

夕呼以外にもう1人、夕呼がもっていた書類を元々もっており彼女のそばについていた国連軍の制服に身を包んだ女性ーーーーーイリーナ・ピアティフに夕呼はそう言うと、そのまま全てを押し付けて外へと出て行ってしまった。

 

「反論の余地はなかったなぁ、中尉。」

 

「・・・慣れました。それではこれより、イーグル改修案、及び吹雪改の量産向け改修パッケージ開発の大まかなスケジュール説明を行なっていきます。」

 

彼女はプロジェクターを起動するとデータを映し出し、説明を開始した。

 

 

 

 

 

夢を見た。

あれは、G弾が横浜に落ちて数日の頃のことだ。

夢の中で見た光景は、あまりにも鮮明だったのを覚えている。

 

それは多分、誰かの記憶だったのだろう。

 

おそらくこの場所は、中東のどこかの街だ。

 

『やめて・・・!』

 

誰かの声がした。

余程切迫した状況なのだろう。

声には、困惑の色が濃い。

 

『どうして・・・!どうしてなの・・・!』

 

走る。

その場所がどこなのか、探し求めて走る。

 

『ソラン・・・!』

 

ソラン、という名を聞いて、足を止める。

聞き覚えのある名前だった。

 

『やめろ!』

 

もう1つ。

自分の記憶にある声からは随分と大人びたような声。

 

『何をするんだ!僕は神の教えを守るためにーーーーー』

 

『この世界に神はいない!』

 

ゆっくりとその場所に近づいていく。

 

『お前がしていることは、暴力を生み出すためだけの卑劣な儀式だ!』

 

建物が見えた。

その中で短い会話が聞こえ、やがて1人の青年が出てくる。

 

「ロックオン・・・!」

 

その場に立っていたのは、刹那・F・セイエイの成長した姿であった。

先ほど聞こえたソランという名は、彼の幼少期の名前だ。

クルジス共和国において、少年兵として戦った時の名前。

驚愕の表情を浮かべている刹那の手には、銃が握られていた。

そしてさっきの会話の内容。

 

「刹那・・・」

 

恐らくこれは夢なのだろう。

だがあまりにも辛い夢だった。

 

「過去によって変えられるものは、今の自分の気持ちだけだ。他は何も変わらねぇ。」

 

刹那の手かは、銃が消えていた。

 

「他人の気持ちは・・・ましてや命は。」

 

銃声が彼の背後から聞こえた。

先程の家の中だ。

振り向いた彼の手には、銃は握られていない。

どんなことをしても、過去に起こった事象を覆すことは不可能なのだ。

この出来事は、彼の記憶の中を再生しているものであって、自分自身の選択肢はあっても、結果は変わることはない。

 

「お前は変われ、刹那。」

 

ロックオンは、愕然とする刹那に言う。

 

「変われなかった、俺の代わりに。」

 

復讐に生きることしかできなかった自分のようにはなって欲しくないと。

 

夢がさめる。

意識が覚醒する寸前、歌が聞こえた。

 

 

 

 

 

「どうか、しました・・・か?」

 

横浜基地における、Lv4以上の権限を持たなければ入れないある場所にロックオンは来ていた。

その場所は丁度、香月夕呼の執務室である副指令室の隣だ。

立ち止まってあるものを見ていたロックオンを心配に思ったのか、先に中で待っていた霞が心配そうな声音で尋ねる。

 

「ああ、大丈夫だよカスミ。こいつを見ながら、少し前に見た夢のことを思い出してただけだ。」

 

彼はそう言って部屋の中へと入る。

自動ドアが閉まり、部屋の中は暗闇に包まれた。

いや、中心に置かれている「ある物」から漏れる光でゆらりと部屋が照らされる。

 

それは、シリンダーだった。

 

中は何かの溶液で満たされている。

シリンダーの中に入っているのは、生きた人間の脳(・・・・・・・)だ。

 

「・・・・・」

 

シリンダーに手を触れて、ロックオンはただ無言のままでシリンダー内の脳を見つめる。

 

かつて、自分をこの場所に喚んだ存在がいた。

 

このシリンダーから感じる雰囲気は、その存在に近いものを感じていた。

 

「お前が、俺をこの場所に喚んだのか・・・?」

 

答えてくれる相手のいない問いを投げかける。

無論、脳が喋るわけもなく、返事は返ってくることはなかった。

 

「カスミ。コレについて、何かわかったことはあるのか?」

 

彼は振り返り、後ろに控えていた霞へと質問の矛先を向ける。

 

「(ふるふる)」

 

首を横に振って、わからないといった素振りをみせた。

 

「わかっているのは、この人が誰かに会いたいという「欲求」の色を見せているというだけです。」

 

そうして、そう答える霞。

 

「誰かに会いたい、か。」

 

思い出すのは、自分がこの世界に飛ばされる寸前に聞こえた声だ。

 

―――――助けて。

 

その声は確かに、助けを求めていた。

誰に助けを求めていたのだろうか?

恐らくは自分なのだろう。

しかし、その声が求めているのは自分への助けと同時に、他の誰かを助けて欲しいというものだった。

 

「お前は、誰に会いたくて、誰を助けて欲しいんだろうな。」

 

シリンダーに額を当てて、問いかける。

やはり、返ってくるのは沈黙だけだ。

 

「・・・・・やはり、わからないです。」

 

しゅん、と、うさ耳カチューシャが垂れる。

霞は申し訳なさそうな様子でロックオンを見ていた。

 

「大丈夫さ。いずれ、わかる時がくるんだろうさ。だが、もしも計画がお釈迦になれば全部終わりだ。」

 

そっと離れると、ゆっくりとシリンダーに背を向けて出口へと歩き出す。

 

「勿論、そんなことはさせねぇよ。折角拾った命だ。俺たちを一度は捨てた連中への礼もできてねぇしな。」

 

首だけ振り向かせて後ろを向いて、2人(・・)にウィンクを送るロックオン。

そうしてドアが開くと、ロックオンは部屋を後にした。

 

「・・・・・」

 

部屋には、霞とシリンダーが取り残される。

 

「・・・・・色が」

 

彼が部屋を出る瞬間に言った言葉。

それを聞いてから、霞には一瞬だけ、シリンダーから違う色が感じられた。

 

それはとても、暖かい色だった。

 

 

 

 

 

 

2000年7月。

世界情勢は情勢は今、更なる混乱の一途を辿っていた。

事の発端は、キリスト教恭順主義に傾倒した国連職員により、明星作戦において使用された2発のG弾の投下地点である横浜ハイヴを中心とした爆心地の写真と様々なデータが暴露されたのだ。

その実状に触れた米国議会内でも、今後のG弾運用に疑問を持つ派閥が現れ始めた。

同時に、G弾脅威論に賛同していた国々の中から、オルタネイティヴ計画そのものの是非を問う動きが出始める。

これがやがて、反オルタネイティブ計画思想を生む結果となってしまった。

そんな中でも、オルタネイティブ第4計画は人類を救済するために着実な一歩を進んでいる。

 

滅びの道に、抗うために。

 

 

 

 

 

 

 

『そら、追い込んだぞウルズ07!』

 

仮想空間。

シミュレータ内で網膜投影越しに視界に広がるのは森林地帯だ。

 

「わかっているわ!」

 

味方の光点が、敵の光点を追い詰めていく。

 

「ウルズ07、FOX3!」

 

森林の中で、少し開けた場所に誘導されてきたのは、国連軍カラーのF-15Jだ。

そこ目掛けて、ウルズ07の乗る戦術機の持つ突撃砲の銃口から口径36mmの銃弾が放たれる。

後方から追いすがっていたもう1機ーーーーーウルズ04のコールサインの衛士が乗る戦術機が、同時に銃撃を行った。

しかし、F-15Jはそれをすんでのところで回避し、再び森の中に匍匐飛行で消える。

 

「また逃した・・・!」

 

2人が乗るのは、統合名称「雪風」と呼称された97式高等練習機「吹雪」の改修機、試製97式戦術歩行戦闘機「雪風」だ。

元々、別名称であった「磯風」「浜風」は、「雪風」も含めて多くの局面に対応できるよう、量産向け改修パッケージの実験台として全て同じ仕様へと変更され、改めて「雪風」という名称が付けられた。

 

狙撃仕様に改修されていた「初風」のみ、これまで通りの運用を行なっているため、最後まで当時のままなのは「初風」1機のみとなった。

 

話が逸れた。

 

今回のシミュレータを用いた模擬戦闘訓練は、全てG-OS使用を前提とした慣熟訓練も兼ねており、同時に異機種同士による模擬戦を行う事で双方の戦闘データの収集などが主な目的であった。

 

『ヤマシロ少尉、追うぞ。』

 

「ふん!先任だからって、私に命令しないで頂戴!」

 

『ハッ・・・!その意気だ!』

 

F-15をベースとした新たな戦術機開発計画。

帝国軍からの派遣及び技術交流を目的として、「白き牙」中隊に籍を置いていた山城上総は今、特殊技術研究部に身を置き、シミュレータを使っての模擬戦を行っていた。

 

 

 

山城上総という女性は、1984年に外様武家の1つである山城家の長女としてこの世に生を受けた。

外様武家というのは、5摂家、そしてその下に位置する譜代武家よりも更に下の階級に位置する武家の事だ。

斯衛における階級付けは色によって決まっている。

 

紫は、最高位である政威大将軍。

 

青は、将軍を輩出する5摂家。

 

赤は、五摂家に近い有力武家。

 

山吹は譜代武家を指す。

 

そして、上総が位置する一般の武家や外様武家が纏う色は、白。

 

武家以外の一般の衛士が斯衛に入った際には、黒を纏うのが通例となっている。

 

つまるところ、その他大勢が白と黒なのだ。

彼女は14歳で、新米の斯衛の衛士になるべく訓練校へと入学。

同期になったのは、譜代武家の1つである篁家の長女、篁唯依だった。

将来に纏う色は山吹色であり、最高位の紫や青、そして赤を除けば一番上に位置するのが譜代武家であり山吹であった。

白という立場の上総は、唯依と出会った当初は彼女に強い対抗心を燃やしていたが、訓練を経てそれは友情へと変わり、2人は親友同士という関係性になっていた。

上総は、同期の同じ武家の少女たち、そして唯依と共に、京都防衛線の最中、初陣を飾った。

この戦いで重傷を負うも生還。

これにより戦場から長く退いたが、前年に行われた明星作戦より少し前に現場復帰。

ある人物の推薦もあり、試製98式戦術機もとい、00式戦術機「武御雷」の先行量産機を運用する大隊へと編入となりそれに合わせて篁唯依が所属する「白き牙」中隊へ所属することになった。

作戦後は、唯依と共に不知火改修計画におけるプロジェクトチームの衛士として任務に従事し、帝国軍が開発する「ある兵器」の開発にも関わっていた。

 

今回彼女は、前述したように技術交流という名目で、帝国軍の技術部から高い評価を受け、強い興味を持たれていた国連軍太平洋第11方面軍の横浜基地に存在する国連軍の特殊技術研究部、通称「特技研」の技術試験部隊「ウルズ」へ一時的な転属という形で派遣されていた。

4月付けで転属されたため、5月における本土奪還作戦で初めてウルズの一員として初陣を飾ったが、その際に出された命令は後方待機。

そのため、帝国軍から国連軍への異例の移籍後は目立った実戦には加わらず、横浜基地で行われるF-15の改修プロジェクトに従事する毎日を送っていた。

現在は実機の改修作業を待ちながら、仮想シミュレータを用いて新型OS「G-OS」の慣熟訓練とともに、仮想敵(アグレッサー)役を務める予定の「雪風」の操縦に慣れるため、模擬戦を行っている。

 

 

 

『そら、ウルズ09、そっち行ったぞ!』

 

『注文の多いことで・・・!』

 

『えー!こっちもこっちで手一杯ッス!』

 

『泣き言言わないで、ウルズ05。』

 

「賑やかですわね・・・!」

 

毎日連続で行われるシミュレータを用いた模擬戦闘訓練は、大きく2つのルールに分かれて行われていた。

対人戦か、対BETA戦か。

今現在行われているのは、5:5に分かれて行われている異機種混合の模擬戦だ。

これから先、実際に扱うF-15系統の操縦に慣れるとともに、ある程度誰でもが扱えると同時に、1番誰が適正かというのを測る目的でも行われている。

ある意味ではこれは、振るい分けなのだ。

 

『背中ががら空きだぜ!斯衛(ロイヤル)のお姫様!』

 

「しまっ・・・!」

 

森林部の比較的手薄になっていた、いわば死角の方向から、匍匐飛行で木々をなぎ倒しながら1機のF-15Eが突撃してくる。

光点の表示は赤。

つまりは敵側のF-15Jだ。

 

『がら空きなのはどっちかしら?』

 

しかし、大胆な奇襲攻撃は別方向からの攻撃で失敗に終わった。

 

「智恵子お姉様!」

 

『・・・ウルズ07、戦闘中は名前ではなくコールサインで呼んで頂けると幸いです。』

 

「も、申し訳ありません、ウルズ10。」

 

ウルズ10からの直撃弾を受けたウルズ08のF-15Jがそのまま地面に墜落する。

 

『CPよりウルズ08。右側跳躍ユニット部に直撃弾、及び管制ユニット背部への致命的損傷。』

 

悲鳴を上げる間もなく、ウルズ08のF-15Jは退場を余儀なくされる。

 

『俺の見せ場が・・・!』

 

『ハハ。ウルズ08、あんたの見せ場があったとはね?』

 

『うるせぇぞウルズ11!』

 

痴話喧嘩のような会話をしている一方で、戦場は1機減った状況でもまだ大きく変化はしていなかった。

なぜなら、ウルズ08撃墜直後に、

 

『ウルズ05、胸部管制ユニットに致命的損傷。』

 

ウルズ05の雪風が撃墜されたからだ。

 

「これで数は4:4・・・振り出しですわね。」

 

今日も今日とて、模擬戦は泥沼の様相を呈し始めていた。

 

 

 

 

 

 

模擬戦終了後、今日のスケジュールも終わり、汗を流すために上総はシャワールームに向かっていた。

脱衣所に着くと、先客がいる。

 

「ヤマシロ少尉じゃない。お疲れ様ね?」

 

そこにいたのは、金髪のショートヘアの女性―――――エイミー・J・ヴァイオレットが立っていた。

彼女は、上総と同時期にウルズへと編入された衛士の1人だ。

 

「お疲れ様ですわ、ヴァイオレット中尉。」

 

軽く会釈すると、ロッカーの戸を開けて服を脱いでいく。

 

「相変わらず、硬いのね。エイミーでいいって言ったのに。」

 

フランクに話しかけてくるエイミー。

同じ女性であると同時に、姉妹関係のように年齢差が激しい上総に、彼女はよく世話を焼いていた。

 

「・・・これは、私の性分ですから。」

 

「なら、仕方ないわね。もう少し打ち解けられれば、チエコみたいに「お姉様」って呼んでもらえるのかしら?」

 

「そ、それは・・・!」

 

エイミーが「チエコ」、と呼んだ人物は、上総が幼いころに面倒を見てくれた同じ武家出身であり、現在同じ部隊に所属する1人の女性のことだ。

裸になると、これ以上からかわれないようにと、急いでシャワールームへと入っていく上総。

その後ろを追いかけるエイミー。

そうしたところで、上総は何か柔らかいものにぶつかって立ち止まった。

 

「・・・大丈夫ですか?」

 

跳ね返されるように後ずさった上総に声をかけたのは、頭1つ大きい背の女性だ。

まるで絹の糸のように白い髪の毛に、人形のような赤い瞳。

先程、エイミーが「チエコ」と呼んだ人物―――――志波智恵子が、そこに立っていた。

どうやら、智恵子自身は既にシャワー浴びて汗を流し終え、脱衣所に戻るところだったようだ。

 

「~~~~~~!」

 

顔を真っ赤にして口をパクパクとさせる上総。

 

状況が理解できていない智恵子。

 

何か悪いことを思いついた顔で、エイミーは智恵子に言った。

 

「ハグしてあげればいいんじゃないかしら?」

 

未だに状況が呑み込めていない智恵子は、首を傾げながら上総に言う。

 

「・・・中尉がお望―――――」

 

「いりませんわ!」

 

智恵子がそう言い終える前に、上総の悲鳴に似た声がシャワールームにこだました。

 

 

 

 

 

 

特技研が持つ区画の一角に位置する部屋の1つ。

そこにいた男性の手には、あるファイルが握られていた。

それらは、ここ数か月の間にウルズ小隊へと編入してきたメンバーのプロフィールだ。

そして、この部屋の中にあるいくつかのモニターには、連日行われている模擬戦の様子が映し出されていた。

 

「遅くまでお疲れ様です、少佐。」

 

両手にコーヒーの入ったカップを持って彼のそばに現れたのは、1人の女性だ。

どうぞ、と言いながら彼女は彼へコーヒーカップを手渡す。

 

「ああ。サンキューな、大尉。」

 

男性の方はロックオン・ストラトス。

女性の方はリザ・ホークアイだ。

 

「3月、そして4月、5月と立て続けにこの部隊へと新たに編入された6名の衛士。少佐はどう思われますか?」

 

そのファイルにファイリングされている人物の経歴やその他の情報を見ながら、ロックオンは考えていた。

 

明星作戦時に戦場を共にしたところから、奇妙な巡りあわせでウルズ小隊へと編入されてきた元クロウ中隊クロウ03の国連軍の衛士―――――パトリック・ジェームス少尉。

ヨーロッパ戦線において国連に所属し、激戦を潜り抜けてきた3名の衛士―――――ジャン=ポール・ル・エスプラ少尉、マクシミリアン・フォン・トイテンベルク中尉、エイミー・J・ヴァイオレット中尉。

そして、数奇な運命からこの横浜に招かれた2人の日本人衛士―――――ある事情から国連軍となった元帝国軍の志波智恵子少尉と、斯衛から帝国軍を経由して国連へと派遣されてきた山城上総中尉。

前者に関してはある意味では異例だが、後者に関しては異例も異例であった。

なにせ、現役の斯衛の衛士であり、白の服を本来は纏っているのだから。

 

「1名を除けば、問題無しって所かね。」

 

「やはり少佐もそう思われますか?」

 

異動命令を受けて異動してきた人間を、自分が都合が悪いからと追い返すという事ができるわけでもない。

ロックオンにとって気がかりだったのは、勿論その1名が特殊な立場にいるからであった。

 

「なんでよりによって、帝国軍から技術交流って理由で派遣されてきた衛士が帝国斯衛軍(インペリアルロイヤルガード)所属なんだ・・・?」

 

ロックオンの疑問は最もであった。

確かに、これまで以上に帝国と密接な関係にあるAL4計画推進派閥にとって、帝国軍自らが少なからずアクションを起こすということ自体は計画にとっても良いことであった。

しかし、彼が頭を抱えているのその1名―――――山城上総の元々の所属だ。

これはつまるところ、技術交流は完全な名目ということに他ならない。

彼女の経歴を見たところ、上総は帝国斯衛軍が帝国軍と共同して兵器開発などを行う部署の試験部隊に所属していた。

彼女の所属の部隊が行っているのは、横浜基地も一枚噛んでいる「ある兵器」の実証試験だ。

それを行っている中での特技研への異動に伴い、F-15J改修プロジェクトへの参加。

これが意味することはつまり―――――

 

「中で何が行われているか調べるための諜報の目的も含まれているのでしょうね。」

 

ロックオンが考えていたことを、ホークアイが述べる。

 

「そういうことだ。彼女だってそれは承知だろうがね?」

 

肩をすくめて見せるロックオン。

ファイルをデスクに置くと、立ち上がり、手に持っていたカップを口へと運んでコーヒーを飲む。

 

「・・・さて。こいつの主任開発衛士(メインテストパイロット)は誰にしようかね。」

 

そう言ってロックオンはまた別のファイルを手にもって眺める。

そこにはあるプロジェクトの名前が記されていた。

 

F-15J改修に関する計画―――――「アジャイルイーグル・プロジェクト」、と。

 

 




はい。最後にタイトル回収を行いました。
ちなみに元ネタは、現実のアクティブもとい空軍からNASAに移管された「F-15 ACTIVE」の前の名前であるF-15Bをベースにして開発された実験機である「F-15 S/MTD」を用いた単距離離着陸機開発計画「アジャイル・イーグル・プロジェクト」です。
新たな翼。つまりそれは新たな鷲の系譜。
これ、なんで陽炎をベース機に選んだといえば、最近知り合いからアユマユオルタ借りたのがきっかけなんですよ。
まあ・・・リアルが忙しくて、まだプレイできていなんですが。
さて、色々と追加事項が1話のみなのに増えたわけですが、皆さんついてこれていますか?
ついてこれていない人は大丈夫です。
作者もそんなに深く考えないでやってはいます!←オイ

・・・そのうち、キャラ紹介とか戦術機とかの設定を公開向けに書き出そうかな・・・?

まさかの上総ちゃんがこんな形で再登場となりました。
はてさて、この先どうなるのか?
それは神すらわかりません!

ではでは後書きはこの辺で。

~(勝手な)恒例の次回予告パート~

新たな翼。それは、正史には存在しない異物(イレギュラー)。
どこかにあったナユタ機関なんてものは存在せず、そこに至るには何が必要か?
鍛冶師は今、新たな剣を打つために火を灯す。

次回「防人の名は」

鷲はどこを目指して羽ばたくのか。


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story14「防人の名は」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

はい。
今回のお話は割と難産でした。
いつものごとくまとめきれず、うまく着地点が見つからず、だらだらと話が続いてしまいました。

ではでは、どうぞ。

イメージOP「imitation/タイナカサチ」


唐突だが、現代において戦場の支配者が航空戦力へと移行したのがいつからだったかご存知だろうか?

 

戦闘機、爆撃機、攻撃機、強襲機など、航空兵器の種類は多岐に渡る。

ではこの兵器が、「艦船に対して有効な打撃を与える」という事を証明した出来事は?

 

これが最初に証明されたのは、一説には真珠湾攻撃以前に米陸軍のある将校が提唱した、ある種の「実験」からだったと言われている。

 

それまでの航空戦力は、上陸作戦や地上戦において、制空権を握る目的で地上目標を攻撃するのを主な任務とした兵器であった。

当時の国家の力であり、軍事力の象徴であった最強の海上兵器である戦艦を含めた海上戦力に対しては、有効打は打てず、補助的戦力としての側面が強いという扱いだ。

 

そんな中で米陸軍において行われたこの実験は、一定の成果はあげたものの、戦闘時は海上を縦横無尽に駆け回り、激しい対空砲火を上げる艦船相手に有効な打撃は与えられないとされ、歴史の闇に半ば葬り去られる形となる。

 

その背景には、やはり「大艦巨砲主義」という思想が当時まだ根強くあったのが大きかった。

 

しかし、1941年5月におけるドイツのライン演習に端を発した戦艦「ビスマルク」追撃戦や、前述した同年の12月における真珠湾攻撃、そしてマレー沖海戦。

 

立て続けに起こったいくつかの「事件」によって、これまで最強とされた戦艦は「無用の長物」とされた。

「大艦巨砲主義」は過去のものとなり、戦争におけるイニシアチブを握るもっとも重要な要素は制空権と制海権を確保する「航空機と、それを運搬する航空母艦、そして地上基地においては大型の滑走路を持つ飛行場」が最も重要な拠点となっていった。

戦争、そして戦場における主役は航空機へとシフトしていったのだ。

 

現代史において、ロックオンが生きた時代ではその後も航空機は発展していき、やがてその主役は人型機動兵器であるMSへとシフトしていったが、その時代においてもやはり航空機は重要な役割を持っており、軍事・民間問わず様々な方面で運用され続けていた。

 

―――――だが、このBETAが存在する世界では違う。

 

BETA大戦初期、確かに航空戦力は絶対的な戦場の覇者であった。

しかし、喀什噶爾に降りたBETA着陸ユニットの破壊およびBETAの侵攻を押し留めるために中国軍が行なった戦闘において確認された新種BETA―――――つまりは、光線属種の出現によって、人類は発展途上にあった最大の戦力である航空戦力を無力化されてしまう。

そんな状況に陥っている中で、人類はこの状況を打破するためにある兵器を開発する、

 

月での地獄のような戦闘から得られたデータを元に、航空機から発展させて開発された、人を模した形状の戦闘機。

 

戦術歩行戦闘機だ。

 

そして、全ての戦術歩行戦闘機の始祖としてこの世に産み落とされた兵器がいた。

 

F-4「ファントム」。

 

世界初の、戦術歩行戦闘機だ。

所謂「第1世代戦術機」と呼ばれるこの機種は、傑作機と呼ばれる程に優秀で堅実な設計だった。

しかし、初期に生み出された戦術機であるが故にその設計は堅実かつ、防御力を重視している上に、アメリカ合衆国でしか生産が行われていなかったため、アメリカ合衆国自身は自国以外の国家を防波堤として国防を行うことを前提としていたため、諸外国への売り出しに必要な生産数が、需要に追いつかない事情から数が揃えられない状況に陥っていた。

そんな状況を打破するために、主な「防波堤」として期待されていたヨーロッパにおいて、F-4の配備がまだ追いついていない時代に諸外国向けに開発された機体。

 

F-5「フリーダムファイター」。

 

航空機パイロットの戦術機への機種転換訓練に使われていた練習機であるT-38「タロン」をベース機に、戦闘に耐えうるように再設計され、実証試験もそこそこに数合わせとして多くがヨーロッパ方面へと輸出された軽量戦術機だ。

 

この2つの機種が、戦術機開発史における始祖と言っても言い程に、後の各国の戦術機開発に大きく貢献している。

そのため、バリエーション機も多く存在するこの2機種は、世界で最も多く運用された戦術歩行戦闘機と言えよう。

これら全てを作り出し、世界にその芽を放ったのは、言うまでもなく当時のアメリカ合衆国。

アメリカは、F-4とF-5が一定の成果をあげると、次世代戦術機開発に踏み切る。

 

それは、所謂第二世代にあたる戦術機の開発だ。

 

急務とされたそれに応えたのが、マクダエル・ドグラム社が開発したある戦術機だ。

 

F-15「イーグル」。

 

米軍においては、F-4に次ぐ配備数を誇る戦術機であり、1番数が多く存在するのが、一般的に「イーグル」と呼ばれる機種であるF-15Cだ。

 

日本帝国においては、当初国防における最重要課題であった戦術機の導入に先駆けて、F-4の日本向け仕様機である77式戦術歩行戦闘機「撃震」を帝国陸軍に導入。

そして、そこで得たノウハウを活かして開発されたのは、帝国斯衛軍専用の戦術機、82式「瑞鶴」であった。(日本帝国軍が運用する戦術機は全て制式採用された年で型式が決まっており、F-4Jである77式「撃震」は1977年、その改修機である82式「瑞鶴」は1982年という具合になっている)

そして、帝国軍技術省は77式と82式で得たノウハウを活かし、満を持して次期主力機の開発に着手するも、国産機開発計画は遅延に次ぐ遅延を招き、帝国国防省はこの状況を打開するためにF-15C「イーグル」日本向け仕様によるの試験導入を決定。

これにより、第二世代の傑作と言われた同機をライセンス生産する事で国産第3世代機開発完了までの時間稼ぎを行うことになった。

これが、後の、89式戦術機「陽炎」(F-15J)である。

 

そして、これまでの経緯で得たノウハウを活かして開発された初の国産戦術機であり、第3世代に位置するのが94式戦術機「不知火」である。

 

吹雪はこの不知火の直系であり、前述の通りこの2機種の始祖は89式であり、F-15Cであった。

まだまだ新型の域を出ない不知火は、帝国軍内でも配備数が限られていた。(主な配備先は、国防のメインを担う本土防衛軍や、富士教導隊などのアグレッサー部隊)。

そんな状況の中で、初の国産戦術機である不知火の性能向上を図り、無茶な要求性能を実現するのを目標としてロールアウトした「不知火・壱型丙」は、無茶な改修要項を実現しようとしたがためにピーキーな機体になってしまったため、生産数は僅か100機足らずであり、未だ、帝国軍に配備されている戦術機の大半は、撃震と陽炎だ。

 

そのため、特技研における次期戦術機改修計画において白羽の矢が立ったのが、第2世代における傑作機であり、帝国軍の戦術機開発の始祖である89式「陽炎」だった。

 

新たな鷲の系譜は、遥か遠くユーコンの地で実証試験が行われているもう1つの機体(F-15ACTIVE)と共に、フェニックス構想におけるもう1つの形(実質的には、便乗した上で並行して進められている全く別の計画ではあるが)として、横浜の地でその翼を羽ばたかせていた。

 

 

 

 

 

 

横浜基地外苑部、第13試験場。

 

市街地を模したその場所で、1機の戦術機が実機を用いたテストを行なっていた。

 

「この・・・!」

 

F-15J改1号機。

仮称「89式改」の名称で呼ばれるそれは、陽炎をベースに雪風やヘルダイバーで得られたデータを参考に改修された戦術機だ。

頭部デザインを始め、再設計に近い形で改修されているため、最早別物と言ってもいい仕上がりになっている。

山城上総は今、じゃじゃ馬に近い状態のそれを操縦するために躍起になっていた。

 

『機体挙動に振り回されないで下さい、中尉。』

 

「・・・っ・・・わかっています!」

 

その89式改の仮想敵(アグレッサー)を務めるのは、量産仕様に改修し直された97式改「雪風」と、それに乗る志波智恵子だ。

 

『自身で無理矢理に抑えつけようとするのではなく、波の動きに逆らわずに海を流れに乗りながら沖から岸へと戻るように、身を任せる。そう、教えた筈ですが?』

 

冷ややかでいて、熱の籠った智恵子の声。

互いの機体が、銃火を交える。

 

銃撃、銃撃、銃撃。

 

機体の挙動に振り回され気味の上総の乗る89式改の射撃を全て回避し、同じように3回の銃撃を返す雪風。

89式改は激しい動きでこれを回避し、跳ぶように上へと上昇。兵装担架ユニットに射撃兵装をマウントすると、空いた手で脚部の脹脛部分に仕込まれているナイフシースから、近接格闘戦兵装を引き抜く。

 

「はぁぁ!」

 

雪風も腰部ユニットからブレードトンファー―――――仮称「横浜製00式中刀」を抜き、互いの刃が交錯した。

 

F-15J改、仮称「89式改」は、第2世代戦術機を第3世代相当にまで性能を引き上げるフェニックス構想の一環で行われている改修案の1つだが、実際は構想に便乗した形で、特技研において行われている先進技術の立証かつ実用化を目的としているため、雪風やヘルダイバー同様、この世界に於いては未知の技術が多数盛り込まれている。

無論、この機体の改修を行うにあたって口実作りのために米国に本社を置くボーニング社における戦術機開発部門にはある程度の根回しを済ませており、実質別の計画でありながら前述のような扱いになっていた。

 

この機体の、元の機体からの主な変更点は、

 

1.頭部ユニットの改修及び換装

 

2.通信能力その他の向上

 

3.機体の主機出力の上昇

 

4.新型の跳躍ユニットへの換装

 

5.ハイヴ内戦闘を想定した密集地帯における格闘戦装備

 

6.ヘルダイバー等で試験導入した特殊武装の標準装備化

 

である。

 

大きな変更点は、頭部ユニットの改修だ。

従来のデザインを一新し、鳥を思わせる外見は踏襲しながらもその中身は全く別物と言ってもいい仕上がりになっていた。

通信能力その他の向上については、高濃度重金属雲下にあっても、ある程度の長距離通信を可能とする目的があり、また、過去に行われた明星作戦や、それ以前からも作戦中に問題視された「通信能力の脆弱さ」を改善する目的があった。

前述には無かったが、これは並行して戦術機が標準装備しているCPUの能力向上も含まれており、これによって高い電子戦能力を獲得するに至ったという経緯もある。

 

また、継戦能力を上げると共に、以前ヘルダイバー用に開発されたリニア・スナイパー・ライフルを参考に小型・軽量化され、より接近戦用に取り回しがし易いように改修された新型兵器「リニアライフル」だ。

名前の通りだが、これはハロのデータベース内に残っていたユニオンのMS「フラッグ」が標準装備としていた口径120mmの携帯型射撃兵装だ。

これをアレンジを加えて改修し実用化されたのがLNRであり、実際のところは元の仕様に戻したというのが正しい。

 

主機の出力上昇によって安定した電力供給が可能となり、これによって実用化されたのがもう1つの兵装だが、これ以上話せば話が脱線していくので詳しい話は後ほどしよう。

 

現在の陽炎・改1号機は、それらの改修点を踏まえながら、どの程度の機動性、そして戦闘能力なのか、耐久度はどのくらいなのかなどの試験が行われている最中であった。

1号機で蓄積したデータも踏まえて、2号機及び3号機がロールアウトしてくるので、まさに今行われている試験はとても重要な意味を持っている。

 

山城上総は今、この1号機の主任開発衛士として今回の試験に臨み、仮想敵であり、次席の開発衛士の智恵子の乗る雪風を相手に、89式改は試験場内で激しい格闘戦を繰り広げていた。

 

「くぅ・・・!」

 

逆手に構えられた中刀の刃に接近戦兵装の刃が弾かれ、89式改が姿勢を崩す。

その隙を見逃さず、すかさず追撃を行う雪風。

 

「まだ・・・ですわッ!」

 

出力が上がった新型跳躍ユニットの噴射による強引な機動。

89式改は横へスライドするように跳躍ユニットによる横噴射をかけ、上段から刃の切っ先を突き立てようとした雪風の攻撃をすんでのところで回避。

そこから姿勢を持ち直して、89式改が片方の手に持っていた武装―――――リニアライフルを構え、彼女がトリガーを引くと、1号機が手に持ったリニアライフルから銃弾が発射される。

 

『良い動きです。ですが―――――狙いが甘いです』

 

しかし、銃弾が雪風に命中する事は、無かった。

 

 

 

 

 

試験場の外に、2機の戦術機が待機していた。

今回の「89式戦術機の改修計画」において、これを担当するウルズ隊へと配備された予備機の「陽炎」と、もう1機の量産仕様の「雪風」だ。

この2機は、今現在模擬戦を行なっている方の「雪風」と、89式改の随伴機と戦闘データの収集のためにこの場所のいた。

 

「ヒュー。相変わらず、いい動きするねぇあのお姫様は。」

 

口笛を吹きながらそう言ったのは、最近ウルズ隊へ編入されたジャン=ポール・ル・エスプラ少尉だ。

ヨーロッパにおいて壊滅した国の1つ、フランスの出身の純フランス人であり、過去にはフランス軍に所属、そこから国連軍へ移籍後、この部隊に“転属”させられた衛士だった。

ウルズ08のコールサインを与えられている彼は今、膝をついてしゃがんでいる「陽炎」の、開放された管制ユニット部から双眼鏡で模擬戦の様子を眺めていた。

 

『少尉。あまり長く私語をしていると、また大尉に後で小言を言われますよ?』

 

通信をオンにしたまま喋っていたので、そう釘を刺されるジャン。

 

「へいへい。了解であります、中尉殿。」

 

ジャンに忠告してきたのは、彼と同じ時期にこの部隊へ“転属”させられた、衛士だった。

「雪風」に乗る、ウルズ09のコールサインを持つドイツ人の青年、マキシミリアン・フォン・トイテンベルク中尉。

マックスの愛称で呼ばれる彼は、年齢に反して外見はジャンとそう変わらない青年だったため、基地ではもう1人の女性衛士と合わせて3人で行動していた。

 

「でも中尉。実際、俺たち2人は外から眺めてるだけですよ?記録しているのは中尉の方の機体でですし、実質留守番状態の俺は暇というか・・・」

 

『そんなに暇なのなら、帰って来た時にはたっぷりと報告書を書いて頂きましょう。』

 

そんなマックスの忠告を流すようにして言葉を続けたジャンに、別の通信が入る。

聞こえて来たのは女性の声。

少し棘のある声でそう言った彼女は、2人の上司であり、2人が所属するウルズ隊の副隊長であるホークアイ大尉だ。

 

「・・・あー。謹んで辞退させていただきます、大尉殿。」

 

視線を泳がせながらそう言った彼に、「ならば、しっかりと黙って、任務に励む事ですね。」と返して、通信が一方的に切られる。

 

『・・・だから言ったでしょう?』

 

まったく、と言った様子で、マックスが言う。

 

「お堅いんだよ…ったく。」

 

口を尖らせて、実年齢よりも遥か下の少年の小言を言うジャンだったが、それが悪かった。

 

『少尉。聞こえていますよ?』

 

切れた筈の通信から、再びホークアイの声が聞こえて来たのだ。

 

「げっ・・・」

 

『エスプラ少尉。帰投後、私の所へ来るように』

 

今度こそ、一方的に通信が切られる。

 

Oups(なんてこった)!」

 

ジャンの虚しい叫びが、横浜の地に少しだけ響いた。

 

 

 

 

 

 

格納庫。

特技研所属の試験部隊「ウルズ」に割り当てられた第4格納庫。

雪風の開発時代と同じ場所に設置された専用格納庫の中には、量産仕様への改修が完了した吹雪改1、3、4号機の「雪風」が3機に、「初風」と、「ヘルダイバー」、そして吹雪から雪風へと仕様変更がなされた最初から量産仕様である所謂「量産型雪風」とも言える「雪風」が2機、3機の「陽炎」と1機の89式改が置かれていた。

 

3機の陽炎のうち、2機は改修作業中であり、これが後々89式改2号機、3号機となる予定だ。

 

今現在は、模擬戦から帰って来た4機が順次自分の収納ブロックに機体を収容させている最中であった。

いち早く収納ブロック部への機体の固定が終わった89式改の管制ユニットが開放されると、中から疲れた様子の山城上総が出てきた。

 

「お疲れ様、カズサ。」

 

『オツカレ!オツカレ!』

 

彼女が管制ユニットから出てタラップに移ると、先にそこにいた人物から声をかけられる。

 

「チトゥイリスカ中尉・・・」

 

フワッとした笑みで彼女を迎えたのは、この部隊においては古参の1人であり、先任であると同時に先輩にもあたる。

そんな関係性の2人であるが、年齢が近いこともあってジーナの方が上総によく絡んでいた。

 

「ジーナって呼んでって言ったでしょう?それで、どうだった?この子は。」

 

今回は主任開発衛士ではないジーナではあったが、過去には「雪風」、そして、「ヘルダイバー」の衛士を務めた彼女は、この改修プロジェクトのオブザーバーの1人として関わっており(メインではないが)、よく上総と一緒にいようとしている事もあって、実機テストやシミュレーターによるテスト時には、常に彼女とこうして機体についての話をしていた。

ジーナに抱えられるようにして一緒に来ていたハロは目を時々点滅させながら、話を聞いている。

このパターンが、習慣化されつつあった。

 

「やはり、大幅な改修で機体特性は元の「陽炎」に比べると随分違う点。これには、中々慣れないものですわね。」

 

前述した通り、この89式改は既存の戦術機とは一線を画する機体だ。

挙動も、戦術機動も、武装も違えばそれによって戦闘パターンも異なる。

また、この機体は最初からG-OSを使う前提で設計されており、出力の上がった主機とそれに伴って換装された新型跳躍ユニットが、扱い辛さに拍車をかけていた。

これでは、帝国向けに改修パッケージとして売り込むにはまだまだ改善点が多くある。

 

「前よりも、扱い易くはなってはいます。ですがやはり、出力を上げれば良いというものではありませんわね。」

 

この89式改の改修コンセプトの1つは、将来的には陽炎や撃震から不知火へと配備される機体がシフトされていく中で、まだ配備数が足りない第3世代機の穴埋めを兼ねて、陽炎を第3世代相当まで性能を引き上げるというものだ。

つまるところが、この改修パッケージの実用化は89式改の量産化に等しい。

ワンオフであれば、それは確かにピーキーな機体になる可能性は十分にあるが、今回は量産を目指してであり、そのため一番重要な点は「高性能」でありながら、「扱い易さ」を両立したものに仕上げなければなかった。

 

そのため、出力の向上が得られたからと言って、単に跳躍ユニットの出力を大幅に引き上げればいいというわけではない。

これを扱うのは人であって機械の補助があるにせよ機械ではないのだ。

故に、ある程度出力を絞ってあえて出力が低いもので安定を得なければならない。

 

丁度良い、という言葉は、おもった以上に現実にするのは非常に難しいのだ。

故に、帝国軍の戦術機に乗る回数が多い上総だからこそわかる点も多く、次席に智恵子が控えているのはそういう事に関して得られたフィードバックをすぐに反映しやすいように、という意味合いが強い。

 

「ヘルダイバー、あの子も最初はかなり扱い辛い機体だったわ。主な火器管制はロックオンが引き受けてくれていたから、複座の利点が活かせたわけだけれど、それでも色々なところが違うからうまく扱えるようにするには大変な苦労があったの。」

 

ジーナ自身、「雪風」と違ってほぼ別物への改修が行われた「ヘルダイバー」に乗り換えた当初はかなり振り回されていた経験があったからこそ、上総の気持ちがよくわかった。

 

「経験者は語る、という事ですわね。ですが、この状態では一般の衛士に扱える代物ではなくなってしまいますわ。」

 

だが、機体に振り回されるというのは、何も機体自身だけの所為ではないのもまた事実だ。

どんなに優秀な機体を作っても、扱う人間が下手糞であればそれはただの鉄屑と変わらないのだから。

 

この点に関しては、斯衛の中でも衛士としてはそれなりに優秀な部類に入り、かつ、実戦に身を置くようになってからは激しい戦闘ばかりを経験しているのに加えて、彼女の性分である「負けず嫌い」から、衛士になってたかだか2年足らずと周囲には思わせない、彼女が重ねた血の滲むような努力から、彼女自身の操縦センスは同い年の斯衛の衛士の中では上位の部類に位置していたことから、クリアはしている。

 

しかし、それでも未熟な部分は多く、また、じゃじゃ馬を強引に扱おうとする騎手のようになってしまっているが故に機体に振り回されているというのもまた事実であった。

 

単刀直入に言えば、新概念で作られた戦術機という特性に彼女が慣れていないのだ。

 

「・・・でも、この機体を扱い切れないのは私が未熟だからこそ。それに関しては、89式改ばかりのせいにしてはいられませんわ。」

 

「わかっておられるようで、安心しました。」

 

カツ、カツ、と、小さな金属が鳴り、その音が近づいてくると、止まる。

聞こえてきた声は、

 

「お姉さ・・・志波少尉。」

 

先程、仮想敵役をしていた「雪風」に乗っていた志波智恵子であった。

 

「お疲れ様です、中尉。」

 

彼女は89式改の次席開発衛士であり、現状は機体に振り回されてしまっている上総の教官役を兼任している。

現在、改修作業による機体組み立て中の2号機の衛士になる予定である智恵子は、それまでの間、機体開発における問題のブラッシュアップを上総との模擬戦やシミュレーターテストを通して行なっていた。

 

「“人馬一体”の精神。これは、どのような局面においても重要な心構えです。一方向からではなく、様々な方向の意見に耳を傾け、時には否定し、時には受け入れ、そうして人と馬は心を一つに、巧みな連携を生み出す。」

 

「分かっていますわ・・・私はこの89式改を乗りこなせるようにならなければならない。でなければ・・・ここにきた意味も、見失ってしまいそうだから。」

 

下唇を噛みしめ、悔しそうに言う上総に、智恵子は優しい声で言う。

 

「だからこそ、私がいます。チトゥイリスカ少尉もいます。みんながいます。」

 

ジーナと智恵子は笑みを向け合い、そうして智恵子は落ち込んでいるような上総の頭を撫でる。

 

「大丈夫です、少尉。次も頑張りましょう。」

 

「・・・・・っ・・・」

 

同期の斯衛の黄色である篁唯依のように、彼女また別の意味で自分責めて反省する悪い癖があった。

それを見抜いている智恵子に頭を撫でられた事で、その意味を理解した上総は顔を赤くして弱々しく手を払おうとする。

智恵子も彼女の性格を知ってか、大人しく手をどかす。

 

「さて・・・ではそろそろ、報告書をまとめるために、着替えて汗を流したら戻りましょう、少尉。」

 

優しく微笑む彼女。

上総は歩き出すと、声を裏返しながらこう返した。

 

「わ、分かっています!」

 

ずんずん、と立ち去る彼女とそれを追う智恵子の背中を、ジーナは笑みを浮かべながら手をひらひらとさせて見送った。

 

 

 

 

 

「89式改の今回の模擬戦で得られたデータですが、やはり機体挙動に様々な問題が生じているのは、新しく開発された新型の跳躍ユニットの出力が高すぎるのが原因のようです。」

 

特技研、次世代戦術機開発部。

そこに割り当てられた部屋には、設置されたいくつかのモニターと、そこにあるデスクには今までのテストでは報告書が山積みになっている。

今現在、模擬戦で得られたデータを下に、これからの改善点について、開発に関わるメンバーで集まって話し合いが行われていた。

ここに集まっているのは、ウルズ隊の面々に加えて新たな装備の開発に関わる技術者も多くいる。

 

「新たに改修した跳躍ユニットを調達するか、或いはこの新型跳躍ユニットの出力を絞るためのリミッターを新たに設けるか、という話になってきます。」

 

「或いは、不知火のように機体各所に設置するブレードアンテナや補助翼によって機体バランスを整える・・・などでしょうか?」

 

技術者の間で意見交換が交わされる中で、リーバーやリヒティ、一足先に戻っていたジャン達はその話を部屋の端で聞いていた。

 

「技術者連中はいつでも楽しそうで」

 

「それが仕事だから仕方ありませんよ。」

 

「その楽しみを奪ったりしたら、多分あの人たち、死んじゃうわよ?」

 

様子を眺めながら喋っているのは、ジャン、そしてマックスにエイミー・J・ヴァイオレットだ。

 

「山城中尉、戻りました。」

 

「志波、戻りました。」

 

少しして、簡単な報告書をまとめた上総と智恵子が戻ってきた。

 

「おお、二人のお姫様のご帰還だ。」

 

ジャンが2人を見ると茶化すように言う。

 

「からかうな、ジャン。」

 

「わかってるよ、リッパー先輩?」

 

軽口を叩き合う2人。

 

「おかえりなさい、中尉、少尉。」

 

技術者の1人が2人に気づくとそう言った。

 

「こちらが今回のテストの簡単な報告書になります。詳しい報告書については、今回のデブリーフィング後に」

 

「わかりました。それでは、主役も揃いましたからデブリーフィングを始めましょう。」

 

上総に話しかけた技術者がそう言うと、今回のテストのデブリーフィングを開始した。

 

 

 

 

 

 

東京。

その場所は、第2首都としての機能を持ち、現在はBETAの支配下に落ちた京都ともう1つ、首都機能が集中している場所であった。

首相官邸を含めて、国会議事堂などすべてがその場所にあり、首都機能の殆どはこの場所に集約されていた。

 

その場所に、帝国軍技術廠はある。

 

そこでは、日夜様々な機体開発や兵器開発が行われていた。

その場所に、足を運んでいた人物がいた。

 

「・・・・・ヒュー。」

 

ロックオン・ストラトス。

彼は今、ある物を手にある人物とコンタクトをとるためにこの地に赴いていたのだ。

 

「戦争状態にある国とは思えない栄えようだね、ミスターヨロイ?」

 

「日本帝国未だ健在ということでしょう。」

 

軽口を言い合う2人は、やがて帝国軍技術廠のある建物へと到着する。

正門前には、1人の帝国軍士官が立っていた。

 

「お待ちしておりました。」

 

彼はそう言うと、2人を声門の中へと招きいれ、建物の中へと案内する。

階段を上がり、長い廊下を歩いていくと、1つの部屋の入口に到着する。

2人を案内した士官が戸を叩くと、中から「入ってくれ」という声が聞こえてきた。

彼はその声を聞くと、「失礼します」と言って戸を開け、2人を部屋へと招き入れる。

 

「ようこそ。帝国軍技術廠第壱開発部副部長の巌谷榮二中佐と申します。鎧衣課長は、相変わらず元気なようで何よりです。」

 

中にいたのは、顔に大きな傷痕がある厳しい印象を受ける男性だった。

巌谷榮二中佐。

帝国軍においては、斯衛問わず伝説になっている現役の衛士であり、今現在は帝国製戦術機の未来のために働いている。

 

「そこの彼が、”横浜”からの使者でしょうか?」

 

「ええ。」

 

鎧衣に促され、ロックオンは1歩踏み出すと彼の前に立って手を差し出して自己紹介を始める。

 

「国連軍太平洋方面第11軍所属、横浜・特別技術研究部試験部隊「ウルズ」隊長、ロックオン・ストラトスだ。階級は少佐であります、中佐殿」

 

フレンドリーな笑みを向けながら、彼はそう自己紹介を締めくくる。

 

「巌谷榮二だ。・・・ほう?君があの、明星作戦で我が軍の部隊の撤退を助けてくれた謎の部隊の隊長か。」

 

差し出された手を握り、握手をしながら巌谷はそう言う。

 

「謎の部隊・・・なるほど。確かに言い得て妙ですな。」

 

はっはっは、と笑いながら言う鎧衣。

 

「まあいいさ。うん、君は堅苦しいのは苦手と見える。その妙な敬語はやめて、腹を割って話そうじゃないか?」

 

細かいことは無しにしようといった様子の巌谷に、ロックオンは待ってましたといった様子で返す。

 

「助かるよ、ミスターイワヤ。さて、長話もなんだ。本題といこうか?」

 

「ああ。まあ、立ち話もなんだ。2人とも、そこに座ってくれるかな?」

 

巌谷はそう言うと、部屋に置かれたソファを指さした。

そうして3人はソファに座る。

配置は、ロックオンと鎧衣は隣同士で、巌谷はそれに向かい合うように座っていた。

 

「さて、改めてだが・・・まずはこれを見て欲しい。」

 

彼はそう言うと、持ってきていたカバンの中から1つの書類を取り出した。

それを、中央のテーブルに置き、巌谷の方へとスライドさせる。

 

「これは、あんたを通しての帝国軍への提案だ。」

 

そこにあったのは、あるものに関する書類と、現在横浜で進められているある計画に関する書類だ。

 

「俺たちは今、アメリカで進められている「ある戦術機の改修計画」に乗っかる形であるプロジェクトを進行させている。」

 

「・・・」

 

書類に目を通している巌谷を見ながら、ロックオンは続ける。

 

「あんた達が進めているある計画。俺たちのプロジェクトとそいつは、同じ会社と関りを持ってるのは、あんたも承知の通りだよな?」

 

彼が言っているのは、現在技術廠内で進められているある計画―――――不知火の改修計画である、「XFJ計画」と呼ばれる日米の戦術機共同開発計画のことであった。

ロックオンがこれを知っているのには、様々な複雑な経緯が絡んでおり、これは山城上総という少女がウルズ隊へと配属された理由にもなっていた。

 

「俺が持ってきたのは、その計画に少しでも助けになればと思ってな。」

 

「・・・・・これと引き換えに、君が・・・、”彼女”は、何を我々に望んでいるのかね?」

 

それを聞いて、ロックオンは笑みを浮かべてこう言った。

 

「その計画に、俺たちも1枚噛ませろ。単刀直入に言えば、そういうことだよ。うちのボスは、自分にとって利益になることに関しては、手間を惜しまないタイプみたいでね」

 

「しかし、君がこうして持ってきたこの書類。ここにある内容を見れば、別に我々を介さずとも、いい話だろう?」

 

巌谷の言う事は最もである。

国連軍であり、オルタネイティブ計画に属するロックオンが率いる特技研による次世代戦術機開発、および既存の戦術機改修については、別段技術廠に協力を申し出なくとも、できないことではないのだ。

 

「君たちの、「プロミネンス計画」への参画は。」

 

プロミネンス計画とは、今現在アラスカ・ユーコン基地において行われている先進戦術機開発計画の通称だ。

 

「いいや。」

 

しかし、ロックオンは首を横に振る。

 

「あの計画は、計画に関わる人間が俺たちが進める極秘計画に反発して行っている計画だ。だからこそ、俺たちにとっては違う畑で動くことになっちまう。だが―――――」

 

だからこそ、ロックオンは言う。

 

「俺たちの持つ技術は、アメリカを含めてもどの国の追随をも許さない。それは1度、あの作戦で示したが・・・残念ながら、忌々しい爆弾のせいであまり表舞台には、出回っていない」

 

その技術を世界で共有するには、プロミネンス計画に参加する以外にない。

あそこで行われている計画の目的の1つに、先進的な戦術機を開発するうえで、様々な国の技術を意見交換することで共有するというものがある。

それは、国家の垣根を超え、BETAとの戦いを1日でも長く戦えるようにする日々研鑽を重ねている人間たちが集まっていることに他ならない。

 

「嫌われ者が仲間はずれから仲間に入るにはどうすればいいと思う?」

 

ロックオンの質問に、巌谷はこう答える。

 

「八方美人を通して、仲間に入れてもらうというわけか。」

 

「その通り。」

 

指を銃の形にして、そう返すロックオン。

 

「で、そうした上で君たちになんのメリットがあるのかね?」

 

今度は、巌谷がそう聞き返した。

 

「俺たちは、ただ人類の存続のために日々戦ってる。それはあんたたちも同じだろう?」

 

ロックオンは続ける。

 

「勿論、俺たちにとってのメリットは薄いさ。計画においてのメインどころではないからな、俺たちが進める計画自体が。」

 

だが、と更に続けていく。

 

「強いて言うなら・・・そうだな。俺たちの計画に多少なりとも理解を示してもらえればいいし、俺たちの技術が人類が戦い続ける終わりのない消耗戦の寿命が1日でも伸びれば、夢想が理想に、そこから現実にシフトできる。だから、そこに近づくための小さな1歩に、これが必要なんだよ。」

 

巌谷は、ロックオンの目を見ていた。

彼は思った。

少なくとも、彼の前にいる青年は、嘘を言っていないと。

 

「こちらからも根回しをしておこう。勿論、ボーニングの方にもだ。」

 

だから彼は、そう答えた。

 

「交渉、成立ですかな?」

 

それを聞いて、鎧衣が言う。

ロックオンが、巌谷を見つめる。

笑みを浮かべた巌谷は、立ち上がると、今度は彼の方から手を差し出した。

 

「ああ。これからもよろしくお願いするよ、少佐。」

 

「こちらこそ、イワヤ中佐。」

 

ロックオンも立ち上がると彼の手を握り、2人は再び握手を交わした。

 

 

 

この日、密会によって交わされた契約によって、アジャイルイーグル・プロジェクトはXFJ計画とともにプロミネンス計画へ参画することが決定した。

 

この巡りあわせが、後にどのような結果を生みだすのかは、まだ誰も知る由もない。

 

 

 

 

 




―――――あんたの名前は?

―――――楽しいレクリエーションの開始だ。

―――――あたしのアクティブと、あんたのアジャイル。どっちが強いか、白黒つけようぜ。

―――――ここが、アラスカ・ユーコン基地。

―――――私はここで、何をなせばいいの?

次回「アルゴス対ウルズ」


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before TE
before TE-01「アルゴス対ウルズ」(2019/12/21 03:56 加筆修正)


この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

はい。
今回は前以上に難産になりました。
何回か書いては消し、書いては消し、書いては修正し、書いては消しを繰り返したんですよね…(
申し訳程度のシーンとかもあったりと、ちょっとなぁって。
あ、皆さん割と前から思ってるかもしれませんよね許してくださいお願いしますなんでもはしません(ぇ
本当は1個挟んでTE本編前の話を書こうと思ったんですけどね。
ちょっと無理そうなのでこういう形になりました。
ではどうぞ。

追記
大幅な修正を加えました。
改めて目を通して頂けると幸いです。

イメージOP「ideal white」


国連軍太平洋方面第11軍・横浜基地。

この基地は現在、オルタネイティブ第4計画を進行するための中心拠点として機能していた。

2000年9月現在、この基地は昨年行われた明星作戦以降に横浜ハイヴ跡地に建設され、今現在の基地稼働率は50%程といった状態だ。

表向きには、日本帝国領土内に設置された国連軍基地であり、土地を租借しているという関係から実働部隊が運用する戦術機は、日本帝国から貸与、あるいは給与されたものになっている。

 

表向き、と先程表現したのには理由がある。

それは、この基地において、高いレベルのセキュリティパスを持たなければ入れない区画が存在するからだ。

セキュリティパスレベルが3以下の区画は、その全てが「表向き」の施設であり設備となっている。

それ以上、つまりはパスのレベルが4以上の区画は、例えば基地の副司令でありAL4の最高責任者である香月夕呼の執務室だ。

 

他の例を挙げるとすれば、夕呼の執務室のすぐ隣の「脳髄が入っているシリンダー」がある部屋や、特殊技術研究部の本部的ポジションの部屋いくつか。

表に出やすい、つまり人目に付きやすい戦術機本体を用いた研究・開発は情報としてのセキュリティレベルは低いが、日夜研究員たちが解析している膨大なデータはそうではないため、高いレベルのセキュリティパスが必要となっている。

イオリア・シュヘンベルグ博士が書斎としている部屋も同様に、これに関しては夕呼の部屋と同じレベルのセキュリティパスが必要になる。

 

そのどれもが、この計画においては秘匿性が高いものであり、それが故に基地においては地下の方に存在する。

 

無論、接収予定の「XG-70」と呼ばれる兵器を収める格納区画や、ガンダムが保管されている場所も同様に高いレベルのセキュリティパスが必要である。

これと同様に、GN粒子の研究が行なわれている区画もまたレベル4以上のセキュリティパスがなければ、入れない場所にあった。

そしてこの場所では今、ある物の開発がようやく一区切りつく瞬間を迎えていた。

 

 

 

「GN粒子の発生率、安定域に入りました。」

 

「粒子精製量、共に安定しています。」

 

単なる情報端末でしかなかったはずのハロの中にあったデータベース上にあった「GNコンデンサー」と「太陽炉を接続する技術」。

そして、プトレマイオスが半永久的活動時間を獲得できた理由である、この船が搭載していた大型の粒子貯蔵タンク。

これら、ロックオンの世界におけるこの世界においてはオーバーテクノロジーに等しい技術を解析し、ある程度紐解いたところで、この世界なりの技術で元の技術を応用し、開発されたのが今現在彼らの前で稼働している機械だった。

いわば、この機械はこの世界におけるGN粒子を封じ込め、貯蔵するための「粒子貯蔵タンク」だ。

 

しかしこれは、ロックオンが本来いた世界において実用化されていたものには、お粗末にも及ぶとは到底言えない代物であった。

 

この機械の問題点は、貯蔵はできても、別に供給なりを行う「転用」ができないからだ。

これは、GNコンデンサーが未だ実物を開発するにいたっておらず、それが原因で様々な分野への「転用」が不可となっていた。

しかし、これを携帯可能な、所謂「パック方式」のように、エネルギー量に制限があるとはいえ艦砲ないし、理想としては戦術機サイズにまで使用可能(つまりはガンダムや、GN-Xのように携行した武装に使用可能にする程)になれば、理想としてはデュナメスの武装を、既存の戦術機や艦船を改修すれば使用可能にすることができる。

だが、あくまでこれは理想であって現実ではない。

机上の空論の域を出ないが故の「理想」—————ではあるが、これを現実のものにするため、研究チームは不断の努力を続けていた。

 

「諸君、ありがとう。」

 

そして今日、これまで製造された試作型の粒子貯蔵タンク、その16番目が、ついに一定量のGN粒子を貯蔵することに成功したのだ。

サイズは、戦術機が携行可能な大きさでは到底なく船に載せるには多少小さいそれは、前述の通り、決して「成功作」とは言い難い。

しかし、これまで問題とされた「一定量」・・・つまりは、制限付きとはいえ飛行、歩行、潜水、戦闘、あらゆる面において想定される必要量を留めておけるだけのタンクが出来上がったのだ。

それは確かに、この研究がまた一歩前進したと言えよう。

だからこそ、研究員たちの中心で「彼」は声を大にして感謝の言葉を述べる。

 

「君たちの不断の努力によって、我々の研究はまた一歩前進することができた。」

 

そう言ったのは、最も長い時間研究に携わり続け、誰よりもこの研究と開発に没頭し続けた、稀代の天才科学者—————イオリア・シュヘンベルグ、その人であった。

 

「いえ!博士がいなければ、こんなに早くこれ(粒子貯蔵タンク)の完成度をここまでもっていくことは不可能でした!」

 

「そうです!博士があってこそのこの研究であり、今回のプロジェクトなのです。」

 

周囲にいた研究者たちが口々に言う。

 

—―———イオリア・シュヘンベルグという人物は、学会の鼻つまみ者であった。

 

しかし、その類稀なる頭脳に惹かれる人間はいる。

天才であるがゆえに孤独であった彼を慕う人間は数多く存在したのだ。

勿論、この場にいる彼ら全員がそういうわけではないのもまた事実ではあるが、ここにいる大半の研究者が、イオリア・シュヘンベルグという研究者を慕い、尊敬し、目標にしていた。

 

「だが同時に、君たちがいなければこれは実現できなかったのもまた事実だ。これは、私一人では成し得なかった。」

 

イオリアという人間は、元来「人間嫌い」というやつである。

 

それは、人と人が分かり合えず争い合い、戦争を引き起こす事をわかっているからこそだ。

だから彼は、人が嫌いだった。

だから彼は、人と人が分かり合える世界を目指した。

 

それは、ロックオンのいた世界のイオリア・シュヘンベルグも同様だ。

 

ガンダムと、「トランザムシステム」を託した時にイオリアが言った「人は変われるのだから」という言葉の意味。

外宇宙からの来訪者との対話は、人類意思の統一無くして実現することは叶わない。

そのためのGN粒子であり、そのためのガンダムなのだ。

 

形は違えど、この世界のイオリアもまた、似た思想を持っていた。

だから彼は、夕呼の共犯の1人になる事を良しとしたのだ。

それが、人同士の分かり合える未来を作るためだと信じて。

 

「だが、まだ終わりではない。我々の研究の先に、「彼」が、あの青年が乗っていた機動兵器がある。あれ程の技術を実現するのは、今は叶わないだろう。」

 

そして、イオリアは一拍置いてから、こう言った。

 

「だが、未来を切り開くそのために、我々がやっていることは無駄ではないと。だからこそ、続けていこう。この研究を。」

 

—————そう、人は・・・変われるのだから。

 

 

 

 

 

「それで?」

 

場面は変わる。

ここは、夕呼の執務室だ。

室内には、3人の人間がいた。

1人は言わずもがな、この部屋の主である夕呼だ。

彼女は今、この部屋に2名の人物から報告を聞いていた。

 

「結果は上々ですな。これで、あなた方はアウェーでありながら、かの計画に参加することができるようになったというわけです。」

 

夕呼の質問に答えたのは、彼女の前に立つ男性から一歩引いた位置に立っていたスーツ姿の人物—————鎧衣左近だ。

 

「ミスター・イワヤはこっちの提案を快く受けてくれたよ。こっちが提供した色んなデータやら何やらもあったからこそ、なんだろうがな。」

 

彼の言葉に続くようにしてそう言ったのは、彼女の前に立つ男性、ロックオン・ストラトスだ。

 

「あちらさんからも、ボーニングに打診してくれたそうだ。実質こっちが先に進めてたような話だから、出来レースみたいなやり取りではあるが・・・これで、アラスカに行くことができる。」

 

「そ、ならいいわ。」

 

ロックオン達の報告に、あっさりとした言い方でそう返す夕呼。

 

「気が向いたからやったことだし、私としては以降の事はストラトスと、そこのに任せるわ。」

 

そして、自分はもうそれに関しては用済みとばかりに2人に丸投げするような言葉を発する。

 

「おいおい、ミス・コウヅキ。もういいのかい?」

 

流石に、報告事項を上司に報告するという状況での夕呼の態度に少し困った様子で、ロックオンは言う。

 

「言ったでしょう?任せるって。遠征させる人員の人選も、あんたに任せるわ、ストラトス。それくらいは、あんた達でできるでしょう?」

 

ロックオンの聞いたことに対して、夕呼はそう返した。

そして「わかったらすぐ行動。私は忙しいのよ」と、半ば追い出される形で執務室を後にする2人。

 

「はっはっはっ。相変わらずですな、香月女史は」

 

部屋を出るとすぐ、態とらしい笑い方をしながら、肩をすくめてロックオンへと言う鎧衣。

 

「ま、いつも通りではあるな。さて、仕事に戻りますか。」

 

「ですな。私は私にできることを、貴方は貴方にできることを成せば良い。では私は、これにて」

 

そう言い残すと鎧衣はまるで幽霊のように消えてしまった。

 

「・・・相変わらず、気配を消すのが上手なようで」

 

そうして、ロックオンもまたその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

—————アラスカ・ユーコン基地。

 

北米大陸の上側、アラスカにある国連軍の基地であり、クラウス・ハルトウィック大佐が中心となって行われている「先進戦術機技術開発計画」—————通称「プロミネンス計画」の本拠地だ。

 

「プロミネンス計画」とは、国連軍がアラスカにあるユーコン基地で進めている「各国間の情報・技術交換を主目的とした国際共同計画」の事であり、「外国からの新技術流入によるブレイクスルー」「設計思想の硬化防止」「世界的な技術水準の向上」等のメリットがある一方、水面下では外国への情報流出・機密漏洩の危険性、対BETA戦後を睨んだ参加国の政治的介入や、利益獲得を優先させる企業同士の妨害工作などのデメリットも生じており、国連が掲げる「東西陣営の協調」「人類の大団結」という理想にはほど遠い。

 

この計画を示す計画章には、「太陽」と「人類初の戦術機」であるF-4「ファントム」のシルエットをモチーフにしたデザインが描かれている。

 

そして今、その場所に向かっている輸送機が5機。

そのうちの4機の腹の中には戦術機が抱えられており、輸送機のパイロットは安全なルートを低高度でユーコン基地を目指して飛行していた。

 

「おおー!さっすが、まだ支配地域になってない場所は違いますね!ほら、リーバー少尉、ヤマシロ中尉、シバ少尉!こんなにまだ緑が残ってますよ!」

 

少年のように、機体の窓から下の景色を眺めながらそう言ったのは、PJことパトリック・ジェームス少尉だ。

 

「煩いぞPJ。船と飛行機を乗り継いで来てるんだ。流石に疲れてるから静かにしてくれ」

 

気怠げな声でそう返したのはリーバーだ。

シートのリクライニング機能を使って背もたれ部分を倒し、楽な姿勢でシートに座る彼は顔半分にアイマスクを被っており、その下から目を覗かせてPJを睨むように見ていた。

 

「だって、暇なんですよぉ・・・」

 

「あらほんと。結構綺麗ね、外の景色は」

 

嘆くように言うPJの後にそう言ったのは、意外にも上総だった。

 

「アラスカは、今大戦における初期段階でBETAの支配を免れた数少ない地域の一つですから、自然環境は未だ健在なのでしょうね。」

 

彼女の発言にそう返したのは、それまで読書をしていてあまり喋らなかった智恵子だ。

 

「確か、アラスカ・・・つまりは、カナダに落ちてきたBETAの着陸ユニットは、アメリカ軍による核の集中攻撃で完全に破壊されたため、支配地域になるのを免れたんでしたっけ?」

 

「確かそうだった筈だよ。戦術核の投入で、上陸される寸前に総攻撃で奴らの侵攻を阻んだ。カシュガルの教訓が初めて活かされたケースでもある。」

 

PJが言ったことに対してそう返したのは、先ほどから気怠そうに話を聞いていたリーバーだった。

 

「俺たちが向かってるユーコン基地は、ソビエト連邦の租借地であるアラスカと、アメリカ側がソ連と協議して決めた国境線の境目にある、複雑な立場の基地さ。」

 

「ソ連・・・」

 

彼らが今、アラスカの地に来ていて、ユーコン基地に向かっている理由。

それは、2週間ほど前の出来事に遡る—————。

 

 

 

 

—————2000年9月某日。

この日、4名のウルズ隊のメンバーが呼び出され、ある部屋へと向かっていた。

 

「呼び出し・・・一体なんなんでしょうね?」

 

歩いている4人の中の1人、パトリック・ジェームス少尉—————PJの愛称で呼ばれる青年が、そう呟いた。

 

「私と中尉が呼び出されたという事は、恐らくは89式改修計画絡みの事でしょうが・・・」

 

彼にそう返したのは、今回の計画における次席開発衛士の智恵子だ。

 

「だが、それにしてもなんで俺とPJまでなんだ?」

 

智恵子の発言にそう返したのは、最後尾を歩いていたリーバーだ。

 

「2人はわかる。だが、態々俺たち2人をご指名ってのは少し引っかかるぞ。」

 

「ですよねぇ・・・実際、自分に関しては仮想敵役をやったり、データの整理だとか裏方仕事ばかりでしたから・・・」

 

引っかかる、という意味では意見が合致する2人。

 

「どちらにせよ、何かの辞令でしょう。そろそろ着くわ」

 

先頭を歩いていた上総がそう言うと、少しして呼び出された部屋のドアの前に到着した。

上総はすぐにノックをすると、中からすぐに「どうぞ」と女性の声で返事が返ってきた。

 

「失礼します」

 

彼女はそう言うと、ドアを開けた。

部屋の中へと入る4人。

 

「お待ちしていました。」

 

そこにいたのは、ホークアイだった。

彼女は眼鏡をかけていて、彼女の周囲にはいくつかの書類が積み上げられている。

彼女は「楽にしてください」と敬礼をしてから直立不動で立っていた4人に対してそう言うと、デスクの引き出しから書類を取り出すと立ち上がり、4人の方へ近づいていく。

 

「貴方達に、辞令を言い渡します。詳しい内容は、これから渡す書類に記載が。」

 

そうして、ホークアイは4人へとファイリングされた書類を手渡していく。

 

「これは・・・」

 

上総はすぐにその書類に目を通していき、今回呼び出された理由は「やはりこういうことか」と合点がいく。

 

「貴方達にはこれから、アメリカのボーニング社が「フェニックス構想」基づいて進めているF-15Eの改修計画の補助計画として、アラスカ・ユーコン基地にて進められている「先進戦術機技術開発計画」、通称「プロミネンス計画」に参加するために、ユーコンへ向かって頂きます。」

 

ホークアイは、4人に向かってそう告げた。

 

「既に根回しは済んであります。特にヤマシロ中尉に関しては、別途指示がありますので資料に目を通しておいて下さい。」

 

「別途の指示・・・?」

 

「詳しい話は後程いたします。先程言った通り、貴方達4人にはアラスカ・ユーコン基地へと向かい、計画へ参加、現在改修中のType-89の改修の完成を目指して下さい。」

 

ホークアイがそう言うと、1人居心地悪そうにしていたPJが「あの、質問よろしいですか?」と恐る恐るといった様子でホークアイへと聞く。

 

「どうぞ。」

 

「ありがとうございます。あの・・・なぜ、自分がメンバーの1人に?」

 

その疑問は尤もであった。

PJの中では、自分は今まで裏方仕事などに徹してきた身であり、まさか遠征メンバーに選ばれるとは思っていなかったのだ。

 

「メンバーの選定に関しては、こちらの一存で適正だと判断した人間を選定しています。ジェームス少尉は、何かご不満があるのでしょうか?」

 

「いえ・・・ただ、ねぜ自分、なのか、と・・・」

 

「言った通りです。何かほかに質問は?」

 

有無を言わせぬホークアイの態度に、PJは「わかりました」と言って引き下がる。

 

「それでは、下がってください。ヤマシロ中尉は後程お呼びいたしますので・・・ああ、リーバー少尉は少し残ってください。」

 

3人に下がるように命じ、3人が部屋を後にするとホークアイとリーバーだけが残された。

 

「それで、俺に何か?」

 

「貴方には、彼らのお守り役をして頂く以外にもう1つ、お願いしたいことがあります。」

 

 

 

 

 

 

 

『お客さん方。そろそろ基地に着くぞ』

 

2週間前の出来事を思い出していたリーバーの耳に、機内放送から聞こえてきた機長の声が入る。

やがて、窓からでも死人できる距離まで、基地施設が近づいてきた。

 

「あれが、ユーコン基地・・・」

 

誰かがそう言った直後、輸送機が着陸態勢に入った。

 

 

 

 

 

 

「へぇ。あれがアタシ達と一緒に“仕事”する連中?」

 

滑走路へのアプローチに入った縦に連なる5機のAn-225「ムリーヤ」輸送機。

それを眺めている人間が3人。

駐機場の外にあたる場所に停められた1台のジープから降りてアプローチ態勢に入った輸送機を眺めていた3人のうちの1人がそう言った。

 

「みたいだな。ムリーヤが5機とは豪勢なこって。」

 

ジープの近く、そこに立つ先程声を発した人間と同じように国連軍のBDUに身を包んだ男性がそう言う。

 

「どっちでもいーよ。退屈しのぎにさえなればね」

 

「あらあら。タリサは相変わらず、拗ねたままなのかしら?」

 

「こ、子供扱いすんなよステラ!」

 

最初に喋った人間と、男性、それ以外にもう1人。

ジープに乗ったままで着陸態勢に入った輸送機を眺める金髪の女性がからかうように言い、それにかみつくように言う最初に喋った人物。

彼らは今、今日ここへきた「お客様」が何かを見るためにこの場所に来ていた。

 

「ったくもう・・・それにしても、どんな奴らなんだろうな?」

 

「タリサ」と呼ばれた一番背が低くボーイッシュな外見の女性が、そんな疑問を口にした。

 

「ああ。確か、2人は女って聞いたぜ?」

 

「あらあら。お耳が早いことで・・・。」

 

「VGよぉ。その情報ってのは一体どこが出どころなんだ?」

 

「それは企業秘密。」

 

3人がそう喋っていると、やがて5機の輸送機は連なって着陸態勢に入っていった。

 

 

 

 

 

 

やがて、滑走路にアプローチに入ったムリーヤが次々に着陸していく。

そのうちの1機に移動式のタラップが近づいており、階段部分をドアへと接続しているところであった。

少ししてムリーヤ近くに2台のジープが到着する。

やがて、ドアが開くとその中から1人の女性が出てきた。

先頭切って出てきたのは、長い黒髪を風になびかせて、国連軍軍装に身を包んだうら若き日本人女性だった。

続いて、白い髪に赤い目で長身の女性が出てくる。

その後にさらに2名、ヨーロッパ系の男性が2人。

ゆっくりとタラップを降りてきた。

 

「山城上総中尉ですね?お待ちしていました。」

 

降りてくる4人へと近づいていき、敬礼をしながらそう言ったのは、ジープを回してきたこの基地の職員だ。

やがて、滑走路上に立った先頭の日本人の女性が、職員を見ながら「ありがとうございますわ」と言いながら手に持っていた鞄を地面へと置くと、敬礼をして自身の名を名乗る。

 

「国連軍太平洋方面第11軍横浜基地特殊技術研究部、試験部隊「ウルズ」より派遣されました、山城上総中尉です。」

 

山城上総は、凛とした声でそう名乗った。

彼女の後ろにいる3名も、同様に敬礼をする。

 

「存じております、中尉。お三方も。お迎えにあがりました。中尉は統合司令部へご案内いたします。」

 

上総は彼女を迎えた眼鏡をかけた秘書風の女性に連れられてジープへと乗り込む。

 

「お三方はこちらへ。宿舎へご案内いたします」

 

残る3人は、残りの1台のジープへと乗せられて別の方向へと走り去っていく。

 

「では、出発しましょう」

 

彼女は上総へと笑みを向けながらそう言うと、ジープを発進させた。

 

 

 

 

 

 

国連軍ユーコン基地・統合司令部施設。

その中にある部屋の1つに案内された上総は、1人の人間と対面していた。

 

「遠路はるばるご苦労。私が「プロミネンス計画」を預かる、クラウス・ハルトウィック大佐だ。」

 

「「アジャイルイーグル・プロジェクト」の開発主任兼主任開発衛士(メインテストパイロット)、山城上総中尉であります。」

 

「君が、かの「横浜」から派遣された部隊の人間か。オペレーションルシファーでは「幻の部隊」とまで言われた。」

 

ハルトウィックは、彼女を値踏みするようにそう言う。

 

「存じて頂けて幸いですわ、大佐。ですが私は当時、帝国斯衛軍所属の部隊の一員として任務に従事していましたわ。なので、正確には当時のメンバーではなく、後から部隊に編入された身・・・どうか、過分な期待は向けないで頂けると、幸いですわ」

 

「はっはっはっ。謙虚なのは良いことだが、事この場所においては、君が籍を置く場所の所為で良い感情は向けられない可能性が十分にある。留意したまえ」

 

最初は笑みさえ浮かべて言葉を発し、最後は鋭い視線で彼女へと言うハルトウィック。

「忠告、痛み入りますわ」と返す彼女は、自身も優秀な衛士であるハルトウィックに気圧された形になっていた。

 

「さて。君に至っては、本来の所属が帝国斯衛軍(インペリアルロイヤルガード)というだが・・・貴国の切迫した状況は理解しているつもりだ。極東の要衝たる帝国の防衛に貢献できるのであれば、尽力は惜しまない。だからこそ、「プロミネンス計画」は「横浜」の参画を受け入れたのだよ。これが人類の為になるのだと、考えたからだ。」

 

「前振りはここまでで良いだろう」と、ハルトウィックは立ち上がり窓から外の風景を眺める。

 

「ここにいる者達は皆、故郷を、家族を、様々な何かを失っている。そんな彼らにとって、「守るべき国土」があるというのは、それだけで大きな意味を持つのだよ。」

 

窓の外の景色。

基地施設が眼下にあり、空は済んだ水色だ。

 

「彼らはそんな希望を信じて、今日もこの場所で任務に従事している。」

 

振り返り、ハルトウィックは上総へと言う。

 

「そんな彼らの努力に報いられるよう、君や他の者たちの努力に期待する。」

 

「はっ!」

 

「・・・さて。」

 

ハルトウィックは引き出しから封筒を取り出すと、彼女の前に置いた。

 

「—————アルゴス試験小隊。君たちが行う計画と並行・・・否、正確にはメインである「フェニックス構想」において行われているF-15Eの強化改修プランを担当する部隊だ。この部隊が、君たちと共に仕事をする仲間になる。」

 

そこにあるのは、計画に関する資料と、アルゴス試験小隊のメンバーの資料だ。

 

「試験小隊のメンバーは全て、現場叩き上げの猛者達だ。君たちが行う計画においても、有効なデータを共有することが可能であろう。」

 

「拝見しても?」と許可を求め、ハルトウィックが頷くと彼女は封筒を手に取り、封を開けて中の資料を取り出す。

 

「無論、君達が提供してくれるであろう「新技術」・・・そちらに関しても、アルゴス試験小隊や我々にとって有意義な情報であることを期待している。」

 

彼女はその資料に少し目を通していく。

 

「さて、長旅で疲れただろう。詳細を確認するにも、腰を据えてみるほうが良い。下がって構わない。」

 

ハルトウィックがそう言うと、彼女は「ありがとうございます」と言って資料を封筒へ戻すと、敬礼し、会釈をして部屋を後にする。

部屋にはハルトウィックと—————

 

「君から見て、彼女はどうかね?」

 

隣の部屋に待機していた、先程上総をこの場所へと案内した眼鏡をかけた秘書風の女性がいた。

否、彼女はハルトウィックの執務を補佐する秘書だ。

 

「あれが、「横浜」から来たという。正直、わかりませんね」

 

彼女が抱いた忌憚のない意見に、ハルトウィックは不思議そうな表情で返す。

 

「ほう。私の優秀な秘書にしては珍しい、漠然とした返答だな。」

 

ハルトウィックは、彼女とこうしてよくやり取りをするのが楽しみであったが、今回は彼女としても相手がまったく所属を変えてからの情報が少ないが故に、評価をどのようにするか決めあぐねていた。

 

「お戯れを、大佐。」

 

「・・・ふむ。まあいいだろう。幻の部隊、ウルズ。彼らがどのような活躍を見せてくれるのか、楽しみだ、」

 

ハルトウィックにしては珍しく、楽し気な笑みを浮かべながら秘書へとそう言った。

 

 

 

 

 

 

「トルコ陸軍所属、イブラヒム・ドーゥル中尉だ。現在は、ボーニングが進める計画にて、君たちと共に研究開発を行う「アルゴス試験小隊」の隊長を務めている。」

 

そして、同じように敬礼しながら、黒人男性ーーーーーイブラヒム・ドーゥルがそう、上総へと名乗った。

 

「長い付き合いになるだろう。よろしくお願いするよ、ヤマシロ中尉。」

 

そう言って、イブラヒムはその大きな手を差し出して握手を求めた。

 

「・・・。はい、よろしくお願いしますわ」

 

にこり、と笑みを浮かべながら、上総は彼の手を取り握手をする。

 

「さて、立ち話もなんでしょう。あとの話は、荷物をまず各々の部屋へと移動させてから・・・ということで、如何でしょうか?」

 

話の間に割り込むのを申し訳なさそうにしながら、職員がそう言う。

「ではそうしよう」「そういたしましょうか」と2人はお互いにそう言うと、上総達は2人ずつに分かれてジープへと乗り込み、その場を離れた。

 

 

 

「さて。全員に集まってもらったのは他でもない。」

 

最初の出会いから数時間して、ウルズ隊とアルゴス試験小隊の面々は、彼らに割り当てられたブリーフィングルームへと集められていた。

席に座る全員の前でそう言ったのは、黒人男性だ。

 

「親睦を深めてもらうよう、まずは自己紹介を全員にしてもらう。まず初めに・・・マナンダル少尉!」

 

彼にそう呼ばれたのは、先程「タリサ」と呼ばれていた人間だ。

 

「げっ・・・先頭私かよ・・・」

 

そう、小さな声で一人愚痴るタリサに、黒人男性が「何か不服かね、マナンダル少尉?」と言われると、すぐさま「いえ、何もありません!」と答えて立ち上がる。

 

「ネパール軍所属、タリサ・マナンダル少尉。コールサインは「アルゴス02」。今は、アクティブ(F-15 ACTV)の2号機のテストパイロットをやってる。」

 

「やってる?」

 

「やっています!・・・むぐぐ・・・よろしくお願い、します。」

 

不満そうにそう言って、席へと座るタリサ。

 

「では次は・・・貴様だ、ジアコーザ少尉。」

 

「了解であります、隊長。」

 

そう言って立ち上がったのは、イタリア人男性だ。

 

「ヴァレリオ・ジアコーザ少尉。コールサインはアルゴス03。主に、随伴機(チェイサー)だったり、仮想敵(アグレッサー)だったり、あとはメインのそこのおチビさんと、隊長のサブでアクティブをいじったりしています。因みにですが、親しい人間には「VG」と呼ばれているので、ウルズの皆さんも、そう呼んでくれよな?」

 

ニカッと歯を見せた笑みを、主に女性陣に向けながらヴァレリオは自己紹介を終える。

 

「なっげぇんだよ、VG。」

 

「うるせーな。何事も最初が肝心って言うだろ?」

 

隣同士に座るヴァレリオとタリサがヒソヒソと喋っていると、最後のアルゴス試験小隊メンバーの自己紹介が始まる。

 

「スウェーデン軍所属、ステラ・ブレーメル少尉です。コールサインはアルゴス04。ジアコーザ少尉と同じく、随伴機と仮想敵、その他の仕事を担当しています。以後、よろしくお願いするわね?」

 

笑みを浮かべながら、ステラが自分の自己紹介を終える。

 

「では最後に。トルコ軍所属、イブラヒム・ドーゥル中尉だ。コールサインはアルゴス1。現在は、ボーニングが進める計画にて、君たちと共に研究開発を行う「アルゴス試験小隊」の隊長、そしてアクティブの1号機の主任開発衛士を務めている。」

 

そうして、アルゴス試験小隊のメンバーはとりあえずの自己紹介を終える。

次はウルズ隊の番だという流れになり、まず最初にリーバーが立ち上がると自己紹介を始めた。

 

「フレッド・リーバー。階級は少尉。コールサインはウルズ05だ。今回は、主に約2名のお守り役でここに来た。よろしく。」

 

気怠げに、かつ手短に自己紹介を済ませるリーバー。

続いて自己紹介をするのはPJだ。

 

「自分は、パトリック・ジェームス少尉と言います。コールサインはウルズ12。メインの2人のサブと、サポートとしてここへ派遣されました。よければ、親しみを込めて「PJ」とお呼びください。親しい人間は、自分のことをそう呼びますので。よろしくお願いします!」

 

PJの自己紹介が終わると、次に順番に回ってきたのは智恵子だ。

 

「志波智恵子少尉です。コールサインはウルズ10。私は、そちらの山城中尉が扱う試験機の2号機の担当です。以後、お見知り置きを」

 

軽く会釈をしながら、手短に自己紹介を済ませる。

最後に、上総の番がきた。

 

「山城上総中尉です。本来の所属は、帝国斯衛軍になります。現在は、国連軍太平洋方面第11軍横浜基地のウルズ隊に所属しています。コールサインはウルズ07。89式・・・F-15Jの改修1号機の主任開発衛士を務めています。皆さん、よろしくお願いいたしますわ」

 

お辞儀をして、そう自己紹介を締めくくる。

 

「さて、これで全員の紹介は終わったようだな。」

 

イブラヒムがそう言うと、次に計画の簡単な概要説明に移った。

 

「皆も知っての通り、我々が進めているのはボーニング社が「既存の第2世代戦術機を第3世代相当にまで性能を底上げする」という「フェニックス構想」の下に行なっているF-15Eの改修と、補助計画という形でそちらのヤマシロ中尉が進めるF-15Jの改修だ。」

 

正面のモニターにスライドが映し出されると、それぞれの計画の概要が説明されていく。

 

「我々が進めているF-15 ACTV「アクティブイーグル」、そしてこのF-15 S/MTD「アジャイルイーグル」(89式改)、これら2つの完成を目指すのが当面の目標だ。」

 

イブラヒムが説明を続ける中で、説明に合わせてスライドが流されていく。

 

「計画性がある程度決まっているアクティブに対して、アジャイルの場合にはまだ様々な課題が残っているとの事だ。よって、アクティブの完成度を高めるアルゴス小隊と、アジャイルの設計のブラッシュアップを図るウルズ隊とで、共同で互いの計画機の完成度を、これから先は高めていく形になるだろう。」

 

そうして、いくつかのスライドを流し、最後のスライドが流れると説明が終わる。

 

「さて、これで説明を終了する。各々、何か質問などはあるかね?」

 

イブラヒムがそう聞くが、特に質問をする者はーーーーー

 

「はい!」

 

元気よく声を上げたのは、タリサだった。

 

「なんだ、マナンダル少尉。」

 

「うちら・・・じゃなくて、アタシ達のアクティブと、あっちのアジャイル。そいつが並行して計画を進めるメリットはあるのでしょうか?」

 

発言を許されたタリサは、そう質問する。

 

「おいタリサ・・・!」

 

「いいだろう、マナンダル少尉。続けたまえ」

 

止めようとしたVGを遮り、イブラヒムはタリサに続けさせた。

 

「元々、性能でE型に劣るC型の日本向け仕様が、F-15Jだったはずです。だったら、態々ライセンス生産品を改修するよりも、例えば日本が運用する第3世代機・・・確か、Type94とか、そっちを改修するか、別の機体を開発する方がよっぽど効率的だと思ったんです。なにより、アタシ達のアクティブと共同で研究・開発を行うってのがどうにも納得がいかなくて」

 

彼女の言うことは最もである。

実際、既に国内でのライセンス生産を終えたF-15Jもとい、89式戦術機「陽炎」は、繋ぎでありながらも多くの部隊で運用されてはいるが、いずれは94式「不知火」や、それらのアップグレード機(つまりは、F-15Cに対するF-15Eの)や、その後継機に移行していくはずだ。

なのにも関わらず、態々陽炎を改修するメリットは、普通なら見当たらない。

 

「そこに関しては、私から説明させて頂きますわ。」

 

そう言ったのは、上総であった。

彼女の後ろに座る形になるタリサへ向けて、前を向いたままで言葉を続ける。

 

「ドーゥル中尉。少し、お時間を頂いてもよろしくて?」

 

そう提案すると、「ああ、構わんさ。」と返すイブラヒム。

すぐさま彼女は立ち上がると、イブラヒムが立っていた場所に立ち、タリサや、残る2人、そして後ろに立つイブラヒムへも向けた説明を始める。

 

「先程も言われた通り、我々が今回改修を行なっているF-15J・・・帝国軍では89式戦術歩行戦闘機「陽炎」と呼ばれるそれは、既に国内でのライセンス生産を終え、現在稼働数が少ない94式「不知火」に、いずれは機種転換していく予定です。しかしながら、現状の帝国の生産力では十分な不知火の数を揃えられるだけの時間的余裕も、なにより資源が乏しく、そのため、急場とはいえこちらのフェニックス構想と似たような思想の下、陽炎の改修を行うことが決定されました。」

 

上総の今の説明では不十分なのか、タリサは未だ不満そうな表情を浮かべていた。

 

「・・・とまあ、これはあくまで表向きの話です」

 

彼女はそう言うと、ブリーフィングルームに持ち込み、先程前に立つときに一緒に持ってきていた鞄からファイルを取り出した。

 

「これから配る資料に、簡単にですが概要を纏めさせていただきました。」

 

そうして彼女は、アルゴス小隊の4名に資料を手渡していく。

 

「今回の我々、ウルズ隊及び「横浜」の目的・・・」

 

配りながら言葉を続ける上総。

 

「それは、こちら側が占有する様々な「先進技術」の公開・共有と、そのデモンストレーションです。」

 

最後にイブラヒムへと資料を手渡すと、今度は端末を操作し、モニターに再び別の情報を表示させる。

 

「これから同じ職場で仕事するにあたって、我々の上司から見せるように言われた資料です。これらは全て、私達独自の技術になります。」

 

そこに映し出されたのは、かつてヘルダイバーや雪風が運用した武装のデータや、戦闘記録だ。

 

「なによりこれは、帝国のみが占有しているわけではなく、「横浜」のみが独自に占有する技術です。あくまで「横浜」は国連軍ですから、帝国やその他の国が関わっているのではなく、「横浜」独自に進めてきた研究と開発になります。」

 

「なら、尚更アタシ達と組むメリットは・・・」

 

「マナンダル少尉が先程仰った通り、メリット・デメリットの面で考えれば、メリットは少なく、逆に占有技術を見せるという意味ではデメリットの方が大きいというのは、聞かなくともわかるでしょう。」

 

上総はそう言い切った。

 

「しかし、今回我々が行うのは、あくまでボーニング社が中心となって行う「共同開発」です。よって、それ以上でもそれ以下でもなく、あくまで対等な立場として、互いに切磋琢磨しながら互いを研鑽し合い、技術の向上を図る。なら、これ以上のメリットはないと、そう考えますが・・・これ以上の説明が必要でしょうか?」

 

そう言って、説明を締めくくる。

タリサは尚も噛みつこうとしたが、イブラヒムに制されて大人しくなる。

 

「さて、長々とした説明はここまでとしよう。」

 

上総とポジションを入れ替えて、再び前に立つイブラヒム。

 

「今日から我々は、同じ計画のメンバーとして仕事をする同僚だ。よってこれより、親睦を深めるためにあることをしてもらおう。楽しいレクリエーションの時間だ」

 

「レクリエーション?」とPJが呟く。

イブラヒムは口元に笑みを浮かべると、この場にいる全員に向けてこう言い放った。

 

「CASE:47だ。」

 

 

 

 

 

 

CACE:47。

それは、テロなどに際してのAH(対人)戦を想定した、模擬戦闘訓練を指す言葉だ。

現在の人類の状況においても、BETAと戦っている以上に、一番怖いのは同じ人間であるという意識が根底にあるとも言える訓練項目だ。

無論、対象はテロだけでなく、もしも()()()で戦争状態に突入した場合も想定しており、今現在存在する各国軍の中では最もそこに力をいれているのは、やはりというべきかアメリカであった。

その際たる例が、「最強の戦術機」と名高いF-22「ラプター」であるのだが、それはまた別の話だ。

無論、他の国家の軍隊も訓練の項目にこれは当然の如く入っており、それは様々な用途で活かされ続けてきているのもまた事実であった。

 

そしてもう1つ。

 

この訓練は、互いの技術を切磋琢磨するという利点もあるが、他にも用途がある。

それは、実力の白黒をある程度はっきりとさせるという事だ。

 

これから行われるCASE:47はまさに、そんな理由も孕んだものであった。

 

CASE:47の内容は市街地における2機編隊同士の対人戦闘演習だ。

訓練条件は、両隊共に対人類装備、付加要素は両軍共にCPは全滅、戦域データリンクは僚機とのアクセスのみに限定、勝利条件はリーダー機の撃墜。

 

アルゴス試験小隊と、ウルズ隊による模擬戦。

 

1回戦目のカードは、タリサ(F-15 ACTV-02)とVG(F-15E)対上総(89式改)とリーバー(雪風)。

 

2回戦目は、イブラヒム(F-15 ACTV-01)とステラ(F-15E)対智恵子(雪風)とPJ(89式改)。

 

3回戦目は、ACTVと89式改の主任・次席開発衛士4名によるカードとなった。

 

アルゴス試験小隊側は、イブラヒムとタリサ。

ウルズ隊側は、上総・智恵子だ。

模擬戦は、1回戦目、2回戦目と互いに1つずつ勝ち星をあげるという結果になった。

最初の模擬戦では、最初は拮抗していたものの、リーバーの起点によりVGを先に潰され、2:1に持ち込まれたタリサは善戦するも撃墜。

一転して、2回戦目では未だ89式改という機体に慣れていないPJと、ベテランのイブラヒムという組み合わせから、智恵子がフォローに回ったもののステラの存在もあり、軍配はアルゴス側に上がった。

結果、勝敗は互いに1勝1敗という状況になった。

 

少しの休憩時間を挟んで行われる3回戦目。

 

互いに配置へとつき、開始の合図を待つ。

 

『これより、CASE:47を想定した3回目の模擬戦闘訓練を開始します。レーザー級による攻撃を考慮した高度制限、その他のルールは先ほどまでと同様となります。開始は120秒後とします。』

 

CPから全機へと通信が入り、そう告げられる。

互いのCPは全滅を想定しているため、以降の通信は制限され、被弾などの判定のみ通達される手筈となっていた。

89式改の管制ユニットの中で、上総は静かにそれを聞いている。

 

『中尉。』

 

待機している彼女に、智恵子から通信が入った。

 

『マナンダル少尉は、中尉とリーバー少尉を相手にあそこまで粘った相手です。それに加えて、もう1人の相手は私が1本取られた相手、ドーゥル中尉です。』

 

冷静な声で、上総へという智恵子。

 

『ご注意を。ACTVの機体性能は、まだ未知な部分が多いです。互いにまだ未完成とはいえ、油断すれば経験の差から―————』

 

「・・・少尉。それは、万が一にでも私たちが負けると言いたいのでしょうか?」

 

『いえ、それは・・・』

 

智恵子の心配は尤もであるが、上総は負ける気などは毛頭なかった。

 

「私は大丈夫です。それに、これからが始まりです。」

 

やがて、戦闘開始まで僅かとなる。

彼女は、戦闘前にタリサに言われたことを思い出していた。

「あたしのアクティブと、あんたのアジャイル。どっちが強いか、白黒つけようぜ」と。

 

「私はここで、何をなせばいいの・・・?」

 

さっきは強気なことを言った彼女であったが、それでも不安はある。

なにせ、知らない土地にきて、知らない人間と、初めての経験ばかりだ。

 

『時間です、中尉。』

 

「了解。勝つわよ、少尉!」

 

『ウルズ10、了解。』

 

そして、鷲同士による戦いの火蓋が切って落とされた。




はい、というわけで実質のTE編第1話です。
原作本編開始時点だと、イブラヒムの旦那は既に指揮を執る方に回ってて、その前のことを描いてるのって「英雄」って呼ばれた時の話くらいしか僕は確認できてないんですよね…。
なので、勝手に「タリサ以上の実力のすっげぇ強いパイロット」って感じに思ってます。
次回はどういう展開になることやら(棒読み)
因みにですが、実力としてはウルズ組ではリーバー≧智恵子>PJ≒上総くらいに考えていますが、明確な実力配分みたいなのってできてないんですよね。
例えばタリサ≦智恵子、リーバーだったり、イブラヒム>リーバーだったりとか、色々難しい。
あ、因みにキャラチョイスに関しては、ウルズの男性陣に関しては両方共考えた時点では考えてました。
あ、違う?そうじゃない?
そ、そそそ、そんなこと言わないで…!
長引くとアレなので、後書きはここまでで。

ではでは次は、(勝手な)恒例の予告ターイム!(ジオウ風)

ーーーーーくそ!機動でこのアタシが負ける!?

ーーーーー獲物を前に舌舐めずりとは、3流のやる事だな。

ーーーーーこういう時は、身を隠すべきね・・・!

ーーーーー最初から黒星つけられたら、親友に・・・唯依に顔向けできないのよ!

次回「鷲対鷲」



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before TE-02「鷲対鷲」

この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

3ヶ月ぶりくらいの投稿。
はい。今回は前回に引き続いてのお話の決着編(?)。
年末年始いろいろあって忙しかった上になんども書き直してこれなのでまたしても不完全燃焼感(
正直まとまりきらなかったので説明で誤魔化した感、すごくあります。

ではではどうぞ。

イメージOPは「快晴・上昇・ハレルーヤ(遊戯王GX主題歌)」


2000年、アメリカ合衆国・アラスカ州。

その場所にあるのが、ユーコン陸軍基地である。

広大な土地にあるその基地は、1つの巨大な都市とも言える規模を持つ。

テストサイト18、第二演習区画。

E-102 演習場と呼ばれるその場所では今、2つの部隊の試験機同士による模擬戦闘訓練が行われていた。

 

アルゴス試験小隊のF-15 ACTV「アクティブイーグル」。

ウルズ隊のF-15S/MTD「アジャイルイーグル」、もとい89式戦術歩行戦闘機改。

双方2機ずつによる模擬戦は、対人戦闘を意識した2機1個小隊編成による編成で行われている。

 

森の中の木々のようにいくつも起立しているビル群。

市街地を模した地形をした演習場は、このユーコン陸軍基地にいくつもある演習区画の1つだ。

この場所では今、鷲の系譜同士による戦いが繰り広げられていた。

 

 

 

(イメージ挿入歌:NO PLACE LIKE A STAGE)

 

 

 

銃撃音。

ビル型の障害物に、ペイント弾が着弾すると中の塗料が撒き散らされてビルの側面を黄色に染め上げる。

 

「この!チョコマカと・・・!」

 

管制ユニット内で、悪態をついたのはアルゴス試験小隊のうら若き試験衛士の1人であるタリサ・マナンダル少尉だ。

標的に弾丸が命中しない事に腹を立て、悪態をつく。

 

『マナンダル少尉。お前の戦闘中での私語は今に始まった事ではないので咎めるつもりはないが、もう少し落ち着け。』

 

通信機越しに聞こえてきたのは、彼女の上司にあたる部隊長の声だ。

 

「まるでハエみたいに動き回りやがる・・・!こいつ、本当にF-15C(イーグル)のカスタム機ですか…!?」

 

『事前の説明以外の情報はないのが現状だ、少尉。無駄口を叩く暇があるのであれば、各個撃破を最優先として動く。これが最小単位での戦闘の基本だ。面倒ならば、どちらか片方を突き崩せばいい。』

 

悪態をついて苛立つタリサを嗜めるように声を発しているのは、アルゴス01のコールサインを持つイブラヒム・ドーゥル中尉であった。

 

『いつも通りだ。やれるな、アルゴス02?』

 

「アルゴス02、了解ィ!」

 

威勢よく、タリサはイブラヒムの言葉にそう返した。

 

アルゴス試験小隊。

彼らが駆るのは、F-15E直径のカスタム機であるF-15ACTV、通称「アクティブ」と呼ばれる戦術機だ。

 

今現在、彼らアルゴス試験小隊は、日本の国連軍・横浜基地より派遣されてきた部隊であるウルズ隊と、技術交流を主な目的として、同じ計画において「F-15Eの前身ともいえるF-15C系統の日本向け仕様であるF-15Jのさらなる改修機」という複雑な経緯で開発された試作機と模擬戦を行なっていた。

 

 

 

 

 

 

演習エリア外周。

その場所で、模擬戦の風景を眺めているのは、両隊において3戦目ではカードに組まれなかった、所謂「あぶれ組」だ。

その中の1人、アルゴス試験小隊所属のヴァレリオ・ジアコーザ少尉は、戦術機のカメラ越しに見えるウルズ隊側の試作機ーーーーーF-15S/MTD、ウルズ隊側では日本のType-89になぞって「89式改」と呼ばれる機体の動きを観察していた。

 

「ヒュー。それにしても凄いねぇ、あの機体は。どうやったら、あれ(F-15C)があそこまで化けるんだか。」

 

口笛を吹きながら、機体を眺めるヴァレリオ。

 

『正確には、その日本向け仕様であり、米軍の用途とは真逆、つまりは集団ではなく「個」としての戦闘力を高めて近接戦に特化しているF-15J。帝国軍(インペリアル)では、カゲロウって呼ばれている機体ね。』

 

模擬戦の様子を眺めるヴァレリオの発言を、訂正するようにして言葉を発したのは同じ隊のメンバーであるステラ・ブレーメルだ。

 

「よくは知らないが、つってもイーグル直系とはいえストライクよりかは型落ちだろう?いくら同系統の機体とはいえーーーーー」

 

『こっちの技術者に聞いた話じゃ、別物と言っていいくらいには違うらしいぞ、コイツ(F-15J)は。』

 

口を挟むようにして、会話に割り込む人間が1人。

ウルズ04のコールサインを持つフレッド・リーパーだ。

 

『自分もそう聞きましたね。外見は同じでも、ほぼ別物である、と。』

 

更に会話に入ってきたのはウルズ12のコールサインを持つパトリック・ジェームス、通称PJだ。

 

「んん。お二人さんとも、意外とフレンドリーなようで助かるぜ?まあ、この先長い時間を共にするんだ。精々仲良くしてもらえると嬉しいぜ?」

 

和んできた雰囲気を見て、ヴァレリオはそう3人へと言う。

 

『そうね。ギスギスするよりかは、こっちの方がいいわ?』

 

『自分も同意見です。』

 

『・・・・・俺はどっちでもいいがね。』

 

「最後の1人は協調性が薄いなぁ。今夜はリルフォートで飲み決定かぁこいつは?」

 

軽口を叩きあう4人の様子とは裏原に、模擬戦は急激に展開の様相を変えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーコン基地内、管制室。

基地内において幾つか設置された、各国試験部隊の演習をモニターする場所。

アルゴス試験小隊、そしてウルズ隊における演習プログラムは、この場所で管制されている。

状況をモニターしている大型のモニターには、現在E-102演習場で行われているアルゴス小隊とウルズ隊の模擬戦の様子が映し出されていた。

 

「・・・・・」

 

それを、CP以外に眺める人間が1人。

その人物は白髪をオールバックにし、眼鏡をかけている壮年の男性であった。

ボーニング社、戦術機開発部門の重役であるフランク・ハイネマンだ。

彼は、フェニックス構想においてF-15E改修案であるF-15ACTVの開発者であり、現在はフェニックス構想における技術主任を務めている。

眼鏡越しにモニターを見つめる彼は、ACTVではなくもう片方の部隊の機体—————89式改を注視していた。

 

「あの、イーグルの改修機・・・実に興味深いものですね。」

 

誰に聞こえるでもない、そんな独り言をつぶやく。

彼の眼光はじっと89式改を捉えて離さなかった。

 

 

 

 

 

模擬戦は思わぬ方向性を持って、展開していた。

機体の性能としては大幅に上回る89式改ではあるが、一定のハンディというのを背負っている状況だ。

故に、その前の模擬戦でも勝ち越しきれなかった。

 

今回もその例に漏れず、技量では智恵子に劣ってしまう上総が、集中的に狙われた。

変態的な3次元軌道を繰り返そうと、ウルズはほぼこの日が初めての模擬戦闘(アラスカ基地における)、アルゴスは勝手知ったるこの場所での戦闘という差。

更には、天性の才能を持つタリサと歴戦の猛者であるイブラヒム。

 

埋めようのない経験の差は、いくら機体の性能がよかろうと上総に対して牙を剥いていた。

 

『中尉!』

 

「わかっていますわ!」

 

射撃、射撃、射撃。

何度も繰り返されるその行動に、段々と集中力をすり減らされていく。

 

「く、やはり私を狙ってくるのね・・・!」

 

半ば独り言、半ば愚痴。

結局は独り言ではあるが、智恵子のフォローをもってしても執拗に追ってくるアクティブを振り切れないままに消耗戦に持ち込まれてしまい、体力と技量的に最も低い自分自身の未熟さを認識させられてしまうことにより更に苛立ちと焦りが増していく。

 

『ここらで決めさせてもらうぜ、インペリアルのお姫様ぁ!』

 

通信制限、もとい敵同士での通信が禁止されている中での相手側からの声。

 

『その鼻っ面へし折ってやるよ!』

 

「言ってくれますわね!」

 

急激な加速。

密集したビル群の中では、地形がわかっていなければ自殺行為だ。

 

『スモーク!』

 

『遅ぇ!』

 

こちらの射撃を回避しての突撃。

智恵子の乗る89式改が煙幕を展開するが、彼女の煙幕展開を置き去りにして、上総の89式改にタリサのACTVが急接近する。

右手には短刀。

 

「やらせませんわ!」

 

抜刀。

敵の勢いを利用して、切り捨てる。

しかしそれは、相手にとって予想済みの行動だったようだ。

 

『どうせそんなこったろうと思ったよ!』

 

機体のバランスをわざと崩すことで、ACTVは上総機の横凪ぎの一撃を回避した。

そしてまるでスケートリンク上の選手のように流麗な動きで機体姿勢を矢継ぎ早に変えていく。

それは、ACTVが機体各部に備え付けられた噴射口を最大限に活かすことで可能となった機動であった。

 

『まだ未完成だけどよ!グルカ族直伝のナイフの切れ味、その身で-----』

 

「・・・ふふ。獲物の前で舌舐めずりみたいな真似は、3流のやる事だって教わらなかった?」

 

しかし、89式改の機動はその上を行った。

 

『な、ぁ・・・!?くそ・・・!機動でこのアタシが負ける!?』

 

咄嗟の機動。

相手の軸線を避け、自身のレンジ内に引き込んで上段から引き抜いた中刀を胴体目掛けて突き出す。

 

「試製99式中刀。取り回しに加えて、刺突武器まで兼ね備えてるっていうのは、想定の範囲外だったみたいね?」

 

ブレードトンファー。

トンファーと剣を組み合わせたのがこの試製99式中刀だ。

故に、持ち手の反対側、つまり柄になる部分は少し突き出ていて、その部位にはそれなりの強度が持たされており、緊急時の接近戦に対応可能な「刺突」武器としての役割を持つ。

 

『が、ぁ・・・!?』

 

タリサの急襲、そして智恵子の援護、そこへのイブラヒムの横槍、上総の反撃。

わずかな間に起きた出来事は、アルゴス側に対してマイナスに働いてしまった。

同時に、一部の隠し球を晒す羽目にもなった。

 

「最初から黒星つけられたら、親友に・・・唯依に顔向けできないのよ!」

 

僅かな隙を見て、正面と側面からペイント弾で蜂の巣にされるタリサ機。

 

『チ、ックショォォォ・・・!』

 

タリサの乗るACTVは力なく地面へと落下していった。

 

『アルゴス2、胸部管制ユニットへの致命的損傷を確認。撃墜判定とします。』

 

オペレーターの無情な一言が、タリサの耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

以降の戦闘は、意外と言うべきか、1機になったことでウルズ側が苦戦することになった。

1機が欠けたことにより、イブラヒムはそれまでのエレメントでの戦法から一点、更に消耗させるべく地形を利用してのゲリラ戦に移行した。

無駄な努力と言われればそれまでだが、一応は勝負だ。

投げ出す気など最初からなかったイブラヒムの戦法は、見事に2人に突き刺さる。

元々機体慣れしきれていない2人に対して、地形でも機体の慣熟度に関しても、なにより戦闘経験でも上をゆくイブラヒムは、全てが初見であればこそ可能な戦術をぶつけ、先に僚機が撃墜判定を受けながらも状況をイーブンに持っていった。

 

この時点で、ある意味ではウルズ側の敗北とも言えよう。

 

『こういう時は、身を隠すんだ。』

 

『な・・・!?』

 

経験の浅い上総を市街地でのゲリラ戦に引き摺り込み、ビルを利用して行動不能に追い込んだ上で智恵子の89式改と一騎討ちに。

そこは、性能の差が物を言い、智恵子がイブラヒムを徐々に追い込み最後の最後に銃弾が管制ユニットにかすったことで致命的判定とみなされ、模擬戦は終了した。

 

こうして、鷲対鷲による戦いは、ウルズ隊側が勝ち越す形で幕を下ろした。

しかし結果としては、試合内容という意味では引き分けに近い形であるのは事実なのは明白。

 

模擬戦後は各部隊のハンガーに機体を格納し、模擬戦終了後に一度デブリーフィングを行ったあとは模擬戦参加者全員が報告書を作成し、提出する運びとなった。

 

 

 

 

 

「どうぞ。」

 

こんこん、という音が聞こえる。

老人はその音に反応するとそう返し、2人の人間を部屋へと招き入れた。

 

「アルゴス試験小隊、イブラヒム・ドーゥル中尉ならびに」

 

「ウルズ隊、山城上総中尉両名、ただいま到着しました。」

 

招かれたのは今名乗った2人。

呼び出したのは、

 

「いやぁ、すまないね。2人とも忙しいだろうけれど、少し話をしたいと思ってね。」

 

フェニックス構想。

この構想においてACTVを設計し、横浜が開発した89式改に興味津々と言った様子の技術主任兼開発主任であり、スポンサー側の人間、フランク・ハイネマン氏であった。

 

「まずはドーゥル中尉。ご苦労様だったね。パイロットが未熟ではあるけれど、あそこまでACTVを使いこなしていることに感服したよ。短い期間でよくあそこまで仕上げてくれたね。」

 

人間嫌いで知られる彼が人を褒めるのを不審に思うイブラヒムではあったが、賛辞の言葉を素直に飲み込む。

 

「続いて君たちウルズ…つまりはヨコハマ製のイーグル改修機。あれはどのような技術が使われているのかい?とても興味深い部分が沢山あって、年齢不相応に僕は今とても興奮しているよ。」

 

表情が読めない。

上総は素直に、ハイネマンを見てそう印象付けた。

 

「・・・お言葉ですが。」

 

「なんだい?」

 

「私は一介の開発衛士です。確かに開発主任の任を与えられておりますが、あの機体はまだ開発途上の機体です。技術共有を目的にしている以上は情報の開示は順次行なっていく所存ですが、今お答えすることは・・・」

 

上総がそう言うと、ハイネマンは「ははは」と笑みを浮かべながら「誤解をさせてしまったようだね」と言って、努めて優しい口調で2人に話し始める。

 

「今日はなんと言っても顔合わせの日だ。そういう意味でも、一度はこういう場を設けたいと思って君たちを呼んだだけだよ。特に他意があるわけではないから、そこまで深く考えないで欲しいな?」

 

ハイネマンはそう、2人に言った。

 

暫くして会話を交わすと、2人は部屋を退出してハイネマンだけが部屋に残される。

 

「・・・これは思った以上に、面白いことになりそうだね。」

 

自分のデスクに座ると、その上にある1つの書類に視線を向けながらハイネマンはそう独り言を漏らした。

その書類の題名はこう記されていた。

 

-----XFJ計画、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

リルフォート。

このアラスカ基地において、娯楽施設をふんだんに詰め込んだ小さな町だ。

遠くから、というよりかは某国の集合体に等しいこのアラスカにいる人間たちにとっては、唯一の癒しや憩いの場と言っていい場所である。

この一角に、このバー「Polester」はある。

 

「んじゃまあ、アルゴスとウルズ。2つの小隊の今後の繁栄を願って、乾杯と洒落込みましょうかね?」

 

バーの一角の席に陣取った7人。

右から順に、ヴァレリオ、タリサ、PJ、リーパー、ステラ、智恵子。

 

「・・・なぜ私がここに。」

 

そして、この世の終わりのような顔をしている上総を含めた面々が、円形に机を囲んで並んで座っていた。

 

「まあ、中尉。そんなに肩肘張らないで、ね?」

 

ステラと智恵子の間に座る形になっている上総を、ステラが嗜める。

 

「大丈夫ですよ、少尉。歓迎会といっても、先ほどVG少尉が言っていたように、軽いものすから。」

 

「そうそう。だからあんまし気を張らないでパーッといきましょう?ね、ちゅーい。」

 

VGがにかっと笑みを浮かべて上総に言う。

 

「お前のそういうところ、なんか胡散くせー。気を付けろよな、インペリアルのお姫様。こいつすぐに手を出してくっからよー。」

 

そこへすかさずタリサが横槍を入れた。

 

「しかしそれにしても、マナンダル少尉はとても物分かりが良いのですね。模擬戦前はあれほど・・・・・」

 

「あ?」

 

PJが余計なことを言ったせいで一触即発。

隣のリーパーはすぐ様他人のような表情で視線を逸らす。

 

「まあまあとりあえず仲良く行こうや。ナタリー、全員分の酒はどうだー?」

 

「あ、あの!」

 

全員分の酒を頼もうとしたところで、上総が声を上げた。

 

「・・・・・私、その・・・まだ、お酒を飲める、年齢ではないの、ですわ。」

 

小さな声で言った言葉。

外見相応の年齢の彼女は、まだ20代に達しておらず、一応は成人していない。

そしてさらにはお堅い帝国斯衛軍だ。

 

「ああ・・・じゃあ、上品にオレンジジュースでもいっておくか?」

 

微妙な空気を察したのか、フォローするようにリーパーがそう言った。

 

余談だが、男勢のためPJは酒から逃れられなかった。(別に成人していないわけではない)

 

「さて。それじゃあみんなに飲み物は行き渡ったかい?」

 

幹事のようなポジションで司会を務めるヴァレリオが全員にグラスが行き渡ったことを確認すると宣言する。

 

「それじゃあ、両隊の今後の繁栄と計画の完遂を祈願して-----乾杯!」

 

乾杯、と全員が言うと、ぶつかり合ったグラスから軽快な音が鳴り響いた。




はい。お送りいたしましたTE本編前編第二話。
本編でもあったユウヤの歓迎戦に該当する部位になります。
勿論TE編やるにあたって本編ベースに話は進めますが、そこまで持っていくのが至難の技。
さて、どう進めていきましょうかね!()

ではでは、次の話も楽しみにして頂けると幸いです!


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