魔法少女リリカルなのは「狼少女、はじめました」 (唐野葉子)
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キャラクター設定1 【原作開始前】~【PT事件、そのはず】


 注意! ネタバレ! 本編をまだお読みでない方は閲覧をご遠慮ください。

 このページは多数出現するオリキャラへの対策のひとつとして作られたものです。
「あれ、こいつ誰だっけ」「どんな能力持ってたっけ」というときにご利用ください。
 その目的上、原作キャラの場合、原作から大きく乖離しない限り特記されることはありません。

 また、このページに載る情報は原則として次の二つをもとに整理されております。

一、すでに登場したキャラクターの情報のまとめのため、ここにしか存在しない情報は極力ないようにする。また、記憶を呼び戻す一助として使ってほしいため最低限の記述を目安とする。

二、ここにある情報は主人公(アルフ)が認識した事象を基礎としており、彼女が勘違いをしている場合は間違った情報が記載されることがある。


「キャラクター紹介の見方」

○分類
 ①名前:キャラクターの名前。
 ②初登場:初めて登場した話数。
 ③年齢:その章で初めて登場した時~現在までの年齢。
 ④性別:そのまま。
 ⑤種族:そのまま。
 ⑥性格:おおまかな性格。
 ⑦外見:そのキャラクターの外見的特徴。
 ⑧特殊能力一覧:レアスキル、転生特典など。
  ・通常の能力
  ★武術の流派や転生特典など、複数の能力を内包する特殊能力。個別に記述される特殊能力は☆で示される。
 ⑨詳細:そのキャラクターの簡単なプロフィール。特記事項など。

 なお、表記の順番は名前五十音順が基本です。
 ストーリーの進行と共に随時更新していく予定です。



◆現在、このページは

【プロローグ】

から

【第十二話】

までの情報を元に作成しております◆

 

 

 

●転生者たち

 

 

○主人公格TS憑依転生者

 ①名前:アルフ

 ②初登場:プロローグ

 ③年齢:0歳~2歳

 ④性別:女

 ⑤種族:狼ベースの使い魔(魔法生物)

 ⑥性格:ネガティブ、微黒、ヘタレ、フェイトコンプレックス

 ⑦外見:原作のアルフと基本的特徴は変わらない。しかし、目に光は無く雰囲気も暗くイメージとして猫背ぎみ。

 ⑧特殊能力一覧

 ・【魔力変換資質:雷】

 ★【ミッドチルダ式魔法】(オリジナル魔法のみ表記)

 ☆【タンバリン】

  シールド系とバリア系の複合発生。基本的に足場にして移動の補助に使う。

 ☆【シンバル】

  タンバリンの攻撃バリエーション。タンバリンで挟み込み慣性と衝撃で頭を砕く。

 ☆【ラビリンス】

  タンバリンの攻防一体バリエーション。六枚十二組のタンバリンを並列展開する。

★【転生特典】

 ☆能力名:【比翼連理】

  タイプ:パッシブ/タレント

  分類:運命干渉

  効果:生涯にわたるパートナーを獲得する。

 ☆能力名:【以心伝心】

  タイプ:アクティブ

  分類:事象発生

  効果:対象の意志を翻訳・伝達する。

 ☆能力名:【明鏡止水】

  タイプ:パッシブ

  分類:心身強化

  効果:常に澄み切った思考を獲得する。

 

銀髪オッドアイ戦後(第三話)に、追加・変更された能力

 

 ☆能力名:【神喰らいの魔眼】

  タイプ:アクティブ/フラグメント(1/3)

  分類:法則改変

  効果:他者の転生特典を打ち消す。

  特記事項:燃費が悪く効果も検証できないため、実用は困難。

高天原神治戦後(第六話)に、追加・変更された能力。

 

 ☆能力名:【神喰らいの魔眼】

  タイプ:アクティブ/フラグメント(2/3)

  分類:法則改変

  効果:他者の転生特典を打ち消す。

  特記事項:以前より改善されたとは推測できるが詳細は不明。

 

 ⑨詳細:この物語の主人公。原作知識がなく、純粋に第二の生を全うしようとそのときそのときを全力で生きようとする。ただ、ヘタレで迷いがち。フェイトが大好きで、彼女のためなら努力を惜しまないが、その加減を間違えること多数。

 ・特記事項:盾型専用ストレージデバイス『ペルタ』を所持している。

 

 

○悪い意味でのテンプレ転生オリ主

 ①名前:銀髪オッドアイ(本名不明)

 ②初登場:第四話

 ③年齢:フェイトと同い年くらいに見える(詳細不明)

 ④性別:男

 ⑤種族:人間?

 ⑥性格:典型的変態転生オリ主。友達が少ない。

 ⑦外見:銀髪で金と銀のオッドアイ。美少年。

 ⑧特殊能力一覧

 ★【魔法】

  詳細不明。ミッド式かベルカ式かすら定かではない。

 ★【転生特典】

 ☆能力名:【理想の肉体】

  タイプ:パッシブ/タレント

  分類:心身強化

  効果:思った通りの肉体に成長する。

 ☆能力名:【神喰らいの魔眼】

  タイプ:アクティブ

  分類:法則改変

  効果:他者の転生特典を打ち消す。

 ☆能力名:【魔導師ランクSSS相当の天才的資質】

  タイプ:パッシブ/タレント

  分類:心身強化

  効果:超一流の魔導師になる素質を持って生まれる。

 

 ⑨詳細:アルフが初めて遭遇した転生者。原作キャラを『実際に接することのできるアニメの登場人物』としか捉えておらず、相容れない思想のためアルフと戦闘となり殺された。

 ・特記事項:法則《ルール》により転生特典【神喰らいの魔眼】がアルフに受け継がれている。

 

 

○なでポ・にこポ持ち転生者

 ①名前:高天原神治(たかまがはら しんじ)

 ②初登場:第五話

 ③年齢:9歳

 ④性別:男

 ⑤種族:人間

 ⑥性格:のど元過ぎれば熱さを忘れる。想定外の事態に弱い。

 ⑦外見:日本人の範疇からは外れていないが美少年。

 ⑧特殊能力一覧

 ★【転生特典】

 ☆能力名:【なでポ・にこポ】

 タイプ:アクティブ

 分類:事象発生

 効果:異性を魅了する。

(以下不明)

 

 ⑨詳細:アルフが出会った二人目の転生者。私立聖祥大付属小学校の生徒で、八神はやてに付きまとっている節がある。転生特典でアルフを魅了したところ、脅威と認識され殺されてしまった。

 

 

○第三世代転生者

 ①名前:高町なずな(たかまち なずな)

 ②初登場:第九話

 ③年齢:9歳

 ④性別:女

 ⑤種族:人間

 ⑥性格:冷徹、シスコン

 ⑦外見:なのはと瓜二つ。髪の長さも意図的にあわせているが、普段はポニーテールもどきでまとめている。

 ⑧特殊能力一覧

 ★【転生特典】

 ☆能力名:【星の願い】

  タイプ:パッシブ

  分類:祝福

  効果:大切な人に幸運をもたらす。

 ☆能力名:【月の導き】

  タイプ:アクティブ

  分類:法則改変

  効果:能力の効果を他者と共有する。

 ☆能力名:【太陽の息吹】

  タイプ:パッシブ

  分類:加護

  効果:病を排除する。

 ★【御神流】(オリジナルのみ表記)

 ・【傍目八目】

  自分の状態を客観的に判断する。あくまで技術であり、転生特典と比べると揺らぎが多い。

 ・【刹那】

  体感速度を常人の数十倍に引き上げる。この状態で思考や念話が可能だが、【神速】と違い肉体の速度はそのまま。

 ・【並列思考】

  魔導師のマルチタスクと同様の効果。同時に複数の思考を操る。

 ★【気の運用】

  魔法のように何かを創りだすことには向かないが、現象の強化なら魔法を超える謎の力。身体能力や破壊力の上昇、回復力の向上など幅広い使い方ができる。

 

 ⑨詳細:なのはの双子の妹。家族にさえも敬語で接する。姉とは違い、身体能力は高いようである。

 

 

○憑依転生者

 ①名前:レイジングハート / レイハ

 ②初登場:第九話

 ③年齢:不明。遺跡で発見される程度。

 ④性別:女性型

 ⑤種族:インテリジェントデバイス

 ⑥性格:明るい。

 ⑦外見:原作と変化なし。

 ⑧特殊能力一覧

 ★【転生特典」

  備考:コストとして利用できるのは魔力のみ。

 ☆【千里眼(クレイボンヤス)

  タイプ:アクティブ

  分類:事象発生

  効果:対象の情報を得る。

 

 ⑨詳細:どうやら転生者らしきデバイス。原作知識があったが、長い歳月の中で大部分を忘却している。

 

 

 

●原作キャラ

 

 

○幽霊少女

 ①名前:アリシア・テスタロッサ

 ②初登場:第二話

 ③年齢:享年五歳

 ④性別:女

 ⑤種族:人間(幽霊)

 ⑥性格:天真爛漫、やや腹黒

 ⑦外見:原作で玉座の奥に保存されていたアリシアと同様。

 ⑧特殊能力一覧

 ・【夢枕に立つ】

  意識が曖昧な相手と意志疎通が可能。

 

 ⑨詳細:プレシアの子供。事故に巻き込まれてから二十年余りを幽霊として誰にも認識されず孤独に過ごしてきた。狂気に侵されなかったのは母がきっと生き返らせてくれると信じていたため。生来は天真爛漫な性格だが二十年の歳月でややすれており、アルフをはじめとした家族を失うことに強い恐怖を覚えてそれを防ぐためフェイトと共謀する。

 ・特記事項:アリシアが死亡する原因となった事故は原作では無印開始の二十六年前となっているが、この小説では現在曖昧になっている。

 

 

○メインヒロイン枠魔法少女

 ①名前:フェイト・テスタロッサ

 ②初登場:プロローグ

 ③年齢:2歳~4歳(外見は7歳~9歳。『プロジェクトF』で誕生したため、生まれた時はすでにアリシアと同じ外見年齢だった)

 ④性別:女

 ⑤種族:人造魔導師(人間)

 ⑥性格:天然、ちょっぴりおとな

 ⑦外見:原作同様。

 ⑧特殊能力一覧

 ・【魔力変換資質:雷】

 ★【ミッドチルダ式魔法】

 ⑨詳細:原作よりも約一年早く出生の秘密が明かされ、リニスの消失が免れたほか母親からの肯定、愛情などが受けられたため原作では切り捨てられていた子供っぽい部分が多めに残っている。一方でヘタレな使い魔を支えるため意地を張ったり慣れない謀を姉と協力して行ったりしている。

 

 

○マッドサイエンティスト1号

 ①名前:プレシア・テスタロッサ

 ②初登場:第一話(存在だけはプロローグから)

 ③年齢:57歳~59歳

 ④性別:女

 ⑤種族:人間、そのはず

 ⑥性格:狂気に侵されていたが、のちに元の娘LOVEなモノに

 ⑦外見:原作よりも肌艶が良く、しわも少なく明るい雰囲気。目に光もある。

 ⑧特殊能力一覧

 ・【魔力変換資質:雷】

 ★【ミッドチルダ式魔法】

 ★【研究の成果】

 ☆【プロジェクトF.A.T.E】

  フェイトを作成した研究。使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究。

 ☆【死者蘇生術式?】

  理論は完成しているが、起動には人間の限界をはるかに超えた魔力が必要。

 ⑨詳細:アリシアとフェイトの母親。元は子煩悩な科学者だったが、愛する娘を失ったことで狂気に侵される。しかしそれもアリシア本人という切り札によって正気に戻り、元の明るくはっちゃけた性格に戻りつつある。能力そのものは非常に優秀。

 ・特記事項:病気完治済み。

 




 極力わかりやすくまとめたつもりですが、自分にはこれが限界です。改良のアドバイスや「この項目が欲しい」「このキャラクターの情報が知りたい」「ここをもっと説明してほしい」など要望がありましたら感想でお願いします。
 もっとも、筆者の実力やストーリー展開の都合上応えられない場合があることをご了承ください。

 誤字・脱字等あればお願いします。


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原作開始前
プロローグ


 注意! 本作品には独自解釈、捏造設定が多く含まれます。
 用法、用量を良識の範囲内で守って正しくご利用ください。
 アレルギーなどが出た場合、ただちに服用をやめブラウザのバックを押すことをおすすめいたします。


 9/10 転生特典の記述を一部変更
    『分類:運命操作』→『分類:運命干渉』


 

 

 ――ずっと、いっしょにいて

 

 その声にこたえて、ぼくはここに来た。

 憶えているかな? それがぼくの存在理由。

 きみが望んでくれたから、ぼくはここにいられる。

 ぼくがそれを受け入れたから、ぼくは生まれてきた。

 

 『I was born』じゃないんだよ。

 それはきっと、他の誰かと比べられるものじゃないけれど……。

 誰かに望まれないと絶対に生まれてこない。生まれることが出来ない。それは見方によっては道具と同じだけれど。

 ぼくは自分の意志でここに来たんだ。それは素敵なことだと思うんだ。使い魔として生を受けたこと、後悔したことないよ。

 

 ……まあ、びっくりはしたけどね

 

 

 身体がだるい。全身が重い。

 まるで熱した鉛の粉末を肩から流し込んだみたい。たちの悪い風邪でも引いたのだろうか。

 ぴくぴく動くぼくの耳が、勝手に周囲の音を拾う。甲高い、子供の声が神経を逆なでする。五月蠅い。静かにしてほしい。少し眠らせて。

 魔法の呪文のように続いていた、意味不明の言葉の羅列がふと途切れる。それと同時に頭蓋骨の奥まで真っ白な光が浸透し、全身を覆っていた倦怠感が嘘のように消えた。

 

 なんだ、何が起きた?

 

 目を開けると、小さな金髪の女の子が心配そうにぼくを覗き込んでいた。

 どうしたの? 何があったの? 何故だか放っておけない気になる。

 先ほどの声の主はきっとこの、目の前の少女だろう。七歳くらいだろうか。現状ですでに美少女の兆候がある、可愛い子だ。

 霞がかった頭で違和感を覚えるも、正体がつかめない。あいさつ代わりに顔を寄せ、ぺろりとその頬をなめると、どこか泣きそうな、でも花が咲いたような明るい笑顔を浮かべぼくを抱きしめてくれた。

 きゅう。

 情けない声がぼくの喉から漏れる。

 いくら第二次性徴を迎える前のぺったんこな胸だろうが、強く押しつけられたら呼吸困難に陥る。じたばたもがいて、ぷはっと肩の上に顔を出すことに成功すると、少女の肩越しに腕組みをしてあきれたような表情でぼくらを観察している女性を見つけた。

 いや、あのやさしい眼差しは見守っていると言った方が正確か。なんだか、保護者独特の温かいオーラをあの人から感じる。髪の色はこの子と違って茶色がかった黒髪だけど、お母さん的ポジションにいる人なのかも。

 

 ふう、なんだかほっとするな。一度呼吸を確保してしまえば、不思議とこの子の腕の中から逃れようとは思わなくなった。

 薄らぼんやりとだけど記憶にある。ぼくは前にもこうされたことがある。冷たくて、寂しくて、消えてなくなってしまいそうだったときに、こうやって抱きしめられたんだ。

 この子の服もぼくの体もびしょぬれだけれど、あたたかい。

 ぼくはこの子に救われた。唐突に確信する。

 さらに追加して彼女の頬をなめ、尻尾を振って感謝の意を示すと、彼女はくすぐったそうに眼を細めてぼくの頭をなでてくれた。

 ……ん? 違和感が。

 

 ――『尻尾を振って』?

 

「ほら、フェイト。契約は無事成功したようです。その子も元気になったようですし、お風呂に入りましょう。濡れたままでは風邪をひきますよ」

 

 黒髪おねーさんが何か言っているが、違和感の正体に気づいたぼくに気にしている余裕はなかった。

 縮尺がおかしい。目の前の女の子が大きい。違う、ぼくが小さい。

 ……いや、それも違う。間違ってはいないけれど正確じゃない。現実を認めよう。

 ふさふさの尻尾。パタパタのお耳。ぷにぷにの肉球。

 この体、犬だ。わんこボディだ。

 

 ――狼だと後で知るのだが、あちこちで大型犬扱いされるしもう犬でいいよね。

 

「うん、わかった。リニス、この子も一緒にいい?」

 

 どうしてこうなった。

 ようやくまともに動き出した頭で考える。

 けしてこのままだと美幼女と美女二人と混浴する羽目になる現状から逃避しているわけではない。ここに至るまでの過程を把握することが何より先決だ。

 

 ……ごめん嘘です。誰かたすけてー。

 

 

 はじまりは、そう、帰宅途中に道路に飛び出そうとした子供を助けようとして、勢い余って車の前に飛び出してしまったことかな。

 

 ドンッ ぐるん ぐしゃり どろー

(※見苦しい映像のため音声のみでお送りしております)

 

 で、気がついたら目の前に神様を名乗る謎の存在がいて、『本来なら人を助けて死んだ奴は業を浄化されて無条件に天国逝きなんだけど、あの子あんたが助けなくても車に撥ねられなかったから助けたことにはカウントされないよん。よって天国逝きもないよテラワロスwww』て説明されてがっくりきたんだよね。

 

 なにそれ。無駄死に?

 ていうか、あれトラックどころか黄色いナンバープレートだったよね。小学生の手を引いた反動でたたらを踏んで道路に飛び出してしまったことといい、ぼくってどれだけ貧弱……。

 落ち込んでいたら『つーかあれ自殺って処理されたから。地獄逝きですザマァwww』トドメもきっちり刺されて。

 そのあと言われたんだ。このままだと地獄直行で魂は廃棄処理されるけど、情状酌量の余地があるからチャンスをあげてもいいって。

 

 転生の道を示された。

 

 生まれ変わってもう一度人生をやり直す。そこで善行を積み上げ天国に行けるようにする。さらにサービスで『転生特典』なる特殊能力を三つあげてもいいだなんて。

 『そのまま逝ってもまた地獄逝きになること目に見えてますから。当然の処置ですプゲラwww』なんてのたまっていたけどね……。どこまで信用していいものやら。

 まあともかく、当時の心がべきぼき複雑骨折だったぼくはその話を受け入れた。

 天国や煉獄を経由した正規ルートじゃないから、完全とは言わないものの前世の記憶が残るということも呑んだ。

 正直、もう一度人生をやり直すだなんて気が重い。つらいことばっかな人生だったわけじゃないけれど、もう一度やるかといわれて喜んで頷けるほど楽しいものでもなかったから。

 でも、地獄逝き、消滅だなんていう恐怖を受け入れることが出来るというものでもなかった。いざ消えるとなると、その実感はとても恐ろしい。

 

 こうしてぼくは弱った心のまま転生特典をチョイスし、新たな人生をスタートしたのだった。

 ……そう、人生のつもりだったんだ。まさかのわんこ。

 自分の中に意識を集中する。すると神様からもらった転生特典の情報が浮かび上がってきた。

 

 ▽

 能力名:【比翼連理】

 タイプ:パッシブ/タレント

 分類:運命干渉

 効果:生涯にわたるパートナーを獲得する。

 △

 

 まるでゲームのステータスだ。これと一生つきあっていくのか。気が重い。

 この【比翼連理】はぼくの心が弱っていた証明だ。自分のすべてを懸けた――それが意図的でなかったとしても――おこないが全否定されて、自分に自信が持てなくなり、頼りになる誰かに側にいてほしかった。

 たぶんこれが、ぼくがここにいる理由。

 今なら思い出せる。『生涯をともに過ごすこと』という契約に基づいて、ぼくがここに呼び出されたことを。

 この転生特典の結果得たものが、今ぼくの体を洗ってくれている金髪の女の子――フェイトなのだろう。

 

「あん、もう、あばれちゃダメだよ」

 

 はい、現実逃避の真っ最中でした。ごめんなさい。

 それにしても『比翼連理』って辞書的な意味では男女、特に夫婦の関係で使われる言葉だった気がするけど……あのアバウトな神様相手に気にしたら負けか。

 そう、ぼく女の子だったのだ。種族からして変わっていたので今まで気がつかなかったのだが。混浴じゃなかった。

 

『フェイト、そのこ女の子みたいですけど、名前は決めましたか?』

『うん、アルフって名前にしようと思うんだけど、リニスはどう思う?』

『アルフ、いい名前ですね』

 

 みたいな会話が目の前でなされてようやく気づいた。マヌケだと自分でも思うが、骨格や視界が人間の時とは違うことに慣れるので精一杯だったのだから勘弁してほしい。

 もっとも、完全に犬の体というわけではなさそうだけど。犬は色弱だと聞くが、フェイトの金髪もリニスさんの黒髪も、うまいこと湯気に隠れて見えそうで見えない肌色桜色もきちんと識別出来ているし。

 閑話休題。

 ちなみにリニスさんというのは黒髪おねーさんのこと。フェイト同様、二人の会話から名前を把握した。

 ぼくの生涯のパートナーになるであろう少女、フェイト。

 フェイトの保護者的立場にいるリニスさん。

 そしてとてもおなかが減っているけれど、同時に眠たくて仕方がない子犬がぼく、アルフ。

 ぼくは群れからはぐれて雨の中死にかけていたところを、発見したフェイトによって助けられ、ツカイマなるものにされて命を救われた。

 とりあえず把握できたのはこのくらい。気疲れが重なったのに加え、この体電池切れが早い。

 

「おや、眠ってしまったようですね。溺れてしまわないように早めに上がりましょうか」

「はーい」

 

 なにはともあれ、ひとまずおやすみなさい。

 

 

 何かが途切れたように突然目が覚めた。

 周囲は暗いが、眠っているうちに闇に慣れた目はまわりに誰もいない光景を無機質に映し出す。

 知らない天井だ。……いや、何故かはわからないがどうしても言わなければいけない気がした。

 すべてが夢だった、などという都合のいい展開はなかったらしい。顔の構造が違うので当たり前といえば当たり前の、横に広くて立体視できる領域のせまい視界が慣れていなくて気持ち悪い。

 そういえば、眠るのにも体力がいるんだっけ。赤ん坊や老人は体力がないため、眠りが浅く頻繁に目を覚ます。今のぼくにも同じことが言えるのだろう。

 広いベッドの上にはぼく一人だけ。人間用のベッドがこんなにも広く感じるなんて思いもしなかった。先ほど感じた気持ち悪さがどんどん胃の中に溜まってゆく。

 

「……きゅん」

 

 こわい、よ。泣き声が漏れた。

 暗闇が怖くて泣くなんていつ以来だろう。自分という存在が消えることに対する漠然とした、しかし根源的な恐怖。闇はそれを連想させる。

 今頃になって自分が死んだことに対する恐怖が出てきたのだ。

 ふざけんな、時間差あり過ぎだろう。冷静な部分がクレームをつけるが、身体の震えは止まらない。

 こわい、こわい。ぼくは、死んだ。消えてしまった。

 自分が死ぬなんて思いもしなかった。子供の手を引いた時も、軽自動車にぶつかった時も恐怖はあったが、それは痛みや事故の後処理やその後の生活に対するものであり、死の存在は思考の埒外だった。それは確かにそこに存在していたのに、いつも隣にいたのに、他人事のように感じて過ごしてきたんだ。

 いま、そのツケを払うときが来た。

 

「くぅ~ん……!」

 

 気が狂いそうって、こんな感覚のことをいうのか。全身を圧迫する暴力的なものに、泣くことでしか抵抗できない。くるしい。耐えることしかできない。戦えない。逃げ切れない。押しつぶされそうになる。

 壊れてしまいそうだ。

 

「アルフ?」

 

 視界に光が差し込んだ。扉を開けて、長い髪を下ろした金髪の少女が部屋に入ってくる。簡素なパジャマは、どこか病院のものを連想させた。

 ――フェイトだ。

 思えば不思議なことだった。人見知りの激しいぼくが、自分の中だけとはいえ初対面の誰かを呼び捨てにするのは。

 転生特典で得たパートナーだからだとか、命の恩人だからだとか、年下だからだとか、理屈はいろいろつけられるけれど、このとき、ぼくはその本当の理由の一端を知った。

 

「きゅう……!」

「……アルフ? もう大丈夫だよ。こわくなんかないよ?」

 

 恥も外聞もなく無様にすがりついたぼくを、抱きとめてくれた小さな身体。震えるぼさぼさの毛皮をやさしく撫でて整えてくれる温かい手。彼女とぼくの間にある不思議なつながりから、フェイトの感情が流れ込んでくる。

 それを何と呼べばいいのか、ぼくにはわからない。母親のような慈愛があった。妹に向けるような温もりがあった。同じ立場の者としての共感があった。自分に縋りついてくれたことに対する安堵があった。そのどれもが混在していて、どれでもない感情がぼくに沁み渡り、徐々に震えをおさめてゆく。

 

「大丈夫だよ、だいじょうぶ……もう、アルフはひとりじゃないんだから」

 

 どうしてこうも欲しい言葉を的確にかけてくれるのだろう。本当にお母さんみたいだ。

 ……母親、か。そういえば前世で残していったことを悔やむような友人や恋人はいなかったけど、家族はまだいたな。思い出すと、ようやくまともに泣けそうな気がした。

 

 人間が悲しい時に涙を流す理由は、未だに科学でははっきり解明されていないらしい。しかし幸か不幸か、わんこボディに転生した今のぼくは、涙を流すことが可能なようだ。

 溢れだす感情をそのまま吐き出すようにフェイトの胸の中で泣き叫ぶ。近所迷惑は考えない方向で。

 どこにいってたの? ぼくはこんなに寂しかったんだよ。ひとりにしないでよ。おいてかないでよ。

 ぼくが泣き疲れて静かになるまで、フェイトはずっとぼくの背中を撫で続けてくれた。

 感情を吐き出してだいぶすっきりすると、今度は羞恥心が芽生えてくる。気分そのものは久しぶりに大泣きして爽快に近いんだけどね。

 こんな夜遅く部屋の外に出る用事なんて、トイレかな。ぼくはいくつまでおねしょしていたっけ。えらいな~、なんて、現実逃避ぎみに考えてみたり。

 冷静になってベッドの大きさを確認してみれば、縮尺が違っていて気付かなかったがシングルには大きすぎる。さらによくよく考えてみれば、こんなわんこをたった一匹で、人間用のベッドに寝かせる道理がない。犬の嗅覚が機能してみれば、少女特有のどこか甘い香りがベッドにからしていた。どうやらぼくは、フェイトのベッドにお邪魔していたらしい。

 明日になれば羞恥心でもだえることになるだろう。でも、疲労と安堵で意識が朦朧としてきた今のぼくにとってはそれもさして重要なことではなくなっていた。

 

「ねむくなったの? おやすみ、アルフ……」

 

 ああ、彼女の前では、ぼくがぼくであっていいんだな。

 

 意識が拡散する直前、そんなことを唐突に悟った。

 

 ちなみに後で知ったことだが、ぼくが大泣きしている最中、フェイトを部屋まで送り届けていたリニスさんが、こっそり魔法で音を遮断してくれていたそうだ。ぼくが拾われたテスタロッサ家には、昼夜を問わず研究を続けている恐い魔女がおり、泣き声など聞かれた日には目を付けられたかもしれない。命の恩人、二人目誕生の瞬間だった。

 

 さらに余談だが。翌朝、転生特典を三つとも確認したぼくは、精神安定の効果がある特典を自分が持っていたことに気づくことになる。使えばよかったと昨夜の醜態を思い出して羞恥心で死にかけた。

 

 

 




 この作品は前に短編『狼少女、はじめました』で投降したものを、長編用に再構成し直したものです
 はじめましての方も続きましての方も、読んでいただきありがとうございます。

 原作前の流れは基本的に加筆部分しか変わりませんが、細かいところを詰めていくつもりです。

 末永いおつきあいになることを祈って。

 誤字、脱字等ありましたらご報告お願いします。



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第一話

 今回から三人称視点を入れてゆきます。
 
 ◆ INアルフ 一人称視点

 ◇ OUTアルフ 三人称視点

 英語の文法的なツッコミはなしの方向性で。
 実は ◆ ← コレ、アルフの額の宝石をイメージしたものだったりします。

 9/10 転生特典の記述を一部変更
    『分類:法則支配』→『分類:事象発生』




 

 ぴんと張り詰めた空気が場を占領する。

 その発生源はプレシア・テスタロッサ。リニスの契約者(マスター)であり、目の前でかすかに震えている少女、フェイト・テスタロッサの母親だ。

 三日ぶりに顔を合わせたというのにプレシアは研究中のモニターから視線をはずそうともせず、フェイトはそのことにますます顔を強張らせる。

 とても親子が対面する雰囲気ではない。リニスは不器用すぎる自分の主人にため息をつきたい気持ちでいっぱいになった。

 

「もう一度、言ってくれないかしら?」

「あの、母さん……この子を、アルフを、わたしの使い魔にしたの。……だから――」

「捨ててらっしゃい。今のあなたにはもっと大事なことがあるはずよ」

 

 取りつく島もない。懸命の説得をあっさり一刀両断されたフェイトは震えながらうつむいた。こらえきれなかった涙が目からこぼれおちる。主人の前でなかったら後ろから抱きしめてあげたいところである。

 きゅううん、とフェイトの腕の中で話題の中心になっている子狼、アルフが小さな鳴き声を上げる。まるで状況を理解しているかのように、プレシアの注意を集めない音量で最大限の己の主人へのなぐさめだった。

 はあっ、と大仰な動作で今度は本当にリニスはため息をつく。狙い通り、プレシアの注意はひとりと一匹からリニスへと移った。これ以上、彼女達をあの空気にさらすのは酷だ。

 

「あなたもよ、リニス。いったい何をやっていたのかしら。汚い犬なんて拾っている暇があるなら、勉強を少しでも進めなさい」

「アルフは狼ですよ、プレシア」

「そんなことどうでもいいわ」

 

 視界の端でアルフが小さく身じろぎするのを感じる。フェイトが心細げな表情でこちらを見ていた。一瞬だけほほ笑むと、リニスはおおきく一歩踏み出してフェイトをかばう位置に出る。

 

「フェイト同様、アルフも私が一人前の使い魔に育て上げて見せます。常にかけられる魔力負担も、ひとつの命をあずかる責任も、決してフェイトの成長を促進することはあっても妨げにはなりません」

「……いいわ。言った通り、一人前に育て上げて見せなさい」

 

 納得したというよりは、これ以上この案件に時間を割かれるのが面倒になったという態度だったが、今はこの言葉を引き出しただけでも良しとするべきだろう。

 ふと、プレシアの視線がモニターからはずされフェイトを射抜く。

 

「はやく一人前の魔導師になりなさい。私があなたに望むのはそれだけよ」

 

 それは、娘に向けられているとは思えないほど凍てついた眼だった。

 

 

 はやいもので、ぼくがフェイトの使い魔になってからもうすぐ一年が経過しようとしている。

 

 『ツカイマ』って『使い魔』のことだったんだね。ぼくが転生したのは夢と魔法の世界だったんだ。……いや、夢にあふれているかは微妙かな。結構シビアなとこあるし。――なりたてのころにボスにじろりと向けられた凍てつく視線は今でも微妙にトラウマである。まさか、『うちでは飼えません。もといた場所に戻してきなさい』イベントをわんこの立場で経験する日が来るとは思っていなかったな。予想できるような日々を送るのもいやだけど。

 ぼくが暮らしているのはその魔法の世界の中でも魔導文明の中心、第一世界ミッドチルダ――の南部の山間アルトセイム。自然が綺麗だよ。ド田舎ともいう。もっとも、リニス先輩が家事全般を受け持ってくれているので不便は感じない。

 

 というかリニス先輩マジで有能です。掃除洗濯炊事は言うに及ばず。フェイトとぼくに対する学問や魔法に関する知識――魔導物理に魔法知識に魔力トレーニング等――の教育と指導、加えて護身のための戦闘法の教官役。さらには人里離れたテスタロッサ家の物資補給も一手に引き受けている。

 カレーが食べたいというぼくの呟き(わがまま)を聞いて第九十七管理外世界からカレールーを取り寄せてくれたときは下げた頭が上がらなくなるかと思ったよ。

 管理外世界とはいえ優れた文化はミッドチルダに流れ込んでくることが多く、カレーもその一つだから手に入れるのは比較的簡単だったとリニス先輩は笑って言ってくれたけど、それでも、ねえ?

 最近ではフェイトにあわせた専用のデバイスも作成しているらしくて……。先輩の生活に労働基準法が適用されたら確実にアウトだろう。

 ぼくなんかボスの餌係――もといプレシア様の身辺のお世話だけでもストレスで胃に穴が開く。自信がある。

 

 リニス先輩はどこでそれだけの技術を身につけたのか。不思議に思って聞いてみたことがある。

 『そのように設定、作成された』

 ぼくがまだ幼いためか遠まわしに説明されたが、要約すればそのような内容だった。

 どうやら使い魔の性能はその誕生時に魔導師がある程度目的に沿って設定できるものらしい。能力が高ければ高いほどそれに比例するように存在維持に必要な魔力も多くなるけど。

 有能な使い魔の作成には魔導師側の一定水準以上の実力が必要不可欠。作成後も維持には少なくない魔力が消費され続ける。高性能な使い魔が魔導師のステータスになると言われる所以だ。

 かく言うぼくも、フェイトの使い魔である恩恵で高い演算能力や『電気』の【魔力変換資質】を持ち、覚醒時にはすでにミッドチルダ語を習得していた。フェイトやリニス先輩が日本語ではない言語で会話していると気づいたのはかなり後のことだったけれど……。思考自体は日本語でしていることが多いしね。

 このミッドチルダ語は英語に酷似した言語で、時空管理局の影響下にある管理世界では交易共通語として使用され、複数の世界にまたがった統一言語としての立場を確立している至極便利なものだ。前世で英語の成績がよろしくなかったぼくとしてはこれが習得できたことが使い魔特典で一番大きかったかもしれない。

 閑話休題。

 

 そう、使い魔なんだ、よな……。

 ことあるたびに考えてしまう。フェイトは死にかけた子狼を助けるために使い魔契約をした。結果、ぼくが生まれた。ここまではいい。少なくとも、ぼくにとってのマイナスは無い。

 問題は、フェイトからみた場合。フェイトの目的は達成されたと言えるのだろうか?

 確かにぼくには狼だったころの記憶がある。完全とは言えないものの、部分的にとはいえ思い出せる。しかしぼくには前世の人間だったころの記憶もあるのだ。

 使い魔は本来、死亡あるいは死にかけの動物に目的に沿った人工の魂を憑依させることで作成する。あの駄女神(ダメガミ)、いちいち転生されるのが面倒くさくってその人工の魂にぼくの魂を融合させて放り込んだんじゃないだろうな?

 検証する方法は無い。でも考えてしまう。もしもその仮説が正しかったとすれば、ぼくは本来この場所で『アルフ』と呼ばれていたはずの誰かを押しのけてここに居座っているのではないだろうか。

 フェイトが助けようとした『アルフ』を、ぼくが誰にも知られることなく消してしまったんじゃないのか?

 だとしたら――。

 やめだ、やめ。検証しようがないことでうだうだ考えていても仕方がない。ネガティブ思考は前世から受け継いだ持病の一つでいわゆる『死んでも直らなかった』わけだから、一生付き合っていくしかないと半ば開き直っているが、自己憐憫に浸ることまでを肯定するわけではない。

 何がどうあれ、今のぼくはアルフ。

 今のぼくがアルフ。その事実は揺らがないのだから。

 

 むしろ今悩むべきはもっと建設的なこと。最近行き詰ってきた魔法の修練に関することの方が優先だろう。

 魔力が枯渇気味で気だるい手足を草原に投げだす。視線の向こうではフェイトが青空の中、空戦機動の訓練を続けていた。

 はい、今日も現実逃避の真っ最中でした。

 いやー、まさか自分が魔法使いになるだなんて前世では考えもしなかったな。正確には魔導師だけど。

 リンカーコアは独立しているためこっちの魔力の大量消費が向こうに影響する心配はないとはいえ、ぼくの存在維持にはフェイトの魔力を消費する。疲れた体に鞭打って、ぼくは人間モードのままこいぬ(チャイルド)フォームに移行した。

 

「お疲れ様、アルフ。その姿もだいぶ馴染んできましたね」

「あ、リニス先輩……」

 

 リニス先輩はちょっと苦笑した。ぼくが『先輩』の呼称をつけることにリニス先輩は少し抵抗を抱いているらしい。『なんとかなりませんか』と言われたことは一度ではないがどうにもならない。だっで自分はリニス先輩を尊敬しているでありますから。

 何度も問答を繰り返した結果、今では苦笑されるだけで特にそのことについて言われたりはしない。

 

「普通、フォームチェンジは熟練を必要とする高等技術ですし、そもそも弱体化は覚えようとする使い魔が少ないのですけど、アルフは真っ先に覚えましたね」

「フェイトにかける負担は少しでも減らしたいですから」

 

 成長すれば成長するほどぼくの能力は上がり、フェイトから供給される魔力は増えた。戦闘時は仕方ないとして、普段からフェイトにそのような負担をかけるのは心苦しい。

 なんとかフェイトから奪う魔力をこちらから減らせないかと試行錯誤を重ねた結果、何度も体調不良におちいり、見るに見かねたリニス先輩が術式の改変技術を教えてくれたのだ。おかげで覚えるべきことが増えたが、今では人間モードでも狼モードでも自分の姿をフェイトとの契約当初に変形させることによって負荷を最低限に抑えることが可能になっている。

 人に負担をかけることで自分の胃が痛くなる憶病心(チキンハート)も前世からの筋金入りである。

 

「あなたたちは本当にいいコンビですね」

 

 リニス先輩の笑みが苦笑から微笑ましいものを見るようなものに変化した。何か変なことを言っただろうか。

 おとな(アダルト)フォームの人間モードではもうリニス先輩の身長を追い抜かしてしまったとはいえ、まだまだリニス先輩には敵う気がしない。リニス先輩もまだぼくを子供と見ているようで、この間は犬用のおもちゃをくれた。

 ……あれは反応に困ったなあ。いや、体は素直に喜んでるんだけど、尻尾とかぶんぶん振られているんだけど、中身はいちおう人間の記憶があるからねえ。無邪気にじゃれつくのはちょっと抵抗が。しかし憶病心(チキンハート)に人様からのプレゼント――しかもよりによって尊敬する人(使い魔だけど)からの――を放置するという選択肢が選べるはずもなく……。

 まあ、童心にかえるのは楽しかったよ……。ふふふ。

 あれ以来、人間モードでいる時間が長くなったが因果関係があるのかは秘密である。まあ、以前から狼モードでうろつくのは極力避けていたけれど。

 あっちの方が出力は高いし、感覚も鋭いんだけれど、総合面では人間モードの方が安定感があるし、やっぱり前世が人間だけあってこっちの姿の方がおちつくしね。使い魔特典で人間に変身できる機能がデフォルトでついていると知ったときから人間モードでいる時間の方が圧倒的に長くなった。

 ちなみに、うちのフェイトさんがスカートを好んで履くことも狼モードを避ける大きな要因の一つだったりする。あの体、視界が低くて広いんだよ……。

 閑話休題。

 

「フェイトの方はもう少し練習を続けますから、アルフは先にクールダウンして休憩しておいてください」

「……はーい」

「落ち込まないで。あなたも十分すごいんですよ。ただ、フェイトは高速機動に関しては天性の素質がありますから……」

 

 そうは言われても気が落ち込むのを抑えきれない。

 最近、ぶつかっている問題。

 飛行訓練でまるでフェイトについていけないのだ。速度が違う。

 無理についていこうとして魔力が枯渇寸前になるのもこれが初めてではない。

 リニス先輩は無理についていくのではなく、中後衛(ウィニングバック)としてサポートに徹したらどうかとアドバイスをくれるし、フェイトが苦手としている防御魔法や補助魔法に適性があるらしいのでその方向性でトレーニングを積むことに納得はしているんだけど。

 いざというときに前線に飛び込んでフェイトの盾として活躍できるだけの何かしらは欲しいと思うわけでして。

 でも速度で追い付けない現状では夢のまた夢である。たどりつく前にすべてが終わってしまう。

 ちなみに余談ではあるが、ぼくには使い魔としては極めて珍しくデバイスを使う適性もあるらしい。リニス先輩が驚いていた。デバイスを使うどころか作成できる規格外なリニス先輩に言われても実感は湧かなかったが。

 まあ、前世が人間である影響かな、これも。

 

 

 とぼとぼと帰路に就く。

 ぼくだってがんばっていないわけではないのだ。

 この一年たらずで魔法は基礎から総合まで一通り覚えた。護身法だって習得した。デバイス使用の素質ありとはいえ、結局のところ自らの手足を使った戦闘法に一番適性があったので修めたのは格闘技だったけど。

 飛行訓練だって『空戦』までは至っていないだけで、『飛行』ならそこそこ出来るのだ。飛べない魔導師が大半ということを考えると、使い魔の人工魂という下地があるとはいえ、なかなかの成果なのではないかと思う。

「いや、いいわけ、かな……」

 届いていないものは届いていないのだから。

 元が地上の生物だなんて関係がない。それを言うなら人間だってそうだ。

 このまま中後衛(ウィニングバック)としての在り方のみを極めて、万が一フェイトが取り返しのつかない怪我でもしたら。

 フェイトに、ここにいたかもしれない『アルフ』に、申し訳が立たない。

 まただ、こんなことを考えて。

 鬱屈した気分を吐き出すように深々とため息をついたとき、右肩に鈍い痛みとずしんとした重量が乗った。

「グギャー」

「……なんだ、お前か」

 見ると、地球ではありえない四枚の翼を持った、カラスほどの大きさの鳥がとまっていた。ちなみに色は緑と青と赤の極彩色。ミッドチルダの生態系は摩訶不思議である。

 顔見知りのひとりだ。自分の中の力に意識を向ける。

 

 ▽

 能力名:【以心伝心】

 タイプ:アクティブ

 分類:事象発生

 効果:対象の意志を翻訳・伝達する。

 △

 

 『コミュニケーション能力が欲しい』。

 あの神様にそう願ったらもらえた能力だ。つまり転生特典の一つ。

 ぼく個人としては【比翼連理】で得たパートナーと円滑にコミュニケーションをとる手段及び保証が欲しかったのだが、得られたのはどのような相手であれ会話を成立させる能力。さすがに『意志を翻訳・伝達する』という効果上、相手が一定水準以上の自我を確立していることが求められるが。

 ただ、そこに意志が込められているという裁定なのか、未習得の言語で書かれた本もこの能力を使えば読めたりする。魔法陣が解析できた時にはさすがに噴いた。

 便利すぎるだろ。いや、悪い事じゃないんだけどさ……。

 アクティブタイプの能力であるため、使用にはコストとして魔力が消費される。まあ、相手が鳥で世間話くらいならある程度回復してきた魔力で十分足りるか。

 

《やあ、姐御。なんだか落ち込んでいますなー。耳も尻尾もしおれていますぜ。またフェイト嬢ちゃんがらみですかい?》

《……まあね》

 

 何故か此処ら一帯の動物はぼくのことを『姐御』と呼ぶ。……ぼくが狼だからだろうか?

 リニス先輩が『リニスさん』で、ぼくが『姐御』なのはなんだか納得がいかないんだけれど。

 

《ひとつ、ここはあっしに相談してみやせんか? 聞くだけならタダでやんすし、三歩も歩けば相談された内容も忘れるトリアタマなため機密もばっちりっすよ》

《自分で言うなよ……》

 

 くすっと笑みが漏れる。少し気が楽になった。

 それに、相手はいわば空を飛ぶエキスパートだ。もしかしたら何かヒントになるかもしれない。そう思って相談を持ちかけてみる。

 

《――なるほどねえ。……フェイト嬢ちゃんはあっしらから見ても規格外ですぜ。それは姐御が十分すぎるほど理解しているとは思いやすが》

《そんなのわかってるよ。あの子は天才だ》

《親馬鹿っすね》

《悪いか?》

《いいえぇ。いざというときに冷静な判断が下せるならそれもよござんす》

 

 でも、のびのびと青空を飛び回るフェイトは本当に楽しそうで。きっと彼女の中には元から空を飛ぶための素質が備わっていたに違いない。見るたびにそう思う。

 天才ではないぼくが天才に追いつくために一番わかりやすい手段は『努力』なんだけど……。フェイト、努力家でもあるんだよな。同じ練習量をこなすことさえリンカーコアの性能差でこちらが先にスタミナ切れになるので無理だし。

 

《ここらでフェイト嬢ちゃんに空で勝てる相手なんてもんはリニスさんくらいでやんす。でも、それは地上の姐御にも言えるとで。それじゃいけないんですかい?》

《『みんな違って、みんないい』てか? でも、うーん、やっぱりそうなるのかなー》

 

 たぶんボス――プレシア様もフェイトやぼくに勝てるけどそれは置いておくとして。

 相手よりも短い時間の鍛錬で相手の得意分野で追い付く、追い抜く――不可能だ。だったら別のところで補うしかないんだけど。

 確かに飛ばないことを前提とした地上戦ならぼくはフェイトと互角以上に戦える。ここらの野生動物相手でも負けることはそうないだろう。

 でもそんなの当たり前で。八歳そこらの女の子にそこそこ成長した狼が勝てるのは当然だ。飛行しなければフェイトの戦闘スタイルの命綱ともいえる機動力が激減するのだから。

 逆にいえばフェイトの戦場は空が主流になるだろうってことで。

 

中後衛(ウィングバック)でサポートに徹するしかないのかなあ》

《姐御は健脚でやすが、まさか宙を踏みしめて走るわけにもいかないっすからねえ》

 

 その瞬間、ぼくに電撃走る。

 

「その手があったかあ!」

「ピギャア!?」

 

 突然の大声に驚いて肩の上から鳥が飛び立ったがそんなことはどうでもいい。

 どうして思いつかなかったんだろう。『宙を踏みしめて走れば』いいんだ!

 

《あ、姐御? 突然どうしたんで?》

《ありがとう、道が見えた気がする》

 

 おそるおそる話しかけてきた鳥に礼を言い、さっそくひらめきを試す。

 この世界の魔法はデバイスにプログラムを走らせて起動するスタイルが主流だが、ぼくら使い魔はたいていデバイスを使用しない。そもそも、今ぼくが思いついたのはデバイスを使わなくても使用できる者が多い魔法だ。

 まずは飛行魔法で宙に浮き上がる。『飛行』のプロセスは上出来。続いて空戦機動に移行。

 従来なら速度が足りず、小回りも利かず、無駄に魔力を消費するだけだった動き。しかし今は違う。

 【ラウンドシールド】。シールド系防御魔法に分類される魔法で、リニス先輩から習った基礎の一つだ。基礎だけあって多くの魔導師が使用しており、展開速度が速くデバイスなしで使用できる者が多い簡単な術式。その割に防御力が高く、コストパフォーマンスもいい。

 一方向の防御しかできないという性質を持つものの、今は防御に使うわけではないので問題ない。本来、魔法弾を防ぐことに真骨頂を発揮する魔法だが、物理攻撃も防げないわけではない。

 イメージするのは水泳のクイックターン。展開時はぼくを中心に座標を設定。しかし展開後はぼくから切り離して座標を空中に固定。

 

「っし!」

 

 狙い過たず、ぼくの足は展開したシールドをしっかり捉え体を反転、加速させた。

 狙い通り! 『防御魔法を移動目的で使う』という試みはうまくいったようだ。

 思いついてみれば簡単なこと。シールド魔法を空中に固定し、足場として利用する。【ラウンドシールド】なら使い魔の性能を駆使すれば無詠唱で連続複数展開できるし、狼の身体能力も存分に生かせる。

 展開したシールドを踏みしめるたびに歓喜で体が踊りだそうとする。飛行魔法とバリアジャケットで緩和されているとはいえ十分な量の風が耳をはためかせる。気持ちいい。今まで思い通りにならなかった空戦機動がこんな形で達成できようとは。

 跳ねあがったぼくのテンションはおよそ三分後、魔力の完全枯渇で墜落するまで下がることは無かった。

 

 

 身体に躍動感が満ち溢れる。歓喜のあまり頭がぼーっとする。

 いや、なんだが手足もしびれているような……。

 

《あ、姐御ー!》

 

 ああ、そういえば、魔力枯渇寸前だっけ。

 いつの間にか空が足元にあるぞ? ああ、ぼくが頭から地面に落ちていってるだけか。

 

 ………………。

 

「っは! 夢!?」

「夢じゃないよアルフのバカァ!!」

 

 いきなりフェイトに怒られた。なんぞ?

 なんで涙目のフェイトが枕元に立ってるんだ。とりあえず泣かない泣かない……。

 

「目が覚めたようですね?」

 

 氷点下、いや、絶対零度の声がした。

 り、りにすせんぱい? その笑顔がマジで怖いんですけど……。

 

「私はちゃんと言いましたよね。『先にクールダウンして休憩しておいてください』って。それが何故頸骨(けいこつ)を折りかねないあのような状況につながったのか、説明をお願いできませんか? ア・ル・フ☆」

 

 ちょ、ま。最後の☆がマジでヤバい。命の危険を感じるって言うか寿命がゴリゴリ削れていってる気が――。

 

「寿命が縮まったのはこっちの方ですよ」

 

 なんで考えていることわかんの!?

 

「表情に出ています。……ふう、まったく。頭から墜落したあなたを見て、フェイトがどれだけ取り乱したかわかっていますか?」

 

 すっと頭が冷えた。

 枕元でうーと涙目で唸るフェイトを見る。ここまで感情をあらわにした彼女を見るのは、前にお風呂でおぼれかけて以来かもしれない。

 こういう言い方は好きではないが、フェイトはいわゆる『手のかからない子』だから。迷惑をかけない。わがままを言わない。リニスの言うことに従って、ボスの意向をくみ取って、この年頃の子どもにはあり得ない鍛錬を日々積み続ける。

 精神リンクでフェイトから伝わってくる怒り、悲しみ、不安、安堵……。ぼくは彼女をこんなにも傷つけてしまったのか。どうすればいいのかわからなくて、視線が宙をさまよう。

 

「こういうときはなんて言えばいいでしたっけ?」

 

 リニス先輩の助け船をもらって、ようやく言うべき言葉が喉の奥から転がり出た。

 

「ごめん、なさい」

 

 一度見つけてしまえばあとからあとから言葉と感情が溢れてくる。ごめんなさいフェイト。ごめんなさいリニス先輩。ごめんね、ごめんなさい。気がつけばぽろぽろと涙があふれていた。心のどこかで剥離した部分がいい年して情けない、だなんてほざいているけど、この体はまだ一歳にもなっていない。

 

「……アルフの、ばか」

「私たち魔力で身体を構成した使い魔にとって、魔力の枯渇は他の生物に比べずっと致命的な状況につながりやすいんです。今後は注意してください」

 

 フェイトの腫れた目元やかすれ声が罪悪感をぐさぐさ刺激する。

 ぼくは何をやっているんだろう。生まれてきたことに申し訳なさを感じて、不安を消すために無茶をして、迷惑をかけて。

 こんなに声がかすれるほど泣いてもらえるくらい、ぼくは愛されているというのに。

 ずっと自分ばっかりしか見ていなかったんじゃないのか? フェイトのため、ここにいたかもしれない『アルフ』のためだなんて建前を自分で信じ込み、気がつかない裏側で自分が必要とされる理由を探していた。

 此処にいていいんだって、フェイトとリニス先輩に言って欲しかった。なんて救いようのないバカなんだろう。

 そんなのとっくの昔に言われているのに。ぼくは必要とされたからここにいるのに。理解しているつもりで、本当の意味で気づいていなかった。

 

 しばらく壊れたオルゴールのように何度もごめんなさいを繰り返すぼくの頭を、リニス先輩は何も言わずに撫でてくれた。途中からは小さな手も、怒っていますと主張するようにいささか乱暴だったが加わった。

 

「……さて、フェイトもアルフもだいぶ落ち着いたようですね。反省はそこまでにして、聞かせてもらえませんか?」

 

 思考の海に沈んでいた意識が引き戻される。視界がかすんで目元がひりひりする。こんなに泣いたのは久しぶりだった。

 頭の上から離れていった二つの手が名残惜しい。

 

「……ぐす、な、何をですか?」

「あなたが落ちた理由です。空でいったい何をやっていたのですか?」

 

 そういえばそうだった。ぼくが落ちたのは魔力枯渇が原因だが、そもそもその発端は空戦機動の成功にテンションが天井知らずに高揚して疲労を感じ取れなくなったことだろう。

 ぼくは空戦機動にいちおう成功したこと、その際にシールド魔法を足場として活用したことをリニス先輩に説明した。

 リニス先輩が感心したような表情で頷く。

 

「なるほど、純粋かつ単純なアルフ(バカ)ならではの発想というやつですね。確かに空中に足場を用意出来れば、使い魔の身体能力があればフェイトの速度についていくことも可能でしょう」

「あ、あの、なんか今の発音変じゃありませんでした?」

「フェイトを泣かすような使い魔はアルフ(バカ)でじゅうぶんです」

 

 はい。ごもっとも。二度といたしません。深く深く反省した。

 

「その手段に【ラウンドシールド】というのも面白いですね。まだまだ改善の余地はありますが、基本構想としては……。アルフ、中後衛(ウィニングバック)はやめて前衛に集中したいですか?」

「いえ、基本的に空戦ではフェイトのサポートにまわりたいと思います。ただ、射撃魔法はあまり得意ではないのでいざ攻撃(アタッカー)(タンク)を担うことになった時、これという手札が欲しかったんです」

 

 フェイトの使い魔であるぼくは間違っても魔力保有量が少ないとかそんなことは無い。ただ、元が狼である弊害なのかぼくの性分なのかはわからないが、射撃魔法の精度、威力共にフェイトのそれより大きく劣るし、魔力を大量にばらまくような射撃、砲撃系の魔法はそもそもあまり好きになれなかった。

 牽制、撹乱を重視して【フォトンランサー】をはじめとした射撃魔法には着弾時炸裂効果を付随してみたりしているが、それも射撃、砲撃が充実し、それに伴い防御手段も充実しているミッド式魔導師相手では決め手にはなりえない。やはり得意の格闘戦を生かすことのできるカードが一枚欲しい。

 それに汎用性をうたうミッド式とはいえ、戦闘は充実している射撃、砲撃魔法をメインにした中~遠距離戦闘が主流になっている感は否めない。相手の懐に飛び込み格闘戦に持ち込めば、それだけで相手の手札を制限し有利な状況に持ち込めることが多いのだ。

 身体強化と近接戦を主眼に置いた『ベルカ式魔法』なるものも存在するらしいけれど、これは使い手がかなり少ないらしいし、現在ミッド式を下地にベルガ式を再構築する研究が行われているが、これもリニス先輩の見立ていわく実用までに十年はかかりそうとのことで深く気にする必要性は今のところないだろう。

 とはいえ、このままフェイトにサポートとしての実力を伸ばすことについては何の異論もない。

 どうもうちのフェイトさん、攻撃に傾倒し過ぎというか、『当たらなければどうということはない』を地でいくバトルスタイルを確立させつつあるっぽいんですよね。この子を何の援護もなく戦場に放り出すなんて怖くてできそうにない。いや、そもそも戦場に出てほしくないのが正直なところだけれど。

 

「……そうですか。それではその方向性でトレーニングメニューを調整しますね。せっかくアルフが体を張って編み出してくれたわけですし、シールド魔法を移動に使用する方法も少し洗練させてみましょう」

 

 しばらく考え込んだ後、リニス先輩はにっこり笑って頷いた。……もしかしてリニス先輩、けっこう根に持つタイプですか?

 そこまでは落ち込みながらも冷静に聞いていたぼくだったが、続く一言でいっきに焦らされることになる。ちなみにぼくらの会話をすこし膨れながら聞いていたフェイトはそれを聞いて笑顔になった。

 反省はしているからそんな顔はやめておくれよぉ。

 

「さて、お話はここまで。みんなでお風呂に入りましょうか」

「ふうぇ!?」

「なんせ訓練が終わってすぐアルフの看病でしたからね。女の子は綺麗にしていなきゃいけませんよ? そのあとはみんなでマッサージしましょう。疲労が残っては大変ですから」

「うん、わかった。いこう、アルフ」

 

 フェイトがぼくの手を引いて黒い笑みを浮かべる。こんな小さい子になんて顔をさせてしまっているんだぼくは……。って現実逃避している場合じゃなかった。

 待って、君たちは誤解をしている。たしかにぼくはお風呂に入っている時に落ち着きがないよ。早く上がりたそうにそわそわしているよ。でもそれはお風呂が苦手とかじゃなくて……。

 前世の記憶が残っているから女性と入るのがキツイんだよ! 性欲とかは感じないものの、気恥ずかしさが半端ない。さすがに前にフェイトがおぼれかけて以降はフェイトを一人で入浴させないようにしているものの、リニス先輩と入るのは精神的に大ダメージを負う予感しかしない。ただでさえ最近は人間形態の自分の体を直視することに気疲れがひどいっていうのに。しかもそのあとマッサージって。

 

「ほら、いこうよ」

 

 しっかり握られた小さな手はいろんな意味で振りほどけない。

 望んでこの上ないはずの少女の笑顔が死神の微笑に見えた瞬間だった。ちなみに鎌が振り下ろされる先は魂じゃなくて、倫理道徳とかプライドとかそこらへんね。

 

 

 この子はいったい、なにものなんだろう?

 不意にリニスはそう感じるときがある。

 視線の先にはぎゅっと目を瞑ってフェイトにシャンプーされているアルフの姿があった。フェイトにかかる負担を抑えるためにフェイトよりも幼い子供の姿でいるのだが、それが姉に面倒をみられている妹のようで微笑ましい。濡れているのにもかかわらずかたく逆立った尻尾の毛が極度の緊張を示しており、ますます笑みが深まるのをリニスは感じた。

 

「アルフ、目を閉じて」

「閉じてるよー」

 

 ばしゃりと泡が洗い流され、幼いながらも健康的な筋肉によってハリのある肢体があらわになる。流れた泡がリニスの足元まで流れてきた。

 フェイトとアルフの関係は、普通の使い魔とは異なる。フェイトはアルフに自分の命を自由に生きることを許しているし、アルフはその自分の意志でフェイトを慕い、共にいることを望んでいる。

 『生涯を共に過ごすこと』

 それが彼女達をつなぐ契約(きずな)だ。

 普通の使い魔たるリニスはフェイトが一人前の魔導師になれば、プレシアとの契約は終了する。残されるのは消滅の道のみ。目的のためにかりそめの命を与えられ、役目を終えたら消滅する――それが一般的な使い魔契約であるし、それでいいとリニスは納得している。

 

 しかし、そのような違いをおいてもアルフは奇特な使い魔だった。

 食べたこともないはずの料理を食べたいとこぼす。興味をひかれ材料を取り寄せて作ってみたところ、アルフはもちろんフェイトがとても喜んで食べた。あとで知ったことだが、現地では子供が好きな料理ランキング殿堂入りレシピだったらしい。どのような料理もおいしいと言ってくれるフェイトだったが、料理を食べてはしゃいでいるところは初めて見たリニスだった。もっとも、『犬なのにタマネギが食べられるって使い魔スバラシー!』とそれ以上にはしゃいでいたアルフにつられただけかもしれないが。

 さらに、暇を見つけてはどこからかひもを見つけてきてフェイトにあやとりを教え込む。フェイトはおろかリニスさえ知らない遊びを、彼女はどこで知ったのだろう。それだけではなく短い時間で済む様々な遊びをひととおり教え、フェイトが遊ぶことに慣れると次はすごろくの共同自作など、ある程度時間がかかる遊びを長時間の休憩が取れるタイミングを見計らって提案するという周到さだ。

 遊びを知っているだけではない。自分がただ遊びたいだけではない。フェイトの置かれている状況を冷静に把握し、そのうえで自分の要求を飲ませる巧みさをリニスはそこに見てとった。遊びたいざかりの年頃のフェイトを契約者(プレシア)からの要求で勉強漬けにしなければならないことを心苦しく思っていたリニスにとって、アルフの態度は渡りに船だったと言える。

 

 リニスは前に一度、『そのような技術をどこで身につけたのか』とアルフに聞かれたことがある。そのときは懇切丁寧に答えてあげたものだったが、内心は同じことをこっちが聞きたいくらいだった。

 使い魔は契約に基づいて作成される。リニスの主な仕事はテスタロッサ家の家事全般とフェイトの教育。当然、契約もそれに基づいたものであり、それに見合う能力をプレシアから付与されていた。プレシアをして『維持するのも楽ではない』と言わしめるほど有能なリニスの能力は、使い魔の能力なのだ。

 しかしアルフは違う。彼女の契約は『生涯を共に過ごすこと』だ。フェイトのポテンシャルが高いためアルフのポテンシャルはなかなかのものだし、生まれたときから主人と会話するためのミッドチルダ語を習得したり触れ合うための人間の姿を持っていたりしたが、それだけだ。それ以上のものをフェイトは望まなかったし、加える余力も当時は無かった。

 彼女を構成するもうひとつの要素はいったい何なのだろうか。

 リニスはときどき怖くなる。アルフがごく稀に見せる、どこか遠くを見るような眼差しを見ると特に、だ。使い魔ではないアルフの一面。あるはずのないもの。

 

「はい、交代! 仕返しだー、わしゃわしゃわしゃ」

「わぷ、アルフ、ちょっと待って」

 

 ふ、とリニスは知らず知らずのうちに入っていた肩の力を抜いた。

 それがたとえなんであれ、アルフがフェイトに害を及ぼすことはありえない。それだけは、自分が誇りを持って断言してみせる。

 見ていればわかる。乱暴な言葉とは裏腹に、アルフの手つきは繊細を極める。フェイトの長い髪を傷めないよう、気を使っているのだ。

 フェイトもアルフに触れられるときはリラックスしている。リニスの時は、ほんとうに一瞬だけだが、遠慮するように身を固くするのに。

 アルフが使い魔になってからフェイトはよく笑うようになった。今までも笑わなかったわけではない。その純粋な笑顔でリニスの仕事の疲れをいやしてくれていた。しかし仕事のあるリニスは四六時中フェイトの隣にいるわけにもいかず、ひとりにしてしまう時間があった。その時間を、フェイトが身にまとっていた寂しげな空気ごとアルフが潰してくれたのだ。

 フェイトはプレシアに母の愛を求めている。それはどれだけ愛情を持っていようとリニスには、そしてきっとアルフにも代わりを務めることはできないだろう。

 しかし、そのせいで空いてしまう心の隙間ならば、埋めることは可能なはずだ。リニスだからこそ、そしてきっとフェイトが大好きなアルフだからこそ。

 空くことは防げないが、埋めることならできる。

 

「――アルフ」

「わしゃわしゃ……はい、リニス先輩、何でしょうか?」

 

 一瞬自分に向けられた顔が、真っ赤になってそらされる。こういうしぐさが可愛らしい。リニスは自分の顔がゆるむのを感じた。

 

「アルフのためにも専用のデバイスをつくろうと思います。移動用にシールド系を展開することに特化したものです。それに処理を任せることによって、負荷の軽減と移動の高速化を図っていこうかと。移動にキャパシティをつぎ込み過ぎて肝心の戦闘がおろそかになったら本末転倒ですからね。普通、デバイスは杖型が一般的なのですが、あなたは格闘家スタイルですし……。希望のデザインはありますか?」

 

 通常の魔導師ならば既存の魔法を、まったく別の目的で使用しようなどとは考えない。何年もかけられて完成した分類なのだから、それに異を唱えるよりは、その分類の中でより使い方を洗練させた方が効果的だというのが世間一般の見方だし、それは正しい。

 そんなことを思いつくのは全くの素人か、枠に収まりきらない天才か、あるいは常識が通常とはかけ離れている狂人である。そしてアルフはそのどれでもない。

 ならば、その発想はアルフから時折垣間見える『何か』に基づいたものなのだろう。

 

「えっ、よかったね、アルフ!」

「うーん、そうですねー……」

 

 自分のことのように喜ぶフェイトと、真面目くさった顔をして考え込むアルフの姿が対照的で、リニスは思わず笑ってしまった。ほんとうにこの子たちは……。

 

「ぼくには爪があります。ぼくには牙があります。敵を倒すための力はすでにある。あとはそれを鍛えていけばいい。だから……」

 

 アルフは、あのどこか遠くを見るような目をした。リニスの背にゾクリと震えが走る。それは恐怖ではなく、期待。

 

「守るための盾をください」

「……わかりました。その方向で構築してみます」

 

 アルフの『何か』の正体はリニスにはわからない。しかしそれがこれからの彼女たちの助けとなるのなら、それが何であれ自分はそれを最大限に発揮できる道具を作ろう。

 リニスは、いずれいなくなる存在なのだから。

 

「じゃあ、つぎは私が背中を流してあげましょう。こっちにいらっしゃい、アルフ、フェイト」

「ううぇ!? あの、それはちょっと、遠慮したいなというか……」

「ふふふ、ダメです」

「えへへ、行こうアルフ」

「あーれー」

 

 彼女たちの未来に幸多からんことを、とリニスは祈る。

 祈るべき対象(かみ)をアルフが持たないことを、未だ彼女が知るすべはない。

 

 




 筆者は原作知識に乏しいので、間違いなどあればご指摘ください。
 出来る限り対応いたします。
 ……場合によっては、うちの独自設定になるかもしれませんが。

 誤字脱字等あれば、報告お願いします。


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第二話

 今回は短編番とほとんど変わりません。
 短編からの人はごめんなさい。

 9/10 バルディッシュの命名がフェイトの手に渡る直前と教えてもらったので、記述を一部変更しました。


 

 

 あの後、リニス先輩はしばらくしてからぼくに専用ストレージデバイスをくれた。

 盾型ストレージデバイス『ペルタ』。普段は銀の首輪形態で待機していて、起動すれば左前腕部に三日月形の盾が展開される。大きさは空戦機動や格闘戦の邪魔にならないように小さめ。

 『ストレージデバイスですからそこまで手間がかかっているわけではありませんよ。それに、どうしてもフェイト専用デバイス(あのこ)の制作がメインになってしまいますから』なんて言っていたけれど、シールド魔法の高速同時発動、並列運用の処理速度、精度はたいしたものだ。ペルタが防御魔法に特化したデバイスだということを差し引いてもそう感じる。

 インストールされている移動用シールド魔法――通称【タンバリン】もリニス先輩が【ラウンドシールド】を元に展開時の大きさ、性質をある程度変化させることが出来るよう改変した半オリジナルである。

 本当にリニス先輩には足を向けて眠れないよ。

 覚えるべきことがさらに多くなり、トレーニングは密度を増したが後悔はしていない。やらなくて後悔するよりはやって後悔した方が百倍マシだ。こんな考え方は前世では絶対しなかったので面白い。

 フェイトと共に日々レベルアップを重ねて順風満帆。まあ、目下の悩みごとは最近なぜだかフェイトの生き霊が見えるようになったってことかな?

 

《生き霊じゃない! ア・リ・シ・ア!》

 

 はい、いつものごとく現実逃避中であった。

 今、ぼくの前では半透明全裸のフェイト五歳児バージョンがぷかぷか浮かんでいる。ふと見かけて、「フェイト?」と話しかけてしまったのが運の尽き。《わたしのことが見えるの!?》と憑かれてしまった。

 こうしてよくよく観察してみれば表情豊かなふくれっ面といい、快活な雰囲気といいフェイトとはかなり違うんだけど。おもいっきり別人だ。

 ちなみに全裸についてはようやくここ最近耐性がついてきた。一年近くかかった……。顔色も変えずにフェイトの髪を洗ったり背中を流したり身体を拭いたりできるようになったのはいいんだけれど、何か大切なものを失くしてしまった気がしないでもない。

 

《もう、そんなんだからアルフ(バカ)って言われ――》

 

 言葉が途中で断ち切ったかのようにふっつり途切れる。半透明の身体も視界から消滅した。

 ……ふむ、やはりか。アリシアと名乗ったフェイトもどきの少女を認識できるのは【以心伝心】を使用中のみらしい。別にバカって言われたから聞こえなくしたわけじゃナイヨ? 確認しただけです。別に突然霊感に目覚めたとかそういうわけではなかったらしい。

 今まで【以心伝心】を室内で使用することって滅多になかったからな。せいぜい未習得の言語で書かれた本を読むのに使ったくらいで、それもリニス先輩からの言語学習が進むにつれて使わなくなったし。

 アリシアがテスタロッサ家内のみで発生する自縛霊のようなものだとしたら、今まで目撃できなかったのも不思議じゃないってことか。ちなみに今回は窓から鳥が遊びに来て、それと会話するために【以心伝心】を使いアリシア発見の流れに至った。

 ……それにしても、便利すぎるだろう【以心伝心】。コミュニケーション対象が幽霊なら霊感獲得も『意志の翻訳・伝達』の範疇に含まれる裁定なのだろうか。なんだかんだいって神様からもらった能力だけある。

 考察を終え、【以心伝心】をふたたび発動させると、アリシアが泣きそうになっていた。フェイトと同じ顔でそんな表情をされると罪悪感が募る。確かに突然無視した形になったわけだし、謝罪はするべきだろう。

 

《おーい、アルフ(バカ)ー? 返事をしてよー。ねえ、バカー? バカバカー?》

「誰がバカだバカって言うやつが一番バカなんだよバーカ!」

 

 スキル【幼児退行】発動! 特に転生特典とかではない。

 正体はともかく見た目五歳児に馬鹿にされるのがここまで腹の立つことだとは思わなかった! 『アルフアルフー?』みたいな感覚でバカバカ言ってんじゃねえ!

 この体、思いもよらないところで沸点が低いなーとどこか冷静な部分がつぶやく。他人事みたいに見ていないで止めてほしい。

 

《なっ、その理論ならあなたも一番バカじゃないバーカ!》

「じゃあ同列一位だよばーかばーか!」

《バーカバーカバーカ!》

 

 ――見苦しい光景のため中略。しばらくお待ちください――

 

 十五分後、そこには息絶え絶えになったぼくらの姿があった。……本当に何やってんだか。

 

「はあ、はあ……やめよう、不毛だ」

《ぜえ、ぜえ、そうね……》

 

 疲労困憊の末、休戦協定が結ばれたのであった。どうでもいいけど幽霊も疲れるのね。この場合は気疲れかも知れないけれど。

 なにはともあれお子様モードは終了。真面目な話し合いへと移行する。

 

「……アルフ?」

「っしぃ、フェイト、そっとしておいてあげなさい。あれは麻疹みたいなものですから。ふふ、アルフもそんな年頃になったのですね」

 

 と思った矢先、なんか遠くの方でフェイトとリニス先輩がこちらを見ていた。

 フェイトが摩訶不思議なものを見る目でこちらを見ていた。

 リニス先輩が微笑ましいものを見る目でこちらを見ていた……。

 ……嗚呼(ああ)、あれだけ大声を出していたら何事かと見に来るのは当然だよね。

 状況説明、アリシアと言い合いしていたぼく。仮定、高確率でアリシアはぼく以外の人に見えない。結論、誰もいない空間に向かって馬鹿馬鹿叫んでいたぼくの姿がそこに。

 あの、リニス先輩? その『私はわかっていますから』みたいな表情で頷くのはどういう意味でしょうか。フェイトの肩抱いてどっか行かないで。言い訳させて。

 

《……えーと、大丈夫?》

「…………………ごめん、ちょっと待って」

 

 精神的に立て直すまでにもう少し時間がかかりそうだった。

 

 ――さらに十五分経過――

 

「おまたせ。さあ、話を聞こうか」

《おお、立ち直った》

 

 今いろいろ掻き集めて蓋をする作業が終了したばっかりだから、蓋をずらすような発言禁止ね?

 閑話休題。

 

「君は誰だ?」

《相手の名前を尋ねるときはまず自分から。礼儀のなっていない使い魔ね》

「――これは失礼いたしました。ぼくの名前はアルフと言います。お名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

《だから最初にアリシアって言ったじゃん。アルフってバカァ?》

「……ぼくは真面目に話がしたいのだけれど?」

《ごめんごめん。久しぶりの話相手だからつい、ね》

 

 アリシアはぺろりと舌を出した。フェイトではまず見られないであろう、いたずらっ子のような笑顔だ。

 その笑顔がすっと外見不相応な真剣なものに変わる。それは、彼女がその幼い姿のまま長い年月を過ごした(いびつ)さ、そして悲しさを感じさせる光景だった。

 

《わたしはアリシア――アリシア・テスタロッサ。フェイトのお姉さんだよ》

 

 彼女はそう名乗った。声に今までとは打って変わった決意をにじませて。

 ここまで似ていて、フェイトの肉親だということは予想していなかったわけではない。でも、フェイトに姉がいたなどという話は聞いたことがない。幼いフェイトに話すことではないと姉の死を秘密にしているのだろうか。そう考えると自然だが、なにやら嫌な予感がした。

 それは前からうっすらと感じていた違和感。フェイトから聞かされるボスの過去と、現在の食い違い。リニス先輩からこっそり教えてもらったボスが『娘』に向ける愛情と実際のフェイトへの態度。それほど多く顔を合わせたわけではないが、どこかまともではない空気を背負い、しかもそれが時を重ねるごとに顕著になってゆくボスの姿。

 アリシアという存在は今まで隠されていた違和感の正体を完成させてしまう最後のピース。本能がそう告げている。生まれて間もなく使い魔になったのだから野生の勘などとはお世辞にも言えないシロモノだが、経験的によく当たることは知っていた。

 

「フェイトにお姉さんがいたなんて話は聞いたことがないけどな?」

 

 我ながら声が固い。アリシアは悲しそうに微笑を浮かべた。

 

《そりゃそうかな。わたしが死んだのは、もうかれこれ二十年近く前になるから。……だからこう見えて、中身は二十歳を超えた立派なレディなんだよ?》

「見かけは幼女だけどね(しかも素っ裸)」

《幼女はあんたもでしょうが!》

 

 軽口に乗ってはみたものの、気分は晴れない。ちなみに今のぼくはこいぬ(チャイルド)フォーム人間モードである。

 二十年。『近く』ということで誤差で数年と考えれば、使い魔になる前の生前のリニス先輩がぎりぎり知り合いかもしれないというところか。

 人が変わるには十分な時間だ。

 

《こうして話が出来るのも何かの縁だし、お願いを一つ聞いてくれないかな?》

「唐突だね」

《わたしがこれから話す情報の対価ってことでどう? ただであげるには少しばかり重たいものだから》

「……何を頼まれるか、聞いてからでいいか?」

 

 アリシアは目を閉じた。まるで何かを覆い隠すかのように。まるでどこかから目をそらすように。誰かに祈るように。奇跡を願うように。助けを乞うように。

 最後の覚悟を固めるかのように。

 

《お母さんを、止めて》

 

 目を開いたとき、ぼくらの世界は決定的に変わった。

 聞かされたのはぼくの予想を、覚悟をあざ笑うかのような『真実』。

 『プロジェクトF.A.T.E』使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究。娘を失った母親が狂気に駆られるなかで見出し、不完全ながらも形にした、その結果が『フェイト』。ぼくの大切なご主人さま。

 アリシアはずっと母親を傍で見守ってきた。狂気に軋む母を、透ける手で抱きとめようとし、届かない声でいさめようとしてきた。

 違和感の正体は、これだったんだ。

 ボス――プレシア(話を聞いた後ではもう『様』はつけられない)にとって愛する『娘』はアリシアのみ。『フェイト』はただの失敗作。だからあんなにも冷徹に接してきた。日々鍛錬を積ませたのは、どうせ偽物ならせいぜい手駒として役立てようとでも思った、か?

 ふざけるな。

 

「……止めることに異論はない。でも、どうすればいい?」

《わたしの意志をお母さんに伝えて。もうわたしを生き返らせようとしないでって。フェイトと一緒に幸せに暮らしてって》

「ぼくが言っても納得すまい」

《わたしとお母さんしか知らないことを話すよ。それで信用してもらえれば……》

「それでもだめだ。どこかで知ったに違いないって思いこむだけだと思う」

 

 怒りはある。でも、それ以上に恐怖を感じる。

 怖い。理解できない。プレシアの生活はリニス先輩から伝え聞くところによると研究重視の心身をすり減らすようなものだ。それがアリシアという失った娘を生きら選らせるためだとするなら二十年間続けていたことになる。

 大切な娘だったとかそんな問題じゃない。どう考えても狂気の沙汰だ。そんな相手に他人が言葉でなにを言ったところで通じないだろう。

 

《じゃあどうしろって言うのっ。わたしじゃあ何を言ってもお母さんには聞こえないのに!》

 

 激高したアリシアの言葉がパチンと脳裏に当てはまる。

 

「ああ、その手があったな」

《え?》

「アリシアに直接説得してもらおう」

《で、できるの、そんなこと?》

 

 おおよそ二十年のあいだ不可能だったことをあっさり言われ、アリシアは不信以前に困惑している様子だった。

 ここは夢に満ち溢れているとは言い難いけど魔法の世界。リニス先輩に基礎から総合まで一通りは仕込まれている。

 

「補助魔法のひとつに【念話】という魔法がある。リンカーコアさえ起動していればデバイスなしで誰にでもできる基礎中の基礎なんだけど……。『情報を送る』という括りでいえば視覚映像や聴覚映像を送るのもそこまで変わらないんだ」

 

 もっとも情報の種類や量によってそれなりにしっかりと術式は組まないといけないけれど。消費魔力や手間暇を考えれば視覚情報や聴覚情報はそれ専用のマジックアイテムを使った方がお手軽なので【念話】以外はあまり使われていないし。

 だけど基礎知識としてリニス先輩にはしっかり習っているし、使い魔の能力があればプレシアの前で一から術式を組むことも可能だろう。魔導師としても優秀なプレシアだ。種も仕掛けもないことは見て理解できるはず。

 何より、狂気にとらわれるほど愛していた娘を、母親が見紛うはずがない――と信じたい。狂気にとらわれるあまり信じられないという可能性は見て見ぬふりをした。

 あとは【以心伝心】と並列で魔法を使用となるとぼくの魔力が保つかどうかという問題だけれど……そこは気合いでなんとか最後まで保たせよう。

 それにしても、とふと思う。

 この世界の魔法、難易度設定間違ってないか?

 

 

 額から脂汗が流れだす。足の感覚がもうない。

 どうしてこうなった。何度目になるか分からないぼやきを声に出さずに漏らした。

 ごめん、フェイト、ぼくはこの部屋から生きて帰れないかもしれない。

 

《もう、リニスがあれだけ言ってくれているんだからとっとと病院行ってよね。お母さんが倒れたら困るのはフェイトなんだから。あんまりリニスに迷惑かけないで。お母さんは全般的にリニスに頼り過ぎ》

「はい、すみません……」

《誤っているひまがあったら病院に予約入れる。今すぐ!》

「は、はい。ただいま!」

 

 ピ・ポ・パ・ポ・ピ(予約完了)

 

《そ・れ・に、お母さんはフェイトに甘えすぎだよ! 生きる目的は私に押し付けて、フェイトを否定することで精神の安定を図って、いい年なんだからそろそろ一人で立ったら!》

「で、でも、私はアリシアのために……」

《な・あ・に? 言い訳するの?》

「ご、ごめんなさい……」

 

 アリシアさんのスーパーお説教タイム。ぼくの中ではさっきからプレシアの印象が現在進行形で変わりまくりです、はい。

 おっかしいなー。開始十分は感動の母娘の対面だったのに、ほんとうにどうしてこうなった? 懸念した破局もなくプレシアはアリシアを認め、アリシアも触れられない母の胸に飛び込んだのに……。話を続けるうちに二十年近く狂気の研究を傍で見ていることしかできなかったアリシアの鬱憤が噴出してしまったみたい。

 ああ、どうしてぼくは雰囲気に飲まれて正座なんてしてしまったのだろう。しかもそのうえでアリシアに意味を聞かれたときに『お説教を受けるときの正式な座り方です』なんて答えてしまったのだろう。

 おかげで正座させられているプレシアから時々向けられる視線が怖い。慣れていないのに加え、いい年だから――今プレシアから向けられた視線に致死量の殺気を感じた。女性に年齢ネタは地雷らしい。プレシアが正座している手前、ぼくだけが胡座(あぐら)をかく度胸などあるはずもなく。

 

《ああ、またよそ見して。ちゃんと反省しているの?》

「ひい、ごめんなさい。反省してます……」

《声が小さい!》

「反省してます!」

 

 ほんと何これ。仁王立ちしている半透明全裸幼女の前に並んで正座している、白衣のマッドサイエンティストとその娘の使い魔こちらも見た目幼女。シュールな光景にもほどがある。

 うーん、ていうか。フェイトはアリシアのクローンなわけだから姉妹というより親子の方が近いんじゃ。だったらフェイトの娘みたいなもんのぼくにとったらアリシアはおばあちゃ――ひっ、アリシアの視線が! 学習しようぼく。恐怖と痛みのあまり思考が迷走してるっぽい。

 

 ――まあなにはともあれ、とりあえずはベストといってよい結果が出たわけ、か。

 アリシアは間違いなく怒っているけれど、それでも自分が怒っているという事実に対してどこか幸せそうだし、プレシアも求めてやまない娘と対話している今、これまでにない柔らかさを雰囲気に感じる。これがアリシアの知っている、リニス先輩から教えてもらった作文に書いてあったような『お母さん』の片鱗なのだろう。

 予想以上の(というか想定外の)負担を強いられているとはいえ、魔力にも精神力にもまだまだ余裕がある。【以心伝心】と視覚、聴覚情報の共有は母娘の会話が終わるまで続けることが可能だろう。

 

《アルフから失礼な念を感じた気がしたけれど……まあいいや。じゃあお母さん、きちんと反省して、もうわたしを生き返らせようとしないでね?》

「っ、それは――!」

 

 今まで唯々諾々と説教を受けていたプレシアが、はじめてアリシアの意に反する姿勢をとった。

 まあ当然だ。プレシアはアリシアを失ってからこの十数年、ただそれだけを目的に生きてきたといっても過言ではないのだから。

 

「チャンスをちょうだいアリシア! 必ず、ぜったいにあなたを生き返らせて見せるから!」

《っ、ダメだよ。わたしはもう死んじゃってるんだもん。お母さんはもう過去ばかり見てないで、わたしの分までフェイトを愛してあげて、幸せにしてあげて》

「私にとってアリシアは過去なんかじゃないわ! フェイトとあなたは違うの!」

《またそんなこと言って! いい、フェイトは――》

「アリシアはアリシア、フェイトはフェイトよ! どちらも大切な私の娘だわ。……アリシアに言われて気づいた。私はアリシアも、フェイトも、二人とも愛していた、愛している。どちらかの分をどちらかにまわすことなんて、出来ない。二人とも大切なの!」

《じゃあお母さんは――!》

 

 アリシアの顔がくしゃりと歪んだ。言ってほしくない、聞きたくない。でも聞かないと。ぼくはそのためにここにいるんだから。

 

《わたしを生き返らせる方法を、見つけることが出来たの?》

「そ、れは……」

 

 プレシアは唇を噛みしめた。食い破られて、血が流れ出す。それが答えだ。

 

《だからもう、いいんだよ……おかあさんはさ、この二十年、がんばったじゃない……大天才のおかあさんに無理なら、きっと……他の誰にも無理なんだよ……もう、いいでしょう……お願いだから……》

 

 もう死者(わたし)には、とらわれないで。

 

 アリシアは泣いていた。

 どうしてこうなっちゃうんだろう。さっきまで、あんなに幸せそうな親子だったのに。

 

《たしかに短い人生だったよ……後悔がないなんて言わない……でもね、わたしは幸せだった……おかあさんの娘だったおかげで、幸せな人生がおくれたんだよ》

 

 だからもういいの。フェイトと、リニスと、アルフと、お母さんは幸せになって。わたしはもう十分、お母さんからもらったから。アリシアが言葉を紡ぐたびにプレシアの拳がますますきつく握りしめられ、血が滴る。震える肩は今にも砕けそうだった。

 絶望? 無力感? 気持ちがわかるだなんて、口が裂けても言えそうにない。

 

《今度は、おかあさんの番なんだよ》

 

 涙でぼろぼろになった笑顔。こんなにも綺麗で悲しい笑顔、生きているうちに見ることになるとは思わなかった(一度死んではいるけど)。

 

「でも、アリシア、あなたは、まだ……」

 

 見るに堪えない。

 じゃあどうする? ハッピーエンドを探すのか。

 ――じつは手掛かりならある。アリシアが生き返る手掛かりなら、ぼくの中に。

 でも、それは正しいのか? 死者を生き返らせるなんて、許されるのか?

 いや、そうじゃないな。正しいとか正しくないとか、そんなもの言い訳、ごまかしだ。ぼくはただ、これを知られるのが怖いだけで――。

 

「……なんですって?」

《……アルフ、それ、ほんとう?》

 

 気がつけば、空気が止まっていた。

 あれ、もしかして…………漏れてた?

 どちらが獣かわからない獰猛な勢いでプレシアの腕がぼくの襟首を捕え、息を継ぐ間もなくがくがくと揺さぶられる。

 

「話しなさいっ! いま、すぐ! でまかせだったら承知しないわよ! 瀬戸際なのっ!! アリシアが、帰って、くるかの!」

 

 あー、疲労で制御が甘くなってたのかなーなんて現実逃避している場合ではないことはさすがのぼくでもよくわかるよ。

 

《お、お母さんおちついて。なんか泡吹いてるよ。顔色紫だしチョーク入っちゃってるかも》

 

 アリシアの口添えでなんとか九死に一生を得た。しかしぼくのピンチはまだ終わらない。プレシアは殺気立った目でぼくをにらんでいるし、アリシアも真剣な目でぼくを逃がさないように見つめているのだから。

 いや、そう感じるだけ、か。すがるような光をその目に感じるのも、ぼくの心がなせる業か。

 理不尽な運命に一生を狂わされたアリシアとプレシア。神も仏も、奇跡も救いもない人生を歩んできた彼女たちを、『かみさまの奇跡』で救うことが出来るんだったら――。

 覚悟、決めるか。

 

「……話します。でも条件が、いや、お願いがあります」

 

 そう、切り出した。

 

「……何かしら」

「今までの話を、フェイトと、リニス先輩に。これから行うことが成功すれば、どうせ二人にも秘密ではいられませんし、それに――」

 

 これはぼくの根源にかかわる話でもある。それをさらして、そこから前に進むのだったら、ぼくの大切な人たち、みんなと歩いて行きたかった。

 

 ぼくは自分が転生者であるということを、これから打ち明ける。

 

 

 

 




 戦場で【念話】が機能すれば従来の情報戦は一変すると思います。
 原作無印段階では対象を意識できていれば距離も障害物も関係なく通じ、さらに魔力回復中のユーノでも使えるほど魔力の消費が少なく、加えて両者ともにデバイスいらずみたいな雰囲気でしたからね。
 もしかしたらのちのち修正されているのかもしれませんが。



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第三話

 注意! 今回からテンプレオリ主に対するアンチのような描写が入りはじめます。
 ご注意ください。

 なお、個人的に筆者はテンプレオリ主は嫌いではありません。むしろ好きです。
 ……ただ、「これ、冷静に考えたらえげつない設定、能力だよな」という思いつきをそのままにせず、作品内で昇華したかったんです。



 

 

 すうっと少女を構成する器の底が抜けた気がした。

 愛していると言われた。今まで、あれだけ待ち望んできた母の言葉。しかし、底の抜けた今となっては、むなしく流れ落ちてゆくだけ。

 落ちてゆく。少女を構成していたすべてが飲み込まれてしまう。

 

 ――ワタシハ オニンギョウ ダッタ――

 

 この体は『母さん』が死んだ『娘』のために造られた入れ物だった。

 この記憶は『母さん』の『娘』から焼きつけられた紛い物(コピー)だった。

 すべてが偽り。すべてが失敗作。

 笑ってほしいと思っていた、記憶にあるやさしい『お母さん』のように。でもそんなの最初から無理だったのだ。『お母さん(ははおや)』は『(アリシア)』のもので、自分には『母さん(けんきゅうしゃ)』しかいなかったのだから。

 さぞかし『娘』のような顔をしてすがりついてくる自分を見ているのは腹立たしかったことだろうと、少女は思う。自嘲も、悲しみもなく。いちど絶望してしまったら、そこには思いもしなかった安寧が待っていた。

 ――このまま、もう動きたくないな。

 そんなことを考えていた彼女だったが、ふと、自分の腕を掴み、そちらに行かせまいとしている存在に気づく。ほとんど身体の反応だけで目をやると、心底心配そうな顔をしてアルフが裾をつかんでいた。

 なんて顔をしているのだろう。いろんなことを知っていて、いろんなことを考えているくせに、内心がすべて表情から透けて見えるおバカな狼。自分では気づいていないようなので、リニスと相談してそのことは教えないようにしていた。

 少女――フェイトの大切な使い魔(パートナー)

 ――ああ、そうか。あなたがいたね、アルフ。

 少女の抜けていた底がぴたり、とふさがった。元通りになったわけではない。今までのフェイトとは違う、しかし、これもフェイトだ。

 リニスと勉強した内容はすべて無駄だと思っていた。一人前の魔導師になったところで、それは母が笑ってくれる未来にはつながらないのだから。しかし、フェイトが魔法を使えたからこそ救えた命がある。手に入れた絆がある。

 気づいてしまえば、そんなに悪い状況ではない。望んでいた通りの世界(もの)ではなかったけれど、母は今までのことを謝罪し、自分の娘でいてくれと懇願している。娘としてフェイトを愛することを望んでいる。アリシアは、フェイトの姉としてフェイトの存在を受け入れている。そして、アルフ――。

 そういえば、と彼女がときどき妙に冷たい目をしていたことを思い出す。意識してみればそれは、決まってプレシアが絡んでいる時だった。あの頃からアルフはフェイトとプレシアの関係にある種のきな臭さを感じていたのだろうか。

 ときどき、何を考えているのか全く読めなくなる時がある。今はこんなにも、フェイトを心配していることが透けて見えるのに。残酷な真実にフェイトが潰れてしまわないかハラハラし、自分にできる手助けなら何だってやってやるという決意が渦巻いている。

 本当にずるい使い魔だ。

 ――もう、そんな顔されたら、潰れるに潰れられないよ。

 フェイトは意地を張ることに決めた。この可愛らしい、愛しいパートナーに、大丈夫だと自信を持って言い聞かせるために。精神リンクは当面のあいだ閉じたままになるかもしれないが、この抜けたところのある狼なら誤魔化すことは可能だ。

 意地も貫き通せば、いずれ本当になるだろう。

 それは与えられることを望む子供から、与える側にまわる小さな一歩。

 新しいフェイトが、今から始まる。

 

 

 ザ・暴露大会!

 

 一番、プレシア。『実はフェイトはアリシアを生き返らせようとして創ったクローンの失敗作だったのよwww。でも今では可愛い私の娘だから許してね☆』

 二番、アルフ。『実はぼく、前世の記憶があるんです。神様から転生させられちゃって。多分これ、使い魔作成時のプロセス中の人工魂に前世のぼくの魂を融合させているよねwww。これを応用すればアリシア復活につながると思うんですがどうでしょう☆』

 

 ……いや、さすがにここまで変なテンションだったわけじゃないけどさ。

 フェイトが自分の正体を受け入れるのも、ぼくの正体が受け入れられるのも、予想以上にあっさりと、あまりにもあっけなく終わってしまった。

 ぼくの覚悟はいったい何だったのか。ぼくがネガティブ過ぎただけなのか?

 いちおうフェイトはプレシアの口から聞かされた真実にショックを受けているようだった。が、何か納得した。すっきりしたとも言っていた。よくよく話を聞いてみるに、フェイト本人はプレシアの態度に疑問を抱いていなかったが、ぼくがプレシアに対して違和感を覚えていることは敏感に察知しており、そこから自分の正体に漠然とした予感を抱いていたとか。ほんまかいな。

 『ようやく私の居場所が定まった気がする。ここからようやく私は始まれるんだ。聞かされた内容はショックだったけど、そのおかげで私はアルフに会えたし、アリシアお姉ちゃんだっているんだもん。ね?』とはフェイトさんの談。フェイトさんマジポジティブ。女の子って強えーと思った瞬間でした。面と向かって母たる人に『愛している』と告げられたのも何気に効いている気がする。今までそんな機会なかったからね。

 

 ぼくの正体暴露に関して言えばそれよりもっと軽かった。

 『うーん、前世があってもなくても、アルフはアルフだよね。え、ダメなの? アルフは私のこと嫌い? 違う? よかったー』

 『ああ、そんな理由があったんですね。納得しました。え、何も察していないとでも? 一度も食べたことがないはずのものを食べたいと呟いたり、あやとりや折り紙といった遊びをフェイトに教えたり、すごろくやトランプを自作したこともありましたね。何かあるんだろうとは思っていましたよ』

 以上、ぼくに縁の深かった二名からのコメント要約。

 アリシアはそんなものかみたいな態度で納得するし(何しろ自分が幽霊という非常識な存在の代表)、プレシアは話の途中から神や霊魂の存在を前提に『プロジェクトF.A.T.E』の再構築を検討し始めるし、ぼくの存在を受け入れてもらったって言うのになぜか完全アウェーな気がしてならなかったよ。

 

 その日を境に様々なことが変わった。

 大きな変化のひとつとしてはリニス先輩の廃棄処分がなくなった。もともとフェイトが一人前になるまでの教育係として使い魔の契約を結んでいたリニス先輩だけれど、生前リニス先輩を山猫状態で知っていたアリシアがリニス先輩契約終了に断固反対したのだ。テスタロッサ家勢力図単独トップに躍り出たアリシアの要求に逆らえる存在などこの家には皆無。結果、プレシアがリニス先輩の契約を更新することが決定された。アルバイト契約更新並みのあっけなさだった。

 『消えたかったわけじゃないですけど、なんだか気が抜けますねー』とリニス先輩は苦笑していたっけ。まあねえ、後を任せる気構えでフェイトの専用インテリジェントデバイス作成に心血を注いできたわけだし、それがいきなりずっといられることになったらひどい肩すかしをくらった気になるのも無理はない。

 ぼくとフェイトにとっては喜ばしい限りだけどね。

 フェイトの魔導師としての訓練は未だに継続中。プレシア、アリシアといった家族と過ごす時間ができ、鍛錬に費やされる時間は減ったものの、今までプレシアの意向のままに修業をしていたフェイトに『はやく一人前の魔導師になって母さんとアリシアお姉ちゃんを安心させてあげるんだ』というモチベーションが出来たためか、成長速度はむしろ上がっている気がする今日この頃である。……ほんまええ子や。

 一段落ついてから見直してみると、あの鍛錬の日々は狂気に駆られたプレシアなりの愛情だったのかもしれない。プレシアはきっと、死にたがっていた。十何年と研究を重ねようと見えてこない光。しかし途中でやめるには彼女は(アリシア)を愛しすぎていたし、すべてを注ぎ込み過ぎていた。引き返せないところまでいってしまっていた。

 だから、隣にいることはできないけれど、自分が亡きあと、せめて一人で立っていられるだけの力を。過去にとらわれ終わりゆく自分から羽ばたく翼を。フェイトに未来を、与えようとしていたのではないか。

 なんてのは、深読みのし過ぎかな。

 

 ぼくはフェイトの使い魔としてのレベルアップに、アリシアの通訳、プレシアの研究材料――もとい研究協力で忙しい日々を送っている。貧血ならぬ貧魔力で目まいを起こしそうだけど、充実した毎日だ。……少し充実しすぎかな?

 プレシアはアリシアとリニス先輩にいさめられて以前のような無茶なタイムスケジュールで研究を行ってはいない。アリシアの副官として着々とテスタロッサ家ナンバーツーの地位を築きつつあるリニス先輩である。

 それはともかくとして、そのうえでもプレシアの研究の進み具合はすさまじいの一言に尽きる。『プロジェクトF.A.T.E』は『使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究』だから使い魔作成もまったくのお門違いってわけじゃあないんだろうけどさ、もともとの専門分野は次元航行エネルギーの開発だったんだろう、あの人? 本当に天才なんだと理解させられた。もしあのままアリシアの存在に気づかないままだったら、将来的に十中八九敵対することになってたんだろうな、くわばらくわばら。

 ちなみになんでぼくがプレシアの研究の進行度を理解しているかというと、色々やらされているからだ。わけわからん電極を全身につなげられて半日間過ごしたり、胃袋がいっぱいになりそうな数の錠剤、粉薬、カプセルをがぶ飲みさせられたり。耳から脳みそに電極差し込まれそうになったときはさすがに丁重にお断りさせてもらった。

 アリシアの通訳が出来るのがぼくだけじゃなかったら、とっくの昔に生きたまま解剖されてるかもしれん。半分冗談だけど(つまり半分は本気)そう感じる。

 研究の基本方針としては本人の身体を魔力で再構成しつつ、人工魂をベースにオリジナル魂と融合させて定着させるというものらしい。本人の記憶、性格を完全な形で残すために、身体能力や寿命を使い魔でいうところの『契約者』と独立させるために、人間と同様に成長し、年をとり、結婚して子供が産めるようするためにと、アリシア一人のためだけに専用の術式をほとんど一から構築している。使い魔の契約魔法なんて名残しか残っていない。

 魔法をそれなりにかじった者からすると、それがどれだけ困難な作業なのか理解できてしまう。信じられるか、あれであの人通院してんだぜ? 幸い、普通に治療すれば治る病気だったらしいが、あのまま放置していれば危なかった、と聞いた。全快すればどれほどのものになるのか想像もつかない。

 本人いわく、今までにない手ごたえを感じているので疲労も苦痛も感じないそうだけど……。ふう、マッドサイエンティストめ。希望に向かって一直線だね。でも気をつけて。金の卵を産む鶏を殺してしまったら、また赤貧生活に逆戻りだよ。焦らず、毎日、一つずつ掴みとっていこうね、と身の危険を感じる(チキン)としては言ってみる。

 頼みましたよ、アリシア、リニス先輩。ぼくの明日はあなた方の抑止力にかかっております。

 

 そんなある日のこと。

 今日は久しぶりにフェイトとふたり、ゆっくり過ごせる時間が取れたのでフェイトの膝枕でぐたーとくつろいでいた。羞恥心? ああ、昔はあったね、そんなの。

 

「アルフ、大丈夫……?」

「うーん、ふぇいとー、ぼくはもうだめだー。ベッドの下にこっそり隠しておいた板チョコのことは頼んだ」

「なんでそんなところに……腐るよ?」

「大丈夫。チョコレートは非常食にもなるくらい栄養満点で長持ちだから」

「かびるよ?」

「それはちょっと心配かも……」

 

 おひさまはポカポカ。開け放たれた窓から入ってくる風が心地よい。

 魔力の大量消費で全身にしびれるような疲労感があるが、それすらも今は眠りを誘う気持ちいいものの一つでしかない。

 最近、こんな時間ってなかったなー。アリシアの通訳にプレシアのモルモット――じゃなくて研究の手伝いで毎日こまめに時間をとられて。さすがに身体が持たないので一日の通訳時間を決めさせてもらった。仲睦まじい親子の会話を制限するのは心苦しいが、実際問題魔力が枯渇するのだから仕方がない。プレシアもちゃんと納得してくれたし。

 一日の消費魔力量を厳密に計算され、健康に害を及ぼさない限界値ぎりぎりで時間を設定されたのには顔が引きつったが、まあそのあたりはご愛敬だろう。

 

「……ご苦労様」

 

 そう言ってフェイトが頭を撫でてくれるから、ぼくはまだまだ頑張れます。

 耳はパタパタ、尻尾ふりふり。使い魔って言葉に出さなくても感情表現が出来るのはお得だよね。

 アリシアと出会ってから食事はテスタロッサ家の全員が一堂に集まってするようになったし、訓練でも連携戦とかがあったりするから、フェイトと過ごしている時間が短いってわけじゃないんだけれど、こんな何にもないフリーな時間は本当になかったのだ。

 やさしく頭を撫でてくれる小さな手のぬくもりを感じながら、意識が溶けてゆく。

 ぴくん、と規則正しく揺れていたぼくの耳が何かをとらえ震えた。

 

「……アリシア?」

「え?」

 

 ――【以心伝心】発動。

 

《あ、アルフ。ごめんね。なんかお母さんが呼んでて……》

 

 通訳で長時間アリシアの隣にいたせいか、アリシアが近くにいたり、こちらに話しかけようとしたりしていると気配でそれを察知できるようになった。霊感かな、これ?

 意志疎通は未だに【以心伝心】を使わないと出来ないんだけどね。フェイトが隣にいるので視覚と聴覚の共有も並列して行う。

 

「お姉ちゃん? 今日のお話タイムは全部使い切ったはずだけど……」

 

 ぼくが口を開くよりも先にフェイトが口をはさんだ。ぼくの自惚れでなければいささか不満そうだ。かわいい。フェイトがこのようにアリシアに文句らしきものをいうことは滅多にないので貴重な光景といえる。

 しかし、アリシアは申し訳なさそうな表情をしながらも引くことはなかった。

 

《ほんとうにごめん、フェイト。でも、急ぎの用事みたいで……》

「……わかった」

 

 ぼくが口を開く前にいくことが確定してしまったが、それは別にかまわない。いつものことだし。……べ、別に悲しくなんてないんだからね! …………やめよう、不毛だ。

 フェイトはやさしくて賢い子なのだ。自分の感情を別にして姉の状態を慮ったり、ルールを違反してまでぼくを呼ぶということは本当に緊急事態に違いないと悟ることが出来るくらい。

 

 ただ、ぼくが身体を起こした時、使い魔の感覚をもってしても聞こえるか聞こえないかというほどの小声で「私の使い魔なのに、お姉ちゃんの、ばか……」とフェイトがつぶやいたのをぼくの耳は聞き逃さなかった。

 ……なにこのかわいいいきもの? 脊髄反射で抱き潰しかけたぼくは悪くない。鋼の精神力で自制したけど。

 あと十年は余裕で戦えます。比喩でもなんでもなくてリンカーコアが活性化し、魔力が急激に回復してゆくのを感じる。すごいね、使い魔。

 

 フェイトと別れ、アリシアの後を追って廊下に出る。眠気はすでに飛んでいた。フェイト分を大量に補給したアルフさんのコンディションはバッチリだ。

 

「で、ほんとうの用事は何?」

《……気づいていたの?》

「フェイトは失念しているみたいだけれど、お話タイムを使いきった後のアリシアって外を散歩していることが多いだろう。ボスも多分それ前提で動くはずだから、何か用事があるならリニス先輩が呼びに来るはずだ」

 

 なんでも野生動物の中にはアリシアの言葉を理解したり、触れたりは出来ないものの、認識することのできる個体は少数ながら存在するそうで、昔からアリシアはそいつらに接触して無聊を慰めていたらしい。……そんな話、あいつらからは聞いたことがなかったけどね。

 そこにいることが確実ならともかく、そうでもないのにアリシアに伝言を頼むなんてあの几帳面な性格をしたマッドサイエンティストではありえない。

 

《ごめんね。変なやつがいたの。怖くて、無視しちゃいけない気がして。お母さんやリニスには心配かけたくないし……》

「ふうん、案内してもらえる?」

《うん、こっち》

 

 アリシアはほっとした表情を浮かべると先導を開始した。

 正直、この年齢の子供って親に心配かけるのが仕事のような気がするし、防犯的なものは報告しない方が迷惑だと思うけど……。あ、アリシアは中身はレディだっけ?

 廊下の窓から飛び出し、ふわふわ空を飛ぶアリシアの後ろを追いかけながらリニス先輩に向けて【念話】を立ち上げる。

 

〈もしもし、こちらアルフ。リニス先輩、聞こえますか?〉

〈あらアルフ、どうしたの?〉

〈アリシアが不審者を発見したようなので迎撃してきます〉

〈……領内への侵入者は傀儡兵が撃退するはずだけど。大型を突破したのならかなりの使い手ですね。応援はいりますか?〉

〈大丈夫です。ただ、相手が複数だった時の備えをお願いします〉

〈わかりました。無茶はしないでくださいね〉

〈了解〉

 

 ふう、相変わらずリニス先輩は頼りになる。会話をするだけで安心できる頼もしさだ。最近は日向ぼっこしながらお茶をすするご隠居のような姿も見られ始めたけど、まだまだ現役だね!

 相手の確認もしてないのにぼくが大丈夫だと言い切ったのには理由がある。近くにいることが多いので気づいたのだが、アリシアは妙に勘が鋭いのだ。

 それが生来のものなのか幽霊ゆえの霊感なのかはわからないが、それはもう、何度じゃんけんをしても勝てない。その彼女がぼくだけを呼びに来たのだ。ぼくだけで解決できる程度の脅威なのだろう。

 もしくは、ぼくだけで迎撃にあたることが望ましい状況であるか、だ。

 ぼくには敵にかみつくための牙がある。ぼくには敵を切り裂くための爪がある。

 だからぼくが求めたものは追加の武器ではなく、守るための盾。

 

「ペルタ――起動」

 

 インテリジェントデバイスのように特に返答は無く、銀の首輪が光ったかと思うと次の瞬間には左前腕部に三日月形の小型の盾が展開されていた。速度を重視してこのような仕様にしてもらったのだ。それに、道具がしゃべるってなんか気持ち悪いし。前世で軽い人間嫌いだった弊害かな?

 リニス先輩からもらったぼく専用ストレージデバイス『ペルタ』。戦闘時に時間がなくて起動できず、なんて洒落にならない。実戦は初めてなのだから、できる準備は自前にできる限りしておかなくては。こいぬ(チャイルド)フォームからおとな(アダルト)フォームに姿を切り替える。取られる魔力量の増大からフェイトには気づかれるかもしれないが、そこは後でごまかすか説明するかしよう。

 バリアジャケットも身にまとい、戦闘準備は完了。と、視界の前方、アリシアの身体を透かして森の中で何かが光ったのが見えた。おそらくは戦闘している魔導師の魔力光。

 

「あれ、か」

《もうこんなところまで近づいてきている》

 

 不安そうに自分の体を抱くアリシアに安心させるようにほほ笑みかけると、木々の隙間に目を凝らす。距離は五百メートル強といったところか。このくらいなら使い魔の視力があれば特に魔法で強化せずともはっきり見える。もっとも、使い魔はそもそもが魔法生物だけど。

 …………一目見て納得した。あれはやばい。アリシアの嫌な予感は正しい。

 年齢はたぶんフェイトと同じくらい。バリアジャケットは派手派手しい悪趣味なものに感じたが、その下の肉体は細身ながらも鋼を束ねたかのようなしなやかさと力強さをうかがわせた。鍛錬で作り上げたにしては不自然な筋肉のつき方に思えるけど、どうやって鍛えたんだ?

 顔立ちは整っている。長い銀髪は森の木陰に隠れながらも光を反射して輝いているし、金銀のオッドアイは一度見たら忘れられない妖艶さを備えていた。美少年といってもいい。

 もっとも、あの眼つきは好きになれそうにないが。まるで銀幕越しに世界を見ているようで気持ち悪い。現に今も戦闘中だと言うのに、自分に似た主人公が画面の中で活躍しているのを安全な場所から眺めているかのような興奮と好奇しか感じられない。大胆不敵とかそんなんじゃないと思う。

 そして大型の傀儡兵を砲撃魔法で消し飛ばす戦闘力。ここから見てもわかる馬鹿魔力に物をいわせた力技だ。排除すべき強敵と見て動いた方がよさそうだね。

 幸運なことにこちらが風下のため、音や匂いで相手に気づかれる危険性は低い。逆に、相手の声がぼくの耳に聞こえてきた。

 

「……これで、ラストォー! ……ふう、傀儡兵はあらかた片付いたか。プレシアへの戦力アピールはこれで十分だな。原作開始まであと一年、魔導師ランクSSSの魔導師の助力は喉から手が出るほど欲しいはず。この時点からリニスを失って傷心のフェイトに取り入って…………くくく。おっしゃ、『時の庭園』も見えてきたしもうひと頑張りだ俺!」

 

 使い魔の聴覚だから聞こえた。アリシアには聞こえていないはず。

 聞き逃せない、聞き逃してはいけない情報が短いセリフの中にいくつもあった。

 どこまでこちらの情報を把握している? 少なくとも迷い込んだとかそういう輩でないことははっきりした。

 『原作』ってなんだ?

 魔導師ランクSSS、脅威だな。排除を前提にするなら奇襲で片付けるところだけれど、情報が欲しい。

 長く考えているひまはない。あれはもう動きだした。飛行速度を考えるとあっという間に見失ってしまう。言動から判断するに単独犯っぽいけれど、リニス先輩のところにいくまでにはけりをつけたい。

 ぼくはアリシアに話しかけた。

 

「アリシア、戦闘になると思う。血みどろのところは見せたくないから先に帰っておいてくれないかな?」

《……ううん、ここで待ってる》

「そうか。じゃあせめて近寄らないように。ぼくみたいな能力を相手が持っていないとは限らないんだから。それからしばらくは戦闘に集中するから話しかけられても応えられないからね」

 

 本当はもっとじっくり説得したかったけれど、時間がない。ぼくは【以心伝心】の使用をやめ、しばらく使っていなかった最後の一つの転生特典を起動させると宙を蹴って飛び出した。

 相手に接触するまでの短い時間にふと考える。何も聞いていないのにぺらぺら目的をしゃべってくれるあれ、すごく三下臭がするよな。長年の計画を声に出して間違いがないか見直しているみたいだったけれど……。

 威嚇射撃で一発、相手の進行方向に【フォトンランサー】を撃ち込む。動きが止まったそのすきに前に割り込み、空中で胸を張って停止。

 

「ここはテスタロッサ家の領地だ。これ以上の侵入は法に基づいて排除する。これは最終通告だ。ちなみに、傀儡兵の弁償はどうあってもしてもらうからそのつもりで」

 

 口上はまあまあの出来。死者蘇生の研究をしている現在、時空管理局のお世話になるのは避けたいところだ。相手がどれだけこっちの情報を把握しているかによっては、帰すことが出来なくなるかもしれない。

 物騒だな、なんて他人事のように冷静に考える。

 

「うお、すっげ、リアルアルフだ! そっかー、撃退にはアルフがきたか。フェイトに俺TUEEEはまた次の機会な。まあアルフはテスタロッサ家カースト制度最下層だもんな。それにしてもいい身体してんな」

「……ぼくのことを知っているのか?」

「なん……だと。まさかのボクっ子おぉ!? ハイキタコレ! お姉さんケモミミほんのり従者属性でボクとか何があったし! もう他の転生者がいるのか? くっそ、ふざけんなよ。転生オリ主は俺だろ」

 

 なんだコイツ、話が通じない。

 予想していなかったわけじゃないけど予想以上だ。気持ち悪い。

 視線が重ねて気持ち悪い。思い返してみれば、生まれ変わってからこの体に対しての異性に会うのはこれが最初かもしれなかった。初めてがこれじゃあな……男性不審になりそうだ。フェイトを連れてこなくてよかった。グッジョブアリシア。

 カースト底辺はほっとけや。

 

「ああん、つーかそれ、デバイスか? なんでアルフがデバイス装備してんだ? つーかなんで使い魔がデバイス装備できんだ?」

 

 いつのまにか銀髪変態オッドアイの興味は別に移っていたようだ。危ない危ない、どう考えても危険人物なんだから集中しないと。

 答えずにいると、変態はいぶかしげに眼を細めた。

 

「もしかしてお前、憑依転生者か?」

 

 その言葉が出てくるということは――。

 やはり、こいつも転生者だったか。こいつもぼくと同じ境遇なのか、それともあの女神が出鱈目ぬかしていたのか。

 後者の可能性が高いな。でないと他にも転生者がいることを前提に動いている節のあるこいつの言動が説明つかない。

 少なくとも、こいつはぼくが知らないことを知っている。その前提で先ほどの言葉にどうこたえるか吟味する。思考は一瞬。結論、情報が少なすぎる。ここはアクションを起こして様子を見てみよう。

 

「そうだ」

「かあー、マジかよ! よりにもよって原作キャラに憑依とかありえねー。アルフ結構好きだったんだけどなチクショウ! フェイトやはやてに憑依とかしててみろ、泣くぞ、ぜったい!」

「『原作』っていったいなんのことなんだ?」

 

 こちらが情報を持たないことを相手に告げる危険な一手。

 だが、この手のタイプは自分が上にいると判断させて情報を与えさせるという形にした方が有効だろうと判断した。何気ない会話で相手から望む情報を引き出すにはこちらの交渉の経験値が不足し過ぎている。前世は人間嫌い、今は関係者以外接触皆無といってよい生活環境だからね。

 

「は? ……ああ、お前、原作知識がないのか。ほーん。くく、いいぜ、教えてやろう、この世界はな、『魔法少女リリカルなのは』というアニメをモデルにした架空世界なんだよ」

 

 変態はぽかんとマヌケ面を一瞬浮かべたが、すぐに嘲笑に切り替えてこちらの望む情報を漏らしてくれた。しかもぼくからの質問にも丁寧に答えてくれる親切さだ。

 …………ちょろ過ぎる。交渉ってこんなのでいいのか? もちろん、相手にも何か思惑はあるのだろうけど。まさか何も考えてないってことは無いはず、無いよね?

 気持ち良さそうに自分の持っている知識をさらけ出す変態の姿を見ているとこちらの方が不安になりそうだ。ならないけど。話が出来る友達がいないのかもしれない。

 閑話休題。

 話された内容は『プロジェクトF』を聞いて以来の、あるいはそれ以上のショックをぼくに与えた。

 『魔法少女リリカルなのは』。アニメ、小説、漫画、映画などで彼の世界で一世を風靡していた作品。この世界はそれらを元に神の手により創造された架空世界。

 さらに、ぼくらは神が暇つぶしのために用意した人形だと、そう言った。与える能力は三つというルールを設定し、誰の用意した人形が一番うまく踊れるか、ただそれを競うためだけに架空世界に放り込まれた魂だと。これはぼくのとき同様、話半分に聞いておいた方がよさそうだ。判断基準がないし。ただ、転生者が複数存在する可能性と、それらが全員三つのむちゃくちゃな能力を所持している可能性は心にとどめておいた方がいいだろう。

 彼がいっていた『憑依』の意味を理解する。やはりこの世界にいるべき『アルフ』の存在を、ぼくは奪ってしまっていたのだ。

 ……『プロジェクトF』発覚以前のぼくなら罪悪感と自己嫌悪にとらわれていたかもしれないな。

 しかし今は違う。ここがどんな世界だろうが、神にどんな思惑があろうか知ったことか。ぼくはここに生まれてきたし、フェイトはとても可愛いですし、愛していますし、愛されていますし、すべて世は事もなし。

 悪いな、『アルフ』。このポジション、ひとり用なんだ。要するに開き直っていますが何か?

 

 さて、知りたい情報はこれ以上引き出せそうにないし、そろそろかな。

 ぼくにとってここは第二の人生(犬だが)を歩む現実世界(リアル)だが、目の前のコイツにとっては自分の欲望を満たす仮想空間(フィクション)だ。話をしていてそれがひしひしと感じられた。こいつは此処を生きていない。ならば此処の住人たろうとするぼくと道が交わることは無いだろう。

 こいつも同じことを考えているのか、嘲笑を浮かべたまま今は口を閉ざしている。

 

「おい、知りたいことは知れたかよ?」

「ああ。ご親切にどうもありがとう。大変参考になった。感謝している」

 

 どこまでもしらじらしいやり取り。空気は張り詰めているのに、ぼくもこいつも表情すら変えない。

 

「なあ、一つ俺からも質問だ。俺がこれだけお前にぺらぺらと情報を与えてやった理由、わかるか?」

 

 なんか前世でやったゲームに似たやり取りがあったな。確か正解は……。

 

「『勝利を確信しているから』、か?」

「正解だこのヤロウ。ご褒美に俺の糧にしてやろう!」

「ぼくは女性だけど、ね!」

「ほざけ憑依がっ!」

 

 そうであるがままに破局。素早く距離をとろうとする相手と、詰めようとするぼく。

 先手をとって片付けようと思ったが、発動までの刹那の間にがくんとこっちの精神にノイズが走った。気持ち悪い違和感を全身に感じる。魔力枯渇に似ているが、ぼくの中の魔力の総量に変化はない。別の、生まれてこのかた常に共にあった力が消え去った感触。

 

「最後に教えてやろう! 俺の転生特典は他者の転生特典を打ち消す【神喰らいの魔眼】、【理想の肉体】、【魔導師ランクSSS相当の天才的資質】の三つだ。シンプルイズベスト! 事前に転生者の存在を知らされていた俺と原作知識皆無なお前じゃ、スタート地点が違うんだよぉ!!」

 

 っち、これは……キツイ。

 情報の正しい活用のさせ方、といったところか。相手の特殊能力を打ち消し、自分はこの世界の法則にしたがった最高ランクのスペックでごり押しする。悪くない戦略だ。思ったより馬鹿ではないらしい。

 ただ、情報というのは時によって視野狭窄も生み出す。

 例えば、他の転生者の存在を意識するあまり、『転生者同士の戦闘は転生特典で得た能力のぶつけ合いになる』と思い込んでいるところとか。

 他の転生者の存在も知らず、自分に自信のない、心が複雑骨折だった人間が、ただ死亡直後のダメージを軽減し、来世では同じ過ちを繰り返さず少し便利に生きることだけを考えて能力をチョイスしただなんてこと、目の前のこいつは考えもしないに違いない。

【シンバル】――発動!

 

「があ!?」

 

 異音を口から漏らし、地面に真っ逆さまに落ちてゆく転生者を、ぼくは醒めた目で見ていた。【神喰らいの魔眼】とやらはアクティブタイプだったようで、相手の意識が混濁したことから影響が消えていた。自分の中に再び起動した、滅多に使わない転生特典に意識を向ける。

 

 ▽

 能力名:【明鏡止水】

 タイプ:パッシブ

 分類:心身強化

 効果:常に澄み切った思考を獲得する。

 △

 

 生まれてから今までで色々試してみた結果、得られた転生特典に関する考察。

 一つ、パッシブタイプの能力は常に発動し続ける。一方、アクティブタイプの能力は一定時間しか効果がなく、しかも発動には何らかのコストが必要。

 一つ、パッシブ、アクティブともに効果時間中であろうと使用者の意志で効果を無効化できる。ただし、『タレント』とついているパッシブタイプの能力は使用者の体質や生まれ持った素質、運命等に深く関与しており、自分の意志で消すことはできない。

 一つ、アクティブタイプの能力は発動に条件がある。また、継続して効果を発揮するためにはコストの消費と使用者の意志が必要不可欠。

 とりあえずはこの程度。分類とかは能力の絶対数が少なすぎてわからない。

 

 この【明鏡止水】は今ではもうだいぶ記憶の薄れた前世で、交通事故に遭わないはずだった子供を助けようとして死んでしまった過去の失敗を繰り返さないために望んだものだ。

 『常に冷静でいられる判断力がほしい』と。

 効果発動中は常に冷静でいられ、また強制的に心が凪の状態にされるため雑念にとらわれることもない。コスト消費を必要としないパッシブタイプの能力だということを考慮すると破格の効果だが、日常生活でつかうことはあまりなかった。

 便利は便利なんだけど、喜びも悲しみも認識はできるがとらわれることがない。表情も仏像めいた見通せないものになってフェイトやリニス先輩に心配される。感動を“理解”しかできない人生(犬だけど)なんて味気なさすぎる。そういうわけで戦闘訓練や、どうしても勉強が嫌になって手がつかなくなったときにしか使用していない。

 おかげでわんこながらも学力は天才フェイトさんとほぼ互角です。

 そういえば、とふと思う。先ほどの【神喰らいの魔眼】の効果が口上通りなら、フェイトとぼくをつなぐ【比翼連理】も無効化されていたはずだ。もちろん今は問題なく起動しているが、あの瞬間、フェイトとぼくの関係性はどうなっていたのだろう。

 恐怖を認識したが、【明鏡止水】の効果でとらわれることは無かった。

 

 墜落した転生者に歩み寄ってみると、驚いたことに相手はまだ生きていた。顔の穴という穴からどろりとした血を垂れ流してはいたが。

 見切りが甘かったか。それともはじめての人殺しに気負いで手元が狂ったのか。たぶん両方だな、と冷静に考える。

 記憶をもとに誤差を修正。今度は精神も凪いでいる。次ははずさない。

 

「が……てめ……」

「まだ意識があるのか、頑丈だな。【理想の肉体】の効果か?」

 

 目の前の半死半生の転生者のもう一つの視野狭窄。それは原作の知識を知るあまり、この時点のぼくがオリジナルの魔法を放ってくる可能性を考慮に入れていなかったこと。

 小説や漫画を読んでいてときどきあること。この能力、こんなふうに使った方が強いんじゃないかというひらめき。ぼくは天才というわけでもなかったし、この世界に対する事前知識もなかったから、分類されているのと別の目的で既存の魔法を使うことを思いついたし、抵抗もなかった。

 天才である彼はきっと作中の魔法に精通していた。既存の魔法を苦も無く扱い、その圧倒的な力で敵を打倒してきた彼にとって、工夫する必要なんてなかった。、例えば『アルフ』が使用していた魔法でぼくが戦えば、彼はまず負けることは無かっただろう。フェイトでも厳しかったかもしれない。

 【シンバル】――その正体は、リニス先輩が考案してくれた移動用シールド魔法【タンバリン】の攻撃バリエーションである。

 【タンバリン】はその展開時に大きさや性質をある程度変化させることが出来る。大きさは全身を覆うような巨大な円盤から、その名の通りぎりぎり足全体を乗せることが出来るタンバリンサイズまで。性質も【ラウンドシールド】同様衝撃を受け止める使用から【プロテクション】のように反発力を持たせるなどと自由自在――とまではいかないが、自由度がかなり広い。

 専用ストレージデバイス『ペルタ』のメモリの大半(およそ八割)をこの魔法とそのバリエーションにつぎ込んでいるがゆえのこのスペックである。フェイトの最高速度についていきたいのならこのくらいの馬鹿はしないと無理なのだ。

 【シンバル】は反発力を最大に設定した【タンバリン】二枚を、遠隔発生でおよそ数ミリの隙間を意図的に空けて対象の頭部を挟み込む形で展開し、接触、高速で交互にシールドに打ちつけさせることにより、相手の脳に深刻なダメージを与える技である。

 シールド系であるがゆえに展開が早く、攻撃魔法に警戒している相手の隙を突くことが出来る。また、バリアジャケットは打撃や斬撃に対しては強いが、衝撃や慣性を殺しきれない欠点がある。この技が決まればダメージがほとんどそのまま通ってしまうのだ。

 この技の欠点をあげるなら、成立にはミリ単位の空間把握能力が必要不可欠だということ、対人戦以外は効果が薄いこと、そして【バリアバースト】などとは違い魔法そのものは純粋なシールド系であるため、ミッド式魔法の最大の特徴たる非殺傷設定ができないってことかな。

 刹那の間に数百単位で壁に頭を打ちつけることになるわけだ。軽くでも決まれば相手は脳をシェイクされまともな戦闘は継続できなくなるし、まともに決まれば相手の頭部はポップコーンよろしく弾けることになる。

 こんなふうに。

 周囲に飛び散った赤、灰色、黄色、ピンク、白を見ながら、ぼくは相手の名前も知らなかったことに気づいた。気づいただけで心は凪いでいる。本来頭脳に供給されるはずだった鮮血が噴水みたいに飛沫(しぶき)を上げているけど、吐き気も起きない。ある程度距離をとったので返り血はおろか、臭いがつくこともないだろう。

 こんなもんか。それが初めて殺人を犯した、ぼくの感想。

 ――前世のぼくは平和ボケしていると言われている日本人だった。そのなかでもボケが進行している部類で、戦争はおろかケンカの痛みも知らなかった。ごく普通の一般家庭に生まれ、命は大切なものなのだと疑いもせずに育ち、見知らぬ子供を助けようとするお人好し。

 それが今では、顔色も変えずに人間だったものを観察している。返り血を浴びないように距離を測る余裕さえ持ちながら。思えば遠くに来たものだ。相手が異種族だとか、転生特典の効果だとか、言い訳はできるけれど。

 自分が人外であるということを今までとは違うところで強く認識した。

 

 

《――識別名■■■が識別名■■■■ ■を撃破しました。法則(ルール)に基づき、識別名■■■には識別名■■■■ ■の転生特典の一部が譲渡されます――》

《――法則(ルール)に基づき、ランダムに転生特典の一部が譲渡されました。識別名■■■は能力の確認を行ってください――》

《――なお、撃破された識別名■■■■ ■は世界の矯正力(パンタ・レイ)の影響により、消滅します――》

 

 何の前触れもなかった。どこでもないところで“声”を知覚したかと思えば、辺り一面に飛び散っていた転生者が一つ残さず白い炎に包まれ、一瞬で灰も残さず焼失した。

 

「がああぁあアアアっ!?」

 

 さらに転生時に感じた違和感が全身を蝕み、新たな能力の情報が脳裏に表示された。

 

 ▽

 能力名:【神喰らいの魔眼】

 タイプ:アクティブ/フラグメント(1/3)

 分類:法則改変

 効果:他者の転生特典を打ち消す。

 △

 

 違和感は現れたときと同様、一瞬で消えたが汚辱感は消えない。蹂躙された。気がつけば膝をついて地面に崩れていた。まるで何かにひれ伏したみたいに。

 視界がぼやける。泣いているのは身体の反射か、悔しさか。神の意志なんて関係なんだなんて啖呵を切っておきながらこれだ。わけのわからないふざけたゲームに参加させられていることはこれではっきりした。

 

《アルフー!》

 

 暗い、真っ暗な感情に沈み込みそうだったぼくを、誰かが引き戻す。

 

「あり……しあ……?」

 

 いつからそこにいたんだろう。どこから見ていたんだろう。ぼくの肩を必死に揺さぶろうとして果たせない、幼い泣き顔がそこにあった。

 今気がついたんだが能力の使用がめちゃくちゃだ。【以心伝心】は意図せずスイッチが入っているし【明鏡止水】はいつのまにか切れている。さっきの蹂躙の影響か。

 

《アルフ、アルフ、いやぁ、死なないで、消えないで!》

「あ、アリシア……とりあえず少し落ち着いて」

 

 ぼくだって冷静ではいられないのだが、ここまで目の前で取り乱されると落ち着かざるを得ない。【明鏡止水】は問題なく発動した。能力の混乱は幸い、一時的なものだったらしい。

 

《ひく……ふぐっ……その顔、やめて……アルフが、アルフじゃないみたいで……怖い》

「ん、了解した」

 

 ぼくが落ち着いてもアリシアが落ち着かなければ意味がない。泣きじゃくりながら懇願されたら【明鏡止水】をやめないわけにはいかなかった。幸い、一度発動させた恩恵で精神状態はほぼリセットされている。それなりにまともにものを考えることができそうだ。

 

《ねえ、さっきの話……ほんとう?》

「わかんない……」

 

 なんとか会話が可能なレベルまで落ち着いたアリシアが、おそるおそるといった様子で尋ねてくる。

『さっきの話』というのは、あの名前も知らない転生者が語っていた内容だろう。『原作知識』、『神々の暇つぶし』……あまり知られたくない内容が多い。それに、その時点から話が聞こえる距離にいたのなら人の頭部がはじけ飛ぶスプラッタな光景をアリシアに見せてしまった可能性が高く、いろんな意味でフォローが不可欠なようだ。

 あの謎の“声”はアリシアには聞こえていなかったはず。変な確信がある。あれはきっと、ぼくら転生者にしか聞こえない。

 

《アルフも……死んじゃったら、あんなふうに消えちゃうの?》

「…………わかんない」

 

 でも、可能性は高い。一人の転生者が『いなくなった』感覚がぼくの中にある。あの声の内容から推察するに、転生者(ぼくら)は神の力かそこらへんによってこの世界に紛れ込まされた異分子(イレギュラー)で、死ねばその力の加護が消え、世界から排除される、といったところか。具体的にどのようになっているのかは想像しか出来ないが。行方不明扱いなのか、存在ごと『なかったこと』にされているのか。

 原作キャラに憑依しているぼくがどのような扱いなのかはわからないけれど、死ねばあのように灰の一粒も残さず白い炎によって焼失してしまう可能性は十分だ。

 

《ひぐっ……わたし、いやだよ、アルフが消えちゃうなんて……》

 

 アリシアはまた泣きだした。質量をもたないその涙はぷっくりとした頬をつたい、顎から落ちるたびに光の粒子になって消えてゆく。

 きれいだな、なんて場違いなことを考えた。

 そんなこと言われましても。正直、困る。ぼくだって死にたくない。自殺願望を持っていない限り死にたくて死ぬ人間なんていないだろう。

 死は逃れられないから受け入れるか、諦めるか。前に死んだ時は意識するまでもなかったから、なんとも言えないけれど。

 

《アルフはね……特別なの。お母さんとは、違う。リニスとも、フェイトとも違う。……わたしね、ずっと信じて待っていたんだ。いつかきっと、お母さんがわたしを生き返らせてくれるって。だからね、寂しくても待てた。……だから狂わずに済んだ》

 

 不思議に思ったことがないわけじゃない。

 二十年近く孤独を味わったアリシアが、壊れずに済んだのは何故か。彼女を支えていたのはいったい何だったのか。

 プレシアへの信頼だったのか。

 それは幼い娘が母へと向ける絶対的な信頼。それは、奇跡のような、否、奇跡そのものの時間。

 

《ずっと、ずっと信じてた……でも、どれだけ経ってもお母さんはわたしを生き返らせる方法を見つけられなくて、どんどん壊れていって……ついにリニスが死んで使い魔になって……フェイトが生まれて……見ているだけしか出来なくて。どれだけ待ってもわたしは独りで……。だから、アルフに見つけてもらったときは本当にうれしかった》

 

 気づいていなかった。アリシアの喜びに。彼女の孤独に。救われた想いに。

 のんきにわんこ生活をしていた。だからぼくはバカなんだ。この駄犬め。

 ぼくの自嘲をよそに、アリシアは言葉を紡ぎ続ける。

 

《アルフとの言い合い、忘れてないよ……一生、忘れない、何があっても。……ありがとうアルフ、わたしを見つけてくれて。ありがとう、私と口論してくれて》

 

 ふざけ合ってくれてありがとう。お母さんを助けてくれてありがとう。わたしを生き返らせる方法を見つけてくれてありがとう。研究に協力してくれてありがとう。通訳してくれてありがとう。フェイトを助けてくれてありがとう。

 ありがとう。ありがとう。ありがとう……。

 涙をこぼしながら小さな両手いっぱいの『ありがとう』をくれるアリシアの頭を、気がついたら撫でていた。触れられないなんて些細な問題だった。

 フェイトに似た少女ではなく、ご主人様の姉君ではなく、ボスの大切な娘ではなく。

 アリシアというひとりの女の子を救いたいとはじめて願った、昼下がりの出来事。

 

《アルフは、わたしの……ひぐっ、大切なの。……だからいなくならないで》

「うん、任せとけ」

 

 この安請負は年長者の義務だと思う。もっとも、安請負にするつもりはないけれど。力がふつふつと湧いてくる。

 くしゃくしゃの笑顔を前に、絶望はいつの間にか消えていた。

 

 

 




 副タイトル 『アリシアさんのメインヒロイン回』

 技の名称を短編時とは変更。

 【餓狼口】 → 【シンバル】

 発動時の視覚イメージ、わかりやすさ優先で。名前も【タンバリン】のバリエーションだということが連想しやすいですし。

 転生特典の記述を一部変更。

 誤字脱字の報告等あればお願いします。


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第四話

 原作知識を確認して編集作業をしていたために、原作開始前編をまとめて投稿することになりました。

 この後、閑話を一つはさんで原作開始編に移りたいと思います。

 今回は軽めのバトルシーンを入れてみました。


 

 あの日から一週間、特に悪夢にうなされるということもなく、ぼくは普通に生活している。強いて言えば眠りがやや浅くなったかもしれないが、それも気のせいと片付けられるレベルでしかない。

 

 あの転生者からもたらされた情報は、アリシアと相談して二人きりの秘密にした。

 話したところでどうにかなるとは思わないし、過ぎた知識は破滅を招く。ぼくが何かに巻き込まれていることはほぼ確実だが、正体がわからないのだから対策の立てようがない。

 余計な心配をかけたくないと言えばそれまでだけど……。

 自分でもベストの選択だとは考えていない。実際、アリシアの説得は難航し、最終的に有事の際にはアリシアの独断で情報をテスタロッサ家に公開する権利を取り付けさせられたし。……アリシアは鼻息を荒くしていたけど、どうやってぼくがいないところで情報を伝えるつもりなんだろうね。うふふ。

 でも、まあわがままを通すくらいは許してほしい。

 フェイトにはプレシアの実験でおとな(アダルト)フォームになったと説明し、プレシアとリニス先輩には侵入者は排除したとだけ伝えた。フェイトにはともかく、プレシア達には嘘は伝えていない。相手の深読みをいいことにフェイトに対しての口裏も合わせてもらったし。

 

 あの戦いで手に入った転生特典だが。

 

 ▽

 能力名:【神喰らいの魔眼】

 タイプ:アクティブ/フラグメント(1/3)

 分類:法則改変

 効果:他者の転生特典を打ち消す。

 △

 

 正直なところ使えたものではなかった。

 燃費が悪くて短時間の使用で魔力がごっそり削られるし、『他者の転生特典を打ち消す』能力なので自分に使って効果のほどを検証することが出来ないし、これほど魔力を消費するなら転生者同士の実戦で使用することもできない。

 あるだけ無駄。この燃費の悪さがあの転生者の魔導師ランクSSSを前提にした仕様なのか、タイプのところに表示されてある『フラグメント(欠片)』のせいなのかさえわからない。後者の可能性がいささか高そうだけど。

 倒した相手の転生特典が手に入るなんて、転生者同士の殺し合いを前提にしているみたいで気分が悪い。そういえばあいつ、糧になれとか言ってたっけ。秘匿されていた情報の中に、そこらへんの手掛かりもあったのかもしれない。『糧』というには役立たずにもほどがあるんだけど……。これ以上考えるのがいやになってきたな。自覚されない『糧』があるのか、この『1/3』の表示が2/3になり3/3になる方法があるのか。どっちにせよ、ろくな未来につながってなさそうだ。

 

 やーめたやめた。暗い話題はここでおしまいっ。

 今日はせっかくのフェイトとの模擬戦なんだから、それに集中することにしよう。

 リニス先輩が以前から作成していたフェイト専用デバイスの作成が、ようやく終わったのだ。調整後の慣らしを兼ねているので、模擬戦というよりは試運転といったほうが正確かもしれない。

 今のぼくはフェイトとの模擬戦に向けて一通りアップ中。一見何かを考える余裕などない動きに見えるけど、身体に馴染んだ動作の連続はむしろ思考の一人歩きを誘発する。おかげでつまらないことを考えてしまった。

 漫然と体を動かすなんて百害あって一利なしだからね、集中しないと。フェイト相手の模擬戦で雑念にとらわれれば危険だし、なによりもったいない。ちなみにフェイトはリニス先輩と最後の調整で遅れてくる。

 噂をすれば影が差すとばかりに、ぼくが考えるタイミングに合わせたようにフェイトがやってくるのが見えた。後ろにはリニス先輩の姿も見える。そういえば『噂をすれば』ってことわざ、前半はよく使われるけど後半は省略されることが大半だね。すごくどうでもいいけど。

 

「お待たせ、アルフ」

「んーん、いま来たとこ」

「何をわけのわからないことを言っているんですか?」

 

 リニス先輩が苦笑した。まあ、別れる前は一緒に行動していたわけだしね。どのくらい待たせたのか、向こうは把握している。でも一度は言ってみたいセリフだったんだよ。

 ぼくの目が、フェイトの手に握られた黄色いエンブレムにとまる。

 

「で、それが?」

「うん、バルディッシュ」

「“Nice to meet you”」

「ん、初めまして。ぼくの名前はアルフです」

 

 それ以上の返答は特になかった。伝えるべきことは伝えた、ってことかな。無口だ。別に嫌いじゃないけど、ぼくも口下手だから相手が無口だと互いに沈黙したまま気まずい空気が場を支配する傾向があるんだよな。いや、内弁慶だからテスタロッサ家に対しては饒舌だけど、さ。

 それにしても、AIは男か。……いや、自分でも何言ってんだコイツ、って思うんだけどさ。純粋無垢なフェイトを見ているとどうしても過敏にならざるをえないというか。将来フェイトに恋人が出来たら意地悪な理解のない小姑(こじゅうとめ)になる自信ばっちりである。いいや、フェイトは誰であろうと嫁にやらん。どうしてもというならぼくとリニス先輩と、(スーパー)プレシアを超えていくんだな……無理じゃね?

 

「それでは始めましょうか。広域結界を展開しますね」

 

 ちょうどいいタイミングでリニス先輩が思考をぶった切ってくれた。くだらない思考から解放されたぼくは、フェイトと適度な距離をとる。結界の展開により周囲が世界から隔絶され、幕を一枚かけたかのように色褪せた。森しかないとはいえ、自然破壊は避けないとね。

 

「バルディッシュ」

「“Get set”」

 

 フェイトの声に応え、武骨な黒い斧槍がフェイトの手に展開された。中心にはめ込まれた金色のクリスタルが一瞬、獣の瞳のように禍々しい光を放つ。同時にバリアジャケットが構築され、黒いマントが大きく翻った。凛々しくてかっこいい。さすがだ。

 ふむ、フェイトのスタイルを考えれば当然と言えば当然だけど、ある程度接近戦を前提に構築されているみたいだな。……それにしても、あのバリアジャケットのデザインはなんとかならないものか。前世の記憶のある身としては『スカート付きレオタード』にしか見えなくてとても精神的に毒なのだけれど。スピード重視のフェイトには仕方のないことだとわかっているんだけどさ。

 今はまだマシだけれど、還暦直前でもボディラインがほとんど崩れていないプレシアの遺伝子を正しく受け継いで発育を遂げたフェイトが、将来的にもあのデザインで戦うのかと思うと、アルフさんはわりと真面目に心配です。

 

「――ペルタ、セットアップ」

 

 雑念を振り払ってぼくもデバイスを起動。バリアジャケット構成と同時におとな(アダルト)フォームに移行する。

 フェイトとの距離は約百二十メートル。一足飛びでぼくが踏み込める距離ではないが、全速のフェイトなら距離を詰めるのは容易だ。ただし、クロスレンジではぼくに分がある。フェイトが初手をどうするかが勝負の分岐点のひとつとなるだろう。

 フェイトの表情からは何も読み取れない。リニス先輩の教育の賜物で、戦闘中に相手を威圧し、迂闊に情報を与えないための冷たい無表情。まあ、【明鏡止水】を起動した今のぼくも似たような表情になっているんだろうけど。

 

「ルールを説明します。有効打を一発入れた方が勝ち。質問はありませんか?」

「倒してしまっても構わないのでしょう?」

 

 何故だろう。聞いた瞬間に善戦はできても絶対に勝てない気がした。苦笑しながら答えるリニス先輩。

 

「ええ、試運転を兼ねているとはいえ、あくまでも模擬戦ですから。ただ、出来る限り多くの魔法を使用してもらった方がデータを取る身としてはありがたいですね」

「りょーかいです」

「……わかった」

 

 最初の数手は一撃必殺を出来る限り避けることにしよう。フェイトも同じ意見なのか、リニス先輩に対して軽く頷いた。ぼくといいフェイトといい、相手が実力を出し切る前に技やスピードで圧倒するスタイルだから、それでは純粋な実戦データが取れるわけではないけれど、初運転で耐久度テストまでするのは気が引けるしね。

 

「いいですか、それでは始めてください」

 

 言葉の余韻が消える前にフェイトの姿が視界から消失した。最初からトップスピードか。死角に対して蹴りを放つと、上手く武器で受けた感触が伝わってくる。うん、まあ定石通り。ただの確認作業。フェイトの速度があればこの距離ならむしろ正面突破の方が隙をつけるしね。

 上手く攻撃をいなされたぼくの体勢は崩れつつある。一方フェイトはまるで鎌のように変形させたバルディッシュを振りかぶり、一撃の構え。このままだと綺麗に首が狩られるだろう。

 かわすのではなく内側に踏み込んで迎撃。あの魔力刃の形状上、有効範囲内を潰すのはそんなに難しいことではない。しかし、マントで死角になっていた部分から無詠唱で用意されていたフォトンスフィアが顔をのぞかせる。

 やあこんにちは。

 放たれる【フォトンランサー】を盾で弾いて、その勢いのままフェイトの突き出された右腕を捕えにかかる。もし掴めたら極めるなり投げるなり至近距離から瞬発力をフルに活用して打撃をたたきこむなりしたが、フェイトは攻撃の反動を利用して離脱、距離がとられて仕切り直しの形となった。

 開始からおよそ三秒。ここまでは約束組み手に近い。お互いがお互いの動きを予測して動いているし、予測されていることを承知の上で行動を変更していない。

 

「“Arc Saber”」

 

 金色の魔力刃がブーメランのように飛んできた。これは初めてみるな。軌道が変則的で読みにくいし、切断以外にどのような追加効果が付随しているかもわからない。でも、大きくかわせばその隙に大技や連撃が飛んでくるだろう。圧縮魔力の光刃を飛ばすというこの技の性質上、間をおかずに連続使用は難しいだろうが。

 とりあえずは鍛え上げた空間把握能力を使って、紙一重でかわしてみる。速度そのものは大したことないけど。

 

「セイバーブラスト」

「“Saber Blast”」

「……っち」

 

 爆発しやがった。【プロテクション】で防げるレベルだが、与えてしまった隙がまずい。予想通りというか、フェイトの周囲に無数のフォトンスフィアが発生する。

 

「【フォトンランサー・マルチショット】――ファイア!」

 

 降りそそぐ雷の槍。ぼくの【プロテクション】でこれを防ぎきるのは難しい。腰を据えれば耐えきることは可能かもしれないが、そこからはフェイトに主導権を握られることになるだろう。攻撃に使用するための時間をまとめてプレゼントするようなものだ。

 フェイト専用のデバイスだけあって意志疎通は十分みたいだし、処理速度、魔法の威力共に上昇していることが確認できた。小手調べはここまで、ということかな。

 フェイトが新しいデバイスと新しい魔法をもってこの場に望んだように、ぼくもとっておきを用意しておいた。ペルタに術式を走らせながら地面を蹴って浮かび上がる。

 空中戦の開始。ここからが本番だ。

 【タンバリン】の攻防一体バリエーション。フェイトの目にはどう映るかな。

 【ラビリンス】――発動。

 

 

 バルディッシュを紹介した時、少しだけアルフの表情が曇ったことにフェイトは気づいていた。

 以前、『道具が言葉を話すのが気持ち悪い』と語っていたが、その気持ちは今でも変わらないのだろうか。出来るならふたりには早く仲良くなってほしいと素直に思う。かたや大切な相棒、かたや大事なパートナーなのだから。

 だいたい、あのときアルフは『人間嫌いだった前世の弊害』と言っていたが、それならむしろ言葉を話す道具を嫌うのはおかしいのではないか。道具と割り切ってしまえば意志疎通ができるのは便利なことだ。言葉を話すのは人間であり、その人間に特別な思い入れがあるからこそ人語を解すインテリジェントデバイスを彼女は嫌うのではないだろうか。

 ――アルフは自分で気づいていないみたいだけど、アルフにとって大切なものって意外と多いよね。

 そんな自らの使い魔の在り方をフェイトは愛しく思い、一抹の不安を覚える。アルフは他者に向ける注意とは裏腹に、自分に対して驚くほど無頓着だ。自分勝手というのとは少し違う。自分が傷ついていることに、自分で気づけない。彼女が自覚した時にはすでに、取り返しがつかないところまで何かを失い、傷ついてしまっているかもしれない。

 そうならないためにも、フェイトは守れるだけの力を望む。アルフが自分とその世界を全身全霊で守ってくれるように、自分もアルフとその大切なものを守ってあげたい。

 決意を新たに、フェイトはリニスの合図とともに模擬戦に意識を集中させた。

 

 序盤はほぼ互角。というより、お互い小手調べの意識が強い。

 周囲には森もあるが、開始時点ではお互いが視認できる位置にいた。これはフェイトにやや有利な条件だ。森の中の全力移動はフェイトには難しいが、アルフにとっては逆だ。しかし、この条件ではじめてしまえばアルフがうまく誘導しない限り戦場が森の中に移動することは無いし、フェイトはあっさり地の利を明け渡すつもりなどない。このまま障害物のない空中に戦場を移行するつもりだった。

 ここまでフェイトはアルフの行動を予測できたし、それはアルフも同様だろう。バルディッシュは期待通りに働いてくれている。

 アルフにとって初見の魔法である【アークセイバー】で生み出した隙をついて【フォトンランサー・マルチショット】を撃ちこんだ。かわすにしろ守るにしろ、次の攻撃までの隙はできるはず。

 【タンバリン】を発生させ、それを足場に空中に飛び出すアルフ。ここまでは想定内だったが、まるで夕日を湖の水面に乱反射させたかのように周囲一帯を無数のオレンジ色の円盤が飛び交うのは予想外だった。幻想的な光景に一瞬見とれそうになる。

 【タンバリン】の複数同時展開。総数は実に七十二。しかも展開後にその座標が常に変更されている。これではフェイトは全力で動き回ることが難しくなる。一方のアルフは無数の足場を得て無規則な動きでフェイトを撹乱していた。さすがにすべてを制御出来ているとは思えないが、あの動きから察するにどのようにシールドが動くかは完全に把握できているのだろう。

 おそらくは、ある程度規則性をつけてプログラミングしているのだろうとフェイトは予測した。実際それは正解で、【ラビリンス】は六枚のシールドを一組としてフォーメーションを登録し、合計十二グループの【タンバリン】をプログラムに沿って指揮する技であった。

 しかし、いくら予想がつけられたとはいえこれだけの数だ。しかも絶えず位置を変更している。初見でパターンを見抜くのは不可能に近い。

 ――でも、こちらが利用できないわけじゃない!

 【タンバリン】はフェイトに追いつくためにアルフがリニスと共に編み出した魔法であるが、フェイトとて使えないわけではないのだ。何度か練習したこともある。手始めに近くにやってきた一枚を蹴り、初速をつけようとした。

 

「えっ?」

 

 しかし、そのシールドはフェイトの体重を支えることなくあっさり砕け散ってしまう。体勢を崩したうえ、一瞬とはいえ茫然としてしまったのが致命的な隙となった。

 

「“Sir!”」

「しまっ――」

「はあっ!」

 

 アルフの突きがフェイトの鳩尾に深々と突き刺さる。バリアジャケットがあるとはいえ、ただでさえ薄いフェイトの装甲はショックブローの威力を防ぎきることが出来なかった。

 

「かはッ」

「そこまで! アルフの勝ちです」

 

 リニスの宣言に伴い、呼吸困難と打撃のダメージで飛行の制御を失いかけたフェイトをアルフは抱きかかえて着地する。

 

「“Thank you Arf”」

「気にするな」

 

 バルディッシュの礼とアルフの笑顔が模擬戦の終了を告げた。

 

 模擬戦終了後、フェイトはアルフから【ラビリンス】の説明と種明かしを受けていた。

 

「六枚一組のシールドは、実は【タンバリン】の特性を生かしてどれも微妙に構造を変えてあるんだ。大きさ、反発力、耐久性、移動速度とかね。中にはフェイトが踏み抜いたあれみたいに相手が利用しようとすることを見越して極端に耐久性を低くしたトラップもある。シールド系は表面に術式が表示されるから、よくよく観察すれば気づいたはずだよ」

「あんな短時間じゃさすがに無理だよ……。あーあ、くやしいな。あっさり終わっちゃった」

 

 バルディッシュとリニスはデータ解析と調整のために先に帰宅している。クールダウンと反省会を兼ねて、フェイトはアルフと一緒にアルトセイムの森を会話しながら散歩していた。

 誤解なきように言っておくと、今現在のアルフとフェイトの力量を比べるとフェイトの方がはるかに上である。ただ、アルフが毎度毎度奇抜な発想で意表を突くため模擬戦の戦歴はほぼ五分五分だが。

 あっさり流したように見えてフェイトの心の中でくやしさがくすぶっている。もともと負けず嫌いな一面があるが、アルフの強さが認められないというわけではない。むしろ自分への失望が強い。せっかくリニスがデバイスを作ってくれたのに、模擬戦は五分もしないうちに終わってしまった。明らかに自分の力不足だ。バルディッシュにも申し訳ない。それに、こんな体たらくではアルフを守れない。

 

「フェイトには見分け方をマスターしてもらうつもりだよ。そしてぼくと連携技を開発しよう」

「……何かあるの?」

 

 だから貪欲に可能性を吸収する。いたずらっ子のような笑みを浮かべるアルフの顔を、フェイトは真剣に見つめた。

 比較対象が少なく、周囲に規格外しか存在しないといってよいテスタロッサ家。まともな魔導師なら発狂しかねない発想も、知識を蓄えている途中の少女からすれば新たな知識のひとつでしかない。

 今ここで一人の少女の常識が、とんでもない方向にねじ曲がろうとしていた。

 

 

 転生者に遭遇したあの日から、一年の歳月が経過した。

 

「あれ? ねえ、アルフー、十巻知らない?」

「今アリシアが読んでるよ。十一巻はぼくが読んでいる途中」

《ごめんねー、フェイト。もうちょっと待ってねー》

「うー。……わかった」

 

 あれ以来、他の転生者には遭遇していない。特に事件も起こらず、平和もいいところだ。

 一年前のあの日、ぼくは『原作』がいつから開始されるのか、ヒロインたるフェイトがどのような物語を紡ぐのか聞かなかった。単純に思いつかなかったというのもあるが、思いついたところで聞いたかどうかは微妙だ。

 テスタロッサ家はぼくの存在によって大きく変化した。ぼくじゃない『アルフ』がどのようなキャラクターだったのかは知る由もないが、転生特典なんてものはもっていなかったはずだ。

 ぼくから見れば魔法も幽霊も同じ非常識で、この世界はこんなものなのかと納得するだけだが、この世界の魔法は超科学。幽霊はオカルトとして認識されている。これがきっと、この世界の世界観なのだろう。もしもアリシアの存在が確認されていなければ、物語は大きく変わっていたはずだ。『原作知識』が足かせになりかねない。

 未来を知るのが怖いとか、この世界が『物語』になってしまうんじゃないかという不安が皆無といえば嘘になるけど。

 

 この一年でアリシアの蘇生呪文は基礎が完成し、後は細部を調整するのみとなっている。ぼくが実験体になる必要性もなくなり、生活に余裕がでてきた。

 もちろん鍛錬は欠かしていない。フェイトは単体で魔導師ランクAAA+並みの実力を誇っているし、ぼくと連携すれば病魔から解放され娘たちへの純粋な愛情によって覚醒した(スーパー)プレシアとだって互角に戦える……かもしれない。あれは本当に理不尽な存在だから。

 そんなぼくらが今何をしているかというと、MANGAを読んでいます。日本が世界に誇る文化のひとつ。たとえそれが異世界であろうとそれは変わらない。

 この一年でますます遠慮のなくなったぼくはマンガやアニメを所望し、リニス先輩は見事にそれに答えてくれたのだ。前世で活字中毒患者だったぼくは正直なところ小説も欲しかったのだが、文字ばっかりではアリシアとフェイトにはハードルが高いので今回は我慢した。

 短いオノマトペやセリフの一言二言だけでも活字が体に沁みわたる感覚がしたけどね。くそっ、犯罪的だ!

 管理外世界の文化が色濃く出るこういうものは規制が厳しいらしいが、リニス先輩は本当に有能だ。なんでも昔、アレクトロ社という会社にプレシアが勤めていたときに法律関連でひどい目にあったらしく(その話をするときのプレシアの表情は般若が美人に見えるレベルだった)、それ以来リニス先輩ともども法律のグレーゾーンには『少しばかり詳しく』なったらしい。……天才はこれだから。怪物を生み出す一助となったアレクトロ社にはぜひとも文句を言いたい。

 それはともかく、アニメはともかくマンガがバトルメインの少年漫画ばかりなのはなぜだろう。管理局の方針なのか、リニス先輩の趣味なのか……真実は闇の中だ。

 ぼくとしては見えていないのをいいことに『波ー!』と両手を重ね合わせて何かを撃つ練習をするアリシアが見られて大変満足なのだけれども。成功したら教えてくれ。

 ちなみにフェイトの場合はアニメの影響で埋めたドングリを屈伸運動で芽吹かせようとこっそりアルトセイムの森の中で踊っていた。目撃した時は『萌え死に』の意味を理解したね。わかるよ、フィクションだとわかっていても試してみたくなったんだよね。うちのフェイトさんはマジで純情です。

 そんなこんなで、いまテスタロッサ家では日本ブームが起きていたりする。

 

《アルフー》

「はいはい」

 

 アリシアの要求を受け、自分ではページをめくれない彼女の代わりにページを進める。

 けして片手間と思うなかれ。確かに視線はマンガに集中しているが、きちんとマルチタスクでアリシアの言動にも注意しているのだ。日常生活で使用できてこその身に着いた技術だよね。

 三人――見方によっては一人と一霊と一匹――でフェイトの自室でのんびりまったりしていると、コンコン、と控えめなノックがなされた。これだけで相手が特定できてしまうテスタロッサ家。リニス先輩くらいしかいない。

 

「どうぞ」

「失礼します。――フェイト、アリシア、それにアルフ。プレシアが呼んでいるので研究室まで来てもらえませんか?」

 

 フェイトの許可を経て入室したリニス先輩は一礼した後、開口一番にそう言った。

 

 物語が、始まる。

 

「『ジュエルシード』?」

 

 研究が安定期に入ったと言えば聞こえはいいが、要は行き詰ってきていたのだ。

 理論はすでに完成している。しかしその理論がくせもので、術式の起動に必要な魔力は人間の保有できる魔力量をはるかに超えていた。腐っても神様のなせる技、ということか。

 魔導師ランク『条件付きSS』を持つプレシアが『時の庭園』のバックアップを受けても必要量の半分にも満たない。目下の研究は、その魔力をどうやって確保するかということだった。

 

「ええ、ロストロギアの一種で、膨大な魔力の結晶よ。本来は願望を叶える道具なのだけれど、今回重要なのはその膨大な魔力。つい先日、管理外世界九十七番、日本の海鳴市に落ちたことが確認されているわ」

《日本?》

 

 アリシアの期待に満ちた問いかけはひとまず置いておいて、プレシアは説明しながら空中のモニターに『ジュエルシード』の資料を映し出した。

 ……これは、また。

 

「ニトログリセリンみたいに不安定なやつだな。本当に使えるのか?」

「ノーベルだってダイナマイトを発明したでしょう? 安定器を外付けすれば魔力電池としての使用なら十分可能だわ」

 

 なるほどね。ひとまず納得した。いつ暴発するかわからない危険物が散乱している海鳴市に在住の方々にはお気の毒だが。

 それにしてもプレシアさん、あっさりニトログリセリンからノーベルにつながったけど、どこまで地球の知識を把握しているんだろう。たしかにこの一年で、ぼくの影響で地球、というか主に日本の知識がテスタロッサ家で蔓延っているけど。もしかして、娘たちから質問を受けたときのために時間の合間を縫って勉強したのかな。

 マンガやアニメで異文化を勉強するのって、どうしても傾向が偏るよね。反省はしないが。少年漫画ばかりだったのはぼくの責任じゃないし……。

 

 

「でもなんでわざわざ日本なんかにばら撒いたんだ? いっそ事故に見せかけて回収していれば楽だったのに」

「失礼ね。あれは本当に事故よ」

 

 表情からして本当みたいだが、事故が起こっていなければ『事故』が起きたに違いない。

 

「で、話はここからなんだけれど、あなたたち三人には海鳴市まで旅行に行ってきてほしいの」

「そんでもって善意の旅行者がたまたま危険なロストロギアを発見し、そのの封印を行う、と。管理局に提出するまでに少しタイムラグが発生するかもしれないけれど、管理外世界だから仕方がない」

「そういうこと。ね、いいでしょう、お願い」

 

 プレシアはウィンクすると、大仰な動作で手を合わせてぼくらを拝んだ。この一年でプレシアの性格がだいぶはっちゃけた気がするが、天真爛漫なアリシアと純粋無垢なフェイトの母親だと思えば納得できる。むしろこちらが本来の在り方なのだろう。

 

「わかった。いこう、アルフ、お姉ちゃん……!」

 

 母さん大好きっ子のフェイトには効果抜群だ! ぼくからしてみればもうすぐ還暦なんだから年を考えろと――ごめんなさい何も思っていません。無詠唱即時展開で【プラズマザンバー】をセットするなんて非常識な真似しないでください。デバイスどっから出した。

 (スーパー)プレシアマジパネェ。

 

「え、えと、確認しておくべきことがいくつかある。拠点と身分証明書は?」

「……ふん、まあいいけど。拠点は海鳴市郊外にマンションを用意したわ。パスポートも発行済みよ」

 

 フェイトには戸籍がない。以前は人形扱いされていたため、今は注目を集めないため仕方がなく。おそらく用意されたパスポートの『フェイト・テスタロッサ』とプレシアの娘フェイトは別人ということになっているだろう。

 死者蘇生は禁呪だとかいう問題ではない。悟られるわけにはいかないのだ。いまプレシアが用意しているのはアリシア専用だが、死んだ人間をよみがえらせる方法が理論として確立しているのは事実なのだから。亡者どもを寄せ付けないために、フェイトとアリシアに幸せな人生を送ってもらうために、誰にも知られるわけにはいかないのだ。

 だがこういうときに戸籍がないのは便利なのも事実。プレシアとリニス先輩、そしてその『関係者』が出向いては注意をひいてしまう恐れがある。条件付きとはいえ、プレシアは魔法世界に数パーセントしか存在しない魔導師ランクSSの実力者なのだから。管理外世界とはいえロストロギア事件に前後して渡航していれば関連付ける人間も出てくるだろう。

 

 ……しかし前から気になってはいたんだけれど、交易のないはずの向こうの通貨をどうやって取得しているんだろう。藪をつついて蛇を出す趣味は無いので聞いてはいないが。

 ちなみに、すべてが終わったあと、フェイトとアリシアを学校に通わせる計画は着々と進行中だとリニス先輩から聞いた。本当にプレシアに法律の勉強をさせる原因になったやつらには猛省を促したい。そろそろプレシア万能説が提唱される頃合いだ。

 学校に通うこと自体については賛成だが。むしろその一点に関して言えばアレクトロ社よくやった。自分のことは棚に上げて言うが、子供は同年代の友達を持つべきだよ。むかしの自分に出来なかったことを子供に望んでしまうのが救われない親心というものです。

 

「二十一個全部集める必要はあるのか?」

「理論的限界値でも最低三個は欲しいところね。余裕を見積もって五個、実験とか調整に使うことを考えると十個あるとありがたいわ」

「多ければ多いほどいいってことね、了解。ところでジュエルシードを電池として使用後、返却って可能なの? なくなったりしない?」

「それは大丈夫よ。ジュエルシードは魔力結晶であるとともに願望の器。魔力を使いきったところで器は残るわ」

「器しか残らないんじゃないの、それ……? ま、いっか。じゃあ次、『お願い』の性質上、連絡を密にするってわけにはいかないと思う。単刀直入に聞くけど大丈夫?」

 

 ぴし、とプレシアのすべてが止まった。壁際でぼくらを見守っていたリニス先輩がそっと歩みより、その肩を抱く。

 (スーパー)プレシアの欠点、それは娘成分を定期的に補給しなければならないということ。

 アリシア、仮にも母親なんだから無視してないで、《やっぱりアキバにはいかないとねー》とか心底うれしそうに旅行の計画立てない。『遊びに行く』のだけど、遊びに行くんじゃないんだよ。でもアキバは賛成だ。前世ではなんだかんだいって行く機会に恵まれなかったからね。

 

「だだだだ、大丈夫よ! 可愛い娘たちのためですもの、耐えてみせるわ!!」

《うーん、やっぱりわたし、残ろうか?》

「あ、アリシア……!」

「アリシアが残ってもアルフはフェイトについていくでしょうから、結局話せませんからねー。私はついていくべきだと思いますよ?」

「り、リニスゥゥゥゥ! …………え、ええ、そうね。アリシアは旅行楽しんできて。お土産、たのしみにしているから」

 

 めっちゃ震えとる。血涙流してまでいうことかい。

 

 本当は行かせたくないんじゃないかと思うほど旅行の注意事項や禁止事項を並べたてるプレシアを放置して(本音は考えるまでもない)、『日本にいく』という事実に思いをはせる。

 久しぶりの里帰り。いや、たぶんぼくのいた世界とは別のパラレルワールドだろう。ノーベルがダイナマイトを発明し、ノーベル賞の基礎を創り上げたのは同じでも、ぼくの世界には魔法なんてなかった。

 『原作』の名前は『魔法少女リリカルなのは』。主人公の名前も『なのは』だと聞いた。明らかな日本人名。そしてプレシアが関与するまでもなく日本にばら撒かれたジュエルシード。

 『原作』が始まったとみて、まず間違いない、かな?

 もしもそうなら転生者に出会う可能性は飛躍的に跳ね上がるだろう。命の危険にさらされる場面が何度もあるかもしれない。……まさか『なのは』がアメリカ在住の日系三世なんていうオチはないよね?

 様々な思いが渦巻き、やがて一つの言葉になる。それは、ここからのぼくの覚悟を示すのに、妙にふさわしい気がした。

 何故か懐かしい気もするその言葉を、ぼくは心の中でそっとなぞる。

 

 

 相手が神であろうと悪魔であろうと魔法少女であろうと、『うちの子においたするやつは、がぶっといく』からな。

 

 

 




 今後増え行くであろう転生者対策に、キャラクター紹介のページを作成するか検討中です。
 オリキャラや原作からは乖離したキャラクターについて分からなくなったとき、そのページを見れば思いだせるようにしておけば、ある程度キャラクターが増えても処理できるかなー、と。

 作成するなら本編開始前に『設定集』の章を章管理で入れるつもりですが、ひとつ問題が……。
 利用規約で『小説以外の投稿禁止』とあるのですが、そのページは規約に違反するのでしょうか?

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閑話 姉御が姉御である理由

 閑話ではアルフ以外の一人称を入れていきます。

 ● アルフ以外の一人称

 なお、閑話の時間軸が本編とずれることは多々あると思います。



 

 

 ああ、もうだめかもしれないでやんす。

 四枚あるうちの三枚の羽が痛い。一本は打ち身、たぶん二本は折れていやす。これじゃあ飛ぶことなんぞできやせんが、這って逃げるにはあっしの足は遅すぎる。

 腹立たしい。

 あっしを現在進行形でいたぶってやがる熊野郎が腹立たしい。こいつの体格を考えればあっしごとし一匹の鳥なんぞ、腹の足しにもなりゃせんだろうに。

 本来コイツはここにいる生き物じゃないのに。勝手に他所からつれてきて、面倒が見切れなくなって捨てやがった人間の身勝手が腹立たしい。

 何より、あっけなく死にかけているあっし自身の無力さが腹立たしい。

 弱肉強食。自然界に生まれた以上、この法則に異を唱えることもなきゃあ不満もありやせん。ここであっしが食われるのは、あっしが間抜けだっただけ。

 それでも、考えてしまう。

 ――生きたい、と。

 

「……グルルルル」

「お前か。リニス先輩から聞いた、『風』の【魔力変換資質】を持つクマっていうのは……。毛皮がライムグリーンで腕が六本って、ほんとうにミッドチルダの生物の進化は摩訶不思議だな。どこのモンスターだよ」

 

 突然、熊野郎の注意があっしから外れました。と同時に、腕の一振りと共に声のする方に不可視の刃が放たれやす。これがコイツのやっかいな能力。空を飛べるあっしが逃げ切れなかったわけ。風を生み出せるこいつは、不可視の一撃をかなり遠くまで飛ばせ、また、自分の体を風に乗せることで音もなく高速で移動できるんでやす。

 

《おっと。……ふう、【魔力変換資質】の参考になるかと思ったけど、【以心伝心】で技術の解析は無理か。やっぱり効果範囲は文字までなのかな?》

 

 見えないはずの攻撃をかわしたらしい声の主の方を、あっしは思わず見てしまいやした。言っている内容が理解できたからでさあ。普通、同族以外に相手の言っていることがわかるなんてありえやせん。せいぜいが、音の並びと相手の言動を関連付けて予測するのが関の山。言ってる内容がそのまま伝わってくるなんて、はじめてでありやした。

 そこにいたのは、一匹? 一人? の混ざり物でありやした。仲間から話を聞いたことがありやす。人間の魔導師と呼ばれる力をもった者に、摂理を曲げて作りだされる『使い魔』なる存在のことを。野生を失い、心を縛られ、道理からも外れたハグレモノ。良い印象などあるはずありやせん。

 使い魔は不思議な力を得ると聞いたことがありやす。あいつがあっしらの言葉を喋ったのは、その力でやんすか? 間抜けなことに、熊野郎の注意があっしから逸れたっていうのに、ポカンとそんなことを考えていやした。

 そんなあっしを取り残して事態は進んでいきやす。一撃、二撃、三連撃……次々に繰り出される熊野郎の攻撃と、それをひらひらと風に舞う落ち葉のような動きでかわす混ざり物。オレンジがかった赤い長髪が翼のようにひるがえって、不覚にも綺麗などと感じてしまいやした。

 業を煮やしたのか、いらついたような唸り声をあげ突進した熊野郎を冷静に迎え討つその姿からは焦りも恐怖も見受けられやせん。異種族の表情を正確に読めるわけじゃありやせんが、雰囲気くらいならわかりやす。

 ぞっとしやした。あれは生きものが浮かべていい表情じゃありやせん。色に例えるなら透明。一見すべての色に染まるように見えて、その実すべての色を拒絶している。本当の水の色であり、空気の色であるそれ。あっしらが青や緑でしか認識できないはずのそれが、純粋な在り方のまま確かな形をもって表情に宿っていやした。

 熊野郎が混ざり物に突進し、こうして距離をとってみるとその縮尺の無謀さがよくわかりやす。まるで巨木と雛鳥。どちらが食べる側で、どちらが食べられる側かなんて一目瞭然。そのはずなのに、押されているのは熊野郎のほうでありやした。

 どうして熊野郎が問答無用であの混ざり物に攻撃したのか。ある意味高みの見物状態といえる姿勢だからか、わかりやす。怖かったんでしょう。

 ここら一帯の食物連鎖の頂点、絶対的強者として一方的に狩ってきた者ゆえの弱さ。不可視のはずの一撃が見えているかのごとく確信を持ってかわされ、不意に絡みつくオレンジ色の鎖や腕輪が動きを阻害し、雷を宿した拳と砲弾が身体を焼く。それでもでかい図体した熊野郎に対しての決定打には欠けやすし、逆に熊野郎の腕の一発でも当たればたちまち混ざり物は半死半生でしょう。でも当たらない。透明な表情をやどしたアレに、当たるなんて思えない。あっしはそう思いやしたし、はた目から見て互角以上に有利に戦いを進めているのにもかかわらず熊野郎の恐怖がここまで伝わってきやした。

 後ろ足で立ち上がり、二対四本の腕が文字通り嵐となって振り下ろされる。それをさばき、いなし、余波で感覚器官が傷つかないように軽く顔をかばう。それでも目は閉じられることは無く、耳は怯えをひとかけらも見せずに凛と立っている。普通におかしい。常時命の危険にさらされて、何故ああもまともな行動が取れるのか。

 そうじゃないと生き残れないとか、そんな話じゃないでしょう。あの混ざり物に心は無いんでしょうか。

 呆れているのか感心しているのか、少なくとも恐怖はとっくの昔に通り越した感情に頭まで浸かりながら化け物ふたりの戦いを見ていやしたが、案外決着は早く着きやした。

 全部が全部目で追えたわけじゃないですが、どのような展開になったかは把握していやす。混ざり物が熊野郎の下半身を重点的に攻撃する。それに耐えきれずに熊野郎が前足を地面に着くと、今度は手の届く範囲に降りてきた頭部をメッタ打ち。動きが鈍くなれば次は目に指を突っ込んで電撃、そしてとどめに開かれた口に腕を奥まで突き込んで、最大級の電撃。……えげつねえ。

 脳と内臓を焼かれ、ビクンビクンと痙攣を繰り返す熊野郎の口から、混ざり物がゆっくりとした動きで腕を引き抜きやす。直撃こそ受けていないものの、暴風の余波で服がぼろぼろ。全身が傷だらけで、熊野郎の腕に突っ込んだ左腕は牙で傷つけたのか赤い線が幾筋も走り、血が滴っていやした。

 これは後で仕入れた知識でやすが、あの服はバリアジャケットなる防御魔法の一種で、射撃魔法の数発くらいなら防げるシロモノらしいです。それをもってして直撃受けずにあの破損……こえー。

 

《手加減が出来なかった。正直、今でも勝った(狩った)かどうか確信が持てない》

 

 痛そうな表情を微塵も見せず、独白する混ざり物。いや、明らかに狩っていやすよ。熊野郎、泡ふいているじゃありやせんか。心臓が止まるまではあと少しかかるかもしれやせんが、脳はさっきのでイカレていやす。ぶすぶす煙出てるし。

 それでも安心できなかったのか、混ざり物は手刀に圧縮した魔力を張ると、首を刎ねやした。実戦で使わなかったのは、展開速度に難があったからでしょう。その程度のことを考えられる程度に周囲で様子を見ていたあっしは冷静。これにて完全な決着。

 そのとき、噴きでる血を浴びるその顔に表情は宿っていないはずなのに、何故か途方に暮れているようにあっしには見えやした。

 ……気に入らないっすね。結果から言えば、あの混ざり物は命の恩人でやんす。しかし、命を奪っておきながらあの態度はいただけない。食べるにしろ、自衛にしろ、相手の命を奪うということは自分の命がその分繋がるということ。喜びこそすれ、後悔するなんて自然界の中じゃやっちゃいけないことでさあ。まあ、摂理から外れた混ざり者じゃあ仕方ないっすかね。

 そんなことを、考えていやした。

 

《すまないが、詫びる気はない》

 

 混ざり物――否、彼女(・・)のその言葉を聞くまでは。

 がつんと頭を殴られたような気がしやした。全身の痛みもこのときばかりは忘れやしたね。

 短い言葉の中でなんて矛盾をはらんだ、だなんて考えることができたのはあっしの中のごくほんの一部のみ。あっしの大部分は言霊と呼べるそれにぶるぶる震えて、ただただ、感動に打ち震えていやした。

 隔意、嫌悪、恐怖……様々な負の感情を吹き飛ばすその奔流。

 彼女は決して強い生きものではない。たとえ自分の数倍はありそうな熊を素手で殴り殺したとしても。心身ともに未熟で、まっすぐ進むことすらできず、悩み、悔やみ、そしてそのまま純粋に歩んでいる。あっしらが当たり前にできていたことを、傷つきながらでないとやれない、それでも歩みを止めない。

 あっしらの世界では在りえない存在。絶対に見られない生き方。なのに、こんなにも心震わせる。

 生きるっていうのは、こんなにもまぶしいものだったのか。

 

《ぼくはお前の命を奪ったんだ。そのことを後悔しない。謝らない。これでよかったんだと言ってみせる。そんなのふざけんなってお前は言うだろうけど……いや、死んじゃったら何も言えないな。とにかく、お前は死んで、ぼくは生きる。ここではそれがすべてだ》

 

 あっしの考えを裏付けるかのように、無表情のまま言葉を紡ぐ彼女。

 熊野郎を倒したということは、このあたりで彼女に敵う動物はまずいないということでさあ。でも、もうすでに動かない熊野郎の亡骸に話しかけ続けるその姿は表情は変わらないはずなのに弱々しくて、だめだめで、無様。そしてとても可愛らしい。

 

 少し強くて、とても弱い、名前も知らない狼少女にその日あっしは惚れやした。その生き方に、その存在に。

 

《あ、あのっ!》

 

 動かない体を無理やり動かして、彼女の足元へと這い寄る。

 

《ん、なんだ? ……鳥?》

《不可視の攻撃を巧みにかわすその強さ、冷静さ、何より、あっしはたった今、あんたに命を救われやした。尊敬します、姐御とお呼びしてもよろしいでしょうか!》

《え、不可視? ……思いっきり緑色に見たんだけど。【以心伝心】の効果って言葉の翻訳じゃないのかな?》

 

 巧遅よりも拙速。善は急げとばかりにあっしは彼女――姐御に話しかけやした。なにやらぶつぶつ言っていやすが、ファーストコンタクトで悪印象は与えていないはず。

 彼女に近づきたい、彼女と仲良くしたい。本来なら自然界では生き残れない弱々しさと、食物連鎖の頂点を殴り倒す猛々しさを両立させたこの存在に対して、ふつふつと温かい感情が湧きできやした。

 まずはお近づきになった印に、尊敬していることを示す呼称を使うっす。

 

 ――まさか、こっそりその様子を遠目に見ていた動物一同が全く同じ感情を抱いたなんて、知った時には苦笑しか浮かびやせんでしたが。

 

 

 月日は流れ――。

 

《姐御ー、なにやってるっすか》

《ん、ああ、お前か》

 

 初めてみたあの時から背丈がだいぶ伸びた狼少女は、今ではもうあの時のような無茶をすることはなくなりやした。ある時、大怪我を負いかねない無茶を目の前でやらかしてリニスさんとフェイト嬢ちゃんにこってりしぼられたらしいです。もっとも、精神がきちんと成熟したかと言えば微妙っすけど。

 根本的なところでは、魔力変換資質のお手本を見たい、命懸けで戦えば習得できるんじゃなかろうか、なんて理由で自分の倍はありそうな熊に特攻したあの時と変わっていない気がしやす。

 

《ちょっと外の世界に出かけることになった。しばらく帰ってこれそうにないからね。綺麗にしておこうかと》

 

 姐御の前には、粗末ではあるものの丁寧に手入れされた塚がありやした。土が盛られ、大きめの石が一つ置かれ、周囲に花が植えられた簡単な供養塔。自己満足だと吐き捨てながら、それでも一人で黙々と作ったものっす。

 一瞬あっしの方を見た姐御の視線が、ごく自然な流れで自身の左手に向かう。おそらくは本人は気づいていない癖。ネガティブなことを考えている時、姐御は自分の左手を透かすように眺めることが多いでやんす。

 あれからも姐御は多くの命を奪いやした。時に食べるために、時に強さを求めて。

 その生き方は、まるですべてを一人で出来るようになりたがっているみたいに見えやした。誰にも頼らずに生きられるように。誰かに助けを求めることを怖がっているみたいに、不安から逃げるように。

 早く気付いてもらえないでしょうかね。姐御は自分で思っているほど強くも万能でもないし、自分で思っているよりもずっとみんなから大切にされているということを。

 たぶん、これはいくら言葉を紡いだところで伝わらないでしょう。だからあっしらは想いを込めて、不器用で憶病な狼少女をこう呼ぶことしかできやせん。

 姐御、と。

 あっしら一同は姐御の強さじゃなくて、弱くてだめだめなところにキュンときたんすよ。言ってしまえばファンなんです。弱いからこそ尊敬しているっすよ。

 

《外の世界っすか?》

《うん、詳しいことは話せないけど、数か月、下手したら半年は帰ってこれないかな。……どうしよう》

 

 途方に暮れたように供養塔を見つめる姐御。半年も手入れしなきゃ雑草だらけになるでしょうからねえ。言いたい、ものすごく言いたい。ここにあっしがいるじゃないですか。一言お願いしてくれるだけでいいんです。『ぼくが留守の間、頼めないかな?』とでも言ってくれたら、雑草の一本だって生えさせませんぜ。

 だけど姐御はうんうん唸っているだけ。魔法でどうのこうのとぶつぶつ言っている。あっしじゃなくてもリニスさんにでも頼めばいいのに。気のいいあの人なら快く引き受けてくれるでしょうに。

 人に頼ることを思いつかないというか、誰かの迷惑になることを極端に恐れているというか……。もどかしい。今ここで口に出せばこの場だけは姐御はあっしに頼るでしょうが、それじゃあ意味がない。結局根本的なところじゃ何も変わらない。

 世界のすべてが姐御と同じくらい優しかったらこの世はもっと平和になるんでしょうが、生憎そうじゃない。世界は厳しくて、意地悪で、残酷で。姐御なりに適応しようとしているのはひしひしと伝わってくるんですが、このままじゃ長生きできやせんぜ。あっしの勘がそう告げている。

 姐御には長生きしてほしい。幸せになってほしい。あっしらはそう望んでいるのに、姐御はどうもそう思っていない節がありやすね。

 なんでそんなに自分が嫌いなんですか? 極端に自分の評価が低いのも、それを補おうとして致命的な無茶をするのも、人に頼るのを怖がることも、元をたどればそこにつながっている気がしやす。

 

「アルフ、ここにいたんだ」

「ん、フェイト? どうしたの」

「母さんが、アリシアの準備を手伝えって、アルフに……」

 

 ひゅん、と風を切る音がして輝く金色が空から降り立ってきやした。日光を反射する豊かな金髪。フェイト嬢ちゃんでやんす。アルトセイムのヒエラルキー上位に食い込む実力者ではあるんですが、どこか抜けたところのある姐御のご主人様。いろんな意味でいいコンビだと思いやす。

 

「準備って、アリシアまとめる荷物とかないじゃん。着の身着のまま通り越して全裸だし……。アリシアと接する時間を少しでも多くしたいのかな、あの人は」

「あはは……たぶんそうかも。でも、しばらく付き合ってあげてくれないかな」

「フェイトが言うならそうするけど」

 

 二人で苦笑していやすが、流れる空気はあくまでも穏やかっすね。言っている内容は能力の使用が切られたため理解はできないっすが、『アリシア』の名前は聞き取れたっす。うーん、あっしは見たことないっすが、幽霊なんて本当にいるんすね。何という摩訶不思議。死んだ者がみんな幽霊になるなら今頃この世は幽霊だらけだと思うんすけど。だいたい、食う物食わないでどうやって存在を維持するエネルギーを得ているんすかね。不条理極まりない。

 鳥だって哲学くらいはするんでさあ。姐御の大切な人って言うなら文句を言うつもりはさらさらありやせんが。

 

「……あれ、アルフ、これ何?」

 

 フェイト嬢ちゃんが慰霊塔の存在に気づきやした。一瞬、姐御からあわてた気配が伝わってくるものの、きまり悪そうに説明し出しやす。尻尾が落ちつかなさそうにそわそわ揺れていやすね。

 

「えーと、お墓、かな?」

「お墓? 誰の?」

「……ぼくがここにきてから、奪った命、の」

 

 姐御が一番見栄を張りたがるのはフェイト嬢ちゃんに対してでさあ。でも、矛盾するようですが、一番弱みを見せるのもやっぱりフェイト嬢ちゃん。

 内容は理解できないまでも、供養塔を作った経緯、テスタロッサ家の面々に内緒にしてやってきた無茶の数々を短いやり取りですべてを告白したとは思えやせん。でも、フェイト嬢ちゃんの表情を見ていると重要なことは把握した様子。

 

「母さんから頼まれた用事で、第九十七管理外世界にいくんだよ。しばらく帰ってこれない。このお墓はどうするの?」

「えーと、どうしようかなって、今悩んでたとこ……」

「……しょうがないな、アルフは。私が一緒にリニスに頼んであげるよ。いない間、手入れをお願いしますって」

「あ、そんな手が、あったのか……」

 

 あっしがその場しのぎで手助けを言いだすのとは違う、隣に立って、共に一歩歩きだすことを自然に言える関係。二人の関係は、きっとそんなモノなんでしょう。

 笑いながら姐御の手をとるフェイト嬢ちゃんと、不安そうながらも手を引かれて自分の足で歩いていく姐御。お互い一人では積極的とは言い難い性格でやんすが、二人でいるときはどちらかが相手の手を引いて進んでいく。本当に、いいコンビっす。

 姐御の隣のポジションは、早い者勝ち。つまり、一番最初に姐御を見出したフェイト嬢ちゃんのもの。そのことはアルトセイムに住む動物一同納得していやす。

 だからこれから旅立つ彼女たちに、贈る言葉は一つだけ。

 

 姐御のことを末永く頼みますぜ!

 

 

 




 遅くなりました。
 プライベートで色々あったのと、原作確認作業で前回の投稿からだいぶ間が空いてしまいました。
 ……しかも短いですし。

 出来れば今日中に次も投稿して、ひとまず短編に追いつこうと思います。

 誤字脱字、感想などあればお願いします。


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PT事件、そのはず
第五話


やっと短編に追いつきました。

図書館の名称訂正
「海鳴市立図書館」 → 「風芽丘図書館」




 

 見守るのは車椅子に乗った少女。座ったままでは届きそうで届かない位置にある本に目をつけたのか、うーんと手を伸ばしては、ため息をついて車椅子に座り込んでいる。

 ……助けた方が、いいのかな?

 いや、勘違いしないでほしい。ぼくだって正直なところはすぐさま駆け寄って「はいどーぞ、これですかー?」とやりたいのだ。

 でも考えてしまう。ここは図書館、公共の場だ。こんなところで助けられて、恥をかかされたと彼女は思わないだろうか。少し見ていたが、彼女の車椅子捌きはなかなかのものだった。昨日今日足が不自由になったわけではないのだろう。迂闊に手を出すのはむしろ迷惑かもしれない。下手に同情ととらえられるとお互いにとって不幸な結果を招く。相手の気持ちも考えずに助けたいから助けるのは、むしろ害悪なのでは……。

 だいたい、ここは図書館だぞ。身体が不自由な利用者が困っていたら、職員が助けるのが道理じゃないか。施設はそこそこ立派だが、職員の質が低いのか。八つ当たり気味にそんなことを考える。職員は仕事だから大手を振って手助けが出来るんだな、うらやましい。

 さっきから彼女とぼく、二人しかいない室内で延々と考え込んでいるが(今日は平日)、さらっと話しかけてさらっと助けるなんて高等技術、コミュニケーション能力赤点のぼくは所持していない。

 転生特典でなんとかできないだろうか。コミュニケーション能力が欲しくて求めた【以心伝心】に性格改変の効果はないし。あったら困るが。それならむしろ【明鏡止水】だが、あれで一般人に話しかけるのもためらわれる。

 

「あのー、見とるんやったら助けてくれませんかー?」

 

 あんまりまじまじと見過ぎたのか、少女のほうから話しかけてきた。耳に心地よい穏やかな訛り。関西弁? 黒に近い茶髪のショートカットが振り向きざまにさらりと揺れた。

 しまった、何も言わずにじっと見ている方が失礼じゃないか。久しぶりの『他人』に、対処がわからなくなっていたらしい。

 

「よかった。助けていいんですね」

「はー?」

 

 しかし、ジレンマにとらわれていた先ほどまでよりは何倍もマシだ。心持ち微笑を浮かべながら近づき、少女の横から身を乗り出してお目当てだろう本を手に取る。『きれてるロールケーキの冒険 EXTRA2』何これ、まるでタイトルから内容が予想付かないんだけど。ものすごく気になる。今度暇になった時に読んでみたい。

 

「はいどーぞー。こちらでよろしかったでしょうかー?」

「は、はい。おーきに」

 

 やりたかったことをやれたスッキリ感で必要以上に丁重になりながら本を少女に渡す。正面から見たら思っていたよりも幼い。フェイトと同じくらいだろうか。雰囲気がしっかりしていて気付かなかった。ぼくの意味不明な対応に戸惑いを表情に隠し切れていない。

 ……しまった。またやってしまった。気まずい空気が室内に満ちる。

 

「あの、聞いてもえーですか?」

「は、はい。どうぞ」

 

 沈黙を打ち破ったのは少女の方だった。何を聞かれるんだろう。答えられることならいいけど。久しぶりに胃によどみが溜まるのを感じる。懐かしい他人と接するときの感覚だ。

 

「なんでわたしのこと見とったんですかー?」

「え、えーと……。困ってるのかなー、助けた方がいいのかなー、でも下手に助けた方が迷惑なんじゃないかなーとひとりで煮詰まっていまして」

 

 すこし迷ったが結局正直に答えた。他に何を言えばいいのかもわからなかったし。『煮詰まる』って辞書的な意味ではこの使い方は間違いだっけ。いまはどうでもいいや。

 

「ちらちら見とると思ったらそんなこと考えてはったんですか?」

「は、はいー」

 

 自然と肩が狭まる。やはり不愉快な気持ちにさせてしまっただろうか。

 

「……ふふ、あはは。あー、おかし。そんな格好してはるからもっと怖い人かと思ってましたわ。かんにんなー」

「い、いいえ」

 

 何故ぼくが謝られているのだろう。理解が追い付かない。ただ、ひとつ安堵出来ることはどうやら彼女は怒ってはいないらしい、ということか。

 ちなみに服のコーディネイトはアリシアだ。《アルフはもとがいいんだから》と言いながら、ぼくが耳や尻尾を出していても帽子の一部やアクセサリーだと思われるような服装を選択してくれた。

 というわけで今の格好はニット帽に半袖のジャケット、サングラスにホットパンツといったもの。上手く走れないのは死活問題なので、底の厚いブーツは勘弁してもらった。ペルタは銀の首輪型の待機状態で標準装備。

子供の一人歩きは物騒なので、外を出歩くときはおとな(アダルト)フォーム人間モードを通している。なんかすれ違う人から視線を集めて心臓に悪いんだけど、自分ではどのように見えているのかよくわかんない。鏡を見ようとぼくのファッションセンスはゼロだからなぁ。

 笑いをおさめた彼女は本を胸に抱くと、丁重に一礼した。

 

「失礼しました。わたし、八神はやていいます。さっきは助けてもらってほんとーにありがとうございました。おねーさん、お名前は?」

「アルフ。アルフ・テスタロッサ。今日海鳴市に来たばかりの、旅行者(ストレンジャー)です」

 

 パスポートに記名された名前を名乗る。現地住民との交流が、こうしてよくわからないうちに始まった。

 ……ん? 『はやて』、どこかで聞いたような。

 

 

 ときは少しさかのぼる。

 

「日本よ、ぼくは帰ってきたー!」

「……どうしたの、アルフ?」

「ん、いやなんか、言わなきゃいけない気がして」

《大丈夫?》

 

 そんな真顔で心配されるような態度だっただろうか。自分でも少し心配になってきた。ほんの冗談のつもりだったんだけど。

 プレシアの『お願い』からはや五日。正式な手続きを踏んだがゆえに時間がかかってしまったが、大手を振って合法的にこの海鳴市の地を踏むことが出来た。

 単なる旅行者が現地での魔法使用許可とデバイスの持ち込み許可を得るのにあれだけの書類を書くはめになるなんてね。ま、考えてみれば書類だけで済むのが驚異的か。管理外世界へのオーバーテクノロジーの持ち込みに対し、管理局はかなり神経質だし。

 

「さて、じゃあタクシーでも拾ってマンションに行こうか。ジュエルシードの探索は明日からってことで」

「え、でも……」

「全部で二十一個もあるんだ。及第点が五つで、目標合格ラインは十個。どう考えても長期戦になる。こういう場合は拙速よりも巧遅。初日は拠点の確保に費やすべきだよ。きちんと休めないと、発揮できる実力も発揮できなくなるんだから」

 

 長時間の渡航に対しフェイトは疲労の色を隠し切れていない。肉体的な疲労とは無縁なアリシアも、気疲れはあるようだ。子供にとって長距離の移動は強いストレスをかけ体力を奪うもの。今日はもう休ませてあげたい。

 ホテルじゃなくてマンションだから、自分たちである程度準備をしなきゃいけないもの本当だし。向こうでリニス先輩が用意してくれた家具一式を、デバイスの中から取り出して設置するだけなんだけどね。デバイスの収納力ってどうなっているんだろう。封印済みのジュエルシードを保存管理もできるらしい。某青いネコ型ロボットのポケットを思い出すな。

 管理人さんや隣人に挨拶回りにいかなきゃいけないのが気が重いけど。ぼくが挨拶するんだよな……。ちなみに今のぼくはおとな(アダルト)フォーム人間モード。こっちにいる間は常にその姿でいろとプレシアに念押しされた。ぼくとしても保護者不在と目をつけられるのは嫌だから異論はない。フェイトもアリシアも可愛いから、変な奴が寄ってこないようにぼくが守らないとね(アリシアは普通の人には見えないが)。

 

「でも……」

《アルフー、フェイトー、注目集めちゃってるよー?》

「おっと、そりゃいけない。ほら、行こう、フェイト」

 

 旅行者として不自然にならない程度の大きさのバックパックを背負い直し、フェイトの手を引いて半ば強引に歩き出す。荷物の大部分はデバイスの中に収納しているわけだけど手ぶらだと怪しまれるし、人目のあるところでデバイスから出し入れするわけにもいかないので必要最低限の着替えや食料などはこの中に入れてあるのだ。

 大好きな母さんからの頼みをできる限り早く完遂したいみたいだけれど、あの人はフェイトが無茶して倒れたら絶対泣くぞ。もちろんその前にぼくをボロ雑巾に変えてから。ここにいる間は多少強引にでもフェイトに定期的な休憩を取らせなくては。

 それにしても、言い合いはやめて移動を始めているのに周囲の視線が絶えない。やっぱりフェイトの金髪やぼくの赤毛が目立つんだろうか。この国は単一民族国家だからなー。それにしては、ぼくが知っているのよりは染色ではなさそうな黒以外の頭髪が多かった気もするけど。やはりパラレルワールド、か。

 まあ、うちのフェイトさん可愛いですからね。フェイトの趣味とアリシアの見立てで用意された黒いワンピースを身にまとったその姿は、シンプルながら光り輝いて見えます。後光が差して見えるレベル。

 

「みんな振り向いてるなー。誇らしいけど保護者としては微妙な気分だ」

《フェイトだけじゃないと思うけど……》

「うん」

「え? アリシアは見えないだろう」

《……バカ》

 

 なんだか姉妹そろってあきれた視線を向けてくるんだけど、変なこと言っただろうか。

 

 

 海鳴市郊外のマンションに到着し、挨拶回りを終え、荷物を整理し、あり合わせで昼食を済ませ、といろいろしているうちに壁にかけた時計の針は午後一時を指していた。

 膝枕をして頭を撫でているうちに眠ってしまったフェイトをそっとベッドの上に運ぶ。どのような経緯でそんな状況になったのかは秘密だ。

 続いてデバイスからお洒落な肩掛けカバンを取り出す。普段の生活で大きなバックパックは背負うなとアリシアに持たされたものだ。

 

「ふう、ちょっと出かけてくる」

《いってらっしゃーい。どこいくの?》

「図書館。ついてくる?」

《んーん、おるすばんしとく》

 

 アリシアはさっきからテレビにかじりつきだ。日本のテレビ番組はとても面白いらしい。視力が低下するかはわからんが、一時間ごとに十分の休憩いれろよ。

 フェイトは眠っているので机の上にメモでも残そうかと思ったが、それよりももっと確実で多くの情報が残せる方法があるのを思い出した。

 

「バルディッシュ、フェイトに伝言を頼む」

「“――Yes”」

「郷に入っては郷に従え。ここにいる間は日本語で話すように」

「“……了承した。アルフ、伝言を”」

 

 無愛想な声で返答したのはフェイト専用インテリジェントデバイス『バルディッシュ』。別に不機嫌というわけじゃなくこれがコイツのデフォルト仕様である。リニス先輩が創ったのに、どうしてこんな性格になったのやら。

 日本語を指定したのに特に深い意味は無い。せいぜい、ミッド語だと耳につきやすいからというくらい。待機状態だとエンブレム、起動状態だと斧槍のこいつが喋っていることを他人に認識されたらどのみちアウトだけど。

 

「図書館にいってくる。五時までには帰る。『戸締り』はしていくのでうかつに部屋からは出ないように。ぼくは自分でここまで帰ってくるから外から呼ばれても開けちゃだめだ。アリシアもだ。外には出ないように」

《はいはい、わかってるって》

 

 一瞬だけテレビから視線をはずして手をひらひら振るアリシアがとても不安だ。やっぱり連れて行った方がいいだろうか。

 ぼくがこれだけ警戒しているのは転生者の存在だ。もしもこのマンションが『原作』に出てきていたらフェイトに対しよからぬことをたくらむ輩がやってくる恐れがある。だからといって原作知識のないぼくはここの情報が『原作』にあったかどうか知ることが出来ない。この場所を用意したプレシアとの関係が変わっている以上、『原作』のフェイトがどのような形で日本に滞在していたのかまるで予想ができないのだ。もしかしたらぼくが転生者から逃れようと用意した別の拠点こそが、『原作』のフェイトの拠点だったりするかもしれない。

 ならば下手にかわそうとせず、覚悟を決めて『戸締り』するしかない。心配性のマッドサイエンティストが、愛する娘たちのために魔法、超科学、ブービートラップを芸術的なバランスで組み合わせたホームセキュリティーを起動させる。初見でこれを潜り抜けるのは、その方面の転生特典をもった転生者(チート)くらいだろう。それ以外の侵入者には円満な余生を諦めてもらおうか。

 

「バルディッシュ、ぼく以外の何者かが侵入してきた場合、フェイトを起こして【サンダースマッシャー】でもたたき込んでやれ。ただし第一目標は撃退ではなく逃亡だ」

「“了解した。任せておけ”」

 

 こいつは無愛想だが、フェイトに対する忠誠心は大したものだ。その一点に関していうのならぼくは疑っていない。にやり、と思わず共犯者に向ける笑みを浮かべてしまった。

 

「“以上か?”」

「うーん、そうだなー。じゃあ追伸で、『今日から三日間は慣らしに使うから戦闘行動は原則禁止。万が一戦闘が必要な時はぼくが請け負うから、異論があるなら帰るまでに反論のロジックを組み立てておけ』と伝えといて」

 

 急激に酸素濃度が変われば体調が崩れるように、世界が変われば魔力素の濃度や構造が微妙に変わり、人によっては不適合を起こして体調を崩す恐れがあるのだ。数日も大人しくしておけば勝手に身体が適合するのだが、その数日の間に戦闘などの激しく魔力を消費する行動を行えば下手をすれば行動不能までに陥る。

 オールレンジ対応であるがゆえに魔力の消費が比較的多いフェイト。クロスレンジがメインであるがゆえに魔力消費が少なく済むぼく。体調を崩した時の低下する戦力のことを考えても、ぼくが前面に出るのは当たり前だった。

 

「“――了解した”」

「じゃ、いってくる」

 

 アリシアはもう一度いってらっしゃーい、と声をかけてくれたが、寡黙なバルディッシュからの返答は無かった。こちらも期待していないのでそのままドアを閉じる。

 さーて、図書館、としょかん♪

 浴びるように活字を読みたい。文章に浸りたい。

 いや、誤解しないでほしい。趣味嗜好が入っていないわけではないが、これからのことに必要な行動でもあるのだ。小さいところならともかく、市立や県立図書館になると市役所並みにその町の情報が手に入る。パンフレットは自由に持ち帰ることが可能だし、過去の新聞もまとめて読める。無料貸本屋などと揶揄されることもあるが、あそこは本当に知識の宝庫なのだ。

 マップの作製はこの町でジュエルシードを探そうと思うならやっていて損は無いし、ジュエルシードがもう暴走を始めているなら新聞に載るような事件になるだろう。時間に余裕があれば過去の伝承なども調べたい。こちらは直接ジュエルシードの探索につながることは無いが、余計な危険をおかさないために必要な処置だ。

 事前知識では発見できなかったとはいえ、魔法少女や狼少女や幽霊少女がここにいるのだ。管理局が発見できていないだけでこの世界特有の魑魅魍魎がいるかもしれない。転生者だけで手一杯なのに、余計な敵はつくりたくない。

 

 交通機関を利用しても良かったが、海鳴市の雰囲気を身体で掴みたかったので三十分かけて歩いて風芽丘図書館まで来た。使い魔の身体能力があってこそのこのタイムで、普通の人間だったら倍では済まないかもしれない。目立つような無茶はしてないよ。

 海があって、山があって、丘があって、活気のある商店街があって、山を越えた向こうには温泉街まである。……なんでこのレベルの中小都市なんだろう。そこそこ豊かに自然が残っているのはいいことだけど。おかげで多くの動物に接触でき、【以心伝心】および鞄の中に入れていた食料による餌付けで情報提供者を得ることが出来たのはありがたい。

 ミッドチルダの野生動物ほど知能は高くないにしても、猫ネットワークも鳥ネットワークも馬鹿にしたものではないのだ。

 ひそかに期待していたのだが、さすがにジュエルシードをばったり見つけるなんてことはなく、図書館についたあとはマルチタスクをフル活用して情報収集に望んだ。

 

 

《アルフ、大丈夫かなー?》

 

 どうしても番組に集中しきれず、アリシアはそわそわと視線をさまよわせた。

 やはりついていけばよかっただろうか、と思う。

 アルフは前世で日本に住んでいたらしい。実際、日本に着いた時には高笑いしながら奇声を発していた。何も感じるところがない、なんてことは無いだろう。前世とこの世界はパラレルワールドと彼女は言っていたから、アルフの前世の家族がこの世界に存在しているのかは定かではない。しかし、もし出会ってしまった場合、アルフはどのような対応をするのだろうか。

 他人として接するなら、まだいい。しかし、家族としての関係をアルフが求めたとき、残されたテスタロッサ家一同はどうなるのだろう。

 アリシアはぶんぶんと首を横に振る。アルフがわたしたちを見捨てるなんてありえない。そんなこと考えるだけでも無礼千万だ。しかし、日本に入ってから明らかに肩に力が入っていたアルフを思い出すと不安がうずく。

 他の転生者を警戒しているのかもしれないが、そっちもそっちで不安なのだ。いつもの悪い癖を発揮して、自分ひとりで解決しようとするのではないだろうか。そしてとんでもない事態に発展して……。

 そんな時は迷わず誰かを頼ってほしい。自分が留守番を買って出たとき、一瞬ほっとした表情を見せたアルフを思い出す。フェイトを一人残すのが不安なら、素直にそう言ってくれたらいいのに。彼女自身が自分の感情に気づいていないから厄介なのだ。

 

《なんであそこまで自分に対して鈍感なのかなー》

 

 思い返せばむかむかしてくる。

 他人にどのように見られているか理解しないということは、裏を返せば自己評価がきちんと出来ていないということだ。もっと自分を大切にしろと言いたい。しているとあの駄犬はほざきそうだが、それなら問題をひとりで抱え込もうとするな。もっと頼ってほしい。せっかく秘密を共有しているのだから。

 転生者のルール。アルフもアリシアも把握しきれているわけではないが、きな臭さは今から感じている。ただでさえ秘密を一人で抱え込むのは精神に大きな負担をかけるものだ。アリシアはアルフの助けになりたいと願っているし、そのためなら努力を惜しまないつもりだ。

 折れそうになっていたアリシアを助けてくれたのはアルフ。だからアルフが折れそうな時はアリシアが助けたい。それは、恩返しなどという綺麗なものだけではなくて、わたしが助けたいという欲求もある。

 その欲求の正体をアリシアは未だはっきりと見ようとしていない。テスタロッサ家の他の誰も知らないアルフの秘密を知っているという優越感。情報を公開しようといったのはアリシアだが、アルフが反対することは予想していたし、実際秘密にすることに決定したときは心のどこかで喜んでいた。

 

《でも、お母さんあたりは気づいてそうだし……》

 

 見え隠れする醜い感情を、独り言ちることによって誤魔化す。

 ちらりと時計を見る。壁に掛けられた時計の長針は、三の数字を指そうとしていた。彼女が帰ってくるまであと二時間もある。探しに行きたい欲求にかられたが、入れ違いになったら目も当てられないし、アルフはきっと怒るだろうし、何よりベッドから聞こえてくる静かな寝息が思いとどまらせた。

 アルフはそう思っていないかもしれないが、アリシアはアルフがいない間のフェイトの守護を買って出たつもりだ。不安になったからといってその任を放棄するのはアルフの信頼を裏切る行為にアリシアは思えたし、プライドが許さなかった。

 だからといって、無為にテレビを眺めて時間をつぶす気にはいまさらなれない。何か自分に出来ることは無いだろうかと、アリシアは試行錯誤を始めた。

 

 

 っくうー、こんなことなら速読でも習得していればよかった。時間がいくらあっても足りない。何時間でも過ごせてしまう。ミッドチルダ語も嫌いじゃないんだけど、やっぱり日本語は綺麗だよ。こんなこと、前世では考えたこともなかったけれど。

 『おいしい海鳴市』なんていう料理のパンフレットも手に入ったから、早めに切り上げて商店街で買い物して帰ろう。料理の基本はリニス先輩からきちんと習っているし、日本の家庭料理をフェイトに一度食べさせてあげたい。アリシアは……ごはんにお箸でも突き立てておけばいいか。

 あっというまに時間が過ぎ、現在午後の三時。四時になったら切り上げて、商店街に向かうとして――。

 情報収集の結論、この町にはすでにジュエルシードの回収を行っている存在がいる。また、ジュエルシード事件の情報隠蔽を行っている勢力も存在している。前者と後者が同一かは不明。

 根拠は二日前のとある新聞の記事。動物病院にトラックが突っ込んだという事件。幸い死傷者はでなかったとあったが、どうもこれがジュエルシード事件くさい。並行してそれらしい事件を調べてみたのだが、被害の規模はガス爆発もかくやというものだったし、加害者側となるトラックの会社もたどりきることはできなかった。おそらくは、存在していないのだろう。

 使い魔の演算能力ゆえか、前世の時よりもインターネットを通じた情報収集がはるかにはかどった。前世は英語のできない文系だったからなー。魔法は理系科目である。――実はインターネット設備があるのか危惧していたのだが、ちゃんと完備されていた。道行く人のケータイ電話がぼくの知っているものより数世代古かったから、けっこうドキドキしてたんだよね。どうもぼくが死んだ前世より、西暦が十年ほど昔みたいだが、今はどうでもいい話だ。もとよりパラレルワールドだし。

 とにかく、異相対化したジュエルシードが放置されているなら、被害はもっと出ているはずである。しかしジュエルシードがらみを思わせる被害はその一軒だけ。つまりはそのジュエルシードは回収されて、さらにはその個人ないしグループはジュエルシードを封印可能なほどの膨大な魔力と広域結界を展開できるだけの魔法知識を持っている。

 第一容疑者は『ユーノ・スクライア』。若干九歳にしてジュエルシード発掘の責任者に任命されていた天才。……これはミッドチルダ全体で言えることなんだけど、子供になにやらせているんだ。実力主義社会はともかく、せめて責任は大人が背負ってやんなきゃだめだろう。じゃないと何のための大人だ、何のための年月だってことになる。そもそも管理局が子供をガンガン採用しているっていうのが突っ込みどころ満載なんだけど。百年近くの伝統を誇っておいて、未だに次世代育成のいろはもできていないのかい。組織としては致命的だろう。

 閑話休題。

 彼は責任を感じたのか、ぼくらよりも数日はやく指定遺失物(ロストロギア)の探索という名目で現地入りを果たしているという情報が入ってきている。デバイスの持ち込みや魔法使用の許可も取っていたらしいから、何かしらの形で関係していることはほぼ確実だろう。……止めろよ、スクライア一族。ぼくらが違法行為すれすれの活動をしているということをわきに置いてもそう感じる。個人的には好感が持てるが、それはそれとして無謀だろう。せめて何人か付き添ってあげて。

 第二容疑者は『なのは』。詳細は不明だが、『原作』の主人公である『魔法少女』。ユーノ・スクライアに現地での影響力があるとは思えないから、おおかた高い魔力素養をもった現地協力者を即興でスカウトしたってところか。また、彼女には情報隠蔽をした存在とつながりがある、もしくは当人である可能性がある。まさかトラックもないのにトラック事故が起きた摩訶不思議を隠蔽した存在が、何も知らないということは無いだろうから。彼女つながりでユーノがその方面でも現地協力者を得たと考えるのが一番妥当か。

 ちなみに、この世界特有の力を持った存在に関してだが、めぼしい情報は見つからなかった。せいぜい数百年前に封印された化け狐の話だとか、最近のものでは都市伝説並みに信憑性の低い超能力者、幽霊、吸血鬼の話とか……。それが情報操作の結果という可能性もあるが、さすがに現状では確認しきれない。狼人間の話もあったけど、「ここにおるぞ!」と叫ぶべきだろうか。まあ、現状はまるっきり嘘と断じることはできない、という程度か。

 

「んー……」

 

 手に入った情報を整理し、吟味する。このあと三日間は情報収集についやすつもりだ。マッピングを済ませ、区画ごとにローラー作戦で潰してゆけば時間はかかるがほぼ確実にすべてを回収できる。時間はかかるといってもここは管理外世界。管理局が重い腰を上げて介入するまでには終わるだろうし。それこそジュエルシードが暴走して次元震発生、近辺を巡回中だった巡航船が飛んでくるなんてことがない限りは。

 不確定要素はやはりユーノと『なのは』か。先に回収されて必要数が足りなくなったり、万が一競争、敵対なんてことになったら面倒だな。最悪、広域結界を展開して相手を呼び出し、交渉することも手段の一つに考えておくか。

 

「うーん、うーん……」

 

 気がつけば、ぼく以外にも唸っている人間がいた。

 車椅子に乗った小柄な少女。届きそうで届かない本に手を伸ばす懸命な表情は、フェイトには及ばないまでもけっこう可愛かった。

 ごくり、と喉が鳴る。

 やっかいなことになったかもしれない。

 

 

 そして今に至る、というわけだ。

 

「そーですか、妹さんが……」

「はい、だから自分ではどのように見えているのかわからないんです」

「かっこええですよー。あとそれから、わたしに対しては敬語でなくてもええです。アルフさんの方が年上なんやし」

 

 思った通り厄介なことになっていた。いや、予想していたのとは少し方向が違うが。

 あの失礼な態度のどこが琴線に触れたのか、八神さんはにこにこと話しかけてきてくれた。その流れで何故か、今一緒に商店街に向かっている。『商店街にいかはるんですか? いいお店しっとりますよ。一緒にいきませんかー』なんて言われて、断るだけの勇気はぼくにはなかった。

 うう、八神さん、のんびりおっとりしているようで、案外押しが強いよ。しかもそれが雰囲気で緩和されていて、相手に悪い印象を与えにくい。うらやましい限りである。

 この肉体の年齢は二歳だから八神さんの方が年上だと思うよ。確かに見た目はお酒やたばこを購入しても怪しまれないくらいに見えるけど。精神年齢はさすがに年上だと思うが、前世の分を単純に現在に足すことが出来るというわけでもないので微妙だ。肉体に引きずられているところもあるし、そもそも一度死んだことでリセットされて、前世の記憶は独立したデータとして継続されているような感がある。人格構成や趣味嗜好に多大な影響を及ぼしてはいるが、前世の人間とここにいる狼少女はやはり別人なのだ。

 

「すみません、努力はしてみますが、まだ日本語には慣れていないもので……」

 

 かろうじて嘘ではない。この体で日本語を話すのは今日が初めてだ。本当の理由は相手が年下の少女だろうが、知りあって間もない相手にくだけた口調を使うのがためらわれるなんていう情けないものだけれど。

 

「そっかー、残念やわー。ならせめて、わたしのことは名前で呼んでくれませんかー?」

「えと、はやて、さん?」

「はいなー」

 

 にっこり笑う少女を見ていると、名前で呼んでよかったなと安心する。精神年齢はともかく、対人スキルでいえばはやてさんの方がはるかに上のようだった。

 

「あれ、はやて? 奇遇だな」

「げ、高天原(たかまがはら)……」

神治(しんじ)でいいっていつも言ってるだろう」

 

 曲がり角を曲がったところでばったり男の子と出くわす。そこそこ整った顔立ちによく映える、白いお洒落な制服を着ていた。たしかこの近くの私立聖祥大付属小学校のものだ。初等部のみ共学で、中学からは女子校なんだっけ。フェイトがいるからその方面の下調べはバッチシである。

 上から見下ろせる限り、はやてさんの表情は混沌としたものだった。苦手意識を抱いているようでいて、意識している男子にばったり出くわしてしまったかのような。プラスとマイナスが複雑に入り混じっている。

 そんなことに相手の男の子は気づいた様子もなくうれしそうにはやてさんに話しかけていた。うん、やっぱりどこの世界でも男の方がガキなんだな。

 

「なにしてんだ、こんなところで。どっか行くのか? だったら一緒に――」

 

 そこでようやく、はやてさんの車椅子を押すぼくの存在に気づいたらしく言葉が止まる。何か信じられない物を見たとでもいうように、ポカンと口が開いた。

 

「は? アルフ……?」

 

 ――こいつ、転生者か。

 内心、警戒レベルを最大値まで引き上げる。覚悟していなかったわけじゃないけど、まさか初日からエンカウントするとは。やはり海鳴市が物語の舞台なのか?

 

「アルフさんはさっき図書館で知りおうた人や。もしかして、顔見知りなんか?」

「い、いや……。知り合いに似ていると思ったけど気のせいだった。」

 

 はやてさんの表情は相変わらず複雑そうだった。形のいい眉がしかめられてしまっている。不自然極まりない言い訳に納得していないみたいだったが、うかがうような彼女の視線にぼくが首を振って知り合いでないことを答えると、とりあえずそれ以上の追及はなかった。

 

「俺の名前は高天原神治っていうんだ。よろしくな、アルフ!」

 

 喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、さきほどの狼狽をあっさり捨て去ってぼくに笑いかけようとする高天原くん。――その瞬間、最大値で勘が危険を告げた。反射的に【明鏡止水】を起動させる。

 タッチの差で彼の頬笑みが完成し、なんとも言えない気持ち悪い感覚がぼくの中を通り過ぎていった。はやてさんが息を飲むのを感じる。なんだか頬が赤いような――ぼくの頬も赤くなっている。心臓がバクバクいっている。滾々と湧きだしてくる感情は、【明鏡止水】の効果ですみやかに鎮静化された。なんだこれ。

 病気? 何をされた? 今までに体験したことのない感情、正体不明。あの気持ち悪い感覚はおそらく神力――転生特典の根源となる力。勝手に命名――だ。他人のアクティブタイプの能力が作用するとあんなふうに感じるのか。

 

「っ、ちょっと、いきなり失礼やでー」

「べつに大丈夫だよな、アルフ?」

「……少しびっくりしました」

 

 表情筋を動かして笑みを形作る。上手くいかなかったみたいで、高天原くんの肩がビクッてなった。うーん、今度から【明鏡止水】発動中に上手く表情を作る練習もしなくちゃな。

 謎の感情は未だにぼくの中で暴れている。しかし、【明鏡止水】のおかげでそのことは“理解”しても、その感情が行動に影響を及ぼすことはない。笑顔をトリガーに相手に特定感情を植え付ける能力、か? だとすれば能力の相性がよかった。でも、先制攻撃をまともに受けた事実は変わらない。

 

「あ、あれ……? そ、そうだ。急用があったんだった。どこにいくのかは知らないけれど、またな!」

 

 予想された反応とは違ったらしい。想定外の事態に、相手は撤退を選択した。慌ただしく遠ざかってゆく背中を見送って、はやてさんの肩から力が抜ける。一見、苦手な相手から解放されて安心したみたいだけれど、薄紅色の頬、うるんだ瞳、八の字に下げられた眉はまるで愛しい人の背中を見送る少女みたいで――。

 ああ、わかった。この感情の正体が。いろいろ思い出した。

 これは『恋』だ。あいつの転生特典は笑顔をトリガーに相手を魅了する能力なのだ。いやらしい手を使ってくる。よくそんなこと思いつくもんだ。『傾国の美女』なんて言葉もあるとおり、恋愛感情は自分の思う通りにならない癖に国ひとつ傾けるほどのエネルギーを発生させる。自分の感覚からいって効果が恋愛感情を相手に抱かせるまでのみという点を鑑みるとかなりリスクの高い搦め手だが、やられる方にとっては堪ったものではない。

 『はやて』の名前もどこで聞いたのか思い出した。あの銀髪オッドアイの転生者がこぼした原作キャラクターの名前だ。

 

「……はやてさん」

「な、なんやっ――しもた、なんですか?」

「図書館に忘れ物をしていたのを思い出しました。走って取ってくるので、五分ほどここで待っていてくれませんか?」

「べ、別にええですけど……」

 

 はやてさんの表情に走るのは……おびえ? 【明鏡止水】使用中は表情が消えるからなー。今までは主に戦闘中にしか使わず、周囲に身内しかいなかったので考えが及ばなかったが、早急になんとかするべき問題だな、これは。

 

「怒ってはるんですか? 確かにあいつは、あまりいいやつやないですけど……」

「好きなのですか、彼のことが?」

「ちゃ、ちゃいますよー!」

 

 顔を真っ赤にして手を振るはやてさん。微笑ましいと数分前の自分なら思っていただろうが、今は気持ち悪さと憤りしか感じられない。それらは【明鏡止水】の効果で心の奥に沈められ、ただの情報となる。なんであんなやつに、という自己嫌悪が彼女の表情に混ざっている気がするのはぼくの気持ちが反映されているだけだろうか。

 はやてさんを毒牙にかけ、ぼくを魅了しようとしたあいつが、原作キャラたるフェイトに同じことをするのにためらう理由はないだろう。それに、今は恋愛感情だけだが、時間が経つにつれ悪化しないという保証はない。不確定要素を残したまま、アリシアとフェイトのもとに帰る気にはさらさらなれなかった。

 ぱちゅっとやっちゃいますか。

 

「大丈夫、すぐ帰ってきますから。ね?」

「は、はいー」

 

 かくかくと人形のように頷く彼女に背を向けて走り出す。走る先は図書館方面。あいつは自分が来た方向に帰っていったから、真反対だ。はやてさんのほっとした雰囲気が伝わってきた。

 【明鏡止水】はパッシブタイプのため使用を続けることに負担はないが、今もなお内心で自己主張を続ける恋心を無理やり植え付けた相手がのうのうと過ごしているという事実は耐えがたいものがある。恋心も怒りも嫌悪も、等しく情報として処理され心はすぐ凪に戻されるのだけど。

 乙女の初恋を踏みにじったのです。覚悟はできているのでしょう。

 一瞬だけ思考回路に絶対零度リニス先輩が降臨された。その程度には激怒しているってことか。

 ぼくがミリ単位で空間把握が出来る範囲は最大で自分を起点に半径百二十五メートル。魔法の強化(バフ)なしでも半径五十メートルなら堅い。いずれも空ではあっという間に通り過ぎてしまう距離だが、陸、とくに市街地ではまあまあの距離と言える。

 ペルタさえ起動出来れば、即殺が可能だ。不意打ちを重視して結界は限界まで張らない。相手が他にどのような転生特典持っているかわからない以上、気づかれる前に一撃で終わらせる。

 図書館方面に走り、はやてさんの視界から消えるや否や軌道を変え目標の追跡に移る。臭い、音、まず逃がすことは無いだろう。

 

「――ペルタ、セットアップ」

 

 人目の死角でデバイスを起動する。

 何かを間違えているような違和感はあったけれど、止まるのは行動を終えてからになりそうだった。

 

 

 




 アルフさんオーバーヒート。

 次回から冷却したいなー。
 でも難しいかなー。

 次も近日中に投稿したいです。

 毎日投稿している人って本当にすごいですね。


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第六話

 ついに短編からの脱却。

 個人的には新章突入!


 ところで、長編版は短編で書かれたことをほぼすべて内包しているわけですが、短編版は削除したほうがいいのでしょうか……?
 もちろん、その場合には活動報告でお知らせするつもりですが。短編版のみお気に入り登録している方もいらっしゃるみたいですし。


 

 

 

 ふと思う。人間、死んでしまえばそこで終わりだ。転生したぼくでも、いや、転生したぼくだからこそそう感じる。

 前世のぼくは、消えてなくなってしまった。ここにいるのは前世の情報(きおく)を受け継いだだけの、狼少女(アルフ)だ。その情報(きおく)がいくら人格構成に影響を及ぼしていようと、別人であることに変わりはない。その事実にぼくが耐えることが出来たのは、フェイトが側にいてくれたから。

 それが今現在のぼくの実感。だからこそ、生きているっているのはかけがえがなくて素晴らしいものなんじゃないかと思う。月並みな言葉ではあるけれど、大事なことって月並みな言葉以外で表すのは意外と難しい。愛しているよ、とかね。

 高天原(たかまがはら)神治(しんじ)

 ぼくが初めて名前を知った転生者。彼は確かにぼくにとって害悪だった。無粋な感情を強制的に植え付ける病原菌に等しい存在だった。しかしそんな彼でも人である以上家族がいて、誰かしらには愛されているのではないだろうか。

 常に善人である人間も、常に悪人である人間も存在しない。誰かにとっての善人で、誰かにとっての悪人がいるだけだ。

 いきなり先制攻撃をしてきたのにも等しい彼はぼくにとって悪人だっただけで、しかしそれはこれからも悪人であり続けるという証明にはなりはしない。話し合えばわかりあえるかもしれない。意外と友人になってみればいいやつかもしれない。

 

《――識別名■■■が識別名■■■ ■■を撃破しました。法則(ルール)に基づき、識別名■■■には識別名■■■ ■■の転生特典の一部が譲渡されます――》

 

 ……言葉だけなら、いくらでも並べ立てることができるのにね。

 そういえばこの“声”、どこまで聞こえているんだろう。明らかに身体を通じて聞こえているわけではないから、もしかするとすべての転生者に聞こえているのかもしれない。だとすると他の転生者に警戒心を抱かせてしまう可能性があるわけで。……早まったかな? 【明鏡止水】の効果は冷静な思考回路が得られるだけで、知能が上昇するわけじゃないからなあ。

 ――ああ、まただ。ぼくはむやみやたらに他の転生者に情報を与えてしまったかもしれない結果を悔やんでも、人ひとり殺したことについては全くと言っていいほど後悔していない。あれだけロジックを並べ立ててみたのに、まるで内側に響かない。

 ぼくってこんなやつだっけ?

 相手を殺してもまったく心が揺るがないのは転生特典だけではないだろう。もしそうだとしたら、【明鏡止水】の使用を取りやめた後で取り乱したりするはずだし。肉食獣(たべるがわ)の本能なのか。

 それとも、神がゲームを面白くするため、転生者同士の殺し合いに対する罪悪感を麻痺させているのか。能力の吸収を前提にルールが組まれている節がある以上、あり得ない話ではない。

 ……いや、さすがに現状では、都合の悪いことを神に押し付けて言い訳しているだけ、か。

 相手を追跡し、【シンバル】射程距離に入ったら瞬時に結界を展開、目標の頭部を破砕し、今に至る。そのすべてをぼくの意志でしたことだ。そのすべての責任をぼくが背負わなければ、さすがに相手が報われない。他者(かみ)に都合の悪いことをすべて押し付けるようなみっともない生き方はしたくない。

 

《――法則(ルール)に基づき、ランダムに転生特典の一部を譲渡、もしくは既存の欠片(フラグメント)の強化が選択できます。識別名■■■は選択を行ってください――》

《――なお、撃破された識別名■■■ ■■は世界の矯正力(パンタ・レイ)の影響により、消滅します――》

 

 ん、なんだ? 前と違う?

 相手の死体が白い炎に包まれてきれいさっぱり消え去ったのは同じだ。と、同時に自分の中で作用していた不愉快な力がひとつ消え去った感覚がある。使用者が死ねば能力の効果も消えるのか。それがどこまで作用するのかわからない。さすがに転生者に能力で殺された死者が、修正力で蘇ったりはしない……よな? だけど『植え付けられた恋愛感情は消える』というのはこれからの目安になるはず。

 ……『これから』って、ぼくはいったい何を前提に考えているんだ。胃が内側から爛れていくような不快感。それを助長するかのように不愉快な選択肢が脳裏に現れる。

 

《――どちらかを選択してください――》

《――ランダムに新規の能力を取得 / 既存の欠片(フラグメント)の強化――》

 

 視界に発生しているわけではないので目を閉じたところで消えない、意識の端でずっとちらついて神経を逆撫でする表示。他の魔導師に気づかれる危険性を考えると、ずっと結界を張りっぱなしというわけにもいかないし、どうせあの汚辱間を味わうならどちらを選んでも最悪だ。深く考える時間も労力も惜しく、欠片(フラグメント)の強化を選択した。あの使えない能力が少しでもマシになればという思いがないわけじゃないけれど、さ。

 

《――欠片(フラグメント)の強化――》

《――対象を選択してください――》

《――【神喰らいの魔眼】 この能力でよろしいですか?――》

《――処理中……しばらくお待ちください……――》

「……っ! ぐうぅ……うえ……おぇ……」

 

 覚悟していたとはいえ、陵辱されるこの感覚は何度経験しても慣れない。慣れたいとも思わないが。気合で声を上げるのだけは我慢したけど、嗚咽は噛み殺しきれなかった。平衡感覚が失われ、立っていることができず四つん這いになる。

 

 ▽

 能力名:【神喰らいの魔眼】

 タイプ:アクティブ/フラグメント(2/3)

 分類:法則改変

 効果:他者の転生特典を打ち消す。

 △

 

 

 脳裏に展開される情報。前回よりも少し長く感じた汚辱感は前回同様あっさり消え、後には炎天下に長距離を走破したかのごとく汗みずくになって息を荒げるぼくが取り残された。コンクリートの地面が頬に痛い。バリアジャケットを展開したままでいなければ、もだえ苦しんだ時に腕や足に傷を負っていたかもしれない。

 とりあえず立ち上がり、呼吸を整えながら転生特典の確認をする。誕生時に持っていた三つに変化はなし。前の時は能力の発動がめちゃくちゃになったが、今回はそんなこともなさそう。周囲の結界に関しては自身状態が不安定になることが予測できたので、事前に術式をいじって一定時間なら自動で維持が可能にしている。ゆえにこれも問題なし。

 問題は【神喰らいの魔眼】の方。いやな予想が当たってしまったと考えていいのだろうか、これは? 八神さ……じゃなかった、はやてさんを待たせている以上、そんなに時間をかけられないので能力のテストは後回しにするとして、表示を信用するなら何らかの強化が施されたと考えていいだろう。

 ――想像してみる。生まれたときから人にはない三つの異能を与えられ、自分の思うがままに生きていける、それが可能な人生という物を。途中で邪魔な相手が現れるが、そいつを排除するとこに対して罪悪感は生まれない。むしろ倒してしまえばその経験値で自分がどんどん強くなる。

 まるでゲームのようだ。能力の表示のされかたを見たとき最初にそう感じたけど、もしかして本当にそれを狙ったものだったのかな。こんな役割を演じる遊び(ロールプレイングゲーム)のような人生を与えられて、まともに生きていけるわけがない。自分が世界の主人公であるかのような錯覚にとらわれ、周囲を蹂躙するとこをためらわなくなるのではないだろうか。

 本人の資質どうこう以前に、環境がおかしすぎる。他人の家に問答無用で押し入って箪笥や壺の中を調べ、めぼしいものを持ち去る生き方が肯定されてしまえば、まともに努力しようだなんて誰が考えるだろう。努力とか、そこらへんの物が多少なりとも尊ばれるのはそれが人にとって不愉快でやりたくないものだという事実の裏返しなのだから。

 かくいうぼくも、侵され始めてはいるのだろう。【明鏡止水】の効果で、他人事のようにそう考えた。ぼくが生まれる前から世界は在って、ぼくが死んでからも世界は続いていく。ただ、ぼくが死ねばきっと悲しむ人たちがいるから、その人たちのために出来る限りは死なないようにする。前世からそう考えているけど、転生特典という毒はあまりにも甘美過ぎる。使い過ぎない方がいいのだろうか。でも、これからの人生で転生者が多発する可能性を考えると使いこなさないことには抵抗できない気がする。

 使いこなす、ね。使いこなして、能力を強化して、それでどうするのさ? その先には何がある?

 口の中に苦いねばつきがこみあげてきた。結界の中とはいえ道路に吐き出すことはためらわれ、むりやりゆっくりと飲み下す。胃の中に不快感が絡みつき、格好をつけるんじゃなかったと後悔した。

 

 

 リカバリィを使い身だしなみを整え、結界を解いてはやてさんのところに走って帰ると、泣いていた。

 ものすごくびっくりした。

 ……いや、もっと他に感じるべきことがあったんじゃないかと後になって思う。でも、その時のぼくは小さな女の子が泣いているという事実が、完全に用量オーバーだったんだ。はやてさんがしっかりした雰囲気で、人にあまり弱みを見せないタイプなんじゃないかと勝手に思っていたことがそれに拍車をかけた。

 言葉を失い呆然とするぼくに対し、はやてさんは肩を震わせながらも笑顔を作ろうとする。痛々しくて見れたものじゃなかったけれど、顔をそらすなどという真似もできない。

 

「ご、ごめんなあ……なんか知らんけどあふれてしもうて……ぐす、な、何があったんやろ、自分でもわからんくて……」

 

 こころにあながあいたみたいや、というかすれたつぶやきに何があったのか察した。高天原が死んだ影響で、はやてさんの中にあった恋慕が消えたのだろう。通常ではありえないその心の動きがどのように感じられたのか、ぼくにはわからない。恋心を異常事態を判断してすみやかに排除したぼくと違い、彼女のそれはそれなりに長い時間彼女の中にあったものだろうから。擬似的な失恋みたいなものなのかと想像してみても、所詮は想像の範疇を出ない。そもそも失恋したことないし。その前提となる恋がないから。

 ごめんさないと謝りそうになった。いったい、何を謝るというのか。高天原神治を殺したこと? 確かに人を殺すのは悪いことだ。悪いことをしたから『ごめんなさい』は間違っていないだろう。でも、違う。それじゃない。ぼくが謝りたいのはそれじゃなくて……。でもそれは謝っちゃいけない。ぼくが加害者なんだから。不注意でも事故でもなく、意図的に選択した現状である以上、胸を張ってすべてを受け止めなきゃいけない。ぼくがしたのはそれだけのことなんだから。

 【明鏡止水】発動。落ち着け。面の前ではやてさんが泣いている、ただそれだけだ。覚悟が足りていなかったのか。ああ、そうかもしれない。でも、いまするべきことは謝罪でも後悔でもないだろう。そろそろ夕方に移ろうかという時間帯。人通りは多くないが少なくもない。きっと今から増えてくる。よそ者(ストレンジャー)であるぼくはともかく、子供かつ車椅子であるはやてさんはここが生活圏内のはず。変なうわさが広がる土壌は作るべきではない。

 

「とりあえず、移動しましょうか」

 

 なぐさめのひとつも口にできない自分が情けない。でも、体を動かしながら誠心誠意言葉を紡ぐことが出来るほど器用でもないのだ。

 土地勘のない場所。でも路上でじっとしていることは論外で、ただ動物の勘に任せてはやてさんの車椅子を押して歩きだした。

 

 移動中、はやてさんの震えは徐々に治まっていった。途中で自分がハンカチを持っていたことを思い出し、はやてさんに渡したのだけど、その時はきちんとお礼も言ってくれた。コミュニケーションが取れるくらいには落ち着いたのかと思ったけど、よく考えてみればはやてさんは最初からぼくに気を使えるくらいの余裕(?)はあった。おちつけ、ぼく。

 【明鏡止水】は表情が目立つので一度精神を立て直したらご退場いただく。道行く人々からちらちら見てくるのでどの程度効果があるのかは微妙だけど。魔法で誤魔化すことは技術的には可能なのかもしれないが、危機的状況以外での結界外の魔法使用は大半が禁止されている。管理局の法の下で活動している現状、それなりのメリットが見込めない以上は違法行為は避けるべきだ。

 要するに、ぼくのせいで泣いている女の子をこちらの都合で見捨てているわけである。最悪だ。

 自己嫌悪で胃の調子がますます悪くなるが、勘および手足の方は健在で人気のない公園につくことが出来た。そのことに少し安心しながら中ほどまで進み、車椅子を止める。

 ……どうするべきなのだろう。正面にまわりこもうかと思ったが、泣き顔を見知らぬ人間に見られたいとは思わないだろう。顔を直視するのはこちらとしてもつらい。目を見て罪を糾弾されたいなんて感じるのは、明らかにこちらのわがままだ。

 でも、背後でぼーっとこのまま立ちつくしているのも変だ。無駄にこの体は背が高いから威圧感とかあるんじゃないかと思う。何を言えばいいんだろう。そもそも話題をこちらから提供するべきなのだろうか。見て見ぬふりした方が親切なのでは? いや、でも、泣いている女の子を放置するのは大人としてどうかと……。

 公園の発見で少し回復したはずの胃に、またぐるぐると気持ち悪さが渦巻いてゆく。

 

「――アルフさん」

「ひゃ、あ、えと、はい!」

 

 てんぱりすぎだ、ぼく。声が裏返っている、情けない。

 はやてさんの声の震えは止まっていた。声をかけられたのでとりあえず、顔が見える位置まで移動する。はやてさんは相手の目を見て話す人だし。それにしても年下の女の子に会話の主導権をゆだねるぼくってどれだけ……。

 

「ハンカチ、ありがとうございました。洗ってお返しいたします」

「い、いえ、別にそこまで気を使っていただかなくても。そもそもハンカチは汚れるためにあるわけですし、彼もはやてさんの役に立てたなら本望でしょう」

「……殉職ですか? おしいひとを失くしたもんですなー」

「ふ、あれが最後のハンカチとは限りません。いずれ第二、第三の彼が……」

 

 笑うはやてさんの表情は、すこしだけ、安心して見れるものだった。赤くなった目と頬は相変わらず痛々しかったけれど。

 やや和やかになった空気の中で、はやてさんがぼくの渡したハンカチを掲げる。いまさら気づいたけれど、花柄のかなりファンシーなものだ。どう思われただろう?

 

「冗談はさておき、このままではわたしの気が済まへんので、どうか洗濯させてください。アルフさんはしばらくこのへんに滞在なされるんでしょう?」

「そうですね……。そこまで言われるのでしたら、お願いします。ぼくは最低でも一カ月は海鳴市に滞在すると思いますので。どうやって連絡をとりましょうか。ぼくは携帯電話を持っていないので」

 

 うーん、基本的に連絡を取り合う相手はフェイトかアリシアだと思っていたから用意していなかったんだよね。現地の人と縁が出来ることが完全に視界の外だった。コミュニケーション能力の欠如を事あるごとに思い知らされる。

 

「そうなんですかー。うーん、どないしよ……。まさかお礼なのに(ウチ)に取りに来てもらうわけにもいかへんし」

「こちらの電話番号をお教えしますので、準備が出来たら連絡をもらうというのはどうでしょう?」

 

 個人的には家に取りに行くのは全然苦にならない。強いて言えば過剰にお礼をされているのが心苦しいという程度。でも、ここは年長者として、見知らぬ他人として、むやみやたらに相手のプライベートな情報を得ないようにするべきだろう。それを言うならこちらも同様に電話番号を教えるべきではないのかもしれないけれど、その提案はするりとぼくの中から出てきた。

 不思議なご縁だと思う。ただ単に図書館であっただけの、年齢も社会的立ち位置も、実は種族さえ違う関係。なのになりゆきで一緒に買い物に出かけるし、こうやって次に会う約束もしている。もはやはるか記憶の彼方だけど、友達が出来るのってこういう感じだったかもしれない。

 

「そうさせてもらってもいいですかー? せっかくやしその時に、妹さんとかも――」

 

 その後話を詰め、数日後、八神家にフェイト、アリシア同伴でお呼ばれすることになった。やっぱりはやてさんは話すのが上手い。気がつけばあちらの要求をこちらが受け入れていて、そしてそれが不愉快ではない。

 むしろ、楽しみだったりする。フェイトは生まれてこのかた友達と言える相手はおろか、同年代の相手に接する機会すら絶無だった。でも、フェイトがなにかしでかしてもコミュニケーション能力の高いはやてさんなら上手に対応してくれるだろうし、友達になれたらもっといいと思う。ジュエルシード探索も大事なことだけど、フェイトの社会進出もとても大切だ。

 アリシアの存在はさすがにはやてさんにばらすことは出来ないが、紹介そのものはするつもりだ。方法も考えてある。

 

「ふう、こんなもんやろか。それにしてもご迷惑をおかけいたしました。なぜか突然涙がでてきてしもうて」

「気にしないでください。若いんだから、そんなこともありますよ」

「あはは、若いせいなんやろか。……独りで暮らしているせいかもしれへんな」

「………………」

 

 ふっとはやてさんの表情が暗くなって、そんな言葉が聞こえた。

 反応にものすごく困る。小声だったし、使い魔の鋭敏な感覚がなければ聞き逃していたかもしれない音量。でも、普通の人間でも聞き取れなくはない大きさだった。

 はやてさんはぼくに伝えたかったのだろうか。それなら反応してあげるべきなのかな。でも、コミュニケーション障害を患っているぼくでもその先が地雷原だというのがひしひしと感じられるんだけど。少なくとも出会ってから一時間も経っていない相手とする話の内容じゃないよね?

 だいたい、はやてさんの年齢で独り暮らしって法律的に可能だっけ? 可能だとしてもまずやらないよなー。年齢から言っても身体的な問題から言っても、独り暮らしをさせるには無茶がある。これは案外、この国の法律や文化を調べ直す必要があるかもしれない。倫理道徳、常識がぼくの知っているそれとはズレている可能性がある。

 うーん、現実逃避していないで、いいかげん何か言おうよ、ぼく。

 

 

 アルフが困っている雰囲気が伝わってきて、はやては内心でこっそり苦笑した。

 何を甘えているんだろうと思う。相手は知りあって間もない旅行者だ。自分の孤独を共に背負ってくれる相手ではない。否、背負わせるべきではない、と判断できるだけの判断力をすでに身につけてしまっていることが彼女の不幸かもしれなかった。

 はやては賢い。自分がこの社会で弱者だということを理解しているし、弱者が獲物になりうることも知っている。ゆえに社交的な性格を生まれ持つ彼女だが、人との距離を詰めることにはかなり慎重だった。

 にもかかわらず、あっさりと距離を詰めてきた目の前の少女がはやてには少しまぶしい。

 

 第一印象はあまりいいものではなかった。

 ワイルドな系統で統一した服と抜群のスタイル。何より人目を引きつけるオレンジがかった長い赤毛と同じ色の、犬耳と尻尾のアクセサリ。サングラス越しにこちらを見やるその雰囲気は、まるで物珍しいものを観察しているようですこし腹が立った。

 だからだろうか。普段は無視するはずの視線に苦情を申し立ててしまったのは。ぶしつけな視線には慣れていたはずだったのだが、明らかにこのあたりの人間ではない雰囲気に関係がこじれたところでどこかに消える、そんな思いが働いたのかもしれない。

 しかし返ってきた反応は予想外のもの。あまりに意表を突かれて笑ってしまったはやてを、彼女は気に障った様子もなく受け入れてくれた。

 攻撃的、挑発的な外見と相反するかのように、穏やかで、優しくて、憶病の一歩手前の気遣いで構成された対応。優しさと柔らかさが断たれることがないと書いて優柔不断と読むのだが、彼女の様子を見ているとさもありなんと感じる。

 過剰な気遣いは気に障るのが常なのだが、彼女の場合、はやてに不快感を与えないように心を砕いていることがサングラス越しでも対人経験豊かなはやてには読み取れて、好感の方が勝った。自分がどうこうではなく、あくまで彼女の気遣いの対象ははやてがどう感じるかなのだ。

 

 アルフ・テスタロッサ。

 年上にこんなことを感じるのは失礼なのかもしれないが、とても可愛い人だ。世間一般で言うギャップ萌えとはこういうのを言うのかもしれないと、バカなことも考えたりした。

 その場で別れるのが名残惜しくて、言いくるめて一緒に商店街に買い物に行くことにしたのだが、そのことに関してははやて本人も少し驚いている。去年の秋、足が悪化し車椅子が手放せなくなってからは商店街ではなく近所にできたスーパーの方に買い物に出かけることが多かった。距離的な問題もあるが、商店街の人々の気遣いが苦しかったのだ。

 自分を心配してくれている人々の心遣いを、疎ましく感じていることを自覚できるだけの客観的視点をはやては持っており、それがますます彼女を商店街から遠ざけた。それに比べ全国チェーンのスーパーのアルバイト店員は、言葉を喋りこそすれ自分の仕事をこなす機械と大差ない。ドライな関係であれば、自己嫌悪にさいなまれることも無い。

 久しぶりに顔を見せる自分に、商店街の人々がどのように声をかけてくるのかという不安は確かにある。しかし、それもアルフと一緒ならばなんとか乗り越えられる気がするのだ。

 不思議な出会いだと思う。上手く噛みあった、というわけなのだろうか。はやてが張り巡らせている見えない壁を、アルフは奇天烈な対応であっさり越えてしまったのだ。一度壁を越えてしまえば親しく接するというのも、はやてのもうひとつの一面だった。

 確かにアルフは人に慣れていない感がある。時折見せるつたない反応はともすれば年下のようにさえ感じる。しかし、頭は悪くないし回転も速いので話していると面白い。日本語に慣れていないと当人は言っていたが、会話の合間に冗談から言葉遊びまでこなしておいてそれは無いだろう。

 敬語を話すのは大きく分けて二つの状況が考えられる。一つは文字通り相手に敬意を払っている時、もう一つは相手との距離を測る場合。おそらく、いや、確実に後者。完全に気を許されていないと思うといささか寂しいが、出会って一時間もしていないのに打ち解ける性格には思えないから仕方ないと言えば仕方ない。

 

「すみません、ちょっとトイレに……」

 

 アルフの困った顔を堪能するのもここまでにして、はやては話を一度中断した。目元がひりひりと痛み始めている。腫れないうちに一度水で洗い流したかった。そのあとで本の話題でも振れば、彼女はきっと乗ってきてくれるだろう。

 なんで泣いてしまったのかは自分でもよくわかっていない。アルフを困らせてしまったことは純粋に申し訳なく感じている。出来るなら忘れてほしい。

 何か大切なものを失くしてしまった気がしたのだ。取り返しがつかないものが消えてしまったと感じたのだ。すこし時間をおき落ち着いた今となっては、錯覚だったような気がするが。

 

「あ、一緒にいきます」

 

 出来れば顔を洗うところなど見てほしくなかったのだが、断ることもできない。仕方がないので車椅子を押してもらいながら公衆トイレに向かったが、入口のところでアルフがついてきた理由を唐突に悟った。

 バリアフリーがうたわれ始めて数年が経過しようとしているが、町すべてにいきとどいているわけではないのは生活しているはやてが身に沁みて理解している。ここのトイレの入り口の段差も、一人で超えるのは骨が折れただろう。

 

「よっと」

 

 筋肉隆々というわけではないがそれなりに力があるらしいアルフに押されて越えるとうっかり見過ごしそうになるが。こう言うところでは相手が年上なのだと感じる。見ていないようでいて、周囲のことをしっかり見ているのだ。

 はやてがトイレに来た目的も悟っているようで、あっさり彼女を置いて個室に入っていった。気づいていないふりをされたのだから、お礼は別の形で一気にしようと心に決める。

 話によると、アルフには年の離れた妹がいるらしい。はやては顔も見たこともない彼女がとてもうらやましくなった。あんな姉がいるのだ。きっとその子は孤独を感じることなどないのだろう。

 もちろん、甘やかさせるばかりではないだろう。怒った時に見せた無表情な笑顔は背筋に震えが走るほど迫力があった。もっとも、こうやって過去の出来事として思い出してみればそれはそれで風情があっていい――などと考えてしまう自分はいいかげんもうダメなのかもしれない、とはやては洗面所の鏡を覗き込みながら苦笑した。

 

 

 




 PT事件のはずがジュエルシードはおろか、なのはさえ登場しない不思議。

 誤字脱字、感想などあればお願いします。


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第七話

 復活しました。

 時間が空いた割に後半が深夜テンションのやっつけ仕事です。朝が来てから加筆修正は行ったのですが、上手くなったようには思えません。
 なのに、どのように改良すればいいのか、自分では検討がつきません。
 アドバイスなどあればお願いします。


 

 スクライア一族により発掘されたロストロギア――ジュエルシード。単体で願望機として起動させても不安定で危険な上に、研究が進んでいないため(おおやけ)には知られていないが暴走すれば次元震さえ引き起こす。後者の性質を把握しているのは現在のところ、元は次元航行エネルギーの開発を専門にしており、なおかつ昨今発見されたロストロギアの調査に余念のなかったプレシアのような奇抜な立場のごく限られた人間のみだろう。

 時空管理局データベース『無限書庫』にデータくらいは存在しているのかもしれないが、現在のところ無限書庫はその名の通り管理世界の書籍を収集し保存するだけの『書庫』としての役割が強く、望んだ知識を得るのはその手の専門家であるか、幸運に恵まれでもしない限り数ヶ月単位で時間が必要となる。

 さて、輸送艦の事故が原因で海鳴市にばら撒かれてしまったジュエルシードは、地球が管理外世界であるがために管理局が対処するべき業務としては優先順位のかなり低いものとして処理されていた。管理局の迅速な対応が期待されるのは、次元震を引き起こす性質を管理局が認識し、近くの管理世界の影響が危惧されてからの話となるだろう。

 管理外世界の事件というのはそういうものだ。万年人手不足が叫ばれている管理局に、未だ管理下においていない世界まで人手を派遣するほどの余裕はどこにもない。世界を滅ぼす力を秘めたジュエルシードだが、このロストロギア事件を管理局で注目している人間は皆無に近かった。

 しかし、全体から見ればごく小数とはいえ注目していない人間がいないわけではない。

 たとえばそれは、ジュエルシードの発掘責任者を担当していた責任感の強い少年。彼は単身で海鳴市へと乗り込み、ジュエルシードを回収しようと試みた。逆に異相体によって傷を負い、危機に陥った彼が二人(・・)の少女に助けられることによって事態は大きな変化を見せるのだが、それはまた別の話。

 たとえばそれは、要請を受け、管理局のルールに縛られながらも己の正義を貫き通そうとする若き執務官。そして彼に付き添う巡航艦のメンバーたち。彼らは事件が起こればすぐ現場に駆けつけることが可能な航路を取り、また、ジュエルシードについての情報収集に余念がない。彼らが次元干渉型のエネルギー結晶体、ロストロギアランクはA+に分類されるジュエルシードの実態を掴めば周辺管理世界への影響を防ぐという名目で現地入りすることも十分可能だろう。

 

 そして、ジュエルシードとはまったく関係なく以前から海鳴市に注目していた者たち。

 

 彼女は天文学的な確率で降りかかってきた不運に天を呪った。なぜよりにもよって第九十七管理外世界、しかもピンポイントで海鳴市なのか。さらにジュエルシードという、不安定で危険なロストロギアが絡む事件。

 自分たちにできたことといえば、現地に派遣される人員が少しでも信頼できる相手になるよう裏から手を回して調整し、そして時間が許す限り『対象』の護衛に就くことくらいだった。

 アレ(・・)を見つけてから七年と少し。危険と苦労の連続だった。三年前など、危うく交通事故で『対象』が死亡するところだった。その時に死亡した両親の知り合いだと騙り『対象』と接触、管理下に置けたのは不幸中の幸いであったが、あくまで幸運の産物でしかない。管理外世界といえど危険が存在するということを思い知らされた一件だった。あれ依頼、『対象』の生活範囲は魔法で何重にも防御を敷いている。

 不運はまとめてやってくるというべきか。『対象』を失うわけにもいかず、しかし管理局の目がある今、派手に動くわけにもいかず、戦々恐々としている中でさらなるトラブルが発生した。

 あからさまに使い魔とわかる少女が『対象』に接触したのだ。一応、現地住民には誤魔化しが効くように変装していたが魔導師からは一目瞭然だった。

 立ち振る舞いから見て、自分と同様白兵戦闘をかなりのレベルでこなせるタイプ。魔導師ランクまではわからないが、あれほどの使い魔を作成できる主人が無能ということはないだろう。この時期に現れたことを鑑みて、楽観はまったくできなかった。目的はロストロギアの回収か、それとも――。

 

(まだなの、アリア……)

 

 父への報告はもうすでに済ませた。彼の見立てでは機はもうすぐ熟する。十一年越しの悲願、アレ(・・)が長年振りまいてきた災厄を考えると数世紀に亘る悲劇の終着点と言ってよい計画なのだ。独断専行による失敗など許されない。彼女はそのことを重々承知していた。そうでなければとっくに飛び出していたところだ。

 あの使い魔は弱くはないが、自分が負ける相手だとも思えない。力尽くで情報を引き出すことはじゅうぶん可能だろう。今すぐ飛びかかって殴り倒してしまえと胃の奥で焼けつく本能を押さえ込む。相手が複数だった場合、それは完全な悪手だ。そして、あれが使い魔である以上必ず主人が存在する。

 まだ肌寒い春風。ゆっくりと温もりを増しつつある太陽。芽吹き始めた新緑も、彼女の心を静めるには至らない。

 

〈――ロッテ、聞こえる?〉

 

 待ちに待った己の片割れからの念話に彼女の尻尾がビンッと伸ばされる。ブロック塀の下を親子が微笑ましげな視線を彼女に向けながら通り過ぎていったが気づきもしなかった。

 

〈アリア、どうだった!?〉

〈結論から言うと、彼女たちは無関係(シロ)よ〉

〈ほんとうにっ!〉

〈……すこし落ち着いて。次元港の記録に残っていたわ。ミッドチルダ出身魔導師、フェイト・テスタロッサとその使い魔のアルフ。身元もしっかりしてるし、個人転移での密入国じゃなくてきちんと公的な手続きを踏んで第九十七管理外世界に入っている。目的は観光だって〉

〈時期が時期よ。間違いない?〉

〈怪しいところは見当たらないわ。魔法の使用許可とデバイスの持込許可を取っているけど、これも緊急時に保護を求めるのが困難な管理外世界に行くことを考えたら不自然と呼べる程のものでもないし〉

〈そっか……〉

 

 アレ(・・)を見つけ出した勢力が力を欲して『対象』に接触したのではないかという最悪の懸念はひとまず回避された。ほっと一息ついたのも束の間、次の瞬間には冷酷に彼女は父の方針を確認する。

 

〈で、どうするの? 消す?〉

 

 この時期ならロストロギア事件に巻き込まれたと偽造しやすい。『対象』の周囲に張り巡らせた魔法を感知することは使い魔ならば容易だろう。それに、『対象』には父の顔も名前も嘘偽りなく伝えてしまっている。計画の犠牲となる『対象』に対し父が極力礼節を持って接しようとしていることを知っていたので当時は反対しなかったが、こういう状況だと話は別だ。

 下手に注目されて、その理由を探られでもすれば一気に計画が崩壊しかねない。そのことは彼女たちの父も理解しているはずなのだが……。

 

〈父様は極力認識阻害で誤魔化せって〉

〈……わかった〉

 

 懸念がないわけではないが、それが父の方針なら彼女は従うだけである。

 うーんと伸びをする。筋肉が熱を帯びて蠢動し、しなやかな身体を覆う毛皮が四月の大気の中でぶるりと震えた。

 

〈監視を続行するわ。その方法なら交代した方がよさそうね〉

〈明日の朝、いや、今日の夜まで()たせて。なんとか駆けつけるから〉

〈りょーかい。無茶言ってくれるわね~〉

〈無茶はお互い様。こっちもソレが精一杯なの。がんばってね、ロッテ〉

〈はいはい、っと〉

 

 彼女もまた、使い魔なのだから。

 

 

 時刻は四時を少し過ぎたあたり。太陽は真上をとうの昔に通り過ぎ、やや赤くなりつつある。暦の上では日本はもうすでに春のはずだけど、まだまだ肌寒い時期だ。

 よくよく見てみればはやてさんもクローバーのアップリケが入った薄手の萌黄色のトレーナーにベージュのスカートという格好だし。もしかして、半袖のぼくって少し浮いてる? うーん、使い魔の身体能力のおかげで多少の暑さ寒さは無視できるのが裏目に出たかもしれない。周囲の注目が痛い。

 

「おや、はやてちゃん久しぶり。元気にしてたかい? あ、これ持って行きな」

「あらあら、お買いもの? おまけしてあげるからちょっと見ていきなさい」

「おう、後ろのお嬢ちゃんはお友達かい。へえ、外人さんか。今の海鳴市ではこれが美味いぞ、数匹持ってけや。つぎからひいきにしてくれ!」

 

 想像通りというかなんというか、はやてさんは商店街で大人気だった。会う人会う人みんなが話しかけてくる。うん、注目を浴びているのははやてさんということにしておこう。実際に財布も出していないのに両手が荷物で塞がりつつあるし。

 そのすべてに笑顔で受けごたえをする彼女の対人スキルの高さは素直にうらやましいし、尊敬する。はやてさん経由で話しかけられてもまともに受け応え出来ないぼくと比較すれば、なおさらその年不相応の巧みな受け応えが際立つというものだ。……ふう、悔しいとか情けないと通り越してどうでもよくなりつつあるのは、かなりの危険信号だよなー。

 葛藤が無くなってきた自分に戦慄しながらはやてさんと二人で買い物を済ませる。はやてさんはもちろん、付き添いのぼくもおまけ攻勢に巻き込まれ今流行りのエコバック四個が飽和状態になってしまった。

 

「すみませんアルフさん。みんな悪気があるわけやないんですー」

 

 店が途切れて一息つけた時、はやてさんが振り向いて申し訳なさそうな顔をした。もしかして、疲れた雰囲気が出てしまっていたのだろうか。だとしたら誤解をさせてしまったかもしれない。この程度の荷物なら文字通り軽いものだ、肉体的には。

 

「愛されているんですね。さすがはやてさん」

「……おーきに」

 

 フォローしようとしたのだけど、上手くいかない。なんだかはやてさんの雰囲気が暗くなった気がする。せっかく公園を出てから商店街まで、好きな本の話題で盛り上がっていい雰囲気だったのに。

 ああん、もう、こぼれたミルクを嘆いていてもはじまらない。覆水盆に返らず。常に今からだ。経験が少ないのはとっくの昔にわかっていることなんだから、胸を借りるつもりでとりあえず何か言おう。

 

「荷物のことならお気づかいなく。可愛い子の荷物持ちは漢女(おとめ)の甲斐性ですから」

「なんか発音へんやないですか?」

「ふっ、漢女(おとめ)とは日本に古来より伝わる乙女と似て非なる存在。乙女が世間一般で言われる貞淑を貫く者ならば、漢女は己が趣味嗜好を胸を張って貫き通す者なり」

「そーなんですか? だったらおっぱいが好きな女の子っていうのも……」

「貫き通せば漢女ですね」

「そーなんやー、って、アルフさんその日本文化間違(まちご)うてますから」

 

 短い会話の中で話題が二転三転した気がするが、気にしない。空気が明るくなったので過去は振り返らない方針で。テンションが安定しないのはデフォルトだと口が開けなくなるからだ。気持ちが沈みがちになりそうなところを無理やり上げて思うがままに口走る。もしこれまでの会話が文章として記録されていれば完全な黒歴史だね。自分でも何言ってんのかよくわかっていない。

 

「……ふふ、なんや嬉しいなー。アルフさんみたいな美人さんに可愛いって褒めてもらうんは照れますわー」

 

 あ、そこ? はやてさんが機嫌良さそうになったのってそこが原因?

 

「はやてさんが美少女なのはともかく、ぼくは言うほどのものでもないと思うんですけど……」

「む、アカンで。謙遜は日本では美徳って言われとるけど、やり過ぎは嫌味になります。アルフさんはスタイル抜群やし、胸も大きいし、姿勢もいいし、髪も綺麗やし、胸が大きいし、どっからどう見ても別嬪さんや。郷に入っても郷に従えばいいというもんでもないんです。むしろその立派なモノを自慢せな!」

「えーと、ありがとうございます?」

 

 褒めてもらって嬉しくないわけじゃないけど、全然実感がわかない。確かに格闘技やっているから重心のブレは一般人より少ないと思うけど。空の高速戦闘機動中に体勢を崩せば怪我じゃ済まないので体幹とかそこら辺はしっかり意識して鍛えている。

 そのわりにアリシア辺りからは《猫背に見える》って言われること多いけどね。何故だろう。前世の背中を丸めて生きてきた鬱屈オーラが継承されているんだろうか。

 あとそれとどうでもいいが、胸が大きいが被ってない? 大事なことだから二回言ったのかな? 何かこだわりがあるのだろうか……。はやてさんはまだまだ若いんだし、未来には十分期待できると思うよ。

 

「なーんか失礼な誤解された気が……」

「気のせいですよ」

 

 そんなに顔に出やすいのだろうか、ぼく。サングラスかけている今、表情はいつもより読みにくくなっているはずなんだけど。

 

「ともかく、はやてさんのおかげで買い物が済みました。ありがとうございます」

「いいえー、こちらこそ付き合ってもろーて。おーきに」

 

 そろそろいい時間だ。日が傾き始めているし、何時までに買い物を終わらせて次の予定に取りかからねばならないのかもあらかじめはやてさんに話してある。

 どちらともなく、一緒にいる時間が終わりに近づいていることを感じているし、相手がそう感じていることをなんとなく理解している。寂しいような、心地よいような、不思議な空気がそこにあった。

 

「荷物も多いですし、次の時のために場所も把握したいですし、送っていきますよ」

 

 さすがのぼくでもこのくらいは言える。うん、テンションが乗ってたから言えた。普段のぼくだったら言えたかどうか、そもそも思いついたかどうかさえ怪しい。

 閑話休題。

 はやてさんは今日の収穫である大きく膨らんだ買い物袋を胸に抱いた。オレンジ色を帯び始めた日光がその短い髪に反射して、一瞬ぼくと同じ髪の色に見える。子供の髪ってキューティクルだね。ん、『キューティクル』って髪の表皮を構成する物質で、つややかな髪を表現する形容詞ではなかったような……。細かいことはどうでもいいか。

 強い風が吹き、ぼくの長い髪も舞い上がる。ときどき邪魔だけど、意外と感覚器官として役に立つので手入れ(けづくろい)は欠かしていない。風が治まってから頭を一振りすると滑らかな動きで乱れることなく元の髪型へと戻った。シャンプーのCMのオファーが来そうだね。

 長い髪は自分の状態を客観的に判断するパラメーターとしても役に立つ。生来の栄養が髪にいきとどくのは根元から数センチ程度と言われており、手入れをしないとすぐひどいことになってしまうのだ。服などにも言えるが、身だしなみに気を使っているうちは、気持ちに余裕のある証拠。つまり髪が綺麗なうちはまだまだ大丈夫なサイン。寝る前に丹念にブラッシングするのは、精神安定のためのジンクスとしても使えるし。

 ……リニス先輩は、ぼくらがどのような極限状態に陥ることを想定していたんだろう? 将来役に立ちそうな予感がするのがものすごく嫌だ。

 

「おーきに、お願いしてもええですか?」

 

 はたして、はやてさんは申し出を受けてくれた。よかった、返答までの短い時間がとても長く感じたよ。緊張で思考が脇道に逸れまくったし。

 さ・て・と。だいたい街の地形を把握した今、その気になれば海鳴市内ならどこにでも【転移】で駆けつけることができるけど、はやてさんを連れてその方法は論外だ。現地住民に魔法の存在を知らせるのは、それこそ命の危険でも迫っていない限り違反だし、命の危険から逃れるために仕方ない行為だったとしてもその後で気の遠くなるほどめんどくさい法的手続きが必要となる。

 荷物の分重量が増えた車椅子を慎重に押しながら、心持ち早足ではやてさんのナビゲートに従い彼女の家に向かうのであった。

 

 

 はやてさんの自宅を見た第一印象。

 

「あの、魔法使いに知り合いっています?」

「うーん、あしながおじさんならともかく、マーリンは知らへんなー。どないしたんですか?」

 

 はやてさんが怪訝な顔をしている。完全に素で聞いてしまった。え、なにこれ? なんでこんなにガッチガチに防御魔法が何重にも展開されているの? 下手な要塞なんか目じゃないよ。トラックがダース単位で突っ込んできても中の住人は無傷だろう。

 ――はやてさんって、何者?

 ぱっと見は静かな一軒家。でもなんだか違和感を感じて【以心伝心】を起動した瞬間に出るわ出るわ、高度な術式の数々。魔法使い、ていうか構成から見てミッド式だから正確には魔導師か。見た感じフェイトよりも実力は上っぽいです。

 認識阻害や妨害も術式に含まれているみたいだけど、【以心伝心】の前にはあまり効果がない。理屈は未だに理解しきれない(仮説ならいくつかあるけど)が、【以心伝心】は魔方陣や術式を解析できる。砲撃や射撃はともかく、結界系や防御系は効果が半分魔方陣に宿っているみたいなものなので存在していれば隠し様がないのだ。……うーん、改めて転生特典便利だな。ちょっと怖い。

 怖いついでに一瞬だけ【明鏡止水】発動。うん、落ち着いた。あからさまに家を見ながら呆然としてしまったので、はやてさんに何らかのフォローは必要だろう。

 車椅子に乗った、幼いといって差し支えない少女に向き直る。どうやらはやてさんは魔法世界(こちら側)の関係者らしい。しかもかなりの重要人物(VIP)。誰にとってかは知らないが。もしくは彼女の家族が、かな。

 彼女は知っているのだろうか。自分が恐らくは、魔法世界において一握りしか存在しないSランクオーバー魔導師の庇護下にいるということを。

 表情を見る限り、彼女が魔法使いに知り合いはいないというのは嘘ではなさそうだけど……表情を読めると自信を持って言えるほどぼくに対人経験があるはずもない。つくづく、経験不足が祟るな。こればかりは近道がないので、地道に積み上げていくしかないんだけど、さ。

 

「ちょっとびっくりしました」

「いや、ちょっとってレベルじゃなかったですやん」

 

 あう、ナイスツッコミ。ていうか、もうちょっとマシなこと言えないのかぼくは。自分の語彙(ボキャブラリー)の貧弱さにびっくりだ。

 はやてさんの半眼が地味にツライ。

 

「えーとですね、知り合いの魔法使いの住居にとてもよく似た造りでして」

 

 魔法使い云々も、このレベルなら冗談や軽口として受け入れられるよね、普通は。

 

「アルフさんって不思議なお知り合いがおるんですね」

 

 うん、まあね。プレシアの時の庭園とかすごいし嘘ではない。知り合いに変なやつばっかりというのも間違いではない。あれ、なんだか凹みそう。

 

「……ちなみに、あなたのジャービス・ペンデルトンのお名前を窺ってもよろしいでしょうか?」

 

 ダメもとではあるけど、一応聞くだけ聞いてみる。プライバシーだし、返事は期待していなかったのだがあっさりもらえた。急にマイナスオーラを噴出し始めたぼくに同情してくれたわけではない、と思う。

 

「お父さんの知り合いのおじさん――ギル・グレアムさんゆうんやけど、アルフさん知っとります?」

 

 ギル・グレアム……? どこかで聞いた名前だ。どこだ? 生れ落ちてから二年と少し。人と接する機会は極端に少ないヒキコモリ家庭の中で過ごした。名前を聞く人間なんてそういないはず。ミッド式、Sランクオーバー、ギル・グレアム……っ!

 時空管理局顧問官、ギル・グレアム! 大物じゃないか!

 どこで聞いた名前か思い出した。教材だ。使い魔と主人の連携例として見せられた記録映像。ギル・グレアムとその使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアの戦闘映像を見たことがある。

 圧倒的だった。単体でもえげつないまでの戦闘能力なのにそれぞれ専門分野がばらけていて、コンビネーションを発揮すればまさに敵なし、鬼に金棒。映像の相手は管理局局員の模擬戦だったが、あれは訓練というより懲罰に近かったと思う。

 どんなに強力な砲撃魔法もあっさり防ぎ、反撃で着実に敵の数を減らしてゆくリーゼアリア。なんとかそれを掻い潜ったとしてもリーゼロッテの体術の前に反応することすら許されず昏倒させられてゆく。猫科のしなやかな隠密性を生かした移動はとても参考になった。そして、二人の隙間を巧みな指揮で繋ぐギル・グレアム。火力としても申し分なく、映像の最後は彼の広域攻撃魔法が生き残った局員をイナゴのようにまとめて薙ぎ払って終わった。

 その様子は解説を入れてくれたリニス先輩が、『主人と使い魔の連携戦の理想のひとつですね』と手放しで褒めるほど。どうも管理局内の極秘とまではいかないが一般には出回っていなさそうな記録映像の出自が気になることを含めて、心臓がドキドキする思い出のひとつだ。

 管理局史上最強の攻撃オプションとまで言われる生きる伝説(リビングレジェンド)が、こんな辺境で何をやっているんだ? いや、本名を名乗っているとすれば、だけど。

 でも、本名のような気がするなー。プロって不必要な嘘はつかないし。オーバーSランクって本当に一握りしかいないし。

 

「直接顔見知りじゃないですけど、海外では有名な方です……」

 

 かろうじてそれだけ答える。次元の海とはいえ、海の向こうであることには違いない。背中では冷や汗がだらだらだ。

 ああ、そんなつもりはまったくなかったのに、気がつけばアナコンダの生息する藪に足を突っ込んでいたみたい。

 一見普通の一戸建て住宅に覆いかぶさるように展開された術式を解析した結果さ、特定状況下で発動する連絡用のものがいくつか存在していて、つまりは何かあったときにすぐ駆けつけられる状況を作り上げているってことだよね? 近くにこの術式を組んだ魔導師ないしその関係者がいる可能性がとても高い。

 さすがにギル・グレアム本人は大物過ぎるから目立つ。管理局顧問官が気軽に管理外世界に出入りすることは不可能だろう。リーセアリアだと本人は発見できなくても、有事に備えて設置型の魔法をいくつか展開してそうだから、それを【以心伝心】で発見できると思う。けど、そのようなものは今のところ見当たらない。

 ということは、純粋な体術で対処や隠密が可能なリーゼロッテ辺りが監視とかしてるのかも。

 ……あはは、まるで感じ取れないや。本当はいないのか、レベルが違いすぎるのか。

 落ち込むというのも変な話ではあるが、急に目の前に現れた巨大すぎる障害にぼくの気持は急降下していった。

 悪事千里を走る、とはいうけどさ。ジュエルシード発見する前にこれはあんまりだと思う。

 これからどうなるんだ?

 

 

 おちつけ。どうなるかじゃなくて、どうするかだ。受身にまわっちゃダメだ。

 選択肢はいくつある? 考えろ、考えるんだ。

 見なかったことにする。触らぬ神に祟りなしとも言うし、意外とアリかもしれない。でも、不確定要素が多すぎる。保留。

 はやてさんを問い詰める。論外。彼女が情報を持っていてもいなくても、ろくな未来につながらない。

 そもそも、何が目的ではやてさんを守護しているのだろう。興味はないが目的がわかりさえすればぶつからない選択肢を選ぶことが出来る。まさか若紫計画とかじゃないよな。僻地で見つけた美少女を自分好みの女性に育て上げるため、使い魔に守護させるとか? ギル・グレアム、□リコン疑惑。だとすれば当人同士が幸せになればこちらとしては年の差とかどうでもいいので放置できるけど、まさかね。……いちおう、候補としては残しておくか。

 あとは――。

 マルチタスクで処理しながら、表面上は精一杯平静を保つ。落ち着いているのに混乱しているという矛盾した脳内。情報過多でオーバーヒート寸前だ。考えろ、考えろ、生き残るにはどうすればいい?

 

「へぇ、有名な人なんや。魔法使いってことは手品師なんですか?」

「いえ、この国の言葉で言えば……公務員、かな? とても有能な方で魔導師とさえ呼ばれています」

 

 興味深げなはやてさんの言葉に嘘ではない内容を開示してゆく。どんな関係なのか会話からヒントがつかめないかな。でも、監視されているとすると目的を知った時点で最悪抹殺対象に……。あーだめだ、発想が過激すぎる。情緒不安定もいいとこじゃないか。相手がやばいことをしているとさえまだ決まったわけではないのに。

 【明鏡止水】発動。すべての感情を情報化。のちに解除。

 はやてさんはギル・グレアムの職業を知らない。本人はごく普通の管理外世界の現地住民なのか。

 

「そーなんや……。アルフさん、今日はありがとうございました。荷物も持ってもろうて」

 

 はやてさんはそれ以降、その話題に触れこなかった。はやてさんの個人的な情報に関わることだし、あまり踏み込みたくなかったのだろうか。

 いや、たぶん、ぼくの挙動不審な対応から何かあることを察してくれたのだろう。ごく自然な流れで話題が今日の買い物の話、そこから次に会う約束の話になったのでそれに乗っかることで体勢を立て直すことができた。相手の都合に合わせて話題を振るなんて、なんて大人な対応なのだろう。

 一方で子供ならではというか、大人同士なら家まで送ってそのままさよならなんて難しく、礼儀として中でお茶でも一杯という流れになるが、時間が押していることもあって玄関前でのお別れとなった。

 ……あれ、あっさり生還?

 あ、どうも家に誰もいない気配だったのに、荷物を家の中まで運ぶの手伝うとか思いつきもしなかったことに今気づいた。うわー、なにやってんだろ。何のために家まで送ったのか、半分も意味がないじゃないか。

 初対面の相手の家に上がりこめるか云々という話ではなく、思いつかなかったことが問題だ。思いやりがないよね、それ。

 他人を思い遣る余裕がようやく出てきた、ってことなのかな?

 頭を抱えながらも、駆け足で裏路地から裏路地へと結構なスピードで移動する怪しい人影。というかぼくだった。買いあさった荷物は、人目がなくなった時点でペルタに収納している。ついでにバックパックも。

 時刻は四時半を回ったところ。視界がオレンジに染まりつつある。日が暮れるのがまだ早いね。あと十分もすれば完全に日が沈むだろう。

 声をかけるとすれば、このタイミングかな?

 

「出てきてくれませんか、リーゼロッテさん?」

 

 気配は感じ取れないし、彼女だという保障もないが、あてずっぽうでどこへともなく声をかけてみる。

 現状は触らぬ神に祟りなしの方針だ。ただ、向こうからすればこちらも得体が知れない存在のはず。向こうの事情を知りたいとは思わないし、こちらの目的を話そうとも思わない。ただ、お互いに利害関係の一致、とまでは望まないが、不利益にならないのなら無干渉を貫きたい。

 さあ、どう出る?

 ………………。

 沈黙。圧倒的空虚。返事がない、ただの(以下略)。

 ……あれ、はずしちゃった?

 ひゅるる、と春のはずなのに一陣の木枯らしが背後を通り過ぎた気がした。

 

 




 フェイトはアルフの影響でこの時点で原作から半ランクアップしてAAA+になっています。(第四話参照)
 ゆえに、フェイト以上の実力者になると自然と魔導師ランクはS以上となるわけです。

 これからは週一のペースで更新していく予定です。

 感想、誤字脱字の報告、アドバイス等ありましたらお願いします。


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第八話

 UAが20.000を超えました。
 お気に入りはひとまず落ち着いたらしく688人から変動なし。
 ……なんだか恐れ多いを通り越して、他人事みたいに感じそうです。

 ご期待に添えるよう精進していきたいです。


 投稿の目安は、一万字以上をめどにしています。


 

 

 自業自得だけど、はやてさんへの我ながら思いやりのない対応に対する自己嫌悪でダメージを受けていたところに、盛大な自爆で心が折れかけながらも何とか残った気力を掻き集め、尾行を防ぐために短距離転移を連続使用して帰ってきたぼくを迎えてくれたのは、すっかり存在を忘れかけていたプレシア特性(自称)ホームセキュリティだった。

 寸前で思い出したからよかったものの、危うく『いしのなかにいる!』を実践でやるところだった。客観的に体験しかけてみると、初手からキャラロストはないよね。せめて毒針とか爆発とか落とし穴とかさ。いや、一度発動させてしまえば最大二十七連鎖のばよえ~んな(自称)ホームセキュリティだから、どれも内包されてはいるんだけど。

 

「ただいま~」

 

 心無いトラップ地獄(ホームセキュリティ)の歓迎が追い討ちとなり、ちょっぴり涙目になりながらセキュリティを解除してドアを開ける。通常時ならともかく、弱っているときにこれはない。はやくフェイト分を補給したくて堪らなかった。心身ともに癒しを求めていた。

 玄関を通り過ぎ、リビングに入ったとたんに感じる瘴気。大きめのソファーの上にちょこんと体育座りしたフェイトがどんよりした空気を身にまとっている。時間帯的に暗くなり始めてはいるけど、これは暗すぎる。というか、電気ぐらい点けようよ。

 え、何? どどめでも刺すつもり? ふはは、甘いな、落ち込んでいようがマイナスオーラを纏っていようがフェイトなら可愛い。それがぼくなのだよ! ……疲れてる、テンションが変だ。

 薄暗い部屋の中で光るフェイトの金髪が綺麗なのは本当だけど。

 ――だいたい、初日からいろいろありすぎだよ。ばら撒かれたジュエルシード、それを回収するために暗躍する勢力(予想ユーノ、なのは一派)、事件の情報を隠蔽する謎の勢力、二人目の転生者との遭遇と抹殺、はやてさんと目的不明の『ギル・グレアム』(仮)、暗黒面(ダークサイド)に片足突っ込んでるフェイト……。詰め込みすぎにもほどがある。これがアニメなら一気に二期あたりまで作れそうな勢いだ。

 人を楽しませるために組まれた運命(プロット)の中に放り込まれるのがここまで大変とはね。予想外だった。これは残りの人生(狼生?)も覚悟しておくべきかもしれない。あー、気が重い。

 気配に応じて【以心伝心】のスイッチを入れる。

 

《ちょっとアルフ、フェイトがアルフみたいな(ひかりのきえた)目になっちゃてるじゃん。責任とって何とかしてよ》

「失礼な。フェイトはそこまでじゃないよ」

《あ、いちおう目が死んでる自覚はあったんだ》

 

 まあね、前世では死んだ魚を通り越してスルメやニボシレベルって言われてたし。転生と二年間の生活の影響で水で戻した程度にはマシになっているはずだけど。

 奥からふわふわと飛んできたアリシアに向き直る。フェイトを一人で放置していた以上、そこまで深刻な状況ではないと思うんだけどさ。

 

「それでアリシアさん、状況説明お願いします。なんでフェイトの目から光が消えてるの?」

 

 おかえりなさいもなかったし。……ちょっぴりショックだ。これは普段のフェイトならまず考えられないことだ。よほど深く考え事に集中しているんだと思うけど。ここまでフェイトが気落ちするようなことって何かあったっけ?

 

《アルフのせいだよ》

「さっきも言ってたね。ぼくのせいってどうして?」

《出て行くときに言ってたでしょ。作戦『まほうつかうな』って。フェイトは一刻も早く回収作業に移りたかったんだけど、アルフの言っていることの正統性は理解できる。バルディッシュとどうにかして回収作業の開始を早めることができないか相談していたみたいだけど、いい方法も思いつかず》

 

 あー、なんか読めてきたぞ。フェイトってなまじ頭がいいし実力もあるからねー。

 アリシアも困ったものだと言わんばかりに大げさなジェスチャーで肩をすくめた。バルディッシュはそこらへん応用が利かないし、見ているだけしかできない立場はさぞかし歯がゆかっただろう。

 

《まじめで利発なわたしの妹は、あと三日間は自分がただの役立たずだと思い込み、さらに自分がのん気に眠っている間にアルフが行動を開始していたと知って超絶自己嫌悪。向上心があるから落ち込んだままでいるんじゃなくて、自分がどんなことで役に立つか何個も案を検討してはみるんだけど、結局ダメで以下デフレスパイラル》

「物価が安くなってどうすんのさ。まあ、言わんとすることはよくわかったけど」

 

 自分にできないことを数えはじめてしまうとなかなかそこから這いあがれなくなることがある。自分の能力を客観的に捉える判断力がありながら、下り坂からの脱出口となる自信、それに繋がる実績も経験も足りていないフェイトならなおさらだ。

 考えてみれば、実はフェイトにとってはこれが長年の訓練の成果を出す初陣となるわけである。アリシアのためという目的は切っても切り離せないが、個人的な意気込みも相当なものだっただろう。それをぼくの言葉が出足払いをかけてしまったわけか。あれってやる気になっている分ダメージが大きいんだよね。

 例えて言うならクラウチングスタートで足をもつれさせて顔から地面に突っ込む感じ。溜めこんだ力とついていた初速の分だけダメージ増加、みたいな。なにやってんだろう、ってもれなくみじめで死にたい気分になれる。

 うん、使い魔のくせに主人を助けるどころか足を引っ張るって本当に何をやっているんだろう。はやてさんに出会ったところ辺りからペースを崩したと思っていたが、実はのっけからダメダメだったわけである。先行きが不安どころの話じゃないけど、主従仲良く落ち込んでいてもキノコが生えるだけだ。梅雨まではあとたっぷり二カ月はあるっているのに。日本の梅雨は慣れていてもつらいので、できればそれまでには過ごし易いアルトセイムに帰りたいものである。

 ……ふう、現実逃避はこのあたりにしておきますか。

 

「フェイト、ただいま」

「……? ……! おかえり、アルフ」

 

 とりあえず電気を点け、明かりを確保してからフェイトの隣に座り、流れるように自然な動作で膝の上に運ぶ。何が起きているのか理解できずに、しばらく緩慢な動作でもぞもぞ動いていたフェイトがものすごく可愛かった。

 背中から抱きしめ、つむじを見下ろしながら話しかける体勢。軽い体重と生きもの特有の温かさが服越しにじんわり伝わってきて、フェイトと密着していることを否応なしに実感する。アルトセイムでは基本的にこいぬ(チャイルド)フォームだったので、このポジションは初めてだ。

 なんて言うのだろうか。熱というか振動というか温もりというか、エネルギー? この体勢だとフェイトからそれを、とても感じることが出来る。自分以外の生きものからそれを感じると胸の奥がじわぁって温かくなって、心がほっとする。疲労困憊もいいところな今のぼくには必要なものだ。

 

「ん~、しばらくこのままでいさせて」

「……うん、わかった」

 

 話すべきことはたくさんある。でも、少しでいいから一息いれたい。紅茶とビスケットとは言わないから、フェイトだけでじゅうぶんだから、むしろそれ以外何も望まないから。話し合いがおわったらちゃんと晩御飯も作るから、お風呂だって沸かすから、もう少しこのままで。

 つややかな金髪に頬ずりして、自然と鼻腔の中に流れ込んでくる甘酸っぱい香りに恍惚として、呆れた目を向けてくるアリシアは放置する。

 フェイトはぼくの腕の中でじっとしていてくれた。ときどきもぞもぞ動いて血行の巡りを良くしている、その動きを膝で感じて、それすらも愛おしい。接触面から温もりが流れ込んでくる。うん、大丈夫。ぼくはやれる。まだまだ頑張れる。自然と上がるモチベーションに、自分で言い聞かせて効果を上乗せ。

 フェイト分補給中、しばらくおまちください……。

 じゅうでーん、完了!

 

「はふう……おまたせ」

《正気に戻った?》

「失礼な、もとからこれだよ」

《正気じゃなかったこと自体は否定しないんだ……》

「アルフ、ご苦労様。……どうだった?」

 

 フェイトから暗黒面のオーラが少し薄まる。やるべきことが見えかけて、気持ちが少し前向きになったのかな。やっぱり考えてダメな時は、結果を考えず動くのが一番有効だね、ぼくの経験から言わせてもらうと。

 

「うーんとね、困ったことがたくさんあるんだ。計画を見直す必要があると思う。相談に乗ってくれる?」

「違うよ」

 

 フェイトは首を横に振った。あれ、どうして? きっと相談にのってくれると思っていたのに。思った以上に傷が深かったのかなんて、見当違いの心配をする。

 

「相談に乗るじゃない。私たちはみんなで同じ目的を目指しているんだから」

「……あはは、そうだね。さすがはぼくのご主人様」

 

 少し考えてから、言い直す。みんなで一緒にやるんだったら。

 

「困ったことがたくさんあるから、話し合おう」

「うん、それでいいよ」

《もちろん。まかせてよ》

「“了解した”」

 

 あ、ごめんバルディッシュ。すぐ真横に置かれていたのに空気だったから気づいてなかった。

 

 

 状況を整理しよう。

 まず、これから一番重要なことは何か。それを明確にしないと話が始まらない。

 ジュエルシードを集めること? 違うね。

 

「みんなで幸せになること。これが一番たいせつ」

「アルフ……それはあまりにも漠然とし過ぎだと思う」

「“I think so too”」

《うん》

 

 あう、総スカン食らいました。

 正確には日本語で『総好かん』と書くからスカンとカタカナで書くのは本当は間違っているのだけど、それ以外の表記の仕方だとなんか違和感があるんだよね。とてもどうでもいい話だけど。

 

「で、でも本当に大切なことだよ。ジュエルシードを集めるために多少の無茶は必要かもしれないけど、それで取り返しのつかない怪我をフェイトが負ったりしたら本末転倒なんだから。ジュエルシード回収も、アリシア復活も、幸せへと繋がる手段に過ぎない。それを忘れたらひどいことになるよ」

 

 つまり、最悪の場合は回収を放棄して逃亡するのも選択肢の範疇なのである。

 ジュエルシードの回収なら原作主人公と思しきユーノ・なのはグループもいる。それでも心配ならば管理局に匿名でジュエルシードの情報を伝達すれば第九十七管理外世界の消滅などという結末は避けられるだろう。確定的な証拠こそないがギル・グレアム顧問官もこの世界の一人の少女を守護しているようだし、何気に他の管理世界よりも今の海鳴市のほうが安全かもしれない。

 

「それはそうだけど。もっと具体的な話をしないと何もできないよ」

《そうそう、今日どんな困ったことがあったのか、いいかげん説明してよ》

「うー、わかったよ」

 

 隠すつもりなんてこれっぽっちもないのだけれど、いざ話すとなると隠していたテストを母親に提出するかのような居心地の悪さを感じる。なんでだろ?

 ぼくにとって都合の悪いことなのかな。確かに転生者の絡みはあまり話したくない情報だけど、そうも言ってられないのは、もはや明確だ。この町の危険に対するエンカウント率は異常だから。

 

「うーんとね……」

 

 ユーノ・スクライアと『なのは』と思しき人物がジュエルシードの回収作業をしていると思われること。

 正体は不明だが、ジュエルシードをはじめとした魔法世界の情報を隠蔽している勢力が海鳴市に存在していること。

 八神はやてという知人ができたこと。来週末、彼女の家に遊びに行く約束をしたこと。そして、彼女の周囲に『ギル・グレアム』を名乗る推定Sランクオーバーの魔導師の影があること。

 そして、もはやこの状況では隠し続けているとフェイトに危険が及ぶ可能性が高いので、ぼく以外にもこの世界には転生者が存在すること。そして彼らは強力な力を持ち、なおかつ友好的とは限らないことも思いきって話した。

 自分なりに整理してまとめようとしたのだけど、紙に書いて時間をかけるならともかく今日のことを思い出しながら口を動かすと話が前後左右してしまい、逆にわかりにくくなった。

 それでもフェイトとアリシアは辛抱強く聞いてくれたし、あやふやなところやわかりにくいところは質問をして補完してくれた。それと何気にバルディッシュがこまめに話をまとめてくれて助かった。さすがはリニス先輩渾身の一品である。

 魔法以外のところで感心されても彼は不本意かもしれないけど。いや、インテリジェントデバイスって公私ともにパートナーとしての役割を求められるものだし、そうでもないか。その割には無口だけどね。

 

「――まあ、そんな感じ」

 

 思いつく限りのことを話したぼくはそう言ってフェイトのほうを見た。負のオーラは消えているけど、目を閉じて情報を吟味しているその顔からは何を考えているのかまるで読めない。

 悪いことをしていたのが母親にばれたようなきまりの悪さが胸に満ちる。一部の転生者たちにとってここが物語(フィクション)の世界であること。その影響でこの世界の住人(ぼくら)に対する思いやりや配慮が極端に欠けていることも包み隠さず話した。やさしいフェイトがそれを知らないとやつらへの対応を間違える恐れがあるから。

 面白半分にこちらの心や身体をいじってくる相手とまともに接したら馬鹿を見る。まあ、だからといって問答無用で排除するのが正解とだとまで思っているわけじゃないけど、さ。

 

「どうして、いままで話してくれなかったの?」

 

 しばらくの間をおいて、口を開いたフェイトはおだやかな口調だった。ほっとするような拍子抜けしたような、落ち着かない気分になる。

 

「怖かった……んだと思う」

 

 嘘はつきたくない。その想いが、言葉を不確定にした。

 自分でもよくわかっていないんだ。なんでこんなに胸が苦しくなるのか。どうしてここまで不安を感じるのか。ただ、フェイトには話したくなかった。できることならずっと秘密にしておきたかった。

 

「私が、信じられなかった? アルフを不安にさせるような態度をとっちゃってたかな?」

「違う! ……それはないよ。悪いのはぼくだ。フェイトはちゃんと立派にやってるよ。ぼくが勝手に迷って、怖がって、不安になってるだけで――」

「自己嫌悪に逃げないで。きちんと向き合って、私に話してよ。私はアルフのご主人様なんでしょう? ちゃんと頼って。アルフの悪い癖だよ、それ?」

 

 みっともないとか、情けないとか、感じる必要はないのかな?

 おだやかに問いかけ、話を聞いてくれるフェイトを見ているとそう感じた。なんだかどんなに悪いことでも受け入れてもらえそうで、少し怖いくらい。

 なんだか本当にフェイトがお母さんみたいだ。さしずめぼくは、とびっきりできの悪い不良娘、かな。

 体勢的にはぼくがお母さんポジションなんだけどね。

 フェイトの手が伸ばされて、ぼくの頭をゆっくり撫でる。あったかくてほわほわして、尻尾がぱたぱた振られるのを感じた。

 

「んっ」

「話して欲しい。もっともっと。私もいろいろ考えているし、迷っているんだ。ここに来てからは特に。アルフが帰って来なくなったらどうしようとか。前世の家族のところに帰りたいって言ったら、私は……」

 

 途切れ途切れに吐き出される、フェイトの不安。綿が詰まったようなからっぽの頭でぼくは能天気に笑った。

 

「そのことに関しては心配要らないよ。ぼくは前世のぼくのことを憶えていないから」

 

 フェイトの目が見開かれた。

 

「どういうこと?」

 

 実はぼくの前世の記憶には鋏で切り取ったかのように抜けた部分がちらほらある。特に前世の名前、家族の顔、死ぬ直前の社会的立場、通っていた学校の名前、住んでいた場所など、『前世のぼくにつながる記憶』はあらかた無い。だから前世の知り合いを探すこともできないし、偶然見つけたとしても気づくことさえないだろう。

 名前も憶えていない高校二年の時の生物の教師が授業中に話してくれた甘さの足りないすっぱい失恋談だとか、小学校三年生のときに自転車で思いっきりこけてしばらく自転車を見るのも嫌だった思い出だとか、くだらない経験は思い出せるんだけどね。

 

「……ごめん、アルフ」

「どうして謝るの?」

「話を聞いて、ほっとしちゃった、から。アルフにはここ以外に帰る場所がないんだって思って――」

 

 ああもう可愛いなあ。うちのフェイトが可愛過ぎて癒されます。

 また下を向きそうになったフェイトを強めに抱きしめた。

 

「どうぞ占有してくださいなご主人様。ぼくの帰る場所は最初っからここだよ。ずっと側にいるよ。ぼくはフェイトの使い魔(アルフ)だから」

 

 ぎゅう~とフェイトの後頭部を無駄に育ってきた母性のカタマリに押し付ける。いや、こうやって使うことが出来るなら決して無駄ではないのか。はやてさんも自慢するべきだって言ってくれてたしね。重くて死角が増えて高速機動時はしっかり固定しないと慣性で引っ張られて邪魔くらいにしか思っていなかったけど。

 

《……あの~、いちゃついているところ悪いんだけどさ、そろそろ二人っきりの空気つくるのやめて話戻してもらっていいかな?》

「あっ」

「あー、ごめんごめん」

 

 ものすごいジト目でアリシアが割り込んできた。話が逸れたな。至急話し合うことは、やっぱりはやてさんのことか。フェイトの手が頭から離れて少し残念なのは置いといて。

 

「ごほん、それでは――はやてさん、ひいてはその背後にいるギル・グレアム勢力への対応。これが最優先で対処すべき議題だと思う」

 

 管理局史上最強の攻撃オプションと敵対するのはどう考えてもまずい。ぼくらだけではまず勝てない。やるならプレシアとリニス先輩を含めた全面戦争へと発展するだろう。

 その場合、予測される周囲への被害は『戦争』が比喩ではないレベルになる。何しろ片方は条件付きとはいえ魔法世界でも一握りしかいないオーバーSランク同士の正面衝突だ。相手は伝説級だが娘への愛で覚醒した(スーパー)プレシアが何かに負けるところってあんまり想像できないし。

 これは当初計画していた秘密裏にジュエルシードを回収しようという方針から完全に外れてしまう。下手すれば天使のラッパが吹きならされる最終戦争だ。某合衆国みたいに世界の管理者を気取っているあの三権分立が出来てない権力機構も、いくら管理外世界とはいえさすがに気づくだろう。

 そしてぼくらがジュエルシードを集めていることくらいならまだしも、その目的――死者蘇生魔法が知られたら最後、安息の日々はなくなる。無駄に広がり過ぎた世界は低俗な人間に接触できる機会を増やしただけで、人間という種の精神的向上をもたらさなかった。まあ、人間が新大陸を探す動機って大抵が欲望にまみれた邪なものだったから無理もないのかもしれない。

 アリシアが半眼のまま口をとがらせた。

 

《アルフが節操なしに女の子引っかけてくるからそうなるんだよ》

「……もうちょっと他の言い方はない? 状況だけ抜き出せばそうとも言えなくもないかもしれないけど、仲良くなったのは偶然だよ?」

「それって、ほんとうに偶然だったのかな?」

 

 ひやりと剃刀を首筋に押し当てられた気がした。

 こんな辺境で最初に知り合った女の子が魔法世界の関係者だなんて、どんな不運だと思っていたけど、実は仕組まれたものだったと?

 ぼくとアリシアの視線の集中砲火にあったフェイトが居心地悪そうに身じろぎする。

 

「あ、えと、そんなに深く考えたわけじゃなくて。もしかしたらアルフに友達ができたことに嫉妬しちゃっているだけなのかもしれないし」

「あーもー可愛いなあ!」

《すとーっぷ! でも、完全な偶然よりは可能性ありそうだよね》

 

 来週末、ぼくははやてさんの家に招待されることになっている。この三日間は調査の基礎作りに使いたいし、そのあとの日程もジュエルシードの探索やはやてさんの通院予定で詰まっており、すこし先になるがその日が最適ということになったのだ。

 罠である可能性を考えたら行かない方がいいのだろう。固定電話の番号を交換してあることだし、断りの電話をかけることは今すぐにでも可能だ。そのあとでこのマンションを引き払ってしまえばはやてさんとの繋がりはひとまず切れる。

 フェイトに同年代の知り合いが出来ると思って楽しみにしていたんだけどな。

 

「“覆水盆に返らず。出会ってしまった事実は消えない”」

 

 突然、沈黙を貫いていたバルディッシュが語りだした。

 

「“こちらが向こうを警戒しているのと同様、向こうもこちらを警戒している可能性を忘れてはならない。話し合う機会があるのならば向かうべきだ”」

 

 怖がるあまり、相手がどう考えているのか、どう感じているのかということを本当の意味で考えられていなかった。バルディッシュはそれを指摘した。

 プレシアの情報工作は完璧だったはずだ。向こうもこちらの目的を把握していない以上、下手を打てばお互いに疑心暗鬼にかられ互いに望みもしていない衝突につながるかもしれない。恐怖は怒りに、怒りは憎悪に繋がる、というやつだ。

 それにしても、一番まともなことを道具(デバイス)が言ってるのってどうなんだろう。さすがはリニス先輩の最高傑作、だけでいいのかな。

 

「ありがとうバルディッシュ。ちゃんと話しあってみるよ。さすがにお互い腹を割って、とかは無理だろうけど」

《もちろん、わたしたちも行くんだよね?》

「え? えーと、危険だから――」

「危険なのはアルフも一緒だよ。自分を大切にしないのはアルフの一番悪い癖」

 

 別にそんなつもりは全くないのだけれど。大切にしているよ?

 なのになんでだろう。わかってないなーと言いたげな目で幼い姉妹がぼくを見ているのだけど。

 

「それにアルフ、ひとりで考えていると視野が狭くなりがちだから」

「あうっ」

 

 それに関しては反論の余地がない。

 ついてくる気満々、というか、確かに最初は一緒にいくつもりだったから相手に失礼とかにはならないけどさ。下手をすれば罠に向かって飛び込んでいくのだということをみなさん理解していますか?

 

「“問題ない。アルフと私で守ればいいだけの話だ”」

「確かにそうなんだけど。相手は格上だよ?」

「“格下としか戦わないつもりか?”」

 

 言葉に詰まる。珍しく饒舌だと思ったら、飛び出てくるのは堅苦しい正論ばかり。バルディッシュに対して苦手意識が芽生えそうだ。屁理屈や小粋なジョークを連発するバルディッシュというのも想像できないけどさ。

 

《じゃあ、その懸案についてはひとまず交渉の方針で決定ね。次はどれについて話す?》

 

 自分のペースでは進まない話。

 一人で考えているわけではないんだから、当然だ。

 疲労は確かに感じるけど、誰かと何かを話しあって、お互いに持論の欠点を埋めあって、より確実な未来へと繋がる道を模索するこの空気が、ぼくは嫌いではなかった。

 

 

 夜も半ばを過ぎたころ、アリシアは空を見上げて時間を潰していた。

 肉体を失ってからというもの、意識の途切れる時間(ねむり)は彼女には無くなった。永遠に続く孤独。濁ってよく見えない星は、あまり心を慰めてくれない。この世界の空気はアルトセイムのそれよりずっと汚れているらしい。

 

《かえりたいな……》

 

 少女はぱっと自分の口を押さえた。思わず口から出てしまったのだ。しかし、自分の意志とは関係なく頭の奥に次々と投影される緑の森、星におおわれて白く輝く夜空、母親の笑顔。

 

《もうホームシック?》

 

 情けない。情けなくて涙が出そうだ。アリシアはぐっとこらえるとマンションの壁を貫通して部屋の中に入った。アルトセイムでは見られない人工の光に彩られた夜景は好きになれそうにない。

 寝室のベッドの上では髪をほどいた妹とその使い魔が身を寄せ合うようにして眠っていた。それはいつものことなので特に気にしない。妹のデバイスも枕元にちょこんと置かれている。

 アルフの顔を見る。日が沈みきるまでに懸案事項を一通り話しあい、とりあえず大まかな方針は今までと変わらすに行くということを決定した。静かに寝息を立てるその顔は、肩の荷が降りたのかいつも以上にマヌケな表情をしているように感じる。まあ、なんだかんだいっても今日もフェイトの身の回りの世話をほとんど一人でやってくれた頼れる使い魔である。

 

(おつかれさま)

 

 口に出すと動物的な勘で気づかれる恐れがあるので心の中だけでそっとつぶやいた後、アリシアはフェイトの頬に手を置くと静かに目を閉じた。

 自分の中にめぐる力に意識を集中させる。それと同時に自我を拡散させ、自分という存在を曖昧にする。集中と拡散、相反する二つを同時に処理しアリシアはフェイトの中に紛れ込んだ。

 

《やっほー、フェイト聞こえる?》

《お姉ちゃん? また来たの?》

 

 たちまちアリシアの鼻腔に清浄な空気が流れ込んだ。アルトセイムとはやや違う、原始的な力を感じる森が周囲に広がる。外とは違い、空は青く晴れ渡っていた。

 いわゆる『夢枕に立つ』という状態。昼間アルフが留守の間にテレビで紹介していたそれを、フェイトに試してみたら出来てしまったのだ。

 相手が眠っている時限定とはいえ、アルフ抜きで姉妹間の意志疎通が出来るのは大きなアドバンテージになる――主にアルフに対しての。

 探すまでもなくフェイトは見つかった。アリシアが降り立った大きな樹のふもとにいつの間にか立っている。油のように粘度のあるこの空間が妹を中心に構成されているのをアリシアは感じていた。

 いつ、どこで、といった現実世界では歴然と存在しているものがこの世界では通用しない。ここではフェイトはどこにもいるし、どこにもいないのだ。意識をはっきり保っておかないと持って行かれそうになる。

 今すぐここから引き返せと主張する本能を頭の隅に押しやって、アリシアは笑いかけた。

 

「いいところだね。今度はどんな夢なの?」

 

 足の下にやわらかい腐葉土の反発力を感じる。この世界では肉体の有無などささいな問題にもなりはしない。身体を失ってから久しぶりに感じる触覚だ。

 といっても、昼間にも色々試してはいるので実質的な時間はあまり経っていないのだが。

 

「え、えーと……」

 

 おろおろとフェイトの視線がさまよう。不可解な反応に何気なくフェイトの視線を追ってみると、遠くの方でドングリの入った白い袋を背負った不思議な生きものがちょこちょこ逃げていくのが見えた。

 

「ああ、なるほど。追いかけてみる?」

「……ううん、今度にする」

「そっか~、残念」

 

 追いかけはするらしい。こんな夢を見ていることに羞恥心を覚えながらも、純粋な反応を隠し切れていない妹にアリシアは心がとてもほっこりした。ついでにドングリを拾い集めながら不思議な生きものを追跡する小動物めいた妹の姿を想像してますますほっこりする。外見だけは彼女より幼いとはいえ、アリシアがとっくの昔に失ってしまった純情だ。

 

「んじゃま、“弱っているところを見せてアルフの口を軽くしよう作戦”成功おめでとう。いい演技力だったよ」

「えへへ、実はあれ、考えているうちに本当に落ち込んできちゃって……」

「あ、やっぱりそうなんだ」

 

 そんな純粋無垢な妹を汚すような会話の内容に一抹の罪悪感と、下腹部が熱くなるような不思議な快感を覚えるアリシアだった。

 

 アルフはフェイトのことを本当に思っている。フェイトが落ち込んでいたら確実に何とかしようとするだろう。フェイトが自分ができることがなくて落ち込んでいるなら、フェイトにできることを教えて解決を試みるはず。そしてとっさに話しながら開示してよい情報と話したくない情報の区別をあのアルフがつけるのは困難と予測できるので、それに付け込んでアルフの握っている情報をあらかた引き出そうというのが今回の作戦の目的。

 アルフはバカである。バカのくせに、あるいはバカゆえに一人で問題を抱え込もうとする。ヘタレなのに。だからこっちで支える。

 

『あのこほっといたらダメだ、わたしたちが何とかしないと』

 

 それが姉妹の共通見解。アルフが一人で問題を抱え込むなら、それを無理やり吐き出させる。それが無理でも姉妹で連携をとっていざというときにアルフをサポートできるように体勢を整える。

 それが最初に夢枕に立った時に取りきめた約束。

 アルフが自分たちを守ろうとしていることはわかっている。そのことはとても嬉しいし、事実として助けられてもいる。しかし、アルフが想っているのと同じくらい自分たちもアルフを守りたいと思っているという自負が彼女たちにはあった。

 今回、転生者関連の話をアルフの口から聞けたのは大きかったとアリシアは見ている。あの情報はアルフの領域(テリトリー)の中でもかなり深部に属するもので、あれを本人の口から聞けた以上、これ以降あれよりも軽い情報を開示することをアルフはためらわなくなるだろう。

 

(もっとも、全部話したってわけじゃなさそうだけど)

 

 アリシアの想いに反応したかのように、フェイトがんっ、とくすぐったそうな声を上げた。

 

「フェイト、どうしたの?」

「んっ、たぶん、アルフが頭を撫でてくれているんだと思う」

 

 アリシアが意識の一部をフェイトの外に戻して見れば、なるほどうなされているフェイトの頭をアルフがゆっくり撫でながら子守唄を唄っている。

 夢枕に立っている時、どうやらフェイトの肉体はうなされるらしい。それが夢枕に立った時に起こる現象であり、夢に姉が出てきた故の反応ではないとアリシアは信じていた。

 外界の情報が反映され、夢の世界にもアルフの歌声が実際より半オクターブ低くなって眠気を誘う音調で響き渡る。

 

「うん、せーかい。フェイトの体のほうもさっきまでうなされていたのがウソみたいに落ち着いているよ」

「えへへ、この年で子守唄なんてなんだか照れるね」

「いいんじゃないかな。いくつになっても、こんなのは別だよ。……でも、大きくなってから聞くと歌詞の趣味悪いね、これ」

 

 それは、フェイトに子守唄を唄ってあげたいと思い立ったアルフが時の庭園にある莫大な書籍の中から探し出した古い民謡だった。アリシアも現役時代(?)、プレシアから聞かされた憶えがある。心が落ち着く音程と、ほのぼのした言葉遣いとは真反対に位置するような歌詞の内容。

 治めるべき国も、守るべき民も持たない狂った王さまが、幸せを求めて世界を壊しながら放浪する話だった。

 

『あなたが和平の使者ならば、槍など持ってるはずがない。言われた王さま槍を捨て、空を落として国を焼く~♪』

「あはは……たしかに。でも、ほんとう。いいよね、これ」

「うん、こんなに可愛い使い魔なんだもの」

 

 アリシアとフェイトは手を合わせた。夢ゆえに空気を掴んだかのような曖昧模糊が消えないが、お互いの熱はよく伝わってくる。

 

『わたしたちでアルフを守ろう』

 

(アルフの眠りが浅くなってる。一年前と同じだ。出会ったっていう転生者、やっぱりやっちゃったんだ)

 

 誓い合いながら、不義理にもアリシアは内心で別のことを考えていた。

 一年前、アルフが転生者を殺したことまではフェイトに話していないし、今回出会った転生者も撃退したとだけ言っていた。

 転生者を殺してからしばらく、アルフは眠りにくい夜を過ごしていた。寝つけずに森をうろつく姿を見かけたのも一度や二度ではない。たちの悪いことに、当人はそれを自分の心と照らし合わせて関連付けることが出来ていないが。

 アリシアから見てみれば、明らかに罪悪感で参っている証拠なのに。

 

(アルフが自分に向ける想いが足りないなら、その分わたしが想ってあげないと)

 

 様々な思いを闇と光で覆い隠し、夜は更けてゆく。

 

 




 原作キャラって、過去にトラウマを持つ人が多いんですよね。
 だから転生者たちが介入してしまえば、性格も変わってくるわけで。

 この作品のフェイトはアルフがヘタレなあまり

「このままじゃダメだ、私がしっかりしないと」

 となって原作よりちょっぴりしたたか仕様となっております。一方で母親の愛情に十分恵まれているので、原作では切り捨てられていた子供っぽい部分が多めに残っていたりもします。

 書いているうちにキャラの性格がわからなくなってきたのでこまめに紙に書いて確認中……。
 アナログな手段のほうが頭に入りやすいんですよね。

 次でおそらく累計5人以上オリキャラが登場するので、性格に改変のあった原作キャラを含めて解説のページを作りたいと思っています。

 誤字脱字等、あれば報告お願いします。


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第九話

 だいたいこのくらい時間帯の投稿が常になりそうです。
 もう少し遅くなるかな?

 ついに今日(2012/10/18)から評価のシステムが一部変更されますね。
 十四人分の評価が消えてしまうのは残念ですけど、評価基準が「10:これ以上すばらしい作品はない」「0:10の反対」である以上、この変更も仕方のないことなのでしょう。
 一言コメントは参考になりそうですし、今まで以上に10と0の評価をもらったときに心に響きそうですね。
 楽しみです。


 

 頬を膨らませて三秒キープ。柔らかくなったらハ・ヒ・フ・ヘ・ホと二回大きな声ではっきりと言う。そして最後に眉尻を下げながら口角を指で釣り上げる。

 

「……アルフ、何してるの?」

「作り笑いの練習。どう見える?」

「えーと」

《見苦しいを通り越して怖いよ》

 

 うん、ぼくもそう思う。今なら笑顔はもともと威嚇が発展したものという説を信じられそう。

 鏡の中で表情筋をひきつらせている自分の顔に失望する。必要性を感じ、練習を始めてからかれこれ一週間と三日が経過したが、ちっとも上達していない。元から笑おうとすることは諦めて、表情筋を笑みの形に動かす意識でやっているのだが、【明鏡止水】発動中にすみやかに表情を作ることが出来るのはまだまだ先の話になりそうだ。

 

 

 初日のイベントラッシュはいったい何だったのかと思うほど変化のない日々だった。

 進展がなかったわけじゃない。現地魔力素に適合できるまでの三日の間にフェイトとアリシアと共に海鳴市を網羅して地理を把握、ついでに【短距離転移】のためのポートを各地に確保した。ジュエルシード発動の気配を察知すればすぐに現地に『跳んで』いける。

 カラスネットワークにひっかかった発動前のジュエルシードも確保できた。ジュエルシードの外見は青いひし形の宝石であり、光り物が好きなカラスから譲ってもらうのは苦労したが二時間にわたる交渉の末、ビー玉一袋(百均にて入手)と食料三日分で無事譲ってもらえた。なんかしまらない始まりだけど、探索任務ってこんなもんかという気もする。

 うん、潜入調査みたいなものなのに、ド派手に始まったらそれこそ問題だ。

 ただ、最初の三日を準備期間にあてたとはいえ、そのあとの一週間をフェイトと手分けして探しまわったのにその一つしか見つかっていないのが気にかかる。運が悪いだけなのか、それともすでに大半が回収されてしまったのか。

 こちらの調べた限りでは、ユーノ・スクライアは魔導師ランクA相当の実力者とはいえ適性は完全に支援特化である。調査や探索には有能だろうが、ジュエルシードの特性上予測される戦闘や、そもそも封印に必要不可欠な大魔力の放出をそう短期間にさくさくこなせるとは思えないのだけれど……。

 二年間みっちりかけて魔法の基礎から総合まで一通り修業した身としてはあまり信じたくないが、『なのは』は才能だけで実戦レベルの戦闘や封印をこなせる人材ということだろうか。

 ユーノ・スクライアがこの世界に来てから魔法を知ったのだとすると『なのは』の魔法歴は長く見積もっても二週間。この世界に二年間生きてきたアルフ(ぼく)としては、いくらなんでもそんなバカなと思う。

 でも、この世界の原型が物語だと知る転生者(ぼく)から見れば、じゅうぶんあり得ることだ。

 もちろん計画の段階からユーノ・スクライアがジュエルシードの大半を集めてしまった場合というのも想定されている。極力アリシアやフェイトの未来を血で汚したくないのでその時は交渉(はなしあい)が今のところ基本方針となっているけど、最終的には『なのは』次第かな。

 転生者との戦闘? あれはただ単に転生者同士がお互いの受け入れられない主義主張を持ってぶつかり合っているだけで、フェイトたちには一切関係がないから。

 閑話休題。

 週末にあたる今日は探索を一度お休みし、海鳴市駅前の商店街まで買い物に行く予定である。

 目的は明日はやてさんの家にお呼ばれするから、その手土産の購入。ついでにプレシアやリニス先輩へのお土産も見つくろえたらいいなと思っている。

 危うく手ぶらで行くところだったよ。社会人としてあるまじき行動だ。直前に気づけたことを感謝するべきか、前日まで意識に上らなかったことを嘆くべきか。

 まあ、そろそろ休憩をはさみたいと思っていたところなので丁度いいかな。

 

 

 フェイト達と談笑しながら手早く朝食の支度をする。バルディッシュは相変わらず無口だ。

 最初の三日間はてんぷらやすき焼き、お好み焼きにうどんなど日本食にこだわったが、一週間も経つとこだわりも薄れ本当の意味での日本の一般家庭の料理が食卓に並ぶようになる。つまり、冷蔵庫の中のありあわせで作る名もなき料理の数々。フェイトに美味しいものを食べさせてあげたい。その気持ちはあるけど、最終的には食えりゃいーんだよ。

 フェイト共々リニス先輩に料理の基本は一通り仕込まれている。本当にあの人は優秀だ。友達の作り方までは教えてくれなったけど、そこは引きこもり一家の限界というもの。

 キッチンで一番活躍するのは切ったり火を使ったりするのが得意なフェイト。物理的干渉手段を持たないアリシアも全体指揮と盛り付け指導で一役買っている。服選ぶ時も思ったけど、何気にこの中で一番センスがいいんだよね。ぼくは後片付けと力仕事担当。大根おろしも食器洗いも任せろバリバリー!

 いや、ね。人間時代と味覚も噛む力もかなり変わっているのでレシピ通りに作るのならともかく、フィーリングの料理ではあまり役に立てないんだ。生肉とか内臓とか平気で食えるし、骨も噛み砕ける。自分好みの調理、味付けをしたらいったいどんな仕上がりになるのか、恐くてできない。

 一応、フェイトが美味しいという物を食べてぼくも美味しいと感じるわけだし、前世で好きだったカレーが今も好きなわけだからそこまでかけ離れているわけじゃないとは思うんだけどね。

 本日のメニューは白ごはん、今が旬のアサリを使ったお吸い物と菜の花をメインにした野菜炒め、漬物少々。菜の花の苦味は子供にはややキツイので、ニンニクとバター、ベーコンを加えて食べやすくしている。肉が少ないと感じてしまうのはこの体の影響かな、やっぱり。

 前世の影響で気にせず出してしまった尾頭付きの魚にフェイトがドン引きしてたのも今ではいい思い出である。そういえばリニス先輩もあまり魚は出さなかったな。猫から魚が連想されるのがそもそも日本独特の文化っぽいけど。少なくともミッドチルダでは見たことない。世界共通で魚が猫の主食なら泳ぐために水かきのひとつでも付いてるだろしね。

 スパイシーなニンニクの香り、菜の花の爽やかな香り、味噌、アサリ……嗅覚が敏感になったのに加えて慣れていない匂いが重なって少し酔いそう。あっちじゃ類似品はあってもそのものは無かったから。何故かピーマンだけはあったけどね。

 

「今日はどこにいくの?」

 

 いただきます、とこの国の文化に則った食事前の祈りを済ませ、三人分の料理を並べるにしては無駄にでかい食卓で向か合いながらフェイトに話しかけてくる。お箸そのものはアルトセイムでぼくと一緒に使っていたため慣れたものだ。器用に菜の花を摘み上げている。

 しかし今のぼくは口の中に大量に運んだ菜の花の野菜炒めを咀嚼するのに忙しい。精神年齢いちおう年上の身として、食べながら話すような行為は論外だ。バターでまろやかに包まれた苦味とニンニクの風味を噛み砕いて、溢れてくる唾液と共に飲み下した。ご飯が一口ほしいところだけど、その前に。

 

「ふう。今日の予定は商店街で食べ物を中心に見て回るつもり。ネットで調べた感じ、翠屋っていう喫茶店が一番評価が高かったからそこが本命かな」

 

 はやてさんへのプレゼントを買おうにも、彼女の趣味をぼくはまったく知らない。ゆえにアクセサリーや服はリスクが高すぎる。自分のセンスに自信があるわけでもないし。

 だから最悪文字通り『まずかった』で済ませることが出来るお菓子などの食べ物と、いずれ枯れる花束あたりが無難だろう。

 

《ヘタレ》

 

 ふーん、とフェイトはよくわかっていないような顔で納得してくれたがアリシアには考えを読まれたらしい。そんなことを半眼で言ってきた。

 

「気持ちが大切って言うけど、限度ってモノがある。迷惑な贈り物は迷惑なだけだろう?」

《……はぁ、アルフがそう思うならわたしはなにも言わないことにするよ》

 

 まるでぼくがおかしいみたいなセリフだな。迷惑になりたくないと考えるのがそんなに変だろうか。

 さっきも言ったように、リニス先輩も友達付き合いまでは教えてくれなかったからねぇ。何が正しくて何が間違っているのか、この中の誰もわからないのだ。前世の記憶? 役に立つような知識はありませんでした。それで察して。

 お吸い物をすすり、アサリを前歯で貝からそぎ落とすようにして食べる。美味しい。この体なら貝ごと噛み砕いても大丈夫なような気はするけどそこはほら、人間らしい食卓を提供するためのマナーといいますか。

 わずか一週間でだしの取り方から醤油など慣れない調味料の使い方もマスターしてしまったフェイトは天才だと飲み終えて確信する。

 

「どんなところなの?」

「自家製コーヒーが美味しいと評判だけど、客層は女子学生が中心だからメインはスイーツ。お店で食べるならケーキ、お土産にはシュークリームが最適だってさ。せっかくだから両方食べてみようよ。美味しかったらプレシアへのお土産の候補にも入れたらいい」

「うんっ」

 

 べつに二年も一緒に生活していればプレシアの趣味がわからないわけではないけれど、彼女とぼくの趣味は相容れない。浪漫があるのは認めるけど、還暦近くになって女王というか魔王というか……。似合わないわけではないのがまた腹が立つ。

 ともかく、彼女のセンスにあわせた服やアクセサリーを買うのは遠慮願いたい。もっとも、プレシアもリニス先輩もフェイト達の選んだモノならそこらに咲いていた野草とかでも感涙して喜びそうだけど、ミッドの生態系を崩すとかで逆にそっちの方が持ち込みは難しかったりする。今はどうでもいいか。

 梅干を摘み上げるとフェイトの顔が引きつった。ときどき無性に食べたくなることがあるんだよね。それで向こうにいたときにも一度取り寄せてもらって、フェイトも興味を示したから何も言わずに渡して……。

 プレシアにビリビリされたけど、しっかり半泣きフェイトの記録映像を撮っていたことをぼくは知っている。

 

「アルフ、大丈夫?」

「うん、美味しいよ」

「……よく食べられるね」

 

 喉の奥に突き刺さるすっぱさ。食道を溶かさんばかりの酸味に唾液が溢れだす。うん、これだよこれ。一度口に入れた食べ物を吐き出すようなお行儀の悪い真似が出来ず、口を押さえて必死に飲み下そうとしていたフェイトの姿が脳裏に投影されて一粒で二度美味しい。フェイトもあの時を思い出したのかきゅっと口をすぼめていた。

 白ごはんをかき込み、ぼくの分は終了。次にアリシアに供えられていた分に取りかかる。食べ物を粗末にするような真似はしませんとも。きちんといただきます。

 食事中ではあるが感覚に何かひっかかったので外に注意を向けると、案の定サーチャーが窓からこちらを窺っていた。遠隔発生でスフィアをセットし【フォトンランサー】を放つ。

 

「ちゃんと明日伺いますから、それまで待っていてください」

 

 破壊する直前、カメラ目線で言い放ってやった。【以心伝心】がなければ気付けなかっただろうけど、そんなこと向こうにはわからない。こちらの力を過大評価して抑止力になればいいけど。

 

「アルフ、また?」

《しつこいね、もうこれで何十個目?》

「まだ十七個目。初日ほどじゃないけど、諦めてはいないみたいだね」

 

 フェイトとアリシアも呆れた様子。初日の夜から今日まで、グレアム勢力からと思われるサーチャーが毎日に飛んでくるので無理もない。彼女たちのプライバシーを侵害させてやる義理もないので見つけ次第破壊しているけど。

 そういえば、とふと思い出す。

 高天原だっけ? あいつ、はやてさんの近くにいることを許されていたんだよな。

 少なくとも排除はされていなかった。あいつとグレアム勢力の利害は一致していた、あるいはお互い不利益にはならないということを理解していたということか?

 あいつについて調べたらグレアム勢力の目的もヒントくらいは掴めるかな? 幸い、私立聖祥大付属小学校の生徒という手掛かりはあることだし。

 ……あれから毎日新聞を確認しても小学生が行方不明になったという記事を見ないので、そこまで期待はできないけど。情報の隠蔽がなされているのはほぼ確実だけど、それが人の手によるものなのか、世界の矯正力(パンタ・レイ)とやらの影響なのかはわからない。

 今まで見た転生者たちの年齢から逆算して、学校は転生者の巣窟であることが予測されたから平日は遠慮していたけど休日の夜ならそこまで危険でもないだろう。今夜あたり、忍びこんでみるかな。

 

 

「また壊されちゃったか……」

 

 アリアはため息をつきたくなった。

 累計十七個目。今までの反省を生かし、念入りに認識阻害と各種迷彩と隠蔽魔法を重ね掛けしたのにこのありさま。まるでそんなもの存在していないかのようにあっさり発見された。どんな方法で気づいているのか、ミッドチルダ式魔法への造詣の深さなら他者の追従を許さない自負があったリーゼアリアを持ってしても未だにわからない。

 相手はミッドチルダ式の魔法を使用しているのにもかかわらず、だ。

 

「ちょっとプライドが傷ついちゃうかな。ベルカ式を混合で使用しているの? まだ研究段階のはずだけど……。それに、そうだとしても何らかの違いを感じとれるはずよね」

 

 現在わかっていることはただ一つ。相手にサーチャーによる覗き見は通用しないということだ。底知れない相手勢力の実力の評価がアリアの中で否応なしに増してゆく。

 

「まさか、魔法も使わずに五感および第六感で察知しているとか?」

 

 アリアは転生特典などという荒唐無稽(チート)な力の存在を知らない。しかし、百戦錬磨と言って差し支えない彼女の経験と知識は確証こそないものの答えを導きだそうとしていた。

 ふと浮かんだ考えを口に出してみて、まさかね、と否定したくなる。しかし、長年彼女を助けてきた勘はそれが真実だと告げていた。

 もっとも、今はまだその声は非常に小さい。アリア自身が気づけないほどに。

 

「いま考えてもしょうがないかぁ。あちらさんはちゃんと話し合うつもりみたいだし、すべては明日、か」

 

 フェイト達が『対象』と接触した初日の夜。町にいる他の魔術師たちを刺激しないよう、軽くサーチャーに隠蔽を掛けてリーゼは赤毛の使い魔を探した。

 当初この世界にいたのはロッテ。近接戦が専門の彼女は『対象』の守護を重視して動いたため、アルフが『対象』と別れた時点で認識範囲から外れてしまったのだ。サーチャーを飛ばせば追跡できたのかもしれないが、単体でそれをやると守りがどうしてもおろそかになる。わかったのは短距離転移を繰り返して尾行を警戒する態度を見せていたという程度だった。

 ゆえに、彼女たちは知る由もないが、アルフの盛大な自爆はアルフしか知らない。

 幸い、相手の潜伏先はすぐに見つかった。上は高度な魔法から下は魔法を一切使わない原始的なトラップまで使用した厳重な防御が敷かれたマンションを発見したのだ。もちろん、潜入することは敵わなかった。

 しかし翌日、その防御網があっさり解除される。警戒しながらサーチャーを潜入させたアリアが得た情報は、相手がサーチャーを発見および破壊できるだけの力を持つということと、日曜日に『対象』と接触する予定があるので何かあるのならその時に対談しようという要求だった。

 相手は、防御を一段階解くことによって話し合いの姿勢を見せたのだ。

 

「『対象(かのじょ)』に接触したってことは、相手は最低でも私たちが管理局顧問官ギル・グレアム(おとうさま)の勢力だということを知っていると考えていいわよね。うーん、実力や対応だけみたら完全にカタギじゃないのに~」

 

 いくら調べてもフェイトは普通の子供であった。

 フェイト・テスタロッサ。一般家庭に生まれたミッドチルダ出身の魔導師。弱冠七歳にして使い魔アルフを作成し、今も維持し続けているところをみるとそれなり以上に優秀だが、裏に通じるような怪しいところは何もない。

 両親は共働きで家庭は裕福。普段は家政婦が彼女の面倒を見ているが、両親との関係は良好。両親、家政婦共に遡って調べてみたが、彼らも怪しいところは見つからなかった。ごく普通のデバイス整備士と管理局職員の夫婦、ただの家政婦だ。

 今回の旅行も、いわゆる子供のひとり旅。使い魔こそ連れているが何も不自然なところは無いし、子供の自立が早いミッドチルダでは九歳の子供を一人で旅行に行かせることも問題は無い。

 これでこの情報が偽造なのだとすれば、相手は管理局の闇をかなり奥深くまで把握し、さらに強い影響力を持っていることになる。

 

「面倒ね……」

 

 使い魔――アルフもかなりの実力者だ。ロッテは彼女がかなりの体術の使い手であることを指摘していたが、アリアがサーチャーから送られてくる短い細切れの映像をつなぎ合わせて解析するに魔力量も相当なものだ。

 さすがに魔導師としての実力までは把握できなかったが、最低でも平均よりは上という確信がある。

 普通に使い魔を作成してもこうはならない。作った後で継続的に鍛錬を積ませなくては。

 

「例えば一年以上にわたって毎日、魔力が空っぽになるまで魔法を使わせるとか」

 

 具体的な鍛練方法とその目的に思いを馳せていたアリアの目の前に、モニターが展開された。画面には『SOUND ONLY』の表示。

 明日の都合が、アリアの片割れ足るロッテ共々ついたという父からの知らせだった。

 

 

 ああ、いい天気だな。

 

「すごかったね、アルフ!」

「……うん」

《絶滅したって聞いてたけど、まだ生き残ってたんだね、ニンジャって》

「……ん」

 

 鳥になって飛べたら、どんなに気分が晴れるだろうね。

 

《ああもう、まだ落ち込んでるの? 可愛いよ、アルフ》

「うん、似合ってるよ」

「うふふ、そう……?」

 

 なんでぼくはこんな恰好をしているのだろう。

 装備説明。頭部、ツインテール。下半身、膝上十センチミニスカート。上半身はさすがに普通のトレーナーだけど。防御力がゼロを通り越してマイナスいってそう。蹴りとか出せないよ。いざとなったら構わず出すけどさ。

 よく世の中の女子高生は毎日こんな恰好をして出歩けるもんだ。感心するよ。尊敬できるかはともかく。歩くだけでも周囲からの視線が気になる。すうすうするなぁ。

 

「うう、いい年してツインテールなんて。一定年齢を超えたらあとは某電子の歌姫や某月の代行者のセーラー服を着た戦士にのみ許される特権だというのに……」

《何言ってんの?》

 

 髪がときどきうざったいのは本当だ。休日だから少し髪型を変えてみないかというアリシアの誘いに乗ったのも自分の意志だし、コーディネイトも任せた。でもツインテールはないだろ、ツインテールは。何気にこれが一番ダメージがでかい。

 ぼくは、無力だ。

 

「アルフは、私たちとおそろいなのが、イヤなの?」

 

 ずーんとフェイトの表情が暗くなる。もっともよく見れば、その中に冗談めいた色があるのだけど。

 

「まさか。嬉しいよ」

 

 ぼくも同様だ。落ち込んだふりをしているだけ。ツインテールがきついのは本当だけと、フェイトやアリシアに可愛いと言われるたびに心が弾む。なんだかごっこ遊びのようにここまでずるずると来てしまった。

 それにしても、ほんとうに翠屋はすごかった。

 お土産用にシュークリームを十二個詰めてもらった紙箱を見ながら思い出す。

 店内に入ったとたん鼻腔に流れこむコーヒーの香りと甘いお菓子の匂い。でもそれ以上に気を引かれたのは眼鏡をかけたウェイトレスの少女。続いてまだ若い喫茶店のマスター。ちらりと一回だけ見えた厨房で働く青年。全員かなりの使い手だった。しかも体重の移動のさせ方から測るに表側じゃなくて裏側の。

 そうなってくるとまるで一般人にしか見えない栗毛のロングヘアーをしたウェイトレスの女性が一番謎めいて脅威に思えてくる。何でスイーツ食べに行ったところであんな集団と遭遇しなきゃいけないのさ。やっぱり海鳴市って魔窟だ。

 最終的には何か起こるというわけでもなく、普通にケーキとシュークリーム、コーヒーを三つずつ注文して美味しくまったりいただいた。客として見れば、あれほど防犯上安心できる喫茶店もあるまい。店員に注意を割りさかれながらそれでも味は抜群だったし、何もなければひいきにしたいところだ。

 本当に何者なんだろう、翠屋。本当に現代に生き残ったニンジャ? 洒落にならないな。案外『原作』の登場人物なのかも。だとしたら近くに転生者がいる可能性も高い、か。迂闊に出歩かない方がいいのかなぁ? でも、そろそろいたずらに警戒するだけじゃなくて話し合える協力者が欲しくなってきたところだし。

 

「あっ……」

《! これって……》

「ん、どした?」

 

 急にフェイトとアリシアが立ち止まった。何かあるのかと思って周囲を見渡していても、何もない。

 

「わかんない、ほら?」

 

 フェイトがどこか嬉しそうに見上げてくるのだけど、いったい何を言われているのかさっぱりだ。

 

《この曲、前にアルフが鼻歌で歌ってたやつでしょ?》

 

 アリシアに言われてやっと気づいた。商店街のどこからか流れている曲。ぼくからしてみれば懐メロもいいところだけど、この時代だと最新曲なのか。特に好きだった記憶もないけれど、無意識のうちに唄う程度には意識に残っていたってことか。

 そういえば、お札もまだ野口さんじゃなくて夏目さんだったな。時の流れを感じるね~。

 

「アルフは本当にこの世界で生まれ育ったんだね」

《なんか不思議だね》

「あくまでも前世が、だけどね」

 

 笑うフェイトを見ていたら、なんて言えばいいのだろう。わけのわからない気持ちが胸に込み上げてきた。周囲に喚き散らしたくなるような、独りで誰にも見つからないところで静かに泣きたいような。

 やらないけどさ。

 今はただ、隣でぼくを見上げる金髪の女の子の手を握る。導くように。すがりつくように。

 

「がんばろうね」

「ん」

 

 

 帰宅後、はやてさんから電話があった。

 なんでも、前に言っていた『おじさん』が急に顔を見に来ることになって、話の流れでぼくのことを話したところぜひとも会いたいと言ってきたらしい。

 よくもまあ、あの立場にありながら一週間半で都合をつけられたものだ。

 

『ごめんな~。なにぶん急な話で。いやならわたしから断っておきますけど……』

「いえ、ぼくもお会いしてみたいですし、問題ありません」

 

 明日は忙しくなりそうだ。

 

 

 ――同日午後九時五分前。

 すっかり日が落ちた町の中を、小さな影が二人と一匹分走っていた。

 

「だから言ったでしょうなの姉! 帰宅時間のことを考えたらもう帰るべきだと。門限に間に合いませんよ」

「ふえぇ~、そんなこと言ったって、もうすぐ、見つかりそうだったから」

「何を根拠に……」

「なのは、がんばって! あと少しだから」

「ありがとうユーノくん、はあ、はぁっ」

 

 九歳という彼らの幼さを考えるとこの時間帯に外にいることが異常、といえないのが今のご時世だったりする。アルバイトはなしにしても、塾や補習で帰宅時間が十時に迫ることもざらだ。

 しかし、少女たちは勉強のために帰宅時間が遅くなっているのではない。物探しのため、そして人助けのためだ。家族に事情を話し、許可も取ってある。その際にいくつかの約束事をし、その一つが門限は午後九時というものだった。

 少女たちの家族はやさしく、そして厳しい。約束を破れば兄から、父から、そして母からじっくりたっぷりとO☆HA☆NA☆SI☆されることだろう。

 街灯の明かりが二人の少女を照らし出す。

 顔といい服装といい、一目で双子とわかるほどよく似た二人だった。違うのは髪型と表情くらい。もっとも、それだけでここまで雰囲気が変わるのかと思うほど身にまとっている空気が違うが。

 姉にあたる少女の髪型は二つ括り。友人には触覚とも揶揄される独特の括り方である。子供っぽくも見えるが、それがほんわかした彼女の魅力をよく引き出していた。

 もっとも、ほんわかしているのも間違いなく彼女だが芯では信じられないくらい頑固で、なおかつ切れちゃいけない配線を数本切って繋げちゃいけないところに繋いでいるような精神構造をしていることを妹は経験と共に熟知している。今回の探し物騒動も彼女の性格が原因の一つだ。

 そしてその妹はというと、姉と同じ色、長さの髪を後ろで一つ括りにしている。ポニーテールというにはいささか長さが足りず、小動物の尻尾のようにぴょこんと飛び出ていた。可愛らしくもマヌケなようでもあるが、その表情は鞘に収められた快刀のように冷徹。

 家族にさえも敬語で接し、異常に頭が切れて精神年齢も高い彼女には常人には存在しない思考回路が半ダースほど増設されているのではないかと姉は密かに疑っている。

 今、二人の可愛らしいといって差し支えない顔には汗がびっしりと浮かんでいた。姉は肉体的疲労が原因で。妹は待ち受けるO☆HA☆NA☆SI☆を想像して。姉の走る速度、残された体力、家までの距離。姉に疑われるほど異常に回転の速い頭脳は無情にも間に合わないという答えを導きだす。

 否、姉を見捨てて一人で走れば間に合わせることは可能だ。しかし、それで家族が許してくれるとは思えなかったし(むしろますます怒られるだろう)、何より頭にドが付くほどのシスコンである彼女に姉を見捨てるという選択肢は存在しなかった。

 ゆえに彼女は賭けに出る。

 

「なの姉、しっかりつかまっていてください」

「ふぇ? な、なずちゃん?」

 

 ひょい。そんな擬態語がしっくりくる動作と共に彼女は自分と同じ体格の姉を両手で抱きあげた。右手は腰の重心の下に、左手は首を支えるように。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢である。

 

「ユーノ。三秒だけ待ちます」

「へ、なずなさん?」

「“ユーノくん、飛び乗るんだ!”」

 

 何を言われているのかわからずにきょとんと見上げるユーノ。しかし、姉の首元からちかちかと瞬く赤い光と共に発せられた言葉に反射的に従い、妹の肩にしがみつく。

 彼女が周囲のすべてを置き去りにする速度で走りだしたのはタッチの差だった。

 

「――っ! ふえええぇぇぇ~……!」

 

 夜も街に少女の悲鳴がドップラー効果を効かせながら響き渡る。

 

 数分後。

 

「っただいま戻りました!」

「た、ただいま……」

「おかえり、なずな、なのは。三秒前、ぎりぎりだったな」

 

 玄関で待ち受けていた兄の声に、二人はへなへなと崩れ落ちた。肩からは毛玉と化したフェレットがポトリと落ちる。

 

「た、助かりました……」

「つ、つかれた~」

 

 主に精神的安堵と肉体的疲労という違いはあったが。

 可愛らしい妹たちの姿に兄の表情筋は一瞬緩みかけるものの、鋼の精神力で堪えて表には出さない。

 

「今日は間にあったからこれ以上何も言わないが、次からはもっと余裕をもって帰宅すること」

「は~い……」

「もちろんそうします」

 

 くた~と玄関に倒れ込み、靴も脱がずにたれている二人の姿についに兄の表情筋は崩壊した。笑みを浮かべながらリビングに向かおうとした彼だったが、ふと伝えるべきことがあったのを思い出して顔を引き締め直す。

 

「そうだ、なずな。見かけたら教えてほしいって言われていた二人組、今日見たぞ」

 

 ぴくん、と妹の肩が震えた。同時に警戒を示すように姉の首元が一回赤く光る。

 

「本当ですか?」

「ああ、金髪のツインテールのなずなと同年代の女の子に、オレンジの髪をした美由希と同じくらいの子の二人組みだろう? 今日店に来たぞ」

「……はい?」

「何者なのか知らんが、二人ともただものじゃなさそうだったな。特にオレンジ頭の方はなかなかやりそうだ」

 

 どこか楽しそうな表情をする兄を見てこの家に流れるバトルマニアの血に辟易する妹だったがそれはともかく。

 

〈レイハ、どういうことですか?〉

〈うーん、そんなイベントあったかなー。ごっめーん、思い出せないや〉

 

 文句を言おうかと口を開きかけたが、毛玉と化したフェレットが落ちているのを見て考えを改める。彼女にとっては化石になって発掘されるほど昔の話なのだ。じゅうぶん思い出せなくても無理はない。

 

〈でも、なのはちゃんと彼女が出会うのは明日のはず。それは印象的だったからさすがに憶えている〉

「明日はすずかちゃん家に遊びに行くんだから、お風呂に入ってご飯を食べて今日ははやく寝ておけよ」

 

 【念話】に被せるように兄が言った。赤い宝玉が持つ『知識』が正しければ、明日から物語は加速していくはず――より物騒な方向へと。

 隣でたれている姉を見て、少女はこっそり拳を握りしめた。

 思い出すのは消えたクラスメイト。決して好きな相手ではなかったが、いなくなっていい人間がいるとも思えなかった。誰も思いだせない。誰もがまるで彼がいなかったかのようにふるまう。

 それを成した相手が、兄が見たという二人組のどちらかだったとしても――。

 

〈たとえ向こう側に私たちの同類がいたとしても、絶対に私はなの姉を守り抜きます〉

〈うん、応援しているよ。なずなちゃん。あたしも協力するからさ〉

 

 無数の人生の転機とも言えるその日にカレンダーが変わるまで、あと三時間足らず。

 




 ようやく、彼女たちが登場しました。
 次の話から活躍してもらうつもりです。
 現在、キャラクター紹介のページ作成中。完成次第投稿、ストーリーが進むにつれ更新と言うスタンスでいこうと思います。

 誤字・脱字、感想などありましたらお願いします。

 追記:サッカー少年がジュエルシードを持っていたのを見過ごして大惨事になった事件が消滅しているのはわざとです。念のため。


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第十話

 長くなったので二つに分けて投稿します。
 前篇は少し短いです。


 

 日曜日、雲ひとつない晴天の今日は父がオーナーとコーチを兼任するサッカーチーム『翠屋JFC』の試合の日で、キーパーの活躍もありなのは達の応援するチームは勝った。

 なのはが魔法に触れてからもうすぐ一週間。回収したジュエルシードは今までで五つにもなり、さすがに疲れたので今日くらいは魔法のことを忘れてゆっくりしようとユーノやレイジングハートとも相談していた。

 その、はずだった。

 

「なの姉、封印お願いします」

 

 妹が差し出す青い宝石を茫然と見つめる。心臓を中心にゆっくりと霜が降りてゆく感覚。

 

「……どうしたの、それ?」

「あのキーパーの男の子が持っていたんです。見間違いかとも思ったのですが、確認してみたところ本物でしたので丁重にO☆HA☆NA☆SI☆した結果、譲ってもらいました」

「そう、なんだ」

 

 無情にも不安は的中する。

 

(やっぱりあれ、ジュエルシードだったんだ……)

 

 彼が青い石をポケットから取り出していたのは、なのはも気づいていた。でも、気のせいだと自分に言い聞かせて無視してしまったのだ。

 この一週間、あんなに頑張ったのだ。今日くらいは魔法のことを忘れてゆっくりしてもいいはずだと。ゆっくり休憩して明日からに備えるべきだと、自分を偽った。

 もしも妹が回収してくれなければ、大惨事につながっていたかもしれない。

 世界が遠い。足元がふわふわする。胸の奥に空いた穴に、体が吸い込まれそうだった。

 

まただ(・・・)。またわたしは役に立てなかった)

 

 アリサやすずかといった友人たちとこれからの予定を談笑していたのがはるか昔の出来事のように感じた。実際は念話でなずなに呼び出されてから十分も経っていないのだが。

 はぐれてしまった心は過去のトラウマを無慈悲に汲み上げる。

 

 

 なのはたちが幼稚園に入る前の年の話である。

 父の士郎が事故に遭って入院した。長年の夫婦の夢であった『駅前の喫茶店』の経営を始めた矢先の出来事だった。

 不幸中の幸いというべきか。本来なら意識不明の昏睡状態に陥ってもおかしくない状況だったらしいが、満足に身体は動かせないものの士郎の意識はしっかりあった。しかしそれでも幼いが聡明ななのはに家族が絶対のものではなくいつかは死ぬ『人間』だということを意識させるのには十分な出来事だった。

 働き手を失った高町家が生活の変更を余儀なくされたことがその認識に拍車をかけた。不変のものなんてありえない。いつかは死ぬ。みんな壊れて消えてしまう。

 怖かった。でも、みんなの前で泣くことはできなかった。

 軌道の安定しない喫茶店を一人で切り盛りしながら、子供たちに心配をかけまいといつもなのはたちの前では笑顔を絶やさなかった母。

 その母を支え、大好きな剣術の練習もせずに家事を手伝い、父不在の間家族を守ろうとした兄。同じく家事を手伝いながら母と共に体の自由の利かない父の世話をしていた姉。

 なのはは何もできなかった。幼い、小さいというのはいいわけにならない。なぜなら彼女の妹たるなずなは家族を立派に手伝っていたのだから。

 家事の手伝いをしていた。なのはが独りで寂しくしていたら一緒に遊んでくれた。絵本を読んでくれた。夜、母と何かを相談していることもあった。家事に時間を取られ、友人との間に軋轢が生まれかけた兄や姉を励ましていた。

 なのはだけだ。なのはだけが役立たずだった。

 

 なのははわるいこ(・・・・)だった。

 

 みんなが誰かのために何かをしているのに、その中で自分のことさえおぼつかない迷惑な存在。

 そんななのはに、母は言ってくれた。寂しい思いをさせてごめんなさいと。わたしなんていない方がよかったんじゃないかという思いにかられるなのはを抱きしめてくれた。

 笑ってくれた。苦しんでいる人に、寂しい思いをしている人に、何もできない無力ななのはの顔を見て。

 兄は言ってくれた。なのはがいるから頑張れるのだと。姉は言ってくれた。なのはが笑ってくれるなら元気百倍だと。妹は言ってくれた。なのねぇの笑顔さえあればほかは何もいらないと。

 無力な自分は、何もできない自分は、決していらない子などではなかった。

 だから決心した。笑っていようと。家族が悲しむならその悲しみはだめな自分にはどうしようもないけど、それでも悲しみを乗り越えたときに少しでも早く笑えるように自分はバカみたいに笑っていようと。

 

 いいこ(・・・)でいよう。いいこでなくちゃいけない。大好きで大切な家族みんなが大好きで大切と言ってくれる『高町なのは』はそうあるべきだ。

 

 怖かった。悔しかった。だから、ひとりのときに泣いていた。

 

 

 ユーノに助けてと言われたとき、なのはは助けたいと思った。こんな無力でだめで何もできない自分でも、何かの役に立てるならと。

 自分に魔法の才能がある。なずなにはない、膨大な魔法資質がある。自分だからこの町の平和が守れると言われた時は泣きそうになるくらい嬉しかった。ようやく自分はやってもらうだけの迷惑な存在から、誰かに何かをしてあげられるだけの立場に立てるのだと信じた。

 

(でも、だめだった)

 

 蓋を開けてみれば、今までと何も変わらない。

 なのはが初めて魔法と出会い、レイジングハートを起動させるまでの間、バケモノの前に立ちふさがり時間を稼いでくれたのは妹のなずなだった。

 ジュエルシードの封印が終わった後に破壊された周囲をごまかすため月村家に連絡を入れたのもなずなで、実際に隠蔽工作をしてくれたのはなのはの親友の一人、月村すずかの姉にあたる月村忍。

 なずなが押し切ったおかげで魔法のことを家族に打ち明けることになった。その結果、高町家および月村家の面々は全面的にジュエルシード回収に協力してくれることになった。もっとも、封印処置は魔力量的になのはかユーノにしか出来ないので、情報収集がメインだが。

 活躍しているのは常になのは以外の誰か。いつもなのはの前には妹であるはずのなずなの背中がある。

 嫉妬がないわけではない。劣等感がないわけでも、もちろんない。しかし――。

 

「なの姉?」

「あ、ごめん……。レイジングハート、セットアップ。リリカル・マジカル――」

 

 なずなに怪訝な表情をされ、あわててなのははジュエルシードの封印を始める。

 なのはのなかに今にも溢れんばかりに渦巻いているものの正体、それはまたできなかったという罪悪感。

 

(わたしなりに、努力してきたつもりだった。でも、それじゃダメなんだ。私にできる範囲でじゃなくて、ほんとうの全力全開で……)

 

 できていないから、できるようにならなきゃいけない。それは当たり前のことだから。それは当然のことだから。普通にやってできないのなら、できるところまで無理をしてでも。

 次こそは、と心に誓う。

 当たり前のことが当たり前にできている『具体例』が目の前にある以上、なのはに踏みとどまる理由はなかった。

 

 

 ――時は少し飛ぶ。

 

「お姉ちゃん、恭也さんと付き合い始めてから幸せそう」

「うちのお兄ちゃんも、すこしやさしくなったかな?」

「たしかあの二人、なずなたちを通して知り合ったんだったわよね」

「ええ、私やすずかくらい運動ができる子は稀ですから。その縁で忍さんともお知り合いになって、兄さんを紹介することになって」

 

 翌週の日曜日。四人の少女たちが友人とのお茶会を満喫していた。

 

「ていうか二人とも、本当に人間かどうか時々疑わしくなるレベルなんだけど。ドッチボールって空中でやる球技じゃないでしょ!」

 

 快活な金髪の少女、アリサがツッコミを入れる。体育の時間、重力と人間の限界を振りきった動きを見せる妹ともう一人の友人、すずかの挙動になのはは苦笑するしかなかった。

 

「あ、あはは……。そもそも、人間の球技に空中でやるのって無かったような」

 

 一応なずなはあれでもクラスメイトと常識に気を使った動きであり、兄や姉と道場で鍛錬をしている時はさらにその上があるのだが、プンスカとわざとらしく憤慨して見せている常識の体現者たるアリサに言いだすことはできない。

 彼女も彼女で学校のテストは百点が当たり前という普通とはかけ離れた少女ではあるのだが。

 

「些細な問題でッ――ごほっ、ごほっ」

「だ、大丈夫、なずなちゃん?」

 

 平然としたしぐさでカップに口を付けるものの、急にむせるなずな。そして、体育の時の暴走振りをおくびも出さず大和撫子然とした雰囲気を身にまとい彼女を気遣う紫紺の髪をした少女、すずか。

 この四人は普段から深い交友関係がある友達グループだった。全員周囲よりも精神年齢が高すぎて浮いているとも言う。

 彼女たちに周囲より秀でたところがなければ、あるいは一人ならばいじめの対象にもなっただろう。しかし彼女たちは四人組であり、容姿、成績、身体能力、いずれかに置いて周囲を超越していた。結果、小学校三年生にしてすでに彼女たちは高根の花と見られつつある。

 

「え、ええ。少し気管に入りました」

〈……レイハ、言い訳があるなら聞きますよ?〉

〈あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。金髪の彼女の声を聞いていたら脳髄に電流が走り、気がつけば『くぎゅ~~!』と奇声を上げていた。何を言っているかわかんねえと思うがあたしも何が起きたのかわかんねえ。頭がどうにかなりそうだった〉

〈あなたに頭ってありましたっけ?〉

〈前世の記憶だとか転生特典だとかそんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……〉

〈言い残すことはそれだけですかこの()バイス。念話で私だけにしか聞こえなかったことは最期に褒めてあげましょう〉

〈ちょ、まっ! らめぇ、中身でちゃう! 待って待ってWait! あたしでも時々わけわかんないうちに体が勝手に動くんだよ、勘弁して~〉

〈何を記憶喪失な中二小説の主人公みたいなことを言っているのです。美味しいお茶を吹き出しかけた恨み、思い知りなさい〉

〈未遂じゃないかぁ! コアは、コアは洒落にならないからやめて、再生できなくなるぅ! 助け、たすけてなのはちゃんへ~る~ぷ~み~!!〉

〈れ、レイジングハート? 何でなずちゃんの手の中でギシギシいってるの? というかいつの間に?〉

〈さっきスリ取りました〉

〈なずちゃん!?〉

〈――なのは~、なずなさんっ……! さっきから猫に追いかけまわされている僕のこと無視しないでっ〉

 

 各自がいろんな形でお茶会を満喫していた。

 しかしその時はやってくる。リンカーコアを持つ者にしか感じることのできない、膨大な魔力の波動が奏でる不協和音。

 予測していなかった一人と一匹はまさかこんなところでとビクリと顔を上げ、待ち受けていた一人と一機は緊張を静かに飲み下す。

 

〈え、これって――え……?〉

〈この気配、広域結界!? 僕となのは以外にも魔導師が?〉

 

 発動したジュエルシードの禍々しい気配は、突如として現れた薄い膜のようなものに覆われて消える。

 【広域結界】。周辺の空域を付近の空間から切り離し、相互干渉をできなくする魔法だ。これで万が一ジュエルシードの暴走で被害が出ても、月村家に被害は及ばない。それ自体は喜ばしいことである。

 しかし、それはなのは達以外にもこの海鳴市に魔導師が存在する何よりの証拠。加えてユーノはジュエルシード発動の気配から結界発生までのタイムラグがかなり短いことに驚いていた。対応を決めかねていたものの数分の間の出来事だ。

 封印状態ならともかく、起動したジュエルシードの波動は独特かつかなりの広域に届く。察知するだけなら近くにいなくても可能だろう。しかし、結界の展開はどうしても術者が付近にいることが必要になる。あるいは管理局の巡航船クラスのバックアップがあるなら話はまた別だが。

 

〈ユーノくん、これってどういうことなの?〉

〈わからない。……でも、僕たち以外にもジュエルシードを集める魔導師がこの町に存在していることは確かだ〉

 

 つまり、偶然でもない限り相手はジュエルシードが発動したらすぐさま駆けつけるか、遠距離から結界を展開できる装備を整えていたことになる。まず間違いなくジュエルシードの収集を目的として準備を重ねてきたのだろう。

 

〈それってお手伝いしてくれているってこと?〉

〈……いや、管理局が動くまではまだ時間がかかるはずだ。ロストロギアはその膨大な力から、次元犯罪者に狙われることが多い。……もしかしたら危ないかもしれない。行こう!〉

「なのは? おーい」

「ふぇ、な、なにかな?」

 

 念話に集中し過ぎた結果として、なのははアリサとすずかの注目を集めてしまっていた。怪訝というには負の感情は無く、ただ不思議そうな目が向けられる。マルチタスクを使えばよかったのだろうが、まだ魔導師として未熟ななのはは素質があってもとっさの対応が追い付かない。

 ちなみになずなは持ち前の並列思考で念話、肉声どちらの会話も聞いていながらうわの空な姉を放置していた。このような失敗ならフォローするより経験させた方が将来的に身になると判断したためである。

 

「どうしたのよ、急にぼーとして。あ、ユーノ。どこ行くのー?」

「ユーノくん? あっ、アリサちゃん。わたしユーノくんが心配だから見てくるね!」

「え、ちょっと、なのは。……いっちゃった。最近、付き合い悪いわよね。人助けだっていうし、まあしょうがないのかもしれないけど」

「今日はゆっくりできるって言ってたのに、残念だね。あれ、なずなちゃんも行くの?」

「ええ、なの姉が心配ですから」

「いくら広いと言ってもここはすずかの家よ。必要ないんじゃ……」

「アリサ、あなたはわかっていない。相手はあの高町なのはですよ?」

「……ごめん、あたしが間違ってたわ。あたしのぶんまで見てきてあげて」

「承りました」

 

 なのはが慌ただしくばたばたと消え、そのあとをなずなが余裕たっぷりに追いかける。二人を見送ったアリサはつまらなそうにため息をついた。

 

「あーあ、二人ともいなくなちゃった。どうしよっか?」

「とりあえず待ってみよう。きっとすぐ帰ってくるよ。あ、ファリンお茶おかわり」

 

 すずかの言葉を聞いて、何故か二人とも帰ってこない気がしたアリサだった。

 

 

 一般市民が殺意を抱くくらい広い庭を一人の少女が駆け抜ける。家の裏にまわったのにまだ全体が見えないと言えばどれほど広い庭なのか把握できるだろうか。

 

〈まったく、自分の相棒(デバイス)を忘れていくなんてうちの姉はアホの子ですか?〉

〈でも、案外いまはそれが吉になったかも。なずなちゃん一人じゃあの結界は越えられないよ〉

 

 なずなとレイハは念話で意思疎通をしていた。単純に常人をはるかに超えた思考速度でやり取りをしているため、肉声では追いつかないのだ。その結果として、鈍足の姉に追いつくまでの短い時間にじゅうぶんな会話が可能となる。

 

〈この向こうに、転生者が待ち受けているかもしれないのですね〉

 

 魔力資質がF相当のなずなには、かろうじて何かあるような気がするくらいだ。レイジングハートは自前のリンカーコアを持っていないため、なずなからの魔力の供給に頼らざるをえないのだが、結界に割り込むだけの魔力を蓄積するには当然それなりの時間がかかる。

 せいぜいが三十秒ほどの時が、これほど遅く感じるのは久しぶりだった。

 

〈今のうちに転生者の脅威についておさらいしておこうか? その一、何と言っても転生特典〉

〈私も恩恵をこうむっていますからそれはわかります。戦闘系の転生特典を習得していないことを少し後悔しているところです〉

 

 なずなが転生特典の選択を後悔するのはこれで二度目だ。一度目は父、士朗が大怪我をして入院した時。自分が怪我を直す転生特典を持っていればと歯噛みした。

 自分の中に意識を向けると、浮かび上がってくる情報。

 

 ▽

 能力名:【星の願い】

 タイプ:パッシブ

 分類:祝福

 効果:大切な人に幸運をもたらす。

 

 能力名:【月の導き】

 タイプ:アクティブ

 分類:法則改変

 効果:能力の効果を他者と共有する。

 

 能力名:【太陽の息吹】

 タイプ:パッシブ

 分類:加護

 効果:病を排除する。

 △

 

 【星の願い】の効果で多少の幸運は働いたのかもしれないが、それでもあの出来事が姉の心に浅くない傷跡を残していることをなずなは知っている。

 

〈別になずなちゃんはそれでいいんじゃないな。最悪、増やそうと思えば増やせるわけだし〉

〈何度聞いてもふざけたシステムですね、それ〉

 

 転生者は他の転生者を殺すことによってその転生特典を奪うことが出来る。最初に聞いたとき、なずなは生まれて初めて神に対して殺意がわいた。

 しかもこのシステム、根が深い。

 

〈第三世代の私は生まれつき三つの転生特典を持っている。ただし、成長は遅く三人殺さないと一つ分の転生特典を得られない、でしたっけ?〉

〈うん、その通り。逆に第一世代のあたしは生まれた時は一つの転生特典しか持ってないけど、一人殺せば一つの転生特典が得られる。まあ、当時が戦乱の時代だったっていうのが大きいのかもしれないけど〉

 

 レイハの経験と転生特典によって発覚した事実。このふざけたゲームは何度も、何百年にもわたって行われているのだ。

 なずなの代で三回目。何人参加しているのか、何が目的なのかすらわからない、いたずらに死を振りまく醜悪な神の遊戯。ちなみに前の二回はどのような結末を迎えたのか、一回目の途中で封印されてつい最近まで眠っていたレイハは知らないし、彼女の転生特典でもわからなかった。

 

〈第二に、転生者は他の転生者を攻撃したり殺したりすることに罪悪感を抱くことが出来ない。これが一番厄介かも〉

〈同感です……〉

 

 なずなも身に覚えがあった。

 小学校一年生になったばかりのころ、彼女は言い寄ってきた同級生数名を血祭りに上げてしまったことがある。被害者側が複数で全員男子、加害者がたった一人の少女という状況。さすがに小学校一年生でその方面の事件の可能性を疑う大人はいなかったが、やはり外聞は悪く子供同士の喧嘩として処理された事件。

 当時は制服、加えて双子を強調するように同じ髪型にしていたなずなを、彼らは姉と誤解して近づいて来たのであった。なのはではなくなずなに全員が引き寄せられたのは、なのはに幸運が働いたからか。

 たしかに彼らの態度は不愉快ではあった。しかし、身につけた力を振うべき状況、その必要性があったのかというと答えは否だ。深く、静かに怒っていた父の顔をなずなは一生忘れることは無いだろう。

 知識を得た今ならわかる。彼らは転生者だったのだ。知らなかった当時は自分が得体の知れない化け物になったような気がして吐いたり寝込んだりしたものだが。そして知った今でも気分爽快からは程遠い。

 ――人は自分に近いものを傷つけるという行為に、本来なら膨大なエネルギーを必要とする。

 自分に近いものというのは何も同じ人間である必要はない。例えばそれは犬であったり、虫であったり、時には道具などであったりと様々だ。ただ共通しているのは、自分に近しいそれらを傷つけるという認識は人の心を蝕むということ。

 それを防ぐために、心が削りきられないように、人はエネルギーを身にまとう。怒り、悲しみ、狂気、愉悦……なんでもいい。ただ、自分の心を自分の行いから遠ざけるクッションが必要なのだ。

 なずなも剣術を学ぶ際、相手を傷つける術を学ぶという事実に慣れるまで苦労した。それらのエネルギーなしで呼吸をするように人を傷つけるためには、慣れで心を鈍化させるか、心そのものを削りきるかのいずれかが必要となる。なずなは歳月を経て前者を修めた。

 しかし転生者は同類に対し、一足飛びにその境地に至ることが出来る。

 心が欠落しているのだ。

 ゲームを円滑に進めるためのシステムの一環。相手を傷つけることをためらえない、元からそのように構成されたこれらを、はたして人間と呼んでよいのだろうか?

 

〈もうすぐ結界内に入るよ。転生者に喰われないように気をつけて〉

 

 物思いに沈みかけていたなずなの意識はその一言で引き戻された。含みを感じる言葉だ。

 

〈大丈夫ですよ。喰われたりなんかしません〉

 

(私は、人間です。そしてなの姉の妹である高町なずな。転生者なんかに負けない。一人だって殺してやるものか。私は人間であり続ける。なの姉の隣にいたいから)

 

 覚悟を固めるなずなの視界が一瞬漂白される。

 視界が開けたとき、目の前には墜落する最愛の姉と、それを無表情に見下ろすオレンジがかった長い赤毛の少女という光景が展開されていた。少女の左腕に展開された三日月型の盾が銀色に輝く。

 姉はバリアジャケットを身にまとっている。かろうじてデバイスなしで展開したらしいが、意識はすでに無いようだ。

 相手は犬のような耳を頭部につけ、ちらりとズボンから覗く尻尾。明らかに人外。月村家やすずかという前例があるので、その点においてはなずなは耐性があった。春先にしては露出の高すぎる格好も機動重視のバリアジャケットと思えば納得だ。しかし――。

 錆つき、ぼろぼろに風化した硬貨のような目がこちらを見た。

 全身の血の気が引く。出血などしていないのだから総量は変わらないはずなのに、なずなは自分の赤い血が地面に流れ出てゆくのが下を見れば見える気がした。

 

(なんですかこれは)

 

 こんな生きものがこの世にいるのか。そもそも生きものなのか、これは。

 敵意は無い、悪意もない、害意もない、そもそも興味すらない。

 ただ、地に伏した姉という結果だけが残る。

 それを認識した瞬間、自分の中の何かが切り替わる音がたしかに聞こえた。

 

 




 ようやく長編版で書きたかった部分に入ってきました。
 長かった……。

 残りも今日中に投稿するつもりです。
 二つに分けたら前篇にアルフ視点が無かった不思議。

 誤字・脱字等あればお願いします。


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第十一話

なんとか今日中に書き上げました。
後半余裕のあるときには見直したいですね。

2012/10/30 加筆修正


 

 人間、自分の理解の範疇をはるかに超えたものに出会うと硬直するしかないらしい。ぽかんと口を開けまったく動かない姉妹を見てそう思う。

 

 ずしぃん ずしぃん

 にゃおおおぉぉぉん

 

《ひみつ道具……?》

「いや、ジュエルシードの効果だろう常識的に考えて」

 

 多少の年数のずれではビクともしない長寿番組は偉大だね。

 

「この状況で常識的に考えるのは難しいと思う」

 

 珍しく、と言ってはなんだが硬直の解けたフェイトから的確なツッコミを入れられる。

 

「願望を叶える機能があるとは聞いていたけれど、百聞は一見に如かずというか……」

 

 二階建て一軒家ほどのサイズに成長した『子猫』を見たときのリアクションとして適切なものってどんなのだろう?

 あれは『おおきくなりたい』という願いが叶った結果かな。不安定な性能とは聞いていたけれど、単純かつ雑念の少ない幼少期の動物の思考ならある程度なら望んだとおりに叶えられるということか。

 大きくなるにもほどがあるだろうとか結局子猫のままじゃねえかとか問題は山積みだけど。

 

「っと、呆けている場合じゃなかった。とっとと終わらして支度しないと」

 

 今日の会談ははやてさんの家で昼食をごちそうになる予定で、待ち合わせは十二時半。今の時間は九時をやや過ぎたあたり。各地に短距離転移用のポートを設置しているから移動時間はほぼゼロにできるとはいえ、余裕を持って行動したい。

 昨日の夜、忍び込んだ学校でも結局めぼしいものは見つからなかったのだ。相手が本物のギル・グレアムなら備えはいくらあっても足りない。

 

「フェイト。【フォトンランサー】で剥がせると思うし、そのあとちゃっちゃと封印しちゃおう」

 

 ぼくが作業を急がせる理由は二つある。

 一つ、ここが月村家の敷地内だということ。よりにもよって出来れば近づきたくなかった場所のうちの一つである。

 動物ネットワーク曰く、あそこにいるのは人間じゃないだの、バケモノの巣窟だの、生きものではないモノが生きもののふりをして動いているだの……。どんな恐怖の館だ?

 調べてみたのだが、何もわからなかった。前世と比べものにならないくらい上昇した情報収集能力を持ってしても、何もわからないということがわかった。触らぬ神に祟りなしである。

 ゆえに有事に備えて敷地ぎりぎりにポートの一つを設置していたし、そのおかげでジュエルシード発動の気配を察知してすぐに駆けつけて結界展開まで流れるように作業できたのだけど。

 そしてもう一つ。『なのは』の存在。もし会わずに済むのだったら会いたくない。相手は新米魔導師。ここに駆けつけるまでにそれなりに時間がかかるだろうし、よほどの偶然に恵まれない限り可能なはずだ。

 ……あれ、なんかフラグ立てた?

 

「でも、猫ちゃんが……」

 

 ためらう様子を見せるフェイト。相手は無邪気な動物で、フェイトは心優しい女の子だから無理もないか。ぼくが剥がしてフェイトが封印でもいいんだけど、結局ネコは攻撃することになるし気まずい雰囲気になりそうだな。

 少し背中を押してみようか。

 

「ねえフェイト。よく見て。あの猫、首輪まで大きくなっているよね?」

「……? うん」

「ということはジュエルシードの『大きくなる効果』は猫単体に効いたんじゃなくて、フィールド状に猫を包むように展開されたのではないかと予測できる。さて、想像してみよう。もしもあの猫の毛皮の中に、ノミやダニが生息していたら……」

「……っ!」

 

 言われるままに素直に想像してしまったのか、フェイトの顔が蒼白になる。まあ、見た感じ毛並みもいいし、季節もずれているから可能性はかなり低いと思うけどそれは黙っておこう。

 

「たしかあいつら、一匹で百個くらい卵産んだよね」

「【フォトンランサー・マルチショット】ォォッ――ファイアァ!」

《さっきまでファンタジーだったのにいきなりB級パニックムービーだよアルフのバカァ!》

 

 何かに追い立てられるかのように切羽詰まった表情でフェイトは魔法を放ち、アリシアは涙目で叫んだ。

 魔法はあっても夢が溢れているとは言い難いこの世界が悪いんだ。ぼくは悪くない。

 軽くマイナス風味に世界に責任転嫁してみる。

 にゃおうぅぅんと無事にジュエルシードは猫から剥がれ、封印はフェイトがちっきり行いました。二つ目のジュエルシード確保。

 そのはずなのに、この達成感の無さはなんだろう。フェイトはおぞましいものから逃げ切った直後のように肩で息をしているし、アリシアは涙目で唸りながら睨みつけてくる。

 いたたまれない。やっぱりぼくが悪いのだろうか。

 

「“アルフ、注意しろ。何か来るぞ”」

「え?」

 

 バルディッシュの警告に被せるように結界が乱れ、一人の女の子と一匹のオコジョらしき生き物が出現した。

 

 

 触覚のような髪型にした栗色の髪、何かを求めるかのような色を帯びた大きな瞳、フェイトほどではないがそれでも可愛いといって差し支えない女の子と、ばっちり目が合ってしまった。

 

「ふぇ? ええっと、その……こんにちは」

「あ、はい、こんにちは」

 

 ぺこりと頭を下げられのでこちらも挨拶を返す。うん、見知らぬ人にきちんと挨拶から入れるなんてしつけの行き届いたいい子だ。

 じゃなくて――。

 

「なのは、挨拶している場合じゃ……。っく、ジュエルシードの気配がない。こいつらに回収されてしまったのか? なのは、気をつけて!」

《のん気に頭下げてる場合じゃないでしょ! アルフ、注意して。きっとそのフェレット、ユーノ・スクライアだよ》

 

 案の定、アリシアと向こうのオコジョ改めフェレットの双方からツッコミが入れられる。

 その間にフェイトはバルディッシュにジュエルシードを格納し終え、再び空中に舞い上がっていた。表情は先ほどまでとは打って変わり氷結したかのような無表情。リニス先輩との戦闘訓練の成果だ。

 ふむ、ユーノ・スクライア。そして『なのは』か。ついにご対面だね。一生合いたくなかったけれど、やっぱりそうもいかなかったか。

 それにしてもフェレット、ねえ。『ぼくと契約して魔法少女になってよ』を地でやったか。末恐ろしいやつ……。

 じゃなくて! あれがユーノだとするなら結果以内に入ってきたことも納得だ。結界魔導師とまで呼ばれる彼ならぼくの結界に割り込むことも容易だったろう。

 スクライア一族は基本的にミッドチルダ式魔法を使用するが、中にはスクライア一族の中にしか存在しないマイナーな魔法も存在する。ナンタラ式と言えるほど体系立てられているわけでもない、ミッド式の中に混ざるような形で受け継がれている、通称マイナーマジック。そのままであるが、わかりやすい。

 ミッドチルダ式は管理世界で幅広く使われているが、それでもそれ以外が存在していないわけではないのだ。世界で、国で、地域で、時には氏族単位でマイナーマジックは細々と受け継がれている。マイナーなだけあって癖が強かったり先天資質が必要だったりするが、案外その効果は強力なものが多い。

 彼の使用している変身魔法の亜種【トランスフォーム】もその一つだ。たしかあれは姿かたちを変えるだけではなく消費魔力量を減らしたり治癒力を高めたりと様々な付属効果があったはず。

 人間のときと思考形態や感受性が変化したり視界や体の動かし方がまるで変わったりと色々副作用はありそうだな、と狼と人間の二つの姿を持つ身としては思うけど。

 アリシア復活後のリハビリとか、重傷を負ったときの備えとかいろいろ役に立ちそうだったので、一度詳しく研究してみたかったんだよね。どうにもデータが少なくて。機会があれば教えてもらえないだろうか。

 習得条件は厳しそうだけどさ。でなきゃ負傷した武装局員が運送される管理局の医務室は動物園と化しているだろう。白い部屋の中に包帯をまかれたフェレットがずらりと……。あらやだ可愛い。想像して少し萌えてしまったじゃないか。

 

「レイジングハート……ああっ、なずちゃんに盗られたままだった!?」

「なのはあぁぁ!?」

 

 ……なんだろうね。今一つ緊張感がないんだけど。

 無視していい相手ではないけど、この後の予定もあることだしやることやって帰りますか。フェイト達と話し合って決めた計画。おおざっぱな方針はプレシアと決めたものと変わっていない。

 大きく息を吸い込んで、形だけは敬語で一気にまくしたてる。

 

「なんですかあなたたちは? ジュエルシードは危険なものなんですよ。子供が迂闊に触っていいものじゃありません。何が目当てで集めているんですか? 悪いことは言いませんからやめておきなさい。怪我では済みませんよ」

「え、あの、わたしは――」

「見たところ魔導師のようですね。出身世界はどこでしょうか。何が目的で管理外世界に?」

「わたしは高町なのはですっ。聖祥大付属小学校三年生の――」

「現地住民? バカなことを言わないでください。この世界には魔法はまだ存在していないはずですよ」

「待ってください! 僕はユーノ・スクライア。ジュエルシード発掘の責任者で――」

「はぁ、まったく、嘘ならもう少しばれにくいものにしてください。どこからどう見てもあなたは使い魔ではないですか。やはり怪しいですね。こんな怪しいグループに危険なロストロギアを渡すわけにはいきません。魔法世界の住民の義務ですともええ」

 

 乱暴な理論だけど、某同盟の提督も言っていた。戦争って言うのは半分は後世の人々が呆れかえるような理由で行われ、残りの半分は当時の人々でさえ呆れかえるような理由で行われるのだと。どれだけ暴論でも押し通せば道理は引っ込む。

 つまり、善意の第三者を装う作戦。いや、『善意の第三者』は法律用語で盗品をそうとは知らずに購入してしまった人とかを指し示す言葉だから用法といてはまったく間違ってるけど。要はフィーリングである。ジュエルシードとは何の関係がない人間が善意で回収しているということを言いたいのだ。ただ、独善かつ善意以外のものもたっぷり抱いているだけで。

 管理局という指揮を執る立場が現場に存在せず、自主的に回収する勢力が現地で衝突したとしても、それは情報不足によって発生する不幸な事故というものだ。相手がいくつ回収しているのかわからないが、相手の出自が定かではないと判断して危険を未然に防ぐために奪い取ったとしてもこの状況下なら不自然ではない。

 ――残りの個数がどれだけあるのかまったく予測がつかない以上、法律にぎりぎり触れず相手からジュエルシードを奪い取れるだけの建前が必要なのだ。こんな女の子を攻撃しなきゃいけないのかと思うと罪悪感がひどいけど。出会い方が違えば友達になりたい、いや、フェイトの友達になってほしいタイプだと思う。挨拶が出来るほど真面目で、困っていたユーノを助けるくらい情に厚く、二週間経過した今も疲労で投げ出したりしない責任感もある。

 ……本当に、何でぼくはこんないい子を怪しい奴、言っちゃえば悪者扱いして攻撃しようとしているの? 死ねばいいのに。

 閑話休題。

 ジュエルシードがユーノの所有物ならまた話は違うが、そのような事実もない。そもそも、ロストロギアが個人所有されることってまずあり得ないだろう。強いて言うならデバイスがその起源をロストロギアに持っているらしいけど、これは量産に成功しているしね。

 精密機械っぽい癖に武器として使用しようと電流を流そうと高温低温にさらそうとびくともしない頑丈さにそれで納得いった。

 管理局の法の下、正式に世界を渡って魔法とデバイスの使用許可を取っていたのがここで生きてくる。ジュエルシードさえ必要数集まれば術式はすでに完成してあるし、調整にもそんなに時間はかからない。アリシア復活の儀式を行っても日程的にじゅうぶん誤差でごまかしがきく範囲だ。

 事件性が発生して細かく調書つくることになったらそれも難しいだろうけどね。だからやり過ぎは逆にダメ。ギル・グレアムも要注意。秘密にするべきことは『死者を蘇生させる』ということであって、ジュエルシードの回収はべつにばれてもいいのだ。

 と、いうわけで。

 

〈フェイト、やっちゃえ。作戦名ヒポクリットだ〉

〈……うん、わかった〉

 

 名前を教えてやる義理もないので【念話】で指示を出す。

 

「【フォトンランサー・マルチショット】――ファイヤ!」

「きゃっ!」

「なのはっ、とりあえずバリアジャケットだけでも展開するんだ!」

 

 連続して放たれる金色の閃光はフェレットが展開した緑色のバリアに阻まれる。なのはは攻撃に対してギュッと目をつむり、身を縮めていた。……反応だけ見ればまるっきり普通の女の子なんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら素早く彼女の死角にまわり、意識を刈るべく手刀を首筋に打ち込む。

 

「【バリアブレイク】――え?」

「く、うう……」

 

 フェイトの【フォトンランサー】を防いで消耗したバリアだ。【バリアブレイク】で抜く自信はあった。事実、バリアは一瞬で砕けた。

 しかし、完全に死角から放ったはずの一撃は彼女が展開した【ラウンドシールド】によって防がれた。いつの間にかバリアジャケットも展開しているし、さらにマルチタスクでゆっくりと空に飛びあがろうとしているような……。

 前言撤回。デバイスなしでこれだけの魔法。この成長速度、化け物だ。さっきのセリフじゃないけど、魔法世界出身じゃないとか嘘だろう。そもそも、どうやって死角からの一撃を防いだんだ? 動体視力と反射神経もかなりのものを持っているだろうけど……。

 油断は捨て【明鏡止水】を発動させる。目に見えて彼女が怯えるのがわかった。こんなに普通の女の子みたいな反応を見せるのに、どうして普通に戦えるんだろう。不思議だ。何が彼女を動かしているんだ?

 わからないな。考えるのは後にしよう。彼女の魔法はデバイスがない分遅く、荒く、脆い。【バリアブレイク】をもう一段階発動させ腕を振り抜いた。綺麗に入った手ごたえと小気味いい打撃音。

 

「なのはっ! うわっ!?」

「ごめん……」

 

 なのはに意識を取られ過ぎたユーノも超高速で接近してきたフェイトの魔力刃で意識を刈り取られる。意識を失い崩れ落ちる主従の体は【バインド】で支えた。

 経験の差ってやつだね。彼等は優秀な魔導師なのかもしれないけど、戦闘訓練を受けたことがない以上ぼくらの敵じゃない。今はまだ、という注釈がつくが。

 

《アルフ~、どうするの?》

「んー、たぶんだけど彼女たちが集めたジュエルシードって彼女のデバイスの中に格納されているよね。今は持っていないみたいだし、今日は退散し――たかったんだけどね」

「“来るぞ”」

 

 言わなくてもわかってるよバルディッシュ。おかわりはもういらないというのに。

 結界の歪みを察したフェイトが自分の周囲にフォトンスフィアを展開する。いい判断だ。模擬戦で似たようなことを散々やったからね、主にぼくが。

 本日二度目の結界への介入者。なのはとそっくりの顔をしたポニーテールもどきの少女が現れる。【明鏡止水】で感情を排したぼくと正面から目が合い、動きが止まった瞬間を狙って上空という人類共通の死角から七つの雷の槍が降り注いだ。

 

 

 他の転生者よりも自分はついていなかったのだろうとなずなは解釈している。

 今までに会った転生者たちを見る限り、そしてレイハの話を聞く限りそう感じる。

 なずなが自我を得たとき、それはまだ彼女がその名前を得る前のこと。生まれた直後どころか母親の胎内にいるときであり、自我があるという事実に関係なくなずなの肉体は年相応であった。

 人間の脳細胞は約百四十億個あると言われているが、それらは生まれたばかりの時はほとんど稼働していない。各細胞間を結ぶシナプスが形成されて初めて外部の情報を処理する脳細胞特有の働きをするが、その形成が本格的に行われるのは生まれてからだ。生後六カ月で脳の重量は誕生時の二倍になるというのだからどれだけの速度で発達しているかがわかるだろう。逆に、生まれる前がどれだけ未熟かも。

 さらに言えば脳回路の形成も三歳まではハードウェアの面が優先され、思考、意志、創造、情操といったものを行う前頭葉の配線は四歳以降と言われている。

 つまり、自我はあっても思考が構成できない。魂に受け継がれた知識と人格をじゅうぶんに起動させるだけのハードがまだ存在していないのに、生まれた自我はそんなことお構いなしに存在し続ける。

 結果としてなずなの幼少期の記憶は、慢性的に脳を蝕む苦痛と度重なる高熱による朦朧とした意識、幕一枚分隔てたところに存在する身近な狂気の三つで構成されている。

 死にたくないという動物的な本能に身を任せ毎日を生き抜いた。肉体的にいくら消耗しても病魔に侵されることがない【太陽の息吹】という転生特典、人間離れした動きを可能とする高町家に受け継がれる血、心を支える姉、どれが欠けてもなずなは今ここにいなかっただろう。

 特に姉の存在は大きい。母体の負担になるから早く行かねばならないとわかっていたのに、ためらっていたなずなのために先陣を切ってくれた強い姉はその時からなずなの憧れであり目標だ。物心ついたばかりで遊びたい盛りだろうに、高熱を出して寝込みがちななずなを拙いながらも看病してくれたやさしい姉が大好きだった。

 彼女がいたからなずなはやってこれた。彼女の真似をすることで子供としての正しい在り方を学び、狂気から決別することが出来た。口調ばかりはなんともしがたく、敬語で塗り固めることになったが。

 彼女のためならなずなはなんだってできる。彼女のためなら自分は犠牲に、などとはまったく思わないけれども。一人の幸せより、二人の幸せ。二人の幸せよりは、みんなの幸せ。欲張りというより、なずなには姉が一人で幸せになるという状況が想像できない。自分がいて、家族がいて、友人がいて、多くの人に囲まれて笑う姉がなずなの一番容易く想像できる幸せな姿である。

 だからどのような過程があれ、そんな敬愛する姉が地に伏している現状は控えめに言って面白くなかったし、さらに交渉の余地なく攻撃してきた相手に弁明の余地は無いと思えた。

 

〈レイハ〉

〈はいはい、りょーかい――Put out〉

 

 何故か無駄にネイティブな発音と共に一対の木刀がレイジングハートの格納スペースから排出される。小太刀二刀という、お土産屋などでは見られない一風変わった造りだ。

 さらに一瞬なずなの服が瞬き、全身を覆うタイプの競泳水着の要所にプロテクターを加えたようなデザインのバリアジャケットが展開される。なずなの想像力(センス)の限界。身を守るものであり、スピード重視というイメージが強調された結果である。

 学校の制服をベースにしているとはいえ、可愛いデザインの姉とは大違いだ。まあ、自分がいくら着飾ったところで限界はあるだろうとなずなはその辺半分諦めている。

 

〈Barriar Jacket――ふう、なずなちゃんの魔力資質だとそれぞれ一回の発動とジャケットの維持が精一杯。それ以上の援護は無いと思ってくれやす〉

〈充分です〉

 

 幼少期になずなの脳にかけられた異常な負荷は副産物をもたらした。

 何十倍にも引き上げられた体感速度の中で迫りくる閃光の軌道を冷静に読む。直線的なため予想は容易だ。後はかわしきる身体能力と、きちんと体を動かす不屈の心だけ。

 

〈いきます〉

 

 人間のポテンシャルは普段大部分が眠っており死の脅威などごく限られた場面でのみ発揮されることがあるなどとよく言われるが、なずなは幼少期から意図的に身体の状態を弄ることを試み続けた結果、自分の意志でその境地に至れるようになった。

 走馬灯、すべてがスローモーションに見える感覚、筋肉のリミッター解除、お手軽なところで言えば周辺視と瞬間視と瞬間記憶、いわゆる速読など大抵のことなら出来る。日常生活には必要ない、むしろ邪魔なので普段は制限を掛けているが。

 幼少期に自我があったおかげで特殊能力に目覚めたのではない。特殊能力と呼ばれるレベルの性能が発揮できるようにならないと生き残れなかったのだ。

 キリンの首は進化して長くなった。ゾウの鼻は進化して長くなった。長くなったから生き残ったのか。逆だ。長くならなかった個体は絶滅しただけ。なずなにも同じことが言える。

 進化したから生き延びた。それだけの話だ。

 

 

 突出して攻撃をかわし、背後で爆発が起こるのを尻目にその爆風を利用してさらに加速する。その攻撃を放ってきた金髪の少女は驚いたかのように表情を変えたが、オレンジがかった赤い髪の方はぴくりともしなかった。さもありなん。アレが表情を変える場面の方がなずなには想像も出来ない。

 敵は二人とも上空に存在し、なずなは飛べない。金髪の方は直線距離にして二十三メートル、オレンジは十メートル。両方跳んで届かない距離ではないが、それで片方を撃墜しても着地までの無防備な状態をもう片方にさらすのは無謀というもの。

 

〈降りてきてもらいましょうか。レイハ、どうですか?〉

〈オレンジ髪の方が転生者だよ。向こうも近接メインだから手ごわいと思うけど〉

〈問題ありません。転生特典はどうですか?〉

 

 レイハの転生特典【千里眼(クレイボヤンス)】。途中経過をすべて省略し、『対象の情報把握』という事象を発生させるというふざけた能力だ。発動には一定時間以上相手を視界に捉える事(その条件を聞いたとき、レイハの視界はどのようなものなのかなずなはわりと真面目に気になった)、知りたいと意識した情報のみを過不足なく得ることしかできない、得る情報に比例して消費コストと発動までの必要時間が跳ね上がるなどと制限は多いが。

 何より、自力で魔力を発生させることのできないレイハはコストを己の使用者に負担してもらわねばならない。『コストとして使用できるのは魔力のみ』というのはレイハが所有するすべての転生特典に共通する縛りだ。なのはなら問題は無かったのだろうが、なずなだと相手の転生特典の確認が精一杯である。

 

〈注意するべきは二つ。【明鏡止水】はなずなちゃんの【傍目八目】の上位互換。感情を排し、常に百パーセントのパフォーマンスを発揮する。士気の低下や動揺は狙えないね。判断ミスも少ないかも〉

〈そうですか。やっかいですね〉

 

 【傍目八目】は『第三者として見ることによって適切に判断を下す』なずなが身につけた特殊能力の一つである。状態にいちいち名前を付け、技として意識することによってその状態に意識的に持っていけるようにしたのはなずな本人であるが、このように他人から言われるといささか気恥かしさを感じる。

 感情を排する、ということはあの目もその効果の延長線上なのだろうか。いやな追加効果だ。

 

〈もう一つは【以心伝心】。これはあたしの【千里眼(クレイボンヤス)】と同じ事象発生に分類される能力で『相互理解』を過程を飛ばして発生させるみたい。百パー発揮したらこっちの攻撃も相手の攻撃も完全に理解できちゃって戦いにならないけど、効果をかなり制限して使っているね。技が見切られやすいくらいに考えといて〉

〈いやな能力ですねそれも〉

 

 ただ、回避不可の即死能力を叩きこんでくるようなことは無いようだ。その点に安心しながらなずなは鋼糸を放つ。転生者相手だとその心配が杞憂にならないから困るのだ。

 【神速】を未だ習得していないなずなは体感速度を引き延ばすことはできても、周囲を置き去りにしたあの速度で動くことはできない。リミッターをすべて外せば近い動きは可能なのだが、あれは攻撃に全振りするようなもので守るための御神流とは噛みあわない。

 鋼糸がオレンジ色の防壁に絡みつく。一瞬拮抗したが、『気』を流してやると防壁を切断し、狼少女の左腕に巻きついた。魔法が『気』の運用で抜けたことに少し安心するなずな。

 

〈うーん、何度見ても理不尽だね~〉

〈五月蠅いです。……私も昔から思っていますよ〉

 

 父と兄の模擬戦を初めてみた後、なずなはこの世界について調べなおした。しかし、生物の教科書に載っている知識も、オリンピック選手の記録もなずなの知っているものとは変わらない。世間一般で認識されている人間の限界はなずなの前世と大差なかった。

 ならば、彼らの動きは何なのか。

 なずなの立てた仮説はこうだ。人間の生物学的な身体能力そのものは前世と変わらない。しかし、この世界には前世には存在しなかった、彼らの非常識な動きを支える未知のエネルギーとその法則が存在する。そのエネルギーになずなは便宜上『気』と名前を付け、その存在を意識しながら鍛錬を積んだ結果、それらしき力の発見およびそれなりに使いこなせるようになった。

 小学校一年生の彼女が転生特典を複数持つ転生者たちを一方的に血祭りに上げることが出来た所以がこれである。もっとも一番大きい要因は、彼らが彼女を戦闘力五以下のなのはだと思っていたことだろうが。

 レイハの【千里眼(クレイボンヤス)】を持ってしても未だに正体がはっきりしないが、こうして使えるなら今は問題がない。

 

「シッ!」

「……っ」

 

 『気』を纏わせ人間をはるかに超えた力を瞬間的に引き出し相手を手元に手繰り寄せる。なんだか純粋な身体能力だけでも自分の知る人間の限界を超えてきた気がする昨今だが、もはやここまで来たら気にしたら負けだ。

 そのまま手元に引き寄せたら勝負はなずなに分があっただろう。なずなの不幸は相手の能力をすべて把握できなかった点。レイハが敵対している魔導師たちの特性を失念していたことだ。

 

「かふっ!?」

 

 何の前触れもなかった。特徴的な激痛が鋼糸を握った右腕を中心に全身に広がり、重いしびれとなって体を拘束する。

 

(電撃……!? そんな、魔法発動の気配はなかったのに……)

 

 一発で電撃と判断できる彼女の日常はどんなものなのだろう。

 

〈ごめんっ、【魔力変換資質】のことすっかり忘れてた! 魔導師の中には魔法を使わずに直接魔力を現象に変えることが出来るやつがいるんだった〉

〈うっかり属性はここではいりません……!〉

 

 なずなはうめく。天然ボケで可愛い子ぶるのも時と場所を考えてほしいものだった。まず確実に素なのだろうが。

 相手を拘束し引き寄せるはずの鋼糸は電線として逆に利用されてしまった。現在進行形で電流は流れてきており、近づいてくる相手の姿も満足に動けない現状では脅威にしかならない。

 

「くぅ、御神の剣士は……」

 

 それでもなずなは諦めなかった。なのはの様子は真っ先に確認した。命に別条はない。これといった怪我も見られない。手加減されたのだろう。でも、それとこれとは話が別だ。一生懸命頑張っている姉を一方的な都合で踏みにじった相手に、一発くれてやらないと気が済まない。

 

「守るべきものがあるとき、倒れないんですよ!」

 

 【御神流 徹】。カウンター気味にしびれる身体に鞭打って相手の顔にぶち込む。案の定、防壁が展開されたが【ラウンドシールド】程度なら抜けることは姉との実験で確認済みだ。衝撃を裏側に打ち徹す打撃であるこの技は、決められた範囲しか防げない魔法防壁と相性がいいらしい。

 手ごたえはあった。貶められた姉の想い、誇り、行い、少しでも相手に思い知らせることが出来ただろうか。

 

「■■■」

 

 表情も目もまるで変わらないままに、相手の口から音がこぼれおちる。それと共に打ちおろされた正拳で、なずなは意識を手放した。

 

 

 ものすごく疲れた。

 

 

 マンションに帰宅後、リビングまでふらふらと歩きソファーに崩れ落ちる。

 もうね、精神ダメージがヤバい。何でぼくこんなことやってんのって感じ。

 もっといい方法は無かったんだろうか。作戦そのものはプレシアがたくさん用意してくれた。ぼくらは現場の判断で、その中から適切と思われるものを選んで行う形となる。

 あの子たち、双子だったのかなぁ? いい子な姉と、いい子な妹。うう、まぶしすぎて灰になりそうだ。

 というか、何だったんだろうアレ? 姉は天性の大魔導師で、妹は魔法を使わない特殊な力を持った剣士とか。いや、針や糸も使ってたからどちらかといえばニンジャか。

 物理で殴る前衛と魔法火力の後衛、支援特化のユーノが加わればまさに完璧。さすが主人公勢力、でいいのかなぁ……。こっちとしては不安通り魔法以外の不思議パワーが存在しているようで気が重いんだけど。小学生のうごきじゃないよなぁ、アレ。いや、それ以前に人間じゃねえ。

 相手がいくつジュエルシードを所有しているかわからない以上、無理やり相手から奪い取れる作戦が適切かと思ったんだけど、判断ミスかもしれない。敵対勢力とみても脅威だけど、それ以上に善人に悪役を押し付けるのがここまで負荷になる行為だなんて思いもしなかった。

 フェイトもあれっきり何かを考えている様子で黙り込んでいる。アリシアも何とも言えない後味の悪さを感じているようだ。

 はぁ、なんであの時ぼくは、あの子に向かってあんなこと言っちゃったのかな。絶対あの状況で言っちゃいけない言葉だろう。【明鏡止水】はたしかに発動していたはずなのに……。

 

「アルフ」

「んー?」

「あの子たち、すごかったね」

「うん」

 

 考えをまとめ終わったようで、フェイトが顔を上げた。

 結局、今回の収穫は一つだけ。デバイスは後から登場した女の子が持っていたんだけど、気絶した後も自動で迎撃するとかお前はどこの格闘漫画の主人公だという反応を見せてくれた。なーんかデバイスそのものからもヤバゲな気配を感じたし、直感に従ってあの場はとっとと退散したのだ。

 そもそも、いくらなんでもフェイトやアリシアの目の前で殺しとか無理だし。

 

「私たち、悪者だね」

「……うん、そーだね」

 

 一瞬否定しようかと思った。現場監督はぼくだし、指示だししたものぼくだ。責任はぼくにある。でも、フェイトが言いたいことはきっとそういうことじゃないから。

 

「でも、私はお姉ちゃんに生き返ってほしいんだ。これは私の気持ち。これだけは譲らない。アルフも巻き込んじゃうけど、協力してくれる?」

「もちろん。その代わり、ぼくも頼んでいいかな?」

 

 赤い瞳に輝く強い決意。ぼくが迷った時は、いつも彼女が導いてくれる。年がら年中彷徨ってばかりだろというツッコミはなしの方向で。

 

「うん」

「ぼくもアリシアを生き返らせたい。アリシアのためじゃなくて、ぼくのわがままで」

「手伝うよ。任せて」

《……勝手にわたしのことで盛り上がらないでよ~》

「あはは、ごめんごめん」

 

 ぷかぷか浮かんでいたアリシアが文句を言う。

 たしかに目の前で勝手にこんな話されたらたまったものではないだろう。

 笑いあって、少し気が楽になった。

 

「ねえ、これからもあの子たちとぶつかるんだろうね」

「この作戦を押し通せばね。謝罪して、別の作戦で行くという手もあるよ」

 

 むしろ心情としてはいますぐそうしたい。彼女たちにすべてをぶちまけて、協力体制が取れたら一番楽なんだけど、それに必要不可欠な信頼関係は皆無、むしろマイナス……。あー、やっぱり初手から判断ミスだな。こっち来てからそればっか思ってないか、ぼく?

 フェイトの顔が、どこか心配するようなものになった。少し違和感。このタイミングで、何に対して?

 

「それはまた今度でいいけど、すべてが終わった後、お話しする機会、あるかな?」

「どうだろう、どうして?」

「最初の子の目、とても気になったんだ。寂しい目。何かを追い求めているみたいに、余裕のない目。昔の私もあんな目をしてたと思うから」

《アルフにもちょっと似てたよね》

 

 フェイトとアリシアが口々に言う。確かに印象的な目ではあったけど……。ぼくにはそこまで深くはわからない。経験が少ないから、っていうとフェイトはもっと少ないはずなんだけど。純粋に適性がないのか。地味にへこむ。

 

「一度、きちんと話し合ってみたいんだ」

 

 凛々しく宣言するフェイト。それは今回の『旅行』でアリシア復活以外の目的を、彼女が抱いた瞬間だった。

 

 

 ……信じられるか、このあとギル・グレアムとの会談が待っているんだぜ?

 ぼくのライフはもうゼロだよ。

 




 木曜日に本編投稿。日曜日に設定集更新という流れでいきたいと思います。

 誤字・脱字等あればお願いします。


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閑話 狼とチョコレート

 本編の流れをぶった切って閑話挿入。
 せっかくのネット小説なので、時事ネタを一回やってみたかったんです。

 トリック・オア・トリート!


 

 それは、秋も深まり肌寒さを感じ始める季節のこと。

 

 

「うー、寒くなってきたな」

 

 一匹の少女(誤字にあらず)が樹の枝にまたがり、木々の隙間からかすかに見える雲をぼんやりと眺めていた。そんな高いところにいるから余計に寒いんじゃないかという突っ込みを入れる存在は今はいない。

 年のころは五歳くらいだろうか。健康的に引き締まった肢体を包む、病院のパジャマにも似たシンプルなワンピース。左腕には三日月型の銀の盾が光っており、オレンジがかった赤毛は余裕で膝まで届く長さでありながら縺れることもなく風にそよいでいた。

 ぴくぴく動く耳と、ゆっくり振られる尻尾が彼女が人でないことを示している。

 アルフ。それがこの少女に与えられた名前だ。

 今、幼い顔立ちにふさわしくない色濃い疲労が彼女の表情にはっきりと表れていた。その目に光がないのは普段通りだが、こころなしいつもより霞が濃い。

 

「実験に協力するのはやぶさかではないよ。むしろ望むところだし。……でも、少しは加減という物を考えてくれないかな。ぼくはまだ一年しか生きていないのに。ねえ、フェイト?」

「っ!?」

 

 超高速で飛び込んできた少女が、アルフの目前でバインドに拘束される。きらきらと輝く金髪が、クモの巣に捕われた蝶の鱗粉みたいで綺麗などとアルフはのんきに考えていた。

 彼女の名前はフェイト・テスタロッサ。今年で八歳ということになっている、アルフの大切なご主人様だ。超高速から【ディレイバインド】で無理やり止めたため、慣性を殺しきれずかふっと息を吐き出す姿を見ると心がしくしく痛むが、そこはぐっと堪える。

 

「ぼくの姿を見つけて、認識範囲外から高速の精密攻撃(シャープショット)で一撃必殺。発想は悪くないよ。でも、木々に覆い隠されたこの位置へ射線が通っているのはたったの二か所。罠を仕掛けるにはうってつけなんだ。次からはもっと曲線的な軌道で来ようね」

「くぅ……!」

 

 このアルトセイムの森はアルフのテリトリーと言って差し支えない。当然、不意打ち、騙し打ち、潜伏、罠の設置に適したところは熟知している。

 魔導師ランクでは大きく劣っているはずのアルフが、このように模擬戦でフェイトと互角に戦えている理由の一つだ。

 懸命にバインドを壊そうとしているフェイトだが、飛び込んでくるアルフの拳の方が速い。二人の姿が交差する瞬間、アルフがふと思いついたかのようにつぶやいた。

 

「そういえば、あっちじゃもうすぐハロウィンか……」

 

 

 ――これは、まだプレシアがアリシア復活のための術式の構築に躍起になり、その被害を受けてアルフの疲労がピークに達しようとしていたころのお話。

 

 

 私の名前はリニス。テスタロッサ家に使えるメイドのようなものです。

 主な仕事内容は家事全般とこの家の娘であるフェイトとその使い魔、アルフの教育係、そして彼女の母であり家長たるプレシアの身の回りのお世話。特に最近、プレシアは気を抜けば研究に没頭して食事を忘れるので注意が必要です。

 もっとも、この家のもう一人の娘、フェイトの姉にあたるアリシアは家族みんなでご飯を食べることにこだわっているし、プレシアは娘たちに頭が上がらないので説得そのものは容易なのですけど。むしろ、研究に没頭しているプレシアを放置すればプレシアがアリシアに叱られ、その後で私がプレシアに怒られます。理不尽です。

 

 

 そんな私は今、フェイトと今日の戦闘訓練の反省会をしていました。フェイトは見るからにショボンと気落ちした様子で、その隣でアルフも疲労のためかぐったりしています。主従そろって鬱陶しいですね。そして可愛いです。

 

「フェイト、今回の模擬戦は『いつも万全の状態で戦えるとは限らない』というコンセプトでアルフに『こいぬフォームのままでいる』というハンデをつけました。それなのにあなたは負けた。なぜかわかりますか?」

 

 フェイトはびくっと肩をすくめた後、しばらく考え込んで首を横に振りました。

 

「……わかんない。最初は私が弱かったからだと思った。でも、アルフは強いけどこいぬフォームなら総合的なスペックでは私のほうが上だし、『どこがどう弱くて』アルフに負けたのか……」

「はい。自分がわからないことを自覚するのはいいことです」

 

 やっぱりこの子は聡明だ。普通の人間が何年もかかる魔導師までの道程をわずか一年で駆け抜けただけある。将来この子は超一流の魔導師になるだろうし、実際すでに一流の領域に片足を踏み入れている。だからこそ、これは今覚えておくべきことだった。

 

「今回の模擬戦には二つの意図がありました。一つはあらかじめ言ったようにアルフに万全ではない状態での戦闘を経験してもらうこと。もう一つは腹をくくった弱者との戦い方をフェイト、あなたに学んでもらうことです」

「弱者との、たたかいかた?」

「ええ。アルフ、あなたにはわかりますか?」

 

 私はフェイトの隣で膝を抱えて空を見上げていたアルフに話を振った。彼女のぼんやりした目がこちらを向く。人によって感じ方は違うでしょうが、魚が数匹くらい棲んでいる濁った沼のような彼女の目はあまり嫌いではありません。

 

「ええ、たぶん。ぼくはこのコンディションでその条件を聞いたとき、まともに戦うという選択肢を完全に捨てました。そのことをフェイトが予測できていれば、もっと上手く立ち回ることができたでしょう」

「正解です」

 

 私生活でもそうですが、フェイトには狡さが足りないように感じます。もっともアルフのような目になられたら泣いちゃいますし、その前にプレシアから制裁があるでしょうけど。

 純粋無垢なフェイトの性格はとても好きですけど、それはそれとして。これは、これからの彼女に必要なことです。

 

「フェイト、あなたは強い。そしてこれからももっと強くなるでしょう。いずれ、純粋な実力であなたに脅威を及ぼせる存在は魔法世界においてほんの一握りになります。そのことをまず念頭に置いておいてください」

 

 上には上がいる。でも、下にはもっとたくさんいる。フェイトがいるのはそんな位置だ。

 

「その上で、相手はあなたに勝つために全身全霊をかけて向かってきます。そして実力差が歴然としている場合、それはどうしても搦め手に頼らざるを得なくなるのです」

 

 誰かしら何かを背負って生きている。その背負ったものがどうしても譲れなくて、起こるのが戦いだ。負けてもいいだなんて気持ちで戦場にいる者などそういない。

 どんな手を使ってでも、たとえ卑怯と謗られようとも、岩に齧りついてでも、それでも通さなきゃいけない想いがある。だからといってそれが通るとは限らないのですけどね。

 今回、アルフはバリアジャケットさえ展開していませんでした。一撃でもまともに入れば勝負はついていたでしょう。アルフもそう思わせることを狙っていたのだと思います。魔力の総量という問題もあったのでしょうけど。

 

「弱者はその実力では脅威足りえません。だからこそ実力以外でその差を埋めようとしてくる。そのことを覚えておいてください」

 

 フェイトは真剣な表情で聞いていました。私の言っていることを自分の中で吟味して、己の血肉にしようという熱意が伝わってきます。最近の彼女のモチベーションは高いですね。教師役としては嬉しい限りです。さて、それでは練習問題といきましょうか。

 

「それではフェイト。今回のあなたの問題点と、あのような状況下であなたが取るべきだった行動を一つ例に挙げてください」

「問題点は油断したこと。一撃入れたら勝負が決まるあの状況下で、攻撃に意識を集中しすぎた。アルフに誘導されちゃったんだと思う」

「はい。相手がどのような行動をとってくるかなど、私達は想像することしかできません。だからこそ行動を起こして相手の思考を誘導し、選択肢を狭めるのです。あのときのアルフの行動はその例ですね。防御を捨て、フェイトの攻撃を誘導しました」

 

 油断すれば足元をすくわれます。油断していなければ油断させるのが巧みな弱者というものです。そして相手の隙を見たとき、自分が優位に立ったとき、どうしても緩んでしまうのが人心というもの。そのことを常に自覚しておくことが重要です。そう言うと、フェイトは素直に頷きました。

 アルフも話を聞いてはいるのですが、どこか集中しきれないようで首を回しています。肩がこっているのでしょうか。あの外見で? う~ん、プレシアにアルフの休暇を申し出てみましょうか。

 次にフェイトは取るべきだった行動を挙げようとしましたが、今度はすぐには出てこないようでした。まあ、アルフは予測不可能なところがありますからねえ。何をしてもあまり有効打になる気がしないのは仕方のないことです。

 

「……罠があることを予想して、砲撃であの場所から移動させた後、近接で、叩く?」

「そうですね。ある程度実力差がはっきりしている時は性能(スペック)差を前面に出してごり押しというのも効果的です。何も考え付かないときはそれがベストでしょう。ただあの場合は結界内でもありますし、森はアルフのテリトリーですから森ごと焼き払ったほうがいいでしょうね」

 

 そう言うとアルフがものすごく嫌そうな顔をした。フェイトは驚いているが、あのときの二人にはそれをしてもなおフェイトに有利なほど魔力量に差があったのだ。有効であることが理解できているからこそアルフはあの表情なのだろう。

 実力差の正確な把握は生き残る上で重要な要素の一つである。無駄遣いに思える行動もゴール地点をはっきり定めていればベターな選択肢であることもあるのだ。フェイトにはそういった経験をどんどん積んでいって欲しい。

 ふと、アルフの視線がそっぽを向いた。それと同時に彼女が感覚共有の術式を起動させるのを感じる。

 

「……アリシア? もうそんな時間?」

《やっほー。うん、今日も楽しい実験のお時間がやってきましたよ~》

 

 アルフの視界を経由して、半透明のフェイトにそっくりな女の子が宙に浮かんでいるのが見えました。

 アリシア・テスタロッサ。少し複雑な事情がある子ですが、立派なテスタロッサ家の一員です。今日の戦闘訓練はおしまいのようですね。

 毎日、アルフは彼女の復活のためプレシアの実験につき合わされます。時間は決まっているので日常生活を送るのに差し支えはないのですが……いえ、着実に蓄積されていくアルフの疲労を見ると、何らかの手を打ったほうがよさそうですね。

 

「じゃあ、フェイト、リニス先輩、ぼくはこれで」

《れっつご~!》

 

 アリシアを認識できるのは現在のところアルフだけです。アルフいわく転生特典なる特殊能力の恩恵だそうですが、レアスキルなどとは根底から違うその力の解析はプレシアをもってしてもまったく進んでいません。

 アリシアが言うには一部の動物にもアリシアを認識できる固体は存在するそうなので、今度能力使用時のアルフと彼らの共通点を見出し、解析してデータ化するのだとプレシアが息巻いていました。アルフの話では神様の力だそうですが、あのプレシアの勢いを見ているとそれさえいつか解析してしまいそうです。

 まあいつか解析されてしまうとしても、現状はアリシアとコミュニケーションが取れるのはアルフと、彼女と感覚共有をしている者のみ。アルフの魔力の限界という制限が掛けられた親子の触れ合いの時間、今日の分のお話タイムがこれから来るのですから、アリシアのあのはしゃぎようも無理もないのかもしれません。

 アルフの手を引かんばかりに先導するアリシアの姿を見ているとそう思います。すると、その視線に気づいたかのようにアリシアが私たちの方を振り返り、ついっとお辞儀をしました。……何気にそつがないですね、あの子。

 

「では最後に。搦め手のパターンを覚えることももちろん重要ですが、今のフェイトのスペックを十全に生かしたいのならアルフを頼ってください。あの子は臆病な分、相手の搦め手にも気づきやすいですから。……フェイト?」

 

 視線を戻した先のフェイトは、アルフが消えていったほうを見て何かを考えているようでした。使い魔をとられてやきもちを焼いている――というのとは少し違うみたいですね。

 

「ねえ、リニス。アルフ、毎日大変そうだね」

「ええ、そうですね?」

「ハロウィン、って何なのかリニスは知ってる?」

 

 やがて、彼女から出てきたのはそんなセリフでした。

 

 

 最近疲れているアルフを労ってあげたい。

 アルフがこぼしたという『ハロウィン』という言葉。文脈から判断するに、アルフの前世の世界で存在したお祭りなのだと思う。

 アルフには秘密でハロウィンなるものを再現し、彼女に労いと日ごろの感謝を伝えられないだろうか。フェイトが言ったのはそんな内容でした。

 

 そう言われて、燃え上がらなかったら使い魔じゃありません。しっかり調べ上げましたとも。

 

 前世のアルフがいたのは第九十七管理外世界『地球』。その中でも極東に位置する日本という国だと以前に彼女の口から聞いたことがありました。魔法世界に地球出身の魔導師は幾人か存在しますし、彼らが持ち込んだ文化もいくつかは根付いています。

 しかし、第九十七管理外世界の住人は基本的にリンカーコアを持ちません。突然変異的に高い魔力資質を持ったものがごくまれに存在するだけです。その中でも魔法世界に入った日本出身の魔導師となると数えられるほどしかいません。当然、流れ込んでくる文化も限られたものになります。

 私たちは今、おおっぴらにできない研究に打ち込んでいる身。あまり外との交流は持てません。その中で『日本のハロウィン』の情報を集めるのは困難を極めましたが、つらくはありませんでした。

 可愛い子供たちのためと思うと、むしろ楽しくて仕方ありません。楽しんでいるうちに必要と思われる情報は集め終えていました。

 アルフに日ごろの感謝を伝えたいと思っているのは私とフェイトだけではないはず、そう思った私はプレシアとアリシアも話に巻き込むことにしました。プレシアは私から話を持っていけばよかったのですが、問題はアリシアです。アルフがいなければ意思疎通が取れない彼女と話をしようと思えば、必然的にアルフを同席させなければなりません。それではサプライズにしたいというフェイトの要望を諦めてもらうことになります。それに、アルフのための祭りの段取りをアルフの前でするというのも興醒めです。

 解決案を出したのはプレシアでした。さすが私のご主人様(マイマスター)。頭は良いんですよね、頭は。

 

「確かに意思疎通はできないわね。なら、一方的に意思を伝えるのを交互に繰り返せばいいじゃない。私たち側からは置手紙という形で計画を伝えて、アリシア側からは暗号にしてアルフ同席時に返事をもらいましょう。その後は待ち合わせ場所と時間さえ合わせれば、こちらからの伝達はかなりスムーズにできるはずよ。あとそれからリニス、何か余計なことを考えなかったかしら?」

「いいえ、まさか」

 

 能力は本当に優秀ですね。何はともあれ作戦は功を奏し、私たち四人の計画は着実に進んでいきました。私、フェイト、プレシアの三人とアリシアの活動はズレざるを得ませんでしたが、それが逆に私たちが準備をしている間にアリシアがアルフを誘導するなどの役割分担につながり、決行日までの短い時間は順調に消費されていきます。

 

 

 短いようで長かった二週間が過ぎ、ついに異世界のお祭り、ハロウィン当日がやってきました。

 当日、私たちの努力を祝福するかのように空は青く澄み渡り、せっかくだからと私たちは時の庭園ではなくアルトセイムの草原で準備をします。アリシアは後からアルフを連れてくる係りです。

 なんだがわくわくしますね。隣でフェイトも頬を紅潮させて支度を進めています。ね、プレシア? あなたはだいぶごねていましたが、今日は研究を休みにして良かったでしょう? この子たちのこんな可愛らしい姿が見れたのですから。

 と見てみれば、デバイスを起動させてせっせとフェイトの笑顔を記録していました。映像は後で私も鑑賞するとして、ちゃんと手も動かしてくださいね。

 支度をすべて終えてからアルフの到着を待つ十数分、心臓は高鳴りっぱなしです。お祭りは準備を終えてから始まるのを待つまでがいちばん楽しいとどこかで聞いたことがありますけど、案外本当なのかもしれません。

 というか、今気づきましたけど私たちってプレシア以外、お祭りって初体験じゃありませんか?

 意外な事実に愕然としている中、ついにアルフが誰かに手を引かれるように前屈みな体勢でふらふらやってきました。

 

「あれ? みなさんおそろいで。何かあるんですか?」

 

 おっと、いけませんね。出遅れるところでした。フェイト、プレシア、たぶんアリシアがいる空間に順番に視線をめぐらせ、息をそろえて言葉を吐き出します。

 

『とりっく・おあ・とりーと!』

「え? え? なに?」

 

 アルフはおろおろと周囲を見渡していました。きちんとハロウィンの飾りつけはしているのですし、気づいてもよさそうなものなのですけど。

 普段は飄々としているように見えて、自分のテリトリーを逸脱すると途端に弱くなりますね、アルフは。今後の課題です。

 狼狽から脱しきれないアルフの前に、フェイトが代表して進み出ます。提案者の特権というやつです。

 フェイトは輝くような笑顔でチョコレートをアルフに差し出しました。

 

「アルフ、いつもありがとう。アルフの生まれた世界にはハロウィンっていう文化があるんだよね」

「う、うん……これはハロウィンなんだ?」

「うん! いつもお世話になっている人にチョコレートを渡すか、心を込めていたずらするんでしょう? とりっく・おあ・とりーと!」

「………………」

 

 ――ソレナンテデンゴンゲーム?

 

 アルフがそう、唇をほとんど動かさずに呟いたのが使い魔の聴覚をもってしてかろうじて聞き取れました。どういう意味でしょう?

 硬直して動かないアルフの前で、フェイトが笑顔を消して不安そうにうつむいてしまいます。プレシア、まだ彼女たちが話している最中ですからデバイスを構えようとしないでください。

 

「アルフ、気に入らなかった?」

「いや、えーと、そうじゃなくて……」

「それとも……いたずらのほうが、よかった?」

 

 …………っ!

 っは!? 危うく意識を持っていかれるところでした。真っ赤な顔のフェイトの上目遣い、殺傷力高すぎです。

 

「フェイトにあんなこと言われるなんて……羨ましい妬ましいパルパル……」

 

 プレシア、少し黙っていてください。あなた最近本能で生きすぎです。

 至近距離であの破壊力を受けてしまったアルフはぼふんと毛を逆立てた後、機械的な動作でチョコレートを受け取りました。

 

「あ、ありがとう。ぼくにはチョコレートでじゅーぶんです。じゅうぶんすぎるほどですはい」

 

 残像が見えそうな速度で振られる耳、反対に爆発したまま硬直した尻尾。気持ちはわかります。

 そのまま機械的な動作でチョコレートの包装紙を剥いたアルフでしたが、口にする直前に何かを思い出すかのように目を細めました。

 

「いただきます」

 

 食べ物に、命に感謝するという彼女の前世から受け継がれた独特な祈り。いま、あの子は何を考えているのでしょうか。

 そんな些細な考察はチョコレートを一口齧ったアルフの表情の前に、文字通り吹き飛んでしまいました。下手をすると先ほどのフェイトの上目遣いよりも衝撃のほどは強いかもしれません。

 プレシアもフェイトも、きっとアリシアも呆然としている雰囲気が伝わってきます。

 

「……ん、あまい」

 

 アルフの目が光っているところ、初めて見ましたよ……。

 あのこ、あんな笑い方もできたんですねぇ…………。

 

 

 アリシアに手を引かれて連れて来られたのは、赤い提灯とカボチャのランタンがピンクのリボンで交互に吊るされた不思議空間だった。……いつからアリシアは時計を持ったウサギにクラスチェンジしたんだろう?

 混乱する中にかけられたトリック・オア・トリートの声。フェイトの説明を聞いて思わず呟いてしまったぼくは悪くないと思うんだ。

 混ざりすぎでしょ。ソレなんて伝言ゲーム?

 絶賛空転中の脳みそはフェイトの上目遣い&いたずら宣言で強制的にフリーズさせられる。反射的にチョコレートに逃げてしまったけれど、いたずらを選んでいたらどうなっていたんだろう?

 …………べつに残念なんかじゃないんだからね! ……やめよう、不毛だ。

 ぼくにはチョコレートでじゅーぶんである。これくらいで調度いい。尻尾も耳も、内心を表現するためにフル稼働中だ。

 凍りついた脳のまま、ギコギコと音がしそうな動作で包装紙を剥いたのはいいんだけれど、かじりつく前にふと昔のことを思い出した。

 

「いただきます」

 

 小さい頃――前世で小さい頃の話だ。チョコレートは『おとなのたべもの』だった。鼻血が出るからといってあまりたくさん食べさせてもらえなかったのだ。

 親の目を盗んでこっそり食べられるほどファイトに溢れたお子様でもなかったし、友達の家で機会に恵まれたとしてもブロックの二列も食べたら満腹になってしまった。

 憧れたものだ。大きくなったら板チョコを一枚、まるまる全部食べてやるのだと。当時は大真面目だった。

 少し大きくなってお小遣いがもらえるようになったとき、自分の意思でチョコレートを買えるようになったのが嬉しいことの一つだったっけ? バイトを始めて経済力がついたとき、板チョコをその気になればダース単位で買えることが何故か不思議だった記憶がある。

 そしてそのうちにチョコレートを食べることに何の感慨も抱かなくなった。カフェインと糖分を一緒に補給できる、便利なアイテムではあったけど。

 今のぼくはどうなんだろう?

 おとな、なのかな?

 たぶん、この身体なら一枚丸々食べることは余裕だろうけど、さ。

 いろいろ考えながら一口。芳醇な甘味が口の中いっぱいに広がる。

 

「……ん、あまい」

 

 とろりと舌に絡みつくように溶けてゆく甘さ。懐かしい。そして、昔よりもちょっぴり美味しい。顔がほころぶのを感じる。

 苦さと酸味は、なんでかあまり感じなかった。

 ……どうしたんだろう。フェイトが愕然とした表情で固まっているんだけど。

 

 

 ――なぜかはわからないあの日以来、時の庭園にはチョコレートが常備されるようになった。一応ミッドチルダでも定着しているお菓子だから入手が困難とかそういうことはないらしい。

 フェイトがあーんと食べさせてくれるのは幸せだから別にかまわないのだけど。とても幸せだから別にかまわないのだけど。大事なことだから何度言っても足りないくらい。

 

 いまのぼくは、チョコレートが好きだしね。

 ……それにしても、好きなものがチョコレートとカレー(タマネギたっぷり)って、狼の体にケンカ売ってる好物だよねぇ。




 ラストのシーンは初めていただいた応援イラストを元にしております。プロットを考えているときにあのイラストを見て
「よし、話のオチはこれにしよう!」
 と思い立ち書き始めました。

 ……あれ、ハロウィンをテーマで書き始めたはずなのに、添え物にしかなっていない気が。

 誤字・脱字の報告等あればお願いします。

 感想で意外に多かったので少し追記。
 チョコレートは有害です。いい読者も悪い読者も決して犬には与えないでください。そもそも、人間の食べるものは味が濃すぎて全般的にペットには有害です。餌をあげるときはきちんと最新の図鑑やそのペットにあった入門書で何を食べるのか調べてあげてください。古い本だと間違いが乗っている場合があります。

 自分の使い魔のイメージは『動物としての特性は劣化するが、動物の欠点がほぼ無効化される』です。言い換えれば『人間に動物への変身能力と特長をプラスした生き物』というところでしょうか。厳密には動物時が本性なのですがそれは置いておいて。
 ゆえに肉体は人間より強靭ですし、感覚は鋭敏ですし、カレーやチョコを食べられますし、色も識別しています(犬は色盲)。一人称で書いていく上で、そこら辺がずれていたら不便かなと思ったからこのような設定にしたのですが、今思えば感覚の齟齬に苦しむというのもそれはそれでアリですね。
 次別の作品で機会があれば、動物図鑑を片手に人間との感覚の差異を描写してみるのもありかもしれません。


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第十二話

 遅くなりました。
 申し訳ありません。


 

「まさか家の敷地内にあるとは……灯台もと暗しとはこのことね」

「……まあ、あれです。こんなポケットに収まるような大きさの小石を、この広い海鳴市の中から探せというのが難しいということくらい私も理解しています。リンカーコアが存在していなければ独特の波動を感じることもできないわけですから。仕方ありませんよね」

「そう思っているならジト目をやめてくれないかしら」

 

 なずなは深々とため息をつくと、目を元に戻した。

 謎の魔導師たちに敗北してから三十分ほどでなずなは意識を取り戻したものの、友人たちに心配をかけるのは十分すぎる時間であり、さらには早急に対策を立てるためにお茶会はお開きとなってしまった。

 半分こちらに足を踏み入れているすずかと違い、アリサには何も話せないので言いわけには苦労したものである。超絶頑固のくせに変なところで不器用な姉に任せると話がこじれるので、今行っている『人助け』が急に入ったこと、なずな個人としては詳細を話してしまっても全然構わないのだがそれをすると不特定多数の人間に迷惑がかかるので話せないことを説明して納得してもらった。

 それで納得できるアリサの精神年齢は確実に小学生を超えていると思う。自分たちへの信頼も大きいのだろうが。

 

 

 今部屋の中にいるのは忍、ファリン、ノエル、恭也、なのは、なずな、ユーノ、レイハの合計八人。この中で純粋に人間と言える者が何人いるかは置いておいて、とりあえず八人である。

 時刻は十二時を少し過ぎたあたり。そろそろ空腹を感じ始める時間帯ではあるが、支度を始めようという雰囲気ではなかった。

 

「なんか腹の立つ動作ね」

「申し訳ありません。筋違いだということはわかっているのですけど。私たちがそちらに依頼したのは第一に情報隠蔽。ジュエルシードの情報の収集はおまけのようなものです。むしろ、責められるべきはあれだけ至近にありながら発動するまでまったく気付けなかった私たちでしょう」

「いいえ。隠蔽は私たちにとっても必要なことだと認識しているわ。下手をしたら『魔法』という文明をまるごと敵にまわしてしまうもの。情報収集もこちらで請け負った仕事の一つ。敷地内にあるジュエルシードを確保できなかったのは完全にこちらの落ち度よ。悪かったわ」

 

 頭を下げる忍に恭也とノエルがわずかに瞠目し、なのはと何故かファリンがあからさまに狼狽する。今ここにいる忍は月村家当主、ひいては海鳴市の夜の一族の代表としての立場を背負っている。その上で謝罪したという事実は決して軽くない。

 

「ふええぇ!? し、忍さん、頭を上げてください! 謝ってもらわなきゃいけないことなんて一つもないです」

「そうですね。話が逸れました。いまは責任の在りかではなく、これからどうするかという話をするべきです。レイハの記憶がもっと使い物になれば簡単なのですが」

「“むう、しょーがないじゃない。何年前の話だと思ってんのさ~”」

 

 なのはの首元という定位置に戻ったレイハがちかちか点滅し、ありもしない口をとがらせる。

 

「ほう? では参考までに聞きますが、具体的に何年前なのですか?」

「“あれは今から三十六万……いや、一万四千年前だったか?”」

「それ以上ほざいたら握り潰しますよ()バイス」

「“そこは是非とも叩っ斬るかねじ切るかすり潰すかで……”」

「ノエルさん、おろし金」

「はい、ただいま」

「“じょーだんだよぉ、じょーだん!”」

「冗談ではありませんが?」

「漫才はそこまでにしてくれないかしら……」

 

 相応の覚悟をもって行った謝罪があっさり流されたことで疲れたように忍が口を挟んだ。

 レイハの元相棒でありながら主人と認められなかったユーノは二人(正確には一人と一機)のあまりにも打ち解けたやり取りに呆然とし、なのははお互いの距離が下手をすれば姉や現相棒である自分よりも近い二人にちょっぴり苦笑する。

 ――なのはたち高町家の人間が転生者という存在の片鱗に初めて触れたのは今からおよそ五年前、士郎が事故に遭ったときである。

 そのときに初めてなずなは自分に前世の記憶があることを両親に話し、一人の人間として彼らと話し合った。戦力として見てもらうため、そして子供のお願いとしてではなく確固としたひとつの意見として喫茶店の経営に士郎に専念してほしいと伝えるために。断りでもすれば足を切断されかねない勢いだった、とは士郎の談。

 その後、士郎の容態が安定し、家族の生活が元に戻ったときに両親を交えて兄弟三人になずなの口から説明があった。約十八年間にわたるの前世の記憶がなずなには存在すること。前世のなずなは病弱で入退院を繰り返す生活をしており、死んで神様に出会ったときに来世では『前世を含めお世話になった人に恩を返したい』、『病気にならない体が欲しい』、『自分の力が誰かの役に立ってほしい』と願い、それに応じた超能力を持って生まれてきたということ。

 驚いたが、同時に納得もした。超能力云々の実感はあまり湧かなかったが、なずなは姉のなのはから見ても特殊な存在だった。いや、姉という一番身近な場所から見たからこそその異常性がなおさらはっきり感じられたのかもしれない。

 大抵のことは教えられなくても出来る。なのはが何度練習しても出来ないことを、その応用発展を含めて自分ひとりでやってしまう。姉としてのプライドはズタズタだったが、前世というアドバンテージがあるのなら少しは気が楽になりそうだとそのときは思った。

 兄と姉も納得しているようだった。士郎が事故に遭う少し前あたりに、体と心がある程度動かせるようになったなずなが前世と今の世界の齟齬を確認するため引きずるようにして身長の半分くらいありそうなハードカバーの本を何冊も読破している姿を見ていたので、三歳児ではありえない見識を持っているというのは知っていたことだ。その原因がわかっただけのことである。

 前世はどうあれ今の彼女がなずなという高町家の末っ子であることは変わりないのだ。そうやって高町家の人間は転生者であるなずなを受け入れた。

 受け入れてしまった。前世の記憶があろうがなかろうが、彼女がなのはにとって大切な妹であることに変わりは無い。そして生まれるのは、出来のいい妹と何もできない姉という今までと何の変わりもない構図。なのはの苦悩は続くことになる。

 転生者という存在について新たな情報が出てきたのはつい最近、レイジングハートというデバイスがユーノによってこの世界に持ち込まれてからのことだ。

 自らをレイハと名乗ったそのデバイスはなずなに自分は転生者だと名乗り出て、転生者にまつわる話をなずなと二人きりでしていた。レイハ曰く、この世界に転生者という存在は複数存在するらしい。

 この世界には前世の記憶を持った人間が複数人存在している。そして彼らは神様からもらった超能力を持っている。なのはが知っているのはそのくらいである。詳しいことは教えてもらえなかった。

 ただ、レイハと話し終えたなずながとても怖い顔をしていたのを覚えている。なのはの顔を見てすぐに笑ってくれたが、あれが姉に心配かけまいとする妹の強がりだということはさすがのダメ姉ななのはでもわかる。

 それからだろうか。なずなとレイハの間になのはにはない繋がりが見られ始めたのは。

 

(まだまだわたしはなずちゃんに話してもらえるほど強くないんだ。頼ってもらえるほど信じられていないんだ。もっともっと、強くならないと……)

 

 なのはは密かに決意を固める。不屈の心は彼女に諦めるとか妥協するとかいった選択肢を選ぶことを許さない。

 

「申し訳ありません、話が逸れましたね。まあ、レイハが憶えていないというのは本当の様です。せめて名前だけでも覚えていればユーノが調べることが出来たのですが……」

「“うーん、何だったかな~。たしか、ウルフと……ディスティニー?”」

「どこぞの兵器みたいな名前ね」

「“レッドキャップとかそんな名字だった気がする!”」

「ウルフ・レッドキャップにディスティニー・レッドキャップ? さすがにあり得ないでしょう」

 

 呆れたような忍の口調がふとなのはの意識にひっかかった。レイハの挙げた名前が奇天烈なものだということはなのはもわかる。しかし忍の口調はまるで、あの魔導師たちの名前に一定の法則があり、今レイハが挙げた名前はそれから逸脱していると言っているように聞こえる。

 なのはの脳裏に二人の少女の姿が浮かぶ。一人はなのはの姉、美由希と同年代くらいに見えるオレンジがかった赤毛の犬耳少女。もう一人はなのはと同年代の、とっても綺麗な金髪をした女の子。自分の意志を貫こうとする強い赤い瞳が印象的だった。

 なのはとユーノを一蹴した二人。なずなに勝った二人。なのはがやろうとして出来なかったことを成し遂げた二人。なのはの心臓に鋭い痛みが走る。

 やりたいことが見つかったと思った。なのはにもやれることが見つかったと思った。でも、相変わらずなのはは何もできていない。何が目的なのかは知らないが、なのははあの女の子がとてもうらやましくなった。なのはが憧れている場所に、今のあの子は立っているのだ。

 

「だいたい、機械のくせに物忘れするってどうなのよ?」

「“むう、隣にいるその子たちを調整したあなたが言う? 人格を保ったまま記憶を保存できるのはせいぜい三百年が限度なんだよ。それ以上は人格か記憶か、どちらかが変質しちゃう。まさか原作開始時まで生き残るとは思わなかったし、前世の記憶はほとんど消しちゃったんだ。単純なデバイスとしての容量の限界もあるし”」

「それでも、覚えていることはないのですか? 相手の目的など」

「“うーん……無印はたしか、ラスボスがいて……あの子たちはたしか中ボスだったような”」

「黒幕がいるってこと? ユーノくん、だったかしら? あなたは何かわからないの?」

「すみません。かなり熟練した魔導師だということくらいしか……。下手をすると彼女たちは管理局、ええと、この世界でいう警察や軍隊をまとめたような組織なのですが、そこのエース級に匹敵すると思います」

「あっちの世界でもかなりの手練ということですか。なの姉は何か気付いたことは無いですか?」

「にゃ?」

 

 自分を置いて頭の上を飛び交っている話だと認識していたので、いきなり話を振られたなのはは慌てた。とっさにあのときの邂逅を思い出し、最初に思い出したことをそのまま口にする。

 

「えっと、礼儀正しい人だったよ。挨拶したら答えてくれたし」

 

 だからこそ、こっちを排除しようと意志を固めたときの目は背筋が冷たくなるほど怖かった。思い出してなのははブルリと震える。

 反応は予想以上だった。なずなと忍がそろってぽかんと口を開ける。

 

「はあ?」

「挨拶したら、答えてくれたですって?」

 

 何をそんなに驚いているのか、なのはは困惑した。そんななのはを置いてなずなと忍は顔を見合わせる。

 

「――迂闊でしたね。ジュエルシードが奪われたことに意識が向いて、相手の背後や目的を偏った方向からしか見ていませんでした。なの姉、ユーノ、彼女たちは何か言っていませんでしたか?」

「あっ、そういえば善意でロストロギアを集めているとか言っていました」

 

 ユーノが思い出す。彼女たちの力を脅威と認識するあまり、すっかり忘れていたのだ。よくわからないままになのはも付け足した。

 

「それで、お話する前に怪しい奴だってやっつけられちゃったの」

「……そういえば、レイハと聞いていた外見と彼女たちの外見はそっくりそのままでしたね。付かぬ事をお伺いいたしますが、魔法世界に外見を変えるような魔法は存在しないのですか?」

「“ううん、ふつーにあるよ。いちおう、自分以外の特定個人に変身することは禁止されているけど”」

 

 レイハの返答を聞き、なずはは疲れたように肩を落とした。忍も似たような表情をしている。

 

「素顔をさらしたままの犯行とか……。いえ、悪いことをしているつもりがないのでしょうか」

「完全に善意ゆえの行動ってことなの? いえ、でもレイハに聞いた『原作』だと……。ううん、そうだとしても最低限顔くらいは隠すわよね」

「……もしかして、かなりの天然?」

 

 結論が出てしまったのか、顔を見合わせて深々とため息をつく二人。何が何やらなのはにはさっぱりだ。ノエルは無表情なのでよくわからないが、隣のユーノや恭也やファリンも話の内容を理解できていないようである。

 

「やっかいね。天然っていうのは考えないわけじゃないの。考えるし、本人なりに急いでいるけど、その思考回路やペースが一般的なものからかけ離れた存在のことを言うのよ。読みにくいったらありゃしない」

「なんでしょう。いまさらどっと疲れがきましたよ……。少なからず彼女たちに腹を立てていたのですが、それも消えてしまいました」

 

 なんだかよくわからないが、とりあえず険悪な空気は消えたようである。

 

(みんな仲良くできるってことかな? ……あの子と、お話してみたいな)

 

 会って、聞いてみたい。どうしてそんな目が出来るのか。彼女はいったい、何を背負ってあんな目をしているのか。どうやってそれだけの力を身につけたのか。

 また拒絶され、話をすることすらできないかもしれない。だとすれば話を聞いてもらうだけの力が必要だ。それとはまた別に彼女たちに勝ちたいという渇望も、まだ自覚はないもののなのはの奥でくすぶっている。

 レイハやユーノに聞けば教えてくれるだろうか――強くなる方法。

 

「とりあえず、素顔をさらしているなら話は早いわ。目撃情報を集めれば相手の拠点はわかるはず。今度はこっちから仕掛けましょう」

 

 どこか投げやりに忍が宣言する。

 なのはの預かり知らぬところで、今後の方針は決まったようだった。

 

 

 はあ、だいぶ頭痛がマシになってきた。

 本当にあの攻撃、どんな理屈だったんだろう? シールドもバリアジャケットも頭蓋骨すら貫通して直接脳に衝撃がみたいな感じだった。くらった直後はそうでもなかったんだけど、マンションに帰ってきてから頭痛、吐き気、眩暈に悩まされることとなった。

 この世界特有の戦闘技術か……。【以心伝心】で神力を感じることはできなかったし、転生特典の類ではないと思う。つまり裏を返せば、あのレベルの敵がこれから複数わいてくる可能性があるわけで。うう、セーブポイントからやり直したい。

 現実放置はそこまでにして、時間が迫ってきたので第二ステージへの準備を始める。

 身支度を念入りに整えていざ出陣。うっかりお土産を忘れて一度家に取りに帰るはめになったけど、時間に余裕をもって動いているので問題ない。

 緊張するなー。ギル・グレアムのことも持ちろんだけど、女の子の家に招待されるというイベントも引きこもり一家で育った身としてはかなりのプレッシャーだ。あまり遊ばない友達の家に遊びに行くときと感覚は近いかもしれない。

 呼ばれていくんだから歓迎はいちおうされるはずなんだけど、理屈じゃない不安がひしひしとね。

 

「さあみんな、覚悟はいい?」

「うん、大丈夫だよ」

「“問題ない”」

《っていうか、アルフがちがちに緊張しすぎだよ》

 

 やっぱりそうかな。性分だから、もう開き直るしかないか。

 もう今日は前のときみたいな失態を見せないぞ。気合いを入れ直す。気負いすぎかもしれないけど、適度な力加減など知らないのです。【明鏡止水】使えば力を抜くことはできるのかもしれないけど、まだ表情をうまく作ることができないからなぁ。

 

「服、変じゃないかな?」

《大丈夫だよ。わたしが保証する》

 

 さすがに招待された身の上なのでそれなりにきちんとした格好をみんなしている。耳と尻尾も引っ込めている状態だ。

 インターホンの前で深呼吸。なにか間違いはないだろうか。忘れ物は? 時間は大丈夫? うん、遅れていないし、早すぎると言うほどでもない。丁度いいはずだ。

 

「じゃあ、押すよ」

《しつこい》

「はい、ごめんなさい」

 

 アリシアに叱られてしゅんと引っ込めた尻尾と耳をしおれさせながら、ついにぼくは魔窟の扉を叩いた。ピンポーン、と平和な電子音が鳴る。すぐに中で人が動く気配がして、ピッと通信が繋がった。おっとりしたはやてさんの声が聞こえてくる。

 

『はい、あ、アルフさん。どうぞはいってください~。――え? そうですか、おーきに』

 

 何やら話しているようである。機械越しの判別は難しいし、魔術を使ってのぞき見するのは無駄に相手を刺激するので却下。

 やけに長く感じた数分後、がちゃりとドアを開けて出てきたのははやてさんではなかった。

 

「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。はじめまして。私、リーゼアリアと申します。八神さんの後見人をしているギル・グレアムの娘です」

 

 おだやかな口調、おちついた表情、はっきり隙がないとわかるわけじゃないけど、確固たる経験を感じさせる重厚な雰囲気。資料で見た顔が目の前で不敵にほほ笑んでいた……と思う。人の顔を判別するのは苦手なんだよね。なにぶん映像は昔のものだし、実際に会うのとではまた雰囲気が違う。

 本物かどうかはわからないけど、相手が『自分たちは管理局顧問官のギル・グレアムである』ということをぼくらに暗に主張しているのは確かなようだ。こっちもあからさまにではないがフェイトをかばう位置に進み出て挨拶する。

 

「はじめまして。アルフ・テスタロッサと言います。はやてさんの友人です」

「八神さんはご存知の通り足が不自由ですので、私がお迎えにあがりました。どうぞ」

 

 ぼくらの前を行くリーゼアリアは見たところ二十代前半の落ち着いた雰囲気の女性。当然というかミッドチルダの衣装を着ているというわけでもなく、耳や尻尾が生えているわけでもない。雰囲気がただものではないことはたしかだけど。

 キウイフルーツ(マタタビの仲間)ちらつかせれば文字通り尻尾出すかな、なんてくだらないことを考えながらそのあとをついていく。フェイトはいささか緊張した表情だ。それがギル・グレアムたちに対してなのかはやてさんに対してなのかはぼくにはわからない。

 ……それにしても後見人、ね。足が不自由なせいで学校に行っていないのに平日に一人で出歩いているから何か事情はあるんだろうと思っていたけど、想像以上にはやてさんの家庭の事情は複雑なようだ。

 表情筋の制御はかなり気を使ったので、かすかな動揺は悟られていないと思いたい。

 玄関を上がり、廊下を通って、リビングへ。バリアフリーのいきとどいた、綺麗な家だ。

 

「あ~、アルフさん。いらっしゃ~い」

「こんにちは、はやてさん。本日はお招きいただきありがとうございます。これ、花束です」

「あ、ありがとうございます~。えーと、どないしよ」

「私が花瓶に活けますよ」

「アリアさんおーきに」

 

 車椅子に乗ったはやてさんがたおやかな笑みで出迎えてくれた。笑顔で会釈しながらマルチタスクで考える。

 後見人ということは、はやてさんには身寄りがいないと思われる。しかしギル・グレアムたちと同居しているというわけでもなさそうだ。

 でも、ここまで見た感じ、家の掃除はいきとどいているようだった。身なりもきちんとしているし、いい匂いがすることから料理だってやっているのだろう。

 足の不自由な女の子が、たったひとりで? ありえない。

 でも、あの車椅子捌きは昨日今日のものではない。

 そこから導き出される結論。この家には、はやてさん以外に家事を担当する存在がいるのだろう。じゃないとまわりきらない。車椅子に乗ったまま、二階を含めて掃除機をかけるとでも? トイレ掃除、風呂掃除、入浴、ゴミ出し……軽く思いつくだけでもこれだけの困難がはやてさんの日常には存在する。

 はやてさんの足の障害のどの程度のものなのかは知らない。でも、学校を休学する以上軽いものではないのだろう。その上で家がごみ屋敷になっていないのは、彼女以外の誰かがこの家を掃除しているから。普通に考えたらハウスキーパーとかだろう。

 なのに、なんでだろう。とってもいやな予感がする。腐った泥の中に手を突っ込んでしまったかのような生理的嫌悪。

 嫌な予感というものは経験上、よく当たると言わせてもらう。

 まあいい。後でまとめて考えよう。今はそれよりも大切なことがあるから。

 

「あ、はやてさん。こちらフェイト・テスタロッサ。ぼくの家族です」

「……はじめまして」

 

 ありゃりゃ? フェイトさんの反応が固いです。初めての同年代の子供との接触で緊張しているのかな? それとも緊張しているのはギル・グレアムのテリトリーにいる現状の方か。

 がんばってフェイト。敵は強大だけと最初が肝心。君にはぼくたちみたいなぼっち生活を送って欲しくないんだ。もっときらきらした青春を送ってほしい。はやてさんは背景はともかく、個人としては友人として申し分ないから。

 

「はじめまして。八神はやていいます」

 

 穏やかな笑顔でさらっとフェイトのぎこちない対応を受け流してくださった。本当にこういう方面では敵わないな。続けてアリシアの紹介に移る。胸元からロケットを取り出して、プレシアからせしめたアリシアの生前の写真を提示。

 

「でもって、これがアリシア。享年五歳。一緒に旅行に来ているので、今日はよろしくお願いします」

「……はい、アリシアちゃん、よろしゅうな」

《コレとは何よ。まあいいや。よろしくね、はやて》

 

 当然、アリシアははやてさんの目には見えていない。でも、そこにいるのにまるでいないかのようにふるまうことはぼくたちにはできないので苦肉の策だ。かなり突拍子もないことを言っている自覚があるのに笑顔を崩さなかったはやてさんに尊敬の念が募る。

 アリアでさえ表情をひきつらせているというのに。

 

「あ、来たんだ」

「――これでみんな、そろったようだね」

 

 リビングの奥から料理のいい香りと共に新たな面子が二人現れた。

 一人はリーゼアリアとそっくりな女性。ただこちらは髪がやや短く、さらに雰囲気が活動的だ。双子――本物かどうかはともかく、リーゼロッテだろう。

 そしてもう一人。高齢の男性。しかし背筋はしっかり伸びており、年月を重ねた大樹のような穏やかな風格がある。古き良きファンタジーの魔法使いのローブを着せても似合いそうだが、それ以上に軍服が似合いそうな老練の紳士。

 

「はじめまして。私の名はギル・グレアム。はやて君の後見人をやらせてもらっているよ」

 

 ギル・グレアム。偽物? それとも本物? 決して威圧的な態度ではないのに、押しつぶされそうなプレッシャーを感じるのはこちらの心にやましいものがあるからか。多くの人に対して責任を背負う立場に居続けた人間の迫力とでもいうべきものが、目に見えない流れとなってぼくを圧倒する。

 別に今すぐ話し合いを始めようというわけじゃない。きっと彼はそんなに見苦しく焦らない。はやてさんのために友人との楽しいひと時を過ごして、すべてが終わったあと食後のティータイムのようにさりげなく話を始めるのだろう。

 ……あはは、面と向かっただけで役者が違いすぎるや。一匹狼なら尻尾巻いて逃げだしていたな。

 でも、ぼくも未熟な身の上とはいえ二人の少女を背中に背負っているのだ。ぼくを守ってくれるご主人様と、ぼくを支えてくれる大事な家族だけど、それでもぼくは守るためにここにいるのだ。勝負にならないとしても、勝つために勝負を始めよう。

 

「はじめまして。アルフ・テスタロッサと言います」

 

 さりげなくズボンで手のひらの汗をぬぐい、手を差し出した。

 

 




 誤字・脱字等あればお願いします。

 話がほとんど進まない……。


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第十三話

 

 せっかくはやてさんの家にお呼ばれされたわけだけど、言ってしまえばここは戦場。銃弾が飛び交う代わりに言葉が飛び交う戦いの場だ。直接血が流れるわけではないが、ここでの失態は将来の大出血に繋がる。下手を打てばたちまち致命傷。

 そんな状況で仲良く談笑しながら食事を楽しめるほど、残念ながらぼくは図太くない。

 

 ――そうを思っていた時期が、ぼくにもありました。

 

「ぷっはー、食った食った。ごちそうさまです」

「お粗末さまです~。そうやって心底嬉しそうに食べてくれるとこっちとしても作ったかいあるわぁ」

 

 頬を染めてはやてさんが食器を下げようとするが、すばやくフェイトが立ち上がり器を重ね始めた。

 

「はやては座ってて。私がやるから」

「お客様にそんなことさせられへんわ~。フェイトちゃんこそ座っとり~?」

「……じゃあ、二人でやろう」

 

 少し打ち解けてきたとはいえ、やっぱりまだまだフェイトの態度はかたい。表情も戦闘用十歩手前といった感じだ。これはこれでクールビューティーな感じがして好きなんだけど、同い年の女の子に向ける表情としては不適切かなあ。

 ただ、肩を並べてダイニングへと向かう二人の姿を見ていると、まだまだ先に期待だけど、逆に言えば将来に期待できる光景だと思う。友達になれたらいいなぁ……。

 見送るぼくの向かい側でリーゼ姉妹の片割れが立ち上がり、フェイト達を手伝うために二人の後を追う。あれはアリアの方か。

 真っ先に立ちあがって手伝いに行きそうなぼくだけど、今回は役割分担。フェイトがはやてさんの方に行ったのならぼくはこちら。好々爺然とした雰囲気でほほ笑んでいるギル・グレアムとの対決だ。

 先制はグレアムからだった。

 

「ふふ、相変わらず彼女の料理は美味しいね」

「はい、とっても美味しかったです。思わず食べすぎちゃいましたよ」

 

 これは本当だ。今日のメニューは日本食を中心としたもので、海外から来たというぼくらの設定に気を使ってくれたのか魚まるごと尾頭付きなどと言うこともなかった。

 白状すると、こっちにきてからフェイトに食べさせた料理もちらほらあったので気持ちは嬉しいけど……などと思っていたのだけど一口食べて後悔した。自分の愚かさ加減に。違う。あれは違う。ぼくがフェイトに食べさせた数々の自称日本食は、ただのモドキだった。本物はこれだ。そうか、はやてさんはこのことをぼくに伝えるために――などと変なものに目覚めかけた。

 はやてさん、とっても料理が上手なんだね。九歳であれって、どんな人生おくってきたのさ。家事全般を一人でやらなきゃいけなかったんじゃないのかな? 料理の上達だけに専念するなんて余裕はないと思うんだけど。

 人間ってさ、誰かのためだから頑張れるんだと思う。これはこっちに転生してきてからぼくがことあるたびに感じていることだ。ぼくは厳密には人間じゃないけどそれは置いといて。

 何が言いたいかというと、食べさせる相手もいないのにここまで料理が上達するなんてことがありうるのか、ということだ。やっぱりこの家、はやてさんの独り暮らしじゃないと思う。家事を担当している誰かが一人以上いる。

 ギル・グレアムはどう思っているんだろう。その誰かに繋がりがあって、はやてさんには無関係なのかな。このタイミングで顔を合わせてきたってことは、後ろ暗いところがまったくないってわけではないと思うんだけど。

 ……うーん、ダメだな。美味しいものでおなかいっぱいになってしあわせ過ぎるせいで、頭が上手く働かない。超高速で回転させてはいるんだけど、半分以上空転している感じだ。

 

「アルフ君、だったね。彼女から君のことを聞いて、私は本当に嬉しかったよ。やっと彼女にも、家に呼べるだけの友達ができたのだ、とね」

「……失礼ですが、はやてさんのご家族は?」

 

 ええい、聞いちゃえ。失敗したらごめんねフェイト! おまけでアリシア。

 

《なんか今、失礼なこと考えなかった?》

 

 ぷかぷかとアリシアが視界の端をちらつくが無視する。視界の端に女の子の幽霊がって、言葉にしてみるとなかなかホラーだね。

 閑話休題。

 

「三年前に、交通事故でね……。彼女は天涯孤独だよ。だから彼女の父と友人であった私が後見人をやらせてもらうことになった」

 

 静かに語るグレアム。

 ふーん、とりあえず独り暮らしって主張するんだ。知らないふりをしているのか、それとも本当に違和感に気づけていないのか、どっちだろう。

 後者の場合、そんなハチャメチャな能力持ってんのって、転生者がまず最初に思いつくなぁ。高天原(たかまがはら)とかさ。でも、転生者と決めつけてかかれば痛い目を見る。実際、午前中に戦った二人プラス一匹の主人公パーティー(仮)は転生者特典も使わず魔法と肉体で張りあうだなんて非常識な真似をしてくださったアタッカーがいたんだから。……うう、思い出したら気持ち悪くなってきた。

 だいたい、ぼくは憶病だから相手が何を考えているのかぐだぐだ思い悩んでしまうが、別にそれが得意でも好きというわけでもないのだ。腹の探り合いや、相手の言っていることの裏を読んでこっちの望む方向に話を導くだなんて生産的(?)な真似はできない。ぼくの胃は今ストレスでマッハ直前だよ。いっぱい詰め込んだぶん戻しちゃいそうだ。ぜったいやらないけど。食べ物がもったいないし、何よりはやてさんに申し訳が立たない。

 あーあ、相手の方から自分の目的を洗いざらい吐いてくれたら楽なんだけど、だなんて何の役にも立たない無駄なことを考える。

 

〈――というのがこの世界における私の公的な立ち位置なのだが、聞こえているかね?〉

 

 思わず噴き出しそうになった。うわー、マジで【明鏡止水】使いてえ……! 今までのあれやこれやを転生特典で乗り切ってきたツケがこんな形で出るとは。あれ使えば表情が完全に戦闘モードに入っちゃうから交渉事ではまだ使えないのだ。うう、ぼくの大バカ者ぉ!

 混乱でキャラがぶれております、だなんてどこか冷静な部分が解説を入れる。やかましいわ。

 

〈ええ、ちゃんと聞こえていますよ。時空管理局顧問官ギル・グレアムさん?〉

 

 虚勢を掻き集めて『ワタクシ交渉事に慣れた美女でござい』みたいなものを演じてみる。客観的に見たらものすごい痛いものに仕上がっている予感がひしひしとするんだけど、もう止まれない。

 

〈緊急時にこそ冷静さが最大の友だよ。焦らなくていい、ゆっくり聞きなさい〉

 

 ……相手さんに気遣われてしまった。

 もーどーにでもなーれっ☆ ……ってやけくそになるにはぼくは憶病で、少しだけ冷静だった。自分のここの失敗はアリシアの未来に直結し、フェイト、リニス先輩、プレシアといったぼくの大切な人たちに影響を及ぼす。

 落ち着くのは無理だ。ただ整理しろ。絶対に漏らしてはいけないデットラインはどこまでだ。公開してもいいこちらの情報はどれだ。間違えたらダメだ。下手をすれば相手が何をするまでもなく自滅する。

 

〈たしかに私の名前も肩書も、君の思っている通りだ。身分を証明するものもあるが、見るかね?〉

〈いいえ。必要ありません〉

 

 どーせ見たところで偽造と見分けつかないしね。

 なんとなくだけど、彼は本物という気がする。なんかこう、組織の重鎮みたいなどっしりした、味方ならきっととてつもなく心強く感じるんだろうなというオーラが感じられる。人生(狼生)経験の少ないぼくの印象だから、騙されている可能性は低くないけど。

 それに、伝わってくる【念話】はプレッシャーをかけるようなものではなく、とても誠実な口調だ。これも人生経験(以下略)。

 

〈そうか。私が第一線を退いたきっかけは知っているかね?〉

〈ええ。たしかロストロギア事件で発生した不祥事の責任をとったのでしたっけ〉

 

 不祥事、と一口に言っても人死にが出たひどいものだけど。ギル・グレアムが相手かもしれないとわかった時点で可能な限りで彼の経歴は調べ直している。

 

〈その通りだ。私がここにいる目的はその第一級ロストロギア、通称『闇の書』を封印するためなのだ〉

〈………………〉

 

 イマ ナント オッシャイマシタ?

 かろうじて念話を漏らすようなみっともない真似は避けたよ。え、何? 目的をあっさり語ってくれた!?

 

〈父さまっ!?〉

 

 おー、リーゼさんたちにはここで情報を公開することは言っていなかったのか。ぼくの次くらいに狼狽していらっしゃる。なんだか取り乱している他人を見ていると、急速に頭が冷えた。

 何でこんな急展開になったのだろう。ぼくが何かしたのだろうか?

 混乱から醒めたばかりの頭で、ぼくはギル・グレアムが好々爺然とした表情のまま念話でつらつらと闇の書について語るのを聞くはめになった。

 うー、本当に何がどうしてこうなった?

 

 

 海鳴臨海公園。

 原作アニメでは四月二十七日午後六時二十四分にバリアを張るジュエルシードの異相体が現れ、なのはとフェイトが共同戦線を張って撃破した舞台である。もっとも、この世界ではその約二週間前に公園に訪れたなずなが発動前のジュエルシードの存在に気づき、レイハから手渡された簡易ストレージデバイスの中に格納してしまったが。

 ちなみに当のレイハはここにはいない。なのはの要望に応え、ユーノと共に魔法の特訓中だ。

 なずなでは封印のための魔力の絶対量が足りないので後でなのはに封印し直してもらう必要があるが、こうして原作の流れはまた一つ変わってしまった。

 しかしそんなことはなずなにはまるで関係のない話である。そもそもなずなが公園に来た理由はジュエルシードの探索ではなく、ある人物との待ち合わせなのだから。

 待つこと十数分、日が暮れはじめ(くれない)に染まる視界の中に見えた待ち人の影に、なずなは手を上げて合図した。

 

「よお、まさかお前に呼び出されるとは思わなかったな」

「お久しぶりですね。と言っても、いちおうは同じ学校に登校しているので時折顔は会わせているのですが」

「まあ、そうだな。で、何の用だ?」

「立ち話もなんですし、座って話しましょう」

 

 なずなはベンチに腰掛けると、両手に持っていた缶コーヒーの一つの相手に向けて放った。これで相手の頭にぶつかりでもすればかなり危険だが、そんなコントな空気になることもなく相手は危なげなく受け止める。コンビニで購入したそれは、待たされた時間を主張するように少しぬるくなっていた。

 

「おごりです。親からの小遣いに頼る小学生の財力ですので、それが限界ですが。……毒など入れていませんが、不安なら交換しますよ?」

「いいや、ありがたくいただくよ」

 

 相手は自然な動作でプルタブを引き起こすと一口飲んだ。なずなも満足げな笑みを一瞬浮かべてコーヒーに口を付ける。これはお互いにお互いのことを信用しているという儀式のようなもの。転生特典ならば、密閉された缶の中に毒物を入れることなど容易なのだから。

 適度な苦みが舌の上に残るのを感じながらなずなは一息つくと、さっそく今日の本題に入った。急ぎ過ぎのような気がしないでもないが門限のある身の上、無駄なことに使える時間は少ない。

 

「あなたたち海鳴市に住む転生者がどのような人たちなのか、まるで知らないことに遅まきながら気づきまして。確認しておきたいのです」

 

 なずなはほほ笑みながら隣に座る少年の目を凝視した。肉食獣を前にしたかのように彼の顔が引きつる。

 彼の名前は小鳥遊(たかなし)白鷲(はくじゅ)。私立聖祥大付属小学校に通う転生者で、二年前になずなに血祭りにあげられた七人のうちの一人である。

 

「まず、素直に呼び出しに応じてくれたことに礼を言います。自分でもあなたたち七人と距離があることは自覚していたので」

「まあな。でもあれは仕方のないことだろ。俺はあの時のこと、恨んでないぜ?」

 

 思いがけない言葉になずなは少し目を見開いた。言われてみれば顔を合わせたその時から彼は怯えはしていたものの、敵意や怒り、憎悪といったものを感じなかった。

 

「なぜですか? たしかにあの時のあなた方の対応は殺意を抱くほど腹立たしいものでした。まるで人をゲームの商品のように扱って、勝手に奪い合って。でも私の対応も褒められたものではなかったでしょう」

「あー、改めて人の口から自分(てめー)の過去の所業を言われるときちーな」

 

 白鷲は痛そうに苦笑する。

 

「その殺意ってやつだ。俺はあのときまで、どこかこの世界をゲームみたいにみていたんだよ。両親も、友達も、自分(てめー)でさえもな。そんなふわふわした認識が、あの時文字通りぶっ壊された。殺されるかもしれないという恐怖を感じてやっと、この世界がただの現実で、そんでもって自分(てめー)がここにいるただの人間だってことに気づけたんだ。情けない話だけどよ」

 

 原作知識持ちの転生者はとても不幸で不便な存在だ、と白鷲はさっぱりした口調で語った。彼なりに自分の中でそのことは整理がついているようだ。

 彼が原作知識持ちの転生者のことを語る口調は自嘲を帯びていて、なずなのことを含んでいないように感じる。

 

「私に原作知識がないことは知っているのですね?」

「まあな、生き方を見ていたらわかる」

 

 どこがどう違うというのだろう。なずなは黙って先を促した。

 

「創作物としてな、この世界を楽しんだ記憶があんだよ。原作知識(知っている)通りに世界が進んで、そんでもって自分(てめー)にはその世界の中でずば抜けた力がある。もとが人を楽しませるために造られた世界だ。アトラクションとしては超一流。すっかり浮かれきって作り物(フィクション)を楽しむ延長線上の感覚で生きちまうんだ」

「……ぞっとしない話ですね、それは」

 

 人を腐らせるのには最高の環境と言えるだろう。人は昔から、自分が選ばれし存在であると思いたがる。味もろくにわからない百万はくだらないワインを購入し、VIP専用ルームを貸し切るのに湯水のように金を使う。自分が人とは違う高級感を味わうためだけに。

 生まれたときから、その選ばれし環境が用意されているのだ。神様と出会い、対話し、転生特典を得る。生まれた世界がもともと創作物だった記憶のあるおまけつきで。

 

「下手に力がある分、子供のようなわがままが通っちまう。対等な関係が結べないからコミュニケーションがいつまでたっても下手で、感情の発達も未熟。だから極端な形でしか自己表現が出来ず、怒りは殺意にあっさり繋がっちまうわけだ。要は嫌なものを遠ざけるガキのヒステリーとなんら変わりねえ」

 

 少なくとも小学校一年生の頃の自分はそんな人間であったと白鷲は自覚している。殺すということがどういうことなのかまるで理解できず、ただ感情の発露の延長線上として自分の力をいたずらに振り回していた。原作知識のある他の転生者も似たり寄ったりだっただろう。

 

「だからあの時のお前には感謝……は無理だな。ああ、さすがに無理だ」

「すみませんねえ」

「いや、それでもあれがあってよかったと思っている。あれがなければ、今でも俺はあのままだったかもしれん。俺と同じように感じている転生者もいるはずさ」

「でも、さすがに全員が同じように感じたわけではないのでしょう? 彼らが復讐を企てたことはなかったのですか?」

 

 なずな的には復讐など考えただけで拒絶反応がでるくらい徹底的にやったつもりである。白鷲の反応をみる限り、それは成功している。だが、これからさき状況が変化する中でいつまでも過去に刺した楔が機能すると楽観することはできない。もしも以前からそのような予兆があったのなら把握しておきたかった。

 だが、質問を聞いた白鷲は呆れたような苦笑を浮かべた。

 

「知らぬは本人ばかり、か」

「どういう意味です?」

「この町の転生者はな。高町なずな、お前を頂点(抑止力)とした停戦協定が結ばれていたんだよ」

 

 またもや自分の知らない事実になずなは困惑を押し殺した。いままで自分がどれだけ狭い世界の中で平和ボケしていたのかを痛感する。もしも自分のミスが原因で家族が襲われていたらと思うと、肝が冷えた。暖をとろうとコーヒー缶を抱き込むが、すでにぬるくなったそれでは目的を果たせない。

 そんななずなに気づかず、白鷲は淡々と説明を続ける。その表情は自分の黒歴史をさらすかのように力のない穏やかさに満ちていた。

 

「これも原作知識ってやつだ。戦闘民族と言われる高町家の血筋に、転生特典が加わった最強の存在。あの時に御神流をお前が習得していることは全員が身に沁みて痛感したからな。さらに言えば、お前と敵対すれば未来の魔王様を含めた戦闘民族が敵にまわるってことだ。もはやお前に目を付けられた時点で詰みゲー。『ペンペン草には触れるな』が俺たち海鳴市に住む転生者の合言葉だったんだぜ? 下手に動いてお前ににらまれたらヤバいから、刺激するような行為はお互いの戦闘を含め禁止したんだ」

 

 死にたくねーからな、と白鷲は言葉を結ぶ。ちなみにペンペン草は、植物のナズナの別名である。

 戦闘民族と揶揄された自分の家族をなずなは思い浮かべてみた。たしかに、なずなの両親は信じられないほど若く見える。そして兄と二人の姉の戦闘力もかなりのものだ。……たかだか転生者程度なら蹴散らせる気がした。

 

「つまり、これから先も私に危害を加えるような転生者はいないと?」

「それはわかんねえ。これまではそうだった。だが、どうやら死亡した転生者は転生者以外の人間の記憶から――いや、この世界の記憶から消えるらしいからな。バカなことを考えるやつがいるかもしれん。四辻(よつじ)冥路(めいろ)あたりは気をつけておいた方がいい」

 

 四辻冥路。過去に血祭りにあげた七人の転生者のうちの一人。彼らの中での紅一点だった。なずな争奪戦に最初からいたわけではなく、乱闘になってから飛び込んできた記憶がある。転生特典は殺傷力の高いものばかりだったことからも鑑みて、一種の戦闘狂なのかも知れない。

 ふと白鷲は表情を引き締めた。ぴん、と空気が緊張する。

 

「単刀直入に聞くが、高天原(たかまがはら)を殺したのはお前か?」

「まさか。そんなことしませんよ。私は人間ですから」

 

 なずなはきっぱり否定した。そんな容疑を掛けられるのは不愉快だが、相手は自分のひととなりを何も知らないのだから仕方ない。

 白鷲がほっと息をついたのがわかった。

 

「そうか。よかったよ。原作開始にはしゃいだバカがやらかして、お前がすべての転生者の排除に乗り出したんじゃないかって実は少し疑っていた」

「だったら何故、素直に呼び出しに応じたのです? 死にたくないのでしょう?」

「そんなことしねーと思うが、それは転生者の排除にも言えることだからな。周囲を巻き込まれるくらいなら一騎打ちを頼もうかと思っていた。ゆりちゃんを殺されるわけにはいかねー」

「誰です?」

「彼女だ。同じクラスのな」

「……ロリコン?」

「バカを言うな。ただの光源氏だ。こんな俺でも好きと言ってくれたんでな」

「子供の言うことですよ?」

「お前は子供の時、自分が子供だからと適当に生きていたのか? そうじゃないだろう。五歳児は五歳児なりに、九歳児は九歳児なりに精一杯考えて真剣に生きているんだ。なら俺も、精一杯考えて本気で応えなきゃいけねえ。最近、やっとそのことがわかってきたんだ」

 

 ふっと男くさい笑みを浮かべる白鷲。やはりこれにも、彼なりの哲学があるのだろう。いい話っぽくて、実質やっていることはゆりちゃん(九歳)との交際なのだが。

 

「……まあ、私もあなたも小学校三年生のガキですからね」

 

 なずなは割り切ることにした。きっと間違ったことは言っていないはずだ……たぶん。考えれば考えるだけ自信がなくなってくる。なずなは話を逸らす、もとい進めることにした。

 

「彼を殺したのはおそらく、新たに魔法世界からやってきた勢力です。赤毛の犬耳の女性が転生者でした。何かご存じないですか?」

 

 レイハの見立てである。転生特典の有無を調べたときに、赤髪の犬耳転生者は第三世代の転生者であり、なおかつ二人殺した分の転生特典を追加で持っていたらしい。

 

「うえっ、アルフが憑依転生者なのかよ!? そりゃあ、フェイト側は魔改造されていると見るべきか? 俺はもう原作に関わる気はないから、がんばってくれや。むこうからやってくれば対応くらいはするけどな」

「アルフにフェイト、ですか?」

「ああ、知らないんだったな。フェイト・テスタロッサにその使い魔のアルフだ。無印からのメインヒロインの一人で――」

 

 転生者たちに『無印』と呼ばれている一連の事件の概要を聞きながら、なずなはレイハの言っていた名前の正体を知った。ディスティニーもフェイトも意味合いは多少違うが両方英語で『運命』を意味する。テスタロッサはイタリア語で『赤い頭』だ。なぜそこまで思い出しておきながら本名を思い出せなかったのか理解に苦しむ。

 

(なーにが『ディスティニー・レッドキャップ』ですか。彼女とは一度、腰を据えてO☆HA☆NA☆SI☆する必要がありそうですね)

 

 相手の素性はだいたいわかった。しかし、原作の流れとはかなり違うようだ。出会った状況からして違うし、あの金髪の少女の目は母親に言われるままに行動する人形などではない。あれは確固たる覚悟を持ち、自分の意志で突き進む戦士の目だ。人形と言うならば、むしろアルフの方が近い気がする。

 原作ではそのアルフも、頭はよくないが竹を割ったようなさっぱりした性格の面白い奴だったらしい。もはや見る影もないとなずなはこっそり嘆息した。

 

「ありがとうございます。ただ、あまり参考にはなりそうにないですね」

「そうか。俺たちがいることでだいぶ変わってきているのかもしれないな。お互い、死なないように注意しようぜ」

「ええ、ありがとうございます」

 

 にっこり。その擬態語がぴったりな素直な笑みをなずなは浮かべる。自分と同じ立場の相手に下心なく励まされるというのは久しぶりの経験であり、リップサービスだとしても単純に嬉しかった。

 一瞬見とれた白鷲が、危ない危ないと首を振って正気に戻ろうとしているが華麗にスルーする。

 最後に、なずなは重要ではないがとても気になっていたことを聞いてみた。

 

あれ(・・)が死んで、あなたは悲しかったですか? 私はクラスメイトが死んだというのに、悲しみを感じなかったんです。むしろ好都合だと思った。一年の時に叩きのめして以来、彼は相手を魅了する怪しげな笑みを使用していませんでしたが、あのときの苦労は忘れていません」

 

 幸い、【なでポ・にこポ】は恋の病という裁定なのか病気属性と判断されたらしくなずなの【太陽の息吹】で無効化が可能だったし、それを【月の導き】で共有するとこにより最終的な被害者はゼロに抑えることが出来た。

 実はそれが『なずなは転生特典を無効化する転生特典を持っている』と転生者たちに錯覚させ、なずなが抑止力として働く要因の一つとなったのだが、ここでそのことが語られることは無い。

 

「俺か? ……実は俺も、あまり悲しいとは思えない。たしかにいけ好かないやつではあったさ。協定で聖祥の中では大人しくしていたが、学校の外では【なでポ・にこポ】で好き勝手してたって風の噂で聞いたしな。でも、ここまで悲しくないのは異常だな」

 

 転生者は転生者を傷つけることに罪悪感を覚えることが出来ない。レイハから聞いてはいたが、自分で体験するのはまた違う。

 白鷲はしわが顔の皮膚に刻まれるのではないかと思うようなしかめっ面をしていた。おそらく自分も似たような表情をしているのだろうとなずなは思う。

 

「転生者の特性の一つらしいですよ」

「マジか。だからっつって、あいつがいなくなってよかったと思っている自分の心を認めるのはきちーな」

「まったくです」

 

 死んだことに対してはまったく悲しみも嫌悪も覚えない。ただ、人間が一人殺されたのに打算で物事を考えられる自分がひどく悲しく、嫌悪を感じる。

 残り少なくなった缶の中身を一気に飲み干すと、なずなは円筒形の底辺を挟み込むようにして缶を持った。そのまま八つ当たり気味に力を込め、ぐしゃんと押しつぶす。スチール製のはずのそれは、コップクラスターのようにぺしゃんこになった。

 

「……本当に人間か、お前?」

「失礼な。人間です、これでも」

 

 気も使わず、純粋な身体能力だけでさっきのような芸当が出来る自分の体になずなも我ながら呆れたりしているのだが、それをおくびも出さずに平然と返す。

 白鷲は表情筋をあからさまにひきつらせながら、過去の自分たちの選択が間違っていなかったと心の底から確信した。黙っているとなんだか怖くなってくるので、何とか話題を探し話を続ける。

 

「ごほん……高天原(たかまがはら)……神治(しんじ)だったか? せめて、名前くらいは覚えておいてやろーぜ。俺らにできる、せめてもの手向けだ」

「そう、ですね……」

 

 粘度のように空き缶の成れの果てをボール状にまるめる。白鷲の顔がますます引きつりどこのオーガだ、と声が聞こえたが無視して目を閉じた。なずなの背中に鬼の顔など無い。そもそもこの世界の補正なのか暗殺者めいた御神流の鍛錬の影響なのか知らないが、なのはとなずなの身体能力は天と地ほども差があるのにもかかわらず、外見はほとんど変わらない。一糸まとわぬ姿の二人を見比べて、かろうじてなずなの方が筋肉がついているかどうかと思える程度である。

 

(むかし、何かの本で筋肉は横断面積一平方センチにつき四キログラムの重量のものを持ちあげることが出来る。つまり、筋肉の横断面積と筋力は比例すると読んだことがある気がするんですけどねえ……)

 

 気にしたら負けなのかもしれない。だから死んだ転生者のことを考えることにした。

 神治が死んだことが悲しいとも思えない。その死に感じるのは、ただ彼を殺した転生者に対する警戒と、彼の能力への対処をもう考えずに済む安堵だ。でも、今だけは黙祷を捧げてもいいのではないだろうか。

 同じ世界からはみ出た、神の犠牲者の一人として。

 

 

 ――高天原神治という少年がいた。

 彼がいたという事実は、もはや彼の両親すら思い出せない。

 彼のことを記憶にとどめているのは転生者たちのみ。この世界から、半分足を踏みはずしている者のみが、彼がいたということを憶えている。

 しかし、彼らでも一人を除いて知らないことがある。

 例えば、彼はかなりの単純バカだったということ。

 なずなが彼の【なでポ・にこポ】を無効化したとき、多くの転生者は彼女が転生特典の無効化能力を持っているのだと判断した。

 しかし、神治はこう考えた。

『ちぃ、これが原作キャラになでポ・にこポが効かないよくあるパターンか!』

 痛いのも怖いのも嫌いな彼はトラウマレベルで刻み込まれたなずなへの恐怖のため学校で能力を使用するのは避けていたが、実験として彼は学校を休学したはやてに能力を使用してみた。結果としてははやては見事に惚れてしまったのだが、彼女はかなりしっかりした少女。いくら恋心を抱いたところで相手の言うことに唯々諾々と従うわけではない。かなり偏った恋愛観を持つ神治は、結局最後まで彼女が自分に惚れていることに気づかなかった。そして、その考えを確信に変えた。

 いわゆるギャルゲーの主人公にありがちな鈍感を、彼は標準装備してしまっていたのである。

 アルフに【なでポ・にこポ】を使用した時に彼が驚いたのは、アルフが自分に惚れなかったからではない。原作キャラには何の効果もないと思っていたのに、気まぐれで使用した能力に顕著な反応があったから驚いたのだ。

 彼はバカではあったが、純朴な少年の素質も持っていた。なずなに痛い目を見せられて以来それなりに学習し、徐々にだが相手の心を思いやるようになったし、それに伴い転生特典の使用回数も減っていった。

 それでもそうなるまでは可愛い女の子を能力で無理やり惚れさせ、飽きたら解除する。ほとんど罪悪感もなくそんな暴力をふるい続けた彼だ。アルフに殺されてしまったのは、ある意味では自業自得なのかもしれない。

 彼は死んでしまい、彼の行いも、彼の被害者たる少女たちが抱いていた恋心もみんな消えてしまった。贖罪はおろか、彼の罪ごと無かったことになってしまった。

 だからこの世界の誰も憶えていない。彼が、自分が惚れさせた女の子のところを一人一人巡り、土下座して謝っていた事実を。はやてが自分に惚れているとは思っていなかったので、彼女については放置したままだったが。

 はやても忘れてしまった。彼が彼なりにはやてのことを大切な友人として扱っていたことを。なれなれしく、距離が近いので苦手だったが、彼が家の掃除を手伝いに来てくれるのが決していやではなかった想い出を。

 誰にも見えない。誰にも触れられない。だから償うこともできない。それでも永久に消えずにそこにある罪だ。とある転生者を通じて彼の痕跡を知った一匹の狼少女が彼の死をそう受け止め、一生背負い続ける覚悟を決めるのはもう少し先の話となる。

 

 




 急展開、なのでしょうか?
 賛否両論ありそうですね。

 誤字・脱字等あれば報告お願いします。


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第十四話

 思うように話が進まないような、そうでもないような……。
 これでいいのか? わからないからとりあえず突っ走ります。
 Bダッシュ!!


 

 

 車椅子に座っていると首から上が出る程度だが、じゅうぶんバリアフリーがいきとどいているキッチンの流し場でフェイトは食器を洗っていた。フェイトがスポンジで汚れを落とし、はやてが水で洗い流すという簡単な役割分担。洗い終わった分はリーゼアリアが手際よく拭いて片付けていく。

 手を動かしながらフェイトはちらりとはやての横顔を盗み見た。

 可愛い子だと思う。優しい子だと思う。料理も上手。頭の回転も速い。気配りもできる。軽く会話した程度だし、比較対象となる人物は極端に少ないが、それでもいい子だと思う。

 そして、アルフの初めての友達。

 アルフがフェイトに、はやてと仲良くなって欲しいと思っていることは知っていた。だけれども、なんだか……もやもやする。

 いい子なのはわかっている。仲良くなれたら嬉しいとも思う。なのにはやてと屈託なく笑いあっている自分の姿という物が、フェイトにはどうしても想像できない。

 それが主成分は愛情であるが詳細は自分でもまだ未分化のアルフに向けている感情の裏返しだということに、フェイトはまだ気づいていない。

 

「フェイトちゃん、じょうずやな~。なんか手慣れとる感じがするわ」

「ひととおりはリニスに教えてもらったから。はやても料理、美味しかったよ。私なんかじゃ敵わないくらい」

「お~きに。そう言ってもらえたら作ったかいがあったちゅうもんや。リニスさんってフェイトちゃんのお姉さん?」

「ううん、えーと……」

 

 さすがに母の使い魔とは言えない。戦闘の時とはかけ離れたおだやかな頭の回転でフェイトは適切な回答を模索した。

 答えにくいことを聞いてしまったわけではなく、単純に適切な言葉を探しているだけだと見てはやてもほほ笑みながらフェイトの回答を待つ。対人経験の少ないフェイトはここで言葉を挟まれると適当に回答を微妙に濁して気まずい空気になっていただろうから、適切な対応と言えるだろう。

 はやての生来の温かな雰囲気と年不相応の対人経験の影響で、フェイトの態度も徐々に柔らかくなっていくが、フェイト本人はまるで気づいていなかった。

 

 

 そんな主人の変化を見れば感涙にむせただろうが、残念ながら彼女の使い魔は突如として目の前に現れた理解不能かつ巨大な問題に対処することに精一杯だった。

 それは、大きな転機。今はまだ誰も知らない、未来が大きく別れるターニングポイント。

 原作というべきものが破綻をしたというのなら、それはこの時点からだった。

 疑問に感じたことは無いだろうか。過去に多くの転生者がいるのなら、その全員が多かれ少なかれ原作介入したのなら、とっくの昔にこの世界は原作からは乖離しているはずである。

 しかし、多少のずれはあれど、現状は原作からはそこまで外れていない。レイジングハートたち第一世代は少なくとも三百年前には存在していたというのに、だ。

 その謎の答えは意外と簡単で――。

 

 まだ原作の流れが一つもなかった黎明期に、原作の流れを創ろうと思いついた、一人の転生者がいたというだけの話である。

 

 

 ふうん、闇の書、か……。

 それがギル・グレアムがこの世界に来た目的。はやてさんの体を蝕む原因。

 なんでグレアムはそんな話をぼくにとか疑問は山ほどあるけど…………やっぱりなにか(・・・)いるな(・・・)、ここ。

 たまたま事故に遭ったロストロギアが、たまたま一つの市に合計二十一個もあるのにもかかわらず収まりきるように落下し、さらにその市にはたまたまロストロギアを封印できるだけの天才的素質をもった現地の少女がいて、さらに別口でたまたま別のロストロギアに憑かれた少女が同じ都市に住んでいる。しかもたまたま彼女は現地協力者の少女と同年代。そんでもって別の目的でジュエルシードを回収しに来たフェイトも彼女たちと同年代。

 どんな偶然だよ?

 原作がアニメとかそういう問題じゃない。それで納得できるほど素直な性分じゃないんだ。何かの意志が働いていると考えた方がよっぽどしっくりくる。だいたい、時空間で事故に遭ったのに一つの世界の一つの都市に丁度収まるように落下するなんて、きな臭いと思っていたんだ。

 誰かが意図的にこの町にばら撒いたと考えた方が自然。でも、何のために?

 うーん、原作知識があればとこんな時心底思う。一人で考えるのも限界が近い。フェイトやアリシアは陰謀向きじゃないからなぁ。それに自称保護者としては、こんな血生臭い喜劇に彼女たちを関わらせたくない。

 たとえばシリアスな顔をして氷漬けにして封印をとか言っているグレアム氏には悪いんだけど、闇の書の転生機能も、はやてさんの蝕む呪いも、極端な話これが原作で出てきた物語の一環だとするならそれに対応できる転生特典を持って生まれた転生者がいてもおかしくない。転生特典で一発解決の可能性がある。

 もっとも、一番その力を持っている可能性が高い転生者(高天原)はぼくが殺しちゃったんだけどね、てへぺろ☆

 ……いいかげん、思い出しても罪悪感が湧かないのはキツイなあ。不利益が生じたことに対する後悔はあっても、一人の命を奪った痛みや苦しみがまったく感じられない。傷口が壊死してるみたいだ。

 

「そんな顔をするのも無理はない。非常識なことをいきなり話している自覚はこちらにもある」

 

 どんなことを考えていると思われたんだろう。向こうの想像と違うことは確かだろうけど。

 

「しかし、信じられない、そのようなことはないんじゃないかね?」

「そう思う、根拠は?」

 

 肯定も同然の問い返し。目上の相手に質問を質問で返すなんて失礼だなんて、どうでもいいことが脳裏によぎる。何気ににらみつけてくるロッテさんの視線にビビっていることは秘密だ。

 

「君がここにいる。それが理由だよ」

「父さま、どういうこと?」

 

 何を言われているのか意味がわからなかった。リーゼロッテも同じだったのか、彼女の視線がぼくから外れる。

 グレアム氏は深々とため息をついた。疲れた老人、そんなタイトルを付けて額縁に飾ればさぞかし絵になるだろう。

 

「ロッテ、例えばの話だ。小学校一年生、年齢にして六歳の女の子が交通事故で家族を失った。しかしその子は親戚や施設に引き取られることを良しとせず、最後に家族で過ごした家で一人で暮らしたいと主張する。ロッテはそれを受け入れるかね?」

「それは……いくらなんでも無理。いくらミッドでは九歳から就職できるといっても保護者の許可が必要だし、その保護者がいないんじゃ……」

「その通りだ。しかし私たちは受け入れた。彼女には下半身の麻痺というディスアドバンテージまであるというのにだ。八神はやてはもう二年間も一人でこの家に暮らしている」

「え……あ……!?」

 

 なに、その、今気づいたみたいな反応は? そっち側が何かして作り上げた状況じゃなかったの?

 グレアム氏はカード型の待機状態のデバイスを一瞬起動させ、中から分厚い黒い背表紙のハードカバーを一冊取り出した。

 

「アルフ君、これを読んでほしい。栞の挟んである部分だ」

 

 受け取って開いてみた。ぼくの知らない言葉ですな……。【以心伝心】発動。これはボケ? それとも嫌がらせ? 精神安定のために信頼と捉えておくとしよう。渡されたのはどうやら日記であるらしい。複数挟んである日記の一番古いページを開いて見る。

 

「今まで気づかなかったわけではない。周囲が彼女を放置していたわけでもない。この二年間で私がこのことを疑問に感じたのは合計六回、彼女の住居に誰かが同居したのは計二回。しかし、そのどれも三日と続いていない」

 

 グレアム氏の言うとおりだった。流し読みではあるが日記には現在の状況が異常であることへの驚愕や、彼女に家に同居人ができ、彼女を封印する時に余分な犠牲が出ることを嘆く記述がある。しかし、長くても三日後、早ければ翌日にはまるで何もなかったかのように一人の少女を生贄に闇の書を封印することへの苦悩が綴られている。

 

「え……なにこれ……おかしいのに、おかしいはずなのに……」

「異常と言ってはいるがね、アルフ君。信じられるかね? 私たちは客観的事実としてこの現状がおかしいことは理解できても、感覚はなお違和感を覚えることができないのだよ。むしろ悲しむ人間が減って不幸中の幸いだとすら感じている。そして今理解している異常さえ、時の流れと共に気にするほどのものでもないと意識の底に埋もれてしまうのだ。どのような処置をとろうがね」

 

 グレアム氏は自嘲を顔に浮かべた。隣ではリーゼロッテが頭を抱えてうめいている。

 鳥肌が立った。この症状は転生特典に似ている。この荒唐無稽なご都合主義観満載はまさにそれだ。

 なのに、このおぞましさはいったいなんだろう。感覚が、常識が、世界が、ごちゃまぜにされて台無しにされたような。

 新たな特典習得時の感覚に似てる、か……?

 

「このままではいずれ、今回も私は何事もなかったかのように彼女を影から見守る生活に戻ってしまうだろう。私たちの見立てでは彼女の誕生日、六月四日に闇の書は起動し、守護騎士たちが表に出る。やがて彼等は蒐集を終え闇の書を完成させる。封印が可能なのは闇の書と主が融合した直後の短い時間だけ。その期にデュランダルで封印を施す――それが私たちの計画だった」

 

 しかし、これは違うだろう。グレアム氏はそう言って首を横に振った。静かな、深い怒りと悔しさをにじませた言葉が彼からこぼれ出す。

 

「褒められた行為でないことは理解している。すべてが終われば裁かれる覚悟もできていた。しかし、すべては私の意志だ。誰かの水槽の中で鑑賞されるために始めたことではない。しかし、もはや私の力ではどうにもできない。過去の六回、すべて失敗した記憶は消えたわけではないのだからそう結論づけることは可能だ。はやて君はまるで何かに守られているかのように私たちの常識から隔離されている。彼女に近づくことさえ容易ではない。だから君に賭けたいのだ。彼女の友人として、私たちの前に現れた君に」

 

 買いかぶりですよ。そう言えたらどんなに楽だろう。

 撤退するべきだ。本能がそう喚きたてる。今回の計画の最終目標は、家族みんなで幸せになることだ。犯罪スレスレとはいえリスクを乗り越えてリターンを得られると思ったからジュエルシードの回収を始めたのだ。

 何がいるのかわからないが、この町はやばすぎる。かなり広大な範囲で誰かが何かの舞台を創り上げた痕跡がある。このまま進めば怪我では済まない可能性が高い。何も莫大な魔力が必要なだけで、ジュエルシードに固執する必要はまったくないのだ。アリシアが復活できるチャンスを今回は逃すことにはなるが、また次の機会を待てるということでもある。

 でも、逃げ切れるのか? フェイトも原作キャラの一人だっていうのに。ここまでお膳立てされた状況にフェイトがいるのは、もう偶然とは思えない。むしろ逃げようとすればこの状況を創り上げた『なにか』はフェイトを用意した舞台に引きずり出すために理不尽なアクションを起こすかもしれない。

 だとすれば、戦うことを選ぶのなら――。

 一人じゃ無理だ。確実にこれは転生者が絡んでいる。このルールを無視した理不尽さは間違いない。しかも想定していたレベルをはるかに超えて敵は大きい。だから、こっちも転生者でチームを組む。

 敵対してしまったが信頼できそうな少女。転生者が多数存在する可能性が高いこの海鳴市。経験、実力ともに信頼できるギル・グレアム一派が協力を要請している。今この時が動き出すには最適なのかもしれない。

 なんでここにいるのがぼくなんだろう。ちょっぴり泣きそうになるけど。

 でも、フェイトが誰かの好きなようにされそうだというときに、何もできないのはもっといやだから、感謝するべきなのかもしれない。すごくいやだけど。

 覚悟を決めて、了承の言葉を吐きだした。

 

「はやてさんを助ける方向性で動きますけど、よろしいですね?」

 

 それに、はやてさんはこっちで生まれて初めてできた友達だしね……たぶん、だけど。向こうがどう思っているかは知らないけど。

 

「ああ、かまわない。私の常識では測りきれないことが起きている。君には理解できるのかね?」

「ええ、物的証拠はありませんが、経験から出せる予測なら。長くなりますけど、説明しますね」

 

 こうなってくるとフェイトやアリシアには帰ってほしいけど……最近、ようやく自分が一人で抱え込んで自滅するタイプらしいってことがわかってきたんだよね。

 ぶっちゃけて相談してヘルプを頼んで方針を決めよう。ぼく一人じゃこの問題は大きすぎる。転生者の血生臭いルールもぼくがすでに二人手にかけていることも白状することになるかな。……怒られるんだろうな、いやだなぁ。

 

 

 当面の方針は、とりあえずジュエルシードの回収は二の次だ。

 第一目標は仲間を集めて現在確認できている最大の脅威、闇の書を起動する前に破壊すること。起動前を目標に定めるのは闇の書が目覚めた時点で、はやてさんは魔法の世界に巻きこまれてしまうから。

 こんなに美味しい料理を作ってくれる彼女だもの。一流のコックとしてこの世界にその名を轟かせてほしいと願うのも無理はないよね。

 闇の書というわかりやすい脅威、団結するにはもってこいだ。はやてさんを中心にわけのわからない歪みが生じている以上、闇の書を破壊しようとすればなんらかのリアクションは見せるだろうし。

 わけのわからない歪み。ジュエルシード運送中の事故、はやてさんの独り暮らし、現地の天才魔導師の少女、フェイトがここにいること、何のどこまで影響を及ぼしているのかわからないけど、その尻尾を掴んでからがぼくにとっての本番になるだろう。

 

 

「人間であることって、けっこう疲れるよね」

 

 四辻(よつじ)冥路(めいろ)はがつんと後頭部を強打された気がした。

 がくがくと手足が震える。足腰が立たない。それほどの衝撃だった。

 電撃を浴びせられたかのように言うことを聞かない体をそれでも無理やり動かして、背後からに辻斬りのような一言を投下してくれた相手を見定めようとする。

 

「疲れるってことは、そこに無理があるってことだよね。もうそろそろ、人間を演じる(がんばる)のにも飽きてきたころじゃない? そろそろ人間やめてみようか。でも、やめたらきっと戻ってこれないし、やっぱりそれもやめておこう」

 

 容赦ない追撃。視界が明滅する。今にも倒れてしまいそうだ。むしろはやく気絶して楽になりたかった。でも、そんなこと出来ない。

 そんな勿体ない事出来るわけがない。やっと出会えたのだ。自分の心の底でくすぶっていた想いを、あまさずくみ取ってくれる相手に。

 暴れ出しそうな期待と、それを上回る恐怖、微量の不安を込めて送った視線の先には私立聖祥大付属小学校の白い制服に身を包んだ冥路と同い年くらいの少年が立っていた。美少年ではあるが、銀髪オッドアイなどのわかりやすい異常性があるわけではない。冥路のようにひと房白いメッシュが入っているというわけでもない、単純な黒髪に黒い瞳。比較的美系の多いこの世界なら簡単にその他大勢に埋もれてしまうそうだ。

 冥路の見知った顔。そして、ここにいるはずのない顔だ。なぜなら、彼は死んだのだから。そして世界から忘れさられた。もはや覚えているのは、自分たち転生者、世界から半分はみ出した者たちのみ。

 口を開いてから、迷う。何を言えばいいのかわからない。聞きたいことが多すぎて思考は飽和状態。言葉にすることが出来ず、冥路はバカみたいに口を開閉した。

 

「あなた、だれ?」

 

 結局、出てきたのはその一言。言い終わったとたんに、否、言い終わる前から冥路を激しい後悔が襲う。なんてつまらないことを聞いてしまったのだろう。たしかに相手の正体は不明だ。誰か尋ねるのは不自然なことではない。不自然でないのと同じくらい、芸がない。

 彼に呆れられていないだろうか。つまらない奴だと見限られてしまわないだろうか。かつてない不安が冥路をさいなむ。

 ――嫌われたくない。自分に興味を持ってほしい。

 初めて体験するその感情に、冥路はまだ自分で気づけていない。

 名前も知らない少年はニコリとほほ笑んだ。彼が笑ったことに安堵する自分がいることに気づき、ようやく困惑する冥路。自分はいったいどうしてしまったのだろうか。気にはなるが、彼が何か言う気配を見せるとどうでもよくなった。

 というより、彼の言葉を雑念を抱きながら聞き流すだなんてあり得ない。

 

「僕? 強いて言うなら八神さんちのお手伝い妖精(ブラウニー)。大切なお友達が死んだから、彼の姿をとって死を悼んでいるんだ。嘘だよ。なんとなく姿を借りていただけ。でも、初対面の君には失礼だったかな。しょせんは死者の顔だしね。これじゃダメだ(かくあるべし)

 

 少年の姿が変わった。まるで外見なんて取るに足りない瑣末な事柄だと言わんばかりにあっさりと。

 黒かった髪は色が抜け、細く長い亜麻色の髪へと。瞳は黒いまま、まるで空間に二つの穴を穿ったごとく光を完全に失う。繊細ではあるが特徴がなく、男女の区別すら付かない顔立ち。今度の姿は冥路よりだいぶ年上に見えたが、発達不良なのか背丈はあまり変わらなかった。吹けば飛びそうな矮躯は、日本ではまず浮く奇抜な民族衣装に包まれている。

 重厚だが格式ばったところのない不思議な品のあるその服は、古代ベルカの王侯貴族が普段着として好んだものの一つに酷似していると、冥路に知識があれば気づけたかもしれない。

 彼――便宜上こう表記する――はポケットから紫紺色のリボンを取り出すと、長くなった頭髪を頭頂部で一つ括りにしてまとめた。まとめそこなった髪がさらさらと指の間から液体めいた滑らかさでこぼれおちる。ちょんまげのようなクジラの噴水のようなどこか間抜けな髪型は、彼にとてもよく似合っていた。打ち捨てられた道化師人形のように狂気めいた、廃退的な滑稽さが際立っている。

 

「僕が誰かだなんて、とても哲学的な質問だね。そもそもいったい何を持って『僕』とするのかな? (がいけん)? どこまでが僕の肉体? 内臓、筋肉、骨、血液、脳みそ、皮膚、髪。細胞なんて一年間に何回総入れ替えするか知ってる? そのたびに僕は別人になっているのかな。そうじゃないとすればいったい何を持って共通とみなすんだ? (なかみ)? 記憶があればいいのかい。いったいそれは誰のどんな記憶? それを自分さえ覚えていれば僕は僕たりえるのかい。記憶違いなんていくらでもあるだろうに。記憶なんて外部的な要因でどうとでも変わる。事故による記憶喪失なんかが考えられるね。SFなら記憶の転写とか。この世界ならプロジェクトFもそうかな。じゃあ他人、多くの不特定多数の人間が僕について記憶していればいいのかい? それをもってして僕は僕でいるのかな。でもやっぱり不特定多数の勘違いもないわけじゃないよね。誰かと僕を間違える可能性だって十分ある。そもそも昨日までの記憶だと思っていたのが、実はさっきまで見ていた夢じゃないとどうやって判断すればいいのさ?」

 

 言葉の濁流。そのすべてがどこから借りてきたかのような圧倒的空虚に満ちていて、しかし軽くはなく腐敗した海藻のように冥路の心にまとわりつき絡め取る。

 ぞくぞくした。

 ――今まで、死にたいと思ったことは数え切れないほどある。

 冥路は前世を含む昔から、人間であることに違和感を覚えていた。罪悪感と言い換えてもいい。サイズのちがう靴を履いているかのようなズレが常にある。人は独りでは生きていけない。そんなことは百も承知だが周囲といることが時折抑えきれないほど苦痛になる。これで自分は人とは違うんだなどと中二病方面に弾けることが出来れば少しは楽だっただろう。事実、そんな時に彼女は暴れるという行為で違和感を誤魔化した。自分は人とは違う優越感に浸っているのだと自分で言い聞かせた。

 ――死ぬべきだと感じたことも同じくらいある。

 べつに、争い事は好きではない。むしろそれがルールを逸脱した行為であるという良識、あるいは常識を冥路は持ち合わせている。だからこそ血を流した。ルールを逸脱している間は、ルール違反者という立場で自分はたしかにそこにいたから。いっそ人間以外に転生できるように転生特典習得時に望んでおけば少しは楽だったのかもしれないが、あの状況で冷静な判断力を働かせろというのは酷だろう。こんな迷惑な存在は一刻も早く排除されるべきだと常に思っていた。

 ――でも、死んでもいいと思ったのは今日この時が初めてだった。

 

「唐突に過去の罪を告白してみようか。すこし気になっていたあの子が学校を三日続けて休んだ時のことです。僕は溜めていたお小遣いをはたいて綺麗な花束を買いました。はやくあの子が学校に来れるよう願いを込めて、とっておきの花瓶に入れた花束を、あの子の机の上に供えました。結果、その子は登校拒否になりましたとさ」

 

 まるで脈絡のない話題転換。彼は会話しているのではない。自分の言いたいことを好き勝手に吐き出しているだけだ。極端な話、ここに冥路がいなくとも彼はあまり困らないだろう。

 会話のキャッチボールではなくて、会話のドッジボール。一方的にぶつけ合うだけ。同じ人間と話している気がしない。その認識が冥路をこの上なく安心させる。

 

「前世のころの話だけどね。この世界の僕が学校に行くべき時代は絶賛戦乱中で学校に通う暇なんて無かったし。倫理道徳を学ぶ時間があるなら人の殴り方を教わるような時代だったよ。嘘です。前世でもそんな事実はありませんでした。単なる戯言だから聞き流していいよ」

 

 にこにこと『笑う』それ(・・)。ここまで空々しい表情筋の活動は前世を通して生まれて初めてみた。平面に丸と棒を配置するだけで笑っている顔や怒っている顔と認識する人の脳なのに、なぜこうも笑うという特徴を満たした顔の動かし方で相手に強烈な違和感を覚えさせることができるのか。冥路はいっそ感動すら覚える。

 これは人間ではない。人の形をした『なにか』だ。人でないモノが気まぐれで人の姿を真似て、色々間違えてしまったもの。

 人間の、なりそこないだ。

 

「何が目的でここにいるの?」

 

 周囲に人の気配がしないことなど冥路はとっくの昔に気づいていた。目の前のこれが特殊能力を使ったのか、はたまた生物の本能がこの場所に近づくことを避けさせているのか。

 どちらにせよ、彼女に用事があって彼はここまで来たのだろう。そうだと思いたい。

 

「さっきから質問ばかりだね。自分で少しは考えないとろくな大人になれないよゆとり世代。それはそれとして何が目的って言われると、幸せになるためとしか答えられないな。僕はずっと昔から、それだけを望んで生きてきたんだから」

「しあわせに……?」

「うん、君も一緒にどう? 一人はもう疲れたろう。僕が君のすべてを背負ってあげよう。ぜんぶ神様が悪いんだ。君は悪くないし、僕も悪くない。いや、半分くらいは悪いかも」

 

 思考が白濁し、何を言われているのかさっぱり理解できない。ただ、差しのべられた手は強烈に意識に焼きついた。

 少女の選択の結果は、月さえ照らさない闇の中で街灯だけが見ていた。

 

今日(一期)明日(二期)明後日(三期)がいっぺんに来ればいいと思わないかな。僕はもう待ちくたびれたよ。十年くらい誤差の範囲だよね? とりあえず今から、闇の書事件の開始をここに宣言するとしよう。タイムリミットは六月四日。これを過ぎたら責任感の強いあの子は血と硝煙に彩られた魔法の世界から逃れられなくなるからね。はじまったときがすでに投了でございます」

 

 楽しげでどこか投げやりな声を合図に、物語は加速する。

 

 

 




 誤字・脱字などあればお願いします。

 ふう、PT事件が終わる前に闇の書事件の開始。
 原作の流れを把握している転生者が複数いれば、十分ありうる流れだと個人的には思います。
 はやてさんが魔法世界に入らないと、後の流れが大きく変わってしまいますが……。
 個人的には見てみたいんですよね。コックのはやてさんとか、専業主婦のはやてさんとか。そしてそれは闇の書が起動した時点で、情の厚く責任感の強い彼女には不可能となる未来でしょう。
 さてはて、どうなることやら……。


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閑話 マッドサイエンティストの宴

 大変長らくお待たせいたしました。申し訳ありません。
 まさか土曜日までかかるとは……。
 反省です。このようなことがないように今後は少し書き溜めします。


 

 玉座の間の奥にある、薄暗いひとつの部屋。ダークグリーンの照明の中に浮かび上がる、未成熟な小柄な影。

 透明な容器の中に満たされた溶液の中に、あるいは成長し過ぎた胎児のようにただようアリシア・テスタロッサの亡骸(なきがら)

 この部屋はプレシアの過去の象徴。プレシアの狂気の根源。プレシアのすべてだったもの。

 瘴気が満ちているように感じるのも錯覚ではないのかもしれません。私には無理ですがが、アルフならよからぬものの一匹や二匹この部屋で見ることができるのかも。初めてこの部屋を見たときは全身の毛が逆立つ思いがしました。そして、とても悲しかった。目がかすみそうなくらい痛くて、息が詰まった。

 プレシアは何年独りでこの部屋に囚われてきたのでしょう。どれほどの否定がこの部屋に積まれたのでしょう。現実を受け入れられなくて、あったかもしれない、そうあるべきだった過去だけを見据えて、身体を削り、心を歪め、机上の空論を不完全とはいえ実現させてしまうほどのエネルギーがここから生み出された。

 私もフェイトも、そしてアルフもある意味ここから始まった。そう考えればここは、私たちの始まりの場所なのでしょう。だからと言ってそうやすやすと受け入れられるわけではありません。

 幸運に幸運を重ねて、奇跡が起きたなんて言葉を安易に使いたくなるくらいの可能性を引き抜いてプレシアは未来へと進み始めました。でも、彼女の歪んだ二十年が消え去ったわけではないのはこの部屋が証明しています。今この時は、確実に彼女の狂気の上に積み上げられたものなんです。彼女は狂気から解放されたわけではないんです。

 きっと一生、彼女は、私たちは解放されることは無いのでしょう。あとはそれと、どう折り合いをつけて生きていくか。未来を歩きたいと思うのならそうするしかないと頭では理解しているんです。

 でも、目の前の光景を見ているとその決意も揺らいでしまいます。

 フェイト、アルフ、アリシアの三人が二回目の奇跡を起こすためにこの庭園から外の世界に飛び立ってから、プレシアは時折この部屋に閉じこもるようになりました。

 彼女からはっきり立ちのぼる狂気。きっと、彼女の本質は二十年間の歳月で変質してしまったときから何も変わっていない。ただ、サイコロの出目が変わるように違う面が出ているだけ。そのことを強く意識させられます。

 

「ふふふ、アリシア、フェイト、私の可愛い娘たち……息しているだけで可愛い息していなくても可愛い……」

 

 ああプレシア、あなたはきっといっちゃった表情で容器に頬ずりする主人を見てしまった使い魔の心情なんて、かえりみることもないのでしょう。

 私、アレに造られたんですよね……。フェイト、アリシア、あなたは自分の将来に不安を感じることはありませんか。私は現在進行形でいろいろと心配です。様々な原因で視界がかすんで前がよく見えません。そしてあまり見たくありません。

 あなたたちがここからいなくなって三日でプレシアは禁断症状が出るようになりました。さらに三日も経てば自家発電をためらわなくなりました。一週間半ばが経過した今はこの惨状です。プレシア、あなた半月ごとに彼女たちが報告しに帰ってくるってちゃんと覚えていますよね?

 あまり頻繁に連絡を取り合うと足がつく恐れがありますが、同時に彼女たちに万が一の事態があった時にこちらに情報が伝わらないのも危険。そのような理由(たてまえ)をもってアルフと大論争を繰り広げてプレシアが定めたリミット。半月ごとに経過報告をおこなう。

 あのときは少しサイクルが短すぎるのではないかと思いましたが、この現状を見ると少し長過ぎた気がしないでもないですね。あと四日、私はこれと一緒に過ごすんですよね。自信がないんですが。でも、助けてくれる人なんてここにはいません。

 絶望の意味を知りかけたそのとき、ふと私はアルフが出ていく前に用意していた三つの箱の存在を思い出しました。

 

『どうしても困ったとき、この箱を開けてください。きっと解決の糸口になるでしょう』

 

 このテスタロッサ家の幸運の象徴。奇跡を呼び込んだ張本人。トリックスターの一面が強い狼少女。本人の自己評価は何故か異様に低いですが、私もプレシアも彼女のことをとても信頼しています。だからこそ、平均年齢三歳(享年五歳のアリシアは含まず)という子供たちだけで旅行させるにはかなり非常識な年頃の彼女たちを(安心してとは言えません。不安は数え切れないほどありますがそれでも)送り出せたのですから。

 あのときの彼女の珍しく自信ありげな笑顔に、私は一も二もなくすがりつきました。あの子、普段はヘタレで憶病なくせにいざというときの思考回路と行動はぶっとんでいますからね。いえ、憶病だからこそアクセルを踏み込んでいるだけなのかもしれませんけど。

 駆け足でアルフとフェイトの部屋に行き、三つあるうちの一番右端にある箱に手を掛けます。大きさはどれも同じでトランクケースほど。色はシンプルにグレーで統一されていました。彼女いわく、左に行くほど『効果』は強力とのことです。

 

「……なるほど。持つべきものは知恵者ということですか。この場にいせずして問題を解決するとは。アルフ、あなたはいったいどこまで先を予測していたんですか?」

 

 中身を確認した時、私の口からは感嘆しか出てきませんでした。

 

 

 

「プレシア、ごはんですよ」

「うふふふ、かわいいかわいい……」

 

 呼びかけても反応はありません。これはもうここ数日の日常ですからいまさらどうということもありません。この状態では音声では反応しないので物理的接触が必要だったのですが、正直な話あまり近寄りたいとは思いません。そして、今の私には切り札があります。

 

「プレシア、フェイトの作文の新作を見つけたのですけど?」

 

 ぴたり、とプレシアの動きが止まりました。人間としてあまり適切とは言い難い関節の動かし方でぎちぎちと振り向く姿に物理的精神的ともに一歩距離を置いた私は彼女の使い魔だということを差し引いても間違っていないと思います。

 

「……なんですって? リニス、あなた今なんて――」

「フェイトの作文を見つけました。あなたについて書いてありますよ」

「見せて頂戴」

「はい、どうぞ」

 

 心持ち腕を長めに伸ばして渡したのですけど、気づく余裕はなさそうですね。

 むさぼるように文章を追う彼女の目に光が戻り、涙が一筋こぼれおちました。

 

「フェイト、ああフェイト、あの子はこんなにも……」

 

 失礼かもしれませんが、私も先に読ませてもらいました。これから外の世界に出るにあたってフェイトが感じていた不安、それを上回る使命感と義務感、そして決意と家族への愛情が伝わってくる名文です。私も読んでいて胸がほっこりしましたもの。愛娘成分が飢餓状態のプレシアには効果抜群でしょう。

 禁断症状が出るなら、補給してしまえばいい。単純な発想ですがそれゆえに効果的です。

 

「そうよね、あの子たちが頑張っているのだもの。母親の私がへこんでいる場合じゃないわよね……」

 

 すっきりした顔をしてそうつぶやくプレシア。なんだかいいシーンっぽいですけど、さきほどまでの醜態を見せられていた私からすれば効果半減ですからね。

 

「ごはんにしましょう、プレシア。あの子たちが帰ってきたときにあなたがへばっていれば私が叱られてしまいます」

「ええ、そうね。いつも悪いわ、ね――」

 

 理性を取り戻したプレシアの目がようやく私を捉え、なんだか信じられないものを見たかのような表情をされました。二日前からこれだったのですけど、ようやく気付いたんですか。やけに自然に受け入れているとは思っていましたけど……。

 

「リニス、その格好はいったい何の冗談なのかしら?」

「アルフの【こいぬフォーム】ですよ。あの子たちがいなくなって仕事量が減ったので私も導入してみました」

 

 人数が減ったのに精神的疲労は倍じゃ効かない気がしますけどね、と声に出さずにつぶやく。

 今の私の外見は普段のアルフよろしく七歳前後の少女だ。アルフの外見は五歳くらいだからやや年上といったところ。

 

「案外パワフルですよ。どうも私が教えてからバージョンアップを重ねていたみたいです」

 

 アルフに術式改変を教えたのは私だけどあれからアルフは自主的に研究を重ねていて、バージョン5.0となるこの体はベルカ式の【武装形態】の術式が部分的に取りこんであるらしい。強化ではなくて弱体化と発想は丁度逆だが、要所でベルカ式の特徴とも言える身体強化が自動で発動するようになっており戦闘ならともかく家事程度では不便を感じない。その上で主人への負担は十パーセント削減というぶっとんだ仕様だ。

 

「私のことを非常識だのなんだの言ってますけど、あの子もあの子でじゅうぶん大概ですよね」

 

 確かに私は彼女たちに、魔法は基礎から総合まで一通り教えた。ベルカ式の資料もこの庭園の図書室をひっくり返せば数冊は出てくるだろう。何しろプレシアがアリシア蘇生の方法を様々な方面から模索していたため量は莫大、種類は多彩だ。

 だからといって与えられた環境の中で新しいものを作り出せるというのは、一般的なレベルの魔導師をはるかに超えている。

 高性能の使い魔は維持に膨大な魔力負担がかかる。ゆえに従来では目的に応じた使い魔を随時作成し、目的を達成したら使い捨てるという方法が一般的だった。

 一方、アルフのやっていることは汎用性の高い高性能な使い魔を作成し、普段は弱体化させることで主人の負担を軽減するというもの。

 使い魔には心があるし、経験を積むことで成長できる。時間が経過すれば経過するほど魔法に習熟して維持にかかる負担は減り、しかし絆は深まり使い魔も強力になる。使い魔作成に付いてまわっていた倫理道徳的な問題も大部分が解決できますし。

 けっこう画期的な発想だと思うのですけど、あの子は自分じゃ気づいてないんだろうなぁ……。

 

「どうしてあんなに自己評価が低いんでしょうか。自分が強者(Aランクオーバー)の部類に入ると知識としては知っているはずなんですけど」

「経験で学んだことを理屈で覆すのは難しいわ。比較対象が悪かったわね」

「プレシア、私、フェイト……たしかに一般的な魔導師からは外れていますね」

 

 プレシアは大魔導師を自称してもきっとどこからも否定はされませんし、私はその使い魔らしく万能型。フェイトはわずか四年で魔法世界でも数パーセントしか存在しないAAA+まで成長した文句なしの天才ですし……。

 確かに生まれたときからこんな環境にいれば自己評価が低くなるもの無理もないことなのかもしれません。

 強いて言うのならアリシアは生前、普通の女の子だったそうですが、幽霊となっている今はリンカーコアも存在しないのでその方面で比較対象にはなりえませんからね。

 あの子はとても優秀なのですけど。外の世界に出て、そのことを自覚してはくれないものでしょうか。さすがに魔法のない世界では、自分より強い相手にしか出会えないなんてことは無いでしょうし。自分が案外色々できるという経験を積めば自信もつくでしょう。

 

「ふっ、まあ私のフェイトと一緒に育ったんですもの。才能あふれるあの子を見て自分に失望してしまっても仕方ないわ。むしろ身の程をわきまえていることを褒めてやるべきなんじゃないかしら」

 

 こんな性格破綻者の奇人変人の巣窟でフェイトが純粋無垢にまっすぐ育ったのは少なからずアルフの功績でしょうし。ちなみにプレシアが一人で性格破綻者と奇人と変人と、マッドサイエンティストと親馬鹿を兼任しています。

 

「何か今、失礼なことを考えなかったかしら?」

「いいえ、そんなことありませんよ」

 

 正当な評価です。私は自信を持って答えました。

 憮然とした表情でプレシアが追求しようとしたとき、彼女の横にモニターが展開されました。通信です。鎖国一歩手前のテスタロッサ家。こんなところにかけてくる相手なんてそういないはずなのですが。プレシアも怪訝そうな表情をしながら通話のスイッチを入れました。

 

『こんにちは、ドクター・テスタロッサ。久しぶりだね』

 

 その声を聞いた瞬間。

 ときどき、アルフが野生の勘が騒ぐと言うことがありました。彼女がそういう時、何かしら大きな出来事があって、その勘がなければあわや、ということが何回かありました。でも、私はそんな経験全然なくて、アルフ特有の能力の一つだと今の今まで思っていたのですけど。

 耳と尻尾の毛がいっせいに逆立ちました。モニターには映像が表示されていません。ただ、声の主が男性だということしかわからないのに、何なのでしょうこの悪寒は。

 次に感じたのはむせかえりそうなほど濃厚に立ちのぼる狂気。久しぶりだけど、全然懐かしくないよく知ったもの。先ほどのどこかコミカルな余裕のあったものとはまるで違う。私は茫然と狂気を身にまとった彼女を見ることしかできませんでした

 プレシア? 急にどうしたのですか?

 

『突然の非礼を詫びよう。しかし、私たちの間には礼儀など二の次だろう? ドクターの目的に叶うものが見つかったのでね。早急にお知らせするべきだと愚考したのさ』

「少し合わない間にずいぶんと親切になったのね、ドクター・スカリエッティ。それに、あなたには私の目的もここの連絡先も教えた覚えがないのだけれど?」

『そうだったかな? それは失礼した』

 

 震えが止まりません。プレシア、誰なのですか? いったい『何』と話しているのですか?

 何かが致命的に外れてしまう。せっかく彼女たちが懸命に繋いでくれた糸が、切れてしまう。そんな気がしてなりません。

 

『侘びといっては何だが、情報はタダでお伝えするとしよう。あなたにとって損のある話ではないはずだ』

「……いいでしょう。話してみなさい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、予感は確信に変わりました。

 

『転生者という存在を、ドクターは知っているかね?』

 

 ――アルフ、あなたがここにいればなんとかできたのでしょうか。

 

 

 赤い。あかい。アカイモノが流れ落ちて手を濡らし、肘をつたい、胸を染め、腹を汚し、腿を流れ、地に溜まる。流れ出てしまう。コレはフェイトの大切なものなのに。

 穴があいているから。ダッタラあなを防げばいいんだ。でも、どうやって? ぽっかりなくなっているのに。フェイトの胸の中心に、腕がまるまる通りそうな穴がぽっかり空いて、向こう側が見える。必死に穴を抑えている手が見える。

 それに、まだフェイトの体は温かいけど、心臓は動いていない。そりゃあ、心臓ごと消えているんだから当然だ。あの強い輝きをともした、時として優しく笑った、時々ほんわかボケていた赤い目に光がない。瞳孔が開ききってしまっている。

 何より感じる、自分の体の中から急速に消えてゆく大切な大切な、なにか。壊れてしまった。途切れてしまった。だからこの体が完全に消滅するのも、そう遠い未来の話ではないだろう。

 それは別にかまわない。もともと使い魔は使い捨てられるものだ。主人のために生きて、主人のために死ぬ覚悟は生まれたときからできている。でも、フェイトは違う。フェイトは消えちゃダメだ。それだけは認められない。

 フェイトはもっとなのはやヴィヴィオと一緒に笑って、はやてやリインと一緒に仕事を頑張って、シグナムやヴィータと模擬戦して、エリオやキャロと休日を一緒に過ごして、いつか誰かと恋をして、結婚をして、幸せな未来を歩まなきゃいけないんだ。

 こんなところで、こんなところで××なんて絶対に間違っている。

 

「だれか、だれかフェイトを助けておくれよぉ……」

 

 でもできることといったら情けない声を上げることくらい。きっとどこかが理解している。もうフェイトは助からないってことくらい。でも全身全霊が納得できない。納得しない、させない。

 

「その願い、叶えてあげようか?」

 

 目の前に現れたのはすべての元凶。こいつのせいでなのはは、はやては、ティアナは、スバルは……。

 でも、もう怒りも何も感じない。フェイトの心臓が消えてしまったときに、きっと一緒に持っていかれてしまったのだ。ただ重要なのはその言葉だけ。

 

「……できるのかい?」

「ここに取り出しますは、願いを叶える石!」

 

 ぱらぱらっぱっぱ~とふざけた効果音と共にやつの袖口から二十一個の青い宝石が投射される。相変わらず人の存在に喧嘩を売るような言動だけど、今は気にならなかった。その余裕もない。これがここにあるはずがないのだから。

 始まりの宝石。願いを叶える石。フェイトの、今の道へと続く最初の一歩。

 

「なんでぜんぶそろってるんだい……これはあのババアと一緒に次元の彼方に消えたはずじゃ……」

「スペアだよ」

 

 きまってるじゃないかと言わんばかりの口調。得意げに、それでいてどこか投げやりないつも通りの、気持ち悪いくらい普段と変わらない調子でこいつは説明を始めた。

 

「二十一個、全部に番号が振ってある時点で気づきそうなものだけどね。これは一つ一つが別の機能を持っている、ぱっと見は似ているけど違う存在なんだよ。だからスペアが用意してある。魔力電池や次元震発生装置として使うのならともかく、願望機として本来の使い方をするのなら二十一個全部そろえたうえで各役割にあわせて正確に配置して、正しい順序で起動させなきゃならない。単体で起動させて願望機めいた機能を見せるのなんてⅣ番くらいじゃないのかな?」

「なんでんなことをアンタが知ってんだい……」

「僕が作ったからねぇ」

 

 とんでもないことをあっさり口にした。

 またコイツか。これもコイツが原因なのか。

 

「いったい、アンタは何がしたいんだ!」

「僕の目的は昔から一つだけ。幸せになりたい。ただそれだけだよ。でもねでもね、他のみんなにも幸せになってほしいから、この世界をちゃんと『魔法少女リリカルなのは』の世界に保とうとしていたんだ。まさかこのタイミングでフェイトが×××××なんて思ってもいなかったけどね。失敗失敗」

「みんなに幸せになってほしいって、これだけ殺しておいてそれを言うのか!」

 

 白く染まった世界。視界一面が塩の海みたいだ。ほんの一時間前まで、ここには街があっただなんて思えない。戦いがあった痕跡すらない。唯一の色はフェイトの××の周囲だけだ。あとは赤のひとかけらも残さず消されてしまった。静寂が支配する、完全な死の世界。

 

「みんなっていうのは転生者のことだよ。よく知らないこの世界の住人よりは、顔も知らない同僚に幸せになって欲しいと思うのは人として当然のことだろう? この世界は原作には登場しなかったくせに、このままじゃ物語に大きく干渉してきそうだったから邪魔だったんだ。原作から離れすぎたら、この後に生まれる転生者が困っちゃうだろうからさ」

「だから、消したっていうのかい……止めに来た管理局の局員ごと」

「うん。でもねでもね、さすがの僕でも時々これで正しいのか迷うことがあるんだよ。その金額を寄付すれば地球の裏側で見知らぬ子供たちが救われるかもしれないっていうのに、新作のゲームを買ってにやにやしたり恋人とデートしてデレデレするのが人間として正しい生き方だけど、それでもね、心が痛む時があるんだ。だからそんな時はみんなのためだって自分に言い聞かせるんだ。誰かのためだから人間って頑張れるんだよね。それに、人生として通して見ればどんな努力であろうと自分のためになるはずなんだ。だから大丈夫、まだ頑張れるよ」

 

 ああ、怒りが消え去っていくのを感じる。これにそんな感情を抱いたところで無駄なだけだ。あまりにも違いすぎる。

 何を言っているのかまるで理解できやしないけど、理解できないということだけはいやというほど理解できた。

 二十一個の宝石が流動的な軌道を描いて宙を泳ぐ。虚空に残された蒼い軌跡が幾何学的な紋章を描き、空間が弦楽器のような重音を奏で始める。

 

「そんなことはともかく。どうするの? もうすぐ君、消えちゃうよ?」

「……これを使えば、フェイトを××××××ことができるのかい?」

「うん、代償は必要だけどね。君の過去と現在と未来の三つ。願いをかなえたらその三つは消えてなくなる」

「どうせこのままなら消えるんだ」

 

 ――だから、あたし(・・・)は――

 

「はいはい了解~、あれ、あやや? んー、間違えたかなー」

 

 しかいがまっしろにそまった。

 

 

「あみばっ!?」

「ア、アルフ大丈夫? ものすごくうなされてた」

 

 ぼく(・・)は飛び起きた。蒸気機関車が近くを走行しているのかと思ったら自分の呼吸音だった、なんてね。

 汗びっしょりで震えが止まらない。何より気持ち悪い。汗をかいているのとはまるで無関係に身体の底のほうから生理的嫌悪を感じる。

 フェイトとアリシアが心配そうにのぞき込んでくる向こうに、まだ暗い窓の外と星空が見えた。今何時だ……げ、まだこんな時間。もしかしなくとも起こしてしまったのだろうか。

 

《どんな夢みてたの? すごい悪夢だったみたいだけど……》

「ん~、昔の記憶、かな? よくわかんないや」

 

 実際にあった出来事が夢として出てくるときって、事実と虚構が同列に並べたてられてなおかつ変な部分が強調されて時系列もばらばらでまるでわけがわからなくなっていることが多いよね。今回のぼくの夢もそんな感じだった……と思う。

 何しろ思いだそうとすると本能が拒絶するので、頭から消え去るままにしているのだ。なんだか忘れちゃいけない情報もあったような気がしないでもないけど、あれはちょっと無理。何がアレなのかわかんないけど、正気度がごりごり削れる系列の話だった気がする。いや、考えるのもいやだ。

 どうしても将来的に必要になったら、そのときに思いだすとしよう。人、それを現実逃避と言う。

 

「大丈夫?」

「ダメかも」

「ええっ!?」

「フェイト、ぎゅっとして」

 

 現状の症状が風邪に近いせいか、病気の時の子供のような気分でフェイトに甘えてしまった。二歳だし合法だろう。

 おずおずと背中に手が回され、髪をそっと梳かれる。それだけでほっと体の余分な力が抜けて脈拍が鎮まるのがわかった。我ながらお手軽だ。でも、使い魔ってこういうもんのような気もする。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。私はここにいるから……」

 

 フェイトの声が耳に心地よく響く。何故かその言葉が胸の奥にぱちんとハマった。一番欲しかった言葉をもらえた気がする。安心したら急に眠くなってきた。どこの赤ん坊だと自分で突っ込みたい。

 恐い夢を見て騒いで周囲を起こしておきながら、どこまでも自分勝手にぼくは夢の世界に再び沈んでいくのであった。今度はこの温もりがあるから怖くない。

 明日、二人にちゃんと謝ろう。

 

《なんだったんだろう……アルフの夢に入れなかった》

 

 そう最後に決めたぼくは、アリシアの言葉に気づけなかった。

 

 

 




 前半と後半でまるで話のテンションが違う……。

 とりあえず次の話から新しい章に突入するつもりです。
 PT事件がほぼ始まってもいないのに闇の書事件ですよ、ええ。
 キャラの暴走に任せることにしました。最低限手綱はとりたいなぁ……。
 シリアス一辺倒じゃなくて、ちゃんとほのぼのを書きたいです。

 誤字・脱字などありましたらお願いします。


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閑話 すべてのはじまり

 次の章にいこうと思っていたのですが、予定を変更して種明かしのターンです。

 ……いろいろ考えましたが、このままいくことにしました。


 

 ――ギィイイイイ、チャッコ。

 

 どこかで何かが軋む音がする。

 

 すべての始まりは、とある神の死からだった。

 もっとも便宜上『神』と呼んではいるが、創造主とか信仰の対象とか絶対なる善とかそんな代物ではない。ただ生物の範疇をはるかに超えた超常的存在。それはそういうものだった。

 たしかにそれは天地創造が可能だったし、信仰の対象になったことがあったかもしれない。でも、一般的に言われている創造主や崇め奉られるモノとそれは完全に違う物であったということは断言しておく。

 どうしてその完全に近い超常的存在が死ぬようなことになったのか、今となっては知る者はいない。どこぞの勇者に殺されてしまったのかもしれないし、人間と意志疎通を試みる程度には人間と近い精神構造をしていたので、もしかすると自死だったのかもしれない。

 閑話休題。

 とにかく、神は死んだ。しかし困ったことに、神と呼べる存在は一人ではなかった。

 

 ……あれ? 神の数え方って一柱だっけ。

 まあいっか。ここはとりあえず『一人』で。

 

 残された神々は、何をとち狂ったかそのとき人間を理解しようとしていた。彼等は人間に近い精神構造を持ち合わせていたが、あくまでも類似品であり完全に別物であった。

 意志疎通の試みの結果は、大抵どちらかの発狂という結果に終わっていたし、ごくごくまれに会話が成立したとしても似ているがゆえに露わになる差異が不和を生み、破局を招いた。

 生物をはるかに超えた超常的存在。それがどうしてそのようなバカなことを思いついたのか。

 彼等は人と理解し合うことを諦めず、しかしこのままでは相互理解が永久に不可能だということも受け入れ、次のような結論を出した。

 すなわち、人も自分たちも理解できる新たな存在を創りだし、それを仲介にしてしまえばよい、と。

 かくして死んだ神の身体はいくつにも切り刻まれ、人間の魂と混ぜ合わせて、神と人をつなぐ新たな存在の創造という物語が幕を開けた。

 これが転生者の始まりである。厳密に言えば、まだこの時は生み出す予定の存在の仕事内容に即した名称が存在していたのだが、結局のところ失敗したので『転生者』と呼び続けることにしよう。

 

 ――ギィイイイイ、チャッコ。

 

 また、軋む音。聞きおぼえがある。何だっただろうか。

 そうだ、発条(ぜんまい)だ。何かの螺旋(ねじ)が巻かれている。

 

 神々はまず、舞台を用意した。

 といっても、彼等にはどのような環境が人間にとって適切なのか判断がつかない。だから、用意した魂の中から一番強いイメージが残っていた世界の記録をもとにし、その世界を完全に再現して環境を整えた。

 

 つまり、この世界は紛うことなき造り物ってことだね。『魔法少女リリカルなのは』の世界に転生したいっていう希望を元に創り上げられた、実験のための箱庭。天も、地も、人も、すべて本物(オリジナル)が別にある以上、ここにあるのは偽物(レプリカ)と断言できる。言ってしまえば二次創作なんだよ。

 ……どうでもいいか。次いくよ。

 

 次に、神は死んだ神の破片と人間の魂を混ぜ合わせ、転生者とした後で世界に放り込んだ。

 この際、神の力は人間にとって純度が高すぎる。だから権能の効果を極めて限定的にして人間に認識でき、また使用できるように調整した。

 計画の概要は次の様なものだ。人間に神の破片を完全に融合させることで存在を変質させる。人間の存在を神へと近づけ、同時に人間性を残すことで神と人間、両方の立場を理解できる新たな存在を創り上げるのだ。

 人間を神へと近づけるのは神の破片の含有率を上げるのが一番手っ取り早いとされた。初期段階で人間の魂に込められる神の破片には限度があったが、転生後にお互いに殺害――『捕食』というプロセスを踏ませることによってその限界値を超えることが可能なことも発見された。

 

 これが転生特典の正体ってわけ。もとが神様の力なんだから、むちゃくちゃなのも当然だよね。もっとも、今の転生特典は人間の魂の願いと強烈に結びついて、当時とは別のものになっているけど。

 え、五月蠅い? ごめんごめん、じゃあしばらく説明に専念するよ。

 

 試行錯誤の連続。多くの人の魂が神の破片を植えつけられ、壊れていった。

 最初期に神の破片が植え付けられる、人間の魂の器の限界値が見定められた。後天的に捕食という形で元の限界以上に神の破片が取り込めるのは、人間が殺した人間の器を一緒に取り込んでいるからではないかという仮説も挙げられた。

 この頃の転生特典の性能は一定ではなく、また転生特典の譲渡も神の破片だけではなく相手の人間の魂ごと吸収されてしまうことも少なくなかった。

 これが後に言われる第一世代の転生者の実態。実験のための実験が繰り広げられた環境。後の世代に受け継がれる転生者のシステムが最適化された場所。

 

 ――ギィイイイイ、チャッコ。

 

 また、どこかで螺旋(ねじ)が巻かれている。

 

 結論から言えば、第一世代の実験は失敗に終わった。

 人間の成れの果てにして、神の成り損ない。生まれたのはそんなものだった。

 要因は色々と挙げられるが、大きいのは次の二つ。

 まず、転生者たちが送り込まれた当事の世界が、戦乱真っ只中だったという点。その中で特殊な力を持つ転生者たちは、生まれを問わず最前線に送られるのが常だった。殺し合いは神々の望むところでは合ったが、神々の想像を超えて殺し合いのペースが速すぎたのだ。神の破片の含有率は徐々に融合できる限界値を超えて上昇していった。

 そして、当事は神の破片の譲渡のシステムがまだ不完全だったという点。神の破片だけではなく、その人間の魂をも取り込んでしまった転生者は、肉体や精神に変調を及ぼさざるを得なかった。

 人間性を残しながら人間を超え、神に近い存在を造るのが計画だったのに、第一世代の大半を取り込み、神に近いものへと至った転生者の人間性は壊れ、急激に含有率を増した神の破片は人でも神でもないものへとそれを変質させてしまっていた。

 どちらも理解できるものを造るはずが、どちらからも理解されず、理解できないものができてしまった。神々は失敗点を見直し、次の実験へと生かした。

 第二世代はそれからかなり時間を置き、世界が平和になってから生まれ始めた。また、転生者の魂に含まれる神の破片も、第一世代の量が半分に割られたものが二つ入れられることとなった。

 その程度の量でも転生特典として発現する分にはまるで違いはなかった。人間の器に、利用できる力として注げる神の力はほんのわずかなものでしかないのだ。

 第二世代が生まれた時代は平和で、殺し合いのペースは緩やかなものだった。また、神の破片の譲渡も前回の半分しか渡されることはなかったため、人間の魂と無理のないペースでなじんでいった。システムも洗練されており、人間の魂が他の人間の魂と融合するなどということも起こらなくなった。

 このときから転生特典の内容は人間の魂の希望が生かされるようになった。前回のテストケースで、魂の希望に沿った転生得点を与えた場合、そうでなかった場合に比べてはるかに高い神の破片との融合率を示したのだ。

 このままいけば、もしかすると実験はこの段階で成功したかもしれない。しかし、第二世代の転生者たちの実験は破綻することとなる。

 神々が失敗だと結論を下して、廃棄したつもりでいた転生者の成れの果てが、第二世代の大半を取り込んでしまったのだ。神々にとってはすでに終わった過去の話だったが、彼ないし彼女――すでに性別など関係ない存在に昇華(堕落)してしまっている。便宜上、以後は彼と表記しよう――にとっては現在進行形で生きている自分の生涯なのだ。寿命から開放された存在となったそれは、誰にも望まれていないのに第二世代の実験に介入し、継続不能なレベルになるまで破壊しつくした。

 さらに話はここで終わらない。転生者を喰らい、神の破片を大量に取り込んだ彼はその力を持って神々に戦いを挑んだのだ。神々は完全に近い存在だったが、神の成り損ないである彼には破壊という点において経験、実力共に一歩及ばなかった。

 神々は喰らわれ、神による実験はこれにて終焉を迎える。

 

 ――ギィイイイ、ガリ、ガガガ……。

 

 あ、噛んだ。

 

 そう、この物語はすでに終わっている。

 『神様たちは人間と分かり合おうと、自分たちと人間を繋いでくれる存在を造ろうとしました。しかし、生まれたのは人間でも神様でもない怪物でした。神様たちは怪物に食べられてしまいました。おしまい。』

 実にありふれたバッドエンドだ。しかし、物語は終わっても登場人物たちはそうではない。彼らの人生は物語の後も続いていくし、あるいは人でなくなっても生き続けなくてはならないのだから。めでたしめでたし、で片付けることはできないのだ。

 残された彼は、世界の管理を始めた。生み出す能力には欠けていたので、余分なものを伐採するという手段が主になった。

 寿命が尽きるまでは、生きていかねばならないと思ったから。寿命はとっくの昔に転生特典で消し飛んでいるのだが。

 死のうと思えば死ねたかもしれないが、自殺はいけないことだとわかっていた。あれだけ多くの命を奪って生きていたのだから、そのぶん生きなければならないとわかっていた。もはや知識としての倫理道徳で、実感できるほどの人間性は消滅しているのだが。

 今まで踏みつけてきた彼らの不幸の上に自分はここにいるのだから、自分だけでも幸せにならなければいけないとわかっていた。もしかしたらこれも、昔取りこんだ誰かの信念なのかもしれない。敗者は死んで屍をさらすのが権利なら、勝者は高笑いしながら屍を踏みつけた後で丁重に埋葬するまでが一セットで義務なのだ。幸せになるというのが、彼の頭がはじき出した埋葬の方法だった。

 世界中のみんなを不幸にしても、自分だけは幸せにならなくてはいけない。

 でも、できるだけ多くの人に幸せになってもらうべきである。それが人間としての正しい在り方だ。実に道徳的な考え方だ。これが正しい。かくあるべきだ。

 しかし造りモノであるこの世界でも、誰かの幸せが誰かの不幸などということはよくある話である。ゆえに、全知全能からは程遠い神様の成りそこないたる自分は、幸せにする相手を選ばなくてはならない。

 しかし、選べるだけの縁などもう彼には残っていない。『食べ残し』が存在していないわけではないが、あれらは自分が生きていくこの世界を乱す病原菌(ウイルス)である。

 ならば、縁のある相手を創りだせばいい。幸い、手段は残っている。自分の同輩を、自分の手で造り出せばいいのだ。

 かくして、第三世代の転生者たちが生まれることとなった。

 

 

 目覚めは最悪だった。うめきながら四辻(よつじ)冥路(めいろ)は重たい身体を起こす。

 チャリン、と乾いた音を立てて冥路の頭からおもちゃに使うような巨大な螺旋(ねじ)が落ちる。地面に落ちたそれは急速に錆びると、あっというまに風化して跡形もなく周囲に散った。転生特典【悠久の発条(ぜんまい)】。対象の記憶を巻き取り、別の対象の中で再生するというアイテムである。

 

「お疲れ様。どうだった?」

 

 空々しい笑みを浮かべて問いかけてくる記憶と特典の持ち主。腹が立つくらい芯からしなやかな亜麻色の髪が、首をかしげる動作に合わせてさらりとこぼれおちる。

 

「……お父様とお呼びした方がよろしいのでしょうか?」

「なんでさ?」

「あなたがあたしたちを生みだしたんでしょう?」

「んー、それがそうでもない。きっかけは僕が手掛けたけど、やっぱり残されたシステムに頼っているところが大きいし。ほら、転生時に出会った神様と僕って全然違うでしょ?」

 

 それは冥路も思っていたので、全自動の機械に材料を入れて注文したようなものかと納得した。確かに彼が造ったのだが、見方によってはシステムが冥路たちを構成したとも取れる。彼が教えてくれた知識がすべて本当ならば、という前提の上の話だが。

 

「それに、神さまは全部食べちゃったわけじゃないしね。生き残った神様が手掛けた転生者もちゃんといるよ。僕を倒せって神託を受けて」

「マジッすか。本当にRPGみたいですね。つーか、そんな情報なかったんですけど。なんか途中でミスってませんでした?」

「そんなことないでしゅじょ」

「わかりやすくかみまみたね?」

 

 まあ、知ったところでどうということは無い。自分の立ち位置が魔王の手下Aになるだけである。ふと疑問に思った冥路は尋ねてみた。

 

「あたしは神様に造られたんスか? それともルミア様作成の転生者なんですか?」

 

 ルミア。それが冥路が彼に名付けたニックネームだった。本名、というか彼がこの世界に生を受けたとき、転生者として最初に得た名前だと本人が言い張るものは教えてもらったのだが、フルネームで呼ぶのはどうも恐れ多い。

 だからそれの後半三文字だけ区切って呼ぶことにしたのだ。ますます不敬になっているんじゃないかという意見は無視する。本人からは「実に日本語的な区切り方だね」と許可をもらって(?)いることだし。

 

「さあ、どっちだろうね~」

 

 誤魔化すように明後日の方向を向き続けるルミアの態度は、やはり借りてきたようにわざとらしい。それも無理からぬことだろう。彼の人間性は、それが数百年なのか数千年なのか、はたまた数億年前なのかは定かではないがとっくの昔に使い果たされているのだから。

 しかし彼は生きている。生き続けている以上は、それがとっくの昔にゼロになり、マイナス側に振りきれていたとしても使い続けねばならないのだ。無いものは別のもので補わなくてはならない。思い返してみれば彼の言動は全体的に意味不明で理解不能なものだったが、ばらばらに切り離して見てみれば一つ一つは小説の主人公が語りそうな、正しいかどうかはわきに置いておいて人を納得させる理を持つものが多かった。

 致命的な部分に欠損があるせいで継ぎ接ぎ(パッチワーク)の上に完成した彼の言動は醜悪にして狂気そのものだったが。まともっぽいものを組み合わせてもあそこまでぶっ壊れることができるのかと、もはや呆れを通り越して感動を冥路は覚える。

 自分がルミアのどこに惹きつけられていたのか、冥路はこのときはっきり自覚した。

 彼は壊れている。人間として終わっていて、神にも成れなかった化け物で、周囲に迷惑をかけまくる害悪で、継ぎ接ぎの言動は空虚で安定せず、嘘ばかりだ。

 それでもなお、幸せになることを諦めていない。本当に本気で、自分以外のすべてを不幸にしても幸せになってやると思っている。

 理由はわからない。もしかしたら黎明期、まだ彼が人間であったころに必死で生き延びる原動力となったものの成れの果てなのかもしれないし、いつものごとく理解不能なロジックに彩られた気まぐれなのかもしれない。

 そんなことできるわけがないと冥路は思う。これはもはや確信を通り越してただの理解だ。世界中のみんなを不幸にしたところで、それだけで終わるだろう。鮮度が落ちた材料はもう腐っていくしかないのだ。彼は土に還る段階を過ぎ去った材料だったものを使って、美味しいものを作ろうとしている。

 諦めたらそこで可能性はゼロになってしまうなどと、どこかで聞いたようなセリフを口にしながら本当に努力を続けている。その一点だけはぶれない。きっとこれから先、何があってもやめない。

 その姿がひどく眩しくて、冥路という少女は惹きつけられたのだ。

 王道的な主人公が背負う光のみたいに、こちらの腹の底の黒いものが刺激される不愉快な輝きではない。それはきっと肉を溶かし骨の髄まで腐らせるような温かいくてやさしい黒い光。冥路のように生まれてきたことが失敗だったと感じているのに死ぬ気力もない人間にとって、ルミアの存在は甘美過ぎる。

 あの状態になりながら、まだ努力を続けることができる。ああまで周囲と自分を壊しながら、まだ幸せを追い求めることができる。

 ああ自分は生きていていいんだ、と彼を見ていると思うことができるのだ。

 まじまじとルミアの横顔を観察していた少女は、ふとあることに気づいた。

 

「あれ、ルミア様。目の色変わってません?」

 

 空間に直接穴を穿ったかのように光を反射しない黒だった瞳が、動脈血を連想させる真紅に染まっている。勢いよく振り向いたルミアは得意げに顔を輝かせた。控えめに言って、とてもうざい。

 

「ふ、気づいたかい? 僕は三対の魔眼を持っていて、普段はそれが重なってお互いを封印し合っているため黒い瞳に見えるという中二設定があるのだよ。ちなみにこれは紅眼、神の力をブーストしている状態ね」

「自分で中二っていいますか」

「まあね、自覚はあるよ。最強もご都合主義も世界の修正力も体験済みだし敵対済みで、攻略済みの僕だからね」

「まるでお話しになりませんね」

「その通り。特に推理小説は無理だろうね。何しろ僕か神様が犯人ですって言っておけば、十中八九は当たるんだから。おわかりかね明智くん? 隣の犬がひき逃げされたのも、両親が不仲なのも、電車が遅延するのも、学校のトイレが水漏れするもの、都会のごみ袋にカラスがたかるのもすべては僕が黒幕なのさ!」

「二○面相かシリウスの工作員なのかどちらかにしてほしいっす」

「……よく元ネタわかったね? 特に後半」

「好きな作家さんなんで」

 

 バカ会話は置いておくとして、実際に彼を主人公に据えると本当に物語が成立しない。最強系主人公の行きつく果て、ただの万能であり、彼を交えてしまえばすべてが解決してしまう。全知全能ではないにしろ、本当に迷惑な存在だと冥路は嘆息した。

 

「あ、でもねでもね、第三世代の転生者のやることには基本的に干渉しないようにしているよ。僕の目的と世界をあるべき姿に保つ作業の邪魔にならなければ、という前提つきだけど」

「は? 何でですか?」

「だって僕が呼びだしたんだもの。勝手に呼んでおいて勝手に殺すだなんて、そんな身勝手なことできやしないよ」

 

 したり顔でそんなことをのたまう。すでに冥路の人生を取り返しがつかないレベルで捻じ曲げているくせによくそんなことを口に出せるものだ。

 しかし、きっと彼は本当に本気でそう言っているのだろう。確かに彼と出会ってからそんなに月日は経ってないが、意外と彼なりにルールがあるらしいことは冥路も薄々理解していた。倫理道徳は(知識としてという注釈がつくが)案外世間一般で扱われているものと大差ないものを持っているらしいし、そのルールを破ることに対しては(人とはかなりかけ離れた形ではあるものの)良心の呵責があるようだ。

 もっとも、自分が傷つくことにまるで無頓着なのでそのラインを平然と踏み超えることも多数なのだが。

 

「大丈夫だよ。この世界は強いし、主人公は立派だ。きっと僕程度の黒幕が跋扈したところで完全無欠なハッピーエンドに導いてくれるさ。ちょっとやそっとじゃ壊れたりしないって、僕は信じているんだ。信頼は大切だろう?」

「一期ではプレシアが死にますしアリシアは生き返りませんし、二期ではリインフォースⅠが死にますし、三期でもいろいろ管理局の闇で犠牲が出ていますけど?」

「ダメじゃないか。もっと人を信頼しないと。原作でそうだったからって、この世界は別物なんだ。違う未来がくる可能性は決して低くないんだよ。この世界を管理しているとそれがすごくよくわかる。いくら可能性が低いからって、諦めたらその時点でゼロになっちゃうんだよ?」

「いや、あなたが原作通りにしようと跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している時点でいろいろとダメでしょう。つーかどの口でほざいてるんですか」

「それに一人一人が主人公っていうだろう? 僕が主人公の物語は無理だけど、きっと他のみんなが続きのハッピーエンドを紡いでくれるさ」

「聞けよ」

 

 本当にわけがわからない、継ぎ接ぎだらけの倫理道徳。きっと一生理解できないだろう。理解したいとも思わない。

 ふとそこで、冥路は彼の言っていたことの矛盾に気づいた。矛盾していないところを探すのが難しいくらい彼の話す内容は破綻しているのだが、その中でもひときわわけのわからない部分だ。

 

「あれ、じゃあ一期と二期と三期をいっぺんに起こすっていうのは、世界を管理する動きと矛盾していませんか?」

 

 冥路には理解不能だが、第三世代の転生者たちはルミアが幸せにしてあげるためにこの世界に召喚したらしい。世界を管理するというのは彼らの幸せを助ける行為の一環だったはずだ。

 

「んー、それはね、僕のお友達のジェイル君の要望なんだ。そんなに面白いモノなら、はやく見てみたいって」

「友達がいたんですか!?」

 

 驚愕の新事実が発覚してしまった。そんなことに耐えうる存在がこの世界に存在していたとは。

 いや、それもひどい内容だが、同じくらいひどい単語が出てこなかっただろうか。

 

「なにさー、僕に友達がいるのがそんなにおかしいのかい? これでも生涯で七人も友達と呼べる存在がいたんだぞ」

「あれだけ生きておいて両手で数えられる人数なのはこのさい突っ込みません。……もしかして、ジェイル君って、ドクター・スカリエッティのことですか?」

「そだよ~、知らなかった~?」

 

 うわあ……と少女は思わず漏らしてしまった。確かに意気投合するか、不倶戴天の敵として殺し合うかの二パターンが容易に想像できる組み合わせな気がする。原作主人公組には極めて不幸なことに、意気投合してしまったのだろう。

 原作でも単独勢力でスカリエッティは管理局を半壊させていた。ミッドチルダ地上本部に限定して言えば全壊だった。これにルミアの知識と能力が加わって、この時代から魔改造が進めばどのようなものになるのか想像がつかない。

 【悠久の発条(ぜんまい)】でルミアから受け継がれた記憶には、黎明期にバカみたいな能力を持った転生者たちや、原作設定だけどやっぱり馬鹿な能力の王たちとの戦い、勝利して生き延びた経験がある。というより、【悠久の発条】の記憶継承は副次的な効果であり、本来の使用目的は他者に負荷をかけることなく個人の経験を完全に移植することなのだ。これらの知識があのマッドサイエンティストに伝わったらどうなってしまうのか。

 ルミア側に付いている彼女としては悪い話では無いはずなのだが、元一人の視聴者としてとても心配になった冥路だった。彼岸の火事だからこそしみじみ心配もできる。

 

「僕は人付き合いが苦手だからね。友達の望むことはなんでもしてあげたくなっちゃう。残念なことにジェイル君は自分でやりたいっていうから僕しか出来ない部分以外は静観するしかないけどさ」

「案外常識的な価値観を持っていたドクターに感謝ですね……」

 

 まともに顔も知らない転生者たちよりは友達の望みを優先させる。きっとそういうことだろう。

 原作主人公にとって極悪な状況であることに変わりは無いが、最悪は免れたことに冥路はほっと胸を撫でおろし、気づいた。

 

「……あの、ルミア様? あたしの服が変わっている気がするんですけど?」

 

 眠りに就く前は自分でも趣味が悪いと思うパンクルックだった。ただ自分が攻撃的な人間であると周囲に主張したいがためだけに着用していた服である。それがいかにも女の子らしい薄手のピンク色のパジャマに進化を遂げている。

 もちろん、そんなわけがない。

 

「ああ、そりゃあね。あれから三日経っているから」

「三日!? 三日もあたしは眠り続けてたんですか!」

「うん。【悠久の発条】って記憶や知識を相手に不可なく移植する転生特典だけど、それ以外の効果は特にないからね。移植が終わるまで時間はかかるし、その間に生理現象も必要なわけで――」

「ま、まさか……」

「大丈夫、ちゃんと綺麗にしたし、洗濯も済ませてあるから。うん? どうしたの、その表情は? ……ああ、大丈夫だよ。さすがに九歳の子供に欲情するほど変態じゃないし。おっと、もちろんこの年頃にしてはじゅうぶんに発育と遂げていたと思うから心配はいらないか――」

 

 ピチューンとどこかで聞いたような撃墜音と共にルミアの頭部がザクロのようにはじけ、彼は最後まで言い終えることができなかった。

 

「へんたい、ド変態、変態変態変態ぃいい~!」

それはないよ(かくあるべし)。おいおい、さすがに突っ込みに致死性の転生特典はなしだと思うよ」

 

 天井が間欠泉のように噴き出る赤で緋色に染められたのもつかの間、何事も無かったかのように元に戻ったルミアがよせばいいのに口を開いて今度は全身がばらけて部屋中をクリムゾンに模様替えする。

 冥路の転生特典【キリトリセン】。視界に浮かぶ線に沿って物体を切り離す能力である。ほとんど予備動作なく発動できる回避不能の即死能力――のはずなのだが、発動し始めてから完全に切り離し終えるまでに一秒ほどのタイムラグがあり、その途中で視界から外れたり意識を乱されたりするとアクティブスキルの性質上、中断されてしまう。その隙を突かれて二年前はなずなに敗北していた。結論、御神流の速さはバカである。

 

「はいはいごめんなさいやりすぎでした反省しています許してください神様。死ねえ!」

こんなのないよ(かくあるべし)。だから殺すなって」

 

 

 のちにすべての転生者から忌み嫌われ、倒すべき存在として認識される半神半人と、その一味の存在が世界の表舞台に出るのは、もう少しだけ先の話。

 この時の彼等は、のんきにグロテスクなスプラッタコメディを演じる、どこにでもいそうな転生者たちのように見えた――かもしれない。

 




誤字・脱字等あればお願いします。

前から理解不能との評判が高かった黒幕ルミアの紹介と、バックボーンの公開ですね。

いろいろ悩んでこの形に落ち着きました。詳しく知りたい方は活動報告のほうで今から愚痴りに行こうと思いますので、そちらをご覧ください。


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第十五話

半年以上開けてしまいました。
更新サギも何度かありましたし、本当に申し訳ないです。
ぼちぼち更新を再開していきたいと思います


 

 金色の閃光が一閃し、音高く弾かれる。想像以上に強固な防壁。相手はデバイスを使用していないのに、構築強度、構成速度共にフェイトの予測のはるか上をいっている。もちろん、攻撃が弾かれたことによりできた隙をやさしく見逃してくれる相手ではない。仮面を付けた男の手からカードが放たれようとしたその時、上空から飛来したアルフの拳が相手の防壁に深々と突き刺さった。衝撃で彼女の長い赤毛が翼のようにひるがえる。

 

「チッ」

「…………ひゅっ」

 

 苛立ったように舌打ちする男と相対的に、アルフの顔に表情は無い。ただ呼吸のために歯が空気を鳴らすのが聞こえた。どちらが仮面を付けているのかわからないような光景の下、拳とシールドが拮抗した状態は数秒も続かない。動けないアルフは格好の的である。いったん距離を置こうとしたアルフの斜め右下、シールドを展開している男とまったく同じ外見の仮面の男が死角からえぐりこむような一撃を彼女にお見舞いしようとした。

 もともと、一対一の戦いではない。主の危機に使い魔がとっさに馳せ参じたわけだが、そのぶんおろそかになった自分が担当していた相手に痛撃を受けるのはある意味当然と言えた。フェイトとアルフの主従コンビより、相手の方がよっぽど実力があり、経験も豊富なのだから。

 もっとも、フェイトがそれを傍観しないのも同じくらい当然の流れである。

 

「させない!」

 

 デバイスを経由して放たれた【フォトンランサー】の連撃の速度はなかなかのものだったが、直線的な軌道が災いして相手にあっさりとかわされてしまう。だがそれでいいのだ。回避のために発生するその一瞬が欲しかったのだから。

 果たして使い魔は主の期待に応え、新たな魔法を展開する。

 

「くうっ!?」

 

 初めて仮面の男が狼狽の声を出した。避けたはずの魔法が背後で跳ね返って直撃したのだ。バリアジャケットもあるし、直前に何らかの防御措置を施したらしく大したダメージにはなっていないようだが、それでもこの戦いは始まって初めてまともに入った一撃である。

 周囲に展開されるのは、夕日を水面にばら撒いたかのように無数に散らばるオレンジ色の円盤。無数のシールドがまるで動物の群れのように悠然と飛び交う。シールドの破壊をあっさり諦めたアルフもそれを足場に高速で空を跳び回り始めた。

 【ミラーラビリンス】。昔、アルフがお披露目した【ラビリンス】の上位互換である。数と展開速度と数はそのままに、フェイトの【フォトンランサー】を反射する効果を付け加えている。もっとも、お互いの魔法を前提にプログラムを組んでいるので他者の射撃魔法をはじき返すことなどできない。むしろ、追加効果にキャパシティをつぎ込み過ぎて本来のシールド系として見るなら砲撃魔法の一撃にも耐えられない脆すぎる一面がある。

 だが、足場として利用する分には何の問題もないし、相手を自分のテリトリーに引きずり込む戦場の演出としての役割もじゅうぶん果たしてくれる。

 中心に並んだ仮面の男二人を包囲するように高速で周囲を跳び回るアルフと【フォトンランサー】の金色の弾核、フェイトはその外を高速で飛び回り狙いを付けさせないようにしている。その有様は空中に展開されたプラネタリウムを連想させた。一見すると包囲しているフェイト側が攻撃のアドバンテージを握っているようだが実はそうでもない。

 動き回るということはその分余計に消耗するということだ。実力差があるために効率的な手段が取れない、スピードという自分の得意分野を生かした力押しの戦法である。そして何より、魔力刃を圧縮したサイズフォームの一撃でさえ弾かれてしまったという苦しい現実がある。

 出力不足。たとえ当たったところで大したダメージにならない攻撃は、牽制以上の効果を持てない。仮面の男たちはたとえ飛び交っているすべての弾核が集中して直撃したところで防ぎきれると判断し、そしてそれは正しかった。アルフの一撃でバリアブレイクしようにも、相手のシールドを解析して破壊するまでに時間がかかり過ぎる。

 動き出そうとした男たちの鼻先を引っ叩くように飛び交っていた【フォトンランサー】の集中砲火が突き刺さる。実力差が開き過ぎている現状で、拮抗しているように見えるのはこの相手にペースを握らせないフェイト側の動きが主な理由だった。主導権を一度渡してしまえば最後、そのまま終わりだと理解している。しかしそれでいて、プレッシャーに押しつぶされて判断を間違うようなこともなく主従共々パートナーを信頼し自分の力を余すところなく、補い合うように発揮している。男たちは相手の評価を一段階上げた。

 もっとも火力を一点に集中させるのは戦術としては基本だが、この場合に限って言えば最良手とは言い難い。何故なら集中してしまったものはそこを防御すれば防げるからだ。男たちの実力があれば防ぎきるのは容易とまではいかないが充分可能であったし、フェイト側は意識の死角を攻撃できるアドバンテージを捨てさせられたことになる。

 弾幕にまぎれ再びアルフの拳が防壁に突き刺さる。集中砲火によってダメージを受けた防壁にバリアブレイクのかかった拳はそれを砕く寸前までいったが、拮抗の隙をついて防壁を張ったのとは別の男の蹴りがアルフの腹に打ち込まれることとなった。

 壊れた人形のように少女の身体が宙を舞う。

 

「なっ……!?」

 

 しかし狼狽の声を上げたのは、攻撃を仕掛けた男の方であった。

 未だかつて体験したことのない手ごたえ。確かに当たったはずなのに、ぐんにゃりとダメージを殺されてしまった。

 魔法の打ち合い、魔力の削り合いが主眼となっている現在の魔導師の戦闘に置いて、体術は魔法に比べそこまで研鑽されてはいない。ベルカ式ではなくミッド式ならなおさらだ。だから身体の硬度ではなく強度を高め、しなやかにやわらかく完全な脱力を持って攻撃を受け殺すなどという技術を男は経験したことがなかった。

 迫りくる圧倒的暴力に対し、脱力を持って受け入れる。理論的には可能かもしれないが、完全に肉体を支配下に置く必要がある。そのようなことに対して研鑽を積む時間があるのなら、魔法で防御した方が容易いというのはある種当然の考え方である。

 

(完全に余談ではあるが、これからわずか数年後にストライクアーツなる『打撃による徒手格闘技術』がミッドチルダで大流行することになる。しかしそれはとある事件をきっかけに近代ベルカ式魔法が急速に完成したことと、その後の管理局主催の総合戦闘合評会で某使い魔や某守護獣が圧倒的なまでの好成績を打ち立てたことが大きく影響しており、現段階の認識では格闘技術は魔法の補助というのが一般的な見解だ)

 

 攻撃とは最大の隙になりうる。糸の切れたマリオネットのように気持ち悪い動作でアルフの身体が男に巻き付いた。

 すかさずアルフの身体で死角になっていた場所からフェイトの金色の鎌が一閃される。

 はやすぎる。

 声に出さないまま男は驚きを飲み込む。一瞬後には自分の計算が狂った理由を把握していた。

 先ほどの射撃魔法。起動式を組み上げたのは主の方だが、弾道制御はおそらくあの宙を舞う円盤で使い魔の方が行っていたのだ。共から微細な制御を必要としない直射型、魔法の維持に必要とされる容量(キャパシティ)の差はわずかなものだが、そのわずかな差が予測されたタイミングのずれを生みだした。

 その刹那の間隙を生かし一瞬だけ合い方から分断した男に主従の連撃が叩き込まれる。

 しかし届かない。ときにかわされ、ときにいなされ、そしてただ単に防がれる。

 所詮アルフたちが試みているのは奇策であり、その場しのぎ。

 膨大な基礎と経験に裏打ちされた本物の実力を砕くには至らない。

 工夫に工夫を重ね、作り出した宝石のように貴重な刹那の隙は、最大出力で張られた障壁を突破できなかった。

 

 

「以上が模擬線の様子。見ての通り、現在のぼくらじゃ強敵の防御を抜くのに火力が足りなさすぎる。【フォトンンランサー・マルチシフト】はタメが大きすぎて実用にはまだまだ叶わないし」

「あなたがその時間を稼ぐだけの実力がないだけでしょう、使い魔(アルフ)

「……ぐうの音も出ないよ」

 

 嘆息交じりにぼくは定期報告を終えた。

 結局、使い魔(ぼく)の実力不足の一つで十分すぎる気がするし、たぶんそれは気のせいではない。でもそれだけでは思考停止に近いとも思う。

 実力は急に跳ね上がるものではないのだから、足りないのならいまそれを埋めるだけの何かを探さなくてはならない。……こうしてその場しのぎだけが上手くなって、本当に必要な実力がまったく身についていない気もしないでもないけれど、考えるのはやめておこう。

 だって他にやりようがないじゃないか。やらなきゃいけないことは目の前に依然としてあるんだから。

 閑話休題。

 

「なぜ本気を出さなかったの? 返答次第によっては……」

 

 プレシアの絶対零度の瞳がぼくを貫く。

 

「本気は出したよ」

「嘘仰い。【シンバル】とやらつかってなかったじゃない」

「非殺傷設定のできないブラックな魔法を管理局代表のまえで使えと?」

「じゃああれはどうなの。【レールカノン】とかいう魔法を新たに開発したって……」

「原理がまるっきり実弾兵器と同じ魔法を以下同文」

「サボらずに最後までちゃんと言いなさいバカ犬」

 

 そう言いながらも不満そうにプレシアは口を閉ざした。

 映像記録は編集して、ぼくとフェイトの撃墜されるシーンはカットしてもらっている。この子煩悩な親バカマッドサイエンティストにそんな映像を見せるとろくなことにならないと思ったからだ。

 まあ映像をカットしたところで結果を想像するのは容易なのだけれど、与えるショックが違うだろう。まさか杖を片手に権利局に箱庭ごと乗り込むとまでは思わないが、念には念を入れたい。

 実際、少し考えればわかりそうなことをわざわざ口に出して問いただすあたり平常心とは程遠そうなプレシアさんである。

 

 まあグレアム一向にはまったく歯が立たなかったわけだけど、実は伏せ札が無いわけではないということだ。

 それは相手も同じだろうから一概には言えないが、殺し合いになればただ一方的にやられるだけではないと思う。いや、フェイトを守るためならあの二匹の先輩方の頭蓋骨を刺し違えてでもぱちんしてやろう。

 そんな状況にならないのがベストなのはいうまでもないことだけどさ。

 

「で、話を戻すけど」

「それで解決策としてあなたが持ち帰ってきた手段がこれというわけ?」

 

 プレシアが不機嫌そうな表情のままカードを一デッキ持ち上げて見せる。グレアムたちからほどこし同然に譲渡された技術だということが気に入らないのだろう。

 カートリッジシステム。

 ベルカ式の最大の特徴といえる一時的に魔力をブーストする原理で、同時にベルカ式が衰退した原因。個人の適性によるところが大きいためミッドチルダ式魔法に比べ汎用性に欠けるのだ。

 このカードはカートリッジシステムをミッド式に改良したもので、使い魔用というかなり限られた用途でしか使えないが安定して魔力をブーストすることができる技術として完成している。

 なんでも個人的にギル・グレアムが研究し秘密裏に完成させた技術らしく、ミッドチルダには出回っていなかった。対闇の書を想定した武器の一つだったのだろう。闇の書以上の敵が出てきたのでぼくらにも開放されたわけだけど。

 もしこの事件が一件落着して、ぼくらが持っている技術がすべて解放され、新たに研究され直したらミッド式魔法は新たな歴史の一ページを刻むことになるかもしれないな、なんてふと考える。

 ぼくのような凡人(人じゃないけど)がこの場にいるのがとても場違いだ。自虐していても仕方ないけどさ。感じてしまうものは仕方ないよね。フェイトの横のポジションを譲る気はさらさらないので場違いを承知で踏みとどまり続けますともさ。

 

「まあ、よくできた技術だったわ。これに関して言えば私から手を加えることはなさそうね」

 

 珍しくプレシアが手放しで絶賛した。わかりにくいけど。

 へえ、頑張ったねグレアム。やっぱ管理局トップクラスは伊達じゃないってことか。いや、平行世界を守る組織のトップクラスとタメを張れるレベルの魔導士がこんな辺境で隠居(?)している方がおかしいのか。

 

「より正確にいうのならまだまだ技術としては未完成もいいところだけど、現状あなたが使うものとしてみれば手を加える余地がないという意味よ。誤解しないで」

 

 はいはい、BBAのツンデレ乙。

 とこっそり思っていたらオオカミが殺せそうな目で睨まれた。どこまでもぼくは顔に出やすいらしい。命取りになるようなことを考えるのはやめておこう。

 

「一応聞いておくけど、もしフェイトが使うのだとすれば?」

「論外ね、。一から見直しに決まっているでしょうこんなもん」

 

 たちまちこんなもん扱いである。ま、わかっていたけど。

 

「てことは」

「ええ、バルディッシュの新形態移行許可もカートリッジシステム取り付けも反対よ。あの子にもバルディッシュにも負荷がかかりすぎるもの。いずれ成長すれば自然と使えるようになるのに、いま無理をしてリンカーコアに障害を残すリスクを背負うのは親として認めたくない」

 

 反対に認めたくない、か。

 ……何気に頑固だもんね、フェイト。

 お母さんに絶対服従だったのも今は昔。やさしさは相変わらずだけど頼りない使い魔と能天気な姉と親バカな母親に囲まれた彼女はしっかりものに成長している。こうと決めたら貫き通す強さを身につけてしまった。

 その傾向は今回の事件に巻き込まれてからひときわ強くなった気がする。かわいい子には旅をさせろとはよく言ったものである。こちらとしては嬉しい反面、すごい勢いで大人になっていく彼女に置いて行かれやしないか不安になったり。

 まあ、今聞くべきことは一つだ。

 

「どのくらいかかりそう?」

「ペルタのカードポケット増築なら今日中に仕上がるでしょうね。バルディッシュは準備に二週間、改造に丸一日といったところかしら」

「そんなに短いの?」

「私たちだって何もしていないわけじゃないのよ。あの子たちのデータはリアルタイムで可能な限り収集しているし、それに合わせて改良案は常に用意している。体に過剰な負荷をかける仕様のリスクを極力減らすためにそれだけの時間がかかるだけで、実用にかなう段階なら今すぐにでも用意できるわ」

 

 こともなげに言うプレシアだけど、言っている内容は何気にすごくて、その背景を考えると病院を紹介した方がいいかもしれない粘着質なものを感じる。うん、深く考えると誰のメリットにもならないな。思考停止しておこう。

 実際にデバイスの構築を担当するのはリニス先輩だし。きっと今も念話であれこれ相談しているのだろう。

 ちなみにフェイトとリニス先輩はいまこの場にはいなかったりする。彼女たちは彼女たちでやることがあるらしい。何の相談かはあっちに行ってからの秘密だと教えてくれなかった。

 戦闘関係の情報なら共有しないと命に係わるし、たぶんぼくに必要ないことか趣味の領域だと思うけど。

 趣味。その言葉でこの場にいるもう一人の存在を思い出す。彼女の趣味で自分がどんな格好をしているかと同時に。

 

「そういえばアルフ、話は変わるのだけれど……ずっと気になっていたのだけれどその格好は何なのかしら?」

 

 ジャストのタイミングでプレシアが話題を出す。

 今まで蚊帳の外気味だったアリシアが我が意を得たりとぐっと親指を突き出した。

 

《えへへ、いい仕事したっしょ! わたしのコーディネイトなんだよ!》

「ぼくは恥ずかしいよ」

 

 スカートは落ち着かない。意識したらなんだか内またになってもじもじしてしまう。もっと可愛い女の子がやったら可愛い動作なのかもなんて現実逃避したり。

 

「そうね……」

 

 そう言ってプレシアはじっくりとぼくの上から下まで舐めるように観察した。

 今のぼくの服装。

 淡い色の赤いワンピース(フリル付)に、黄色いベスト(首元に大きなリボン付き)。

 空気抵抗や動きやすさなど考えていない可愛らしいお洋服でございます、はい。

 ……に、似合ってるかな?

 

「私の趣味とは違うけれど、いいセンスだと思うわよ」

《ほんとに? やったあ!》

 

 無邪気に喜ぶアリシアさんを見ているとぼくもこんな格好をしている甲斐があると思うよ。むしろそう思わないとちょっぴりキツイ。

 いまさら転生前がどうこう言うつもりはないけどさ、こういう服はフェイトとかアリシアが着るからこそ映えるもの、という気がしてならないんだよね。

 でも、こうして着てみて、褒められてみると、たまにはこんな格好をするのも悪くないかもしれない、かな。

 

《まだまだコーディネイト案はあるんだ! 今度あっちでたくさん撮ってこっちに送るね!》

「ふふふ、それは楽しみねアリシア」

《期待しといて。次はもっとフリフリでロリロリな感じにしようと思うの!》

 

 うん、気の迷いだった。ものすごく断りしたい気持ちでいっぱいです。

 でもこんな母子水入らずのほのぼのした空気の中で言い出せる雰囲気じゃないし。

 フェイトの家族が笑うのも、彼女たち自身も個人的に大好きだし。

 ここは笑って犠牲に、いや、協力するとしよう。……ふぅ。

 

「で、アルフ。さっきの続きだけど」

 

 ぼんやりしているうちにプレシアは親子ふれあいに一区切りつけたらしい。見事なまでのプライベートから仕事モードへの切り替わりでクール通り越してコールドな視線がぼくを射抜く。

 特に含みがあるわけじゃなくて愛娘とそれ以外で温度差がありすぎるだけだからぼくも特にひるんだりせず目を合わせた。

 

「相手から投げ渡された手段だけで満足するような怠惰な性分であの子の使い魔やろうだなんて、ふざけたこと考えてないでしょうね?」

「何か他に方法があるの?」

 

 これは問いかけではなくて確認だ。

 自分の無力さを直視させられる居心地はある。気持ち悪くて吐き気さえ感じるくらいだ。やらなきゃいけないことがあるのに、どう考えてもやれないもやもや。なのに責める相手は自分くらいしかいなくて、足りない分のリスクを背負うのはぼくだけじゃなくて大切な人たちが含まれる。

 耐え難い。

 だからそれ以上に興奮していた。いくら考えても足りない分を今すぐ埋める方法なんて思いつかなかった。今ある分だけで勝負するしかない。その今ある分を少しでも増やすため人は勉強し、やりたくもないみっともない努力をするのだろう。

 努力が美しいだなんて努力したことのない子供の発想である。

 努力は情けなくて、汚くて、みっともない。

 だからこそ人は才能に惹かれるし、努力のみすぼらしさを知っているからこそ努力する人を嘲笑い、否定し、貶め、そして認めて尊敬する。

 でも何かをしようと必死になるとき、それが楽しいことも同じくらい事実なんだ。絶対にどう考えても楽ではないけどね。

 だからその壁を乗り越えることができるというのはとても甘い誘惑だ。

 

「魔力変換資質は知っているかしら?」

「……魔法を通すことなく魔力を現象に変換できる特殊能力のこと、だろう? その認識だけど」

「間違ってはいないわね。でも、すべてではない。一般的に知られていないけど、あれは一方通行じゃないのよ」

 

 何を言われているのかよく理解できなかった。正確に言えば何を言いたいのか真意がつかめなかったというべきか。

 ぼくもフェイトも雷の魔力変換資質を持ってはいるし、【フォトンンランサー】をはじめとした魔法はその資質を有効活用したものだ。

 とへいえ魔力変換資質はありふれているわけじゃないけれど、レアというほどでもない能力だ。あれが常識の壁を打開するどんな手段になるというのだろう。

 プレシアがバカを見る目でぼくを見る。どうしてこいつはこんな簡単なことを言っても理解できないんだろうってひしひしと伝わってくる。

 しょうがないだろ。天才と凡才では頭の回転が違うんだよ。発想の飛躍ができないというべきか。

 

《もしかして、魔力から現象だけじゃなくて、現象から魔力にも変換可能ってこと?》

「よくできました。偉いわアリシア。さすが私の娘」

 

 ……アリシアは理解できたらしい。やっぱりぼくがバカなだけなのかも。

 でもアリシアの言葉を聞いたら何となくぼくも感覚がつかめた。

 

《えへへ、フェイトが使う魔法の中には現象の雷の方を活用するものがいくつかあるからね。もしかして変換資質って雷そのもの魔法として扱うことができるんじゃないかって以前から思っていたんだ》

「ええ、まさにその通りよ。現象だけなら後天的にいくらでも作り出せるわ。どこぞのが開発したデュランダルみたいにね。でも、現象の方に魔法を介さず干渉するのは変化資質適応者にしかできないの」

 

 プレシアがそれを肯定してくれる。

 にしてもアリシア、そんなこと考えていたのか。目の付け所や論理的な思考は母親譲りなのかな。あんまり似ていない親子だと正直思っていたけど。

 

「だからアルフ。あなたには雷を魔力に還元して使用する技術を身につけてもらうわ。最低でも自然界の雷を誘発して、それを吸収するくらいはやれるようになってもらうわね」

「うん……え?」

 

 そんなさらっと言われて思わず応えちゃったけど、簡単にできるものなの?

 確かに自然界の雷は電力換算で100Wの電球90億個分に相当すると聞いたことがあるし、地球のメインエネルギーは電力だ。消費した分をコンセントから補充できればかなり有利になるだろう。

 

「私は事実やれるわ。箱庭の動力炉のエネルギーを電気に変換して、それを変換資質で吸収して使うというプロセスで個人の限界を超えた大魔法を行使することができる」

 

 いや、プレシアを基準に考えるのは間違っているだろう。

 どうしてデバイスを展開しているのですか?

 

「えーと、ものすごく嫌な予感がするんだけどさ。どうやって訓練するつもり?」

「安心しなさい。あなたは大切なフェイトの使い魔で、アリシアの橋渡し。壊れるような真似はしないわ。とはいえ時間は限られているし、痛みがないと覚えにくいでしょう。あんまり覚えが悪いようだと明日がつらいわよ?」

 

 そこでプレシアはことばを切ると、自愛に満ちたほほ笑みをアリシアに向けた。

 

「それじゃあ行ってくるわね。名残惜しいけど、これもあなたたちのためだから」

《うん、わかっているよお母さん。じゃあアルフ、頑張ってね》

 

 うん、わかっている。自分で決めたことだし、望んだことだ。

 でも大魔導士と名乗り、それに見合う魔女であるプレシアのプレッシャーを正面から受け止めると心が折れそうになるよ。

 だいたい、ぼくのデバイスはリニス先輩が改良中でいまここには無いし。この相手に素手で立ち向かえと? 普通にライオンとか猛獣系を相手にした方がマシだ。というか猛獣ならたぶん普通に勝てるし。

 

 キン、とぼくから見ても見事な転移魔法が展開され、見慣れた訓練室に向かい合ってふたり。

 

「何をしているの、あの子の選んだ服を汚すつもり? 早く【バリアジャケット】を展開しなさい」

「……よろしくお願いします」

 

 言われた通り【バリアジャケット】を展開する。自分の死刑執行にサインした気になった。ええい、弱気になってどうする?

 報告が終わってあっちに言ったらみんなで美味しいものを食べに行こうって約束したじゃないか! いくぞ、アルフ、ぼくの戦いはこれからだ!

 

「さあ、始めましょうか」

 

 目の前が真っ白になった。

 




別に打ち切りエンドじゃないです。
久しぶりすぎて書き方もストーリー内容もうろ覚えです(汗

誤字脱字などがあればご指摘いただければ幸いです。
ここまで読んでくださったすべての方に感謝を。

追記
魔力変換資質の相互互換性については自分の独自解釈です。
公式では見たことがない設定なので混同しないようご注意ください


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