センゴクの孫 (はむらび)
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詰んだ世界で、私は

「なんでも欲しいものをあげよう」12歳の誕生日に、お爺ちゃんはそう言った。

「ほんとうになんでもいいの?」「ああ。私に手に入れられるものならね」

 そう。なんでも。

 仕事に打ち込んできたお爺ちゃんには、ただ一人の孫にさえまともにかまってあげられなかったという負い目があるのだろう。お父さんとお母さんは私が小さいころに死んでしまったから、お爺ちゃんにとっても私にとっても、ただ一人の血縁者であるのだ。親を無くした孫に、ただひとりの祖父が構ってあげられなかったことが。

 

 だから私は、こう返した。

 

「悪魔の実を。お爺ちゃんにとっては『手に入れられるもの』だよね? 海軍本部センゴク元帥」「それは……」

 おじいちゃんが逡巡するのも無理はない。それは、時価にして最低でも1億B(ベリー)はくだらない、超が付くほど希少な果実。

「ほかのものでは駄目かね?」

「ダメ。『手に入れられる』でしょ? 海軍本部に悪魔の実がいくつか保管されていることくらいは知ってる。おじいちゃんの立場ならそれを公的に持ち出せるのも」

「……いや、流石に無理だ。アレは海軍の有望な出世頭に渡すものと決まっている」

 

 悪魔の実。食べれば超常の力が身につく、神秘の果実。海軍の規定においては悪魔の実を見つけた場合、見つけたものが食して良いことになっているが、本部買取と言う形にすることも可能だ。また、海賊船から悪魔の実を押収した場合も、*1同様に本部買取と言う形になることがある。オペオペの実などの一部優秀な悪魔の実の場合は、奪取のために軍が動いた例もある。これは将来有望な無能力者の兵士に食べさせ、戦力を増強するのが目的となる。*2

 

「じゃあ聞くけどさ、『私が有望な出世頭じゃない』ってこと?」「……いや」

 事実、私は有望な出世頭である。海軍には未だ所属していないにしろ、海軍本部に居住しており、海軍の訓練にも頻繁に参加している。内定したものと言っていい。

 そして客観的に見て私は、12歳としては異常といえる知性と戦闘力を持っている。精神面でも非常に良識的とされ、そして何より、『現元帥の孫である』。海軍が世襲制でないにしろ、官僚組織においてこれは出世頭として求められる要素の一つである。血縁と現時点の能力を考えれば、伸びしろも現元帥センゴクのそれを期待しうる。いや、『期待されている』。

「なら問題ないよね?」「いや、まだアスカは海軍に所属もしていないだろう。部外者に悪魔の実など渡せるわけが……「そしてこれが私の入隊書類。海軍の規定上は、実戦に出るのは15歳からだけど所属は12歳から可能だったでしょ?」……ッ、……わかった」「ありがとうお爺ちゃん!」

 お爺ちゃんは立ち去って行った。根負けしてくれたようだし、悪魔の実の持ち出しの手続きをしてくれるのだろう。

 

 ああ。良かった。悪魔の実は、できる限り早期に必要だった。この世界を変えるためには、単純戦力である悪魔の実というものに体を慣らしておく、悪魔の実を用いた戦術と身体を適合させておくことは、できる限り早く終えておきたいことだった。

 この暴力の支配する時代で自由に行動するには一定の戦闘力が必要だ。単純格闘術の研鑽は一朝一夕ではできない。で、あるなら、初めから『悪魔の実の能力者としての肉体』に合った格闘術を修めておくのが合理的だ。カリファの二の舞にはなりたくない。いや、未来に起きることの二の舞にはなれないのだが。

 

 ……そう。私には、前世の記憶がある。10歳の誕生日に、突如思い出したものだ。そこには前世でどんな家族がいたとか、この世界がかつての世界にあった『ONEPIECE』というマンガに酷似していることみたいな知識があった。だが、それは所詮知識だ。私が実感として寂しさや恐怖を抱くようなものでは一切ない。そんな出処も知れない過去のことよりも本質的に重要だったのは、これからのことだ。

 

 事実として、この世界は詰んでいた。いや、滅びに瀕しているとかそういう話ではない。単純な話として、『これ以上の文明発展の目は私には想定できなかった』

 

 目覚めた記憶にある世界は、この世界より発展していた。……いや、個々の技術ではこちらの方が発展しているだろう。『原作知識』にある、フランキーやパシフィスタのサイボーグ技術などを始めとして、元の世界を遥かに凌駕した技術も少なくない。単に普及しておらず、普及できず、普及しても維持・運用する技術が個々の島になく、燃料など複数の問題で瓦解することを除けば、ああ。こちらの方が技術レベルは上だ。

 

 だが、そもそも人が住める土地が少ない。島々は狭く、赤い土の大陸(レッドライン)は天まで届く断崖絶壁で人が住める場所など聖地マリ―ジョアを始めとして非常に少ない。土地が狭いので人口増加が妨げられ、文明の発展は停滞する。基本的には労働人口が増えない限り文明の発展は数百年単位で停滞する。これは前世の歴史が証明している。

 

 島と島の間には広い海がまたがり、相互で物や人をやり取りするのは難易度がかなり高い。偉大なる航路(グランドライン)の島々に至ってはさらに難易度が高いと言えよう。しっかりした船と熟練の航海士と永久指針(エターナルポース)がない限り他の島と交流はできない。

 

 政体も滅茶苦茶だ。天竜人の極度な独裁制は前の世界の歴史を考えてもひどい。

 法律だって怪しい。個々の国に法律があるにもかかわらず、海軍と言う超国家警察組織はその法律には従わず独自のルールで動く。前世の国際法だってもっとまともだったぞ。

 

 だから、変えねばならない。何の因果か私が得たこの知識は、詰んだ世界に未来を示しうる知識だ。故に、私は必要とする。世界を変える知識を。世界を変える力を。そして世界を変える意思を。

 

 

 

 そして、その日の夕方、私は齧ることになる。世界を変えうるチカラ、否。世界を変える行為に最も向いた悪魔の実を。

 

*1
これはその船の最高責任者が食べるかどうか、誰に食べさせるかどうかを決定できるが

*2
余談だが、ガープ中将などは数回にわたりこれを固辞している。



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イメージするのは

 おじいちゃんが海軍の金庫から持ち出してきたものは、悪魔の実の図鑑にも載っていない、能力未確定の悪魔の実だった。*1それは卵のように丸く、闇のように黒々としていた。表面の唐草模様で辛うじて悪魔の実だとわかるが、一見して果実とは思えない形状だった。

 だが、いずれは食わねばならぬ。意を決して噛り付く。

 果皮の食感は厚紙のようでいて、中身はハンドクリームのようだった。爽やかな青臭さと喉にへばりつく絶妙な化学物質臭さが絶妙なハーモニーを……

 「マッズ!!!!!!」

 食べ物の基準の不味さではなかった。脳が食べてはいけないものだと認識した。あと多分これアボカド型の実だから皮は剥くべきだった。

 

「はは、気分はどうかね?」おじいちゃんが笑う。ついさっきまでいろいろ無茶振りされていたぶん、やや辛辣だ。おじいちゃんも能力者だから、まあこの不味さについては知っているだろうし。

「プレゼントしてもらって言うのもなんだけど、最悪の味」「だろうな。私も長い人生でそれより不味いものを食べたことはない」

「どんな能力なのか試してもいい?」「ここでは駄目だな。執務室で未知の能力を使われると何が起こるかわからん」

「なら演習場を借りられる?」「既に借りてある。可愛い孫を能力が未知のまま生活させるわけにはいかんからな。海軍としても入隊者の能力は知っておきたい」なるほど。用意がいい。

 

 

 ……で、演習場にたどり着いたはいいものの……

「で、能力ってどうやって使うの?」

 そこだ。知識だけはあるものの、具体的にどういう感覚で能力を発動させるのかとかは一切わからない。

 「力を籠めればそれでいい。むしろ大変なのはうっかり発動しないようにすることでな。この演習はそういった暴発の危険を防ぐためでもある」

 なるほど。まぁ、うっかり食べた能力が暴発してマリンフォードが吹き飛びましたとかだとことだ。マグマグの実やゴロゴロの実ならそう言うことも起きかねない。

 

 言われた通り意識を集中し、全身に力を籠め……そして、私の腕は黒い光沢に覆われた。……覇気に目覚めた? 否。12かそこらの小娘がそんな簡単に覇気に目覚めてたまるか。

 その光沢は全身に回り、そして爆発的に膨れ上がった。私の足元から、黒い波が噴き出す。粘り気と光沢のある泥のような黒い液体が、周囲を飲み込み、氾濫する。異常な臭気を帯びてはいるが、それが不快ではなかった。『私が成った』のだから。

 その物質を……『原油』と言う。

 腕に意識を向ける。力を籠めれば、黒々とした腕が、まるで巨人のそれのように膨れ上がった。試しに、指を曲げたり伸ばしたりする。油で出来たその腕は、まるで本来の腕のように動かすことができた……

 いや、正しくは実際に本来の腕なのだろう。

 それが、『自然系(ロギア)』。

 

「ほう。自然系(ロギア)か。見たことはない能力だな」

 お爺ちゃんは、黒い海を避けるように空に立っていた。その技を、月歩と言う。

「うん。名づけるなら、『ギトギトの実』あたりになるかな。ギトギトの実の石油人間」石油はギトギトしてるからね。

「ほう、石油」……この世界では、石油は珍しい。元の世界でもそうだが、ある程度どんな地域でも産出する石炭と違い、石油は産出地域が限られる。そして、グランドラインをタンカーが通過するのはまず無理だ。可能だとしても採算は取れない。この海の世界では地上にパイプラインを通すのも難しい。結果的に、物質として知られてはいるものの産出地域付近でしか利用されない、となる。

 

「試してみてもいい?」「いや、すでに試して……ああ、そういうことか」「うん。とりあえず動かしてみたいから、ちょっと組み手を手伝ってほしいの」「わかった」

 お爺ちゃんが下りてくる。油の海に触れないギリギリのところの宙に立つ。白い服に黒い油が飛び散る。

 イメージするのは、原作に登場した能力者。彼らにできることなら、規模はともかく私にできないことはないはずだ。

 まずは、爆発的に巨大化した腕で殴り掛かる。イメージするのは、『ゴムゴムの巨人銃(ギガントピストル)』。この世界の主人公たる麦わらのルフィの使う、ゴムゴムの実で腕を膨れ上がらせてのパンチ。当然おじいちゃんには受け止められるが、それは重要ではない。成功した。それだけが重要だ。今すべきことは、この能力がどこまでできるかを確かめること。威力や規模は後で研鑽できる。二の次だ。

「サカズキの大噴火に似ているな」確かに自然系なのを考えるとそちらの方が近いか。単に体積が膨れてるだけじゃなくて質量ごと増えてるわけだしね。もはや濁流だ。

 イメージするのは、『黄金の神の裁き(ゴオン・リーラ・ディ・ディオ)』、もしくはギルド・テゾーロの技名不明の黄金の触手。劇場版ONEPIECE FILM GOLDで使用した、ゴルゴルの実の能力で黄金の触手を作り操作する技。油の海より、複数の触手が生み出され、お爺ちゃんに襲い掛かる。これも実行可能。どちらかというとこちらの方がさっきのパンチより使いやすいな。

 そしてイメージするのは、『毒の巨兵(ベノムデーモン)』。インペルダウン編終盤に、インペルダウン所長マゼランが使用した、ドクドクの実の能力で生成した毒の塊で巨人を作って動かす大技。油の海が、一ヵ所に集まり、渦を巻き、黒い巨神へと変わる。名づけるならそう。

 

   「『泥の巨神(タルタロス)』」!! 

 

 巨神の拳が、おじいちゃんの拳と真正面から激突する。黒く染まる2つの拳が衝突し、そして巨神は殴り倒される。

「……凄いな。得たばかりの能力をここまで使いこなすとは」「イメージしたらできたよ?」

「『イメージできること』が既に凄いと言う話だよ。出力そのものは自然系としてはまあ大したことはない。これから鍛えていけばそれも変わるだろうがな。アスカが凄いのは『得たばかりの能力をどのように使えばいいかイメージできるセンス』と『イメージしただけの能力を実現するセンス』だ。……ただ、最初のパンチは粗かったな。ゼファーのところで鍛えてもらうといい」「いや、凄いのは私じゃなくてこの能力だよ。あまりにも応用性が高い」

 事実、これほどの能力自由度を持つ悪魔の実などほとんどない。そして……石油は、それそのものが高い価値を持つ。

「ねぇ、おじいちゃん、いや、()()()()()()」「ああ、そうだな。アスカも海軍に入ったのだからな。して、なんだ?」

 

「『海軍として』、原油(コレ)、いくらで買う?」

 

「……は?」

 

 お爺ちゃんは唖然とした。当然だ、こんな提案を孫がしてくるなど、当然想定外だったろう。

「海軍本部で使われてる灯や暖房の量ってどれくらいある? この島としてもそうだし、この島から出ていく海軍船だって多いよね? 立地が立地、偉大なる航路の端っこの凪の海(カームベルト)付近だから物資を運んでくるのも馬鹿にならないお金がかかってると思うんだけどさ。私から石油を買えば予算が大幅に浮くよ? 当然格安にするし。なんせ元手はタダだからね」

「いや……その悪魔の実は海軍から出したものだろう」

「だけど今は私のチカラ。職員だからと言ってタダ働きしろってわけにいかないのはわかってるでしょ? ……ああ、そうだ。海軍って何隻か蒸気船持ってたよね? アレにも使えないかな? 流石にそのままじゃ無理だろうけど。あと海軍科学班の方にも掛け合ってきてほしいな。たぶん、いや、まず間違いなく欲しがるから」

 滅茶苦茶な交渉だ。押し売りにも等しい。だが、それが成立する。何故なら安いからだ。海軍と言う公共機関の財政状況は、決して良くはないのだ。私が海軍に入っており、海軍トップの血縁者であることが信用を担保するのも大きい。

 

「……わかった。予算会議に上げることとしよう」「ありがとうお爺ちゃん!」

 悪く思うな、お爺ちゃん(センゴク元帥)。私には、まとまった金が、それも大量に必要なのだ。この世界を変える。そのためには。とあるものが必要なのだ。そう。『石油精製プラント』。手始めに私は、産業革命を起こす。

 

*1
海軍が保管しているのは大半がこれである。能力が判明している場合はハズレ能力を引くデメリットがないので発見者が食べてしまう場合が多く、また、仮に海軍本部に売却された場合も能力が噛みあう適切な軍人に早期に譲渡されるため。




ギトギトの実:自然系:石油人間
・体が原油になる。
・体から原油を産出し、操ることができる。


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冬島の春に

 悪魔の実を食べてから、2年が経過しました。私は今、偉大なる航路の冬島、未来国バルジモアに居ます。原作ではフランキーがバーソロミュー・くまに飛ばされた、世界一の科学者、Dr.ベガパンクの出生地です。あの後、私の能力の都合Dr.ベガパンクと話す機会があり、その後の交渉の末来ることになったのがこの島です。

 

 暖かい風が髪を撫でます。春の風です。この冬島にはありえないはずの春の風は、島に建造されたベガパンクの巨大暖房装置によって賄われているものです。この島には、春が来ていました。

 

 かつて、Dr.ベガパンクが発明好きのベガパンク少年だったころ、彼はこの島を温かくする夢を抱き、それを可能とする機構を考案しました。……ですが、それはできなかった。少年の持つ資金では、少年の持つ技術力では、その機構を実現できなかったのです。

 そして、Dr.ベガパンクが世界一の科学者になっても、それはできませんでした。彼の発明の一端ですら巨額の金を出すものはいくらでもいますし、その技術力は世界最高にまで達していましたが、冬島に春を齎すことはできませんでした。

 

 そう。だから私が呼ばれたのだ。足元から放出された洪水の如き莫大な量の油は、ベガパンクの機構に吸い上げられ、蒸留され、複数種のタンクに送られていく。いくつもの触媒を通して無害化された油は、炉心に吸い上げられ、燃焼する。その熱は、地下パイプを伝って島中に送られていく。そうして、この島は春になる。

 

 当然のことながら、こんなことは私無しではできなかった。ただ、『燃料が足りない』という理由で。

 

 いくらベガパンクが金持ちだとはいえ、それは常識の範囲内の金持ちです。島一つを丸ごと温め続ける燃料など、工面できるわけがありません。それ以前に、仮に無限の金があっても不可能です。ここは偉大なる航路。島と島を移動するだけでも一苦労です。大量の物資の移動などそれこそとんでもない難易度になります。近場に大規模な油田や炭鉱があるわけでもありませんし。それにこの島は年中分厚い流氷に覆われています。砕氷船でなければ出入りも不可能です。そもそもの話、島一つを温める燃料を毎日運んでくることが不可能と言えるのです。

 

 だけど、私は、いや、私のギトギトの実はそれを可能とする。どこにでも移動可能な油田だからね。それに、いくら出しても尽きることのない無限の油田だ。『バルジモアから資源が出てしまえばいい』という単純かつ強引な解決法をとることができます。無限リソース万歳! 

 

 え? 海軍の養成所はどうしたと? 飛び級で卒業してますとも?

 私の頭脳だと軍学校の士官養成コースの筆記はどうにでもなるし、そもそもこの世界で求められる筆記レベルが低いので。

 士官には強さの方が求められる戦乱の世だからね。実技の方はゼファーさんにしこたま怒られたし、戦闘面はまだまだ粗削りではあるけど、まあそれでも卒業レベルには能力抜きで(入学当初から)達してたので強引に抜け出してきました。こっちもまあ、軍学校卒業レベルでそんな高いハードルは課せないってことなんだと思う。

 物理攻撃を無効化する自然系なので最悪体術無くても覇気が使えない相手には無双できるし。覇気か六式のどっちかだけでも覚えたかったんだけど、ゼファーさんですら覇気を覚えたのは34歳と言うし*1、まあ気長に練習するしかないね。

 

 で、Dr.ベガパンクの部下の技術班に採用(ヘッドハンティング)ということに(書類上は)なっており、彼との取引でバルジモアに春を齎し、かわりに石油精製施設が使い放題と。精製された超・高品質ベガパンク印のガソリンや灯油、軽油は流氷の溶けたバルジモアの港から輸出されて利益(原価0なので丸々利益だ)は私とベガパンクさんの懐に半々で入る、と。

 楽な人生すぎて大義を忘れてしまいそうだ。公務員の副業が認められている世界で良かった。

 

 ええ。やることはもう一つあるんですけどね? 

「海軍特殊科学班SSG所属、アスカです。研究所の警備は大丈夫ですか?」「問題ありません」

 そう。Dr.ベガパンクの生家の管理である。若かりし頃のベガパンク少年が考案した、時代を100年200年は先取りした技術の数々。秘匿されているとはいえ、これが悪しき輩に渡っては問題があるので関係者以外は立ち入れないよう海軍が管理していたと。

 しかし、原作で「たかが」懸賞金4400万ベリーのフランキー1人に奪取されていたように、その警備はいささか心もとない。海軍も人材不足なのでそこまで手が回せないということらしいが、私がバルジモアに駐在しているならついでにそちらもやれということになったわけだ。

 

「まあ、そうでもしないと鈍っちゃうしね」施設に立ち入ろうとするゴリラに拳をぶつける。鉄を殴ったような感触が、否。事実この島に跋扈するは、サイボーグアニマル。Dr.ベガパンクが若かりし頃に労働力として作り、野放しにした野生化・機械化生命。あろうことかかつての主人の家にまで侵入してこようとする不届き者たちを修行相手に、今日も私は戦闘技術を磨いていくわけだ。

 

 ゴリラの拳が私の頬をかすめる。血の代わりに黒い油がつぅっと頬に垂れる。本来なら避けるべくもない攻撃だが、これは未来、覇気使いを相手するときのための近接格闘術の練習だ。故に、触手も泥の巨神(タルタロス)も使用を縛っている。

 踏み込み、サイボーグゴリラの顔面に拳を叩き込む。鉄の硬さを感じるが、痛みは一切ない。そのまま殴りぬけると、鉄に覆われた3~4mほどのゴリラの莫大な重量が宙に浮いた。だが、それだけだ。私の拳は、その反動を受け完全に原型を残していない。肩口から噴き出した油が固まり、一瞬後には元に戻る。自然系の隠れた長所だ。自分にかかる衝撃を無視できるが故、相手がどれほど硬くとも『全力で』殴ることができる。*2そして、ゴリラにはさほどダメージが入っていない。鋼鉄で強化された偉大なる航路(グランドライン)の生物に、鍛えているとはいえ14歳の少女の拳でダメージが入るわけないといえばそうなのだが。

 

 

 だから、こうする。

 

 

 イメージするのは、『ゴムゴムのピストル』。もしくは、シャーロット・カタクリの『焼餅』。後ろに引いた腕がちりちりとした熱を帯びる。立ち上がり、襲い来るゴリラを迎え撃つかの如く、力を籠め・籠め・籠め……

 

 そして、発射する。銃砲身(バレル)』!! 

 

 握りしめた拳が、多量の燃料を爆発させた勢いで吹き飛んでいく。それはゴリラの鋼鉄の鳩尾に激突し、そして、そのまま吹き飛ばす。鋼鉄の鎧は凹み、そのままゴリラの体内まで衝撃が送り込まれる。そして、爆弾の如く拳そのものが爆散し、ぎりぎりで残っていたゴリラの意識を刈り取った。

 原作でMr.3のドルドルの実、カタクリのモチモチの実、シーザーのガスガスの実などの可燃物の能力者が『自身の身体を加熱する』ことを(過熱が本来の能力に含まれていないにもかかわらず)行っていたことから思い付き、実際にできてしまった必殺技。燃料の燃焼噴射により遠距離相手にでも全力以上のパンチを叩き込める、文字通りのロケットパンチ。

 

「うん。なんとかなった。これで邪魔者がいなくなったわけだし、今日も入っていいよね?」「はい。問題ありません」

 

 そして、最後の報酬だ。私は、Dr.ベガパンクの部下(関係者)であり、この家の管理を任されている。と、いうことは、「ベガパンクの技術を垣間見る権利を持つ」わけだ。100年~200年先の技術の山の中、ひとかけらですら理解できるものは多くない。だが、それを学び取る。世界を100年進めるためには、これほどに良い学習環境は無いのだから。

*1
逆にコレは遅すぎるとは思うけども

*2
なおこれは我らが麦わらのルフィのゴムゴムの実の長所でもある。衝撃を吸収できるので殴ったときの反作用が無視できるのだ。




なんでこの主人公は3話目にして金策に精を出しているのだろうか


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その鳥が鳴かぬなら

書けば書くほど主人公が外道になっていく……


 16歳になった。私は今、准将となり、海に居る。

 

 ……元々Dr.ベガパンクとの契約は「バルジモアに春を齎す」こと。つまり、本来は1年の1/4ほど滞在していればよかったのだが、あまりに居心地が良くて2年も居座ってしまった形になる。居るだけで資金はどんどん増えていくし、Dr.ベガパンクの研究成果を学習できるのは非常に有意義だった。研究所の奥に隠されていた兵器関連の研究にまで手を出してしまったせいで学び取るのに時間がかかってしまったのもある。逆に2年かそこらであの規格外の研究を頭に叩き込めた時点で自分を褒めてもいいと思う。暗記しただけで大半理解してはいないんだけどね。まあそれはこれからやればいいでしょう。

 

 あと未来国バルジモアは偉大なる航路上にあるため、上陸する海賊の数も多い。で、見かけたそれを片っ端から倒してたら准将までスピード出世と。(表向き)海軍に従順で自然系能力者でお偉いさんの孫娘だしまあ出世も早いわなって。で、准将レベルを遊ばせておく余裕はないからお前も海に出て積極的に海賊を狩れと。道理ではある。

 

「准将! 海賊船を発見しました!」「……また?」

 なるほど。この海賊の量なら確かに私を遊ばせておく余裕はないわなって。

「はいはい、やりますよ、やればいいんでしょう?」足元から湧き出た黒い液体が、執務室下のパイプに吸い込まれていく。そして、船は急加速する。この時代の海戦の常識を覆す、『蒸気外輪船』。サウザンド・サニー号がそうであるように、風を問わない小回りと帆船を遥かに凌駕する速度は、それだけで大きなアドバンテージ。おじいちゃんのコネで獲得し、私専用の改造を遂げた、私の能力で動く船。

 ……本当ならスクリュープロペラが使いたかったんだけど、Dr.ベガパンク曰く『偉大なる航路の海流には耐えられないのでやめたほうがいい』とのこと。

 

 だが、外輪船であれど、波風をものともしない蒸気船の速度は、それだけでこの時代の海戦において規格外だ。あとはこの大砲の届かぬ距離から私が『銃砲身(バレル)』を撃てば、空でも飛んでこない限り「准将! 何か飛んできます!」……マジで? 

 

 急いで甲板に出ると、そこに居たのは赤い巨鳥。特徴的な緑のラインの入った、見たことのない鳥だ。「なんだただの鳥か」「違う! オレサマは(おおとり)のゾルン! 鳳海賊団船長、鳳のゾルンだァ!」巨鳥はその体躯をさらに巨大化させ、半人半鳥の怪物に……ガッチャマン……いやガルダモンか? とにかく、おそらくは……

「トリトリの実の能力者か……」『銃砲身(バレル)』を撃ちだす。掴むために大きく広げた掌を、まるで舞うようにゾルンは回避する。逆にゾルンが撃ちだす赤い羽は、まるで弾丸のように、あるいは刀のように軍艦の甲板に突き刺さる。

 

「准将!月歩なら奴に届きます!」あー、うん。そうだよね。海軍本部准将レベルなら月歩くらい使えて当然だよね。スピード出世のアスカちゃんなら使えて当然だと思うよね。私は使えんぞそんなん。

 

「私は月歩が使えない。六式の中で習得したのは鉄塊と紙絵だけだ」「なんだ? 六式ってなあのよくわからん体術の事かぁ? 要はお手上げだって言いたいんだろォ? 回りくどい言い方するよなァ海軍のインテリさんはよォー!」海賊は牙を剥いて笑う。そう。私は空を歩く政府の特殊な体術、月歩が使えない。大地を何度も蹴り、音速まで加速する術、剃が使えない。指を銃弾の速度まで加速させ、相手を貫く指銃が使えない。蹴りで発生した衝撃波を鋭利な斬撃として相手を切り裂く嵐脚が使えない。

 

「いや、必要がなかったから覚えなかったと言いたかったんだ」

 

 瞬間! 私は鳳のゾルンの背後に居た! 月歩は不要だ。足裏から噴射した噴流(ジェット)の反作用で、私は空を飛ぶ。剃は不要だ。音速如きジェット加速でいくらでも超えられる。そして、残り二つはそれ以上に不要だ。破壊力など、とうに足りている。

 

 イメージするのは、ギアセカンド。麦わらのルフィが体内血流をゴムで加速することで行う身体強化。剃と同様の高速移動を行い、また、打撃にも載せる。そう。これが私の変速機構(ギア2nd)だ。

 

 そしてイメージしろ。全身にジェットの加速を載せた状態で、さらに拳に加速を載せろ。

 

「JET銃砲身(バレル)」!!! 

 

 その速度を捉えられず、回避もできなかった鳳のゾルンは、自分の身に何が起こったかもわからぬまま、自身の船に激突し、甲板を突き破り、船内に落ちていく。

 

「「「船長!!!!」」」

 船員たちが、私に剣や銃を向ける。だが、雑兵を相手している暇はない。

 まるで風呂上がりの少女のように、私の長い黒髪から雫が滴る。

 

 ……そして、膨れ上がる。それは、髪よりも黒い泥である。船員たちを絡めとるは、原油よりも、さらにどろりとした泥である。

 

産業革命(オイルショック) ビチューメン』!

 

 それを、元の世界、古代人類は瀝青と呼んだ。

 現代において、これはこう呼ばれる。「アスファルト」と。能力の拡張により可能となった、自在な性質の石油を産生する技術。灯油でもガソリンでも軽油でも重油でも、あるいはメタンガスやプロパンガスまで、自然界で油田よりそのまま産出しうる性質の石油なら自在に生み出せる、能力の拡大進化。

 

 高い粘度をもつそれは、これまでの触手よりもはるかに脱出困難だ。

 

 そして、私は絡め取られた雑兵どもを無視し、鳳のゾルンの元へ向かう。「良い能力だね。トリトリの実の……そうだね、牙があって、翼に爪があるってことは「古代種モデル始祖鳥」とか? 飛行能力の古代種とか、すごい貴重な能力だ」「褒められても嬉しかねーよ。どうせ捕まるんだろ?」満身創痍の海賊は、そう答えた。

 

「いや、捕まえないよ。今ここでお前は死ね」「は?」

 

 直後、海賊の鼻から下は黒い触手に呑み込まれた。気道を塞ぐ。肺の内部に侵入し、肋骨の内側から心臓、肺、肝臓を含む主要臓器を破壊する。気道の内と外から頸椎を粉々に砕く。

 

 この世界の人間は、わりと死なない。一般市民でも銃弾の二、三発なら耐える。名有りの海賊、それも動物系悪魔の実の能力者となると、当然人間の常識を超越したタフネスを誇る。だが、確実に殺さねばならない。

 

 彼に罪はない。いや、海賊活動をしている時点で罪だし、鳳のゾルンは商船の略奪などを多く行う悪めな方の海賊だったはずだ。だが、捕縛された上でそのまま殺される謂れはない。(インペルダウン送りになり死ぬより酷い目に合うかも知れないが)海軍は原則、海賊の生け捕りを旨とする。それは公開処刑を望む海軍の体質によるものであるが……

 

 殺したとしても不慮の事故で処理される。自身以上の実力の相手など殺す気でかからねばこちらが死ぬ……といった理由によるものだ。だとしても、一度捕まえた海賊を殺しまでする理由はない。

 

 だけど。「トリトリの実古代種モデル始祖鳥……かぁ」私は、懐より取り出した赤い唐草模様の果実を眺める。そう。私は、悪魔の実の伝達条件を知っている。上司ベガパンクの研究成果たるそれを、知る機会があった。というか、必要だから知る機会を強引に作った。だから、私が欲する能力者たる彼には死んでもらう必要があった。何十の海賊を狩り、手にかけたのは彼で2人目。能力者は希少だ。1つ目はあんまり強い能力じゃなかった(フカフカの実のクッション人間とかだったと思う)から、私の能力(海軍本部の金庫から貰った)の借りを返す形で海軍本部にタダで返却したし、事実上私が他人の能力を手に入れたのはこれが初めてだ。

 

動物系(ゾオン)かぁ……『何に』食べさせようかなぁ……」動物系の能力は他の能力には存在しないとある特性を持つ。それは、無生物に能力を与えること。私は能力者だ。第二の能力は得られない。それは悪魔の実の大原則。だが、能力者を従えることはできる。能力を持つ武器を扱えば、擬似的に二つの能力を得たも同じだ。

「准将! 無事ですか!」「無事だよ。まあ、割と強かったから(………………)加減できなくて殺しちゃったけど。コイツの懸賞金、覚えてないけどいくらだっけ?」「ハッ、鳳のゾルン、懸賞金4300万Bです! ですが……准将が苦戦するほどの相手ではなかったのでは?」「いやまあ、そういうことにしといてくれ。コイツも地獄へ土産話が必要だろう? 私に強いと言われたってことで。それがコイツへの手向けってことにしておいてやろうじゃないか。」「ハッ、了解しました!」

 

 

 

 

 

 そして私は思考を続ける。仮に、トリトリの実を器物に食べさせ、従えるとする。で、あるならば、その器物はそれ自身が高い有用性を持つものであることが望ましい。剣は不要だ。扱う技術がない。銃は不要だ。破壊力が足りない。海楼石は有用ではあるが悪魔の実を食べさせられない。と、なると……「乗騎」そう。乗騎。空を飛ぶ鳥の能力の最も有用な使い道とは、言うまでもなく当然、空を飛ぶことに他ならない。

 で、あるならば乗騎にするに最も相応しいもの、世界を相手取るにあたり利となる兵装とは何か。「古代兵器……プルトン」そう。鉄人フランキーが設計図を持ち、アラバスタの何処かに眠る、一撃で島をも粉砕する超兵器。世界を相手取るにあたり最も適した、世界をも滅ぼしうる戦艦。私が次に狙うのは、『それ』だ。




トリトリの実:モデル始祖鳥
・始祖鳥に変身する動物系悪魔の実。古代種。
・カラーリングは赤と緑。古代生物なので復元図は諸説あるが。
・世界に5種しか存在しないとされる飛行能力の一つ(なお翼で飛行できる能力だけでも公式で「隼」「不死鳥」「アホウドリ」「鷲」「カブトムシ」「スズメバチ」「プテラノドン」「吸血鬼」の名称の判明した8種+名称不明能力者の革命軍カラス、黒ひげ海賊団ラフィットで合計10種の飛行能力が存在してるんだよな)


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火に油を注げ

 海軍コートが、爽やかな海風に揺れる。私は今、造船の町、ウォーターセブンに居る。古代兵器プルトンを獲得することを考えた場合、アラバスタのそれ(歴史の本文(ポーネグリフ)が読めないと話にならない・王下七武海クロコダイルを敵に回すことになる)と比べたらウォーターセブンのそれ(フランキーの体内・CP9が見張っている)の方がまだマシだと思ったからだ。

 

 だけど……「やっぱりフランキーを殺すのは駄目だよなあ……」そう。1週間ほど見張ってみた結果として、あの変態(フランキー)、あまりにも隙がなさすぎる。当初の予定では寝ている間にでも『プルトンの設計図』を奪取し、コピーした後に元の位置に戻そうと考えていたが、あの変態、本気で気配を消した私がフランキー一家の建物内に足を踏み入れた瞬間に起きて出てきた。

 寝室に睡眠ガスを流し込んで爆睡させているうちに盗もうとした時も、睡眠中の上無色無臭のはずなのに一瞬で気付いた。本当なんなんだあの変態。

 

 だが。殺せない。暴力で気絶させて強引に強奪することもできない。そうしてしまえば、『プルトンの設計図を誰かフランキー以外が持っている』事実が存在してしまえば、原作が成立しなくなる可能性が、ないし『ニコ・ロビンが麦わらの一味に真の意味で協力しない』可能性が極めて高いからだ。

 歴史の本文を読むことができるオハラの生き残り、ニコ・ロビンが居なければ、まず間違いなく麦わらの一味はひとつなぎの大秘宝(ワンピース)に到達しえない。それでは困る。

 

 ここでひとつなぎの大秘宝(ワンピース)についてのおさらいだ。それは、海賊王ゴール・D・ロジャーが遺したとされる、富・名声・力に直結する何か。白ひげ曰く「存在する」、原作者曰く「友情とかこれまでの冒険とかではない」という、逆に言えばそれだけしかわかっていないブラックボックス。だが、恐らくそれは、世界を転覆させうる何かである。

 

 この世界には、かつて古代王国が存在したという。それは高度な文明を持ち、天竜人の祖先たる20の王により滅ぼされたとされる。その思想は、それそのものが世界政府への脅威であるという。そして、原作で明かされた情報から考察するにひとつなぎの大秘宝は、ほぼ間違いなくその古代王国に大きく関係した何かである。で、あるならば、ひとつなぎの大秘宝とは世界政府への脅威となるそれだ。

 

 私は、それが欲しい。探しに行かずともよい。原作通りであれば、麦わらのルフィは必ず()()にたどり着く。その時に交渉するなり奪うなりすればよい。だが、たどり着けないのであれば困る。私には、それがどこにあるのかわからない。仮に場所が分かったとしても、その道を開くのに『Dの血筋』であったり、あるいは『覇王色の覇気』、『万物の声を聴く能力』、もしくは他の特異な血統・才能を要求するものであったならば、私には手に負えない。覇王色はお爺ちゃんにもあるし私にもないとは限らないんだけどさ。

 

 

 

 

 と、いうわけでやることがなくなった。で、暇になった私はバカンス中と言うわけだ。有給取っちゃったからね。海列車を通じてカーニバルの町サン・ファルドや美食の町プッチなどと繋がるウォーターセブンは、造船都市として以上に観光都市として素晴らしい島だ。町の中に水路が走る光景も美しいし、物資も豊か。治安も非常にいい。タライ海流と海列車を経由すればマリンフォードからすぐ着く交通の便もいいし……ウォーターセブンの綺麗な水に漬けこみ柔らかくしたご当地食材水水肉。コレがいい。原作のルフィは食べ歩きをしていたが、私はきちんとレストランで頂く。最初聞いた時は水っぽくてまずそうだと思ったものだが、実際のところ高級肉の柔らかさととれたて野菜の如き瑞々しさを兼ね備え、水分で薄くなる分の味はピリリと強くスパイスを効かせて……

 

 「「美味い!!!」」

 

 声が重なる。声の出所を振り向くと、私と同じ水水肉をほおばる、手配書で見覚えのある顔が隣の席に座っていた。

 

「げぇ!!! 海軍!!」

 そこに居た男の名を、ポートガス・D・エースと言った。

「げぇ! とは何だげぇ! とは! 女の子だぞ!」「海賊が海軍見たんだからそれくらい言うわ! 捕まるかもしんねェんだぞ!」「言わんとすることはわかるが言い方ってものがあるだろうが! 休暇(バカンス)中だから見逃してやろうと思ってたのに!」「あ、見逃してくれんのか。ならいいや」「いや疑えや!」

 

 海賊王の息子にしてスペード海賊団船長、そして、麦わらのルフィの義兄。ポートガス・D・エース。あまりにも豪放磊落な、あるいは王の気風を持つ男。

 

「よし、食った食ったー! 嬢ちゃん、ついでに払っといてくれ!」

「待て」

見逃すつもりだとは言ったが、勝手にメシの料金を払わされてまで見逃すつもりはないぞ。すてこらさっさと走り出す男の背を眺め、私は脚に力を籠め……

「あの……お代……」「あーもう!」

適当に財布から出した金を叩きつける。足りないことはないはずだ。

「あの……お連れ様の分も……」「あー、もう!!」

 

 

 ……とはいえ、どうするか。私と彼が戦えば、まず間違いなく負けるのは私だ。それは、覆らない事実。

 現段階で、私も……そして原作通りなら彼も*1、武装色の覇気が使えない。そして、炎は私の、いや、ギトギトの実の『弱弱点』だ。(あぶら)(ほのお)に触れられないが、(ほのお)(あぶら)に触れられる。

 

「やっぱ戦わずに何とかするしかないかぁ……」

 スペードの海賊団と交渉し、奴の食い逃げした分のB(ベリー)だけでも払わせる。せめてスペードの海賊団の船員が全員あれほど雑頭でないことを望もう。少額で准将に追われなくなるんだ。多分払うだろう。払ってくれ。いくら石油を売って金があるとはいえ、会ったばかりの他人に払う金など1Bもないんだ。しかもアイツ結構食ってたんだぞ!いくら海兵相手とはいえ、あまりにも遠慮がなくないか!?

 

 追う。追う。追う。男の背は、近づかない。繁華街である以上、能力を使って加速するわけにはいかない。一般市民のいる中でのジェット加速は危険だ。海兵である以上、罪なき一般人を傷つけるわけには……ん?

 

 辺りを見回す。一般市民が見当たらない。店先の商品を残して、忽然と消えている。ここは、ウォーターセブンの港近く。観光客が港から上陸することもあって、ウォーターセブンでも有数の繁華街のはずだ。

 だが、人ひとりいない。客も、店の主も、火事場泥棒すら見当たらない。

 

 いや、一人だけ居る。火拳のエース。私が追っていた男だ。そして、その眼の睨む先にあったものこそ、この状況を引き起こしたそれだ。

 

 アクア・ラグナ。年に一度、この島を襲う、桁違いの大波。島民たちは、それを察知して逃げたのだ。だが、あの規模だ。海岸沿いのこの地区は、まず間違いなくとんでもないことになる。

 

 男は、拳を握り締めていた。何をしようとしているかは、一目見ただけで想像がついた。

 

「アレをやる気かい?火拳のエース」「おう。なんだ?手伝ってくれんのか?」「仮にも海兵だからね。市民の暮らしは守らないとだ」「おれは海賊だけどな。まあ、美味いメシのある島を守らねェと、ってのは同感だ!」

 海賊王の息子と、海軍元帥の孫。握りしめられたその拳は、同時に燃え上がり、そして撃ちだされる。

 

火拳(ひけん)』!!! /『銃砲身(バレル)』!!! 

 

 2つの自然系の能力。火と油。その相乗効果は、圧倒的な熱を生み出し、まるで大砲が撃ち込まれたかのごとく、波の壁を穿ち、くり抜いた。くり抜かれた波はどこに消えたのか。そう。蒸発したのだ。軍艦を数隻並べたほどの体積の水が蒸発した。蒸発により瞬間的に体積が1700倍になったそれは、行き場を失った圧力を持て余す。穿たれた海のトンネルが炸裂する。結果として、街を避けるように、波が割れた。

 

 

 くるぶしまでが波に浸かる。あれほどの波をここまで抑えることができたのだ。上出来も上出来だろう。市民の明日を護ったわけだし、まあレストランの金くらいはチャラに…… ふと横を振り向く。

 

 居ない。

 

 後ろを見ると、すたこらさっさと逃げる、オレンジ色の影が。人ひとりいない商店街で、店先の食材をひっつかんで逃げる火事場泥棒が……「水水肉、美味かったぞー!」むか。いい奴だと思った先から完全に人の神経を逆なでしおって。やっぱチャラにするの、やめよう。

 

「待てぇー!!!」結局、半日かけても捕まえることはできなかったのだが。

*1
ノベル版。火拳のエースが覇気に目覚めるのはシャボンディ諸島である。ウォーターセブンより少し先。




火拳のエースは出航から半年程度を想定しています。ルフィがW7に着くのと同じくらいの時間。
なので年齢は2年前準拠でルフィ(17)<アスカ(18)<エース(19)になるはず……


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天空の島メルヴィユ

これよりFILM STRONG WORLD編です


 桜が散っていた。空には雲一つなく、非常に過ごしやすい天気だ。それもそのはず、ここは雲の上なのだから。

 

 此処はメルヴィユ。空飛ぶ大海賊、金獅子のシキの能力で天空に浮かぶ、偉大なる航路の秘境。中将になった私は、その伝説の大海賊を狩るために此処に居る。

 

「ホント、天気だけなら過ごしやすいんだけど、ね!」小山の如き威容を誇る獅子がそこに居た。獅子は、3つの頭と6つの脚を持ち、その瞳を爛々と赤く輝かせていた。

 

 わたしは、その瞳から目を逸らさない。それは、状況を客観的に描写する限りは、怪物の威迫に懸命に立ち向かう少女に見えるのだろう。だが、実体は違う。獣は、私の()()()の覇気を受けてなお懸命に私に立ち向かおうとしているのだ。

 

(……いやいや、なんなんだよ、この島は)私の覇気がいくら付け焼刃であるとはいえ、なんで野生の獣畜生が覇王色の覇気を普通に耐え、果ては戦力差を理解させられてなお立ち向かおうとしてくるんだよ。明らかに生存本能が欠けている。

 

 答えは分かっているのだが。野生の獣畜生ではなく、金獅子海賊団により遺伝子改造を受けた野生のミュータントだからだ。生存本能すら放棄した、完全に戦うためだけの戦闘生命。《こんなもの》作りやがって。非常に効率的で素晴らしいと思います。私こういうの合理的で大好き。

 

 

 そう。今回の私の目的は2つ。「海軍()()として、空飛ぶ大海賊金獅子のシキを拿捕しインペルダウンに叩き込む」という表の目的と、「人類の発展のために金獅子海賊団の生物改造薬SiQおよびその関連研究成果の奪取を行う」という裏の目的だ。

「だけど、ねぇ……」片手間に数十発の拳を叩き込まれ、改造された魔獅子は白目をむいて失神。直後、肌にめりこんだ幾十の拳の跡が異常赤熱、爆発する。魔獅子はまるでペットボトルロケットの如く「下の島」までコントロール不能の飛行もとい墜落をしていった。

「同じ獅子でも、金獅子はこうはいかないよね」かつて、ロジャー、白ひげ、ビッグ・マムと肩を並べた原初の四皇、金獅子のシキ。原作での描写を見るに老化や両足の切断、頭蓋に突き刺さった舵輪と10年の船腹によるブランクがあり、全盛期の見る影もなく衰えているはずだ。()()()()()()()()()()()()

 

 だから、倒す方法は考えなければならない。例えばそう。原作をなぞってルフィたちと共闘するとか。

 

 と、いうかそれしかない。金獅子のシキは弱点でも突かねば倒せない。しかし弱点が「悪天候や強風で能力の制御が効かなくなる」の一点しかない。そして、私には、というか大抵の人間には、偉大なる航路でどこに悪天候があるかなどわからない。わかるはずもない。台風とか起こすのも無理だしね。

 故に、金獅子のシキを倒すために、麦わらのルフィではなく、泥棒猫ナミこそが必須なのだ。いや、強大な敵を倒すにあたり、(今回のシキを倒すという目的に限っては)信用でき信頼できる戦力であるルフィが居てくれるに越したことはないのだが。

 

 と、いうわけで、「麦わらの一味が金獅子のシキと戦闘になる世界」を意図的に作り上げてみた。いくら尾田栄一郎監修とはいえ、劇場版はパラレルなので起きません! ってことになってたら困るからね。金獅子のシキによる東の海襲撃事件はニュースにもなってるから多分麦わらの一味は(映画通りにいかずとも)金獅子のシキを打倒しに来ると思うが。東の海は麦わらのルフィはじめ数人の出身地である。故郷の危機を見逃すなんてルフィらしくないからね。

 

 具体的には、海軍の艦隊をいくつか差し向けて追い立ててみた。私の部下もそうだし、私の最終目標と同じ方向を向いて協力してくれる海兵だって多い。

 金獅子海賊団のナワバリにさえ侵入させてしまえば、完全に無視されて素通りと言うのはまずありえない。金獅子のシキほど警戒心の強い海賊もそうはいない。どう考えても察知されるし、察知さえされれば大筋は劇場版のルート*1に入るはずだ。

 

 と、いうか、入った。なんでわかったかというと、その場に居合わせていたからだ。そう。私がここに来るための手段。異様なほどの警戒心を誇る金獅子のシキを欺き、天空の島までたどり着いた方法。

 

 それは、当然相手から招き入れてもらうことである。

 

 いやぁ、大変だった。樽の中に入ってサウザンド・サニー号の備蓄に紛れ込み、船の中に載る。途中ウソップに武器庫の樽の中に居るのを見つかったりもしたけど、見聞色の覇気も持たない人間には樽の中に入った私は油にしか見えない。おなかが減ったら食堂に行けば冷蔵庫の中に食ベ物も揃ってたし。鍵付きだろうが液体1滴入るスキマがあれば侵入して食べれるし。なんなら暗証番号が7326*2なのは原作知識から知ってるし。海賊からの盗みは通報できないから実質犯罪じゃないし。見聞色の覇気があるからクルーが近づいてくるのも察知して逃げられるし気づかれることもない。大変だったか?

 よく考えたら別にそうでもなかったです。

 

 で、サニー号と一緒にメルヴィユにきちんと落とされた……までは良かったんだけども、金獅子のシキは私の存在を見聞色の覇気で察知してたらしい。劇場版に覇気の仕様描写が無かったから甘く見てたけど、そらあれほどの海賊が覇気も使えないわけないわな。わたしが海軍だということまではわからなかったようだけど、船の外に樽ごと吹っ飛ばされて今に至る。

 

 で、ここどこ? 

 

 迂闊に「飛ぶ」とおそらく察知されて(気配を消していて察知されるのだ。人間体で近づかれたらまず海賊でない(=麦わらの一味の仲間でないので生かしておく理由がない)のがバレる)シキ直々に撃墜されるし、さもなくばどこに行けばいいのかわからない。

 私は別にゾロみたいな方向音痴じゃないけどさ、そもそもこのメルヴィユ、金獅子のシキが十数個の小さな島を浮かべ集めたものだ。総面積はかなり大きい。しかも島々の位置関係は立体的だから一度下りると飛ばない限り戻れない。飛ぶと察知される。絶望か? 

 

 一応海軍コートは脱いで体内に仕舞った。今の私はデニムジーンズにジャンパー姿で完全に私服だ。街に居てもおかしくない。怪しいところなど「街に居てもおかしくない格好の女が危険地帯に居る」ところくらいで。

 

 まあ、とりあえずご飯でも食べてから考えよう。イメージするのは、濡れ髪のカリブー。体内を底なし沼にして、無限の物体を収納できる能力。底なし沼でない私の場合容積は無限ではない。

 だが、私の身体は油田だ。「油田として存在しうる容積」までならできて当然。具体的には前世における最大の油田の埋蔵量、19兆8000億L。ほぼ無限じゃん。

 

 無い胸の谷間に腕を突っ込む。谷間は黒く波紋を描く。取り出すものは……まあ小鍋と食材と調味料でよかろう。ライオンは島の下まで吹っ飛んでしまったし、そもそも文明人としてネコ科動物を食べるのはちょっと気が引けるのだ。

 

 取り出すものは2つの箱と1つの小型冷凍庫。原油の臭いが付かないための2段構えだ。まずは冷凍庫からバターを1箱取り出し、小麦粉と蜂蜜と砂糖とシナモンシュガーで作った衣で包む。そして溶ける前に加熱した油の入った小鍋に投入。健康に気を使ってオリーブオイルだ。膝の上に小鍋を置くだけで加熱可能なのはサバイバルでは非常に便利だ。だけどそもそもサバイバルなんてしたくないんだよ文明人だぞ? 

 

 で、揚がったものをバットに上げて完成。世界で最もクリエイティブな料理、揚げバターだ。美味しいものは脂肪と糖で出来ている。健康? やだなー、(わたし)(揚げ物)食べて太るわけないじゃん。非常においしいです。

 

 揚げ油まで飲み干した時、私は煙に気付いた。私の調理に伴うソレではない。私は焚火とかしてないからそんな大規模な煙は出さないし。火を扱う改造獣によるものとかでもないはずだ。見聞色の覇気を向ける限り、多分人だ。遠くて誰なのかとか人数はわからなかったが、あちらから近づいてくる動きはわかる。調理の火が見つかって獣から逃げているとかだろうか。

 

 数分後、私はその過ちに気づくことになる。「言ったろサンジ! あっちに人が1人居る(・・・・・・・・・・)って!」「いやすまねェウソップ。疑っちまった。こんな美しいレディがこんな危ない場所に1人で居るんだ、光の速度で飛んでくるべきだった」

 

 見聞色の覇気無しでこの距離から森1つ間に挟んだ私を見渡す規格外の視力を持つ狙撃手ウソップに、この距離を改造獣の根城の森を突っ切って戦闘しながらこの速度で通過できる規格外の脚力を持つ料理人サンジ。

 主人公の仲間であり、圧倒的な能力を持つ男たち。麦わらの一味。そんな男たちを、逢いもせずに過小評価していたことに。

 

 

*1
能力の弱点を潰すため超優秀な航海士であるナミを誘拐・麦わらの一味はナミの心を折るためにあえてメルヴィユに落として目の前で潰そうとする。

*2
ナミ・サンジ・ロビンの誕生日7/3、3/2、2/6より。誕生日を暗証番号にするのやめた方がいいと思う。




考えれば考えるほどシキへの勝ち筋が無い 弱点突かない1対1の正面衝突だと現段階の原作ルフィ(94巻時点)でも勝てるか怪しいのでは?って疑惑すらある
能力の発動規模だって現時点でトップクラスだし……それこそフワフワの実、覚醒してない?


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海賊と密航者

 前回サラッと流れて言い忘れてましたが、アスカちゃんしれっと中将まで昇格してました。
 スモーカーさんが海軍の命令をまともに聞くようになってたった2年で大佐から中将まで行ってるの見るに、「覇気の使える」「自然系能力者で」「ある程度実績があり」「海軍の意向に表向き従順」が揃ってるアスカちゃんは割と中将まではすぐ行けるんじゃないかなという考え。バルトロメオにあっさりやられる追撃のメイナードとか居るし、新世界で名のある海賊相手してやってけるレベルなら全員中将なれるんじゃないかなぁ


「言ったろサンジ! あっちに人が1人居る(・・・・・・・・・・)って!」「いやすまねェウソップ。疑っちまった。こんな美しいレディがこんな危ない場所に1人で居るんだ、光の速度で飛んでくるべきだった」

 

 そこに居たのは、金髪にぐるぐる眉毛の男と、もじゃもじゃの黒髪に長鼻の男。麦わら海賊団のクルー、サンジとウソップだ。

 

「ところでよ。なんか変な臭いしねェか?」「変な臭いなんかじゃねェ。甘くて刺激的なレディの匂いだ」

 あー、うん。やっぱ臭うか。さっきまで戦ってたもんな。人間体に戻れば体から石油の匂いは出なくなる。だけど、気化しちゃったものはもうどうにもならないし……

 

「ところでレディ、お名前を聞くのをすっかり忘れていた」「あー、名前ね。アスカ。ただのアスカだ」「麗しい名前だ。1()()()()()()()()()()()()()()()」「ッ!」「おいおいサンジ、なに言ってんだ? コイツとおれたちがあったのはついさっきで……まさか!」

 そう。そのまさか。1週間前とは……

「そうだ。このアスカちゃんはウチの船に乗っていた」「()()()! サンジ、なんでわかったんだ?」「おれがレディの匂いを間違えるわけないだろう」

 石油臭で気付かれたってことか。でも言い方がちょっと気持ち悪いです。

 

「で、アスカちゃん」「なに?」「ウチの船に乗っていた理由を教えてくれないかい? わざわざ海賊旗を掲げてる船に密航するってなると、まぁそれ相応の理由があるんだと思うんだ」

 

 まぁ、そうくるよな。彼らは善人だ。海賊でありながら、海軍である私とは比べ物にならないほどに善良さに満ちている。私が例えば、切羽詰まった理由による密航者だったとしたなら、密航や食べ物をちょろまかしたことくらいは大目に見てくれるだろうし、なんならその切羽詰まった理由まで解決してくれたりするだろう。

 

 だけど、私にはそれ相応の理由がない。海賊と敵対する海軍だ。密航もちょろまかしもまず許されない。

 

 だけど、なぁ……理由は考えてなかったからなぁ……

 

「いや、言えない理由なら無理には聞かない」「お、おいサンジ! コイツが危ない奴とかだったらどうすんだ!」レディファーストのサンジに、警戒心の強く勘の鋭い男、ウソップ。「レディは危険なほど魅力があるものさ」今回はウソップが正解かな。

 

「理由は言えない。だけど、目的は教えておいた方がいいかな。《金獅子のシキを倒す》。それが私の目的だよ」

「「ッッ!」」

 私が海軍であることは言えないが、私が海軍としてやろうとしていることは彼らの目的と合致する。共闘の構図だけは最初から作っておきたい。最後の最後に金獅子のシキの身柄さえ確保できれば良いのだ。

 

「実は、おれ達もアイツを倒そうとしてるんだ。それは、おれ達に任せておくことはできない事情なのか?」サンジが問う。

 おそらく彼の中では復讐譚の図式が成立しているのだろう。できればレディを危険にさらしたくはないが、レディが戦い自分の手でケリをつけるならそれを尊重しようとする。レディファーストの鑑のような男だ。いや、まぁ、別に私が手を出さずに何とかしてくれるならそれでもいいんだけどさ。

「無理だね。戦力が足りない」「おいおい、このウソップ様が居る麦わらの一味で戦力が足りないって?」

 ウソップが驚く。否。それも嘘であろう。彼は名前ほど嘘をつく人間ではない。だが、軽口を叩いている間も敵の戦力を的確に分析し、その戦力差に怯えることができる、賢く臆病な男だ。だけど、今回ばかりは戦力分析が甘い。

 

「ああ。足りない。そもそも、麦わらの一味が全員束になってきても、まず間違いなく私一人にも勝てない」「おいおいそりゃいくらなんでも」直後、咆哮! 餌の匂いを嗅ぎつける改造猛獣が、こちらを認識したのだ。迂闊に立ち話もできない魔境。それが金獅子のシキの根城、メルヴィユ。

 

 それは六脚の虎であった。「やべっ」サンジとウソップは気付いていなかったようだ。まぁ、いくら嗅覚や視力があっても私に対して警戒心を向けてる状況で見聞色が使えないとなるとね。私? 気づいてたよ?見聞色の覇気って便利ね。 

 

 そう。気づいていたうえで、遠隔のガス制御で刺激臭を鼻に叩き込み、意図的にこの段階で叩き起こす。そして、叩き潰すことである程度の戦力を見せつける。

話を手短に進めるためのマッチポンプ。

 

 手を出す必要もない。足を出す必要もない。振り向く必要さえ存在しない。『泥の巨神(タルタロス)』。背後霊めいて、あるいは悪霊めいて影の中より顕れるは、黒い巨神。本体と自立して動くその拳の一撃は、肉食獣型の改造猛獣さえ容易に屠る。 ……そう見えるはずだ。 

 

 実際のところ、泥の巨神を動かしているのは私だし、猛獣の位置の認識のために見聞色を強めに使っているし、果ては(同じ黒だから一見してわかりづらいが)巨神の腕には武装硬化さえ全力でかけている。本来私のギトギトの実は破壊力が低め(自然系の中での比較)だからこういう小手先の技術に頼らねばならないのだ。割と疲れる。

 

 だが、彼らの目にはそうは映らない。麦わらの一味全員を相手して勝ちうる強大な存在に見えてもらわねば困る。

 ……実際勝てるのだが、それは単に自然系の防御性能によるものだ。ギトギトの実の能力者たる私への有効打は武装色の覇気を帯びた攻撃、海楼石による攻撃、もしくは炎のみ。

 麦わらの一味全員が覇気を知らず習得もしていない前半の海編において、彼らから私への有効打はサンジの悪魔風脚とウソップの火薬星、フランキーのフレッシュ・ファイアとその派生技しかない。で、サンジは女である私を蹴れない。そのためまず彼らには勝ち目がないが、それは誇れるものかと言われると悩む。多分誇れないと思う。

 

 それでも、私は強きものである必要がある。仲間を取り戻そうとする麦わらの一味に、組むことによる絶大なメリットを見せつけねばならない。

 

「だけど、それでもシキ(アイツ)を倒すには足りない。勝率は3割くらいだ。だけど、君たちが居てくれるなら、その低い勝率もひっくり返る」

「わかった」

「おい待てよ! コイツがどんな奴で何を考えてるかわからないのに組むのかよ!? しかも俺たちが束になっても敵わない相手が? 戦って勝率が3割!? シキって奴はどんだけ強ェんだよ!? ここはもう少し考えてだな……」

「考えてる時間なんてねェよ。ナミさんが捕まってんだ。仮にいくら勝率が低かろうと、逃げるって選択肢はねェ」

「わーったよ! やりゃいいんだろ!? この勇敢な海の戦士にして、8000人の部下のいる大海賊ウソップ様が味方に」

「そういえばシキにも3000人の部下が居るけど……8000人か。正面から轢き潰せるね」

「すんません嘘つきました」

 

「で、こっからどうするんだ?」

「ナミさんを助けるため今すぐ突撃……と行きてぇところだが、どう考えても戦力が足りねェ。少なくともルフィとクソマリモとは合流しとくべきだ」

「と、なると当然この島は出た方がいいね。この島に他に人がいる感じはしなかったし、今後この島にやってくるのを待つってのも流石に気長すぎる。人がいる村とか君たちの船とか、あるいはいっそのことシキの集めた海賊たちの中に紛れ込むとか。ある程度目印になる場所に行くしかない」

「おいおいおいちょっと待て! この島を離れるって()()()()()だよ! 橋があるわけじゃねェし、海を泳いでってわけにもいかねェだろ!?」

 そう。ここは天空に浮かぶ島の集合体、メルヴィユ。シキとその仲間はフワフワの能力で船でも浮かべればどこにでも行けるから橋を架ける必要などなく、間にあるべき海が無いから強引に泳いで渡ることもできない。いや、私は悪魔の実の能力者だから海があっても泳いで渡るのは無理なんだけどね? 

 

 だから……方法は1つしかない。

 

「下りるしかないでしょ」「は?」「え゛」

 突如、大地が傾いた。私たちの立っていた場所は、そもそもが断崖絶壁の上だ。先ほどの泥の巨神の一撃でその崖と島の間に亀裂を入れた。島本体が浮いているとはいえ、島と離れてしまえばフワフワの能力による浮遊も切れ、地面ごと垂直落下だ。

 

 だって、これしかないのだ。私のギトギトの実による飛行は燃焼ガスの大量噴出により速度を出している。つまり、発光する。夜であればガッツリ目視可能だし、昼であっても天候に気を配り望遠鏡などで監視を続けるシキたちには容易に捕捉される。異常現象だからね。だから、取りうる手段は怪しまれない自然落下のみ。

 

 でも、今から降りるからお前たちも落ちてくれと言って初見のウソップとサンジが聞いてくれるわけないし、とりあえず一緒に落とすしかない。そのためには、地面ごと叩き落すのが一番早い。

 

 原作映画でも彼らは改造幻獣による環境破壊で地面ごと落下してたからね。つまり、この島における島の一部の落下はよくありふれた自然現象(・・・・・・・・・・・)。彼らが捕捉されてる描写もないし。落下した彼らも原作では助かってたから死ぬ危険もまあほぼないと思う。

 

 ……落ちるのが遅いな。『泥の巨神(タルタロス)』もう一発! 断崖は完全に島と断絶する! 

 

「まぁ、大丈夫だと思うけど、死なないように気を付けてね」「「んなアホなぁぁぁァァ!」」

 

 大丈夫だって。下は湖だし、原作映画でも割とすぐ復帰してたから。

 

 

 

 ……あれ? 下は湖? 能力で飛行したら捕捉される? 私は能力者だから湖に落ちたらまず死? あれれ? 一番不味いの、まさか私じゃない?




泥の巨神(タルタロス)』は『奈落(タルタロス)』と『タール』と『ギリシア神話の自動人形タロス』が由来。割と秀逸だと思う(自画自賛)
自然系能力による人型の操作は今のところメタメタの実(ドラマティックステージ限定の海軍中将グレイドルの能力・液体金属人間)でしか行われていない上人間サイズですが、ドクドクの実が毒の巨兵(ベノムデーモン)でできてるし巨人サイズの人型操作もやろうと思えばできるやろと言う気持ちがある。覇気の伝播も『変化した体の一部』なんだから行けると思うし


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