虚圏の母神 (キングゥ)
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砂漠に生まれし黒い海

 死した魂は死後の世界へと渡り、何れ現世へと還る。

 途切れる事なき輪廻の輪。しかしそこに歪みが生じる。

 新たな魂の在り方が生まれたのだ。輪廻に乱れが生じて、完全なる輪は崩れ魂は肉体と魂をつなぐ鎖を持ってして現世にとどまる力を得た。

 皆、何かしら未練を残すのだ。そうして生と死が乱れた世界が生まれた。

 乱れは広がる。この世に留まらせている鎖が崩れる。少しずつ少しずつ、魂の心を浸食して。そうして心に穴があく。

 嗚呼。乾く。

 胸の奥にあいた穴が乾く。欲しい。失った何かが。嗚呼、心だ。心が欲しい。

 喰らう。喰らう。心を求めて。心有る者を喰らう。喰えば喰うほど、力を得た。それでも、やはり穴は満たされぬ。

 何時しか生と死を管理する者達が現れ始め、魂を喰らう者等を狩る者達が現れ始めた。彼等は隠れた。或いは戦った。初めての反撃に対処できぬ者ばかり。しかし勝つ者もいた。喰った分だけ強いのだから、最初の捕食者は当然のように生き残る。

 彼らが隠れるのは、新たなる世界。そこには無数の同胞が集まっていた。嗚呼、嗚呼……なんて、美味そうな。多くの心を喰らったのだろう。そんな彼等を喰らえば、あるいはこの乾きは満たされるかもしれぬ。

 そう思った同胞達が喰らいあった。喰って、喰って、喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って喰って。

 魂が、折り重なる。黒く巨大な同胞が何匹も生まれる。彼等はもはや何も考えることはない。しかし、例外が一匹。同胞を喰らう。進化する。

 例外は、増えれば例外ではない。何時しか増えた同格も、喰って、再び喰って。喰った数だけ力が上がるなら、当然最初に進化した者に軍配が上がる。

 

 

 

 

──AAAAAAAAAAAA

 

 咆哮が上がる。或いは産声。

 黒いドロリとした湖。白い砂しかない世界を飲み込む。そこからズルリと仮面が這い出す。それは黒い身体を持って立ち上がる。最下級大虚(ギ リ ア ン)と呼ばれる(ホロウ)の一種。

 黒い湖は彼等が歩むための湖を広げる。次々生まれ出る群の中には巨大虚(ヒュージホロウ)など格落ちも居れば中級大虚(アジューカス)すら含まれる。

 

──AAAAAAAAAAAAAAAAA

 

 しかし鳴り響く(こえ)は彼等ではない。湖の……否、広がり続けて黒い海となった海の中央に座す海の女王。或いは海の神。

 

───AAAAAAAAAaaaaaaaa

 

 美しい(うた)を口からこぼし、周囲の霊子を吸い取っていく。地面は溶け、石英の木は崩れ彼女に取り込まれる。どういう理屈か、何倍にも膨れ上がった霊子が海の上の大気に満ちる。

 世界の半分を覆った黒い海は漸く侵蝕を止めた。海の女神は虚ろだった瞳に確かな焦点を当て、周囲を見回す。そして首を傾げた。

 

 

 

 

 何処ここ?

 気がつけば一面真っ黒な海だった。しかも私、その上にたってるんですけど。

 ………いや、違う。()()()()()()。意味が分からないかもしれないが、何となくそう感じる。広がっていく感触が何か不安で止めるように念じ、改めて周囲をみる。うん、何処だここ。なんかこっち見てくる白い仮面の化け物達がいるし。こっちみんなよぉ……。

 いやでも本当に何処ですかここ。そして私は誰ですか? 思い出そうと記憶を探ると………お、これが記憶かな?

 ──乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク乾ク食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ食ベタイ

 ……………なんじゃい、今の。何、この動物的本能。もっと理性的な部分プリーズ!

 ───産ミタイ

 お? 何だろ、今のが記憶かな。夫に先立たれて、夫の残した二人の愛の結晶をその手に抱くのを待ち続けてその日が来るまでもなく戦争に巻き込まれ殺された哀れな女の記憶が頭によぎったぞ。悲惨すぎだろ、私!

 ん? でも、殺されたよね? その後の記憶あるけど。何か鎖があって、その鎖が削れる度に精神がぶっ壊れそうなほど痛みが走って、何時しか化け物になってた。で、殺した奴らに復讐した、と。でもその後とても乾いて、人間を喰えば満たされるような気がして食い続けた。

 そして今に至る。うん、さっぱり解らんね!(断言)。取り敢えず、私ってばどんな姿をしてるのかな?

 仮面を付けてた。うーん、邪魔!

 

「AAAAAAAaaaaaa!?」

「「「────ッ!?」」」

 

 いったぁ! 顔の皮むけるかと思った! 何この仮面!? 顔に直接くっついてたの!? うえーん、痛いよ(;´д⊂)

 オロオロと此方を見る私の子供達。あ、この百鬼夜行どうも私の子供らしい。子供でいいよね? 私から生まれたんだし。

 

「か、母さん……? どうしたんだい、急に仮面をはずして」

「ナン、デモ───ナイ」

 

 あら、上手く発音できない。これはあれだね。遊ぶ友達のいない寂しいゴールデンウイークを引き込もって過ごして、久し振りに外に出て声を出そうとして出ないあれだ。記憶見る限り全然喋ってないもん私。

 まあいいや。仮面はとれた! さあ、黒い水面よ私の顔を映せ!

 …………あらやだすんごい美人。お肌真っ白。真っ白? 解像度悪いな水面。髪の色は自分でも解るけどさ。綺麗な青。まるで海のよう。ここの海は黒いけど。後、頭重いと思ったら角生えてた。

 …………あれ、これってティアマトじゃない?

 

 

 

 

 バラガンのしつこい追っ手から逃げるように拠点を移すハリベル。部下の三人を引き連れ当て所なくさまよう毎日。ここ最近(ホロウ)の数が増えた。原因は、進むにつれ増えた大気の霊子だろう。これに惹かれて集まったのだろうか?

 しかし、丁度良い。このまま濃くなり続けるなら、何時か食事も不要なほど霊子に満たされた場所に着くかもしれない。

 

「───む?」

 

 と、不意に何かを見つける。砂を黒く染める───これは、何だ?

 薄れつつある人としての知識を引っ張り出す。会話が行えるのだ、物の名前に関する知識も有しているはず。

 

「───河?」

 

 河、そう。河だ。水の流れ道。しかし今まで見たことがない。それに、河とは黒いものだったか? 疑問に思い、触れる。

 

「────!?」

 

 指先だけ触れた。なのにビックンと身体が震える。そのまま倒れそうになる身体をスンスンが支えてくれなくば河に上半身を沈めていただろう。

 

「は、ハリベル様!? どうなさいました───」

「あ、ああ──皆、その水に触れるなよ。かなり濃い霊子だ」

 

 いっそ濃すぎると言っていい。それこそ浸かれば己が矮小な存在など根底から塗り替えられそうなほど。この河は、危険だ。と、その河が泡立つ。

 

「───!!」

 

 慌てて距離をとる。三人も続く。泡立つ水面から現れたのは、女だ。美しい女。思わず見とれてしまいそうな女の白い肌を染めていた黒はしかしあっさりと流れ落ち赤い瞳がハリベル達を見据え、にっこりと微笑む。

 

「───アァ、アナタァ───ダアレェ?」

 

 それがハリベルと『始まりの虚』ティアマトとの、最初の邂逅であった。



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虚圏(ウェコムンド)の平和な森

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 俺には目しかなかった。ただ、この世界に満ちる力を感じ取ることはできた。その源泉を見つけ、飛び込んだ。俺という存在が塗りつぶされるような感覚。

 膨大な力は俺などとは比較にならず、俺を飲み込み、侵蝕する。このまま俺という境界が溶け、消える。それは良い、そう思った。しかし、そうなったら俺はどうなるのだろう、そう思った───

 

──消エルノハ、恐イ………?

 

 そんな声が、聞こえた。耳のない俺が、初めて聞く声。

 

 

 

─────────────────

 

 黒い河から現れた女は首を傾げじっと此方を見つめてくる。これは、返答を待っているのだろうか?

 

「………は、ハリベルだ。ティア・ハリベル。こちらは、私の仲間たちだ」

 

 その言葉に、女はハリベルの部下達にその赤い瞳を向ける。

 

「エ、エミルー・アパッチ」

「フランチェスカ・ミラ・ローズだ……」

「シィアン・スンスンと申します」

「…………ティアマト」

「………………」

 

 もしかして、今名乗ったのだろうか?

 鹿型の中級大虚(アジューカス)であるアパッチはジッと女──恐らくティアマトと言う名──を見る。

 ニコリと微笑まれた。何だろうか、敵意を感じないというのもあるが、それ以上に、何か、安心する。殆ど薄れつつあり、それこそ人だった頃の言葉しかない人としての記憶。そこに引っかかるような……そんな感覚。

 

「ティアマト……それが、お前の名か?」

 

 この中で恐らく彼女と同格である最上級大虚(ヴァストローデ)であるハリベルが答えた。恐らくというのは、その見た目が異質だからだ。胸の下、臍より上辺りに(ホロウ)全てに共通する穴があいているのだから、(ホロウ)ではあるはず。その上で人と同サイズで言葉を発する知能も持ち、時折いる人サイズの中級大虚(アジューカス)と違い手が変に伸びているわけでもない、極めて全うな人型。この特徴は間違いなく最上級大虚(ヴァストローデ)に見られるものだ。だが、仮面がない。欠片も存在しない。ハリベルとて仮面の一部から目が覗くという珍しい状態だが彼女程ではない。何より不自然なのは、()()()()()()()()()()()()()

 

「エェ、ソウ……ソレデ、アナタ達ハドウシテ此処ニ?アア、霊力カシラ……」

 

 確かに此処は元々霊子の多い虚圏(ウェコムンド)においても、特に濃い。数日、数週間──なんなら数ヶ月食事を摂らずとも退化せずに済みそうだ。と、ティアマトは河に向けて手を伸ばす。バシャリと50センチはある(ホロウ)の魚が跳ねて彼女に捕まる。

 

「食ベル?」

 

 ズイ、と差し出された魚。(ホロウ)らしく仮面を付け、身体に穴が空いている。しかしその姿はほぼ完全に魚と言っていい。大きくはあるが息をするだけで霊力に事足りる小型とは違う……この河で独自の進化を遂げたのだろうか?

 この河………。

 だとすると、食欲が失せる。いや、魚型のただの(ホロウ)など水がない虚圏(ウェコムンド)では珍しいし、基本的に必要最低限な食事しかしないこの群でも味はかなり気になるのだが………。

 

「い、いや……我々は、必要最低限生きていければ───」

「ソウ?変ワッテルノネ───」

 

 不思議なものをみた、とでも言うようにじっとハリベルを見るティアマト。赤い瞳の奥に、不思議な光を見た。星海が映っている。吸い込まれそうな瞳にたじろぐハリベルを無視してティアマトは口を大きく開けて魚の頭を咥える。流石に大きかったのかんぐんぐと少しつっかえてからゴクリと丸ごと飲み干した。ペロリと唇を舐める様が、何とも子供のようで可愛らしい。

 

「ソウイウ事ナラ───モット近ヅイテ。進化ハデキナイケド、退化モサセナイカラ」

「近づく?」

「アッチニ、『海』ガアル───コノ河ハ、ソコカラ流レテイルノ」

 

 普通、逆ではないだろうか?いや、人間だった頃の知識がこの世界でも役に立つとは確かに思っていないが───。

 

「チョット待ッテテ──」

 

 そういうと、大きく息を吸うティアマト。次の瞬間、大気を揺らす咆哮(うた)が鳴り響く。

 

──AAAAAAAAAAaaaaaaaa!!!!

 

 その声に呼ばれるように、二つの影が現れる。

 

「ウルキオラ、キングゥ」

「何だ、母よ」

「呼んだかい、母さん」

 

 一人は白い身体に白い角。白い翼を持った人型の極めて最上級大虚(ヴァストローデ)らしい最上級大虚(ヴァストローデ)の男。同じく最上級大虚(ヴァストローデ)であろう外皮の一部がポンチョのような形に変化した男。どちらも仮面が割れている。が、此方は名残が残っている。

 

「コノ子達ヲ、海マデ案内シテアゲテ」

「解ったよ」

「ついてこい」

 

 そういって歩き出す男達。どちらがウルキオラでどちらがキングゥなのか。尋ねたところ翼がある方がウルキオラでポンチョがキングゥ。仮面について聞くと、顔が見えないからと母に剥がされたのがキングゥ。海流に乗っている時海の岩で一部砕けて、そこから剥がされたのがウルキオラと違いはあるらしいが結局は母──ティアマトが関わっているらしい。しかし───

 

「母、とは?」

 

 (ホロウ)で家族とは珍しい。いや、本当に。基本的に虚は虚となった際肉親を喰らう。進化の過程で多頭になり、次の進化で分かれたりする事もあるがそんなのは極希。他に可能性があるとするなら生前に同時に(ホロウ)になったか、単純に生前への未練で群を家族と称しているのか………。

 

「母さんは母さんさ。僕を産み出したからね……」

「俺は創り直されただけだがな」

 

 にこやかな笑顔で誇らしげに語るキングゥと淡々と述べるだけのウルキオラ。産んだ?作り直した?気になることは山ほどあるがティアマトは何時の間にか消えていた。

 

「それじゃあ行こうか。母さんも待ってるよ」

「『河』を通って『海』に向かったのか?しかし、何故わざわざ………」

「彼処から出てこれないからね」

 

 出てこれない?いや、あの異常な量の霊子の水に浸かるのだ。それこそそういった進化をしていても何ら不思議ではないか。

 

 

 

 

 

「────これは、凄いな」

 

 たどり着いた場所は、見渡す限り黒い水に覆われていた。対岸は見えない。なるほどこれは確かに『海』だ。『海』から溢れる霊子の濃度は、かなり濃い。大虚(メノス)でも最下級大虚(ギ リ ア ン)までなら食事を必要としないかもしれない。そして何より目を引くのが、木だ。石英でできた木擬きとは違う、葉が茂り身を成す木々。

 幹の何処かに穴が空き、牛骨や鹿の骨、人の骨、何処かの民族の伝統の仮面など様々な骨のような仮面が付けられているが、(ホロウ)、なのか?

 なっている実を動物型の(ホロウ)達が喰っている。と、小さな(ホロウ)がハリベル達に気付く。中級大虚(アジューカス)なのだろうが霊圧からして成り立てで、強くなる見込みの少ないものだろう。サイズもあまり大きくない。これは霊力が圧縮されているのではなく、単純に少ないタイプ。

 

「た、食べマスか……?退化せずニ、すミます」

 

 四本の腕にメロンほどの果実を抱え、ハリベル達に差し出す。アパッチ達が警戒するがハリベルが受け取り食べる。霊力が肢体に満ちた。

 

「此処は母さんが作った虚圏(ウェコムンド)に於ける楽園さ。海岸に沿って広がっている………移住条件はただ一つ。争わない、それだけさ」

「それは、素晴らしいな」

「そうデスよね!」

 

 と、嬉しそうな声で叫ぶ中級大虚(アジューカス)。声からして少女。とても誇らしげだ。キングゥもうんうんと頷いている。ウルキオラは、やはり無表情だ。木の幹に背中を預け目を瞑る。寝ているのだろうか?

 

「しかし、植物型の(ホロウ)など初めて見たな」

 

 いや、正確には似たようなものは見たことある。だがそれは動物が身体から生やしていたり、ハエトリグサのように動く植物に限った。この(ホロウ)達は完全に植物だ。根から黒い水を、葉から濃密な霊子を吸い実にため込む。あり得るのか、そんなこと?

 (ホロウ)とは個だ。己を守るために戦い己を強くするために喰らい己が気に入らないから殺す。ハリベルとて最上級大虚(ヴァストローデ)である以上、それだけ多くを喰らってきたという事。多く殺してきたという事。その果てに進化し、人だった頃の知性を取り戻し、それから誰かに手を差し伸べられるようになった。なのにこの(ホロウ)達は他者に奉仕するように進化している。他者を満たすために進化している。己の自由を完全に捨てて。

 そんなこと、あり得ない。先ほど疑問に思ったがそれでも撤回しよう。疑問に思うまでもなく、絶対に不可能だ。なにせこうなるためにはまず自身のために喰わなければならないのだから。

 だが、しかし───こうして多くの(ホロウ)の腹を満たし、争いを起こさせぬ彼等のあり方は、少し羨ましくもある。

 

「彼等は、何故あのような姿に?」

「ん?言ったろう、ここは母さんが作ったと。彼等もその一部。母さんが産み出した(ホロウ)さ──」

「────は?」

 

 ハリベルは、思わずそんな声を漏らす。作った?(ホロウ)を?この場所を整えたという意味ではなく、この環境を?

 どうやって、どうして、そんな事が出来る。何なんだ、ティアマトは。本当に(ホロウ)なのか?

 

「此処ハ、気ニイッタ?」

 

 ズルリと海面からティアマトが姿を現した。水の上を歩くと河が生まれその上を歩く。本当にあの水から出れないようだ。というか、まさかこの広大な水は彼女の能力なのか?

 

「ハリベルミタイナ子、珍シイカラ大歓迎──此処ニハソウイウ子達ガ集マルノ」

 

 それでも最上位大虚(ヴァストローデ)になる程同胞を食べてきて、誰かを守ろうとするのは珍しいけど、と付け足す。キングゥは中級大虚(アジューカス)の時から一緒だし、ウルキオラが今の自我に目覚めたのは最上級大虚(ヴァストローデ)になってからだ。

 

「俺には理解できんな。この世界で他者のために尽くすなど」

「……………」

「母のように特別な力を持っているわけでも、この世界全てを従えられるほど強いわけでもない。なのに必要最低限しか喰わず、維持するだけで強くなろうとしない。それで他者も守りたいなど身の程知らずも良いところだ」

「ッ!てめぇ!」

 

 ウルキオラの言葉にミラ・ローズが唸りアパッチとスンスンも不快そうにウルキオラを睨みつける。ハリベルは、実際仲間達に自身のエゴを押しつけている自覚があるのか俯くが。

 

「ソウイウ事、言ワナイノ」

「……………」

 

 ティアマトの言葉にウルキオラはとりあえず黙る。

 

「ハリベルハ、優シイ子ヨ………仲良クシテアゲテ」

「優しいとはなんだ」

「心カラ他人ヲ大切ニ思エル事ヨ………ハリベルハ、トテモ良イ子………」

「うっ……!」

 

 水がハリベルの足下を囲うように流れてきてその上を移動したティアマトがハリベルを抱きしめ頭を撫でる。頭を撫でられるなど(ホロウ)となって初めてだ。人間だった頃は、どうだろう?気恥ずかしいが、悪い気はしない。

 

「心とは何だ?」

「ンー、口ニ出シテ説明スルノ、難シイ………デモ何時カウルキオラニモ解ルワ」

「そういうものか?」

「ソウイウモノヨ。心ッテ、トテモ素敵ヨ……誰カヲ好キニナルト、胸ノ奥ガ満タサレルノ」

「好き?」

「ウルキオラハ可愛イモノ。直グニ好キモ解ルワ」

 

 可愛い?と首を傾げウルキオラを見つめる中級大虚(アジューカス)三人娘。

 

 

 

 

 森の中に点在する木の実と違い、特別な果実がある。離れ小島に生える木の実。中の霊子が桁違いで数は少なく成長も遅いが、成長できる。何時かは進化できる。

 それを食せるのは少しだけだ。キングゥやウルキオラ、ハリベルのような森を守る戦力になりそうな最上級大虚(ヴァストローデ)や、アパッチ達のように強くなりたいと願う中級大虚(アジューカス)。ちなみに肉が喰いたいというとティアマトが魚を摂ってくる。

 ティアマト自身は食事を摂らない。あの水に浸かっているのだから大丈夫だろうが。

 

「AAAAAAAAAAaaaaaa」

 

 今日も歌が聞こえる。とても綺麗な声で、ティアマトが歌う。ハリベルはこの歌を聴くのが好きになった。目を閉じ、歌に耳を傾けるのが最近の日課だ。

 

「────?」

 

 不意に歌が止まる。海を見ればティアマトが陸を眺める。森ではない、ずっと奥を───

 

「───誰カ、来タ………沢山イルワ」

「───ッ!まさか、バラガンか!?」

「サア……デモ、ハリベルヨリ強イ子モイルワ」

 

 自分より強い。その上で大勢。間違いなくバラガンだろう。追ってきたか!

 ハリベルは周囲を見回す。此処は、争いだらけの虚圏(ウェコムンド)の中で唯一平穏に浸れる場。殺し合いなどしたくない者達が集まった場所。そこに、力を以って虚圏(ウェコムンド)全土を己のものにしようとしているバラガン軍が向かっている。

 

「─────っ!!」

「何処へ行く」

 

 駆け出そうとしたハリベルだったが呼び止められる。ウルキオラだ。

 

「母の話を聞いていなかったのか?今向かってきている敵は、お前より強い個体がいる。その上で群だ………お前に何が出来る」

「………奴らは私を追ってきたのだろう。その上で、此処を見つけた。だからバラガン本人も軍を連れ向かってきた───私のせいだ。だから───」

「向かったとして、勝てるのか?」

「せめてバラガンの首だけは穫る。残りは雑魚だ。キングゥとお前なら全滅させられる………ウルキオラ」

 

 向けていた背を戻しウルキオラと視線を合わせるハリベル。今は鍛錬中であろう三人娘の顔を思い出す。

 

「彼奴等を頼む───」

「─────」

 

 ウルキオラは首を振ることも頷きもしなかった。だが、ハリベルは再び背を向けて走り出した。

 

 

 

 

 森を駆け抜け砂漠に出る。そのまま河に沿って走る。ティアマトはこの水に触れた者を知覚するからだ。直ぐに見えてきた。

 

「おお、ハリベルか……出迎えご苦労。儂の軍門に下る意志は決まったか?」

 

 話しかけてきたのは御輿の上に腰をかけた人骨を思わせる最上級大虚(ヴァストローデ)。バラガンだ。見知った部下達もいる。

 

「聞けばこの先、(ホロウ)の集落があるらしいな?それに、森もあると……諸共我が領に加えてやろう。案内せよ」

 

 当たり前のように命じるバラガン。彼は、心のそこからこの虚圏(ウェコムンド)全土が自分の物であると思っている。それを否定する者は力を以て潰す。ハリベルは、そんな傲慢で他者を省みぬ彼が嫌いなのだ。

 

「引き返せ。此処から先、貴様の物など一つもない」

 

 ハリベルの言葉に部下達が殺気を放つ。バラガンは、肩を震わせた。

 

「カカッ!カカカッ!()()は何の真似だ?儂から逃げ続けたお前が、今更戦うというのか?」

 

 構えをとるハリベルを見て馬鹿にしたように笑うバラガン。ハリベルは彼等から逃げ続けていたのだ。だというのに、こうして対敵している。それが可笑しくてたまらないと言うようにバラガンは笑う。部下達も笑った。

 

「ああ、戦う。此処でお前を殺すために」

 

 と、ハリベルに向かって飛び出す影。サーベルタイガーのように牙の長い仮面を付けた虎型の中級大虚(アジューカス)だ。

 

「図に乗ってんじゃねぇぞ鮫女!陛下に対する口の利き方がなってねぇ!」

 

 さらに鳥型、巨漢のような体型のバレリーナのような形、象型、鯨型、蠏型と様々な中級大虚(アジューカス)達が襲ってくる。

 ハリベルはまずサーベルタイガーを右手の大剣で切り裂き、振るった勢いをそのまま回転して拳を振り下ろしてきたバレリーナの拳に蹴りを放つ。サーベルタイガーは砂の上を転がりバレリーナが吹き飛ぶ。と、影が差す。

 

「死にやがれ!」

「────!」

 

 無数に降り注ぐ羽の矢。仲間がいてもお構い無しだ。後ろに跳んでかわすハリベル。と、象が突進してきた。踏み潰す気だろう。前足を振り上げ、落とす。

 

「────!?」

「なめるな!」

 

 しかし受け止めるハリベル。そのまま空高く投げ飛ばす。鳥に当たり、慌てて体勢を整えようとする鳥を蹴りつけ鯨に当てる。

 

不正解(ノ・エス・エセクタ)!空中ではかわせまい!」

 

 と、蟹が高圧水流を放ってくる。それに対し、ハリベルも同様に高圧水流を放つ。同様といったがその威力は天と地の差。蟹の放った水流は押し返され鋏を切り落とされる。

 

虚閃(セロ)───」

 

 放たれる黄色い霊力の奔流。とっさにバラガンを庇おうとした部下達が抵抗する間も無く消し飛ばされ、バラガンに接触。霧散した。

 

「────ッ!」

「この儂を戦場に立たせようとは………不敬千万」

 

 ゆらりと立ち上がり重苦しい霊圧が周囲を包み込む。バラガンの怒りはどうやら部下達にも向けられているらしく、倒れた部下達が震える。

 

「誰一人として死んでおらぬか………儂を殺し、追い払えば良いと?相も変わらず殺したくないなどと寝言をほざくか。実に滑稽」

「…………」

 

 無言で黄色い斬撃を放つ。バラガンが斧を振るうとあっさり霧散した。

 これがバラガンの能力。触れた物を朽ちさせる力。霊力を用いた炎や雷といった光景も下の霊子に強制的に霧散させられる。

 しかもこの力は自身の体の表面にも持っている。威力を弱めてもこちらの攻撃の威力が弱まり、本気を出せば触れることすら出来ない。

 

「【死の息吹(レスピラ)】───」

 

 バラガンが黒い息を吐き出す。名の通り全てを死なせる死の息吹。今、自分の周囲にはバラガンの部下が数名。舌打ちして、距離を取る。迫ってくる死はしかしハリベルよりもなお速く、足の一部に触れる。

 

「────ッ!」

 

 そこから朽ち始める。すぐさま脹ら脛辺りで足を切り落とし地面を転がる。【死の息吹(レスピラ)】が消える。今はまだ殺す気はない、そういうことだろう。

 

「最終勧告だ。我が配下となり、我が覇道の礎となれ」

「…………統一か……そのためには、この先に住まう者達も兵とするのか?」

「力があるなら、当然儂のために使うべきであろう?」

「────そうか………やはり、お前は此処で死ね」

 

 大剣に付着した自身の血が黄色く輝く。物質化した霊子が再び霊子に還る。だが、ただ還す訳ではない。練った霊力と混じり合う。

 

「消えろ───!」

 

 黄金に輝く破壊の奔流が流れる。先程とは比べ物にならない威力。地面の砂が文字通り蒸発する。

 

「【死の光(セロ・レスピラ)】」

 

 が、その破壊の一撃はバラガンが己の虚閃(セロ)に【死の息吹(レスピラ)】を混ぜ放った漆黒の光に破られる。高密度故にバラガンの『老い』でも即座に霧散することはなかったが虚閃(セロ)としての特性に押されその間に分解されていく。とうとうハリベルの虚閃(セロ)が完全に消える。

 

「────!」

 

 迫り来る死に、目を閉ざす。死を前にした時の行動の一つ。否認だ。死を受け入れられず目を逸らそうとする。だが、ハリベルはまだ死ななかった。

 片足のハリベルでは避ける手段はなかった。つまり、ハリベルが避けたわけではない。

 

「だからいったのだ。お前に何が出来ると───」

「ウ、ウルキオラ───?」

 

 割れた仮面に、翡翠の瞳。涙のような仮面紋(エスティグマ)。間違いなくウルキオラだった。だが、何故──?

 

「あの連中の面倒を見るなど俺はごめんだ。さっさと足を治せ」

「あ、ああ───」

 

 傷口に霊力を集め、超速再生を発動させる。と、ウルキオラは抱えていたハリベルをあっさり放す。自分で立てと言うことだろう。

 

「何じゃ、貴様は?」

「ウルキオラ・シファー……この先の森に住む者だ」

「そうか。ウルキオラよ……その女は我が命に背き軍門に下ることを拒絶し、儂に攻撃をした。許されざる罪人だ。庇うというのならば貴様も同罪である」

「そうか……つまり、俺も殺すと?」

「庇うのならば」

「ウ、ウルキオラ!私は良い!置いて逃げろ!彼等に、この事を───!」

 

 ハリベルが叫ぶがウルキオラはバラガンに向かって歩き、光の槍を産み出す。

 

「フルゴール……」

「………逆らうか。不敬なり──死を以って償え!」

「消えろ──」

 

 死が広がる。光の槍が放たれる。バラガンは己の力の絶対の自信故に、避けようともしない。光の槍がバラガンに触れ、崩れる。そして───

 

「────!!」

 

 大爆発を起こした。

 

「なる程な、(終わり)の形が爆発ならば、通用するようだ」

 

 そういって翼を振るう。煙が吹き飛び片腕を肩から失ったバラガンが姿を現す。

 

「───き、貴様……!貴様貴様貴様ぁ!よくも儂に傷を!許さん、許さんぞ!儂を誰と心得るか!《大帝》バラガン・ルイゼンバーン!虚圏(ウェコムンド)の神であるぞ!」

 

 霊圧をまき散らし吠えるバラガンに、ウルキオラは無感情な瞳を向ける。

 

「大帝?神?笑わせる。単なる(ホロウ)だ。俺もお前も……永劫に続く食い合いを止める術を持つ訳でもなし。ただ群れ、その上に立っただけの強いだけの(ホロウ)が神を騙るか」

「貴様───!」

 

 バラガンが【死の息吹(レスピラ)】を吐き出しウルキオラが複数の光の槍、フルゴールを生み出し放つ。

 一発目が【死の息吹(レスピラ)】に穴をあける。二発目が残りを吹き飛ばし、三発目が当たろうとした直前、紫の光がフルゴールを飲み込んだ。

 

「「─────!!」」

 

 瞬間感じる、バラガン以上の霊圧。ハリベルが目を見開き其方に目を向ける。そこには触手で覆われたドレスのような物をきたかのような姿をした最上級大虚(ヴァストローデ)がいた。

 

「───ザエルアポロか」

 

 助けられたというのに……いや、助けられたからこそ忌々しげな声を出すバラガン。ザエルアポロ……それがあの最上級大虚(ヴァストローデ)の名前らしい。

 

「困るなぁ君達。陛下は僕に実験材料をくれるパトロンだ。それを殺そうとするなんて」

「実験材料だと?」

「そうさ。僕は錬金術師だからね………しかし───」

 

 仮面の奥の瞳がウルキオラ達に向けられ、細まる。

 

「あの森で生きている個体か。数日監視させた限り、そこでは共食いが滅多に起きない。起きたとしても魚型のただの(ホロウ)を喰うだけなんだろう?なのに中級大虚(アジューカス)も複数存在している。その森の住人たちは、いったいどんな生態をしているんだい?」

「─────」

 

 その瞳に、ハリベルは震える。あれは違う。餌としてみている目とも異なる、嫌悪感を拭えぬ瞳。ウルキオラも珍しく不快そうに眉間に皺を寄せる。

 

「そういうわけだ。出来れば殺したくない………健康なまま解剖したいからね。おとなしく下ってくれると助かるんだけど───」

「【断瀑(カスケーダ)】!」

 

 膨大な水が放たれる。ザエルアポロは指を突き出す。

 

虚弾(バラ)

 

 それは虚閃(セロ)にも劣る一撃を以ってして、あっさり消し飛ばされた。余力を残しハリベルの前に立ったウルキオラをハリベル諸共吹き飛ばす。

 

「やれやれ。抵抗しないでくれ。彼我の実力差もわからないのかい?」

「────ッ!」

「───ああ、そうだな……お前は、確かに強い」

「そうさ。だから、さっさと───」

「だが、俺はお前には従わん」

「─────」

 

 ウルキオラの言葉にザエルアポロから怒気が溢れる。ウルキオラはハリベルとは比べ物にならない速度で超速再生を行うと立ち上がる。

 

「………ムカつくね。ああ、くそ──()()が混じってるからかな?どうにも冷静な判断が出来なくなることがある。まあ良いさ。何時か切り捨てるとして───研究材料には困らない。此処で死ね」

 

 再び虚閃(セロ)が放たれる。ウルキオラも放つが威力は向こうが上。飲み込まれ、迫る。ハリベルは足と片腕を再生させウルキオラだけでも逃がそうとウルキオラに向かって手を伸ばす。その時───

 

「何ヲシテルノ?」

 

 河の水が氾濫しウルキオラ達の前に壁となる。高密度の霊子が虚閃(セロ)をあっさりと飲み込む。

 

「────ティアマト?」

「母か──」

 

 河に目を向けるとティアマトが水上に立っていた。片手をつきだしている。今水を操ったのは彼女だろう。ザエルアポロは目を見開いていた。

 

「今のは、君がやったのかい?」

「エエ、ソウヨ」

「素晴らしい!」

 

 ティアマトの肯定にザエルアポロは興奮したように叫んだ。

 

「何故その水に触れていられる!?何故その水を操れる!?何故?何故何故何故何故何故!?興味深い、実に興味深い個体だ!」

「────アナタ、元気ナノネ。考エル事、好キナノ?」

 

 クスクスと笑うティアマトに、当然だろう?と返すザエルアポロ。ティアマトは笑みを浮かべる。とても冷たい笑みを。

 

「デモ、アナタ達ハリベル達ヲ虐メタワ───ダカラ、マズハオ仕置キ」

 

 そういって水の槍がザエルアポロ達に迫る。それは黒い煙───バラガンの【死の息吹(レスピラ)】によって防がれる。

 

「無駄だ。そのような攻撃、我が前には通用せぬ」

「変ワッタ力、ネ──」

「儂が司るは『老い』………つまりは『時』!何者にも抗えぬ絶対の力よ!貴様も、そこの者達も!儂に逆らう全て物を塵に変えてくれるわ!」

「ソウ、老イ………」

 

 迫り来る【死の息吹(レスピラ)】に、ティアマトは慌てる様子もない。ハリベルが慌てて避けるように叫ぶ。

 

「確カニ、永遠ニ存在スル湖モ、永遠ニ流レル河モナイ……デモ──」

 

 そういって、指を向ける。ゴボリと地面から黒い水が大量に溢れる。

 

『海』(ワタシ)死ナナイ(永遠)───」

 

 黒い津波が襲いかかる。ザエルアポロの攻撃も、バラガンの死も全てを飲み込む圧倒的な質量で。

 

 

 

 

「モウ此処ニハ来チャ駄目──ネ?」

「心得た、母よ」

「解ったよ、母さん」

 

 ティアマトの言葉に仕方ないというように肩を竦める二人。ティアマトは嬉しそうにニコニコ微笑むと二人を抱きしめ頭を撫でる。

 

「バラガン……何時カ虚圏(ウェコムンド)ヲ統一出来ルト良イワネ。ソノ暁ニハ、『樹』ト育テル為ノ『河』ヲ上ゲル」

「うむ。不用意に共食いなどは起こせぬからな」

「ザエルアポロ。完璧ナ生命ニ成レルヨウ応援シテルワ」

「ああ、貴方のような存在になってみせるさ」

 

 まるで本当に我が子を送り出そうとする母親のよう。そのまま海に飲まれ傷一つない状態で出てきたバラガンの部下達にも激励を行う。

 彼等は彼等のままだ。気配も雰囲気も、性格にも変化はない。ただ、ティアマトを母としている。去っていく彼等をティアマトを手を振り見送った。

 

「ジャア、帰リマショウ?ワタシハ先ニ行ッテイルワ」

 

 そういってティアマトは河の中に潜る。その場にはウルキオラとハリベルだけが残された。

 

「ウルキオラ……その、すまない……助かった」

「気にするな。お前が死んだ後、あの三人が面倒くさいことになりそうだったからだ。拾ったのはお前だ、最後まで面倒はお前が見ろ」

「…………そうか。そうだな……私は、まだ死ねない。死ねなかった」

 

 仮面の奥で微笑むハリベル。歩き出したウルキオラの背を慌てて追い隣に立つ。

 

「なあ、ウルキオラ……一つ聞いて良いか?」

「何だ?」

「彼女───ティアマトは………あれは()()?」

「……………」

 

 その言葉にウルキオラは虚空を見つめる。何かを考えるように……そして、口を開いた。

 

「ティアマトは………()()()()()()()()()




破面大百科

ギン「はい、それじゃあ今回はティアマトちゃんについて説明するで~」

ティアマト「ヨロ、シク………」

ギン「大昔に生まれた始まりの(ホロウ)にして最初の最上級大虚(ヴァストローデ)であるティアマトちゃんは(ホロウ)らしく霊体を喰らい成長する。最初の個体だけあり喰った量は万でもたりんやろうなぁ」

ティアマト「ン……」

ギン「因みにどれぐらい昔かというと霊王が生まれる以前……生と死が混じり合った混沌とした時代からや。いったい幾つ何なやろうなぁ」

ティアマト「ンゥ……覚エテ、ナイ………」

ギン「しゃあないね。まあそんなティアマトちゃんやからまずそこらの最上級大虚(ヴァストローデ)とは文字通り格が違う。んで、目覚めた能力も正確には周囲の霊子体の侵蝕、吸収という滅却者(クインシー)みたいなものや。上位互換やね」

ティアマト「クイン、シー?」

ギン「ティアマトちゃんからすれば雑魚や雑魚。気にせんでええ………そんでティアマトちゃんは虚圏(ウェコムンド)そのものを本能のまま吸収し続けて、その際にウルキオラ君が見つけた石英の森──霊子が生まれる場所を取り込んでいて霊子を生み出す力に目覚めたんや。虚圏(ウェコムンド)は霊子で構成された世界。少しずつ少しずつ海から溢れる霊子が広がってった………結果、あの世界自体がティアマトちゃんの霊子で構成されているわけやね。ハリベルちゃんが気配を感じ取れなかったのは、そもそも空気があるのが当たり前すぎるのと同じ。日常的に感じ取るものやからや」

ティアマト「世界ソノモノ………ウルキオラモ、言ッテタ……」

ギン「そんでティアマトちゃんはその膨大な霊子を好きなように組み合わせることも出来るわけや。例えば今回の『樹のホロウ』や『魚のホロウ』といった具合に。さらには意志を持つ霊子体を侵蝕し作り替えることも出来る。作り替えられた個体はティアマトちゃんの言うことをよく聞く良い子に早変わり。例外は最初にとりあえず海からだしたウルキオラ君ぐらいや」

ティアマト「ウルキオラハ、良イ子ヨ?」

ギン「はいはい子煩悩やな。まあティアマトちゃんからすれば虚圏(ウェコムンド)に住まう奴全員自分の霊子吸って生きてるから乳飲み子に見えるんやろうが」

ティアマト「ギンモ、要モ、ソースケモ、ネ」 

ギン「僕親居ないから感激やわぁ」

ティアマト「ジャア、ギンモ子供ニシテアゲル」

ギン「ちょいまち!その水直ぐに消して!僕ホロウになる気はあらへんよ!」


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死神と虚の祖神

オリジナル卍解や設定が出ます


 子供達が頑張っている。

 一度産み直した子達は何処で何をしていようとティアマトの一部。故にティアマトは彼等の歩む様を感じつつ喜ぶ。

 長い長い時を生きた。一時期生まれた感情も、飲み込まれるほど永い時。今では虚圏(ウェコムンド)中が完全にティアマトの霊子に満ち、ティアマトに取ってそこに住まう全ての命が自身の乳飲み子のように愛しくてたまらない。叶うなら愛するために、愛されるために産み直したいぐらい。

 しかし幸いにもティアマトは未だ捨てられていない。一人の悲しみを、苦しみを知らない。故に原生(ホロウ)を一度滅ぼして産み直すという暴挙には出ない。

 

「AAAAAAAAAAA」

 

 子供達に聞かせるように歌を歌う。最近では歌う時間になるとハリベルが近くに来てくれる。頭を撫でると恥ずかしそうな顔を俯かせるが逃げないところがとても可愛い。

 

「ティ、ティアマト………そろそろ放してくれ。恥ずかしい」

「フフ……ハリベルハ、可愛イノネ」

 

 その反応に喜びハリベルの頭を抱き寄せる。放してくれと頼んでも放さぬし、そもそも力で勝てる相手でもない。仕方なくされるがままになっていると、不意にティアマトの手が止まる。不思議に思い横顔を覗くと瞳が僅かに見開かれていた。

 

「……………」

「ティアマト?」

「───ザエルアポロノ繋ガリ、切レタ」

「!?な、馬鹿な!彼奴がやられるなんて───!」

「最近多イノ。デモ、死ンダ訳ジャ無イワ。全員生キテル………繋ガリガ切レタダケ」

 

 繋がりが切れたと聞き彼等が死んだのかと驚愕するが、そうではないらしい。

 虚圏(ウェコムンド)はティアマト自身だ。今では完全に世界に対して感覚が伸びる。その上で、ザエルアポロの気配は消えていない。それでも繋がりが切れた。

 

「──誰?」

「ティア───」

「───私ノ子供ニ、何ヲ混ゼタ」

「─────ッ!!」

 

 大気が、震える。ティアマトの霊圧に押されて、ではない。ティアマトの霊圧はそもそも虚圏(ウェコムンド)と同一化しているのだ。それを当たり前のように糧としている霊体に感じる術はない。つまりは、世界そのものが震えている。文字通り、怒りに震えているわけだ。

 と、ハリベルの様子を見たティアマトが怒りを霧散させる。「怖カッタ?」と尋ねてくるその様子に怒りを隠した様子はない。

 子に何かを混ぜられるのは、怒りこそすれ許せぬことではないのだろう。生きてはいるのだろうし。それに、複数が同時に霊圧を変化させて死者が出ていないなら同意の可能性が高い。少なくともその何者かに、殺す意志はないと言うことだろう。

 

「………コノ気配、死神?マタ、懐カシイ子達」

 

 そういって笑うティアマト。死神……まだ弱い(ホロウ)だった頃、現世で何度か戦闘した記憶がある。喰うと中々栄養になったし美味かった。今は、少なくとも自分から襲いに行く気はないが死神は(ホロウ)を狩る存在、何時か此処に来るかも───

 

「大丈夫──」

「───え」

「皆私ガ守ッテアゲル」

「──────」

 

 ティアマトは、共食いを是とする。この虚圏(ウェコムンド)の何処で殺し合いが起きようと(ホロウ)の殺し合いを止めはしない。だが、此処だけは例外だ。

 犠牲を良しとしないハリベルや、戦うのが怖いが退化し人間だった頃の個を完全に失いたくない中級大虚(アジューカス)、そんなこの世界に於いて奇特な奴等のために創られた平穏なる森。此処を、此処に住む住人に害なす行為はそのままティアマトの怒りに触れる。そうなれば相手が何者であろうと生きてはおれまい。個では世界そのものを相手に出来るはずがないのだから。

 

 

 

 

「───黒い海の支配者?」

「ええ、例えるなら正にそうとしか………」

 

 虚圏(ウェコムンド)にありながら(ホロウ)に非ず。(ホロウ)を討つ存在、死神たる藍染惣右介は先日配下に加えたザエルアポロの言葉に耳を傾ける。

 ザエルアポロ──ティアマトの海にも現れた最上級大虚(ヴァストローデ)。しかしその姿は大きく異なる。

 桃色の髪に、覗く人の肌。ハリベルやウルキオラも似た特徴を持つがそれ以上に人の顔が露わになり仮面の名残は眼鏡のような部分しか残っていない。その姿も人の形をした触手の塊から完全に人にしか見えない姿へと変化していた。

 彼は破面(アランカル)。仮面を剥ぎ死神の力を手にすることで更なる力を手にした(ホロウ)。とはいえ、それは自然発生したものとは大きく異なる。

 『崩玉』。そう呼ばれる破壊不可能な完全物質が存在する。藍染が生み出した不完全なそれで行った破面(アランカル)化は完成と呼ぶには遠く、しかし失敗と呼ぶには惜しい力を与えた。

 そのザエルアポロから、配下にするに当たって相応しい(ホロウ)の存在を尋ね返ってきた言葉は「黒い海の支配者」であった。

 黒い海……虚圏(ウェコムンド)が観測され、足を踏み入れたその時代から存在した白い砂漠ばかりのこの世界における海。ある死神に『黒泥』と名付けられたそれは何時から存在するのかは解らない。しかも現世の海と異なり蒸発し雲を作り水を運ぶなんて行為もしない。むしろ海から直接水が沸いている印象さえある。

 一説には死と生が安定し始めた頃、(ホロウ)がまだ「名前のない怪物」だった時代以前に殺し合っていた最古の怪物達の血とも呼ばれている。途轍もない霊子密度と海を取り囲む樹海、樹海に住まう(ホロウ)の群のせいで調査されたことはない。

 藍染も精々が川の終わりに残っていた水を採取したぐらいだ。あれは、人造(ホロウ)の研究によく役立った。

 

「あの海に、支配者が居るのかい?」

 

 あれは虚圏(ウェコムンド)に満ちる霊子の源泉そのものだ。それを支配できるということはつまりこの世界を支配しているのと同義。ふと、情報を集めた最上級大虚(ヴァストローデ)の内一体、バラガンという個体について思い出す。バラガンは「虚圏(ウェコムンド)の神」を名乗っていたがそのような力を持っていなかった。彼は、その存在を知った上で自分が神などと名乗っていたのか?

 

「彼も知っていますよ。今もなお、支配されていますから」

「ほう……?」

「貴方に(ホロウ)とは異なる力を混ぜられたことで、支配から脱しましたがね」

「そうか。謀らずして君のためになったことを、嬉しく思うよ」

 

 よく言う、と腹の底で思うザエルアポロ。しかし口には出さない。

 

「支配内容は森と森に住まう者達への手出しを禁じる……これだけです。後は自由………研究も、統治も、殺し合いも止められない。あの森では例外ですが」

「例外?その森では、共食いが起きないのかい?」

「入り口は住み慣れた者達が逃げやすいように出来ていますが、奥に向かうと餌となる木の実があるんですよ。樹木型の(ホロウ)が生い茂り、霊子を含んだ実を成す。あそこの住人はそれを糧に生きています」

 

 そのような(ホロウ)が居るとは、正直言って信じがたい。この殺し合い、食い合いが日常の世界で他者に奉仕する進化を行う個体がいるなど……。

 

「その木々は、全てあの女が生み出したものです」

「────(ホロウ)を、産み落とすのか……その(ホロウ)は」

「ええ──名をティアマト。恐らくは、この虚圏(ウェコムンド)のみならず全ての世界を含め、最強の(ホロウ)。そして、その顔に仮面は───存在しません」

 

 

 

 

「A───」

 

 ピクリとティアマトが目を見開く。星の内海を映す瞳が一方向に向けられる。此処にハリベルが居れば、二度目なのだ。直ぐに何かが近づいてくると察せた筈。しかし今この場にハリベルは居ない。

 トプンと音が鳴る。ティアマトの姿は其処になく、波紋だけが広がっていた。

 

 

 

 

「───さて、これで此方に気付いてくれるといいのだけど」

「水に触れる。それだけで、知覚されるとのことでしたが──」

 

 藍染の言葉に顔を隠す上下二パーツに分かれたマスクを付けた褐色の男、東仙要は『河』を眺める。曰く、『海』から流れるこの『河』全てがティアマトという(ホロウ)の支配下と聞いたが、実際こうして前にしただけでも異様な霊子濃度。俄には信じがたい。

 

「要、彼は確かに私に忠誠を誓った訳ではないだろう。それでも仲間だよ、まずは疑うところからはいるのはよしなさい」

「は……───!」

「ほう?」

 

 東仙が藍染の言葉に頷くと同時に、水面が揺れる。剣を抜こうとした東仙を手で制した藍染は水面から上がってきた影を見る。

 美しい青の髪は現世の海を連想させ、赤い瞳の奥には×印のような光りが浮かんでおり、焦点は定かではないが恐らく藍染に向けられている。仮面は──ない。その頭部から生える角がなければ人間か死神と勘違いしてしまいそうだ。

 ゾッとするほど美しい顔が、笑みを浮かべ首を傾げる。

 

「コンバンハ。貴方達、ダァレ?」

「「──────」」

 

 次の瞬間二人を襲ったのは、言いしれぬ恐怖。彼女が威圧したわけではない。ただ、其処にいながらどうにかすることなど不可能な存在に興味を持たれてしまったような、たとえばこの世界が水槽の中の世界で、それを見つめる目を見つけてしまったかのような不気味な恐怖。

 

「───君が、ティアマトかい?」

「エエ、ソウヨ?」

「……………」

 

 霊圧を感じない。この距離をして、全く。そんなことあり得るのか?確かに霊圧をある程度隠すことは出来るだろう。だが、完全に隠すとなるとそういった道具か、或いは術が必要。そういう能力だろうか?いや、それよりも気になるのは、仮面だ。

 通常の破面(アランカル)と異なり名残すら存在しない。

 

「単刀直入に言おう。私の配下となって、その力を貸して欲しい」

「………何デ?」

「それは、君が軍門に下る理由かい?なら、力を与えるからと言おう。私が力を集める理由なら、霊王を殺すためと答えよう」

「レーオー?」

 

 再び首を傾げるティアマト。隠された文献には嘗て霊王を喰らおうとした(ホロウ)が居たらしいが、全ての(ホロウ)が知るわけではないのか。

 

「生と死を分け尸魂界(ソウルソサイティ)を安定化させ、世界を分割させた王だよ」

「……………アア、アノ時ノ坊ヤ」

「………知っているのかい?」

「知ッテルワ。オ友達ニ四肢ト心臓奪ワレタ、可哀相ナ子供デショウ?私ノ子ジャナクテモ、流石ニアレ以上虐メルノハ可哀相ヨ」

「………………」

 

 霊王を子供扱い。「名前のない怪物」の生き残りと言うことだろう。或いは説が本当で、海からわき出た人格なのしれない。それなら『黒泥』に平然と浸かることが出来るのも納得できる。或いは「名前のない怪物」を全て喰らって莫大な霊力を手に入れ、泥も彼女の力の一部か……。いや、だとしたらあの『海』が虚圏(ウェコムンド)における霊子の源泉である説明が付かない。

 まあ、今は彼女の力の正体より、彼女の勧誘だ。

 

「君は、今の世をどう思う?」

「ドウ?ソウネ……平和ヨネ。昔ニ比ベタラダケド」

「そうだね。平和だ………平和に過ぎる。文明ばかりが発展して、人の進化が停滞するほどに」

「ソレハイケナイ事?」

「歩む道が先にあるのに、その場で足踏みする事が是であって良いはずがない」

 

 藍染の言葉にティアマトは空に浮かぶ月を眺める。思案する時の癖だろうか?

 

「────?」

 

 チリッと、指についていた黒泥の一部が熱を持った気がした。そして、ティアマトが藍染を見据え笑った。或いは、嗤った。

 

「一人ガ寂シイノネ………子供ミタイ」

「─────何?」

「可哀相ナ子……特別強イ力ニ、聡明ナ頭脳ヲ併ワセテ生マレテシマウナンテ。理解者ガ欲シイ、デモ、生マレナイノハ解リキッテル」

 

 哀れむように笑う。憐れむように嗤う。その態度に、東仙がマスクの下で顔を歪める。

 

「貴様!藍染様を侮辱するか!」

「ソウネ───()()()モ本心デハアルヨウダモノ。ゴメンナサイ」

 

 振るわれた斬魄刀を細腕の白い肌であっさり防ぐティアマトに目を見開く東仙。藍染は、霊圧を放ちながらティアマトを見据える。

 

「特別ニ成リタイノネ。理解者ガ出来ナイ事ニ、納得シタイノネ………可哀相。私ガ愛シテ上ゲル」

「「────!!」」

 

 黒い河の水が噴き出す。まるで地面から打ちあがる滝のように。

 報告で黒泥を操るのは知っていたが、まさかこれほどの量を操るとは。文字通り海の支配者か───いや、これではまるで海その物を相手するかのようだ。

 スッとティアマトが藍染達に指を向ける。途端、黒の滝は形を崩し津波となって襲ってくる。

 

「縛道の八十一『断空』」

 

 藍染の言葉に出現した霊子の壁が津波を防ぐ。しかし直ぐにそれすら侵蝕していくのを見て、藍染と東仙は上へ飛ぶ。下を見回せば本来なら白く染まる砂の世界が、黒の海で染め上げられていた。その海の上に立つティアマトの瞳は藍染達を捉えていた。だが、むしろ好都合。藍染は己の斬魄刀を見せつけるように構える。

 

「砕けろ、鏡花水月」

 

 斬魄刀は死神の持つ刀で、解号と共に名を呼ぶことでその力を発動する。藍染の斬魄刀『鏡花水月』の能力は完全催眠。相手の五感全てを支配し沼地を花畑に、蠅を竜に見せることも可能な斬魄刀。

 解放の瞬間を見せることで完全催眠の条件は終了する。以降は藍染が何処で解放しようと完全催眠の術中にはまる。

 足元に霊子を纏い黒泥の上に立つ。長い間触れていたら直ぐにでも侵蝕されそうだ。さっさと、首を刎ねてしまおう。

 

「貴重な戦力になったろうに、残念だよ」

 

 とはいえ、この声も、姿も、もう見えていないだろうが。

 藍染は斬魄刀に霊圧を込める。東仙の剣で傷一つ付かなかったのだ。霊圧硬度は恐ろしく高い。なら、此方も武器に込める霊圧を上げればいい。

 

「残念?ソウネ、残念………」

「────!!」

 

 ティアマトが()()()()()()()()()()。そのあり得ない対応に藍染の目が見開かれ、黒泥が襲いかかってくる。

 

「───ッ!」

 

 ギリギリでかわすが左腕にかかる。左腕が途端に中の血液全てを鉄に変えられたかのような重さを訴えダランと垂れ下がる。

 

「ソノ刀──面白イ力ネ。デモ、残念。私ノ霊圧範囲デ、ソレハ効カナイ」

「………理由を、聞かせてもらっても?」

「私ハ常ニ大量ノ霊子ヲ生ミ出シテイル。ソシテ、体外ニ出テ大気ニ満チテイルソレモ、私ノ一部」

「……………」

「五感ヲ騙シ、霊的知覚能力ヲ騙シテモ、私ノ霊子ガ動クノハ知覚云々以前ノ問題──人ヲ欺クソノ刀ジャ、世界()ヲ欺クナンテ出来ナイ」

 

 黒泥から無数の(ホロウ)が飛び出してくる。大きさは最下級大虚(ギ リ ア ン)。感じる霊圧は中級大虚(アジューカス)級。

 見誤っていた。黒泥を泳げる特殊な(ホロウ)だとか、黒泥を操る能力を持っているとか、そんなレベルじゃない。ティアマトは黒泥そのものだ。つまりはこの世界に満ちる霊子全てがティアマトのもの。彼女の周囲はもちろんこの世界の中で彼女を欺くことは、鏡花水月では出来ない。

 

「───()()

 

 ならば()()()()()使()()()()まで。

 

可解不可解(かかいふかかい)鏡花水月」

「──────」

 

 藍染の足下に岩山が現れる。東仙が直ぐにその岩山に乗る。(ホロウ)達がその岩山ごと藍染達を潰そうと足を振り上げるも突如現れた蛇に絞め殺される。

 五感支配による幻覚───ではない。

 

「────本当ニ、可哀相ナ子………何処マデモ特別ナノネ。神様ミタイ」

「この力を、可哀相と言うか───」

 

 藍染惣右介の卍解「可解不可解鏡花水月」。その能力は、世界をも騙す催眠。幻の影響を現実に引き出す能力だ。

 蛇も、岩山も、幻影であり現実に確かに存在する。故にティアマトの霊子接触にもキチンと反応する。

 

「千刀──」

 

 ティアマトの周りに無数の刀が現れる。一本一本が副隊長の斬魄刀程度の霊圧が込められている。並の最上級大虚(ヴァストローデ)では跡形もなく切り刻まれるだろう。生憎と、ティアマトは並ではないが。 

 

「やはり、効かないか───」

 

 刃はティアマトの皮膚一枚傷つけていない。やはり要の斬撃を防いだのは、その瞬間に霊圧を皮膚に込めたというわけでは無いらしい。と、今度は顔を布で隠した巨人が現れる。

 ティアマトに向かって棍棒を振り下ろそうとする巨人達は蠢く黒泥に捕らえられる。

 

「オ──オオオオオオオオッ!?」

「────ッ!?」

 

 黒泥が触れた箇所から血管のような模様が浮かび上がり皮膚が黒く染まる。胸に穴が空き布の奥の目、耳、口、鼻から溢れた白い液体が顔を覆い仮面となる。

 (ホロウ)化───霊子の侵蝕による支配は、(ホロウ)のみに行えるわけではないのか。

 主である藍染に襲いかかってきた巨人達を雷が襲い焼き滅ぼす。大量の黒泥が迫ってくるが複数の壁を創り空中への移動の時間稼ぎにする。足下で岩山が泥に飲まれる。

 それでもなお迫る泥に炎が絡み付く。ティアマトに風の刃が、雷の槍が降り注ぐ。正に天災。しかし、ティアマトは平然と指を向ける。

 

虚閃(セロ)

 

 青黒い光が全てを消し飛ばす。広範囲に振りまかれた霊圧の奔流。霊子体を消し飛ばそうとするその力に、藍染は目を細める。

 

「────『落陽』」

 

 太陽が現れる。

 炎熱系最強の斬魄刀である流刃若火の卍解には劣るが、迫る熱量の固まり。それがティアマトに向かって落ち───泥の中から現れた巨大な手に握りつぶされた。

 

 

 

 

「私ノ、勝チ──ネ?」

 

 肩で息をする藍染と余裕綽々のティアマト。存在しない物を存在させる藍染の卍解はその神の如き力の代償に大量の霊力を持って行く。ましてや最強の斬魄刀の再現をしようとしたのだ、その疲労はむしろ起きていることを誉めても良いほどだ。

 

「─────」

「?何デ悔シソウナノ?貴方ハ、特別ナノガイヤナンデショウ?私ノ子ニナレバ、私ハ貴方ニ他ノ子達ト変ワラナイ愛ヲアゲルノニ」

「───君、人の心が解らないと良く言われないかい?」

「────?」

 

 腕のしびれが、肩から首、首から頭へと上ってくる。途端に目の前の存在に感じ始める安心感。まだ自分が特別だなんて思わず、母は自分を変わらず愛してくれるなんて、無責任であり得ない夢を抱いた頃の、安心感。

 ゴボリと白い液体が溢れだし、顔を覆おうと蠢く。東仙の声が何処か遠くに聞こえる。この愛に、身を委ねてしまいたくなる。

 だが────

 

「─────」

 

 形作られていく仮面を掴み、挽き剥がす。

 ティアマトの目が見開かれる。

 

「───私ノ愛ヲ、拒絶スルノ?」

「愛、か──なるほど確かに、君にとっては愛なんだろうね。このまま身を委ねてしまいたくなるよ。だが、そしたら私は満足してしまうだろう?」

「ソウネ、ソノ為ノ愛ダモノ───」

「君も言っていたろ?()()()も本心だと……私は今の世界が許せない。確かに、進化の果てに私の理解者が生まれてくれるかもしれないという欲があるのは否定しない。だが、それでもこの停滞した世界が許せない。我慢できない………この怒りの大本を絶つまでは、母親の愛に甘えるなんて出来はしない」

 

 パキパキと音を立て仮面が完全に剥がれる。とはいえ、今の抵抗で霊力を大量に消費した。次はない。

 

「─────ソウ」

 

 ティアマトが片手をあげる。霊圧にまだ余裕がある東仙が斬魄刀を構える。

 

「卍か───!」

「イイワ、協力シテアゲル」

 

 スィ、と腕を横に振れば黒泥が引いていき下の白い砂漠と黒い河が姿を現す。藍染の限界が来たのか、幻であり現実の岩山が消え足場を失った東仙達が地面に落ちる。ティアマトは黒い河の上に戻っていた。

 

「………どういう、心境の変化だい?」

「弱イ者虐メハ、可哀相ダケド貴方モ強イ訳ジャナイモノ。喧嘩ナラ、仕方ナイワ───ソレニ」

 

 ティアマトの目が細まる。瞳の奥に浮かぶ光が藍染を見据える。

 

「全部終ワッタラ、私二甘エテクレルンデショウ?」

「……………」

 

 藍染は思う。何処まで行っても、この(ホロウ)は『母』なのだろう、と。

 子を求め愛する相手を求め、ついには死神さえ己の子(ホロウ)に変える力を有するこの世界に於いて最も強大な力の持ち主。

 左腕は自由になったが彼女の霊子が残っている。いや、虚圏(ウェコムンド)の霊子か……。こうして集中すると、この世界全土が彼女の霊子で満ちていることが解る。この世界に足を踏み入れ霊子を取り込んだ時点で、彼女にとって自分達は既に乳飲み子だったのだろう。




破面大百科

ギン「はい。今日はティアマトちゃんの性格について教えるで~」

ハリベル「一話の時の内面とやってることがだいぶ異なるな」

ギン「本来短編やったから、一話の子は完全に適当やったん。けどハリベルちゃんに合った時点で文才誤魔化すためのお気楽主人公ちゃんは消えとったんやで」

ハリベル「文才誤魔化すための?」

ギン「そういう感想があったんや……んで、この子やけど、この転生者ちゃん実はティアマトちゃんに憑依したんやなくてだいぶ昔、転生した後ティアマトちゃんに喰われた子なんや。ザエルアポロ君がイールフォルト君を分離したやろ?それと似たような感じでティアマトちゃんの中に残っとった残滓や。自分の名前もよう思い出せんな」

ハリベル「ゲームは覚えていたのにか……」

ギン「それはほらあれや、『ティアマトの顔』を見たから頭に浮かんできたってやつや。本人もどういうキャラが覚えてないやない?んでもって目覚めた原因はティアマトちゃんが黒泥を広げた結果意識が広がり薄くなっとったから。それを止めたもんやから、数刻後に再び子を産みたかった本来のティアマトちゃんの人格に飲み込まれた訳やね。今度はすっかり消化されたもしれへんな」

ハリベル「成る程。だからティアマトはあんな子狂いになったのか。いや、この場合戻ったか?」

ギン「せやけどそん時転生者ちゃんの記憶やらが僅かに混じって虚圏(ウェコムンド)の侵蝕が止まったわけや。この子のファインプレーがなかったら虚圏(ウェコムンド)は黒泥に沈んでたろうなぁ」

ハリベル「我々の今があるのもその子のおかげか。感謝しよう」

ギン「せやね。そんじゃ今回の破面大百科は此処まで。みんなまたね~」


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這い寄る影

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)。一般的に言うならば死後の世界には大きく分けて二つの場所がある。

 魂の転生、成仏を管理し世界の均衡を保つバランサーである死神達の住まう瀞霊廷、一般の魂魄達が住まう流魂街だ。

 その流魂街に於いて、魂魄消失事件と呼ばれる変死事件が起きた。服だけ残して人が消えるのだ。本来魂魄が消える際は服も同様に霊子に分解される。つまりは、人の形を保てなくなり魂魄が崩れ元々人の魂魄の付属品である着物だけが残った。そう推測されている。原因は未だ不明。

 原因解明に向けて九番隊が動いていた。

 

 

 

「不明ってなに~~~?ね────拳西~~~~!」

 

 九番隊副隊長久南(くな)(ましろ)が同じく九番隊の、隊長六車拳西の説明にぶーたれる。

 拳西は原因不明だから調査してるんだろと突っ込めばなら先遣隊の報告を待てば良いのに、出たがり!と白が文句を言う。青筋を浮かべた拳西を他の隊員達が何時もの事だと押さえる。此処までが何時もの流れだ。

 

「そもそも俺が何時てめぇについてこいなんて言ったよ!?てめぇなんてついてこなくて良いんだよ。さっさと帰ってクソして寝ろ!」

「ぶー。白は副隊長だから隊長についてかなきゃ駄目なんです~。知らないの?馬鹿じゃないの拳西?ば~~か!」

「…………!」

「隊長!落ち着いて!」

「何時もの事ですって隊長!」

 

 ビキビキと血管を浮き上がらせる拳西。白の我が儘は止まらない。

 

「もーやだー!お腹すいたー!おはぎ食べたい、周りにきな粉がついてるやつー!!」

「どうします?隊長……」

「ほっとけ……」

 

 もう相手するのも疲れた、と言わんばかりの拳西。と、その時悲鳴が聞こえた。振り返ると巨大な(ホロウ)が、一人を左手で引き一人を右手に抱え一人を背負う、計三人の少年を抱えた死覇装を着た女性を追いかけていた。

 

(ホロウ)か!」

「デカい!」

 

 拳西は直ぐに斬魄刀の柄に手を伸ばし、抜刀する。

 

「行くぞ」

「「「はっ!」」」

 

 拳西の言葉に飛び出す隊員達。(ホロウ)の姿は一言で例えるなら異様に太い足を持つ六本足の首長竜。その足を隊員達が斬りつけると痛みから絶叫し、女性死神に手を引かれていた少年がひっ、と足をもつれさせ転んでしまう。

 

「吹っ飛ばせ『断地風(たちかぜ)』」

 

 解号と共にコンバットナイフのような形に変わる斬魄刀『断地風』。拳西が断地風を振るうと糸状の風が(ホロウ)の首に切れ込みを入れ、そこから爆発して首が落ちた。

 

「全員無事か!」

「「「はい!」」」

 

 拳西の言葉に直ぐに返事をする一同。先程の戦闘といい統率がしっかりと取れている。

 全員の無事を確認した拳西は泣いている子供をみる。

 

「オラ!何泣いてんだ坊主。生きてんだ!嬉しいだろ!笑え!」

「無理です隊長」

 

 ニィ、と子供が見たら間違いなく泣き出す笑みを浮かべる拳西に部下が突っ込む。と、拳西の尻を誰かが蹴った。

 

「てめぇこら白!何しやがる!」

 

 こんな事をするのは白ぐらいだ。文句を言ってやろうと振り返れば先程子供達を連れていた女性死神だった。

 

「コノ子達ヲ虐メナイデ」

「ああ?虐めてねーよ。笑えって言ってるだけだろうが、こういう風によ!」

「ソンナ怖イ顔シタラ子供ガ泣ク。シューへーハ泣キ虫ナンダカラ」

 

 独特な声色で文句を言う女性死神。シューへーというらしき少年に目を向けるとビクリと震えられて。

 

「お前しゅうへいってのか?」

「は、はい……ひ、檜左木……修兵です」

「強そうな名前じゃねぇか。泣くな!」

「────!」

 

 その言葉に修兵は涙を止める。拳西は女性死神に向き直る。

 

「甘やかすばかりが子育てじゃねーんだよ。男は厳しくして強くしなきゃなんねぇ───てか、お前誰だ?何番隊だ」

 

 先遣隊ではない。あの中に女性死神は居なかった。ならば彼女はなぜ此処にいるのか?と尋ねた瞬間だった。

 

「あー!シズり~ん!」

 

 戦闘中何時の間にかどっかに行っていた白が戻ってきて女性死神に抱きついた。

 

「えー!?何で何で!何で此処にいるのやったー!」

「………知り合いか?」

 

 抱きついた勢いそのまま押し倒し足をパタパタ振る白。親しげな様子に尋ねるが全く話を聞いちゃいない。

 

「知らないんですか?隊長……」

「衛島、知ってんのか?」

「彼女は四番隊第十七席虚月(うろづき)(しずく)。瀞霊廷一の子供好きで、副隊長の親友です」

「子供好き?」

「休日は基本的に流魂街の子供達と過ごしてるんですよ」

 

 それで修兵達と一緒にいたのか。四番隊と言えば治療が主な部隊。戦闘行為を行える者は少ない。席官らしいが下級席官。なら、(ホロウ)相手に戦えないのも仕方がないか?

 

「ジャーン」

「わーい!おはぎだ!きな粉は?」

「勿論、ツイテルワ」

「やったー!シズりん、大好き!」

「エエ、私モ白ノ事、好キヨ」

 

 ぎゅーっと抱き付く白と慈愛に満ちた顔で頭を撫でる雫。拳西は思う……あ、これ親友じゃねーわ。どっちかつーと大人と子供だ。成る程子供好きなら見た目だけ大人で中身はガキな白と仲良くやれるわけだ。

 

「ん?おい白、その手に持ってんのなんだ?」

「え?拳西知らないの?死覇装だよ?」

「知ってるわ。なんでんなもん持ってっか聞いてんだよ」

「えっとね、いっぱい脱いであった。10着ぐらい」

「────!」

 

 白の言葉に直ぐに落ちていたという死覇装を集めさせる拳西。死覇装の数は、白の報告通り全部で10着。

 

「隊長、これは──」

「ねーねー、10着だとなんかあるの?ねー?」

「馬鹿やろう……先遣隊の数と同じじゃねーか!」

「え!?でもこれ其処に脱いであったんだよ?」

「………?」

 

 話についていけない雫がコテンと首を傾げると、衛島が魂魄消失事件の調査のために動いた九番隊がこの付近に10人小隊の先遣隊を送ったことを教える。ならばこの死覇装は彼等の物なのだとみるのが妥当だろう。しかし死神が仕事の途中死覇装を脱ぐのか?と疑問に思う白。

 

「帯締めたままどうやって死覇装を脱ぐんだ!?草履はいたままどうやって足袋脱ぐんだよ!?」

「うう~~?」

 

 その言葉に考え出す白。構造的に考えて不可能だろう。しかし真面目に考える。馬鹿だから。

 拳西が魂魄消失の初の死神の被害者が出たことを中央に報告し、未知の病原体の可能性を考え調査のために十二番隊から研究員の派遣を要請するように部下達に連絡する。

 

「笠城!待機中の本体に天幕を持ってこさせろ。今夜は此処で野営を張る」

「──!」

「これが死神を狙う敵の仕業なら、いずれ狙いは瀞霊廷に及ぶ。瀞霊廷に近づく前に、此処で潰す」

「「「はい!」」」

「いけ!」

「「「はっ!」」」

 

 と、すぐさま行動に移す一同。

 

「隊長、私は──」

 

 残った部下が尋ねてくる。拳西はこの辺を調べるからついてこいと命令し、子供達と雫を見る。

 

「お前は子供達を送り届けてこい。それと、仮にも四番隊席官だ、治療は出来るな?有事に備えて此処に戻ってこい」

「解ッタワ──行キマショウ、皆──」

 

 そう言って子供達の手を引く雫。修兵は拳西の胸に刻まれた69の入れ墨をジッと見つめていた。

 

 

 

 

「ねーねー、シズりん、一緒に寝よー!」

「ガキかてめぇは」

「ぶー、拳西には聞いてないもん」

 

 天幕の中、雫に抱き付き豊満な胸に顔を埋める白。拳西が呆れたようにため息を吐くとべー、と舌を出した。

 

「あんたも甘やかすなつったろ」

「白、女ノ子ヨ?」

 

 緑の髪を優しく撫でる雫。その姿はやはり親友同士より親子にしか見えない。

 

「マジでガキじゃねぇか。鏡見てこい、完全に母親に甘える子供だぞ」

「母親?ソウ見エル……?」

 

 その言葉に嬉しそうにする雫。白はんー、と考え込むように雫を見る。

 

「確かにシズりんみたいなお母さん欲しいかも」

「本当?私モ、白ミタイナ娘ガ欲シカッタ」

「そんな馬鹿が?子育て疲れでぶっ倒れるぞ」

「ソンナ事ナイ。白、素直デ良イ子ダモノ」

「そうだそうだー!私はひねくれた拳西とは違うんだー!」

「……………」

 

 一発殴ってやろうかこのガキ、と青筋を浮かべる拳西だったが雫が白に自分をあげるために他人を下げるなと注意した。母親にほしいと言っただけあり素直に聞き入れ恥ずかしそうな顔をする白は小さな声で謝ってきた。と、その時──

 

「ぐぁ!?」

「がっ!」

「────!?」

 

 外から悲鳴が聞こえてきた。

 

「衛島達の声だ!」

「どうした!」

 

 慌てて天幕からでると三人の見張りのうち二人が倒れており、東堂だけが立っていた。一瞬東堂が裏切ったのかと思えば東堂も血を流し倒れる。

 

「東堂!」

「くそ!構えろ笠城!敵はまだ近くにいる!」

 

 悲鳴が聞こえて僅か数秒。瞬歩の使い手なら距離もとれるだろうがこんなに堂々仕掛けてきて撤退するとは思えない。

 

「白!その女を守って───」

「ヴっ!?」

 

 回復要員を守るよう白に命じようとした瞬間、返ってきたのはくぐもった短い悲鳴。振り向けば白の胸が貫かれていた。

 貫いたのは、雫。ズルリと白の胸に沈んでいた腕を抜く。

 

「し……シズ、りん……?」

「白!てめぇ!」

「─────」

 

 倒れる白を見て目を見開いた拳西が斬りかかる。雫はあっさりかわし距離を取る。四番隊の───いや、どの隊だとしても十七席の動きではない。

 

「どういうつもりだ!?白は、てめぇのダチだったんじゃねーのかよ!娘にしたいぐらい、大好きだったんじゃねぇのか!」

「………?ソウヨ、ソウ言ッタデショウ?」

 

 それがどうかしたの?とでも言うように首を傾げる雫。

 

「貴様!」

 

 笠城が斬魄刀を上段に構え切りかかるが、片手で殴り飛ばされる。やはり十七席の動きではない。力を偽っていたか。

 

「ダカラ私ノ血ヲ分ケタノ」

「───何?」

 

 不意に霊圧を感じる。死神の物ではない、(ホロウ)の。近付いてきたわけではない。突然現れた。

 

「───あ、ああ──」

「白!?」

「ああああああああああああああッ!!」

 

 絶叫と共に血が口から溢れ、目から涙のように白い液体が溢れる。口からも───それは粘性を持って蠢き顔を覆い隠すように仮面を象る。

 

「なんだ、あれ──(ホロウ)の仮面」

「良カッタ。上手ク出来タ───ヤッパリ、ヤル気ハ大切ネ───」

「てめぇ、何しやがった!」

「ダカラ、私ノ血ヲ分ケタノ───霊子、ノ方ガ解リヤスイ?デモ、失敗バカリダッタノ」

「失敗だと?」

「エエ、ソースケノ方モ同ジダッタ。二種類ノ霊子ガ上手ク均衡ヲ保テズ、崩壊スルノ──私ト相反スル死神ノ力ナラ、境界ヲ取リ除ケレバ均衡ヲ保ツハズト言ワレタンダケド、量ノ調整ガ上手ク出来ナクテ十回ホド」

「─────」

 

 死神と相反する力───(ホロウ)の力か?いや、それよりもこいつ今、死神で10回試したと言っていた。つまり──

 

「卍解──」

 

 今回の一連の魂魄消失事件、犯人は此奴───!

 

「『鉄拳断地風(てっけんたちかぜ)』!!」

「─────!」

 

 まるで風神の羽衣のような防具が両腕を包み、懐剣状の斬魄刀を両手に構える。

 断地風の能力は糸状にした風で切った場所を爆発させる能力。卍解である鉄拳断地風は、その炸裂能力を拳に込める力。それだけなら遠距離からわざわざ近距離になったようだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という特性も得る。

 ドドドドドン!と大気を震わせる炸裂音。並の(ホロウ)ならこれで消滅するし、隊長格だって無傷では済まない。だが──

 

「残念──ネ─」

 

 片手で受け止められている。雫は傷一つない。

 

「コツハ掴ンダ。モウ、失敗シナイ」

「─────」

 

 ズブリと雫の手が拳西の胸に突き刺さる。

 

「───くそ」

 

 

 

 

 

 研究員要請で現場に向かっていた十二番隊副隊長猿柿ひよ里は襲ってくる影から逃げる。影が殴りつけた地面が砕けた。とんでもない威力。

 肩で息をする獲物を追い詰めるべく迫る影。舌打ちするひよ里だったが、その攻撃は弾かれた。

 

「………真子……!」

「アホか、何で刀抜かへんねん」

 

 金髪のロングおかっぱ、死覇装の上に白い隊長羽織を着込んだ男。護廷十三隊の五番隊隊長、平子真子だ。

 

「………アホか、抜ける訳ないやろ」

 

 何故刀を構えないかと言う真子の言葉に苦しそうな声を返すひよ里。何の偶然か雲が動き月が姿を現す。月光に照らされた影は、その細部を露わにする。

 

「……拳西……!?」

 

 それは、拳西だった。胸に穴があき顔はホッケーマスクのような仮面で覆われ背中や肩からは突起物が生え手や足を妙な鎧のような物が覆っているが、見知った相手。

 彼の霊圧が消えたという報告が来たから、この場に来た。彼が生きているのなら喜ぶべきだがその姿に困惑する。

 

「真子!」

「大丈夫かひよ里!」

 

 九番隊隊長六車拳西、及び副隊長久南白。隊長格二人の霊圧が消えたことから派遣された複数の隊長格のメンバーが追い付いてきた。

 拳西と同じく隊長であり交流もある三番隊隊長鳳橋楼十郎、通称ローズと、七番隊隊長愛川羅武も目を見開く。

 副隊長ではあるが隊長と行動するため彼を知っていた矢胴丸リサも異様な光景に固まる。

 

「どういう事だありゃ……」

「本当に拳西なのかい?仮面も、霊圧も、胸の穴も──まるで(ホロウ)じゃないか──!」

 

 何が起きているのかさっぱり解らない。だが、真子は感じたことをそのまま口にする。斬魄刀を抜かなければ、死ぬ、と──。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 獣のような咆哮を上げる拳西。慌てて距離を取る一同。そのうち一人、羅武の後ろに移動した拳西が殴りかかってくる。

 彼の斬魄刀、鉄拳断地風の爆発する拳。しかしその威力は桁違い。だが羅武とて隊長格。とっさに拳を斬魄刀でそらし直接爆破されるのは避けた。

 

「はっ……はっ……ふぅ~、効くじゃねぇの、流石拳西だぜ」

「……………」

 

 冷や汗を流しながらも軽口を叩く羅武。その軽口に反応を示さない拳西。だが、ひよ里が叫ぶ。

 

「あかん!わかってんのか!?相手、拳西やぞ!こんなん……ぐっ、げほ!げほ!」

 

 彼女とて拳西に追われ無傷ではなかったというのに拳西を心配する。真子は拳西だからこそ止めるべきだと言い切る。

 それに、彼等とて殺す気はない。原因は十二番隊本隊に調べさせればいい。隊長の浦原喜助なら、戻す方法をきっと見つけてくれるだろう。動けないようにして連れて帰る。まずは手足の腱を斬る──

 空中に立つ拳西へと向かって跳ぶリサとローズ。と、ローズの後ろに影が差す。先に気付いたのはリサ──

 

「後ろや!ローズ!」

 

 叫びも遅く蹴り落とされるローズ。蹴り落としたのは死覇装にバッタのような仮面を付けた女。足が白い鎧のようなもので覆われ、腕には副官証。

 

「白か!?」

 

 髪の色と言い、白にしか見えなかった。しかし普段無駄に元気な彼女と異なり何も言わずに襲いかかってくる。

 

「───ッ!?」

 

 何とか防いだが、重い。締めがひび割れる。このままでは、押し負ける!と、その時──

 

「『五柱鉄貫』」

 

 五本の鉄の柱が降り注ぎ白を押しつぶす。

 

「皆サン……走るの速いデス」

「………ハッチ」

 

 現れたのは太った男性。鬼道衆副鬼道長、有昭田鉢玄だ。鉢玄はさらに戦闘中の拳西に『鎖条鎖縛』をかける。六十番台の中級縛道。副鬼道長の物となれば簡単に抜け出せるものではない。

 

「真子サン!これはいったいなにがどうなっているのデスか!?拳西サン達はどうして───」

 

 その言葉は、バキンという何かが砕けたような音を聞き止まる。振り返れば拳西が鎖条鎖縛を引きちぎろうとしていた。

 

「そんな、腕力だけで六十番台の縛道をやぶるなんて───」

「ヒイ、フウ、ミイ、ヨ───イツ、ムウ、コレデ全員?」

「「「─────!?」」」

 

 その言葉に振り向くと何時の間にか女性死神が立っていた。彼女は援軍を指差しながら数え首を傾げ尋ねてくる。

 

「雫ちゃん──?」

 

 真子が彼女の名を呼ぶ。四番隊十七席、虚月雫だ。彼女が何故此処に───

 

(──なんや、拳西達が───)

 

 先程まで(ホロウ)の様に暴れていた拳西達がその動きをぴたりと止める。彼女が現れたから?なら、彼女は何者──

 

「───!!」

 

 斬魄刀を抜く。真子達を見据えながら。

 四番隊だ。回復系の斬魄刀の可能性もあるがとてもその様な雰囲気に見えない。

 

「大海ヲ騙レ──」

「ッ!止めろ!」

 

 解号。斬魄刀の力を解放しようとした雫を止めようと叫ぶ真子と、真っ先に動くリサ。他の面子も直ぐに動く。しかし、遅い──

 

「『虚海独雫(ファム・ファタール)』」

 

 

 

 

 

「────かっ………あ……!」

「ぐっ……うぅ……」

「な、なんや……これ──」

 

 何が起きた?一瞬、そう一瞬黒い何かが襲ってきた。避けようとしたらその黒い何かから出て来た手のような物に掴まれ、飲まれた。視界を取り戻すと斬魄刀を鞘に納める雫。何をしようとしたのかは知らないがもう終わったという事だろうか?

 

「───ぐ、ぶ……えぇ!」

 

 ゴポリと口から白い液体が溢れる。それは意志を持つかのように顔に貼り付き形を変える。真子だけではない、此処にいる全員に同じ症状が起きていた。

 

「雫……何やねんこれは!お前、何をした!」

「何ッテ───子作リ?」

「間違っていないのだろうが、言葉を選べティアマト」

 

 真子の質問に斜め上の回答をする雫に、彼女の名とは異なる名を呼び諫める影が現れる。

 顔を隠したマスクの上部を取ると褐色の肌と色のない瞳が露わになる。

 

「東仙──!」

 

 九番隊隊員の一人、東仙要だ。九番隊、つまり拳西の部下──

 

「何でや……お前、拳西を──自分とこの隊長裏切ったんか──」

「裏切ってなど居ませんよ」

「────」

 

 その声は東仙のものではない。しかし真子が良く知る声。振り返り、やってきた人物に目を向ける。

 

「彼は忠実だ。ただ忠実に、僕の命令に従ったに過ぎない……」

 

 やってきたのは柔和な笑みを浮かべた青年に、銀髪に糸目の少年。どちらも死神で、どちらも真子の部下。

 

「どうか彼を、責めないでやってくれますか。平子隊長───」

「…………藍……染……!」

 

 

 

「ソースケ、私ニ嘘ツイタ───白、連レテ帰ッテ良イッテ言ッタ」

 

 あの後浦原喜助がやってきて、藍染達は撤退した。雫──もといティアマトは不服そうだ。この瀞霊廷に潜入して数年。仲良くなった久南白という死神は純真で素直で、本当に子供にしたいと思っていたのに。

 

「大丈夫さティアマト。浦原喜助なら彼女を生かす。彼女自身喜ぶ形でね」

「喜ブ形ッテ、意識ガアルコト?ソレナラ私ダッテソウヨ?」

「そう、どちらにしろ同じだ。君のそばにいないかいるかの違い。距離が開いたところで君の子への愛が変わるわけでもない。構わないだろう?」

「…………………マア、ソースケ手伝ウッテ言ッタノ私ダモノ。我ガ儘一ツ二ツ聞クワ」

「感謝するよ」

 

 とはいえやはり逃した子が惜しいのかこの中で最年少かつ子供ともいえる市丸ギンの頭を撫でるティアマト。何ともいえない顔で頭を撫でられるギンは不意に目を薄く開く。

 

「なぁなぁお姉さん。お姉さんあの人達(ホロウ)化しとったやろ?あれ、何でできたん。崩玉は藍染副隊長が持つ一つだけやないの?」

「ソウヨ。私ノハ、崩玉トハ違ウ方法───私トイウ(ホロウ)ノ血ト霊子ヲ流シコンダノ」

「───(ホロウ)?お姉さんが破面(アランカル)やったん?」

「失敗だがね」

 

 ギンの言葉に藍染は今回集めたデータを見ながら言う。失敗?隊長格を圧倒する力を見せながら?疑問に思うギンに藍染はティアマトを見つめ、言う。

 

「私は彼女を、()()()()しまった。今の彼女は、帰刃(レスレクシオン)の名が示すよう大海の僅か一滴(ひとしずく)に過ぎない」

 

 本来の彼女には遠く及ばない。そういった藍染の言葉に、ギンは信じられない物を見るような目でティアマトを見る。

 

「別ニ、気ニシテナイワ。アノ時、モウズット忘レテイタ砂ヲ踏ム感覚トカ楽シカッタモノ」

「君にとって失敗でなくても、君が弱くなることは私にとって失敗だ」

「ドウセ()()ガ壊レタラ戻ル────多分」

 

 ティアマトは己の体を指しながらそういう。ギンは、結局何を言っているのか解らなかった。




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刃集め

 《大帝》バラガン・ルイゼンバーン。古くから虚圏(ウェコムンド)に存在する(ホロウ)で、恐らく例外中の例外を除き最古の(ホロウ)は玉座に座り、跪く(ホロウ)達を眺める。

 飲み物を注ごうとした女官にいらん、と手を振り制して退屈そうにため息を吐く。

 

「……退屈じゃな。攻めいるべき敵を持たぬ軍ほど意味のないものはない。そうは思わんか、お前達」

 

 バラガンはこの虚圏(ウェコムンド)最大の勢力の長だ。殆どの(ホロウ)が共食いするこの世界において珍しいほどに。それは彼の実力を如実に示している。

 

「問うた所で、是以外の言葉が返ってくるわけでもなしか」

 

 故に彼が尋ねたことを否定するものは此処にはいない。

 が、その日は何時もと違った。門番である巨大虚(ヒュージホロウ)に匹敵するサイズの中級大虚(アジューカス)が切り裂かれる。

 

「何だ!?」

「ガガメルがやられた!?」

「…………ほう?」

 

 漸く訪れた変化。バラガンは興味深そうに、そして何の問題にもならないと事の成り行きを見ていると三人の男性が現れる

 一人は銀髪に糸目の狐や蛇を思わせる青年、一人は何本もの三つ編みを首の後ろあたりで束ねた褐色の青年。そして、彼らのリーダーであろう眼鏡をかけた柔和な笑みを浮かべる青年。何者だ!と襲いかかった部下が褐色の青年に切り捨てられた。

 

「お初にお目にかかる。君が、虚圏(ウェコムンド)の王だね………」

 

 

 

 

「何だてめぇは………」

 

 白い砂漠の一部を赤く染める肉片が転がる中、佇むは獣の王。青い長髪を持った二足歩行の獣のような最上級大虚(ヴァストローデ)は突如現れた影をギロリと睨み付ける。黒い着物、死神の死覇装を着込んだ美しい女。キョロキョロと周囲を見回して虫の息の中級大虚(アジューカス)達を見る。

 

「成リタテネ………デモ、希少ナ最上級大虚(ヴァストローデ)……ソースケモ喜ブ」

「てめぇは何者か聞いてんだよ」

「私ハティアマト……ソースケノ仲間ニナル子ヲ探シニ来タノ」

「失せろ」

「………アラ?」

 

 ふん、と鼻を鳴らし立ち去ろうとする最上級大虚(ヴァストローデ)。ティアマトと名乗った女は去っていく背中を見てどうしよう、と呟く。こういう時は、やはり彼が言っていた言葉を言えばいいのだろうか?

 

「更ナル高ミ?ヲ目指シテミナイ?ソースケニ従ウナラ、更ナル力ヲ───」

 

 爪が振るわれる。砂漠に四本の爪痕が刻まれる。

 

「従えだぁ?なめた口利いてんじゃねーぞ女!俺が王だ、従うのはお前等だ!」

「────王様ニ成リタイノ?」

「───!?」

 

 服が切り裂かれた女。しかし爪痕から覗く肌には傷一つついていない。

 

「デモ、貴方ハマダ弱イワ。バラガンヤキングゥ、イシュタルニエレシュキガルニウルキオラ──私ガ産ンダリ産ミ直シタ子達ハ勿論、ハリベルニモ劣ル」

「───ッ!」

「ソースケガ在リ方ヲ変エタザエルアポロニモネ───王ヲ名乗ルナラセメテバラガンヤ■■■■程度ニハ強ク成ラナクチャ───ア、今アノ子名前ナインダッタ」

 

 弱い、そう言われ黙ってはいられない。再び攻撃するも、やはり効かない。ティアマトは困ったような顔をする。

 

「強ク成リタインデショウ?」

 

──『共に行こう、グリムジョー』

──『貴様が我等の王となるのだ』

 

 最上級大虚(ヴァストローデ)、グリムジョー・ジャガージャックは牙を剥き出しに唸りながら己について来た部下達を見据える。

 

──『悟ったのだ』

──『我等は中級大虚(アジューカス)、お前はその先に進む者だと』

 

 仲間達は付いて来れなかった。王の臣下となる力が足りなかった。

 

──『我等を喰え、グリムジョー』

 

「………こいつ等を治せ」

「ンー、弱クナッチャウワヨ?」

「構うか」

「友達想イナノネ」

「馬鹿を言うな。こいつ等は俺についてこれねぇ雑魚。俺に喰われるだけの餌だ──だが───」

「───?」

「力だけ手にして従う者もいねぇ俺を、誰が王と認める──俺に相応しい臣下が集まるまで、俺を王と讃える。此奴等の価値はそれだけだ」

「──ソウ」

 

 ティアマトは笑みを浮かべグリムジョーの頭に手を置き横に動かす。頭を撫でる、人間や死神なら子供扱いに当たるそれだがグリムジョーには人間だった頃の知識こそあれど記憶はない。だが、どこか懐かしいそれに───舌打ちしてティアマトを蹴りつけた。

 勿論少しも揺るぎはしなかったが。

 

 

 

 其処からさらに年月が立つ。藍染の虚圏(ウェコムンド)に於ける拠点である虚夜宮(ラス・ノーチェス)が形になってきた。最初に戦闘に参加させられる、席官クラスと言えるようになった戦闘力を真っ先に手に入れたのはグリムジョーの一団だった。

 彼等には11から始めとする数字を与えられた。グリムジョーだけはその後も成長を続けている。浦原喜助の造った崩玉を藍染の崩玉と合わせた暁には新たなる進化も行われるだろう。

 

 

 

「ふっ!」

「はぁぁ!」

 

 広大な虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中庭。そこで激しく動く複数の影。

 複数の影が狙うは、たった一人の女。チャクラムにワイヤーを通したような形状の武器が襲いかかる。あっさり弾かれ、反対から迫るネイティブ・アメリカン・ファッションの男が刀を振るうが女性の持っていた刀で防がれる。

 

1(ウーノ)

「───ッ」

 

 しかし両手は開いた。チャクラムを弾いた手が戻る前にアフロの男性が無防備な腹をバグ・ナグを装着した手で殴りつける。

 

2(ドス)──」

 

 直ぐ様二撃目。いや、それでは足らない。連続で何度も攻撃を放つ。

 

100(シエントス)

 

 文字通り百発百中の拳。全てを浴びた女性は、アフロの青年の顔をつかむと武器の形状から距離を取っていた女性に向かって投げつける。

 

(まわ)れ──『暴風男爵』(ヒ ラ ル ダ)!」

 

 と、女性の真横──ネイティブ・アメリカン・ファッションの男から暴風と煙が放たれる。煙を突き破り襲ってきた鳥の嘴を持った竜巻、それを足で踏みつけ潰す。

 

『龍拳』(ドラグラ)!!」

「掻っ斬れ──『車輪鉄燕』(ゴロンドリーナ)!」

 

 と半月形の巨大な刃が向かってくる。女性は指を軽く上に向ける。足下から現れた黒い泥が周囲に展開し光線も刃も等しくふれた瞬間浸蝕し霊子の構成から崩す。

 

「これならどうかね!」

 

 と、泥の壁を吹き飛ばそうと暴風が吹き荒れ嘴が襲いかかる。それも複数。

 

「残念、足リナイ──数任セ、一ツ一ツガ弱イトソレ意味ナイ」

「前回も同じ事を言われたよ。────『暴嵐大槍』(パッハロ・カルピンテーロ)!」

「────」

 

 球体状に圧縮された霊圧と複数の嘴が一つとなり鋭く変化する。さらには嘴の周囲にまで風が取り巻き泥の壁を貫き嘴が女性に突き刺さ───ろうとして片手で受け止められた。

 

「ぬぅ!」

「食らえ!」

主よ(ディオス)我等を(ルエゴ・ノス)───許したまえ(ペルドーネ)!!」

『虚光の暴発』(セロ・エクスプロシオン)

 

 ()()()()()()()()()()。全ての技をかき消し、三人まとめて吹き飛ばした。

 

 

 

 

「やれやれ、まだ母さん(マードレ)には敵わんか」

「今日も母さんに帰刃(レスレクシオン)させることすら出来なかったぜ。あの時の霊圧、結構好きなんだが」

「まーそれはあれよ、相手が母さんだからって思えば納得できるわよ」

 

 (エスパーダ)の一人、破面・№3(アランカル・トレス)ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオが肩をすくめると破面・No.7(アランカル・セプティマ)ガンテンバイン・モスケーダがため息を吐き、破面・No.5(アランカル・クイント)チルッチ・サンダーウィッチが菓子を食いながら諦めたように言う。

 一応、彼らは幹部クラスなのだが数字持ち(ヌ メ ロ ス)ではないティアマト一人に勝てない。いや、そもそもティアマトの地位は彼等より上なのだが。

 今回は新しく生まれた破面(アランカル)の中で特に力を持っていた個体を選別し幹部にしたから実力を見るように言われ、何組かに分けて相手してやったのだ。ちなみにバラガンは破面(アランカル)になったことで死神の霊圧が混じり洗脳が解けたがその直後ティアマトに襲いかかり泥に飲まれた。

 

「ところでコレ美味しいわ」

尸魂界(ソウル・ソサエティ)ヤ現世ニハ、虚圏(コッチ)ニナイ食材ガ沢山アルノ。ソレヲ、更ニ美味シクスル技術モ───真似シテミタンダケド、気ニ入ッテクレタミタイデ何ヨリヨ」

「ちょ、やめて母さん恥ずかしい!」

 

 菓子の味を誉めたことで頭を撫でられるチルッチ。ドルトーニは手元のクッキーを口に放り込む。

 

「うむ!母さん(マードレ)の料理は最高だね」

「アリガトウ」

 

 幼さの中に確かに母性を感じさせる笑みを浮かべる美女が見た目は完全に年上の満足そうな中年男性の頭を撫でるという何とも珍妙な光景を、チルッチは頭の感触を名残惜しみながら見ていた。

 

「けど母さんが居る時しか食えねぇのは残念だな」

「平気。ルドボーンガ食材(ホロウ)ノ養殖、栽培カラ調理マデ覚エタカラ」

「……過労死しないか」

「大丈夫でしょ、数だけは多いじゃない彼奴等」

「ピカロ達ノオ世話モ任セラレルシ……色々助カッテルワ」

「あー、ピカロ達ねぇ……ジャックがお姉ちゃんやってるおかげで纏まるようになったけど私どうも子供苦手なのよね」

 

 ピカロという名を聞いてキャッキャッケラケラ騒ぐ彼らを思いだし顔を歪めるチルッチ。どうやら子供はあまり好きではないらしい。

 

「可愛イノニ」

「母さんからすりゃバラガン様でも可愛い範囲だろうしな」

「ウルキオラモ、ピカロ達ミタイニ笑エバ良イノニ。キット可愛イワ」

 

 ウルキオラといえば、ティアマトと古くから共にいるティアマトによって産み直された個体だったか。不完全な破面(アランカル)で仮面の下の顔は覗くが笑った姿は誰も見たことがない。常に彫像のように無表情だ。彼を知る者からすれば彼が笑ったら、可愛いと思うよりまず不気味に思うだろう。

 

 

「アラ、ハリベル……」

 

 三人から離れ他の面子にも菓子を配ろうと部屋から出ようとしたティアマト。そこに褐色肌の顔が露わになったハリベルがやってきた。

 

「久し振りだな。尸魂界(ソウル・ソサエティ)での生活はどうだ」

「楽シイワ。最近、剣八ガ代ワッタンダケド、素直デ、自分ニ正直デ可愛イ子ナノ」

「…………」

 

 ティアマトの言葉に純真無垢そうな少年を想像するハリベル。

 

「半殺シニシテアゲルトトテモ喜ブノ」

「────?」

「ヤチルモ、キチントオ礼言ウ良ク出来タ子デネ」

「そ、そうか……」

 

 半殺しにされて喜ぶ?お礼を言う?護廷十三番隊は魔境か何かだろうか?

 

「デモ、隊長ガ嫉妬スルノ───可愛イワヨネ」

「逆にお前が可愛くないと思う相手がいるのか疑問だな」

「………年上?」

「いないだろ、お前に年上など………」

 

 と、ハリベルは去っていく三人の背中を不意に見つめる。

 

「お前を母と呼ぶ(ホロウ)、意外と多いのだな」

「一時期アノ森ニ来テ、力ヲ求メテ出テ行ッタ子達ハ今デモ私ヲ慕ッテクレテルワ。ハリベルハ、私ヲ母ト呼ンデハクレナイノ?」

「む、あ………それは──」

 

 少し寂しそうに言うティアマト。ハリベル自身ティアマトは好いている。彼女が『母』というあり方に並々ならぬ思いを寄せているのも気付いている。呼ぶことに、特に不満があるわけではないのだが───

 

「か、母……さん?」

「────モウ一回」

 

 ハリベルが照れながら言うとティアマトがズイ、と顔を近付けてくる。気のせいか何時もより目がキラキラしている。

 

「や、その………か、母さん」

「モウ一回」

「……え」

「後一回……一回ダケデ良イカラ」

「───う」

 

 頬を染め目を逸らすハリベル。何だろう、思ったよりだいぶ恥ずかしい。しかしティアマトの期待の視線が眩しい。

 

「その辺にしときなさいな、母さん」

「ハリベルも困っているのだわ」

 

 と、其処へ現れるのは双子のようにそっくりな破面(アランカル)の女性二人。片方は黒髪で片方は金髪。左右それぞれの目元に仮面の名残が在る。

 

「イシュタル、エレシュキガル───」

 

 彼女達はイシュタルとエレシュキガル。『海』を広げるのをやめた当時のティアマトが頭に残った記憶を基に海から生み出したティアマトの子だ。ウルキオラのように産み直したのとは異なり文字通り魂魄の意思すら溶けて消えた霊子の海から生まれた(ホロウ)として存在を始めた存在。

 

「ピカロ達がソワソワしてたわよ。さっさと行ってあげなさい」

「帰ってくるの楽しみにしてたんだから」

「アア、ソウネ───アリガトウ」

 

 そう言って去ろうとするティアマトに少しだけ不機嫌そうな二人。首を傾げたハリベルは、ああと気付く。

 

「ティアマト、久し振りに会ったんだ。二人の頭も撫でてやったらどうだ?」

「ちょ!?ハリベル!」

「べ、べべべ別に頭を撫でてほしいなど思ってないのだわ!」

「フフ。二人トモ、偶ニシカ帰ッテコレナクテ、ゴメンネ」

 

 そう言って二人の頭を撫でるティアマト。恥ずかしがる彼女達だが振り払わないあたりイヤではないのだろう。

 

 

 

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中を複数の小さな影が走る。少年、少女、動物から丸い頭、水槽のような中に顔が浮いた者など様々だ。

 

「待て待て~」

「やだー!」「捕まらないよー!」「こっちこっち!」

「きゃははは」「鬼さんこっちら~!」

「よーし──」

 

 そんな小さな影を追い掛ける白髪の少女。ぐっ、と足に力を込め、床を砕くほどの踏み込みで急加速する。

 

「わわ!」「あ、捕まっちゃった!」

「逃げろ逃げろ!」

 

 一人が捕まったので逃げ足を加速させる少年少女。しかし白髪の少女の方が、速い。

 

「遊べ!」「あーそべ!」  「あ、遊べ!」

 

 「……遊べ」  「Asobe!!」「あっそっべ!」

 

「あそべ?」  「アソベ!」

 

「────!」

 

 彼等が一斉に叫ぶと目を見開く白髪の少女。

 

「「「「『戯擬軍翅』(ランゴスタ・ミグラトリア)!!!」」」」

 

 虫を思わせる様々な翅を広げる子供達。空を飛ぶ彼等にズルイ!と叫んだ少女は自身の斬魄刀、ナイフサイズのそれを抜き構える。

 

「潜め『霧中悪童』(ネブリーナ)

 

 瞬間、周囲を霧が覆う。その霧に触れた壁が少しずつ崩れる。少年少女達の肌も僅かに崩れていく。

 

「二人目──」

「───!?」

 

 空高く逃げようとした一人が蹴り落される。グシャリと頭が潰れ脳漿が飛び散った。

 続いて離れていた場所の獣が壁に殴りつけられ、別の場所で翅を切り落とされる者も居た。

 気配は、掴めない。そう言うのが得意な個体がキョロキョロ周囲を見渡すが仲間の気配しか感じ取ることが出来ない。その少年の背後から振り下ろされる足───しかし───

 

「「「「「あ、お母さん」」」」」

 

 霧に一歩踏み込む女性。霧が晴れ、白髪の少女が姿を現し翅をはやした少年少女達も翅を消し女性に向かってかける。床に激突して頭が潰れていた個体もムクリと起き上がり血だらけの頭のまま飛びついていく。総勢100人以上の子供達。それを、黒い泥が飲み込んだ。

 

 

 

 

「はー、お母さんの中、温かかったなぁ」

 

 と、ティアマトの膝の上で頭を撫でられ満足そうにホワホワ微笑む少女。名をジャック・ザ・リッパー。破面・No.2(アランカル・セグンダ)ピカロの従属官(フラシオン)で、正体不明の殺人鬼ジャック・ザ・リッパーの正体であった(ホロウ)

 本来なら未練などなく輪廻に還るか、生まれてすらいないので成仏も何もなく霊子となって消える筈の水子達の霊。当時は余りに多すぎて、互いに足りぬ霊子を補い合うように集まり(ホロウ)と化しその後中級大虚(アジューカス)まで進化した個体。ウルキオラ同様ティアマトの海に飛び込んできた個体だ。

 記憶の縁を刺激するその海を気に入り何度出されようと何度も飛び込む。高濃度の霊子に浸かり続けた彼女は同胞を食らわぬまま最上級大虚(ヴァストローデ)となり、破面(アランカル)となった。仮面の名残は髪飾りのように付いている。穴の位置は子宮。

 群にして個のピカロ達をお姉ちゃんぶって纏める。そうすると大好きなお母さんに誉めてもらえるから。

 

「ねーねー、次は何時帰ってくるの?」

「サア、ソースケノ都合ニヨルカラ」

「そっかー…あ、じゃあ今日は一緒に寝よ!」

「エエ、良イワヨ」

 

 

 

 

 

 

 

「げぶらぁ!」

 

 悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく少年。ピクピク痙攣する少年を前に雫はやりすぎたかな?と首を傾げる。

 

「どう考えてもやりすぎですよ虚月()()()!花太郎君、大丈夫?」

 

 四番隊第三席、虎徹勇音が山田花太郎という覚えやすいんだか逆に覚えにくいんだか解らない少年に駆け寄る。

 

「さ、三途の川が見えました」

「しっかり!此処があの世よ!」

「花子、斬魄刀使エバ私ヤ勇音ヨリ回復早インダカラ直グ駆ケツケラレルヨウニ鍛エナキャ」

「でも斬拳まで鍛える必要あります?後、彼は花太郎君です」

「アルワ。太郎、コノ前十一番隊ニ虐メラレソウニナッタデショ?彼処ハ傷ヲ勲章ナンテ言ッテ治ソウトシナイ子モ居ルカラ、力デダマラセナキャ」

「四番隊でそれ出来るの隊長か副隊長ぐらいですよ~。それと僕は花太郎です」

 

 四番隊は戦闘もできない腰抜け集団、などと言われ他の隊からなめられている。特に戦闘集団の十一番隊から。しかし隊長である卯ノ花烈は笑顔のまま十一番隊隊士を威圧し雫は十一番隊隊長と鍛錬と称して何度も切り結んでいる。その度に死にかけた剣八を連れて戻ってくる。

 何で四番隊に居るんだろうこの人。

 

「ていうか虚月副隊長って、何時もどうして更木隊長を中途半端にしか治さないんですか?」

「ダッテ私ガ彼ニ関ワリ過ギルト、烈ガ拗ネルモノ」

「?けど、隊長はともかく副隊長はどうして四番隊に?」

「救エル命ガアルナラ、救イタイデショ?ソノ時自分ニハ何モ出来ナイナンテ、成リタクナイカラ」

「……………」

 

 確か彼女は流魂街出身だったはず。前世は子を授かれるほどの年齢で、事実授かったと聞いている。それでも、見た目はとても若い。なら、死んだのも子が産まれて直ぐかあるいは───

 

「勇音───」

 

 ポス、と頭に手を置かれた。

 

「私ハ今、幸セヨ──?」

「……はい、すいません」

「勇音ハ、良イ子」

 

 ギュ、と抱き締められる。頭を撫でられる。恥ずかしい……恥ずかしいのだけど、心地いい。

 四番隊副隊長の決定時、自分か彼女かで話し合いが行われていたらしいが、彼女が自分の上司で良かったと、心から思える。

 

「虚月副隊長!急患です!」

 

 と、その時勢いよく飛び込んでくる人影があった。

 

「十三番隊志波都、及び数名の隊士が(ホロウ)との戦闘により負傷!緊急搬送されました!」

「「「────!」」」

 

 三人は直ぐ様立ち上がる。

 

「勇音、付イテキテ。花三郎、斬魄刀ヲ取ッテキタラ直グニ治療室ニ───」

「は、はい!」

「わかりましたぁ!あと、花太郎です」

 

 

 

 結局、助けられなかった。皆ひどい重傷であった。此処に運ばれる前に事切れた者もいる。特に志波都など胸から下が喰われてなくなっていた。しかし、運ばれてきた死体の中に妙な傷が幾つもあった。まるで斬魄刀に斬られたような。

 そして次の日、十三番隊副隊長志波海燕が死亡した。

 

 

 

 

 

「────っ……!?がぼ、ごほ!……此処、は……俺は、助かったのか?」

 

 目を覚ました海燕は上体を持ち上げ周囲を見渡す。薄暗い見覚えのない部屋。四番隊隊舎ではなさそうだ。自分はどうやら黒い泥で満たされた容器の中に入れられていたらしい。何だろう、十二番隊の怪しい実験につき合わされたのだろうか?

 

「───!」

 

 胸に、穴があいている。(ホロウ)のように──。やはり融合したままなのか?妻を喰った、憎き仇と……。

 その辺は技術開発局でも不可能だったのだろうか?まあ命が助かったのだから文句は言わないが──。

 

「誰か来てくんねぇかな、裸じゃねぇか俺───」

「ア、起キタ?メタスタシア」

「───ん?」

 

 誰か来たかと振り返る。其処には死覇装を着た女性死神。十二番隊は基本的に白衣を着る。十二番隊ではないのか?と疑問に思いながら顔を見る。

 

「───母さん?」

 

 意図せずそんな言葉が口からこぼれた。何を言っているんだ自分は?彼女の顔は知っている。しかし母親ではない。

 

「わりぃ、寝ぼけてたみたいだ。虚月、ここは?俺ぁ助かったのか?」

「─────アレ?海燕?」

「?おう、皆大好き海燕副隊長様だぜ!てか、俺朽木にかっこつけてくたばったと思ったのに、ネタにされんなこりゃ───」

「───ドウシヨウ」

「ん?」

「海燕ナラ、アーロニーロニ食ベサセタク無イシ───ヤッパリ死体ノママニシテオケバ良カッタ」

「………食べさせる?お前、何を──」

 

 警戒しながら四番隊副隊長、虚月雫を睨む海燕。雫は手に持っていた斬魄刀を投げ渡してくる。

 

「コウシマショウ?勝ッタ方ガ負ケタ方ニ何デモ命ジラレル。此処ガ何処デ、私ノ目的ガナンナノカ、勝テタラ教エテアゲル」

「そうかい、だが一ついいか?」

「…………?」

「服を着させてくれ」




破面大百科~ゴールデン~

グリムジョー「てめぇがハリベルか」

ハリベル「そうだ。ティアマトが拾ってきた奴だったか?」

グリムジョー「殺す!」

ハリベル「何故!?」

ちょっと前

ティアマト「ハリベルニモ劣ル」



ハリベル「──と言うことがあったんだ」

ネリエル「ノイトラみたいな子ね」

二人に友情が芽生えた




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旅禍襲撃

 十番隊隊長志波一心が行方不明になり、十数年後同じ町で朽木ルキアも消息を絶った。

 どちらも原因は藍染だ。それを知っているのは極一部。その内一人、虚月雫は池に足をパシャパシャつけながら空を見上げる。

 足を止めると魚がよってくる。くすぐったい。

 

「此処に居ったん。相変わらず水辺が好きやね」

「────ギン」

 

 後ろからかけられた声に身体を仰け反らせながら振り返り逆さまの視界に映る銀髪の青年、市丸ギンを見る。

 

「あかんよ、市丸隊長やろ?」

「───────」

「冗談冗談。僕と君の仲やないの、ギンでええよ」

 

 その言葉に姿勢を戻し池の水面を眺める。水面に浮かぶ花びらにとまった虫がカエルに喰われた。

 

「聞いた?朽木隊長の妹さん、極刑やて………あんな若い子が死ぬなんて、つらいなぁ」

「嘘ツキ──」

 

 クスリと笑う雫に肩をすくめるギン。

 

「嘘やあらへんよ。そりゃ、やったことは重罪やけど死刑になるほどやないやろ?」

「誰カノ思惑ガ絡ンデイルンジャナイ?」

「へー、そないな悪い奴が居るんか。怖い怖い──止めへんの?」

「?止メル理由、ナイワ」

「────」

「強ケレバ逃ゲルカ、殺ソウトシテクル全員倒セバイイ。弱イナラ、強者ニ利用サレルダケ」

 

 バシャリと水面が跳ねカエルが魚に喰われる。魚は悠々と光の届かぬ岩影に向かって潜っていった。

 

 

 

「…………市丸に、虚月?」

 

 その光景を見ていた十番隊隊長、日番谷冬獅郎は虚月雫という人物について考え込む。

 彼女はまず子供好きだ。十一番隊の草鹿やちるは女性死神協会の会議の茶菓子として個人的に菓子を与えて仲が良いし、ここ最近は総隊長からの命令で行っていないが、十年ほど前まで隊長である剣八とはよく斬り合いをしていたからか偶に食事もとるらしい。後、子供好きだからか十三番隊隊長浮竹十四郎と揃って自分に飴だの何だの渡してくる。浮竹と自分もまあ交友がある方だ。それから、十二番隊ともか……聞けば彼処の副隊長である涅ネムが赤ん坊時、涅マユリに世話を押しつけられたらしく、今でもネムを可愛がろうとしている姿が見受けられるらしい。そういえば九番隊副隊長檜佐木修兵が幼少期流魂街で遊んでもらっていたとも聞いた。

 と、まあ様々な隊に友人知人が多い彼女だが、市丸ギンと仲が良いとは聞いたことがない。

 

「……………」

 

 引っかかる何かを感じながらも、見つかれば頭撫でられるわ菓子渡されるわで面倒なことになりそうだとその場を後にすることにした。

 

 

 

 無断で尸魂界(ソウル・ソサエティ)に入ろうとする反応を捉え、その直ぐ後に瀞霊廷を覆うように天から壁が落ちてきた。

 侵入者───旅禍が現れたということだ。その翌日緊急隊首会が行われた。

 

 

 

「緊急隊首会ねぇ……参加するの初めてよ」

「乱菊、普通ノ隊首会モサボリソウダモノネ」

 

 十番隊副隊長松本乱菊の言葉に手作りのクッキーをやちるとネムに渡しながら言う雫。乱菊は隊首会はさぼらないわよ、と普段事務仕事をサボっていることを悪びれる様子もなく言う。

 

「やっぱり例の旅禍についてでしょうか………」

「市丸隊長が対処したって聞いたけど、まさか生きてたとか?」

 

 五番隊副隊長雛森桃の言葉に三番隊副隊長吉良イズルが呟く。

 

「まあ、もしもの時は俺らで対処すりゃいいさ」

「………シューへーモ、立派ニナッテ」

「ちょ!シズね──虚月副隊長!頭を撫でないでください!自分はもう子供じゃないっす!」

 

 嘗て泣き虫だった童が放った言葉にほっこりした様子で頭を撫でようとする雫。初恋のお姉さんである雫に現在の想い人である乱菊の前で頭を撫でられそうになり色んな意味であたふたする修兵。そんな修兵に救いの手が差し伸べられた。

 

『緊急警報!緊急警報!瀞霊廷内に侵入者あり!各隊、守護配置に付いてください!』

 

 ガンガンガンガン!と鉄を叩く音が響く。やちるが貰ったクッキーを全て口に詰め込むと走り出す。おそらく剣八の所に向かったのだろう。

 

「ではお義母様、私もこれで」

「エエ、眠七号モ気ヲツケテ」

「はい……」

 

 ネムもマユリが旅禍を捕らえようとするだろうからその手伝いをしに行くのだろう。やちるに続いて出ていく。クッキーは全部持っていっている。後で食べてくれるのだろう。

 四番隊である雫は隊舎に戻り緊急搬送に備えた。

 

 

 

 

 結局明け方になっても旅禍と遭遇したという報告も怪我人も出なかったが。

 

「皆、徹夜サセテゴメンネ。後ハ私ガ様子ヲ見ルカラ、一度睡眠ヲ──」

「そんな、副隊長こそ休んでください!」

「そうですよ!私達はまだまだ平気ですって!」

 

 そう慌てる部下たちを見て困ったような笑みを浮かべる雫。と、その時窓の外で空が光る。

 

「「「───!?」」」

 

 慌てて窓を開け外を確認する一同。雫は窓に人が集まりすぎているのを見ると外に飛び出し空をみる。勇音も慌てて続く。

 

「──な、何ですあれ!」

 

 空に何かが浮かんでいた。いや、空ではない。瀞霊廷を覆う殺生石(せっせいせき)と呼ばれる特殊な鉱石を加工して作った壁の切断面から出ている霊子を分解する波動、遮魂膜にぶつかったのだろう。光っているのも空ではなくそれだ。

 遮魂膜にぶつかり消えないということは、それだけ高密度の霊子体と言うこと。

 

「虚月副隊長、いったい何が───」

「───ホワイト?」

 

 不意に雫が呟く聞き覚えのない単語。キョトンとした顔も綺麗だ──ではなく、何やら呆けている雫。

 

「あ、あの──虚月副隊長?ほわいとって、何ですか?」

「………私トソースケノ子ド───昔、藍染隊長ト遭遇シタコトガアル(ホロウ)

「………へ?」

 

 今、明らかに私とそーすけの子供と言い掛けなかったか?

 そーすけ………彼女と親しいそーすけ………藍染惣右助?え、子供!?

 混乱する勇音。雫が子を授かっていたなど聞いたことがない。いや、まて──そもそもどうして言い直した?関係を隠そうとした?いや、ひょっとして───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とか?その子供を見たことがないのは、もう───

 

「─────!」

 

 不意に響く爆音。心なしか寂しげに見える雫の横顔から視線をはずし空をみると落下物が四つに分かれていた。

 あの中のどれかに、雫の子供の敵かもしれないホワイトという(ホロウ)がいるのだろうか?

 

「………あ、あの……虚月副隊長……」

「?ドウシタノ?」

「いえ………」

 

 暫くすると一気に怪我人が運ばれてきた。その中には護廷十三番隊きっての戦闘部隊三席、斑目一角や五席綾瀬川弓親の姿もあった。

 つまり少なく見積もっても相手は三席クラス、あるいは副隊長クラスはあるという事だ。

 旅禍に対する警戒度が上がる。

 

 

 

 

 山田花太郎は怪我人が出たという報告を聞き現場に向かおうとしたがほどけた草履を直している間に仲間とハグレてしまった。まずい、こんな失態副隊長に知られたら!と青くなってガタガタ震える。

 ちょうどよく死神の集団が見えたので仲間達を見ていないか聞こうと駆け寄る。その際剥がれかけの石の板に躓きバランスを崩し一人の背を思い切り叩いてしまった。

 

「何しやがんだこのガキャァ!」

「わああ!ご、ごめんなさい!」

 

 青筋を浮かべ殴りかかってくる死神。この粗暴さ、よりにもよって十一番隊にぶつかってしまったらしい。ああ、殴られる。殴られたら────副隊長の地獄の鍛錬が再び行われる。絶対に───

 

「─────!」

 

 振るわれた拳を半身を下げることでかわしのばされた腕に己の腕を絡める。そのままバランスを崩させ無防備な腹を蹴りつけた。

 

「がっ!?」

 

 あの剣八と斬り合うような副隊長に鍛えられたのだ。その成果は実を結び殴りかかってきた男は気絶した。

 十一番隊の視線が集まる。

 

「何しやがんだごらぁ!」「四番隊のチビが!」

「ぶっ殺してやらぁ!」「ちょーしのんな!」

「ひいぃぃ!?」

 

 シュン、と音を立て花太郎の姿が消える。気が付けば十一番隊が囲んでいたオレンジ頭の死神とガッシリした体型の頭に手拭いを巻いた男の横に立っており2人が目を見開く。全く見えなかった。何だ、此奴、情けない容姿なのに、強いのか!?

 

「んだぁ、こらぁ!そいつ等の味方する気か!」

「ぶっ殺してやる!」

「お、おいお前何とか出来ねーのか!?」

 

 と、手拭いを頭に巻いた男が叫ぶ。

 

「む、無理ですよ!僕避けることぐらいしか出来ません!さっきのだって1対1の時しか───!」

 

 花太郎が思わず叫ぶと壁が爆ぜ十一番隊が吹っ飛んだ。

 

「な、何だ何だ!?」

「よく解らねぇが、敵が半分に減ってチャンスってことだ!」

 

 

 

 

 瀞霊廷に侵入した旅禍の一人、茶渡泰虎は破壊した壁の破片を踏み越え煙の中から姿を現す。中学からの友人にして、ここ最近死神の力を手に入れた友人の霊圧を感じたと思ったのだが、姿は見えない。すれ違ったのだろうか?

 

「おい!てめぇコラ!」

 

 と、声をかけられる。振り返るとガラの悪い男達が此方を睨んでいた。

 

「やりやがったなこの野郎!」

「てめーさっきの奴の仲間か?あぁ!?」

「…………多分そうだ」

「ふざけやがって!十一番隊なめんなよ!」

「こっから生きて帰れると思うなよ!」

「五分でぶっ殺してやる!」

 

 殺気立つ彼等に対し、茶渡は冷静だ。冷静に、相手の実力を計る。

 

「悪いが、その期待には応えてやれない」

「あぁん!?」

「どういう───」

「二分で終わる」

 

 と、異形の右腕から霊圧が放たれる。この中にはそれを下回る者しか、いない。

 

 

 

 二分もかからず戦闘を終えた茶渡。直ぐに移動しようとする。その際死神達の姿勢を楽にするのも忘れない。

 

「手慣レテルノネ」

「ああ、昔から喧嘩を売られてばかりでな───!?」

 

 不意にかけられた声。敵意を感じずついつい返してしまったそれに振り返るとそこには女性死神が倒れた男達を屈んで見つめていた。誰だ、この女、何時から此処に?

 

「あんたは──?」

「主ニ治療ガ専門ノ四番隊副隊長、虚月雫」

「治療……」

 

 茶渡が呟く中雫は倒れている死神達を回復させていく。敵意は、ないということなのだろうか?

 

「うっ……てめぇは、四番隊──くそ、さわんじゃね───」

 

 ゴシャ、と音がして男の頭が壁に叩きつけられ赤い花を咲かす。頭は砕けてこそいないが気のせいか少し歪んだような……。大人しくなった男に再び治療を開始する。なかなか苛烈な人物だ。

 

「一つ聞きたい、朽木ルキアの居場所を、知らないか?」

「?」

「俺達は、彼女を助けに来たんだ。彼女さえ助けられたなら、君たちにこれ以じ───」

「アッチ──」

 

 と、白い塔を指さす雫。やけにあっさり教えてくれた。

 

「貴方、混ジッテルミタイ───ダカラ、特別」

「混じっている?よく、わからない……だが、ありがとう」

「良イノヨ、ダッテ───」

 

 素直にお礼を言う茶渡を微笑ましそうに見つめながら、雫は去っていく背中を見つめる。

 

「貴方ガ何カシタトコロデ、何モ変ワラナイモノ」

 

 

 

 

 

 

「「瞬歩?」」

「はい。一護さんが今後死神を相手取るなら、確実に必要な技です」

 

 十一番隊に追われつい一緒に付いて来てしまった四番隊()()山田花太郎は旅禍の黒崎一護、志波岩鷲に対してそう言う。彼等の目的が朽木ルキアの奪還と聞いて協力することにしたのだ。

 

「こ、こんな感じです」

「───!!」

 

 一瞬で離れた場所に移動した花太郎を見て目を見開く二人。花太郎が言うには斬拳走鬼という死神の基礎の一つ、走を練習して覚えるのだとか。

 

「それで、それはどうやったら覚えられるんだ?」

「僕の場合は斬魄刀片手に追いかけてくる副隊長から逃げて覚えました───」

 

 ガタガタと震え出す花太郎。四番隊って治療専門部隊とか言ってなかったか?と首を傾げる一護達であった。

 取り敢えず花太郎の教え方では時間がないので、死神は速い動きが出来るとだけ覚えておくことにした。

 

 

 

 

 旅禍が侵入して、副隊長がやられた。

 やられたのは阿散井恋次。同期の雛森桃は顔を青くして四番隊到着を待つ。

 

「アラ、深イ傷──」

「ひゃん!?」

 

 気が付くと背後に雫が立っていた。しゃがみ込み傷に触れ、首を傾げる。

 

「ど、どうしたんですか?」

「───ホワイトカト思ッタケド、ソレダケジャナイ?」

 

 傷口に触れ首を傾げる雫。ホワイト?と首を傾げるも無視された。しかし傷はあっという間に治っていく。

 

「ソレジャア、私ハ彼ヲ牢ニ運ンデ置クワ───何カ伝エテ欲シイコトアル?」

「あ、えっと───藍染隊長にも相談して、直ぐに牢からだしてもらうから、って」

「エエ、伝エテオクワ──」

 

 よいしょ、と恋次を抱える雫。次の瞬間には消えた。見事な瞬歩だ。噂では血だらけの更木を引きずっている姿を目撃されているらしいが……。

 

「相変わらず四番隊とは思えねぇ動きだな」

「ふわぁ!!?」

 

 後ろから声が聞こえた。慌てて振り向くと十番隊隊長日番谷冬獅郎が半眼で雫がいた空間を睨んでいた。

 

「ひ、日番谷君!」

「オイオイ俺はもう隊長だぜ?良いのかよそんな呼び方で」

「うるさい!もう!どうして隊長さん達は皆足音立てずに近づくのよ!だいたいどうして日番谷君が───」

 

 と、そこで違和感に気付く。冬獅郎は十番隊、阿散井は六番隊で関わりはない。なのに副官である乱菊も連れずに此処にいるのだろう。

 

「…………忠告に来たんだよ」

 

 そう言って再び外に目を向ける冬獅郎。

 

「三番隊と………念の為虚月には気をつけろ」

「え……?三番隊……?吉良君のこと……?それに、虚月副隊長も……?なんで?」

「俺が言ってんのは市丸の方だが、吉良もどうだかな……それと、虚月は警戒しても手を出すな。彼奴が少し前まで更木と斬り合ってたって噂、本当だから」

「え?」

「流石に堂々と広められることじゃねーからな。だが、事実だ。お前じゃ勝てねぇ……だから、あんま近づくな」

「三番隊にも──?」

「ああ、それと………藍染を一人にするな」

 

 

 

 

 翌日。定例集会に遅刻しそうな桃。斬魄刀の所持が許可された緊急事態、同期の阿散井恋次が負傷、さらには幼馴染みの冬獅郎からの忠告。不安になり藍染の下に向かって、寝ないと言ったのだが寝てしまい寝坊したのだ。

 

「藍染隊長早く起きたなら起こしてくれても良いのに。定例集会間に合うかな───!」

 

 と、普段の通路に通行止めが立てかけられていた。しかし遅刻しそう──近道しちゃえと飛び越える。

 

 

 

「ハイ、アーン───」

「あーん♪」

 

 定例集会。始まる前にやちるにおはぎをあげる雫。最後のおはぎを食べたやちるが珍しく飴を渡してきた。と、その時だった───

 

「いやああああああああああああ!!」

「「「───!?」」」

 

 絹を裂くような女の悲鳴が聞こえてくる。

 

「何だ!?」

「東大障壁の方じゃあ!」

「雛森君の……声だ……!」

 

 副隊長達、特に吉良が慌てて駆け出す。現場に着くとへたり込む雛森が居り、震える身体で一点を見つめる。そちらに目を向けると、全員が固まる。

 

「藍染、隊長───!」

 

 そこには五番隊隊長藍染惣右助がいた。胸を一突きした斬魄刀に壁に縫いつけられて。

 

「いやあぁぉぁ!嫌です、藍染隊長!藍染隊長!藍染隊長ぉぉぉ!」

「─────」

 

 懸命に呼び掛ける雛森の横をすり抜け藍染に駆け寄る雫。斬魄刀を刀から抜き降りると傷口に手を当てる。

 

「う、虚月副隊長──藍染隊長は?」

「───生キテナイ」

 

 その言葉に目を見開く雛森。と、そこへ市丸がやってきた。何時もの様に軽薄そうな笑みを浮かべた彼は床に伏した藍染を見てもなおも笑みを崩さない。そんな様子に、雛森は昨日の冬獅郎からの忠告を思い出す。

 

──三番隊と………念の為虚月には気をつけろ

 

 無意識に斬魄刀の柄に手をかける雛森。

 

──それと………藍染を一人にするな

 

「お前か!」

 

 叫び、切りかかる雛森。それを止めるのは市丸の副官吉良だ。そのまま斬り合いになりどちらも斬魄刀を解放し、血を吹き出し倒れた。

 

「喧嘩ハ、駄目───コンナ時ニ副隊長ガ潰シアウナンテ相手ノ思ウツボ」

 

 キン、と斬魄刀を鞘に納める雫。

 

「四肢ノ腱ヲ斬ッタカラ、動ケナイワ。二人トモ──後デ治スカラ今ハ落チ着イテ。興奮スルト出血デ死ンジャウ」

「────ッ!」

 

──念の為虚月には気をつけろ

 

「──まえ──もか……」

「?」

「お前もか!」

 

 そう言って解放した斬魄刀、飛梅から火の玉を飛ばす。それをかわした虚月は頭を踏みつけ気絶させようとして、冬獅郎の足が割り込んできた。

 

「やりすぎだ………!」

「…………ジャア、私ヲ閉ジコメル?私ハ斬魄刀解放シテナイケド」

「……………」

「せやなぁ、この場合牢に閉じこめるんはいきなり僕に切りかかってきた雛森副隊長と、僕守るためとはいえ副隊長に解放した斬魄刀向けたイズルくらいやろ。イズルは、自分で自分が許せなさそうやしねぇ」

 

 ギロリと睨みつけてくる冬獅郎の霊圧をあっさり受け流す雫。ギンがケラケラと語る言葉に舌打ちした冬獅郎は斬魄刀に立てかけていた手を戻す。

 

「吉良、雛森両名を拘束しろ。それと、四番隊は別の奴を呼べ」

「ジャア、私ハウチノ子達ニ伝エテクルワ」

 

 そう言って去ろうとする雫。

 

「市丸、虚月……」

「?」

「……」

「今回だけだ……次雛森に血を流させたら、俺がお前等を殺すぜ」

「そら怖い。雫ちゃん気をつけなあかんよ……」

「エエ……」

 

 

 

 更木は瀞霊廷内を駆け回る。自身の隊の三席である斑目一角を倒した旅禍、黒崎一護を探す。斑目は自分の部下。実力は良く知っている。相手も少しは強いのだろう。是非とも斬り合ってみたい。最近、雫も相手してくれないし久々に楽しめるかもしれない。

 

「───ぐ」

「また行き止まりだね~。剣ちゃん方向音痴~!」

「お前がこっちだつったんだろうが!」

「アラ、剣八──」

 

 と、その時聞き慣れた声が聞こえる。

 

「───虚月」

「シズりん!さっきぶり!」

 

 雫だ。雫は不思議そうな顔で剣八を見る。

 

「何デコンナトコロニ?」

「丁度良い……見つからなくていらいらしてんだ。ちっと俺と遊んでけ!」

「イイワヨ」

「………あ?」

「貴方ガ万全ダッタラ、ホワイト死ンジャウカラ……少シダケ、遊ンデアゲル」



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旅禍進軍

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 ガン!とまるで巨大な鉄の塊がぶつかったような衝撃音が響き周囲の建物が震える。

 霊圧同士がぶつかり、周囲の霊子で構成された建物が崩れる。柱のように吹き出した黄金の霊圧と青黒い霊圧が雲を突き抜け散らす。

 

「ははははははは!!」

「楽シソウネ……何ヨリ───ヨ!」

 

 2メートルを超す大男の振り下ろす剣を弾くのは160センチ程の小柄な女性。更木剣八と虚月雫だ。

 どちらも桁違いの霊圧を振りまきながら刀をぶつけ合う。

 

「はっはぁ!」

「────!」

 

 大きな体を捻り、引き絞り、放たれる突き。矢の如く放たれた突きをかわそうと身体を仰け反らせるが頬にひきつった痛みが走る。

 ボロボロの刃が皮膚を斬る──いや、引きちぎると言った方が近いだろう。あんな刀身で綺麗に斬れるはずがないのだから。

 だが、雫は笑う。まるで子供と遊ぶ母親のように。

 嬉しいのだ。護廷十三番隊で、此処までまっすぐな者は少ないから。皆それぞれ夢があって、望みがあって、しかし霊術院という場所で常識を、規律を、義務を学ばされる、社会的な見方をすれば大人になる。己の願いより義務を優先する。

 だが涅マユリや草鹿やちるに、酔った時の乱菊、そして目の前の剣八のように規範も、規律も、義務も無視して己のやりたいことをやろうとする存在がいてくれる。素直な()()()、なんとも愛らしい。

 この世の誰よりも永い時を生きている彼女にとって全てが子供。大人ぶる姿も微笑ましいがやはり無邪気に遊んでいる方が好ましい。

 

「ソレジャア、モウ少シ重クイクワ」

「─────!!」

 

 ガァン!と振るわれた斬魄刀同士がぶつかり、剣八の巨体が吹き飛ばされる。

 霊子体である死神の戦いは霊圧の戦い。如何に華奢で儚げな女性であろうと霊圧さえ高ければとんでもない怪力を生む。そして雫の霊圧は解き放てば島一つ消し飛ばす水爆のような馬鹿げた霊圧だ。剣八の巨体をはじき飛ばせるほどの膂力を生む。

 

「ぬぅ──らぁ!」

 

 だが、剣八も負けてはいない。今ははずしているが無限に霊力を食らう生きた眼帯を付けたまま、それでも斬魄刀に霊圧を込める方法を知らないながら隊長クラスの霊圧を持っていたとしても斬れない霊圧を垂れ流すような規格外だ。ひび割れた塔をそのまま踏み砕くような踏み込みで跳ねる。

 勢いと全体重が乗った一撃。雫の身体が押される。草履がザリザリと削れながらも少しずつ勢いが弱まっていき───

 

「ははは!」

 

 剣八が足に力を込めたことで再び加速する。瓦礫を、壁を背中に何度も打ちつけながら斬魄刀を押し返そうとする雫だが、体格差と滑って踏ん張れない状況では厳しい。対する剣八は石の床を踏み砕いてしっかりと斬魄刀に力を加えていく。だが、唐突に止まる。

 雫の草履と足袋が擦れてなくなり白い足が姿を現したのだ。足に力を込めれば指が床を割りしっかりと支える。同じ条件なら、雫の方が剣八より上。

 

「────フフッ!」

 

 剣八の剣が弾かれ体が大きく仰け反らされる。そのまま蹴りを放ち、吹き飛ばす。

 と、脹ら脛辺りから血が吹き出た。斬られたらしい。

 

「モウ、オ終イ?」

「んなわけねぇだろ!」

 

 と、巨大な瓦礫が跳んでくる。切り裂くと瓦礫の陰から剣八が現れる。振り下ろされた斬魄刀を斬魄刀で受け、傾け流す。勢いを殺さず追撃しようとすると胸ぐらをつかみ空高く投げられる。

 

「せっかく数年ぶりにお前が遊んでくれんだ!もっと続けようぜ!」

「エエ、良イワヨ───」

 

 落下しながら回転し、勢いを乗せた斬撃が放たれる。防ごうとした剣八だが防ぎきれず新しい傷が生まれる。しかし剣八は気にせず切りかかってくる。

 体を反らすと死覇装の襟に斬魄刀のふくらが引っかかり胸元が露わになる。もっとも、雫も剣八もそんなこと微塵も気にしないが。ただ、死覇装は結局雫の身体の一部ではないから、脆い。ちぎれかけるそれを斬魄刀を捻ることで固定した剣八が引き寄せ頭突きを放つ。

 雫の額が赤くなり、剣八の額から血が出る。

 

「~~~~~ッ!!」

「はぁっはっはっ!」

 

 明らかにダメージは剣八の方が多い。しかしそれで止まる剣八ではない。再びゴッ!と額がぶつかり雫がたまらず死覇装の襟をちぎり距離をとる。

 

「頭、強ク打ツノ良クナイワ」

「知るかよ!此処で頭蓋が砕けようが、んなもん楽しむためなら安いもんだろうが!」

「ソウネ───デモ、ゴメンナサイ」

「あ?」

「ヤリスギルト、予定ガ狂ウノ。モット遊ンデアゲタカッタケド、ヤルコトモアルシ………後ハホワイトト遊ンデキテ」

「あ、おい!待ちやがれ!」

 

 斬魄刀を下ろすのを見て戦う意思が消えたのを察した剣八が叫ぶが、雫は音を立てずに消えた。消化不良の剣八は舌打ちしながら瓦礫を蹴飛ばす。

 

「何だよ、せっかく楽しくなってきたのによぉ───」

 

 拗ねた子供のようなその態度はさぞ雫の母性本能を擽ったことだろう。

 後はホワイトとやらと遊んでもらえと言っていたが、誰だそれは?まあ今の疲れた身体なら少しは楽しめるかもしれないが───

 

「…………ん?」

 

 と、その時大きな霊圧を感じる。明らかに隊長格の霊圧。ちょうどいい、ホワイトかどうかはおいておいて、代わりに遊んでもらうとしよう。

 

 

 

 

 剣八に付けられた傷を回道で治癒する雫。本来なら藍染の死体の検分を手伝わされそうになっていたのだが雛森に疑われている状況で自分が行うのは雛森の精神上よろしくないと言い訳をして抜け出してきたわけだが、さてどうしよう。

 と、爆音が聞こえてきた。

 

「───アラ、昨日ノ」

「あんたは………丁度良かった。彼等のちりょ───!?な、何てかっこうしてるんだ!!」

「…?………アア」

 

 何故か驚く昨日出会った大柄な旅禍の少年。そういえば傷は治したけど血は拭っていなかった。直ぐに拭う雫。

 

「コレデ良イ?」

「そっちじゃない!胸を隠してくれ!」

「…………!」

 

 こっちか、と自分の胸元をみる。

 

「全く、羞恥心はないのか」

「子供ニ見ラレタトコロデ、微笑マシイダケデショ?」

 

 そう言って隠そうとした時だった。

 

「いたぞ!旅禍だ!っ!?虚月副隊長!」

「あの姿は、まさか旅禍め!」

「何とうらやま──恨めしいことを!」

「え、いや……ちが───」

「覚悟しろこの強姦魔が!」

 

 怒り心頭の様子で向かってくる死神達。何せ胸元がはだけた女性と、大柄な不審者だ。まずはそういうことを想像してしまったのだろう。

 まあ、全員あっさり倒されたが………。

 

「ソノ力───」

「え、ああ……確かに変わっている自覚はある。死神とも、滅却師(クインシー)とも異なるからな」

「ドレグライ使エルノ?」

「そうだな……最初は一日二回が限界だったが、今では五回撃っても疲れを感じなくなった」

「…………トコロデ、貴方ハホワイト──黒崎一護ト仲ガ良イノ?」

「っ!何故、一護の名を──!」

 

 距離をとり警戒した面持ちになる大男。しかし拳を構えないあたり女は殴れないということだろうか?

 

「朽木ルキアカラ聞イタノ。瀞霊廷ニ戻ッテ来タバカリノ彼女ノ健康状態、診タノ私ダカラ」

「そ、そうだったのか………」

 

 真実を確認する術はないが、やはり敵意を感じない。警戒を少しだけ解く大男。

 

「そう言えば、昨日は名乗らせるばかりで名乗っていなかったな。茶渡泰虎だ……」

「ヘェ───良イ子ネ、貴方………」

「一護とは、親友同士だと思っている。俺のこの拳にも意味をくれた……彼奴のためなら俺は命を懸けられる」

「───ソウ。素敵ネ」

 

 そう言って微笑む雫。見惚れる程に美しく、思わす鼓動が早まる。と、雫は徐に斬魄刀に手をかけた。

 

「───!?」

 

 流石に武器を構えられれば対応せざるを得ない。加減して、と余裕を持つ程度には雫を甘く見ていたが、不意に雫が視界から消える。

 

「んぐ!?」

 

 口の中に何かを突っ込まれた。見れば何時の間にか接近していた雫が茶渡の口に指を突っ込んでいた。

 

「───舐メテ」

「ふぁ、ふぁひお──!」

「舐メテ?」

 

 慌てて抜こうにも、華奢な外見に似合わずものすごい力だ。雫が指を動かし舌に擦り付ければ口の中に鉄の味が広がる。これは、まさか血か?

 

「飲ンデ?」

 

 指が口から引っこ抜かれる。代わりに口を掌で押さえつけられる。指が進入し口の中をねぶった際に出た唾液ごと、血を飲み込む。まだ口の中に血の味がする。

 

「あ、あんた……いったい何を──」

「コレカラモアノ子ト仲良クシテアゲテネ」

 

 突然の奇行を問いただすもニコニコと笑みを浮かべたまま去っていく雫。何だったんだろうか、今のは?

 いや、今は良い。とにかくルキアの下に向かおう。そう切り替え走り出した。

 

 

 

 暫く経ち、何度目かの死神との交戦。茶渡は違和感を覚えた。

 右腕がざわめく。かといって力が減ったわけでなく、むしろ強くなっている。原因を考えるとしたら雫だが、まさか血を媒介にした霊圧強化的な術でも使ってくれたのだろうか?だとしたら何故?

 そう言えば彼女は自分が一護と仲が良いと聞いて嬉しそうにしていた。あの顔は、そう──一護の家に招かれた時の一心に似ている。我が子が友達を連れてきたのが嬉しいと言ったような顔。

 

「ここは死後の世界。まさか───いや……」

 

 一護の母の写真はデカデカと壁に飾られていた。確かに雫も彼女も美人ではあるが顔はまるで違う。

 

「───まさか、祖先か?」

 

 と、考えがこんがらがっていると再び死神達が現れた。仕方なく対処する。幸いにも自分より強い者は今のところいない。あっという間に倒し終えた。

 

「待てい!そこまでだ愚かなる旅禍よ!」

 

 と、自信にあふれた声がかけられる。

 ガタイの良い、おさげの大男が現れた。

 

「八番隊第三席副官補佐、円乗寺辰房である!」

 

 男、円乗寺は名乗りを上げると倒れていた死神達がおお、と声を上げる。それだけで彼がその実力を信頼されている人物だとわかる。やたらめったらと斬魄刀を振り回し始め隙だらけだったので殴って気絶させた。

 

「ひゅー♪やるねぇ──」

 

 今のが三席なら、何とかなるかも知れない、そう思っていると軽い声がかけられ花びらがヒラヒラと舞う。

 ふわりと男が着物をはためかせ音もなく降りたった。

 

「八番隊隊長、京楽春水……はじめまして♡」

 

 現れたのは笠をかぶり派手な女物の服を着た中年の男性。僅かに覗く胸や腕から鍛え抜かれた身体をしていることが良く解る。

 

「……八番隊、隊長……」

「…フフフ…そ♡よろしくね………ンフフフ……フフ……フ?」

 

 と、先程から落ちてくる花びらが止まるどころか増えていく。上から落としている七緒というらしい眼鏡の女性に止めてくれるように言うが無視され口説きだしたら花びらが入ったザルをひっくり返され花びらに埋もれる。

 

「…………悪いがコントにつき合っている暇はないんだ。通してもらう」

「なんだいもうちょっとぐらいノってくれても良いじゃないの。雫ちゃんはノってくれるんだけどなぁ」

「………虚月雫の事か?彼女は四番隊と聞いたが」

「なんだい、知ってるの?まあ、彼女は基本的に争いとか好きじゃなさそうだし、君が出した怪我人を治療、搬送の時に話したってとこかな………うん、安心した」

「安心?」

「少なくとも君は女の子に手を挙げるような奴でも、敵だからと言って怪我人に追い打ちをかけるような奴でもない、善人って事が解ってね」

 

 ちなみに雫ちゃんはリサちゃんの代わりに七緒ちゃんに本を読んでくれる心優しい子だよ、彼女が小さい頃は僕も一緒に寝かしつけて貰ってたんだぁ、と上の女性を指す。彼女が七緒なのだろう。先ほどそう呼んでいた。

 

「君は悪い子じゃないみたいだから戦いたくないねぇ」

「俺もだ。そこを退いてくれると助かる」

「それは出来ないから、退いてくれと言ったら?」

「俺も、それは出来ない………」

「そうかい……そいじゃ仕方ない……」

 

 京楽はそう言うとその場に腰を下ろす。

 

「飲もう!仲良く!」

 

 さらに酒瓶を取り出し杯を二つ手に持つ。

 

「………は?」

「イヤイヤ退くのが駄目ならせめてここで止まってくれないかと思って。何、少しの間でいいんだ。今、他の隊長さん達も動いてる。この戦いも直に終わるからさ。それまでここで僕と楽しく()ろうじゃ───」

「……他の隊長?」

 

 京楽の言葉を遮るように、茶渡は気になった言葉を呟く。

 

「一護も……他の連中も、隊長格に襲われているのか?」

「参ったね。失言だったかな、どうも」

「事情が変わった。京楽さん、そこを退いてくれ」

 

 右腕から霊子を放ちながら言う茶渡を、京楽は酒を飲みながら見据える。

 

「イヤだと言ったら?」

「言わせない」

 

 次の瞬間右腕から霊圧が光線のように放たれる。三席の円乗寺を瞬殺した威力より遙かに高いそれを───京楽は片手でかき消した。

 

「やれやれ……面倒な事になってきたねぇ……どうも」

「────!!」

 

 直ぐに追撃を放つ。

 

「はずれー」

 

 かわされる。それでも放つ。

 

「またはずれー」

 

 やはりかわされる。何発打っても同じだ。一発もかすりもしない。

 先程の円乗寺は三席と名乗っていた。つまり目の前の男とはたった二階級しか違わないはず。なのに、次元がまるで違う。八番隊の総勢がどの程度か知らないが彼が百人いたとしても目の前の男には敵うまい。

 

「……もうよしなよ。もう解ったろう?君の技は確かにすごい。硬いし迅いし破壊力だって人間にしちゃ大したもんだ。だけど僕には当たらない。それが全てだよ。もう諦めて帰ったらどうだい」

 

 敵意は、感じない。しかし雫のようにそもそも敵意を持たないのではなく、いちいち敵意を持つ必要がないからだろう。それだけ茶渡と彼の実力はかけ離れている。しかし──

 

「忠告どうも──だけど退くわけには行かない───!」

「よせと言っている」

 

 そう言って再び殴りかかってくる茶渡の拳を躱して背後をとる。京楽の退けという言葉は茶渡が自分に敵わない、無駄なことをしているという意味と、彼の心配の意味がある。

 技というのは発動限界を過ぎると出せなくなるのと命を削って出す二種類があり、茶渡は後者だ。このままではいずれ死ぬ。

 指で軽くたたき吹き飛ばした京楽は問う、なんのためにここに来たのかと──。

 

「目的は──朽木ルキアを助けるため」

「ルキアちゃんを?彼女が行方不明になったのは今年の春だろう?短いね……浅い友情だ、命を懸ける価値はないよ」

「………確かに。俺は彼女のことを何も知らない。命を懸けるには少し足りないかもしれない」

 

 京楽の言葉を肯定する茶渡。だが、立ち上がる。

 

「だけど、一護が助けたがっている……」

 

 自分が命を懸けるのは、それだけの理由で充分だ。そう言いきった茶渡を見てそうかい、と残念そうに肩をすくめる京楽。

 

「そこまで覚悟があるんなら、説得して帰ってくれなんて失礼な話だ………仕方ない──」

 

 京楽は腰に差していた斬魄刀を抜く。

 

「そいじゃ一つ、命をもらっておくとしよう」

「────!」

 

 茶渡は駆け出す。嘗て一護と交わした約束、自分のために力を振るえないなら、一護の為に力を振るってくれ、代わりに一護も自分のために力を振るってくれる。そんな約束。

 そう、約束だ。だから、負けられない。

 

「─────」

「ごめんよ」

 

 京楽の声が背後から聞こえた。胸が一文字に切り裂かれる。

 

「───クソ」

 

 意識が遠のく。地面が傾く。違う、傾いているのは自分だ。そのまま倒れる。

 

「─────?」

「ドウシタノ?」

 

 不意に人影が指す。声がかけられる。目だけを何とか持ち上げると、雫がいた。いや、これは幻覚か?何となく、そう感じる。

 

「───負けた」

「負ケタ?確カニ本気出シテモ勝テナイケド──ソウイウノハキチント本気デ戦ッテカラ言ウモノヨ」

「俺は本気で───」

「イイエ。マダ──折角与エタ力ダモノ───ホラ、キチント使ッテ?」

 

 星の内海を映したかのような不可思議な光が揺らめく瞳が細められる。頭をなでられたような気がした。茶渡の意識は、そこで一度闇に沈み、直ぐに無理やり浮き上がらされた。

 

 

 

「人間が瀞霊廷に入るってだけで凄いのに。まさかここまで戦えるなんてね───それにしても──」

 

 倒れた茶渡を見てから、後ろを見る。そこは茶渡の攻撃が放たれた場所。今までにないぐらいの破壊の跡があった。

 

「最後の一撃が──ここまでとはね。これはまともに食らってたら危なかったかもしれない」

 

 そう肩をすくめる京楽に七緒が駆け寄ってきた。

 

「伝令です!」

「どうしたの息を切らせて、らしくない。そういえば今裏廷隊の子が来てたね」

 

 裏廷隊とは隠密部隊のことだ。その一人が七緒に何かを報告していたのを京楽はしっかり見ていた。

 

「───藍染隊長が、お亡くなりになりました」

 

 死因は事故ではなく殺害。山本総隊長と日番谷隊長の二名による一級厳令。間違いない情報だろう。

 そうかい、と呟いた京楽は顔を見に行こうと七緒を連れて行こうとする。と、七緒はついて行こうとして茶渡を見て目を細める。

 

「……どうかなさったんですか、京楽隊長。死んでませんね、この旅禍」

「……………」

「止め、刺しておきましょうか?」

 

 そう言って霊圧を溜める手を、京楽が掴んで止める。

 

「よしなさい。女の子がそんなことするもんじゃあないよ……」

「しかし!藍染隊長を殺したのもおそらくこの旅禍の一味……」

「そうだね、でも……そうじゃないかもしれない………」

「………え?」

 

 どちらにしろ彼等には事情を聞かなければなるまい。その言葉に納得し、救護班を手配しようとした時だった──

 

「───!?」

「───へぇ」

 

 茶渡が、立ち上がった。霊圧が別人レベルに跳ね上がった。

 

「破道の三十一!『赤火砲』(しゃっかほう)!」

 

 直ぐ様七緒が鬼道を放ち茶渡が爆炎に包まれる。しかし、霊圧は健在。煙がはれるとそこにはさらに異形化した右腕を構える茶渡の姿があった。

 

「………盾?」

 

 七緒が呟いたとおり、その形状はまるで盾のようだった。刻まれた髑髏のような紋様は、どこか(ホロウ)を思わせる。

 

「そうだな。これは、盾だ………俺の防御の力───『巨人の右腕』(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)だ」

「………防御の力、ねぇ」

「流石だな、京楽さん……そうだ、防御の力───そしてこっちが、攻撃の力───」

 

 そう言って、白く染まった左腕を出す茶渡。

 

『悪魔の左腕』(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)───」

「────でぃ、悪魔(ディアブロ)?」

「物騒な名だねえ、どうも───」

 

 京楽は目を細める。傷が塞がっている。完全ではない、あくまで止血程度。

 しかし、妙な感じだ。京楽とて彼の力にまだ奥があるのは気づいていた。しかしその素人を隠しきれない動きから単純に使いこなせる熟度に達していないと判断した。ここまで急激にあがると、外的要因を感じる。

 

「仕方ないか───」

「────」

花風紊(はなかぜみだ)れて花神啼(かしんな)天風紊(てんぷうみだ)れて天魔嗤(てんまわら)う───『花天狂骨』」

 

 二本の青竜刀のように変化した斬魄刀。感じる霊圧も跳ね上がる。

 

「悪いね、君を斬るよ」

「構わない。此方こそ、全力で行かせてもらう!」

 

 二人が同時に踏み込む。茶渡は先程まで瞬歩すら使っていなかった京楽に翻弄されていたとは思えぬほど速く────そして、京楽はそれよりも速く。

 胸に十字の傷を入れられた茶渡。再び倒れる。今度こそ、起き上がることはなかった。

 

 

 

 

「な、なんだこれ───気持ち悪い」

 

 その頃瀞霊廷の一角。嘗て罪人を落とし(ホロウ)と殺し合わせていた処刑場跡地で妙な霊子が観測されたという報告が相次いだ。そこにはどす黒い泥が並々と注がれていた。




格隊の雫の評価

一番隊

隊長:茶会に菓子を持って参加してくれる。常に他者思いやれる良くできた死神である

副隊長:現世の東洋文化の話を嫌がらずに聞いてくれる。紅茶を入れるのがうまい

二番隊

隊長:夜一が罪人になり当時落ち込んでいた自分を慰めてくれた人。闇雲に鍛えようとして怪我をした自分を癒してくれた優しい人。

副隊長:良く油煎餅をくれるな

三番隊

隊長:ひみつや

副隊長:綺麗な人ですよね

四番隊

隊長:私を悦ばせて、私が悦ばせられなかった男を悦ばせることが出来る人。その力に対して心優しく他者のために治癒を学ぼうとする優しい人。そのあり方が少し羨ましい


五番隊

隊長:とても子供好きの優しい人だよ

副隊長:とっても素敵な人です。藍染隊長も、あれぐらい綺麗な人の方がいいのかな?

六番隊

隊長:甘い女だ。ひさなとは仲が良かった

副隊長:怪我した時は本当に世話になったっす

七番隊

隊長:儂の素顔を見ても動物としてではなく幼子として可愛らしいという瞳を向けてくる女子だ。後、吾郎が良く懐いている

副隊長:良い女やな

八番隊

隊長:良い人だよ♡甘えさせてくれる時の母性が凄いのなんの。胸に顔を埋めても安心感ばかりでいやらしい気持ちになれないんだよね

副隊長:小さい頃は本を読んでもらいました。今でも偶にもらいます

九番隊

隊長:規律に緩いところはあるが人を思いやれる人物だ。星が綺麗な夜は酒を片手にやってくる事がある

副隊長:小さい頃は、まあ、その……世話になりました

十番隊

隊長:やたら菓子を渡してくるな

副隊長:酔った私を介抱してくれる良い子よぉ。あ、年上だった

十一番隊

隊長:最高の女

副隊長:お菓子がとっても美味しいんだよ!

十二番隊

隊長:子供が好きと聞いたからネ。忙しいワタシに代わり子育ての権利を与えてやったヨ。あんなとろい娘に育てたことにはいろいろ言いたいことがあるがネ

副隊長:お義母様です

十三番隊

隊長:良く日番谷隊長にお菓子をあげに行くぞ!クリスマス、皆のプレゼントを一緒に考えたする

副隊長:現在不在


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旅禍捕縛

「アラ、ヤッパリヤラレチャッタ……」

 

 七緒が連絡すると真っ先にやってきたのは雫だった。丁度倒れている彼から彼女の名が出たことを思い出した七緒は声をかける。

 

「彼を、見逃していたんですか?」

「私、治療班ダモノ」

「ッ!あ、貴方が彼等を捕らえていればここまで被害が広がらず、藍染隊長だって───!」

 

 と、七緒の肩に京楽の手が置かれる。

 

「思ってもないこと言うもんじゃあないよ」

「で、ですが───」

「雫ちゃん、七緒ちゃんだって君を責めたいわけじゃない。ただ、とうとう死人まで出たんだ……動いてくれると、助かるんだけどね」

「………戦イハ、好キジャナイケド」

「更木君とは戦うのに?」

「アレハアノ子ガ喜ブカラヨ」

 

 動いてくれと言うのが治療班としてではなく戦闘要員として、という意味を察して眉根を寄せる雫。

 戦いは嫌いだと言う割に剣八とは戦っていたのにと指摘すればそれは剣八が喜ぶからだという。そんな理由で彼と斬り合える実力者が四番隊なのは、やはり彼女自身争いを好まぬからだろう。

 

「───ッ!?」

「おっと……これは、噂をすれば何とやらだねぇ」

 

 と、その時遠くで高い霊圧同士のぶつかり合いを感じた。七緒が思わず身を竦ませ、京楽が感心するほどの霊圧。片方は更木だろう。もう片方は、知らない霊圧だ。しかし隊長格………旅禍のリーダーだろうか?

 

「い、一………護──」

 

 と、茶渡が呟く。雫の手により傷はある程度回復して意識が戻りかけたのだろう。雫が額に手を当てると寝息を立て始めた。

 

「一護君かぁ──さっきの発言を聞く限り、ルキアちゃんを助けようとしているのはその子みたいだね」

「この霊圧──まさか、その者が藍染隊長を……?」

「──どうかな。しかし、面倒なことになったねぇ、どうも」

「─────」

「お?」

「んな!?」

 

 唐突に雫が京楽を己の胸に抱き寄せた。七緒が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「ななな!なになに何をしているんですか虚月さん!」

「?何ッテ、抱キシメテルノ」

「いやー、雫ちゃん?違う違う、何で抱きしめたのか聞きたいんだよ七緒ちゃんは」

「ダッテ、ツラソウダッタカラ」

「僕が?」

「エエ──仲間ヲ疑ウノハ、辛イ?辛イワヨネ。タダ平穏ニ、平凡デ平和ナ毎日ガ続イテクレルホウガ良イモノ」

 

 片手を背中に回し片手を頭に置く。幼子を慰めるように抱き締められ、目を細める京楽はそのまま身体から力を抜く。

 

「そうなんだよねえ。誰も疑いたくないのにさ、どうにも内部犯がいるように思えて仕方ない」

「な、内部犯?」

 

 と、七緒が動揺する。旅禍が侵入して、藍染が殺された。ならば藍染殺害の犯人は旅禍と考えるのが普通ではないだろうか?

 

「そもそもこの処刑自体、妙だ。死神の力の譲渡は、確かに重罪だ。けど、ルキアちゃんの立場を考えると処刑になるほどでもない。現世への滞在超過を含めたってね………何より彼女が養子とはいえ朽木家に連なる者として、これは異常だ。本来なら隊長格の処刑に使われる双極の使用も含めて、作意を感じる」

「作意ですか?しかし四十六室の賢人達を相手に………」

「あそこは貴族達の茶会の場さ。いや、茶番の場かな?法律ばかりに詳しくって、気分次第で刑を千年単位で増やすような奴らの集まりだ。煽てたり餌をあげれば簡単に裁判を誘導できる」

 

 さらりと中央四十六室というこの瀞霊廷における最高位裁判官達を否定する京楽に、七緒は聞かなかった事にしておきます、と肩をすくめた。

 

(ぼか)ぁてっきり惣右介君が犯人だと思ってたんだけどねぇ……百年前も結局思い過ごしだったし、どうも彼には上手く勘が働かない」

「その、隊長は本当に内部犯がいる、と?」

「思うね。まず今感じるこの霊圧………確かに高いけど、惣右介君を一方的に倒せるかと言われたら首を傾げるね。一見あの剣八君と互角のようだけど、剣八君疲れてるよね?霊圧漏れない結界でも張って遊んでた?」

「少シダケ──」

「そうかい。まあ、仮に負けても殺されることはないでしょう。これまでだってそうだった……」

「し、しかし藍染隊長は───!」

「念のため聞くけど、彼以外に死者はいるのかい?」 

「イイエ?最初ニ戦闘シタデアロウ斑目三席ニ至ッテハ、治療スラサレテタワ」

 

 その言葉に目を見開く七緒。死者はいないと聞いていたが、まさか敵である筈の者の治療まで行っていたとは。となると成る程、藍染を殺すとは思いにくい。

 

「そもそも惣右介君は旅禍が侵入した中で一人で出歩くような用心の少ない子じゃないでしょ。となれば──」

「誰かに内密に話をしようとした、あるいは誘われ、殺された、と?」

「それも、信用できる誰かにね───」

 

 現場の状況について聞いてみれば戦闘跡は無かったらしい。霊圧は結界か何かで隠したとしても、隊長格相手に戦闘跡を残さず殺すというのは不可能だろう。暗殺?気配を消して藍染に近づく理由がない。ルキアの奪還が目的であるという事が真実であるという前提がつくが茶渡が向かっていた方角と今剣八が戦っている方角を見るに嘘ではないだろう。

 

「旅禍が隊長格を殺せる──少なくとも大半の隊士にはそう映るよね?だから、必然的に目も其方に向かう。ましてや双極という瀞霊廷最大の処刑方法を実行しようとしてるんだ。威信に懸けて防がなくちゃあならない──」

「隊長は朽木ルキアの処刑も、旅禍の侵入も同じ人物に誘導されている、と?」

「旅禍達は、少なくとも本気でルキアちゃんを救いたいんだろうね……でも、その死すら何者かが周りの目を他方に向けさせるためだけだとしたら、僕はどうすれば良いんだろうね………」

「平気ヨ……」

 

 そう言って、より強く抱き締められる。温もりに包まれ、心臓の音がトクトクと聞こえてくる。

 不思議なものだ。女好きであることは自覚している。こんな状況、もっと感触を楽しむだろうに彼女にされると温もりにしか意識が向かない。

 

「京楽ハ優シイモノ。コウシテ争ウ事ニナッタラ、相手ダケジャナク自分スラモ悪イッテ言ッチャウグライ。ソンナ京楽ガ選ンダ道ナラ、タトエソレガ正義ジャナクテモ、間違ッテイナイハズヨ」

「…………そうかい、そうかな………」

「……………」

 

 声を聞いて、大丈夫と判断したのか肩を掴み剥がす。失われる温もりを惜しく感じたのがバレたのか最後にもう一度頭を撫でられる。

 

「ジャア、私ハコノ子ヲ牢ニ連レテ行クワ」

 

 怪我人の茶渡を抱えているからか目に見える速度で去っていく雫を見送りながら笠をかぶり直す京楽。

 

「さてと、それじゃあまあ、行きますか………」

「………どちらに?」

「旅禍に対する対応は変えられないさ。でもちょっと、その合間に調べ事ぐらいしてもいいだろう?」

「お供します」

 

 歩き出す京楽。ついていく七緒。迷いは晴れた。故に、己が定めた道を歩き出す。

 

 

 

 

 

「ドンナ感ジ?」

「あ、シズシズ!」

 

 場所が変わり朽木ルキアが収監されている纖罪宮の一角。そこで激しい霊圧がぶつかり合い、それを笑顔で観察する幼女、草鹿やちるに声がかけられる。振り向くと新しい死覇装を着た雫がいた。

 

「えっとね、剣ちゃん楽しそうだよ!」

「ミタイネ」

「最初はイッチーも瞬歩とか斬魄刀に霊圧込めたりとか色々やってたんだけど、剣ちゃんが斬魄刀解放しないって聞いたら気を抜いちゃって刺されたんだけど、斬魄刀と話し合ってからなんか強くなって戻ってきた!」

「ソウ──花太郎ニ会ワセタカイ、有ッタミタイ」

 

 現在剣八と戦っている旅禍、黒崎一護は旅禍内で唯一死神の力を持つ者。しかし死神としての戦い方など殆ど知らない素人だった。そんな中出会ったある程度瞬歩が使え霊圧の扱いを心得ていた山田花太郎との出会いは彼を一気に成長させた。正直に言えば、それがなければ出会ってすぐに剣八に切り捨てられていたことだろう。

 

「じゃあいっちーの師匠はそのはなはななの?」

「弱イカラ狙ワナイデアゲテネ───ケド、斬魄刀?」

「斬魄刀でしょ?片方だけだけど」

「───アノ血ヲ止メテル力………ホワイトジャナイ」

「まだ寝てるみたいだねー」

 

 雫は己の子の事だからこそ理解し、やちるは()()故に一護の状態を理解する。

 

「私や『風死』より、よっぽど変な子だね『ホワイト』って……」

「素直ニ力ヲ貸シタクナイノカシラ?ソレトモ眠ラサレテイルカ───アラ」

「───あ」

 

 少しだけ、にじみ出てきた。剣八の霊圧が髑髏を象り一護の霊圧がまるで(ホロウ)の仮面のような形を象る。

 互いに残りの力全てを注ぎ込んだ一撃。ぶつかり合い、大気が、地面が揺れる。

 

「───あーあ、残念。でも、剣ちゃん楽しそうだったな」

 

 一護が倒れる。続いて剣八も倒れる。引き分け──いや、剣八の性格からして今回は負けだろう。やちるが剣八の下に向かい一護に礼を言ってから剣八を抱えて去る。雫は息子を抱擁すべきか迷ったが、近づいてくる霊圧を感じ取りその場を後にした。

 

 

 

「オ待タセ───」

「あ、シズシズおっそーい!ほらほら、早く剣ちゃん治して!」

 

 やちるに追い付くと今は立てない剣八の代わりに雫の背中に飛びつくやちる。雫はやちるを背負ったまま剣八の治療を開始する。

 

「アノ子ハ、強カッタ?」

「ああ──まあ、そこそこな。テメェ以外に負けるなんてなぁ」

「剣ちゃんは負けてないよ!」

 

 と、やちるが身を乗り出し叫ぶ。

 

「だって剣ちゃん疲れてたし、()()()()使()()()()()()じゃん!」

 

 そう叫ぶやちるにはっ、と笑う剣八。むっとしたやちるが怪我人の頬をひっぱたいた。

 

「ジャア、緊急要請モ来タカラココマデ………後ハ烈ニオ願イシテネ」

「ああ、怪我治ったらまた遊んでくれよな」

「ばいばーい!」

 

 

 

 纖罪宮の最深部。朽木ルキアの収監所。

 そこに侵入した旅禍を切り捨てた白哉は通路を歩く。と───

 

「ア──」

「───貴様か」

 

 雫がやってきた。恐らく浮竹が旅禍の治療のために呼んだのだろう。

 

「イライラシテル?ドウシタノ?海燕ト会ッタ後ミタイ───」

「─────!」

「─────」

 

 指摘されたとおりイライラしていたのだろう。内心を読み当てられ、反射的に振るった斬魄刀は予想通りあっさり止められる。何時の間に斬魄刀を抜いたのやら───

 

「やはり貴様は治療部隊にいる器ではないな」

「イヤヨ。私、戦ウノ嫌イダモノ」

 

 そう言って笑う雫。その笑みは緋真と話していた時と何ら変わらない。妻が死んでから交友は途絶えたが、彼女の中ではあの頃と自分の関係は変わっていないのか。

 

「貴様は私を責めぬのか?緋真の約束を果たそうとしない私を───」

「────責メテ欲シイナラ素直ニソウ言エバ良イノニ」

「───何?」

「緋真ノ為ニ私ガ怒レバ、ソレヲ理由ニ出来ルモノネ………相変ワラズ、頑固ナ子供」

「─────」

 

 ギロリと睨みつける白哉だが雫はどこに吹く風。気にした様子もない。

 

「貴方ハ掟ヲ破ッテイル。緋真ノ時モ、ルキアノ時モ」

「そうだ。だからこそ、父母の墓前に誓ったのだ。もう二度と、掟を破らぬと」

「緋真モ貴方ノ両親モ、ココニハイナイ。既ニ死者ヨ?死人ハ怒ラナイ、叱ラナイ、泣キモ誉メモシナイ……私ニ代ワリニ叱ッテモラオウトスルノハ止メナサイ。私ハ、緋真ノ代ワリニハ貴方ヲ叱ラナイ」

「………………」

「デモ、ソウネ……罪人ニ与エラレタ刑ヲ執行スルノガ掟ナラ、ソレガ覆エレバ、ルキアヲ助ケテモ良インジャナイカシラ」

「…………そうか」

 

 それだけ言うと白哉は雫の横を通り抜ける。

 

「………死人をだしには叱らぬと、そう言ったな。ならば私は、掟を破り処刑されるルキアになんと言えばいい」

「普通二、馬鹿ナ事ヲシテ、()()心配ヲカケルナッテ言エバ良イト思ウ。兄トシテ、家族トシテ───貴方ガ間違ッタト思ッタラ、私ガ友達トシテ叱ルヨウニ」

「………感謝する」

 

 そう言い残すとその場から瞬歩で去る白哉。雫は暫く誰もいなくなった空間を見つめた後、自分を呼んだ浮竹達がいる方へ走り出した。

 

「おお、来たか!すまんが治療を頼む!」

 

 現場に着くと血だらけで倒れる大男。白髪の男性、浮竹十四郎が声をかけてきた。

 

「───あ、副隊長」

「花太郎───」

「あ、その──」

 

 気まずそうに顔を背ける花太郎。旅禍に組みしていたことに対する罪悪感だろう。俯く花太郎に手を伸ばし、止めようとする浮竹を無視して震える花太郎の頭に手を置く。

 

「怪我シテナクテ、本当ニ良カッタ」

「────ッ!ごめん、なさい………ごめんなさい!ごめんなさい副隊長!」

「………ま、考えて見りゃお前が部下を叱ったりはしないか。すまんがこの男を治してやってくれないか?やり方はどうあれ、俺の部下を救おうとしてくれたんだ」

「エエ───ア、ソウソウ。救ウト言エバ、京楽ガ何カシヨウトシテタワ」

「…………そうか」

 

 

 

「─────♪」

 

 怪我人を運び終えた雫は瀞霊廷内を歩き回る。こんな状況だから、京楽や白哉と言った普段は甘えてくれない彼らも甘えてきて、気分がいい。本当なら白哉だって抱き締めてやりたいがそれは生前緋真に怒られて以来していない。生きている間にもう抱き締めないと約束もした。

 

「───アラ?」

 

 道が突然消えていた。というか、ぶっ壊れていた。壁を何枚も突き破った破壊の跡。辿っていくと女性死神が倒れていた。

 

「眠七號?」

「───お義母(かあ)様──」

 

 十二番隊副隊長涅ネムだ。

 

「コノ傷───マタマユリネ」

「マユリ様を、責めないでください。期待に応えられぬ私が悪いのです」

「コノママ四番隊ニ運ンデ治ス?技術開発局デ()ス?」

「───マユリ様は、暫く動けません。なので、四番隊へ……後、その──」

「………?」

「忙しいのかもしれませんが、四番隊詰め所で昔のように、寝付けぬ私に本を読んでくれませんか?」

 

 お暇であるならば、と遠慮気味に言うネム。思えば彼女がマユリの下に戻ってから、会うのは女性死神協会の会議や副隊長としての勤めの時か、彼女に手作りのお菓子を渡しに行くぐらいか。マユリに連れまわされ忙しい彼女とは世間話すらまれだった。

 

「…………」

「駄目、でしょうか?」

「イイエ。良イワヨ………ソレニシテモ、今日ハ普段甘エナイ子バカリ甘エテクレルワネ。コノ後不幸ナ目ニ遭ッタリシナイカシラ」

「─────?」

 

 

 

 十一番隊隊長更木剣八、十二番隊隊長涅マユリ、殺された時間が正確ではない藍染惣右介を含め三人の隊長が戦闘不能にされた。それは大きな衝撃を呼び瀞霊廷内が緊張に満ちる。

 

「────あ」

「空ガ──」

 

 本を読んでいると不意に霊圧の流れを感じ窓の外に目を向ける。空が曇っていた。この霊圧は日番谷だろう。彼の斬魄刀は始解の状態ですら天候を支配する。逆に言えば隊長格が始解を行った。相手は間違いなく隊長格。

 

「─────ハァ」

「お義母様?」

「モー少シ、此処ニイテモ良カッタノニ」

「………?」

「用事ガ出来タ───ゴメンネ、眠七號」

「いえ、ありがとうございました。その……おやすみなさい」

「エエ、オヤスミ──」

 

 

 

 

 翌日。朽木ルキアの処刑決行日が早まったという連絡が瀞霊廷中になされる。

 決行日は明日の正午。余りに急すぎる。

 

「処刑当日には各隊の隊長副隊長がこなくてはならないと言うのに、雫は何処ですか」

 

 はぁ、とため息を吐く卯ノ花。朝から雫が見あたらない。普段なら時間通りに挨拶をしに来るのに、寝坊だろうか?それにしたって遅い。

 昨日、涅ネムの病室に入るのをみたという隊士の言葉を思い出し向かうが居ない。

 私室の方だろうか?

 

「────ここにも…………?」

 

 と、机の上に紙が置かれているのを見つける。紙面には卯ノ花隊長へ、と雫の文字で書かれていた。

 

「?」

 

 書いてあったのは、ごめんなさいという一文のみ。これは、どういう事だろうか?

 

「卯ノ花隊長!」

「勇音?どうしました、慌てて──」

 

 首を傾げているとドタドタと走る音が聞こえて勇音が慌てた様子で入ってくる。急患だろうか?

 

「───し、雫さ──虚月副隊長が───!」

「────────」

 

 

 

 

「───これは」

 

 卯ノ花が目を見開き勇音が口元を押さえ嗚咽を耐える。横たえられたのは、女性死神の死体。その顔はこの瀞霊廷ではまず知らぬ者の居ない女性。

 四番隊副隊長虚月雫。死因は「鎖結」と「魄睡」の摘出、心部の破壊。藍染と同じ手口。犯人も恐らく同じだろう。

 

「やっぱり、旅禍の仕業でしょうか……?」

「情報を集める限り、旅禍の中に彼女を殺せる者がいるとは思えませんが」

 

 だが一つだけ言えることがある。彼女を殺した何者かは、間違いなく瀞霊廷を敵に回したという事だ。




死神図鑑ゴールデン

 雫はネムの病室に沢山の本を持ってきた。

「ソレデ、ドレヲ読ンデ欲シイノ?」
「では、これで………」

 そう言ってネムが手に持った本は『脳にキく薬』(著者涅マユリ)だった



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処刑日

「白哉!大変だ、朽木の処刑が───!」

 

 と、浮竹が慌てた様子で白哉の下にやってくる。

 

「聞いている。今し方私の所にも地獄蝶が来た」

「そうか!それなら話が───」

「手を貸せと言うのなら、断る」

「─────……何だと?」

 

 白哉の言葉に目を見開く浮竹。僅かな敵意が見て取れる。

 

「刑は覆せなかった。ならば私はそれに従うまでだ………」

「お───お前!ふざけるのも大概にしろよ!何時までそんなこと───待て、覆せなかった?」

 

 胸倉を掴み怒声をあげる浮竹はしかし白哉の言葉に違和感を覚えた。覆せなかったとは、つまり覆そうとしたという事か?中央四十六室の決定に異議を唱えた?朽木家当主が?当主がシロと言おうとクロと言いはるような連中が跋扈するのに?

 

「………すまん」

「私には、ルキアは救えない。生前の緋真との約束がありながら、自身で定めた父母への誓いに挟まれている私には──」

「…………」

「だから、私はお前を止めはしない」

「…………ああ………──ん?」

「───?」

 

 と、その時ヒラヒラと黒い蝶がやってくる。地獄蝶だ、先ほど来たばかりなのに、まさかこの期に及んで処刑日程の繰り上げとは言うまいだろうな───。

 

『本日未明、四番隊副隊長虚月雫の遺体が発見されました。場所は旧在住地区跡地、死亡推定時刻は深夜から朝方にかけて。死因は『鎖結』と『魄睡』の摘出及び心部破壊。藍染隊長を襲った犯人と同一人物に見られ、旅禍の可能性大。厳重に警戒されたし』

「「────!?」」

 

 その報告に目を見開く二人。虚月雫───雫が殺された?バカな、あり得ない。四番隊副隊長ではあるがその実力は最強の死神の称号である剣八の名を持つ更木すら上回る彼女を殺した?

 

「そんな馬鹿な!昨日まで、元気だったんだぞ!───っ!ごほ、げほ!」

「落ち着け、命を縮めるぞ浮竹───」

「これが落ち着いて──!いや、すまん──まさかとは思うが、旅禍か?」

「………旧在住地区跡地──そこにいく理由は何だ」

「………誰かに呼び出されたって言うのか?」

「内部の者か、旅禍の中に知り合いでもいたかは解らんがな……」

 

 知り合い、と言えば先日四楓院夜一に出会った。彼女も旅禍の一人で、雫は彼女にも良く菓子を振る舞っていた。彼女は隠密部隊の隊長だった。不意をつけば、いけるか?

 と、そこまで考え首を振る。彼女はそういったことをするタイプではない。

 

「恐らくだが、旅禍の中に犯人はいない」

「……何故、そう思う」

「あの男と同じ目をした男の下に集う輩に、闇討ちを行う者が交じるとは思えん」

「………まあ、確かにな……」

 

 

 

 

「────そうか」

 

 山本元柳斎重國は報告を聞き短く呟く。

 

「まさか、虚月殿が………」

 

 彼の副官である雀部長次郎忠息は信じられないというように呟く。

 

「───長次郎、茶を」

「は?───はっ」

 

 一瞬呆けるも直ぐに茶を用意する雀部。淹れるのは紅茶だ。

 元々元柳斎は紅茶を飲まなかった。嫌いではないが、昔から舌に馴染んだ方を優先していた。長次郎も自分の趣味を押しつけるなど、と遠慮していた。そんなある日、時折和菓子を持ってくる雫が珍しく洋菓子を持ってきた。

 美味いが茶に合わん、元柳斎がそういうと雀部に紅茶を淹れるように頼んだ。此方にあった。

 雀部に気を使ったのだと、元柳斎も雀部も直ぐに気付いた。雀部はやはり自分の趣味だからと遠慮したが、以来茶会に持ってくる菓子は和洋交互にするよう元柳斎から言い出した。茶も、其方に合わせる。

 今月は、洋菓子の月だった。

 

「────美味い」

「虚月殿には、敵いませんが……あっという間に抜かれてしまいましたからな」

 

 雀部は紅茶に関して雫の師匠だった。しかし交友関係が広く、いろんな人に美味しいと感じてほしがる雫はすぐに超えた。茶会の時も彼女が淹れることの方が多かった。

 

「今月も、楽しみにしておったんじゃがな………」

「───彼女が、旅禍に遅れをとるとは思えません」

「うむ……ましてや人気のない場所に一人で行くほど用心知らずでもなし。此度の旅禍の件、手引きした何者かがいるやもしれん」

「もしや、藍染隊長も人気のない場所で殺されたのと、関係が」

「かもしれぬ。で、あるならばそれは明確な裏切り───見つけしだい、灰も残さず焼き尽くしてやろう。それがせめてもの弔いじゃ」

「───はい!」

 

 

 

 

「────何、だと?今、何と………」

「虚月が、死んだ?」

 

 二番隊隊長砕蜂が唖然とし、二番隊副隊長大前田希千代が持っていた油煎餅を落とす。

 

「馬鹿な!?あの人は、実力だけなら隊長格クラスの猛者だぞ!旅禍風情に遅れをとるわけが───!」

「い、イヤでも報告してきたの卯ノ花隊長ですよ!?あの人が、虚月に関して嘘をつくはず──!」

「──────!!」

 

 彼女に最初に抱いていた思いは、嫉妬だったと思う。他者に配るために何処に入れているのか大量の菓子を持ち歩きすれ違う人々に菓子を渡す女。八方美人というわけではなく、相手の喜ぶ顔が、美味しいと言ってくれる言葉に一々喜ぶ女。

 甘い匂いに誘われ四楓院夜一が向かい、気に入り毎日持ってくるように言った。それが始まり。

 以来本当に毎日菓子を持ってやってくる彼女を夜一は歓迎していた。よその隊の、当時は下級席官を……。後、少し苦手だった。その頃、隠密機動で一番若かったからだろう。やたら可愛がられた……。

 刑軍のために生きて刑軍のために死ねという家訓の家で育った彼女には、その温もりが恐ろしかった。人を殺す手が、重くなるような気がしたから。

 夜一が罪を犯して瀞霊廷から去った後、砕蜂はただただ己を鍛えた。自らの立場を捨て、背負うもの全てを放棄した彼女を己の手で捕らえるために。かなり無茶な修行だったと思う。特に、小柄な体故の一撃の軽さを補うために打撃の瞬間鬼道を叩き込むという技を考えたは良いが制御を誤った時はこっそり様子を見に来ていた雫が居なければ数日は寝込むことになっていたかもしれない。

 叱られは、しなかった。ただ無言で治療をされた。

 

──哀シイノ?

 

 怪我を治療してもらったが、素っ気ない態度をとった自分に唐突に投げかけられた質問。固まり、応えることは出来なかった。

 

──一緒二連レテ行ッテ欲シカッタノネ

 

 その言葉に、息が止まった。背けていた事実を突きつけられ、気がつけば彼女に襲いかかり、地面に転がされた。彼女からは一回も攻撃されなかった。ただそらされて、疲れて立てなくなるまで転ばされた。

 その後はただ無言で膝の上に乗せられた頭を撫でられた。不思議と涙が出た。

 

「旅禍が捕らわれている牢は何処だ──」

「──へ?」

「あの人を殺せるとは思えない。だが、事実として殺されたなら、犯人がいるはずだ。それが旅禍なら他の旅禍共が情報を持っているはずだ」

 

 絶対に許しはしない。たとえ他の旅禍が何らかの理由で無罪になろうと、彼女を殺した奴だけは絶対に殺す。

 

 

 

 

「────虚月が?どういう事だ、彼奴は、市丸と繋がってたんじゃ…………」

 

 報告を聞いた日番谷は目を開く。

 朽木ルキアが捕縛された翌日、たまたま見かけた市丸ギンとの会話。明らかに、お互い今回の件を、この不自然な朽木ルキアの処刑について話していた。

 だから疑った。いや、違う………その時点ではまだ杞憂であることを願っていたし、杞憂だと思っていた。本当に疑うようになったのは、雛森が斬られてからだ。

 つまりは、私情だ──

 

「────ッ!」

「虚月を殺すなんて、そんな──誰が………」

「さあな。旅禍かもしれないし、市丸の可能性だってある……」

 

 むしろ今一番可能性が高いのは市丸だろう。雫は基本的、護廷十三番隊の一員に警戒というものをしない。それは彼女が強いからであり、誰も彼も本気で信頼しているからだ。流石に初対面の旅禍相手に警戒を解くとは思えない………いや、やっぱり解くかもしれない。しかしそれでも人気のない場所にのこのこ付いては行かないだろう。

 となると知人に誘われ、暗殺されたと考える方が現実的だ。

 

「……………」

 

 不意によみがえる彼女との思い出。

 すれ違うと何処からともなく菓子を取り出し渡してくる雫。席官になると玩具を渡してきて、クリスマスには浮竹と共に妙な仮面をかぶりサンタ仮面を名乗りプレゼントを渡してきた。

 花見や宴、茶会にも誘われた。仕事も手伝ってくれた。何処ぞのサボり魔とは偉い違いである。

 

「………行くぞ松本。まずは処刑を止める」

「……………」

「その後は、彼奴を殺した犯人を捜す」

「………はい!」

 

 

 

 

──私、三日月ガ好キ……コレダケハ、同ジダモノ

 

 そんな風に呟いた彼女の声は、とても楽しそうだった。星は綺麗か?そう聞くと彼女は星が好きなの?と尋ねてきた。

 目も見えない相手に何を聞くのかと思ったが、そうだと応えた。『彼女』が好きだった星が、闇の中に光る星々が……見たことはないが、好きだと。

 

──デモ、今日ハ雲ガ多イワ要。折角ノ星モ殆ド隠レチャッタ

 

──わたしはね、要……その雲を取り払う人になりたいの。光が一つだって消えないように、わたしは雲を払うのよ、要。

 

 ふと、目の前で話す彼女の言葉に古き友であった『彼女』の言葉が蘇る。

 雲を取り払いたいか、と聞くとしばし迷った彼女の声は微笑む。

 

──私ハ雲モ好キヨ要。貴方モ、ソウデショウ?ダッテ雲ニ隠レテモ、光ハ向コウニアッテ、マタ姿ヲ見セテクレルカラ。貴方ガ今思イ出シタ人モ、別ニ雲ガ嫌イナ訳ジャナイト思ウワ

 

 全てを見透かすような女だった。見透かした上で、全てを受け止めようとするような女だった。

 『彼女』と同じく、美しい人だった。

 

 

 

「───狛村」

「まさか、虚月がな……未だに信じられん」

「そうだね。だが、彼女の死体は、君も見たのだろう?私は見ることが出来ないから、幾分か気分は楽だったかもしれないが、君は大丈夫か?」

「……儂よりも、貴公の方が───いや、すまぬ」

 

 そう言って言葉を濁す狛村にため息を吐く東仙。

 

「狛村、私は別に彼女に特別な感情を抱いていたわけではないよ」

「む?なんと、儂の勘違いであったか」

「……………いや、すまない、勘違いではなかったかもしれない。特別と言えば、確かに特別な……強い親愛を覚えていたかもしれない」

「そうか………」

「………………」

「しかし、藍染の時もそうだったが、死体を目にしても、実感がわかぬものだ。ましてや雫ともなれば別れの挨拶を言えなかったという理由で、再び我らの前に現れそうな気さえする」

「………………それは、笑えない冗談だ」

「む、す、すまぬ……」

「いや………」

 

 

「………あの、市丸隊長───今のって」

「物騒な連絡やったなぁ……雫ちゃん殺されるなんて信じられへんよ。でも、ま……良かったんやない」

「良かった?」

「大好きな人の本当の姿知ってしまうん、辛いことかもしれんやろ?」

「…………?」

 

 

 

 

 旅禍達が捕らえられている牢。何も出来ることがなく、迷い込んできた蝶を見て今は春なのかな、と

 呟く石田になんなら追いかけて良いぞ雨竜と言った岩鷲。馴れ馴れしいと不満を口にする石田と口論になっていると茶渡が静かにするように言う。音が聞こえる、と。

 確かに何か───

 

ドガァン!

「ぎゃー!」

 

ズガァン!

「何をなさいます!?」

 

ゴォン!

「ヒー!?」

 

ゴシャア!

「ご乱心!ご乱心!」

 

 と言うか、だんだん音が大きくなっているような?

 と、不意に止まった。そして天井が破壊され髪を何本もの針のように固めて鈴をつけた眼帯の大男が現れた。

 

「ざ─────ざざざざざざざ────!更木剣八!十一番隊隊長!」

 

 この中で彼の霊圧を正面から浴びたことがある岩鷲が叫ぶ。おまけに十一番隊で岩鷲が搦め手で倒した弓親までいる。後、剣八の背中に何故か旅禍の一人、井上織姫も居た。

 理由を聞くとどうやら石田と行動していた織姫はマユリに興味を持たれ石田に逃がされる。その後石田が織姫を抱えて逃げるように命令したマキマキ(やちる命名)の隊長である更木剣八と遭遇。

 一緒に行動していれば一護とまた遊べそうだという理由で手を貸したらしい。

 

「………良いのか?」

「あん?」

「昨日来た、砕蜂という女性が言うには、俺達の中に虚月さんを殺した犯人がいるかもしれないんだろう?」

 

 茶渡は昨日のことを思い出す。突如牢にやって来た砕蜂という女性は、残りの旅禍の人数と能力、実力を言えと言ってきた。仲間の情報を売らないと言えば旅禍風情が戦士ぶるなと全力の殺気をぶつけられた。

 話を聞けば雫が殺されたという。彼女は、雫に懐いていたのだろう。だから、その敵かもしれない旅禍を殺そうとしている。

 茶渡は、自分の仲間が人殺しなどしないと言い切った。どれだけ殺気を向けられようと、一護達が人殺しとして殺されるのだけは、避けたかった。納得はしてないようだが一護と井上の能力について話すと取り合えずは引いてくれた。

 そういえば夜一について教えていなかった。まあ良いか、猫だし。

 

「てめぇ等の中に犯人だぁ?いねぇよ、そもそも死んでねぇ……」

「そ、そうなのか?」

「あの女がくたばるわきゃぁねぇさ………俺が殺すんだからな」

 

 

 

 様々な思い、思惑、願いが交差した処刑。いよいよ始まる。

 そして、早速迷子になる更木達。やちるの案内の結果だ。石田達が励まそうとするが耳が赤い。

 やちるの案内に文句を言った一角がやちるに噛まれた。

 

「───いやがるな」

 

 と、不意に剣八が呟く。

 

「出て来いよ!霊圧消してこそこそ後を付けるなんざ、隊長格のやる事じゃないぜ!」

 

 その言葉に、狛村隊長、東仙隊長、檜佐木副隊長、射場副隊長が姿を現した。

 

 

 

 

 そして、別の場所では、恋次と白哉が対峙していた。

 

「そこを退いてください、朽木隊長───」

「私を退かせて、何処へ行く」

「ルキアを、助けに行きます───」

「─────そうか」

「─────!」

 

 白哉の姿が消える。恋次は振り返り、斬魄刀を振るい白哉の斬魄刀を弾く。

 

「笑わせるな。仮に連れ去り、何とする………刑軍に追われ、護廷十三隊に追われ、ルキアの前で惨めに殺され、絶望を与えることしか、お前には出来ない」

「兄に見捨てられる絶望よりは、ましだと思いますけどね───」

「────皮肉のつもりか?口が過ぎるぞ、恋次」

 

 

 

 

 

 各所でぶつかり合う霊圧に彼女は笑う。別段、自分の思い通りつぶし合う様を嗤っているわけではない。むしろ思い通りに相手を動かす方法など彼女は知らない。

 ただ、双極が解放される今日において私闘など起こるはずもないと知っている。つまりこれは、規律を無視し素直な子供達とそれを許せない規律を守ろうとする大人ぶった子供達の()()

 喧嘩は良い。お互い思いをぶつけ合った方が仲良くできるだろう。そういう意味では百年ぶりに戻ってきた彼女も、突然いなくなり泣きそうになっていたあの少女と仲直りできればいいのだが───いや、きっと出来るだろう。

 

「───────♪」

 

 そんな光景を想像して、彼女は楽しそうに歌った。

 

 

 

 

「………あん?」

 

 技術開発局所属であり十二番隊第三席阿近は顔を上げる。今、何処からともなく歌が聞こえたような?

 気のせいだろうか?

 

「しっかしなんだこの泥───ありぇねぇ程の霊子濃度──」

 

 彼が今調べているのは瀞霊廷各所に現れた謎の泥だ。調査を依頼され、機材を投げ込み観察する。

 画面に現れたのは有り得ない数値を刻む霊子濃度。さらには、魄動───信じられないことに、この泥は生きているのだ。




死神図鑑ゴールデン

「私も今日で副隊長か───彼女には世話になったし、祝いの席に着てくれるだろうか?いや、着てくれるだろうな。彼女なら」

 今から少し昔、砕蜂は副隊長に任命され就任祝いを行おうと考えていた。彼女の家の者は、まず来ないだろう。故に知人を誘う。大前田も参加させれば豪華な者になるだろう。

「虚月副隊長、今少し良い───か?」
「アラ、砕蜂?」

 十数年前より世話になった虚月雫。あの頃は下級席官だったというのにあっと言う間に副隊長になり、しかし自分もとうとう追いついた。故に彼女にも祝ってもらおうと誘いにくれば彼女は小さな子供と遊んでいた。

「──────」
 
 ぺこりと頭を下げ、すす、と雫の後ろに隠れる少女。

「その子は?」
「眠七號ヨ。可愛イデショ?」
「は、はあ───あ、それで、その………実は、本日付けで副隊長になってな」
「マア!ソレハ、オ祝イシナキャ!心ヲ込メテオ菓子ヲ───!」
「あ、いや、その……祝いの宴を開くのは確かだが、そのための料理を注文しに着たわけではない…参加して、欲しいのだ」
「アラ、ソウナノ───デモ──」
「……お義母様は今日私とマユリ様の下に経過報告をしにいく予定です、急に用事を入れないでください」
「ソウイウ事ダカラ、ゴメンネ?一日ズレタダケデモ生マレタテノコノ子ニドンナ影響ガデルカ解ラナイシ」
「そ、そうであったか───いや、こちらこそ急にすまない」

 申し訳無さそうな雫に此方こそ申し訳なくなる。せめて事前に相談しておくべきだった。

「───ん?」

 ふと、雫の前方に回り抱きつき頭を撫でれる眠七號と言うらしい少女と目が合う。

「───ふっ」
「─────!」

 滅茶苦茶勝ち誇った顔をされた。



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正体

 恋次を下した白哉は着替え、双極の丘に向かった。だいぶ遅れたらしいが、来ないものも多くいる。各所で感じた霊圧のぶつかりは気のせいではなかったか。

 集まっているのは一、二、四、八──そして自分の六の隊長副隊長。

 

「───に、兄……様」

「─────」

 

 白哉は何も言わず目をそらした。下手なことを言えば、それはルキアの心に未練を残し死に恐怖を覚えさせるからだ。

 山本元柳斎重國が最期に言い残すことはないかと尋ねると、今回自分を助けに来たであろう旅禍達の身の安全を願った。最後まで他者を思う、心優しい娘だ。

 元柳斎はそれを了承する。死した副隊長に代わり代理として出席した勇音がそんな気ないくせにというと、卯ノ花が諫めた。この約束はせめてもの慈悲である、と。

 そして、双極が解放された。

 ルキアの足下の対座の一部が四角い物体となり浮き上がり、ルキアの手が勝手に肩の高さまで上がる。

 足が動かせなくなる。そのまま浮き上がり、双極の磔架まで移動する。

 双極の矛が浮かび上がり、炎が包み巨大な鳥の姿をとる。

 名を燬鷇王。双極の真の姿。斬魄刀百万本に匹敵するその力で罪人を貫くことで、刑は執行される。

 恐怖はない。元柳斎が一護達の無事を約束してくれた、白哉が、取り乱さぬよう見捨ててくれた。

 恋次達と出会い、白哉に拾われ、海燕に導かれ、一護に救われた。

 感謝しかない───

 

「さよなら」

 

 光が弾ける。だが、ルキアの意識が無くなることはなかった。

 

「よう──」

 

 燬鷇王は、止められていた。オレンジ色の髪を持つ青年の斬魄刀一本に。

 

「───い……一護──」

 

 彼の名は黒崎一護。ルキアの死神の力を譲渡され、死神代行として己の町を守り、罪人として兄に斬られ、それでも自分を救おうとやってきた男。

 

「───あ……ば、莫迦者!何故また来たのだ!?」

「あ……あぁ!?」

 

 彼は一度白哉に殺されかけた。白哉は隊長だ。卍解という奥の手を持っていて、それすら使わず一方的に一護を下した。自分はもう、覚悟を決めたのだ。命を救うという約束もした。なのに、何故来てしまう──!

 

 

 

「双極を、止めた───?」

 

 双極の矛は百万本の斬魄刀と同等の攻撃力。裏を返せば、単純にあの男は平隊士百万人分以上の霊圧を持つこととなる。それは隊長格に匹敵する──あるいは、霊圧という見方だけなら凌駕しうる実力者。

 

「───貴様か?」

 

 砕蜂が斬魄刀を抜く。卯ノ花が無意識に柄に手をかける。白哉は、誰かを重ね忌々しそうに、あるいは眩しそうに目を細めた。

 と、燬鷇王が一鳴きして距離をとる。助走をつけて今度こそ貫く気らしい。旅禍の青年は真正面から受け止めようとして、燬鷇王の首に紐が絡まる。

 紐の出所は盾のようなものだった。先程まで姿を現さなかった浮竹が持っている。

 紐の先端についている杭が地面に落ちると京楽がそれに手を置く。

 

「よう、遅かったじゃないの色男」

「すまん。封印の解放に手間取った、だが──これで行ける!」

「───!」

 

 二本の筋が走った盾のようなものに描かれている四楓院家の家紋を見て砕蜂が目を見開く。

 

「止めろ!奴ら、双極を破壊する気だ!」

 

 叫ぶが、遅い。二本の筋に斬魄刀が走り、次の瞬間紐に霊圧が駆け抜け双極の矛を破壊した。それを見た旅禍はルキアの救助を優先して、何と双極の磔架を破壊した。そしてやってきた阿散井恋次に投げ渡す。

 

「何をしている!追え!あの女さえ逃がさなければ、旅禍は何度でも捕らえられる!」

 

 砕蜂が叫び大前田が追い、勇音と雀部も駆ける。それを邪魔しようとする旅禍。

 

「邪魔だぁ!」

(はし)れ!『凍雲(いてぐも)』!」

 

 勇音の斬魄刀の刃が三本に増える。

 

「穿て!『厳霊丸(ごんりょうまる)』!!」

 

 雀部の斬魄刀が西洋剣のレイピアの様に変化する。

 

「ぶっ潰しせ!『五形頭(げげつぶり)』!」

 

 大前田の斬魄刀が棘付きの鉄球に変化する。そして、旅禍の拳一つで破壊された。そのまま雀部の斬魄刀を持つ手首をつかみ顎を狙って掌底を放ち───

 

「嘗めるな───」

「───!?」

 

 視界が回る。掴んでいた手を起点に逆に投げられたらしい。

 

「油断はしない。斬魄刀を素手で破壊したところで、我が身を止めるほど貴様等を見くびってもいない。斬魄刀を手放すなど、あまり我等を侮るな、旅禍の少年」

「────ッ!」

 

 雀部の霊圧に目を見開く旅禍。明らかに隊長格の霊圧。と、勇音が凍雲を地面に突き刺す。そこから冷気が走り旅禍の足を地面と固定するように氷が覆う。 

 雪の結晶のような鍔の形と言い、名と言い、どうやら氷結系の斬魄刀らしい。

 

「くっ!」

 

 雀部の厳霊丸から雷が放たれる。雷をその身に食らい体が硬直する旅禍。

 追撃を与えようとして、旅禍が体を何とか動かし掴んだ斬魄刀に霊圧が籠もるのを感じ取り距離をとる。

 

「虎徹副隊長!私の後ろへ!」

「────!」

「濡らせ、厳霊丸!!」

 

 雀部は勇音を下がらせると厳霊丸の本領を発揮する。上空に雨雲が現れ、稲光が起こる。旅禍が斬魄刀を振り下ろすと込められた霊圧が斬撃となって放たれ、雷とぶつかり合い、弾け、閃光が辺りを包む。

 その衝撃に飛ばされる勇音。地面に体を打ちつける。

 

「やりますな──」

「あんたもな。驚いたぜ、副隊長も、あんがい強いんだな──」

「───案外?」

 

 ピクリと眉根を寄せる雀部。

 

「侮るな───そう言ったばかりですよ。時に、貴方──女性死神を手に掛けていませんか?」

「?いや、そもそもいるのか?女性死神で俺らみてぇな侵入者に向かってくる奴。って、そこの副隊長さんは向かってきたか」

「…………」

 

 嘘には見えない。つまり、彼はあくまでも向かってくる者のみを倒してそれ以外には手を出さないという事だろう。

 

「しかしだからといって、この様な事に時間をかける気はなし。早々に終わらせ、罪人を捕らえ刑を執行するまでです」

「何だよ、そんなにルキアを殺したいのかよ」

「処刑を終わらせ、次にすべき事をしたいだけですよ。貴方はお強い。故に、加減はいたしませぬ………せめて人の形を保つことを願いましょう。卍───!」

「───ッ!?」

 

 高まる霊圧に距離をとる旅禍。だが、どちらの動きも止まる。二人の間に朽木白哉が現れたからだ。

 

「朽木隊長───」

「この男は私が斬る。(けい)等は恋次を追え」

「………はっ!」

「待て!行かせ───!!」

 

 慌てて追おうとした旅禍だったが白哉が切りかかってきたので足を止める。

 

「………黒崎一護、貴様は何故ルキアを助けようとする」

「決まってんだろ、ルキアが俺を命を張って救ってくれたからだ」

「その救われた命をむざむざ失い、無為に帰すことが恩返しか?」

「無為なんかじゃねぇさ、ルキアも俺も、仲間だって生きてこっから出て行く」

「────良かろう。ならばそこに伏して己が抱いた幻想を叶えるのに、如何に無力か知るが良い」

 

 

 

 砕蜂は小椿仙太郎と虎徹清音を気絶させとどめを刺そうとすると何者かに襲われる。

 

「放せ!何者だ貴様!」

「……やれやれ、そう騒ぐな。相変わらず気の短い奴じゃの」

 

 そう言って襲撃者は顔を隠していた覆面を取る。褐色肌の美女、砕蜂の顔が強ばる。

 

「貴様、夜一───!」

「久し振りじゃの、砕蜂!」

 

 ニィ、と猫を思わせる笑みを浮かべた夜一。鬼道を放ち、爆炎が辺りを包んだ。

 

 

 

 双極の丘の下の森に落ちた砕蜂と夜一。砕蜂の部下も追いついてきたが夜一に一瞬でやられた。

 砕蜂の目で、十分追えた。この程度の実力なら彼女を殺すことなど不可能であろうが……。

 

「一つ聞きたいことがある」

「む?」

「虚月を殺したのは、貴様か?」

「………儂では不意をつこうとあの女を殺せぬよ。逆に聞くが、お主不意をついて更木を殺せるか?」

「……………無理だろうな………そうか、貴様が犯人ではないのか。ならば、早々に終わらせ犯人を捜すとしよう」

 

 

 

「あ、あの──卯ノ花隊長、私は大丈夫です。双極の丘に───」

 

 勇音は卯ノ花に運ばれていた。

 

「朽木隊長がいます。貴方がいる必要はないでしょう。阿散井副隊長も、雀部副隊長が向かった以上時間の問題ですよ」

 

 四番隊隊舎についた卯ノ花は自身の斬魄刀である肉雫唼(みなづき)の体内に入れていた怪我人を吐き出させる。後のことは彼等に任せる。

 

「付いておいでなさい勇音。少し、向かいたいところがあります」

 

 

 

「な……なんだこいつは、どういうことだ!?」

 

 冬獅郎は目の前の光景に思わず叫ぶ。

 藍染の残した遺書に書かれていた双極を使用した瀞霊廷破壊計画。首謀者こそ自分になっていたがそこは改竄されていたのだろう。だが、朽木ルキアの不自然なまでの重罪化に異例の処刑法、早まる日数。計画自体は真実の可能性がある。故に、再審を申し込みに強行突破すれば

 

「中央四十六室が………全滅!」

 

 全滅していた。血の乾きようからして死んだのはかなり前。つまり、これまでの中央四十六室からの伝令は全て偽物。犯人は誰だ?市丸か?しかし、彼一人で誰にもばれずこのようなことが行えるとは思えない。協力者がいた?

 と、その時気配を感じて振り返る。吉良が立っていた。

 逃げ出した吉良をすぐに追う。だが、吉良から発せられた雛森が冬獅郎達を追っているという発言に吉良を松本に任せて慌てて引き返した。

 そもそも雛森は冬獅郎を藍染殺しの犯人だと思っているのだ。そして、彼女は藍染の為なら命だって懸ける。冬獅郎が動いたなら後を付けるだろう。迂闊だった。

 もし、吉良が彼処から離れたのがあの光景を見て固まるであろう雛森を分断させるように市丸に命令されていたとしたら───!

 

「雛森───!」

 

 無事でいてくれ、そう願い駆ける冬獅郎の願いは、しかし覆されることとなる。彼の予想を、遙かに超える形で。

 

 

 清浄塔居林。四十六室の為の居住区域にして賢人以外の完全禁踏区域。そこで感じた霊圧を目指し向かうと、予想外の人物に出くわした。

 

「……市丸、と……」

 

 市丸ギン。此方は予想の範囲内だ。ずっと疑っていたのだから。

 

「やあ、日番谷君………」

 

 そして、此方は完全に予想外。候補にすら挙がらなかった。いや、挙げられなかった。何故なら彼は死んでいるはずなのだから。

 

「………藍染!」

 

 どうして彼が生きているのか、疑問に思っていると市丸は吉良が囮の役目を果たせず申し訳ないと謝罪する、何の話をしていると問えば、敵の戦力分散は戦術の基本だろう?と何時もの様に微笑みながら言われる。

 敵……どう考えても、今こうして単独行動をしている日番谷を指している。

 混乱する中、彼等の向こうの部屋から感じる霊圧に気づき慌てて横を通り過ぎれば部屋の中に雛森が倒れていた。大量の血を流して。

 

「残念。見つかってしまったか……済まないね、君を驚かせる気はなかった。せめて君に見つからないよう、細かく刻んで黒泥にでも沈めておくべきだったかな──此処も、どうせなら呑ませておけば良かった」

「………どういうことだ、藍染、市丸………てめぇら、何時からグルだった」

「最初からさ」

 

 日番谷の質問に、素直に応える藍染。

 

「てめぇが死を装うより前ってことか」

「理解が遅いな。最初からだよ………私が隊長になってからずっと、彼以外を副隊長だと思ったことはない」

 

 藍染は元副隊長で、前隊長が行方不明になった後隊長に昇格し市丸を副隊長に任命した。およそ百年ほど前………つまり、その頃から日番谷も、雛森も、護廷十三番隊全員を騙していたというのか。

 

「騙していたわけではないよ、誰も………いや、まあ『彼女』に比べれば十分騙していると言うべきか。とはいえ、平子隊長のように私を疑う者が一人も現れなかったのは、君達の理解の浅さが原因だ」

「理解、してなかっただと……てめぇだって知ってるはずだ………雛森は、お前に憧れて……!」

 

 死神になろうとした動機は忘れた。しかし本気で目指すようになったのは、彼に憧れて。彼の役に立つために死に物狂いで努力して副隊長にまでなった。

 

「知っているさ。憧れを持ってくる相手ほど、御しやすい相手はない。だから私は彼女を副隊長に推した──」

「───な」

「良い機会だ、よく覚えておくと良い。憧れは、理解からもっとも遠い感情だよ」

「───────!」

 

 そこまでが、限界だった。藍染に切りかかる。当然かわされるがこの程度驚くことでもない。裏切り者だろうと隊長なのだ。

 

「卍解───」

 

 ゴウ!と霊圧が寒波を吹き荒らし砂煙を吹き飛ばす。

 

「大紅蓮氷輪丸!!」

 

 卍解の姿は、刀を持った腕から連なる巨大な翼を持つ西洋風の氷の龍を日番谷自身が纏い、背後に三つの巨大な花のような氷の結晶が浮かぶと言うもの。放たれる冷気が周囲を凍らせていく。

 

「────……藍染、俺はてめぇを、殺す」

「………あまり強い言葉を使うなよ、弱く見えるぞ」

「───!」

 

 藍染に向かって切りかかる。そして───斬られた。

 

「───嘘、だろ」

 

 見えなかった。気付いたら斬られていた。意識を失い倒れた冬獅郎は周囲の冷気のおかげで止血されたが、追いかける力は残っていないだろう。季節ではない氷を少しばかり鑑賞した後出て行こうとする藍染。新たな気配が現れた。

 

「やはり此処でしたか、藍染隊長」

 

 パキ、と薄氷は踏み砕き、凛とした声が響く。放たれる霊圧がさらに氷を割っていく。

 

「……いえ、もはや隊長と呼ぶべきではないのでしょうね。大逆の罪人藍染惣右助」

「どうも……卯ノ花隊長。来られるとすればそろそろだと思っていましたよ。すぐに此処だと解りましたか?」

 

 ここは如何なる理由であろうと立ち入りを許されない完全禁踏区域。卯ノ花が誤診するほどの精巧な死体の人形を作った後、隠れるなら此処しかない、と言う卯ノ花に藍染は二つ訂正する。一つは此処には隠れに来たわけではないということ。そして───

 

()()は『死体の人形』じゃない……」

 

 そう言って手を掲げる藍染。その手には何時の間にか藍染と瓜二つの人形が握られていた。

 

「……い、何時の間に───」

 

 卯ノ花に付いてきていた勇音が思わず声に出す。先ほどまであんなものはなかった。隠せる場所もない、だと言うのにどこから───

 

「……()()()()()?この手に持っていたさ、さっきからずっとね……ただ、今この瞬間まで僕が()()()()()()()()()()のこと……」

「?」

「ど、どういう……」

「直ぐに解るさ……そら、解くよ………砕けろ『鏡花水月』」

 

 パリンと硝子が割れるような音が響き藍染の手に斬魄刀が現れる。

 鏡花水月は流水系の斬魄刀で、霧と水流の乱反射で敵を攪乱させて同士討ちさせる、そう説明していたが、それは嘘だ。

 実際は始解する瞬間を一度でも目にした相手の五感を誤認させる『完全催眠』。

 

「一度でも目に………──っ!」

「気付いたようだね」

 

 一度でも目に、だとするならおかしい。生まれた時から盲目である東仙要が藍染の死体を確認しに来た時に、気づかないはずがない。

 

「つまり、東仙要は初めから僕の部下だ───」

「───確認したいことがあります」

「何かな?」

「雫は、死んだのですか?死んだとしたら、殺したのは貴方ですか?だとしたら、何故───」

「────ああ、彼女は少し自由すぎたからね。本物の愛を以て人の心の深いところに入り込み、人を変える才能を持っていた。だから、朽木白哉が旅禍の少年と戦う理由が変わってしまったし、四楓院夜一と砕蜂の戦闘はどうやら互角のまま決着が付いていないらしい………それに、今君は怪我人の治療より僕を斬ることを優先したいだろう?」

 

 その言葉と同時に切りかかる卯ノ花。狙いは首。斬った感覚はあった、しかし愛染は後ろに立っていた。

 

「彼女はその気はなくとも人の心を支配する。その支配を以て己のために命を捨てさせもする。ずるい話だ、僕は雛森君一人でさえ演技を続ける必要があったというのに。だから、彼女には退場してもらおうと思ってね」

「だから、彼女を殺したと………?自分の計算を狂わせるから、そんな理由で!あの人は、貴方にとってその程度の存在だったんですか!?どうして、だって……あの人と貴方は───」

 

 勇音が激昂するが切りかかれない。アレもまた幻覚の可能性があるからだ。

 

「なかなか愉快な勘違いをしているようだね。それも、彼女の自由奔放さ故か………」

 

 藍染は困ったことだというように肩をすくめた。勇音は、今すぐにでも切りかかりそうになる。

 

「絶望してくれるなよ護廷十三隊、怒りを燃やせ、私をしっかり敵としてみろ。不抜けた蟻を踏みつぶしたところで、誰も私を認めないだろうからね」

 

 そう言い残すとギンが布のようなものを袖から取り出す。それは勝手に藍染とギン、二人の周囲を包み込み光り輝くと姿を消した。

 

「…………勇音、直ぐに捕捉と、全ての隊長、副隊長に今回のことを連絡。あの旅禍達にも」

「……………わかりました!」

「……………」

 

 卯ノ花は冬獅郎と雛森の救命措置に入る。深い傷だが、自分と勇音………そして雫なら治せた。

 

「……………」

 

 雫は強い。自分よりも。そして、自分を悦ばせたあの少年よりも。だが自分ともあの少年とも違い戦いを好まない。

 まだ平隊員や下級席官だった頃夜遅くまで自分の下に学びに来た。

 

──烈モ、アノ子ミタイニ遊ンデ欲シイ?

 

 怪我人が傷をいやし退院する姿を心の底から嬉しそうに出来る彼女に、彼を悦ばせられる羨望のようなものを覚えていると不意に彼女が尋ねてきた言葉。

 答えられなかった。と言うより、固まってしまった。隠していたはずの自分を知られてしまったから。

 

──?何デソレデ嫌イニナルノ?私ハ別ニアサマシイ?トハ思ワナイモノ。烈ガ人ヲ癒セル事実ハ変ワラナイデショ?

 

「………雫」

「────ナァニ?」

「──────」

 

 不意に呟いた言葉に返事が返ってくる。目を見開き振り返ると雫が小首を傾げていた。

 

「アラ、シロチャンニ雛森───片方ハ私ガ受ケ持ツワ」

「え、ええ──」

「虚月副隊長!」

「勇音、今ハ治療中ダカラ、後デネ──」

 

 そう言って雛森に手を当てる雫。傷が治療されていく。この腕は、間違いなく雫のものだ。これも、藍染の幻覚?いや、しかしする意味は?

 

「────?ドウシタノ?」

「あ、いえ………」

 

 今は治療が先だ。二人同時から一人に変わったから、直ぐに済んだ。チラリと雫を見れば此方も終わっていた。整った寝息をたてる雛森の頭を優しく撫でる。

 ああ、やはり彼女は雫だ。春の日差しに触れているような、夏の水辺に足を漬けているような、心地良い気配。

 

「………生きて、居たんですね」

「エエ、ゴメンネ」

「けど、どうして──」

 

 どうして姿をくらませたのだろうか?捕らえられていた?そこから抜け出てきたのだろうか?

 捕らえるのだとしたら、此処は確かに最適な場所だ。先程も言ったように禁踏区域なのだから。しかし生かしておいた理由は何だ?彼もまた、彼女に絆されていたと言うことだろうか?

 

「実ハ姿ヲ隠シタママ去ルヨウニ言ワレテタンダケド、ヤッパリ百年モオ世話ニナッテソレハ薄情ダト思ッテ。コウシテオ別レヲ言イニ来タノ」

「───へ?」

「お別れ?雫、何を────何を言っているのですか」

 

 彼女が生きていた時点で、考えなかった訳ではなかった。彼女に目立った外傷はなかったが、それでも、完全催眠で不意をつかれ気絶させられたか、誘導され捕らえられていただけだと、思いたかった。

 

「私ハコレカラソースケ、要、ギンノ三人ト一緒に虚圏(ウェコムンド)ニ帰ルワ。百年間、オ世話ニナリマシタ」

 

 そう言って頭を下げる雫。雛森の頭をそっと膝からおろし立ち上がる。

 

「ま、待ってください──え?一緒って、あの人は瀞霊廷の敵なんですよ!?」

「私モソウヨ?」

「───っ!嘘です!そんな、貴方が──だって──!」

「───藍染惣右助の、完全催眠ですか?あの男に、何か偽りの記憶でも」

「………言ッタデショウ?帰ルッテ……私ハ元カラ、貴方達ノ仲間ジャナイ」

 

 困ったように、申し訳なさそうに謝る雫。

 

「………だ、騙していたんですか?私も、隊長も……皆も───!笑いかけてくれたのは、傷が治った患者を嬉しそうに見送っていたのは、眠れぬ夜に抱きしめてくれたのは、全部………全部嘘だったんですか!?」

「嘘ジャナイワ。今デモ貴方達ヲ愛シテイル。コノ百年、トテモ楽シカッタ。デモ、ソレモオ終イ───ドウカ私ヲ愛サナイデ」

 

 そう言って雫は、姿を消した。




死神図鑑ゴールデン

藍染「どうやら彼女、結局姿を現してしまったらしい」
ギン「あらら~、東仙隊長がフラグたてるからやでぇ?」
東仙「たてたのは狛村だ」
藍染「そうだね。要に責任はないよ、彼女の存在を常に感じられないようにしていなかった私のミスだ」
東仙「そのようなことは!全て、私の責任です」
藍染「いいや、私の───」
東仙「私の──!」
ギン「………あー、ならボクの」
藍・東「君(貴様)の責任だ」
ギン「あら──」



恋次「───何やってんだあの人達」
ルキア「知っているぞ!アレは『どうぞどうぞ』という奴だ、現世のテレビ番組で見たことがある」



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天の頂を目指す者

 虎徹勇音からもたらされた藍染惣右介、市丸ギン、東仙要の裏切りの連絡。

 旅禍の中で一番頭がいい石田雨竜がその連絡を聞き藍染こそが朽木ルキアの処刑の黒幕と推理。直ぐにルキアの霊圧を探した一護は双極の丘に向かった。

 ただでさえ雀部との戦闘で疲弊していた恋次が殺されそうになっているところを何とか止め、協力して倒そうとするが一護もまた白哉との戦闘で疲弊していた。卍解は指一本で止められ腹を切られる。

 疲弊していたとは言え隊長格が一護をこうも一方的に、万全だったとしても勝てるとはとても思えない。

 そして恋次を切り捨てた藍染は今回ルキアを処刑しようとした目的を話す。

 彼の目的は浦原喜助によってルキアの中に封印された崩玉という物質を手に入れること。崩玉は死神と(ホロウ)の境界を完全に取り払うことが出来る。二つの力を手にした存在は、本来どちらかの存在のまま固まっている存在を進化させる。

 

「もっとも、崩玉などなくとも濃密な力を以てして魂魄を変質させる者もいるがね……」

 

 だが藍染は魂魄を喰らうほど成長の余地がある(ホロウ)の死神化にこそ目を付けた。ゆえに(ホロウ)の力を司る彼女では研究に限界があると崩玉を求めたのだ。

 計画の目的の説明が終わり、今回の計画の流れも教えようとした瞬間現れた狛村を無詠唱の『黒棺』で瞬殺し、ルキアから崩玉を抜き出す。浦原が用意していた装置らしく、ルキアには傷一つついていなかった。しかし器としての役目を失った彼女にもう用はない藍染は市丸に殺すように命じる。

 だが、白哉が現れルキアを庇った。その際負傷してしまったが、もとより怪我を負った彼にさらに傷が増えたところで何も変わりはしないだろうが。

 藍染が何を思ったのかは解らないが、斬魄刀の柄に手をかけ近づいていくと慌ててかばおうとするルキア。その行為に、何の意味もない。

 が、天は彼女を見放していなかったのか砕蜂と四楓院夜一が現れ藍染の腕を押さえ首に刀を押し当てる。

 

「動くな、筋一本でも動かせば──」

「即座に首を刎ねる」

「───やれやれ、先程まで殺し合っていた旅禍ともう手を組むとはね、()()()()───」

 

 こんな状況下でまるで何時もの様に名を呼んでくる藍染に、砕蜂の顔に怒りがにじむ。

 

「そんなに、彼女が転がされていたのが許せなかったかい?なら、知らず知らずに消えてた方が良かったかな?」

「───貴様ぁ!」

「待て!砕蜂!」

 

 藍染の言葉に激昂した砕蜂が斬りつけるが、藍染の首に傷一つつかなかった。

 

「─────!」

「面倒なことだ。元より私より弱い君が、そんな状態で私に傷を付けられるわけがないだろう?」

「──か、あ……?」

 

 ゴブ、と血を流し目を見開く砕蜂。何時の間にか、斬られていた。だが、何時?

 

「砕蜂!藍ぜ───!?」

 

 首をへし折ろうとする夜一だったが肋の隙間から肺が貫かれる。動きは見ていたつもりだった、しかし気付けば刺されていた。

 

「おかしいね、勇音くんから聞いていたろ?私の能力を───何故、私がおとなしく捕まっているなどと本気で思えた」

「───く、そ………」

「さて、それじゃあ………」

 

 と、ギン達に振り返ろうとすると周囲に複数の影が現れた。ギンの片手をつかみ首に刀を添える乱菊、東仙の首に刀を添える檜佐木。

 

「───言い訳は、せんでよい。大人しく捕まり、罪を償うが良い」

 

 押しつぶされるような霊圧に藍染は笑う。

 と、その時───

 

「───む」

「なん、だ……これは、歌?」

「………───!?」

 

 不意に美しい音が聞こえてくる。いや、それは音ではなく声、美しい歌声。

 思わず何処から聞こえてくるか探してしまいそうになるほど。だから、それを見つけた。

 

「──黒い、柱?」

 

 

「クソ、何だいきなり!何が起きやがった!?」

 

 突然泥の中に突っ込んだ観測機が全てオーバーフローを起こし故障。続いて泥が巨大な噴水のように水柱となった。

 霊子濃度が上がった。それだけではない、微量だった魄動も活性化していく。霊圧も放ち始めた。

 

「───この反応!?」

 

 周囲の魄動を観測していた観測機は泥に突っ込んでいなかったので無事だ。それが示す観測結果に目を見開く。慌てて水柱を見ると一部が泡立ち白い仮面が飛び出してきた。

 

「───大虚(メノス)─!!」

 

 そのままズルリと水柱から足が生え、地面を踏み込む。一歩、二歩と歩き水柱から()()()()大虚(メノス)が液状になっていたわけではない、大虚(メノス)が、()()()()

 

 

 

 

「───な、何だ、アレは──」

「一つとして同じ仮面がない───中級大虚(アジューカス)へ至る資質を持った個持ちの最下級大虚(ギリアン)の群って事かい……」

 

 浮竹が目を見開き京楽が異様な光景に冷や汗を流す。所詮は最下級(ギリアン)。対処できないことはないが数が多い。この場の人員を割くべきか?

 

「アラ、砕蜂──酷イ怪我───」

「────へ?」

「───な」

「────」

 

 と、全員の視線が藍染達から大虚(メノス)達に引き寄せられた時、不意に聞こえる声。砕蜂は弱々しく顔を上げる。

 

「────う、虚月………?生きて……生きていたん、ですね」

「モウ、副隊長ニナッタ時カラ、敬語ジャナクテ良イッテ言ッタデショウ?」

 

 虚月雫が、そこにいた。砕蜂の傷を回道で癒していく。と、彼女は次に夜一に目を向け嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「夜一! 久シブリ!」

「─────し、雫………ああ、久しぶり…じゃな──」

「喋ラナイ。肺ニ穴ガ空イテルワ」

「…………なあ、喜助が言っていたことは………嘘であろう?お主が、そのような───」

「────?」 

 

 縋るような言葉に首を傾げる雫。周囲の者達が困惑し、雀部が元柳斎を見る。

 

「────」

「失礼します」

「──?」

 

 無言で頷いた元柳斎を見て雫を拘束する雀部。雫は不思議そうに首を傾げた。

 

「虚月……無事だったのは喜ばしい。だが、何故(なにゆえ)無傷で此処におれる……死んでいなかったとするなら、捕らえられていたと見るべきだが、それにしては外傷がない」

「捕ラエラレル?誰ガ、誰ニ?」

「君が僕にだよ……」

「ソースケガ?何デ?」

 

 不思議しそうな顔をする雫に藍染が応えるとさらに不思議そうな顔をする雫。と、倒れている一護に気づきジッと見つめる。

 

「────!?」

 

 ゾワリと、背筋に悪寒が走る。

 

──愛シテル

 

 そんな声が聞こえた気がする。満面の笑みを浮かべ、雀部を投げ飛ばす。

 

「──ぬぅ!?」

「───ッ!?」

 

 そのまま一護の下に移動し、抱き締めた。

 

「ホワイト!」

「むぐ!?──づ、ぐぅ!!」

 

 頭を持ち上げられ斬られた腹がミチミチと嫌な音を立てる。それに気付いた雫は慌てて手を離しひっくり返すと傷口に手を添える。

 

「───コンナ大キナ傷作ッテ………アラ、コノ霊圧ノ残滓────ソースケネ!」

 

 治療中に傷口に残っていた霊圧から斬った犯人を理解した雫が藍染に向かって叫ぶ。

 

「ナンテ事ヲスルノ、コノ子ハ私ト貴方ノ子供ナノニ!」

「「「───!?」」」

 

 その言葉に目を見開く護廷十三隊のメンバー。

 

「………なん……だと」

 

 それは一護も同じだった。自分には両親の記憶はしっかりと存在する。目の前の存在じゃない。なのに、何だ、この感覚は──何故そんな息子を見るような目で此方を見る。

 

「何を、何を言ってやがる………俺は、あんたの息子なんかじゃ───!それに、父親だって──」

「雫、確かにその男は君の子ではあるが、私の子というのはどうかと思うよ……私はその子供を産むための手伝いをしたにすぎない」

「やー、聞きようによっては最低な男やな藍染様」

 

 疲れたような藍染にギンがケラケラ笑う。

 

「………それはつまり、その男を愛し共にいるという事か」

「エエ、約束ダモノ百年程前カラ───私ノ愛ヲソースケガ受ケ止メテクレル代ワリニ、力ヲ貸スッテ」

「な!?虚月副隊長、何を!?そのような、そのような男と共にあるなど!そのような男の愛のために───!」

「あらら──こりゃなかなか隅に置けないじゃないの」

 

 殺気立つ護廷十三隊にまた不思議そうな顔をする雫。危険な状態じゃなくなったからか治療を取りやめ藍染の下に移動する雫。

 

「─────捕らえよ、四人まとめてだ」

 

 元柳斎の言葉に隊士達が動こうとした瞬間、新たな霊圧が現れる。

 

「よおぉ!やっぱり生きてやがったかぁ!」

「ア、剣八──」

 

 現れたのは更木剣八。地面を踏み砕き獰猛な笑みを浮かべる。

 

「良く解らねぇが、裏切ったらしい藍染達と一緒にいんなら、斬っても問題ねぇよなぁ!」

「待て、更木!」

 

 浮竹が止めようとするも、それで止まる男では断じてない。

 

「───呑め」

 

 慌てて周囲にいた死神達が離れ、剣八の持つ斬魄刀が巨大な斧のような形に変化する。

 

「野晒」

 

振り下ろされ、圧倒的な破壊の力が解き放たれる。背後にあった斬魄刀百万本の攻撃にも耐える双極の磔架が完全に崩壊する。砂煙が辺りを覆う。

 これが歴代最強の剣八の斬魄刀の始解。何という破壊力、これではもう───

 

「────!?」

 

 人影があった。人の形を保っていた。砂煙が完全に晴れ、その全容が露わになる。

 

「すまない、助かったよ雫」

「気ニシナイデ───」

「───嘘、だろ……」

 

 死神の誰かが呟き、剣八が楽しそうに笑う。

 そして、異様な霊圧が周囲を包み込む。死神でも、(ホロウ)でもない………或いは、どちらでもある霊圧。

 だが、まず驚いたのは霊圧の異様性ではなく雫が今の一撃を片手で受け止めたという事。そして二つ目の驚愕は、衝撃で死覇装がボロボロになり露わになった雫の姿。

 腹に妙な紋様があるとか、それはどうでも良い。腹にあるもう一つの異常───臍と胸の間、そこに向こうが見える穴が存在していた。完全に貫通している。

 

「────(ホロウ)の、穴………」

「てめぇの言っていた、死神の(ホロウ)化か!?」

「いいや?私は言ったはずだ、(ホロウ)の死神化にこそ目を付けていたと………彼女は、初めから(ホロウ)だ。百年ほど前、私がこの地に連れてくるその以前より」

「「「─────!!」」」

 

 剣八が更に追撃をかけようとしてきたので雫は野晒を片手で弾き、腹を殴りつける。吹っ飛ばされていく剣八。遠くで砂煙が上がった。

 

「……はじめ、から………では、では貴方が私を元気づけてくれたのは!?貴方が瀞霊廷に於いて振りまいていた優しさはどうなるのです!?」

「安心すると良い。その優しさに、君たちに向けられた愛に、何一つ偽りはない。雫はそういう存在だ………ただ一つだけの嘘は、死神でないことだけ。まあ、霊術院は卒業しているわけだから一概に死神でないとは言えないかもしれないが」

「…………虚月よ、貴様は何者だ……破面(アランカル)なのか?」

「まあ、そうですね。ただ、つい最近まで(ホロウ)の力を完全に抑える道具をつけていましたが………それがなくなった今、彼女は漸く本来の力を発揮できる」

「────(ホロウ)を進化させるなど、貴様───!」

 

 元柳斎が再び霊圧を放つ。だが───

 

「残念。時間だ───」

「「────!?」」

「ア、待ッテ。総隊長、コレ───」

 

 空から光が落ちてくる。雫が慌てて『辞表』と書かれた紙を元柳斎に渡し、四人が完全に光に包まれた。

 光の出所は空に開いた穴。更に四つの穴の上に巨大な穴があき、ズルリと伸びてきた指が押し広げる。大量の大虚(メノスグランテ)が顔を覗かせた。

 そして、四人の足下が地面ごと空へと浮かび上がる。

 

「逃げる気かいこのっ――!?」

「やめい!」

 

 藍染達を追おうと光に突撃しようとした射場を元柳斎が止めた。

 

「あれは『反膜』(ネガシオン)というての。大虚が同族を助けるときに使うものじゃ。あの光に包まれたが最後、光の内と外は完全に隔絶された世界となる。大虚と戦うたことのある者ならみな知っておる。あの光が降った瞬間から、中の者には最早触れることすら出来んとな」

 

 今も目に確かに映っている。しかし、もはや別の世界にいるようなもの。

 

「東仙!!降りてこい東仙!解せぬ!貴公は何故死神になった!?亡き友の為ではないのか!?正義を貫くためではないのか!?貴公の正義は何処に消え失せた!?」

 

 東仙に狛村は語り掛ける。満身創痍でまだ叫べるとは見た目通り人間離れした生命力を持っているようである。

 だが今は気にせず東仙に問いかけた。狛村には分からなかった。何故、友の為に死神になるという決断をする優しさを持ち、正義を誰よりも貫こうとしていた東仙が隊長となり、ある程度の発言権を持った今になって反旗を翻したのか。

  

「言ったろう狛村、私のこの目に映るのは、最も血に染まらぬ道だけだ。正義は常にそこにある。――私の歩む道こそが正義だ」

 

 価値観の相違。狛村と東仙では思い浮かべていた正義は狛村のそれとは大きく異なった。

 そして、違う場所では僅かでも情報を引き出そうと、浮竹が藍染に話しかけていた。

 

「百年も前から、今日まで裏切るために僕らと共にいた?そこまでして、何を求める」

「高みを求めて」

「……地に堕ちたか」

「驕りが過ぎるぞ、浮竹。最初から誰も天に立ってなどいない。()()、僕も、()()()もね」

 

 眼鏡を取り、髪に手をかける藍染。

 

「だが、その耐えがたい天の座の空白も終わる。これからは──」

 

 雫が申し訳なさそうな顔で地上の皆に手を振る。

 

「──私が天に立つ」

 

 髪を掻き上げ、オールバックへと変えた藍染は柔和に丸めていた瞳を本来の鋭い瞳へと戻し、眼鏡を握り砕いた。

 

「さようなら、死神の諸君、そしてさようなら、雫の───ティアマトの息子よ。人間にしては君は実に面白かった」

  

 そして次の瞬間には空間の裂け目は完全に閉ざされた。




死神図鑑~ゴールデン~

阿近「くそ、こんな大量の大虚(メノス)どうすりゃ良いんだ!」
空鶴「俺等に任せな!行くぜ兕丹坊!」 
兕丹坊「おス!」
空鶴「漸く本編初登場だ!気合い入れろ!」
阿近「………ここ、オマケだぞ」
空・兕「……なん……だと」



これにて瀞霊廷編終了。感想お待ちしております


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始まりの者達

お待たせしました


 四番隊救護詰所。

 旅禍一同はそこで休息をとっていた。取ることを、許された。今回の件は藍染による誘導。あのまま処刑を行っていては護廷は良い道化を演じることとなった。それを止めてくれたのだから、との事。

 元々元柳斎は死神の都合に人間が巻き込まれるのを良しとしない。死神の不手際で死にかけたが故に死神の力を手にした一護、その死神を守るために瀞霊廷にまで訪れた井上達。彼女達を罪に問わぬ為に、また彼女達がそうまでして命を懸けるルキアへの恩情だろう。藍染に加え残り2名の隊長格の裏切りがあった今、また旅禍に暴れられる口実を減らしたいというのもあったのだろうが。

 実際暴れる必要がなくなった旅禍達は大人しいものだ。一人、意味が違うが。

 

「ヤア、検査結果が出たヨ」

「………そんで、結果は」

「やれやれ、調べろと君の方から言ってきたくせにその態度かネ?礼の一つでも、まずは言ったらどうカネ」

 

 旅禍の筆頭黒崎一護は涅マユリの言葉に答えを急かす。マユリはそんな一護にふん、と鼻を鳴らした。

 

「結論から言うと、確かに君の中には(ホロウ)……それも、あの時観測された虚月(うろづき)(しずく)……いや、ティアマトの霊圧と適合反応があるヨ。君も心当たりがあるんじゃないのかネ?」

「……………」

「………黒崎君」

 

 その言葉に一護は苦々しい顔になり、織姫達が心配そうな顔をする。

 思い当たるのは、捨てても戻ってくる仮面。白哉との戦いでも現れ、身体の主導権を奪った力。やはりあれは(ホロウ)の力で、あのまるで人間の女性のような姿をした(ホロウ)から受け継がれた力。なら、自分の母親は───

 

「しかしおもしろい存在だヨ君は。朽木家や四楓院家と並ぶ元五大宗家の一つ志波家の血筋による死神としての高い素質に、ティアマトの(ホロウ)の力、そして血縁の母親から受け継いだであろう滅却師(クインシー)の力………君が旅禍のままでいてくれたら、存分に研究していたのだがネ………まあ、代わりに血は貰ったが」

「「「………は?」」」

 

 一護、雨竜、岩鷲は同時に声を漏らした。

 いま、とんでもないごった煮であると言われたような?

 

「ま、待ってくれ!今、何て?滅却師(クインシー)!?黒崎の母親が!?」

「いやいや、それより、志波って、どういうことだ!?」

「ヤレヤレ。騒がしいネ……私は忙しいんだヨ。ネム、説明してやれ」

「はい、マユリ様」

 

 マユリは面倒くさそうに言うとさっさと部屋から出て行ってしまう。残されたネムはジッと一護を見る。

 

「………な、何だ?」

「いえ、お義母(かあ)様の子なら、お義兄(にい)様と呼んだ方がいいのかと」

「俺はあんたの兄じゃねえよ!?」

「そうでしたね………ごめんね、一護。お姉ちゃんうっかり………」

「弟でもねぇ!!」

「………冗談です」

 

 という割には残念そうに見えるが……とジト目で睨む一護。この中では唯一彼女と会話があった雨竜はこの人こんなキャラなのか、と意外そうに見つめる。そんな視線に、込められた感情を把握したのかネムは顔を上げる。

 

「お義母(かあ)様は私が笑うと可愛いと仰り、友人も沢山出来ると言っていたのですが、どうも私の表情はお義母(かあ)様以外には見分けがつかないらしく、それならユーモアを持ってみましょう、と言われたので」

「あ、そうなんだ………」

「………そのお義母(かあ)様ってのは、俺の中にある(ホロウ)の力の大本なんだよな?」

「はい。さらに言えば茶度泰虎さん、井上織姫さんにも僅かに適合反応が………いえ、率直に言うと、これまで記録された全ての(ホロウ)に対して適合反応が大なり小なり存在します」

「全ての?え、私達も?」

 

 全ての(ホロウ)にも反応がある?どういうことだ?というか、何で自分達にも?と疑問符を大量に浮かべる織姫。

 

「………これは仮説ですが、例えば死神は死神の霊圧、滅却師(クインシー)なら滅却師(クインシー)の霊圧を、個人の差異こそあれ判断できますよね?」

「それは、まあ………」

 

 実際雨竜も霊圧の反応で死神が街に来たことに気付いたし、遠くの(ホロウ)を狙い撃ったりもした。

 

「このように霊圧に共通点があるなら、裏を返せば死神も滅却師(クインシー)も、(ホロウ)すら()()()()()()()()()()()()と似通っている、と仮説を立てられます」

「つまり……彼女が世界で最初に生まれた(ホロウ)!?」

「彼女と適合反応の多い(ホロウ)の数、存在した歴史を考えるなら、その可能性が高いかと」

 

 さすがに観測された全ての(ホロウ)を彼女が生み出したとは考えにくい。実際(プラス)(ホロウ)に変化する過程の研究結果もあるし、その時ティアマトは四番隊副隊長としての業務を全うしていた。

 

「しかし、何故俺達にも………」

(ホロウ)に襲われ生き残った者は霊感を得ることがあります。これは、(ホロウ)の身体を構成する霊子が魂魄の一部に付着するため………それが子に遺伝されることは希ですが………魂魄が不完全な状態で宿っている胎児を持つ妊婦の場合はどうなるのか、マユリ様も興味を持たれていました」

 

 まあ、四十六室に禁止されてしまったのだが。

 

「つまり、俺達は過去(ホロウ)に襲われ、この力に目覚めた、と?なら、この力は………」

「極めて(ホロウ)に近い力ですね………話を戻しますが、このことを踏まえるとお義母(かあ)様の言っていたホワイトというのは、藍染隊長とお義母(かあ)様が生み出した(ホロウ)……貴方をそう呼んだということは………」

「俺のおふくろがそいつに襲われて、おふくろの魂魄に混じったその霊圧が俺にも引き継がれたから、ってことか?」

「おそらくは………」

 

 まあ、それにしては(ホロウ)の力が濃く、霊子の一部どころかそのものが混じっているような感じだが、そこは良いか、別に。何というか、付き合いの長いはずの自分より関係が深いと言われている気がしてムカつくし。

 

「黒崎の(ホロウ)の力については解った………なら、滅却師(クインシー)が母親というのは?」

「消去法です。滅却師(クインシー)の力は間違いなくある。死神の、志波家の霊圧も………そして、二十年ほど前志波姓の死神が現世にて行方をくらましました」

「───!」

 

 ピクリと岩鷲が反応する。心当たりがあるのだろう。

 

「死神の名は志波一心。元十番隊隊長です」

 

 

 

 

 

「今頃彼は己の出生について知るだろう。君の放った一言、私達の子という意味を知ろうとしてね」

「?ホワイトハ、ソースケト私デ創ッタ二人ノ子ヨ?」

 

 藍染のどこか楽しそうな声に、ティアマトは何を今更とでも言うような顔をする。そんなティアマトの反応に藍染は笑みを浮かべながら肩を竦めた。

 

「ホワイトは、確かにそうだ。だがそれを宿した黒崎一護は、黒崎一護としての両親が存在する。黒崎一心に、黒崎真咲がね………黒崎真咲には、君なら会えるだろうけど」

「?」

「彼女の魂はグランドフィッシャーに喰われた。だが、君なら引き出すことも可能だろう?」

「可能ネ───ケド、グランドフィッシャーハ、ホワイトト戦イタイ。ホワイトモ、人トシテノ母親ノ仇ヲ討チタイ、ハズ………邪魔ハ良クナイワ」

「そうだね。無粋だった………」

 

 子供同士の殺し合いには、ティアマトは基本的に関与しない。基本的に、であり森に住む者達は例外だが。

 ティアマトはそんな平和な森に近付こうとして、離れたり近付いたりを繰り返していた気配の主を閉じ込めた黒泥の球体を指でそっと撫でる。

 ドロリとチョコが溶けるように球体が崩れると中から一組の男女が出て来た。

 

「う、ぷ……げほ!ごほ!」

「うっ………はぁ───………」

 

 産後の赤子がそうするように肺の中にまで詰まった泥をせき込むことで吐き出し呼吸を整える男女。女の方は女性というには幾分か幼い少女と言うべき年齢。片目を隠した角の生えた兜のような仮面の名残から薄黄緑色の髪が零れる。

 男の方は首飾りのような下顎骨の仮面の名残を持っており、此方は成人した見た目。気怠げに欠伸をする。

 

「名前、あんのか?元々俺だったんだろ?」

「………リリネット・ジンジャーバック。あんたこそ、名前あるの?元々あたしだったくせに」

「コヨーテ・スターク………」

「オハヨウ、二人トモ………無事、産マレテキテクレテ、何ヨリ」

 

 ティアマトはそういうと二人を抱き締める。気恥ずかしそうに目をそらすスタークも、気持ちよさそうに抱き返すリリネットもその抱擁を拒みはしなかった。

 

「その現象は、グランツ兄弟のようなものかい?」

「少シ、違ウ………アレハ取リ込ンダ魂ノ剥離───コノ子達ハ、人格ヲ形成シテイタ核トナル魂魄ノ分離……ダカラ、コノ子達ハマダ一人ノママ──」

「ほう………」

「デモ、安心シテ?繋ガリハ、アナタ達ガ自分デヤッタ時ヨリ強クシテオイタカラ………ドチラカガ生キ残レバ、アナタ達ハ死ナナイワ」

「………そうか、ありがとな母さん」

「サンキュー母ちゃん」

 

 二人の言葉に嬉しそうなティアマト。

 

「サア、二人トモ服ヲ着テ………此処ヲ、案内シテアゲルカラ。友達ヲ、沢山作リマショウ」

 

 

 

 

「………相変わらずだね、彼女は」

「子供好きやねぇ、ティアマトちゃん……その子供好きが祟って瀞霊廷のみーんな落ちこんではるでしょうけど」

 

 藍染の言葉にギンが楽しそうにケラケラと笑う。本来ならティアマトは護廷十三番隊から殉職させるつもりだった。しかし彼女が大好きな子供達に隠し事どころか嘘を吐くことになってしまったのを嫌がり勝手に出て来てしまった。その結果、間違いなく彼女の裏切りに意気消沈している者が多々出たことだろう。

 

「本人としては、裏切った気もないのだからいっそ哀れだ」

 

 ティアマトは、単に隠し事を明らかにして嘘偽りなく去った、としか考えていないのだろう。敵対するからもう愛するなとは忠告したが、きっと彼女は今でも死神達を我が子のように愛している。

 

「彼女、裏切ったりしませんかね?」

「さて、ね………そもそも彼女は手伝いをしてあげているだけ、としか考えていない。裏切るも何もないよ………ただ、敵になるとするならそれは彼女が霊王を目にした時かもね」

「………?」

「ずっと、疑問に思っていたことがある。死神の王たる霊王と、(ホロウ)の神たるティアマト………ティアマトは、何故霊王が四肢を奪われたことを知っている?」

「それは………ティアマトちゃんが千切り取ったから?」

「いいや、奪ったのは綱彌代家だ。それも、世界を三つに分けた後に、復活し復讐されるのを恐れて、だ。ティアマトは関与していない」

「なら、何で………」

「ティアマトは、霊王が自分にとって如何なる存在か忘れている。それでも、無意識に関知してしまうのだろう………」

「忘れるって、ティアマトちゃんが一度あった相手を忘れるもんですかね?」

「忘れるさ。たとえば、思い出すための名を、奪われていればね」

「それって………」

「ティアマトの力は、実を言うと相対したあの時から使う気はなかった。だが、今の彼女は、間違いなく零番隊の方から関わってくるだろうね………」

 

 

 

 

 

 

「………なんだっテ?」

 

 隊首会。格隊長達が集う会合にて隊長では無い者が混じり、その者の言葉にマユリが不快そうな顔になる。

 

「じゃからな、ティアマトは殺すのも捕らえるのも無しだ。儂等が封印する」

 

 名を名乗らず、和尚と呼ぶが良い、そんな事を言った男の言葉に砕蜂が反応する。

 

「貴様等が封印するだと?零番隊だかなんだか知らんが、勝手なことを抜かすな!」

 

 零番隊。それがこの男の正体だ。王族特務の、近衛隊。総勢五名で護廷十三隊に匹敵する戦力と言われる強さを持つ者達の、リーダー的な存在。砕蜂の怒号にも眉一つ動かさず顎髭をさする。

 

「そうは言ってものぉ、今の機会を逃し本来の力に戻れば、どうなるか」

「本来の力じゃと?今の彼奴は、仮面を砕き進化したのではないのか?」

「違う違う。むしろ退化じゃ………心を失った(ホロウ)が剥き出しの本能を守る盾として仮面を被り、進化しさらなる力を得るために境界を越え死神の力を手にする……それが今までの破面(アランカル)ども………じゃが、ティアマトは違う。あれは本能を外界から守る理由がないから仮面を捨てた、正真正銘の化物じゃ……」

 

 通常の(ホロウ)は進化に限界が来ると、(ホロウ)としての進化を諦め新たなる力を手にする。死神という別の力と混じる。もちろん全てが力を欲した結果ではないが…………。

 例えば、進化をしないくせに力を蓄えることが出来る最下級大虚(ギ リ ア ン)。この個体は強制的な進化を施された。

 他にも、力を得るつもりが無くとも孤独に耐えきれず魂を分割しその影響で仮面が剥がれた者も居る。

 だが、その全てが結局は死神の性質を得ていることに違いがない。それに対して───

 

「ティアマトだけは違う。正真正銘、(ホロウ)としての側面のみを増加し続け進化し続けた例外中の例外。ま、そもそもティアマトが進化している間死神がいなかったからのぉ。進化の側面として得ることも出来なかったんじゃろ」

「虚月の正体などどうでも良い!何故、貴様等が封印などと決めるか聞いているのだ!」

「死神の力が混じることでティアマトの意識は本体から切り離された。故に、封じ、本体へと戻らぬようにする」

「それほどの存在なのかい?雫ちゃん───いや、ティアマトって………なら、良くもまあそんな存在放置してたね、ってなるけどさ」

 

 ふむ、と周囲を見まわす和尚。どうも敵意が多い。ティアマトの処遇を後から出てきた自分が決めたのが納得行かないのだろう。せめて、自分達で決めたかったと、そんな所か。

 

「しかし藍染の目的が霊王様であるというなら、そうはいかん。今の霊王様を見れば、ティアマトは()()()()()()()()()()()()かもしれんからなぁ」

 

 

 

 

 生と死が入り交じった混沌の時代。魂魄が未練により循環を拒み、(ホロウ)が生まれ、(ホロウ)が多くの魂を食らった。特に最初に(ホロウ)となった存在は時に同族すら喰らいより強大な力を手にした。

 その頃はまだ絶対数は少なく、大虚(メノス)へと変化することはなかったが喰らった人間の魂の総数だけで後に生まれるそれすら超える強大な存在は存在するだけで周囲に影響を与えた。

 魂魄は(ホロウ)の霊圧に侵され、生きたまま魂魄が(ホロウ)と化し、器子と霊子で分けられていなかった世界はその存在に蝕まれていた。

 そんな()()に世界があらがうように、(ホロウ)に抗える力を持つ者達が生まれた。たった一人の例外を除き、()()に挑んだ者は等しく()()の糧となったが。

 唯一の例外は、()()の特質を受け継いだ者。

 後の世にて完現術者(フルブリンガー)と呼ばれる無機物に宿った希薄な魂魄にすら干渉し使役する能力者。彼等は(ホロウ)の特質も併せ持つ。最初の彼とて例外ではない。魂魄の一部が()()の霊圧に侵された胎児は、しかし産まれる時その力に反撥するかのように後の世にて死神と呼ばれる者達の力を、その力に屈したように、その事実を否定するかのように消滅させる、後の世にて滅却師(クインシー)と呼ばれる者達の力を宿した存在。

 自身の特性を色濃く受け継いでから産まれた存在。周りの子等と違い、変質したわけではなく新たに誕生した存在。

 ()()の未練は生前生むことの叶わなかった子を、その手に抱きしめることが出来なかった我が子を産みたい、抱きしめたいという純然たる母の想い。故に、その存在を改めて()()()()()とした。だから、彼女の記憶からその男に関する全てを塗りつぶした。

 何を追っていたのか忘れた()()はやがて新たに産まれた同胞達と違う世界へと消えていった。そこは同胞達しかいない世界。故に食い合い、新たなる(ホロウ)の形を取った。しかし彼女は最初からその存在より強かった。姿形は似ていても、別物だった。

 そうして何時しか世界を飲み込みその世界を我が子で満たそうとした。その世界を飲み込み、別の世界にすら向かうのは時間の問題だった。しかし止まった。何故か止まった。理由は不明。しかし今は、一つの世界で、そこに住まう子供達で満足している。戦って勝てる相手でもない。故に監視という名の放置に切り替えた。

 だが、もし()()が霊王を思い出したら?再び産み直そうとするかもしれない。傷つけられた己にとっての愛し子を見て、怒り狂うかもしれない。

 ()()が協力する存在の目的は霊王を殺すこと。いや、それ自体は定かではないが少なくとも霊王の住まう場に向かうのだけは既に解ったことだ。だからこそ、止めなくてはならない。()()を霊王に会わせぬ為に。




破面大百科~ゴールデン~

ティアマト「起キタ?」

真咲「あれ?えーっと、ここは?」

ティアマト「グランドフィッシャーニ頼ンデ、少シダケ撒キ餌ヲ媒体ニ魂魄ノ記憶ヲ表面化シタノ………」

真咲「グランドフッシュ?高級魚?」

ティアマト「一カラ説明スル………」



真咲「そっかー、やっぱり私食べられちゃったんだ。うーん、でも何で急に力が使えなくなったんだろ?」

ティアマト「ソースケモ、ソコハ予想外ダッタソウヨ。本当ナラアナタニ滅却師(クインシー)ノ力ノ使イ方ヲホワイトニ教エサセルタメダッタラシイカラ」

真咲「うーん、でも、あんまり危険に関わって欲しくないから少ししか教えなかったかも」

ティアマト「ソノ後席官デモ勝テナイ子ヲブツケル予定ダッタカラ、ホワイトハソノ場ニ居ル死神カラ力ヲ受ケ取ラザルヲ得ナクナルケド」

真咲「あれ、私は?」

ティアマト「アナタヨリ強イ子達ニ相手サセルワ」

真咲「ええー、そのそーすけって人、性格悪くない?」

ティアマト「デモ、カワイイ子ヨ?」

真咲「それって絶対ティアちゃんの子煩悩フィルター入ってるって、でも確かに自分の子供って、すっごく可愛いよね~………あ、そうだ!ティアちゃん一護の事見てたんでしょ?教えて教えて!」

ティアマト「エエ、良イワヨ」


真咲「なるほどなるほど。女の子のために身の危険も省みず、かぁ………一護も男の子になっちゃって………流石私の自慢の息子!」

ティアマト「少シ、心ガ脆イトコロモアルケド優シイ子ナノヨホワイトハ。流石可愛イイ私ノ息子」

真・ティア「「………ン?」」



グランドフィッシャー「親権争いって怖い………」



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