精霊たちが異世界から来るようですよ? (夜桜紅)
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YES! ウサギが呼びました!
天災


額から一雫の汗が流れる。

それは、目の前にある光景があまりにも無残だったから。 ほんの数分前までは活気に溢れていたであろう街並みは巨大な力で風化したように滅茶苦茶になっている。 空を舞って周囲を見て、気づくここにはとてもいい街だったんだろう、っと

 

禍々しいオーラを放つ刃は、 巨大な刀と共に踊る。まるで小規模の花火が咲くように常識を超えた速さと力が空を埋めるように爆発させる。彼女は神々しい格好していた。白と紅色のドレスコードを纏い背丈からすれば、恐らく少女と呼べるくらいの年齢だろう。 その手に握るのは、少女の身の丈を悠々と超えるであろう光を形容させたような純白の長刀、罪深きものを裁くため、斬るということに特化した刃は全ての闇を浄化するかのように神々しく輝く。

 

少女はただただ泣いていた。鮮血を浴びたような姿で。シルクのような材質なのか綺麗には見えた が、その鮮血は全てに恐怖感を与えている。そして、少女は罪人を断罪するように命を狩る行為を繰り返している。

 

憂いげな少女を思わせる声音だった。だが、降り下ろされるその刃は確実に人間を殺すための

 

殺人道具となって襲い掛かってくる。

 

少年は断罪するようにと迫った刃を真正面から受け流し弱々しくすぐに折れてしまいそうな少女の足に突き刺すというより抉るかの様に少年の脚が叩き込まれる。風に吹かれ飛んでしまった枯れ葉のように少女は、空中で舞い、その隙に少年は剣を二つ出し構えると同時に剣の刃には妖気のようなものが包み込み、少年は自身を投げ出す様に二つの剣で舞うように大きく薙ぎ払った。

 

生み出される斬撃は迷いなく少女を殺すために放たれた剣閃。しかし、少女はそれを見てくるりと斬撃を撫でるように紙一重で躱した。

 

剣を鞘に納め、少年は疲労の籠った嘆息 を付きながら少女を見つめた。

 

「君も私を殺しに来たのですね、ですがそう易々と殺される訳にはいきません!!」

 

少年は彼女の言葉に先ほどより大きい嘆息を付いて、二つ剣の柄を再び抜いた。

 

「そういえば、君の名前は?僕は、鷲崎涼夜(わしざきりょうや)

 

少年の思いだしたような質問に少女は目を丸くすると愛らしい笑顔を浮かべ

 

「私は零泉咲夜(れいせんさくや)です」

 

少女も、少年と同じように断罪者を思わせる長刀を構えながら質問を返す。

 

少女と少年は互いに名前を交換し殺し合いが再開された。

 

でもそれもすぐに終了する

空から手紙が降ってくるという形で

少女はその好奇な物を発見する。

『零泉咲夜殿へ』と

その手紙の封を切り文章を読んだ。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むのならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの“箱庭”に来られたし』

 



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箱庭

「わっ」

「きゃ!」

「私以外にも三人どうしよう」

 

四人の視界は間を置かずに開けた。

急転直下、彼らは上空4000mほどの位置で投げ出されたのだ。

落下に伴う圧力に苦しみながらも、四人は同様の感想を抱き、同様の言葉を口にした。

 

「ど………何処だここ!?」

 

眼前には見た事のない風景が広がっていた。

視線の先に広がる地平線は、世界の果てを彷彿とさせる断崖絶壁。

眼下に見えるのは、縮尺を見間違うほど巨大な天幕に覆われた未知の都市。

彼らの前に広がる世界は異世界だった。

 

 

箱庭二一○五三八○外門居住区画、 第三六◯工房

 

「何から何まで任せて悪いけど……彼らの迎え、お願いできる?」

「任されました」

 

『工房』の扉に手をかけた黒ウサギに、少 年は不安そうな声をかけた。

 

「彼らの来訪は………僕らのコミュニティ を救ってくれるだろうか」

「……。さあ?けど“主催者”曰く、これだけは保証してくれました」

 

おどけるように悪戯っぽく笑った黒ウサギ は、

 

「彼ら四人は………人類最高クラスのギフト所持者だ、と」

 

しかし彼らは知らなかった。

 

そのうちの一人が天災と呼ばれ、恐れられていることを

 

 

『ぎにゃああああああ!!お、お嬢おおおおおお!!』

 

上空4000mから落下した四人と一匹は、落下地点に用意してあった緩衝材のような薄い水膜を幾重を通って湖に投げ出される。

 

「きゃ!」

「わっ!」

「………!!」

 

ポチャン、と着水。水膜で勢いが衰えていたため四人は無傷ですんだが、耀とともに落ちてきた三毛猫はそうもいかない。

慌てて耀が抱きかかえ、水面に引っ張りあげる。

 

「………大丈夫?」

 

『じ、じぬがぼおぼた………!』

 

まだ呂律が回らないながらも無事を確認した耀はほっとする。

他の三人はさっさと陸地に上がりながら、 それぞれが罵詈雑言を吐き捨てていた。

 

「し、信じられないわ!問答無用で引き摺りこんだ挙げ句、空に放り出すなんて!」

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

「………。いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

「俺は問題ない」

「……そう。身勝手ね」

「十香たち来れるかな?」

「此処………どこだろう?」

「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、どこぞの大亀の背中じゃねえか?」

 

耀の呟きに十六夜が答える。何にせよ、知らない場所であることは確かだった。

 

「まず間違いないだろうけど、お前らにも変な手紙が?」

「そうだけど、まずは“オマエ„って呼び方を訂正して。―――私は久遠飛鳥よ以後は気を付けて。それで、そこの猫を抱きかかえている貴女は?」

「………春日部耀。以下同文」

「そう。よろしく春日部さん。次に野蛮で狂暴そうなそこの貴方は?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。 見たまんま野蛮で狂暴な逆廻十六夜です。粗野で 凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、 用法と用量を守った上で適切に接してくれお嬢様」

「…そう。取扱説明書をくれたら考えてあげる  わ、十六夜君」

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

「……最後に、白い服を着ている貴女は?」

「私は零泉咲夜」

 

心からケラケラと笑う逆廻十六夜。

傲慢そうに顔を背ける久遠飛鳥。

我関せず無関心を装う春日部耀。

一人で考え納得したかのように頷く零泉咲夜。

そんな彼らを物陰から見ていた黒ウサギは思う。

 

(うわぁ………何だか問題児ばっかりみたいで すねえ………)

 

召喚しておいてアレだが………彼らが協力する姿は、客観的には想像できそうにない。黒ウサギは陰鬱そうに重くため息を吐くのだった。



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兎弄り

「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ」

「そうね。何の説明もないままでは動きようがないもの」

「………。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

「そう言う貴女も人のこと言えないでしょう」

 

(全くです)

 

黒ウサギはこっそりツッコミを入れた。

もっとパニックになっていた方が飛びだしやすいのだが、場が落ち着き過ぎているので出ようにも出れないのだ。

 

(まあ悩んでいても仕方がないデス。これ以上不満が噴出する前にお腹を括りますか。)

 

罵詈雑言が飛び交っているのを見ると怖気づきそうになるが、此処は我慢である。

ふと十六夜がため息交じりに呟く。

 

「――――仕方がねえな。こうなったらそこに隠れている奴にでも話を聞くか?」

 

物陰に隠れた黒ウサギは天敵に睨まれたかのように飛び跳ねた。

四人の視線が黒ウサギに集まる。

 

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

「当然。かくれんぼじゃまけなしだぜ?そこの猫を抱いているお前も気づいてたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

「で、おまえもだろ?」

 

三人の視線が咲夜に集まる

 

「この程度、反応出来ないととっくの昔に死んでいる………人間によって」

 

「………へえ。面白いなお前。特におまえ」

 

軽薄そうに笑う十六夜の目は笑っていない。

理不尽な召集を受けた四人は殺気の籠った冷ややかな視線を黒ウサギに向ける。

 

「や、やだなあ皆様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?

古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。

そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話しを聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「不確定要素は消えてください」

「あっは、取りつくシマもないですね♪って最後の方酷すぎませんか」

「なら信頼を得られるように態度で示して」

「は、はい頑張ってみます」

 

しかしその眼は冷静に四人を値踏みしてい た。

 

(肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝ち気は買いです。まあ、扱いにくいのは難点ですけども。)

 

「そんな目で見ないで、人を計るみたいな目で」

「っ!…なんで」

 

分かったんですか、と言おうとしたら

 

「勘?」

 

ガクッと崩れ落ちる黒ウサギ。

するといつの間にか黒ウサギの隣にいた耀が黒ウサギの耳を鷲掴み、

 

「えい」

「フギャ!」

 

力いっぱい引っ張った。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面でいきなり黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

「好奇心の為せる技」

「自由にも程があります!」

「へえ?このウサ耳って本物なのか?」

 

今度は十六夜が右から掴んで引っ張る。

 

「………。じゃあ私も」

「ちょ、ちょっと待っ――――!」

今度は飛鳥が左から。左右に力いっぱい引っ張られた黒ウサギは、言葉にならない悲鳴をあげ、その絶叫は近隣に木霊した。

 

「御愁傷様です。黒ウサギさん」

「そんなこと言うよりも助けてくださいよ!」



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ギフトゲーム

「―――あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらうために小 一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに違いないのデス」

「いいからさっさと進めろ」

 

涙を瞳に浮かばせながらも、話を聞いてもらえる状況を作ることに成功した。

四人は黒ウサギの前の岸辺に座り込み、彼女の話を『聞くだけ聞こう』という程度には耳を傾けている。

黒ウサギは気を取り直して咳払いをし、両手を広げて、

 

「それではいいですか、皆様。定例文で言いますよ?言いますよ?ようこそ、"箱庭"へ!

我々は、御四人様にギ フトを与えられた者達だけが参加できる 『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしまし た!」

「ギフトゲーム?」

「そうです!すでに気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその"恩恵"を用いて競いあう為の ゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力 を持つ保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ!」

 

両手を広げ箱庭をアピールする黒ウサギ。

飛鳥が質問するために挙手をした。

 

「まず初歩的な質問からしていい?貴女の言う"我々"とは貴女を含めた誰かなの?」

「YES!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある"コミュニティ"に必ず属していただきます ♪」

「嫌だね」

「属していただきます!そして『ギフト ゲーム』の勝者はゲームの"主催者"が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

「………"主催者"って誰?」

「様々ですね。暇をもて余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として、前者は、自由参加が多いですが"主催者"が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。 "主催者"次第ですが、新たな"恩恵"を手にすることも夢ではありません。後者は、参加のためにチップもを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらはすべて"主催者"のコミュニティに寄贈されるシステムです」

「後者は結構俗物ね………チップには何を?」

「それも様々ですね。金品・土地・利権・ 名誉・人間………そしてギフトを掛け合うことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑むことも可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦い に負ければ当然――――ご自身の才能も失われるのであしからず」

 

今まで、黙って聞いていた咲夜が質問する

 

「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」

「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければ OK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」

「つまり『ギフトゲーム』とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいの?」

 

お?と黒ウサギは、驚く。

 

「ふふん?中々鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。ここでも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。――――が、しかし!『ギ フトゲーム』の本質は全くの逆!一方の勝 者だけが全てを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示した ゲームをクリアすればタダで手にすることも可能だと言うことですね」

「野蛮」

「ごもっとも。しかし“主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり、奪われるのが嫌な腰抜けは初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます」

 

黒ウサギは一通りの説明を終えたのか、一枚の封書を取り出した。

 

「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の全ての質問に答える義務がございます。が、それら全てを語るには少々お時間がかかるでしょう。新たな同士候補である皆さんを何時までも野外に出しておくのは忍びない。ここから先は我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが………よろしいです?」

「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」

 

静聴していた十六夜が威圧的な声を上げて立つ。ずっと刻まれていた軽薄な笑顔が無くなっていたことに気づいた黒ウサギは、構えるように聞き返した。

 

「………どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」

「そんなことはどうでもいい。黒ウサギ。お前に向かってルールを問いただしたところで何かが変わるわけじゃねえんだ。世界のルールを変えようとするのは革命家の仕事であって、プレイヤーの仕事じゃねえ。俺が聞きたいのは………たった一つだけだ」

 

十六夜は視線を黒ウサギから外し、他の二人を見まわし、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。

彼は何もかも見下すような視線で一言、

 

「この世界は………面白いか?」

「―――――」

 

他の三人も無言で返事を待つ。

彼らを呼んだ手紙にはこう書かれていた。

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。

それに見合うだけの催し物があるのかどうかこそ、四人にとって一番重要な事だった。

 

「―――YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」



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王女~前編~

箱庭二一〇五三八〇外門。べリベット通り・噴水広場前。

 

「ジン坊ちゃーン!新しい方を連れてきましたよー!」

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性三人が?」

「はいな、こちらの四人様方が—――」

 

クルリ、と振り返る黒ウサギ。

カチン、と固まる黒ウサギ。

 

「………え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」

「逆廻君のこと?彼なら“ちょっと世界の果てを見てくるぜ”ってあっちの方に」

 

あっちの方に。と指をさすのは上空4000mから見えた断崖絶壁。

街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて三人に問いただす。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

「“止めてくれるなよ”と言われたもの」

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

「“黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう御三人さん!」

「「うん」」

「ごめんね、黒ウサギ」

 

ガクリ、と前のめりに倒れる。新たな人材に胸を躍らせていた数時間前の自分が妬ましい。

まさかこんな問題児ばかり摑まされるなんて嫌がらせにも程がある。

そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。

 

「た、大変です!“世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

「幻獣?」

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に“世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー?………斬新?」

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

ジンは必死に事の重大さを訴えるが、二人は叱られても肩を竦めるだけである。

黒ウサギはため息を吐きつつ立ち上がった。

 

「はあ………ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「わかった。黒ウサギはどうする?」

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに―――“箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

「待って黒ウサギ、私も行く」

「ですが」

「行く」

「でm「いく」」

「いく」

「………わかりました」

「それでいい」

 

悲しみから立ち直った黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒い髪を淡い緋色に染めていく。外門めがけて空中高く跳び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!」

 

黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ踏みしめた門柱に亀裂を入れる。全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び去り、あっという間に三人の視界から消え去っていった。

巻き上がる風から髪の毛を庇う様に押さえていた久遠飛鳥が呟く。

 

「………。箱庭のウサギは随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

「ウサギ達は箱庭の創設者の眷属。力もそ うですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」

「黒ウサギも堪能下さいと言っていたし、 お言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

「え、あ、はい。コミュニティのリーダー をしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願い します。二人の名前は?」

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

「春日部燿」

「それじゃあ、また後で」

「ええ」

 

その言葉を聞いて咲夜は黒ウサギが 去っていった方向を見ると“消えた”

 

 

「あーもう!一体何処まで行っちゃったんですか!?それに咲夜さんも後ろから一向に来ませんし」

 

黒ウサギが逆廻十六夜を探し初めて早くも半刻が過ぎようとしている。

上空4000mから見れば大した距離には見えなかったのだろうが、彼ら四人が落下した湖から“世界の果て”に伸びる街道は途方もない距離がある。

道中は森林を横断せねばならないため、初見で辿り着けるとは思えない。

 

(しかもこの辺り一帯は特定の神仏がゲームテリトリーにしています。もしも彼らの口車に乗せられてゲームに参加させられていたら・・・・・・・・・!)

 

益々もって彼の身が危ない。焦りを募らせ走る黒ウサギだったが、周囲の森林から聞こえる怪しい呻き声に足を止める。

 

『・・・・・・・・・兎だ』

『兎が来たぞ』

『この辺境に“月の兎”が来やがった』

『小僧が言った通りだ』

『足止めするか?』

『ゲームを挑むか?』

『“月の兎”を相手に?』

『しかし何を挑むと?』

『力か?』

『知恵か?』

『それとも勇気か?』

『馬鹿な、何で挑んでも勝ち目などないぞ』

 

ウサギは“箱庭の貴族”と呼ばれる貴種だ。全体数が少ないことに加えて箱庭の外に出る機会が滅多にない珍しいウサギを一目見ようと、森の魑魅魍魎が集まってきたのだろう。

 

「あのー森の賢者様方。つかぬことをお聞きしますが、もしかしてこの道を通った方を御存じでしょうか?よかったらこの黒ウサギに道を示していただけますか?」

 

『・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『よかったら私が案内しましょうか、黒兎のお嬢さん』

 

茂みから魑魅魍魎とは違う、静かな声と蹄の音が響く。現れたのはユニコーンと呼ばれる幻獣だった。

 

「こ、これはまた、ユニコーンとは珍しいお方が!“一本角”のコミュニティは南側のはずですけども?」

 

『それはこちらの台詞です。箱庭の東側で兎を見ることなど、コミュニティの公式ゲームの時ぐらいだと思っていましたよ―――と、お互いの詮索はさておき。貴女の探す少年が私の想像通りならば、私の目指す方角と同じです。森の住人曰く、彼は水神の眷属にゲームを挑んだそうですから』

 

「うわぉ」

 

黒ウサギはクラリと立ち眩み、そのままガックリと膝を折った。

“世界の果て”と呼ばれる断崖絶壁には箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着点、トリトニスの大滝がある。現在その近辺に住む水神の眷属といえば龍か蛇神のいずれしかいない。

 

「本当に・・・・・・・・・本当に・・・・・・・・・なんでこんな問題児をぅ・・・・・・・・・!」

 

『泣いている暇はないぞ。少年が君の知人なら急いだ方がいい。ここの水神のゲームは人を選ぶ。今ならばまだ間に合うかもしれない。背に乗りたまえ』

 

「は、はい―――わわ!」

 

黒ウサギが背に跨ろうとした、その時だった。

突如、大地を揺らす地響きが森全体に広がったのだ。すかさず大河の方角を見ると、彼方には肉眼で確認できるほど巨大な水柱が幾つも立ち上っている。

それは通常のゲームが行われているのなら、あり得ない現象であった。



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王女~後編~

「・・・・・・・・・。すいません。やっぱり黒ウサギ一人で向かった方が良さそうです」

 

『むぅ・・・・・・・・・乙女を一人で危地にやるのは気が進まないが・・・・・・・・・私では不足かい?』

 

「はい。もしもの場合に貴方を守れないかもしれない。それに失礼ですけど、駆け足も黒ウサギの方が速いですから」

 

ユニコーンは苦笑いしながら数歩下がる。

 

『気を付けて。君の問題児君にもよろしく』

 

黒ウサギは頷くと、緊張した表情のままトリトニス大河を目指して走り出す。

彼女の姿は瞬く間に遠くなる。風を追い抜き、木々を撓らせ、光の如く森を抜けていく。

眼前が開け、僅か数瞬間後には森を抜けて大河の岸辺に出た。

 

「この辺りのはず・・・・・・・・・」

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

背後からあの忌々しい問題児の声が聞こえる。どうやら十六夜は無事だったらしい。

黒ウサギの胸中に湧き上がる安堵、は全くない。散々振り回された黒ウサギの胸中はもう限界だった。怒髪天を衝くような怒りを込めて勢いよく振り返る。

 

「もう、一体何処まで来ているんですか!?それにその方は一体何方ですか!?」

「“世界の果て”まで来ているんですよ、っと。まあそんなに怒るなよ」

「私か?私は夜刀神十香だ」

 

十六夜の小たらしい笑顔も健在だ。心配は不要だったらしく、何処にも傷はない。あえて半刻前と違うところを挙げるのであれば、落下した時よりびしょ濡れだったぐらいだろう。

 

「しかしいい脚だな。遊んでいたとはいえこんな短時間で俺に追いつけるとは思わなかった」

「むっ、当然です。黒ウサギは“箱庭の貴族”と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが」

 

アレ?と黒ウサギは首を傾げる。

 

(黒ウサギが・・・・・・・・・半刻以上もの時間、追いつけなかった・・・・・・・・・?)

 

「ま、まあ、それはともかく!十六夜さんが無事でよかったデス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

「水神?―――ああ、アレのことか?」

 

え?と黒ウサギは硬直する。十六夜が指さしたのは川面にうっすらと浮かぶ白くて長いモノだ。黒ウサギが理解する前にその巨体が鎌首を起こし、

 

『まだ・・・・・・・・・まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ!!』

 

十六夜が指したそれは―――身の丈三〇尺強はある巨躯の大蛇だった。それが何者か問う必要はないだろう。間違いなくこの一帯を仕切る水神の眷属だ。

 

「蛇神・・・・・・・・・!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」

 

ケラケラと笑う十六夜は事の顚末を話す。

 

「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なこと言ってくれたからよ。俺を試せるのかどうか試させてもらったのさ。結果はまあ、残念な奴だったが」

 

『貴様………付け上がるな人間!我がこの程度の事で倒れるか!!』

 

蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。

黒ウサギが周囲を見れば、戦いの傷跡とみてとれる捻じ切れた木々が散乱していた。あの水流に巻き込まれたが最後、人間の胴体など容赦なく千切れ飛ぶのは間違いない。

 

「十六夜さん、下がって!」

 

黒ウサギは庇おうとするが、十六夜の鋭い視線はそれを阻む。

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」

 

本気の殺気が籠った声音だった。黒ウサギも始まってしまったゲームには手出しできないと気づいて歯噛みする。十六夜の言葉に蛇神は息を荒くして応える。

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様の勝利を認めてやる』

 

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ。」

 

求めるまでも無く、勝者は既に決まっている。

その傲慢極まりない台詞に黒ウサギも蛇神も呆れて閉口した。

 

『フン―――その戯言が貴様の最後だ!』

 

蛇神の雄叫びに応えて嵐のように川の水が巻き上がる。がその瞬間“空間が震えた”まるで何かを恐れているかのように

だが何百トンもの水を吸い上げ蛇神の丈よりも遥かに高く舞い上がる渦を巻いた水柱はもう止められない。

竜巻く水柱は計五本。それぞれが生き物のように唸り、蛇のように襲いかかる。

この力こそ時に嵐を呼び、時に生態系さえ崩す、“神格”のギフトを持つ者の力だった。

 

「十六夜さん!」

 

黒ウサギが叫ぶ。しかしもう遅い。

竜巻く水柱は川辺を抉り、木々を捻じ切り、十六夜の体を激流に呑み込む―――!

 

「―――ハッ―――しゃらくせえ!!」

 

突如発生した、嵐を超える暴風の渦。

十六夜は竜巻く激流の中、ただ腕の一振りで嵐をなぎ払ったのだ。それと同時に空間の震えが収まりそこに人影が現れる

其れは咲夜であった。だがさっきの十六夜の一振りで消せなかったのか二つの水柱が襲いかかる

 

「咲夜さん!」

「咲夜!!」

 

今度は二人が叫ぶ。

咲夜は避けるような動作すらせずに言葉を紡ぐ

黎明熾天《ルシフェル》”と

そして純白の長刀が現れる

咲夜はその純白の長刀を“二振り”持ち、構える

水柱が咲夜を引き裂こうと触れたように見えた瞬間、水柱が四つに分かれた。

勿論、これに黒ウサギは驚く

だが、本当に驚いたのは、咲夜が“神格持ち”ということだったのだ。

 



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7話

「くそ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ」

 

今ごろ黒ウサギの頭の中はパニックで一杯だろう。その証拠に冗談めかした十六夜の声は黒ウサギに届いていない。

と、思ったら今度は何やら興奮を抑えきれない、といった様子の黒ウサギ。

 

「おい、どうした?ボーッとしてると胸とか脚とか揉むぞ?」

「え、きゃあ!」

 

背後に移動した十六夜は黒ウサギの腋下から豊満な胸に、ミニスカートとガーターの間から脚の内股に絡むように手を伸ばしていた。

 

「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの貞操に傷つけるつもりですか!?」

「二百年守った貞操?うわ、超傷つけたい」

「お馬鹿様!?いいえ、お馬鹿様!!」

「ま、今はいいや。後々の楽しみにとっとこう」

「さ、左様デスか」

 

ヤハハと笑う十六夜は黒ウサギにとっての天敵かもしれない。

「と、ところで十六夜さん。その蛇神様はどうされます?というか生きています?」

「命まで取ってねえよ。戦うのは楽しかったけど、殺すのは別段面白くもないしな。“世界の果て”にある滝を拝んだら箱庭に戻るさ」

「ならギフトだけでも戴いておきましょう。ゲームの内容はどうあれ、十六夜さんは勝者です。蛇神様も文句はないでしょうから」

「あん?」

 

十六夜が怪訝な顔で黒ウサギを見つめ返す。黒ウサギは思い出したように補足した。

 

「神仏とギフトゲームを競い合う時は基本的に三つの中から選ぶんですよ。最もポピュラーなのが“力”と“知恵”と“勇気”ですね。力比べのゲームをする際は相応の相手が用意されるものなんですけど………十六夜さんはご本人を倒されましたから。きっと凄いものを戴けますよー。これで黒ウサギ達のコミュニティも今より力を付ける事が出来ます♪」

 

黒ウサギが小躍りをしそうな足取りで大蛇に近寄る。

三人はそれを遮る。

 

「……黒ウサギ、お前何か決定的な事をずっと俺たちに隠してるよな?……お前はどうして俺達を呼び出す必要があったんだ?」

「そ、それは……言った通りです。十六夜さんたちにオモシロオカシク過ごして頂こうと……」

「ああ、そうだな。俺も初めは純粋な好意か誰かの遊び心で呼び出されたんだと思っていたんだよ。俺は大絶賛“暇”の大安売りしていたわけだし、他の三人も異論が上がらなかったってことは、箱庭に来るだけの理由があったんだろうよ。だからオマエの事情なんて特に気にかからなかったんだが―――なんだかな、俺には、黒ウサギが必死すぎに見える」

 

何も答えずに黙ってしまう黒ウサギ。

十六夜はその姿を見て、更に話を進める。

 

「これは俺の勘だが、今、確信に変わった。黒ウサギのコミュニティは弱小のチーム、もしくは訳あって衰退したコミュニティなんじゃねぇか?」

 

「…………」

 

「沈黙は是なりだぜ、黒ウサギ」

 

泣きそうな顔になった黒ウサギ。

返答を待つ十六夜。

そしてそれを眺め、話に耳を傾ける俺。

 

何とも奇妙な空気が流れ始めた。

 



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