凍てついた心に花束を添えて (ネム狼)
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サクラ 「精神美」

六作目ですが、書き直しの作品です
再スタートですが、よろしくです


 花に水をやる、水は花にとって命の恵みであり成長、もとい人生を歩むにおいて必要不可欠なものである。花の命は短い、それは誰だって知っている。だが、花の短い命には人間の長い人生が凝縮されていると俺は考えている。

 

 こんな考えは誰も思いつかないだろう。花のことになると熱くなってしまう、俺の悪い癖だ。

 

「結城……結城!」

「は、はい!」

 

 先生に呼ばれる、そうだ今は授業中だった。ぼーっと外を眺めていた俺が悪いから呼ばれるのは仕方ないか。

 

 先生が俺を見ている。これは理由を聞かれるな。はぁ、なんて言おうか……。

 

「今何を考えていたんだ?」

「……外の景色について考えていました」

「外の景色?」

「はい、空は何故青いのかだったり桜はなんであんなに綺麗なのか等を考えていました。授業中にすみません」

 

 俺は先生に頭を下げて謝罪した。俺は周りから花のことになるとお花畑になると言われている。花屋の看板息子というだけなのに、酷い言い様だ。

 

「次は気を付けるように。さて結城、この問題解けるか?」

「はい、その問題は……」

 

 俺は先生に言われた問題を解いた。よかった、なんとか解けた。見逃してもらえたな。

 

 俺は結城暁(ゆうきさとる)。先程言ったように花屋の看板息子である。俺の家は花屋をやっており、名前はフラワーショップ「シャルロッテ」だ。何故フランス風の名前にしたのかは俺にはわからない。

 

 花屋の看板息子である以上、花言葉を聞かれたらちゃんと説明できるように勉強している。俺が見ていた桜の花言葉は純潔だ。他にも意味があるようだが、一応純潔の意味が込められていると言っておこう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は同じクラスの生徒である結城さんのことがわからなかった。先生に外を余所見していたことで注意をされていた。しかも理由は景色のことで考えていた、訳がわからない。

 

 私から見た結城さんは何を考えているのかわからない、そんな印象だ。赤い髪をしているけれど、不良なのかしら?でも見た目に反して成績も態度も良い、ここまで来るとわからなくなってくるわ。

 

「それにしても……結城さんは私のことを知っているのかしら……」

 

 同じクラスということは知っていなくても私が風紀委員であることは知っているかもしれない。それだけ知っていればよしとしよう。

 

 もう放課後、今日は部活は休みだからすぐに練習に行ける。湊さん達を待たせてはいけない。急いで行こう。

 

 私は玄関で靴を履き替えて外に出た。今日も練習、明日も練習、毎日ギター漬けだ。私にはギターしかない、ちょっとでも気を抜いたら日菜に抜かれてしまう。それはあってはならないことだ。

 

 ライブハウスに向かっていた道中、一匹の犬が吠えていた。あれはウェルシュコーギーかしら?

 

 私は犬のことが気になり近づくことにした。湊さん達には言っていないが、私は犬が好きだ。このことを知っているのは日菜や親しか知らない。

 

「この子、誰の犬かしら?首輪も付いてる。名前は……レノン。あなたレノンっていう名前なのね」

 

 私がそう言うとレノンという犬はワン、と吠えた。これはどうしたらいいのかしら?ここで待っているわけにもいかない。練習があるし、あまり時間を潰すわけにはいかない。

 

 私は湊さんに少し遅くなります、と連絡をすることにした。事前に連絡しておけば問題はないわね。

 

「レノン、おーいどこだー!」

「この声は何処かで聞いたような……」

 

 私は今聞いた声が誰の声なのかを思い出そうとした。声に釣られたのか、レノンは声がした方へと走っていった。飼い主かもしれない。私はレノンに着いていき、声のした所へ向かった。

 

「よかったレノン!探してたんだぞ!」

「あの……貴方は……」

「ありがとうございます。見つけてくれたんですねレノンを」

「は、はい。貴方もしかして結城さんですか?」

 

 よく見ると結城さんだった。つまりレノンは結城さんが飼っているということになるわね。結城さんが犬を飼っている意外だ。

 

「ええそうですが、どこかでお会いしましたっけ?」

「はい、どこかでお会いしたはずです。では聞きますが、私のことはご存知ですか?」

 

 結城さんは考え始めた。ここで知っているのであればプラスだけど知らないのであれば残念だ。

 

「……すいません、心当たりが無いですね」

「そうですか、ではヒントを出しましょう。ヒントは風紀委員です」

 

 これぐらいならわかるはずだ。それにしても私は何をしているのだろう。練習があるのに、こんな無駄なことをしているなんて、今日の私はおかしいわ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺は目の前の翠色の髪をした女子が誰なのかを思い出そうとしていた。出されたヒントは風紀委員、そういえば朝の挨拶運動とか生徒に注意をしていた時にこの子と同じ髪の色をした女子がいたな。

 

 制服は花咲川学園だが、学年はわからない。それにギターケース?みたいな物を抱えている。いや、それは気にしないでおくか。

 

「……記憶に無いですね」

「そうですか。これだけヒントを出してもわからないなんて、本当に残念です」

「なんかすいません」

「では答えを出しましょう。名前は氷川です」

 

 氷川?どこかで聞いたな……。

 

 あっ、思い出した!氷川さんっていうと風紀委員でそんな名前の人がいたな。この人が氷川さんか!

 

「え!氷川さんなのか!?」

「そうですよ。結城さんと同じクラスなのですが、気づきませんでしたか?」

「ごめん、忘れてた」

「酷いですね!」

 

 氷川さんからここまで言われるのは当然だ。同じクラスだったことを忘れるなんて、怒られてもおかしくない。氷川さんから見た俺の印象は最悪だろう。髪は赤い、これじゃ不良だって思われるのは無理もない。

 

「聞きたいことは色々ありますが、私はこれから用事がありますのでまた今度にしましょう」

「あ、ああ!わかった。じゃあまたな氷川さん」

「ええ、ではまた明日」

 

 そう言って氷川さんはギターケースみたいな物を抱えて歩いていった。まさか同じクラスだったなんて、完全に忘れていた。

 

「どうしたレノン?散歩が途中だから歩かせろって?わかったよ」

 

 レノンは俺の頬をザラザラした舌で舐めてきた。尻尾も振っている、そんなに散歩の続きをしたいんだな。可愛い犬だ。ウェルシュコーギーは足が短い、俺は足が短い所が可愛いと感じ、レノンを飼い始めることにした。

 

 さて、散歩をしたら帰らないと。 もう暗くなる、帰って花にも水をやらないといけないし、忙しいしやることが多すぎるだろ。

 

 

▼▼▼▼

 

 私は練習を終えて部屋で弾き終えたギターをスタンドに掛けた。今日は練習に集中出来なかったわ。ここまで集中出来なかったのは久しぶりだ。

 

「おねーちゃん、何かあったの?」

「日菜!?いつの間にいたの……」

「今来たばかりだよ。何かおねーちゃん調子悪そうだったから、どうしたのかなーと思って声掛けたんだ」

 

 日菜に心配を掛けるなんて、私は何をしているのかしら。日菜とはギターで競うことはあるけれど、こういう時だけは姉として優しくしよう。昔みたいにピリピリとしてしまっては駄目だ。

 

「なんでもないわ。私は大丈夫だから、早く寝なさい。明日も早いのでしょう?」

「うん、わかった。何かあったら言ってよ?相談には乗るから!」

 

 そう言って日菜は部屋を出た。あの子は天才であるけれど、今のは日菜なりに言ったのかもしれない。日菜にこんなことを言われるなんて、いつぶりかしら。

 

 このモヤモヤは寝て忘れよう。寝ていれば忘れるかもしれないし、気にしないというのが一番だ。私は部屋の電気を消して布団に入り、眠りに就いた。

 




このモヤモヤは誰もわからない、少女の心は凍てついたままである。


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ガーベラ 「探求心」

この作品のヒロインは紗夜です
あと、キャラ崩壊する時があります
前回と変えた部分がいくつかありますが、おかしな所出るかもしれません
その際はブラウザバックするなりして下さい


 次の日、俺は氷川さんに昼休みに話があるので、ある場所へ来てほしいと言われた。教室では話せないってことなんだろう。案内するとは行ってたが、どこで話すんだ……。

 

 昨日はレノンが走ったから足が痛い、それに眠い。明日は土曜だから休もうと思ったが、母さんから店番を頼まれた。はぁ、休めないというのが残念だ。だが、花について勉強してるんだからやるしかない。

 

「氷川さんが同じクラスだったのは気づかなかったな」

 

 欠伸をしつつ氷川さんを待つ。教室にいないってことは風紀委員の仕事でいないんだろう。昼休みは一時間あるんだから、じっくり待とう。

 

「遅くなってすみません結城さん。風紀委員の打ち合わせで遅くなりました」

「大丈夫、俺はそんなに待ってないから」

「お気遣いありがとうございます。では案内しますので、着いて来て下さい」

 

 俺は氷川さんの後を着いて行き、階段を上った。上がるということは屋上なのか?道からして屋上しかないか。

 

 しかし、遅くなったということは昼飯はまだ食べてないのだろう。手に持っている袋、それが証拠だろうな。俺も食べないで待っていた。先に食べるというのはさすがに彼女に対して失礼だ。

 

 それにしても、氷川さんが風紀委員だなんて、似合っているとしか思えない。真面目であるのはいいが、息抜きも大事だと思う。彼女が折れないことを祈ろう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私が案内した場所は屋上だ。私は周りから話し掛けにくいと言われている。そのため、昼食はいつも屋上か、白金さんと一緒に食べることが多い。

 

 私にとってここは落ち着く所、云わば聖地だ。こんなことを日菜に知られたらあの子はきっと一緒に食べよう、なんて言うわね。いや、絶対に言う。

 

「結城さん、私が昨日言ったことは覚えていますか?」

「覚えてる。俺に聞きたいことがあるんだろ?」

「はい。食べながら聞きますが、よろしいですか?」

 

 私の言ったことに対し、結城さんは頷いた。私は授業中に思った。結城さんとはどういう人物なのか、気になっている訳ではないけど、単に知りたいというだけだ。

 

 噂では周りからは妖精と言われているらしい。更に花のことについても知っている。情報はこれしかないけれど、本人から聞けば色々とわかるかもしれない。

 

 

ーーこんなことをするなんて、私はどうしてしまったのだろう。日菜に心配されてもおかしくないわね。

 

 

 私と結城さんは向かい合って床に座った。結城さんのお弁当は野菜を中心とした物だった。人参が入っている、私は苦手だけれど、結城さんはベジタリアンなのかしら?

 

「では結城さん。お尋ねしますが貴方、昨日の授業の時、注意されてましたよね?」

「そうだが、それがどうしたんだ?」

「外の景色について考えていたと仰ってましたが、あれは嘘ですよね?」

「……どうしてそう思ったんだ?」

 

 私は理由を話した。結城さんは花のことについて知っている、きっと桜を見ていたのかもしれない。こんな人が外の景色について考えるなどまず有り得ない。

 

 しかも妖精と呼ばれている。そうなると、重症と言えるかもしれない。これはあくまで私の個人的な意見だ。

 

「これが私の思ったことです」

「氷川さん、正解だ。確かにあれは嘘だ。俺は桜を見ていたし、ボーッとしていたのは事実だ」

「どうして桜を……」

「綺麗だったからだ。それに、花言葉のことについても考えていたんだ。これでもまだ勉強中だけどな」

 

 私は結城さんに桜の花言葉について話を聞いた。桜には純潔や精神美という意味が込められている。そんなことを考えているなんて、この人は何者なの?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 まさか昨日のことを聞かれるなんてな。俺はあの時嘘をついていた。その場しのぎをするために嘘をついた。授業中に花のことを考えてましたなんて言ったら今度こそやべーやつと言われる。まぁ手遅れだけど。

 

「これでも勉強中の身だ。知ってるって思われてるけど、知らないことはたくさんあるんだ。答えられないこともある」

「そうでしたか」

「そういうことだ。他に聞きたいことあるか?」

「ではもう一つ聞きます。結城さんのその髪は地毛ですか?」

「地毛だよ!染めてたら指導室行きになるだろ。さすがにそれは御免だよ」

 

 俺がそう言うと、氷川さんは納得したような顔をした。俺ってやっぱり不良って思われてるんだな。我ながら嫌な感じだ。花屋の息子が悪いことをしたら退学案件になっちまう。そんなことはしたくないし、親に迷惑は掛けたくない。

 

「氷川さん、言っておくが人間は見た目より中身が大事だからな?」

「言われなくてもわかっています。私もそのくらいはわかっていますので」

 

 なんだかなぁ……。染めてるのかなんて何回か聞かれたけど、聞かれるのは半年ぶりだ。先生にまで聞かれたことはあるが、風紀委員に聞かれるというのは予想してなかった。

 

 そろそろ昼休みが終わる頃だ。俺は立ち上がり、弁当を袋にしまった。氷川さんはもうそんな時間ですか、と言って立ち上がった。花のことについて答えられたのは俺としてもいい。他の奴は話しても話が長いって言われて放せなかったが、氷川さんは聞いてくれた。なんか嬉しいな。

 

「結城さん、何を笑っているんですか?」

「何でもない。別に疚しいことは考えてないぞ」

「それならいいですが、変なことは考えないで下さいね」

「わかってる。さて、別々に戻るぞ。噂になったら面倒だからな」

 

 俺と氷川さんが噂になると色々と面倒だ。そんなことで聞かれるとか、こっちから願い下げだし、デマとか流れたら近所にもその噂が流れるかもしれない。

 

 帰ったらまた店番だ。今日はそこまでやらないみたいだから頑張ろう。時間なんてあっという間なんだ。三時間の辛抱だから耐えよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 結城さんが花のことを話していた時の表情を思い出す。あの時の結城さんは真剣だった。楽しそうに話していた。よっぽど花が好きなんだ。

 

 あの表情は好きなことを語れない限り出来ない表情だ。私は日菜に散々抜かされたからギターを始めたけれど、ギターについて話したことはあまりなかったわね。

 

 今後も結城さんについて話を聞いてみよう。まるで調査をしているみたいだ。こんなことをしているなんて、私は何をしているのかしら……。

 

 明日は久しぶりにあの場所へ行こう。そこで息抜きをして、その後に練習に出る。練習は午後からだから午前に行って癒されよう。そうすれば、練習に集中出来る筈だ。

 

 練習に集中しよう。日菜に抜かされてはいけないし、手本になるように頑張らないといけない。やることはたくさんある。少しずつでもいいから、やっていかないと!

 

 

 




その花はまだ咲かない、まだ蕾のままなのだから


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ミヤコワスレ 「暫しの憩い」

暁と紗夜の距離がちょっとだけ縮まる?かもです


 四月が過ぎようとしている。俺はベランダに出て両腕を伸ばした。暖かい光が眩しい。この太陽によって花は成長する。まずは水をやらないと駄目だがな。

 

 俺は起きたらすぐ水をやっている。毎日やっているから日課である。店の花だけじゃなくてベランダの花もある。これは俺がやっているガーデニング用の花だ。

 

 今日も店番をやるが、近所のおばちゃんからまた美男子だって言われそうだな。俺が店番をやる度に美男子だって言われている。看板息子故に言われているのかもしれない。なお、レノンは普通に可愛いワンちゃんだって言われている。

 

「暁おはよう。今日も店番頼むわね」

「おはよう母さん。店番任されたよ、父さんはどうしてるんだ?」

「直樹さんならお店の花に水を与えているわ」

 

 結城直樹(ゆうきなおき)、もとい父さんはシャルロッテの店長で俺の父親だ。あと、今話しているこの女性は俺の母親、結城遥(ゆうきはるか)。父さんは朝早くに起きて最初に散歩をして、店の準備をする。母さんは朝飯の準備をし、朝飯を食べ終わったら家事をして、店番を行う、これが結城家の朝だ。

 

 俺は放課後や休日の時に店番をやることがある。もちろん、やらないといけないことだからサボる訳にはいかない。サボったら怒られるし、色々と面倒だから言われたらやる。これは絶対だ。

 

 店番をやって早二時間、早くも九時だ。シャルロッテの開店時間は朝の七時、他の花屋は八時とか九時に開店することが多いが、内は七時開店というのは昔から決まっている。

 

「今日はあまり人が来ないな。休みだからかもしれないな。つーかレノン普通に寝てるし……」

 

 俺が店番をやるようになったのは高校一年からだ。それまではほとんど裏方の作業をやっていた。そういえば常連で翠色の髪をした女の子を見かける。あの子は誰なんだ?最近どっかで見たような気がするが、何処で見たっけ?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日は練習は午後からだ。私はギターケースを背負ってある場所へと歩を進めている。その場所とは花屋だ。名前はシャルロッテだ。中学三年の時から行っていて、今では常連だ。気分転換に行くことが多い。いつか日菜と一緒に行きたいわね。

 

 家から距離はあるけれど、私は行く価値はあると思っている。あの花屋は私にとっては癒しの場所で、辛い時や練習で調子が出ない時に行く。

 

 二年間行ってるけれど、たまに赤髪の男の人を見掛けることがある。見たところ私と同年代だけれど、今日も会えるかしら?もし会えれば話してみたいわ。

 

「いらっしゃいませ」

「おはようございます。あら、貴方は……」

「あれ、氷川さんじゃないか。どうしたんだこんな所で」

 

 結城さんがここにいるなんて、どういうことなの?そういえば結城さんは学校では妖精と呼ばれている。あと、この花屋の店長の名前は結城……もしかして……。

 

「いらっしゃいませ。あら、紗夜ちゃん!また来てくれたのね!」

「ど、どうも……おはようございます」

「母さん、氷川さんのこと知ってるのか!?」

「そりゃあ知ってるわよ。紗夜ちゃんはここの常連よ?暁知らなかったの?」

 

 確信した。赤髪の男の人は結城さんだ。どうして気づかなかったのだろう、これは偶然ではない。私と結城さんは直接ではないけど、二年前に会っていたんだ。こんなことってあるの?

 

 私は遥さんに椅子を用意してもらい、結城さんと話をすることが出来た。結城さんもちょうど休憩に入る頃だったらしく、遥さんからも二人でごゆっくり、とからかわれる感じで言われた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 氷川さんが常連だったなんて、しかも二年前って初めて知った。俺と氷川さんはもしかすると二年前に会っていたのかもしれない。直接ではないが……。聞いてみるか。

 

「なぁ、氷川さん。俺と氷川さんってどっかで会ってないか?」

「どこかでですか?」

「俺が店番をやるようになったのは去年からなんだ。それまでは裏方の作業をやっててさ、たまーに氷川さんと同じ髪の色をした女の子を見掛けるんだ」

 

 これはダメ元だ。もし合っていれば驚くが、違っていたら違っていたでいい。どうなんだろう。十秒程経ち、氷川さんは口を開けた。

 

「ええ、私と結城さんは直接ではないですが、会っています。その女の子は私です」

「マジか……?」

「ええ、本当と書いてマジです」

 

 氷川さんは微笑みながら言った。俺は衝撃を受けた。氷川さんが常連だったという衝撃よりも、見掛けていた女の子が氷川さんだった衝撃の方が大きかった。

 

 俺と氷川さんがもし直接会っていたらどうなっていただろう。けど、わかってよかった。あの女の子は誰なんだろうって気になっていたんだ。知れてよかった。

 

「正に゙ゼラニウム゙だな」

「ゼラニウム?どういう事ですか?」

「ああごめん。ゼラニウムは花言葉で゙偶然の出会い゙って言うんだ。この言葉は黄色のゼラニウムの方なんだ」

 

 こんなこと言っても伝わらないよな。俺って何やってんだろ。氷川さんにこんなこと言うなんて、嫌われたな。

 

「……ふふっ」

「氷川さん?何かおかしかったか?」

「すみません。やっぱり結城さんは変わってるなって思ったので、つい笑ってしまいました」

 

 氷川さんは微笑みながら俺に謝った。こんなに笑う氷川さんは初めて見た。話してそんなに経ってないのに、氷川さんの意外な一面を見てしまった。氷川さんって可愛いところあるんだな。

 

「しかし意外ですね、結城さんがシャルロッテの看板息子だなんて」

「それはよく言われる。将来は継ぐ予定だからな」

「そうですか。そういえばレノンはどうしてますか?」

「レノンならのんびり寝てるよ。あいつ、あれでも看板犬なんだ」

 

 俺と氷川さんは休憩が終わるまで話をした。氷川さんがバンドを組んでいることだったり、ギターを弾いているという話を聞いた。風紀委員がギターを弾くなんて意外だ。いつか聞いてみたいな。

 

 休憩が終わり、氷川さんはこれから練習があると言ってシャルロッテを出ていった。氷川さんからは昼休みを一緒にしてもよろしいですかと聞かれた。

 

 俺は構わない、と言った。氷川さんはありがとうございます、これからもよろしくお願いします、と丁寧にお礼と挨拶みたいなことを言われた。

 

 

――これからどうなるかわからないな。明日から俺の日常は変わってくるな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日は練習が上手くいったわね。湊さんからも音の調子がいいと言われた。午前中にシャルロッテに行って正解だった。

 

 結城さんから会ったことないかって聞かれた時はドキッとした。しかもゼラニウムの花言葉まで言われるなんて、結城さんは本当に妖精だ。本人が知ったらどんな顔をするのかしら。

 

 日菜が地雷を踏んだら私は一方的に拒絶してしまう。これを早く直したい、いつか日菜と昔みたいに仲良くなって、一緒にシャルロッテに行ってみたい。日菜はどんな花が好きなのかしら?

 

 今日は日菜に優しくしよう。毎日優しくしたいけれど、それはまだ先の話。ギターも勉強も部活も、そして姉妹仲も上手くいけるようにしたいわね。

 

 明日から昼休みは結城さんと一緒になる。私があんなことを言うなんてらしくない。結城さんのことを見掛けていたことが知ることが出来たから、嬉しかったあまり、勢いで言ったのかもしれない。明日から結城さんにどういう顔をしたらいいのだろう。

 

 




ゼラニウムの花言葉、偶然の出会い。偶然ではなく必然なのかもしれない


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シロタエギク 「あなたを支えます」

花言葉って面白いよね


 五月に入ったが、連休はすでに終わっている。俺は連休はほとんど店番を勤めていたが、休みが欲しかった。若いし、客寄せには最適だから仕方ないか。

 

 今は授業中だ。中間試験がそろそろ近いが、範囲はまだ決まっていない。氷川さんからも中間試験は勝負しませんか、と言われたが、俺はその勝負を受けることにした。まぁ、勝てるかどうかはわからないが、やってみないとわからないよな。

 

 授業を終えて昼休みとなる。先週氷川さんから昼休みを一緒にしないかと言われ、俺はそれに同意した。ただし、噂にならないようにするため、授業が終わったらすぐに屋上に行くようにしないといけない。氷川さんと一緒に行くと後が怖い。

 

「氷川さん、今日は早かったんだな」

「あら、結城さんは遅かったですね。レディを待たせるとは残念です」

「それは悪かったな。次は気をつける」

 

 俺は氷川さんに隣いいか、と聞いた。いいですよと言われたので、隣に座ることにした。それにしても気になったが、何故氷川さんは俺と昼休みを過ごすことにしたのだろう。

 

 しかし、昼休みといえど何を話そうか……。花のことについて?連休のことについて?こういう時に限って話題が思い付かない。もう少し話題を考えたほうがいいかもしれないな。

 

「結城さんは連休どうしてましたか?」

「ほとんど店番だったよ。休みなんてなかった」

「それはお気の毒、まぁ私も人の事は言えません。私は練習漬けでした」

「そうか。氷川さんもお疲れ様だな」

 

 氷川さんは練習漬けか。バンドって大変なんだな。今見ても氷川さんから疲れているような感じが出ている。隠そうと必死になっているけど、隠せてない。不器用な部分があるんだな、氷川さんは……。

 

 俺は考えた。何か氷川さんの助けになる物はないかと。確かシャルロッテにはあれが置いてあった筈だ。あれとはアロマセラピー、花を使った香水だ。アロマセラピーなら氷川さんの助けになるかもしれない。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 はぁ、最近は疲れが出ているわね。こういう時はシャルロッテに行くのが限る。先週の連休の時はライブがあった。ライブは上手く行ったけれど、私はなかなか疲れが取れなかった。それが原因で足を引っ張ってしまったら元も子もないわ。

 

 結城さんも休みが無かったと愚痴っていたけれど、私からしたら凄いと思う。店番をやっている、ということは接客もやっているんだ。切り替える時は結構神経を使うのだから、結城さんはそれで疲れが出ているのかもしれない。

 

「そういえば氷川さん」

「何ですか?」

「最近、氷川さんに似たような人をテレビで見るんだけど、気のせいか?」

 

 私に似たような人、日菜のことよね?日菜は最近テレビに出るようになった。何せアイドルだからだ。私の双子の妹にして天才、いや天災の方が正しいわね。

 

 何れ結城さんは日菜と会うかもしれない。もし会ったらどうなるのだろう。何も起きないことを祈ろう。

 

「多分気のせいですよ。私の真似をしている人がいるかもしれませんよ?」

「そうか?何か胡散臭いな……」

「私のことが信じられないですか?」

「一応信じるが、嘘だったら話を聞かせてもらうからな?」

 

 結城さん、疑ってるわね。真似をしていると言ってる時点で怪しまれるのは当然だ。バレるのは時間の問題かもしれない。結城さんと日菜が会ったらちゃんと理由を説明しよう。

 

 時は過ぎ、放課後になる。私は練習のため、ライブハウスに向かう。結城さんはまた店番があるとのことで自宅に帰っていった。湊さんと今井さん、宇田川さんはもう来てる筈だ。白金さんは図書委員の活動で遅くなると言っていたわね。

 

 さっきのことは考えていてもしょうがない。今は練習に集中しよう。結城さんと日菜が会ったとしても、その時はその時だ。私が取り乱さなければいいだけのことなんだから……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺は何か疑問に感じていた。テレビで見た女の子、氷川日菜のことだ。氷川さんと同じ名字、しかも顔は似ていると来た。この辺りで俺は怪しいと感じた。あの時追求はしなかったが、氷川さんは何か隠している。

 

 あの日菜っていう子は氷川さんの妹である可能性が高い。といってもこれは俺の個人的見解だ。

 

 とりあえずこの考えは氷川さんには言わないでおこう。まずは彼女、氷川日菜に会ってからだ。会わないと何も始まらない。それまでこのことは蓋をしておこう。

 

 さて、これからどうするか。そろそろアロマセラピーを始めてもいいと母さんから言われたからな。俺も始めてみようか。どういう物が出来るか、楽しみだ。

 

「母さん、話があるんだけどいいか?」

「暁どうしたの?」

「俺にアロマセラピーを教えてほしいんだ」

 

 母さんはアロマセラピストの資格を持っている。シャルロッテに置いてある香水は母さんが作ったもので、売りにも出している。結構売れていることから腕は確かだ。

 

 俺はちょっとしかやったことはないが、今後必要になるかもしれないと思い、教えてもらうことにした。何処かで役に立つかもしれない、そんな気がした。

 

「暁、確かに私は始めてもいいって言ったよ。何かあったの?」

「やってみようかなって思ったんだ」

「……紗夜ちゃんが原因?」

「ひ、氷川さんは関係ないだろ!何でそこで氷川さんが出てくるんだ」

 

 女の勘だよ、と母さんは言った。決して氷川さんは関係ない。氷川さんの助けになりたいからとかでもない。けど、氷川さんはいつか折れてしまうかもしれない、そんな気がした。

 

 いつか役に立つ、それは氷川さんのためになるかもしれないと俺は心の中でそう感じた。しかし、どうしてこんなにも氷川さんのことばっかりになる?話始めてから一ヶ月しか経ってないのにどうしてなんだ?

 

 俺は首を振ってこの考えを無くそうと決めた。こんなのとを考えるのは止めにしよう。今の俺が考えていても理解できる筈がない。

 

「まぁ話は置いといて、暁。あんたは初心者だから完成しても売りには出せないよ?」

「それはわかってる。あくまで出来るようにしたいだけだ」

「そうかそうか。直樹さんにも言っておこうかな。明日から大変だけど、着いていけるかい?」

「当然だ。出来るようにするんだ、やってやる!」

 

 明日から大変だな。店が終わってから空いた時間を使って指導をしてもらうことになった。二時間くらいなら教えられると母さんは言った。

 

 正直、まだわからない。アロマセラピーで誰かを助けられるのだろうか?けど、役に立てるのなら俺にとっても嬉しいことだ。最初の香水が完成したら氷川さんに試してもらおうかな。

 

 




少年は気づいていない。その香水が少女の支えになるということを。


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ナスタチウム 「困難に打ち克つ」

その困難を超えられるのは自分自身


 母さんからアロマセラピーを教えてもらってから一週間経った。教えてもらいながら香水を作ったが、評価は最初にしては上出来だと言われた。売りには出せないと言われたが、俺はそれでもいい。

 

 試作で作った香水を自分で試してみたが、なかなか良いと感じた。大した感想ではないが、語彙力が喪失するくらいに何を言えばいいのかわからなかった。

 

「おはようございます結城さん」

「いらっしゃいませ。ああ、おはよう氷川さん」

 

 氷川さんは今日もシャルロッテに来ていた。土曜でも来てくれるなんて、嬉しいものだ。さすが常連だな。

 

 今日来たとなると、香水を渡せるかもしれない。今回香水に使った素材はレモンとグレープフルーツだ。初心者なら橘柑系、ハーブ同士を組み合わせるのがいいらしい。

 

 俺はアロマセラピーだけでなく、花を使った香水も作った。男がやるようなことではないが、香水を作っていたら楽しくなり、やってみたいということに至った。まぁ、そっちも試作だがな。使った花はナスタチウム、花言葉ば困難に打ち克づだ。

 

「氷川さん、後で話があるんだがいいか?」

「いいですよ。何かありましたか?」

「それは後で教える。休憩に入ったら話す」

 

 氷川さんはそのまま休憩に入るまで中で待ってくれた。律儀だな。まぁいいか。俺は客に花の説明をしたり、近所の人と世間話をして時間になるのを待った。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 結城さんが休憩に入り、私は結城さんが話があると言ったので、話を聞くことにした。何だろう、日菜のことかしら?そうなると、会っていたかを聞かないといけない。

 

「話とは何ですか?」

「話っていうか渡したい物があるんだ」

「渡したい物?」

「これなんだ。受け取ってくれるか?」

 

 結城さんから渡された物とは、二つの瓶だった。これは何の瓶なの?結城さんに聞いてみないとわからないわね。

 

「結城さん、これは?」

「これは香水なんだ。二つあって、一つはアロマセラピーの香水で、もう一つは花の香水、二つとも俺が作ったんだ」

「どうして私に……」

「最近氷川さん疲れてるだろ?それでリラックス出来るような物はないかと思って作ったんだ」

 

 結城さんは私のために?どうしてここまでしてくれるのかしら?私は結城さんに何かしたのか、もしそうだとしたら何かお礼をしないといけない。

 

 結城さんに理由を聞くと、放っておけないからと言われた。放っておけないって、なんか複雑だわ。

 

「氷川さん、真面目過ぎるんだよ。風紀委員や部活、練習とかで忙しいのはわかる。内に来てリラックスしてくれてのは嬉しいが、氷川さんにはもう少し疲れを取ってほしいんだ」

「そんな、私はそこまで疲れてはいませんよ……」

「氷川さんはそんなこと言ってるが顔に出てるぞ?気づかなかったのか?」

 

 確かに私は相当疲れていた。実際に日菜からも心配された。ここまでされたら、私は結城さんに何て言えばいいのだろう。普通にありがとう?でいいのかしら……。

 

「気づいていませんでしたね。ありがとうございます、結城さん」

「どういたしまして。あと、アロマセラピーの方はレモンとグレープフルーツを使ってて、花の方はナスタチウムっていう花を使ってるんだ。花言葉ば困難に打ち克づだ」

「今の私らしい言葉ですね。あの結城さん、香水なのですが、今使っていいですか?」

 

 結城さんは構わない、と言った。私は瓶の蓋を開けて匂いを嗅いだ。アロマセラピーの方はいい香りだ。頭の中がスッキリする、そんな感覚だ。ナスタチウムの方はあまり香りはしなかったけれど、元気が出てくるような気がした。

 

 結城さんは本当に凄い。ここまで出来るなんて、私には出来ないことだ。私は結城さんの一面を知り、結城さんのことを見直した。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺は氷川さんに香水を渡した。氷川さんからは素晴らしいです、と高評価をもらった。これからは二週間に一個は作ると約束し、氷川さんの助けになりたいとも言った。恥ずかしいことを言っちまったな。

 

 俺は休憩が終わる頃なので、店を出て空気を吸うことにした。その時、一人の女の子に声を掛けられた。

 

「ねえねえ、おねーちゃん見なかったかな?」

「いらっしゃいませ……って誰!?」

「どうしました結城さん?あら、日菜じゃない。仕事はどうしたの?」

「あ、おねーちゃんいたいた!仕事なら午前に終わったよ!」

 

 仕事?日菜?あれ、どっかで聞いた名前だな……。そういえばテレビで聞いたような気がする。

 

 俺は一瞬のことだったが、思い出した。そうだ、氷川日菜だ!氷川さんのことをおねーちゃんって呼んだが、予想通りだ。やっぱりこの子は氷川さんの妹だ。

 

「氷川さん、怪しいとは思ってたが……」

「ごめんなさい結城さん。この子が私の双子の妹です」

「氷川日菜だよ!君の名前は何?」

「俺は結城暁だ。よろしくな氷川さん」

 

 俺は氷川妹に自己紹介をした。しかし、氷川妹からは日菜でいいと言われた。そうか、氷川は二人いるんだった。しかし、顔が似てる。やっぱり双子だな。

 

「あとあたしのことは日菜でいいよ!君はさと君って呼ぶけどいいかな?」

「俺は構わない。さと君でも暁でもいい。だが、いいのか?いきなり名前で呼ぶなんて、俺からしたら抵抗があるんだが……」

「あたしは構わないよ?名字で呼ばれるよりは増しだし。そういえばおねーちゃん、ここで何してるの?」

 

 日菜が氷川さんに何をしていたかを聞いた。氷川さんはさっきまで花屋にいた、とだけ答えた。日菜はふーん、とそれだけ言って納得した。なんか嵐みたいな子だな。

 

 それから氷川さんと日菜は帰っていった。あの子が日菜だなんて、明日から氷川さんとはどう話せばいいか、困ったものだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「ねえおねーちゃん」

「何?」

「おねーちゃんとさと君ってどんな関係なの?恋人?」

「なっ!?そんな訳ないでしょ!私と結城さんが付き合うなんて、あり得ないことだわ」

 

 私と結城さんが付き合う?それはまずないだろう。それにしても、日菜と結城さんがこんな早くに会うなんて、結城さんにはいくつか説明しないといけないわね。

 

「ホントにそう?おねーちゃんとさと君、お似合いだと思うけどなぁ」

「それは貴女の中での見解でしょ?私からしたらまだそんなに親しくないわよ」

「あれれ?゙まだ゙ってことはいつか付き合うってことだよねー?」

「そ、それは ……」

 

 日菜にここまで聞かれるなんて、これは結城さんが悪いわ。はぁ、後で香水でリラックスしないといけないわね。

 

 でも、日菜と結城さんは初対面だけど、何事もなくてよかった。私も胸騒ぎがするくらいにはならなかったから、これなら大丈夫ね。そのうち香水のことも日菜から聞かれるかもしれない。その時は説明しよう。

 

 私は思った。香水を切っ掛けに日菜と仲直り出来るんじゃないのかと。今はそこまで溝が深い訳ではない。前より関係は良くなってるし、日菜に当たることも少なくなってきている。日菜に抜かされないようにするのは、この子と切磋琢磨していくということだ。

 

「おねーちゃんからいい匂いがする!香水でも使った?」

「使ってないわよ。何処かから匂いが紛れ込んだんじゃないの?」

「そんなことないよー。絶対に今のはおねーちゃんからだよ!」

 

 日菜ならあっさりと当てるかもしれない。当たったなら当たったでそれでいい。しかし、数秒後に日菜にあっさりと匂い、もとい香水のことはバレてしまった。これは結城さんもからかわれるわね。

 

 

 




天災少女は姉の匂いの区別も付けられる


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ネモフィラ 「可憐」

可憐に咲く青薔薇、それは不可能を可能にする合図となる


 俺は母さんに教わったことを書いたメモを見ながら香水を作る。今回は花の方にし、ネモフィラを使うことにした。氷川さんは近々ライブがある、俺はライブが成功するようにと願いを込めて香水を渡そうと決めた。

 

 ネモフィラの花言葉は"可憐"だ。この花言葉を氷川さんが知った時、どんな顔をするのか楽しみだ。学校だと渡せないから氷川さんが店に来た時に渡そう。そのうち日菜にも香水のリクエスト来そうだな。

 

「あぁ、眠い。今何時だ?」

 

 俺はスマホの画面を開いて時間を確認した。もう十時か。ここまで作るのに二時間程掛かったが、時間は早いものだ。氷川さんは明日来るからその時に渡そう。

 

 とりあえずあと二時間、日は過ぎるかもしれないが、今日中に作らないといけない。俺はコーヒーを飲みながら目を覚ましつつ、香水作りを続ける。最後に完成したのは深夜の一時だった。これは氷川さんに怒られるかもな。

 

 次の日、俺は案の定氷川さんに怒られた。目に隈が出来ていることを指摘されたからだ。これは俺が悪いから怒られてもおかしくない。

 

「結城さん、私のために香水を作ってくれるのは嬉しいですが、少しは寝てください!」

「熱中してて時間を忘れてな。せめて一個は作ろうって思ったから、心配掛けてごめん」

「はぁ、貴方という人は……」

 

 氷川さんは溜め息を吐いて呆れているかのように俺を見つめた。今度は余裕を持ってやった方がいいかもなれない。もし倒れたら氷川さんに申し訳ないし泣かせてしまう。

 

 俺は氷川さんに謝った。香水を作る時は時間を決めよう。今回はやり過ぎたから反省しよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 結城さんは最近無理をし過ぎている。私は結城さんに香水を作ってもらっている。私も何かお返しを出来ないかを考えている中で結城さんの目の下に隈が出来ていることに気づいた。

 

 私はそれに気づき、結城さんに何故目の下に隈が出来ているのかを聞いた。聞いたところ、結城さんが夜更かしをしてまで香水を作っているということがわかった。

 

 結城さんは帰ったら寝ると言ってるけど、大丈夫なのかしら?心配だわ……。

 

「結城さん、本当に大丈夫ですか?」

「問題ない。帰ったら寝るから、それまでは耐える。今は大丈夫だから、氷川さんは心配しなくていいぞ」

「心配しなくていいって、不安だわ」

 

 結城さんは無理をしているかのように作り笑顔で言った。バレバレよ、本当は無理をしている。結城さんは私を心配させないために笑顔でいようとしている。こうなった結城さんは私でも強く言えない。

 

 結城さんとは明日シャルロッテで香水を貰う約束をしている。今回はどんな香水を作ったのだろう。私の楽しみの一つで、癒しでもある。

 

 ここで結城さんに言っても教えてもらえないかもしれない。私はそれでもいい、結城さんがどんな香水を作ってたのかを楽しみにしている。その時にわかれば私はそれで満足なんだから……。

 

「結城さん、今度ライブをやるのですが、観に来てもらえませんか?」

「ライブ?どうしてまた……」

「結城さんにお礼をしたいんです。香水を作ってもらってますので、私も何か出来たらなと思ったんです」

 

 そう、これは私なりの結城さんに対するお礼だ。結城さんが花なら、私は音楽だ。結城さんに私のギターを聞かせたい、だから私は結城さんにライブに来てほしいと

思った。

 

 香水を作ってもらってばかりでは駄目だ。結城さんにギターを聞いてもらいたい、私の努力を結城さんにも見てもらいたい。私はそんな思いを抱きながら結城さんにライブのチケットを渡した。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 次の日、俺は花屋で氷川さんが来るのを待った。氷川さんが所属しているバンドばRoselia゙とのことだ。由来は薔薇と椿、ローズとカメリアを組み合わせて出来たようだ。しかも薔薇は青薔薇、確か花言葉ば 不可能を可能にする゙だったか。

 

 出来ないことを出来るようにするために努力する、そんな響きがしてとても良い言葉だ。氷川さんなら出来る、俺はそう思いながら彼女が来るのを待ち続けた。

 

「おはようございます、結城さん」

「おはよ氷川さん。今香水持ってくるから待っててくれるか?」

「わかりました、楽しみにしてますね」

 

 氷川さん、笑ってたな。あんな笑顔を見せるなんて、良いことでもあったのか?まぁいいか。今回の香水、上手くいってくれればいいんだが、大丈夫だろうか。

 

 俺は二階に上がり、自分の部屋からネモフィラの香水を持って氷川さんの元へ戻った。氷川さんは花を見ながら待っていたようだ。その表情は何とも"可憐"なものだった。

 

「お待たせ氷川さん」

「そんなに待ってませんよ?」

「そうか?まぁ、これがそうだ。今回はネモフィラを使ったんだ」

「ネモフィラですか。花言葉は何ですか?」

「花言葉は可憐だ。これにした理由は特にないから、使ってくれ」 

 

 そう、決めた理由は特にない。これは本当のことだ。氷川さんは開けていいですか?と一言言い、俺はどうぞ、と言った。氷川さんは瓶を開けて匂いを嗅いだ。

 

「……何でしょう、頭がスッキリしますね。結城さん、本当に作ったの初めてですか?」

「これでも初めてだ。といっても、作ったのは二つ目だけどな。そういえば、ライブって来週だよな?」

「来週ですよ。月を跨いで六月になりますがね。湊さんが梅雨のライブをやろう、と仰っていましたので……。ああ、湊さんとはRoseliaのリーダーでボーカルです」

 

 六月か、しかも梅雨にライブをやるとは、変わった人だな。さぞかしとても頭のいい人なんだろうな。俺は氷川さんに花を買っていくか、と聞いたが、これから練習がありますので、また今度にしますと言った。氷川さんも大変だな。

 

 氷川さんと別れた後、父さんに声を掛けられた。彼女さんか?と聞かれたが、俺は咄嗟に否定した。氷川さんが彼女ってあり得ないだろ。俺が彼女を作るのはまだ早いと思うが……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日も練習は上手くいった。今度はライブ前日に香水を貰おうかしら。結城さんに香水をリクエストしたのは正解だったわね。日菜が知ったら即刻言うに違いない。るんっ?と来たらまた作って、何て言うわね。

 

 私は来週のライブに向けて練習をしている。今のところミスはないけれど、今日は今井さんに調子いいね、と聞かれた。怪しまれているのかもしれない。今後は気をつけた方がいい。

 

 さて、ライブもいいけれど、その後が大変だ。期末テストがある。今度結城さんと勝負をしよう。私が優秀であると思い知らせてやらないと!

 

 最近は調子がいい、これは誰のおかげだろう。花のおかげ?それとも結城さんのおかげ?今は考えないようにしよう。誰のおかげかはそのうち気づくんだから、考えないようにしましょう。

 




少女は宴にて可憐の如く舞う


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ブーゲンビリア 「あなたは魅力に満ちている」

絢爛たる宴を観た時、少年は何を思うのか


 六月上旬、氷川さんに中間テストの点数争いを申し込まれた。しかし、結果は引き分けとなった。偶然にも点数が同じだったのだ。だが、理系では俺が勝ち、文系では氷川さんが勝った。

 

 これで互いにどの教科が苦手なのかがわかったが、氷川さんが文系を得意としているのは、彼女らしいな。俺が理系を得意としているのは、花とかで重要だろうと思って勉強したんだ。特に生物は勝つ自身はある。

 

 まぁこの話は置いといておこう。今日はRoseliaのライブだ。先週、氷川さんからチケットを貰ったが、それはつまり優遇されている、と捉えていいのか?いや、そう思ったら氷川さんに申し訳ないな。

 

 ライブは午前十時からだが、一時間前にも関わらず、俺が来た時には行列が出来ていた。これだけの行列とあうことは相当有名何だろう。

 

「初めてライブを観に行くが、波に飲まれそうだな」

 

 正直不安しかない。こんな時、誰かいてくれればいいのだが……。

 

 昨日、氷川さんにハーブと花の香水を渡したが、大丈夫だろうか、使ってくれているだろうか。今回は応援も兼ねて花はブーゲンビリア、ハーブはダリアを使った。ライブが上手くいってくれればいいが、氷川さんなら大丈夫だろう。

 

「あれ、さと君じゃん!やっほー!」

「日菜!?何でここに……」

「今日はお仕事休みだからおねーちゃんのライブ観に来たんだ。まぁお忍びだけどね」

「バレないようにしろよ?アイドル何だからバレたらスキャンダルになるかもしれないんだから」

 

 わかってるよ!と日菜は笑顔で言った。やっぱり氷川さんと顔が似てる。前髪の分け方や声で大体は区別がつくが、日菜が氷川さん(紗夜)の真似をしたらわからなくなるかもな。

 

 待っている間、日菜から氷川さん(紗夜)に香水を渡したのかを聞かれ、俺は渡したと答えた。知っているということは氷川さんから聞いたんだろう。実際、さと君も済みに置けないなーと言われた。はぁ、何とも複雑だな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「ふぅ……」

 

 私は本番三十分前になり、体が少し震えてきたのを感じた。結城さんに演奏を見せるとはいえ、ここまで緊張するなんて、まずいわね。ここは昨日貰った香水でリラックスをしよう。

 

 私は香水の瓶を開けて目を瞑り、香水の匂いを嗅いだ。結城さんから二つもらったけど、花はブーゲンビリア、ハーブはダリアを使ったと聞いている。帰ってから気になって花言葉を調べたけど、゙あなたは魅力に満ちている゙ど優雅゙だなんて、どういうつもりだろう。

 

 日菜からも頑張ってね!と応援されたけど、あの子絶対に来てるわよね?いや、日菜なら来てるに違いない。今頃結城さんを見つけては私のことについて話をしているのかもしれない。はぁ、どう言えばいいのかしら……。

 

「紗夜、そろそろ本番だよー」

「わかりました、ありがとうございます今井さん」

 

 私に本番が迫っていることを告げたのは、Roseliaのベーシスト、今井リサさんだ。湊さんとは幼馴染みで、世話焼きな人である。

 

「噂の彼、来てるんじゃないの?良いところ見せられるといいね!」

「なっ!?そ、そんな人ではありません!単なる知り合いみたいな人です」

 

 私は練習で調子がいい度に今井さんからどうしてそんなに上手くいってるのかを聞かれることがあった。私は必死にはぐらかしたけれど、予想外にも宇田川さんから春が来たんですか?と言われた。

 

 それに伴い、湊さんや白金さんまで便乗した。白金さんは薄々気づいていたらしく、面白そうなので、聞きませんでした。白金さん、貴女そんな人でしたっけ?

 

「紗夜、噂の彼氏に良いところを見せなさい。そして乱れ咲くのよ」

「湊さん、何を言ってるんですか!?そして今井さん、笑わないで下さい!」

「だって、友希那が面白くて……。おかしいんだもん!」

 

 何だろう、最近のRoseliaは路線変更でもしたのかしら?段々と私の知っているRoseliaでは無くなっているような気がする。

 

――これは大丈夫かしら。先が思いやられるわ……。

 

 控え室を出る直前、宇田川さんから「紗夜さん、彼氏さんにバーン!と良いところ見せましょう!」と言われた。宇田川さん、追い討ちはやめて下さい。私の胃がキリキリします、死んでしまいます。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 午前十時、いよいよライブが始まる。今俺はどんなことを思っているんだろう。生まれて初めてライブを観るが、どうなるかはわからないし、氷川さんがどう輝くのかもわからない。

 

 隣にいる日菜はワクワクしているのかもしれない。実の姉のライブを観るのはこれが初めてではないだろう。もし初めてだったら、今頃感動して涙を流してる筈だ。

 

「さと君、今何を考えてる?」

「何をって……。まぁ、氷川さんはどんな演奏をしてくれるのかって考えてるかな」

「さと君なら絶対にるんって来るよ!あたしのおねーちゃんはカッコいいんだからね!」

 

 日菜は自慢気に言った。なら見せてもらおうか。演奏については氷川さんに期待しよう。俺は氷川さん達が来るのを待った。そして、舞台袖から氷川さん達はやって来た。さぁ、いよいよだ。

 

 時間はあっという間だった。あの時の氷川さんは、輝いていた。不可能を可能にしてみせよう、彼女ならどんな壁も乗り越えられる、そんなオーラを感じた。俺が言えることはこれくらいだ。花はわかっても音楽はわからない。けど、似たようなことはあるかもしれない。それはわからないがな。

 

「どう、凄かったでしょ?おねーちゃんカッコよかったでしょ?」

「た、確かにカッコよかった。あれだけ凄かったなんて予想してなかったよ」

 

 氷川さんもそうだが、あの白金さんもRoseliaのメンバーだったなんて知らなかった。本当に今日は色々なことを知ることが出来た。

 

 氷川さんは花が咲くかのように綺麗だった。ブーゲンビリアを送ったのはいいが、普通に魅力的だったな。明日どんな顔をして会えばいいんだろうか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 打ち上げ兼反省会を終えて私は部屋に入り、ギターをスタンドに立ててベッドに倒れた。今日はいつも以上に疲れた。結城さんとは直接会えなかったけれど、案の定ライブを観に来てた日菜から話を聞いた。

 

 私が魅力的だった、カッコよかったと結城さんは言っていた。直接言われてたら私は顔を赤くしてたかもしれない。会えなかったのは残念だけど、今日は会わなくてよかったわ。

 

 それにしても、香水を使っていると、花を通して結城さんに応援されているように感じる。あの時結城さんは花言葉を説明してなかったわね。もしかして、私に意味を言うのが恥ずかしかったのかしら?

 

 明日からまた普通の日常に戻る。結城さんと話をして、部活をして、練習をして、勉強をする。当たり前のような日常になる。何か、変化はないのだろうか……。

 

 こんなことを考えるのはやめよう。とにかく、明日結城さんと会うけれど、どんなことを話そう。今日のライブのこともそうだけど、たまには結城さんのことについて聞こうかしらね。

 

「けれど、何なの?この胸のざわめきは……。結城さんのことを考えると、もっと知りたいと感じる、こんなことを思うなんて……」

 

 きっとこれは……。いえ、やめておきましょう。気づくのはまだ早いかもしれない。今気づけば混乱するに違いない。私はこのざわめきを忘れるために、ギターを弾くことにした。弾いていれば忘れられるわよね?

 

 




紗夜はここから暁のことをもっと知りたいと思うようになります


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ジニア 「注意を怠るな」

凄く今更ですが、暁の目の色は青色です



 六月が終わろうとしている。だが、梅雨はまだ明けていない。今日の天気は曇りだ。雨が降るかもしれないと判断し、俺はいつもより早く起きた。朝早くといっても、時間は五時だ。

 

 床に新聞紙を敷き、ベランダのガーデニングの花を中に入れて新聞紙の上に置く。ここで対策を練っておかないと、後で痛い目を見る。花が駄目になったら何のために育てたのか、育てた花を不意にするわけにはいかない。

 

 対策を練ること一時間、俺は花を中に入れた後、少し勉強をすることにした。そろそろ期末テストだ。前回の中間テストでは引き分けになったが、期末テストで勝つと決めている。氷川さんに勝たないと、面子が丸潰れになっちまう。

 

「待ってろよ氷川さん、絶対に勝つからな」

 

 俺は苦手としている現代文の勉強をしながら鼓舞をした。登校する時は念のため傘を持ってきておこう。あと、風も強いって言ってたから、風にも気をつけないと……。

 

 最近になって氷川さんのことが気になってきたが、何故そうなったのか理由がわからない。いや、今は気にしないでおこう。頭の隅に置いといて後回しにするか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日は曇り、もしかすると雨が降るかもしれない。弓道部の朝練があって急いで来たせいか、傘は忘れて来てしまった。もし雨が降ればずぶ濡れで帰らなければならない。

 

 日菜は放課後は仕事があるということで、帰りは遅くなる。はぁ、帰りはどうしたらいいのかしら……。昼休みな結城さんと話をするなら食堂に場所を移そう。さすがに屋上はやめた方がいいわね。

 

「傘を忘れるなんて、付いてない」

「氷川さん、何かあったのか?」

「あ、結城さん。何もありませんよ、結城さんの方こそどうしたんですか?」

「氷川さんが落ち込んでるように見えたからどうしたんだと思ってな。余計なお世話だったか」

 

 余計なお世話ってそんなことないですよ、と私は結城さんにフォローするように言った。結城さんは私に言われたのか、安心したような表情になった。よかった、あまり言い過ぎてしまうと周りに注目されてしまうし、結城さんが落ち込んでしまう、ということになりかけた。

 

 私としては事を大きくしたくない。下手をしたら噂にされてしまう、そうなってしまうと私の面子が潰れてしまうし、結城さんにも迷惑を掛けてしまう。それだけはしたくない。

 

「そうか、そう言ってくれると助かる」

「結城さん、私は貴方に余計なお世話だ、何て言ったことはありませんよ?」

「そうだったか……。さて、授業が始まるな。じゃあ氷川さん、また昼休み話そうか」

「はい。また後程」

 

 私は片手を上げてまた会いましょう、のつもりで言うと、結城さんも片手を上げて返した。無言ではあるけれど、想いが伝わったようで何よりだ。けど、これはあれかしら?アイコンタクトをしている、と言った方がいいのかしら……。

 

 そんなことを言ったら結城さんと話をしなくても想いがわかる、みたいになってしまうじゃない!私はいつからこんなことを考えるようになったのか、わからない。

 

 

――はぁ、この先どうなるのやら……心配だわ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 昼休みになり、俺は氷川さんに今日は雨が降っているので、食堂に行きましょうと誘われた。雨だから屋上には行けないからだろう。それにしても氷川さん、思い詰めてるような顔してるな。何があったんだ?

 

 昼食を済ませ、俺は氷川さんに話をすることにした。とりあえず、何があったのか聞いてみるか。

 

「なぁ、氷川さん。さっきから思い詰めてるけど、何かあったのか?」

「い、いえ。何でもありませんよ?」

「何で疑問形なんだよ。余計怪しく感じるんだが……明らかに何かあっただろ」

 

 そもそも疑問形で否定する時点で怪しい。氷川さんは顔を赤くしている。これは話したくない事情なのかもしれない。首を突っ込んではいけないが、相談になら乗れる。それが解決に繋がるかはわからない。

 

 そして氷川さんは悩み続けた。といっても三分くらいだ。氷川さんは俺に話があると言い、あることを告げた。

 

「結城さん、放課後時間空いてますか?」

「空いてるけど……どうかしたのか?」

「一緒に……帰りませんか……」

 

 

――ん?今この人は何を言ったんだ?一緒に帰る?

 

 

 氷川さんはさっきの言葉を俺に言ったせいか、更に顔を赤くした。それを言うのは結構勇気いるだろ、氷川さん、よく頑張った。いや、こんなことを言ってる場合じゃないな。

 

 俺は氷川さんに理由を聞いた。聞いたところ、朝練で急いでて傘を忘れたからとのことだった。てか部活入ってたのかよ。しかも弓道部って、初めて知ったよ。

 

 けど、それって相合い傘で帰るってことだよな。人生初の相合い傘が氷川さんだなんて……。嬉しいのか、嬉しくないのか、複雑な気持ちだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 放課後になり、私と結城さんは玄関を出た。結城さんが傘を差し、私は結城さんの傘に入る。男の人と初めて相合い傘をする。それが結城さんになるなんて……。そもそも私が傘を忘れていなければこんなことにならなかった。

 

「氷川さん、肩濡れてないか?」

「大丈夫です」

「そうか、なら良かった」

 

 私は結城さんに濡れていないと言ったが、本当は少しだけ濡れている。ここで言ってしまったら結城さんは気を遣ってしまう。あまり気を遣われると気まずくなる、それは避けたい。

 

 雨の道中傘一本、ここには私と結城さんしかいない。さて、何を話そうかしら……。

 

「そういえば結城さん、今日はシャルロッテの店番はやるのですか?」

「大雨だから臨時休業だ。さすがに店番は出来ないな。大丈夫、香水とかはまた今度渡せるから。あまり急かすなよ」

「別に急かしてはいません。香水を取りにいけるかは気になってましたが……」

 

 気になっていたのは本当だ。私は結城さんが作ってくれる香水を気に入っている。日菜もるんっと来た!と言っている。あの子、結城さんに頼みそうね。その時は日菜と一緒にシャルロッテに行こうかしら。

 

 そう思っていると、強風が私達を襲った。結城さんは私に離れるなと言い、傘が飛ばされないように両手で支えようとした。しかし、傘は飛ばされてしまった。結果、私と結城さんは雨に打たれることになった。

 

 雨宿り出来る場所を探すために私と結城さんは鞄を両手で持って傘代わりにして頭が濡れないようにした。二人して走りながら探した。これはずぶ濡れになるわね。

 

「氷川さん、大丈夫か!?」

「私のことはいいですから、自分の心配をして下さい!」

 

 私は結城さんに走りながら言った。心配をしてくれるのは嬉しいけど、自分のことも大事である。いくら結城さんでも、風邪を引いてしまう。結城さんには無理をしてほしくない、だから一刻も早く雨宿り出来る場所を探さないと!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 寒い。はぁ、これはヤバイかもな。氷川さんに言われたように、自分の心配をするべきだった。今は気づかれていないだろうけど、気づかれるのは時間の問題だ。

 

 氷川さんも寒い筈だ。こんなことになるのなら迎えを呼んで氷川さんも送れば良かった。後悔しているけれど、仕方ないか。こんな大雨の中で親に無理はさせたくないし、迷惑は掛けたくない。こんな状況下で迎えを呼ぶのは今更過ぎる。

 

 十分くらいして、俺と氷川さんは寺に着いた。ここなら雨宿りが出来る、そう思いながら階段を上った。止むまでだが、軒下なら大丈夫だろう。

 

 この雨宿りの中、俺と氷川さんはどうなるんだ?わからないな。俺はこの場をどう凌ごうかを考えることにした。

 

 

 

 




大雨の中で雨宿りって青春の一つなのか


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マネッチア 「たくさん話しましょう」

雨宿りの中、二人の距離に変化が起きる


 俺と氷川さんは雨宿りをするために寺の軒下に入った。雨は未だに止まない。いつ止むのか、それは全くわからない。俺は鞄からタオルを取り出し、氷川さんに渡した。先に氷川さんに使ってもらおう。彼女には風邪を引いてほしくないからな。

 

「氷川さん、タオル先に使ってくれ」

「いいえ、ここは結城さんが先に使うべきです。貴方が風邪を引いてしまったら店番はどうするんですか?」

「そういう問題か?氷川さんだってライブとかあるんだろ?体調崩したら誰が困るんだ?日菜だって悲しむだろ?」

「そこで日菜を出すのはズルいです!確かにそうですが、結城さんはどうするんですか?」

 

 俺はこのままでいる、そう氷川さんに言うと、普通に怒られた。そもそも女子が使った後にタオルを使うってさすがに嫌がるだろ。そう考えると、ここは氷川さんに使わせるのが当たり前だ。

 

 氷川さんは結構濡れている。何とは言わないが、制服が透けて目のやり場に困るんだ。多分、彼女は気づいていないだろう。

 

 俺は氷川さんにどうしても使ってほしいと言い続けた。何度か言っていると、彼女はようやく折れて、渡したタオルを使ってくれた。俺はこうなったら耐えてやる。風邪を引いたらそれまでだ。

 

「氷川さん、寒くないか?」

「あちこち濡れて寒いですよ。結城さん、本当に拭かなくていいんですか?」

「俺は平気だよ。このくらい耐えればどうってことねぇ」

 

 本当は寒い。ここで弱音を吐いたら氷川さんに心配を掛けちまう。そんなことをさせる訳にはいかない。無理をしてでも耐えないと……。大丈夫、雨が止むまでの辛抱だ。

 

 氷川さんは俺を心配そうに見ていた。弱音は吐いていないが、こんな姿を見せてたら意味ないか。これじゃあ耐えてる意味がない。情けないな、俺って……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 結城さんが震えている。貴方はどうして無理をするの?私にはわからない。さっきタオルを貸してくれた時も結城さんの手は震えていた。そんな姿を見せられたら心配するに決まっている。

 

「へっくし!」

「結城さん!」

「ははっ……。くしゃみ出ちまったな」

 

 笑い事じゃないでしょう!私は結城さんに貸して貰ったタオルを持って彼に近づく。そして、髪を拭く。こうでもしないと結城さんの体がさらに冷えてしまう。

 

 結城さんは私に放っておけないと言った。それは貴方も同じだ。無理をしてほしくないのは結城さんも同じ、私だけ良くされたら行動で恩返しをするしかない。

 

「ちょ、氷川さん!?」

「じっとしてて下さい!これ以上は見てられません。くしゃみが出るということは、風邪を引くかもしれないでしょう?だから結城さん、今は動かないで下さい!」

「俺は大丈夫だから……」

「いいですね?」

 

 私は圧を掛けるかのように笑顔で言った。結城さんはわかりました、と敬語で言った。こうしてると結城さんって犬みたいね。耳が垂れてたり、尻尾をゆっくり振ってる、そんな風に見える。意外と可愛いわね。

 

 髪を拭き終え、貸して貰ったタオルを結城さんに返した。それにしても、いつになったら止むのだろう、日菜は大丈夫か、日菜は傘を持っていったのか、私は妹のことが心配だった。

 

 とりあえず落ち着こう。ここで焦っていても仕方ないし、何も始まらない。雨が止むまで時間はある、それなら結城さんと話をしよう。私は落ち着くにはそれが最適だと判断した。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 結局氷川さんに髪を拭かれた。しかも氷川さんが使った後だ。普通の男子なら女子が使ったタオルで拭かれるのは嬉しいだろう。だが、俺からしたら気まずくなる、この一言に尽きる。嫌という訳ではないが、どうしても意識してしまうんだ。氷川さんは気づいているのか?

 

 隣には氷川さんが座っている。近くで見ると綺麗だな……って俺は何を言ってるんだ!?氷川さんはあくまで同じクラスの人だ。こんなことを思ってどうするんだ俺は!

 

「結城さん、何かお話でもしませんか?」

「話?いいけど、何を話すんだ?」

「そうですね……。では犬のことについて話しましょうか」

 

 犬のこと?どういうことだ?もしかしてレノンのことについてか?もしかして氷川さんって犬が好きなのか?だとしたら話は弾むだろう。これって期待していいのか?

 

 俺は頷き、氷川さんの話を聞くことにした。どうやら氷川さんも犬が好きらしい。あの真面目でお堅い風紀委員である氷川さんが犬が好きだなんて意外だ。真面目な人はギャップがある、都市伝説かと思ったが、本当だったんだな。

 

「氷川さんはどんな犬が好きなんだ?」

「そうですねぇ……。拘りはありませんが、可愛ければ問題はないですね。結城さんは好きな犬はありますか?」

「ウェルシュコーギーだな。短い足と小さい体が可愛くてさ、それに惹かれてレノンを飼うようになったんだ」

「なるほど、それはわかります」

 

 わかってくれたか。氷川さんだったらわかってもらえると俺は信じていた。氷川さんは同士がいて嬉しいですと言った。いや、それは俺も同じだ。

 

 しかし、氷川さんって意外なところがあるな。ギターが弾ける、犬が好き、これだけ知ってても凄い人だなって思える。俺なんて花や香水、女子かって言われるようなことしかない。

 

 なんでかはわからないが、俺と氷川さんはわかり合える、何かそんな感じがする。どうしてそう思ったかはわからない。無意識に思ったのかもしれない。この答えを見つけるにはまだ早いだろうな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私と結城さんは犬のことについて話し合った。多分一時間くらい話したかもしれない。話していたら雨は止んでいた。体は冷えてしまったけれど、今なら帰れる。私と結城さんは鞄を持って寺を去り、それぞれの自宅へと歩を進めた。

 

 あの時の結城さん、凄く明るかったわね。花が好きなだけかと思っていたけれど、犬も好きだなんて、いい同士だ。

 

「結城さんと話をしてよかったわね。話をしていなかったら、静かなまま終わってた……」

 

 私は独り言のように言った。日菜もずぶ濡れだったけど、無事に帰ることが出来たようだ。私も日菜も濡れて帰るなんて、この姉にしてこの妹である。そう言ったらいいのかしら……。

 

 今日はもう寝よう。明日も結城さんと色々な話をしよう。そして時間のある時は香水を貰って、モチベーションを上げて練習に励む。私の最近の日課になってきたわね。

 

 私と結城さんはわかり合えるかもしれない。何でこんなこと思ったのかしら?今はわからないけど、いつかわかるかもしれない。答えを探すにはまだ早いわね。

 




雨の中で黙り続けるのはきついね


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ブローディア 「淡い恋」

それは恋なのか、それとも友情なのか
それははっきりとしていない


 7月上旬、最近になって俺はあることに詰まっていた。あること、といっても大したことではない。いや、大したことなのか?初めてのことだからわからないな。

 

 氷川さんに対してなのか、それとも花に対してなのか……。これは相談した方がいいか、とりあえず氷川さんに聞いてみるか。氷川さんなら何か知ってるかもしれない。

 

「相談ですか?」

「ああ。初めてのことでわからないんだ。人に対してか、花に対してか、何かを考えると胸が締まるような感じになるんだ。氷川さん、何か知ってるか?」

「私に言われても……」

 

 そりゃそうか、氷川さんでも知らないか。それにしても氷川さんの様子がおかしい。そわそわしているような、落ち着かないような、どうしたんだ?

 

 俺は氷川さんにどうしたのか聞くと、氷川さんは何でもありませんよ、と疑問形で言った。何故そこで疑問形になるんだ。

 

「何かごめんな。あと、話を聞いてくれてありがと」

「いえ、私も役に立てなくてすみません。何かあったらまた話を聞きますね」

 

 話を聞いてくれただけでもよしとしよう。俺と氷川さんは互いに時間を置いて戻ることにした。一緒に戻ったら噂になる。そうなったら気まずくなるからな。さて、この悩みどう解決させるか……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 結城さんとの話を終えて今は授業中だ。結城さんの話を聞いていた時、私はそわそわしてしまった。こんなこと本人には言えないし。私だって同じなんだ。

 

 

ーー結城さんのことをどう思っているのか、わからなくなってきている。

 

 

 まさか私がこんな状態になるなんて誰が予想したか。こういうことは今井さんや日菜に相談してみるのが妥当かもしれない。けど、日菜に話したらからかわれる。これまでの私はギターのことばっかりだった。だから、こういうことになるのは人生で初めてだ。

 

 私はバレないように結城さんを見つめる。眠そうにしている。遅くまで香水を作っていたのかもしれない。私のためというのはいいけど、少しは休んでほしい。

 

 時間が経ち、放課後になる。結城さんと別れてcircleに向かう。練習しようにも集中出来なかった。どうしてなの?どうして集中出来ないの!?

 

「紗夜、どうしたの?調子悪い?」

「いえ、そんなことは……」

「珍しいわね。紗夜が間違えるなんて間違えてる所が多いわよ?」

 

 湊さんの一言が胸に響く。事実だから反論は出来ない。それもこれも結城さんのせいだ。これはあのことを言うしかないかもしれない。言えばスッキリするとも言う。このまま胸にしまってモヤモヤしたままでは駄目だ。

 

 私は湊さん達に今日起こったことを話すことにした。話せば何かわかるかもしれない。私はそう確信しつつ、話した。話した結果、案の定だった。

 

「あ、あの紗夜がねぇ……」

「紗夜さん、それってもしかして……」

「恋ですね……」

 

 今井さん、宇田川さん、白金さんが順に言った。恋だなんて、私らしくない。その相手が結城さんだったらさすがにそれはないだろと思う。

 

 話を聞いた湊さんは黙ったままだった。何を思っているのかしら。一体湊さんは何を思っているのか、私は湊さんに話し掛けた。

 

「紗夜、それが原因なの?」

「え、ええ、そうです」

「そうなってくるとあれね。何と言ったらいいのかしら、あこの言うように噂の彼にばーん?かしらね」

 

 ばーん?ってどういう意味なの?もしかして、この前のライブでの良いところを見せましょう、ということかしら?そうだとしたらそれは恥ずかしい。

 

 そもそも結城さんだと決まった訳ではない。結城さんのことは知りたい、この気持ちは認めているからまだいい。けど、結城さんが好きだということはわからない。事実であっても認めたくない。

 

「とりあえずこの話はまた今度にしようよ。紗夜、スッキリした?」

「はい。さっきよりスッキリしました。おかげで集中出来そうです。さぁ、練習を再開しましょう!」

 

 そうね、と湊さんは位置に着いた。今は置いておこう。後でまた香水でリラックスしよう。この話はそのうち日菜の耳に入りそうだ。けど、日菜と話してみるのもいいかもしれない。私はそう心に決めながらギターを弾いた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 色々ありすぎた。そもそも人だとしたら氷川さんになるのか?じゃあ花だったら何になる?はぁ、何か分かんなくなってきたな。

 

 香水を作りながらこんなこと考えてる辺り、俺はおかしい。欠伸をする。もう時間は11時だ。早すぎる、作ってから既に1時間半か。俺はスマホの画面を開き、連絡先のリストを開いた。は行の名前には氷川紗夜、氷川日菜の名前があった。

 

「日菜の奴、突然すぎるだろ。しかも氷川さんの連絡先まで登録するなんて、氷川さん困ってただろ」

 

 先週のことだ。氷川さんと日菜がシャルロッテに来た時、日菜が唐突に連絡先交換しようよと言ったのだ。最初はいいのかと疑問に感じたが、日菜に耳打ちでおねーちゃんの連絡先知りたくないの、とまで言われた。

 

 結果、俺は流されるまま連絡先を交換した。それも日菜が強引にだ。何故こんなことになったのか、今更思っても戻れないし、しょうがないか。

 

 電話するのはやめておこう。あっちから何かない限り、いきなり電話するのは失礼だし、驚かれたりしたら申し訳ない気持ちになる。

 

「はぁ、何か上手くいかないな。この気持ちは恋なのか。いや、そうだったら氷川さんのことが好きみたいになるよな。ある訳ない……よな……」

 

 

――やめよう、考えるのはやめだ。こんなことで何分も掛けてたら時間の無駄だ。

 

 

 俺はそのまま香水を作り続けた。よく分からない。けれど、いつかは分かるのかもしれない。そんな想いが交錯して、俺の心臓は高鳴っていた。

 

 もし……もし……俺が氷川さんのことを好きだったら、彼女はどう思うだろう。1年前から俺と氷川さんは知り合っていた。互いに知らぬままにだ。チラッと見えていただけ、裏方で手伝っていただけ、それだけのことなのに、俺と氷川さんは出会った。

 

 初めてのことだから分からないが、分からないなりに自分で答えを見つけよう。それが分かれば俺と氷川さんの関係は変わってしまう。

 

 それもいいかもな。俺はそう思いながら集中した。気づいた頃には時間は12時になっていた。完成したから、もう寝るか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私はどうしてしまったのだろう。日菜にも話してみた。日菜からもそれは恋だよと言われた。

 

 本当にそうなのだろうか。私はこれから結城さんとどう向き合ったらいいのか。今日もまた結城さんと話すけれど、気まずくなるわね。

 

 でも、それでもいい。私にとって結城さんといる時間はとても貴重な時間なんだ。気まずくなるけれど、それでもいいから私は結城さんのことが知りたい。

 

「ふぅ……はぁ……。息は整ったわね」

 

 心を落ち着かせ、私は今日も屋上に行く。結城さんが待つ場所へ、結城さんと話せる場所へ……。

 

 




少年と少女は知らぬうちに想いを知ってゆく
まだ見ぬ線に結ばれながら


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ジンジャー 「慕われる愛」

慕わても関係が変わることはない


 風が涼しい、花も機嫌が良さそうだ。今日も俺は花屋の店番をする。この前は彼女と期末テストでの対決をした。しかし、僅差で負けてしまった。その結果、名前で呼んでくれと言われた。はぁ、どうしてこうなった……。

 

「おはようございます、暁……さん」

「おはよう、紗夜。慣れないなら無理に呼ばなくてもいいぞ」

「いいえ、無理はしてません。私がテストに勝ったのですから、呼ばせてもらいます!」

 

 とまぁ紗夜は無理をしている。俺がテストに負けたことにより、二人で名前で呼び合うということになった。いや、なってしまったが正しい。

 

 何か近いうちにタメ口になりそうだ。さすがにそれはないか。紗夜は勇気を出したんだろうな。そうだったら無理をするなって言うのは失礼に値するか。俺は紗夜に勇気を出した、という親しみを込めてジンジャーの花を使ったアロマを贈った。

 

「暁さん、これは?」

「ジンジャーを使ったアロマで、花言葉は"慕われる"だ。テストで頑張ったから報酬でやる」

「報酬で……?私は暁さんに勝つために頑張ったのですよ?貰ってもいいんですか?」

「まぁ貰ってくれ。紗夜、俺はお前を慕ってるんだ。尊敬出来る"友人"なんだから」

 

 俺は見守るかのように紗夜を見つめた。これは俺からの気持ちだ。紗夜に貰ってほしいから渡したんだ。少しはリラックスしてほしい、彼女が無理をしないように、と願いを込めてな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私はジンジャーのアロマを渡された。暁さんは私のことをどう思ってるんだろう。最初は放っておけないと言われた。その次は尊敬出来る友人、この言葉は何も響かない。どうして響かないのだろう。

 

「紗夜さーん、元気ないですけど何かありましたか?」

「宇田川さん……。いいえ、特に何もないですよ」

「そうですか?あこから見たら何かあったなぁっていう風に見えますよ?」

「何でもありませんよ。さ、練習に戻りましょう」

 

 宇田川さんに心配されるなんて、疲れてるのかしら?宇田川さんはたまに勘が鋭い時がある。ここでバレては練習に支障が出てしまう。私は湊さん達にバレないようにアロマを使った。リラックス……リラックスだ。

 

 練習を終え、私は日菜と話をした。慕われたことはあったか、と。日菜は天災だから慕われることはないかもしれない。でも、今話せるのは日菜しかいない。

 

「んーあたしはないかなぁ。慕われるってなんなのかよくわかんないんだよねー」

「そうなのね、さすがにないわよね」

「こういう話するなんて、おねーちゃん何かあった?さと君になんか言われた?」

「暁さんから尊敬してるって言われただけよ」

 

 しまった!日菜には暁さんのことを名前で呼んでることは言ってないんだ。私はとんでもないミスをしてしまった。これは根掘り葉掘り聞かれるわね。これは自分のミス、仕方ない。

 

 もちろん案の定、日菜から聞かれた。おねーちゃんはさと君のことが好きなんだね、と言われた。違う、私は暁さんのことは好きな訳ではない。

 

「言っておくけど、暁さんは友人よ!」

「ホントに?気づいてないだけなんじゃないのー?おねーちゃん可愛い!」

「か、かわ!?言わないでよ日菜!」

 

 はぁ、今日は疲れる。何もかも暁さんのせいだ。暁さんのことを恨みたいわ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 そろそろ一学期が終わる。夏からシャルロッテが忙しくなる。まぁ、お盆休みに伴って花買ってく人が多いんだ。もしあれなら紗夜にも手伝ってもらおうかな。手が空いてればだけどな。

 

「んーこれから忙しくなるなぁ。はぁ、休みがほしい」

 

 花に水をやりながら愚痴る。こんな暑い中で店番なんて冗談じゃない。暑いというより、まだ7月だ。もう8月なのかというくらいに今年は暑い。

 

 こんな姿見せられない!特に紗夜には見られたくない。あいつに見られたら何か言われちまう。ここで説教されるのはさすがにごめんだ。俺は背筋を伸ばし、両腕を伸ばした。まずは力を抜いて、深呼吸だ。ふぅ、よし!OK!

 

 深呼吸を終えた瞬間、レノンが吠えた。吠えたってことはあいつが来るのか、レノンの吠える音量によって誰が来るかわかる。穏やかってことは紗夜だ。あいつ、ギターケースを持ってない。今日は暇ってところか。

 

「紗夜、今日はどうしたんだ?」

「今日は花を買いに……。あら?今日は大変そうですね」

「ああ、今日から忙しくなるんだ。花を買いに行く人が何人か来るらしくてな」

「そうでしたか。あの暁さん、今度店番手伝いましょうか?」

「え!?いいのか、練習あるんだろ?両立とか大丈夫か?」

 

 紗夜大丈夫なのか?シャルロッテの常連とはいえ、店番はしたことないだろ。そこに関してはサポートするが、練習に課題に店番、これだけの量をこなすのは難しいと思うが……。

 

 だが、紗夜はそれでもやりますと言った。こいつ、本気だ。まず母さんに話してみて相談するか。俺は紗夜に待ってろと言い、母さんに相談することにした。しかし、答えは……。

 

「いいよ紗夜ちゃん!むしろ助かるよ!」

「はっや!判断早いな!」

「ありがとうございます!では、よろしくお願いします暁さん!」

「お、おう。これでよかったのか?」

 

 何か断れなくなったな。まぁしょうがない、ここまで来たら一緒にやるしかないか。俺は紗夜によろしくと言った。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 店番を早速やることになった。緊張するわ、初めてとはいえ、やっぱり固まるわね。暁さんはこれをこなしている。さすがは看板息子だわ。

 

「暁さんは凄いですね」

「え?凄いって何がだ?」

「店番です。私は緊張している、けど暁さんは手慣れてる。これだけなのに凄いと思えるんです。尊敬しますよ」

 

 そうか、と暁さんは手を頭の後ろに置いた。これは照れてるわね。暁さんが顔を赤くするなんて珍しい。話している内に客が来た。さぁ、始めるわよ!

 

「いらっしゃいませ!」

「い……いらっしゃい……ませ」

「あら、新しく入った子?可愛いわね、頑張ってね!」

 

 お客様から褒められた、可愛いと言われた。暁さんは笑顔で話してる。やっぱり凄いわね暁さん。私はギター、暁さんは花、何でか知らないけど、何か差を感じる。

 

 お客様が花を買った後、彼女さん大事にね、と冗談混じりに言われた。違うわよ!私は暁さんの彼女じゃないの!友人よ!こんなこと言われるなんて想定外だった。

 

「紗夜、顔赤いけど大丈夫か?」

「大丈夫です。暑くはありません」

「そうか、無理はするなよ」

「はい……」

 

 今そんな心配をされたら先行きが不安になる。私からした今は不安しかない。これは慣れるしかない。暁さんは半年で慣れたと言っていた。どうしたらそんなに慣れるのよ。私は頑張ることにした。これは暁さんに与えられた試練だ。私はこの試練を乗り越えなければならないんだ。

 

 夕方5時、営業終了時間、やっと終わった!私はガチガチに緊張した。そんな私を置いていくかのように暁さんは接客をしていった。今だけは私の負けだ。

 

「お疲れ様紗夜。どうする、送ってくか?」

「お疲れ様です暁さん。大丈夫です、一人で帰れますので」

「そっか。どうだった?初めての店番」

「緊張しかなかったですね。会計や花を探す、これだけで大変でしたね。途中でパニックになってしまいましたが、いい経験になりました」

「ならよかった。何かあったら連絡するから、今日はありがとな」

 

 じゃあな、と暁さんは手を振った。いい笑顔だ。今の私にとっては、暁さんの笑顔は眩しかった。暁さんの隣に立てるように頑張ろう。目標は接客に慣れることだ。

 

 




少女よ、試練を乗り越えよ


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ニチニチソウ 「楽しい思い出」

店番をしていれば色んなことを知ることが出来る


 店番を始めて一週間、私はようやく店番に慣れてきた。最初はガチガチだったけど、暁さんのサポートもあってか、ガチガチはなくなってきた。暁さんにはお礼を言わないと……。

 

 暁さんからは大分良くなってきたと言われた。よし、このままいけば暁さんの隣に立てる。店番に相応しいレベルになれる、それは私にとっていつの間にか出来た目標だ。

 

「さすが紗夜、店番慣れてきたじゃん!あとは花の名前辺りか。まぁ花は俺がサポートするが……」

「ありがとうございます暁さん。花の方は少しずつ覚えていきますので、サポートよろしくお願いしますね」

 

 私と暁さんは周りからどう見られているのだろう。兄妹?友達?それとも……恋人?いや、恋人はないわ。多分友達に見える筈だ。

 

 それにしても私と暁さんが知り合って3ヵ月になるのね。早いわね。暁さんのことはいくつか知ることが出来た。花屋の看板息子、私と同じ犬好き、香水とアロマを作り始めるようになった、これだけ知ることが出来たのね。それに、私のことは放っておけないという、いつか折れるかもしれないから、何を根拠に言ってるのかしら。

 

「暁さん、あの時私を放っておけないと言ったのはどうしてですか?もう一つ理由ありますよね?」

「もう一つ、か。それはまぁいつか壊れるんじゃないかって思ったんだよ」

「壊れるって……どういうことですか?」

「何だろうな。紗夜が何かやらかしそうな気がするんだ。俺はそれを止めたいからかな。何かごめんな、こんなこと言って」

 

 私が何かを失敗する、それはライブや日菜辺りかしら?暁さんに言われると胸騒ぎがする。けど、私はそうならないようにする。もし何か起きてしまったら暁さんに協力してもらおう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 紗夜の表情が険しくなってる。さっき余計なこと言っちまったのが原因だな。ここでこんな空気になったらまずい。俺は話を変えることにした。

 

「そうだ紗夜、店番やってて楽しいか?」

「そうですね……今は覚えることに必死で楽しいという気持ちは湧きませんね」

「そうか。まぁやってると楽しいって思うようになるさ。こんなこと言うのはあれだが、"楽しい思い出"を作ろうな」

 

 はい、と紗夜は口元を緩ませて頷いた。よかった、笑ってくれた。この空気が続くとまずかったな。俺は店番をしつつ紗夜と話した。夏休みはどうするかだったり、店番の手伝いの予定の打ち合わせをしたり、という話をした。

 

 しかし、紗夜の笑顔を見ること多くなったな。印象に残る、そんな笑顔だ。真面目過ぎる人でも笑うと可愛いと思えてしまう。所謂ギャップ萌えか。

 

「てかこれ言ってると紗夜が可愛いってなるよな……」

「暁さん、何か言いましたか?」

「へ?いや何でもない」

「そう……ですか。では私は失礼しますね」

「あ、あぁ。今日もありがとな」

 

 営業を終え、紗夜と別れる。彼女に可愛い何て言ったら口聞いてくれなくなるな。はぁ、今後紗夜をどう見たらいいんだかな。

 

 仕方ない、香水作るか。俺は自分の部屋に戻り、香水を作ることにした。何を材料にするか……。集中出来そうか不安しかない。紗夜、明日も来てくれるかな?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私はベッドの上で悶えていた。さっき暁さんは何でもないと言った。けど、聞こえている。暁さんが私のことを可愛いと言ったのだ。そんなことを言われたのは初めてだ。

 

「明日私は暁さんとどう顔を合わせたらいいのかしら……」

 

 最近の私、おかしいわね。もしかして暁さんのこと好きなのかしら?いや、そんな訳ないわ。暁さんは友人で話相手だ。そもそも私がシャルロッテの手伝いを始めたのは日菜がるんっと来るからさと君の手伝いするといいよ、というのが始まりだ。

 

 るんっと来るのはどういう意味なの?暁さんの手伝いをしたらいいことあるよ、と日菜から言われて始めたけど、確かにいいことはあった。楽しいと感じる自分がいる、暁さんともう少し一緒にいたいという自分がいる、この二つがいいことだ。

 

「今回ばかりは日菜に感謝ね。ありがとう、日菜」

 

 私は部屋に響くように日菜にお礼を言った。日菜に届いているのかもしれない。日菜曰く、おねーちゃんレーダーという物に響いたのかもしれない。

 

 これってまた相談した方がいいのかしら?まぁ、今井さん辺りに相談しようかしら……。

 

 そんなことを思っていると、スマホが振動した。画面を見ると暁さんの名前があった。暁さんと初めての通話、緊張するわね。

 

「も、もしもし……暁さんですよね?」

「紗夜俺だよ、暁だ。言っておくが詐欺とかじゃないからな?」

「わかってます。それで何か用ですか?」

「ああそうだった。手伝いの件なんだが、母さんから夏休みも来てほしいって言われたんだ。大丈夫そうか?」

 

 夏休みも来てほしい、まさかそこまで言われるなんて予想してなかった。練習と手伝いを両立する、大丈夫、私ならやれるわ。私は迷うことなく大丈夫です、と言った。

 

「大丈夫ですよ」

「そっか、ありがと紗夜。あまり無理はするなよ?何かあったら言ってくれよ」

「心配しすぎですよ。ですが、何かあったら頼ろうかしら……」

「もう一度言うが、本当に無理だけはするなよ?紗夜のこと心配なんだからさ」

 

 私が心配、暁さんは心配性ですねと言い、彼との初めての通話を終えた。もう少し話したかったわね。まぁいいか、手伝いの時に話せるんだ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 紗夜との通話を終え、ベッドに横になった。何か紗夜が恋しいと感じる。これはあれか?恋なのか?どうなんだ一体……。

 

 俺はこれまでの行動を振り返った。昼休みの時に紗夜と話す、紗夜のために香水とアロマを作る、笑顔が可愛いと思える。よく考えると俺とんでもないことしてるんだな。

 

「紗夜のことを考えると胸が高鳴る。そうか、これが……これが恋なんだな」

 

 やっと気づいた。彼女と知り合って3ヶ月、たった3ヶ月なのに紗夜のことを好きだと気づいた。まさかこんなお花畑の糞野郎が好きな人出来るなんて、我ながらえぇって思うな。

 

 今度の夏休みからどうすればいいんだよ。紗夜と二人きりでいるの更に気まずくなるじゃねえか。まぁ何とか頑張るしかないか。あの真面目過ぎる風紀委員さんを支えられるのは俺しかいないんだ。

 

 紗夜に良いところを見せたい、そんな想いが俺の心を昂らせた。夏休みが楽しくなってきたな。早く明日にならないかな。

 

 次の日、俺は紗夜のことを好きになったことを両親に速攻でバレた。結果、紗夜といることが気まずくなり、良いところを見せるどころかカッコ悪いところを見せてしまった。

 

 恋愛では初心者だから仕方ないよな。少しずつ頑張ろう。紗夜のことを好きになったんだから、俺も努力しないと駄目だ。

 

 

 

 




看板息子の恋は始まったばかり


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クレオメ 「秘密のひととき」

忘れ物には気をつけて


 夏休みに入り、シャルロッテは繁忙期を迎えた。この時期は向日葵が売れることが多い。夏の花を使った香水やアロマも同じく売れている。俺の隣で店番を手伝ってくれている紗夜もこれには驚いたそうだ。

 

「人、結構来るんですね」

「まぁお盆休みに花を供えるとかあるからな。特に向日葵が多く売れる、それで在庫切れになるのは珍しくないさ」

「そうなんですね……暁さんは今月も香水とアロマ作るんですか?」

「もちろん、"紗夜のため"だからな!」

 

 言った途端、紗夜が顔を赤くした。やばい、さすがに言い過ぎた!紗夜のことは好きだが、これはまずい。いくら彼女が真面目とはいえ、ためって言う時点であ、やべぇなってなるだろ。

 

 俺は紗夜にごめん、と謝った。とりあえず謝ろう。よくわかんないけど謝っとこう。

 

「暁さん、何故急に謝るのですか?」

「いや、その……紗夜の顔が赤くなったからさ、謝らなきゃって思ったんだ」

「フフッ、何ですかそれ」

 

 紗夜はくすくす笑いながら言った。珍しい、あの真面目でギターしかない紗夜が笑っている。知り合って3ヵ月、俺は紗夜の笑顔を何回か見た。ここまで笑っているのは初めて見た。

 

 好きな人の笑顔を見るのは心が暖かくなる。恋って凄いな。この笑顔を見ていると頑張れるって思えるな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 はぁ、暁さんにあのこと言えるかしら。教科書を学校に忘れてしまったのだ。今日は夏休み初日だからまだいい。今は昼、取りに行くとしたら夕方になるわね。

 

「暁さん、話があるのですが……」

「どうした、何か相談か?」

「いえ、相談という訳ではないのですが……」

 

 私は暁さんに教科書を忘れてきたことを話した。暁さんは話を聞いてくれた。真剣な表情で聞いてくれた。

 

 私は暁さんに一緒に来て欲しいことも話した。日菜とでは振り回されて時間がなくなってしまう。一人だと行くのが怖いと感じてしまう。だから、今回は暁さんにも来てもらおう。

 

「なるほど。しかしいいのか俺で?日菜と行った方がいいんじゃないのか?」

「いいえ、日菜では何か起きかねないので、暁さんにも来てもらおうと思い話しました」

「日菜だとヤバいっていうのはまだわかる。そうなるとあれだよな……えっと……二人きりになるよな」

 

 暁さんに言われ私はハッとした。よく考えたら暁さんと二人きりになるわよね?何故私は最初に気づかなかったのか。でも、今日取りに行かないといけない。気づいたらすぐやらないと駄目だ。怖い想いをするのなら暁さんと二人きりになってでも取りに行こう!

 

「お願いします暁さん!ちゃんとお礼はしますので!」

「わかった!わかったから一旦離れてくれ!」

「一緒に来てくれるんですか?」

「あ、ああ一緒に行くよ。まず顔近いから離れてくれないか?」

 

 顔が近い?私は暁さんに言われ、顔を赤くした。恥ずかしい!暁さんに頼むとはいえ、まさか顔が近くなるくらいに必死になっていたなんて……。

 

 私は暁さんに言われ離れることにした。危ない、このまま周りから付き合ってると勘違いされていたらどうなっていたか。幸い人はいない、もしいたら気まずくなっていたわね。次から気をつけようと私は心に誓った。

 

「しかし意外だな、暗い所が苦手だなんて」

「小さい時に日菜と肝試しに行って苦手になったんです」

「ふうん、可愛いな」

「なっ!?可愛いなんて言わないで下さいよ」

 

 ごめんごめん、と暁さんは笑いながら謝った。今日は暁さんに攻められているような気がするわ。でも、それも悪くない。暁さんと一緒にいるこの時間は私にとって大切な時間なんだから。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 シャルロッテの営業が終わり、紗夜は一旦帰ることに決めた。俺は紗夜を待つことにした。紗夜の家はマンションとのこと。とりあえずマンションの前で待とう。これ以上行くのはまずい。

 

 時間は16時、とにかく早めに済ませないといけない。ここから学校まで20分、教室に教材を回収するのに10分、紗夜を送るまでに20分、合計で50分か。約1時間、暗くなる前に終わらせないと紗夜に何か起きてしまう。そうなる前に回収しないといけないな。

 

「お待たせしました暁さん」

「紗夜、お前制服で行くんだな」

「ええ、さすがに私服ではアレなので。そういう暁さんは私服なんですね」

「制服は面倒だ。それに私服の方が動きやすいからな。紗夜に何かあったらヤバいし……」

 

そうでしたか、と紗夜は言った。紗夜に何かあったらマジで洒落にならないし、日菜にバレたらまず殺される。

 

 だからそうならないように俺が紗夜を支えてやらないといけない。まずは何も起きないことを祈ろうか……祈ろうと言っても半分何か起きないかと思っている自分が、紗夜がどんな反応をするのか知りたい自分がいる。

 

 こんなこと考えるのはよそう。紗夜の前だ。彼女がいない所ならまだしも、ここで考えていると怪しまれる。これは紗夜の忘れ物を回収するだけだ。そう、回収するだけなんだ。

 

「こんなに遠く感じるのは気のせいでしょうかね……」

「どうしたんだ紗夜?学校には着いただろ」

「着いたのはいいのですが、暁さんといると時間が長いと感じるのです」

「そ、そうか。とりあえず行こうか」

 

 門は閉まっている。俺は先に行き、門をよじ登ることにした。こんなことはしたくないが、今はしょうがない。普段の紗夜ならこんなことよくないですよって言うが、忘れたことに責任を感じてるんだろう。責任を感じているが故に言えないんだ。

 

 紗夜に登るように促し、彼女の手を掴んだ。何とか門を越えたが、これからどうするか。外は暗くなりつつある。俺と紗夜は校舎に入り、靴を履き替えた。中は誰もいないか。

 

「紗夜、離れるなよ?」

「言われなくても離れませんよ。早く行きましょう」

 

 そうだな、俺は頷きながら言った。心配だな。紗夜の顔が若干青ざめてる気がする。本当に大丈夫か?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 暁さんと教室に入り、私は自分の机の元に向かった。引き出しから教材を出し、鞄に教材を入れる。よし、後は家に戻るだけだ。私は暁さんにお礼を言った。

 

「暁さん、ありがとうございます」

「お礼はまだ早いだろ。しかし、風紀委員さんが忘れ物をするなんて珍しいな」

「誰にだって忘れ物はありますよ。今回のことは私と暁さんの……"二人だけの秘密"ですよ?」

「お、おう……」

 

 暁さんの顔が赤くなった。ん?私は今何て言ったの?二人だけの秘密って言ったのよね?私は自分の言ったことを思いだし、顔が熱くなってきたのを感じた。こんな所に来て私は何を言ってるの!?

 

 教室から出ようとした時、何かが私の肩にぶつかった。な、何!?何がぶつかったの!?

 

「きゃっ!」

「紗夜!?」

 

 私はぶつかったことに驚き、暁さんの腕にしがみついた。ああもう、私は何をしているのよ!ていうか教室から出たのよね?あれ、ということはドアにぶつかっただけ?

 

 はぁ、恥ずかしい。暁さんからすぐに離れ、彼に謝った。凄く申し訳ないわ。今度暁さんと店番をする時が気まずくなるわ。夏休みに入ってからの私はおかしい。

 

「紗夜、怪我とかないよな?」

「あ、ありません。先程はすみませんでした」

「いや、俺こそ何かごめんな。頼りなかったというか、何にも出来なかったというか……」

「そんなことはありません!いてくれるだけでも全然頼りになります!暁さんのおかげで教材を取りに行けたんですから、そんなに自分を攻めないで下さい!」

 

 こんな会話をしながら私と暁さんは別れた。暁さんと一緒にいると時間が長く感じる。この想いは何なのかしら?今の私には知るにはまだ早いのかもしれない。

 

「よく分からない。暁さんと顔向け出来るか心配だわ……」

 

 いつかは知るのかもしれない。いや、知らなければいけない。私はそんな想いを抱えながら眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




忘れ物の秘密は一瞬な一時


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ユリノキ 「見事な美しさ」

夏はまだまだ終わらない



 紗夜が店番を初めて早四週間経過した。シャルロッテは相変わらず繁忙期で忙しい。しかし、こうして見ると紗夜のエプロン姿似合ってるな。似合ってるといっても仕事の時の姿だけどな。

 

 紗夜は何か迷っていた。表情からして何か悩んでいるような気がした。落ち着いた所で俺は紗夜に話し掛けた。紗夜が悩んでいるのなら力になろう。俺の心では、好きな人に良いところを見せたいっていう気持ちが若干出ていた。

 

「はぁ……」

「どうした紗夜、溜め息なんか吐いて」

「暁さん、お気遣いありがとうございます。実は悩みがあるんです」

「悩みか、話なら聞くぞ」

 

 俺は紗夜の隣に座り、悩みを聞いた。その悩みは簡単なようで難しい物だった。店番のことについてのことで悩んでいた。まずは話を聞いてみるか。

 

「店番のことについて?」

「はい。私は今シャルロッテに"手伝い"という形で店番をやっていますよね?」

「手伝っているな。もしかしてあれか?ここでアルバイトしようかなって考えているのか?」

「そんなところです。ですが、アルバイトを始めたらバンドの練習にも支障が出るので、始めようにも始められなくて悩んでいるんです」

 

 始めようにも始められない、か。確かに紗夜はRoseliaで活動をしている。FWFを目標に活動をしている。だが、紗夜は他の人に迷惑を掛けたくないがためにバイトを始められないのだ。

 

 これはどうするか、両立したらいいだろって普通に言うか?いや、それを言ったら落ち込むよな?落ち込むし、怒らせるし……。もし俺が紗夜の立場だったらどうする?俺はバンド活動をしたことがない。だが、やったことはなくても役に立つような助言は出せるかもしれない。

 

「じゃあさ、こうしてみないか?FWFが落ち着いてからとか、卒業してからとか、それでやってみないか?」

「落ち着いてからですか?」

「そう落ち着いてから。もしくは卒業してからとかだな。俺から言えることはこれくらいしかないが、どうする?」

 

 そうですね、と紗夜は手を顎に置きながら考えた。その様がとても美しいと感じた。普段は真面目で、たまに笑ったりする。紗夜がここまで悩むのは珍しい。聞かせてくれ紗夜、お前の答えを……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は迷った。Roseliaの活動が落ち着いてからか、または卒業してからか、という暁さんの二つの助言にどうするか迷った。まず前者はわかる、けど後者はどうなのだろう。卒業してから?私は卒業してからもここに通うのかしら?そうなると、暁さんと一緒にいることになるわよね?

 

 一先ず後者は置いておこう。前者はFWFに参加して、活動が落ち着いてからアルバイトを始める。うん、これなら私にも出来るわ。よし、前者にしよう。

 

「Roseliaの活動が終わってからアルバイトを始めます。それまではお手伝いを続けます。行けない時もありますが、それでもいいですか?」

「何を今更、いいに決まってるだろ。俺はいつでも待ってるぞ」

「ありがとうございます暁さん」

「でも大丈夫か?給料は出ないが平気か?」

 

 平気ですよ、と私は暁さんの顔を見て言った。心配そうにしている、私はそんな暁さんの顔を見てこう思った。私のことを凄く心配してくれている、この人は心配性なんだな、と。

 

 私は暁さんにお礼を言うことにした。彼の手を握ってお礼を言った。私のために親身になって考えてくれたこと、相談に乗ってくれたこと、私は少し涙目になりながら言った。

 

「ありがとうございます暁さん」

「ど、どういたしまして……。紗夜、そんなに泣かなくてもいいだろ」

「泣いてなんかいません。これは、目にゴミが入っただけです」

「何か照れるな。てかそろそろ手離してくれないか?見られてるような気がするんだが……」

 

 私は暁さんに言われ、握った手を離した。離した手には暁さんの温もりが残っている。とても暖かい、もう少し手を握っていたかったわね。でも、暁さんに言われたらしょうがない。

 

 店番をすること一時間、私は違和感を感じた。瞼が重い、もしかして私眠いの?そう思っていると余計眠いと感じた。暁さんに言おう。少し休ませてって言わなきゃ!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺は隣にいる紗夜の様子を見ようと紗夜の方に顔を向けた。ん?目を瞑っているのか?寝顔可愛いな……じゃなくて!紗夜がヤバい!俺は紗夜を起こそうと肩を優しく叩いた。

 

「紗夜、紗夜!」

「……はっ!?さ、暁さん!、」

「大丈夫か?眠そうにしてたが……」

「だ、大丈夫です!昨日少し夜更かししていただけですから」

「そうか。紗夜が夜更かしなんて珍しいな」

 

 夜更かしの理由はさっきの悩みが原因です、と紗夜は言った。そこまで深く悩むなんて、本当に大丈夫か?やっぱり放っておけないな。紗夜は誰かが支えてやらないといけない。まぁ、それは俺がやらないといけないがな。

 

 俺はアロマオイルを紗夜に渡した。いつも眠気覚ましに使っているアロマオイルだ。使っている材料はペパーミント、これを使えば紗夜の眠気も覚めるかもしれない。

 

「どうだ?眠気、覚めたか?」

「……はい。さっきよりマシになりました。ありがとうございます」

「そのアロマオイル、持ってていいぞ。お守りって思って使ってくれ」

「お守りって、暁さん何を言ってるんですか」

 

 紗夜が笑いながら言った。お守りはおかしかったか。俺は言い直し、眠気覚ましのつもりで使ってくれ、と言った。恥ずかしい、笑われるなんて思ってなかったな。

 

 でもいいか。紗夜の笑顔が見れただけでもいい。間違っててもいいやって思えばいいか。俺は気を取り直し、店番を続けることにした。いつか……いつか紗夜に告白しよう。今度は言い間違えないように気をつけよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 店番を終えて帰路に着く。今日も暁さんの笑顔が見れた。最近は暁さんの笑顔が見たいと思うようになっている。どうしてかしら?何故、こんなことを思うようになったのかしら?

 

「わからなくなってきたわね。もしかして私、暁さんのことを……」

 

 いや、それはないわね。でも、店番を手伝うって思ったからなのか。店番を手伝うっていうのは日菜に背中を押されたからやろうって思ったんだ。自分でやろうっていうんじゃないんだ。

 

 この想いがアレだというのなら受け入れたい。まだ受け入れるには早いわ。私にはやることがたくさんある。バンドや店番、色々あるけれど、アルバイトを始めるのはRoseliaのことが落ち着いてからにしよう。

 

「暁さん、また笑顔を見せて下さいね」

 

 目の前に、隣に彼はいない。いないけれど、いると感じる。私は彼にお願いをするかのように言った。誰かに聞かれてたらまずいわね。

 

 

 

 

 

 




少女よ、想いに気づくのはそろそろだぞ


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エリンギウム 「秘めた愛」

花は咲きつつある


 この気持ち、本当に何なのかしら……。暁さんを思うと胸が苦しくなる。どうして彼のことになるとここまで苦しくなるのかしら。

 

「紗夜、それってさぁ……」

「まさしく恋だよ!おねーちゃん!」

 

 今井さんと日菜が口を揃えて言った。私は今circleの隣のカフェテリアに来ている。この気持ちについて今井さんや日菜に相談することにしたのだ。したのはいいけど、直球過ぎないかしら?

 

 湊さんに相談してみたけど、え?と言われただけでわからなかった。白金さんの場合は相談する直前にこう言われた。

 

 氷川さん、青春してますね。このように言われたのだ。白金さんはすでに気づいているかもしれない。私も薄々だけど、気づきつつあるのだ。でも、認めたくない。

 

「そ、そうかしら……」

「しかしあの紗夜が恋かぁ……いいなぁ、いいなぁ!」

「リサちーだってその内春が来るよ!おねーちゃん、さと君のことどう思ってるの?」

「……暁さんのこと?」

「そうそうさと君だよ。好きなのか、友達なのか、そこをはっきりした方がいいよ!」

 

 日菜が笑顔で私に言った。好きなのか、友人なのか……。よく考えたらどっちなのかしら。最近の私は暁さんのことで頭が一杯になる時がある。暁さんの笑顔が見たい、暁さんの側にいたい等、いくつかある。

 

 ここまで来ても私はこの気持ちがなんなのかわからなかった。はっきりした方がいい、なんて言われても困るわ。

 

「そんなことを言われてもわからないわ。暁さんのことをどう見たらいいのか……」

「ねえ紗夜、アタシから提案があるんだけどいいかな?」

「提案?何ですか?」

「明日夏祭りあるんだけどさ、誘ってみようよ。それで、暁っていう人?と楽しんで、紗夜自身で答えを出そうよ」

「私自身で……ですか?」

 

 そうだよ、と今井さんは真剣な瞳で言った。私自身で答えを出す、それは私にとって最大級の爆弾だ。これからのことにも繋がる。夏祭りに行って、楽しんで、それでどうするかを決める。

 

 ここまではまだいい、夏祭りに誘うっていうのは私からしたら難しいことなのでは?誘うのは簡単だけれど、どう誘ったらいいのかしら?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 次の香水何にするか。いくつか花を使ってきたが、花言葉を使って紗夜に遠回しに告白してみるか?いやいや、それは気持ち悪いって思われるからやめた方がいいか。てかやったら口聞いてもらえなくなるな。

 

「告白しようにもどうするか。はぁ、恋愛は初めてだからわかんねえよ」

 

 つーか紗夜っていかにも鈍感だよな?真面目過ぎる、努力家、多分恋愛とか目にないだろうな。こんなこと紗夜には言えないな。でも、笑顔は可愛い、何かギャップ萌えを感じる。花に例えたらどういう花になるんだ?

 

 そんなしょうもないことを考えていると、バイブレーションが鳴った。何だ?俺は疑問に思いながら電源を付けた。メールか?これは……紗夜!?何であいつから……。

 

 俺はドキドキしながら届いたメールを開いた。内容は明日空いていますか、だけだった。明日は何もない、予定は大丈夫だな。

 

 空いてるが、どうしたんだ。スマホで打ち、メールを返した。何だ何だ?何が起きようとしてるんだ?これはあれか?緊張して電話できないから、メールで話しましょうだてことなのか?

 

「あんまり考えない方がいいな。あ、メール来た。えっと、よかったら明日夏祭りに一緒に行きませんか?OK、一緒に行こう、と。うん?夏祭り?へ!?マジでか!?」

 

 やべ遅かったか!時すでに遅し、俺は自然の流れかのようにメールを打って紗夜に返してしまった。おい、何でこうなったんだよ。嬉しさのあまりに即決かよ。何で俺こんなことで決めちゃったの?馬鹿なの俺?

 

 そしてメールが返ってきた。はええよ紗夜!メールを見たらありがとうございます!公園で待ち合わせでいいですか、か。ああもういいよ!どうにでもなっちまえ!

 

「いいよ、と。はぁ、浴衣出さなきゃじゃん。後で探すか。夏祭り行くこと言わねえと……」

 

 明日紗夜に問いただそう。嬉しいからいいけど、恨むからな。つーかありがと紗夜。こんな俺を誘ってくれてありがとう。問いただすのもいいけど、お礼も言わないといけないな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 やってしまった、やってしまったわ!私は机に項垂れながら思った。勇気を出して誘ったのはいいけれど、これでよかったのかしら。

 

「やったじゃん紗夜!」

「おねーちゃんファイト!」

「私、これでよかったのかしら。今井さん、明日休んでいいですか……」

「ダーメ!ここまで来たらやるっきゃないでしょ!紗夜、勇気を出して!」

 

 今井さんに頭を撫でられた。ここまで来たらやるしかない、それはわかっている。でも、上手くいくのか。それが心配だった。私に出来るのかしら?

 

 落ち込んでいると、日菜が近づいてきた。日菜は両手で私の手を握り、額を私の頬にくっつけた。熱い、でも心地いい。心が落ち着いてくる。貴女は私を励ましてくれているの?

 

「おねーちゃん、さと君と色々あったんでしょ?友達になれたんでしょ?」

「私は……」

「だったら逃げちゃ駄目だよ!逃げたらさと君といられなくなるんだよ!」

「っ!?それは……それだけは……」

 

 それは嫌だ!せっかく出来た友達なんだ!暁さんがいなくなったら私は……私は……!

 

「もうわかるでしょ?」

「日菜……私はどうすればいいの?」

「決まってるでしょ。思いっきり楽しむんだよ!全力でね!」

「そうね、そうよね。ありがとう日菜、今井さん」

 

 私は二人にお礼を言った。そうだ、私は何を落ち込んでいるんだ。暁さんを誘ったんだ、だったら楽しまなきゃだめじゃない。

 

 明日は私にとって大事な日になる。私の全てを賭けた一日になる。暁さんと楽しんで、どうするかを決めないといけない。だから、暁さんとの関係をはっきりさせよう。ちゃんと向き合わなきゃいけないわ。

 




少女よ、全てを賭けろ


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ライラック「恋の芽生え」

夏祭りに想いは明かされる



 赤のアネモネを模様にした黒の浴衣を着て、俺は公園で紗夜を待った。まさか紗夜から夏祭りの誘いを受けるなんて思わなかったな。俺から誘おうかなって思ったが、何か情けないな。

 

「紗夜は何の浴衣を着てくるかな、楽しみだ」

 

 俺が着てきた浴衣、赤のアネモネ、この花にはある花言葉がある。"君を愛す"、それが赤のアネモネの花言葉だ。俺はこの夏祭りで紗夜のことをもっと好きになるかもしれない。好きになるという自信はある。

 

 だが、告白はしない。そもそも好きだとかわかったのは先月なんだ。紗夜の想いも知らずにいきなり告白に踏み込んだら、最悪関係が崩れる。それだけは避けたいな。

 

「お待たせしました、暁さん」

「紗夜……」

 

 紗夜が来た。振り向いた途端、俺は愕然とした。いつもの紗夜ではなかった。なかったというより、最早別人だった。

 

 紗夜の着ている白の浴衣にはライラックの花が模様になっていた。ライラックの花言葉は"恋の芽生え"だったよな?もしかして紗夜、無意識に選んだのか?無意識ならまだわかるが、知っていたとしたら明らかに狙ってる感がある。

 

 でもそれは言わなくてもいいか。言ったら紗夜を悲しませてしまう。そんなことをしたら台無しだ。誘ってくれたんだから、楽しまないと駄目だ。

 

「本当に紗夜だよな?」

「ええ、正真正銘紗夜ですよ。暁さん、酷いですね」

「そんなこと言われてもだな……別人に見えたんだよ。なんつーか、紗夜綺麗だったからさ」

「私が……綺麗?」

「あ、やべ」

 

 しまった!まだ待ち合わせだよな!?いきなり綺麗って言うなんて早かったか!?でも、あれだよな?最初に褒めるのは基本だよな?俺は紗夜の顔をチラ見した。紗夜の顔は赤くなっていた。しかも口元隠してるし!

 

 

――なんか、可愛いな。

 

 

「い、行きましょう!」

「そうだな!行こうか!ああ楽しみだな!」

 

 可愛いと思っていることがバレないように、俺は楽しみにしていると装いながら紗夜と公園を出た。はぁ、本当に大丈夫なのか?先が不安だよ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 屋台まで来たのはいいけれど、着くまで私と暁さんは一言も喋っていない。この時点で不安だわ。日菜は今井さんと一緒に行くよ、何て言っていないし、頼りになる人はいないし、気まずいし……。

 

「紗夜」

「……はい?」

「離れるなよ」

 

 暁さんはそう言うと、私の手を繋いだ。へ?離れるな?というかいきなり手を繋ぐって、暁さん、大胆すぎませんか!?

 

 私は突然のことで頭が真っ白になった。手を繋がれただけなのに、こんなことで真っ白になっては駄目だわ。私は暁さんに何故手を繋いだのですか、と聞いた。

 

 

「迷わないようにするためだ」

「そ、そうでしたか!そうですよね!」

「そうだよ。あと、髪型……似合ってるぞ」

 

 今、私の髪を褒めてくれたのよね?ポニーテールにしたのはやり過ぎたかしら?今井さんから言われたからやっただけなのに、直接言われると嬉しいわね。暁さんがそう言うのなら私も暁さんに言おう。

 

 

――これはお返しよ。

 

 

「暁さんも似合ってますよ。浴衣綺麗ですね」

「ゆ、浴衣!?ありがと紗夜……」

「照れてますね。その花、何の花ですか?」

「アネモネだ。赤のアネモネだが、花言葉は……教えねぇ」

「教えないですか、では今調べて……」

「待ってくれ紗夜!調べるのは夏祭りが終わってからにしてくれないか?」

 

 夏祭りが終わってから?暁さんの顔を見ると、冷や汗を掻いていた。怪しい。これは後にした方がよさそうね。暁さんがここまで焦っているとなると、何かあるのかもしれない。疚しいことではないと思うけど……。

 

 私は暁さんにわかりました、と言った。ありがとう、と暁さんは安堵した表情で言い、顔を逸らした。

 

 よかったって、聞こえてますよ暁さん。彼はどうやら知られたくないことがあるようね。今は楽しもう、それで私の暁さんに対する想いをはっきりさせないといけないわ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 それから俺と紗夜は手を繋ぎつつ、屋台を回った。紗夜がりんご飴を欲しそうにしていたから買ってあげたり、狐のお面を買ってあげたり、少しだけだが、紗夜に良いところを見せたりをした。

 

 赤のアネモネの花言葉が知られたらマジで恥ずかしい。この花言葉そのものが告白してるも同然なんだ。それは紗夜も同じだ。だが、紗夜の場合は想いに気づいたって言ってるようなものだからまだ大丈夫だ。

 

「紗夜、夏祭り楽しいか?」

「ええ、楽しいですよ」

「ならよかった。そろそろ花火だが、いい場所があるんだ。そこで見ないか?」

「是非とも、ご一緒させて頂きます」

 

 俺は紗夜の手を引き、いい場所に案内した。いい場所っていっても大した所じゃない。紗夜、お前に綺麗な花火を見せてやるよ。

 

 いい場所、もとい川辺に着いた。俺が何かに落ち込んだ時はここに来ることがある。来る内に気に入った場所だ。紗夜のことが好きだから、見せてやりたい。ここで告白してもいい。

 

 

――俺にその勇気があるか?

 

 

「ここは、川辺ですよね?」

「ああ、何かあったときはここに来るんだ。来てたら気に入ってな。紗夜には教えたかったんだ」

「どうしてですか?」

「どうしてって、まぁあれだ。紗夜になら教えてもいいかなって思ったんだ」

 

 勇気があるのか、そんなの関係ない。例え勇気がなくても、待てばいいんだ。怖じ気付いていても、好きでいたい。今はこの時間を堪能したいんだ。この時を……この瞬間を――

 

 

――紗夜と一緒にいるこの時間を大切にしたい!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私と暁さんは川辺の近くにあるベンチに座った。ここで暁さんと花火を見るのね。暁さんと一緒にいると落ち着く。手を繋いでいた時は安心した。やっぱりこの想いって……。

 

 本当に受け入れていいのかしら?受け入れたら後戻り出来なくなる。私が私じゃ無くなってしまう。でも、受け入れないと先に進めない。このまま止まったままになる。

 

「お、花火が上がった。始まったな」

「あ……綺麗」

 

 花火が上がる音がした。夜空に煌めく花火、いくつものの花火が空を彩る。上がる度に私の心が高鳴る。私は横で花火を見ている暁さんの顔をチラッと見た。

 

 彼は笑っていた。この花火を楽しみにしていたんだ。私は彼の笑顔を見る度に安心していた。彼の笑顔をもっと見たい、彼のことをもっと知りたい、時が経つに連れ、私は彼のことを目で追っていた。

 

「さ、暁さん!」

「ん?どうした紗夜?」

「花火、好きなんですか?」

「好きだよ。空に花が咲いてるみたいで好きなんだ。どんな花みたいなのか、どういう意味が込められてるのか、そういうことを考えるのが面白くてな。そしたらいつの間にか好きになってた」

 

 彼は微笑みながら、花火が好きになった理由を語った。ああ、そうか。やっと……やっと私は気づいた。

 

 私は本当は知っている。赤のアネモネの花言葉を知っている。君を愛す、それが赤のアネモネの花言葉だ。私の着ている浴衣にあるライラック、花言葉は――

 

 

――恋の芽生え。

 

 

 今井さんに薦められて着た浴衣だけれど、今井さんは知っていたのかもしれない。だとしたら確信犯だ。けど、今は今井さんに感謝したい。

 

 私はようやく気づけた。暁さんのことが好きなんだ。彼と話して、彼のことを知って、彼と店番をして、彼と接して4ヵ月、ここまで来て気づけた。

 

 私は今恋をしている。真面目で、ギターしかなくて、負けず嫌いな私だけど、それでも彼のことを好きでいたい。今は暁さんと花火を見ていたい。この瞬間を共有したい!

 

 私の本当の青春は、夏の終わりと共に始まった。暁さんに恋をするという、甘い青春を……。

 




夜空に咲く花と共に、恋の火は灯る


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チューベローズ 「危険な快楽」

その快楽は好きな物程クセになる


 今日は俺は休みだ。休みというのは店番のことである。シャルロッテはもちろん、絶賛営業中だ。俺は休みということで、レノンの散歩をしている。

 

「散歩してたら紗夜とばったり会う、何て都合の良いことは起きないか」

 

 レノンの散歩を終え、シャルロッテに戻った。香水作りは今日はいいか。せっかくの休みなんだ、たまには出掛けよう。香水作りで引き籠るのはあまり良くない。さて、何処に行こうかね。

 

 外に出ようとした時、近所のおばちゃんに話し掛けられた。今日は休みなの、と聞かれた。休みなので、どっかに出掛けようかな、と俺は答えた。ここで話すのもいいが、あまり時間は掛けたくない。

 

 それからおばちゃんとは30分程話をした。話といってもほぼレノンの話題くらいだった。犬好きじゃなかったら話に付いていけなかったな。危なかった。

 

「じゃあ改めて、行きますか。紗夜に会えねえかな。て、さっきも言ったな」

 

 二度も言うなんて、紗夜のこと好きすぎだろ俺。ここまで来たら重症だ。快楽にさえならなければ問題ない。下手したら、快楽にハマって抜け出せなくなるかもしれない。それだけは、避けよう。いくら好きとはいえ、そうなったら告白どころじゃねえ。

 

「あら、暁さん?」

「あれ紗夜?」

 

 

――は?紗夜!?何この偶然!?

 

 

「お、おはようございます。夏祭り以来……ですね」

「いや、夏休みは終わっただろ。二学期になってから学校で会ってるし、話してるだろ」

 

 そうでしたね、紗夜が焦りながら言った。夏祭り以来って、どうしたんだ紗夜?間違えるなんて、紗夜らしくない。つか俺も人のこと言えないな。冷静だが、心の中は心臓バクバクだ。持ってくれよ、俺の心臓!

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日は練習は無い。無いけれど、日菜は仕事でいない。ギターの練習も大事だけど、たまには息抜きも必要ね。そうなると、ポテトでも買いにいこうかしら。

 

 休みの日には自分へのご褒美として買っている。子供の頃、ポテトを食べた時、私はハマってしまった。癖になるくらいにハマってしまった。今では必需品というくらいに好きになっている。

 

「メニューにポテトがあったら注文せずにはいられないわね」

 

 私はポテトを買った後、店内で食べることにした。もし誰かに会ったら一大事だわ。特に、暁さんにバレたらおしまいだ。だから、今日は店内で食べよう。

 

 今日は私一人だけれど、今度は日菜も誘おう。それで、いつかは暁さんも一緒に……って私は何を考えてるの!?何か妄想してるみたいに見えて恥ずかしいわ。

 

「ご馳走さまでした。美味しかったわね」

 

 さぁ食べ終わったわ。私はファストフード店を出て、今度は何処に行こうかを考えた。次は何処に行こうかしら。楽器店?それとも……このまま帰る?迷うわね。

 

「あら、暁さん?」

 

――え?

 

 

「あれ紗夜?」

 

 

――暁さん?気のせいよね?気のせいよね!?

 

 

 私は暁さんに挨拶をした。しかし、想定外のことに動揺したせいか、夏祭り以来ですね、と言ってしまった。しまった、私は何をしているの!?こんなことで間違いを起こすなんて、私らしくない。

 

「えっと……暁さん。今日は何を……」

「散歩だな。さっきまでレノンの散歩をしてたが、今は一人だ。紗夜こそ何をしてたんだ?」

「私は……」

 

 ここでファストフード店に行ってました、なんて言ったらバレる。ここは嘘を付くしかない。嘘を付くというのはやってはいけないけど、今は状況が状況、やむを得ないわ。

 

 楽器店に行ってました、私は澄まし顔で言った。バレないようにしましょう。暁さんが気づく筈がない。さっき口の周りも拭いたんだ。だから、大丈夫!

 

「紗夜、嘘を付いてないか?」

「え?」

「紗夜から何か匂いがするんだ」

「私……匂いますか?」

「言い方が悪かったな。装ってるような感じがしたんだ。楽器店に行ったっていう辺りで一瞬真顔になっただろ?」

 

 はい、私の負けです。私は暁さんに正直にファストフード店に行ったことを白状した。好きな人にバレるなんて、ショックね。暁さんが嘘を見抜いた時のキメ顔、何か腹立つわね。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 紗夜がポテト好きだったなんて意外だ。俺は笑いながら紗夜に言った。好きな人のことを知れた、それだけのことなのに嬉しいと感じる。何でだろうな。

 

 俺と紗夜は歩きながら話をすることにした。今日は散歩をして正解だったな。紗夜に会えたっていうのが大きい。短い時間だろうけど、話に花を咲かせないといけない。

 

「笑わないで下さい!」

「ごめんごめん。紗夜がポテト好きだったのが意外だったからさ」

「そうですか。じゃあ聞きますが、暁さんは好きな物って何ですか?あ、花以外でお願いします」

「花って言おうとしたのにいきなりだな!」

 

 花以外となるとあれしかないよな?食べ物だったら野菜になるが……。ああもう!野菜って答えよう!俺は紗夜の顔を見ながら答えた。

 

「野菜だよ」

「すいません暁さん、知ってました」

「知ってたのかよ!さっきまで悩んでたのが馬鹿みたいだよ!」

「前に暁さんのお弁当を見たのですが、野菜が多めでしたので、ベジタリアン何だな、野菜好きなんだなと思ったので」

 

 何だこの複雑な感じは……。俺がベジタリアンだったのバレてたのかよ。あれ?てことはあれだよな……。昼は紗夜と一緒だった、昼飯も一緒、元からバレてたってことだよな……。

 

「負けた」

「負けたって、暁さんが自爆しただけでは?」

「やめろ言うな、追い詰めるな」

 

 そうだよ、自爆だよ!俺の負けだよ!俺は紗夜のことを知れたという嬉しさに浸っていたが、自爆したことで一気に冷めてしまった。もういいや、後でレノンに慰めてもらおう。

 

 俺と紗夜はシャルロッテに着くまで話を続けた。今度はどんな香水を作ってくれるのか、練習やライブは順調か、とか他愛のない話をした。こうして話をしていると、時間が長く感じる。シャルロッテに着けばこの時間は終わりだ。それまでこの時間を堪能しよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 今日は暁さんに会えてよかった。長く話が出来てよかった。暁さんと一緒にいれたのなら、ポテトのことは別にいいと思えるわ。さっきの暁さん、面白かったわね。

 

「おねーちゃん楽しそうだね」

「日菜、あの時はありがとう」

「夏祭りのことだよね。あたしはおねーちゃんの背中を押しただけだよ。そんな大したことはしてないって」

「それでもよ。日菜や今井さんのおかげで、私は暁さんのことを好きだと気づけた」

 

 私は日菜にもう一度ありがとう、とお礼を言った。日菜が涙を流した。あれ!?私、また何かしたかしら!?私は日菜に泣いた理由を聞いた。

 

「どうして貴女が泣くの」

「だっておねーちゃんに……ありがとうって言われるの……久しぶりで……」

「もう貴女は……ほら、こっちに来なさい」

 

 私は日菜を抱き締め、頭を撫でた。言われてみると、日菜にありがとうって直接言ったのは久しぶりだ。いつもは心の中で言ってたけど、今回は日菜にお礼を言いたかった。

 

 日菜のおかげで……今井さんのおかげで私は気づけたんだ。あとは暁さんに想いを伝えるだけ。でも、今の私にはそんな勇気はない。もう少し経ってからにしよう。それで、暁さんに告白をして、恋人になる。

 

 

――そのためには、暁さんのことをもっと好きにならないと駄目だ。

 

 

 




あとは自分次第だ


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マーガレット 「恋占い」

今井、襲来


 紗夜が花をマジマジと見ている。見ている花は……マーガレットか。マーガレットの花言葉は"恋占い"だが、紗夜は何を考えてるんだ?恋占いとなるとアレだよな?好き……嫌い……好き……嫌いって占うアレだよな?

 

「紗夜、マーガレットなんか見てどうしたんだ?」

「暁さん……何でもありませんよ?」

「何で疑問形なんだよ。その花はマーガレットっていう花で、花言葉は……」

 

 これって言うべきなのか?言った方がいいのか?もし言ったら紗夜はどうなる、どんな反応をする?俺は紗夜がどんな反応をするのか、どんな表情をするのか想像した。

 

 顔を赤くして暁さん!何てこと言うんですか、と突っ込む。やべえ、想像だけなのに可愛い。今想像してることが実際に起きたらどうなるんだろう。俺はそんな願望のような事を思いながら紗夜にマーガレットの花言葉を教えた。

 

「花言葉は……何ですか?」

「恋占いだ。花占いとか、誰かに恋愛を占ってもらうとか、そんな物だ」

「そうですか。ありがとうございます」

「あ、ああ」

 

 お礼を言った後、紗夜は俺から少し離れ、顔を逸らした。様子がおかしい、何があったんだ?花言葉を教えたのはマズかったか!?そうだとしたら紗夜に謝らないといけない。今は客はいない、こんな所誰かに見られたら勘違いされちまう。

 

 

――この状況、どう切り抜ければいいんだ?

 

 

▼▼▼▼

 

 

 暁さんの馬鹿!貴方は何てことを言うんですか!花言葉が恋占いだなんて、どう反応したらいいのよ。ああもう、暁さんのせいで顔が熱いわ。

 

 こんな顔、暁さんには見せられない。もし見られたら死んでしまう。それ以前に、お客さんが来たらおしまいだわ。

 

「すいませーん」

「はい、何でしょうか!」

「花を買いたいのですが……あれ、紗夜!?」

「今井さん!?」

 

 

――何故今井さんがここに!?

 

 

 これはマズいことになったわね。今井さんが来たせいか、顔が更に熱くなっている。これってどうなるの?質問攻めされるの?こんなことを考えていると不安になってくるわね。

 

「紗夜、ここで何してるの?」

「こ、これはですね……色々と事情が……」

「ははぁ、なるほどねぇ。日菜が言ってた通りだ」

「あの、何方ですか?紗夜とは知り合いですか?」

「知り合いも何も同じバンドのメンバーだよ。あ、アタシは今井リサね。君は?」

「俺は結城、結城暁です。そのバンドってRoseliaですよね?」

 

 そうだよ、今井さんは笑いながら親指を立てた。今井さん、この状況を楽しんでるわね。暁さんのことは今井さんにも言ってある。実際に会うのは初めてだ。

 

 

――嫌な予感がするわね。

 

 

 今井さんの視線が私に向いた。ニヤッとしている、これはマズいわ。私は今井さんと暁さんに気付かれないようにこの場を去ろうとした。しかし、去ろうとした瞬間、暁さんに肩を掴まれた。

 

「紗夜、どこに行くつもりだ?」

「暁さん!?ちょっと急用を思い出して……」

「さーよー、聞きたいことがあるんだけどいいかなー?」

「紗夜、死なば諸共だ」

 

 あ、死んだ。死んだわ私。死なば諸共ということは、暁さんも今井さんの犠牲になるのよね?一緒に犠牲になるなら別にいいわね。

 

 

――はぁ、何でこうなるのしら……。

 

 

▼▼▼▼

 

 

「そうかそうかぁ、暁も隅に置けないなぁ」

「名前で呼ぶの早いな。今井さん、俺はそんな隅に置けるような奴じゃないからな?」

「そうかな?あ、アタシのことはリサでいいからね」

「あの今井さん、花をお求め何ですよね?」

「そうだった。どれにしようかな……。よし、この花でいいかな」

 

 選んだ花はサルビアか。俺はリサにサルビアの花言葉と咲く時期を伝えた。花言葉を聞いたリサの反応は、凄いね、という引き気味な反応だった。あれ、何かマズいことしたか?

 

「紗夜、何で引かれてるんだ?」

「多分、花のことで熱弁したからじゃないですか?」

「そこの二人、なーにイチャついてんの!」

「イチャついてねーよ!」

「そうですよ!今井さん、暁さんとは″まだ″そんな関係じゃ……」

「紗夜!?」

 

 あ、と紗夜は顔を赤くしながら口を抑えた。一方のリサはツボっている。おい、待て。これ俺まで恥ずかしくなるじゃねえかよ。紗夜、お前何てことしてくれたんだよ。

 

 紗夜がごめんなさい暁さん、と謝った。俺もごめん紗夜、と謝った。この様子をリサはニヤニヤしながら見ていた。何なんだよこの悪魔、この人がRoseliaのベース担当とか信じられねぇ。

 

「名前で呼び合うなんていいなぁ。これは恋だねぇ」

「リサァ!お前楽しんでんだろ!」

「今井さん、後で覚えてなさいよ……」

「ごめんごめん、やり過ぎたね。じゃあ暁、紗夜!頑張んなよー!」

 

 どういう意味だよ、俺は去っていくリサを眺めながら思った。こんなことになるなんて……これじゃあ紗夜と話し辛いな。ああ、気まずい。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 私は店番の帰りに気になっていた花、マーガレットを買って帰路に着いた。花言葉は恋占い。好きな人に関しての占いは間に合っている。占ってもらうのならRoseliaのこれからで充分だわ。

 

「ただいま」

「おかえりおねーちゃん!さと君とはアツアツだったね!」

「日菜!?別に暁さんとはアツアツではなかったわ。というか何で貴女がそんなことを知ってるの?」

「リサちーから聞いたよ」

 

 今井さん、何てことをしてくれたの!日菜に今日のことを話したらからかわれるじゃない!その後、私は日菜に色々聞かれ、マーガレットの花言葉を日菜に教えたら占いまでされた。

 

「おねーちゃんとさと君は……関係上手くいくよ!」

「占いになってないじゃない!適当にやってるでしょ!」

「それなりにやっただけだよ。なんかるんっと来たから、ね?」

「ね?じゃないわよ!可愛らしく言っても説得力無いわよ!」

 

 今日は疲れたわ。電気を消して寝ようとした時、日菜に一緒に寝ていい?と聞かれた。今日は日菜に甘えようかしら。私はそう思いながらいいわよ、と答えた。

 

 今井さんといい、日菜といい、今日は散々だわ。日菜はまだしも、今井さんにからかわれるのは複雑だ。質問攻めされてた時の暁さんはタジタジだった。あの勢いでは無理もないか。

 

 こんな私を気にすることなく、日菜は私を抱き枕にして寝ていた。おねーちゃん大好き、と寝言を言いながらだ。

 

「暁さん、どうしてるかしら……」

 

 私の恋は始まったばかりだ。正直、上手くいくか不安だ。占いでは結果が見えない、それならばアプローチを仕掛けるしかない。積極的にアプローチを仕掛けよう、そう決心しながら私は眠りに就いた。

 

 

ーーというか日菜の胸が当たってる、やっぱり私より少し大きいわね。

 




恋は占いでもわからない部分があるのだ


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ススキ 「心が通じる」

花言葉でも心は通じる


 私は暁さんにある花を紹介された。その花は、ススキという秋の七草だった。平地や山、道端、空き地等に咲いている、よく見かける花だ。

 

「暁さん、この……ススキを私に話したいということは、何かあるんですよね?」

「そうだよ。紗夜に聞いてほしいのはそれだけじゃないんだ。ススキの花言葉を知ってほしくてな」

「花言葉?どんな意味が込められてるんですか?」

「ススキの花言葉は、″心が通じる″だ」

 

 心が通じる、何かロマンチックね。それを聞くと、暁さんと心が通じ合っているのか知りたくなるわね。私は心が通じ合っているか気になり、彼に聞くことにした。

 

「あの……暁さん」

「ん?どうした紗夜」

「私と暁さんは……その……通じ合っているのでしょうか……」

「通じ合っている?何がだ?」

「えっと、心です。恥ずかしいので、言わせないで下さい」

 

 紗夜が聞いたんだろ、暁さんが口元を緩ませながら言った。もし私と暁さんが通じ合っていたら嬉しいわね。暁さんが私のことをどう思っているかは分からない。けど、暁さんが私に伝えようとしていることが花言葉なら、調べれば分かる。

 

 彼が花言葉で想いを伝えるのなら、私も花言葉で応える。こんなことを考えると、恥ずかしさが増すわね。私らしくないわ。こんなところ、日菜に見られたら生きていけないわ。

 

「心か……。それは分からないな」

「ですよね、聞いた私が馬鹿ですね」

「いや、紗夜は馬鹿じゃないだろ。別に心じゃなくてもいいんじゃないのか?」

「心以外に何かあるんですか?」

「心以外でか?そうだな……花言葉ならどうだ?」

 

 私は思った。彼なら言うだろう、と。さっき私も同じことを思ったところなのに、この人はどうして普通に言えるんだろう。まぁ、答えは一つしかないわよね。

 

 

――花が好きだから。

 

 

「考えることは同じなんですね」

「同じ?紗夜も俺と同じ答えってことなのか?」

「え、ええ。そんなところです」

「そっか、何か嬉しいな」

「へ、嬉しい!?」

「考えることが同じだとさ、安心するんだよ」

 

 言われてみると分かる気がする。でも、複雑だ。暁さんのことではない。主に日菜だ。

 

 私と日菜は全く違う。日菜は初めてのことはすぐ出来る天才、私は努力を重ねないと出来ない晩成、そうなると考えることは異なってしまう。こんなこと、あまり考えたくはないのに、真っ先に頭に出てしまう。私の悪い癖だわ。

 

「紗夜、大丈夫か?」

「え?だ、大丈夫ですよ」

「ならよかった。あ、そうだ紗夜」

「何ですか?」

「香水を作ってなかったんだが、何か使ってほしい花はないか?今回は紗夜のリクエストに応えるから」

 

 使ってほしい花、いきなりそんなことを言われても困るわ。私は暁さんにシャルロッテで香水に使う花を探していいですか、と尋ねた。暁さんはいいぞ、と答えた。よし、私はシャルロッテで香水に使う花を探すことにした。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 シャルロッテに戻り、紗夜は香水に使う花を選んだ。そんな紗夜を俺は後ろから見守った。紗夜は花言葉を知らない、多分見た目で選んでるんだろう。どんな花を選ぶのか楽しみだ

 

「暁さん、この小さい花は何ですか?向日葵みたいですが……」

「どれ……ああそれか。その花はサンビタリアっていう花で、花言葉は″私を見つめて″だ」

「ではこの花は?」

「それはアカネ、花言葉は″私を思って″だ……」

「暁さん、どうしましたか?」

 

 紗夜、狙ってないよな?彼女の選んだサンビタリアとアカネ、花言葉が全部恋愛系ということをこいつは分かっているのか。俺は紗夜に赤面している所を隠しながら、何でもないと言った。

 

 そうですか、紗夜は心配そうに言った。よく見ると、紗夜の耳が赤くなっているのが見えた。紗夜も意識してるのかもしれない。花言葉ってやべえ物もあるから危険だな。

 

「その二つでいいか?」

「え、ええ。この二つの花でお願いします。どのくらいで作れますか?」

「そうだな……早くて明日には出来るかな。なるべく早く完成させるから待っててくれ」

「分かりました、楽しみにしてますね」

 

 紗夜、相当楽しみにしてるな。どのくらいでって言ってる時点で隠せてない。遠回しに言うんじゃなくて、直球で聞く。紗夜ってたまに天然になるな。

 

「そろそろ練習の時間ですね。では暁さん、また明日」

「ああ、また明日」

 

 俺と紗夜は互いに手を振り別れた。さて、今日は徹夜だな。明日も休みだから、昼寝をすれば問題ないか。俺は紗夜と別れた後、そのまま店番を始めた。このまま休んだら何か言われちまう。言われるのはごめんだ。

 

 

――香水作ってる途中で寝ないか心配だな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 練習を終え、家に帰った後、私はギターをケースから出してスタンドに立て掛けた。サンビタリアとアカネ、暁さんから花言葉を聞いた時、私は耳が赤くなっていた。思い出すだけで恥ずかしくなる。そのせいで、練習に集中出来なかった。

 

「今回ばっかりは、私が悪いわよね。今井さんにはバレるし、宇田川さんから乙女ですねーと言われるし、散々だわ」

「おーねーちゃーん!」

「日菜、ノックはしなさいと何度も言ってるでしょ?」

「ごめんごめん。ねえおねーちゃん、さと君と何かお話した?」

「お話?ええ、したわよ。それがどうしたの?」

 

 私は日菜に質問した。確かに暁さんと話をしたけど、どうしたのかしら。日菜が楽しそうに私を見ている。あ、これはまた質問攻めになるわね。でも大丈夫だ。私は質問攻めに慣れた。今井さんはまだ慣れてないけど、日菜なら大丈夫だ。

 

 

――多分……。

 

 

「香水のことで話をしたわ」

「ふーん。じゃあ花言葉は?」

「花言葉?……特に話はしてないわよ?」

「疑問形……。ははぁ、おねーちゃん隠すつもりかな?」

「な、何のことかしら?」

「おねーちゃん目を逸らしても無駄だよ?おねーちゃん、嘘をつく時、右手で髪触るよね?ということは……他にもあるんだねー?」

 

 しまった!日菜の言う通り、私は嘘をつく時、右手で髪を触る癖がある。今の私は右手で髪を触っている、これは逃げられないわね。

 

「ち、違うのよ日菜!これは……これはね……髪を触りたかっただけなの!」

「おねーちゃん、逃げられないよー?」

「わかったわ!わかったから顔を近づけないで!怖い、怖いから!」

 

 私は両手で日菜の肩を掴み、日菜が近づくのを防いだ。日菜の胸が少し見えている。ああもう、何なのよ!この子!

 

 その後、私は観念して日菜に全てを話した。もちろん、花言葉のこともからかわれた。だから言いたくなかったのよ。特に日菜にだけは言いたくなかった。

 

「おねーちゃん、それって完全に告白だよ!もう可愛いなおねーちゃんはー」

「恥ずかしいから言わないで。最初は知らなかったの、でも意味を知ったら意識しちゃったのよ」

「おねーちゃん可愛すぎだよ!」

 

 やめて日菜、それ以上言われたら私が持たないわ。私の顔は真っ赤になっているかもしれない、こんな所、暁さんに見られたらおしまいだわ。

 

 日菜のからかいが終わった次の日、私は暁さんに香水を貰った。暁さん、眠そうにしてたわね。もしかして徹夜したのかしら。私は暁さんに徹夜したのか聞くことにした。

 

「ああ、徹夜したよ。突貫工事で作った」

「ごめんなさい、無理をさせてしまって……」

「俺は大丈夫だ。紗夜のためならこんなのどうってことねえよ」

 

 暁さんは微笑みながら言った。その笑顔が胸に刺さる。私のため、という言葉が心に響く。何か申し訳ない気持ちになるわね。

 

 

 

 

 




花言葉は時にやばい武器となる


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ペチュニア 「心のやすらぎ」

休むのも大事


 やばい、すげえ眠い。徹夜で香水を作っているのが原因かもしれない。これじゃあ紗夜に心配掛けそうだな。少し寝れば大丈夫かもしれない。今は公園にいるが、ここにいるのは俺一人だ。

 

「紗夜は遅くなるって言ってたし、寝れば紗夜に眠い事バレないよな……」

 

 今日はレノンの散歩はないから普通に寝れる。寝るといっても、寝すぎないようにしよう。香水作りや店番をやるのもいいが、偶には休もう。

 

 もし紗夜がここに来たらどうなるんだ?膝枕をされるのか、寝顔を見られるのか、どっちなんだろうか。日菜だったら涎垂れてるよとか言いそうだな。

 

 

ーー紗夜だったら……紗夜だったら何て言うんだ?

 

 

「駄目だ。紗夜のこと考えてると眠れなくなる。忘れよう、今は忘れよう。寝るんだから紗夜の事は忘れよう」

 

 今は紗夜の事は考えちゃいけない。頭を空っぽにするんだ。空っぽにすれば眠れるかもしれん。

 

 ていうかここで昼寝するならアイマスク持ってくればよかったな。アイマスクしてれば寝顔見られずに済むんだけどなぁ。今度試してみるか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 弓道部の活動を終え、私はシャルロッテに寄ろうか考えていた。店番をしていた時の暁さんは疲れているように見えた。今日は店番は無いって言ってたから、家で休んでいるのかもしれない。そうなると、寄るのはやめた方がいいかしら。

 

「暁さん、ちゃんと休めてるかしら。心配だわ……」

 

 もし体調を崩していたらどうしよう、お見舞いに行かないと駄目よね?いつも香水を作ってくれているんだ、暁さんに恩返しをしないと合わせる顔が無い。

 

 この前も徹夜で香水を作っていた。私は暁さんに無理をさせてしまった。徹夜してまで……私のために……ここまでしてくれた。

 

 落胆した気持ちで歩いていると、ベンチに誰かが座っていた。凭れているのかしら?私は目を凝らし、誰が座っているのかを目視した。ここからじゃ見えない、もう少し近づけば分かるかもしれない。そう思いながら私はベンチに近づいた。

 

 赤い髪に見覚えのある顔……暁さんだ。私は暁さんに声を掛けようとしたが、彼が寝ていることに気付いた。鼾を掻いてるみたいね。

 

 

ーー寝顔が見えてるのは突っ込んだ方がいいかしら……。

 

 

「暁さん、寝てるのよね?このままにしておくのはまずいわね。何かやれることは……」

 

 私は暁さんに何かをしてあげたいと思った。暁さんは気持ちよさそうに寝てる、きっと疲れてるんだ。私は彼を起こさないように隣に座った。

 

 暁さんの寝顔を眺めてようかしら……。そんな想いが過る、隣で眺めるよりもアレをやって眺めるのがいいかもしれない。日菜が言っていた……膝枕を……。

 

「暁さんに膝枕って恥ずかしいわね。頭を膝の上に置いて、寝顔を眺めて起きるのを待つのよね?」

 

 暁さんにやればるんっと来るよ、なんて日菜は言っていたけど本当かしら?私は疑問を抱いた。でも、ここで止まってたら何も進まないわ、ここまで来たら行動あるのみね。

 

 暁さんを起こさないように両肩を掴み、彼をそっと寝かせた。暁さんって意外と軽いのね。背は私より少し高いのに、軽いなんて……何か複雑だわ。

 

 

ーーあとは頭を膝の上に置くだけだ。とにかく慎重に……慎重に……。

 

 

「紗夜……」

「っ!?」

「……」

「ね、寝言?私を呼んだだけなの?」

 

 寝てる……わよね?もし起きてたらどうしようかしら。いや、ここは冷静になろう。何があっても驚いたら駄目だわ。

 

 それにしても、膝がチクチクするわね。暁さんの髪が当たってるのが原因だ。私は彼の頭に手を置き、撫でることにした。撫で始めると、暁さんの表情が和らいだ。気持ちいいのかもしれない。

 

「今の暁さん、犬みたいね。寝顔も可愛い」

 

 もし尻尾が生えてたら振っているだろう。暁さんのこの表情は滅多に見れない、日菜の言った通りだわ。確かにこれはるんっと来るわね。暁さんが起きるまで撫でていよう、この寝顔を見ていたら私まで癒されるわ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 誰かに撫でられてるような気がする。これは誰の手だ?柔らかい何かが頭に伝わってくるし、声もする。この声はいつも聞いている声だ。俺の隣で話を聞いてくれて、かっこよくて、綺麗で、俺が想いを寄せている人だ。

 

 

ーーそうだ、この声は紗夜だ。

 

 

「ん……」

「あら、起きましたか」

「紗夜……なのか……?」

「ええ、私です。おはようございます、暁さん」

 

 やっぱり紗夜だ。まさか紗夜がいるなんて思わなかったな。側にいてくれるなんて……。

 

 

ーーん?側にいる?

 

 

「お、おはよう。待って、何で紗夜がいるんだ?」

「暁さんが寝てるところを見たので、その……膝枕をして……あげました」

「え?膝枕……?」

「はい、膝枕です!恥ずかしいから言わせないで下さい!」

 

 は!?待て、紗夜が膝枕!?てことは起きるまで俺は紗夜に膝枕されてたのか?あと撫でられてたよな?もしかして撫でてくれてたのは……紗夜なのか!?

 

 膝枕されて、撫でられて……ここまではいい。あとあれだよな?寝顔も見られてたってことだよな?うわあ、恥ずかしくなってきた。

 

 俺は紗夜にされたことを頭の中で整理した。しかし、寝顔を見られたということで頭がいっぱいになり、整理するどころではなくなった。好きな人に寝顔を見られるとか最悪でしかない。すげえショックだ。

 

「なあ紗夜、寝顔見たよな?」

「い、いえ!見てませんよ!」

「目逸らしてるってことは見たんだな!写真とか撮ってないよな!?」

「だ、大丈夫です!写真は撮ってないので安心して下さい!」

 

 よかった、寝顔は撮られてないようだ。紗夜がそんなことする訳ないよな。俺は紗夜に撮ってないことを聞き、安心した。でも、膝枕をされたことだけはアウトだ。

 

 俺は紗夜に膝枕をした理由を聞くことにした。俺が寝てるところを見て疲れてる風に見え、何か出来ることはないかを考え、結果、膝枕をしようということに至ったそうだ。いやいや、膝枕以外になかったのかよ?

 

「紗夜が膝枕はビックリしたな。日菜にはいつもしてあげてるのか?」

「日菜にはたまにやってあげてます。私の顔を見て笑ってることが多いですね。途中で寝ちゃいますが……」

「へえ。紗夜はさっきまで起きてたのか?」

「ええ、暁さんが起きるまでずっと起きてましたよ」

「マジか、何かごめんな」

 

 謝ることはないですよ、紗夜は微笑みながら言った。紗夜はどうやら部活帰りだったようだ。だから制服を着てたのか。てか駄目だ、さっきから膝枕のことで頭がいっぱいだ。紗夜の顔が見れねえよ。

 

「暁さん、どうしました?」

「何でもない!」

「ふふっ、変な暁さんですね」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味ですよ」

 

 すっげえ複雑、俺は唇を尖らせた。紗夜に変って言われるの久しぶりだな。

 

 まあいいか。今日は紗夜に膝枕をされたんだ。ここで寝ててよかったな、予想外だったけど、何か幸せだ。紗夜に癒しを貰ったってことにしておくか。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 あの後、私は暁さんと別れ、帰路に着いた。今日は私にとっていい一日になった。暁さんから寝顔を撮ってないか聞かれたけど、あれは嘘だ。本当は撮った。

 

「あの寝顔を見たら撮るしかないじゃない。暁さんの寝顔はレアなんだもの」

 

 タイミングを逃したら二度と見れなくなるわ。あそこで撮らなければいつ撮るんだ。私はスマホで撮った暁さんの寝顔を見ながら思った。本当に可愛いわ、これはニヤッとするわね。

 

 暁さんに膝枕をして正解だったわね。暁さんの寝てるところに会えなかったら、こんなことはないわ。この写真、待ち受けにしたいけど、やめた方がいいわよね?

 

 

 

 

 

 




偶然は時に互いに得を与える


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アンズ 「乙女のはにかみ」

顔を赤くしたら説得力は無くなる


 10月になり、紅葉が咲き始めた。秋になれば色んな花が咲く。定番の花だとコスモスやダリア、ホトトギス、金木犀等、有名な花がある。

 

 花のことは今は置いておこう。店は絶賛経営中だが、俺はある問題に直面していた。その問題はレノン、犬にとっては重要な物だ。俺たち飼い主でも苦戦したりしなかったりする。

 

「レノン、大人しくしてくれ!体洗えないだろ!」

 

 レノンの体を洗いたいが、彼は大人しくしてくれなかった。小さい頃はちゃんとしてしてたのに、大きくなってからは聞いてくれなくなった。反抗期だと信じたい。

 

 シャワーで洗うとなれば、服は濡れてしまう。初めてやった時は全身ずぶ濡れだったか……。今は上半身裸で、下はハーフパンツを履いている。ハーフパンツはレノンの体を洗う用で買った物だ。

 

 今はレノンを止めよう。俺はレノンに大人しくしてくれたらご褒美をあげると言った。それを聞いたレノンは本当なの?と聞くような顔をし、上目遣いで見つめてきた。しかも尻尾を振りながらだ。じっとしてくれたのは良かったが、期待されてるな。

 

「本当だ。体洗ってからだから、それまでじっとしてくれるか?」

 

 レオンは明るく吠えた。よし、後は洗うだけだ。犬の体を洗うのは大変だが、ここで洗っておかないと看板犬の立場が無くなる。手早く終わらせるか。

 

 温度を37度に下げ、蛇口ハンドルを回し、お湯を出す。温度が高いと体力を奪ってしまう。少しぬるいくらいが犬にとっては最適な温度だ。俺はシャワーをレノンの体に掛けた。目に入らないように気を付けよう。ここでやらかしたら洒落にならない。

 

 次にシャンプーだ。マッサージをするように洗おう。シャンプーは犬用を使う。人間用は皮膚を痛めるから使うのはNGだ。

 

「レノンどうだ?気持ちいいか?」

 

 レノンの顔は穏やかだった。耳と口角は後ろに引いてる。尻尾も下向きにくねらせている。分かりやすいなこいつ。気持ちよさそうにしてる間に終わらせよう。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 暁さんと話をしようと、私はシャルロッテに向かった。湊さんから楽しそうね、何て言われたけど、あの時はヤバかったわね。私が暁さんのことを好きだということを皆に知られたのだ。それも今井さんが原因で……。

 

 それを聞いた湊さんはなるほどと納得、白金さんは母親目線で見守るかのような目線になり、宇田川さんからはおめでとうございますと言われた。今井さん、本当に酷いことをしてくれたわ。

 

「素直になりなよ、何て言われたけど……告白出来たら苦労なんてしないわ」

 

 暁さんに告白は出来ていない。もう10月に入るけど、このままでいいのかしら……。もし、暁さんに彼女が出来たら、私はどうしたらいいのかしら……。

 

 こんな顔、暁さんに見せられない。ネガティブになっては駄目だ、私は気持ちを切り替えることにした。今日は話をするために来たんだ。暗くなってはいけないわ。

 

 シャルロッテに着き、私は遥さんに挨拶をした。店内を見ると、暁さんはいなかった。部屋にいるのか、それとも休みなのか。私は遥さんに暁さんはどうしているかを聞くことにした。

 

「暁ならシャワーを浴びてるところよ」

「シャワーですか?」

「ええ、さっきまでレノンの体を洗ってたから、ついでにシャワーを浴びるって言ってたわ」

 

 暁さんはいないけど、レノンはいる。レノンは……寝ているわね。綺麗になっているのはそういうことなのね。そうなると、待った方がいいわね。

 

「紗夜ちゃん、よかったら上がって待ってる?」

「それはさすがに……暁さんに悪いですよ」

「大丈夫よ。暁に会いたいんでしょ?」

「会いたいですが……上がって大丈夫ですか?」

 

 大丈夫よ、遥さんは微笑みながら言った。本当に上がって大丈夫かしら……。ここで断ったら遥さんに申し訳ないし、ここは言う通りにしよう。私はシャルロッテの奥、もとい暁さんの家に上がることにした。

 

 まさか家に上がるなんて思ってなかったわ。階段を上がり、私は洗面所の扉が開いていることに気付いた。暁さん、開けっ放しにするなんて、隙だらけだわ。

 

「ここで待って驚かせようかしら。そんなことをしたららしくないって言われるわよね。ここは……」

 

 どうしようか考えていると、扉越しから音がした。シャワーを浴び終えたようね、私は暁さんをサプライズ的な意味で驚かせることにした。

 

 

ーーここで待とう。暁さんが来たら挨拶、これでいきましょう!

 

 

 私は壁に凭れ、彼を待つことにした。待っていると、洗面所から擦れるような音がした。この音ってあれよね?服を着てる音よね?これは耳を塞いだ方がいいかしら?それとも……じっくり音を聞く?

 

 

ーー私は何を考えているの!?

 

 

 暁さんが気になる、耳を塞ぐ、私はどちらを選ぼうか迷ってしまった。やる事はすぐに決まった。私は聞き耳を立てることにした。体が勝手に動いた、そう言い訳したら何て思われるか、そんな事を考えずに私は扉に耳を近づけた。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 俺は視線を感じた。誰かに見られている、それも知っている人に覗かれているような視線だ。ヤバいな、早く服を着ないと命が無い。

 

「おかしい、扉は閉めた……よな……?この違和感は何だ?」

 

 俺は急いで服を着ることにした。見られてないよな?上はまだしも、下を見られたらマジでヤバい。こんな所、紗夜に見られたら告白出来なくなる。覗かれただけで告白出来なくなるとか洒落になんねえし、このままだと一生独身になる。

 

 着替え終え、扉を開けることにした。あれ?ちょっとだけ開いてる、これって俺が悪いよな?いや、もう考えたくない。俺は覗かれたという現実から逃げようと頭を振り、扉を開けた。考えるのはやめだ。これ以上はキリがない。

 

「はぁ、何か疲れたな。レノンはゆっくりしてるし、店番は休みだし、このまま寝るのもいいか……」

 

 両腕の上に伸ばし、伸びをした。こうしていると、欠伸が出る。シャワーを浴びた後は眠くなるというのはよくあることだ。特に今日はレノンの事で大変だったんだ。今日は昼寝してもいいよな?

 

「あ、あの……」

「ん?誰だ俺を呼んだのは……。つかこの声って……」

「暁さーん」

 

 俺は誰かに呼ばれた。それも聞き覚えがあり、いつも隣で話をして、放っておけない人だ。そうだ、この声はあいつだ。俺は声の元を確認しようと、隣を振り向いた。

 

「あれ……紗夜!?何でここに!?」

「いきなりですみません。遥さんから上がっていいって言われて上がりました」

「母さんが!?それ言われたら何も言えないな。てか紗夜、何で洗面所の前にいるんだ?」

「こ、これはですね……アレです!暁さんを驚かせようかなと思って待ってたんです!」

「待ってたって……。あと聞くんだが、覗いたりとかしてないよな?」

「はい!?そんなことしませんよ!暁さんは私を何だと思ってるんですか!」

 

 紗夜は顔を赤くしながら反論した。こいつ、一瞬目を逸らしたな。逸らしたってことは覗いたのか?いや、紗夜に限ってそんなことはしないか。紗夜は風紀委員だ。風紀委員が風紀を乱したらヤバいよな。うん、決めた。とりあえずこう言うか。

 

「……真面目で熱心で偶に見せる笑顔が綺麗で、頼りになって、ポテトが好きで、あと美人で可愛くてそれから……」

「分かりました!分かりましたから!覗いてはいませんが、服を着てる音は聴きました!すいませんでした!」

「覗いてないのはいいが、音を聴いたってお前、ムッツリスケベか?」

「違います!暁さん、それは言い過ぎです!」

 

 ごめん、俺は言い過ぎと感じ、彼女に謝った。もし覗いてたらやべえ奴だ。好きな人に着替えを覗かれてたら穴に入りたいレベルだ。つか、俺の着替えてる音を聴くとか変態だろ。

 

 俺は紗夜を部屋に上げることにした。初めて女の子を部屋に上げるが、大丈夫だろうか……。嫌な予感しかしない。いや、マジで。

 

 

 




真面目な奴ほど変態の可能性は高くなる


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もう一つの花畑 ―幕間―
クチナシ 「とても幸せです」


さよひな誕生日回です
今回の暁と紗夜は付き合ってます
本編とは別次元です


 店に貼ってあるカレンダーに目を通し、俺は息を吐いた。もう少しで紗夜と日菜の誕生日、プレゼントはどうするか。これを紗夜の前で考えるのはプレッシャーを感じるな。

 

「暁、溜め息を吐いてどうしたの?」

「何でもない。カレンダーを見てただけだ」

「……私と日菜の誕生日のことかしら」

「いや、そんなことじゃないんだ。決してプレゼントをどうしようかなんて考えてないからな……あ」

 

 しまった口に出しちまった。紗夜は俺の考えていたことを当てたのか、口元を緩ませてドヤ顔をかました。何か腹立つ。

 

 紗夜に当てられるなんて、今日は厄日だな。紗夜と付き合って1年経つが、今までこんなことはなかった。はぁ、バレたのなら白状するしかないか。

 

「ああそうだよ。プレゼントのことを考えてたよ。どうしようか悩んでました!」

「そうだったの。暁、私は何でもいいのよ?日菜も何でもいいって言ってるし、暁が納得する物でいいから、無理に考えなくてもいいわよ」

「いや、大事な誕生日なんだ。ちゃんと決めたい、これだけは譲れない」

 

 そうだ、これだけは譲れないんだ。紗夜や日菜が何を言おうと真剣に決めなきゃいけないんだ。俺は紗夜の隣に座り、彼女の顔を見つめた。相変わらずエプロンが似合っている。店番っていうだけなのに、彼女はこうして今も手伝ってくれている。今はアルバイトという形でやっている。

 

 本当にどうするか。あと花も決めないとだ。花に関しては二人に合う花言葉を参考にするか。あ、香水も作らないとだな。はぁ、大変な一週間になるな。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 暁はいつにも増して真剣だ。私や日菜は暁が納得出来る物でいいと言ってるのに、彼は妥協はしなかった。私と日菜を想って言ってるのはわかっている。それだけのことなのに、私は心が暖かいと感じた。

 

「ねえ暁、日菜には何の花を贈るの?」

「ルピナスだな。花言葉は"いつも幸せ"っていうんだ、日菜らしいだろ?」

「日菜らしい……言われてみればそうね。どういう意味で選んだの?」

「そのまんまの意味だ。日菜は紗夜のこと好きだろ?」

「……なるほど。そういうことね」

 

 日菜が私のことを好き、つまり姉妹愛という意味かしら?そう思うと納得出来る。ここまで来ると私には何の花を贈るのか気になるわね。試しに聞いてみようかしら。

 

 私は暁に何の花を贈ってくれるのかを聞いた。しかし、教えてはくれなかった。やっぱり駄目なのね。ここで教えてしまっては楽しみが減るわよね。なら、誕生日までに楽しみにしていよう。

 

「暁、今度一緒に日菜の誕生日プレゼントを選んでくれる?」

「いいけど、俺が一緒に選んでいいのか?」

「今年は暁と選ぼうと思ったのよ。付き合って初めての誕生日だし、大事な一日にしたいの」

 

 私と暁が付き合って初めての誕生日、そして日菜の誕生日、この二つはとても大事だ。今回は暁と選んで、私と暁からのプレゼントとして贈りたい。去年は日菜と色々あったんだ。だから、私は日菜に恩返しがしたい。

 

 そしてシャルロッテは一日を終えた。私は暁にまた明日と言い、唇を重ねた。さよならのキスとしてやった。明日は会ったらおはようのキスをしよう。それにしても、キスって恥ずかしいわね。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 氷川姉妹の誕生日当日。はぁ、時間ってあっという間だな。昨日は1日使ってルピナスとある花を使って香水を作ったが、とても大変だった。いつもより気合いを入れて作ったんだ。喜んでくれたらいいんだが……。

 

 紗夜に贈る花はすでに決まっている。彼女に相応しい花を選んだんだ。ここで失敗する訳にはいかない。こんなことを考えながら俺は紗夜の家まで歩いた。そろそろ着く、ああ緊張するな。落ち着け、落ち着くんだ俺!

 

 入り口のチャイムを鳴らし、来たことを告げた。この声は日菜か。いきなり紗夜が来たら余計緊張するから助かる。

 

「おはよう、さと君!上がって上がって!」

「おはよう日菜、お邪魔します」

 

 靴を脱ぎ、玄関に上がる。さぁ、ここからだ!ここからが勝負だ。俺は日菜に案内された。しかし、案内されたのは……まさかの紗夜の部屋だった。え?嘘だろ?

 

「おねーちゃん、さと君来たよー!」

「日菜!ノックしてって何度も……あ、おはよう暁」

「お、おはよう紗夜」

 

 ヤバい!紗夜の前なのに冷や汗が出る。誕生日なんだからちゃんとしないとだ。俺は深呼吸をし、紗夜の部屋に入った。そして俺は二人に祝いの言葉を贈った。

 

「えっと……紗夜、日菜、誕生日おめでとう!渡したい物があるんだが、受け取ってくれるか?」

「もちろんだよ!さと君」

「暁、そんなに緊張しなくていいのよ。まず落ち着きましょ?」

 

 俺はもう一度深呼吸をした。まずは紗夜からだ。紗夜に渡す花はクチナシ、花言葉は"とても幸せです"、紗夜に相応しいからこそ選んだ花だ。花といっても香水だ。俺は花ではなく、香水を贈る。二人には何度もこれで渡してきたんだ。香水で渡そうって決めてたんだ。

 

「暁、ありがとう!私は幸せよ」

「ちょ、紗夜!?」

「アハハ、おねーちゃん嬉しそう!」

 

 紗夜に香水を渡した瞬間、彼女に抱き着かれた。しかも嬉し泣きまでしてる。こんなに喜んでくれたんだ。紗夜の喜んでる所が見れたなら俺も幸せだ。

 

 その後、日菜にルピナスを渡したが、日菜にまで抱き着かれてしまった。姉妹にここまでされるなんて想定外だ。

 

 

▼▼▼▼

 

 

 暁から渡されたプレゼントはネックレスだった。それも日菜とペアルックのネックレスだ。暁が選んでくれたプレゼントなんだ、大切にしないといけないわ。

 

「暁、ありがとう」

「喜んでくれたなら何よりだ。日菜には渡せたんだろ?」

「ええ、日菜にはありがとうって笑顔で言われたわ」

「そっか、よかったな」

 

 日菜に渡したプレゼントは傘だ。しかし、日菜からも同じ物をプレゼントされた。それも同じ色、翠色の傘だった。同じ色だなんて、何の偶然なんだろう。

 

 あの秋時雨で私と日菜は互いの想いをぶつけ合った。少しずつ互いに話をしたり、ギターを弾いたり、色んなことをしてきた。今は本当の姉妹として仲良く出来ている。

 

「おねーちゃん!」

「日菜、どうしてここに……」

「さと君と話してたんでしょ?」

「ええ、どうしたの?」

「さと君に伝えたいことがあってね」

 

 暁に伝えたいこと?何なのかしら?私は暁から離れることにした。日菜は笑顔で暁の方を向いて話をした。それは一瞬のことだけれど、感謝に満ちた言葉だった。

 

「さと君、ありがとうね!」

「へ!?ど、どういたしまして?」

「何で疑問形になるのさ」

「いや、急だからしょうがないだろ!」

 

 ありがとう、か。それは私には凄く意味がある言葉だ。誕生日を祝ってくれてのありがとう、おねーちゃんを支えてくれてありがとう、そんな意味が込められているんだと私は感じた。

 

 そして暁は私と日菜に誕生日おめでとう、ともう一度言われた。私こそ暁にありがとうと言おう。こんな私と付き合ってくれてありがとう、と。私と日菜を結んでくれて……ちゃんと向き合わせてくれてありがとう、と言おう。

 

 

ーー暁、ありがとう!

 

 

 

 

 




後半ぐだり気味になりましたが、これが精一杯です
最後になりますが、紗夜、日菜誕生日おめでとう!


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