シャミ子が悪いんだよ (PRD2)
しおりを挟む

01

衝動に任せて書いた。
後悔はあんまりない。

結局は作者の妄想なので解釈違いに注意です。
そんなの関係ねぇシャミ桃見せろい! な人は暇潰しにどうぞ。
そしてこれ読んだ後に皆もまちカドまぞくの二次創作書きましょう。
私も、書いたんだからさ。


 ──これは、私こと千代田桃がばんだ荘に移り始めた頃のこと。

 

 私はどこにでもいる普通の魔法少女だ。

 幼い頃、光の一族であるメタ子と契約してなんやかんやで世界を救った程度の、ごく一般的魔法少女である私は、最近高校で知り合った闇の一族である魔族──シャドウミストレス優子ことシャミ子と協力することで、十年前から行方が分からなくなっている義理の姉──千代田桜を探すことを約束した。

 シャミ子は混沌を糧とし無秩序をパワーとする闇属性でありながら、おつむも弱ければ身体もムチムチの運動不足で、「相手の夢に潜って操る能力」という折角の強力な能力を『相手に親愛の情を抱かせて秘密喋ってもらおう大作戦』程度のショボい使い方くらいしか思いつかない位にはポンコツ魔族だった。

 闇の一族を名乗るには、あまりに戦闘センスが無くて。

 魔族の復興を遂げると豪語するには、あまりに善良。

 それこそ私は、当初シャミ子の事を『何だか手のかかる世話好きな後輩』的ポジションの女の子程度にしか考えていなかった。

 ……いや。

 もしかしたら──行方不明の姉の居場所についての手掛かりになるかも……なんていう最低な下心を持って仲良くしていたことは、否定できない。

 そして姉である千代田桜が原因でシャミ子の父親は段ボールへと封印されてしまい、吉田家から大切なお父さんを奪い去ってしまった事を知って、その負い目から私は彼女の前から去ろうとした。

 けれど。

『桃──魔法少女やめちゃいませんか?』

『桃が考えるのがつらいことは一緒に考えますし、桃がやりたくないことは私も一緒にやります』

『完全に取り戻せなかったら諦めて撤収するんですか? 私は諦めない!』

『私は封印の解除もおとーさんも、桃と一緒にいることも諦めません』

『強くなってもっといっぱい動けるようになって……全部ほしいものを取り戻せるだけ取り戻す! ……まぞくらしく欲張りに生きるのだ!』

『……魔法少女千代田桃、もう一人での戦いは諦めたらどうだ? 自分の弱さを受け入れ、堕落しつくし、光の正道を外れ闇の道に堕ちるがいい』

 

『私の……シャドウミストレス優子の配下になれ』

 

 その姿は、私の知るどの彼女よりも闇の支配者に相応しく。

 その言葉は、私の知るあらゆる言葉よりも強かった。

 傲慢にして恐れ知らず。

 勇敢にして──魅力的。

 私の冷静な判断力によってそれが悪手だと判明しなければ、私はその言葉に従い、シャミ子の眷属になっていたのは間違いなかった。

 結局その話は流れ、代わりにシャミ子と姉を探し、その見返りとしてシャミ子を立派な魔族として鍛え上げる事で契約は成立。そこから私と彼女の関係は、倒すべき宿敵にして共同戦線を張る仲間にランクアップを遂げた。

 

 ……そして、今日。

「桃ー足どけてください、掃除機かけますから」

「……ん」

「足上げるだけじゃなくて、ソファにまっすぐな感じにです!」

「……んー」

 そのシャミ子は──私の部屋を掃除していた。

 リラックスした私服に身を包みながら、私が実家から持って来たそこそこ最新(らしい)掃除機を、両手でテキパキとかける様は手慣れたもので、まるで主婦のようだった。

 私はシャミ子に注意された通りにソファに寝そべりながら、ボーっとしながらシャミ子を見ていた。

 シャミ子が掃除もろくにしない私を見かねて部屋の掃除を始め、それからというもの二日おきくらいに彼女は隣りの部屋からわざわざこちらに掃除機をかけに出向いて三回目の今日──私はとあることを考えていた。

 それは、今日のシャミ子の筋トレはどうするか悩んでいた──わけでなく。

 或いは、『桃が手伝うとタンスの裏や天井をはたきでバシバシしてほこりまみれになるので、私のやり方を見て掃除の仕方を学んでください』と、若干バカにされた腹いせにダンベルの重さを倍にしようか──なんてことでもなかった。

「…………」

 視線は虚ろに天井──と思わせておきながら、焦点をズラしつつ彼女の方へ。

 せっせっと背を屈めながら、熱心に掃除機をかける彼女を盗み見るように。

 私に闇堕ちを提案してきたあの日の姿とは違って、甲斐甲斐しく私の世話をする彼女の姿に──思わず息が漏れた。

 しょうがないと呆れながら、宿敵の家が汚いのはなんか嫌です! と言いたげだった彼女の姿は善良そのもので。

 そして──何だか休日に彼氏の世話を焼く『彼女』みたいだと。

(……また、この感じだ)

 胸をつつくような、奇妙な感覚。

 背筋がそわそわとしながらも、なぜだか不思議と──けれど確かに心が満たされるような感覚。

 例えるなら──まるで子供が、自分のオモチャを胸に抱いて『自分の物であること』に満足を覚えるような……実際にそんな事を思った幼少期は無いはずなのに、不思議と昔似たような思いを抱いてしまったような気がした。

 ──それは、シャミ子と契約を果たした日から私の心に(わだかま)る思いだった。

 あの日から、守るべき妹のような存在だったシャミ子が、共に戦う仲間になった時から、私がシャミ子に向ける視線の意図が何となく変わってしまった。

 体を目一杯使った彼女のオーバーリアクションが、前までは何だか我が儘に映っていたのが──構って欲しそうな猫のように見えた。

 得意気な顔で私に勝負を仕掛ける姿が、前までは仕方の無い子供のようだったのに──お茶目な女の子のように見えた。

 そして今。

 まるで小うるさい母親のように──私に親はいないけれど──世話を焼いていた姿が──一転して“私の”彼女のように……。

(……おかしい。絶対なにかがおかしい)

 いつの間にかテンションが上がってきたのか、鼻唄を歌いながらリズミカルに腰をフリフリしだした彼女の姿を見ながら思案する。

 そう──彼女を見る目が変わった、変わってしまった。

 具体的には──前よりシャミ子が、ずっと可愛く見えた。

 ふと何の気なしに私の部屋に遊びに来ては、私の隣に座って話し出した時とかに緊張する時があったり。筋トレの時に彼女の体に触れて教える時に、思っていたより柔らかくて驚いたり。疲れて無防備な姿で私のソファーで寝たりする姿に……ドキドキしたり。

(なんなんだろう、この気持ちは……)

 すわ私の深層心理にシャミ子が何かを埋め込んだかと思うほどの変化……実際に彼女が私にそんなことをした覚えも無ければ、された覚えも無いと言うのに。

「うぅ、やけに重いですねこのテレビ……流石は()()()()といったところですか……ねぇ桃ー、ちょっとこれ動かしてもらっても──な、何でこっちガン見してるんですか?」

「……いや、やっぱりもうちょっと絞れるかなって。腕とか太ももとか」

「何を搾るんですか!? 私の腕は果物ではありませんよ!」

「いやそっちじゃなくて……まあいいや。それで、テレビをどかせば良いんだよね」

 シャミ子の声に一度思考を中断し、適当にあらかじめ考えていた誤魔化しの言葉を口にしつつ、テレビの前まで歩く。彼女の“桃”と呼ぶ声に緩みそうになった頬を引き締め、私は彼女の元へと歩いた。

 どうやらテレビの置かれた棚の裏の埃を取りたいのか、シャミ子が100均で買ってきた伸びるフワフワした棒を持っていた。

「さっきから思ってたんだけど、まだ引っ越してからちょっとしか経ってないのにそこも掃除するの?」

「ほこりは数日もあれば溜まりますし、ミカンさんも言ってましたがこのアパートはボロいので、小まめにやった方が良いんです。この裏はコンセントとかもありますから」

「あぁ、それは確かにそうかも……ちゃんと考えてるんだねシャミ子は」

「ククク、なめるなよ魔法少女よ。既にきさまのコンセントは私が用意したお古のライトとかに使わせてもらっている。電気代がちょっと()()()のに怖れおののくがいいわ……!」

「この100均で売ってそうなスタンドライトのこと?」

「明るい方が汚れとかよく見えますからね!」

 自慢げに胸を張るシャミ子の姿に内心で可愛いなーとか思いつつ、取り敢えず言われた通りに棚を動かす。引きずって床を傷つけないように持ち上げながらズラすと、確かにそこにはテレビのコード等と共に埃が溜まっていた。

 シャミ子は「ありがとうございます」とお礼を言うと、その場で屈みながら、掃除機の先に細長いアタッチメントを付けた奴や、フワフワを使いながら掃除しだした。私はそれを、何とはなしに横で同じように膝を着いて見ていた。

 そして──ふと、気が付く。

「……そういえばシャミ子。今日はリリスさんは持ってきてないの?」

「はい。ごせんぞは今、おかーさんとお買い物にでかけています。チラシをお供えしとけば、買い物メモがいらないからラクチンなんだそうです」

「……体よく扱われてるんだね、リリスさん」

 どうやらリリスさんはドアストッパーやチラシの重石からメモ書きにクラスチェンジしたらしい。相変わらず不憫な扱いだなと思いながら嘆息し──。

 

「あはは……まあ、そういうことなので、今は私と桃で二人きりですね」

 

 その言葉に、何故か心が揺らいだ。

 ──二人きり。

 ハッ、っとなってシャミ子の方を見れば、そこには先程と変わらない彼女の姿があった。床に手と膝を着きながら、ほわー! と声をあげてフワフワを動かす姿が。

 ──考えてみれば、シャミ子と本当の意味で二人きりの状況という状況は珍しい。シャミ子の側にはいつだってリリスさんがセットでいて、それこそ初めて二人きりになったのはシャミ子が私の深層意識の中に入ってきた時くらいのものだろう。

 ──視線が自然と動いた。

 斜め後ろ側から見えた──シャミ子の裾からのぞく脇腹とか、見えそうで見えないスカートの中へと。

 ごくり、と。

 喉が、鳴って。

 ああきっと……触ったら可愛い声をあげて驚くだろうな、なんて。

(──!? な、何を考えて……)

 いつの間にか彼女の脇腹へと伸びた右手の指先を、思わず引っ込めた。そのまま動かせば確実に彼女に触れていたであろう指が、わなわなと震えた。

 ──今、何を考えた? 

 そんな思考に対しての回答は簡潔で──『シャミ子にイタズラをしようとした』というもので。

 そして逆に言えば──()()()()()()()()何を狼狽えていたのかという問いへと変わった。

 なぜならその程度のことは、一般的に考えてただのお茶目なイタズラで終わって、それこそシャミ子の級友である佐多杏里がするように笑って終わるような──そんな大した事ではない筈だ。

 大したことになるとすればそれは──イタズラ以上の意味を持っていたことは自明だった。

(……おちつけ。これは気の迷い──あるいは多分リリスさんとかのせい!)

 小さく、息を吐く。肺に溜まった邪な何かを吐き出すようにゆっくりと、長く。

「? どうしましたか桃、埃っぽかったですか?」

「……な、なんでもないから大丈夫」

 そんな私を疑問に思ったのか、シャミ子が小首を傾げてこちらに話しかけてくるのを、私は視線を反らしながらそう返した。普段通りに振る舞おうとしたけれど、変に上擦った声が口から漏れた。

「……なんか今日の桃、おかしくないですか? いつもより凄い見てきますし……はっ! まさか筋トレですか!? 今日は午後からって……そんなに待ちきれないんですか!?」

「そうじゃな……いやそう、そうだから。シャミ子のプニプニの腹筋をどうやって六つに割ろうか考えてただけ」

「……なんか、はぐらかしてません?」

「はぐらかしてない」

 はぐらかしてなんか無い。

 シャミ子の脇腹に触ろうとしたのは貧弱な筋肉を彼女に自覚させるためだった。そういうことに違いない。そう決めた。だからそれ以上の議論はいらない。

 そういうことにした。

「……まあ、良いです。そろそろお昼ですしご飯の用意でも──」

 シャミ子はそう言いながらフワフワを持って立ち上がると、それをテレビの棚に置いて台所の方へと向かおうとして──。

「──あっ」

 シャミ子が持ってきたスタンドライトのコードに、足を引っ掛けた。

 ピンと張ったコードは確実にシャミ子の行く手を阻み、重心を前へと倒して行く。空を掴むように泳いだ彼女の手が何かを掴むことはなく──そのまま私の方へと倒れてきた。

「──なっ」

 いつもの私なら、すぐに反応した。

 しなかった理由と出来なかった理由は一つずつ。

 転ぶくらいは大した怪我にならないと思ったことと、動揺して判断を迷ったこと。

 だから取り敢えず手を広げて支えようとして。

 彼女が転ぶのに抵抗したせいか若干位置がズレ──彼女の胸元が顔面へとぶつかってきた。

 ──鋭敏な魔法少女の五感が、あらゆる感覚を如実に私に伝達する。

 想像よりもずっと柔らかい感触だった。服と下着のうえからだと言うのに、それでも分かるくらいの柔らかさと体温に顔を包まれた。脳を揺さぶるようなその感覚と共に、鼻を通ったのは嗅ぎ慣れた彼女の香りだった。貧乏を自称するくらいには微かな洗剤の匂いと──彼女の体の匂い。少し汗を掻いている筈なのに、何故か甘ったるいと感じるようなその匂いに脳が揺さぶられ、反射的に手が彼女の腰に、

「──せいっ!」

「──ぽぎゃ!?」

 そのまま彼女の体をホールドした後、ソファの方へと投げ飛ばす。なるべく優しく放物線を描くように配慮したその投擲の後、ソファへと背中で着地した彼女の呻き声が聞こえた。見れば少し目を回したシャミ子が寝転がりながら。

「うぅ、座布団のように投げられました、遊園地のアトラクションとかこんな感じでしょうか……ってそうではなく桃! なんで投げ飛ばしたんですか!? まさか今のが必殺魔族ちねりの犯行予告とでもいいたいのですか!?」

「い、いや。つい癖で……」

「そんなスナック感覚で投げるな!」

 わちゃわちゃとこちらに抗議の声をあげる彼女の声に無難な返答をしながら──私は内心ホッと息をついた。

 ──あのまま投げ飛ばさなかったら、自分が何をするのか予想できなかった。

 未だに脳を揺さぶる彼女の感触と体温に頬が赤くなり、鼓動が強くなる。必死に平静を保ちつつ息を整え、手の震えを力付くで止める。

 ──おかしい、絶対におかしい!

 最近の私は本当におかしい! 

 あの柔らかな胸元にずっと顔を埋めていたい思ってしまった!

 あの暖かな肌をずっと触れていたいと思ってしまった!

 ──ああ、そうだ。

 やっと思い出した。

 彼女が私の世話をして、まるで“私の”彼女のように私の世話を焼く姿に、私の胸をついた感情の正体。

 子供の頃──姉が失踪する前に、私を可愛がってくれて、私だけを見ていた時に感じたことあの気持ちと同じだと気付いた。

 私だけを見て、私だけの声を聞いているような──まるで私の物のように姉を感じた──『独占欲』で胸が満たされた時の事を。

 誰かを所有物扱いする罪悪感に胸が騒ぎ、けれど確かな優越感に高揚した時の事を。

(──いや、でもだって、それじゃあ──)

 それはまるで。

 私が──シャミ子の事が大好きみたいだと。

 そう思ってるのと、同じようなものだと思って。

「……シャ、シャミ子が……」

「はい?」

「──シャミ子が悪いんだよ!」

「なんでですか!?」

 

 

 

 副題

『もし桃がシャミ子に恋愛感情とか抱いちゃったら』

 




千代田桃
今作の主人公。物理系でシャミ子の彼氏面魔法少女。
原作にシャミ子への恋愛感情と、ちょっとの性欲を混ぜちゃった感じ。基本的に彼女の悶々とした感情が今作のテーマ。全力でクールぶりなから内心すげぇ動揺してる桃が書きたくなった。
原作の二人は至高だが、それはそれとしてラブコメさせたい。

シャミ子
原作の主人公。まだちょっとポンコツまぞくな時。
魔族の復興と一族の繁栄のため、果敢に魔法少女に挑み、たまに炊きまぞくや通い妻ぞくにジョブチェンジする圧倒的ヒロイン。ただしここぞという時は格好いい。
アニメで動きがついて一段と可愛くなり、そして一段と桃との仲が深まってる気がする。でもあの世話の焼き方とか入れ込み具合を見るに、どう考えてもシャミ子が悪い。


続くかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特別編 シャミ子の誕生日~別ルート~

シャミ子の誕生日記念。滑り込みセーフ。
原作五巻の別ルート。ネタバレ注意。

ある意味これが書きたいがために今作を投稿した感はある。

※柏ノ木さん、みすちゃさん。
 誤字報告ありがとうございました。



 ──私こと千代田桃は基本的に迷うことがない。

 自分で言うのもなんだが、私は淡白な人間だ。面倒なことを嫌い、自分の好きなことを優先したがる性格は既に適当な食生活や、夏休みの宿題への姿勢で既に証明されている。それはきっと自他共に認める事実であり──だからこそ緊急時を除いて、私は迷うことが面倒という理由で様々な事を即決する癖があると実感している。

 けれど。

 その私が──その結論を出せないでいた。

「くっ……………」

 苦悶によってひきつる頬に、冷や汗が垂れる。

 視線はずっと目の前に──ベッドに向けられたまま、動かない。

 かれこれ数十分と悩み続け、されども結論は下せない。刻々と時間は流れ、カチカチという時計の秒針の音と、疲れたように身じろぎする私の服の音だけが自室の中には響いていた。

 かつてないほどの緊張と、双肩にかかる漠然とした不安。『本当にこれで良いのか』という心の声が頭の中で抗議し、そしてそれに対する解答は未だに出ない。

 けれど時間がない。

 もう悩む猶予はない。

 考える時間はあった。それこそ本来ならば数日をかけてすら余りあるほどに。それが出来なかったのは……多くの要因はあれど、私の努力不足に違いなく。

「やるしか……ない……!!」

 その声と共に私は手を伸ばす。

 震える手を前に伸ばして掴みとったそれを、勢いよく引っ張る。翻されたその漆黒の布は空気を打って音をたてる。

 ──やってやる。

 既に待ち合わせの時間は過ぎている。自室で悩んでいられたのは一重に友人達の厚意でしかない。

 なら──いいだろう、乗ってやると。

 売られた喧嘩は買うのが魔法少女──どうせなら全力を貫く。不安も恥も捨て去って、胸を張って買い叩く。

 淀みなく、流れるような手つきでそれを身に付ける。衣服の変更はステッキで可能だが、今回はしない。それはある意味において戒め──私の決意の重さに他ならない。

「──よし」

 シュッ、という小気味良いシルクの音を鳴らして、ネクタイを締める。ブラウンのウェストコートのボタンを締めて羽織るのは──漆黒のタキシード。礼装用の白手袋を着けながら、前髪を彼女から貰った黒い十字の髪留めを留め、髪の毛を整えシルクハットを被る。

 両手に抱えたのは──百輪のバラ。

 私の決意を表すかのような燃えるような赤いそれを持ちながら、玄関のドアを開ける。カツカツと革靴の音を鳴らしながら階段を降りていく。

 向かうは──桜ヶ丘高校。

 私たちが通う学校にして、吉田優子改めシャドウミストレス優子の誕生日を祝う場所へ。

 

 

「それでは不肖、この佐田杏里が代表しまして──誕生日おめでとう! シャミ子!」

『おめでとうシャミ子(ちゃん)(はん)!』

「はい! みなさん、ありがとうございます!」

 掛け声と共に、掲げたコップがカチンと音を鳴らす。

 並々入ったオレンジジュースが溢れそうになったのを、あたふた慌てて啜ると、周りの皆から笑いの声があがって、私は照れて同じように笑った。

 放課後の学校──担任の先生のご厚意で、空いてる教室をお借りして、皆で机をかためて作ったテーブルを囲んでいました。

 9月28日。

 今日この日を以て、16才になった私に皆さんから拍手が送られました。

「いやーこれでシャミ子も16かー……なんか去年とあんまし変わんないね。身長とか伸びてないし」

「そ、そんなことありません! 見てくださいこの角っ、あとしっぽ! 去年から劇的ビフォーアフターを果たしてます!」

「身長は伸びてないのね……私は可愛くて良いと思うけど」

「ミカンさんは私より大きいからそんなこと言えるんです! 欲を言えば、あと十センチくらい欲しいです」

「ん~、身長伸びる薬欲しいなら作ろうか?」

「そ、そんなのあるんですか!?」

「副作用で背骨とかスカスカになるけど」

「そんなコーラの飲みすぎみたいにぃ!?」

 炭酸のんで骨溶けたりしないけどねー、なんていう小倉さんの声を聞きながら話をしていて……ちらり、と前の席に視線を向けると、そこには空席がありました。

 そわそわと落ち着かない心持ちになりながら、

「……桃、遅いですね。本当に来てくれるんでしょうか……」

 そうポツリと呟くと、安里ちゃんとミカンさんが携帯を見ながら、

「一応遅れるって連絡はあったけど……」

「中々来ないわね。桃なら心配はないでしょうけど……ちょっと心配ね」

「そういえば桃は、今日の昼休みにお腹が痛いって早退したんですよね? ま、まさか拾い食いとか……」

「そんな犬猫じゃないんだから……」

「だ、だって最近の桃のご飯って全部私が作ってるのに、私はこんな元気ですよ?」

「……なんか友人のやみやみな食生活を覗いちゃった気がするけど、そこんところどうなのミカン? てか魔法少女って病気になんの?」

「ならないと思うけど……そもそも私も一緒に食べてるから、少なくともシャミ子ご飯は原因じゃないのは確かね」

(……やっぱちよもも、まだ悩んでんのかなぁ)

(悩んでるんじゃないかしら……)

 最後の方はちょっと聞こえなかったけど、私は正直な所気が気じゃなかった。

 私も本気で桃が拾い食いをしたとは思っていない。桃はものぐさなと所はあるけど、筋トレ好きなところ以外はそこそこ常識的な魔法少女です。

 だからこそ──不安だった。

 もし来れないのではなく、来ないのだとしたら?

 実は私の誕生日なんてどうでも良くて、放課後来るのが面倒だから早退したのでは?

 ……それがあり得ないって分かってる。

 桃はそんなことしないし、思ってないって信じてる。

 けれどもしそれが本当だとしたら──そう考えるだけで泣きそうになる。

(……そういえば、桃はグルチャでもよく既読するだけで返信しないし、もしかして誕生日のこと知らないとか……でもさっき行くって連絡きたから、誕生日のこと覚えてくれてる筈だし……)

 勿論桃のことは信じてる。

 でも万が一、億が一──『来たくない』なんて思ってるかもなんて。そんな酷いことを考えては気持ちが沈んでいく。

「だいじょうぶやって、桃はんもそのうち来る~言うたんやろ?」

「リコさん……」

 今日が私の誕生日会だと聞いて、駆けつけてくれたリコさんがそう慰めてくれる。いつものようにニコニコしたリコさんが広げたポテチを自分の机に独占しながら、

「あ、クッキー焼いてきたから、食べる? いくつか光っとるけど」

「ひ、光ってないのをお願いします……」

「じゃあ光ってるの貰える? 実験の触媒に使えそうなんだけど……」

「食べないならあげないでー?」

「そんなぁー」

 リコさんから貰ったクッキーそのまま頬張っていると──コンコン、と教室の扉を叩く音がしました。

「はーい……誰だろ、先生かな? にしては入ってこないけど」

「はえー誰やろなーシャミ子はん見に行ってくれへん?」

「? は、はい。分かりました」

 カタリ、と音をたてて椅子を立つと、私は音の鳴った扉の方まで歩きました。ちょっぴり立て付けの悪い教室のドアを、ガタガタ鳴らして開けます。

 ──桃がいました。

「……………………………………ほえ?」

 確かにそこにいたのは桃でした。

 けれどいつもの桃ではありませんでした。

 かっこいいタキシードを着て、ネクタイを締めた桃がいました。いつものピンク色の髪の上には背の高い黒い帽子が乗っかっていて、びっしりと決まった服はスッゴいかっこ良くて。

 ゆっくりと、右手を差し出されました。

 そこには、一輪のバラがありました。まるで王子さまが持ってるみたいに、キレイなバラが。

「──ハッピーバースデイ。

    マイシャドウミストレス」

 そう桃が言うと──ポンっ、という音と共に1輪のバラが、沢山のバラの花束に変わりました。白い包みに入れられた花束を、呆気に取られながら受けとると、思ってたよりも重くて──それこそ100本はあるんじゃないかってくらい大きくて。

 真剣な表情の桃がこっちを見てて、驚いて中途半端な高さにあった私のしっぽを、白い手袋を着けた右手で優しく手に取ると。

 

 ──チュッ、って。

 キスを、して。

 

「………………きゅう」

 そんな声を口から出しながら、私は意識を失いました。

 

 

 

「まさか気絶するとは……やっぱ騙されたか」

「いやー……これはちよももが悪いっすわー」

「えぇ……?」

「桃……さすがにそれは桃が悪いわ、色々と」

「桃はんったら罪な女やわー」

「でもシャミ子ちゃんすっげぇ笑顔だから、まあ結果オーライなんじゃない?」

 

 

 副題

『ディア マイシャドウミストレス』

 

 




千代田桃
リコに騙された場合の桃。
一応財布も買ったけど、結局リコのアドバイスも捨てきれず『じゃあどっちもやれば良いのでは?』という思考に至っちゃって悩みまくった結果、色々とバグって本気だした。
この選択により『友達ルート』『宿敵ルート』を外れて『奥さんルート』にフラグが立った(ただし攻略するのはシャミ子)。


シャミ子
チョロかわまぞく。
驚き系のサプライズに慣れたけど、トキメキ系のサプライズにはめっぽう弱い。ロマンとかカッコいい物に弱く、実はラブロマンスとか手で顔隠して、でも指の隙間から見ちゃう女の子という作者の偏見。
この選択によりシャミ子から桃への好意の中に恋愛感情が紛れ出す。場合によってはヤンデレと化して、リコさん並みにヤバい魔族が爆誕するのは別のはなし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02

シャミ子のフィギュアが届いたので続いた。

原作の言葉遣いとか言い回しをトレースするのがムズすぎる……そしてタグの桃の一人称視点を二話から破っていくスタイル。シャミ桃は双方向に矢印ついて成り立ってるってはっきり分かりますね。
3巻ネタバレ、解釈違い、その他注意。
時系列は夏休みの最初の方、なんとかの杖探し前くらい。
それでも良ければ、暇潰しにどうぞ。


 がらんがらん、という予想以上に大きなカウベルの音が周りに響きました。

 気の良さそうなおばさんが楽しそうにそれを鳴らすのを見ながら、先程から同じ体勢のまま呆然としていました。目の前には抽選に使うガラガラがあって、それに手をかけている私と、そこから吐き出されたピンク色の玉があります。

「4等、映画『ろみじゅりっ!!』ペアチケット──おめでとうございます!」

「……ほえ?」

 おばさんが大きな声でそう言うのを聞きながら、止まっていた思考が少しずつゆっくりと動きだし──。

「え、ええええほんとに当たったぁー!」

『おお! やるではないかシャミ子!』

 たまさくら商店街の一角。

 おかーさんから頼まれたお使いのついでに、今まで貯めてきた福引き券を大放出してガラガラに挑む権利を五回手に入れた私は、決死の覚悟でこれに挑戦。

 そしてその戦果こそ──四つの鼻に優しいセレブなティッシュと、一枚の映画のペアチケットでした。

「おかーさんは出来れば二等のお米券がベストです、って言ってたけど、まさか本当に当たるなんて……今までこういう抽選やビンゴで当たったことなかったのに」

『セイコは一族の金運をシャミ子の健康運に変換したと言っておったが、一部の呪いが解けたせいかそれもゆるくなったのかもしれんな。余としては3等の自動掃除ロボ“エジソン”というのも気になっておったが……ともかく大金星だ! やるではないかシャミ子!』

「はい! それはさておきこの映画……ラブ、ロマンス……な、なんだかワクワクする響きですね!」

『ラァブだからなぁー! ……そうは言っても余は現代のラブはよく知らん。興味は無いことも無いが』

 ぺらりと裏を見てみると、期限は明後日まで──想像以上にピチピチタイトなスケジュールを要求してきました。もしかしたらこの期限の短さだから4等だったのかもしれません。

 幸いなことに今は夏休み、時間はあります。私の予定も空いてますが、ごせんぞはあまり乗り気ではないように見えました。多分いざ見に行けばテンションは上がると思うけど。

 そうなると他の誰かを──そう考えて真っ先に思い出したのは宿敵の顔。

「……よし」

『? どうしたシャミ子?』

「私──桃を遊びに誘ってみたいと思います!!」

 

 

 夏休みの昼下がり。

 私こと千代田桃は、ばんだ荘の自室でソファに寝そべりながらダラダラしていた。日課である筋トレを終え、軽くシャワーを浴びたのがつい先ほどのこと。現在彼女はメタ子を腹の上に乗せながら、何回ナデナデすれば『時は来た』と言うのか周期を図るくらいには自堕落の限りを尽くしていた。

 夏休みの宿題はやる気がない。夏休みとは学生の休業日であり、宿題は学生へのサービス残業ならぬサービス勉強であることは確定的に明らかだ。夏休みが終わった後、締め切りを伸ばしてもらってから学校の休み時間にでも適当に終わらせれば良い。

 よって、私としては自身がこの街にやってきた理由でもある姉の探索──ひいてはこの街の魔族について調べたいのだが、問題はその協力者であるシャミ子にあった。

 ……最近シャミ子と顔を合わせづらい。

 先日シャミ子をソファに投げ飛ばした後、ぷんすか怒った魔族を買ってきたハーゲンダッツで宥めたは良いものの、その時に芽生えた桃の感情は今も変わらず胸に燻っていた。

 例えば、気付いたら目で追ってたりとか。

 些細な行動に一々可愛いとか考えたりとか。

 キッチンで夕飯を作る姿に若干ながら優越感に浸っていたりとか。

 まるでシャミ子の能力で夢から干渉され、思考を誘導しているのではないかと疑うほどシャミ子の事を考えている。今も清子さんのお使いで買い物に出かけて──荷物持ちに付いて行ってあげたら喜んだかなぁ、などと少し後悔しているほど、彼女という存在は私の心を大きく揺さぶっていた。

 そんな事を考えていると、コトリと玄関の方から音がした。郵便受けに何かが投函されたらしい。公共料金かチラシの類いか、はたまた水道会社のマグネットか。いずれにしても、あらゆる情報がメールらや無料通話アプリで送られてくるこの社会で私に対して郵便してくるものなど、その辺りのどうでも良いものばかりだろう。

 何時もなら無視して、一週間位経って思い出したように受けとるのが常だが、暇を絶賛好評売り出し中の私はゆっくりとした動きで玄関の方へと歩いた。腹に乗っていたメタ子の『時は来た!』という良く分からない声を聞きながら、アンニュイな眼で郵便受けを適当にまさぐる。

 するとガサガサというチラシの感触と共に、普通の手紙のような手触りの物を発見し、それを取り出してみる。

 何だか黒っぽいシックな便箋を、少し訝しげに眺めなから何とはなしに裏面を見る。

 

『親愛なる宿敵 千代田桃へ

 シャドウミストレス優子より』

 

「…………」

 ガチャリと扉を開けて隣の部屋の方を見る。

 そこには扉を楯にしながら此方の様子を伺う魔族が一人。

「……何やってるのシャミ子?」

「な、何で気付いたんですか!?」

「クロワッサンがはみ出してたから」

「ぐぬぬ……まさかこの角に首が痛くなったりバランスが偏ったり寝付きが悪くなる以外にも欠点があったなんて……」

 そんな事を呟くシャミ子を見ながら、手元の手紙を掲げて、

「この手紙、何? 用があるなら普通に言えば良くない?」

「そ、それは……と、とにかく一度読むが良い! お返事待ってます!」

 尻尾を挟まないよう掴みつつ、勢い良く扉を閉めるシャミ子を眺めつつ、次いで手にした手紙に視線を送る。あまりシャミ子らしからぬ可愛げのない手紙の柄に、不思議に思いながらも部屋に戻りながら手紙を丁寧に開けていく。

『拝啓 暑さも厳しさを増してまいりましたが、桃におかれましてはいかがお過ごしでしょうか』

 ……お中元? 

 毎日顔を合わせてたまにご飯も食べてるのに、いかがと言われても困るというか。

 その後も続くお堅い文章に違和感を持ちつつ──そして何となく既視感を覚えつつ読んでいく。

『……つきましては、明日の午後からの時間を私にお譲りして頂きたいと思います。明日の午後一時にたまさくら商店街の……』

「……ふむふむ」

 内容をまとめると、明日の午後の時間に何かに付き合って欲しいとの事らしい。

 ……さて。

 ここまで読めば自然と思うことは──先日の一件、シャミ子が桃に手紙を渡したことから始まった、いわば『勘違いラブ(?)レター事件』だ。

 シャミ子は私に勝負を挑もうとし、私はシャミ子が遊びに誘ったのだと勘違いした一連の流れは、最終的にはシャミ子の闇落ち髪飾りをもって終結した。それは桃も覚えているし、あの時貰った髪留めは毎日着けてるし寝るときは大切に引き出しにしまっている。

 ……問題は今回が『どっち』なのか……。

 よって今回送られた手紙の意味とは何なのかが重要になる。候補としては。

 ①魔族の シャミ子が 勝負を しかけてきた! 

 ②疲れたので筋トレは休ませてください。

③モモ、デートしよっ♡

 ③午後からは一緒に遊びに行きましょう。

 の3つ辺りが妥当なところだろう……一部不適切な考えが浮かんだ気がするが、気にしない。

 シャミ子はそんなこと言わない。

(……まあ、②ってことはないか)

 二番目の候補はまずない。

 何故ならシャミ子は意地っ張りで見た目より頑固で、弱音は吐いても諦めない娘だからだ。

 確かにシャミ子の体には筋トレで負荷を掛けているし、毎日続けるのは大変ではある、がそれは彼女も承知の上であり、自分が成長するためにも許容、いや挑戦していることだ。

 私は諦めない──そう言った傲慢で魔族らしい吉田優子を、私は信じている。

 ならば候補としては①と③辺りだろう。

(……前回のことを考えると……また①ってことは、あり得るのだろうか?)

 可能性としては低い、があり得なくもない。

 前回リベンジとして同じように手紙で誘ったと考えるのなら、納得は出来る。けれどそれで一度失敗していることを考えれば、少しは文面を変えて、勘違いの無いようにするのが普通だろう。今回の手紙では前回あった挑発的な文言が無いことと、待ち合わせ場所に商店街を指定したことを鑑みれば──やはり③が最も妥当なところだろう。

 つまりはデー……お出かけのお誘い。

(……普通に誘われなかったのが気がかりだけど……ある意味シャミ子らしいと言えばらしい、かな?)

 少し考えてはみたものの、答えは出ない。

 何はともあれ明日になってみれば答えは分かるだろう──そう結論付け、少し軽くなった足取りで手紙を丁寧に引き出しにしまうのだった。

 

 

 翌日。

 お昼に魔族のお手製料理を堪能した後、私は少しお腹を休めてから商店街へ歩き出した。既に季節は夏だが、雲が程よく陰を作るお陰か過ごしやすい。程よい暑さが汗を作り、風がそれを通り抜ける清涼感は気分としては悪くなく──きっとピクニック日和とは今日のことを言うのだろうと思う。

 着込んでいるのは動きやすいパーカー。さっきも考えていたように、今回は十中八九お出掛けの誘いだが、前回の反省を踏まえて気合いの入れたよそ行きの服は着ていない。この格好はもし商店街でシャミ子以外の魔族を見つけた時の配慮も兼ねていたりするので、決して間違ったら恥ずかしいとかビビったわけではない。

「──あっ、桃!」

 そんな言い訳を誰に語るでもなく考えていると、聞きなれた声がかかってきた。そこには先程まで食卓を共にしていた魔族の姿があった。

 よそ行きの明るいワンピースを着たシャミ子は少し小走りしながらこちらに近付いてくる。彼女の長い髪がふわりと宙へと広がると、仄かに甘い香りが鼻をくすぐり、胸が高鳴るのを感じた。

 ……なんか、気合入ってる? 

 よく見れば、薄く化粧をしているように見える。シャミ子自身の物か、あるいは清子さんのものだろうか。柔らかな色合いを見せるチークと、薄く塗られたピンクのルージュが唇を濡らしていて──。

 率直に言って、可愛い。

 けれど何よりも。

 ……私のために、してるって事で……。

 つまりは、今ここにいるのは、紛れもなく『私のためのシャミ──

「? どうしました桃? 顔赤いですよ」

「な、何でもない……もしかして、化粧してるの?」

「はい。出掛けるって言ったら、お母さんが折角だから練習したらって……ちょっとだけ、ですけど」

「そうなんだ……うん、可愛い、と思うよ」

「そうですか? ありがとうございます。でもちょっと意外ですね。桃はあんましお化粧とか、興味ないと思ってました」

「……姉にいつか使うだろうからって、少しは」

 おかしな方向へ曲がった思考を、適当な話題で反らす。

 ……落ち着け、魔法少女はうろたえない。

「それじゃあ、行きましょうか。映画は大体金曜日にテレビでやってるのしか観たことないので、結構楽しみなんですよ?」

 そう言って歩く彼女に着いていく。

 位置は歩く彼女の隣。

 ゆっくり歩く彼女に歩幅を合わせる。

 ──少し伸ばせば届く手を、握りしめて。

 

 

 映画館は少しだけ混んでいて、席に着くお客さんの姿が疎らにあった。私たちが真ん中の方の二つの席に座ると、丁度良い時間だったのか、光源は画面に映るスクリーンだけになる。

 

『ああロミオ

 ロミロミロミオ

 ロミロミオ(五七五調)

 あなたはどうしてロミオなの?』

 

『それはねジュリエット

 ──僕がロミ家に生まれた男だからさ』

 

 目の前のスクリーンに映し出されているのは、二人の男女の語り合い。異形の男性は魔法の杖を持ちながら女性を見上げ、女性は窓辺で悲しげな瞳を浮かべながら男性を見下ろす。感動的な場面がそこにはあった。

 ──魔西暦426年。

 隣国との百年にも渡る魔法戦争が停戦により終結しつつあるその年に、田舎町の木こりの少年ロミオは、進学のために来た城下町で、城から脱走したお転婆お姫様のジュリエットと出会い、成り行きで一緒に逃亡しながら町を見て回る内に恋をする。ロミオは正直に自分の内心を告白し、ジュリエットはつれない態度を取るも、いつか魔法師団の長として活躍すれば結婚するという約束をする。ロミオは国の運営する学校で勉学に励んだりドッジボールの才能に目覚めたり筋トレをする傍ら、週に一度城に忍び込んでは姫のいる部屋の真下まで来て話をするようになった。

 平穏で充実した毎日を送るもロミオたちだったが、突如隣国の王が急死し、代わりに王となったワルイーヤ・ツダ4世は停戦を撤回。総戦力で進行を開始し、いまだ若輩ながらも徴兵されたロミオは、熾烈な戦争の中を元軍人だった父親からのアドバイスによって潜り抜けて生き残り続けるのだが、次第に国は劣勢になっていくのだが、隣国からジュリエットを婚約者として差し出せば戦線を引き下げると要求されてしまう。

 国のためにも仕方がないのだと、泣きながらもロミオを諭すジュリエットと、自らのすべき事に迷い途方にくれ、心を鎮めるために滝に打たれて瞑想するロミオ。するとそこに森の主であるヤギみたいな羊みたいな鹿が現れ、隣国の王は実は死しておらず、悪の魔法使いに操られているため、そいつを倒せばまるっとスッキリ万事解決だと教えられる。どうすれば良いか聞くと、森の主と契約することで強大な森パワーで魔法使いを倒すことが出来るが、代わりに一生を森の管理者として生きなければならないという。

 ロミオは悩みながらも、国とジュリエットを救うために契約して森堕ちし、動物感溢れるふわふわボディーを手に入れ、魔法使いを倒す前に最後の別れとしてジュリエットと会いに来たところでシーンが繋がる。

 

『行かないで 

 どうか行かないで愛しいロミオ

 私のそばで

 震える私の手を握って下さい』

 

『ごめんね愛しいジュリエット

 その手は握れない

 狼の爪の生えた手じゃ

 白いドレスを破いてしまう』

 

『そんなの構わないわ

 服なんて貴方と一緒に何度も汚したもの

 お願いよこっちへ来て

 また一緒に町を見て回りましょう』

 

『ごめんね愛しいジュリエット

 もう町へは戻れない

 ヤギの足ではきっと

 君の隣は似合わないよ』

 

『そんなの構わないわ

 町で貴方に似合う靴を探せばいいの

 今宵は一緒に過ごしましょう

 不安な夜も貴方となら乗り越えられるの』

 

『ごめんね愛しいジュリエット

 僕はもう君を抱き締められない

 熊のような怪力じゃ

 君の体を傷付けてしまう』

 

『そんなの構わないわ

 いっそ痛いほど抱き締めて

 私を傷物にして下さい

 傷のついた体なら

 王も欲しがりはしないのだから』

 

 物語は佳境にあった。

 引き留める女と、拒絶する男。

 平行線を辿る二人の会話は、突如鳴った鐘の音で終わりを告げた。化け物の体になったロミオを探す衛兵の声が、そこら中から鳴り響く。

 

『ごめんねジュリエット

 君の幸せのための薪になれるなら

 僕は木になったって構わない』

 

『薪になった貴方なんて見たくないわ

 貴方が隣にいてくれるなら

 他には何もいらないの

 ──愛してるわロミオ

 どうか私のそばにいてください』

 

『さよならジュリエット

 いつも元気でお転婆な

 太陽みたいな君を愛してる』

 

 走り去る男の姿を見て、泣き崩れる女性。

 そんな姿を、どこか冷めた目で見ている自分がいた。

 ……つまらない映画では、無いと思う。

 演出がチープだったり、脚本に若干の無理があるとはいえ、役者の演技は文字通り真に迫るものがあるし──何よりも綺麗なお話だった。

 男を想う女と、女を案ずる男。

 両者は互いに恋人を守るために行動して、だからこそ相手の自己犠牲に反発する。そのすれ違いは悲しくて、だからこそ感動的で──目を閉じたくなるくらいに、眩しい。

 私は──千代田桃は、きっとそんなに綺麗ではないから。

 だからきっと、真剣に見れないのだろう。

 どこか冷めた視線で、一歩身を引いて、上から目線に批評して──まあまあだったね、なんてすました顔で語る私が容易に想像できた。

 そんな自分に若干の自己嫌悪を抱きながら、椅子に深く座り直すと──不意に手を握られた。

 ……シャミ子? 

 驚いて左を見ると、そこには涙目になったシャミ子がいた。顔はスクリーンを向いていて、おそらく私の手を握っていることも気付いていないのだろう。私の左手の甲を、彼女のふにふにした右手がギュッ、と握り締める。

 まるで縋るようだった。

 ロミオを案じるジュリエットのように。

 優しくてお転婆で、太陽のように笑う女の子──どことなく似ている彼女の横顔は、どうしようもなく綺麗で眩しくて──思わず守りたくなるくらいに儚い。

 彼女の様子に顔を綻ばせて、改めてスクリーンの方を向く。物語は最後の戦いへと進んでいく。

 二人なら、眩しくても見ていられそうだった。

 

 

「うぅ……感動しました……まさか悪い魔法使いがロミオのお母さんだったなんて……」

 ざわざわと騒がしい映画館の中を二人で歩く。周りには今しがた見ていた映画の感想を語る歩いていて、それは私達も例外じゃない。感動で涙ぐむシャミ子の隣で、不覚にも私も若干の涙目で映画の内容を回顧する。

「……森の精霊だったお母さんが、旦那が戦争で亡くなったせいで砂漠堕ちして世界に混沌をもたらす……なるほど。ロミオが選ばれたのは当事者だったっていう理由より、元凶の息子だったからなのかも」

「うぅ、救われないお話です……でもそんな悲しい因果を、ロミオとジュリエットが断ち切った……いや、木こりとして刈り取ったんですね」

「まさかジュリエットが太陽の巫女で、それを危険視して排除しようとしたのに、危惧した通りに最後の戦いで覚醒して『太陽の斧』を作り出される……お約束だけど、熱い展開だった」

「ダッシュで逃げるお母さんに斧を投げて当ててましたし、序盤の何でもないドッジボールの才能がここで生きてくるなんて……なんだかとんでもない作品を目の当たりにしてしまいました」

 並んで歩きながら感想を語る。あまり期待はしていなかったが、これは意外にも良作を引き当てたのではないだろうか。

 そんなことを考えていて私だったが……先程から周囲の視線をしきりに確認していた。

 休日の午後だからか人はそこそこ賑わっているから、もしかしたら同級生やクラスメイトに出くわす可能性があった。

 クラスメイトと言っても、大抵は世間話をする程度の仲ではあるんだけど──さすがにこれは、今の私達の状況は見られると色々と困りそうだった。

「……ねぇ、シャミ子。流石にそろそろ離してくれるかな。ちょっと、恥ずかしい」

「? なにが──あっ」

 疑問の声を途中まであげたシャミ子の目に写っていたのは──私の左手と彼女の右手。

 私の手の甲を掴むような、不格好な繋ぎ方。それはまるでシャミ子の方が手を繋ぎたがっているように、回りからは見えるだろう。

 瞬間、シャミ子の顔が沸騰したみたいに紅潮した。

 慌てて手を離して歯切れも悪く「ご、ごめんなさい……」と呟く彼女に、私は「別に」と曖昧に返した。

 ──続く言葉は、言わないことにした。

「……これからどうするの? 帰る?」

「え、ええと……ちょっと、ゆっくりしていきませんか? 折角映画も見たんですから」

 その方針通りに、二人で以前行ったフードコートの方へと歩く。前回一緒に来たときはうどんを食べたけど、昼食は既に済ましていたので、注文もすることなく適当な席に二人で座って話すだけ。

 端っこの席に陣取って、さっき見た映画の話をする。あれが良かった、それが感動した。そんな他愛もない話を、二人でする。

 話は思いの外盛り上がって、さっきの気まずい雰囲気も忘れた頃に、やっぱりこれはデートなのだろうかという考えが浮き上がって──同時にそれ以前の話が、疑問になってきた。

「ねぇシャミ子。今日はどうして誘ってくれたの?」

 私がそう口火を切ると、シャミ子は驚いて──次いで困ったような顔やらなにやら、顔色を百面相みたいに変える。言いにくそうに唸ったり、微妙な様子だった。

 数秒ほどそんな風にしていると、なにやら決心したのか……恥ずかしそうに顔を赤くしながら、

「……その、前にちょっと、失敗してしまったので」

「? 前って……」

 言うまでもなく、前回……夏休みの最初にあったお出掛けのことだ。勘違いとすれ違いと、その他諸々に依って起きた事件だったが……それについては最終的に決着が着いたはずだ。

「……別に気にしなくても良かったのに。髪止めも買ってくれたし」

「いえ、確かにそうだったんですが……」

 シャミ子は自分の尻尾を弄りながら。

「……よく考えたら、私は桃と遊んだことが全然なかったなって思って……か、勘違いするな! 別に遊びたかったってわけではなくて、ただその、前回は悪いことしちゃったなって思ってたし、これを機に敵情視察をしようとしただけなんですから!」

「……そっか。じゃあ、あの手紙は……」 

「前回のやり直しです。次はちゃんと勝負を挑みますから、首を洗って待ってるがいい!」

 ふはははははー、と笑うシャミ子の姿に一つ嘆息しつつ、自然と口端が上がる。

 目の前にいるのは今までと変わらない、いつものシャミ子だった。真っ直ぐなくせにどこか素直じゃない。

「……さっきシャミ子はジュリエットに似てると思ったけど、やっぱりあんまり似てないかも」

「? そう、ですか? まあ確かにうちは一般魔族家庭ですし……でも、そういう桃はなんとなくロミオっぽいですね。筋トレ好きですし」

「……それって褒めてる?」

 遠回しに男みたいって言われているのだろうか。

 そうなると明日のシャミ子の筋トレはダンベルからバーベルにグレードアップしてしまうのだが。

「それにしてもラブロマンス映画、というのははじめてだったんですけど……結構、ドキドキしましたね。最後の方なんて情熱的で……と、とても良には見せられません」

 思い出して恥ずかしくなったのか、顔を両手を頬に当ててほわほわしているほっこり魔族を、なんとなく微妙な目で見る。そんなにだっただろうか、と映画の内容を回顧しても、確かに情熱的な口説き文句や若干思わせ振りなキスシーンはあったものの、それは教育上に悪影響が出るほどだっただろうかと、首を傾げたくなる程度のものだった。

 別に誰かと付き合った事があるとか経験があるというわけではないのだが……魔法少女やってれば、もっと衝撃的な事ばかりで耐性があるのかもしれない。

 主に物理的な衝撃だが。

「……興味あるんだ。ああいうの」

「べ、別にそういうわけでは……ちょ、ちょっと気になるくらいです」

「それを世間では興味があるっていうだよ……シャミ子って、白馬の王子様とか信じてるタイプだった?」

「な、なんかそこはかとなくバカにしてるな! そこまで子供じゃありません! でも馬に乗ってるのはカッコいいと思います!」

 ──なんというか、大丈夫だろうか。

 正直出会ったときから思ってはいたが、シャミ子は少し純粋すぎる嫌いがある。それは間違いなく彼女の美徳だし、私としても好きなところではある。

 ただちょっと騙されやすいというか、絆されやすいというか、もっと言えばチョロいというか。

「……シャミ子、知らない人に情熱的な言葉を掛けられても、ホイホイ付いてっちゃダメだよ」

「それは間違いなく馬鹿にしてるな! 喧嘩売ってるんです買いますよ表に出るがいい!!」

 ムキ~、と漫画みたいに怒るシャミ子。おそらく彼女を見る私の目は生暖かく映っているだろう。

 彼女はそんな私を睨むと、

「ふん! それを言うなら桃はどうなんですか! 筋肉に利くサプリメントで懐柔されたりしそうですけど!」

「まさか、シャミ子じゃないんだか──」

「小倉さんの薬で買収されてたのに?」

「……そ、それは、シャミ子の筋肉のためで致し方なく」

「やっぱり図星じゃないですか!」

 ムッとした顔のぷんすか魔族から、目を反らす。まさかそこを引き合いに出されるとは思わなかった。

「……それを加味したとしても、あくまでそれはサプリメントに引かれただけで、騙されたらこってり絞るだけで問題ない。チョロ甘夢見勝ち魔族とは違う」

「ぐぬぬぬぬ~──じゃあ、分かりました! 今ここで、ちゃーんと証明して見せてください!」

 は、と疑問の声をあげる時間もなかった。

 いきなり立ち上がったシャミ子は、そのまま机に片手を着き、もう片方の手を此方に伸ばす。柔っこくて小さな左手は、容赦なく私の手を掴む。映画館でしたように、けれど今度は確かに手のひらを合わせて握り締め、

 

「あ──愛してます桃

 どうか私のそばにいてください」

 

 そう、呟いた。

「────」

 頭が真っ白になった。

 何を言われた? 愛してる? 誰が、シャミ子が、私に言った? なにそれ初耳だけどでもそう聞こえたし、今も目の前にいるしメイクしてる唇が赤くて可愛い顔めっちゃ赤いし可愛いしでもシャミ子がこんなに素直な訳がないしでも嘘なら嫌だしこれデートだしならこれは告白なのは間違いなくてヤバい今すごい顔熱いうるさいしでもこれ私の心臓の音で手のひらをすべすべでずっと握ってたいしもうこれゴールイン

「──ほ、ほーら黙った! やっぱり桃もチョロいんじゃないですか!?」

 その言葉で、我に帰った。

「は? いや、え、な、なにが」

「ふ、ふふーん? へーそんなんですかやっぱり桃もこういうの好きなんですね意外ですね人のこと馬鹿に出来ませんね! 桃色夢見勝ち魔法少女じゃないですかおそろですね別に嬉しくないですけどー!!」

「────っ!!」

 ──は、図られたっ!! 

 気付いたときには時既に遅し。

 調子づいた魔族のマシンガントークが炸裂し、身体中の血液が頭に上ったと思えるほどに顔が紅潮し、羞恥が込み上げてくる。

 不覚だった、屈辱だった。

 なにより──迂闊だった。

 追い詰められて現在進行形でテンパりながらあることないこと喋りだす魔族を見据えながら、さっきの自らの沈黙に歯軋りしそうになる。それは自らの選択ミスに対する憤りであり──同時に自分の本心の証明だ。

 何も言い返せなかった? 

 ──言い返したくなかったのだ。

 突然の言葉に驚いたとかじゃない。

 らしくない物言いに虚をつかれたとかじゃない。

 百歩譲って──彼女の告白に対して心から喜んだのも間違いないがそうじゃない! 

 冗談だと──そう言われ、()()()()()()()

 テンパった末の悪戯に対して喜んで、冗談だと言われて残念がって──あまつさえ一瞬ながら嘘だと確信しておきながら、()()()()()()()()()()()()()()()──!! 

 ──期待してたのだ。

 彼女が情熱的に私を求める、そんな都合の良い展開を情けなくも夢見ていたことを、自分から肯定してしまった。

「──~~~~!!」

 恥ずかしい。

 浅ましい自分に反吐が出る。

 耐性があるだの冷めてるだの偉そうに語っておきながら、心のどこかでそんな展開を望んでた? 

 ──都合の良い白馬の王子さまを夢見てるのはどっちだ。

 

「ふ、ふん! 桃が悪いんですからね! 悔しかったら言い返してふぎゅう!? いふぁ(痛ぁ)ふぉ()ふぉ()っぺふぁ()()ふぁ()ないでくだふぁ()い!?」

「……今日のは、シャミ子が悪いんだからね……明日の筋トレは働く車のタイヤじゃすまないからね……!!」

「ふぁんふぇへふは!?」

 

 

 

 副題

『夢見勝ち魔法少女の映画デート』

 




シャドウミストレス優子
言わすと知れた主人公。間違いなく良妻系。
巷ではなんとなく桃から迫る二次創作が多そうだが、作者的にはシャミ子から迫るタイプだと妄想。チョロいけどダメ男には引っ掛からないで尻を叩きそうだし、原作で桃にしたようにやる気にさせるのは上手そう。
少女漫画より少年漫画派だがそれはいつも読んでるからだったり手に取る機会が多いからで、ラブロマンスはラブよりもロマンの方にワクワクするけど、一回嵌まると沼へ落ちるのが早そうという作者の偏見。
原作では絶対やらないが、今回はテンパって告るし本音も駄々漏れのあぷあぷ魔族。映画は構成とか伏線の巧みさよりも登場人物の心情とか関係性とかを見るタイプ。


千代田桃
(頭のなか)桃色魔法少女。物理で誤魔化す系。
原作より多目に頭が夢見勝ちになっておりますが、今作のコンセプトだから許せサスケぇ……。でもやっぱり一歩を踏み出すのは桃じゃないしあんまりグイグイ行ったりしない。
普段はすました顔で『サバサバ』してる感をだしてるし、実際そうだけどシャミ子関連になるとチョロ甘だし全部好きだし欲望まみれになるけど意地でも顔に出そうとしない。ただし今作はラブコメだし片方が余裕綽々なのは解せぬのでガンガンいくぜ。
シャミ子の一挙手一投足に可愛いとか思ってる。映画は登場人物の心情とか関係よりも構成の巧みさや伏線の回収の鮮やかさを見るタイプ。


ろみじゅり!
今さらだけどこれラブロマンスなのか?
同監督の作品には『ハゲと髪長と不思議のダンジョン』(原作ラプンツェル)『死んでれらぁ……』(原作シンデレラ)『俺と君でメタモルフォーゼ』(原作とりかえばや物語)などお伽噺や文学作品などを原作とした作品が多いが、ほぼ別物になっている。やりたい放題だが構成が上手いと評判。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Bad endルート 『やみヤミまぞく』

妄想Ifルートです。
桃がシャミ子の好感度あげすぎて恋愛感情とか呼び覚ましたあげく放置してるとたぶんこんな感じ。
解釈違いとかありそうですが、暇潰しに読んでいただけたらなと。

作者のいつもの発作なので17.9禁です。

※ブラスティングビニールさん、変形鋼鉄さん。
 誤字報告ありがとうございます。


 結局のところ。

 こんなものは、遅いか早いかの違いでしか無かったのでしょう。

 いつまでも続く平凡な日常。

 変わることのない街並み。

 関係性の変わることない友人。

 ──すべて嘘だ。

 そんなものはありはしなくて、すべては甘い幻想でしかなくて。

 まるで春の夜の夢のように、あるいは胡蝶(こちょう)の夢のように。

 生暖かな陽光と微睡(まどろ)みの中でうたた寝をするかのような、そんな優しい時間は長くはなくて。

 夜眠れば朝が来て、昼に眠れど夜は来るように──当然のように終わりは訪れる。

 

 ああ──どうか。

 この夢が、覚めませんように──。

 

──────────────────────

 

 

 その日の朝は、いつにもまして穏やかだった。

 窓から射す朝日が顔へと当たるのを感じながら、重くなった目蓋を開いていく。ぼんやりとした視界が部屋と自分のまぶたの裏を映すのを私は──千代田桃はまるで他人事のように見ていた。

「…………?」

 随分と穏やかな目覚めに、違和感があった。

 けれど何がおかしいかと問われれば──特に何も思い付きやしない。

 ただ──朝日はこんなに眩しくて暖かな物だっただろうか、という真偽不確かな事だけだ。

 重い体を起こして、念のために周りを見渡す。

 どこにも不自然はない。

 いつも通りの私の部屋──正確には千代田の家ではなくばんだ荘の借家だ。実家から移した幾つかの見慣れた家具があって、存在するものと言えばあとはせいぜい私の隣にシャミ子が寝ているだけ──。

 ……あれ? 

 視線をすぐ横へと動かす。

 そこにはシャミ子の姿があった。

 一糸纏わぬ姿で横になり、愛用の円形の枕に頭を乗せた彼女の姿が、ぼやけた視界でもはっきりと見える。呼吸と共に上下する豊満な胸部を目で追い、次いで自らの姿を見直せば、同じように──何も着ていない。

 つまりは昨夜は、二人で裸で同衾していたという確かな証明で。

 ……どうして──? 

 そう。

 どうしてだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「昨日は……シャミ子が、すごい甘えてきて……」

 そうだった。

 いつになく素直で甘えん坊なシャミ子を気にしつつも、構って欲しいと願う彼女に答えて何度も何度も何度も体に触れたり唇を重ねたり──蒲団(ふとん)の中で情熱的な求め合いを続けて、そしていつの間にか寝ていた筈だ。

 何がおかしいか──何もおかしくはない。

 そんなのは良くあることで、日常的なソレで。

 だからこそ、そんな当たり前の事実に違和感を覚える自分に対して──懐疑(かいぎ)的な思いを抱いている。

 ……私は、もしかしたら何か大切なことを──

「──ふわぁぁぁ……あぁ桃ぉ……おきてたんですかぁ……?」

 その声で、思考が中断される。

 すぐ隣で寝ていたシャミ子が、蕩けた声でゆっくりと体を起こした。咄嗟に私は気恥ずかしくなって腕で局部を隠そうとして──なぜそんなことをしたのか分からなくなった。もう数えきれないほど触れられた筈で、今さら隠すような場所でも無いのに。

「あれ……もも、どうしました?」

「いや、その……なんか、恥ずかしくなっちゃって」

 中途半端に掲げられた腕では、何も隠すことなんて出来やしない。

 シャミ子はそんな私を見ると、薄く笑って顔を近付け──キスをした。

「っ!?」

「ふふっ、寝惚けてるんじゃないですか? 仕方がないですね……ほら立って。一緒にお風呂入りましょう」

「えっ……あ、うん」

 手を伸ばすシャミ子の手を握って立ち上がる。彼女はそのまま私の手を引いてお風呂場へと向かった。

 

 

 カショカショと、箸で卵を混ぜる音が響く。

 私の家の台所に立って朝食を作るシャミ子の姿を、私はソファに座りながら観察していた。壁に掛けていたピンクのエプロンを着た彼女は慣れた手付きでフライパンや調味料を出していて──先ほどまでの一糸纏わぬ姿を幻視して、顔が熱くなる。

 ……いつもの光景、だけど。

 私は私達二人の事を回顧する。

 私は千代田桃という魔法少女で、姉の千代田桜の行方を探すためにこの街に住む魔族を調査して彼女──シャドウミストレス優子こと吉田優子と出会い、紆余曲折あって協力することで、手掛かりを少しずつ手に入れてきた。

 そして彼女と私は最初はいがみ合う仲だったが、幾つもの障害を二人と愉快な仲間達で突破することで打ち克ち──一月前に私がシャミ子に告白することによって見事恋人同士となった。

 ……うん。

 ()()()()()()()()()

 私の目的もその手がかりも、彼女の行為とその結果も、二人で為し得たあらゆることを私は記憶している。彼女の誕生日に百輪のバラの花束を持って告白した、今にして思えば恥ずかしい記憶も、それを真っ赤な顔でこくりと頷いて了承した彼女の姿も、全て覚えている。

 ならこの違和感は一体──。

「はい、出来ましたよ桃。今日はふわとろエッグとカリカリベーコンですよ!」

 台所からの声に顔を向ければ、そこには得意気な顔のシャミ子がこたつ机に皿を並べていた。喫茶店『あすら』で培った料理スキルのせいか、古い木造アパートには似つかわしくない小洒落た朝御飯の匂いに、思わず喉を鳴らす。

 机を挟んで二人で座り、手を合わせていただきますをすると、きつね色に焼き色のついたトーストと共にそれらを堪能する。

 ……おいしい。

 黙々と朝食を頬張る私を、シャミ子は楽しそうに見ていた。その視線に気づくと途端に気恥ずかしくなって、誤魔化すように「……今日も美味しい」と感想を呟くと、華やぐような笑顔でシャミ子は嬉しそうに頷いた。

「そういえばシャミ子。お家の方……清子さんの方は手伝ったりしなくていいの?」

「はい……折角、こ、恋人になったんだから、二人一緒の時間を増やした方が良いって……」

「そ、そっか」

 赤くなった顔でそう呟くシャミ子を見て、私も少しだけ恥ずかしくなる。上品そうに笑う清子さんの顔が脳裏に浮かんだ。

 私の姉──千代田桜が何故シャミ子のお父さん、並びに清子さんの旦那さんを段ボールに封印したのかは分からないけれど、どんな理由があろうとも普通は自分の夫を封印した姉を──そして私と懇意にして下さるのは一重に彼女の優しさと愛故にだろう。

 二人の時間──旦那さんに一途なあの人には、それがどれだけ大切か誰よりも知っているのだから。

 ……そうなると、シャミ子と結婚したら清子さんは義母になるのでは? 

 そんなことを考えながら朝食を食べ終えて手を合わせる。お皿の片付けを手伝って時計を見ると、そろそろ登校しないといけない時間に近付いていた。

「……今日って、学校あるよね」

「? そりゃあまあ、勿論。もうすぐ冬休みですが、それでもまだ一月くらいありますよ? ……まだ寝惚けてるんですか?」

「いや……今日は天気良くて暖かいから、猫と戯れながら日向でゴロ寝したいなって思っただけ」

「そんなこと言って、桃は休み時間とかずっとボケッとしてるじゃないですか。ほーらー学校行きますよーソファで寝る準備しないで下さい~!」

 既に瞼を半分閉じてソファに寝そべる私の肩を、シャミ子はユサユサした。色々と違和感のような物はあるが、この春のような陽気には勝てない。季節外れのポカポカなお日様は抗いがたい魔性の揺りかごだ。

 渋々ながら制服に袖を通して用意をする。その間シャミ娘はメタ子に餌をあげていた。ちょっぴりお高いセレブなカリカリを黙って食べている姿は少し珍しい。もう彼は猫缶でないと満足しないのか、いつもの『時は来た』は今日は無しのようだ。

「ほら、行きましょう桃。ミカンさんも待ってますよ」

「今行くよ……じゃあ、行ってくるねメタ子」

 そうメタ子に呟くと、外に出て扉を閉めた。

 “なーん”という見送りの声が、ヤケに寂しそうに思えた。

 

 

 

 ばんだ荘でミカンと、高校へ続く道で杏里さんと合流し、他愛もない会話をしながら登校する。グループチャットで何時間と話しているのに、こうして集まっても話のネタが良く尽きないな、と若干呆れながら会話に参加していると、何時の間にか校門を抜けて下駄箱へとたどり着いていた。

 今日の一時間目は何だったか思案にふけりながらシャミ子達と教室に向かい──あれ、と一つ疑問に思う事があった。

「……ねぇ、シャミ子。私達って()()()()()()()()()()?」

「? 何を言ってるんですか? ずっと一緒のクラスで授業受けてたじゃないですか。あ、さてはキサマ教科書を忘れたなぁ? このうっかりさんめ~」

 ニヤニヤと揶揄(からか)うように笑うシャミ子に──私はぎこちなく笑って返した。

 ……そう、だったっけ? 

 そうだった、筈だ。

 思い返してみれば、私達は全員同じクラスな筈だ。シャミ子と初めて学校で会った時も、杏里さんと出会ったのも『1年D組』の教室だった。お昼もみんなで机を寄せ合って食べてるし、一緒に授業を受けた記憶もある。

 けれど、違和感がどうしても拭い去れない。

 シャミ子達と連れ添って教室に入っても、隣の席にシャミ子が座って、一時間目の授業の教科書を得意げに見せてくるシャミ子を見ても、毎日のように繰り返されている担任の先生の出欠確認を見ても──心のどこかでささやく声がする。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()「桃?」

「もしかして……具合悪かったりしますか? 怖い顔してますよ?」

 視界に影が落ちる。ふと顔をあげると、目の前にシャミ子の顔があった。

 彼女は私の頬を両手で支えるように持つと、自らの額を私の額へと合わせた。骨のぶつかる音が小さく聞こえると同時に、彼女の体温を肌で感じた。

 んっ、という悩まし気な吐息が顔に当たって──瞬間、恥ずかしさで顔が紅潮した。

「な──なに、をっ」

「……熱はなさそうですね。でもやっぱり顔色も赤くなってますし、今日は早退した方が……」

「っ──だ、大丈夫だから……! まだ、ちょっと寝ぼけてるだけ」

 顔色が変わった理由をそう誤魔化しながら、何とか彼女の顔を直視しないように視線を逸らす。私の顔を掴む彼女の両手を引き離そうと手を伸ばし──なにを恥ずかしがる理由があるのだろうか、という問いが手を止めて虚空を掴むようにもたついた。

 少し顔を近づければ、唇が触れ合う距離で。

 そして私は──彼女の唇を何度も味わった筈で。

「ほ、ほら。もう授業始まるよ? 教科書見せてくれるんだよね」

「もう……仕方のない宿敵ですね。放課後の買い物の買い出しで()()()()ですからね? 今日はお母さんがお鍋をすると言ってたので覚悟するがいい!」

 チャイムが鳴ると共に先生が入ってきて、手を離した彼女と共に授業の準備をしながら浮ついた心を切り替える。目を閉じて頭を振って──先程まで目の前にあった、目じりを下げてこちらを窺う彼女の可愛らしい顔と熱い吐息が時折ちらつく度に、(ほう)ける頬を両手で揉む。

 ……何を学校で興奮してるんだ私は──! 

 結局、私の奇行は一日中続いた。授業の度に冷静になり、休み時間が来れば彼女と顔を合わせて思い出す──そんなことがずっと続いて、気付けば学校での一日は終わっていた。

 授業の内容も、ノートを書いていたのかも記憶に残らず放課後が来て──最後には商店街へ恋人繋ぎで私を引っ張るシャミ子と、顔を真っ赤にして口を閉ざした私がいて。

 ──朝に感じた違和感は彼女の体温と甘い香りに塗りつぶされたのだった。

 

 

 

 シャミ子家との夕食は恙無く終わった。

 お隣のミカンも含めた宴会さながらの鍋パーティーは肉も野菜もマシマシで、最後はチーズとご飯を投入したリゾットに変身。お腹も心も満たされた私たちはその流れで解散し──シャミ子もまた、私の部屋へと戻ってきた。

「とっても盛り上がりましたね……お腹も、もう一杯で……」

「うん……ちょっと、暑いくらい」

 隣に座るお腹の膨れたほっこり魔族に視線を向けながら、私は今日一番の満ち足りた気分になっていた。仄かに火照った体に、左手で団扇を作って風を送る。服の襟元を何度も開閉していると、汗の滲んだ服と体に空気が入って、心地の良い清涼感が体全体に広がっていく。

 ──至福だった。

 お腹は満たされ、気分は上々。

 柔らかなソファに腰を落ち着かせて体を休め、程よい風が体を吹き抜け──そして隣には愛する人。

 ──幸せだ。

 今までで一番、そしてきっと世界中の誰よりも。

 まるで春の日向で微睡むように暖かで、赤子の揺りかごで寝かしつけられるように優しい。

「……しあわせ、だなぁ」

 気づけば、そう声が漏れていた。

 ソファの背もたれに体を預けて目を細めてそう言うと、隣から椅子の生地が引っ張られる感覚──そしてそれと共に、置いていた私の右手の上に誰かが手を置いた。

「どうしました桃、何か良いことでもありましたか?」

「うん……そうだね。ふふっ……今日は、何だか気分が良いよ。まるで夢みたい」

「──夢なんかじゃないですよ。みんな桃と私が望んだ現実じゃないですか」

 耳元で囁く声は、子守唄のように柔らかく。

 けれどオペラのように、脳内を反響する。

「そう、だね……でも、何だか今日は一日中、ふわふわしていた気がするんだ」

 だから、きっと語ってしまったのだろう。

「朝からずっと、変な違和感があったんだ。隣で寝てたシャミ子を見て、まるで現実じゃないみたいで……本当にシャミ子と私って恋人同士だったんだっけ……って思っちゃうくらいで……」

 文字通り、()()()()()()()()()

「学校も何だか変な感じでさ。私たちって本当は別々のクラスだった気がしたんだ……変だよね? いつも隣にシャミ子がいたのに──まあ、全部気のせいだったけど」

 そうだ。

 全ては気のせいで、勘違い。

 私とシャミ子は恋人同士で、周りの人はみんなそれを知ってた。

 クラスも一緒で、それに対して疑問に思ってたのは私だけ。

 

 なら──きっとそれは私の勘違い。

 優しい現実が、何よりも正しいのだ。

 

 

「へー……そうだったんですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………?」

 だから、私はその言葉に一度首を傾げた。

 単純にシャミ子の言っていることの内容が理解できなかった。

 凄く優しい声なのに、言っていることが超然的で。

 何かを反省するみたいに感心する声で、けれどどこか達観していた。

「シャミ子……?」

 シャミ子の方に顔を向けると、そこには笑顔のシャミ子が顔一杯に広がっていた。口の端を吊り上げ、目尻を惚けたように下げて頬を赤く染めた──蕩けた女の顔。

 私はその顔に目を奪われ……次いで腰を引いた。手でソファを押して後ずさるように、シャミ子から逃げるように距離を取る。

 ──嫌な汗が、私の背中から()()()と滲んだ。

「シャ、シャミ子?」

「何で逃げるんですか──夜はこれからですよ?」

 何故か、と問われれば理由は分からない。

 けれど──何か、違う。

 違う、違う、絶対に違う、違和感がある。

 ソファに両手を突き、こちらへとにじり寄る彼女の姿は紛れもなく本物だ。紫がかった赤髪も、側頭部から生えた角も、服を押し出す双丘も、犬歯が覗く柔らかそうな唇も──何もかもが本物で。

 けれど。

 シャミ子はあんなに(つや)やかに笑う子じゃない──! 

「待ってシャミ子、何か、何かがおか──」

 内心慌てながらそう声をあげ、念のため魔法少女の姿へと変身しようとして──そしてそこで初めて気付いた。

 ……変身できない、というかメタ子とのリンクが──!? 

 “なーん”。

 その声に顔を向けると、そこにはメタ子がいた。

 こちらを向いて座りこみ、後ろ足で毛繕いする姿は──まるで本当に普通の猫のようで。

 

 そういえば私は──今日メタ子が喋っているのを、一度でも聞いただろうか? 

 

「──っ!!」

「逃がしませんよ、桃」

 咄嗟にソファから逃げ出そうとして、肩を捕まれた。シャミ子とは思えないほど強引で強い力に、思わず反撃するように足を構えて──躊躇した。

 ──その一瞬で、全ては決していたのだろう。

「待って、シャミ──!?」

 どうにか説得しようと声を荒らげ──けれどその口を塞がれる……彼女の唇で。

 突然の柔らかな感触に動揺した私の口内を、シャミ子の舌が蹂躙(じゅうりん)していく。歯と歯がぶつかりそうになるほど強く押し付けられた唇と、それと共に擦り付けられる彼女の舌が唾液を纏って侵入する。

 粘度の高い唾液がくちゅくちゅと水音を鳴らして、頭蓋を通して頭に響く。それだけで沸騰するように頭が熱くなり、正常な判断が出来なくなっていく。

 せめてもの抵抗として動いた両手は、彼女が制すように肩に掴んでいた両手を強くしただけで力が抜ける。まるで病床でもがく子供のように力を失った私の両手が、懸命に彼女を遠ざけるように動いても……出来たのは彼女の胸の形を少し変えることくらい。

 ──甘ったるい彼女の唾液を、喉が音を鳴らして飲んだ音がする。

「やっ──だめ、しゃみ、こぉ……んっ!」

 構えていた足は既に閉じていた。シャミ子がわざとらしくキスの音を鳴らす度、瀕死の虫の足のように痙攣した両膝を、震えながらもじもじと膝頭を合わせようと捩らせる。反撃することも忘れて、子供のように膝を曲げた私の股ぐらにシャミ子は強引に膝を捩じ込んで押し付けた。

 彼女の膝が触れた太股が火に触れたように熱くなって──どうにか彼女を止めようとしてあげた声は上擦っていた。喉奥から漏れ出した彼女の名前と嬌声は、まるで自慰に耽っているかのように熱を帯びていた。

 まるで体が私のものじゃないみたいだった。

 体の全権利がシャミ子に握られているかのような被征服感。彼女の一挙手一投足が私を苛め、その度に体が嬉しそうに熱を帯びる。そんなことを、まるで他人事のように考えている自分がいる。

「──ぷはぁ」

 数十秒、けれど私のとっては数時間のように思えたキスは、シャミ子が口を離して終わった。軽く瞼を閉じた彼女は、私を見下ろすと……薄く笑う。

 きっと今の私は、だらしのない顔をしているのだろう。赤くなった顔は、酸欠からなのか、それとも長時間のキスのせいか。彼女の唾液で汚れた唇は、空気を求めてパクパクしていてロクに言葉も出せないし、沸騰した頭は思考が纏まらない。せめて彼女を睨んでやろうとしても、弛緩した目尻はとろんと下がって、潤んだ目を彼女に向けるだけ。

「な、んで……?」

 やっとの思いで、消え入りそうな声をあげる。

「──何が、ですか?」

「だって……こんな、の。ぜったい、ちがう……」

「──ちがくなくないですよ」

 耳元から、声がする。

 誰よりも愛しい、女の声だ。

「桃は、私の恋人なんですよ? ──体に触れたり、キスしたり……全部普通のことですよ」

 囁き声が耳を擽る。少しだけ体が竦んだけれどそれは一瞬のこと。気付けばあの子守唄のように優しい声が、頭のなかへと木霊する。

 優しくて暖かくて──何より心地よい。

 不思議な気分だった。

 体は痙攣するほど気持ちがいいのに、頭の中は寝ているみたいに心地よい。

 ……あれ、なに考えてたんだっけ。

「……そう、かな……」

「そうですよ……ほら、今度は桃からしてください。昨日だってあんなに甘えてくれたじゃないですか」

 ……そう、だった。

 熱に浮かされた頭が、昨日の記憶を呼び起こす。

 昨日の夜もこうしてシャミ子が誘ってきて、そんなシャミ子が可愛くて、何度もキスをした。

 最初は彼女から、けれどその後は全部私から唇を押し付けて、彼女の体に甘えるように何度も何度も何度も擦り付け──あれ、それって私だっけ。でもシャミ子が言ってるなら、多分そうだ。甘えたのは私で、シャミ子はたのしそうにわらってて──

「──で、も」

 何か、おかしい。

 変だ、きっとへん。

 だってこんなに、こんな、熱くて、ふわふわしてて……絶対おかしい。シャミ子がわたしに、あんなにやさしいなんて。もっとしゃみこは、いじっぱりで、あったかくて──でもやわらかくてきもちいいし、あんなにキスもじょうずで、でもそれは、わたしとなんどもしたからだっけ? ──だめ、あたまがうごかないなにかんがえてたんだっけしゃみこやわらかいかわいいちがうわたしはそんなことのぞんでなんか「桃」

 ──シャミ子の声だけだった。

 ──それだけが、頭の中にあった。

「だいじょうぶですよ? ぜーんぶ、私のせいにして」

「…………しゃみ、この、せい?」

「全部私のせいにして、桃は逃げちゃえばいいんです。魔法少女のこととか、他の人のこととか──私のこと以外なら、全部捨てちゃえばいいんです」「桃が変なのは私のせいで」「私が変なのも私のせいにして」「桃が捨てたものは私が全部拾います」「魔法少女やめて」「学校もマチカドもいらない」「全部わたしのせいですよ?」「可愛そうな桃」「だいすき」「私のことだけ見てればいいんです」「私の声も」「私の体も」「私の唇も」「全部桃のもの」「桃のものも全部私のもの」「ほら触ってください」「好きにしていいんですよ」「やさしくふれてください」「怒ってらんぼうにしても良いですよ」「がまんしないで」「きもちよくして」「きもちよくなって」

 

「だって私のせいなんですから」

 

 ──それが、まともに聞けた彼女の最後の言葉。

 それから先は、よく覚えていない。

 組み伏せた彼女の唇を強引に奪って、涙目になった彼女の体を下腹部をまさぐって、何度も何度も何度も体を重ねて。言葉にならぬ言葉を喘ぐ度に征服感が頭の中を支配して、私の声を呼ぶ彼女のそれが、物欲しそうにしているように感じてキスをして。体を押し付け揺らす度に動く胸を掴んで、その頭を摘まんだりねぶって。うわ言のように彼女を責めるような言葉を叫んでは、彼女の体を乱暴に抱いて。彼女の股ぐらから流れる蜜を啜っては、喉の乾きを癒すみたいにナカへと舌を伸ばす。

 ──至福だった。

 彼女の全てが愛おしい。震える指先を握りしめ、赤くなった肌を抱き、唇を乾かす暇はなく、苦しそうに喘ぐ声さえ可愛らしい。

 ──こんなの、ズルい。

 全部シャミ子が悪い。

 こんなに可愛いのが悪い物欲しそうに喘ぐのが悪い肌がスベスベなのが悪い唇が柔らかくて唾液が甘いのが悪い恥ずかしそうに顔を赤くするのが悪い耳も真っ赤になるのが悪い胸が大きく揺れるのが悪い髪の毛が綺麗で良い匂いするのが悪い指も細いし体も柔らかいし目を細めてこっちを見るのも全部シャミ子が悪い──!! 

 

 でも。

 よく、覚えてないけど。

 

 シャミ子がずっと笑ってたのは、なんでだろう? 

 

 

 

 

 その日の朝は、いつにも増して穏やかだった。

 瞼を開けば見慣れた天井。不思議なくらいに冴えた頭が、カーテンから漏れた光を捉える。

「……さむい」

 体を起こすと、冷たい空気が肌を刺した。当然のことだった。まだ秋が過ぎたばかりで、冬は始まったばかりの、人肌が恋しくなるような季節なのだから。

 ふと、何の気なしに自分の体を見る。そこには見慣れた寝巻きに着替えた自分の姿があった。隣には丸くなったメタ子が寝ていて、冷たい風が入ったからか布団の奥の方へとモゾモゾと動いていった。

 ……シャミ子?

 ふと、彼女の存在が気にかかった。

 気にすることなど無い筈だ。シャミ子は隣の部屋──つまりは吉田家に住んでいるのだから。時計を見ればまだ早い時間で、まだ学校に行く時間には早すぎるほど。まだ起きているかすら定かではない。

 けれど、私は迷わず布団から体を出した。寝巻きのまま、ふらふらと体だけがナニかを求めるように動いて、ふらつく足元にも気にかけずに玄関へと歩く。

 ……なんで、隣にいないの?

 おかしい。

 彼女は私の隣にいないのはおかしい。

 だって彼女は私の恋人──いや、それはおかしい。確かに彼女のことは好きだけど、それは友達のようなもので。でもキスも同衾までしたのに、そんな扱いは酷だろう。そもそも私から告白……して、したっけ? 何かがおかしい気がするけど取り敢えずシャミ子が欲しい。

 ──扉を開ける。

 外の冷たい風が部屋の中へと吹き込んだ。外気が肌を針で刺してるように冷たくて──けれど私はそんなことをどうでも良かった。

「おはようございます桃──早かったですね」

 そこにはシャミ子がいた。

 よそ行き用の服を着た彼女は、まるで私のことを待っているかのように玄関の前で立っていて。

「シャミ子……シャミ子──!」

 私は堪らず彼女に抱きついた。

 彼女の胸に頬を押し付け、背中に腕を回して必死に掴む私の姿は、まるですがり付くようだったろう。

 彼女の体温を感じながらも、何度も何度も何度も彼女の名前を呼ぶ私を、シャミ子は優しく抱きしめた。

 ──至福だった。

 探して止まない、欲して止まない彼女の体温だ。匂いだ。柔らかさだ。私の、私のシャミ子だ。

「もう、どうしたんですか? まだ寝ぼけてるんじゃないですか? ──仕方がありませんね。ほら、お部屋の中に入りましょう。暖房もつけて、お風呂に入って……今日は折角の休日なんですから」

 ──彼女の胸で息をしながら、ふらついた足取りで部屋の中に入ると、軋んだ扉の閉じる音がやけに大きく聞こえた。

 

 もう、後には戻れない気がした。

 

 

 

 

 副題

『シャミ子が桃をガチで取りに行くとたぶんこんな感じになる』

 

 




千代田桃
桃色魔法少女。強いけど絆されやすい。
今回の被害者であり、シャミ子がこんなのになった原因。思わせ振りな態度とか言動とかして恋愛感情を煽った後、誰でも良いので男と喋ってる姿を見られるとこのルートに分岐します。
夢の中で魔法少女バリアーを一度でも破られ、シャミ子と接触した時点で負けが確定。無意識下の刷り込みで違和感を感じながらも体が勝手に動き、シャミ子から離れないといけないのにシャミ子が側にいないと落ち着かなくなったりする。

吉田優子/シャドウミストレス優子
(頭の中)桃色魔族。実は内心メッチャガッツポーズしてる。
なんやかんやで恋愛感情を知った結果。誕生日に赤いバラを百輪くらい桃から貰ったりして意識しだし、しかし桃がシャミ子に光の一族のことを色々内緒にして悶々とさせ、挙げ句ジムの従業員とかとか筋トレの知り合いとか学校の先生とか、とにかく男の人と仲良さげにしてるとこんな感じになる。
夢の中でコーラあげただけでコーラのみたくなったりするので、本気出すとこんな感じにかなとか。ちなみに悪用方はアドバイザーの人が、ハイライトが消えたシャミ子に追求されて吐いた。最初は宥めたけど、あれでもこれって結果的に闇の一族的には色々と具合がよいのでは? とか悟ったので途中からノリノリだった。
???「シャミ子は余が育てた!」

ただの妄想IFです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。