ある少女の物語〜マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝より〜 (転寝)
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第1章「一歩を踏み出す物語」
はじまり


以前マギアレコードの二次創作を書いていましたが、諸事情により削除してこちらを始める事にしました。拙い作品ですが宜しくお願いします。なお見切り発車で長続きしないかもしれません。「また阿呆が何かやり始めたな」という冷めた目で見てくだされば幸いです。


  「人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。」

 

――――太宰治『パンドラの匣』

 

 

 

 

* * *

 

 

 神浜市。 

 新西、水名、参京、中央、栄、工匠、大東、南凪、北養という9つの区から成り、人口は300万人を越える新興都市でありながら街そのものの歴史は古く、城や古い街並みが現存する地方都市である。総じて規模が大きい街であり、最早都会と呼んでも差し支えないような街だ。少なくとも初めてこの街に来た人ならそう思うだろう。

 …これだけ聞けば極々普通の街だと思うだろうがそれはあくまでも表側の話であり、当然と言うべきか、この街にも裏側の部分はあった。その例として再開発及び振興策の失敗、地区同士の様々な軋轢や経済格差、差別意識、時代錯誤な風習などの蔓延により住民が疲弊しつつある事や市政そのものの腐敗などが挙げられる。…最も、これは神浜市だけの問題ではない。どこの街にもある「問題」がこの街にもあって、それが神浜に昔からある歴史や風習などと結びついた事で肥大化しただけの事なのだ。しかしそれが神浜という街を苦しめているのもまた事実だった。

 そして、この街にはもう一つ重要な要素がある。それは「魔法少女」に関する事だ。  

 

 

 そもそも魔法少女とは何か。

 テレビアニメ等で見るキラキラしたものとは似て非なるもので、キュゥべえと呼ばれる白い妖精と契約し、願いを一つ叶えてもらう事と引き換えに悪しき「魔女」と戦う宿命を負った存在が魔法少女だ。

 魔法少女自体は何処の国にも少なからず存在するが、この神浜市には特に魔法少女に関する噂が多い。…曰く、「魔法少女が救われる街」であるとか、「魔法少女がそのままの姿であり続けられる場所」であるとか…様々な噂が飛び交っている。

 また、前述の問題などの要因から魔法少女が生まれやすい場所でもあり、家庭や学校などで何かしら人間関係に問題を抱えていることが原因で契約した魔法少女が多い傾向にある。

 

 

 

 さて、この物語はそんな「魔法少女の街」とも言える神浜市に1人の少女がやって来たところから始まる。

 少女はこの街で、何を見るのか…。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

「此処が…神浜市」

 目に映るのは大きな街の姿だ。…少女にとっては何もかもが真新しく、新鮮な景色。 少女は親の仕事の都合でこの街…神浜市へと引っ越してきたばかりだった。

(わたし…今日から此処に住むんだ)

 この景色を見るまでは、これから始まる新しい生活に心を躍らせていた。しかしこの景色を見た時に、それは不安へと変わった。

 何しろ街が大きいのだ。元々住んでいたところもそれなりに規模は有った(と少女は思っていたが実際はかなり小さい町だった)が、この街はそんなものとは比べ物にならない程大きかった。この時点でこれからこの街で生活する事が出来るのか不安を覚えた少女だったが、誤解の無いように言っておくと少女が住むことになったのは新西区であり、別に神浜中を股にかける生活を送る訳では無い。それでも所謂都会に初めてやって来たお上りさん状態の少女の心中は不安に充ちていた。

 そしてそれに拍車を掛けるように神浜に来る前に住んでいた町で聞いた話が脳裏に蘇る。

 

 少女は神浜に引っ越す事を近所に住んでいた一人の青年にだけ打ち明けていた。引っ越す事を伝えるような親しい友達は居なかったし、その青年が少女の抱える「とある事情」を知っている数少ない人物でもあり、信頼していたからだ。

 少女の家の近所に住んでいたその青年はバイトで生活費を稼ぎつつ小説を書き、投稿しながら暮らしていた。残念ながら彼の書いた小説は何れも微妙な出来であったためデビューなど夢のまた夢だったし、その青年自体かなりの変わり者(自分の事を「阿呆」と称する等)であった事もあり、周りからは余り良い目では見られていなかった。だけど少女にとってはその青年は自分を受け入れてくれる数少ない人物だった。

 たまたま遊びに行った彼の自宅で彼に神浜行きを打ち明けた時、彼は「あそう…寂しくなるね」と呟いた後で、神妙な顔になり言った。

「親御さんの仕事の都合なら仕方ないかもしれないけどさ、神浜って あんまりいい噂は聞かないよ?」

「え、そうなんですか?」

 少女は驚く。神浜は治安の悪い場所なのだろうか。

「んまぁ、普通に生活している分には問題ないんだろうけどね?君みたいな『()()()()()()』人間にとっては彼処は危険だ」

「それはどういう…」

「ここの所、町から『()()()』が消えているのは君も知っているだろう?で、消えたヤツら何処に居るのかというと……神浜市なんだよ」

「えっ…」

 青年が「ヤツら」と呼んだ存在…魔法少女が倒すべき存在である「魔女」やその「使い魔」。普通なら少女が住んでいる町にも居るはずのそいつらが、ある時期を境に急に居なくなった。おかしいとは思っては居たが、まさかこれから自分が引っ越す場所に集まっていたとは…。

「加えて、神浜に居るヤツらは他の町のものよりも強力だと聞く…気を付けた方がいいよ。今までみたいな単独行動は控えた方がいい…端的に言うと仲間を作った方がいい」

「そ、それは…」

 狼狽えた表情を見せる少女に対して青年は落ち着いた表情になり、続ける。

「…大丈夫だよ。神浜には今までの君を知っている人間なんて居ないはずだ。ゼロから、まっさらな状態で始まるんだからさ」

 そして再び表情を引き締めた。その様子は純粋に少女の身を案じている様であった。

「兎に角、気をつけた方がいい…何があるか分かったものじゃないからね。僕としても、君に何かあったらそれなりに心が痛いからさ」

「それなりって……はぁ、分かりました。気をつけます」

 いつも通りの彼に溜息を吐きつつ、時計を見てみると丁度良い時間だったので少女は青年に頭を下げ、帰ろうとした。青年はその背に何かを投げつける。少女がそれを慌ててキャッチするとそれは新品のワイヤレスイヤホンだった。確かそこそこ有名なブランドの物で、性能が良いと評判のものだった筈だ。

「餞別だ。未使用だから安心して使うといい。君、音楽好きなんだろ?」

「良いんですか?こんな高価なもの…」

「別に良いよ。今使ってるやつ、まだまだ現役だし…あ、そうだ最後に一つだけ」

「はい、何でしょう?」

 振り向いた少女を青年は真摯な眼差しで見つめて、そして言った。

「……頑張れよ」

「……はい!」

 不器用な言葉。然しそれが青年の精一杯のエールであるという事を分かっていた少女は笑顔で頷いた。

 こうして少女は青年と別れ、神浜へと旅立ったのである。

 

 あの時青年から貰ったワイヤレスイヤホンは、今少女の首にぶら下がっている。それを握りしめながら心の中で呟く。

(不安だらけだけど、頑張らなくちゃ…)

 先ずは、明日…転校先の学校での初日をどう乗り切るかだ。手続き以外では行ったことが無かったので緊張はするが、もしかしたら自分と同じ存在が居るかもしれない。もし、そうだったら……。

 

 

 こうして、神浜の外から一人の魔法少女がやって来た。

 これが少女にとっての大きな転機であったのだが、現時点ではそんな事は誰も分かるはずもなかった…。



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琴音咲

一話だけなのにUA数100超えていて驚きました…ありがとうございます!
今回の話から原作キャラが登場するにあたりキャラ崩壊が多くなると思われますが、予めご了承ください。


 その日、(たまき)いろはが教室に入ると教室が妙に騒がしかった。と言っても騒がしいのはいつもの事ではあるのだが、今日は騒がしさの「質」が違った。複数の話題が混ざり合った騒がしさでは無く、ある一つの話題に集中している騒がしさだったのだ。これはクラスという集団の中では比較的珍しい事だった。

 近くに居た女生徒に聞いてみると、彼女はちょっと驚いた様にこちらを見て、

「このクラスに転校生が来るんだって!」

「転校生…?」

「急だよねー。どんな子なんだろ?」

 確かに、急ではある。それに新学期の初日ならまだ分かるが学期途中での転校だ。転校するタイミングとしては余り良くないだろう。最も、いろは自身も同じ様なタイミングで転校してきたのではあるが。

(私が転校してきた時もこんな感じだったのかな…)

 そんな事を思いながら、鞄を机に置いた。喧騒は担任教師が来る時まで止むことは無かった。

 

 

 やがてチャイムが鳴り、担任教師が教室に入ってくる。

「今日は皆と新しく学ぶ仲間を紹介する…入ってきてくれ」

 担任がドアの外に呼び掛けると、ドアが控え目に開き、少女がひとり入ってきた。背はやや低め。黒いセミロングに水色の瞳の可愛らしい子だった。

 少女は黒板に自分の名前を書き、ぺこりとお辞儀をして言った。

琴音(ことね)(さき)です。よろしくお願いします」

 クラス中から拍手が鳴り、少女…琴音咲は少し照れくさそうに頬を染めた。

「皆仲良くしてやってくれ、琴音はそこの席に座ってくれ」

「はい、分かりました」

 咲は担任の指定した席に向かい、そしてその時いろはは「あるもの」を見ていた。少女の指に嵌っている複雑な意匠の指輪。それはいろはにとっては見慣れたもの。

(ソウルジェムの…指輪…!?)

 つまりそれが意味する事は…。

(あの子…魔法少女なんだ…)

 ソウルジェムというのは少女とキュゥべえとの契約によって生み出される宝石であり、魔法少女はこれを使って変身する。普段は指輪の形を取っているのでこれを填めているかどうかで魔法少女だと認識出来るという訳だ。また、ソウルジェムは魔法少女が魔法少女たる証であり、魔力の源でもある。そのため魔法を使うたびに少しずつ穢れてしまうのだが、魔女が落とすグリーフシードに穢れを移すことで浄化できる。

 グリーフシードは魔女の卵であり、魔法少女が魔女を倒す事で得られる「見返り」である。前述の様に魔力の消費によるソウルジェムの穢れを吸って移し替えることでソウルジェムを浄化出来るが一定以上の穢れを吸うと魔女が孵化してしまう。なら穢れを移さなければいい話なのだが、そうできない理由があるのだ。…咲はその「理由」を知っているのだろうか。また、それを知っているとして彼女はそれをどう受け止めるのか。知らなかったとしたら自分がそれを伝えなくてはならないだろう。…魔法少女の、哀しくて残酷な真実を。

 周りが転校生の登場により浮かれるなか、いろはは歓迎の気持ちとは別に、そんな事を考えていた。

 

 

 

* * *

 

 

 一限目が終わった瞬間、クラスメイトの何人かが咲を取り囲んで彼女を質問責めにした。転校生がクラスに馴染むための通過儀礼と言ってもいいその光景にいろはは苦笑する。転校してきたばかりの頃の自分も同じ様に質問責めにされたからだ。

「琴音さんって何処から来たの?」

「えと…○○県の冬天(ふゆぞら)中学校から…」

「部活は何やってるの?」

「今はやってないけれど…前は吹奏楽部に入ってたよ」

「冬天中の吹奏楽部!?確か全国大会で金賞取った所じゃん!」

「え!?すごっ!?」

「あはは…」

 一瞬、咲の顔に暗い影が差した様な気がした。周りはそれに気付かずに彼女を質問責めにする。結局彼女への質問責めは放課後まで止む事は無く、いろはは咲に声を掛けることすら出来なかった。

 

 

 

* * *

 

 

「はぁ!?転校生って魔法少女だったの!?」

 昼休み、いろははいつも一緒に昼食を食べているメンバーに今朝の事を言った。その内容にメンバーの一人である水波(みなみ)レナが声を上げた。

「うん、ソウルジェムの指輪が見えたから間違いないよ」

「レナちゃん、そんなに驚くことかなぁ…」

 レナの隣に座っていた秋野(あきの)かえでがレナの大声に驚き、ぼそりと言う。然しそれはしっかりレナに聞こえていたようで、

「だっていろはに続きまた魔法少女がやって来たのよ!?この街って魔法少女を引き寄せるわけ!?」

「そ、それはわからないけど…」

「どう考えてもおかしいでしょ!?しかもこの学校に二連続で魔法少女が転校してくるし!」

「偶然だと思うけど…」

「絶対何かあるはずよ!」

「ふゆうっ!?」

 レナの大声に縮こまるかえで。そこに第三の声が割り込んだ。

「まあまあ二人とも落ち着きなよ…そりゃこの街はこれまでに色々とあったからそう思うのも分からなくもないけれど流石にこれはただの偶然だって」

 ヒートアップしたレナに声の主である十咎(とがめ)ももこが苦笑を浮かべる。だがももこに指摘された事でレナも一応は大人しくなったのか、「悪かったわよ…」と引き下がった。

「それでいろはちゃん、その子とは話はできたの?」

「あ、いえ…転校初日だからか質問責めにされていて…近付く事すらできませんでした…」

「あー…転校生あるあるだね。まあそれは仕方ないとして…()()()は知っているようだったの?」

 ももこがそれを口にした途端、ムッとした顔で弁当を食べていたレナとその隣に居たかえでが複雑そうな顔で顔を上げた。ももこはそれに気付いて「ごめん」と手を合わせた後、真剣な顔でこちらを見た。

「…今は、まだ何とも…でも知らないなら私達が伝えないとですよね」

「そうだね…いくら神浜では()()()()()()とは言え、伝えない理由はないし」

「はい…」

 暫しの沈黙。いろはが何気なく時計を見るとそろそろ昼休みも終わるところだった。

「あ!お昼休み終わっちゃう!」

「え!?ヤバっ!」

 四人は急いで弁当を食べ終わり、各々の教室に向かった。

 

 こうして魔法少女である転校生(さき)は、同じく魔法少女である者たちに驚きをもって迎えられ、転校初日を終えた。

 

 そして、放課後にいろはと咲は初めて言葉を交わすことになる。




作者が未熟な為、こんな感じのクオリティが続きます…。原作との齟齬が合わない部分やキャラ崩壊などが多分に含まれる駄文ではありますが、こんなもので良ければ宜しくお願いします。


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ファーストコンタクト

たった2000字程度書くのに一週間以上掛かりました。
精進します。
ちなみに前回の話、レナといろはが同じクラスなのを忘れて書いたため、あんな事になっております。まあレナはソウルジェムに気づかなかったという事で…←おい


 放課後になり、いろはは夕陽が射し込む教室を出た。友人達はそれぞれ用事があるらしく急いで帰っていったし、初等部にいる妹も先に授業が終わっているので既に帰っているはずだ。ならば一人でのんびりと帰るのも悪くは無いだろう…そう思いながら学校を出た。見慣れた風景は既に夕陽によって染め上げられていて、何時もながらそれを綺麗だと思った。

 外は柔らかな風が吹いていて心地良かった。自然と鼻歌が溢れ出て、そのハミングも柔らかに大気へと溶けていく。無論、気分は最高である。今住んでいる所まではゆっくり歩いても20分程で到着する。それまでこの時間を楽しむ事にした。

 だが、それに水を差すようにいろははある気配を感知する。人ならざるもの…魔女の気配だ。すぐさま思考が切り替わり、ソウルジェムの指輪を元の宝石型にしたいろはは魔女を追い始めた。

 

 

* * *

 

 

 やがて、とある路地裏へと辿り着いた。そこは普段不良の溜り場として認知されている場所なのだが、今は人は一人も居ない代わりに魔女の結界の入口があった。

 魔女は通常、「結界」という根城に隠れており、魔法少女は結界の中に入り、その結界の主たる魔女を倒している。中には結界を持たない魔女もいるが、それは本当に特殊な例だ。ちなみに結界内に一般人が入り込んでしまった場合、まず助からない。そもそも一般人には魔女や使い魔は視認出来ないからそれは事故や事件として処理されるという訳だ。

 念の為、結界内に入る前にもう一度魔力探知を行ってみると、結界内には魔女や使い魔とは異なる魔力がある事が分かった。恐らく他の魔法少女だろう。

 一瞬、どうしようか迷った。魔法少女同士でのグリーフシードの取り合い等、様々なトラブルが起こる可能性があるからだ。然し、魔法少女のものと思われる魔力反応は弱く、小さい。苦戦しているのは明らかだった。それを見て迷いが吹き飛んだ。

 いろはは魔法少女姿に変身し、結界の中へと入っていった。

 

 

 結界の中は、一面が砂に覆われていた。遊具が突き刺さり、子供が遊んだ後のような様相を呈している。

(これは…砂場の魔女の結界…)

 砂場の魔女―自分が神浜で初めて出逢った魔女だ。当然あの時の魔女とは別個体だろうが、いろはにとっては印象が強い魔女だった。

 魔女は結界の奥深くに居るだろうが、結界内に散らばっているはずの使い魔すら居ないのは少々妙だった。もう少し進めば居るかもしれないと思い取り敢えず奥へと進んでみる。

 そして、少し歩いた所でその光景を見た。

 

「あぐっ…」

 一人の少女に使い魔が群がり、執拗に攻撃を加えていた。多方向からの攻撃は尽く少女に当たり、その度に苦悶に満ちた声が漏れる。

「………っ!」

 いろはの身体が自然に動いた。自分の武器であるクロスボウを構え、使い魔の大群に向けて矢を放つ。それは見事に当たり、使い魔はわらわらと散らばっていく。

「大丈夫!?」

 使い魔を牽制するように矢を連続で放ちながら少女に駆け寄ると、彼女はぐったりと倒れていた。燕尾服に包まれた華奢な身体はボロボロで、あちこちに打撲を負っている。だが、見たところ致命傷となる傷はないようでいろはは安堵した。すぐさま治癒の魔法を使って治療してから彼女をおぶさり、結界の入口を目指す。使い魔の追撃が時々頬を掠めて背筋が凍ったがそれでも足を止めず走り続けた。

 

 

* * *

 

 

 結界を脱出したいろはは、近くの公園のベンチに少女を寝かせ、自分は公園内の自動販売機に水を買いに行った。

 自動販売機から出てきた水を取って彼女の元へ戻る途中、不意に懐かしさが込み上げた。神浜に来たばかりの頃に砂場の魔女の結界で手痛くやられ、ももこに助けられた事があったのだ。今の状況はまさにその時をなぞっているようだった。

 少女の元に戻ると、少女は既に目を覚ましていた。上半身を起こし、少しぼんやりとした目でいろはを見る。

「大丈夫?」

 いろはは少女に訊いた。少女は弱々しく頷いてから改めていろはを見て呟くように言った。

「もしかして、同じクラスの…?」

「え…?……あっ!」

 …そこで漸く気が付いた。結界内にいたこの少女は、転校生である琴音咲だったのだ。

 

 

 いろはが買ってきた水を差し出すと咲は驚いた様に目を見開いた。

「いいの?」

「もちろん。その為に買ってきたから」

「……ありがとう」

 水を受け取り、一口飲む。それで一息ついた咲は、いろはに頭を下げた。

「助けてくれてありがとう。えっと…」

「環いろはだよ。これからよろしくね…琴音さんは神浜に来たばかりだし、ここの魔女や使い魔ってほかの街のものより強いから」

 それを聞いて咲が少し表情を曇らせる。

「やっぱり…使い魔なのに、あんなに強いなんて…」

「私も最初はそう思ったけど、戦ううちに慣れたから琴音さんも慣れると思うよ」

 咲は不思議そうにいろはに訊いた。

「最初は…?もしかして環さんも神浜の外から?」

「うん。前は違う町に住んでたけど、今は妹と一緒に下宿してる」

「そうなんだ…」

「だから大丈夫。私もサポートするし、神浜の魔法少女はみんな親切だから」

 いろはが笑顔でそう言うと、咲は俯いてぼそりと呟いた。

「………かな」

「え?どうしたの?」

 咲は再び繰り返した。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「…それは、どういう」

「わたしと一緒に居ると、みんな不幸になるから…」

 咲の声は重く、沈むような声だった。表情もどんどん暗くなっていく。

「琴音さん…」

「わたしは一人じゃないといけないんだ。あの人には仲間を作れって言われたけど、そうすればその仲間が悲しむことになる。わたしは、一人じゃなきゃだめなんだ…!」

 握りしめた拳、震える言葉。咲は俯きながら、痛みに耐えるかのように顔を歪めていた。

「琴音さん!」

 いろはが呼びかけると、咲はゆらりと立ち上がった。その顔は生気を失った亡者のようで、思わず足がすくんだ。

「ありがとう、環さん…わたしは、大丈夫だから。一人でも、頑張れるから…」

 そう呟いてからふらつく足取りで公園を出ていく咲を、いろははただ眺める事しか出来なかった。

 咲の表情は虚ろで、それがいろはに本能的な恐怖を齎していた。足が動かない。立ち上がることすら出来ない…そんな状況の中で、ただ一つの疑問が頭を駆け巡っていた。

(なぜ、琴音さんはあんな事を…?)

 

 気づくと日は落ちきり、闇が神浜を覆い始めていた。




主人公がいきなりおかしくなりましたがそこら辺は打ち切りにならなければ後ほど明かされていく予定です。ちなみにこの話は一回書き直したもので、(正確に言えば完成したデータを消してしまったから書き直さざるを得なかった)書き直す前はもっと明るい雰囲気でした。…なぜ変わってしまったのか、自分でもよく分かりません。
読了ありがとうございました。


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彼女の為に出来ること

「…ただいまー」

 咲が公園から去った後、いろはは重苦しい気持ちを抱えながら帰路に就いた。足どりも重く、酷く疲れているのを自覚した。

「おかえりなさい!」

 いろはが下宿先である「みかづき荘」に帰ると、直ぐに妹である環ういが飛び出してきた。何かいい事でもあったのだろうか、ういは笑顔でいろはを迎え入れた。

「ただいま、うい」

 その笑顔を見て沈んでいた気持ちが少し軽くなる。ういはそれほどに純粋な笑顔を浮かべていた。

「機嫌がいいみたいだけど何か嬉しい事があったの?」

「灯花ちゃんとねむちゃんと一緒に病院に行ってきたんだ。先生にも会って色々お話したよ!」

 里見灯花(さとみとうか)(ひいらぎ)ねむ。ういの親友であるこの二人と病院…里見メディカルセンターに行ってきたらしい。嘗て難病を患って入院していたういはいろはの魔法少女契約時の願いによって完治し、その後に起きた様々な試練も乗り越えて親友達と過ごしている。少し前なら想像も出来なかった光景を浮かべ、自然といろはも笑顔になった。

「そっか」

 妹の頭を撫でてから靴を脱いで上がり框を踏み、リビングへと向かった。

 

 リビングには家主である七海(ななみ)やちよが居て、いろはを見ると「おかえりなさい、いろは」と微笑んだ。

「ただいま、やちよさん」

 やちよもういも、いつも通りだ。それに深い安堵を覚えた。

「フェリシアと二葉(ふたば)さんは一緒じゃなかったの?」

「フェリシアちゃんとさなちゃん?会わなかったですけど…」

 深月(みつき)フェリシアと二葉さな。いろはと同じくみかづき荘の下宿人だ。二人とも帰っていても良い時間なのだが、何処かで遊んでいるのだろうか。

「連絡くらい入れてくれてもいいのに…」

 やちよは深々と溜息をつく。いい加減な性格のフェリシアは兎も角、さなは遅くなるなら連絡は入れる筈だ。いろはは少し心配になった。

 最も、その心配は直ぐに杞憂に終わる事となるのだが。

 

 

 

* * *

 

 

 いろはが帰宅して少ししてから二人は帰ってきた。

「遅くなるなら連絡くらい入れてくれてもいいじゃないの…」

 やちよが言うとフェリシアが怒ったように言い返した。

「だって仕方ねーだろ!?魔女を倒してたんだからよ!」

「魔女…?大丈夫だったの?」

「はい、フェリシアさんと協力して倒しました」

 いろはの問いかけにさなが答えた。どうやら二人は放課後に偶然会って一緒に帰る途中に魔女の気配を察知し、追いかけて倒したらしい。

 魔女と聞いていろはの脳裏に浮かんだのは先程咲が戦っていた砂場の魔女だ。あの後咲はどうなったのかは分からない。だけどまた魔女を追いかけるような事はしていないだろうといろはは思っていた。…そう思わないと悪い予感で押し潰されそうだった。何故あの時自分は彼女を追いかけられなかったのか、今更の様に後悔が沸き上がる。

「さなちゃん、その魔女って…」

「えっと、砂場の魔女です」

「やっぱり…!」

 あの時の魔女で間違いないようだった。

「…やっぱりって、どういうことかしら?」

「何かあったの?」

 やちよとういがいろはに訊く。いろはは少し躊躇った後、全員に先程の事を話した。

 

 

* * *

 

 

「…そんなことが」

「はい、琴音さんは何か暗いものを持っているような気がして…助けたいって思っていて」

 話を聞き終えた一堂は黙り込む。咲の豹変の理由が分からないとなっては対策が立てられない。気まずい沈黙が皆を包み込んだ。

 

 やがて、一つの声が上がった。

「…でも、調整屋も行ってない訳だからこの街で戦うのはキツいと思うよ?」

「…うん、確かに鶴乃ちゃんの言う通り……えっ?鶴乃ちゃん!?」

「あ、お邪魔してまーす!」

 いつの間にか、「チームみかづき荘」最後の一人である由比鶴乃(ゆいつるの)が居た。鶴乃はみかづき荘には住んでおらずに実家である「中華飯店 万々歳(ばんばんざい)」に住んでいる。が頻繁にみかづき荘に来ているため、半同居人と言ってもいいくらいになっていた。

「いつから居たのよ…」

「さっきから居たよー。やちよ、合鍵の場所は変えた方がいいと思うよ?」

「それ、前にももこにも言われたわよ…」

 何にせよ、鶴乃の登場により深刻な雰囲気が少し薄れたのは事実だ。いろはは心の中で鶴乃に感謝した。

 

「とにかく、まずは様子を見るのがいいと思うわ。下手に接触して警戒されたらもしもの時に手遅れになる可能性がある」

 やちよが冷静に意見を述べた。

「いろはは同じクラスだし、何かあった時に対応できる可能性がいちばん高い、それに…」

 そこまで言ってから、やちよはいろはを見て微笑んだ。

「琴音さんを救えるのは、あなただと思うから」

「やちよさん…!」

 かつてのやちよも様々な事情から「自分がいろは達を殺してしまうのではないか」と思い込んでいた事があった。若しかしたらその時の自分と咲を重ね合わせているのかもしれない。

「もちろんわたし達も手伝うよ。どんな事情があるのかは分からないけど、わたしたちでやれることをやろう」

「もう誰にも居なくなってほしくねーからな!オレ達でそいつを助けようぜ!」

「独りぼっちが辛いのは私もよく分かっています。だから、私も助けたいです」

「わたしも頑張るよ。今度はわたしが誰かを助ける番だから!」

 全員が力強く言った。それだけでいろはは大丈夫だと思えた。きっと、咲を助け出せると。咲の瞳を淀ませる深淵から、彼女を救い出せると、そう思えた。だからいろはも力強く言った。

「―うん、みんなで琴音さんを助けよう!」

 

 

* * *

 

 

 同時刻。琴音咲は自室で膝を抱えていた。親には部屋で勉強するからと言ってあるから入ってこない。だから余計な心配をする必要は無かった。

(……友達、か)

 先程会った少女…環いろは。彼女が差し出す手を、咲は振り払ってしまった。

 …ここでなら変われると思っていた。それなのに「過去」が咲を呪縛する。仲間を作る資格はないのだと、耳元で囁くのだ。

(環さん、どう思っているんだろう)

 自分が悪い事をしてしまったという自覚はある。その上で、いろはならどうするかと考えてしまう。諦めたのか、それとも…自分を助けようとするのか。後者であってほしいと思う反面、前者だろうという諦観もある。

(わたしには、仲間を作る資格はないんだ。あの子を… (しいな)ちゃんを傷つけたわたしには…)

 咲は更に強く膝を抱えた。深淵に堕ちた自分は光が当たる場所に戻る事など出来ないという諦観といろはを拒絶してしまった自分への怒りが、彼女を包み込んでいた。

 

 

* * *

 

「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。

深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。」

 

――――フリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』




内容が薄いことこの上ない…。


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「過去」という名の呪縛

 シリアス寄りの話が続きます。
 自分が明るい話を書けないのが一つの原因ではありますが…日常物も書いてみたいものです。
 相変わらず短いですが、読んでくださると嬉しいです。


 翌日、咲は昨日の事など無かったかのように過ごしていた。転校二日目ながら早くもクラスに溶け込み始め、自分にとっての適度な距離感を保ちながら過ごしている。クラスメイトとは会話するが、それはあくまでも上辺の関係だけなのだ。他の人が気付いていないそんな事実を、いろはだけが知っていた。

 視界に映る彼女は笑顔でクラスメイトと会話している。しかしいろはにはその笑顔が作り物めいたものに見えるのだ。昨日の虚ろな表情を見てしまった後では、嫌でもそう思えてしまう。

「咲っていいやつじゃない!」

 いつの間にかレナが近くに居た。どうやら咲と会話してきたらしい。レナは機嫌が良さそうだった。

「レナちゃん、琴音さんと話してみてどうだった?」

「どうだったって…別に普通だったわよ。普通にいいやつ」

「そっか…」

 やはり彼女の語る人物像と、いろはが見た人物像にはズレがあった。余りにも対照的で一瞬どちらが本質なのかを見失いそうになる。

(私だって、前の学校では作り物の笑顔を浮かべていた。その結果クラスから浮いていた…)

 咲の浮かべる笑顔とは違うものの、かつてのいろはも周囲に取り残されたくないがためにいつも笑顔を作り続けていた。その結果、「何考えてるのかよくわかんない」という扱いを受けていたことがあった。ここに転校してからはそういった事は無くなったが、あの時抱えていた辛さは今でもハッキリと思い出せる。恐らく咲は過去に何らかの事情で仲間を作る事を恐れ、独りでいるようになった…そう思った。

 仲間を作ってはいけない理由なんてない。仲間がいるからこそできる事だってあるのだ。いろはは咲にそれを解って欲しかった。

 …何故、神浜に来たばかりの少女にここまで拘るのかと思う人も居るかもしれない。外から来た者同士、助け合いたいと思う気持ちも勿論ある。だがそれだけでは無いのだ。

 

 咲が来る少し前、神浜市を大きな災厄が襲った。その時に神浜の魔法少女は一致団結して災厄に立ち向かい、災厄を退けた。それをきっかけとして神浜市の魔法少女達は纏まり、一つの大きな環を形成しようとしている。もう悲しい事は起こさせない、そんな気持ちを抱きながら。

 だからこそ、いろはは咲を見捨てたくなかった。来たばかりだとはいえ彼女も神浜の一員だ。見捨てる理由なんて無いし、苦しんでいるなら助けてあげたいと思っていた。

 …それが咲に届くのかは、今はまだ分からないが。

 

 

* * *

 

 結局、咲は普通に過ごすばかりだった。特に彼女の周りで何かが起きた訳でもなく、ただただ平凡な時間が流れていた。それでついいろはも何処かで気を抜いていたのかもしれない。だがそんな時に限って大きな事が起こるものである。

 

 数日後の放課後、学校を出て少しした所でいろはは忘れ物に気付いた。忘れ物といっても授業のノートを学校に置いてきただけの事だ。置き勉をしている連中が多いこの学校ではさしたる問題ではない。しかし、いろはは予習復習をしっかりするタイプだった。今から戻るにしても大した距離ではないし、ノートを取りに行こう。そう思って元来た道を引き返した。

 

 教室に辿り着き、中に入る。教室の中には夕陽が差し込んでいる。窓際には誰かがいるようだったが逆光により顔が良く見えなかった。

 自分の机からノートを回収し、カバンにしまう。そして改めて窓際の方を見た所で硬直した。

「環さん、忘れ物したの?」

「…琴音さん」

 琴音咲は読んでいた本を閉じていろはを見た。あの時の様な虚ろな雰囲気は無い。夕陽に照らされたその姿は幻想的で、何処か超然としているように感じられた。

「う、うん。ノートを忘れちゃって」

「そっか。真面目なんだね」

「そんな事はないけど…琴音さんこそどうしたの?」

「わたし?本を読んでただけだよ。今日図書室が開いてないから読む場所が無くて…ね」

「そうなんだ…何の本を読んでるの?」

 咲が見せた表紙には「パンドラの匣」とあった。作者は太宰治。有名な文豪だ。いろははあまり読んだことは無いが。

「面白い?」

「うん。…ねえ、環さん」

「なあに?」

 咲は少し俯いた。

「…わたし、環さんに酷いことをした。拒絶した。独りでいいって、言った…それなのに、環さんはわたしに変わらず接してくれるの?」

「うん。確かに私は琴音さんの事は何も知らないけれど、それはこれから徐々に知っていけばいい。どんな過去があっても、私は琴音さんの事を嫌ったりしないよ」

 咲は黙って聞いている。いろはにはその目の中で激しく感情が揺れているのが分かった。

「仲間を作ってはいけない理由なんてないよ。衝突してしまう事もそれで酷く傷つけちゃう事もあるかもしれない。それで落ち込む事もあるよ。でもね、それが独りでいい理由にはならないんだよ」

 いろはは咲に一歩近づく。自然に、ふわりとした足取りで。

「独りは辛いよね。自分を偽るのは辛いよね。…大丈夫だよ。私が一緒に背負うよ。琴音さんが…咲ちゃんが背負っているもの、私達も一緒に背負うから。だから友達になろう?」

「……わたしは」

 咲が言いかけた瞬間、彼女の脳裏にひとつの声が響いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アンタには仲間を作る資格なんてない。仲間なんて作ったらきっとその仲間を傷付ける。アンタは独りがお似合いなんだよ』

 

「……ッ!」

 

 

 

 視界が黒く淀む。

 

 足元が覚束無い。

 

 力が抜けて倒れ込んだ。

 

 然し痛みは感じない。

 

 耳元で誰かが叫んでいる。

 

 不意に吐き気と頭痛が込み上げた。

 

 頬を何かが伝う。

 

 自分は泣いているのか?

 

 やがて意識が黒くなる。

 

 自分が深淵に侵される。

 

 やがて自分の意識が希薄になっていった。

 

 

 

 

(ごめん、秕ちゃん…わたしに仲間を作る資格なんて、無いよね)

 意識が完全に堕ちる前、最後にした事は、かつて自分が傷付けてしまった「彼女」への謝罪だった。

 

 

 神浜に来ればゼロから始められると思っていた。

 新しい自分として歩めると思っていた。

 然し、それは叶わぬ事だった。

 

 …過去という名の深淵は、未だ咲を捕らえ続けている。




 後半が手抜きのように見える方も居るとは思いますがただの演出です。結構実験しながら書いているのでこんな感じのものが多くなると思われますが予めご了承下さい。
 因みに一話が2000字程度なのは単純に自分が書きやすいからです。この位の分量なら読む方もサクサク読めるだろうという言い訳を重ねながら書いています。
 読了ありがとうございました。


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心象の風景

進みが遅いですがちゃんと終わりには辿り着かせたいと思っています。


 気が付くと、咲は音楽室にいた。音楽室と言っても神浜市立大附属学校の音楽室ではなく、咲が以前通っていた学校…冬天中学校の音楽室だ。咲にとっては慣れ親しんだ場所である音楽室。皆で部活をした場所。そして…辛い思い出が内包された場所。誰もいないそこに咲は立ち尽くしていた。

 普段は秩序が保たれていて掃除も行き届いている筈の場所だが、今見ている光景はその間逆と言っても良いものだった。窓ガラスはひび割れ、傷ついて倒れた譜面台やそこから落ちたであろう楽譜があちこちに散乱している。管楽器も譜面台と同じようにあちこちに打ち捨てられており、中には歪んだり破損しているものもあった。

 あまりにも酷い光景に絶句しながら打楽器が置かれている場所に眼を向けると、打楽器も倒され、破損していた。中でもティンパニは悲惨で四台あったティンパニの全てが倒され、打面に張られていた皮が破られていた。最も、打面に張られている皮を突き破って演奏する曲もあるためそこまで衝撃的な光景という訳ではない。然し咲にとってははじめて見る衝撃的な光景だった。自分が演奏していた楽器であったからなおさらだ。入部時からおんぼろだったそれを大切に整備し、使い続けてきたのだ。そんな自分の相棒とも言えたティンパニの哀れな姿に、悲しい気持ちが込み上げて涙となって流れ出す。ティンパニだけではない。自分が親しんでいた全てが蹂躙されているという事実が容赦無く心を抉った。

「誰が…こんな事を…っ!」

 此処には咲以外誰も居ない。だから彼女の叫びに応える者は居ない…その筈だった。

 

「気付いているくせに」

 

 その声は、咲の後ろから聞こえた。

 反射的に振り向く。そこには一人の少女が居た。そして少女は咲がよく知っている人物だった。

「秕ちゃん…」

「咲。これはアンタの心の中だ。解ってんだろ?」

 少女… 吹綿秕(ふきわたしいな)は咲を睨み付けて言う。憎しみの籠った視線が、咲を突き刺す。

「わたしの…心の中…」

「そう。馬鹿なアンタの心象風景だよ。あたしを助けてくれなかったアンタの、荒んだ心」

「………」

 咲は黙り込む。秕は怒りに満ちた声で言った。

「あの時…アンタが助けてくれれば。アンタが自分の間違いを認めてくれればあたしはそれで良かった。なのに…あんたは全てをあたしに押し付けた!自分の間違いも、何もかも!」

「わたしは…」

「つくづく思ったよ。アンタにとってあたしは唯の道具でしかないってね!アンタにとって仲間ってのは都合良く利用できる道具でしかないんだろ!?そんなヤツが新しい土地でゼロから始めようだなんて、都合が良すぎるッ!」

 秕の言葉が、咲を抉る。言葉が刃物だとするなら、咲の目から流れる涙は血だ。

「その挙句魔法少女の願い事を下らない事に使いやがって!アンタの願い次第では皆幸せになれたのにアンタは自分の心の平穏の為だけに願い事をした!あまりのクズさに反吐が出るよ!この利己主義者がぁッ!」

 利己主義者。確かに自分はそうかもしれない。結果的に秕に全てを負わせてスケープゴートにしてしまったのは事実だし、魔法少女の願い事を下らない事に使ったのも事実だ。

 なのに、自分はそれから逃げている…。その事実から目を逸らそうとしている。自分はなんて矮小な人間なのだろうか。

 膝から力が抜けた。そのまま崩れ落ちる咲を秕は冷ややかに見つめる。

「アンタに仲間を作る資格なんてない。アンタは一人で醜く死ね。それがお似合いの末路だ」

 そう言い残して、秕は消えた。それと同時に世界が白い光に包まれていく。現実に戻ろうと…「琴音咲」が目覚めようとしているのだ。

 やがて、壊れた音楽室は完全に光に包み込まれ、咲の意識は現実へと浮上していく。

 

 

 

* * *

 

 

 目を覚ますと、教室の天井が見えた。どうやら自分は気を失っていたようだ。窓の外からは夕陽が差し込んでいる。そこまで長い時間気絶していた訳では無いらしい。

 顔を横に向けると、いろはが心配そうに此方を見ていた。咲が目覚めた事に気付き、安堵の息を吐く。

「良かった…急に倒れたから…大丈夫?何処か辛い所はない?」

「…あ…うん…」

 上半身をゆっくりと起こす。身体は重く、倦怠感が全身を包み込んでいた。

「まだ動かない方がいいよ…」

「大丈夫だよ。それよりわたしどれくらい気を失ってたの?」

「本当に少しの間だけだよ。保健室に連れていこうと思ったけれど…それより前に目を覚ましたから」

「そっか…ありがとう、環さん」

 いろはは「大丈夫」と微笑んでからまた心配そうな顔になって言った。

「咲ちゃんが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど…お母さんとか呼んだ方がいいと思うよ」

 確かにそうしたい気持ちはある。然し咲は首を横に振った。

「歩けない程じゃないから…それより、環さんってまだ時間ある?」

「えっ?うん、あるけど…」

「…良ければ一緒に帰らない?話したいことがあるんだ」

「話したい…こと?」

 咲は決意を込めた目でいろはを見た。

「うん…なんでわたしが魔法少女になったのかを話しておきたくて」

「咲ちゃんが…魔法少女になった理由?」

「そう…環さんには話しておきたいんだ。それを聞いてどう思うかは分からないけど…」

「咲ちゃん…」

 何処か複雑そうな顔をしたいろはに咲は言った。

「わたしの話を聞いて、それでもまだ友達と呼んでくれるなら…それは嬉しいかもしれない。環さんが拒絶したとしても、わたしはそれでいいと思ってる。だから…聞いて欲しいな」

「……わかった」

「ありがとう。じゃあ、話すね」

 そして、咲は語り始めた。

 自分の…忌まわしい過去を。




マギレコ第二部が始まりましたね。
どうなるのか楽しみです。


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少女の過去Ⅰ〜深淵を覗くとき〜

投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
このような投稿ペースが続きますが何卒ご了承下さい。

尚、今回は咲の一人称で話が進みます。

2020/03/30…サブタイトルを一部変更しました。


 全ての始まりはわたしが吹奏楽部に入部した事だった。

 わたしが前通っていた中学校…冬天中学校は部活の数が少ない学校で、運動部はそれなりにあるけれど文化部は吹奏楽部と美術部しか無かった。元々運動部に入る気は無かったし、自然と吹奏楽部と美術部の二択という事になった。わたしとしてはどちらでも良かったんだけれど、音楽と絵なら音楽の方が好きだったし小学生の時にピアノを習っていた事もあって吹奏楽部に入部する事にした。

 …何処の部活にも入部しないっていう選択肢もあったけれど、何かしら部活をやっていた方が高校受験の時に有利だったから皆部活をやっていた。わたしはそれに流されただけ。

 ともかく吹奏楽部に入部して、適正テスト(所謂楽器選びだ)の結果わたしは打楽器…パーカッションをやる事になった。

 そこで努力して腕を上げていき、1年生の夏休みにはコンクールメンバー入りを打診される程に力を付けることが出来た。わたし自身打楽器が自分に合っていると思っていたし、先生にも才能があるって褒められた事もあった。今はそんなもの全くないと思っているけれど…当時のわたしはそれで浮かれていた。

 そんな時、「彼女」と出会ったのだ。

 

 当時パーカッションパートにはわたしともう1人1年生が入っていた。彼女は所謂サボり魔で、練習にも殆ど出ていなかった。ただ部活に籍を置いているだけの幽霊部員みたいなものだったけれど、彼女の実力はとても高かった。それこそ彼女が演奏に加わるとその曲が一段と輝くような気がしたほどに凄かった。天才…その言葉がピッタリと当てはまるような、そんな子だった。

 彼女はあまり周りの人と関わらないような子で、友達もあまり居なかった。練習に出ないのに実力がある彼女を皆は疎ましく思っていて、顧問の先生も彼女に関わりたがらなかった。でも、わたしにとってはいい友達だった。彼女はわたしの事を認めてくれたし、わたしも彼女に惹かれていった。いつの間にか彼女の事はわたしに一任されていて、練習で彼女が必要になるとわたしが呼びに行ったりもした。

 わたし達はお互い上手くやれていた。わたしと居ると彼女はよく笑ったし、いい友達だと思っていた。

 だけど…二年生になって直ぐの頃、その関係に罅が入った。

 

 ある日、いつもの様に彼女を呼びに行った時のことだった。彼女は学校の屋上でよくサボっている(冬天中学校は屋上が解放されていた)事を知っていたわたしが真っ直ぐ屋上に向かうと案の定彼女は学校の屋上で手摺りにもたれ掛かり、屋上からの景色を見ていた。

 彼女はわたしに気付き、振り向かないまま言った。

「また呼びに来たの?…なんであたしが入らないといけない訳?」

「だって、先生が呼んでるし、秕ちゃんが居ないと合奏が出来ないよ?」

「あたしが居なくても世界も合奏も回る。だからあたしに構わず行きな」

 彼女はつっけんどんに言った。彼女のそういった態度には慣れてはいるけれど自然とため息をついてしまう。

「なんでそういう事言うかなぁ…」

「あんなヤツらと合奏やりたくなんてない。どーせアイツら妬みとか悪口しか向けてこないし。ならやらない方がいいよ」

「それは…みんな仲間でしょ?一緒に…」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女は勢いよく後ろを振り返った。その目が暗い怒りに満ちていた。その目のままギロリとわたしを睨みつける。

「仲間?あんなのが?咲にとって仲間ってのはああいったヤツらの事を言うわけ?」

 強い口調で放たれたその言葉にわたしは固まった。

 彼女が他の部員を良く思っていないのには訳がある。彼女は一部の部員に嫌がらせを受けていたのだ。理由は…恐らく嫉妬。練習をしないのに才能だけで曲を輝かせる彼女に嫉妬して、それが悪意に変わったのだと思う。

 嫌がらせは巧妙で、先生が全く気付かない形で行われていた。部長を始めとした当事者以外の部員も彼女を助けようとせず、ただ静観しているだけ。彼女はあの部活でひとりぼっちだったのだ。

 そして…そんな状況で彼女が頼りにできる唯一の人物が、わたし…琴音咲だった。わたしだけが彼女を理解出来たし、彼女を助ける事が出来た。慢心かもしれないけれど、わたしはそう思っている。

 だからこそ、わたしは彼女の望む答えを言うべきだったのだ。「あの子達は仲間じゃない」と自分の台詞を否定するべきだったのだ。

 だけど…わたしは何も言えなかった。否定も肯定も出来ず、ただ立ち尽くしていることしか出来なかった。どちらを選択しても敵を作ってしまうと判断した本能がわたしの口を封じていた。

 彼女はそんなわたしを鼻で笑った。

「答えられない?まあ咲は優しいからね。どっちも傷付けたくないんでしょ?」

 冷ややかな双眸が静かにわたしを見つめている。歪められた口元からは棘のある言葉が吐き出された。

「いや、どっちも傷付けたくないんじゃなくて自分が傷付きたくないだけか。答えればどちらかを敵に回す事になるからね。所詮仲間なんてその程度のもの…か」

 彼女は固まっているわたしの脇をすり抜けて下へと戻っていった。

 わたしはしばらくそこから動く事が出来なかった。頭の中で彼女が最後に言った「仲間なんてその程度のもの」という言葉が繰り返し響いていて、それがわたしの思考を停止させていた。

 

 

 この出来事をきっかけとして、わたしと彼女の間に埋められない溝が出来た。

 そして…あの事件が起きてしまったのだ。わたしと彼女の関係を修復不可能にした、あの事件が。

 その事件の元凶は、他でもないわたしだった…。




長くなりそうなので一旦切らせていただきました。
前後編の前編だと思っていただければ…。


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少女の過去Ⅱ〜Failure and sign〜

前後編に分けるつもりでしたが間にもう一話挟まないと後編が長くなる事に気付いて急遽中編として投稿することにしました。
申し訳ございません。

2020/03/30…サブタイトルを一部変更しました。


 その事件は全国吹奏楽コンクールで起こった。

 いつもなら大体県大会で止まってしまう冬天中吹奏楽部が、様々な偶然も手伝って全国まで勝ち進んだ…その事実に皆浮かれながらも同時にある種の恐怖を覚えていた。最初は県大会突破を目指していたのがいつの間にか全国で金賞を獲るという目標にすり変わっていて、練習はどんどん過酷になっていき、部員は疲労困憊の中必死に練習した。それは初めてコンクールメンバー入り出来たわたしも例外では無く、毎日クタクタになりながら練習をしていた。同じくコンクールメンバー入りした「彼女」…吹綿秕ちゃんも最近はサボろうにもサボれず、仕方なく皆と練習をしていた。

 実際、冬天中が勝ち進めたのは彼女が居たからという事が大きかったような気がする。コンクールの講評にも必ずパーカッション(特に彼女が担当した楽器)の事が書かれていたし、秕ちゃんが居るのと居ないのでは大きく差があった。元々彼女がコンクールメンバー入りしたのは彼女の才能を見込んだ先生が強制的に入れさせたからで秕ちゃんは乗り気では無かったが彼女が加わると演奏の質は格段に良くなった。秕ちゃんは他の部員との関係性が悪いので普通ならば演奏しているうちにズレが生まれる筈なのだが彼女の才能はそんな事など諸共せず曲を輝かせていた。

 彼女には曲を輝かせる天賦の才能がある。その才能故に他の人達から妬まれてもいたが、冬天中は秕ちゃんのおかげで勝ち進むことが出来たようなものだ。もはや彼女無しではどうにもならない。それは皆が認めていた。だからこの練習中だけは彼女への嫌がらせは殆ど無かった。少なくともわたしが見ていた限りでは皆無と言ってもいいほど、嫌がらせは止んでいた。秕ちゃん本人はそれを気味悪がっていたが…。

 ともかく、あの時だけは全ての部員に団結感のようなものが生まれていたような気がする。わたしはそれが嬉しかった。仮初のものでも、やっと一つになれたような気がしたからだ。…そんな感じの日々は直ぐに過ぎ去って行き、あっという間にコンクール当日を迎えた。

 

 コンクール当日、会場に足を踏み入れたわたし達は、早くも他の団体の放つオーラに圧倒されていた。彼ら彼女らの表情は歴戦の戦士のそれで、気を強く持たないと耐えられない程の緊張感が会場を支配していた。心無しか、硝煙の香りが立ち込めているような気がした。…もちろんそれは幻覚なのだろうけど、そういった気がするほど会場は緊張感に満ち溢れていた。

 わたし達の順番は丁度真ん中くらいだったので、出番が来るまでに幾つか他校の演奏を見ることが出来た。どれもレベルが高く、引き込まれるような演奏だった。

 演奏を見ながら不安が身体中を覆い尽くすのをはっきりと自覚した。わたし達はこの中でまともな演奏をする事ができるのか。会場の雰囲気に呑み込まれてしまうのではないか…そんな考えばかりが浮かんでくる。

「…咲」

 不意に誰かがわたしの名前を呼んだ。隣に座っていた秕ちゃんがわたしをじっと見つめていた。

「なあに?」

「アンタ、怯えてんの?」

 秕ちゃんはいつもと変わらない。わたしを含め、周りは皆この舞台の迫力に気圧されているのに、彼女は平然としていた。

「…だって、こんな舞台初めてだし…」

「そんなの、いつも通りやればいいだけでしょ。逆になんで気圧されてるのか理解できないね」

 仲間についてのあの一件以来、秕ちゃんとわたしには何かしらの溝が出来た。表面上ではいつもと変わらなくても、わたしと彼女の距離は離れていったのだ。自然に彼女と話す機会も減っていった。そんな彼女がわたしに話しかけてきた事にびっくりしつつ、やっぱり彼女の事を凄いと思う。

「秕ちゃんは、凄いよ」

 思った事が自然と口に出ていた。

「わたしは今にも倒れそうなくらいなのに秕ちゃんは冷静で…本当に凄い」

 秕ちゃんは視線を逸らした。少し照れているようにも見えた。

「別に…慣れてるし。ま、全力で演奏すればいいんじゃないの。もしミスをしたとしても、それはもう起こった事なんだから気にせずやればいいんじゃない?」

 確かにそうかもしれない。でもわたしはどうしても恐れてしまうのだ。自分のミスで全てが瓦解する事を…。

 幾らパーカッションと言ったって目立つ時は目立つ。特に今日演奏するのはわたしが担当するティンパニのロールから始まる曲なのだ。少しのミスが、命取りとなるかもしれない。

「…もし、さ」

「ん」

「もし、何か重大なミスをしてしまって、それで起こった事をやり直せる機会があったとしたら…そのチャンスを使うべきかな」

 秕ちゃんは少し思案した後、おもむろに言った。

「その機会が全員に与えられたものなら、それを行使するべきだろ。でも、それが誰かひとりにだけ与えられたものなら…使うべきじゃないんじゃないか?フェアじゃないし、何よりそれは使い方を間違えれば今まで積み上げできたものを否定しかねないしね。ミスを受け入れて前に進むってのも一つの手段だろうし」

 ま、あたしが言う事じゃないだろうけどさ。…そう言って彼女は薄く笑った。

「そんな物が仮にあるとして…使い方はその時に決めればいい。今はアンタはアンタの出来ることを精一杯やりな」

「…うん、ありがとう」

 秕ちゃんの言葉に、わたしは勇気付けられた。

 

 

 …やがて、出番の少し前になり、わたし達は舞台裏で楽器搬送をしていた。

 演奏も緊張するけど、楽器搬送はそれ以上に緊張する。搬送する順番が間違っていたりしたらミスに繋がる可能性もあるし、舞台裏は意外と狭い…楽器に傷を付けでもしたら大変だ。

 わたしはティンパニを搬送していた。わたしは序盤でティンパニを演奏するから必然的にティンパニを搬送し、チェックをする役目を負っていた。最も、ティンパニは四台で一組な為一人では搬送出来ない。コンクールに参加しない一年生と協力しながら搬送していた。チューニングは一応済ませてあるが、このティンパニはかなり古い為時折音が変わる事もある。ステージではチューニングをしている時間はあまり無い為、時折音をチェックしながら搬送していた。

 ちなみに、中盤〜終盤にかけてティンパニを演奏するのは秕ちゃんだ。中盤からの部分でわたしが演奏出来ない部分があった為、途中で彼女と交代する事になっていた。

 秕ちゃんはグロッケンを搬送している。ステージに着いてグロッケンを設置し終えたらティンパニのチェックをわたしとする手筈になっていた。

 

 そしていよいよステージに着いた。

 ライトがステージを照らしあげ、観客席には多くの人がいる。夢のような舞台に、わたし達は居た。

 …そんな感慨に浸る間もなく、楽器の配置が猛スピードで行われる。わたしもティンパニを配置し終え、チェックを始めていた。予行練習よりも遥かに早いスピードだ。それに安心したのか一緒にチェックをする筈の秕ちゃんは自分が担当する楽器の前でスタンバイしていた。

 

 

 でも、それが全てを引き裂くきっかけだった、

 

 

 

 チェック中、突如一つのティンパニのペダルが上がり、調律が不可能になった。ペダルを下げようとしてもバネ細工のように元に戻る。しかも不運な事に、そのティンパニは最初のロールで叩くものだった。

「………あ………」

 事故だった。音は明らかに狂っていて、演奏には絶対支障が出るだろう。

 このティンパニは古い。こういう事はかなり起こる。だから直し方は分かっている。でも今はステージの上。圧倒的に時間が足りない。このまま、やるしかない…。

 突然のトラブルに気付かない先生が全体をぐるりと見回し、OKサインを出す。

『続いては、○○市立冬天中学校の演奏です。演奏曲は……』

 アナウンスの後、先生が観客席の方を向いて一礼してから指揮棒を構える。

 時間が止まればいいと思った。皆の演奏を、間違った音で汚したく無かった。

 

 

 指揮棒が振られる。

 

 わたしの手は自然に動いていた。

 

 静かなロール。

 

 狂った音。

 

 先生が怪訝そうにわたしを見る。

 

 泣き出したいのを堪えながらティンパニを叩く。

 

 逃げ出したいけど逃げ出せない。

 

 他の楽器が音を奏で始める。

 

 綺麗な音。保たれた秩序。

 

 ティンパニのズレた音がそれを打ち砕く。

 

 わたしの意識は諦念と後悔に囚われる。

 

 中盤、事務的に秕ちゃんと交代する。

 

 彼女にズレた音を奏でて欲しくない。

 

 そんな願いは、あっさり打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 終わった。

 何もかも…全てが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

 

 …気が付くと、わたしはロビーで項垂れ、涙を流していた。

 演奏が終わった事や、楽器を搬送した事の記憶が無い。…わたしのせいで、全て台無しにしてしまった。その事実にただ打ちのめされるばかりだった。

 …失敗なんて、フィクションだと心の何処かでは思っていた。そうなって欲しくないと心配しながらも、いつも通りやれば大丈夫だと思っていた。

 だけど今、それはノンフィクションとしてわたしを打ちのめしている。

 皆の希望を、わたしは奪ってしまった。絶対に許される事ではないし、償えるものではない。

 周りにいた部員や先生はわたしを気遣ってかただ一言「大丈夫だよ」とだけ言って会場に戻っていった。…その言葉から感じ取れる悔しさに、ミスをした自分への怒りが湧き上がってくる。

 折角全国大会に辿り着けたのに、わたしのミスのせいで全てを無駄にしてしまった。

 皆に合わせる顔が無いし、こんな事を起こしてしまった自分が許せない。

 ならば、いっその事、責任を取ってわたしは―

 

 

 

 

 

 

 

「キミは、自分の運命を変えたいのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 その時、声が聞こえた。

 聞き覚えのない声に俯いていた顔を上げる。

 

 

 

 

「…もし、キミが運命を変えたいのなら…ボクと契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

 

 

 白い妖精が、目の前に居た。




次回で過去編は終わりの予定です。


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少女の過去Ⅲ〜魔法少女になった日〜

リアルの事情により投稿が大幅に遅れました。
久しぶりに書いた為、おかしい所が多いと思われます…。
ちなみに、今回で過去編は終わりです。

2020/03/30…サブタイトルを一部変更しました。


「魔法…少女…?」

 

 目の前に現れた白い妖精が言った言葉。その言葉は、「魔法少女」になれば、自分の運命を変えられる…そんな風に聞こえた。

「そう。キミにはその資質がある」

 

 …白い妖精は、今思えば妙な存在だった。口を一切動かさずに喋り、ビー玉を思わせるその無機質な赤い目はわたしをじっと見ている。頭の中に響く声は少年のものだったが性別は分からない。もしかしたら性別なんて無いのかもしれない。動かなければぬいぐるみと間違えてしまうようなその身体は、然しある種の迫力を伴っているようにも思えた。

 白い妖精と話すわたしの後ろで、何人もの人がわたしを怪訝そうに見ながら歩き去っていった。後で聞いた話では、この妖精は普通の人には見えないらしい。

 普段なら自分の正気を疑うところだが、その時のわたしは疑いもせずに話を聞いていた。

「…どんな願いでも、叶えられるの?」

「勿論。なんでもできるよ」

 その誘いは、あの時のわたしにとってはまさに救いとも言えるものだった。目の前にいる妖精の事が、天使だとも思えた。

「…その話、詳しく聞かせて」

 

 

 白い妖精は「キュゥべえ」と名乗った。

キュゥべえによれば、魔法少女になれる資格がある者は彼(性別は分からないけれど…)と契約をする事で願いを一つ叶えることが出来る。但しリスクもあり、願いを叶えた者は魔法少女となり、悪しき「魔女」と戦う使命を負わされる。わたし達が知らないだけでこれまでの歴史の中でも魔法少女は存在し、この世界を守ってきた…という事だった。

 

 

「…それ、本当の事なの…?」

「全て事実さ。キミ達が知らないだけで今もこの世界には多くの魔法少女がいる」

 キュウべぇから告げられた話は衝撃的だった。わたし達の知らないところで、少女達が自分の命を削って戦っている…その事実は、わたしの積み上げてきた価値観をあっさりと破壊した。それこそ、わたしが抱えている絶望を一瞬忘れそうになるくらいに。

 わたし達の平和は、彼女達の屍の上で成り立つ脆いものなのかもしれない…そんな事を考えて、急に怖くなった。

 魔法少女になればわたしの抱えている黒くてモヤモヤしたものは消えるだろうけど、この先ずっと戦い続ける事になる。それがどんなに辛くて苦しいものなのか…あの時のわたしには想像できなかった。でも、選択を誤れば、一生苦しむ事になるという事は理解出来た。

「…ちょっと考えさせて。魔法少女になるって言うのは簡単だろうけど、それでこの先苦しむ事になるかもしれない。だから…」

「分かった。ボクはいつでも歓迎するよ」

 キュゥべえと話しているうちに少しずつ落ち着いてきた。それは魔法少女になれば全てを丸く収めることが出来るかもしれないという「希望」を手に入れたからかもしれない。あくまでも最終手段ではあるけれど、それでわたしの失敗を無かった事に出来るなら、わたしは…。

 

 取り敢えず、一度みんなの所に戻った方がいいだろう。そう思ってわたしは歩き出した。

 だけど、そこで待っていたのは……地獄だった。

 

 

 

 観客席に続く扉の前に辿り着いた時、その光景が目に入った。

「だからさぁ…あんたが琴音のフォローに回らなかったのが悪いんだよ。そこ、理解してる?」

「………」

 何人かの部員が秕ちゃんを取り囲んでいる。彼女らの雰囲気はどう見ても穏やかなものでは無かった。

 秕ちゃんはぼんやりと何処かを見つめていて、他の部員達はそれに苛立っているようだった。

「ちょっと、聞いてんのぉ!?」

「あんたがグロッケン運び終えてぼーっとしてなきゃ琴音はあんなミスしなかったんじゃないの?そうでしょ!?」

 ……違う。あれは秕ちゃんのせいじゃない。あれは事故だ。…そう、事故なんだ、だから…。

「黙り?なんも言う気ないの?あんたがしっかりしてれば、あたし達は金賞取れたのかもしれないのにさぁ!」

「他の皆の手伝いもしないでぼーっとしてるなんてさぁ、あんたが協調性ないのは嫌でも分かってるけど流石に空気読まないとまずいとか思わないの?だから嫌われんだよ!」

 違う、違う、違う…!

「大体さ、よくそんなんで部活にい続けられるよね?皆から嫌われてるっての理解してる?あんたいつも琴音にくっ付いてるけどさ、どうせ迷惑ばかりかけてんだろ?琴音の気持ちももう少し考えたらァ?」

「…………」

 全く応えない様子でぼんやりしている秕ちゃんに痺れを切らしたのか、彼女を取り囲む部員の一人が秕ちゃんを強く突き飛ばした。

 秕ちゃんがよろめく。瞬間、わたしの足は自然に動いていた。

「秕ちゃん!」

 駆け寄ろうとしたが、何人かの部員が行く手を阻んだ。

「琴音、あんなやつに同情なんてしない方がいい。じゃないとあんたが潰れるよ」

「そんな事は…」

「ない、なんて言いきれないだろ?あたし達は、あんたを助けようとしてるんだ。あいつのせいで、あんたはあんなミスをしたんだろ?あいつが助けてくれなかったから、あのまま始めざるを得なかったんだろ?」

「それは違う…」

「何が違うんだよ。あんたは優しいから口には出さないけど、本当はそう思ってるんじゃないの?」

「わたし、は…」

 言われて、初めて気付いた。わたしの奥底から、聴こえてくる声に。

 

(秕ちゃんが来てくれたら、わたしはミスをしなかったかもしれない)

 

(違う、そんな事は有り得ない!あれはそんな短時間で直せるものじゃない)

 

(でもあの子は来なかったよね?わたしが慌てているのを見ても、ぼんやりしていたよね?)

 

(違う、違う!そんな事はない!わたしはそんな事は思ってない!)

 

 頭の中でふたつの声がせめぎ合う。

 

(認めなよ。秕ちゃんのせいだって認めなよ。そうすれば楽になるよ?)

 

(それはただの責任転嫁だ!しちゃいけない事なんだ!)

 

 目の前が暗くなる。意識があやふやになり、思考が混濁していく。

 

 嫌だ。

 

 こんな事、間違っている。

 

 わたしはどうすればいいの?

 

 無かった事にすればいいの?

 

 そうすればわたしは、秕ちゃんは、みんなは救われるの?

 

 分からない。わからない。ワカラナイ。

 

 

 

 

 ―ワタシハ、ナニヲネガエバイイノ?

 

 

 

 

 

 

 …わたしは、気付かないうちに先程キュゥべえに出会った場所に戻っていた。目の前には相変わらずキュゥべえが居て、わたしをじっと見上げている。

 わたしは掠れた声で訊いた。

「…キュゥべえ」

「なんだい?」

「わたしは、どうすればいいの?」

「どういう事だい?」

「無かった事にすればいいの?それともほかの事を願った方がいいの?」

 キュゥべえは暫く黙り込んでいた。その赤いビー玉のような眼は、無機質にわたしの姿を映すだけで、彼が何を考えているのかは分からない。…やがて、彼は答えた。

「それはボクにもわからないよ。でも…キミが今の状況を変えたいと思っているなら、それは多分、無理だろうね」

「…どうして?」

「吹綿秕…彼女は自分の才能を過信するあまり、周りと合わせるという事をしてこなかった。それが溜まりに溜まって、今回の事を切っ掛けに吹き出しているというのが今の状態だ。他の部員はキミがミスをしたという事は分かってるのだろう。だけど、吹綿秕がキミを手伝わなかったという事もまた事実だ。それに日頃の妬みが合わさって、この事態が起きたのだろう。だから、キミが今の状況を無かった事にしたとしても、何れ今回のような事態はまた起きるだろうね」

 そこで一旦言葉を区切り、また続ける。

「加えて、過去を下手に改変するとどのような事態になるのか、ボクにも想像できないんだ。もしかしたら、今よりも酷い事が起こるかもしれないよ」

 キュゥべえの言っている事には説得力があり、わたしはそれに呑まれかけていた。それに重なるように、前に秕ちゃんが言った言葉が蘇る。わたしが起こった事をやり直せたとして、そのチャンスを使うかどうか彼女に尋ねた時の事だ。

 

―その機会が全員に与えられたものなら、それを行使するべきだろ。でも、それが誰かひとりにだけ与えられたものなら…使うべきじゃないんじゃないか?フェアじゃないし、何よりそれは使い方を間違えれば今まで積み上げできたものを否定しかねないしね―

 

 …確かに、そうかもしれない。

 でも、それならわたしは何を願えばいいんだろう。

 金賞を獲りたい?でもそれは今まで積み上げてきたものを否定しかねない。

 最初からやり直したい?やり直したとして、どうやったらあの事故を防げるのか。

 …考えれば考えるほど、わたしは泥沼に嵌っていく。だけれどその時、またわたしの奥底からの声が聞こえた。

(自分だけが助かればいい)

 …確かに、それなら、確かに出来るかもしれない。でも、それはダメだ。わたしだけが助かるなんて、許されない。強くそう思った。自分の奥底の声を否定しようとした。

 しかし、声は続ける。

(秕ちゃんに仲間の事について聞かれた時、わたしは答えられなかった。それは、わたしが傷付きたくなかったからじゃない?)

 ……そう、かもしれない。

 わたしは自分が傷付きたくなくて、答える事が出来なかった。答えたらどちらかを敵に回すから。

 そこまで考えて、気付いた。

 ……ああ、そうだ。

 わたしは、口ではダメだと言いながら、本音では、自分が助かる事を望んでいるんだ。

(何がやり直したいだ。それだって、自分が助かりたいがためじゃないか…キュゥべえは何も変わらないと言った。なら、もう良いじゃないか)

 …正直に言って、その時のわたしはおかしかった。冷静な判断が出来ていなかったのかもしれない。

 もう何もかもが分からなくなって、自分の本当の気持ちの望むままに「わたし」は言った。

「キュゥべえ」

「なんだい」

「何も変わらないというのなら、わたしを変えて」

「つまり、それは」

「一時的なものでもいい。平穏を下さい」

「…キミは、それでいいのかい?」

「だって、何も変わらないんでしょ?なら、わたしはわたしだけを助けるしかないじゃん」

 キュゥべえが少し驚いた様に言った。

「琴音咲、キミは…」

「もう、いいよ。わたしは助かりたい。だからあなたに願うんだよ」

「それで後悔することになってもかい」

「今、この時を乗り切れればいいよ。どうせ、これ以上の絶望なんてないんだし」

 暫くの沈黙の後にキュゥべえは言った。

「…分かった、契約は成立だ」

 

 

 そして、わたしは魔法少女になった。

 自分勝手な願いを抱えて、一人の親友を失うのと引き換えに。

 願いのおかげかは分からないけれど、わたし達は無事に金賞を獲る事が出来た。無事に終わった事でどうでも良くなったのか部員達はそれ以上秕ちゃんを責める事はしなかった。

 だけどこれで丸く収まる筈も無く、次に部活に行った時には、既に秕ちゃんは居なかった。先生の話では急な都合により転校したという事だった。

 その話を聞いて直ぐに、わたしは部活を辞めた。親には心配されたけど、本当の事は話せるはずもなかった。

 それから暫くして、わたしは神浜市に引っ越すことになって、ここに来たという訳だ。

 

 

 これで、わたしの話はおしまい。

 …こんな愚か者に、仲間なんてできる筈ないよね。親友を助けなかった、こんなわたしに…。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 …咲は話し終えると一息ついた。

ここは以前いろはと出会った公園だ。二人はベンチに腰掛け、沈みゆく夕陽を眺めていた。

 いろはが口を開く。

「それが…咲ちゃんが魔法少女になった理由?」

「うん」

 答えると、いろはは暫く俯いて何かを考え始めた。

 咲は景色をぼんやりと見つめながら、彼女がこの後に言うであろう拒絶の言葉を想像していた。

(あの人には友達を作れなんて言われたけど…無理だよ。わたしには出来ない)

 また誰かを傷付けたくない。なら、友達なんて居ない方がいい。前の町で出会った小説家志望の青年は咲の話を聞いても変わらずに彼女と接してくれたが、そんな人の方が少ないだろう。何せ、自分は以前親友を傷付けていますと告白したのだから。

(これで、環さんも諦めてくれる。そうすればわたしはまた上辺だけを取り繕いながら生活して、そのうちに魔女と戦って、死ぬ)

 それしか、自分が赦される方法はないと思っていた。

 

 やがて、いろはが顔を上げた。

 彼女は穏やかな目で咲を見つめて言った。

 

「咲ちゃん、私は―」




やっと話が進みます…。
小説家志望の青年関連の話はまた後程書く事になると思われます。
ちなみにこの物語、予定では大体3〜4章を考えています。今は1章の半分辺りかな…。
亀更新な物語ではありますが、次回も見てくださると嬉しいです。


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いろはの答え

活動報告にもありますが、今回からメインタイトルを変更しました。
重要な回にも関わらず相変わらず内容は薄いです…暇潰し程度に見てくだされば幸いです。


「私は例え裏切られる事が分かっているとしても…それでも、咲ちゃんの力になりたい」

 目の前の少女から穏やかに告げられた言葉は、咲の予想とは大幅にかけ離れたものだった。

「…どうして」

 自分は親友を裏切ってしまった最低な人間だと咲は告白した。暗に「あなたの事も裏切ってしまうかもしれない」とも告げていた。だけど、いろははそれでも構わないと言ったのだ。

 いろはの眼は穏やかに咲を見詰めている。その奥底には、確かな「決意」が瞬いていた。

 嘘など全く込められていない、どこまでも真っ直ぐな眼…何故、こんな眼が出来るのだろう。

「咲ちゃんは裏切ったって言ったけど、私はそうは思わない。…咲ちゃんは、悪意を持って秕さんを傷付けたの?」

「それは違うけど…でも、わたしは…」

「なら咲ちゃんが悪いとは言えないんじゃないかな。悪意があって傷付けたならそれは咲ちゃんが悪い…でもね、悪意がないなら話は別だよ。それに…話を聞く限りだと周りに合わせようとしなかった秕さんにも非はあると思う」

「………」

 それは…そうかもしれない。客観的に見れば他人に合わせなかった秕にも非はある。それまでの出来事が積み重なってあの事態に発展したのだとしたら、寧ろ悪いのは秕かもしれない。それは分かっている。だが…。

「でも、わたしは手を差し伸べられなかった。秕ちゃんを、救えなかった。例え秕ちゃんが悪かったとしても…それを救えるのはわたしだけだったのに…わたしは自分勝手な願いでそのチャンスを無駄にした…!」

「…それは」

「秕ちゃんはわたしの助けを望んでたに違いない!なのにわたしはそれを踏みにじってしまった!だからわたしも悪いんだ!」

 叫ぶ様に言う咲は何処か狂ってさえあった。それを見ていろはの中にある疑問が生じる。

(なんで、咲ちゃんはそこまでして秕さんに拘るのだろう?)

 第三者である自分の目から見たら、この事件は誰が悪いという訳では無く、「起こるべくして起こってしまった」事件の様な気がする。秕の態度にも問題はあるし、それを許容しなかった周りも悪い。咲はただそれに巻き込まれただけなのだ。なのに咲は自分が悪いの一点張りでそれが余計に事件をややこしくさせてしまっている。「思い込み」に囚われてしまっている。

 そんな思考の間に、ふと咲の言葉が割り込んだ。

「仲間を作ったら、きっとわたしはその仲間を不幸にしてしまう。だからわたしは―」

 …その言葉に、いろはの感情は一気に沸騰した。

 

 

「そんな事はない!」

 激した感情が迸る。

 咲が驚いていろはを見た。

「それは思い込みだ!そんな馬鹿げた事…私は絶対に許さない!」

「環さん…」

 いろはは我に返り、それでも厳しい目付きで咲を睨んだ。

「それを言うなら、私が不幸になってから言ってよ。そんな事分からないのに、なんでそんな事が言えるの!?」

「………っ」

「私は絶対に咲ちゃんを見捨てないし不幸にもならない。秕さんの事だって私は咲ちゃんの思い込みじゃないかって思ってる。それでも咲ちゃんがまだ誰かを傷付けるのを恐れていて一歩を踏み出せないのなら…私がその手を掴むよ」

 その言葉を聞いて、咲の瞳の中に縋るような光が浮かび上がるのが分かった。弱々しい、けれど確かな光が、戸惑うかのように瞳の中で渦を巻く。

「私が咲ちゃんは悪くないって証明するよ。もしも傷を癒せなかったとしても、私が一緒に背負う。だから、そんな悲しい事、言わないで?」

 

 

 暫くの沈黙の後、咲は徐に言った。

「…いいの?」

「…いいんだよ、もう、一人で悩まなくても…いいんだよ」

「わたしは、仲間を不幸にしてしまうかもしれない。それでも、いいの?」

「大丈夫。それでもし不幸になったとしても、私は咲ちゃんを恨んだりしないよ」

 

 わたしは仲間を作ってもいいの?

 

 いいんだよ。

 

 わたしは、ひとりじゃなくてもいいの?

 

 私も一緒に背負うよ。咲ちゃんが背負ってるもの。

 

 

「だから…友達になろう?」

 

 

 

「…うん」

 

 

 

 凍った心が少しずつ解けていくような感覚。

 今まで背負っていたものの重さが、ふっと軽くなったような気がした。

 それで自分はひとりじゃないと、実感出来た。

 

 …不意に、涙が溢れた。

 今まで堪えていた感情が、一気に流れてゆく。

 感情の奔流に戸惑う咲の肩をいろはがそっと抱いてくれた。

 そして、

 

 

 

「………っ、うわああああああああっ!」

 

 

 

 気付いたら、彼女にすがりついて泣いていた。

 悲しい涙ではない。嬉し涙だ。

 涙を流してみて初めて、自分は救われる事ができるのかもしれないと思った。

 

 不意に、小説家志望の青年の言葉が蘇る。

―大丈夫だよ。神浜には今までの君を知っている人間なんて居ないはずだ。ゼロから、まっさらな状態で始まるんだからさ―

 青年はそう言ってくれたが、環境が変わったからと言ってまっさらな状態で始める事は出来ない。どこに行っても、何時までも、親友を裏切ったという罪は付いて回るだろう。その十字架をひとりで背負いながら、歩き続けていくのだと―そう思っていた。

 でも、いろはは自分も背負うと言ってくれた。咲と関わることで裏切られて、不幸になったとしても構わないとさえ言ってくれた。

 それが嬉しくて、咲はただただ泣いた。

 いろはは何も言わずに咲の背中をさすってくれている。

 街灯の光が、優しくふたりを照らしていた。

 

 

 ―ありがとう、いろはちゃん。




次回から新展開…なのかな?
とりあえずみかづき荘メンバーは出る予定です。


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調整屋にて

みかづき荘メンバーを先に出すつもりが、気付いたら調整屋回になってました。
ちなみに、今回から咲の性格が徐々に明るくなっていく…予定です。
暇潰し程度にでも見てくだされば幸いです。


 咲がいろはに過去を語り、いろはが彼女を仲間として受け入れてから三日が経った。

 あの後、これといって咲との関係が変化した訳では無かったが彼女はよく笑うようにはなった。積極的とは言わずとも話しかければちゃんと会話はしてくれるし、ももこ達との昼食に咲を誘った事が切っ掛けで彼女達とも交流が生まれていた。虚ろな表情を見せていた彼女はもうどこにもいないと言ってもいいくらいで、いろははそれを嬉しく感じたし自分がやった事は正しいのだと思えた。

 ももこ達…特に同じクラスであるレナも魔法少女である事を知った時、咲はかなり驚いていた。なんでも、この町に来る前は魔法少女はあまり見かけなかったのだという。

「この学校ってそんなに魔法少女が多いんですか?」

 昼休み、咲も交えていろは達がいつものように弁当を食べていた時、突然咲が訊いてきた。ももこが箸を止めて答える。

「別にこの学校に限った話じゃないけどね」

「じゃあ、神浜にはかなり魔法少女がいるんですね…」

「ま、そうかな。咲ちゃんの住んでた所にはそんなにいなかったの?」

 ももこが訊くと、咲は少し考えてから言った。

「多分…あまり他の魔法少女って見た事ありませんでしたし。あ、でも魔女が見える人はいましたよ」

「それは、魔法少女になる素質を持った子って事?」

 咲はふるふると首を振る。

「あ、いえ、そうではなくて…えっと、その人…男の人なんです」

 一瞬、奇妙な静寂が辺りを覆った。

 男の人?魔法少女じゃなくて?

「は、はぁ!?それって何、霊能力者とかそういう類のヤツって事?」

 レナが皆の心中を代弁する。

「普通の人だよ。ただ魔女とか使い魔とかキュウべぇが見えるだけの…」

「それ、普通の人とは言えない気がするけど…」

 かえでのツッコミに皆が同意した。

「でも、そんな人がいるんだね…」

「優しい人だよ。わたしを助けてくれたし、色々アドバイスもしてくれた…魔女の結界に入っても動じないし、変といえば変な人だけど…でも、良い人なんだ」

 語っているうちに咲の声が熱を帯びてきた…ような気がして、いろははおやっと思った。隣にいるレナも彼女の様子に気付いたのか少しニヤっとしている。

「そっか…そんな人なら一度会ってみたいな」

 少し興味が湧いてきた。咲がそこまで慕っている人とはどんな人なのだろうという好奇心もあったし、何より魔女が見える男の人なんて聞いた事が無い。

 それから話題は彼がどんな人物なのかという話になり、(恐らく無自覚に)熱を込めて語る咲の様子を微笑ましく思いながら弁当を食べる。

 こうして、以前より少し賑やかになった昼休みは穏やかに過ぎていった。

 

 

* * *

 

 

「咲ちゃん、ちょっといい?」

 放課後、帰ろうとしていた咲をいろはが呼び止めた。

「どうしたの?」

 今日は…というか今日も用事は無い。部活には入らない事にしているし、魔女が出なければいつも通り帰ろうと思っていた。

「これから時間ある?」

「うん、特に用事はないけど…」

 いろはの顔が輝いた。

「じゃあさ、『調整屋』に行かない?」

「ちょうせいや…?」

 何を調整するのだろう?咲が首を傾げていると、いろはが説明してくれた。

「調整屋は魔力の強化や魔法少女の紹介をしてくれる所だよ。神浜の魔女って強いから、皆調整屋で調整を受けて戦うの」

「そんなことが…」

 魔力の強化というのがよく分からなかったが、自分はこれから神浜で戦っていく身だ。行っておいて損はないだろう。

「どうかな?」

「うん、行ってみたいな」

 咲は答えて、鞄を手に持ち立ち上がった。

 

 

* * *

 

 

 学校からかなり歩いて、人の気配がまるで無い廃墟に辿り着いた。いろはの話ではこの奥に調整屋があるとの事だが…。

「こんな所にあるの…?」

「うん。調整屋さん… 八雲(やくも)みたまさんはあまり戦えないらしいし、ここなら魔女とか使い魔が寄り付かないからちょうどいいんだと思うよ」

「へぇー…」

 戦えないが他人を強化できる魔法少女?

 ますますどんな人なのか分からなくなった。

 いろはは慣れたように奥へと進んでいき、咲も廃墟のガラクタにつまづいて転びそうになりながらも着いていく。

 やがて奥に着いた。壁のステンドグラスが幻想的な雰囲気を醸し出すその場所には1人の魔法少女らしき人が居た。彼女が調整屋なのだろう。此方に気づき、笑顔で招き入れてくれる。

「あらぁ、いろはちゃんじゃない。いらっしゃぁい」

「みたまさん、こんにちは」

 間延びしたような口調が特徴的な彼女は咲を見て、「この子は?」と訊いてきた。

「琴音咲ちゃん。最近引越してきたんです」

「ど、どうもはじめまして…琴音咲です」

 咲はやや緊張しながら挨拶をした。

「咲ちゃんね。わたしは八雲みたま。調整屋よ。よろしくねぇ〜」

 みたまは咲の手を握ってきた。ほんわかとした人だなと思う。

「調整の事は聞いてるかしら?」

「はい、いろはちゃんに教えてもらいました。魔力の強化や魔法少女の紹介をしてくれる場所だって…あの、本当にそんな事が?」

「一度体験してみたらビックリすると思うわよ〜」

 にわかには信じがたかったが、自分は一度、神浜の使い魔に手痛くやられている。今後もああいったものと戦う事になるなら、調整というものを受けてみてもいいかもしれない。そう改めて思い、「お願いします」と言った。

 するとみたまは意地悪そうな笑みを浮かべて、

「調整をするのはもちろん構わないけど、お代は持ってるのかしら?」

 お代。その言葉に咲は固まった。

 自分の財布にはいくらかの現金はあるが、中学生の持つそれなんてたかが知れている。調整の相場というのが分からない以上、気安く頼むべきでは無いのでは?

 一瞬にしてそんな考えが過ぎり、咲は狼狽する。

 その時いろはが言った。

「私が払いますよ」

「えっ…」

「いろはちゃんが?それでいいの?」

 みたまが笑みを崩さずに訊ねる。いろはは頷いてスカートのポケットからグリーフシードを取り出してみたまに渡した。

「どうも〜♪」

 みたまは満面の笑みを浮かべてグリーフシードを受け取った。それを呆けた様に見ていた咲はハッとなり、慌てて言う。

「そ、そんな!わたしなんかのために…」

「咲ちゃんもこれから神浜の一員。困っていたら助けるのは当たり前だよ。それにこれはささやかなお祝いの気持ち。これくらいやっても…いいよね?」

 いろはの微笑みが咲の心をじんわりと温かいもので埋めていく。だけど同時に微かな罪悪感も感じた。だから咲は言った。

「ありがとう…でも、今度いろはちゃんが困ってたらわたしが助けになる。この恩はその時に絶対に返すよ」

「……うん。分かった」

 それを見ていたみたまがパンと手を叩いて言った。

「うんうん、いい話ねぇ〜…じゃあとりあえず、始めましょうか」

「あ、はい。よろしくお願いします!」

 緊張感が沸き上がり、思わず勢い良く頭を下げてしまった咲を安心させるように微笑み、みたまはとんでもない事を言った。

 

 

 

「じゃあ、服は脱いでそこの籠に入れてね〜♪」

 

 

 

 ……場の空気が九割ほど凍り付いた。残りの一割は沸騰したのかもしれないが。いや、そんな事より…。

「服…脱ぐんですか!?」

 確かに近くにある寝台の脇には荷物入れらしき籠があるが…やっぱり手術みたいなものなのだろうか。

 暫く思考が停止していた咲だったが、やがてぎこちなく周りを見渡し始めた。

 此処に居るのはいろはとみたまだけ。施術中に誰か入ってくるかもしれないが、流石に男性ということは無い…筈。

 …当たり前の事だが、恥ずかしくはある。でも、調整を受けないと神浜ではやっていけないのかもしれない。なら…。

 まだ半分ほど思考が停止したまま、咲の手が制服のリボンに伸び…するりと抜きとった。

「…あら?」

 みたまが驚いた様に目を見開き、いろはに至っては絶句している。

 自分が何をしているのかが良く解らないまま、制服に手をかけ―

「ちょ、ちょっと咲ちゃん!?」

 我に返ったらしきいろはが慌てて咲を止めた。

「みたまさんはソウルジェムを弄るだけだよ!服を脱ぐ必要はないよ!?」

「あ……………え?」

 そこで漸く思考が回復した。咲は自分がやろうとしていた事に気付き、今更ながら真っ赤になる。

「わ、わわわ………っ」

 かなりテンパっているらしく、言葉がうまく出ない。

「み た ま さ ん ?」

「分かった、分かったからいろはちゃん!顔が笑ってないわよぉ!?」

 

 

 

 …後から聞いた話だが、いろはも初めて調整屋に来た時に同じ目に遭っていたらしい。どうやら八雲みたまという魔法少女は人をからかうのが好きなようだ。でもそれで調整への緊張感が吹っ飛んだのもまた事実なのだった。




調整は次回に持ち越しになりました…。


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「向き合う」ということ

今回は後書きが豪華なので最後まで見てくだされば幸いです。
本編はいつも通りのクオリティですがよろしくお願いします。


「…そうそう、リラックスしてぇ…ゆっくり…しんこきゅー…」

 今、咲は寝台に横たわっている。身体の上にはソウルジェムがあり、咲自身はみたまの声に従ってリラックスし、安定した状態を保っていた。

 少し眠くなってくる。みたまの声がだんだん遠くなって…意識がぼやけてくる。

「…それじゃあ、ソウルジェムに触れるわよぉ?」

 みたまがソウルジェムに触れる。

「……………っ!?」

 むず痒いような、痛みのような…そんな奇妙な感覚を覚える。

「………っぁ………」

 そう…まるで、()に触れられているような…。

「もう少し…ふかーく…」

 再び奇妙な感覚。先程よりも強い。

「あぁ……!」

 

 そして…咲の意識は落ちていく。

 

 

 落ちていく?

 何処へ…?

 深い場所へ。

 わたしが作り出した、

 暗い内面へ。

 また、

 落ちていく。

 ここだよね?

 そう、

 ここだよ。

 

 

 全てがブラックアウトし、何もわからなくなった。

 

 

 

 

 

 また、この光景を見る事になるとは…。

 意識が戻ると、咲はコンクール会場のロビーに立っていた。人が疎らなロビーの隅では一人の少女が項垂れ、涙を流している。

 その場面を、咲は知っていた。少女が感じている絶望も、この後に起こるであろう出来事も、全て知っていた。

 此処が自分の過去そのものの再現であり、自分はそれを傍観している事は理解出来た。だが、再現された過去の情景は鮮明を超えて最早本物のそれであり、自分は過去にタイムスリップしてしまったのでは無いかと一瞬疑ってしまった。そう思ってしまうほどに、咲の中でこの体験は色濃く焼き付いていたのだ。

 その時、俯いていた少女…過去の咲が顔を上げて此方を見た。その顔には表情といったものがなく、目にも光が無かった。空虚な表情を此方に向けて彼女は呟く様に言った。

「…仲間を作ったんだね」

「…うん」

「どうして?どうしてそんな事が出来たの?」

「……」

「秕ちゃんを裏切ったわたしが、また仲間を作るなんて…あの事から何も学んでいない証拠だよね。あの環いろはっていう子に自分のした事を打ち明けて同情を得ようとするなんてさ…また誰かを傷付けたいの?」

「違う、わたしは…」

「あなたの絶望は、あんな言葉で無くなる程軽くて安いものだったんだね。まあそうか、わたしは秕ちゃんにかなり理不尽を強いられていたからね。その程度の気持ちしか抱けないのも無理はないよね」

 まるで教科書を読み上げるかのように淡々と話す彼女が言っている事は自分が心の奥底で思っていた事かもしれない。目の前に居るのは紛れもなく自分で、話す言葉は全て真実かもしれない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と咲は思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 コイツに負けたら、自分は掴みかけていた光を失ってしまう。いつまでも過去に捕らわれたままになってしまう。それじゃダメだ。

 咲は彼女を確りと見据え、言った。

「確かに、そうかもしれない。わたしは秕ちゃんの事を友達だと思っていたけれど、心の奥ではそんなことは無いと思っていたかもしれない。いや、そう思っていたんだ…あなたはわたしの内面…わたしが生み出したもう一人のわたしだから…」

「なら、わたしが言いたい事は分かるよね?あなたはあの子を秕ちゃんの様に裏切って傷付けるよ。いつか、そんな日が来る。それにあなたは耐えられるの?苦しいよ?辛いよ?きっと後悔するよ?………いや、もしかしたらあなたは何も思わないかもしれないね。秕ちゃんを裏切っておいてのうのうと生きているあなたには…」

 決意をしたにも関わらず、彼女の声は痛いほどに耳に突き刺さる。大きな声という訳では無いのに、それはガンガンと咲の脳を揺さぶる。

 呼吸が苦しくなってくる。毒のような彼女の声が、咲を侵していく。

「あなたは誰かを傷付ける事しか出来ないんだよ。もしかしたら、それによってあなたは関わる人全てに恨まれて、拒絶されるかもしれない。なら、親しい人なんて作らない方がいいよ?あなたがミスをすれば、双方が傷付く事になる。そうなる前に封じ込めちゃおうよ。一人でいれば、誰も傷付く事はないよ」

 誰かに自分の奏でる音を聞いて欲しい。誰かと一緒に居たい。だけどミスが恐い。自分が失敗すれば、それで終わりなんだ。

 そうなる前に、全てを遮断すれば…誰も傷付くことは無い。自分の気持ちなんてものは内面の彼女に封じ込めてもらえばいい。

 それは確かに魅力的な提案だった。正常な思考を徐々に失い、彼女の言葉に惑わされている咲にとっては、蜜のように甘美な提案だった。

 いつの間にか、目の前に居た彼女の姿は秕のそれへと変わっている。周りの景色も、コンクール会場のロビーから壊れた音楽室へと変化していた。

「何度でも言うよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうか。

 わたしは、結局一人の方がいいのかもしれないな。

 誰も傷付けなくてすむなら、わたしなんて居ない方がいいのかもしれない。

 また、思考が黒く覆われていく。次第に意識が遠ざかり、咲は自分が作りだした深淵へと堕ちていく。

 だが、

 

 

 

 

 

『違うよ、咲ちゃん』

 

 

 

 

 

 

 不意に、いろはの声が聞こえた。

『私の言った事、忘れちゃったの?』

 ―私は絶対に咲ちゃんを見捨てないし不幸にもならない。秕さんの事だって私は咲ちゃんの思い込みじゃないかって思ってる。それでも咲ちゃんがまだ誰かを傷付けるのを恐れていて一歩を踏み出せないのなら…私がその手を掴むよ―

「あ……」

 視界が晴れた。思考が鮮明になり、目が覚めた様だった。

『大丈夫。ちゃんと向き合えば大丈夫だよ』

 歩き出す為に。

 過去と向き合うんだ。

 

 

「わたしは…それでも誰かと一緒に居たい。確かにわたしは誰かを傷付けてしまうかもしれないけど…だけど一人は厭だ」

 咲は言葉に詰まりながらも、必死に自分の想いを伝える。

 それに対して秕の姿をしたソイツは鼻で笑い、否定の言葉を投げかけた。

「一人が厭だから、誰かを傷付けても一緒に居たい訳ぇ?」

「うん。それがエゴだっていう事は解ってる。一人で居れば誰も傷付く事はないって事も…」

「解ってるならなんでそんな事を…」

「いろはちゃんと出会って、わたしは歩き出そうと思えた。自分にもう一度チャンスを与えようと思えた。これでまた同じ事を繰り返すなら今度こそわたしは終わる…だけど、もう繰り返さない。あの事と向き合って、わたしはまた歩き出すんだ」

「…アンタに、それが出来るのかよ」 

 問いかけに、咲は即答する。

「出来るよ。皆と一緒なら…きっと出来る」

 その言葉に、彼女の顔が歪むのが分かった。

「いけしゃあしゃあと…」

「………」

 怒りの篭もった声に対して咲は無言。然し決意を込めた目で彼女を見据える。それが答えだった。

 そのまま沈黙が続き、やがて彼女が観念した様に言った。

「…まぁいい。アンタはきっと絶望する。せいぜい足掻くがいいさ」

 その台詞を置き土産に、彼女は姿を消した。

 あっさりとした幕切れ。然し彼女が諦めた訳ではない事は解っていた。

 咲は大きく息をつく。

 そして………

 

 

 

 目を覚ますと、みたまが気付いて「お帰りなさぁい」と笑顔を向けてくれた。

「体の調子はどう?」

 訊かれて初めて気付いた。体が軽い。マッサージを受けた後の様に心地好い感覚がした。

「凄い…なんというか、調子がいいです」

「それなら成功ねぇ。お疲れ様〜」

 それから真剣な表情になり、みたまは言った。

「実はね…わたし、ソウルジェムに触るとその人の過去が見えちゃうの…」

「過去が…?」

「勝手に見てしまった事は謝るわ。誰にも言わないし、安心して」

「それは大丈夫ですけど…」

 自分は向き合ったのだから、今更隠す必要もない。そう考えて咲は答えた。

 それを聞いたみたまは「ありがとう」と微笑んだ。

「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

 ソファに腰掛けていたいろはが言った。

「あ、うん。みたまさん、ありがとうございました」

「いえいえ〜。今後もご贔屓にねぇ♪」

 最大級の笑顔で言ったみたまは咲に近付くと、こっそりと耳打ちした。

(これからいろんな事があるかもしれないけど、頑張ってね。今の咲ちゃんならきっとどんな困難も乗り越えられるわ)

 みたまは自分の過去を知っている。いろはに救われた事も把握しているだろう。その上でエールを送ってくれた。それがとても嬉しかった。

「……はい、頑張ります!」

 だから、笑顔で咲は応えた。

 

 

 

 

 

 帰り道、咲は調整中の事を思い出していた。

 ―まぁいい。アンタはきっと絶望する。せいぜい足掻くがいいさ―

 最後に彼女が放った言葉が、今も脳裏にこびりついている。

 それは予言めいていて、まるで呪いの様だった。

 ()()()()()()()()()()。これはその日が来るまでの仮初の平和なのかもしれないと思って、慌ててその考えを振り払う。自分は向き合ったのに、まだこんな事を考えているのか。つくづく自分が嫌になってくる。

 横を歩いていたいろはが怪訝そうに咲を見た。

「どうしたの?」

 なんでもない。

 その筈だ。

 今は平和で、自分はこれから新しいスタートを切ろうとしている。

 それでいいじゃないか…。

 あまり考えるのはよそう。

 いろはを心配させたくない。

 だから答えた。

 

「ううん、なんでもない」





【挿絵表示】

ミント氏よりファンアートを頂きました!魔法少女姿の咲ちゃんです!めっちゃ嬉しい…ミント氏ありがとうございました!

さて、咲がようやく過去と向き合って小さな一歩を踏み出しました。不穏な空気も流れていますが…これからどうなるのか見守って下されば幸いです。


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ひだまりのような場所

中々思う様に書けず、やっとの事で書き上げました。
暇潰し程度に読んで頂ければ幸いです。


 環いろはの下宿先である「みかづき荘」は新西区に所在する大きな屋敷である。元々は七海やちよの祖母が下宿屋として使用していたが、現在はやちよが祖父母から譲り受け、四人の同居人(環いろは、環うい、深月フェリシア、二葉さな)と共に暮らしている。みかづき荘の住人は全員が魔法少女であり、唯一参京区から通っている由比鶴乃も含めて、「チームみかづき荘」というチームを結成している。

 そんなみかづき荘の前で咲は萎縮していた。

 とある週末、いろはに呼ばれてみかづき荘にやって来た咲だったが、まさかこんな豪邸だとは思っていなかった。咲の自宅も新西区にあるが、みかづき荘からは少し遠い。その為目にする機会が無かったのだ。

(とりあえず呼び鈴押してみよう…)

 インターフォンを押すと、ややあってから「はーい」という声と共に一人の女性が姿を現した。スラリとした長身の美人である。

「え、えっとわたし…琴音咲といいます…いろはちゃんに呼ばれて来ました」

「そう、貴女が琴音さんね。どうぞ、入って」

 女性はにこやかに招き入れてくれた。靴を脱いで上がり框を踏み、女性に付いてリビングへと入る。陽の光が柔らかく差し込むその場所には、何人かの少女が思い思いに過ごしていた。そのうちの一人が顔を上げ、笑顔で咲に挨拶をした。

「咲ちゃん、こんにちは」

「いろはちゃんこんにちは。凄い…素敵な所だね」

「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいわ」

 女性が嬉しそうに微笑む。

 実際、いい所だと思った。まるでひだまりのような…そんな雰囲気が満ち溢れている。

「さあ、座って」

 いつの間にか女性が人数分のお茶と茶菓子を運んできていた。

 咲がソファに座ると、それぞれの自己紹介の後に和やかな雰囲気でちょっとしたお茶会が始まったのであった。

 

 

 

 いろは達は、咲に色々な話を聞かせてくれた。

 他愛も無い日常の話から、魔法少女としての様々な話…そういった事を、楽しそうに、時には真剣な顔をしながら話していた。

 それを聞いているだけでも、彼女らが積み重ねてきた時間の濃さというものが実感出来た。

 魔法少女であるという事を除けばごく普通の日常の風景。だが、それを楽しそうに話す彼女達の絆が、それに彩りを与えている。ときおり挿入される魔女との戦いという非日常も、刺激の効いたスパイスの様に思えてくるから不思議だ。

 いつの間にか、彼女達の話に聞き入っていた。

 

 

 暫く時間が経ち、鶴乃の実家である「中華飯店 万々歳」で起きた珍妙な出来事(兎に角珍妙としか言えないというレベルのものである)の話が一段落し、全員で大いに笑ったところで、唐突にやちよが咲に訊いた。

「そういえば、神浜にはもう慣れたかしら?」

「あ…はい。まだ魔女と戦った事はあまり無いですけど…でも、だんだん慣れてきました」

「そう…良かった」

 笑顔で答える咲を見てやちよが安堵したように呟く。

「いろはが怒ったんだろ?シャキッとしろーって」

 フェリシアがニヤリと笑った。いろはが咲を叱咤した事は既にみかづき荘メンバーに伝わっているようで、咲の過去もある程度は知っているようだった。最も、知られて困る様な過去では無いと咲自身は思っている。いつかは分かってしまう事だし、あの過去が琴音咲という人間を構成する要素の一つなのは事実である。だからいろはにも話せたのだが。

 ちなみにだが、ももこ達も大まかな事情は知っている。話を聞いた時の彼女達の感想は、「例えそんな事があったとしても、咲ちゃんが友達なのは変わらない」だった。レナは若干引いていたようだったが、かえでが「レナちゃん…」とじっと見つめていたら大人しくなった。この二人の力関係が偶に分からなくなってくる。

 話が脱線したが、兎も角みかづき荘メンバーはいろはとの一件を知っていた。だが、彼女らは咲を遠ざけず、こうして接してくれている。それが嬉しかった。

「うん、あの時いろはちゃんが手を差し伸べてくれなかったら、わたしは過去に囚われたままだった…」

「オレも見てみたかったなー!いろはが怒った顔!」

「ちょっと、フェリシアちゃん!」

 いろはがむくれる。それで場に笑い声が満ちた。

「でも、珍しいですよね。いろはさんが怒るなんて…」

「お姉ちゃん、怒ると恐いからねー…普段は優しいけれど」

「いろはは恐いというか…必死なのよね。他人の為に…」

「うんうん、分かる気がするよー」

「あ、あれは…なんでだろう。気づいたら大きい声を出してて…」

 赤面してしどろもどろに言ういろはに、思わず笑みが溢れる。

「でも、わたしはいろはちゃんがああ言ってくれて嬉しかったよ。本当に…ありがとう」

 その言葉に、いろはの顔が笑顔になる。

「……うん!」

 嬉しそうに頷くいろは。

 こんな時間が、ずっと続けばいいのに…そう、思った。

 

 

 

 ところで、咲にはお茶会の最中、ずっと気になっている事があった。

「モッキュ!」

 いろはの肩に乗っている「それ」は、咲と目が合うと可愛らしい声で鳴いた。

「いろはちゃん、その子…」

「あ、この子はね…ちょっと色々あって、一緒に暮らしてるんだ」

「へ、へぇ…」

 尻尾を揺らしながら此方を見つめてくる「それ」は、キュゥべえだった。ただし咲が出会ったものより小さく、ビー玉のような目には何かしら「感情」がある様に思えた。言葉を話さず、「モキュ」としか鳴かない。一見すると普通のキュゥべえよりもはるかにぬいぐるみじみている。

 暫く見つめあっていると、向こうから咲の方へと飛び込んで来た。

「モキュー!」

「わわっ!?」

 慌てて抱きとめる。思った以上にふわふわで気持ちいい。キュゥべえを抱いた事が無いのでなんとも言えないが、少なくとも無機質な感じは無い。その躰からは確かな温もりが伝わってきた。

「かわいい…」

 思わず呟いてしまう。咲だって普通の女の子だ。かわいいものは好きだし、年相応の趣味嗜好を備えている。アイドルも(彼女達が歌う曲も含めて)割りと好きな方なのでレナやももことも多少は話が合う。

「咲ちゃん…目が…」

「すごいうっとりしてるよ…」

 いろはと鶴乃の指摘も意に介さず、咲はずっと小さなキュゥべえを撫でている。キュゥべえの方も気持ちいいのかうっとりと目を閉じている。

「なんというか…トリップしたわね…」

「なんかコイツ、かなりイメージと違うぞ…」

「ふ、フェリシアさん…!」

 過去の事を聞いた時にはなんというか…暗めの少女といった感想を抱いていたので、こういった普通の女の子らしさがある事に密かにほっとしたみかづき荘メンバーだった。

「ふふっ…!」

 ただ一人、ういだけは嬉しそうにしていた。時々擽ったそうにしているが、恐らく場の雰囲気に呑まれたのであろう。その理由は…本人にしか解らない。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 終始和やかな雰囲気でお茶会は終わり、咲は皆に見送られてみかづき荘を後にしようとしていた。

「また、いつでもいらっしゃい」

「また一緒にお話ししたいです…!」

 やちよとさなが微笑みながら言った。

「次は万々歳にも…」

「あんな話聞いた後じゃこねーだろ」

「うぐぅ…」

 鶴乃とフェリシアのやり取りに苦笑。でも、万々歳には行ってみたいと思った。

「わたしたちは学校で会えるね!」

「そうだね。咲ちゃん、また学校でね!」

「モッキュ!」

 環姉妹が手を振った。小さなキュゥべえも「またね!」という様に鳴いた。

「あ、咲ちゃん、わたしもー!」

「鶴乃ちゃんも今度一緒にお弁当食べようよ!」

「いいの?やったー!」

 鶴乃がいろはに飛びつく。いろはは慌てながらも笑顔だった。

 咲も笑顔で手を振り返し、みかづき荘を後にした。

 

 

 

「……ただいまー!」

「おかえりー」

 自宅に帰ると、母親が出迎えてくれた。

「お友達の所に行ってたの?」

「うん!楽しかったよ!」

「ならよかった。もうすぐでご飯だから手を洗ってきてねー」

「はーい!」

 自分の部屋に戻り、身支度を済ませた所で携帯端末がメッセージの着信を知らせた。いろはからだった。

 開くと、何人かの連絡先と共に、「みんなの連絡先渡しておくね!」というメッセージが。とても有難いメッセージだった。

(そっか、連絡先聞いてなかったんだった)

 咲は「ありがとう!皆によろしくね!」と返信して携帯端末を机に置いた後、手を洗う為に洗面所へと向かった。

 

 

 こうして、琴音咲の周りには人が増えていく。

 だが、それを失う時の痛みは、人が増えていくにつれて大きくなるものだ。それは解っている。

 でも…今は、この事を、とても嬉しいと思った。

 神浜で形成されつつある環に、自分も受け入れられつつある様な気がしたから…。

 

 だから、今はこの日々を生きていこうと、そう思った。

 この日々がどんな未来に繋がるのかは―まだ、誰にも解らない。




ももこ達とのやり取りや過去編での秕との関係性など、もう少し掘り下げれば良かったなと思いながら書いていました。
私は基本その場の思い付きで作品を書いているのですが(大まかな流れなどは事前に決めています)後で読み返してみると「あのときこうすれば…」という事が多々あります。この程度の思い付きで小説を書けると思っていた阿呆です(今もそうですが…)。
ともかく、足りない部分は何かしらの形で補完できればな…と。

余談ですが、この作品の小さなキュウべぇには特定の名前は無く、「モキュべぇ」や「チビ助」など、各々が勝手な名前で呼んでいるという設定です。
万々歳で起きた珍妙な出来事については…ご想像にお任せします。

次回が一章最終話です。ただ主人公がうじうじしているだけで戦闘シーン等が微塵も無い章となってしまいましたが…咲の一歩を見守って下されば幸いです。


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わたしの物語

一章最終話です。



 魔法少女。

 悪しき魔女から人々を守るために、日夜戦う存在。

 願いの成就と引き換えに課せられた使命を果たすために、少女達は今日も戦っている。

 

 

 

 

 

 とある魔女の結界では、今まさに一つの戦闘が終わろうとしていた。

「やあっ!」

 気合の声と共に、八分音符の形をした魔力の弾が魔女に直撃した。

「~~~~~~~~~~~~!?」

 至近距離からの攻撃に悲鳴とも咆哮ともつかない声を上げ、魔女が怯む。

 魔力弾を放った少女はすぐさま距離を取り、手に持った指揮棒を構え、魔力を溜め始めた。

 その後ろから使い魔が攻撃を仕掛けてきた。少女は慌てて後ろを向くがすでに遅い。その攻撃が少女に直撃する―前に、突如として光の矢が使い魔に直撃。悲鳴を上げる間も無く、使い魔は消滅した。

 クロスボウを構えた少女が指揮棒の少女の隣にふわりと着地する。

「大丈夫!?」

「うん。ありがとう!」

 指揮棒の少女―琴音咲はクロスボウの少女―環いろはに微笑み、それからまた魔女を見据える。

「いろはちゃん、魔力が溜まったら…」

「うん、コネクトで決めよう」

 魔力はまだ溜まらない。その間、いろはは魔女が動かないように攻撃を加えていた。

 この魔女はあまり強くないものの、耐久力だけはあるらしくやたらとタフだった。通常の攻撃では倒せそうにない。

 然し、調整を受けた魔法少女にはコネクトという合体技が使用できるのでそれで倒そうという作戦を取っていた。

 そういえば先程から使い魔の姿が見えない。集中して魔力を溜められるので良い事ではあるのだが、一体どこに行ったのだろう? 

「使い魔ならももこさんが引き付けてくれているよ」

 咲の思考を読んだかのようにいろはが言った。

「ももこさんが…」

 今日はレナとかえでは居ない。レナは委員会で、かえでは家庭菜園の堆肥を買いに行っているとの事だった。それでいろはとももこと共に下校していたのだが、その時に偶々魔女の結界を見つけて入ったという訳である。

 咲は今回が調整後初の戦闘である。以前神浜の魔法少女に手痛くやられていた事もあり、かなり緊張していた。自分の固有魔法―「沈静」の魔法―で無理やり緊張を鎮めたが、それでも恐怖は消えない。 

 だが、自分は一人じゃないのだ。自分には信頼できる仲間が居る。それで、恐怖は少し薄れた。

 今は、自分に出来る事をやるだけだ。

 

 

「溜まった…!」

 気付くと、魔力は最大限溜まっていた。

「いろはちゃん!」

 叫ぶと、魔女に攻撃を加えていたいろはが頷き、攻撃を一時中断した。

 それを待っていたかのように魔女が動き、攻撃してきた。

 範囲は狭いが強力な攻撃。当たればひとたまりもない。

 大きく後方に跳んでそれを回避し、いろはと手を合わせる。

 コネクト…咲が溜めた魔力を、そのままいろはへと送る。

 いろはが構える。

 そして…

 

 

「いっけええええっ!」

 

 クレッシェンドの形状の矢が撃ち上がり、魔女に命中する。

 魔女は血を撒き散らしながら倒れ…消滅した。

 

 

 

 

「ふたりとも、大丈夫か!?」

 結界が消えると、やや遠くにいた魔法少女―十咎ももこが駆け寄ってきた。

「はい、何とか…」

「私も大丈夫です」

 結界が消えて安堵し、思わずその場にへたり込む。

「はぁ…」

 深く息を吸い込み、自分が生きている事を確かめた。

「咲ちゃん、お疲れ様」

 いろはが笑顔で言った。自分はこんなに疲れているのに…いろはとももこは平然としている。これが場数の差というものなのか。

「ありがとう…」

 差し出された手に掴まり、立ち上がる。

「よく頑張ったな。あの魔女硬かったろ?」

「はい。でもコネクトが上手くいって良かったです」

「そうだね、戦い方もちゃんとしてるし、いいんじゃないかな?」

 いろはの言葉に咲は少し照れながら言った。

「前の町では一人で戦う事が多かったから…でも、いろはちゃんとももこさんが居て安心できたよ」

「安心できた…か、それなら良かった。そういえば、咲ちゃんの固有魔法って…」 

「あ、わたしの固有魔法は沈静です。落ち着いた判断が出来るようにする…みたいな」 

「なるほどね。応用次第ではいろんな事に使えそうな魔法だな…」

「ですね…」

 咲が何気無く携帯端末を見ると、もうかなり遅い時間だった。

「お母さんに怒られる…」

 連絡は入れていないから今頃心配しているだろう。少々青褪めながら咲が呟くと、ももこが苦笑いしながら、

「アタシらの事はいいから、先に行きな」

「すいません…」

 グリーフシードはいいですからと言ってから一礼し、咲は急いで帰っていった。

 

 

 咲の姿が完全に見えなくなるまで手を振った後、ももこが手の中にあるグリーフシードを見ながら物憂げに呟いた。

「グリーフシードはいいですから、か…」

「ももこさん?」

「いろはちゃん、咲ちゃんはまだ知らないんだよな。魔法少女の真実は…」

「はい…この前みかづき荘に来てくれた時も、話し辛くて…」

「いつかは、言わなきゃだよな…」

「はい…手遅れになる前に、言わないと…」

 ―()()()()()()()()()()を…。

 

 夜の帳がゆっくりと下りる中、二つの影は、ぼんやりと佇んでいた。

 

 

 帰宅して直ぐ母親に小言を言われ、少々げんなりしながら、琴音咲は自室で携帯端末を弄っていた。

 メッセージアプリを立ち上げ、小説家の青年にメッセージを送る。これまでの事、そして神浜で出来た仲間の事を…。

 直ぐにリプライが返ってきた。この返信スピードから察するに執筆に飽きて端末を弄っていたのだろう。メッセージの内容は至ってシンプルなものだった。

『よかったね』

 相変わらずだなと少し苦笑する。いつか、彼にも自分の仲間を紹介したいと思いながら返事を打った。

 

『はい!ここから、前に進んでいきます…皆と、一緒に!』

 

 ―わたしの物語は、ここから始まるんだ。

 

 

 

 〇〇県、冬天市。

 市内に所在するとあるアパートの一室で、小説家志望の青年は携帯端末を弄っていた。

 咲が推測した通り、執筆に飽きて端末を弄っている訳だが…その口元は僅かに綻んでいた。

 琴音咲が、無事に仲間を見つけた。それに喜んでいるのだ。

 最初に咲の過去を聞いた時、彼女はとても暗い目をしていた。

 だけど、自分ではそこから咲を救えない…それは分かっていたから、あくまでも知り合いとして接する事にしていた。

 もし彼女を救えるとしたら、同じ魔法少女だけだと思っていた。だから心から良かったと思った。

 然し、神浜か…。

 一度行ってみてもいいかもしれない。神浜には自分の友人もいるし、どんな所なのか確かめてみたかった。

 とはいえ自分一人では無謀だろう。彼処の魔女は強いと聞いている。魔女が見えるだけの自分だけでは直ぐ餌にされるのがオチだ。

 …あまり気は進まないが、「彼女」に頼むしかない。

 ()()()()()()()()()()に…。

 そう決めて、青年は端末で電話を掛けた。

 

「…もしもし、水無月(みなつき)君かい?唐突で済まないけど…君、神浜に行く気あるかな?」

 

 

 …時は少し遡り、咲達が魔女と戦っている頃。

 神浜の某所にて、それは起きていた。

 

「が…ぁっ」

 薄暗い場所に、苦悶の声が響き渡る。

「だから言ったじゃないか。あたしはアンタらとは行動しないって。ただそれだけなのに襲いかかってきてさ…アンタがあたしにかなう訳ないだろ」

「き…さま…」

 二人の人間が居た。

 一人は黒いロープを纏った少女。ボロボロの状態で床に倒れている。

 もう一人は姿が分からないが、声色から女性…それも少女だと分かる。

「アンタらマギウスの翼の黒羽根は弱者の集まり、烏合の衆だ。そんなのが束になっても環いろは所か、あたしだって殺せないよ」

「貴様だって…黒羽根だろう…」

「元黒羽根ね。それに、あたしは白羽根になる気は無かったし。アンタらみたいな出来損ないを率いてもつまらないだろう?」

 黒羽根と呼ばれた少女は必死に起き上がろうとするが、もう一人の少女が背中を踏み付けてそれを阻止する。かなり力を入れて踏み付けているらしい。黒羽根は呻きながら、少量の血を吐いた。

「まあいいや。アンタと遊ぶのも飽きたし。別に殺してもいいけど、それはやめよう。アンタにはあたしの元で()()()もらうよ」

「何を…」

「言うより体験してもらった方が早いからね…」

 そう言うなり、少女は手に持っていた物を黒羽根に振り下ろした。

 肉を裂く生々しい音と絶叫の二重奏がひとしきり続いて、不意に静かになる。

「じゃあ、まずはその辺に居る魔女をあんたのお仲間と狩ってきなよ。それで帰ってきたらまた次の()()を言うからさ」

 少女は軽い口調で言った。

 黒羽根は暫く床で痙攣していたが、やがてふらりと立ち上がり、血を流しながら何処かへと去っていった。

「やっぱり、この力は本物だ…これなら…」

 ―理想のセカイを作る事が出来る。

 

 闇の中で、少女は嗤った。

 

 

 

 

 幾つかの思惑が神浜に集い始めている。

 この物語は、次第にその思惑に翻弄されていく事になる。

 だけど、それはもう少し後の事。

 

 

 

 

 

 

 

 琴音咲の物語は…まだ始まったばかりだ。




これにて、「ある少女の物語」第一章は終了となります。
元々これが最終回の予定でしたが(構想時は長く続けるつもりは無かった)不思議な事に、まだまだ続きます。
大して面白くも無く、つまらない駄文であるとは思いますが、一応完結を目標にしているので書き続けます。最終回を迎えた時に読者が一人も居ないという事態にならないようにしたいな…。
とはいえ、次回以降更に迷走していく予定なのでどうなるかは分かりませんが…。
次回から第二章…の前にとある方とのコラボ(短期連載ものにする予定です)を挟みたいと思います。
漸く一歩を踏み出せた咲の物語をこれからも見守って下されば幸いです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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第1.5章「交差する物語」
おちてゆく


「先輩と魔法少女」という作品とのコラボ物語となります。
時系列は1章完結後ですが、特に気にしなくても大丈夫です。
よろしくお願いします。


 …気が付くと、暗闇の中にいた。

上下左右、全てが闇一色の場所。その中で自分だけが闇に呑まれずに特異点としてそこに存在している。

 なぜ、自分はこんな所にいるのだろう?思い出そうとするが、頭は靄がかかったようにぼんやりとしていて不明瞭だ。

 暗闇の中で無闇に動くのは危険だと思い、仕方なくぼんやりとしていると、

 

 

「あ……っ」

 

 

 ふっ、と身体が下に落ちていく感覚を覚えた。先程まであったはずの地面の感覚が急に消失したのだ。

「きゃああああっ!」

 落ちる。どこまでも、堕ちていく。訳が分からずに、ただ落下に身を任せることしか出来ない。

 落ちても落ちても暗闇ばかりが広がっている。果てが無いんじゃないかと錯覚する程に暗闇ばかりが続き、ただその中を落ちてゆくだけ。まるで不思議の国のアリスだ。といっても、自分は兎を追いかけてなどいないし辿り着くのも不思議の国ではなくあの世なのだろうが。

(これは…夢…?それとも…現実?)

 夢にしては落ちる感覚がリアル過ぎる。かといって現実かと言われたら必ずしもそうとは言いきれない。自分が暗闇の中で我に返る前の状況が分かれば夢か現か判断出来るのだが…頭の中は相変わらず靄がかっている。

 自由落下をしながら、いつ地面が現れて自分の身体を砕くのか分からない恐怖に怯える。そしてそれは次第に諦念へと変わってゆく。

(ああ…死ぬんだな)

 不思議だ。

 以前までは、死を望んでいたのに。

 今は、死ぬのが怖い…。

(もうちょっと、生きたかったな…)

 何故死が怖いのだろう?

 自分には何も無かった筈なのに…。

 そこまで考えた時、頭の中で桃色の髪の少女が微笑んだ。

(…ああ。そうだった)

 自分はあの少女と出会って変わった。彼女が自分を呪縛から解き放ってくれたのだ。

 それから友達も出来て、自分はやっと歩き出すことができた筈だった。その矢先にこれだ。つくづく運がないと思い、こんな状況だというのに苦笑する。

 

 

 …次第に意識が遠のいてきた。

 

 眠さに似た感覚を覚え、目を閉じる。

 

 自分はここで終わるのか。

 

 悲しいけど涙は出ない。

 

 そして…周りの闇と同化するように、意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 暇だ。やることがない。

 ああいや、暇なのはいい事なんだが…ここ最近色々とあったもんで暇っていう感覚を忘れていた。だけどそれが唐突に訪れると戸惑うのが人間だ。…何言ってんだろうな俺。疲れてるのか?

 家でごろごろしても良かったんだが、なんとはなしに外に出る事にした。といってもどこに行くあてもないんだけどね!

 あ、俺の名前は──。工匠学舎の高校三年だ。

 で、なんで俺が暇してるのかというと…本来なら今日は後輩である環いろはと出かける予定だったんだが、後輩(いろは)に急な予定が入り計画が白紙になった。魔法少女関係の予定らしかったからしょうがないんだが彼女は未練たらたらだった…こりゃ後で埋め合わせしなくちゃな。

 ともかく、突然計画が潰れて、なら今日はのんびりと過ごすかなんて思っていたんだが、いざのんびりとしてみると予想以上に暇だった。だから外をぶらついている訳だが。

 スマホで時間を確認すると昼の12時。ちょうどいい感じに腹も減ってきた。たまには外食するかな…。

 そんな事を思いながら何気なく空を見上げてみる。いつもと変わらない青空だ…そのはずだった。

 一瞬、空がぐにゃりと歪んだ気がした。目の錯覚だろうか?それとも疲れ目か?もしかして老眼?…いやいや流石にそれはないか。

 目を擦ってからもう一度見上げてみると、

「………は?」

 思わず声が出た。そりゃあ空から女の子が降ってきたら誰だってびっくりするに決まってる。…じゃなくて!

 俺は反射的に走っていた。女の子を受け止める為だ。ああクソ、俺ってなんでこんな事に逢いやすいんだ!心中で毒づきながら全速力で女の子が落ちてくるであろう場所へと走る。

 …でもこれ、普通に走っていたら間に合わないじゃねえか畜生!こうなったら…!勢いを活かしてスライディングし、素早く落下地点の真下に移動。無事、女の子を受け止める事に成功した。確かな重みが腕に掛かり、安堵する。

「おい、大丈夫か?」

 肩を叩いてみるも反応無し。というかこの子、見覚えあるぞ。黒髪セミロングの女の子…ああそうだ思い出した、以前別の世界線の神浜に迷い込んだ時に出会った子だ。確か名前は琴音咲ちゃんだったか。

 ここは俺が住む神浜だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…つまり、前と逆の状況になってるって事か。

 …仕方ない、ここからは遠いけどみかづき荘に行って後輩(いろは)に…ああ、今居ないんだっけ。じゃあ仕方ない。とりあえず俺の家に連れていこう、近場だし。それに、知らない顔ではないんだ。多分大丈夫…だといいなぁ…。

 このままにしておく訳にもいかなかったので、咲ちゃんを背負い、一度自分の家に戻る事にした。傍目から見たら怪しいヤツなんだろうな…でも仕方ないか。状況が状況だし。

 というか、咲ちゃん軽いな。ちゃんと食べてるのか?…そういや俺も昼飯食ってないな。事情聞いたらなんか食べるか。

 そんな事をぼんやりと考えつつ、俺は歩き始めた。これからどんな事が起こるのかも分からぬまま…。




(後書きコーナーはパロディです。ご了承ください)

「あ、わわ…もう始まってる?え、ええと…みなさんこんにちは!『ある少女の物語』主人公の琴音咲です!……こんな感じでいいのかな?」

「大丈夫だと思うぞ」

「よ、よかった…あ!今回はコラボということでコラボ先の主人公である先輩と共に後書きのコーナーをやっていこうと思います」

「どうも、──だ。以後よろしく」

「といっても、話すネタがないんですよね…このコーナーも『先輩と魔法少女』のパロディですし。普段はやってないことですから…あ、ちなみに怒られたらボツにするらしいです」

「大丈夫だろ…多分。今度からこっちのキュウべぇでも呼ぼうか?」

「助かります…作者自身こういった事を書くのは向いてないって言ってますし」

「じゃあ何故こんな事を始めたんだ?」

「やりたかったらしいですよ。元々先輩と魔法少女みたいな話を書こうとしてたらしいですし。構想段階でボツにしたらしいですが…」

「そ、そうなんだ…」

「………」

「…………」

(どうしよう…話すネタが…)

(やりにくい…やりにくいぞ…)

「あ、そうだ。コラボしてくださりありがとうございます!」

「ああ。こちらこそ」

「ちなみにコラボ物は短期連載にするらしいです。時系列は…ある少女の物語1章完結後ですね。だからわたしの性格が若干明るくなってます」

「なるほどな。そこら辺も含めてどう転がるか楽しみだな」

「そうですね…それでは今日はこの辺で終わりにします。読了ありがとうございました!」

「こちらの作品もよろしく。ではまた」


登場人物

琴音咲…「ある少女の物語」主人公。気が付いたら闇一色の空間で無限に墜落していた。新手の拷問かなにかかな?
後書きのコーナーでは話すネタがなくてひたすら困惑。慣れないことはするものじゃないね。

先輩(コラボ)…「先輩と魔法少女」主人公。前回のコラボ(先輩と出張 琴音咲の場合 を参照)では先輩が咲のいる世界線の神浜に飛んだが、今度は咲が先輩の神浜に飛んできた。とりあえず保護して様子を見る事に。ちなみに初期の先輩みたいなキャラクターになりそう。理由は私が書くと誰でもシリアス目になってしまうから。


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さいかいとへいこうせかい

コラボの続きです。
先輩と咲の一人称が切り替わりつつ進行していきます。


 自宅に戻り、咲ちゃんを寝かせてから帰りがけに買った牛丼を食べ、それから本を読んだ。結局室内で過ごす事になったが…咲ちゃんを放置しておく訳にもいかないからな…。

 何を読んでるかっていうと… 村上春樹(むらかみはるき)の『1Q84』だ。難解だがいい小説だと思う。主人公は1984年の世界からその世界にそっくりな1Q84年に入り込んで、そこで色々な体験をして、ある男と再会して…非日常的なんだけど日常的っていうか…とにかく読んだ後に何かしらが残る小説だ。

 そんな感じで読んでると、ベッドの方から小さな声が聞こえた。どうやら目覚めたようだ。

 薄目を明け、まだぼんやりした顔で天井を向いた咲ちゃんに、俺は取り敢えず「おはよう」と言っておいた。

 …色々と誤解されそうなシチュエーションだった。

 

 

 

 

私はたまたまここに運び込まれたのではない。

 

私はいるべくしてここにいるのだ。

 

――――村上春樹『1Q84 Book3』

 

 

 

 …目が覚めると、何処か知らない部屋の天井が見えた。

 わたしはどうなったのだろう?確か何も無い空間で墜落して…という事はここってまさか…。

 混乱していると、誰かが「おはよう」と声を掛けてきた。

「ひゃっ!?」

 びっくりして思わず短く叫び声を上げると、その人も「うおっ!?」と驚きながら尻餅をついたようだった。

「あ…ごめんなさい」

「………いや、大丈夫だ。そっちこそ大丈夫か?」

「え?あ…大丈夫です…」

 ここでわたしは初めてその人を見た。尻餅をついたままの格好でいるその人は…わたしと同じ場所にいる事がない筈の人物だった。

「って、先輩!?」

「やぁ咲ちゃん…久しぶりだね」

 この人の名前は―。周りからは先輩と呼ばれているからわたしもそう呼んでいる。魔法少女の事を知っているだけではなく、魔女が見えたり並の使い魔にある程度は対抗出来たりと本当に凄い…という言葉では収まりきらない人だ。

 そして、わたしと先輩は住む世界が違う。これは比喩表現ではなく、本当に住む世界が違うのだ。先輩が居るのは、わたしがいる神浜とはまた別の神浜…所謂並行世界の神浜だ。わたしの世界の神浜には先輩は居なくて、同じ様に先輩の世界の神浜にはわたしは居ない。神浜に居ないというだけで何処かには居るのかもしれないけれど…兎に角、そういう事だ。

「お久しぶりです…先輩が居るって事は、此処って…」

「ああ、此処は俺が居る世界線の神浜だ。前とは逆の状況になってるんだな」

 以前、わたしがいる世界線に先輩が迷い込んだ事があって、彼とはその時初めて会ったんだけど…その時は確か「果てなしのミラーズ」が関わっていた筈だ。

 「果てなしのミラーズ」というのはとある魔女の結界の俗称だ。そこに入ると魔女の手下によって自分の型を取られ、自分のコピーと戦う事になる。わたしも行ったことはあるけど…本当におかしな結界だった。

 話が脱線したが、ミラーズには複数の入口があって、その中には並行世界に繋がっているものもあるらしい。先輩はそれで此方の世界に迷い込んできたのだ。最後は無事に元の世界に戻れたらしいけど…。

「でも…わたし、ミラーズなんて行ってないですよ?」

「だが、それ以外に世界線を超える方法なんて思いつかないぞ?咲ちゃんはここに来る前、どうしてたんだ?」

「えっと…」

 今ならあの暗闇に居た時より以前の事が思い出せる。と言っても特別な事は何もしていない。変わらない日常を過ごし、夜になって普通に眠った。そして次に気が付いた時はあの暗闇の中に居た。

「特にこれといった事はしてませんが…」

 先輩に話すと、彼は腕組みをしながら何かを考えていたが、やがて言った。

「もしかしたら…此処は咲ちゃんの夢の中だったりしてな」

「夢の…中?」

「だって咲ちゃんはいつもの様に眠ったんだろ?だったら此処は夢の中だ」

「でも…」

 夢にしてはリアル過ぎる。先輩だって普通の人格を持ったれっきとした人間だ。

 先輩はわたしを見て、訊いた。

「…村上春樹の『1Q84』って知ってるか?」

「…読んだことはありますけど…」

 言うと、先輩は「咲ちゃんって意外と読書家なんだな」と感心したように頷き、また続けた。

「あの中で主人公は高速道路の非常階段を降りてもう一つの世界…1Q84年に迷い込んだ。村上春樹の作品には良く見られる『深層意識の世界』へ入ったってヤツだ」

「つまり…それと同じだという事ですか?」

「そうかもしれない。咲ちゃんは何らかの要因によりこの世界に運ばれた。まあ此処が咲ちゃんの深層意識の世界だとは言えないが、それでもれっきとした理由はある筈だ」

「理由…」

 そう、理由だよと先輩は呟き、窓の外を見た。昼間だが月が浮かんでいる。

「流石に月が二つ浮かんでるなんて事はないか…ま、兎に角この世界で咲ちゃんは()()を見つけるんだ。そうすりゃ帰れるんじゃないか?」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と先輩は言って、大きく伸びをした。

 でも、わたしは思う。

 

 ― わたしはこの世界で何をみつければいいんだろう?

 

 

 

 

 夜になり、咲ちゃんをみかづき荘まで連れていって事情を説明し、泊めてもらう事にした。

 咲ちゃんは野宿でいいって言ってたが…年頃の女の子に野宿なんてさせる訳にはいかない。かといって俺の部屋だとあらぬ誤解を生みそうで怖かったからこの判断は妥当だったといえるだろう。

 然しみかづき荘に咲ちゃんを連れていった時の後輩(いろは)の顔…遂に間違いを犯したかという顔だった。何故だ…。

 ベッドに寝転び、目を閉じる。

 何故咲ちゃんは此方の世界に飛ばされて来たのか。あの時はああ言ったが、本当の所はよく分からない。大体見つけるものってなんだよ。

 分からない。今は、何も…。

 

 …いつの間にか、俺は眠っていた。




「…なんだか、よく分からない話になってきたね…」

「そうだね…」

「まあこれからどうなるかは作者の力量次第だろ。それよりキュゥべえ、挨拶しろよ」

「そうだね、此方でははじめまして、―の所のキュゥべえだよ」

「本編では魔法少女契約のプロであるキュゥべえだけど、コイツは感情が芽生えて精神疾患扱いされたからリンクを切られてるんだ」

「今は魔法少女の味方だよ。神浜には入れないけどね」

「そうなんだ…そういうキュゥべえって多いの?」

「まあ、そんなに多くはないかな。でもボクは感情を持てて良かったよ」

「そっか…」

「…って咲、ボクを抱きしめてもふもふするのはやめてくれないかな!?びっくりしたよ!?」

「なんか…可愛くて」

「……まあ、コイツは主に後書き要因になりそうだな」

「なんで!?ボクの出番…」

「基本神浜でストーリーが展開されるからな。まあ市外に出るかもしれないけど」

「はぁ…まだ分からないってことか」

「ああ、次回は…みかづき荘メンバーに咲ちゃんが翻弄される回になるかもな。此処の魔法少女は他とは一味違うぜ?」

「あはは…どうなるんでしょうね…。それでは今回はこの辺で終わりにします」

「次回もよろしくね!」



登場人物

琴音咲…目を覚ましたら違う世界線の神浜にいた。わけがわからないよ状態だが果たして無事に元の世界へと帰れるのだろうか?

先輩(コラボ)…村上春樹の『1Q84』を読んでいた。先輩ならあの話理解出来そう。作者は難解で挫折しました。咲が転移した理由をそれっぽく語るが…ぶっちゃけ本当の所は不明。


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てがかりをもとめて

コラボの続きです。
進みが遅いですがよろしくお願いします。


 翌朝。

 わたしはみかづき荘で朝食を食べていた。

 トーストに目玉焼き、サラダに牛乳というメニューの朝食を、みかづき荘の皆と食べる。

 わたしの世界でもみかづき荘の朝はこんな感じなのだろうかという事を考えながら、トーストにバターを塗り、一口齧った。サクサクしていて美味しい。

 食べながら、話題は先輩の事になった。昨日の夜に先輩に連れられてみかづき荘に行った時、先輩に向けられていた冷たい視線…どうやらあらぬ誤解をされていた様だった。わたしと先輩はそういった仲じゃないけれど、傍目から見たらそう見えていたのかと考えると頬が熱くなる。

 確かに先輩は素敵な人だと思う。だけどそれは「憧れ」であって恋愛感情ではない…と思う。でも先輩といると何だか懐かしい感じがして心地好い。その理由は何となく分かっていた。

 先輩はわたしがよく知っている人…小説家志望のあの人とよく似ているのだ。魔女や使い魔を見ても動じない所も、頭が良いことも…よく似ている。

 この世界のいろはちゃん達は、多かれ少なかれ先輩に好意を抱いている様だった。いろはちゃんとかういちゃんは特に分かりやすい。昨日の夕食の時、先輩との事を色々聞いてきたから。やちよさん達も興味深々で聞いてたっけ。でも…その気持ちも分かる。

 魔法少女に理解を示してくれる…それだけでも、嬉しいのだ。それが男の人なら尚更だと思う。

 わたしにはまだその気持ちがよく分からない…だけど、それを羨ましいと思った。

 わたしもいつか、そんな気持ちになれるのかな?

 

 

「………さん、琴音さん!」

 やちよさんに名前を呼ばれ、我に返る。

 いつの間にか私以外の人は朝食を食べ終わっていた。

「あ…!ごめんなさい!すぐ食べます!」

「ゆっくりでいいわよ」

 やちよさんは微笑んだ。わたしはありがとうございますと言い、またトーストを齧った。

 今日は平日。皆は学校だ。わたしは学校に行っても意味が無いので先輩が言うところの「何か」を見つけるために行動しようと思っていた。

 といっても手掛かりは何も無い。そもそも何を見つければいいのかも分からないのだ。全てが漠然とし過ぎている。

 でも、わたしには一つ考えというか確信があった。わたしが見つけなければいけないものは、神浜には無いという確信が。

 この世界の神浜にわたしは居ない。神浜には居ないというだけで他の場所には居るのかもしれないけど、神浜に居ないのは確実だった。

 昨日、みかづき荘に向かう途中で琴音家がある場所に立ち寄ってみたらそこは唯の空き地だった。どうやらこの世界線のわたしは神浜に引っ越さなかったらしい。

 じゃあどこに居るのかと考えてみると、答えはすぐに出た。

 わたしが神浜に来たのはお父さんの転勤が原因だ。神浜に琴音家が居ないという事はお父さんが転勤しなかったという事になる。そうするとこの世界のわたしが居るのは前住んでいた街…冬天市だ。

 先ずは冬天市に行ってみて、それからどうするか考えようと思った。一応先輩にも連絡しておこう。

 わたしは携帯端末を持っていないので(持っていても繋がらない気もした)いろはちゃんの携帯端末を借りてメッセージを打った。

 そして朝ご飯を食べ終わり、洗い物を手伝ってからみかづき荘を辞した。

 そして新西駅へと向かうべく歩き出した…所でいろはちゃんに呼び止められた。

 先輩からリプライが帰ってきたみたいで、それを見せてくれた。

 そこには…「俺も行く。新西駅で待っていてくれ」とあって、わたしは思わず目を丸くした。

 

 

 朝起きて、適当にトーストと牛乳で朝飯を済ませていると携帯にメッセージが届いた。後輩(いろは)からだ。

 朝から何事だと思ってメッセージアプリを開いてみると、普段とは違った雰囲気のメッセージが届いていたのでぶったまげた。どうしたんだアイツは…改心でもしたか?

 改めてメッセージを見ていくと、それが咲ちゃんからだと分かった。そういえば携帯持って無かったな。だからアイツのを借りたのか。

 自分がこの世界に来た原因を探る為に冬天市に向かう…内容は大体こんな感じだった。冬天市か…ここからじゃかなり遠い。三時間くらい掛かるんじゃないか?

 それに多分咲ちゃん金持ってないよな?気付いてないみたいだけど…やれやれ、乗り掛かった船だ。俺も行くとしよう。学校?サボる。今日は大事なテストも無いし、出席日数にはまだ余裕があるからな。

 「俺も行く。新西駅で待っていてくれ」とリプライを送って、準備を開始した。

 

 

 新西駅で待っていると、先輩がやって来た。黒を基調とした私服姿で、髪はボサボサで目もどこか眠たげだった。

「おはよう咲ちゃん…」

「おはようございます…すいません、わたしなんかの為に…」

「いや、大丈夫だよ。それに咲ちゃん金持ってないだろう?電車乗れないんじゃないか?」

 言われてみればそうだった。わたしは何も持ってない…転移した時に服装が寝間着から制服に変わったけど、そこにもハンカチとティッシュしか無かった。

「うっ…それはそうですけど…」

 恥ずかしい。先輩はこうなる事を分かって着いてきてくれたんだ。

 でも、神浜から冬天まではかなり遠い。交通費もそれなりに掛かる。

「やっぱり、悪いです…」

「大丈夫だって、俺は暇人だし。金の事なら心配しなくていい。それにやりたいからやってるんだ。悪く思う事はないよ」

 先輩は微笑んだ。それで少し心が軽くなる。

「じ、じゃあ…戻ってきたら何か作ってもいいですか?わたし料理は得意なので…」

 わたしに出来る恩返しなんて、これくらいしか無かった。

「有難いよ。楽しみにしてるな」

 先輩ははにかんでわたしの頭を撫でた。小さな子供になったみたいでくすぐったかった。

 それから二人分の切符を買い、改札をくぐって電車に乗った。

 目指すは、冬天市―。




「結局みかづき荘メンバー全然関わらなかったな」

「当初の予定では一話丸々使う予定だったらしいよ。書いてる途中で気が変わったみたいだね」

「なんでも、自分にはあのカオス感を出すのは無理だーとか言ってたらしいです。それを書ける先輩は本当に凄いとも言ってました」

「…褒め言葉として受け取っておくよ。というか褒め言葉か。ここの作者はカオス感皆無の駄文が専門だからな」

「しかも二千字程度書くのに十日以上掛かってるし。本人は構成に八日掛けて執筆は二日で終わらせたとかほざいてるけどね」

「ま、まあ執筆スピードは人それぞれですから…」

「まああの阿呆の事は置いておいて…次回は冬天市って所に行くらしいな。咲ちゃんが元いた場所なんだろ?」

「はい、元の世界では色々と因縁がある場所でしたが、この世界ではどうなっているのか…」

「次回もよろしくね!」


登場人物

琴音咲…手掛かりを求めて冬天市へ向かう事に。ちなみに一文無しで携帯端末も持ってないらしい。その状態で何故電車に乗ろうと考えたのか…。

先輩(コラボ)…咲を放っておく事が出来ずに同行する事に。基本的にお人好し。だからモテる。咲の手料理を食べられるかは…今後の展開次第で。

環いろは(コラボ)…ちょい役での登場。ファンの皆様申し訳ございませんでした。作者の方の先輩曰く「バグいろは」らしい。彼女の詳しい人物像は「先輩と魔法少女」で描かれているので是非ご覧下さい。

七海やちよ(コラボ)…ちょい役での登場。本当にすいません…。彼女はいろはに比べると多少原作寄りかな?夕食時の会話で一番興味深々だったのはやちよさんだったとかいう裏設定があったりなかったり。そこら辺はまた番外編という形で書いてみたいです。


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ひとつのしんじつ

コラボの続きです。


 冬天市。

 人口は約37万人程の地方都市。

 古くから交通の要所として栄え、外国人も多い。

 近隣の市として、県内最大級の病院である「陽ヶ鳴(ひがなき)総合病院」が所在する「陽ヶ鳴市」と、近年になって近代的な都市開発が進められ、最先端技術も数多く導入されている相当な規模の近未来型都市である「見滝原(みたきはら)市」が挙げられる。

 魔法少女の数は少なく、元から魔女の数もそこまで多く無い為治安は保たれており、魔法少女同士の争いも皆無に近い平和な街だ。

 そんな冬天市行きの電車にわたしと先輩は乗っていた。

 先輩は座席に座って直ぐに眠ってしまった為、わたしはワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら考え事をしていた。

 何故、自分はこの世界に飛ばされたのだろう。以前は先輩がわたしの世界に飛ばされて来て、今回はわたしが先輩の世界に飛ばされて来た…わたしと先輩だけが異常なのか、いろはちゃん達も飛べるのか…先ずそこが不明瞭だ。

 そして、わたしが飛んだ方法も分からない。ミラーズは使っていないのに世界線を超えるなんて…そんな事が、只の人間に出来るのだろうか?

 …全くもって分からない事だらけだ。頭痛がしてきて、わたしも目を閉じた。

 

 

『次ハ冬天駅ニ止マリマス。オ出口ハ右側デス』

 …無機質な車内アナウンスに目が醒めた。いつの間にか寝ていたらしい。ええと…次が冬天駅か。寝過ごさなくて良かった…。

 ほっとしながら隣を見ると、咲ちゃんが眠っていた。イヤホンしたまま寝てるよこの子…その寝顔は大丈夫かと心配になる程無防備だった。

「咲ちゃん、起きろ…次が冬天駅だぞ」

 俺は咲ちゃんを揺り動かし、起こす。咲ちゃんは暫く揺られていた後、薄目を開けた。

「せんぱい…?」

 寝起きのとろんとした目が俺を見る。だから無防備過ぎるんだよこの子は…変な人に襲われやしないかと不安だ…。

「おはよう。もうすぐ着くぜ?」

 その言葉に完全に覚醒したらしい。慌てた表情になり、口元に手を触れる。

「よだれは垂れてなかった。大丈夫だよ」

「……!先輩デリカシーないです!」

 顔を真っ赤にして言われた。失言だったか…。

『間モナク冬天駅ニ到着イタシマス。オ忘レ物ニゴ注意クダサイ』

 再びアナウンス。俺と咲ちゃんは立ち上がり、ドアの付近へと移動した。

 電車が完全に停止し、押しボタンが赤く点灯する。今時押しボタン式か…珍しいな。

 ボタンを押し、外に出た。

 

 

 駅の構内から出ると、見慣れた光景が広がった。

 神浜市の規模とは比べ物にならない街…だけど、少し前まではこの街がわたしの世界の全てだった。

「此処が冬天市か…」

「はい。懐かしいです…」

 行き交う人、車の排気音、規模が小さい高層ビル…全てが、懐かしい。

「もう昼飯か…どっかで飯でも食ってくか?」

 先輩の言葉に空腹のお腹が反応し、間抜けな音を響かせた。思わず赤くなると、先輩は笑いながら近くのファストフード店へと連れて行ってくれた。

 注文を済ませ、席に着く。昼時の店内は混雑していた。その中に、幾つか見慣れた顔を発見した。

「あ…」

「どうした?」

 かつて吹奏楽部で一緒だった人達が、笑いながらハンバーガーを食べていた。わたしには気づいていないようだったが…コンクールの時の事が頭を過ぎり、少し厭な気分になる。

「…なんでもないです」

 慌てて視線を逸らした所で注文した品が届いた。

 それからは、意識して食べるのに夢中で先輩とも話をしなかった。

 だけど、厭な気持ちはいつまでも胸の中で燻っていた。

 

 

 飯を食った後、俺達は咲ちゃんの家に向かっていた。

 神浜には琴音家は無かった…若しかすると引っ越して来なかったのかもしれない。だとすると、冬天市にこの世界の咲ちゃんがいる筈だ。

 だが…咲ちゃんの案内によって辿り着いた団地の部屋には、違う人の名前が書いてあった。

「ここの筈です…」

 咲ちゃんが愕然とした様子で呟いた。

「落ち着け。ここの人に話を聞いてみよう」

 呼び鈴を押すと、何やら女物の衣装を纏ったイイ男が出てきた。コイツ…頭にオが付く系の人か?

「この部屋に以前住んでいた人について聞きたいんですが…」

「そう言われてもアタシは知らないわよぉ…アタシが入った時は空き部屋だったからねぇ〜…あ、そうだ」

 部屋の住人は見かけによらず良い人だった。何かを思い付いたように目を見開き、手を打つ。

「この近くに無題荘(むだいそう)っていうアパートがあるのよぉ。そこの大家をしてる(ババァ)なら何が知ってると思うわぁ」

「無題荘…」

 咲ちゃんが小さく呟いた。

「知ってるのか?」

「あの人が住んでるアパートです…」

 咲ちゃんが言う「あの人」とは彼女の恩人である小説家志望の青年の事だろう。

「そうか…ありがとうございます。行ってみます」

「お易い御用よぉ〜。アタシは釜野(かまの)っていうの、また何か困ってたら言って頂戴ねぇ」

「ありがとうございます釜野さん!」

 俺達は住人…釜野さんに礼を言い、無題荘へと向かった。

 

 

 無題荘はかなりのオンボロアパートで、人も余り居ないようだった。

「一階の真ん中が大家さんの部屋です」

「わかった。一応咲ちゃんは此処で待っていてくれ」

 先程は何も考えずに同行させてしまったが、若しかすると無題荘にこの世界の咲ちゃんが居るかもしれない。ミラーズじゃあるまいし、本人同士の対面は宜しくないだろう。咲ちゃんもそれを分かっているのか、小さく頷いた。

 呼び鈴を押すと、ややあっておばさんが出てきた。釜野さんは婆と言っていたが普通に若々しい人だ。

「あのー…すいません。この辺に琴音さんという人のお宅がある筈なんですけど…」

 大家は驚いた様に目を見開いた。

「アンタ…琴音さんの何だね?」

「え、いや…友人です。ちょっと外国にいたもので、久しぶりに会うんですけど…」

 勿論嘘だ。だが大家は信じたらしく、低い声で言った。

「……そうか、あの事を知らないのか…」

「え?」

「友人というのは…咲ちゃんの事かね?」

 いきなり咲ちゃんの名前が出てきて驚いたがよくよく考えれば当然だ。あの団地と無題荘は近所だし、交流もあっただろうからな。

「はい、そうですが」

「……落ち着いて聞きなされ」

 大家は暫く沈黙した後、徐に言った。

 

「咲ちゃんは少し前に自殺してな…もう、この世には居ないのじゃ…」




「………どういう事なの」

「いや、俺に聞かれても…」

「…咲も居ないし、今回は簡素でいいよね?」

「まあ、そうだな…」

「…次回もよろしくね」

「咲ちゃん…大丈夫なのか…?」


登場人物

琴音咲…この世界の咲は既に居ない模様。この事実を知る為にこの世界に飛ばされたのか…?

先輩(コラボ)…衝撃の事実を知る。次回、先輩はどう動くのか。

釜野…お人好し系オカマ。琴音家がいた部屋に住んでいるが事件の事は知らない模様。

大家…無題荘が誇るババア。事件の事を知っており、先輩に話してくれた。


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じじつとかせつ

コラボの続きです。


「自殺…?」

 大家が言った言葉を、俺は理解する事が出来なかった。

 あの咲ちゃんが…自殺だと?

「あ…」

 有り得ないと言おうとしたが、大家の重苦しい雰囲気に言葉が喉元で霧散する。代わりに疑問が口を突いて出た。

「どういう、事ですか…」

「…儂も詳しくは知らんよ。ただ…何かがあって、自殺をしたそうじゃ。それを契機に琴音家は引っ越した…何処に引っ越したのかは判らない」

 何か。

 それは、まさか―。

「…深淵」

「何か言ったかの?」

「いや…何でもないです」

 俺も詳しくは知らないが、咲ちゃんは何か重い物を抱えている様だった。それが魔法少女になった理由であるとも。それが原因だとしたら?

 その場合…この世界の彼女は…駄目だったのだ。何かに耐えきれず、自殺したのかもしれない。

 魔法少女になったかどうかは判らないが、兎に角バッドエンドを迎えていたのは確かだった。

 なんてこった…。

 ダメだ、完全に終わっている。

 これが、この世界で咲ちゃんが得るものなのか?

 これを知って、彼女はどう思うだろう?

 恐らく落ち込むだろう。何せ判断を間違っていたら死んでいた事が判ったのだから。

 しかも自殺ときた。

 自分で自分の命を絶つなんて…どんなに厭で、辛い事か。

 そこまで考えた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、自分の中に居る自分が自分という殻を突き破って広がっているような奇妙な感覚を覚えた。

 思考が異様に拡散し、全てがクリアになる。

 頭が自分の意志とは関係なく計算を始め、色々な発想が彗星の如く浮かんでは消えていく。

 それに戸惑う暇も与えられないうちに、知識が暴走を始め、頭の中で無数の血管が破壊と再生を繰り返すかのように痛みと熱が拡がる。

 何だこれは。

 この感覚は、何だ?

 奇妙で。

 奇怪で。

 奇天烈で。

 奇跡のような。

 そんな感覚が。

 充填され。

 充満し。

 知識と思考の羅列が。

 狂い。

 壊れ。

 再生し。

 また狂う。

 

 

 やがていくつかの言葉が浮上してきた。

 今回の一件に関係するいくつかの言葉が、頭の中で廻り始める。

 琴音咲。

 俺。

 神浜。

 世界線。

 特異点。

 それらの言葉がひとつに纏まり。

 次第に思考が少しずつ冷めてゆく。

 

 

 

 そして、収束した思考が導き出した仮説は…俄には信じ難い、とんでもないものだった。

 

 

 先輩が暗い顔をして帰って来たのを見て、本能的に嫌な予感がした。

「どうでしたか?」

 訊いてみたが、先輩は答えずに早足で歩いて行く。

「先輩…?」

 どうしたのだろう。先程感じた予感が現実になるという気がしてきて、わたしは段々不安になってきた。

 先輩は暫く歩いた所で立ち止まり、徐に言った。

「咲ちゃん…多分咲ちゃんが知る真実は、過酷なものだと思う」

「…え?」

 真実って…どういうこと?

「俺はさっきの大家に咲ちゃんの家族の事を聞いたんだ…琴音家は、既に何処かに引っ越していた。何処に引っ越したのかは判らない」

 神浜にも居なかったし、心当たりも無い。つまり、ふりだしか―わたしは落胆したが、次の先輩の言葉でその気持ちも吹っ飛んだ。

「琴音家の居場所は判らないが…この世界の琴音咲がどうなったのかは判った」

「……どうなったんですか?」

 「何処にいる」では無く、「どうなった」…先輩は何故こんな言い方をしたんだろう。その疑問は、然し直ぐに氷解する事になる。

「この世界の咲ちゃんは…この世には居ないんだ」

「…………え?」

 この世には、居ない?

「元から存在しなかったとか…そういう事ですか?」

 おかしな話ではない。元からこの世界にわたしが居ない可能性というのも十分有り得る事だからだ。わたしと先輩は特異点の様な存在だと…そういう事になっているから。

 然し、先輩は首を振った。

「この世界にはちゃんと存在していたよ…でも、もう居ないんだ」

 …それは、つまり…。

「この世界の咲ちゃんは、自殺したんだ」

 先輩は静かに言った。その情報が脳内で咀嚼され、把握された時、わたしは凍り付いた。

「……手早く済ませよう」

 先輩はわたしの様子を気にもとめずに続けた。

「これは俺の仮説だが、この世界の咲ちゃんは魔法少女の契約をしなかったんじゃないかな。そこで分岐した結果、契約をしなかった咲ちゃんは自殺してしまって、契約をした咲ちゃんは魔法少女になっている…」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この世界のわたしは魔法少女にならなかったわたし…つまり、あの時キュゥべえに「平穏」を願わなかったわたしで、その結果自分がしてきた事に耐えきれずに自殺してしまったのだろう。

 自分という存在がとても危ういものに感じられて、わたしは思わずよろめいた。

「そして…この世界に琴音咲という存在が既に居ないにも関わらず咲ちゃんは今この世界に居る…これは、矛盾じゃないか?」

 矛盾…それなら、わたしの存在は…。

「矛盾が発覚するとどうなるか…それを直そうとするだろう。咲ちゃんの存在はこの世界において完全な()()だ。そうなる前に元の世界に帰らないと、多分咲ちゃんは()()される」

 あくまでも仮説だけどな、と先輩は言った。

 何に抹消されるのか、とは聞けなかった。

「じゃあ…どうすればいいんですか…?」

「夢から覚めればいいんだ」

 先輩は即答した。

「夢から…覚める?」

「昨日言っただろ?此処は咲ちゃんの夢の中かもしれないって…だったら、夢から覚めればいい」

 リアル過ぎる明晰夢みたいなものだよと先輩は言った。

「夢の中で驚いたりした時に目が覚める事ってあるだろ?それを応用すればいい」

「そう言われたって…」

 どうすればいいのだろう…。

 

 その時、ソウルジェムに反応があった。

「魔女の反応…」

 こちらに近付いてくる。

「せんぱ…!」

 先輩を呼ぼうとした時、周りの景色が一変した。

 錆と鉄の臭いが立ち込め、無数の歯車が浮遊する空間の中央に、年季の入ったアンティークらしき車があった。

「あれは…」

「オカマほりの魔女…」

 以前先輩と共に遭遇した魔女が、こちらに向かって勢い良く突進して来た。

 わたしと先輩は咄嗟に左右へと避け、わたしは魔法少女姿に変身して応戦しようとした。

 瞬間、身体がふらついて…わたしは倒れた。

「え…」

 力が入らない。

 魔女が方向転換して、此方に向かってくる。

 そして…。

 

 

「なんてこった…」

 咲ちゃんが変身した時に見えたソウルジェム。

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 咲ちゃんは変身すると同時にふらついて倒れる。

 そこに魔女が迫る。

 抹消という言葉が頭を過ぎる。これを喰らったら咲ちゃんは…。

「クソっ…!」

 俺は駆け出し、咲ちゃんの前に身体を滑り込ませた。

 瞬間、魔女が俺に激突し、全身に激痛が走る。

血飛沫が舞う中…吃驚した様な表情の咲ちゃんを見ながら…俺は意識を失った。




「………遂にボクだけになったね、寂しいなぁ…まぁ一人でもやるよ。プロだから」

「今回の話はどうだったかな?纏めるとこの世界の咲は既に死んでいて、早く脱出しないと世界から修正…つまり消されてしまうっていう話だね」

「この世界に来て咲が得たものは別の世界線では自分が死んでいるという事実だけ…完全に意味の無い事実ではあるけど…咲はこれを踏まえてどうするのかな?」

「そして最後…咲のソウルジェムは濁り、──が咲を庇って倒れた所で終わったね。この物語は咲の夢の中という事になってはいるけどこの世界に生きる人達は紛れもない本物だからね…つまり、咲は世界から修正されて消されない限りはどうなっても実害はないけど──は致命傷を喰らったら死ぬ事になる。コラボなのに相手のキャラクター殺すなんて事になったら作者はお天道様の下を歩けなくなるね」

「ちなみに、何故咲の夢が他の世界と繋がってるかとか何故夢から覚めるのに驚く必要があるのかとかは深く考えてないらしいよ。阿呆だね。だけど何故咲が世界線を越えられたのかはどこかで明かせるかも」

「あと2話程で終わる予定だよ。遂にクライマックス、次回もよろしくね!」


登場人物

琴音咲…他の世界線では自分が死んでいるという事実が意外と堪えた模様。彼女のソウルジェムは濁っていき…。

先輩(コラボ)…頭が良いという設定だったので探偵役(?)になった。あれだけの情報であんな壮大な仮説を立てられるって凄い。
咲を庇って魔女の攻撃を喰らってしまう。

大家…急に考え始めた先輩を見て吃驚していた模様。

魔女…廃車の魔女。名前はOldfaith(オールドフェイス)。性質は不易。時の流れに乗らずただひたすらにその場に留まり続ける。そのせいで失うものがあることを知らずに…。先輩(町の配達狐さん)オリジナルの魔女。追突事故の事をおかまほると言うらしく、それからオカマほりの魔女という愛称が出来た。先輩には許可を得ているので、度々本編にも登場するかも。

使い魔…廃車の魔女の手下。名前はSmith(スミス)。歯車の形をした使い魔で役割はゴミ漁り。魔女になっても尚、時に抗い続ける魔女のためにゴミの中からまだ使える部品を集めて魔女に献上する。これも先輩(町の配達狐さん)から設定をお借りしました。こちらも本編に登場するかもしれない。なお作者には魔女や使い魔を作るセンスは無い。


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じけんのおわり

コラボの続きです。


「え…」

 

 血飛沫。

 それは、目の前にいる人のものだった。

「せんぱい…?」

 スローモーション。

 全ての動きが遅くなる。時間が粘ついた様だった。

 先輩は、わたしの前でゆっくり吹っ飛ばされていく。それに手を伸ばそうとするがわたしの時間も粘ついていてままならない。

 先輩は数メートル程宙を舞い、どさりと音を立てて倒れ…そのまま動かなくなる。

 まるで…人形の様に。

「あ…」

 なんで。

 なんで、わたしなんかを庇って…!

「 ――――!」

 声にならないか細い声が響く。

 それが自分の喉から発せられたものだと気付くにはかなり時間が掛かった。

 魔女は前面を血で染め、またこちらに突進しようとしている。

 でも…そんな事はどうでもいい。

 

 

 

「せんぱい…」

 わからない。

 わからないよ。

 なんで、わたしをかばったの?

 なんで、わたしはいつもこうなんだろう。

 まわりのひとをきずつけて。

 じぶんだけがむきずでわらっている…

 

 

 

 …こんなわたしなんか、もういらない

 けしてやる。

 わたしもまじょも、ぜんぶ―。

 

 

 

「ぜんぶ、きえてしまえばいい!」

 

 

 ソウルジェムが濁り切って。

 そこから、()()が生まれた。

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 激痛により、遠のいていた意識が戻った。

 あの魔女に激突されるのは実は二回目だ。どうやら俺は意外と頑丈らしい。前は二週間で退院出来たし。多分今回もこれ以上やられなきゃ大丈夫だろ。

「クソ…オカマほりめ…」

 なんで俺はあの魔女と縁が深いんだ。もしかして付け狙われてる?

「…そうだ、咲ちゃん…」

 咲ちゃんはどうなった。

 ソウルジェムが濁り切ってた…此処は神浜じゃない、このままだと手遅れになる…。

「グリーフシードは…あるわけないか…」

 よろよろと立ち上がる。アドレナリンが出てるのか痛みはあまりない。

 それで魔女の方を見た時…俺は目を疑った。

「なんだ…あれは…」

 

 ―そこには、二体の魔女が居た。

 一体は廃車の魔女。そしてもう一体は…。

「ティンパニ…?」

 目玉のついた三つの大きなティンパニの後ろに人間の形をしたナニカが居て、ソイツが廃車の魔女と相対していた。

 まさか…アレは…。

「咲ちゃん…なのか…?」

 咲ちゃんが…魔女に…。

 

 廃車の魔女はティンパニの魔女に突進しようとする。

 それに動じた様子も無く、ティンパニの魔女はティンパニを力強く叩いた。

 瞬間―衝撃波で廃車の魔女が吹っ飛ばされる。音こそ鳴らなかったが、そのティンパニから生み出される衝撃波は廃車の魔女と共に周りの使い魔を吹っ飛ばす程強力だった。

 廃車の魔女はもんどりうって転がり、逆さまになる。その隙を逃さずにティンパニの魔女は持っていたマレットで廃車の魔女を叩き始めた。

 マレットの先端はティンパニの皮を突き破らない様に少しモコモコしてる筈だが…叩かれた場所の部品は壊れていく。ティンパニの魔女はロールの要領で廃車の魔女を叩きまくり、一瞬にして鉄クズの山にしてしまった。

 そして最後に再びティンパニを叩いて衝撃波を発生させると、鉄クズの山は散乱し、辺り一面に散らばった。

 …これが、あの咲ちゃんなのか。

 無感情に廃車の魔女を本物のスクラップにしてのけたティンパニの魔女を見て、今更ながら恐怖が湧き上がる。

 魔女は俺の方に身体を向けた。こりゃあ本当に終わったか…?

 死ぬのは怖くない。だけど…絶望に染まった咲ちゃんに殺されるとは…。

 魔女がマレットを振り上げた…瞬間眩い閃光が走り、思わず目を閉じる。

 眩いひかりを瞼の裏で感じながら、俺はあっさりと自分の命を諦めた。つまりは観念した。

 もうダメだ。

 俺は此処で…死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 …どれだけ経っても攻撃が来ない。

それどころか、辺りが騒がしくなっている。

「おい君!大丈夫か!?」

 何やら慌てた声が聞こえたので目を開けると、そこには顔面蒼白のおっさんが立っていた。…って、魔女は?

 辺りを見渡すと、元の街の風景が広がっていた。魔女が居た痕跡なんてどこにも無い。

 つまり俺は廃車の魔女に跳ね飛ばされた時の傷を負ったまま街の中で突っ立っていた訳で…そりゃあおっさんも顔面蒼白になる訳だった。

「………あー、大丈夫です」

「いや大丈夫じゃないからね!?直ぐ救急車呼ぶから!」

 で、すぐさますっ飛んできた救急車に乗せられ、隣町の病院に運ばれる事態になったのだった……オカマほりめ。

(それにしても…)

 咲ちゃんの魔女は…何処に行ったのだろう?

 此処が彼女の夢の中…だとしたら彼女自体には影響は無いはずだが…。

 それにあのひかりは何だ?

 まさか、あれのおかげで消えたとかじゃないよな?

 有り得ない…とは言いきれないが…とにかく、これで終わった事は確かだった。

 何も解決しないまま…終わったのだ。

 不意に、疲れを感じて目を閉じる。

 俺は静かに微睡みの中へと落ちていった。

 

 

 

 …こうして何もかも分からないまま、この物語は終わった。

 だけどこれは俺にとっての終わりであって、咲ちゃんにとってはこの物語はまだ少しだけ続いている。

 …そしてそれは、俺が語るべき物語ではない。

 後の物語は、咲ちゃんの口から語られるべきだろう。

 

 

 …けたたましいアラームの音に目を醒ました。

 手探りで小学生の頃から使っている目覚まし時計を探り当て、アラームを止める。

 まだ意識がぼんやりしていて、頭も働かない。ついでに目も開かない。

「………んー」

 掛け布団の暖かさが気持ちいい。このまま二度寝出来たらどんなにいいだろう…。

 いやでも、あと五分くらいなら…いいよね?

 また意識を眠りの底へと沈めようとした時…ドアが勢い良く開いた。

 次いで、大きな声が部屋中に響き渡る。

「咲!いつまで寝てるの!朝だよ!」

 …その声で、意識が完全に覚醒した。

 二度寝計画が失敗した事を残念に思いながら、ベッドから降りて制服に着替える。

 そして、朝ご飯を食べる為にリビングへと向かった。

 

 

「いってきまーす!」

「行ってらっしゃい。車に気を付けてねー!」

 家から出て、のんびりと学校へ向かう。

時間にはまだまだ余裕がある。わたしはイヤホンで音楽を聴きながら歩いていた。

 いつもなら至福のひとときとなる筈のその時間。だけど今日は音楽に集中出来なかった。

 その理由が気になって、つい口に出してしまう。

 

 

「―あの夢、いったいなんだったんだろう?」




「またボクだけか…まあいいや」

「意外とあっさり終わったね。咲が魔女化して、廃車の魔女を解体して…そのあと咲の魔女も消えて事件は終わり。──は助かって咲は元の世界で目を醒ました。特になんの感慨もなく終わったといえるだろう」

「補足しておくと、──がひかりを感じた時に咲は夢から覚めたみたいなんだ。あのひかりは、咲の魔女が消えた時のひかりみたいだね」

「これで大方終わって、次回はエピローグだよ。咲だけじゃなく、──のその後も明かされるからぜひ見てね」

「それでは今日はここまで。次回もよろしくね!」


登場人物

琴音咲…魔女化した。その後本人は元の世界で無事に目を醒ました模様。

先輩(コラボ)…廃車の魔女に轢かれたが何とか生きていた。全治三週間と診断されたが回復が早いので二週間で退院出来そう。

廃車の魔女…咲の魔女によって解体された。

廃車の魔女の手下…主の巻き添えを食らった、かわいそう。

ティンパニの魔女…琴音咲が魔女化した姿。性質は無音。誰かを楽しませる為にティンパニを叩いているがその音は誰にも届かずに滑稽に叩くだけとなる惨めな魔女。


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ふたつのせかいのものがたり

コラボ最終話です。


 思えば、奇妙な夢だった。

 もうひとつの神浜に飛ばされて、そこで先輩と再会して、どうして自分が別の世界に飛ばされたのかを探る夢。その理由は最後まで分からなかったけれど、でも…不思議な夢だった。

 明晰夢というやつだろうか。夢の内容はやけにハッキリと覚えていた。目醒める前…つまり夢の終わり際の事以外は。

 わたしが覚えているのは…先輩と一緒に廃車の魔女の結界に入ってしまった所までだ。そこからの事は曖昧で思い出せない。

 先輩は…大丈夫だったのかな。結界に入って無事な一般人は少ない…だけど先輩は何度か結界に入って無事に生還したと聞いた事がある。だから大丈夫…とは言い切れないけど…。

 もやもやした不安を抱えながら、学校に着いた。

 

 授業中、わたしは今朝の夢の事ばかり考えてしまって授業に集中出来なかった。

「琴音さん!大丈夫?」

 先生に呼ばれ、ハッとなる。

「具合悪いの?」

「あ…いえ、大丈夫です」

 そうは言ったものの、授業に身が入らない。

 もしかしたら、わたしのせいで先輩は死んでしまったのかもしれない。どんなに否定しても、その考えが湧き上がってくる。

 …なんで、わたしはいつもこうなんだろう。

 その後は、ぼんやり過ごすだけだった。いろはちゃん達にも心配されたけど、誤魔化すしか無かった。

 夢の中で世界線を超えたなんて言ったら余計に心配を掛けてしまうだろうから。

 

 

 

 

 夜になり、わたしはいつもの様にベッドに入った。

 何時もなら直ぐに眠れるのだけど、今日は何故が目が冴えて中々眠れない。

 暗闇の中、天井を見上げる。

(魔女の結界に入った後、どうなったんだろう)

 そこが肝心なのに、どうしても思い出す事が出来ない。

 わたしにとっては夢だけど、先輩にとっては現実だ。彼処で死んでしまったら、もうそれでお終いなのだ。先輩は、わたしの事を恨んだだろうか?

(…恨んだに決まってる)

 振り回したのはわたしだ。先輩は巻き込まれたに過ぎない。全て、わたしが悪いのだ。

(もう一度夢を見たら…あの世界に行けるかな?)

 可能性はある。だけど限りなく低いだろう。転移の原因が分からないし、試しても仕方がないと思った。

 それから、まだ冴えている頭であの世界に行く方法を模索したがどれも具体的では無く、そのまま夜が明けていった。

 結局、一睡もできなかった。

 

 

 翌日は休日だった。

 わたしはなんとなく果てなしのミラーズまで足を運んでいた。

 別の世界線への移動…それはこの場所を使うしかない。それでもあの世界に辿り着ける確率は微小なものだろう。だけど、やるしかない。

 コピー達を押しのけ、一つの鏡に飛び込もうとした時…鏡が光り、思わず目を閉じる。

 次に目を開けた時、わたしの前には…一人の男性が立っていた。

 

 

 結局、二週間ほどで退院出来た。前もオカマほりに撥ねられて入院二週間コースだった気がする。手加減でもされてるのか?

 自分の身体の頑丈さを思い知りながら自宅に帰ってきた。何だか懐かしい感じがするぞ…そう言えば咲ちゃんのいる神浜から帰ってきた時もこんな感覚があったっけ。

 それから夜になり、俺は酒を飲みながらこれまでの事を思い出していた。未成年は酒を飲んではいけない?今は黙認してくれ。疲れてるんだ。

 

 …あの後、病院には魔法少女達がかわるがわるお見舞いに来てくれた。俺は彼女達に頼んで咲ちゃんの魔女を探したが結局見つけることは出来なかった。どうやら本当にこの世界から消えたらしい。兎に角、無事ではあるのだろう。

 それで自宅であるアパートに帰ってきた時、自分の部屋の表札を見て思った事があった。

 俺がいる神浜に咲ちゃんはいなかった。冬天市にはいたが、その存在は既にこの世から消えていた。

 なら、咲ちゃんの世界の俺はどうだろう?前に行った時は神浜には居なかったが、もしかしたら他の場所にはいるのかもしれない。そうであってほしい。

 もし…存在していなかったり魔法少女と関わらないうちに死んでしまっていたとしたら…ある考えが的中してしまうからだ。

 もし仮に俺と咲ちゃんがそれぞれ魔法少女と関わるべき存在ではなかったとしたら、この状況は異常といえる。それなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。世界線を超える事が出来たのもその為だろう。もしそうなら、行き着く先は…。

 そこまで考えてから思考の剣呑さに身震いする。酒を入れている筈なのに身体の芯が冷たい。俺は慌てて思考を中断した。

 だけど、調べないと気が済まないよなぁ…自分が世界の異物だなんて、恐ろしすぎるだろ。…そうだ。

 アルコールで酩酊した頭で、ぼんやりと明日やる事を決めた後は酔いに身を任せた。

 それからは覚えてない。

 

 

 

 翌日、俺は果てなしのミラーズに向かった。

 世界線移動なんて此処でしか出来ないからな…多分。

 まあなんとかなるだろ。偶然咲ちゃんがいる世界に行けたらラッキーって事で。

 結界の中に入り、魔法少女達のコピーに追いかけ回されながら目に付いた鏡にダイブした。

 鏡はすんなりと俺の身体を受け入れ、そして…。

 

 

 気が付くと、目の前には燕尾服を着た華奢な女の子がいた。こちらを見て驚いた様な表情を浮かべている。無事だったか…良かった。

 女の子の顔を見て思い出す。そう言えば手料理食べる約束してたな。折角来た事だし頂くか。

 俺は笑顔で彼女に言った。

 

 

 

 

 

 

「やあ、咲ちゃん」




「という訳で、これで1.5章は終わりだ。ここまで読んでくれてありがとうな」

「お疲れ様でした!」

「本当は此処で色々語りたい所だけど、下手すると本編より長くなっちゃうから簡単に済ませるよ」

「ではまず…先輩、コラボありがとうございました!」

「こちらこそありがとう。シリアス多めだったがまあ…新鮮だったよ」

「先輩と魔法少女は日常物だからね…ここの作者はやりたい放題やれて満足したらしいけど」

「にしてもめちゃくちゃな話だったよな。なんでこうなったんだか…」

「あはは…でも、無事に終わって良かったです」

「まあ、そうだな…」

「ボク達があとがきを務めるのはこれで最後だけど、これからも『先輩と魔法少女』と『ある少女の物語』をよろしくね!」

「そのうちまたコラボするかもな。というかこっちの作品では咲ちゃん度々出てるし」

「世界線も何度も超えてますしね…」

「それではそろそろお暇しようか。詳しいあとがきは活動報告の方に上げる予定だからそっちを見てね」

「ではまた。こっちの作品も是非見てくれ」

「次回以降もよろしくお願いします!」


登場人物

琴音咲…事件の後、思い詰めていたがミラーズで先輩と再会する。その後は…ちゃんと手料理を振舞ったらしい。

先輩(コラボ)…二週間で退院できた。その後ミラーズでもう一回世界線を超えた。そんなに世界線を超えて大丈夫なのだろうかと心配になるが実はちょくちょく世界線を超えていたりする。本当に何者なんだ…。先輩が立てた仮説の答えは「先輩と魔法少女」のとあるエピソードに答えが隠されていたりする。

キュゥべえ(コラボ)…後書き要員にして作者の代弁者。本編に出す案もあったがボツになった。コラボ完結の影の立役者かもしれない。お務めご苦労様でした。


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第2章「宿命に抗う物語」
表裏の交錯


第二章のプロローグです。


「運命なんてな、金魚すくいの網より薄くて、簡単に破れるもんだってことを覚えておけよ!」

 

――――前原圭一(『ひぐらしのなく頃に』)

 

 

 光り輝く満月が、夜空にぽっかりと浮かんでいる。

 黒一色の空の中でその部分だけがまるで絶望の中で抗う人間の様に異様に明るかった。   

 月だけでない。星もまた、微細な輝きでありながらも夜空にその光を浮かび上がらせている。

 だが…暫くすると、月は雲に覆い隠され、空は黒に染まった。いつの間にか星もその全てが雲に隠れてしまっている。

 その後、夜の間は空に光が浮かび上がることは無かった。

 

 

 和泉十七夜(いずみかなぎ)は夜道を歩いていた。

 バイトの帰りでそれなりに疲れてはいるが今日は給料日だったので心中は晴れ晴れとしている。早く家に帰ろうと思い、自然と早足になった。

 十七夜が住む大東区は神浜市の中でも特に治安が悪い場所として知られている。実際夜になると何やら怪しい活動をしている連中もちらほら見られ、夜に出歩く一般人は余りいない。

 それでも時々擦れ違う人はいる。今も、数メートル先に人影が見えた。

 気にせず歩き、擦れ違う…瞬間、人影から低い囁きが聞こえた。

「和泉十七夜だな?」

「………!」

 その人物は、黒いローブを纏っていた。十七夜はその姿を嫌という程見ている。

「黒羽根か…」

 黒羽根は無言で十七夜に迫る。()()()()()()()()に異を唱える黒羽根は少なくない。そのうちの一人かと十七夜は思ったが…。

「質問に答えろ。和泉十七夜だな?」

「…だったら、どうするというのだ?」

「……消す」

 黒羽根が呟く様に言った瞬間、十七夜は魔法少女姿に変身してその場に屈んだ。

 一拍置いて、先程まで十七夜が居た場所に銀色の閃光が瞬いた。

(首筋を狙ってきたか…)

 十七夜は武器である乗馬鞭を構え、相手から距離を置く。

 

 ―次の瞬間、両者は同時に動いた。

 

 黒羽根は得物であるダガーを突き出し、十七夜のソウルジェムを狙って突進した。十七夜はそれに反応する様に動き、首を傾けてダガーを躱してから擦れ違いざまに乗馬鞭を振るい、相手の首筋に強力な一撃を叩き込んだ。

 戦力差は歴然だ。ベテランである十七夜に黒羽根が適う筈も無く、黒羽根はそのまま崩れ落ちる―筈だった。

 やれやれと呟いた十七夜は相手が倒れているのを確認しようと振り返ったが…その時には黒羽根は既に十七夜の懐へと入っていた。

「……ッ!」

 バックステップで距離を取ろうとする十七夜だったが、相手は直ぐに距離を詰め、ダガーを振るう。

 乗馬鞭は殆ど密着状態の戦闘には向いていない。防戦一方のまま、時折頬や首を掠る斬撃に冷や汗が流れる。それと同時に、彼女の言いなりになればいいという強い誘惑を感じた。相手の固有魔法かなにかだろう。十七夜はそれを精神力で跳ね除けた。

 蹴りを入れようともしたが、相手はいつの間にか両手にダガーを持っており、的確にガードしてくる。相手はかなり戦い慣れている様だ。此処はただ道が広がっているだけで、建物や街頭等も少ない。読心を行おうにも攻撃が激し過ぎてその暇さえない。

 死ぬつもりは毛頭ないが、このままだと体力が尽きるだろう。

(このままではまずいな…)

 

 その時、十七夜は()()に気付いた。

(なんだ…?)

 何かが唸るような重低音が此方に接近してくる。次いで、強い光が二人を照らした。

『!?』

 二人は同時に飛び退こうとするが…その瞬間、化け物の様なバイクが高速で滑り込んで来て、黒羽根を勢い良く轢いた。

 黒羽根はボールの様に高く飛び…数十メートル程吹っ飛ばされたあと地面にゴミの様に落下した。そしてそのまま動かなくなる。

 あまりにも突然すぎる光景に十七夜が絶句していると、先程黒羽根を轢いたバイクから一人の少女が降りてきた。

 深い青色のバイクスーツのスレンダーな少女。首元にはこれまた深い青のスカーフを巻いている。

 その少女は十七夜を一瞥し、言った。

「あなた、魔法少女?」

「そうだが…それでは、君もか」

 少女は頷いた。

水無月霜華(みなつきそうか)。覚えなくていい」

「和泉十七夜だ。助力感謝する」

 十七夜は緊張感が消えない顔のまま黒羽根が吹っ飛ばされた方を見る。彼女は既に消えていた。逃げたのかもしれない。

「…さっきのは?」

「話すと長くなるが…敵…とも言えるし味方ともいえる」

「そう」

 霜華は興味無さそうに頷き、再びバイクに跨る。

「……もしあなたが本当に私に感謝しているのなら」

「…?」

 霜華の口が動いた。だが言葉は聞こえない。エンジンが掛かったバイクの轟音に遮られたからだ。

 そしてそのまま彼女は走り去っていった。

 十七夜は暫くそれを見詰めてから、先程の霜華の口の動きを頭の中で再現した。

 彼女は確かにこう言っていた。

 

 

 

 ―私を満足させて…そして、殺して。

 

 

 先程霜華のバイクに吹っ飛ばされた黒羽根は不機嫌そうに歩いていた。ローブはボロボロだったが、傷は既に癒えている様だった。

 やがて、彼女の行く手にもう一人魔法少女が現れる。紫色のローブを着たその姿を見て黒羽根はより一層不機嫌そうに口を結んだ。

「どうだった?和泉十七夜は」

「……途中で邪魔が入った。アイツさえ居なければ殺れていた」

「へぇ…勝算はあったんだ。魔法を使って支配しちゃえば良かったじゃないか」

「何度かしようとしたさ。だがヤツの精神力に跳ね除けられた」

「それはそれは…よっぽど心が強いんだ」

 感嘆したように言う紫ローブの魔法少女を睨み、黒羽根はまた歩き出した。

「…行くぞ、かかし」

「はいはい」

 かかしと呼ばれた魔法少女もまた、黒羽根に付いて歩いて行く。

 やがて二人は暗闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 その後、和泉十七夜は自分が戦った謎の黒羽根の事を仲間に伝えるのだが、それはまた別の話である。




戦闘シーン難しい…。
十七夜の言葉遣い等、間違っていたらごめんなさい。
尚、今回出てきた黒羽根は一章ラストで出てきた元黒羽根の魔法少女です。黒羽根を辞めた今も時折ローブを着て行動しているという設定となります。
今回本格的に登場した水無月霜華さんは矢吹風月様が考案した魔法少女となります。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。


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偶発の再会

オリキャラ大量投入回となります…。


 時は、和泉十七夜が黒羽根と戦う二週間前に遡る―。

 

 

 琴音咲は呆れていた。

 咲の目の前には二人の少年が居て、一心不乱にラーメンを啜っている。テーブルには他にもチャーハンが置かれているがこれは咲が注文したものだ。

 此処は咲の友人である由比鶴乃の実家である中華飯店「万々歳」だ。たまたま訪れたこの場所で昔の知り合いと再会し、何故か自分が彼らの昼食を奢る事になった。目の前の少年達がその知り合いである。因みに客は彼らだけだ。

 彼らは咲の後輩で、冬天中学校の吹奏楽部に所属している。そこまで親しい訳でも無かったが、それでも久しぶりの再会で頬が緩んでいた。そこに付け込まれたのだ。

「どう?美味しい?」

 鶴乃がカウンターから二人に訊いた。二人のうち眼鏡をかけた方の少年は笑顔で頷き、あとの一人は無視している。

「おいしいです!」

「おお!その気持ちをぜひ点数に!」

 鶴乃が目を輝かせながら身を乗り出す。万々歳恒例の格付けチェックみたいなもので、咲も初めて来た時は鶴乃に訊かれた。そして客の回答はだいたい決まっている。

「んー…50点位ですね」

 その言葉に鶴乃がガックリと項垂れる。咲はそれを見て苦笑した。鶴乃にダメージを与えたと気付かない少年は首を傾げる。

「やっぱり50点なんだなー」

 鶴乃と共にカウンターの中に居た深月フェリシアがニヤっと笑う。フェリシアが万々歳でバイトしていると聞いた時はかなり驚いたがエプロンをしているその姿は意外と似合っている。最も、調理では無く接客担当らしいが。

「あの…何か悪い事言っちゃいましたか…?」

 眼鏡を掛けた少年が申し訳なさそうに訊いた。

「んあ?大丈夫だよ。いつものことだ」

 フェリシアが言うと彼は複雑そうな表情を浮かべながらラーメンの汁を飲み干した。

 彼の名は小鳥遊浩平(たかなしこうへい)。部活ではサックスを吹いている。礼儀正しく、素直な性格の童顔少年で女子に人気がある。小鳥遊は湯気で曇った眼鏡を拭いてから隣にいる少年に訊いた。

(いつき)はどうなんだい?」

 樹と呼ばれた少年は箸を止め、ボソリと言う。

「………90点」

 

 ―万々歳が、一瞬だけ震えた。

 

『き、90点!?』

 鶴乃、フェリシア、咲が声を揃えて叫ぶ。少年は頷き、お冷を一気に飲み干した。これで五杯目だ。

 彼の名は安藤(あんどう)樹。ぼさぼさ頭に眠たげな細い目をした少年で、パーカッションパートに所属している。今は咲の代わりにティンパニを叩いている筈だ。

 彼は「第二の吹綿秕」と呼ばれている人物で、練習はサボる、片付けはしない、ついでに大会にも出ないという怠惰の塊の様な男だった。実力も低く、正直いって何故吹奏楽部に入ったのか疑問に思う程だったが、彼は他の人とは違う何かを持っていると咲は思っていた。だからこそティンパニを任せたのだ。

 噂では、ティンパニを任されてからはサボる事も少なくなったという事だが、目の前の彼を見る限り何も変わっていないようにも思える。

 何故小鳥遊と安藤がつるんでいるのかは謎だが、二人は仲が良い。前まではもう一人女の子が居て、三人で行動していたのだが彼女は…もうこの世には居ない。

 いや、今はそんな事より―。

「90点って…安藤くん、後の10点は?」

「…家から遠い」

 それは当たり前だろ―とその場に居た全員が心の中で突っ込んだ。

「樹は自分が食べれる物なら美味いで済ませますからね…」

 小鳥遊が苦笑した。

「じゃあ参考にならねーじゃん!」

「まあ確かに…」

 鶴乃は再び項垂れた。然し暫くしてからがばりと身を起こす。

「それでも90点…これを励みに精進だー!」

 その時、店の引き戸がガラリと開いて一人の女性が姿を現した。

「食い終わったかい?ガキ共」

「はい、ご馳走様でした!」

「それは咲に言いな」

 女性は手をヒラヒラと振る。咲は彼女を睨み付けた。この女性こそ、中学生二人を唆した張本人である。

未来(みき)ちゃん、わたし払わないよ」

「まあそう言うなって」

「なぁ咲、誰だソイツ?」

 フェリシアが訊いた。どうやら来店した時の自己紹介を聞いていなかったらしい。

「…わたしの伯母さん」

「おばって言うな。お姉様と呼べ」

 女性も咲を睨み付ける。

「とにかく、わたしは払わないよ!お小遣い少ないんだから」

 女性は咲の財布を奪い取り、げんなりした顔になる。

麻紀(まき)のヤツ、ちゃんと小遣いあげてんのか?ま、同情はするがガキ共のラーメン代はアンタ持ちだぞ」

「なんで!?というか未来ちゃん仕事は?」

「休みだよ。やーすーみ」

 女性はまたヒラヒラと手を振った。安藤以外は口論をする二人を見て呆気にとられている。

 …この女性の名は凪坂(なぎさか)未来。咲の母親である琴音麻紀の妹…つまり咲の伯母である。姪に自分の事を「未来ちゃん」と呼ばせる事に拘るヘンテコな人物だが、根は優しい。子持ちでありながらヘビースモーカーでもあり、先程は万々歳の外で煙草を吸っていた。

「休みって… 詩季(しき)ちゃんと洋介(ようすけ)おじさんは?」

「シキとヨースケは家に居るよ。アタシはガキ共の引率でここに来たんだ」

「頼んだ覚えは無いんですが…というかなんで知ってるんですか」

 小鳥遊がため息を着いて訊いた。因みに洋介というのは未来の夫である凪坂洋介の事で、詩季というのは凪坂夫妻の子供である凪坂詩季の事だ。

「神浜に行くって本屋で話してただろ?それがバッチリ聞こえたんだよ。で、久しぶりに姪の面でも拝みに行くかと思ってな」

「来なくていいよ…小鳥遊くん達もごめんね…」

「あ、いえ!僕達は大丈夫ですけど…」

「メガネもこう言ってるし、大丈夫だろ」

 未来はそう言って、伸びをする。メガネって呼ばないで下さいと小鳥遊が言ったがそれは華麗にスルーされた。

「食い終わったなら帰るぞガキ共。(なぎさ)の墓参りもするんだろ?」

 その言葉を聞いた途端今までお冷を飲んでいた安藤が立ち上がり、カウンターに千円札を叩きつけた。

「ふぉっ!?」

 いきなりの事で驚く鶴乃だったが、直ぐにレジスターに札を入れ、安藤にお釣りを渡す。次いで小鳥遊も鶴乃に千円札を渡してお釣りを受け取った。

「渚ちゃんの命日、明日だよね?」

「僕達明日は忙しいので。帰ったら墓参りに行かなきゃなんです」

 友達ですからね―そう言った小鳥遊の表情は寂しげだった。

 渚というのはかつて小鳥遊達と一緒にいた女子― 反町(そりまち)渚の事で、彼女は既に死亡している。死因は不明だが、後に魔女の仕業だと判明した。

 後で判明した事だが、渚は咲より前に魔法少女になっており、魔女との戦いの末に死亡したとの事だった。死体で残ったのは頭部のみ。警察は殺人の線で原因を調べていたが真犯人が見つかるはずも無く、麻薬でイカれたバカが(架空の)犯行を自供したのでソイツを捕まえて事件は終息した。勿論安藤達は本当の死因を知らないし、真実を伝えても信じないだろう。

 今も、彼らの中で渚の死は不明瞭なもののままなのだ。

 一同は黙り込む。そんな雰囲気を打破するかのように未来がぶっきらぼうに言った。

「金払ったなら行くぞ。咲、麻紀にもっと小遣い貰えよ」

「これ以上は貰えないよ…じゃあ、小鳥遊くん達…またね」

「はい、さようなら!」

 小鳥遊が手を振り、未来に続いて店を出る。安藤も立ち上がり、出口へと向かう直前にボソリと呟いた。

「…その指輪」

「…え?」

「店員も同じ指輪を付けている。なんなんだ?それは」

 指輪―ソウルジェムの指輪の事だ。

「えっと…」

 咲が答えあぐねていると、安藤は興味を失ったのかそのまま店を出た。

 ありがとうございましたーという鶴乃の声ががらんどうの店内によく響いた。

 

 

「いやぁ、咲ちゃんの伯母さんって凄い人だねー!」

「あはは…普段はああだけど意外と優しいんですよ」

 三人が去った後、咲はチャーハンを食べ終えて会計を済ませ、鶴乃達と談笑していた。

 その時引き戸が開き、桃色の髪の少女が姿を見せた。

「こんにちはー」

「おお!いろはちゃん!」

 少女―環いろはは咲達に微笑むと後ろを向いて、席は空いてますよと言った。

「なんだ、客を連れてきたのか?」

 フェリシアがいろはに訊いた。いろはは頷く。

 そして姿を見せたのは―。

「おー、ここが万々歳か!」

「みたいだね…ん?」

 姿を見せたのは二人の男性だった。一人は今時の若者といった感じの男、もう一人は…。

「あ…」

 咲は彼を見て言葉を失った。彼も驚いた様に咲を見ている。

「琴音君…久しぶりだね」

「…はい、お久しぶりです」

 柔和そうな顔の青年…彼は咲の恩人である小説家志望の青年その人だった。

「え?二人は知り合いなの?」

「なんだセージ、知り合いなのかよ?」

 いろはと今時の若者風の男が驚いて言った。その言葉に彼が我に帰り、鶴乃、フェリシア、そしていろはを見る。

「そうか…この子達が君が言っていた友達か…」

 青年は納得した様子で何度も頷く。周りは状況を把握出来ていない様だった。

「じゃあ…自己紹介しないとだね」

 青年は咲をちらりと見て、それから全体をぐるりと見渡して言った。

 

「僕は森岡誠司(もりおかせいじ)…小説家志望の、一般人だ」




前半に出てきた安藤、小鳥遊、未来の三人はこの後もちらほらと登場する予定の所謂脇役キャラとなります。渚が魔女に殺された話はそのうち本編で詳しくやる事になる…筈です。
最初は森岡だけを登場させるつもりだったのにオリキャラ大量投入回となってしまった…。


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事象の探求

「僕は森岡誠司…小説家志望の、一般人だ」

 

 いきなりの自己紹介に一同が呆気に取られる。

 場が白けたのを意に介さず青年―森岡誠司は椅子に座り、鶴乃にラーメンを注文した。それで我に返ったのかもう一人の男が森岡にツッコミを入れる。

「…おいセージ、なんだよあの自己紹介」 

「なんだよって…そのままだけど」

「いやおめー初対面の人に小説家志望の一般人とかドヤ顔で言うか?お嬢ちゃん達引いてるぜ?」

「だって他に言うことないし」

「ダメだコイツ…」

 男は呆れた表情になった後、鶴乃にラーメンを注文した。それで漸く皆の呪縛が解けた。

「あ、オレは皆本慎也(みなもとしんや)ってんだ。よろしくな」

 男―皆本慎也が名乗ったのを皮切りに皆が名乗り、最後に咲が自己紹介をすると皆本は咲をまじまじと見つめて訊いた。

「お嬢ちゃんがセージの知り合いか?」

「はい、そうですけど…」

 皆本はニヤリと笑う。

「セージも隅に置けないねぇ。神浜にこんな可愛い幼妻がいるとは…」

「え…ち、ちが、わたし達は…そんなんじゃ…」

「……慎也、琴音君に失礼だろう。謝れよ」

 森岡が皆本を睨みつけるが彼はニヤニヤと笑ったままで何も言わない。咲は既にオーバーヒート寸前である。

「え、咲ちゃんと森岡さんってそういう関係だったの?」

 鶴乃が訊いた。こちらは純粋な驚きからの質問である。日夜戦う魔法少女とはいえ、彼女らは思春期真っ只中の少女だ。いろはもさり気なく興味を示している。フェリシアは首を傾げていたが。

「そ、そんなわけじゃ…森岡さんはわたしなんかよりももっといい人を好きになるだろうしその…」

 咲は完全にテンパっている。固有魔法(鎮静)を使おうと思っても上手くいかない。それくらい取り乱していた。

「琴音君と僕はそんな関係じゃないよ。ただの知り合いさ。大体僕は成人してるし琴音君はまだ中学生だ。下手すれば犯罪になりかねないだろ」

「いいじゃねえかセージ。愛の前では法律なんて意味を成さないんだぜ!」

「…お前何言ってるの?」

 完全に冷めた様子の森岡と盛り上がる皆本が対照的過ぎて面白かったのか、いろはがクスリと笑う。そしてまだ真っ赤になっている咲に言った。

「森岡さんと皆本さんって面白い人達だね」

「…うん、本当に仲が良さそう」

 なんだか羨ましいなと咲は呟いた。その目には何か遠い過去の事が映っている様だった。

 

 

 皆本は運ばれてきたラーメンを光の速さで平らげ、カウンターに千円札を置くと立ち上がった。森岡はまだ食べているがお構い無しである。

「じゃあセージ、オレは先に戻ってるわ!」

「何かあったのか?」

「さっき思い出したんだ。仕事の予約が入ってたから行くわ!お前も適当に戻って来いよ!」

「おい、慎也…」

 森岡が呼び止めようとするが、それより先に皆本は店を出ていった。森岡は溜息を吐き、麺を啜った。

「全く…」

「皆本さん、これから仕事なんですか?」

 咲が訊くと、彼はやれやれといったふうに首を振って、

「違うよ。アイツは中央区で美容院をやってるんだけどこの前の神浜大災害であの辺りは立ち入り禁止になったから無職だ。仕事の訳が無い…大方、変な気でも利かせたんだろう」

「気を利かせた?」

「ああ…折角だから、アイツがいない時に出来る話をしようか」

 森岡が言いたい事を察し、咲は頷いた。皆本がいない時に出来る話―魔法少女関連の話の事だ。

「それで、やっぱり神浜の魔女は強いのかい?」

 咲は神浜に引っ越してからの事を森岡に話した。時々いろはが補足し、森岡は時折頷きながら話を聞いていた。

 

「なるほど…」

 話を聞き終わると、森岡は満足げに頷いた。

「琴音君は前に進めたんだね。それもこれも環さん達のお陰…か。安心したよ」

「森岡さんは咲ちゃんの過去の事知ってたんですか?」

「大まかな事なら聞いていたよ。でも僕じゃ駄目だった。救えないって分かってたんだ。でもそれで良かった気がするよ…」

 森岡は心底安心したように呟いた。

 

「そういえば…咲ちゃんから聞いたんですけど、森岡さんは魔女や使い魔が見えるとか…」

 いろはが訊いた。

「ああ、見える。何回か結界に入った事もあるよ。というかこの体質の所為で魔女に追いかけ回される羽目になってるから必然的に入っちゃうんだけどね」

 軽い感じで言われたが、言っている事はかなり衝撃的である。

「魔女の結界に入って無事だったのか!?」

「まあ怪我はするけどね、死んではいない…大体通りすがりの魔法少女が助けてくれたりするし、そうでなければ走って逃げてるからね」

 フェリシアは目を輝かせながら「お前すげぇな!」と興奮している。鶴乃は鶴乃で開いた口が塞がらないといった様子だ。

「でも、神浜は特に魔女が多いのに…大丈夫なんですか?」

 その言葉に、何故か森岡は頭を搔いた。困り顔になって言う。

「一応、知り合いの魔法少女にボディガードを頼んだんだけど着いて早々何処かに行ってしまったんだ…彼女なら無事だろうけど」

「その魔法少女の名前は?」

「水無月霜華」

 森岡の口から出た名前に咲がハッとなる。

「それって、『亡霊狩り』ですか?」

 森岡は頷いた。

「亡霊狩り?」

「かつて、様々な魔法少女が彼女に挑んだんだけど尽く返り討ちにされてね。その魔法少女は亡霊みたいに急に現れて敵を狩るって噂が広まって、そこから付いた渾名だよ。何故ただの『亡霊』じゃないのかは判らないけどね」

 まあ渾名なんてそんなものかと森岡は呟いた。

「そんな魔法少女が…」

「神浜の何処かにいるんだろうけど連絡しても繋がらないんだよね。テリトリーの侵犯でトラブルになってなきゃいいけど…そうなったら大体僕も巻き込まれるし…」

 森岡は心配そうに言った。彼女の身を案じているというよりも、面倒くさい事に巻き込まれるのが嫌という様子だ。

「やちよさんに聞いてみます」

「やちよさん?」

「西部地区の代表です」

「へえ…確りしてるんだね」

 現在の神浜市の勢力図を大まかに分けると七海やちよが纏めている西側、和泉十七夜が纏める東側、そしてもう一人のベテラン魔法少女である都ひなのを中心とした南側に分かれる。大都市ならではの勢力分布と言えるだろう。因みに咲が以前居た冬天市は魔法少女数が少ない事もあり、個人ないしはニ、三人程度のグループで動く事が多かった。そのため大きな勢力というものは無く、個人間での争いが集中している状態であった。

「魔女が強いと勢力図も確りするものなのかな…兎に角、纏まってはいるみたいだね…」

 森岡が呟いて、それから思い出したかのようにいろはに訊いた。

「…そういえば、何故神浜市には魔女が多いんだい?他の町からは魔女が消えているのに此処には集中している」

「…それは」

 何故かいろはの顔が曇った。見ると鶴乃やフェリシアも複雑そうな表情を浮かべている。

「…何か、あったの…?」

 咲が訊くが誰も答えない。暫く鉛のような重い静寂が続いた後、いろはが徐に言った。

「ここに魔女が集まってしまう理由は…」

 

 ― ()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




次回、魔法少女の真実が明かされる(予定)


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魔法少女の真実Ⅰ〜突きつけられた真実〜

一気に纏めようと思ったけどキリが良かったので投稿する事にしました。
少し短いですがよろしくお願いします。


 願いを力に変えて希望を運び、軈て絶望を振りまく哀れな少女達―それが、魔法少女という存在である。

 

 

 琴音咲が神浜市を訪れる少し前の事。

 「マギウスの翼」という組織が、魔法少女の宿命からの解放を求めて活動していた。

 彼女達の行いを此処で詳しく書く事はしない。それはこの物語とはまた違う別の物語である。ただ、彼女らの行いは、ある意味では正しく、ある意味では間違っていた事は特筆すべき事柄である。

 魔法少女の宿命からの解放―それは正しい事だ。ならば何が間違っていたのか。

 彼女らは魔法少女だけに留まらず、一般人までも犠牲にして宿命から解放されようとしていたのだ。

 言ってしまえば、利己的な方法を持ってして救われんとしたのである。結果的にそれを間違っていると判断した環いろはらと敵対する事になり、組織は崩壊した。大小の差はあれど神浜市全体が被害を受ける事になった神浜大災害は、その戦いの最終局面に起こった事件だ。

 

 では、そこまでして成し遂げたかった「魔法少女の解放」とはどういったものなのか。

 それは、「魔法少女の魔女化」である。

 魔法少女がキュゥべえと契約した時に生まれるソウルジェム。これは魔力の消費やダメージ、心の変調により穢れを溜め込み、次第に濁っていくのだがこの穢れが最大まで溜まり、ソウルジェムが真っ黒になるとどうなるのか。

 多くの魔法少女はその答えを知らない。皆「魔力が使えなくなる」だとか「変身出来なくなる」などと解釈している。キュゥべえならその答えを知っているのだが、その時を迎えないと教えて貰えない事が多い。最も、彼からしてみれば聞かれなかったから教えなかっただけに過ぎないのだろうが。

 ソウルジェムが穢れ切るとどうなるか、その答えは「魔女になる」である。穢れ切ると同時にソウルジェムはグリーフシードに転化し、魔法少女は魔女になる。

 そもそもキュゥべえが少女と契約するのは、増大する宇宙のエントロピーを引き下げるために地球の第二次性徴期の女性(つまり少女)の魂をソウルジェムに加工し、その後少女の感情が希望から絶望に変わる事によりソウルジェムがグリーフシードに変わる(魔法少女が魔女になる)際に発生するエネルギーを回収する為である。

 勿論キュゥべぇは契約時にそんな事を一々説明したりはしないので多くの魔法少女はその事実を知らない。彼女達からしてみれば「キュゥべえに騙された」事になる。

 ちなみにソウルジェムは魔法少女の魔力の源であると同時に体内から抽出された「魂」そのものであり、これを砕かれると魔法少女は絶命する。どんなに健康で無傷であろうと、あっさりと死ぬのである。そしてこの事実も多くの魔法少女は知らない。

 マギウスの翼とその上に立つマギウスはこういった真実を知り、その上でその宿命から解放される為に活動していたのである。

 そしてマギウスの翼が壊滅した今、その責任は環いろは達が背負っている。彼女達は魔法少女の宿命からの解放を平和裏に行う為に団結し、大きな環を形成しようとしていた。

 そんな時、咲が神浜にやって来たのだ。

 

 

 傾きかけた陽の光が地面を赤く染め上げる。まるで血で染まったかのような不気味な色だった。

「それ、本当の事なの…?」

「うん、これが魔法少女の真実だよ…」

 驚愕の表情を浮かべた咲にいろはが言う。重苦しい表情が、嘘では無い事を示していた。

 此処はいろはと咲が度々訪れる小さな公園だ。二人が出会った場所であり、咲が過去の呪縛から解き放たれた場所でもある。公園とは名ばかりで遊具は少ないがその分ベンチが多い。一息つくにはうってつけの場所だった。

 万々歳を出た後、いろはは咲と森岡に魔法少女の真実を話した。重い口調で語られた内容に二人は驚き、それから顔を曇らせた。魔法少女では無い森岡は兎も角、当事者である咲は彼以上に深刻な気持ちだろう。実際咲は俯き、蒼白な顔をしていた。

「じゃあ、わたしは…」

 軈て絶望を振りまく魔女になるのか。戦い続けた、その果てに…。

「琴音君…」

 咲は俯き、小さな溜息と共に呟いた。

「…バカみたいだ」

 自分の願いが。

 あんな下らない願いで、自分は―。

「なんで、わたしはいつもこうなんだろう…」

 自嘲する様に、言葉を紡いで行く。

「魔法少女になんて、ならなければよかった…」

 誰かを救う願いで魔法少女になったのなら、この結末も受け入れられたのかもしれない。魔法少女になった事で救われたものが一つでもあるならば…それで良かったのかもしれない。

 だが…自分の願いは、結果的には何も救わなかった。願いによって救われる筈だった自分自身でさえも救われる事がないと知ってしまった。

 つまり…全てが無駄だったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その事実を突きつけられ、彼女は…。

 

 …咲はゆらりと立ち上がった。

 いろはと出会った時と同じ様に、何処か虚ろな雰囲気を漂わせている。

「咲ちゃん…」

 咲は振り向き、寂しそうに笑った。

 目から涙が一筋零れ落ちる。

 

 

 ―ごめんね、いろはちゃん。

 

 

 咲を中心に凄まじいエネルギーの渦が巻き起こる。

 それは魔法少女の感情が希望から絶望に変わる時のエネルギーそのもので…咲のソウルジェムは、魔女化の真実に耐え切れずに真っ黒になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 琴音咲は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …黒くて冷たい闇の中に、堕ちていった。



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魔法少女の真実Ⅱ〜無音慟哭〜

分割するのでは無くチャプター機能を付ければ良かったと思いました(既に手遅れ)
そんな訳で(どんな訳で?)今回も短めです。


 冷たくて暗い、そして何も無い…気付いたらそんな場所に居た。

 自分の行く手には闇があって、躰は勝手にそこへと進んでいる。

 いや、違う。自分の躰は堕ちているのだ。深く、暗い、自分の底へと…。

 意識は朦朧としている。何かを考えようにも頭が働かず、おまけに眠気まである。

 全てを捨てて眠りたい、目を閉じたい…そうすればどんなに気持ち良い事か。でも、自分の本能はそれを許さなかった。身を委ねた瞬間、自分の存在が消えてしまう事を理解していたから。

 闇に近付くにつれ躰の芯が冷えていくのが自分でも分かった。闇が黒い水となり胸に染み渡って、自分の全てを冷たく凍らせるという錯覚に囚われる。

(わたし、消えちゃうのかな)

 ぼんやりと思う。

 何も出来ないで、ただ時間を浪費して…最後は魔女になり、誰かに倒される。

 …でも、それもいいかもしれない。自分の様な愚か者には最適の末路だろう。

 もう、何も考えたく無くなった。このまま心地好い眠りに身を任せようとした時―

 

「わたしはそれでいいの?」

 

 闇の底から声が聞こえた。

 深海から浮上する潜水艦の様に何かが上がって来る。それは、もう一人の自分だった。顔は微かに笑んでおり、魔法少女姿でソウルジェムは真っ黒に染まっていた。

「そんな結末、わたしは望んでないよね?」

 微笑みながら彼女は言う。甘く、優しい声が自分の耳朶を叩く。

 彼女が言った事を否定したい。自分はこの結末で良いと…どうでもいいと言いたかった然し躰は動かずに喋る事も出来ない。ただ闇の底へと堕ちていくだけだ。

 すると、彼女は自分の考えを見透かしたかのように言った。

「本当にそう思っているの?確かにわたしが魔法少女になって得た物は何も無いけれど、それでもわたしはヤケになるべきではないよね?折角環いろはがわたしを助けてくれたのに、それを無駄にしちゃって良いのかな?」

 …彼女が言っている事は正論だった。自分はいろはに助けられた。それを擲ってはいけないという事は確かだ。

「自分の奏でる音を誰かに聴いて貰いたいよね?なのに、簡単に諦めちゃうなんて…それこそ馬鹿じゃないかな?」

 …そんな事は分かっている。いろはに助けられて、漸く自分の奏でる音を誰かに聴いて貰える事が出来るはずだった。それが成せないまま終わるのは悔しいし悲しい。ただ、自分は直に魔女化する。魔法少女としての痛恨のミスを犯して、希望から絶望へと存在を転換させようとしている。

 …もう、手遅れなのだ。余りにも全てが遅すぎた。そう思い、また諦観に沈んでいく。すると彼女はそれを読み取ったのか意外そうな顔をして言った。

「神浜市の特異性を知らないの?」

 神浜市の特異性?

 それはどういったものなのかと心中で尋ねようとした時、彼女は再び微笑んだ。

「まあ、見てもらう方が早いか」

 堕ちていく自分とは対照的に彼女はどんどん浮上して行く。

 擦れ違う時、囁くような声が聞こえた。

 

 ―そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして

 

 

 

 エネルギーの渦が収まると、そこには巨大なティンパニのバケモノに繋がれた咲が居た。ぐったりと目を閉じている。

「あれは…」

 驚いた様子の森岡に対し、いろはは冷静だった。

「ドッペル…」

 目の前の咲の姿は「半魔女」という言葉を想起させた。ティンパニのバケモノは明らかに魔女らしき姿をしているが、咲自身に異常はない。そしてこれこそが、神浜市の特異性なのだった。

「ドッペル?」

 それはなんだいと森岡が訊いた。

「…神浜市が世界に広めようとしているシステムです」

 

 通常、ソウルジェムが濁り切ると魔法少女は魔女になる。だが神浜市ではその現象は起こらない。

 神浜ではソウルジェムが濁り切ると内なる魔女の力を部分的に発動し、結果的に完全なる魔女化を逃れる事が出来る。これが「ドッペル・ウィッチ」である。

 ドッペルを発動する際にはソウルジェムの穢れを使う。その為ドッペルを使えば穢れも浄化出来て魔女にもならない。まさにいい事づくめと言えるだろう。

 最も、リスクはある。ドッペル発動後は体力をかなり消費するし、意識して制御しないと暴発する事もある。更にドッペルを使い過ぎると身体に何かしらの障害が出る可能性もある。

 然し、そんなリスクが微々たるものに思える程「魔女にならない」という特性は大きい。現時点では神浜市でのみ確認されている現象だが、神浜市の魔法少女はこれを世界中に拡大し、魔女化の無い世界を作ろうとしているのだ。

 

 咲がドッペルを制御出来ているのかは怪しかったが、公園内にはいろはと森岡以外に人は居ない。大事になる事は無いだろう。

 空中に浮いたマレットがティンパニのバケモノを勢い良く叩いた。然し音は聴こえない。衝撃で辺りが揺れているだけだ。

 マレットは狂った様にティンパニを叩くがその音は聴こえない。その様は何処か滑稽ですらあった。只管両手のシンバルを叩くサルの玩具のように馬鹿らしい。笑いさえ込み上げてくる。

 なのに何故だろう。いろはにはそのドッペルが慟哭している様に思えた。まるで咲の心情を表すかのように…ドッペルは只管無音を奏で続けていた。




魔法少女の真実関連の話は次回で一先ず終わりかな…。多分次回も短めです、悪しからず。


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魔法少女の真実Ⅲ〜希望を抱き、進み行け〜

魔法少女の真実関連の話は今回で終わりです。


 ドッペルは暫くするとフッと消えてしまった。幽霊みたいなものなのかもしれない。

 それと同時に咲が崩れ落ちる。慌てて飛び出していくいろはをぼんやりと眺めながら、森岡誠司は事態を把握しようと務めていた。

 先程いろはから聞かされた事実と目の前で起きた咲のドッペル解放に思考が追いつかなかった。表面上は冷静を取り繕っていたが、内心は穏やかではない。

 嘘みたいな話だ。まさか魔法少女がそこまで重いものを背負っていたとは。

(じゃあ、最初から僕は何も…救えなかったという訳か)

 自分一人の力では、何も出来ない。自分に出来るのは魔法少女と魔女という「非日常」を観測する事だけ。かつてはその力を使って何かが出来ると思っていた。だが、魔法少女の真実を知って自分があまりにも無力だという事を自覚した。

 

 ―セイ君は、弱くないよ。

 

 脳裏に、かつて救えなかった「彼女」の声が甦る。次いで、自分が好きだった向日葵のような明るい笑顔も。

 

(僕は…)

 

  …いや、違う。

 自分にも出来る事はある筈だ。

 何も救えなくて、ただ見ている事しか出来なかった自分だからこそ、出来る事は必ずある。

 ならば、自分は…。

 

 その時、いろはが森岡を呼んだ。

 それで我に返り、慌てて咲の元へと近付く。

 咲はぐったりしていたものの外傷等は無く、ソウルジェムの濁りも無くなっている。命に別状は無さそうだ。

「琴音君は…大丈夫なのかい?」

「ドッペルを出した後は体力の消費が激しいんです。だから初めての人は皆こうなるんですよ」

「そう…ならよかった」

 森岡は安堵した。

「…神浜ではソウルジェムの濁りはドッペル放出で何とかなるから魔女化は起こらない。そして環さん達はこのシステムを世界中に広めようとしている…という事だよね」

「はい。まだ分からない事だらけですが…でも、いつかは魔女化のない世界を作りたいです」

 いろはの目には決意が瞬いている。彼女なら、本当に実現させるかもしれないと思った。

 だが…。

「このシステム…今の所は神浜でしか使えないんだよね?」

 いろはは頷いた。

 彼女の話では、マギウスの翼は「魔法少女の解放」の為に必要なエネルギーを集める為に神浜に魔女を集めていて、その分他の街から魔女が減ったという事だった。森岡が住む冬天市もその一つだ。

 神浜は魔女化が無くなったからいいかもしれないが…他の街はどうなるのだろう。

 魔女化を防ぐシステム…「自動浄化システム」の事を知ったら、それを奪いに来るのでは?

 …でも、いろは達はシステムを世界中に広めようとしているから話し合いで解決するかもしれないが…なんだか嫌な予感がする。

 その時、小さな呻き声が聞こえてきて森岡の思考は中断された。

 

 

 目を、ゆっくりと開ける。

 もう二度と戻れないと思っていたのに、自分はまたこの世界に戻ってくる事ができた。

 自分の深層意識へと落ちた後の事はよく覚えていない。気付いたら近くで誰かの話し声が聞こえたので、目を開けただけだった。

「咲ちゃん…!大丈夫?」

 首を横に向けると、心配そうに此方を見るいろはと森岡の姿が視界に映る。

「あれ…わたし…」

 自分は魔女になった筈なのに…何故戻れたのだろう?魔女化は不可逆反応の筈だが。

 身体を起こそうとするが鉛の様に重く、ままならない。

「まだ起きない方がいいよ」

「あ、うん…でも、なんで戻れたんだろう」

 あのまま消えてしまうかと思ったのに。

 それに、もう一人の自分との会話で、神浜市の特異性という言葉を聞いた気がする。それのおかげで戻れたのだろうか?

「えっと、それはね…」

 いろはが説明してくれた事によると、神浜では魔女化は起こらないで、ドッペルを放出する事がその代わりになるのだとか。

 つまり自分は先程ドッペルを出していたのだろう。いろはと森岡も咲のドッペルを見たと言っているし、自分のソウルジェムはグリーフシードを使ってもいないのに浄化されていた。それを見て安堵の気持ちが込み上げる。

「…じゃあ、いろはちゃん達はこのシステムを世界中に広めようとしているんだ」

 いろはが頷く。

 つまり、希望が無い訳ではない…という事か。

 でも…。

「何のために魔法少女になったんだろう…」

 言い出したらキリが無いのは分かっている。それでも、全てが無駄だったという事実が重くのしかかって来る。

「…琴音君はさ」

 不意に、森岡が口を開いた。

「自分が魔法少女になる意味なんて無かったと思っているんだよね?何も救われない願いと引き換えに重いものを背負わされて…それを意味の無いものだと言っている…そうだろ?」

 咲は小さく頷く。

「これを言った所で何になるという訳ではないけど…僕はそう思わない。琴音君は、救っているはずなんだ。大切な人を」

「わたしは何も…」

「……君は『自分の平穏』を願って魔法少女になったんだよね?なら、その時に君は一回救われている筈だ」

「でも、結局はこんな事になってしまったんですよ。わたしの願いなんて…何の意味も無かったじゃないですか」

 咲は自虐する様に言った。然し、森岡は首を振る。

「なら聞くけどさ、キュゥべえに何も願わなかったとして、君は平静で居られたかい?」

「……それは」

 恐らく、平静を保つ事など出来なかっただろう。咲の所為で友達が―吹綿秕が傷付く事になったのだ。それなのに平静を保つ事なんて、出来るわけない。

 咲は口篭る。それを予想していたかのように森岡は話を続けた。

「契約した時、一時的なものとはいえ君は君自身を救ったんだ。だからこそ今の君が居る」

「………」

「確かに魔法少女の運命は過酷なものだ。だけど、環さん達はそれを回避する術を知っている。希望が無いわけじゃないんだ。なら、君がやるべき事は―」

「……全てを受け入れて前に進む事」

 森岡は頷く。それから自嘲する様な声音で「僕が言う事じゃないのかもしれないけどね」と呟いた。

 …咲の中で、何かが揺れ動いた。

 それは、希望という名の灯火だった。

 

 

 ―太宰治の『パンドラの匣』という小説の中に、こんな一文がある。

 

「人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。」

 

 …この状況は、まさにこの文にある通りだといえる。

 魔女化という不幸のどん底につき落とされながらも、自動浄化システムという希望の糸を捜し当てている。後は、その糸を手繰り寄せればいいだけなのだ。

 だが、その糸は一人で手繰る事は出来ない。魔法少女達が一丸とならなければいけないのだ。

 なら、自分のやるべき事は…。

 

「いろはちゃん」

 咲はやっとの事で起き上がり、いろはの方を向いた。

「わたしも、前に進むよ」

 希望を信じて、手を取り合って。

 真実は過酷なものかもしれないけれど、それでもわたしは希望を捨てない。

 だって―わたしは魔法少女だから。

「…うん、一緒に進もう。魔女化の無い、幸せな未来に向かって」

 いろはは微笑んだ。

「…僕も協力するよ。何も無い一般人ではあるけれど、それでも何か出来ることがあるなら言ってくれ」

 森岡が言った。

「森岡さん…」

「僕は魔法少女じゃないけど、色々な魔法少女を見てきた…だからこそ、出来る事がある筈だ」

 実際、咲は森岡の言葉に救われた。それに、当事者より傍観者の方が気付き易い事実というものもこの世には存在するのだ。それに…何故か、森岡がそう言ってくれた事がとても嬉しかった。

「ありがとうございます!」

 咲は笑顔になった。

 

 

 

 …この後、神浜市の魔法少女達は「魔女化の無い世界」を作る為に奔走する事になる。その結果、どうなったのか―それを語るにはまだ時期が早いだろう。

 ただ言える事があるとするならば、結果はどうあれ彼女達は必死に運命に抗った―ただ、それだけである。




森岡の過去や彼がどうやって咲と出会ったのかという話は2章が終わったら書く予定です。
尚、次回から新展開となります。

神浜マギアユニオン成立まで、あと少し―。


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邂逅の契機

戦闘シーンです。
グロ表現や陰惨な表現など、人によっては不快に思う内容が含まれております。予めご了承下さい。


 真実は、時に人を鈍らせる。

 真実はいつだって過酷なものだという言い回しがあるが、それは真実にある種の「恐怖」が付き纏うからである。真実を知った事による衝撃が恐怖に転換するから「過酷」なのだ。

 そして琴音咲は、今正にそれを実感していた。

 

 

 始まりは、親に頼まれたお使いだった。

 それを渋々といった感じで済ませようとして町中を歩いていると、不意にソウルジェムが魔女の気配を察知した。すぐ近くに魔女が居る。

 咲が魔法少女の真実を知ってから数日が経ち、流石に落ち着いたとはいえ真実を知ってしまった後では足が竦む。元々魔女退治は命懸けであり、咲自身も窮地に立たされた事は何度もある。

 然し―魔法少女としての正義感がそれを一蹴した。

 咲は自然と魔法少女姿に変身し、結界を見つけて侵入した。

 

 そして今。咲は早くも魔女の結界に入った事を後悔していた。

 目の前に居るバケモノ―「魔女」が、いつ自分の魂を砕くか分からない。たまたま当たった攻撃が、自分の命を奪うかもしれない…そう考えると、身体が震え、足が竦み、動かなくなる。

 そもそも魔女の外見が醜悪だった。何やら触手じみた無数の手足がうねうねと動き、その中心には腐食した何らかの生き物の顔がある。昔読んだファンタジー小説の中にもこんな感じのバケモノの描写が(何故か挿絵付きで)あったがここまで醜悪では無かった。

 使い魔は何故か居なかったが、それならそれで有難い。生理的嫌悪感を堪えつつ、咲は魔女と相対する。心中で「運が無い」と嘆きながら…。

 親がお使いを頼まなければ、その途中で魔女の気配を察知しなければ…こんなバケモノと戦う事も無かったかもしれない。

 然し魔女を放っておく事が出来ず、自分一人だけで無謀だと思いながらも結界に入った。その結果がこれだ。

 勿論周りに他の魔法少女は居ない。一人でやるしかない…幸い相手の動きは余り早くないらしい。矢継ぎ早に攻撃を繰り出せば、自分一人でも倒せるかもしれない。

 

 咲は早速攻撃を仕掛けた。魔力を溜め、それを音符の形をした複数の魔力弾として解き放つ。

 然し魔力弾は相手の本体(と思われる腐食した部分)に直撃する―直前で触手に遮られた。確かに動きは遅かったが、触手の数が多過ぎる。これでは攻撃が届かないではないか。

 咲の顔に焦燥が滲む。魔女が何故か攻撃してこない事を不審に思いながら只管魔力弾を撃ち込むが効き目は薄い。

 ならば―大きく距離を取って、魔力を溜める事に集中する。限界まで魔力を溜めて、何処か一点に放つのだ。複数の小さな魔力弾ではダメージが薄い。なら大きな魔力弾を放てばいけるかもしれない。どの道咲に残されているのはこの方法しかない。

 やがて、魔力が溜まりきった。大きく跳躍してそれを放つ。

「いっけええええっ!」

 巨大な八分音符の形状をした魔力弾が触手と激突した。今度は弾かれる事無く、寧ろ触手を引きちぎりながら進み、本体にクリーンヒットした。

(やった!)

 咲は心中で快哉を叫ぶ。かなりのダメージを与えられたのではないだろうか。

 然し。

 

「え…」

 

 脚に違和感を覚え、見ると先程切り落とされた触手が独りでに動いて脚に絡みついていた。

「………!」

 喉元まで出かかった悲鳴を辛うじて呑み込む。

 切り落とされた触手には先程までは無かった筈の目玉が付いていて…混乱する思考の中、ひとつの事実に思い当たった。

(()()()使()()()()()()…!)

 腐食した部分が魔女の本体で、触手は武器だと思っていたが…違った。触手は本体を守る使い魔だったのだ。

 つまり攻撃しなければ使い魔が分裂する事も無い。そうすると本体を討伐するのが難しいのだが…とりあえず使い魔は魔女を守るだけとなる。攻撃して来ないのも使い魔の習性故だろう。

 だが、触手を切り落としたならば、魔女を守るという役目を失った使い魔はどうなるか―その答えが、今の状況だ。

 沢山の触手が咲にまとわりつき、動きを封じて嫌という程身体を締め上げてくる。

「ぁうっ…ぐっ…この…!」

 藻掻くが、拘束は緩まない。身体が軋み、骨が砕けていく音が響き渡る。それと同時に耐え難い激痛が身体を駆け巡る。

「ああああああああぁぁぁっ!」

 魔法少女はソウルジェムを破壊されると死ぬ。裏を返せばソウルジェムを破壊されない限り死ぬ事は出来ないという事で…こんな拷問じみた時間が、いつまでも続く…死への恐怖よりその事に対する恐怖が勝った。

 

「……いや…嫌あああああああああああっ!」

 

 ―嫌だ。死にたくない。痛いのは嫌だ。何もかもが…嫌だ。

 

 涙と涎で顔を汚しながら、咲は只管喚いて叫んだ。言葉にならない言葉を撒き散らした。

 それを五月蝿いと思った訳では無いだろうが、使い魔の触手が首を締めた。

「ぁ……がァッ…」

 視界が明滅し、重苦しい闇が咲を覆っていく。

 首を絞められたからか、地面には自分が漏らしたと思わしき尿が水溜りを作っていた。それを恥じる余裕も―今は無いが。

 

 

 …自分はここで死ぬのか。

 仲間と歩いていくという誓いを立てたばかりなのに。それを果たせずに、自分は…。

 …せめて、ドッペルが出せればと思う。自分のソウルジェムは濁っている筈だ。ドッペルを放出すればこの状況も打開出来るかもしれない。乱用が危険だという事は承知しているが、それ以外に方法がないのもまた事実だった。

 然しあの自分の底に堕ちる様な感覚はやって来ない。それどころか、苦痛で意識が朦朧としてきた。 

 身体が痺れる様な感覚。

 そして―意識は呆気なく暗転した。

 

 

 この後、琴音咲がどうなったのかという事は―実は余り問題では無い。

 彼女はこの後魔女に喰われ、死を遂げた…ここまでの描写を見る限りはそう思うだろう。

 然し、結論から言うと彼女は助かった。運が良かったというべきか…この魔女の結界を偶然発見し、主である魔女を討伐しようとした魔法少女によって助けられたのだ。

 その魔法少女というのは環いろはでも七海やちよでも無く、咲とは全く面識が無い人物だった。

 そして彼女はこの物語に決して少なくない影響を齎す事になる人物でもある。

 

 

 その魔法少女の名は― 生方夏々子(うぶかななこ)

 琴音咲にとっては、敵にも味方にもなりうる「中立」の魔法少女である。




今回のラストに名前だけ登場した生方夏々子さんはhidon氏が考案したキャラクターです。次回大活躍する予定なのでお楽しみに。(実は2章のプロローグで既に出ていたりしますがそこは後程…)

さて、久しぶりの戦闘シーンでしたが如何でしたでしょうか?
リアリティを出そうとした結果があの戦闘シーンでしたが…今後もこういった描写が増える…かも。


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物語は静かに動き出す

 琴音咲が魔女に殺されかかっていた丁度その頃。

 生方夏々子は街中を当てもなく歩いていた。

 暇であるという訳ではなく、相棒とはぐれたのである。といっても夏々子の相棒は自分勝手で人の事なんか気にしないからこういった事は日常茶飯事である。だから夏々子も特に心配したりはしていなかった。

(とはいえ、独りだと暇ではあるけどね)

 家に帰ってもやる事は無い。かといって外に居ても何か興味があるものは見つからなかった。

 

 さて、本当にどうしようか―夏々子がそう考えた時、魔女の気配を察知した。

(いやまあ暇っちゃ暇なんだけど魔女が出てくるのはそれで困るんだよね…)

 夏々子自体はあまり強くない魔法少女である。どちらかというと他人のサポート役が向いていると自覚している彼女にとって、一人での戦闘はかなり大変なものであった。要は面倒臭いのである。

 だが、結界の前まで来た時、そんな気持ちは一瞬にして吹っ飛んだ。

(魔法少女がひとり…殺されかけてる)

 これは良くないな―率直にそう思った。

 だから、結界に飛び込んだ。

 自分が介入した所でどうにもならない事は分かっていたが、それでも見過ごす訳にはいかなかった。

 そういった点で、生方夏々子は「優等生」だと言えるだろう。

 然し、彼女はある面において異常な人間なのだった。

 

 

 結界に入って暫く進むと、その光景が目に入った。

 一人の魔法少女が、何やら触手めいたものにまとわりつかれ、もがき苦しんでいる。意識を失いつつあるのか、動きは次第に緩慢になりつつあった。触手は少女にまとわりつくのに夢中で夏々子には気付いてない様だ。

(ヤバイ…)

 防衛本能が警鐘を鳴らしている。生理的嫌悪感と共に、今少女の身体を貪っている触手のターゲットが自分に変わったらどうなるかを想像してしまい、冷や汗が流れた。

 素早く周りを観察する。無数の触手の向こう側に何やら幾つかの触手がくっ付いた腐食したものが転がっていた。魔力反応を確かめてそれが魔女であると判断する。ではこの触手共は使い魔か。

 魔女は何らかの攻撃を受けたのか死にかけの様だった。ボロボロで血を流しているし、先程から動きもしない。

(あと一発喰らわせれば死ぬだろうな。だけど…)

 この触手の大群をどうやって潜り抜けるか―それが、問題だった。

(ここは一発、占ってみるとしようかね)

 夏々子は武器である水晶を玉の形に変化させ、固有魔法を発動した。

 

 生方夏々子の固有魔法は「風水」である。

 この魔法を使うと矢印が出現し、それが指し示した方角に向かって進めば、最良の結果が得られるというものだ。

 矢印は魔女や魔法少女戦においては対象のどこを狙えばいいかを指し示し、その位置を攻撃すると幸運が得られる。要は相手のウィークポイントを突けるのである。

  基本的に自分の相棒を占って彼女を幸運へと導いている夏々子だったが、魔法少女戦では相手も占うので相棒に睨まれたりする事も多々ある。これは固有魔法というより夏々子自身の問題であり、彼女は対人戦では何があろうと「中立」なのである。

 然し魔女戦ではその限りではない。だから夏々子は自分ともう一人の魔法少女が助かる道筋を占った。

 出現した矢印によると、触手を飛び越える様に跳躍して魔女に攻撃を加えれば良いとの事だった。この魔女は腐食しているからか全身が弱点の様なものらしいので、取り敢えず攻撃すれば良いらしい。

(でもこれ、下手したら触手の海にダイブするぞ…)

 うわあ嫌だと呟いたが、他にいい方法は無い。やるしか無かった。

「ええいままよ!」

 夏々子は助走をつけて自分が跳べる最大の高さまで飛び上がった。そして触手の大群を飛び越えようとしたが勢いが足らずに身体は重力に従って落ちていく。

「ヤバっ!」

 焦る夏々子だったが直ぐに気を取り直して水晶を槍状に変化させ、魔力を込めて魔女の方へとブン投げた。

 槍は魔女を貫き、血飛沫が舞い散る。魔女は痙攣した後、動かなくなった。

 …その一部始終を夏々子は触手にまとわりつかれながら見ていた。あの魔法少女程酷い事にはなっていないが、やっぱり気持ち悪い。魔女が死んだ瞬間触手も消えたのが唯一の救いだった。

 

 

「さて…」

 これからどうしようかと夏々子は考えた。

 目の前では少女が相変わらず倒れている。取り敢えず生きてはいるようだが、状態はあまり良くない。放っておいたらそのうち死ぬだろう。

 やれやれと呟いて、携帯端末を取り出す。そして救急車を呼んだ。

 救急車が来るまでの間、ぐったりとしている少女に魔力を流し込んでみる。単に魔力切れで倒れている可能性も否定出来ないし、もし傷を負っているのならば魔力が多い方が治りが早いからだ。

 それにしても―。

「死にかけるってのは、こういう事か…改めて実感したよ」

 少女の額には脂汗が浮かび、表情は苦しげだ。決して安らかな顔などでは無い。見ると、少女は失禁までしている様だった。…それ程の苦痛と絶望を味わったのだろう。

(一歩間違えたら、アタシがこうなっていた訳か…)

 相棒に救われなかったら、今頃自分はこの世に居なかっただろう。

 だから、相棒の行いを許容しているのだ。殺人という、最低な行いを。

 人を殺すのは悪い事である。そんな事は小学生でも分かるし勿論夏々子も分かっている。なら何故相棒を止めないのか。

 それが、相棒の()()だと考えているからだ。個性が無ければ人格が破綻する。だから、夏々子は咎めない。

 これこそが、生方夏々子の異常性である。彼女はどんな人間でも興味を持つと受け入れてしまう。それが犯罪者だろうと関係無い。極端な話、受け入れた相手に殺されたとしても夏々子はそれを受け入れるだろう。そのくらい度量が広いのだ。中立の立場にいるのもその異常性故である。

 

 

 救急車が来ると、夏々子はどさくさに紛れて同乗した。どうせ暇だし、顛末を見届けようと思ったからである。生き延びるならそれでいいし、死んだらそれでおしまいだ。どちらにせよ、見届けようと思った。

 少女が持っていた学生証から、彼女の名前が琴音咲だと判明した。咲は病院に着いてから直ぐにICU(集中治療室)に運ばれてゆき、思ったより重傷である事に驚いたが取り敢えず待つ事にした。家には連絡を入れてあるので遅くなっても大丈夫ではある。持っていた文庫本を読みながら、咲の回復を待った。

 暫くすると咲の母親が来て、散々お礼を言われた。それに内心辟易していたら医者が出てきて、命に別状は無いと伝えられた。

 それでおしまい。夏々子は咲の母親に「もう遅いから帰った方がいいですよ」と言われ、病院を出た。

 

 

 家に帰る途中、相棒に出くわした。

「どこをうろついていたんだい?」

 夏々子の問いかけに相棒は答えない。だが何をしていたかは察しがついた。

「また殺ったのかい?しょうがないねぇ…」

 大方、マギウスの翼の黒羽根とトラブルになって殺したのだろう。ここ最近は何時もそうだ。

 そんな事が起きているのにも関わらず死体が見つからないのは相棒の固有魔法が関係しているのだが…まあそれはどうでもいい。

「まあいいや。アタシはね…」

 夏々子は自分に今日起こった事を話した。相棒はそれを聞いているのかいないのか、さっさと歩いていく。これもいつも通りの光景である。

「……で、その子…琴音咲っていうんだけど、その琴音さんが…」

 そこまで話した時、夏々子は相棒がこちらを凝視している事に気付いた。琴音咲という名前に反応したらしい。

「琴音…咲だと?」

 相棒の低い声。

「そうだよ。知ってるの?」

 相棒は答えず、ブツブツと呟く。

「…そうか、魔法少女になってたのか…ハッ!これは面白い!」

 夏々子は相棒のこんな様子を見た事がなかった。…こんなに上機嫌なのは初めてだ。

「…かかし」

 不意に、相棒が自分を呼ぶ。

「なんだい?」

「琴音咲の事を調べるぞ」

「いいけど…どうして?」

「決まってるだろ…」

 相棒は此方を振り返った。

 酷く、昏い笑みを見せながら…。

 

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2章も折り返し地点に来ました。
はっきり言って物語の本筋からは少々逸脱している章ではありますが、もう少しだけお付き合い頂ければ幸いです。


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これからのこと

 琴音咲が魔女に襲われてから、一週間が経った。

 咲はまだ入院中だ。一命は取り留めたがそれでもかなりの重傷を負ったので暫くは絶対安静にしていなければいけない。

 といっても魔法少女の回復力は凄まじく、常人とは比べ物にならないほどの回復速度を見せていた。医者は驚いていたが。

 入院してから病室にはかわるがわる知り合いが訪れていた。両親と祖父母は最初のうちは殆ど付きっきりだったしいろはやももこ等の知り合いの魔法少女やクラスメイト、慎也や未来までお見舞いに来てくれた。咲の殆どの知り合いが心配してくれたといっても良い程だ。

 何故こんなに来てくれるのだろうと首を傾げていたが、どうやら話に尾鰭が付きまくり「トラックに轢かれた」、「とんでもない魔女に甚振られて殺されかけた」等(後者はあながち間違ってはいないし寧ろ事実なのだが)知らないうちにかなりスケールが大きい事件になっていたらしい。ちなみに表向きは事故という事になっている。どんな事故なのか詳しく話さなかった為尾鰭が付きまくったともいえるのだが。

 そんな中、森岡誠司だけが未だに姿を見せなかった。慎也に聞いてみると、入院の事を聞いても「あそう…」としか返さなかったらしい。それで思わず慎也がキレて殴りかかったのはまた別の話である。

 ある意味森岡らしかったが、それでも少し寂しかった。

 

 

 病室の中には何も無く、退屈だ。

 暇つぶしに学校の宿題をやっていると、ドアがノックされた。

 どうぞと言うとドアがスライドし、森岡誠司が病室に入ってきた。

「綺麗な病室だね。しかも個室なんだ」

 挨拶もそこそこに言う。

「はい、わたしは普通の病室で大丈夫って言ったんですけど…思ったより大怪我だったみたいで個室に」

「そう…」

 森岡はサイドテーブルに一冊の本を投げ出した。ドスンという大きな音がした。

「暇だろう。本でも読んでゆっくり過ごすといい」

 見てみると、それは京極夏彦(きょうごくなつひこ)の『虚実(うそまこと)妖怪百物語』だった。しかも合本版で千ページ以上ある。全身骨折(殆ど治りかけ)の患者で腕に余り負荷を掛けられない咲には少々重い物ではあったが、サイドテーブルに置いて読めばいいと思い直した。長いから中々読み終わらないだろうし、ちょうどいい。

「いいんですか?」

「その位長ければ退屈しないだろう。それに…面白いものを読めば気分も上がるだろうしね」

 森岡はそういって微笑んだ。

「…ありがとうございます」

 退屈を持て余していた咲にとっては嬉しいプレゼントだった。なんだかんだ言って森岡誠司という人は優しいのだ。

 

 

「環さんから聞いたよ。魔女に殺されかかったんだってね」

 森岡の言葉に、あの時の光景がフラッシュバックする。

 ―触手が身体を締め付ける。泣き叫ぶが誰も助けに来ない。絶望の中で藻掻く。そして首を絞められて意識を失う。

 …今思い出しても、吐き気が込み上げ、身体が震える。

「……はい」

「…ごめん、思い出させるつもりは無かった」

 森岡が表情を曇らせて頭を下げた。それ程自分の顔色は悪くなっているのだろうか。

「大丈夫です…」

 息を整える。

 大丈夫、自分は生きている。

「でも、魔女を倒せなかった…」

「…神浜の魔女は強い。君は冬天市にいた時も苦戦しながら戦っていたよね。そんな人間がいきなり強い魔女と戦ったんだ。気に病む事は無いと思うよ」

 あの後、自分は通りすがりの魔法少女に助けられたらしかった。生方夏々子というらしいその魔法少女を自分のせいて危険に晒してしまったかもしれない…そう考えると気分が重くなる。

 調整を受けて強化されたとはいえ、自分はまだまだ未熟な魔法少女だ。これから神浜でやっていけるのだろうか?

 思わず、森岡にそういった事を零してしまう。明らかに弱気になっている咲に、森岡は静かな口調で言った。

「…琴音君はこの戦いで、魔法少女をやめたいと思ったかい?」

「え…」

 思わぬ質問に、言葉が詰まる。

「死の恐怖…それは何度も味わってきたと思う。だけどここまで死に近付いたのはこれが初めてなんじゃないかな」

「それは…そうですけど…」

 冬天市にいた時は苦戦こそしたものの、ここまで酷くやられる事は無かった。

「僕も、ここまで酷くやられた魔法少女はあまり見た事がない。だから、心配なんだ」

 森岡は目を細め、窓の外を眺めた。

「魔法少女を続ける限り、君はこういう目に遭い続ける。それでも、魔法少女を続けるのかい?」

「でも、やめることなんか…」

「この街には調整屋というシステムが有るらしいね。そこでは一部の弱い魔法少女にグリーフシードを融通しているという噂を聞いた」

 咲は驚いた。調整屋…八雲みたまがそこまでしていたとは…。

 だが、

「今更ですよ…そんなの」

 咲は僅かばかりの嫌悪感を込めて呟いた。自分だけが逃げる訳にはいかない。森岡はそれを分かっていて言っているのか。

 …いや、違う。悪いのは自分だ。森岡にこう言わせてしまう程、自分は弱いのだ。

「…そう、だよね。すまない…琴音君の気も知らないでこんな事…」

 案の定、森岡は表情を曇らせた。咲の中で益々自己嫌悪感が強くなる。

「わたしこそ、すみません…」

 咲はか細い声で謝った。

 空気が重くなり、暫く無言が続いた。

 

 

 唐突にドアがノックされて、咲は我に返った。

 入ってきたのは銀髪の少女だ。咲を見るなり「あ、目覚めたんだ」と言って近づいてくる。

「えっと…」

 面識のない少女の来訪に咲は戸惑う。それに気付いたのか、少女は自己紹介をした。

「初めまして…ではないけどまあいいや。生方夏々子です。よろしくね」

「生方…夏々子さん?」

 そこで咲は彼女の指にソウルジェムの指輪がはめられている事に気付いた。

「もしかして、琴音君を助けてくれた魔法少女っていうのは…」

「そう、アタシだよ」

 咲は驚き、慌てて立ち上がった。

「あ、ありがとうございます!」

「別にいいよ。当然の事をしたまでさ。それに…あのまま放っておいたらかなり惨たらしい死体になってただろうし」

 夏々子はひらひらと手を振った。

「だけど、これはちょいとまずいね…確かにアレは一人じゃ手に負えなかっただろうけど、この先もあんなのが出たらどうするんだい?」

「それは…」

 先程森岡が言った「魔法少女をやめる」という言葉が脳裏に浮かび、それを振り払う為に頭を振る。

「悩んでるって感じか。じゃあさ…」

 夏々子はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「アタシと特訓しない?」

 

「…へっ?」

 一瞬、意味を理解出来なかった。それを咀嚼して理解した時、咲は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「実を言うとアタシも弱い部類の魔法少女なんだよね。で、この際だからちょうど良いかなって思った訳」

 それに、と夏々子は言葉を継いだ。

「琴音さんだっけ?アンタに興味もあるんだ。悪い話では無いと思うけど」

「でも、大丈夫なのかい?またこんな事があったら…」

 森岡が心配そうに言う。夏々子は彼を不思議そうに見てから訊いた。

「大丈夫な様にするけど…その前に、アンタ誰?」

「森岡誠司。魔女や使い魔が見える小説家志望の一般人さ」

「いや、それ明らかに一般人の領域超えてるよね…?」

 思わず突っ込む夏々子だったが、直ぐに気を取り直して咲に言う。

「とにかく、こんな事にならない為の特訓だけど、どうする?」

「…やります」

 答えは決まっていた。

 強くなるために、特訓をする。それが今やるべき事だ。

「森岡さんもそれでいいのー?」

「僕に決定権は無いよ。それに…環さん達は今神浜を纏めようとしている。それに笑顔で合流出来ればいいんじゃないかな?」

 夏々子の問いに、森岡は淡々と答えた。

「……環いろはと知り合いなんだ」

「…?」

 夏々子が何かを呟いたが聞き取れなかった。

「まあいいや、じゃあ退院したら始めようか。よろしくね」

 言って、夏々子は帰っていった。

 

「…急展開だね」

 森岡が苦笑する。

「でも、わたしは強くなりたいです」

「まあ止めないけどさ。気をつけてね?」

 森岡は後ろを向いた。

「……君も居なくなったら、僕はどうすればいいのか分からないからね」

 どういう事なのか訊こうとした時には既に森岡はドアの向こうへと消えていた。

 咲は暫くドアを見つめてから、森岡が残していった本のページを捲り、読み始める。

 目で内容を追いながら、意識は特訓に思いを馳せていた。

 

 わたしは、強くなれるだろうか?



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表裏の邂逅

 無数の槍が頭上から降ってくる。

 それを何とか躱しながら前に進むが、前からも槍が飛んでくるので中々進めない。

 槍が時折身体を掠り、その度にヒヤリとする。

「ほらほら、早く進まないと串刺しになっちゃうよ?」

 特訓の相手―生方夏々子はそう言って挑発してくるが、それに言葉を返す余裕は無い。

(このままだと本当に死んじゃうよ…!)

 半ばパニックになりながら、琴音咲は只管槍を避け続けた。

 

 

「はい、おつかれー」

 その言葉と共に地面にぶっ倒れる。多分暫く立てないだろう。

 大の字になって寝転ぶ。はしたないのは分かっているが体勢を変えるのも億劫なのだった。

「ま、良くなった方だと思うよ」

 夏々子が歩いて来た。こちらは汗一つかいていない。

「あ、ありがとう…」

 この槍避けを始めてから既に三日が経っていた。夏々子は「これを避けられるまで次の特訓には進まない」と言って槍を投げまくってきた。おかげで生傷が増えたが、次第に慣れてくるようになり、今日は全て避け切る事に成功した。と言っても体力の消費が激しいので今こうやって倒れているのだが。

 自分は攻撃を只管避けているが、夏々子はこれをする事で何か学んでいるのだろうかと思って訊いてみると、「魔力のコントロールの練習になる」との事だった。一応夏々子なりに特訓はしているらしい。

「でも、これでかなり動けるようにはなってる筈だよ」

 夏々子は特訓を始める前、「魔力の扱いとかよりも真っ先に回避の練習をした方がいい」と言った。強い力を持っていても敵の攻撃を受けたら終わりだと熱心に言い、それでこの槍避けをする事になった。

「そうかな…」

 まだ実感が湧かなかった。

「これから試せば分かるよ。それよりも…」

 夏々子はちょっと呆れた様に言った。

「パンツ見えてるよ」

「へっ!?」

 慌てて足を閉じ、スカートを直す。今まで気付かなかったがスカートが捲れあがっていて、太腿の付け根辺りまでが露出していた。それに気付かない程疲れていたのだ。

「水色の可愛いやつ履いてるんだねぇ…」

 夏々子はニヤリと笑う。顔が一気に真っ赤になった。

「それは別にいいでしょ…」

 余談だが、咲と夏々子は同い年である。と言っても恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。

 

 

 暫く休憩した後で夏々子が「そろそろ始めようか」と言って立ち上がった。その頃には咲も大分回復していたので、頷いて立ち上がる。

「次はどうするの?」

「実戦でもしようか」

 平然と言われた言葉に目を丸くする。

「実戦って…」

「アタシと勝負しよう」

「ええっ!?」

 まだ魔力の扱いや戦い方も確認していないのに―そう言うと、夏々子はそれはいいんだよと言った。

「そういうのは個人の感覚さ。戦いの中で学んだ方がいい」

「でも…」

「大丈夫。今の咲はかなり動ける筈だから」

 夏々子は咲に構わず、「じゃあ、始めようか」と軽く言うと水晶を槍の形に変化させて投げてきた。かなりのスピードだったが咲の身体は自然に反応し、それを軽々と躱す。

「ほらやっぱり…」

 夏々子は嬉しそうに微笑むと距離を取り、水晶玉を作った。咲は事前に彼女の固有魔法を聞いていたので、夏々子が自分のウィークポイントを占っている事が分かった。

 咲は魔力を溜め、音符の形の魔力弾を放出する―直前で思い直し、魔力を溜めたまま突進した。

 夏々子の近くになって魔力を解放し、至近距離から魔力弾を放つ。然し夏々子はそれを見越していたようで、水晶で盾を作り、魔力弾を防いだ。

「甘いね」

 耳元でそんな声が聞こえた瞬間、腹部に衝撃を感じた。夏々子の爪先が咲の腹部を蹴り抜いていた。

「うぐっ…」

 咲は数メートル程吹っ飛ばされ、地面に激突し強かに顔面を打ち付けた。

「あ、手加減はしないよ。まあ死なないようにはするけど…」

 そんな夏々子の声が聞こえた瞬間、咲は咄嗟に横に転がった。

 先程まで倒れていた所に巨大な水晶の塊が突き刺さっていた。アレが直撃していたらと考え、ぞっとする。

「そうこなくちゃね」

 夏々子が笑い、再び水晶玉で占い始める。咲は完全に嘗められていた。

 そもそも生方夏々子は自分を「弱い部類の魔法少女」と称しているが決してそんな事は無いと咲は思う。固有魔法抜きでも、武器である水晶を自在に操る事が出来る夏々子は充分強い魔法少女だ。

 それに比べて自分はどうだろうか。確かに固有魔法は使い方によっては強力だろうが、それ以外はてんでダメだ。

 そう考えてネガティヴになりかけた時、咲の頭の中にひとつの考えが浮かんだ。それは一歩間違えたらとんでもない事になり、また成功する確証も無かった。

 だが、思い浮かぶ方法はこれしかない。

 咲は迷いを捨てた。

 

 

 生方夏々子は目の前の少女の様子がおかしくなった事に気付いた。

 先程まで自分の攻撃を受けながらも必死の表情を浮かべて勝機を見出そうとしていたのに、今彼女は顔から表情を消し、無機質な雰囲気を纏っている。

「咲…?」

思わず名前を呼んだ。それ程に、雰囲気が変化していた。

 彼女はゆらりと顔を上げる。その眼を見て、夏々子は怖気を覚えた。

 何の感情も無い眼。それは正しく人殺しの眼だった。

 咲は―いや、先程まで琴音咲だったものはがむしゃらに突っ込んできた。猪突猛進という言葉が相応しい無謀な突撃だ。

(血迷ったか?) 

 そう思い、槍を生成して投げる。彼女はそれを躱し、夏々子に肉薄した。

 また魔力弾か―そう思い、壁を生成した夏々子だったが、

「何も…持ってない?」

 彼女は武器である指揮棒すら持っていなかった。思わず戸惑う夏々子だったが、次の瞬間益々困惑する事になる。

「なっ…!」

 彼女は自分の拳に魔力を纏わせ、壁を殴り始めた。それで水晶の壁にヒビが生じる。それを見るや否や裂け目に指を突っ込み、無理矢理こじ開け始めたではないか。

「うわぁっ!?」

 夏々子は吃驚して悲鳴をあげた。裂けた壁から能面の様に表情が無い顔が覗く。ちょっとしたホラーだ。

 彼女は夏々子の髪を掴み、凄い力で引っ張った。何房か髪が抜け、激痛で目に涙が滲む。

 夏々子はその勢いで投げ飛ばされた。こんな華奢な少女の何処にこんな力があるのか。いや、それ以前に…。

(まるで、人格が変わったみたいに動きに無駄が無くなった)

 どういう事かと空中で考え、ひとつの仮説を導き出した瞬間に地面に叩き付けられた。

(まさか、コイツ…固有魔法を暴発させたのか?)

 琴音咲の固有魔法は「鎮静」である。周りや自分を落ち着かせ、冷静な判断ができるようにするというものだが、それを自分に対して使い過ぎたのではないだろうか。

 冷静になりすぎて感情すらも一時的に喪失しているのだと思えば納得がいく。そういう事が可能なのかはまた別の話だが…できないとも言い切れない。

 つまり、今の咲はロボットの様なものなのだ。目的を遂行する為には手段を選ばない…夏々子の相棒と、同じ様な人格に変化している。

(もしかしたら…アタシはとんでもない怪物を目覚めさしてしまったのかもしれない…)

 いつか、咲が敵となるなら…この能力は、脅威そのものでは無いか。

 倒れた夏々子の上に咲が伸し掛る。強い力で首を絞められ、死ぬほど驚いた。

(まず…)

 死ぬ事は無いだろうが精神的によろしくない。だがしっかりと極まっていて抜け出す事も出来ない。

(万事休すかな…)

 夏々子はあっさりと観念した。苦しいのは嫌だがこればかりは仕方ないであろう。

 

()()()

 

 不意に、相棒の声が聞こえた。

(まさか最期にアイツの声を聞く事になるとはね…)

 幻聴だろうと思い、苦笑する。

 然し。

 

「何ぼさっとしてる?情けないヤツめ」

 

 そんな声と共に、咲の両腕が切り落とされた。

 生温かい血飛沫を浴びながら夏々子は激しく咳き込み、前を見た。

 

「…咲、まさかアンタが人を殺そうとするとはね」

 

 自分の相棒―元黒羽根の少女と咲が、相対していた。

 お互いに、似たような眼で、似たような殺意を抱いて睨み合っている。

 

 …それは正しく、偶然が引き起こした神の悪戯だった。



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赫に染まる憎悪

 咲は彼女を見ても驚く様子すら見せず、ただ元黒羽根の少女をじっと見つめている。

「何だ、固有魔法に呑まれすぎてあたしがここに居る事すら分かってないのか」

 これじゃあ殺し甲斐がないじゃないかと彼女は残念そうに言って、夏々子の方を向いた。

「いつまで寝転んでるんだよ。早く立ちな」

「どうして…」

 夏々子はやっとの事で言葉を絞り出した。

「どうしてアンタがこんな所に?」

 彼女はそれには答えず、また咲の方を見る。腕を切り落とされた筈だが血は既に止まっている。それどころか、僅かとはいえ再生しつつあるようだ。

「…ま、今アンタを殺しても面白くはないだろうね…かかし、アンタの水晶を貸しな」

「形は?」

「鈍器」

 その通りにして水晶を渡す。彼女はそれを受け取ると、ニヤリと笑って言った。

「殺さない程度に相手してやろう。あの時の恨みも込めて蹂躙してやるからかかって来な」

 言い終わらないうちに咲が接近してくる。腕が無いのでバランスが取りにくいだろうが、それでも向かって来た。

 勿論そんなものが通用する訳もなく、彼女はそれを軽々と躱し、逆手に持っていたダガーを振り上げた。咲の背中がパックリと裂け、血が飛び散る。

 然し痛みを感じていないのか咲はまた無表情に彼女を見詰め、脚に魔力を溜めた。

 瞬間、凄まじい勢いの頭突きが彼女の腹に炸裂する。二人はその勢いで吹っ飛んでいった。

(頭突きって…)

 確かに腕が無いから攻撃方法としては正しいのだろうが、何だかシュールな光景だと夏々子は思った。

 見事相手を吹っ飛ばす事に成功した咲だったが、彼女が出来たのはそれだけだった。暫く揉み合った後に後頭部に鈍器の一撃を喰らい、その場に崩れ落ちたからだ。

「幾ら痛みを感じないとはいえ、脳を揺らされりゃそれなりに障害も出るだろ」

 彼女が勝ち誇ったように言い、また鈍器を振り下ろす。

 夏々子は頭蓋骨が砕ける音というものを初めて聞いた。それと同時に言い様の無い不快感が全身を支配する。

「ちょっと、その位にしときなよ」

 気付いたら声を掛けていた。

「なんで」

「それ以上やったら本当に死ぬよ?」

「殺す気でやってるからいいんだよ」

 ―さっきと言ってる事が違うじゃないか。

 そう言いたいのを辛うじて呑み込んで、何とか彼女を説得しようとする。

「ここで咲が死んだら疑われるのはアタシだ」

「アンタがどうなろうがどうでもいい」

 じゃあなんで助けたんだよと思ったがこんな事で一々ツッコミをいれてはコイツとは付き合えない。夏々子はそれをよく分かっていたので構わず続ける。

「アタシが居なくなったら困るのはアンタじゃない?アタシの能力が必要なんだろ?」

「……」

 彼女は答えない。だが渋々といった感じで鈍器を下ろした。

 やれやれと夏々子は思う。これで丸く収まれば(最も咲は重傷を負っているのだから丸く収まるはずがないのだが)一件落着なのだが…。

 然し、そうはいかなかった。

 彼女は咲の髪留め―ソウルジェムを掴み、力を込めて握った。

 瞬間、咲の身体が痙攣するようにピクリと跳ねる。それと同時に魔法の効果が切れたのか、彼女はのたうち回りながら悲鳴をあげた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 少女はそれを愉快なものでも見るように眺めながら大声で笑った。

「あはははははは!アンタにはそれがお似合いだよ!」

 夏々子は無関心を装っていたが、心中は穏やかではなかった。

(コイツは元からこういうヤツだが…流石にここまでする事は無いはずだ。何があったら、ここまでの憎悪を抱けるんだ?)

 軈て咲は泡を吹いて気絶した。少女はソウルジェムを咲の足元に投げ、それから夏々子を見た。

「帰るぞ」

「でも、特訓が…」

「咲が魔法少女になってる事は確認出来たんだ。もう用はない」

 後は隙を着いて殺すだけだと言って、彼女は興味を失った様に歩き出した。

 夏々子は暫く逡巡した後、咲に近付いて魔力を流し込み、それから奇跡的に無事だった咲の携帯端末を探してロックを解除し(指紋認証だったので咲の指を押し当てたらあっさり解除された)電話帳を開いてある番号に電話を掛けた。

 

 

 環いろはは武術道場「竜真館(りゅうしんかん)」に居た。と言っても此処で稽古をしているという訳ではない。「神浜魔法少女互助組織(仮)」の会合の為にこの場所を使わせてもらっているのである。

 竜真館の一人娘である竜城明日香(たつきあすか)は魔法少女であり、この道場を快く貸してくれた。但し門下生が来るまでという条件付きだが、それでも有り難い。

 この組織の全体的な代表は環いろはと七海やちよという事になっているが、二人は西神浜の代表である。他には東神浜代表の和泉十七夜、南神浜代表の都ひなの、以上四人を最高幹部として動いている組織だ。

 元々いろはが提案した事なのでいろはが代表になるのは当然の事なのだろうが、環いろはという人物は組織を纏める器では無い。これは本人も思っている事で、最初はそれを理由に辞退しようとした。

 だが、そこでやちよが「私がサポートするから大丈夫」と言い、結局こんな形に落ち着いた。

 組織の名称は「神浜マギアユニオン」で決まりかけていたし、運営方法も既に確定している。魔女にならない力―「自動浄化システム」についてはまだまだ不明瞭な事が多く。今のいろは達では結論が出せない。

 という訳で今回は決起集会の日にちやその他細々した事を決めた。なので会合は直ぐに終わり、解散しようとした時十七夜が皆を呼び止めた。

「最近黒羽根の動きが活発化しているという話は無いか?」

「西ではこれといったトラブルは無いわね。少なくとも一時期と比べたら大分落ち着いたわ」

「南も同じだ」

 やちよとひなのの言葉にそうかと頷いてから、十七夜は難しい顔になった。

「…実は、この前黒羽根に襲撃を掛けられてな。中々強かったし明らかに自分を殺そうとしていたから他でもそういう動きを見せているのではないかと思ったのだが」

 皆が吃驚した様子で十七夜を見る。

「十七夜が強いって言うならかなりの腕前だったのね…」

「ああ…ん?環君、携帯が鳴ってるぞ」

「…え?あ、すみませんちょっと失礼します」

 マナーモードにしていたので気付かなかったがそれは咲からの電話だった。いろはは断りを入れてから電話に出る。

「もしもし」

『……環いろはかい?』

 咲では無い。別の少女の声だ。

「……あなたは誰ですか?それは咲ちゃんの携帯の筈ですが」

 いろはの声のトーンから何か察したのか、やちよ達が怪訝そうにいろはを見る。

『そうだよ。これは確かに咲の携帯だ。でも今はそんな事言ってる場合じゃない』

 相手は急に早口になり、咲が重傷を負っている事と彼女が居る場所を手早く伝えた。

「咲ちゃんが…!?」

『早くしないと死ぬかもね。とっとと動きな』

 それを最後に電話は切れた。

「いろは、どうしたの?」

「咲ちゃんが…重傷を負っているって…」

 それで皆の表情が変わった。いろはは直ぐに電話で告げられた場所に向かう事を伝えて道場を飛び出した。

 

 

 その場所に向かうと、確かに咲が血塗れで倒れていた。

「咲ちゃん!」

 慌てて駆け寄り、いろはは息を飲んだ。

 両腕が無く、背中はパックリと裂けている。頭蓋骨は砕けている様で、魔法少女でなければ死んでいるという重傷だった。

 やちよ達も追いついてきて、その惨状に絶句する。

(直ぐに病院へ…いや、そんな事をしている場合じゃない!)

 いろはは魔法少女姿に変身し、治癒の魔法をフルパワーで掛ける。これはソウルジェムに入ったヒビも治すような強力なもので、実際直ぐに傷は癒えた。

「一応これで大丈夫みたいです…」

 いろはは安堵して言った。

「しかし、誰がこんな酷い事を…魔女の仕業か?」

「それは…分かりません」

 咲はいろはに特訓の事を言っていなかった。だからいろはが分からないのも当然だった。

 その時、咲が小さく身じろぎした。

「秕ちゃん…」

 か細い声で呟かれた名前に、いろはの中である考えが浮かんだ。

 然し直ぐに馬鹿馬鹿しいとそれを追い払い、それっきりその事は忘れてしまった。

 

(まさか、秕さんが魔法少女になって咲ちゃんを襲ったとかは…流石に考えすぎだよね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、後に彼女は知る事になる。

 その考えが、決して間違いではなかった事を…。



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暗雲

 その後、咲は直ぐに目を覚ました。だがそこに夏々子は居なく、何故かいろは達が自分を介抱してくれていた。

「咲ちゃん…目を覚ましたんだ」

 いろはが安堵したように言った。

「わたしは…」

 自分がどうなったのか訊こうとした時、それを思い出した。確か自分は固有魔法を暴発させたのだ。然しそこからの記憶が無い。

「琴音さん、血塗れで倒れていたのよ」

 やちよが言った。その言葉に咲は驚く。

「血塗れ…!?」

「そうだ。環君が居なかったら危ない所だったぞ」

 やちよの隣に居る白髪の少女が腕組みをして言った。その隣にはかなり背が小さい小学生らしき少女も居る。

「おい!今アタシの事小学生って言ったな!」

「えっ…」

 咲は目覚めて早々戸惑う事になった。何だか色々とよく分からない事が多過ぎて頭がパンクしかけていた。

 

 

「……それで、その人が咲ちゃんの携帯を使って私達に教えてくれたの」

 いろはから話を聞いた咲はふと思い付いて携帯端末を立ち上げた。するとメモ欄に書いた覚えの無いメモが残されているのを見つけた。

 

 『アンタが試した手は悪手だ絶対につかうな。あと特訓はアタシの都合により中止する。でもアンタは十分やってけるよ。攻撃より避ける事を考えれば大丈夫だ。またなんかあったら連絡してくれ 夏々子』

 

 急いで書いたであろうその文章を見て、咲は急に不安になった。

(もしかしたらわたしのせいで夏々子ちゃんは…)

 自分が夏々子を傷付けてしまったのではないかと焦り、慌てて夏々子に連絡する。

 すると直ぐに夏々子が電話に出た。

「夏々子ちゃん、ごめんね…」

『いきなりだな。何かされた覚えは無いぞ?』

「でも、魔法を暴発させて…」

『ああ、その事か…アタシは大丈夫だから心配するな、それより…』

 暫く躊躇うような間があって、それから夏々子が声を潜めて言った。

『………つけろ』

「えっ?」

 

()綿()()()()()()()()()

 

 咲は凍り付いた。

 何故、夏々子がその名前を…?

「それって……」

 訊き返そうとした時、プツリと通話が切れた。画面の向こうの世界が死に絶えたかのように、後には静寂だけが残った。

 咲は携帯端末を持ったまま立ち尽くす。頭の中が益々こんがらがって思考が上手く纏まらない。

「咲ちゃん?」

 いろはの心配そうな声が聞こえてくる。それを遮るように頭の中で、「吹綿秕に気をつけろ」という言葉が反響していた。

 

 

 生方夏々子は咲からの電話を切ると前を歩く相棒の様子を伺った。相棒は夏々子が電話をしていた事は気付いていたものの相手が咲だという事には気付いていないようで夏々子はほっとした。バレたらただでは済まないと分かっていたからだ。

(だって、フェアじゃないし)

 咲が自分と敵対するであろう相手の事を知らないのはあまりにもフェアでは無いと夏々子は思った。だからこそ彼女に忠告したのだ。いきなりの事で咲は戸惑うだろうが…それでも知らないよりかはずっと良い。

(後でハッキリと伝えなきゃな…)

 魔法少女はテレパシーが使える。通信の範囲はあまり広くは無いが特定の魔法少女と話すのにはうってつけだ。電話と違い、思念を飛ばすので盗聴されるという事も少ない。ただ、必ずしも無いとは言い切れないが。

 

 それにしても、相棒は先程からずっと歩き続けている。どこに向かっているのか訊いてみても答えてくれない。

「ねえ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい?」

 流石の夏々子もうんざりしてきた。相棒に何度目かの問いかけをすると、今度は物凄く不機嫌そうな声で返答が帰ってきた。

「あたしをバイクで跳ね飛ばしたヤツを見つけたから文句でも言ってやろうと思ってね」

 ある日、相棒は一人で和泉十七夜を襲撃した。いつも通り全く意図が読めなかったが、大方彼女の固有魔法―読心魔法が欲しかったのだろう。とにかくそれで十七夜と戦闘になったのだが、彼女と対等に戦っている時に邪魔が入った。

 突然現れた化け物の様なバイクに轢かれ、その所為で十七夜を取り逃してしまったのだという。それからというもの、咲が魔法少女になったと知った時までずっと相棒は不機嫌だった。

 だが―。

「見つけたって…どうやって」

「探させた」

 当たり前の事を訊くなという顔をして相棒は言った。

「そこまでするかなぁ…」

 夏々子は呆れた。確かに相棒は自分の思い通りにならないと気が済まないという性格ではあったが…。

「うるさい。とりあえず着いてこい」

 相棒はまた前を向いて無言で歩き始めた。

 

 

 陰気な路地裏を抜けると広まった場所に出た。神浜は大都市として知られているがこういった怪しい場所も多い。そして怪しい場所には危ないものが潜んでいるというのもまた常識である。

 10人ほどの黒羽根が何かを取り囲んでいた。相棒が近付くと輪の一角が空き、輪の中にあるものが見えた。

 それは人間だった。深い青色のバイクスーツを着た少女。恐らく彼女が相棒の言っていたバイクの魔法少女なのだろうと夏々子は判断した。少女の隣には魔法少女としては異質であろう巨大なバイクが停まっている。何となく、狼みたいなバイクだという感想を抱いた。

「アンタがあの時あたしを跳ねたバイク野郎か…」

「だったらどうするの」

 バイクの少女が明らかに面倒臭そうな口調で言う。それに対して相棒は凄味のある笑みを浮かべた。

「そりゃあ、謝ってくれるならそれはそれでありがたいさ。だけど跳ねられた時かなり痛かったからね。それ相応のお返しはさせて貰う」

 はぁ、と少女は俯いて溜息を吐いた。それから顔を上げて鋭い声で言い放つ。

「それだけの為にこんな所まで連れて来たの?御託は要らないからとっとと掛かってこいよクソ野郎共」

 突然の変貌に夏々子は驚いたが相棒は益々笑みを深くして黒羽根達に一言命じた。

「やれ」

 黒いローブが一斉に少女に襲いかかった。それは獲物に飛び掛る鴉の冷徹さを宿し、少女の命だけを狙っていた。

 黒羽根は烏合の衆で、一人一人は弱い。だがまとまってかかればその限りでは無い。相棒の配下となった黒羽根達は特にそうだ。

 自分に向かってくる黒の奔流に、然し少女は怖気付く事無く冷静に動いた。

 流れる様な動作でバイクのハンドル部分を掴む。魔力が全身に流れ、強化された筋肉が躍動する。

 彼女はバイクを両手で振り回した。ハンマー投げの様に回りながら躊躇無く黒羽根に叩き付け、尽く吹っ飛ばしていく。黒羽根側からしてみれば、それこそバイクに跳ねられた様な衝撃に襲われただろう。吹っ飛んだ黒羽根は壁に激突し、酷い者は衝撃で頭をカチ割られたりしていた。

「そんな事もできるんだ…」

 バイクを振り回すって、アクション映画かよ―夏々子は面白い様に吹っ飛んでいく黒羽根を見ながらそう思った。元々中立なので関わる気は薄い。

 相棒はというと、想定内だという様に頷き、武器であるダガーを取り出した。

「…それで?これっぽっちで終わり?」

 少女がバイクを持ったままで訊いた。相棒はフンと鼻を鳴らし、そんなわけないだろと呟いた。

「かかし、占いな」

「なんで」

「いいから早くやれ」

 はいはいわかりましたよ―やけくそになりながら夏々子は占った。すると驚愕の結果が出た。

「………ほえー」

 思わず声を漏らす。

「何かわかったか」

「…コイツは無理だ」

 夏々子は驚きながら言った。

 

「弱点が見つからない」




かかしちゃんが準主人公と言っても過言では無いかもしれない。


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裏路地にて

「…なんだと?」

 相棒が眉を顰めた。

「本当だよ。アタシの魔法をもってしても弱点が見つからないんだ」

 こんな事は初めてだった。夏々子の魔法で弱点が見つからないのならこの少女には本当に弱点が無いのだろう。

 お手上げだ、と夏々子は水晶をしまった。今回はどちらの味方もしない事にして壁に寄りかかる。

 相棒は相手の出方を伺いながら考えを巡らせているようだったが、軈てぽつりと呟いた。

「…でもまあ、動きを封じればどうにでもなる」

 その言葉と共に一人の黒羽根が少女を羽交い締めにした。先程の攻撃で頭をカチ割られた筈だがまだ動いている。まるでゾンビのようだ。

「さて」

 相棒が片手でダガーを回しながら少女に近付き、楽しそうな声で言った。

「アンタにはこれからあたしの元で働いてもらうよ」

 少女は僅かに眉を顰めた。然し相棒はそんな事お構い無しで続けて言う。

「そこら辺に転がっているゴミよりかは役に立ちそうだしね。名前位は訊いておこうか」

「…水無月霜華」

 夏々子はその名前に聞き覚えは無かったが、相棒は少し驚いたように目を見開いた。

「冬天の亡霊狩りか…」

「知ってるのかい?」

 夏々子が訊く。冬天というのは相棒の出身地である冬天市の事だろう。だが相棒は魔法少女になって以来冬天市には寄り付かなかった。夏々子が知らないのだからそこまで有名な魔法少女では無いはずだ。

「冬天市最強の魔法少女とか言われてるヤツだ。だが…案外大した事はないのかもな」

 あの街と一緒でレベルが低い―相棒は吐き捨てる様に言ってダガーを振り上げた。

「水無月ね、覚えたよ。じゃ」

 躊躇無く振り下ろされたダガーが霜華を襲う―瞬間、彼女は大きく身体を捻って黒羽根を無理矢理振り解き、ダガーを躱そうとした。然しダガーの方が一瞬早く霜華の肩を深々と斬り裂いた。

「そう来なくちゃね」

 相棒が返り血に染まりながら上機嫌で言う。霜華は何事も無かったかのように相棒に接近し、鋭い蹴りを放とうとした。

 だが、

「…?」

 霜華の爪先は相棒の眼前で停止した。わざとでは無い。脚が霜華の意志に反して勝手に停止したのだ。

「どうした?攻撃してみろよ」

 相棒が煽る。霜華は何とか彼女に一発叩き込もうと藻掻くがどの攻撃も全て相棒の眼前で停止してしまう。

「出来ないだろ。あたしの固有魔法が効いている証拠だ」

 相棒はヒラヒラと手を振る。

「あたしの固有魔法は精神汚染だ。魔力を込めた攻撃を当てて精神を操る事が出来る…さっきダガーで攻撃した時は魔力を込めてたからね…これでもうあんたはあたしに攻撃出来ないよ」

 霜華が何かに気付いた様に低い声で言う。

「じゃあ、あのローブのヤツらは…」

「全員あたしの魔法の支配下だ。アンタとは違ってかなりキツめに魔法を掛けてあるから自我も無い。只のあやつり人形さ」

「…それがアンタの望んだ事か」

 霜華は小馬鹿にした様に言った。

「悲しいヤツだ」

「…なんとでも言え。あたしはあたしなりの正義の為にこれを使ってるんだ」

「アンタ、唯のバカだろ。個人の望む正義なんてもの、社会の中ではクソほどの役にも立たないって事が分かってない…まあ、嫌いではないけど」

 霜華の嘲笑への返答は太腿へのダガーの一撃だった。

「口の減らないヤツだ。ま、嫌いじゃないけどね…」

 相棒は薄らと笑みを浮かべ、霜華の太腿の傷を指で弄った。だが霜華は顔色一つ変えない。軈て飽きたのか相棒は指を引っこ抜いた。

「アンタ、余程自制心が強いんだね…まあいいや。とりあえずアンタはこれからあたしの下僕だ」

「嫌だって言っても聞かないんだろう…分かった。アンタがある条件を呑むなら下僕でもなんでもやってやる」

 相棒の目が細められる。少しばかり苛立っているのが分かった。今まで支配してきた相手はそんな事を言わなかったからだろう。だけども此処で苛立ちをぶつけたら交渉は決裂する。相棒の魔法を受けている以上ある程度意のままに操る事は可能だろうがそれだけでは彼女は満足しないだろう。

 だから相棒は無理に顔を歪めて笑みらしきものを作った。

「…その条件とやらを聞こうか」

 霜華はなんでもないような顔をして言った。

「映えある生と唯一無二の死を私に与えて」

「………は?」

 相棒は何言ってるか分からないと言わんばかりの目付きで霜華を見た。これに関しては夏々子も全くの同意見だった。一体何を言っているのだろう?

「ただ一度きりしかない為、生は激しく、貴い。一瞬にして永遠であるため、死は重く、尊い…だからこそ生は映えあるものでなくてはならないし死は唯一無二であるべきだ」

「……何かの宗教か?」

 ややズレた相槌を打つ相棒と大真面目な顔で言う霜華の姿が滑稽だった。

「色々あって得た結論。だけど、今の私じゃそれは得られない。固有魔法の所為で死ぬ事も出来なかったから…でも、今回は何故か固有魔法が発動しなかった。…もしアンタの元でそれが得られるなら私はなんだってする」

「理解出来ないな。生も死も何も変わらないクソッタレなものだろうが」

 相棒が吐き捨てる様に言った。

「だが…まあいいだろう。あたしに着いてくればそこそこ面白い事にはなるだろうしな。それが映えあるものか否かはアンタが決めな」

 夏々子は相棒が約束を守る気が無い事を察していた。霜華がそれを見越しているのかは分からないが彼女は頷いた。

「ありがとう。アンタの名前は?」

「訊いてどうする」

「呼ぶのに不自由する」

「あそう」

 相棒は面倒臭そうに名乗った。

 

「吹綿秕。覚えなくていい」

 

 夏々子の相棒―吹綿秕はまた歩き始める。

「ちょっと、どこ行くのさ」

「戻る」

「黒羽根達は?」

「置いてく。あんな烏合の衆、居たって何にもならない」

 はぁ、と夏々子は溜息を吐いた。秕の固有魔法に操られた黒羽根は異常にタフなのでそのうち復活して勝手についてくるだろうが、それにしてもあんまりな扱いだ。

「アンタ、水無月霜華って言ったっけ?早くついてこないと見失うよ?」

 何時の間にか傷が回復していた霜華に向かってそう言った後、夏々子は秕の後を追い始めようと歩き出す。

「……ねえ」

 数歩も歩かないうちに霜華に呼び止められた。

「何さ」

「アンタはどうして秕の近くにいるの?支配されてるの?」

「別に何もされてないよ。ただアイツと居る事でアタシが何かしら成長出来ればいいってだけさ」

 霜華は小さく呟いた。

「…変なヤツ」

「アンタには言われたくないね」

 夏々子は素っ気なく言い、秕の後についていった。

 

 

 …吹綿秕が率いる奇妙な集団が咲達と関わるのは、まだ少し先の話である。




次回からはまた咲を中心とした話に戻ります。
霜華の本格的な出番は3章になるかと。


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何かが始まる

 それから少し経ったある日の事。

 神浜の魔法少女達が、とある公園に集まった。

 今日は「神浜マギアユニオン」の結成日である。参加する意志のある魔法少女が一堂に会し、新たな門出を祝う日だ。実際かなりの魔法少女が集まったし、幸先の良いスタートを切れたと言えるだろう。

 だが、そんなお祭り騒ぎの中に―琴音咲の姿は無かった。

 

 

 咲は自室のベッドで自分の不運を呪っていた。まさかこんな大切な日に風邪を引いて動けなくなるとは…自分には不幸を司る神様が取り憑いているのではないかと疑いたくなる程だ。最も、そんなものがいればの話だが…。

 しかも相当タチが悪い部類の風邪らしく、なかなか熱が下がらない。くしゃみやら鼻水やらはひっきりなしに出るし、ついでに頭痛も酷い。インフルエンザかと疑ったが検査をしたらどうやら違うようだった。あまり納得がいかない結果ではある。

 不貞腐れて枕に顔をうずめる。いろはには事前に連絡してあったが彼女に欠席の連絡を入れようと決意するのには随分と時間が掛かった。咲は魔法少女なので回復は早いだろうがそれでも今日一日は動けそうにない。咲が長い間支持してきた「魔法少女は風邪を引かない」はガセネタだった様だ。

 それに、一人になるとどうしても夏々子の警告が頭に浮かんでくる。「吹綿秕に気をつけろ」…何故夏々子から秕の名前が出てきたのか、何故咲が秕に気をつけなければいけないのか…分からない事だらけで頭がこんがらがった。

 そんな感じで悶々としているうちにやって来た眠気に身を任せようとしていた時、頭の中で声が響いた。

(……き、咲、聴こえるかい)

 咲は驚いて声をあげそうになった。それは紛れも無く生方夏々子の声だった。魔法少女のテレパシーだ。

(夏々子ちゃん?どうしたの?)

(…ああ、ちゃんと聴こえてるのか。ちょいと話があってね。今は新西の駅前にいるんだが出てこれるかい?)

 咲は風邪を引いていて無理だと言った。

(そう…じゃあこのまま話そうか。アンタ、秕の事気にしてるんだろ?)

(…うん)

(アイツが知っていてアンタが知らないのもフェアじゃないからな…今から言う事は全て真実だ)

 そう前置きして、夏々子は話し始めた。

 

 

 アタシと秕は元々マギウスの翼の黒羽根だった。まあ他のヤツらと違って心酔してる訳じゃなかったけどね。アタシは興味があって入っただけだし秕は…分からないな。まあそれはどうでもいいか。

 その中でアタシは秕に救われた。魔女に殺されかけた所を助けて貰ったんだ。アイツにしてみれば助けた気は無かったんだろうけれど、それでアタシは秕に興味を持って、つるむようになった。アイツは嫌がってたけど最終的にはアイツが折れた。アタシの固有魔法が欲しかったんだろうよ。最も、アイツは誰も信用してない。アタシだって信用されているか怪しいものさ。

 

 アタシはアイツの行動を殆ど容認している。例えそれが人殺しだろうとね。…そう、アイツは人を殺している。勿論後始末は徹底しているから見つかる事は無い。というかアイツの固有魔法はそういう事に向いている。「精神汚染」…半殺しにして固有魔法で強制的に従わせるのさ。まあ勢い余って殺しちまう事もあるらしいけど。…これを知ったアンタが警察に相談しても無駄だ。死体が見つからないんだからね…。ちなみにだけど襲われてるのは黒羽根が圧倒的に多い。アイツにとっては最も与しやすい相手だからだとアタシは思ってる。

 …そういう事を何故容認するのかだって?

 …さあ、何でだろうね。

 

 そんな感じでアイツと行動している時、たまたまアンタを助けた事を話したんだ。そしたらアイツは目を輝かせて「あたしを裏切ったアイツを、絶望に突き落として終わらせる」って言った。こればかりはアタシの所為だ。済まない…って言ってもどうにもならないだろうし、出来る限りのサポートはする気でいる。特訓をしようって言ったのもそういう事があったからさ。

 兎に角、秕はアンタを殺そうとしている。一応警戒しておいた方がいい。アイツが何かおかしな動きをしたなら直ぐに伝える様にはするけどそれが出来ない場合もあるから。

 

 …不安なのは分かる。アタシがこんな事言っても良いのかは分からないけれどハッキリ言ってアイツはおかしい。

 でもな、咲。アンタはアイツに無い物を持ってる。それが何なのかは…アンタなら分かるはずだ。

 …とりあえず忠告はしたよ。後はアンタ次第だ。まあがんばりな。

 

 

 夏々子は殆ど一方的に言うと「じゃあ」と言ってテレパシーを切った。

 咲は無理矢理身体を起こした。熱の苦しみなど、何処かに吹っ飛んでいた。

 …秕が自分を恨んでいる事は分かっていた。それに値する事を咲はやってしまった。大切な友人などと言いながら、彼女に全てを押し付けてしまった。その責任は、今でも感じている。

 自分が秕に身を差し出して彼女に殺されたら…全ては丸く収まるだろう。それは分かっている。

 だが、それは出来ない。してはいけない事だ。咲は秕を傷付けてしまった過去と向き合い、歩き出す事を決心していた。だから、それはあくまでも最終手段なのだ。

 夏々子は「アンタはアイツに無い物を持ってる」と言った。それが何か…咲には何となく分かっていた。

 自分は秕より劣っている。彼女は全てにおいて咲の上に立っていた。吹奏楽部に居た時だって、彼女が居なければ全国大会に出る事は出来なかっただろうと思う。それくらい、才能に溢れた人物なのだ。少なくとも咲はそう思っている。

 では、秕に無くて咲にあるものとは何だろうか?

 

 それはきっと、「仲間」だ。

 

 夏々子の口ぶりからして、恐らく秕には仲間が居ない。夏々子とはただつるんでいるだけであって、秕にとっては仲間では無いのだろう。固有魔法を悪用している事からも、それは読み取れた。

 咲が秕に勝るとしたら、これしか無い。

 確かに仲間は弱点になりうるものだ。人が誰かを愛する事で強くなるという事はまず無い。それは唯の幻想であり、寧ろ人は誰かと居る事で弱くなる。何も失う物が無い人間は何かを守ろうとする人間より強い。そういった意味では、秕は咲を凌駕していると言えるだろう。

 だが、仲間は決して弱点になりうるだけのものでは無い。仲間が居る事で何かを成せる事もある。今のいろは達だって、仲間と共に大きな事を成そうとしている。

 皆を巻き込んでしまう事に対しての罪悪感はある。以前の様に、自分が原因で誰かが傷付くかもしれない。

 

 ―私も一緒に背負うよ。咲ちゃんが背負ってるもの。

 

 でも、いろはは言ってくれた。一緒に背負うと言ってくれた。

 だから、咲は…。

 

 

 翌日、神浜マギアユニオンの連絡網に注意喚起が回った。

 咲が得た情報と和泉十七夜が襲われた一件を照らし合わせ、ある黒羽根の一団が怪しい動きをしていると幹部達は断定し、それを通告したのだ。

 それが功を奏したのか、秕は少しばかり行動を控えるようになったと夏々子が連絡してきた。

 だけど、秕がこれで収まる訳が無いと咲は分かっていた。

 

 こうして琴音咲の物語は、吹綿秕によって翻弄されていく事になる。

 この物語がどの様な結末を迎えるのかは…まだ、誰も知らない。




次回、2章最終話です。


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続いてゆく物語

2章最終話です。


 森岡誠司は冬天市行きの電車に乗っていた。

 予定よりも長く神浜に留まっていたが、流石に一度帰った方が良いと判断しての行動だった。

 友人である皆本慎也は「好きなだけ居ればいい」と言ってくれたのだが、いつまでもその好意に甘えている訳にはいかない。それにその気になればいつでも来れる。

 思い立ったその日に冬天市行きの電車に乗ったため、神浜で出来た知り合いには挨拶をしなかった。一応咲にはメッセージを送っておいたが、リプライはまだ返ってこない。

 一緒に神浜に来た水無月霜華にも連絡をしたのだが、「やる事が出来たから放っておいて」と返事がきた。ボディガードのつもりだったのだが、思い切り人選を間違えてしまったようだ。危険な目に逢う事は無かったが、今度は他の人に頼もうと思った。

 

(それにしても…)

 今回は色々な事があった。

 咲が仲間と歩んでいる事に安堵し、魔法少女の真実を知って呆然とし、神浜が団結して一歩を踏み出すその瞬間に立ち会った。

 咲は運悪く風邪を引いてしまったが、森岡は神浜マギアユニオンの結成式に参加した。単純に興味があったからであり、その後のパーティは辞退したが…中々有意義な体験だった。

 あの街から希望が拡がれば魔法少女は魔女化の宿命から解放される。…それは、森岡の願いにもなりつつあった。

 何時か彼女達が普通の少女として笑い合える日が来ると、今なら確信出来る…それだけでも神浜に来た意味があった。

 

 電車の振動に身を任せ、ぼんやりとしているとポケットで携帯端末が震えた。

 咲がリプライを送ってきたのかと思い開いてみると、それは全く予想外の人物からだった。

 メッセージを送ってきた人物は日向美雪(ひむかいみゆき)。知り合いの魔法少女で、森岡の同級生でもある。既に大学を卒業しているが、現在もベテランの魔法少女として一線に立ち続けている。水無月霜華が現れる前は冬天市の顔役の様な立場に居たが、都合により隣町である陽ヶ鳴市に引っ越した。そこでも魔法少女の活動を続け、今は二人の新人とチームを組んでいるとの話だった。森岡とは偶に連絡を取り合う程度の仲である。

 珍しいなと思いながら本文を読んで、森岡は凍り付いた。

 

 『子喰いの魔女が冬天市に戻ってきたみたい』

 

 簡素な文ではあったが、それは森岡に大きな衝撃を齎した。

(……まさか、こんな時になって戻ってくるとは…)

 自然と手に力が入る。

 冷や汗が流れ、目眩にも似た感覚に襲われる。

 震える指で「分かった。今移動中だから後で連絡する」と送った後、大きく息を吐いて落ち着こうとした。

 

 子喰いの魔女。

 森岡が学生だった頃から周期的に冬天市に現れ、多くの命を奪っていった魔女である。

 その名の通り子供を攫って食べる魔女で、並の魔法少女では歯が立たない強力な魔女だった。冬天市の魔法少女からは「ハーメルン」と呼ばれ恐れられている。

 咲が魔法少女になる少し前に一人の魔法少女を襲い、彼女を喰い殺してからは姿を消していたが、どうやらまた餌を求めて街に現れた様だった。

 今の冬天市で対抗出来る者が居るとすればそれは水無月霜華以外に居ないが、水無月は暫く戻らないと言っていた。そう簡単には帰って来ないだろう。

 ならば近隣の魔法少女に頼むしかない。そう考えると思い浮かぶのは美雪か見滝原市の巴マミ位だが、それだけでは絶対に無理だろう。

 とりあえず、冬天市に着いたら直ぐに美雪と連絡を取らないといけない。あの魔女を野放しにしておいてはいけない…森岡はそれだけを考えていた。

 電車は彼の気持ちとは裏腹に、のんびりと進んでいった。

 

 

 水無月霜華は携帯端末を見て渋い顔になった。

「どうした?」

 生方夏々子が訊くと、彼女はちょっと顔を顰めて、

「子喰いの魔女が出た」

「なんだそれ」

「周期的に冬天市に現れて子供を喰う、とても強い魔女」

「へえ」

 そんな魔女が居るのか…という在り来りな感想を抱いた夏々子とは裏腹に、霜華は相変わらず嫌な顔をしている。

「なんでそんな顔してんのさ」

「あの魔女と張り合えるのが私しか居ないから、呼び戻されそう」

「一人で張り合えるんなら他のヤツらでもいけるんじゃないの?」

「あの町の魔法少女は弱い」

「バッサリ切ったな…」

 現在、霜華は秕の支配下に置かれている。だから勝手な行動は取れない。よって冬天市に戻るのは秕の許可を得ない限りは不可能である。

「どうするの?」

「さあ…」

 霜華は面倒くさそうな顔で首を傾げた。そんな強力な魔女を倒したならそれこそ「映えある生と唯一無二の死」を得られるのではないかと思ったがどの道今の霜華には無理なので言わないでおいた。

 すると、すぐ側で話を聞いていたらしき秕が何かを思い付いた様に霜華に訊いた。

「…水無月、ソイツは強いのか?」

「かなり」

 秕は何かを考える様に少し黙って、それから言った。

「その魔女、捕まえるぞ」

「は?」

 夏々子は何言ってるか分からないという顔で秕を見た。霜華も少し驚いたような顔をしている。

「あたしの固有魔法でソイツを従わせるんだよ」

 阿呆かと夏々子は叫びそうになって辛うじて自制した。秕さ神浜マギアユニオンが注意喚起を出してから思う様に行動が出来ずにずっと不貞腐れていたが、久しぶりに口を開いたらこれだ。といっても秕はこれが平常運転なのだが。

「…それに、そろそろあの街に戻るつもりだったしな」

「どういう事?」

「あの吹奏楽部の連中に恩返しするのさ」

 秕は暗い眼をして言ったが、夏々子も霜華も訳が分からない。

「秕、アタシ達に分かるように話してくれよ」

「あたしをバカにした連中に一泡吹かせてやるって事」

「なるほど」

 秕の事だ。その恩返しとやらは苛烈なものなのだろう。

 やれやれと呟いてから夏々子は言った。

「行くなら早くしてくれ。ここは満足に動けないから早く羽を伸ばしたい」

 霜華も無言で頷いた。

「…行くぞ」

 秕は呟き、いつもの様にさっさと歩き出した。

 

 

 夕陽に照らされた道を、小鳥遊浩平は歩いていた。

 これから塾という事もあり、少し急ぎ足で進む小鳥遊だったが、彼が塾に辿り着く事は無かった。

 突如、周りの景色が変貌する。…見慣れた駅前の光景が消え失せ、廃墟と化した遊園地が目の前に現れた。

「………え」

 あまりにも突然の事で声を失う小鳥遊。その背後から音楽が聞こえてきたのは景色が変わってすぐの事だった。

 廃墟にはそぐわない華やかな旋律。思わず振り向き、音の出処を探ろうとした小鳥遊の目に、「それ」が映った。

 何の変哲もないメリーゴーランド。その筈なのに…。

 

「…うああ」

 

 小鳥遊の口から悲鳴が漏れた。

 それが、メリーゴーランドの姿をした「何か」だと気付いたからだ。

 だって、メリーゴーランドには牙も口も無い筈なのに、ソイツには立派な口と鋭い牙があったのだから。

 

「ああああああああぁぁぁ…!」

 

 その牙には赤い液体が付着していて、

 生臭い匂いが、かすかに鼻をついた。

 

 いつの間にか小鳥遊はそのメリーゴーランドの前にいた。

 否、メリーゴーランドが小鳥遊の前にいたのだ。

 

 それで悟った。

 自分の人生が、呆気なく終わろうとしている事を―。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 大きな口が、小鳥遊を喰らって、

 満足そうに、舌舐めずりをした。

 

 

 

 

 

 

 …突如として冬天市に現れた「災厄」

 これが、新たな物語のはじまりだった。




第2章、いかがでしたでしょうか?
構想時とは大幅に話が変わり、なんとかゴールに辿り着けたという感じでした。
第3章もこんな感じになるとは思いますが、どんなに酷くても完結まで書き続けられるよう、これからも頑張りたいと思います。

次回から第3章…の前に、ちょっとした幕間を。
森岡と咲がどのようにして出会ったかという話を短期連載でやりたいと思っています。
その為また少し間が空きます。予めご了承下さい。

ゲストキャラクターである霜華と夏々子は次章以降も秕さんに振り回される予定です。そして神浜市の魔法少女達は更に影が薄くなります。神浜を舞台にした意味無かったかもしれない(今更)

こんな駄文で良ければ、次回以降もよろしくお願いします。


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断章「少女と青年の物語」
追想


森岡と咲の過去編です。全部で六話くらいを予定しています。


『過去のことは過去のことだといって片付けてしまえば、それによって、我々は未来をも放棄してしまうことになる』

 ――――ウィンストン・チャーチル

 

 

 今でも鮮明に思い出せる光景がある。

 高校二年生の時、僕に降り掛かった悲劇、その始まりとなった場面だ。

 放課後の教室。

 差し込む陽の光。

 揺れるカーテン。

 そして、彼女が見せた、決意を秘めた眼差し…。

 全て、昨日の事の様に思い出せる。

 今覚えば、あの瞬間から僕は非日常に足を踏み入れていたに違いない。

 昔はそれを後悔した。どうしてこんな事になったのだと泣き叫びもした。だけど…今は違う。確かに今も後悔はしている。あの時行動が出来なかった自分を呪う事もある。

 だけど、そんな僕でも…救えるものがあったのだ。この矮小な生命でも、護れるものがあったのだ。そしてそれはあの時僕が出来なかった事でもあった。

 もうすぐ、その時が来る。誰かの為にこの命を投げ出せる瞬間が来る。その前に、あの時の事を書き残そうと思って、これを書いている。

 

 

 

 これは、僕の物語ではない。

 誰かの為に戦って…その命を落としてしまった少女と、僕を恨んで死んでいった少女。そして、僕に希望をくれた少女。この三人の物語だ。

 書き残しておかなければ、三人の事はやがて風化して忘れ去られるかもしれない…まるで古城が砂に埋もれていくみたいに。

 それが嫌だから、僕はこれを書き残すのだ。これがエゴである事は解っている。だけど、僕には耐えられないのだ。彼女らの人生が忘れ去られ、無意味なものとして処理されていくのが、どうしても肯定出来ない。

 だから…これを読んだ人は、どうか心の片隅にでも留めておいて欲しい。

 「魔法少女」という存在が、命を賭けて僕達を守ってくれている事を…。

 

 

 前書きが長くなってしまった。

 そろそろ、始める事にしよう。

 先程も書いた通り、「悲劇」は僕が高校二年生の時に起こった。

 正確にはもっと前から始まっていたのかもしれないが、それを僕が知覚したのはその時が初めてだった。

 僕にとっての悲劇は、何の変哲もない放課後にある事実を知らされた事から始まったのだ…。

 

 

 高校二年生の夏。

 空は突き抜けるような快晴で、陽射しは強く、茹だるような暑さだった。

 そんな中で、僕達の学校は無事に終業式を迎えた。

 

「あー!終わった終わった!」

 ホームルームが終わり、生徒がバラバラと散っていく。明日から夏休みという事もあり、皆が浮かれていた。僕がそんな周りの喧騒に関わらずにいると、唐突に声を掛けられた。

「なぁセージ!これからゲーセン行かねー?」

 喧しい声を上げながら近付いてきたのは皆本慎也。僕の友人で、とにかく元気なヤツだ。

「腕を振り回すのはやめてくれないか?」

「えー?別にいいじゃねえか。んな事よりゲーセン行こうぜ!」

 良くないから言ってるんだけどね…まあコイツはこれが平常運転なんだけど。

 僕は鞄に教科書を詰めながら言った。

「今日はダメだ。美奈と約束がある」

 慎也はがっくりと落ち込んだ。少しオーバー過ぎる動作だ。

「あーそうか!ったく、いいなあ!彼女持ちはよぉ!」

 慎也はそう言って不貞腐れたように教室を出ていった。多分明日にはもう機嫌を直しているだろうから問題は無い。

 さて、僕も行くかな。

 自分の教室を出て、少し離れた所にある教室に入る。中には殆ど人が居らず、二人の女生徒が居るだけだった。そのうちの一人が僕に気付き、駆け寄ってくる。

「セイ君!」

「やあ、美奈」

 女生徒は「ごめんね、急に…」と済まなそうな表情を浮かべた。

 この女生徒の名は木本美奈(きもとみな)。僕の恋人だ。

「いや、大丈夫だよ」

 僕がそう言うと、美奈はほっとしたような表情を浮かべた。

 その時、もう一人の女生徒が、「森岡も大丈夫って言ってんだし、早いとこ済ましちまいな」と眠そうな声と目をして言った。

 彼女の名は木本真奈(きもとまな)。美奈の姉だ。

 美奈は頷き、僕の目をじっと見た。

「…?」

 どうしたんだろうと思っていると、彼女は「落ち着いて聞いてくれるかな」と確りした口調で言った。

「う、うん…」

 もしかして、別れようとかそういう事を言うんじゃなかろうか。僕と美奈は付き合い始めてまだ一年くらいしか経ってないが、それでもお互いの事は良く分かっている…つもりだ。

 何かやらかしたかなと内心ビクビクしていると、美奈は恥ずかしそうに、然しハッキリと「それ」を言った。

 

「実は私…魔法少女なんだ」

 

「……へ?」

 余りにも予想外過ぎた言葉に、僕は固まった。

 魔法少女?それってあの日曜朝にやってるやつみたいな?どういう事だ?コスプレでもやっているのか?

 頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。すると美奈は慌てて、

「ご、ごめんね…いきなりこんな事言って…」

「あ、いや…」

 …暫く、重い沈黙が流れた。美奈は顔を赤くし、僕は只管困惑している。

 そんな重い沈黙を断ち切るかのように、真奈がぶっきらぼうな口調で言った。

「何言ってんのかわからないだろうけど、これはれっきとした事実だから」

「はあ…そもそも魔法少女って何なんだ?いきなり言われても訳が分からないんだけど…」

「そ、そうだよね…えっと、魔法少女っていうのは…」

 まだ顔を赤くしたままだったが、それでも美奈は説明してくれた。

 魔法少女とは、どういったものなのかを。

 

 

「それ…本当の話なのか…?」

 話を聞き終わった後、僕の口から出た言葉は自分でも驚く程疑念に満ちていた。

 美奈の口から語られる事は余りにもスケールが大き過ぎて、現実離れしていたし実際それは非日常だった。普通の人間が関わってはいけない領域…そこで美奈が戦っているとは、俄に信じがたかった。

「…うん。全部本当だよ。実際、キュゥべえも近くにいるし」

「いるって…どこに?」

 私の机の上だよと美奈は言ったが、そこには何も無かった。

「僕には何も見えないけど…」

「キュゥべえは普通の人には見えないから…あ、でもこうすればいいのか」

 瞬間、美奈の姿が光に包まれ、一瞬の後には露出度が高い服装になっていた。

 僕は阿呆みたいに口を開けた。純情な高校生には少々刺激が強過ぎる。それは美奈にも分かっていたみたいで、再度顔を赤くした。

「あ、あまり見ないでくれると…嬉しいかな」

「あ、ああ…」

 慌てて目をそらす僕の頭に、何かが触れる。美奈の手だった。

 瞬間、雷が落ちたかのような衝撃が身体中を駆け巡る。目を見開き、思わず美奈の方を見ると彼女は元の制服姿に戻っていて…その後ろ、美奈の机の上に見慣れぬ生物が立っていた。

「な、なんだこれ…」

 猫でも犬でも無い、強いて言うなら狐だろうか?…兎に角そんな感じの生物はビー玉の様な目で僕を凝視している。

「やあ、初めまして」

 不意に、頭の中に少年のような高い声が響いた。吃驚して謎の生物を見るがその口は閉じられたままだ。

「テレパシーだよ。魔法少女の間ではこんな事常識中の常識さ」

「…そうなのか?」

 試しに頭の中でそう訊いてみると直ぐに肯定の返事が来た。空想にしてはやけにリアルだ。どうやらこれは現実に起きていることらしい。

「というか…なんで急に見えるようになったんだ?」

「あ…それはね、私の魔法でそうなったからなの」

 美奈の魔法は「共有」の魔法らしい。自分の視覚や感情を誰かと共有する事が出来るという。魔法というよりは、ライトノベルのキャラクターが使う能力みたいだと思った。

「そういえば、真奈も魔法少女なの?」

 僕が訊くと、違うよと否定された。

「あたしは素質があるから白タヌキが見えるだけ。契約はしてない」

「何で?」

 魔法が使えて、願いも叶うならいい事じゃないか―そう言うと真奈は顔を顰めてキツイ口調で言った。

「アンタは美奈が戦ってる所見た事ないからそんな事が言えるんだ。一度見てみなよ。もう二度とそんな巫山戯た事言えなくなるから」

 大体、その白タヌキにしたって怪しいんだよと真奈はキュゥべえに鋭い視線を向ける。

「ノーリスクで叶えられる望みなんてない。そんな事常識中の常識じゃないか。魔女と戦う事以外にも、なにか裏があるような気がするよ」

「お、お姉ちゃん…」

 美奈が慌てて真奈を制止する。真奈はフンと鼻を鳴らし、窓の外へと視線を向けた。

 

 その時、唐突にキュゥべえが言った。

「美奈!魔女の気配だ!」

「えっ…!」

 美奈が着けていた指輪を卵型の宝石に変化させ、それから険しい顔になる。

「近く…しかも、校内にいる!」

「校内に…?」

 つまり、この学校の何処かに魔女の結界があるという事か?

 僕が口を開きかけた時、「それ」が教室に入ってきた。

「慎也…?」

 先程別れたばかりの僕の友人…皆本慎也が、虚ろな目をしてよたよたとこちらに歩いて来る。

「セージぃぃぃぃぃぃぃ…美奈ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん…」

 な、何だこれ…。明らかに様子がおかしい。

「慎也…!まさか、これが…」

「…うん。魔女の口づけを受けてる…」

「そんな…」

 見ると、慎也の首筋には何かタトゥーのようなものが浮かんでいた。あれが魔女の口づけか。

「み、美奈…どうすれば…」

「大丈夫。私に任せて」

 狼狽える僕とは対照的に、美奈は落ち着いていた。

「お姉ちゃん、セイ君をお願い」

「あたしも魔法少女じゃないんだけどね…まあいいか。ほら、森岡!邪魔になるからとっとと下がりな!」

 真奈に促され、僕は後退する。同時に慎也がばったりと倒れ、教室内の景色が一瞬で塗り変わり、なんとも形容し難い不思議な空間に僕達は立っていた。

 

 そして…その奥には、腐食した蛇の様なバケモノが居て…僕達を見て、舌舐めずりをしていた。




森岡のあんちゃん、小説家志望なのに文章書くの下手じゃね…?と思う方もいるとは思いますが、まあ私的な記録なので書きなぐっているという事で…。


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非日常へようこそ

 自然と足が震え出す。

 心臓の鼓動が早くなり、息が荒くなる。

 目の前に居るバケモノが退化して見えないであろう眼を此方に向けた時、肌が粟立つ様な厭な感覚が全身を包みこんだ。小説や漫画等で「殺気を放つ」という言葉を使うが…僕が感じている厭な感覚、これが殺気というものなのだろう。

 萎縮するしか無い僕に対し、美奈は緊張感を全身に滲ませながらも臆すことなく魔女と相対している。いつの間にかその手には長い槍が握られていた。

「キモっ…なんだアイツ。今まで見た魔女の中でもトップクラスのキモさだぞ」

 真奈が軽口を叩くが、その声も少し震えている。魔女の見た目は以前何かの本で読んだ空想上の毒蛇である「バジリスク」を腐敗させた様な見た目をしていて、かなりグロテスクだった。一度見たら中々忘れられないだろう。

「魔女が動くよ!」

 キュゥべえの警告に合わせるかのように魔女が動き出す。鈍く、単調な動きだが「死」そのものの存在が迫ってきているという事実に僕は動けずにいた。

 美奈が走り出し、魔女に突進する。こちらも単純な動きだが、魔女と違いスピードは早い。最も、美奈の目的は魔女では無かった。

 魔女が向かう先、倒れたままの慎也の元へ辿り着くと、軽々と彼を担いでから後方へ跳躍し僕達の元へと戻ってくる。

「慎也君は直ぐに目を覚ますと思うから、みんなは此処を動かないで」

「使い魔は大丈夫なのかい?」

 真奈が訊いた。確かに使い魔が居れば普通の人間である僕達は直ぐにやられてしまうだろう。然し美奈は大丈夫だと言った。

「多分、いきなり結界の奥に引きずり込まれたみたいだし、周りに使い魔の魔力反応もない。だからあの魔女を倒せば大丈夫だと思う」

 美奈は槍を構え、魔女を見据える。僕は思わず彼女に言った。

「み、美奈…無理はするなよ…」

「大丈夫だよ。私は何度も魔女と戦ってるし、それに何があってもセイ君達は護るから」

 僕を安心させるように笑顔を浮かべてから再び魔女に向き直り、美奈は自分を鼓舞するかの様に呟いた。

「さぁ…行くよ!」

 

 

 美奈の全身を紅いオーラが包む。

 彼女は先程とは比べ物にならないスピードで駆け出し、その勢いで魔女の身体を貫いた。

 魔女が絶叫を上げ、激しくのたうち回る。その度に太い尾が辺りに打ち付けられるが美奈は華麗なステップでそれを回避し、時折カウンターを入れるかのように魔女の身体に槍を突き刺した。

 …蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉がある。米国のボクシング選手であるモハメド・アリのボクシングスタイルを形容した表現だが、美奈の戦い方はまさにそれだった。普段の彼女はどちらかというとおっとりした、優しい性格なのだが、今の彼女は違った。強い意志を持って、魔女を倒そうとしていた。

「すげぇ…」

 僕はぽかんと口を開けて、その戦いに魅入っていた。死への恐怖など、いつの間にか薄れていた。

 

 

 戦闘は長いようでその実短かった。

 何度か魔女の攻撃が美奈を掠ったが、彼女はそれにも冷静に対処し、攻撃を避けてはカウンターを入れるという事を繰り返していた。

 やがて魔女が弱ってきたのか動きがぎこちなくなる。それを待っていたかのように美奈は大きく跳躍し、魔女の頭上で落下。勢いをつけて頭部を貫いた。魔女は倒れ、暫く痙攣を繰り返した後、動かなくなった。

 

「おつかれ、美奈」

 景色が元の教室に戻り、変身を解除した美奈に真奈が労いの言葉を掛けた。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 それから美奈は此方を向いて、「どうしたの?」と目を丸くした。

「え?…ああ…」

 僕はまだ阿呆面のままだったらしい。慌てて表情を戻して「お疲れ様…なんていうか、凄かったよ」と言うと、美奈はありがとうと言って微笑んだ。

「何が凄かったんだ?美奈の格好か?」

 真奈がニヤニヤしながら言った。確かに戦闘中は色々と絶景だった…じゃなくて!

「美奈の動きだよ!洗練されてて…何かのダンスを見ているみたいだった」

「…アンタ危機感無いよなぁ…美奈が居なきゃ今頃は死んでたんだぞ?」

「まあそれはそうだけど…でも実際そう思ったんだから仕方ないだろ」

 そんな事を言い争っていると、呻き声がして慎也がむっくりと身体を起こした。

「…あれ?オレなんでこんなとこにいるんだ?」

 暫くぼんやりしていた慎也だったが「ま、いっか…」と立ち上がり、ボリボリと頭を掻きながら教室を出ていこうとした。

「…あ、そうだ慎也」

「…ん?セージ、居たのか…美奈ちゃんと真奈ちゃんも…はっ!?」

 そこで目を見開き、僕に向かって叫ぶ。

「ま、まさかお前ら…空き教室なのをいい事にイチャついて…」

「…いや、違うから…それよりゲーセン行くんだろ?僕も行くよ」

「行くって…美奈ちゃんと約束があるんじゃなかったのか?」

「それはもう済んだよ」

 そこに真奈が割り込んできた。

「そそ、それに美奈とあたしはこれから買い物行くし」

「まあそれならいいけど…」

 慎也は納得が行かない様子で「先にチャリ取って待ってるわ」と言い残すと教室を出ていった。

 僕も続こうとして、それから少し考えて美奈の方を向き、言った。

「僕達の日常が魔法少女に護られているって事、実感したよ。僕は一緒に戦えないかもしれないけれど…それでも、美奈を支える事は出来る。だから、何かあったらいつでも言ってくれ」

「…ありがとう。私、頑張るから…セイ君の為に、皆の為に魔女と戦うよ」

 美奈は嬉しそうに笑った。その笑顔が、何故か儚いものに思えた。

「真奈とキュゥべえも、美奈のサポートよろしくね」

 多分、この二人(一人と一匹)の方が僕より力になるかもしれない。

「そりゃ、あたしは姉だからね。美奈を護る為ならなんだってするよ」

「勿論ボクもサポートはするよ」

 その言葉に安心した僕は、美奈達に手を振って教室を後にした。

 閉めたドアの向こうで、美奈が手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 …それが、僕が見た美奈の最後の姿だった。

 その数日後、彼女は魔女との戦いで呆気なく命を落としてしまった。

 美奈の命を奪った魔女は「子喰いの魔女」という。後に冬天市を恐怖のどん底に陥れる事になる、最悪の魔女だった。



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理不尽

 何もする気が起きずにゴロゴロしていた時、その報せは齎された。

 夏休みに入り、友人達と顔を合わせる機会も少なくなった。とはいえ携帯端末でメッセージを送り合う事位はする。だからその時も、誰かが連絡して来たのかな位にしか思わなかった。

 端末が振動し、誰かからの着信を告げる。僕は寝転がったまま端末に手を伸ばし、ディスプレイに表示されている名前を見た。慎也からだった。

(遊びの約束かな?)

 画面をタップし、通話を開始する。

「もしもし?」

『…セージ』

 慎也の声は暗く、重かった。それで直感的に何かあったなと判断した。慎也は単純で元気の塊みたいなヤツだ。こんなに暗い声を演技で出せる様な器用な事は出来ない。

「どうした?何かあったのか?」

『………』

 慎也は答えない。答えるのを躊躇っているかのように黙っている。

「…何も無いなら切るぞ?」

 僕がそう言うと、慎也はぽつりと呟いた。

『………美奈ちゃんが』

「美奈がどうかしたのか?」

 慎也は再び黙る。然し今度は直ぐに「その言葉」を口にした。

 

 ―美奈ちゃんが、死んだ。

 

 

 慎也は河川敷に居た。

 既に人だかりが出来ており、皆一様に川の方を見つめている。

 何かイベントが行われていると思ったのだろうか。まだ小さい少女が最前列へと無理やり移動して、小さな悲鳴を上げた。

 僕も最前列に移動し、そして…それを見た。

 

 まるで桃太郎の桃の様に、人間の頭部が川に浮いていた。

 そしてそれは…生気を失った美奈の頭だった。

 

「……あ」

 世界が色を喪う。

 思考が止まる。

 目の前の光景から目が離せない。

 理解したくないのに理解してしまう。

 だけど僕は自問自答を繰り返す。

 なんで。

 どうして。

 

 ―ドウシテ、美奈ノ頭ガコンナ所ニアルンダ?

 

 …意識が薄れる。

 貧血に似た感覚に襲われ、そのまま僕は気を失った。

 

 

 夢を見た。

 放課後の教室で、美奈と向き合っているという夢だ。彼女の身体は透けており、表情も淡白なものだった。

 美奈、と声を掛けようとしたが声が出ない。ただ椅子に座り、彼女を見詰める事しか出来なかった。

 暫くそのままでいると、元々透明だった美奈の身体が更に薄れていった。このままでは、本当に消えてしまう。

 行かないでくれと叫びたかった。然し僕の身体は微動だにしない。それが厭で、心中で泣き叫んだ。

 なんでこんな事になってしまったんだ?

 魔法は、奇跡は…こんなに残酷なものだったのか?

 あの時、僕達を守ってくれた美奈は本当に強くて…何処かで、無敵だと思っていた。

 でも、違った。魔法少女だって人間なんだ。いつかは死んでしまう。

 何故、僕はそれに気付かなかったのだろう?

 僕が弱かったから…無力だから、美奈は死んでしまったのか?

 僕は…。

 

 …その時、美奈が表情を変えた。今までの淡白な表情から、泣き笑いの様な表情に変わり、彼女は囁くように言った。

 

 ― ()()()()()()()()()()

 

 美奈の姿が消え、それと同時に視界がぼやけて、何もわからなくなった。

 

 

 目を開ける。

 慎也と真奈が、僕の顔を覗き込んでいた。  

「セージ…」

 慎也が安堵したように息を吐き出す。だが、すぐその表情は暗いものに変わり、彼は俯いた。

「美奈ちゃん…なんで…」

 慎也の声は震えていた。真奈は青白い顔で、僕を睨み付けている。

 僕は何も言えなかった。悲しいという感情はあったが何故か涙が出ない。心中と表層の感情が剥離していた。

「…森岡」

 不意に、真奈が口を開いた。

「…何だい」

「ちょいと来な。話したい事がある」

 真奈は青白い顔のままそう言うと、フラフラと歩き始めた。

 僕は立ち上がり、真奈の後を追いかけた。

 

 

「アンタは、どうして美奈が白タヌキと契約したか知ってるかい?」

 暫く歩いて、人集りから離れた所で真奈が訊いた。

「いや…知らない」

 魔法少女である事を最近知ったばかりだったのだ。それにプライベートな事かもしれないし、僕から訊く事はしなかった。

 真奈の顔が歪み、怒りを孕んだ声で言った。

「そうかい。なら教えてやろう…アイツが願ったのはアンタだよ森岡」

「…どういう事だ?」

 真奈は溜息をついて、それから続ける。

「アイツはね、アンタと付き合いたいって願ったんだ」

「え…」

 じゃあ、それはつまり…。

「…こんな事言いたくはないけど、言わないとやってられない」

 真奈は一呼吸置いた後、静かに言った。

 

「アンタが美奈を殺した様なもんだ。アンタさえ居なければ美奈は生きていたかもしれないのに」

 

 真奈が言っている事は理不尽だ、それは分かっている。

 なのに…なんで僕はその言葉を否定出来ないんだ?

「アンタにとっちゃ理不尽だろうけど、あたしはそう思ってる。なんで美奈がアンタなんかに惚れたのか分からないし、アンタからしてみればいい迷惑なんだろう」

 でも、あたしは許せないんだよ―真奈はぶっきらぼうにそう言った。

 そんな。

 じゃあ僕は、罪人だったのか?

「僕は…僕が、美奈を…」

 力が抜けて、その場に崩れ落ちる。

 真奈は僕を見下して、冷たい視線を投げかけた。

「アンタに死ねとは言わない。だけど、何も無しじゃ余りにも美奈が可哀想だ。だから…アンタには絶望を味わってもらう」

 それから真奈は大声で、「白タヌキ!いるなら出て来い」と叫んだ。

「ボクはここに居るよ。どうしたんだい?」

 直ぐにキュゥべえが現れ、真奈に無機質な視線を向ける。

「あたしを魔法少女にしな」

「それなら、願いを言うといい」

 真奈は僕に視線を向けつつ言った。

「コイツに無力感を味あわせたい」

「…キミはその願いでいいのかい?」

「グダグダ訊くなよ白タヌキ。さっさとやりな」

 キュゥべえは暫く真奈を見つめた後、頷いた。

「分かった。契約は成立だ」

 

 キュゥべえが耳のような部分を真奈に向かって伸ばす。それは真奈の胸に入り、そこから眩く光る「何か」を取りだした。

「これがソウルジェムだ」

 真奈の胸から取り出された「何か」が卵型の宝石に変わり、それと同時に真奈の服装が変わる。

「これでキミの願いは叶えられた」

 キュゥべえはそう言うが、僕の身体には何の変化もない。だが真奈は満足そうに頷いた。

「そうか。なら、これで…」

 

 ―瞬間、辺りの景色が変化した。

 

 廃墟と化した遊園地。

 その中央に鎮座する、メリーゴーランドの化け物…。

「…魔女」

 僕は無意識に後ずさる。然し真奈は笑いながら魔女の方へと歩を進めた。

「森岡、アンタには無力感を味わってもらう。それがあたしの、ただひとつの望みだ」

 真奈が此方を振り向いて、嗤う。

 後ろには魔女が居て、鋭い牙が並んだ口を開けていた。

「真奈―!」

「じゃあね森岡、せいぜい後悔しな」

 

 次の瞬間、

 真奈の上半身が、無惨に食いちぎられていた。

 

 

「…あ」

 

 

 それは、余りにも―

 

 

「ああああああああぁぁぁ…!」

 

 

 …絶望的な光景だった。

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 

 …その後の記憶は曖昧だ。

 どうやって魔女から逃げたのか、よく覚えていない。気付いたら河川敷で倒れていた。

 美奈と真奈が死んで、僕はまだ生きている。それだけが、確かなものとして存在していた。

 

 魔女を視認する能力を得たのは美奈から感覚を「共有」された時だったが、僕が魔女と関わり始めたのはこの事件が切っ掛けだった。

 真奈の「無力感を味わってほしい」という願いは、僕が魔女に付きまとわれ、その度に傷付く魔法少女がいるという事で叶えられた。

 それから何度も魔女と遭遇し、その度に魔法少女が傷付き、僕自身も死にかけた。

 何度か自殺を試みた事もある。当時はそれくらい精神状態が悪化していたのだ。でも、上手くいかなかった。

 あの頃の僕は思い出したくもないほど無力で…どうしようもないヤツだった。美奈と真奈の死から立ち直れずに、ずっと死にたいと思っていた。

 …だが、そんな状況は一人の少女との出会いで大きく変わる事になる。




なんで重要なシーンに限って上手く書けないんだ…。


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出会い

 美奈と真奈が死んだ後、僕は惰性で生きていた。

 いつの間にか高校を卒業し、いつの間にか大学に入学し、いつの間にか大学を中退していた。

 そのプロセスは曖昧で、気付いたらボロアパートの一室で寝転がっていた。自分がいつこの部屋を借りたのかも、よく覚えていない。最もその真相は大学を辞める時に親と喧嘩して、絶縁されて行く宛てが無くなり、慎也の親戚が経営しているアパートに転がり込んだという、非常に情けない理由だったりするのだが。

 兎に角僕は何もする事が無くなり、バイトで生活費を稼ぎながら戯れに小説を書き始めた。成功すれば一発逆転も可能だからという単純な考えから始めた事だったが意外とハマり、一年に数本書いては賞に応募するという事が日常になった。結局賞にはかすりもしなかったけれど、それでも楽しかった。

 そんな訳で順調ではないものの、何とか暮らしていく事は出来た。ただ美奈と真奈の事は心の奥底に残っているし、魔女と遭遇して魔法少女に助けられるという事の繰り返しではあったので、非日常から完全に遠ざかった訳では無かった。

 そんな日常と非日常を漂う人生にも慣れ、それが「当たり前」になりつつあった時、僕はその少女に出会った。

 

 

 バイトからの帰り道、僕は魔女の結界に引きずり込まれた。

 いつものように魔女が襲いかかってきた所で知り合いの魔法少女が到着し、圧倒的な力で魔女をねじ伏せた。傷一つ負わず、当たり前のように魔女を蹂躙した彼女は結界が解除されると何事も無かったかのように去ろうとした。

「ありがとう、水無月君」

 僕がそう言うと、魔法少女―水無月霜華は無言で頷き、それから「ジュース奢って」と珍しい事を言った。

「いいけど…珍しいね、君がそういう事を言うなんて」

「…悪い?」

「いやいや、そうは言ってないよ。どれでも好きなものを選ぶといい」

 近くの自動販売機でジュースを買い、水無月君に渡す。彼女は「ありがと」とこれまたらしくない礼を言うとさっさと歩いて行った。

「さて…」

 帰る前に夕飯の買い物をしなければいけない。一人暮らしだからあまり贅沢は出来ないので基本は自炊だ。買うものを頭の中で整理してから近くのスーパーに向かおうとした時、再び景色が塗り替えられる。

 やれやれと僕は思った。まさか一度に二回も魔女の結界に入り込む事になるとは…。

 結界内は異臭が立ち込め、血と錆に塗れている。そして宙に浮かぶ銀色の輝き。ナイフの形をした使い魔が、その鋭利な身体で僕を刺し貫かんとしていた。

 使い魔が一斉に飛来する。数秒後には僕の身体には針山の如くナイフが刺さっている…筈だった。

「伏せてください!」

 そんな声と共に、音符の形をした何かがナイフの使い魔に当たり、動きを止める。

 呆然としていた僕の横に、一つの影がふわりと着地する。燕尾服を纏った華奢な少女だった。

「ここは危険です、早く逃げてください!」

 少女は僕にそう言うと、使い魔の方を向いて指揮棒を構える。その足は震えていた。

「君は…」

「大丈夫です。わたしが…護ります」

 少女はそう言うと、また音符の形をした何かを出現させ、使い魔に飛ばす。今度は何匹かの使い魔がそれを躱し、少女に向かって飛来した。

 少女はそれを懸命に躱していくが、時々攻撃が身体を掠るのか表情が歪む。それでも必死に音符で応戦していた。

 

 何度目かの攻防の時に、飛来した使い魔を躱す為、少女は高く跳んだ。だが、それが仇になる。

 躱したと思った使い魔が向きを変え、無防備な少女を狙って飛んできたのだ。

「あっ…!」

 短い悲鳴を上げる少女の身体に、容赦無くナイフが突き刺さる。その勢いのまま壁に叩き付けられ、少女は吐血しながらズルズルとへたりこんだ。使い魔はまだ刺さったままだ。

「くそっ!」

 僕は少女に駆け寄り、使い魔を引き剥がそうとするが上手くいかない。寧ろ動かす事で少女は苦しげに呻き、血を吐いていた。

 振り向くと、更に多くの使い魔が少女にトドメを刺そうと此方に切っ先を向けているのが目に入った。

 このまま此処に居れば、僕も殺されるだろう。

「…にげ、て…」

 少女の声が聞こえる。

 

 …そうだ、逃げてしまえばいい。この少女を犠牲にすれば僕は助かる。

 だが…。

 

「…ダメだ」

 美奈の頭部。

 真奈の最期。

 その二つの光景が僕を此処に留まらせていた。

 もう、目の前で人が死ぬのは厭だ。

 …なら、やるべき事は一つじゃないか。

 

 僕は少女に覆い被さる。

 瞬間、背中に熱い感触。

 遅れて激痛がやってくる。

 僕は悲鳴を上げ、だらしなく倒れる。

 ああ、死ぬんだな。

 でも、少女はまだ生きている。

 それでいいじゃないか…。

 

 最後に見たのは、驚いた顔で此方を見る少女だった。

 そして、

 

 

 …もう二度と目覚めないと思っていたのに、僕は生きていた。

 意識を取り戻して真っ先に見えたのは白い天井。身体は治療されており、清潔感溢れるその部屋から、此処が病院だと判断した。

 身体を起こすと痛みが走り、呻きながら倒れ込む。生きてはいるが、やはり重傷だったらしい。

 …そういえば、あの少女はどうなったのだろう。無事なのだろうか…。

 最悪の結末が思い浮かび、心臓が早鐘を打つ。

 

 その時、病室のドアがノックされた。

 どうぞと言うと、ドアがスライドして一人の女性が入ってきた。

「森岡くん…目、覚めたんだね」

「…日向」

 女性…日向美雪は、よかったと言って安心した様に笑った。

 彼女は大学の同級生で、魔法少女でもある。最も、退学した僕と違って既に卒業しており、今は社会人と魔法少女という二足の草鞋を履いているようだった。

「もしかして、君が…?」

「うん。たまたま通りがかったら倒れてるんだもん。びっくりしたよ」

 魔法少女は高校生くらいまでがピークらしく、それ以降は魔力が衰えていくとの事だったが日向は未だ一線に立ち続けている。それ程の実力者なのだ。

「ありがとう。助かったよ…そういえば、僕の他にあともう一人魔法少女が居なかったかい?」

「居たよ。でも私が来た時には傷も殆ど塞がってて…一応病院には連れてきたけど」

 よかった…彼女は生きていたのか。

「呼んでこようか?」

「…いや、大丈夫。無事ならそれでいいよ」

「そっか」

 日向は微笑んだ。僕の過去も知っているし、何か思う所もあったのだろう。

 それから少しの間、僕達は談笑していた。

 

 

 暫くして、またドアがノックされた。

「どうぞー」

 僕が言うと、ドアが開く。その向こうに立っていたのは、結界の中で会った魔法少女だった。僕の顔を見ると安堵した様に息をついて、それからくしゃりと表情を歪める。

「あ、あの…わたし…」

「無事だったんだね。よかった…」

 少女は目を見開いた。怒られると思っていたのかもしれない。でも、僕にそんな事をする資格は無い。

「…すいません、わたしの所為で…」

 少女は俯く。僕は首を振った。

「なんで謝るのさ。君は何も悪くないよ」

「でも…わたしが使い魔を倒せていれば…」

 少女は自分を責めるように言う。握り締めた拳は白くなっており、目からは涙がこぼれそうだった。

「ミスをしちゃいけないのに…ミスをしたら誰かが傷付くのに…」

 少女の声が震える。あまりにも弱々しいその姿を、僕は見ていられなかった。

 

「…君は、魔法少女になったばかりかい?」

 訊くと、少女はこくりと頷く。

「そうか…こんな事を言っても慰めにはならないかもしれないけど…魔法少女になりたてならそういった事があっても無理はないと思うよ。それに僕は助けられた身だ。何故文句を言う必要があるんだい?」

「ちょっと森岡くん…」

 日向が呆れたように僕を見て、それから少女に言う。

「確かに、なりたての子は色々大変だと思うし救おうと差し伸べた手が届かない事だってあるかもしれない。でも、経験を積めば手は届くよ」

 寧ろ、自ら進んで助けようとした事を誇るべきだよ―そう彼女は言った。

「…まあ、そういうことだね」

 言いたい事を全て日向に言われてしまったが、魔法少女同士ではないと通じない言葉もあるのだろう。

「…とにかく、僕も君も生きてる。それでいいじゃないか」

 僕が言うと、少女は躊躇いがちに、小さく呟いた。

「…なんで」

「ん?」

「なんで、そんなに……!」

 後の方は言葉にならず、泣き声になっていた。それを見て僕は確信した。

 少女は怒られる事を覚悟していたのだ。お前の所為でこうなったと、罵倒されると思っていたのだ。

 だけど、誰も彼女を責めなかった。

 だからそれに戸惑って、感情が溢れ出たのだ。

 それが分かっていたから、僕も日向も何も言わなかった。

 病室に少女の泣き声が響いた。

 

 

 やがて、泣き止んだ少女は「すみません…」と言って顔を上げた。その表情はすっかり落ち着いていた。

「ん、別に構わないよ。それより怪我は大丈夫なのかい?」

「もう大丈夫です。えっと…」

「森岡誠司」

「日向美雪です。よろしくね」

「…ありがとうございます。森岡さん、日向さん」

「僕は何もしてないよ」

 少女は微笑んだ。暗い顔より、そちらの方がずっと様になっていると思った。

「でも、わたしは森岡さんと日向さんの言葉に救われました」

 それから真剣な表情になって、

「森岡さんがこうなったのはわたしの責任です。治療代はわたしが払います」

 僕はちょっと呆れた。なんというか、真面目な子だ。

「別にいいよ、そんなの…」

「でも…」

「…じゃあ、名前を教えてくれないか?それでチャラだ」

「えっ」

 少女は吃驚したように声を上げた。意図が読めないといった様子だが意図なんて無い。何となくだ。

「お金の問題とか面倒臭いから嫌いなんだ。自分の始末くらい自分でするよ。だから、これでいいだろ?」

 変わってるねぇと日向が言った。僕は彼女を睨んでから、少女に向き直る。

 少女は暫く戸惑っていたが、「…森岡さんがそれでいいなら」と申し訳なさそうに言った。

「よし。で、名前は?」

 少女は名乗った。

 

「わたしは…琴音咲っていいます」

 

 これが。

 僕と琴音君の、出会いだった。




なんで重要なシーンに限って(ry)
過去編は残り二話くらいを予定しています。


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それから

 琴音君と出会ったあの日から、一ヶ月が経過した。

 彼女は何故か僕の元へ来る様になり、僕自身もほぼ毎日のように彼女を部屋に招き入れている。このままではいけないとは思っているが、心の何処かではこれを望んでいた自分が居るのも確かだ。

 とはいえ一人暮らしの男の部屋にまだ中学生の少女が通ってるなんて明らかに事案と思われかねない。実際周りの目はどんどん冷たいものに変わっていっており、僕は社会的信用を順調に失いつつあった。最も、元からそんなものは持ち合わせていないのだが。

 琴音君自身もこの事で親と喧嘩してしまったらしい。それでも来るのはやめなかったが…その時はなんというか、凄く責任を感じた。僕が彼女を危険に晒してしまった事もあるし、それで彼女が傷付く事も何度もあったからだ。だけど琴音君はそれを苦とも思わずに僕の元へ来てくれた。

 …それを嬉しいと思う反面、これも真奈の願いによって齎された事かもしれないと考える自分もいた。

 …いつか、琴音君が僕の前から居なくなる時が来たとして…その時僕は、まだ無力なままでいるのだろうか?自分が無力だから、また大切な人を喪ってしまうのだろうか?

 …考えても、分からなかった。

 

 

 ある日、琴音君が酷く疲れた様な顔をして家にやってきた。

「どうしたのさ。そんな顔して」

 僕が驚いて訊くと、彼女は弱々しく笑いながら「なんでもないです」と言った。明らかに何かあった顔だった。

「僕で良ければ力になるよ」

 冷蔵庫からジュースを出し、コップについで渡すと琴音君は「珍しいですね、普段はそんな事言わないのに…」と驚いたような、そして何処か縋り付くような顔をした。

「たまにはこういう時もあるさ。それに…人に話す方が良い時もあるからね」

 僕が言うと、彼女は俯き、小さな声で話し始めた。

 

 …僕が琴音君の過去を知ったのはその時だった。

 何故暗い顔をしていたのかと訊いた時、自分の過去の事で少しトラブルを起こしてしまったと彼女は言って、それから思い出すように過去の事を―吹綿秕という少女との事を話してくれた。

 自分の所為で友達が傷付く事になったと語る彼女は悲痛な表情をしていて、目にも光が無かった。

 …僕に出来た事は、話を聞いて慰める事だけだった。それで事態が好転するとは思えないけれど、気休め程度になればそれでいい。彼女の心の傷は時間の経過でしか治せないし僕みたいな傍観者の言葉が彼女に届くはずが無い。何処かでそう思っていた。

 琴音君はそれでも嬉しいと言ってくれたけれど…僕は最低な人間だ。助けられないとたかを括って、彼女の心の闇に踏み込まずにいたのだから。

 それをしてしまったらきっと今の関係は崩れる。それが怖いからなんて―ただの言い訳でしかない。

 でも、当時の僕はそう思う事で自らを正当化していた。

 …本当に、情けなかった。

 

 

 琴音君と行動を共にするにつれ、魔女に襲われる機会も減ってきた。

 彼女は食材の買い出しにも律儀に着いてきてくれたのだが、そこで魔女と遭遇する事が二、三回あっただけだ。以前はかなりの頻度で襲われていたのだが…魔法少女がいるからだろうか?

 その疑問を琴音君に伝えると、彼女は暫く考えた後、あまり自信がなさそうな口調で言った。

「…多分、気の所為じゃないと思います。わたしもあまり魔女に遭遇しなくなったし…なんだか、町から魔女が居なくなっているみたいです」

 …それは僕にとっては喜ぶべき事なのだが、琴音君の表情は不安そうだった。

 冬天市は魔法少女が少ない町だ。然し、それでも魔女の数が減ると争いも増加する訳で、実際琴音君も何回かその争いに巻き込まれかけた事があったらしい。

 琴音君は弱い部類の魔法少女といえる。魔女と戦う時も苦戦していたし、戦闘自体があまり得意ではないようだった。

 以前、知り合いの魔法少女を紹介しようとしたのだが…思えば水無月君と日向以外に知り合いと言える魔法少女は居なかった。この町にいる魔法少女は皆「顔見知り」であって「知り合い」では無い。誰かと行動するリスクもあるし、引き受けてくれそうな魔法少女は居ないだろう。

 ならば日向か水無月君に頼めばいいと思うだろうが、そう出来ない事情もある。

 日向は最近隣町に引越した。仕事が忙しいらしく、満足に魔女を狩れない状態だとこの前伝えてきた。そんな訳で彼女に頼むのはどうも躊躇われる。

 水無月君は…彼女の願いが琴音君に悪影響を及ぼしかねない。彼女の願いは本当に危険なのだ。それこそ―人が死ぬくらい。

 

 兎も角、琴音君は戦闘が得意ではなく、そのうえソロで活動している。だからこそ、グリーフシードの取り合いになる事を恐れているのだろう。

 それにしても…。

「魔女が減っているなんて、おかしな話だ」

「そう…ですよね」

 魔女はいつまでも存在するものだと思っていただけに、その現象を不可解だと感じた。

 …そういえば、美奈と真奈を殺した魔女もここの所姿を見せない。キュゥべえが言うには冬天市はアイツの餌場で、定期的に現れるという事だったのだが…。

「ちょっと、僕も調べてみるよ。魔女が減ったってのは手放しで喜んでいい事ではなさそうだしね」

「…無理はしないでくださいね」

「なんでそんな心配そうに言うのさ…」

「だって…森岡さんいつも無茶するじゃないですか」

 そんな風に思われていたのか…。まあ、心当たりがない事もないが。

「わかったよ。無茶はしないさ」

 琴音君はほっとした表情を浮かべた。過去の話以来、暗い表情を見せる事も多かったのだが、普段の彼女は中々表情豊かだったりする。ただ過去の事を聞いてしまった今ではその表情も作り物のように思えてしまうのだが。

 …いつか、彼女が本当に笑顔を浮かべる日は来るのだろうか。

 

 

 その後、無茶をしない範囲で数日かけて調べてみた所、神浜市という場所に魔女が集まっているという情報を得た。

 何故神浜に集中しているのかは分からないが、どうも嫌な予感がした。確か神浜には慎也が居たはず。

(アイツ、大丈夫かな…)

 最近連絡を取っていないが、それでも友人だ。魔女に襲われているとは思えないが、少し心配になった。

 とりあえず、琴音君に話しておかなければいけないと思っていると、アパートのドアがノックされた。インターフォンが壊れているからノックしないと聞こえないのだ。

「どうぞー」

 入ってきたのは琴音君だった。

「こんにちはー」

 礼儀正しく挨拶をする彼女に僕は言う。

「いなくなった魔女がどこにいるのか分かったよ」

「本当ですか!?」

 驚いたような声を出した琴音君に頷く。

「えっとね…神浜市ってところなんだけど」

「えっ…」

 琴音君が目を見開いて固まった。

「どうしたの?」

 僕が訊くと、彼女は小さな声で何かを呟いた。

「………です」

「…ごめん、もう一回言ってくれるかな」

 今度は確りと聞き取ることが出来た。

 

「…神浜市は…今度わたしが引越す場所です」




次回、断章最終話です。


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そして始まる物語

断章最終話です。


「君、引っ越すのかい?」

 突然の言葉に少々驚いて、僕は尋ねる。琴音君はこくりと頷いて、申し訳ないと言った様子で俯いた。

「お父さんの仕事の都合で急に引っ越す事になりました…」

「あそう…寂しくなるね」

 実際、琴音君がいる事が当たり前のようになっていたので寂しい気持ちはあった。だが別に死別する訳ではない。いつかまた会えるだろう。神浜なら行けない距離ではない事だし。

 とはいえ…。

「親御さんの仕事の都合なら仕方ないかもしれないけどさ、神浜ってあんまりいい噂は聞かないよ?」

「え、そうなんですか?」

 琴音君は少し不安そうな顔をした。

「んまぁ、普通に生活している分には問題ないんだろうけどね?君みたいな『普通じゃない』人間にとっては彼処は危険だ」

「それはどういう…」

「ここの所、町から『ヤツら』が消えているのは君も知っているだろう?で、消えたヤツらが何処に居るのかというと……神浜市なんだよ」

「えっ…」

 琴音君が目を白黒とさせる。そりゃあそうだ。僕だって話を聞いた時は驚いた。

 神浜と冬天市は電車で二〜三時間くらいの距離だ。お世辞にも近いとは言えない。近隣の町ならまだしも、そんな離れた場所に魔女が集まるものなのだろうか?

 確かに神浜は冬天市と比べ物にならない程の大都市だ。当然人口も多い訳で、魔女の餌場になるのはある意味必然ともいえる。

 だけど流石にこの状況はおかしい。聞けば陽ヶ鳴でも魔女が減っているらしく、日向が困り果てていた。

 兎に角、神浜には魔女が集まっている。そんな場所に琴音君が行くなんて…悪い想像が頭を過り、慌ててそれを振り払おうとする。だが、何故かその想像は中々頭を離れなかった。情報を集める中で聞いた事が脳裏を過ぎる。

「加えて、神浜に居るヤツらは他の町のものよりも強力だと聞く…気を付けた方がいいよ。今までみたいな単独行動は控えた方がいい…端的に言うと仲間を作った方がいい」

「そ、それは…」

 琴音君は狼狽えた様な声を出した。表情にも焦燥が滲み、落ち着き無く辺りを見渡し始める。

 琴音君の心配も分かる。また自分が友人を傷付けてしまう事を恐れているのだろう。

 だが、実の所琴音君は親友を―吹綿秕さんを傷付けてなどいない。彼女は気付いていない様だが、話を聞く限りではそう思える。

 現に僕は傷付いてなどいない。琴音君の近くにいて、魔女とも遭遇した。だけど身体的にも精神的にも悪い所は無い。

 …後は、彼女が気付くか否かの問題なのだ。

 そんな事より、彼女が神浜でやっていけるかの方が問題だ。何故か神浜の魔女は他の町の個体より強く、神浜の魔法少女達はそれに相対する為に何らかの強化をしているという噂だった。

 琴音君も強化をすれば戦う事自体は可能だろうが、冬天市の魔女にすら苦戦していたのだ。仲間はいた方が良い。

 最も、ここで僕が何を言おうが、結局彼女次第なのだが。

 不安そうに狼狽える琴音君に、僕はなるべく平静を装って言葉をかける。

「…大丈夫だよ。神浜には今までの君を知っている人間なんて居ないはずだ。ゼロから、まっさらな状態で始まるんだからさ」

 それから何か励ます事でも言おうとしたのだが内心に反して出てきたのはこんな言葉だった。

「兎に角、気をつけた方がいい…何があるか分かったものじゃないからね。僕としても、君に何かあったらそれなりに心が痛いからさ」

「それなりって……はぁ、分かりました。気をつけます」

 琴音君は溜息をついた。こんな筈じゃなかったのだが…まあ、僕みたいなヤツに優しい言葉を掛けられたら気味が悪いだろうしいいという事にしておこう。

 

 琴音君は腕時計を一瞥し、そろそろ帰りますと言って頭を下げた。多分暫く会えないだろうし、何か餞別になるものでも無いかとさりげなく辺りを見渡したら未開封のワイヤレスイヤホンが目に入った。琴音君は音楽が好きだし、丁度いいと思って出て行こうとした彼女にそれを投げる。

 慌ててキャッチし、目を丸くしている琴音君に僕は言った。

「餞別だ。未使用だから安心して使うといい。君、音楽好きなんだろ?」

「良いんですか?こんな高価なもの…」

「別に良いよ。今使ってるやつ、まだまだ現役だし…あ、そうだ最後に一つだけ」

「はい、何でしょう?」

 …この位は、言わないとだよな。

 

「……頑張れよ」

「……はい!」

 

 琴音君はにっこりと笑った。

 その瞬間、何故か僕は安堵した。それが、心の底からの笑みに見えたからだ。

 琴音君はぺこりとお辞儀をし、部屋を出てドアを閉めた。

 先程まで彼女が居た場所をぼんやりと見詰めながら、僕は琴音君の無事を祈った。

 

 

 僕が彼女の姿を見たのはそれが最後…という事は無く、それから少しして神浜に行った時に再会する事が出来たのだが、それはまた別の話である。

 

 

 これで、僕の話はおしまいだ。

 これを読んでいる人がどう思っているのかは分からないが、僕はこれからも魔法少女の為に出来る事をするつもりでいる。

 無論、危険だという事は重々承知している。魔女が見えるだけの一般人である僕が彼女達の為に出来る事なんて微々たるものでしかないし、必然的に魔女とも関わる事になる。中途半端に病気の知識を持った者が、何か出来る事は無いかと喚きながら病気の発生している所へと突っ込むような、無謀で馬鹿らしい事しか出来ないかもしれない。

 それでも―こんな僕でも出来る事があるのなら、喜んでこの身を捧げたい…そう僕は思っている。

 

 イギリスの政治家であるウィンストン・チャーチルの言葉に、「過去のことは過去のことだといって片付けてしまえば、それによって、我々は未来をも放棄してしまうことになる」というものがある。

 僕の過去を―美奈と真奈の悲劇を、過去として片付けたくない。あの出来事があったからこそ、今の僕がいる。

 そして…僕はもう二度と、大切なものを喪いたくない。僕と一緒に居てくれた琴音君を、失いたくないのだ。

 

 …いつか、悲劇を喜劇に変えるチャンスが来る。僕が琴音君の為に、魔法少女達の為に役立てる日が、きっと来る。

 今の僕はあの時みたいに弱くは無い。やるべき事も確りと分かっている。

 

 …最後まで戦った美奈の様に、僕も誰かの為に戦う。

 ただ、それだけだ。




森岡と咲の過去編、いかがでしたでしょうか?
森岡誠司という一般人が、どうやって魔法の世界に踏み込んだのかが分かったと思います。今後は彼の動向にも注目して読んでくだされば幸いです。

次回から第3章となります。ようやく折り返し地点といった所ですが、これからも読んでくださると嬉しいです。


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第3章「捻れて歪む物語」
プロローグ


間違っているものは正す。正しいことのためならば、どんな手を使っても良いの。それは神様が許してくれます。貴女は正しいことを信じる。そう、自分を信じる。そうでしょう?何が間違っている?

 

――――森博嗣『目薬αで殺菌します』より

 

 

 傾いた陽の光が射し込む音楽室の中に、二つの影が有った。

 一つは燕尾服を纏った少女、そしてもう一つはボロボロの黒いセーラー服に黒いローブの少女で、片手にはダガーを握っている。その先端からは赤い雫が零れ落ちていた。

 不気味な程に赤々と染め上げられた音楽室の床を見て、燕尾服の少女がぽつりと呟く。

「…なんで、こんな事をしたの…?」

 ローブの少女はそれに答えず、もう片方の手に持っていたものを投げてはキャッチするという動作を繰り返している。

「…ねえ、答えてよ…」

 燕尾服の少女が泣きそうな声で言う。

「こんな事、間違ってる…」

「…アンタはさ」

 ローブの少女が口を開いた。

「アンタは、何が正しい事なのか分かっていてその言葉を言っているのかい?」

「…それは、どういう…」

「あたしの思う正しさとアンタの思う正しさは違う。それと同じようにあたしの思う間違えとアンタの思う間違えは異なるものだ」

「…何が言いたいの?」

 ローブの少女は燕尾服の少女を見て、きっぱりとした口調で言った。

「あたしは自分が信じる正しさに従っただけさ。そこに他人が入る余地なんてない」

「でも、間違ってるよ…!人を殺すなんて…」

「あたしがやったんじゃない。あたしはあの魔女に餌を提供してやっただけさ」

「森岡さんを殺したのは秕ちゃんだよ!」

 燕尾服の少女は叫ぶ。ローブの少女は鼻を鳴らして、ソイツはまだ生きているよと面倒臭そうな口調で言った。

「邪魔だったからちょっと傷付けただけで死んじゃいない。まあ、このまま放っておけば失血死するだろうけどね」

 燕尾服の少女の脇には、若い男が倒れている。その胸からは血が流れており、床に血溜まりを作っていた。

「……それでも、わたしは秕ちゃんを許せない。魔女がやったとしても、みんなが死ぬきっかけを作ったのは秕ちゃんだから…」

「それじゃどうする、あたしを殺すかい?アンタにそれが出来るとは思えないけれどねぇ」

 ローブの少女はニヤリと笑い、再び手に持ったものを高く放り投げる。今度はそれをわざとキャッチせず、行き場を失ったそれは燕尾服の少女の足元まで転がっていく。

 少女は反射的に飛び退く事を良しとせず、気力で自分を押さえつける。しかしその目は見開かれ、口からは悲鳴の欠片がか細く漏れた。

 少女の足元まで転がった物体―それは、人間の頭部だった。虚ろな目と半開きになった口、そして荒々しく切断されたであろう断面が、少女の網膜に焼き付いていく。

 頭部は一つだけではない。至る所に散乱している。壊れた楽器の上や椅子の下、倒れた譜面台の下敷きになっているものもあった。

 一時間前までは、こんな状況を誰も予想出来なかった。音楽室に一人の少女が現れた時、全てが始まり―そして呆気なく終わったのだ。

 硬直した様に動かない燕尾服の少女を見ながら、ローブの少女は楽しそうな口調で言う。

「アンタはさっき、みんなが死ぬきっかけはあたしだと言ったけど…あたしから見ればコイツらが死ぬきっかけを作ったのはアンタだ」

 燕尾服の少女の肩がびくりと跳ねた。

「どうして…」

「あたしがこの部活を去ることになった出来事を覚えているだろう。あの時アンタがあたしを助けてくれていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない」

 ま、いつかはやってただろうけどねとローブの少女は気楽な様子で言う。

「それは…」

 燕尾服の少女はその言葉を否定する事が出来なかった。ローブの少女が言った事は屁理屈だ。それは分かっている。

 だが…。

(わたしは、それを否定する事が出来ない…)

 心の何処かでは、それを認めてしまっている。ローブの少女を解き放ってしまったのは自分かもしれないと思ってしまう。

 燕尾服の少女は肩を震わせ、俯く。ローブの少女は更に追い打ちをかけるように言った。

「あともう一つ。今、神浜はどうなっていると思う?」

「どうって…いつも通りの筈…」

 何か、嫌な予感がした。わざわざ神浜市の話題を出すという事は、彼処で何かが起こっている事の証左だからだ。

「あたしにくっついてる黒羽根共を彼処に置いてきたんだけどね…いい機会だからソイツらに神浜の魔法少女を襲わせているんだよ」

「なんで…神浜の魔法少女は関係ないでしょ!?」

「彼処はあたしの活動場所だ。だけどマギアユニオンの所為で行動が制限されてて鬱陶しかったんだよ。それに黒羽根共も邪魔だったしね、一石二鳥さ」

 それを聞いて、燕尾服の少女はローブの少女に掴みかかった。然しヒラリと躱され、カウンターで放たれた蹴りが腹部を直撃し、苦しげに呻きながらその場に蹲る。

「アンタ如きがあたしを倒せるわけないだろ」

 ローブの少女は燕尾服の少女を睨み付けると、また口元を歪める。

「…まあ、そういう事だ。あたしから見りゃ、アンタの所為で神浜は危険に晒されているんだよ」

 ローブの少女は燕尾服の少女に近付き、その首に手をかける。

「恨むなら、自分を恨みな…」

 ローブの少女は手に力を込めながら、燕尾服の少女の耳朶を食む様に唇を近づけ、悪意のある声で囁いた。

 

 ―そして、好きなだけ絶望して…死ね。

 

 

 夜の帳が降りた神浜市。

 そこでは、少女達が命を懸けて戦っていた。

 

「はっ!」

 環いろははクロスボウを構え、飛び掛る影に向かって矢を射る。それは見事に直撃し、影…黒羽根は動きを止めた。

 然し喜ぶ暇も無く、右から別の黒羽根が襲いかかってくる。その攻撃を辛うじて躱し、思いっきり蹴りを入れてから距離をとる。

 すかさず先程矢で動きを止めた筈の黒羽根が接近してきた。鎌のような刃物の一撃を咄嗟にクロスボウで受け止める。みしりと嫌な音がした。

 考えるよりも早く、無意識で動いていた。

 副武装のナイフを取り出し、それで黒羽根の腕を浅く斬りつける。血飛沫が舞うが黒羽根は微動だにせず、そのまま力で押し潰そうとするかのように刃物を押し込んだ。

 このままでは埒があかないと判断し、無理やりゼロ距離から矢を放つ。これは流石に効いたのか、黒羽根は勢いよく吹っ飛んでいった。

 息を整えようとしたその瞬間、後ろから羽交い締めにされる。

「放してっ!」

 藻掻くが、凄い力で押さえつけているらしく、中々振り解けない。

 そうこうしている間に、前方から何かが迫り、構えられた刃物が勢い良く腹部を貫いた。

「………!」

 軽減されているとはいえ、かなりの痛みに声にならない悲鳴を上げる。

(…嘘でしょ…全力で撃ったのに…!)

 先程ゼロ距離射撃を食らわせた黒羽根が、何事も無かったかのように自分の腹部を突き刺しているのを見て悪寒が走る。

 ローブの下の無機質な視線が自分のソウルジェムに注がれるのを見て、殺されると思った。

 何故自分がこんな状況に置かれているのか―それすらも分からずに殺されるのか。

 突然黒羽根が襲いかかってきて、その混乱の中で仲間とも分断されてしまった。全ては唐突に起きた事であり、その原因が分からずに終わるのは嫌だった。

「どうして…こんな事を…」

 掠れた声で問う。それに対し黒羽根は一言、予想だにしないことを言った。

「琴音咲」

「…え?」

「原因は、琴音咲にある」

 どういう事だと訊こうとした瞬間、黒羽根がソウルジェムに手を伸ばした。

 頭の芯が凍りつく様な錯覚。

 自分の死というこれから起こるであろう事実を受け入れた意識が静かに落ちていき、視界が暗くなる。

 最後に見たのは…黒羽根のローブの下、光を喪った目だった。

 

 

 

 

 

 何故、こんな事になってしまったのか。

 …琴音咲の因縁が彼女自身とその周りに災禍を齎すまでの過程は、以下の通りである。



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ふたつの知らせ

今回は忙しい中書いた為いつも以上に文章と展開がグダグダです…すみません。


 ―二日前、神浜市

 

 

 琴音咲は環いろは達と共に家路についていた。通い慣れた道を、気心知れた友人達と共に帰る…いつもの日常の光景だ。

 然し、そんな日常が些細な出来事をきっかけとして一瞬で崩れ去る事もある。そしてそれがいつ起こるかは、誰にも分からない。日常とは、そのくらい脆く儚いものなのだ。

 

 会話をしながら歩いている最中、咲のポケットで携帯端末が振動した。

「電話?」

「みたい。ちょっとごめんね」

 咲は端末を取り出し、ディスプレイに表示された名前を見る。

「…未来ちゃん?」

 ディスプレイに表示された名前は、凪坂未来。彼女が電話してくるのは本当に珍しい。いつもは咲の母親である琴音麻紀と電話して、咲に用事があった時は代わるという形だったからだ。

「もしも…」

『咲か?ちょっと聞きたい事があるんだが』

 挨拶をする前に一方的に喋られて、咲は苦笑する。人の話を聞かずに自分の要件だけを話そうとする癖は相変わらずだ。

「どうしたの?」

『あー…その、変な事を聞くようで悪いんだが…詩季がそっちに来てないか?』

「詩季ちゃんが?」

 詩季というのは、未来の娘である。咲にとっては従姉妹にあたり、冬天市に居た時はよく一緒に遊んだ。

「…うーん、来てないと思うよ?もしそうならお母さんから連絡があるし…」

 詩季はまだ小学生だ。確かいろはの妹である環ういと同じく、5年生の筈である。乗り換え等を駆使して神浜まで行く事は出来なくはないだろうが、流石に一人では来ないだろう。

『そうか…』

 未来は黙り込んだ。これもとても珍しい事で、咲は少し驚く。

「…何か、あったの?」

『…いや、大した事じゃない。アンタが気にする必要はないよ』

 いきなり悪かったね―そう言って、未来は通話を切った。

「どうしたの?」

 いろはが訊く。咲は首を傾げて、携帯端末をポケットにしまった。

 

 

「…でさ、その時レナがさ…!」

「もう!ももこ、それは言わない約束だったでしょ!?」

「ふゆぅ…レナちゃん落ち着いてよ…」

「あはは…」

 十咎ももこ、水波レナ、秋野かえでがいつものようにはしゃぎまわっているのを見て、いろはと咲が苦笑する。そんな感じで下校していた時、再び咲のポケットで携帯端末が振動した。

(未来ちゃんからかな…?)

 咲が確認すると、ディスプレイには意外な人物の名前が表示されていた。

「安藤くん…!?」

 ある意味未来より珍しい名前を目にして、咲は小さく声を上げる。どうしたのだろうと思い通話を開始すると、直ぐに安藤の声が聞こえて来た。

『今朝のニュースは見たか?』

 安藤は未来同様、挨拶もなしにいきなり本題に入った。どうやら咲の周りにはせっかちな人間が多いようである。

「いや、見てないけれど…何かあったの?」

 今日の朝はバタバタしていたのでニュースを見る暇は無かった。だが安藤がわざわざ連絡してきたくらいだ。何かあったのだろう。

 安藤は短い沈黙の後、ボソリと言った。

『…小鳥遊が殺された』

「えっ…」

 咲はいきなりの事に頭が真っ白になった。小鳥遊浩平が殺された?何故?誰に?

『……それだけだ』

 安藤は素っ気なく言って通話を切ろうとした。咲は我に返り、掠れた声で訊く。

「こ、殺されたって…誰に?」

『判らない。ただ…殺したのは反町の時と同じヤツだろうな』

 反町渚…安藤と小鳥遊の友人で、魔法少女だった筈だ。彼女は魔女に殺され、その死体は…。

「…もしかして、頭だけが残っていたの?」

『ああ』

 渚の死体は、頭部のみが発見された。なんでもその魔女は頭部だけを喰わずに捨てる習性があるらしい。

 つまり―。

(子喰いの魔女に殺されたって事…?)

 咲は遭遇した事が無いが、冬天市には定期的に「子喰いの魔女」という魔女が現れるという。読んで字のごとく子供を結界に引き摺りこみ、頭部だけを残して喰い殺すという危険極まりない魔女だ。残された頭部を手掛かりに警察が捜査しているが当然犯人が見つかる訳もなく、変死事件として扱われているという。

『…琴音先輩』

 不意に、安藤が咲を呼んだ。

『アンタ、何か知らないか?』

「………」

 咲は黙りこんだ。魔女の事を明かしても笑われるのがオチだろうと思っての事であった。

『…無いなら無いでいい。用事は済んだ』

 安藤はそう言うと、通話を切った。

 咲は齎された事実の大きさに、ただ途方に暮れる事しか出来なかった。

 

 

 気付くと、自宅の前に立っていた。どうやって帰ってきたのか全く覚えていない。いろは達の姿は当然の事ながら見えなかったし、彼女達とどんな話をしたのかという事も記憶に無い。それ程までにぼんやりとしていたのだろう。

 ドアを開けると、玄関に母親―琴音麻紀が居た。咲の姿を見ると安堵したように「お帰り」と言う。

「ただいま。ねえ、お母さん…」

「未来から連絡があったのね?お母さんもさっき聞いたけれど、詩季ちゃんがいなくなったって…」

「…うん。神浜に来てないかって言われたけれど…詩季ちゃんが来れるはずがないよね」

「そうね…ねえ、咲」

「なあに?」

「…お母さん、今から冬天市に行くわ。お父さんも仕事が終わったら向かうって言ってたし…咲は家で待っていなさい。おじいちゃん達が居るから心配はいらないわ」

「なら、わたしも一緒に…!」

 麻紀は首を振った。

「あそこは今危険なのよ。咲も知ってると思うけど、また子供が居なくなり始めている…咲まで居なくなったら…」

 麻紀は嫌な想像をしたのか、少し眉を顰めた。咲は子供が居なくなっている原因を知っているが、麻紀に話したところで信じて貰える訳がない。

 だが、

「わたしは行かなくちゃならないんだ…詩季ちゃんの事も心配だし、それに…」

 咲は小鳥遊が殺された事を話した。麻紀はそれを聞いて、なら尚更行くべきじゃないわと強い口調で言った。

「お母さん、お願い…!詩季ちゃんが居なくなったのに、普通に過ごすなんて出来ないよ!小鳥遊くんの事だって気がかりだし…ここで行かなかったら絶対後悔する!」

「咲…」

 麻紀は黙り込んだ。その時、咲の背後から新たな声が割り込んだ。

「麻紀、咲も連れていくべきだよ」

「お父さん…冬天市に向かってるはずじゃ」

 いつの間にか玄関に現れた男性―琴音(たかし)は「一度戻って来たんだ」と言って、それから麻紀の方を見た。

「咲は小さい子供じゃない。自分のことくらい自分で出来るさ。なんなら僕よりしっかりしているくらいだからね」

「でも…」

「お母さん、お願い…!」

 二人に言われた麻紀は暫く迷っていたようだったが、やがて渋々といった様子で頷いた。

「…分かったわ。でも、危険な事はしないこと!」

「うん!ありがとうお母さん!」

「じゃあ、三十分後に出発しよう」

 隆の言葉に、三人は各々の準備を始めた。

 

 

 出発する前に、冬天市に行くという事をいろはに伝えた。咲は神浜マギアユニオンの一員であり、神浜から出る事をユニオンの代表であるいろはに伝えた方がいいと思っての事だった。

 いろはからは直ぐにリプライがあった。

『まだ出発しない?』

 まだ時間はあるが、どうしてそんな事を訊くのだろう。咲がリプライを返すと、五分後に玄関のチャイムが鳴った。慌てて外に出ると、息を切らしたいろはが立っていた。

「どうしたの?」

 咲が驚いて訊くと、いろはは息を整えながら咲に何かを渡した。

「グリーフシード…?」

「市外に行く魔法少女にグリーフシードを渡してるんだ。連絡してくれた子だけになっちゃうけど…」

 神浜の外には自動浄化システムはないからねと言っていろはは心配そうな顔をした。

「帰る時にぼんやりしてたから心配してたけど…従姉妹が居なくなったの?」

「うん。もしかしたら魔女に襲われた可能性もあるから…」

「そっか…気を付けてね」

 いろははそう言って、不安そうに咲を見た。

「大丈夫だよ、いろはちゃん。グリーフシードもあるし、わたしは大丈夫」

 咲は笑顔でいろはを見た。

 いろははまだ不安そうだったが、それでもぎごちない笑みを浮かべた。

 

 

 

 琴音家から帰る途中、いろははずっともやもやした気持ちを抱えていた。

 根拠のない、直ぐ吹き飛ばせるような感情―然しそれはいつまでもいろはの心中に居座っている。

 どうしてそう思ったのかは分からない。

 多分、理由も根拠もない。

 だが、どうやってもひとつの考えが頭から離れない。

 信じたくないし、信じるつもりもないのに。

 

 …何故、もう二度と咲に会えないというような予感がするのだろう。

 

 いろはは何気なく下を見る。

 足元で一輪の花が、無惨に踏み潰されているのに気付いた。

 自分が踏み潰したのではない。だが、その花を見た時、心中に居座る不安は益々増大した。

 咲もこうなってしまうかもしれない―そう思い、いろはは暫し自失した。




いろはやももこ達は後々活躍します。


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真実を知った時

 ―同時刻、冬天市

 

 

 安藤樹は宛もなく町をさまよっていた。

 友人である小鳥遊浩平が殺されて、心中は穏やかではないがその表情はいつもと変わらない。悲しい気持ちはあるがどうやら自分は感情表現が苦手なようで、上手く顔に出すことが出来ない。

 一人で、どこに行く宛てもなく足を動かす。いつもなら隣には小鳥遊が居て、頼んでもいないのに話しかけてくるのだが―彼はもう居ないのだ。

 安藤は昔から人付き合いが苦手で、友達もあまり居なかった。自分では普通にしているつもりなのだが、自分が話すと皆つまらなさそうな表情をして離れていく。要は口下手なのだ。

 たった二人の同級生だけが、そんな自分と一緒に居てくれた。小鳥遊浩平と反町渚…何故かは良く覚えていないが、気付いたら隣には彼らが居た。だけどそれが当たり前になってきた頃、渚が何者かに殺害され、その後小鳥遊も死んでしまった。

 おれは、やはり一人の方がいいのだろうか…そんな事を考える。二人が死んだ事が安藤の所為ではない事は判っているが、それでもそう思ってしまう。

 自然と溜息が零れる。空虚な気持ちを抱えつつ安藤がふらふらと彷徨していた時、すれ違った人の会話が耳に入った。

 

「…………頭部………死んだって」

「……魔女………現れた」

 

 安藤は振り向いた。

 今すれ違ったヤツが話していたのは、小鳥遊の事ではないか?そう判断する前に安藤の身体は自然に動き、すれ違った人物―青年と女性に声を掛けていた。

「…アンタら、何か知ってるのか?」

 青年が訝しげに振り向く。

「君は…?」

「『頭部』と『死んだ』って言葉が聞こえた。アンタら、今朝のニュースの事について何か知ってるのか?」

「………もしかして、君は」

「死んだヤツの…小鳥遊浩平の、友達だ」

 青年はハッとなり、女性の方をちらりと見た。女性は考え込む様な素振りを見せた後、青年に向かって小さく頷いた。

「…………多分、真実を知ったとしても君は信じないと思う」

「それでもいい。教えてくれ」

 青年は難しい顔になって、仕方ないかと呟いた。

「分かった。僕達が知っている事を教えよう…僕は森岡誠司。小説家志望の一般人だ。こっちが…」

「日向美雪です。よろしくね」

「安藤樹だ」

 青年―森岡誠司と女性―日向美雪に倣い、安藤も自己紹介をした。それから頭に浮かんだ疑問を二人にぶつける。

「まずはっきりさせておきたいんだが…小鳥遊は、殺されたんだよな?」

 小鳥遊の遺体は頭部のみが発見された。それはつまり、死ぬ際に頭部が身体から切り離されたという事だ。自殺にしては手間のかかる死に方だと安藤は思っていた。だからこそ先程電話を掛けた相手に「小鳥遊が殺された」と言ったのだが…勿論、根拠はない。

「…小鳥遊君は殺された、それは確かだよ。ただ…」

「ただ?」

「殺したヤツが問題なんだ」

「どういう事だ?」

 森岡はそこで黙った。言いたくないというより、どう伝えようか迷っている様な様子だった。それを見かねたのか、美雪が後を引き継ぐようにして話し始める。

「えっと…ここからが本題なんだけど、実はね…」

 

 そして、安藤は真実を知る事になる。

 

 

「…つまり小鳥遊は魔女というバケモノに殺されて、アンタらはソイツと戦う為に行動していると」

「…そういう事だよ。信じて貰えないかもしれないけれど…」

「いや、信じる」

 確かに現実離れした話ではあるが、そういうものが居ても可笑しくはないだろう。現に小鳥遊は殺されているのだし、美雪や森岡が嘘を言っているとは思えなかった。

 それよりも、話を聞いてもう一つ思い浮かぶ事があった。

「…その『子喰いの魔女』ってのは、喰ったヤツの頭部だけを残すんだよな?」

「ああ、今までの犠牲者は全て頭部だけが見つかっている」

「そうか…じゃあ、反町もソイツに…」

「反町?」

「…小鳥遊と同じように、頭部だけが発見されたヤツだ」

 森岡はそれを聞いて少し考えた後、安藤に訊いた。

「…その子、いつ見つかった?」

 安藤が日付を言うと、森岡は美雪と顔を見合わせた。

「その子…もしかしたら魔法少女かもしれない」

「反町が…?」

 安藤は驚いた。反町渚という少女は穏やかで誰にでも優しいという、まさに理想の女の子といった感じの少女で、戦闘といった行為とは程遠い存在だった。それ故に彼女が魔法少女だと言われてもなんだかピンと来ない。

「まあ、確証は無いけどね。遺体が見つかった時期から推測しただけだし…」

 森岡はそう言うが、それが本当だとしたらその魔女は安藤が斃すべき「敵」だ。

「…ソイツには、どうやったら会える?」

「会うって…敵討ちでもするつもりかい?」

 無理だよと森岡は首を振った。

「魔法少女でもないただの人間が、魔女に挑もうとするなんて…」

「アンタもただの人間だろう。それに…」

 美雪の方を見て、考えていた事を口に出す。

「魔法少女は、武器に魔力を付与して強化する事ができるんだろう?なら、同じ要領で人間も強化出来る筈だ」

「それは…そうだけど」

「危険だよ。私達だって命懸けでやっている事だし、もし何かあったら…」

 強い口調で言う美雪を制し、安藤は低い声で言った。

「もう、良いんだ。アイツらが居ないなら…おれが生きている理由なんてない。最後に友達の敵討ちをするってのも悪くないさ」

「どうしてそんな事を…」

「…………」

 安藤は答えなかった。言っても理解してくれないと思ったからだ。元々生に執着する事なんて無かったし、誰からも期待されず、必要とされない人生を送ってきた。つまるところ、自分が死んだとしても家族以外は誰も哀しまないのだ。その家族だって自分を疎ましく思っている節があったようなので暫くすれば自分の事など忘れるだろう。

 ならば―自分と一緒に居てくれた友達の為に戦うのは、必然と言える事では無いか。

 森岡と美雪が何を言おうと、引くつもりは無かった。

「別に止めなくていいよ。おれとアンタらは他人同士だ。明日にはお互いの事なんて忘れている」

 安藤は情報ありがとうと言ってから踵を返そうとした。その背中に、諦めた様な声が掛かる。

「私はそう割り切れるような人間じゃないんだ。…君がそれでいいなら協力するよ」

 美雪がため息をついて言った言葉に、安藤は振り向く。美雪は呆れた様な表情のまま続ける。

「多分、私も今回で魔法少女引退になるだろうし、あの魔女に殺される可能性だってある。だから護るとは言えないよ」

「…アンタがそれでいいなら」

 美雪は微笑んで頷いた。その光景を森岡が珍しいものを見る様な目をして眺める。

「珍しいじゃないか。いつもの日向なら全力で止めるのに」

「本当に覚悟を決めた人間って、そう簡単に止められないし止まらないんだよ。私はそのサポートをするだけ」

「あそう…ま、彼が本気なのは良く分かるけどね。とりあえず日向、魔女が見えるようにしてやったらどうだい」

「そうだね。じゃあ安藤くん。今から君に魔法を掛けるからじっとしていてくれるかな」

 安藤が頷くと美雪はその目を確りと見る。彼女の目は澄んでいて、吸い込まれそうだった。

「じゃあ、いくよ」

 

 美雪の目が。

 

 安藤の目を。

 

 深く。

 

 見て。

 

 観て。

 

 視た。

 

 

 

「…はい、おしまい」

 その声と共に、ぼんやりしていた意識が元に戻る。別段変化は無かったが、どうやら成功した様だった。

「何をしたんだ?」

「私の『魔女を見る』という機能を君に渡したんだ。これで君も魔女や使い魔が見えるはずだよ」

「…渡したって、それじゃあアンタが見えなくなるじゃないか」

「渡したっていうと語弊があるかな。その機能を共有したというか…無意識にやってるから説明が難しいんだけどね」

 兎に角、見える様にはなってるから大丈夫だよと美雪は言った。

「…じゃあ、作戦会議でもするかい?といっても人数が少な過ぎるから作戦らしい作戦も立てられな……ん?」

 森岡が急に言葉を切り、ポケットから携帯端末を取り出して画面を眺める。その表情が驚いたものに変わり、凄い勢いで端末を操作し始める。美雪と安藤はそれを呆然として見ていた。

 やがて何らかの作業を終えた森岡は端末をポケットにしまい、不安そうな表情になった。

「どうしたの?」

「琴音君がこっちに来るらしい。何でも、後輩が殺されて、従姉妹が居なくなったとか…」

「うーん…心配は要らないと思うけど。咲ちゃんだって魔法少女だし、あの魔女に遭遇したとしてもそう簡単に負けるはずがないよ」

「だといいけど…とりあえず今日は遅いから、明日話を聞く事にした」

「それがいいよ…ねえ、もしかして咲ちゃんは…」

「ああ。多分後輩と従姉妹が子喰いの魔女に遭ったと思ってるんだろうね。じゃなきゃこんな所まで来る筈が無い」

 森岡は難しい顔になった。安藤は二人の会話に思い当たる節があったので彼に話しかけた。

「琴音咲って…ソイツも魔法少女なのか?」

「そうだけど…琴音君を知っているのかい?」

 安藤は自分と小鳥遊、そして渚が咲の後輩である事を話した。それを聞いて森岡は納得したようだった。

「…なるほど、世間って狭いもんだね」

 或いは、これも必然ってヤツなのかな―森岡はそう呟いてから腕時計を見て、二人に言った。

「もうそろそろ遅い時間だし、明日また会うことにしていいかい?」

「おれは大丈夫だ」

「私も…明日は休みだし、余程の事が無い限りは大丈夫かな」

「そうか。じゃあ明日、琴音君も交えて話をしよう」

 その言葉で場はお開きとなり、彼らはそれぞれ別の方向へと向かっていく…直前で安藤が美雪に訊いた。

「そういえば…アンタはどうして魔法少女になったんだ?」

 美雪は振り返り、少し考える素振りを見せた後に答えた。

「君と同じだよ。子喰いの魔女に大切な人を殺されたの」

 その顔には笑みが浮かんでいたが、心無しか、先程までのものより冷たく、凄みがあるように感じられた。

 安藤はそうかと頷き、振り返る事無く家路を辿っていった。



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追跡、発見、そして戦闘

サブタイトルが思いつかない


 翌日、安藤達は咲と合流した後、駅前の喫茶店に入って話をする事になった。森岡と美雪はコーヒー、咲はオレンジジュース、安藤はコーラをそれぞれ注文して席に着く。

 店内はがらんとしており、窓際に女子高生らしき少女が二人いるだけだった。

 注文していた飲み物が届くと、咲が安藤に訊いた。

「…本当に良かったの?」

「なにが」

「危険な目に遭うかもしれないんだよ?それでも魔女と戦うつもりなの?」

 安藤は頷き、話は終わったとばかりに飲み物を飲む事に集中する。咲はまだ何か言いたそうだったがため息をついた後、森岡と美雪の方に向き直った。それを待っていたかのように、森岡が口を開く。

「それで―君の従姉妹というのはどんな子なんだい?」

「えっと…小学5年生で、わたしが見る限りでは魔法少女では無い、普通の子です。『凪坂書店』という書店の一人娘で、名前は凪坂詩季といいます」

「凪坂書店の娘さん…ああ、あの子か…」

 森岡には思い浮かぶ人物がいた様だった。

「あの子、琴音君の従姉妹だったんだ」

「はい、それで、その詩季ちゃんが昨日からいなくなっているという話を聞いて…」

「今朝になっても、戻ってこなかったと…そりゃあおかしい。何かに巻き込まれたと見た方がいいだろうね」

 咲の両親と凪坂夫妻は警察に捜索願を出し、彼らと一緒に詩季を探している。咲は情報収集の為と言って別行動をとることに成功したのだが、その際母親がかなり心配していた事を思い出した。だが…。

「もし魔女絡みの出来事に巻き込まれていたなら、警察じゃ探せない…わたしがやるしかないんです」

「といっても、その確証もないんだよね?」

「はい…ただ、詩季ちゃんは最後に目撃された時、様子がおかしかったようです」

 詩季を最後に見たのは学校のクラスメイトで、彼女はふらふらと歩いていたという。声を掛けたのだが、聞こえている様子は無かったとの事だった。

「魔女の口付けを受けているかもしれないと…日向、調べられるか?」

「魔法少女じゃないからちょっと大変だけど…でも、魔女の口付けを受けているのだとしたらわかると思う」

 ちょっと待っていてねと呟き、美雪は目を瞑った。辺りの魔力反応を調べているのか、固有魔法を発動して広範囲まで「視ている」のかは分からないが、とにかく彼女なりの方法で調べているのだろう。

 ちなみに彼女の固有魔法は「視認」である。眼が異常発達し、周りの状況なども簡単に見る事が出来る。それこそ、透視くらいなら簡単にやってのけるとの事だった。

 美雪は5分ほどしてから目を開け、少し考える素振りを見せてから言った。

「…ちょっと遠く…無題荘の方に反応が一つ。子喰いの魔女だと思う」

「じゃあ、そこに詩季ちゃんが…」

「可能性はあるね。行ってみよう」

 飲み物を急いで飲み干して勘定を払う為にレジに向かう。勘定は美雪がまとめて払ってくれた。

 ふと視線を感じて咲が振り向くと、窓際に居た女子高生がこちらに視線を向けていた。面識は無いはずだが、何故か観察するようにこちらをじっと見てくる。咲は居心地が悪くなって、逃げる様に喫茶店を後にした。

 

 

 無題荘に向かう途中、安藤が咲に訊いた。

「無題荘というのは、アパートか何かか?」

「うん、森岡さんが住んでいるアパートだよ」

「…そこに、小鳥遊と反町を殺したヤツが居るのか?」

 咲は頷いた。安藤はそうかと言って、黙り込んだ。

彼にしてみれば、突拍子もない事なのだろう―そう咲は思った。彼から見ると、反町渚が殺されて直ぐに、犯人は捕まっていたのだ。別件で逮捕された麻薬中毒の男が犯行を自供して、それで終わった筈の事件なのだ。だが、ここにきて小鳥遊浩平も同じ手口で殺された。事件はまだ終わっていなくて、しかもそれは魔女という非日常の存在の仕業だと判明した。安藤から見てみれば、全てが急で現実味がない事なのだ。

 それでも、彼は復讐をすると言った。彼の態度はいつもと変わらないがその裏には激しい怒りがあるのだ。その怒りを魔女にぶつける―その気持ちは咲にも理解出来る。

 だが―これでいいのだろうか?安藤はただの一般人だ。魔女に立ち向かったところで、勝てる訳が無い。だが彼の決意は固く、咲が何を言っても無駄なようにも思える。

 どうしたらいいのだろう―咲が悩んでいると、唐突に美雪が声を上げた。

「あの子…!」

 いつの間にか無題荘の近くに来ていた様だった。見慣れたオンボロアパートが少し先に見える。そして、その前に一人の少女が立っていた。

「詩季ちゃん!」

 長い髪をポニーテールにした、活発そうな少女―凪坂詩季は咲を見ると泣き笑いのような表情を浮かべた。

「咲ちゃん…」

「詩季ちゃん、どうしたの?未来ちゃんと洋介おじさんが心配していたよ?一緒に帰ろうよ」

 咲は優しく話しかけるが、詩季は泣き笑いのような表情を浮かべたまま首を横に振る。

「だめ…あたしは帰れない」

「どうして…?」

 詩季はしばらく俯き、言い淀んでいたが、やがて顔を上げて言った。

()()()()()()()

「え…?」

「お腹が空いて、どうしようもないんだ…食べなきゃ…………を食べなきゃ…」

「詩季ちゃん?お腹空いてるなら帰ろうよ。未来ちゃん、ご飯作ってくれると思うよ」

「咲ちゃん…」

 いつの間にか、詩季は咲に近付いていた。森岡が怪訝そうに詩季を見る。美雪がハッとした表情を浮かべ、魔法少女姿―パンツスーツに黒い手袋という何処かの諜報員のような服装に変身した。

「咲ちゃん離れて!その子は…」

 然し、その警告は無意味なものとなった。

 

「咲ちゃん…… ()()()()()()()()()()()()()()

 

 詩季の手が咲の首元に伸ばされる。

 手の平には魔女の口付けが浮かんでいた。

 咲が驚いた顔をして後ずさろうとする。

 それよりも早く、詩季は咲を抱き締め、その首に顔を近付ける。

 そして大きく口を開け―。

 

「……つっ!」

 咲の顔が歪む。

 詩季が咲の首筋に噛み付いていた。

「詩季ちゃん、何を…!」

 詩季はまだ小学生。力もあまり強くないはずだ。それなのに咲は彼女を引き剥がすことが出来なかった。

 詩季の歯が首の肉を少しばかり食いちぎる。咲が痛みでちいさく声を漏らした。

「あっ…」

「…咲ちゃん、美味しいね」

 詩季は咲の首元から流れ落ちる血を啜り、傷を優しく舐める。その目は虚ろで魔女に操られているのは確かだった。

 咲の肩がびくりと跳ねる。荒い息の中で、それでも必死に声を掛けようとする。

「………っ、詩季、ちゃん…」

「大丈夫だよ咲ちゃん…あたしが優しく食べてあげるから…」

 詩季は微笑み、再び咲の首筋―先程噛み付いた部分に今度はより深く歯を立てる。

 それを見た美雪は反射的に詩季の背後に近づき、無防備な(うなじ)に手刀を叩き込んだ。

「あ」

 呆けた様な声を上げて、詩季が崩れ落ちる。気絶したようだった。詩季を抱き留めつつ、美雪が訊く。

「…咲ちゃん、大丈夫?」

「は、はい…あの、詩季ちゃんは…」

「気絶しただけだよ。それよりも…」

 突然、周りの景色がぐにゃりと歪み、廃墟と化した遊園地に変化した。

「…やっぱりか」

 美雪が鋭い目をして呟く。

 彼女の視線の向こうには、メリーゴーランドに大きな口が付いたようなバケモノがいた。

「コイツが…」

 安藤が驚いた様に言う。いつもは無表情なその顔には、驚きの色が浮かんでいた。

「…子喰いの魔女」

 森岡が嫌悪感を込めてその名を呟く。

 バケモノ―子喰いの魔女は咲達を認識したらしく、その口から醜い咆哮を上げた。

 厭な音が辺りに響き渡り―刹那、魔女の周りにうさぎや犬の着ぐるみが現れる。魔女の手下だろう。

「………来ます!」

 咲がそう叫んだ瞬間、手下が襲いかかってきた。

「…行くよ!」

 美雪が武器である二丁拳銃を構え、手下の方へと向かっていく。

 戦闘が、始まろうとしていた。



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戦闘、危機、そして再会

 美雪が子喰いの魔女に向けて疾駆する。

 その道中に使い魔が立ち塞がるが、美雪は使い魔を文字通り一蹴して尚も進み続けた。

 だが、使い魔はわらわらと溢れてくる。醜悪な見た目をした着ぐるみが鉈やらナイフやらを持って向かってくるのだ。何処ぞのB級ホラー小説を地で行っている。

 恐怖の具現化とも言うべき存在に、然し美雪は怖がる様な素振り一つ見せず対応した。

 両手に握られた拳銃を使い魔に向ける。自動式拳銃を模してはいるが普通の拳銃とは訳が違う。そもそも発射するのは銃弾では無い。自分の魔力を銃弾の形にして発射するのだ。

 ろくに狙いも定めずに、走りながら連射する。敵の数が多いので面白い様に当たった。撃たれた使い魔は血の代わりに綿を噴出させながら倒れ、朽ちて消えていく。この使い魔はあまり強くなく、やろうと思えば一般人でも対処出来る程度のものだ。単に数が多いだけの話である。

 問題は魔女そのものだ。気付くと、美雪は魔女の前に居た。否―魔女が美雪の前に居たのだ。魔女の見た目はメリーゴーランドそのものだが、本来なら馬を模した座席が有る所には鋭い牙が無数に生えている。あんなものに噛み砕かれたら一溜りも無い。

 魔女は突進し、その勢いで美雪を飲み込もうとする。本来なら子供以外は捕食しないのだが、自分の縄張りを荒らされたなら話は別なのだろう。

 美雪は迫り来る鋭い牙を躱し、魔女の口目掛けて銃弾を撃ち込む。だが魔女が堪えた様子は無い。それどころか益々怒ったようで、何度も牙を噛み合せながら突進してくる。いつしか美雪は防戦一方となっていた。

 これは厄介だなと彼女は思う。以前「日向は子喰いの魔女に対処出来る」なんて事を森岡に言われたが、自分の魔力は年々衰えており、以前程の力は出せない。このままでは先に魔力が尽きてパクリとやられてしまう。

 チャージした魔力を撃ち込めばいけるかと考え、後退しながら魔力を溜め始める。襲いかかってくる使い魔を蹴り飛ばし、魔女の牙を躱しながら溜めているので集中出来ず、思う様に堪らない。

 そういえば、咲達はどうなっているのだろう。ちらりと視線を向けて、美雪は驚いた。

 咲が魔法少女姿に変身して戦っているのは予想していたが…まさか安藤まで戦っているとは思わなかった。彼は何処かから拾ってきたらしい鉄パイプを振り回して使い魔を退けている。森岡は意識を失ったままの詩季を庇うようにして、使い魔から奪ったらしき鉈を構えている。状況はあまり良くなさそうだ。美雪は自分一人で突っ込んでいった事を後悔した。

 そうこうしているうちに魔力が溜まった。美雪は後退する事を止め、敢えて魔女へと突っ込んでいく。

 獲物が自分から飛び込んで来た事を理解した魔女が大きく口を開け、美雪を噛み砕かんとした瞬間―その口に銃を突っ込み、溜めていた魔力を解放した。

「――――――――!?」

 口内で魔力が爆ぜ、魔女は声にならない悲鳴を上げながら吹っ飛んでいく。

 美雪は追撃する様な事はせず、使い魔を蹴散らしながら咲達の方へと向かった。

 今は、この結界から脱出する事が先決だ。

 

 

 咆哮にも似た悲鳴が聞こえ、咲はびくりと身を竦ませた。美雪が魔女と戦っている事は分かっているがそちらを気にする余裕が無いため、どうなっているかは分からない。だが魔女が悲鳴を上げているという事は美雪が優勢なのだろう。そう信じて自分の敵を見据える。

 目の前には醜悪な見た目をした着ぐるみ―子喰いの魔女の使い魔が何体も居る。それらが振り下ろす刃物を躱しつつ、魔力弾を撃ち込む。

 幸い、使い魔はあまり強くなかった。数が多いだけだ。やろうと思えば一般人でも戦えるのだろう。というか自分の横では一般人―安藤樹が使い魔を次々に倒しているのだから対処可能なのだ。

 美雪が魔女に突撃してすぐ、咲達は使い魔に囲まれた。使い魔は何体もいるが魔法少女は咲一人だ。自分がやるしかないと思い、魔法少女姿に変身する―直前に安藤が使い魔に突進した。

「安藤くん!?」

 一般人である彼が使い魔と戦おうなど、無謀もいいところだ。だが安藤は使い魔の攻撃を器用に捌きつつ何処かから拾ってきたらしい鉄パイプでその頭を打ち付けた。綿と布で出来た頭はそれに耐えられず、胴体からぽろりと落ちて使い魔は活動を停止した。

 安藤は直ぐに二体目に掛かろうとする。流石にこのままではいけないと思い、咲は安藤を呼び止めた。

「鉄パイプを貸して。魔法で強化するから」

 安藤は素直に鉄パイプを渡す。咲はそれに魔力を込めた。気休めにしかならないだろうがないよりかはマシだ。

 鉄パイプだけでは不安なので安藤にもちょっとした魔法を掛ける。そして強化し終えた鉄パイプを渡すと、安藤はまた使い魔へと突っ込んでいった。

 森岡の方を見ると、彼は意識を失ったままの詩季を背負っていた。美雪が突撃する前、彼に任せたのだろう。咲の視線に気付いたらのか森岡は「この子は僕に任せて」と言った。

「大丈夫ですか?」

「ああ、この子を庇うくらいは出来る。君は安藤君をサポートしてやってくれ」

 咲の脳裏には、初めて森岡と出会った時の事が浮かんでいた。自分を庇い、使い魔の攻撃を受けた森岡…あんな事はもう厭だ。

 だから…咲は言った。

「わたしは…森岡さんと詩季ちゃんも護ります」

 自分に出来る事をやる…それでは駄目だ。ここに居る全員を、自分が護らなければ。

 咲は森岡に向かって指揮棒を振る。すると数個の魔力弾が彼の周りに浮かんだ。

「これは…」

「なんというか、防御システムみたいなものです。数が多ければ使い物にならないかもしれませんが…ないよりはましだと思います」

 自分の戦い方を考えて、生み出した技術だ。安藤にもこの魔法を掛けておいた。

「じゃあ…詩季ちゃんの事、よろしくお願いします」

「ああ」

 咲は近くまで来ていた使い魔に魔力弾を放った。使い魔の方も新しい敵に反応したのか、咲の方に押し寄せてくる。

 咲は指揮棒を構え、それを迎撃した。

 

 戦闘が始まって十数分、未だに敵が減る気配はない。既に何体もの使い魔を倒したが、倒した数だけ出てくるのだから厄介だ。

 安藤の方を見ると、咲が掛けた魔法をフル活用しながら次々に使い魔を倒していた。普段は無口な印象があっただけに、その暴れっぷりは別人のようだ。

 次いで森岡を見る。彼はいつの間にか鉈を持っていた。詩季を庇うようにして使い魔の攻撃を受けているが、その尽くを魔力弾がガードしている。使い魔の攻撃対象が安藤と咲の方に集中しており、森岡の方にはあまり来ていないという事も大きいだろう。

 だが―このままではまずい。今は何とか耐えているが、いずれ使い魔に殺されてしまうのは明白だった。

 それに、ここは神浜市では無い。つまり、魔女化する危険があるという事だ。既に自分のソウルジェムは濁り始めているだろう。魔女化するのも、時間の問題かもしれない。

 咲の内心で焦燥感が生まれる。そして―その時を待っていたかのように森岡と安藤に掛けた魔法が効力を失った。

(……!)

 時間切れ。

 自分一人ならどうにかなる状況でも、一般人である彼らはその限りでは無い。

 確実に、殺される。

 視界の隅で、安藤がバランスを崩した。

 森岡が詩季を庇うように抱きかかえる。

 間に合わない。

 一瞬の後、二人は―。

 

「大丈夫だよ」

 

 声と同時に、破裂音。

 彼らに迫っていた使い魔がまとめて吹き飛ばされた。

 美雪が戻ってきたのだ。彼女は残った使い魔に発砲し、瞬く間に倒してしまった。

「ごめん、もっと周りを見るべきだった…」

「いや、助かったよ日向。それに君は―恋人をアイツに殺されてるんだ。突っ込んでいったとしても無理はないさ」

「…そんな事より、魔女はどうした」

 安藤が美雪に訊いた。

「ダウンさせてきたよ。多分暫くは動かないと思うけどあの魔女タフだからなぁ…あれぐらいじゃ倒れないかも」

「まあ、暫く動かないなら今のうちに逃げよう。流石に状況が悪過ぎる」

「そうだね…結界の出口って何処だろう」

「…多分あれだと思います」

 咲が指差した先に、結界の出口があった。今いる位置からは少々遠いが、走って行けば問題は無いだろう。

「あれかぁ…みんな走れる?」

「僕は大丈夫だよ」

「森岡さん、詩季ちゃんはわたしが背負います…あ、わたしも大丈夫です」

「安藤くんは?」

 安藤は無言で頷いた。「大丈夫」という意思表示だろう。

「じゃあ行こうか…道中の使い魔は私が倒すから、皆は全力で走って」

「…了解」

 美雪は銃を構え、走り出す。咲達はそれを追いかけた。

 美雪は道中の使い魔を正確に撃ち抜いていく。走りながらの射撃だが動きにブレはない。だから咲達は全力で走るだけで良かった。

 あっという間に結界の出口に辿り着く。全員が無事である事を確認し、美雪が結界を出ようとした時―開かれた出口から、何かが飛び出す。それは―化け物のようなバイクだった。

 驚いて停止する美雪の鼻先を掠めるようにして通り過ぎたバイクは真っ直ぐに魔女の方へと向かっていき…まだ動けない魔女を轢いた。

 脱出する事を忘れて、それを呆然と見ていると、再び結界の外から何かが入ってきた。今度は二つの人影だった。両方黒いローブを羽織っている。

 一人がフードを上げ、呟いた。

「ここが子喰いの魔女の結界か…って、アンタは…」

「…夏々子ちゃん、どうしてここに?」

 フードを上げた人影の顔を見て、咲が驚いたように声を上げた。

「そりゃ、魔女を倒すためだよ」

 人影―生方夏々子はなんでもない様に言った。その台詞をもう一人が訂正する。

「…違う、魔女を支配する為だ」

 その声に、咲はビクリと肩を震わせた。

「…その声、まさか…」

「………アンタも来ていたのか」

 人影はつまらなさそうに呟き、フードを上げた。

 咲は震える声でその名前を呼んだ。

「…秕ちゃん」

 人影―吹綿秕はニヤリと笑い、呟いた。

「丁度いいや、これであたしの目的が二つ達成される」

 秕は咲達の顔を一人ずつ見渡し、満足げな顔で頷く。

 そして、恐い声音でこう言った。

 

「…とりあえず、アンタらは邪魔だから全員殺す事にするよ」



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再会、相対、そして惨劇

「…なぜ、私達を殺すの?」

 美雪が緊張感を纏った声で訊いた。その手に握られている拳銃は、何かが有れば直ぐに秕に向けられる様に構えられている。

「あなたも魔法少女なんでしょ?なら、協力し合って魔女を倒した方がいいと思うけれど」

「誤解しているようだが、別にあたしは魔女を倒したい訳じゃない…魔女を支配したいだけだ」

 秕はなんでもない様に言った。

「支配する?」

 倒すならまだしも、支配するとはどういう事なのか。咲がそれを訊こうとすると、秕が苛々した様子で鋭く言い放った。

「どうでもいいだろ…アンタらはこれから死ぬんだからさ…咲とそこの男、それに咲が背負ってるヤツは殺した後魔女の餌にするからそのつもりでいろよ」

 咲と安藤、そして詩季は未成年だ。子喰いの魔女の食料にはうってつけだろう。だからといって殺されるのは厭だ。

「秕ちゃん…そんな事言わないでよ…わたし達を殺しても何も変わらないし、何も無いよ?」

「あたしにはあるんだよ。それに…咲、アンタはどのみち殺すつもりだったしね。あたしを裏切ってくれた礼…たっぷりしてやるよ」

 その言葉に、咲の心臓がズキリと痛む。

 やはり、秕にとって咲は憎悪の対象なのだ。

 咲が秕を裏切った事は彼女にとっては事実だし、それを否定する気も無いのだろう。

 向き合うと決めた筈なのに、ここまで憎悪をぶつけられるとその決意が揺らいでしまう。

「なら、わたしだけを殺せばいいでしょ…なんで皆を巻き込むの?」

 咲は震え声で訊いた。自分達の問題に皆を巻き込む訳には行かない。最も、森岡は既に事情を知っているから巻き込んでしまっているのだが…それでも、自分に関わった人を傷付ける訳には行かない。

 最悪、死んでも皆を護らなければ―咲はそう思い、秕を確りと見た。

「邪魔だからだよ。それにあたしが殺したいから殺すだけだ」

 もういいだろとっとと死ねよ―秕はそう吐き捨てて、両手にダガーを出現させた。

 咲は夏々子の方に目を向ける。するとテレパシーを通して夏々子が申し訳なさそうに言った。

(こうなったらコイツは止まらないよ…何とか隙を作って逃げてくれ)

(そう言われても…)

 いざとなれば自分を犠牲にする事も厭わないつもりだが、それでも出来れば戦いたくはない。咲はかなり消耗しているし、それは美雪達も同じ筈だ。対して向こうは(恐らく)体力が有り余っているだろう。

 どうしようかと思っていると、美雪と目が合った。直ぐにテレパシーが飛んでくる。

(私があの子を撃つから、それを合図に逃げて)

(でも、美雪さんは…)

(私一人なら何とかなるから、咲ちゃん、済まないけれど皆を任せるよ)

 美雪は一方的に会話を打ち切ると、目にも留まらぬ速さで発砲した。

 不意打ち―という事になるのだろう。普通なら反応出来ず、対応が遅れる筈だ。

 然し、魔法少女という存在は普通ではない。

 

「…えっ」

 

 美雪が驚いた様な表情をする。

 美雪が放った弾は、横から飛んできた別の銃弾によってルートを強引に逸らされ、秕に当たることは無かった。

 銃弾が飛んできた方向を見ると、先程バイクに乗っていた少女―水無月霜華が大型の拳銃を構えていた。秕が霜華に言う。

「…流石だ。そこらの黒羽根よりは使えるな」

「そりゃどーも」

 霜華は自分の固有魔法―既視感の魔法で美雪の銃弾を察知し、防いだのだが咲達はそれを知らない。故に目の前で起こった事象に驚き、一瞬だけ反応が遅れた。

 その隙を逃さず、秕が動いた。一番近くにいた安藤に向かって突撃し、手に持ったダガーを振り回す。

 血が飛び散り、安藤は少し顔を顰めた。然しパニックになる事はなく秕から距離を置くように飛び退く。すかさず美雪が秕の前に立ち塞がり、発砲する。

 秕はそれを回避し、接近戦に持ち込んだ。

 美雪はそれを器用に捌きながら叫ぶ。

「皆、早く逃げて!」

 その言葉に咲達は直ぐに踵を返した。然し秕はニヤリと笑い、一度飛び退いてからポツリと呟く様にして言った。

 

「……… ()()()()()()()()

 

 その言葉に、安藤が反応した。

 彼は直ぐに引き返し、秕と美雪の間に割り込む。その目は虚ろで、光が無かった。

 美雪が驚いたような顔をする。タイミング悪く、彼女の指は拳銃のトリガーを強く引いていた。

 

「…一人目だ」

 

 そして―銃口から放たれた魔力弾が、安藤の胸を貫いた。

 

 咲が状況に気付いた時には、安藤は地面に倒れていた。

 びくりとも動かない。胸からは血が流れていて、それが地面に血溜まりを作っていた。

「なんで…」

 その一言を絞り出すのがやっとだった。

「アンタは知らなくていい」

 秕はそう言い、安藤をわざと踏み付けてから美雪に接近した。

 誰も動かない。

 否、あまりにも突然過ぎて動けないのか。

 視界の隅で、美雪が拳銃を取り落としたのが見えた。

 彼女の唇は小さく震え、目を大きく見開きながら荒い息を吐き出していた。

 秕が恍惚の笑みを浮かべながら彼女に近付く。

 だが美雪は動かなかった。

 逃げようともせず、目の前の現実を受け止めようとするのに精一杯だったのだ。

 そこで漸く我に返り、咲は秕を止めようと走った。

 森岡も咲と同じく、何かを叫びながら秕に向かっていく。

 だが、間に合わない。

 秕の凶行を止める事は出来なかった。

 

「―二人目」

 

 ダガーが、美雪の喉笛に突き刺さり、荒々しく引き裂いた。

 赤色が視界に飛び込む。

 喉から血を噴出させながら、美雪が力無く崩れ落ちる。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 

 誰かが叫んだ。

 言葉にならない絶叫。

 それが自分の喉から出ていた事さえ―咲は気付かなかった。

 

「予定とは違うが…まあいい」

 

 赤い液体を纏った秕が此方を向き、魂が抜けたかのように立ち尽くす森岡とまだ意識を失ったままの詩季、そして打ちのめされたかの様に崩れ落ちる咲を見る。

 その口元が釣り上がり、嗜虐心に満ちた言葉を吐き出した。

 

「―残り、三人だ」




書いている途中に話が変わりまくった結果、こうなりました。
次回はいつ投稿出来るか分かりませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。


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偽善者

 一瞬にして二人が倒れた。

 その身体から流れ落ちる赤い色が網膜に焼き付いていて、目を瞑っても消えない。

 二人を害した張本人は、ダガーにこびりついた血を振り落とし、悪意のある目で自分を見る。

「…アンタの所為だよ、咲」

 コイツらは、アンタの所為でこうなったんだ―秕はそう言って、悦びに満ちた笑みを浮かべた。

 咲はそれに答える事すら出来なかった。

 ただ、目の前の惨状に呆然とし、思考を停止させているだけだった。

 それは森岡も同じ様で、彼も魂が抜かれたかの様にその場に佇むだけだ。詩季を背負ってはいるが、その存在すら今は忘れている様だった。

 秕はそんな二人を愉しげに見た後、森岡の方に視線を移して言った。

「…次は、ソイツらだな」

 その言葉に、咲の思考が再び動き出し、口からは弱々しい言葉が出た。

「…やめて」

「あ?」

「…もう、やめて…」

 上げた顔から、ポロポロと涙が零れ落ちる。

 それを見て、秕は―。

 

「…アハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 嘲笑う様に笑った。

「最高だよ!あんなヤツらの為にアンタがそこまでするなんて!最高に………胸糞悪い!」

 秕は咲に近付くと、その髪を掴んで引っ張った。その表情は先程までのものとは違い、憤怒に満ちていた。

「アンタさぁ、偽善者でしょ…皆にいい顔したいだけでしょ…?そうなんだろッ!」

 言うなり、秕は咲の腹に膝蹴りを喰らわせた。

「かはっ……」

「あたしを助けなかったアンタが、どの面下げて『もうやめて…』なんて言ってるんだよ!見殺しにしちまえよ!出来るだろそのくらい!」

 秕は激昂しながら、何度も咲の腹に膝を入れる。

 その度に咲は嘔吐き、胃液を吐き出し、苦しげに顔を歪めた。

「ぐ………しいな、ちゃ……」

「下らない事言いやがって…なんであの時あたしに対してそれが出来なかったんだよ!」

 幼い子供が駄々を捏ねる様に、秕は怒りをぶつける。咲はただそれに耐える事しか出来ない。

「アンタにとって友達や仲間はその程度のものなんだろ!なら見捨てろよ。『わたしだけを助けて』って言ってみろよ!」

 秕は咲を勢い良く突き飛ばす。バランスを崩し、倒れ込む咲を冷たく見下ろし、侮蔑に満ちた言葉を吐き出した。

 

「… ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あ………」

 身体から力が抜ける。

 そうだ。

 わたしは、秕ちゃんを裏切って魔法少女になったんだ。

 だから、これも全てわたしの所為なんだ。

 

 咲の顔から表情が抜け落ちた。

 それを見て、秕はトドメとばかりに言う。

「…自害しろ。ソウルジェムを破壊して、死ね。」

 その言葉は咲を冷たく満たした。

 再び、思考が停止する。

 自分が何をしているのかも良く分からないまま、髪留めを外し、卵型の宝石―ソウルジェムに変化させる、

 それに指揮棒を近付け、小さな魔力弾を作り出す。

 これを発射すればソウルジェムは壊れ、咲は死ぬ。

 でも、それでいい。

 自分は罪人だった。救われたつもりだったけれど、違ったのだ。

 自分は、救われてはいけなかったのだ。

 

 …なんという、理不尽な物語だろう。

 咲の物語は―自分の所為で関わる人を傷付けただけの、最低なものだった。

 咲の顔が歪み、涙が一筋零れ落ちる。

 そして魔力弾を発射し、全てに終止符を打つ―

 

「…駄目だ!琴音君!」

 

 ―寸前、森岡の声がして、身体が勢い良く横に飛ばされる。その拍子に魔力弾が発射され―ソウルジェムを大きく逸れていった。

 地面に倒れ込んだ咲は、森岡が自分に覆いかぶさっているのを見た。彼は右腕から血を流しており、それが自分の放った魔力弾によるものだと理解した時、咲は小さく悲鳴をあげた。

「森岡さん!その腕、わたしが…」

「このくらいどってことないさ。それより―」

 森岡は身を起こし、厳しい目で咲を見る。

「吹綿さんの言葉に惑わされては駄目だ。君は、罪人なんかじゃない」

「でも、秕ちゃんが言う通りです…わたしには人を助ける資格なんて…」

「人を助けるのに資格なんて要らないよ。大切なのは、自分がどうしたいかだ」

 森岡は詩季を背負い直した。咲を突き飛ばす時、危うく落としそうになったが詩季が無意識にしがみついていたのでそういった事は無かった。ただ、今の衝撃で詩季は目を覚ますだろう。それより先に結界から出ないといけない。

「琴音君、一緒にここから出よう。話なら結界を出てからでも出来る…」

「でも、日向さんと安藤くんが…」

 咲の言葉に、然し森岡はなんでもない様に返した。

「…ああ、それなら心配ないよ」

 

「クソっ!まだ生きてやがったのか!」

 秕の苛立つ声が聞こえ、そちらに視線を向けると―。

「…魔法少女はソウルジェムを砕かれない限りは死なないんだよ。確かに傷は深いけど…動ける程度には回復したし」 

 美雪が、喉から血を流しながらも秕に拳銃を向けていた。

「日向さん!?」

「心配かけさせてごめんね咲ちゃん…でも、私も安藤くんも生きているから大丈夫」

「安藤くんも?」

「重傷だけどね。今ならまだ間に合う」

 それを聞いて、咲は床にへたりこんだ。

 安堵と自分への怒りで、また涙が出そうになる。

「逃がすと思うか?」

 秕が美雪を睨みつける。

「確かにこのままじゃ無理だろうね…でも、チャンスはあるよ」

 瞬間、爆発音と共に何かが飛んできて床を転がった。

「霜華…」

 霜華は身を起こすと、「あのクソ魔女…」と吐き捨てる。いつの間にか、子喰いの魔女が動き出していた。

(咲ちゃん、この隙に逃げ出そう)

 美雪がテレパシーを送ってくる。

(でも、わたしは…)

(結界に残るなんて駄目だよ。皆でここを出る…それに、今この場で皆を守れるのは咲ちゃんだけなんだよ)

 自分が一緒に居てもいいのかと咲は迷った。自分がいる限り、秕は追いかけてくるだろう。そうすればまた皆を危険に晒す事になる。なら、いっその事…。

 

「……咲ちゃん」

 

 その時、森岡の背中から声が聞こえた。見ると、詩季が苦しそうな表情をしている。目は瞑っているので恐らく魘されているのだろう。

 詩季はちいさな声で力無く呟いた。

「…助けて、咲ちゃん……」

 

 ―その声に、咲の身体が自然に動いた。

 自分に鎮静の魔法を掛ける。それで昂っていた感情が強制的に抑制され、冷静な人格へと変貌した。

 それから森岡の元へと近付くと「わたしが背負います」と言って詩季を背負う。その目は、決意に満ちていた。

「琴音君…」

「安藤くんと日向さんの事を、よろしくお願いします」

 森岡は何かを察したのか、小さく頷いた。咲は秕の方を向き、指揮棒を構える。すると咲を囲む様に魔力弾が生成され、それを躊躇いなく秕の足下に放つ。土煙が舞い上がり、秕は思わず手で顔を庇った。

 魔力弾は何度も放たれ、何度も土煙が舞い上がる。

 そして―それが完全に晴れた時、咲達の姿は消えていた。

 

 

 何とか結界から脱出した咲達は、とりあえず安藤と美雪を病院に連れて行く事にした。安藤は重傷で意識を失っているし、美雪は「知り合いに治癒魔法の使い手が居るから大丈夫」と言い張っていたが半強制的に引きずっていった。

 二人を病院に任せ、森岡とも別れた咲は凪坂書店へと詩季を連れて行った。店の中に入ると、凪坂夫妻や両親は驚き、そして口々に礼を言った。それがくすぐったくも申し訳無くて…咲は複雑な気持ちだった。

 そんな時、詩季が目を覚ました。咲をとろんとした目で見詰め、直ぐに泣きそうな顔になる。

「咲ちゃん…あたし…!」

 恐らく、自分がやった事を朧気に覚えていたのだろう。泣きじゃくる詩季を、少し迷ってから抱き締め、咲は優しく言った。

 

「…きっと、悪い夢でも見ていたんだよ」




暫く不定期投稿になります。
よろしくお願いします。


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終わりへの漸進

 少し時間を遡る。

 咲達が子喰いの魔女結界から逃走した後、吹綿秕は苛立ちを隠そうともせずに次々と使い魔を屠っていた。

 元々が弱い使い魔達は、碌な抵抗も出来ずに次々と屠られていく。敵とはいえ、その姿は哀れを誘うもので、夏々子は少しだけ彼らに同情した。

 それにしても、何故ここまで秕は咲に執着するのだろうと夏々子は思う。今怒っているのも、獲物を逃がしたからというよりは咲を殺せなかったからという事の方が大きい。二人に起こった事は多少聞いていたが、流石にこれは異常すぎるのではないか。

 そもそも、咲達を見つけたのは全くの偶然だった。子喰いの魔女を支配すると秕が言ったので冬天市を訪れたら、同じくらいのタイミングで咲も来ていたのだ。

 それを見つけてからの秕の行動は迅速だった。子喰いの魔女そっちのけで咲を殺す事に執着し、近くに居た女子高生を魔法で支配して咲の動向を見張らせた。そして喫茶店内での会話から咲達も子喰いの魔女を追っているという事を突き止め、嬉々として結界に飛び込んだという訳だ。秕にしてみれば一石二鳥といったところなのだろう。

 最も、咲と再会してからの第一声は「アンタも来ていたのか」という興味が無さそうなものだった。時々秕の人格が把握し切れない事がある夏々子である。

 そんな事を思っていたら、危うく使い魔の攻撃を喰らうところだったのでそれ以上は考えず、夏々子はわらわらと寄ってくる使い魔を倒す事に専念した。

 

 暫く使い魔を相手取っていると、使い魔のほうが根負けしたらしく、一切出てこなくなった。合計で100体近くは倒したかもしれない。その半分近くは秕が固有魔法で下僕にした為、夏々子の疲労感はそんなに無かった。

 子喰いの魔女の相手は霜華に任せているので、二人は一旦休憩(ソウルジェムの浄化)を行う事にした。特に秕の魔法は魔力の消費が激しく、既に穢れが溜まり始めている。

「秕、その魔法って使い魔相手にちゃんと効くの?」

 ふと気になった夏々子は秕に訊いてみた。秕の固有魔法は精神汚染だが、使い魔に精神という概念があるのかは不明だ。今は大人しくしているが、それが魔法の効果によるものとは断定し難い。

「一応効いている。ただ、一時しのぎにしかならないだろうな」

 秕はソウルジェムを浄化しながらそう答えた。

「じゃあ、魔女を支配するなんて芸当、難しいんじゃないの?」

「魔力が切れるまでやれば問題ない。あの魔女は中々に硬いし普通の攻撃だと通りにくいから、あたしは準備が出来るまで下がっている」

「…つまり?」

「アンタと水無月でヤツの体力を奪え」

 面倒だなぁと夏々子は顔を顰める。実際霜華一人でどうにかなっているので、自分は必要無いのではないだろうか。

 だが、そんな事を口にしたらコイツはまた怒り出すに決まっている。秕とのトラブルを避けるか、戦闘を避けるか…3秒程迷って前者を選択した。子喰いの魔女より、キレたら何をやるか分からない秕の方が恐ろしいと判断した為だ。

 夏々子は溜息をつきながら、子喰いの魔女を見る。霜華一人で相手取れてはいるが…戦闘開始からかなりの時間が経過している。ソウルジェムの穢れも、それ相応に溜まっているだろう。

「霜華!交代だ、アタシがやる」

「…私はまだ戦えるけど?」

「ソウルジェムの穢れを見てみなよ。一旦引いて回復しな。ここで死んだら、アンタの目標も達成出来なくなるよ!」

 夏々子が言うと、霜華は魔女に一撃を浴びせて隙を作ってから離脱した。

 入れ替わりで魔女の前に立つ。醜悪なメリーゴーランドといった魔女の容貌を見て、こんなのが遊園地に居たら子供が泣くだろうなぁ、と思った。

(取り敢えず、占ってみるとしますかね)

 水晶を球状に変化させ、固有魔法を発動する。出現した矢印が指し示したのは―魔女の口内だった。

(いや、アタシじゃ届かんだろこれは) 

 水晶を槍の形にして投げればいい話だが、魔女の牙を躱しつつ口内に攻撃するというのはかなりリスクを伴う。

 どうしたものかなぁと考えている内に、魔女が動き出した。

 

 鋭い牙が噛み合わされる。

 アレに貫かれたらひとたまりもないだろう。

 瞬間、魔女が夏々子の前に移動し、彼女を喰らおうと口を広げる。

「やばっ!」

 バックステップで回避。少しでも遅ければ喰われていただろう。

 魔女はそのまま突進してくる。

 それを紙一重の所で躱しつつ、水晶を槍に変えて投擲した。それは魔女の身体に当たりはしたものの、甲高い音を立てて弾かれてしまった。

(口内以外に弱点はないってか…!)

 舌打ちをして、すぐさま水晶を回収。

 思えば、霜華と戦っている筈なのに魔女の身体には傷らしきものは少なかった。バイクで殴られたからかあちこちがへこんでいるが、それだけだ。特に応えた様子は無い。

 本当にバケモノじゃないか―そう思った夏々子の額から、汗が零れ落ちる。

 矢張り、リスクを承知でやるしかないのか…?

 ふと秕の方を見ると、彼女は目を瞑って魔力を溜めている様だった。霜華の姿は見えないし、動けるのは自分しか居ない。

 夏々子は覚悟を決めた。

 

 再び魔女が突進してくる。

 今度は避けず、ギリギリまで引き付ける。

 それをチャンスだと思ったのか、魔女の口が大きく開き、夏々子を呑み込まんとする。

 血に塗れた牙とドス黒い舌が見え、生臭い匂いが鼻をついた。きっとこれは、このバケモノが今まで喰らってきた人間の匂いだ。

(アタシもこの匂いに加わるなんてゴメンだ)

 だが、一歩間違えればそれも有り得る。

 水晶は既に槍の形に。

 魔力も込め終わっている。

 魔女の口が、ゆっくりと閉じられる。

 このままでは夏々子は喰われてお終いだ。

 だが、

「いまだっ!」

 魔女の口内がハッキリと見えた瞬間、夏々子は手に持った槍を投擲した。

 それは真っ直ぐ飛んでいき、魔女の喉を貫いた。

 だが、魔女は執念で口を閉じ、夏々子を呑み込もうとする。

 逃げようとしても、間に合わない。

(やば…)

 牙が自分に迫る。

 その瞬間…。

 

 爆音と共に、夏々子の身体は横へと引っ張られた。

 魔女の牙が噛み合わされる音が聞こえた時には、既に魔女から離れていた。

 霜華がバイクを駆り、その勢いで夏々子の服の襟首を引っ張ったのだ。

 魔女の右側でバイクは急停止し、霜華が夏々子の襟首を放す。

「あ、ありがと…」

 まだ状況がよく掴みきれないまま、夏々子は掠れた声で礼を言った。

 霜華は頷くと、魔女の方へと近付く。魔女は倒れ、痛みでだらしなく口を開けていた。

 その口内に、副武装の大型拳銃を突っ込み、霜華は呟くように言った。

「…くたばれ、バケモノ」

 銃声が聞こえ、それから辺りは静かになった。

 

 

 倒れたままの魔女に秕が近付く。

「生きているよな?」

「殺してはいない」

 霜華の言葉に頷くと、魔女の舌にダガーを突き刺し、魔力を送る。

 魔力が流し込まれていくにつれ、魔女の身体が弛緩していくような気がした。

 軈て溜めていた魔力を送り切った秕は、笑みを浮かべて魔女に言った。

 

「今日からアンタは、あたしの所有物(げぼく)だ」

 

 それと同時に、魔女がゆっくりと起き上がる。足も無いのにどうやって起き上がったのかは謎だったが、思えば足が無いのに突進していたので不思議では無い。

 魔女は秕の言葉を了承する様に牙を噛み合せる。

 瞬間、結界が解除され、秕の手の甲には魔女の口づけが浮かんでいた。

 それが、契約の証だった。

 

 いつの間にか、辺りは暗くなっていた。

 秕が魔女の口づけを見つめ、ニヤリと笑みを浮かべる。

「これであたしは…『力』を手に入れた」

 でも、と夏々子が訊いた。

「秕はその魔女をどう使うつもりだい?」

 秕は少し黙ってから、冷たい笑みを浮かべて答えた。

「…この街に冬天中学校という学校がある。そこの吹奏楽部に、コイツをけしかけるのさ」

「な…」

 秕の言葉に、流石の夏々子も絶句した。見ると霜華も顔を顰めている。

 吹奏楽部に魔女をけしかける?

「あ、アンタ…大虐殺を起こすつもりか?」

 冬天中の吹奏楽部については、噂で聞いた事があった。去年の全国大会で金賞を取った所だ。確か秕や咲も、そこに所属していた筈。

 それに、秕はこの街に来る前に言っていたではないか。

 『あの吹奏楽部の連中に恩返しするのさ』と…。

 秕の事だ。苛烈な事をするとは思っていたが…魔女に襲わせるとは。

 これまで秕の行いを許容してきた夏々子だったが、流石に今回ばかりはすんなりと許容出来るわけが無かった。

「アンタ、流石にそれは…」

「人殺しを許容してるヤツが今更になって止めるか。怖気付いたのか?」

「…そんな事をしたら、あなたは破滅する」

 そう霜華が言った瞬間、秕の表情が変わった。

 今まで見せた事が無いような、穏やかな表情に…。

「確かにそうだな…だが、これはあたしの問題だ。止めようとしたって無駄だぞ」

 そう言って霜華に近付き、その腹にダガーを突き刺した。

「………ッ!」

 霜華の顔が歪む。精神を更に汚染され、秕に逆らえない様になったのだ。

 いつの間にか、秕は夏々子の方へと近付いてきていた。その手には、もう一本のダガーが。

 反射的に、夏々子は距離を取ろうとした。

 然し、

 

「… ()()()

 

 名前を呼ばれ、動きが一瞬だけ止まる。

 その隙を逃さず、秕は夏々子の脚にダガーを突き刺した。

 じわりと、熱を持った痛みが拡がる。

 血液が体外に排出され、意識が一瞬だけ遠くなる。

 それと同時に、秕に逆らえないという諦観を覚え、それが自分の基盤を変えていくのを体感しながら、夏々子はちいさく呻いた。

「…アンタは使い勝手のいい相棒(どうぐ)だったよ。あたしの行いを許容してくれたから魔法で支配する必要も無かった」

 ただ、と秕は続けた。

「アンタだってひとりの人間…いつかはこうなる事は分かっていたさ」

 最初からこうすれば良かったんだと言って、秕は二人の身体からダガーを引き抜いた。

 二人は痛みで崩れ落ちる。動こうにも、秕が行動を制限しているらしく指一本動かす事さえ叶わない。

 そんな二人を見下しつつ、秕は嗤った。

「咲も吹奏楽部の連中も全部殺す。あたしを助けてくれなかったアイツらに…生きている価値なんて無い」

 

 …秕の哄笑が、夜空に吸い込まれていった。




合計UA数が一万を突破しました。
ありがとうございます!

これを記念して…という訳ではありませんが、前々から書いてみたかった「魔法少女ストーリー」を書いてみようと思っています。
具体的には、この作品に出てきたオリジナル魔法少女の過去編を本編と同時連載していこうと考えています。
需要は全く無いかもしれませんが、よろしくお願いします。


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終わりの始まり

一回ミスって下書き状態のものを投稿してしまいました(恥)
実質再投稿です…。


 翌日、午後三時。

 咲と森岡は、冬天市内の病院を訪れていた。

 詩季が無事に見つかり、咲が冬天市に居る理由も無くなった。ただ、秕がこの街で何かをしようとしているならば止めなくてはいけない。なので、咲は両親を説得して暫く冬天市に残る事にしたのである。

 両親は無理に理由を聞こうとせずに「学校が始まるまでなら」との条件付きで許可を出してくれた。

 秕が何をしようとしているのかは分からない。なんとなく悪い予感がするだけだ。だが、それが何であろうと咲は止めなくてはいけない。

 …秕がこうなってしまった原因は、自分にあるのだから。

 

 秕の事も気になるが、病院に居る美雪と安藤の事も気掛かりだ。

 丁度森岡が見舞いに行くというので、それに着いて行く事にした。二人を傷付けたのは自分の所為だと思っている詩季も着いて行くと言い張ったが、咲はそれを拒否した。

 詩季が居ると魔法少女についての話は出来ないし、出来れば彼女には普通の女の子でいてほしいと考えての事だった。

 自分達が向き合っている事に、詩季まで関わる必要は無いのだ。

 

 

 県内最大級の病院は冬天市のお隣である陽ヶ鳴市に所在する「陽ヶ鳴総合病院」である。

 ただ、冬天市内にも病院はあり、市内に住んでいるならばそちらの方が格段に近い。規模は陽ヶ鳴のものより劣るが、確りとした病院である。

 その病院の一室に、日向美雪の姿はあった。

 

「咲ちゃんに森岡くん…来てくれたんだ」

 手続きを済ませて病室に入ると、美雪が笑顔で出迎えてくれた。

「美雪さんこんにちは。あの、傷の方は…」

「ん、もう全然大丈夫だよ。魔法少女は回復が早いからね」

 そう言って胸を張る美雪に、森岡が苦笑する。

「要らない心配だったか…そういえば、安藤君は?一緒の病室だと聞いたのだけれど」

「安藤くんは飲み物を買いに行ってるよ。多分もうすぐ戻って来ると思う」

「飲み物を…?」

 安藤はかなりの重傷を負っている筈だ。気軽に出歩くどころか、集中治療室に入っていてもおかしくないのだが…一般の病室に居ると受付で言われた時、かなり驚いた。

 思っていたより浅い傷で済んだのだろうか…そんな事を考えていると、病室のドアが開いて安藤が姿を現した。相変わらずのボサボサ髪に入院着、手には麦茶のペットボトルを持っていた。

「安藤くん!」

「大丈夫なのかい?」

「…問題ない」

 安藤はベッドに腰掛けると、麦茶をぐびぐびと飲む。その様子はいつもと変わらない。

「…安藤くんの傷の治りは本当に早かったんだよ。私と同じくらいの速度で回復していたと思う」

 まるで、魔法少女みたいだ―そう美雪は言った。

 安藤は一般人だ。特殊な能力なんて持っていない筈。なのに、美雪の銃弾に貫かれた傷が一日で殆ど治っている。

 医者の中に魔法少女でも居たのだろうか…咲が信じられないものを見るような目で安藤を見ていると、

「…多分、吹綿さんの魔法の所為だろうね」

 何やら考え込んでいた森岡がそう呟いたので、咲と美雪は彼の顔を見た。

「それって…どういう事ですか?」

 咲が訊くと、森岡は「あくまで仮説だけれど」と前置きしてから言った。

「吹綿さんの魔法は精神汚染…だったよね。自分の意のままに従わせる魔法…だけど、もし従えない命令を下されたらどうなる?」

「どうなるって…」

「背けない訳だし、達成出来るまでやるんじゃない?」

「まあ、そうなるよね…例えば目の前にいる人を素手で解体しろという命令を出されたら、それが達成出来るまでやるだろう。でもそれは道具を使わなければ難しいだろう」

 思うに、魔法に掛かった人間は、そういった「実現不可能な命令」に対応する為の処置を施されるんじゃないかな―森岡はそう言った。

「処置?」

「さっきの例で言えば身体強化とかだね。普通にやって無理なら、強化して出来るようにすればいい」

「つまり、魔法を掛けられると身体にそういう影響が出るって事?」

「ああ。言わば後遺症の様なものだろうね」

 吹綿さんが死ねば解除されるかもしれないけれどね―そう言って、森岡は話を終わらせた。

「後遺症…」

 話を聞き終わると、今まで黙り込んでいた安藤が口を開いた。

「きっと、こうなる事は想定していなかっただろう」

「…ああ。だが別に構わない。おれの気がかりは…復讐を果たせなかった事だけだ」

 友人を殺した魔女に復讐する…安藤はそう決めていた。彼からしてみれば、自分が傷を負った事や後遺症が残った事より、目的を果たせなかった事の方が問題なのだろう。

「死んだら復讐どころじゃないのに…」

 咲は思わず呟く。

 安藤は秕と良く似た性格で、利己的な人間だ。だが秕と違い、友達をとても大切にしていた。

 小鳥遊浩平と反町渚…友達が居なかった安藤にとっては、何よりも大切なものだったに違いない。それを奪った魔女に復讐したいという気持ちも、分からないでもない。

 だが…。

「…その復讐は、わたしが代わりにやる…それじゃダメかな」

 咲がそう言うと、安藤が少しばかり驚いた様子で彼女を見る。

「何故だ?アンタがそこまで深入りする必要は無い筈だ」

「小鳥遊くんと渚ちゃんは、わたしの後輩だし…それに…」

 咲は他の三人の顔を見て、呟く。

「…もう、誰にも傷付いて欲しく無いんです」

 傷付いた安藤と美雪の姿が脳裏に浮かぶ。

 自分が無力だった為に、あんな事態を引き起こすのはもう嫌だった。

 それに、自分がやらないといけない理由はもう一つある。

「子喰いの魔女結界で遭った時、秕ちゃんは魔女を支配する為に来たと言っていました。もし、秕ちゃんの魔法で魔女を支配出来たら…」

 咲の言葉に、森岡と美雪がハッとした表情を浮かべる。

「出来ない…とは、言い切れないね」

「そうなれば、兵器を手に入れたも当然だよ…!」

 秕の事だ。魔女の力を良い事に使うとは考えにくい。

「だから、それも含めてわたしが止めるしかないんだ。秕ちゃんはわたしを憎んでいるみたいだから…」

 自嘲気味の笑みを浮かべる咲に、森岡が厳しい目を向ける。

「…琴音君、まさか自分が死ねばいいなんて思ってるんじゃないだろうね?」

 咲は黙って、病室の窓から空を見た。森岡の質問に答えるつもりは無かった。

 沈黙を肯定と判断したのか、森岡が更に咲を問い詰めようとした時―。

「あっ!」

 美雪が声を上げた。

「どうしたんだ?」

「魔女反応…多分子喰いの魔女だ」

「何処ですか!?」

 咲が血相を変える。美雪は「ちょっと待って」と目を閉じ…真っ青な顔になった。

「冬天中学校…まずい、早く行かないと!」

「まさか…秕ちゃんが!?」

 冬天中学校は、咲と秕が居た学校だ。

 そして…そこの吹奏楽部の事を、秕は恨んでいる。

 急がないと手遅れになるかもしれない…そう思った咲は、病室を飛び出した。

「琴音君!」

 その後を、森岡が慌てて追う。

「ちょっ…森岡くん!君が一番危ないんだって!ああもう…」

 美雪は安藤に「いい?絶対にここにいるんだよ!」と言うと、病室のドアを壊す程の勢いで飛び出した。廊下で運悪く担当医に見つかり、「日向さん!どこ行くの!?」と声を掛けられたが今はそれに構っている暇は無い。

 美雪は担当医に「すみません!」と叫ぶと、人でいっぱいのロビーを突き抜けて森岡を追いかけた。

 

 

 こうして三人が冬天中学校に向かったのだが、この事が二つの不幸を引き起こした。

 病院から中学校まではさほど遠くない。五分も歩けば到着する程度の距離だ。但しそれは真っ直ぐ進んだ場合の事で、近道をすればその限りでは無い。

 二つの不幸のうち一つ目は、咲が中学校に真っ直ぐ向かおうとした事だった。そこには行く手を阻むべく、足止め役が二人配置されていた。

 二つ目は、森岡が近道を使った事である。咲を追いかけた森岡だったが、途中で「学校に向かう方が先だ」と考え、近道を使って学校に向かったのである。その結果、咲より早く到着する事になり、これが悲劇を引き起こす事になる。

 尚、美雪は確りと森岡を追っていた。固有魔法で咲と森岡の位置は補足しており、魔法少女である咲よりも生身の人間である森岡の方が危険にさらされるリスクは高いと判断して彼を追ったのだ。

 その判断自体は正しかったのだが、結果として美雪は悲劇を止められなかった。

 何しろ…森岡と美雪が現場に着いた時には、既に悲劇は起こった後だったのだから…。

 

 もし、咲が近道を使っていたら。

 もし、森岡が近道をせずに真っ直ぐ進んでいたら。

 結末は、もう少し違ったものになっていたのかもしれない。

 だが、それを後悔した時にはもう遅かった。その時には既に最終段階。終わりへと突き進んでいた。

 

 …冬天中学校で、突如起きた惨劇。

 この事件が、咲と彼女に関わる人々の運命を、大きく分ける事になる。




 惨劇は、人知れず最初の小さな亀裂を生じさせる。そして、誰も気づかぬうちに四方へその先端を伸ばす。既に不可逆。破滅が目に見える頃には、もう最終段階。ぱんと弾け飛ぶように、一気に周囲へ拡散し、形を消すことで露わになる。

―――森博嗣『τになるまで待って』より


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Bloom

 咲は中学校までの道を走っていた。

 病院から中学校までは徒歩で五分程度掛かる。然し走ればその通りでは無い。そして咲は魔法少女であり、常人よりも突出した運動能力を持っていた。自分が出せる限りのスピードで走っていた事もあり、周りにいた人は何事かと驚いていた様だが… この際、人目など気にしている場合では無い。

 走り始めてから少しすると中学校が見えてきた。秕が(若しくは子喰いの魔女が)何かをしようとしているのは間違いない。急がなければ…。

 咲はラストスパートを掛けるために足の回転数を上げようとした。

 その時、

(…動かないで)

 頭の中に声。驚いた咲が反射的に立ち止まると、後頭部に何かが触れた。

 冷たい、金属の筒―直ぐに拳銃だと気付いた。それと同時に、頭の中に響いた声の主を悟る。

(…霜華さん)

(許可無く動いたら引鉄(ひきがね)を引くよ)

 いつの間にか、咲の後ろには水無月霜華が居た。どうやら彼女が拳銃を構え、咲に突きつけているらしい。

(こんな往来で…危険ですよ!)

(なら私の指示に従って。…それともあなたにはこっちの方がいい?)

 霜華は咲の後頭部から拳銃を離し、囁くような声で言った。

(今、私の近くに母娘が居る。あなたが変な動きを見せたら、その頭に風穴が開くかもしれない)

(……)

 咲は歯噛みした。動いたら発砲すると言われた為、周りを見る事も出来ないが―霜華の言っている事が事実ならば、一般人を危険に晒す事になる。

(どうするの?)

(…指示に従います。だから、周りに危害は加えないでください)

(分かった。なら近くの路地裏に入って)

 言われるがままに、咲は薄暗い路地裏へと入った。

 

   *   *   *

 

 路地裏は人一人が通れるかどうかというくらい狭いスペースだった。もし後ろから霜華が発砲などしようものなら、まず対応出来ないだろう。

 咲の額に汗が浮かぶ。ここでやられてしまっては元も子もない。だが、少なくとも今は後ろから咲をどうこうするというつもりは無いらしい。指示に従えば、この状況を切り抜ける好機も見えてくるだろう。

 路地裏をしばらく行くと、前方に人影が見えた。紫色のローブに身を包み、水晶玉を携えた少女。彼女は咲を見ると微かに口角を吊り上げた。

「…来たね、咲」

「夏々子ちゃん…」

 ローブの少女―生方夏々子はもたれかかっていた壁から躰を離し、咲とその後ろにいる霜華を見た。溜息をひとつついてから、口を開く。

「悪いね。どうしてもアンタを足止めしなきゃいけなくてさ」

「…秕ちゃんは、何をしようとしているの?」

「アンタの予想通りだよ。アイツは子喰いの魔女の力を手に入れた…それを有効活用するつもりなのさ」

「…………」

 咲は一瞬だけ目を見開いた。だが直ぐに鋭い目になり「秕ちゃんの所に行かせて」と言う。

「悪いがそれは無理な話だ。普段なら直ぐに行かせただろうけど、アタシと霜華は精神汚染の魔法を掛けられているから秕の命令には背けない」

「じゃあ…」

「今のアタシ達は、アンタの敵って事さ。殺す気でいくから覚悟しな」

 夏々子は水晶玉を槍に変化させ、構える。

 後ろには霜華が居る。多分、こちらも咲を逃がすつもりは無いだろう。

「…ごめんね」

 夏々子が呟いた瞬間、咲が動いた。変身して指揮棒から魔力弾を放出、地面に叩き付ける。

 砂埃が巻き上がる。後はそれに乗じて霜華を跳び越え、逃げ出せばいい。もし攻撃されたとしてもソウルジェムに当たらなければ死ぬ事は無いのだから、少しばかりのダメージは覚悟していた。

 咲は向きを変え、跳躍しようとした―瞬間、腹部に衝撃を感じ、それと同時に躰が吹き飛ばされる。地面をごろごろと転がり、一瞬遅れて不快感と痛みが襲いかかってきた。霜華が咲の動きを固有魔法で察知し、彼女を蹴り飛ばしたのだ。

「あ…ぐっ」

 胃液を吐き出しながら、咲は体勢を立て直そうとした。然し、その後ろから夏々子の声が聞こえ、思考が中断される。

「ぼんやりしている暇はないよ」

 ハッとして、咲は振り返る。目の前には夏々子の水晶が迫っており―それを認識した瞬間、側頭部に衝撃が走る。

 脳が揺れ、堪らずその場に崩れ落ちる。動かそうとしても躰が上手く動かない。

「暫くはあたし達に付き合ってもらうよ」

 夏々子の声が遠くから聞こえる。

 頭がぼんやりしていて、上手くものを考える事が出来ない。

 駄目だ…。

 起き上がらないと…。

「ぐ…ぅ」

 咲は唸り、何とか躰を起こそうとする。

 その背中を霜華が勢い良く踏み付けた。

「かはっ…」

 肺の中の空気が全て吐き出され、咲はぐったりと地面に倒れ込んだ。

 霜華はすかさずその背中に拳銃を突きつけ、躊躇いなく発砲した。

 減音器を付けていたからか、銃声は間抜けなものだった。然しその痛みは凄まじく、軽減されているとはいえ痛みは相当なものだった。

 咲の躰がビクンと跳ね、力が抜ける。白目を剥いている咲を見ながら、夏々子が呆れた声を出した。

「ちょっと霜華、流石にやりすぎ…」

「仕方が無い。それにあなたも殺す気だったでしょう?」

 そう言って、霜華は沈黙した。

 夏々子は咲を見る。暫くすれば起き上がるだろうが、殺す必要は無い筈だ。秕からの命令は足止め。むしろ止めを刺したらいけないような気がする。

(仕方が無い、か…)

 自分達は秕に逆らえない。

 だけど、これは…あまりにも酷い。

(これで、よかったのか?)

 夏々子は少し気分が悪くなり、壁にもたれかかった。

 

   *   *   *

 

「…情けないなぁ」

 そんな声がして、咲は目を覚ました。

 暗闇の中に、もうひとりの自分が居る。以前、ドッペルを放出した時にこれと同じ様な光景を見た事を思い出した。

 もうひとりの自分―咲の暗い部分は、ニヤリと笑みを浮かべ、蔑む様に自分を見た。

「本当に情けない…攻撃ひとつ出来ないで気を失うなんて、惨めでしかない。こんなんじゃ死んだ方がマシだよ」

「…………」

 咲は何も言えなかった。それを見た彼女は「仕方ないなぁ」と呟くと、軽い調子で言う。

「わたしが変わってあげるよ。秕ちゃんを止めたいんでしょ?ならこんな所で立ち止まっている場合じゃない」

「…ダメだよ」

 咲から出た言葉が予想外のものだったのだろう。彼女は目を丸くして咲を見た。

「わたしがやらないと、ダメなんだ。そうしないと、秕ちゃんは止められない…」

「…ま、なんでもいいけどね。わたしはあなたが絶望すればそれでいいし。でもまぁ、ヒントくらいはあげるよ。今のあなたがどんなに立ち向かったってあの二人には敵わない。タイムロスになるだけだよ」

 少し迷って、咲はその提案を受け入れた。

「……分かった。どうすればいいのか教えて」

「えっとね… あなたの固有魔法って、使い方によってはかなり便利だと思うけれどなぁ」

 その言葉を聞いて、咲は目を見開いた。この状況を打破する方法を思い付いたのだ。

 それを見た彼女は満足げに頷くと、咲の手を取る。

 そして穏やかな笑みを浮かべ、囁いた。

 

「…苛酷の中で、花が咲く事もある。このまま無惨に踏み潰されるくらいなら、咲いてみなよ」

 

   *   *   *

 

 咲は意識を取り戻した。

 瞬間、鋭い痛みが走り、思わず呻き声を漏らす。

 その声に夏々子が気付き、こちらに視線を向けた。

「思ったより早いな…」

 呟いて、持っていた槍を咲に突きつける。

「動かない方がいいよ。また痛みを味わう事になる」

「だからって…このまま寝てる訳にはいかないよ!」

 叫んで、咲は固有魔法を発動した。

 目を閉じ、自分の全てを動から静に切り替えていく。

 次第に、自分がどんどん冷めていく。

 気分が沈んでいき、冷静な人格に変貌していく。 

 完全に切り替わると、咲は目を開いた。

 水色の瞳が、冷たい光を放つ。

「本気になったって事かな?」

「…そうだね」

 言って、咲は素早く立ち上がる。

 その様子を見た夏々子と霜華が戦闘態勢に入る。

 破裂寸前の緊張感が辺りに満ち―全員が一斉に動いた。

 霜華が発砲する。それを素早く屈んで回避し、指揮棒に魔力を溜める。

 夏々子は咲から距離を取り、直ぐに弱点を占い始めた。それから気を逸らすように霜華が猛攻を仕掛けてくる。彼女の本来の武器であるバイクは狭い路地裏では不利だ。なので副武装である大型拳銃と体術だけで戦っていた。

 足払いでバランスを崩した所に、すかさず発砲してくる。咄嗟に首を傾けて回避するが、こめかみの辺りが切れて血が流れるのが分かった。

 よろめく咲に、霜華が左足の蹴りを放つ。ガードが間に合わず、脇腹に抉るような蹴りがヒットした。

 咲は表情を歪める。今度はその顎にアッパーカットが入り、再び脳が揺れた。

「………!」

 立っていられなくなり、無様に崩れ落ちる。

 先程のダメージが思いの外大きかった様で、思う様に躰を動かす事が出来なくなっていた。

 霜華が近付き、また拳銃を突きつける。

 このままでは先程と同じ結果になる。だが、咲にとってはこれで良かった。

 動けない相手に、霜華が油断さえしてくれれば―!

「…!霜華、咲から離れろ!」

 何かに気付いた夏々子が叫ぶが、もう遅い。

 次の瞬間、咲を中心として小規模な爆発が巻き起こった。

 指揮棒に溜めた魔力を解き放ったのだ。自分自身も多少のダメージは受けるが、そんな事は気にしてられない。

 霜華は爆発のあおりを受け、吹っ飛ばされた。直ぐに体勢を立て直そうとしたが…その時、腕に熱い感覚を覚える。

「…?」

 それが咲の魔力弾によるものだと気付いた時、霜華の躰から力が抜け、操り糸が切れた人形の様に倒れ込む。

「霜華!」

 夏々子が叫んだ。何が起きたのか把握し切れていないという様子だ。

「一体何が―っ!?」

 瞬間、夏々子も脚に熱い感覚を感じた。それと同時に力が抜け、霜華と同じ様に倒れ込む。

「ど、どういう事だ…アタシ達に何をしたんだ?」

 呻く様な声でそう言うと、まだ躰を動かせないらしい咲が倒れたまま答える。

「わたしの固有魔法は鎮静。それを使って、秕ちゃんの精神汚染を封じ込める事が出来るんじゃないかなって…」

 咲の固有魔法は、人格を変える程強烈なものだ。それを使って、秕に汚染された精神を元に戻したという事なのだろう。

「一時的なものかもしれないけど…今は、秕ちゃんの魔法から解放されている筈」

「躰が動かせないのは何故?」

 霜華が訊いた。

「わたしの魔法と秕ちゃんの魔法がぶつかり合っているからか…それか後遺症みたいなものだと思う」

「なるほどな…してやられたよ」

 負けた。だが夏々子の心中は清々しかった。

「アタシ達の事はいいから…早く秕を止めに行けよ。アイツを止められるのは、多分アンタだけだ」

「…うん。分かった」

 咲は緩慢な動作で身を起こした。それから二人に「グリーフシードは?」と訊く。

「あー…持ってない。というか持っている分は秕に取り上げられた」

「同じく」

 夏々子達は秕に支配された後、持っているグリーフシードを全て取り上げられた。恐らく、秕は二人を使い捨ての駒として利用する気だったのだろう。

「じゃあ…」

 咲はポケットからグリーフシードを取り出し、夏々子と霜華のソウルジェムを浄化する。

「咲、アンタ…」

「あなたも穢れが溜まっているのに…」

「わたしはまだ大丈夫。それに二人は魔法で支配されていた分穢れの溜まりが早かったし、このままだと危なそうだったから…」

 二人は黙り込む。それを見ると、咲は声を張り上げた。

「キュゥべえ!居るなら出てきて!」

「久しぶりだね琴音咲。戻って来ていたのかい?」

 聞こえてきた第三者の声に、首を動かす。いつの間にか咲の隣にキュゥべえが居て、無表情に此方を見詰めていた。

「これ、お願い」

「了解したよ」

 咲は使用済みのグリーフシードをキュゥべえの背中に入れ、立ち上がる。キュゥべえに対して言いたい事は色々とあったが、話している時間も惜しい。躰はまだ少しだけふらつくが、気丈に振る舞い、「じゃあ行くね」と言って出口の方に向かう。

「咲!」

 夏々子の声に振り返ると、彼女は辛そうな表情で「…ごめん」と言った。

「大丈夫だよ、夏々子ちゃん…秕ちゃんはわたしが止める」

 咲は微笑むと、出口へと駆け出した。

 その姿が消えると、夏々子は霜華に訊いた。

「なあ、霜華…」

「何?」

「咲は、秕を止められると思うか?」

「…さあ。私には分からない」

 霜華は空を見上げたまま答える。

 夏々子はまだ動かない躰に苛立ちながら、大きく息を吐き出した。

 咲は「大丈夫」と言ったが、恐らくかなり無理をしているのだと思う。

 

(…多分、もうアイツの姿を見る事は無いだろうな)

 

 夏々子はそう思い、目を閉じた。

 ソウルジェムを浄化した筈なのに酷く身体が怠くて、次第に意識がぼやけていく。

 直ぐに襲いかかってきた睡魔に身を任せ、夏々子は意識を失った。




次回は森岡、美雪サイドのお話です。


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愚か者

 琴音咲が生方夏々子や水無月霜華と戦闘を繰り広げている、ちょうどその頃。

 森岡誠司と日向美雪は魔力反応があった場所―冬天中学校へとやってきていた。

 グラウンドを通り過ぎ、生徒用入口の前に立つ。然しこのまま闇雲に探し回ると時間のロスなので、森岡は美雪に聞いた。

「日向、場所は分かるかい?」

「…多分、こっちだと思う」

 美雪は生徒用入口を通り過ぎて走っていく。森岡もそれについて行き、二人はもうひとつの入口の前で立ち止まった。

「ここは…」

「理科室とか家庭科室とか音楽室とかがある所だよ。確か、特別棟だったかな」

 確かに、本校舎とは独立している棟だった。二つは渡り廊下で繋がっており、行き来は自由に出来る様だ。

「詳しいね」

「私はここの卒業生だからね」

 美雪はそう言うと、特別棟の中に入っていった。

 咲はもう到着しただろうかと思いながら、森岡もそれに続く。

 中に入ると直ぐに階段があり、それを上っていく。

「…多分、魔力の出処は三階の音楽室だと思う」

「音楽室か…この時間帯って、吹奏楽部が部活しているイメージがあるけど」

「多分…急がないと手遅れになるかもしれない」

 二人は階段を駆け上がる。そのうちに辺りの景色が変化した。

 廃墟と化した遊園地。子喰いの魔女の結界だ。音楽室(と思われるドア)に到着する頃には、元の校舎は影も形も無くなっていた。

「ここだ」

 美雪は変身し、拳銃を構える。

 使い魔は今のところは見当たらない。だが…この先に魔女がいるのは確実だ。

「森岡くん。君は戻って」

「…その方がいいのかもしれないね」

 驚いた事に、森岡は素直に従った。何時もなら何かと理屈をつけて入ろうとするのだが。

「ここから先は私ひとりで―っ!?」

 突如、ドアが開き、中から子喰いの魔女の使い魔がわらわらと出てきた。美雪が反応するよりも早く、使い魔達は二人を捕まえてドアに押し込む。

 中に広がっていたのは何かのショーでもやる様なステージだった。中央に秕が立っており、後ろに子喰いの魔女を従えている。

「来たね」

 秕はニヤリと笑った。

「やっぱり、あなたが魔女を操って…」

「その通りさ。コイツはあたしの所有物だ」

 秕に応える様に、魔女はカチカチと牙を重ね合わす。美雪は拳銃を秕に向け、低い声で言った。

「今すぐ魔女を退かせて。こんな事、間違ってるよ」

「アンタにとってはそうだろうが、あたしにとっては正しい事なんだよ。まあアンタには分からないだろうけど」

 秕はそう吐き捨てると、美雪を見据えて言った。

「魔女を退かせるのは構わないよ。ただその場合…アンタも道連れだ」

 瞬間、美雪は飛び退いた。

 先程まで彼女が居た所に魔女が居た。飛び退くのが少し遅ければ、その牙は美雪を捉えていただろう。

 美雪は拳銃を発砲しつつ後退する。然し魔女に堪えた様子は無く、牙を噛み合わせながら突進する。

 森岡はそれを見ながら逃げるチャンスを伺っていた。辺りは魔女の使い魔に包囲されているが、使い魔ならば自分でも対処できるだろうか…。

 そんな事を思っていると、背中に何か冷たいものが触れた。

「動くなよ」

 秕が森岡の背後に回り込み、ダガーを突き付けていた。

「…人質を取るつもりかい?」

「いや、そんなつもりは無い。ただ…ちょっとばかしアンタに興味があるだけだ」

 あたしと一緒に来てもらうよ―そう秕は言った。

 美雪がそれに気付き、表情を変える。

「森岡くん!」

「大丈夫だ!君はソイツを倒してくれ!」

 森岡は叫ぶ。どの道、ここで抵抗してもどうにもならないし、ならば秕に従った方がいい。

「振り返らずに真っ直ぐ歩け」

 秕はダガーを突きつけたまま、森岡を結界の出口へと誘導する。

 森岡はそれに従い、結界から出た。

 後ろから、自分を呼ぶ美雪の声と子喰いの魔女の咆哮が聞こえてきたが、結界を出るとそれも消えてしまった。

 

   *   *   *

 

 結界の外は音楽室だった。

 窓から夕陽が射し込む。譜面台や打楽器が倒れており、楽譜が散乱していた。

 そして―それに紛れて、奇異なモノが転がっているのを見つける。

「これは…」

 森岡はソレの正体を察して―絶句した。

 ソレは人間の頭部だった。その全てが首のところから雑に切断されている。

「どの道、遅かったって事だよ。アンタらが着く前に全部終わっていたんだからな」

 秕は愉快そうに言った。それを聞いて、ひとつの考えが思い浮かぶ。

「まさか、琴音君も…」

「咲か?アイツは来ていない」

 今頃、何処かで足止めされているよと秕は言った。

 良かったとは言えないものの、とりあえず知り合いは無事なようだった。

「…君は先程、僕と話したいと言ったね。どうして僕なんかと話したいと思ったんだ?」

 そう口にして、視界に映る凄惨な光景を見ても正常なままで居られる自分に驚く。

 …いや、もう既に自分は壊れているのか。

「アンタみたいなイカれた人間、そう居ないからね。興味が湧いただけさ」

 秕はダガーをクルクルと回しながら答えた。やはり、自分はイカれているのか。

「死体を見ても驚かないって事なら、確かに自分でもイカれていると思うよ。ただ…」

「いや、違う」

 秕は森岡の言葉を遮る。

「あたしが言いたいのは…凡人の分際で魔法少女と関わる事がイカれてるって意味だ」

「どういう事だい?」

 秕はため息をつく。

「無自覚か…アンタ、あたしより酷い人間だってのにさ。本来ならアンタは守られる側の人間だ。それが魔法少女の世界にノコノコと踏み込んで自ら危険にさらされようってんだから理解出来ないな」

 あたしよりか、アンタの方が余程狂人だよ―秕はうんざりしたように言った。

「アンタがやっている事はただの迷惑行為だ。何も出来ない癖にイキって、自ら魔女の結界に踏み込む。咲と一緒にいたみたいだが、アイツはさぞかし苦労しただろうよ」

「そ、それは…僕はただ、彼女の力に…」

 森岡は固まる。それに追い打ちをかけるように、秕は冷たく言い放つ

「アンタは無力なんだ。魔法少女の力になるなんて、思い上がるのも大概にしな」

 この、愚者が。

 秕は吐き捨て、ダガーを握り締める。

 森岡は項垂れた。

 

 自分は、魔法少女の力になれると思っていた。

 魔女や使い魔を見る事が出来、一般人でありながら魔法の世界を知る事が出来る存在。それが自分だ。

 だから、驕った。

 自分は魔法少女の為に何かが出来るなどと考え、思い上がった。

 だけど、自分は何も出来なかった。

 それどころか…大切な少女を、咲を無意識に傷付けていたのだ。

 無力。

 自分は無力だったのだ。

 美奈を救えず、真奈を救えず、それでも尚誰かを救いたいと願い、結果的にその誰かを危険に晒す愚者。それが自分だ。

 …不意に、かつて真奈が魔法少女になった時の事を思い出す。

 彼女はキュゥべえと契約する時、言っていたではないか。

 「森岡に無力感を味合わせる」と…。

 

(ああ…)

 

 森岡は息を吐いた。

 真奈の願いは、彼女が子喰いの魔女に殺される事で叶ったと思っていた。

 だけど、違ったのだ。

 真奈の願い事は、まだ叶っていない。

 そして、それが叶う時は…。

 

 秕がダガーを構え、森岡に言う。

「もういいや。アンタには愚者のまま終わって貰うことにしよう。ここに居られても邪魔になるだけだしね」 

 秕は森岡に近付く。

 森岡は動かない。俯いたまま、ぶつぶつと何かを呟き続けている。

「…じゃあね愚者。精々地獄で後悔しな」

 秕のダガーが、

 森岡の心臓を貫き、

 世界が色を喪い、

 躰が、ゆっくりと倒れ込む。

 ドクドクと血が流れ、

 霞む視界で、森岡はそれを見た。

 音楽室のドアが開き、ひとりの少女が入ってくる。

 彼女は森岡を見ると目を見開き、駆け寄ってくる。

 躰を揺すりながら、必死に声を掛けてくるが…その声は聞こえない。

 酷く寒い。

 少女は必死に呼びかけてくる。

 最期の力を振り絞って、森岡は彼女に声を掛けようとした。

 然し、口から漏れたのは言葉の欠片。

 自分が何と言おうとしたのかさえ、分からない。

 大丈夫?

 心配するな?

 それとも…謝罪の言葉か。

 今度は酷く眠くなってきた。

 森岡は目を閉じる。

 

(ごめん)

 

 一言だけ、謝罪の言葉。

 回らない頭で、それだけを考える。

 何に対して?

 美奈に?

 真奈に?

 咲に?

 …いや、違う。

 これまで出会った全ての魔法少女に。

 ごめん。

 ごめんなさい。

 愚者だった事の。

 魔法少女と関わって彼女達を危険に晒した事への。

 自分の人生に意味が無かった事への。

 自分が無力だった事への。

 謝罪。

 

 最期まで、愚者で居て、最後まで、咲を危険に晒した。

 意識が消えていく。

 

 ―ごめんなさい。




魔法少女ストーリーですが、もう少しで冬天市sideが終わり、神浜市sideに切り替わるのでその時点で一気に投稿する事にしました。
よろしくお願いします。
ちなみに、冬天市sideは(予定では)次回で終わりです。

森岡は構想時と連載中でかなりキャラが変わったな…と、自分でも思います。
彼にとってはバッドエンドで終わった物語、咲にとってはどうなるのか…。


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琴音咲と吹綿秕

グロ注意。


 咲が魔力反応を辿って音楽室に到着した時には、全てが終わっていた。

 ドアを開け、中に入ってまず見たものは床に倒れる森岡だった。彼の周りは赤く染まっており、それが夕陽の所為ではない事は直ぐに分かった。

「森岡さん!」

 駆け寄り、彼の躰を揺する。直ぐに手が血で染まったが今はそんな事を気にしている場合では無い。

 森岡は薄らと目を開け、唇を僅かに動かした。意味を成さない言葉の欠片がそこから零れ落ち、森岡の首ががくりと落ちた。

「森岡さん…森岡さん!目を開けてください!」

 必死に呼び掛けるが、彼が目を開ける事は無かった。

「無駄だよ」

 その声に、咲は顔を上げる。秕が無表情に自分を見ていた。

「秕ちゃん…なんでこんな事を…!」

「…アンタはあたしを止めに来たんだろ?でももう無駄だ」

 その言葉に、咲は周りを見渡し…そして悲鳴を上げた。

 譜面台や打楽器が倒れており、床には楽譜が散乱している。それに紛れて、人の頭部があちこちに転がっていた。

 虚ろな目が咲を捉える。その顔には見覚えがあった。別のパートの同級生だ。

 他にも、自分の先輩や後輩、顧問の先生まで…全員の頭部が転がっている。躰が付いているものはひとつとして見当たらなかった。

「ま、まさか…っ」

 予想はしていた。秕は吹奏楽部のメンバーを嫌っていて、彼女達に復讐する事は分かっていた筈なのだ。

 だが、目の前の光景から導き出される結論を信じたくは無かった。

「子喰いの魔女に、みんなを…!?」

「顧問だけはあたしが殺したけどね。結果的には同じ事だ」

 咲は目眩に似た感覚を覚えた。

 駄目だ…。

 もう、手遅れなんだ。

 咲はよろよろと立ち上がる。脳は目の前の光景を受け入れたくなくて思考を停止させていた。

「後はアンタだけだよ。咲…アンタを殺せば、あたしの復讐は終わる」

「…なんで」

 俯きながら、咲は掠れた声で訊いた。

「…なんで、こんな事をしたの…?」

 分かっている。

 だけど、理解出来なかったのだ。

 秕はそれに答えず、もう片方の手に持っていたものを投げてはキャッチするという動作を繰り返している。

 答えが無い事も分かっていた。

 分かっていたからこそ、秕の口から聞かないといけないと思った。

「…ねえ、答えてよ…」

 咲は潤んだ声で言う。

「こんな事、間違ってる…」

「…アンタはさ」

 それを煩いと思ったのか、秕は口を開いた。

「アンタは、何が正しい事なのか分かっていてその言葉を言っているのかい?」

「…それは、どういう…」

「あたしの思う正しさとアンタの思う正しさは違う。それと同じようにあたしの思う間違えとアンタの思う間違えは異なるものだ」

「…何が言いたいの?」

 秕は咲を見て、きっぱりとした口調で言った。

「あたしは自分が信じる正しさに従っただけさ。そこに他人が入る余地なんてない」

「でも、間違ってるよ…!人を殺すなんて…」

「あたしがやったんじゃない。あたしはあの魔女に餌を提供してやっただけさ」

「森岡さんを殺したのは秕ちゃんだよ!」

 咲は叫ぶ。秕は鼻を鳴らして、ソイツはまだ生きているよと面倒臭そうな口調で言った。

「邪魔だったからちょっと傷付けただけで死んじゃいない。まあ、このまま放っておけば失血死するだろうけどね」

 森岡は目を覚まさない。その胸から溢れる血は止まらず、床の血溜まりを拡大させている。

「……それでも、わたしは秕ちゃんを許せない。魔女がやったとしても、みんなが死ぬきっかけを作ったのは秕ちゃんだから…」

「それじゃどうする、あたしを殺すかい?アンタにそれが出来るとは思えないけれどねぇ」

 秕はニヤリと笑い、再び手に持ったものを高く放り投げる。今度はそれをわざとキャッチせず、行き場を失ったそれは咲の足元まで転がっていく。

 咲は反射的に飛び退く事を良しとせず、気力で自分を押さえつけた。しかしその目は見開かれ、口からは悲鳴の欠片がか細く漏れた。

 咲の足元に転がったのは人間の頭部だった。虚ろな目と半開きになった口、そして荒々しく切断されたであろう断面が咲の網膜に焼き付いていく。

 一時間前までは、こんな状況を誰も予想出来なかった。音楽室に秕が現れた時、全てが始まり―そして呆気なく終わったのだ。

 硬直した様に動かない咲を見ながら、秕は楽しそうな口調で言う。

「アンタはさっき、みんなが死ぬきっかけはあたしだと言ったけど…あたしから見ればコイツらが死ぬきっかけを作ったのはアンタだ」

 その言葉を聞いて、咲の肩がびくりと跳ねた。

「どうして…」

「あたしがこの部活を去ることになった出来事を覚えているだろう。あの時アンタがあたしを助けてくれていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない」

 ま、いつかはやってただろうけどねと秕は気楽な様子で言う。

「それは…」

 咲にはその言葉を否定する事が出来なかった。秕が言った事は屁理屈だ。それは分かっている。

 だが…。

(わたしは、それを否定する事が出来ない…)

 心の何処かでは、それを認めてしまっている。秕を解き放ってしまったのは自分かもしれないと思ってしまう。

 咲は肩を震わせ、俯く。秕は更に追い打ちをかけるように言った。

「あともう一つ。今、神浜はどうなっていると思う?」

「どうって…いつも通りの筈…」

 何か、嫌な予感がした。わざわざ神浜市の話題を出すという事は、彼処で何かが起こっている事の証左だからだ。

「あたしにくっついてる黒羽根共を彼処に置いてきたんだけどね…いい機会だからソイツらに神浜の魔法少女を襲わせているんだよ」

「なんで…神浜の魔法少女は関係ないでしょ!?」

「彼処はあたしの活動場所だ。だけどマギアユニオンの所為で行動が制限されてて鬱陶しかったんだよ。それに黒羽根共も邪魔だったしね、一石二鳥さ」

 それを聞いて、咲は秕に掴みかかった。然しヒラリと躱され、カウンターで放たれた蹴りが腹部を直撃し、苦しげに呻きながらその場に蹲る。

「アンタ如きがあたしを倒せるわけないだろ」

 秕は咲を睨み付けると、また口元を歪める。

「…まあ、そういう事だ。あたしから見りゃ、アンタの所為で神浜は危険に晒されているんだよ」

 秕は咲に近付き、その首に手をかける。

「恨むなら、自分を恨みな…」

 秕は手に力を込めながら、咲の耳朶を食む様に唇を近づけ、悪意のある声で囁いた。

 

 ―そして、好きなだけ絶望して…死ね。

 

 息が苦しい。

 秕の手は、咲の首を圧迫している。そこには一切の躊躇も無い。

 殺される、そう思った。

 反射的に、咲は脚を突き出した。不格好な蹴りが秕の腹部を直撃し、首を圧迫していた力が緩む。

 咲は秕を押し退け、一歩後退した。

 腹部を蹴られた秕は、然し余裕の表情を崩さない。

「それだけかい?」

「………っ!」

「やろうと思えば、アンタはもっと攻撃出来た筈だ。でもそれをしようとしない…優柔不断なヤツだな全く」

 秕の目に悪意ある光が宿る。その手にはダガーが握られており…次の瞬間には、自然な動作で咲を押し倒し、その上に馬乗りになっていた。

「だからこうなるんだよ…アンタはその優しさの所為で自分自身も滅ぼす事になるんだ」

 言って、秕は咲の右肩にダガーを突き刺した。

「っぁ………!」

 痛みが走り、咲は呻く。

「まずは右腕からだ」

 秕は咲の右腕を、鋸でも引くようにゴリゴリと削る。魔力を込められ、鋭さと頑丈さが増したダガーは面白い様に咲の骨を削っていき…右腕を切断した。

「うぁっ!腕が…!」

 脳内麻薬が出ているのか、痛みは覚悟していたより少なかった。叫んだものの、悲鳴も上げていない。

 それが秕にとっては物足りなかったらしい。今度は無言で腹部を刺し、直ぐに引き抜いて右目を貫く。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!」

 腹部より、右目を刺されたショックで咲は泣き叫んだ。引き抜かれたダガーには白い物体がこびり付いていて…それが自分の眼球だと分かり、もう一度悲鳴を上げる。

「アッハッハッハッハ!それだ!それだよ咲!あたしが味わった絶望をアンタに返してやるよ!」

 秕は目を見開き、狂気的な表情で咲の躰にダガーを突き刺していく。

「アンタが居たから…」

 左腕。

「アンタの所為で…」

 両足。

「アンタさえ、居なければ…」

 首。

「あたしは…」

 左目。

「あたしは…!」

 心臓。

「希望を覚える事も無かったのに!」

 鮮血が音楽室を染めていく。

「アンタの所為だ…」

 いつの間にか、秕の目からは涙が。

「全部、全部…」

 流れた涙は、咲の眼窩に吸い込まれ。

 

「―全部、アンタの所為だ!」

 

 咲は涙を流せなかったけれど。

 心中は、深い絶望で充ちていた。

 

 全部、わたしの所為なんだ。

 わたしが秕ちゃんと仲良くなったから。

 わたしがコンクールで、ミスをしたから。

 秕ちゃんを苦しめる事になった。

 それによって森岡さんや美雪さん達、神浜のみんなまで巻き込む事になった。

 悪いのは、わたしなんだよね。

 どうすればいいの?

 償うには遅過ぎて。

 わたしのいのちは、もう消えてしまうけれど。

 …わたしは、どうすればいいの?

 

(…絶望すればいいんだよ)

 不意に、声が聞こえた。

 もうひとりのわたしが、そこに居て。

 優しい声で、救いを示した。

(あなたは絶望して、自分の魂を黒く染めちゃえばいい。そうすれば、そんな事を考えなくて済むよ)

 それは、自分の罪から逃げる事じゃないの?

 わたしがきくと、彼女は首を振った。

(それでいいんだよ。それが結果的に秕ちゃんを満足させる事に繋がるから…)

(それで、いいの?)

(いいんだよ。そうすれば…)

 彼女はにこりと笑う。

(…そうすれば、秕ちゃんは許してくれるよ)

 

「…決めたよ」

 秕がゆらりと立ち上がる。

「まだ足りない。あたしが受けた屈辱は、こんなものじゃない」

 秕は動けない咲を冷たく、然し何処か愉快そうに見下ろした後、動かない森岡の方へ移動する。

 そして、

「…コイツも、アンタの所為で死ぬ事になったんだ。それがどういう事か、よく考えな」

 森岡の首にダガーを当て、先程咲の右腕を切り落とした様に…彼の首を落とした。

 ごろり、と重いものが転がる音がする。

 咲の目はもう闇しか映さなかったけれど、脳裏には森岡が浮かべている表情をハッキリと思い浮かべてしまっていた。

 

「あ」

 

 いのちが消えた。

 自分の所為で。

 死ななくていいはずの森岡まで…。

 

「ああ…うああ…」

 

 もう、限界だった。

 咲のソウルジェムは痛みと後悔と絶望で黒く濁り切っていた。

 自分が堕ちていく。

 黒くて冷たい、自分の底へ―。

 以前、ドッペルを出した時と同じだ。

 だけど、前回とは決定的に違う。

 自分は、もう戻れない。

 意識が朦朧となる中、咲はそれを見た。

 もうひとりの自分が、闇から浮上してくる。

 彼女のソウルジェムも濁り切り…顔には、笑顔が浮かんでいる。

 彼女は咲と擦れ違う直前、甘く優しい声で囁いた。

 

 ― ()()()()()()()

 

 調整屋で対面した時も。

 ドッペルを出した時も。

 彼女は、こうなる事を分かって言っていたのだと、今更ながら気付いた。

 軈て、底に辿り着く。

 同時に、耐え難い眠気に襲われて…咲は目を閉じた。

 生きていてごめんなさいなんて、今更遅すぎるけれど。

 そんな後悔と絶望を抱えながら…。

 

 琴音咲は、そこで終わった。

 

 

「は…ははっ」

 秕は目の前にいる存在を見て、掠れた笑い声を上げた。

 先程とは似て非なる音楽室。

 そこに、一体の魔女が居た。

 ティンパニが三台あり、その内の二台は血に塗れている。後の一台は血に塗れていない代わりに目玉と血管が付いていた。

 そんなティンパニの奏者は、人の形をした何かだ。その躰は楽譜で構成されており、醜悪な色をしたマレットを携えている。

 その魔女は、咲のソウルジェムから産まれた。今は魔女だけだが、暫くすれば使い魔も現れるだろう。

 その前に…蹂躙しなければ。

 

「あははははははははははははははっ!」

 

 秕は笑い声を上げた。

 コイツを支配して、神浜を襲わせよう。

 咲が彼処でどんな生活をしていたのか知らないが、仲間の魔女だ。神浜の連中も少しは苦しむだろう。

 あるいは、表情ひとつ変えずに倒すかもしれない。それはそれで面白い。

 …自分は、咲という存在を蹂躙できればそれでいいのだから。

 

 秕は悦びに身を震わせながらダガーを構える。

 魔女は無感情にマレットを構える。

 そして―。




ここで、冬天市sideは終わりです。
3章もここで終わらせるのが綺麗だったかもしれません。もう少し続きますが…3章から最終章にどうやって繋げようかと苦労中です(どうでもいい)

咲の末路については、最初から決めていた…訳ではなく話が進んでいくにつれ変わっていきました。というかこの作品自体、初期構想ではハッピーエンドでした。
そこら辺の裏話は後書き代わりの活動報告にでも書こうと思っています。

次回から神浜side…の前に、魔法少女ストーリーを書いていきます。そのため本編の再開は遅くなりますがご了承下さい。
といっても、物語は確実に終わりへと進んでいます。もう少しだけお付き合いくだされば幸いです。


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冬天から神浜へ

大変長らくお待たせ致しました。
今回から、本編再開となります。


 冬天市で起こった凄惨な事件。

 その結果、冬天中学校の吹奏楽部は全員が死亡し、事件を止める為に現場に駆け付けた森岡誠司も犯人―吹綿秕に殺害された。

 そして、森岡が死んだ事により秕の最後のターゲットであった琴音咲も魔女化し、秕の支配下に置かれた。

 これで秕の復讐は完了した。然し彼女の憎悪は留まる事を知らず、咲の魔女に神浜の魔法少女を襲わせる事に決め、神浜市へと向かった。

 一方、秕の手駒として利用された生方夏々子と水無月霜華は咲との戦闘後、暫くその場に倒れていた。

 周りに人は居らず、キュゥべえが近くにいるだけだ。最も、夏々子と霜華は魔法少女であり、常人よりも遥かに優れた治癒能力を持っている。一時間もすれば動ける様にはなるだろう。周りに魔女の気配も無く、自分達を害する存在は居ないと思われたので、ふたりは無言で寝転がっていた。

 だが―その判断が命取りとなった。

 

 突如、周りの景色が変化する。

 廃墟と化した遊園地。その真ん中に鎮座する、醜悪なメリーゴーランド。

 秕が使役していた筈の、子喰いの魔女だった。

「コイツは、秕の…」

 夏々子が驚いた様に言った。何故、この魔女がこんな所に居るのだろうか。

「…用済みって事ね」

 霜華は気怠い声で言うと、重い躰をなんとか動かして立ち上がった。咲に貰ったグリーフシードを使っていたので、魔力も復活している。

 …この魔女が自分達の前に現れたという事は、秕の復讐が完了したという事になる。恐らく、咲は間に合わなかったのだろう。

「…はぁ、全くアイツは…」

 夏々子も溜息をつくと立ち上がり、武器となる水晶を顕現させた。

 魔女が居るという事は、ここは結界の最深部だ。逃げようとしても無駄だろう。

 なら―戦うしかない。躰は少しばかり重いが、魔力は満タンだし、こちらはふたりいる。だから何とかなるだろう。

「来るよ!」

 キュゥべえが鋭い声で叫んだ。

(コイツも呑み込まれてたのかよ)

 すっかり存在を忘れていた。まあキュゥべえがどうなろうが夏々子にはどうでもいいのだが。

 とりあえず、今はこの魔女を何とかしなければいけない―そう思い、水晶を槍の形にして構えた。

 魔女が牙を噛み合わせ、襲いかかってくる…直前、軽い発砲音と共に魔女の気が逸れた。

 すかさず霜華が接近し、武器である大型バイクでぶん殴る。魔女の躰が少しへこみ、魔女は歪んだ声で叫んだ。

 夏々子が発砲音の出処を探ると、魔女の後ろに人影が見えた。それは―日向美雪だった。

 服はあちこちが破れ、躰も傷だらけだ。しかも左腕は欠損していた。恐らくあの魔女がやったのだろう。

 乱れた髪の向こうにある視線は苦痛と怒りで染まっている。美雪は夏々子達を認識すると驚いた様に目を見開いた。

「どうしてキミ達が襲われているの!?」

「こっちが聞きたいよ…多分、アタシ達はもう用済みなんだろ」

 夏々子はぶっきらぼうに言った。魔女だけでも精一杯なのに、これ以上敵を増やしたくは無かった。

 美雪は唇を噛み、暫く考え込む様な素振りを見せた後、顔を上げて夏々子達に訊いた。

「ここから出たい?」

「…当たり前」

 霜華が答えると、美雪は思わぬ事を口にした。

「…じゃあ、共闘しない?」

「は?」

 夏々子は思わず惚けた声を出してしまった。自分と霜華にはその意思が無かったとはいえ、美雪にとって自分達は敵の筈だ。

「私達は敵同士の筈だけど」

 霜華もそれを指摘する。美雪は「確かにそうだね」とそれを認めた。

「…でも、今は敵とか味方とか言ってる場合じゃない。そんな事言ってたらキミ達も私もコイツに殺されちゃうし、それに…」

 キミ達、本意じゃなかったんでしょ―そう美雪は言った。

 細かい事情も知らないくせに、お人好しなヤツだと夏々子は思った。だが確かに美雪の言う通りだ。このままだと三人とも殺されてしまう。

 魔女をもう一発ぶん殴り、後退した霜華を見る。彼女は夏々子の目を見て微かに頷いた。

 なら…こちらとしても異論は無い。

「…分かった。アンタに協力するよ」

 夏々子は元々中立なのだ。秕が自分を用済みと思った事に怒りは無いし、今は自分が生き残る為に全力を尽くすだけだ。

「ありがとう。じゃあ…行くよ!」

 美雪が拳銃を構えて発砲する。

 それで魔女の気を逸らしている間に、夏々子と霜華が接近。全力で得物を叩きつける。

大型バイクと鈍器型の水晶が魔女の躰をへこませた。少しは効いたのか、魔女が苦しげな声を上げた。

 魔女の咆哮を聞き付けたらしき使い魔がわらわらと集まってくる。三人で対処出来るかどうかは怪しいが―やるしか無い。

 夏々子は水晶を槍の形に変化させ、襲いかかってくる敵を迎え撃った。

 

 

 ―同時刻、冬天市内の某病院。

 

 安藤樹は病室のベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。

 咲達が飛び出していって暫く経つが、未だになんの連絡も無い。携帯端末のニュースサイトを見てみたが、冬天市内の学校で何かが起きたという情報は無かった。

 躰は回復しているし、自分も行こうと思ったが少し考えて思い直した。相手はバケモノだ。自分が行った所でどうにか出来るとも思えない。寧ろ足でまといになって咲や美雪に負担を掛けてしまうだろう。吹綿秕に刺された事により、自分の躰は大きく変化してしまったらしいが、安藤にその自覚は無い。きっと、力の使い方を覚えないと自分で制御する事は叶わないだろう。

 復讐を自分の手で成し遂げたいという思いは確かにあるが、その過程で知り合いが死ぬ事を望んでいる訳では無い。足でまといになるくらいなら、行かない方がいいと思った。この辺りが森岡とは異なる部分であり、結果的にこの選択が彼を生かす事に繋がったのだが今の安藤にそんな事が分かる訳も無い。

 溜息をついて、目を閉じる。

(…おれは、無力なんだ)

 大切なものは救えず、その為に命を使う事さえ出来ない、無力な人間。

(小鳥遊、反町…すまない)

 固く結んだ唇が、ちいさく震える。

 力を抜いて、安藤は後悔の波に身を任せた。

 

 

 少し時間を遡る。

 咲と秕が冬天中学校の音楽室で対峙していた頃、神浜市でも異変が起こっていた。

 

 環いろはがみかづき荘で学校の課題に取り組んでいる途中、誰かの携帯端末が振動した。

 住人は全員帰ってきていたし、今日は鶴乃も顔を出していた。いろはは自分の携帯端末を見てみたが、どうやら自分のものからでは無いらしい。

 するとやちよが「十七夜からだわ」と言って携帯端末を耳に当てた。

「どうしたの?」

「十七夜さんから電話が来たって…」

「何かあったのでしょうか…」

 課題から逃走しようとするフェリシアを抑えていた鶴乃と、その横で読書をしていたさなが首を傾げる。今日は定期報告会は無かった筈だし、思い当たる節も無かった。

「…えっ?」

 そこで、やちよが驚いた様な声を上げた。思わず全員が彼女の方を向くと、やちよは険しい顔をしながら、

「何故、今になって黒羽根が…?」

 黒羽根という単語に全員が驚いた。また、マギウスの翼絡みの事件が起きたというのか。

 だが、マギアユニオン結成の際に、マギウスの翼の魔法少女達とも和解した筈だ。ユニオンに加わっていない黒羽根や白羽根もいるにはいるが、今更争う理由は無い筈だった。

 やちよは「…分かったわ。そっちも気をつけて」と言ってから通話を切った。ういが「どうしたの?」と訊くと、険しい顔のまま振り返り、

「十七夜が黒羽根に襲われたみたい。それも、様子がおかしい黒羽根に…」

「様子がおかしい?」

 黒羽根の様子がおかしい―思い出すのは、マギウスの受信ペンダントの事だ。

「だけど…灯花もねむも、もうあんな事はしていない筈だよ!」

「黒羽根だって仲間になった筈じゃねーか!」

 鶴乃とフェリシアの言う通りだ。少なくとも、マギウスの翼としての活動はしていない筈である。

 だが、いろはには思い当たる節があった。

「まさか…」

 以前にも十七夜を襲った黒羽根が居たでは無いか。

 今回も同一犯だとしたら、十七夜を襲ったのは…。

 

 ―その瞬間、破砕音と共に窓ガラスが粉々になり、黒い影が飛び込んで来た。

 

『―――っ!?』

 

 全員が反応し、変身する。

 窓から飛び込んで来たものの正体は、人間だった。最早見慣れてしまった黒いローブを纏った花車な少女で、その表情は読み取れない。

「…黒羽根」

 やちよの目が細まる。危機感を持ったというより、別の事で怒っている様だった。

「窓ガラス、弁償して貰うわよ…高いんだから」

「やちよがコエーよ…」

 フェリシアが少し怯えた様に言う。まあいきなり窓ガラスを破壊されたのだから怒るのは当然の反応といえるだろう。

 いろはは相手の行動に注意しながら、静かな声で訊いた。

「…あなたは、吹綿秕さんですか?」

 以前に十七夜を襲った魔法少女。

 琴音咲と深い因縁で結ばれている魔法少女。

 いろははこの黒羽根が吹綿秕では無いかと思っていたのである。

 黒羽根は答えずに、得物を構える。

「ここで戦うつもり…?」

 やちよの声が恐さを増した。恐らく穏便には終わらないだろうし、これ以上何かを破壊されるのも困る所だ。

 然し、黒羽根はそんな事お構い無しとばかりに敵意と殺気を剥き出しにした。

 こうなったら、どうにかして外に誘導するしかない。

 全員が得物を構え、何時でも動き出せるように緊張感を漲らせる。

 長い様で短い時間が過ぎ、そして…。

 

「…来ます!」

 

 いろはの声と同時に。

 悪意と殺意の塊が、自分達を終わらせようと襲いかかって来た。



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虚に染まるⅠ〜ささやかな騒擾〜

 黒羽根の一撃を、クロスボウで受け止める。

 …言うまでもない事ではあるが、クロスボウは接近戦には向いていない。絶妙なバランスで成り立つ均衡が破れるのは時間の問題だった。

「…やあっ!」

 ういの攻撃が黒羽根に直撃し、バランスを崩す。すぐさま右足を突き出し、その腹部を蹴って距離を取った。

 ここは室内、しかもみかづき荘の中だ。無闇に暴れ回れば後々面倒な事になるのは目に見えていた。何時もなら真っ先に突っ込んでいくフェリシアが大人しいのは、暴れ回って物をぶっ壊すのが恐いからだ。というより、それによってやちよに怒られるのが恐いのである。

 とはいえ何時までもチマチマと戦っている訳にもいかない。いろはは仲間達にテレパシーを送り、それから玄関へと突進した。

 ドアを開け放ち、外に転がり出る。そのまま走り続け、手近な路地裏へと転がり込んだ。

 少し遅れて鶴乃達もやって来た。…そして、その後から黒羽根も追いかけて来た。

 路地裏は狭く、お世辞にも戦闘に向いているとは言えない。…だが、それで十分だった。

 何故なら、

 

「ドッカーンっ!」

 

 擬音と共に、フェリシアのハンマーが黒羽根を殴り飛ばす。

 黒羽根は吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。直ぐに体勢を立て直し、起き上がるが…そこで動きが止まった。

「へんっ!そのまま忘れちまいな!」

 フェリシアが叫ぶ。彼女の固有魔法―「忘却」の魔法が作用したのだ。

「今の内に逃げるわよ!」

 やちよが叫ぶ。一同は黒羽根の脇を通り過ぎ、そのまま住宅街を走り続けた。

 

 

 みかづき荘から少し遠い場所にある公園に辿り着いたいろは達は、辺りに黒羽根の姿が無い事を確認して少しだけ緊張を緩めた。

「はあっ、はぁ…っ」

 全力で走ったからか、息が上がっているういの背中を撫でながら、いろはは誰にともなく呟いた。

「なんだったんでしょうか…」

「…正直に言って分からないわ。あの黒羽根が吹綿さんなのかも分からない」

 何故、黒羽根が自分達に襲いかかってきたのか。

 考えられるのは、マギアユニオンの壊滅か。十七夜と自分達が襲われた事を考えると、同じく幹部であるひなのも襲われている可能性が高い。

 案の定、やちよが連絡してみると、ひなのも襲われていた事が分かった。

『どうなってるんだ!例の黒羽根集団の仕業か?』

 電話の向こうから、ひなのの困惑した声が聞こえてくる。

「まだ断定は出来ないけど、その可能性が高いわ…他の人達は大丈夫だったの?」

『今のところそういった報告は来ていないな。令や郁美、桜子にも聞いてみたが何も無いって言われた。逆に心配されたくらいだ』

「そう…となると、幹部だけを狙ったのかしら」

『頭を潰して躰を混乱させようって魂胆か…有り得ない話じゃないな』

 マギアユニオンの幹部は、広い人脈を持っていたりベテランだったりする事が殆どだ。カッチリした組織という訳では無いので頭を潰されても動く事は動くだろうが、その損失は小さなものとは言えないだろう。

『…とりあえず、アタシは情報収集してみるよ』

「分かったわ。十七夜にも連絡してみる」

『ああ。気を付けろよ』

 そう言って、ひなのは通話を切った。

 やちよは直ぐに十七夜に連絡を取った。するとやはりと言うべきか、十七夜も襲撃されていた。

『例の、吹綿とかいう黒羽根の手合いだろう、ユニオンに恨みがあるのかどうかは分からないが…』

 それに、と十七夜は続けた。

『襲ってきた黒羽根の心を読んだが…酷く空虚だった』

「空虚?」

『…何の感情も浮かんでいない。怒りも、殺意も、何も無かった』

 気味が悪い―そう十七夜は言った。

『自分は大東の魔法少女たちに注意喚起を行う。七海達も気を付けろ』

「ええ、十七夜もね」

 通話を切る。やちよは難しい顔で腕を組んだ。

「意図が読めないね…」

 話を聞いていた鶴乃が不気味そうに言った。

「…仮に吹綿さんが起こした事件だとしたら、咲ちゃんが居る時に起こす筈なんですが…」

 いろはの考えは最もだ。

 秕は咲を憎んでいた。だからこそ、何か事件を起こすならば咲が居る時に、彼女を狙って起こす筈なのだ。咲が神浜に居ない事を知らないで起こした可能性もあるし、そちらの方が有り得る話なのだが。

「琴音さんを殺すのに邪魔だから、先に私達から排除しようって考えているのかも…」

 さなが自分の想像に身震いしながらそう言った。

「有り得ない話じゃないね…」

 いろはもその考えに同意した。

「マギアユニオンの幹部が襲われているって事は…灯花ちゃんとねむちゃんも危ないかも…」

 ういは不安そうに言って、「わたし、連絡してみるね!」と言って携帯端末を操作し始めた。直ぐに繋がったらしく、少し早口になりながら会話を始める。

 数分後、ういは少しほっとしたように会話を終えた。どうやら灯花とねむには何事も無かったらしく、「わたくしたちは大丈夫だにゃー」と返されたとの事だった。

 仮にマギアユニオンを潰すなら、あのふたりにも襲撃を掛けるはずだ。灯花とねむは変身できないと雖もマギアユニオンの頭脳だし、守護者である柊桜子が居ない時にふたりを蹂躙するのは容易な筈である。

 まだ襲撃されていないだけかもしれないが、何れにせよ、目的が分からない以上は警戒する必要があるだろう。

 と、そこでいろはの携帯端末が振動した。

「ももこさんから…」

 電話に出ると、ももこが慌てたように「いろはちゃん!無事か!?」と訊いてきた。

「無事かって…まさかももこさん達も黒羽根に襲われたんですか?」

『アタシ達もって事は、いろはちゃん達もアイツらに襲われたのか』

 ももこの声に緊張が滲む。

『…レナとかえでと歩いてたら突然襲われたんだ。何とか撃退したけどゾンビみたいでしつこかったよ』

「ゾンビみたい?」

『なんて言えばいいかなぁ…受信ペンダントの時さ、黒羽根って凶暴化してたろ?あの感じに近いんだけど、今回はいやに静かで、しかもしぶとい。理性はあるみたいだからそれだけでもまだマシなんだろうけどさ…』

 参ったよ、とももこは溜息をつく。

『とりあえずいろはちゃん達も気をつけた方がいい。この前みたいな事はもうコリゴリだしな』

「分かりました…ももこさん達も気をつけてください」

 通話を終えて、携帯端末をポケットにしまったとき、いろはの脳裏にある考えが浮かんだ。

「あ…」

「いろはちゃん?」

「もしかして、黒羽根が襲っているのは…」

 いろはが仮説を口にしようとした、その時、

「お、おい!なんだよあれ!」

 フェリシアが公園の入口を見て叫ぶ。

 いろはもそちらに目を向けて…硬直した。

 質量を持った闇、最初に浮かんだのはそんな言葉だった。

 六人の黒羽根が、日の落ち始めた中をこちらに向かってくる。そこには感情というものが一切無い…まるで、アンドロイドの様だ。

 黒羽根達はいろは達を認識すると、脚に魔力を溜め始めた。

「…!みんな、備えて!」

 やちよが叫ぶと同時に、変身したさなが盾を構えて飛び出す。

 ―瞬間、黒羽根達がロケット砲の様に此方へと突っ込んで来た。

 さなは盾でそれを受け止めたが、

「あぅっ!」

 踏ん張りきれず、思い切り後ろへと飛ばされた。

「さなちゃん!」

「コノヤロー!これでもくらえっ!」

 黒羽根達に隙が出来たのを見計らい、フェリシアがハンマーを叩きつけようとする。

 だが、黒羽根達は素早くそれを回避してフェリシアの腹部を蹴り抜いた。

「ガッ…はァ…ッ!」

 フェリシアの顔が歪む。その後ろからもう一人の黒羽根が近付き、音も無く彼女の腹部に刃物をねじ込もうとする…

「させないよ!」

 ―寸前、鶴乃の飛び蹴りが黒羽根を直撃。黒羽根は横に飛ばされ、フェリシアは咳き込みながらも距離を取った。

 すぐさまいろはとやちよがその前に立ち、得物を構えて黒羽根を威嚇する。ういはさなを助け起こし、自分の武器…ツバメさんを展開した。

 黒羽根達は怯む様子も見せず、得物を構える。そのうちのひとりが一歩進み出て、小さく何かを呟いて片手を上げた。

 すると、手から黒いエネルギー体の様なものが飛び出し、ドーム状になって公園を覆った。

「これは…結界?」

 やちよが呟く。魔女の結界に似ているが、少し違う。簡易結界といった感じだろう。

「固有魔法…だよね」

 いろはもまた、怪訝に思い呟いた。

 噂でしか聞いた事が無かったが、黒羽根や白羽根は戦闘方法を徹底的に矯正されるらしい。戦闘方法や固有魔法などは魔法少女によって異なる。匿名性を保つという意味でも、戦闘方法は決まった形のものが採用されていた。

 だが…この黒羽根は固有魔法を使用した。最早、隠す気すら無いのだろう。そう思って見てみると、武器もひとりひとり違う気がする。

 お互いの出方を伺って睨み合う。

 長い時間が過ぎ…そのうちに黒羽根達が動いた。

 またもや脚に魔力を溜め、三人の黒羽根がいろはの方へ突っ込んで来たのだ。

 躱すにも間に合わない。いろはは咄嗟にクロスボウでそれを受け止めた。

 だが、三人の攻撃をクロスボウで受け止めるなんて事は不可能に近い。いろはは大きく吹っ飛ばされた。このままだと壁に叩き付けられてしまう。

(ぶつかる…!)

 いろはは衝撃に備え、ギュッと目を瞑った。

 だが―予想に反して、壁はいろはの躰をゼリーの様に包み込んだ。

 不快な感覚が暫く続き…いろはの躰は、結界の外へと放り出された。

(分断された!)

 直ぐに結界内へと戻ろうとするが、先程ゼリーの様に柔らかかった壁は今は固くなっている。矢を放っても傷ひとつ付かない。

 そのうちに三人の黒羽根が外に出てきた。やちよ達が出てこれていない所を見るに、どうやら特定の人間しか出入りは出来ないらしい。

 黒羽根達は無感情に自分を見ている。

 ここで殺すつもりか…いろはの額に汗が浮かんだ。

 いつの間にか、日は落ちきっていた。黒羽根のローブが闇と同化し、不気味な影のようだった。

 そして、その影のひとつが、いろはに飛び掛ってきた。

「はっ!」

 いろははクロスボウを構え、飛び掛る影…黒羽根に向かって矢を射る。それは見事に直撃し、黒羽根は動きを止めた。

 然し喜ぶ暇も無く、右から別の黒羽根が襲いかかってきた。その攻撃を辛うじて躱し、思いっきり蹴りを入れてから距離をとる。

 すかさず先程矢で動きを止めた筈の黒羽根が接近してきた。鎌のような刃物の一撃を咄嗟にクロスボウで受け止める。みしりと嫌な音がした。

 考えるよりも早く、無意識で動いていた。

 副武装のナイフを取り出し、それで黒羽根の腕を浅く斬りつける。血飛沫が舞うが黒羽根は微動だにせず、そのまま力で押し潰そうとするかのように刃物を押し込んだ。

 このままでは埒があかないと判断し、無理やりゼロ距離から矢を放つ。これは流石に効いたのか、黒羽根は勢いよく吹っ飛んでいった。

 息を整えようとしたその瞬間、後ろから羽交い締めにされる。

「放してっ!」

 藻掻くが、凄い力で押さえつけているらしく、中々振り解けない。

 そうこうしている間に、前方から何かが迫り、構えられた刃物が勢い良く腹部を貫いた。

「………!」

 軽減されているとはいえ、かなりの痛みに声にならない悲鳴を上げる。

(…嘘でしょ…全力で撃ったのに…!)

 先程ゼロ距離射撃を食らわせた黒羽根が、何事も無かったかのように自分の腹部を突き刺しているのを見て悪寒が走る。

 ローブの下の無機質な視線が自分のソウルジェムに注がれるのを見て、殺されると思った。

 何故自分がこんな状況に置かれているのか―それすらも分からずに殺されるのか。

 全ては唐突に起きた事であり、その原因が分からずに終わるのは嫌だった。

「どうして…こんな事を…」

 掠れた声で問う。それに対し黒羽根は一言、予想だにしないことを言った。

「琴音咲」

「…え?」

「原因は、琴音咲にある」

 どういう事だと訊こうとした瞬間、黒羽根がソウルジェムに手を伸ばした。

 頭の芯が凍りつく様な錯覚。

 自分の死というこれから起こるであろう事実を受け入れた意識が静かに落ちていき、視界が暗くなる。

 最後に見たのは…黒羽根のローブの下、光を喪った目だった。

 

 そして、いろはは…。



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虚に染まるⅡ〜累と憂鬱〜

 暗闇だった。

 辺り一面、深い闇。自分の躰がハッキリと認識できている以外は、何も分からない。

 ああ、そうか…。

 自分は死んだのか。 

 驚く程にすんなりと、その事実を受け入れる事が出来た。

 後悔や悲しみは不思議と無い。まだ自分の全てが今の状況を受け入れていないだけなのかもしれないが、不思議な事に心中は穏やかだった。

 …そのうちに、遠くに人影が見えた。蝋燭の灯りの様に、ぽつりと、存在だけが感じられる。

 自分の躰は意思とは無関係にそちらへと向かっていく。まるで、引き寄せられているかの様だ。

 近付いていくにつれ、人影の正体が分かった。燕尾服を着た花車な少女―自分がこうなった原因を作ったともいえる少女だ。こちらに背中を向けており、寂しそうな雰囲気を纏っていた。

「咲ちゃん」

 名前を呼ぶが、少女―琴音咲は反応しない。

「…ねぇ、答えて…」

 掠れた声で呼びかける。

「なんで…黒羽根は私達を襲ったの?」

 そう言った瞬間、咲が振り返った。

 躰は傷だらけで、ソウルジェムは身に付けていない。何より…その目には眼球が無く、ぽっかりと暗い穴が空いているだけだった。

 咲はこちらに手を伸ばしてくる。反射的に後退しようとするが、躰は動かない。

 固まる自分に対して、咲はニヤリと笑みを浮かべた。

 酷く、歪んだ笑みだった。

 

 

 悲鳴をあげて、いろはは目を覚ました。

「いろはちゃん!」

 すぐ傍に居たのは十咎ももこだった。近くには水波レナと秋野かえでもいる。

「ももこさん…」

 いろははぼんやりと呟いた。まだ、脳が状況を把握し切れていない。

「大丈夫?」

「…はい、えっと…」

 そこで、自分が何故倒れていたのかを思い出した。

「黒羽根は!?」

 がばりと身を起こす。瞬間、腹部の痛みでいろはは呻いた。

「まだ寝ていた方がいいよ…いくら傷の治りが早いと言っても、重傷な事には変わりないんだからさ」

「だ、大丈夫です…それより、黒羽根は…みんなは…?」

 いろはが掠れた声で訊くと、ももこは「大丈夫だよ」と優しい声で言った。

「黒羽根はアタシ達が撃退した。嫌な予感がしてみかづき荘に行ったけど居なかったから焦って探して、ちょうどいろはちゃんが襲われている所に出くわしたんだ」

 今回はグットタイミングだったよとももこは言ったが、そこで辺りを警戒していたレナが「いろはが怪我したんだからバッドタイミングよ」とキツい口調で言った。

「おぅ…確かにそうかもしれないけどさ…」

 ももこは項垂れる。それを見たかえでが「レナちゃん…」とレナにじとりとした視線を向けた。

「何よ、事実でしょ?」

「ま、まあまあ…私は大丈夫ですし、ももこさん達が来なかったら今頃…」

 いろははふたりを宥めながら、同時にゾッとしてぶるりと震えた。

 ももこ達が来なかったら、いろはは死んでいた。それに、意識を失っている時にとても厭なものを見た気がする…それが何なのかはよく分からなかったが。

「…まぁとにかく、アタシ達はいろはちゃんを助けた後、あのドームみたいなものを壊そうとしたんだ。だけどビクともしなかった」

 公園には未だにドーム状の結界が張られている。やちよ達がどうなったのかも分からない。

「…やちよさん達はあの中にいるんだよね?」

「はい…みんな大丈夫かな…」

「それなら問題ないと思うよ」

「え?」

 驚いた事に、ももこは微笑んでいた。

「幾ら黒羽根がしぶといっていっても、相手はみかづき荘メンバーだよ?負ける訳ないじゃんか」

 ―瞬間、ドームにヒビが入り、崩壊した。

「いろは!」

「お姉ちゃん!」

 飛び出してきたやちよとういがいろは達の姿を認め、安堵したように表情を緩める。

「いろはちゃん、大丈夫?」

 鶴乃達も無事な様だった。先程吹っ飛ばされていたさなや腹部を蹴り抜かれていたフェリシアも、今はすっかり回復している。

「はい、大丈夫です…みんなは?」

「へーきだよ!あんなヤツら、ボコバキでガンだ!」

「やっぱり少ししぶとかったけれど、わたし達の敵じゃなかったよ!ふんふん!」

 それを聞いて、いろははひとまず安堵した。

「ももこ達もありがとう、お陰で助かったわ」

「困った時はお互い様だよ…っていっても、これからどうするかな…」

 ももこは難しい顔になり、腕を組んだ。

「また黒羽根に襲われたら…ふゆぅ…」

「どーせ、場所とか状況とか考えないで襲ってくるんでしょうね…ほんっと、サイアクだわ」

 かえでが不安を顔に浮かべ、レナが悪態をつく。

 かえでの言う通り、黒羽根は場所や状況など考えないだろう。いろは達はまだいいが、最悪、無関係な人まで巻き込む事になる。

 かといって敵の人数がよく分からないので下手に動けないのも事実だ。

「…そういえば、黒羽根に襲われる前にいろはちゃん何か言おうとしてたよね?」

 どうしたものかと悩んでいた時、鶴乃がいろはにそう言った。

「あ、はい…黒羽根に襲われたのは私たちと十七夜さん、ひなのさん…そしてももこさん達、でしたよね?」

「分かっている限りではね」

「マギアユニオンのグループチャットを確認してみたけれど、今のところ襲われているって報告は入ってないよ」

 携帯端末を確認していたももこが言った。それを聞いて、仮説が確信に変わる。

「…もしかしたら、襲われている人達は全員、咲ちゃんと関わりがあった人達なのかもしれません」

「…咲ちゃんと?」

「どういう事よ」

 全員が驚いた様にいろはを見た。

 これはあくまでも仮説ですが―そう前置きして、いろはは自分の考えを話し始めた。

「最初は、マギアユニオンの幹部を狙ったのかと思っていました。だけどそれなら灯花ちゃんやねむちゃんも狙われる筈だし、何よりももこさん達が狙われているのがおかしいと思ったんです」

「確かにそうね…レナは幹部でもなんでもないのに」

「それを言うなら私だってそうだよ?」

 レナとかえでがとばっちりを受けたという顔をしていたので、いろはは「…でも、そうじゃなかった」と続けた。

「仮にこの事件の裏に吹綿さんが居たとして…狙うのは咲ちゃんだと思うんです。でも、咲ちゃんは神浜には居ない…だからその代わりに私達を襲ったんじゃないかって」

 いろはの言葉に、鶴乃とやちよが目を見開く。

「代わり…って、まさか」

「…見せしめって事ね」

「はい…吹綿さんは咲ちゃんを憎んでいるし、それに神浜で活動するにあたってマギアユニオンが邪魔だった。だから私達を襲ったんだと思うんです」

「じゃあ、襲われているのは…」

「…多分、咲ちゃんと関係がある人だと思う」

 それに―といろはは付け加える。

「黒羽根が言っていたんです。原因は、琴音咲にある…って」

 全員が黙り込んだ。かなりめちゃくちゃな仮説ではあるが、様々な情報を照らし合わせるとこれが一番しっくり来る仮説だった。

 暫くの沈黙の後、ももこが呟いた。

「そりゃ、アタシ達は分かるけどさ…十七夜さんとかひなのさんはどうして襲われたんだ?」

「この前、咲ちゃんが大怪我した事があって…その時に一緒に助けたからだと思います」

「そんな理由で!?」

 ももこは驚いたが、他に接点が見つからない。

「イカれてるわよ、ソイツ…」

 レナが顔を引き攣らせながら言う。咲とかかわりを持っていただけで殺そうとするのは、確かに常軌を逸している。

「それだけ憎しみが深いって事ね…」

 やちよも表情を曇らせた。

「咲ちゃんは引っ越してきてから日が浅いし、他の魔法少女との接点も少なかったとは思いますが…」

「注意喚起した方がよさそうね」

 やちよがそう呟き、携帯端末を取り出す。と、そこでさながおずおずと言った。

「でも、それで注意喚起したら…琴音さんまで悪者になる気が…」

「それは…」

「確かに、そうだね…」

 今回の件がいろはの仮説通りだとするならば、咲が居なければ事件は起こらなかったという事になる。必然的に彼女にもヘイトが向いてしまう事になるだろうとさなは言っているのだ。

「咲さんに連絡はしたの?」

 ういがいろはに訊く。いろはは難しい顔でそれに答えた。

「さっきから電話はしてるんだけど繋がらなくて…メッセージも見てないみたいだし」

 この事を知ったら、咲はどうするだろう?恐らく、直ぐに戻って来ようとするだろう。それでは秕の思うツボだ。

 …この時には既に咲は魔女化しており、秕は神浜に向かっていたのだが…いろは達がそれを知る由もない。

「…とりあえず、警戒するしかないわね」

 やちよが鋭い目をして言った。

「こりゃ、暫く家には帰れないな…」

 ももこがそう呟き、ガリガリと頭を搔いた。

 その時―複数の(あしおと)が聞こえた。

 またもや黒羽根が現れたのだ。それだけでは無く、先程倒した筈の黒羽根までがむくりと起き上がってきた。

「わあっ!復活したよ!?」

「どんだけしぶといんだよ!」

 かえでがびっくりして声を上げ、フェリシアが威嚇する様に唸る。

 黒羽根達はじわじわと包囲網を狭めてくる。逃げようにも隙が無く、戦闘は免れない様だった。

 全員が変身し、得物を構える。

 そして―再び、魔法少女達は激突した。

 

 

 ―同時刻、調整屋

 

「黒羽根に襲われた、ねぇ…」

 八雲みたまは携帯端末を見ながらそう呟いた。

 先程、ももこからメッセージが届いた。突然黒羽根に襲われたというものであり、心当たりは無いが調整屋も気をつけろ…大体そんな内容だった。

 次いで、十七夜からも同じ様なメッセージが届いた。それだけでは無く、SNS上では「東の魔法少女が黒羽根に襲われた」という噂が飛び交っていた。どうやら十七夜と黒羽根が戦闘している所を目撃した魔法少女が居たらしい。面倒な事にならなければいいのだが。

「…それで、あなた達もそういう用かしらぁ?」

 みたまは携帯端末から目を離し、自分の前に立つ黒い影を見る。

 ふたりの黒羽根が、みたまに無感情な視線を向けていた。

「調整屋に攻撃する必要は無いと判断した。ただし、ここは見張らせてもらう」

 ひとりが淡々とした声で言う。

「あら、どうして?」

「調整させない為だ」

 もうひとりがみたまから目を離さぬままそう言った。

(…黒羽根がこんな事をするメリットは無い。とすると、例の咲ちゃん絡みの黒羽根かしら)

 彼女の過去を見た時から、何かが起こる気はしていた…それに、咲が呑み込まれて絶望するであろう事も、何となく気付いてはいた。

 心配ではあったが、自分には何も出来ない。その前にまずはこの状況をどうにかしなければ。

「まさか営業妨害される日が来るとは思わなかったわぁ…」

 みたまはぼやきながら、黒羽根達に鋭い視線を向ける。

「わたしは調整屋…これは商売なのよ。出来れば傷付けたくなんてないけれど、あまり邪魔するようだったらそれなりに覚悟はしてもらうわ」

「………」

「…………」

 黒羽根達は何も言わない。この状態で客が来たら大変だし、自分もそろそろ家に帰りたかった。どうやら、覚悟を決めた方がよさそうだ。

 みたまは溜息をついて、行動を開始した。



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虚に染まるⅢ〜さらに続く虚〜

 ―同時刻、大東区

 

 闇の中で、いくつかの影が蠢いている。

 複数の影がひとつの影を取り囲み、攻撃を加えている様だ。…これだけ聞くと惨い絵面に思えるだろうが、実際はそうでは無かった。

 取り囲まれている影は臆する事無く、手にした得物を振るう。風を切る音と、乾いた音…その後で、取り囲んでいた影が一斉に崩れ落ちた。

 ふうと息をつき、取り囲まれていた影―和泉十七夜は少しばかり警戒を緩めた。敵が動かなくなった事を確認してから変身を解除し、歩き出す。

 これで何回目の襲撃だろうか。毎回後ろからやって来るし、髪型や得物が同じなので、襲撃を掛けているのは毎回同じ黒羽根だと推測出来る。その度に強烈な一撃を加えているのだが、暫く気絶した後に起き上がり、また襲ってくる―その繰り返しだ。敵のタフさは常軌を逸しているといえる。

 このままだと、本当に殺すしかなくなってしまう…それだけは避けたいところだ。

 加えて、場所や状況を選ばずに襲ってくるので家にも帰れない。バイトが早く終わったと思ったらこれだ…全く、ついていないなと思う。

 友好的な関係を築いていた筈の黒羽根が何故襲いかかって来たのか…彼女達を操っている黒幕は分かっていた。最近、ユニオンの幹部会で話題に上がった黒羽根の一団、その中にいる吹綿秕という魔法少女だろう。

 以前出会った事がある魔法少女…確か、琴音咲といったか。秕はその少女を憎んでいると聞いた事があった。今回の事件もそれが原因らしいが…完全にとばっちりだ。

 とはいえ起こってしまった事は変えられない。既に大東の魔法少女達に注意喚起は済ませてあるし、今やるべき事は真相の究明と黒幕の排除だ。

 とりあえず、もう一度やちよと連絡を取ったほうがいいな…そう思いながら歩いていると、

「…ッ!」

 後ろから殺気。振り返ると、眼前に鎌が迫っていた。

 上体を逸らして回避し、脚を上げて相手の手首を蹴り上げる。衝撃で鎌が宙を舞った。

 すかさず変身し、得物―乗馬鞭を振るった。相手の首筋に強烈な一撃が叩き込まれ、意識を刈り取っていく。

 と、崩れ落ちた黒羽根を踏みつけてもうひとりの黒羽根が跳躍。十七夜の頭上まで来ると持っていた槍を突き出した。

 一瞬の後、十七夜は脳天を貫かれている…筈だった。黒羽根もそれを確信したのだろう。フードの中でニヤリと笑みを浮かべる。

 然し―十七夜は半歩動いて槍を躱し、空中で無防備になった黒羽根の腹に昇〇拳の要領でアッパーを食らわせた。

 顎に食らった訳ではないのだが、その威力は絶大だ。魔法少女でなければ腹を突き破られ、臓物を辺りに撒き散らしていたに違いない。

 黒羽根は悶絶した後、地面に強く顔を打って気絶した。それで済んだのだから魔法少女というものは頑丈だといえるだろう。

 一息つく間も無く、十七夜は背後を振り向く。三人の黒羽根が、金属バットやらブラックジャックやらスタンガンやらを持って襲いかかって来た。

「それでは自分には勝てんぞ」

 十七夜は薄く笑みを浮かべた後、三人を捌く作業に取り掛かった。

 その三十秒後にはふたりが地面に転がり、残りはあとひとり、スタンガンの黒羽根だけとなった。

 先刻襲いかかってきた時には一撃で倒せたのだが、今回は一撃では倒れなかった。といっても耐久性だけだ。実力は天と地の差がある。

 突き出されたスタンガンを躱し、無防備な項に魔力を込めた一撃を叩き込む。それで黒羽根は倒れた。驚く事に、意識はまだ残っていた。

「貴様の心、読ませてもらうぞ」

 十七夜は固有魔法で黒羽根の心を読んだ。然し何も見えない。そう思えるほど空虚だった。

 これまで戦って来た黒羽根もそうだった。空っぽで、何も無い。皆、虚ろに染まっていた。

「…答えろ。貴様は誰に唆された?」

 十七夜は静かな声で問うた。すると、黒羽根は抑揚の無い声で言った。

「原因は、琴音咲にある」

「…何だと?」

「原因は、琴音咲にある」

 いくら問うても、それしか言わない。埒が明かないと判断して、十七夜は諦めた。

 その場を立ち去ろうとした時、不意に倒れていた黒羽根がフードを取った。

 現れたのは、まだ幼い少女の顔。然しその顔を見て、十七夜は硬直した。

「…貴様は」

 無感情な瞳、表情が無い顔。そして、その額にあったのは…。

「…貴様は、何故動けている?」

 十七夜は困惑して、黒羽根に訊いた。

 返事は無かった。

 

 

 ―同時刻、南凪区

 

「くたばれぇっ!」

 そんな声と共に、都ひなのは持っていたフラスコを黒羽根に向かって投げつけた。

 フラスコに入っていた薬品が黒羽根のローブを濡らす。それと同時に薬品が何かの反応を起こして爆発した。黒羽根は炎の中に姿を消し、それを見届けたひなのは大きく息をついてボヤいた。

「はぁ…ひとまずこんなところか…全く、急に襲ってきてどういうつもりだ?」

 独り言で、返事は期待していない。そもそも返事をするべき相手は炎の中だ。返事どころか、喋る事も出来ないだろう。

 はぁ、と溜息をついて、ひなのは炎に背を向け歩き出した。

 多分、暫くしたらまた襲ってくるに違いない。現にこれまで襲ってきた黒羽根は全員同じだった。いくらダメージを与えても活動を停止しないなんて、まるでゾンビのようだ。

 襲撃の理由に心当たりは無かった。ひなの自身、魔法少女になって長いが、誰かの恨みを買った覚えは無い。

 考えられるのは、幹部会の議題に上がっていた黒羽根集団の仕業といった所か。黒羽根達とは和解していたが、彼女達とて一枚岩では無い。自分達に恨みを持っていてもおかしくは無いだろう。

(まあ、アタシだけで済むならまだいいか)

 後輩や知り合いが巻き込まれなかっただけマシというべきか。話してしまえば彼女達まで巻き込む事になる。全てが終わった後に教えるのがいいだろう。

 実際、何処かで噂を嗅ぎ付けたらしい知り合い達からメッセージが届いていたが、ひなのはすっとぼけていた。巻き込む必要は、何処にも無いのだから。

 ―瞬間、魔力反応を感じ取り、ひなのはとっさに右へとズレた。先程まで居た場所には禍々しい鎖鎌が突き刺さっている。

「いくらなんでも早すぎじゃないか…?」

 ひなのは呟きながら振り返る。黒羽根がふたり、武器を構えていた。

(殺すしかないのか…?いや、それをやったらヒトに戻れなくなる。考えろ…化学の力で、切り抜けろ…!)

 残酷な事ではあるが、一番手っ取り早いのは相手のソウルジェムに穢れを溜めさせる事だ。穢れが蓄積すればする程、躰は自由を失う。幾ら操られていると雖も、躰が動かなければ問題は無いといえるだろう。

 加えて、神浜では魔女にならない。魂を削り、ドッペルを放出するだけで済むのだ。勿論、ドッペルにもリスクはあるが…希望と絶望の相転移でヒトに戻れなくなるという事は無いはずだった。

(少し残酷だが…許してくれよ)

 ひなのは鞄の中から試験管を取り出す。中に入っている液体は毒々しい色をしており、ソレが危険な薬品である事を示していた。

 黒羽根達が突進してくる。それをギリギリまで引き付け、スッと右に避ける。

 攻撃を外した事で一瞬だけ生まれた隙を狙い、試験管の中の液体をぶっかける。液体がローブを濡らし、その雫が肌に達した瞬間―黒羽根は仰け反って悲鳴をあげた。

「操られているっていっても、コイツは効くのか…悪く思わないでくれよ」

 そう言うひなのの顔は苦渋に満ちている。

 ひなのが用いたのは強烈な毒だ。普通の人間なら、まず間違いなく死ぬ程の毒ではあるが…魔法少女はこれでも死ななかった。

 掠れた悲鳴を上げ、のたうち回る。だけど死ねない。ソウルジェムが濁り、穢れに身を任せる事になっても魔女にはならない。ただ、苦痛が続くだけだ。

 本当ならこんな事したくは無い。だが、もうこれしか無かった。

(…すまない)

 ひなのはのたうち回る黒羽根に背を向け、もうひとりの黒羽根と対峙した。

 

 数分後。

 簡素な爆薬のオンパレードでなんとか黒羽根を倒し、ひなのは大きく息をついた。

「はぁ…いくら魔法少女だからっていっても、やっちゃいけない事があるよな…」

 もう戦いたくない。さっさと帰って休みたい―ひなのの頭の中をそんな言葉がぐるぐると回っている。

 だが、もう少しすれば何事も無かったかのように襲いかかってくるだろう。夜はまだ始まったばかりだし、襲撃が終わる気配は無かった。

 先程までのたうち回っていた黒羽根はぐったりとしている。暫く目を覚まさないだろうが、ここに打ち捨てておくのも気が引けた。

 せめて、何処か人目のつかない所に移動させるべきだろう。そう思ってひなのは黒羽根に近付いた。

 そして何気なくその首に目をやって、ひなのは驚いた。

 細い首にはソウルジェムが嵌っていたであろう枠が残っていた。然し―肝心のソウルジェムが見当たらない。

 それどころか、枠には宝石の欠片が残っていて…それを見たひなのは青冷めた。

(殺した…アタシが?嘘だろ…!?)

 躰から力が抜け、へたり込む。

 この手で人を、殺してしまった…その事実がひなのを侵していく。

 その口からは声にならない言葉が漏れ、目は大きく見開かれていた。

 取り返しのつかない事をしてしまった…ひなのが茫然自失としていた、その時―

 ブンッ、という風切り音がして、ひなのの胸を何かが貫いた。

「………え?」

 赤く染まった鎖鎌が自分を貫いている―驚いたのは、そこでは無かった。

「…なんで、動けてるんだ…?」

 鎖鎌の主は、ソウルジェムを砕かれた筈の黒羽根だった。

 その無感情な目がひなのを捉えた瞬間―痛みが生じて、呻き声を上げる。

 何が起きたのか分からず、ひなのは混乱した。

 

 

 驚愕を感じたのは、都ひなのだけではなかった。

 黒羽根の素顔を見た和泉十七夜も、調整屋で黒羽根を倒した八雲みたまも、そして襲いかかって来た黒羽根を撃退した環いろは達も、その事実に驚愕していた。

 

「どういう事だよ!」

 夜の公園で、フェリシアが怒鳴った。

「何でコイツら、ソウルジェムが無いのに動けてるんだ!?」

「分からないよ…」

 いろはが戸惑いながら呟く。襲いかかって来た黒羽根達は皆一様にソウルジェムを破壊されていた…その事実に困惑しているのだ。

「ソウルジェムが無い状態で動けるなんて有り得ないし、魔力も無いはずなのに…」

「操られていた…って事かしら」

 やちよが考え込みながら口を開いた。

「確か、琴音さんが言っていた気がするわ。吹綿さんの魔法は、他人を操る事が出来るものだ…って」

「でも、死体を操るなんて…」

「それじゃあ、本当にゾンビだよぅ…」

「ぞ、ゾンビ…こんな暗い所で恐ろしい事言うんじゃないわよ!」

「だって本当の事なんだもん!」

 かえでとレナがいつもの様に言い争う。いつもならそれを微笑ましく見守るのだが、今回ばかりはそういう訳にも行かなかった。

「倒しても倒しても復活するなんて、こりゃ原因を叩かない限り終わらないな…」

「原因?」

「その吹綿秕っていう黒羽根だよ。この事件を終わらせる方法はそれしかないと思う」

 ももこの言葉に、やちよも同意する。

「…私も同感よ。神浜に居るのか、他の所にいるのかは分からないけれど…黒羽根が止まるとしたら大元を叩くしかない」

「じゃあ、その人を探そうよ!」

「ソイツをボコボコにすればいいんだな!」

 フェリシアが意気込み、鼻息を荒くする。

 とりあえずこれからやる事は決まった。ももこがかえでとレナの仲裁に入り、みんなで秕を探そうとした、その時…。

「あっ!」

 ういが何かを見つけて声を上げた。

 公園の入口に、もうひとり黒羽根が現れたのだ。彼女はゆっくりと此方に歩いてくる。

 全員が武器を構えた。然し黒羽根は動じず、いろは達の前まで来ると足を止め、徐にフードを取った。

 長くてボサボサの黒髪に、鋭い目。その口元はニヤリと吊り上がっている。

「アンタらが環いろはとそのお仲間さん達か。どうだい?あたしの贈り物は」

「贈り物…?アンタまさか、吹綿秕か!」

 ももこが声を上げる。それに対して黒羽根―吹綿秕は愉快そうに目を細めた。

「そう、あたしが吹綿秕だ。アンタらを終わらせる為にわざわざ出向いてやったんだから感謝しろよ」

 そう言って、秕はニヤリと笑った。

 …何故か、いろはにはその笑みがとても虚ろなものに思えた。




次回、3章最終話です。


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壊れてしまった物語

3章最終話です。


「…どうして、こんな事をしたの?」

 

 いろはは静かに問うた。

 怒りよりも、悲しみよりも、その疑問が一番強かったからこその問い掛けだった。

「私達はあなたに何もしていないのに…」

「…惚けるなよ環いろは。アンタだって薄々気付いているんだろ?」

 秕は笑みを吹き消し、いろはに視線を向ける。

「咲だよ。アンタらがアイツと仲良くしなければ、今ここであたしがこうする理由も無かった」

 最も、ユニオンが邪魔だったのは事実だし、いつかはこうしていたかもしれないけどね―そう言って、秕はクックッと喉を鳴らして笑った。

「たったそれだけの事で、こんな事を…」

「アンタ、自分勝手過ぎない?」

 ももこが理解出来ないという風に首を振り、レナが秕の言葉に噛み付く。

 秕は余裕の表情のまま、それを受け流した。

「アンタらには分からないだろうよ。咲がどれだけ身勝手なのか…アイツは友達だったあたしを裏切ったんだ。そんなヤツ、死んで当然だろ?」

「…分からないよ。たとえそれで裏切られたとしても、それが咲ちゃんを狙う理由にはならないよ!」

 鶴乃が叫ぶ。その横ではフェリシアが犬歯を剥き出しにして秕を睨んでいる。

 ういとかえでが悪意に晒されたかのように萎縮し、それをさなといろはが庇っていた。

「あたしにはなるんだよ…っていっても、正義の味方様には分からないか。正しさに支配されて頭に蛆が湧いているような連中には、あたしの考えは通用しないだろうよ」

 秕は笑顔で侮蔑の言葉を吐き出す。

「だからもういいよ。大人しく死んでくれ」

「本当に身勝手なヤツだな…」

「こちらの話を聞きそうにもないわね…」

 ももことやちよが呆れたようにため息をつき、それからいつでも飛び出せる様に身構えた。

「…ねぇ、本当に、分かり合えないの?」

「ゴチャゴチャうるさいヤツだな。いいか?あたしはあたしが正しいと思っている事をしているんだ。あたしが間違えと思っている事は正すだけなんだよ」

 いろはの言葉を生温いと感じたのか、秕は冷たい表情でそれを否定し始めた。

「分かり合えるなんて有り得ない。互いの主張をぶつけ合って、分からせるしかないんだよ。そんな事、幼稚園児でも知っているのに」

 バカなヤツだ―秕はそう言って、いろはを嘲笑った。

「…ッ、そんなの…」

 いろはは唇を噛む。このまま争いにもつれ込んでしまう事が、堪らなく悔しかった。

 震えるその肩に、やちよが手を置く。

「やちよさん…」

「悔しいけど、彼女の言う通りよ。私達と彼女では思想が全く異なる。だとしたら、争うしかない…」

 マギウスの時だって、そうだった。

 思想が違って、争った。

 誰かが幸せになれば誰かが傷付く。

 全員が幸せになる方法なんて無いし、そんな世界は夢物語に過ぎない。

 それが分かっていても、いろははそれを受け入れる事が出来なかった。

「………」

 いろはは俯く。その様子を見て、秕が呆れた様に言った。

「…本当にバカなヤツだな。咲と同じ、正しさに取り憑かれた大馬鹿者だよアンタは。どの道あたしはもう戻れないってのに」

 アンタ、黒羽根を見て何も気付かなかったのか―そう秕は問うた。

「アンタの固有魔法で従わせているんでしょ?」

「そう、()()をね」

「…え?」

 レナが目を見開く。それを面白そうに眺めながら、秕は続けた。

「生きてるヤツもいるが、中には死体を操っているヤツもいる。殺して、それから操ってるんだよ」

「そんな…」

 ういがちいさく悲鳴をあげた。

 …これは神浜以外にもいえる事ではあるのだが、少女が死んだくらいではニュースにならない。魔法少女が存在している世界故、少女の失踪事件というのは昔から多く、数人が消えたくらいでは大規模なニュースにはならないのだ。

「あたしは人殺しだ。魔女じゃない、本物の人間を殺している。この時点でもう赦されるべきではないだろ?」

 秕は口角を吊り上げ、「丁度いい。もうひとつ、争う理由を作ってやるよ」と愉快そうな声で言った。

 

「…来な、あたしの所有物(げぼく)

 

 秕が右手を掲げる。

 その甲には、魔女の口づけが浮かんでいた。

 ―瞬間、辺りの景色が変化する。

 夜の公園から、壊れた音楽室へと…。

「魔女を呼び出した?」

「魔女の支配も出来るのかよ!」

 さなとフェリシアが声を上げる。

 だが、驚きはそれで終わらなかった。

 突如、何者かの魔力反応を感じたいろはは振り返る。

 そこに立っていたのは…。

 

「…咲ちゃん?」

 

 いつの間にか、琴音咲がいろは達の後ろに立っていた。

 俯いており、表情は見えない。服装は青いパーカーにスカートというもので、魔法少女の服装では無かった。

「咲ちゃん、どうしてここに…」

 ももこが怪訝そうに呟く。咲は魔法少女だし、居てもおかしくは無いのだが…何故か違和感を感じた。

 それに、眼前の咲からはいつもの優しい雰囲気は感じない。纏う空気は何処までも空虚で、生気を失っている様だった。

 戸惑っているうちに、咲がいろはの方へと歩いてくる。

 いろはは何故か厭な予感を感じて後ずさろうとした。然し、それより一瞬早く咲がいろはに手を伸ばし…強い力で、その首を締め上げた。

「あ…ぐ…っ」

「いろは!」

「いろはちゃん!」

 やちよと鶴乃が咲を引き剥がそうとするが、ビクともしない。

 いろははそのまま押し倒され、地面に強く頭をぶつけた。

「咲、ちゃ…」

 声が出ない。

 意識を保つのが精一杯だ。

 眼前に咲の顔が見えた。

 傷だらけで、眼球が無い顔…そこで初めて黒羽根に襲われた時に見た光景を思い出し、いろはは掠れた悲鳴をあげた。

「琴音さんに何をしたの!?」

 やちよが秕に詰め寄り、槍を突きつける。

 秕は動じず、肩を竦めた。

「さあ?ちょっと痛め付けたら魔女になっただけだし」

「魔女に…?」

「そういやアンタらは知らなかったか」

 秕が指を鳴らすと、その背後から魔女が現れた。

 譜面で構成されたヒトガタに、醜悪なティンパニ…その魔女からは、覚えがある魔力反応を感じた。

「まさか…」

「あれが…」

 全員が驚き、絶句した。

 秕はそれを愉快そうに眺めながら言った。

「…ソイツは、もう死んでるよ」

「………!」

「早くその魔女を殺しな。じゃないと、アンタらが死ぬ事になるぞ?」

 秕は咲の魔女を従え、再びニヤリと笑う。

 そして左手を突き出し、何かを呟いた。

 その左手にも魔女の口づけが浮かんでいるのを、いろはは目撃した。

 秕は「…これで保険は掛けた」と呟いた後、ダガーを取り出し、宣言する様に言った。

 

「…さあ、始めようか」

 

 

 ―同時刻、子喰いの魔女結界

 

 どういう事だよと夏々子は叫んだ。

 それと同時に地面が大きく揺れ、バランスを崩してしまう。

 その隙を狙って魔女が夏々子に襲いかかったが、霜華がその側面からバイクで突っ込み、攻撃を逸らした。

「助かった」

「早く立って」

 素っ気なく言うと、霜華は拳銃を取り出し、発砲して魔女の気を引いた。

 魔女が霜華に気を取られている隙に後ろから美雪が接近し、魔力弾を撃ち込む。

 やっとの事で立ち上がった夏々子も攻撃に加わり、三方向からの攻撃を受けた魔女は苦しそうに叫んだ。

 戦闘開始から大分経ち、使い魔を一掃してからは魔女に攻撃しているのだが、中々倒れる気配が無い。魔力もどんどん減っていっているし、このままではこちらが劣勢になるだろう。

 加えて、先程からひっきりなしに地面が揺れている。そのせいでバランスを崩して危ない状況に陥った事も何度があった。

「なんでこんなに揺れるんだ!」

 バランスを崩さないように踏ん張りつつ、夏々子が声を張り上げる。

「…多分、移動してるからだと思う」

 霜華がバイクをぶん回し、魔女の躰をへこませながらそれに答えた。

「移動…って、結界ごと移動してるのか!」

 今まで戦ってきた魔女は戦闘中に移動するなんて事はしなかった。然し美雪が言うには、何らかの要因で移動する事もあるという。

「もしかしたら、魔女の体力が尽きてきたのかもしれないね」

 美雪が魔女の牙を躱し、口内に魔力弾を撃ち込みながら言う。

 だが、夏々子は少し考えた後それを否定した。

「いや…多分、違うと思う」

「どうして?」

「体力が無いにしては動きが鈍くならないし、そもそもコイツは秕が支配している魔女だ。もしかしたら、アイツが呼び寄せたのかもしれない」

「…だとすると、行先は…」

「ああ、恐らく神浜市だ」

 早く倒さないと大変な事になるかもしれない…そう思った夏々子は水晶を槍の形に変え、魔女の口内目掛けて投げ付けようとした。

 だが、凄まじい揺れによりバランスを崩した事でズレが生じ、槍は魔女の躰に小さな傷を付けただけとなった。

 全く、忌々しい―夏々子はそうぼやきながら、ちいさく舌打ちをした。

 戦闘はまだまだ終わりそうにない。

 

 

 琴音咲の魔女化によって終わりを迎えた筈の物語。

 だが、彼女に関わった者の物語は、まだ終わっていなかった。

 子喰いの魔女と戦う生方夏々子達。

 魔女を従え、神浜に現れた吹綿秕。

 そして、秕の暴走を止めようとする環いろは達。

 …物語の後始末とも言うべき最終章が、幕を開けようとしていた。




これで3章はおしまいとなります。
構想時から大分展開が変わりましたが、何とか続ける事が出来ています。それでも駄文である事は変わりないですが…。
次回から最終章となります。といっても長く続けるつもりは無く、5話程度で終わるかな…という感じです。

それでは、次回以降もよろしくお願いします。


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最終章「ある少女の物語」
支配遊戯


凡ての創口を癒合するものは時日である。

――――夏目漱石

 

 

 かつて、ひとりの少女がいた。

 少女は平凡だけど幸せな人生を送っていて、それがずっと続く事を疑わなかった。

 だが、少女がもうひとりの少女と出会った事によって、何かが壊れ始めた。

 少女は理不尽に呑み込まれ、その果てに絶望を振り撒く怪物へと姿を変えた。

 目前に見えていた光を掴もうとしたけれど、自らが産んだ闇に呑み込まれて消えてしまったのだ。

 少女の物語は終わり、この物語もそこで終わる…筈だった。

 だが、少女に関わった者や、もうひとりの少女にとってはまだ何も終わっていなかった。

 それはつまり、物語がきれいに終わったとは言い切れないことを意味する。

 故に―後始末が必要だ。

 後腐れなく、綺麗に終わらせる為の最終章が、必要だった。

 これから展開されるお話は、そんな「後始末」のお話だ。

 琴音咲の…あるいは吹綿秕の物語の、後始末。

 

 “ある少女の物語”の終わりを飾る、物語。

 

 

 琴音咲が変化した魔女…ティンパニの魔女の結界内で、環いろは達と吹綿秕の戦闘が始まった。

 魔女は秕によって掌握されているらしく、動く様子は無かった。その代わり、小さな目玉が無数に連なった音符に無数の足が付いた様な見た目の使い魔が次々に襲いかかっできた。

 数は多いが、所詮は使い魔だ。やちよやももこ、鶴乃が次々と撃破していく。

 神浜市の魔法少女は他の街の魔法少女よりも強い。調整屋―八雲みたまの調整を受けているし、そもそも神浜の魔女が他の街の個体より強いので、それと比例して魔法少女も強くなっているのだった。

 咲も調整を受けた身だし、神浜の魔女とある程度は張り合えるくらいの実力はある。故に、咲が転化した魔女や使い魔も強いのではないか…やちよ達はそう思ったが、その考えに反し、使い魔は一撃で倒せる程に弱かった。

 とはいえ数が多い。何処からともなく湧いてきて、襲いかかっては撃破される…その繰り返しだ。おかげでやちよ達は魔女や秕の元へ辿り着く事すら出来ていなかった。

 一方、環いろはは琴音咲の死体に首を絞められ、何とか意識を保っているといった状態だった。死体なので痛覚が無く、異様にタフだったし、おまけに魔法少女の死体となればそのスペックは一般人の比では無い。咲はいろはに伸し掛る形になっているので何とか矢を放てば押しのけられそうだが、短い時間とはいえ一緒に過ごした友達をそう簡単に傷付けられる訳も無かった。死体であると分かっていても、いろはには出来ない事だった。

 だが、このままの状態を維持するのも限界だ。決断する必要があった。

 咲を殺すか、咲に殺されるかを―。

 危機的状況で脳細胞が活性化したのか、いろはにはある考えが浮かんでいた。

 秕の魔法で操られていて、しかも死体。攻撃を加えても動じず、異常な耐久力を誇る。仮令(たとえ)心臓を砕かれたとしても、躰は動き続けるだろう。

 だが…頭を切り離したらどうなる?

 人体である以上、ある程度の命令は脳から出ているはず。いろははゾンビ映画が好きという訳では無いが、昔見たゾンビ映画に出てきたゾンビは頭部にダメージを受けたら動けなくなっていた。それと理屈は同じ筈だ。

 と、そこでもうひとつの疑問が湧き上がった。

(吹綿さんの固有魔法は“精神汚染”の筈…なのにどうして、咲ちゃんは動けているんだろう)

 咲のソウルジェムはグリーフシードに転化した為、今の咲は魂が無い抜け殻のようなものだ。魂と精神を結び付けていいのかは分からないが、少なくとも今の咲には精神というものは存在しない筈。故に、秕が咲を操れているのはおかしいという事になる。

 だが、魔法が強化されたと考えればその限りでは無い。魔法を使っていくうちに、精神汚染から支配の魔法へと変わっていったのかもしれない。或いは、秕が精神汚染と誤認していた可能性もある。

 (いず)れにせよ、今はこの状況を何とかしないといけない。

 死体と(いえど)も、傷付けるのは赦されない事だ。友人によって齎される死を受け入れるのも、ひとつの選択肢であるといえるだろう。 

 だが、いろはには死ねない理由があった。自分の理想を達成するまでは、終わる訳にはいかないのだ。

 それに…魔女となり、操られた咲を解放してあげたいという想いもあった。その為には、傷付ける覚悟を決めないといけない。

 意を決して、咲の腹部を蹴り上げる。僅かに拘束が緩んだが、それでもまだ強い力で首を締め付けてくる。

 だけど、いろはにはそれで十分だった。

 一瞬だけ、意識を強く保つ事が出来れば―!

(…ごめん、咲ちゃん!)

 クロスボウを構え、魔力の矢を精製。

 そして―咲の頭目掛けて、光の矢を射た。

 矢は真っ直ぐ飛んでいき…ぽっかりと空いた咲の右目を貫いた。

 血と脳漿が飛び散る。拘束が完全に緩み、咲の躰は力無く崩れ落ちた。

 暫くの間、ヒクヒクと手足が痙攣していたが、軈てそれも収まり、咲は完全に動かなくなった。

 いろはは唇を噛み、肩を震わせる。

「…っ」

 それを見ていた秕がクックッと喉を鳴らし、それから大笑いを始めた。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!どうだい環いろは、咲を殺した気分は!最高だろ!?」

 秕は腹を抑えながら爆笑していた。その狂気的な笑みに、全員が不愉快なものを覚える。

「…コイツ、マジでヤベーぞ…」

「狂ってる…」

 フェリシアが顔を引き攣らせ、さなが怯えた様に躰を縮こませる。

 秕はひとしきり笑ってから、目元に浮かんだ涙を拭い、

「…ああ、そうだ。もっといい事を思いついたよ」

 ニヤリと笑みを浮かべた。

 瞬間、更に多くの使い魔が現れ、いろは達に襲いかかって来た。そんなに広いという訳でも無い結界は使い魔でいっぱいだ。

「ゴキブリじゃないんだから!」

「さ、流石に気持ち悪いよぉ…」

「言ってる場合か!とりあえず何とかしないと…!」

 全員が使い魔の波に呑み込まれ、必死に抗っていた。幾ら強くないとはいえ、たくさんいると厄介でしかない。

 フェリシアがハンマーを振り回し、かえでが植物のドームを作って襲撃を防ぎ、鶴乃が炎と共に舞う。ももこが大剣で薙ぎ払い、やちよが水の魔法とハルバードで巧みな攻撃を仕掛け、さなが盾から刃を出して使い魔を切り刻む。ういといろはは皆のサポートに回り、何とか持ち堪えているといった様子だった。

 それを愉快そうに見ていた秕は、状況が激しくなってくるのを見ると行動を起こした。

 荒々しくハンマーを振り回すフェリシアに接近し、その無防備な背中にダガーを突き刺す。フェリシアは使い魔の処理に夢中で、最後まで秕に気付かなかった。

「いっ…コノヤロー!」

 フェリシアは痛みと共に状況を悟り、秕に向かってハンマーを振り下ろしたが…それが秕の頭を打ち砕く事は無かった。

「なんで攻撃出来ねぇんだよ!」

 苛立たしげに攻撃を仕掛けるが、何れも秕の鼻先で止まってしまう。

「無駄だよ。アンタはあたしの下僕になったんだから」

 秕はフェリシアを嘲笑い、使い魔の波の中へと姿を消す。

 フェリシアは使い魔を攻撃しようとしたが矢張り寸止めに終わり、彼女の躰は使い魔の波に呑み込まれていった。

 

 その後も、秕は使い魔の波に紛れながら攻撃を繰り返した。予めターゲットを絞り込んでいたし、少し傷を付ければ魔法が発動する為、気付かれない様に行うのは余裕だった。

 長い時間が経過し、使い魔が全て一掃される。

 だが、そこでいろはが見たものは…

 

「なんだ…なんだよこれ!」

「躰が、動かない…!」

「しくった…クソっ!周りにもっと気を配っておけば…!」

「お、お姉ちゃん…!」

 

 フェリシア、さな、ももこ、ういが秕に支配され、いろは達に襲いかかってくるという…悪夢の様な光景だった。



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無音の光明

「…どうだい?仲間に襲われる気分は」

 

 秕がニヤニヤと笑いながら誰にともなく訊く。

 だが、それに答えるものはひとりもいなかった。…皆、この事態に混乱していたからだ。

「クソっ!レナ、かえで!全力でアタシに攻撃しろ!じゃないと…止まらない…っ!」

「そんな事出来るわけないでしょ!」

「わ、わあっ!ももこちゃん、やめて!」

 レナとかえでに、ももこが得物を振り下ろす。ふたりは転がりながら回避するが、ももこに攻撃できる訳もなく…どんどん追い詰められていった。

 

「フェリシア!そんな事したら死んじゃうよぉっ!」

「だ、だって!カラダが勝手に動くんだよ!」

 半泣きになったフェリシアがハンマーを振り回す。それは正確に鶴乃の胴を捉え、鶴乃は苦悶の表情を浮かべながら吹っ飛ばされた。

 

「やちよさん!わ、私を…殺してください!」

「そんな事、出来る訳…ッ!」

 さなの大盾が開き、トゲ付きの鉄球やら鎌状の刃やらが飛び出してくる。

 それらを躱しながら、やちよはさなを元に戻す方法を模索したが…解決策は見つからない。

 そのうちにやちよの頬を鎌が掠めていき、白い肌を鮮血が汚した。

 やちよは苦悩の表情を浮かべながら、さなの攻撃を回避し続ける事しか出来なかった。

 

「うい!」

「お姉ちゃん、助け…いや、わたしを殺してぇっ!」

 ういの凧がいろはを取り囲み、一気に魔力を噴出する。

 轟音と共に、ビーム状の魔力に躰を焼き尽くされたいろはは悲鳴を上げ、それでもういを攻撃する事は無かった。

 ういは泣きながら、いろはに攻撃を加え続けた。

 

 不和と絶望に満ちた音楽室の中で、秕は嗤っていた。

 仲間や家族同士で殺し合う様子はとても滑稽で、喜劇じみている。今まで積み上げてきた信頼や友情や絆…そういった下らないものが自分の手で壊されている事に、堪らない程の愉悦を感じた。

 そうだ…。

 自分だって、咲に裏切られたのだ。

 仲間とか友達とか、そういう下らないものの所為で、自分は傷付いた。

 ならば、他のヤツらもそういった気持ちを味わえばいいのだ。

 そうすれば、理解する筈だ。

 秕が正しく、咲が間違っていた事を…。

 

 目の前の惨状を愉快そうに眺めていた秕は、フェリシアのソウルジェムに目を留める。

 本来ならば美しい紫色に輝いている筈のそれは、穢れを溜め込み真っ黒になっていた。

 魔女化したら下僕にしてやろうと思ったが、ここが神浜である事を思い出してその考えを投げ捨てる。

 少し残念な気もしたが…他の連中のソウルジェムも確認すると、その口元に笑みが浮かんだ。

 神浜のドッペルシステムはマギウスの翼に居た時に見た事があったが、至近距離で見るのは初めてだった。

 それに…いろは達が圧倒的な力で蹂躙されるのを見るのも、面白いかもしれない。

 後ろに居る魔女を見る。魔女は全く動かず、感情すらも見せずに秕に従っていた。

 まだ、コイツを投入する時ではないだろう―そう判断した。

 秕は魔女を従えながら、自らが望む瞬間が来るのを待ち続けた。

 

 

 長い時間が経過したが、いろは達は操られた仲間に全く攻撃出来ていなかった。

 ただ只管に攻撃を回避する事しか出来ない。黒羽根が襲撃してきてからはずっと周りを警戒していたし、連戦で疲労していた事もあり、いつしかいろは達の動きは鈍くなっていった。

 何度目かになる激痛に、いろはは呻き声を上げる。躰が言う事を聞かず、ういの攻撃を避ける事も難しくなっていた。

 ういは泣き腫らした目をしながらいろはに攻撃していたが…心無しか、その動きも鈍くなっている様に感じた。

 秕の魔法が弱まっているのだろうか。確か、精神汚染の魔法は時間経過で元に戻るはず。込めた魔力によってその時間は変化するが、魔法が解けかけているのならば幸運だといえるだろう。

 その時、ういのソウルジェムが視界に映りこんだ。それで、いろはは自分の考えが間違っている事を悟った。

 ういのソウルジェムは穢れを溜め込み真っ黒だった。恐らく、秕の魔法が体力を消費させ、穢れの吸収を早めているのだろう。

 このままだと、ドッペルを放出する事になる。ドッペルを発動する際にはソウルジェムの穢れを使う為、魔女にはならない。それは安心出来る事ではあったが…ドッペルは意識して制御しないと暴発する事もあるし、使い過ぎると身体に障害が出る。あまり、使って欲しくはない…というのが本音だった。

 だが、今はそんな事を言っている場合では無い。ドッペルが出たら対応出来なくなる可能性だってあるのだ。

 そう思った時には…既に遅かった。

 

「あ…アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 絶叫と共に、ういのドッペルが放出される。

 見ると、操られていた者は全員ドッペルを出していた。さなが、フェリシアが、ももこが…将来そうなるであろう姿の欠片を放出し、制御出来ずにいろは達に襲い掛かる。

 地響きと衝撃、何かが叩き潰される音。

 そこで…いろはの記憶は断裂した。

 

 

 

 ゴミの様に床に転がったいろは達を見て、秕は嘲笑う様に顔を歪めた。

 矢張りというべきか、ドッペルは強力だった。感情を剥き出しにし、魂を傷付けてまで放出された化け物は禍々しく、同時に美しくもあった。

 ただ、相当に体力を消費したらしい。操られている者は疲労に顔を歪めていた。使い物にならなくなるのも時間の問題だろうし、そもそも魔法がもうすぐで解けてしまう。

 そうなる前に、処分するとしよう。

 

 秕は全員に聞こえるような声で言った。

「ソウルジェムを砕いて、自害しろ」

「な…!」

 その言葉に、全員が目を見開く。

 意識は残してある。だからこそ…その絶望は深いだろう。

「う、うあああ…」

「なんで…こんな…事…」

「くっ…ちくしょう…!」

「いや…いやあああっ!」

 操られた者達が、ゆっくりとソウルジェムに手を伸ばす。

 所詮宝石だ。魔力を込めれば素手でも破壊出来る。

「嘘でしょ…!」

「やめてよぉっ!」

 火事場の馬鹿力といったところか。青髪の魔法少女と扇を持った魔法少女が身を起こし、操られた者達を制止しようとする。

 面倒くさいなと呟きながら、秕はふたりを止めにかかった。元々体力に差があるし、引き剥がすのは余裕だった。

 下腹部に魔力を込めた蹴りを入れてやると扇の魔法少女は悶絶し、動きが止まる。その隙を逃さずにダガーを取り出し、魔力を込めずに先程蹴りを入れた場所に突き刺した。

 血が噴き出し、扇の魔法少女は顔を歪める。荒々しく蹴り飛ばすと彼女の躰はゴム毬の様に吹っ飛んでいった。

 背後から青髪の魔法少女が襲いかかって来る。だが、ダメージの所為か動きが鈍かった。

 振り向きざまに脇腹に蹴りを入れ、突き出された槍を首を傾げて回避。片方の手が自由だったので耳を平手で打ち、隙が出来た所へ腹部にダガーを突き刺し、思いっ切り蹴り飛ばした。

 血の線を作りながら青髪の魔法少女が地面を転がる。これで済んだと思いきや、秕の脚に何かが突き刺さり、痛みが生じた。

「…っ、環いろは…」

「早く、やめさせるように言ってください!こんな事したって、意味は無いのに…」

「アンタらに無くてもあたしにはあるんだよ。もういいや、咲!そこのゴミを掃除しちまいな!」

 秕は今まで動かなかった魔女に叫ぶ。

 その声で、魔女が動いた。譜面で構成されたヒトガタが手に持っていたマレットを振り上げ、ティンパニに叩きつける。

 だが―音は出なかった。その代わり、確かな振動と衝撃により、結界内に居た全員が吹っ飛ばされる。秕にとって不幸だったのは、その衝撃で操られていた者達がソウルジェムから手を離した事だった。

「あたしまで吹っ飛ばすとは…役に立たないヤツめ。おい!とっととソウルジェム砕いて自害しな!」

 秕は手直にいたさなに怒鳴る。

 然し、さなは動かなかった。それどころか、倒れたいろはの元に駆け寄り、助け起こしていた…明らかに、秕の思惑とは異なった行動だった。

「どういう事だ…」

 秕が戸惑った様に呟く。魔法はまだ持続している筈だったが、他のヤツらも自由になっている様だった。

「…あ」

 そこで、いろはが何かに気付いた様に声を上げた。それと同時に、秕もひとつの考えに思い至り、魔女の方を見る。

(まさか…咲がやったのか?)

 咲は生前、鎮静の魔法を使っていた。秕は知らない事ではあるが、その魔法を用いて秕が夏々子と霜華にかけた魔法を解除した事もあった。

 咲の魔法については夏々子から聞いていたが、まさか魔女化してからも効力を発揮するとは…。

 魔女は確実に操っていた筈なので、これは意図せずして起こった事といえる。視界の隅でいろは達が体勢を整え直すのを捉えて、秕の胸に苛立ちが込み上げた。

 

「筋書きに無い事をするなよ…咲…!」

 

 アンタは、どうしてあたしを邪魔するんだ…!

 秕は憎しみを込めた目で魔女を見る。

 魔女は秕など意に介さず、ただそこに鎮座していた。



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因縁の終わり

 …思えば、あたしは咲に裏切られた記憶しかない。

 友達になった時も絶縁した時も…アイツはあたしの期待を裏切り、あたしを見捨てた。

 だから、絶対に許さないと決めた。その顔が絶望に染まり、惨めに死ぬまでは憎み続けると決めた。

 そして…アイツは魔女化して、あたしの下僕になった。その筈だった。

 なのに…咲は…!

 

「なんでアンタは、あたしを裏切るんだ!いつもいつも、あたしを失望させるんだ!」

 秕は魔女に怒鳴る。無論、魔女が返事をする訳もない。だが、怒鳴らずにはいられなかった。

「アンタのせいで、あたしの人生はめちゃくちゃだ!アンタさえいなければあたしはもっと楽に生きられた!どうしてあたしの前に現れたんだよ!どうしてあたしと友達になったんだよ!どうして……あたしを裏切ったんだよ…!」

 声が掠れる。いつもの自分からは考えられない行為だ。それは自覚していた。

 だが、荒れ狂う感情を抑えられない。駄々っ子の様だと何処かで呆れつつも、秕は魔女に対して自分の想いをぶちまけた。

「アンタとなんか…出会わなければよかった。消えてくれよ、今すぐあたしの前から記憶から消えてくれ!とっとと死んでくれ!」

 咲が憎い…その感情は以前から抱いている。ここにきてそれが爆発しただけの事だ。

 実際に咲と対峙した時にもここまで大きな感情を抱く事は無かった。

 自分の計画が狂った事が引き金になり、感情が爆発したのだろう…荒れ狂いながらも、秕の中の冷静な部分はそう自己分析をしていた。

 だが、分析しただけだ。この状態になると、もう制御はきかない。

 秕はダガーを固く握り締め、魔女に近付いた。

 思い切り、魔女の躰にダガーを突き刺す。魔力は込めていない。ただ、この魔女を傷付けたいという一心で得物を振るっていた。

 魔女は動かない。精神汚染の魔法は掛けているので動けないという可能性もあるが、鎮静の魔法が使えるなら自力で解除する事も可能だろう。

 ―或いは、この魔女は元からこういう気質なのかもしれない。魔女が魔法少女だった頃の意識を持っている訳は無いのだが、鎮静の魔法(らしきもの)を使っていたあたり、咲の性質はそれなりに残っているのかもしれない。

 …まあ、そんなのはどうでもいい事だ。秕は只管にダガーを振るい、魔女はそれをただ受けるだけ。魔法少女としては間違っていない姿なのだが、この魔女は秕の味方だったという事を踏まえて見てみると異様な光景ではある。

 実際、いろは達は困惑しているようだった。先刻まで自信満々だった秕がいきなりキレ始め、味方である魔女に攻撃を加えているのだから妥当な反応だといえるだろう。

 攻撃されているのは咲の魔女ではあるが、それは咲とは呼べない、ただのバケモノだ。だから…という訳でも無いが、いろは達は傍観している事しか出来なかった。

 

 

 長い様で短い時間が経過した。

 秕は狂った様に叫びながら、尚も魔女を攻撃している。いつの間にか、彼女の眼には涙が浮かんでいた。

 魔女は全く動かない。だが、ダメージは蓄積されていっている様で、先程まで握っていたマレットを取り落としている。

 恐らく、強力な一撃を加えれば倒れるだろう。いろは達が見てもそう思うのだから、秕が気付いていないはずがない。然し彼女は甚振るかの様にダガーを突き立てるだけだ。

 流石に、見ていられない…いろははそう思った。レナとももこは顔を顰めているし、かえでとういは引き攣った表情を浮かべている。反応は様々だが、みんな気持ちは同じ様だった。

 いろはの躰が視線に動く。

 ボウガンを構え、秕に狙いを定めた。

 秕は気付いているのかいないのか、いろはを気にする様子は無い。

 威嚇射撃でいい、撃って秕を魔女から引き離そう―いろはがそう思い、行動に移そうとした瞬間、

 

 魔女が、マレットを拾った。

 

 秕の動きが一瞬だけ止まる。

 魔女は腕を振り上げ、力強くティンパニを叩いた。

 音は聞こえない。だが、衝撃波が秕を襲い、軽々と吹き飛ばす。

 秕は地面をごろごろと転がり、少し血を吐いた。

 

「さ、咲…テメェ…」

 

 魔女は秕に近付き、再びティンパニを叩く。

 衝撃波と共に秕が吹っ飛ぶ。

 体制を整える間も無く、再び魔女の追撃が。

 …いつの間にか立場は逆転し、秕は魔女にいたぶられていた。

 黒羽根のローブはボロボロになり、フードは脱げている。秕はゴミ屑の様に宙を舞い、吹っ飛び、血を吐いた。

 いろはは咄嗟に魔女に向けて矢を放ったが、魔女が動じる様子は無い。只管に、恨みを晴らすかのように秕を攻撃している。

 

「…っ、グァ……さ、き……この、野郎…」

 

 何度目かの攻撃を受けた後、秕は忌々しげに血の混じった唾を吐き捨て、魔女を見据えた。

 

「…死んじまえ…アンタなんて、あたしの世界に必要ない…!」

 

 秕のソウルジェムは度重なる魔法の行使とダメージによって真っ黒だった。

 そして、

 

「殺す… 殺す……… 殺すッ!

 

 絶叫と共に、秕の長い髪が変化を始める。

 現れたのは、黒い藁人形。両腕からは鎖が垂れ下がっており、小さな鳥籠が揺れていた。

 鳥籠の中に入っていたのは、秕と咲を模した人形。そのドッペルは、秕の咲に対する憎悪と執着の証だった。

 

「くたばれ!咲!」

 

 ドッペルが鳥籠を振り回す。

 魔女は鳥籠にぶん殴られ、横倒しになった。

 すかさず藁人形が解け、無数の髪の毛となって魔女を拘束し、圧迫する。

 何かが潰れる音がした後、ドッペルは静かに消滅した。

 

「…は、はは」

 

 秕は乾いた笑いを漏らす。

 やった、ついにやったのだ。

 あたしは、咲を殺した。

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 

 乾いた笑いが狂気的なものへと変化していく。

 湧き上がる感情は、歓喜か安堵か…それは分からないが、秕は兎に角笑った。

 

 ―瞬間、その頭にマレットが振り下ろされた。

 

「あ う゛ぁ」

 

 笑い声とも呻きともつかない奇妙な声と共に、秕の躰は潰された。

 じわりと、血溜まりが拡がる。

 

「な ん で」

 

 その状態でもまだ生きていた秕は…目の前に佇む魔女の姿を見て、そんな声を漏らした。

 魔女は生きていた。瀕死で、今にも死にそうになりながらも…秕を道連れにしようとするかの様に、マレットを振り上げている。

 それを見た秕は、引き攣った様な笑顔を浮かべながら呟いた。

 

「やめろよ、咲… あたし達は…()()()()だろ?」

 

 …その言葉を言い終わったと同時にマレットが振り下ろされた。

 モコモコしている筈のマレットは血に染まり、それは秕の躰を肉片と血溜まりへと変えてしまった。

 肉片には宝石の欠片がへばりついている。それは、秕が絶命した事を示していた。

 魔女はマレットを床から離し、秕が絶命した事を確認する。

 それからゆっくりと横倒しになり…そのまま消滅した。

 誰も何も言えなかった。

 

 

 結界が緩やかに消滅していく。

 いろははまだ呆然としていて、思考が上手く纏まっていなかった。

「…終わった、のか?」

 フェリシアが呆然と呟く。それを受けてさなも「終わり、ましたね…」とちいさな声で呟いた。

「いろはちゃん…」

 ももこが複雑な表情でいろはを見る。

 この事件がどれだけの犠牲を生んだのか、詳しい事は分からない。だが…少なくともふたり、犠牲になってしまった。ももこはそれを悔いているのだろう。

 勿論、いろはも同じ気持ちだった。

 自然と溜息が漏れる。複雑な心中とは裏腹に、警戒を解いた躰は休息を求めていた。

 ともかく、これで終わったのだ。そう思って全員が気を緩めた、その時…。

 

「えっ」

「新しい魔力反応!?」

「こっちに近付いてくるよ!」

 

 全員が魔力反応を感知し、警戒する。

 それと同時に新たな結界に呑み込まれた。

 目の前に広がるのは廃墟の遊園地、多数の着ぐるみが横たわるその中央で、醜悪なメリーゴーランドが何かを喰らっていた。

 そして、メリーゴーランドのすぐ近くには見慣れた少女の頭が転がっていた。

「…え?」

 それを見たいろはは硬直する。

 …何故、咲の頭があんな所にあるのだろう。

 魔女が咀嚼しているナニカと、その近くに転がる咲の頭…考えたくないのに、ひとつの考えが頭の中に浮かんでくる。

「咲ちゃん…あの魔女に食べられたの…?」

 かえでが震え声で言う。隣でういが吐きそうな顔をしているのに気付き、いろはは彼女の背中をそっと撫でた。

 食事を終えた魔女が咆哮し、こちらを向く。

 まだ、何も終わってはいなかった。



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祭りのあと

「これは…」

「酷いな…」

「…間に合わなかったのね」

 

 不意に、魔女の向こう側から声が聞こえた。結界に入り込んでいた魔法少女だろうと思い、いろはは大声で叫ぶ。

「誰かいるんですか!?」

「その声は…アンタ、まさか環いろはかい?」

 そんな声と共に、魔女の頭上を何かが跳び越えた。次いで、みっつの影がいろは達の横に着地する。

 影はいずれも魔法少女だった。真っ青なバイクスーツを着た少女と、紫色のローブを纏う少女、そして、パンツスーツに二丁拳銃という何処ぞの諜報員の様な服装の女性だった。

「あなた達は…?」

 やちよが訊くと、パンツスーツの女性が名乗った。

「日向美雪。冬天市の魔法少女だよ、それでこのふたりが…」

「生方夏々子。よろしく」

「…水無月霜華」

 ローブの魔法少女とバイクスーツの魔法少女もそれぞれ名乗る。そのうちのひとり、生方夏々子の声に聞き覚えがあったいろはは、「もしかして、あの時咲ちゃんの携帯を使っていたのは…」と呟いた。

「よく覚えてたね」

 夏々子は感心した様に言った。あの時というのは、咲が秕に重傷を負わせられた時の事である。

「そういえば、ここってやっぱり神浜だったりする?」

 夏々子が訊ねると、鶴乃が「そうだよ」と答えた。

 それを聞いた霜華が自分の近くに転がっていた肉塊を一瞥し、それから呟く。

「…やっぱり、秕は神浜に居た」

「みたいだね…ねえ、環いろは」

 夏々子はいろはを見て、真剣な口調で言った。

「悪いけど手伝ってくれるかな。コイツ、秕が支配してた魔女なんだけど強くてさ…アタシ達じゃ手に負えないんだ」

「魔力が衰えてなければこんなヤツに遅れをとる事もなかったんだけど…」

 美雪が歯痒そうに呟く。霜華も無言で頷いたが、その顔には疲労が浮かんでいた。

「…アイツ、咲を喰って回復したみたいだしね…アタシ達はもう無理だ」

 夏々子は溜息をついて頭を搔いたあと、「勿論、タダでとは言わないよ」と言った。

「アンタ達、秕に襲われたんだろ…それについて、アタシ達が知ってる事なら何でも話すよ」

「…ちょっと待ってよ。アンタはアイツの仲間な訳?」

 レナがそう訊くと、夏々子は霜華と顔を見合わせてから頷いた。

「…美雪さんは違うけどね。アタシと霜華が秕に協力してたのは事実だ」

 そこら辺の説明もちゃんとするよと言って、夏々子は魔女の方を向いた。

「とりあえず、あのデカブツをどうにかしないと」

「…分かりました。みんなも、それで大丈夫ですか?」

 いろは達とて疲労がない訳では無い。だが、それでも全員が頷いた。

 それを見た夏々子は弱々しい顔で「…助かるよ」と言った。

「アイツの弱点は口の中だ…悪いけど、アタシは少し休ませてもらうよ」

「…私はまだ大丈夫。協力する」

 霜華はそう言ってから、お前はどうなんだという顔で美雪を見た。

「勿論、私は行くよ。今度こそ、あの魔女と決着をつけなきゃだし」

 美雪は苦笑しつつも拳銃をクルクルと回してみせる。

 それで話は纏まり、夏々子以外の全員が得物を構え、魔女と激突した。

 

 

 戦闘はほぼ一方的なものとなった。

 使い魔は一掃されていたし、敵は子喰いの魔女のみだ。人数差がありすぎるという事もあり、魔女の攻撃を喰らったのは数える程だった。

 かえでが蔦で魔女を拘束し、そこを全員で攻撃する。攻撃しようにも、フェリシアの忘却魔法で忘れてしまう為、魔女は中々攻撃出来ていなかった。

 いくら子喰いの魔女が強いとはいえ、神浜の魔法少女は普段から強い魔女と戦っているため、その点では冬天市の魔法少女よりも経験がある。冬天市最強と謳われる水無月霜華でも、やちよには勝てないと後に言っていた事からも、神浜と冬天の格差が伺えた。

 とはいえ市外の魔法少女―美雪と霜華もかなり暴れていた。美雪は固有魔法を駆使して全体の動きを把握し、司令塔の様な役割を果たしていたし、霜華は「既視感」の固有魔法が発動したのか魔女の攻撃をひょいひょいと避け、バイクで突っ込んだり拳銃を発砲したりと大暴れしていた。恐らく、殆どの攻撃は霜華によるものだろう。

 

 長い様で短い時間が過ぎた時、魔女は横倒しになり、口を大きく開けて舌をだらんと出していた。

 美雪がそこに拳銃を突っ込み、魔力を込める。

「終わりだよ、これで…」

 そう呟いた後、美雪は躊躇なく引き金を引いた。

 銃弾が魔女の躰を貫き、魔女は消滅する。

 後にはグリーフシードがひとつ、残されていた。

 結界が消滅し、辺りの風景が真夜中の公園へと戻る。それを見届けて、今度こそ全員が警戒を解いた。

 と、夏々子が何かを見つけたらしく、しゃがんで「それ」を拾い上げる、

 手に持った物をまじまじと見つめた後、いろはに向かって投げ渡してきた。

 いろははキャッチしたものを見る。

 それは、咲が変化した魔女―ティンパニの魔女のグリーフシードだった。

 それを見た瞬間、自然と涙が零れ落ちた。

 短い間とはいえ、一緒に過ごしていた友達が死んだのだ。しかも、操られていた死体に矢を撃ち込んだのはいろはだった。飛び散る脳漿とグラリと揺れて崩れ落ちる躰を思い出し、吐き気を覚える。

 過去に囚われていたけれど、やっとそこから抜け出して、新しい生活を始めるはずだったのに。

 これから、たくさんの思い出を作る筈だったのに…。

 

 暗く沈んだ空気が全員に伝播していた。

 酷く、気分が重かった。

 

 

 咲の頭部と秕の遺体をそのままにしておく訳にはいかなかったが、もう夜も遅いので、警察に連絡したら別のトラブルまで招きかねない。

 そこで美雪が「私が警察に通報して適当に事情を話しておくよ」と言った。迷惑をかけるのは申し訳なかったが、美雪はこの中で唯一成人済みだ。彼女に任せるのが最適だという意見に落ち着いた。

 日付は既に変わっている。怒られそうだなぁとももこがぼやき、それを聞いたレナとかえでが青ざめていた。

 終電もとっくに出ていた。警察と話す美雪は兎も角、夏々子達はどうするのか聞いてみると、帰ろうにも帰れないから適当な所で野宿するという返事が返ってきた。「よかったら泊まる?」とやちよが提案したが、「アタシ達はまだアンタ達の敵にあたるわけだし、遠慮する」と夏々子が固辞した。やちよはそれでも納得していない様子だったが、夏々子が言っても聞かない事を悟ると漸く諦めたようだった。いろはや鶴乃も説得したが、夏々子と霜華が意見を変える事はなかった。

 この事件に関わったマギアユニオンのメンバーに向けて、事態の終息を告げた後、後日に事情説明を行う事を約束して、いろは達は解散した。

 みかづき荘に戻り、交代でシャワーを浴びる。食事をする気力も無かったので、全員が浴び終わると直ぐにベッドに潜り込んだ。

 眠れないと思っていたが、直ぐに睡魔がいろはを包み込んだ。

 

 …こうして、ささやかな騒擾は終わりを迎えた。

 

 

「君たちはこれからどうするの?」

 いろは達が帰った後、美雪が夏々子と霜華に訊いた。

「水無月さんはバイク持ってるし、帰ろうと思えば帰れそうだけど」

「…どうせ近日中には事情説明をしなくちゃだし、今から帰るのも面倒」

 霜華はぶっきらぼうに言った。

「美雪さんこそ大丈夫なの?」

 夏々子が訊くと、美雪は頷いて、「慣れてるから大丈夫」と言った。

「ならいいけど…霜華は?」

「寝れないし、バイクに乗る」

 霜華はそう答えた後、夏々子を見て、

「…乗せようか?」

 と言った。

「いいのかい?」

「ああ」

 確かに夏々子も眠れなかったし、その提案は有難かった。

「じゃあ、お願いするよ」

 夏々子の答えに霜華は頷く。

「…じゃあ、行こう」

 霜華は魔力でヘルメットを作ると、夏々子の頭に被せる。

「ちょっと待って。美雪さんと連絡先交換しておきたい」

「確かにそうだね」

 夏々子は美雪と連絡先を交換した後、バイクに乗った。霜華の胴に手を回し、「準備できたよ」という。

 霜華は頷き、バイクを急発進させた。

 美雪の姿がみるみる遠くなっていく。

 

 秕が死んで、咲も死んだ。

 知り合いがふたり死んだが、悲しみはまだ無い。

 だが、そのうちに湧き上がってくるだろう。

 それまでは何も考えずにバイクに乗っていようと、そう思った。

 

 ふたりを乗せたバイクは、夜の闇の中を走り続けた。

 夏々子も霜華も、ずっと無言だった。




次回、「ある少女の物語」最終話です。


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ある少女の物語

最終話です。


 事件から1ヶ月が経過したある日の事。

 環いろははとある場所に向かう為、イヤホンで音楽を聴きながら歩いていた。

 あの事件の後、特に何かが変わったという事はなかった。神浜はまた新たな驚異に直面しつつあるが、それはあの事件とは無関係であって、事件が齎したものは何も無いといえる。

 強いて言うならば、人が何人か死んだという事実が世間に広まっただけだ。そんな事がこの世界に及ぼすものなんて、何も無い。

 美雪の通報によって咲と秕の死は世間が認知する事となった。だが、事件の捜査はあまり進んでいないという。頭部しか見つかっていない遺体と、肉塊と化した遺体…ふたりに何が起こったのか、想像出来る者は居なかったからだ。

 また、時を同じくして冬天市でも大きな事件が起こっていた。冬天中学校の吹奏楽部員と顧問、そして森岡誠司の遺体が中学校の音楽室で発見されたのだ。

 吹奏楽部に何があったのか、どうして無関係な森岡の遺体があったのか―この事件を説明出来る者も居ない。警察は森岡の犯行と捉えた様だが、凶器は見つからず、仮説を裏付ける証拠も無い。

 咲の遺体と同じく、頭部のみが残されていた事や、咲と秕が冬天中の吹奏楽部に所属していた事もあってか、ふたつの事件を絡めて捜査するという動きも見られた。だが、これといって大きな収穫は無く、事件はこのまま迷宮入りするだろうと思われる。

 他にも、秕が操っていた黒羽根の遺体が発見されたりもしたが、そちらは事故として処理された様だった。

 咲の死は通っていた学校―神浜市立大付属学校にも伝わったが、在籍していた期間が短く、親しい友達も余りいなかったという事もあり、大きな話題になる事はなかった。

 1ヶ月が経過した現在では、事件の事などほぼ忘れ去られている。

 人の死など、その程度のものなのだ。

 

 

 夏々子や霜華、美雪とは事件の翌日に会い、今回の事件に関わった者も含めて事情説明が行われた。

 それにより秕が今回の件の主犯格であると断定され、魔力の痕跡などから夏々子と霜華はただ操られていただけという結論に至った。

 夏々子は「アタシは秕のやる事を黙って見てたんだ。罰を受ける必要がある」と主張していたが、結局これといった罰は受けなかった。ただ、本人はマギウスの翼として動いていた事実も踏まえて「今後二度と神浜には現れない」と宣言した。

 霜華は「…特に用は無いし、神浜に行く必要もないから」と言い、美雪も「後輩が待ってるから」とそれぞれ神浜から去っていった。

 

 こうして、事件の前と殆ど変わらない日常が続く事となった。

 

 

 いろはが歩いていると、前から茶髪の男性が歩いてきた。以前、万々歳で見た事がある顔だった。

 向こうもいろはに気付いたらしい。「奇遇だなぁ…確か環さんだったか」と言いながら此方に近付いてきた。いろははイヤホンを外し、会釈をする。

「こんにちは。えっと…皆本さん、でしたよね」

「覚えていてくれたのか」

 男性―皆本慎也は嬉しそうな顔をして、それから「…そうだ。ちょうどキミと話をしたいと思っていたんだよ」と思い出した様に言った。

「今、忙しいか?」

「…いえ、大丈夫ですよ」 

 いろはが少し緊張しながら言うと、慎也は近くにあった自動販売機で缶コーヒーを二本買い、一本をいろはに投げて来た。

「そんなものしか買えなくて悪いけど、良ければ話を聞いてくれないか。立ち話になっちまうけど」

 慎也は以前会った時とは違い、真剣な表情をしていた。

 いろはが頷くと、慎也は「ありがとう」と言って、それから神妙な顔になった。

「咲ちゃん…死んじまったんだってな」

「はい…」

 咲の死は、慎也もニュースを見て知っていたのだろう。…勿論、彼の親友である森岡の死の事も。

 だが、その後に慎也が言った言葉は予想だにしないものだった。

「…それも、()()()()()()()()()なんだろうな」

「はい……えっ?」

 いろはは驚く。

 自分が知る限り、慎也は一般人の筈だ。そんな彼から魔法少女という言葉が出てきた事に違和感を感じた。

 慎也は此方を向くと、「やっぱり知っていたか」と言った。

「…どうして、皆本さんが魔法少女の事を?」

「セージの葬式をする時にアイツの好きなものを棺に入れてやろうと思ってな、部屋に入ったんだよ…そしたら、机の上にこれが置いてあったんだ」

 慎也は持っていた鞄から一冊のノートを取り出した。表紙には「魔法少女について」と書かれている。

「…最初はアイツの創作だと思った。だが、読んでいくうちにそうじゃないって分かってきたんだ」

 慎也が見せてくれたノートの内容は、魔法少女についてのまとめだった。かなり細かい部分まで記述してあり、神浜のドッペルシステムの事も書かれている。

 暫く読み進めると、文体が小説調に変わった。

「これは?」

「オレ達が高校生の時に起きた事件の記録らしいな。その事件でセージの恋人とその姉貴が死んだんだが…どうやらアイツらも魔法少女だったらしい」

 ノートの最後には、魔法少女の名前が記されたリストがあった。街ごとに分けられており、冬天市の項目には咲や秕の名前が、神浜の項目にはいろはや鶴乃、フェリシアの名前があった。

「森岡さんは、なんでこんなものを…」

「さあな。アイツの考えはよく分からねぇけど…でもきっと、アイツは魔法少女の事を世の中に知ってもらいたかったんじゃねぇかな」

 慎也はそう言って、缶コーヒーに口をつけた。それから少し考える素振りを見せた後、いろはに言った。

「…それ、もし良ければ持っていてくれないか?」

「でも、森岡さんのものですし…」

「オレみたいなヤツより、キミが持っていた方がいいと思うんだ。こんな内容、世間に発表した所で妄想の産物だって思われるだけだろうし、それに…」

 そこで慎也は表情を曇らせた。

「…オレみたいな一般人が関わる事じゃないような気がするんだ。力になりたい気持ちはあるけど、でもそれだけじゃ何も出来ない…いい方法も思いつかなかったし、ならいっその事魔法少女に託した方がいいなと思ってさ」

 慎也はそう言った後、慌てて「迷惑だったらごめんな」と言った。

「いえ、そんな事はないですよ。皆本さんがいいなら、私が預かります」

 いろはが言うと、慎也はどこか済まなさそうに「ありがとな」と言った。

 

 …後に、そのノートは魔法少女の事を世間に伝えようとする少女の手に渡る事になる。

 だが、それはまた別の話だ。

 

 

 慎也と別れた後、いろはは目的地―新西区の公園に到着した。

 そこは初めて咲が魔法少女である事を知った場所であり、咲を過去の呪いから解放した場所でもあった。いわば、思い出の場所だ。

 特にこれといった用事は無い。なんとなく来ただけだった。ベンチに座り、イヤホンから流れる音楽に浸りながら、いろはは目を閉じる。

 咲の葬式には出席したが、お墓参りには行けていない。今度時間があったら行こうと、そんな事を思う。

 …こうしていると、果たして琴音咲は本当に存在していたのかという考えが浮かんでくる。彼女と過ごした時間は短くて、何も齎さないまま終わってしまった。学校でも、友達との会話でも咲の話題になる事は殆どない。それが悲しい事だとは思うけれど、魔法少女とは、そうやって忘れ去られていくものなのだという諦念もあった。

 もしかしたら、森岡が魔法少女についてのノートを遺したのも、魔法少女の事を忘れて欲しくないからなのかもしれない。そう考えると納得がいくような気がした。

 …せめて、自分が生きている間は事件の事を忘れない様にしよう、と思った。

 誰も知らない物語だとしても、いろはだけは覚えていようと。

 それが誰の為になるのか分からないけれど、それでも忘れ去られるよりいいはずだ。

 だから、琴音咲と吹綿秕の物語は確かに存在していた事を覚えていよう。

 ぼんやりと、そんな事を思った。

 

 

 ―冬天市

 

 いつも通りの日常、変わらない日々。

 今日も、ふたりの魔法少女が魔女退治を終え、家に帰る為に歩いている。

 

「なぁ、霜華」

 

「…なに?」

 

「アタシ達、これからどうするか」

 

「どうするって?」

 

「言葉の通りだよ。美雪さんは陽ヶ鳴に戻ったし、入院してた安藤ってヤツも退院していつも通りの日常を過ごしている。もうあの事件は終わったんだよ」

 

「…それが?」

 

「なんていうかさ、アタシ達だけが未だに踏ん切りついていないっていうか…」

 

「そう?私はそうは思わない」

 

「かなぁ…アタシはたまに秕の事思い出して後悔してるけど」

 

「過去を振り返る事は悪い事では無いし、忘れるよりずっといい事だと思うけど」

 

「……まあ、そうだよね」

 

「それとも、今のコンビを解散する?そうすればあの事件に関わったものはあなたの周りから消えると思うけど」

 

「…いや、やめとくよ。せっかく新しい相方が出来たんだ。映えある生と唯一無二の死だっけ?アンタがそれを見つけられるまではついて行く事にするよ」

 

「……そう」

 

 そこで会話が途切れ、暫くした後にまた始まった。

 

「…なぁ、霜華」

 

「なに?」

 

「過去の傷を癒すのはなんだと思う?」

 

「時間。それ以外に術はない」

 

「…じゃあさ、秕はもう少し時間があれば、咲を許して、忘れる事が出来たと思うか?」

 

「…さぁ。それは私には分からない」

 

「…まあそうだよね」

 

「…でも、時間では癒せない傷もある」

 

「秕はそういう傷を負ったって事か?」

 

「そうかもね。そもそも…」

 

「そもそも?」

 

 そこで会話が途切れる。

 少し経ってから、ひとりの魔法少女が呟くように言った。

 

「…傷は癒せても、記憶は残るから」

 

「だから忘れる事なんて出来ないと」

 

「そういう事」

 

「…………」

 

「…………」

 

 再び会話が途切れる。 

 それきり会話が再開される事は無く、ふたりは家路を辿っていった。

 

 

 

        【おしまい】




本編はこれでおしまいとなります。
量も質も全く無い駄文ではあったけれど、何とか最終話まで続ける事が出来ました。正直言って「途中で失踪するやろ」と自分でも思っていただけに、ここまで続けられた事が驚きです。
次回作…というか、この話の続編みたいなもの(直接の続編では無く、世界観が同じというだけ)は一応考えていて、投稿しようとも思っています。
恐らくいつも通りの駄文になるとは思いますので、読んでくださいとは言えませんが…また別の作品でお会いできたら幸いです。

何はともあれ、読了ありがとうございました。


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魔法少女ストーリー
琴音咲編 第1話『独奏』


魔法少女ストーリーです。
一人の魔法少女につき3話程度を予定しています。
尚、相変わらず一話の文章量は短めです(2000〜3000字程度)


叶うなら 時計の針巻き戻して

笑っていよう

この空の向こうでも いつまでも

星の輝く 遠いあの世界でも

――――UNICORN「4EAE」より(作詞:川西幸一 作曲:ABEDON)

 

 

 

 「それ」が出てきたのは、部屋の掃除をしていた時の事だった。

 埃を被ったドラムスティックと、チューナー、パーカッションの教則本、そして―一冊のファイル。

 懐かしい品々に、掃除の手を止める。

 それは―わたしが幸せだった頃の欠片だった。

 スティックは先が削れているし、教則本は書き込みで一杯になっている。ファイルの中は、ボロボロになった楽譜で一杯だった。

 見れば見る程、思い出が溢れ出てくる。

 それと同時に、耐え難い後悔も。

 もしもあの時、わたしが選択を間違っていなければ…そんな事ばかりを考えて、気分はどんどん沈んでいく。

 

 もう、あの頃には戻れない。

 後悔しても遅いのに…。

 

 どうして、わたしの目からは涙が零れているのだろう?

 

 

 中学生になって直ぐ、わたしは吹奏楽部に入部した。

 当時通っていた中学校―冬天中学校は部活数が少なく、文化部は吹奏楽部と美術部しか無かった。運動は苦手だったし、絵よりは音楽の方が好きだった事もあり、割とあっさり決めた事を覚えている。

 そして、入部初日。

 わたしは緊張しながら顧問の先生の話を聞いていた。

 見れば、緊張しているのはわたしだけらしく、他の新入部員は気楽な態度で話を聞いている。わたしだけが特別臆病なのか、それとも皆が気楽すぎるのか…明らかに前者だった。

 先生の話が終わると、早速「適正テスト」が始まった。これは所謂楽器選びで、全てのパートの楽器を試した後、本人の希望と適性を元に先生と各パートリーダーがその人の楽器を決定するというものだった。

 わたし達は二日間掛けて全ての楽器を試し、結果発表の日がやってきた。わたしは特にやってみたい楽器は無かったけれど、吹いていて楽しかったフルートパートを希望していた。

「琴音咲」

 名前を呼ばれ、立ち上がる。

「パーカッションパート!」

 視界の隅で、パーカッションパートの先輩達が笑顔になったのを見ながら、わたしは驚いていた。

 パーカッションは木琴を叩いたりドラムロールをしただけで、正直言って印象が薄かった。ドラムロールも粒が揃わず、上手いとは言い難い出来だったので、パーカッションパートになるとは思わなかったからだ。

 そんなわたしを他所に、結果発表は続いていった。

 

 それから暫くして、ある名前が呼ばれた。

「吹綿秕!」

 無言で立ち上がったのは、ボサボサ髪の女の子だった。目には覇気がなく、眠そうに見える。

「パーカッションパート!」

 視界の隅に映る先輩達が、今度は余り嬉しくなさそうな顔をしていた。貧乏くじを引き当てたと言わんばかりの顔だ。

 女の子―吹綿さんは静かに着席すると、ぼんやりと宙を見詰めていた。

 彼女は全てに興味がないという様な目をしていて…何故かその目が印象に残った。

 

 

 パートが決まった後は、基礎練習と応援歌の練習を並行してやっていた。

 応援歌の中でわたしが担当しているのは、マリンバ…木琴とタンバリンだ。パーカッションといえばドラムやティンパニ、木琴や鉄琴といったイメージが強いけれど、タンバリンやトライアングル、マラカスなどもパーカッションが担当していたりする。使う楽器は曲によって変わるけれど、ドラムやティンパニを除けば単一の楽器を使い続けるという事は少ない。曲の途中で楽器を変える事はよくある事だった。

 といっても、応援歌のリズムは簡単なものだ。だから直ぐに覚える事が出来たのだが…問題が一つあった。タンバリンのロールが出来ないのだ。

 ドラムロールというものがあるように、タンバリンにもロールがある。わたしが先輩に教わったのは、親指の腹でタンバリンの縁を擦り、それで振動を起こすというものだった。

 だけど、これが中々難しい。まず滑っていかないし、滑ったとしても振動しない。

 単なる技術ではなく、ちょっとしたコツの問題なんだろうけど…他の事が上手く出来ていただけに、出来なかった事が悔しかった。

 悩んで、先輩に聞こうかと思っていた時、いつの間にか吹綿さんが隣にいる事に気付いた。

「ど、どうしたんですか…?」

 吹綿さんと話した事は一度も無かった。彼女はいつも不機嫌そうで、同学年の子や顧問の先生さえも彼女には極力近付かないようにしている様に見えた。

 とはいえその実力は当時から抜きん出ており、基礎練習を完璧にこなし、渡された楽譜も直ぐに暗譜していた。やる事が無くなってしまったので部活に来ない日もある程だ。

 吹綿さんはわたしをじっと見て、わたしが持っていたタンバリンを取り上げた。

「あ…」

「…タンバリンのロールは、指を湿らせるといい」

 そう言うと、タンバリンの縁に親指を走らせる。連鎖した音が、耳に届いた。

「手汗症の人間はロールを成功させやすい傾向がある。最も、アンタは違うようだけれど」

 吹綿さんは素っ気なく言うと、わたしの手にタンバリンを押し付けた。

「あ、ありがとう…」

 わたしは掠れた声でお礼を言う。

 彼女はそれには応えず、何事も無かったかのように鞄を持ち、音楽室を出ていった。

 

 

 下校時刻になり、片付けをしていた時、わたしはパートリーダーに呼ばれた。

「わ、わたし…何かしてしまったでしょうか…」

「いや、別に怒るわけじゃないし、そんなにビクビクしなくても…」

 パートリーダーはそう言って苦笑した。

「琴音はさ、吹綿の事どう思う?」

 いきなり訊かれて、わたしは返答に困った。吹綿さんと話したのは今日が初めてだったからだ。

「えっと…なんというか、凄い人だと思います。才能があるというか…」

「やっぱりそう思うよな…アタシもこれまで色々な子の演奏を見てきたけれど、吹綿の演奏技術は抜きん出ている。なんでこんな学校に来たのか疑うレベルだよ」

「は、はぁ…」

 パートリーダーが何を言いたいのかが掴みきれず、わたしは相槌を打つことしか出来ない。

「…でもね、彼女には協調性ってもんがない…それは琴音も分かっているだろう?」

 確かにそうだ。彼女は孤立しており、部活内では必要最低限の会話しかしない。例外はパートリーダーで、彼女は吹綿さんに気軽に話しかける事が出来る唯一の人物だった。最も、いつも無視されている様子だったが…。

「…はい」

「…やっぱり、二年後のパートリーダーはアンタしかいないな」

「えっ」

 わたしは驚いた。まだ入部したばかりなのに…。

「アタシは夏のコンクールで引退だ。その後は二年が継ぐ事になるが…その二年も引退したら、アンタらの世代になる。アタシは今からそれが気がかりでなぁ」

 パートリーダーは苦笑して、それからわたしの肩をポンと叩いた。

「まあ、吹綿と仲良くしてやってくれな。何となくだけど、アンタならアイツの友達になれる気がするよ…知ってるか?アイツが自主的に話しかけたのは、アンタが初めてなんだぜ」

 そう言ってパートリーダーは去っていった。

 

 吹綿さんの友達になる。

 その時は実感が湧かなかったけれど、それから少し経った後に起きた「ある出来事」をきっかけとして、わたし達は友達になった。

 

 …今思えば、その瞬間からわたしの運命は大きく変わる事になったのだ。




時系列としては、咲が神浜に来る直前の話となっています。


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琴音咲編 第2話『二重奏』

 入部から二ヶ月が経ったある日の事。

 ここの所、先輩達はコンクールの練習で忙しく、わたし達一年生は個人での練習が続いていた。…ただ一人、吹綿さんを覗いて。

 基本的に、一年生はコンクールには出られない。だが演奏する曲に対して先輩達の人数が足りない時は例外的に出られる場合がある。今回はそのケースで、パーカッションの人数が足りなくなったのでわたしと吹綿さんのどちらかが出られる事になったのだ。

 演奏技術でいえば吹綿さんの方が上だが、人柄でいえばわたしの方がマシ…という事で先輩や先生の意見は割れた。金賞を確実に獲りにいきたい人達は吹綿さんを推したが、単純に最後のコンクールを思い出深いものにしたいという人達はわたしを推した。

 当事者であるわたし達の希望も聞かれて、吹綿さんはただ一言「めんどい」と答えていた。

 そしてわたしは…吹綿さんを推した。

「何故彼女を?」

 わたしの言葉を聞いた先生と先輩達は驚いた様子で声を上げた。確かに一年生からコンクールメンバー入りなんて、偶然だとしても名誉な事だ。

 だけど…。

「…正直に言って、今から練習しても仕上げられる自信がありません。それに、吹綿さんの技術なら確実だと思います」

 わたしだってコンクールに出たい気持ちはある。だけど、わたしでは役不足なのだ。

 この状況において適任なのは、吹綿さんだ…わたしはそう思っていた。

「…ううむ、まあ、琴音がそう言うなら…」

 先生が唸りながらそう言った時、話を聞いていた先輩達の中から非難する様な声が上がった。

「そんな事言ってるけどさぁ、本当はやりたくないからそう言っているだけなんじゃないの?」

 声を上げたのは三年の先輩だ。クラリネットパートのパートリーダーで、意地が悪いからと他の先輩や後輩からも嫌われていた人だった。

 先輩は鋭い目付きでわたしを見て、侮蔑の言葉を吐き出した。

「仕上がらないだとか、もっともな理由をつけて逃げているだけじゃこの先やっていけないよぉ?ま、一年のミスとかで金賞逃すのも嫌なんだけどねー」

「おい…」

 先生が制止しようとするが、先輩はお構い無しに続ける。

「その吹綿ってコは嫌われ者だし、全責任をソイツにおっ被せればいいとでも思ってるんてしょー?」

「え、ち、ちが…わたし、そんな事は…」

 予想外の言葉に、わたしはしどろもどろになってしまう。まさかこんな事を言われるなんて…。

 …だけど、先輩の言う通りなのかもしれない。わたしは何処かで吹綿さんに責任を押し付けようとしているだけかもしれない。

 最悪だ。

 最低だ。

 なんで、こんな……。

 

「わ、わたしは……」

「何言ってんのさ」

 

 不意に、吹綿さんが声を発した。その視線は先輩に向けられている。

「ソイツを罵倒するのは間違いなんじゃないの?」

「はぁ?外野はすっこんでなよ」

「外野じゃないし。その琴音ってヤツはアンタらの事を考えて身を引こうとしてるんだよ。訳分からない事言ってないで感謝の言葉でも言ったらどう?」

「………ッ!」

 容赦無い言葉に、先輩の顔が真っ赤になる。他の人達はわたしを含めて呆然としていた。

 吹綿さんは先生に目を向け、仕方が無いという口調で言った。

「あたしが出よう、それでいいだろう?」

「あ、ああ…」

 先生はまだ少し呆然としながら頷いた。

 結果、コンクールには吹綿さんが出る事になった。彼女は不平や不満を一切言わず、練習に励んでいるらしい。

 お礼を言わなきゃな…そう、思った。

 

 

 数日後の昼休み、わたしは音楽室を訪れた。図書室で本を借り終えるとやる事が無くなってしまい、かといってこのまま昼休みを終えるのもどうかと思った。なら練習でもした方が今後に繋がるのではないかと思っての行動だった。

 音楽室には誰も居ない。部室(という名の楽器置き場)に置いてあるスティックを取り出そうとして、ボロボロになっているドアを開けようとした瞬間、内側から勢いよくドアが開けられた。

「きゃっ!」

 わたしは思わず飛び退いた。中から出て来たのは吹綿さんで、わたしを眠そうな目で見ると…またドアを閉めた。

 これは…拒絶されているのだろうか。

 試しにコンコンとドアをノックしてみると、吹綿さんが顔を覗かせて「なに」と不機嫌そうな声色で言った。

「え、えっと…スティックを取ろうと思って…」

 上擦った声で言うと、ドアが開いた。

 部屋の中は打楽器でいっぱいで、その中に吹綿さんが座り込んでいる。その手には文庫本があった。

(気まずい……)

 このままスティックを取るのもどうかと思うし、そもそもわたしはこの前のお礼を言っていない。だから吹綿さんの方を向くと、彼女はまだ何かあるのかという目でわたしを見た。

「え、えっと…この前は助けてくれてありがとう」

「別に」

 素っ気なく言うと、文庫本に視線を移す。

 また気まずい空気が立ち込めた。

(どうしよう…)

 これは、好意的な反応なのか。それとも煙たがられているのか…明らかに後者な気がする。

 こうなったら、素早くスティックを回収して出て行くしかない…そう思い、実行に移そうとした瞬間、お腹が鳴る音が聞こえた。

 ハッとして自分のお腹を見るが、わたしでは無い。というかさっき給食を食べたばかりだ。

 という事は…。

「…お腹、空いているの?」

「……………」

 吹綿さんは無言でわたしを睨んだ。

「給食は…?」

「…食べていない。金が無ければ、飯すら食わせてくれないんだからいい所だよ」

 彼女は唇を吊り上げて皮肉を言った。

 金が無い…つまり、給食費を払えないという事だ。

 この時点で、わたしがやるべき事は決まっていた。

「じゃあ…」

「…?」

「明日、何か作ってくるよ」

 この時になって初めて、彼女の目に驚きの色が生まれた。

「何を言っているんだ?」

「流石に今日は無理だけど…明日、何か作って持ってくるよ。この前のお礼もしたいし」

「…お前、馬鹿なのか?それが教師にバレたらどうなるのかは分かっているだろう?」

「だからって、放っておけないよ」

「………」

 吹綿さんが黙った瞬間、チャイムが鳴った。練習は出来なかったけれどそれ以上に大切な事をした気がする。

 私は吹綿さんと別れて、教室に戻った。

 部室にひとりぼっちで居た吹綿さんの姿が、脳裏に焼き付いていた。

 

 

 その日の部活に吹綿さんは来なかった。

 わたしは練習を終えて家に帰った後、お母さんとおばあちゃんにとある頼み事をした。

 

 

 次の日。

 昼休みにまた部室を訪れた。

 ノックをすると、中から吹綿さんが出て来た。なんというか、此処の住民みたいだ。

 わたしは中に入り、ドアを閉める。

 それから吹綿さんに「それ」を差し出した。

「はい、これ」

「これは…クッキー?」

 昨日、お母さんとおばあちゃんに作り方を教えて貰いながら作ったものだ。少しばかり形が歪なものもあるけれど、我ながら良く出来た方だと思う。

「本当にいいのか?」

「うん。その為に作ったし…初めてだから、失敗してるかもしれないけど…」

 吹綿さんはクッキーの包みをしげしげと眺めた後、袋を開けて一つ取り出し、口に入れた。

 もぐもぐと咀嚼する表情はいつもと変わらない。わたしは不安になって訊いてみた。

「美味しい?」

 こくん、と無言の肯定。

「良かった…!」

 わたしは嬉しくて、自然と笑顔になった。

 吹綿さんは二枚三枚と、次々にクッキーを食べていく。余程お腹が空いていたのだろう。その様子は普段の彼女とは違い、何だか可愛らしいものだった。

 

 吹綿さんがクッキーを全て食べ終わる頃、チャイムが鳴った。

「もし良ければ、また作ってくるけれど…」

 吹綿さんの首が縦に振られる。美味しいという意思表示だろう。

「じゃあ、明日も昼休みにここに来るね」

 わたしが言うと、吹綿さんは頷いてから、

「…アンタ、名前なんていったっけ」

「名前?」

 わたしは少し驚いたが、同時に彼女が少しだけ歩み寄ってくれた事が嬉しかった。

「琴音咲だよ」

「琴音咲、か…」

 吹綿さんはわたしの名前を噛みしめるかのように呟き、また頷いた。

「じゃあ、またね…吹綿さん」

「………秕でいい」

「え?」

「名前。あたしも咲って呼ぶから」

「…分かった」

「それじゃ」

「うん、またね…秕ちゃん」

 わたしは音楽室を後にした。

 心に爽やかな風が吹き渡る様な、清々しい気持ちを抱えながら。

 

 

 その日の部活は一人で黙々と個人練をして、後片付けの少し前になったら音楽室に行った。

 既に合奏は終わっていて、先輩達が楽器を片付けている。

 わたしも自分のスティックを部室に置いてからそれに加わった。

 その時、耳元でちいさな声が聞こえた。

 

「…お疲れ」

 

 振り返ると、秕ちゃんが鞄を持ち、音楽室を出ていく所だった。

 その姿は直ぐに見えなくなり、他の人はそれを気にもとめない。まるで居ないもののように取り扱っている。

 でも、彼女があんな態度を取っているのには何か理由がある筈なのだ。そうでなければわたしなんかと話さないだろう。

 その理由を聞き出せるのは、もしかしたらわたしだけなのかもしれない。

 だから…これからはわたしが秕ちゃんの理解者になれたらいいなと思った。

 

「……ね、琴音!どうしたんだ?」

 パートリーダーの声で我に返った。

 わたしは慌てて「なんでもないです!」と答えると、片付けに意識を注いだ。

 

 

 この日から、わたしと秕ちゃんは友達になった。

 そしてこの出来事が、わたしの運命を大きく変える事になる。




咲の魔法少女ストーリーは次回で終わりです。


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琴音咲編 第3話『ふたたび独奏』

 夏休みになり、吹奏楽コンクールが開催された。

 冬天中学校は地区コンクールで金賞を獲ったが、続く県大会では銀賞を獲り、三年生の先輩達の夏は、そこで終わった。

 

 引退の日。

 お疲れ様会が終わり、解散になった後、パートリーダーはわたしを呼んでこう言った。

「これから色々とあるだろうけど、頑張れよ。吹綿とお前ならきっと乗り越えられるさ」

「…はい!ありがとうございますっ!」

 手に花束を持ったパートリーダーはにっこりと笑い、それから振り返らずに歩いていった。

 わたしがその姿を見ていると、誰かに肩を叩かれた。見ると秕ちゃんがわたしの隣に並び、パートリーダーを見送っていた。

 なんだかんだ言って、パートリーダーに一番世話になったのは秕ちゃんかもしれない。彼女もそれが分かっていたから見送りに来ていたのだろう。

「…咲」

 不意に、秕ちゃんがわたしの名前を呼ぶ。

「ん?」

「そろそろ帰るぞ」

「え、あ、うん…帰りにアイスでも買っていく?」

「ああ、それがいい」

 秕ちゃんはさっさと歩き出す。

 わたしは苦笑しながら、その後ろ姿を追いかけた。

 今思えば…これがわたし達が本当の意味で一緒に居られた、最後の時間だった。

 

 

 それから、秕ちゃんはあまり部活に来なくなっていった。

 パートリーダーが引退し、益々部活に居辛くなったのだろう。わたし以外の部員は冷たい態度を隠さない様になり、あからさまに秕ちゃんを避けるようになった。

 偶に部活に来た時には堂々と悪口を叩かれていたし、部活以外…授業の合間の休み時間に擦れ違った時等にもそれはあった。

 秕ちゃんは傷付いている。それは誰が見ても分かる事だったのに…誰も止めようとしない。まるでそれが「当たり前」かの様に行われている。

 わたしはそれが耐えられなかった。

 ある時、別のパートの友達にその事を言うと、彼は鼻で笑ってこう言った。

「協調性が無いアイツの方が悪いんだ。少しでも周りに合わせていればこんな事にはならないのにな…」

「それでも無視したり悪口を言ったりするのは良くない事だよ!」

 わたしが強い口調でそう言うと、彼は呆れた様子で首を振った。

「…なあ琴音、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何時だって、正義は多数派に有るんだよ。そのくらいわかるだろう?」

「…………」

「あんまりアイツに近寄らない方が良いぜ?お前も同じ目には遭いたくないだろう?」

 そう言い残して、彼は笑いながら去っていった。

 

 …思えばあの時、わたしは声を上げるべきだった。

 それでも構わないから秕ちゃんの味方をすると言うべきだったのだ。

 友達として、その覚悟は有る筈だった。

 それなのに…わたしはその言葉を口にする事が出来なかった。

 心の何処かで、我が身可愛さに友達を見捨てる選択をしていた。

 

 …わたしは、最低な人間だったんだ。

 

 

 

 

 …それから暫く経った後、わたしと秕ちゃんは決別する事になる。

 

 

 …暫く、ぼんやりしていたらしい。

 掃除の途中だった事を思い出し、慌てて手を進める。

 機械的に動く身体とは裏腹に、頭の中では色々な事を考えてしまう。

 …わたしと秕ちゃんは、二年生のコンクールで完全に決別してしまった。あれから秕ちゃんの姿を見た事は無いし、二度と見る事も無いかもしれない。

 後に残ったのはわたしが魔法少女になったという事実だけだった。自分勝手な願いで契約して、自分だけが助かったという、最低な結果…その代償として魔女と戦う事になったけれど、それは当然の報いといえるものだろう。

 いつか、魔女に殺される事は目に見えている。わたしが死んだら…秕ちゃんも少しは報われるだろうか。

 

 …もしも。

 もしも、時間を巻き戻せたら…わたしは秕ちゃんと居られただろうか。

 …いや、多分それは無理だろう。

 たとえやり直せたとしても、わたしは同じ事を繰り返すに違いない。

 また、秕ちゃんを傷付けてしまうに決まっている。

 

 …わたしなんて、居なくなればいいのに。

 

 

「咲、ちょっといいかしら?」

 その声に振り返ると、お母さんが立っていた。

「どうしたの?」

「大事な話があるから来てくれる?」

 お母さんにそう言われ、わたしは居間へと向かう。

 居間にはお父さんが居て、わたしを見ると「咲、突然ですまないが、聞いてくれ」と真剣な表情で言った。

「…実はな、神浜市に引っ越す事になった」

「引っ越し…?」

「急な話ですまないけれど、二週間後には神浜に向かう事になる。それでなんだが…咲はどうしたい?」

「どうしたいって………」

 いきなり言われても分からない。わたしが戸惑っていると、お母さんが「つまり、こういう事なのよ」と説明してくれた。

「神浜市に向かうか、冬天市に残るか…冬天に残る場合は未来達の元に行く事になるわ」

「わたしは……」

 この街から出る?

 そんな事、考えた事も無かった。

 この街には沢山の思い出があるし、わたしは此処が好きだ。

 だけど…。

「今決めろとは言わないけど、なるべく早く…」

「…お父さん」

 この街には…辛い思い出もあるんだ。

 

「…わたし、神浜市に行く」

 

「咲…」

 両親は驚いた様な顔でわたしを見た。

「本当に、いいのか?」

「うん」

 わたしは迷い無く頷く。

 もう答えは決まっていた。

 わたしは、ここから…辛い思い出があるこの街から、逃げる事を選んだのだ。

 友達を傷付けた。

 自分の為だけに奇跡を利用した。

 そして…その過去から目を逸らそうとしている。

 もう、何もかもがどうでもよくなっていたのかもしれない。

 救いは無い。

 奇跡も、魔法も無い。

 起こってしまった事は変える事が出来なくて、たとえ過去に戻れたとしても同じ過ちを繰り返してしまう。

 …その事に、気付いてしまったから。

 

 新しい環境になったとしても、友達なんて出来る筈が無い。

 出来たとしても、わたしはその友達を裏切ってしまう。

 独りぼっちで無気力に生きて、いつか魔女に惨たらしく殺される。それがお似合いの末路なんだ。

 

 …虚無感に支配されながら、わたしは目の前で両親が話す事をぼんやりと聞いていた。

 

 

 それから二週間後。

 わたしは冬天市を離れ、神浜市に向かう事になる。

 大した期待もせずに神浜に来たわたしは、そこで思わぬ「救い」を得る事になるのだけれど…それはまた別の話。




咲の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。例によってグダグダになってしまった…。
秕との出会いの話を書いてみたかったのでこんな事になりましたが、いろは達との交流の話でも良かったなぁと思いました。まあそういった話は本編に行き詰まった時にでも書いてみたいと思います。

次回は本編です。
3章が終わるまでは、魔法少女ストーリーを1人分(3話)書いたら本編を3話書く…という形で行きたいと思います。
それでは、次回以降もよろしくお願いします。


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吹綿秕編 第1話『変動の予兆』

秕の魔法少女ストーリーです。


 吹綿秕は、両親の顔を知らない。

 物心ついた時には施設に居て、ずっとそこで暮らしてきたからだ。両親が居なければ自分は産まれていない筈だから何処かには居るのだろうが、その存在を意識した事は無かった。ただ、寂しいと思った事は無かったし、そんな赤の他人の事を考える程馬鹿なつもりも無かった。施設に居ればどうにか生きていけるし、それでいいのだ。親の愛など、邪魔にしかならない。施設の職員はそんな秕に同情してくれたが、それだけだった。上辺だけの同情なんて、何の役にも立たない。

 秕が入っている施設には彼女と同じ様な境遇の子供達が多かったが、みんな秕を恐れている様だった。自分が最年長だし、子供達は小学一年から三年生程度の子が多い。秕がいつも不機嫌そうにしていた事もあって、彼ら彼女らは秕に近寄ろうとはしなかった。最も秕からしてみればそちらの方が気楽でいいのだが。

 基本的にこれまでの人生で人格が大きく変わった事は無く、物心ついた時から冷めた性格だった。ただ…小学校に通っていた頃は、話す相手が何人かいたように思う。彼らは施設の子とは違い、秕を恐れるような事もしなかった。自分から話をする事は無く、友達と言える存在がいたかどうかは怪しいが…小学生の頃は、波風立てずに生活出来ていた。あの頃は自分もまだ幼かったのだろう。集団生活が嫌でも、先生の言う事に従うという行為で自分を誤魔化す事が出来ていた。

 それが出来なくなったのは、中学に上がってからだった。周りが煩くなり始め、秕にとって不快な環境が出来上がった。

 中学校は他の小学校からも生徒が集まる。そういったヤツらは秕を嫌い、グループから外した。きっと、自分に対する免疫が無いのだろう。

 そのうちに、小学校で話していたヤツらも自分に対する免疫を失い、自分から離れていった。

 それを悲しいとは思わなかった。

 ただ、その程度なのだと思った。

 友達なんて、努力しないと手に入らない癖に離れるのは一瞬だ。そんな有限に縋るほど、自分は弱くない。

 寧ろ、そういったものに縋らないと生きていけない周りの方が馬鹿なのだと思った。

 周りが自分に合わせないならそれまでだ。こっちから合わせる必要なんて無い。そう思って、秕は一人でいる事を選んだ。

 孤独だった。だけど、煩わしいものが無いぶん気楽だった。

 自分は、これでいいのだと思った。

 

 

 吹奏楽部に入部したのは単なる気紛れだった。

 元々音楽は好きな方だし、施設に帰ってもやる事が無い。面倒くさくなったら辞めればいいと思い、入部を決めた。

 適正テストを適当にこなしていたらパーカッションパートに選ばれた。別に何でもよかったので不満は無い。

 同じく選ばれたのは小動物の様にオドオドとしたヤツだった。三年まで辞めなかったら面倒な責務はコイツにおっ被せようと決意した。

 練習は退屈だった。覚える事は直ぐに覚えたし、単調な作業の繰り返しに過ぎない。他の連中がどうして四苦八苦しているのか、理解出来なかった。

 

 

 ある日、いつもの様に退屈な練習をこなしていると、同じくパーカッションパートに入った一年生が何やら悩んだ様子でタンバリンを持っているのが目に入った。タンバリンの縁に親指を当てて試行錯誤しているのを見るに、ロールがうまく出来ないらしい。

 丁度暇だったので、教えてやる事にした。

 秕が近付くと、その女生徒はびくりと肩を震わせて「ど、どうしたんですか…?」と呟いた。

 秕は無言でタンバリンを取り上げる。その際に互いの手が触れた。滑らかで色白の、綺麗な手。これではロールは難しいだろう。

 幸い、先程お手洗いに行った時に手を洗っていた。拭き取ったが若干湿っているので、それを利用する事にした。

「…タンバリンのロールは、指を湿らせるといい」

 秕はそう言うと、タンバリンの縁に親指を走らせた。連鎖した音に、女生徒が目を丸くする。

「手汗症の人間はロールを成功させやすい傾向がある。最も、アンタは違うようだけれど」

 秕は素っ気なく言って、女生徒の手にタンバリンを押し付けた。

「あ、ありがとう…」

 女生徒は掠れた声でお礼を言う。

 それを見て、急にやる気が失せた。なんというか、やるべき事をやった気がしたからだ。

 秕は鞄を持ち、音楽室を出て施設へと帰った。

 …この時はまだ、その女生徒が自分にとって重要な人物になるとは、思いもしなかった。

 

 

 それから二ヶ月後、秕は顧問に呼ばれた。

 なんでも、コンクールで演奏する曲に対してパーカッションの人数が足りなくなったらしい。だから自分かあの女生徒のどちらかが出られる事になったのだと顧問は言った。

「吹綿はどうしたい?」

「めんどい」

 秕は正直に答えた。別にやってもよかったのだが、女生徒の方が引き受けるだろう…そう思っての返答だった。

 然し、女生徒の答えは、秕の予想とは真逆なものだった。

「わたしは…吹綿さんの方がいいと思います」

 話を聞いていた連中が驚いた様に顔を見合せた。

「何故彼女を?」

 顧問が訊く。女生徒は暫く俯いていたが、やがて顔を上げると申し訳なさそうに言った。

「…正直に言って、今から練習しても仕上げられる自信がありません。それに、吹綿さんの技術なら確実だと思います」

 謙虚なヤツだ、と思った。

 秕に責任を押し付けているのかと思えばそうでは無い。自分の力量と秕の力量を比べて、身を引くという判断を下したのだ。

「…ううむ、まあ、琴音がそう言うなら…」

 顧問が唸りながらそう言った時、話を聞いていた連中の中から非難する様な声が上がった。

「そんな事言ってるけどさぁ、本当はやりたくないからそう言っているだけなんじゃないの?」

 声を上げたのはひとりの先輩だった。確か、クラリネットパートのパートリーダーだった気がする。意地が悪いからと他の連中からも嫌われていたようだが…なるほど、確かに意地が悪そうな目付きをしている。

 ソイツは鋭い目付きで女生徒を見て、侮蔑の言葉を吐き出した。

「仕上がらないだとか、もっともな理由をつけて逃げているだけじゃこの先やっていけないよぉ?ま、一年のミスとかで金賞逃すのも嫌なんだけどねー」

「おい…」

 顧問が制止しようとするが、ソイツはお構い無しに続ける。気持ちが悪い目をしており、その視線は女生徒を捉えて離さない。

「その吹綿ってコは嫌われ者だし、全責任をソイツにおっ被せればいいとでも思ってるんてしょー?」

「え、ち、ちが…わたし、そんな事は…」

 女生徒はしどろもどろになりながらそう言う。表情を見る限り、どうやら本気で狼狽しているらしい。

 そのやり取りを見て、秕は意味も無くムカついた。

 コイツはアンタの為を思って身を引いているんだぞ?

 ふざけんな。

 テメェにその女生徒を批判する権利なんて無いんだよ。

「わ、わたしは…」

「何言ってんのさ」

 気が付くと、秕は声を上げていた。

「ソイツを罵倒するのは間違いなんじゃないの?」

「はぁ?外野はすっこんでなよ」

 先輩の視線が此方に向けられる。気持ちが悪い、粘つくような視線だ。

 女生徒も驚いた様に此方を見ていた。そんなに自分が喋るのが珍しいのか。

 まあ、やってしまった事はしょうがない。

「外野じゃないし。その琴音ってヤツはアンタらの事を考えて身を引こうとしてるんだよ。訳分からない事言ってないで感謝の言葉でも言ったらどう?」

「………ッ!」

 秕の言葉に、先輩の顔が真っ赤になる。

 秕はフンと鼻を鳴らして顧問に向き直ると、口を開いた。

「あたしが出よう。それでいいだろう?」

「あ、ああ…」

 顧問は呆然としながら頷く。

 やれやれと思いながら女生徒に目を向けると、彼女はぼんやりした様子で突っ立っていた。

 面倒な事になったなと思ったが、暇潰しには丁度いい。たまには真面目にやるか…そんな事を思って、自分の思考に少し驚いた。

 あの女生徒に関わると、どうも調子が狂う気がする。

 まあ、悪くは無いのだけれど。

 

 それから秕は真面目に練習に励んだ。

 だからと言って何かが変わった訳でも無かったが…ズレていたものが元に戻っていくような心地良さを、何処かで覚えていた。

 

 そして、数日後。

 秕は女生徒の名前を知り、生まれて初めて「友達」を得る事になる。




基本的に魔法少女ストーリーは三話完結にするつもりだったけれど、秕の魔法少女ストーリーに関しては書く事が多いので三話以上書くかもしれません。


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吹綿秕編 第2話『変動と応答』

 数日後の昼休み、 秕は部室に居た。

 今は昼食の時間で、皆は給食を食べている。そんな時間にひとりで部室に居るという状況は異質だったが、仕方の無い事だった。

 秕は数ヶ月前から給食費を払っていない。施設の方針が「切り詰めるものはとことん切り詰める」というものに変更され、それにより給食費は支給されなかったからだ。どうやら、自分のいる施設は経営難に陥りかけているらしい。

 当然、給食費が無ければ給食は食べられない。だからここ数ヶ月間は昼食を抜いていた。一度だけ菓子パンを持っていった事があったが、クラスメイトに見つかり教師にチクられた。教師にこっ酷く怒られた秕は、それ以来昼になると教室を抜け出し、ここで過ごしている。

 当然の事ながら音楽室には誰も居ない。秕は文庫本を読んでいたが、空腹の為中々集中する事が出来なかった。

 苛立つが、仕方が無い。秕はちいさく溜息をついた。

 いつの間にか昼休みになっていたようで、遠くからはざわめきが聞こえてくる。ここには誰も来ないから気楽だ…そう思っていたら音楽室のドアが開いた音がしたので秕は驚いた。

 足音が聞こえ、部室の前で止まる。部室といっても打楽器が詰め込まれているだけのスペースだ。一体何の用だろう。

 誰かが自分の安息の時間を邪魔しに来たのだろうか…そう思い、わざと内側からドアを開ける。蹴り飛ばすような形で開けた為、ボロボロで鍵の付いていないドアはいとも容易く開いた。

「きゃっ!」

 そんな悲鳴と共に、外に居た人物が飛び退いた。驚いた様な顔で此方を見ていたのは、あの女生徒だった。

 秕は無言でドアを閉めた。無害そうに見えるが、もしかしたら自分の邪魔をしに来た可能性もある。

 すると、ドアがノックされた。煩いなと思ったが、もしこのまま居座られでもしたら面倒だ…仕方ない。

 ドアを少し開け、その隙間から顔を覗かせて「なに」と不機嫌そうな声色で言った。

「え、えっと…スティックを取ろうと思って…」

 女生徒は上擦った声で言う。練習でもするつもりだろうか。

 秕は無言でドアを開けた。

 女生徒はオドオドしながら部室に入ってきて、秕の方を見る。まだ何かあるのか。

 睨み付けると、女生徒はオドオドとした笑顔を浮かべて口を開いた。

「え、えっと…この前は助けてくれてありがとう」

「別に」

 素っ気なく言うと、文庫本に視線を移す。

 女生徒の笑みが曖昧なものに変わる。どうすればいいのか迷っている様子だ。

 早く出ていって欲しい…そう思った瞬間、お腹が鳴る音が聞こえた。勿論、自分のお腹から出たものだ。

 それに気付いたのか、女生徒は秕に訊いた。

「…お腹、空いているの?」

「……………」

 秕は無言で女生徒を睨んだ。そんな事訊いてどうするのだ?

 それで会話を終わりにしてくれれば良かったものの、女生徒はさらに訊いてくる。

「給食は…?」

「…食べていない。金が無ければ、飯すら食わせてくれないんだからいい所だよ」

 秕が唇を吊り上げて皮肉を言うと、女生徒の顔が驚きに染まる。だが直ぐにそれは消え、代わりに何かを決意した様な表情が浮かんだ。

「じゃあ…」

「…?」

「明日、何か作ってくるよ」

 予想だにしない言葉に、秕は絶句した。

 なんなんだ、コイツ…。

「何を言っているんだ?」

「流石に今日は無理だけど…明日、何か作って持ってくるよ。この前のお礼もしたいし」

 女生徒は平然とそんな事を言う。

 馬鹿なのか、コイツは…?

「…お前、馬鹿なのか?それが教師にバレたらどうなるのかは分かっているだろう?」

「だからって、放っておけないよ」

 女生徒はそう言って、柔らかい笑みを浮かべた。

「………」

 秕が黙った瞬間、チャイムが鳴った。女生徒はぺこりと頭を下げると踵を返す。

 変なヤツだ、と思った。自分を相手にあんな事を言ってくるヤツは初めて見た。

 …まあ、期待はしていない。明日になれば忘れているだろう。

 秕は立ち上がり、教室に戻った。

 またお腹が鳴った。

 

 

 その日の部活はサボった。

 施設に戻り、自室のベッドに寝転がる。

 

『明日、何か作ってくるよ』

 

 何故か、女生徒の言葉と柔らかい笑みが、頭から離れなかった。

 

 

 次の日。

 昼休みに部室で文庫本を読んでいると、音楽室に誰かが入ってきて部室のドアをノックした。

 ドアを開けると、あの女生徒が立っていた。彼女は「こんにちは」と言うと部室の中に入り、ドアを閉める。

 それから秕に近付くと、それを差し出した。

「はい、これ」

「これは…クッキー?」

 女生徒から渡されたのは、可愛らしい袋に入ったクッキーだった。まさか本当に持ってくるとは思わなかったので、秕は思わず訊いてしまう。

「本当にいいのか?」

「うん。その為に作ったし…初めてだから、失敗してるかもしれないけど…」

 女生徒は恥ずかしそうに言った。

 秕はクッキーの包みをしげしげと眺めた後、袋を開けて一つ取り出し、口に入れた。

(甘い…それに、美味しい)

 少し形が歪ではあるが、とても美味しかった。

「美味しい?」

 秕は頷く。

「良かった…!」

 女生徒は笑顔になった。心底安堵したといった様子だ。

 秕は二枚三枚と、次々にクッキーを食べていく。女生徒はそんな秕を見てにこにこと嬉しそうに笑っている。

 その顔を見ると、何故かくすぐったいような気持ちを覚えた。秕は無表情を保ってクッキーを食べていたが、その心中はとても穏やかだった。

 

 秕がクッキーを全て食べ終わる頃、チャイムが鳴った。

「もし良ければ、また作ってくるけれど…」

 秕は頷く。それを見て、女生徒は安心した様に笑みを浮かべた。

「じゃあ、明日も昼休みにここに来るね」

 秕は頷いてから、無意識に女生徒に訊いていた。

「…アンタ、名前なんていったっけ」

「名前?」

 女生徒は驚いた様な表情を浮かべたが、秕も心中では同じ顔をしていた。 

 まさか、自分が他人と関わろうとするなんて…。

 そんな秕の心中を知ってか知らずか、女生徒は顔を綻ばせると、名乗った。

「琴音咲だよ」

「琴音咲、か…」

 秕はその名前を呟く。

 ことねさき。何となく、いい響きだと思った。

 女生徒―琴音咲は時計を見ると、秕に言った。

「じゃあ、またね…吹綿さん」

「………秕でいい」

 思わず、そう言っていた。

「え?」

「名前。あたしも咲って呼ぶから」

 咲は一瞬だけ固まった後、嬉しそうに笑みを浮かべる。秕が見た中では今日一番の笑みだった。

「…分かった」

「それじゃ」

「うん、またね…秕ちゃん」

 咲は音楽室を後にする。彼女の背中を見ながら、秕は暫くぼんやりしていた。

 なんだろう、この気持ちは…。

 あたたかくて。

 気持ちよくて。

 嬉しくて。

 こんな気持ち、初めてだ…。

 

 自然と、秕はちいさな笑みを浮かべていた。

 とても、気分が良かった。

 

 

 それから、咲は秕に何かを作って持ってきてくれるようになった。

 どうしても都合が悪くて作れない日もあるが、そういう時は学校をこっそり抜け出して菓子パンを買いに行った。少ない自分の小遣いで買う事にはなったが、元々使い道なんてものはないので別に構わない。

 そんな事を繰り返しているうちに、秕と咲は友達になった。クラスは違うが咲が秕のクラスを訪れて他愛もない話をしたり、試験期間になると一緒に勉強したりもした。学校帰りに駄菓子屋で買い食い(本当は禁止されているのだが)した事もある。

 咲の隣にいると自分はよく笑う様になった。相変わらず咲以外の人間とは波長が合わないままだったが、それで良かった。咲さえ隣に居てくれれば、自分はそれでいいのだ。

 自分を孤独から連れ出してくれた友達。

 自分にとって、初めての友達。

 咲が居れば、自分は…。

 

 

 

 …だが、その考えは間違いだった。

 友達になってから少し経った時…咲は、自分を裏切ったのだ。

 それで、秕は人を信用する事をやめ、咲を憎む様になった。

 咲と過ごした日々は、今となっては不愉快な思い出でしかない。

 

 

 ふたりに何が起きたのか。

 それは、全国吹奏楽コンクールでの事だった…。



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吹綿秕編 第3話『変動と憎悪』

 ―その日、ふたりの間に埋められない溝が出来た。

 

「あんなヤツらと合奏をやりたくはない。どーせアイツら妬みとか悪口しか向けてこないし。ならやらない方がいいよ」

 

「それは…みんな仲間でしょ?一緒に…」

 

「仲間?あんなのが?咲にとって仲間ってのはああいったヤツらの事を言うわけ?」

 

「………」

 

「答えられない?まあ咲は優しいからね。どっちも傷付けたくないんでしょ?」

 

「それは…」

 

「…いや、どっちも傷付けたくないんじゃなくて自分が傷付きたくないだけか。答えればどちらかを敵に回す事になるからね。所詮仲間なんてその程度のもの…か」

 

 その溝は拡がっていき、やがてふたりの関係を修復不可能なまでに破壊していった。

 そして…そこから全てが狂い始めた。

 

 

 三年生の先輩が県のコンクールで引退し、季節が一巡りした頃。

 二年生になった秕達は、全国吹奏楽コンクールに挑もうとしていた。

 様々な偶然も手伝い、辿り着いた場所…夢の終着点を遥かに超えた、現実味の無い場所。そんな中でコンクールに挑もうとする部員達の緊張は最高潮に達していた。中にはプレッシャーで青ざめ、今にも倒れそうなヤツまでいる。それほどまでに、この舞台が醸し出す雰囲気は圧倒的なものだった。

 咲も、その雰囲気に呑まれた一人だった。先程から震えが止まらない。ミスをしたらどうしよう…そんな言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。

 逆に、その隣にいる秕は全く気圧されていなかった。いつも通りやればいいだけなのに、どうしてそんなに怯えているのかが理解出来なかった。

 今は他の学校の演奏を見ている。確かにレベルは高いが、それだけだ。こちらも全国に行く程の実力はあるのだから、いつも通りやれば結果は着いてくるだろう。…最も、秕は結果なんてどうでも良かったのだが。

 隣に座る咲を見る。彼女は少し表情を引き攣らせていた。確かに、咲はこういった場には弱い気もする。

 以前に咲とちょっとしたトラブルを起こして以来、秕と咲の関係には少し溝が出来ていた。だが、放っておく訳にもいかない。話をすれば少し気が紛れるだろうと思い、秕は咲に声を掛けた。

「咲」

 咲は此方を向いた。その顔はやはり不安そうだ。

「なあに?」

「アンタ、怯えてんの?」

 咲は不安そうに頷いた。

「…だって、こんな舞台初めてだし…」

「そんなの、いつも通りやればいいだけでしょ。逆になんで気圧されてるのか理解できないね」

 慰めるつもりが、ついいつもの様にぶっきらぼうに言ってしまった。だが、その言葉を聞いた咲は秕を尊敬する様な目で見て、口を開いた。

「秕ちゃんは、凄いよ」

 咲の純粋な想いが、秕を包み込む。

「わたしは今にも倒れそうなくらいなのに秕ちゃんは冷静で…本当に凄い」

 秕は視線を逸らした。他の人に言われてもなんとも思わないのに、咲に言われると何故か照れくさい。

「別に…慣れてるし。ま、全力で演奏すればいいんじゃないの。もしミスをしたとしても、それはもう起こった事なんだから気にせずやればいいんじゃない?」

 秕の言葉に、咲はまた表情を曇らせた。彼女はそう簡単に割り切れる性格ではないのだろう。人一倍真面目で、それ故に失敗を恐れている…そんな風に、秕には見えた。

 暫くの沈黙が続き、やがて咲がぽつりと呟いた。

「…もし、さ」

「ん」

「もし、何か重大なミスをしてしまって、それで起こった事をやり直せる機会があったとしたら…そのチャンスを使うべきかな」

 秕は少し思案した後、おもむろに言った。

「その機会が全員に与えられたものなら、それを行使するべきだろ。でも、それが誰かひとりにだけ与えられたものなら…使うべきじゃないんじゃないか?フェアじゃないし、何よりそれは使い方を間違えれば今まで積み上げできたものを否定しかねないしね。ミスを受け入れて前に進むってのも一つの手段だろうし」

 ま、あたしが言う事じゃないだろうけどさ。…そう言って秕は薄く笑った。

 なんで説教してるんだと内心では思いつつ、表面では咲を慰める為に言葉を紡いでいる。

「そんな物が仮にあるとして…使い方はその時に決めればいい。今はアンタはアンタの出来ることを精一杯やりな」

「…うん、ありがとう」

 秕の言葉に、咲は微笑んだ。

 少しは気が紛れただろうか。まあ自分から言える事なんてこのくらいである。後は、咲次第だ。

 秕は再び前を向き、ぼんやりと演奏を聞く事にした。

 

 

 出番の少し前になり、秕達はバックヤードで楽器搬送をしていた。

 秕はグロッケンを搬送している。これは所謂鉄琴だが、音さえ出なければ搬送は余裕だった。

 横目で咲の方を伺う。彼女はティンパニの搬送に苦労している様だった。オンボロなティンパニなので、何もしなくても音が変わる事がある。その為咲は時折音をチェックしていた。

 最初にティンパニを演奏するのは咲だが、曲の中盤〜終盤にかけて演奏するのは秕だ。だからグロッケンを設置し終えたらティンパニのチェックを咲とする手筈になっている。まあ咲は手馴れているし、自分は要らないだろうが。

 咲はまだ緊張している様子だったが、それでも先程と比べれば大分マシだった。最も、それは他の連中も同じ事だったが…。

 まあ誰が緊張していようが秕には関係無い。自分はやる事をやるだけだ。

 

 ステージに着くと、秕はグロッケンを所定の位置にセッティングした。楽器が動かない様にストッパーを留め、準備は完了。予行練習よりも遥かに早いスピードだといえる。

 咲の方を見てみると、ひとりで上手くティンパニのチェックをしていた。流石に手馴れたものだ。これなら大丈夫だろうと思い、秕はグロッケンの前に居た。

 

 だが、それは大きな間違いだった。

 

 全員の準備が終わると顧問がOKサインを出す。

 アナウンスの後、顧問が観客席の方を向いて一礼してから指揮棒を構える。

 そして、ティンパニの音が会場に響き渡った。

 普段の音とは違う、ズレた音が―。

 

 秕は耳を疑う。

 咲は、何をやっている?

 確認したいが、この場を動く訳にもいかない。

 秕は事務的にグロッケンを演奏する。

 どうやら、音がズレているのは四つのティンパニのうちひとつだけのようだ。

 だが、それでも影響は大きい。

 中盤、咲と交代する。

 彼女の顔は幽鬼の様で。

 その表情は絶望に満ちていた。

 秕はティンパニを叩く。

 やはり、音がズレている。

 咲は失敗したのだ。

 ズレた音が、秩序の保たれた音を打ち砕く。

 

(咲…)

 

 演奏中、ずっと咲の事が頭から離れなかった。

 彼女の絶望に満ちた表情が、秕の脳裏に焼き付いていた。

 

 

 全てが終わった後、咲はロビーで泣き崩れた。

 周りの部員はそんな彼女に声を掛けているが、秕は何も言えなかった。

 何と言ったらいいのか分からなかったし、声を掛けない方がいい気がした。

 秕に出来る事は、黙ってその場を離れる事だけだった。

 

 

 観客席に戻ると、名前を呼ばれた。

 顔を上げると、そこには何人かの部員が居た。ソイツらは秕に「話があるから、ちょっと来て」と刺々しい口調で言った。

 秕は無視する。どうせまた、秕の所為にするつもりなのだろう。

 それに苛立った部員達は強引に秕の腕を掴み、会場から連れ出す。抵抗するのも面倒だったので、されるがままに会場を出た。

 

 会場を出て直ぐ、彼女達の「お説教」は始まった。

「アンタ何してるの?」

「琴音があんな事になってるのに、自分はすぐに逃げてさぁ。自分は悪くないとか思ってる訳?」

「…言っている意味が分からない」

 秕が言うと、周りのヤツらは益々いきり立って、

「だからさぁ…あんたが琴音のフォローに回らなかったのが悪いんだよ。そこ、理解してる?」

「………」

 答えるのも面倒だったので、ぼんやりと宙を見つめる。

「ちょっと、聞いてんのぉ!?」

「あんたがグロッケン運び終えてぼーっとしてなきゃ琴音はあんなミスしなかったんじゃないの?そうでしょ!?」

 何を言っている?

 アレはただの事故だ。自分が居た所で止められる訳が無い。

「黙り?なんも言う気ないの?あんたがしっかりしてれば、あたし達は金賞取れたのかもしれないのにさぁ!」

「他の皆の手伝いもしないでぼーっとしてるなんてさぁ、あんたが協調性ないのは嫌でも分かってるけど流石に空気読まないとまずいとか思わないの?だから嫌われんだよ!」

 …五月蝿いヤツらだ。

 アレはどう見ても咲が悪いし、上手くいった所で金賞を取れる訳が無いじゃないか。ティンパニの件が無かったとしても、他の学校より劣っている演奏だったのに。

「大体さ、よくそんなんで部活にい続けられるよね?皆から嫌われてるっての理解してる?あんたいつも琴音にくっ付いてるけどさ、どうせ迷惑ばかりかけてんだろ?琴音の気持ちももう少し考えたらァ?」

「…………」

 ぼんやりしている秕に痺れを切らしたのか、取り囲む部員の一人がいきなり秕を強く突き飛ばした。

 秕はよろめく。瞬間、聞き慣れた声が耳に届いた。

「秕ちゃん!」

 声をした方向を向くと、咲が此方に駆け寄ろうとしていた。だが何人かの部員が行く手を阻み、意地が悪い声で咲に言う。

「琴音、あんなやつに同情なんてしない方がいい。じゃないとあんたが潰れるよ」

「そんな事は…」

「ない、なんて言いきれないだろ?あたし達はあんたを助けようとしてるんだ。あいつのせいで、あんたはあんなミスをしたんだろ?あいつが助けてくれなかったから、あのまま始めざるを得なかったんだろ?」

「それは違う…」

「何が違うんだよ。あんたは優しいから口には出さないけど、本当はそう思ってるんじゃないの?」

「わたし、は…」

 咲が虚ろな表情になる。

 ぶつぶつと、意味を成さない言葉の欠片がその口から漏れる。

 そして、咲は…ふらふらとその場から歩き去っていった。

 

 秕は絶句した。

 咲は、認めたのか。

 アイツらの言葉を…信じたのか。

 友達でも無いヤツらの事を信じて、友達()に全ての責任を押し付けたのか…。

 

「…なんで」

 

 思わず、声が漏れる。

 信じていたのに。

 友達だと思っていたのに。

 咲は、自分に全てを押し付けた。

 

 …ああ、そうだ。

 アイツにとってあたしは、その程度のものなのだ。

 咲も、他の連中と同じだった。

 自分の事しか考えない、利己的な人間。

 普段は友達面しているけれど、いざとなったら切り捨てる。

 咲にとって秕は、その程度の存在だったのだ。

 

「は、はは…」

 

 虚ろな笑い声が漏れる。

 周りが何かを言っている。

 煩い。

 

「…アハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 …もう、いいや。

 友達なんて要らない。

 クソみたいな感情に振り回されるくらいなら、最初から無い方がいい。

 全てがどうでもよくなった。

 

 …それでも、赦せないヤツはいる。

 琴音咲…アイツだけは赦さない。

 アイツさえ居なければ、希望を知る事も無かった。

 こんな気持ちになる事も無かった。

 全部、アイツのせいだ。

 

「…殺してやる」

 

 自然と、その言葉が出た。

 怒りと絶望が湧き上がってくる。

 濁流の如く押し寄せるそれに身を任せ、秕は笑った。

 涙を零しながら、笑っていた。

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 周りに居たヤツらはいつの間にか居なくなっていた。

 だが、その代わりに妙なモノが居た。

 

「―キミは、自分の願いを叶えたいかい?」

 

 白い、耳長の動物が自分の前に立っていた。狐の様な、四本足の生物だ。

 ビー玉の様に無機質な瞳が、秕を捉えていた。

 ソイツは表情を変えず、口も動かさずに言った。

「キミが願いを叶えたいのなら―ボクにそれを言うといい。キミにはその資格がある」

「…何だ、コイツ」

 遂に幻覚が見える様になったかと思った。

 然し、ソイツは秕の考えを読んだかのように首を振って、

「ボクは幻覚じゃない。確かにこの場に存在している」

 確かな口調でそう言った。口は動いていないが、ソイツの言葉が脳内に響いてくるのだ。

「…願いを言って、それでどうするんだよ」

 秕は呟く様に言った。コイツが何なのかは分からない。だが何となく気になったのだ。

 ソイツはその言葉を待っていたかのように、ニコリと笑った様な表情を作って言った。

 

「吹綿秕、キミの願いをひとつだけ叶えてあげる。その代わり…キミには魔法少女になってほしいんだ!」



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吹綿秕編 第4話『変動と怨讐』

2021/03/18…原作設定に則り、一部のシーンに加筆しました。


「…何を言っているんだ?」

 目の前の動物が言った事を理解するのに、少しの時間を要した。

「言葉の通りさ。ボクはキミの願いを叶える。その代わり、キミには魔法少女として魔女と戦ってもらいたいんだ」

「意味が分からない。最初から説明しな」

 魔法少女や魔女…何かのアニメかラノベだろうか。そもそもこんな生物が目の前にいる事自体どうかしているし、本当に幻覚なのかもしれない。

「分かった」

 そう言ってソイツは話し始めた。

 魔法少女という、非日常の事を。

 

 

「…俄には信じ難い話だな」

 それが、話を聞き終わった秕の感想だった。

「でも、事実だよ。魔法少女という存在が無ければ、人類はここまで発展しなかった筈だ」

 …馬鹿馬鹿しい。

 秕は内心そう思ったが口にせず。代わりに、目の前の動物―キュゥべえが言った事を自分なりに纏めてみた。

 キュゥべえと契約し、魔法少女になった人間は悪しき魔女と戦う事になる。魔法少女はこれまでにも多く存在し、人知れず世界を護ってきたのだという。

 纏めてみると単純だが…何となく、違和感がある。この得体の知れない生き物の目的についてだ。

 少女を魔法少女にして、コイツになんのメリットがあるのだろう。

 気になった秕はキュゥべえに訊いてみた。するとキュゥべえは「ああ、その事か」と言った後、自分の目的について話し始めた。

 

 

 

 話を聞き終えた秕は、「やっぱり何か企んでいたか」と吐き捨てた。

「それ、契約しているヤツにはちゃんと話しているのか?」

「訊かれなければ話さないよ」

「…アンタ、マジで外道だな」

 秕は呟く。人間ではないとはいえ、理解し難い生き物だ。

「…けどまぁ、魔法少女とやらになれば、ひとつだけ願いを叶えてくれるのは確かなんだよな?」

「そうだよ」

 秕は少しばかり考える。

 そして―今後の人生を変えるであろう決断を、あっさりと下した。

 

「…あたしが理想とするセカイが欲しい。だから、その為の力をあたしに寄越しな」

 

「キミは、その願いでいいのかい?」

「構わないよ。その為なら何でもやる。魔女だかなんだか知らないけど…ソイツをぶっ殺せばいいんだろう?」

 秕はキュゥべえを鋭い瞳で見て、それから言った。

「とっとと願いを叶えな」

「なら、契約成立だ」

 

 …こうして、秕は魔法少女になった。

 手に入れたチカラは「精神汚染」

 この日から、秕の人生は更なる変動を遂げていく事になる。

 

 

 コンクールが終わってからすぐに、秕は転校した。あの学校にいる意味はもう無かったからだ。

 固有魔法で施設の人間を従わせ、転校の手続きを済ませた。どうせ馴染めないだろうし、直ぐに行かなくなるだろう。籍さえ置ければ何処でも良かった。

 そうして適当な学校に転校し、適当に登校して適当にバックレた。勿論秕の周りに人は寄り付かなかったし、そちらの方が都合が良かった。一度だけクラスの女子に絡まれた事があったが、固有魔法を使って従わせてからはそういった事は無くなった。

 魔女退治も、簡単といえば簡単だった。理不尽な暴力を振るうのはストレス解消になったし、倒せばグリーフシードも手に入る。一石二鳥という訳だ。

 退屈な日々を過ごしていた秕だったが、その間も咲への憎悪は消えなかった。いつか再会したら、ぶっ殺してやる―特に生きる目的が無かった秕にとって、それだけが生きる目的と呼べるものだったのかもしれない。

 そんな状況が暫く続いて、その繰り返しに何も思わなくなってきた時、秕はマギウスの翼という組織に勧誘された。

 

 

 きっかけは、神浜市に足を運んだ事だった。

 魔女や使い魔が姿を消し始め、その原因が神浜市にあると判明したので乗り込んでみたのだ。魔女が消えると困るし、何故神浜に魔女や使い魔が集まっているのかという事に興味を持ったという事もあった。

 そこで、秕は黒いローブを着た魔法少女と出会った。

 

「魔法少女の真実を知っていますか?」

 黒いローブを着た、正体不明の魔法少女―彼女はダガーを構える秕を制止し、そう質問した。

 知らないと反射的に言いそうになったが、思い当たる節があったので言葉を飲み込む。

 魔法少女の真実―魔女化という呪縛の事だろう。

「魔女化の事か?」

 秕が訊くと、彼女は頷いた。

 それから頼まれもしないのに話を始めた。ウザいので斬り捨てようと思ったが、話の内容は興味深いものだった。

 彼女はマギウスの翼に所属する黒羽根で、魔法少女の解放を目指していると秕に語った。魔法少女の解放―それは即ち、魔女化という呪縛からの解放の事だ。

 なるほどと秕は思った。魔女化についてはキュゥべえから話を聞いていたので驚く事は無かったし、解放されたいという感情も理解は出来る。

 少し考えて、秕はマギウスの翼に入る事にした。魔女化からの解放云々ではなく、「魔法少女が助かるためなら手段を選ばない」という理念が面白いと思ったからだ。

 勿論その他にも理由はある。神浜の魔法少女組織に所属していれば、公然と神浜で魔女を狩る事が出来る。街に魔女が戻って来る気配は無いし、それならここで魔女を狩った方がいい。

 そんな訳で、秕はマギウスの翼に加入した。勿論、仲間が増えたなんて事は一ミリも思っていなかったが。

 黒羽根達は脆弱で、ひとりでは魔女を狩れない魔法少女ばかりだった。その癖、秕が自由行動をすると喧しく注意してくる。ひとりで魔女を狩れない癖に、生意気なヤツらだと思った。

 そんなヤツらに混ざって魔女狩りをするのは苦痛でしかない。元々集団は苦手だし、こういう組織には向いていないのだろう。向こうも秕を疎ましく思っているようだったし、秕としては直ぐに抜けたい気分だった。だが、神浜以外の街には魔女が居ない。我慢するしかなかった。

 そんな秕が組織に留まり続ける事が出来たのは、ある黒羽根のお陰だった。

 

 

 生方夏々子と名乗ったその黒羽根は、お人好しで器量も良いという秕の対極に位置する人間だった。

 彼女も弱い部類の魔法少女らしく、魔女狩りをしていた時にピンチに陥った事があった。それを秕が助けたのだ。

 助けたといっても、たまたま夏々子が秕の近くに居て、夏々子を狙った攻撃の余波を喰らいたくなかったから魔女を怯ませた。それが結果的に助けた事になったというだけの事だった。

 魔女を倒した後、夏々子は笑顔を浮かべて此方に近付いてきた。

「ありがと、助かったよ…吹綿秕さんだっけ」

「……」

 秕は答えず、さっさと帰ろうとする。こうすれば大体のヤツは関わる事を断念するのだが…夏々子は違った。

「ねぇ、せめて礼くらいは言わせてよ。アンタの人嫌いは分かっているけどさ」

「…なら構うなよ。それともアンタは人が嫌だと思う事を敢えてやるのが趣味なのか?」

「別にそんなのじゃないさ。ただ、礼を言いたいだけだって」

「…変なヤツだ」

 ため息をついて、秕は歩いて行く。後ろから夏々子が何かを言っていたが無視をした。

 これで追い払えただろう、そう思った。

 だが…その考えは甘かった。

 

 次の日から、夏々子がやけに絡んで来るようになった。

 魔女狩りの最中でも、マギウスの話を聞いている時も、冬天市に帰ろうとする時も着いてくる。はっきり言ってうざい。最後のは単純に帰り道が一緒だからという事だったが、それでも迷惑なのには変わりない。

「なんであたしに関わろうとするんだよ」

 ある時、秕は夏々子に言った。鋭い目で睨み付ける秕に対し、然し夏々子は動じずに答えた。

「アンタに興味があったからかな」

「迷惑だ。さっさと失せろ」

「そう言われて失せるヤツなんていないよ。アンタも、ひとりよりふたりの方が行動し易いだろう?」

「…あたしはひとりでいい」

 秕はそう言うが、実際のところ、夏々子が居た方が動きやすかった。向こうが勝手に自分に合わせてくれるし、他の黒羽根とトラブルを起こした時も夏々子が仲裁してくれる。何より彼女の固有魔法―風水の魔法は便利だ。わざわざ精神汚染で支配しなくても言う通りにしてくれるのなら、そちらの方がいいのではないか?

 秕のそんな考えを分かっているのかいないのか、夏々子は平然とした態度で言う。

「本当かい?アタシがいた方が、色々と便利な気がするよ?」

「……」

「何も、仲良くなりましょうって言っている訳じゃないんだ。別にいいだろう?」

 使えないと分かったら、切り捨てればいいんだからさ―夏々子はそう言って、どうなんだという目でこちらを見た。

 …変なヤツだと思ったが、確かに夏々子の言う通りではある。

 友達としてではなく、道具として傍に置いておく…それでいいじゃないか。こんな使い勝手のよさそうな道具は滅多に居ないのだし。

 秕は鼻を鳴らし、くるりと背を向けた。

「…勝手にしろ」

「どうも」

 表情を見なくても、夏々子がニヤリと笑っているのが分かった。

 何となくムカついたので、「夏々子」では無く「かかし」と呼んでやろうと思った。

 

 

 それから程なくして、マギウスの翼は解体された。

 ワルプルギスの夜とエンブリオ・イブが引き起こした大災害を見ていた時は面白いと思ったが、それだけだ。その後の「魔法少女の解放を平和裏に目指そう」という動きには心底ガッカリした。そんな事出来るわけ無いのに、馬鹿なヤツらだ。そこにマギウスのふたり―里見灯花と柊ねむが加わっていると知ると、落胆は更に大きくなった。

「…かかし」

 全てが終わった後、ワルプルギスの夜を撃退してその勝利に浮かれる魔法少女達を冷たい目で見ながら、秕は夏々子を呼ぶ。

「どうした?」

 夏々子も浮かれている連中を見ているが、その表情は秕とは異なり、優しいものだった。

「…アンタ、これからどうする?」

「どうするって?」

「あたしはあの中には入らないが、アンタはどうするんだ?」

「アタシはアンタについて行くつもりだけど」

「あそう」

 呟くと、秕は歩き出す。

 これ以上、この場に居たくは無かった。

 

 

 それから、秕と夏々子は冬天市と神浜市を行き来しながら活動していた。

 秕は神浜に足を運びたくなど無かったのだが、魔女は神浜の方が多い。なので仕方無く神浜に行き、魔女や使い魔、時には黒羽根を相手に戦っていた。魔女や使い魔はともかく、黒羽根を殺してしまうと面倒だったが、その場合は魔法で無理やり支配していたので問題は無い。

 そんな生活を続けていた時、夏々子からひとつの情報が齎された。

 

 いつもの様に夏々子が横で喋るのを聞き流しながら歩いていると、不意にひとつの名前が聞こえてきた。

「……で、その子…琴音咲っていうんだけど、その琴音さんが…」

 その名前に、秕は夏々子の方を向く。

 今、コイツはなんて言った?

「琴音…咲だと?」

「そうだよ。知ってるの?」

 そうか。

 咲も、魔法少女に…。

「…そうか、魔法少女になってたのか…ハッ!これは面白い!」

 秕は笑った。咲が魔法少女になり、しかも神浜に居る…このチャンスを、逃す訳にはいかない。

「…かかし」

「なんだい?」

「琴音咲の事を調べるぞ」

「いいけど…どうして?」

 夏々子は不思議そうに訊く。

「決まってるだろ…」

 秕は昏い笑みを浮かべ、夏々子の方を見た。

 

「あたしを裏切ったアイツを、絶望に突き落として終わらせる為だよ」

 

 あたしが味わった絶望を、アイツにも味あわせてやるんだ。

 

 …殺してやる。

 アイツだけは、絶対に。




秕の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。


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生方夏々子編 第1話『足を踏み入れた理由』

夏々子の魔法少女ストーリーです。


 生方夏々子が魔法少女になったのは、友達を占う為だった。

 夏々子は温厚な良識派で、周りへの気遣いも出来、ルールを守る様な模範的な少女だった。成績も良く、運動もそれなりに出来た為、周りからは非の打ち所が無い優等生だと認識されていた。

 優等生でありながら周りの行為に必要以上に干渉する事が無かった所為か、彼女を敵視したり妬んだりする人間は少なかった。ひとりも居ないという訳では無いがその数は片手で数えられる程度だった為、夏々子自身は特に気にしていなかった。

 家庭環境も平凡そのもので、特に変わった事情を抱えている訳でも無い。魔法少女の世界とは無縁でいる事だって出来たのだが…夏々子はそうせず、自ら魔法少女の世界へと飛び込んでいった。

 そして、その日から彼女の人生は大きく変わる事になる。

 

 

 全てのきっかけは、友達がテレビ番組の風水を信じた事だった。

「なんかさー、よく分からないけど東南に向かって歩くといい事あるらしいんだよねー」

「へぇ…」

 運命の人と会えたりするらしいよ!と嬉しそうに話す友達。夏々子は相槌を打ちながら話を聞いていた。

 別にそういったものを全く信じていない訳では無いが、信じているかと言われると微妙だ。人間は自分がいいと思った事象や考えを採用するものだ。占いだっていい結果が出れば信用するが、悪い結果は信用しない。つまり占いは「どう行動するか」の指標に過ぎないのではないだろうか。

 友達は嬉しそうだし、その方向に進んでいい事があったとしたらそれはそれでいい事だ。だから夏々子は余計な口を挟む事をせず、友達の話を聞いていた。

 

 だが、風水を信じてその方角に向かった友人に齎されたのは…幸運とは正反対の結果だった。

 

 

「どうしたのさ、そのケガ…」

 翌日、夏々子が友達の所に行くと、友達の腕には包帯が巻かれており、その表情は曇っていた。いつもは元気な友達の落ち込んだ様子に夏々子は驚いた。

「…昨日、テレビで見た方角に行ってみたんだ、そしたらデカい野良犬が居て、襲われた」

 友達の話によると、実際にその方角に足を運んでみた所、お腹を空かせた野良犬とバッタリ遭遇してしまった。慌てて逃げようとしたが、それより早く野良犬が飛びかかってきて腕を噛まれた…という事だった。

 その後、友達が野良犬に襲われていた所を通りすがりの人が目撃し、保健所に連絡。直ぐに保健所の人が来て、野良犬を連れて行ったらしい。腕を食いちぎられなかっただけマシだよね…と、友達は苦笑しながら言った。

「まあ、仕方ないか…上手く行くと思ってたんだけどなぁ」

 友達はため息をつく。それを見て、夏々子の中にひとつの決心が生まれた。

「…じゃあ、アタシがアンタを占うよ」

「え?」

「そりゃ、テレビみたいに本格的なものじゃないかもしれないけどさ…でも、アタシなりにやってみたいんだ」

「夏々子…」

「それに、アレだ…友達が悲しんでる姿は見たくないんだよアタシは」

 夏々子は少しばかり照れ臭くなり、ぶっきらぼうに言う。友達はじっと夏々子を見つめた後、いきなり飛び付いてきた。

「夏々子ー!アンタマジでいい子じゃん!」

「ちょ、いきなり飛び付くな!」

 夏々子は見事にひっくり返り、頭を打った。

 

 兎に角そんな訳で、夏々子は風水の勉強を始める事になったのだが…これが中々難しかった。

 もともと風水は古代中国の思想で、日本では風水が完全に成立する唐代以前の一部の理論のみが陰陽道や家相として取り入れられた事で、中国本土とは別の形で独自の発展を遂げた…とされている。更に、ネットで情報を漁ってみたところ、「近年、日本国内で風水という名称で行なわれている占いの多くは、風水そのものではなく、家相術や九星気学などのアレンジに過ぎない。」とあり、友達が見ていたテレビ番組の風水は厳密には風水では無かった可能性があるという事が判明した。ネットの情報なので嘘か誠かは判然としないのだが、折角だしと思い家相術や九星気学にも手を出す事にした。

 そんなこんなで苦労しながら勉強や研究を進め、一応占いが出来るだろうというレベルにまで到達した。後は友達を占うだけだ。

 だが…いざ占うとなると、躊躇ってしまう。自分の風水は完璧とは程遠いものだし、言ってしまえば、テレビでやっていたもの以下である。友人にとっては外れた占いだったが、テレビに出ているくらいだからプロが行っていたものだろう。単純な実力という世界では無い事は分かっていたが、どうも踏ん切りがつかないのだ。

 情けないな…とは思う。だが、自分の占いのせいで友達に何かあったらと思うと、どうもやる気が起きないというか、失敗を恐れてしまうのだ。

 

(参ったなぁ…)

 

 夏々子はため息をつく。これでは勉強した意味が無いでは無いか。この経験も自分の糧にはなるので無いなら無いでいいのだが、友達に言ってしまった以上はどうにか踏ん切りを付ける必要がある。

 どうしたものか…と思っていた時、転機があった。

 夏々子の前に、魔法の使者が現れたのだ。

 

 

「生方夏々子。キミの願いを何でもひとつだけ叶えてあげる。その代わり、キミには魔法少女になってほしいんだ!」

「…へ?」

 

 ある日、自室で悩んでいた夏々子の元にソイツは現れた。

 現れて早々「魔法少女になってほしい」なんて言うものだから、夏々子は困惑した。まあ当たり前の反応だといえる。

「…あー、何が何だかよく分からないんだけど、アンタ誰?」

「ボクはキュゥべえ。いきなり過ぎたね。今から説明するよ」

 キュゥべえの説明を聞いた夏々子は驚くより先に「なるほど」と思った。

 確かに驚きはあるが、それだけだ。寧ろ、面白いとさえ思えた。

 魔法少女という、自分が見た事の無い世界…それを知る事もまた、自分に益を齎す筈だ。

 それに、キュゥべえは何でもひとつだけ願いを叶えてくれると言った。なら、自分が今抱えている問題も解決するのでは無いか。

「キュゥべえ」

「なんだい?」

「魔法少女…だっけ。なるからさ、願いを叶えてよ」

 キュゥべえは驚いた。実際には表情は変わらなかったしそもそもキュゥべえに感情という概念があるかどうかさえ分からないのだが、夏々子は漠然とそう思った。

「珍しいね。キミの様に即断する人間はあまり居ないのだけれど」

「ダメだったかい?」

「まさか。願いを言うといい」

「ああ。アタシは―」

 

 ―自分の占いに信憑性が欲しい。

 

 …こうして、夏々子は魔法少女となり、「風水」の魔法を手に入れた。

 風水の魔法の効果はてきめんで、夏々子の占いはよく当たると評判になった。友人を占う事も出来、夏々子に言われた通りに行動したら運命の出会いがあったと大はしゃぎしていた。

 これで一件落着。肩の荷がひとつ降りたと夏々子はほっとした。

 魔法少女になり、魔女と戦う使命を負わされたものの、全体としてはプラスの結果に落ち着いたといえるだろう。

 だが…魔法少女になった事で夏々子の日常は大きく変化する事になる。否、魔法少女になった事というより、魔法少女になった事で出会ってしまったある人物の所為といった方が正しいか。

 勿論―この時は自分の日常が大きく変わる事になるなんて、分かりはしなかったのだけれど。




今回の話はhidon様の原案を元にして執筆しました。
この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

また、作中の風水についての説明はWikipediaを参考にしております。



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生方夏々子編 第2話『解放を目指す理由』

 水晶で出来た槍が魔女の胴体を穿つ。

 その一撃が致命傷となり、魔女は声もあげずに消滅した。

 後に残されたグリーフシードを拾い上げて、夏々子はほっと息をつく。

 魔法少女になってからしばらくの時間が経過したが、矢張り魔女との戦いは慣れない。人型ならまだ良かったのだが、相手は気味の悪いバケモノで意思疎通も出来ない。ただただ自分を害そうと攻撃してくるだけの存在なのだ―最初に魔女を見た時は、しばらく夢でうなされた。

 場数は踏んできたとはいえ、命懸けの戦いを繰り広げている事には変わりない。だからといって魔法少女になった事を後悔しているだとか、そういった事は無いのだが…どうにも複雑というか、もやもやしていた。まあ何はともあれ、今日も生き延びる事が出来たのでいいのだが。

 下校途中に魔女反応を探知した為、通学用カバンを持ったままだし服装も制服のままだ。門限は特に無いが、遅くなると叱られるだろう。

 ポケットの中にグリーフシードがあるのを確かめ、帰りに飲み物でも買って帰ろうかと思いつつ歩き始めた。その時―

 

「ねえ」

 

 背後から急に声を掛けられ、夏々子は振り返る。血のように赤い夕焼け空の下、お下げ髪の少女が立っていた。

 まだ幼い。外見だけを見ると、夏々子よりずっと歳下の少女だった。

 だが―夏々子はその少女を見てぞっとした。少女の目には光が無く、命令に忠実なロボットをイメージしてしまったからだ。

「な、何?」

 夏々子はやや上ずった声で返事をする。少女は無機質な口調で言った。

「あなたは運命を変えたい?」

「へ?」

「運命を変えたいなら神浜市に来て。神浜市で魔法少女は救われるから」

「…何を言ってるんだ?」

 いきなりの事で夏々子は混乱した。しかも、瞬きをした瞬間―その少女は消えていたのだ。

 なんだったんだ今のは―夏々子は呟き、しばらく硬直していた。

 幽霊…という事は無いだろう。幻覚か何かだろうか。(いず)れにせよ、奇妙な体験ではある。

 夏々子がやっと足を動かそうという気になったのは、それから数分後の事だった。

 

 その時はそれで終わりだったのだが、どうにも少女の言っていた事が頭から離れない。神浜に何があるというのだろうか。

 どうにも気になって仕方が無い。なので数日後、夏々子は神浜市に向かった。

 

 

 神浜市で、夏々子は白や黒のローブを着た少女達と出会い、マギウスの翼という組織に勧誘された。

 話を聞いてみると、彼女達は魔法少女の解放を目指しているとの事だった。魔法少女の解放が少女の言っていた「魔法少女が救われる」事だとしたら辻褄が合う。

「その話、もう少し詳しく聞いてもいいかい?」

 興味が湧いたのでそう言うと、少女達は解放について詳しく教えてくれた。

 そして…夏々子はそこで初めて、魔法少女の真実を知る事になった。

 

 

「なるほど…」

 話を聞き終えた夏々子は深い溜息をついた。

 まさか、魔法少女が抱えるリスクがここまで大きいものだったとは…呑気に契約した自分が馬鹿らしくなってくる。これも自分を成長させる糧になる…と思うが、どうにもポジティブになりきれない。

 ソウルジェムを破壊されて死ぬというのは、まあ受け入れられる。いくら魔法少女といえども無敵では無い。ギリシア神話に登場する英雄アキレウスの弱点が踵だった様に、魔法少女にもそういった弱点が存在しているというだけの話だ。

 だが…魔法少女の魔女化については、確かに深刻な問題だった。昨日まで隣に居た友達が魔女と化し、それを殺さないといけないなんて想像もしたくない。そうやって魔女化し続けた少女達を殺した末に、に自分も魔女になって呪いを振り撒く存在と化す…悪夢としか言い様がない話だ。

 魔法少女が抱えるリスクから解放されたいと思うのも、当然の事だろう。マギウスの翼に入って、負の連鎖から解放されるなら…答えはひとつだった。

 夏々子はローブの少女達に頭を下げ、言った。

「…アタシもマギウスの翼に入っていいかい?」

 リスクから解放されるなら、入った方がいいだろうし、神浜で魔女を狩れるという事も大きい。いい事づくめのように思えた。

 それにこの経験も、自分を成長させる糧になる筈だ。

 少女達は夏々子を歓迎し、「解放の為に頑張りましょう」と口々に言った。

 それに何処か狂信的なものを感じながらも、夏々子は頷いた。

 

 こうして、夏々子はマギウスの翼の黒羽根として活動を始める事になった。

 

* 

 

 マギウスの翼には弱い部類の魔法少女が多く、夏々子より弱い魔法少女も沢山いた。

 固有魔法も手伝って着実に戦績を上げ続けた夏々子は白羽根にこそならなかったものの、黒羽根のまとめ役として行動する事が多くなっていった。

 その中で、夏々子が興味を持った黒羽根が居た。吹綿秕という黒羽根で、実力は夏々子と同じかそれ以上。ひとりでは魔女を狩れない魔法少女も多い黒羽根達の中では別格だったが、性格に難が有るため彼女を慕う人間は少なかった。

 秕は単独行動を好み、夏々子の指示も聞かずに飛び出す事もあった。それを他の黒羽根が注意しても何処吹く風といった様子で聞き流す。唯我独尊を形にした様な人格だった。

 そんな秕と関わる事になったのは、ある出来事が切っ掛けだった。

 

 魔女との戦いの最中の事。

 占いに集中している夏々子を、魔女が攻撃しようとした。

 夏々子の固有魔法は戦闘においても効果を発揮する物で、敵の弱点を導き出す事が出来る。その時も固有魔法を使って弱点を導き出そうとしていたのだが…そこを狙われた。

 無防備な夏々子は魔女の攻撃を受けて吹っ飛ばされた。後方に居たはずだが、想像より相手の攻撃の射程が長かったのがいけなかったらしい。魔女は小さく、攻撃の範囲も狭いと高を括っていたが…どうやら夏々子の予想は外れたようだ。

 地面をごろごろと転がる。直ぐに起き上がるが、その時には魔女は二発目の準備を終えていた。勿論、狙いは夏々子だ。

「しまっ…」

「夏々子さん!」

 黒羽根の悲鳴が聞こえる。回避は不可能だと悟り、夏々子は目を瞑った。

 然し、いつまで経っても衝撃はやってこない。それどころか魔女の悲鳴らしき奇妙な音が聞こえて、夏々子は思わず目を開けた。

 魔女の胴体にはダガーが突き刺さっていた。どうやらそのおかげで魔女が怯み、攻撃がキャンセルされたらしい。

 ダガーを突き刺した張本人―吹綿秕はフンと鼻を鳴らすと、突き刺さったままのダガーを横に振り抜く。その一撃が致命傷となって魔女は消滅し、秕の手にはグリーフシードが握られていた。

 

 結界が解除され、黒羽根達も解散した後、夏々子は秕に声をかけた。

「ありがと、助かったよ…吹綿秕さんだっけ」

「………」

 秕は答えず、さっさと歩いていく。だが夏々子は秕の人格を何となく理解していたので、特に気にせずに秕を引き留めた。

「ねぇ、せめて礼くらいは言わせてよ。アンタの人嫌いは分かっているけどさ」

「…なら構うなよ。それともアンタは人が嫌だと思う事を敢えてやるのが趣味なのか?」

「別にそんなのじゃないさ。ただ、礼を言いたいだけだって」

「…変なヤツだ」

 ため息をついて、秕は歩いて行く。

「あ、ちょっと…」

 呼び止めるが、彼女が振り向く事は無かった。

 変なヤツだな、と思いながらも、何処かで彼女に興味を抱いている自分が居た。



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生方夏々子編 第3話『一緒に居る理由』

 秕に助けられたその日から、夏々子は秕に絡む様になった。魔女狩りが終わり、解散する時になるといつも秕にくっついて一方的に話す様になったし、マギウスの話を聞く為に聖堂に居る時も秕の近くて話を聞いていた。秕は夏々子と同じく冬天市に住んでおり、帰りの電車も一緒だったのは―流石に偶然だったのだが。

 秕には悉く無視されていたが、夏々子はめげなかった。

 この経験も、自分の糧になるとわかっていたから。

 

「なんであたしに関わろうとするんだよ」

 ある時、秕はいつもの様に絡んでくる夏々子に呆れた声で言った。鋭い目で睨み付ける秕に対し、夏々子は動じずに答えた。

「アンタに興味があったからかな」

「迷惑だ。さっさと失せろ」

「そう言われて失せるヤツなんていないよ。アンタも、ひとりよりふたりの方が行動し易いだろう?」

「…あたしはひとりでいい」

 秕はそう言うが、夏々子は「秕に切り捨てられる事は無い」と確信していた。自分が居た方が動きやすい筈だし、そうなる様に行動してきたつもりだった。客観的に見てもここで自分を切り捨てるのは得策では無いだろう。

「本当かい?アタシがいた方が、色々と便利な気がするよ?」

「……」

「何も、仲良くなりましょうって言っている訳じゃないんだ。別にいいだろう?」

 使えないと分かったら、切り捨てればいいんだからさ―夏々子はそう言って秕を見る。

 なんだかんだ言ってコイツはお人好しの気がある。要はツンデレなのだ。そうでなければあの時に夏々子を助けたりはしないだろう。

 案の定、秕は鼻を鳴らしてくるりと背を向け、言った。

「…勝手にしろ」

「どうも」

 夏々子はニヤリと笑う。

「…アンタ、夏々子って言ったっけ」

「そうだよ。よく覚えてたね」

「じゃあ今度からアンタの事かかしって呼ぶから」

「かかし?」

 口に出してみて気付いた。「夏々子」は「かかし」と読めなくも無い。

 ひねくれたヤツだなぁと思いつつ、夏々子はそれを了承した。自分も秕に何かあだ名を付けようとしてみたが、いいあだ名が思い浮かばなかったのでやめる。

 

 こうして、夏々子と秕の歪な関係が生まれたのだった。

 

 

 その後、マギウスの暴走により、マギウスの翼もどんどん過激になっていった。

 夏々子自身も受信ペンダントで操られ、環いろはを初めとした敵対者を消す為に行動する事になった。その時の記憶はなんだか朧気でよく覚えていない。気付いたら受信ペンダントの大元であるウワサは倒されており、自我を取り戻していた。秕に操られたのかどうか聞いてみたが、答えは無かった。だがいつもより苛立っていたので恐らく操られていたのだろう。

 夏々子はそれに苦笑しながら、マギウスはもう終わりだなとぼんやり思った。

 

 

 その予想通り、程なくしてマギウスの翼は解体した。彼女達は環いろは達と合流し、「魔法少女の解放を平和裏に目指そう」という方針で動く事になったようだった。夏々子はそれでいいのではないかと思ったが、秕はマギウスや羽根達の決断にガッカリしている様で、小さな声で「馬鹿なヤツらだ」と吐き捨てていた。

「…かかし」

 ワルプルギスの夜を撃退して全てが終わった後、勝利に浮かれる魔法少女達を微笑ましいものを見る目で見ていた夏々子を、秕呼ぶ。彼女は夏々子とは対照的に、魔法少女達に冷たい視線を向けていた。

「どうした?」

「…アンタ、これからどうする?」

「どうするって?」

「あたしはあの中には入らないが、アンタはどうするんだ?」

 マギウスの翼は解体し、秕は行く場所を失った。素直に環いろは達に合流すればいい話なのだが、秕が死んでもそうしない事は夏々子もよく分かっている。なので、

「アタシはアンタについて行くつもりだけど」

 彼女達と進むより、秕と居た方が面白そうだった。それに…唯我独尊気味で危ういこの少女を放っておけなかったという事もある。

「あそう」

 呟くと、要は済んだとばかりに秕は歩き出す。

 夏々子は一瞬だけ環いろは達の方を振り返ってから、秕を追いかけた。

 ここで環いろは達に合流していればまた何かが変わったのかもしれないが…夏々子は秕と居る事を選んだ。

 この選択をした事に後悔はしていないが…正しかったのかどうかは、分からない。

 

 

 その後、秕と夏々子は冬天市と神浜市を行き来しながら活動する事にした。

 秕は神浜に行く事を嫌がっていたが、魔女は神浜の方が多い。なので夏々子が説得し、神浜行きを認めさせたのだ。

 魔女や使い魔と戦うのは良い。だが…秕は黒羽根(もう黒羽根では無いので元黒羽根の魔法少女と読んだ方が正しいか)ともトラブルを起こし、戦闘になる事があった。

 最初に秕が黒羽根と争っていた時、夏々子はどちらにつくか迷っていた。秕の側につくのが道理だろうが、相手は魔法少女で、元仲間だ。どちらの側にも立てなかった。

 なので夏々子は、

「秕、狙うならアイツの右腕だ。で、アンタは秕の左足を狙うといい」

 対人戦では中立を貫く事を決めた。

「かかし!なんで敵にもアドバイスしてるんだ!」

 秕の怒号。然し夏々子は怯まずに応じる。

「うるさいよ秕。対人戦じゃアタシは中立なんだよ!」

「お前―」

「嫌ならソイツを殺した後にアタシも殺せばいい話だろ!使えないと分かったら、切り捨てればいいだけの事だ。アンタが何と言おうと、これだけは貫かせてもらうよ!」

 この後に及んで何が中立だと自分でも思ったが、こうするしかなかった。

 …こうしないと、自分の中で、踏み越えてはいけない一線を踏み越えてしまう気がしたから。

 

 

 結局、秕は黒羽根を殺してしまった。

 してはいけない行為だ。それは分かっている。

 だが―夏々子には秕を咎めるつもりは無かった。

 自分が止めても秕はこうしていた気がした。ならばいっその事この行為を秕の個性と割り切って傍観すればいい。自分でも嫌な考え方だと思ったが、他に方法が無かった。

 ダガーに付いた血を振り落とした秕はこちらを見る。その目に宿るのは敵意と―僅かばかりの逡巡。

「…アタシを殺すかい?」

 夏々子は静かな声で訊く。

 暫くの沈黙の後、秕は答えた。

「…いや」

 秕は変身を解除し、スタスタと歩いて行く。夏々子も変身を解除し、それを追い掛けた。

 結局、なんだかんだ言って秕も独りぼっちになりたくないのだろう。

 だからこそ隣に居るのだが…それを口に出す事はしない。自分が秕を受け入れればそれでいい話なのだから。

 

 …歪で、いつ壊れるかも分からない関係ではあるけれど。

 今はまだ、それを維持していたかった。




夏々子編はこれで終わりです。


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水無月霜華編 第1話『映えある生の為に』

霜華の魔法少女ストーリーです。


「…なんでも願いを叶えてくれるの?」

「ああ、どんな願いでも叶えてあげられるよ」

「なら、映えある生と唯一無二の死を私に与えて」

「映えある生と…唯一無二の死?」

「そう。今まで生きてきた、幽霊みたいな生から抜け出したいの。だって…」

 

 ―人生は一度きり。なら価値のあるものにした方がいいでしょう?

 

 

 水無月霜華の人生を一言で表すなら「空虚」だろう。

 両親とは幼い頃に死別し、親戚に預けられて育てられた。ここまではいい。両親の愛は得られず、親戚も自分を厄介者扱いしている節があるものの、まあこのくらいならよくある悲劇といえる。平凡の域を出ない、退屈で有り触れた悲劇だ。

 だけど、そこからが地獄だった。

 普通の少女として過ごして、気付いたら生に関心が無くなっていたのだ。

 別に口下手という訳でも無いのに友人は中々出来ない。それどころか人の汚い部分を見過ぎてしまった為、人間という生き物を全く信用出来なくなってしまった。

 自分と仲良くしていた友達が自分の陰口を言っていた、信用していた先生が生徒にわいせつ行為をして逮捕された…そういう事が、自分の周りで起きる事が増えたのだ。

 中でも最悪だと思ったのが、霜華が中学生の時に学年中を挙げてひとりの女生徒をいじめたという事件が起きた事だった。元々何処かズレていたその女生徒を奇異に思った何人かの生徒がSNSをフルに活用して女生徒へのいじめを始めた。軈てその活動は学年中に拡がっていき、面白いからという理由で便乗する輩やいじめに快感を覚えた輩…そういう連中が増えていき、遂にはほとんどの人間が女生徒へのいじめ行為に加担していったのだ。

 こうなると頼りになるは教師のみ。然しその教師でさえ、この問題に見て見ぬふりをした。

 いじめ防止集会とやらでは「いじめは良くない」だの「いじめを無くそう」だのといった綺麗事を言っているのに、いざいじめが起こると「個性が有る限りいじめは無くならない」と見て見ぬふりだ。ならいじめを無くそうなんて言うなよと霜華は思い、その日から教師を信じる事をやめた。

 (やが)てその女生徒は学校に来なくなった。風の噂では自殺したとの事だったが真偽は不明だ。兎に角そういう事があって霜華は自分を含む「人間」という生き物を完全に信用出来なくなってしまったのだった。だから表面では愛想良く振舞っていても、内心では誰も信用していない。

 その人間不信が、霜華の人生を空虚なものに変えてしまった要因である事は言うまでもないだろう。

 

 「ただ一度きりしかない為、生は激しく、貴い。一瞬にして永遠であるため、死は重く、尊い。故に生は映えあるものでなくてはならないし死は唯一無二であるべきだ」

 幼い頃からそんな持論を持っていた霜華だったが、自分の人生はその持論とは対極にあるものだった。

 空虚で有り触れた生と、軽く、ゴミのように扱われる死。

 いつしか霜華は汚れた世界の中で持論を掲げる事に疲れていた。

 

 

 ある日唐突に、人生に飽きた。

 このまま生きていても変わらない日々が続くだけだ。友達も家族も居らず、人を信用出来ぬまま孤独に一生を終える…そのビジョンがはっきりと脳裏に浮かんだ。

 ならいっその事、死んでしまおうか―諦観の中で、霜華はそう考えた。別に難しい事では無い、死への恐怖なんてものはとっくに無くなっていたし、自分のいのちをこの世から消し去る事なんて、中学の試験問題より簡単な事だ。

 死への憧れは日に日に大きくなっていった。どうせ何も変わらないのだから、死という新しいステージに踏み出すのも悪くないのではないか。

 そんな事を思い、そして遂に実行に移す事を決めた時―霜華はキュゥべえと出会った。

 

「ボクと契約して魔法少女になってよ!」

 唐突に現れ、そんな事を言った不思議な獣に、然し霜華は動じない。

「魔法少女ってなに、そもそもあなたは誰」

 平坦な声で訊いた霜華に、キュゥべえは魔法少女の事を話した。勿論、いつもの様に重要な部分は話さず、必要な事しか話さなかったが。

 話を聞いた霜華は「…そう」とだけ呟いてキュゥべえに背を向けた。

「悪いけど、そんな胡散臭い話を信じられるほど単純じゃないの」

「…そうか。それなら仕方ない。契約を強制する事は出来ないからね」

 思ったよりあっさりと引き下がったが、まあいい。

 霜華はその場を後にして、自分の家に帰る為に歩き出す。

 それきり、キュゥべえが持ち掛けた不思議な契約の事は忘れてしまった。

 

 

 それからも度々、死にたいという衝動に襲われる事があった。

 その度に自殺を試みようとしたのだが…全て失敗した。自分のせいでは無い。自殺を試みる度に、キュゥべえが邪魔してきたのだ。

 

「…契約は強制しないって言ったのに」

「ボクから強制はしないというだけだよ。それに、契約出来る少女を失うのは勿体無いからね」

 いけしゃあしゃあとそんな事を言うキュゥべえに、霜華はちいさく溜息をついた。

「合理的なのね」

「ボクからしてみれば、余計な感情で動かされる人間は理解出来ないよ」

 それで、どうするんだい―キュゥべえの問いに、霜華は首を横に振る。

 確かに、契約すれば自分の願いが叶うかもしれない。

 だが、確証が無い為首を縦には触れなかった。それは裏を返せば、確証さえあれば契約する可能性はあるという事である。

 そして、キュゥべえからの何度目かの誘いを断ったその日に、霜華は確証を得る事になった。

 

 キュゥべえと別れて帰る途中に、周りの景色が変化した。

 見慣れた街並みが不思議な空間に変わり、辺りには明らかにヒトでは無いバケモノが跋扈し始める。

 霜華は直ぐに、結界に引き摺り込まれたのだと理解した。

(キュゥべえの話は本当だった…と)

 辺りを警戒するが、その時には既に魔女の使い魔の攻撃を受けていた。

 背中に何かがクリーンヒットし、霜華の躰は飛ばされていく。地面に胸を強く打ち、肺の中の空気が吐き出された。

「かふっ…」

 意識が遠くなる。使い魔は無感情に二発目の攻撃を放ってきた。それは動けない霜華にヒットし、地面をゴロゴロと転がりながら血反吐を吐く羽目になった。

 このまま死ぬのか。

 なら、それでもいい。

 霜華は観念して目を閉じる。と、そこに聞き慣れてしまった声が聞こえた。

「本当にそれでいいのかい?」

「…キュゥべえ」

 目を開けると、頭の横にキュゥべえの姿があった。

「このままだとキミは死んでしまう。無為に人生を終わらせるなら、魔法少女になって生まれた可能性に賭けてみたらどうだい?」

 確かにそうだ。

 確証は得た。それに魔法少女になれば…自分の持論を貫き通せるかもしれない。

 目の前に垂れ下がった蜘蛛の糸。

 銀色に輝くそれを、掴む時じゃないのか。

 

 暫くの間があったように思えたが、実際は一瞬だった。

 霜華は頭の中でキュゥべえに言う。

「…なんでも願いを叶えてくれるの?」

「ああ、どんな願いでも叶えてあげられるよ」

「なら、映えある生と唯一無二の死を私に与えて」

「映えある生と…唯一無二の死?」

「そう。今まで生きてきた、幽霊みたいな生から抜け出したいの。だって…」

 

 ―人生は一度きり。なら価値のあるものにした方がいいでしょう?

 

 霜華の言葉を聞いたキュゥべえは「キミがそれでいいなら」と了承した。

「契約成立だ。受け取るといい」

 霜華の胸から、光る宝石が生み出される。

 それを受け取った霜華を眩い光が包み込み…。

 

 光が収まると、そこには藍色のバイクスーツを身に纏い、超大型バイクに跨った魔法少女が立っていた。

 魔法少女―水無月霜華は使い魔を見据えると、バイクのエンジンを始動させる。

 そして次の瞬間には…バイクで勢いよく使い魔を轢いていた。

 

 新たな魔法少女が、誕生した瞬間だった。




霜華の魔法少女ストーリーは矢吹風月様の原案を元にして執筆しています。
この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。


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水無月霜華編 第2話『唯一無二の死の為に』

グロ注意。


 魔法少女になった日から、霜華の人生は大きく変化した。

 価値ある生と唯一無二の死の為に、魔女と戦う日々。弱き魔法少女を助け、強き魔女を挫く、そんな英雄のような生き方。テリトリーを無視して活動を続けていた為、他の魔法少女に恨まれて襲われる事もあったが、その尽くを返り討ちにしていた。その所為で「亡霊狩り」という異名が付いたがそれはどうでもいい事だ。

 悪くは無い生活だ。自分の信条は貫けるし、このまま続けていればいつか自分に相応しい死が訪れるだろう。他の面では相変わらずだったが、魔法少女になる前と比べたら格段に安定した生活を送れていると評価出来る。

 価値ある生は得られた。弱い魔法少女や一般人を救う事は、自分の人生に価値を付加する行為に他ならなかったし、それによって満ち足りた人生を送れている。喜ばしい事だ。

 だが―もうひとつの、唯一無二の死については全く進展は無かった。別に自殺したい訳では無いが、自分だけの死に方を追い求めているのは事実だ。魔女や魔法少女と戦えば、必然的にそれが得られるだろうと、そう思っていた。

 然し、その考えは間違いだった。自分の固有魔法の所為で、霜華は死から遠い存在となってしまったのだ。

 霜華の固有魔法は「既視感」という、デジャヴを操る魔法だ。魔法が発動するとまるでその事象を体験したかのよう行動する為、魔法には見えにくいが歴とした魔法である。

 かなり強力な魔法ではあるのだが、霜華にとっては嫌悪の対象だった。デジャヴを感じている間はどんな状況に於いても死ぬ事が出来なくなる。加えて、霜華自身には制御が出来ない為にいつ発動するかは分からない。この魔法に振り回され、苛ついた事は一度や二度ではないのだ。その所為で自壊衝動に苛まれる事が増えたものの、「それは私の望む死じゃない」と自分に言い聞かせる事で耐えていた。

 そんな魔法を持っているからなのか、或いは弱い魔法少女の間で話が広まったのか、それは分からないが…気付いたら、霜華は市内最強の魔法少女という称号を得ていた。丁度街の顔役であった日向美雪が隣街に引っ越した事もあり、霜華がその後釜に祭り上げられそうになったりもしたがそれは固辞した。霜華はどちらかというと孤立主義だったので、集団を率いるという行為は向いていないと思ったからだ。

 自分の信条に殉ずる事は難しく、望む結末に至る道は果てしなく長い。霜華は自分が望む結末を求めて彷徨い、戦い続けていた。

 だが、そんな時に魔法少女の真実を知る事になり、彼女の道に暗雲が立ち込め始める事になる。

 

   *   *   *

 

 ある日の事。

 その日も、霜華は結界で魔女と戦っていた。

 固有魔法が発動し、死ねないという状況に苛々しながらも魔女に自分の武器―超大型バイクを叩き付け、怯ませた所に副武装である大型拳銃で発砲。魔女を苦もなく仕留めた。

 魔女が倒れた後に残されたグリーフシードを拾い上げ、結界が解除された事を確認した霜華はさっさと帰ろうとする。

「ありがとう、水無月君」

 後ろからそんな声が聞こえたので振り向くと、結界に引きずり込まれていた男性―森岡誠司が微笑んで此方を見ていた。先程まで死ぬか生きるかの状況に立たされていたというのに、余裕そうな表情である。

 霜華は無言で頷き、それから「ジュース奢って」と言った。特に理由は無い。

 森岡は驚いた様に目を丸くした。霜華がこういった事を頼むのは珍しかったからだ。彼とは以前から面識があったが、霜華が彼に頼み事をしたのはこれが初めてだった。

「いいけど…珍しいね、君がそういう事を言うなんて」

「…悪い?」

「いやいや、そうは言ってないよ。どれでも好きなものを選ぶといい」

 森岡は近くの自動販売機でジュースを買い、霜華に渡す。霜華は「ありがと」と礼を言い、さっさと歩いて行った。

 歩きながらジュースを飲む。火照った身体にちょうどいい冷たさだった。直ぐに飲み終え、近くにあったコンビニのゴミ箱に缶を捨てる。

 特にやる事も無かったのでこのまま帰ろうと思い、また歩き出そうとした。然し不意に誰かの魔力反応を感じたので立ち止まり、出処を探る。

 かなり近い。ここにはコンビニがあるので意外と多く人が集まる。放っておくのは宜しくないだろう。

 霜華は魔力反応を探りながら歩いて行き、結界を見つけ出した。

(…誰か入ってる?)

 どうやら、先に誰かが結界に突入している様だった。自分は必要ないかもしれないが、念の為に入っておいたほうがいいだろうと考え、その通りにした。

 

 廃墟と化した遊園地。

 辺りには醜悪な着ぐるみが沢山いる。多分、魔女の使い魔だ。

 魔女の魔力反応と思われる反応はもっと奥の方だ。使い魔は霜華を見ると襲いかかってきたが所詮数だけだ。霜華の敵では無かった。

 使い魔を薙ぎ払い、奥へと進む。

 その途中―

 

「―ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」

 

 誰かの絶叫が聞こえて来て、霜華は足を早める。

 そして、辿り着いた結界の奥で見たものは―。

 

「いやだ…っ、たすけ…ひぎぃっ!?」

 

 鋭い牙が目を引く、醜悪なメリーゴーランド。

 そして―その牙に穿かれ、噛み砕かれた少女らしき肉の塊。

 衣装はボロボロで、ほぼ全裸。その身体は自らの血で真っ赤に染まり、かつて乳房があったであろう箇所には大きな穴が開き、腹部からは内蔵が零れ落ちていた。血と涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔には悲痛が刻み込まれている。額にはソウルジェムと思われる黒く濁った宝石があった。魔力が尽きている証拠だ。

 メリーゴーランドから少し離れた場所には、ヒトの腕と脚が落ちていた。この少女のものであるという事は一目瞭然だ。

 惨い―霜華は吐き気を堪えながらメリーゴーランドの化け物に接近、思いっ切りバイクでぶん殴る。これで魔法少女は解放される―筈だった。

 

「ぎ゙ゃ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!ぐ…ぎ…ッア…ッ!」

 

 魔女は魔法少女を解放した。

 但し、()()()()()。下半身はそのまま喰い千切った。

 魔法少女はボトリ、という音と共に床に落ちる。ヒクヒクと痙攣しており、白目を剥いていた。

 誰が見てももう手遅れだ。霜華は唇を噛む。

 そして…その直ぐ後に、驚くべき事が起こった。

 

「…は?」

 

 思わず惚けた声が出る。

 無理も無い。魔法少女のソウルジェムが完全に濁り切った瞬間、力無く倒れていた魔法少女がふわりと浮き上がり―衝撃波と共にソウルジェムがグリーフシードに転化したのだから。

 霜華の前に居た筈の魔法少女は、魔女に変化し、メリーゴーランドの魔女―子喰いの魔女に襲い掛かる。

 霜華は状況が理解出来ず、立ち尽くしていた。

「彼女も魔女になったみたいだね」

 足元から声。いつの間にか現れたキュゥべえは、無感情に魔女同士の戦いを見ている。

「…これはどういう事?」

 霜華はやや掠れた声で訊く。それに対して、キュゥべえはいつもの様に真実を伝えた。

 

 話を聞き終えた霜華の胸に過ぎったのは、絶望。

 キュゥべえの掌で踊らされていた事に対するものでは無い。魔女化してしまえば唯一無二の死は得られなくなる。それを恐れての事だった。

 目の前では、魔女同士が争っている。子喰いの魔女が一方的に蹂躙しているという形ではあったが、霜華を他所に激しい戦闘を繰り広げている。

 (やが)て、自分もこうなってしまうのだろうか。

 霜華は足元に居るキュゥべえに視線をやり―それから、目の前で争う魔女を見て嫌悪感を剥き出しにした。



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水無月霜華編 第3話『自らの信条の為に』

 それからの事は曖昧だった。

 どうやって二体の魔女から逃げきれたのかは分からない。気付いたら結界を出て、日がすっかり落ちた街を歩いていた。

 霜華の脳裏には先程の光景が(しっか)りと焼き付いている。魔法少女の魔女化という不快な真実―恐らく多くの魔法少女が翻弄されてきたであろうその運命に、霜華も呑み込まれていたのだ。

 これでは、何の為に魔法少女になったのか分からない。何の為に生きてきたのか分からない。自分がこれまでやってきた事を、否定された様な気分になった。

 重々しい気持ちが溜息となって漏れる。陰鬱な気分を覚えながら、霜華は自宅へと歩みを進めた。

 

   *   *   *

 

 その日から、霜華はより一層魔女狩りに精を出す様になった。

 閉じ篭っていてもソウルジェムに穢れは溜まる。現実逃避は時間の無駄でしか無い―その事はよく分かっていたからいつも通りの生活を続けた。ただ、以前より魔女狩りの頻度が高くなっただけだ。

 魔女になって死ぬなら、戦いの末に死んだ方がいい。それまでは分が悪ければ逃走するという選択肢も(僅かではあるが)視野に入れていたが、現在は逃げるという選択肢を排除し、自分を害そうとするものを片っ端から返り討ちにしていった。霜華自身、他の魔法少女のテリトリーを侵害しているという自覚はあったので他の魔法少女のグリーフシードを奪うという行為に出る事は無かったが、自分のグリーフシードを奪おうとする輩には容赦無く対処していた。何人かは霜華との戦闘が切っ掛けで魔女化したようだったが、知った事では無い。

 傍目から見れば自暴自棄としか思えない行動だろう。魔女を討伐した後、襲い掛かって来た魔法少女と続けて交戦するなんて、自殺行為もいい所だ。だけど霜華は必死だった。誰かが殺してくれる事を、自分が満足出来る死を(もたら)してくれる事を祈り、必死に戦っていた。

 …結局、固有魔法や霜華自身の実力により、その機会が訪れる事は全くと言っていい程無かった。それに苛立ち、また戦闘を重ねるという悪循環。霜華はそれに疲れ切っていた。

 ただ、それだけではなかった。

 いつの間にか、何処かでその状況を渇望していた自分が居る事に気付いた。それを自覚した事で次第に疲れよりもそちらの感情の方が勝っていき―霜華は、闘争を求める様になっていった。

 ()()()

 ()()()()()()()()()()()

 私は生きている。

 死に向かって、今を必死に生きているのだ。

 戦えば戦う程、霜華は満たされていく。

 自分の信条に向かい、歩んでいける。

 ソウルジェムは光り輝き、霜華の生き生きとした気持ちを反映しているかの様だった。

 

 紆余曲折あったものの、魔法少女の真実は霜華にとってプラスの方向に働いたのだ。

 

   *   *   *

 

 ある日を境に、魔女に遭遇する機会が減ってきた。

 最初は気にもとめなかったのだが、日を経るにつれ魔女の減少の影響が目に見えて現れてくるようになった。魔女は減ったが魔法少女は減っておらず、その戦闘でグリーフシードを消費した結果、グリーフシードのストックが減ってきたのだ。

 もしや、狩りすぎたのだろうか―そう思い、試しに隣街に足を運んでみた。だが隣街―陽ヶ鳴市でも魔女が減っているらしく、魔女に出会う事は無かった。ふたつの街は元々魔女が少ない街ではあるが、それでもこれはおかしい。

 魔女が減る事は良い事ではあるのだが、魔法少女にとっては文字通り死活問題だ。どうしたものかと思っていた時、ひとつの電話が掛かってきた。

 

「…もしもし、水無月君かい?唐突で済まないけど…君、神浜に行く気あるかな?」

 電話を掛けてきたのは森岡誠司だった。

「神浜?」

 聞いた事はある地名だが話が見えず、霜華は困惑する。

「実はね、ちょっと用が出来て神浜に行こうとしているんだ。それでよければ君もどうかなって」

「…私じゃなくてもいいと思うけど」

 今は悠長に観光をしている場合ではないのだ。霜華は断ろうとした。

 だが、

「神浜には魔女が多く存在している。今、街に魔女はあまりいないだろう?どうやら神浜に魔女が集まっているみたいなんだ」

 彼処の魔女は強いと聞く。それでもいいなら、行ってみてもいいんじゃないかな―そう森岡は言った。

「…それ、本当の事なの?」

 魔女は僅かながらではあるが戻り始めている。結局何が原因かは分からなかったが、戻ってきたのならばどうでもいい事だ。

 だが戻ったと(いえど)もその数は少ない。森岡の提案は魅力的なものだった。

 暫く考えて、霜華は答えた。

「…行くわ」

「そうか、なら―」

 森岡は細かい説明を始める。

 それを聞きながら、霜華は神浜に思いを馳せた。

 ―魔女が強いというならば、魔法少女もまた、それなりに強いのだろう。

 それなら私の願いも叶う筈だ。魔女でも魔法少女でもいい。誰かが私を満足させてくれる筈だ。

 表面上は無表情であったが、霜華の心中は悦びに満ち溢れていた。

 

 

 …こうして水無月霜華は、自身の信条を貫く為に神浜市へと向かう事になった。

 そこで何が起こったのか、そして彼女の願いが叶ったのかどうかは―また別の話である。




霜華の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。
次回から、サブキャラ(美雪、美奈、真奈、渚)の魔法少女ストーリーを書いていきます。本編はもう少しお待ち下さい。


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日向美雪編 第1話『暗闇の中で』

美雪の魔法少女ストーリーです。


 ―その日、少女の視界から光が消えた。

 平和な日常が、当たり前だと思っていた日常が一瞬で壊れて、少女の眼と一緒に平穏が喪われた。

 だから、願ったのだ。

 見えない眼で、自分を導いてくれる妖精に。

 

 ―キュゥべえ、私の眼を元に戻して。

 もう何も喪わない様に、現実を見る力を、私にください、と。

 

   *   *   *

 

 日向美雪は平々凡々な少女だった。

 普通の家庭、優しい両親、学校で会う友達―そんな平凡な世界が、少女の全てだった。

 美雪は昔から誰にでも優しく、明るい少女だった。故に彼女の周りにはいつも多くの人が集まり、時にはちょっとしたケンカもしたりしたけど…それでも、彼女の周りでは笑顔が絶えなかった。

 そんな日常を過ごしていた時、その少年は美雪の前に現れた。

 

 ある日、美雪のクラスに転校生がやってきた。

 逆浪(さかなみ) ×と名乗った少年は、背が低い癖に髪が長く、女の子の様な見た目をしていた。

 彼の声は小さく、下の名前は聞き取れなかった。黒板に書かれていた筈なのだが、不思議と覚えていない。それは他の子も同じだったようで、彼を下の名前で呼ぶ人間は(つい)ぞ現れなかった。

 逆浪はひとりを好み、休み時間で皆が遊んでいる時もひとりで読書に耽っているような、そんな少年だった。頭はいいみたいで、テストで低い点を取っている所は見た事が無かった。小学生の癖に難しい小説ばかり読んでいて誰かと話をする事も無かった為、多くの人から嫌われていた。

 ただ、美雪は彼を嫌ってはいなかった。無愛想ではあるがそれなりに博識だし、話せば一応会話は成立する。これで会話が成立しなければお手上げだったが、そんな事は無かったので美雪はほっとした。

 必然的に、彼に関する事については彼に苦手意識が無い美雪が担当する事になった。逆浪自身はそれを厭がっていた様だったが、あまりにも美雪が執拗(しつこ)いためどう足掻いても無駄だと思ったらしく、諦めていた。

 

「なんで日向は僕に関わるのさ」

 ある日の帰り道、丁度通学路が同じだったので一緒に帰っていた美雪に、逆浪は呆れた様な口調で訊いた。

「こんな嫌われ者、放っておけばいいだろ」

「そんな事出来ないよ」

「先生に任されてるからか?」

「ううん、私が放っておけないだけ」

 美雪が言うと、逆浪は小馬鹿にした様に「変わってるな」と言った。

「僕に関わるとろくな事にならないのに」

「どうしてそう言い切れるの?」

 美雪は少し強い口調になる。ネガティヴな言葉に嫌気がさしたからだった。

 逆浪は俯き、夕陽に照らされたアスファルトを見詰めながらぼそぼそと言った。

「両親は事故で死んだし、前の学校では親友が自殺した。叔父さんは失踪したし、叔母さんは精神を病んで病院に居る。じいちゃんは酔っ払いに因縁付けられてぶん殴られた挙句に当たり所が悪くて死んだし、ばあちゃんはそれで発狂した末に僕と心中しようとした…なんだかよく分からないけれど、僕の周りで色々と不幸な事が起きてるんだ」

 だから、日向も僕に関わらない方がいいよと逆浪は暗い口調で言う。

 それに対して、美雪は―

「そんな事、偶然かもしれないのに…どうしてそんな事言うの!?」

 強い口調で逆浪に詰め寄る。

「…偶然なもんか」

 逆浪もまた、強い口調で美雪に言い返す。

「偶然なわけないだろ!偶然ならなんで僕の周りでこんな事が起こるんだよ!何も知らない癖に…勝手な事言うなよ!」

 逆浪は急に激昂して美雪に手を上げようとした。殴られると思い、咄嗟に目を閉じた美雪だったが…衝撃はいつまで経っても来ない。

 恐る恐る目を開けると、そこには拳を振り上げたままの逆浪が居た。彼は恐ろしいものでも見たかの様に目を丸くし、固まっている。

「…逆浪くん?」

 美雪が恐る恐る呼びかけると、逆浪の口元が動いた。

 ニヤリと笑みを浮かべた逆浪は、ブツブツと譫言(うわごと)を口にし始める。

「ああそうだ、僕の周りで厭な事ばかりが起きるなら僕が死ねばいいんだ。僕がいなくなればいいんだ。遊園地のメリーゴーランドにに乗って喰われておしまいなんだよもういばしょもないししにたいんだよぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくはぼくは……」

「ひっ…」

 その様子を見た美雪はちいさな悲鳴を上げる。彼は完全に狂っていた。

 逆浪は首を傾げ、ケタケタと笑う。それからふらふらと何処かへと歩き出した。

「逆浪くん!」

 一瞬惚けた美雪だったが、我に帰って彼を追い始める。直ぐに追いつき、逆浪を止めようとしたが小学生と思えない程の力で振り払われてしまった。

 その時、異様なものを見た。

 逆浪の掌に、妙なタトゥーの様なものが浮かんでいる。それは魔女の口づけと呼ばれる印で、魔女に魅入られた証だったのだが…勿論、今の美雪にはそんな事が分かるはずも無い。

 どうしたらいいのか分からぬまま、ただ只管に逆浪を止めようとする。

 このまま彼を放っておいたら…何か厭な事になる気がしたからだった。

 そして―美雪のその予感は、当たっていた。

 

 不意に、周りの景色が変化する。

 廃墟と化した遊園地。そしてその真ん中に鎮座する、不気味なメリーゴーランド。

 逆浪はふらふらとメリーゴーランドに向かって歩いていく。美雪の事など気にも止めていないようだった。

「逆浪くん、逆浪くん!…あうっ!」

 不意に何かが背中にぶつかり、美雪は倒れた。

 自分にぶつかったのは着ぐるみの様だった。醜悪な見た目をしたウサギの着ぐるみだ。

 その着ぐるみは手にナイフを持っていた。直感的に、その着ぐるみが自分を害そうとしている事を悟り、美雪は悲鳴を上げて逃げ出そうとする。然し着ぐるみに足を踏まれ、強い力で地面に押さえつけられた。

「離して!離してよぉっ!」

 藻掻くが、着ぐるみは力を緩めない。

 押さえつけられた美雪は何とか逆浪が居る方を向いて…そして、絶句した。

 

 メリーゴーランドから血が滴る。

 その下には、逆浪が背負っていたランドセルが赤に塗れていた。

「…あ…あ…」

 美雪は目の前の現実を処理しきれず、ただパクパクと口を開け閉めした。そうする事しか出来なかったのだ。

 なんで?

 どうして?

 どうして、逆浪くんのランドセルが血に塗れているの?

 …いや、分かっている。

 メリーゴーランドから滴り落ちる血を見て、理解はしている。

 あのメリーゴーランドもこの着ぐるみと同じバケモノで、逆浪くんを食べちゃったんだ。

 …それじゃあ、きっと次は…。

 

「…いや…いやああああああああああっ!」

 

 美雪は自分を待つ結末を悟り、泣き叫ぶ。

 それを(うるさ)いと思ったのかどうかは定かではないが…押さえつけているのとは別の着ぐるみがこちらにやってきて、持っていたナイフを美雪の片眼に突き刺した。

 痛みよりも眼を刺されたショックで、美雪の悲鳴が止まる。すかさず着ぐるみがもう片方の眼にもナイフを突き刺し……そこで恐怖が限界を超え、美雪は気絶した。

 

 

   *   *   *

 

「―――」

 

 誰かの声がした。

 真っ暗で、何も見えない。誰かの声だけが聞こえる。ただ、何を言っているかまでは分からない。

 

「―――」

 

 誰?

 誰なの?

 

「――雪、美雪…」

 

 誰かが呼んでいる。

 でも、私の視界は真っ暗で分からない。

 

「…日向美雪、キミが…を……なら―」

 

 何?

 誰が、何を伝えようとしているの?

 

「…ボクと…して、魔法少女に……ってよ!」

 

 魔法少女。

 全てが不明瞭な中で、その単語だけがはっきりと聞こえた。

 それと同時に意識が消えていき…そして、何もわからなくなってしまった。



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日向美雪編 第2話『誰かの為に』

 …意識が戻ると、視界が暗闇に包まれていた。

 奇妙な感じだ。目を開けているのに暗く、何も見えない。自分が横になっているのは分かるが、それだけだ。此処が何処なのかすら分からない。

 視界が何かに遮られているのかと思い、手を動かして目の辺りを触る。すると包帯か何かが巻かれているのが分かった。

「…美雪?気が付いたのか!」

 ふとそんな声がして、そちらに顔を向ける。顔は見えないが声で分かる。自分の父親だ。

「美雪ちゃん!ああ、よかった…」

 この声は母親だ。薄らと涙ぐんでいるらしい。

「おとうさん…おかあさん…」

 掠れた声でふたりを呼んだ瞬間…美雪は意識を失う前の事を思い出した。

 血溜まりの中のランドセル、自分の目を刺した醜悪な着ぐるみ…色々な情景を一気に思い出し、美雪は思わず悲鳴を上げた。

「美雪ちゃん…大丈夫…大丈夫だから…」

 母親が自分を抱き締める。その温もりに包み込まれ、美雪は次第に落ち着いていった。

「…そうだ、逆浪くん、逆浪くんが!」

 自分は無事だった様だが逆浪はもう手遅れだろう。それが分かっていても、美雪は両親に逆浪の事を話そうとした。

「逆浪くん…って、美雪のクラスメイトの?あの子がどうかしたのか?」

「逆浪くん…は」

 どう話したらいいのだろう。突然逆浪がおかしくなり、そこに化け物が現れ、彼を殺した…妄想か幻想だと切り捨てられるのが関の山だ。

 悩んでいると、父親が言った。

「…そういえば、美雪のクラスメイトが行方不明だって聞いたが…逆浪くんだったのか」

「え」

 逆浪は行方不明になっているのか。こちら側ではそういう扱いになっているのか。

 美雪はブルリと身震いをした。きっと逆浪が見つかる事はないだろう。自分もそうなっていたのかと思うと、再び恐怖が湧き上がってくる。深呼吸をして、やっと少しだけ落ち着いた。

「…そういえば、ここは?」

 やっとその質問を口に出す。

「ここは病院だよ。お前は通学路で倒れていたんだ…それで」

 父親が言いにくそうに口篭る。どうしたのと聞くと、母親が父親に代わって言った。

「…目が刃物で傷付けられていて、お医者さんが言うには、視力は戻らないだろうって…」

「……そう、なんだ」

 驚きは無い。あの時、美雪は着ぐるみに眼を刺されているのだ。失明で済んだのは不幸中の幸いといえるだろう。

 ただ、それでも今まで見てきた世界が見えなくなる恐怖はある。美雪は大きく息を吐いた。

「美雪ちゃん…」

「…大丈夫だよ、おかあさん。私は大丈夫…」

 母親に―あるいは自分に言い聞かせる様に美雪は言う。

 そう、自分は生きている。

 だから、大丈夫なんだ。

 強くそう思うと、少しではあるが気が晴れた。

「リハビリとか、辛いだろうけど…お父さんもお母さんもサポートするから…辛くなったらいつでも言ってな」

「うん、ありがとう」

 父親の言葉に、美雪は無理に笑みを浮かべた。

 

   *   *   *

 

 それから暫くすると面会時間が終わったらしく、両親は帰っていった。母親は残りたいと言ったが、この病院はそういった事に関しては厳しいらしかった。仕方が無い事ではあるが、寂しい気持ちもある。

 看護師の介助でご飯を食べたり身体を拭いたりして、後は寝るだけ。だが眠気はやって来ない。

 ぼんやりとこれからの事について考えを巡らせていた時―頭の中で、声が聞こえた。

 

「日向美雪、キミはそのままでいいのかい?」

 

 少年の様な声に驚き、見えない目で辺りを見渡す。

「警戒しなくても大丈夫だよ。ボクはキミに危害を加えに来た訳じゃない」

「…あなたは、だれ?どうやってここに…」

 美雪が問うと、その声は自分の目的について話し始めた。

 

   *   *   *

 

「…そんな事が」

 謎の声―キュゥべえから話を聞いた美雪は呆然として呟いた。

「キミは使い魔に殺されかけたそうだね。ボクとしても強制は出来ない」

 後は、キミが決めるんだ―そうキュゥべえは言った。

 美雪は確認する様にキュゥべえに訊く。

「…願いをひとつ叶えて、魔法少女として魔女と戦う…だけどソウルジェムが濁り切ると魔女になってしまうから定期的に浄化しないといけない…それで、いいんだよね?」

 美雪は魔女の正体について執拗く訊いていたため、魔法少女の真実も理解していた。

 キュゥべえが「合っているよ」と言う。その時にはもう、答えは出ていた。

 

「―キュゥべえ、私の眼を元に戻して。もう何も喪わない様に、現実を見る力を、私にください」

「…つまり?」

「私を魔法少女にして」

 

 怖い―その気持ちは確かにある。

 だが、美雪はこれ以上自分や逆浪の様な人を増やしたくなかった。

 だから、自分の身を犠牲にしてでも…魔女と戦い、人々を護るのだと決めた。

 

 美雪の視界には光が戻り、

 魔法少女として、魔女と戦う決意が、新たに生まれた。

 

   *   *   *

 

 それから、美雪は魔法少女として戦い始めた。

 魔法少女の身体は常人より遥かに頑丈で、最初は怖くてまともに戦えなかったが慣れるにつれ多少の傷を負ったくらいでは怯まない様になった。人間からは離れていっているが、魔法少女としては一人前に近付いているといえる。

 美雪は大抵ひとりか、多くても三人程のグループで戦っていた。特定のグループに入る事はせず、その場でたまたま遭遇した魔法少女と一時的にグループを組むだけ。誰かの死を見るのが、怖かったからかもしれない。

 美雪はどんどん実力をつけていき、軈て冬天市の魔法少女の顔役となっていった。といっても何かをする訳では無いが、実力は認められていたのだ。

 魔法少女の活動は大変で、人には認知されない。だが逆浪や自分の様な人を増やしたくない一心で美雪は魔女と戦い続けた。

 私生活も疎かにせず、オフの日は友人と遊びにいったり、勉強に力を入れたりもした。逆浪が居なくなってからは周りに居る人が少し減ったが、小学校から続いている友達も居る。ただ、そんな友達にも魔法少女の事は話せなくて―それを、寂しいと思った事も何度かあった。

 

 そんな生活を続けているうちに美雪は大学生となった。

 そして―そこで初めて、魔法少女の事を理解してくれる友人と出会う事になる。

 …その友人は、魔女や使い魔、キュゥべえを視認する事が出来る、風変わりな青年だった。



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日向美雪編 第3話『為すべき事は』

 その青年を見掛けたのは、大学の講義室での事だった。

 確か、心理学か何かの講義だったと記憶している。皆が友達と一緒に居る中、虚ろな目をしてひとりで座る青年―近くに座っていた事もあり、何故か彼が気になった。

「美雪、どしたの?」

 一緒に座っていた友達が不思議そうに美雪の顔を見た。どうやらぼんやりしていたらしい。

「ううん、なんでもないよ…ねぇ、あの人って…」

 美雪は友達に青年の事を訊いてみた。友達は交友関係が広いし、何か知っているかもしれないと思っての事だ。

 案の定、友達は知っていたようで、眉をひそめて小さな声で言った。

「アレは日文(日本文学科)の学生だよ。確か森岡とかいったかな…アタシ、演習のクラスが一緒だったから覚えてるんだけど…なんていうか、根暗だよ。誰とも話さないし、マジの陰キャって感じ」

 なに美雪、あんなのがタイプなの?―友達は驚いた様に訊いた。

「えっと…あはは、ただちょっと気になっただけ」

 美雪は笑って誤魔化しながら、森岡の方をちらりと見た。

 深い絶望と諦念に彩られた眼…どういう経験をしたら、あんな眼になるのだろう。

 ちょうどその時に先生が講義室に入って来た為、そこで美雪の思考は中断された。

 

   *   *   *

 

 講義が終わり、生徒が講義室を出ていく。美雪はこれで今日の分の講義が終わった為、友達と別れて帰路についた。

 森岡はいつの間にか消えていた。見た限りでは魔女の口づけを受けた様子は無かったが、少し心配になった。最も、自分が出来る事なんて殆ど無いのだが…。

 通い慣れた道を歩く。大学に入学したのはつい最近だが、だんだん慣れつつあった。実家から近い大学に入学したのも大きいといえる。

 大学生になった今でも、魔法少女の活動は続けていた。今も魔女の反応を感じ、元来た道を引き返した所だ。

 少しずつ魔力は衰え始めているものの、まだまだ現役だった。美雪は直ぐに結界を見つけ、中に入る。

 と、そこで予想だにしない事が起きた。結界内にひとりの男性が迷い込んでいた。それは予想範囲内なのだが、ちらりと後ろを向いたその顔を見て、美雪は驚いた。

(あの人…森岡さん?)

 恐らく帰宅途中に引き込まれたに違いない。美雪は一瞬だけ逡巡したが、変身して森岡に襲いかからんとしていた使い魔を次々と倒していった。

「大丈夫!?」

 粗方片付いたところで、美雪はぼんやりしている森岡に駆け寄る。彼は美雪をちらりと見て、「問題ない」と頷いた。

「使い魔に襲われる直前で助けて貰ったからね」

「…え?」

 美雪は呆けた声を出した。森岡の言った事が聞こえなかったのでは無く、森岡の口から「使い魔」という言葉が出てきた事に驚いたのだ。

「使い魔が…見えるの?」

「まあね。僕は逃げるけど、君はどうする?」

「わ、私は…先に進むけど、その前に君を入口まで援護するよ」

「…ありがとう」

 森岡は微笑んだ。この状況で微笑むとは…一体、彼は何者なのだろうか。

 森岡を入口まで送り、魔女の居る最深部まで進む間も、美雪の頭は疑問で満ちていた。

 

   *   *   *

 

 魔女を倒し、結界が解除される。

 美雪がひと息ついていると、「さっきはありがとう」という声がした。森岡が此方に向かって歩いて来る所だった。

 美雪は「無事で良かった」と微笑んでから、

「あの…森岡くん、だよね。さっき、社会心理学の講義にいた…」

「…というと、君もあの講義に居たのか」

 森岡は驚く様子も無く呟いた。美雪は頷き、気になった事を質問してみる。

「使い魔の事を知ってたみたいだけど…」

「ああ、僕は魔女や使い魔が見える体質だからね」

 森岡は事も無げに言うが、美雪にとっては驚くべき事だ。魔法少女では無い、それも男性が魔女や使い魔を認知しているとは…。

 と、そこへもうひとつの声が割り込んだ。

「森岡誠司。キミが居るのは珍しいね」

「…キュゥべえか。君こそ、契約で忙しそうじゃないか」

 森岡は嫌悪感の篭った目でキュゥべえを見る。キュゥべえは美雪の方を見て「彼が珍しいかい?」と言った。

「え?あ、うん…」

「種を明かせば珍しい事じゃない。これは呪いみたいなものだしね」

 森岡が吐き捨てる様に言う。キュゥべえは「間違ってはいないね」とそれを肯定した。

「呪い?」

「…キュゥべえのいる所で話したくはないな。場所を変えようか」

 森岡は近くのファストフード店まで美雪を連れていき、自身の抱える特異性とその原因について話し始めた。

 

   *   *   *

 

「そんな事が…」

 話を聞き終えた美雪は呆然と呟く。

「厄介な体質だけど仕方が無い。僕はそれだけの事をしたんだから」

 森岡は自嘲する様に言って、窓の外を眺めた。もうすぐ日が暮れようとしている。

「まあ、僕に出来る事は少ない。だけど何かあったら言うといい。話を聞くくらいなら出来るだろうから」

 森岡はそう言うと立ち上がり、「お金置いておくから払っておいてくれ」と自分が飲んだコーヒーの代金を置いて店を出て行った。

 後には、美雪だけが残された。

 

 森岡の話を聞いて、思う事があった。今までの決意を、再びなぞり直したのだ。

 自分の過去を話す森岡の目は、とても哀しそうだった。大切な人を喪い、それが自分のせいだと言われたのだ。そんな理不尽、あっていい筈が無い。

 今までも他人の為に戦っていた。自分や逆浪の様な人を増やしたく無い―その一心で、戦い続けた。

 今日、森岡の話を聞いてその決意が一層強くなった。

 例え、自分が死んでしまっても、最期の瞬間まで、魔女と戦う…それこそが、自分が()すべき事だ。

 魔力は衰え始めている。もしかしたら数年のうちに、引退する事になるかもしれない。

 その時まで、戦うのだ。みんなを護る魔法少女として、悪しき呪いを振り撒く魔女と。

 特に、自分と森岡に消えない傷を着けた子喰いの魔女…あの魔女だけは、絶対に(たお)す。

 ここ最近は現れておらず、次にいつ現れるかも分からない。だけど次にヤツと合間見えたその時に…決着をつける。

 美雪はソウルジェムを宝石状にする。

 強い決意が、穢れ無きソウルジェムをより一層光らせた。

 

   *   *   *

 

「美雪さん!」

 

「どうしたのつばめちゃん、そんなに慌てて…」

 

「冬天市に、子喰いの魔女が…!」

 

「…そう、分かった」

 

「…行くんですか?」

 

「うん。君と夢羽(むう)ちゃんにはここにいて、陽ヶ鳴の魔女の討伐をお願いしたいんだ」

 

「それは大丈夫ですけど…でも、危険ですよ!」

 

「大丈夫、心配しないで。私が居ない間、頼んだよ」

 

 自分を不安そうな目で見る後輩魔法少女の頭を撫で、冬天市に向かう準備を整える。

 前回現れた時は間に合わなかったが、今回は違う。

 

「…じゃあ、行ってくるね」

 

 行こう。

 みんなを、護る為に。




美雪の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。


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木本美奈編 第1話『ありふれた出会い』

美奈の魔法少女ストーリーです。


 ―大きな牙がソウルジェムを砕いた時、少女の心中に後悔は無かった。

 こうなる事は分かっていた。魔法少女を続けていれば、いずれは何処かで命を落とす…そんな事は、分かりきっていた。

 後悔は無い。幸せな夢を見れただけで、満足だったから。

 ああ、でも、ひとつだけわがままを言えるなら…

 

 …もっと彼と、一緒に居たかったなぁ。

 

   *   *   *

 

 その人と初めて会話をしたのは、高校に入学して初めてのホームルームでの事だった。

 今まで通っていた小学校や中学校から離れた高校に入って、それと同時に自分の世界も広がった。

 だけど知り合いは居なくて、唯一頼れるのは双子の姉だけ。その姉とはクラスが別になってしまい、本当にひとりぼっちだった。

 周りは中学から一緒…という人が多いようで、直ぐに会話を始めていた。コミュ障という訳では無いしその輪に入ろうと思えば入れるのだが、どうも逡巡してしまう。

 これは良くないぞ…と思い、教室をキョロキョロと見回してみる。すると少し離れた席に、ひとりでぼんやりとしている男子生徒が居るのを見つけた。

 黒縁のメガネを掛けた温和そうな男子生徒だ。彼の周りには複数のクラスメイトが居たが、どうやら彼と話すのは諦めたらしく声を掛ける様子は無かった。

 男子だし、話しにくいかな…と思ったが、ここは勇気を出して話しかけるべきだ、という結論に至った為、意を決して立ち上がり、彼の方へと向かった。

「あ、あの…」

 声を掛けると、彼はこちらを向いて「どうしたの?」と聞いた。不思議そうな声色から察するに、いきなり話しかけられた事に驚いている様だった。

「あ、いや…君もひとりだったから、話しかけてみようかなぁって」

「そっか。でも初対面だし、話題なんて無いしなぁ…君、好きなものとかある?」

「え?えっと…」

 いきなり聞かれて狼狽する。好きなもの?色々あるけど…女児向けアニメとか御朱印とか…ダメだ、話題になりそうなものが無い。

 どうしたものかと思い、何気なく男子生徒の机に目を遣る。すると話題になりそうなものが見つかった。

「… 各務(かがみ)亜里朱(ありす)の小説、かな」

「へぇ…気が合うね、僕も好きなんだ」

 各務亜里朱というのは小説家で、日常ものからミステリーまで幅広い作風で注目されている。たまたま何冊か読んだ事があり、ハマっているとまではいかなくても多少の話が出来る程度の知識は持ち合わせていた。

「私が好きなのは『時計と兎の殺人』なんだけど…君は?」

「僕は『狂った帽子屋の憂鬱』かな。日常ものに見せかけたミステリーってあまり無い気がするし、最後のどんでん返しが…ってまだ読んでなかったらごめん」

「ううん、大丈夫…」

 小説の事になると、途端に彼は饒舌になった。好きなものには目が無いタイプなのだろう。

「そういえば、名前は?」

 男子生徒はいきなり訊いてきた。これは友達を作るチャンスと思い、名乗る。

「木本美奈。よろしくね」

「木本さんか…僕は森岡誠司。なんの特技も無い平々凡々なヤツだけど、よろしく」

 男子生徒―森岡誠司は微笑を浮かべた。

 変なひとだな、と思った。

 だけど、悪くは無い。むしろ心地良かった。

 

*  

 

 森岡は本当に変な男子生徒だった。

 周りと会話をする事はあまりなく、最低限の連絡事項しかやりとりは無かった。穏やかで馴染みやすい人柄だとは思うのだけれど、何故か馴染めず奇妙に出っ張っている…そんな感じだ。

 教室に居る時は本を読んでいて、大体が小説だった。各務亜里朱の小説だったり、他の小説家の小説だったり、ミステリーだったりラノベだったり…そんなに読んでいて疲れないのかなと思うくらい読んでいた。美奈はよく彼と話をしたが、小説に関する知識はとても凄かったし、何より小説の話をしている時の彼は年相応というか…普段より明るく、笑顔も多かった。美奈も彼と話していて楽しかったし、他の友達とはしゃぐより、森岡とふたりだけでゆっくりした時間を過ごす事が良いと思う事もあった。

 そもそも美奈は上手くやっていけているのかという話だが、クラスに馴染んで話す人も出来たので上手くやっていけていた。最初は馴染めるか少し心配だったのだけれど、いざ話してみると全然そんな事は無かった。元々美奈は穏やかな気質だし、他人に合わせるのも苦痛では無い。高校生活三日目には友達と遊びにいったくらいに馴染んでいた。

 ちなみに、美奈の姉である木本真奈はというと、森岡と同じ様に集団に馴染めずに独りで居るらしい。最も、彼女は孤独癖がある為、集団に合わせる方が苦痛な様だった。昼食も美奈と食べるか、そうでなければひとりで食べている。

 ある時、真奈に森岡の事を話してみると、彼女はぶっきらぼうに、

「構う必要は無いと思うけどね。ソイツもあたしと同じ…誰かと居るよりひとりでいる方が楽だと思ってるタイプなんだよ」

 寧ろ、誰かにくっつかれる方が迷惑なんだろうよと真奈は言って、持っていた紙パックのジュースを飲み干した。

(…確かに、森岡くんにはそういう一面がある、よね)

 真奈の言う事は的を得ている様に思える。だけど、本当にそうだろうか?確かに森岡は自分から進んで会話に混ざるとか、そういった事はしない人間だ。

 だが、だからといってひとりで居る事が好きだとは思えない。誰かと居る事が嫌なら、何故美奈を邪険に扱わないのだろう?

 …あるいは、美奈が勝手にそう思っているだけかもしれない。

 この時点で、美奈は森岡に友情とは別の何かを抱いていた。それは放っておけないという気持ちだったのかもしれないし、もっと別の、甘酸っぱいものだったのかもしれない。

 今の段階では自覚は無かったし、後で振り替えってみてもどうして自分が森岡に惹かれたのか…上手く説明は出来ないのだけれど。



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木本美奈編 第2話『自分の為の願い』

 その頃から、美奈は変なものにまとわりつかれる様になった。

 キュゥべえと名乗るその不思議な生き物は美奈に魔法少女の素質があるといい、しつこく契約を迫ってきたのだ。

 最初はびっくりした。イタチだか犬だかなんだか知らないが、ヘンテコな生き物(しかも喋る)が自分の行く先々に現れ、魔法少女になれと言うなんて…夢でも見ているかのようだ。というか、本当に幻覚の可能性も否定出来ない。自分はそこまでおかしな人間では無い筈なのだけれど…。

 然し、美奈はこの出来事が幻で無い事を知っていた。姉である真奈にもキュゥべえが見えていたのだ。

 それはすなわち、姉妹揃って魔法少女になる素質があるという事に他ならなかった。

 

 

「…っち、またかよ」

 自宅で勉強している最中、真奈が窓の方を見て忌々しげに舌打ちをした。

 美奈もそちらを見てみると、窓の外には見慣れた影。美奈は立ち上がり、窓を開けてその生き物―キュゥべえを入れてあげた。

「ありがとう、美奈」

「おいおい美奈、そのクソタヌキにそんな事しなくてもいいって」

 勉強の邪魔だ出ていけよ―真奈は噛み付くように言ったが、そもそも真奈は勉強していない。先程から漫画を読んでいるだけだ。

「キミは勉強していないみたいだけどね」

 キュゥべえに指摘された真奈は無言でキュゥべえに近付くとその躰を掴み、開いたままの窓から投げ捨てた。ちなみに美奈と真奈は共同で部屋を使っており、部屋は二階にある。

「お姉ちゃん!?」

 流石にやりすぎだと思い、美奈は慌てて窓から下を覗き込んだ。

 すると、

「ひどいじゃないか」

 キュゥべえが下から美奈を見上げていた。

 猫は高い所から落ちても平気…みたいな事を聞いた事があるが、キュゥべえもまさにそんな感じなのだろう。テレパシーを使っているので声も鮮明に聞こえる。

「なんで無事なんだよ」

 美奈の横から下を覗き込んだ真奈が顔を顰めた。どうやら本気で排除するつもりだったらしい。

「まったく…もっと大事に扱って欲しいよ」

「言ってろ。とっとと失せないと今度こそぶっ殺すぞ」

「お姉ちゃん…」

 美奈は少しばかり呆れた。

 確かに、真奈の気持ちも分かる。得体のしれないモノから美奈を護ろうとしてくれているのは、嬉しい。

 だけどキュゥべえがそれだけで引くとは思わなかったし…実を言えば、美奈はキュゥべえの話に興味があった。

 願い事を叶える事と引き換えに魔法少女として戦う。魔女がどんなものか分からないし、恐怖はあるけれど…それでも、願いがひとつ叶うという事は魅力的だった。

 叶えたい願いは…まだ、ぼんやりとしか浮かんでいないのだけれど。

 

 

「…木本、どうしたんだい?」

 どうやらぼんやりしていたらしい。森岡の声に我に返った美奈は、「ううん、なんでもない…」と誤魔化す様に笑顔を浮かべた。

 魔法少女になる為に叶える願い…それを、ずっと考えていた。

 お陰で授業中はぼんやりしてしまい、何度か先生に注意された。

「珍しいね、君がぼんやりするなんて…熱でもあるのかい?」

 森岡は心配そうに訊いた。

「ううん、大丈夫…」

 言って、美奈は辺りを見渡した。

 放課後の教室。美奈と森岡の他には人は居ない。美奈の前では森岡が文庫本に目を落とし、没頭している。

 偶に、こうやってふたりで居る事があった。日常の喧騒から離れた、穏やかな時間。濁流と清水…は、言い過ぎかもしれないけれど、イメージとしてはそんな感じ。

 悪くはない。別に日常が嫌いという訳では無いし、騒がしさを忌避している訳でも無い。だけど…どちらかというと、この穏やかな時間の方が気質に合っていると思うし、美奈は好きだった。

 森岡は変わり者だ。集団に馴染めないし必要以上に干渉もしない。自分だけの世界を作り、そこに閉じこもっているように見えた。

 だけど、彼はその世界に美奈を入れてくれた。偶然、美奈と森岡の気質が合ったからかもしれないし、あるいは他の理由があるのかもしれない。それは分からないけれど…だけど、森岡は美奈にだけ別の顔を見せてくれる様な、そんな気がしていた。

 

(…あ)

 

 と、そこで思い付いた事があった。

 自分の叶えたい願いというものは、これじゃないのか?

 この時間を森岡と共有したいというちいさな願望―それこそが、美奈を魔法少女にする願望じゃないのか?

 …他にも色々あるのかもしれないけれど、それでも、美奈は決めた。

 この穏やかな世界がいつまでも続くように、魔法の使者に願う事を。

 

 

「…アンタ、本当にやるつもりかよ」

 その日の夜。家から程よく近い公園で、美奈はキュゥべえを呼び出した。

 現れたキュゥべえはいつもの様に無表情でこちらを見ている。意を決して美奈が口を開きかけた、その時―真奈が美奈に言った。

「本当に、その願いで魔法少女になるつもりか?」

「うん。もう決めた事だから」

「…やめておいた方がいいと思うけどな」

 真奈は真剣な眼差しで美奈を見た。

「魔法少女になる事も、その願いの事も…だいたい、森岡はヘンテコなヤツだ。あんなヤツの為に命を掛けるなんて」

「お姉ちゃん」

 美奈は静かな声で、然しハッキリと真奈を制止した。

 真奈が森岡に対してあまりいい感情を持っていない事は分かっていた。美奈に森岡と付き合う事を止めるよう言った事もある。

 だけど…これはもう決めた事なのだ。

「キュゥべえ」

 美奈はキュゥべえの方を見た。

「おい、美奈…ッ!」

「私は…」

 

 ―森岡くんと一緒の時間を共有したい。

 

 真奈が声を上げたが、その時には既に、美奈は契約を終えていた。

 こうして、美奈は魔法少女となり…願いの効果により、森岡と付き合い始める事になった。

 

 …そしてこの願いが、後に森岡を苦しめる事になる。




場面転換時のアスタリスクの数が回によって違うのは私のミスです…。
基本的にひとつで統一する様にはしてますがかなりの確率でミスします、本当にすみません。


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木本美奈編 第3話『決意とお終い』

 願いの効果。

 それは絶大なもので、美奈は森岡と付き合う事になった。

 どちらから告白したのかは曖昧だった。気付いたら恋人になっていて、そこに至るプロセスはぼんやりしていてよく覚えていない。美奈が舞い上がっていた可能性もある。

 とはいえ恋人同士になった事で何かが劇的に変化したのかというとそんな事は無く、美奈と森岡はいつも通りの日常を過ごしていた。

 昼食を一緒に食べたり、放課後の教室で一緒に過ごしたり…魔法少女になる前と変わらない日常が続いていた事に、美奈は満足だった。

 それと同時に、その裏で美奈が苦しんでいるのを森岡が知らない事に、寂しさを覚えていた。

 もし打ち明けてしまえば、この日常は崩壊する…それは分かっていたから、森岡に打ち明ける様な事はしなかったけれど、それでも美奈の中に芽生えた気持ちは日に日に大きくなっていく。

 魔女との戦いは大変だが、願いの代償なのだから仕方が無いと割り切る事が出来た。人を救っているという実感もあったからこそ、比較的ポジティブに捉えられたともいえる。

 だが、その戦いは余りにも孤独で辛いものだった。

 弱音こそ吐かなかったし、辛い顔も見せなかったけれど…それでも、美奈はどんどん憔悴していった。

 

   *   *   *

 

「…なあ美奈、大丈夫か?」

 ある日の事。

 魔女を討伐して家に帰って来た美奈に、真奈が心配そうな顔をして訊いた。

「大丈夫って?」

「お前、最近疲れてるだろ…魔女との戦いが苦しいんじゃないのか?」

「…ううん、大丈夫だよ…」

 嘘だ。真奈の言う通り、美奈はかなり疲れている。

 咄嗟に誤魔化したが、恐らく真奈にはバレているだろう。現に真奈はこちらを睨むように見て、「嘘をつくな」と低い声で言った。

「そのくらいわかるよ。それに、あたしだって魔法少女の事は知っている…少しくらい頼れよ」

「お姉ちゃん…」

「…あたしは、森岡もキュゥべえも嫌いだ」

 真奈は静かな声で呟く。

「だけど、アンタは放っておけない…だからさ、美奈…森岡に打ち明けないか?」

「え…」

 真奈の提案に美奈は驚いたが、直ぐに首を横に振った。

「ダメだよ…そんな事したら、セイ君まで巻き込む事になる!」

「それでいいんだよ。アンタも思ってるんだろ?誰にも知られずに戦うのは辛いって」

「それは…」

 そうだけれど、でも…。

「アンタひとりが苦しむ必要なんてない。アイツはアンタの恋人なんだろ?なら、打ち明けるべきだ…それでアイツが訳分からないとか巫山戯た事を抜かす様ならその時はあたしがぶっ飛ばすからさ」

「ぶ、ぶっ飛ばす…」

 とにかく、打ち明けてみな―そう言われて、美奈は悩みながらも曖昧に頷いた。

 …確かに、真奈の言う通りかもしれない。

 森岡なら分かってくれる可能性もあるし、それに…自分自身、もう限界だった。

 

 …セイ君に、打ち明けてみよう。

 私が日常と非日常の間を綱渡りしている事を。

 

   *   *   *

 

 ―結論から言うと、森岡は受け入れてくれた。

 彼に打ち明け、実際に魔法少女に変身したタイミングで魔女が現れたのがある意味では良かったのかもしれない。強制的に信じざるを得ない状況に置かれたという訳だ。

 話が終わり、真奈と共に帰る途中、真奈がぽつりと言った。

「…よかったな」

「えっ?」

「森岡が信じてくれてよかったなって」

 真奈は無表情で美奈を見る。今まで姉がそんな表情を浮かべる事など無かったので、美奈は一瞬だけ返答に窮した。

「うん…」

 結局、当たり障りのない相槌を打っただけだった。

 

 これでよかったんだ。

 これで、私はまた頑張れる。

 魔法少女として、願いの対価を支払う事が出来る…森岡くんを助ける事だって出来る。

 もっと頑張らなくちゃ…。 

 

 美奈は帰り道、ずっとそんな事を考えていた。

 

 だけど、そんな決意も虚しく。

 数日後に彼女は命を落とす事になる。

 

   *   *   *

 

 その魔女を見つけたのは本当に偶然だった。

 夏休みに入り、やる事が無いので図書館にでも行こうと家を出て歩き出した、その途中。

 魔女の口づけを受けた子供を見つけ、直ぐに追いかけて、そしてその魔女と遭遇した。

 結界の中は荒れ果てた遊園地。そこらかしこを魔女の使い魔と思われる醜悪な着ぐるみがうろついている。

 ソイツらは美奈を…否、魔女の口づけを受けた子供を見つけるとわらわらと寄ってきた。美奈は虚ろな目をした子供を抱き抱え、大きく跳躍して包囲網から逃れる。

 着地した途端、また別の包囲網。

 キリが無い。美奈は得物―長槍を構え、大きく薙ぎ払った。

 前方に居た使い魔がぶっ飛ばされ、道が出来る。美奈は走り出し、結界の出口まで辿り着くと子供を脱出させ、次いで自分も結界から脱出…出来なかった。

「きゃっ!?」

 突然、横から強い衝撃。

 美奈は吹っ飛ばされ、勢いよく地面に叩きつけられた。

「いっ…何、が…」

 自分を吹っ飛ばしたのは何体かの使い魔だった。彼らはグロテスクな顔を互いに見合わせると、集団で美奈を拘束しに掛かった。吹っ飛ばされ、一瞬だけ思考に空白が出来た所を突かれた形となる。

「離してっ!」

 藻掻き、振りほどくが多勢に無勢だ。数で抑え込まれ、散々抵抗した末に、

「あああっ!」

 鈍い音と共に、美奈の左腕が切り落とされた。使い魔が持っていた鉈で切り落としたのだ。痛みは少ないとはいえ、ショックで美奈は悲鳴を上げた。

 美奈の身体から力が抜けたのを認めると、使い魔達は彼女を結界の奥へと引き摺っていった。

 そこにはメリーゴーランドがあった。但しただのメリーゴーランドではなく、無数の牙が生えたバケモノだった。

 ソイツは美奈を認識すると此方(こちら)に近付いてきた。美奈は痛みに耐えながら使い魔の拘束を振りほどこうと必死に藻掻く。

 魔女はそんな彼女を嘲笑うように近付き、そして…

 

「あ っ」

 

 美奈の脳天を、牙が貫く。

 脳味噌を抉られ、思考が停止し、そのまま視界が暗転する。

 そんな状態でも、まだ生きていた。

 魔女は美奈をゆっくりと食べ始める。

 もう感覚もないから、よく分からないけれど…多分、自分は負けたのだ。

 これで終わり。

 後は意識が消えれば、それでお終い。

 実に、呆気なかった。

 

 (やが)て、大きな牙がソウルジェムを砕き、それと同時に何もわからなくなる。

 こうなる事は分かっていた。魔法少女を続けていれば、いずれは何処かで命を落とす…そんな事は、分かりきっていた。

 後悔は無い。幸せな夢を見れただけで、満足だったから。

 ああ、でも、ひとつだけわがままを言えるなら…

 

 …もっと彼と、一緒に居たかったなぁ。

 

 …こうして、木本美奈は呆気なく死亡した。

 だから、彼女の物語はこれで終わり。

 後に残された木本真奈と森岡誠司がどの様な絶望を体感したのかは…ここで語るべき物語では無い。

 

 今、といえばいいのかは分からないけれど。

 現在も、美奈はふたりに再会出来ていない。

 だからふたりがどうなったのかも、知らないままだ。




美奈の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。

詳しい事は次の魔法少女ストーリー(木本真奈編)が終わったら書きますが、真奈編のあとに書く予定だったお話(反町渚編)はここでは書かず、独立した作品にしようと思っています。
なので、真奈編が終わったら本編再開となります。いつもの如く急な告知で申し訳ございません。


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木本真奈編 第1話『戻れなくなる少し前』

真奈の魔法少女ストーリーです。


 妹が、死んだ。

 その報せを受け取った時、躰から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 涙は出なかった。その代わり、頭が真っ白で何も考えられなかった。

「うそだ」

 口から出たのは、普段の自分とは掛け離れた、弱々しい声。だがそれを気にする余裕は無い。  

 頭が嫌でも状況を理解し、空っぽだった思考が活動を始める。

 妹を殺した犯人は分かりきっている。だが、自分がソイツに勝てる見込みは無い。

 そんな時、心を壊さない為に責任転嫁をするのは当然の事といえる。その例に漏れず、内側から溢れた怒りはある人物に矛先を向けた。

「…殺してやる」

 思わず口から溢れた本音に、然し冷静な自分が異議を唱える。

 殺すのではない。

 自分の無力さを、嫌という程味あわせてやるのだと。

 

 それが自分から妹を奪い去った原因である男が受けるべき、罰なのだから。

 

*   

 

 高校への進学は、周りの顔ぶれが変わっただけの変化でしかなかった。

 元々社交的とは言い難い性格だし、誰かとつるむ事に興味も無かった。ひとりでいる事は苦痛では無かったし、面倒な人間関係に縛られる必要も無い。

 唯一話せたのは双子の妹…木本美奈だけだったが、運悪くクラスが別になってしまった。こればかりは仕方が無い。

 入学式の後のホームルームで何人かのクラスメイトに話しかけられたが、適当に受け答えをしていたら自分への興味を失ったらしく別のヤツに話しかけていた。別にどうでもいい事ではある。どうやってもこんな生活から抜け出す事は出来ないだろうし、抜け出そうと思った事も無いのだから。

 それより、問題は美奈だ。何処でどう変化したのかは分からないが美奈は自分と違って社交的で、友達も多かった。ちなみに、両親もどちらかと言えば美奈と同じ様な性格なので、真奈が例外だといえる。

 だが、いくら社交的といってもクラスの連中が厭なヤツばかりだったら無意味だ。美奈のクラスにどんなヤツが居るのかは知らないが、少し心配だった。

(あたしは別にいいけど、美奈は中学の連中と一緒の高校にした方が良かったんじゃないか?)

 時折、そう思う事がある。そもそも、美奈がこの高校に来たきっかけは真奈がこの高校を受験したから一緒に受けて合格したというだけであり、他の高校も選べた筈なのだ。

 それを指摘すると、美奈はいつもこう言った。

「友達と別れるのは寂しいよ。でも、お姉ちゃんと別れるのも寂しいから…お姉ちゃんは、みんなと同じ高校に行くつもりは無いんでしょ?」

「ないよ。でも、あたしとアンタは家族なんだから何も学校まで一緒にしなくてもいいじゃないか」

「…お姉ちゃん、私と一緒の学校だと嫌なの?」

「いや、そういう意味じゃないけど…」

 こうなると、美奈は聞かない。嬉しかったけれど複雑でもある。

 もし、いじめにでもあっていたら…そう考えるだけで、憂鬱になった。

 最も―その不安は、直ぐに消える事になるのだけれど。

 

 

 入学から一週間後、初めて美奈と昼食を食べた。

 ふたりとも同じ弁当で、それを自分のペースで食べながら話をする。

 美奈と話すのは久しぶりだった。二人共部活には入っていなかったが美奈は友達と遊んでいるのか、真奈よりも帰りが遅い事がしばしばあった。真奈は真奈で課題に追われていて、ゆっくり話す機会が無かったのだ。

「どうよ、クラスは」

 真奈が訊くと、美奈は微笑みながら「楽しいよ。友達も出来たし」と答えた。

「そりゃよかった」

 心中に安堵が満ちるのを実感しながら、卵焼きを口に放りこむ。

「お姉ちゃんは…?」

「訊くか?分かりきってると思うぞ」

 真奈が言うと、美奈は表情を曇らせて「お姉ちゃんも、友達作った方がいいと思うけど」と呟いた。

「あたしはひとりでいいんだよ。アンタが無事に過ごせてるなら、それでいいんだ」

「……」

 美奈は何を言っても無駄だと思ったらしい。ひとつ溜息をつくと、デザートのキウイフルーツを食べた。

 真奈も黙々と弁当を食べ、綺麗に完食してから片付けた。

 そして教室に戻ろうとした時、

「お姉ちゃん」

「どうした?」

「実はね、私のクラスにもお姉ちゃんと同じ様な男の子がいるんだけど…」

「へぇ…ま、別に珍しい事じゃないだろ」

 そう言ってから、もしかしてコイツはその男子生徒を助けてあげたいとか考えているのかなと思った。

 美奈の性格ならありえない話では無い。

「あんた、ソイツに同情してるのか?」

「同情というか…友達だから」

 今度は真奈が溜息をついた。

「構う必要は無いと思うけどね。ソイツもあたしと同じ…誰かと居るよりひとりでいる方が楽だと思ってるタイプなんだよ」

 寧ろ、誰かにくっつかれる方が迷惑なんだろうよとぶっきらぼうに言って、持っていた紙パックのジュースを飲み干す。

 美奈はそれを聞いて、困った様な顔になった。

 優しいヤツだと心中で呟き、「教室戻るわ」とだけ言ってその場を後にした。

 

 …この時はまだ、その男子生徒は美奈の友人というだけの存在に過ぎず、このまま何事も無く毎日が続いていくと思っていた。

 だが…姉妹の前に現れた魔法の使者によって、運命はねじ曲がっていく事になる。



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木本真奈編 第2話『変わってしまったその時に』

「ボクと契約して、魔法少女になってほしいんだ!」

 

 ある日唐突に現れた白い獣は、真奈と美奈にそう言った。

 ソイツの第一印象は、胡散臭いというものだった。白い獣…キュゥべえは口を動かさないし、目は無機質なビー玉みたいで気持ち悪い。誰かが悪戯で、精巧な人形を送り付けて来たに違いない、と思った。人形が喋る(しかも脳内に直接語りかけてくる)時点で現実離れしているし、こんな手の込んだ悪戯をする人間も思いつかなかったのだが。

 その時は適当な事を言って追い返した。然し、その後もキュゥべえは行く先々に現れた。鬱陶しいを通り越して、何故そこまで自分達に執着するのか不思議なくらいだった。キュゥべえに言わせれば「キミ達が魔法少女になれる素質を持っているからだよ」との事だったが。

 真奈は必死にソイツを追い返した。自分でもよく分からない内に「コイツは危険だ」と本能が判断したのだ。

 よく分からないし、気持ち悪い。だが、それ以上に…一片の非日常が、平和な日常を破壊してしまう事を、真奈は恐れていた。

 それと同時に、妹が魔法少女に…魔法少女になる事でひとつだけ願いを叶えられるという事に興味を抱きつつある事にも気付いていた。

 美奈の人生だ。自分が止める資格は無い…普段ならそう言うだろう。だけどこの時の真奈は、漠然とした不安を抱えていた。

 根拠は無いが、キュゥべえと契約する事で何もかも終わってしまう様な…そんなぼんやりとした不安が、真奈の胸の奥に留まり続けていた。

 

 

「…っち、またかよ」

 ある日、自宅で漫画を読んでいる最中の事。

 何気無く窓の方を見てみると、そこには見たくない姿があった。

 勉強をしていた美奈もそれに気付いたらしい。立ち上がり、窓を開けてその生き物―キュゥべえを入れてあげていた。

「ありがとう、美奈」

「おいおい美奈、そのクソタヌキにそんな事しなくてもいいって」

 勉強の邪魔だ出ていけよ―真奈は噛み付くように言ったが、そもそも真奈は勉強していないので言い訳にすらなっていない。

「キミは勉強していないみたいだけどね」

 自分で分かっている事をキュゥべえにも指摘され、無性に苛立った真奈は無言でキュゥべえに近付くとその躰を掴み、開いたままの窓から投げ捨てた。部屋は二階にある為、人間なら落ちたらそれなりに怪我をする筈だ。だがキュゥべえは人間ではない。むしろ猫に近い形状をしている為、無駄だろうなと諦めてもいた。

「お姉ちゃん!?」

 やりすぎだと思ったのか、美奈が窓から下を覗き込む。

 すると、憎たらしい声が頭の中に響いてきた。

「ひどいじゃないか」

 声の調子からして、傷一つ負っていないらしい。とことんむかつくヤツだ。

「なんで無事なんだよ」

 真奈も下を覗き込み、キュゥべえが何事も無かったかのようにそこにいるのを見て顔を顰めた。

「まったく…もっと大事に扱って欲しいよ」

「言ってろ。とっとと失せないと今度こそぶっ殺すぞ」

「お姉ちゃん…」

 美奈は、容赦無く暴言を吐く真奈に呆れていた様だった。

 だが、これは美奈の為でもあるのだ。

 妹は、コイツの話に興味がある…真奈は確信めいたものを持っていたので、キュゥべえをなるべく近寄らせたくはなかった。

 勿論、最後に決めるのは美奈であって自分では無い。だが今回ばかりは危険過ぎる。魔法少女がどんなものかも十分に分かっていないのだ。

 妹は、その事を理解しているのだろうか。

 …それとも、理解した上で魔法少女になるつもりなのだろうか。

 もしそうだとしたら…その時、自分はどうすればいいのだろう。

 真奈はキュゥべえを睨みつけながら、頭の片隅でそんな事を考えていた。

 

 …美奈が魔法少女になる決心をしたと真奈に打ち明けたのは、その数日後の事だった。

 

 

「…アンタ、本当にやるつもりかよ」

 夜の公園には人気が無く、街灯に群がる蛾だけがやたらと目についた。

 美奈はキュゥべえを呼び出し、今まさに願いを叶えてもらおうとしていた。

 現れたキュゥべえはいつもの様に無表情でこちらを見ている。決心した美奈が願い事を言う、その前に―真奈が美奈に言った。

「本当に、その願いで魔法少女になるつもりか?」

「うん。もう決めた事だから」

「…やめておいた方がいいと思うけどな」

 真奈は真剣な眼差しで美奈を見た。

「魔法少女になる事も、その願いの事も…だいたい、森岡はヘンテコなヤツだ。あんなヤツの為に命を掛けるなんて」

 美奈が「魔法少女になる」と真奈に打ち明けた時から、何度も言ってきた事だ。

 だが、美奈の心は変わらなかった。

「お姉ちゃん」

 美奈はハッキリとした声で真奈を制止する。強い口調では無かったものの、そこに込められた意図を感じ取った真奈は黙り込んだ。

(…邪魔するなって言いたいのかよ)

 そこまでして叶えたい願いだというのか。

 誰かの為に、命を投げ出すというのか。

 だが、止めない訳にもいかない。真奈が再び声を上げようとした、その時…。

「キュゥべえ」

 美奈がキュゥべえを真摯な目で見る。それを見て、真奈は叫んだ。

「おい、美奈…ッ!」

「私は…」

 

 ―森岡くんと一緒の時間を共有したい。

 

 真奈が声を上げたその時には、既に、美奈は契約を終えていた。

 何かのコスプレの様な衣装に身を包み、槍を携えた美奈の姿を見て、真奈は心中で呟いた。

 

 ―本当に、これで良かったのか?

 

 その答えは、今の真奈には分からない事だった。



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木本真奈編 第3話『罪に相応しき罰を』

 願いの効果によって、美奈と森岡は恋人になった。

 といっても何かが変わったという訳では無いらしい。一日中森岡と居るとかそういった事は無かったし、真奈とふたりで下校することもあった。本当に恋人同士なのか疑問を覚えたが、美奈は幸せそうだった。

 それと同時に、美奈はその裏で行われる魔法少女の戦いに疲れているようだった。孤独な戦いを強いられ、ひとり苦しむ美奈を真奈は見ていられなかった。

 何度か魔女との戦いに巻き込まれてしまった事があったが、アレはまさしく命懸けだ。

 それなのに真奈以外、美奈の苦しみを認知していない。それは真奈の想像以上に苦しく、辛い事の様だった。

 美奈は表では明るい笑顔を浮かべながら、その実どんどん憔悴していっている。このままだと近い内に、美奈の心が壊れてしまうかもしれない…そう思った真奈は、美奈にひとつの提案をする事にした。

 

 

「…なあ美奈、大丈夫か?」

 ある夏の夜、真奈は魔女を討伐して家に帰って来た美奈にそう訊いた。

「大丈夫って?」

「お前、最近疲れてるだろ…魔女との戦いが苦しいんじゃないのか?」

「…ううん、大丈夫だよ…」

 すぐに嘘だと分かった。美奈はかなり疲れている。その証拠に視線が覚束無いし、笑顔も辛そうだった。

 真奈は美奈を睨むように見て、「嘘をつくな」と低い声で言った。

「そのくらいわかるよ。それに、あたしだって魔法少女の事は知っている…少しくらい頼れよ」

「お姉ちゃん…」

「…あたしは、森岡もキュゥべえも嫌いだ」

 真奈は静かな声で続ける。

「だけど、アンタは放っておけない…だからさ、美奈…森岡に打ち明けないか?」

「え…」

 真奈の提案に美奈は驚いたようだったが、直ぐに首を横に振った。

「ダメだよ…そんな事したら、セイ君まで巻き込む事になる!」

 優しいヤツだ、だが…

「それでいいんだよ。アンタも思ってるんだろ?誰にも知られずに戦うのは辛いって」

「それは…」

「アンタひとりが苦しむ必要なんてない。アイツはアンタの恋人なんだろ?なら、打ち明けるべきだ…それでアイツが訳分からないとか巫山戯た事を抜かす様ならその時はあたしがぶっ飛ばすからさ」

「ぶ、ぶっ飛ばす…」

 とにかく、打ち明けてみな―真奈がはっきりとした口調でそう言うと、美奈は逡巡しながらも頷いてくれた。

 普段なら首を横に振る筈だ。自分でも限界だと分かっているのだろう。

 …兎に角、これで美奈を説得出来た。

 後は森岡だ。少しでも巫山戯た態度を取るようなら、その時は自分がヤツをぶっ飛ばそうと心に決めた。

 

 

 真奈の予想に反して、森岡は美奈の話をあっさりと信じた。

 打ち明けたタイミングで魔女が出現した事が効いたのかもしれない。一歩間違えたら死ぬ所だったのでヒヤヒヤしたが、美奈のお陰で事なきを得た。

 話が終わり、美奈と共に帰る。美奈は何処かぼんやりとしていたようだった。嬉しいのかどうなのか、よく分からない。

 だけど―

「…よかったな」

「えっ?」

「森岡が信じてくれてよかったなって」

 真奈は無表情で美奈を見る。美奈は何故か驚いた様な顔をした後、ぼんやりと頷いた。

「うん…」

 これで美奈の気が晴れるならそれでいい。

 森岡はムカつくヤツだが、そんなヤツでも美奈には必要なのだ。

 …同時に、アイツさえいなければ、美奈は苦しまずに済んだのにとも思う。

 なんであんなヤツの為に命を掛けられるのか分からないし、美奈に釣り合う人間だとも思えない。

 だけど、もう遅い。

 自分がどうこう言っても仕方が無い事なのだ。

 そこで思考を止め、真奈は無言で歩き続けた。

 夏の茹だるような暑さが、酷く不快だった。

 

 …美奈が魔女との戦闘で死亡したのは、その数日後の事だった。

 

 

 森岡の友人である皆本慎也から妹が死んだという報せを受け取った時、躰から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 涙は出なかった。その代わり、頭が真っ白で何も考えられなかった。

「うそだ」

 口から出たのは、普段の自分とは掛け離れた、弱々しい声。だがそれを気にする余裕は無い。  

 頭が嫌でも状況を理解し、空っぽだった思考が活動を始める。

 妹を殺したのは魔女だろう。それは分かりきっている。そして、自分がソイツに勝てる見込みは無い事も。

 そんなどうにもならない時に心を壊さない為に責任転嫁をするのは当然の事といえる。その例に漏れず、内側から溢れた怒りはある人物に矛先を向けた。

 

「…殺してやる」

 

 思わず口から溢れた本音に、然し冷静な自分が異議を唱える。

 殺すのではない。

 自分の無力さを、嫌という程味あわせてやるんだ。

 それが罰だ。

 妹が死ぬ原因を作った森岡への…罰だ。

 そう信じて、真奈は美奈の死体―無惨に切り取られた頭部がある河川敷へと向かった。

 

 

 真奈が河川敷に着くと、倒れた森岡を慎也が介抱していた。

「真奈ちゃん…」

「…ソイツは?」

「気絶してるだけだよ。それより、美奈ちゃんが…」

「死体は?」

「川に…浮かんで…」

 思い出したのか、慎也は口を手で押えた。

「…そうか、分かった」

 美奈の死体は見たくなかった。今朝、家を出る時に浮かべていた笑顔を焼き付けておきたかった。

「……ん」

 その時、森岡が目を覚ました。  

「セージ…」

 慎也が安堵したように息を吐き出す。だが、すぐその表情は暗いものに変わり、彼は俯いた。

「美奈ちゃん…なんで…」

 慎也の声は震えていた。森岡は無表情で、唇をきつく噛み締めていた。

「…森岡」

 真奈は森岡に声を掛ける。これ以上、コイツに被害者面をしていて欲しくは無かった。

「…何だい」

「ちょいと来な。話したい事がある」

 そう言って、真奈はフラフラと歩き始めた。

 

 

「アンタは、どうして美奈が白タヌキと契約したか知ってるかい?」

 暫く歩き、人集りから離れた所で真奈はそう訊いた。

「いや…知らない」 

 知らない…?

 巫山戯るな。

 アンタの所為で、美奈は…!

「そうかい。なら教えてやろう…アイツが願ったのはアンタだよ森岡」

「…どういう事だ?」

 真奈は溜息をついて、それから続ける。

「アイツはね、アンタと付き合いたいって願ったんだ」

「え…」

 森岡が目を見開き、固まる。

「…こんな事言いたくはないけど、言わないとやってられない」

 真奈は一呼吸置いた後、静かに言った。

 

「アンタが美奈を殺した様なもんだ。アンタさえ居なければ美奈は生きていたかもしれないのに」

 

 森岡は青白い顔になり、「そんな」とか「まさか」とかブツブツと呟いている。

「アンタにとっちゃ理不尽だろうけど、あたしはそう思ってる。なんで美奈がアンタなんかに惚れたのか分からないし、アンタからしてみればいい迷惑なんだろう」

 でも、あたしは許せないんだよ―真奈はぶっきらぼうにそう言った。

 その言葉で、森岡はその場に崩れ落ちた。

「僕は…僕が、美奈を…」

 真奈は彼を見下して、冷たい視線を投げかけた。

「アンタに死ねとは言わない。だけど、何も無しじゃ余りにも美奈が可哀想だ。だから…アンタには絶望を味わってもらう」

 そこで、考えていた事を実行に移した。

「白タヌキ!いるなら出て来い」

「ボクはここに居るよ。どうしたんだい?」

 真奈が叫ぶと直ぐにキュゥべえが現れ、此方に無機質な視線を向けてくる。

「あたしを魔法少女にしな」

「それなら、願いを言うといい」

 真奈は森岡に視線を向けつつ、最も望んでいる事を口にした。

 

「コイツに無力感を味あわせたい」

 

「…キミはその願いでいいのかい?」

「グダグダ訊くなよ白タヌキ。さっさとやりな」

 キュゥべえは暫く真奈を見つめた後、頷いた。

「分かった。契約は成立だ」

 

 キュゥべえが耳のような部分を真奈に向かって伸ばす。それは真奈の胸に入り、そこから眩く光る「何か」を取りだした。

「これがソウルジェムだ」

 真奈の胸から取り出された「何か」が卵型の宝石に変わり、それと同時に真奈の服装が変わる。少しばかり露出が多い軍服の様な、奇妙な服装だった。

 だがそんな事はどうでもいい。自分が魔法少女として戦う事は無いのだから。

「これでキミの願いは叶えられた」

 キュゥべえの言葉に、真奈は満足そうに頷いた。

「そうか。なら、これで…」

 

 ―瞬間、辺りの景色が変化した。

 

 廃墟と化した遊園地。

 その中央に鎮座する、メリーゴーランドの化け物。

「…魔女」

 森岡が引き攣った表情を浮かべて後ずさる。それとは対照的に、真奈は笑いながら魔女の方へと歩を進めた。

「森岡、アンタには無力感を味わってもらう。それがあたしの、ただひとつの望みだ」

 真奈は後ろを振り向き、森岡を見て嗤う。

 きっと森岡には、真奈の後ろに居る魔女が見えているのだろう。

「真奈―!」

「じゃあね森岡、せいぜい後悔しな」

 

 次の瞬間、

 真奈の上半身は、無惨に食いちぎられていた。

 

 意識が消える直前、真奈は「ざまあみろ」と呟いた。

 

(…これで、美奈に会いに行ける)

 

 正しい事をしたという認識を抱えたまま…真奈の人生は、そこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 …今もまだ美奈には会えていないし、森岡がどうなったのかも分からない。

 だけど、自分は正しかった…その気持ちだけは、今でも持ったままだ。

 いつか美奈に会えたら、この事を話してやろうと思っている。

 その機会があるのかどうかは…まだ分からないけれど。




真奈の魔法少女ストーリーはこれで終わりです。

真奈編のあとに書く予定だったお話(反町渚編)はここでは書かず、独立した作品にしようと思っています。理由としては、
1、渚は殆ど本編に関わってきていないから。
2、他の魔法少女ストーリーの様に纏めようとしたけれど長くなったから。
このふたつが挙げられます。
なので、次回から本編再開となります。急ではありますが、よろしくお願いします。


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設定
設定集


登場した人物や魔女、街などを纏めてみました。
需要は全く無いです。本編のネタバレを含みます。
随時更新予定。


魔法少女

 

琴音咲(ことねさき)

 主人公。父親の仕事の都合で神浜に引っ越してきた魔法少女。大人しい性格で、読書と楽器の演奏が趣味。

 過去に自分の友人を傷つけてしまった(と本人は思っている)ことがあり、その過去に縛られながらも前に進む為に足掻いていく事になる。

 魔法少女としての服装は燕尾服で、武器は指揮棒。音符形の魔力弾で戦う。

 固有魔法は「沈静」

 自分や周りを落ち着かせ、冷静な判断ができるようにする魔法。暴発させる事で一時的に人格を消し飛ばし、ロボットのような感情を持たない存在に変化させる事も可能。

 魔法少女になる切っ掛けの願いは「一時的なものでもいいから平穏をください」

 

吹綿秕(ふきわたしいな)

 自分が理想とするセカイを作ろうとしている魔法少女。性格は利己的。

 咲のかつての友人であり、共に吹奏楽部に所属していたがとある事件により部活を去り、転校した。

 元マギウスの翼の黒羽根。しかし組織の中でははみ出しものだった模様。

 現在は神浜市に引っ越してきた琴音咲をターゲットにし、彼女を終わらせる為に行動している。

 魔法少女としての服装はボロボロの黒いセーラー服に黒いローブを羽織るというもの。武器は持ち手に複雑な意匠が施されたダガー。

 固有魔法は「精神汚染」

 魔力を込めた攻撃を対象に当てることで対象の精神を操る事が出来る。対象は時間経過で元に戻るが、何度も攻撃を加えれば完全に支配する事も可能。但し支配には相応の魔力を消費するため、使いすぎると魔女になるリスクが高まる。

 魔法少女になる切っ掛けの願いは「自分が理想とするセカイが欲しい」

 

水無月霜華(みなつきそうか)

 矢吹風月様が考案したキャラクター。

 冬天市最強と称される魔法少女。無口で、基本的には何事にも無関心な態度をとる。

 「ただ一度きりしかない為、生は激しく、貴い。一瞬にして永遠であるため、死は重く、尊い。故に生は映えあるものでなくてはならないし死は唯一無二であるべきだ」という持論を持ち、契約時の願いはこれに基づくもの。

 魔法少女としての服装は藍色のバイクスーツ。超大型バイクという、魔法少女としては異例の武器を扱う。また副武装として、大型の拳銃を所持している。

 固有魔法は「既視感」

 簡単に言えばデジャヴを操る魔法。デジャヴを感じている間、どんな状況に於いても死ぬ事が出来なくなるので本人はこの魔法を嫌っている。尚、コントロールはあまり上手くいっていない為突然発動することが多い。

 魔法少女になる切っ掛けの願いは「映えある生と唯一無二の死を与えて」

 

生方夏々子(うぶかななこ)

 hidon様が考案したキャラクター。

 吹綿秕と常に一緒にいる魔法少女。温厚で良識派という秕とは真逆の性格。ヤバイくらい度量が広いため、どんな人間でも興味を持つと受け入れてしまう。ちなみにどんな人間でも受け入れるのは、それが自己の成長に繋がるという考え方を持っている為。

秕とは、彼女に魔女から救われたことで興味を持ち、つるむようになる。彼女の残忍な行為に呆れつつも、それが秕の個性と考えており、咎めることはせず傍観に徹している。

 秕からは「かかし」と呼ばれている。

 魔法少女としての服装は紫色のローブ。武器は水晶で、魔力を込める事で好きな形に変化させる事が出来る。

 固有魔法は「風水」

 出現した矢印が指し示した方角に向かって進めば、最良の結果が得られるというもの。

対魔女、魔法少女戦では対象のどこを狙えばいいかを指し示し、その位置を攻撃すると、幸運が得られる。基本的に相棒である秕を占い、彼女を幸福へといざなっているが、対魔法少女戦では、敵対する相手も占ってしまう。これは夏々子が「対人戦では中立に徹する」という立場を貫いている為。

 魔法少女になる切っ掛けの願いは「自分の占いに信憑性が欲しい」

 

日向美雪(ひむかいみゆき)

 長年戦い続けてきたベテラン魔法少女。

 既に大学を卒業し、社会人ではあるが一線に立ち続けている。霜華が来るまでは冬天市の顔役の様な立場に居た。現在は隣町である陽ヶ鳴市で活動している。

 魔法少女としての服装はパンツスーツに黒い手袋。武器は二丁拳銃で、銃弾の代わりに魔力を発射する。尚、普通の銃弾も発射可能。

 固有魔法は「視認」

 眼が異常発達し、周りの状況なども簡単に視る事が出来る。透視をしたり遠くを視たりとかなり便利な魔法。

 魔法少女になる切っ掛けの願いは「失明した眼を元に戻して」

 

木本美奈(きもとみな)

 森岡誠司の恋人。槍を武器として戦う魔法少女だったが子喰いの魔女に敗れ、死亡した。

 固有魔法は「共有」

 文字通り、自分の感覚や感情を共有できるという魔法。

 魔法少女になる切っ掛けの願いは「森岡くんと一緒の時間を共有したい」

 

木本真奈(きもとまな)

 美奈の姉。

 「森岡誠司に無力感を味あわせる」という願いで契約し、魔法少女になったその瞬間に現れた子喰いの魔女によって喰い殺された。

 美奈とは仲が良かった模様。

 

反町渚(そりまちなぎさ)

 安藤樹、小鳥遊浩平と仲が良かった魔法少女。部活には所属していない。

 咲の後輩であり、彼女より先に魔法少女になっていたが戦闘で死亡した。

 作中ではあまり多くは語られないが、この作品の一年前を描いた「反町渚の希望と絶望」にて主人公を務める為、詳しくはそちらを参照。

 

 

一般人

 

森岡誠司(もりおかせいじ)

自称「小説家志望の一般人」

とある事情から魔女や使い魔、キュゥべえの姿を見る事が出来、魔女に狙われやすい体質でもある。

バイトをしながら小説を投稿して暮らしていたが、神浜を訪れた事を切っ掛けに物語に関わっていく事になる。

琴音咲とは彼女が神浜に引っ越す前からの知り合い。なんだかんだ言って彼女を気に掛けている。

 

皆本慎也(みなもとしんや)

 森岡誠司の友人。

 直情的なバカだが、根はいいヤツ。

 中央区の美容室に勤めていたが、神浜大災害により職を失い、現在はフリーター。

 魔法少女の事は全く知らない。

 

安藤樹(あんどういつき)

 琴音咲の後輩。彼女が居なくなってからはティンパニを任されているがサボり癖があり、練習態度は不真面目。

 反町渚の友人であり、彼女が死んだ後も墓参りに行くなど、友人関係は悪くなかった模様。

 神浜市で咲と再会した時に彼女が嵌めるソウルジェムの指輪に気付いていたが、魔法少女の存在を知ったのは小鳥遊が殺された後。

 現在は子喰いの魔女に復讐する為に動いている。子喰いの魔女の使い魔と対等に渡り合うなど、一般人の中では戦闘力は高い。

 

小鳥遊浩平(たかなしこうへい)

 琴音咲の後輩。吹奏楽部ではサックス担当。

 安藤樹、反町渚と仲が良く、渚が死んだ後も墓参りに通っている。

 魔法少女の事は全く知らない。第2章の終盤で、子喰いの魔女に喰い殺された。

 

凪坂未来(なぎさかみき)

 琴音咲の叔母。自分の事を「未来ちゃん」と呼ばせる事に拘る変人。

 冬天市で本屋を営んでおり、夫である凪坂洋介(ようすけ)との間に娘の詩季(しき)をもうけている。

 安藤樹、小鳥遊浩平、反町渚とも交流があり、作中では安藤と小鳥遊と共に神浜市を訪れていた。

 子持ちでありながらかなりのヘビースモーカー。

 

凪坂詩季(なぎさかしき)

 琴音咲の従姉妹で凪坂夫妻の一人娘。

 小学五年生。魔女の口付けを受け、子喰いの魔女に魅入られた。

 

琴音麻紀(ことねまき)

 咲の母親。

 

琴音隆(ことねたかし)

 咲の父親。

 

釜野(かまの)

 1.5章に登場。琴音家が以前居た団地の部屋に住んでいる人。

 とある出版社の編集長であり、作者の別作品である「宝崎団地の怪」の編集長と同一人物。

 

・大家

森岡誠司が住んでいるアパートの大家。妖怪じみた風貌のババア。皆本慎也の親戚らしい。

 

魔女、使い魔

 

・子喰いの魔女

メリーゴーランドに牙が生えた様な醜悪な見た目をしている。

冬天市を餌場とし、定期的に現れては人を喰い殺していく迷惑な魔女。

 

・子喰いの魔女の手下

醜悪な着ぐるみという見た目をしている。

魔女は強いが使い魔は弱く、やろうと思えば一般人でも対処は可能。

 

(いや)の魔女

ドロドロに腐食したスライムのような見た目をしている。

普段は使い魔に周りを囲まれており、使い魔が居ないと何も出来ない魔女。

 

・厭の魔女の手下

触手。気持ち悪い見た目をしている。

魔女の防衛が主な役目だが、手下単体で動く事も可能。

 

・毒蛇の魔女

腐食した蛇のような見た目をしている。自分の毒で身体が溶けてしまっているらしい。

強い毒を扱うが、自分の命も削るのであまり使いたがらない。

 

街、施設

 

冬天(ふゆぞら)

 人口は37万人程の地方都市。

 古くから交通の要所として栄え、外国人も多い。

 近隣の市は陽ヶ鳴市と見滝原市。

 魔法少女の数は少なく、元から魔女の数もそこまで多く無い為治安は保たれており、魔法少女同士の争いも皆無に近い平和な街。

琴音咲や吹綿秕の出身地。

 

陽ヶ鳴(ひがなき)

県内最大級の病院である「陽ヶ鳴総合病院」が所在する街。冬天市と同じく、魔法少女も魔女の数もあまり多くは無い。

日向美雪は現在この街で活動している。

 

その他

 

・神浜大災害

ワルプルギスの夜とエンブリオ・イブの衝突による災害。

神浜全体が被害を受け、特に中央区は酷い有様だという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※余談

作者が投稿しているマギレコ関連の作品は、全て同じ世界観を共有している。



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