とある五つ子のSS (いぶりーす)
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押してダメなら。

天才とアホのいちゃつき頭脳戦。


 何事にもマンネリというものがある。マンネリズムの略で新鮮味や独創性がない事を指すその言葉は様々なものに当てはまる。趣味であったり仕事であったり、そして人との関係性であったり。それを打開するには何か大きな刺激が必要だ。

 参考書に埋もれていた『高校生のための恋愛ガイド』を掘り返して、それを片手に風太郎は眉をひそめながら大きく溜息をついた。

 

 まさか、またこの本を頼りにする日が来るとは……。

 

 もうこの本には頼らない。そう決めて五つ子達の想いと自身芽生え始めた感情に向き合い、そして一応の決着は付けた。そこに一悶着では済まない程の騒動があったが、それも今では遠い過去のように思える。結果だけを言えば、姉妹の一人と交際する事になった。相手はあの二乃だ。既に告白はされていたので返事という形で彼女に想いを告げたが、帰ってきたのは感極まって涙を流した彼女のキスだった。

 それからは互いに不慣れながらも男女の交際が始まった。この手の事は風太郎にとっては苦手分野だ。乙女の二乃にダメ出しされながらリードされる形になるのだろうと最初は思い浮かべていたのだが、彼女もまた異性との交際は初めだった。当然ながらデートもプラン通りに上手く行かない。

 気付けば互いに空回りした回数は既に両手の指を超えた。けれども、そんな手探りで互いの距離を詰めていく不器用な自分達の関係は確かに一歩ずつ歩んでいるのだと感じて自然と二人で笑い合った。

 

 だが、ここ最近はその歩みが止まってしまっているのではないかと思い始めた。

 何が原因、という訳ではないのだが強いて理由を挙げるなら互いに『慣れ』が生じてしまったからなのかもしれない。停滞しているのだ、自分と彼女の関係が。

 これは由々しき事態だと判断した風太郎は直ぐに行動に移した。まず真っ先に知人の中で唯一、自分と同じ共通の話が出来る前田に相談をした。

 僅かな差であるが彼女がいる経歴は彼の方が先輩だ。先人の知恵は間違いなく力になる。少し前の自分なら他人にこんな事を相談する姿なんて想像も付かないだろうなと自身の変化に少し感慨深さを覚えながら風太郎は彼に一部始終を話した。

 結果、これは所謂『マンネリ化』という事が判明した。それを語った前田自身もそんな経験があり、危うく彼女と別れる一歩手前まで行った事があると深々と嘆息し、風太郎は戦慄した。

 人間関係というのはこうも面倒なのかと改めて痛感する。基礎の反復学習だけではダメなのだ。慣れとは即ち『つまらない』ということ。つまらない相手と共に過したいと思う物好きはそうないない。それが男女が別れる原因になるのだろう。

 これは想像以上に厄介だ。早急に何とかせねば。そう思い立って過去に頼った経験のある恋愛本をわざわざ引っ張りだして久しぶりに眺めていたのだが、いまいち正解が分からない。

 刺激が必要だと書かれていたが打開案が思い付かない。そうこう悩んでいる内に二乃とのデートの日が訪れてしまった。

 

「よお、遅かったな」

「……」

「……?」

 

 前に期末試験の時に息抜きで訪れた遊園地に行こうと駅前で待ち合わせをしていたのだが、定刻を過ぎても彼女の姿が見えない。まあ何かと気合いを入れてお洒落を決め込んでくる彼女が遅れる事は別に珍しくもないのだが、今日はいつもよりも遅かった。

 少し心配になって電話でもしようとした矢先、漸く彼女の姿が見えた。しかし、どうしてだろう。いつもなら破顔しながら遅れてきた事を侘びてくる二乃なのにその表情はムッと口を一文字に結んでいる。

 そして開口一番に彼女は自分を見上げながら言い放ったのだ。

 

「何よ、遅れて悪い? 上杉」

「……!」

 

 久しぶりに聞いた棘のある彼女の言葉に目を見開いた。もしやこれが前田の言っていた『マンネリ化』による弊害なのだろうか。身構えて背中から汗を流した風太郎だったが、彼女のこのフレーズに何処かデジャブを感じた。

 

 ──ああ、なるほど。『押してダメなら引いてみろ』か。

 

 直ぐに彼女の意図を理解し、そして懐かしさを感じた。思わず笑みを零しそうになる。どうやら向こうも自分と同じく『マンネリ化』を危惧していたようだ。愛する人と同じ考えをしていた事に少し気恥ずかしさを感じたがそれ以上に、嬉しかった。彼女もまた、この関係を大事に想ってくれたのだ。

 この『押してダメなら引いてみろ』が二乃の考えたマンネリ打開のための刺激なのだろう。せっかくだ。同じ事を考えていたなら都合がいい。それならこちらも彼女に合わせよう。刺激はより強い方がいい。

 

「そっちが遅れた癖に酷い言い草だな、中野」

「……!?」

 

 風太郎の言葉に今度は二乃が目を見開いた。どうだ、驚いただろう。俺もお前と同じ考えだ。普段から鈍いだの何だのと彼女に文句を垂れ流されているが、これで少しはこちらも恋人関係について真剣に考えているのだと伝わっただろうか。

 そう言えば、中野姉妹に対して苗字で呼んだのはこれが初めてなような気がする。何というか新鮮な気分だ。そもそも名前で呼ぶ同級生など風太郎にとっては彼女達が初めてだった。もしも彼女達が五つ子でなかったのなら他の人間と同じように苗字で彼女を呼んでいたのだろうか。そう思うと彼女達姉妹はやはり特別な存在だったのだと改めて思い知らされる。

 

「……どうした? 中野」

 

 どや顔で返した風太郎であったが、少し二乃の様子がおかしい事に気付いた。何故か彼女は俯いて肩を震わせているのだ。何処か具合でも悪いのだろうか。

 

「ほら、さっさと行くぞ中野」

「ッ!?」

 

 心配して顔を覗き込んで、思わず息を飲んだ。風太郎の目には涙をボロボロと流す恋人の顔が写っていた。

 選択を誤った。怒涛の中野連打は確かに刺激を与えたがいかんせん強すぎた。

 

「わ、私を捨てないでぇ!! フーぐんッ!!」

 

 何か言葉を発そうとしたがもう遅い。風太郎が口を開く前に二乃がギャン泣きしながら抱きついてきた。

 周りから刺さる視線と氷のように冷たい空気。滝のように流れ出す冷や汗。全てが手遅れだった。

 

 後日、弁護人のいない中野姉妹裁判にかけられた風太郎は他四人からボロカスに罵倒され、二乃のご機嫌取りに普段は並ぶのが嫌だからと拒んでいたタピオカ屋に数時間並んで無事に元のバカップルに戻った。



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名前で呼びたい五女の午後。

フー君を名前で呼びたくて四苦八苦する五女の話。


 呼び慣れた名前を意識して変えるというのは存外難しいものだ。

 五月がそう思い知らされたのは風太郎と交際を始めて暫く経ってからだった。

 彼と腕を組みながら食べ歩きをしたり、隣合せで座った時は前よりもずっと近くで肩を寄せ合ったり、回数は少ないが毎回デートの終わりには唇も重ねた。互いに鈍く恋愛素人の自分達にしては順調な滑り出しだと思っていたのだが、ある日気付いてしまったのだ。

 ──未だに彼の名前を呼んだ事がなかった事に。

 『上杉君』と慣れ親しんだその呼び名は視界に彼が入れば自然と口にする。出会ってから何度も呼んだ愛おしい人の呼び名。

 けれど『風太郎君』と呼んだ記憶が五月にはなかった。これではフェアではないと思った。

 恋人同士である男女の関係は常に対等であるべきだ。彼は出会ってからずっと名前で呼んでくれているのに、自分はいつまで経っても苗字で呼んだままなんて。

 自分達が五つ子だから彼は最初から名前で呼んでいるのだろうが、それでも真面目な五月は納得出来なかった。

 もう他人ではないのだ、上杉風太郎という男性とは。本来ならば親友と位置付けした瞬間に既に名前で呼んでいてもおかしくはなかった。それが恋人という関係ならば尚更だ。もっと距離を詰めてもいい筈である。

 思い立ったが吉日。五月はその日から彼を名前で呼ぼうと決意した。

 ……したのだが、実現できていないのが現状である。デートの際、何度も名前で呼んでみようと試みた。待ち合わせで風太郎に挨拶をした時、デート終わりの恒例のキスの後にさりげなく、だけど決まって言葉が詰まってしまう。その度に彼に怪訝そうに首を傾げられた。

 これではダメだと一度は姉達にも相談してみたのだが、あまり理解を得られなかった。そもそも彼女達は最初から彼を名前で呼んでいたり途中で呼称を変えるのに何の躊躇もなかったりと参考にならない。こういう時に自分達五つ子は見た目は同じだが中身は違うのだとつくづく実感した。

 悩みに悩んだ末、五月は最後の手段に打って出る事にした。一人で考えてもどうしようもない時、最後にはいつも手を差し伸べてくれる人に話そうと。

 

「で、俺に直接話した訳か」

「はい……お恥ずかしい話なのですが」

 

 以前に一人で訪れて高い評価を付けたカフェに今日は風太郎を連れて二人で来ていた。

 五月は看板メニューのケーキセットを、風太郎は砂糖が多めに入ったカフェオレをそれぞれ口にしながらテーブル席で向かい合って座る中、五月は胸の内に抱えていた悩みを彼に打ち明けた。

 

「……なんですか、その顔は」

 

 ところが、話終えた後に五月を待ち受けていたのは片眉を吊り上げて呆れた様子を微塵も隠そうともしない彼の表情だった。

 

「いや、馬鹿真面目なお前らしい悩みだと思っただけだ」

 

 なんだ、そんな事か。言葉には出ていないが彼の心の声が聞こえた気がした。風太郎の仕草や表情で大体何を考えているのか察する程度には長い付き合いだ。それくらいは分かる。

 姉達もそうだが、どうやら彼も自分の悩みにいまいち理解を示してくれないらしい。五月は不機嫌そうに頬を膨らませながら、ストローで手元のカフェオレをかき混ぜる風太郎を睨み付けた。

 

「馬鹿真面目って何ですか! 私がどれだけ頭を悩ませたと思って……」

「お前があまりにも深刻そうな顔をして話すもんだから拍子抜けしたんだよ……どうにもお前は一人で抱え込みがちだからな」

「それは……」

 

 きっと高校時代の出来事を指しているのだろう。確かに一人で抱え込んで、最終的には彼が手を差し伸べてくれた。その度に不器用な奴だな、と呆れるように笑われて……でも嬉しかった。

 何だかんだ言いつつも彼は自分の事を心配してくれる。その気遣いは共に喧嘩して仲直りをした中間試験の勉強会から少しも変わってはいない。

 

「……でも、私にとっては深刻な問題です」

「俺は言われるまで呼び名なんて気にした事もなかったが」

「私が気になるんですよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものなんです」

 

 そうか、と顎に手を当てて一応は真剣に考えてくれる素振りを見せた恋人に五月はふと出会った当初の風太郎を思い出した。

 以前の彼に呼び名で頭を悩ませたと零したらきっと下らないと鼻で笑って切り捨てただろう。そこでデリカシーのない彼を咎めて口喧嘩をする様が簡単に想像できる。

 けれど、今は違う。恋愛の事や乙女心には疎い風太郎だが分からないなら分からないなりに考えてはくれるようにはなった。デートの行き先もそうだし、服装も二乃に相談して身なりを気にするようになったりと少しづつではあるが、変わりつつある。

 大事な根幹は残しつつも着実に成長していく恋人を見て、やはり自分も変わらなければならないと五月は改めて思った。

 

「いや、考えてみればそもそも既に名前で呼んだ事があっただろ」

「えっ?」

「『零奈』の時だ」

「いえ、あれは何といいますか……変装だからノーカンという事で」

「……なんだそりゃ」

 

 風太郎には呆れられたが五月からすれば複雑なのだあの『零奈』は。

 あれは四葉に頼まれ変装した偽りの自分だ。五月ではなく京都で出会った女の子という役を演じて彼の名前を呼んだに過ぎない。

 真に中野五月で呼んだ訳ではないのだと彼に説明したが、眉根を寄せて面倒くさそうに溜息を吐かれた。

 仕方がない。こればかりは姉妹にしかわからない繊細な五つ子心なのだから。

 

「別に急いで呼び名を変える必要もないだろ。時間が経てば自然に慣れる」

「ですがいつまでも私だけ……」

 

 とうとう風太郎も匙を投げたようで投げやりにそんな事を言い出した。当然、それで引き下がる五月ではない。

 

「それに、ほら、なんだ……」

「……?」

「……将来的には嫌でも苗字で呼べなくなるだろ」

「……っ!」

 

 前髪を弄りながら視線を逸らす昔ながらの風太郎の癖。彼の言葉の仕草の意味は鈍い五月でも理解できた。

 ──ああ、やっぱりこの人の名前を自然に呼べるようになりたい。

 そんなとある日常の午後の五女であった。

 

 

 



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「フー君」

久しぶりにあだ名で呼ばれてもにゅるフー君。


「フーくんっ」

 

 自分を『フー君』なんて奇妙奇天烈な渾名で呼ぶのは風太郎が知る中で、少なくとも一人しか該当しない筈だった。

 その物好きの彼女ですら最近はその呼び方を自重し、ごく普通に名前で呼ぶのが日常となっていたのだが、染み付いた癖というのはふとした瞬間に出てしまうらしい。

 数年振りに耳にしたその奇妙な渾名。きっと彼女も意図して口にした訳ではなく、また風太郎自身も無意識に返事をしてしまったので、きっと仕方ない事なのだろう。

 だが、その学生時代のやり取りを二人きりの時ではなく第三者がいる前で行ってしまったのは迂闊としか言いようがなかった。

 

「こら、その呼び方はやめなさい」

「フーくんっ!」

「……」

 

 仔猫のような可愛らしい声で膝元に抱きついてきた小動物に風太郎は思わず嘆息した。

 普段なら愛くるしい姿に口元が緩むのだが、今回ばかりは困惑が混じった苦笑を浮かべるしか出来なかった。

 子どもというのは日に日に変化していくものだ。昨日まではパパと呼んでいた子が朝起きたら『フー君』などという奇妙な呼び名に変わっているのだから。

 心当たりはある。昨日の妻とのやり取りだ。いつになく仕事で疲労して帰ってきた自分を玄関で出迎えてくれた妻が『お疲れ様、フー君』と久しく呼ばれていなかった渾名で労りの言葉を掛けてくれたのだ。

 いつまでも渾名呼びだと夫婦らしくないからと、彼女自らが封じるようになった呼び名。彼女だけが呼ぶその名前に懐かしさと覚えて、らしくないと思いつつも迎えてくれた愛おしい妻の頬に口付けをして応えた。

 ───壁際からひょっこりと顔を出して覗き見していた愛娘の視線に気付かぬまま。

 

「……二乃からも何とか言ってくれ」

 

 これは駄目だと妻に援護を求めた。子どもに関してはどうにもあまり強く叱れない。妹を溺愛したように、どうしても娘も同じくように甘い態度を取ってしまう。

 その点で言えば妻の方が信頼が出来る。同じく娘を愛してるが彼女はキチンと叱れる。何だかんだ言ってあの五つ子姉妹の中でもしっかりと姉をしていただけの事はある。

 頼みの綱である彼女に視線を向けると膝元の娘も同時に母の顔を伺った。

 

「あら、別にいいじゃない。ねー?」

「ねー」

 

 予想に反して妻が娘に激アマ判定をして風太郎の立場が一転した。まさか最愛の妻が裏切るとは。

 何故だ、と文句を含んだ視線を送るが彼女はそんな事など知ったことかと、どこ吹く風で娘を撫でた。

 母に頭を撫でられ嬉しそうに目を細める娘に風太郎は半場諦めながらも妻に抗議した。

 

「流石に娘からその呼び名で呼ばれるのは止めて欲しいんだが」

「私が呼ばなくなったんだから代わりにこの子が使ってもいいでしょ?」

「代わりにって……服のお下がりじゃねえんだぞ」

「もう、相変わらず恥ずかしがり屋ね"フー君"は」

「お、お前……」

「ほら、パパに聞いてみて? "フー君"は嫌って?」

「ひ、卑怯だぞ二乃!」

「フーくんはいや?」

 

 悲しそうに首を傾げる娘。したり顔で笑みを浮かべる妻。

 愛妻と愛娘の最恐タッグに屈してとうとう風太郎は白旗を挙げた。

 彼女が強かな女だと改めて思い知らされた。女二人に男一人の環境だ。これからも孤立無援の戦いを強いられるに違いない。

 けれど、それもきっと悪くはないのだろう。しょうがないかと、嘆息しながらも最後には自分も笑って受け入れてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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そふとあんどうぇっと

一花とひたすららぶちゅっちゅ。


 柔らかくて、そして濡れている。

 張りがあって、艶があって、互いに絡み合って、交じり合って、ただ蕩けるように溶け合った。

 いつまでも経っても慣れはしない行為に心臓は馬鹿みたいに速く鼓動を刻み、頬は茹でたように熱い。

「んっ」

 互いに慣れなくて、どちらから離していいのか分らずいつも息が切れる限界まで互いに吸い合う。最初は触れるだけだったこの行為も、気付けば舌を絡み合うようになっていて、触覚だけでなく味覚でも相手を感じ取るようになった。

 今日は仄かに苦味がするのは、先程彼女が飲んでいた珈琲が原因だろうか。苦手な筈の苦味なのに、それを夢中になって啄む自分の姿に風太郎は何処か滑稽に思えた。だけど、そんな滑稽な自分が不思議と嫌いじゃなかった。

「……まだまだヘタクソだね、フータロー君」

「息切らしてるお前が言えた口かよ」

 二人同時に唇を離して、互いに抱き合ったまま笑い合う。

 密着した体から互いの心音と熱が伝わってくる。二人揃って余裕など微塵もなくて、今にも理性の均衡が崩れそうで、それを分かっていながらも決して体を離そうとはしない。

 ようやく自覚した己の本心と一度は諦めかけていた恋心。結び付いてしまったその二つは当人達が思っていたよりも固く強靭に結ばれていて、解こうにも解けず、抑えようにも抑えきれなかった。

 映画の撮影で泊まっているホテルの一室は恋仲にある男女にとっては、互いの欲望をぶつけ合うのに都合の良い空間でしかない。そんな場所で一度箍を外してしまうと、歯止めが効かなくなる事は二人とも理解していた。

 だから、この場所ではキスだけ。それ以上は我慢。そういう取り決めをしていた。

 そもそも風太郎がこの場に訪れているのはあくまでも家庭教師として生徒である一花を無事に卒業できるよう教鞭を振るうのが目的である。恋人としてこの場にいる訳ではないのだ。

 仮に。そう仮に、恋人らしい行為をするとするならば、それは勉強の合間の休憩時間だけだ。その僅かな時間であれば仕事と勉強に励んだ愛おしい彼女を癒す恋人としての振る舞いをするのは問題ないだろう。

 ───そう、考えていたのだが甘かった。

「ねえ、フータロー君、休憩時間って十分だけだったよね」

「そう、だな」

「もう十分過ぎちゃったよ?」

「あ、ああ。そろそろ勉強を再開しなきゃな」

「フータロー君」

「な、なんだ」

「ふふっ、本当はどうしたいのかな?」

「か、揶揄うな、一花」

 こっちは真面目に家庭教師としての役割を協定通り果たそうというのに、残念ながら愛する恋人はそれを良しとはしない。こんなやり取りを既に何度も繰り返してきた。結果は負け越してばかりだが。

 今度こそは負けはしない。家庭教師として公私混同をせずに接する事を誓っているのだ。体を更に密着させ己の胸元ので柔らかく形を変えている二つの山に何とか視線を逸らしながら抵抗を試みる風太郎。

「───ねえ、もっとしよ?」

「……っ!」

 けれど、そんなちっぽけな矜持を打ち砕くのが彼女だ。己の耳たぶを甘嚙みしながら蠱惑的な囁きを漏らす一花に風太郎は唇を塞ぐ事で応じた。

 ───ああ、また負けちまった。

 翌朝、敗北感に打ちひしがれながら風太郎は一糸まとわぬ姿で寝息を立てる小悪魔な少女に諦めたように笑みを浮かべて優しく髪を撫でた。

 

 

 

 

 



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Flere

この涙の理由を変えてくれた貴方に。


 昔から姉妹の中で私が一番泣き虫だった。

 ドジで鈍臭い私は何もない場所で転んでそれを見兼ねた姉妹がよく手を繋いでくれて、その度に私は涙をぽろぽろと零しながら彼女達の手を取った。

 地面で膝を擦りむいた痛み泣いていたんじゃない。痛かったのは心だった。

 転んでみんなの手を煩わせる無力な自分に、何も出来ない自分に、誇れる物のない空っぽの自分が嫌で惨めで、消えて無くなりたいと何度も何度も願った。どうして私だけ、と涙の水溜りを作くりながら幼い私は同じ顔と声と体を持つ姉妹に憧れを抱くようになっていた。

 そんな他の姉妹への劣等感はお母さんが亡くなってから更に色濃くなっていった。

 みんな私と一緒に涙を流していた筈なのに、いつの間にか私以外は前を向いていた事に気付いてしまった。

 一花は私達と同じだった長い髪をばっさりと切って最初に『五人同じ』から脱却した。

 二乃はお母さんがしていた家事全般を担うようになって『姉』としての自覚を持った。

 四葉はスポーツも勉強も姉妹の中で一番になり、何処か遠い場所へ行こうとしている。

 五月はお母さんの代わりになると口調まで真似てひたすら『母』に成ろうとしている。

 私以外はみんな自分の道を見つけて歩み始めているというのに、私だけがあの時から時間が止まったままだった。私だけが未だに流れる涙を止める術を知らないまま立ち止まっていた。

 私は、あの眩い四人とは違うのだと思い知らされた。顔や体や声は同じなのに中身は違うなんて幼い時から分かっていた。けれど、みんな違う髪型にしてみんな違う道を歩み始めてからは余計に未熟な自分の中身が浮き彫りになったような錯覚がして、全てに嫌気が差した。

 いつしか○○とそっくりだね、と他者から受けるいつもの言葉に私は心臓にナイフを突き立てられるのと等しい痛みを感じるようになっていた。昔は大好きな姉妹と同じと言われ誇らしさを感じていたのに今では劣等感を刺激する罵倒でしかない。

 あの輝く四人と一緒にしないで欲しい。それは彼女達に対する侮辱だから。

 だからだろうか。顔を隠すような髪型にしたのも、音を遮るようにヘッドホンを常備するようになったのも、全ては外界から自分を断ちたかったからかもしれない。

 

 何も見えなくていい。何も聞こえなくてもいい。ただ独りになりたかった。独りなら私のような石ころと宝石の彼女達を見比べてられる事などないのだから。

 私はきっとこの先も光も音もない自分だけの世界に閉じ籠って、緩やかな死を待ちながら涙で海を作るのだろう。変わりゆく四人の背中が遠のくのを眺めながらずっと。

 

 ───だけど、そんな独りぼっちの私の世界を見つけて音を立てて壊しながら踏み込んできた眩い人がいた。

 

 上杉風太郎。独りぼっちだった私の世界を壊してくれた人。

 不器用な人。デリカシーのない人。鈍感な人。だけど、暖かい人だった。

 私の心に深く突き刺さっていた姉妹への劣等感を優しく絆し溶かしてくれた。姉妹にできる事は私にもできると断言した。それは私が持ち合わせていなかった自信だった。

 空っぼで欠けていた私の空洞をフータローは少しずつ埋めてくれた。それは私にとって今までにない家族以外から与えられた衝撃で、それに対して湧き出る彼に向けた感情に最初はただ戸惑いを隠せなかった。

 後にこれが恋なのだと知った。そして同時に私だけの恋でない事も。

 私が彼に恋焦がれたように他の姉妹もまた彼に惹かれたのは当然と言えるのかもしれない。

 私よりもずっと凄い一花が、私よりもずっとオシャレな二乃が、私よりもずっと彼を知っていた四葉が、私よりもずっと彼と似ていた五月が、みんな違う理由で彼に惹かれていた。

 姉妹を巻き込んだ始めての恋の中で私は何度も涙を流した。

 彼が自分を選んでくれないかもしれないという絶望に。

 手段を選ばない姉妹達に感じた、とてつもない恐怖に。

 弱い私は何度も涙を流した。独りぼっちだった世界はなくなっても私は泣き虫のままだった。

 泣いてばかりはダメだと自分を鼓舞したが、それは何処か諦観が混じっていたのかもしれない。

 自分は選ばれないのだと。だからその時が訪れても、せめて涙を見せず彼の前で己の成長を見せたいと、ちっぽけな矜持を胸に抱いて始めての恋が迎える甘美な死を受け入れようとした。覚悟をした筈だった

 

 ───それなのに、また泣いちゃった。

 

「すまない」

 

 彼の謝罪の言葉を聞いて、視界がぼやけた。零れそうな涙を我慢しようと、目に力を入れても、でも溢れる滴はこぼれ落ちていって。

 

「待たせて悪かった」

 

 けれど、予想外の続く言葉に思考が止まって。

 

「俺はお前が好きだ」

「───」

 

 大粒の涙が溢れんばかりの感情と共に湧き出た。

 戸惑う彼に返す言葉が何も浮かばなくて。

 いつもは冷たい筈の自分の涙がその時は何故か暖かく感じて。

 この涙の理由を変えてくれた愛しき人の胸でずっと嗚咽を上げながら泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お母さん。

『これからは私がお母さんになります』

 

 呪いにも似た誓いを立てたあの日の事は、きっと生涯忘れる事はないだろう。あの誓いは五月にとって人生における確かな分岐点の一つであったのだから。

 思い返してみれば、あれは五月にとってただの逃避だった。大好きだった母の死を受け入れたくなくて、大事な姉達の涙を少しでも止めたいと思って。だから代わりに成ろうとした。自分が母の代替になる事で喪失の痛みを誤魔化そうとしたのだ。

 口調を真似て母のように振る舞い、ただ形だけでも必死に『母』という外郭を形成してそれを纏った。不格好でも無様でも構わない。子どものままごとだと自覚している。けれど、そうでもしないと耐えれなかった。

 そんな漠然と掲げた母になるという目標に明確な着地点など最初からなく、いつしか周りの見えない暗闇へと入り込んでいて、それに気付いたのは家庭教師である彼の事で二乃と喧嘩をした時だった。

 やっぱり自分は母の代わりになど成れなくて、それを思わず彼の前で零してしまった。それを何時もみたいに笑って馬鹿にしてくれたら良かったのに。

 

「全く、どうしてあなたは」

 

 眠る彼の頬にそっと手を添える。掌から伝わる温もりに五月はクスリと笑みを浮かべた。

 彼と『こういう』関係になって『こういった』事をするようになってからの恒例行事。一緒のベッドで眠る彼より先に起きてその寝顔を眺めながら思い出に耽るこの時間が五月は堪らなく好きだった。

 頬に添えていた手を前髪を撫でながら額に移す。こうしてペタペタを彼の体を触るのが好きなのだが、起きている時は嫌がって中々にガードが硬いのだ。隣り合わせで座っている時は空いた手で隙あらば髪を撫でてくる癖に、風太郎自信は触れるのを嫌がるのだ。不公平だと頬を膨らませたら、渋々触らせてはくれるのだが。

 思えば、随分と変わったものだ。彼も、もちろん自分も。五月にとって上杉風太郎との関係性は変化の連続だった。

 初対面の印象は気に食わない同級生、次の日からは信頼のできない家庭教師。共に過ごしていく内に少しは認めてもいいパートナーから信用のできる大事な友人に。そして遂には恋心を抱くようになった愛おしき人へ。

 代わり映えする季節のように移り変わる関係と感情。あの日、食堂で出会った時はまさか彼とこんな関係になるとは夢に思わなかった筈だ。

 

「───母さん」

「……っ」

 

 ぽつりと、寝ている筈の彼の唇から漏れた言葉に五月は目を見開いて撫でていた手を止めた。

 聞き間違い、ではない。確かに耳にした。切なそうに母を呼び求める、幼子のような声を。

 風太郎の母の事を五月はあまり知らされていない。

 彼は意識してそうしているのか分からないが五月の前で自身の母の事について語る事は滅多にない。自分達姉妹と同じく、そして自分達よりも幼い時に亡くなったと聞いたくらいだ。

 だから、こうして彼が寝言で母を口にしたのにどういった理由があったのか分からない。意味なく口から出た言葉だったのかかもしれないし、頭を撫でた事で亡き母との思い出が夢の中で蘇ったのかもしれない。

 

「風太郎」

 

 五月は、そんな事を考える前に自然と唇が動いていた。

 普段は意識して風太郎君と呼んでいて、気を抜けば昔のように上杉君と呼んだ筈なのに、この時は何故か彼の事を自然と飾り付けなく名前で呼ぶ事が出来た。

 

「……風太郎」

 

 そんな自分に驚きながら、今度はしっかりと嚙み締めるようにその名を口にする。

 額を指で撫でながら、泣き止まない子をあやす母のように。

 気のせいか、そうする事で風太郎の寝息が先程よりも安らかになったように思えた。

 五月は、ふとあの満月の夜を五月は思い出していた。

 父になると言ってくれた彼に、自分は父以上に甘えてしまった。

 なら、少しは恩返しをするべきだろう。母の真似をやめろと彼は言ったけど、真似事でないない問題ない筈だ。

 ───たまには、私がお母さんになってあげるね。風太郎。

 その日から、五月は彼の事を自然と名前で呼ぶ事が出来るようになった。

 

 

 

 



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上杉風太郎パペットの正しい使い方。

ハロウィンなので。


「なんだ、それは……」

 

 とある日の休日。いつも通り中野家にお邪魔し、いつも通り授業を始めようとした矢先に風太郎は己の眼を疑いたくなる光景を目の当たりにした。

 リビングで姉妹五人が揃っている。それはいい。最近は仕事が忙しくて個別に授業をしている一花も今日は珍しく顔を見せているのは大変喜ばしい事である。やはり彼女達は五人揃ってこそだ。普段なら素直に喜べたし、授業も一段と気合いを入れただろう。

 問題はその手だ。五人全員が何やら左手に奇妙なものを嵌めているのである。

 

「見て分からないかしら」

 

 可愛らしくこてんと首を傾げる二乃にそうじゃないとツッコミを入れたい。それが何かを聞いた訳ではないのだ。

 彼女達が手に嵌めているもの。所謂パペット人形という奴だ。親指と小指で両手を、残りの指で口を開閉して動かす人形である。昔、幼いらいはを相手にこれで遊んであげた事もあり勉強以外は色々と疎い風太郎でもそれくらいは知っていた。

 パペット人形は分かる。だが、何故中野姉妹が揃いも揃ってパペット人形なんてものを手に嵌めているのか理解できないし、何よりも……。

 

「二乃が作ったのか? それ」

「当然よ。可愛いでしょ?」

「い、一応聞くが何のキャラクターだ?」

「分からない?」

「……残念ながらある程度は見当が付いている」

「ふふ、ならお察しのとおり……フー君よ! 名付けてフー君パペットッ!!」

「……」

 

 どや顔で『フー君パペット』なる物を見せつける二乃に風太郎は頭痛がした。

 本人の許可なく勝手に製作された己の人形をこうも堂々と自慢されては取り付く島もない。

 

「今度は人形かよ……」

 

 しかもこれが一度目ではないのだ。以前にも二乃はそのずば抜けた女子力を余すところなく活用し通称『フー君抱き枕カバー』を自作していた事があった。あの時は言葉を失ってその場で立ち尽くしたのを覚えている。

 いくら真正面から好意をぶつけてくると言ってもここまで来ると気恥ずかしさよりも恐ろしさが先に来るというものだ。仮にそれを作ったとしても、せめて自分の見えない範囲でやって欲しい。何故本人の目の前で勝手に作成されたグッズを堂々と発表するのだろうか。しかも今度は二乃だけではなく、何故か他の姉妹まで所持している。無許可で製作どころか量産までされているフー君グッズに恐怖しか感じない。

 

「……とりあえず人形はしまえ。勉強を始めるぞ」

「ねえ、フータロー」

 

 どうせ抗議したところで無駄だと前回の枕カバーの時に分かっているのでここは諦めるしかない。フー君パペットを華麗にスルーして授業に取り掛かろうとしたが、風太郎の袖口に三玖の持つフー君パペットがガブリと噛みついてきた。

 

「……なんだ、三玖」

「少しだけ待って」

「どうした?」

「勉強前にフータローにフー君パペットの吹き替えをお願いしたい」

「…………」

 

 何かの聞き間違いだろうか。三玖の口から理解に苦しむ言葉が吐き出された気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。そのまま無視して教科書を開こうとした。

 しかし、えいっ、と三玖はフー君パペットを巧みに使い今度はハムハムと袖を咀嚼してきたので流石に無視できず風太郎は大きく嘆息した。

 

「……離してくれ三玖。勉強ができないだろ」

「吹き替えをお願いしたい」

「だから、勉強をだな」

「お願いしたい」

「……」

 

 この三女、どうやら譲る気はないようだ。これで中々強情なのが中野三玖という少女である。このままでは授業もままならない。

 仕方ないともう一度鼻息を鳴らしながら、かぶりつくフー君パペットと向き合った。

 

「……で、何をすればいい?」

「やった」

「いいから早く言ってくれ」

「じゃあ、フータロー。まずはこれを──」

「はい、フータロー君。これ使って」

 

 己のフー君パペットを渡そうとする三玖を遮って何故か一花が自分の人形を渡してきた。

 三玖は不服そうに頬を膨らまし、風太郎は怪訝そうに眉を顰めたがさっさと授業をしたいので黙ってそれを受け取る。

 手に嵌めてみるとさっきまで一花が嵌めてたせいか、妙に生温かくて何とも言えない気分だ。

 

「なんだこれ」

 

 そして気付いたが、どうにも一花の使っていたフー君パペットは少し汚れているようで、口元に染みが付いていた。

 あの汚部屋で保管されていた影響だろうかと思って他の姉妹のパペットと見比べてみたが、不思議と他のも同じように口元に染みが付いている。

 元々そういったデザインなんだろうかと首を傾げつつ、吹き替えとやらを済ます事にした。何故勉強を教えに来たのに人形劇なんぞしなければならないのかと愚痴りたいのは山々だがそれを口にするほど愚かではない。

 

「装着したが、次は何だ? ワンとでも鳴けばいいのか?」

「違いますよ、上杉さん。台詞はもう決まっているんです」

 

 今度はニコニコとデカリボンを揺らしながらパペットの口を開閉させる四葉が隣にやって来て腰を下ろした。

 ただし彼女の持つパペットは風太郎が手にしているフー君パペットではない。キョンシーに見立てたような人形だ。それも見覚えのある顔とリボンをした。

 

「……お人形劇をやれってか?」

「ふふふ、違いますよ上杉君。今日が何の日か分かりませんか?」

「今日……?」

 

 アホ毛の生えたジャックオーランタンのパペットの口をパクパクとさせながら自身のアホ毛も揺らす五月の言葉にようやく合点がいった。

 なるほど。ハロウィンか。全く縁がなかったとは言え、どういった催しの日かくらいは風太郎でも知っている。この人形を彼女達は使って例のやり取りをしたいのだろう。

 仮装ではなく、パペットを使ったのは五つ子なりの捻りがあったのだろうか。そこは疑問であるが、その程度なら付き合ってやってもいい。

 

「だいたい分かったよ」

「察しが良くて助かります。では、みんな、ご一緒に」

 

『ト リ ッ ク オ ア ト リ ー ト』

 

 ゾンビだの魔女だの吸血鬼だの、とそれぞれ姉妹の特徴が施されたパペットが一斉に口をパクパクと動かしながらフー君パペットを囲った。

 勿論、風太郎はお菓子など持ち歩いていないのでトリックが確定となる。彼女達に合わせてフー君パペットの口を動かす。

 

「残念ながらお菓子はない」

 

 それを待ってましたと言わんばかりにフー君パペットが姉妹達のパペットにパクパクとかじられ始めた。

 少しこそばゆいが、人形で代用する事で本人への悪戯を軽減しているのだろうか。まあ、勉強の羽目外しとしては悪くないか。

 ……そう思って眺めていたのだが、どうにも様子がおかしい。

 何故か未だにパクパクとフー君パペットは全身を貪られ続けているのだ。そろそろ離してもいいのではないだろうか。

 何か、嫌な予感がする。

 

「お、おい。もういいだろ」

 

 しかしパペットたちはフー君パペットを貪るのを辞めない。パクパクとパクパクとパクパクと……。

 気付けばフー君パペットを剥がれ、素手になっていた。

 

「お、おい……」

 

 だが彼女達の手は止まらない。今度は風太郎自身の体をパペット達がかじりついてきたのだ。

 パクパクとモグモグと。

 

「や、やめ……」

 

 そしてついにはパペットという建前を放り出して五つ子達は直にフー君にパクついた。

 

 

 

 

 

 



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掴んで、繋いで、紡いで、求めて。

 雪化粧が施された街並みは今朝天気予報で見た気温よりも体感的に寒さを感じさせられた。出掛ける前に手袋を忘れてしまった自分の迂闊さを恨みながら悴む手に白い吐息を吐きかけるけれど、気休めにもならない。

「ほら」

 そんな私に、ぶっきらぼうな言葉と共に突如手が現れた。

 一瞬だけ呆けてしまったけど、直ぐに彼の意図を理解してこちらも手を指し伸ばした。すると氷のように冷え切った私の手を溶かすように、彼は一本一本指を搦めながら繋いでくれた。

 固くて、大きくて、暖かい。凍えた手を優しく包み込んでくれる彼の手。人は幸せを嚙み締める時に暖かさを感じると以前、本で読んだ事を思い出した。

 幸せが暖かさなら、この暖かさはきっと私にとって間違いなく幸福で。

「ふふっ」

 思わず零れた私の笑みに彼も釣られて口元に弧を描いた。

 ありがとうございます上杉君、と自然と出かけたお礼の言葉を寸前で飲み込む。前までならこれで良かったけれど、今は違う。もっと正しい言い方があるから。

「──ありがとう、風太郎君」

 白い吐息と共に飾らない自分自身の想いを綴る。まだあまり慣れなくて、時々言葉に詰まりそうになる中野五月としての言葉。埋もれてしまっていた『私』を少しずつだけど、曝け出して行こうと決心したのは風太郎君と想いが通じ合った関係になったから。

「……っ」

 私自身がまだ慣れないのだから当然、言われる側の風太郎君はもっと慣れていない。

 目を丸くして慌てて空いたもう片方の手で前髪を弄りながら顔を逸らした彼の反応は私の想像通り。

 慣れ親しんだ風太郎君の癖。それがどういう意味を示すのかは勿論知っている。

 だからそんな彼が可愛くて、愛おしくて、繋いだ手に力を入れて握りしめる。離さないように、無くさないように、途切れないように、ぎゅっと。

 そうすると同じように握り返してくれる彼に安堵を覚える。風太郎君ならこうしてくれると、風太郎君なら判ってくれると、信じて疑わない自分がいて。

 いけない事だと判っているのに。お母さんの影を追うのを止めて、自分自身の夢を目指すのだと胸を張って宣言したのに、今度は彼に多くを求めてしまっている。

 線引きをしなきゃいけない。我慢しなきゃいけない。そう思っているのに、彼に募る想いは日に日に増すばかりで。彼への想いを自覚するまで、自分自身にこんなにも貪欲な感情が眠っていたなんて思いもしなかった。

 お父さんの代わりになると言ってくれた風太郎君だけど、今は『お父さん』だけじゃ足りないの。それだけじゃお腹がいっぱいにならないの。

「風太郎君」

「なんだ?……うおっ!?」

 繋いだ手を離して今度は腕を組んで抱き寄せた。手を繋ぐだけじゃ、足りないから。

「お前なあ」

「……えへへ」

 彼は驚いて見せるも、嫌がる素振りは見せなかった。やっぱり彼は受け入れてくれる。

 ……でも、まだ足りない。満たされない。

「───風太郎君」

 掴んで、繋いで、繋いでも、彼への想いはまだまだ満たされない。

「……好き」

 だから求めて、触れて、抱きしめる。これが本当の私だから。

「大好き」

 だから与えて、触れて、抱きしめて。風太郎君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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君の奏でる日常

 トントントン、と小気味のいい音が鼓膜を揺らす。

 包丁とまな板が奏でる等間隔の音を聞きながら微睡んでいた意識がゆっくりと覚醒していく。

 目覚まし時計のような騒々しいものでもないのに、この小さくて優しい音は不思議と目が覚める。そこに不快感など微塵もなくて、あるのは心地良い目覚めと胸に宿る仄かな熱。起こされたのではなく、自然に起きるんだ。これを耳にすると。

 眠りについて、目覚める時に聞く最初の音がこの包丁の音だと安堵を覚える。それはきっと『誰か』が傍にいてくれているんだという証明だからかもしれない。

 幼い頃は母さんがこの『音』を鳴らしていた。お袋の作る飯が好きで、毎朝お袋が作ってくれた朝食を食べて一日が始まるのが『当たり前の日常』だった。

 『当たり前』が崩れ去ってから、今度はらいはがその『音』を鳴らすようになった。

 何か自分も家事を手伝いたいと料理を始めたのがきっかけだった。最初は今のように手際よく包丁を切る事が出来なくて、何度も指を切りその度に俺と親父は大騒ぎしてきたのは今でもよく覚えている。

 だが不器用で不格好でまばらな包丁の音はいつしか日を重ねるごとに母さんの奏でていた『音』に近付いていた。俺もいつの間にからいはの奏でる『音』に心配よりも安堵するようになり、昔のように包丁の音で目覚めるようになっていた。

 ───そして今は。

「おはよう。三玖」

「おはよう。フータロー」

 台所でエプソン姿の三玖の背に声を掛ける。すると三玖は律儀に包丁を切る手を止め振り返って俺の顔を見て微笑みながら挨拶を返してきた。

「起こしちゃった?」

「いや、ちょうど起きた」

 恒例となった問いにいつも通りの返答をする。休日の朝はいつもこうだ。

 休みの日くらいはゆっくりと寝ていて欲しいとは彼女の弁だ。ありがたい気遣いだが、無駄に惰眠を貪るよりもこうして普段通りに起きて三玖を眺めている方が遥かに疲れも取れる。

 ……流石にそんな歯の浮くような台詞は本人の前で言ってない。言ってないが、言葉にしなくても伝わる程度には長い付き合いで、彼女はさっきのように嬉しそうに笑みを向けてくる。

「何か手伝える事はないか?」

「いいよ。フータローは待ってて」

「だが」

「これは私の仕事」

「……分かった。だが後片付けは俺にやらせてくれ」

「うん」

 これも恒例となったやり取りだ。いつも料理を手伝おうと申し出てみるのだが毎回やんわりと断られてしまう。上杉家ではこと料理という分野に関しては彼女の領分で、ほぼ一切の手出しを許されていない。

 それは俺が出会った過去の三玖並みに不器用だから、という訳ではないらしい。

『フータローに食べてもらうのが好きだから』

 だから料理は全て自分で作りたい。愛する人にそう言われてしまったら何も言い返す事なで出来はしない。つくづく自分が幸せ者だと思い知らされた。

 再び包丁の音を奏で始めた三玖の背を眺めながら、目を瞑って耳を澄ませた。

 トントントンと等間隔で鳴る優しい音。それは俺にとっては『家族』を象徴する音。

(生徒でも、友達でも、恋人でもない……)

 ───俺と三玖は家族なんだな。

 そんな当たり前の事を思いながら当たり前となった日常を嚙み締めた。

 

 

 



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永久の愛より不変の恋を。

二乃かわ


「ねえ、フー君」

「なんだ?」

「好きよ」

 

 挨拶のように呼吸のように瞬きのように行為を伝えるのは、それが私にとってそれらの行為と何ら遜色ないから。

 息をするのもご飯を食べるのも人が生きていく上で必要なことで、大事なことで、当たり前のこと。

 私が彼に愛を伝え囁くのもそれを同じだ。『私』という個の存在証明であり、中野二乃にとっては必要なことで、大事なことで、当たり前の事で───つまりは私がしたいだけ。

 

「……知ってる」

「ふふ、そう。嬉しいわ」

 

 何処か諦めるように嘆息しながら、それでも小さくな声で『俺もだ』と返してくれる愛する人に満足して、そのまま抱き着いた。

 まだ寝起きで互いに裸の上に毛布にくるまった状態のままなせいで、直接彼の肌の温もりが全身に伝わってくる。それだけで幸せがこみ上げて笑みが零れ落ちそうになるのは、我ながらとことん彼に惚れ込んだものだ。

 

「フー君」

「今度はなんだ?」

「愛してるわ」

「……っ」

 

 『好き』や『愛している』なんて言葉を何度も日常的に使うといつしか陳腐に感じ取られてしまって意味合いが薄くなってしまうと雑誌か何かで前に読んだ事があるけれど、私は違うと断言する。

 だって本当に『好き』で、本当に『愛している』のならその言葉は毎週、毎日、毎時間囁いたって陳腐になんかならない。腐り果てる事なんてなくて、きっといつまでも宝石のようにキラキラと輝いている筈だから。

 

「……それはさっき聞いたんだが」

「あら? 私がさっき言ったのは『好き』よ」

「似たようなもんだろ」

「違うわよ」

「どこが」

「だってフー君、さっきと違って恥ずかしがってくれてるじゃない」

「なっ!? 俺は別に恥ずかしがってなんか」

「癖、出てるわよ」

「なっ」

 

 前髪を弄っていた手を指摘するとフー君は慌てて前髪から手を離して視線を逸らした。そんな彼にしてやったりと笑みを贈る。

 もう何度も愛を囁いた。もう何度も唇を合わせた。もう何度も体を重ねた。だから慣れというのはある。互いにどうすれば嬉しいのか、楽しいのか、悦ぶのか、経験を積み重ねる事で確かに私達は未知を既知へと塗り替えてきた。

 でも、それでも未だに変わらないものもある。それが私には愛おしくて堪らなかった。

 

「ふふっ、相変わらず可愛いわフー君」

「可愛いはやめろ、ちくしょう」

「そういうところが大好き」

「だから……」

「いいじゃない。いつまでも初心で新鮮な方が恋は燃えるのよ」

 

 悔しがる彼にそう言って唇を奪う。最初は抵抗していたけど諦めて受け入れて、そのまま何度か唇を啄んで離した。

 

「恋って」

「何よ。不服そうね」

「そうじゃないが……もう結ばれてるだろ」

「はあ? 何言ってるのよ」

「なに?」

「私の恋は一生よ」

 

 この先結婚して、子どもができて、孫ができて、私達は変わっていくだろうけれど。

 それでも変わらないものはある。それは私のこの心に宿す炎と想いで、それはきっと特別でない毎日が続いてもずっと。

 

 



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あまみつつき。

「なあ、五月」

「もぐ、んぐ。上杉君。私はいま忙しいんだよ」

「肉まん食いながらでいい。さっきから気になってたことなんだがな」

「……ごくん、なに?」

「その、もう少しどうにかならねえのか? 口調とか、その他諸々」

「……へ?」

 はふはうと熱々の肉まんを食べながら五月に先程から抱いていた疑問をぶつけてみた。

 案の定、何の事か分かっていない様子だ。アホ毛と首を可愛らしく傾げる恋人にため息を吐きながら頬に付いていた食べかすを取ってやると破顔しながら『ありがとう』と礼を言われた。

 どういたしまして、と返しながらも何処かむず痒さを感じる。何とかいうかやりづらい。

 このむず痒さの正体は明確で、自分でも分かっていたのだが中々言い出せるタイミングがなかった。そして今、間食を終えたこの瞬間こそがベストなタイミングだろう。

「どういうこと?」

「その、なんだ。前は敬語だったろ」

「うん。でも前に言ったでしょ? 母脱却って」

「聞いたよ。それが昔のお前の口調だってのも零奈に化けてる時に知ってる」

「あの時はばれないかドキドキだったよ」

「俺は見事に騙されたが……って、今はどうでもいい。話を逸らすな」

「それで、何が言いたいの?」

「……口調だけじゃねえだろ変わったの」

「え?」

「近いんだよ。色々と」

 明らかに違うのだ。口調だけではなく、こいつとの距離感が。

 こうしてる今だって、既に腕を組んでいる状態である。空いたもう片方の手はよく食べ物を持つ事が多いが、一方でこいつは俺の腕を決して離そうとはしてくれない。

「だって私達は、その……恋人同士だし」

「それは分かってる」

「……もしかして、嫌だった?」

「んなわけあるか。決して嫌とかじゃなくてだな……その」

「なに?」

「もう少しこう、段階を踏んでくれ」

 五月の言う通り俺達の関係は友人から恋人というへとシフトした。それに伴って距離感も当然変わってくる。腕を組むくらいは当たり前の事だろう。

 だが、それはあくまでも段階を踏んで距離を詰めていくものだと思うしそれが一般的な常識だろう。例の恋愛本にもそう書かれていた。

 あまり急だ。距離感の詰め方が。……だって付き合ったのは昨日だぞ。

「段階?」

「いきなり腕を組むから始めるんじゃなくてだな、ほら手を繋ぐとかあるだろ」

「上杉君は手を繋ぎたかったの?」

「いや、そういう訳じゃ……」

「……嫌なんだ」

「嫌じゃない」

「じゃあ繋ご?」

「あ、ああ」

 流されるがままに手を繋いでしまった。しかもご丁寧に指を絡めた恋人繋ぎで。

 違う。そうじゃない。何故こうなる。頭を抱えたくなったが、原因は俺自身にもある。

 だってそうだろう。前までなら互いに張り合って軽く言い合いになっていたのが、今では向こうが勝手に折れてアホ毛を垂らしながらしゅんと落ち込むんだ。そうなるとこちらも折れざるを得ない。

「これで良かった?」

「……もうこれでいいさ」

 今も零れそうな笑みを浮かべる五月に結局俺は何も言えなかった。言えそうにない。母から脱却し、ほんの少しだけ肩の力を抜いた五月は予測不能で回避不可。俺がこいつの歩幅に合わせるのがベストなのだと理解した。

 それはきっとこれから先も同じで、俺はずっと振り回されてるのだろう。ある意味、敬語時代よりも厄介で、骨が折れそうだ。

 だが、惚れた弱みとはよく言ったものだ。ああ、本当にどうしようもない。

 ───俺はこの全てを晒し出した彼女に心底惚れてしまったようだ。

 

「いこっ、上杉君っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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三玖の日。

「ねえ、フータロー」

「なんだ?」

「今日は何の日だと思う?」

 

 今日は特に予定がなかった。大学も春休み真っ只中で可能な限りぶち込んだバイトのシフトも今日に限っては空白だったのは我ながら珍しいと思う。

 高校時代と違いそこまで勉学に重きを置かなくて済む今はの俺は休日を持て余していた。

 ソファに腰を沈めながら期待の新人女優と持て囃されている見知った顔が出演しているバラエティ番組を何となしに眺めていると、三玖が隣にちょこんと腰掛けながら俺にそんな事を尋ねてきた。

 

「なんだクイズか?」

「フータロー、暇そうだったから」

「否定はしないが」

「それにせっかくの休日なんだしフータローともっとお話したいな」

「なら何処か出かけるか?」

「ううん。そうじゃなくて……今日はフータローと家でのんびりしたい」

「……そう、か。三玖がそう言うなら」

 

 前髪を弄りながらつい視線を逸らしてしまう変わらない自分が情けない。俺のいつもの反応をくすりと微笑んで三玖はそっと頭を俺の肩に預けてきた。

 世間で言うところの同棲状態の生活に少しは慣れてきたと思っていた。最初は必要性を感じず買うを渋っていたソファやテレビも今はこうして当たり前のように使っている。それはつまり俺がこの生活を三玖と過ごす空間を受け入れたという事だ。

 しかし妙な話ではあるのだが生活スタイルは統合され恋人同士の間柄で行われる行為も一通り経験したというのに、彼女が日常で向ける真っ直ぐな愛情表現に対しては未だに慣れていないのだ。

 俺の傍にいて、俺に愛情を向けてくれる。三玖にとってのその『当たり前』をちゃんと受けれて初めて同棲に慣れたと言えるのだろうか。

 なら、俺は当分は慣れる事はできそうにない。

 

「しかし何の日、か」

「当ててみて」

「そうだな」

 

 二人でいる時の話題は互いの学生生活だったりあいつ姉妹の事だったりで近状報告が主だがこうした問題形式は三玖にしては珍しい話題だ。

 勉強に関する事ならともかく正直この手の雑学にはあまり明るくはない。特に歴史で重要視されていない記念日などはさっぱりだ。

 しかしここで分からない、と答えたらきっと三玖は頬を膨らませてもう少し考えてと可愛らしく拗ねるだろう。ならば少しは真面目に考えねば。

 今日。三月九日。三玖からのクイズ。三玖と言えば戦国武将。或いは日本史関係か。

 

「確か坂本龍馬が襲撃された日だったか?」

「そうなの?」

「……違ったか」

「ううん、私が知らなかっただけ」

「ってことは三玖的には正解ではない、か」

「うん。そんなに難しい問題じゃないよ」

 

 そんなに難しい問題ではない。となるとこの手の歴史的な記念日ではなさそうだ。

 ……なら俺たちに関する事だろうか。そう思い至った途端に冷や汗が流れた。付き合った当時はよくこの手の記念日関係で俺は地雷を踏んでしまったのだ。

 付き合って三ヶ月だの、初めてのデートから半年だの、初めての出会った日から一年だの、俺が些細な事と感じる日が三玖にとっては大事な日でそれを忘れていてよく雷を落とされたものだ。

 主に三玖ではなくその姉妹達に。

 ならば今日も何かの俺たちの付き合いに関する記念日だろうか。必死になって記憶の糸を手繰り寄せる。が、該当する項目は一つも出てこない。

 ここは潔く負けを認めてまたあいつらに雷を落とされてよう。俺は三玖に降参して必死に他の記念日は覚えてる旨をアピールした。

 しかしそんな俺の様子を最初は目を丸くして聞いていた三玖が次第にクスクスと笑いを堪えられなくて喉を鳴らした。

 

「何が可笑しい」

「ごめんね。フータローが私との記念日をたくさん覚えていてくれたのが嬉しくて」

「そ、それはいいから答えを教えてくれ。これからは何の日か忘れねえようにする」

「簡単だよ」

 

 三月九日。みくの日。そう言って子どものように笑う彼女に俺も釣られて思わず笑った。こんな小学生が出すようななぞなぞクイズに必死になって頭を悩ませていた自分がどうしようもなく馬鹿らしい。

 けれどこの馬鹿馬鹿しさがどうしようもなく愛おしい。

 それから毎年三月九日は俺たちにとって互いに家で一緒に過ごす『何でもない』記念日になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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