一か月一万円で生活するアルトリア・ペンドラゴン (hasegawa)
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プロローグ

 

 

『――――お忘れですか? この身は一国の王であったのですよ?』

 

 モニターに、セイバーの姿が映し出されている。

 

『ブリテンを治めしこの私に、たかが一人暮らしの金銭管理など……。

 企画した者達には申し訳ないが、果たしてこれは試練と呼べる程の物なのか。

 鎧袖一触と言わせて頂きましょう――――』

 

 今セイバーは椅子に座り、「フフン♪」と自信ありげにカメラに目線を送っている。その姿は王の風格が漂う。

 

『加えて私はシロウのサーヴァント。それに恥じぬ戦いをする事を誓う。

 ……見ていて下さい、シロウ。

 貴方が想っていてくれる限り、私に敗北はありません』

 

 そんな彼女の様子を、現在モニターを通して見つめている一同。

 現在この衛宮家の居間には、第五次の戦いに参加した仲間たちが集っていた。

 

「……えっと、これが今回の企画に挑む前のセイバーだよ。

 わざわざアインツベルンの応接室を借りて、インタビューを撮ったんだ」

 

「私も現場にいたけど、まさに威風堂々って感じだったわね……。

 士郎に熱い視線なんか送っちゃってさ? ちょっとイラッときたもの私」

 

 いったんVTRを止めて、本日の司会役である士郎と凛が説明を行う。それを聞くこの場の一同。

 

「……つかよ、なんで俺達ぁわざわざ集められてんだ?

 セイバーがなにやら面白ぇ事してるってのは、話には聞いてたがよ?」

 

「セイバーの雄姿を皆で鑑賞しよう、って事なの?

 私いちおう忙しい身なのだけど……」

 

「同居人ではありますが、これはセイバー自身が招いた事なのでは?

 自業自得なのですし、無関係である私達が観る必要は……」

 

 今この場には、ランサーキャスターライダーといったサーヴァントの面々が集まっている。

 ちなみに小次郎は門番があるので残念ながら欠席。狂化状態にあるバーサーカーも欠席している。……というよりも身体がデカくて部屋に入れないのだが。

 

「まぁそう言うな。まがりなりにもセイバーは、第五次を競い合った戦友だ。

 一応私達はそれぞれ現世に適応し、働きに出ている者さえいるだろう。

 ……しかし、それでも決して充分に馴染んだとは言えまい?

 一人暮らしという環境の中で奮闘する彼女の姿を見ておく事も、

 我々にとっては良い勉強となるだろうさ」

 

 現在は冬木に住んでいるとはいえ、それもまだ日が浅いサーヴァント達。

 いくら聖杯からの知識があるとはいえ、まだまだ現代には知らない事や学ばなくてはならない事が沢山あるだろう。

 そんなアーチャーの言葉に凛は満足そうに頷く。士郎の方は言いたい事を取られてしまったと感じたのか、少し渋い顔をしているけれど。

 

「まぁ知らない仲じゃないし、暇だったから別に良いんだけどさ?

 カメラマンだのなんだの協力してきた以上、結果は気になる所だね」

 

「わたしもいろいろお手伝いしましたよ♪

 なんだか楽しかったです、この一か月間♪」

 

 慎二と桜が頷き合う。二人は今回の企画の為に、裏方として尽力してくれたのだった。

 

「場所の手配やその他のもろもろは遠坂、映像の編集は俺がやってみたよ。

 完成したのを観せるのは今日が初めてなんだ。

 せっかくだからみんなで一緒に観ようって事になってさ?

 上手く出来てたら良いんだけど」

 

「えれぇ本格的にやったもんだな……。

 まぁここまでやられちゃあ、観ねぇワケにはいかねぇか……」

 

 照れ臭そうにしている士郎を見て、ランサーがため息を吐く。

 まぁたまにはこういうのも悪くないだろう、それがこの場の総意であるようだ。

 

「でも……坊やはよく許したわね? あれだけセイバーに甘々だったのに。

 彼女を餌付けして甘やかすのが生きがいなのかと思ってたわ」

 

「もうペットそのものでしたよ、以前のセイバーは。

 慈愛に満ちた顔でおかわりをよそうシロウの方にも、問題はあったかと思いますが」

 

「……いや! 俺はそんなっ!?

 ただ……あんまりにも美味そうに食ってくれるもんだからさ?

 なんか俺、うれしくなっちゃって……」

 

 今回の発端の原因は、半分くらい士郎にもある。

 ただ悪気があっての事ではなく、いつも頑張っている士郎であるからこそ情状酌量の余地があったのだ。セイバーには無い。

 

「遠坂やみんなに言われて、“これは良くない事なんだ“って初めて気づいたよ。

 だから今回は俺の方からも、やってみないかってセイバーに勧めたんだ。

 帰って来たら、ご馳走作ってアイツを迎えてやろうって――――」

 

 甘やかすばかりが愛に非ず。今回の事で士郎も学んだのだ。

 セイバーが精一杯頑張ってこの試練を乗り越え、それによって彼ら主従の関係がより良き物となるなら、それは皆にとっても喜ばしい事である。心から応援したいと思う。

 

「ま、そういう事だから。じゃあ改めてVTRを再生するわよ。

 この一か月、セイバーがどんな風に頑張って来たか、みんなで観てあげましょう」

 

 

 リモコンの再生ボタンが押され、映像が再開される。

 姿勢を楽にし、心構えをして。改めて皆はモニターへと視線を向けた。

 

 

 

 

 

………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『 我が名はアルトリア・ペンドラゴン!! ブリテンの王ッ!! 』

 

 

 気迫の声と共に1LDKの部屋の扉が開けられ、そこからセイバーことアルトリア・ペンドラゴンが姿を現す。

 その手に、一羽のニワトリの入ったカゴを持って(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「――――んぼッ!!」

 

「――――ごぶッ!!!!」

 

 思わず口から飲み物を噴出する一同。衛宮家の居間が水浸しだ。

 

『 見て下さいシロウ! このニワトリを!!

  今朝、農家のおじさんから1000円で譲り受けたのです!! 』

 

 カゴの中で「コッコッコ」と呑気に鳴いているニワトリさん。それをズイッとカメラの前に突き出すセイバー。モニターの向こうの士郎に語りかけるが如くに。

 ちなみにこのカメラは、部屋のちゃぶ台に設置された固定カメラである。

 

『ニワトリが1000円! エサ代が500円!

 たったこれだけの出費で、これから毎日たまごが食べ放題ッ!!

 どうですかシロウこのアイディアは! 我が名はアルトリア・ペンドラゴン!!』

 

「「「 バカ野郎ぉぉぉおおおおおーーーーーーッッッ!!!! 」」」

 

 モニターに向かって一斉につっこむ。対してセイバーは満面のドヤ顔。士郎は白目を剥いている。

 

「たまごはスーパーで買えよッ!!

 8コ入りのが100円くらいで売ってんだろうがよッ!!」

 

「1500円あれば、140個くらいたまご買えるッ!!」

 

 それに対してニワトリは、どんなに上手くいこうとも一日ひとつしか産まない。この一か月生活なら、最高でも30個である。

 

「知らないのだセイバーは……。

 彼女は買い物なんてしないし、スーパーに入った事などない!!」

 

 ゆえに物の値段など、彼女が知っているワケが無いッ!! アーチャーはタラリと冷や汗をかく。

 

『あぁ……それにしても、なんと雄々しきニワトリなのだろうか……。

 今日よりこのニワトリを“ランスロット“と名付け、そう呼ぶ事としましょう。

 よろしく頼みましたよ、友よ――――』

 

「 雌だよその子!! たまご産むなら雌鶏だよその子!! 」

 

「 アンタも『コケー!』とか返事してんじゃないわよッ!!!!

  ペット禁止なのよあのマンション!? 鳴いちゃダメだったら!! 」

 

 

 届くワケも無いのに、そう叫ばずにはいられない一同。

 今もモニターの中では、セイバーが満足そうにニワトリの背を撫でている。

 

 

 セイバーこと、アルトリア・ペンドラゴン。そしてニワトリのランスロット(雌鶏)

 

 今、二人の“一か月一万円生活“の戦いの火蓋が、切って落とされた――――

 

 

 



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三騎士の誇り。

 

 

 ~ 一か月一万円生活、いちにち目 ~ (ナレーション、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン)

 

 

『どうも。セイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴンです』

 

 ニワトリのランスロット(雌鶏)と共に、ちゃぶ台カメラに顔を寄せているセイバー。

 

『本日より、この一か月一万円生活を開始します。

 至らぬ点もあると思いますが、ランスロット共々どうかよろしくお願いします。

 この剣にかけて、精一杯励むつもりです』

 

 カメラに向かい、ペコリと頭を下げるセイバー。

 隣のランスロット(雌)もそれに倣い、一緒にペコリと頭を下げている。大変微笑ましい光景だ。

 

『我がマスターシロウの名を汚す事なきよう頑張ります。

 そして“アルトリア・ペンドラゴンここにあり“というのを、

 凛たちに見せつけてやらねばなるまい。

 見事この試練を越えて見せた暁には、彼女たちも存分に見直す事だろう。

 あぁアーサー王……! アーサー王……ッ!!

 ……そう私を称賛する様が、目に浮かぶようだ』

 

 腕を組み、満足そうにウムウムと頷くセイバー。隣でランスロットは「コッコッコ」と呑気に鳴いている。

 それを見つめる凛の顔は、なにやらひくついているけれど。

 

『では始めましょう、我らの戦いをッ!! さぁ声をあげなさいランスロット!

 そ~れ! えい、えい、おーーう!! えい、えい、おーーう!!』

 

 満面の笑みで拳を振り上げるセイバーに、それに合わせるようにパタパタ羽を動かすランスロット。

 とりあえず、二人がとっても仲の良い事は分かった。

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ――――所信表明から、3時間後――――

 

 

「あの……。セイバーはいったい、何をしているのですか……?」

 

 モニターを見つめ、不思議そうにキョトンとするライダーさん。

 しかし、それはこの場にいる者達も同じだ。

 

『――――』

 

 今後の抱負を語り終え、早速この生活に挑むべく行動を開始したかに見えたセイバー。

 しかし彼女はあれから一歩も動く事なく、ただただずっと部屋の一角にうずくまり、そこから動こうとしないのだ。

 

『――――――』

 

 彼女は今、まるで受け皿のようにしてランスロット(雌)のおしりの下に手を置いており、もう3時間ずっとその姿勢のまま。微動だにしていない。

 

 

「なんでコイツは、ニワトリに土下座してんだ?」

 

 

 まるで「ははーっ!」とでも言うかのような姿勢で、ニワトリに頭を下げ続けているセイバー。

 一国の王でもあった彼女だが、その姿はもう農民とかにしか見えない。

 

「お……おそらくだがセイバーは、

 たまごを産むのを待っている(・・・・・・・・・・・・・)んじゃないのかね……?」

 

 見た目はニワトリに土下座する人そのものだが……よく見るとセイバーが「じぃ~っ」とランスロットのおしりを見つめているのが分かる。

 たまごを産もうとする一瞬の機微を見逃さぬよう、常にぐぬぬっ……と神経を張りつめているのが見て取れるのだ。

 

「マジで言ってんのかよアーチャー!?

 それじゃあコイツ……これから、この姿勢で……?」

 

「ずっとこうやって過ごすの?!

 ずっとニワトリに土下座し続けてくつもりなの!? 今日から一か月間?!」

 

「どんな生活ですか! インドの修行僧ですか!!」

 

 衛宮家にサーヴァント達の怒号が響くが、そんな声は届くハズもなく、たまごを待ち続けるセイバー。

 気配を消し、まるで物音を立てたら死ぬとでも言うかのように、じっとランスロットのおしりを見つめ続けている。

 

「お、俺ぁ今……何を見せられてんだ……?」

 

「この子に負けたの私……? こんなおバカな子に?」

 

「アーサー王……アーサー王……」

 

 ひたすらニワトリに跪くセイバー。それに対し、今ものほほんと寛いでいるランスロット。

 ……なにやらこの家のカーストを垣間見た気がする、サーヴァント一同であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ―――さらに1時間後―――

 

 

『――――ふむ、もう昼ですか。

 そろそろお腹が空いてきましたね』

 

「キリッとしてんじゃねぇよ。おめぇ土下座してたんだよ今まで」

 

 ランスロットのおしりから顔を上げ、何事もなかったかのようにスッと立ち上がるセイバー。

 よかった……さすがにずっとこのままじゃなかった……。そうサーヴァント達は安心する。

 第5次を競い合った戦友が、ニワトリに土下座し続ける映像を延々と観せられる。なんの拷問だそれは。

 

『ではひとつ、食料調達にスーパーへ向かう事としましょう。

 行きますよランスロット』

 

「コケー!」と返事をするランスロットを抱きかかえ、セイバーが冬木商店街へと繰り出していく。

 

『……えっ? この店は、ニワトリを連れて来てはいけないのですか?』

 

「 当たり前でしょう!! なにやってるのおバカ!! 」

 

 そして画面には、しょんぼりとニワトリを胸に引き返していくセイバーの姿。その背中には哀愁が漂っていた。

 

『さて、ランスロットを家に置いてきました。

 若干のトラブルはありましたが、改めて買い物に挑戦です』

 

「トラブルじゃないです。貴方が愚かなだけです」

 

 店内の主婦たちを参考にし、買い物かごとカートを準備するセイバー。人生初となる買い物体験に、なにやらにやけ顔の様子だ。

 

『新鮮な魚や、沢山のお肉……。

 素晴らしい、我がアヴァロンはここにあったのだ』

 

「やっすいアヴァロンだなおい……。まぁ気持ちは分からんでも無いがよ」

 

 店内を見て回り、時に「ほうほう」と驚嘆の声を上げているセイバー。

 自分達もこの時代に来た当時は、溢れんばかりに食料が並ぶこの光景に目を見開いたものである。

 なんと豊かな時代、なんと素晴らしい国なのかと。それを思い出し、サーヴァント達も感慨深い気持ちになる。

 

『聖杯からの知識により、買い物の作法は心得ています。

 加えて私には、我がマスターより授かったアドバイスもある。

 何も恐れる事は無い』

 

「……おっ? 坊主ぅ~、なんだかんだ言ってお前、

 けっこう甘やかしてんじゃねぇのかぁ~?」

 

「……いやっ、そんな事ないよ!! ただセイバーは買い物が初めてなんだからさ?

 どんな風に考えて買っていったら良いのかだけ、教えといたんだよ」

 

「まぁ、必要よね。何事も指針や基本というのは大事だわ。

 買い物は決して簡単ではないもの。ただ買えば良いという物じゃないし」

 

 必要な物を見極め、しっかりと先を見据え、財布と相談する。買い物は奥が深いのだとキャスターが力説する。

 

『我が主の助言通り、今日は“10日分“の買い物をする事とします。

 賞味期限もしっかり考慮していかなければ』

 

「……ここが大事になってきますね。今後の生活を左右する重要な行動です。

 まずはお手並み拝見といきましょう、セイバー」

 

 ライダーも興味深そうに画面を見つめる。自分の好きなシーフードなんかを買ってくれないかな、でも日持ちは大丈夫かな? そんな風に楽しんでいるのが見て取れる。

 

『まずはワイン樽と、肉塊の塩漬けを……』

 

「 兵糧かっ!! どこに行軍すんだよお前!! 」

 

 感覚がもう戦乱時代だ。やっぱセイバーって昔の人だったんだなと改めて実感する一同。

 

『……ない。どうやらここでは扱っていないようだ。

 仕方がない、他の物を購入するとしましょう』

 

「売っていなくて良かったです……。そもそも一万円では買えません……」

 

 改めて、ゆっくり店内を見て回るセイバー。沢山の食料に囲まれて、彼女も嬉しそうだ。

 

『しかしながら、こうして自分の食べたい物を選ぶというのも……、

 なにやら新鮮な気分です。

 シロウの用意してくれる食事は非の打ち所がない無い物ばかりですが、

 たまにはこういった体験も良い。

 ……いけないいけない、しっかり見定めて物を選ばなければ。

 軍資金は限られているのだから』

 

「 あの野郎ッ、どや顔でバイエルンかごに入れやがったぞ!! 」

 

「 コアラのマーチを棚に戻せ! きのこの山から手を放すんだッ!! 」

 

『宮城産のセール品のお米が1500円……、

 対してこちらの三重県産こしひかりが1980円。……ぐぬぬ』

 

「分かってるわねセイバー……。右よ? 右の宮城県産のよ?」

 

『いや……、でも“安物買いの銭失い“と言いますし……、

 ここは三重県産のを……』

 

「 そりゃ家電とかの話だろうが!! いいもん食いてぇだけじゃねぇかッ!! 」

 

「 余計な言葉ばかり憶えてッ!! ホントにこの子は! もうッ!!!! 」

 

『……ほう、蟹? こちらは噂に聞くウニというヤツですか?』

 

「 鮮魚コーナーから離れなさい!! 今すぐ離れなさいッッ!!!! 」

 

『店主、こちらの“松坂なんたら“という牛ヒレ肉を、とりあえず5キロ』

 

「 折れ!! 誰かあの包丁をヘシ折れッ!! 取返しがつかんぞ!!!! 」

 

『おや? なにやらカゴがいっぱいになってきましたね。

 では二つ目のカゴに突入です。ふふふ』

 

「 笑ってんじゃないわよ! 一個目が既にえらい事になってんのよ!! 」

 

『もやし……。このもやしこそ、節約生活における頼れる友なのです。

 3つほど購入していきましょう』

 

「 もう無理だよ! もやし程度じゃどうにもなんないよ!! 」

 

「 節約を何だと思ってるんですか!! 」

 

 

 

『――――お会計、6万8500円になります』

 

『えっ』

 

「 そらそうだろうがよッッ!!!! ……いったん仕切り直せセイバー!

  必死こいて謝れッ!! 今こそ土下座だろうが!!!! 」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ―――20分後―――

 

 一生懸命店員さんに謝り、いったん全ての品を戻してもらったセイバー。

 どうやら先ほどの一件がトラウマになった様子で、ビクビクと羊のように怯えながら、今度は慎重に買い物を進めていった。

 

『……と、とりあえず今日は、お米といくつかの食材だけを購入しておきましょう』

 

「賢明だよバカ。つかよく許されたなオイ」

 

「あのお肉、もう切っちゃってたものね……。

 “外人さんだから買い物に慣れてない“みたいに許してくれたのかも」

 

 優しい店員さんで本当に良かった。これから私達もあのお店で買い物をしよう。売上に貢献しよう。そう誓う一同。

 そして本日セイバーが購入した食材は、これだ。

 

 

・宮城産お米10Kg、1500円

・もやし3袋、99円

・納豆3パック入り、70円

・キャベツひと玉、140円

・じゃがいも500g、80円

・ハ〇ス、ジャワカレー、100円

・ぼんち揚げ、98円

 計2087円也

 

 

「なにやら最後に、良からぬ物が見えるのだが……」

 

「さっきのを見てたら、もう怒る気にもなれないわ……。

 まぁ一応はセール品みたいだし、落としどころなんじゃないかしら」

 

「努力の後は見えますよ?

 納豆、じゃがいも、カレーなどもセール品のようですし、悪くない買い物かと」

 

「納豆は朝メシ、キャベツともやしは今後の為に買っといたんだろう。

 後は米買ってカレー粉にじゃがいもっつー事は……アイツやる気だなオイ」

 

 カレーを作ります――――

 この買い物一覧表から、そんなセイバーの声が聞こえてくるかのようだ。

 

「是非とも玉ねぎは欲しい所だったが……、

 まぁセール品ではなかった為、断念したんだろう」

 

「贅沢を言うならお肉や人参もだけど……これは言いっこ無しね。

 健気に我慢をしたのでしょう。他の具はまた別の機会ね」

 

「材料がシンプルになれば、かえって調理工程が省けて作りやすくなる。

 失敗をしづらいかもしれません」

 

「料理初心者……いや入門者か。そんなアイツにはいいんじゃねぇか?

 一回多めに作っちまえば、カレーってのは何日か食えるしな。悪かねぇよ」

 

 そう頷き合うサーヴァント達。当初危惧していた事態にはならず、ホッと胸を撫でおろす。

 

「桜、お前から見てこの買い物はどうなんだ?」

 

「う~ん、今日はぼんち揚げの他には“必要最低限“ですから、なんとも……。

 お醤油やお塩なんかは家にありますし、今後の節約次第ですね……」

 

 ちなみに醤油などの調味料、シャンプー石鹸などの必要最低限の雑貨はあらかじめ家に用意されている。

 この辺はあらゆる意味で初心者なセイバーなので、許してあげようと凛達が決めた。

 下手したらセイバーが餓死してしまうのだ。サーヴァントなのに。

 

「本当はお米じゃなくて、小麦粉とかパスタとか……そういった方法もあります。

 ですが、そこまでセイバーさんに求めるのは……」

 

「無理だな。小麦粉買った所で何も作れないよアイツ。

 パスタは良いかもしれないけど、いちいちレトルトのソース買うってのもな……。

 やるならある程度の知識と腕がいるよ」

 

 料理の出来る士郎たちならともかく、セイバーに取れる方法というのは限られている。思考を凝らして工夫していくというより、もう最後は我慢とか根性とかになってくるのかもしれない。慎二はウムム……と眉を歪ませる。

 

「まぁTVだっていうならともかく、これはセイバーの純粋な挑戦なんだ。

 見栄えや上手さなんかはいらないよ。

 衛宮だって、最後セイバーが元気に帰ってきさえすりゃ万々歳なんだ。

 アイツがどこまで頑張れるか、見ててやろうぜ」

 

「ふふ♪ そうですね兄さん♪」

 

 シニカルなようで、意外と情に厚い。そんな兄の姿を、桜は嬉しそうに見つめた。

 

『さて、此度の買い物により、我が軍資金は“6413円“となりました。

 若干心もとなく見えるやもしれませんが、これはお米を買った為。

 これからは少ない買い物でやりくりしていけるハズです』

 

 お米を担ぎ、買った品物をエコバッグに入れ、セイバーは満足そうに「フンス!」と自動ドアを出ていく。

 現在は昼過ぎ、真上にあるお日様が眩しい。まるで私の戦いに栄光あれと祝福してくれているようではないか。そんな風に意気揚々と帰路に着く。

 いざ帰らん、ランスロット(雌鶏)の待つ我が城へ――――

 

「アイツ……帰ったらまたニワトリに土下座すんのかな……」

 

「恐らく……たまご産まれるまでは続けるつもりなんじゃないでしょうか……」

 

 そんなランサーライダーの会話も知る事なく、セイバーが肩で風を切って進んでいく。

 その歩き姿は堂々たる物だったが……ふと何かを見つけでもしたのか、その足取りが突然止まってしまった。

 

「ん? どうかしたのか彼女は?」

 

「急に立ち止まってしまったけれど……、なんか表情もおかしくないかしら?」

 

 アーチャーキャスターが心配の声を上げる中、なにやらセイバーの表情が「ぐむむ……」と苦悶を浮かべているのが見て取れた。

 

「あ……これヤベェぞお前ら!! 奥だ! 商店街の奥だッ!!」

 

 ランサーの言葉にふと目をやってみると、現在セイバーが見つめる視線の先に、一軒のお店がある事に一同は気付く。

 

「た、たい焼き屋さん……だと……?」

 

 絶句しながらモニターを観るアーチャー。

 でも今セイバーの方は、もう看板に穴の開きそうな程にたい焼き屋さんを見ている。

 

「ちょ……嘘よね? 買ったりしないわよね?」

 

「冗談だと言って下さい……! 貴方は決して、そんな……!」

 

「いやいやいや……、いくらなんでもそりゃあ……」

 

 冷や汗を流し、まるで懇願するような目でモニターを見つめる一同。

 今セイバーの表情は苦悶に歪み、その手はプルプルと震えているのが分かる。

 

「出来る! 貴方は我慢できる子よセイバー!!」

 

「そうだっ、君はセイバーじゃないか! 誉れ高き三騎士の一人だ!!」

 

「アーサー王……! アーサー王ッ……!!」

 

「走れッ!! 目ぇつぶって駆け抜けろッ!! 商店街をッ!!!!」

 

 そう声援を送る内に何故か唐突に画面が暗転し……、やがて暫く経った後、復活した画面には“3分後“というテロップが流れた。

 

 

『――――さて、我が軍資金は“6213円“となったワケですが』

 

「買ってんじゃねぇよぉぉぉおおおーーーーッッ!!!!

 食ってんじゃねぇよお前ぇぇぇえええッッッッ!!!!」

 

「キリッとしてんじゃないわよ!!

 口にあんこ付いてんのよアンタ!!!!」

 

 

 衛宮家の面々が一斉に倒れ伏す中……セイバーはご機嫌な顔で「ルンルン♪」と家に帰って行った。

 

 

 



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円卓

 

 

 本日の買い物を終え、そしてたい焼き屋さんを後にしたセイバー。

 このままランスロット(雌鶏)の待つ家へ帰宅するのかと思われたが……どうやら彼女はある一軒の家に立ち寄っている様子だった。

 

『お~お嬢ちゃん。よぉ来たねぇ~』

 

 麦わら帽子を被った、人の好さそうなおじさん。その隣には奥さんであろう優しい笑顔を浮かべる女性の姿もある。

 

「お? この夫婦って、セイバーが言ってた“農家のおじさん“なんじゃねぇか?」

 

 セイバーは笑顔で挨拶を交わし、朗らかに談笑している。

 今日スーパーであった事、そしてこの国はなんと豊かな国なのかと驚いた事を、身振り手振りを交えてご夫婦に報告する。

 

『おぉ~初めての買い物かぁ~。そりゃ大仕事じゃったなぁ~。

 しっかり買えとるみたいじゃし、よぅやったなぁお嬢ちゃん』

 

『えらいわセイバーちゃん♪ よくがんばったわね♪』

 

 ご夫妻はニコニコと話を聞き、パチパチとはやし立てている。セイバーもテレテレと嬉しそうだ。

 

「あの子、こんな知り合いがいたのね……。暖かい人達だわ」

 

「セイバーはたまに『民草の様子を見に行く』と言って散歩に出かけていましたから。

 きっとそこで知り合ったのでしょう」

 

「なんにせよ、これは良い事だな。

 孤独な生活の中、人との関りというのは何物にも代えがたい程に大切な物だ」

 

「あ、おっさんが藁を持ってきてくれたぞ?

 あのニワトリの為にくれたんかな?」

 

 藁の束を受け取り、笑顔でお礼を言うセイバー。朗らかに笑うご夫婦。

 そして元気に手を振って別れていく光景を観て、ほんのり暖かな気持ちになる一同だった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『ただいま戻りましたよランスロット。元気にしていましたか?』

 

 帰宅し、いの一番にランスロット(雌)の様子を確かめるセイバー。ランスの方も機嫌良さそうに「コッコッコ」と鳴き、テテテとセイバーに寄って行く。

 

『うむ、大事はありませんね。一人きりにさせてしまい、申し訳なかった。

 これからはずっと一緒です』

 

『コケー!』

 

 優しくランスの背中を撫でてやるセイバー。その顔に慈愛の表情を浮かべて。

 そして突然何かを思い出したように「ハッ!」とした顔をしてから、おもむろにランスの前に藁の束を差し出した。

 

『見て下さいランスロット! これはあの農家のご夫妻から頂いた物なのです!!

 これを部屋に敷き詰め、貴方に居心地の良い環境を作ります!!』

 

 そうしてセイバーは部屋の床の約半分ほどに藁を敷き詰め、ランスの為の生活空間を作り上げていく。

 

『元気なたまごを産む為には、こういった環境こそが大事なんだそうです!!

 ニワトリというのは、デリケートな生き物。

 時にストレスや体調によって、たまごを産めなくなる事もあるそうです!

 これで何の憂いもない!!』

 

 セイバーはキラキラしながら満面の笑みで作業を続けていく。あーでもないこーでもないと言いつつ、ニコニコと嬉しそうだ。

 

「部屋の半分に敷き詰めるんは……やりすぎなんじゃねぇかな?」

 

「本来は部屋の一角ほどで充分なのでしょうが……、

 しかし今の彼女を見ていると、何も言えませんね」

 

「まぁいいんじゃない? それくらい大事にしてるって事よ。

 もうあの子、きっとランスを親友みたいに思ってるわよ? 運命共同体なのよ」

 

「ニワトリと生活するアーサー王……か。

 私個人としては、嫌いじゃないがね」

 

 苦言を呈しながらも、どこか微笑ましそうにセイバーを見つめる一同。

「ペット禁止なんだけどねあのマンション。……あぁ、敷金……」という凛の言葉も聞かなかったフリをして。

 ようやく良い感じに藁を敷き詰め終わり、二人でバンザイして喜んでいるその姿に、クスッと笑い声が漏れた。

 

 

………………………………………………

 

 

「あ、でも土下座はするのね、この子……」

 

「藁も敷いてんだし、受けてなくていいじゃねぇか……」

 

 そして再びランスのおしりの下に手を添え出すセイバー。

 先ほどのおじさんではないが、まるで農民のように「へへーっ!」とニワトリに平伏し、じっとおしりを見つめ続けている。

 

「あの子……部屋にいる時は、ずっとこうしてるつもりなのかしら?」

 

「願掛けのつもりなのでしょうか?

 こうしていれば、元気なたまごが産まれる……。願いが届くと……?」

 

「たまご欲しさにニワトリを拝むアーサー王、か。

 私個人としては……、いやしかし……」

 

「この姿、本物のランスロットやモードレッドにも見せてやりてぇな」

 

 当時は冷徹に見える判断を下す事もあり、「王は人の気持ちがわからない」だの何だの言われていたらしいが……この姿を見れば多少は印象変わったりするんじゃないだろうか? そんな風に彼らは思う。

 ……まぁそれがどんな印象に変わるのかなど、知った事ではないが。

 

「でもセイバー、『お腹へった』って言って買い物してきたんじゃないの?

 ごはんは作らないのかしら?」

 

「さっき生のまま、バリバリとキャベツを何枚か齧ってましたよ?

 今はそれで済ませ、夕食をしっかり摂るつもりなのでは?」

 

「ウサギかアーサー王!! ……しかしこの生活で一日三食を賄うというのは、

 節約初心者のセイバーには厳しかろう。

 恐らく食事は基本、朝晩の二食となるんじゃないかね」

 

「じゃあ晩飯作りの時間まで、今日はずっとこれか……。

 おい坊主、早送りして良いぞ」

 

「あ、一応土下座してるシーンは、今後は編集でサラッと流すだけにしてるからさ?

 とりあえずこのまま観てやってくれ。

 セイバーもずっと頑張ってたんだ……アイツなりに……」

 

 編集作業を通して誰よりもセイバーを見守り続けてきたであろう士郎が、ホロリと涙を流す。

 その後、また約4時間ほど不動のままで土下座し続けたセイバーは、そろそろ日が落ちてきたかという頃合いで立ち上がり、ようやく夕食作りに入っていったのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『では只今より、本日の料理を開始します!

 よろしくお願いします!!』

 

『コケーッ!』

 

 キッチンの壁に設置された固定カメラに向かい、セイバー&ランスが元気に挨拶する。

 青色のエプロンと三角巾を装備し、気合充分といった出で立ちだ。

 

『本日はなんと……なんとカレーを作っていきます!

 どうですかシロウ! ビックリしましたか?』

 

「バレてるバレてる。モロバレだよセイバー」

 

 ジャワカレー買ってたじゃんみたいな皆のツッコミも知る事なく、セイバーは調理台の上にゴソゴソと食材を並べていく。

 じゃがいも5つに、カレー粉の箱。そしてお米の袋が置かれる。

 

『ではまず、じゃがいもの皮を剥いていきましょう。

 ちゃんと芽を取り除く事も忘れません』

 

 袋から取り出し、水で洗い、一つづつ皮を剥いていくセイバー。「うむむ……」という真剣な表情が微笑ましい。

 

「あら? ちゃんとピューラーを使ってるのねセイバー。えらいわ」

 

「慣れない者が包丁でやると、分厚く剥きすぎてしまうからな。

 下手をすれば食べる部分が無くなってしまう。

 何よりピューラーならば危険が少ない。良い判断だと思うよ」

 

 丁寧に丁寧に、時間をかけて皮を剥いていく。そして5分もすれば、まな板の上に皮の剥き終わった5つのじゃがいもが並んだ。

 

「なんだかもう……『そいっ!』って感じで切ってますね……」

 

「両手で包丁握っちまってるし……、まな板目掛けて振り下ろしてる感じだな……。

 それ大剣使う時の斬り方だろ」

 

「もうこの際、怪我さえしなければ何でも良い……。

 ある程度の大きさに切る事が出来れば、問題ないのだから」

 

「熟達すれば、包丁もすごく上手に使えるようになりそうだけど……。

 ここで上手にこなすのは、いくらセイバーでも無理よ」

 

 まるで「えいやっ! そいやっ!」という声が聞こえてきそうな様子で、懸命にじゃがいもを切り終えたセイバー。

 それをいったんお鍋に入れておき、次はお米の準備に入る。

 

『さて、ここでお米を洗っていきましょう。

 ……というよりも、お米って洗う物だったのですね。私は今日初めて知りました』

 

 ふむふむとお米を計量カップで計り、炊飯器の釜にサラサラと入れる。

 そしてセイバーはおもむろに“ママローヤルα“と書かれたボトルを握りしめた。

 

「「「 !?!? 」」」

 

『では、おもいきってグイッといきましょう。

 洗剤をケチってはいけません』

 

 驚愕するサーヴァント達、満面のどや顔で洗剤を入れようとするセイバー。

 その時――――なにやら玄関のベルがけたたましく〈ピンポンピンポンピンポーーン!!!!〉と鳴り、セイバーがその手を止めたのが分かった。

 

『……おや、来客ですか? 仕方ない、いったん手を拭って玄関に……』

 

 タオルで手を拭きながらパタパタとフェードアウトしていくセイバー。

 すんでの所で回避された惨劇。サーヴァント達は胸を撫でおろす余裕もなく、いまだ呆然としている。

 

「…………あ、あいつ今……洗剤で米洗おうとしてなかったか……?」

 

「……いえ、あまりの出来事に、私はよく……」

 

 なにやら〈ギギギ……〉と首を動かし、たった今観た映像について確認を行うランサー&ライダー。

 

「…………お、終わっていた。

 もしチャイムが鳴らなければ……ここで終わっていたぞッ!!!!」

 

 ――――死ぬ。洗剤で洗った米を食えば、死ぬ。

 人間であれば良くて病院送り、悪けりゃその場でお陀仏……。

 それがこの“洗剤で米を洗う“という行為。いま自分達が観た物の正体。

 

「だ……ダメよセイバー!! 死んでしまうッッ!!

 お米は洗剤で洗っちゃダメなの!! 食べ物なのよッッ!!!!」

 

 そんな悲痛な声も届くハズ無く、今モニターには来客の対応を終え、再びキッチンへ入って来たセイバーの姿が映る。

 

『ふぅ、ただいま戻りました。どうやらあの方は隣に住む住人だったようで、

 引っ越しの挨拶などをされていました』

 

 そうカメラに向かって報告し、イソイソとお米の入った釜に手を伸ばすセイバー。目を見開いてそれを見つめる一同。

 

『あ、そういえばお米は洗剤で洗うのではなく、

 こうやって水で洗うのだそうですよ? 知っていましたか皆さん?

 先ほどの住人さんが、親切にも教えてくださったのです』

 

「「「 うおおおおおぉぉぉおおおおーーーーーーッッッ!!!! 」」」

 

 思わず雄たけびを上げるサーヴァント一同。ランサーなどはガッツポーズしながらひっくり返っている。

 

『ではさっそく洗っていきましょう。

 こうやって手を熊手の形にし、シャッシャッと回して……』

 

「 よかった……よかったわセイバーッ!! あなた助かったのよッッ!!!! 」

 

「 命ッ!! 命を大事にッッ!! ……明日って今さっ!!!! 」

 

 思わず涙するキャスター。そして意味の分からない事を口走るライダー。

 歓喜の声を上げる一同を余所に……凛がそっと士郎の耳に口を寄せる。

 

「……ねぇ? あの隣の住人って……士郎でしょ?」

 

「あぁ……一応マスクと帽子被って、バレないようにして行ったんだ。

 今後も何度かはこういうのがあるよ……。命の危険がある時とか」

 

 あんたも苦労してたのね……そう言ってポンと肩を叩く凛。士郎の方も俯きながら頷きを返した。

 

 

………………………………………………

 

 

 あの住人に十字勲章の授与を。セイバーと士郎は菓子折り持って挨拶に行くべき。

 そんな熱い議論をサーヴァント達が交わしているうち、セイバーはお米の準備をし終わり。再びカレーの調理に入った。

 

『ではこのまま少しだけじゃがいもを炒めて、その後にお水を入れます。

 この水加減が肝となってくるでしょう』

 

 コロコロと転がしながら、鍋底でじゃがいもを炒めていくセイバー。ちょっぴり焦がしてしまったものの、そこはご愛敬である。

 そしてウンウンと悩みながら計量カップで水を注ぎ終え、お鍋に蓋をした。

 

『このまま15~20分ばかり火をかけていきましょう。

 その後、カレー粉を入れて味付けです』

 

 ジャワカレーの箱の後ろを熟読し、キリッと言い放つセイバー。

 彼女のイメージの中では、いつもTVで観ている“料理の先生“をやっている気分なのだろう。

 私は立派に料理をこなしています――――そう士郎に報告するかのように、誇らしげな顔だ。

 その後、キャッキャとニワトリと戯れる彼女の映像をバックに「~15分後~」というテロップが画面に表示された。

 

『では、いよいよカレーを投入です。

 作り置きを考え、今回は一箱全てを使います。12皿分ほどだそうです」

 

 蓋をパカッと開けると、そこから暖かな湯気がホワッと立つ。

 中ではじゃがいもがグツグツと煮立っており、もうほのかに美味しそうな香りがしている。

 今回はじゃがいもだけなのであまり必要ないが、最低限のアクだけをお玉で軽く取り除いた後、セイバーはパキパキとカレーのブロックを割っていき、それを投入した。

 

『ゆっくり……かき混ぜる……。具を崩してしまわないように……』

 

「なんだか微笑ましいわ♪ そんな慎重でなくても良いのよセイバー♪」

 

 もう足がガクガク震えてるんじゃないかという不器用さで、セイバーがお鍋をかき混ぜてカレー粉を溶かしていく。その様をのほほんと見つめる一同。

 

『さて、カレーを投入して約10分ほどが経ちました。

 一度味をみてみる事としましょう』

 

 改めて蓋をパカッと開け、小皿にちょびっとカレーを入れるセイバー。

 こうして料理の味見をする士郎の姿を見て「かっこいいなぁ」といつも感じていたものだが、今はセイバー自身が料理人である。なにやら顔がにやけてくる心地だ。

 

『……ふむ。……ふむふむ』

 

 どうやら、感触としては“悪くない“という様子なのが見て取れる。

 セイバーは料理の入門者、加えて今回のカレーは具も少ないのだ。ここは凄く美味しいカレーというより、“ちゃんとしている“事こそが真の合格点だと言えるだろう。

 そしてどうやら、それはしっかりと達成されたようだ。

 

「上出来上出来ッ! 食えさえすりゃあこっちのモンだろ!」

 

「当初はどうなる事かと思ったものです。これなら何の問題もない」

 

「しっかり箱の説明通りに作ったのだ。失敗する道理が無いさ。

 それにじゃがいもカレーというのも、満更捨てた物ではないぞ?」

 

「私はじゃがいものカレー好きよ? とろみがあってとても美味しいもの♪」

 

 そう和気あいあいと話すサーヴァント達。

 ……それを余所にセイバーは、なにやら「ムムム……」とへの字口。そしてゴソゴソと調味料の棚を漁り始めた。

 

「……ん!? なんだオイ、気に入らねぇってのか?」

 

「このままで美味しいのだから、あまり余計な事は……」

 

「拙いな……これはカレーを失敗する典型的な例だ。

 余計なマネをして、全てブチ壊しという……」

 

 そう一同が心配そうに見守る中……セイバーは棚から一本のボトルを取り出し、大さじのスプーンを使ってお鍋に入れていく。

 

「――――ねぇッ、これウスターソースよね!!??」

 

 驚愕の声を上げるキャスターを余所に、セイバーが“ちょうどいい量“のウスターソースを加え、味を調えていく。

 

「 あの野郎ッ、やりやがった!!!! どこで覚えたんだそんな事!! 」

 

「 ソースは野菜を濃縮した物ッ! カレーの味に深みが出ますッ!!

  このように適量を使用するならば、このカレーは……!! 」

 

「 ――――ミラクルッ!! ミラクルだセイバーッッ!!!!

  ……たとえ少し具が物足りないカレーでも、これならばッッ!!!! 」

 

 思わず床から立ち上がり、一斉に雄たけびを上げるサーヴァント達。

 今衛宮家の居間は、熱狂に包まれている。

 

「 ――――あっ! あれよみんな!! 農家のッ!!

  あの農家のご婦人が教えてくれたんだわ!!!! 」

 

 それを聞き、さらに雄たけびを上げる一同。

 もうその様は、某外国人4コマで『YEAHHHHH!!!!』とガッツポーズするお兄さん達のようだ。

 

 今日の午後、セイバーと談笑していた農家の奥さま。彼女はセイバーがカレーを作ると聞き、ちょっとしたコツなどを教えてくれていたのだ!!

 

「 ありがとぉぉぉおおおーーーーーーッ!!!!

  農家のおばさんありがとぉぉぉおおおーーーーーーーーッッッ!!!! 」

 

「 彼女に感謝をッッ!! ノーベル平和賞をッッ!!!!

  今すぐペガサスに乗って届けに行きたいですッッ!!!! 」

 

「 あったけぇなぁオイ! 人のぬくもりッ!!!!

  人の情けが身に沁みらぁな!! なんか涙出てきたよオイッッ!! 」

 

「 貴方がたを守るッ! 貴方がたの為に戦うッッ!!

  それが我々“英雄“の使命だッッ!!!! 」

 

 終いには本当に『YEAHHHH!!!!』とか言い出し、本当に某外国人4コマみたくなるサーヴァント達。

 その光景を、マスター勢の4人がなんとも言えない様子で見つめた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「バカ野郎ッ! カレーにぼんち揚げ突っ込むヤツがあるか!!」

 

『――――?』

 

 そしてカレーの実食時、ホクホクとじゃがいもカレーを頬張っていたセイバーがおもむろに何かを思い付き、満面の笑みで「カツカレーです!」とか言い出して、カレーにぼんち揚げを入れた。

 一応食べられなくはないのか、何やら不思議な表情のままモグモグと咀嚼していくセイバー。その顔はなんとも言えない感じの表情だった。

 

『ふむ、今度からこれは別々に食しましょう。その方が良い』

 

「当たり前でしょうに! さっさと食べちゃいなさいなっ!!」

 

 そんな事をしながら食事を進めていく内、ふとちゃぶ台カメラにランスロット(雌鶏)の姿がどアップで現れ、「コッコッコ」とカレー皿に寄って行くのが見えた。

 

『構いませんよランスロット。この円卓には上座も下座もない――――

 一緒にカレーを食べようではありませんか』

 

 そんな風に「モグモグ」「コッコッコ」とカレーを平らげていく二人。

 

 

「円卓って言っても、小さなちゃぶ台だけどね……。

 まぁセイバーが良いなら、それで良いわ♪」

 

 

 初めて作った料理を囲み、一人と一羽が笑い合う。

 

 それはとても幸せで、心から満たされた表情に見えた――――

 

 

 



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剣の丘(1LDK)

ここから当作品独自の設定が入ります。ご注意下さい。






 

 

 食事も摂り終え、洗い物も終わり、お風呂に入ってから本日計10時間目となるニワトリへの土下座も終えた頃……。

 

 初日という事もあり色々あったが、「今日も頑張ったなぁ」という充実感を胸にセイバーがお布団の準備をしていた時……、突然玄関のベルが〈ピンコーン!〉と鳴り、来訪者の訪れを知らせた。

 

『むむっ、もう夜9時を回ったというのに。いったい何者でしょうか?』

 

 怪訝な顔を浮かべつつ、パタパタと玄関に向かうセイバー。

 するとそこにはリッチな服を着た金髪の青年……英雄王ギルガメッシュの姿があった。

 

『どうもー。光熱費の徴収でーす!』

 

『 !?!? 』

 

 慌ててひっくり返りそうになるセイバー。観ている者達もお茶を吹き出しそうになる。

 

「えっ、英雄王が担当なの? このポジション……」

 

「なにやってんだアイツおい……」

 

「えっと、光熱費の徴収だし“お金と言えば“って考えてた時、

 ふと思いついたのがギルガメッシュでさ?

 一応ダメ元で声を掛けてみたんだけど……何故か快くOKしてくれて……」

 

 暇なのかヤツは。金持ちというのはそういう物なのか。無駄に納得する一同。

 

『本日の光熱費の徴収に参りゃしたーっ。お支払いおねがっしゃーす!』

 

『はっ……はい! 少々お待ちください!!』

 

 驚きつつも、財布を取りにパタパタと引き返すセイバー。ギルガメッシュは初めて体験する現代の仕事という物に、なにやらウキウキしているご様子。可愛い所もあるんだなと思う。

 そしてセイバーが急いでがま口財布を持って玄関に戻ると……、そこには衝撃の事実が待ち構えていた。

 

『あじゃじゃーす! では本日の光熱費“213円“になりゃりゃーす!』

 

『 !?!?!? 』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 絶句し、その場で固まってしまうセイバー。そしてそれは観ていたサーヴァント達も同じだ。

 今はセイバーが冷や汗を流しているシーン、そこで士郎がリモコンのボタンを押し、一旦VTRを止めた。

 

 

……………………………………………………

 

 

「……えっと。今観てもらったように、

 一万円生活では一日ごとに光熱費が徴収されるんだ。

 その日セイバーが使った分の、ガスや水道や電気の料金をさ」

 

 一同は士郎の方に向き直り、ゴクリと固唾をのむ。

 

「それでさ? 今回のが“213円“だったので分かると思うんだけど、

 ……無理なんだよコレ。こんなのが30日間続いたら、

 それだけで今の所持金は、全部ふき飛んじまうんだ」

 

「一応節約の達人と呼ばれる人たちは、

 一日あたり70円足らずに光熱費を抑える事が出来るらしいわ。

 ……でもそれを今のセイバーに求める事は実質出来ないのよ(・・・・・・・・)

 あの子がニワトリという“生き物“を飼っている以上……、

 どうしても空調なんかは使わざるをえない。特に暖房器具はね?

 ランスは大事な家族で、命だもの。節約だからと言って止める事は出来ないわ」

 

 士郎、凛の両名から説明が行われていく。その顔は真剣さに満ちている。

 

「これは俺達が好きでやってる事だから、決まったルールなんて無い。

 だからある程度は全部こっちで決められるんだ。光熱費だけタダにするとかさ?」

 

「でもそれじゃあ“フェアな挑戦“とは言えない。

 実際に何の妥協も無く、この挑戦をやりきった凄い人達も沢山いるのよ。

 だから……今回は少しだけ特別ルール。

 ――――結論から言うと、セイバーからの光熱費徴収は、するわ」

 

 腕を組み、厳しい表情を浮かべる凛。グッと奥歯を噛みしめている士郎。

 

「だけど、それはさっきみたいに使った分を支払うんじゃなくて、

 “一日100円“でいこうかと思うんだ。

 沢山使おうが使わまいが、毎日100円づつで固定だ。

 節約上手な人達にとって『ちょっと多めに使ったかな?』っていう値段が、

 ちょうどこれ位なんだよ。だから今回はこれでいこうと思う」

 

「ぶっちゃけた話、この企画を通してお金の大切さを学び、

 そして“セイバーに自立心を養ってもらう“というのが私たちの目的なの。

 その為の訓練よね?

 だから下手に切り詰めさせて、料理もしない洗濯もしないじゃ本末転倒なのよ。

 ……真面目なセイバーの事だもの。きっとギリギリになれば、

 もう倒れるまで無茶するわよ? お風呂どころか、水も飲まずに過ごすとか」

 

「だから今日……それをあらかじめ徴収(・・・・・・・)するよ。

 この一か月分、計3000円の光熱費を、今ここで支払ってもらう……。

 そうギルガメッシュに伝えてあるんだ。

 こうしておけば、色々と分かりやすくもなるから。

 これからセイバーは、純粋に“自分がどう買い物していくか“だけを、

 持ってる財布と照らし合わせて考えれば良い」

 

「ニワトリを飼うという時点で、本当はハンデとして見る事も出来る……。

 セイバーだって、本来は100円よりもずっと安く光熱費を

 押さえる事も出来たハズなの。節約に詳しい人に訊いたりしながらね?

 それを全部帳消しにしての“一日100円“の特別ルール。

 ……これは決して、挑戦の難易度を下げたワケじゃないわ」

 

 そう凛がキッパリと告げる。これは決してセイバーを甘やかす為の処置ではないと。

 彼女が自分なりの形ででもこの試練に挑む為、そして家族の命を守る為なのだと。

 

「おい桜? 今の所持金が6200円くらいで、これ引いたら3200円だろ?

 お前なら3千円かそこらで、食費だけでも一か月賄えるか?」

 

「無理……とは言いません。でもわたしでも、かなり厳しいと思います……。

 きっと何らかの工夫を、いくつもいくつもしないとダメ……」

 

「だよな……」

 

 慎二はフゥとため息をつく。桜で厳しいなら、セイバーならいったいどうなるっていうんだ。そう言わずとも表情が語っている。

 そして――――

 

 

「ん、俺ぁそれで文句はねぇ。

 今聞いた限り、仮に俺が同じ事やったとしても、出来る気がしねぇって代物だ。

 アイツがどこまでやれんのか、見せてもらうぜ」

 

 

「同じく。今日初めて見たばかりですが……私はランスに愛しさを感じています。

 あの子を蔑ろにしてまでする節約生活になど、意義を感じません」

 

 

「落としどころとしては、妥当だと思う。

 もし仮にランスがおらず、節約の術を身近な私にでも訊きに来ていたなら、

 それだけでセイバーは光熱費を70円以下に出来ていたよ。100円ではなくね。

 たった30円の差でも、それが30日続けば900円となる。

 むしろハンデな位だ」

 

 

「水の節約の為に洗濯をせず、お風呂にも入らない……。

 そんなの許せるワケがないわ。セイバーが『やる』と言っても反対よ私は。

 今日初めて家事に挑戦し、がんばってカレーを作ったじゃない?

 そういう経験をこそ、あの子は積み重ねていくべきなの」

 

 

 そう頷き合うサーヴァント達。

 彼らは“本来のルール“に決して詳しいワケではないが、それでも今回の特別処置に理解を示してくれた。

 

 要約するとこれは「ランスの健康の為に光熱費は固定とするが、その分本来よりも割高な料金を支払う事となり、所持金は厳しい物となる」というセイバー用の特別ルール。

 しっかりとこの場の皆の賛同を得る事が出来た所で、士郎は再びリモコンを手に取る。

 

「ありがとうみんな。

 それと事後承諾になっちまった事、ほんとにすまなかった。謝るよ。

 俺達もまさか、セイバーがニワトリ飼うなんて思ってなくてさ……。

 急いで遠坂達と相談した結果、こういう形になったって理解して欲しい」

 

「それじゃ、改めてVTRを流すわよ。

 場面は……、ギルガメッシュがこの事をセイバーに説明し終わって、

 さぁ3千円を徴収するぞって所からね」

 

 再びモニターに向き直る一同。

 首をコキコキ鳴らし、飲み物で喉を潤し、各々鑑賞の姿勢をとっていった。

 

 

…………………………

……………………………………………………

 

 

『 天の鎖ッ(エルキドゥ)!! 』

 

『 ぐぅあぁぁぁーーーーーッッ!!!! 』

 

「「「 !?!? 」」」

 

 躊躇なく聖剣を抜き、ギルガメッシュに斬りかかっていくセイバー。そこをギルの天の鎖が拘束し、雁字搦めにする。

 

『 か……返して下さいギルガメッシュ!!

  それを持っていかれたら……私はッ……!! 』

 

 床に〈カラーン!〉と音を立てて落ちるエクスカリバー。1LDKの部屋にセイバーの悲痛な声が木霊する。顔なんかもう半泣きだ。

 

『ならんッ! これはルールぞ騎士王よッ!!

 今この場において、我こそが法ッ!! ジャッジメントだセイバー!!!!』

 

「ふんふ~ん♪」と鼻歌なんか歌いながらセイバーのがま口から3千円を抜き取り、ポイッと足元に返すギルガメッシュ。

 今目の前で涙を流すセイバーの姿を見て、すんごくニコニコしている英雄王だ。

 

 愉悦! 眩しい程の満面の笑みッ!! 「いや~来てよかったなぁ~」みたいな声が聞こえて来そうな程の清々しい顔である。楽しそうにしやがってからに。

 

『では確かに頂戴いたしゃっしたー♪ しつれーしゃっしたー♪』

 

『 おっ……おおおおぉぉぉおおおおおッッッッ!!!! 』

 

 一人きりで泣いた剣の丘……あの時よりも更に悲痛な叫びをあげるセイバーを置き去りにして、ギルガメッシュが機嫌よく立ち去って行く。

 ドアが閉まる〈バタン!〉という音と共に鎖が消え、それと同時にセイバーが床に崩れ落ちる。

 力なく、気力さえ失い、深い絶望に打ちひしがれながら。

 

「……なんか、酷い物を見た気がするわ私……」

 

「悲痛……でしたね。とても3千円の為に流した涙とは思えません……」

 

 人とはこんなにも悲し気な声をあげられる物なのか……。驚愕の表情を浮かべるサーヴァント一同。

 やがて暫くし、目の焦点が合っていない様子のセイバーがヨロヨロと立ち上がる。あっちにフラフラ、こっちにフラフラとしつつ、部屋に戻って来た。

 

『……ッ!?!?』

 

 ふと部屋の隅にセイバーが目をやれば……そこにあったのはぼんち揚げの空き袋。

 今日つい誘惑に耐えきれず買ってしまった、さっきまでニコニコしながらポリポリいっていたぼんち揚げ(98円)の思い出である。

 

『……わ、私は……なんという事をッ……』

 

 それだけじゃない。セイバーは今日の買い物帰り、露店でふたつもたい焼き(計200円)を買ってしまっている。モグモグいってしまっている。

 その事を思い出したのか、慌てて手元にあるがま口財布を開き、残金を確認してみる。

 

『……三千……二百十三円。……どれだけ数えてみても、3213円しか……」

 

 まだ初日だというのに、これであと一か月近く……? そんな声が聞こえて来そうなセイバーの表情。

 

『この残金を29日で割ると……一日で……?』

 

 もう計算する気も起きない。ジュース一本買えるか買えないか……それが今自分の使える、一日あたりのお金なのだ。

 ちなみに今日買ったぼんち揚げは98円! たい焼き二つが200円!!

 

『……う、うわぁぁぁあああーーッ!! うわぁぁぁあああああああーーーッッ!!!!』

 

 絶叫する――――天を仰いで。

 ここにきて騎士王は、ようやく事の重大さに気が付いたのだ。

 

『 うわぁぁぁあああああああ!! シロウッ! シロウッッ!!!!

  うわぁぁぁああああああああああああーーーーーーッッッ!!!! 』

 

 ――――この時が全てで良いでしょう?

 今までそんな風に思っていたけれど、全然そんな事はなかったのだ!

 セイバーはただただ愛するマスターの名を呼び、叫ぶ。

 

「…………」

 

「…………………」

 

 流石の英霊達も、もう言葉も出ない。

 眼前のモニターに映る映像を前にし、ただただ目を伏せている。何も言う事が出来ずに。

 

「……なぁ、坊主よ……?」

 

 今もモニターからは、延々とセイバーの泣き叫ぶ悲痛な声が聞こえている。

 

「今はもう、この挑戦とやらは終わってんだよな?

 アイツは……今どこに……?」

 

 いや、“アイツは生きてんのか?“と……、現世に留まっているのかとランサーは聞きたかったに違いない。

 しかし士郎は、ただ首を横に振るばかり。

 

「……言えない。まだ教えられないよ。

 今は黙って、アイツを見守ってやってくれるか」

 

 視線を切り、再びモニターへと向き直る士郎。

 止む事の無い最愛の人の慟哭に、歯を食いしばっているように見えた。

 

 

…………………………

……………………………………………………

 

 

『 と、とりあえず落ち着きましょうッ!! 落ち着いて考えなければ!! 』

 

 今セイバーが、力強くスプーンを握りしめた。

 

『落ち着くのです私ッ!!!! 我が名はアルトリア・ペンドラゴン!!!!』

 

「「「 なんでだよ!!!! 何してんだよお前ッッ!!!! 」」」

 

 お鍋に火をかけ、ご飯をお皿によそう。そして勢いよくカレーを掻っ込んでいくセイバー。

 なにやら〈ガガガガ!!〉と音が聞こえて来そうな勢い。手に残像が見える程のスピードで。

 なんかもうおめめはグルグルしている。まったく焦点が合っていなかった。

 

「 それお前作り置きだろうが!! 大事な食料だろうが!! 」

 

「 何食べてるのよッ!! やめなさいセイバー!! 」

 

 そんなサーヴァント達の声も聞こえるハズもなく、ひたすらカレーを消費していくセイバー。彼女は今、正常な判断が出来る状態では無い。

 ――――腹が減っては戦は出来ぬ。ご飯を食べて嫌な事忘れる! 現実逃避!

 今のセイバーを表す言葉は無数にあるのだろうが……きっとどれもロクな物では無い。

 

「 後悔するぞッ! やめろッ!! さっき学んだばかりだろう君は!!!! 」

 

「 もう洒落になりません!!

  セイバーが死んでしまうッ!! 死んでしまいますッッ!!!! 」

 

『もがががががが……!!』パクパクパクパクッ

 

 あんなにあった作り置きのカレーが、見るも無残に……。炊飯器のお米が雀の涙に……。

 今すぐモニターの中に入りたい。そしてぶん殴ってやりたい。そんなサーヴァント達の願いも届かず、やがて作り置きのカレーが底をつく。

 

 この日、しゃもじが炊飯器の底を叩く音……、そして手にしたスプーンが〈カラーン〉とお皿に落ちる音を聴くまで、セイバーが止まる事は無かった。

 

 

…………………………

……………………………………………………

 

 

『あわわわわ……あわわわわ……』

 

 目を見開き、言葉にならない何かを呟きながら、セイバーが天井を見つめる。

 部屋の明かりを落とし、布団に横になった後も、まったく寝付く事が出来ずに。

 

『シロウ……シロウ……。あわわわわ……』

 

 布団ごしにでも、セイバーがガクガクと震えているのが分かる。

 その布団の上でのほほんと眠るランスロット(雌鶏)との対比がえらい事になっている。とんでもなくのんきチャンだランスロットは。

 

 今後を想い、がま口の残金を想い……、ただただ暗闇の中、見開いた目で天井を見つめるセイバー。

 

 

「……正直言っていいか?

 俺ぁちぃとばかりセイバーは、痛い目みた方が良いと思うわ……」

 

 

 そんな風にして、彼女の一か月一万円生活の初日は、終わっていったのだった。

 

 



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裏切りの騎士(雌鶏)

 

 

 ~一か月一万円生活、二日目~ (ナレーション、藤村大河)

 

 

 ピヨピヨ……ピヨピヨ……とスズメ達の鳴き声がする。

 カーテン越しに朝の光が差し込み、ただいま時刻は午前6時をまわった所である。

 

『――――』

 

 今モニターに映っているのは、ギンギンに充血した目を見開き、恐らく一睡も出来ぬまま朝を迎えたのであろうセイバーの姿。

 今も布団に横たわったまま微動だにせず、ただただじっと天井を見つめている。

 

「もうホラーだよこの映像。こえーよ」

 

「この子の心は、死んでしまったのですか……?

 もう元には戻らないのですか……?」

 

 呆れ声のランサーとは対照的に、心配そうな声のライダーさん。

 普段はライバルめいた関係であるとはいえ、元地母神である彼女にとって、目の前の映像には心が締め付けられる心地なのだろう。

 

 …………余談だが、例えば道端で怪我をした小鳥を偶然にも見つけた心優しい人が、その子を家に連れ帰ったとしよう。

 「この子を一時的に保護し、治るまで世話をしてやろう」という全くの善意から、箱か何かに入れて保護をしたとしよう。

 しかし、時にその小鳥が家に着くまでの間に、何故か箱の中で死んでしまっていたという悲劇的な結末を迎える場合がある。

 特に何をしたワケでもなく、ただ怪我をしたままむやみに飛び立たぬようにと安全な箱に入れて、丁寧に家まで運んでいたにも関わらず、だ。

 

 ……何もしていないハズの小鳥が死んでしまった、その原因。

 恐らくそれは、小鳥が絶望してしまった為(・・・・・・・・・)だ。

 

 怪我をして人間に“捕まり“、そして薄暗い箱の中に“閉じ込められてしまった“

 そう感じたその小鳥は、きっと家に着くまでの間に、こう考えていた事だろう。

 

 ――――ボクはもうダメだ。これから人間に酷い事をされ、殺されてしまうんだ。

 

 ……そう深く絶望した小鳥は恐怖に耐え切れず……、その極々短い時間の間に急激に衰弱し、ついには死に至る。

 怪我による物ではなく、その心が死んでしまったが為に(・・・・・・・・・・・・)、小鳥はその薄暗い箱の中で、短い生を終えてしまったのだ――――

 

 そんな最悪のイメージが今のセイバーの姿と重なり、手を祈りの形にするライダーさん。

 心が死んだセイバーは、もしかしてその命さえも失ってしまうのでは……? そう胸が張り裂けんばかりに心配している様子が傍目からも見て取れる。

 彼女の母性や心の優しさが分かる、そんな姿だった。

 

 というか、言っては悪いのだが……。

 もしこれで死んでしまうというのなら、あのセイバーという娘はどんだけ「心が豆腐なのか」と言わざるを得ないのだけれど。

「お菓子ほしさに無駄遣いしてしまい、もう生きる気力がありません」とか情けないにも程がある。「やかましいわ」という話である。

 そんなのと一緒にされたら、件の小鳥さんもさぞ憤慨しちゃう事だろう。

 きっと怒ってピヨピヨつっつかれちゃうのだ。

 

「あら? 布団から起き出したわよこの子?

 まだ一睡もしていないというのに……」

 

「なんて様だ……まったく足元がおぼついていない。

 そんな状態で、いったいどこへ出かけるつもりだ君は……」

 

 ZZZ……と寝息を立てるランスロット(雌鶏)を決して起こさぬよう慎重に身体を起こし、そのままヨロヨロと部屋を出ていくセイバー。

 まだ若干薄暗い朝の道を歩いて行き、やがてその身は近所の公園らしき場所にたどり着いた。

 

『…………』

 

「うわぁ……いよいよ末期ねこの子……」

 

「もう駄目かもわからんな……。完全に折れてやがる」

 

 誰も居ない公園のブランコ。そこに一人きりで腰掛け、項垂れているセイバー。

 その姿はまるで、まだ20年くらい家のローンが残っているにもかかわらず会社をリストラされてしまい、その事を家族には言えずにいるお父さんの如くだ。

 まぁお父さんの方は数千万単位の問題で、セイバーのはたった3千円なのだが。

 

「……なぁ見てたかよ? 道歩いてる時のセイバーの目……」

 

「……えぇ。項垂れつつも、ずっと地面をキョロキョロしてたわね……。

 まるで、落ちてるお金でも探してるみたいに……」

 

 ガックシ落ち込みつつも、その目だけは異様に輝き、隈なく地面を見渡していたセイバー。

 無意識かもしれないが、まるで親の仇でも探すかのようなギラギラした眼光で、「どっかにお金落ちてないかな?」と探していたのだ。

 

「見とぅ無かった……。そんな騎士王のお姿、ワシは見とぅ無かった……」

 

 アーチャーのキャラが崩壊し、目からハイライトさんが消える。

 まぁ正直な話、清廉潔白を地で行くセイバーは、たとえ幸運にも落ちている小銭を見つけたとて、それをネコババする事など出来はしないのだが……。

 きっと血の涙を流しつつ、震える手で「落ちてましたよ……」とお巡りさんに届けちゃう事だろう。

 そんな光景がアリアリと想像出来てしまい、また涙がちょちょ切れそうになるサーヴァント一同。

 

「なぁこいつ、縄とか持ち出してねぇよな? 木にひっかけたりしねぇよな?」

 

「おやめなさいな縁起でもないッ!!

 三千円よ!? たった三千円の事くらいでそんな……あぁもう涙出てきたわ私!!」

 

 あの時ぼんち揚げを買わなければ。二つもたい焼きを買わなければ。

 たまにダイエット中にお菓子を食べちゃってすごく後悔している人を見かけたりするが、その深刻さは比べ物にならないほど重いのだ。

 

「帰りましょうセイバー。森へ帰りましょう……」

 

「お前はよくやった……。森へ帰ろう」

 

 自我崩壊が著しいアーチャーとライダーの両名。まるで慈しむような瞳でモニターのセイバーへ語り掛け始めている。というかまだ二日目だというに。

 

『――――ッ!?』

 

 その時、電撃でも受けたかのように〈ピーン!〉と立つセイバーのアホ毛。

 突然目を見開いたと思えば、即座にブランコから立ち上がり、そのまま公園から駆け出して行く。

 

 

『そうだ、のーとぱそこん(・・・・・・・)ッ!!

 シロウより「調べ物する時に使いな」と持たされていた、のーとぱそこんがッ!!』

 

 

 さっきまでの生きる屍ではなく、死中に活を見出した戦士の顔つきで――――

 

 愛しい主の顔を思い浮かべながら、セイバーは猛烈に家へ駆け戻っていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 今日のカメラマン担当がバゼットでなければ、先ほどのセイバーには追い付けなかった事だろう。小さな幸運であった。

 

 そんな人外そのものの速度を持って自宅へ帰還したセイバーは、いの一番に部屋のダンボール箱をこじ開け、中から件のノートパソコンを取り出した。

 

『――――ッ! ――――ッッ!!』

 

 烈火の如く、鬼気迫る勢いでノーパソをセッティングしていくセイバー。

 部屋にある回線や電源コンセントを「えいやっ!」とばかりにねじ込み、即座に電源を入れる。

 それを観ていた凛が「す、凄い……。業者の人みたい……」と地味に驚愕していたが、それは凛が機械オンチなだけである。凄くも何ともない。

 

『Yahoo……確かブックマークという物に……あった!!』

 

 知識は身を助ける。経験もまた然りだ。

 セイバーはここに来る前の備えとして、シロウに軽くパソコンのレクチャーを受けた事をしっかりと憶えていた。調べものの仕方はバッチリなのだ。

 またもや凛が「は……ハイテク!? 電子の妖精なの……!?」とひとり驚愕しているけれど、重ねて言うが凛がへちょいだけである。

 

『落ち着け……落ち着くのだ私……。

 まず一番最初に調べるべき物、それは――――』

 

 マウスを両手でグリグリ動かし、傍から見れば滑稽なほど真剣にウンウンとキーボードを睨むセイバー。

 そして、ようやく彼女が検索バーに打ち込んだ文字は……。

 

『お米……一合……グラム』

 

 今まで知る事の無かった、お米の事。

 己が兵糧を確認する為の術、であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『 ――――――いけるッ、いけるぞこの(いくさ)ッッ!!!! 』

 

 朝の四階建てマンションに、剣の英霊の声が木霊する。

 

『いや……まだ決して楽観視して良い状況ではない……。

 しかしこの戦ッ、我が軍に敗北は無い(・・・・・・・・・)ッ!!!!』

 

 天を仰ぎ、「おおおおお!!」と雄たけびを上げる。目を開いて拳を突き上げる。

 これは昨日までの慟哭の声では無い……、希望を見出し戦場を生き抜く決意を固めた、まさに戦士の叫び声なのだ!!

 

『シロウに感謝を……。知らなければきっと折れていた。

 私の心は儚くも砕け、そしてオルタ的な側面が顔を出していた事でしょう……』

 

「何するつもりだテメェ。冬木をどうするつもりだ」

 

 セイバーがどうなるのかは知らないが、そのきっかけが「お菓子買ってお金無くなっちゃった♪」というのはどういう了見なのだろう。きっと世界が君を許さない。

 

 それはともかくとして……セイバーと共にお米の事について勉強する事となったサーヴァント達。

 アーチャー、そして主婦であるキャスターはすでに知っていた事だが、ライダーやランサーに至っては知らなかった事。お米に関する知識だ。

 ずばりそれは、“一合というのは何グラムなんだい?“

 もっと言えば、現在セイバーが所持しているお米は、いったいどのくらいの期間もつのかという事であった。

 

『お米一合は、約150g……。

 これはお茶碗にして、だいたい二杯分にあたるそう量だそうです』

 

 ゆえにごはん一杯を一食分とするならば……一合のお米というのは“二食分“に相当すると言える。

 

『そして私は、昨日“6合“のお米を炊きました……。

 知識が無かったので、多分この位だろうと思い、適当に炊いてしまいました……』

 

「それ全部食べちゃったのよね。

 どんだけ食べるのよ貴方。お茶碗12杯分でしょう?」

 

『昨日のカレールーは、12皿分の量……。

 正直、なんか食べてて「ルーの方が多いな~」とは思っていました。

 バランスを考えるなら、6ではなく12合炊くべきだった……」

 

「ぜんぜん反省しておらんな貴様?

 もしそうならば言え、ひっぱたいてくれよう」

 

『……とにかく、私が購入していたお米は10Kg。これは約66合にあたる量だ。

 昨日食べた6合を差し引くと……現在は60合。

 つまり“120食分“のお米が、我が手中にあると言えるッ!!』

 

 目を見開き、〈カッ!!〉とカメラに向けてキメ顔をするセイバー。

 正直イラッときたけれど、我慢して耳を傾けるサーヴァント達。

 

『この生活が残り29日。一日二食を基本とすれば、必要なのは58食分。

 仮に三食摂るとしても87食ッ!! 四食摂ってもッ、116食分ッッ!!』

 

 1LDKに木霊する、獅子の咆哮。それは冬木の大地を震撼させ、五大陸に響き渡る。

 

 

『 ――――ゆえに私が今後、お米に困る事は無いッッ!!

  最低でも“飢える“事だけは無いのですッッ!!!! 』

 

 

 ランスロット(雌鶏)と共に、カメラにドアップのセイバー。

 今彼女たちのバックに〈ピシャーン!〉と稲妻が走ったように見えた。

 

『戦えるッ、戦えるぞランスロットよ!!

 我が聖剣は二度と折れはしないッ、悪夢はもう終わりだッッ!!』

 

 ランスを両手で掲げ「アハハ♪ アハハ♪」とクルクル回るセイバー。

 今度はバックにお花畑。少女漫画もかくやという光景が広がっている。士郎が編集で頑張ったのだ。

 

 今画面の中でセイバーが『こめびつ先生というのを買うべきでしょうか? いやしかし、ワンチャンそのまま……』とウンウン頭を悩ませているのが見える。

 その姿を見て、正直ほっとした心境の一同。

 

「よかった……。先ほどの稲妻や顔のドアップにはイラッとしましたが、

 この子が飢えて死ぬ事なく、本当に……」

 

「セイバーも言っていたが、まだ決して楽観出来る状況では無いがね……。

 あの11食分のカレーを失ったのは、まさに痛撃と言える。

 ……だがひとまず、絶死の状況で無い事だけは確認出来た。

 後は今後の舵取り次第と言えるだろう」

 

「私もう、あの子このまま死んじゃうんじゃないかって……。

 あの公園で首でも括るんじゃないかって……。ほんと良かったわセイバー……」

 

「米ってのは偉大だな……。この国が豊かだってのもあるんだろうが、

 まさか1500円かそこらで一か月以上も腹を満たせるとはよ。

 流石この国のヤツらが“魂だ“と言うだけある。良い勉強んなったぜ」

 

 今画面には清々しい笑顔で一合だけお米を炊き、その半分だけをお茶碗によそっているセイバーが映っている。

 冷蔵庫にあった納豆を半分だけかけ、ここも節制する事を忘れない。

 

『すまないランスロット、少し休みます。

 また起きたら貴方の安産を祈願し、共に過ごす事を誓おう』

 

 洗い物のお茶碗をゴシゴシと洗った後、ランスにそう告げてお布団に入るセイバー。

 いま心から安心し、そして幸せそうな笑みを浮かべて眠る彼女の姿に、安堵の声を漏らすサーヴァント達だった。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 ~一か月一万円生活、三日目~ (ナレーション、間桐桜)

 

 

 

「……おろっ?

 よぉ坊主、なんか二日目の様子がねぇみてぇだが……、

 えれぇ飛んじまったなオイ」

 

「あぁ、これからセイバーは土下座の日々に入るんだ(・・・・・・・・・・・)

 ここからの数日間、セイバー買い物には行かないからな。外に出ないんだよ。

 二日目は昼に起きてランスに土下座して、夜に残りの納豆食って寝たよ」

 

「「「………………」」」

 

「土下座してるだけの日は、これらからもずっとこんな感じだぞ?

 ……もしランサーが観たいんだったら、持って来るけど。

 一応完全版のディスクが部屋に……」

 

「いやっ、もういいッ!!

 ……悪かった坊主!! このまま続けてくれッ!! なっ?!」

 

 この後に一応、映像内で「2日目の夜、セイバーさんは納豆を食べて寝ました♪」という桜ボイスのナレーションが入った。どうやら今後はこんな感じで補完していくらしい。

 

『――――ふむ。おはようございます、ランスロット』

 

 今画面には、上半身を床から起こしたセイバーが「ふぁ~」とばかりに身体を伸ばし、笑顔でランスに挨拶をしている様子が映し出されている。

 柔らかい笑顔、微笑ましい二人。なにやら見ているこっちまでホンワカしてくる心地だ。

 

『さてさて……では……』

 

「コッコッコ」と喉を鳴らすランスをもうひと撫でしてから、セイバーが立ち上がる。そしてニコニコと笑顔を浮かべつつ、なにやら敷き詰めた藁をゴソゴソしながら部屋中を隈なく見て回っている。

 

『♪~』

 

 普段は人前では見せないご機嫌な様子で鼻歌なんかを歌いつつ、しばらく部屋を見て回るセイバー。

 やがてその巡回が部屋を一周し終えた時……彼女の笑顔がピシリと凍り付いたのが分かった。

 

『…………無い。今日も無い』

 

 思わずランスの方を向くセイバー。この家のたまご係担当である彼女(ニワトリ)は、今ものんきに「コッコッコ」と鳴き、のほほんと寛いでいる。

 

『おかしい、今日で三日目だ……。

 環境の変化があったとはいえ、そろそろこの家にも慣れてきた頃合いのハズ……』

 

 それなのに――――たまごを産まない。

 この家にやってきて以来……、この子(雌鶏)は一度たりとも、たまごを産んでいないのだ。

 未だにランスを見つめたまま、硬直し動かないセイバー。

 

 

『何故、何故だランスロット……。

 なぜ貴方は、たまごを産もうとしない……』

 

 

 藁も敷き詰め、心も通わせた。ごはんだって毎日充分に食べている。

 それなのに、ランスがたまごを産まない――――

 

 セイバーは今、この上なく真剣な表情で……きっと本物のランスロットだって見た事がないような真剣な顔で、その原因を深く深く考える。

 だって、たまごの為だもの。食べ物の為だもの。

 

『足りない? 足りないというのか?

 ならば今日より、夜通し貴方のおしりの下に手を添えよう』

 

「「「「いやいやいや」」」」

 

 4人で首をフルフルし、同時にツッコミを入れるサーヴァント達。

 

『私は誓った、貴方と共にあると。

 私は決めた、貴方の産んだたまごで、TKG(たまごかけゴハン)を食べると。

 それを思えばこそ……、お米しか持たぬ私の未来が、

 こんなにもバラ色に輝いているのだ』

 

 静かにランスロット(雌鶏)に歩み寄り、そっと胸に抱え上げるセイバー。

 その眼差しには真剣さ、そしてこの上ない信頼が宿る。

 

 

『貴方を守ろう、そして信じよう。

 今度はその手を離さんぞ、友よ――――』

 

 

 今セイバーがランス(盟友)の目を見つめ、優しく頷いた。

 

 

 王は人の気持ちが分からない――――

 そう言われていたのは過去の話。しかもこの子はニワトリだ。

 

 今、長い時を経て。

 騎士王アルトリアとランスロットの絆が試される時が、やって来たのだ――――

 

 

 

 

「とりあえず、ケツに土下座するのを止めたまえ。

 それが気になってたまごを産めんのだ、ランスロットは……」

 

 

 そんなアーチャーの言葉も、届く事なく。

 

 



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騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)

 

 

 

『丈夫なたまごを産むためには、健康が不可欠だ』

 

 ちゃぶ台カメラに、セイバーとランスロット(雌)が仲良く並んで映る。

 

『環境や食事はもちろんですが……なにより健康の為に必要なのは、

 “適度な運動“ではないかと私は思うのです』

 

 ズイッと身を乗り出し、カメラにドアップになるセイバー。それに合わせてランスもズイッと身を乗り出す。「コッコッコ」と喉を鳴らして。

 

『思えば昨日までの二日間、我らはただただ卵を産もうとし、

 こうして床に伏せているばかり』

 

「オメェは伏せてなくていいんだよ。ほっといてやれよ」

 

『……しかし、それではいけません。

 なので本日より、我らの日課に運動というものを取り入れようと思います。

 ――――さぁ行きますよランスロット! 私についてきなさいっ!』

 

 胸元で〈ぐっ!〉と手を握り、その場でピョーンと飛び上がるセイバー。着地と共に床にしゃがんだ姿勢となり、そのままヨチヨチ歩き出した。

 

「――――ん゛ふっ!!」

 

「――――こ“ふッ!!!!」

 

 口から何かを噴出するサーヴァント達。衝撃的な光景を目にし、驚愕の表情を浮かべる。

 それもその筈、いまセイバーがやっているのは“あひる歩き“だ。

 床スレスレまで腰を落とし、おしりをフリフリしながらアヒルさんよろしく歩いているのだ。ひよひよ、ひよひよ。

 

『そ~れ、いっちに♪ いっちに♪』

 

『コッコッコ』

 

 満面の笑みでおしりを左右に揺らし、部屋をぐるぐる周っていくセイバー。後ろにランスを引き連れ、仲良く行進だ。

 

「ごっ、ごめんねセイバーッ! 笑ってはダメなんだけどっ……!」

 

「流石にこれはッ……!! かっ、彼女は真面目にやっているというのにッ……!!」

 

 必死に笑いをかみ殺すサーヴァント達。ランサーなどはもうひっくり返って悶えている。

 

「愛らしいっ! 愛らし過ぎますセイバーッ!!

 なんですかこのかわいい二人は! 私をどうする気ですか!!」

 

「な、なんつーいい顔してんだセイバーは!!

 俺ぁもうダメだッ……! 笑っちまうっ……!」

 

 おいっちに、おいっちに。コッコッコ。

 モニター内の微笑ましい光景と、この場の地獄のような光景との対比がすごい。

 

「ちなみにコレ、これから毎朝やるぞ。

 セイバーとランスの朝の日課だから」

 

「てめぇ坊主ッ!! いまお前ッ……いまッ!!」

 

 もう我慢出来ずガハハといくランサー。他のメンバーも耐え切れずに撃沈だ。

 

 

 現在画面には、テテテと全速力したり牛歩のようにノッシノシしたりと、あひる歩きでストップ&ゴーを試みるセイバーが映っている。懸命にトテトテついていくランスも愛らしい。

 

 笑ってしまった事を心の中で騎士王さまに詫びつつ、必死に口元を押さえてにやけるサーヴァント達だった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、四日目~ (ナレーション、カレン・オルテンシア)

 

 

『――――さぁ行きますよランスロット! そ~れいっちに♪ いっちに♪』

 

「 連続アヒルやめろ!! 俺らを殺す気かッッ!! 」

 

 ようやく画面が切り替わり、「助かった……」と思って手を下ろした瞬間に、またアヒル歩き。

 再び口元を押さえ直し、プルプルと震えながら画面を観る一同。

 ライダーなどはもう「~~ッッ♡♡♡」と座布団に顔を埋め、足をバタバタさせているが。

 

 

「なにこのハイパーあひるタイム! そういう番組なの?!」

 

「私なにか良い事しましたか……? 何かのご褒美ですか……?」

 

 なにやらおかしな事になっているライダーはさておき……やがて映像内にカレンボイスのナレーションが入る。

 

『土下座をするばかりの惨めな一日を終え、新しい朝を迎えたセイバーさん。

 今日も乞食のようにウロチョロと徘徊し、健気にたまごを探します――――』

 

「言い過ぎだろオメェ。頑張ってんだよコイツも」

 

 カレンの花のような声で言う毒舌はともかく、イソイソと部屋を見て回るセイバー。

 ちなみにカレンのナレーションによると、昨日もセイバーの食事は納豆1パックとごはん一合であったらしい。

 

『……無い。やはり無い』

 

 沈痛な面持ちで床を見つめるセイバー。どうやらこの日もランスはたまごを産まなかったようだ。

 

『まぁ昨夜は一晩中ランスを見ていましたから、当然と言えば当然ですが』

 

「ホントに一晩中やったのね。なにその無駄な情熱」

 

 セイバーも初日に言っていた通り、ニワトリはとてもデリケートな動物だ。今すぐ飛んでいって「お前が原因なんだよ」と言ってあげたいが、それも叶わぬ望みだ。

 

『ふむ、では今後の為、一度ニワトリの事を調べてみましょうか。

 シロウ、ありがたく使わせて頂きます』

 

 ノートパソコンの電源を入れ、ブラウザを立ち上げていくセイバー。なにやらランスも興味津々のようで、一緒になってノーパソを覗き込んでいる。

 

『にわとり……友……共存……と』

 

「心意気は買う。だが“ニワトリ“、“飼育“にしたまえ」

 

 やがてなんやかんやしつつ、セイバーは無事にニワトリ飼育についてのページに辿り着く。そこにはニワトリを飼う為の心得や、たまごを産みやすい環境について沢山書かれている。

 

『なるほど……ニワトリがたまごを産む為には“光“が重要なのですね。

 光を浴びる事により体内に栄養素が作られ、たまごを産む為のエネルギーになると』

 

「これに関しては問題なさそうですね。この部屋は日当たり良好ですから」

 

「うむ。ランスも機嫌良さそうにしているからな。問題はあるまい」

 

『後は、やはり“ストレス“が大敵であるようだ。

 環境の変化、縄張り意識、飼い主への信頼……。

 ランスが快適に過ごせるよう、これからも精進していかなけれは』

 

「やり方はともかく、よくやってはいるんだよなコイツ。

 ランスも心を開いてっし、こうして努力も惜しまねぇ」

 

「目指せニワトリ博士ね♪

 このまま頑張っていけば、きっとランスも応えてくれるわ♪」

 

 後は土下座を止め、プレッシャーかけるのを止めさえすれば充分いけそうなのだが……。画面の中のセイバーと共に、サーヴァント達もウンウンと唸る。

 

『ん? ……こらランスロット! いけません!』

 

 セイバーの声に思考を中断し、モニターに視線を戻してみれば……、そこにはなにやらキーボードの上に乗ろうとしているランスと、それを困り顔で阻止しようとするセイバーの姿。

 

『乗ってはいけません! これは我が主の大切な……、ってコラ!

 そこに座ったら画面が見えませんよ……ランスロット!』

 

 セイバーが「あわわ……」と窘めるも、「つーん!」とばかりにその場を動こうとしないランスロット(雌鶏)。

 どうやらセイバーがパソコンばかりしているのが気に喰わず、「わたしとあそんで!」と意思表示しているのが見て取れる。

 

『あぁ、マウスのコードが足に……。

 絡まってしまいますよランスロット? ダメと言っているのに……』

 

(つーん!)

 

 何度余所に行かせようが、その度にトトトと歩いてきてセイバーの前に座るランスロット(雌鶏)。

「パソコンなんかやめて、わたしを見て」と、徹底抗戦の構えである。

 

「イチャつきやがって。見せつけてくれんなぁオイ」

 

「ランスもこういう所があるのね。可愛らしいじゃないの♪」

 

 なにやら微笑ましい光景に、見ている者達の頬も緩んでくる。

 流石の騎士王さまも、ニワトリさんにかかっては形無しのようだ。

 

「……えっと。私を“萌え殺す“という事で、よろしいですか……?」

 

 そして〈クラッ……〉とばかりに崩れ落ちていくライダー。

 アーチャーが慌ててそれを支えるも、彼女はもう目が♡の形になってしまっており、「ほぅ……♪」と甘い吐息を漏らし続けている。

 

「気ぃ失ってやがる。駄目だなコリャ」

 

「幸せそうな顔だ……。とりあえずここに寝かせておこう」

 

 桜と慎二に預けられ、額に冷たいタオルを乗せてもらうライダー。

 脱落者とかあるんですね……(驚愕)とは思いつつも、とりあえずモニター画面に向き直るサーヴァント達。

 

『あぁ、これでは調べ物は出来ない。

 仕方がない。一度ランスロットを連れて、農家のおじさんの所に行きましょう』

 

 機嫌を直してもらうため、優しく背中を撫でてやる。

 それからセイバーはランスを抱きかかえ、農家のご夫婦の家へと向かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『あんれぇ~、一晩中見てたんかぃ?

 ニワトリは夜たまごを産まんよ(・・・・・・・・・)?』

 

 セイバーの背後に〈ピシャーン!〉と雷が落ちる。

 どうやら農家のおじさんによると、一晩中土下座したのはまったくの無駄であったようだ。

 

『日中にしか産まんようになっとるんじゃよぉ~。

 たまご産むにゃあ、お日様の光がいるらしくての?』

 

『そ、そうだったのですか……』

 

「やっちまったなオイ。目の下にクマできてんぞ」

 

 途中で中断せざるをえなかったが、さっきのHPで見た“光が必要“とはこういう事だったのだろう。

 夜に土下座するのは無意味だったが、せめてセイバーの愛は届いたと思いたい。

 

『あぁ、それとこの子を見てて分かると思うんじゃが。

 今はニワトリにとっちゃあ、“羽の生え変わり“の時期でなぁ~』

 

『確かに。ランスロットの羽がたくさん部屋に落ちています』

 

 そうであったかとフムフム頷くセイバー。農家のおじさんのお話は、やはり為になる。やって来て正解だったと確信している様子だ。

 

『じゃから今、羽を作るんに沢山の栄養が必要での?

 この時期のニワトリは、たまごを産まんのよ(・・・・・・・・・)

 

『 !?!? 』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 もうピシャーンどころか〈ズガァァァン!!〉みたいな稲妻がセイバーの背後に落ちる。

 一緒に話を聞いていた一同も、アングリと口を開けてしまっている。

 

『この子を見とると、お嬢ちゃんが本当に大事に飼ってくれとるんが分かるよぉ。

 うちの家内も言うとったが、お嬢ちゃんにならもう、何の心配もなぁわ。

 今はこの子にとって大事な時期じゃから、のんびり見守ってやっておくれ。

 この子は妙にがんばり屋なのか……、たまに産みよる事もあるでな?』

 

 頭をグワングワン揺らし、放心状態に陥っていたセイバー。

 しかしおじさんの暖かい言葉を受け……、この場に意識を戻す。

 

 

『はい、必ず――――

 ランスロットは私の盟友。必ず守ります』

 

 

 おじさんの目を見つめ、はっきりとした言葉を返す。

 自分を信じてランスを預けてくれたこの人に、しっかりと報いる事が出来るよう。

 今一度、誓うようにして。

 

 その姿を見てサーヴァント達は、もうため息すら出なくなる。

 

「……悪ぃ、なんも言えねぇわ」

 

「あぁ、同感だよランサー。私も言葉が見つからん……」

 

「誰も……悪くない。悪くないのに……」

 

 心からの感謝を告げて、セイバーがおじさんの家を後にしていく。

 その背中からは、彼女の表情を読み取る事は出来なかった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『募金お願いしまーす! お願いしまーす!!』

 

 ランスを抱きかかえ、ゆっくりと帰路を歩くセイバー。

 ふと彼女が目線をやれば、そこには駅前で募金活動をしているらしき学生達の姿があった。

 

『震災に遭われた方々の為、募金をお願いしまーす!!』

 

『僕らでチャリティーマラソンをやりまーす! 応援よろしくお願いしまーす!』

 

『お願いしまーす!!』

 

 学生服に身を包み、必死で声を上げる少年少女たち。

 たとえ通りすがる人々に無視されようが、怪訝な目で見られようが、精一杯声を上げ続ける。

 額に汗を流し、一生懸命な姿がひしひしと感じられた。

 

『――――』

 

 セイバーの足が止まる。

 今も必死に声を上げる少年少女たちを見つめ、氷のように固まったまま動かない。

 

「……お前、まさか」

 

「……」

 

 でも迷ったのなんか、一瞬だ。

 セイバーが財布を取り出し、少年少女たちのもとへ駆けて行く。どんどん彼女の背中が遠ざかっていく。

 

『ありがとうございます! 応援ありがとうございます!』

 

『『ありがとうございます!!』』

 

 コトンと、500円玉が募金箱に落ちる音が聞こえた。

 この場にいる子供たちは、5人。その全ての想いに報いるようにして。

 

 

『応援しています。がんばって下さい――――』

 

 

 やがて子供たちの声に見送られ、セイバーがカメラのあるこの場に戻って来る。

 その表情は伺えない。ただ言葉も無く、再び帰路を歩き出す背中だけが画面に映っている。

 

 

「義を見てせざるは勇無きなり……か」

 

 

 静まり返る衛宮家の居間。

 小さく呟いたアーチャーの声だけが、響いた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ランスを膝に乗せ、背中を撫でてやる。

 家に帰ってからセイバーは特に何をするでもなく、ただこうしてランスと共に過ごしていた。

 

『あの子らは、今も懸命に声を上げているのでしょうか』

 

 セイバーが呟く。今日ちょっと拗ねさせてしまったランスを慈しみながら。

 

『あれは私のお金ではない……。シロウが預けてくれた大切なお金だ。

 申し訳ありません、マスター』

 

 カメラの存在も忘れ、誰に言うでもなくセイバーは呟く。

 その瞳も、どこかここではない場所を見つめているように思えた。

 

『あの子らは、学生だった。

 きっとシロウやリンと、同じ年ごろだ……』

 

『シロウは今どうしているだろうか? リンとサクラは元気にしているだろうか?

 ……まだ四日しか経っていないというのに……駄目ですね私は』

 

 誰かの為に頑張る姿――――それが士郎たちと重なって見えた。

 セイバーは何気なしというように、天井を見上げる。

 その顔はこちらからは見えず、彼女が何を想うのかは、窺い知る事は出来ない。

 

 しばらくの間、そんな時間だけが静かに過ぎていったが……膝に乗っていたランスが、じっとセイバーを見つめるように顔を上げている事に、ふと彼女は気付く。

 ランスは喉を鳴らす事なく、静かにセイバーを見つめている。

 言葉が通じぬこの子の気持ちなどセイバーには分かるハズもない。それでもセイバーはランスに笑みを返し、そっと彼女の口ばしに指で触れた。

 

『折れていた、かもしれない……。

 今日のあの子らを見て、私は泣きながら衛宮家へと駆け戻っていたかもしれない。

 シロウのもとへ……。今すぐシロウに会いたいと……』

 

 苦笑しながら、ちょんと口ばしに触れる。

 その仕草はどこか、ランスに“感謝“を伝えるかのように。

 

『でも、貴方がいる。

 ランスロット、私には貴方が居てくれたのです。

 だからこそ、ここへ戻って来る事が出来た――――』

 

 そっとランスを床に降ろし、目線の高さを合わせる。

 そして心からの感謝を。そして親愛を。

 

 

『ありがとうランスロット、共に居てくれてありがとう。

 私を支えてくれて、ありがとう――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっと伺う事の出来た、彼女の顔。

 

 それはまるで花が咲いたような、心からの笑み。

 

 再び優しく背中を撫でてもらいながら……、ランスがその顔を、じっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、五日目~ (ナレーション、葛木宗一郎)

 

 

「 声しぶッ!! 」

 

 先ほどのシーンからの、突然のミドルボイス。その落差にひっくり返るランサー。

 

「宗一郎ッ! いま宗一郎のお声がッ!!」

 

「いや……とても良い声だな葛木先生は。

 さすが毎日教壇に立ち、授業を行っているだけある!! 驚いたよ私は……」

 

「こっちの仕事でも食えるんじゃねぇのか?

 なんつーか、耳に心地良い声だぜ。ずっと聴いてられるっつーか……」

 

 大絶賛の葛木宗一郎ボイス。

 後に流れた「セイバーはあれから夕食作りに入り、もやし炒めを作った」というナレーションもみんなに大好評だった。

 どうやら彼の渋い声で言う“もやし炒め“というワードが、妙にハマったらしい。大盛り上がりである。

 もっとしゃべってくれ、もっとしゃべってくれ、そうみんなうるさい。

 

『おはようございますランスロット。

 ……おや? 今日はそちらにいるのですね』

 

 背筋をぐ~っと伸ばし、いつものように微笑みかけるセイバー。

 ランスロットも顔を向けて「コッコッコ」と返事を返すが、その場から動こうとはしない。

 いつもセイバーの眠る布団の上で一緒に眠るのだが……どうやら今は藁の上に居るようだ。

 

『いけないいけない、少し寝過ごしてしまったようだ。

 いつもは私の方が早いのに、今日は負けてしまいましたね』

 

 流石はニワトリだとウンウン頷き、何故か誇らしげにランスを見る。

 私の友は頼れる早起きさんです。そう自慢げにカメラに報告する。

 

『さて、では顔を洗った後、我らの朝食を準備し……。

 ん? ランスロット、なんですかソレは?』

 

 セイバーが腰を下ろし、ランスと目線を合わせる。……その時ふいに、ランスの後ろの方に何か白い物がある事に気付いた。

 

『ランスロットのおしりは毎日見ていますが、

 そのような白の模様は無かった…………って、ランスロット?!?!?!』

 

 思わず〈グルンッ!〉とランスに顔を向け、目を見開く。

 ランスの方は今ものほほんと……だが心なしか“得意げな顔“でセイバーを見ている。

 

「あの野郎、まさかッ!?!?」

 

「なっ……!?!?」

 

「ランスちゃん?! 貴方ッ……!?」

 

 セイバーが座った状態から〈グルルルッ!!〉と前方三回転ひねりを決め、即座にランスの後ろに回り込む。無駄な身体能力。

 

 

『――――たまご! たまごだぁーーっ!!!!

 ランスロットがたまごを産んだぞーーーーーっっ!!!!』

 

 

 立ち上がり、まるで王冠のように頭上高くたまごを掲げる。テッテレー♪ とばかりに。

 そのバックには後光が差しており、〈ペッカー!!〉というファニーな効果音が流れている。士郎が頑張ったのだ!

 

「アイツ空気読みやがった! 産みやがったぞオイ!!」

 

「なんと……なんという忠臣だ君はッ!! 従者の鏡じゃないかッ!!」

 

「ランスッ……あぁランスッ!!

 やったわぁランスロットぉぉぉおおおーーッッ!!!!」

 

 冬木に響けと、まるで世界中に聞かせてやるかのように、セイバーとサーヴァント達が叫ぶ。

 その声に驚いて「えっ?! なんですか?!」とライダーも飛び起きた。無事生還である。

 

『やりましたねランスロット! こんなにも友情に厚い者を、私は知りませんッ!!!!

 あぁ、ありがとうランスロット……ありがとう……!!』

 

 たまごを大切に保管し、「アハハ! アハハ!」とランスを抱き上げる。

 一人と一羽が、1LDKの部屋でくるくると周る。

 

 

 

 

「えっ、朝ですか?

 あぁランスはいつも本当に愛らしい……って、え?」

 

 

 記憶がノーパソのシーンで止まっているライダーを、置き去りにして。

 

 

 



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直感、A

 

 

 ごはんの真ん中に穴を空けまして、そこにたまごを落とします♪

 

『ッ!? ……ッッ!!!!』

 

 パカッと割れた殻から降臨したのは、ふわふわの雲を纏いし“太陽“。

 ……なんという艶、なんという光沢ッ!! 何万年ものあいだ人類が、太陽を信仰の対象としてきたのも頷けるッ!!

 もう見ただけでアリアリとその新鮮さが伺える、この上なくビューティフルなたまご!! その上にツーっとお醤油をひと回し。

 

『はわわ……はわわわわ……』

 

 壊すのが怖い、このまま見つめていたいッ! ……だが諸行無常が世の理ッ!!

 ためらい……せつなさ……胸の痛み……。その全てをかなぐり捨てて一気にかき混ぜろッ!!

 一気にかき込むのだッッ!!!!

 

 

『 え……えええエクスカリバァァァアアアーーーーーーッッッ!!!! 』

 

 

 獅子の咆哮が天地に木霊する。「おーいすぃーー!!」とばかりに。

 巨大な光の柱が〈ドゴーン!!〉と天までそびえ立ち、朝の冬木市を眩く照らしていく。結構なレベルの近所迷惑!!

 

『――――はむはむッ! はむはむはむッ!! はむはむッ!!』

 

 夢中でかっ込む。カメラの存在も忘れて。……食レポなんて知るか! 私は英霊なのだ!

 おいしい、おいしい、おいしい!! 今はもう、それしか考えられないッッ!!

 

『もももももッ……!! ごっくん!! ごちそうさまでしたぁぁああーーッッ!!」

 

〈パァーン!!〉と勢いよく手を合わせ、全宇宙に幸あれと言わんばかりの真剣さで祈り、タァーンとお箸を置く。

 そして次の瞬間、セイバーは飛びつくようにしてランスロットを抱きしめた。

 

『ランスロット……! あぁランスロット!! ランスロットよッッ!!』

 

 もう言葉も出ない。溢れんばかりの感謝を伝える術が、見つからない!

 

『――――大好きですランスロット!! だいすき!! 大好きだっ!!!!』

 

 我が友、我が盟友……騎士の中の騎士ッ!! こんな美味しいたまご、食べた事がないッ!!

 そんなありったけの気持ちを込めてランスロット(雌鶏)を抱きしめるセイバーを、一同は優しい顔で見つめる。

 

「なんかもう……涙出てくるわ私。泣いちゃいそう……」

 

「もう茶化す気も起きねぇよ。

 ……美味ぇに決まってんだろあんなの。喜びもすらぁな」

 

「あぁ、本当に良かったよ。掛け値なしに」

 

 今モニターには「T.K.G!! T.K.G!!」と拳を振り上げるセイバーの姿が映し出されている。

 その動きに合わせてランスもパタパタと羽を動かしており、二人の仲の良さが伺えるとても微笑ましい光景だ。

 嬉しそうにランスと戯れるセイバーを優しい目で見つめている一同。……そんな中、ひとりだけ後ろの方に座り、こちらに呪詛を吐き続けている人物の姿があった。

 

「……起こして……起こして下さい……。なぜ私だけ……」

 

 グジグジと鼻を鳴らし、恨みがましい目で〈じぃ~!〉と三人を睨むライダーさん。

 どうやらランスがたまごを産むまでの一連の流れを見逃してしまった事が、無念で無念で仕方ないようだ。

 

「なぜ起こしてくれないのですか……。なぜ私だけ……ランスの……」

 

「仕方ねぇだろうが、おめぇ気ぃ失ってたんだからよ」

 

「流石に起こす事は出来んよ……。

 倒れ伏す者に対し『ゆさゆさ! おい今いいシーンだぞ! 起きろ!』などと。

 何なんだね私達は……」

 

「貴方が一番ランスのファンだものね……気持ちは分かるけれど……」

 

 あの一連のシーンはランスの見せ場だった為、ランス大好きな彼女はさぞ悔しかった事だろう。

 今も部屋の隅に三角座りし、膝に顔を埋めてグジグジ泣くライダー。その姿は非常に愛らしくはあるのだが……恨みがましい瞳で「じぃ~」っと見つめられるのは流石に心苦しい。

 

「また後で坊やが観せてくれるからね? 元気出しなさいな」

 

「あぁ、またライダーの為にランスの総集編みたいなの作るよ。

 ちゃんと約束するから、機嫌直してくれな?」

 

 士郎に優しく声をかけられ、やがてライダーもコクリと頷いてくれる。

 目はまだウサギみたいに赤いけれど、なんとか笑顔を取り戻してくれた。

 

 

「……ねぇ桜? なんか士郎ってセイバーだけじゃなく、ライダーにも甘くない?」

 

「…………」

 

 慈愛に溢れた表情でライダーの頭をいい子いい子してやる士郎を見て、なんとも言えない気分なる遠坂姉妹であった。

 

 

………………………………………………

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 ~一か月一万円生活、六日目~ (ナレーション、ヘラクレス)

 

 

「普通にしゃべんなよ!! なんなんだよお前!!」

 

 いつもの「■■■……!!」みたいな声ではなく、とても紳士的な声で流暢に話すバーサーカー。

 彼のナレーションによると、昨日のセイバーはいままでのように土下座をして過ごすのではなく、ずっとランスに寄り添うようにして穏やかに過ごしていたそうだ。

 

 ニワトリがたまごを産むのは25時間に一回くらいの周期で、約一日一度である。

 それに羽の生え代わりという大切な時期であるランスを労わり、無理をさせないようにしていたのだろうとの事。

 ちなみに昨日の晩ご飯も、もやし炒めであったそうな。

 

「もやし炒め……いいよな……」

 

「えぇ。彼の暖かな声で言う“もやし炒め“も、なかなか趣があるわ……」

 

「いつもの『■■■……!』みたいな声で言う“もやし炒め“も、

 ぜひ聞いてみたいですね……」

 

「このような感じだろうか? …………も゛や゛し゛炒めッ!!」(デスボ)

 

 なにやら妙な部分に興味を持ちだすサーヴァント達。士郎達も意図せぬ所で“もやし炒め同好会“が発足した。

「セイバーもっともやし買わねぇかな?」と、無茶苦茶な事も言い始める。

 

『――――なんと……なんという子だ!! 貴方はッ!!』

 

 もやしもやしと盛り上がっていた一同が、モニターから流れるセイバーの声に意識を戻す。

 

「おい! マジかよランス!?」

 

「え!? 貴方……ホントに!?」

 

「なんとッ……!」

 

 ランスロット(雌鶏)に朝の挨拶をし、慈しむように抱き上げたセイバー。するとそのおしりのあった場所に、眩いばかりの白銀が!!

 ――――騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)、発動ッ!!

 

 

『たまごだぁーーーっ!!

 貴方という子は本当に……、本当にッッ!!』

 

 

 もう涙目になっているセイバーに頬ずりをされ、心地よさそうに目を細めるランス。

 毛の生え代わりという、ニワトリが多くの栄養を使うこの時期……。なんとランスは二日続けてたまごを産んでみせたのだ!!

 

「どれだけ優しいのですか……。どれだけ友愛に溢れているのですか……。

 私のランスロット……!!」

 

 別にライダーの物ではないけれど、その厚い献身に驚愕せざるをえないサーヴァント達。

 ランスは本来、いま自分の身体の事で精一杯のハズ。余裕なんて無いハズなのだ。

 ……それなのに産んでみせた! 我が友の為にと!! ……立派にッ!!

 

「“騎士の中の騎士“……その二つ名は伊達では無いという事か」

 

「こんな忠義者、なかなか見れねぇぞ? ……見事としか言いようがねぇ」

 

 ランスが何を想っていたのかは、分からない。本来ニワトリにとって人間というのは、自らのたまごを奪っていく“敵“なのだ。

 己の力を振り絞って産む、大切なたまご。それは決して人間の為なんかに作り出す物じゃない。

 これはニワトリという生き物の、まさに存在の証明といえる程に大切な物なのだ。

 

 でも今幸せそうに目を細めているランスを見ていると、彼らにはランスがセイバーの為を想い、その親愛に応えるべく頑張ったようにしか思えない。

 あの農家のおじさんが愛を持って育て、そして“頑張り屋“と称した、この子。

 ――――愛情に応える、信頼に報いる。

 ランスにはランスだけの……まさに“雌鶏の矜持“と呼ぶべき物が、その胸の内にあるのかもしれない。

 

『ありがとうランスロット。

 貴方の想い、しかと受け取った』

 

 そしてそれは、騎士の王であるセイバーの胸にしっかりと届く。

 

『このたまご、粗末には食べません――――

 大切に大切に、美味しく頂こうと思います』

 

 片膝を付き、目線をランスに合わせる。

 それは騎士が誓いを立てる時、その物の仕草であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 恐らく明日以降、流石にランスがたまごを産む事は出来ないだろう。

 これはランスが身を削るようにして、セイバーの為にと懸命に産んでくれたたまごなのだ。

 

『ならば私は、このたまごを“最高の形“で食さねばなるまい。

 貴方のたまごはこんなにも美味しい、そう示さねばならんのだ』

 

 T.K.G(たまごかけごはん)は最高だ。しかし如何に美味しいとはいえ、お手軽なそれに頼り切っていては騎士の名が廃る。

 ランスの熱き想いに答えるには、セイバー自らもまた力を尽くさなければならないのだ。

 

 ランスの身体を労わるように、そっと膝に乗せる。

 そしてセイバーは三度、士郎より持たされたノートパソコンの電源を入れ、ブラウザを立ち上げた。

 

「なんか調べ物が板についてきやがったな。

 適当かますんじゃなく、知らねぇ事はきっちりと調べる。良い習慣だと思うぜ」

 

「ランスもお膝で機嫌良さそうにしてるし、これなら前回のような事はないわね♪」

 

「私も気絶せずにすみそうです……」

 

 調べるのは、“卵料理のレシピ“。

 この現代に召喚されて以来、未だ料理経験の少ないセイバーには料理の知識などない。もやし炒めだって塩コショウで炒めただけなのだ。

 ゆえにこうやってレシピを調べていく事は、今後の彼女にとってとても有益な経験となるだろう。

 

『たまご……至高……友情……』

 

「気持ちは汲む。だが“たまご料理“、“レシピ“にしたまえ」

 

 やがてやんやかんやしつつ、数々のたまご料理の検索に成功するセイバー。

 そこにはもう目も眩むような数の膨大なレシピが並ぶ。

 

『ふむ。だし巻き卵、オムレツ……』

 

「これは……少し難易度が高いかもしれないわね」

 

「料理の基本ながら、アレも奥が深い。

 たまごを焼いた経験すら無いセイバーには少し厳しかろう。

 手持ちのたまごも、ひとつしか無いしな」

 

 料理出来る組のキャスターとアーチャーが「ウムム……」と唸る。

 材料に制限がある事もあり、セイバーもなかなかコレといったレシピを見つけられずにいるようだ。

 

『おや? このページは……』

 

 やがて色々なページを開いていく内、セイバーがその中にあった“あるページ“を発見する。

 

『アンリミテッド・和食・ワークス? ……って、シロウ?!』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 思わず後ろを振り返り、士郎をガン見する一同。

 対して士郎は顔を真っ赤にし、目を逸らそうと必死にそっぽを向いている。

 

『これはシロウのHP!? 我がマスターは聖杯戦争のみならずネット上でも活躍を!

 どれどれ……』

 

 今までよりも更に真剣に画面をのぞき込むセイバー。

 そこにはHPの観覧者であろう方々の、沢山の書き込みがあった。

 

 

 

・士郎くんのレシピのおかげで、妻にすごく喜んでもらえたよ! ありがとう!

(PN、ロードエルメロイ先生)

 

・ここの肉じゃがをうちの坊主に作らせてみたが、絶品であったぞ! 是非ともお主、我が臣下とならんか?

(PN、味のオケアノス)

 

・最近孫が飯を作ってくれんので、ここのレシピを参考に自炊をしております。

 わしのような老人にも嬉しい、数々の和食レシピ。大変重宝しております。

(PN、蟲ジイと呼ばないで)

 

・坊やのレシピ通りに作ったら、旦那様にすごく褒めてもらえたの! あの小姑も「グムム……」って黙り込んでたわ!

(PN、若奥様は魔女♪)

 

 

 

「なんかどっかで見たようなヤツが交じってんな」

 

「何を作ったキャスター? 正直に答えたまえ」

 

「き、きんぴらを……」

 

「ゾウケン……」

 

 キャスターが顔を赤らめ、ライダーがホロリと涙を流す。

 どうやら士郎のHPは、大変に好評であるようだ。

 

『これは……“カツ丼“?』

 

 一同がワチャワチャしているその間にセイバーが見つけたレシピ。それはこのHPにおいても大好評な一品、士郎特製カツ丼のレシピであった。

 

『簡単で美味しい♪ 一人前、カツ丼の作り方…………ハッ!?!?』

 

 その時、セイバーに電撃が走る――――

 確か今朝届いていたスーパーの広告に、これにちょうど良い品物が……。

 そう思い出したセイバーはガサガサとチラシを手繰り寄せ、ランスロット(雌鶏)と共に「じぃ~」っとチラシを覗き込む。

 

・本日の目玉商品! とんかつ用豚ロース肉、10円!!

 

 

『 こ れ だ 』

 

 

 ランスと見つめ合い、「うん!」と頷き合うセイバー。

 この豚ロースがあれば……ランスのたまごでカツ丼が作れるッッ!!!!

 

『スーパーの開店は9時! 今からなら、なんとか間に合います!!

 行きますよランスロット!!』

 

『コケーッ!』

 

 残像が見える速度で財布とエコバッグを引っ掴み、頭にランスロットを乗せたセイバーが玄関を飛び出していく。

 

「お、オイ! お前ランス連れてっちゃ!? オイッ!!」

 

 ランサーが思わずモニターに手を伸ばすが、その声は届くハズも無く。

 慌てて本日カメラマン担当の慎二が駆け出し、ひーひー言いながらセイバーの後を追っていった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『――――ただいまより本日の目玉商品、

 とんかつ用豚ロース肉の販売を行いまーす!!』

 

 メガホンを手に、店員さんがお客さんに向かって宣言する。

 そこにまるで大波のようにして〈ドドド!〉と押し寄せるお客さん達。

 

『遅れてなるものかっ! 行きますよランスロット!』

 

『コケーッ!!』

 

 そして駆け出して行くセイバー&ランスロット。どうやらこのカオスめいた熱狂の場においては、店内にまぎれこんだニワトリの存在など取るに足らない物のようだ。

 

『くっ! このっ……!! ここで退いては騎士の名折れ!! 突貫します!!』

 

『コケーッ!! コッコッコッ!!』

 

 主婦を押しのけ、おっさんを押しのけ、セイバーが駆ける。

 もう揉みくちゃにされながらも前に進んでいく。とんかつロース肉を配る店員さんのもとへ!!

 

『あぁ~龍之介ぇ~!! 必ずや今夜は、貴方の大好きなとんかつにぃ~』

 

『エクスカリバーーッッ!!!!』(物理)

 

『ぎゃああああぁぁぁーーーッッ!!』

 

 どっかで見た事あるようなおっさんを殴り飛ばし、セイバーが駆ける。

 

『よ、余の!! 余のとんかつだ!! これを買って奏者と……!!』

 

『エクスカリバーーッッ!!!!』(飛び蹴り)

 

『ふぎゃああぁぁーーーーッッ!!』

 

 自分と似たような容姿の子も吹っ飛ばし、セイバーが駆け抜ける!!

 

『待ってろよ……桜』

 

『貴様ら、そんなに豚ロースが欲しいか……。

 この俺のたった一つの望みを、踏みにじってまで……』

 

『令呪によって命じる。負けるだなんて許さない――――』

 

『シャーレイ、僕はね? 正義の味方になりたかったんだ……』

 

ロース(突撃)! 豚ロースよバーサーカー! 蹴散らしなさい!!』

 

『戦うと決めた――――それが私の誇りですッ!!』

 

『コケェェーーー!!』

 

 吹き飛ぶ陳列棚、穴が空く天井。積み重なって倒れ伏す人、人、人……。

 この場にいる誰もが命を賭け、「決してそれは、間違いなんかじゃないんだから!」とばかりに戦っている。

 ただひとつ、豚ロース肉だけを求めて――――

 

 

「……おいアーチャーよ?

 俺ぁ現代の事には詳しかねぇが、こういうモンなのか買い物ってのは」

 

「……」

 

 

 少なくとも、冬木商店街では……。

 そんな言葉を言いそうになるも、グムムと飲み込むアーチャーであった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『――――完成です! 士郎特製カツ丼!!』

 

 \テッテレー!/とばかりにカメラがフライパンをアップ。

 そこには今もグツグツと音を立てる、美味しい出汁とランスのたまごによって包まれたとんかつの姿。

 良い香りがしてくると共に、暖かな湯気も立ち昇っている。

 

「買い物では色々ありましたが、調理自体は滞りなく終わりましたね」

 

「坊やのレシピを忠実に守って作ったんだもの。

 私もそうだったけど、失敗の仕様がないわ♪」

 

 揚げ物に初挑戦という事で少し心配だったが、ここも士郎の教え通り忠実に作り、問題なく終える事が出来た。

 未だ手際よくとはいかないまでも、真面目なセイバーの良い所が料理作りに生かされたと言えよう。

 ちなみに本日の買い物は

 

・とんかつ用豚ロース肉、10円

・玉ねぎ一個、30円

 

 の計40円である。残り軍資金は2673円となった。

 

「ふむ、上出来だ。これなら何の問題あるまい」

 

「今回使った玉ねぎも4分の1くれぇだろ? また後で使えそうだな」

 

 カツ丼のありがたい所は、カツとたまごとタマネギさえあれば、後は調味料くらいしか使わなくて良い所。

 今日のようにカツが安く手に入るなら、非常に節約生活に適した料理と言えた。

 

『なんと良い香り。それにたまごに包まれたカツの、なんと美味しそうな事か……』

 

 包丁を入れた時の〈ザクッ!〉というカツの音。あれを聴いただけでこのカツが間違いなく美味しい事が分かった。

 しかもそれが今、ランスが産んでくれたたまごによって包まれ、このようにホカホカと暖かな湯気を放っているのだ。

 この料理を作ったのが自分だという事が、今でも信じられない位に。

 もう見ているだけで感激してしまう――――そんな会心の出来栄えであった。

 

『いけないいけない。はやく食べないと衣がヘニャヘニャになってしまう。

 それでは早速ごはんをよそい、頂く事としましょう』

 

 もし自分がスマホのひとつでも持っていたら、きっと喜びのあまり写真をパシャパシャ撮りまくっていた事だろう。そうしているうちに時間が経ってしまい、きっと衣がヘニャヘニャになって後悔するのだ。

 そうならずに済んで良かったなぁと変な安心をしつつ、セイバーはどんぶりの器を手に、炊飯器の蓋をパカッと開ける。

 

『……ん? あ、あれ?』

 

 嬉しそうに炊飯器を空けるセイバーの姿を微笑ましく見ていた一同。

 しかし、なにやら様子がおかしい……。いまセイバーは目をまん丸にし、どんぶり片手に硬直している。

 

『え……? あれれ……?』

 

 まるで目の前の光景を受け入れる事が出来ないというように、半笑いの表情で「あれれ?」と呟き続けるセイバー。

 その姿を見て……ライダーがふと思い出した。

 

「あっ! そういえばセイバーって、ごはんを炊いていましたか(・・・・・・・・・・・・)……?」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 カツは揚げていた。タマネギも切って、だし汁も作っていた。

 しかし、彼女がごはんを炊いていた記憶が無い――――――。お米を洗って炊飯器のボタンを押していた記憶が無い!!

 

『ん? ……んん?』

 

 今も呆然といった様子で呟き続けるセイバー。

 ふと彼女が後ろに目をやると、そこには今もグツグツと音を立て、煮立っているカツの姿がある。

 

『――――ひっ! ひぃ!!!!』

 

 どうしよう!? どうしよう、どうしよう、どうしよう!?!?

 どんぶり片手にセイバーが右往左往。もうおめめはグルグルと回転している。

 

『はやくっ、はやくしないとカツがっ!! ……カツがっ!!』

 

 早く食べないとカツがヘニャる。でもごはんは炊けてない!

 今からお米洗って炊いてたら、40分以上かかってしまう!!

 せっかくのカツが!! ランスのたまごがッ!! 「あわわ……! あわわ……!」とセイバーは慌てている。

 

「落ち着けッ、落ち着かんかッ!! まずはコンロの火を止めろ!!」

 

「ちょ……どうするのよコレ? そのまま食べるの!?」

 

「いったん置いておいて、お米を炊くしか……。

 でもそうしたら、せっかくのカツが!」

 

「だがどうしようもねぇだろコレ?! やりようがねぇよ!!

 あぁもうッ! やらかしやがってッ!!」

 

 サ〇ウのごはんなんか家には無い! 何回見てみてもごはんは炊けてない!!

 もうバタバタとキッチンを駆けまわり目をグルグル回したセイバーは、苦し紛れなのかそこにあった冷蔵庫の扉を開く。

 

『――――ハッ!! はぁぁあああーーーッ!!』

 

 そこで何かを発見したセイバーは、慌ててそれを引っ掴む。

 彼女が手にしたのは"もやし"。3つ買っていた中の最後の一つだった。

 

『――ッ! ――――ッッ!!』

 

 そして何を思ったのかお鍋を引っ掴み、水を入れてコンロの火にかけるセイバー。

 一秒を一か月に感じているかのような汗だくの表情で、お湯が煮立った瞬間に即座にもやしをぶち込んだ。

 

『……はやくっ! ……はやくッ!!!!』

 

 手を祈りの形にし、グツグツともやしを煮込む事、2分後。

 セイバーはそれをザルでザザザと湯切りし、「そいや!」とばかりにどんぶりに入れる。

 

『――――はぁぁぁあああーーーーいッッ!!!!』

 

 そして、気合一閃――――

 グツグツとに立っていたカツ丼の具を、豪快にその上に乗せてみたのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『…………』

 

「「「…………」」」

 

 

 無言でちゃぶ台に着き、眼前のどんぶりを見つめるセイバー。

 そして言葉を失っているのは、観ている者達も同じだ。

 

『い、頂きます……』

 

「「「…………」」」

 

 厳かにお箸を手に取り、手を合わせて一礼するセイバー。黙ってそれを見守るサーヴァント達。

 

『……。……』

 

 シャクシャク……。サクサク……。シャクシャク……。

 もやしを食べる音、そしてカツを食べる音が、交互に響く。

 

「「「………………」」」

 

 今だ無言でサーヴァント達が見守る中……やがてセイバーはどんぶりの中身を空にする。

 今この近代日本料理史におけるカツ丼という名の料理との無視できない程の類似性が確認されるものの、しかしそれとはまったく別の料理であろう"何か"を完食したセイバーが、厳かに口を開く。

 

『……食べられます。

 意外と食べられますよ皆さん。美味しいデスヨ?』

 

 しかし次の瞬間……本日二度目となる獅子の咆哮が、冬木の街に木霊する。

 

 

『――――でもいま私が食べた、この料理は何だ(・・・・・・・)ッッ!!!!』

 

 

 何という名だ。なんと言う料理なのだコレは。

 私こんなモン食べた事ないわ。……そうセイバーは絶叫する。

 

『シャクシャクして、サクサクして、……なんですかっ!!!!

 いったい何の料理ですかコレは!! どこの料理なんですか!!!!』

 

 プラトーンのように天を仰ぎ、そのままガックシ床に突っ伏すセイバー。

 今ランスロット(雌鶏)が羽でパタパタと彼女の肩を叩き、「まぁ元気出せや!」みたく慰めている。

 

「えっと……もやしカツ丼? と言った感じかしら?」

 

「あえて言うならそうなのだろう。しかし流石にコレは……」

 

「炭水化物を控えたい人なんかには……やっぱり駄目でしょうか?」

 

「本来米にかける用の出し汁だかんなアレ。

 ……いやもやしってセイバー。もやしってオイ」

 

 プリーズベイビー。この切ない夜を今すぐ消してくれ――――

 そんな風にシクシク泣くセイバーと、ヨシヨシ慰めるランスロット。

 

 

 

「あの、よかったら俺、再現してみようか?

 みんなが食べたいんなら、すぐ作ってくるけど……」

 

 

 みんな一瞬だけ士郎を見たけど、だまって聞かなかった事にした。

 

 

 



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冬木の虎

 皆さまの熱いご要望にお応えし、原典ネタをひとつ。






 

 ~一か月一万円生活、七日目~ (ナレーション、間桐慎二)

 

 

「おや、今回はシンジですか」

 

「……なんだよ、言いたい事あるなら言えよ。

 衛宮の頼みじゃなきゃ、誰がナレーションなんか……」

 

「いや、良い仕事だと思うよ。相変わらず君は、何でもそつなくこなすな」

 

 プイッと顔を背ける慎二に対し、「おー」とパチパチ手を鳴らす一同。

 朝起きた時のセイバーの様子、そしてランスロット(雌鶏)と無邪気に戯れる彼女の様子を流暢に説明している。慎二のナレーションは大変好評のようだ。

 

「あ、でもよ?

 ……よぉ間桐の坊主。おめぇ一回“もやし炒め“って言ってみ?」

 

「えっ」

 

 顔を背けながらもどこか照れた様子でいた慎二。その表情が凍り付く。

 

「そうね。ぜひお願いするわ」

 

「あいにく、もやしは切らしちゃあいるが構う事ぁねぇ。今言え」

 

「ですね。ナレーションをするなら、ぜひ言ってもらわないと」

 

「ではよろしく頼む。……よし、みんな目を瞑れ」

 

「えっ? え」

 

 慎二の返事も聞かず、なにやら目を瞑って“聞く態勢“に入るサーヴァント一同。

 戸惑っている慎二を余所に、もう“もやし炒め“を全身で感じ取る気まんまんだ。

 

「……えっと……も、もやし炒め?」

 

「「「…………」」」

 

 腕を組み、「うーん」と考え込むサーヴァント達。そしてオロオロと戸惑う慎二。

 

「……駄目だな、芯がねぇ」

 

「なんと言うか……心にグッと来ません」

 

「もう少し、もやしという言葉に深みを……」

 

「彼は若すぎたな。将来性に期待しよう」

 

「 なんなんだよお前らッ!! なんなんだよ!! 」

 

 言わせといて、この仕打ち――――

 もう慎二じゃなくてもプンスコしちゃうだろうが、サーヴァント達のもやしへの想いはそれほど深いのだ。妥協は許されないのだ!

 

 もう「ムキャー!」と怒る慎二を宥めつつ、のほほんとモニターを見る一同。

 やがて〈ピンコーン♪〉という、セイバー宅への来客を知らせる音が聞こえてきた。

 

『セイバーちゃーん! あーそびーましょーっ♪』

 

『!?』

 

「「「!?!?」」」

 

 元気よくピンポンを鳴らし、はち切れんばかりの笑顔で玄関先に立っていたのは、藤村大河。

 士郎の姉貴分であり、セイバーとも家族のように親しくしてくれている、虎柄のシャツのお姉さんである。

 

『お~、やってるわねぇセイバーちゃん! 感心感心っ♪」

 

『……た、大河? どうしてここに……』

 

『いやね? 士郎からセイバーちゃんがここに住んでるって聞いてね?

 私もう居ても立っても居られなくなっちゃて! 遊びに来ちゃった♪』

 

「あーよっこいしょ」とばかりにズカズカ中へ入り、持ってきた荷物を床に置く大河。

 さっそく足元に寄って来たランスを見つけ、「おーよしよし」と背中を撫でている。

 

『そうですか……会いに来てくれたのですね。感謝します大河』

 

『なんのなんの! 私とセイバーちゃんの仲じゃなーい♪

 もういつでも飛んでくるわよ私は! 原付バイクに乗って!」

 

 突然の来訪に驚きつつも、嬉しそうに微笑むセイバー。

 まだ7日とはいえ衛宮家を離れていた彼女にとって、こうして大河の顔を見られたというは望外の喜びであるようだ。

 

「これは心強い。セイバーにとって何よりの励みとなるでしょう」

 

「あぁ。この生活の中、気の知れた友人の存在というのは本当に大きい」

 

「いいトコあんじゃねーか、あのねーちゃん。ちっと見直したぜ」

 

「セイバーも嬉しそうね。あんなにニコニコしちゃって♪」

 

 感謝と親愛を伝えるように大河の手を取るセイバー。そして「なっはっは!」と豪快に笑う大河。

 そんな二人の微笑ましい様子を、サーヴァント達も暖かく見守る。

 

『さてさてセイバーちゃん! こうしてお部屋でまったりするのも良いんだけど、

 今日はランスちゃんも連れて、一緒に遊びに行かない?』

 

「よっし!」とばかりに立ち上がる大河に、セイバーは「?」とキョトン顔。

 

『うちの蔵から良い物を持ってきたの!

 いっちょコレで、今日のばんごはんをGETしに行きましょうっ♪』

 

 大河が荷物の中からゴソゴソと取り出したのは、二本の“釣り竿“。

 それをグッと顔の横で握り、満面の笑みを浮かべた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 澄み渡る青空。

 絶好の釣り日和に恵まれた、冬木の漁港。

 

『あぁ~龍之介ぇ~! 今夜は貴方の大好きな、カレイの煮つけを~っ!』

 

『……よ、余のお魚が! なぜ途中で糸が切れる!? 余のばんごはんが……』

 

 ふと見渡せば、自分達と同じように港にやってきた釣り人達が一喜一憂している姿がある。なんとのどかな光景だろうか。

 

『海ねぇ……セイバーちゃん』

 

『海ですねぇ……大河』

 

 視界一杯に広がる海、潮風の香り、海鳥の声。その全てを身体全体で感じ、魂が揺さぶられる想いだ。ランスも心なしか「じぃ~ん」と目を細めているように見える。

 かの征服王は最果ての海(オケアノス)を目指して人生を駆け抜けたというが、彼の思い描いていた海も、こんな光景だったのだろうか。

 そんな事を考えながら、セイバーはタイガが持参したミニチェアーに腰を下ろし、イソイソと釣り具の準備にかかる。

 針の先にエサをひっかけて、海に向かいビシュッと投げ放つ。二人とも剣術の心得がある為か、それは釣りの素人とは思えない位に遠くへと飛んだ。

 

『お、やるわねぇセイバーちゃん! 見事な振りだったわ!』

 

『大河こそ見事なお手前です。流石と言わざるを得ない』

 

『これはもう……競争するしかないわね。

 より遠くに飛ばした方の勝ち……どう?』

 

『面白い。貴方の挑戦を受けよう、大河。

 今日が冬木の虎の最後の日となるでしょう』

 

『はっはっは♪ ぬかしよるわ小娘♪

 じゃあやるわよセイバーちゃんッ、雌雄を決するは今ぞ!』

 

 もう魚を釣る事も忘れ、助走をつけて「おっしゃー!」「そいやー!」と竿を振る二人。

 地平の彼方まで届けとばかりに、二人の釣り針が空高く飛んでいく。

 

「そういうアレじゃねーんだけどなぁ、釣りってのは……」

 

「まぁ良いんじゃない? セイバーも楽しそうにしてるし」

 

 セイバーお得意の「う゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ーーー!!」というエッジの効いた声を聞きながら、その姿を微笑ましく見つめる一同。

 最近は部屋にこもっている事も多い彼女だが、今日大河と一緒にここに来た事は、心身共に良いリフレッシュになったのではないかと思う。

 

『――――空に輝くは南十字星ッ! この聖帝、藤村の物だッ!!』

 

『……大河ッ!! 貴様の髪の毛一本すらッ……この世には残さないッッ!!』

 

ジョーカー(切り札)を切らせてもらう。ゼロ距離……とったぞッ!!』

 

『無駄に力だけあってな……。全力あの世へ持っていけいッ!!!!』

 

『国へ帰るんだな。お前にも家族がいるだろう』

 

『エクスカリバー(釣り竿)を破らぬ限り、貴様に勝ち目はない!』

 

『地球のみんなッ! オラに元気を分けてくれ!!』

 

『……もってくれ私の身体ッ! 三倍だぁぁぁあああ~~~~ッッ!!』

 

『セイバァァァァアアアアーーーーーーッッ!!!!』

 

『大河ァァァァアアアアーーーーーーーッッ!!!!』

 

 だがもう彼女らが何を言っているのか分からない。それは決して魚釣りをしている者のセリフでは無かった。

 

『おぉタイガ……大河ッ! 人の皮を被った鬼めッ!!』

 

『勝てば良かろうなのよセイバーちゃん!! 貴方は甘すぎた……優しすぎたのッ!!』

 

「ちょえぇぇい!」と雄たけびを上げた大河がセイバーの肩を踏み台にし、天高く舞い上がって竿を振る。

 釣り針は目で追えない程に高く〈バシュゥゥ!!〉と飛んでいき、地平線の彼方へキュピーンと消えた。

 

「おい、釣りをしたまえよ君達」

 

「無駄に見応えのあるバトルですが……未だに釣果ゼロです」

 

 Fate/zeroならぬ、釣果ゼロ。これでは胃袋という名の聖杯を満たす事は出来ない。

 やがて散々騒ぎ倒してからその事に気付いた二人は、普通にイスに座ってのんびり釣りをする事とした。

 

『フィッシュ! フィッシュよセイバーちゃーん!』

 

『いま網を用意しますっ!

 おぉ見てみなさいランスロット! あんなに立派な魚が!』

 

 その後お昼時までワーキャーと釣りを続けた彼女たちは、アジ一匹、サバ二匹、ブダイ一匹というなかなかの釣果を上げ、坊主の回避に成功。

 初挑戦の釣りながら、見事に晩ごはんをGET。笑顔で帰路に着いたのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『あ~面白かった! それじゃあそろそろお腹も空いたし、

 一緒にごはんでも作りましょうか♪』

 

 セイバー宅へと帰還した大河は、さっそく持ってきた荷物をゴソゴソし始める。セイバーはランスを胸に抱え、その姿を見守る。

 

「そういや誰かとメシを食うのは、これが初になるな」

 

「いつもはランスと二人の食事ですからね。今日は賑やかになりそうです」

 

 この生活が始まってから初めてのお客さんであるし、セイバーもニコニコと嬉しそうだ。

 なにやらランスの方もずいぶん大河を気に入っているようで、彼女の破天荒な行動にも決して慌てる事無く、ずっと機嫌良さそうにしていたりする。とても懐の深いニワトリなのだった。

 

『じゃじゃーん! はいこれ小麦粉!

 今日行きがけにスーパーに寄って買ってきたの! 特売だったのよ~っ!』

 

 大河がナップサックから取り出したのは、フラワーと書かれた小麦粉(500g)。

 これさえあればパンだろうがお好み焼きだろうが何だって作れる、まさに神が与えたもうた万能の粉なのだ!

 

『勝手に買ってきちゃって悪いんだけど、セイバーちゃん40円だけ貰えるかな?

 本当はあげちゃいたいんだけど、士郎がルールだからって言ってて……』

 

『構いませんよ。むしろ大河に感謝したい位だ。

 私が以前スーパーで見た時、小麦粉は140円もしましたから。

 いつかは手に入れたいと思っていたのです』

 

 がま口を取り出し、大河に十円玉4枚を手渡すセイバー。残り軍資金は2633円となったが、前回手が出なくて悔しい思いをしていた小麦粉を手に入れる事が出来て、彼女もほっこり顔だ。

 

 以前の彼女ならば、小麦粉などあっても何も作れはしなかっただろう。しかし今は士郎より持たされたノートパソコンがある。様々なレシピを調べる事が可能となったのだ!

 

「例えば菓子パンなどを作れば、この生活に不足しがちな糖分も摂取可能だろう。

 あとは思い切ってケーキ作りに挑戦するのも良いかもしれないな。

 美味しい甘味は心を豊かにするし、良い経験にもなるだろうさ」

 

「夢が広がりますね……! 小麦粉というのは本当に凄い……!」

 

 この節約生活において、おやつを買って食べるのは難しい。しかし自分で作る事が出来るのなら話は別だ。

 小さな幸せ、心に潤い。これは生きていく上で非常に重要な事だと思う。ただ生きるだけが人生に非ずなのだ。

 

『ありがとねセイバーちゃん。代わりにと言ってはなんだけど、

 備品としてこれを持って来たの! セイバーちゃん欲しかったんでしょ?』

 

『なんと!? こめびつ先生ではありませんか!! おおっ!!』

 

 備品としてこめびつ先生を受け取り、キラキラと目を輝かせるセイバー。

 雑貨は一万円ルールの対象外なので、大河に感謝してありがたく頂いておく。これで我が家のお米が虫さんに食べられてしまう心配はナッシング。安泰である。

 

『ほかにもランスちゃんの為のペットヒーターとか、給水器とか。

 これは家に転がってた腹筋ローラーにぃ~、10㎏のダンベルにぃ~。

 あとPSP版“タイガーころしあむ“でしょ~』

 

『おぉ……なんと……』

 

 途中いらなさそうな物もだいぶ散見されるが、セイバー宅に必要な雑貨を矢次に渡していく大河。

 

「スケッチブックと……クレヨン!?

 騎士をなんだと思ってやがんだアイツは!?」

 

「家にあった物をガサッと持って来た感じね……。

 まぁ貰っておけば良いわ。彼女の厚意なのだし」

 

 家にいる時は退屈する事もあるだろうし、これがセイバーの生活を豊かにするなら文句は無い。

 次々にナップサックから出てくるマグネットの将棋盤やハンドスピナーなどを、サーヴァント達も苦笑しながら見つめる。

 

『これで渡す物も渡したし、それじゃあ改めてごはん作りに取り掛かりましょうか♪

 セイバーちゃん、早速その小麦粉を貸してもらえる?』

 

『ん? 釣った魚を焼くのではないのですか? 何を作るのです?』

 

『まぁ見てて見てて! ……それじゃあちょっとお台所をお借りしてぇ~。

 この小麦粉にぃ~』

 

 大河がセイバーから小麦粉を受け取り、約300gほどをボールの中に入れる。

 そして計量カップで100mlの水を加え、グイグイと元気にこねていく。

 

『……よっし! それじゃあ仕上げよセイバーちゃん!

 ちょっとそこに座って構えてて? 野球のキャッチャーみたく』

 

『? こうでしょうか大河?』

 

『かぁ~めぇ~! はぁ~めぇ~……! はぁぁぁあああーーーーーッッ!!!!』

 

『!?!?』

 

 こね終わった小麦粉の球を、某ドラゴンボールよろしく発射する大河。「とどめだぁー!!」とばかりに飛んで来たそれを、セイバーが慌ててキャッチする。

 

『ナイスよセイバーちゃん!

 それじゃあ今から、この小麦粉を使ってお米を作ります(・・・・・・・)!!

 ちねるわよ! セイバーちゃん!!』

 

『!?!?』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 口をアングリと開けるセイバー。満面の笑みでそう宣言する大河。サーヴァント達も度肝を抜かれてしまっている。

 

「き……貴重な小麦粉が!! パン作りの材料が……!!」

 

「おい、“ちねり“ってアレか……? あのハマグチェの大将がやってた……」

 

 あまりのショックに放心するアーチャーを余所に、以前TVでちねりを観た事があったランサーが声を上げる。

 それはこの企画の原典であるTV番組で、某ハマグチェマッサル氏が編み出した製米術。

 小麦粉を小さくちぎって、お米に似た“何か“を作り出す……、通称ちねりと呼ばれる調理法であった。

 

『あ……あの、大河? 我が軍にはすでに充分なお米の蓄えがあります。

 わざわざ小麦粉を使って、お米を作らずとも……』

 

 冷や汗をかきながら、セイバーがそう進言するも……。

 

『 ――――――駄目ぇぇぇえええーーーーーーッッッッ!!!! 』

 

『!?!?』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

『 駄目よッ、ちねらなきゃ!!

  小麦粉もちねらずして、何が一か月一万円生活よ! バカにしないでよッ!! 』

 

 虎の咆哮が1LDKの部屋に木霊する。

 その魂の叫びに、一同は恐れおののくしかない。

 

『……セイバーちゃん? 貴方が初日に10㎏もお米を買ってしまった時、

 私の心は深い悲しみに包まれたの……。分かる? その時の私の気持ち』

 

『…………』

 

「「「…………」」」

 

『さぞ、ちねるのでしょう……。

 さぞセイバーちゃんは、毎日ちまちまと小麦粉をちねるのでしょう……。

 そうワクワクしてた私の純情を返してっ! 返してよっ!!』

 

 もう足をドンドン踏み鳴らしながら、「ひどいひどい!」と涙を流す大河。

 関係ないけれど、近所迷惑なのでぜひ止めて頂きたい。

 

『私なら、ちねる!! もうわき目も振らず、ひたすら一か月間ちねり続けるわっ!!

 貴方にはその心意気が無いのっ!?』

 

『――――ッ!?』

 

『さぁ来いよセイバーちゃん! お米なんか捨ててかかって来いッ!!

 それとも貴方……、このこめびつ先生がどうなっても良いと言うの!?』

 

『ッ!? 卑怯ですよ大河!! それは私の大事な……!』

 

 窓をスッと開け、こめびつ先生を持った手を外に出す大河。まるで「落としちゃおっかな~?」とでも言うように。

 

『さぁどうするのセイバーちゃん……ちねる? ちねらない? どっち!?

 ――――握ってるのは左腕だ! 利き腕じゃないんだぜ!?』

 

「大人げねぇよ!! 何がお前をそうさせんだよ!!」

 

 大河のよくわからない情熱に押される形で結局ちねる事になったセイバー達。

 円卓(ちゃぶ台)に着き、そこにちねったお米を順番に並べていく作業に入る。

 

 ランスが興味を示して「コッコッコ」とやって来たので試しにひとつ味見をしてもらったが、この子の反応を見る限り、出来は上々のようだ。

 時に雑談しつつ、時に無言になりつつ、ひたすら二人はちねり続けていく。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

~一時間後~

 

『うんうん! 良いペースよセイバーちゃん!

 このままドンドンちねり続けて、ドリーミンな晩ご飯を完成させましょう!』

 

『はい大河。段々コツも掴んできましたし、やれそうです』

 

 

 

~二時間後~

 

『それでね~セイバーちゃん? あの時の士郎ったらね~?』

 

『――――ほう、それは興味深い。

 その“ペンギンクラブ“とやらを見つかって窓から飛び降りたシロウは、

 いったいどうなったのですか?』

 

 

 

~三時間後~

 

『オラオラオラオラ! オラオラオラオラオラ!!』

 

『すごい……目にもとまらぬ速さでちねり米が出来上がっていくッ……!

 私も負けてはいられません!』

 

 

 

~四時間後~

 

『2045……2046……2047……』

 

『よいしょ……よいしょ……よいしょ……』

 

 

 

~五時間後~

 

『……はぁぁあっ……! ……はぁぁぁあ~~っ……!』

 

『……ッ。……ッ。……ッ』

 

 

 

~六時間後~

 

『あのねセイバーちゃん? 私ね……?

 確かあの時、コーラを頭から被って火事場に飛び込んでって、その後……』

 

『隠れキリシタンですね、わかります……。

 あれには本当に手を焼かされた。ガウェインもそれで命を落とし……』

 

『いま必要なのは、チュッパチャップスだと思うの。

 ……ブルーベリーなんか食べたって、私のプラモデルは戻って来ない……』

 

『あの日から全てがおかしくなりました……。

 いいじゃないですか、セグウェイに乗ったって……。

 まだ野菜が残っているのに、お皿を下げないで下さい……』

 

 

 

~七時間後~

 

『……死んだら…………死んだら終わりじゃないのよ……。

 ……いいから黙って星条旗を背負いなさいよ……。なんで貯金しないのよ……』

 

『……ザクに、乗りましょう……。それだけが唯一、奈良県を救う手段なのです……。

 ……マクド〇ルドに勝てるワケがない……。墓参りをしましょうよ……』

 

「 ――――もういいッ! 休めッ!! 」

 

「 死んでしまうわセイバー!! 心が死んでしまうッッ!!!! 」

 

 

 サーヴァント達の悲痛な声も届くハズもなく、その後も延々とちねり続けるセイバーと大河。

 ちねり作業が計8時間を超えた頃……ようやく手元にあった小麦粉が尽き、ちねり米が完成された。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『長い戦いだったわねセイバーちゃん……。

 ではこれよりおかず作り! 今日のお魚を料理していくわよ!』

 

『はい大河。なにやら所々記憶がありませんが……ちねり終わったのは嬉しい。

 お魚を捌いていきましょう』

 

 もうクラックラしながら台所に立つ二人。あれからちねり米はサッと茹でられた後でフライパンで炒められ、立派にごはんの状態となっている。

 大河がクーラーボックスから魚を取り出して鱗を取っていき、それをセイバーが捌いていく。

 流石に魚を捌くやり方なんかは知らないので、お腹の部分に切れ目を入れてワタを取る作業だけに留めた。これさえやっておけば何とかなるだろうとの事。

 

「二人は何を作る気でしょうか? オーソドックスにいくなら塩焼きでしょうか?」

 

「魚焼き用のグリルもあるし、網もあったハズよ?

 黒焦げにさえ気を付ければ、あの二人でもなんとかなるでしょう♪」

 

 今日釣ってきたのはサバ二匹、アジ一匹、そして立派なブダイが一匹。

 二人分としても充分な量だし、調理さえ失敗しなければ今日は豪華な夕食となるだろう。

 さてさてどのようにするのかと、サーヴァント達も興味津々である。

 

『はい大河! 下処理は終わりました!』

 

『おーけぇセイバーちゃん! こっちも準備が出来た所よ!!』

 

 悪戦苦闘しながら魚を処理していたセイバーから、カメラが大河の方を映す。

 するとそこには油を投入した大鍋を、もうとんでもない火力で火にかけている彼女の姿があった。

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

『さぁいくわよセイバーちゃん! 私の後に続いてね!』

 

『はいっ!』

 

 なにやらお鍋を前にして、神様に語りかけるかのように手をバンザイする二人。

 

『料理の神よぉ~~!! 火の精霊よぉ~~!!』

 

『火の精霊よぉ~~!!』

 

『これをーーっ! “料理“にして下さぁーーいっ!!』

 

『して下さぁーーいっ!!』

 

 天にまします我らが父よ! そう言わんばかりにセイバー達が叫ぶ。

 

『――――そぉーーれ! ピョーーーーーンッ!!!!』

 

 そして気合一閃――――掛け声と共に全ての魚を油に放り込む(・・・・・・)

 その瞬間、凄まじい炎がキッチンに上がった!!

 

『うわぁぁぁあああ!! うわぁぁぁぁあああああーーーーーッッ!!!!』

 

『ぎゃあああぁぁぁあああーーーーッッ!!!!』

 

「「「 うおおおぉぉぉおおお!!!! 」」」

 

 パッと見で、威力換算をするなら“Aクラス“に相当するような炎が天井まで上がる。

 バーサーカーだって一回くらい倒せるかもしれない炎が、セイバー宅を混乱に陥れる。

 

『 ――――怒っておられる! 火の神様が怒っておられる!! 』

 

『 うわぁぁあああーーーッッ!!!! 』

 

『 コケェェェーーーッ!!!! 』

 

 もう二人(と一羽)はその場に倒れ込み、目を見開いて炎を見る事しか出来ない。

 やがてセイバーと大河が抱き合ってブルブルと震えているうちに、玄関のベルが〈ピンポンポンポーーン!!〉と連打され、マスクと帽子を被った士郎が飛び込んで来た。

 

「……なぁ、俺これTVで観たぜ? ハマグチェの大将がよ……?」

 

「私も観たわ……。

 ファン根性なのか何なのか、そこまでマネしなくても良いと思うの……」

 

 今モニター画面には、必死で濡れた布巾を燃え盛るお鍋に被せていき、汗を流しながら消火作業をするお隣さんの姿が映っている。

 今日の晩御飯はどうなるんだろう? 本当セイバーはあの人に感謝すべき。隣に住んでてくれて良かった。

 そんな事を白目で語り合う、サーヴァント達だった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 今日は本当に賑やかな一日だった。

 三人で囲んだ夕食を終えて、今は穏やかにランスと過ごしていたセイバー。

 時刻も夜9時となり、そろそろお風呂に入ってお布団に入ろうかと考えていた頃。

 ……なにやら再び玄関のベルが〈ピンコン♪〉となり、セイバー宅に来客を知らせた。

 

『あ、あの……! すまぬが少しだけ、お米を分けてはもらえぬか……?

 もうお米を切らしてしまい……、余は何も食べる物がないのだ……』

 

 玄関先に立っていたのは、赤いドレスの可愛らしい女の子。

 大きな帽子を被っているのでその顔は見えないが、なにやらお腹が空いて悲しい気持ちでいるのか、グジグジと泣いてしまっているのが見て取れる。

 

『構いませんよ。困った時はお互い様だ。

 ちょうど魚の揚げ物も残っていますし、それも持っていくと良いでしょう』

 

『お……おぉ! ありがとう隣の部屋の人……! ありがとうっ……!

 この恩は忘れぬっ! 余は必ず恩を返すぞっ……!!』

 

 ラップをしたお皿と、お米を5合。それを女の子に渡して優しく微笑むセイバー。

 元気に手を振って帰っていく女の子の姿を、微笑ましく見送る。

 

 

 

「米と魚は良いのだが……あの娘、なにやら見覚えが……。

 私の気のせいだろうか?」

 

 

 腕を組んで「うーむ」と唸るアーチャー。

 どれだけ首を捻ろうとも、エクストラな記憶は浮かんでこないのだった。

 

 







 ※謝罪

 ご指摘を頂いたのですが、前回までセイバーさんは小麦粉を購入していなかった、すなわち“小麦粉を所持していない“にも関わらず、材料としてマストであるハズのとんかつを作ってしまっています。

 パン粉に関しては備品として用意されているものと考えていましたが、小麦粉の方は完全に私のミスです。
 この第7話および第8話において小麦粉の有無というのはいまさら修正のきかない部分ですので、申し訳ありませんが今回はこのまま通させて頂けたらと思います。
 混乱を招いてしまい、申し訳ありませんでした。


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全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

 

 ~一か月一万円生活、八日目~  (ナレーション、間桐臓硯)

 

 

「大御所役者ッ!?」

 

 なんという声の深み。なんという説得力。大絶賛されるお爺ちゃんのナレーション。

 部屋にニワトリが闊歩するバラエティー企画であるハズのこの映像が、一気に真面目なドキュメント番組のようなシリアス感を醸し出し始めた。

 まるで画面の中のセイバーが物凄い命懸けの試練に挑んでいるように錯覚してしまう。年期ってスゴイ。

 

「今日いち! 今日いち出たわよコレ!」

 

「素晴らしい仕事です! なんという声の力ッ!!」

 

「なぁ間桐の嬢ちゃん、爺さんにメシ作ってやれよ……。

 頑張ってんじゃねぇか今回……」

 

「色々思う所はあると思うが、私からも頼む。

 何かあったら、私を頼ってくれて構わんから……」

 

「えっ!? ……あの、その……」

 

 結構ガチ目のトーンで英霊二人に頼み込まれ、若干オロオロする桜。

 そういえば最近はずっと衛宮家に入り浸っており、ろくにお爺様に食事を用意していなかったような気がする。

 だが想い人である士郎の前でこう言われるのは、結構つらい物があった。

 

「……正直、僕ら家族の方に悪い所があったんだけどさ?

 でも桜、僕からも頼むよ……。

 孫に素っ気なくされるのがショックで、最近爺さんボケ始めてきてるんだ」

 

「えっ」

 

 そんなチキンハートだったのかあの爺さんは。慎二から語られる衝撃の事実に桜は目を丸くする。

 というか、よくそんなんで何百年も生きてこられたな。意外とヒヨコみたいなナイーブさの臓硯お爺ちゃんであった。

 

『ふむ、もう食材がほぼ底をついていますね。

 今日あたり、また買い出しに行かなければ』

 

 今日は久しぶりに筑前煮でも作ってあげようか。そんな事を想いふける桜はさておき……、現在モニターには冷蔵庫の前に立って「うむむ」と考え込むセイバーの姿が映っている。

 見た所、初日に購入していたお米以外、食材はほぼ使い切ってしまったようで、冷蔵庫の中には約3/4ほどのタマネギがひとつと、小腹が空いた時にちょくちょくパリパリいっていたキャベツを少し残すばかり。

 野菜炒めでも作ればあと一食分くらいはなんとかなるだろうが、今後の事を考えれば買い出しをしておくべきだろう。

 少しばかり残っている小麦粉も、今後の料理で使う為に残しておきたい。

 

「とんかつ肉の安売りや、釣りで食材を得たお陰で、

 思いのほか日数を稼ぐ事が出来たな。

 しかしながら、この挑戦もまだ二十日以上を残している。

 残りの所持金を考えれば、未だ状況は厳しいと言わざるを得ない」

 

「確か、2633円だったかしら?

 一日あたり120円もない位だものね」

 

 例えばランスロット(雌鶏)の事で忙しかった3日目や4日目のように、もやしや納豆で一日を凌ぐような方法を取れば、それだけでこの一か月一万円生活という挑戦は達成可能だ。

 しかしながら、決してそれは凛たちが望む形ではない。

 ただただ我慢をして乗り切るのではなく、知恵を絞り、物を考え、様々な事を学び、より良く生活していこうと努力する事こそが今のセイバーに求められている物なのだ。

 

「買い物ってのも、ようは経験だろ? とりあえず数をこなさねえ事にはな」

 

「初日の買い物では失敗をしましたが、それも良き教訓となっているハズです。

 今回のセイバーに期待しましょう」

 

 ランスを撫でてやり、少しばかり出かけてくる事を優しく告げるセイバー。

 がま口とエコバッグを手にし、しっかりと玄関のカギをかけ、意気揚々と買い物に出掛けて行った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『…………ぐぬぬ』

 

 場面は切り替わり、現在モニターには冬木のスーパーに到着したセイバーの姿が映っている。

 しかしながら、その表情は冴えない。店内を見回ってはみるものの、なにやら険しい表情をしているのが見て取れる。

 

「これは……苦戦しているのかしら?」

 

「何を買えば良いのか分からない……といった様子ですね」

 

 そうなのだ、現在セイバーは買うべき物を決めあぐねていた。

 懸命に商品棚とにらめっこしてみるものの、“何を買うのが正しいのか“の判断がつかないのだ。

 

「無理もない。セイバーには未だ物の値段など分からない。

 セール品が安いとは知っていても、その食材が有用であるかどうかの判断が付かん。

 彼女には料理の知識が無いのだから、

 食材を“どう使っていくのか“のビジョンが沸かないのだよ」

 

 今日は大根や白菜が安いけれど、それをどう使えば良いのかが分からず、手が伸びない。

 家に帰ればノートパソコンで調べる事は出来ようが、果たしてそれを買ってしまって良いものかが分からない。

 下手に買っても無駄にしてしまうかもしれないし、流石に大根や白菜を丸かじりするのは切ない気がする。

 

「初日にカレーが安売りしていたのは幸運だったのですね。

 あれがあったからこそ、すんなり買う物を決める事が出来た」

 

「だが今日は、これと言ったモンが見当たらねぇな。

 簡単に作れて、量があって、日持ちのする。

 ……そんな都合の良いモン見つかるかね?」

 

「そもそも、数日分のレシピを考えた上で買い物をしていくなど、

 今のセイバーには少々荷が重いのやもしれん……」

 

「まだまだ初心者だもの。仕方ないわ。

 無理せずこまめに買い物していくのも手かもしれないわね」

 

 画面の中のセイバーと一緒になり、サーヴァント達もウムムと唸る。

 そんな中……とても張りのある元気な女性の声がスピーカーから響いてきた。

 

『新商品のソーセージでーす! パリッとジューシーで美味しいですよー!

 あ、そこのお嬢ちゃんっ、おひとつどうかなっ?』

 

『ん? 私ですか?』

 

 突然声を掛けられ、そちらに顔を向けたセイバー。そこには店内の一角で沢山のソーセージをホットプレートで焼くお姉さんの姿があった。

 

『うんうん! 良かったらひとつ食べてみて? とっても美味しいんだから~!』

 

『なっ……! 頂いてもよろしいのですか!?』

 

『もちろんっ。これお客さんに試食してもらう為に焼いてるヤツだからねっ!

 どうぞ食べてって~!』

 

 差し出されたのは、小皿に乗ったソーセージ。美味しいそうな焦げ目と、焼きたての良い香りが食欲をそそる。

 まさか食べ物を貰えるとは思っていなかったのか、セイバーは恐縮しながらソーセージを受け取る。

 試食という物に初めて遭遇し、キラキラと感激しているのも見て取れる。現代にはこのような素晴らしい文化があるのかと。

 

「あら、ラッキーじゃないの♪ アレって妙に美味しく感じるのよね♪」

 

「今日は来て良かったですね。タダで頂けるというのは素晴らしい」

 

 のほほんと話す女性サーヴァント達。あわあわと両手で小皿を持っているセイバーを微笑ましく見つめている。

 しかし……。

 

「……いや、これはマズい展開だぞ」

 

 眉間に皺を寄せるアーチャーの額から、ツーっと冷や汗が流れる。

 そして今モニターには、恐る恐る爪楊枝の刺さったソーセージを口に運ぶセイバーの姿。

 

 

『――――――ッッ!?!?!?』

 

 

 まるで〈ピシャァァーーン!!〉と雷に打たれたかのように硬直するセイバー。

 一口齧ったその途端、身体はワナワナと震え出し、眼は白目を剥く。

 

『えっ? あの……お嬢ちゃん?』

 

 心配したお姉さんが声を掛けてみるも、なしのつぶて。

 いくら顔の前で手をフリフリしてみても、セイバーには何の反応も見られない。

 

『――――ッ!!』

 

 ようやく意識を戻したセイバーが〈カッ!〉と目を見開く!

 その映像が映った直後に画面が暗転していき、やがて【~40分後~】というテロップが画面に流れた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「やっちまったなオイ……。もう駄目かもしれねぇ」

 

 愕然とするランサー。そしてそれは、残りの三人も同じだ。

 

『あわわわ……。あわわわ……』

 

 今モニターには、買い物から帰宅し、ちょこんとちゃぶ台カメラの前に座るセイバーの姿がある。

 その目は焦点の合わぬままグルグルと回り、もうグワングワン頭を揺らしているのが分かる。

 

「セイバー……、君という人は……」

 

 ゲームセット――――そんな言葉がアーチャーの脳裏に浮かぶ。

 今ちゃぶ台の上には、今日スーパーで買ってしまった“沢山のソーセージ“が置かれていた。

 

『あわわわ……。あわわわわ……』

 

 セイバーが購入したのは、あのお姉さんが試食販売していたアルトなんたらという新製品のソーセージ。

 二袋を一組として販売しており、そのお値段は240円。お試し価格だったのか、比較的良心的な値段である事は救いと言えた。

 

「えっと……でもいくつあるのかしら、コレ……」

 

「駄目です。もう数えたくもありません……」

 

 地母神が首を横に振るレベル。それほどまでにこの現状は酷かった。

 今ちゃぶ台に重なっているソーセージの数は“16袋“。

 恐らくガバッと掴めたのが丁度その数だったのか……セイバーは8組のソーセージを勢いのまま買い物かごに入れてしまった事になる。

 

『……な、なんだこれは? 何故こんな事に……』

 

 記憶に無い――――セイバーはまったく覚えていなかった。

 いくら記憶を探ろうが、あのソーセージをひとくち齧った瞬間からプッツリと記憶が途絶えてしまっている。

 気が付けば彼女はここに座っており、こうしてちゃぶ台の上に重なる大量のソーセージが目の前にあったのだ。

 

『美味しかった……あのソーセージはとても美味しかった……。

 それだけは、ハッキリと憶えている……』

 

 それはけして間違いなんかじゃないんだから――――そうは思いつつも、とりあえずイソイソとがま口の中身を確認してみるセイバー。

 そこには“お会計1920円“と書かれたレシートと、残金である“713円“だけが入っていた。

 

『 う――――うわぁぁぁぁああああああーーーーーーッッッ!!!! 』

 

 もう冬木に轟けとばかりに\うわー!/と叫ぶセイバー。そのまま小銭をまき散らしながら後ろにひっくり返った。

 

『 うわぁぁぁああああ!!!! うわぁぁぁぁぁああああああ!!!! 』

 

 目を見開き、床に大の字になりながらセイバーは叫ぶ。

 現状を受け入れる事が出来ない、現実を認めたくない。まるで大声を出せば、この悪い夢をかき消せるとでも言うように。

 

 やがてそんな主人の姿をじっと見つめていたランスロット(雌鶏)がおもむろにスッと立ち上がり、なにやら部屋中をグルグルと歩き始める。

 それは明らかな“運動“の行為。まるで何かに備えているかのようだ。

 

「おい、ランスロットがアップを始めたぞ」

 

「あぁ、たまご産むつもりなのねこの子……。

 なんて主人想いな良い子なんでしょう……」

 

「ランスよ……」

 

 悲壮なまでの覚悟を見せるランスの姿に、思わず涙が零れそうになるサーヴァント達だった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『い、いただきます……』

 

 ちゃぶ台に着き、静かに手を合わせるセイバー。

 今日の夕食はソーセージ5本と、ご飯一膳だ。

 

 

 

『いただきます……』

 

 次の日の朝、ちゃぶ台に着いて静かに手を合わせるセイバー。

 今日の朝食はソーセージ5本と、ご飯一膳だ。

 

 

 

『……いただき、ます……』

 

 夕食時、ちゃぶ台に着いて静かに手を合わせるセイバー。

 今日の夕食はソーセージ5本とご飯一膳。ランスのたまごで作った目玉焼きもある。

 

 

 

『……い……いただ、きます…………』

 

 また次の朝、ちゃぶ台に着いて手を合わせるセイバー。

 今日の朝食はソーセージ5本とご飯一膳だぞ。

 

 

 

『……い……ただ……きます…………』

 

 夕食の時刻が来た。ちゃぶ台に着いて手を合わせるセイバー。

 今日の夕食はソーセージ5本と、ご飯が一膳である。

 

 

 

『…………い……いた……いただ、き…………』

 

 さぁ次の日だ。ちゃぶ台に着いて手を合わせるセイバー。

 今日の朝食はソーセージ5本と、ご飯が一膳であった。

 

 

 

『………………………………い…………………………い……た…………』

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

…………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一か月一万円生活、17日目~ (ナレーション、柳洞一成)

 

 

『おはようございますランスロット、良い朝ですね……』

 

「おいコイツ、げっそり痩せてねぇか?」

 

 力なく微笑み、プルプルと震える手でランスを撫でるセイバー。

 その眼は生気なく窪み、頬はゲッソリいってしまっている。

 

『悪夢のような日々でした……しかしそれも、今日で終わりです。

 我が軍はついにソーセージに打ち勝ったのだ』

 

「貴方が買ったソーセージでしょう。ランスに謝りなさい」

 

 あれから一日二袋づつを消化し、ついにソーセージを消費し終えたセイバー。

 もし2日に一度のペースでランスがたまごを産んでくれなければ、彼女の心は死んでいたかもしれない。

 

『やっと……やっとソーセージ以外の物が食べられます。

 この日をどれだけ待ちわびた事かッ……』

 

 何度折れそうになった事か。なんどランスを連れて衛宮家に帰りそうになった事か。

 しかし見事セイバーはこの九日間を超えてみせたのだ。地味に死闘であった。

 

「でも、これからいったいどうするつもりなの……?」

 

「所持金713円で、残り14日分……。

 出来んとは言わん。だがもう何も望む余地は無いぞ……」

 

 虎の子だった小麦粉も、タマネギもキャベツも、あの九日間で消費してしまっている。

 途中あまりのソーセージ続きに折れそうになった時、ランスが産んでくれたたまごを使ってお好み焼き的な物を作る事が出来たのだ。

 そのワンクッション的な一日が無ければ、本当にセイバーの心はポッキリいっていたかもしれない。ランスと大河には大いに感謝すべきだと思う。

 

 それはともかくとして、もうセイバー宅の冷蔵庫は空っぽだ。お米以外は何も残っていない。

 セイバーは後14日もの期間を713円で過ごさなくてはならない。使えるお金が一日あたり50円ほどでは、もうもやしですら厳しいかもしれない状況なのだ。

 

 現時点でも、セイバーの心身はゴッソリいってしまっている。

 本来サーヴァントは魔力供給によって現界しているので食事は必要ないハズなのだが……それほどまでにセイバーにとって食事という“心の栄養“は大切だという事なのだろう。

 情けない話だが、冗談抜きで死んじゃうかもしれないのだ。主に心が

 

『前回思い知った事……それは今の私には“買い物は難しい“という事実です。

 よって今日、実はある方を軍師として家に招いているのです。

 その方にお話を聞きながら、今後の方針を決めていきたいと思います』

 

「「「!?!?」」」

 

 カメラに向かって正座するセイバーが、キリリとした顔で宣言する。

 その膝にはウトウトとしているランスの姿。最近はたまごを産み過ぎて疲れているのか、安心したようにセイバーの膝でまどろんでいる。

 

「軍師だぁ?! ようは先生って事か?」

 

「買い物や節約に詳しい人? アーチャーや坊や達……ではないんだものね。

 いったい誰を招いたのかしら?」

 

「あの農家のご婦人でしょうか? それとも別の……」

 

「なんにせよ、これは頼もしいぞ。

 この現状を打破するきっかけとなるやもしれん」

 

 誰が来るのかを予想しつつ、思わず笑顔を浮かべるサーヴァント達。

 この先どうなる事かと思ってはいたが、これが起死回生の一撃となるかもしれない。

 自分一人で悩むのではなく、頭を下げて協力を仰いだであろうセイバーの判断を、一同は称賛する。

 流石はアーサー王だと言わざるを得ない。

 

『ではご紹介しましょう。バゼット・フラガ・マクレミッツ女史です』

 

『――――キリッ』

 

「「「 人選ッ!! 」」」

 

 思わず一斉につっこむサーヴァント達。加えてランサーはもうひっくり返っている。

 

魔術師(メイガス)、今日はよろしくお願いします』

 

『任せなさい。大抵の問題は、腕力さえあればなんとかなります』

 

「「「 だから人選ッッ!!!! 」」」

 

 なぜバゼットを呼んだ?! なぜ彼女を選んだ?! 今もキリリとした顔で自信満々なバゼットを見て一同は叫ぶ。

 アーサー王の深淵なる考えなど、自分達には分かるハズも無い。

 

『では早速お話を聞かせて頂こうと思います。

 我が軍の勝利の為、知恵を貸して頂きたい』

 

『承りました。私でよければ力になりましょう』

 

『まずは現状、我が軍にはお米の他、713円ほどの軍資金があります。

 残り日数が14日として、今後どのように買い物をしていくべきだと思いますか?』

 

『ふむ』

 

 円卓(ちゃぶ台)で向かい合って座り、会議を行っていく二人。

 サーヴァント達は未だ立ち直れていないが、あれよあれよという間に話し合いが始まってしまった。もう見守るしかない。

 

『聞く所によると、お米は充分にあるのですね?

 軍資金を使うのは、おかずの為という事ですが……』

 

『その通りだ魔術師(メイガス)、我が軍は猛烈におかずを求めている』

 

『必要ないのでは? 塩でもかければご飯は食べられます。

 余ったお金でジャンプを買いましょう』

 

「 言わんこっちゃねぇッ!!!! この女は駄目だッ!! 」

 

「ジャンプが読めるよ! やったねアルトリアちゃん!」とばかりにサムズアップするバゼット。その表情は清々しいまでの自信に満ち溢れている。

 

『もし栄養なんて物を気にするのなら、そこいらに生えている草でも食べればいい。

 丁度ここに来る途中、タンポポが生えているのを見つけましたよ』

 

『タンポポ? あのふわふわした草の事ですか?』

 

『その通り、聞く所によるとアレでコーヒーを作る猛者もいるようです。

 私はそこまでする必要を感じないので、そのままモシャモシャといきますが』

 

「何しに来たのよ貴方ッ!! 帰りなさいよ!!」

 

 今まで人に物を教えるという経験があまり無かったのか、バゼットはとても嬉しそうに自らの考えを語る。とても得意げな表情だ。

 セイバーはふむふむと頷きながら、真面目にメモをとっている。

 

『後は、お茶碗片手にどこぞの飲食店の裏に行くのも良いでしょう。

 ダクトから流れてくる匂いをおかずにしてですね……』

 

「 ――――やめろッ!! それ以上はやめろッ!! 」

 

「 変な事を教えないで下さい! その子は純粋なんです!! 」

 

『あ、そういえば良い物を拾ってきましたよ?

 このダンボールも水でふやかせば、一応食べる事が出来……』

 

「 摘まみ出せッ!!  セイバーがどうかしちまうぞオイッ!! 」

 

 サーヴァント達の悲痛な声も届くハズもなく……今モニターにはタンボールをちょんちょん水に浸し、試しに実食してみせようとするバゼットの姿が映っている。

 

『んぐんぐ…………あ、これは良い方のダンボール(・・・・・・・・・)ですね』

 

「 ――――助けて! 助けてあげて坊や!! お願いだからッ!!!! 」

 

 そう泣き叫ぶキャスターの願いが天に届いたのか……セイバーが恐る恐るダンボールを口にする寸前で玄関のチャイムが〈ピポポポポーン!!〉と連打され、来客の訪れを知らせた。

 

『おや? お隣さんではないですか。先日は危ない所を助けて頂き、本当に……。

 え、バゼット? 彼女なら中にいますが、知り合いだったのですか?』

 

 お隣さんに手を引かれ、強制退場させられていくアイアンねーちゃん、ことバゼットさん。

 なぜ帰らされるのかが分からないと言った様子の彼女を、セイバーはポカンと見送る。

 

『ん? ここにあったメモが無い。どこへやってしまったのでしょうか?』

 

 セイバーがとっていたメモも、バゼットが持って来たダンボールも、お隣さん役の士郎がさりげなく回収。なんとか事なきを得る。

 

『困った。これでは今後の方針が……。

 私はいったい、これからどうしたら……』

 

 ひとりきりで部屋に取り残され、ただただセイバーは途方に暮れるのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『サーヴァントには本来、食事など必要ない。

 それは充分わかっているのです――――』

 

 あれから暫くの時が経ち、現在は夕暮れ時。

 部屋の端っこで膝を抱えているセイバー。隣にはランスがそっと寄り添っている。

 

『私は剣の英霊。マスターからの魔力供給さえあれば現界していられる。

 だからこんな事で悩む事自体……おかしな事なのかもしれない』

 

 サーヴァントの本分は、戦闘だ。有事における最大戦力こそが、英霊である自分に求められる物の全て。

 そんな自分が魔力供給だけでなく「ご飯が食べたい」などと、もしかしたら分不相応な事だったのかもしれない。

 

 たとえお腹がグーグーなったって、それで悲しい気持ちになったって……、魔力さえあれば自分は戦う事が出来る。この世界に留まっていられるのだ。

 だからいっそ「ご飯が食べたい」なんて思わなければ、欲しがろうとさえしなければ……、今自分はこんな想いはしなくてもすむのだろうか?

 そんな事ばかりが、頭をよぎる。

 

『シロウたちとは、違う。

 私はサーヴァントなのだから。シロウたちとは違うのだから』

 

 あったかいご飯が、嬉しかった。

 士郎が心をこめて作ってくれた料理が、美味しかった。

 これはなんて幸せな事なんだろうと、心の底から、思った。

 

 きっと魔法使いなのだ、士郎は。

 魔術とは違う、人を心から幸せにする魔法。そんな凄い魔法を使える男の子なのだ、士郎は。

 

 だから私は、まるで当たり前のようにご飯を食べてきたけれど、大好きでいたけれど……それ自体がもう、間違いだったのかもしれない。

 

 ――――私は、戦えればいい。守れればいい。

 

 今もキュウキュウと空腹を主張するお腹をさすり、セイバーは想う。

 きっと、贅沢だったのだ。

 私なんかがご飯を食べたいなんて、士郎のあったかいご飯が欲しいなんて……きっと分不相応だったのだと。

 

 士郎の魔法が向けられるべきは、私ではない。

 きっとリンやサクラや大河といった、彼の心から愛する家族に対してなのだ。

 

 それがストンと胸に落ちた時、なにやらとても悲しい気持ちになった。

 セイバーは膝に顔を埋め、ギュッと自分を抱きしめる。

 

 もう残りの数日は、何も食べずにランスロットと過ごそう。

 掃除の仕方も、洗濯だって覚えた。だからもう、私はそれだけでいいのだ。

 頑張った事を、士郎にも褒めて貰える。これからは家事の役にだって立てる。ランスロットという大切な友と出会う事も出来た。

 

 だから、これでいいのだ私は――――

 そうしっかりと心に決めた時、なぜだか瞳から、ポロリと涙が零れた。

 

『――――!? いけない、来客だ!』

 

 もうこのまま泣いてしまおう、この感情に任せてしまおう。そんな風に思った時、突然玄関のチャイムが鳴った。

 セイバーはグシグシと目を擦り、少しだけ鏡で自分の姿を確認。そして急いで玄関に駆け出していく。

 

「あの子……大丈夫かしら……」

 

「セイバー……」

 

 彼女の後姿を見て、キャスターとライダーが呟く。ランサーとアーチャーはもう言葉も無い。

 そう彼らが居たたまれない気持ちで画面を見つめているうち……、なにやら玄関から元気な声が聞こえてきた。

 

 

『――――おぉ其方! 久しいな! 今日は良い物を持って来たのだっ!』

 

 玄関先に現れたのは、あの“赤いドレスの女の子“。

 相変わらず大きな帽子を被っていて顔は見えないが、それでも女の子が興奮気味に、そしてとても嬉しそうにしているのが分かる。

 

『見てみろ! 栗だ! こんなに大きくて美味しそうなのは中々ないぞ?

 チクチクして痛かったが、がんばった! 余はがんばって採ってきたのだ!』

 

 ザルに入った沢山の栗。それをよいしょとセイバーに差し出し、女の子が花のような声で笑う。

 

『――――お米を分けてくれてありがとう! お魚をくれてありがとう!

 余は嬉しかったっ! 本当に美味しかったのだ! すごく感謝しているのだぞ!』

 

 セイバーはきょとんと目を丸くしたままで、差し出された栗を受け取る。

 大きな声で感謝を伝え終わった女の子が、満足気な顔で帰って行く。

 

『また何か採ってきたら、一番に其方に届けるぞ!

 だから楽しみにしているが良い! 美味しい物を沢山もってくるゆえなっ!』

 

 大きく手を振って、女の子が元気に去って行く。

 セイバーはその後ろ姿を、ただ茫然と見送る事しか出来ずにいる。

 

 

『美味しい……もの……』

 

 

 ――――嬉しかった。美味しかった。感謝してる。

 そんな真っすぐな気持ちを伝えられ、胸がトクントクンと波打っているのを感じる。熱くなるのを感じる。

 

 気が付けば、胸にあった栗をキュッと抱きしめていた。

 

 少しだけチクチクして痛かったけれど……それすらも今は、嬉しいと感じた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『――――完成しました! 栗ごはんです!!』

 

 \ババーン!/とばかりにアップになる栗ご飯。

 その後ろには満面の笑みで炊飯器を掲げるセイバーと、「コケー!」と歓喜の声を上げるランスの姿が映る。

 

『もち米が無かった為、正規のレシピではありませんが……。

 それでもこの栗ご飯はぜったいに美味しい! 私には分かるのです!!』

 

 イソイソと栗ご飯をお茶碗によそい、円卓(ちゃぶ台)の席に着くセイバー。

 もちろん小皿に栗ご飯をよそい、ランスの分も用意する事も忘れない。

 

『ほら! ほら美味しいっ!!

 私の言った通りでしょうシロウ!? こんなにも美味しいです!!』

 

 カカカと音を鳴らしながら、セイバーが元気よく栗ご飯を掻っ込んでいく。ランスの方もなにやら満足気な表情だ。

 

「分かんねぇっつの……。ちゃんと食レポしやがれってんだ。ったく」

 

「おいしい、おいしいと言うばかりですからね。

 ……でも今のセイバーの顔を見れば、言わずとも伝わりますから」

 

 やがて栗ご飯を完食したセイバーが、「ごちそうさまでした!」とばかりにスパーンと手を合わせる。

 “美味しい“にありがとう。あの女の子にありがとう――――そんな感謝を全身で伝えるようにして。

 

『ランスロット、私は決めました。

 私はこの節約戦争を、最後まで戦い抜くと』

 

 膝を床に付き、ランスと目線を合わせる。そしてご飯粒をほっぺに付けたままのセイバーが今、自らの相棒に向かって高らかに宣言する。

 

『その為に……我らはこの部屋を旅立たねばならない。

 残り所持金など関係ない、そんな場所に赴くのだ。

 共に来てくれるか、友よ――――』

 

 ランスロットがこれまでにない声で「コケーッ!!」と元気よく鳴いた。

 それはまるで、騎士が主に忠誠を誓うかのように。

 

 

 

「……おい、まさかとは思うが、おめぇ……」

 

「それより“節約戦争“って何?

 まるで聖杯戦争みたいな言い方だったけど……」

 

 

 原典であるTV番組を知っているランサー、そして「この子やっぱり、どこかおかしいんじゃないかな?」と思ったキャスターが、静かに冷や汗を流した。

 

 

 



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刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)(モリ)

 

 

 ~一か月一万円生活18日目~  (ナレーション、クラスメイトの後藤くん)

 

 

「誰だよ!? 知らねぇよッ!!」

 

 士郎のお願いに快くナレーションを引き受けてくれた後藤くん。なにやら原典である番組を観て予習してきたのか、その口調もまるで本物の黄金伝説のナレーションの人みたいに喋っている。大変有能な男だ。

 ちなみに彼のフルネームは後藤劾以(ごとう がい)というらしいが、みんなには知る由も無い。慎二たちも今日初めて知った。

 

『――――う゛お゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛っっ!!

 待っていなさい無人島ぉぉおおーーーっっ!!』

 

「「「!?!?」」」

 

 モニターに映るのは、一面の大海原。視界一杯に広がる海だ。

 そして今その水平線の彼方から、なにやら〈バババババ!!〉と水しぶきを上げてこちらに向かってくる人影がある。

 

『う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛ーーーーッッ!!!!』バババババッ

 

「……え!? 何あの子!?」

 

水の上を走っている(・・・・・・・・・)んですか!?」

 

 やがてカメラの前に姿を現したのは、頭にランスロット(雌鶏)を乗せ、背中にナップサックやら寝袋やらを背負い、そして右手に魚突きのモリ的な物を握って水面を爆走してくるセイバーの姿。

 彼女お得意のエッジの効いた雄たけびも上げている。アララララ~イとばかりに。

 

「怖い怖い怖いッ!! 何してるのよあの子!!」

 

「普通そこは船だろう!? 漁船とかだろう!?」

 

『う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛お゛ーーーーッッ!!!!』バババババッ

 

 前日、赤いドレスの女の子から貰った栗により、決意を新たにしたセイバー。

 所持金がほぼ底をついている彼女は、その戦場を人里から自然の恵み溢れる無人島に移すべく、現在行動中なのである。

 某ハマグチェマッサル氏ならば漁船などに乗って無人島に向かうのだが……セイバーの場合は精霊の加護によって“水の上を走れる“ので、このような形となっている。

 

『問題無いッ、30時間までならッ!!』

 

「脳筋かおめぇはッ!! せめて歩数で言え!!」

 

 やがて背中に大荷物を抱え、頭にニワトリを乗せたセイバーがババババッとカメラを追い越して行く。

 本日のカメラマン担当であるイリヤが、雄々しく海原を駆け抜けていくセイバーの後ろ姿を映しながら、船長にもっとスピードを上げるよう指示を出している。

 

「――――というか、漁船あるじゃないですか!!!!」

 

「なんで走ってんのよセイバー!! 乗っけてもらいなさいよっ!!」

 

『う゛お゛ぉ゛ぉ゛お゛お゛ーーーーッッ!!!!』

 

『コケェェーーーーッッ!!』

 

 ヨーソローとばかりに雄々しく海を進んでいくセイバー。まるでゴーイングメリー号における羊さんのように、頭にニワトリさんを乗せて。

 その身は、さながら解き放たれた矢の如くであった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『――――上陸ッッ!!(キリッ)

 ここが我らの生活の舞台となる、無人島です!!』

 

 本土から船で約1時間、セイバーの足でも同じく1時間ほど走った先にある無人島。

 今日の朝、なけなしの10円玉を使ってイリヤの住むアインツベルンに電話したセイバーが紹介してもらったこの土地。

 そこは全長約2キロほどの小さな島であり、その陸地の大半が生い茂った森、そしてゴツゴツした険しい岩場で形成されている。

 

「ほんとに来ちまいやがったよオイ……。まさかとは思ったがよ……」

 

「ねぇ坊や、これはOKなのかしら?

 なにか今回の趣旨から随分外れているような気がするのだけれど……」

 

「俺達も随分審議したんだけどさ……。

 ただもう原典の方にガッツリと前例がある以上、文句は言えなかったんだよ」

 

 今回セイバーにこの一か月一万円生活という挑戦をして貰ったのは、一人暮らしをする中で家事やお金の大切さを学び、自立心を養ってもらうためだ。

 そういう意味で言えばこの一万円もクソもない無人島での生活というのは、本来の目的から大分ズレちゃっていると言わざるを得ない。

 ちなみに原典であるTV番組においても、某ハマグチェマッサル氏のこの暴挙はしばし議論の対象となっていたらしい。なにお金も使わず魚獲ってんだと。

 ただ番組スタッフによる「番組的に面白いからOK」という非常に高度な判断により、この海に出てのモリ突き漁という行為がハマグチェ氏の代名詞的な名物となっているのだ。

 

「食材を買うのではなく、獲るか……。

 まぁ食事の有難みや苦労を知り、物を学ぶという意味では何も変わらんか」

 

「セイバーも言っていましたが、すでに彼女はある程度の家事を修得しています。

 以前のように部屋でニワトリに土下座しているよりは、

 よほど健全だという見方も……」

 

 現在無人島に上陸し終え、荷物を地面に置いてなにやらゴソゴソやっている彼女を見て思う。

 残念ながら買い物の仕方を覚えるまでは至らなかったが、これは今後士郎たちと共に経験を積んで行けば充分に修得可能だろう。

 この企画を通してより多くの経験を積むという意味では、この無人島0円生活もアリなのかもしれない。

 

『モリ、ランタン、寝袋、調理道具その他もろもろ、全てOKです!

 ――――ではこれより、我らの無人島0円生活を開始しますッ!!

 声を上げなさいランスロット! そ~れ、えいっ、えいっ、おーーう!!

 えいっ、えいっ、おーーう!!』

 

 初日にあの部屋でやったのと同じく、ランスと共に声を上げるセイバー。

 命を誓うように、この島に戦いを挑むが如く! 一人と一羽で雄たけびを上げていく。

 

『では早速ですが、海に入ろうと思います。

 アインツベルンの協力により、しっかりウェットスーツも準備してきています』

 

「待てっ! まずは一通り島の探索をせんか!!

 何より拠点の確保こそが優先されるべきだろう!!」

 

『――――甘いです!! そんな事では、この先生きのこる事はできませんよ!!』

 

「えっ、なんで返事してるのこの子!?」

 

 まるでこちらを見ているかのように、〈カッ!〉とカメラ目線するセイバー。

 

『そんな事は、食料を確保した後でやればよろしいッ!!

 私はすごくお腹が空いているのです! なによりまず食料なのです!

 ――――私が上陸したこの場所が拠点! この場こそが拠点ッ!!

 少しでも体力を温存し、明日に命を繋げるのです!!

 そうしないと、すぐ死にます! すぐ死にますよ無人島ではッ!!』

 

「……ッ!」

 

 なにやら合っているような間違っているような事をハッキリ言うセイバー。

 これだけ自信満々に言われると、もうそれで良いのかもしれないという気さえしてくる。

 とりあえず大そうな能書きはたれていたが、彼女が言いたいのはつまり「ごはん食べたい」である。

 

『では行ってきますランスロット! いざ海へッ!! ウラーラーラ-ラー♪』

 

 何でそんな事が出来たのかは知らないが、バサッと服を脱ぎ捨てた瞬間にウェットスーツを装着したセイバー。

 大漁を誓うようにランス(雌鶏)にブンブン手を振りながら、勢い良く海の方へ向かって行く。

 

「一応訊いとくけどよ坊主? 泳げんのかセイバーは?」

 

「あぁ、前は泳げなかったみたいだけど、夏にみんなでプールに行ったからさ?

 今では俺と同じくらい泳げるぞ」

 

 あのわくわくザブーンで泳ぎ方を教えた思い出。士郎に手を握っていてもらい、おっかなビックリと泳ぐセイバーの姿はとても愛らしかった記憶がある。

 そして最終的に、セイバーは士郎と競争ができる位まで泳げるようになったのだ。

 

「ただプールとは違い、海には波がありますから。大分勝手も違う事でしょう。

 それに今回は泳ぐのに加えて“潜る“のですから」

 

「未経験のセイバーには難しいでしょうね。

 でもサーヴァントである彼女なら、何があっても命の危険は無いでしょうし。

 のんびり応援する事としましょう♪」

 

 右手にモリを構え、青に銀色というセイバーのイメージカラーその物であるウェットスーツを着込んだセイバーが、海に面した浜辺に到着する。

 とめどなく波が打ち寄せる、見ているだけで胸が高鳴ってくるような大自然の光景が眼前に広がる。

 

『釣りとは違い、海に入っての漁……。

 先日の大河との釣りでも、何度海に飛び込んでしまおうかと思った事か』

 

「馬鹿な大学生かおめぇは。釣り人達が大騒ぎだよオイ」

 

「海藻まみれで陸に上がってくる騎士王……。私は見たくないな」

 

『では改めて海に突貫ですッ!! ウラーラーラーラー♪』

 

 セイバーがまるで敵軍に突撃していく兵士のように砂浜を走って行く。

 

「とりあえず、あの子が楽しそうで何よりだわ」

 

「最近は部屋に籠り切りでしたし、久しぶりの運動が嬉しいのでしょうね」

 

 満面の笑みを浮かべ、モリを頭上に掲げながら元気に走って行くセイバー。

 ようやく今その足先が海水に触れ、〈ピチャン!〉という音を立てる。

 

『――――きゃっ♪ ちべたぁ~~い♪』

 

「「「!?!?」」」

 

 足先を水に入れたその瞬間、なにやら変な声を上げて浜辺へと引き返してくるセイバー。

 

「だ……誰よ今の声……!」

 

「えらく可愛らしい声が聞こえたが……。空耳か何かか……?」

 

 今モニターには、両手をグーにして女の子走りしているセイバーの姿が映っている。眼前の光景を受け入れられないサーヴァント一同。

 

『あぁ、少し驚いてしまいました。

 しかしもう大丈夫。改めて海に突貫です』

 

 再び「ウラーラーラー♪」と浜辺を駆けて行くセイバー。

 その姿は先ほど同様、敵軍に突貫していく勇猛な兵士の如くだ。

 

『――――きゃっ♪ つめたぁ~~い♪』

 

「早く海入れよ!! なんなんだよオメェ!!」

 

 再び足が水に触れた瞬間、波打ち際から逃げ出していくセイバー。

 波と戯れるあまりの楽しさに、今まで積み上げてきた王様キャラをかなぐり捨ててしまっている。

 その姿は、どこにでもいる女の子の如しだ。

 

「誰も居ないからって、やりたい放題ねこの子……」

 

「これが彼女の“素“なのでしょうか……。なんですかあの女の子走りは……」

 

「こういう所もあるのかと感心はするが、流石に少しイラッとくるな……。

 恐るべきは、プライベートビーチの解放感か……」

 

 その後も何度か「きゃっ! つめた~い♪」という一人芝居を繰り返してから、ようやく海に浸かっていくセイバー。

 先ほどまでとは違い「さむいッ! とんでもなくさむい!」という結構ガチ目の悲鳴がスピーカーから響いてくるが、それにサーヴァント達が同情を返す事は無い。はよ行けとばかりだ。

 

『……おぉ……! おぉ~!!』

 

 海面に浮かび、水中メガネごしに海の中を眺めるセイバー。そこには思わず驚嘆の声が漏れる程に美しい光景が広がっていた。

 光によって青く輝く、非常に透明度の高い水質。そこに住む色とりどりの生き物たち。

 群れをなす小魚のカーテン、カラフルな模様の熱帯魚、岩陰で寛いている大小さまざまな魚、そして神秘的な海藻の揺らめき。

 普段決してみる事の出来ない素晴らしい景色に、観ているサーヴァント達も思わずため息を漏らす。

 

『――――全部……食べ物だッ!! これ全部食べても良いのですか!?』

 

「ブレないな君は。少し安心したよ私は」

 

 花より団子。まぁシュノーケリングではなく漁に来たのだし、当然と言えば当然の意見である。お腹が空いているのだセイバーは。

 

『久しぶりに我が槍が唸ります……!

 いざ勝負です魚たちよ! 我が最果てで輝ける槍(ロンゴミニアド)を受けるが良い!』

 

「そんな大そうなモンじゃねーよ。ただの三本モリだよそれ」

 

 実はアルトリア・ペンドラゴンにはセイバーの他、ランサーとしての適性もあり、生前愛用していたとされる槍の名前がその最果てで輝ける槍(ロンゴミニアド)である。

 別に今握っている槍は真名解放とかじゃなく、ただゴムの力でミョーンと発射して突くのだが。

 

 それはともかくとして、沢山お魚がいる所を目指し、意気揚々と潜水を試みるセイバー。

 だがライダーの危惧していた通り、泳ぎ方は知っていても潜り方はまた別なのか、なにやら水面でひっくり返って足をバタバタさせるだけに留まっている。

 なかなか魚たちのいる水底まで身体を持っていけない。

 

『くっ……このっ! このっ!!』

 

 肺活量に物を言わせ、なんとか悪戦苦闘しながら海底にたどり着く。

 しかしビシュッと放った最果てで輝ける槍(ロンドミニアド)(三本モリ)は空振り。お魚さんに逃げられてしまう。

 

『なっ!? ……なんという素早い身のこなし! さぞ名のある騎士と見受けたぞ!』

 

「ただのカサゴよそれ。凡百の兵士だわ」

 

「凄く美味しいんですけどね……」

 

 カサゴは煮つけにしても唐揚げにしても美味だが、残念ながらありふれた兵士である。セイバーが言うように、決して俊敏性A+も持っていない。

 その後もめげずにお魚たちに突貫していくセイバーだが、慣れない水中での戦闘の為か、中々成果は上げられないようだった。

 

「ふむ、苦戦しているようだなセイバーは」

 

「素潜りなんて初めてするんだもの。むしろスムーズじゃないとはいえ、

 あそこまで潜れるのは流石と言えるのではなくて?」

 

「使っているのはゴム式の得物ですが、なかなか様になっているように思えます。

 ランサー、専門家としての意見はどうなのですか?」

 

「んあ?」

 

 思わず間延びした声を返すランサー。対してサーヴァント達は期待した目を彼に向けている。

 

「いや……、俺ぁ別に専門家じゃねぇが……」

 

「えっ。でも貴方ランサーじゃないですか」

 

「ランサーって言ったって、モリなんざ握った事ねぇよ!

 しかもあれゴム式のヤツじゃねーか!!」

 

「?」とばかりのピュアな目を向けるライダー。他の面子も同様に物凄い綺麗な瞳を向けている。

 

「えっ、でも貴方ランサーよね? 槍の英霊よね?」

 

「解説して下さい。モリってどう使うんですか?」

 

「いつも潜っているんだろう?

 そんな高そうなウェットスーツも着ているではないか」

 

「 ウェットスーツじゃねぇよ!! 戦装束なんだよ!!

  この街に来る時にデザインしてもらったんだよ!! 担当の人によぉっ!! 」

 

「でも、青いですよね?

 それって水中で魚に悟られないようにですよね?」

 

「 そういう青じゃねーよ!! 俺の国の戦士のアレなんだよ!! 海関係ねぇよ!! 」

 

「しかし、いつも君は使っているじゃないか。

 ほら……何と言ったか。刺し穿つ死棘のモリ(ゲイ・モリグ)とかいう」

 

「 死棘のモリって何だよッ!!!!

  槍だよ! モリじゃねぇよ!! なんだよゲイ・モリグって語呂悪ぃな!! 」

 

「確か、必ず仕留めるんでしょう?

 そのお魚……貰い受ける(キリッ)、とか言うんでしょう?」

 

「 言わねぇーよ!! 言った事ねぇよ俺ぁ今まで!!

  だいたい何だよその槍は!? ゴムで発射すんのか!?

  俺は戦闘の度に、こうやって槍をゴムでビョ~ンって 」

 

「――――えっ、アレってゴムで発射してたんですか?」

 

「 いやしてねぇーよッ!!!! いつも真名解放とかしてんだよ俺ぁ!!!!

  ちゃんと魔力で飛ばしてんだよアレは!! アナログじゃなくマジカルだよ!! 」

 

「君の宝具はコストパフォーマンスに優れると聞くが、まさかそんな秘密が……」

 

「 ねぇーよ!!!! そこまでコスパは重視してねぇーよ!!

  おめぇ魔力惜しさにゴム動力で戦うヤツ、見た事あんのかッ!! 」

 

「ではランサーでは無い、という事ですか?

 じゃあ貴方……いったい誰なんですか?」

 

「 ランサーだよッ!!!! クランの猛犬でやらせて貰ってるよオイッ!!

  おめぇ戦っただろうがよ!? ちゃんと槍的なの使ってたろうがよッ!!

  一生懸命やってきたんだよ俺ぁよぉぉーーッ!!!! 」

 

「うるさいわねバカ! 早く海いって魚とって来てよ!」

 

「 なんでキレてんだよお前ッ??!!

  キレてぇのはこっちだよ!! 届かねぇんだよお前らに言葉がッ!!

  こんなにも傍にいるのにッッ……!!!! 」

 

 その後「このランサー、ランサーじゃない疑惑」が一同の間で発生し、ドタバタと騒動に発展する衛宮家。

 

「捕まえろ! 大人しくしたまえクー・フーリン!!」

 

「よくも騙してくれたわね! このエセランサー!!」

 

「酷いです! 今まで信じてたのに!!」

 

「 なんでだよ!? なんでとっ捕まんだよ俺ぁ!! ……つか力強ぇなオイ!!??

  鎖やめろオイ!!!! 誰がアンドロメダだオイ!!!! 」

 

 ワーワーと騒ぐランサーをふん捕まえる一同。

 士郎や凛たちも悪ノリして仲間に加わり「それー!」とばかりに飛びかかっていく。とっても楽しそうだ。

 

「謝りたまえクー・フーリン。

 モリを使えずにすいませんでした、と」

 

「モリも使えないのに、槍の英霊になってすいませんでしたって言いなさい」

 

「夢を壊してすいませんでしたって。

 桜さんを見なさいな。泣いてる子もいるのよ?」

 

「 嘘つけよオイ!!!! めちゃくちゃ嘘泣きじゃねぇかあの嬢ちゃん!!

  満面の笑みじゃねぇか!!!! 」

 

「えーん、えーん」と愛らしく泣くマネをする桜。ここぞとばかりに士郎に抱き着いているが、これは役得という物なんだろう。

 

「えー、わたくしがモリを使えなかったばっかりにー。

 皆さまにはー、多大なご迷惑をおかけてしてしまいー」

 

 その後、鎖でふん縛られたランサーが、死んだ目をしながら心の籠っていない声で謝罪会見を行う。それを見て「よし!」とばかりに鎖を解いていく一同。

 

「いや~解決したね。なんか面白かったね」

 

「めでたしめでたしですね♪ よかったです♪」

 

「もう二度と、するんじゃないぞっ!」キリッ

 

「まだまだやりなおせるわ、アンタ若いんだから」

 

「……なんだこれオイ」

 

 のほほんと微笑む間桐兄妹、そして刑務官的なセリフを言う士郎と凛。

 和気あいあいと楽しそうな子供たちを見て、もうため息しか出てこないランサーお兄ちゃんであった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 その後、停止していた映像を再開し、モニターに向き直った一同。

 どうやら流石のセイバーといえども初めての素潜りは難しかったようで、今回は潜る事とモリ突きの感覚を練習する事に終始。約1時間ほどで海から上がって来たようだ。

 

『……ふむ、決して侮っていたワケではありませんが、

 やはりモリ突きというのは甘くない。

 しかし次こそは必ず成果を。この三本モリの愛槍にかけて』

 

 ペタペタと岩場を歩き、荷物を置いていた拠点(仮)に引き返して行くセイバー。

 今回は坊主という残念な結果に終わったが、まだ日も高ければ時間もある。一度拠点に戻って一休みしてから再び海に潜る事も可能だろう。

 そんな風に彼女の表情は明るく、今回のモリ突きに手ごたえ、そして充実感を感じている事が見て取れた。

 

「初めてだったが、かなり素潜りをものにしていたな。

 これならば次回、期待できるぞ」

 

「魚にも人と同じく“活動時間“があります。

 たとえば睡眠時間であり、魚の動きが鈍くなる夜間であれば、

 充分良い結果を出す事も可能でしょう」

 

 流石の博識、流石のシーフード好き。ライダーの言葉を聴いて次回に期待を膨らませるサーヴァント達。

 初めての獲物はいったいどんな魚だろう? あーだこーだと予想し合う。

 アーチャーはカサゴ。ランサーはイカ。キャスターはヒラメを予想し、ライダーは大穴マダイに賭けた。

 

『ふぅ。ただいま戻りましたよランスロット。

 私が居ない間、なにか大事は……』

 

 心地よい疲労感を感じながら、拠点に到着したセイバー。早速待たせていたランスロットに声を掛けるも、なにやら彼女の様子がおかしい。

 

『えっ。どなたですか? ……貴方は』

 

「「「!?」」」

 

 セイバーの戸惑いを含んだ声に、モニターを凝視する一同。

 やがてセーバーの姿を映していたカメラが荷物とランスロット(雌鶏)の方を向き、そこにいる人物の姿を映し出す。

 

『――――き、切嗣ッ!?!?』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 そこに居たのは無精ひげを生やし、上半身裸に腰蓑だけを身につけた男。

 ランスと目線を合わせるように跪き、なにやらヨシヨシと背中を撫でながらエサをあげていた様子のその男は、セイバーの声を聞いてそっと視線をこちらに向けた。

 

『き……切嗣? なぜ切嗣がこんな所に……?』

 

『――――』

 

 途端、男が無言で〈ダッ!!〉と駆け出し、森の中に姿を消す。

 まるで人間技とは思えない(タイムアルター・ダブルアクセル的な)速度を持って、一瞬にしてセイバーの視界から消えた。

 

『待ってください切嗣!! なぜ貴方がここにっ!?

 ……というかここ、無人島じゃなかったんですか!? 切嗣ぅぅーーッッ!!!!』

 

「「「……………」」」

 

 濡れたウェットスーツをペタペタいわせながら、切嗣を追ってセイバーが駆けだす。彼女の背中がカメラから遠ざかっていく――――

 

 

 

「もう何でもアリだな、この世界。

 この無人島生活……きな臭くなってきやがったぜ」

 

 ランサーがそれっぽい事を言って締めてくれたが、一同はもう、それどころでは無かった。

 

 



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失われし黄金の剣(カリバーン)

 

 

『完成しましたっ! ここが我らのお家です!!』

 

 無人島に\テッテレー!/と言わんばかりの歓喜の声が響く。

 今モニターには自ら作ったお家の前でバンザイするセイバーと、共に羽を広げて喜んでいるランスロット(雌鶏)の姿が映っている。

 

「おぉ、意外とそれなりのモンになったじゃねぇか」

 

「大工仕事なんて初めてだったでしょうに。頑張ったわねセイバー♪」

 

 逃げ去った切嗣の捜索を断念した後、拠点に帰って来たセイバーが取りかかったのは家づくり。

 無人島の天気は非常に変わりやすい。一応荷物の中にはランス用の小さなテントを用意してきたものの、いつ雨が降るともわからない現状において、まず拠点に住居を作っておく事はセイバーにとって急務であった。

 

 本当はなんとしても切嗣を取っ捕まえておきたかったのだが……今は時が惜しい。

 夜が来る前に完成させるべく、セイバーはひたすら流木を探して島を歩き回り、慣れない大工仕事に四苦八苦しながら家作りをおこなった。

 

 本来はのこぎりなんかを駆使して木材をカットしなければならないのだが、そこは天下の騎士王さま。いくつもの木材をまとめてエクスカリバーで一閃! こと“斬る事“に関しては何の苦労もなかった。

 切り終わった柱や板を設置しては釘で打ち付け、設置しては釘で打ち付け……、やがてなんとか日が暮れる前には、小さくて不格好ながらもしっかり屋根と壁を備えたお家が完成したのだった。

 

『せっかくですから、持って来たペンキを使って塗装していきましょう。

 このセイバーハウスを、さらに素敵な物とするのだ』

 

 なにやらやっているうちに色々こだわりが出てきたのか、「あーだこーだ」言いながら家をペイントしていくセイバー。

 

「ん、なんですかコレは? 顔を描いているんですか?」

 

「屋根が髪、前面に目や鼻、側面に耳……。

 どうやらセイバー自身の顔を模しているようだな」

 

 扉部分を口に見立て、まるでセイバーの頭がそのまま家になったようなデザイン。無人島の一角に大きな生首がドーンと出現したような見た目だ。

 セイバー画伯による大変味のあるタッチで描かれたソレは、一目でここが彼女の住む家であるのが分かるほどの強烈な主張を放っている。

 

「ねぇ、このデザインってまるで……」

 

「キン肉ハウス……」

 

 前から見ると(〇皿〇)という感じのこの家は、もうまごう事無く某超人プロレス漫画に出てくるキン肉ハウス。そのセイバーフェイスverにしか見えない。

 著作権的な物は大丈夫なんだろうか、そう心配になる一同。

 

『完成しましたよランスロット!

 さぁ中に入りましょう。屁のつっぱりはいらんですよ』

 

「 おめぇ分かってやってんだろ!! 確信犯だろ!! 」

 

 ルール無用の残虐ファイト。そんな事も気にせず満面の笑みで家に入っていくセイバーだった。

 

 

………………………………………………

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 ~一か月一万円生活、19日目~  (ナレーション、セラ&リーゼリット)

 

 

「リーゼットはともかく、セラさんよく引き受けてくれたわね……」

 

「あぁ、すごく嫌な顔はされたけどな。でも『お嬢様の為だ』って言ってさ」

 

 士郎めちゃめちゃセラさんに嫌われてるしね……。凛のそんな言葉に士郎は苦笑を返す。

 ただ流石はイリヤに仕える従者と言った所。渋々ながらも引き受けてもらえた。

 

 二人の息の合ったナレーションによると、昨日のセイバーは家作りを終えた後、家から持って来ていた栗ご飯のおにぎりを夕食としたらしい。

 ここには電気も無ければ冷蔵庫も無いので、痛むといけないからと持って来れたのはこの一食分だけであるが、あの赤いドレスの女の子に感謝しつつニコニコと美味しく頂いたようだ。

 

 そして朝を迎え、日課であるランスを引き連れてのアヒル歩きをこなしたセイバーは、早速漁に出るべく準備を行っていく。

 セイバーのイメージカラーである青と銀のウェットスーツを一瞬にして装着し、頭にシュノーケルを装備する。

 前日同様、勇ましくモリを掲げて「ウラーラーラーラー♪」と出発していった。

 

「ねぇ、原典の方に『マッサルマッサル!!』っていうのあったじゃない?

 あれはやらないのかしら?」

 

「そもそもアイツはマッサルじゃねぇからな。

 無理やり『ペンドラゴン! ペンドラゴン!』じゃ語呂悪ぃだろ……」

 

「流石にあのポーズをするセイバーを、私は見たくないよ……」

 

 某ハマグチェ氏の代名詞とも言えるセリフなので、是非セイバーにはアレに変わる物を考案して頂きたい。絶賛アイディア募集中である。

 そんなしょーもない話をしている内に、セイバーが「ピョーン!」と海に飛び込むシーンが映る。

 本日の漁場を探して意気揚々とザブザブ泳いで行く彼女。どうやら昨日とは違い、島の反対側の海に狙いを変えているようだ。

 

『……ん? なんでしょうかあの島は?』

 

 やがてザブザブと泳いで行く内、セイバーは自分の目線の先に、なにやら小さな島がある事を発見する。

 セイバーが住む無人島からそう遠くない距離にあったそれは、彼女が船で来た方向からはちょうど見えない位置にあったようで、その存在に今まで気が付かなかったのだ。

 

『面白い、このまま行ってみる事としましょう。

 もしかしたら、何かあるかもしれません』

 

 さぁ、レッツ冒険だ!

 セイバーはいったん漁を中断し、小島に向けて泳ぎだしていった。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

『――――出来たわよ切嗣っ♪ アイリ特製、スペシャル海鮮アラ汁!!』

 

 これは本日のカメラマンであるハサン(真アサシン)が撮っている映像だ。

 現在画面には、若奥さまにぴったりのラブリーなエプロンを身に纏ったアイリスフィール・フォン・アインツベルンさんの姿が映っている。

 

『おぉ~、美味しそうじゃないかアイリ。僕もうお腹がペコペコだよ』

 

『うふふ♪ 今テーブルに持っていくから少しだけ待っててね♪

 サラダに目玉焼き、貴方が獲って来てくれたタイの塩焼きもあるのよ♪』

 

 画面に上半身裸な腰蓑姿の切嗣が現れ、アイリの隣に並んでお鍋の中を覗き込む。

 ホンワカと立ち昇る湯気と美味しそうな匂いに、思わず彼の表情も緩んでいる。

 そんな愛しの旦那様の姿を見て、アイリさんもとっても嬉しそうだ。

 

『君が無人島に住みたいなんて言い出した時は、どうなる事かと思ったけど。

 まさかこんなにも楽しい日々になるなんてね。君に感謝しないといけないな』

 

『ううん、貴方が居るからよ切嗣♪

 貴方が一緒に居てくれるからこそ、私は毎日こんなにも笑顔でいられるの♪

 場所なんてどこだっていい、無人島だって関係ない。

 貴方と二人で居られれば、それだけで私は幸せなのよ♪』

 

『アイリ……』

 

『切嗣……♡』

 

 やがて二人の顔が少しずつ近づいていく様子が、お鍋から立ち登る湯気越しに映る。

 それを見つめる一同(特にアーチャー)は、ただただ絶句している。

 

『あん……♡ 駄目よ切嗣、料理が冷めてしまうわ♪』

 

『あはは、そうだねアイリ。せっかく君が作ってくれた料理だ。

 美味しく頂かなくっちゃ』

 

 仲睦まじく料理を運んでいくアイリと切嗣。

 今二人が居るこの立派なログハウスのリビングには、まるで無人島とは思えないような豪華な調度品や電化製品が並び、立派な暖炉も備えられているのが分かる。

 そして中央にある大きなテーブルに、美味しそうな匂いを放つ豪勢な料理の数々が並んだ。

 

『はい切嗣、あ~ん♪』

 

『あ~ん。……うんっ! すごく美味しいよアイリ!

 こんな料理上手なお嫁さんを貰えて、僕は幸せ者だな』

 

『キャッ♪ もー切嗣ったら~♪』

 

『それじゃあお返しに。さぁアイリ、あーん』

 

『あ~んっ! うふふ♪』

 

 イチャイチャ、ラブラブ。

 いま二人のまわりにハートが飛び交い、周りの背景がピンク色に染まっているのが分かる。

 もう観ているだけで砂糖を吐きそうな、バカップルその物の姿。

 士郎がいったいどんな気持ちでこの映像を編集したのかが、大変気になる所だ。

 

「ん? なにやら背後の窓に……」

 

「人影かしら? ……あ! 窓が少し開いたわ!」

 

 アイリ&切嗣が幸せそうにイチャイチャする中……突然彼らの背後にある窓がそ~っと音もなく開き、そこから二つの影が〈ニュッ!〉と顔を出す。

 

「――――せ、セイバー!?!?」

 

「それにイリヤスフィールも!! なんで!?」

 

 今そっと窓から頭を出しているのは、シュノーケル姿のセイバーとイリヤ。

 二人はその顔に憤怒の表情を浮かべ、睨みつけるようにアイリと切嗣を見つめている。

 

『美味しいよアイリ! まさか無人島でこんなにも美味しい物が食べられるなんて!』

 

『貴方が頑張って獲って来てくれたおかげよ♪ たくさん召し上がれ♪』

 

 それに気付かず、ずっとイチャイチャし続ける二人。

 般若のようなセイバー&イリヤとの対比が凄い。

 

『……なんですかあの料理……。

 こちとら魚も獲れず、朝から何も食べていないというのに……』

 

『なによこれ……なによこの優雅な暮らし……。

 わたしはずっと、ひとりで寂しかったのに……』

 

「 イカン! 二人から黒いオーラのような物がッ!! 」

 

「 どんどん膨れ上がっています! まるで怒った時の桜のようにッ!! 」

 

 幸せそうな切嗣たちの姿。それを窓から覗く二人が瘴気を放ち始める。

 セイバーは怒りで目をグルグルと回し、イリヤはハイライトの消えた瞳で実の両親を見つめる。

 

『食事の後はピクニックにでも行かないかい? 昨日立派な滝を見つけたんだ』

 

『まぁ素敵っ♪ それじゃあお弁当を持って出かけましょうか♪』

 

『怨怨怨……怨怨怨怨……』

 

『呪ってやる……呪い殺してやる……』

 

「 ――――後ろッ! 後ろだ切嗣ッ!! 」

 

「 逃げてぇ!! 二人とも逃げてぇぇーーーッッ!! 」

 

 

 背後から〈ゴゴゴゴ……!〉と立ち昇る黒い霧。それに気付かずにイチャイチャし続ける切嗣達であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『ただいま帰りました……ランスロット……』

 

 あの小島を後にし、失意の内に拠点へと戻って来たセイバー。

 

『……なんですかこの家……。このボロ小屋は……』

 

 昨日、一生懸命作ったキン肉ハウスみたいな家。それもあの豪邸と見紛うばかりのログハウスを見た後では霞んでしまう。

 きっとあの家は雨漏りもしなければ、床も真っ平なんだろう。隙間風も吹かなければ、ゴツゴツした地面に直で寝る必要も無い。

 

『わたし今日、このテントで寝るの……。

 切嗣とお母様は、暖かなベッドで眠るのに……』

 

 一緒に島へと帰って来たイリヤも、自らのテントを見ながらボソリと呟く。

 この島について来る時、自分がセラに我が儘を言ってテント暮らしを許可して貰ったのだが、それを今はげしく後悔している。

 立ち尽くす二人の身体を、冷たい風がピュ~ッと吹き付ける。

 

『あの二人、幸せそうだったね……』

 

『はい。とても幸せそうな姿でした……』

 

『この世の理不尽に狂い死にしそうだわ、セイバー……』

 

『えぇ。私もです、イリヤスフィール……』

 

『……なぜわたしはお外で寝るの? 二人はあの家に住んでるのに』

 

『……なぜ私はご飯抜きですか? あんなにも料理が並んでいたのに』

 

『わたし……あの人達の子供よね?』

 

『私……あの人達のサーヴァントでしたよね?』

 

「「「……………………」」」

 

 もう言葉も出てこない。ゴクリと生唾を飲みながら、サーヴァント達はただただ二人の様子を見守る。

 

『あの二人……ピクニック行くとか言ってたよね……』

 

『はい。お弁当を持って出かけると……確かに……』

 

 やがて俯いていた顔を上げ、二人はしっかりとお互いの顔を見つめ合い、コクリと頷く。

 

『――――権利ッ!! 権利を行使するわよセイバー!! 子供の権利をッ!!!!』

 

『――――はい!! 私も行使します!! サーヴァントの権利をッ!!!!』

 

 

 今二人が「ウラーラーラーラー♪」と雄たけびを上げながら、再び海へ繰り出していった。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「 やめろっ!! やめんかセイバー!!!! 」

 

「 何してんだお前らッ!! 止めねぇか!!!! 」

 

 無人島を飛び出し、再び切嗣たちの住む家へと戻って来たセイバー&イリヤ。

 いま一同が見守るモニター画面では、二人が暴虐の限りを尽くしていた。

 

『見てセイバー! お味噌汁よ! さっき食べてたお味噌汁の残りだわ!!』

 

『何ですってイリヤスフィール!? それはいけない! さっそくチェックします!!』

 

 窓をブチ破り、ベッドを運び出し、冷蔵庫の中を引っ掻き回し、二人が切嗣とアイリの愛の巣を蹂躙する。

 やがてキッチンにて今朝のアイリ特製海鮮アラ汁を発見した二人は、そのお鍋をリビングのテーブルに運び、中を検分する。

 

『ズズズ……美味しい! 美味しいわセイバー!!

 魚とか蟹とかいっぱい入ってる!!』

 

『何ですってイリヤスフィール!? そんな事があるわけズズズ……美味しいッ!!

 久方ぶりの味噌の風味が五臓六腑に染み渡ります!!』

 

「 なに食べてんのよアンタたち! おやめなさいッ!! 」

 

 もう両手にスプーンだのお玉だのを握って、ガブガブ味噌汁を飲むセイバー&イリヤ。

 

『とったどぉー!! お母様の味噌汁とっだどぉーー!!』

 

『泳ぎの練習法として、水を張った洗面器に顔を付けるという方法があるそうです!

 おや、なにやらここに丁度良い物が。ではちょっと失礼してズズズ……!!』

 

「 直飲みはやめなさいっ!! それでも乙女ですか貴方はッ!!!! 」

 

『もっとないかしら!? どこかに子供の権利を行使できそうな物は!!』

 

『あ、冷蔵庫に筑前煮らしき物が入っていましたよ! 権利を行使しましょう!!』

 

「 そんな権利ねぇよッ!!!! ただ飯食いてぇだけじゃねぇか!!!! 」

 

 権利を! 正しい権利をッ!! 二人の子供(サーヴァント)で良かったぁーー!!

 そう叫びながらひたすら筑前煮をパクつくセイバーたち。

 

 やがて切嗣家の冷蔵庫がカラッポとなるまで、二人が止まる事は無かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『――――さぁ、お腹もいっぱいになった所で、今日の漁を再開しましょう』

 

「おい坊主、コイツおめぇのサーヴァントだよな? これでいいんか?」

 

「…………………」

 

 切嗣家を後にし、再び海へとやってきたセイバー。

 その顔は満面の笑み! 清々しいまでの笑顔ッ!! ごはんを沢山食べて元気いっぱいという様子だ。

 

『身体が軽い……羽のように軽いッ!!

 沢山ごはんを食べるというのは、こんなにも素晴らしい事だったのか!!』

 

「ねぇ坊や、この子貴方のサーヴァントでしょう? なんとか言いなさいな」

 

「…………………」

 

 一生懸命に顔を逸らし、黙秘権を貫く士郎。アンタが甘やかして育てるからと、家中の者達から批難の目を向けられる。

 あのアーチャーでさえ、今のセイバーを擁護は出来ないようだった。地味に彼もずっと目を逸らしている。

 

 一応今回の件は、本来ルールから言えばまごう事なきアウト。一発で失格クラスの反則である。

 しかし、なんと原典である番組でハマグチェ氏の前例があること(・・・・・・・・・・・・・・)、それに加えて士郎たちでさえちょっとどうかと思わない事も無い切嗣たちの謎の行動を鑑みて、協議の結果“今回だけ黙認“という形を採ったらしい。

 

 切嗣にどんな事情があったのかはまったくの謎だが、あれはセイバーやイリヤじゃなくてもキレる。絶対にキレる。

 確かにいけない事はしたが、むしろ彼女達がエクスカリバーで島ごと粉砕せずにあの程度で怒りを治めた事は、実は結構評価に値するかもしれない。

 ゆえに今回に限り、黙って見逃してあげようという事となったのだ。

 

『ふむ、いけませんね……。体調は万全なものの、お腹がいっぱいでなにやら眠く……』

 

 しかしながら、士郎達が許しても神様がそれを許さない(・・・・・・・・・・)

 寝ぼけ眼のまま水中に潜り、魚目掛けてモリを発射するセイバー。そのモリがヒョイッと躱された後、後ろにあった岩盤にぶつかる。

 

 

『――――!?!?』

 

 

〈ボキィィッ!!〉という音が聞こえた気がした。水中なので聞こえるハズもないその音が、観ていた者達の脳裏にハッキリと響いた気がした。

 

 固い岩盤にぶつかったモリは、次の瞬間に先端の槍部分を根こそぎ無くしてしまっていた。

 いま驚愕に目を見開くセイバーの視界に、ユラユラふわふわと海底に沈んて行く、へし折れたモリの先っぽの姿が映る。

 

『お――――折れたっ!! 私のモリがッッ!!』

 

 ここが水中である事も忘れ、叫びによって体内の空気を全て吐き出してしまうセイバー。慌てて海面まで上がっていく。

 

『――――モリがッ!! モリが折れてしまったッ!!

 ま……まだ一匹も、魚を獲れていないのにッッ!!』

 

 荒れ狂う海に揺られる身体。それを気に留める事なくセイバーが叫ぶ。

 何故!? どうして!? Why!?

 天に向けたその叫びが、無人島の海に轟いていく。

 

 

『……わ、悪い事を、したから……?

 だからこのモリは……私を見限って……?』

 

 お味噌汁を飲んだから? 勝手に筑前煮を食べたから?!

 頭をグワングワン揺らし、呆然自失としたセイバーがただただ波に流されていく。

 

 

 

「かの聖剣、勝利すべき黄金の剣(カリバーン)は、

 アーサー王が騎士道に反する行いをした際に、折れたと聞く。

 ……これは因果応報……なのか?」

 

 

 愛槍を失い、絶望に打ちひしがれるセイバー。

 彼女の無人島0円生活に、早くも暗雲が立ち込めた。……味噌汁を飲んで。

 

 

 



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約束されし勝利の剣(エクスカリバー)

 

 

『残念ながらこの嵐では、船を出す事が出来ません。

 一旦本土へ引き返し、代わりのモリを用意する為には、今しばらく時が必要かと』

 

 失意のまま陸に上がったセイバーに対し、イリヤお付きのメイドであるリズさんが説明を行っていく。

 言いづらそうに、心底「彼女に申し訳ない」という苦悶の表情を浮かべて。

 

『この天候は我々にも予想外の物でした。

 現在の予報によれば、この嵐は今日明日中に止む事は無いだろうとの事です。

 セイバー様にとって漁は何よりの急務かと思いますが、

 今はただ……耐えて頂く他は……』

 

 この嵐は、あの小島から戻ったセイバーが漁に出た途端、それを待っていたかように突然襲ってきたのだそうだ。

 朝にはあんなにも晴れていた空は、その姿を一変させてしまった。

 時刻が昼時となった今でも延々と吹き荒れている。ドス黒い雨雲で太陽の光を覆い隠す。

 まるで神様が、セイバーに怒っているかのようにして――――

 

「漁が、出来ない……?

 それじゃあ、今後のセイバーの食料って……?」

 

「……そもそもこの嵐の中、海へ出る事自体が無謀です。

 もう漁どころか、満足に外に出る事すら……」

 

 激しい雨風が建物を打ち付ける。ただ言葉なくじっとセラの言葉を聞くセイバーの姿を、サーヴァント達は画面から見守る事しか出来ない。

 

『――――セイバー様、これはまごう事無く緊急の事態です。

 セイバー様が立てた住居は、この嵐ですでに倒壊しております。

 今はいったんこの挑戦の事は忘れ、イリヤ様と共に我々の住居へと避難を。

 私はアインツベルンより、なにより衛宮様より貴方の事を託されております』

 

 セラがまっすぐにセイバーの目を見つめる。この上ない真剣さを持って。

 今までの彼女の頑張りを知っている。買い物に苦労した事も、ろくにごはんも食べずにランスに寄り添った事も。

 一人泣いた涙も、心からの笑顔で笑った顔も。これまで精一杯頑張って来た全てを知っている。彼女が並々ならぬ決意で挑んできた事を知っている。

 

 だからこれは、私の役目だと――――

 彼女自身ではなく第三者による冷静な目を持って、現状を判断すべきなのだと。

 非情な現実を伝え、残酷な決断を下す。それが今この場を任された自分の役目なのだと。

 

 レフェリーストップ――――

 いまセラが、彼女の誇りを踏みにじる決断を、伝えた。

 

 

『…………………』

 

 決して大きくは無いが、島の雨風を想定してしっかりと建てられたログハウス。

 今セイバーが通されているこの場所が、セラとリズが住居として使用している建物なのだそうだ。

 目の前のテーブルに置かれた、身体の冷えたセイバーの為にと用意された紅茶。

 それに決して手を付ける事無く……、彼女はただ黙って静かに俯いている。

 

「……なぁ、坊主よ……?」

 

 思わずと言ったように、ランサーが士郎の方を見た。

 しかし彼はそれに答えず、ただ黙ってモニターに映る映像を見つめている。

 

 

『――――セラ、ランスロットの事をよろしく頼みます。

 住居を無くしてしまった今、貴方にしか頼れない』

 

『ッ!? セイバー様?!』

 

 やがてセイバーが顔を上げ、まっすぐにセラの目を見据えた。それに対し、セラは驚愕の声を返す事しか出来ない。

 

『それと……申し訳ないがナイフを一本お貸し願いたい。

 出来るかどうかは分かりません。だがあのモリを修理してみたいのです』

 

『なっ……何を言ってッ!! 貴方ッ……!』

 

 静かに立ち上がるセイバー。追いすがるようなセラの声も届かず、彼女が出入り口の方へと歩いて行く。

 そこに置かれた折れたモリ、濡れたウェットスーツを手に取った。

 

『…………ランスロット』

 

 まるで立ち塞がるように、セイバーに行かせまいとするように、ランスが出入り口の前で立っている。

 セイバーの顔をじっと見上げ、静かな瞳で主の姿を見つめている。

 

『すまないランスロットよ、しばしの別れだ。

 この嵐が止んだら……必ず迎えに来る』

 

『――――』

 

『臣下の務めだ、私の帰りを待て。

 セラとリズの言う事を、しっかり聞くように』

 

 喉を鳴らす事も無く、ただランスはセイバーを見つめる。

 慈しむように自分の背中を撫でる主。その顔をしっかり目に焼き付けるようにして。

 

『モリがな……? 折れてしまった……。それに先ほど試してみたのだが、

 どうやら私は水の上に立てなくなっている(・・・・・・・・・・・・・)

 湖の精霊の加護を……無くしてしまったようだ』

 

『不甲斐ない私を笑え、ランスロット。……だが見ているが良い。

 私は決して、友に恥じる戦いはしない――――』

 

 

 ランスの横を通り過ぎる。

 いまリズがセイバーのもとに駆け寄り、その手に一本のナイフを握らせた。

 

『まってる。きをつけて』

 

『ありがとう――――』

 

 

 ドアを開け、外に繰り出す。

 嵐吹き荒れる暗闇の中を、セイバーが歩き出していった。

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

『――――さ、寒いッ! とんでもなく寒いッ!!』

 

「 そらそうだろうがよッ!! 戻れよバカ野郎ッッ!! 」

 

 森の木にもたれ、膝を抱えて座るセイバー。その身体は激しい雨風によって、もうとんでもない勢いでガクガクブルブルと震えている。

 

『と……とととと、とりあえずはモリの修理を試みますッ!

 これが無くては何もももももも……!』

 

「 もう言葉もおぼついてない! 何で無茶するのよセイバー!! 」

 

 ナイフを手に取ろうにも、それすらガクガク震えすぎておぼつかない。

 どうやら拾ってきた竹を削り、それを矢じりの形にしてモリに取り付けようとしているようだが、とてもじゃないがそれも叶わない。

 現在セイバーの周りは暗闇で、今も激しい雨風が身体と言わず顔面と言わず、激しく打ち付けているのだ。

 

「もういい! 戻って下さいッ!! セラ達の家に!!」

 

「ただじゃすまねぇぞ!! 意地張ってねぇで戻らねぇか!!」

 

 サーヴァント達の声も届く事なく、嵐の中作業を続けていくセイバー。

 前髪も張り付き、服もびしょ濡れ、雨が目に入り視界すら定かでは無い。おまけに身体は寒さで震えているのだ。

 そんな中でも、彼女は懸命に作業をおこなっていく。

 

「…………やはり、駄目か」

 

 奥歯を噛みしめるようなアーチャーの声が響く。

 折れてしまったモリの先端に、矢じりを括り付けようとしているセイバー。だがそれが何度やっても上手くいかない。何度取り付けても、すぐにポロリと外れてしまう。

 

「なんで……? 丈夫な麻の縄で括りつけているのに……」

 

「雨で滑っているようには、見えませんが……」

 

 決してセイバーの取り付け方が甘いワケではない。それは明らかに不自然な外れ方をして、何度やっても取れてしまうのだ。

 まるでこのモリ自身が、セイバーに使われる事を拒んでいるように(・・・・・・・・)

 

「あの時も、自然な折れ方では無かったのだ。

 たとえ岩盤に当たったとて、金属があのような折れ方をするものか……!」

 

「そんな……!」

 

 何かが邪魔をしている。何かとても大きな存在が、アルトリア・ペンドラゴンを拒んでいる。

 何度失敗しようが懸命に修理しようとするセイバー。だが決してそれが叶う事は無い。

 詳しい事は分からない。だが精霊の加護を無くし、今も自らの得物に拒まれているセイバーを見れば、もうそうだとしか思えなかった。

 

『無理か……私にはこれを直せそうに無い』

 

 長い長い時間をかけ、ようやくセイバーが壊れたモリをその場に置く。そして静かに立ち上がった。

 

『仕方ない、海に出る事としよう。

 聞く所によると、モリ以外の物でも魚獲りは出来るようですから』

 

「「「!?!?」」」

 

 諦めたような表情で苦笑するセイバー。その姿を見て、もう家に戻るのかと思った。漁を諦めて帰るのかと思った。

 しかし、彼女の選択は、モリを使わずに漁をする事。

 

『リーゼリットに感謝を。お陰でまだ戦う事が出来る。

 彼女が託してくれたこのナイフで、魚を獲ってみせます――――』

 

 決断したら、進むだけ。

 そう言わんばかりに迷いなく、彼女が海に向かって歩いて行く。

 

 その背筋を真っすぐに伸ばした後ろ姿に……、サーヴァント達は言葉を失っていた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「獲れるわきゃねえ……。分かんだろその位」

 

 モニターの映像が切り替わって暫くした後、ようやくランサーが声を出した。

 今画面には、荒れ狂う海に翻弄され、必死に波に抗って泳ぐばかりのセイバーが映っている。

 

「魚どころではありません。溺れないようにするだけで精一杯です」

 

 まるで吹き飛ばされるように、何度も何度も水流にのまれるセイバー。泳いでいるのではなく、明らかに流されている。

 彼女に出来るのは、ただただ左手にあるナイフを決して手放さないよう必死で握る事だけ。魚どころか、もう潜る事すらままならない。

 

「彼女も英霊だ、死ぬ事は無い。

 ……だが水流にのまれ、水圧により気を失う事は充分にありえる。

 一度遠くに流されてしまえば……二度と戻っては来れんぞ」

 

 何度も潜ろうと試み、その度に咎められるようにして水流にのまれていくセイバー。

 態勢を立て直しては崩され、また立て直しては崩され。もう随分と長い間、その繰り返しだ。

 

『――――ッ!!』

 

 押し流され、強く岩盤に背中を打ち付けるセイバー。思わず開いた口から大量の空気が吐き出される。

 

『――――くっ! おぉぉおおおッッ!!』

 

 意識を強く保ち、懸命に水をかく。ただひたすら水面を目指して。それだけを想って。

 

 

「…………何故、潜るのセイバー?

 食事なんていいじゃない……。一日二日くらいどうにでもなるわ。

 それなのに、何故……」

 

 勢いよく海面に飛び出し、おもいっきり空気を吸い込む。

 そして激しい波に揺られながら態勢を立て直し、再びセイバーは海に挑んでいった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、20日目~  (ナレーション、美綴綾子)

 

 

 荒れ狂う海の姿が画面に映っている。

 そこには漂流するように、ただただ流されるように海面に浮かぶ小さな人影。彼女の姿がある。

 

「時刻は……朝9時。

 あの野郎、夜通し潜ってやがったのか」

 

 いったん陸に上がっては、失った水分を補給する。そしてまた暫く潜っては、陸に上がり水分を摂る。

 そんな事を、セイバーはこの嵐の中で半日以上も繰り返していた事になる。

 

『――――ぶっはぁ!! ……はぁっ! ……はぁっ!」

 

 いま再びセイバーが、勢いよく海面に浮上した後に陸に向かって泳いでくる。

 四苦八苦しながら岸壁をよじ登り、陸に上がってから暫しの時間、その場にある木の下に座り込む。

 

『……はぁっ! …………はぁっ!!』

 

 もう言葉も無い、あまりの疲労から視線すらおぼつかない。それでも数分経てば静かに立ち上がり、水を求めてヨタヨタと拠点の方に歩いていく。

 朝だというのに真夜中のような暗闇の中、この嵐によって無残にも倒壊してしまった家の残骸、その傍に置いてあるペットボトルの水を手に取り、ガブガブと飲み干した。

 

『――――』

 

 口元を拭い、背筋を伸ばす。

 そして睨みつけるように海に視線を向けたセイバーが、再び漁へと赴いて行く。

 何を喋る事もなく、ただ海に向かって真っすぐ歩いて行く。身体を打ち付ける雨風になど、もう意識すら留めない。

 

「…………セイバー……」

 

 思わず呟いた、彼女の呼び名。

 だが彼女の疲労した、しかし燃えるような決意を宿したその瞳を見て、キャスターは何も言えなくなってしまう。

 

 波に遊ばれ、それでも懸命に泳ぐ。

 ひとたび潜れば水流にのまれ、その度に必死に態勢を立て直して海面を目指す。

 

 そんな事が今日も、何度も何度も繰り返された。

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、21日目~  (ナレーション、氷室鐘)

 

 

 荒れ狂う海の映像が、再びモニターに映る。

 時刻は9時、昨日よりは幾分か明るい空。それでも島は激しい嵐に襲われ、海は巨大な怪物のようにその身をうねらせている。

 

『――――ぶはぁッッ!! ……はっ! ……はぁぁーっ!!』

 

 勢いよく海面に飛び出し、陸に向かうセイバーの姿が映し出される。

 そのスピードは遅く、前日に比べても明らかに緩慢な動きの泳ぎ。

 

『……ッ!! ……ッッッ!!!!』

 

 今崖をよじ登ろうとしたセイバーが、足を滑らせ海面に落下する。

 慌てて身体をバタつかせ、必死になって水面に上がり、再び岩に手をかける。

 なんとか崖をよじ登った後も、彼女は暫く地面に手を付いたたまま、立ち上がる事が出来ない。

 

「 ――――ねぇ!! なんで止めないの坊や!? なんで止めなかったのっ!!!! 」

 

 その姿を見て、キャスターが激昂する。

 まっすぐに士郎を睨みつけ、怒りに任せて言葉を放つ。

 

「 止めなさいよ!! ボロボロじゃないあの子! 何してるのッ!!

  貴方あの子のマスターでしょう!? なぜあんな姿にさせておくのッッ!!!! 」

 

 立ち上がり、士郎に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。その行為はこの場の者達によって止められるが、キャスターの怒りが止まる事は無い。

 

「 何よ魚獲りって!! 何なのよ一万円生活って!! ふざけないでよッッ!!!!

  ……あの子のあんな姿見て何が楽しいのっ!? 惨めな姿を見て嬉しいの!?!?!

  ――――いったい何してるのよ貴方達ッッ!!!! 」

 

 涙を流して詰め寄るキャスター。悲痛な叫び声がこの部屋に響く。

 

「キャスター」

 

「 なによアーチャー! なんなのよ!!

  貴方だってどうせ、この子たちと同じ 」

 

「――――キャスターッ!!」

 

 アーチャーの一喝に、思わず黙り込むキャスター。

 未だ流れる涙は止まる事は無い。それでも聡明な彼女は、すぐに自分が子供たちに言ってしまった事を思い出し、冷静さを取り戻す。

 

「……見てみたまえキャスター。セイバーが泳いでいる(・・・・・)

 

 優しく肩を抱きながら、視線でモニターを指すアーチャー。

 

「流されるのではなく、泳いでいる。

 のまれるのではなく、しっかりと潜っているぞ」

 

「―――ッ!?」

 

 いまモニターに映るのは、前日までとは違い、必死に波に抗って泳いでみせるセイバーの姿。

 嵐は今も吹き荒れている。波も水流も暴れ狂っている。それでもセイバーが、必死にそれに立ち向かっている。

 

「止めんなキャスター。これはアイツの戦いだ。

 俺達がどうこう出来るこっちゃねぇ」

 

「見ていて下さいキャスター。

 セイバーなら、きっとこんな海に負けたりはしません。……私は知っています」

 

 サーヴァント達が、まっすぐキャスターを見据える。

 その眼には真剣さ、そして強い信頼が宿る。

 

「君も知っているだろう? セイバーの強さを。

 彼女は我らサーヴァントの筆頭。折れる事など、あり得ん――――」

 

 

 今セイバーが、力強くナイフを突き出した。

 それは魚に躱されてしまうが、この荒れ狂う海の中で、即座に態勢を立て直してみせた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『―――――おぉぉぉおおおッッ!!!!』

 

 セイバーが海中を駆けて行く(・・・・・)

 時に海底を蹴り、時に岸壁を蹴り、猛然と魚を追っていく。

 

 躱されても、躱されても、お構いなし。

 ただひたすら魚目掛けて、右手のナイフを突き出していく。

 

「キツイだろうな、やっこさんはモリですらヒラリと躱す連中だ。

 ナイフ当てるどころか、追う事すら容易じゃねぇ」

 

「泳ぐ速度はどうしても向こうが上です。

 人は知恵を絞り、隙を伺い……一瞬の好機をモノにするしかありません」

 

 上から、横から、後ろから。あらゆる角度から魚に迫っていく。

 もう前日までのセイバーではない。その泳ぎは研ぎ澄まされ、漁の為に特化されていく。

 

「ねぇ! あれ見て!!」

 

「……デカイぞッ! なんだあの大物はッ!!」

 

 ふと画面に姿を現したのは、紫褐色を帯びた淡いピンクの身体。

 悠然とカメラの方を向き、その大きなヒレを神秘的な動きでユラユラと揺らしている。 ――――“真鯛“だ! それも1メートルを超えている! こんな大物、滅多にお目にかかれないッ!!

 

『――――ッッ!!』

 

 即座にセイバーが態勢を整え、真鯛に向かって突撃していく。

 狙うは頭上から。潜水の勢いを持って一気に貫くッ!!

 

「いけるぞッ! ヤツはまだ気づいちゃいねぇ!!」

 

 イルカのように身体をうねらせ、ありったけの速度を持って迫っていく。今のセイバーは、解き放たれた矢の如しだ!

 

「おねがいっ……! おねがいセイバー……ッ!!」

 

「セイバー!!」

 

 ヤツがチラリとこちらを見る仕草をする。――――だがもう遅いッ!!

 

「 やってしまえッ!! 一気に貫けセイバーッッ!! 」

 

『 えぇぇええエクスカリバーーーーーーーーッッ!!!! 』

 

 右腕を射出するように、一気に貫く!!

 その勢いは水流となって、辺り一面を衝撃で揺らす!!!!

 

 

 

 

 

『 ――――獲ぉぉぉぉったどぉぉぉおおおーーーーーッッ!!!! 』

 

 

 

 叫ぶ――――

 天に向かい、右腕を振り上げる――――

 

 いま彼女が手にするナイフには、見た事の無いような立派な真鯛が、ブッ刺さっていた!!!!

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『ぴ……ピンポーン!!

 ……こんにちわ切嗣!! こんにちわお母様!!』

 

 嵐が去り、胸がすくような快晴の空。

 今イリヤスフィール・フォン・アインツベルンがとびっきりのお土産を持って、切嗣の住む家に訪れた。

 

『い……イリヤ!?!?

 どうしてこんな所にっ! ……僕は夢を見てるのかッ!?』

 

『……イリヤッ!! あぁイリヤァーーーッ!!!!』

 

 扉を開け、そこにいたモジモジと愛らしい小さなお客様を見つけた二人は、もう歓喜の声を上げてイリヤを抱きしめた。

 

『ちょっ……切嗣ッ! お母様ッ!!』

 

『イリヤッ! あぁイリヤ!! 本当にイリヤなのかい!?』

 

『イリヤァァーー!! あぁイリヤイリヤイリヤーーーっ!!』

 

 彼らがそのMAXテンションを落ち着かせた後に聞いた話だが、切嗣とアイリがこの無人島に住んでいるのには、事情があっての事だったらしい。

 もちろん冬木の聖杯がらみの事なので詳しい事情は省くが、今こうしている切嗣とアイリはまごう事無く“故人“だ。

 その身はいつ消える物とも分からなければ、再びアインツベルンに帰って生活する事も出来はしない。

 

 いくら愛しているとはいえ、会いたくて見たくて仕方ないとはいえ……、彼らが愛娘であるイリヤ、そして養子である士郎に会う事は出来ない。

 若くして親を亡くし、それでも苦しみながら立派にひとり立ちした子供たちに向かって「お父さん達帰って来たよ」などと、どうして言えよう。

 自分達はまたすぐ消えてしまうような身だと言うのに。

 

 だからこの世界にいる間、ここで静かに暮らそう。

 生前は果たせなかった良き夫、そして良き妻として寄り添おう。二人で静かに生きよう。

 そしていつか帰る時は、子供たちの幸せを願い、思い出を胸に帰っていこう。

 たくさん悩んで、たくさん涙を流し、それでも二人は心から子供たちの事を想い、そう見守る事に決めたのだった。

 

『ごめんなさい切嗣、お母様……。私そんな事があったなんて知らなかった。

 二人が私を愛してくれてたって、ちゃんと知ってたハズなのに……』

 

 でももう、止まらない。

 一度会ってしまえば、溢れ出す愛情と想いが止められない。

 三人は抱き合いながら、随分長い間、ただただ涙を流した。

 

『この前は、本当にごめんなさい。

 勝手に家に入ってお味噌汁を飲んだの、私なの……』

 

『いいのよイリヤ! そんなのこれからいくらでも作ってあげるわ!』

 

『僕らは本当に、いつ消えるともわからない身なんだ。

 それでもこれからは、一緒に暮らそう。

 残された時を精一杯過ごして、みんなで幸せになろう』

 

『うん! ありがとう切嗣! お母様!!

 あ、実は今日ね? 二人にお土産を持って来たの!

 この前のお詫びってワケじゃないんだけど……』

 

 やがてその顔に微笑みを取り戻したイリヤが差し出したのは、大きなまな板に乗った“鯛の活け造り“

 それは決して職人さんがやるような綺麗な出来栄えではないけれど、イリヤの心の籠った立派な料理だった。

 

『すごい! こんな立派な鯛、お父さんも獲った事ないよ!!』

 

『これイリヤが捌いたの!? とっても大変だったでしょうに!』

 

『ううん、違うの二人とも』

 

 イリヤが大好きな二人の顔を見つめ、花のような笑顔を浮かべる。

 

 

『友達といっしょに作ったの。

 イリヤのために沢山がんばってくれた、すごい友だちなんだよ――――』

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、22日目~  (ナレーション、三枝由紀香)

 

 

 まん丸のお月様が綺麗だ。セイバーはただ夜空を見上げて、思う。

 

 時刻は午前0時。日付が変わった所だ。

 現在セイバーは海に面した岸壁に腰かけ、静かに夜空を眺めている。

 

『気が付けば、夜になっていました。

 あれから泥のように眠りましたが、まだ節々が痛い』

 

「おめぇ地面に直に寝てたからな。そりゃ痛かろうよ」

 

 嵐がピタリとやんだお昼時、セイバーはセラ達の住む家へと戻り、即座に調理を開始した。

 家にたどり着いた時、プリプリと愛らしく怒るセラの顔、そして「おかえり」と言ってくれたセラの心が嬉しかった。

 その後はあーだこーだ言いながら、セラ監修の元イリヤと鯛を捌いた。

 お魚を捌くというはじめての経験に、イリヤがとても楽しそうだったのを憶えている。

 

 その後は漁船の上で手を振るイリヤを見送り、ランスと共に拠点へと帰って来た。

 ランスに餌と水を用意してから泥のように眠ったが、その間ずっとランスはセイバーに寄り添ってくれていたようだ。ちなみに今も隣で寝息を立てている。

 

『思えば……イリヤスフィールに全ての罪を被せてしまいましたね……。

 頑張って魚を獲ったので、どうか許して欲しい』

 

 一緒に家に忍び込んだ事、そして鯛の活け造りを作った事。それをセイバーはイリヤに口止めした。

 大した理由があったワケではない。ただ家族三人が団らんするのなら、そこに自分の名前が入る事を無粋だと思っただけだ。

 イリヤが魚を調理し、それをありったけの想いを込めて二人に届けた。

 それだけで良いのだと、セイバーは思う。

 

『正直……かなりお腹が空いていました……。

 もし貴方がたまごを産んでくれていなければ、

 私は起き上がれなかったかもしれない』

 

 zzz……と寝息を立てるランスを、優しく撫でる。

 昼間セイバーが寝る前に食べた、ふたつも玉子を使った目玉焼き。あれがあったからこそ、自分は今こうして優しくまどろんでいられる。心身共に元気でいられる。

 

『なにやら、久しぶりに良い気分です。

 ここ最近はソーセージの日々だの漁だので、私には余裕という物が無かった。

 きっと、心が追い詰められていたのですね』

 

 今頃、切嗣やアイリと一緒のベッドで眠るイリヤ。その微笑ましい光景を想像し、胸が暖かくなる。

 今日からまた頑張れる。生きられる。

 リズに正式に譲渡された大切なナイフを見つめ、セイバーはコクリと頷く。まるで自分自身の心に「うん」と、そう返事をするようにして。

 

 するとそんな彼女の背後から、優しく声をかける者の姿があった。

 

『――――がんばったなセイバー。ずっと見てたよ』

 

 思わず、息が詰まった。

 月明りに照らされた微笑み、久しぶりに見る事の出来たその姿に、呼吸すら忘れる。

 

『し――――シロウッ!?』

 

『おう、来たよセイバー。お前に届け物だ』

 

 そこにあったのは、心からの優しい笑みをする、大切なマスターの姿。

 いま士郎が右手に意識を集中し、その魔力を持って、一本の投影物を作り上げた。

 

『よっと。……うん上出来だ! これなら折れる事なんて無い』

 

 士郎の右手に現れたのは、一本のモリ。

 以前の市販の三本モリとは違い、その鋭く輝く先端は一本。

 どんな困難にも負けず、決意を貫く――――そんな想いを体現しているかのような、立派な一本モリだった。

 

『お前の新しい得物だ。受け取ってくれるか?』

 

『シロウ……』

 

 目の前に差し出される、士郎の想いの籠った得物。

 彼がセイバーの為に作った、最高の武器――――

 

 

『誓えるかセイバー。残りの9日間、精一杯やるって。

 このモリで……最後までお前らしく戦い抜くって』

 

 

 まるで騎士が主に誓いを立てるように。

 忠誠を誓い、名誉と共に宝を賜るように。

 

 今セイバーが主の前に跪き……首を垂れ、差し出された一本モリを大切に両手で受ける。

 

 

『――――誓いましょう、我が戦いはこの一本モリと共にある。

 貴方のサーヴァントの名に恥じぬよう、精一杯戦い抜く事を』

 

 

 あの日、月明りの下で交わした誓い。

 たとえ地獄に落ちても忘れないだろうと感じた、この上なく美しい姿。

 

 今、あの時と同じように……、まっすぐに士郎を見つめるセイバーが、強く頷いた。

 

 

 



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獅子の咆哮(肉食系)

 

 

 まん丸お月様の照らす月明りの下、セイバーは再びランスと共に、岸壁に腰掛けていた。

 

 まるでこの数日の嵐が嘘だったかのように、眼前の海は穏やかさを見せている。

 静かに打ち寄せては消える、波の音。その心地よさに耳を澄ませる。

 

『――――しかしながら、おかしいのではないかと思う』

 

「「「?」」」

 

 何やらどこという風でも無く前を見つめながら、憮然とした真顔でセイバーが呟く。

 

 今セイバーの手にあるのは、新しい得物である一本やり。彼女の健闘と無事を願い、士郎がありったけの想いを込めて投影した物。

 正に“約束された勝利の銛(エクスモリバー)“とも言うべき、最高の武器である。

 だがそれをセイバーに手渡した後、士郎は短く「じゃあなセイバー」とだけ告げて、そのまま振り返りもせずスタスタと帰っていた。この場を立ち去って行った。

 それがセイバーには、大いに気に喰わないのだ。

 

『私がやっているのは、一か月一万円での生活。

 特にシロウと会う事を禁じられたワケでも、

 共に居る事を禁じられたワケでも無いハズだ』

 

「えっ、何言ってるのこの子?」

 

 なぜ帰るのか。なぜ大切なサーヴァントをもっと労う事無く、頭をナデナデよしよしする事もなく帰って行ったのか。それが大いに気に喰わない。

 

『切嗣は、アイリスフィールを抱きしめていたではないですか。

 あんなにも、らぶらぶチュッチュとしていたではないですか』

 

「だから何言ってるのこの子?」

 

 あのイチャイチャ夫婦を見た後だから、余計にそう思う。

 私たち主従には、圧倒的にコミュニケーションが足りない。致命的に不足している。そう確信する次第だ。

 

『この月明りは、何の為ですか?

 この人っ子ひとり居ない場所と、ロマンチックな雰囲気は何の為ですか?』

 

「口を閉じたまえセイバー。洩れてる洩れてる」

 

『 ――――もちろんそれは! 我らがイチャイチャする為に他ならないッッ!!!! 』

 

「ついに叫び出しましたよ?! 心の扉フルオープンですか!?」

 

 もし心の形をダムに例えるのなら、それは一瞬にして大決壊。中の水が大いにザッパーといっている。

 

『何故ですかシロウ!? なぜイチャイチャしようとしないのです!!

 前は一緒にお風呂に入っていたではないですか!!!!』

 

「 何してんのよアンタ達ッ!!!!

  あたしも桜もここに住んでるのに!? いつよ!?!? 」

 

 凛と桜が思わず士郎の方を向く。彼は黙って目を逸らすばかり。

 

『抱きしめれば良いではないですか! ギュッてして下さい!!

 それで「アルトリア獲ったどー!」とか言えば良いじゃないですか!!』

 

「魚かおめぇは! モリで刺されろバカ!」

 

『これは由々しき問題だ! 断固抗議しなくてはならないッ!!

 とりあえずこの怒りを、今から海にぶつけてこようと思います!

 なにやらもう、辛抱たまりませんので!

 ……さぁランスロット、いったん拠点に戻りますよ!!」

 

 zzz……と寝息を立てるランスを抱きかかえ、ダダダとばかりにセイバーが駆けて行く。

 拠点に張ったテント内にランスを寝かせた後、凄まじい速度をもって海へと走り、そのまま勢いよく飛び込んだ。

 

『エクスモリバーーッ!!』(アジ)

『エクスモリバーーーッ!!!』(カワハギ)

『エクスモリバーーーーッ!!!!』(カサゴ)

 

 次々と魚をゲットしていくセイバー。ビシュンビシュンとモリが唸る。怒りの感情そのままに縦横無尽に海中を駆けまわる。

 とにもかくにも、士郎のくれたこの得物は確かな性能のようだ。まるで吸いつくように手に馴染み、一度たりとも狙いを外す事が無い。

 そしてそれが、何故だか無性に腹立つ。

 

『エクスモリバー!』(イカ)

『エクスモリバーッ!』(メジナ)

『エクスモリバーーッ!!』(ヒラメ)

『エクスモリバーーーッ!!!』(ハマチ)

『エクスモリバーーーーッ!!!!』(伊勢エビ)

 

「「「 つよっ!! エクスモリバーつよっ!! 」」」

 

「 もう良いだろうがよ!? そんな食えねぇよ!! 」

 

 この武器の確かな性能、それに加えて現在は夜である。

 すなわちお魚さん達の睡眠時間ということもあり、絶好のハンティングタイム! もう入れ食いの状態だ。(モリ突き漁だけど)

 

 手持ちの網を魚でいっぱいにしては、いったん拠点に置きに戻る。

 また網をいっぱいにしては、拠点に戻る。セイバーはそれを延々と繰り返していく。

 結局夜が明けるまで漁を続け、もうビックリする位に魚を獲ることが出来た。

 

『ぬぅおぉぉぉおおおお~~ッッ!!』シュババババ

 

 その一部をクーラーボックスに入れたセイバーは、即座にピョーンと岸壁から飛び降り、そのまま水上ダッシュで走る。

 片道一時間の距離を行き、いったん冬木市へ戻っていく。

 

『おぉ! お魚だ! こんなにいっぱい余にくれるのか!?

 ありがとう隣の部屋の人!』

 

 バンザーイ! と両手を上げて無邪気に喜ぶ、赤いドレスの女の子。

 そのキラキラした愛らしい笑顔をしっかりと見届けた後、すぐさまセイバーは海に引き返し、また水上を走った。

 

 そして、やがてスッキリした顔で無人島に帰還し、ようやくいつもの拠点にて、その足を止めた。

 

 

『――――ふぅ、なにやら清々しい心地です。

 やはり何かあった時は、運動をするに限る』

 

「私の涙を返して?」

 

 

 大丈夫、この子は大丈夫。鉄で出来ているのよ。

 もう今後何があろうとも、セイバーの身体を心配したりはしない。キャスターはそう心に誓う。

 

 アンタ普段どんだけ甘やかしてたのよ……。

 そんな皆からの目線が痛い、士郎であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、24日目~  

 

 

 その後もセイバーの一か月一万円生活は愉快に、そして穏やかに過ぎて行った――――

 

『出来ました! セイバーハウス2号です!!』

 

『コケェーー!!』

 

「クォリティ上がりましたね。

 というか、開き直ってキン肉〇ン描いてないですか?」

 

 

 

 ~25日目~ 

 

『料理の神よぉー! 火の神様よぉ~!』

 

『コケェーー!!』

 

「 油にポーンやめなさいっ!! 魚は捌けるようになったでしょうが!! 」

 

 

 

 ~26日目~  

 

『いざ勝負です! 我がエクスモリバーを受けるが良い!!』

 

「セイバーvs海のギャングか……心が躍るな」

 

「さっき、でけぇタコにびびってたけどな。

 なんかトラウマでもあんのか?」

 

 

 

 ~27日目~  

 

『拠点の近くで、放置されていた五右衛門風呂を発見しました。

 さっそく入ってみたいと思います』

 

「 ちょ……なに撮ってんのよバカ!!

  貴方たち目を瞑りなさい! 早く瞑りなさいなっ!! 」

 

「 男子サイテー!! 」

 

 

 

 ~28日目~  

 

『ランスロット……貴方なら出来ます。

 共に漁に出ようではありませんか……』

 

「 ニワトリを海に入れようとするな!! 君ものほほんとしてないで逃げたまえ!! 」

 

「 ランス?! 私のランスがッッ!!

  どんぶらこと言わんばかりにぃぃぃいいいーーーーッッッ!!!! 」  

 

 

 

 ~29日目~

 

『 獲ったどぉぉおおーーーーッッ!!!! 』

 

「――――サメッ?! ついにサメ獲ったのこの子!?」

 

「ちゃんと全部食えんだろうなお前……。美味ぇらしいがよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時に笑い、時に落ち込み……。

 それでもセイバーはこの一か月一万円生活を、自分らしく精一杯、駆け抜けていった。

 

 あの月の夜、士郎に約束した通りに――――

 

 

 



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いつか蘇る王。

 

 

 ~一か月一万円生活、最終日~  (ナレーション、言峰綺礼)

 

 

「「「 ラスボス!?!? 」」」

 

 彼の素晴らしいミドルボイスで紡がれる、しかしどこか「イラッ☆」っとするようなナレーションの事は置いといて……。

 現在、時刻は朝6時。

 漁の為の装備を身に纏ったセイバーが海岸に立ち、万感の想いを込めて朝日を見つめていた。

 

『――――行ってくるぞランスロット、これが最後の漁だ』

 

 まるで出陣していく主の戦いを祝福するかのように、ランスロット(雌鶏)が大きな声で「コケェーー!!」と鳴く。

 そんなこの上ない声援に心強さを感じながら、今セイバーが勢いよく海へ繰り出す。

 

『海へ~~! ピョォォオオーーーーン!!!!』

 

 大きな水しぶき、そして〈ドッボーーン!!〉という大きな音を立て、雄々しく海に飛び込むセイバー。

 なにやら思いっきり水面でお腹を強打していたようだが……、剣の英霊である彼女にとっては屁のカッパなのだ!

 

『……サーヴァント、セイバー。推して参りゅッ!!』

 

「噛んでる噛んでる。涙目になってんぞ」

 

 やっぱちょっぴり痛かったのか、なにやら泣きそうな顔をしながらセイバーが泳ぎ出していく。(お腹を押さえながら)

 狙うは、家族全員分のお魚。

 お世話になった人達へ贈る、感謝の印なのだ!!

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『エクスモリバァァーーッ!!』

 

 鋭く突き出されるセイバーのモリ。見事その先端に獲物を捕らえた。

 

『ハマチ獲ったどぉぉーーーッ!!

 これは食いでがあるっ、大河へのお土産としましょう!』

 

 獲物を網にしまいながら、セイバーが満足そうに頷く。

 

『エクスモリバァァアアーーーーッッ!!

 ……おぉ、なんと立派なカレイ! この魚は煮付けにすると美味しいと聞く。

 近年見事に料理上手となったキャスターへ贈るとしましょう』

 

「……セイバー」

 

 キャスターの目が、思わずうるんでしまっている。

 得物を手にし、嬉しそうな表情を見せるセイバー。

 

『フグ獲ったどぉぉーーーーーッッ!!

 調理の難しい魚と聞きますが、まごう事なき高級魚!!

 これは桜に贈ります! 彼女ならばなんとかしてくれるハズだ!!』

 

「ふふ♪ 一度お魚屋さんにお願いしてみますね♪

 そしたらみんなでお鍋にしましょう♪」

 

 フグは毒があるので素人には捌けないが、セイバーの為にも美味しい料理を作る事を桜は誓う。ニコニコと嬉しそうだ。

 

『ハリセンボン獲ったどぉぉーーーっ!!

 ……うむ、これは凛に贈るとしましょう! 彼女にピッタリだ!』

 

「 なんでよっ!! 」

 

 まぁハリセンボンは意外と愛らしい魚であるし、実はとっても美味しいので、セイバーが凛にハリセンボンを選んだ理由は不問としてあげて欲しい。

 

『何故こんな所に太刀魚が?! これはアサシン(小次郎)へのお土産で決まりです!

 ライダーには蟹、アーチャーにはヒラメ、ランサーは青いので鯖を贈ります!』

 

「色かよオイ! まぁ立派なサバみてぇだけどよ」

 

「ふふ、蟹の私は勝ち組ですね。ありがとうございますセイバー」

 

「ヒラメか。ムニエルにするのが定番だな。やってみるとしよう」

 

 その後もお世話になった人達の為、次々に魚を獲っていくセイバー。

 身体の大きなバーサーカーには何が良いかと悩むのだが、どこかにマグロでも泳いでいないものだろうか?

 あーだこーだ言いながら、海を泳いで周る。

 

『……ん、あれは?』

 

 幾多のお魚との戦いを制し、悠々と海を泳いでいたセイバー。

 今その目の前に、今まで見た事も無いような立派なカサゴが姿を現した。

 

『……大きい! カサゴは比較的ありふれた魚ですが、

 このように立派な物は初めてだ!!』

 

 カサゴは日本の海に広く生息し、原典である番組でも毎回のようにお世話になる魚である。

 唐揚げ、煮付け、どのように料理しても美味しい優秀なお魚さん。

 それもこのような見た事の無いほど立派な物となれば、さぞとんでもなく美味しい事だろう。

 

『……決めたぞ、これはシロウへの贈り物だッ!!

 いざ勝負だカサゴよ!!』

 

 今セイバーが猛然と潜水していき、一気に頭上からカサゴに襲い掛かる。

 

⦅――――水王結界(ストライク・みず)ッ!!⦆

 

『ぐぅわあぁぁーーーッッ!!』

 

 その時、突然セイバーの身体が大きく跳ね飛ばされた!

 岸壁に衝突するセイバーの身体!! 対してカサゴは今も悠然と泳ぎ、じっとセイバーの方を見つめている。

 

「なんだあのカサゴはッ!? 何者だっ!!」

 

「今なんか宝具みたいなの使わなかった!? 水流が巻き起こったわよ!?」

 

「!?!?」

 

 激しく背中を打ち付けられ、暫し硬直するセイバー。

 その表情は驚愕に染まり、ただ目の前にいるカサゴを見つめる事しか出来ない。

 

⦅――――そうか、相手は“女子供“だったな。

 少し手加減をしてやるべきだったか⦆

 

『ッ!?!?』

 

 今カサゴが、セイバーの脳に直接語りかける。謎の不思議な力を使って。

 

⦅――――来るがいい騎士王よ。モリの整備は充分か?⦆

 

『……おっ、おのれぇぇぇええーーーーーーッッ!!』

 

 ここが水中だという事も忘れ、雄たけびを上げながらセイバーが襲い掛かる。

 しかしてカサゴはヒョイヒョイとモリを躱し、雄々しく悠然と泳ぎ続けている。

 

⦅――――約束された勝利の銛(エクスモリバー)。人類最高の聖銛とやらも、所詮その程度か……⦆

 

『黙れッ! 黙れぇぇぇええーーーーーッッ!!!!』

 

 セイバーが渾身の力を持ってモリを突き出す。しかしその矢じりは〈ガキン!〉と音を立ててカサゴの鱗に弾かれる。水中であるハズなのに。

 

⦅――――見事、だが未熟。 (かわず)よ、大海を知れ。

 カサゴエリッシュッッ!!!!⦆

 

『ぬわーーッッ!!!!』

 

 再び大きく吹き飛ばされ、セイバーの身体が〈ザッパーン!〉と海面まで放り出される。その後プカプカと海面に浮かぶ。

 

 

⦅――――騎士王よ、まだ挑んで来るが良い。

 この海は余すところ無く、我の庭……。

 決して貴様を退屈させぬ世界である事を、我が保証しよう⦆

 

 

 やがてそのカサゴは悠然とセイバーの前から姿を消し、辺りは静けさを取り戻す。

 今観た光景を受け入れられず、サーヴァント達はただただ呆然とする。

 

「……な、何だったの? 今の……」

 

「凄まじいオーラでした……。画面越しでも、肌がピリピリする程の……」

 

「KASAGO……」

 

 詳しい事は、分からない。

 ただあのKASAGOは並みの魚ではなく、きっとこの海の英雄的な存在であったのではないかとサーヴァント達は思う。

 その武勲や人々の信仰によってサーヴァントという存在が作られるように……、もしかしたらあのKASAGOも、この海の魚たちにとっての“英霊的な存在“であったのかもしれない。

 

 この海の全ての魚たち……。

 その願いを受けて、あのKASAGOはセイバーの前に姿を現したのかもしれない――――

 

 

『私は、帰ってくる……。

 必ず貴公の前に帰ってくるぞ、KASAGOよ……!』

 

 いつか戻る王、アーサー王――――

 確かあれはそんな意味ではなかったような気がするけど、どうでもいい話であった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『帰って来たぞ! 冬木市に!』

 

 海での激闘を終え、片道一時間をかけて冬木に戻ったセイバー。

 沢山の荷物とお魚の入ったクーラーボックスを背負い、久しぶりにこの街に帰還した。

 

『最後の一日は、あの部屋で過ごそうと思います。

 所持金は703円ほど残っていますし、まだまだやり残した事もある』

 

 思えばこの生活の前半は、買い物や料理で苦労していたものだ。

 あのカツ丼での大失敗や、ソーセージで過ごした9日間は苦い思い出となっている。

 ゆえにこの最終日は、残されたこの軍資金を使い、ひとつ豪勢にいこうと思っている。

 一日分としては充分な軍資金があるし、これを使って食材を買い、再び料理に挑んでみよう。さて何を作ってみようか?

 

 そうホクホクしながらルンルンと駅前を歩くセイバー。……すると突然、彼女に声を掛けてくる者の姿があった。

 

『すいませんお嬢さん! ちょっといいですか!?』

 

『ん? なんでしょう?』

 

 声を駆けてきたのは、見知らぬ中年の男。

 なにやら彼はオロオロとした様子で、その表情に困惑しているような色が浮かぶ。

 

『実は財布を落としてしまい、家に帰る事が出来ずにいるんです……!

 申し訳ないのですが、もし良かったら、

 電車代を貸してはもらえませんか……!』

 

『ぬぬっ、それは大変だ。さぞお困りだった事でしょう』

 

 話を聞くやいなや、即座にイソイソとがま口を取り出すセイバー。

 そして迷いなくほぼ全財産である700円を、彼に手渡す。

 

『あぁ……ありがとうございますお嬢さん! 感謝します!』

 

『いえいえ、困った時はお互い様という物です。

 気をつけてお帰り下さい』

 

 頭を下げる男に対し、フリフリと手を振るセイバー。そして相手の連絡先を訊ねる事も無く、そのまま帰路に着いていった。

 

「あら……、お金あげちゃったのね。今夜どうする気なのかしら?」

 

「また料理に挑戦する気だったでしょうに……残念です。

 しかし彼女の性格からして、見過ごす事は出来なかったのでしょう」

 

 のほほんと話す女性サーヴァント達。しかし今の光景を見て、アーチャーが苦い表情を浮かべている。

 

「……馬鹿者ッ! それは詐欺だッ!!

 一時期問題になった詐欺の手口だッ!!」

 

「!?!?」

 

 それを聞いた二人は驚愕。対してアーチャーとランサーは未だ渋い表情をしている。

 今画面に映る、笑顔で家路を歩くセイバーを見つめて。

 

 電車代を貸して欲しいと言い、通りすがりの人間からお金をだまし取る手口。

 これは決して大金ではないが、だからこそ騙される方も相手の連絡先など聞かず、善意によってお金を騙し取られてしまう。

 一時期話題となり、警察からの注意がニュースで流れた事もある、詐欺の手口であった。

 

「いや……でも本当に困っていたという事も……」

 

「駄目だな、アレを見ろよ? やっこさん嬉しそうな顔してやがんぜ」

 

 立ち去っていくセイバーの背中をニヤリと笑いながら見送った男は、その足でタバコの自動販売機に向かい、さっき受け取った小銭を投入する。

 まるで「ちょろいちょろい」とでも言うかのような表情を浮かべて。

 

「……ッ!! なんなのよあの男ッ! すぐ警察に!!」

 

「映像も残っているのです! これを届ければ!」

 

「ふん、それも良いが……。どうやら必要は無さそうだぞ?」

 

 腕を組み、ニヒルな顔をするアーチャー。

 今モニターには、取り出し口からタバコを取り出そうとする男……その肩にポンと手を置く者達の姿があった。

 

『――――御仁、すまんが少し顔を貸してもらえるか?

 近頃腕が鈍っていてな。このゲイ・ボウの冴えを取り戻したいのだ』

 

『■■■――――ッ! ■■■――――ッ!! セブンスタァァーーッッ!!』

 

『神は決して人を罰したりはしなぁ~いッ!

 いつだって人を裁くのは、人間なのでぇすッ!!』

 

『 ……ヒィィッ!? 』

 

 見知らぬ屈強な……なんか二本槍もってたり、モヤのかかった黒い鎧を着てたり、眼が異常にギョロついてたりする男達に取り囲まれ、中年の男が額に脂汗を浮かべる。

 

「へいへい、これにて一件落着ってか?」

 

「金は戻って来んが、セイバーの自業自得という物だ。

 それにアレは、まごう事無き彼女の善意からの行動……。

 知らぬが華という言葉もあるさ」

 

 今モニターには、久しぶりに自宅に帰還したセイバーの姿。

 ランスと共に嬉しそうな表情を浮かべる彼女を見て、アーチャーがニヒルに鼻を鳴らした。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 今日の夕食は、塩おにぎり。ランスのたまごを使った玉子焼きもある。

 それを笑顔でモグモグと食べるセイバー。

 

「結局、寂しい夕食になっちゃったわね……」

 

「でも、美味しそうです。

 がんばって作った玉子焼きも、良い出来でしたから」

 

 やがてお腹がいっぱいになり、満足気な顔のセイバー。ご馳走様でしたと元気に手を合わせ、たまごを産んでくれたランスに感謝を伝える。

 

『どうやら、貴方の羽の生え代わりは終わったようですね。

 とても綺麗ですランスロット。カッコ良いですよ』

 

 今もセイバーに背中を撫でられ、「コッコッコ」とのんきな声で鳴くランスロット(雌鶏)

 これからはランスの体調も万全な物となり、きっと頑張り屋な彼女は毎日のようにたまごを産んでくれる事だろう。それをとても楽しみに思うセイバーだ。

 

『思えば、辛い時期であったにも関わらず沢山たまごを産んでくれたからこそ、

 私はこの生活を成し遂げる事が出来た。挫けずにいられた。

 ランスロット、貴方に感謝を――――』

 

 抱き上げて、優しく頬擦りする。ランスも気持ちよさそうに目を細め、ご満悦の様子だ。

 

 そんなセイバーらの姿を、いまモニターの前のサーヴァント達が、言葉もなく見つめている。

 騙され、お金を無くし、決して良いとは言えない寂しい食事。……それでもセイバーとランスが今、心からの笑顔を浮かべている。

 一人と一羽が共に寄り添い、幸せそうに笑っている。

 

 それを、「美しい」と――――

 これはとても尊い物だと、彼らは感じるのだ。

 

 

『明日からは、また衛宮家での生活が始まります。

 きっと貴方も、皆に良くしてもらえる。今から楽しみです』

 

 セイバーは暫し天井を見上げ、じっと思いにふける。

 シロウ、リン、サクラ、ライダー、大河――――また家族と一緒に、楽しく暮らせるのだ。

 

『帰ったら、何を報告しましょうか?

 買い物の事、料理の事、そして無人島の事……。

 シロウへの土産話は、抱えきれない程ある』

 

 いつのまにやら、ポロリと零れていた涙。それを「いけないいけない」とグッと拭い、彼女がとびっきりの笑顔を浮かべる。

 

『残り所持金は3円……ゼロではない。

 私はこの一か月一万円生活を、やり遂げたのだ――――――』

 

 

 

 

 電気を消し、ランスとお布団に入る。

 

 明日からの生活に想いを馳せながら……、セイバーは眠りにおちていった。

 

 

 

 

 

 ―――一か月一万円生活、終了―――

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ~一か月一万円生活、その後~  (ナレーション、衛宮士郎)

 

 

『……さ、さあ帰って来ました。なにやら胸がドキドキします』

 

 衛宮家に辿り着き、門の前でソワソワしているセイバー。

 魚の入ったクーラーボックス、そしてこの生活で得た大切な友達(雌鶏)。それを早く士郎に見せたくてワクワクすると共に、なにやら緊張してきたのだ。

 

『こんにちわ……、お邪魔しますも変ですね……。

 いけないいけない、ここは主であるシロウの家。私の居るべき家だ。

 ――――ただいま帰りました! シロウ!!』

 

 勢いよく門を開け、全ての想いを振り切るように一歩を踏み出す。

 そこには夢にまで見た愛しの主の姿。出迎えに来てくれた士郎の姿があった。

 

 

 

『――――ッ』

 

 思わず、息が詰まった――――

 

 溢れ出す想いと共に、じんわりと瞳に涙が滲む。士郎の顔を見た瞬間、いままでの思い出が一気に脳裏を駆け巡る。

 泣いた事、笑った事、寂しかった事……、そして自分が胸を張って「頑張った」と言える、あの一か月一万円生活の事全てが。

 

 零れ落ちようとする涙を振り切るように、ようやくゴールテープまで辿り着いたランナーのように……、いまセイバーが一歩を踏み出す。

 

 万感の想いを込め、まっすぐに男の子のもとへ。

 愛しのマスター、士郎の胸に向かって――――

 

『し……シロウ!! 会いたかっ……』

 

 ――――その時、突然閃光のように駆け抜ける白い影。

 セイバーの横をすり抜け、一瞬で士郎の胸に飛び込む何かの姿。

 

『あ、こらっ、ランス! くすぐったいよっ!

 あはは、おかえりランスロット。元気してたか?』

 

『…………へっ?』

 

 彼の胸に飛び込もうと……駆け出そうとしていた足を止め、ただ茫然とするセイバー。

 今彼女の眼前には、もう「はーん♡」とばかりに士郎の胸にスリスリ抱き着く、一羽のニワトリの姿があった。

 

『お、セイバーも(・・・・・)おかえり。ご苦労さん』

 

『えっ……』

 

 抱きしめてもらえる。やっと思う存分イチャイチャ出来る。それを心の支えとして今まで頑張って来た。

 ……しかし、いま愛しの士郎の胸にいるのは、自分ではなくニワトリだ。

 今まで共に過ごして来た、自らが友として信頼してきたランスロット(雌鶏)である。

 

『あ……あの? シロウは、ランスロットとは……』

 

『ん? 仲良しだぞ俺達。

 無人島でもセイバーが漁に出てる時とか、俺がランスの世話してたんだぞ?』

 

(はーん♡ スリスリ♡)

 

 嬉しそうにランスを撫でてやる士郎。「これから一緒に暮らせるな」と暖かな眼差しでランスを見つめる。セイバーにでは無く。

 

『ん? ……ん?』

 

 おかしい。なんか思ってたのと違う。

 セイバーの脳裏に、いくつも「?」が浮かぶ。今の状況が全く理解出来ない。

 

 ふとランスに目を向けてみれば、彼女がいま士郎に抱きしめられながら、確かにセイバーを見て「フッ!」と笑ったような気がした。

 

⦅――――友情と恋愛は別です、王よ⦆

 

『 !?!?!? 』

 

 何か不思議な力により、セイバーの脳に直接届いた言葉。

 それはランスロット(雌鶏)からの宣戦布告。「彼は私のです」という宣言。

 ――――――裏切りの騎士(ランスロット)ッ!!

 

 

『 ほ……ほわぁぁぁあああ!! ほわぁぁぁああああーーーーッッ!!!! 』

 

『お、おい! セイバー!!』

 

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 駆ける、セイバーが駆ける――――

 荷物も、魚も、裏切りの騎士(雌鶏)も置いて、彼女が外に向かって飛び出して行く。

 

『 うわぁぁぁぁあああああ!! うわぁぁぁぁああああああーーーーーッッ!! 』

 

 漫画みたいに涙をまき散らしながら、セイバーが冬木商店街を駆け抜けていく。

 それに驚いた顔の八百屋さんやたい焼き屋さんも気にする事無く、駆けていく。

 

 友を失い、主を取られ――――もうセイバーの心はグシャグシャだ。

 何をどう思えば良いのか分からない。

 

 

『 わああああああああああ!! わああああああああああ!!!! 』

 

 

 ――――とりあえず走ろう! 無人島まで!!

 

 あの無人島に帰ろうッ!!

 セイバーはそれだけを想い、再び海へ向かって走って行った。

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

「…………おい、映像終わっちまったぞオイ」

 

「こ……これがオチなの? この一か月一万円の……?」

 

 画面は暗転し、全ての映像が終了した事を示している。

 それを見て、驚愕しているサーヴァント達。

 

「か、彼女の戦いは何だったのですか……? 何の為に彼女は……」

 

「海へ帰ったと言うのか、セイバーは……」

 

 帰りましょう……海へ帰りましょう……。

 まるでそう言わんばかりに涙をまき散らしながら走り去って行った彼女の背中。それが当VTRにおける最後の映像であった。

 これが終わりだと示す「完!!」という文字も、画面に表示されている。

 

「うん、とりあえず終わりだ。みんなお疲れさん」

 

「 ――――おめぇ思う所はねぇのか!! 何とも思わねぇのかよ!!!! 」

 

 のほほんと終了を告げる士郎に、思わず叫んでしまうランサー。

 

「えっ? ……あーランスの事だけど、これから衛宮家で一緒に暮らすぞ。

 昨日は俺と一緒の布団で寝たよ」

 

「 そんな事を訊いているのではないッッ!! 彼女はどうなったのだっ!?!? 」

 

 思わずアーチャーも叫んでしまうが、士郎は今ものほほんとした顔だ。

 凛や桜や慎二、彼らも苦笑を浮かべつつ、今ものほほんとしている。

 

 

「セイバーか? それならもう少しだけ待っててやってくれ。

 もうすぐ、ここに来ると思うから」

 

「セイバーさんは、いま調理場にいますよ♪

 頑張ってお魚を捌いてくれてます♪」

 

「「「 !?!? 」」」

 

 その声と同時に、居間の襖が開く――――

 そこから、沢山のお刺身が乗ったお盆を抱えたセイバーが、この場に現れた。

 

 

「――――ただいま帰りました皆さん!

 今日は皆さんに、私の獲って来た魚を食べて頂きたいのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元気な声、はじけんばかりの笑顔――――

 

 いま衛宮家の居間で、沢山のお魚を囲んでの宴会が始まった――――――

 

 

 

 








☆スペシャルサンクス☆

猫屋敷さま♪
かのとさま♪


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一か月一万円で生活する天津飯。



 なにぃ? 続きが読みたい? 続編を書けだとぅ?

 ――――だ っ た ら 書 い て や る よ ッ !!


 もぉ~う♪ ホントみんな欲張りさんなんだからっ♡
 これで満足かッッ!!







 

 

『どうも、天津飯だ。今日からこの一か月一万円生活に挑む事になった』

 

 

 衛宮家のTVに、なにやら上半身裸に胴着のズボンだけを履いた男が映っている。

 

『不慣れな事で戸惑いはあるが、やるからには精一杯励むつもりだ。宜しく頼む』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 そして、それを見て言葉を失っている第五次サーヴァント一同。

 

『さて、まず今後の買い物の方針についてだが。これは友人であるランチのアドバイスに従い、

 小麦粉をメインにいくつもりだ。

 聞く所によると、これさえあれば何とかなるらしい。

 後は光熱費などの節約術については……』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 モニターの中、淡々と所信表明や今後の方針を語っていく天津飯。

 ちなみにサヴァ勢4人のすぐ傍には、「キャッキャ♪」とランスと戯れているセイバーの姿もあったりする。

 

『日中は極力電気を付けず、太陽の光のみで生活する。

 豆電球などはあらかじめ取り外しておき、不要な時は冷蔵庫のコンセントを……』

 

「おい、坊主よ」

 

 今まで黙ってモニターを見つめていたランサーが、一切の表情を無くした真顔で士郎に声をかける。

 

「こいつは、いったい誰だ(・・・・・・)?」

 

 ――――知らん。ランサーはこの男を見た事も無ければ、名を聞いた事も無い。

 気が付けば、この場に居る4人のサーヴァント達も、感情の無い瞳で士郎の方を見ていた。

 

「……えっと」

 

 士郎は冷や汗をかきながら、ただただバツの悪そうな顔で4人からの視線に耐える。

 

「……ごめん、俺もよく知らないんだ(・・・・・・・・・・)

 なんか今日郵便受けを見たら、この天津飯って人からのDVDが送られて来てて」

 

 士郎は嘘偽りなく、正直に話す。

 俺はこの天津飯なんて人と会った事も無ければ、話をした事も無いのだと。

 

「宛先を間違えたのかな……って思いはしたんだけど、

 何故がしっかりと宛先には俺の名前と住所が書いてあるし……。

 これに同封されてた俺宛ての手紙には、なんか『ご覧になって下さい』って、

 そう書いてあって……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 今もTV画面には、今後の方針や自分の考えてきた節約アイディアをフンスフンスと興奮気味に語る天津飯の姿が映っている。

 セイバーが我関せずといったように、いちゃいちゃランスと戯れる中……4人は一切表情を変える事の無い真顔のまま、ギギギッと画面に向き直る。

 

『買い物はもちろんだが、例えば野草の採取や、

 山の幸を採りに行くといった食料調達も重要だ。

 俺は山での修行経験も多く、食べられる植物についての豊富な知識が』

 

「なぁ、坊主よ」

 

 画面には、今回の挑戦に自信ありげな天津飯氏のドヤ顔が映し出されている。

 それを余所に、再びギギギ……っと士郎の方を向くランサー。

 

「じゃあよ……なんで俺たちは、これを観せられてんだ(・・・・・・・・・・)?」

 

 いま居間のテーブルで、セイバーがランスと一緒にニコニコしながらポテトチップを食べている。

 それを余所に、士郎が目を泳がせながらその問いに答える。

 

「いやっ……あの、手紙にさ? 『どうぞ皆さんでご覧になって下さい』って、

 そう書いてあって……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 感情の視えない、ハイライトの消えた瞳。

 サーヴァント達は三度ギギギ……っとモニターに向き直る。今も自信に満ち溢れた顔で熱っぽく語る3つ目の男の方へ。

 

『世間ではその戦闘力ゆえか、サイヤ人ばかりがもてはやされ、

 俺たち古参のキャラ達に日の目が当たる事は少なくなってしまった。

 だが皆、今一度思い出して欲しい。

 俺を始めとする初期のライバル達が作品を支えてきたからこそ、

 今日(こんにち)のドラゴンボールという作品の素晴らしい大成が』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 なんかもう、一万円生活と関係の無い事まで語り始めている天津飯氏。その拳はギュッと固く握りしめられ、熱のこもった声で自らの考えを熱弁している。

 

『まぁ世界中にファンを持つドラゴンボールという作品、

 当然サイヤ人以外のキャラの話も、雑談の場に上がる事はある。

 ……しかし俺が許せないのは、その場においても話に上がるのは、

 地球人最強と“世間的には言われている“クリリンと、

 本作のヒロインキャラであるブルマという恋人に逃げられたばかりか、

 サイバイマン戦におけるその情けない死に様が妙に愛されているヤムチャばかり。

 どうだ? これはとても不公平な事だと、そう思わないか?

 セル戦における、命を賭してまで気功砲を打ち続けた俺の素晴らしい雄姿は、

 もちろん今も君達の脳裏に焼き付いている事と強く確信して』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……なぁ、坊主よ」

 

 ランサーは、三度(みたび)士郎の方へギギギ……っと向き直る。

 

 

「こいつは、何なんだ(・・・・)?」

 

 

 何なんだコイツは。いったい誰なんだコイツは。

 なぜコイツは士郎の家に、この恐らく自撮りであろう自主制作の映像を送り付けて来たんだ。

 

「分からないよ……さっきも言ったけど、俺この人と一切面識が無いんだよ。

 なのに何で俺にコレを送り付けてきたのか……俺が知りたいくらいなんだ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

『良いか? 本当に称賛されるべきは、そいて愛されるべきは、

 俺のような初期から作品を支えたキャラクターであって、

 決してベジータやトランクスや悟空の子供たちといった、サイヤ人達ではなく』

 

 よく見ると、今モニターに映る天津飯とやらの目には、感情が高ぶっているのか、ほんのり涙が浮かんでしまっている。

 きっと今までの鬱屈や、不遇だった自身の境遇を語っている内に、涙が出てきてしまったんだろう。

 

 ちなみにセイバーは今もランスと共に、のほほんとカラムーチョを食べている。そろそろピザポテトに取り掛かるようだ。

 

『ゆえに今回、この一か月一万円生活という企画へと挑戦してみた次第だ。

 至らない所も多いだろうが、これも俺というDB最大の功労者の復権の為だ。

 ぜひ俺の活躍をその目に焼き付け、大きな声援を送ってくれ』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 恐らくなのだが……彼はどこぞで「セイバーという娘が一か月一万円生活という物にチャレンジし、冬木市でちょっとした話題になっている」という話を聞きつけたのだろう。

 そして最近はDB本編も終了して暇な事も多いし、そもそもセル編以降はあまり出番も無く暇を持て余していたし……そういった事情からまるでユーチューバーにでもなるようなテンションで「いっちょ自分も」と思い立ったのだろう。

 

 自分を主人公として人気企画をやれば、不遇だった自分の株も復権するハズ。

 そんな二匹目のドジョウ、もしくは勝ち馬に乗るというか……。

 そういった理由で、こちらにすり寄って来たのかもしれない――――

 

 

「「「「…………」」」」

 

 今キャスターが音も無くスッと立ち上がり、ライダーは何気なしというように立ち上がり、ランサーアーチャーも黙ってその場を立つ。

 そして、スタスタと玄関の方に歩いて行った。

 

 天津飯が仲間にして欲しそうにこちらを見ている。

 仲間にしますか?

 

  はい

 →いいえ

 

 

「ちょ……!? ちょっと待ってくれよみんな!! 番組は?! このDVDは?!」

 

「あ~無駄足だったぜ。ここに来りゃ坊主の美味いメシでも食えるかと思ったが、

 あんなモン観せられながらじゃな」

 

「同感だよランサー。別に小僧の料理など食いたくもないが、

 あのような物、観る謂れは無い。」

 

 士郎が慌てて駆け寄るも、もう4人は出ていく気まんまんだ。制止を聴き入れる素振りも無い。

 

「あのね坊や? 私は家事とか宗一郎のお世話とかで忙しいの。

 こんな事で呼びつけられたらね? たまった物じゃないわ?」

 

「ですです。では私は暫く自室で本を読んでいますので、

 また夕食時になったら声を掛けて下さい。

 それまでは、決してノックをせぬようお願いします」

 

「待ってくれって! じゃ……じゃあこれどうするのさ?!

 このワケのわからないDVD,まさか俺ひとりで観ろって……!」

 

『いいか? 子供たちが真似るべきは、決してカメハメ波やギャリック砲ではなく、

 ドドン波や気功砲といった鶴仙人流の』

 

 今もTVからは、まるで涙ながらに訴えるような天さんの声が聞こえている。

 サーヴァント達は「知るかアホ」とばかりに士郎の制止を振り切り、それぞれの居場所へと帰還すべくイソイソと準備にかかる。

 

 だが……。

 

 

『――――ちなみにチャオズは置いてきた。

 はっきり言って、今度の戦いには付いて来れそうにない』

 

 

「「「 お前が言うな! お前がッ!!!! 」」」

 

 

 

 

 

 

 ハモッた。綺麗に全員の声がハモッた――――

 

 みんなこの人を知らないのに。見た事もないハズなのに。

 でもそこだけは「お前が言うな」と、何故か心の底から叫んでしまった。

 

 

 

 ちなみに、皆がこのDVDの続きを観る事は無かった。

 

 

 






 本当にすいませんでした(謝るとは言ってない)

 では改めまして……お読み下さいまして、まことにありがとう御座いました!
 さよなら、天さん。





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