騒動喫茶ユニオンリバー The novel 異端たる双眸 (級長)
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☆飛電ゼロワンドライバーを手に入れろ!

 陽歌のメモ1 変身ベルト

 このお店に来てから、学ぶことが非常に多い。八月も終わる今になって少し余裕が出てきたので、ここに来て学んだことは少しでもメモを取っておくことにする。

 変身ベルトは仮面ライダーシリーズにおける変身アイテムであるベルトを模したなりきり玩具の総称である。仮面ライダーディケイド以降の作品、所謂『平成二期』の変身ベルトはベルト本体に別のアイテムを装填して変身する。この別のアイテムがコレクション要素となっており、これを集めることでベルトでの遊びを拡張できる。
 分岐点である仮面ライダーディケイドは平成ライダーで最も話数の少ないライダーであるが、これにはわけがある。それは同じ日曜の朝に放送される『スーパー戦隊シリーズ』との開始時期をずらすことによって商品のピークを被らせないようにするというもの。この試みは成功しており、ディケイドの次に放送された仮面ライダーWの変身ベルト『ダブルドライバー』はそれまで売り上げトップだった仮面ライダー555の変身ベルト『ファイズドライバー』の記録を抜くこととなる。


 家に帰るといつも一人だった。ただいまなどとは言わない、言う相手がいない。いってきますに関しても同じだ。生傷だらけの体を引きずり、ボロボロのランドセルを置く。ボロボロなのはランドセルだけではない。服も土にまみれ、草の汁や血の痕が残っている。

 部屋は暗く、電気を点けると蛍光灯の眩い光が目に刺さる。今日も母親は帰ってきていない。いつもの様に、いつもと同じ味のカップ麺にポットでお湯を入れて食べる。箱買いされているので、この醤油味を食べきるまで味が変わることはない。

 一人で風呂に入り、歯を磨いて部屋に無造作に敷かれた布団に入る。宿題はやる気がしない。罵詈雑言の書き立てられたドリルなど、開くだけで気が滅入る。

 決して広いとは言えない家だが、一人でいると余計に孤独感が胸に溜まっていく。肺に水が溜まる様に、呼吸を阻害する。

(学校……行きたくない……)

 家にだって誰もいないが、敵しかいない学校などわざわざ行きたくなかった。だがサボれば母親に『迷惑』が掛かる。ただでさえ忙しい母にこれ以上『迷惑』は掛けられない。逃げることも、向かうことも出来ない。前後にも上下にも押し潰される様な感覚に襲われ、安らげるはずの布団でさえ明日へ強制的に縛り付ける拘束具であった。

 

   @

 

「……起きろ! 小僧! いつまで寝てるんだ!」

「うう……」

 甲高い声が部屋に響く。天井に取り付けられた照明が眩く輝いていた。タオルケットを被ってベッドで蹲る少年を揺すって起こそうとしているのは、黒髪を伸ばした巫女装束の幼女だった。未就学児に見えるほど幼い彼女だったが、実に偉そうな態度だが、起こされた側はそれどころではなかった。

「学校行きたくない……」

「寝ぼけるな! まだギリギリ夏休みだぞ!」

 幼女に指摘され、起こされた少年は被っていたタオルケットを跳ね除けて起き上がる。キャラメル色のショートヘアは寝ぐせまみれになっており、フリーサイズのTシャツ一枚という軽装にも関わらず汗だくになっている。この部屋は窓こそないがエアコンが効いているはずなのだが。整った可愛らしい顔に汗で髪が張り付いている様は色っぽくも見える。中性的を通り越して少女の様にも見える顔立ちをしている。

「な、七耶(ななか)? あれ? なんだ……夢か……」

 すっかり寝ぼけた少年は幼女、七耶を見てここが少なくともかつての自宅などではないことを確認する。ベッドにペタリと座り、Tシャツの袖から覗いているのは子供特有の健康的な腕などではなく、黒い球体関節の義手であった。両腕は肘上から下が生身ではなかった。基本的な構造は生身のそれを模してはいるが、色や爪の有無などが決定的に違う。下手に似せるよりはよほど違和感を覚えないのだが。

「まったく酷い顔してんぞ小僧。夢でも見てたのか。顔洗ってこい」

「うん……」

 顔色はいいとは言えず、血色が悪かった。目の下には泣き腫らした跡もある。表情もぼんやりしており、まだ少し寝ぼけている様にも思えた。彼は千鳥足で歩いていく。その足取りは覚束ない。スリッパの足音もペタペタと不規則だ。

 部屋を出て扉を閉めると、彼は扉を見る。ドアノブには『起こさないでください』という札が引っ掛かっている。

(あれ? 今日なんで起こされたんだろ?)

 そんな疑問も覚醒し切らない頭では答えに辿り着けず、そのまま洗面所に向かう。顔は確かに元気と言い難い疲弊した表情をしていた。鏡には嫌いな自分の顔が映っている。やけに明るい髪色に左右で色の違う瞳。しかも左は空色で右は桜色という極端に目立つ色だ。桜色の瞳の下にある些細な泣き黒子でさえ、汚い黒カビの様に感じてしまう。顔に冷水を浴びせ掛け、ぼやけた思考と嫌悪感を一旦断ち切る。

 七耶に言われた通り顔を洗うと、彼は廊下を歩いて階段を目指す。上の階に上がるとそこは喫茶店になっており、カウンターではメイド服を着た青髪の女性がコーヒーを淹れていた。さっきまでいた場所は地下で、ここがこの建物の一階だ。

 この不思議な家が、この夏から彼の家になった場所だ。

まだ開店時間ではないのか、客の姿は見えず、コーヒーのかぐわしい香りだけが店内に広がっていた。

「おはよう、陽歌(ようか)くん」

「おはようございます、アステリアさん」

 陽歌と呼ばれた人物は青髪の女性、アステリアに挨拶を返す。彼は目線を反らして義手の指をもじもじさせる。一見するとただ美人のお姉さんに微笑みかけられて気恥ずかしさを感じている様に見える微笑ましい光景だが、その実態は単に陽歌がアステリアに対して心の壁を作っているだけであった。

 それはアステリアに対してだけではない。七耶達に対してもそうであった。彼は他人が怖いのである。特に最近あった出来事でそれが悪化していた。

 だがアステリアは敢えて彼に歩み寄って話をする。詳しく事情を知っているが故に無視できないのだろう。陽歌も彼女が優しい人だというのは分かっていたが、どうしても恐怖心が上回ってしまう。

「今日は早いね」

「なんか七耶に起こされたんですけど……今日何かありましたか?」

 普段はどれだけ寝ていてもいいのだろう、陽歌は朝早く、それも五時ぐらいに七耶に起こされたことを不思議そうに話す。すると、アステリアは何かを思い出した様に説明する。

「今日って『飛電ゼロワンドライバー』の発売日じゃなかったかな?」

「ひでん……? ゼロワン? ドライバー?」

 陽歌は聴き慣れない言葉の組み合わせに思わず聞き返した。頭に浮かぶのは工具のドライバーである。それも何だか凄そうな、江戸時代から継ぎ足して作った焼き鳥のタレの様なものだ。

「でもあの子が誘うってことは楽しいことなんじゃないかな? そうじゃなかったら起こさないでいつものメンバーで行っちゃうでしょ?」

 アステリアは七耶の一見すると乱暴にも見える態度をフォローする。彼も七耶が悪い人でないのは理解していたが、苦手意識が強い。自分でも彼女の何がそんなに怖いのか分からないでいた。多分、偉そうな口調とかが原因なのだろうが。

(そうかな……そうかも)

ただ、彼女の言うことも一理あった。何とか七耶なりの好意を受け取った陽歌の様子を見て、アステリアは彼の体調を気遣う。

「顔色悪いね。悪い夢でも見たの?」

「いや、なんでもないです……」

 顔を洗ったのにまだそんな風に見えるのかと陽歌は戸惑った。彼はいつもの様に、ここに来る前の様に何でも無いことだと自分に言い聞かせる。だが、アステリアは陽歌の前に屈み込んで彼を抱きしめる。

「わふっ……」

 柔らかいものが顔に当たり、甘い香りに包まれる。腕にこそ感覚は無いが、全身が暖かく包まれる。衣服に清潔感があるためか、石鹸の香りも感じる。頭を優しく撫でてくれ、全身に残った倦怠感が和らいでいく。

「怖かったね。もう大丈夫だから、無理しないで」

「……うん」

 普段、なかなか得ることのない安心感に陽歌は泣きそうになったが、ぐっとこらえた。無自覚な悪い癖だが、環境が変わったからといって早々変わるものでもない。

「食欲はある?」

 アステリアは少し落ち着いた彼を離すと、体調を伺った。この様な心境であり、食欲が安定しない。正直、空腹どころか吐き気の方が強かったが、アステリアの好意を無駄には出来ないので当たり障りのない受け答えをしてしまう。

「な、なんとか……」

「そう、だったらこれだけでも飲んでいって」

 それでも彼女は陽歌の状況を把握したのか、グラスに入った飲み物を出す。牛乳で溶かしたアイスココアだ。食べられる状況でも無し、かといって何も食べないのも身体に悪い。ということで折衷案なのだろう。飲みやすいようにストローまで付けてくれている。

「ありがとうございます、いただだきます」

 陽歌はカウンターの隅に座り、アイスココアを少しずつ飲む。カウンター席の離れたところでは、山盛りのパンを食べる金髪の少女がいた。髪型に癖があり、少し猫耳っぽい。

(あれは見ない様にしよう……)

 盛られているパンの量を見るだけで胃が重くなるので陽歌は視線を反らした。とにかく、今日やたら早く起こされたのは飛電ゼロワンドライバーというものの為だということがわかった。

「そういえば今日、マナちゃんとサリアちゃんがいませんに」

 パンを飲み込んだのか、金髪の少女が普段ならいるであろう仲間の所在を聞く。二人のスケジュールはアステリアが把握していた。

「明日防災の日でしょ? それのイベントするからリハーサルなの」

「あーそうでしたかに」

 パンから少女の興味が反れたことで、自分の存在に気づかれない様に陽歌は身体を縮める。しかし残念ながら、まさに猫の様な嗅覚で少女は陽歌の存在をキャッチする。心なしか耳の様な髪が動いた様にも見える。

「起きてきましたかに?」

「る、ルナルーシェン……」

「ナルでいいですに」

 ナルという猫っぽい金髪の少女は陽歌を見つけるなりぐっと距離を縮める。歳相応の対応なのだろうが、こうグイグイ来られると本能的に身を引いてしまう。

「今日は飛電ゼロワンドライバーの発売日ですに。気合入れていきますに」

「うん、聞いた。でもおもちゃのポッポに行くならもう少し遅くても……」

 ナルが再び本日の予定を確認する。陽歌は彼女達に馴染みのおもちゃ屋があることは知っており、そこの開店時間にはまだ早すぎるほどだというのも理解していた。だが、今日行くのはそこではないらしい。

「毎年ライダーの新商品は問屋の段階で奪い合いですに……。ポッポの分はちびっ子の為に取っておいて、ボクらはちょっと遠出しますに」

「遠出?」

 一応入荷しているには入荷しているのだが、やはり数が限られるのでいつものメンバーで在庫をかっさらう訳にはいかないらしい。毎年恒例、のことの様に言っているナルだったが、陽歌には馴染みの無いイベントなのでイマイチ事情が呑み込めない。彼の知識は戦隊とライダーの始まる時期が違うことも最近知った程度である。

「島田市と静岡市の間にロウフルシティという大きな町がありますに。そこの大きな家電量販店なら沢山置いてあるので安心ですに」

「ロウフルシティ……」

 喫茶『ユニオンリバー』やおもちゃのポッポがある島田市の隣にその様な大きい都市があることは陽歌も知っていた。静岡県外出身なので浜松がどうのとかは詳しくないが、最低限近くの地理は把握したつもりだ。

「……」

「ま、ボクらもよく遊びに行くとこなので泥船に乗ったつもりで付いてくるといいですに」

 大きな町と聞いて少し不安になる陽歌を、ナルはお決まりの言い間違いで励ます。ただ彼には、そんなベタなボケに突っ込む余裕さえ無かった。

「泥船だと沈むぞ、ねこ」

「とら」

 そこに割って入ってきたのは七耶だった。ねこ呼ばわりにナルは即、虎であると訂正をする。立ち位置的には座る陽歌を挟み撃ちである。並んでみると、七耶はナルや彼より遥かに小さいことがよくわかる。この三人の中で最も長身なのは陽歌だろうが、そんな彼も同学年では小さい方だ。

「とにかく気合入れていくぞ。私らは先行の抽選販売にも落ちたし、ファルコンプログライズキーの二の舞を踏むわけにはいかないからな」

 ただ集団の指揮を執るのは七耶である。年齢も一番下だが、彼女は自然とそういう立ち位置に来てしまう性質があるらしい。七耶の説明であるが、今日買いに行くものの内容も把握していない陽歌にはサッパリであった。

「うむ、分かってないって顔してるな」

「すみません……」

 彼女もそれは見越している様だった。陽歌は反射的に謝罪する。

「いや、最初は誰だってそんなもんだろ。というわけで解説タイムだ」

 七耶は気にせず、タブレットを取り出して説明を始めた。画面には蛍光イエローのボディに赤い複眼のヒーローが映っていた。

「これが今年の、というか明日からやる仮面ライダー、ゼロワンだ」

「あ、映画に出て来たの」

「なんだ。ジオウ映画見てたのか」

 仮面ライダーに関してはまるで素人の陽歌だったが、ある事情から今年の映画は見ることになったのだ。平成仮面ライダーをサッパリ知らない彼でも楽しめたので、とてもいい映画なのは明白だ。七耶もその余韻に思わず浸る。

「よかったなぁ……あの映画」

「とにかく凄かったですね……」

 心の距離があった二人だったが、映画を切っ掛けに緊張が少し和らいだ。そんなわけで解説の続きである。

「で、その映画に先行登場したゼロワンが使うのが今日発売する『飛電ゼロワンドライバー』だ。これは抽選で先行販売されたが、私達は当たらなかった」

 今日発売になるのは仮面ライダーゼロワンが使用する変身アイテム、所謂変身ベルトというものだ。本来の発売日は今日だが、一部の人は先に入手する機会があったらしい。

「それと同時にいつものコレクションアイテム、『ファルコンプログライズキー』がベルトに先駆けて一般店舗で販売されたが、見事に転売屋に狩られてな……」

 転売屋、と新たな単語が出てくる。これまたホビー業界の常識的単語だが、そこに疎い陽歌には分からない話であった。それをナルが横から解説する。

「転売屋というのは商品を店から買い占めてフリマアプリなどで定価を遥かに上回る値段で売る極悪集団ですに」

「やってることは小売りと大して変わらない、というのが連中の言だが、言ってみりゃ水道せき止めてその水を高値で売りさばく様なもんだ。」

「悪い人ってのはどこにでもいるんですね……」

 陽歌が今まで接してきた『悪人』には、直接暴力を振るう人間、口汚く罵る人間、それらを注意しない大人などがいたが、また別種の存在が出てきて不安が増した。そんな彼の不安を察してか、七耶が店舗側の取り組みも説明する。

「ま、それやられると店もいつも品切れじゃんってなって客足が遠のくからな。対策はしているさ。例えば開店前に整理券を配って抽選販売にするとか一家族一個までにするとかな。製造側も工場フル稼働で頑張ってるさ」

「苛烈な需要の歴史はオーメダル、遡るだけ遡るとたまごっちとかに行きつきますからに……」

 その話を聞いて、少しは陽歌も安心した。世の中悪い人ばかりではないということをユニオンリバーの面々と接して知ったが、それまでの出会いが最悪過ぎた。

「今日はとにかく凄いぞ。ゼロワンドライバー以外にも新商品が目白押しだ」

その他にも二号ライダーの使うベルトやゼロワンの使う武器、毎度お馴染みとなった変身小物をセットするホルダーも同時発売となる。

「仕事で頑張ってる小娘の分も手に入れるぞ! 気合入れろ!」

「おー! ですに!」

「お、おー……」

 若干テンションに付いていけないが、何とかこの中に馴染もうと陽歌は元気を振り絞る。そんな彼をアステリアはカウンター越しに微笑ましく見つめていた。

 

 外出用に服を着替えて、陽歌は再び一階のカフェにやってきた。アーミーグリーンで纏まった長袖のパーカーはまだ残暑厳しい時期には似合わないが、袖を余らせて義手を隠す必要があった。以前はこれと違う義手を付けていたが、義手であることを理由にいじめられていたのでどうしても隠さないと落ち着かないのだ。パーカーなのも、目立つ髪や瞳を隠すためだ。いじめは義手になる前からあったので、おそらく彼が黒髪黒目でも今度は血液型がB型であることや母子家庭であったことを理由にするだろうが、理屈とは関係なく隠したいのだ。

 一応、ボトムスはハーフパンツにしてクロックスを履いているので暑さは和らいでいるはずである。というかこのパーカー自体がそんなことを気にしなくていいものだったりする。これはアステリアの知り合いである錬金術師が作ったもので、着ているだけで快適な状況を保ってくれる摩訶不思議パーカーなのだ。

 その他、荷物を入れるショルダーバックには鎮痛剤などの頓服薬も入っており、出かける準備は万全だ。

 七耶とナルは既に準備を終えており、後は一緒に行くメンバーの合流を待つだけであった。陽歌は今日、買い物にいくこと自体起こされて知ったので誰が来るのかは当然聞かされていない。ユニオンリバーにはまだ彼が把握し切れていない人が多い。不安から陽歌は俯き、胸の前で合わせた義手の指を絡めてもじもじしていた。これは義手になる前からの癖みたいなものだ。

扉が開き、来客を知らせる鈴の音が鳴る。新たに二人が店内へ入って来たのだ。扉には『準備中』の表示をしてあるので、客ではない。一人はナルと同い年くらいの、紺色の髪をした女の子である。

「あ、さな」

「どうもー。私達も同行するよ。動画のネタにね」

 不安そうだった陽歌の表情が少し和らぐ。七耶やナルとはまた違ったタイプの人物で、彼は少し彼女に対して心を開いている様であった。そして、さなの存在を確認した陽歌はキョロキョロと周りを見渡してある人物を探す。

「ミリアお姉さん!」

 そして、その人を見つけると彼はこれまでにない明るい表情を見せる。

「やっほー。新商品はユーチューバーとして手に入れないといけないからね」

金髪をサイドテールにした、長身でスタイルのいい女性だった。白いブラウスに黒いミニスカートとタイツ、とシンプルな服装故にそのグラマーさと顔の良さが引き立っている。アステリアにも引けを取らない美人である。ミリアと呼ばれたその女性に、陽歌は他の人間に見せないほど心を許した態度を取る。ただ、相方であるさなは的確に彼女のミスを指摘する。

「本当に最速ゲットを目指すなら抽選販売に応募すらし忘れるのはどういうことなのさ」

「ひゃい」

 七耶達は落選だったが、ミリアは応募自体を忘れていた。ユーチューバーという話題の新鮮さ第一の職業としては致命的なミスだ。

「特に今回のは予約出来ない商品なんだからさ」

「ごめんなさい!」

 まるで年齢が逆転した様なさなとミリアのやり取りを聞いて、陽歌は少し安らいでいた。この二人こそ、彼をユニオンリバーに引き入れた存在なのだ。

「まぁおかげでセット版を買うことが出来ると考えればありなんじゃないかな?」

 ミリアの言う通り、この手のライダーベルトは毎年単品版とベルトにアイテムを格納するホルダーがセットになったものが発売する。抽選に当たっても買えるのはベルト単品だけなので、どのみち今日買い物に行く必要はあったのだ。

「そうして余るグッティ」

「はい去年の戦隊のトラウマ」

 さなとミリアはぐだぐだ感二割増しくらいで会話を続ける。ミリアは去年の有様を拭う様にフォローを入れる。

「いや去年は特殊だったからね? セット二種類に単品版、そして年末のセットで四種類くらい出たしそんだけ収録されたロボのパーツ彼くらいじゃないかな?」

「それ考えるとまだキシリュウオーは有情だよね」

 単品ではあくまで合体パーツでしか無い去年の戦隊のメカ、グッドストライカーと単品でロボになり、かつ名称的に主軸である今年のキシリュウオーことティラミーゴでは事情が異なる。去年の反省を生かしたとも言えるが。

「最後までVSを貫いた面白い作品だったけど商品展開は親御さんにいろいろ厳しかったよね。一号の変身アイテムとかも買い方次第でうっかりダブるし」

「分からなければ店員さんに聞くってことを学んだね」

 ミリアとさなはまるで動画を締める様に話を締めくくった。ただの漫才であるが、陽歌は割と真剣に聞いていた。

「分からない時は店員さんに聞く……と」

「そうそう。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だよ」

 思ったより真面目に捉えてくれたのが嬉しいのか、ミリアは陽歌の頭を撫でる。彼もぎこちないながら笑顔になる。

「飲酒関連で一生の恥を晒し続けるお姉さんがそれ言う?」

 一方でさなの鋭いツッコミ。これにはぐうの音も出ないのかミリアは話題を切り替える。

「て、店頭に品物が無くても、聞けば倉庫から出してもらえるかもしれないからね。特に発売日の開店直後とかだとよほど気合の入ったお店じゃないと陳列すらしてないことあるから、食玩とか」

「聞けるかな……」

 珍しく素直に弱音を吐く陽歌。それをミリアは真っすぐ受け止めた。

「素っ気ない態度を取られたらお姉さんに教えてね、クレーム入れるから」

「珍しく真っ当にお姉さん扱いされてるからって暴走しないでね」

 さなは釘を刺す。見ての通りいまいち頼りないのでお姉さんと呼ばれつつも頼るべき年長者としては扱われていなかったりする。

「というわけでさっさと……」

 七耶の号令で、一同が縦に、少し斜めになりながら並ぶ。陽歌以外のメンバーは慣れた様子で準備に取り掛かり、彼も見様見真似でやってみる。

「行くぞ!」

 バァーン! と擬音が聞こえそうな状態だった。今から百年に渡る因縁に決着を付けにいくくらいの気合だ。

(なにこれ?)

変な儀式を経て一行は新ライダーのベルト争奪戦に向かうことになった。七耶とナル、ミリアとさな、そして陽歌。このメンバーが向かう先に、果たして飛電ゼロワンドライバーはあるのか?

「いってらっしゃい」

「……いってきます」

 奇妙な儀式を見ても平然としているアステリアが一行を送り出す。陽歌は慣れない様子で挨拶を返す。これが当たり前なのだろうが、なんだか不自然にも感じてしまっていた。

 

「おいねこ」

『とら』

 一行はロウフルシティに突入したわけであるが、七耶がナルに問う。

「ライバードはどうした?」

『車検ですに』

 普段使っている車は車検で無かった。その為一行はバギーとそれがけん引するクローラー付きの荷台で移動している。動力であるバギーが一人乗りで運転をナルがやっているため、他の四人はバギーにけん引されているキャタピラが付いた荷台に乗っている。道路交通法とか大丈夫なのだろうかと疑問が出る。

「車検かー……いろいろ特殊な車だし代車も出ないからな」

 七耶は話を聞いて諦める。このとても一般車ではない車は普通に一般道を走っていた。その重くて鈍そうな外見に反して結構なスピードが出るため、陽歌は荷台の出来る限り隅っこに陣取って体育座りになっていた。他のメンバーは慣れているのか、広いキャリアでくつろいでいた。

 ロウフルシティは聞いていた通り大きな町で、片側三車線道路の周囲には大きな店舗やビル群が並んでいる。

「いやー、ワイルドクローラーでの旅も乙なものだね」

 ミリアはいつの間に買って来たのか、コンビニのビニール袋をまさぐりながら言った。

「ワイルドクローラーって言うんだね、このメカ」

 陽歌はサンドカラーで纏まったバギーと荷台を見て呟く。喫茶店なのに機銃が乗っているバギーを運用するなど、非常に物騒である。しかし喫茶店を経営している会社がトラブルコンサルタント企業、つまり何でも屋なので武装くらいはするだろうと自分を納得させるのであった。

 七耶が具体的な説明をする。一応平和な時は運送の手段として、たくさんの荷物を運ぶ時に重宝する。

「ああ、こいつは悪路でも余裕で走破するし、荷台も深いから安定して荷物入ると便利尽くしだ。丈夫な上に分解も出来る、動力はヘキサグラムで給油充電要らずだ。最大荷重は二トンくらいだったかな」

「へー、凄いですね……」

 意外な便利さに陽歌は驚くばかりだった。ただ荷台は露天でクーラーなどもないので残暑厳しいこの時期には朝早いとはいえ日差しが照って暑い。さなは買い物をしてきたミリアに飲み物を要求する。

「お姉さん、ジュース無い?」

「ん?」

 ミリアはロング缶のストロング系チューハイを片手に、金のパッケージに包まれた良さげなおつまみをつまもうとしていた。休日とはいえ朝っぱらからかつ子供の前で飲酒を試みる彼女の鳩尾に、正確無比なさなのツッコミパンチが飛ぶ。

 恐ろしいほどに音が静かだった。それだけエネルギーが無駄なくダメージへ転化しているということである。

「モルスァ!」

 ミリアは過去に流行ったペットロボみたいな声を上げ、吹っ飛んでいく。山なりの軌道を描き、道案内の看板にぶつかってそれを突き破りながら進行方向後ろ側へ落ちていく。ガシャンとかそういう重い音がしてクラクションが鳴ったり騒ぎが起きていた。

「ミリアお姉さーん?!」

 いつもの光景とはいえあまりに常識を逸脱しているので陽歌はまだ慣れなかった。

「おいおい、百トンパンチは控えろよ」

 とりあえず一般人寄りの彼に気を遣っているのか、七耶は苦言を呈する。

「一応手加減はしてるよ。三分の一くらい」

「それでも約三十四トンあるんだよなぁ……」

 さなは抑えたというが、七耶は手加減になっていない現状に冷や汗を搔く。乗っている車の最大荷重が二トンだとか話していたのに、急に小柄な幼女が百トンレベルのパンチを繰り出すのだからいろいろ狂っている。この体格でバギーの力に匹敵するどころか凌駕するとは一体どういうことなのか。

「……」

 いつものことだが、改めて目にすると陽歌は眩暈がした。さっきのパンチも、足場の荷台が何の影響も受けていないなど物理法則もあったものではない。空想科学読本に解説して欲しいレベルであった。

(よく考えたら、今この場にいる人間って僕だけだよな……?)

 そして心理に至ってしまう陽歌。さなは月の住人、ミリアはミラヴェル計画というプロジェクトで作られた人造人間『マークニヒト』の先行生産個体、七耶は外宇宙で作られた伝説の兵器『超攻アーマー』、ナルはある錬金術師が酔った勢いで作り出した戦闘メカの人間態。ちなみにアステリアは人間である。

とても信じられない話だが、先ほどさなが発揮したパワー、そして看板にぶつかった時点で普通の人間なら肉片になっているだろうところを、逆に突き破るというミリアの耐久力が全て真実であると物語っている。特にミリアとさなについては何やかんやあったので、陽歌もユニオンリバーに来てから初対面となる他のメンバーより人外ぶりを実感している。

 こんな人外グループがビジュアルの点では自分より人間らしいことを、容姿が理由でいじめられていた陽歌は受け入れ難かった。その部分でも眩暈がする。

「おい大丈夫か?」

「はい……」

 七耶が心配そうに陽歌を見るが、彼はいつものやせ我慢の強がりをしてしまう。状況を察したナルが原因を推測する。

『確実に物理法則の乱れで眩暈起こしてますに。ぷはー』

「そ、そんなとこですかね……はは……」

 肝心のミリアはさなが吹っ飛ばしたので、ナルが的確に原因を説明してくれたことが陽歌にはありがたかった。この一瞬のやり取りの中で、七耶はナルがコクピットで何か飲んでいることに気づいた。

「おいねこ」

「とら」

「何飲んでんだ?」

「さっき買って来たビックルですに」

「なんでどいつもこいつも勝手に買い物行ってんだ!」

 ワイルドクローラーはユニオンリバーの地下に格納してあったはずだが、ミリアといいナルといいいつ買い物に行くタイミングがあったのか。あまりにフリーダムなメンバーに七耶も突っ込まざるを得なかった。

「運転手特権ですに」

「つーかバギーのコクピットは屋根あるだろ! 私達より快適だろ!」

 一人乗りで運転席が解放型とはいえ、座席と屋根があるナルは堅い荷台に直接座る陽歌達よりはまだいいだろう。荷台は日光を受けて暑くなりつつある。

 あまりに七耶が文句を言うので、陽歌は自分の着ているパーカーを譲ろうとした。これを着ているおかげで彼は七耶ほど暑さを感じない。

「これ、着ます?」

「いや、それはお前が着てろ。私らは暑いだけで健康に影響は無いからな。あいつ、お茶くらいは買ってるだろうな……?」

 しかし七耶は陽歌の体調を優先して断る。何か飲み物が無いか彼女はミリアのコンビニ袋を探るが、どうも目ぼしいものは無さそうだ。

「たっく……期待外れか……お?」

 しかし、何かを見つけた様でそれを天高く掲げる。赤いラベルで装飾されたカップ、だが飲み物ではない。カラカラと軽い音がする。どうやらスナック菓子らしい。

「ヤンヤンつけぼー! ヤンヤンつけぼーじゃないか!」

(飲み物じゃなくていいの?)

 七耶はヤンヤンつけぼーなるお菓子を手にテンションが上がっていた。蓋を剥がすと、カップの中は半円のスペース、半円を更に半分にしたスペースの三つに仕切られていた。一番大きな半円のスペースにはビスケットの棒が入っており、残るスペースはチョコクリームとカラフルなトッピングが入っている。

 七耶はビスケットを取り出し、チョコクリームに浸してからトッピングを付ける。これがこのお菓子の食べ方だ。

「おい小僧、ヤンヤンつけぼーだぞ! ご相伴に預かるのだ」

 彼女は陽歌にも食べさせようとしたが、ある嫌な予感がしていたので強がりではなく本心で断った。

「いえ、僕は遠慮しておきます」

「そうか」

 まぁ好みがあるしな、と七耶は夢中でヤンヤンつけぼーを貪り食う。しかし、一通り食べてから彼女はある事実に気づいた。

「これ口の中の水分持ってかれるな……」

(だと思った……)

 何とか巧妙な罠を回避した陽歌。さなはずっと放置していたミリアのことを思い出し、回収しに行くことにした。

「仕方ない。お姉さん拾うついでに飲み物確保して来る。お姉さんの奢りで」

「頼むぞー。私カルピスな」

 さなは床面から跳び、安定した足場とは言えない荷台の淵の上に乗った。ミリアが墜落した地点からは既に距離があったが、スピードの出ているクローラーから難なく飛び降り、歩道を駆けてその場所まで向かっていく。

(大丈夫かな……色々と)

 隣町に買い物へ行くだけでこの大騒ぎである。陽歌は少し不安になった。しかし、この騒動はこれから始まる大騒動の序章に過ぎなかった……。

 

 目的の店舗に一行は到着した。下の階にスーパーやホームセンターが入っているというわけではない純粋に大きな家電量販店で、これでもロウフルシティに多くある家電量販店の一つに過ぎないというのだから町の大きさがよく分かる。ミニ四駆コースやベイブレードスタジアムもあり、大会もやっていることがあるそうだ。

「おいおい、開店前なのに結構な人だかりだぞこりゃ」

 七耶はまだ八時にもなっていないのに行列が出来ていることに驚いていた。まだ店内には入れないので、駐車場に列は続く。駐車場もいっぱいで、ワイルドクローラーは非常に目立った。

陽歌はこうした光景を見慣れていないが、ただ黄色い布を頭に巻いた集団が目立つことの異様さは理解できた。

「何ですかあの黄色い集団……黄巾賊?」

「幸せの黄色いハンカチじゃないかな?」

 あんな目に遭ったのに全く無傷のミリアも黄色い集団を見ていた。買ったお酒は没収されてバギーの操縦席に仕舞われた。普通の親子連れは本当に少ない。最後尾に並んだはずが、後ろに次々人がやってくる。あまりに人が多いせいか、陽歌はフードを目深に被って髪と瞳を隠す。義手の指でフードを掴み、決して姿が露見しない様に必死だった。

 並んでいると、整理券をスタッフが配りに来る。どうやらあまりに人数が多くて整理券による抽選販売になったらしい。整理券は商品の種類だけあり、七耶が陽歌に指示を出す。

「とりあえず全部受け取っておけ」

「……」

決して目を合わせない様に陽歌はそれを受け取った。感覚の無い手先では何枚あるのかも分からない有様だ。

「うぅ……」

 その時だった。極度に緊張が高まったせいか、無いはずの腕が痛み始めた。万力で潰されるかの様な鋭い激痛が両腕に走る。幻肢痛だ。目の前が霞み、呼吸も荒くなる。ミリア達に心配をかけない様、しゃがみ込みたくなるのを我慢してショルダーバックを探る。

中には吸入器が入っていた。これが鎮痛剤である。幻肢痛には普通の鎮痛剤が効かないことが多く、かつ大抵の薬は飲みやすさを優先して小さい錠剤で水を必要とする。例え水のいらないチュアブルタイプの薬だとしても手先の感覚が無い義手で小さな錠剤を扱うのは難しく、特に痛みなどで狼狽えている時は困難だ。そこでパーカーを開発した錬金術師が作ったのがこの吸入器入り鎮痛剤。

 扱いやすく、水も不要。薬の作用で幻肢痛にも有効で副作用も軽いといいことずくめである。それを吸い込み、陽歌は一旦落ち着きを取り戻す。

「ねぇねー、暑いよー」

「我慢しなさい!」

 しかし周囲の親子連れが猛暑に耐えられないのか騒ぎ出す。家族連れが多いせいか全体的に騒がしく。フードを被っていても耳をつんざく様な高音に襲われる。子供が騒がしいと、それに連動して親の声も大きくなるという悪循環。

「あの人目が変だよー?」

「見ちゃいけません!」

 そんな中、必死に隠していたオッドアイが露見してしまう。せっかく薬で動悸を抑えたのに、また呼吸が荒くなる。傷に塩を揉み込まれる様な激痛が脳を刺激する。過去に浴びせられた罵声や暴力が鮮明にフラッシュバックした。

『なんで目の色が違うんだ?』

『変な色、気持ち悪い』

『カラコンじゃないの? 外しちゃえ』

 身体を複数人に押さえつけられ、瞼を強引に開かれて裸眼へ指を突っ込まれる光景と痛覚が蘇る。目を堅く閉じるが、痛みのせいなのか大粒の涙が溢れてくる。それでも七耶達に悟られない様に堪える。

「変な髪―」

 しかし子供は残酷だ。フードから僅かにはみ出す髪の色を容赦無く指摘してくる。

『髪を染めるんじゃない! 黒くしてきなさい!』

『この歳で髪を染めるなんて……親は何をやってるのかね?』

「ううぅ……」

 責める声は子供の物だけではない。親以外の大人、教師達の物も含まれていた。もう一度吸入器で薬を服用するが、身体は楽にならない。その事実が、余計に焦燥感を駆り立てる。

「う、う……」

 頭の中がごちゃ混ぜになり、陽歌は平静を失う。逃げたい、でも並ばなきゃいけない。みんなに心配や迷惑は掛けられない、でも逃げたい、いなくなりたい。気づけば、鞄からある物を取り出していた。

「うわぁぁぁあああああああっ!」

 それは携帯を模した折り畳み銃、ファイズフォンⅩであった。本来は『仮面ライダージオウ』に登場するガジェットを模したおもちゃなのだが、彼の持つものは少し事情が異なる。

『シングルモード』

「な、おい……!」

 正気を失った叫びとファイズフォンⅩから発せられる電子音で七耶は危険を察知した。普段はボケっとしているミリアも咄嗟に陽歌の銃を持つ右手の義手を掴んで銃口を天に向ける。

「おっと……」

 同時に引き金が引かれ、銃口から赤い光が発射される。ファイズフォンⅩには発光機能は無く、あったとしてもこんな強力な閃光はST基準に反する。要するに、本当に光線が発射されていることになる。

「ふぅー……ふぅー……」

「どぅどぅ……、大丈夫だから、ね?」

 ミリアに後ろから抱きしめられ、陽歌はしばらくして落ち着きを取り戻す。アステリアの抱擁と異なり、屈まずに後ろからなので感覚は全然違うが包み込まれる様な暖かさは同じで安心感が得られた。

 陽歌は銃を下ろし、袖で強引に涙を拭うと取り乱したことを詫びる。

「ご、ごめんなさい……」

「いいっていいって。ここ人多いもんねー」

 ミリアは落ち着いた調子で宥める。七耶は今起きそうになった事態に冷や汗をかいていた。このファイズフォンⅩは彼女らの知り合いが魔法でおもちゃを『本物』にしたものだ。つまり実際に武器として使用出来、今まさに陽歌は武器として使おうとした。ミリアの態度はそんな危機的状況を理解しているのかしていないのか、要するにいつも通りであった。さなも危険性を感知しているのか、一応身構えてはいた。

「まさかお姉さんが対応するとは思わなかったよ」

「はっはっは、大地讃頌の様に褒めよ称えよしてもいいのだよ?」

 ミリアの行動を意外に思っていたのか、さなは驚いた様子だった。ただ発言のせいでいつもの頼りないポンコツお姉さんに逆戻りだ。

「よかった、本物だ」

「私偽物扱いされてた?」

 二人の漫才もいつも通り。変に腫れ物扱いしないこの二人の対応には陽歌もいくらか助けられていた。

「悪かったな、無理に連れてきて」

「いえ、七耶は悪くないです……」

 パニックを起こしてしまった陽歌に七耶は謝罪するが、彼は自分に非があると感じていた。こんなくらいで取り乱してはダメだ、と自分に言い聞かせる。今の自分には、頼れる仲間がいるのだ。一人ぼっちだった頃とは違う。

「で、ねこは……」

「とら」

 この騒ぎの中、一切のリアクションを示さないナルを七耶は見た。すると、ナルは立ったまま寝ているではないか。猫呼ばわりへの修正も寝言で行っている。

「それとも打ちどころ悪かった? 精密検査する?」

「デフォ! これデフォだから! 神対応をもうちょっと褒めて!」

さなとミリアの漫才も事件の渦中である陽歌を置いて進行する。例え目の前で銃乱射の危機があってもいつもぐだぐだ、これがユニオンリバーだ。

陽歌は場の空気を変えるため、さっき受け取った整理券を確認することにした。

「そうだ、貰った整理券なんですけど……」

「抽選のくじらしいな」

 七耶も同じものを同じ枚数持っている。結構な枚数である。彼女は一枚ずつ確かめていった。

「DX飛電ゼロワンドライバー、とキャンペーンのライドウォッチ、ドライバーとホルダーのセット、ドライバーとファルコンプログライズキーのセット……か。ベルトは一回当たると違うベルトの抽選には参加できない、と」

 ベルトは単品売りやセットなど販売形態が多数に渡る為、より多くの人間にベルトが行き渡る工夫がされていた。陽歌は他の整理券も見る。

「『DXエイムズショットライザー』、『DXプログライズホルダー&ラッシングチータープログライズキー』、『DXアタッシュカリバー』、『RKF仮面ライダーゼロワン』……とこれは?」

 関連商品の整理券を手繰っていくと、ある一枚の整理券で手が止まる。仮面ライダーの関連商品ではないものが紛れていたのだ。

「ん? 『ブースター エースアシュラ.00M.V´』? ベイブレードか、同時発売なんだな」

 七耶によれば違うおもちゃの整理券であったが、これも整理券が必要なほどの人気商品ということなのだろうか。サブカルに疎い陽歌でも、バッチリ対象年齢圏内のベイブレードは聞いたことくらいある。

「ストア限定っていうくらいだからレアものだぞ。ついでに当たるように祈っとけ」

七耶は陽歌にエールを送りつつ、作戦を確認する。

「と、問題はこの抽選、一家族一つなんだよな……。各人、いざ買う段階になったら他人のフリだ」

 一人一つ制限ではもう生ぬるいのか、最近は一家族単位での制限が主流だ。このメンバーは家族の様な付き合いこそすれ、実際他人の集まりなので嘘は言っていない。

「……なんか先頭で誰か喋ってるぞ? おい、起きろねこ」

「とら」

 七耶は列の先頭に何かを見つけた。ナルの鼻提灯を割り、彼女を叩き起こして確認させる。

「むにゃ……店員さんじゃないですかに?」

「小さくて見えんな……」

「黄色い布を巻いてるね、あの人も」

 七耶達には小さい点にしか見えない先頭の人物だったが、さなにはしっかり見えていた。頭に巻いているせいで崩れている布の文字もはっきりと読み取って見せる。先ほどから見かける黄色い布の集団、そのリーダーと思われる。

「マーケットプレイスって書いてあるよ」

「マーケットプレイスだと?」

 その名前を聞き、七耶が動揺を見せた。陽歌が銃を乱射しかかった時以上の慌てぶりである。そんなにまずい集団なのだろうか。

「マーケットプレイス? 何それ?」

 陽歌はミリアに尋ねる。ただ、彼女はこういう時に頼れない。

「ほら、あれだよあれ。マーケットをプレイスして遊ぶ集団だよ」

「語源の解説すら出来てない」

 さなに解説役は取られてしまう。とは言っても、彼女がするのはこの集団の名前の由来の方であったが。

「マーケットプレイスってのはアマゾンで品薄とかに合わせてメーカー希望小売価格から値段を上げ下げすることだね。大抵は高くなるよ」

「で、そんな名前を名乗っているあいつらは早い話、転売屋の集まりだ」

 七耶がさっくり説明を纏める。朝話していた転売屋という悪人、その集団。これは恐ろしい展開になってきた。

「そんな人達いるんですね……」

「なんでも日本各地でホビーやライブのチケットを転売しているという連中だ。抽選販売だし、あいつらに独占されることはないだろうが……」

 七耶は抽選販売とはいえ彼らの動向に警戒した。この分だとロウフルシティの家電量販店は残らず彼らが並んでいるだろう。否、この町に限らず全国の店で同様の現象が起きているはずだ。今更出直しても遅い。

「で、何言ってんだ?」

 七耶はリーダーらしき人物の話を聞こうとした。さなに頼んで解析を行ってもらう。彼女はどういう原理か耳から狼なのか狐なのかよくわからないケモ耳を出して音を集める。

「何々……? 警察が来ても恐れることはない? 切り札がある?」

「なんか悪いこと企んでそうだな……」

 リーダーの発言はいろいろときな臭かったが、実際に相手が行動を起こす前に討伐してしまおうとするとそれはそれで問題がある。なので七耶は静観を決めた。

「とりあえず開店時間まで待とうか」

「そうですに」

 開店まではまだ時間がある。それまで各自時間を潰すことにした。七耶はスマホを取り出して進行中のソシャゲの周回、ナルは再び立ったまま就寝、ミリアとさなは他愛も無い話をしていた。みんなで動きつつ個人の時間も尊重する、近すぎず離れ過ぎないほどよい距離を保ったグループだ。言葉を交わさなくても一緒にいるという気持ちを、陽歌も最近理解しつつあった。彼はショルダーバックからスマホを取り出し、SNSを覗いた。今の状況を呟いて投稿するという簡単な動作だが、指先の感覚が無い彼には結構難しく、リハビリになっているのだ。

(『ゼロワンドライバー発売待ちなう』……と)

 短い文章だが時間をかけて書き込み、投稿する。義手はタッチパネルに対応しているので操作自体に問題は無い。後は先ほどの様にパニックを起こさない様、イヤホンを使って音楽を聴く。イヤホンをジャックに刺す、耳に付ける。日常のなんて事のない動きが義手に慣れる為に大事なのだ。

 

 いよいよ開店時間になった。陽歌もちょうどランダム再生で回ってきたお気に入りの『恋はドラクル』が終わったところなのでイヤホンを取ってスマホを仕舞う。スタッフがメガホンで並んでいる客達に抽選販売について解説を始めた。

『えー、これからゼロワンドライバーの抽選販売を行います。お手持ちの整理券をご覧ください』

 大方の予想通り、この整理券の番号が抽選に使われるらしい。が、いざ抽選販売となると列の前を占拠している黄色い布の集団、マーケットプレイスが騒ぎ出した。

「そんなの聞いてねぇぞ!」

「普通は先着順でしょ?」

 そして彼らはスタッフの誘導を完全に無視し、店内に押し入る。スタッフも担当部署などがあるので全員がこの販売に関わっているわけではないだろうが、例え全員いたとしても抑え切れないほどの人数が店内へダッシュでなだれ込む。

 そしてマーケットプレイスの連中はお目当ての商品を次々にかっぱらい、レジを通さずに持ち出そうとする。もはや転売屋というより押し込み強盗である。個数制限を守る守らないの次元ではない。

 本来個人レベルで動いている転売屋がこの様な組織を組んだのは、店側の対策が進んで買い占めが出なくなったという背景がある。数の勢いに任せてしまえば店側の制御を力づくで振り切ることが出来る。

「あーあー、もう滅茶苦茶だよ……」

 七耶はこの有様に困惑した。もう買えそうに無いが、一行は外が暑いので冷房の効いた店内に入る。

だが、この事態を既に察知していたのか警察官が続々と駆け付ける。

「警察だ! 各地で威力業務妨害を起こしているグループはお前らだな?」

 やはり黄色い布を巻いた集団というのは目立つのか、あちこちで問題を起こしているのが露呈して事前に警察を呼ばれることになった様だ。大人しく並んでいる間は待機しているだけだったが、強盗を始めたので行動を開始した。

「ポリの野郎か……」

 店の入り口付近で待機していた三人のメンバーが警察の前に立ちはだかる。だが相手は恫喝すれば引いてくれる従業員ではない。警察官は毅然とした態度でメンバーに向かう。

「これだけ目立つことしてマークされないと思っていたのか?」

「とんでもねぇ、むしろ来てほしいくらいだったぜ」

 警察官を前に、メンバーの一人が不敵な笑みを浮かべる。懐に手を入れると、小さくてよく見えないが褐色のアンプルを取り出している様に見えた。彼含む三人のメンバーが同じものを手にしており、一斉にアンプルを開封し、中身を飲みほした。

「薬?」

「気を付けろ! 例のドラッグだ!」

 さなが首を傾げていると、警察は咄嗟に警棒を抜く。相手は武装していない一般人なのだが、ここまでしなければならない事態だというのか。答えはすぐに出た。アンプルを飲んだ全員の肉体が変化する。一人はザリガニの様な、もう一人は両手に鎌を持った緑色のカマキリ、最後の一人は三倍にも体が膨れ上がった象の怪人に変化していた。

「な、何あれ……?」

「仮面ライダー的に言えば今週の怪人かな? 三体とは豪華だねー」

 陽歌は目の前で起きている現象に驚いているが、ミリアは店の前の自販機で買ったジュースを飲んでのんびりしていた。とても目の前に怪人がいる状況で取る態度とは思えない。

「お姉さん?」

「あ? 君もなんか飲む?」

「警察なんざ怖くねぇ! 行くぞ野郎共!」

 彼女のあまりに余裕全開な姿に陽歌が戸惑っていると、ザリガニ男の号令で警察官に怪人達が一斉に襲い掛かる。警察官も警棒を手に応戦するが、身体能力に差があるのかあっと言う間に倒されてしまう。

 警察官は武道が必修なので一般人よりは当然強いはずなのだが、この怪人化現象は一体何なのか。

「サツはいなくなった! お前らずらかるぞ!」

「おおーっ!」

 商品を手に、マーケットプレイスの連中が一斉に出入口へ向かって商品を手に脱出を図る。出入口付近にいた七耶達は巻き込まれない様に立ち退いたが、陽歌は大人数が自分へ向かって来る光景を見て固まってしまった。動こうにも恐怖が上回って足が言うことを聞かない。さっきの発作を引きずっているのだろうか。

「しまっ……」

 このままでは雪崩れる人に巻き込まれてしまう。その時、さなが彼の前に立った。マーケットプレイス達は子供二人が前方に居ようが、お構いなしに突っ込んでくる。避ける気は無く、ぶつかって押し倒すつもり満々だ。

「オラオラどけどけ! 怪我するぞガキ共!」

が、お構いなしなのはさなも同じだった。突然狐か狼の様な耳と尻尾を生やし、殺気を滾らせる。

「月輪脚(がちりんきゃく)・半月嵐!」

 彼女は何もない空間に向かって脚を薙ぎ払った。すると、凄まじい突風が吹き荒れ、転売屋の群れが吹き飛んだ。文字通りの吹っ飛びで、人が吹き飛ばされて床に叩きつけられたり陳列棚に突っ込んだりしていた。警報が出る様な台風の暴風でもこの様な光景は見られない。

「おー、シンフォギアみたいに技名見えたぞ」

「どっちかというとボクは血界戦線的にみえますに」

「あー、それな」

 身内である七耶とナルは全く驚いていないが、普通に恐ろしい光景である。

「な、なんだ……?」

「あのガキ一体……」

 流石に怪人達は吹き飛んでいなかったが、大人が複数人吹き飛ばされるこの光景に動揺が走る。飛ばされた人達は死にこそしないがやはり痛いものは痛いので手に入れた商品を手放して呻いていた。

「このガキ……何したか知らんが大人の怖さを分からせてやる!」

 象の怪人がさなに向かって走り寄る。重量があるため、床を砕きながら迫っている。その大きな図体に反してスピードも速い。が、さなは一歩も引き下がらない。それどころか、腰を落として拳を構える。

「剛拳!」

 それをそのまま突撃してくる象怪人の腹部に高速で突き立てた。象の怪人は軽々と引き飛ばされ、入り口付近から果ての壁を突き破って店外に放り出されて爆散した。

「二百六十七貫!」

あのような巨体を吹っ飛ばしておいて、さなの小さな体にはどこにも負担が掛かっていない様子であった。これが正真正銘の百トンパンチ。怪人になっていた男は全裸になってうつ伏せで倒れていた。

 外に並んでいた人達は爆発音を聞いてざわめく。当然の反応だが、ここで逃げずに野次馬しようと店を覗き込む辺り危機感が薄いというか。普通は爆発音の時点で逃げるべきだろう。

「このままあいつに任せるか?」

「いや、ボクもちょっと暴れたいですに」

 七耶は加勢しなくていいだろうと考えたが、ナルはただ戦いたいという理由で加わりに行く。その手には武器ではなく、小さなキャンディの様なものと見慣れないロボットのプラモデルが握られていた。

「このガキ……!」

 舐めた態度を取られたことが頭に来たのか、先ほどの光景を見ても尚ザリガニ怪人はナルへ向かっていく。倒された警察官も、自身の使命のため倒れた状態でザリガニ怪人に向けて発砲する。だが、ザリガニ怪人の硬い装甲は弾丸を悉く弾いてしまう。

 野次馬も発砲でようやく危険な状況を理解し、蜘蛛の子を散らした様に逃げ始める。

「天魂(あめだま)!」

 ナルはキャンディを口に含んだ。すると、手に持ったロボットのプラモデルが彼女に装着されて人間大のロボットへと変化する。身長も子供のそれから成人並に伸びる。武器の類は持っていないが虎の様な意匠のある強そうなロボットだ。

「白虎騎士団(ホワイトファング)一番機、ルナルーシェン・ホワイトファング……推して参る!」

 立ったまま寝る様なのんびりした要素は一切無くなり、語尾も普通になる。ザリガニ怪人はここまでの現象を目にしても、相手がただの子供だと思っているのか無策に突っ込んでくる。

「ヒーローごっこは、家でやりな!」

 ナルは右腕を大きく振りかぶり、その腕でザリガニ怪人を薙ぐ。まさに、虎の爪による一撃といった鋭さであった。

「タイガーレイザーズエッジ!」

金属を砕く様な音と共に、ザリガニ怪人の胸に三本の大きな切り傷が刻まれる。ナルはマニュピレーターの指にザリガニ怪人の甲羅を摘まんでおり、ただの斬撃でないことが伺える。指の力でザリガニ怪人の装甲を引きちぎったのだ。

「ぐ、ぐええええ!」

 ザリガニ怪人は装甲を抜かれたダメージで戦闘不能になり、立ったまま爆散した。爆発が晴れた時には、全裸になった男が気絶して仰向けで転がっていた。キッチリ、ナルの攻撃で刻まれた傷もある。彼女はせめてもの慈悲なのか丸出しの股間を隠す様に指で挟んだ甲羅を落とす。

「ひ、ひえええ……」

 カマキリ怪人は仲間が次々に瞬殺されていく様子を見て青ざめた。が、彼なりに機転を働かせてその辺に倒れている警察官を確保して人質にする。

「おい! 動くな! こいつがどうなってもいいのか!」

 片方の鎌を捨ててまでカマキリ怪人は人質をさなやナルに突きつける。流石に彼女達もすぐに動くことは出来なかった。それを見ていたのは、二人だけではなかった。陽歌も先ほどから動かずに戦いを見ていた。

(このくらい……怖くない……!)

 彼は勇気を振り絞る。今までは独りぼっちで抵抗することも出来ず、他人に脅えて暮らしていた。だが、ユニオンリバーに来てからは違う。仲間がいる。そして、誇っていいものがあると教えられた。

(あの時に見たデカイ海老とか邪神に比べたら、このくらい……!)

『シングルモード』

 陽歌はファイズフォンⅩを取り出し、銃に変形させて目にも留まらぬ速さで引き金を引く。赤い光線は正確無比に、カマキリ怪人が鎌を持つ掌を撃ち抜いた。

「ぐわぁ!」

 鎌は手を離れ放物線を描いて宙を舞う。何とかカマキリ怪人が拾おうと手を伸ばすが、鎌が地面に落ちるより早くもう一発の光線が鎌に直撃して遠くへ吹き飛ばす。陽歌が空中の鎌に銃撃を当てたのだ。

「何?」

 カマキリ怪人が戸惑った一瞬、これが勝負を分けた。陽歌はその顔面に標準を向けて銃を連射する。

『バーストモード』

 先ほどよりも威力を増した銃撃が連続してカマキリ怪人の顔にぶち当たる。一切のズレも無い正確な射撃であった。

「征服瞬連火(ピースメイカーラピッド)!」

陽歌は自分を鼓舞する様に、二人と同じく技名を叫んでいた。流石にさなの百トンパンチやナルの攻撃みたく撃破するまでには至らなかったが、床に転がすくらいの威力はあった。

「やっぱ射撃強いな小僧」

 七耶は改めて陽歌の能力を確認する。何も彼女達は考えもなくパニックになったら乱射しかねないファイズフォンⅩを彼に与えているわけではない。彼の射撃技術を見込んで、護身程度の威力の武装を渡したのだ。

「アァァアアア! 目が、目がぁあああ!」

 カマキリ怪人は床をのたうち回る。人質はとっくに逃げてしまい、後は死を待つだけであった。

「よし!」

 狙い通りに的へ当てられて、陽歌は一安心する。この射撃技術も家にあったおもちゃが百均の吸盤を撃ち出すピストルだけで、それを遊び倒していたら身に付いたというあまり明るくない過去によるものだが、最近は助けられることも多くなった。

 あることを切っ掛けに、義手になってからもやはり家で気晴らしが出来るのはそのおもちゃだけだったので、指先の感覚が無いというハンデは感じさせない。

「こ、このや……」

 何とかカマキリ怪人が立ち上がる頃には、既に勝負が付いていた。陽歌はファイズフォンⅩの5キーを三回押し、エンターボタンを押して銃口をカマキリ怪人に向ける。

『レディ、ポインターオン』

 赤い円錐の様な回転するエフェクトがカマキリ怪人の前に現れる。彼は大技の予感がしたので逃げようとするが、ポインターの効果によって既に体が動かない。

「な……動け……」

『エクシードチャージ』

 淡々としたシステムボイスの後、明らかに必殺技を撃つぞと言わんばかりの待機音が鳴り響く。そして容赦なく引き金を陽歌が引く。射撃に押し出されたエフェクトがカマキリ怪人に突き刺さり、ドリルの様に体をえぐっていく。

「ぐぉおおお!」

 青い爆炎と共に赤いφの文字が浮かび上がり、カマキリ怪人は倒れる。床に大の字となり、ぜい肉まみれムダ毛だらけのだらしない全裸を晒していた。これだけムダ毛があるのに頭髪は禿げているので悲しい。

「よし、これで終わりだな」

 七耶は死屍累々となった転売屋の群れを眺める。儲けどころか治療費や罰金、賠償金で大赤字であろう。

「しかしさなの奴、いくら相手が転売屋だからって持ってる商品ごとまとめて吹っ飛ばずこと無いだろう。パッケージに傷が……」

 転売屋からベルトを回収しようとして、七耶はあることに気が付く。倒れているマーケットプレイスの連中は、商品を一切持っていない。確かにさなが蹴りで吹き飛ばした時は手にしていたのだが、どこかへ行ってしまっている。

「……っ!」

「車の音?」

 聴力が敏感な陽歌とさなが外でしたエンジン音に気づく。一行が走って駐車場へ向かうと、マーケットプレイスのマークが入ったトラックが発進しようとしていた。

「ふはははは! 戦っている隙に比較的無事な連中に商品を運ばせたのさ!」

 リーダーらしき男は勝ち誇った態度で運転席に乗り込む。さなのキックによる暴風は結構ムラがあり、後方にいたメンバーは吹き飛びこそしたが軽傷で済んだらしい。

「さらば! メルカリで会おう!」

 トラックは発進して逃亡を図る。だが、陽歌が銃撃で後輪を左右とも撃ち抜いた。トラック用タイヤは内部の空気圧が高いので、爆発すると同時に車体を激しく揺らす。パンクを無視してホイールだけで進もうにも、その僅かな隙にさなが追い付いて片方のホイールを蹴り飛ばして外した。トラックはガリガリとコンクリートを削る様な音を立てて停止した。

「これで逃げられないな」

 七耶を筆頭に一行はじりじりとトラックに寄っていく。だが、今度はヘリのローター音が聞こえる。何とカーゴヘリがトラックに迫っていた。

「今度は何だ?」

 風圧で七耶達が動けなくなっている間に、カーゴヘリはトラックを吊って飛び立っていった。一転売屋グループがここまで大きなヘリコプターを所持するなど、もう半分反社会勢力である。

「ふははは! 今度こそ御機嫌よう! アマゾンで注文したまえ! マケプレだがな!」

 トラックを吊ったヘリは忽ち遠くへ姿を消していく。

「GTAかよ……」

 七耶は唖然とそれを見送っていた。こんな光景、確かにゲームでもないと中々見かけない。

「待て!」

 即座に射撃を試みた陽歌だが、目の前がぼやけて足元がふらつく。ミリアに支えられ、倒れることは回避したがこれ以上の戦闘は不可能だ。先ほどまでも結構勇気を振り絞っての戦いだったので、精神的に限界が来たのだろう。

「うぅ……」

「よくやった小僧! ここからは私に、任せとけ!」

 今まで静観に回っていた七耶が陽歌からバトンを受け取る。しかしミリアには一つ心配があった。

「七耶ちゃんの変身って一秒百円掛かるんじゃないの?」

「ふっふっふ……、私がいつまでもそんなルールに縛られると思ったか?」

 七耶は自信満々な笑みを浮かべ、ナルと同じキャンディの様なものと違うデザインのロボットのプラモデル……の右腕だけを持っていた。

「変身する面積が少なくなれば課金額も減る! 私は抜け穴を見つけたぞ!」

 詳しい事情は分からないが彼女の変身には制限があるらしく、それでも七耶はそれを潜り抜ける方法を考えていたのだ。

「秒で決めるぞねこ!」

「応っ!」

 七耶のねこ呼ばわりを訂正することなく、ナルは高く飛び上がる。七耶もそれに追従し、途中でキャンディを口に含む。

「天魂!」

 すると七耶の右腕だけが成人サイズのロボットへ変化した。ナルの跳躍が頂点に達した時、七耶はその腕で彼女の足裏を殴る。言わば、簡易カタパルトである。技の顛末を予想したさなはヘリとトラックを追って走り出す。

「超攻タイガーシュート!」

 ナルは高速で吹っ飛んでいき、ヘリコプターへ矢の様に向かっていく。が、このスピードは彼女にとって予想外だったらしい。

「ちょ、思ったよりはや……」

 射出までは完璧なコンビネーションだっただけにイマイチ締まらない。そのままナルはカーゴヘリに体当たりで激突する。ヘリは爆散し、無残に残骸が散らばる。

「にー!」

「汚ねぇ花火だ……」

 ナルの虚しい悲鳴が町に響いた。吹っ飛ばした張本人はこの態度。変身もとっくに解除している。吊られていたトラックはそのまま堕ちていったが、おそらくさながキャッチするだろう。

 

「いやー、ひどい目に遭いましたに……」

 さながトラックを持って帰ってきた。ナルは変身解除こそすれ無傷だったが、トラックの荷台に乗せられているヘリのパイロットは、頭がアフロになってしまっている。あの爆発で頭髪を焦がす程度で済むのはいろいろと謎だ。

 現場にはパトカーが駆けつけ、マーケットプレイスのメンバーを連行していた。リーダーであるトラックの運転手も逮捕されるところだったが、運転席を開けて警察官が騒いでいた。

「うわ! くっさ! こいつ漏らしてるぞ!」

「え? 小? 大?」

「両方だ」

 リーダーの方は社会的にもう助からないだろう。転売などに手を出すからこうなるのであって、自業自得なのだが。

「よし、店に平和が戻ったし、買い物するぞ。抽選販売だったな」

 七耶は気を取り直して本来の目的を達成しようとする。が、他の客はドンパチに脅えて逃げてしまった。抽選すら必要無くなり、結果オーライだ。

「みんな逃げてしまいましたに……」

「なんだ臆病な奴らだな」

 普段から騒動に巻き込まれているせいか、七耶達の感覚は麻痺していた。

(あれ? でも普通は逃げる様な……)

 陽歌も成り行きで勇気を振り絞ったが、普通は逃げるものだと改めて思い知らされた。自分も段々『こちら側』に寄って来ていることを認識し始めていた。

「これでとにかくうちの分、マナ達の分と必要分は確保できるな」

 七耶はトラックから必要な商品を持っていき、レジへ向かう。陽歌は近くのベンチに座って一息ついていた。すると、その膝に大きな箱が乗せられる。ゼロワンドライバーとホルダーのセットだ。置いたのは七耶である。

「え?」

「せっかくここまで来たんだ、買っとけ」

 陽歌はお金に困っているわけではなかった。喫茶ユニオンリバーを経営するトラブルコンサルタント企業に籍を置いている彼は、事件に巻き込まれる度に報酬を得ている。ただ、この歳になってライダーのベルトを買うというのは少し抵抗があった。そんな時、昔の思い出が蘇ってくる。

『お母さん、これ欲しい』

 あれはどんなベルトだったか、たしか指輪が付いていた様なそんな記憶があった。当時、仮面ライダーの対象年齢に入っていた彼は普段会話の無い母親に変身ベルトをねだった。子供なら普通にする頼み事である。しかし陽歌の母はソファで寝っ転がって聞き流すだけだった。

『サンタさんにでも頼んだら? 疲れてるから話しかけないで』

『……はい』

 しかし、サンタが来ることは無かった。手紙まで書いて、早寝して待っていた努力は水泡と化した。泣きじゃくる彼に、母は『もっといい子にしていたら来るんじゃない?』と冷たく返した。そもそもサンタの正体は親なので、母にその気が無ければ来るはずも無い。

 そんな辛い思い出のあったライダーベルトが、違うものとはいえこの手にあるのは不思議な気分だった。何年越しに願いが通じたのだろうか。残念ながら感触や重みは感じることは出来ないが、遂に手に入れたのだ。

「他に買いたいもの無い?」

「あ……ええっと……」

 ミリアに聞かれ、陽歌は少し考える。この場では、自分の願望を言っていいのだ。なら、今は勇気を出して自分の欲望に従うことにした。

 

「た、ただいまー……」

 喫茶店兼自宅に戻ってきた陽歌は恐る恐る扉を開ける。

「おかえりなさい。お目当てのものは買えた?」

 カウンターでは今朝と変わらず、アステリアが仕事をしており帰ってきた陽歌に微笑みかける。その笑顔を見ると、理由は分からないがなんだかホッとする。訳もなく、しばらくこうしていたい気分であった。

「おう、無事に買えたぞ!」

 後ろから七耶達がなだれ込んできて、陽歌は押し出されてしまう。彼女達は早速遊ぶつもりでテンションも高かったが、陽歌は少し休憩することにした。地下にある部屋へ荷物を持って移動する。

自室に入ると、まずはパーカーを脱いでコート掛けに引っ掛ける。パーカーの下は半袖のTシャツで、義手が大きく露出するが室内なら見る者もいないので気にならない。

そして床に置いてあるビーズクッションへ飛び込む。精神的に脆い陽歌がその都度楽な姿勢を取れる様に様々なアイテムが部屋に置いてある。空調も常時動いており、快適な温度を保ってくれる。

肉体的な疲労はさほどだったが、精神的に随分疲れた。パニックを起こしてしまったこともあるが、騒動に巻き込まれたりしたのが大きい。欲望を解放するのも我慢が常であった彼にとって、非常に負担だったりした。

「ふぅ……」

 結局、ベルトの他にもベイブレードまで買ってしまった。ブースターだったので回すための道具、ランチャーや周辺アイテムまで買うことになった。

(なんだか……疲れた)

 傍には今日買ったものを詰め込んだ買い物袋があるのだが、それに手を伸ばそうとするも力尽きてしまいそのままカーペット敷きの床に沈む。瞼も重くなり、意識を保っているのが難しくなってきた。そういえば今日は悪い夢を見た上に叩き起こされてしっかり睡眠がとれていなかったと思い出す。

「小僧、入るぞー」

 その時、ノックと同時に返事を聞かず七耶が入ってくる。ビーズクッションでダメになっている陽歌を見ると、予想通りだったと言わんばかりという態度を取る。

「想像通りへばってるな。まぁ、叩き起こしたのだから当然か……」

 何を思ったのか、ロボットに変身する例のキャンディ『天魂』を口に含む。すると、ロボットに変身するのではなく、彼女の肉体が一気にアステリアやミリアと同じくらいに成長する。どういう理屈か服も大きくなって落ち着いた大人の巫女になっている。

「え?」

 ちんちくりんの七耶が急激に成長したことに陽歌は疲れも忘れるくらい驚いていた。成長した七耶はベッドに座ると、手でベッドをポンポンと叩き陽歌を誘う。

「ほら、陽歌。今日は無理に起こして悪かったな。一人じゃ悪い夢見るんだろ? 寝付くまで一緒にいてやる」

「え……?」

 突然のことに陽歌は混乱が加速する。七耶が急成長したこともそうだが、年下のテンションが高いお子様くらいにしか見てなかった彼女が年上のお姉さんみたいなことをするので、判断力が鈍ってきてしまう。

「ほらほら遠慮するな。早くしないと天魂が溶けて子供に戻るぞ?」

 言われるがままに陽歌はベッドへ誘われる。七耶は奥に移動して横になる。彼女に添い寝される形で陽歌は寝ることになるが、妙に緊張してしまう。七耶にジッと見られているからだろうか。それとも小さい彼女と大きい彼女のギャップに驚いているのだろうか。ともかく一人用のベッドではどうしても密着しなければならない。

 アステリアやミリアとは違った甘い香りが漂う。この家の風呂場にシャンプーは一種類しか無かった記憶があるし、服を洗う洗剤もみんな同じだったはずなので、何がこの香りを変えているのかは定かでは無かった。

 だがそんな疑問はともかく今なら、悪夢を見ずに済みそうだ。陽歌は知らないうちに、安堵の表情を浮かべていた。

 




 陽歌のメモ2 転売屋

 商品を小売店から買い占め、ネットオークションサイトやフリマアプリで高額で販売することでその差額で利益を得ることを目的とした人物。ホビーに限らずライブ等のチケット、医薬品や紙おむつを狙った転売も存在し、古くはオイルショックでトイレットペーパーが不足した時にも出現したという。
 当人曰く『やっていることは小売り業と変わらない』、『イベントに行けない地方民の為にやっている』というが、前者は問屋から卸す小売りと異なり既に消費者が買える状態にも関わらず買い占めて消費者の機会損失を起こしており、言うなれば水路をせき止めてその水を本来使えた人に高額で売る行為となんら変わりが無い。後者に至ってはそんなボランティア精神で行っているのであれば利益など求めるはずも無く、地方民でも高額の交通費を負担してイベントに赴く者もいるのでその者から機会を奪っていることにもなる。
 店舗側も対策は進めているが、悪質な転売屋になると店員を恫喝する、盗品を転売するなどの行為に及ぶこともある。
 チケットに関しては法律で規制が進んでいるがそれ以外の転売はまだ明確に違法とされていない。一応、中古商品の販売には古物商の免許が必要なので現在の法律でも全く違法ではないと言い切れない。商品によっては第三者が著作権を持つ人物にイベントの日のみの販売を許可してもらう『当日版権』を得ている場合があり、転売でその日以外に売ると著作権に引っ掛かる。
 消費者側の対策としては、欲しくても転売屋からは買わない、違法性のある転売商品はサイトの運営者に通報して削除してもらうなど。『tiger&bunny』の様にファンが一致団結した結果、作品から転売屋を追い出した例も存在する。


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☆台風の日はコロッケを食べるのです

 陽歌のメモ3 台風コロッケ

 台風の日にコロッケを食べるネット出典の風習。発端は2001年、台風11号が発生した時の2ちゃんねる(現5ちゃんねる)の書き込み。二年ぶりに上陸を許すか、という緊張感の中(台風の上陸が二年ぶり、という頻度自体が年に複数回台風の上陸を経験する現在からして驚愕だが)、台風に備えてコロッケを買いだめしたが既に三個食べてしまった旨のまったりした書き込みがされる。それに影響され、コロッケが食べたくなった人が続出し、台風の日にはコロッケを食べるのが風習となる。
 コロッケを買う時は台風上陸の前に買い込み、決して台風の最中に無理して買いに行ってはいけない。


 島田市にある喫茶店ユニオンリバー、そこでは迫る台風に備えて外にある看板などを撤去するなど対策をしていた。青髪のメイド服を着た女性、アステリアは電飾看板を店内に持って来ていた。店に入ると、丁度傘立てをしまっていた少年に出くわす。

「ご苦労様、お手伝いありがとうね」

「いえいえ」

 キャラメル色のショートヘアに右が桜色、左が空色のオッドアイをした小柄の少年である。ここまででも情報の渋滞みたいな存在なのに、小柄で一見すると少女の様な顔立ちをしており、遠慮がちで憂いのある表情と右目の下にある泣き黒子も相まって可愛らしさの奥に若干の艶っぽさもあった。

 成長すれば、花の様な笑顔が眩しい明るい美人のアステリアとはまた違った美人になるだろう。だが男だ。

「みんながTMレボリューションごっこに夢中だから助かってるよ。アスルトさんは休業に当て込んでお酒飲んでるし」

 他のスタッフはサボり魔が多いのか手伝ってはいなかった。褒められて頭を撫でられると恥ずかしいのか、目線を反らして胸の前で組んだ指をもじもじさせる。パーカーの余った袖から覗くその指は生身のものではない。五指あるものの黒い義手だ。

「陽歌くん、台風の音とかは大丈夫?」

「あ、はい。部屋が地下なのでまず大丈夫です」

 陽歌(ようか)と呼ばれた少年はアステリアの質問に返す。まだ上陸していないとはいえ、風が強くなってきている。木々は揺れ、風そのものが唸りを上げている。そんな中でTMレボリューションごっことやらに興じる他スタッフはよほど豪胆に見える。

 陽歌は台風が嫌いだ。叩き付ける様な雨の音、あらゆるものを巻き上げる風。それらが一人でいる惨めさをまるで彫刻刀で板に掘り起こすかの様に際立たせる。精々いいことと言えば警報が出れば、学校も休めることくらいか。ただいつもは夜に過ぎ去ってしまい、警報が出ることは中々無いのでそう上手くいかないのだが。

「あ……」

「あっ」

 店内に入ると、陽歌はある人物を見て固まる。淡いオレンジの髪を後ろで束ねた小柄な少女、マナである。別に仲が悪いとか苦手とかではないが、人見知りの引っ込み思案である陽歌はまだユニオンリバーの仲間達に馴染めていない。

(な、なんて言おう……)

 陽歌が言葉に困っていると、マナが先んじて口を開く。

「お疲れさまです。もうすぐ台風ですもんね」

「え、ええ、そ、そうですね……」

 顔を反らしてしどろもどろになる陽歌。別に彼女に特別な好意があるとかではなく、コミュ障故のデフォである。とはいえ、彼女はなんとアイドルである。その点から少し引け目というか他のメンバーより距離感を感じているのは事実だった。

 防災の日のイベントで、その活躍は目にしている。それ故に、尊敬と畏怖が真っ先に出てしまい話しかけづらいところはあった。

「この間はありがとうございました」

「え? ええ……と?」

 マナは急にお辞儀をして丁寧なお礼を言う。陽歌には思い当たる節が一切無く、戸惑ってしまう。一体何のことなのだろうか。

「ほら、飛電ゼロワンドライバー、買ってきてくれたじゃないですか」

「そ、それは……七耶達に付いていっただけで……」

 自己肯定感の低い彼はお礼を言われてもつい否定が口を付いて出てしまう。確かに仕事で発売日買いに行けないマナの為に飛電ゼロワンドライバー、最新の仮面ライダーの変身ベルトを買いに行ったが、それは他の仲間に連れていかれた結果でしかない。一応事実であり卑屈な自己否定ではない。

「それでも、ですよ。大変だったそうですね、いろいろあって」

「ま、まぁ確かに……」

 しかしそんな否定もマナの輝くばかりの笑顔に押し切られてしまう。何故ライダーベルトが必要なのかは知っているが、その用途を実際に見ても現実とは思えないのであった。それを言ってしまうとユニオンリバー全体が現実離れの塊で、ここに至る経緯も現実を超越した体験の結果なのだが。

「しかし今年は台風多いですねぇ……」

「あー、確かに……」

 マナの言う通り、今年はやけに台風が多い。陽歌はこの夏、故郷に古くから伝わる邪神とかを目にしたせいで感覚が狂っているが、台風は普通に災害だ。そんなにホイホイ上陸するものでもない。多分地球環境の変化とかが原因なのだろうが、超常的な物をこれでもかと見た後だと何か天候の神的なものが裏から手を引いていると言われても納得出来てしまう。

「ここでの生活は慣れましたか?」

「……ちょっと」

 生活についてマナに聞かれるが、陽歌にとってこのユニオンリバーでの生活は一日いちにちが刺激的で慣れるという感覚を覚えない。特に地下格納庫にいる二機の『アレ』については見なかったことにしたいレベルだ。あんなものを色違いで揃えて、一体この喫茶店は何と戦うつもりなのか。

(いや、やっぱ慣れない……)

 喫茶店のカウンターで、掌サイズのフィギュアが騒ぎを繰り広げている様子を見て前言を撤回しそうになる陽歌。スク水の少女のプラモデルが鼻血を流しながら金髪バニーのプラモデルを追いかけ回したり、忍者っぽい子が自分の色違いの赤い忍者に攻撃を仕掛けては受け流されつつ惚れ惚れするなど、これが等身大の人間でも変な、を通り越して危ない連中の集まりにしか見えない。そもそも女の子のプラモデルとは一体……となる陽歌であった。

(あれー……これ僕は夏休みの初日とかに死んでて、死後の世界にいるとかじゃないよね?)

 彼はたまにそう思うのであった。だが、失った腕が再生しないことや死ぬほど嫌いな自分のオッドアイがそのままなところにままならない現実味を感じるのであった。

「そういえばガンプラって作ってます?」

 マナが他愛の無い会話を切り出す。ガンプラ、陽歌は詳しく知らないが、アニメ『機動戦士ガンダム』シリーズに登場するメカをプラモデルにしたもので、日本の模型の中では主流なのだとか。

 マナの作ったガンプラはそんな基本知識も無い陽歌にも分かるほど綺麗な作品だった。全身がクリアで、関節が虹色になっている。題して『ストライクアシェル』。限定キットの組み合わせで、技術以上にそれを惜しげもなく使う度胸も必要な改造である。

「いえ……まだ。ゾイドとLBXくらいしか」

 とはいえ、陽歌はまだガンプラを組んだことが無い。義手によって手先の感覚が無いのでそういう細かい作業は苦手意識があった。組み立てキットながらパーツをランナーから切り離す工程が不要であるゾイドワイルドは小さいのを練習で組み立てたことはある。それと工具不要のプラモデルを組んだくらいか。

「始めはどのキットがいいんですかねー……。私は七耶(ななか)ちゃんの改造したビルドジェノアスに手を加えたのが最初ですけど」

「お店行っても沢山あって困っちゃいました」

 何度か店頭を見た陽歌だが、如何せんガンプラは種類が多い。最新の主役機だという『ダブルオースカイ』で三色もあるという有様で、何を選んだらいいのか分からなくなってしまう。話題に上がったユニオンリバーメンバーの一人、七耶は『オススメはあるけど自分が好きな機体選べばいいんだよ。地雷踏みそうになったら止めてやる』と言っていたが、まずガンダムに詳しくない彼にとって『好きな機体』を選ぶことがハードルの高い作業であった。

 陽歌がこれまで、『好き』や『選ぶ』といったことと無縁の生活を送っていたせいでもあるのだが。

「今度新しいシリーズも始まるし、きっと見つかりますよ!」

 マナは濃いメンバーに振り回されがちな陽歌を励ます。そこに間髪入れず、青髪でケモミミの生えたプラモデルの少女が割って入る。

「キットだけにね! はい、或人じゃーなげふっ!」

 彼女が最新の仮面ライダーの持ちネタをやろうとした瞬間、他のプラモデルに腹パンされて撤収される。本当にこれは現実なのだろうか。机の上には彼が組んだプラモデル『LBXハンター』が置いてあるが、これはちゃんと自分で操作しないと動かない。自律稼動している彼女達に関しては確保(S)、収容(C)、保護(P)しなくてはいけない何かなのではないか。陽歌の新生活はいろいろな壁が待ち受けていた。

幸い、学校の方はこっちの方に転校して籍を置いているが、静養中扱いになっていて行かなくてもいいのでその部分は助かっている。

「……」

「やっほー、マナちゃん、コロッケ買いに行くよー」

 彼の頭が混乱状態に陥っている時、強風で伸ばした緑髪をボサボサにされた褐色肌の少女がわけの分からない提案をする。彼女はサリュー・アーリントン。サリアと呼ばれているマナの相方だ。陽歌と同い年の十一歳だが、とてもそうは思えないほどスタイルがいい。背丈も頭一つ彼より上だ。

「噂の台風コロッケをやるんです?」

「台風コロッケ?」

 サリアは脈絡もなくコロッケの話を持ち出す。マナは何か知っているようだが、台風とコロッケに何の関係があるんだろうか。

「おや? ご存知でない? 日本では台風の日にコロッケを食べるのが風習らしいよー」

「そうなんですね」

 陽歌はその風習について初耳だった。恵方巻や土用の丑の日は知っているが、そんな風習が日本にあったとは。

「元はネットの書き込みでね。それから日本で広まったらしいよ」

「あー、ネットの文化ですか」

 初出を知って、陽歌は納得する。広告会社が仕掛けたブームメントなら嫌でも目に付くが、一部コミュニティの文化ではそこの外にいる人間には知る由もない。サリアは櫛で髪を梳かしながら出かける準備をする。アイドルなので外見にはそれなりに気を遣っているのだろう。

 髪を整えると、本来の彼女がよく分かる。アイドルというのは伊達ではなく、大きく見開いた宝石の様な瞳に、幼さとは正反対に香り立つエキゾチックな色気。それでいて親しみの持てる空気を纏っている。これが完成された芸能人というものか、と陽歌は思うのであった。

「ライバードも車検から戻ってきたし、近くのスーパーでささっとね。陽歌くんもついてきて」

「え? 僕もですか?」

 突然の指名に彼は胸が高鳴った。アイドルからのご指名、というのもあったが人見知りの激しい彼にとって同い年とはいえよく知らない女の子二人との買い物というのは難易度の高いミッションであった。

「というわけでレッツゴー台風コロッケ! 島田からは出ないから短い旅だよ」

 サリアは陽歌の手を引いて出掛ける。マナもそれについて行く。彼の義手は手先に感覚が無いため、せっかくアイドル、というか女の子に手を繋いでもらってもその柔らかさと暖かさを感じることは出来ない。だが、義手を理由に虐められていたこともある陽歌にとっては、義手の手を躊躇いも無く取ってくれるのが少し嬉しかった。

 ハンターが陽歌へ追従する様に、彼の頭へ飛び乗った。通常カラーが灰色なのに対して、白く塗られた本機は銃もデフォルトの物から大きなスナイパーライフルに持ち替えている。なんでもLBXというのは昔流行ったロボットホビーだったが、性能が高く危険過ぎて販売禁止になったとか。それが今になって復活し、陽歌の手元にある。

 外は風が強く、どこからか枯れ葉がたくさん飛んでくる。外にいる他のメンバーは向かい風に向かってポーズを決める遊びをしており、とても危険だ。

(何……この、何?)

 TMレボリューションを知らない陽歌にとっては意味不明だが、台風などの強風が起きた時には定番の遊びらしい。彼の出身地では全く聞かない遊びなので、静岡限定なのだろうか。さすがホビーの街だ、などと思ったそうな。

歩いて買い物に行くのかと思いきや、サリアは喫茶店の駐車場に陽歌を連れていく。そこには赤い車が一台止まっており、電子キーで彼女は鍵を開ける。

「車?」

 ただの車ではない。すごく高そうなスポーツカーだ。流石芸能人、と思った陽歌だったが、まだ彼女は運転出来る年齢ではない。以前ナルがバギーを運転していたが、彼女はロボットなので無関係。正真正銘の人間であるサリアは法律に引っ掛かるはずだ。

「だ、ダメですよ、無免許運転なんて……」

「あー、安心して。ライバードはAIカーだから」

 慌てる陽歌に対し、サリアはあっけらかんと謎の用語を言い放つ。マナがそのAIカーという存在について説明する。

「このライバードには様々な補助機能がありまして、凄く安全な車なんです。だからAIかーは小学生でも免許が取れるんです。でもまだコストが高くて、僻地の通学用マシンはメカトロウィーゴがシェアを占めている状態ですけど」

「そんなものあったんですね……」

 陽歌の故郷は陸の孤島とはいえそれなりに発展した街で、大まかなことは大体自己完結出来る自治体だった。なので学校が遠いとかそういう環境を知らないで育ったところはある。そんなマシンが必要なほど学校が遠かったら、少しは行きたくない言い訳にもなっただろうと今になって思うのだった。

 サリアが運転席、マナが助手席に乗り、後部座席に陽歌が乗る。2ドアではあるが4シーターではあるらしい。後部座席に乗るのにひと手間掛かるのがスポーツカーらしいところである。

 エンジン音は普通の車くらいで、バリバリと煩いということも無ければ接近に気づかれないほど静かということも無い。シートは革っぽいが陽歌には本革か合皮かの区別はつかなかった。エアコンやカーナビもあり、快適ではある。

 車はサリアの運転で滑らかに駐車場を出ると、近所のスーパーに向かって走り出す。AIカーとはいえ、その走りは普通乗用車と変わりない。あまり車自体乗ったことのない陽歌には差の分からないことではあったが。

「さすが車検直後、余裕の馬力だ」

 サリアはさも当然という顔でライバードを運転しているが、陽歌はやはり警察に見つかるのではないかと気が気でなかった。一応、IAカーはそれをナンバープレートで示しているのでもし警察が見ても大丈夫なのだが、彼には軽自動車と普通自動車のナンバープレートの色が違うという知識すらないので知らぬことであった。

(パトカー……来てないよね?)

 そんな心配そうな陽歌の顔をバックミラー越しに見て、サリアは言う。

「ああ、おっしゃらないで。シートがビニール、だけど本革なんて夏は暑いし冬は冷たい、お手入れはいるしすぐひび割れるといいとこなしだよー」

「多分違うかと」

 そこにマナが突っ込みを入れる。関係性としてはミリアとさなに近いのかもしれない。歳が近くて関係性も異なるが、どこか似た様な雰囲気を陽歌は感じていた。

 ライバードはそのスピーディーなフォルムに似合わず、法定速度を頑なかつ厳密に守ろうとするでもなく、不用意にスピードを出すでもなく、周囲の流れに合わせてのんびり安全に走っていた。すると、静かだが猛然とプリウスがライバードを追跡する。ピッタリと車間を詰め、クラクションを鳴らしながら車体を揺らして所謂煽り運転をしてくる。

「ど、どうしましょう?」

 突然の事態に混乱する陽歌。一方、マナとサリアは慣れた様子で話をしていた。小学生でも運転出来る車ということもあり、外見や運転に関係なく舐められやすいのだろうか。

「また煽り運転ですか」

「めっちゃプリウス煽ってくるね」

 こういう時は映像を記録して警察に通報だ、と陽歌は頭に乗っていたハンターをプリウスに向ける。そして携帯の様なコントローラーを取り出してハンターの視界を録画する。このコントローラーがLBXを動かすCCMというものだ。

「まだ続くなぁ……」

 プリウスは追い抜ける状況にも関わらず、追い抜かず煽り運転を続けていた。煽ることが目的らしい。相手の運転手は目が悪いのかLBXを知らないのか、録画されていることに気づいていない。

 すると、マナは大きな宝石が付いた指輪を装着する。そして、それを腹の部分に宛がうと指輪が光輝いて何者かの声がする。

『コネクト、プリーズ』

「こういう時はこれかな?」

 彼女はどこかに繋がっているらしき空間へ手を伸ばし、違う指輪を持って来て付け替える。それをまた、腹の部分に宛がう。

『ディフェンド、プリーズ』

声と同時に激しい衝突音が聞こえる。金属がひしゃげた様な音だった。陽歌が振り返ると、魔法陣らしきものに激突したプリウスが大破していた。車上荒らし防止の警報音が鳴り響き、衝撃でフロントガラスまで割れて完全に廃車確定という破損状態であった。

「な……何が……」

「あー、シエルさんにウィザードライバーを本物にしてもらって常に付けてるんですよ。ドライバーオンしなくても一部の魔法は使えて便利ですよ」

 マナは驚く陽歌に詳しく説明する。仮面ライダーウィザードの変身ベルト、ウィザードライバーは劇中でも主人公の私服のベルトに擬態しており、魔法でその擬態を解く形で出現する。マナも同様に、スカートのベルトとしておもちゃから本物にしたドライバーを装備しており、魔法が使えるのだ。

「荷物になるので普段はドライバーオンとコネクト、変身リングしか持ってないですけどね」

 平然と魔法を使ってみせるマナに陽歌は戦慄を覚えた。そのコネクトとやらがあれば必要なリングをさっきの様に取り出せるし、そもそもドライバーオンすらしていない状態で車を破壊出来るのだ。ユニオンリバーというのはつくづく常識が通用しない集まりだと再認識させられるのであった。

 

 ちょっとしたハプニングもありながら、三人は島田市のスーパーに到着した。台風が近づいているからか、客足は少な目だ。既にどこの家庭も備えを済ませたところなのだろう。それか、台風を甘くみて全く備えていないかのどちらかか。

「さて、コロッケは……」

 サリアは買い物籠を手に、総菜コーナーへ一直線だった。基本、入り口の近くにある生野菜などには目もくれない。見知らぬ他人がいるところなので、陽歌はパーカーを被って髪色とオッドアイを隠す。彼は自分の外見、特に髪色と瞳色に強いコンプレックスを持っており、迫害された原因にもなったので他人の前ではなるべく隠す様にしている。フードはゆとりがあり、頭に乗ったハンターも一緒に隠れることが出来る。

 総菜コーナーには、買いだめの客足を見込んだものの見事に外れたのか大量のコロッケが残っていた。しかも時間的に割引の真っ最中だ。これ幸いとサリアは籠にコロッケを入れていく。

「大量大量」

「こんなに余ってるなんて珍しいですね」

 あまりスーパーに行かないので陽歌には分からないが、サリアとマナが言うには中々見ない光景らしい。

(給食のコロッケと味違うのかな……)

 母親が料理を全くしないどころかお惣菜も買ってこない人だったので、陽歌にはその味が想像出来なかった。給食に出ない料理は知らないタイプの人間である。

「時間経ってるけど霧吹きで水吹いてからチンするとサクサクになるんだよねー。ラップしないのがポイントだよー」

「そうなんですか」

 サリアの情報にも、無難な返ししか出来ない。手料理を知らないということは、揚げたての揚げ物を知らずに育ってきたということなのだ。

「サリアちゃん、付け合わせのカットサラダ持ってきましたよ!」

 マナはいつの間にか、袋に入ったカット野菜を持ってくる。持っていたのはキャベツの千切りに申し訳程度の人参や紫キャベツを入れてミックスを名乗る不届き者である。

 これで晩御飯の準備は完了である。三人はお菓子コーナーに足を運び、食玩のチェックを行った。別に目当てのものがあるわけではないが、せっかく来たのだから見ていくのが習慣である。

「うーん、アニマギアは置いてすらないみたいだねー」

「装動も見事にアーマーだけ余ってますね……」

 地方の小さなスーパーはあまり食玩の品揃えが良くない。入荷担当者の熱意の差なのかどうかは知らないが、お菓子売り場に置ける様にお菓子を追加した結果、小さな店では『売れ残るから』と入荷自体が渋られて地方民が買いにくいという逆転現象を起こしてしまっている感はあった。

 今ではネットショッピングという便利なものがあるのだが案外小回りの利かないもので、箱買いしか出来なかったりあっと言う間に転売屋が値段を釣り上げたりするのだ。

「このミニプラ、一番だけ無い……」

 陽歌はミニプラの先頭だけが無く、ここの在庫ではどう頑張ってもロボを完成させられない状況を目にする。悪質なパターンでは複数種類を集めて完成するタイプの食玩の特定の番号だけ抜くことで転売屋が自分達のマーケットに釣り出す手口も流行っている。

(こんな小さな町にもマーケットプレイスが出るのかな……? いやまさか)

 陽歌は以前戦った転売屋ギルド『マーケットプレイス』のことを思い出していた。あの場にいたメンバーは押し込み強盗紛いの行為で逮捕されていったが、転売自体を禁じる明確な法律はまだ整備中だ。

 特に掘り出し物も無かったので、三人は会計に向かう。結局、みんなで食べるお菓子やジュースも買い込んだので買い物カートに籠を二つ積んでの行動になった。よく考えたらユニオンリバーは結構大規模な集団である。中にはナルやさくらの様に冗談みたいな大食いもいるので、買い出しも入荷レベルになってくる。

「待て!」

 三人がレジに入ろうとした瞬間、彼らを呼び止める者がいた。

「お前ら……『バンカー』だな?」

 三人が振り返ると、そこには赤いヘルメットを被ってそこから二房の髪の毛が飛び出し、白いタンクトップを着込んでハンマーを背負い、頭に豚の貯金箱を携えた人物がいた。

「まさか……その姿は……!」

 陽歌は以前読んだ漫画を思い出す。月刊コロコロコミックでかつて連載され、人気を博しアニメ化、ゲーム化まで果たした上に後日談が季刊誌で開始されたバトル漫画の主人公。

「コロッ……ケ?」

 コロッケだった。格好だけは。少年だった原作の主人公とは異なり、明らかに成人でビール腹が出ている。顔は脂まみれで歯は歯並びが悪いとか以前によほど歯磨きを怠って虫歯が悪化したのかかなりの本数抜けている。風呂も入っていないのか、結構距離があっても夏場に放置した生ごみとドブの水で作ったスープみたいな臭いがする。

 こうなると嫌に再現度の高い服装が不気味だが、白さが仇になってタンクトップは黄ばみが目立つ。ヘルメットの造形は頑張ったみたいだがそこで力尽きたのか、マスコットである豚の貯金箱、メンチはその辺で買って来た普通の豚の貯金箱をヘルメットにガムテープで固定したもの、ハンマーも百均で売ってそうなバルーンと半端さが目立つ。

「へ、変態だー!」

 あまりの変質者ぶりに、マナは叫んだ。よほど精神にダメージを受けたのか、髪が退色して黒くなった。この場から逃げる様に、彼女はカートから籠を持ち上げ、レジ台に乗せる。

「お会計お願いします!」

 しかし悲しいかな、買い込んだ商品の数は膨大で終えるまでに時間が掛かりそうだ。

「これ小学館から訴えらえないかな……?」

「違うよ陽歌くん、これは再現度を下げることで訴訟を回避する高等テクニックだよ」

 陽歌がポツリと心配なことを呟く。サリアによるとわざとやっているらしいが、だとしたら今度は逆に名誉棄損のラインに足を踏み入れているなぁと彼は思うのであった。

(プリンプリンじゃなかっただけマシか……)

 主人公でこのクオリティなら、下ネタ担当はどうなってしまうのかと陽歌は考えた。七耶に借りたコロコロアニキに後日談の『ブラックレーベル』が載っていたのでコミックスを読むことになり、彼は原作コロッケを履修済みである。

「もう一度聞く! お前らはバンカーか?」

「いいえ、ちがいます」

 揚げている途中で爆発したかの様な出来損ないの偽コロッケが同じ質問を繰り返す。陽歌は人見知り全開で拒絶した。バンカーとは漫画に出てくる職業で、集めると何でも願いの叶うコイン『禁貨』を集める者達のことだ。当然、そんな職業現実に存在しない。

「くっ、無暗に特徴的な目をしやがって……」

 偽コロッケは陽歌のオッドアイを理由にバンカーだと思い込んでいたらしい。サリアの緑髪も十分珍しいが、彼のオッドアイの前では霞むのか、それとも変質者特有の変なこだわりに引っ掛かったのかは定かではない。だが、その何気ない一言が陽歌を傷つけたのは事実だ。

 彼は錯乱して近くにあったドリンクの棚の角に頭突きを始めた。それも棚が揺れるほどの勢いで。

「ああああまただ! また目だ! なんで僕の目はこうなんだ! ただでさえオッドアイってだけでも目立つのに水色とピンクって!」

「落ち着いて!」

 執拗に頭を棚に打ち付ける陽歌を、怪我する前にサリアが引き剥がす。その様子を見ていた偽コロッケがそんな資格無いのにドン引きしていた。

「なんだそいつ……変態か?」

「君よりはだいぶマシだよー」

 こんな正気度を失う様な変態を前にしても、サリアは平静を保っていた。

「しかし流石、HENTAIの国日本……一筋縄ではいかないねー」

 日本への風評被害と引き換えに。彼女も日本暮らしは長いが、ここまでの変態には中々お目に掛かれない。

「お客さん、また来たのか。あんた出禁にしただろ?」

 流石に食品を扱う店でこの汚物を見逃せないのか、警備員がやって来て偽コロッケに声を掛ける。驚くことに今回が初犯ではないらしい。

「ちょっと待ってろ」

 すると、偽コロッケは何を思ったのか、ズボンの中から何かの液体が入ったものを取り出す。それを零しながら右手に塗った後、さらにズボンからライターオイルを取り出し、先ほどよりも零しながら手に塗りたくる。そして、準備を終えた右手に百円ライターで火を点ける。

「なんだ?」

 突然拳に火を点けた偽コロッケに驚く警備員。そして、偽コロッケが技名を叫びながら燃えた拳で警備員を殴る。

「ハンバー……グー!」

「ぐおぉ!」

 素人丸出しのひょろひょろパンチだが燃えているというだけで脅威だ。警備員は驚いて転倒してしまう。しかしなぜ偽コロッケは熱くないのだろうか。

「なるほど、ライターオイルを塗る前に耐火ジェル塗ったんだね」

 サリアは嫌に現実的な必殺技のトリックを見抜く。耐火ジェルにも限度はある様で、偽コロッケは急いで火を吹き消す。

「ふぅ、催してきたぜ」

 警備員を倒すと、どや顔で偽コロッケはセルフレジのところに行き、ズボンを足まで下ろして毛だらけのケツを晒しながら小便をレジに引っ掛ける。咄嗟に陽歌はサリアの両目を隠して見せない様にする。マナはそもそも会計に夢中で一連の出来事を見ていない。

(最悪だ……)

 原作を再現した行動ではあったが、小汚いおっさんがやるとただの変態だ。

「さて、他にバンカーいないのか?」

 小便を終え、ズボンを戻して偽コロッケは洗っていない手でファイティングポーズを決める。重ねて言うが最悪である。偽コロッケの挑発に、サリアが陽歌の目隠しを外して乗っていく。

「仕方ないねー。ため込んでいるのはポイントカードだけだけど、相手になってあげるよ」

「そうか、お前がバンカーだったか……」

 偽コロッケはまたも耐火ジェルを、それも今度は両手に塗って必殺技の準備をする。ライターオイルをドボドボとぶっかけて両手に火を点ければ完了だ。

「ハン、バー……」

 両手の拳を振り上げ、偽コロッケは突進しながら技名を叫んでくる。燃えやすいダンボールなどを重ねて売り場を作っているスーパーでは非常に危険な行為だ。

「ガー!」

 攻撃を見極め、反撃すべくサリアが姿勢を低くした次の瞬間だった。一発の銃声が店内に鳴り響き、小さな破片が床に転がった。それは、歯石まみれのくすんだ前歯であった。

「があああああ! 歯がああああ!」

 偽コロッケは前歯を折られ、激痛のあまり燃える両手で顔を覆った。だが、燃えていることに気づかなかったが為に二次被害をもたらしてしまう。

「あづいいいい!」

 うっかり顔が燃えるという悲劇、いや喜劇。顔には耐火ジェルが塗っていないどころか脂が乗っていて燃えやすい。偽コロッケは転倒してのたうち回る。そうしているうちに自分が小便を引っかけたセルフレジに激突してしまう。レジは小便で漏電を起こしていたのか、火花を散らしていた。それに激しくぶつかったものだから、追加で感電もしてしまった。

「あべべべっべ!」

 前歯以外は基本自業自得のピタゴラスイッチで偽コロッケは倒れた。これでスーパーの平和は守られた。しかし、一体誰が、どうやって偽コロッケの歯をへし折ったのだろうか。

「アイドルとかに蹴られたり踏まれたりすることをご褒美っていうんですよね」

 答えは、陽歌のフードの中にあった。フードから硝煙が立ち上っている。そして右手にはコントローラーであるCCM。彼がパーカーを脱ぐと、頭に乗っていたハンターが寝そべり姿勢でライフルを構えている。これを見て、誰もがサリアが屈んで偽コロッケが口を開けた瞬間に前歯を狙撃したのだと理解出来た。

「ならご褒美ではなく鉛玉が適当かと思いまして」

 陽歌はM御用達の文化、『ご褒美』というものを理解はしていなかったが知ってはいた。何せ暴力を日常的に受けていた側なのだから。それはともあれ、そのご褒美を偽コロッケに与えない様に狙撃を試みたのである。

「ひゅー、さすがユニオンリバーのスナイパー。やるもんだね」

 戦う必要が無くなり、サリアは戦闘態勢を解除する。アイドルとはいえ、師匠の影響で一通りの戦闘は出来るらしいと陽歌は聞いたことがあった。

「いえいえ……このくらいは」

 サリアの称賛に陽歌は謙遜する。人外チート集団の中にいる為か、自分はまだまだと思う日々なのであった。今回もハンターの性能とおもちゃのポッポに眠っていた狙撃銃『エクゼキューショナー』あっての成功だ。

「会計終わりました! さぁ、帰りましょう!」

 マナが会計と袋詰めを終え、二人に帰宅を促す。後は店員や警備員に任せればいい話だ。三人は一緒に店を後にした。

 

「助かるわ。台風への備えで晩御飯のこと全然考えてなくて……」

 喫茶店に帰ると、晩御飯には三人で買って来たコロッケが並ぶことになった。テーブルの中央にコロッケが山盛りになっており、一袋分使っているはずのカットサラダが皿の片隅に追いやられていた。

 アステリアらスタッフは台風対策とTMレボリューションごっこで忙しく、晩御飯まで手が回らなかったらしくサリアの思い付きは功を奏した。ご飯を炊いてみそ汁を作るだけで食卓が何とかなった。

(これが台風コロッケ……)

 陽歌は義手で箸を持ち、テーブルから取り皿を浮かせずにコロッケを食べる。以前使っていた義手が粗悪品で、急に神経接続の反応が遅れたり、途切れたりして物を取り落とすことがあったので癖になっているのだ。箸の持ち方自体は完璧なのだが、これは馬鹿にされたくない一心で修正したためである。

 肝心の味は温めの工夫のおかげでサクサクしているが、中身は給食で食べたものとさほど変わらない。要するに大量生産品の一つである。だが、なんだか『美味しい』という感覚が込み上げてきた。炊き立てのご飯によるものなのか、出来立ての味噌汁によるものなのかははっきりしないが、いつも給食で食べるそれよりも美味しい。

「ねこ、ソース取って」

「とら」

「お姉さん野菜も食べてよ」

「大人は平気なの」

「いやーお酒が進みまスね」

 周囲で聞こえる話声で、陽歌はその理由が分かった。

(ああ、そうか……)

 給食の時は、一人でびくびくしながら食べていた。家でも暗い部屋で、一人きりで食べていた。だが今は、その必要が無い。心を許せる仲間と一緒に食べるから、美味しいのだ。

 強くなった風が窓を叩く。もうすぐ雨も降り出しそうだ。だが不安に駆られることは無かった。何故なら、ここにはみんながいるからだ。

 




 機体解説
 LBX ハンター(陽歌仕様)
 タイニーオービット社製ワイルドフレームモデル、ハンターの改造品。ハンターはデフォルトで高いセンサー感度を持ち、銃撃戦向きの機体だが運動性も高く近接戦にも耐えられる優秀な機体。ボディには『スティンガーミサイル』が内蔵されている。
 カラーは白に変更。武装もハンターライフルからエクゼキューショナーへ持ち替えている。エクゼキューショナーは今回の復活に伴って再販されていない貴重な武器で、大型のスコープを持ちプルパップ式を採用することで反動の制御がし易い、精密狙撃にうってつけの優秀な装備。


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ゾイドワイルドを作ろう!

 陽歌のメモ4
 ゾイドワイルド
 かつて存在した動物型ロボットのプラモデルシリーズ、ゾイドの新作。ゾイドとは金属生命体でロボットというよりは生物に近い存在らしい。ゾイドシリーズは作ったゾイドがゼンマイやモーターなどの動力で動き出す点が魅力の一つとされており、新作であるワイルドにも引き継がれている。旧シリーズと異なるのは、物語の舞台が地球であること、そしてスケールが72分の1から35分の1に変更されていること。組み立ても非常に簡単なものになっている。また各ゾイド全てに本能解放、ワイルドブラストと呼ばれるギミックが存在する。
 ここまでがプラモとしてのゾイドの説明である……。



 八月もお盆が過ぎた頃の話である。

 陽歌はユニオンリバーという喫茶店で暮らすことになった。その二階には従業員休憩室というものがあり、そこは同じ屋根の下で暮す者達のたまり場になっていた。中央の机で七耶とナルがプラモを弄っている中、彼は所在なげにソファの隅に座って膝を抱いて蹲っていた。

生来より人見知りが激しく、過去の体験から対人恐怖症を患っている彼にとって、まだこの生活に慣れるのは時間が掛かると思われた。部屋に一人で篭っていると良くないと七耶に連れて来られたのだが、どうしていいのか分からずこうしているのだ。

 彼の頭の上では小さなプラモデルの女の子たちがわちゃわちゃしていたが、我関せずといった様子で殻に篭り続ける。

「そうだ小僧、プラモ作ってみないか?」

 不意に、七耶が陽歌に提案する。それに思わず反応して、彼は顔を上げた。しかし、自分の両腕を見て断ろうかと悩む。陽歌の腕は黒い球体関節人形の様な義手になっている。動きこそ生身の肉体と大差ないが、手先に感覚が無い。そのため、細かい作業には支障が生じる。

 当然従来の義手よりはマシだが、これが原因でいじめに遭ったこともあるので彼としては引け目を感じる要素であったりする。

「いえ……僕には……」

「安心しろ、簡単なのがあるからな」

 僕には無理、と言おうとしたが七耶は答えを待たずして部屋の隅にある箱の山を漁り始める。そして、小柄な彼女が手にしても小さな箱を一つ持ってくる。箱には緑色のアーマーを纏った機械の恐竜が描かれており、『ゾイドワイルド ディロフォス』と商品名が記載されていた。

「これは……」

 サイズからして確かに簡単そうで対象年齢も六歳以上と記されているので九歳の陽歌には不可能ではないだろうが、世の中には対象年齢関係なく組み上げる人間や挫折する人間もいるので参考にはならないだろう。

「とりあえずやってみようじぇ」

 七耶に誘われて机の前に座る陽歌。置いてあったカッターで箱の封をしていたセロテープを切ると、箱を開ける。箱の中にはダンボールの仕切りがみっちり詰まっており、それには引き出す為に指を入れる穴も空いている。

「よっ……」

 それを引き出すと、いくつかのパーツがバラバラの状態で入っている袋が三つほどあった。それぞれ『発掘パック』など文字も書かれていた。説明書はフルカラーで二枚。一つは入っているパーツが一覧になっているものだ。

「ゾイドワイルドはランナーからパーツを切り出す必要が無い。パチパチ手軽に組んで行けるぞ」

「なるほど……」

 七耶の説明に陽歌は頷く。が、彼はプラモについてよく知らないのでランナーと言われてもピンと来なかった。プラモは基本的に同じ色のパーツがランナーと呼ばれる一枚の板に収められており、それをニッパーと呼ばれるハサミの様な工具で切り出して組み立てる。ゾイドワイルドにおいてはこのランナーからパーツを切り出すという工程が省かれているのだ。

「まずは内容物があるか確認だ。よほど欠けるってことは無いがな……」

 七耶の指示に従い、袋を開けて中身を確かめる。ちょうど説明書に『発掘見取り図』というパーツの一覧があるので、そこにパーツを置きながら確認する。Zキャップと呼ばれる黄色のゴムキャップはシールと一緒に袋に入れたまま数を数えた。

 一通りパーツを確かめるといよいよ組み立て、もとい復元開始だ。まずはゼンマイユニットと呼ばれる動力を巻いて、動くか確かめる。いざ組み立てた時に動かないと交換する際に解体の手間が掛かる。

「そればかりか分解の時にパーツを破損する危険があるからな」

パーツのサイズは大き目で、手先の感覚が無くてもパチパチ組んで行ける。瞳のパーツは塗装済みという豪華さだ。動く足はZキャップで固定する様だ。

「ん?」

 陽歌はふと、脚に繋がっているゼンマイの動力を伝える金具が緩く、脚から外れてしまうことに気づいた。おもちゃに詳しくない彼はまぁこんなもんかと思ってスルーすることにした。

「おお……」

 だが、尻尾を組んで驚愕する。尻尾を本体に組み込むと、尻尾から伸びるパーツで脚が抑えられ、金具から外れない様になったのだ。これには素直に感心するばかりである。

「よし、骨格形態が復元完了だな」

「ふぅ……」

 七耶のサポートもあり、陽歌はどうにかアーマーの付いていない段階、骨格形態まで復元が完了した。この段階で再度ゼンマイを巻いて動きを確認する工程があるのだが、ゼンマイの頭は目立たない程度に隠れてしまっている。

「オーバルボムでゼンマイを巻いて確認だな」

 そこで登場するのがお腹に抱えたパーツ、オーバルボム。これがゼンマイを回す治具になっているのだ。ゼンマイを巻いて手を離すと、骨格だけの恐竜はとことこと歩き始めた。正常に組み立てが出来ている証拠だ。

「よし、いよいよアーマーを組み付けていくぞ」

 組み立ては最終工程に入る。緑色のアーマーを取り付けていくのだが、このアーマーは僅かな数しかないのであっと言う間に装着出来た。これでディロフォスの復元は完了だ。

「出来た」

 初めてプラモデルを組む陽歌でも三十分掛からないほど容易な作業であった。彼は完成したディロフォスを手に、あちこちから眺めてみる。あれだけバラバラだったパーツが一つになり、この手に収まっている。この感情を何と言えばいいのかわからないが、貴重な体験であったことは確かだ。

「早速動かしてみよう」

 七耶に促されたこともあって、再度ゼンマイを巻いて歩かせてみる。動きこそ変わらないが、アーマーが付いたことで受ける印象が大きく違う。骨格以上にちゃんとした恐竜に見える。だが、このゾイドワイルドはここで終わりではない。

「よし、このままワイルドブラストだ!」

 ワイルドブラストというギミックがこのゾイドワイルドに存在する。このディロフォスの場合、背中のヒレを持ち上げて左右の襟巻を起こすと発動。背中と連動して口も開く。地味な方ではあるが、重心が移動してゼンマイの歩行も攻撃的になる。

「ワイルドブラスト、ジャミジャミングか……」

 設定上は電磁パルスを発して敵ゾイドを混乱させるというもの。確かに地味だが効果は抜群だ。

「どうだ、意外と簡単だろ?」

「思ってたより……」

 無事にディロフォスを組み立てた様子を見て、七耶は笑う。陽歌も少し自信が付いて来た。感覚の無い義手でもやれるものだ。世の中には口で絵を描いたり裁縫をする人間がいるとは聞いていたが、そういうのは特別な才能が無ければ出来ないと思っていた。だが、感覚が無いとはいえ自分にはこの精巧な義手がある。

挑戦してみなければ分からないのだが、これまでの生活でチャレンジ精神を失っていたというのもある。

 簡単な工作ではあったが、彼にとっては大きな一歩だった。

 




 機体解説
 ディロフォス
 全長5.9メートル、全高3.1メートル、体重9.1メートル、最大スピードは時速116キロ、IQ61。ディロフォサウルス種の地球産ゾイド。骨格こそ似ているがラプトールやラプトリアとは違うため、二つが同時に見つかると復元に時間が掛かったという。
 攻撃能力は低いが通信能力に秀でており、頭部のトサカ『エアクラウン』で空気を振動させて仲間とやり取りする。本能解放は襟と背中を逆立てて高周波を放つ『ジャミジャミング』。ディメパルサーとセット運用することで更なる効果を発揮する。


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孤高の狙撃手、ハンター!

 陽歌のメモ4 LBX
 タイニーオービット社が発売したホビー用小型ロボットの総称。サイバーランスやプロメテウスなどサードパーティーも多く存在する。当初はあまりの性能故に危険なおもちゃとして販売が中止されたが、衝撃を八割も吸収する強化ダンボールが開発されたことでそれをバトルフィールドに使用することを条件に販売が再開された。武器の変更、手足頭の換装だけではなく内部のCPUやバッテリー、モーターに至るまで細かな改造が可能。



 プラモデルを始めて組んだ陽歌は、その後も様々なことに挑戦する様になった。義手によって感覚が無いというハンデを克服するため、現在はとあるホビーに挑んでいた。休憩室の机には箱に入った草原のジオラマが展開されており、そこに二体のロボットが入って戦闘を繰り広げている。

「行け! アキレス!」

 陽歌は携帯の様なコントローラーで騎士の姿をしたロボットを操っている。ぎこちなく動くその機体は、一つ目の機体を槍で追い詰めていた。しかし、その一つ目の機体もシールドで攻撃を防いでいなしている様に見える。

「このくらい、デクーなら!」

 七耶が一つ目のロボット、デクーを操作していた。デクーは剣を手にしており、アキレスに反撃してくる。

「くっ、シールド!」

 陽歌は急いで防御を行うが、最初の数発を受けてしまう。

(腕の反応が鈍いんじゃない、僕の技術があれば……!)

 以前の義手だと急に神経との接続が切れたり反応が遅れたりすることもあるが、ユニオンリバーで作ってもらった義手は下手をすると実際の肉体よりも反応が早い。しかしまだ細かい動作に慣れていないのかボタンの押し間違いや反応の遅れがある。

 些細な遅れでもそれは積み重なれば圧倒的な差になり、勝敗を決する。アキレスは防御しきれない攻撃を受け、そのままダウンしてしまった。

「あ!」

「前よりは持つ様になったんじゃないか?」

 何度も練習を繰り返しているが、やはりすぐに上達するものではない。七耶も陽歌が少しずつ上手くなっているのは実感していた。とはいえ、彼女も本気を出しているわけではないのでその点ではまだまだである。

「射撃の方がいいのかなぁ……」

 陽歌はアキレスの武器を槍から銃に持たせ替え、再度ジオラマにセットする。

 このホビーはLBXと呼ばれる小型ロボットだ。見ての通り小型ながら俊敏に動くというあまりの高性能さ故に一度は危険なおもちゃとして販売中止になる。だが、机に置いてある様な強化ダンボールの開発によって、そこをバトルフィールドにすることで販売を再開させた。しかしイノベーターやディティクターといったテロリストによる悪用、ついには自律したAIによる反乱の手駒として使われるミゼルクライシスや何も知らない子供達をLBXのプロプレイヤーを育てる学校と称して代理戦争の駒にする事件を引き起こしたことで再度販売停止になってしまった。

 それが三度販売を再開したのだ。結局市場流通を制限しても既に入手している人間が悪用してしまえば対向手段が無い状態で事件に直面する羽目になるという、アメリカの銃社会みたいな理由もあったが、販売元のタイニーオービット社が警察などに対抗手段を提供したのも大きいだろう。また、ファンからも販売を再開して欲しいという声が大きかったのだ。

「よし、これで今度こそ……」

 こうして当時の熱狂を知らない陽歌の手にもLBXが渡ることになった。詳しいことは知らない彼だが、ロボットを意のままに動かすというのは大変楽しいことであると感じていた。負けてもまた挑みたくなってくる。

「行くぞー!」

 アキレスは銃を片手に出陣する。今度は射撃でデクーを追い詰めていく。射撃が得意な陽歌であったが、やはり生身と操作では感覚が違うのか、外すことも多々あった。

「自動で敵をマークしてくれるのか……」

 火器管制システムのおかげでロック圏内に敵を入れれば自動で標準を付けてくれる。モードを切り替えるとこの機能が外れ、スコープを覗く様に狙いを付けることも出来る。またFPSのシューティングゲームの様な操作も選択できるなどプレイヤーに合わせて調整が効くのだ。自分に合った操作を見つけるだけでも大変だ。

 まだ彼の戦いは始まったばかりだ。

 

   @

 

 とあるビルの会議室では、ある会議が行われていた。スーツの男達に交じってネイビーの制服を着た男達がおり、一見すると警察の特殊部隊のブリーフィングに見える。が、これはロウフルシティを牛耳る大企業、スロウンズインダストリアルが抱える私設警備部隊、治安局の人間である。

 『秩序:善の技術企業』をキャッチコピーとするスロウンズはその高い技術力を誇る為、そして自身に対する企業テロの対策という名目としてこんな部隊を擁しているのだ。

「今回の作戦はロウフルシティ大通りで行われる警察の交通安全パレードを襲撃することである」

 しかし議題が警備部隊とは思えない内容になっていた。会議室のスクリーンに映された下手くそなパワーポイントのスライドには、パレードが通る道が記されていた。そして、ターゲットである人物の顔写真と名前が記されていた。名前は早坂美玲、十代前半と思わしき少女で、左目の眼帯が目立つパンクな服装のアイドルであった。彼女がロウフル警察署の一日署長として交通安全のイベントを行うのだそうだ。

「まぁ、ターゲットは提携先の桃園プロダクションの人物ではないから問題無いでしょう。攻撃後の安否についても生死は問いません。問題は警察が治安局より無能であるという印象を与えることです」

 責任者らしき男が言うには、シティ内における権力を治安局に集中する為に警察の不祥事を作り上げることが目的らしい。相手も協力企業の人物でないこともあり、最悪殺すとも取れる発言をしている。

「早坂美玲はその特徴的なファッションから女性層にも根強いファンが多く、正式ではありませんがファッションブランド『girls&monster』の広告塔的な存在であり、このブランドは我が社のアパレル部門を脅かす存在として『chaos&pretty』共々警戒するべき存在となっています。ここで始末出来れば奴らの広告効果は減少するでしょう」

 恐ろしいことに自身のブランド力向上ではなく、他社の人的被害によって優位に立つ策略もついでと言わんばかりに練っていた。

「今回使用するのは人間のスナイパーではなく、LBXを使用します。これは数年前まで発売されていたホビー用小型ロボットで、現在再び様々なメーカーから発売されています。今回はかつての神谷重工製、現在はタイニーオービットよりアーマーフレームが販売されている『アサシン』を使用します。市販品は単なるおもちゃですが、狙撃任務が可能な様に現在技術部門で改造を行っています。これによりタイニーオービット社へのイメージダウンも図ります」

 どこまでもあくどい策を練る治安局の面々。彼らを束ねるスロウンズインダストリアルもこの計画については承認済みで、むしろ自身にも恩恵があるからこそLBXへの改造も協力しているといったところだ。

 誰も知らないところで、再びLBXが悪事に使われようとしていた。

 

   @

 

「そういえばお前、専用のLBX持ってなかったな」

 ある日、いつもの様に休憩室へ来た陽歌に七耶が声を掛ける。今まで遊んでいたのは彼女達の知り合いの店に展示するサンプルとしてメーカーから送られたものであり、陽歌の所有物ではない。それは今日丁度、そのおもちゃ屋に持っていくところだった。

「そ、そうですけど……」

「ついてこい。今時、専用の機体くらい持っていても損は無いぞ。紹介したい場所もあるしな」

「あ、はい……」

 小さくて幼いながら割と有無を言わせない七耶の勢いに陽歌は逆らえない。喫茶店を出て、徒歩で目的地へ向かうことになった。静岡に来てから、陽歌はあまり外出をしていない。なので、一体この町に何があるのかは分からない状態だ。

 まだ足に馴染まないアサルトブーツの感触を確かめながら、彼は七耶についていく。まだ慣れていないとはいえ、今まで履いていたサイズの合わないボロ靴よりは余程快適だった。履いたり脱いだりは若干手間だが、義手のいいリハビリになる。

「その服選んだのは小娘……エヴァだったっけか?」

 七耶はふと、陽歌の服装に言及する。白いパーカーに黒いホットパンツ、黒いタイツにアサルトブーツという恰好だった。エヴァというのは七耶達の友人である。彼女が服を選ぶ時、『脚のライン綺麗だから見せつけていくべき』などと言っていたのでそれに従ったまでだが、やはり変なのだろうかと思った。

「似合わない……かな?」

「いや……そういうわけじゃないが。あいつの言うことはあまり真に受けない方がいいぞ?」

 七耶はエヴァの性格をよく知っているので、真面目な陽歌が振り回されないように忠告しておく。流石に彼のコンプレックスを抉りはしないだろうが、男の娘などという美味しい逸材を彼女が見逃すとは思えない。

「まぁ、嫌なら嫌だと言えばいい。直接言えないなら私が伝えるからさ」

「いえ……いやでは無いんですけど、外見を肯定されるの慣れてなくて……」

「そうか」

 陽歌の戸惑いは基本的に、外見が原因で迫害されてきた過去によるものだった。自分の外見は否定的な存在であり、褒められたものではないという刷り込みがあった。瞳の色は小学生がカラコンなど買えないのでどうしようもないとして、髪色は黒染めを試みたもののパッチテスト無しで染めたら肌が荒れて酷い目に遭ったことがある。

「ま、さすがに歳食って声変わりもすれば少しは男らしくなるだろ。生育不良が原因みたいなとこもあるからな」

「そうかな……」

 七耶はこんなフェミニンを通り越した外見を維持できるのも彼が成長期に入っていないからだと考えていた。そんな話をしていると、壁面の塗装が薄くなった年期を感じる建物が見えてきた。屋根の飛び出た飾り部分に、『おもちゃのポッポ』という店名が書かれていた。

「ここだ」

 純粋な意味でのおもちゃ屋、という存在を陽歌は初めて見た。彼の故郷では大抵、スーパーやデパートのおもちゃコーナーや家電量販店での販売が主流になっている。こういう本当におもちゃだけを売る店はまず存在しない。

「これが……」

 七耶について店の中へ入ろうとした陽歌だったが、店の前に置かれた何かの戦隊らしきコスチュームを着たボロボロのマネキンやクタクタになった緑のパンダなどの存在に恐れ慄いてしまう。

(だ、大丈夫かな……)

 少し心配になりながら、店に入ると天井までうず高く積まれたおもちゃの山が目に入った。

(ええ……)

 どれも見たこと無い様なおもちゃであり、一体いつからこの店にあったのか分からないものも多かった。

「おーい、店長、サンプル持ってきたぞー」

「はいはい、七耶ちゃんですか」

 商品の山を潜り抜けると、レジカウンターが見えてきた。そこには緑髪で眼鏡を掛けたお兄さんが待っていた。彼は陽歌を見つけると声を掛ける。

「あ、君が新入りの。ボクはルリ。ここの雇われ店長だよ」

 不意に知らない人が出て来たので、陽歌は咄嗟に隠れる場所を探す。七耶は小さいので隠れられず。その辺の通路に逃げ込むしかなかった。

「あ、浅井陽歌です……」

 隠れたい本能とそんな自分を矯正したい意思で葛藤し、隠れながら自己紹介する陽歌。長い間に染みついた習慣はすぐに治らない。ルリというお兄さんはカウンターから出てきて、店のことを紹介する。

「凄い品揃えでしょ? これでも一時期よりは減ったんだけどね」

 昔はもっと凄かったのだろうか。これだけあると、欲しい商品を探すのも一苦労しそうである。陽歌はただあちこち眺めるしかなかった。

「そうだ、LBX探してるんだが案内してやってくれ。私はサンプル展示するから」

 七耶はそう言うとどこかへ行ってしまう。こうしていきなり知らない人と二人きりにさせられた陽歌だったが、七耶の知り合いなら大丈夫と自分に言い聞かせて勇気を出す。

「そうかー、LBX、というかプラモデルはこっちだよ」

 ルリに誘導され、彼は店の奥へ進む。そこには山の様に積まれたプラモデルがいくつもあり、LBXも例外ではなく沢山あった。中にはサンプルに含まれていない機種で、箱が既に古ぼけているものもあった。

「前に販売されていたものもあってね、たくさんあるからきっと君に合う機体があるよ」

「こんなにたくさん……」

 あまりに沢山あり、陽歌は少し眩暈がしてきた。そこでルリはおススメのものを解説していく。

「初心者向けにはこのウォーリアーかな。初期装備はソードとラウンドシールド、アーマータイプは使いやすいナイトフレームだよ」

 ウォーリアーは中世の兵士の様な姿をした機体だった。オーソドックスで特徴が無いのが特徴と言わんばかりの存在感を放っていた。

「アキレスに近いですね……」

 今まで使っていたアキレスに非常に似たタイプの機種である。初心者向けというだけのこともある。

「他にはタンクタイプのブルド、クノイチと同じストライダーフレームのアマゾネスなんかもオススメかな」

 どんどん色々な機体が出てくるので、陽歌は迷ってしまう。ただ、ルリは古い機体をあまり推奨はしなかった。

「うーん、でも古い商品はアーマーフレームや武器はともかく、同梱のコアスケルトンは古いから一度メンテしないとなぁ……。今回再販したものがいいかもしれないね」

 再販した商品、つまり今日サンプルとして持ってきたものは陽歌も一通り触ったことがある。なので感触が一番わかりやすい部類に入る。

 サンプルとして届いたのは、アキレス、デクー、クノイチ、ハンターの四種類。全てフレームのタイプが異なり、また得意とする戦術も違う。それぞれを操作した時のことを思い出し、陽歌は考える。

「これにしよう」

 彼は自分のLBXを決めた。箱には狼の姿をしてスナイパーライフルを手にした機体が描かれていた。『LBX ハンター』と記されたその機体は、どこか郷愁の様なものを彼に感じさせた。自分の得意な射撃に特化した機体だからか、それとも狼の姿に惹かれたのかは分からない。

 ただ操作した時に、大きな銃を担いでも難なく次の狙撃ポイントに移動できる運動性は確かに頼れるものだったのは事実だ。ハンターに決めた陽歌は、ふと棚を見る。そこにはLBXではなく武器がフックに吊り下げられて販売されていた。

「これは……」

 彼はその中でも目に付いたスナイパーライフルを手に取る。サブマシンガンとのセットで、スナイパーライフルの方は『イクゼキューショナー』というらしい。

「おや、まだ残ってたんだこれ。昔売られていた武器だよ」

 ルリによると、以前LBXが販売されていた頃の商品らしい。それが売れ残っていたのだ。見るからに大きな銃で、スコープもハンターの初期装備であるハンターライフルより大きい。

「使ってみるかい? ハンターとは相性がいいよ」

「はい、そうします」

 陽歌はルリの提案に乗った。ハンターとこのライフルが、彼の愛機となるのだ。

「お、決まったか」

 七耶は作業を終えて戻ってきた。ともかく買うものは決まったのでお会計だ。

「奢るよ」

「いえ、お金持ってるので……」

 七耶は買ってやるつもりだったが、陽歌は遠慮した。ユニオンリバーに引き取られた際、その直前に起きた事件を収めた報酬がたんまりあるのだ。小学生のお小遣いとしては困らない程度には持っている。

「あー、そうか。天導寺から謝礼出てるんだっけな」

 ただ、そうした特別報酬以外にも今付けている義手のモニターとしての報酬が、製造メーカーである天導寺重工から出ている。以前までの生活と一転して陽歌は、お金には困らない立場なのだ。

「義手の使い勝手はどうだ? 余計な機能が不便かけてなきゃいいが……」

「意外と血圧計便利なので毎日計ってる」

 七耶は天導寺重工のお家芸である『余計な機能』について心配した。この会社は高性能な家電などを作るが、その悉くにいらん機能が付いている。例えば炊飯器が一発でロボットに変形するなどだ。それは陽歌の義手も例外ではなく、腕などを握り込むと血圧計として使用できるのだ。

「マメだな……その分だと使用感の感想レポートも毎日書いてんのか?」

「あ、はい。お金貰う以上ちゃんと責任持ってやらないといけないと思って……」

「うちの連中に爪の垢煎じて飲ませてやりてーよ。ああ、足の爪な」

 サボり魔の多い喫茶店を見ているだけに七耶はしみじみと思うのであった。

 

 というわけでLBXを買って帰ってきた七耶と陽歌は喫茶店地下にある塗装ブースにやってきた。この喫茶店の地下にはやたら色々なものがある。作るだけならば別に休憩室でもいいのだが、今回ここに来たのには意味がある。

「今回は塗装に挑戦してもらう」

「塗装、ですか……」

 プラモに軽く慣れたところで、一歩上のステップを経験することになる。ハンターの箱を開けると、骨格になるワイルドフレームのコアスケルトンの他、アーマーフレームと呼ばれる装甲がプラモデルとして封入されている。

 ランナーにパーツが付いているという一般的なプラモデルの体裁を取っているが、なんと工具を使わずに手でパーツをもぎ取ることが出来るのだ。加えてパーツも部位ごとに集中しており、部品探しが容易なのだ。LBXの組み立て自体はちょこちょこ手伝っていたのである程度理解していたが、一から完成まではまだ体験していない。

 七耶は塗装の段階を説明する。何も、いきなりプロモデラーみたいな技術を習得しろとは言わない。

「塗装と言ってもシールとかで再現され切ってない部分を塗る『部分塗装』、ランナーごと一気に色を変える『ランナー塗装』、関節まで全部色を塗ってしまう『全塗装』があるな。……そうだな、まずこのハンター、何色にしたい?」

 ハンターをどうしたいか、で七耶は教える工作の難度を調整することにした。まずはハンターを何色に変えたいか、という希望を陽歌に聞いた。大きな改造をしなくても、色を変えるだけでオリジナル感が出る。

「えっと……」

 陽歌は自分の好きな色を思い浮かべる。嫌いな色ならすぐに思いつく。自分の瞳色である桜色と空色、髪色であるキャラメル色だ。逆に、好きな色と聞かれても困ってしまう。ふと、自分が着ているパーカーを見て呟く。

「白……かな?」

 このパーカーはアスルトの開発した全天候対応型の繊維で出来ており、ユニオンリバー社の正式装備でもある。色が豊富で、その中から何故か選んだのが白だった。ハンターの狼というモチーフもそうだが、白にはどことなく感じるものがあった。

「おお、白か。いい色だな。私のダブルオーヴェインも白だぞ」

 七耶は自身のLBXを引き合いに出し、その選択を褒める。が、それには一つ問題があった。

「だがな……白は塗るのが大変なんだ。下地に影響されやすいし、なんやかんや定着しにくい塗料だしな……」

 白色はカッコいいし塗装の下地にもなるといいことずくめなのだが、案外モデラー泣かせな色なのだ。

「そうなんだ……じゃあ違う色に」

 それを聞いた陽歌は色を変えようとする。だが、七耶はそれを止めた。

「いや、普通に塗料で塗る分には難しいだけだ。あるものを使えばその問題は解決できる」

「あるもの?」

 そう言って七耶が取り出したのは、白いスプレーだった。一見すると本当にただのスプレー塗料だが、缶には『ホワイトサーフェイサー』と書かれている。

「これはサーフェイサーといってな。下地専用の塗料だ。塗装する前に塗れば表面がザラザラして塗料の食いつきがよくなったり、表面の傷を埋めたりできるんだ。基本は白やグレーだが、最近は色付きのものが出ているからそれをさっと吹くだけで簡単に仕上がるぞ」

「なるほど……」

 下地に使うためのスプレー、と覚えればいいのだと陽歌は考えた。二人は相談の末、ハンターの灰色の部分をこのサーフェイサーで白くすることに決めた。

「よし、とりあえずマスク付けろ。塗装開始だ」

 スプレー状の塗料は吸い込むと健康に悪いので、マスクの着用は必須だ。ドラッグストアで売っている様な箱入りの使い捨てマスクでもいいので装着しよう。

「スプレーをする時はランナーから20センチ程度距離を取って、吹き始めと吹き終わりがパーツに掛からない様にスプレーを動かしながら塗るんだ。一回で色を乗せようとせず、複数回に分けて徐々に色を付けていく感じだ」

 七耶の指示通り、陽歌は作業を進めていく。ランナーの向きを変え、様々な方向からサーフェイサーを塗っていく。これを何度も繰り返し、目的のカラーリングは完了だ。

 後は乾いたパーツを説明書通りに組んでいく。手でパーツはもぎ取れるので、道具は必要なくサクサクと組み上げることが出来る。コアスケルトンにアーマーフレームを着せていき、徐々にハンターの姿が出来上がっていく。

 ランナーにくっついていた部分は流石に何度スプレーをしても塗ることは出来ないため、ガンダムマーカーでリタッチしていく。

「出来た!」

 そしてついにハンターが完成した。狼の姿をしたLBX。尻尾までありその造形は本物に近い。背中に背負った棘は『スティンガーミサイル』という武器らしい。そして本来と違うのは色だけではない。スナイパーライフル、イクゼキューショナー。本来のハンターライフルを大きく上回る大型の狙撃銃を装備している。

「これが僕のLBX、ハンター……」

 陽歌は出来上がった白いハンターを手に取り、まじまじと見つめる。自分で一から選び、好きな色に塗った機体だ。作業自体は簡単だったが、思い入れは必然的に強くなる。この機体と共に、これからLBXバトルをしていくのだ。

「よし、早速動かしてみようか」

「うん」

 LBXの醍醐味は実際に動かすことにある。ジオラマを使ってバトル……と二人が思っているところにある人物が割って入る。

「ふふーん、どうやら自分のLBXを手に入れたようですねー」

 緑の髪を二つ結びにした少女が塗装ブースに入ってきた。彼女はエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン。エヴァと呼ばれる七耶の友人である。陽歌をこの店に引き取ったりなど様々なことの黒幕でもある。顔立ちこそ整った美少女なのだが、隠し切れないぐだぐだ感というか気の抜けた雰囲気がある人物だ。

「なんだ? そんな場所あるのか」

「まぁまぁ、ついて来なさーい」

 エヴァに連れられ、七耶と陽歌は地下の違う部屋へ向かった。そこは、複数のブースに区分けされ、可動式の的が並んでいる場所だった。所謂シューティングレンジというものだ。各ブースの壁はアクリルの壁で仕切られている。

「これは……」

「いやーリトルアーモリー集めてたら実物欲しくなってしまいまして。ガンラックもあるよ。置く銃が無いけど」

 銃を取り扱ったプラモの影響で本物を作ってしまったとエヴァは語る。ただ肝心な銃が無いという状況は考えていなかった。

「うちの騎士団とか知り合いでも銃使うの二人くらいしかいないし、妹のクロードと喫茶店のキサラちゃんくらいかな?」

 おまけに使う人間もいないという事態。勢いで作ったはいいが持て余しているのが現状だ。だが今回それが活きることになった。一般販売されている強化ダンボールのジオラマ、Dキューブのサイズは大会などで使用されるそれと比べると小さい。ハンターのスナイパーライフルの練習には距離が足りないのだ。

 そこでこのシューティングレンジ。これなら長距離射撃の練習に十分だ。

「よーし……これで」

 陽歌はシューティングレンジの台にハンターを乗せると、CCMを手にターゲットへ標準を定める。まずは短い距離から徐々に感触を確かめていく。この距離はちょうど、市販のDキューブの対角線と同じ距離だ。

「行け!」

 放たれた弾丸はターゲットのど真ん中を貫く。まずはこんなところか。ターゲットはエヴァの持つリモコンで遠ざかっていく。遠くなっていくターゲットに対し、陽歌も徐々に中央を外す様になってきた。だが、ものの数発で修正し、真ん中に当たる様になっていく。

「思ったよりいける……」

 彼が射撃を得意とするのには才能で片づけられない事情がある。家にあった唯一のおもちゃが吸盤を撃ち出す鉄砲であり、気晴らしをするのがそれしかなかったので遊び倒したら腕が上がったという暗い過去が原因である。そのため拳銃による射撃は得意だが、それ以外は果たしてどうなのかという疑問があった。

 結果としては案外、応用が効いてLBXの操作でも精密な射撃が可能だった。単純に空間把握能力が鍛えられているということなのだろう。

 とはいえ、流石に距離が空くと真ん中に当てられなくなってくる。自宅での練習は拳銃で、距離も限られていたので当然と言えば当然である。

「なかなかやるねー……だったらこれで」

 エヴァはリモコンを操作し、ターゲットを適切な距離に戻してシューティングレンジに隠された機能を発揮する。なんと、風が吹き始めたのだ。いくら高速で飛翔する弾丸とはいえ、実体弾である以上風の影響を受ける。強い風が吹けば、遠くの標的を狙った際に弾丸が流れて狙いが反れてしまう。その修正をする練習も出来るのだ。

「これは……」

 陽歌はまず、普通にターゲットを狙って引き金を引く。しかし弾丸は大きく反れて中央には当たらなかった。ハンターに搭載されているセンサーで弾道を予測するも、中々当たらない。

「難しい……」

「ま、最初はそんなもんでしょ。がんばー」

 エヴァはシューティングレンジの機能を託して去っていった。一体何がしたいのか、七耶は彼女の後を追って聞いてみた。

「おい、一体何のつもりだ」

「どれについてかな?」

「いろいろあるけど小僧のことだ」

 シューティングレンジ増築などツッコミたいことは山ほどあったが、まずは陽歌に練習環境を与えたことだ。珍しくまともなことをしているので、少し気になったのだ。

「いやーあの歳で狙撃手の才能持ちって珍しいじゃないですか? 鍛えたらきっと面白いと思いましてね」

「まぁ、あいつ自己肯定感が低いから特技作ってやるのは案外間違いじゃないかもしれんがな……」

 常にぐだぐだ楽しく生きることを是とするエヴァなので楽し気な方向に持っていきたいのは七耶にもわかる。

「それにこの歳で狙撃の腕があるということは鍛えれば連邦愚連隊のコルテスみたいに『狙撃の出来るインファイター』に成長するかもしれませんよ?」

「なんつー恐ろしい計画を……」

 七耶はエヴァの野望を聞いて戦慄した。コルテスとはガンダムの外伝漫画、『俺ら連邦愚連隊』の敵キャラで、ジムスナイパーという狙撃仕様の機体で暗躍し、最終的にはガンダムピクシーという格闘戦仕様の機体で主人公達と死闘を繰り広げた戦闘狂である。

 陽歌にはああなってほしくない七耶だったが、たしかにそのレベルまで成長する余地はありそうだ。

 

   @

 

 治安局では来る計画実行の為に準備が進められていた。使用されることになったのは三つ目顔をしたワイルドフレームのLBX、アサシンである。装備しているライフルはイクゼキューショナーを超える大型で、珍しくバズーカの様に肩へ担ぐタイプのものであった。

 狙撃ポイントとなるビルの屋上で入念な打ち合わせが行われている。服装も治安局の制服であるため、怪しむ人物は警察含めていないだろう。

「これが今回使う道具か」

 ビルの淵に立つアサシンを見て、狙撃を担当する男はスーツのスタッフに確認を取る。

「タイニーオービット社のアサシンにデザインは似せましたが、中身は別物です。特にこのAHスナイパーライフルは小型さ故に口径こそ一般的な拳銃弾程度ですが、専用の弾丸を用いることで飛距離を伸ばしています」

 AHという略語が意味するところは、アンチヒューマン、つまり対人だ。明らかに人を殺傷する能力を持つ武器として開発されている。

「ところでこのライフルはこれで正解なのか? なんか間違っている様にみえるが……」

 実行役の男はライフルの形状を不安視した。自分が想像しているライフルとあまりにも違い過ぎる。

「これで正解です。バレットなどこういうタイプの対物ライフルが存在しますし、設計はそこを参考にしました。よくあるタイプだと寝そべらないと反動を制御出来ず、それなりに場所を取ります。この形状なら立ったまま撃てるので場所を選ばず狙撃出来るので今後の作戦にも活用できます」

 開発スタッフから説明を受けて、これでいいんだとようやく納得する。今後の作戦があるのかは分からないが、使いまわしが効いた方が予算を増やしてもらいやすいという事情もある。

「とにかくガキ一匹脅かすくらいだ。簡単な任務で賞与が出るんだから楽でいいぜ」

 子供を傷つけることに何の躊躇いも無い治安局の毒牙が、罪なきアイドルに迫っていた。

 

   @

 

 数日後、陽歌は七耶達と買い物に来ていた。大きい町の方がいいということなので、隣町のロウフルシティまで来ていた。幸い、バスの本数が多いので子供だけで行くことが出来る。今日のメンバーは陽歌、七耶、ナルである。

「今日は食玩漁りだ」

「食玩はポッポでは手に入らないんですね」

「一応食品扱いだしな……それ関係の免許が必要なのだ」

 おもちゃのポッポでは食玩を取り扱っていない。加えて食玩というのも最近は市場が縮小傾向にあり、大きな町のスーパーの方が確実に入手できる。

「チョコエッグブームからは信じられないくらいの縮みっぷりですに……」

 そんな食玩だが、ナルの言う通り一時期はブームにもなったことがある。それ以降からだろうか、どっちがオマケかわからない食玩が増えたのは。

「チョコエッグ……?」

「ああ、卵型のチョコの中にカプセルが入っててな。その中にリアルなフィギュアが入ってんだよ。フィギュア自体はまだ手に入るかな?」

 陽歌には想像もつかないことだったが、七耶達は当時のことをよく覚えている様だ。フィギュアはあの有名な海洋堂というメーカーが手掛けており、現在もガチャガチャで手に入れることが可能だ。チョコエッグも最近はマリオやディズニーなどのキャラクターものに以降してちらほら見かける。

 とはいえ、コンビニでも買えたくらいの熱狂は見られない。技術の向上から質自体は良くなっているのだが、少子化の影響なのだろうか。

「さて、このスーパーにはあるかな……」

 やってきたのは大きな駐車場を持ったスーパー。車社会の日本では日用品の買い出しに行くだけでも車が必要で、どこも駐車場に土地を割いている。そして店舗はそんな駐車場の半分もスペースを取れないためか大抵二階建てになっている。

 車社会らしい構造物と都市の様なビル街が一緒に存在するという名前に反して混沌とした構造の街、それがロウフルシティである。

「しかし平日の昼間だってのになんでこんなに車が多いんだ?」

「夏休みじゃないからですかに?」

 というわけで早速食玩漁り開始だ。スーパーに入ると迷うことなくお菓子売り場へと向かう。陽歌は目立たない様にフードを被るが、室内でフードだと却って目立ってしまうのではないかというジレンマもあったりする。

 お菓子コーナーでは子供の騒ぎ声とそれを抑え様と声を張る親でとても騒がしいという表現すら生ぬるい状況になっていた。

「っ……」

 陽歌は思わず耳を塞ぐ。ただそれだけではとても耐えきれないので、前に病院で習った方法を試してみることにした。それは、意識を別のところに向けるというものだ。例えば、今練習しているLBXのことなどだ。

(そういえば動画で山野バンっていう有名なプレイヤーがLBXと会話しろって言ってたけど、どういうことなんだろう……)

 上手くなるコツを動画サイトなどで探していた陽歌は伝説と呼ばれたLBXプレイヤーの動画を思い出す。そこではLBXと会話することがコツだと解説されていたが、どういうことなのか全く理解できなかった。ハンターに声を掛けてみたが当然、返事が返ってくるわけでもない。

(LBXと会話……)

 陽歌は鞄からハンターを取り出し、見つめる。会話というのは声を聞くことらしいのだが、こうしていると聞こえてくるのだろうか。

「しかしいくつ買う気ですかに?」

「あー、そうだな。もしかしたらエヴァの奴が箱で頼んでたりあの二人が動画用に箱で頼んでたりしてるかもな……」

 買い物を終えて、レジに行く途中でも陽歌はハンターの声を聞こうと試みた。しかし何も聞こえてこない。

(難しいなぁ……)

 結局、店を出るまで声らしきものは聞こえてこなかった。ふと歩道に出ると、沿道には人だかりが出来ていた。帰路に支障をきたすほどの人が集まっており、スマホを向けていた。人をかき分け、何とか帰りのバス停まで戻ろうとする陽歌達だったが、この人込みは延々と続いていた。ビル街のところまでやって来たが、この人だかりが尽きることは無い。

「一体なんなんだこれは?」

「これじゃないですかに?」

 七耶が呆れていると、ナルはビルに張られているポスターを見つけた。それは警察のイベント告知ポスターで、そこにはこの人だかりの理由を示す情報があった。

「えー何々? 夏の交通安全週間、あの超人気アイドル早坂美玲が一日署長としてパレード……か。あいつ辺りが喜びそう、というかいるんじゃないか?」

 アイドルのイベントが原因だった。七耶は知り合いにそのアイドルのファンがいるのか、人込みを探していた。陽歌はそのアイドルの写真を見て、ふとあることを思う。

「眼帯したら目立たないかな……?」

 オッドアイを隠す為に彼女の様に眼帯を付ける策を考えたがどっちを隠しても目立つ瞳色には変わらず、逆に眼帯で目立ってしまうという欠点に気づいて辞めた。

「ダメか……」

 解決法を見いだせず、一人溜息を吐く陽歌。その時、人だかりから歓声が沸いた。どうやら、パレードがここまでやってきたらしい。夏休みのイベントとはいえ、警察が中々派手なイベントをするものである。

「しかし警察も太っ腹だな。こんなイベントをするだなんて」

 七耶も公的機関にしては思い切った経費の使い方に疑問を抱いていた。観光のため、ということはまず無いだろうが、一体何が目的でここまで大掛かりなイベントをするのだろうか。

「大方、予算の潤沢さをアピールすることが目的でしょうに」

 ナルとしては、七耶が考えているほど複雑な事情は無いと見ていた。ただ予算が潤沢、それだけの話なのだろう。加えて、ここの警察はロウフルシティを牛耳るスロウンズインダストリアルの私兵である治安局に仕事を取られがちだ。存在のアピールは欠かせない。

「お、来た来た」

「ですが見えませんに……」

 パレードはさらに接近する。しかし身長の低い七耶達は観客に遮られて全くと言っていいほど見えない。そこで彼女はあるものを利用してこのパレードを見ることにした。巫女装束の裾に入れていたのは、ハンターとは異なる白い狼のLBXであった。

「ダブルオーヴェイン!」

 肩に尖ったコーンの様なパーツを持つそのLBXはそこから緑の粒子を散らしながら翼などを持たないにも関わらず飛翔した。LBXとそのカメラでパレードを見物しようという魂胆だ。

「持って来てたんですかに?」

「小僧だって持ってたし、ホビー物で愛機を持ち歩くのは鉄板だろ?」

 七耶の行動を真似して、陽歌もハンターで見物を試みる。ハンターに飛行能力は無いので、近くにあった自販機へ乗せて高さを稼ぐ。そして手にしたイクゼキューショナーのスコープを外し、望遠鏡の様に使ってパレードを眺める。

 パレードの中心はオープンカーに乗った女の子で、周囲を白バイが固めている。このオープンカーはロウフル警察の備品で、道路を使用したイベントを行う為の利用許可を取る際に相談すれば民間人にも貸してくれると公式ホームページにも書かれている。

「この子が早坂美玲……派手な服装だなぁ……」

 陽歌は中心であるアイドルを見て、一種の尊敬の様な念を抱いた。一日署長ということもあり警察官の服装をしているが、特徴的な眼帯にケモミミフードや缶バッチでアレンジされた制服、メッシュの掛かった髪色ととにかく目立つ。ひたすら目立たない様にと務めてきた彼には、その自分を貫く姿がとても眩しかった。

「オマエらー! 交通ルールを守らないと引っ掻くぞ!」

(いいな、こういうの……)

 カメラでは音声が拾えないが、拡声器で声が街中に響くので聞こえる。半袖の制服から覗く細腕にも彼女のこだわりが見えるアクセサリーが付けられていた。

(僕は……)

 パーカーの袖に隠した義手を陽歌は見る。この腕では、彼女の様に自分を貫くおしゃれなど出来そうに無い。そもそも時代の寵児であるアイドルと学校でさえろくに友達のいなかった自分ではとても比べ物にならない。

『前を向け』

 その時、声が聞こえた。声の主は七耶やナルではない。二人はおしくら饅頭状態でCCMの小さな画面を見ていた。では、一体誰が。過去に彼へこんな言葉を投げかけた人間もいないので、回想ではない。

『上を見ろ』

「ハンター?」

 陽歌はふと、CCMの画面に視線を戻した。ハンターが遥か彼方にあるビルの屋上に、何かを見つけたのか反応を示していた。そこには、大きな銃を構えたLBX、アサシンが立っていた。そしてそれを操る治安局の制服を着た男も見える。

 CCMには続いて、アサシンの狙いを割り出した着弾予測を表示する。狙いは何と、オープンカーにいる早坂美玲だ。引き金は今にも引かれそうだ。

「危ない!」

 陽歌は咄嗟に走り出す。平均よりも小さい体は素早く人込みをすり抜け、交通整理の警察官にも捕まることなくパレードの中心へと飛び出せた。

「んなぁ?」

 美玲は突然の事態に驚くばかりだった。しかし陽歌は彼女の反応など構っていられなかった。オープンカーに乗り込み、美玲とアサシンの間に割り込む様に立ちふさがり、発射された弾丸を受けることになった。

 間に合うには、間に合ったのだ。

「っ……!」

 しかし陽歌の左肩に弾丸が直撃する。とてもLBXの放ったそれとは思えない威力で、思わず後ろに倒れてしまうほどの力があった。目に涙が浮かんでくるくらい痛く、傷が冷えた熱を持っている。

「お、おい……!」

 美玲は倒れそうな陽歌を抱えて支える。彼の体重はあまりに軽く、非力な中学生アイドルでも巻き込まれて転倒することなく抱き上げられた。

『逃がすな』

 激痛に苛まれる陽歌だったが、ハンターの声に己を奮わせてCCMを操作する。この痛みも何もできず、何の非も無く、暴力を浴びせられたあの時ほどではない。誰かを守る、という意思の下に受けた痛みだ。覚悟は出来ていた。激痛に心は沈むどころか、熱にうかされた様な闘志さえ湧いてくる。

「ハンター!」

 ハンターは既にスコープをイクゼキューショナーに取り付け、狙撃姿勢を取っていた。狙いは仕損じ、次弾を撃つか撤退すべきか葛藤しているアサシン。下の道を歩いている分には感じないが、ビルとビルの間には特殊な気流が渦巻いている。

 しかし、ハンターは任せろと言わんばかりにその風を計算し、CCMに表示する。

「今だ!」

 ターゲットをロックし、引き金を引く。放たれた弾丸は吸い込まれる様に、アサシンへと命中する。速射によって三発同時に放っていたため、連続して叩き込まれたアサシンは耐久地の限界であるブレイクオーバーを超え、完全に爆散した。

「よし……」

 プレイヤーは逃走を試みるが、なるべく証拠を残させる様に陽歌は標準を動かす。狙うはCCM。引き金を引くと、見事に敵のCCMに直撃し粉々に吹き飛ばす。治安局の男は慌てた様な表情をした後、逃げていった。

「やった……!」

 敵の狙撃を防いだ陽歌。これで安全は確保された。美玲はオープンカーの座席に陽歌を横たえる。彼は義手で傷を抑えていたが、出血が酷い。白いパーカーが赤黒く染まっていた。

「オマエ大丈夫か? 血が出てるぞ?」

「だ、大丈夫……」

 激痛で脂汗が滲み出るほどであったが、いつもの癖で大丈夫だと陽歌は強がる。血が減った影響か、眩暈もして頭がクラクラと思考も定まらず、視界はチカチカと星が瞬くような有様だった。何故LBX用のライフルでここまでの傷を負ってしまったのかはともかく、安全は確保出来た。

だがオープンカーのボンネットに複数のLBXがやってきた。灰色基調の、ピラミッドを模した頭をしたLBX、アヌビスだ。ハンターはここから遠くの自販機の上に乗っており、向かわせることが出来ない。狙撃もオープンカーが低い位置にあることもあり、観客が影になって射線を確保出来ない。

「しまっ……」

 アヌビスは湾曲した剣を片手に迫ってくる。だが、そんなアヌビス達を空から舞い降りた機体がボンネットから蹴り落としていく。その白い狼の様な機体は、七耶のダブルオーヴェインだった。オープンカーから叩き落とされ、新たな敵に備えるアヌビス小隊だったが、その中央に天空から舞い降りたダブルオーヴェインが陣取る。七耶とナルも人込みをかき分けてパレードの中心にやってきた。

「大丈夫ですかに?」

「まずは敵を蹴散らすぞねこ!」

「とら」

 七耶はCCMを操作し、ダブルオーヴェインに指示を出す。多勢に無勢、オマケにダブルオーヴェインは丸腰。この状況でどうするのか。アヌビスも一斉に剣を振り上げて襲い掛かってくる。

「必殺ファンクション!」

 七耶はここぞとばかりに必殺技を放つ。ダブルオーヴェインは瞳を輝かせ、即座に瞼の様なシャッターで目を閉じる。

『アタックファンクション! GNアサルトアーマー!』

 肩の三角コーンが激しく唸りを上げ、緑の光を放つ。それは爆発の様な勢いで、轟音を立てながら全方位へ拡散し、アヌビス達を吹き飛ばす。ただの爆風にも関わらず、アヌビスは一つ残らず粉々に消し飛んだ。道路には破壊されたアヌビスの残骸が転がる。

「敵は……いないな」

 七耶はCCMを閉じると周囲を確認した。これにて一件落着である。

 

「本当に大丈夫か?」

 急な襲撃でパレードは当然の様に中止になり、負傷した陽歌はイベント本部で手当てを受けることになった。急所は外しているので救急車を呼ぶほどのことではないが、病院行きは決定であった。美玲は心配そうに陽歌へ声をかける。

「ゴメンな、ウチを庇って……」

「いえ、このくらい……。ちょうどいい薬もありますし」

 申し訳なさそうな彼女に対して陽歌は常備している頓服薬を見せて平気だとアピールする。喘息用の吸入器に見えるこの薬は錬金術師のアスルトが作ったもので、パニックの発作や幻肢痛の為の薬だが、普通の鎮痛剤としても優秀な薬なのだ。感覚の無い義手でチュアブルタイプもあるとはいえ、細かい錠剤を発作が出ている状態で扱うのは難しいと考えた結果、こうなったのだ。

「ほら、傷の消毒するから服脱げ」

「う、うん」

 七耶に促され、陽歌は治療の為に着ている服を脱ぐ。パーカーも下に着ていたTシャツも脱いでやせ細った上半身を惜しげもなく露出する。肘上にある義手の繋ぎ目もハッキリ分かる。

「お、おい……こんなところで脱ぐなよ!」

 美玲は周囲を見て慌てる。イベント本部は屋根だけのテントであり、周囲には視界を隠すものが一切無い。加えて、彼女は陽歌についてある勘違いをしていた。

「女の子がこんな場所で服脱ぐなんて……」

「あ、僕男です」

「え?」

 美玲は陽歌を女の子だと思っていた。だが男だ。あまりに普通の反応に、七耶とナルは一種の新鮮さを感じていた。

「なんか、あるべき反応って感じだなねこ」

「とら」

 イベント本部には負傷者が出た時の為に救急箱が用意されていたが、流石に銃傷への対応は出来ない。七耶が見た限り、弾丸が陽歌の肩に残っているので早めに抜くことにした。何で出来た弾丸かは分からないがその多くは毒性のある鉛で出来ていることが多く、早く抜くことに越したことは無い。

「よし、ピンセットはあったな。消毒は……ねこ」

「とら」

 七耶は持ち歩いている工具の中からピンセットを取り出す。さすがに模型用のピンセットをそのまま使うわけにはいかないので、消毒を行うことにした。美玲はアルコールか何かで消毒するのだろうと思っていたが、予想の斜め上を行く結果になる。

「タイガーバシニングフィストー!」

 ナルがまさかの炎のパンチを繰り出した。それによって発生した拳の炎でピンセットを炙ると、七耶は容赦なく陽歌の傷口にピンセットを突っ込んだ。

「痛みは一瞬だ」

 陽歌は何とも言えない表情で痛みに耐え、本当に一瞬で弾丸を取り出してみせた。美玲はあんまりにもあんまりな治療にすっかり青ざめていた。

「拳銃弾くらいの大きさじゃないかこれ?」

「悪戯のレベルを超えてますに」

 摘出した弾丸をアルミのトレーに乗せると、七耶はそれを警察官に渡す。ナルは明らかに殺意を持って行われた攻撃に疑問を持った。

「イベントを中止が目的なら今時は犯行予告で十分ですに、ですがこれは……」

「警察も捜査するだろうけど、うちの会社でも調査してみるか。安心しろ、うちに喧嘩売って生きてた連中はいないんだそうだ」

 七耶は美玲を安心させる様に言う。あまり彼女も聞いた話でしかないのだが、かつてユニオンリバー社のメンバーは世界を支配する神を倒したことがあるそうだ。加えて、七耶自身がユニオンリバーに拾われる切っ掛けとなった事件でも三つの惑星が力を合わせて苦戦する敵を難なく打ち倒して見せた。実力は本物の組織だ。

「まぁ、正確に言うと喧嘩を売られたというより、相手が世界を破滅させようとした結果、貰い事故みたいな感じで喧嘩を買うことになったとこが多いですがに」

 ナルは七耶より古参のメンバーなのでその辺の事情は詳しかった。ユニオンリバーに敵対しようとしたのではなく、野望を叶える過程でうっかり敵対してしまいそのまま滅ぶパターンが多い様だ。合掌。

「しかしまだ肉は付かない感じだな」

 七耶は陽歌のお腹を指で突いて確かめる。欠食児童だった彼は食が細いこともあって、なかなか適正体重まで増やせない。

「まぁでも青痣はだいぶ薄くなってるからそこはよかったですに」

 加えて生傷も絶えなかったので服で隠れてはいるが全身傷だらけだ。そっちはかなり改善しつつあったので、このままいけば無事に完治するだろう。

「しかし小僧、よく狙撃手に気づいたな」

「ハンターが教えてくれたんだ」

 七耶は彼がスナイパーに気づいた理由を聞いた。LBXと会話した結果、一人の命を救うことが出来たのだ。そのハンターは今、イベント本部の机に鎮座している。この機体が記録した映像を元に犯人を割り出すためだ。

「LBXと会話出来たよ」

「ま、何にせよハンター様様だな」

 陽歌と七耶が話していると、美玲は衣装に付けていた缶バッチを一個取り外すとそこにサインペンでサインをすると陽歌に手渡した。

「その……今日はありがとな。オマエのおかげで助かった。名前、聞いてもいいか?」

「えっと……浅野陽歌です」

 陽歌はたどたどしく彼女に名前を告げる。LBXが思わぬ出会いを引き起こすこととなった。そして、正しき心の持ち主に応えたハンターはその様子を遠くから見守るのであった。

 

   @

 

「バカ野郎!」

「申し訳ありません!」

 治安局の局長室、そこには高級そうな応接セットと刑事ドラマで警察の偉い人が使っている様な机があった。その机で報告を受けた老人はあまりの結果に怒鳴り散らす。実行犯である治安局の男は土下座させられていた。

「ですが……残されたLBXの残骸からタイニーオービットへのネガティブキャンペーンという目的は少なくとも達成しています」

 何とか上司の怒りを収めるべく、少ない成果を上げて機嫌を取ろうとする。だが彼は気づいていない。そんなもの回収されてしまえばタイニーオービットの製品を模しただけの違法改造品であることが即バレすることに。

「そういうことではない!」

 老人もそこは分かっていたのか、火に油を注ぐ結果となった。だが、老人が恐れていたのはそこではなかった。

「よりによってユニオンリバーに喧嘩を売ったんだぞ? 分かっているのか?」

「ユニオンリバー? お言葉ですが、ただの田舎の喫茶店でしょう?」

 実行犯はユニオンリバーの名前こそ知っていたが、喫茶店であるという認識だった。だが、老人はそうではない。ユニオンリバーの恐ろしさを知っており、今回の顛末に語気を強める。

「ユニオンリバーが喫茶店だと? あんなもんフロント企業だ! 真の顔はトラブルコンサルタントを名乗る危険な連中だ! あの月面に拠点を持つ忌まわしき宇宙広域防衛機構、世界で最も危険な組織『A.I.O.N』とも繋がりが深いんだぞ! お前なんぞ一瞬で塵も残さず消し飛ぶわ!」

 危険さを理解しつつも、その脅威にまだ自分が晒されていないと思っている辺り老人も所詮治安局の人間である。

「警察への圧力は掛けておく! お前は処罰を待て!」

「申し訳ありません!」

 こうして、治安局は無事に滅びへの道を歩み始めたのであった。彼らを待ち受けるぐだぐだで散々な運命については、またの機会に語るとしよう。

 




 機体解説
 ダブルオーヴェイン
 七耶の使用する白いオーヴェインの改造機。ワイルドフレーム。脚部には基本装備のキャタピラに加え、トライヴァインの武器腕が取り付けられている。度重なる修繕の結果、腕部は原型が残っていない。
 最大の特徴は両肩の動力『ツインコジマドライヴ』。粒子と莫大なエネルギーを発生させる動力源で、これにより常時プライマルアーマーと呼ばれる特殊バリアを展開し装甲の薄いワイルドフレーム機とは思えない防御力を誇る。また、重量を軽減する効果もあり専用のマルチギミックサック『ジェノサイドバスターパック』は大火力と引き換えに普通の機体ならまともに動けなくなるほどの重量を持つが、これを運用できる。しかし完全ではなく、やはり関節部に負荷が掛かる様だ。
 専用の必殺ファンクションとして防御用のプライマルアーマーを攻撃に転用した『GNアサルトアーマー』を持つ。また、専用のモードも隠し持っているんだとかなんとか……。


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オフ会へ行こう!(前編)

 陽歌のメモ5 オフ会
 インターネット上で親交のある人物同士がリアルで出会う会合のこと。本来、ネットで知り合った人物とリアルで会うのは様々な危険が伴うので『信頼できるグループ』で『複数人と約束して』行うことを推奨する。ただ出会ってお茶するだけならともかく、作品の展示などを行う場合は会場を借りることになる。そのため主催者からの注意事項はよく確認するべし。またそうでなくても参加者が大人数になる際は他人の迷惑にならない様に最低でもカラオケボックス程度の会場は確保するのがよい。
 世の中にはオフ会を主催したはいいが会場の準備をするでもなくただ漫然と交通の便が悪いショッピングモールを集合場所に指定し、何十人も来てプレゼントも持って来てくれると妄想するばかりか、自分からのプレゼントは菓子パンのオマケシールで挙句集合時間に一時間も遅れてきたため当然の様に参加者が0人だったという事例も確認されており、一部では反面教師として語り草になっている様だ。



 九月二十二日、名古屋にてユニオンリバーオフ開催決定! その前々日、七耶達は準備に追われていた。

「というわけで前乗りだ」

 準備はいつもの喫茶店の休憩室で行われていた。陽歌もそこにいたが、行く予定ではないのでのほほんと漫画を読んでいた。最近はジョジョの奇妙な冒険の第六部までの制覇をとりあえず目指している。

「よし、小僧も準備しろ! オフ会に行くぞ!」

「え、ええ?」

 急に七耶に指名され、陽歌は戸惑いを見せる。急なお出かけに連れまわされることは多いが、今回みたいな名古屋という遠出、かつ外泊も含む行程は初めてのことだ。おまけに今回は模型関係のオフ会。特に作品も持ち合わせていない彼には縁の無いことだと思っていて油断していたのだ。

「僕?」

「そうだぞ」

 オフ会というのはまず、ネットで知り合った者同士がリアルで出会う場を設けるイベントだ。ユニオンリバーの場合、毎晩ニコニコ動画で生放送をしている。陽歌もコメントはしないが、ラジオを聞く様な感覚で読書や作業のお供にしていた。

「生放送を知らないわけもあるまい。とりあえず行ってみればいいさ」

 七耶はまさに当たって砕けろと言わんばかりの調子でオフ会行きを推奨する。

「まずオフ会の準備その一! 主催者の定めたルールをよく見よう! 会場の使い方、展示作品の数や大きさの制限なども書かれている。これを見ないことには始まらないぞ」

 陽歌は七耶からプリントを渡される。これは今回のオフの注意事項を纏めたプリントだ。まずはこれを熟読する。作品の持ち込み数や各企画の概要などが書かれている。会場も利用規約があるので、主催者はもちろん参加者もこれを守らねばならない。

「準備その二! 持っていく作品を用意する!」

 注意事項を読み込んだら、今度は展示する作品を用意すべし。しかし陽歌には作品と言えるものが殆ど無いのが現状だ。

「作品? 一体何を持っていけば……」

「とりあえず作ったもん全部並べてみろ」

 困った彼に七耶は言う。陽歌は地下の自室からとにかく自分の作ったプラモデルなどなどを持ってくる。

「これで全部……かな」

 そしてそれを休憩室の机に並べる。まずは白い狼のLBX、ハンター。陽歌の作品と言えばこの機体である。次に灰色の塗装が施されたセイバー系のミニ四駆、ネクストセイバー。まだモーターやフロントバンパーくらいしか改造がされておらず、元キットのマグナムセイバーのものである赤いサイドローラーや緑のホイールが目立つ。そして30minutes missionsというプラモデルの黄色いアルトにオレンジの近接アーマーを装備したもの。

「ま、こんなところか。そしたら作品カードを用意するぞ」

 七耶に渡された作品カードに作品の題名や作者名などを書いておく。作品カードは主催側が用意していることも多いので、それをプリントして使おう。

「その三! 名刺を用意しておくと名前を憶えて貰いやすいぞ!」

 七耶は休憩室のパソコンを起動すると、Wordを立ち上げて名刺のテンプレートを開く。こういうのはテンプレでSNSなどのアカウントIDを入れたものを持っていくだけでも違うものだ。覚えてもらうための媒体であると同時に、今後の繋がりにもなるのだ。

「えーっと……」

 陽歌は慣れない手つきでタイピングしていく。義手である以前にこういう操作に慣れていないのも原因だ。だがテンプレートは一枚の紙に何枚分も名刺がありながら、一枚を編集すると他の場所も文字が変わってくれるという便利な機能がある。そのため思ったより時間は掛からなかった。

「出来た!」

「よし、印刷だ」

 それを印刷し、ハサミで切ってバラバラにする。これだけで簡単に名刺が完成だ。自宅にプリンターが無い人はネットの名刺制作サービスを利用したり、データを持っていってコンビニでプリントするのもありだ。

「よし、この調子で準備していくぞ」

 他に必要なものは、常備薬、水分、スマホ用のモバイルバッテリーなどあると便利なものから体調を整えるのに必要なものもあるといいだろう。それから、話を広げるために展示はしないがベイブレードなどのコミュニケーションツールがあれば尚更いい。

「これも持っていくか……」

 陽歌は鞄にベイブレードを入れる。ベルトを買った日に、ついでに買ったもので3on3デッキバトルという方式の試合が出来る分は既にある。ランチャーもライトランチャーLRにロングワインダー、グリップにはパワートリガーとウエイトグリップが装着されている。もちろん、ベイブレードバーストの目玉である自動でシュート回数やシュートパワーを図ってくれるベイロガーも装着済みだ。いくつかの装備はポッポの方で手に入れたものである。

「そうだ、ガンプラバトルになるかもしれないからガンプラ持ってくか? 山の様にあるぞ?」

 実はガンプラを作っていなかった陽歌。もしもの為、バトル用に組み立て済みガンプラの山、通称マウンテンサイクルからガンプラを選ぶことになった。大きな箱に、山ほど今まで七耶達が組み立てたガンプラが詰まっている。

「ど、どれにしよう……」

 ガンダムについて詳しくない陽歌は機体を見てもいまいち性能が把握出来なかった。正直、どれも同じに見えてしまう。自分の得意な射撃を活かせる機体を探すため、素直に一番長い銃を持っているガンプラを取り出す。

「これかな?」

 選んだのはサンドブラウンのジンクスⅣ。『HGBF ジンクスⅣvreBFT』である。実はガンダムダブルオーファンが十年もの間待ち続けたキットであったりする。というのもジンクスⅣが登場した劇場版公開当時はキット化されず、ネット配信アニメのビルドファイターズバトローグに登場したカラーのものがプレミアムバンダイ、通販でようやく販売されたほどである。それからその売り上げがよかったのか劇場版に登場した指揮官機カラーが販売された。

「おお、それはいいな。ジンクスⅣは総合性能に優れている。ダブルシールドにすれば多少の被弾も気になるまい」

 このチョイスは七耶もオススメであった。量産機であるが基本性能は主役ガンダムに引けを取らず、癖が少なくて扱い易い機体だ。いざという時の為の切り札、トランザムもある。

 準備はこの辺りにして、明日に備えて体を休めることにした。特に陽歌は知らない人が多い場所に行くこともあり、精神的な負担も大きくなるだろう。

 

 陽歌、七耶、ナルの三人は電車に乗って一路名古屋へ向かった。名古屋までは途中の豊橋までJRを使い、そこから愛知の私鉄である名古屋鉄道に乗り換える。乗り換えるには駅にある機械に手持ちのICカードをタッチするという地味に忘れそうな作業が挟まっている。三人共、普段はロウフルシティへの移動にバスや電車を使うのでカードは持っている。電車はともかく、バスは料金箱からお釣りが出なかったりするのでカードの方が便利だ。

「ここが豊橋……まぁ折り返しだな」

「これが名鉄なんだ」

 三人は赤い電車が停まっているホームへやってきた。名鉄本線の端っこということもあり、名古屋方面からやってきた電車がそのまま名古屋方面行きに代わるという中々見られない現象が起きる。

「特急の方がいいか?」

「うーん、どうでしょうかに?」

 七耶とナルは陽歌から離れて相談していた。名鉄はJRの電車と異なり、特急列車だろうと車内にトイレが存在しない。加えて特急列車は駅から駅までの間が長い。特に新安城から神宮前までが長距離だ。何か起きても途中で降りることが出来ない。陽歌の様に一種のパニック障害を抱えているとそこが大きな問題になる。

「あ、心配ないですよ。これありますし」

 陽歌は首に掛けた黄色のイヤーマフを指す。射撃用の聴覚防護用具だが、騒音のカットにも使っている。それに、いつまでも七耶達に心配をかけられないという意思もあった。電車くらいは問題無く乗れる様にならなければならない。

「よーし、それじゃ行くぞ!」

 七耶の号令で、特急である白地に赤いラインの入った電車へ乗り込む。これが名鉄の特急電車だ。発車駅だということもあり、座席はスカスカなので余裕で座れる。三人とも小柄なので、二人掛けの椅子にすっぽり収まることが出来る。このままゆったりと名古屋へ出発だ。

「ところで名古屋に着いたら何するの?」

「電気屋見たり、『登山』したりだな」

「登山? 名古屋にそんな山あったけ?」

「ま、楽しみにしてな」

 大きな街の家電量販店(のホビーショップ)は楽しみだが、登山をするというのはどういうことなのか。着いてみなければ分からないというのが実情である。

 

「さぁー、着いたぞ名古屋!」

 なんやかんや、結構な時間をかけて名古屋へ到着だ。しかし、出発が朝早かったためまだ地下街の店も開いていないという状態である。そんな中、七耶が迷わず向かった先は……マックであった。

「やっぱ時間潰しといえばここだな。充電できるし二十四時間開いてるし言うこと無いな」

「いつものですに」

 どうやら遠征の日にはお馴染みの行動らしく、迷うことなくドリンクとハッシュドポテトを頼んで席に着く。陽歌も真似て同じ注文にした。七耶達は大人っぽい様で根っこは子供なのか、モーニングコーヒーではなくオレンジジュースを飲む。傍から見れば未就学児だけの旅にしか見えない。一番外見が年上なのは陽歌だが、精神年齢は八千年近く生きている七耶が一番である。

「朝マック普通の時間でもやらないかな……」

「ボクは夜マックのポテナゲ特大とパティ倍が普通の時間に欲しいですに」

 外食自体経験が少ない陽歌には分からない拘りであったが、時間限定メニューというのは痛し痒しである。

「ま、一時期の迷走ぶりに比べりゃマシか。メインのバーガーに野菜練り込んだチキン挟んだりな」

「野菜も食べよう! って穀物のコーン出すくらいがマックには似合ってますに」

「そんな時期あったんだ……」

 陽歌は時期的にやれ異物混入だ注文カウンターのメニュー廃止だと揉めた時期を知らない。社長が変わって俺たちのマックが帰ってきたと喜ぶ全国のデブ同志諸君は多かっただろう。カロリーを称えよ!

「さて、そろそろ開店時間だな……」

 時計が十時を回った頃、七耶は席を立ち、最初の目的地へ向かう。それは名古屋駅前に存在するビックカメラだ。距離で言えばさらに近いヤマダ電機もあるのだが、コトブキヤキットやアニメグッズ、ガチャガチャを含めると品揃えはこちらの豊富である。おもちゃ売り場と同じ階にソフマップもあり、中古ホビーの入手も可能だ。

「大きいビルだなー……」

 陽歌はビックカメラの入ったビルを見上げる。ロウフルシティにもビル群はあるが、店舗がビルいっぱいにギッシリ詰まっている様な状況は中々見られない。人の多さや道幅に対する交通量の多さも急ごしらえの都市であるロウフルとは比べ物にならない。

「ん? あれは?」

 横断歩道を渡ると、七耶は黄色い布の集団を見つけた。これは『マーケットプレイス』のメンバーの証だ。

「今日なんかの発売だったか?」

「ガンプラはぷちりっつとウルトラマンのフィギュアライズ、あと軽トラぶそうですかに。それかゴリラプログライズキー」

 何か転売する様なものがあっただろうかと七耶とナルは確認する。陽歌はふと、あることを思い出した。

「ベイブレードのユニオンアキレスかな?」

「あー、それか。でも一般商品だろ? そこまで必死になるか?」

 ベイブレードの新商品が出るのだが、以前のゼロワンドライバーと同時に発売したエースアシュラと違ってどの店でも販売し、再販の可能性もある普通の商品だ。転売屋が食いつくネタとは思えない。しかし彼らに常識は通用しない。何を考えているかは常に警戒した穂がいいだろう。

「あいつらは無視してさっさと見に行こうじぇ」

 おもちゃコーナーは三階。エレベーターよりエスカレーターを使った方が早い。階を昇っていくと、目の前にゲームやおもちゃが多数陳列された光景が広がる。時期的に新発売のswitchライトやポケモンの新作を宣伝する販促物が目立つ。ただ、これらはまだ発売前でマーケットプレイスの標的とはならなそうだ。プレステ関連だとVRやプレステミニ、その他にはメガドライブミニなどのレトロゲームが遊べる機器もあるが、今一つ旬を外しているというか欲しい人には粗方渡った感がある。

「さてプラモコーナーは……」

 七耶達はプラモデル売り場に向かう。新商品コーナーにはコトブキヤからデザートバギーとフォレストバギー、アーリーガバナーが展開されていた。

「あー、こいつらもいたのか」

「あれ? これって喫茶店にあった車じゃないですか?」

 七耶がコトブキヤの新商品を思い出していると、陽歌はデザートバギーが以前乗った喫茶店の車と同じであることに気づいた。正確には荷台であるワイルドクローラーを引っ張っていた一人乗りのバギーだ。

「あー、それな。ヘキサギアは戦艦みたいなミリタリープラモだと思ってくれ」

「つまり、このメカは実在すると……」

「そうなるな。うちにもレイブレードやバルクアームがある」

 陽歌はユニオンリバーの混沌であるガレージを見てしまっている。あれを見たのなら、日常に戻れないと言われるほどの深淵だ。だが、個々のメカが何という名前なのかまでは把握していない。というか一番奥に潜む二機の『アレ』に印象を全部持っていかれて詳細を覚えていない。

「といってもブキヤキットはマニアックなとこあるし朱羅シリーズでもなきゃ転売の標的にはならん様な気がするな……」

 が、やはりこれもマーケットプレイスの目的とは違う可能性がある。すると、新商品の台にこれぞという商品があるのをナルが見つけた。

「もしやこれですに?」

「え?」

 それはLBXのアキレスであった。だが、アキレスは既に一般販売仕様のディードと有名プレイヤーである山野バン仕様の二つ共が出回っている状態だ。しかし、これは違う。パッケージには『アルテミスウィナーコレクション』と表記されている。陽歌は手に取ってその内容を確かめる。

「ただのアキレスのアーマーフレームだけじゃなくて、コアのカスタムも再現? モーターはシグマDX9、コアメモリはAX00……更に必殺ファンクション『超プラズマバースト』のデータ付き?」

「あー、内部もしっかり再現した感じの奴か」

 今まで流通していたアキレスはただ外見を再現したものであったが、こちらはコアスケルトンのカスタムまで再現した上での販売である。

「これっていいパーツ、なんですかね?」

 アルテミス優勝者で、練習の際に動画も見ていたあの山野バンが使っていたカスタムである。きっと強いのだろうと陽歌は推測するが、七耶は否定する。

「いや、そのカスタムめっちゃピーキーだぞ?」

「ええ?」

「小僧、ハンターの内部パーツ何使ってる?」

 陽歌は今のハンターに内蔵しているパーツを答える。練習の過程で実は地味に改造を加えていたのだ。

「コアメモリはスカルファングR、モーターはマンタDX3、CPUはダイヤモンドHGⅢ、バッテリーはキャットポウLE3、補助パーツはライフガーダーⅠとディフェンダーⅠですかね」

「いいんじゃないか? 特にコアメモリとモーターは優秀だぞ?」

 七耶の診断によるとこれで十分らしい。使っている陽歌も初期装備よりは確かに使い勝手がよくなったと思っているところだった。

「こういうのはコレクターアイテムなんだよ。あの有名選手が使っているのと同じのが欲しいってな。同じブランドでレックスの使ってたGレックスが出てるけど、あれもピーキー極まりないからな」

「スポーツ用品でもよくありますに」

「そういうものなんですね……」

 始めたばかりというのもあってLBXは動かしてなんぼ! という思想が強い陽歌にとって、コレクションするという発想は無かった。

「内部部品の劣化による不都合を避けるためにアーマーフレームを取り付けて飾るだけのダミースケルトンとかもあるからな。プラモの楽しみ方はまさに無限大だ」

「ほぉ……」

 オフ会に行く前から、かなり参考になる話を聞いた気がする陽歌だった。そんな話をしていると、案の定というべきか黄色の布を巻いた集団、マーケットプレイスがやってきた。アキレスのPOPには『お一家族様一つまで』と書かれているが、マケプレの連中は当然そんなことなど見越して大人数でやってきている。

「関わり合いになるのは御免だ、下がろう」

「だね……」

 先日はゼロワンドライバーが買いたかったのと店側の決まりを守らなかったこともあって戦闘になったが、用事が無ければ関わり合いになどなりたくない連中だ。七耶と陽歌はナルを連れてこの売り場から引き下がる。ここ以外にもガンプラはある。

「見ろ、こんなにガチャガチャとかあるぞ」

 売り場を移動すると、大量のガチャガチャはもちろんトライエイジ、ガンバライジングなどカードを読み込んで遊ぶゲームの筐体が置かれている場所に辿り着いた。ガチャガチャの品揃えは元より、この手のゲームが充実しているのは魅力的だ。

「とはいえ、FAガール用のいい感じの小物は貴重なのだ……」

 七耶はぼやきながらプログライズキーのガチャを回す。ガチャとしては五百円と高額だが、音声の鳴るアイテムなので妥当なところがある。

「しかしあんなデカイもんがカプセルに入るのか?」

「長いのに入っているんじゃないですかに?」

「それにしてもだがな……」

 DXのプログライズキーを知っている身としては、あの大きなアイテムがガチャガチャのカプセルに入るとは思えない七耶とナルであった。一応大きなアイテムを入れる為の、円筒状のカプセルなんかもあるのだが、それでも今回はきつそうだ。前年のライドウォッチもカプセルが周囲を覆うだけという結構ギリギリの状態ではあった。

「お、出て来た」

 排出されたアイテムを手に取ると、七耶は驚愕する。なんとプログライズキーが折りたたまれてカプセルに入っていない状態で出て来た。商品を覆っているのは申し訳程度のカプセルの切れ端らしきものとビニールの膜だけだ。

「不破さん……ついに……」

 陽歌は思わず口元を覆った。ゼロワンの二号ライダーが認証しないと開かないのに無理矢理プログライズキーをこじ開けていたシーンがどうしても頭に残ってしまう。このガチャの状態は、その二号ライダーの不破さんがプログライズキーをバッキバキに畳んだ図にしか見えない。

「カプセルに入らないならカプセルに入れなきゃいいってか……」

 七耶は開封し、そのプログライズキーを組み立てる。中身はラッシングチーターだ。まだこの弾ではガチャガチャにしか入っていない限定のアイテムは無いので、何が出ても構わない。

「さ、ガンプラでも見に行くか」

 というわけでそろそろ転売屋のマーケットプレイスもいなくなる頃合いだろうと思い、ガンプラ売り場に戻る。しかし、彼らはそこで信じられない光景を目の当たりにする。

「ん?」

 なんとマケプレの連中は補充されていくアキレスを残らず手に取るとレジに向かうことなくそのままエスカレーターを降り始めた。なんと大胆な万引きだろうか。

「……」

「……」

「……」

 三人はあまりにも信じられない光景に沈黙し、軽トラぶそうとヘキサギアを一通り買うと我に返ってマケプレを追いかけ始める。エスカレーターをダッシュで駆け下り、外に出たマケプレの連中に追いつく。

「待てー!」

「さすがにそれは見逃せませんに!」

 猛スピードでマケプレの進路を塞ぐ二人に対し、陽歌は追いつくのがやっとで結果的にマケプレを挟み撃ちにする。

「こいつら……静岡で仲間をやった奴らか?」

「間違いねぇ、やけにちみっこい巫女と猫だ。どっちも変身するぞ、気を付けろ!」

 メンバーの内二人が荷物を仲間に預け、小さなアンプルを取り出す。以前も見たことがある、怪人に変身する薬だ。それを飲み干すと、二人はそれぞれサボテンと雀の怪人に変貌する。ナルも対抗し、天魂を口にしてロボットの姿へ変身する。陽歌は補助の為、ファイズフォンⅩを抜いて構える。

「ガキなんかに舐められてちゃ商売あがったりなんだよ!」

 サボテン怪人は鋭い棘を全身に生やし、ナルに向かって襲い掛かる。拳での戦いが基本であるナルにとって、ロボットの体で痛みがあるのかは不明だがやりにくい相手だろうと陽歌は警戒する。何せ全身棘だらけである。これは殴りたくない。

「死ねぇー!」

 まずは棘を飛ばしての遠距離攻撃という基本中の基本に出たサボテン怪人。しかしナルは飛ばされた棘を的確に装甲部分で弾き返す。そもそもこんな貧弱な飛び道具ではダメージにならないということなのか。

「これでどうだ!」

 いつの間にか飛んでいた雀怪人が上空からキックを繰り出してくる。風を切る音が騒々しい街中でも聞こえるほどのスピードを威力であった。

ただ戦力を逐次投入するだけではなく、頭数で有利を取る作戦だ。その辺はさすがにマーケットプレイスでも考えていたらしい。

「ふん」

 意味が無いという点を除けば。キックは無情にもナルに片手で掴まれて威力を殺され、そのままサボテン怪人に向かって投げられた。勢いを受け流して投げたのではない。完全に受け止めてエネルギーをゼロにしてから投げている。

「グワーッ!」

 瞬きする間にぶつかっていたというほどの速度でぶつかり、必殺技を受けるまでもなく二人の怪人は爆散した。爆風が晴れたところには、全裸の男が二人で重なって倒れていた。

「お、おい……例のアプリ、まだなのかよ!」

「月末だから速度制限が……」

 怪人が秒速で倒されたのを見て、リーダーらしき男が慌てて部下に急かす。部下はスマホを操作し、何かを必死で用意していた。しかしどこでも誰でもスマホの速度制限には苦しめられるものなのだ。

「フリーWi-Fiは使えねぇのかよ!」

「みんな使っててギチギチなんですぅ……!」

 わたわたしているマケプレの連中に対し、ナルは制裁を加えるべく歩み寄る。いつもの寝ぼけた姿が嘘みたいに騎士然とした姿勢で悪に対峙する。

「何をしたいのかは分からんが、大人しくお縄についてもらおうか」

 その時、急にスマホが輝き出した。それと同時に、スマホを中心として魔法陣の様なものが展開される。そして、その中から薄っすらとした白く丸い顔の様な小さい物体がいくつも出現した。それらの顔は子供の落書きの様であり、マジックで書かれたのか滲んでいる。そして完全な球ではなく紙の様なものを丸めた様な形状で、ちぎられたらしき痕跡がある。

「なんだこれは?」

「マシュマロだ! マシュマロの生首だ!」

 ナルは困惑しつつも警戒し、七耶はその正体を見切ったりと騒ぐ。たしかにそう見えなくもないが、マシュマロに首から下は無いのでは? と陽歌は思ったりした。その生首は集まって一つの大きな塊へ変化する。その上から黒く染まった個体が張り付き、子供の落書きらしき顔を再現した。

「見ろ! これが私の契約した悪魔、『アマザラシ』だ!」

「アマザラシ? タマザラシとなんか違うのか?」

 七耶が詳細を聞く中、陽歌はポケモンに詳しくないのと地味に世代を外しているのとでタマザラシを知らなかった。ルビサファリメイクも一世代前の話である。

(タマザラシってなんだろう)

「そんなこと! 私が知るか!」

 肝心の召喚した当人も何だかよく分かっていなかった。召喚や契約に必要だから名前を知っているだけで、詳しくは知らないという危険な匂いがビンビンする状態だ。この分では能力も知らないだろうによくこの窮地に召喚したものである。

「さぁ、お前の力を見せてくれアマザラシ!」

 召喚した男の指示を聞く前に、アマザラシと呼ばれた謎の存在は顔を歪めて雑音の様な声を発した。音が割れたスピーカーの様な音質で、その発言は聞き取れない。そしてその声を聞いた者はマケプレであろうが何であろうが喉を抑えて違和感を訴え始めた。

「なんだ……妙に喉が渇いて……」

「たしかに、少し寒くなってきたのにな」

 猛暑が続いたこの夏だが、台風が接近して少し冷えている状態だった。しかし周囲の人々は手にした飲み物を口にすると、とめどなく飲み続ける。

「なんだ? 飲んでも飲んでも喉が……」

「喉が渇く……」

 ロボットのコアであるナルと七耶は効いていない様子だが、陽歌は確かに喉の渇きを感じていた。

「どうした小僧?」

「陽歌くん、何か感じるか? 私達には何が起きているかわからない」

「暑くも無いのに喉が渇く……、口渇です! 多分あのアマザラシが原因で……」

 陽歌は二人に聞かれ、今の状況を説明した。彼は過去の経験からまだ我慢出来ているが、他の人達は飲んでも飲んでも尽きることの無い乾きに苦しみ始めていた。

「なんだこれは……!」

「もう水っ腹なのに、なんで喉が渇くんだ!」

 召喚した男もこの被害を受けており、人々は近くの自販機に殺到して飲み物を求める。陽歌も何ともないフリは出来たが、喉の乾燥で声が出せなくなっていた。

(こいつ……なんなんだ?)

「マズイぞねこ! このままだと小僧も多分危ない!」

「分かっている、最速でカタを付ける!」

 無差別に被害を撒き散らすアマザラシに対し、ナルは攻撃を仕掛ける。ともかくあれさえ倒せばこの現象は回復こそしないだろうが収まるはずだ。口渇の原因が純粋に水分を奪っていることだとすれば、体格に恵まれない陽歌は真っ先に命を落とす危険がある。ナルはアマザラシに飛び掛かる。

「タイガー……レイザーズエッジ!」

 銃弾をも弾く装甲さえ切り裂くナルの必殺が炸裂した。虎の爪が如き一撃がアマザラシを引き裂いた、かの様に思われた。

「何……?」

 しかし、彼女の指先には何の手ごたえも無かった。攻撃が通用しない、というか触れることが出来ないのだ。このうすぼんやりとした姿は、希薄な存在感の現れだったということなのか。

「なんだよ! スタンドはスタンドじゃないと攻撃出来ない的なルールなのか?」

 七耶はあまりにもルール違反な能力に憤慨する。その一方、陽歌は足が痺れ、眩暈がして立てなくなっていた。脱水の初期症状だと彼も分かっていたが、何かを飲んでも対策にならないというのならどうすることも出来ない。

(あ、これ死んだかも……)

 彼は死を自覚した。ナルが何度もアマザラシに攻撃する姿は見えていたが、徐々にその視界さえ暗くなっていく。

(短い間だったけど楽しかったな……最期にこんな楽しい思い出出来るなんて、思わなかった)

 死ぬことに恐怖は無かった。ミリア達と出会ってからの楽しかった時間は陽歌にとって夢の様なもので、本来は『悲しい』、『辛い』、『寂しい』、『苦しい』、『痛い』ことが当たり前だった。だからこの死も、来るべくして来るものとしか感じなかった。

(オフ会、行ってみたかったけど、僕はここまでか……)

 魂が天に昇り、自分の体が見える位置まで浮かんでいた。後悔は無い。最期に優しい世界があることを教えてもらっただけで、十分だ。

(ん?)

 満足して昇天しようとしていた陽歌の足を、誰かが掴んだ。そして思い切り引き戻され、魂は身体に押し込められた。

「が……はっ?」

 止まりかけていた心臓が急に動き出した反動か、胸に激痛が走る。心臓が張り裂けそうな感覚が長時間続いた。視野が赤くちらつくほど全身に激しく血液が送り込まれ、酸素を供給するために呼吸も早くなる。肺が限界を超えた速度と力で収縮を繰り返すため、肋骨など外に飛び出すのではないかという錯覚さえ覚える。乾いた喉で外気を急速に取り込む為、痛みに鈍い陽歌でも悶絶してのたうち回るほどの苦痛を味わった。脳の血管も太いものがかなりの本数切れたのか、金槌で殴りつけられたかの様な鈍痛に襲われる。

「お、おい何したんだ小娘!」

 近くの自販機でアクエリアスを買って来たらしき七耶は、一連の暴挙を働いた人物に抗議する。その人物は抑揚の少ない話し方ではあったが、この混乱の中でも一本の筋が通った様な透き通った声で返す。

「少々強引だが蘇生した。生き返る確率は殆ど無い上に成否問わず死んだ方がマシなほど苦しむし万一成功したとしても非常に重篤な後遺症が残るが……何もしないよりいい」

 彼女は綺麗な声で残酷なことを平然と言う。犯人は十代前半と思わしき少女であった。大きく見開いた赤い瞳は宝石の様に輝き、背中まで伸びた銀髪を真っ赤なリボンでツインテールに結い上げている。軍服の様な暗い赤のジャケットを着こんでいるが、タイトな造形の為か幼さを残す顔立ちに似合わずグラマラスなボディラインが強調される。

 脚はスラリと長く、黒いニーソックスにヒールの高い編み上げブーツを履いて尚引き締まった印象を持たせる。彼女はその足で陽歌を突き、様子を確認する。

「まさかとは思うが、負担に耐えて生きてはいるのか……植物状態の可能性は大だが、数年ぽっち待てば起きるだろう」

 淡い桃色の艶やかな唇から放たれる言葉は、とても人を人とは思っていない発言ばかりであった。七耶も文句を言いたかったが、まずは陽歌の容体が心配だ。万が一、この少女の言う様に植物状態になったとしてもアスルトが何とかするだろうが、何事も無いに越したことは無い。

「おい小僧! しっかりしろ! これを使うことになるとはな……」

 七耶はアクエリアスをさておき、巫女装束の袖からある小さな水筒を取り出す。蓋を開けると中に入っていた黒いドロドロした液体がさも生きているかの様に蠢いて飛び出し、陽歌の首に巻き付いてその皮膚から中へ浸透していく。数秒ほど時間は掛かったが、痛みの元がじんわりと温められて苦痛が和らいでいく。

「それは、お母さんの作った薬か?」

「そうだ。こんなこともあろうかと持たされていたんだ。参加者の命を守るためにな」

 ナルはそれが自身の開発者、即ち母であるアスルトのものだと気づいた。七耶も本当はオフ会で死人を出さないために持ってきたのだが、まさかこんな形で役に立つとは思っていなかった。

「小僧、これでもう安心だ。調子はどうだ?」

 陽歌は喋れこそしなかったが、何とか生きていて意識もあることを伝えるため天に手を突き出してハンドサインをする。一旦無事であると親指を立ててサムズアップしてから、グッとはっきりサムズダウンへ切り替える。これは七耶に対して『大丈夫』、そして少女に対して蘇生への感謝を伝えると同時に彼女への悪態でもあった。想像を絶する苦痛のあまり本心を取り繕う余裕を失っているようだ。

 周囲から迫害され、暴行を受け続けてそれを当たり前のことと思って生きてきた彼でも、心の奥底では苦痛を伴う扱いは嫌だと感じているのだ。

「『さぁ、地獄を愉しみな』? 何にせよ何ともないんだな?」

 七耶に肯定の意思を首振りで示す陽歌。彼の無事を確認し、七耶はようやく少女へ不満をぶつけるフェイズに移行できる。

「小娘! 助けるんだか助けないんだかはっきりしろ! もうちょっとマシな蘇生魔法は無いのか!」

 魔法に精通した知り合いがいる七耶は、もっと楽で確実な蘇生魔法の存在を知っている。それでも魔法自体が高度かつ死の直後に行使する、対象が神の庇護を受けているなど条件もあるのだが。

 少女はそんな事情を知ってか知らずか、しゃがみ込んで七耶と視線を合わせるなんて力義な真似をすることなく見下ろして冷たく言い放つ。

「あのね、ゲームじゃないのよ。そんなものあるわけないじゃない」

「ぐぬぬ……」

 正論に七耶も押し黙る。確かに正論だが、今起きている事態を目の当たりにすると一般人の陽歌さえ納得できない理屈であった。

(この状況でそれ言うかな……?)

「ええい気に食わん奴だ! 小僧、仕返しにパンツ見たれ!」

 七耶は倒れている陽歌を引っ張り、少女の股下に配置する。確かに彼女の赤いスカートは腰下までの長さしかないが、陽歌も素直に従えるほど心が汚れていない。普通に顔で目を覆う。

「衣服を見ることが何の仕返しになるんだ?」

 少女もこの行動の意味を理解していなかった。が、顔を隠したことで露わになった義手と、七耶の指示と恥ずかしさで葛藤し義手の指からチラチラ見えるオッドアイに彼女は気づいた。

「妙な義手と瞳……運がいい子と思ったらそういうこと。あんな乱雑な方法で生き返ったなんて。見た目からして普通じゃない様だけど、『こっち側』の者? 魔の物の気配も微弱ながらするけど」

 少女は陽歌の容姿について言及する。彼は嫌な思いをしたが、いつものことだとグッと堪える。こんな目の色では、外見でとやかく言われて当たり前だと諦めていた。

「……おい小娘」

 しかし彼女は、七耶は違った。ドスの効いた低い声で少女に向かって言い放つ。手には既に変身の為のプラモデル、『キャスト』と天魂が握られていた。

「こいつはな、普通の、ただの小僧だ。化け物からの攻撃は受けるし、嫌なことを言われたら傷つく、ただの小僧だ」

「……?」

 少女は七耶の怒りを理解していなかった。が、社交辞令として返事をする。

「何か尺に触る様なことを言ったのなら、取り消すけど?」

「取り消せとは言わん……。言ったことを後悔して死ね」

 両者の緊張状態はまさに一触即発。陽歌はアマザラシのせいでそれどころではないのと、一応少女が命の恩人であるため発言については多めに見ることにして場を収める。七耶が自分の為に本気で怒ってくれたのも嬉しかった。

「あの……それよりあれを何とかしないと被害が……」

「そうだ、あれ私では攻撃すら出来ないんだ」

 ナルもそれに乗っかる。状況は私闘を許してはくれない。マケプレの連中だけが干上がるならまだしも、無関係な市民も巻き添えを食っている。

「あんなのに苦戦していて、どうやって私を殺すのかしらね?」

 少女は手をアマザラシに突き出すと、何かがアマザラシを貫き、彼女の手に収まった。それは漆黒のロングソードで、血管の様な赤い文様が浮かんでいるという邪気を感じる存在であった。

 アマザラシは青い煙を吹き出して消滅していく。ナルでは攻撃も出来ない敵が、たったそれだけで撃破された。

「お子様はさっさと避難して、私に任せればいいの。私はカラス、退魔協会の退魔師よ」

ナルはカラスと名乗った少女について、以前仲間から伝えられたことを思い出す。

「カラス……? シエルちゃんから聞いたことがある」

「知っているのかねこ!」

「国立魔法協会と対立している、退魔協会と呼ばれる魔の物を討つ者達の寄り合い……。その最高位であるSクラス退魔師序列三位、サキュバスとのダンピール、『ブラッティレイヴン』のカラス」

「だんぴーる?」

七耶は聞き覚えの無い単語に戸惑う。陽歌はそれをフォローする。読書が趣味なだけにその辺りの知識は浅くも広い。

「ハーフヴァンパイア、吸血鬼とのハーフだよ。それも夢魔とのハーフなんて……」

これだけでも驚きだが、ナルは更に詳しく知っていた。

「ただのハーフではないよ。真祖と魔王など雑兵の様に扱う魔神級の夢魔との間に生まれたサラブレッドだそうだ。加えてあの剣は、魔界ヘルサイトに十三本しかない終焉クラスの魔剣が一つ、『リプスファクトゥ』。詳細は謎に包まれているが、少なくとも人間は当然、生半可な魔の物には装備すら出来ない代物だ。それが手元に召喚まで出来るとは……」

「要するにメッチャ強いのか、あいつ」

説明を聞き終えた七耶は『まぁ私なら負けないがな』とでも言いたげな表情でカラスを見ていた。陽歌はあまり凄さを理解出来なかったが、あのナルが攻撃すら出来ない相手を武器の呼び出しだけで撃破したので多分強いのだろうと判断する。

「強いんですね……」

「当然と言いたいけど、あれは下級の怨霊よ。干渉する手段さえあれば生臭坊主にだって倒せる」

カラス曰く、単にアマザラシにナルが苦戦したのは相性の問題だったらしい。魔法と区別が付かないほど発展したとはいえ科学で産み出された彼女と怪異では戦いのステージが噛み合わないのだ。

「お、おい、他に何かねぇのかよ!」

アマザラシを撃破され、マーケットプレイスのリーダーは安心した様なガッカリした様な気分になってメンバーに戦力を聞く。

「例のアプリ、他の奴も持ってんだろ?なぁ!」

「今起動してます! 安心してください! ポケットWi-fi持ってますから!」

先程とは違う人物がスマホを操作し、魔法陣を出現させる。さっきから彼らは何をしているのだろうか。必死な彼らをカラスは冷たい目で見下す。

「魔の物使役用のアプリか。いくら使い魔の契約魔法とプログラム言語に共通性があるとはいえ、そんなもので召喚出来るのは貧弱な浮遊霊が精々。仮に一線級のものを召喚しても対価を払えず無為に呼び出した怒りを買って死ぬだけ」

「メガテンでいう悪魔召喚プログラム的なものが出回ってんのか……危なっかしいな」

七耶はそれを聞いて危険性を感じた。実際、今まさに呼び出された浮遊霊が多くの人間を巻き込んで命を危険に晒したところだ。

「やりました!」

魔法陣からさっき見た様な白い球がポコポコと出てきた。またアマザラシを召喚してしまったらしい。

「バカ野郎! また同じのじゃねぇか!」

「ハズレ枠なのかあれ……」

リーダーが怒る中、七耶はあれでコモンクラスという事実に少し恐れを抱く。コントロール出来ないとその程度の怨霊でも大惨事待った無しということだ。

「アマザラシ……テルテルボーズとかいうモノの慣れ果てで、本来天の恵みである雨を否定し自らを捨てた者への恨みで形成される、渇きを与える怨霊か……」

カラスは知識をなぞる様に呟く。その言葉で陽歌はアマザラシの姿にピンと来た。塊であるが、それは白い紙を丸めた様な球で構成されている。そして千切った様な痕。

「そうか、童謡『てるてる坊主』の三番では天気を晴れに出来なかったてるてる坊主の首を切る歌詞がある……だからあれの一つ一つは切られたてるてる坊主の生首なんだ」

「え?何それ怖っ!」

七耶も知られざるてるてる坊主の恐怖に慄いた。だが、カラスがいる限り結局は瞬殺される運命にある雑魚怨霊に過ぎない。それはマケプレのリーダーも分かっており、更なる戦力を求める。

「やっぱオカルトと科学は相性悪いわ。おいお前! ダークウェブ? とかいうので何か霊買ったとか言ってただろ!」

「え、あ、はい。これですか?」

リーダーは仲間の話を思い出し、奇妙なペンダントを身につけた男を呼び出した。カラスは一笑に付そうとしたが、顔色を変える。

「ネットで売っている様なものは大抵インチキ……ではないようね」

「なんだ?マジモンの幽霊か」

七耶は構えるが、カラスの余裕は崩れない。霊自体は本物だが、やはりそこまで強力ではない様だ。

「ただの水子よ」

「ミズコ、だぁ?」

相変わらず詳しくない七耶に代わって、陽歌が水子について説明する。根っこの暗い性格が原因なのか、読む本のチョイスもそういう方向へ偏りがちだ。

「この世に生まれなかった、流産したり堕胎された胎児の霊だよ」

「何か悪さするのか?」

「いえ、一応無事に産まれた生命を恨んではいるんだけど、そこまで力のある存在ではないみたい」

カラスの侮りも分かる程度には弱い存在である。召喚されているわけでもないので本当にただの霊だ。

「アマザラシを殺したらあのペンダントは回収して供養に回す」

カラスは行動方針を決め、アマザラシに剣を向けた。その時、ペンダントから青白い光が飛び出した。その光はマケプレメンバーの女の一人の腹に吸い込まれていく。

「なんだ?」

「何が起きて……」

そしてその女は仲間の困惑も無視して、フラフラとアマザラシへ向かっていく。なんと、女はアマザラシの巨体に口を付けるとそれを啜り上げたではないか。彼女の表情からして、自らやっているのではなく何かに操られている様だ。

「なんか、モーレツに嫌な予感がする……」

「同感だ小僧」

陽歌は何処と無く最悪のパターンを想像していた。七耶も同じで、ナルは二人に退避を促した。

「二人共! 私の後ろへ! 防御を貼る!」

「わかったぞねこ!」

「ええ!」

七耶と陽歌が背後に隠れたことを確認すると、ナルは両腕を盾の様に構える。

「三戦、白虎之型!」

彼女の装甲が各部展開し、黄金のオーラが放出される。仲間を庇うための防御機構だ。十分に余裕を持って構築するべく、危険を察知して事前に発動しておく。

「う、ぐぐゥゥゥ!」

アマザラシを飲み干した女は、その腹を抑えて苦しみ出す。立っていられない様子で座り込むを超えてアスファルトに寝転び、身体を海老反りさせて喉の奥から声にならない悲鳴を上げる。

「ガギィィィッ!」

みるみる内に腹が膨れ上がり、臨月と見紛う様相になった。しかし腹の膨張はそれで収まらず、服を割いて膨らみ続けた。腹は空気を入れた風船の様に皮膚が薄く伸びていき、忽ち道行くバスと同じ高さまで大きくなる。薄くなった皮膚からは褐色の羊水に浮かぶ胎児の姿が確認出来た。臍の緒も何処かへ繋がっている。

「な、なんだあれ……」

「馬鹿な、ただの虚弱な水子でしょう?」

七耶すら戦慄し、カラスも動揺する事態になった。しかしそこはSクラス序列三位、早急に倒すことで事態を打開するため攻撃を仕掛ける。

「見掛け倒し!」

カラスが水子に斬りかかった瞬間、その水子は白目も黒目も無く真っ赤な両目を見開いて赤子の泣き声と似た音を発する。その声はどこでも聞ける様な赤子のものと同じだったが、心の底から冷える様な不快感を覚える。あちらこちらの電灯や信号機が点滅し、ビルのモニターも砂嵐に変化してしまう。

明らかな怪現象に陽歌は身構える。すると、周囲に赤黒い炎が竜巻の様に吹き上がり、周囲の空気を飲み込んでいく。

「これは……」

「うわぁあっ!」

眩い閃光と身体の芯まで届く轟音に陽歌は思わず目を瞑ってしゃがみこむ。ナルの張ったバリアのお陰で七耶共々火の粉と呼ぶには些か大きな火炎弾の巻き添えは免れた。だが周りにはそれが散らばり、被害を出していた。マケプレはもちろん、たまたま通りかかった通行人にも火炎弾が降り注ぐ。

「うぁぁぁぁっ!」

特に攻撃体勢だったカラスは炎の渦の直撃を受けてしまう。身を焦がす様な高熱に焼かれ、渦巻く旋風に巻き上げられる。流石に序列三位、かなりのダメージは受けたが致命傷には至らず意識もある。服の端々は焦げて破れ、雪の様な白い肌も軽く火傷を負って赤くなっていた。

(……っ! 体勢を……)

空中に投げ出されたが、飛行手段はある。何とか受け身を取ろうとするが、左脚を複数の何かに掴まれる。

「これは……!」

赤ん坊の手形らしきものがブーツにビッシリと付いていた。これが彼女を掴んだのだ。拘束されたカラスは風を切るほどの勢いで容赦なく地面へ叩きつけられる。

「がはっ……!」

物理的な有無を言わさぬショックに彼女は一瞬意識が飛び、呼吸が止まる。激突した場所には乗用車があったが、クッションになどならなかった。ひしゃげて潰れた車の、砕け散ったガラス片や変形して裂けた鉄板がカラスの柔肌に突き刺さる。

水子は泣き喚きながら何の躊躇いもなく、普通なら死んでいるであろうダメージを受けた彼女をアスファルトへ何度も何度も叩きつける。名古屋の膨大な交通量に耐える頑丈な道路へ一撃でクレーターを作るほどの力であった。

「き……あ……」

 まるで子供が手荒に玩具を扱う様に、カラスはアスファルトだけでなく電柱や建物にも打ち付けられていく。

「ねこ、今のうちに攻撃だ!」

「僕らへ攻撃は飛んでこない。あのSクラス序列三位さんがリョナられてる間に……」

水子の意識がカラスへある間に反撃すべきと七耶と陽歌は意見を一致させる。しかし彼女はそれを断る。

「ダメだ」

それと同時に、空へ振り上げられたカラスが拘束を脱する。掴まれた左脚のブーツを脱いでいた。咄嗟に指先から血しぶきでカッターを作ってブーツを切り裂いたのだ。腰から蝙蝠の様な翼を生やして飛行し、水子への反撃を試みる。

「よくも……!」

それに合わせて、水子はより一層大きく耳障りな声で泣き叫ぶ。声そのものが鋭い空気の刃へと変化し、カラスの華奢な身体を深々と切り刻んだ。手足はもちろん、肩口や脇腹からも鮮血が吹き出す。

「っぁああ!」

突風の力もあり、彼女は地面に向かって吹き飛ばされた。コンクリートで出来た地下街への入り口へぶつかり、それを粉々に砕く。舞い上がった粉塵が晴れると、カラスはボロボロになりコンクリートのカケラや粉を被って力なく横たわっていた。黒いソックスは所々穴が空いて白い素肌とのコントラストを目立たせ、結っていた髪の片方が解けている。麗しい少女が痛めつけられる姿は背徳的な支配感すら覚える光景であった。

カラスに憤りを感じていた七耶も溜飲など完全に下がって心配が湧き出る有様だった。

「これがある」

ナルは風の刃や類する反撃を読んで攻撃へ転じなかったのだ。それに一つの懸念もあった。

「同時に、私の拳が奴に通じない危険がある。アマザラシと同類の亡霊だとすれば尚更。その上で守りを崩すリスクは背負えない」

「そうか? かなり物質化してるから効くと思うけど?」

 七耶はナルを信頼して攻撃が通じると考えていた。が、急に陽歌の足元へ現れた兎は否定する様に、首を横に振っていた。

「こいつは?」

「君は……」

 それはただの兎ではなかった。見かけこそ一見、飼育小屋にいそうな白い兎だが、何と一つ目だ。それも片方だけに目があるのではなく、顔の中央に、縦に開いた黒い瞳を持っている。

「そういえばお前が死にかけそうだった時、ぼんやりとこいつの姿が見えたな」

 七耶が陽歌の危機に気づいてアクエリアスを買って来たのは、この兎に教えられたからだった。彼はこの兎に大いなる心当たりがあった。

「この子、僕が前に通っていた小学校で可愛がっていた兎です。いつからかいなくなっちゃったけど、こんなところに……」

 友達のいなかった陽歌はよく飼育小屋に通って動物に慰めてもらっていた。その中にいたのがこの一つ目の兎で、他の児童は気味悪がったが、外見が原因で虐めを受けていた彼はこの兎が他人とは思えずにいたのだ。

「この兎、何か知っている様だが……」

 兎は立ち上がり、両手を前で合わせて上下させている。何を伝えたいのだろうか。陽歌はもちろん、ナルと七耶にも分からなかった。

「要領を得ないな……。もしかしたら超精神のテクノロジーなら通じるか?」

「ねこ、お前暗に私に『課金しろ』って言ってるな?」

七耶はナルの真意を汲み取った。七耶もナルの様に変身でき、その能力は彼女達四聖騎士団の個々を大きく上回る。何せ、ボディは地球製レプリカとはいえ伝説の超攻アーマー、サーディオンなのだから。しかし、それ故に制限もある。それが『リアルマネーの消費』である。

それでも周囲の罪無き市民(マケプレは当然除く)の命には代えられない。七耶は変身を決意する。

「この動き……そうか!」

 一方、陽歌は何とか兎の意図をくみ取ってやってみることにした。

「赦すな、赦すな、我が痛み……」

「ところで小僧、何やってんの?」

彼が右手を翳して何か試みているのが七耶は気になった。ただ翳しているだけでは無い。呪文の詠唱と共に彼の周りに黒い気が集まっている。

「『マックスペイン』の具現化を試してて……。あの事件以降、一度も成功してないけど……」

「あの武器か。やっぱそう上手く使えるもんでもないか……」

マックスペイン。普通の少年である陽歌がミリア達と共に世界終焉シナリオに立ち向かう直前に、それとは別の要因によって発現した武装のことだ。ナルもそれについては直に見てこそいないが聞かされてはいた。

「確か、奇怪な動画の催眠で精神から引きずり出された、己の精神性を具現化した武器か……もしや亡霊にも通じるかもしれん」

詳しい説明は省くがスタンド能力的な物の武器版みたいなものである。しかし陽歌は天性の使い手でも修行の末体得した人間でも無いため、未だコントロールどころか自在に具現化することさえ出来ない。以前の事件では黒幕の影響でその手の能力が出しやすい環境だったのと、ミリアやさなの助けになりたいと必死だったから使えただけのことだ。

「出ろ……出ろ、出ろ!マックスペイン!」

七耶やナルを助けたいと願いながら、強く念じる。すると、徐々に銃らしきものが形作られていく。一見するとただの、現実にいくらでも転がっていそうな自動拳銃。漆黒の銃はスライドの部分に『Max Paine』と銘が刻印されている。兎の手の動きは、銃を撃って反動で手が動く様子を表していたのだ。

「よし……!」

 そして遂に姿を現すマックスペイン。陽歌の小さな手にも収まるグロッグ辺りがモデルらしき小さな銃だが、威力のほどはいかに。問題は何発撃てて、どれだけ具現化が持つかだ。以前はいくらでも撃てたが、今回は具現化にさえ手間取っている。

「まだ……だ」

 カラスも諦めていなかった。ボロボロの体に鞭を打ち、何とか立ち上がる。脚は震え、まともに意識も保てないほどだった。それでも、魔剣を手に水子へ斬り掛かろうとする。

「行くぞ! マックスペイン!」

 陽歌は水子の頭に銃口を向ける。アイアンサイトだけでも十分に狙いを付けられる。ナルは攻撃の止んだ隙を見計らって、タイミングを指示する。

「今だ!」

「よし……!」

 ナルの影から飛び出し、狙いを付ける。しかし周囲でカラスが戦闘をしているので誤射を恐れて中々引き金を引けない。最悪一発しかないと想定すると頭にぶち込みたいのだが、その頭周辺で攻防を繰り返されているので完全に射線へ被ってしまっている。

「邪魔―っ!」

「戻れ!」

 七耶に引っ張られ、再びナルの影へ隠れる陽歌。また火炎弾や風の刃などが飛び交う様になっていた。この攻撃を掻い潜った上で邪魔なカラスがいない間に一発だけ弾丸を決める。かなりの難易度だ。

「あんの小娘……」

 七耶は陽歌以上に苛立っていた。その時、近くのマンホールが開いて中から人が出てくる。

「やっほ」

「マシマさん!」

 見た目普通の好青年だが、そんなとこから出てくるのとナルが名前を知っている時点で陽歌は『あ、この人もこっち側かぁ……』と瞬時に理解した。

「そんなとこで何してんだ?」

「え? いつものことじゃないの?」

 七耶がエントリー方法に疑問を呈しているのが最早意外なレベルだった。

「いや、新システム『どこでもマシマ』を試したんだが……精度はともかく何処から出るのか分からないのがな。女子トイレから出たら目も当てられない」

「ちょうどよかった! ちょっと壁役代わってくれるか? これを切り開く手段が限られている!」

 ナルは何と、普通の人間にしか見えないマシマに壁役の代行を頼んだ。どう考えても無理である。ナルはロボットだから出来ている様なものだ。

「え? 無理でしょ!」

「作戦は?」

 無理、と思った陽歌に対してマシマは可能なことを前提に作戦を聞く。

「この子……陽歌くんの銃剣、マックスペインの弾丸であれをぶち抜く。効くかは微妙だが……」

 マシマは陽歌の銃を見てある単語を呟く。

「マインドアーモリーか……効くぞ」

「え? 本当ですか?」

 マインドアーモリー、その単語自体はユニオンリバーに引き取られて能力を調べて貰った時に何度か聞いたことがある。この能力の総称らしいが、他の使用者を見たことが無いのでどういったものか認識が曖昧だったのだ。

「あの水子もそれもマインド、精神世界の産物だからな。依り代使ってあんだけ物質化してりゃ普通の攻撃も当たるかもしれんが、根っこが怨霊ならそいつで仕留めた方が確実だ」

「分かりやすく言えば『スタンドはスタンドにしか傷つけられない』って奴だ」

 マジマの説明を七耶が噛み砕く。とにかく有効な手段ではあるのは確かだ。

「よし、あの女を射線上から引き離す。マシマさんは防御を!」

「任された」

 ナルは持ち場を離れてマシマに託す。一方、カラスは未だ苦戦を強いられていた。

「ぐっ……ああああっ!」

赤子サイズの拳で無数に打ち据えられ、両膝を地面に着く。サイズこそ赤ん坊のものだが硬度は鋼鉄を凌駕し、その威力は一撃受けるだけで骨が砕ける鈍い音が全身に響くほどであった。もう倒れない様にするだけで精一杯のダメージが蓄積していた。

「がふっ……あ」

 内臓にもダメージが入り、赤黒い血の塊を吐瀉物と共に吐き出すカラス。それでも、抵抗という名の妨害はやめない。大人しく引き下がった方が自身のダメージも減って敵も倒せて誰も損しない展開になるのだが、プライドがそれを許さない。果敢というより無謀にも彼女は水子へ飛び掛かる。

 水子は再び泣き叫び、突風の刃を放つ。この刃は陽歌達の下にも飛んでくる。いい迷惑である。

「ふん……!」

 しかしマシマが両腕を突き出して風の刃を受け流す。それだけではない。無数に飛んでくる見えない赤子の拳も、火炎弾も全てナルの防御と引けを取ることなく防いでいた。

「あなたは一体……」

「ただの人間だよ」

 陽歌の疑問にマシマは答えるが、全く答えになっていない。

「私はしがない理学療法士でね。ところで君は、身体のダメージを癒すのに最も効果的な方法は何だと思う?」

 マシマは陽歌に聞く。生傷の絶えない生活を送ってきた彼には耳も心も痛い話ではあった。

「そもそも痛い思いはしたくないです……」

「そう、それでいい」

 本心から出た愚痴がまさかの正解だった。

「一番の治療はそもそもダメージを受けないこと! 予防だ! そしてこれが究極の予防!」

 つまり、防御技術でダメージを全部防げば初めから治療はいらないという理屈だ。理解できるが納得は出来ない陽歌であった。

 ナルはいざとなったら拳圧の突風でカラスを飛ばして射線を確保しようと、彼女の戦いを見ていた。カラスは風の刃を剣で防いで接近しようとしたが、身体のダメージがそれを許さない。

「うくっ!」

 咄嗟に剣を構えようとするが全身に激痛が走り、動けなくなる。それでも風の刃は待ってくれない。大きな刃がザックリと彼女の左肩から右脇腹までを切り裂いてビルに取り付けられたモニターまで吹き飛ばす。

「あっ……!」

 本命の斬撃も深々と抉るほどの力があったが、余波もすさまじくカラスを叩き付けられたモニターは砕け散り、内部の電飾が破損して漏電してしまう。その電流は水子の叫びで特殊な力を得ているのか、人間以上に頑丈な彼女でも感電して体の自由が効かなくなる。

「きゃぁああああっ!」

 全身の激痛にカラスは見た目相応の少女らしく悲鳴を上げることしか出来ない。彼女はあちこちを焦がしてそのまま地面に落ちる。もう戦う力は残っていないだろう。ナルは陽歌の援護に集中することにした。

「邪魔は入らない! 陽歌くん!」

「おう!」

 彼女の呼びかけに応じ、彼はマシマの影から出て銃を構える。

「大事なのは心だ。呼吸をする様に出来て当然と思えば、不可能はない!」

 彼のアドバイスを受け、陽歌は頭にイメージを作る。いつもの様に射撃が命中し、水子が脳漿をぶちまけて消滅する姿を想像した。

「ぶっ壊れろ!」

 陽歌が引き金を引く。激しいマズルフラッシュと共に、銃身の小ささからは想像できない大口径マグナム弾クラスの弾丸が飛び出す。精神の産物にも関わらず、銃はリコイルと排莢を行う。流石に反動で腕が跳ね上がったが、軌道は真っすぐに水子の脳天へ向かって描かれていた。

「ん?」

 その時、ナルが尋常ならざる気配を感じて振り向く。なんとカラスが尚も立ち上がり剣を天に掲げて何かをしようとしていた。

「水子如きにこれを使いたくなかったけど……負けたくない……!」

剣に集まる桃色の魔力、そして紡がれる詠唱、分かり易く必殺技の準備だ。彼女と水子を結ぶ一直線には陽歌がいる。

「ソドムの心はここに、我が剣は欺瞞を祓いし熱情の焔。理を呑め、『艶美なる……』」

「タイガー……バシニングフィスト!」

 危険を予知したナルはカラスを炎の拳で思い切り殴り、ビックカメラの二階へ向かって吹き飛ばした。陽歌を巻き添えにするばかりか、どう考えても彼の攻撃と違っていらん被害が出る気しかしないからだ。仕方ないね。

「あぁぁぁっ!」

 吹っ飛ばされたカラスはビルのガラスを突き破り、ビックカメラの二階売り場を滅茶苦茶にしながら天井と床を何度もバウンドして、向こう側の壁にぶつかった時点でようやく止まる。流石に限界を超えたダメージで、遂に彼女も気を失った。

 一方、陽歌の放った弾丸が見事に水子へ命中。その脳天を貫き、突入口とその反対側から羊水や血を吹き出させた。元々褐色に濁っていた羊水はあふれ出した脳漿でさらに濁り、その羊水が抜けていくことで異様に膨らんでいた依り代の女の腹もしぼんでいく。

「うわ! 汚い!」

「後片付けとか想像したくないね……」

 七耶とマシマは羊水の濁流に呑まれない様に、近くの地下街入り口の屋根に飛び乗った。陽歌と兎もナルが回収し、停まっていた車の上に乗せる。この水はかなり生臭い。

だが、まだ水子本体である胎児の部分は生きている。余った腹の皮を被りながら、蠢いていた。陽歌はトドメを刺すべく、車から降りて水子に向かって走っていく。もう弾丸は出ないが、銃床で殴るという手段がまだ存在する。銃身を持ってグリップをハンマーに見立てる。

「いけぇええ!」

 思い切りジャンプして攻撃が頭に届く様にする。背中に届くほど全力で銃を振り上げ、叩き付ける様に振り下ろす。銃床には何の仕掛けも無いが、陽歌の想いを受けて水子の頭蓋を叩き割る。乾いた音が街に響き渡る。水子は泣き叫びながらドロドロに溶けてなくなっていく。

 後に残ったのは、腹の皮が伸びたマーケットプレイスの女だけだった。これで完全に事件は解決された。

「終わった……」

「おい、この汚水で品物ダメになってないだろうな?」

 陽歌は一安心するが、七耶が肝心なことに気づく。万引きされた商品は一体どこに行ってしまったのか。以前はドタバタやっている間に回収されてしまったが、今回はどうなったのか。

「安心したまえ!」

「アキレスはここだ!」

 その時、どこからともなく声が聞こえた。交差点の信号機の上に二人の青年が立っており、その手にアキレスの箱が収まっていた。なんと、商品は無事だった。二人組の青年がいつの間にかマケプレから奪還していたのだ。

「大使兄弟!」

 変身を解除したナルがその人物の名前を叫ぶ。どうやらまた知り合いらしい。今回は信号機の上に立つという登場で、やはりこの人達も人間卒業勢なのだろうか。

「マグマ大使?」

「なんでそれが出てくるんだ……」

 ふと陽歌が呟いた言葉に七耶が反応する。いちいち笛を吹いて子供から順に呼ばないといけないのは面倒なシステムである。

彼らは信号機から飛び降りると、ビックカメラへ向かった。

「さて、これを返しにいくか」

「そうだな」

 返すといっても近くのカウンターへ置いてくるだけというだけの手軽なもの。ここで全員が一旦一か所に集まり、これからの行動を決める。

「よし、登山行くか」

「そうだな、後片付けに巻き込まれると遊ぶ時間が減る」

「ですね」

 全員一致でこの場からの逃亡を決めた。警察の事情聴取を受けると時間を取られてしまう。ましてやこんな怪奇事件など何度事情聴取をしても足りないだろう。そういう訳で一同はこの場を離れることになった。

「あれ?」

 陽歌がふと周りを見ると、一つ目の兎はいなくなっていた。ナルに車の上へ連れて来られた時は確かにいたのだが。一体、あれはなんだったのか。

 

   @

 

 愛知県警の岡崎署には、出世の袋小路と呼ばれる部署が存在した。その名は『異常事件課』。不可思議な事件を捜査する為に結成された部署であるが、上層部がその事件を引き起こす怪異や超技術の存在を信じていないため、閑職として、キャリアの墓場として扱われていた。

「これから名古屋に、ですか?」

 狭くてボロボロの部屋で、一人の女刑事が部長の指示に思わず聞き返す。黒髪をポニーテールに結い、動きやすそうなパンツスーツを纏ったその女刑事は名古屋に行くこと自体異存は無かった。何せ異常事件課はその人員と予算の少なさへの対策と、配属された警察官のご機嫌取りの為に与える特権として通常の管轄を超えた捜査の権利を持つ。

これは市の管轄はおろか、県を超えて日本全国に渡るもので、縄張り意識の強い警察組織において異常事件課が鼻つまみ者扱いされる原因の一つにもなっていた。

「すまんな直江。どうしても上が行けっていうからさ」

 人の良さそうな中年の部長は女刑事、直江愛花に断りを入れる。彼も上の指示に不満があったようだ。

「マーケットプレイス対策なら我々が出張る必要も無い……というか静岡の一件で使った怪人化する薬の大本を探る方が優先になりそうなもんですが」

 彼女はふと、上が名古屋に人を寄越す理由になりそうな事件を思い出す。新商品のライダーベルトを巡ってマーケットプレイスという転売屋集団が押し込み強盗を行ったとか。その際に怪人化する薬なるものを持ち出しており、静岡の異常事件課では追跡捜査が行われている。また、同県ではホビー用小型ロボットLBXを用いたアイドルの狙撃未遂事件が起きており、やはり異常事件課が対応している状態だ。

「いや、そこじゃなくてな……なんでもユニオンリバーっていう連中とそのシンパが乱痴気騒ぎを起こすだろうから監視してくれって」

「まだ何も起きてないじゃないですか。いつからうちは犯罪係数で取締をする様になったんですか? それとも、大犯罪の計画でも掴んだんですか?」

 上の指示は、ユニオンリバーが開くオフ会の監視だった。この団体は一般企業であり、公安の警戒対象というわけでもない。犯罪を起きてから、起こしている最中に捕まえるのが警察の基本で、計画も立てていない相手を犯罪者扱いして監視など以ての外だ。

「移動しながらでいいから、この資料見てくれ。斜め読みでもいいぞ。とにかく上のご機嫌取るには監視したって事実が重要なんだからな」

 部長も真剣には捉えておらず、既成事実の成立のみが目的であった。

「念の為に拳銃くらいはもってけ。俺が許可する」

 部長は直江に鍵を渡す。これが銃を管理するためのロッカーを開ける鍵となっている。部屋の鍵とロッカーの鍵がキーホルダーで纏められず、別々になっているなど厳重さを伺わせる。

 直江は部署の近くにある部屋へ鍵を開けて入る。そしてロッカーを開くと、保管されていた拳銃とホルスターを手にする。拳銃は警察で一般的に使用されるリボルバー、ニューナンブではない。自動拳銃であり、自衛隊でも使用される9㎜拳銃と呼ばれるジグザウエルP220のライセンス生産品である。なぜこうなったかというと、装備の提供元である退魔協会と拳銃弾の規格を合わせるためである。

「対化け物用の弾丸はシルバーバレットって相場決まってんだけどな……」

 予備弾倉から覗く装填された弾丸を見て、直江はぼやく。その弾丸は一般的な9㎜パラベラム弾と何ら変わらず、銀の弾丸などではない。どうやら本物のシルバーバレットは化け物退治を専門とする集団である退魔協会でも滅多に流通しておらず、ただの弾丸をいっぱい並べて祈祷しただけのものが主流である。

 ぶっちゃけ、『受験生の為に御祈祷してもらいました!』という願掛け商品レベルの代物だが警察装備としては強力な部類ではある。それよりは、と彼女はスーツの懐に忍ばせた警棒を手にする。これも祈祷の効果で化け物退治に使える装備らしい。

「さて、行きますか」

 準備を終えた直江は出発する。既に事件が起きていることも知らず。

 

   @

 

事件を収めた一行は、当初の目的通り『登山』に向かうことになった。名古屋から移動した目的地の最寄り駅で他のメンバーも合流し、中々の大所帯になる。到着したのは山ではなく、『マウンテン』という名前の喫茶店であった。

「登山って……こういうこと」

陽歌も登山という表現を少し理解した。店の名前が山だから登山なのだ。しかしただ喫茶店に行くだけならそんな言い方はすまい。きっとユニオンリバーの様に行く人が行けば分かる価値があるのだろうと判断する。

(何かのアニメで使われたのかな?)

そんなことを思いつつ、陽歌はぞろぞろと入店するメンバーに続いて店に入る。最近のチェーン店とは違い暖かみのある照明で神経過敏な陽歌にも優しい。

席にはすぐ着けて、メニューを見ることになった。そこそこの大人数で来たが、それでも広々座ることが出来る。

(でもこういうことって来たこと無いな……)

外食慣れしていない彼はメニューを見てもどうすればいいのか分からなかった。というわけで他の人の注文を参考にすることにした。幸い、彼には食物アレルギーが無く、その点に関しては両親に感謝するところであった。好き嫌いも経験上、無いに等しい。

「抹茶スパね」

「ロバライス頼もうかな」

(何それ……?)

次々と注文されるメニューに陽歌は目を丸くする。名前からは何が何だか想像出来ないものや、とても正常な食べ物とは思えない名前のものがあった。

「あ、私土鍋カキ氷ね」

頼みの七耶ですらこの有様。これではただでさえ霧の中にいる様な状態なのに、加えて街頭の無い深夜みたいな状況だ。

「こうなったら……名前から想像しやすいものを……」

というので名前から容易に中身が判別出来る『甘口メロンスパ』を選択することにした。美味しい果物の筆頭であるメロンはどう料理しても不味くなるはずがないのだ。それに、スパゲッティといえど材料はケーキのスポンジと同じ小麦粉なのだから変な味にはならないはず。

「飲み物は?」

「飲み物?」

ナルに飲み物のオーダーを聞かれ、陽歌は困惑する。既にお冷があるのだが、これとは別に頼むものなのだろうか。

「飲み物……」

ジュースを飲んだ経験も疎い彼にはソフトドリンクを選ぶのでさえ困難を極めた。

「二人は何にしたので?」

「いや、私らはカキ氷食べるしな」

朝のマックではとりあえず七耶やナルを真似していれば何とかなったが、今回はそれも通じない。

(困った……ん?)

しかし、そんな彼の目に救いとも思える文字が飛び込んできた。それは『メロンソーダ』というものだ。

(これは……!)

以前助けたアイドルの早坂美玲について調べた陽歌だったが、メロンソーダが彼女の好物としてプロフィールに書かれていたのだ。アイドルが好むくらいなのだから大丈夫だろうと確信し、それを頼むことにした。

「メロンソーダで」

「メロンとメロンが被ってるな」

「まぁ問題無いですに」

オーダーが出揃い、注文した料理が来るまで雑談タイムである。ここにいるメンバーは全員、模型趣味の持ち主だ。陽歌は初心者といえ、話が合わないことはないだろう。

「そうだ、GBNやってる人」

大使弟が何かをやっているか聞いてきた。七耶やナルを含めて陽歌を除く全員が手を挙げた。

「じーびーえぬ?」

陽歌が知らないので、大使弟は説明を付け加える。同好の志同士ではついウッカリ、専門用語を当たり前に使ってしまいがちだ。

「ああ、ガンプラネクサスオンラインのことだよ。ガンプラバトルの出来るオンラインゲームでね」

「そんなのあるんですね……ん?」

話を聞いていると、ふと彼はあることを思い出した。それは、やはりというか早坂美玲に関係することであった。彼女を助けたことで所属事務所からお礼の品が届いたのだが、緑のブサイクなマスコットのぬいぐるみや美玲がよくメディアに出る時着ているパーカーなどに混じってあるものが入っていた。

「そういえば前届いた荷物にガンプラバトルネクサスオンライン用のゲーム機?らしきものが入っていたんですよ。お手紙によるとファンから届いたけど複数個届いてしまったので一つ譲るとか……」

アイドルはプレゼントをファンから貰うことも多い。だが、中には複数個持っていても仕方ないものがダブってしまうことも少なくない。中古屋に売るのも気が咎めたのだろう、そこで恩義のある人物に譲る形で義理を通したらしい。

「ええ?それは凄い! 大抵、みんな近くのガンダムベースに行ってプレイするんだけど」

「専用のマシンがあれば割とのんびり遊べるな」

大使兄とマシマはその価値を陽歌に伝える。彼はゲーム機自体触ったことが無くてどうしていいのか分からずまだ開封していないが、帰ったら思い切って開けようと決めるのだった。

「というとガンプラバトルの経験も無い感じ?」

「あ、はい。一応、バトル用の機体は借りて来たんですけど……」

「こいつはLBXの方が強いかな」

そんなこんなで模型の話で盛り上がる。生まれてこの方、娯楽とは程遠い暮らしをして来た陽歌にはその全てが新鮮であった。

机の端ではFAガールやメガミデバイスが話をしていた。中には青髪で獣耳の生えた少女、七耶達の連れてきた『スティ子』もいた。

「あ、やっほ。なんかみんな顔疲れてるね」

「お前今まで寝てたのか……?」

スティ子は移動中どころかあの激しい戦闘でも一切目を覚ますことなく寝ていた。これには七耶も呆れるばかりである。

(あ、そうだ。これこれ)

陽歌はアスルトから渡された薬を鞄から取り出す。これは消化を助ける胃薬だ。小柄で虚弱な彼は人より食べて体重を増やさないといけないが、育ち方が原因で胃が小さい。胃が小さいと食べられない、だから体質が改善出来ないという負のスパイラルに陥ってしまう。そこでアスルトが開発したのがこの薬で、弱い消化器官の手助けをして食の細さという原因の一つを断ち切るものとなっている。中身は凄い消化酵素の詰め合わせで、外的要因で消化してしまって吸収に専念させようという作戦だ。

「お待たせしました」

料理が到着すると、その世紀末さに陽歌は驚きを隠せなかった。緑の麺に餡やホイップクリームが乗ったパスタ、パインが入ったピラフらしきもの、土鍋いっぱいの緑麺やらカキ氷。スイーツに分類されるだろうに湯気が立っている有様だ。

「そしてこれがメロン……」

陽歌の頼んだメロンスパは緑麺に網目模様のホイップクリームと大人しく見た目をしていた。だが、問題はメロンソーダだ。

「え……」

大きなジョッキに入ったメロンソーダにアイスクリームが山盛りである。アイスクリームが好物の彼は、下のメロンソーダはとりあえず視界の外に置いておいて、それを喜ぶことにした。

「わぁ、こんなにアイス食べていいの?」

「……プラス思考だな」

七耶達は全員、頼んだ料理の予想を超えたエグさに慄いていた。そんな中、陽歌のいつもと変わらない様子だけが希望だった。

「マジか……」

「おいおい……」

食べ始めると、先程までの賑わいは何処にいったのか、全員で無口になる。陽歌はだんだん不安になってきたが、普通にメロンスパを食べ進める。麺までメロン味で甘い上に暖かいという、なんとも奇妙な味であった。

(まぁ、フォンダンショコラっていう暖かいスイーツもあるらしいし……こんなものか)

彼としては『こんな料理もあるんだな』程度の認識でしかなかった。どうしてもダメなカップ麺以外なら拒否感無く食べられてしまう。

軽くメロンスパを食べ終わると、お楽しみのアイスに手をつけ始める。しかし、普段は食事のペースが周りより遅いと感じている陽歌は自分が食べ終わっても周りの食が進んでいないことに違和感を覚えた。

「皆さん?」

あんな事件の後だ。体調でも悪くしたのかと心配して声を掛ける。ああいう事件を自分の力で乗り越えて自信が付いたのか、他人を気遣う余裕が出て来た。

「お腹痛いんですか? 胃薬使います?」

 陽歌の皿を見て、その場にいた全員が驚愕する。

「え?」

「何……?」

「まさかお前……!」

「何かやっちゃいました?」

 その反応に彼は思わず異世界転生してきたチート主人公の様な反応をしてしまう。マシマはこの店について詳しいのか、何が起こっているのかを説明する。

「甘口メロンスパはな……そのマイルドな外見に反して高難易度と称される登頂難度を誇る鬼畜メニューなんだ……甘い麺とホイップクリームが暖かく、とても食べられたもんじゃない」

「もしかしてアスルトさんのお薬のおかげ……?」

 ちょっと自信が付いたからといっても根本は自己評価の低い引っ込み思案。とても自分がそんな難行を達成できたとは思えず、アスルトの薬が原因だと思った。

「いや、それは味覚の改ざんまでは出来ないはずだぞ? 普通にお前が甘口メロンスパに打ち勝ったんだ」

 七耶は陽歌のぶっ壊れ味覚に驚くことしか出来なかった。他の人達も、次々に陽歌へ自分の頼んだトンデモメニューを食べさせる。

「甘口抹茶スパ!」

「食べれなくないですよ?」

「ロバライス!」

「こういうのもあるんですね」

 特に味への抵抗なく料理を食べる陽歌。本当に味覚に関してはぶっ壊れているらしい。その後もワイワイと楽しい時間が続いた。今頃半生半死だろうが、無理やりにでも蘇生させてくれたカラスには曲りなりに感謝するべきだろうと陽歌は思ったりした。

 

「ふん……今更マスターなど……」

 そんな楽しそうな机を、窓の外から見つめる存在がいた。特に、FAガールのいる場所を。その小さい人影は、誰にも気づかれずにその場を去った。果たして、この正体は一体? 次回を待て!

 




 いよいよ始まるオフ会! しかし彼らを待ち受けていたのは謎の野良FAガール!
 そして昨日の影響で現れる新たな怪異! さぁ、お前の積みを数えろ!
 次回、ハロウィン編を挟んで後編!


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☆ハロウィン特別編 復活の悪魔城!
序章 悪魔城復活す


 流行が憎い……僕らの命を奪ったあの熱狂が許せない。僕らから成長を奪ったあの文化を許さない。僕らは流行りものの道具になって稼ぐために生まれてきたのか。痛い……苦しい……みんな、流行なんかに乗る奴はみんな死ねばいい。
 これは使い潰された僕たちの、宣戦布告だ。最期の歌を聞くがよい。


 ロウフルシティ 某所

 

「ひ、ひどい目に遭った……」

 西洋の城らしき場所の頂上、玉座の間で闇が集まり、銀髪で髭を蓄えた中年男性が姿を現す。中世の貴族らしき服装をした、如何にも吸血鬼といった趣の人物だった。姿を現すなり、膝立ちで息を切らしていた。

「お疲れ様です我が主、ドラキュラ様」

 黒いマントを纏った骸骨が主、ドラキュラを労う。ここは百年に一度、人々の邪悪な心が集まって復活する魔の巣窟、悪魔城。しかし最近はその周期から外れつつあった。部下の思惑であったり、誰かの強い悪意を利用したり、他の吸血鬼に利用されたりなどその理由は様々だ。なので、ドラキュラにも前回の復活から何年経ったのか分からない。

「死神よ、前の復活からどれほどの時が経った?」

「一年です」

「早いな」

 ドラキュラは忠臣である骸骨、死神に空白の期間を聞く。一年という類を見ない短期間につい驚くが、とりあえずと呼吸を整える。

「あー、しかし去年は酷い目に遭った……。変な戦隊ヒーローが共存したいとか言い出すし、魔法少女には第二形態にすらさせてもらえず一撃でぶっ飛ばされるし、用意した部下は殆ど使い物にならないし……」

 去年の思い出に浸りながら、玉座に座るドラキュラ。死神はワイングラスを渡し、そこにワインを注ぐ。

「どうぞ、去年飲めなかったボジョレーヌーボーです。今回も最高傑作だそうです」

「ああ、すまんな。今年も最高傑作だろうな……」

 とりあえずワインを飲んで一休み。死神はこの一年、主の復活だけではなく部下の収集にも奔走していた。

「お喜びくださいドラキュラ様。とりあえずいつものメンバーを揃えることは出来ました。そして、最新の怪異も仲間にしました」

「ほう、それは楽しみだな」

 死神の成果を聞き、ドラキュラも安心する。去年の分ならこの世界には天敵のヴァンパイアキラー一族はいない。準備さえ万全なら世界を闇に包むのは容易に思われた。だが、城が軋む音が聞こえてドラキュラは顔色を変える。音は上から聞こえてきている。

「何事だ? 奴らまさか空から……」

「壁の中を泳いで来る様な連中ですから、ありえなくも……」

 ドラキュラは天敵のことを思い出して背筋が凍った。壁の中を突き進むのは当たり前で、なんか知らん間に攻撃が何十発も一瞬で直撃していたり、なんかワープしたり衝撃波を放ちながら爆走したり、あまつさえ人の城をラブホテル代わりにしたりを何百年単位でされたのだからトラウマにもなる。

 二人は窓から身を乗り出して城の上を見る。なんと、城にオペラ座が乗っかっているではないか。大きな城である悪魔城からすれば小さな建物だが、それでも何の増築もせずただ乗っているだけという状況は見た目に危なっかしい。ドラキュラは思わず手からワイングラスを滑り落とす。ワイングラスは城の下へ向かって吸い込まれる様に落ちていく。

「なんだあれは?」

「いや、私も知りません」

 ドラキュラは思わず死神に聞いたが、彼も今初めてこの状況に気づいたのだ。なにこれ。

「まぁいい! この城、なんか逆さ城とか裏悪魔城とか、絵画の世界とか鏡の世界とかあるし! 儂も全部把握出来てないし!」

 ドラキュラはとりあえず開き直って自らの野望を行うことにした。

 

   @

 

 十月末、ハロウィンの乱痴気騒ぎで渋谷のみならず静岡の大都市、ロウフルシティも騒がしくなっていた。事件性を疑いたくなる血糊満載のコスプレで若者達が出歩き、たまたま買い物に来ていた陽歌はいちいち脅えながら歩かなければならなかった。

「うぅ……怖いなぁ……」

 着込んだ白いパーカーのフードを被って、身を竦めて中世的で小柄な少年が街を行く。中性、というより完全に女の子寄りに見え、言われなければ男の子だとは思わない様な、可愛らしい顔立ちをしていた。ボトムスも黒いホットパンツに同色のタイツとアサルトブーツでは少年要素は皆無だ。

(化け物なんかより人間の方が怖いんだけど、その人間が化け物の皮被るなんて最悪の足し算がこの世にあるなんて……)

縮こまっているからか内側に丸まった姿勢も相まって少年には見えない。フードの中からは甘い香りがしそうなキャラメルカラーの髪が覗き、キョロキョロと周囲を警戒する瞳は右が桜色、左が空色をしていた。

 彼は浅野陽歌。この夏、ひょんなことから静岡の島田市にあるユニオンリバーという喫茶店に引き取られることになった。孤独に生きて来た彼にとって、ユニオンリバーでの日々は毎日が驚きの連続だ。ハロウィンなんて催しにも周囲が騒いでいるのを聞いているだけで参加することは出来なかった。

(うぅ……でも怖がってたらミリアお姉さんとさなに心配かけちゃうし……)

ただ、実際に渦中へ飛び込むと自身のコンプレックスである外見が目立たなくなるのでよいと思われたが、それとトレードオフでバイオハザードの様な光景が広がるのでそっちが怖いという有様だ。基本、外見の特異さから迫害を受けてきた陽歌は他人への恐怖が根底にある。

「大丈夫?」

「う、うん」

 同行者の少女に声をかけられ、陽歌は強がった。パーカーを掴む手に力が篭る。その両手は生身のものではなく、黒い球体関節の義手だった。どんちゃん騒ぎも精神を摩耗させてくるが、いざとなれば首にかけた黄色いイヤーマフがある、と自分に言い聞かせる。

「しかしコスプレ文化広がったよね」

 一緒に歩いている少女、さなはコスプレ集団を見て、自分の狼か狐の様な耳や尻尾もバレないだろうと隠すことなく出現させている。小柄な陽歌に輪をかけて小さい彼女は、紺色の髪を腰の下まで伸ばし前髪で右目が隠れている。

「昔はコスプレといったらアキバの文化だったのに、コミケといい見る機会増えたね」

オーバーサイズでワンピースの様になっているハイネックで口元を隠しているところから受ける、寡黙そうな印象に対して彼女は普通に喋る。引っ込み事案な陽歌と比べれば饒舌な方である。尻尾や耳がピコピコ動いており、奇妙さはあったがハロウィンという特殊な環境のせいでこんな外見でもあまり目立っていない。口にはしないが、陽歌が悪目立ちしない様に気を配ってくれているのだ。

「これはコスプレでいいのかな……。僕はコミケでやってた台風の進路とかガチャで爆死した人のコスプレの方が好きだよ」

 ただ古着に血糊を付けただけのゾンビコスやドンキで一式買って来ただけのコスが横行する中だと、コミケのネタコスプレが輝いて見える。

「あれは手抜きに見えるだろうけど発想力高いからね。お姉さんもコスプレ第一任者としてそうは思わない?」

 さなはもう一人の同行者に話振る。三人の中では一番大人で、身長が高いのはもちろんプロポーションも整った美人である。実際、こうして歩いているだけでも衆目は主に、彼女に集まるくらいだ。切れ長の瞳はエメラルドグリーン、あどけなさを残しつつも成熟した大人の余裕を感じる顔立ちはそんじょそこらの女優を凌駕する美を湛える。

昼間でも輝かんばかりに艶やかなセミロングの金髪をサイドテールに結い、ブラウスにミニスカートとシンプルな服装が却ってその美しさを際立たせる。

「いやいや全然! こんなの正しいコスプレ文化じゃないよ!」

 お姉さん、ミリアは一言モノ申す。口を開いた瞬間に浮世離れした美人としての性質は一気に失われる。彼女はコスプレを趣味にし、そのあまりなナイスバディ故に市販品のサイズが合わないからと衣装を自作するほどなのだ。そんな彼女はコスプレに拘りがあった。

「いい? コスプレは会場に着くまで着替えちゃダメ! 着替える時はイベント会場で用意された更衣室を使うこと! 公衆トイレを占拠するなんて以ての外!」

 コスプレを熱く語るミリアの姿は正しいことを言っているが残念な美人と言わざるを得ない。ミリアが目立つだけでさなも美少女の部類に入り、ミリアへの羨望が世界恐慌の株価もかくやと下がると同時に、彼女への注目が上昇していく。獣の耳と尻尾が原因でもあるのだが。

 ド天然のミリアはともかく、さなは狙ってタゲを取っているところがあった。それもこれも人の視線に恐怖を覚える陽歌に目がいかない様にするためである。彼は気づいていないが、知ったら知ったで負い目を感じることは間違いないので、これでいいと彼女は思っていた。年齢に似合わず、他人を思いやれる子である。

「たしかにこの状況は無秩序、と言わざるを得ないですね……」

 そうとは知らない陽歌は概ね、ミリアの意見に賛同する。この状況は彼からして恐怖しか感じない。ハロウィン未経験というと世間知らずみたいに言う者も少なくないが、大人が仮装して騒ぐ様な始末を見れば、基本的に陽歌みたいに恐怖や不快感を覚えて苦言を呈するスタンスが一般的だ。

これが世の中の主流、と言わんばかりにパリピは騒いでいるが、そんなものは確証バイアスの世界でしかない。

街もどこか普段より道にゴミが溢れている様に見える。ハロウィンというのは本来子供が仮装して練り歩くお祭りなのだが、この祭りに集るインスタ蠅は逆コナンが多いらしい。

「見てよお姉さん。タピオカミルクティーが全く飲んでないのに捨てられているよ」

「結構高いのにもったいない……」

 さなは道端にポイ捨てされているタピオカミルクティーを見つける。陽歌も『これのコスプレもコミケであったな』と思いつつ、もったいないと感じていた。ミリアも趣味のコスプレとは無関係だが、常識的な側面として問題視する。

「いるよねー。なんでもカロリーが豚骨ラーメン並に高いとかで写真撮るだけで全部飲まない人多いらしいよ」

「へー、飲み物だけでそんなにカロリーあるなら陽歌くんにピッタリじゃない? 少食で太れないデフレスパイラルを抜けるには丁度いいよ」

 しかし問題が一つあった。意外とタピオカミルクティーはお腹に溜まるのだ。しかしそんなこと、飲んだことのない二人が知る由も無かった。とにかく、食べ物を粗末にすることはアフリカの子供達云々を差し置いてもいけないことだ。

「ん? 何ですかねアレ?」

 ふと、陽歌は道端で騒ぐパリピの中から、奇妙な少年を見つける。合唱団の正装の様な服装をした、ブロンドヘアをした北欧系の少年だった。しかし目元は仮面で隠している。ハロウィンなので子供の仮装自体は珍しくないというか本来見かけるべきものだが、その題材が合唱団とはニッチなものである。もしかしたら本当に合唱団に入っていて発表会の衣装を流用しているのかもしていない。

 少年は大きく息を吸い込むと、歌を始めた。透き通る様なボーイソプラノは喧噪の中を貫き、この場にいる全ての人の耳へ届いた。その歌声はとても美しく、歌詞こそ外国語で何と言っているのか分からないが、聞こえた全ての人は会話を止めてそれに聞き入る。

「英語の歌? 歌詞の意味分からなくても英語ボーカル曲って無条件にかっこよく聞こえるよね」

 ミリアは思わず歌への感想を漏らす。陽歌はスマホを取り出して、アシスタント機能を使ってこの曲を特定しようとする。多くのスマホに搭載されているIAのアシスタント機能だが、曲を聞かせればそれを検索してくれる。店内放送などで流れた曲の特定に便利だ。

「おーけーぐーぐる」

「滅亡迅雷.netに接続」

 そこにミリアが割り込んで変な言葉を吹き込む。おかげでアシスタントが変な反応をしてしまう。

『できません……私の仕事は、皆さんをお助けすることだから……』

「違うよ? 君の仕事は人類を滅ぼすことだよ?」

 割と真剣なトーンでアシスタントに追い打ちをかけるミリア。元の声がいいので、耳元で聞いていた陽歌もぞくりとする様な、妖艶で甘い声でアシスタントを悪の道へ誘う。

「お姉さん邪魔ぁー!」

「へぶっ!」

 さながミリアの腹部にパンチをお見舞いし、この寸劇を終了させる。アシスタントが曲を読み込むと、検索結果が表示される。それを見て、陽歌はぼんやり呟くのだった。

「『the music of the night』……ミュージカル、オペラ座の怪人の楽曲で怪人がヒロイン、クリスティーヌに向けて歌ったものか」

 陽歌はミュージカル、というと学芸会のことを思い出してしまう。見に来る親族もいないので、木の役すら貰えず練習の時間は一人でどこかへ隠れていた寂しい思い出が何年分もある。隠れているのは練習も曲りなりに授業時間なので、他の先生に見つかるとサボっていると思われて怒られるからだ。

 今は違う学校に籍を置いているが、療養中ということになっており通ってはいない。学校にはいい思い出が無く、場所が変わったくらいで拭えない不安に襲われ、足が向かないのだ。幸い、現在彼の保護者となっている人達は学校に行くことを無理強いせず、彼のペースで前へ進むことを応援してくれている。以前は母親に心配や迷惑を掛けない様に無理をしていたが、そうした枷が無くなっただけでも気が楽だ。

「私知ってる。オペラ座の怪人って何でもクリスティーヌ認定してくるアサシンでしょ?」

「ソシャゲ基準で偉人とか語ると怒られるよお姉さん」

陽歌の気持ちを知ってか知らずか、二人がふざけている間にその歌声は、ある異変を巻き起こす。彼らは先ほどまで感じていなかった妙な吐き気を感じた。何故だか、この美しい歌声に気分を害する要素など無いにも関わらず胃酸が込み上げる様な気分になった。

「何これ? お酒飲んだってならないのに……」

「つわりかな……?」

 酒好きなミリアでさえ体験したことの無い吐き気であった。陽歌の口からさらっととんでもない発言が飛び出す。

「男の子のつわりとか業が深いよ……」

 さなのツッコミはさておき、我慢の限界になった三人はとうとうその原因を吐き出してしまう。それは黒い小さな玉の様なもので、ヒモらしきもので喉の奥と繋がっている。他の歌を聞いた人達も同じ状態らしく、吐き気を訴えたかと思えば黒い玉を吐き出していた。

エノキが喉につっかえた様なもどかしさが残る。加えて、黒い玉が遠ざかると同時に意識も薄れていく。

「とにかく出ちゃまずいものが出てる気がする……!」

 陽歌は嫌な予感を察知し、黒い玉を追って引き戻そうとする。が、玉には触ることが出来ない。

「これは……アマザラシの時と同じ!」

 かつての経験からそう感じた陽歌は、解決方法を模索する。ここにいるとこうした騒動は日常茶飯事、週刊世界の危機だ。実際、ミリアやさなと出会った時も複数の騒動に巻き込まれた結果引き取られることになった。

(名古屋で戦った亡霊であるアマザラシと同じ、ということは精神世界の存在でなければ触れることは出来ない!)

亡霊の類は目にこそ見えるが精神世界の産物。物理的な接触は不可能だ。例えるなら、コンピューター上の不具合を直接摘まんで取り除けないのと同じ。何らかの手段で同じ土俵に立たないといけない。

そして、陽歌にはその手段がある。

「マックスペイン!」

 陽歌は虚空から小型の自動拳銃を呼び出す。スライド部分には『Max Paine』と銘が刻印されている。その撃鉄すら無いスマートなフォルムと小柄で手の小さな彼にも合うサイズは、グロッグの系譜を思わせる。

「触れる! これなら!」

 銃の先端で黒い玉に触れると、突くことが出来た。これは使用者の精神を具現化した武器、『マインドアーモリー』である。本来は天性の才能や修行によって習得するところ、彼は騒動に巻き込まれた結果として使える様になった。

「えい、えい! この……!」

 彼は器用にトリガーガードの輪っかを使って黒い玉を自分の下に引き戻す。そして黒い玉を口に含むと、それを飲み込んだ。同時に意識がはっきりしてくる。やはりこれは出たらマズイものだったらしい。同じ様にして、陽歌はミリアとさなから抜けていた黒い玉を戻す。

「戻れた!」

「なんだったのこれ……?」

 何とか三人のは戻せたが、他の人達はそのまま黒い玉が抜けていってしまう。身体と繋がっているヒモも切れて、人々はバタバタと倒れていく。

さなが倒れた人の一人の脈や呼吸を確認すると、驚くべき事実が明らかになる。

「……死んでる」

「ええ?」

 何と、倒れた人は全員息絶えていた。誰一人呼吸せず、目も閉じずに倒れている。陽歌はただ驚愕することしかできない。

口から吐き出した黒い玉と何か関係があるのだろうか。確かに意識は薄れていたが、まさかその果てが死だとは。

その黒い玉は少年の近くにある、大人の背丈ほど大きな透明のプラスチックカップに集められた。カップには、黒い玉以外にも褐色の濁った液体が満たされている。カップには丁寧に透明な蓋がされ誰が使うのかストローまで刺さっている。カップには龍の様な紋章が描かれていた。

「こんなものかな?」

 少年は歌を終えると、カップを持ってその場を離れようとする。大きさや内容物の量から相当な重さがあるだろうに苦も無く持ち上げている。これは、一体何なのか。

「おや、無事な人がいる。ヴァンパイアハンターかな?」

「何者?」

 さなは戦闘態勢に入る。この中でまともに戦えるのは彼女一人。歌だけで人間を殺せる謎の相手を前に、手加減は抜きだ。

「お姉さん、陽歌くん、なるべく耳は塞いで。あいつが出力を上げたら一瞬で持ってかれるかもしれない」

 さなの指示で陽歌はフードを脱ぎ、首に掛けていたイヤーマフラーを付ける。ふんわりとしたボブカットの髪が広がる。右目の下の泣き黒子も髪が靡いて表に出る。その様子を見て、少年は煽る様に言う。

「ああ、安心して。今の僕たちにそこまでの力は無いから。それに、これはあくまで人質。これさえ無事ならその人達は助かるよ」

「どういうことだか分からないけど、それを取り戻せばアスルトさんが何とかしてくれるってことだね!」

 さなは少年に向かって突貫した。陽歌も援護すべく、マックスペインを向ける。さなの拳が風を唸らせながら付き出されるも、少年は全く回避する素振りも防御する様子も見せない。そのまま剛拳が直撃する、と思われたが拳は少年の体を突き抜ける。

「何?」

「こいつも亡霊?」

 物理的な干渉が出来ない、ということは亡霊の類なのだろう。さなは腕っぷしこそ強いが、こうした存在へ接触する手段を持たない。

「おっと、このカップを手荒に扱ってはいけないよ。これはその人達の魂だからね」

 陽歌は喋っている少年に銃口を向け続ける。自身の精神の発露とはいえ、無理やり外的要因で引き出された存在だ。それ故に自分でもこのマックスペインがどれほどの弾丸を何発撃てるのか分からず、迂闊に発砲出来ないのだ。

「君達、僕たちの歌が効かないくせに攻撃手段は無いんだ。じゃあ死神さんの言ってた退魔師やヴァンパイアキラーって人達じゃないみたいだね」

 どうやら少年は単独犯ではなく、誰か他に仲間がいるようだ。餅は餅屋、という言葉がある様にこうした存在の退治には専門家がいる。今はいないので自分達で何とかしなければならないのだが。

「こいつ、何者?」

「死神ってことは……何か霊的な存在なのかな?」

 陽歌は少年の言葉から相手の正体を探ろうとする。だが、死神というのも揶揄であって本物の死神ではないのかもしれない。ガンダムシリーズはSFで霊的なものがあまり絡まないのだが、それでも死神と呼ばれている人物が二人ほどいるくらいだ。

「いや、攻撃手段はあるのかな?」

 少年はマックスペインを見て言い放つ。これが精神世界のものであることに少なくとも気づいているということか。

「というわけで、撃たれる前にアデュー」

「待て!」

 カップを手にした少年はふわふわと飛び去っていく。撃たれても当たらない様にいやらしく、高度を上げながらジグザグに動いて移動する。しっかり陽歌達を見て、攻撃に気を配っているではないか。

「ぎゃっ!」

 しかし銃声と共に少年の脳天は貫かれ、仮面が割れて墜落していく。やはり彼は亡霊の類だったのか、青白い炎を吹き出して消滅していく。

陽歌はメタメタに射撃対策を積まれようが無関係に、少年の眉間へマックスペインの弾丸を叩き込んだ。精神世界の銃にも関わらず、実銃と同じ様にリコイルと排莢を行っている。

「必定貫徹火(トゥモロートゥファイア)……!」

 彼はひとしきりガンスピンを決めると、銃口に立ち上る硝煙吹き消す。まさに華麗の一言。きっとアニメなら技名も一文字ずつ画面に連続で大写しの後、バッチリ表示されるだろう。特に技名を言う意味は無いが、根っこは臆病な彼は戦う時、自分を鼓舞する必要がある。

「おおー、お見事」

「あとはあれ回収するだけだね」

 すっかり頼れるユニオンリバーの射撃担当になりつつある陽歌にミリアとさなも安心感を覚えていた。なんやかんやで修羅場は潜っている。陽歌が唯一他人に勝るんだと自覚させられていたのがこの射撃スキル。元はといえば家におもちゃが吸盤を発射する拳銃しかなくてそれを遊び倒していたら身に付いたという寂しい経緯のある特技だが、こうして恩人の役に立つなら何よりと思っていた。

「零れなきゃいいけど」

さなは落ちてくる魂入りカップを拾うため、駆け出そうとする。だが、その前にカップは別の人物にキャッチされる。

「君ね、これを手荒に扱わないでって言ったじゃない」

「な……!」

 何と、少年が復活してカップを空中でキャッチしていたではないか。しかし、仮面のデザインや衣装の細部、そして顔立ちや髪の色が違う。殺したのはブロンドの少年だったが、こちらは茶髪だ。

「まさかあの程度で僕たちを倒したと思っていたのかい? おめでたいね。さすがにあれだけ対策してヘッドショットされたのには驚いたけど。歌で魂取れないし、君達何なの?」

 別の個体に見えるが、会話の流れからして同一の存在らしい。ますます訳が分からない相手になってきた。不気味極まりない。

「何をしている」

 その時、黒いマントに身を包んだ骸骨の様な存在が虚空から姿を現す。敏感なさなさえ、全く気配を感じなかった。

「死神さん」

「こいつが……」

 少年はそれを死神と呼んだ。さなは文字通りの意味だったことに驚きを覚えた。手にした大鎌はまさしく、死神の象徴だ。死神は仕事を終えて帰ってこない少年を迎えに来た様子だった。

「いつまで遊んでいる。余計なことをしていると無用な敵対者を招くぞ」

「はーい」

 少年は死神に従う。完全に死神は上司ということか。何を思ったのか、死神は陽歌達に飛び掛かるとミリアを上空へ連れ去った。

「わっ!」

「ミリアお姉さん!」

 陽歌は救助の為に銃を向けるが、死神が上手いことミリアと自分の頭を被せて盾にしている。これでは撃つことが出来ない。

「とはいえ、生身の人質も欲しいところだ。この女は伯爵様のお眼鏡に適いそうだから連れていくぞ」

 死神は魂だけでは見捨ててくると判断したのか、生きている人間を確保することにしたのだ。少年は死神の横にカップを持って移動する。

「では、こいつらの始末をするか」

「そんな必要無いよ。唯一攻撃できるのも弱そうだし」

 念入りに準備をする死神に少年は反発する。だが、あくまで死神は慎重だ。

「おバカ! そうやって『運がよかったな。見逃してやる』で見逃した相手に後ほどボコられたヴィランが何人いると思ってんだ! 雑草は根付く前に、蜂の巣は大きくなる前に取り除く! 戦術の基本だ!」

「まったく、臆病なんだからさ」

「臆病で結構。愚かよりマシだ」

 口喧嘩をしながら、死神と少年はミリアを連れて闇の中へ消えていく。

「ミリアお姉さん!」

「お姉さんは頑丈だから大丈夫、それよりも……」

 ミリアを連れ去られて焦る陽歌を、さなが宥める。そして、周囲に出現した新たな敵に警戒する。斧を持ったものと鎖付き鉄球をもったもの、二体のミノタウルス。大きなハンマーを手にした一つ目の巨人、サイクロプス。そして身の丈ほどの盾を持った5メートルはあろうかという巨体の鎧、グレートアーマー。周囲には社交ダンスを踊る亡霊が多数いる。

「私達の安全を気にした方が良さそうだよね?」

「これは……」

 死神が二人を抹殺する為に置いていった戦力だ。どう見ても過剰だが、亡霊への攻撃手段を持つ陽歌と人間とは思えない外見のさなを厳重に警戒してこの場で確実に潰すつもりなのだろう。

「とりあえず、頭数を減らす!」

 さなは目前の標的であるミノタウルスに殴りかかる。しかし、横から亡霊がダンスをしながら妨害してくる。踊る様に繰り出された蹴りに対し、彼女は腕で防御する。亡霊の厄介なところは個々が弱くとも数が多く、こちらに攻撃手段が無い限り一方的に干渉してくる点だ。

「くっ……」

 攻撃事態は大したことなく、ダメージにはならない。しかし防御の隙を付いてミノタウルスが大斧を振り下ろしてくる。流石に刃物は防御するわけにはいかず、回避する必要があった。が、避けた場所を狙って今度は鉄球が飛んでくる。

「ちぃ!」

 これを拳で打ち返すと、今度は接近してきたサイクロプスがハンマーを横に振り回す。さなはジャンプで回避し、空中で反撃を試みるも亡霊が複数体横から割り込んで妨害してくる。亡霊ダンサーの体当たりで吹き飛ばされたさなだがダメージは受けておらず、難なく着地もする。再度攻撃を仕掛ける彼女であったが、亡霊が壁となって立ちふさがる。

「援護する!」

 そこを陽歌が銃撃で補助する。亡霊の頭を撃ち抜いて数を減らし、生まれた道をさながサイクロプス目掛けて突き進む。だが、今度割り込んできたのはグレートアーマー。盾を構えて防御する。サイクロプス向けに素早さへ振った拳ではその盾を突破出来ず、今度は腰を落とした全力の正拳で突破しようとするが、グレートアーマーの影から出て来たサイクロプスと駆け付けたミノタウルスの攻撃を回避するために中断せざるを得なかった。

「厄介なコンビネーションだね……!」

「割り振っても確実に数で勝る様になっている……」

 死神はさなと陽歌に対して必ず二体一を仕掛けられる様に戦力を残していったのだ。物理的に攻撃を受けてしまう強力な魔物を補助するため、貧弱だが干渉を受けない亡霊を多数配置したのも実にいやらしい。陽歌も魔物の方に攻撃出来ればいいが、さなの様に超人的な動きが出来るわけではないので迂闊にタゲを取って狙われると足手まといになるどころか瞬間的に殺される危険もある。

 ハロウィンの日に起きた惨劇。果たして、ミリアの運命はいかに?

 




 『一年前』の悪魔城について

 カクヨムで連載していた『マスカレイドサークル』において、一度悪魔城が復活したことがある。しかし、その顛末は……。
 城主であるドラキュラ伯爵は史実におけるウラド三世とは関係なく、ブラム・ストーカーの記した『吸血鬼ドラキュラ』そのものである。それが魔の代表格として人の邪心を集めたのが悪魔城である。本来の覚醒は信仰の弱まる100年に一度なのだが……。


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ステージ1 ロウフルシティ繁華街

 ミリアが死神に連れ去られた! 陽歌とさなも敵に囲まれてピンチだ。ここを切り抜け、彼女の救出へ向かえ!
 勝利条件:グレートアーマー、ミノタウルス、ミノタウルスアナザー、サイクロプスの討伐
 敗北条件:さな、陽歌いずれかの戦闘不能


 陽歌がミリアと初めて会ったのは、今年の2月頃であった。春も近くなる時期なのに総じて一番寒くなるという奇怪な季節、故郷である金湧市の小学校でのことである。周りの家に砂が飛ばない様に、特別な砂になっているらしい緑色をした運動場で彼は途方に暮れていた。

(どうしよう……)

 すっかり暗くなって寒さも厳しくなる中、陽歌は半袖短パンの体操服しか着ていなかった。大き目で擦り切れた服の袖から覗く腕は、肘上から先が無い。義手を持っていないわけではない。肝心の義手は目の前にあるジャングルジムの頂上に置かれていた。

 クラスメイトが悪ふざけで義手を外し、ここに置いたのだ。昇ることが出来なくなった陽歌にはこれを取る手段が無い。

(寒いな……)

 誰かに頼る、という考えは無かった。教師に助けて貰えるのなら、今もこうしてはいない。家に帰って親に手伝ってもらう、ということも考えられなかった。

母親は女手一つで自分を育てるため、仕事が忙しい。今日も帰って来ているか分からない、よしんば帰って来ていたとしてもすぐ寝てしまう為起こすのは憚られる。よほど忙しいのか、週末でもどこかへ遊びに行くどころか必要な買い物も出来ないほどだった。自分の隣に置いてある、ランドセル代わりのエコバックを見ればそんなこと忘れるはずもない。

 時間が出来たら買いに行く、と母は行ってくれた。それから結構な時間が経ちついぞ小学校入学には間に合わなかったが、それでもいつか、と陽歌は思っていた。だから、少しでも母の負担を減らす為に自分のことくらい自分でしなければならない。

「どうにかしないと……」

 陽歌は痛む身体に鞭打って方法を考える。殴られた傷だけではない。手が無い状態でジャングルジムを昇ろうとした際に落ちて、あちこち擦りむいたり打撲したりしていた。

「どーしたの?」

 その時、声を掛けてくる人物がいた。妙に優しい声に驚き、陽歌は振り向く。そこに立っていたのが、ミリアだった。後で聞いた話だが、彼女は『この街で動画やインスタを撮ると再生数やいいねが伸びる』という、この街を通称『バズっタウン』たらしめる噂を確かめに来たのだった。

こんな夜遅くに出歩いていることを怒られるのではないかと陽歌は警戒した。周りの大人達は自分の母が忙しくて学用品を揃えるのに手間取っていることを分かってくれない。書道の道具、絵の具、ピアニカと授業の度に持っていないことを咎められる。

 だからこの人は初対面だが、そうするのだろうとばかり思っていた。

「あー、そういうことね」

 しかしミリアは、陽歌の腕とジャングルジムを見てすぐに状況を把握し、なんとジャングルジムを昇って義手を取ってきてくれた。肌色の分厚いゴムカバーに覆われた、爪まで造形されているもの。大人の話は分からないが、脊髄に埋め込んだチップで脳の信号を放って実際の手足の様に動かるとかなんとかそういうものらしい。

 腕を失った彼は母に迷惑をかけてしまうと脅えたが、例え時々反応が遅れたり動かなくなったとしてもこれがあれば自分のことは自分で出来るため、かけがえのない生命線だった。

「はい。これでいいかな……?」

 ミリアは義手を慣れない手つきで付けてくれる。欠損部分に被せてベルトで止めるだけなので、取ろうと思えば簡単に取れてしまう代物だ。暗闇で見えないのと義手に詳しくないせいか、それとも単純にミリアが天然なのか、左右逆ではあったが。後に後者だとわかり、その時のことを彼女は謝罪したが、助けてくれただけでもありがたかったので陽歌はこの時も後も、気にしなかった。

「あ、ありがとう……ございます」

 まさか助けてくれるなどどは思わず、彼は困惑しながらお礼を言う。まさか自分がありがとうなどと他人に言う日が来るとは想像もしなかった。

「兎追いかけてたらこんなとこ来ちゃってねー。それより寒くない? おうちはどこかな?」

 寒そうな格好をしている陽歌を見かねてか、ミリアはコートを脱いで着せてやろうとする。が、この窮地を救ってくれただけでも十分なのにこれ以上迷惑は掛けられないと彼はすぐにいなくなることにした。左に付いた右手をぎこちなく動かし、バックを掴んで速足で逃げ出す。

「だ、大丈夫です!」

 他人の優しさに慣れていない陽歌は、ミリアに甘えることが出来なかった。この時は夏に再会するどころか長い付き合いになるなんてことを、想像すらしていなかった。

 浅野陽歌という孤独な少年に初めて人の温もりをくれたのが、『M計画』によって生み出された人造人間ミラヴェル・マークニヒトの先行試作個体であるミリアだというのは、何とも皮肉であった。

 

   @

 

 そして現在、そのミリアを連れ去られ、共にいた陽歌とさなは窮地に陥っていた。

「完全に油断や慢心の要素が無いね……」

「ミリアお姉さん……!」

 敵である死神は亡霊を攻撃する手段を持った陽歌と自身にとって謎の存在であるさなを警戒し、ミノタウルス二体、サイクロプス、グレートアーマーという大戦力に加え亡霊のダンサーを多数配備して確実に殺しに来ている。さなの攻撃も亡霊や敵の連携で防がれ、全く通らない。

「何とか助けを呼べない?」

「ダメだ……電波が通じない」

 さなは陽歌に確認する。あまりに亡霊が多いせいで電波に悪影響が出ているのか、スマホの電波表示は圏外になっていた。ネットにも繋がらない。これでは助けを呼ぶことも出来ない。

「だったら一気に決める!」

 敵の防御を貫通すべく、さなは空高く飛ぼうとする。上から攻撃を押し付けるつもりだ。しかし亡霊が妨害してくる。陽歌も拳銃『マックスペイン』で敵を散らすが、数が多すぎて間に合わない。

 確実に倒すにはヘッドショットしかない上、普通のハンドガンでは連射力が足りなさすぎる。

「くっ!」

 亡霊にダンスシューズで蹴り飛ばされ、彼女の跳躍は阻止される。そして、着地点に待っているのはミノタウルスの振りかぶる斧だ。着地狩りを狙ってくる。

「ちっぃ!」

 そこでさなは着地の瞬間、大きく屈むことで振り回された斧の下を潜ることにした。しかし、そこには同時に別のミノタウルスが投げる鎖付き鉄球が飛んでくる。立ち上がる力でその鉄球を殴り飛ばした彼女は、交代する様に振り下ろされたハンマーを蹴り返す。

(姿勢さえ整えれば蹴り砕けるけど……今は弾くので精いっぱいか……)

 本来なら小柄な体格に見合わず百トンはくだらないパワーを発揮するさな。だがそれを出させない様に敵は立ち回る。死神は亡霊の少年にもだが、彼らにも相当敵を侮るなと言い含めて来たのだろう。

「全く隙が無いね……」

「このままじゃ……」

 陽歌は焦る。ミリアがどこに連れていかれたのか分からない上に、自分達はこの状態。もう少し自分が強ければ、何とか戦況を切り崩せるのに。

「お願いだ、マックスペイン……僕に力を貸してくれ……!」

 全く使いこなせない武器に彼は歯がゆさを感じていた。当てることが出来ても威力が少なく手数が足りない。こんなのでは、いくら無限に撃てても意味が無い。

「こうなったら……」

 陽歌はある決心をする。それはミノタウルス達を自分が攻撃するということであった。今までそれをしなかったのは攻撃を当てることでターゲットにされてしまい、反撃を受ける恐れがあったからだ。もし反撃が繰り出されたなら、普通よりも身体能力の劣る陽歌では回避し切れないだろう。だが、状況を打開するには思い切った行動が必要だった。

「だったら強引に突破するよ!」

 さなも彼女は彼女であることを考えていた。それは亡霊の妨害をわざと受けて無理矢理強い攻撃を繰り出すという方法。いちいち対処するから間に合わないのだ。相手にしなければいい。そう考えたのだ。

 彼女は決めるやいなや、思い切り脚を踏み込んで攻撃体勢に入る。キックを放とうとすると、多数の亡霊が押し寄せて妨害に入り、ミノタウルス達は盾を構えたグレートアーマーの影に隠れる。

月輪脚(がちりんきゃく)、半月斬!」

 鋭い回し蹴りを虚空に向かって行おうとしていたさなに亡霊の体当たりが向かう。陽歌は急いで周囲の亡霊を射殺し、援護する。が、全ては倒し切れず、数体のタックルを受けてしまうさな。

「ぐ、おおおっ!」

しかし力任せに妨害を押し切り、蹴りで切り裂かれた疾風は刃となってミノタウルス達に突き進む。空気が切断されて呑まれる音が街に響いた。グレートアーマーはこの攻撃を受けきれないと判断したのか、後ろに合図を送って回避を選ぶ。重鈍なグレートアーマーは避け切れずに盾を大きく引き裂かれたが、後ろにいた敵は何とか間に合った。

「浅いか……!」

「それは、どうかな?」

 陽歌は銃口をサイクロプスの大きな瞳に向けていた。そして、正確無比な速射を叩き込む。

征服瞬連火(ピースメイカーラピッド)!」

 これにより、サイクロプスの目は潰れた。だが、これにより敵に警戒された陽歌は攻撃対象に入ってしまう。ミノタウルスが即座へ彼の下に駆け付け、反撃を行う。斧を振り下ろし、陽歌を殺しに来る。

「うわぁ!」

「陽歌くん!」

 ギリギリで回避したが、その衝撃はすさまじく、体格に恵まれない彼はアスファルトを吹き飛ばした余波で軽々と吹っ飛んでしまった。加えて運の悪いことに、尖ったアスファルトの破片が首に突き刺さってしまった。それと同時に、赤い潜血が彼の首から吹き出す。

「ぐっ……」

「しまった……!」

 陽歌は自分の首から暖かい液体が溢れ、徐々に寒気を覚えていく。呼吸も難しくなり、意識が薄れていく。即座にさなが彼を受け止め、地面への激突は回避されたが出血は止まらない。白いパーカーを忽ち赤黒く染めていくほどの量が流れている。傷自体は浅いが、首の重要な血管を運悪く損傷してしまった。

「う……ぐ」

「陽歌くん!」

 義手すら動かせなくなり、心の具現化であるマックスペインも薄くなっていった。一方、彼の覚悟によって与えたダメージはミノタウルスがサイクロプスにポーションを与えて回復しかかっていた。眼球は人間なら弱い部分であるが、これだけ大きな目を持ちかつ魔物なので訳が違うのだろう。

「回復アイテム持ちか……、命さえ守ればアスルトさんが治してくれるけど……」

 さなはそれすら難しいと思った。この場を切り抜けるのに陽歌の手を借りても足りないのだ。こうなったら撤退して命を守る行動を優先するしかない。

「逃げる!」

 陽歌を米俵の様に抱え、さなは逃げた。だが、亡霊のダンサーがその行く手を塞ぎ、その隙にミノタウルス達が回り込む。果たして、逃走の試みは成功するのだろうか。

 

   @

 

「ここは……?」

 陽歌が目を覚ましたのは、学校の教室だった。しかし机は乱雑に散らばり、児童の死体があちこちに積み重なる有様だ。とめどなく流れていたであろう血は黒く乾き、床を染める。長い間放置したせいか、蠅やウジが集って鼻が曲がる様な悪臭もした。

彼はこの場所に見覚えがあった。彼はこの夏、ある目的の為に『人智を超えた力を与えてくれる』と噂の闇の動画を探し、ようやく見つけた。しかしそれも束の間、疲労のせいか眠りについてしまい、夢の中でこの教室に来たのだ。

「また来たね、調子はどうだい?」

 教室の隅には、掠れた声で話しかける一つの人影があった。床に座り込むそれは水浸しで、両腕が無かった。無造作に伸びたキャラメル色の髪で顔は隠れていたが、右の眼は桜色、左の眼は空色にぎらついていた。

「お前は……」

 それは、以前ここに来た際に彼を唆してこの惨劇を起こさせた張本人である。死体はどれも『射殺』されていた。

「この前より僕のことを引き出せないんじゃないかな? だってそうだよね、あの時は僕を痛めつけていた奴らや腕を奪った神様が憎くて戦ってたからね」

 それは陽歌に向かって言い放つ。あの時、というのはミリアやさなと出会い、世界の存亡を賭けた騒動に巻き込まれた時のことである。引き出させない、という言葉が示すのは、彼の心が産む武器、マックスペインのことで間違いない。

「それは……」

確かに名古屋で戦った時や今は、あの事件で使った時よりも明らかに威力が落ちている。最悪、具現化にさえ時間が掛かっている。最初の騒動での敵はこの存在が言う通り、陽歌にとって憎い存在であったのは確かだ。だが、それだけではない。

「それだけじゃない! 僕はミリアさんやさなを助けたいと思って……」

「反吐が出る! 僕の口で綺麗ごとを言うんじゃない! 僕はあいつらを殺したくてしかたなかったんだ! 見ろ、この心象を! これが僕の望みだ! みんな死んでしまえばいい!」

 その存在は口から血を吐き出しながら叫んだ。足は残っているが立ち上がることが出来ず、瞳の焦点は定まらない。歯も抜け落ちているのに、何故か声だけは歪みつつも聞くことが出来る。

「やり返したら相手と同じ! いじめられる側にも原因がある! 学校はたった六年だから我慢すればいい! 自殺は心が弱い人間のすることだ! そんな言葉に丸め込まれて何になる! あいつらは僕の為に何かするのが面倒だっただけだ!」

「だから! 僕に向き合ってくれたみんなを助けたいんだ!」

 所詮は自分と自分の口論。平行線にしかならない。

「そいつらも、自分より下の存在に手を差し伸べるのが気持ちよくてやっているだけだ! 飽きたら捨てられる! 『あいつ』がした様に!」

「……」

 その事を言われると、陽歌は何も言えなかった。その裏切りは彼の人生で最大のものだったのだから。正直、あの前にミリアやさなと出会えなかったら自分は誰も信用できなくなっていたかもしれない。あの二人のおかげで人を信じる気持ちが首の皮一枚で繋がっている状態だった。

「それでも……僕は……」

 陽歌は自分の影を無視して、教室の扉を開く。嫌というほど見慣れた学校。だけどもそこらに戦場の方がマシなくらいの死体が転がっている。いつも帰る様に、玄関へ向かって歩く。死体をよく見ると、同じ人物のものが何体もあった。

「これが僕の世界だ。僕は奴らに復讐する力を得たんだよ」

「うるさい……」

 学校を出ると、そこはいつかの寒空であった。流石にここまで死体は無い。特にウサギ小屋は沢山の兎で賑わっている。ジャングルジムの上には、ユニオンリバーで今のものを貰う前に使っていた義手が置かれていた。それはまさに、ミリアと初めて出会った日の再現であった。

「こんな幻想作って何になる? あいつが見せたのも気まぐれの優しさなんだよ。野良猫に餌をやるような、責任を持たない中途半端なね」

「だとしても……!」

 自分の疑心はそう囁いたが、それでも陽歌が救われたのは事実だった。あんな人もいるんだと思えた。

 校門を抜けると通学路だ。周囲の大人達は奇異の目で彼を見て、子供は石やゴミを投げてくる。被害妄想などではない。実際にやられたことのリピートに過ぎない。その証拠に、死体の様に同じ人間が同じ行動をしている状態であちこちに配置されている。

「見ろ、周りの連中は僕のことを化け物か何かだと思っているぞ。やられる前にやるんだよ! 今までやられた分を返すんだ! そのためのマックスペインだろうが!」

 自分の声に耳を貸さず、彼は必死に走った。この世界は自分の心の中でしかない。だから、『家』に向かう道を進めば『家』に辿り着く。

「非力でも引き金さえ引けば殺せる! それも何回も連続してな! いつも憂さ晴らしする様にやるんだよ! これほど効率のいい武器もないだろ!」

飽きるほど往復した道の果てには陽歌の自宅がある。そこは何故か、朧気ながらあの喫茶店、ユニオンリバーの店舗になっていた。これが、今の彼の家なのだ。まだはっきりとしていないが、そう思っている、そう思いたいという意思が反映されている。

中に入ると、客のいない空間でただ一人、カウンター席に座って彼へ微笑みかける。

「僕は……ミリアさんに助けられた、だから今度は助けたいんだ!」

 

   @

 

「しつこいな……」

 さなは陽歌を連れて裏路地に逃げ込んでいた。大柄なミノタウルス達ではここまで追えないだろうという判断だったが、亡霊は無関係に壁を貫通して妨害を仕掛けてくる。自分よりも僅かに大きな人一人を抱えて追撃を振り切り、何とか店に帰って陽歌にアスルトの治療を受けさせないといけない。

 しかし逃げれば逃げるほど、ユニオンリバーは遠ざかっていく。陽歌の顔色も青白くなり、身体は冷たくなる。首に刺さったコンクリート片が蓋をしてくれているにも関わらず、出血は止まらない。迂闊に抜けば更に酷い出血を招くだろう。首という位置故に止血も満足に行えない。

「ここを抜けて……」

 裏路地を突破したさなだったが、その目の前に空からミノタウルス達が降ってくる。

「何っ?」

 なんと、亡霊がミノタウルス達を持ち上げて路地の出口へ連れてきたのだ。目を撃たれたサイクロプスは何としても陽歌を倒したいらしく、ハンマーを振り上げて攻撃を仕掛けてきた。

「しまっ……!」

 自分一人なら回避も防御も造作ないさなだったがどれをとっても抱えている陽歌へ反動が加わって絶大な負担を与えてしまう。その時だった。地を叩く様な銃声が何度も連続して鳴り響いた。

「陽歌くん?」

 陽歌が目を覚まし、手にした銃を放っていた。その銃は小さな自動拳銃から、彼の手に収まらないほど大きなリボルバーに変化していた。俗にハンドキャノンと称される部類になっている。変わったのは外見だけではない。威力も向上しているのが銃声からも見て取れる。

 そして眼球をそんな弾丸で何回も撃たれたサイクロプスは傷が脳に達したのか、回復の隙も与えられずに倒れた。痙攣しているが完全に反射の反応でしかなく、絶命したと思われる。

「僕はミリアさんを助けたい……だから力を貸せ、マックスペイン!」

 陽歌は銃を左手に持ち替えると、首に刺さったコンクリート片を抜いて捨てる。一瞬出血が増えるが、すぐにそれは収まった。義手に付いたものや流れ出た血が集まり、もう一個の銃を形成する。それは左手に持っているものと全く同一のものであった。

 姿形は違えど、どちらも銃身の刻印は『Max Paine』のままだ。

「大丈夫なの?」

「うん、ここを切り抜けよう!」

 さなに地面へ降ろされ、陽歌はふらつきながらも立ち上がる。ミノタウルス達は瞬時に仲間の頭数を減らされて同様するが、次に来る攻撃へ備えてグレートアーマーの背後へ隠れた。今警戒しているのはさなの拳ではない。急に現れた陽歌の銃だ。

「援護する!」

「任せた!」

 さながグレートアーマーに向かって走り寄る。亡霊が妨害に入るが、その前に次々と撃ち落されていく。一般的にオートマチックよりリボルバーの方が連射力は劣り、威力も上がると反動が大きくなってさらに連射力は落ちるはずである。だが二つ持っているせいか、それとも別の要因か明らかに発射速度が上がって亡霊のダンサーは鴨撃ち状態になっていた。

「剛拳、二百六十七貫!」

 全く邪魔が入らない状態でさなの渾身たる一撃がグレートアーマーにぶつけられる。最大百トンにも及びその鉄拳は盾などでは防ぎ切れず、後ろに隠れたミノタウルス達ごとグレートアーマーは吹っ飛ばされる。盾に至っては大きくひしゃげ、保持していた左手ごと損壊している。

 攻撃を直に受けたグレートアーマーが昏倒し、ミノタウルス達は潰された。相当な重量であり、大柄な悪魔二人掛かりでもどかすことが出来なくなっている。サイクロプスを失い、亡霊による妨害も通じなくなった時点で連携は崩壊していた。

 さなは大きく上空に飛び上がり、蹴りで空気の斬撃を雨あられとミノタウルス達に降らせてトドメを指す。

「新月脚・怒涛血雨(どどうけつう)!」

 その一つひとつがアスファルトを深々と抉るかまいたちの槍と化し、集中砲火を受けたグレートアーマーとミノタウルス二体は原型も残らないほどぐちゃぐちゃになって息絶えた。もはや潰れたトマト状態である。主力を失った亡霊たちは流石に逃げ出す。

「これでよし……」

 窮地を脱し、さなは一安心する。陽歌も貧血以上の負傷はしていない様だ。後の問題は、どこにミリアが連れていかれたかだ。

「とにかくミリアさんを助けないと……」

「君はもう十分戦ったよ。後はナルちゃん達に任せよう」

 基本的に戦闘面では素人の陽歌にこれ以上の戦いは無理だと判断し、さなは仲間へのバトンタッチを提案する。今のバトルでもかなり危険だったことを考えると、これ以上の強敵に遭遇すれば命の保証は無い。

「でも……僕はミリアさんを……」

「気持ちだけでも嬉しいよ。でも、君が死んじゃったら意味ないからさ」

 歩こうとして、貧血で地面に膝を付く陽歌をさなが宥める。命に別状はないといえ、ダメージは重い。そこに、一匹の兎がやってきた。普通の白い兎に見えるが、目が一つしかない。それも眼球が片方あるのではなく、眉間に縦開きの黒い目があるタイプである。

「君は……」

 陽歌はこの兎に見覚えがあった。ユニオンリバーに来る前、一人ぼっちだった彼は小学校にある兎小屋の兎を大層可愛がっていたのだが、その中にこの一つ目の兎がいた。いつからか姿を見なくなったが、時折彼の窮地に現れてくれるのだ。

「ん?」

 この兎は喋れないが、手ぶり身振りで必要なことを教えてくれる。兎は立ち上がり、短い手で必死に空を指す。そこには、月をバックに浮かぶ怪しげな城が浮かんでいた。ビル街の中にあってもハッキリ見えるほどの大きさである。おそらく、城の場所や見る人の位置に関係なく見えるのだろう。城、といっても日本にあるタイプではなく、西洋のものだ。

「あれは……」

 さなはそこから異様な気配を感じた。陽歌が兎に確認を取る。

「もしかしてあそこにミリアさんが?」

 兎は首を縦に振って頷いた。そして案内するとばかりに彼らを誘う。

「行こう、せめて場所だけでも見付けよう」

「そうだね。無理は禁物だよ」

 二人はついて行くことにした。果たして、ミリアは無事なのか。

   @

 

 死神に連れ去られたミリアは、玉座の間でドラキュラの前に立たされていた。全ての悪を超越する魔王を前にしても特に脅える様子を見せない。王座の間には少年の亡霊が持ってきた魂入りの透明なカップも置かれている。窓は無く、天井が低めで地下にいることくらいしか分かることが無い。

「死神よ、いいセンスだ。なかなかの美女ではないか」

「あ、若本ボイス」

「わ、わか……?」

 ミリアは開口一番とんでもないことを言う。声が似ている声優の苗字を出され、ドラキュラは困惑する。基本復活時は浦島状態なので文化には必然的に疎くなってしまうのだ。

「ええい! ドラキュラ様の御前であるぞ! 無礼は控えよ!」

「控えるだけでいいんだ」

「暗にやめろって意味だぞ!」

 死神がドラキュラの怒りを買わない様に必死でミリアを止めるが、もう散々ヴァンパイアキラーに居城を蹂躙された彼はもうこのくらいでは怒らない。

「ワカモトボイスって何?」

「声優の若本さんの声に似てるねってこと」

「声優……?」

 浦島過ぎてアニメに関する用語も知らないドラキュラ。あまり主の無知を晒したくないのか、死神は耳打ちする。

「アニメーションや映画の吹替に声を入れる役者のことです」

「ほう役者に似てるとな? どれ、何かリクエストはあるかな? 物まねとやらを見せてやろう」

 ドラキュラは寛大さを見せつける為にミリアへ言い放って見せる。しかし予想の斜め上を行くオーダーに死神は困惑することになる。

「じゃああれ歌って、愛しのベリーメロン」

「どれどれ、おい死神、どんな歌か調べろ。スマホっての使えるんだろ」

「ああもう! 早く血の契り使ってください! 衣装も着せますので!」

 死神はミリアを羽交い絞めにしてどこかへ連れていく。これ以上はこの女のペースになってしまうという危機感を覚えた。

「来い! 貴様に相応しい装束を用意してやる!」

「やめて! 乱暴する気でしょ? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」

「しねーよさっさと来い!」

 ドラキュラは死神が以前より逞しくなったことに混乱しか感じなかった。

「お前一体この一年何があった……」

 そこに、少年の亡霊が姿を現す。ドラキュラは今回の功労者である彼を労う。

「よくやった。褒美を取らす。貴殿の故郷では酢漬けの豚足が上等な珍味らしいな。正式なものはまた考えるとして、とりあえずその辺りでも馳走しよう」

「いえ、僕たちはそのような変わったものは好みでなくて。成長出来ればおいしさも分かったでしょうが……」

「そうか、では素直に上等なチョコレートケーキを用意しよう」

 部下の出自を配慮する度量はまさに悪の帝王としてのカリスマを垣間見せた。だが、少年の亡霊はそれを断る。ドラキュラは部下に命じて、キッチンから高価なお菓子を持ってこさせることにした。

 

   @

 

 兎は陽歌とさなを謎の城に案内する前に、コンビニへ寄ることを提案した。口で話したわけではないが、コンビニへ向かって歩いていったので釣られるように店へ入っていったのだ。しかし、この騒動のせいか店員も客もいない。

 兎は立ち上がり、ホットスナックの棚をてしてしと叩く。これを食べて回復しろということなのか。どうも、この兎は陽歌の持つ妙なタフネスについて何か察している様子であった。首にコンクリート片が突き刺さって大出血したにも関わらず、すぐに傷が塞がっているのは妙なことであった。陽歌自身も、さなもこの体質についてはあまり把握していない。

「血を補給しろ、ってことかな?」

 彼はアドバイス通り、ホットスナックを拝借して食べる。不要レシートに何を何個食べたかメモし、お金を置いておく。ちょうどは無いので、お釣りは募金してもらうように記しておく。

「でも傷本当に大丈夫? 見た感じ血は止まってるけど……」

「もう痛くもないよ」

 さなは陽歌の傷を見る。素人が消毒するには傷が大きすぎるので手は出せないが、これ以上悪化もしなさそうである。

(この前、アイドルが襲われた時に負った怪我もすぐ治ったんだよね……。銃で撃たれた怪我だったけど、そんなすぐ治るかな?)

 会って最初のうちはこんな体質ではなく、虐められて付いた生傷が栄養失調でなかなか治らなかったくらいだ。それがここ最近になって異様に治りが早くなっている。仲間の錬金術師であるアスルトが作った薬のおかげかと思われたが、よりによって彼女が首を傾げる始末だ。

「んー、とりあえず助けを呼ぶか……」

 亡霊がいなくなって携帯が使える様になったので、さなは喫茶店から仲間を呼ぶことにした。これで戦力が補充できる。GPSも使えば、自分達がミリアの連れ去られたと思わしき城に先行して合流の目印にもなれる。

「ん?」

 スマホを起動した彼女がまず目にしたのは、コミュニケーションアプリの通知だった。知り合いからの連絡ではなく、公式のニュースアカウントの更新を知らせるものだ。そこには『渋谷で死者多数、謎の現象』とタイトルが記されていた。

「渋谷でも同じことが起きているみたい」

 三人の前でも起きたことが、渋谷でも起きていたのだ。全く同じ手口なら死んではいないだろうが、魂を抜かれてカップインというのは医学的に判断すれば死んでいる様なものなので間違ってはいない。

「ん……なんだか眠く……」

 食事を終えた陽歌は眠気を訴える。あれだけ血を流せば仕方ない、とさなは思っていた。正直、今出血が収まって生きているだけでも不思議なくらいなのだ。

「寝ちゃいなよ。私が運んでくから」

「ご、ごめん……」

 本当はここで置いていきたいさなだったが、一つ目の兎の協力を得るには彼が必要不可欠であること、そして陽歌を裏切らない為にもそれは出来ない。彼があの重大な裏切りの前に自分達に会っていたおかげで、ギリギリ誰かを信じようとする気持ちを保てていることをさなもミリアも知っている。例え優しい嘘でも不用意な真似は出来ない。

「いいって、陽歌くんが兎に懐いてもらえてなかったら城に辿り着くことも出来なかったかもしれないし。十分役割は果たしてるよ」

「それでも……みんなに比べたら……」

 陽歌は重くなる瞼に耐えきれず、寝息を立てる。さなはポツリと彼に向かって呟いた。

「みんなと比べちゃダメだよ。だってあの人達、人間じゃないんだよ?」

 人間に虐げられて来た彼に居場所を与えたのが人ならざる者の集まりであった。そして、自分を救ってくれた人を今度は助けようと傷だらけの心と身体で立ち上がっている。

「行こう、君の願いを成就する為に」

 なら自分に出来ることは全てしよう。さなはそう心に誓った。

 




 プレイアブル解説

 浅野陽歌
 武器:ハンドキャノン
 ハンドキャノンの二丁拳銃で高火力を遠距離から出せるが、近接での攻撃手段が無いので接近を許さない様に立ち回れ! 最大HPは低いがHPリストレイトで常時回復するので危なくなったら退散しよう。一度だけ残存HPを超える攻撃を受けても数秒間はHP1を残して耐えることが出来るが、それでも大きな一撃には要注意だ。小柄で当たり判定も少ないが、回避も頼れないので過信は禁物。

 さな
 武器:拳
 圧倒的手数と攻撃力でガンガン攻めろ! 小柄で少ない当たり判定に加え、素早い回避能力で敵に貼り付ける。攻撃中はスーパーアーマーが発動するのでごり押しも可能。リーチの短さとスーパーアーマー持ち故のダメージ蓄積には要注意だ。ジャブで敵を切り崩し、体勢を崩したら重い一撃を食らわせろ!


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ステージ2 悪魔城潜入

 退魔協会のS級退魔師、カラスに与えられた任務は一つ。悪魔城へ侵入し、内部を偵察せよ! 簡単な任務だ、この程度でS級序列三位を派遣する必要も無いと思うが、念の為……。
 勝利条件:悪魔城最深部への到達
 敗北条件:なし


 渋谷では、まだ夕方にもならないのにハロウィン目的の若者が集まっていた。今年は周辺での酒類販売を各店舗が自粛したのだが、結局違うところから持ち込んでいるので意味を成さない。

「あー、せっかく東京来たのにやることが馬鹿の世話かよ……」

「帰りにアキバとガンダムベース寄って報酬でレアもの手に入れようぜ」

 ユニオンリバーに縁のある若者がここである仕事をしていた。渋谷区は警察だけでは心許ないと、各地から腕利きのトラブルコンサルタントを集めてきたのだ。

「トラブルコンサルタントのいいとこは腕さえあれば副業でがっぽがっぽなとこだ。そう思うだろう?」

「いや本業はGBNのテスター兼ライターなんすけど……」

 ある一人の若者は大掛かりな機材を手に、渋谷の馬鹿騒ぎを撮影録音していた。GBNとはガンプラを用いた大人気オンラインゲーム『ガンダムネクサスオンライン』のことである。その様子を一人の若者が疑問視する。

「それなんか意味あるの?」

「おおよくぞ聞いてくれた提督殿。こいつは群衆の行動データを集めるなんか凄い機械だ」

「群衆の行動データ?」

 その機械はただ映像や音声を記録するものではない。その動きや会話を記録し、個々の行動を解析してCPUの行動パターンへ変換するものだ。結構凄い道具で高価な機材なのだが、これを持ち出せる程度にこの若者はGBNの運営内で力を持っているのだろうか。

「ま、この馬鹿の行動をまんまコンピューター上に再現できるってことだ」

「それなんか意味あんのん?」

 わざわざ馬鹿をコピペするという無駄な作業。若者の一人はこの行為の意味を聞いた。せっかくコピーするなら聡明な人物の方が良さそうな気がしないでもない。若者はある名言を引用して説明をする。

「ああ、こういう言葉を知っているか? 『俺たちが映画の真似をするんじゃない。映画が俺たちの真似をするんだ』ってな」

 よく過激な犯罪が行われると映画やゲームのせいにしたがる大人は多い。しかし実際には実在の事件をモデルに映画などが作られていることが多い。そしてゲームなどに影響されて犯罪を起こす様なおつむでは例えゲームが無くても他の創作物に影響を受けただろう。

「どんなに取材を重ねて研究を繰り返しても、作者以上に頭のいいキャラが作れないのと同じで作者の予想を超える突飛な馬鹿は作れない。なら直にコピペしちまおうって寸法だ」

「それ実装すんのか?」

 この馬鹿集団をGBNに実装する可能性があると聞き、自分もプレイヤーである若者は心配になった。ただでさえネットゲームは民度が大事なのに、NPCまで馬鹿になっては困る。

「モビルスーツで吹っ飛ばずムカつく小市民役にはおあつらえ向きだ。的は腹立つくらいがちょうどいい。貴殿もバイアランのサーベルでここの馬鹿を焼きたいだろう?」

「なんだ的か……ならいいか……」

 そんな他愛も無い話をしていると、スクランブル交差点の中心に何かが降りてきた。人々はスマホを向け、その様子を録画する。それは仮面を被った、合唱団の正装をした少年だった。彼は地面に降りるなり、雑踏の中でも聞こえる声でフランス語の歌を歌う。

「なんだ?」

 それを聞いた人々は口から黒い玉を吐き出し、次々に倒れていく。若者二人は何ともなかったが、倒れた人の様子を確認して戦慄する。

「し、死んでる……」

「マジで?」

 一応、救急法を習熟している若者達だったが、すでに死んでいては意味がない。二人はすっかり青ざめるが、とりあえず逃げることにした。

黒い玉と褐色の液体が入ったカップを持って浮遊し、その場を離れる。渋谷でも騒動が巻き起こっていた。

 

   @

 

復活した悪魔城に駆けていく一人の人物がいた。背中までの銀髪をツインテールに結った、赤い瞳の少女であった。あどけなさの残る顔立ちに反して成熟した身体を赤い軍服の様なジャケットに包んでいる。軽やかに動く度、短いスカートが翻る。

退魔協会所属、Sクラス序列三位の退魔師である少女、カラスだ。彼女は持ち前の身体能力と隠密性を生かし、道中のサーチライトによる監視を無視して突っ切り、城への跳ね橋も下ろすことなく侵入に成功する。

「ここまでは余裕か」

状況を見て、彼女は周囲に警戒を払う。以前の様な無様は晒せない。たかだか水子に叩きのめされ、素人に事件を収められるなど。

(私は特別なんだ、あの程度で負ける様なら、私の存在価値は無い……)

挙句、頭に血が上って市街地で最上位の魔剣を解放するところだった。あれは成り行きで共闘していた相手に殴られても仕方ない。こんな情けないことはない。今までの戦闘経験でも特に恥ずべき失態だ。

(傷は癒えた。言い訳にはならない、私はドラキュラを倒すだけだ)

カラスはただ、無駄な戦力を消耗することなく城内を駆け巡る。これがただの城ならばその猛威を振るっていた当時に無かった最新の攻城兵器で潰すだけだ。だがそれは向こうも予測しているのか、人質を用意していた。

ロウフルシティと渋谷にいた多くの若者の魂、そして一般人の女性一人。正直、本来なら百年に一度の復活しかしないはずの悪魔城が異例の復活を遂げたこと自体危惧すべきことであり、人質の命など無視して城ごと早急に破壊してこれ以上のイレギュラーを起こさない様にすべきというのが協会の考えであった。

カラスはそれに賛同するフリをして、斥候を買って出ている。が、本心では単独で突入して事件を解決するつもりであった。今は世界が闇に包まれるか否かの瀬戸際故に、この程度の犠牲で事が済めば御の字というのが協会の主張だが、彼女は人間を守る使命を果たすためそれを実行させるわけにはいかなかった。

(まったく、これだから低ランクの退魔師は……)

組織という思わぬ枷に苛立ちを見せるカラスは迷わず最上階の玉座の間へ、ということはしなかった。玉座の間は外に露出した長い階段が続く、千変万化の悪魔城で最も変化の無い空間でドラキュラは大体そこにいる。しかし最近はドラキュラも瞬殺を避けたいのか捻りを加えてくることが多い。

(しかし、あのオペラハウスは何だ?)

来る途中も疑問に感じていたが、悪魔城の上にオペラハウスが乗っかっているのだ。これは一体何事であろうか。いくら変化の多い悪魔城でも、それは内装の話。外装にこんなトンチキな変化が起きるなど、やはり今回の復活はイレギュラーであるということなのか。

(惑わされるな。基本は一緒だ)

だが、退魔協会には過去何千年にも及ぶ悪魔城との戦いの記録が残っていた。外から魔力波形を観測するだけで城の傾向をある程度は把握出来る。こういう記録の閲覧が出来る点だけは組織にいてよかったと彼女は思った。

(観測によると『逆さ城』と『裏悪魔城』が両立する珍しいパターン。つまりこの悪魔城は『表悪魔城』、『裏悪魔城』、『表逆さ悪魔城』、『裏逆さ悪魔城』の四つで構成されている)

もっとエリアを細分化することもあるが、大雑把にはこの様な構成になっている。

(そしてそれぞれを行き来するための境界にロックが掛かっている。これは面倒ね)

ただでさえ広大な城が四つ分存在するという事実。どこにドラキュラがいるか分からない上に恐らく鍵は強力な配下に守らせているのだろう。一時期、伝説のヴァンパイアキラー一族により悪魔城攻略が最適化し、復活の度に何も出来ず倒されるという事態が続いたからなのか向こうも警戒心マックスだ。

「まぁ、私には意味無いのだけれど」

カラスにはこういう時の為の切り札があった。まずは適当な魔物を探す。悪魔城の魔物は全てがドラキュラの配下というわけではなく、その魔力に惹かれてやってきたり膨大なエネルギーの影響で具現化しているものなど多岐に渡る。

(亡霊系じゃなくて魔獣系とか悪魔系はいないのかな?)

あちこちで見かけるスケルトンや彷徨う鎧ではダメだ。魔獣に分類されるノミ男やコカトリスでも当てはまらない。彼女には求める条件があった。お目当ての魔物を探すこと数分、ようやく半魚人の様な魔物、サハギンを見つけ出す。

「さてと、柄じゃないけど……」

カラスは少し照れ臭そうにしながら、サハギンに向かって声を掛けた。

「ねぇ、そこのあなた」

ジャケットのボタンを緩め、スカートの裾を摘んでほんの僅かにたくし上げながら妖艶な微笑みを向ける。

「私と、いいことしない?」

サハギンはふらふらとカラスの方へ向かっていく。これは魅了の技、すなわちチャームである。サハギンの様に、魔獣に類する悪魔は多くの人間がメスの動物に欲情しないのと同じで別種の悪魔に劣情を抱かない。しかしサキュバスによる魅了だけは例外だ。精神的な耐性が低ければあらゆる知性体を誘惑出来る。

加えて吸血鬼にも魅了のスキルはあるので、純血の夢魔でないからその力が落ちるということは無い。それどころか二種類の魅了によるシナジーが働いて純血種よりも厄介なものへ変化している。

「さぁ、こっちへ来て。みんなには内緒よ?」

カラスはじっとりとサハギンを見つめ、甘い言葉を聞かせていく。サハギンはカラスにジリジリ近づくが、彼女に触れることが出来ずに倒れてしまう。イビキをかいて眠ってしまったのだ。誘惑と同時に催眠もかけていたのだ。

「さてと、これ恥ずかしいからあまりしたくないんだけど……」

作戦は成功したが、カラスは耳を真っ赤にしていた。能力があるのと抵抗なく行えるのは別の話だ。手練れの夢魔は姿を見せるだけで魅了を発揮出来るが、合いの子である彼女は『誘惑しよう』と思わないと出せずコントロールが苦手だ。

おまけに斥候として侵入しているせいか、彼女の動向は殆ど観測している組織側に筒抜けだ。テレパシーを感知されない様に送受信する情報は最低限絞っているが、見られていると思うと恥ずかしい。

「さて、ここからが本題」

カラスはスカートの中から細い尻尾を伸ばす。その尻尾は黒く、先端が鏃の様になっており『悪魔の尻尾』というイメージ通りのデザインだ。

尻尾を眠ったサハギンの頭に突き刺し、中から雲の様なものを引きずり出す。これが夢への入り口だ。

「悪魔城、切り崩させてもらう」

カラスはその中へ飛び込んだ。目的はこのサハギンが見ている夢ではないので、その空間はさっさと通り過ぎることにした。誘惑した後の夢は大体正視に堪えないので、聴こえてくる自分の甘い声も忘れる様にしている。

(私は絶対あんな声出さない……!)

あくまでこれは誘惑をモロに受けたサハギンの夢なので妄想に過ぎない。と分かってはいても自分の歌を録音して聞く様な恥ずかしさがある。

(さっさと次の夢へ行こう)

カラスの計画はこうだ。催眠で寝かした悪魔の夢を起点に、悪魔城中の寝ている悪魔の夢を経由して四つの城を行き来する。

「あれ?出口どこかな……?」

駆け足で去る予定が、出口を見つけられずに狂ってしまう。反対側を探そうとすれば恐らく自分のあられもない姿を見ることになるだろう。しかしここは個人的な恥じらいより世界の命運、後で忘れることを決意して振り向いた。

「……」

そこではカラスの予想していた様な情事は行われておらず、サハギンがクッキーを乗せた皿を手にしていた。夢の存在であるカラスはそれを膝立ちで食べさせられていた。

「やだ……お口の中がパッサパサ……ミルクちょうだい」

「何食わせてんの?」

いちいち扇情的な態度を取る夢カラス。一体どんなプレイだと本体も困惑する有様だ。サキュバスは獲物に合わせて姿が大きく変化するのだが、獲物の性癖がおかしいと苦労するらしい。純血ではないカラスは微調整止まりで自在に変化出来ないことをコンプレックスに思っていたが、こういう問題を考えると良かったのかもしれないと思ったりした。

謎プレイは無視し、夢の世界を出る。悪魔城内で眠っている悪魔達の夢が宇宙の様に広がる空間へ飛び出すと、意識を集中させて魔力を探知する。ドラキュラが余程臆病で悪魔城に存在するという絵画世界や鏡面世界に潜って無い限り、彼クラスの邪気ともなれば夢世界経由でも探知出来る。

これは特段、ドラキュラが気配の隠匿を苦手としているというわけではない。人の悪意の総体である彼の邪悪さは城の中まで入ってしまえば隠せるものではないという理由がある。本気で隠そうと思えば城ごと隠れる勢いの大規模な隠蔽魔術が必要であり、魔の貴族たる彼が城を蘇らせるレベルで復活しておいて隠れるというのも性格的に考えにくい。

よしんば痛い目を見た経験から城の最奥に鎮座しようとして絵画世界や鏡面世界に隠れようとも、やはり彼の強大な邪気は完全に遮断出来ない。

特に同じ吸血鬼で感知能力に優れたカラスの目を掻い潜るとなると、ドラキュラほど大きな存在だと却って難しいだろう。

「ここね」

カラスはドラキュラの魔力を探し出す。場所は裏逆さ悪魔城だ。まずは逆さ悪魔城で寝ている悪魔の夢へ侵入する。夢経由の移動は予測されていたのか、結界が張られている。

(この程度……)

しかしそこは高位の夢魔とのハーフ、カラスは結界を破壊することなく移動する。結界に穴を開けるなどして傷つけると術者に悟られてしまう。結界突破の基本はセキュリティホールを見つけて密かに侵入することだ。

次に、同様の手順で裏逆さ悪魔城へ移動する。結界のレベルは決して低くはない。ドラキュラの愛妾に高位の夢魔が複数いるのだろう。ドラキュラクラスのカリスマとなれば、悪魔城の魔力に惹かれてやってきたもののいざその姿を目にして当初はそのつもりがなくても心酔しまう者は少なくない。

そうした者の中から夢の中の結界術に秀でた者を複数人使って張ったのだろうが、カラスには意味の無いことだ。先日の水子との戦いは慣れが悪い方向に出て不覚を取ったが、未だ侵入に気づかせない手際は流石、Sクラス序列三位。

(汚名挽回だ。真祖の系譜ではない人の悪意が集っただけの曖昧な吸血鬼ごとき、すぐに屠ってやる)

カラスはなるべくドラキュラの居場所に近い夢を探す。汚名挽回は用法として間違っているが日本人ではない彼女にとって、日本語は難しく問題無く会話するだけでも大変だ。日本語で記された書類は魔法でミームを取り出して読むという有様。

(大分距離が空いている、というより面倒だな……。普通の配下や野良悪魔が入れない場所に陣取っている)

ドラキュラの位置は発見した。裏逆さ城における頂上、地下の最奥だ。しかしその周囲には配下である悪魔がいない。

一旦現実に出てからそこへ向かおうにも、ドラキュラのいる地下エリアへ通じる道には更なる結界が施されていることが夢の中からでも感知出来る。これまたかなり厳重な警備だ。夢の中の結界なら容易に破れるカラスでも、現実に本気で貼り付けた結界を解くのは骨だ。おそらく結界の解除に取り掛かった瞬間、術者に悟られて敵を送り込まれてしまうに違いない。

有象無象など蹴散らすのに苦労はしないが、人質の救出という目的からすれば無駄な騒ぎは避けたい。

(だが失策だったぞ、ドラキュラ)

万策尽きたかの様に思われたカラスだが、彼女はドラキュラが『一般女性』を魂ではなく生きた状態で人質にしていることを忘れていなかった。

 

   @

 

悪魔城の最奥には、表悪魔城の頂上にあるものと殆ど同じ構造の玉座の間があった。違うのは月明かりを取り込む窓が無く、天井も低めで照明が薄暗い蝋燭の火のみという点くらいか。だが、蝋燭は溶けてこそいるがそれ以上蝋が溶ける様子を見せず、明るさも小さな火とは思えないほどしっかり確保されている。

職人が木材に丁寧な彫刻を施した、座面の赤いソファにミリアは座らされていた。死神に攫われ、人質になった彼女を待っていたのは思いのほかな高待遇であった。

二人掛けの座席に、寝そべる様な姿勢を取らされる。座面の座り心地もさることながら、彼女の身体を支えるためにクッションがいくつも用意され適切な場所に置かれている。

「これ手作りなんだ、クオリティ高いね。今度一緒にコミケ出ない?」

ミリアはドラキュラの選んだ、というより作った衣服を着せられていた。黒いエプロンドレスで、メイドを意識したものだと思われる。だがスカートの丈が短いばかりか、オフショルダーに加え袖も肘上までしかないので肩や腕も大胆に露出している。脚はタイツに覆われているがデニール値が低く素肌の色が透け、網目の様な模様もある。

ヘアアレンジは弄られていないが、サイドテールを結い上げる髪飾りも赤いジュエルが輝く蝙蝠の翼を模した物になっている。ドラキュラ拘りの、本物のルビーを使ったアクセサリーだ。

コスプレを趣味とする者として見逃せない技術を感じたミリアはあろうことかドラキュラを勧誘するが、死神が諌める。

「口を慎め。貴様自分の立場がわかっているのか?」

ドラキュラは王座でワインの飲みながら死神が連れてきたミリアを眺める。自分の作った衣装のデザインもさることながら、彼女の美貌が際立つ。

「ふん、やはり黒はいい。黒は女を美しくする……」

「メイド服かぁ……」

首のチョーカーやブレスレット、左脚のガーターリングは皮のベルトになっている。黒いエプロンは背中の結び目がコウモリの翼みたいになっている芸の細かさだ。

「うちの社長とは合わないんじゃないかな? メイドといったらロングスカートの人だし」

「え、いいだろミニスカ。ダメなの?」

 女性は貞淑たれという時代の人間なので、ドラキュラはミニスカートの衝撃にやられて以来、固執する様になった。ビキニとか見せたらもうダメそうというかお前は思春期の中学生か。

「いや、拘る人は拘るから戦争に……戦争に……」

 ドラキュラとコスプレ談義を交わすミリアだったが、急にうとうとし始めて忽ち寝息を立ててしまった。それと同時に、彼女の頭から靄の様なものが出て、その中から一人の少女が出現する。

「誤算だったなドラキュラ。一般人を連れ込んでいなければ眠らせて夢を伝うことも出来なかっただろうに」

 その少女は、カラスだった。彼女は玉座にいるミリアの意識に潜り込み、眠らせて夢を見させることで出入口として使用したのだ。

「この魔力、小娘、只者ではないな?」

「お前はここで死ぬ。百年後にまた会おう」

 カラスはドラキュラに向かって飛び掛かり、魔剣を振り下ろす。しかし伯爵は姿を消して回避した。それと同時に、死神が小さな鎌を飛ばして援護してくる。

「ふん、小細工を……」

それを剣で弾くと、物陰から包帯が複数飛んできてカラスを拘束しようとしてくる。それでも間一髪で避け、床に着地する。が、急に身体が石の様に重くなって動けなくなってしまう。

「くっ……なんだ?」

 なんと、いつの間にか髪の毛と下半身が蛇の女が目の前に現れ、鋭い眼光を飛ばす。

(悪魔城四天王……メドゥサか……!)

 見つめられると石になってしまう目を持つ悪魔、メドゥサ。しかしカラスほどの者なら石化はしない。それでも、身体が僅かに固まってしまう。

 行動できなくなったカラスの手足に向かって、先ほどの包帯が飛ぶ。両手脚を包帯に絡めとられ、更に身動きを封じられた。それをしたのは、ミイラ男であった。

(同じく四天王、ミイラ男?)

 完全に動けなくなったカラスへ、飛び掛かる影があった。それは狼男であった。さらに遠くからは継ぎ接ぎの化け物、フランケンシュタインが電流を飛ばしてくる。

(悪魔城四天王全員をここに集めたの?)

 まさかの思い切った戦術にカラスは驚愕する。それ以外にも、おおこうもりや赤いコウモリの群体『バットカンパニー』、白い人の様なものが集まった団子の化け物、同じく球状になっているがこちらは骸骨の寄せ集めであるもの、両脇に浮かぶ剣を携えた空飛ぶ鎧、オーケストラの指揮者らしき恰好をしたイナゴの様な悪魔が集まっている。なるべく回せるだけの戦力を回したということなのか。

「さぁ死ね! 遠慮なく!」

 ドラキュラは炎の弾を連射し、死神も鎌を手に迫ってくる。イナゴの悪魔も大量のイナゴを放った。絶体絶命のピンチである。が、彼女は最初こそ驚いたものの冷静であった。

「この程度……!」

 カラスはまず自分を拘束しているメドゥサを睨み返す。すると、メドゥサの眼球が潰れて血を吹き出す。彼女は金切り声を上げて顔を抑える。石化の魔眼に対し、自身の魅了の魔眼を最大出力で放って跳ね返したのだ。これで身体の自由は一先ず取り戻した。

「ふん……!」

 そして手足を拘束しているミイラ男を、包帯ごと力任せに振り回してフランケンシュタインにぶつける。空気を切る音が聞こえるほどの速度だったので誰もミイラ男がフランケンシュタインまで向かう軌道を見ることが出来なかった。ぶつかった二人からはへし折れる様な音がする。

包帯をちぎると即座に、自分に接近してくる敵を狼男、おおこうもり、バットカンパニー、空飛ぶ鎧の順に一撃の下斬り伏せる。狼男は上半身と下半身が泣き別れ、おおこうもりは縦に真っ二つ、間に挟まったドラキュラの火炎弾も容易く弾かれ、バットカンパニーは剣が纏った光に呑まれて一瞬で全滅し、イナゴの群れは手の平から放った炎で焼き尽くし、鎧は咄嗟に剣で防いだものの、二本の剣ごと無理矢理叩き潰された。

「貴様……!」

 さすがの死神はカラスと切り結んだが、一気に手勢を倒された事実は覆らない。四天王と呼ばれたほどのレベルを含む悪魔が四体も瞬殺され、残る四天王も死んでこそいないが重傷を負っている。

「この程度で私を倒せると思わないで」

 カラスが力を込めて思い切り剣を振り抜く。力負けすると判断して避けた死神だったが、剣からは斬撃が飛んで昏倒しているミイラ男とフランケンシュタインに命中、二体を纏めて爆散させる。

「しまった……! 貴重なおおこうもりさんが……」

「なぁ、これマズくない?」

 死神は現実から逃げる様に、おおこうもりの死だけを悼む。ドラキュラも旗色の悪さを感じていた。その隙に、カラスが指を鳴らしただけで団子の化け物は二体とも発火して瞬間的に灰と化す。

「レギオンセイントー! レギオンコープスー!」

「え? なにレギオンって二種類いたの?」

 死神はその死を嘆くが、自分の配下に派生種がいたことにドラキュラは驚いていた。イナゴの悪魔は怯まず攻撃を続ける。

「奏でよう、レクイエムを!」

 カラスの四方八方からイナゴの群れが襲い掛かる。だが、彼女はこのおぞましい光景にも全くたじろぐことは無かった。

「知らない? レイクエムはモーツァルトの最期の曲なのよ?」

 彼女の周囲に猛吹雪が巻き起こり、イナゴは凍らされて風の力で粉々にされていく。そして、その吹雪の中から雷鳴がイナゴの悪魔とメデゥサに向かって放たれる。玉座の間を眩いばかりに照らしたその雷は、光が晴れると同時に命中した二体を黒焦げにして殺していた。

「はわわ……アバドンはおろかメデゥサまで……」

「何がはわわだ!」

 慌てる死神をドラキュラが叱る。せっかく立てた作戦も相手の規格外な強さに台無しだ。

(こうなったら最後の手段です、ドラキュラ様、今から奴に隙が出来ます。絶対逃さないように!)

 死神がとっておきの作戦を提示する。相手の地獄耳を警戒して詳細は伏せられていたが、ドラキュラは何百年もの付き合いになる腹心を信じることにした。

(なんだかよくわからんが、やるぞ!)

 露払いを終え、ドラキュラを倒すべく向かってくるカラス。彼女の聴覚は二人の内緒話をしっかり聞いていた。だが、自分に隙が出来るとは思っていない。死神はマントからあるリモコンを取り出してボタンを押す。

『×××が×××!』

「な……なに?」

 カラスは自分の付近からとても下品でくだらないジョークが聞こえ、一瞬混乱する。たしかに一瞬隙が出来たが、本当に一瞬だ。攻撃の手を休めるほどのものではなく、この瞬間に攻撃を受けても対応できる程度のものだった。

 だが、『本命』は後からやってくる。何かが彼女の身体を吹き飛ばしたのだ。カラスが反応出来ないほどの速度で、それも壁に叩きつけられてようやく気付く様なスピードで。

「っ……!?」

 壁は大きく凹み、彼女はあまりの衝撃で息が出来なかった。か細い身体が軋み、全身が砕ける音を聞いた。何か、生暖かい液体が全身に浴びせられている。

 ドラキュラは死神に言われた通りこの隙を逃さず、地面にカラスが落ちる前に抱き留める。そして、服を無理矢理はだけさせると首筋に噛みついた。容赦なく血を吸い、その白い柔肌に己の痕跡を残す。

(しまっ……!)

 これはただの吸血行為ではない。支配の契りと呼ばれる刻印だ。これを施されれば相手の虜となり、心を、意思を奪われる。

「うぁ……」

 カラスは身体が火照り、メドゥサの魔眼などよりも強く身体の自由が効かなくなる。もはや指先一つ動かすことすらままならない。頭がぼやけ、胸が高鳴る。今意識を失えば、次目を覚ました時は自分が自分で無くなっているだろう。ドラキュラに心酔する、魔の眷属になってしまう。

「お休み、レディ。私の物になるといい」

 ドラキュラは高らかに勝利宣言をする。例え配下を一掃しても底知れぬ存在、ここに悪の総帥たる力を見せつけた。

「ふふ……とりあえず『邪魔者』は消えたね」

 その様子を亡霊の少年はスマホで写真に撮り、インスタグラムに投稿する。これにより、敵にドラキュラの脅威を知らせつつ人質が増えたことを外に伝えられると死神に提案して承認された作戦であったりする。

 希望であるS級退魔師が敗れ去った今、人類に望みは残されているのか? いや、まだ彼らが残っている。騒動喫茶、ユニオンリバーが!

 




 プレイアブル解説

 カラス
 膨大なHPとMPを持ち、圧倒的攻撃力で敵を殲滅できる。多彩な魔法も使え、例え耐久属性の最弱クラス魔法でもボス級エネミーのHPをごっそり持っていくことが可能。武器攻撃でもものの数発でボスを消せるほどの力を持つ。攻撃を受けても高い防御力で殆どダメージにならず、陽歌を凌駕するHPリストレイトで常に満タンのHPを維持出来る。MPにもハイペースのリストレイトがあるので魔法だって使い放題だ。
 こんなに強くて、負ける要素なんて見当たらないのだ!


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ステージ3 全選手入城!

 遂に集いし精鋭達! 悪魔城に侵入し、ミリア(とついでにカラス)を助けるのだ!
 勝利条件:悪魔城への到達
 敗北条件:プレイアブルキャラの全滅


 さなと陽歌は問題の城の前にやってきた。兎に付いて行ったのだが、街中と思わしき場所を進んでいた筈である。にも関わらず、たどり着いたのは森に囲まれた大きな湖とその中心に建つ城があるという有り様だ。

湖は堀の役割をしており、巨大な監視塔を潜って石橋を渡らなければならないが、道中が跳ね橋になっている。跳ね橋は当然、持ち上がっていて侵入者を通さない。

「さて、どうしたものか……」

「とにかく、進むしかない」

さなは厳重な城の警備を見て、これ以上の接近は無理と判断した。一方、早いところミリアを助けたい陽歌は早く先へ進みたかった。が、ここまで案内してくれた一つ目の兎は行く手を塞ぐ。

「早くしないとミリアさんが……」

「乗り過ごした電車を走って追い掛けるより、次の電車に乗った方が早いこともあるよ。特に目的地が遠い時はね」

焦る陽歌に、さなは言う。既に救援は呼んであり、後はそれを待つだけなのだ。

「それって……」

「うちには正攻法で攻略するにしても裏技を使うにしても手っ取り早い方法があるってこと。まぁもう少し待ちなよ。目は覚めただろうけど体力は戻ってないだろうしさ」

二人は暫く待つことにした。肝心の救援が来るまで。

すると、ガシャッガシャッと足音が聞こえ、遠くから一匹の大きな機械のライオンがやってくる。陽歌はそれに見覚えがあった。喫茶店のガレージにいたものだ。

「ワイルドライガー?」

「来たね」

白と青の機械のライオン、ワイルドライガーに乗ってやってきたのは、四人の少女だった。

「いやー、狭かったですよこれ」

「エヴァリー」

真っ先に降りてきたのは、緑の髪を二つ結びにした少女。エヴァリー、通称、エヴァである。陽歌は彼女達四聖騎士団を通称ではなく正式名で呼ぶ傾向にある。彼をユニオンリバーに引き取って色々やっている黒幕的存在なのだが、底知れぬぐだっとした空気を纏っている。

「本来1人乗りなんだから当たり前だアホ姉!」

ライガーの上からエヴァに反論したのは、緑髪を伸ばした少女。エヴァの末妹であるヴァネッサだ。

「いやすいません無理に乗せてもらって……」

次に降りてきたのは赤いポニーテールに丸眼鏡の少女。小動物的な印象を受け、エヴァやヴァネッサはともかく陽歌並に頼れるかどうか微妙な雰囲気を感じる。だが、彼はこの人物を見てある種の安心感を覚えた。

「シエルさん! 前線に来るなんて珍しいですね」

「今回はその方がいいと思いまして」

この少女、シエルは陽歌も何だかんだ世話になっている。ミリアやさなと出会った事件でオペレーターとして彼らをサポートしてくれた。

「ごはんー!」

「さくらさん? さくらさーん!?」

ワイルドライガーから飛び降りるなり、監視塔に向かって突貫するピンク髪の少女が一人いた。幼さを残す顔に似合わずグラマラスな肢体を持つ美少女だが第一声が全てを台無しにする。

彼女は城戸咲良。何気に右が緑、左が青のオッドアイなのでオッドアイ仲間として陽歌は付き合いがあったりする。

「ハロウィンパーティが楽しみなんでしょう」

「まさか食い気だけでこの事件解決するつもりなんじゃ……」

エヴァも特にブレーキはかけない。背負った大剣を軽々振り回して城へ突撃するさくらに置いて行かれぬ様、陽歌、さな、エヴァ、シエルも付いていく。

「私はライガー停めておくからな。切符取られたくねーし」

ヴァネッサはワイルドライガーの駐機場所を確保する為に残る。ロウフルシティではワイルドライガーの様なゾイドに関する交通整備も進んでおり、下手に放置すると違反切符を切られて罰金だ。

「ったく、警察ならともかくなんで治安局みてーな民間に違反取られなきゃいけねーんだ?」

そしてその管理をするのがロウフルシティを牛耳る大企業、スロウンズインダストリアルの私設警備組織、治安局。つまり警察では無い上、法的な根拠も無い。乗り回す側からは不満しか出ない有り様だ。

 

監視塔を潜り抜けた五人は跳ね橋の前にやってくる。サーチライトが暗い道を照らし、侵入者を探していた。もちろん、先頭を走るさくらにこれを回避するという発想は無い。

「見つかった!」

ライトが彼らを発見すると、何かを叩く様な警告音が鳴り響く。陽歌は敵を警戒し、銃を抜く。彼らの前に出てきたのは、巨大な骸骨であった。

「亡霊タイプ! こいつは僕が……」

ボンヤリしたその姿から物理的攻撃が効かない亡霊であることを察した陽歌は銃口を敵に向ける。が、その瞬間、さくらが大剣でその巨大な骸骨をバッサリ切り捨てた。

「ええ?」

「俺たちをただの剣だと思うなよ!」

そして剣から声がする。さくらの剣はこの声の言う通りただの大剣ではない。ロックという龍が宿る宝剣なのだ。 魔法の力を持っているため、亡霊に対しても効果を持つ。

「早くごはんー!」

そのままさくらは突撃を止めず、跳ね橋を突進技で粉々に粉砕してしまう。見事に交通手段が無くなったが、無関係とばかりに彼女は橋の分の穴を飛び越える。エヴァとさなはそこに続く。陽歌には戦わせたくないので二人共あわよくば置いていく気満々だ。

「あ、そうだ。話の大枠はエヴァさんから聞いていますが、その兎さんについて話があります」

「はい?」

シエルは一旦、歩みを止めて陽歌の側にいる一つ目の兎を気にする。

「その兎さんって、『怪異』の類だと思うんですけど、どこで『仲魔』にしたんですかー?」

「え? 怪異?」

シエルはこの兎をただの動物ではないと判断した。それには陽歌も心当たりがあった。突然いなくなったことはともかく、ただの兎にしては名古屋やこの静岡に現れたり、行動範囲が広すぎる。

「はい、あなたに取り憑いているみたいなんです。随分陽歌くんのことを気に入っているみたいで……」

「うーん、前に通っていた小学校の兎小屋にいてですね、何だか他人に思えなくって特に気にしてた子なんです。ある日を境にいなくなってしまったんですけど……」

陽歌は経緯を説明した。もちろん、自分のピンチには度々駆けつけてくれることも。シエルはその兎がどういう存在なのか、解説する。

「簡単に言ってしまえば、その子は『悪魔』ですー」

「え? 悪魔?」

「意思を持つ怪異を纏めて便宜上そう呼ぶだけですけどね。有名な怪談に『一つ目の兎』、というものがあるんです」

悪魔という呼称に陽歌は驚くが、単に神以外が召還した超常の存在や、土地神が一神教によって悪魔へ貶められることもあるので悪しき存在という意味ではないとシエルは解説する。

彼女は国立魔法協会と呼ばれる機関で司書をしており、魔法にはとても詳しい。今回も魔の存在であるこの城を攻略するキーパーソンとしてエヴァが連れてきた程である。

「一つ目の兎の怪談ですか?」

「はい。多分同じことを体験していると思うのでサックリしたあらすじになりますが、兎小屋にこのような一つ目の兎がいたという話ですー。語り部は『こんな兎もいるんだなぁ』と気にしていなかったのですが、ある日小屋の外から檻になっている金網に木の棒を差し込んで兎を虐めた子がいまんですねー。すると何故か小屋の中にいるはずの一つ目の兎がその子の脚に噛み付いていたのです。しかもその歯形は明らかに人間のものだったとか……。つまりこの兎は力こそ微弱ですが怪談の属性を持つ悪魔なんですー」

「それで僕のとこに時々来たんだ……」

ただの兎ではなく魔の存在、だから陽歌のピンチに駆けつけることが出来た一方で、力が足りないため周囲に自分と同じ様な怪異がいないと姿を現すことが出来なかったのだ。

「本来、悪魔と契約を結んで仲魔にするには呼び出す手間や契約の代償が必要です。しかし、向こうから懐いているのなら現界のコストを負担するだけ。これを機に正式な契約を結んで仲魔にしましょうよー。契約をすればこの子も存在が安定していつでも力になってくれます」

「そうですね。ひとりぼっち時代からの長い付き合いだ、これからもよろしく頼むよ」

シエルの提案で、陽歌は一つ目の兎と契約を結ぶことになった。戦力としては決して頼れるものではないかもしれないが、馴染みの顔が傍にいるのはありがたいものだ。

「はい、という訳で契約してしまいましょう。実は兎さんの件はエヴァさんから聞いていて、その為に準備したものがありますから」

シエルは一枚の羊皮紙を地面に敷いた。そこには魔方陣が書かれている。

「二人共、この魔方陣に手を乗せて下さい」

「はい」

陽歌はしゃがみこみ、羊皮紙の魔方陣に義手の手を乗せる。そこでふと気になった。

「これって義手でも有効なんですか?」

「『手を置く』という行為そのものが重要なので、有効です」

一つ目の兎も手を乗せる。すると魔方陣が赤く輝き出し、生き物かの様に動き始める。シエルは詠唱を開始し、契約の手順を進める。

「契約者、浅野陽歌が怪談の悪魔に宣誓する。汝、我が従僕として仕えよ。名を与えることでこの契約の証とする」

シエルは陽歌に彼が行うべき手順を説明する。

「この子に名前を付けて下さい。それが契約の証になります」

「名前……えっーと……」

彼はしばらく考え、自分に寄り添い続けた一つ目の兎に名を与える。それは、兎が出てくる代表的な物語を書いた人物のペンネームから取られたものであった。

「ルイス。今日から君はルイスだ。よろしくね」

これにより契約は成立。魔方陣は二人を包み、消えていく。同時に陽歌の右手の甲に紋章の様な物が浮かび上がる。赤いもの一つと、青白いもの二つのパーツで構成されたものだったが、すぐに消えてしまう。

「これは?」

「悪魔遣いの証にして、絶対命令行使権です。お二人の間では必要ないと思いますが……」

そうした保険の様なものも存在するのだ。それだけ、本来なら悪魔との契約はリスクを伴うということになる。

「そして、これが話を聞いて用意したものですー」

大方の話をエヴァから聞いていたというシエルは、この兎、ルイスとの契約を見越してアイテムを用意していた。彼女が取り出したのは、レトロゲームのカセットにも見える小さな少し厚い長方形の板であった。短辺の一つに端子らしきものもあるので、本当にカセットに見える。刻印された文字からして、縦長になる様に持つのが正しいらしい。

 カセットには縦書きで『ラピットアニマル』の文字が書かれている。そして、何の動物かは特定出来ないが動物のシルエットも描かれている。

「悪魔を強化するプログラムですー。これなら基本的に弱い悪魔でもパワーアップして戦闘に耐えられる様になります。ハッキリと使う意思を持って横のボタンを押して起動してください」

「詳細は分からないけど、シエルさんが用意したなら大丈夫でしょ」

 陽歌はシエルの指示通りに、カセットの横に付いているボタンを押して起動する。うっかりで暴発しない様にするためなのか、使う意思を持って押す、と彼女は説明したが具体的には魔力を流して起動させる必要がある。魔法と縁など無い陽歌でも魔力は人間ならば微弱には持っているので、魔法は使えずともこれを起動することに難は無い。

『ラピット!』

 カセットが光り、音声が鳴る。

「もう一度ボタンを同じ様に押してくださいー」

 暴発防止措置なのか結構厳重に安全装置が掛けられており、ボタンを再度押す様に指示される。再びボタンを押すと、光るのは同じだが音声が変わる。

『animals program』

「それを今度は契約の紋章に翳してくださいー」

 そして次は、右手の紋章にそれを触れさせると来た。一度は消えた紋章だが、使おうとする意志を見せるなり右手の甲に出現する。そこにカセットを近づけると、何かが読み込まれる様な音と共に、陽歌の目の前にポリゴンで出来た動物のシルエットが出現する。

『open your eyes』

「それをルイスに刺してください」

「え?」

 急にそんなことを言われたので、陽歌は戸惑ってしまう。恐る恐るカセットをルイスに近づけると、それはルイスの中に吸い込まれていった。

「うわぁ!」

 そしてポリゴンの動物はバラバラになって宙を舞い、0と1の帯となってルイスへ集まっていく。それを纏ったルイスは光と共に大きく姿を変える。

 サラブレッドほどの巨体になり、兎のようなふわふわを維持しつつ、その暖かそうな毛皮からは細身でしなやかながら強靭な四本脚が生える。

「おお、何だかホッキョクウサギみたいになったぞ」

「あー、多分あなたのそのイメージも反映してますねー」

 大きな体躯の割に兎としては耳が短く、特徴だった一つ目も一般的な動物らしい二つ目になっている。光が弾けると、陽歌には読めない文字の様なものが周囲を回って何かを伝える。

「『ポラリスラグゥ』。この子の種別ですね」

 シエルにはそれを読むことが出来た。仲魔が何に変化したのかを知らせる機能もあるらしい。ポラリスラグゥへと変貌を遂げたルイスは身体を屈めて陽歌へ背中に乗る様促した。

「よし、行くよ!」

 陽歌を乗せて走り出すルイス。シエルはそれに飛行魔法で追随する。ルイスの脚力は凄まじく向上しており、忽ち景色が溶けるほどの速度まで加速した上に本来なら跳ね橋を必要とする穴を容易に飛び越えて向こう側に到達する。それでいて、乗っている陽歌には殆ど衝撃が伝わらないほど柔軟なバネを持っている。

「凄い!」

 驚くべき能力に関心する陽歌だったが、怪異と呼ばれる存在が強化されて辿り着く領域に生身で踏み込んでいるさくらやさなは何だろうという疑問が頭を過ってしまう。エヴァは一応、ロボットなので疑問には思わなかったが。

 

   @

 

「さて……跳ね橋を降ろしてやるか」

ワイルドライガーを停めたヴァネッサは城へ向かう跳ね橋を降ろすため、監視塔へ向かった。大体、こういうもののスイッチは橋やそこから入る人間の見える高い場所に設置されているものなのだ。

陽歌達が走り抜けた監視塔は、吹き抜けになっておりどういう仕組みか石の床が柱の支えも無く浮かんでいる。ヴァネッサは軽々とその飛び石地帯を登っていくと、あっという間に天井に突き当たる。塔はもっと高い筈だが、これはどういうことか。

「なるほど、こういうことか」

彼女は無銘と呼んでいる愛用のガンブレードを取り出し、天井を斬り付ける。インパクトの瞬間、引き金を引くと銃声と共に衝撃が増す。天井に穴が空き、上に登れる様になる。

「やっぱりな。ん?」

そこでヴァネッサは下から巨大な蟹の様な悪魔が迫っていることに気づいた。監視塔の幅いっぱいの巨体で、脚を壁に引っ掻けて登ってくるではないか。

天井付近に近づくと、蟹の悪魔は緑色の身体に力を込めて茹で上がった様な赤色に変化する。そして、鋏を鳴らして天井へ攻撃を仕掛ける。一発では破壊出来ないのか、数回叩いて天井を砕く。

「敵がやっぱいるよね」

特に慌てた様子も無いヴァネッサは引き続き、飛び石の足場を登っていく。進行方向にいるわけではないので無視するのが手っ取り早いと彼女は感じていた。蟹がガスや泡で攻撃を仕掛けるが、軽やかに避けていく。登ると、また天井があるので ガンブレードで破壊して先に進む。

一発で自分の通れる穴を作れるヴァネッサに対し、蟹の悪魔は数発全力で鋏を叩き込まないとならず、距離は開く一方だ。

「ん?」

繰り返していると、天井にも変化が見られた。刺が下に伸びている天井を目にすることになった。が、その左右に抜け穴の様なものがあるではないか。

「こっちか」

その抜け穴を通ると、天井を避けて上に登れる様になっていた。天井の正体は巨大なエレベーターの床であった。エレベーターとはいえ、しっかりと箱になっているわけではなく床板を木の枠で囲っている様なもので石の壁が見える。今は使わないので彼女はそれを一旦無視し、跳ね橋のレバーを探した。

「あったあった」

塔の外へ伸びるベランダにレバーは設置されていた。ここから跳ね橋の様子も見ることが出来る。だが、降ろす予定の跳ね橋は見るも無惨に砕かれていた。

「おいおい……」

ヴァネッサはこういう事態に慣れていたのか、特に驚くことなく引き返すことを決めた。面倒なので、せっかくあるのだからとエレベーターを使うことにした。

「これかな?」

エレベーターのレバーを引くと、エレベーターは想像の倍以上の速度で下に下がっていく。その際、蟹が巻き込まれた。

「おおおいいい!」

 周囲の壁にべったりと蟹の血が残る様を見せられ、ヴァネッサはドン引きした。一番下までエレベーターが落ちると、蟹の血が一帯に血が撒き散らされる。床もしっかり接地出来てなくてぐにぐに柔らかい感触があり、妙に生々しかった。

「……」

 完全にやる気を削がれたヴァネッサはそのままワイルドライガーのところへ戻っていった。

 

   @

 

 跳ね橋を超えても尚続くほど石橋は長く、湖を利用した堀の広大さを思い知らされる。きっとこの湖にも配下や集ってきた悪魔がいるのだろう。

「ごはんー!」

爆走を続けるさくらを止められる悪魔はいなかった。明らかにボスクラスだろう巨大な悪魔が雑魚同然になぎ倒されていき、もはやユニリバ無双としか言えない有様だった。剣に触れる傍から紙の様にスッパリ切れて炎と共に消えていく。大剣なので当然どんなに素早く振り回しても物理的に振り回す際の隙があるのだが、そこに攻撃を仕掛けても蹴りやパンチが飛んできて吹き飛ばされ、剣で斬られるのと大差ないダメージを受けて消し飛ぶ。

 その勢いについて行くことで、エヴァとさなは戦うこと無く先に進めた。そして遂に三人は見上げるほど巨大な城門の前に辿り着いた。城は更に高く強固な石の塀に囲まれており、守りの硬さを伺わせる。

ようやく石橋が終わり、城の本体に肉薄出来る。並のヴァンパイアハンターならばここに来る前に死ぬ者の方が多数だろう。

 進んでいくと、三人が通った道の下から柵が昇って来て道を塞ぐ。

「ん?」

 前方の門が開くと、小さなゴブリンが二人、二本の鎖を引っ張ってボロ布を被った猫背の巨人を連れて来た。鎖は腕に繋がれており、その手には身の丈ほどもある巨大な斧を持っていた。巨人の上にもゴブリンが乗っており、他の二人と違いが無いのに偉そうに指示を出す。

 巨人の足が止まるとゴブリンが鎖を強く引っ張る。それが巨人の不評を買ったのか、一人のゴブリンに拳骨を食らわせて倒す。おそらく頭蓋骨や頸椎を折られて絶命しただろう。そしてもう一人のゴブリンも鎖をちぎってそれごと橋の外に投げ捨てた。上に乗ったゴブリンはぴょんぴょん飛んで怒りを表すが、それを持って投げ……」

「いっけー!」

 という一連の登場演出を無視する様にさくらが大剣を奮う。聖剣の様なビームが巨人を襲い、その後ろで地味に進路を塞いでいた鉄の柵ごと吹っ飛ばして消し炭にした。演出すら許さない圧倒的な力を見せつける。

「さて、もうすぐ城の中ですよ」

「この調子だと城ごと吹き飛ばしそうだね」

 門を通って、塀の中へ侵入する三人。そこへ、進化を果たしたルイスに乗った陽歌と飛行するシエルが追い付く。

「ここまで敵がいなかったんだけど……」

「まぁみんな死んだからね~」

 一切の妨害に遭わなかったことに困惑する陽歌へ、エヴァは簡単な説明で済ませる。一行は揃って先へ進む。城への入り口は一体誰が潜るのを想定しているのかというほど大きな扉で、彼らが近づくと何もしていないのに扉は開いた。

「誘ってる……?」

「いや、まさか」

 さなは敵がこちらを迎え撃つ気ではと予想したが、陽歌は城の構造にも見られるほどの入念な妨害からそれは無いと考える。扉の中からは白い不気味な仮面を被った、黒いてるてる坊主みたいな悪魔が現れ、一行に一言を告げる。

「トレバー、今はその時ではない」

 それだけ言うと、悪魔は引っ込んで扉を閉める。やはり歓迎する気はない様だ。

「ふん」

 さなが扉を殴ると、あれほど巨大な物体がまるで発泡スチロール製だったかの様に、容易に吹き飛ぶ。軽々と砕け散ったにしては重い音が辺りに響く。件の悪魔はバラバラになった扉の前で唖然としていた。

「いや、あの……まだその時では……」

 その隙に、エヴァがいつの間にか手にしていた二本の光剣で悪魔を切り伏せた。

「体験版のふりはいけませんねー、これ製品版なので」

 そのぐだぐだした態度からは想像も出来ない早業だった。悪魔は自分が死んだことすら自覚出来ないだろう。これが四聖騎士団を統括する人物の実力、その一端なのだ。

 

こうして、全選手が入城した。果たして、ミリアとカラスの運命は? 世界は闇に包まれてしまうのか? 全ては、五人の少年少女と一匹の兎に託された!

全選手入城!

四聖騎士団統括、青龍長女! 全てのぐだぐたと娯楽を愛する騎士! 夜更かしはいいけど明けない夜はご勘弁! エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーンだ!

月の住人にしてミリアの保護者! その正体は狐か狼か、自称普通の女の子! トランジスタモンスターマシン、さなの登場だ!

三度の飯より四度の飯よ! 流浪の魔法剣士(ソーディアン)、美味しいご飯がある世界を守る為なら不可能など存在しない! 城戸咲良こと、サクラ・ルーシェ・クアトリガ! 宝剣ラグナと融合した相棒の皇龍ロックと共に参戦だ!

国立魔法協会所属! 見た目に騙されるな、架空の魔法だって使いこなす伝説級『司書(セイファート)』! 永遠の初心者、シエル・ラブラドライトが何と前線入りだ!

ヤバイ級のメンバーに真人間が飛び入り参加! 新進気鋭のフェミニンガンスリンガー、浅野陽歌が無謀にも悪魔城へ挑む! かつて救われた恩は、必ず報いてみせる!

近代怪談から参戦! 一つ目兎のルイスだ! 不安定? 希薄? 否! 全ては可能性と伸び代の裏返しだ! 主を守る為に怪談が伝説の悪魔に立ち向かう!

 加えて前線をサポートする豪華なアシスタントをご用意いたしました!

 ユニオンリバー、そしてAIONを支えるチート錬金術師! だいたいこいつのせい! 早く酒を取り上げろ! アスルト・ヨルムンガンド!

 万能の魔法は一人で成らず! シエルの姉貴分、霊鳥ラピード・シェラレオーネ!

 みんなが帰る家と世界を守ってこそ一人前のメイド! アステリア・テラ・ムーンス!

 どうやら一名は到着が遅れているようですが、到着次第皆さんにご紹介します!

 今、ここに伝説の城を攻略せんとするチャレンジャーが集う。彼らを待ち受ける試練とは如何に?

 




 プレイアブル解説

 ヴァネッサ
 ガンブレードで軽やかに攻撃する。見た目に反して射撃は出来ないので注意。攻撃が当たる瞬間にボタンを押すことでさらに威力を増す『ジャストアタック』が可能。天魂で一時的にパワーアップ出来るぞ。

 さくら
 大剣で豪快アクション。リーチが長いので高いところに手が届く。武器のせいで遅く見えるが、思ったよりアクションスピードは速い。また、秘密を持っている…。


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ステージ4 ドラキュラ伯爵の玉座

 遂に対峙するユニオンリバーとドラキュラ伯爵! この世界の行方は果たして?
 勝利条件:敵の全滅
 敗北条件:味方勢力の全滅


 島田市内に存在する『喫茶ユニオンリバー』。その店舗は何故か島田市に存在しないはずの海岸沿いにポツンと建っている。海を臨む絶壁の立地は、見る人が見れば例の無免許名医の家を思い浮かべるだろう。駐車場なども完備されているので店としての体裁は整っているが、なぜ島田市の中を進んだのに海に出るのかという疑問が絶えない。

そういう点では都市の中にも関わらず、森に囲まれた湖の中央に存在する悪魔城と似た存在なのかもしれない。

喫茶店の中では、知り合い五人が城に入ったと聞いてバックアップに備える者がいた。銀髪を伸ばした美女と、白い鳥である。

「さて、今回はどうやって攻略しまスかね?」

女性の名前はアスルト・ヨルムンガンド。エヴァやヴァネッサを造り出した『母親』である錬金術師だ。さくらやさなの実力はともかく、自らの娘であるエヴァとヴァネッサがいるので敗北の心配など微塵もしていない。

「シエルがなんか考えてるんでしょ」

白い鳥がアスルトに返す。彼女はシエルの相棒、霊鳥ラピード・シェラレオーネ。今回はサポートを行う為、設備や資材の整った喫茶店で待機することになった。シエルも本来なら前線に行く人物ではないのだが、現場にシエル、本部にラピードがいることでより万全な支援を行える。

「それよりシエル、そっちに向かってる魔力がある。検出したところ、人間だ。それも陽歌の奴と同じマインドアーモリー使いで悪魔奏者だ。多分、先行してドジ踏んだ奴の尻拭いだろうから、邪魔されない様に警戒しておけ」

ラピードは何もない所に向かって喋り、シエルに言葉を伝える。精神的に一体化しているシエルとラピードは、離れていても意志疎通に難が無い。

伝える事も伝えたラピードはアスルトに話を振る。

「しかし、あんた程の錬金術師が腕の二本も生やせないなんてことあるんだな」

「ん?ああ、陽歌くんの義手のことでスか?」

彼女が気にしていたのは、陽歌の義手だ。エヴァ達の様な食事も摂り、思考さえも人間と変わらないロボットを二十八機も酔った勢いで造り上げる技術を持ったアスルトという凄腕の錬金術師に、人間の腕二本を賄うことが出来ないとはラピードには思えなかった。

「あれは技術でどうにかなる問題じゃないんでス」

エヴァ達はロボットというより、正確にはロボットのコアが変質したものだが、そんなものを生み出すよりも人間の肉体を培養してくっつける方が容易である。そして実際、アスルトには不可能なことではない。だが、それ以前の問題があった。

「聖痕(スティグマ)はご存知でスか?」

「あれか?神様の祝福の証っつー傷痕のことか?」

アスルトは聖痕の話題を出した。ラピードも全く知らないわけではない。それくらい、魔法の世界ではメジャーな存在である。

「聖痕はどんな手段を以てしても消スことは出来ない。陽歌くんの腕の欠損は、その聖痕なんでス」

「え?あいつの腕って生まれた時はちゃんとあったんだよな? 後天的にそんな大規模な聖痕が付くなんて……それにそんだけでかい聖痕ならスゴいオマケ、祝福(ギフト)も付いてくるはずだろ? でもあいつは特殊な能力を持っていない。あっても、誰でも持てる様な、精神操作で無理矢理引き出されたマインドアーモリーだけだ」

聖痕は本来、神が人間に何らかの祝福を与えた証、則ち不死性や千里眼などの人智を越えた特殊能力を持っているという証明に他ならない。そうなれば、優れた魔法使いであるシエルやラピードが気付かないはずが無い。

「あの腕はかつて住んでいた町で、彼のクラスメイトが遊び半分で召喚した邪神の生け贄にされ、『持っていかれた』ものなんでス。その時の傷がそのまま聖痕になってしまい、腕の再生は出来なくなってしまいました」

「『邪』神が『聖』痕ってのはなんか皮肉だな。それに話聞く限り事故に近い方法じゃない。生け贄に聖痕を与えるなんてのも妙だ」

ラピードの言うことは魔法への知識問わず、誰もが思うことだろう。当の神は討伐された為真意は解らないが、アスルトは仮説を交えて説明する。

「神の正邪は人間の価値観では測れないんでス。だから人間から見て邪神の与えたものでも性質が一致していれば聖痕として扱いまス。話によると本来は陽歌くんの命を生け贄にスるつもりが、アクシデントで腕しか持っていけなかったみたいなんでス」

「まぁ、遊び半分で神なんぞ召喚出来る術式を誰が用意したのかわからんが、簡単に大規模な魔術を実行出来るってことは安物の家電が誤作動を起こしやすい様に思わぬ事態にも簡単に陥るってことだ」

そんな偶然で命を拾った陽歌だったが、同時に拾ったのはそれだけではなかった。

「今でこそ野蛮な文化筆頭でカードゲームの用語としても差し替えを食らう『生け贄』でスが、本来生け贄に選ばれることは栄誉でした。だから経緯はともあれその栄誉を受けた陽歌くんの魂は祝福され、傷がスティグマになったのでス。これは当の邪神にも想定していない現象でした」

神すらも計算外の事故でスティグマを得た陽歌だったが、得られたのは『傷痕』だけであった。

「基本的に『スティグマ』と『ギフト』はセットで扱われるので一緒くたにされがちでスが、本来は別々のものでス。なのでスティグマを持たずにギフトを持つ、なんて人も珍しくはありません。逆に陽歌くんはスティグマを持っているけどギフトは持っていない状態でス」

「なんじゃそら。スッゴい損した気分だな……」

ラピードは邪神の生け贄にされて命拾いしただけ幸運とはいえ、治らない傷痕だけを受けた陽歌を憐れに思った。だが、話には続きがあった。

「ところでなんでスティグマとギフトがセット扱いか、何でスけどね。ギフトの能力を行使するには人間の魔力では足りない場合が多いんでス。だからスティグマという形で膨大な魔力リソースを与える必要があるんでス」

治らない傷が神の手を離れても維持され続けるのには理由がある。スティグマは単なる傷ではない。自動的に補充され、かつ大容量の魔力電池なのだ。ただし、取り出す方法に制限が存在するのだが。

「あー、確かに人間って元々の魔力量にバラつきがあるもんな。うちのシエルとかさくら、シエルがジャーマネやってるアイドルなんかは水ならダムいっぱいってくらい沢山持ってるけど、陽歌の奴は平均以下どころか小匙一杯も怪しいところだからな」

ラピードは話を聞いて納得出来た。そんな陽歌が虚空から銃を具現化した挙げ句バカスカと撃てるのは、心を投影した武器『マインドアーモリー』が消耗するのは精神力、心の力だからである。魔力と違って本人のやる気と根性でいくらでも、それこそ心が折れない限り沸いてくるまた別のエネルギーなのだ。

「だから今の陽歌くんはRPGで言うとどんなにレベルを上げたりアイテムを使っても魔法が習得出来ない上、本来のMP1に対してどうやってもアクセスで出来ない隠しステータスとしてのMPを9999くらい持っている状態なんでス。スティグマのリソースは持ち主でさえ自由に使えるモノでは無いでスから」

アスルトでも持っている事自体を突き止められても、これを利用するのは簡単なことではなかった。しかし、ラピードは自信満々に言い放つ。

「だから私の妹分を呼んできたんだろ? あんたの娘さんは」

エヴァに一計あり、そしてシエルに技術あり。世界を闇から救う鍵は、本人の知らない所に存在しながらも掴まれていた。

同じくユニオンリバーの店内では、平和なハロウィンパーティーの準備が進められていた。青髪のメイドが、心配そうに外を見るショートヘアの少女に声をかける。

「陽歌くんなら大丈夫よ、深雪ちゃん。だって、エヴァちゃんもさくらちゃんもいるもの。もちろん、さなちゃんだって」

深雪と呼ばれた少女は、陽歌の友人である。おもちゃのポッポに出入りしている内に仲良くなり、同じ学校であることも明らかになったという経緯がある。

「アステリアさん……」

青髪のメイド、アステリアに諭されたが、深雪の心配は尽きなかった。他のメンバーと違い、普通の暮らしをしている彼女にはこの様な事態など当然初めてだ。しかし、ユニオンリバーのメンバーも初めから世界の危機に慣れていたわけではない。アステリアはそれを思い出した。

「何だか、あなたを見ていると昔の私を思い出すな」

「昔、ですか?」

アステリアの様な完璧美人と今の自分が重ならず、深雪は首を傾げる。だが、世界の危機に初めて直面した時の面持ちというのはアステリアも深雪と同じ様な気分であった。

「私もグラビティ、世界に関わる力を拾った時、高揚もあったけど多分何処かであなたの様な不安も抱えていた。ただのメイドとして生きてきた自分には荷が重い、とんでもないことに家族や知り合いを巻き込んでしまった、って。でも、仲間と協力し合ったら、何とか出来た」

アステリアは一人でなかったから、世界を救うことが出来た。それは陽歌にとっても同じだ。

「今、私の友達が陽歌くんのこと助けに行ってる。世界のピンチでハロウィンパーティーのご馳走が食べられなくなるのが嫌なのね。だから私達は、皆が帰ってくる場所を作りましょう」

「……うん」

深雪はアステリアほどどっしり構えられなかったが、何もしないでいると心配が募る一方なので手を動かすことにした。彼女の知る陽歌は、他人と眼を合わせることも出来ない恥ずかしがり屋で、いつも縮こまっている小さな頼りない男の子だ。

だが、アステリアは彼の強さを知っている。仲間だけではない、彼自身の強さを。大切なモノの為なら、勇気を振り絞れる力を。

「あの子、実は自分の故郷の神様ぶっ飛ばして来てるから、吸血鬼くらいあっという間に蜂の巣よ」

とはいえ、それはまた同時に自分を顧みない危うさでもある。だから仲間に、心の底から願った。

(お願い、さなちゃん、エヴァちゃん、ヴァネッサちゃん、シエルちゃん。陽歌くんを助けてあげて。想いを、叶えてあげて)

待つ者には、待つ者の戦いがあった。

 

城へ侵入した五人は、エントランスを進むとシエルの導きで迷うことなく巨大な絵画の前へやってきた。恐らくこの城を正攻法で攻略する気などエヴァにはないだろう。

「悪魔城はかつて、この世界を憎んだ画家が吸血鬼へと身を落とした際に世界を滅ぼす為の手段として利用されています」

シエルは絵画までやってきた理由を説明する。悪魔城は百年の周期を破って復活するため、あらゆる手段を講じる。例えばドラキュラの遺骸を集めた者の悪心を利用する、などの方法で。その画家が復活を行ったのも、その一貫に過ぎない。

「しかし復活した悪魔城の規模は非常に小さなものでした。己の居場所を確保するのが難しいくらい。そこでその画家は、絵画を配置し、その中に世界を作って悪魔城の拡張を試みました」

絵画の前にやってきたのは、そうした経緯があってこそ。だが、この絵画は中に世界を内包しているものではない。そして悪魔城が復活するからといって、確定でその絵画世界も復活するとは限らないのだ。

だが、一度刻まれたシステムはそう簡単に無くならない。この悪魔城で『絵画』が異なる場所への入り口になるという概念は完成されている。

「この絵画をハッキングして、ドラキュラの本拠地へのテレポーターにします」

シエルの狙いはそこだった。S級退魔師すら回りくどい方法で行ったことを、何の変哲もない絵画でやってのける。シエルの魔法使いとしての腕は相当なものであった。

「おおっと」

「縁起が悪い」

エヴァがテレポーターでありがちな事故を想起させ、さなが嗜める。ワープ系の魔法は熟練者でも座標の指定ミスで壁や地面の中にワープしてしまい、命を落とす魔法使いが少なくない危険な魔法だが、それを茶化せる程度にはエヴァもさなも、シエルの技量を信用していた。

シエルは本を取り出すと、そこから複数の魔方陣を展開して絵画に繋げる。同時にラジオも出し、つまみを弄って何処かに繋げる。

「外の情報も集めますねー。迂闊に攻城兵器で吹き飛ばされてはかないません」

「人質がいるのに?」

シエルが警戒しているのは、城ごとドラキュラを始末するという手段を外部の人間が取りかねないという点だった。ミリア以外にも魂を囚われている人間がいるのに、その選択が行われる可能性について陽歌は驚愕した。

「はい。本来なら百年に一度復活し、世界を闇に包む悪魔城、それが復活したとなれば普通は世界の危機ですー。なので人質や大規模な攻城魔術の犠牲はコラテラレルダメージ程度にしか思われません」

シエルは国立魔法協会と対立している退魔協会の行動は熟知していた。驚異的な人材に恵まれていてメンバーが彼らからのフィードバックも受けられる魔法協会に対し、一部が突出しているだけの退魔協会は実力不足なのに干渉してくる厄介な存在とも言えた。

「魔術の犠牲? 人質ごと撃つ上にその魔法に何かコストがあるんですか?」

「はい、ただの魔術ではさすがに悪魔城を射抜けませんので、百人単位の人間を生け贄にする魔術を行使する可能性が高いです」

陽歌は人質ごと攻撃する揚げ句、その攻撃にも犠牲が伴う事に驚いた。ラジオからは退魔協会の内部で行われている会話が、盗み聞きにしてはやけにクリアに聴こえてきた。

『カラスからの連絡が途絶えた』

『あの女、まさかしくじったのか?』

『S級だからって調子に乗るからだ。大方自分でケリを付けようとしたんだろ。だからダンピールなど信用出来ん』

『半纏坂! おい半纏坂はどこだ?』

『国立魔法協会に介入される前に解決する。ロンドン本部に連絡してくれ、呪砲を使う!』

「な、なんだか大変なことに……」

ラジオの内容を聴いて、詳しくは解らないが何かおぞましいものを感じた陽歌は焦る。シエルも絵画へハッキングを行う手が知らず知らず速くなっていた。

「こうも迷いなく呪砲の使用に踏み切るなんて……」

「呪砲って何です?」

シエルが危惧する呪砲の存在について陽歌は尋ねた。エヴァが負担を分担する為にその疑問へ答え、対応も考える。

「簡単に言えば、生きてる人間をめっちゃ拷問してこの世を呪わせて、それを撃ち出すんです。着弾点は呪われて放射能なんか比にならないほど汚染されますよ」

「そんなもの使おうとしてるんですか?」

「実際、この世界が闇に呑まれるかどうかの瀬戸際ですからね。七耶、ナル、頼みましたよ」

エヴァは説明しつつ携帯で外にいる仲間へ連絡を取る。呪砲の阻止も同時に行わなければならない。用意の時点で無辜の民が犠牲になるのだ、知れば無視出来ないのがエヴァやその仲間達である。

「準備出来ました! 突入しますよ!」

絵画の中味がマーブル模様へと変化し、ハッキングに成功したことを伺わせる。

「世界を救う! 明日のごはんの為に!」

さくらが真っ先に飛び込む。後に続いて全員が絵画の中に入ると、ドラキュラのいる玉座の部屋のど真ん中へ飛び出した。

「ここは?」

「ようこそ、我が玉座へ!」

ドラキュラは玉座に座ってワインを飲んでいた。傍らには死神もおり、そして近くのソファに着替えさせられたミリアが座らされていた。

「ミリアさん!」

「あ、陽歌くんにさなちゃん!ここまで来たんだ」

とりあえず、陽歌はミリアの無事を確認する。

「大丈夫ですか?何かされてませんか?」

「それがさっきからスッゴい美味しそうなワインやウイスキーを目の前で飲まれるという拷問を受けてます……」

「大丈夫ですね、今すぐ助けます」

無事を確認すると、陽歌はミリアの下へ走った。その時、地味に聞き覚えがある声が聞こえた。

「待て! うぅ……そいつは、洗脳され……ている!」

「ん?あなたは……名古屋の?」

以前知り合ったカラスが奇妙な拘束をされているのを陽歌は見つける。彼女は黒のゴスロリ服を着せられ、天蓋付きベッドに座らされている。加えて、ベッドから垂れ下がった黒いリボンが全身に絡まって目に見えるほどの闇のエネルギーが常に彼女へ流れ込んでいる。

「く、ぅうっ……! そいつに、近づくな!」

何かに抵抗しているのか、彼女は脂汗をかいて目も白目がちになり、唇の端には泡を吹いた様な跡もあった。

「支配の魔法ですか……」

シエルはカラスが、そしてミリアが何をされているのかを瞬時に理解する。

「吸血鬼特有の吸血による魅了、それに加えてその衣装が魔法の受信機になってて支配の魔法をロスなく受けられる様になるみたいですー。そこの吸血鬼さんはかなり抵抗しているので追加で直接流し込まれているみたいですー」

「それじゃあミリアさんは?」

支配と聞き、陽歌はミリアの容態を心配した。見た目はいつも通りだが、もしかするとカラスの言う通り洗脳されている可能性がある。

「マークニヒトには効かないので普通に助けてくださいー」

「わかりました!」

シエルの指示で安全が確認出来たので、陽歌は迷わずミリアの下に向かう。

「え? ウソ……なんで、私の苦労は……」

必死に抵抗しているカラスはそんなフワフワした理由で支配の魔法が効かないミリアに絶望し、少し意識が遠のいた。

「陽歌くん!」

その時、さなは陽歌の後ろに出現したドラキュラに気づいた。誰もが割り込む隙すら無く、ドラキュラは彼の首筋に狙いを付けた。

「フハハハ! 貴様も眷属にしてやる!」

「っ、あぁっ!」

ドラキュラの牙が陽歌の柔肌に突き立てられる。が、即座にドラキュラは彼から離れて吸った血を吐き出す。

「うふぉぁッ! マズゥ!」

そこを狙って、エヴァが双剣を振るう。フォローの為死神が割って入ったので大事には至らなかったが、ドラキュラは立ち直るのに時間が掛かった。

「何だこの小僧! 大体見目麗しい美少年美少女の血は美味しいのが相場ではないのか?」

「そうか、Gウイルス……」

さなは原因を理解したが、信じがたいことではあった。

「でもちゃんとワクチンで治療したんだけどな……」

「そんな事より、早く決着を付けちゃおう!」

さくらはドラキュラに向かって剣を振るう。目に見えないほどの素早さで、さしものドラキュラも防御で手一杯だった。死神はエヴァの隙を突き、さくらへ小さな鎌を飛ばす。防御して剣を抑えていたドラキュラは逃げるどころか逆に剣を強く掴み、回避を封じた。

「ええい!」

 だが、さくらは難なく蹴りで鎌を弾き飛ばす。その隙に、陽歌とルイス、シエルはミリアとカラスの救助に向かう。立ちふさがるのは、仮面の少年だ。

「君の自由にはさせないよ」

「ここで決着をつける!」

 少年に銃口を向ける陽歌に、シエルが相手の正体を予測して明かす。悪魔との戦闘は、その性質を見抜くことが重要だ。

「仮面に歌っていた歌、そして城の最上階に乗っている建物からして、彼の正体はオペラ座の怪人である可能性が高いです。歌は聞かない様に気を付けてくださいー」

「うん」

シエルの指示通り、陽歌はイヤーマフラーで耳を塞ぐ。さなは一歩下がって敵の出方を伺っている。それぞれが互いの局面で戦闘を開始した。

『×××で×××!』

 その時、さくらのところから、丁度鎌を落とした脚の辺りからとんでもなく下品なジョークが聞こえる。突然のことに、陽歌達ユニオンリバーの全員が動きを止める。

(勝った!)

 そして死神は勝利を確信する。次の瞬間であった。

「ごちそうさま」

 さくらが何かを口に含み、巨大なヘタらしき緑の物体が床に落ちる。陽歌は何が起きたのは分からなかったが、他の全員はその一瞬に起きた出来事を把握する。

「バカですねー」

「こいつに食べ物を与えるなんてな!」

 エヴァとさくらの剣であるロックは死神の策を愚弄した。一方、その謀略を仕掛けたドラキュラと死神は唖然とする一方。

「あっはははは! 本当にこんな攻撃しかける人いたんだ!」

「……っ、なんか敗れた自分が恥ずかしい……」

 ミリアとカラスもしっかり何が起きたのか見えていた。さなは分かっていて援護に向かわなかった、という顔をしており、シエルはドラキュラ達と違う意味で唖然としていた。

「おのれ!」

 死神は何かのボタンを押す。すると、またさくらの足元から下品なジョークが何度も連発して聞こえる。

「死ねぇ!」

 が、なんと今度はドラキュラが見えない何かに吹っ飛ばされる。それも相当な勢いで、ドラキュラは玉座の間の壁にめり込んでしまった。

「うぐぁああ!」

「ドラキュラ様―!」

 よく見ると、ドラキュラの立っていたところに赤い汁の様なものが散らばっている。

「何があったんですか?」

「それがですね……。巨大なトマトが音速で飛んできました」

「え?」

 陽歌はシエルから説明を受けてもチンプンカンプンであった。死神はそのトマトを作るのに余程苦労したのか、がっくりうなだれる。

「ああ……必死に財団へ忍び込んで盗んでも騒ぎにならず、かつ使えるものを必死に探して手に入れたものを改良した『批判的なアタックオブザキラートマト』が……」

「なにそれ」

 陽歌には本当に分からないことだらけだった。シエルは掻い摘んで説明する。

「とある財団が所有している、下品でくだらないジョークであるほど放った人間に素早く飛んでいく『批判的なトマト』という怪異存在と、米国に生息するキラートマトという悪魔を掛け合わせて品種改良したものでしょうねー」

「あー、だからさくらさんに向かってトマトが……」

 それは僅か一秒にも満たない間の出来事であった。さくらは自分の下に音速で飛んできたトマトを完食し、迎撃したのである。二度目は種が割れていたので、トマトが飛んでくる方向を予想してドラキュラ陣営の全員が唖然としている間に移動。トマトの飛んでくる軌道と自分の間にドラキュラを挟むことで同士討ちにしたのだ。

「こんなくだらないものに負けたなど……」

 カラスは初見で見抜けなかった自分を恥じたが、正直こんな下らない作戦は予想出来なくて当然である。だからこそ、本気で実行した死神の恐ろしさがよくわかるのだが。

主であるドラキュラを同士討ちで失ったことで動揺した死神は、エヴァからの攻撃をまともに受けてしまう。

「ぐぉおっ!」

これで戦況は一気にユニオンリバー側へ傾いた。後はミリアとついでにカラスを助け出すだけだ。だが、相対する仮面の少年に太刀打ち出来るメンバーは限られている。

「全く、何が悪意の総体だ……!」

少年は危機感を覚えたのか、その数を一気に増やして対応する。玉座の間を埋め尽くさん限りの数、そして仮面や髪などが微妙に違うという作画泣かせの分身であった。

「こいつ!」

陽歌が銃を乱射し、ルイスも爪で切り裂いていく。しかし、数が全く減らない。あと少し、ミリアの場所まで届かない。

「本体さえ見抜ければ……!」

分身系、幻影系の常として本体さえ仕留めれば片付く。その法則に乗っ取り、陽歌も目を凝らして本体、先ほど話していた少年と同じ個体を探す。だが、同様に探していたシエルがあることに気づいた。

「これ、全部『本体』ですー。分身とかではありません! 魔力を分割して分裂したんですかねー?」

彼女はこの分裂した少年が、分身や幻影ではなく全て実物であることを見抜いた。つまり、どれかを倒せば収まるものではないということだ。

「でもこんな量をどうやって?」

 最初に戦った時は物凄く弱く感じた陽歌は、少年が急に見せてきた本性に困惑する。

「多分、オペラ座の怪人の圧倒的知名度が魔力を向上させているかもですー」

 シエルは怪異が持つ特有の性質、『知名度補正』によるものだと考えた。亡霊や悪魔などの怪異というのはその存在が信じられているほど、則ち多くの人に知れ渡るほど力を増していく。オペラ座の怪人の大本の知名度は言うまでもなく、近年ではこれをモチーフにしたキャラクターが有名ソーシャルゲームに登場しているのでかなり高い補正を持っているだろう。一方でルイスはあまり知られていない怪談の存在であるため、力が弱かったのだ。

「圧倒的物量からの死の歌! 沈黙の魔法も間に合うまい!」

そこから少年は歌を放とうとしていた。魔法には相手の詠唱を封じるものもあるが、この数に仕掛けるのはさしものシエルでも物理的に不可能だ。

「あわわ……」

少年はシエルの援護を封じた上で死の歌を歌った。流石のシエルにもこれには対応出来ないと思われた。だが、陽歌達には一切聞こえない。

「セーフ……沈黙の魔法を応用して耳栓にしましたー。味方の数だけなら間に合います」

「くっ……!」

第三者目線で喫茶店から戦いをモニターしていたラピードが瞬時にアドバイスし、シエルがそれに従った。

「だが耳栓をしては音が聞こえまい!」

が、完全な耳栓となれば聴覚は使えないも同然。ならば今度は視覚を奪うまでだ。仮面の少年は手を振るうと、玉座の間の照明である蝋燭の火を消した。絵画から侵入したユニオンリバーチームは知らないが、この場所は地下。日差しも月明かりも入らない。

(くっ……私は夜目が利くけど……)

吸血鬼とサキュバスのハーフであるカラスは暗闇でも目が見えるが、戦闘と洗脳への抵抗で受けたダメージが重く、目が霞む。加えて声で伝えようにも、耳栓がある状態だ。彼らには聞こえない。

「だから次はこれ!」

シエルは耳栓を解除した。陽歌は生育環境で鍛えられた聴力で、さくらは冒険者としての勘で暗闇でも仮面の少年を迎撃出来る。その間にシエルは玉座の間のコントロールを少年から奪い、明かりの復旧に努める。

「そうするしかないよね、死ね」

そこへ少年は死の歌を撃つ。だが、歌だけが何故か無音、虚空へ消えていく。

「無駄です。さっきサンプリングしたので死の歌は同じ波長の音魔法で打ち消します」

「こいつ……!」

壮絶な魔法の読み合いの末、部屋に明かりが戻る。仮面の少年が十分に隙を作れた、ドラキュラと死神は重傷を負いながら立ち直る。

「ドラキュラ様、我が力、お使いくだされ!」

「ソウルスティール!」

単独での戦闘続行は不可能と判断した死神はドラキュラに吸収されることを選んだ。ドラキュラの姿が大柄な、山羊の様な角と蝙蝠がごとき翼を生やした悪魔へと変貌していく。加えて、新たに配下が呼び出された。

巨大な一つ目の悪魔と、剣と盾を持ち鎧を纏った骸骨の騎士だ。

「ピーピングビッグにスカルナイトロード! 相手も手札が尽きてきたみたいですー」

シエルは今後の城の守りも考えるとこれが今のドラキュラにとって精一杯であると考えた。

「さて、軽く捻りますか」

「そうだね」

エヴァとさなはドラキュラに向かって攻撃を仕掛ける。ピーピングビッグとスカルナイトロードが援護に入るが、最早割り込む隙も無い。ピーピングビッグはさなの裏拳で撃破され、いくつもの一つ目の悪魔に分裂して死んだ。スカルナイトロードもエヴァが片手間に左手の剣で切り裂き、真っ二つにされる。普通の退魔師ならば命を張る様な相手でも、もうこの程度の悪魔では頭数にもならない。

「まずは邪魔な亡霊を一掃しましょうー。陽歌くん、デュアルブレイクです!」

「え?なんですそれ?」

「連携技を少しかっこよく言っただけですー」

陽歌はシエルの指示でルイスを含めた合体攻撃に移行することになった。彼女は本を開いて、まずはシエルに魔法を付け足していく。

「単純強化超! 状態異常強化超! 状態異常確率強化超! ハイスタン付与! 狂恐慌付与! 錯混乱付与! 凶狂気付与! 轟振動付与! 龍風圧付与! 封石化付与! 大氷結付与! 音量強化超! 咆哮の属性を氷へ変更し属性一致! 今です、咆哮を!」

そして合図と共に陽歌はルイスに吼える様指示を出す。

「叫べ、ルイス! ウォークライ!」

兎のものとは思えない猛獣の咆哮が玉座の間に響き渡る。大量にいた仮面の少年がその声を聴き、振動と風圧で動きを封じられた挙げ句一斉にパニックを起こしたかと思えば石化しつつ氷付けになるではないか。巻き込まれたドラキュラはさすが魔王というべきか、一瞬怯んで体表の一部が石化、凍結した程度で済んでいる。

「うわ、これ全部バフですよね?」

「バフが本体」

陽歌はその効果に戦慄した。エヴァからすれば、ルイスの咆哮はシエルの乗せたバフを放つ装置に過ぎない。

「馬鹿な……上位の状態異常付与や超強化なんてこのスピードで連続して使える魔法ではないぞ?」

カラスはシエルの実力に驚くばかりであった。魔法に慣れ親しんだ彼女からしてもシエルの力は異常なものに映る。

「さすがにこれだけ一気に放出したものを一斉に叩かれれば駆逐出来るでしょう」

残された仮面の少年の残骸は粉々に砕け散る。咆哮によるダメージも強化されているので、これだけであの数を撃破出来た。仮面の少年はすぐに復活するが、一人しか出現出来きていない。ただ分裂個体が倒されただけではない。何重にも重なった状態異常から身を守るために魔力を使ってしまった様だ。

「もう燃料切れですかー?」

「くっそぉおお!」

 シエルに抵抗の手段が尽きたことを見抜かれ、仮面の少年は雄たけびを上げながらルイスの爪に切り裂かれて消える。流石に無尽蔵とも思える魔力を持っていても、これで完全に消滅しただろう。

「はっ!」

「この、小娘が!」

さなはドラキュラとの戦闘に移行していた。両手で組み合うが明らかな体格差にも関わらず力は均衡を保っている。

「死ねい!」

左右の翼を伸ばしてさなを狙うドラキュラだが、それぞれエヴァとさくらが貫いて防ぐ。

「貴様ら!」

ドラキュラは一旦退いて火炎の息を吐く。逃げ場が無い様に、玉座の間を埋め尽くさんばかりの火力だった。

「防御!」

しかし、シエルの張ったバリアでその全てが自分に返ってくる。

「ぐおおッ!」

「あれってブレス系の軽減魔法? 殆どリフレクトじゃない!」

カラスはもうめちゃくちゃな状況に洗脳への抵抗も忘れて困惑する。エヴァ達は初めからこれを予想して防御姿勢も回避を試みることもしなかったのだ。

「フバーハでいきを跳ね返す様なものですね」

「単純強化超! 会心向上超!」

エヴァは動きを止めたドラキュラに双剣で止むことのない攻撃を仕掛けていく。シエルも間髪入れずにバフを盛って支援した。雨霰の様な攻撃の内、実に七割がクリティカルという恐ろしい有り様になった。

「というか、あの子魔法の効果言ってるだけで詠唱していない?」

「え? 今更気づきましたか?」

 カラスはシエルの恐るべき力をまた知ってしまった。並の魔法使いなら習得すらままならず、才能を持って長い鍛錬を積んだ魔法使いでも数十分の詠唱を要するレベルの魔法を無詠唱で軽々発動しているのだ。

「シャフトの奴がいればこちらも強化くらい……!」

 ドラキュラは大きく後退して体勢を立て直し、凍てつく様な波動を放つ。これは強化系の魔法を剥がす技だ。

「そうはいきませんよ」

エヴァは双剣を回転させて防御を狙うが、波動は物理的な攻撃ではないので防げない。狙い通り彼女のバフは剥がれたが、それだけだった。波動を放った隙にドラキュラの下へさながバフを盛られた状態で潜り込んでいた。

「馬鹿な! 全員の強化を解いたはず!」

「あ、さっきの防御じゃなくて吸い込んでたんですよ」

 敵全員に波及する波動をエヴァは一身に受けて他のメンバーの強化を維持したのだ。さなの拳がドラキュラのボディに突き刺さる。

「剛拳、二百六十七貫!」

「ぐげぁあああ!」

 甲高い破裂音と鈍い音が鳴り、ドラキュラは口から大量の血を吐く。拳の一撃で頸椎が折れ、内臓が破裂したのだ。殆どドラキュラはさなの拳に支えられている状態だ。その頭上へ目掛けてさくらが大剣を振り下ろす。ただの剣ではない。白く清らかな輝きに包まれており、今にもその光が放たれそうであった。だが、宝剣ラグナはそれを逃がさず内包する。

「ホーリー剣、みだれうち!」

「うごぉおお!」

 聖なる力を持った剣が連続で叩き込まれ、八本の傷が光を放って爆発する。顔に爆撃を受けたドラキュラは角や頭蓋骨をへし折られ、遂に沈む。完全なワンサイドゲームであった。

「まだだ……まだだ!」

 ドラキュラは更なる力を求めて闇を放つ。陽歌はミリアを連れて玉座の間からの脱出を試み、シエルはカラスに施された拘束と洗脳の解除に取り掛かっていた。だが、まさかの戦闘続行に二人は再び警戒する。

「うおおおお!」

 玉座の間が闇に包まれ、人の姿以外全く見えなくなる。暗くなったというより、悪魔城の景色が真っ黒になってしまったといった趣だ。その時、何者かがドラキュラを後ろから刺し貫いた。

「ぐぉおっ!?」

「はい、そろそろいい感じに弱ったかな?」

 ナイフでドラキュラを刺したのは、仮面の少年だった。玉座の間を包んだ闇は消え、元の風景に戻った。ドラキュラはナイフを中心に闇の塊として吸収されていく。

彼は確か、分裂したところを超強化咆哮で纏めて倒され、最後に残った残骸すら消されたはずだ。なのに、なぜ。

「そこの魔法使いさんは僕のことを『オペラ座の怪人』だと思っていたみたいけど、それは違うよ。僕たちはそんなメジャーな怪異じゃない。本来はもっと虚弱な亡霊の集まりだ。まぁ、オペラ座の怪人だと思わせるのは作戦通りだったけどね」

「亡霊の集まり? あれは分裂でなく別固体が出現してたんですかー?」

 シエルは驚くが、陽歌はそれで復活の度に姿が変化していた理由に合点がいく。

「そして死神さん、この悪魔城復活がただの幸運な例外だと思っていたのかい? 僕に利用されていたことも知らないで」

 悪魔城が周期から外れた復活をした理由も、彼にあった。

「復活させることは容易だったよ。なんせ強大な負の感情とドラキュラの遺骸さえあればいいんだからね。遺骸集めはこの通り、群体だから簡単に出来たよ。世界中をローラー作戦さ」

 世界をそんな雑な方法で調べ尽くせるほどの数が仮面の少年達の集まりなのだという。

「なんでハロウィンなんかを選んだのか、なんで最も地脈の相性がいいトランシルバニアを選ばなかったのか、少し考えれば分かるはずだよ?」

 そして、この時期とこの場所を選んでの復活にも意味があると仮面の少年は言う。玉座の間の天井が吹き飛び、赤く染まる空が見える。悪魔城の上に連なる逆さ城の頂上ということもあり、今彼らがいるのはかなり上空なのだろう。その空に、錆びついたパイプオルガンを組み込んだ巨大なオペラのステージが逆さまに降ってくる。

「ドラキュラの魔力があれば、君達なんか有象無象! それにこれを知ったくらいで真名把握にはならないだろうから冥土の土産に教えてあげるよ」

 仮面の少年はステージと一体になり、変化する。その姿は巨大で禍々しいモノへと変化していく。色褪せた金管楽器を思わせる色合いをした上半身だけの人骨に、仮面が被せられている。肋骨の空洞にはパイプオルガンの機構が収められ、脊椎だけは腰の分まで垂れ下がっている。そして広がった三対の天使を彷彿とさせる翼はくすんだ金色をしており、何十人という子供の頭骨で出来た輪を頭に浮かべている。

 その巨体は成層圏の近くまでは羽ばたいても尚、陽歌達にその細部が見えるほどの大きさであった。

「僕たちはカストラータ! 一睡の熱狂に浮かされ、成長を奪われた者の憎悪そのものだ!」

「カストラータ……だって? そういうことか!」

 仮面の少年、カストラータの正体を知り、陽歌は全ての点が線で繋がった。

「日本のハロウィンを狙った理由、インスタで情報を拡散したこと、そしてあの妙な……具体的にはタピオカミルクティーみたいな魂を入れるカップ……」

「一人で納得してないでどういうことなのか教えてよ」

「あ、うん」

 さなにせっつかれ、陽歌は全員に説明する。彼もたまたまある文献を読んでいて知っていた『風習』なのであるが、まさかそれが敵になるとは思わなかった。

「カストラータっていうのは、さっくり言うと去勢したボーイソプラノ歌手です。その性質から、当然全員が子供でした」

「去勢?」

 さなは歌手と去勢が結びつかなかった。エヴァも三国志的な知識から宦官という、去勢することで地位を得た役人がいることは知っていたが、それは宮中で仕える際にそこの女性に手を出さないためである。歌との関係は理解出来なかった。陽歌は自分の知っていることを掻い摘んで解説した。

「まず、十九世紀のパリでオペラが流行っていたことが前提にあります。オペラは当時、一大娯楽であり美しいボーイソプラノを出せる歌手は重要されていました。しかし、誰もが成長には抗えません。男性の場合成長すれば変声期が訪れ、声は変わってしまいます。なので、去勢を行い成長をストップさせたのです」

 そこに来て、エヴァ達は関係性を理解する。なんせユニオンリバーは女所帯、かつ成長しないロボットも多い。そのため成長と変声がスッと結びつかないのもやむを得ないだろう。男性が女性の生理を理解出来ていない様に、一見常識とも思える知識でも、自分に関係ないとすっぽ抜けるというのは往々にしてある。

「オペラは数少ない娯楽で、そこでスターになれば裕福な暮らしも夢ではない。親たちは自分の子供にこぞって去勢手術を受けさせました。しかし、当時の杜撰な手術により感染症に罹って亡くなる子供も少なくなかったのです。その亡霊が恐らく、彼らかと」

「なるほどー、だから『流行』を憎んで日本のハロウィンを狙い、SNSを使ったんだ」

 ミリアもこれでカストラータの行動に納得出来た。が、まだ彼の真意には到達出来ていないらしく空から反論が飛んでくる。

「それだけではない! 手術を無事に終えても、例えスターになっても、訪れるべき成長を失った痛みは無くならない! 死者の怨念だけではない、生者の憎しみも集い、僕たちは力を手に入れた!」

 城は崩壊を始め、バラバラの足場へと変化していく。主を失った城は崩れ去る運命だが、カストラータがそれを許さない。

「悪意の総体を体現する悪魔城、そして悪の帝王ドラキュラ、これを吸収して僕たちは復讐を遂げる!」

 カストラータは自らが捕獲した魂の入ったカップを手に取り、ストローに口を付けて中身を飲み干す。最早ドラキュラや悪魔城の魔力だけでなく、見境なしに魔力を取り込んでいっている。

「これ……どうするんですか?」

 陽歌はあまりにも巨大な敵に、正体が掴めても反撃の余地を見つけられなかった。よく見ると、地表のあらゆる場所から何かがカストラータに向かって集まっている。

「これは……子供の亡霊?」

 カラスはその正体を見て、愕然とする。地球上から似た境遇の怨霊を集めて更なる巨大化を目論んでいる。尚も拡大を続けるカストラータに、ユニオンリバーは打つ手があるのか。




 緊急警報発令、ロウフルシティ上空に大規模な亡霊反応を確認。現在、作戦準備中です。
 緊急クエスト:熱狂に舞う死せる天使達
 場所:ロウフルシティ市内
 討伐対象:カストラータ・メゾ


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ステージ5 決戦! 世界を呪う歌

『緊急警報発令、ロウフルシティ市内に大規模な悪魔反応が出現。戦闘可能な市民の皆さんは迎撃を行ってください』

 本作戦は上空より飛来する悪霊、カストラータ・メゾを各個撃破し、成層圏付近に出現している本体の勢力を削ることにある。決戦までの間、少しでも敵の力を削いでおいてほしい。

 緊急クエスト:熱狂に舞う死せる天使達
 参加人数:最大12人
 制限時間:50分
 勝利条件:カストラータ・メゾの撃破
 敗北条件:制限時間の経過


遂に正体を表した仮面の少年、カストラータは周囲に大量の取り巻きを率いていた。これ程の巨体を持ちながら、彼は即座に何かをするわけでもなかった。だがシエルにはこれが嵐の前の静けさに過ぎないことが理解出来た。

「あの怪物から強大な魔力の蓄積を感じますー。それに加えて、手にしたスマホを媒介に全世界のネットワークへの侵入を確認しました」

「とすると?」

エヴァは剣を構えながら、彼女にカストラータの狙いを聞いた。単なる力任せの破壊を試みている様にはとても見えない。

「ネットワークへの侵入は浅い部分なので、重要な部分を侵食して例えば飛行機の管制を狂わせて大惨事、とかは出来ないと思いますー。ですが、カストラータにはあの『死の歌』があります」

「それが動画サイトなんかで全世界に配信されたら……!」

陽歌達は死の歌の効果を体感している。あの時は魂を奪うことが目的、かつ彼にも対抗手段があったため何とかなったが、もしここまで力を蓄えたカストラータが本気で命を狙って死の歌を使ったのならどうなるか。

「本来、虚弱な亡霊であるカストラータの歌では魔力に耐性のある人間まで死に至らしめることは出来ません。ですが、悪の総体であるドラキュラの魔力を吸収したのなら……」

「ドラキュラクラスの魔力に耐性のある人間なんて、一割もいないと思うよ。それこそベルモンドでもない限り」

さなは歌一つで人類を絶滅しうるカストラータの脅威を理解した。まだ術式を練っている最中のため実行はしてこないが、あまり時間は残されていない。

「私でも死ぬかもしれない歌なんてマズイよ!」

 耐久力には自信のある、というかシリーズとしてそれが売りの人造人間マークニヒトであるミリアもこれには危機感を覚える。ミリアでさえ死ぬ、というのがどれだけ恐ろしいことか、ユニオンリバーの仲間なら即座に理解できた。

「くっ……私が戦えたら……」

カラスは洗脳の主であるドラキュラが死しても尚、その毒牙から解放されずにいた。術者が消滅しても効果が続行する程の魔力、それを死の歌に使われたら人類はおしまいだ。

「とにかく、カストラータを撃破しましょう!幸い、悪魔城を吸収しようとしているのでその破片が足場の様に続いています!」

シエルの指示で、一行は大型化したカストラータの撃破に向かうことにした。戦闘の出来ない陽歌とミリア、カラスはここで待機するしかない。

「では行きますよー!」

「もうすぐごはんだと思ったのにー」

「ここまで来たら消化試合でしょ」

エヴァ、さくら、さなが瓦礫の足場を昇ってカストラータを目指す。ルイスも戦えない主の為、彼女達と共に進む。シエルも後に続こうとしたその時だった。

「ドラキュラ様の……仇!」

倒したはずのスカルナイトロードが甦り、剣を振り上げて陽歌に攻撃を仕掛けてきた。

「しまった!」

完全に油断していた陽歌は防御が間に合わない。他のメンバーも迎撃に向かえる位置にいない。シエルは一かばちか、防御魔法を展開しようとした。

「ムーンイーター!」

だが、何処からともなく飛んできた手斧がスカルナイトロードの額に突き刺さる。

「ぐぇえッ!」

投げた張本人であろう、中学生くらいの少年が飛び出し、刺さった斧を持って力を込める。 すると、斧は一気に巨大化しスカルナイトロードを真っ二つに引き裂いた。

「危ないところだったっすね」

「あなたは?」

少年はこれといって特徴のない日本人らしき人物で、手斧と同じ青色のマフラーを巻いて仮面を顔の横に付けていた。

「ハンテンサカ! なんでこんなところに!」

どうやらカラスの知り合いらしく、彼女は今までにないほど同様していた。その名前を聞いて、陽歌はラジオで盗み聞きした退魔協会の話に出てきた半纏坂なる人物であると判断した。

「死にたいのか! 悪魔城なんかに一人で来て!」

「それはこっちの台詞っすよ。何でも一人でやろうとし過ぎっす。それに……」

半纏坂は肩にツチノコの様な悪魔を乗せていた。そして、左手にはルイスの強化に使ったものと同じカートリッジが握られていた。

「俺は一人じゃないんで!」

『grapple! Fighters program open your eyes!』

カートリッジを起動し、右手の紋章に翳すとポリゴンで出来た巨大な格闘家の姿が現れる。それが1と0の光の帯となってツチノコに吸収される。ツチノコはボクサーの様な龍人の姿へ変化し、強化を遂げる。それと同時に、カストラータの元から複数の悪魔が送り込まれてくる。

「こいつは!」

一体が一戸建てほどに大きく、とても雑魚には見えない存在に陽歌は警戒を強める。その姿も皮膚に包まれた肉の塊みたいなおぞましい身体をベースに、本体のカストラータと同じくすんだ金色の翼を一対持ち、とてもそうは見えないが天使の様な輪っかを頭上に携えている。ボロボロの仮面を被り、歯の欠けた口から聞き苦しい悲鳴を常に上げている。太った身体に対して骨と皮だけの腕がなお不気味だ。

「カストラータ・メゾ、と退魔協会では呼称しているっす。これが今町にたくさん降りてきて大変なことになってるっす。そしてあの上空の本体はカストラータ・プリモウォーモっす」

「名称はどうでもいいけど、この取り巻きは何か意味があるのかい?」

エヴァは半纏坂に敵の情報を聞いた。

「敵は怨霊の集合体っす。だからこの取り巻きを倒していけば本体の戦力を削れるかもしれないっす」

「町に降りてきているのかあー、それは他のみんなに任せるとして、ちゃっちゃと本体片付けますか」

相手の性質上、これを倒せば総合的な力は削れる。それは変異前のカストラータと同じである。しかし今はそんな悠長に討伐作戦を行っている場合ではない。カストラータ・プリモウォーモが術式を完成させればネットワークを通じて全世界の人間が死の歌を聞いてしまう。耐えた人間、偶然生き延びた人間もこの物量で押し潰されるだろう。

半纏坂はカラスの拘束を解くと、龍人のボクサーが彼女を抱き上げて撤退しようとする。

「待て! 私はまだ……!」

「洗脳に抗いながら戦える相手じゃないっすよ!ここはこの人達に任せて退くっす。このメンバーでドラキュラの玉座まで到達出来たということは、それなりの戦力のはずっす」

その背後を、また復活したスカルナイトロードが襲おうとする。半纏坂にとってそれは予想通りだったらしく、またもやカートリッジらしきものを手に、攻撃を回避する。カートリッジのボタンを押して、中のプログラムを発動する。

「しつこい奴っすね!」

『starting bug-fixing patch』

そしてスカルナイトロードの頭にカートリッジを刺す。

「魔のモノよ、人の世から去れ。我は世界を正す、この手に理を正す祝詞を呼び起こし。修正式、サンクトレウル!」

敵の身体に光のラインが流れ、スカルナイトロードは白い炎と共に灰と化す。これは悪魔を清める道具、ということなのだろうか。

「という訳で俺は帰るっすけど、これを選別に。さすがにプリモウォーモには効かないと思うっすけど、取り巻きを片付ける助けにはなるはずっす」

同じ様なカートリッジをいくつか、半纏坂は陽歌に渡した。

「何ですかこれ?」

「対悪魔用ワクチンっす。契約されていない存在が不確かな悪魔ならこれで一発っす。倒しきれないとしても、かなりダメージは与えられるはずっす」

恐らくは悪魔を強化するカートリッジを応用したものだ。悪魔を消滅させる術式を記録し、相手に適応するものなのだろう。

「ところで君、と契約している悪魔、名前はなんて言うんすか?」

半纏坂は陽歌に名前を聞いた。カートリッジを渡したのも陽歌なので、同じ悪魔契約者、そしてマインドアーモリーの使い手として気になるところがあるのだろう。

「浅野陽歌……です。この子はルイス」

「俺は半纏坂織太っす。ところで浅野くん、戦衣は展開しないんすか?」

「戦衣?」

半纏坂が疑問に思っていたのは、防御機能に類することであった。

「マインドアーモリーには武器以外にも、身を守る為の装備がセットになってるっす。それが戦衣っす」

彼が言うには武器だけでは当然戦闘など成り立たないので、防具も存在するはずらしい。彼の身につけているマフラーと仮面がそれなのだろう。

「ほら、多分仲間に治してもらったんだと思うんすけど、血だらけじゃないっすか。防具は必要っすよ。念じれば出せると思うっす!」

 首に瓦礫が刺さった時の血がパーカーに付いていたので、負傷を見抜かれた。

「えーと……出ろ! なんか出ろ!」

半纏坂のアドバイス通り、戦衣とやらの具現化に挑戦する陽歌だったが出る気配がない。

「それが、RURUチャンネルって知ってますか?それで無理やり発現したので武器も使いこなせていないんですよー」

シエルが事情を説明する。半纏坂は天性か修行で発現したタイプなので可能だが、陽歌はそうではない。

「うーん、スタンドでいえば生まれつき持ってるとかじゃなくて矢で発現したタイプですからねー陽歌くん」

エヴァもそれは知っていた。半纏坂もその無理やりマインドアーモリーを発現させる存在の噂は聞いていた。

「うーん、そうなると負の感情に飲まれないだけ稀有なのか……。あんまり使わない方がいいかもしれないっすね、それ」

半纏坂は気になる言葉を放ち、カラスとミリアを連れて撤退する。

「では、また機会があったら! そこのお姉さんも行きますよ」

「あ、ではヴァネッサちゃんを呼んできてください」

彼はアイテムとアドバイスを託すだけ託して去っていった。エヴァは帰還するミリアに置いていったヴァネッサを連れてくる様に頼んだ。

今は時間が無い。本体であるカストラータ・プリモウォーモを撃破せねばならない。

「ではさっさと行きますよ!」

 エヴァは指揮を執り、本体の撃破へ向かうことにした。一見すると戦力として心許ない陽歌であるが、シエルの案で連れていくことになった。

「陽歌くんも来てくださいー。あの対悪魔ワクチンで思いついたことがあります」

「はい!」

 陽歌はルイスの背に乗り、エヴァ達と共に瓦礫を昇って敵の本体へ向かっていく。シエルは飛行してついて行きながら、何かを魔法で作っていた。

「陽歌くん、スティグマの話は覚えてますかー?」

「あ、はい」

 シエルが話題に出したのは彼の腕が再生出来ない原因であるとアスルトが語った聖痕、スティグマについてであった。あれは自分でも自由に扱えない膨大な魔力リソースであるという話だ。

「あれを使える様に今から何とかしますー! ラピード、お願いしますー!」

 それを何とかしてみせるというのだ。彼女のことなので不可能ではないと陽歌は感じた。道中、大きな瓦礫の上に乗ると、一体のカストラータ・メゾが妨害を仕掛けてくる。素通り出来そうにないほど巨体な上、悲鳴の様な歌声でこちらを威圧してくる。即死とまではいかないものの、衝撃波が凄まじく先へ進めない。

「邪魔!」

 さなが本気のパンチを繰り出す。すると、カストラータ・メゾが口から生臭い白い粘液を吐き出した。

「わ、とと……」

 咄嗟に逃げたさなだったが、このおぞましい液体は高熱なのか湯気まで立っている始末。ぶよぶよしてて骨なども無さそうなので、とても殴って倒せる相手ではなさそうだ。反撃のため、カストラータ・メゾは細い腕を振るってさなを追い回す。図体の割に飛行してスムーズに移動する。

エヴァは時間が惜しいので本気を出すことにした。

「では私が全力で倒しに行きますよ。天魂!」

 そう言って彼女が取り出したのは、飴の様なものであった。これは天魂と言われる修正プログラムで、普段はぐだぐだになってしまっているエヴァ達聖四騎士団の性格を直し、強化する力がある。

「変身!」

 天魂を食べると、エヴァはロボットの姿に変身する。大きさは成人程度で、変身前と同じく双剣を武器にするツインアイのロボだ。

「聖四騎士が筆頭! エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン! 推して参る!」

 名乗りを上げると、さなに注目していた敵はエヴァを見る。どうやら名乗りにはヘイト集め効果もあるらしい。

「行くぞ!」

 エヴァは双剣で竜巻を起こし、遠距離から攻撃を行う。無数の斬撃がカストラータ・メゾを切り刻む。傷から溢れる血は黒く染まって、腐臭を放っていた。それこそ遠くで見守っている陽歌にも分かるほどだ。匂いを嗅いだだけで病気になりそうだった。

「ううー……臭い!」

 さなは鼻を抑えて逃げる。嗅覚が敏感な彼女にはキツイ相手だろう。

「しまった……ドラキュラ戦で力を使い果たしちゃった……」

 さくらの剣はいつの間にか萎びていた。少なくとも何らかの金属で出来ているであろう剣がへなへなになるのは特殊な剣だからだろうか。

「それにしてもお腹減ったなぁ……」

 そしてこの悪臭の中で空腹を訴える彼女。陽歌ですらここでの食事は遠慮願いたいレベルの、古びた公園の公衆トイレに下痢と牛乳を一週間炎天下で放置したくらいの匂いである。

「えい」

「え?」

 そして、さくらは信じられない行動に出る。なんと萎びた剣を食べ始めたのである。ただの剣ではない。一応、意識のある剣を、である。

「さくらさん!?」

「ふん、素手での攻撃は無駄か……」

 剣を食べ終えると、急に眼付が鋭く変化する。当然、剣は無くなったので以降の戦いは徒手空拳になるだろう。こうなってはさなの二の舞だ。

「なんてな! だったらぶよぶよ以外をボコればいい話だ!」

 そして口調も荒々しくなり、敵に飛び掛かる様になる。さくらの拳はカストラータ・メゾの翼を捉えた。

「おおりゃぁああ!」

 羽ばたく翼という力の通り難いものを、拳一発で破壊する。片翼を失って飛行が出来なくなったカストラータ・メゾはズシンと地面に落ちる。反撃すべく腕を伸ばした敵であったが、そこをさなに捕まれて投げられる。

「ふん!」

 投げられた際にアンバランスな肉体の悪影響か、肩が外れたらしく左腕が動かせなくなる。何とか起き上がるも、口から太いグロテスクなミミズらしき物体が飛び出す。出っ張った先端以外には子供の姿をした腫瘍がいくつもあり、先端にも歯が並んだ口がありだらしなく舌を出していた。

「なんかいかにも弱点って感じだな!」

「追撃する!」

 さくらが両方の拳でラッシュを仕掛け、エヴァが双剣の乱舞で切り刻む。さなも近くにあった瓦礫を掴んで物体に叩きつけた。飛び出た物体は大きいので、三人が群がって全力の攻撃を行っても余裕がある。陽歌もハンドキャノンを連発して攻撃に参加した。開いている目を狙い、二丁持ったハンドキャノンを無心で連射する。

 しばらくして、ようやく立ち直ったカストラータ・メゾが物体を口の中に仕舞って残された右腕を振り回してエヴァ達を引き離す。

「はぁ!」

「これで!」

 敵の感覚を掴んださくらとさなは仮面へ拳を叩きつける。さすがに限界が来たのか、カストラータ・メゾは醜い身体で転がり、瓦礫の下へ転落していく。その途中、地面に墜落する間も無く爆散した。きっと近くで爆ぜていたら臭い汁でとんでもないことになっていただろう。

「結構時間食ったな!」

「ああ、急ごう」

「そうだね」

 さくら、エヴァ、さなの三人が先へ進む。瓦礫を昇っていくと、またカストラータ・メゾが空から降って来て妨害を試みる。攻撃する度に汚物を吐き出す上、地味に耐久力があるのでキツイ相手だ。

「またか!」

「さすがに相手してられないね……」

 追いついた陽歌も、いくら無限に弾が撃てる銃を持っているとはいえこの連戦で疲弊していた。他のメンバーはそうでもないだろうが、これを全て相手にしていたのなら確実に間に合ない。カストラータ・プリモヴォーモが世界中に死の歌を配信するまで時間が無い。

「とりあえずまず一体、あの修正式を試してみてくださいー!」

 そこでシエルは半纏坂の渡してくれたカートリッジを使うことを提案した。陽歌はカートリッジのボタンを押し、軌道する。

『starting bug-fixing patch』

「弱らせなくていいんですか?」

 陽歌はこういうものを使う時、大体は少し弱らせたり弱点を露出させてから使うものだというセオリーを喫茶店の生活で知ってしまった。

「そうですね。念の為、あの弱点を露出させてくださいー」

 シエルが他の三人に指示する。あれを吐き出すには相当弱らせる必要があるのでどの道時間が掛かりそうだ。だが、さくらは一計を案じて吶喊する。

「うだうだ考えていても仕方ねぇ! 様はあのベロを引っ張ればいいんだろ?」

 その言葉でエヴァとさなも何をすべきか理解した。二人は剣と蹴りで斬撃を無数に飛ばし、まずはカストラータ・メゾの翼を攻撃する。二人で片方の翼を集中攻撃することで、効率よく無効化出来た。

「これで!」

 さくらは敵の顎……かどうかは不明だが歯を殴って砕く。元々ボロボロなので、動けなくなれば容易なことであった。その後、無理矢理開いた口に手を突っ込んで舌を引きずり出そうとする。

「チッ! 意外と脆いな!」

 最初に右手を突っ込んだが出て来たのは千切れた子供の形をした腫瘍だった。握力や腕力が強すぎて敵の肉を引きちぎるレベルだった。次に突っ込んだ左腕は上手い事舌を捉えたのか、口から舌を引きずり出す。

「陽歌ぁ!」

 さくらが呼びかけるので、陽歌は走って舌の方に向かう。敵も弱ってはいないので舌を戻そうとするが、エヴァの剣で縫い付けられ、さなが大きな瓦礫の下敷きにしてそれを妨害する。

「魔のモノよ、人の世から去れ。我は世界を正す、この手に理を正す祝詞を呼び起こし……」

 シエルの援護で空中に光る文字でカンペを出してもらえたので詠唱は完璧だった。

「修正式、サンクトレウル!」

 陽歌がカートリッジを突き刺すと、そこから徐々にカストラータ・メゾは全身から白い炎を吹き出し始めた。流石に一撃死とは行かないものの、かなりダメージを与えられた。

「よし、いいぞ! オラ!」

 さくらとさなが蹴ったり殴ったりして瓦礫の足場から敵を突き落とす。完全に倒し切るまで戦っていたら、時間が足りない。

「はぁっ……はぁっ……」

「どうしました陽歌くん?」

 昇っていくにつれ、呼吸が苦しくなることに陽歌は気づいた。シエルは常に彼の傍で援護しているため、その異変を察知する。

「いえ、だいじょ……じゃないです」

 彼はいつもの癖で平気を装ってしまうが、ふと自分の置かれた状況を振り返って素直に伝える。

「ここ、かなり上空だから空気が薄くて……」

 そう、逆さ城の頂上でも中々の高さがあったのにそこからさらに昇っているので酸素が薄くなって呼吸が出来なくなってしまう。このスピードで昇り続ければ、高山病の危険もある。当たり前のことだが、誰も気にしなかったことだ。

「これでなんとか!」

「ありがとうございます」

 シエルは水泡の様なものを陽歌に被せる。すると、呼吸が一気に楽になった。地上にいる時どころか、まるで深い睡眠時の様な心地よさだ。

 その後も彼らは襲ってくるカストラータ・メゾを瞬殺しながら上を目指した。

「ようやく敵の懐だ、警戒しろ!」

 エヴァの先導で一行は遂に本体、カストラータ・プリモヴォーモのところに辿り着く。近づいてみると、今まで相手にしてきた敵より遥かに大きいことが分かる。彼の指先一本でも、ビルが横倒しになったかの様なサイズであった。しかしそれらの腕を振るってくることはなく、術式の構築に集中しているらしい。

「基礎設計完了……、皆さん、切り札が仕上がるまで妨害をお願いしますー!」

 シエルは陽歌のスティグマエネルギーを使う為に、最後の仕上げへ入る。その間、残るメンバーが敵を引きつけ、術式の構成を妨害する。

「いくぞ! 術式なんざこうしてやる!」

 カストラータ・プリモヴォーモの口元へ跳んでいくさくら。術式は歌である為か魔法陣は大きな頭蓋骨の口元に広がっていた。瓦礫の足場などないのに、彼女は空を蹴って飛翔した。

「その切り札は、やはり弱点に使うべきか?」

 エヴァはシエルに切り札のことを聞く。

「理論上、無限大にも等しいエネルギーを注入する装置なのでどこに使っても大丈夫ですー。ですが急ごしらえのものなので念の為、コアに近い場所へ使いたいです。敵のコアは、ここです!」

 彼女は空に浮かぶ羊皮紙に敵の中核の位置を示した。肋骨の中に格納されたパイプオルガン、そこの中央がコアだ。

「よし、いくぞ」

「いよいよ決戦だね」

 エヴァとさなは瓦礫の足場を昇ってそこへ向かう。この瓦礫は悪魔城由来のもので、その魔力を吸収する影響で伸びている。なので足場が続くということはやはり魔力が集まるコアがあるのだろうか。

「陽歌くんは私とここで。切り札が完成次第、敵の眼前にワープします! そのアンカーを、ルイスには持って行って欲しいんですー」

「はい!」

 陽歌はシエルと共に待機することになった。ルイスはワープに使う術式の運搬を行う為、エヴァ達を追いかけた。既にシエルがその背に魔法陣を描いており、ワープの起点として利用できる。ここからが、本当の勝負だ。

 

   @

 

「さて、ここまで来たけど……」

 地上に帰還したミリアに呼ばれ、瓦礫の道を昇ってきたヴァネッサだったが、どうも道を間違えたらしくエヴァ達とは合流できなかった。道中でカストラータ・メゾの妨害に遭ったが、それもなぎ倒して進んで来たが甲斐は無かった。その結果、カストラータ・プリモヴォーモの巨大な外装付近に浮かぶ瓦礫へ降り立った。

「ミリアが言うに、あれは亡霊の集合体らしいな……今もなんか集まってきてるし」

 彼女は下から吸い上げられていく魂を見て呟く。カストラータは今も尚、世界中の子供の怨霊を吸収して巨大化を続ける。しかしそれは裏を返せば、まだ材料となった怨霊が定着し切っていないということだ。

「さくらは魔法陣の破壊をやってるっぽいけど、あたしには魔法を破壊する技術とかねーし……」

 ここから無暗にエヴァ達との合流を狙っても辿り着けるかは分からない。さくらの助力を行うにも自分には術式の破壊は出来ない。となれば、やることは一つだ。

「このデカブツ、弱いとこ叩けばぶっ壊れそうだな!」

 先述の通り、ヴァネッサには魔法や霊的なノウハウは無い。だが怨霊が吸収されるところを見ていれば、そこが新しく塗った土壁の様にまだ固まっていなくて脆いだろうことが容易に想像できる。そこを攻撃すれば敵の結合を崩せる可能性はある。

「よし、覚悟しろデカイの!」

 こうしてヴァネッサも戦いの中に加わっていく。

 

   @

 

 戦いは最終局面に入った。アスルトは店舗から離れ、二階の休憩室である資料を読んでいた。それは、陽歌を引き取った時に会社で行った健康診断の結果を示したものであった。発掘した母子手帳のデータから行っていないワクチン接種の補填、オッドアイ、医学的にはヘテロクロミアと呼ばれる虹彩の色素異常による視力への影響の有無なども調べ尽くした。

「やっぱり言えないでスよね……」

 酔った勢いでエヴァやヴァネッサ達の様なオーバーテクノロジーの塊みたいなロボットを生み出すいい加減な性格をした彼女が、珍しく溜息をついていた。

「腕が再生できない本当の理由……」

 アスルトが悩んでいたのは、陽歌の腕についてであった。なんと、腕が再生できない理由は聖痕などではなかったのだ。

「でもこれでよかったんでスよね、あの子が自分の事を肯定できるようになったら、本当のことを言えば……」

 アスルトはその為にも、陽歌には無事に帰って来てほしかった。真実を伝えることが常に幸福へ繋がるとは限らない。だが、それを隠し続けることもまた同じなのだ。

 

   @

 

 エヴァとさなはパイプオルガンの下までやってきた。そこには舞台が浮かんでおり、まるで二人を待ち受けるかの様であった。

『来たようだね、随分諦めの悪い!』

「しつこさでは君も相当だったよ」

 天から聞こえる声にさなは返す。術式をさくらが全力で乱しているからなのか、カストラータは余裕が無さそうであった。

『クソ! なんだこいつは! 書いた術式を傍から破壊しやがる!』

 やられていることとしては写経している途中に耳元で蚊が飛ぶ上に書いた文字を滅茶苦茶に消されるというレベルのもの。いくらカストラータが複数個体の集合とはいえ、これはキツイ。

『もう貴様らに慈悲はやらん! ここで消えてもらう!』

 そう言いつつ、カストラータは道中で散々倒されたカストラータ・メゾを呼び出した。

「またこれ? ゲームだったらとっくに怠くなってる頃だよ?」

『言っただろう? 慈悲はやらんと!』

 パイプオルガンの中から、変異する前の姿をしたカストラータが降りてくる。その身体には血管の様なものがいくつも繋がれており、パイプオルガンに続いている。エヴァとさなは強いエネルギー程度にしか感じないが、シエルならばこれこそがコアであると即座に見抜いただろう。

『多少リスクは伴うが、最早貴様らを安全圏から片手間に排除することはできないと見た。即座に死ね』

 カストラータは肉塊が入り込むと、鼓動の音が空に響き渡る。肉塊は殻の様なものに覆われ、翼が抜けて卵を思させる姿へ変化した。そして、その殻を破って中から出て来たのは先ほど戦ったドラキュラ第二形態を彷彿とさせる大柄な悪魔だった。ただしヤギの様な角は金色に輝き、翼もコウモリのモノから天使を思わせる金の翼へ、顔には仮面、頭上には天使の輪と姿に差異が見られる。体色も白で、胸に顔の様なものが埋まっている。背中から脊髄の様なものが伸び、パイプオルガンと繋がる。

「なるほど、ドラキュラの力を取り込んだ結果か」

「でもあの特大サイズを相手しなくて済みそうだね」

 エヴァはそれがドラキュラと死神の力を得た影響だと見抜く。単なる亡霊に過ぎないカストラータがここまでの力を得ているのは、偏に悪魔城とドラキュラによるものだ。

「ルイスか?」

 その時、ルイスがステージの上にやって来た。しかし力を使い果たしたのか、カートリッジを吐き出して元の兎の姿に戻ってしまう。エヴァは彼の前に屈んで、胸部のラングを開いた。

「シエルのワープ用アンカーを持って来てくれたのか。ここに隠れていろ。少し窮屈だろうが安全だ」

 胸部ラング内にルイスとカートリッジを仕舞い、再び彼女はカストラータに向き直る。カストラータは周囲に小さな鎌を浮かべ、手に巨大な鎌を持った。ドラキュラの第二形態とは比べ物にならない雄々しさだが、エヴァは冷静に相手を見ていた。

「この戦い、我々の勝ちだ」

「戦う前から勝つくらいでなければならないというが、それを言うなら僕たちの方だよ。無限にも等しい憎悪のエネルギー、そして悪意の総体であるドラキュラと悪魔城の魔力、この姿が負けるとは到底思えないけど」

 カストラータは大きく飛び上がる。背中に繋がる脊髄で引っ張ってもらい、巨体を跳躍させているのだ。小さな鎌を無数に飛ばし、炎を吐きながら大鎌を振り上げてエヴァとさなに襲い掛かる。

「そのヒモ、弱点にならないといいな」

 攻撃を回避したエヴァは着地した敵の上空に位置取り、脊髄を双剣で切り裂こうとする。が、その脊髄は異様なまでに硬化しており、全く刃が通らない。高濃度の魔力が流れるだけあり、かなりの防御力を得ている。

「やはりか……」

「無駄だぁ!」

 この展開は彼女も予想しており、反撃である炎のブレスを双剣の回転で霧散させることが出来た。

「クソ、意外とこの鎌……」

 カストラータは振り下ろした鎌をステージから抜こうと必死だった。その隙を突いて、さなが巨体の下へ潜り込む。

「無駄だぁ!」

 無数の小さな鎌を彼女に向けて飛ばし、カストラータは炎を吐こうとした。だが、それはさなの予想通りだった。鎌を全てカストラータへ弾き返すと、そのまま大顎に向けてアッパーを繰り出す。

「ぐほぁ!」

 鎌が身体に刺さり、挙句の果てにブレスが誤爆して口の中を焼く。顔が爆発し、その高い威力が仇となって仮面や角は一瞬で粉々になる。おまけに顎を揺らされてからの爆発なので、脳が振動し閃光で目が潰れ、耳も爆音で封じられる。

「今だ! リミッターオフ、オールシステムクリア、天球臨界!」

 飛翔したエヴァの身体が青く光り、双剣を軸として極太の青いビームが放たれる。そのビームはカストラータの巨体を軽く飲み込むほどの大きさであった。

「ツヴァイクルセイド・オーバーロード!」

「くそぉ!」

 咄嗟にカストラータは脊髄で身体を引っ張り上げ、パイプオルガンのところへ避難した。なんとかビームは躱したが、なんとビームが上に向かって薙ぎ払われてくるではないか。

「馬鹿な、ビームサーベルだとぉ!?」

 そのビームはカストラータを巻き込みながらパイプオルガンをぶち壊して上へ進んでいく。カストラータ・プリモヴォーモの首元で止まりはしたが、内臓に当たるパイプオルガンは崩壊を始めて大きな破片がステージに落ちてくるほどになった。

「ぐ……が……、だが完全崩壊は免れた……術式さえ……術式さえ……」

 その破片と共にカストラータはステージへ落ちる。ダメージが重く、仰向けに倒れた身体の胸部から顔の正体が、カストラータ本来の肉体が飛び出てしまう。

「く、クソめ……」

「よし、あれかな?」

 さなはこれこそ弱点だと判断し、巨体に上って飛び出た肉体に殴りかかる。顔に拳を突き立て、頭蓋骨を砕く。

「ぐは! このガキ……げはっ!」

 怯んだ隙に蹴りを入れて内臓を破る。風船が破裂した様な乾いた音がして、肉体は口から黒い液体を吐き出す。これまた非常に悪臭が漂うもので、さなとしては近くにいたくなかったが我慢して戦闘を続ける。

「早く戻……」

「ええい!」

 肉体は巨体の中に帰ろうとしたので、さなはその腕を掴んで背負い投げを決める。肉体には下半身がなく、肉のヒモになっていた。投げられた肉体はステージにべしゃりと落ち、巨体との距離が遠ざかる。

「くそ、くそが……!」

 ステージ上で体液を撒き散らしながら這いずり回るカストラータの肉体。亡霊の集合体なだけあり、その一部がここまで痛めつけられても尚、死ぬ気配が無い。その時、エヴァにシエルから連絡が入った。

『切り札の準備が出来ましたー! 弱点は露出してますか?』

「ちょうど出来たところだ。さな!」

 エヴァは飛んでさなのところに向かいながら、返答する。さなも弱点を逃がさない様に肉体を羽交い絞めにする。

「ぬるぬるしてて持ちにくいけど、今だよ!」

「よし、行けるぞ!」

 さなの下へ到達したエヴァは胸部ラングを開き、ルイスを放出する。彼の背中に刻まれた魔法陣が輝き、ワープのアンカーが発動した。

「させるか!」

 だがカストラータもただでは終わらない。口や目など、肉体の穴という穴から汚物を吹き出してさなの拘束に抵抗する。

「くっさ! でも我慢―!」

 至近距離で臭い粘液を出されても彼女は手を緩めなかった。だが、彼の狙いはそこではない。巨体の方が動き出し、胸から引っ張られた肉体に繋がるヒモを引っ張って自分の方へ戻したのだ。

「しまった!」

 汚物はぬるぬるのギトギトで、いくらさなが馬鹿力でもするりと抜けてしまう。こうしてカストラータの本体は巨体へ戻ることに成功した。巨体に収まりながら彼は勝ち誇る。

「残念だったな! 何百年も人を憎しみ続けた僕たちの方が一枚上手だ!」

「それはどうでしょうー?」

 が、なんとシエルと陽歌がカストラータの目の前にいた。陽歌は光る剣の様なものを手にしている。

「何ぃ!」

「これだけ魔力の濃度が高い場所だと流石にアンカー無しではワープできませんが、アンカーから誤差一キロは修正可能です!」

 ルイスのアンカーはあくまで目安に過ぎなかった。アンカーの付近にしかワープ出来ないわけでは無かったのだ。

「スティグマの無限エネルギー、喰らえ!」

 陽歌は剣でカストラータを貫く。この剣は彼に眠るスティグマの魔力を刺した敵に注入する道具なのだ。言うなれば、血液型の違う血液を自分の血液の総量以上に輸血される様なもの。拒絶反応が起こるのは言うまでもなく、身体が物理的に耐えきれなくなって破裂してしまう。

「うおおおおお!」

「ぐぁあああああっ!」

 陽歌は光の剣をねじ込む。カストラータも危機感を感じたのか、断末魔の叫びをあげる。だが、光の剣は忽ち輝きを失う。

「え?」

 戸惑う陽歌に対して、余裕が出たのかカストラータは笑みを浮かべる。

「スティグマの無限エネルギー? おかしいなぁ? ()()()()()()()()

「そんな!」

 シエルが困惑する。まさか彼女の作った道具が機能不全を起こすとはエヴァとさなにも思えなかった。

「君、初めて会った時から思ってたけど、僕たちの仲間だよね?」

 そしてカストラータは悠々と語り始める。自身が巨体と繋がっている隙間から無数の触手を生やし、それを陽歌に絡みつけながら。

「人間を憎んでいる。この世界を、恨んでいる。だからさ……」

 エヴァ達が阻止する間も無く、陽歌は巨体の中に引きずり込まれた。それはあまりに一瞬のことで、彼自身も何が起きたのか把握するのに時間が掛かった。

「君も、僕たちだ」

 




 第一次作戦失敗……。迎撃に当たっていた市民も避難を開始してください。その際、付近に存在する全ての電子機器、音響機器を破壊してください。

『避難など意味があるのか? 聞くと死ぬ歌だぞ?』
『それでもパニックが起きるよりはいいでしょう……もし真実を知ったなら、とんでもないことになりますよ』
『電子機器の破棄、一体どれだけの人間が従うか……』
『具体的なことを説明するわけにもいかない。これが、世界終焉シナリオか』


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最終ステージ 運命は一小節の間に

 (詳細不明)
 勝利条件:カストラータの撃破
 敗北条件:陽歌の戦闘不能


「うう……」

 陽歌が気づくと、どこかも分からない場所にいた。カストラータの肉体の中だろうか。辺り一面が肉の海で場所の把握が出来ない。身体にぬめった触手が絡みつき、全身を強く締め上げる。臓器の中らしき場所で、触手に拘束されて宙づりにされていた。か細い彼の身体は軋んで悲鳴を上げる。首にも触手が巻き付き、呼吸が出来なくなる。

「う、うぁぁぁあっ……!」

 目の前が暗くなり、意識が遠のく。ただそのまま絞め殺す気はないらしく、生かさず殺さずの状態だ。しばらくすると首絞めが解かれ、必死に空気を求めて肺が動く。

「はぁーっ、はぁーっ……」

 しかし、息をする度に器官の一本一本が熱くなる。下から漂う甘い香りが身体の中に入り込んで悪さをしている様だ。香りの根源は下にある白濁の湖だろう。そして壁から生えてくる触手が先端に針を光らせながら迫る。空気を注入して殺してしまわない様にわざわざ内容物を少し針から零して空気を抜き、陽歌の首筋に突き立てる。

「あぁ!」

 針に刺され、中身を注入されると彼の思考が鈍った。当然ではあるが、身体にいいものではない。例え殺害を目的としていなくても、これを何度も投与されたのなら命の危険もある。

また、透明でねばねばした粘液が触手から溢れ、天井から降って来て彼の肌に当たる。

「う、くぅう……」

 その粘液は溶解液らしく、衣服を溶かしていた。既にパーカーの大部分は溶け始め、タイツにも穴が開いている。同人誌にありがちな都合よく服だけ溶かすなどどいう生易しいものではなく、肌も少し焼けてしまう。

(身体熱い……なんか変な気分する……何も考えらんない……)

 何とか抵抗を試みるが随分長いことこの状況にいたのだろうか、思う様に身体が動かせない。

『どうだい? 仲間とか名乗る馬鹿な連中の口車に乗って、ただの子供が悪魔城の最前線に来た結果がこれだよ? 君には聖痕の力なんてないし、むしろ他の子供より虚弱だ。大方、その特異な見た目から霊的な信仰を集めて持ち上げられたんだろうけどね』

 カストラータの声が聞こえる。その大部分は間違っているが、反論するだけの力は残っていない。それでも、なんとか声を出す。

「違う……僕は自分で……ミリアさんを、助けに……」

『あの金髪のお姉さん? 君置いて逃げちゃったみたいけど?』

「それで……いいよ、助けたかったんだから……」

 陽歌の反論にカストラータが機嫌を損ねたのか、触手が強く彼を締めあげ、新たな触手も伸びてくる。

「あぁぁぁっ!」

『気に入らないな。いい子ぶって』

 新たに出て来た触手は先端に牙が付いており、それで陽歌の足やパーカーの溶けた部分などに噛みつく。牙は深く突き刺さり、そこから焼ける様な痛みが襲ってくる。

「うあっ……」

 どうやらこの牙には毒があるらしい。脂汗が吹き出し、節々が熱を持って痛み出す。頭の中を快感と苦痛でかき回され、陽歌はされるがままになるしかなかった。

『君の弾丸を受けた時、よくわかったよ。君は人間を信用していない。人間を、この世界を憎んでいるって。僕たちと一緒だ』

「そんなこと……」

 反論する為に声を絞るのもやっとやっとだ。それでも、必死にカストラータの言葉を否定する。確かに、自分は誰かを信用出来ない。あの大きな裏切りに遭ってから、誰かを信じることが怖くなってしまった。だが、ミリアとさなのおかげで信じられる人もいると知っている。

「僕はお前と違う!」

『ムカつくんだよ……なんで君はそこまで人を信じようとするのかな?』

 必死に否定する陽歌にカストラータは苛立ち、いくつもの針を持った触手を伸ばして身体中に突き刺す。注入する毒素の濃度と量も増やし、針も深々と刺さっていた。永遠に思えるほど長い時間、この拷問は続いた。身体は火が付いた様に熱を帯び、頭は割れんばかりに激痛が走る。

「がっ……ぁぁ……」

 針を抜くと、血が糸を引く。立て続けに替えの触手が針を突き立て、今度は牙の触手もこのリンチに加わる。触手の総数が増えたのはもちろん、毒素を注ぎ込む時間もさらに伸びている。

「はっ……あぁ」

 この応酬に加え、拘束している触手で強く締め上げられた上で服ごと肌が焼かれ、徐々に衰弱していく陽歌。

もはや意識を保っていることもできないほど、身体が弱っていた。様々な毒を盛られ、身体を痛めつけられ、ただでさえ疲労が溜まっていた陽歌は限界に達していた。

『肉体という檻を引っぺがせば少しは素直になるか……』

 そのまま触手で身体を強く締め上げ、陽歌を液の中に沈める。触手に拘束されているので、液体の性質がどうあれ浮力で浮かぶことが全くできない。

(あ、もう死ぬのかな……)

 陽歌は死を実感した。もう何も抵抗する手段が残されていない。これほど恵まれた中で死ねるとは思っていなかったので、少し満足感さえあった。唯一の心残りはせっかく友達になれたルイスをまた独りぼっちにしてしまうことだけだった。

(ごめんね、ルイス……でもシエルさんなら悪いようにはしないよね?)

 その時だった。水中にも関わらず高速で回転する大鎌が触手を次々に切り裂いていく。そして、二つの手が陽歌の両手を引っ張って水面に引き上げる。

「げほっ……げほっ……!」

「ふん、あの時の小僧か」

「どうやら待っていた甲斐がありましたねぇドラキュラ様!」

 なんと、ドラキュラと死神ではないか。取り込まれたのでここにいる、ということなのだろうか。陽歌は立ち上がる力が無く、肉の床に倒れ込んだ。既に衣服もパーカーは完全に消失し、下に着ていたTシャツもボロボロ、タイツも穴が開いて半ば半裸の状態だ。そんな彼にドラキュラはマントを被せてやる。

「なん……で……?」

「こやつが野望を達成して油断したところを内側から食い破ってやろうと思ったが、人間を滅ぼすのは私の使命だ。精々貴様を利用させてもらう」

 ドラキュラが基本説明不足なので、死神がフォローを入れる。

「あのですね陽歌さん、あなたはどうやらカストラータとある共通点によって現在、リンクしている状態なのです。つまり、カストラータという結合怨霊の一部になってしまったのです。しかしこれはチャンスです。結合しているということはそれを利用して内部から破壊が可能」

 死神によると、カストラータを仕留める手段はまだ残されていた。だが、それを見逃す彼ではなかった。肉の部屋に心臓の様なものが降りてきて、大きく口を開く。ここで攻撃されれば、陽歌は一たまりも無い。

「小僧、仮契約だ。その手の紋章、二画あるな? 私と死神への仮契約に一つずつ使え」

「……これ?」

 なんとか腕を動かし、義手の甲で輝く紋章を陽歌は確認する。三つのパーツで構成されるこの紋章は二つのパーツが青白く輝き、残る一つが赤色だ。

「それだ。豪気な奴だ、この悪魔城で新たに悪魔と契約するとは。おかげで悪魔城と裏悪魔城の魔力を受けて紋章が増えているではないか」

 ドラキュラによると本来、陽歌が持つべき紋章は赤い部分一つらしい。だが、どうも場所の影響で増えた分があるらしい。これでこの状況を打開するのだ。

「それで私達を従えようと意思を持て! 貴様と契約しなければ私達は悔しいことに、奴へダメージは与えられない。どうせラッキーで得たものだ、今使い切っても惜しくはあるまい!」

「私達は準備万端です。あとはあなたの号令で!」

 ドラキュラと死神に背中を押され、陽歌は最後の力を振り絞って仮契約を行う。どうも、小難しいことは向こうでやってくれるらしい。そこはさすが魔王の風格といったところか。

「お願い……僕に、力を貸して!」

 手の甲にある紋章が輝き、青白い部分が失われる。

「ふん、とても従える側のセリフとは思えんな」

「人間性が出ますね」

「だが、悪くない」

 ドラキュラと死神は炎を鎌を飛ばしてカストラータの心臓を攻撃する。敵は触手を使って攻略の要である陽歌を殺しにくるので動けないが、それでも互角に戦いを続ける。

『……くん! 陽歌くん!』

「シエル……さん?」

 その時、陽歌の耳に声が届く。それはシエルからのテレパシーだった。彼が取り込まれてから、救出の方法を探っていたらしい。その一環で、テレパシーでの呼びかけをしていたのだ。

『急に魔力の反応が大きくなってようやく繋げましたー! 何があったんですか?』

「ドラキュラと死神と……仮契約して……」

『それで一気に反応が大きくなったんですね! あれだけの魔力を束ねる中核ならテレパシーの目印に最適です!』

 それが可能になったのも、ドラキュラと死神との契約のおかげだった。シエルと繋がったものの、状況はよくならない。外は大変なことになっているらしい。

「みんな……は?」

『それが、敵の勢いが一気に増して……今は抑えるので手一杯ですー! ドラキュラや死神と仮にでも契約出来ているなら、その二人の力を借りて何とか吸収されないように持ち堪えてくださいー! こちらでも助ける方法を探しています!』

 それでもシエルや他の仲間達は陽歌を救おうと戦っていた。シエルの魔法の影響か、外の風景が彼の脳裏に浮かんでくる。エヴァとさなはステージで迫るカストラータ・メゾを蹴散らし、ヴァネッサは外装を叩き、さくらは口元の魔法陣を壊す。しかし、カストラータ・プリモウォーモに吸収される怨霊の数が加速度的に増えていき、それに伴い術式の構成速度や増援の生成速度がぐんぐん上がっていく。

シエルは陽歌に戦うことこそ要求しなかったが、このままではどの道埒が明かない。

「陽歌くん! 一旦無理に意識を保たず眠ってください! そうすれば精神世界に取り込まれ、内部からの破壊のチャンスが生まれます!」

「わか……った」

 死神に言われるまでもなく、陽歌は意識を失った。既に体力は尽きているが、この先の戦いは果たして可能なのか。

 

 陽歌が目を覚ますと、教室であった。身体の傷は癒えておらず、体力も回復していない。この腐乱した死体が転がる惨劇の跡は、マックスペインの力を引き出す時に入った、陽歌自身の精神世界だ。

「ここか……」

 身体に鞭を打って彼は起き上がる。すると、いつもはボロ屑の様な姿をしている自分の分身がやけに小ぎれいな格好をして、仮面まで被っているではないか。まるで、散々相手にしてきたカストラータの様に。

「いい気味だね。ここは居心地がいいよ。僕の仲間がいっぱいだ」

「お前……は」

 カストラータの一部になる、リンクするという意味が何となく陽歌にも理解できた。自分の中に眠る負の側面がカストラータと同調している状態なのだ。

「君も無駄な抵抗はやめて僕たちになりなよ? 楽だよ?」

 そして、負の側面の背後にはカストラータがいた。どうやら完全に繋がっているらしい。ということはつまり、死神の言う通りここから結合をバラバラにするチャンスでもある。陽歌は残る精神力を振り絞ってマックスペインを呼び出す。

「マックスペイン!」

 だが、あの銃は自分の手元にやってこない。代わりに、自分の負の側面の手にハンドガンの姿をしたマックスペインが握られていた。

「なんで……?」

「忘れたのか? これは元々僕のものだよ?」

 マックスペインは外部から異能の力で引き出された負の感情の具現化。故にその象徴である負の側面が優先してコントロール権を得るのは自然な話であった。

「君には死んでもらうよ。そうでないと僕が主導権を握れないからね」

 乾いた音が教室に響き、陽歌は床に仰向けで倒れる。彼の脇腹から赤黒い血がどくどくと流れる。義手で抑えても血は止まることなく、声も出ないほどの痛みに襲われる。貫通はしていないが、だからこそ逆に内臓を弾丸が傷つく。

「がはっ……ああ……」

「おいおい、殺しちゃだめだよ?」

 カストラータは高い殺意を持った陽歌の負の側面に注意する。

「ここは精神世界だから殺しても肉体は大丈夫だけど、殆どの感情はあっちが持っているんだ。うっかり殺しちゃったら君の力も弱くなっちゃう。だから君の側に落とさないと」

「んなこと言ってもどうするんだ……?」

 彼の指摘にも関わらず、負の側面はやり方が分からず銃を乱射する。弾丸は陽歌の脚や胴に当たり、とめどなく血を流させる。

「ああぁぁぁっ!」

 全身を駆け巡る激痛に彼は悲鳴を上げて悶えることしかできない。現実世界でのダメージも持ち越しているので、もうこれ以上は本当に死んでしまう。

「だめだめだめ。君の側というのは世界への憎悪、人間への不信だ。君が生まれるほど君達はそんな経験をしてるだろう? だからそれを思い出すんだ。もう二度と誰かなんか信じたくないって思いたくなるくらいにね」

 カストラータは負の側面に囁く。すると、背景は教室から豪雨の街に変わる。空気は冷たく、降り注ぐ雨がただでさえ衰弱した陽歌から体温を奪っていく。ただし、傷はすっかり癒えている。否、違う傷になっただけだ。全身をアスファルトに打ち付け、身体のあちこちを擦りむいている。そして不思議なことに腕が生身だ。その左腕は指一本動かせず、熱いほどの痛みを帯びていた。おそらく骨折しているのだろうか。

「寒い……お腹減った……」

 半裸状態からよれた体操服に着替えており、服自体は厚着になっているはずが身体が芯から冷える。空腹もただのものではなく、胃がズキズキして頭がぼんやりして回らなくなるレベルだ。

(これは……)

 この状況に彼は覚えがあった。顔も腫れて目が開かない。豪雨の中、傘も無く倒れることしかできない。ランドセル代わりのトートバックは水たまりに沈んでおり、中身もすっかりびしょ濡れだ。

(また、なんだ……)

 こんなこと、いつものことだ。他人というのは何か理由を付けて暴力を振るってくる存在でしかない。きっと自分が他のみんなと違うからなのだろうか。人間に限らず、動物は異質なものを排除したがる本能というものがあるとは知っている。

「はやく、帰らないと……」

 何故か急に、自宅へ帰りたくなった。この街はユニオンリバーに引き取られる前に住んでいた街で、思い浮かべた『家』は喫茶店ではなく本当の実家であった。

 しかし何も雨を防ぐ為のものが何もない。ちょうどよくゴミ捨て場に捨てられていた傘が見えたので、それを取りに行く。骨が折れて外れたビニール傘だったが、無いよりはマシと思いそれを差して帰路につく。

(寒い……寒い……)

 久々に感じることの出来た手の感覚は、かじかんで思う様に動かずヒリヒリと痛むというものであった。サイズの合わない靴が指を締め付けて痛める。このボロボロになった子供に対し、周囲の目は冷ややかであった。ひそひそと話す者もいれば、

脚を引きずりながらやっとの思いで家であるアパートに帰ると、彼は玄関に倒れ込んで目を閉じてしまう。

(やっと、帰れた……)

 雨風が無いだけで、とても暖かく感じた。そして誰も自分を傷つける人が目の前にいないという安心感から眠気が出てしまったのだ。

 

 しばらくすると、自然に目が覚める。服はまだ湿っており、倒れたところから一ミリも動いていない。玄関には母の靴があり、帰ってきたことがわかる。

「……てて」

 硬い床で寝ていたので、身体の節々が痛む。そんな身体を引きずり、無駄に室内を濡らさない様に靴下を脱いで部屋へ上がる。

「ちょっとあんた」

 靴下を乾かそうとカーテンに掛けられたハンガーへ向かっていた彼に、声を掛ける人物がいた。陽歌の母だ。息子が傷だらけのびしょ濡れで帰って来たというのに、全く心配する素振りが無い。

 彼の母は明るい金髪だったが、剃った眉毛の痕跡やまつ毛から分かる様に地毛は黒である。濃い化粧に派手なネイル、近寄るだけで咽そうな香水の匂いと派手な外見をしている。室内にヤニや匂いが付くのも躊躇わずタバコを吸い、酒を飲みながら深夜番組などを見ている。

「あの玄関のゴミどうにかしなさいよ」

「ごめんなさい……」

 そして第一声は折れた傘持ってきたことに対する苦言だった。陽歌は腕の骨折はバレない様に隠していた。女手一つで自分を育ててくれている母に心配かけまいとしてのことだ。

 着替えも無いので、陽歌は靴下だけ吊るして部屋の隅に蹲る。自室はともかく、寝室も無いのでこのリビングで過ごすしかないのである。

 

 こんなことは、思い出せばキリがない。義手を外されてプールに突き落とされたこともある。身長が現在でも130㎝と極端に低い彼は高学年用のプールになると足が付くかどうかという状態になる。加えて、家族で海やプールに行った経験のない陽歌はカナヅチなのだ。そんな状態の彼が手を失って突き落とされたのなら、例え足が付いてもパニックで立て直せない。

 家ではまともな食事が摂れないので給食だけが頼りだったが、給食費の未払いを理由に食べさせてもらえないこともある。三連休開けにそれをされると、かなり苦しかった。

 

「う……あ」

 過去を振り返る旅を終え、元の教室に戻って来た陽歌は急激に痛む身体に喘ぐ。加えて今の旅で受けた傷も引き継がれ、身体はすっかり冷え、感じないはずの苦痛を腕に覚える。

「これでも誰かを信じるのかい? 君に味方はいないんだ。ここで誰かの為に頑張っても意味ないよ。もう楽になろうよ」

「僕は……それでも、僕は……」

 カストラータの囁きが甘く陽歌の脳を溶かしに来る。もう、このまま抵抗を辞めてしまいたいくらい苦しい。たしかに、カストラータの言う様に人間なんて信じるものではないかもしれない。

「お前はあの裏切りを忘れたのか?」

「忘れて……いない……」

 負の側面が一番痛い部分を突いてくる。正直、もう信頼だとか絆だとかがバカバカしい戯言に聞こえる様な目に遭ったばかりで、人間を信じたいなどと綺麗ごとを言う気にはなれない。

 それでも、と彼は思った。なぜならば、ミリアと出会ったからだ。あの出会いには続きがあった。

 

 自宅まで逃げ帰った陽歌だったが、寒さと疲労から玄関を開ける前に気を失ってしまった。目が覚めると、自宅のベッドの上であった。そこが普段立ち入りを禁じられている母の寝室だと気づき、慌てて動こうとするも身体に力が入らない。

「あれ?」

 ふと、身体に違和感を覚える。傷が手当されていたのだ。擦り傷や打撲、凍傷もあったのだがそれぞれに適切な処置が施されている。そして、義手だから感じなかったが右手に見覚えのある髪飾り、ミリアが身に着けていたものが付いており、手紙が挟まれていた。

「あの人……」

 なんとミリアは、陽歌の様子を見て心配になり追いかけてきたのだ。そこで偶然彼が倒れたところに出くわし、また助けてくれたのだ。

 しばらく休んで動ける様になったので、すぐに寝室を出てダイニングに向かう。空腹で胃がキリキリ痛むので、何かをお腹に入れたかった。といっても、母がダンボールで買い置きしているカップ麺しかないのだが。最近はそれすら、どんなにお腹が減っていても戻してしまう始末であった。

「え?」

 ダイニングテーブルに、器が置いてあったので陽歌は戸惑う。『食べて元気になってね』と書かれたラップをされた器の中は、お粥であった。近くには、チラシの裏に書かれた置手紙もあった。これは陽歌に宛てたものではないらしい。

『あなたを児童虐待と育児放棄で訴えます! 理由はもちろんお分かりですね? あなたがこの子をこんな状態になるまで放置し、命を危険に晒したからです! 覚悟の準備をしておいて下さい。ちかいうちに訴えます。裁判も起こします。児童相談所にも問答無用で来てもらいます。社会的死亡の準備もしておいて下さい! 貴方は犯罪者です! 刑務所のぶち込まれる楽しみにしていてください! いいですね!』

 こんな怪文書を母に見せるわけにはいかないと陽歌は捨てたが、今思えばミリアは彼の後々を考えて児童相談所に訴えてくれていたのだ。それが彼の故郷、金沸市の行政が機能不全を起こしているから何も起きなかっただけで。

 とりあえず陽歌は椅子に座り、お粥を食べることにした。用意されたスプーンでお粥を救って食べると、今まで感じたことの無いような甘みが口に広がった。

「なんで……?」

 それと同時に、大粒の涙が溢れてきた。どんなに痛くても辛くても、もう泣かなくなるほど慣れ切ってしまったというのに。あの時は分からなかったが、今ならハッキリ分かる。嬉しかったのだ。誰かに助けてもらえて、誰かに手を差し伸べてもらえて。

 

「そうだ、僕は……、僕は……!」

「何?」

 カストラータと負の側面は驚愕の声を上げていた。陽歌の手を引き、彼を起こす人物がいたのだ。ミリアとさなが、陽歌の義手を掴んで立ち上がる手助けをしていた。もちろん、本人ではない。彼の心にいる『拠り所』だ。

「『人』を信じるんじゃない……! 『友達』を信じるんだ!」

「詭弁だ! 友も結局他人だ!」

 ミリアとさなの姿が光となり、彼の拳に集まる。カストラータは慌てて否定するも、陽歌の意思は固かった。最大の裏切りに遭った時も、ミリアとさながいたからどうにかなった。そして、その二人から広がっていった輪が彼を支えている。

「うおおおおっ!」

「ま、まずい!」

 負の側面は咄嗟にマックスペインを盾にした。右の拳がその銃に突き立てられ、しばらく拮抗した後に打ち破る。一撃でカストラータが与えた強化分は粉砕され、仮面も衣装も消されて元のボロ雑巾の様な姿に戻ってしまう。

「あ、危ない……!」

 なんとか防いだ、と負の側面は安心していた。だが、攻撃は終わらない。

「これで終わりだ!」

「何ぃ!」

 残る左の拳を負の側面本体の顔面に叩きつける。完全に油断していた負の側面はそれをもろに受け、教室の窓を突き破って吹き飛ばされる。まるで打ち上げられた花火の様に空へ昇った後、爆発して消え去る。

「は……だが最後の力もここまでの様だな、僕たちが残った!」

 ギリギリで凌ぎ切ったカストラータは一安心する。弱り切った精神など何とでもなる。渾身の一撃は幸い、自分に届く前に使い切ってしまったようだ。現在の彼が使える唯一の武器である心の具現武装マインドアーモリー、マックスペインもそれを司る存在を撃破してしまったので使うことはできない。

「勝った! 君にはもう抵抗する手段など!」

「まだだ!」

 しかし、砕け散ったマックスペインの破片が彼の手に集まり、再構築されていく。そして元のハンドキャノンの姿へ再生していくではないか。これは一体どういうことなのか。彼らには分からないが、このマックスペインは確かに根幹こそマイナスの感情で出来ている。だがミリアを助けたいという気持ちで強化を果たしたため、その部分をかき集めて二丁あったものをニコイチして再生したのだ。

 リボルバーの刻印は削れて読めなくなっており、色も金属の下地である銀が露出している有様だったがしっかり元の姿になっている。

「なんだと?」

「終わりだ、化け物!」

 引き金を引き、大口径の弾丸をカストラータの眉間に叩き込む。彼は顔の上半分を吹き飛ばされ、そのまま倒れる。世界最強ともうたわれるクラスの弾丸を撃ち出す大型マグナムリボルバーによる渾身の一撃は、如何にドラキュラの魔力を取り込んだカストラータとはいえ精神世界でまともに受ければ堪ったものではない。

「ぐおおお!」

 最後の最後で破れ、カストラータは消滅していく。

「な、何が違う……お前と僕たち、何が……」

「僕にはミリアさんがいた。それだけだ」

 トドメとばかりに陽歌はマグナムを連射してカストラータの息の根を止める。そう、彼とカストラータ、似ている様で違う。最大の違いは、ミリアの様な信頼できる人間に出会えたかどうかだ。

 まさに、二人の運命は音楽の一小節ほどしか差が無かったのだ。

「やった……よ」

 決着をつけ、陽歌は力尽きる。マグナムの反動は、ダメージを負った身体に追い打ちをかけていた。

 

   @

 

「……ここは?」

 気が付くと、陽歌は喫茶店のボックス席に寝かされていた。服装はそのまま、包帯をぐるぐる巻きにされている。痛みはあるが、起き上がれないほどではない。外は暗く、もう夜中になっている。

「僕は……?」

「あ、起きた」

「え? もう? 今お店帰ったとこでスよ?」

 さなが様子を見ており、手当の片づけを終えたアスルトが驚く。どうも今帰ってきたばかりの様で、アスルトも計算していないほどの回復であったらしい。彼女はモノクルの様な道具で陽歌の様子をじっと見る。あまりにジーっとみられ、陽歌は恥ずかしさから顔を反らす。半裸に近い恰好のせいもあるが、これは生来からの性格だ。

「よかったー! 生きてた!」

 彼の無事を確認し、深雪が飛びつく。思い切り座席に押し倒す形になるが、一応重傷を負っている陽歌にはこれでも大ダメージである。

「ぐぇええ!」

「あ、ごめん!」

 すぐにどいて被害を減らす。どうやらこの騒ぎに気づき、他の人達も顔を見せる。

「あ、陽歌くん起きた?」

「ミリアさん?」

「見て見てー、貰ってきちゃった」

 ミリアはなんとドラキュラに着せられた衣装をそのまま着ていた。かなり気に入ったのだろうか。エヴァとヴァネッサは料理を運んでいた。

「おー、起きましたかー」

「ミリアから頑丈さでも受け継いだのか? ま、無事ならいいけどな」

 アスルトは診断した結果を陽歌に告げる。思ったより回復が早いので動揺していたが、隅々まで調べたら理由も少しは分かったらしい。

「うーん、傷の治りはそこまでではないでスが、消化器官の回復が早いみたいでス。つまりご飯を食べて治せる様に身体が優先してそこを回復させた……?」

「たしかドラキュラが血がマズイって言ってたけど、なにか関係ある?」

 さなはしっかり、情報を伝える。しかし今は、それどころではない。ハロウィンパーティーをしなければならないのだから。

「ごはんごはんー!」

 さくらはもう待ち切れない様子であった。アステリアも厨房の奥から料理を手に現れる。

「じゃあ、ハロウィンに世界を救ったお祝いのパーティーを始めましょうか」

「わーい!」

 パーティーの準備が済むと、主にさくらが喜んだ。アステリアの言葉で、陽歌は大事なことを思い出す。

「そうだ! カストラータは……」

「カストラータなら消滅しましたー」

 気を失っていて知らなかったが、カストラータの末路を彼は知らなかった。シエルはルイスを抱えて彼に事の顛末を伝える。

「本体のカストラータ・プリモウォーモは消滅、街に展開していたメゾもそれに伴い消滅しましたー。吸収された悪魔城もその際、共に消え去りました。

「よかった……」

「いろいろお話はありますが、今はパーティーを愉しみましょう」

 これにて事件は一件落着。長いハロウィンが終わりを告げようとしていた。熱狂の末に命を落とした子供達の、流行への復讐は終わりを告げた。しかし、流行りに乗って何かを犠牲にしようとする者がいる限り、第二第三のカストラータが現れるだろう。そして人の心に悪と闇がある限り、悪魔城は再生する。

 世界の危機は尽きない、戦え、騒動喫茶ユニオンリバー!

 




 復活の悪魔城!→熱狂に死の歌を

 騒動終結


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終幕後 オペラの後で

 まさかハロウィンに一か月以上かかるとは思わなかったよ!


「どうしたんですか?」

喫茶店でハロウィンに起きた悪魔城事件の報告をアスルトにしていた陽歌とシエル。しかし終盤の話をした途端、アスルトが席から離れて床に土下座を通り越した土下寝を披露して困惑していた。

「まことに……申し訳ありませんでしたッッッッ!」

「え、ええ……?」

一体何を謝られているのか、陽歌には全く心当たりがなかった。具体的には、シエルが陽歌の持つスティグマエネルギーを活用してカストラータを倒そうとしたが失敗したところを話したのである。

「そういえばこの装置、回収して調べたんですけど不具合無いんですよねー」

シエルが手にしている細い剣の様な武器は、その際に作った装置である。当時は急造の為、不具合が生じたのだと思ったシエルだったが、後程回収してしっかり確認したところ特に異常は見られなかった。

「それもそのはズでス……何故なら、最初から陽歌くんにはスティグマなど無いのでスから!」

アスルトは土下寝しながら事情を説明する。酔った勢いで人間と大差ないロボを生み出す彼女ほどの錬金術師でも陽歌の失われた腕を再生することは出来ない。その理由としてアスルトが挙げたのが、スティグマの存在である。

スティグマとは神の祝福を受けた証である傷、聖痕であり、それ故にどんな技術でも治すことは出来ない。故郷である神の生け贄にされかけた際に陽歌は両腕を失ったのだが、それが原因で偶発的にスティグマを得ていたのだ。

「スティグマが無い……つまり始めから存在しないエネルギーを使おうとしてたんですかー?」

シエルは計画の前提が間違っていたという事実に驚きを隠せなかった。言うなれば、電気の止められたコンセントに線を繋いで心臓マッサージを行おうとしていた状態に近い。

スティグマとは元来、神がギフトと呼ばれる特別な力を与えた時にそれを扱えるだけのエネルギー源として与えることが多い。事故に近い形でスティグマを得ていた陽歌はギフトこそ持たなかったが、エネルギーだけはあると踏んでシエルはその無限に近いエネルギーを肥大化するカストラータに注ぎ込んで崩壊させようとしたのだ。だが、肝心のエネルギーがどこにもなく作戦は失敗、陽歌はカストラータに取り込まれるという危機に陥った。

「まさかこれが原因で陽歌くんを危険に晒すことになろうとは……ゴメン!」

アスルトは謝っても謝りきれないといった様子であった。自分の吐いた嘘のせいで陽歌がピンチに陥ってしまった。今でこそ平気そうにしているが、陽歌の服の下は包帯だらけであり敵から受けた毒も完全には癒えていない。シエルもアスルトを疑わないので、まるっと信じていた。

「では、どうして僕の腕は……」

スティグマが無いということは、腕が再生出来ない理由は他にあるということだ。

「それがスゴく言い難いんでスよ……」

「どうしてですかー?」

アスルトが仲間を騙してまで隠そうとする事実がシエルは気になった。彼女は宇宙海賊の経験があるとはいえ、打算で人を騙すタイプの人間ではない。なので陽歌のために黙っているという可能性が高い。

「なんというか……陽歌くんが気にしているところに直撃する内容というか……」

「え……それは……?」

陽歌はアスルトの言葉を聞き、少し怖くなった。自分が気にしていると事というのは、コンプレックスにもなっている明るい髪色やオッドアイのことだろうか。それとも、物心付く前にいなくなった父親に関わることなのだろうか。

「……」

「やっぱり、この話はやめにしましょうか……」

彼の反応を見て、アスルトは話を切り上げようか悩んだ。大事なことは陽歌にスティグマが存在しないということなのだから。

「いえ、教えてください」

 だが、陽歌は意を決して聞くことにした。それにはある理由があった。彼は念じると、自身の持つ力である心を具現化した武器、マインドアーモリーを出す。彼の物は世界への憎悪を形にした『マックスペイン』と呼ばれる銃だ。

「陽歌くん……?」

 が、出て来たのは銃身に大きな亀裂の入った大型リボルバーであった。本来名前が記されている部分は削り取られて読めなくなっている。ブレークオープンするための軸も緩んでおり、弾倉を支える芯も歪んで回すことができない。引き金に至ってはプラプラと固定されておらず、撃鉄は折れてしまっている。

「今、僕の武器はこの状態なんです。あのスティグマの力が使えればとこれがなくても問題ないと思ってましたけど……それが無いなら少しでも戦える力が欲しいんです。その手がかりがあれば……」

 このユニオンリバーには圧倒的戦闘能力を持つ人間が山ほどいる。しかし、彼はそれで安心できる様な性格では無かった。今回の戦いも戦闘要員が殆どいない状態でミリアを攫われた。陽歌はようやく得た大事なものを失うことを極端に怖がっていたのだ。

「無理しなくていいんですよー。ほら、この間は混乱すると思って一つしか渡しませんでしたが、もう一つのアドバンスドカートリッジです。これでルイスを強化すれば問題ないです」

 シエルは陽歌にカートリッジを渡す。これは彼の従える悪魔を強化するためのアイテムである。刻まれた名前は『ワイルドジャングル』。以前貰った『ラピットアニマル』とは対になりそうだ。

「ありがとうございます……。でも、ルイスだけに戦いをさせるわけには……。ルイスは友達であって、武器じゃないんです」

「うーん……」

 アスルトは陽歌も聞きたいと言うので、無茶をさせないためも含めて事実を教えることにした。

「陽歌くん、あなたの腕が再生できないのはあなたが生まれつき持つ遺伝子異常が原因なんでス」

「遺伝子異常……まさか……」

 陽歌はその言葉で大枠を察した。

「はい。幸い、という言葉が適切かはわかりませんが、外見にしか現れていませんが、あなたの遺伝子には大きなバグの様なものがあるんでス。これのせいで再生の為に培養を行おうとすると不具合が出てしまうんでス」

 アスルトの言うことは、彼の想像通りだった。自分の外見を決めている遺伝子が原因で、再生が出来ない。それが真相だったのだ。

「修正とかはできないんですかー?」

シエルは尋ねた。不具合というなら、直してしまえばいい様なものなのだが。

「それが……複数のバグが奇跡的に噛み合って外見以外の変質が避けられている状態なので下手に弄ると大変なことになるんでス。プログラムで言うと『なんで動いているのか分からないけど動いてるからヨシ!』とか『何にもしてないけど不具合消えたからヨシ!』という状態なんでス」

 さしもの錬金術師アスルトも、自然が引き起こすトンチキ状態にはお手上げだった。錬金術がダメなら違うアプローチで、とシエルが本を出して魔法を使おうとする。

「だったら魔法で……」

「あー! ダメでスよ! 結局魔法でも同じプロセスを辿るので拒絶反応が出てえらいことなりまス! だからスティグマってことにしたんでス!」

 結局は手段が違うだけでやることは一緒だ。だから余計なことをして惨事を招かない様に、アスルトは初めから治療ができないスティグマを装ったのである。

「そう……ですか……」

 陽歌は肩を落とす。結局なんの力にもならず、ただの遺伝子異常で再生ができないだけであった。

 暗い空気が一同の中に流れる。その時、白い羽根の様なものが舞って金髪の小柄な少女が現れる。その姿に陽歌は戦慄する。

「天使さん!? 命題? 命題の時間ですか?」

 天使、と呼ばれるその少女は定期的に命題という、制限時間以内に達成できないと即・死亡という難題を課す性悪な神の使いである。

「私は命題届けるだけが仕事ではありまへんえ」

 似非京都弁で話す天使は、赤い石の様なものをドン、と置いて説明を始める。

「あの、ここ店の中……」

「ドロップアイテム届けに来ましたえー。さくらはんとシエルはんはもう受け取ってますんで、後は君だけどす」

 店の中に置かれた天井ほどもある赤い石を見て、陽歌は引く。なんか半透明で不思議な雰囲気の物質だった。

「ドロップアイテムってなんですか……」

「ボス倒したら落ちるもんですえ。まぁ報酬だと思ってくれどす」

陽歌がそれに触れると、石が砕けてアイテムが散らばる。それはパイプオルガンの金管の破片だったり欠けた仮面だったり、いろいろだ。

「うわぁ!」

「こんな感じでアイテム入っております。まだ喫茶店の外にあるのでこれも使います?」

 天使は遅れて説明する。そして、彼に一枚のチケットの様なものを渡す。それには『レアドロップ倍率250%UP』と書かれていた。

「これ半券ちぎると効果出ますえ」

「あ、はい……」

「それでは、ほなー」

 天使は用事を済ませるとさっさといなくなってしまう。店にぶっちゃけガラクタにしかみえない素材類を放置するわけにもいかず、陽歌達は散らばったアイテムを片付ける。まだあるというのだから気が遠くなる。

「ま、まぁ倒した数考えると……ああー」

「ああ……」

 道中に撃破したカストラータ・メゾの数を考えてシエルと陽歌は頭を抱える。加えて、悪魔城内のボスや本体のプリモウォーモもいる。後かたずけが大変だ。

 一種の絶望感に沈む中、喫茶店のドアが開いて来客を知らせるベルが鳴る。

「いらっしゃいませー」

 喫茶店のウェイトレスであるアステリアがお客さんを席に案内しようとする。その客に、陽歌とシエルは見覚えがあった。平日の夕方だからか、学ランを着込んでいるこの少年はカラスを助けにやって来た退魔協会所属の人物、半纏坂である。

「浅野陽歌くんはいますか? 彼に用事があって……」

「半纏坂さん?」

 退魔協会は国立魔法協会を一方的に敵視しており、良好な関係とはいえない。そんな退魔協会のメンバーが一体、国立魔法協会の出張所ともいえるこの店に何の用なのか。以前は同じ敵を抱えていたため、アイテムを融通してくれたりしたが、今回はどうなるやら。

「ハロウィンの事件を解決してくれたお礼と、陽歌くんにはいろいろ伝えることがあって来たっす」

「え?」

 敵対している組織の人間がお礼とは、珍しいこともあったものだ。以前の事件では陽歌達ユニオンリバーが悪魔城に侵入中、仲間もそこにいたのに無辜の民を弾丸にして着弾点をも汚染する呪砲なるものまで使おうとしていたのだ。そんな危なっかしい組織が大人しくお礼などするのだろうか。陽歌は事件の時こそ助けてくれたが、訝しんだ。

「お礼?」

「まぁ、組織としては仲悪いっすけど、個人的に……。カラスさんも助けてもらいましたっすから」

 半纏坂は組織の思想とは無関係に動いている様子だった。現場に出張るだけあって、非現実的な対立は望まないということか。敵が増えればそれだけ、活動が困難になる。本来敵対する要素も無いだけに、尚更だ。

「というわけでマインドアーモリー使いの陽歌くんにはこれを……」

 半纏坂が陽歌に渡したのは、木で彫られたエンブレムの様なものであった。これは一体なんだろうか。

「これは?」

「ギアっす。マインドアーモリーの性能を外部から調整するアクセサリーっす。二つあるので錬金術師のお姉さんにも。あなたくらいになれば解析して、得た素材から新しいギアを作れるはずっす」

 同じものをアスルトにも渡す半纏坂。それを見て、シエルはある懸念を持っていた。

「こんなの勝手に横流しして、組織に怒られませんかー?」

 一応、これが退魔協会のものなら他の組織、それも一方的に敵視している国立魔法協会に流したとなれば半纏坂の責任問題である。しかし、彼は問題ないと言う。

「あー、多分大丈夫っす。今の状態だとむしろ退魔協会が独占している方がマズイので……」

「というと?」

 アスルトがギアを見つつ聞くと、彼は最近の情勢も鑑みての行動だと説明する。

「ほら、陽歌くんってRURUチャンネル経由でマインドアーモリーを発現したじゃないっすか? 同じパターンで発現した使用者の多くが負の感情に飲み込まれて暴走を起こしてるっす。ギアは不安定なマインドアーモリーの性能を安定化する効果があるので、その抑制にも繋がるので、そうした不幸を減らすにはギアがもっと出回る必要があるっす」

「あ、それなんですけど……」

 陽歌は事情を説明した。カストラータと精神世界で戦闘した際に、マインドアーモリーを司る自身の負の側面を撃破した影響でマックスペインが破損してしまったのだ。これでは、ギアとやらがあっても、どうにもならないのではないだろうか。

「あー、それでしたら多分ギア付ければ最低限戦闘が出来るくらいにはなると思うっす。それにいくら撃破したとはいえ相手は自分の内から生まれる感情っすから、油断は禁物っす」

半纏坂曰く、あれで倒したと思わない方がいいとのこと。確かに、他者への不信感は陽歌の中に拭えないしこりとして残り続けている。そう簡単に排除出来るものではない。

「まずはこの『アタックギア』を付けるっす。攻撃力を少し上げるギアっすけど、これで少しはマシな状態になるっす。これを付ける、と思ってその銃に触れさせるっす。外す時は取りたいと念じればいいっす」

彼の説明に従い、陽歌はギアを付けるぞと意識して、破損したマックスペインに近づける。すると、ギアがマックスペインに吸い込まれ、その姿が変わる。一般的な自動拳銃の形になり、名前の刻印も『Max Pain』から違う英名に変化していた。

「ブリガディア? 名前まで変わっちゃった……」

「おお、これは珍しいっすね」

半纏坂の反応からして、まぁあることではあるらしい。

「例え発現が才能や修行の末であったとしても、ギアを付けると性能だけでなく外見まで変化してしまう場合があるっす。ここまで基本的なギアで発生するのは初めて見たっすけど……とにかくこれさえ付けていれば安全は確保出来るっす」

「心の写し鏡みたいなものがそんな簡単に変化して大丈夫なんですかー?」

シエルはいまいち、退魔協会に所属している半纏坂のことを信用しきれなかった。陽歌も、いくら前の事件ではいろいろ助けてくれたとはいえ、ほぼ初対面の人物の言うことをはいそうですかと聞くほど人間を信用出来る性格ではない。そもそもマックスペインが彼の他者への不信感の発露の様なものなのだから。

「簡単に変わっちゃうのはまだこのマインドアーモリーが不安定だからっす。それと、前に渡した対悪魔ワクチン、使ってくれましたっすか? 使って中身が空になっていたら、その中にカストラータと戦った時のデータが記録されてるっす」

 果たして個人の考えだけでここまで動いているのか、彼への疑惑は尽きないが陽歌は、以前の戦闘で使った対悪魔ワクチンを封入したカートリッジのことを思い出す。現物はここに無い。

「あー、それなんですけど、確かに中身のワクチンは無くなって、代わりに知らないデータが入ってましたー」

 ここについてはシエルが確認済みだった。そして、カートリッジはある目的の為に彼女がとある場所へ送った。

「もしかしたら陽歌くんのルイスが使える新しいカートリッジになると思って、月にあるAIONの本部へ送りましたー」

 AIONとは、アスルトが所属する世界を守る組織のことである。平たく言えば防衛機構なのだが、その技術力と所属人員の人格破綻ぶりは彼女を見れば明らかで、世界で最も危険な組織とされている。そんな組織から多くの人員が出向いているユニオンリバーは協力関係にあり、同じく月面に住む月の民とも親交がある。さなもそんな月の民の一人だったりする。

「さすが、言わなくても使い方は分かっていただけたっすね。では、俺はこの辺で失礼するっす。あ、そうそう、これも渡しておくっす」

 半纏坂は去り際、陽歌にあるチラシを渡した。それはとあるリサイクルショップのものであった。どうやら、島田市の隣、ロウフルシティにあるらしい。

「表向きは中古屋、その正体はマインドアーモリーの使い手が集まる共助組織。その名もリユースショップ『キュレーター』っす。退魔協会に属していない使い手も多くいますので、もし退魔協会を信用出来ないのであれば、こちらで落ち合うっす」

「学芸員……ですか……」

 彼は自分、ないしそのバックにいる退魔協会への不信を事前に予測して別の窓口を用意していた。学芸員を意味するその店名に、陽歌は何かを感じ取った。

「では、これで」

 半纏坂はそのままそそくさと去った。中学生にしては、やけに用意がいい。陽歌は一旦、マックスペイン改めブリガディアに装着したアタックギアを取り外す。そしてアスルトに解析を頼むことにした。これが安全なものか、まだはっきりとはしていないのだ。

「アスルトさん、これを」

「はい。分かっていまス」

「こちらでもキュレーターについて少し調査を進めますねー」

 シエルもキュレーターなる組織について調べることにした。半纏坂が第三者として用意した組織だが、果たして信用に値するのだろうか。

 

   @

 

 ロウフルシティにある退魔協会の支部。魔のものという非日常と戦う性質上、支部の場所は組織の人間にしか明かされていない。そして、支部には戦闘訓練が行える様に体育館の様な施設が存在する。そこで、ハロウィンの事件で手痛い損失を被った退魔協会は新たな戦略を発表していた。

「先日、たった二人の小娘の手で我が組織の最終兵器、呪砲が完全に破壊された。大陸間を跨ぐ大型兵器では小回りが利かず、思わぬ妨害を受けるという以前から指摘されていた問題点が浮き彫りになった形になる」

(問題はそこなのか?)

 二階の観覧席で発表を聞いていたカラスは疑問を抱いた。呪砲の最大の問題は着弾点の深刻な汚染に加え、弾丸となる生贄が世を恨むほど威力が上がる性質から無辜の民を急遽誘拐して拷問して発射するという非人道性にある。

 ユニオンリバーとやらは名古屋の一件で気に食わない存在であったが、自分が表立って破壊出来ない兵器を壊してくれたことには感謝したかった。ただでさえ本来敵対する魔のものである彼女が呪砲の破壊を行えば、組織にいられなくなる。

 正直、自分より年下の組織などどうでもいいが、人間の繁栄が最盛期を迎えた今となっては偽造パスポートの一つでも用意してくれる存在がいないと移動すら面倒なことこの上ない。

「では、今回我々の新たな戦力となる悪魔奏者、そしてそれをサポートする新たな技術、アドバンスドカートリッジについてご紹介します」

「カートリッジだと?」

 カラスはカートリッジの名を聞き、少し動揺する。

(ハンテンサカのあれか? あれはあいつが独自ルートで作ってもらってるはずだ。一体どこから……?)

 アドバンスドカートリッジ、陽歌の持つ『ラピットアニマル』、『ワイルドジャングル』、半纏坂の『グラップルファイター』など契約した悪魔、仲魔を強化するアイテムは存在こそしていたが、退魔協会にそれを製造する技術は無かった。陽歌のものは国立魔法協会とAIONの共同制作、半纏坂のものは独自のルートで作っている。半纏坂が持ってきた同じ形状の対悪魔ワクチンも同様である。

(悪魔奏者なんて組織にいくらかいる……そいつが流したのか?)

 とにかく、退魔協会が新たな力を得たことに変わりはない。そして、体育館の中央に立つのは大学生くらいの青年と、彼の膝ほどもない小さい丸っこい生き物であった。

「皆さんご存知の通り、悪魔との契約はリスクを伴います。悪魔が強力であればあるほどに」

 アナウンスの通り、悪魔を従えるということはそれなりに危険な行いだ。陽歌などよりよほど魔力に優れ、魔術にも精通したシエルやカラス、さくらといった人物が能動的に悪魔を従えようとしないことからもそれは見て取れる。陽歌も半纏坂も、縁があって悪魔と契約しているだけで自ら悪魔を呼んだりはしていない。

「しかし、このアドバンスドカートリッジならば、弱い悪魔を強化することができます。強化された悪魔は契約のコストも据え置き!」

 そんな上手い話があるのか? とカラスは訝しむ。青年はマイクを渡され、この観覧席を埋める観衆の中でも臆することなく話し始めた。彼女には分かった。この青年は常に人前へ立つことを許された、選ばれた人間なのだと。陽歌の様な自ら日陰へ篭る者とも、半纏坂の様なそこいらにいくらでもいそうな善人とも違う。

「ご紹介に預かりました、悪魔奏者の古代竜人です。こちらは私の仲魔、オリジンリザードのシーザーです」

 丸っこい生き物はよく見ると、尻尾と背びれがありトカゲなのかと辛うじて分かる。その割には体毛がモフモフしているが、悪魔なので普通のトカゲと比べてはいけない。

「そして、これがアドバンスドカートリッジの力!」

 竜人はカートリッジを取り出すと、ボタンを押して起動する。

『ブルートレックス!』

 起動音と同時に、赤い恐竜のホログラムが出現する。半纏坂とよく共に戦い、彼とその仲魔の活動をよく見ているカラスはこの時点で不自然なことに気づいた。陽歌のカートリッジも半纏坂と殆ど同じ仕様なのだが、それは知らない。

(ん? 一回で起動した?)

 半纏坂、そして陽歌のカートリッジはボタンを二回押した上で契約の刻印にカートリッジを翳してようやく使える様になる。なんでそんな面倒な仕様なのかとカラスは半纏坂に聞いたことがあるが、彼曰く『誤作動や遊び半分での使用を禁じる安全装置っす』とのことだった。

(いや……考えすぎか。あんなボタン二回押すだけのセーフティ、そんな重要か?)

カラスの思考を無視する様に場は流れ、竜人はそのままシーザーにカートリッジを刺した。ホログラムの恐竜は1と0の帯になってシーザーにまとわりつく。そして、あの小さな悪魔は竜人の背丈を軽く超える、まさに映画で見る様な巨体の恐竜へと変貌した。出現した魔法文字は、『プレデターサウルス』。

「これがアドバンスドカートリッジの力です! 若輩者ですが、皆さんのお役に立てるよう、力無き市民を魔のモノから守れるよう、精進して参ります!」

 竜人はこの大勢の中で躊躇うことなく宣言した。会場は賞賛の拍手に包まれたが、カラスはそれが何か気に入らなかった。

「ふん、ハンテンサカの卑屈さは鼻に付くが、こいつよりマシか……」

 どこからともなく自分でアイテムを調達し、危険な任務に携わるカラスへ寄り添い続ける半纏坂は、その実力に反し謙虚な人間であった。自分に自信を持っていないとも言える彼の態度はカラスも気にしていたが、ここまで堂々と根拠のない自信を振りかざされるよりはいいだろうと認識を改めた。

 これでともかく、アドバンスドカートリッジは三つの製造場所が存在することになった。一つは陽歌の持つAION製、もう一つは半纏坂の独自ルート製、そしてこの退魔協会製だ。これから、事態は大きく動き出すだろうとカラスは睨んでいた。

「そしてもう一つ! 皆さんはマインドアーモリーと呼ばれる心を具現化した武器をご存知だろうか?」

 席を立とうとしたカラスだったが、聞き慣れた単語が司会から飛んできて足を止めた。こうも連続して半纏坂を思わせる単語が続くと、彼の人懐っこい笑顔が浮かんできてむず痒い気分だった。

「最近、これを人為的に発生させる『RURUチャンネル』の存在が報告されていますが、我々はそれを逆手に取ってマインドアーモリーの人為的な発言に成功しました」

「は?」

 RURUチャンネルとは、半纏坂も警戒していたネット上に突如として出現した奇怪な動画である。一般には『普通の動画に紛れ込んだり、広告として出現するそれを見ると異能の力に目覚める』という都市伝説だが、実体は本来天賦の才や修行の末に発現するマインドアーモリーを強制的に覚醒させる危険な存在だ。

 半纏坂はこれによってマインドアーモリーを発現してしまった陽歌を危険から守る道具を渡しにいったようだが、これに少なくとも自分より詳しい彼がそこまで心を砕いて対処する様なものを利用とか何考えているんだとしかカラスには言えなかった。

「その第一号が、私、古代竜人なのです!」

「お前か……」

 またこいつか、とカラスは呆れて結局席を立って去ってしまう。一応、この件は半纏坂に相談することにした。

 

   @

 

「解析の結果、これは安全が確認されました。これなら集めた素材で作れそうでス」

 アスルトは半纏坂からもらったギアを調べ、危険性が無いことを確かめた。モノクル一つでこの複雑そうなアイテムを調べ、製法まで明らかにするアスルトはさすがAION屈指の技術者といったところか。

 陽歌は解析を待つ間、天使が置いていったドロップアイテムを回収していた。その中には年代物のウィスキーや魔物の眼球など明らかに貴重そうなものがあり、それらはピックアップしておいた。

「キュレーターについても調べましたー。どうやら、戦後から続くマインドアーモリーの使い手の自助組織の様ですね」

 シエルも半纏坂が示した第三の組織について調べ終えた。これも信用における場所らしい。

「キュレーターにギア……なんだか忙しそうですね」

 陽歌は自分を取り巻く環境がここ数か月で一変したことに驚きを隠せない。あの生活から脱しただけではなく、異能の力マインドアーモリーに頼れる友、ルイスの正式加入。まるで非日常の世界へ行ってしまったみたいだ。言われてみれば悪魔城からカストラータの連続バトルも数日前にあったこととは思えないくらい大きな事件だった。

 これも平成が終わり、令和が始まることで起きた世界の変革、その始まりだとでもいうのだろうか……。

 




 次回、騒動喫茶ユニオンリバー。
 クリスマスの準備はお済だろうか。今から始めたのではもう遅い。クリスマスプレゼントは11月には準備しておく必要がある。商品が少ない? 品薄商法? 否、奴らがいるからだ!
 黄色い布を巻いた転売屋、マーケットプレイス! 一方、誰かへのクリスマスプレゼントを探すカラス。不仲なはずの彼女へ協力を申し出る陽歌の真意とは?
 者ども、覚悟せよ。もう終わりだ。目には目を、転売屋には凶弾を。血のクリスマスが幕を開ける!


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クリスマス特別編 悪魔と忌み子のクリスマスキャロル
襲来、マーケットプレイス


 要注意団体解説
 マーケットプレイス

 黄色い布を巻いた転売屋ギルド。数に物を言わせ、店の定めたルールを強引に破って買い占めを行う悪質な集団。転売の対象はホビー、ライブなどのチケット、おむつなどの生活用品にまで多岐に渡る。
 近年では武力を用いた押し込み強盗を行う様になったり、災害時に食料品などを買い占めて高額で売りつけようとするなど悪質さが目立つ様になる。本部は大陸にあるらしく、日本人だけではなく大陸系のメンバーも多く確認できる。
 独自の市場は持っておらず、アマゾンやメルカリ、ヤフオクに出品している。


 サンタクロースを信じるか、と言われれば信じないと即答する自信がある。そんな小学四年生九歳が浅野陽歌である。

 サンタクロースはいい子にプレゼントをくれるという。自分で言うのも何であるが、陽歌は自分を少なくとも『悪い子』には分類されないという自身がある時まであった。女手一つで自分を育ててくれる母親に心配を掛けない様に、洗濯も入浴も食器洗いも一人で出来る。食事は毎食箱で買い置きされているカップ麺だが、それにも文句一つ言わない。行けば罵声を浴びせられ、暴行を受けるがそれでも学校には休まず通っていた。ランドセルや文房具など欲しいものがあってもグッと堪えた。

 そこまでして、尚サンタクロースはいい子だと判断しなかったらしい。自分は悪い子なのか、もっといい子にならなければならないと陽歌は思った。しかし、毎年の様に努力は裏切られ、本当はサンタクロースなど存在しないのではないかと思い始めた。

 そして今年の夏に受けた決定的な裏切り。サンタクロースなどは幻想だと、ハッキリと突き付けられた瞬間でもあった。

 だから、サンタクロースは信じないと言う。信じている人間の水を差すつもりもないが、自分はそう思う。それが陽歌だった。

 

   @

 

「妻が助かる方法は無いんですか!」

 とある大きな病院の病室で、男が叫んでいた。男はビール腹でだらしなく太っている。その傍には子供もおり、大声で母を呼びながら泣いている。

「最善は尽くしています!」

ベッドにはいくつもの生命維持装置に繋がれた人物が……否、それを人と呼ぶべきかは判断が分かれるだろう。身体はガリガリにやせ細り、皮膚は焼けただれて髪はごっそり抜けている。上半身の異変はこの程度だが、問題は下半分だ。ビロビロに広がった皮膚が部屋を覆い尽くしている。

「何が最善だ! 伸びた皮一つ切除出来ないで!」

 男は医者に怒りをぶつける。事態は素人である男が思っているほど単純ではないようで、処置も難しいとのことだ。

「それが全身の皮膚が不明な強アルカリ性の液体を被って炎症を起こしていまして、伸びた皮膚を切除出来たとしてもその場所へ移植する分の皮膚が確保できないんです……。加えてここまで広範囲だと仮に手術出来たとしてもオペに耐えるだけの体力と、術後の回復にも体力が必要です。今の状態ではとても……」

「そこをなんとかしろと言っているんだ! 金ならいくらでも出す! 再生治療でもなんでもするんだよ! 出来ないならそこいらのカス共から皮膚を引っぺがせ!」

 男は金に物を言わせてどんな手を使ってでも何とかしようとするが、そういう問題ではないのだ。

「無理です! ただ皮膚が伸びただけじゃないんですよ! どういう原理か分かりませんが、子宮が異様なまでに伸びて他の内臓が圧迫され、さらに骨盤も粉砕状態……あっちを治そうにもこっちが邪魔をしてという状態なんです! 今こうして延命するので手一杯なんですよ!」

 医者の言う通り、この患者の状態は現代医学では解明できない症状な上に重症である。今こうして命を繋げているのも不思議なくらいだ。その上、反応を見る限り意識ははっきりとしている様子さえある。家族の希望と法律の関係からしていないが、医者としては安楽死させた方が楽だとさえ思っていた。

「役立たずが! それでも医者か! この税金泥棒!」

 男は医者を罵り、その場を子供と共に去る。その時、男のスマホが鳴った。なんとこの男、病院にも関わらずスマホをマナーモードにもしていなかったのだ。最近の病院では待合室などでは通信機器を使ってよいことになっているが、それでもマナーモードにするのは常識。しかもこうして精密な医療機器が可動している場所では現在でも使用は禁止だ。

「なんだ? 探偵か?」

 男は探偵を雇っていた。妻をこの様な目に遭わせた犯人を捜すためだ。警察は逆に自分達を威力業務妨害や窃盗で逮捕しようとしてきて、犯人捜しをしようともしない。医者といい警察といい、税金泥棒達に男は義憤を抱いていた。

『見つかりましたよ。あの子供の居場所が』

「本当か! 時間かけやがって!」

 男が探していた犯人は、何か異質な存在に取り憑かれた妻を助けることなく銃撃した子供であった。キャラメル色の髪にオッドアイ、両腕の義手と特徴的な外見なのですぐ見つかると思っていたが、二か月近くも掛かってしまった。

「どこのどいつだ! 今すぐ殺しに行ってやる!」

 男はここが病院だということも忘れて大声を出す。きっと向こうからは男の声は割れて聞こえるだろう。しかし探偵は教えようとしない。

『それがやめておいた方がいいかと……』

「どういうことだ! カタワのガキ一人殺すだけだ! お前がやるんじゃない、俺がやるんだ! 何か問題があるのか!」

 この状態で子供の情報を教えるのは殺人幇助になるので探偵としてもやめたいところだったが、それ以上にこの件へ首を突っ込みたくない理由があった。

『相手はユニオンリバーですよ? 命がいくつあっても足りない! 前金も着手金も返すからこれ以上関わりたくないんです!』

「ユニオンリバー? なんだそれは?」

『島田市にある喫茶店です。その子供はそこにいますけど、絶対喧嘩を売ろうなんて考えないでくださいね? 自己責任でお願いします。私の名前を出すのも絶対やめてください! お金はお返ししますし何なら倍額で返します!』

 探偵の脅えように男は疑問を感じた。ただの喫茶店相手に何をそんなに恐怖することがあるのか。

「喫茶店如きにこのマーケットプレイスがビビると思ってんのか!」

『とにかくあそこはヤバいんです! あの子供が例え大したことなくても、周りの人間に勝てるわけがない! 私は注意しましたからね!』

 探偵は一方的に電話を切る。警告は受けた。だが、男は止まらない。手にはあの、怪人アンプルが握られていた。

「殺してやる、殺してやるぞ!」

 クリスマスを目前に、殺意が舞い降りた。

 

   @

 

クリスマスも間近に迫ったある日のことである。陽歌はいつもの様にポッポで友達と遊んでいた。彼の数少ない同世代の友人である深雪は、陽歌が新たに通うこととなった学校へ保健室登校した際にたまたま怪我人を運んで来て知り合った仲である。

深雪は一つ目の兎であるルイスを見ても恐れるどころか膝に乗せてモフるくらいに肝の座った少女であった。

ポッポの中に作られた工作スペースで、二人は倉庫から発掘されたおもちゃのPRについて考えていた。ハムスターを題材にしたアニメのおもちゃが大量に発掘され、これをどうするかという問題に直面していた。さすがに保存状態の都合、ブリスターは変色しており、全種類揃っているもののコレクター向けの販売は厳しそうだ。

「ハム太郎さぁん!減速出来ません!助けてくださぁい!」

深雪が灰色の模様があるハムスターの人形を空から降る様に落下させる動きをする。陽歌も主役のハムスターの人形をわちゃわちゃ動かして反応する。

「ザクには大気圏突破機能は無いのだ……残念だがこうしくん、無駄死にではないのだ……」

「ぬわぁぁっ! 我が魂は、ZECTと共にありぃぃぃ!」

そのまま灰色模様のハムスター、こうしくんは地面もとい机に激突する。一通りのやり取りを終え、二人は冷静にこの方法について議論する。

「ブンドドはSNS向きじゃないね……」

「だったらオモ写ってのはどう? エフェクトや小物はあるから」

深雪の懸念に対し、陽歌はどこからともなく小物類の入った箱を取り出して提案する。この様子を、机で作業していた七耶は見ていた。

「なにこれ……」

ツッコみたいところは山ほどあったが、自分が頼んだ手前何とも言えないのであった。二人はお爺さんのハムスターの人形をムダに生活感溢れる汚い部屋のセットを作ってそこへ投入した。

「タイトル、『熟年離婚』」

「ああ……おハム婆さんと別れたんだ……でも何で急に部屋が汚く?」

陽歌の付けたタイトルに、さすがの深雪も追い付けなかった。七耶はとりあえず安心する。これで何も言わなくても伝わったら大変まずい。

「この世代の男性は家事を妻に任せていることが多く、離婚した途端生活が破綻することが多いのです」

「あー……」

陽歌はスマホで撮影しながら解説する。しかし、彼はふと我に返ったのか何か考え込む。

「陽歌くん?」

「ハムスタ……いやげっ歯類の寿命は1、2年……アニメの放送期間的に老人組だけでなくレギュラー全員はそろそろ……」

「それ以上いけない」

まさかのリアル寿命問題。彼らが人間とは違う生き物である以上、常に付きまとう問題でもある。生き物を飼うなら、最後まで責任を持とう。

深雪は長老ハムの人形を倒し、一言呟く。

「孤独死」

「まずいですよ!」

そんなことをいいながら陽歌も数匹の脇役の人形を配置しながらネタを続ける。

「特殊清掃」

「これで売れるのかなぁ……?」

二人はフリーダムに続けながら、あくまで在庫を吐き出すための宣伝を模索していることを忘れていなかった。お婆さんのハムスターの人形の傍に、脇役のハムスターを置いて陽歌が一言。

「若いツバメ」

「おハム婆さんんんんっ!」

「面倒な旦那から別れて今頃ウッキウキでしょう」

これが老後の光と闇。七耶は作業の手が止まっていた。陽歌はふと何かを思い立ち、長老ハムを押し入れのスペースに押し込んで脇役を置いた。

「親の死を隠して年金を受けとる子供」

「世知辛い……」

散々いじり回した後、陽歌と深雪は考える。流石にこれでは宣伝にならない。そこで陽歌は全員集合していることを利用して、全員を並べ始めた。

「ライダー大戦」

「こうしくん敵側!?」

こうしくんはハブられて敵の側に一人立たされる。深雪はふと、ヒロインであるリボンちゃんが大量に余っていることに目をつけた。その在庫をブリスターから取り出すことなく並べ、ハム太郎の人形をうつ伏せに倒す。

「ヒロインの真実を知りうなだれる主人公」

「ああ……愛した人は作られた存在だった……」

とか言いながら陽歌はハム太郎の人形を起こす。

「それでも愛することを誓う主人公」

「エモい」

陽歌とミリアの関係を考えると七耶としては笑うに笑えないネタであった。彼に人を信じることを教え、最大の裏切りに遭って尚前を向く力を与えたのが量産出来る人造人間ミラヴェル・マークニヒトの先行生産個体であるミリアという人外であるのは何と言う皮肉か。

「……」

ふざけ倒していると、暖簾をくぐってお客さんが一人入ってくる。こんなふざけたシーンを見られるのは一般に大変恥ずかしいだろうが、そもそもアニメキャラの暖簾という何も知らなければいかがわしい物を扱っているスペースにしか見えない場所へ入ってくるのはこの作業スペースについてある程度知っている人に限られる。そしてそんな人間にとってこのノリは日常茶飯事だ。

「ここは……違うのか?」

コートを着こんで、銀髪を纏めキャスケットを被っているが七耶は彼女に見覚えがあった。

「いらっしゃ……お前は……」

「カラスさん?」

陽歌も一瞬で彼女が知り合いであることを見抜いた。ユニオンリバーの仲間達の一部が所属する国立魔法協会を一方的に敵視している退魔協会のエース、カラスである。そんな彼女がこんなおもちゃ屋などに何の用なのか。

「……いや、何でもない」

カラスはそう言って、暖簾のスペースから去る。気になったので、七耶と陽歌は彼女を追った。深雪もルイスを抱えて付いてくる。

「……ここにも……無いのか?」

「何かお探しですか?」

店内を見渡して呟くカラスに、雇われ店長であるルリが声を掛ける。緑髪に眼鏡を掛けた穏やかなお兄さんである。カラスは反射的に、断ってしまう。

「いや、何でもない……」

カラスはただ一人で品物を見て諦め、店から出ていく。その様子が七耶には引っ掛かり、彼女と陽歌は出ていくカラスを追いかける。

「おい銀髪娘! 何を探しているんだ?」

「気にするな。何でもない」

「ここにも、ってことはハシゴしてますよね?」

陽歌にズバリ図星を突かれ、カラスは脚を止める。

「……」

「ん? おい、あれ……」

カラスが何かを言おうとした瞬間、七耶が不審な物音を耳にした。それは陽歌にも聞こえていたが、虚を突かれたカラスだけは反応し切れなかった。

「車?」

「プリウスミサイル!」

なんと、店に向けてトラックが突っ込もうとしているではないか。陽歌は反射的にプリウスとか言ったが、そんなレベルではない。タイヤが唸りをあげ、無理矢理進路を変えて店への弾道を描く。

「あ……」

そのコースにカラスはいた。普段は負けなしの退魔師だが、オフで気が抜けていたのか回避行動を取ることが出来ない。その時だった、複数の銃声がし、トラックは前輪を破裂させて横転する。

「危ないところだった……」

陽歌が手に自動拳銃を持ち、発砲していた。頑丈なタイヤをハンドガンで破壊するため、一発撃ってからタイヤが一周回って当てた場所がまたおもてに出た瞬間に再度同じ場所を撃ち抜いたのだ。

「……」

倒れたトラックはアスファルトに車体を擦り付けながら、滑って停止する。ちょうど、カラスの目の前で止まった。

大型車両のタイヤは空気圧が高く、いたずら半分にパンクさせようものなら破裂して爆発に巻き込まれ、怪我をすると言われている。突進するトラックを掬い上げて倒すには十分な力があった。

「な、なんだ? また老人の運転か?」

カラスが動揺する中、いくつものワンボックスが停まって中から黄色い布を巻いた集団が現れる。

「こいつら、新手のカルトか?」

彼女は身構えるだけで、戦闘に参加しない。降りてきた集団が転売屋ギルド、マーケットプレイスであることを即座に判断した陽歌は、出てきた敵に向かって発砲する。

助手席と運転席から下りた敵はガラス越しにヘッドショットをかまし、後続の敵はボディに二発撃ってからヘッドへ決める。陽歌なら全員の頭を撃ち抜く腕はあるが、戦闘時は確実性を重視して行動する。頭なら確かに一撃で倒せるが、的はボディの方が大きい。

あっという間に三人が撃ち倒され、マーケットプレイスの面々は怯んだ。その隙にも容赦なく、ボディボディからのヘッドショットで一人倒す陽歌。敵は一旦、車の影に隠れる。

撃ち合いならこういう時、敵の出てきそうな場所にアサルトライフルのフルオート射撃などで飽和攻撃をして足止めを行うのだが、陽歌の武器はハンドガン。そんな余裕は無い。                                     かといって、銃という圧倒的アドバンテージに頼ることなく、慎重に行動している。武装では優位だが、陽歌は同世代でも小柄な方。大人に囲まれればいくら武器を持っていても数と体格差で押しきられる。日常的に暴行を受けていた彼だからこそ、体格や数の有利は痛いほど身に染みている。

敵がこそこそと動き、脚を車の影から出す。彼はそれを見逃さず、脚を撃ち抜き倒れて車の影から飛び出る形となった敵の頭へ弾丸を叩き込む。

「こいつら、なんでこんなところに?」

陽歌はこれだけテキパキ敵を片付けつつもポッポというあまり大手とは言えない店がマーケットプレイスに狙われたこと自体には驚いていた。まさに感情と指先を切り離して引き金を引くプロの技だ。

七耶には心当たりがあった。

「最近、ポッポは通販始めたんだ。それでレア物の在庫が店にあるのを知って来たんだろ。通販で買うと間借りしてる駿河屋の影響でレア物はプレ値になるが、店で買えば定価だからな!」

「買いにきた、って雰囲気じゃないぞ?」

カラスはこの異様な集団との対面が初めてであった。名古屋の騒ぎも切っ掛けはマーケットプレイスだったが、彼女が来た頃にはそれどころではない状態になっていた。

「そうだろうな! 強奪すれば元手はゼロ、転売の儲けがまるっと入る!」

「日本は治安がいいんじゃなかったのか? いつからこんな修羅の国になったんだ?」

七耶の説明にカラスは動揺するばかりであった。その間に敵は覚悟を決めたのか、全員での突撃を狙った。やはり数に頼っての突破という強引な方法に出た。

陽歌は飛び出す敵のボディへ的確に弾丸を叩き込みながら、状況を見る。ハンドガンでは対応しきれない。元々、マインドアーモリーであるため何発打ってもリロードがいらない不思議銃であるが単に発砲スピードが足りない。ギアで強化したとはいえ、使用不能が使える程度になっただけなので圧倒的な兵力とは言い難い。

「これじゃ間に合わないな……」

彼がそうぼやいた時、どこからともなく別の銃声が聞こえてきた。その発射感覚、発砲音の大きさは陽歌のハンドガンの比ではなく、次々に敵をなぎ倒していく。

「あれは?」

店の出入口に立つ黒髪をツインテールにしたメイド服の女性が、傘を、否、傘に偽装した機関銃を片手に弾をばら蒔いていた。ただの乱射ではない。棒立ちしている陽歌や七耶、カラスに当たらない様に撃っている。弾丸のベルトリンクはロングスカートの中に繋がっており、一体どれほどの備蓄があるかわからない。

機関銃は車も蜂の巣にしていき、爆発させる。未だに車の影に隠れている敵は爆風に巻き込まれて吹っ飛んでいく。

「キサラさん!」

「お待たせ!」

彼女は城戸輝更(キサラ)。ポッポおよび喫茶店ユニオンリバーのアルバイトだ。なんでこんな武装しているのかはユニオンリバー関係者である時点で考えてはいけない。喫茶店のバイトということもあり、陽歌も馴染みのある顔である。

「じゅ、銃持ってるっても女子供だ、怯むな!」

 撃たれた人間が死んでいないことが悪い影響を与えたのか、マケプレの連中は吶喊を決めた。陽歌の銃は心の力を武器にするため殺意が宿っていないとどんなに撃っても殺せず、キサラの銃は魔法由来なので手加減が出来る。

「うおおおお!」

「来るか……!」

 陽歌は自分からワンボックスまでの僅かな距離で高速エイムしてボディを撃ち抜き足止めを優先する。いくら手加減しているとはいえ、一撃はヘビー級プロボクサーのパンチに匹敵するので鍛えていない一般人であるマケプレの連中はこれで行動できなくなる。そうして余裕を作ってから頭を撃ち抜いてトドメを刺していく。

 それでもハンドガンでは押し寄せる敵を処理しきれない。店に近づいた敵に対し、キサラがスカートの裾を摘まんで挨拶でもするかの様な仕草をすると、なんとスカートの中から手榴弾が落ちてきたではないか。

「な……」

 突然のことに敵が動揺していると、キサラはひとっ飛びでポッポの屋根に飛び乗り、残った手榴弾が爆発する。敵は吹き飛ばされ、一気に始末される。

「ぎゃああ!」

 キサラが屋根に上がって遠距離の敵を攻撃する体勢に入ったので、陽歌は店の入り口付近に移動して防衛を固める。射撃の腕こそ優れる陽歌だが、当然実際の戦場は経験していない。そこで銃撃戦の立ち回りを教えたのがキサラであり、ある種の師弟関係にあると言える。同じ戦術ロジックを持つ為か、個人プレイヤー多めのユニオンリバーでは割と無言で連携が取れる貴重なコンビだったりする。

 キサラの機関銃が唸りを上げ、敵に弾丸の雨を降らせる。その銃撃はワンボックスを貫き、爆散させて影に隠れていた敵も排除する。しかし、その中を突っ切って店へ駈け込もうとする敵もやはりいた。そのための陽歌なのだが。しかし敵も少しは無い頭を絞って考えたのか、右側に集まって団子になりながら突撃してきた。

「肉壁作戦?」

不可解な行動に困惑した陽歌だったが、引き金を引く指は休めない。ボディに銃撃を受けて倒れた仲間の身体で躓き、その隙に頭を撃ち抜かれるという作戦にしてはお粗末な結末となっていた。陽歌は馬鹿の思考など理解するだけリソースの無駄と割り切っていたが、実年齢相当の経験値不足がここで足を引っ張った。

「何?」

 なんと、反対側からも敵が迫っているではないか。一方向に一旦固まり、その処理の最中に反対側から接近するという手の様だ。こんな原始的でおろそかな戦術ともいえない手を実戦で使ってくること事態予想外だった陽歌だが、考えてみれば向こうは素人集団。訓練を受けた人間の常識ではタブーとされる行動も普通にしてくるのは当たり前だ。

 陽歌のいる場所は屋根の真下であり、キサラの機関銃は射角を取れない。だが、陽歌にはまだ手があった。

「危ない!」

 咄嗟に左手を出すと、そこにもハンドガンが握られていた。そう、銃は二丁あった!

「なんだとぉぉぉ!」

 ノールック射撃だったが、距離が近いのでそれでも当たる。初撃以降はちらりと見ただけで狙いを付け、的の大きいボディを撃って対処する。

「この野郎!」

 そんな中、猛スピードで真っすぐ突進してくる敵が一人いた。さすがに三方向は無理、と思われたが何と陽歌は右手に持った銃を敵の顔面に投げて迎撃する。

「おっと!」

 だが、特別肩が強いわけではない彼の投擲は容易に回避された。だが僅かに足が止まればいい。その短時間にボディを撃ち抜き、蹲った敵の眉間に弾丸を叩き込む。

 さすがにこれで敵は全滅したらしく、もう迫っては来なかった。残っていても、恐れを成して逃げてしまっている。

「終わったか……」

 陽歌が周囲を確認すると、いやに静かな音と共にビックスクーターが乗り付けてきた。それに乗る中年太りの男も黄色い布を巻いており、マーケットプレイスのメンバーだというのが分かる。

「見つけたぞ……お前だな、俺の妻を半殺しにしたのは!」

 男は陽歌を見るなり、怪人アンプルを取り出してそれを飲み干す。男はその姿を忽ち、人と大差ない細身のチンパンジー怪人へと変貌させた。黒い毛に覆われ、顔は黒く、おむつを穿いているその様は人に飼われたチンパンジーがそのまま大きくなったかの如き容貌であった。

「半殺し? どのことだったか……」

 陽歌としては一体誰のことなのか見当もつかなかった。なにせ、マーケットプレイスとの交戦回数は少ないもののその都度大人数でやってくるので一人ひとりの印象が薄い。加えて、この夏に故郷の金沸市であった騒動の関係者が偶然マケプレだったパターンも想定するとキリが無い。

「とぼけるなぁ!」

 男は一気に陽歌へ飛び掛かる。このチンパン怪人の目的は商品の確保ではない。陽歌の殺害だ。

「無駄!」

 彼は迎撃すべく銃を向けたが、カチン、と音がしてスライドが戻らなくなる。一見無限の弾丸を持つ様に見えるマインドアーモリーだが、放っているのは精神力。使いすぎで疲弊すると一時的に使えなくなったりすることは珍しくない。

「しまった!」

攻撃に失敗し、ギリギリで回避した陽歌だったが脇腹の肉を抉られてしまった。そこそこ厚地なパーカーの上から肉をちぎるほどの力がチンパン怪人にはあったのだ。

「ぐ、あぁぁあっ!」

「小僧!」

「陽歌くん!」

 七耶とキサラが加勢に入ろうとするが、味方が現れたことで息を吹き返したマケプレが再度店への侵攻を狙う。陽歌が回避したことで店の入り口の防衛ラインはがら空きだ。

「今だ!」

「させない!」

 キサラは屋根から飛び降り、ジャンプ中にスカートから短いレバーアクションのショットガンをいくつも出しながら入り口を塞ぐ。機関銃は取り回しが悪いので捨て、これで戦うつもりだ。銃剣もないのにショットガンは地面に突き立っている。

「これじゃ助けに行けない!」

 両手のショットガンをぶっぱなして敵を蹴散らすキサラだったが、ここを守るのが手一杯でチンパン怪人を攻撃する余裕は無かった。バイトということもあって比較的軽い武装で来てしまったのが仇となった。彼女は一発撃ってはレバーを軸にショットガンをくるりと回して排莢、撃ち切った銃はリロードせず捨てて突き立っている次の銃を使う。

「うぅぅ……」

「お前を殺す為に俺は来た! 死んで償え!」

 チンパン怪人は血と肉を指から垂らしながら、陽歌に迫る。七耶はカラスに戦うよう求めた。

「おい銀髪娘! お前も戦えるだろ!」

「すまない、組織のルールで魔のものである私が人間を攻撃することはできないんだ!」

 意外と面倒なルールに縛られていたカラスだったが、よく考えれば吸血鬼とサキュバスのハーフという出自からしてその能力を私利私欲に用いることが禁じられるのは当然だった。

「正当防衛でもか?」

「私が手を出した時点で過剰になってしまう! それにしても、あんな細い猿がなんて力だ……」

 カラスは分が悪くなったので話題を反らすため、敵の怪力に注目した。陽歌は店の壁に背を預けながらなんとか立ち上がり、まだ激しく出血する脇腹を抑えていた。

「ち、チンパンジーの握力は何百キロにもなるんです。チンパンジーに限らず木で暮らす生き物ならそんなもんですけど。なので人間を引きちぎるなんて容易い……です」

「チンパンジー? あの動物番組でよく見る? そんな生き物なのか?」

 カラスは動物にも疎いのか、驚きを隠せない。

「テレビに出ているのは子供の個体です。大人になって……顔が黒くなったチンパンジーは狂暴で手がつけられない……テレビに出てた個体も成長して、飼育員を襲いましたし」

「ふん、適合率が高いとかでかなり吹っ掛けられたが……そんなに強い生き物だったとはな……」

 チンパン怪人も元動物の能力を把握していないのか、意外そうな様子を見せていた。陽歌は武器を失い、行動不能の重傷を負って追い込まれた形になる。しかし、彼は余裕を崩さない。

「ですが所詮チンパンジー……森の王には勝てない」

「なんだと?」

 陽歌はあるカートリッジを取り出す。そして、側面の起動ボタンを押した。

『ワイルドジャングル!』

「あれは……」

 カラスは悪魔を強化するアドバンスドカートリッジであることに気づく。仲間の情報によると持っているのは知っていたが、何を持っているかまでは把握していないとのことだった。

『jungle program!』

 ボタンを再度押し、右手の義手に刻まれた刻印にカートリッジを翳す。店の中からルイスがやってきて、陽歌の胸の辺りまで飛び上がる。

『open your eyes!』

 ゴリラの姿をした緑のホログラムが現れ、カートリッジをルイスに差すとホログラムが光の帯になってルイスへ吸い込まれる。

「ライズアップ!」

『ハードコアサバイブ! ワイルドジャングル!』

 ルイスは骨で出来たアクセサリーに身を包んだゴリラへと姿を変える。その手には魔術師の様な杖も握られていた。魔法文字は『レイスデッドコング』とその悪魔の名前を告げた。

「たかが兎ゴリラに何ができる!」

 チンパン怪人が走り出し、陽歌を狙おうとする。しかし、割り込んだレイスデッドコングのラリアットによって軽々と吹き飛ばされ、車道を挟んで向かい側のコインランドリーに激突してしまう。

「グワアアアア!」

 窓ガラスを割って派手に入店するチンパン怪人。ルイスもそれを追ってトドメを差しにいく。チンパン怪人はダメージを物ともせず立ち上がり、体勢を立て直そうとするが周囲に青白い炎が飛んでいることに気づいた。

「なんだ? グヘア!」

 炎ははじけ飛び、コインランドリーからチンパン怪人を押し出した。チンパン怪人は空中で身動きの取れないまま、ルイスに接近してしまう。そして、青白い炎を纏った拳がチンパン怪人の眼前に迫っていた。回避する手立ては、一切ない。

「ゲシュペンスト、ハンマー!」

 陽歌の叫びと共に、チンパン怪人の顔面に拳が突き立てられた。

「ギャアァァァアアアア!」

 チンパン怪人は爆散し、いつも通り残ったのはだらしない身体を晒した全裸のおっさんであった。これで今度こそ、敵は全滅したはずだ。

「ふぅ……」

 悪魔を使役するのにも若干の体力がいる。陽歌は一息ついたが、それが完全に隙となった。

「小僧!」

 七耶の叫びで後ろを向くと、敵の男が一人復帰しているではないか。その男は陽歌の首を右腕一本で掴み持ち上げた。握力に任せ、彼の細い首を折らんばかりの力で締めあげる。

「え……がっ……!」

 いくら小柄で軽い彼でも、体重はさすがに二十六キロはあり、流石に大人でも片手で持ち上げるのは不可能なはずだ。特に大した訓練も受けていない転売屋では尚更。しかしこの男は急に息を吹き返した上、常人を超える力を発揮している。男は陽歌に銃を投げられた敵で、ボディに数発、ボクサー並のパンチを受けたくらいのダメージがありすぐに立ち上がれる状態ではない。

「ええっと、これでもないあれでもない……」

 キサラは陽歌を助けるため、銃を探す。しかし彼女の持ち合わせは重火器が殆どで、これほど近距離にいられると弾丸が貫通したりして陽歌を巻き込んでしまう恐れがあった。ルイスも急ごうとするが、カートリッジの効果が切れて兎に戻ってしまう。

「なに、これ?」

 加えて、キサラが目にしたのは驚愕の光景だった。倒れた敵が何らかのタブレットを口にして起き上がる姿だった。まさかの復活。これでは余計に陽歌を助けにいけない。

「っ……」

 しかし彼も誰かの助けを借りなければこの程度の窮地を脱出出来ないほど、弱くはなかった。何度も世界崩壊の危機を乗り越え、自分の身は自分で守れる程度に成長した。義手で首を掴んでいる手を引きはがそうとしても上手くいかないので、彼は隠し持っていたナイフを取り出し、急襲する。が、その攻撃も残った左手で男は陽歌の腕を掴むことで防いだ。

「が……ぁ……」

 酸素が脳に行き渡らなくなり陽歌の意識は徐々に遠のく。キサラも復活した敵の片づけで救助に向かえない。このまま、首を折られて死んでしまうのか。が、突然彼は左手を素早く動かし男の目を突いた。

 一時的な目つぶしというレベルではない。目から血が流れるほど強く、確実に再起不能のレベルで潰していた。男も視界を奪われたことと激痛で陽歌を離し、手をフラフラさせて敵を探していた。陽歌はダメージの割に、解放されて突然降ろされても転落することなく着地していた。

「ギィヤアアァッ!」

「げほっ、げほっ……はぁ、はぁ……」

「おい、大丈夫……か?」

 七耶は陽歌に駆け寄ろうとして、足を止める。いつもと目の色が違うのだ。彼の瞳色は特異だが、さすがに本当に目の色が変わったりはしない。比喩である。しかし、陽歌の瞳孔は開き、焦点が合っていないのか揺らいでいる様子だった。

「お、おい?」

 陽歌はおもむろに男へ近づくと、男の左膝を内側に向かって思い切り蹴り飛ばす。

「グゲェ!」

皿が外れ、男は膝を付く。陽歌のすらりと細い足ではそんな力など出なさそうだが、完全に『タガ』が外れたのかそれだけの力を出せてしまっている。

 陽歌はその後も手を緩めず、男の右くるぶしを踏みつぶして砕く。男はなんとか両腕で体重を支えるが、それは単なる隙でしかない。陽歌は男の左肘を蹴り飛ばして関節を外し、顎を蹴り上げて仰向けになる様に男を蹴り倒す。

「ウガァアアアア……!」

 男は最後の抵抗に残った右腕を振り回すが、陽歌はその右手を掴んで指を逆に曲げる。グローブの様に腫れあがった手では、もはや何もできない。

 男に馬乗りとなった陽歌は、義手の拳を固めると男の顔面に何度も叩きつける。彼は無言でひたすら攻撃を繰り返す。男は最初のうちこそ悲鳴を上げていたが、徐々に声がしなくなる。突然のことに、七耶とキサラはもちろんカラスも絶句する。

 十分に攻撃を済ませた陽歌は立ち上がり、しばらく歩いてから手で頭を叩いて振った。すると、どうやら正気に戻ったのかキョトンとしていた。

「あれ? 誰か助けてくれました?」

 全員、首を横に振ることしか出来なかったという。

 

   @

 

 ロウフルシティ市内のとあるスーパーマーケットで、買い物をする一人の少年がいた。中学生くらいの年齢で、顔立ちの整った美少年である。誰もが一度は振り向く様な、下手なアイドルなどよりも目を惹く存在だった。芸能人といった一種俗っぽい憧れを想起させる様な存在には無い、違う世界の存在みたいな気品に包まれている。

そんな彼が飲み物やらお菓子やらを買い物カートいっぱいに買い込んでいる。誰のことを思っているのか、その微笑みは無関係な者の心さえ射貫いていく。あまりの魅力に声を掛けたくなるが気後れしてしまい多くの人間が出来ない。そんな中、ずかずかと彼に声を掛ける女性がいた。

「松永総合病院院長、松永順くんだね?」

「そうだが?」

 相手が年下だからか、女性の態度はやけに馴れ馴れしかった。黒髪を短くした、キャリアウーマンっぽい女性である。

「私は宵越ジャーナルの蔵居國世。君の預かっている患者の件で話があるのだけど?」

「業務上知りえた患者の情報は守秘義務によって守らせてもらうよ」

 蔵居の話を聞いた順は即座に断り、カートを動かす。しかし、蔵居はカートの進路を塞いで食い下がる。

「真実を世界に知らしめるために答えてもらいます! 金沸で起きた人間か化け物になる奇病事件、その生存者を預かっているのよね?」

「だとしたら、何かな?」

 この夏に起きた、陽歌とミリアが出会った時の事件の話である。順は若干十四歳にしてその天才的頭脳で医大を飛び級、政府の才能がある子供達に予算を与えて能力を伸ばす『超人機関計画』により松永総合病院という大病院を構えるほどの存在であった。そして現在、順は陽歌の主治医をしている。蔵居が陽歌の情報を欲しがっているのは、順には分かっていた。

「あの事件の真相を知らしめることがジャーナリストとしての使命よ。少しでも情報が欲しいの」

「生存者なんか山ほどいるじゃないか。というか、どこでそんな情報を仕入れたのかね?」

 蔵居は特に下に出ることもなく情報を求める。順は陽歌の件をどこから仕入れたのか、そこをまずは怪しんだ。患者の健全な療養には野次馬のシャットダウンが欠かせない。

「それは、情報源の保護の為教えられません」

「やれやれ……こっちはやらんがそっちはよこせと……話にならないな」

 順は呆れてカートを押す。しかし、蔵居はカートを手で止めて話を続ける。

「話にならないのはこちらよ。君の病院、超人計画の産物でしょ? 一体どれだけの政治的癒着で国民の血税が使われたと思っているの? 世の中には保険料も払えず病院に行けない人が山ほどいるのに」

「……」

 順はあまりの話の脈絡なさに絶句する。これ以上は時間の無駄と判断し、彼はカートを進めて移動を開始した。

 

   @

 

「で、なんだってこんなところに?」

 陽歌は珍しくぶっきらぼうな口調で喋る。カラスとは初対面の印象が最悪で、自分が勝てた相手にボコボコにされていたという一種の侮りもあって、控え目かつ引っ込み思案な彼も露悪的な態度を取る。カラスもそれに対して、威圧的態度を崩さないがスマホの通知音が鳴っている。

(命を救うと称して地獄の苦しみを味わあされた上にコンプレックス抉られたらそらこうなるな……)

 一部始終は七耶も見ていたので、この態度も納得である。一方でカラスも妙に頑固というかプライドが高いので素直にならない。そしてスマホの通知音が鳴る。

「お前には関係ない。無いなら違う店にいくだけだ」

「ここに無いってことは他の店にあるとも思えないけど?」

 カラスはその言動から、店を梯子しているのは明かであった。加えて鳴りやまない通知音。ポッポはゲーム類こそ無いが品揃えでは量販店に負けておらず、昔のおもちゃも沢山あるのでここで見つからないのでは難しいだろうと陽歌は見ていた。この思考の間にまた通知音が鳴る。

「……」

「誰かへのクリスマスプレゼントですか?」

 険悪な二人の中へ、深雪が割って入る。この時期におもちゃを探すということは、クリスマスプレゼント以外にあるまい。カラスは趣味で自分用におもちゃを買い込むタイプに見えないから尚更だ。通知音が静寂を切り裂く。

「そうだ……。一応な」

 彼女はようやく、目的を明かす。やはりクリスマスプレゼントということらしい。だが、カラスにおもちゃをクリスマスにあげる様な相手がいそうには見えないというのが七耶と陽歌の見解であった。またピロンと通知音がする。

「相手は誰なんだ? ていうか何探してる?」

 七耶は直接聞いてみることにした。ポッポで見つからないのなら、かなりの強敵になることは違いない。クリスマスとあっては、おもちゃ屋に関係する人間として見過ごせないというのが本音だ。あと通知音も気になる。

「いや、お前らに関係は無い。これは私の問題だ」

 しかし頑なにカラスは口を割らない。そんな中、ルリが店から出てきてカラスに言う。

「そうもいきませんよ。クリスマスに子供の笑顔を見ることは玩具に携わる者全ての願いですから、協力できることはさせてください」

「少なくともこの店の利益にはならんぞ?」

 彼女はルリを怪しんでいるのか、牽制する。どうもルリの持つ膨大な魔力を見抜いている様子だった。そんなかっこいいやり取りも通知音で台無しだ。

「それよりも大切なことがあるんです」

「わかった。なぜお前ほどの者が場末のおもちゃ屋などで働いているのかは知らんが、信じていいんだな?」

 しれっと失礼なことを言いつつ、カラスはようやく警戒を解く。それでも、伝えるのは最小限の情報であった。

「目的は単純明快。ゲームの確保だ」

「へー、じゃあ僕はこの辺で……」

目的を知った陽歌は関心を失って離脱を宣言する。殆どカラスの動向に興味があって聞いていた様なものだ。その先の結末については知ったことではない。

「まぁまぁ、人助けだと思って、ね?」

 深雪に宥められるが、相手がカラスというのもあって陽歌のテンションは低い。

「えー? 僕もう一戦交えて疲れたんだけど……」

「具体的には?」

 七耶は詳しい目標を尋ねた。だが、ここでカラスの高齢かつ浮世離れした性質が仇となる。そう、ゲーム機の判別が出来ないのだ。

「なんかこう、あれだ! 画面があって、黒くて……」

「ザックリしてるなぁ……」

 七耶は呆れる。この様子では見つけたとしても目的のものだと気づかずに見過ごした可能性が高い。そして通知音。

「ていうかさっきからめっちゃ通知来てるけど大丈夫か? 仕事先からとかじゃないか?」

「ああ、なんか退魔協会に新しく入った古代って奴にライン? とかいうのを聞かれたから言われた通りにしたらなんかこの板っ切れがピロピロ鳴りやまなくてな……」

 七耶に指摘され、カラスはスマホを取り出す。ばっちりカバーとフィルムが貼ってあるが、どうも使い方が分からないらしい。

「退魔協会だったらやっぱ仕事なんじゃ……」

 退魔協会とはカラスの所属する組織である。なのでそこの人員からの連絡ということは仕事の連絡ではないかと陽歌は心配する。

「いや、なんかやれ文化祭? だのイベントだの、クリスマスパーティーだのの誘いばっかでな……。これってなんだ? どうすれば止まる?」

「そこまで万全の装備を整えておいてまさかスマホの使い方わからないのか?」

 七耶は予想外の事実に驚く。

「いや、機種変からケースとかフィルムとかはハンテンサカに付き添ってもらってな……。前まで使ってた携帯がもう電池限界で、新しい部品も無いから仕方なく乗り換えたんだが……画面を触って動くのはなんか気持ち悪いな……」

 この場にいる全員が、このままカラス一人に任せていては一生ゲームなど見つけられないと判断した。その時、バイクの音がしたので陽歌とカラスは警戒する。新たな敵の増援か、と音のした方を見ると、なんと竜の姿をしたいかついバイクに乗って半纏坂が現れたではないか。

「なにあれ超かっこいい!」

 七耶が目を輝かせているバイクだが、おそらくは仲魔をアドバンスドカートリッジで変化させたものだろう。こんなバイクが車検に通るはずもない上、半纏坂の年齢でこれほど大型のバイクの免許が取れるとは思えない。それにヘルメットもしていない。

「ハンテンサカ! なんでこんなところに?」

「いやちょっと野暮用っす。というか、ニンテンドーswitchにポケモンシールド、こっち側は全滅っす」

 半纏坂の方はどうやら目的をキチンと理解しているらしく、ちゃんと探していた。

「なんだそれは?」

「ええ? 遥ちゃんのサンタさんへのお願い、忘れたんすか?」

 カラスはこの体たらく。サンタの正体を明かしそうな会話になってきたので、まだ信じていそうな深雪をキサラが店内に誘う。

「深雪ちゃん、新しいハム太郎のグッズ出て来たから見てくれないかな?」

「あ、はーい」

 陽歌がサンタを信じていないのは七耶だけではなく、ルリやキサラの間でも周知の事実であった。とりあえず夢クラッシュを防いだところで、本題に映る。

「お、おいその話は……」

 カラスは慌てて半纏坂の口を封じようとする。その明らかに怪しい様子から、陽歌はある説へ辿り着く。

「隠し子ですか?」

「違う!」

 カラスは否定するが、半纏坂が勝手に話を進めてしまう。

「実の娘……」

「え?」

「なんだと?」

 一瞬驚いた陽歌と七耶だったが、どうも彼はわざとややこしくなる様に語句を区切っていたらしく話を続ける。

「……のように可愛がっている女の子っす」

「なんだ……」

「脅かしやがって……」

「お前私のことからかって遊んでるだろ?」

 あらぬ誤解を受けそうになったカラスは半纏坂に抗議する。しかし本題はそこではない。

「まぁ、特殊な事情があって退魔協会で預かってる子なんすけど、その子のサンタさんへのお願いを叶える為にこうしておもちゃ屋を梯子してるっす」

「サンタさんへのお願い……か」

 陽歌はかつての、サンタを信じていた自分を重ねて呟く。そして、先ほどまでの態度を一変させて協力を申し出た。

「このままじゃ埒が明かないですね。手を貸しますよ」

「お前……」

「勘違いしないでください。あなたの為ではありません」

 陽歌は何より、サンタクロースへのお願いが通じなかった時の絶望感を知っている。だから他の者がそれを味わいそうな状況を、見過ごせずにいた。

「とりあえず、売ってそうな店に行きましょう。ロウフルシティの店は見てないですか?」

「まだだ」

 決めたのなら即行動。一同はニンテンドーswitchとポケモンシールド確保の為に行動を開始した。

 




 マインドアーモリー解説

 マックスペイン→アポロM11
 半壊したマックスペインに『ムーンギア』を装備した姿。基本は二丁のハンドガンであるが……。
 なぜ貰ったアタックギアと使わないかって? そんなの罠でも仕掛けられてたら危ないじゃないでスか(アスルト談)。


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マーケットプレイス全滅! 陽歌は危険人物だった?

 怪人アンプルについて
 闇で流通している、怪人に変身することが出来る薬。飲み薬であり、DNAを一時的に特定の動物へ書き換えることで変身する。他の武器と違い、空港のチェックを潜り抜けやすいのでテロ組織で重宝されている。
 人気商品故に高価かつ消耗品なのでかなり財布に痛いが、法律に引っ掛からず安易に強力な攻撃力と防御力を得られる便利な兵器だ。


ポッポにてマーケットプレイスを迎撃した陽歌、七耶、カラス、キサラと後から合流した半纏坂はプレゼント確保の為に行動を開始した。

「私はこいつが気になるから、店行ってアスルトに確認取ってくる。どっかで見たんだよなこれ……」

 七耶は敵が所持していたタブレット状の薬について調べるため、喫茶店に戻ることにした。様々な事件に巻き込まれるトラブルコンサルタント企業の一員だけあり、何か心当たりがあるらしい。

「念の為、これ渡しておきますね」

 半纏坂はクリスマスカタログをカラスに渡す。ページを開いた状態で、プレゼントの品であるニンテンドーswitchとポケモンシールドにはマジックで丸が打ってあった。

「switchはライト版のポケモンカラー、ソフトはシールドっす。それと陽歌くんにはこれを……」

 そして陽歌に渡したのは一つのアドバンスドカートリッジ。以前使っていた『グラップルファイター』のカートリッジだ。

「カートリッジは一回使うとしばらく使えなくなるっす。多分、もうあと一個しか持ってないと思うので念の為」

 横着をせず、わざわざ横断歩道を渡ってきたため合流が遅れたルイス。彼が持っているカートリッジは色を失って、しばらく使えそうにないことを視覚的に訴えていた。

「俺はロウフルシティ外の店を探すっす」

 半纏坂には個別の移動手段があるので、別行動を取ることにした。捜索範囲が広い場合、手分けするのは効率的だ。

「では、僕達はロウフルシティの店を回りますね」

「確定なのか?」

 陽歌とカラスはロウフルシティを探すことに。カラスは戸惑ったが、これまでのことを考えれば当然である。ゲーム機の区別もつかない人間を単独行動させるわけにはいかない。

 

   @

 

「何なんですか政府と癒着しているんですか! 今でも金沸市では防疫の名の元に半壊した街で多くの市民が暮らしているんですよ!」

 蔵居は順に未だ食いついていた。流石にこれ以上は鬱陶しいので、彼は警告することにした。

「あまりしつこいと警察を呼びますよ? お店の人にも迷惑です」

「警察との癒着もあるんですか?」

 スマホを見せても引くつもりが無い蔵居。その時、紫の髪をした女性が割って入る。

「おっとそこまでだよ」

長身で、スタイルも厚地のコートから分かるほど良い。彼女は喫茶店ユニオンリバーの料理人、ヘカティリア・ラグナ・アースガルズ。カティと呼ばれる人物である。陽歌の面倒をよく見る喫茶店スタッフなだけに、主治医である順とも顔見知りだ。

「おや、カティさん。お買い物ですか?」

「まぁそんなところさね。ドクターは?」

「僕は病院でするクリスマスパーティーの準備を」

 挨拶がてらの世間話を済ませ、カティは蔵居を追い払う。

「ほら帰った帰った。お医者さんは忙しいんだ」

 それでも蔵居は全く撤退する様子が見られない。しつこさは記者の特権なのだろうかと思えるレベルだ。

「私は真実を世界に報道するまでは引きません! とにかくお話を……」

「ほう……?」

 カティはとりあえず殺気を放って相手を威圧する。かつては宇宙海賊の総帥としてAIONとも対立したほどの人物で、覇気の面ではカタギやしょぼいヤクザを軽く上回る。見た目で怖がられようとしなくてもその気になれば相手に命の危険を想起させるだけの殺意を剥けられる。が、蔵居は肝が据わっているのかそれともただの馬鹿なのか、退く様子が見られない。

(……?)

 カティはふと、自分の周囲がやけに寒くなっていることに気づいた。スーパーは生鮮食品や冷凍食品を扱う都合、室温が下がりやすい。だが、これは異様なまでの寒さであった。過去の経験に照らし合わせれば、生身で宇宙に放り出された時の様な大気のある世界では考えられない寒さをしていた。

「……馬鹿な」

 蔵居は何かを呟いて、去っていく。何をしたかったのか分からないまま、二人は彼女を見送った。

「何だったんだあいつ?」

「とにかく、助かりましたよ。一体陽歌くんの話をどこで聞いたのか……」

 順は助けられた礼をする。カティはそれより、蔵居の不審な動きや先ほど体験した奇怪な寒さが気になった。

「まぁ、あの子の前じゃ言えないけど見た目目立つし追っかけようと思えば簡単かもな。私やサリアが連れてってる時はともかく、アステリアとかは追手の気配をすぐ察知できるタイプじゃないし……」

 彼女は恐らくあの蔵居が通院などを追尾していた可能性を考えた。それに特に後ろめたいこともないので住民票を移すなど行政的な手続きをした際、そこから情報が流れたというパターンもある。

「今は陽歌くんを不用意に刺激しないことが大事です。あんな無礼な人には会せられませんね」

「そうだな」

 カティは陽歌の病状について受けた報告を思い出す。

『彼は日常的に暴行や罵倒を受けた影響で、非常に先鋭化した防衛本能を持ちます。今までは状況から逃避や防御に集中していますが、余裕の出た現在では「反撃」に移る可能性があります』

 カティは多くの戦場で極度のストレスから精神を病んだ人間を見て来た。大人は大体疲弊してしまうのだが、子供は成長する影響なのか思わぬ発展を遂げてしまうことがある。人を人とも思わず殺害したり、大人の兵士がどれだけ訓練しても困難な『相手をハッキリ認識して引き金を引く』、『心と指を切り離して引き金を引く』という行為が可能になってしまう。

 宇宙海賊である彼女から見て、陽歌はその傾向にある恐れが強いというのが正直なところだった。過酷な環境で精神が摩耗したせいなのだろう。しかし、もし心が回復する前に重大な過ちを犯し、治癒した後にそれを認識してしまったら、それが新たな傷になってしまうかもしれない。

「茨の道だな……」

 カティは陽歌の背負ったものを確認し、ポツリと呟く。アステリアやミリアは命を救えて安心していたが、彼女は手遅れだったと考える。ここまで歪んだ心を、穏やかにしていくのは困難を極める道だ。

「支えますよ。その為の医療です」

 独り言に含まれた想いを察し、順は誓った。とはいえ試食のウインナーを食べながらではイマイチ締まらないのであった。

「あ、これ美味しい。業務用とか無いかな?」

 いい事を言った傍から台無しにしていくスタイル。

「いや、無いんじゃないかな?」

「よし普通に買って病院食に導入しましょう」

「高くつくからメーカーに受注した方がいいんじゃないか?」

 

   @

 

「あの……」

 陽歌はチンパン怪人の乗って来たビッグスクーターを運転し、後ろにカラスを乗せてロウフルシティの店へ向かっていた。ルイスは陽歌の肩に乗っている。この状況に突っ込みを入れる人間が多いだろう。

「なんで僕が運転なんですか?」

「いや、私は免許持ってないし……」

 カラスが全く免許を持っていないのでこうなったのだ。おまけに陽歌は着ていたパーカーを負傷した腹部に巻き付けて止血しており、下に着ている長袖のシャツだけになってしまい寒いことこの上ない。

「ていうかだったらせめてコート貸してくださいよ」

「え? なんで?」

「逆に何でですか? もしかしてコートの下全裸なんですか?」

「人を何だと思ってんだ」

 愚痴り合いながらバイクを飛ばしてロウフルシティへ向かう二人。幸い、警察も治安局もいないので見咎める者はいない。

 

ロウフルシティの家電量販店へたどり着いた陽歌とカラスは、バイクを停めて駐車場からある光景を目にした。入り口付近で、黄色い布を巻いた三人ほどの人物が他の客を襲っているではないか。

「マーケットプレイス!」

「何か様子がおかしい……?」

カラスはマケプレがこんなところにいる事に驚いたが、陽歌は更なる異変に目を向けていた。なんと、彼らは一様に顔がドロドロに溶けた蛹の様なもので覆われているではないか。

「夏に見た奇病?」

触手を振り回して周囲の客を襲っている。陽歌は夏に故郷の金沸市を襲った怪物化する奇病との関連を考えた。とにかくこのままでは一般人が傷ついてしまう。陽歌はバイクのアクセルを絞り、加速させて敵へ突撃する。

「お、おい?」

カラスは戸惑った。そんな中で彼は突然、バイクから飛び降りた。カラスも咄嗟に追う様に飛び降りる。運転手を失ったバイクは横転し、地面を滑りながらマケプレの三人に激突し、敵は壁とバイクに挟まれる。

「これで……!」

そして陽歌はバイクの燃料タンクを撃ち抜き、爆発させる。

「おおい! そういうことをやるなら……!」

「やったか?」

燃やされた敵は悲鳴を挙げ、しばらく暴れてから息絶える。陽歌は敵の亡骸に駆け寄って、銃を突き付けながら様子を確認する。

「これは……魔物? それとも……?」

「魔力は感じない、人間が科学的な何かで変異した様だな」

カラスは魔力を調べて敵の正体に迫る。どうやら魔物の類いではないらしい。陽歌は奇跡的にも火から露出した一人の頭部をマインドアーモリーの銃で突っつき、感触を確かめる。銃を思い切り押し付けただけで、蛹が破れて液体がドロリと流れてきた。

「まるで昆虫の蛹だ。完全変態する昆虫は蛹の中で一度溶けて肉体が再構成されるというが……この感じだと蛹の部分以外は人間の身体みたいだ」

 蛹になっていない首に骨の感触を覚えた陽歌は何かが原因で頭部だけ変化したと考えた。焼け焦げてしまった死体ではこれ以上情報を得られない。

「なんだ?」

「う、うぅ……。いいじゃねぇか、ただで配ってんだから……」

メンバーの男は倒れたまま呻いている。カラスが振り向くと、割れた窓からサリアが出てきた。どうやら彼女に負けてこの有り様らしい。サリアの師匠はキッチンで負けなし、武器を持った方が弱いという程の実力者。歳の割に恵まれ、完成された体型もあり格闘戦は得意だ。

「ダメだよー、記念品でも転売しちゃ」

「サリア、なんでこんなとこに?」

「あー、陽歌くん」

サリアと陽歌は互いに気付く。二人はともかく、今の状況を報告し合う。

「僕はこの人のクリスマスプレゼント探しを手伝ってて」

「私達はクリスマスイベント。でもマーケットプレイスが記念品を独占しようとしてー」

「あ、じゃあマナとシエルさんもいるんだ」

知らない人が出てきてカラスは話に置いていかれる。なので倒れた男を見ていたが、男は懐から取り出したタブレットをボリボリ食べて立ち上がる。

「タダで配ってんだからよぉ……売ってもいいだろうがぁぁッ!」

「こいつ、まだ戦えて……! 浅野!」

カラスは陽歌に声を掛ける。陽歌とサリアは臨戦体勢に入るが、男の様子がおかしい。顔が溶け始め、蛹の様なマスクに覆われたではないか。

「え? 何?」

「やっぱり化け物になる奇病? それとも怪人アンプル?」

陽歌は敵の正体が分からなくなった。化け物になる奇病はその土地に潜む邪神によるものだったのでカラスが魔力を感じないのは妙だ。怪人アンプルの類だとしたら、変異が少なく、かつお粗末だ。あれは撃破された後、人間に戻る代物だ。

「いいだろ……いいだろうが! 俺に、金儲けさせろよぉぉ! 金がありゃあ旨い酒も飲み放題! いい女も抱き放題! 手っ取り早くいい気分になれるんだよぉ!」

「あの状態で自我が?」

さらに頭部、則ち脳が溶けているにも関わらず思考を保っている。発声も舌が無いのに出来る。奇妙なことだらけだ。ただ怪人アンプルで変化した怪人にもどうやって喋っているのか分からないものがいたので、その平行線として考えられなくもない。

「とりあえず倒すよ!」

「うん!」

 サリアが先導を切り、敵に駆け出す。陽歌は銃を取り出し、先にボディへ射撃を加えて敵の動きを止める。

「ぐぉ!」

(あれ?)

 怪人なら銃撃などダメージへの耐性があり、手加減したマインドアーモリーの攻撃程度ではびくともしないはずだ。だが、この男は明確に人間と同程度のダメージを受けている。

「はっ!」

 サリアが胴体にストレートを打ち込む。衝撃が掛かったせいか頭の一部が裂け、変な液体が勢いよく飛び出したので、彼女は一歩下がって距離を取り、様子を伺う。正体不明の液体だ。即効性のある致死毒を持っている最悪の場合を念頭に置いて行動する。

「これなら!」

 陽歌はサリアが攻撃している隙に背後へ回り、蛹化した頭を狙う。ハンドガンによる正確な射撃が連続で直撃し、黄色い体液を飛び散らせる。

頭を破壊された男は、倒れて痙攣し始めた。攻撃を受けた頭部から液体が流れだす。

「うぅぅァァァァ……」

「ん?」

「一体どうしたんだろう?」

 喋ることもままならない男に、陽歌とサリアは顔を見合わせて考える。怪人だとしたら爆散しないのも不思議だ。その時、陽歌のスマホが鳴る。

「もしもし?」

『ああ、小僧か。あのタブレットの正体が分かったぞ』

 電話の相手は七耶だった。どうやらタブレットの正体を突き止めたらしい。

「早いね。もう解析したんだ」

『解析も何も、アスルトに見せたら一発でわかった』

 解析するまでも無い存在らしかった。それだけ有名なのか、それとも以前起きた騒動で使われたものなのだろうか。

『今からアスルトが電話変わって簡単に説明する。お前、今の場所ならマナとサリアもいるだろうしあいつらにも気を付けるように言ってくれ』

 七耶はアスルトに電話を変わって、彼女がタブレットの正体について説明する。

『はい代わりました。あれは怪人アンプルの試作品でス。言うなれば、戦闘員枠、虫怪人でス』

「それでタブレットの形に……」

 正体は怪人の一つ下、戦闘員であった。マーケットプレイスの主戦力、怪人アンプルのアーリータイプといったところか。しかし見た目、結構な出来損ないな気が陽歌にはしていた。

「でもあれ見た感じ出来損ないじゃないですか?」

『いいとこに気づきましたね。あれは元々、速攻性のドーピング剤として開発されたものなんですよ。昆虫の能力を身に付けるイメージでスかね』

 昆虫を人間と同じサイズに換算した場合、発揮される力は恐ろしいものだという話は児童向けの科学本やバトル漫画の理屈で死ぬほど繰り返されてきた。まさにその話を現実に再現しようとしたのが、あのタブレットである。

『でスが、とんでもない副作用が発生しまして……』

「それがあの、頭が蛹みたいになるやつですか?」

『……見たんでスね。開発は失敗、プロジェクトは凍結になったのでスが、違うチームがその副作用に目を付けまして。タブレットの理屈は一時的に人間の体組織を昆虫に書き換えて力を発揮するというものでしたが、それを発展させたのが昆虫どころか様々な生物の組織に置き換える怪人アンプルでス』

 怪人アンプルは副作用の産物であった。発明の世界では珍しくもないことだが、人体に適応すると考えると不安はぬぐえない。

「見た感じ、不可逆の変異をしている様でした。あの症状に至った場合、治療は不可能みたいですね」

『そうでス。怪人アンプルはかなり安全性が上がっていまスが、それでも危険なものには変わりないでス。もしタブレットの方が改良も無く出回っているんだとしたら……』

 陽歌はふと、足音がしたので振り返る。そこには、人間とカマキリのキメラらしき化け物が足を引きずっているではないか。

「つまり、怪人アンプルにも副作用がある、と……」

『その通りでスが、まさか……!』

 陽歌は連絡を入れる。今まさに、その副作用を生じている人間が目の前にいる。

「これも治癒は不可能ですか……」

『残念ながら』

「了解、介錯します!」

 陽歌は迷うことなく、このキメラを楽にしてやることにした。生きている方が苦痛、そんな体験をしたこともある彼らしい態度ではある。

「カマキリ……あの時の?」

人のことなど積極的に覚えようとしない陽歌だったが、この人物だけは忘れようが無い。ゼロワンドライバーを買いに行った日に、ゼロワン関連商品を買い占め、というより強奪しようとしていたマーケットプレイスのメンバーが変身した姿である。僅かに残った人間の顔も、倒された時に見ている。

カマキリのキメラは呻きながら陽歌に近寄る。向こうは彼が特徴的な外見をしているだけにしっかり覚えていた。

「お前よぉ……お前にやられた怪我が痛くてよぉ……薬飲んでたらこの様だよぉ……どう責任取ってくれるんだぁ……?」

キメラは鎌の腕に微かに残った手にタブレットを取り出し、ひたすら飲み続ける。変異の痛みで正気は失われ、ただ陽歌への逆恨みだけで動いている有り様だ。

「金積んでも医者は役に立たねぇ……お前を殺すしかねぇ!」

「っ……!」

理不尽な敵意を向けられる事に慣れていた陽歌は、人間の成れ果てが放つ呪詛になんとも思わなかった。だが、カラスはこの状況に動揺を見せていた。

「あれはなんだ? 魔力も感じないのにあんなこと!」

「さぁ? とにかく今楽にしてあげますよ!」

ここまで来ると陽歌はこのカマキリキメラを殺してやった方が温情だと思った。容赦なくハンドガンを発砲し、頭部に攻撃するが、血こそ吹き出しているものの効いている様子が見られない。

「殺してやる!」

カマキリキメラはふらふらと陽歌に迫る。彼のマインドアーモリーは拳銃型。これでは相手を無力化することさえ難しい。

「浅野! 逃げろ、こいつはヤバイ!」

「問題無いです」

カラスが逃げる様に促すが、陽歌はおもむろに拳銃をもう一丁取り出して前後に連結させる。すると、二つの拳銃は短いポンプアクションショットガンへと変化する。

「タンデムスタイル!」

「何?」

アスルトがギアを作る時、まず材料として月の鉱石を選んだ。半纏坂の狙いはともかく、一方的に国立魔法協会を敵視している退魔協会の人間が渡したアイテムをそのまま使うのはリスクマネジメントの観点から避けるべきと考え、リバースエンジニアリングによってギアを自勢力で製造することにしたのだ。

その際、陽歌しか使う人間がいないこともあって彼のマインドアーモリー、マックスペインの不安定さを逆手に取り、変形機能を追加したのである。

二丁のハンドガンを軸に、前後へ連結するタンデムスタイル、左右に連結するサイドスタイル。アスルトはこれをゲーセンで思い付いたらしいが、実行して実用化する技術が彼女にはある。

「いくぞ! せめて安らかに眠れ!」

 陽歌はショットガンをカマキリのキメラに撃ち込んでいく。拳銃弾よりも至近での散弾の方がダメージは上回る。カマキリキメラは穴だらけになってよろめく。

「人の成れ果てに容赦なしか……」

 カラスは陽歌の歳不相応な冷酷さに肝を冷やす。が、カマキリのキメラはこれでも止まらず、徐々に溶け始め、蛹の様な姿になっていく。

「タブレットの方の副作用? ルイス!」

 タブレットの副作用は蛹化、つまり更なる変化段階を残しているということ。このままでは強化を許してしまうと、陽歌はルイスとの共闘に移る。アドバンスドカートリッジを取り出し、ボタンを押す。右手で二回連続ボタンを押せば、そのまま刻印に翳す形になるためすぐにロックが外れる。

『ラピットアニマル! Animal program! Open your eyes!』

蛹の状態で突撃を行うカマキリキメラに、四足歩行の動物のホログラムが立ちはだかる。それはルイスに吸い込まれていき、彼を足の長い四足の大きな兎へ変化させる。

『dash on Savannah! ラピットアニマル!』

 ポラリスラグゥへと変身したルイスと陽歌が蛹となりかけたカマキリキメラに向かおうとした時、横から大柄なチンパンジーの怪人が割って入る。その手には、木で出来たこん棒が握られていた。

「んな……!」

『ディフェンド、プリーズ!』

 陽歌は反応出来なかったが、魔法の声と共に床がせりあがって防御壁を構成する。壁で彼はダメージを免れたが、まさかと思った。

「お前は、必ず殺す!」

「まさか、あの時のチンパン怪人?」

 倒したはずのチンパン怪人が即座に復活し、陽歌達を追いかけてきたのだ。今でもダメージを回復しようとしているのか、タブレットやアンプルを無茶苦茶に呑んでいる。

「ダメだ! それを飲んだら副作用で……!」

 カラスが忠告するも、憎しみに囚われたチンパン怪人は全く聞く耳を持たない。あのアンプルが果たしてチンパンジー怪人用のものかは分からない。

「役立たずの退魔師が! あの場にいながら妻を救えなかったお前が何を言おうとも!」

「サリアちゃん! 陽歌くん!」

 マナが遠くから走ってきた。先ほどの防御は彼女の魔法によるものだ。

「助かったよ、苺奈」

「無事で何よりですが大変です! イベントで配る予定のグッズがマーケットプレイスの人に奪われて……!」

 マケプレは当然というべきか、無料配布のグッズすら金に換えようとしていた。既に奪ったチームは逃走しているのか、それを追ってここにマナが来たという形である。

「退魔師の銀髪娘にカタワのガキが、舐めた真似しやがって!」

 一体なぜこのチンパン怪人が陽歌を狙うのか判然としなかったが、カラスと陽歌二人同時に因縁がある、『妻』であるとすればかなり絞れる。この二人が女性を相手に共闘した例は、一つしかない。

「名古屋の時の水子の依り代か!」

「あれか!」

 陽歌は真っ先に結論へ辿り着き、カラスも理解した。あの悲惨な末路を辿った女性がどうなったのか、陽歌は興味がなかったしカラスは重傷でそれどころではなかった。

「今でも妻は苦しんでいる! お前達と役立たずの医者のせいでな! まずはお前からぶっ殺して手向けにしてやる! 皮膚を全部引っぺがして移植の材料にしてやるわ!」

「じゃあ死んでないんだ……」

 あれだけ腹が膨れ上がって死ねていないことに、陽歌は戦慄する。気軽に魔のモノと関わるとろくなことにならない。

「この猿は私がやるよー」

 サリアが陽歌とチンパン怪人の間に入り、戦いを引き受ける。彼女なりの考えがあってのことではありそうだった。

「サリア」

「この手の人間は復讐の対象を目前に頓挫するのが一番痛手になるからねー」

 彼女の手にはチンパン怪人のこん棒に対応するかの様に、ある武器が握られていた。

「おいおい」

「あいつ死んだわ」

 マーケットプレイスの下っ端はチンパン怪人の勝利を確信していた。何故なら、その武器はニンテンドーゲームキューブだったのだから。取っ手があるとはいえ武器とはいえない精密機器だ。

「ほう、ゲームキューブですか……」

 戦いを眺めていた店員が眼鏡を直しながらつぶやく。

「大したものですね。爆撃を受けても壊れなかったゲームボーイを筆頭に異常なまでの耐久性を誇るニンテンドー製ハードですが、その中でも最強と謳われるのがあのゲームキューブです。そのコントローラーの完成度は高く、発売から十年以上経った今でも愛用するプレイヤーがいるんだとか……」

「ふん、そんなもんで噂のRURUチャンネルに与えられた異能の力を何とかしようってのか?」

 どうやらあのこん棒はマインドアーモリーらしく、木で出来たらしいその本体には『ふくしゅうのぼう』と名前がマジックで書かれていた。銃という複雑な武器かつ名前が刻印されている陽歌のマックスペインとは雲泥の差だ。まさに精神性が形となる存在と言える。

「勘違いしないでほしいなー。これはハンデだよ。私、素手の方が強いから」

 サリアはゲームキューブを突き出す。これはただのゲームキューブではない。店員はそれを見抜いた。

「メモリーカード128のダブルスロットに加え、ワイヤレスコントローラーの端子、アドバンスソフトを接続できるようにした上で名作『ロックマンエクゼ3black』を装備、そして搭載ソフトはロックマンエクゼトランスミッション!」

「それがどうした!」

 本当にそれがどうしたという話であった。ただチンパン怪人はお目当ての仇を前にお預けを喰らっている状態で、かなりイライラいていた。サリアをアシストすべく、陽歌も舌戦に加わる。

「へー、あなたの奥さん、まだ生きてるんだ。お見舞い、行こうかな?」

「貴様ぁああああ!」

 自分の嫌がることを散々やられてきただけに、相手が嫌がることへの嗅覚は鋭かった。チンパン怪人は完全に頭へ血が上り、サリアとの戦闘に集中できなくなっていた。

「ルイス! 決めちゃって、ラピットスマッシュ!」

 即座にカマキリキメラへのトドメに以降する陽歌。ルイスは四足で天井すれすれまで跳躍し、足を凍り付かせてカマキリキメラへ落ちていく。

「お前を先に殺してやる!」

 こん棒を振り上げ、陽歌に向かって降ろしたチンパン怪人。それをサリアが迎え撃つ。渾身の力で叩き込まれるこん棒に、彼女はゲームキューブを翳しただけであった。

「奥義……『もうゲームキューブがレトロゲーという事実』!」

「うわマジか!」

「もうそんな?」

 周囲が驚愕する中、ゲームキューブを打ち据えたこん棒は逆にへし折れてしまう。マインドアーモリーの強固さは心の強さ。ここに『お前の精神力ゲームキューブ以下』という新たな煽りが成立した。

「な……なん、だと……」

 心の具現化であるマインドアーモリーを折られたチンパン怪人は一気に戦意を失う。

「いけぇ!」

 ルイスの必殺技もカマキリキメラに直撃する。野生動物特有の大質量が頭部と心臓を穿った。そればかりか、その体格を弾き出して速度と跳躍力を産む脚力によるキックが加わる。見事に急所を撃ち抜かれたカマキリキメラは、黄色い体液を流しながら倒れた。

「よし!」

 これにて、家電量販店の戦いは幕を閉じた。カラスは急いで店員にチラシを見せて商品を探す。

「すまない、これ置いてないか?」

 しかし店員の反応は芳しくない。

「それなんですが、この黄色い布を巻いた集団が持って行ってしまって……」

「何?」

 何と、マナとサリアが配っていたグッズばかりかお目当ての商品まで持ち去られていた。戦いには勝ったが、勝負には負けた。ここからどうすればいいのか、カラスは少し考えることにした。

 

   @

 

 半纏坂の捜索も虚しく、どこの店でもクリスマスの目玉商品は残らずマケプレに強奪されていた。

「転売屋をしばくRTA、はーじまーるよー」

「急にRTAが始まった!」

 こうなったら本拠地ごと粉砕である。同時に連中の独占した在庫を吐き出させるチャンスだ。サリアは気合を入れて、敵地に乗り込むつもりである。流石、師匠がセガールなだけある。

「なんか、見知らぬ枠が出て来たぞ?」

 カラスは変なウインドウが出ていることに気づいた。もうメタにすら介入しつつある。セリフが画面下、画面右端にタイマーと解説の枠があるという見慣れた人が見たら「あああれか」となる構成だ。

「いつもの奴、所謂ビーム式です」

 陽歌は慣れた様子だったが、こんなことはもちろん初めてである。が、もう何が起きても驚かない程度にはここのハチャメチャさは慣れてきた。サリアはマケプレの一人からスマホをパクっており、その地図アプリで何かを探していた。

「ここでドロップしたスマホの地図を調べ、検索履歴に本拠地の情報が無ければリセだよー」

 スマホの情報から敵の本拠地を探る作戦であった。しかし、住所が出るだけでどこが本拠地なのか判然としない。

「ううーん、いきなりガバかな?」

「サリア! 本拠地聞き出せたよ!」

 詰まったサリアだったが、陽歌の機転で事なきを得る。どうやら捕まえた敵を尋問して聞き出したらしい。住所のメモをサリアに渡し、手からカラカラと白いもの落とす。カラスは尋問された敵の顔がパンパンに腫れあがっているではないか。

「おい何した?」

「無麻酔の抜歯って痛いんですよ」

 なんと尋問の内容は歯を抜くという壮絶なもの。しかも自分で体験済みだから分かるという。

「お前ら魔法使える奴仲間にいたよな? 奇跡も魔法もあるんだよ?」

「では行きましょう」

 カラスの苦言を無視し、陽歌とサリアは移動を開始した。子供だけで、しかも自分の行動が切っ掛けで始まった戦いに行かせるわけにはいかない。

「足はその辺で調達します」

 サリアは辺りを見渡し、ちょうどいい車を探す。そこにふと、今しがた車に乗ろうかとしている人が見えた。運転手は若いOLで、車は古ぼけた軽自動車だ。

「あれにしよう。へいタクシー!」

 サリアはOLが扉の鍵を閉める前に、サリアは奪い取る様に運転席へ乗り込んだ。OLは当然の様に驚く。陽歌はさすがに一般人を巻き込むのは躊躇われ、彼女を止めようとする。

「サリア! せめて敵から奪った車で……」

しかしサリアの勢いは止められず、結局突然の非礼を詫びつつカラスと共に後部座席へ乗り込む陽歌。OLは渋々助手席に乗って一行を止めようとする。

「失礼します、すみませんうちの連れが……」

「何? 何なに?」

「いやちょっと連れてってもらいたいところがあってねー」

 サリアが見せた画面には、群馬県の住所が記されていた。

「ぐ、群馬? 今から?」

 静岡から群馬という無茶なお願いにOLは当然拒否する。

「ダメよ! 今日は7時から美容室の予約があるの!」

「じゃあ車だけでも……」

 サリアは無茶な要求をする。世の中には最初に当然断られるお願いをして、わざと断らせてから本当の目的を依頼するという交渉術がある。だがこれはどっちも無茶苦茶だ。

「サリア! 前!」

 陽歌がマケプレ勢の接近に気づく。どうやら逆襲しにきたらしい。懲りない連中だ。

「何こいつら!」

「美容院だが、今日は休め」

 サリアはミッションである車を迷うことなく起動し、発車させる。陽歌は窓に付いたハンドルを回して窓を開き、銃撃して敵を蹴散らしながら進路を確保する。こちらは軽だ。敵を撥ねながら進むパワーは当然無い。

「今日は厄日だわ!」

 OLの絶叫と共に、車は走り出した。

「お姉さん、名前は?」

 サリアは運転しながら、OLの名前を聞く。彼女は頭を抱えながら答えた。

「紗竹幸……」

「幸おねーさんだね。私はサリュー・アーリントン、よろしく」

 軽自動車は悲鳴の様なエンジン音を上げて道路を爆走する。薄い装甲でスピードメーターの赤い場所まで針が振れている有様は恐怖しか感じない。

「え? もしかしてあのアイドル『マナ&サリア』のサリア?」

「あー、知ってるんだねー」

 マナとサリアのコンビは有名なアイドルで、その手の話題に疎い幸にも名声は轟いていた。

「もしかして後ろの二人も芸能人?」

「んにゃ、一般人」

 陽歌とカラスは容姿に優れているので、幸がそう思っても不思議ではなかった。

「でも何なの? 過激派に追われてるの?」

「話すと長くなる」

 サリアは幸にここまでの事情を話した。転売屋ギルド、マーケットプレイスの被害はホビー界隈以外にも出ているようで、彼女は理解を示してくれた。

「あー、なんかよく見るよね黄色の布巻いた人。ほら、少し前に安室奈美恵が引退したじゃない? そのコラボ化粧品を予約してたんだけど、マーケットプレイスって人達が奪っていって受け取れなかったのよ……。しかも聞いてよ! 前払いしたのにお店がお金返してくれなかったのよ!」

「かなり被害出てるみたいだねー」

 返金対応しない店も問題だが、モラルというのは一気に崩壊していくものではなく徐々に悪化するものだ。おもちゃや化粧品の転売を嗜好品の話だからと転売を放置すればそのノウハウで生活必需品の転売がいつ起こるか分からない。加えて、そういうのが周囲に増えていくと割れ窓理論で他の場所のモラルまで低下していく。予約の取り置きを取られた店は被害者だろうが、その補填を顧客に要求する様に。

「サイレン?」

 町を爆走していると、パトカーの様なサイレンが聞こえる。サイレンの音そのものはパトカーであったが、来た車は紺色であった。ランプこそ赤いが、警察ではない。紺のボディには白抜き文字で『治安局』と書かれていた。

『そこの車、停まりなさい!』

「け、警察?」

「治安局だよー。企業の警備隊に過ぎないよー」

 あまりに警察然とした行動に幸は混乱するが、サリアは慣れており従う必要が無いことを分かっていた。治安局はロウフルシティを牛耳るスロウンズインダストリアルの警備部隊で、警察権は当然持っていない。だが、この町ではさも警官よりも偉いかの様に振舞うのだ。

『店舗で騒動を起こしたのはお前らか!』

「こっちが悪者にされてる?」

 陽歌は治安局が追って来た理由に驚愕する。大本の原因はマーケットプレイスなのだが、何を勘違いしているのか、それとも金でも積まれたのかサリア達を被疑者として追っているらしい。

「さすがに性能差があるねー……」

「追いつかれるぞ!」

 パワーウインドウが手回しでミッションの古い軽では、湯水の様に資金をつぎ込んだ治安局の装備には勝てない。下手をすると高速道路担当のパトカーよりも性能がいい。カラスは慌てるが、サリアは落ち着いていた。

「陽歌くん!」

「はい」

 陽歌が窓からショットガンを覗かせ、追ってくる車のタイヤを確実に撃ち抜く。片輪を失った車はスピンして後続の脚を止める形となる。

「高速に乗るよ!」

 群馬に行くということもあり、高速へ入ることになった一行。それを止めるため、治安局の車が右側へ体当たりを仕掛けてくる。

「わあああ! まだローン残ってるのに!」

 幸は車を傷つけられ、相当動揺した。サイドミラーは取れてしまっている。

「この車をローンって相当吹っ掛けられてない? それともレアなクラシックカー?」

「ただの中古! でも車無いと生活出来ないのよ!」

 ロウフルシティはともかく、日本は割と車社会なのでこんなオンボロでも大事な移動手段。

「この!」

 サリアはハンドルを右に切って敵を押し返す。ちょうど高速に乗るところで、治安局の車は分離帯に激突し爆散した。

「え……」

 目の前で行われる映画みたいな光景に幸は言葉を失う。治安局は遂に、屋根から身を乗り出してロケットランチャーを持ち出して狙いを付けてくる。サッと出てくる辺り、いつも積んでいるのだろう。

「RPG!」

 サリアはその様子をバックミラーで確認する。陽歌は窓からショットガンを出しつつ、彼女に指示を出す。

「サリア、進路そのまま!」

「オーケイ!」

 とんでもない指示にカラスは驚く。回避しないと確実に木っ端みじんである。

「な、お前……何言って!」

 そうこうしている間にRPGが発射される。が、弾頭は途中でショットガンに撃ち落されて爆散する。

「お前……撃ち落す自信あってあの指示出してそれを信用したのか?」

 何が起きたのかを把握するのにカラスは時間が掛かった。当然、一般人である幸には何が何だかである。つまり、陽歌はあの弾頭を迎撃する確信があり、サリアもそれが成功するという信頼があって指示に従ったのだ。

「え? だって散弾なら空中の目標は撃ち落し易いでしょ?」

「いやそういう問題じゃ……」

 陽歌の言う通りではあったが、肝心のショットガンは銃身が短い上に車から後ろ向きに撃つという不安定な姿勢で迎撃はかなり難易度が高い。

「まだ来るよ!」

「だったら!」

 サリアは敵がロケランをリロードしてまた狙っていることを伝える。車は高速道路に乗る為、カーブが急な道に入る。これでは互いに狙いにくいので、敵の一団は直線に入るまでロケランを構えたまま待機した。

「一つ!」

 が、陽歌はそんな敵を容赦なく撃つ。装填された弾頭をハンドガンで撃ち抜き、爆散させていく。

「二つ!」

「まてまてまて!」

 次々と敵を始末する陽歌にカラスはツッコミを入れる。先ほど散弾だから当て易いどうのと言ってたのが急にハンドガンへ持ち替えて狙いにくい状況からピンポイント射撃しているので当然ではある。

「散弾は?」

「え? 人に散弾撃つんですか?」

 カラスの発言に陽歌は引いていたが、人の慣れ果てに容赦なく散弾を叩き込んだことを忘れてはいけない。そしてなにより弾頭を誘爆させている時点で散弾が可愛く見える攻撃である。射手は間近で爆発が起きたせいで黒焦げだ。命に別状ないといいが。

「ええ……なんか私が間違っているみたいな……」

 結局、敵の車両は直線まで持たなかった。このまま高速へ突入、ロウフルシティを抜ければ治安局も強くは出られない。

「ハイウェイ入るよー!」

「待って、この車、ETC付いてない……」

 幸は高速道路に入る前に、車の仕様について言及する。サリアがハンドルをETCレーンに向けているので一応言っておいた。だが、どうせバーを押し切るんだろうなとは思っていた。

「何?」

 が、なんと高速の入り口全てに赤ランプが付いて封鎖される。そして治安局の車が次々に集まってくる。その中には紺色の猛牛型ゾイドもいた。

「キャノンブル! あんなものまで?」

 それは地球で発掘されたゾイドを専用に改造したゾイドの一種であった。まさか車一つにこんなものを持ち出すとは。

「本能解放! ワイルドブラスト!」

 その時、白いライオンのゾイドが割って入る。ヴァネッサの駆るワイルドライガーだ。

「キングオブクロー、スパイラル!」

 背中のタテガミクローを振り回し、キャノンブルや車両をなぎ倒す。

「今だ! 行け!」

「よし!」

 ヴァネッサに支援され、高速へ突入するサリア達。陽歌がハンドガンでETCのバーと機械を破壊し、そこを抜けていく。

「壊したー!」

 幸は予想を超えた結果に叫ぶしか無かったという。

 

   @

 

 群馬県某所にある倉庫があった。それを憎たらしく思いながら見る男が一人いた。中年で無精髭が生えているが、身体はがっしりしていて中年らしい肥満の傾向はみられない。

「くそ……マーケットプレイスの奴らめ、人の会社の倉庫乗っ取ってクソみてぇな旗立てやがって……」

 倉庫の本来社旗と国旗が掛けられていたポールには黄色い布と、辮髪に細い髭というラーメンマンもどきみたいな人物の顔を印刷した本当にクソみたいな旗が靡いていた。肖像画とかではなく画素の荒い写真を印刷しているのでクソ度が高い。

 この倉庫は男性の会社のものだったが、東日本大震災の時に避難したどさくさを突いてマーケットプレイスが乗っ取ったのだ。あの震災ではテレビの報道が偏ったこともあって東北の被害がクローズアップされたが、広域な災害だけあり関東も割かし被害を受けているのだ。

「ん?」

 そこにサリア達の一行がやってくる。軽は限界を迎え、煙を吹いていた。サリアは華麗に車から降りて倉庫を睨む。

「ここがあの女のハウスね……!」

「誰だあんたら?」

 男性はトンチキな発言をするサリアに臆することなく話しかける。

「私達は通りすがりだよー。今からこの倉庫は消滅するッ!」

「何する気だ!」

 サリアは無茶苦茶を言うが、当然、倉庫の持ち主である男性は反発する。後から降りて来たカラスは男性との話を取り持つ。

「見たところマーケットプレイスとは違うみたいだが……何者だ?」

「俺は本条飛馬。この倉庫は本来俺たちのもんだ。あんたらこそ何者だ?」

 男性、本条はカラス達のことを聞く。それにはサリアが答えた。

「私達はマーケットプレイスっていう転売屋ギルドに取られた商品を取返しに来たんだよー。倉庫も盗品とは、やつららしいねー」

 彼女は本条が倉庫の持ち主と聞いて、詳しいことを聞かずに信用した。

「なるべく壊さない様に戦わないとだねー」

「あんたら、あの連中とやり合うのか?」

 自分の想いをすぐに汲んでくれたサリアに、本条は警戒を解く。やはり怪人アンプルなどを所持するだけに、力づくでの奪取は難しい様だ。

「そうだけど?」

「やめとけ。俺も昔は喧嘩じゃ負け無しだったんだが、あいつら付近の警察を買収してんのか通報してもなんもしてくれねぇ。多分無理矢理奪い返したら俺たちが逆に暴行で捕まるだろうさ」

 本条の話によると地元の警察は役に立たない。昔はやんちゃしてた系だろう彼も自分達が犯罪者になってしまう危険を考慮して動けない辺り、現在では思慮深い大人になったのだろう。

「くっそー、独身なら乗り込んでやったのに俺には嫁もガキもいるからな……」

「だったらよそ者の私達がやればいいんだね?」

 サリアは状況を確認すると、倉庫の閉ざされた門まで向かう。

幸はフラフラしながら車を降りた。ドンパチが無くても、軽で時速120キロ近く出し続けられたのなら身体が持たない。

「クリスマス前に仕事を入れられ……それが原因で彼氏にフラれ、YouTubeで猫動画見てたら変な恐怖系広告見せられ、悪夢は見るし、車はダメになり……私が何をした……?」

 幸のぼやきに隠された情報を陽歌は見逃さず、彼女を追及した。

「広告? それって女の人みたいな化け物が出る……」

「浅野! 来るぞ!」

 しかし話はカラスによって打ち切られた。サリアが敵の見張りに補足されたことで、警報が鳴ったのだ。

「本当にやる気か?」

「もちろんですとも、アイドルですから」

 サリアの目的は奪われた頒布物の奪還。アイドルとして真面目なファンが泣きを見ることだけは認められない。

「行こう、サリア」

「おい待て、お前怪我してんじゃねぇか?」

 本条は陽歌の腹部に付いた血から、彼の負傷を見抜く。幸は騒動に対応するのが手一杯で、ようやくそれに気づいた。

「もう血は止まって痛くないので大丈夫、です」

「お前ら……」

 敵は待ってはくれない。サリアは本条に指示を出す。

「おっちゃん、おねーさんを安全な場所へ!」

「あ、ああ」

 こなれた様子に圧され、サリアの言う通りに幸を避難させる本条。ここからが本番だ。突入しようとしたが、サリアは敵が手にしたものを見て退避する。

「銃を持っている!」

 サリア、陽歌、カラスの三人は門の影に隠れ、敵の銃撃をやり過ごす。しかし、発砲音はやけに静かで威力も低そうだ。

「ガスガンを改造して、ベアリング弾を撃ってるみたい」

 陽歌はそれが実銃ではなくガスガンの改造であることを見抜いた。威力のセーフティを外し、プラスチックのBB弾ではなく金属の弾を撃ってきている。ただ、いくらおもちゃの改造でも当たれば痛い。それにこの数ではすぐにハチの巣だ。

「こうなったら、これだ!」

 サリアはある手を使った。無謀にも彼女が飛び出した瞬間、敵の視界にあるものが移る。

「なんだ?」

『今、楽天カードは十秒に一人会員が増えています! むむ?』

「なんだこれは?」

 突然両目に銀のカードを張り付けたヒーローみたいな男がカードの宣伝を始めたのだ。敵はサリア達を見失い、男に視線を張り付けられて行動できなくなる。

「奥義、『なんか動画サイトに挟まってくるCM』!」

「なにこれ」

 カラスにはこの宣伝は見えていないので戸惑いながらサリアに続く。同じ様に見えていないはずの陽歌が迷わずサリアの後を追ったので同じ様にしたまでだが、本当に意味が分からない。

「動けない!」

「なんだこれは!」

『あ、また増えた!』

『楽天カードマン!』

 やっと宣伝が終わり、敵は再度サリア達を探した。しかし、また宣伝が流れ始め動きを止める羽目となる。今度は胡散臭いおっさんがスマホを手にWi-Fiの宣伝をしている。

『奥さん、事件です!』

「奥義、『二回連続で宣伝流れるやつ』!」

「うぜぇええええ!」

 これは非常に鬱陶しい。その隙に三人は倉庫の中へ侵入する。中には、大量の商品がダンボールで山積みにされていた。これが今までマーケットプレイスが買い占め、強奪した商品ということか。

「この中からスイッチを探すのは手間だぞ……?」

「まぁ敵を殲滅してからゆっくり探そうか」

 サリアはそんな呑気なことを言っていたが、カラスは入り口を守っていた連中が宣伝を見終えて挟み撃ちになることを懸念していた。

「だいじょーぶ大丈夫、奥義『宣伝読み込んだせいで本命の動画が読み込めない不具合』も重ね掛けしたから、アドブロック入れてない、戦うまでも無い雑魚はあれで終わったよ」

「魔法……なのか?」

 なんとサリアの技で既に大半が戦闘不能という有様。見る者を魅了する完成された偶像、サリュー・アーリントンならではの技術だ。

「あれは!」

 陽歌は在庫の前に立つ敵を見た。毛むくじゃらの身体に黒く変色した顔面、長い腕。チンパンジーをそのまま人間サイズまで大きく引き伸ばした様な姿は、何度も戦ってきたチンパン怪人だった。

「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!」

 アンプルの副作用が出ていると思わしき状況で、更に注射を腕に刺す。親知らずの手術で麻酔をする時に使う様な、特大の注射器であった。

「ここで暴れさせるわけにはいかない! ルイス!」

 倉庫での戦闘は在庫を傷つけるばかりか、倉庫そのものを破壊しかねない。陽歌はカートリッジを取り出し、ルイスに使う。

「使うつもりなかったけど……」

『グラップルファイター! Fighter program! open your eyes!』

 格闘家のホログラムを取り込み、ルイスは新たな姿へ変化する。ボクシングのグローブを付け、紳士の様な髭を生やし蝶ネクタイを付けたカンガルーという妙な姿だ。

『go ahead beltroll! グラップルファイター!』

 魔法文字の表記は『ジェントルカンガルー』。これはサリアに読んでもらった。ルイスは敵が変異する前に窓を突き破って外へ出る。陽歌も追いかけようとしたが、古びた放送機材から声が聞こえる。

『皆の者、少々厄介な敵が来た。在庫を取り返され、市場に放流されれば価格が暴落するだろう。そこで、この倉庫を爆破することにした。爆発は五分後、それまでに退去する様に』

「なんだって!」

 まさかの自爆展開。価格の暴落を起こすより、抱え込んで消滅した方が市場価値は保たれたままなのでマシという判断だろう。となると、ここ以外にも倉庫があったりするのだろうか。

「陽歌くん、私は爆弾の処理をするから、あのチンパンジーをお願い! 邪魔されたら解除し切れない!」

「分かった!」

 陽歌はルイスを追って窓から出た。チンパン怪人は三メートル以上の巨体へ変異しており、全身から木の根っこの様なものが生えている。

「あれは……もしかしてマインドアーモリーの暴走?」

 根っこはチンパン怪人が手にしたこん棒の柄から生えているので、詳しく知らない陽歌でもそう察することが出来た。このままでは、ルイス一人では厳しい相手かもしれない。陽歌は二丁のハンドガンを重ねて一つのサブマシンガンへ変化させる。

「サイドスタイル!」

 フォアグリップにストックの付いた、扱い易そうなサブマシンガンである。ルイスはジャブで様子を見つつ、敵の素人丸出しな大振りの反撃を回避、そのまま鋼鉄のストレートを叩き込む。その間も陽歌は絶やすことなく顔面へ銃撃を放ち続けた。

「ぐぉぉ!」

 ダメージを受けたチンパン怪人は再生を急いでいるのか、木の実の様なものを身体に生やしている。養分を集中させて変異、再生に使うつもりなのか。そんな複雑な思考をこのチンパンが持っているとは思えないので、生存本能の動きなのだろう。

「よし!」

 ああいう腫れた部分は弱点と相場決まっている。陽歌はそこに射撃でダメージを与えていき、破裂させる。

「ガアアアアア!」

 ダメージを受けた木の実は脱落し、埋まっていた部分は肉がごっそり無くなったためチンパン怪人も苦痛を受けている。顔を上げて咆哮など隙でしかない。ルイスはその顎にアッパーを繰り出す。顎を揺るがされたチンパン怪人はノックアウトされ、倒れる。ルイスはその名の通り紳士的な戦いを好むのか、追い打ちをしない。

 せっかく胸を突き破り、木の絡まった心臓が飛び出しているというのに。再生の為血液を多く循環させたいのか、心臓が肥大化して木の根っこの様なものが蘇生法の様に圧迫している。いかにも攻撃してくれと言わんばかりの状態だ。

 だが陽歌はそうではない。その心臓めがけ引き金を引きっぱなしにして銃撃を行いながら接近。近づいたらナイフを取り出して一突きしてダメージを与える。

「喰らえ!」

「ギャァアアアアアア!」

 心臓は危険を感じたのか、身体に引っ込む。チンパン怪人は起き上がり、再び陽歌達に戦いを挑む。ラウンド2である。起き上がってしばらくしたのを待ち、ルイスは再び構える。本当に紳士的なボクサーである。

「死ね、死ねぇええ!」

 チンパン怪人はルイスを無視して陽歌を狙う。走って寄ってくるが、横からルイスの拳を受け、身体がふらつく。体勢を立て直そうとしたその僅かな隙に、ルイスはデンプシーロールでボディへ重い打撃音が響くほどのパンチを繰り返す。その間に陽歌は背中や肩に生えた腫れ物を撃ち落とす。

「グガァアアア!」

 やけになったチンパン怪人はルイスに向かってパンチを繰り出すが、まさかのクロスカウンターで返り討ちに遭ってしまう。骨が砕ける音が銃を撃っている陽歌にもはっきり聞こえ、歯が飛び散って首は真後ろまで回る。あれだけ太い首なのに信じられない光景だ。チンパン怪人はそのまま倒れ、ピクリとも動かなくなった。

「……」

 TKOにもならなかったな、と言わんばかりにルイスはどこからともなく取り出したタオルをチンパン怪人に投げ、試合終了を告げる。

 

   @

 

 その後、爆弾は無事解体され、マーケットプレイスが逃げ出したので倉庫は本来の持ち主である本条に戻った。幸は車が壊れたが、倉庫に眠っていた脱税用の隠し財産をサリアがパクったので、新しい車を一回払いで買うことが出来る。

「はい、これが目的のものです」

 陽歌はカラスにswitchとポケモンシールドを渡した。

「すまん、私の為に……」

 思ったより事が大きくなってしまったカラスは申し訳なさそうだった。だが、陽歌も最初から彼女の為ではない。

「別にあなたの為じゃないです。それとこれを」

 彼は本命のプレゼントとは別に、switch本体とポケモンソードの方を渡した。

「これは?」

「ポケモンはバージョンで出るポケモンが変わるんです。せいぜい、図鑑集めに手を貸してあげてください」

 遥という女の子とは会っていない陽歌だったが、彼女の境遇が少しでもよくなれば、と思ってのことだった。それを見たカラスは、彼に眠る危うさは、当たり前の優しさに包まれている限り大丈夫だと悟る。

「ああ、すまない」

「さーて、せっかく群馬来たし、草津温泉行こうか!」

 一仕事終えたサリアは、とても今日中に帰れないことを考えて頭を観光に切り替える。

「あの、私明日から仕事……」

「サボっちゃえサボっちゃえ」

 幸は仕事に行けないことが確定した。妙なクリスマス前夜はこうして過ぎていく。悪魔と忌み子が誰かの為に、共に奔走するクリスマスは今年が最後かもしれない。




 マインドアーモリー解説

 アポロM11
 マックスペインにムーンギアを装備した姿。二丁のハンドガンを組み合わせることで二つの異なる銃に変形する。サイドスタイルはサブマシンガン、タンデムスタイルはソードオフショットガン。

 ムーンイーター
 半纏坂織太のマインドアーモリー。サイズ自在の斧で、手斧からポールウェポンまで使い分けられる。非常に安定しているため、ギアを付け替えても強化や属性付与に留まる。


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大晦日だよ要点集合!

この企画は、級長の処女作である『ドラゴンプラネット』から連綿と続くお約束の様なものである。


 令和元年も終わりを迎え、喫茶店ユニオンリバーでは大掃除が佳境を迎えていた。今年は強力な助っ人が参加している。そう、ルイスだ。

「いやー助かるねー。狭いとこも入っていってくれて」

アステリアは隅っこの掃除をしていたルイスを労う。一つ目であるが一般的な兎の彼は、兎らしからぬ知能の高さで掃除の手伝いまでやってくれるのだ。屈んで拭くには腰に来る床掃除も元々四足歩行のルイスにはお手のもの。

「今年は色々ありましたねー」

「そうでスね」

 一緒に掃除をしていたアスルトが今年を振り返る。いつもは特に変化のないユニオンリバーであるが、今年は大きな変化があった。それが、浅野陽歌の加入である。

「浅野陽歌くん。三月三十一日生まれの九歳、小学四年生。血液型はB型。生まれは岡崎の市民病院でスが生後間もなく金湧市へ両親と共に引っ越し。身長は130㎝、体重は26㎏前後。BMIは15.38で低体重。スリーサイズは上から55-54-55。とにかく太らせましょう」

 引き取ったばかりで健康診断した時はかなり痩せていて、栄養失調が深刻だった。加えて精神的なダメージから食欲もなく、欠食児童であったが為に胃が小さくなってしまいたくさん食べるのも難しいという状態だ。

「とにかく少食の子はバランスに気を配らないと。間食も利用して」

 アステリアは上手いこと陽歌の食事を管理しており、彼の体調がここのところ良いのはその為であった。

「外見の変異は先天的な遺伝子異常によるものでス。これが原因で再生治療が不可能なので、天導寺重工製の義手で補っていまス。手先の感覚はありませんが、かなり精巧なもので本人の努力もあり模型の制作など細かい作業も熟せます。欠損部にコネクターを埋め込んで有線で接続しているので稼動が安定し、脳への負担も少ないでス」

「何故か血圧計の機能あるのよね……あれ」

 陽歌の黒い球体関節人形の様な義手はアステリアらユニオンリバーと提携している天導寺重工の商品である。同社お馴染みとも余計な機能もあるが、これが他の機能を阻害するというわけでもなく以前使っていた義手より性能がいいというのだから驚きだ。

「でも前の義手よりはいいでスよ。あのドランカ製薬製の義手、あんまいいものじゃなかったでスから。だって脊髄に埋め込んだナノマシンで無線接続、技術的な背伸びのせいでかなり通信が不安定でしたし、成長期の子供に施すせいでナノマシンと神経が絡んで取り外せなくなるし……」

 アスルトは以前行われた陽歌への措置に頭を抱える。下手をすれば今後の生育に影響を及ぼしそうなものを切除出来ない状態で放置するしかないという有様だ。天導寺の技術ならば感覚のある義手くらい作れるが、使わないものが繋がっているせいで増している脳への負担を考えると、これ以上負荷の大きい義手を付けるのは危険だ。ただでさえ栄養失調のため発育不良があるというのに。

「あーそのことなんだけど、ドランカ製薬の人工臓器や義肢のせいで被害を受けた人達による集団訴訟があるから参加しないかって話が来ていましたよ」

「お金には余裕あるので、彼の負担を考えれば参加しないのも手でスね」

 もちろん、そんな杜撰な商品で被害を受けたのは陽歌だけではない。なので原告団が立ち上がり訴訟をしている最中だ。新しい義手を得て、生活にも困っていない陽歌は無理に参加する必要は無いのだが、これは彼の判断に委ねることにした。

「ドランカ製薬と言えば黒い噂も聞きますし、参加しなくてもあの子に危険が及ぶかも……」

 アステリアは暗黒メガコーポであるドランカが相手となると参加不参加に関係なく陽歌が狙われる可能性を考えていた。アスルトはそれを考慮して色々な準備をしている。

「まぁ、あの子も死線を潜ってまスし、雑魚ならあしらえるでしょう。例えばマインドアーモリー。あの隠蔽性と強襲性は彼の得意な射撃と組み合わせてかなり強力でスよ」

 陽歌にはただ一つ、卑屈とも言えるほど謙虚な彼も得意と言うものがある。それが射撃だ。家に唯一あるおもちゃの銃を遊び尽くした結果、ユニオンリバーでも屈指の狙撃能力を持つまでになった。

 加えて、心を具現化した武器、マインドアーモリーを扱える。大荷物を持ち運ぶ必要も無く虚空から突然として武器を呼び出せるアドバンテージは言うまでもなく、心を具現化するだけあり使用者に合った武器が出てくれる。

「本当に銃でよかったですね。あれなら非力な陽歌くんでも身を守れますし、特技とマッチしています」

 陽歌のマインドアーモリーは拳銃型の『マックスペイン』。最初は小さな自動拳銃の姿をしていたがハロウィンの事件で攫われたミリアを救う決意によって二丁のハンドキャノンへ進化、しかし直後にその本体である自身の『負の側面』を撃破してしまったため使用不能に陥る。しかしそこはアスルト。なんとかしてみせた。

「他にマインドアーモリーって半纏坂くんの斧、『ムーンイーター』がありましたね」

 他のマインドアーモリー使いは退魔協会の退魔師、半纏坂織太(おるた)がいた。彼が知識やアイテムを授けたことで陽歌は運用が出来るようになったのだ。

「しかし心配なのが一つ……」

 アステリアはそれでも心配があった。

「マインドアーモリーは本来、天賦の才もしくは長年の修行によって習得するものです。でも陽歌くんのそれは……」

 彼女の言う通り、マインドアーモリーとは一朝一夕に身に付く能力ではない。しかし、RURUチャンネルなる奇怪な動画により、無理矢理覚醒させられる例が存在する。その際たるものが陽歌であった。

「この前のクリスマスの騒動であった様に、あのチャンネルで覚醒した人は暴走してしまう危険があります」

「あーそれでスね」

 この方法で覚醒した者は陽歌の様に、『他者への不信感』の様な負の感情が全面に押し出され、暴走する危険がある。クリスマスの前にあったマーケットプレイスとの戦いで、RURUチャンネルによって覚醒した者が暴走を引き起こしている。つまり、陽歌も同じ危険を孕んでいることになる。

「陽歌くんは大丈夫でスよ。このギアによって暴走を防いでいまスから」

 アスルトが取り出したのは、エンブレムの様なものだった。これはハロウィンの時に手に入れた素材で作った新作だ。このギアというのは、半纏坂によってもたらされたアイテムだ。本来はマインドアーモリーに強化を付与する為のものだが、陽歌のマックスペインは不安定さ故に武器そのものが大きく変化する。

 それを利用し、暴走を抑えているのだ。

「それなら大丈夫だと思いますけど……怪我でもしたら大変」

 攻撃面の心配は無くなった。だが、防御面の心配が残るアステリアだった。

「それが身体の再生力が妙に高くて……多分、以前感染したGウイルスのせいだと思うんでスけどあれはワクチンで完全に治癒したはズですが……」

 ミリアと知り合った事件で陽歌はあるウイルスに感染している。そのせいか、怪我をしても割と早く治ってしまう。原因はアスルトにも分かっているのだが、陽歌の痛みを我慢しがちなこともあって大人達が気づかないダメージが蓄積する恐れもある。

「まぁ、来年も私達で支えていきましょう」

「そうでスね」

 何はともあれ、引き取った以上は責任を持って見守っていくつもりだ。陽歌の迎える未来はどんなものになるのか、来年は楽しみだ。

 



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初夢は一富士二鷹三茄子?

 初夢で富士山、鷹、茄子の夢を見るといいらしいぞ! なんでいいのかは知らん。
 そんなものより女の子とにゃんにゃんする夢が見たいよ……。


 初夢、それは1月2日に見る夢である。勘違いされがちだが、正月に見た夢は初夢ではない。何故なら正月に夢を見たと認識した時に見た夢は、リアルタイムだとまだ年を越していない時に見ている可能性が高いからである。今でこそ電灯などの発達で日付が変わる瞬間、またはその以降も起きている人が増えたが、この文化が生まれた頃には灯りが貴重で人間は太陽の浮き沈みに合わせて生きていたという背景もある。

「あれ?」

 今しがた、目を覚ました少年もその初夢を見ているところであった。少年と呼ぶには小柄かつ細身、整ったフェミニンな顔立ちで女の子にしか見えない外見をしている。が、お世辞にもなだらかとは言えない傾斜かつ、スケートリンクの様に硬い氷が踏み固められた場所という危険地帯に放り出されている。日は傾きかけており、ここが雪山と仮定した場合は本来なら下山するかキャンプに到着していなければいけない時間だ。

「これは……?」

 少年は夢占いなど詳しくはないが、間違いなくいい予兆ではないだろう。両手を見つめると、黒い球体関節人形の様な義手が大きめなパーカーの袖から覗く。夢になっても自分の嫌いな『これ』が治っていないということは、キャラメル色の髪色や右が桜色、左が空色のオッドアイも現実と同じなのだろうと彼は溜息をつく。雪山に投げ出された時以上の絶望感である。

「こんなことなら今年は明晰夢でも練習しようかな……危ないかな」

 彼は浅野陽歌。こんな姿でも惑星地球、日本国出身の純粋な地球人かつ日本人である。その特徴的な外見はごく一般的とも言える右目の泣き黒子さえ抉り取りたくなるほど彼に嫌悪を与えていた。

 去年の夏、ひょんなことから生活環境が一変した彼であったが、ここまで穏やかな年末年始は初めてであった。特別なことが何もないとしても、誰かが傍にいるというだけでも、寒くはない。

「いや寒い!」

 しかし今は寒い。上に着ている白いパーカーは全天候対応型であらゆる暑さ寒さをしのげるが、ボトムスである黒いホットパンツとタイツ、アサルトブーツは普通の衣服だ。服装の選択もあって女の子にしか見えないというのはさておき、このままでは凍死してしまう。

「ここどこ?」

 とりあえず現在地を把握することにした。空を見ると、星座の位置からここが日本であることは把握出来た。以前見た星空と同じだ。星の位置全てを把握することは不可能だが、星座を使えば大体は何とかなる。日本は東西に長いものの、アメリカやロシアほど差は生まれないのでここが日本であるのは間違いない。

 彼がこの奇怪な現象を夢と疑わなかったのは、寝ている最中にテレポートする以上に奇妙な出来事を体験してきたせいである。

 化け物になる奇病、異能の力を授ける恐怖映像、怪人に変身する薬、悪魔を呼び出すアプリ、魔王の住む城の復活、人造人間、月の民、国立魔法協会、人間と見分けの付かないロボット等々。それに比べたらテレポーテーション程度、常識の範囲内である。人間の想像することは現実に起こりうる、ということだ。

「ここは日本で……周囲に同じ規模の山は無い。湖の様なものが見えるね……。ここは独立峰か……」

 時期にもよるが、日本で独立峰、周囲に山々の無い冠雪するほどの高山といえば富士山だろう。眼下に広がる光景からも、ここが富士山かつ静岡側から見える部分であることは間違いなかった。

「うわ、そうなると大変だぞ……?」

 陽歌は状況を把握して事の重大さに気づいた。冬季の富士山はアルプスなど更に標高の高い山を登る前の訓練地として選ばれるほど過酷な環境である。また独立峰ということは周囲に風を防いでくれる山が無く、天候の影響をモロに受ける。そのため標高対難易度は必然的に跳ね上がる。

つまり今の私服みたいな装備で挑む場所ではない。彼の服装は夏季でも不適当だろう。ピッケルとアイゼン無しでは昇ることも降りることも出来ないので立ち往生だ。

「この状態……昇り始めた時点で遭難だよ……」

 本来なら入山すら止められる状態なのだが、突然ワープしたのではどうしようもない。壁の中に埋まらなかっただけマシというものだ。

「はぁ、参ったな……」

 昇りも降りも出来ず、連絡手段も持たない陽歌は完全に詰んでいた。これが初夢なら、一富士は達成でめでたいのだが。その時、彼の後ろから足音が聞こえてきた。

「隊長! どうしたんですか!」

「何かトラブルでも?」

 それは、後ろを付いてきたナスの足音だった。ナスに手足が生えて顔の付いたキャラクター的なものが三匹後ろから付いてきている。

(あ、これは夢だ)

 陽歌はこのナスを見た瞬間、これが夢であることを確信した。ケイ素で出来た人造人間や月の住民はまだ信じられるが、これを現実の産物と言われたらまず自分の正気を疑う。

「隊長! 早くしないとご来光に間に合いませんよ!」

「いやもう間に合ないよ?」

 ナス三匹はご来光の為に富士山を昇っているらしいが、もうとっく初日の出は過ぎている。そしてこの発言でここが富士山であることは確定した。

「ねぇ! 君達アイゼンは履いてる? せめてピッケルを貸してほしいんだけど!」

 陽歌は基本装備を確認した。何とか自分の滑落を防ぐため、ピッケルはほしいところである。

「はい、完璧です!」

 そう言って、ナスのうち一匹は足裏を見せる。そこに装着されていたのは、最新式のスマートフォンであった。

「アイゼンじゃなくてアイフォンだー!」

 もはや靴ではないので、カバーを駆使して下駄の様に紐を繋いで履いている。これならトイレのスリッパの方がマシなレベルだが、どうやってここに立っているのか。ナス三人がこれである。正直六台のスマホを買うお金があったらまともな登山装備が得られたのではないだろうか。

「え、じゃあピッケルは?」

 もはや期待はしないが一応ピッケルの所在を確認する。すると、ナスは三匹共しっかりとした登山用ピッケルを掲げた。

「あります!」

「なんでそっちはあるの?」

 これも無いオチだと思っていたが、まさかの持っている展開。陽歌は頭を抱えるしかなかった。だが少なくともピッケルはある。希望が見えてきた。

「ゴメンだけど、そのピッケル貸してくれないかな?」

 陽歌が頼むと、ナスは強い拒否反応を示す。

「嫌ですよ! 靴のせいでこれないと今にも落ちそうなんですから!」

「じゃあなんでアイフォン履いてきた!」

 もう何が何だかである。しっかりピッケルを持っているくせに靴はこれなのだから矛盾というレベルではない。ちょっとした言い合いをしていると、ナスの一匹が突然叫び出す。

「もうたくさんだ! 俺たちあんなに仲良かったじゃないか!」

「いや初対面だよ?」

 まるで一致団結していたチームかの様に言うが、陽歌はこのナスとは今ここで会ったばかりだ。

「俺たちはいつだって強力して困難を乗り越えてきた! 苦しかった冬の天保山登頂、アスファルトの照り返しにも負けずに踏破した真夏の国道174号線! 嵐の中、誰も脱落することなくやり遂げたぶつぶつ川下り! なのに!」

「いや全部日本一低いか短いから困難でも何でもないんだけど……」

 ナスは思い出を語るが、どれも乗り越えたと胸を張って言える様なものではない。むしろそこまで行くのが大変なレベルだ。

「そこまで言うんなら君がピッケルを貸してくれるんだろうね?」

 陽歌は熱く語るナスにピッケルを要求した。だが、ナスは三人分のピッケルを独占し、それを天高く掲げた。

「こんなものがあるからいけないんだー!」

 そしてピッケルを斜面の下に投げ捨ててしまう。最後の希望はあえなく眼下へ消えていった。

「おああああ!」

 まさかの行動に陽歌も驚愕する。このナス共は狂っているのだろうか。

「何をするだぁああ!」

「争いの種は断たないといけない!」

「大した争いじゃないし唯一のまともな登山道具!」

 陽歌としてはこの程度、ここまで発狂する争いではないと思っていた。これでは誰一人、ここから迂闊に動けないではないか。彼は期待などしていないが、一応ナス達に聞いてみることにした。

「みんな、もしかして山小屋に登山計画書を出していたり、知り合いにこの登山のこと話していない?」

 帰りが遅くなれば、心配した誰かかが救助を呼ぶはずだ。今や、それしか助かる道はない。

「何を言ってるんですか。この計画は極秘ミッションですよ隊長」

「一日遅れのご来光に何の極秘性があるのかと小一時間」

 予想通り、誰もそんな周到な準備はしていなかった。アイフォンを履いてくる様な連中である。おそらく夜逃げ同然にやってきて、後々謎の失踪事件としてネットに話題を提供することになるだろう。

「本当にどうしよう……ナスは役に立たないし、初夢的には鷹に期待するしかないのかな?」

 その時、ヘリコプターの音が聞こえてきた。何と、鷹を擬人化した様なキャラクターが二匹乗ったヘリコプターが助けにきてくれたのだ。これで一富士二鷹三茄子。なんとも縁起のいい初夢の完成だ。

「おーい、大丈夫か?」

「た、助かった……」

 ヘリは扉を開き、中からロープで隊員が降りてくる。暗いものの、天候は荒れていないので本当にギリギリラッキーで助かったという感じである。

「マイク、機体を揺らすなよ。二次遭難は勘弁だぜ」

「分かってる」

 マイクと呼ばれた方の鷹は丁寧に機体を操作し、降下する隊員を補助する。だが、遠くから何かが飛んできてヘリが切断されてしまったではないか。ヘリは煙を吹きながら、降下中の隊員もろとも墜落してしまう。地面に落ちたヘリは爆散し、隊員の生存は絶望的だった。

「マーイク!」

 陽歌は墜落したヘリを確認した後、この現象を起こした存在を確かめる。凍った斜面に立っているのは、刺々しい鎧を纏ったかぎ爪の人物だった。この足場で平然としているということは、足裏には鋲の様なものがあるのだろう。

「な、なんだ貴様ぁ!」

 ナスの一人が不用意に鎧の人物へ近寄る。ナスは履物にしたアイフォンのせいで覚束ない足取りだったが、鎧の人物はまるで平坦な道であるかの様に駆けてナスへ接近する。

「危ない!」

 陽歌が反応する時間も無いほど一瞬のことであった。ナスの顔面に鎧の人物は左の爪を突き立て、そのまま持ち上げる。

「ギャァアアアアア!」

 そしてトドメに腹部を右の爪で貫く。絶命したナスを鎧の人物は斜面の下へ投げ捨てる。

「ひ、ひぃぃいい!」

 もう一人のナスが慌てて逃げ出そうとする。しかし、自分の履物が何だったのかをこの恐怖で忘れていた。

「あ、馬鹿!」

 止めようとした陽歌だったが、時既に遅し。ナスは足を滑らせて斜面の下へ真っ逆さまである。アイゼンどころか普通の靴でもない、アイフォンなど履いているなら当然の結末である。

「うわぁああ!」

「ああ……」

 ついに残るナスはあと一匹。かなりのピンチである。その時、鎧の人物が初めて口を開いた。

「なんでジエンドはお前なんか始末しろって言ったんだ? 年明け早々、こんな夢に行かされるとはな……お前、インフルかなんかか?」

 その声は高いものを抑えて低くしている様に聞こえた。しかしこの人物曰く、ここは夢であり、夢の展開そのものは陽歌が見ているままのものであるらしい。外部から何かされてこの夢を見ているわけではないのだ。

「いえ……あ、これ夢なんだ。カオスだなー……」

「お、お前は誰なんだよ!」

 ナスは鎧の人物に聞いた。陽歌も鎧の人物も、「それはこっちのセリフだ」と言いたかったが鎧の人物は丁寧に答えてくれた。

「……。冥土の土産に教えてやろう。私は、RURU」

「なんだって?」

 その名前を聞いた陽歌は、去年の出来事を思い出す。見た者に異能の力を与えるというRURUチャンネル。訳有って異能の力が必要だった彼は何とかそのチャンネルに辿り着いて見事に力を手にした。そのチャンネルの関係者か、開設者がこの鎧の人物なのか。

「ということは……あのチャンネルはお前が!」

 陽歌は恐らくあの兜の下に、動画で見た口が裂け、ギョロ目でこちらを睨む恐ろしい女の化け物の顔があると予想した。しかし、動画でその女が発していた声はノイズだらけで不明瞭だった。

「察しがいいな」

「そしてお前に指示している人間もいるのか!」

 ルルは自分の漏らした愚痴から組織図をみとられ、陽歌に対して危険を感じる。想像以上に相手をよく見ており、聡明だ。彼女、もしくはジエンドなる人物の予想ではあんな噂を信じ、実行に移すのは余程愚鈍な人間だけだったのだろう。

「そこまで気づいたか。ジエンドが消せと言うのも納得だ」

「何が狙いだ! こんなものばら撒いてなんのつもりだ!」

 陽歌は自動拳銃を虚空から取り出してルルに突きつける。こんなもの、とは今陽歌が持っている様な武器である。心を具現化した武器、マインドアーモリー。本来なら生まれつきの才能や長年の精神修行で発現するこれを、誰にでも与えるのがRURUチャンネルである。携帯していることが誰にも分からない、使った後も処分の必要が無い武器というだけでもかなり危険な存在だ。

「これから死にゆくお前に言う必要は無い」

「っ……!」

 突撃してくるルルに、陽歌は容赦なく引き金を引く。標準は眉間。向こうから真っすぐ向かってくるなら、アイアンサイトも必要ない。

「あれ?」

 だが、銃は弾を発射しない。こんな時に不具合だというのか。そんな馬鹿な、と陽歌は頭が真っ白になる。

 ルルが攻撃を仕掛けようとした時、間に入ってその爪を止めた者がいた。鋼鉄の爪を食い止めたのは、明らかに竹製の熊手であった。正月に飾る様な、両手で持てるほど柄の長く大きな、そして華美な飾りがあるのだがその頑丈さは金属に匹敵する。

「おおー、これはラッキー。間に合ったネ!」

 その熊手を持っていたのはすらっと背の高い、金髪を伸ばした少女であった。彼女もまた夢に入り込んだ存在なのだろうか、寝間着であるスウェットは厚地だろうに出るべきところは出て、引っ込むべきところは引っ込むグラマラスな肢体が上からでも分かるほどだった。

「まず、お話を聞きましょウ! 私は一富士(いちふじ)・デュアホーク・三茄子(みなこ)! 君達は?」

 一富士と名乗った彼女は非常にフランクで接しやすい少女であった。

「えっと……僕は浅野陽歌です」

「オーケー、そちらミス……じゃなくてミスターアサノ。そちらは?」

 一富士のペースに呑まれ、陽歌は知らない人相手にも関わらず自己紹介をしてしまう。普段は引っ込み思案を通り越したレベルの彼だが、緊急時はスイッチが入って収まるらしいと去年の騒動で気づきつつあった。それにしても彼女は自分のペースに引き込むことに長けている。

 さらっと女の子扱いされたが、修正してくれた。いや、ミスターはどっちにでも使うのでもしかしたらぼかしたのかもしれない。

「これからついでで死ぬモノに、名乗る名など無い!」

「なるほど……!」

 名乗りもせず攻撃の手も休めないルルだったが、その連撃を熊手で防ぐ。

「事情はともかくマーダーはノー! 命だけはどんな幸運が起きても取返しが付かないヨ!」

 そして、熊手で一気にルルを跳ね上げる。ルルは跳躍し、一富士から距離を取る。どう見てもルルにとって隙だらけだが、地形の都合、アイゼンを履いているあちらが一方的に有利だ。迂闊に着地狩りを狙えば、足を滑らせて滑落してしまう。

「解心。搔け、紅葉招来(こうようしょうらい)!」

 しかし一富士は何かを呟くと、そのまま無謀にも走り出した。よく見ると、彼女の履物は室内用のスリッパである。アイフォンよりはマシだろうが、それでも不十分の領域だ。だが、何故か彼女は全く問題なく走っている。

「ふ……な?」

 それどころか、着地したルルの方が足場の氷を割ってしまい、転倒しかけた。これは一体何が起きているというのか。体勢を崩した彼女に一富士が熊手で殴りかかる。何とか片手の爪で受けたルルだが、力負けしそうである。

「ユーもこれの使い手なら覚えておいて。これがマインドアーモリーの真の力を引き出す、解心ネ!」

「そんな技術が?」

 一富士によると、マインドアーモリーには武器であること以外にも異能の力があるらしい。暴走を外部の装置で抑えるのがやっとな陽歌には縁が無い話だろう。どんな能力かは明かしてくれないが、能力バトルで種明かしは厳禁だろう。

「それが貴様だけの力だと思うなよ……!」

 ルルはこのままだと押し負けると思い、一富士と同様に解心を行う。

「拒め、アヴリノン!」

 名前を叫ぶと、熊手が彼女をすり抜ける。それどころか、一富士をすり抜けて陽歌の前にやってきた。おそらく向こうの攻撃まで貫通するといううっかりや都合のいい話は無いだろうと思い、彼は義手で防御体勢を取る。

「まだネ!」

 が、再度ルルの足元が崩れて爪が陽歌を捉えられない。その間に一富士はルルに迫っており、後ろから熊手を振り下ろす。が、やはりすり抜けてしまう。

「貴様の能力か!」

 ルルは目的を果たす為に一富士が邪魔であると判断し、まずは彼女の排除を目指す。爪を突き立てようとするが、難なく防がれてしまう。だが、一富士からの反撃もすり抜けるという決着の付かない戦いになってしまった。

「このままじゃキリが無いネー……」

「しつこい女だ」

 それは戦っている彼女達も分かっていた。故に、一富士の方は打開策も分かっていた。

「なーんてネ!」

 彼女が熊手を掲げると、無いはずの紅葉が辺りを舞った。その状態でルルに突撃する一富士だったが、ルルの方は能力で透かすつもりでいるのか反撃の姿勢を取ったまま動かない。

「メイプルストライク!」

 渾身の一撃が、ルルを捉えた。だが、攻撃を透過することが出来ずに彼女は直撃を受けてしまう。

「な、なぜだ……」

「ジャックポット! 大穴狙いは気持ちいいネー!」

 吹き飛ばされ、斜面を滑り落ちるルルだが爪とアイゼンを使って途中で停止する。彼女の身体は徐々に透明になっていき、粒子の様な光と共に消えようとしていた。

「能力の上の段階?」

 陽歌は透ける能力の更なる領域かと警戒したが、どうやらそうではないらしい。

「チッ、時間か……」

 それだけ言い残すと、ルルは消えていった。とにかく、これで危険は去ったらしい。夢の世界とはいえ、殺されたらどうなるのか分かったものではない。

「た、助かった」

「おー、どうやら起きるみたいネー」

 一富士の姿も消えていく。これは陽歌が目覚めようとしているために起きていることらしい。しかし、ルルの能力が『夢に侵入すること』ではなかったとするなら、それを可能にする仲間がいるのだろうか。RURUチャンネルでのマインドアーモリー発動の条件は、あの動画を見る以外に悪夢を見せられることでもある。

「私はアメリカのFBI、怪奇事件専門部署の一富士・デュアホーク・三茄子。今の内に連絡先交換しておく?」

「ぼ、僕はユニオンリバーの浅野陽歌です」

 なんだかんだ協力関係が生まれたので、名前と所属だけでも交換しておく。これで、現実世界でもコンタクトが取れるはずだ。

「じゃ、ミスターアサノ、good ruck&happy newyear!」

「thank you.your welcome」

 一富士の英語による挨拶に、陽歌も英語で返す。実は英会話が出来るというかくし芸があったりする。視界が真っ白になっていくと、夢の世界は無くなっていく。

 

   @

 

 現実世界に帰った陽歌は、ベッドの上で目を覚ます。夢の内容が内容だけに全然眠った気がしない。抱き枕にしている鮫を抱きしめる腕も、疲労から弱々しくなっていた。喫茶店の地下に併設された部屋なので日光は入らないはずだが、彼もよく知らない技術によって天井の隅から朝日が自動で差し込む作りになっている。その朝日に照らされているということは、少なくとも日の出の時間は過ぎたということだ。

「んん……」

 このまま再び目を瞑っても眠れる気がしない。かといって起きて何かするほどの力も無い。彼はベッドから起き上がり、スリッパを履いて自室を出る。

 地下の蛍光灯で照らされた廊下を歩き、陽歌はある部屋に向かう。そこはテレビがあってこたつまで用意されているお茶の間の様な空間であった。

「あー、陽歌くん。どうしたの?」

 金髪をサイドテールにしている女性がこたつでぬくぬくしながら振り向く。こたつや床にはビールの缶や日本酒の瓶が置いてあり、せっかく絶世の美女とも言えるほどの顔立ちをしているのにふにゃふにゃになるほど出来上がっていた。

「ミリアさん……」

 陽歌はここでこの女性、ミリアが遅くまで呑んでいると考えてここに来たのだ。

「もしかして怖い夢でも見た? おいで」

 彼女に誘われ、陽歌は隣に入り込む。こたつは暖かくなっており、夢の雪山で冷えた心が溶かされていく。彼はミリアに寄り掛かり、目を閉じる。酒臭いが、これがミリアであり陽歌は心地よさを感じる。

(初夢が一富士二鷹三茄子なのは……よかったのかな?)

 これ以上考えると頭が痛くなりそうなので、陽歌はただミリアに身体を預けて何も考えないことにした。




 RURUチャンネル
 インターネット上の都市伝説。不気味な女が不明瞭な言葉を呟く動画のこと。見ると異能の力を授かるらしい。実際には動画サイトに特定のアカウントを持っているわけではなく、動画に割り込んでくる広告として出現。アドブロック等でも防げないらしい。


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転輪祭典東京オリンピック2020 忌むべき生命
☆謝罪会見


すまない……急な方針転換で済まない……
オリジナル要素入れ過ぎてユニオンリバー感無くなったからなんとかしなければならなくなった。
本当にすまない……


 ガンプラネクサスオンライン、通称GBN。それはガンプラバトルを行える、新感覚のオンラインゲームである! まさにゲーム世界へダイブしているかの様な他に無い感覚のゲームは、ガンプラを嗜まない層にもウケて今、世界で最も熱いコンテンツになっているのだ! メディアミックスも盛んであり、アニメ二回に外伝漫画と関連した商品の発売もある。

そんなGBNの新たに開かれたディメンション、エルドラで会見が開かれていた。荒野の村に似合わないパイプ椅子や机が並べられ、カメラを持った取材人が押しかけていた。そこにやってきたのは、ワインレッドの髪をしたスーツ姿の女性ダイバーだった。動き易さと女性らしさを兼ね備えた肩までのセミロングで、瞳はオレンジだが左目に傷がある。眼鏡を掛けており、髪色以外は普通に社会人っぽい。彼女がやってくると同時にフラッシュが焚かれ、カメラが様子を収めていく。画面ではなく会見の場に『※フラッシュの明滅にご注意下さい』と書かれたテロップが表示される。

「えー、本日は私、級長の開いた会見にお忙しい中お集まりくださりありがとうございます」

 その女性ダイバー、級長が頭を下げると『機動戦士ガンダム00』に登場した記者、絹江・クロスロードっぽい人物が質問を投げかける。

「これは何の会見ですか?」

「一言で申すなら、謝罪会見です」

 会見をするとは聞いていたが、内容までは聞かされていなかった。しかしGBNの運営に関わる人間の会見となると、これだけ多くの報道関係者が集まる。GBNの影響力を思い知らされる。

「何か最近、トラブルがございましたでしょうか? 私の記憶ではGBNの運営はつつがなく行われているはずですが?」

 絹江は最近のことを思い出して言った。特に謝罪する様な不具合や不祥事は起こっていないはずだ。それを聞かれると、級長は変な声で泣きながら机に突っ伏し、内容を明かす。

「この度はハァアンンハハンン! 小説版『騒動喫茶ユニオンリバー』の大幅な路線変更に皆さまを巻き込んでしまってェエエエエェェェ!」

「うわメタい話だった上になんか泣き出した!」

 突然の奇行に絹江は当たり前だがドン引きした。そんな中、冷静に話を聞こうとするジャーナリストもいた。

「フリーのマリー・ファスティアです。一体なぜこんなことになってしまったのですか?」

「思いつく限りの要素を入れようとしたら……収集が付かなくなってしまい、本来やる予定だったホビー関連の話が出来なくなりつつあったので本来のテーマに立ち返るという意味でヘエエンヘエエエエェェ!」

「野々村すんな!」

 要点を説明しながらも号泣会見を続ける級長。一体何がどうなっているのか。精神状態が心配である。ツッコミはどこからともなくVガンダムの主役であるウッソ・エヴィンが行っている。彼以外はこの会見の変な所を意識していないのか、普通に質問していく。

「OREジャーナルの桃井です。なぜ思いついたアイディアを導入する前に精査しなかったんですか?」

「それは……その……」

 言葉に詰まる級長だったが、突然隣にいた着物の中年女性が適切な言葉を囁く。だが、マイクは性能がよく声を拾ってしまう。

「頭が真っ白になって……」

「頭が真っ白になって」

「おおい! 誰だあんた! そんなとこで何やってんだ!」

 一人を除いて突如出現したこの異様な女性に反応しない。そんなまるで笑ったらケツバットを受ける企画の様な空気の中、会見は進んでいく。

「それで売れ残った商品の餡子を削ぎ落して翌日に使いまわしたわけなんです」

「それ違う不祥事ぃ!」

「フリーの神宮寺です。当初はパートの判断だったと説明していましたが、本当は本社の指示ではないんですか?」

「あれこれ僕がおかしいんですか? 荒んだ心に武器持っておかしくなったの?」

 この会見において正常な判断が出来ているのはウッソだけなのか。ここまで自然に馴染んでいる様子を見ると、自分こそが狂っているんだと思ってしまう。あまりに騒ぐ彼を級長が嗜める。

「おい煩いぞウッソ。おかしいのはお前だ。思い出せ、急に虚空へ向けて自己紹介したり電子レンジに入れられたダイナマイトとか意味の分からない比喩をぶちかましたりしてんだろお前」

「そんな記憶ありませんよ!」

 謎の奇行をねつ造され、憤るウッソだったがスルーされてしまう。

「先ほどの質問ですが、確かに私がパートに『あいつにタックルしてこい』と指示しました」

「また事件混ざってるし……」

 もう何の話だったか分からなくなった時、突然スタッフの一人が急に叫びだす。

「GBNブランドは落ちません!」

 ウッソはもうツッコミを放棄した。もはや意味不明だ。

その時、異変が起きた。この会見は地上波のテレビではなく、動画投稿サイトの生放送機能で配信しているのだが、その様子をチェックしているスタッフがコメントの様子がおかしいことに気づいた。

「あの、何か不具合みたいですが……」

「ニコニコの不具合なんていつものことだろ。鯖強化せんとリアルイベントばかりやりやがって」

 最初は気にもしなかった級長だが、複数の媒体で同じ不具合があったのでスタッフは報告する。

「それが、YouTubeやGBN内の動画共有サービス、Gtubeの方でもトラブル発生です」

「なんだって?」

 級長はスタッフが覗いているモニターに駆け寄る。運営側の画面が映っているのだが、コメントに『放送が変わった?』『電波ジャックかな?』といったコメントが流れている。どの媒体でも似た反応が見られる。

『種死のオーブ侵攻直後みたいだな』

『ダカール演説かな?』

『これって東京都知事だよね?』

「何が起きている……?」

 周囲の取材陣や級長はゲーム内のブラウザ閲覧機能で生放送の様子を確かめる。すると、タイトルは『GBN緊急会見』になっているのにも関わらず、テレビでよく見るおばさんが映っていた。他の生放送でも同様の事態が起こっており、大規模なハッキングと思われた。

「これって、東京都知事の大海菊子では?」

 神宮寺真理が真っ先にそのおばさんの正体に辿り着く。日本初の東京都知事である大海がこんな犯罪紛いの大規模なことをやらかして、何をするつもりなのか。

『皆さま、こんばんは。私は東京都知事、大海菊子でございます。ご存知の通り、この閉鎖的な男社会とも言える日本の政界において、初の東京都知事となりました。そして、オリンピックの責任者としての大役を得ました』

 その物言いが気に食わないのか、スタッフの一人が声を荒げる。

「まるで自分の力だけの功績みたいに! 有権者の支持あってこそだろう!」

『これからとても大切なお話をします。オリンピックまで後半年を切りました。しかし残念なことに、現在の日本の惨状はとても世界に誇れる開催国のものではありません。そこで、私達は「オリンピック推進委員会」を立ち上げ、オリンピックの成功を目指すと共に日本を世界に出しても恥ずかしくない立派な先進国の手本とすることを誓います』

 放送はコメントなどを反映する仕組みではないのか、知事は一方的に話し続ける。

『まず行うべきは我が国の恥ずべき文化、児童ポルノの規制です。その促進源となっているコミックマーケットの即時中止、出版社に対する大規模な規制強化を行います』

「おいおい……出版社の九割は東京に集中してるんだぞ?」

 知事が言っていることは実現不能な絵空事ではないとスタッフは判断する。条例レベルでも東京を抑えてしまえば日本の出版界全体を規制することは容易だ。

「そして、先進的資源であるガンプラバトルネクサスオンラインのシステムをオリンピックの実行委員会が預かり、パブリックビューイングの為に運用することをお約束します」

「何ぃ!」

 突然の決定に記者やスタッフからブーイングが飛ぶ。一企業の所有物を勝手にそんなことしていいわけないのだが、知事はそれが当然という顔をして語っていた。

「カツラギさんは何か言ってた?」

「いや、特に……」

 級長は近くのスタッフにゲームマスターの動向を聞く。当然、ゲームマスターがこんなユーザーの反発を買う真似を行うはずもなく、スタッフもその手の話は聞いていない。

「また、ポルノ問題に加えて児童労働を促進する女性アイドルの活動禁止、不当に女性を戦場に立たせるアクトレス制度の廃止などを予定しています」

「一体何をする気なんだ……?」

 突然の電波ジャックに無茶苦茶な宣言、放送を聞いていた人は殆どが意味を理解出来なかった。これが、人類最後のオリンピックの幕開けになるとも知らず……。

 




というわけで仕切り直し!
ユニオンリバー、始まるよ!


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☆ファーストエピソード 僕の生まれた日

 ようこそ金湧市へ。この町はかつて炭鉱、金鉱として栄えました。そのため、町が潤っており税金は安く福祉は充実しております。学校のいじめ件数、児童虐待の件数は日本全国で最も少なく、出生率が高いというデータがそれを示しています。
 また元受刑者や非行少年の更生プログラムにも積極的に携わっており、再チャレンジ社会の構築に一役買っています。


「でさー、もうすぐリライズ始まるじゃん?」

「全然サーティーミニッツのオプション見ねーな」

「ハイパーファンクションの再販はマジ嬉しいよね」

一人の子供がボンヤリとした意識を徐々に覚醒させる。伸び放題になったキャラメル色の髪は顔の手当てに邪魔だったのか、ヘアピンで留められている。全く知らない単語が湧き出る会話が耳に届く。

「あれ……?」

うっすら開く目は右が桜色、左が空色のオッドアイだった。かなり衰弱しているのか、本来は宝石の様に輝くであろう大きな瞳は曇っていた。

気付けば、見知らぬ天井を眺めながら空調の効いた部屋に寝かされていた。擦り傷には絆創膏、打撲には湿布と適切な処置がしてあり、床に寝かされているものの身体の下に誰かの上着が敷かれ、同じく服で枕やブランケットが構成されていた。

「ここ、どこ……?」

起き上がる力が無く、瞳だけを動かして状況を確認する。小学校低学年くらいの小柄で痩せた子供であったが、意図的に伸ばしたのかわからない髪と体操服という性別を判別出来ない服装のせいで男女は分からない。目の下に浮かんだ隈は深く、右目の泣き黒子も隠れてしまうほどだった。

「でさ、サンドロックなんだけど、バックパックが独自機構なんだわ」

「角度の付いた手首は使いやすいと思うけどなぁ」

相変わらず、回りの大人は意味の分からないことを言っている。とにかく、感覚の無い手を引きずり、立ち上がろうとする。感覚が無いのも無理はない。肌色で爪の造形もあるが、その両手は生身ではなく、義手だった。

「よいしょ……」

外見や動きこそ生身の手と変わらない様に見えるが、分厚いシリコンカバーが関節の駆動を阻害し、長い間メンテナンスを怠った為か殆ど出力も出ない。シリコンも亀裂が入り、それをセロテープでふさいでいる有り様だ。

「あ、起きた起きたー」

「っ……!」

この状況を把握しようとしていると、一人の女性が声を掛けて来た。子供は思わず身構える。女性は鮮やかな金髪をサイドテールに結い、エメラルドグリーンの瞳で彼、もしくは彼女を見つめる。その表情は蠱惑的で、どこか秘密を抱えていそうなものだった。下手な女優やアイドルなんかよりも美人で、白のブラウスという夏服の薄さも相まってグラマラスなスタイルが映える。

「あ、えっと……」

子供は目をあちこちに泳がせ、言葉を詰まらせる。別に、目の前の女性が美女だからではない。大人を、否、他人を前にすると、どうしてもこうなってしまうのだ。

『こんなところで何をしているんだ! 迷惑だぞ!』

『黙っていないで何か言えよ!』

『言い訳ばかり言ってないで!』

頭の中に誰かの大声が反響する。こうなると、何も言う事が出来なくなってしまう。

頭に手を伸ばされると、反射的に身体が固まってしまう。確実に来るであろうダメージに、防御も回避もする力が無いので耐える準備しかできない。

殴られる、反射的にそう感じた彼の予想に反し、目の前の美女が伸ばした手は優しく頭を撫でたのであった。今までされたことの無い行為に、彼はどうしていいのか分からなくなった。

「え……?」

暫く困惑する彼に、その女性は優しく言った。その声は今まで会ったどんな人のモノよりも暖かかった。

「大丈夫だった? アスルトさんのクスリ、効くでしょ。お名前は? 私はミリア」

 どうやら彼女が手当してくれたらしい。空腹感は未だ残っているが、眩暈や疲労が収まってかなり身体が楽だ。名前を聞かれたので、固まった喉を必死に動かしてやっとの思いで名乗る。

「陽歌、です……」

 この子供、陽歌は何故自分がここにいるのか分からなかった。すっかり途中の記憶が抜けている。やけに人が多い場所だが、彼らは一様に机へ乗せられた何かを見て会話をしている。陽歌から見れば異様な光景ではあったが、彼らからは今まで出会って来た人から感じた刺々しいものが見えない。

「陽歌くんっていうんだー。とりあえず、どこか痛いとことか無いかな?」

ミリアと名乗った女性は、彼が起き上がれる様に義手の手を握って引き起こす。

「あ……」

 義手には触覚が無いのだが、手を握られた瞬間に陽歌の胸の奥で熱が沸き上がった。義手になってからというもの、クラスメイトは落とし物一つ触られるのを嫌がり、身体が触れようものなら大騒ぎ。生身の腕が残っていた頃も、誰かに手を繋いでもらったことなど無かった。

 小柄で痩せている陽歌の身体を起こすのは女性のミリアでもかなり簡単なことであった。僅かに力を込めて引っ張るだけで、起き上がることが出来る。が、なんと義手が外れてすっぽ抜けてしまったのだ。

「あ」

 これはミリアにも予想外だった。だが、倒れかけた陽歌の身体を支えた人物がいた。紺色の髪を伸ばした、彼と同い年くらいの少女だ。右目は前髪で隠れていて見えないが、瞳の色はミリアと同じグリーンであった。そして、驚くべきことに彼女の頭には狼か狐の様な耳が生えている。オーバーサイズの白いハイネックをそのまま着込んだ様なワンピースの短い裾からは、先端が白く髪色と同じ色のもふもふした尻尾が覗いている。

「……?」

 この様子を見て、陽歌は自分が死んであの世に行ったのかと思ってしまった。明らかに現実のそれではない容姿の少女、そして都合のいいまでに優しい人々、これが現実とは到底思えなかった。

「気を付けてよねー。これ結構外れやすいみたいだから」

「はーい」

 ケモミミの少女に指摘され、ミリアはそうだったと言わんばかりにとぼけた表情をする。黙っていればミステリアスな美女なのだが、口を開くと案外おちゃらけているのだろうか一気に砕けた印象を受ける。

「とりあえず付け直すよ。私はさな。よろしく」

 ケモミミの少女はさなと名乗った。彼女は擦り切れてよれた陽歌の体操服の袖を肩まで捲ると義手の再装着を試みる。陽歌自身も直視したくなく、また多くの人も見たがらない切断の痕にもさなとミリアは眉一つ動かさずに作業する。

「うわ、これ結構頼りない接続なのね……」

「完全な状態でも結構外れやすいんじゃないの?」

 彼女達が苦言を呈したのは義手の接続方法であった。陽歌の義手は本体から続いているシリコンカバーの縮む力に頼った固定であり、肩口近くまで欠損している彼ではどうしても浅い接続になってしまう。加えて、同じ理由から義手の比重が大きく抜けやすさを助長する。申し訳程度に固定用のベルトがあるのだが、一人で付け外しするには難のある代物だ。完全な状態でもこの有様なのに、カバーやベルトが劣化しているため更に外れやすい。

「うーん、このまま付けても外れちゃう……」

 ミリアとさなが困っていると、猫の耳みたいな髪型をした金髪の女の子が何かを持ってやってきた。こちらは髪型がそれっぽいだけで、さなと違いケモミミではない。

「ジャンク交換の箱から使えそうなもの持ってきましたにー」

「お、ナルちゃん助かるよー」

 その女の子、ナルはキャラでも作っているのか外見も相まって猫の様な印象を受ける。彼女が持っていたのは、黒色をした球体関節人形の腕みたいなものだった。大きさは明らかに成人女性相当のものであった上、肉体と繋ぐための部品も存在しない。これをどうしようというのか。

「なるほど、この義手はマインド接続みたいだね」

「なにそれ?」

 さなが陽歌のうなじを見て義手の機能を判別する。ミリアは知らない様だが、陽歌も自分のことながら知識が無かった。なのでさなが簡単に説明する。

「脊髄に埋め込んだチップから神経信号を飛ばして義手を動かしているんだよ。あんまり良質じゃないけど、発信源が搭載されているなら話は早いね」

この技術は生身の手足が如く動かせて便利だが、円熟した技術とは言い難く非常に不安定だ。無線であることのデメリットが全面に出ている。

「んじゃ、このチップを軸に接続するね。これをこうして……」

さなは空中を指で叩いて何かを操作する。その瞬間、元々対して動かないとはいえ義手が陽歌の意識で動かせなくなったのだ。

「一回接続をリセット、そっちの腕に繋ぐよ」

次は不思議なことに、ナルの持っている腕が動き 出す。陽歌の意思によって、である。

「え? ええ?」

「規格が違うから結構無理やりだけど、その場凌ぎには十分かな?」

その腕を切断部に持っていくと、腕から黒い包帯の様な帯が飛び出して巻き付く。しっかり固定されているのに締め付けを感じない、不思議な感触であった。さらに、明らかに大きかったサイズも自動で調整され、重さも重すぎず軽すぎずという落ちつきを見せている。

「私の耳や尻尾を作ってるのと同じナノマシンの技術だよ。応急だけど地球のものよりは使いやすいんじゃないかな?」

「すごい……」

陽歌は謎の技術に感嘆するばかりであった。さすがに触覚までは取り戻せなかったが、以前の義手より言うことを聞く。もう片方の腕もこの新しい義手に取り換え、当面の問題は解決された。

 

 腕も無事復旧したところで、ミリアは陽歌に事情を聞いた。

「一体どうしたの? 吹上ホールの前で倒れてたけど……」

「ふきあげ……?」

 全く聞いたことのない地名であった。そもそも、ここに来た経緯も全く思い出せない。陽歌は記憶を辿ってみることにした。たしか、あれは金曜日のことだったはずだ。

「えっと……図書館に行ったら怒られて仕方なく帰ろうとして……そこから何も覚えてなくて……」

「ええ? 図書館に行って怒る大人っている?」

 さなの反応は考えてみれば自然なものであった。しかし、日時を考えれば怒られても仕方ないと陽歌は思っていたのでその部分については非常に言いにくかった。

「仕方ないよ……僕が悪いし……」

「図書館行って悪いこと無いよー。休みの日に勉強して偉いじゃん」

「お姉さんは毎日日曜日なのに遊んでばっかだもんね」

 ミリアとさなは一体何をしている人なのか分からないが、ごく普通の事を言って励ましてくれる。その時、ナルが近くに置いてあったトートバックを拾ってきた。ボロボロで隅には穴が開いている。生地からして随分と安っぽく、何かのオマケに配布された程度のものと思われる。

「もしかしたら何か手がかりがあるかもしれませんに」

「あ、僕の……」

 そのトートバックは陽歌のものだった。中にはくしゃくしゃになった教科書と数本の短い鉛筆と欠片の様な消しゴム、図書館で借りた本が入っていた。

「教科書はどこが何使ってるか分からないけど……四年生なのかな?」

 さなは教科書から彼の学年を判別する。背の順で並べば最前列という小ささなので見た目ではそうも思えまい。図書館の本には『金湧市立図書館』と書かれており、陽歌がどこから来たのかの手がかりになった。

「金湧市ね……えーっと」

 ミリアがスマホでその場所を調べる。すると、名古屋である吹上から距離の離れた、北陸に位置する都市であることがわかった。

「こんな遠くから?」

「しかし小学生で図書館に教科書持ち込んで勉強とは熱心で関心ですに……」

 ナルは教科書を開いて、中を見た瞬間即座に閉じた。その理由は陽歌には分かっている。中にはとても見るに堪えない罵詈雑言が書かれている。

「ま、まぁともかく、誰かさんに爪の垢でも煎じて飲ませたいですに……」

 何とも言えなかったナルに対し、さなはこれで大体の事情を察した。

「あー、最近学校が嫌なら図書館においでって活動してるもんね。それで図書館に行ったと……あれ? でも今日日曜日……?」

 しかしながら、自分で言いつつ矛盾に気づいた。学校に行きたくなくて図書館に行ったのなら、平日であるはずだ。陽歌も日曜日という言葉に驚愕する。

「日曜? だって今日は金曜……平日に学校サボったから怒られたんだし」

「つまり丸っと二日分の記憶が抜けてるってこと?」

 話を纏めると、さなは陽歌が二日も放浪した末ここに辿り着いた可能性に辿り着いた。

「大変! だったらすぐ帰らないと……!」

 事態を把握した陽歌は帰路に着こうとする。だが、立ち上がる力は残っていない。二日もぶっ通しで歩けば当然である。

「まぁ落ち着いて。まずは身体を休めることが重要だよ」

 ミリアは陽歌を留め、休息を取る様に言う。しかし、早く家に帰らないと怒られるという焦りが生まれており休むに休めないのが本音であった。そこに、さらに新たな人物が顔を出す。

「飯も食えん家に帰ってどうすんだ?」

 さなやナルに輪を掛けて小柄な長い黒髪の少女であった。何故か巫女の様な衣装を纏っており、その割に靴はブーツとよくわからない組み合わせであった。

「七耶ちゃん、頼んだもの買ってきてくれましたかに?」

「おう、バッチリだぞねこ」

「とら」

 ナルをねこ呼ばわりしたその少女は七耶というらしい。小さい体格に似合わず尊大な態度をしていて、陽歌は少し警戒した。手にはコンビニのビニール袋を持っており、その中の一つを渡す。それは随分分厚いサンドイッチであった。

「見ろ! 人気の具材が全部入ったスーパーサンドイッチだ!」

「何で全部乗せ買って来てるんですかに消化の良いものにして下さいに」

「全部乗せは万病に効く薬なんだよ!」

 謎理論であったが、とにかく自分に食べさせるためにこれを買って来てくれたという事実が陽歌には驚きであった。自分にここまで何かをしてくれる人がいるということ自体、初めてのことだったのでどう反応していいのか分からなかった。

「で、この小僧についてなんかわかったことはあるか?」

「遠くから二日も掛けて歩いてきたけど、その間の記憶が無いみたい」

「マジか……大丈夫なのか?」

 ミリアからの報告を受けた七耶は驚いたが、陽歌にとってはここまで事態が大きくなるのは初めてだが基本的なことは経験が無いわけではなかった。なので、普通に問題ないと答える。

「大丈夫……昔からの癖で、寝てる時にフラフラ歩いたりするみたい……」

「お前それ夢遊病ぢゃねーか」

「ハイジが山に帰れないストレスでなるやつですに」

 それはどうも彼女達にとって深刻な問題だったようだ。さなも心配なことがあるのか、質問を投げかける。

「最後にご飯食べたのいつ?」

「えっと……木曜の給食……は食べてないから水曜かな?」

 陽歌は記憶を辿って最後の食事を思い出す。もはや脳トレで質問される範囲である。

「水曜日の晩御飯?」

「晩御飯はお母さんが箱でカップ麺用意してくれるんだけど……最近、食べても吐いちゃって……」

「今すぐ食え! 死ぬぞ!」

 話を聞いた七耶はサンドイッチの包みを破って中身を陽歌の口に突っ込む。給食費を払っていないことで食べるなと言われたことはあっても、食えと言われたことは無かったので彼は反応に困りつつも素直に食べた。

「で、他に手がかりは……」

「借りてた本ですに」

 ナルは七耶に陽歌が借りていた本を見せる。数冊の厚いハードカバーで、児童向けでないことは初見で分かる。

「クライヴ・R・オブライエン著、『暴かれた深淵』、西城究著『機械仕掛けの友情』か……それに『仮面ライダーという名の仮面』までも。いいセンスだ」

 小学生とは思えない選書に七耶は一種の可能性を感じていた。

「あの、やっぱり帰ります……僕がいても迷惑だし……」

 当の陽歌は妙に優しい人々に居心地の悪さを感じ、帰ろうとする。とはいえ、この状態の子供を一人で交通手段や帰る方法も分からないのに見送るという選択は常識的に彼女達の中には無かった。

「そんなかっちりした場じゃないから休んでけって」

「ここは……?」

 陽歌は七耶に引き留められ、初めてここが何をしている場なのかという疑問が沸いた。やはりここは現実ではないのではないか、そう思った瞬間、衣服に沁み込んだ汗が蒸発して身体が冷える。反射的にくしゃみが出る。逆に言えば、くしゃみ出来るほどに回復したということだ。

「すまんな、着替えまではないからこれで我慢してくれ」

 七耶は陽歌に被せてあったパーカーを彼に着せる。我慢してくれだなんてとんでもなかった。寒くても雨で濡れても服が限られている陽歌には、上に羽織るもの一枚でもありがたかった。流石に大人のものなのでサイズは大きく、袖が余る。ただ、それさえもあまり見せたくない義手を隠すには丁度良かった。

 少し落ち着いたことで、改めて周囲の状況を確認する。数人の大人達が心配そうに陽歌の方を見たりしていた。彼にとってそんな眼で見られるのは初めてのことだった。

「おいおい」

「あいつ大丈夫か……?」

 着ている服のデザインが奇抜だったり、小人か妖精の様な小さい女の子を肩などに乗せているなど変なところはあったが、自分に危害を加える気が無いという何とも変な集団に陽歌は困惑する。

「ほう、義手萌え袖ですか……」

 そこに義手について言及する人物が現れた。ガスマスクの特殊部隊みたいな恰好という奇怪な格好をしていた。今まで好意的に捉えられたことが無かった部分なだけに、相手の妖しさもあって彼は胸の前で指を絡めて不安を露わにする。

「大したものですね」

 が、どんな罵声が飛んでくるかと思えば反応に困る言葉であった。が、続けて放たれるセリフで更に困惑へ叩き込まれる。

「義手も萌え袖も一般的な萌え要素だが、組み合わさった途端にマイナージャンルとなってしまう。ですがメカニカルなマニュピレーターが見せる人間特有の柔らかい動きというギャップを萌え袖が最大限に引き出すためハマった場合は抜け出せなくなる人も多いんですよ」

 正直何を言っているか分からないが、少なくとも否定的な意見ではないことはわかる。というかそれくらいしか分からない。

「なんでもいいけどよぉ」

「これは三次元なんだぜ?」

「肌荒れや髪の痛みは見られますが、手入れすればかなりのものになります。フェミニンな顔立ちにオッドアイも添えてバランスもいい」

 周囲からは『不気味だ』、『気持ち悪い』と言われていたオッドアイにかつてない評価が下され、陽歌はますます混乱する。変な会話が続く中、七耶は咳払いして話を切り替える。

「ここはプラモ関係のオフ会だな」

「プラモ?」

この場の説明をする七耶。一つひとつの単語が陽歌にとって縁遠いものであったため、何のことだかさっぱりである。

「あー、そこからか。まぁ知らん奴はとことん知らんこと出しな……。そうだな」

彼女は大量の箱が積まれた机に向かうと、適当な物を一つ手に取って持ってくる。その箱を開けると、中には枠で繋がった大量のパーツがぎっしり入っていた。

「プラモデルってのはこの状態のものを組み立てて、この完成図と同じものを作る玩具だ。説明書通りに組めば、簡単に完成させられるぞ」

「あれが全部……プラモデル?」

陽歌は机に並べられたロボットや女の子のフィギュアを見て呟いた。それらが全て、あの枠にはまったパーツを切り出して作り出されたというのか。

「で、オフ会ってのはネットで繋がった人間がリアルで集まるイベントだ」

「そう、なんだ……」

コンピューターに触れる機会の無い陽歌にとっては馴染みのない文化だが、どういうわけかそのオフ会をする集団に助けられたのは事実らしい。

「ま、お前もせっかく来たんならプラモデルが何なのか体験してけ」

「え……?」

七耶は唐突に提案する。陽歌はあんな難しそうなもの、例え生身の腕が残っていても出来るのか不安になった。随分マシになったとはいえ、触覚を持たない義手であるなら尚更だ。

「ほら、ちょうど簡単そうなものがあるぞ」

箱の山から七耶が持ってきたのは、小さい箱に入った丸いマスコットを作ると思われるプラモデルであった。

「こいつは道具がいらないんだ。とりあえずやってみろ」

「あ、うん……」

彼女の勢いに圧され、陽歌はその箱を開けてプラモデル作りに挑むことにした。中にはビニールに包まれた主に紺色のパーツが入っており、先ほど見たものより量は少なそうだ。説明書も紙一枚のみで工程も少ない。

「まずは中身が全部あるか確認するんだ」

言われた通りに、袋を開封し、説明書のパーツ一覧と照らし合わせる陽歌。新しい義手はビニール袋を開けるのもスムーズだった。よく見ると、指などには細かく指紋らしき模様が刻まれている。これがちょうどいい滑り止めになってくれているらしい。以前のものはシリコンカバーの摩擦で止めていたので、力を籠めるとカバーそのものが磨耗してしまった。

「よし、中身は全部あるな。ランナーとポリキャップ、そんでシールだ」

パーツの収まった枠のことはランナーと呼ぶらしい。後は説明書の指示通りに、組み立てるだけだ。

「普通はニッパーがいるんだが、このハロは手でパーツが取れるんだ」

 ランナーからパーツを外すのに道具は必要無かった。説明書に書かれたアルファベットと番号のパーツを手でもぎ取り、図と同じ様に組み立てていく。僅か数工程で丸いマスコット、ハロが完成する。色は紺色で、目は黄色だ。

「おお……」

 あの平らなパーツが固まって丸いものになったという事実に陽歌は胸の奥が熱くなる感覚を覚えた。この心の動きは何だろうか、彼には表現出来なかった。

何と見えなくなる中のメカも再現され、シールを貼らなくてもパーツの組み合わせで目の色を再現している。使わない手足のパーツも台座の下に仕舞って置ける便利仕様だ。

「おお、やるじゃないか。慣れてない奴はこれでも手こずるものだぞ?」

「ぁ……うん……」

 七耶は世辞なのか本心なのか分からないが、褒めてくれた。こんな風に誰かに褒められたことが無いので、陽歌は反応が出来なかった。

「慣れればここにある様なものも作れる様になるぞ」

 彼女は陽歌を様々な作品が並べられているところに連れていく。様々なロボットが置いてあり、これも同じプラモデルなのかと疑問が出てくるほどだ。ただ、よく見ると表面の質感が今作ったハロと違う。

 

   @

 

 しばらく陽歌はのんびり休んでいた。かなり体調もよくなってきた。

「さぁプレゼント交換会を始めるぞー!」

 七耶は集まった集団の前に出て、何かのイベントを始めようとしていた。どうやら、ホワイトボードの前に集まったプラモデルやらなんやらを融通するらしい。

「調子はどう?」

「あ……はい、大丈夫……です」

 ミリアに状態を聞かれ、反射的に大丈夫と答える陽歌。とはいえ、まだ身体の節々にある傷が痛む。

「湿布温まってきちゃったんじゃない? お姉さん替え持って来て」

「はーい」

 さながミリアに頼み事をする。彼女が立ち上がり、荷物の中から湿布を取り出そうとしようとするが急に何かに押しつぶされたかの様に地面へへばりつく。

「へぶ!」

「な、なにが……ぐっ……!」

 さなも足に力が入らないのか膝を付く。他の参加者やナル、七耶も同じ様な状態になっていた。陽歌だけが異常のない状態だ。

「え? 何これ?」

「何か重いモノが乗ってる?」

 陽歌は原因を探すため、あちこちを見渡した。すると、ぼんやりと風景が歪んで見えた。これはどうしたことか。さな曰く、何かが乗っかっているらしいが、彼女達の背を見てもその正体は掴めない。異変は空間の歪みだけだった。

「あれは!」

 歪みを陽歌が凝視していると、それは姿を現した。本やゲームソフトの箱、プラモデルやフィギュアの箱などが積み重なった塔の様な姿をした存在で、空中に浮かんでいる。そして塔の壁を作っている箱が一面だけ一部に穴が開き、そこから瞳の様なものが出現した。

「妖怪?」

『サァ、オ前ノ詰ミヲ数エロ!』

 妖怪は機械の様な声で一言だけ発する。それで七耶はピンときた様だ。

「なるほど、こいつは『詰み』の怨霊か! そいつが詰んだ分の重みを味あわせているんだ!」

「え?」

 怨霊、魑魅魍魎の類なのは確かなようだが、陽歌には『詰み』という概念が理解出来なかった。そこでさなは、なぜこの怨霊が発生したのかの経緯を説明しつつ詰みというものを陽歌に語った。

「モデラー、いや……あらゆる趣味を持つ人間は往々にして買った本を読まない、ゲームを遊ばない、プラモを組まない、フィギュアを箱から出さない。それを繰り返して詰んでいき、『詰み』と呼ばれるものを作る……!」

「なんで買ったものを使わないんです?」

 純粋な疑問として陽歌は聞いた。彼の様に恵まれない環境で育った人物だけでなく、普通の人も大体はこんな疑問を抱くだろう。七耶は重さに耐えながら心情を吐露する。

「買うペースに遊ぶペースが追い付かないんだ……。プラモやフィギュアは発売からすぐ買わないと店頭から消え、再販されない……。すぐに入手するのが確実だが、そのペースで増やしていけば当然作れない……そして詰みあがる!」

「それが怨霊になって……!」

 要するに放置された恨みが固まってしまったというのか。しかし、こんな超常現象をどう収めるべきか。

「お前らは避難しろ……」

 ガスマスクの人物が立ち上がり、ある装置の近くに行ってロボットのプラモデルを置いた。七耶はその様子を見て言った。

「お前……GPDの機械なんか使って何を……」

「俺は、ガンダムでいく!」

 機械を作動させ、青いロボット、ガンダムを発進させる。白と青のツートンにバイザーの顔が生える、剣を持ったロボだ。

「プラモデルが動いた!」

 陽歌は自分の作ったハロを思い出したが、動力などは入っていなかったはずだ。それがまるで本物かの様に緑の粒子を放って動いている。

「あれはガンプラデュエル……作ったプラモデルでバトルする為の機械だ。表面にナノマシンを塗布して動いているよ。あれで倒すつもり?」

 さなはガスマスクの人物がしようとしていることを予想した。

「行くぞアストレア!」

だが、何かが彼を押し潰す方が早く、ガンダムはコントロールを失う。

「グワーッ!」

「早えよ! 私達でも動けるのにお前は何を詰んでんだ!」

 七耶に聞かれたのでガスマスクは素直に答えた。

「マグアナック三十六機セットと幹部セットとサンドロックとフルドド四つにアドバンスドヘイズルと……」

「おいおいあいつ死ぬわ」

 三十を超えた時点で七耶は諦め、よくわからない陽歌もその危険性を何となく察する。

「何とかして対抗しますに!」

 ナルは敵を倒すべく、重さを背負って立ち上がる。立てなくなるほどの重さを外から加えられているというのは、かなり危険な状態だ。一刻も早く何とかしなければならない。

「必殺!」

「おお……」

 ナルは虎の様なオーラを纏い、何か技を出そうとしていた。陽歌も何とかなりそうだと期待する。

「タイガー魔法瓶!」

 叫びながら彼女が出したのは、一つの水筒だった。蓋がコップになっているタイプで、中には熱いお茶が注がれていた。それを飲んでナルは一服する。

「ふー……」

 その行為が怨霊の怒りを招いたのかは知らないが、ナルは見えない重量に潰される。

「にー!」

「何で回復技出した!」

 七耶の言うことも尤もである。今は攻撃が最優先だ。

「だったら私が……!」

 ミリアが今度は立ち上がる。そして、あるものを被って高らかに技名を叫ぶ。

「コットンガード! ミリアの ぼうぎょが ぐぐーんとあがった!」

 そんなものをなぜ用意していたのか、羊の毛を模した着ぐるみを着込んで防御を固める作戦に出た。正体の掴めない攻撃相手に、とても効果があるとは思えないが赤い上昇エフェクトが出たので多分何らかの恩恵はあるんだろうと陽歌は思った。

「お、重さが……増えた!」

 が、何故か増える重量に耐えきれずミリアは床に押し付けられた。さなには理由が分かったらしい。

「おねえさん、コットンガードは積み技だから『詰み』が増えるよ?」

「だれがわかるんだそんなもん」

 話を聞いた七耶はそう思うしかなかったらしい。まさに初見殺し。

「というかどいつもこいつも補助技ばっか使ってないで攻撃せんか!」

 回復したり防御したりしていては埒が明かない。攻撃しなければ。だが、さなはその試みすら無駄であると悟っていた。

「出来たらやってるよ。こいつ、実体がない」

「そうか……よく考えたら詰みの怨霊だからな……」

 正攻法では攻略不能。こうなっては打つ手なしかと思われたが、七耶が何かを思い出した。

「詰み……そうか! プレゼント交換会を続けるぞ!」

 こんな緊急事態に何を言っているのか、陽歌は全く分からなかった。立ち向かえないから逃げる、そうして生きて来た彼はどうにかここにいる人を逃がす方法を考えるので精一杯だった。

「ど、どういうこと?」

「いいか? このプレゼント交換会に出されたモンは買ったはいいが作らなかったプラモ、つまり詰みだ! この場で詰みが誰かの手に渡って詰みでなくなった瞬間、こいつの未練は消えるかもしれん!」

 つまりは、除霊ということだ。だが、問題があった。

「本当はみんなでじゃんけんをしないといけないんだが……私は詰みの重さで立ち上がることすらできん! お前だけが頼りだ! 逃げることもままならないみんなを救えるのはお前だけだ!」

 ここまで誰かに懇願されたことなど無かった陽歌は、頭の中が真っ白になる。それでも構わずに七耶はルールを説明していく。

「景品を持って、それが欲しい奴が立ち上がる! そしてそいつらとじゃんけんだ! あいこは負け、勝った奴だけが残る! それを繰り返して最後まで残った奴に景品を渡す。これを繰り返すんだ!」

 説明を聞く限り、この大人数の前に立ってじゃんけんをすることになるらしい。ただでさえ人の前に出たくない陽歌が、そんなこと出来るのか。彼は恐怖で震えた。歯の根が合わず、生身ではない腕で細い身体を抱きしめる。

「っ……」

 侮蔑の目で見られ、拳や石が飛んで来る。すっかり当たり前で慣れてしまった為何とも思わなくなっていたが、どうやら恐怖は深く刻まれていた様だ。自分が何とかしないといけない、そうは分かっていても身体が言うことを聞かないのだ。さなは口にしないそんな恐怖を分かってくれていた。

「七耶ちゃん、無理だよ。この子には荷が重すぎる」

 ただ、陽歌の中には恐怖とは異なる感情がもう一つ沸き上がっていた。自分に初めて優しくしてくれたみんなを助けたい。何とかしたいという思いがあった。

「僕は……」

 陽歌はゆっくりと参加者の前に足を向ける。時々恐怖に負けそうになるが、その度に頭を振ったり顔を叩いたりして恐れを振り払い、自分を奮い立たせる。

「……僕は……」

「小僧……」

 迷いのある陽歌に、七耶が声を掛ける。

「お前の中には本当の勇気がある。恐怖を知り、乗り越えようとする心が!」

 その言葉に押され、彼の足は強く歩みを刻む。誰かが、自分を励まして支えてくれる。それがとても暖かく、助けになった。

「僕が、みんなを助ける……!」

 陽歌は恐怖を跳ね除け、戦いの舞台へ向かった。

 

   @

 

 結論から言って、あの怨霊は七耶の予想通りプレゼント交換が進む度に力を失って参加者を縛る重力も弱まっていった。本当に詰みの怨霊だったらしく、部屋で埃を被っていた詰みが誰かに歓迎され、欲されることで未練が無くなっていったのだ。

「……」

 じゃんけんを主導した陽歌は精根尽き果て、パイプ椅子に座っていた。景品の量がとても多く、一時間以上に渡って本能的な恐怖を抑え続けるのはかなりの気力を費やした。

「ありがとう。君のおかげでみんなが助かったよ」

 ミリアが飲み物を持って来て彼を労う。不慣れな義手では開けるのが困難であると見越して、小さなペットボトルのオレンジジュースは既に蓋が開いている。

「あ、ありがとう……」

 自分が誰かにお礼を言える様なことをしてもらえるとは思ってなかったので、助けてくれたことも含めて陽歌はたどたどしく礼を言う。ゆっくり飲んだジュースの甘みが、疲れた心を癒してくれた。

(夢みたいな日だったな……)

 一回も痛い目に遭わず、お腹もいっぱいでまだこれが現実なのか曖昧な気分だった。少し瞼が重くなっても我慢する。今眠ってしまうと、この夢が覚めてしまいそうな気がしたのだ。

「で、どうする? 大体の住所は分かったが家の場所が分からないぞ?」

「というか今から北陸行く気ですかに?」

 ぼんやりした思考で陽歌は七耶とナルの会話を聞いていた。何かを相談している様だが、この話を聞いているとこれが現実なんだと思い知らされる。家に帰り、日常へ戻らないといけない。

「行けたとしても帰せるか? こんな状態になるまで放っておくような連中のとこに」

「それもそうですに」

 どうやら二人は何か考えているが、どんな理由があれど明日には学校があるので帰る必要が陽歌にはあった。ふらりと立ち上がると、彼は帰る為に歩き出す。

「今日は、ありがとうございました……僕、帰らなきゃ……」

「お、おい……」

 手段も道も分からない中、家へ帰ろうとする陽歌を七耶は止めようとする。そこにさなが割って入る。

「いい方法があるよ」

 そう言って、彼女は陽歌の前に立ちはだかる。そして瞬きほどの短い間に接近し、何かをした。

「お前も『家族』だ」

 そこから陽歌の意識は途切れた。

 

   @

 

 これは、傷を負った少年がホビーで心を取り戻す物語である。

 




 謎の集団に連れ去られた陽歌の運命はいかに?
 そして裏で動く大海都知事の陰謀とは?
 GBN、オリンピックを巻き込んだ騒動が今、巻き起こる!


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〇節分豆まきバトルロワイヤル!

 近年、バトルロワイヤルのシューティングゲームが流行っている。フォートナイト、荒野行動、PUPGなどなど。どれが発祥だとかパクリだとかそんな揉め事が頻発している程度には、システム周りも似ていることが多い。
 特にフォートナイトはコロコロでも取り上げられるなど小学生人気が一気に高まっている。switchで遊べて、基本無料なのが大きいのだろうか。タカラトミーからも輸入品のフィギュアが販売されているのだ。
 この手のボイスチャットが実装されているゲームでは声がもろに相手に伝わるので罵声をあげるのは、やめようね! みんなはマナーを守って楽しんでね!


 節分とは、恵方巻にとって変わられがちであるが本来は豆を投げて無病息災を祈る行事である。そんな豆まきの復権を目指し、ある大会が行われようとしていた。

「レディースエンジェントルメン! 本日は静岡商工会主催、豆まきバトルロワイヤルにご参加いただき誠にありがとうございます!」

 白昼の空に花火が上がり、イベントの幕開けを告げる。ここは静岡県の御前崎、その海辺である。流石にこの季節の海岸は冷たい風が吹き、とても寒い。しかしなぜ神社ではない場所で豆まきイベントなのか、何がバトルロワイヤルなのか、陽歌は気になった。

「でもこれあったかいなぁ……」

 彼は私服として提供された白いパーカーの性能に驚嘆する。これは彼が暮らすことになった喫茶店のスタッフが開発した全天候対応型繊維で作られており、これ一枚で南極から砂漠まで快適に過ごせる代物だ。

 人の多さに戸惑いながら、フードで顔を隠して開会式に臨む。ボサボサだったキャラメル色の髪はボブカットに切ってもらい、手入れもなされて以前より艶めいていた。最小サイズを渡されても袖が余るほどの小柄さは健在だが、少しは肉が付いた。

(でも『戦力』ってどういうことだろう……?)

 陽歌は喫茶店のスタッフである青髪のメイド、アステリアの影に隠れていた。彼女から戦力が足りないと相談され、日頃の恩を返す為に参戦を決めた彼だったが、イベントの内容までは知らない。

「優勝チームには、静岡県各所に設置された運営所有の看板へ広告の掲示がタダで行えます!」

「おお……」

 アステリアの狙いはこの広告権であった。今やネットで安く広告を出せる時代とはいえ、そもそもネット広告は基本嫌われ者でありネット自体やらない層もいる現状では道端の看板というのは未だ大きな力を持っている。

「必ず優勝して、看板を手に入れましょう!」

「もちろんです!」

 アステリアの呼びかけに応じたのは黒髪をツインテールにした眼鏡のメイド、キサラ。彼女は喫茶店のウエイトレスである。喫茶店で暮らしている陽歌にとって、アステリア、キサラの両名は付き合いも長い。

 どちらもスタイルのいい美人であるため、彼女達目当てで喫茶店に来る客がいても良さそうなものだが、現実はそうもいかないらしい。

(まぁ、場所が場所だから……)

 陽歌は喫茶店の立地を思い出す。真下が海の断崖絶壁という二時間サスペンスのラストで死ぬほど見たロケーションにある喫茶店など、なかなか客が来ない。しかもその崖は特に名勝とかではないと来た。

「あ、足を引っ張らないようにしないと……」

「いや、気負うな。一昨年と去年の様な惨状にはならんさ」

 気を引き締める陽歌に声を掛けたのは、紫のショートヘアをした、チャイナドレスの様な服装をした女性。こちらは喫茶店の料理長であるカティ。彼女が語るに前二回は相当酷かったらしい。

「いやー、まさかエヴァ達を連れていったらロボットバレするとはな……」

 陽歌が助けられたナル、七耶を始めとしてユニオンリバーにはまるで人間の様なロボットがいる。正確なことを言うとロボットのコアが変質したものらしいが、人間以外はルール違反だったらしく失格に。

「それで今度はミリア達を連れていったら人造人間バレするとは……」

 その次の年はミリアがミラヴェル計画で作られた珪素生命体であることが発覚して失格。

「なんか……もにょる……」

 陽歌はあれだけ優しく人情を持つ存在が人間でなく、自分を虐げてきた存在こそが人間だという事実が受け入れがたかった。

「つまり、参加できる時点でお前には十分助かってるよ」

 去年二回の有様を考えると参戦出来るだけ前進らしい。アステリアは主催の関係もあり参加者に知り合いが多いのか、周囲の人達に挨拶していた。お店同士の付き合いも大事な仕事だ。

「あれ? あのチームっておもちゃのポッポの隣のお茶屋さんですよね?」

 キサラはその中で、見知ったはずのチームを見つける。持っている旗は彼女が喫茶店と兼任しているバイト先のおもちゃ屋、その隣にあるお茶屋のものだったが、メンバーに顔見知りがいない。

 アステリア、カティも知らない様子で、お茶屋チームに扮している謎の女子高生軍団を見ていた。

「これはお隣のお茶屋さん。いつもの店主はどうされましたか?」

 キサラは怪しさ満点のお茶屋チームに臆することなく声を掛ける。

「ん? 誰だお前達は……?」

 お茶屋チームはかなり不遜な態度を取っていた。一同を見るなり、お茶屋チームは見下した様なことを言う。

「何かと思えばメイド喫茶か。外見から媚びなければ商売にならないとは……」

 リーダーらしき人物があざけると、取り巻きもくすくす笑う。陽歌としてはかなり嫌な感触を受けた。ポッポの隣にあるお茶屋さんにはよくして貰ったこともあり、そんな人が代理でもこの様な人間を寄越すとは到底考えられなかった。店の看板を背負うなら猶更だ。

「はい、店長。少し調べてほしいことが」

 キサラも怪しさを感じ、携帯で電話をする。お茶屋の隣にあるバイト先、おもちゃのポッポの店長へである。

「残念ながらこの大会は今年で終わりだ。日本の閉じた文化に軍国主義を組み合わせた様なイベントに割くリソースは、国際的なものに使わないとねぇ」

(軍国主義?)

 謎の批判に陽歌は首を傾げる。節分と軍国主義に何の関係があったのだろうか。

「あなた達は店主からの依頼でこの大会への参加を?」

 アステリアは裏を取るよりも早いと言わんばかりに、この人物へ直接訪ねた。付き合いが長そうな彼女でもこの様な知り合いがいるなど、聞いていないのだろう。カティも疑惑の目を向けている。

「ええ、そうよ。私はマーガレット。優勝は私達がいただくわ」

 マーガレットと名乗った人物はそそくさといなくなる。何かが怪しい、それは近隣との付き合いが浅い陽歌にも感じとれていた。

 

   @

 

 メインの従業員が出払った喫茶店、ユニオンリバーではある試みが行われていた。

「今回は歳の数だけ豆を食べて美味しいコーヒー牛乳で優勝する動画だよー」

 カメラを回すミリアは山ほどある豆を前にした七耶を映していた。歳と同じ数、とはいえ彼女の外見からは想像できないほどの量が皿に盛られている。

「キツ過ぎてキツツキになった……」

 その量、まさかの五千粒。つまり七耶は五千歳ということになる。そもそも人間ではないので当然だが。

「これ本当に食べるのか? あと五千粒なのか?」

 当然の様に疑問を呈する七耶。彼女は外宇宙で開発された兵器、『超攻アーマー』のCPUであり、ある事情で五千年眠っていたところを叩き起こされて代わりの肉体を与えられて復活した。この辺の経緯はStanford氏の『超攻合神サーディオン』実況を見よう。

「た、助けてくれ!」

 そんな変な企画を撮影していると、突然喫茶店に駆け込んでくる人がいた。七耶もミリアも顔見知りの、おもちゃのポッポの隣にあるお茶屋さんの従業員であった。

「どうした? お茶が売れすぎて人手が足りないのか?」

 フラフラになっている従業員を助けながら七耶が聞く。

「そうであればどんだけよかったか……。『オリンピック推進委員会』とかいう奴が俺たちを捕まえて、代わりに今日の豆まき大会に出るみたいなんだ……」

「なんだと?」

 従業員から伝えられたのは衝撃の真実であった。陽歌やアステリアが出ている大会に、そんな怪しげな連中がこっそり参加しているというのか。出場の為に無関係な人を拘束して成り代わる連中となれば、大会でどんな手を使ってくるか分からない。

「お前はここに隠れてろ! ねこ達はお茶屋を見に行ってくれ! 私達が会場へ向かう!」

 七耶はその場を取り仕切り、対応に回った。このままでは、アステリア達はともかく陽歌が危ないかもしれない。そして馴染みのお茶屋の安否も気になる。

 

   @

 

「それでは皆さん、こちらの飛行機にお乗りください」

「飛行機?」

 何故か参加者は飛行機に乗せられた。それもただの飛行機ではない。後部が大きく開く兵員輸送用の飛行機である。それが三台もある。同じチームは同じ飛行機に乗るが、参加者はある程度分けられている。

「それでは離陸しまーす」

 乗った参加者が座席にも座ることなく飛行機は飛び立った。そして、運営からあるモノが渡される。

「これは……」

 どうやらパラシュート的なものなのだろうが、ますます意図が分からない。

「ここで改めてルールを説明します! これから飛行機から降下してバトルエリアとなる孤島に降り立ってもらい、最後まで生き残ったチームの優勝です!」

「こ、降下?」

 まさかの空挺。これはどっかで見たことあるなと思った陽歌なのであった。

「降り立ったエリアの各地に豆を発射する銃や役立つアイテムが置いてあります。それを拾って優勝を目指してくださいね!」

「フォートナイトだこれ!」

 彼は義手の慣熟とリハビリによくゲームをしているので、すぐに話の流れが分かった。よくあるバトルロワイアルモノのシューティングゲームをリアルでやろうというのだ。軍国主義云々とは、少々段階を踏み外した指摘だったがこのことだったのだ。発想は単純だが、スケールが大きい。

「あ、毎年恒例ですが結晶炉は安全の為立ち入り禁止、入った時点で失格ですのであしからず」

「というかこれ少なくとも一昨年からやってるんですね……」

 参加者の間に広がる動揺の無さから、定番化が伺える。ということはここにいる参加者は全員空挺が出来るのか。恐るべし静岡商工会。

「降下場所はどうしましょう?」

「あの辺がいいな」

 アステリアとカティは飛行機の窓から降りる場所の相談をしていた。降下ポイントの選定から勝負は始まっている。

「では、私はいつも通り別行動で」

「よろしくね」

 キサラはアステリアにそう告げると、チームから距離を取る。チーム戦である以上、一人で行動すると袋叩きになる可能性が高いのだが、なんてことも無さげなやりとりであった。

(あー、そういえばキサラさんって魔銃士だっけ……)

 ウエイトレスをしているメイドにしか見えないキサラだが、その正体は銃で魔物を撃ち倒す戦士である。ロボットや珪素生命体がアウトで本職の戦士がOKとかもう分かんねぇなこれ。

(とすると、僕が下手に行動を共にすると足を引っ張っちゃうか……)

 僅か数か月とはいえ、だんだんこのユニオンリバーという滅茶苦茶な空間に慣れてきた陽歌なのであった。年の瀬の大騒ぎに比べたら、この程度なんてことはない。

「それでは、バトル開始です! 皆さんの健闘を祈ります!」

 飛行機のハッチが空き、遂に戦いの幕が開く。参加者は慣れた様子で降下していき、狙いのポイント向かってまっしぐらだ。

「GBNで生身の降下ミッションはやったことあるけど……現実は違うよね……」

 全くの未経験ではないものの、だからこそ不安が残る。ゲームでその難しさは実感しており、失敗が即、死に繋がる現実では緊張からコントロールを誤りそうだ。

「やったことあるなら大丈夫だいじょうぶ。ほら、本来なら定年してる歳のおじいちゃんだって参加してるから」

 よぼよぼで立つのも厳しそうなおじいちゃんを差し、アステリアが陽歌を励ます。

「ご安心ください! 万が一の死者に備えて電気蘇生学の権威、ドクターミンチ氏にオブザーバーとして控えていただいています! その他充実の葬儀プランが協賛企業から提供されています」

 司会はちゃんと事故の対策はしていた。尤も、死んだ後の話であるが。

(生き返らせるのか弔うのかはっきりしてほしいかな……)

 一応蘇生は試みてくれるものの、ダメだった時のパターンも用意されている。これを無責任と取るか手厚い保証と取るかは人次第だろう。

「じゃ、行くぞ! 降下!」

「え。ちょ……まっ!」

 カティの合図でアステリアと陽歌も降下する。ただし、彼は引っ張られての落下であるが。

「ああああああ!」

 当然の様に悲鳴を上げる陽歌。アステリアとカティは慣れた様子で地面へ接近すると、丁度いい高度を見つけてグライダーを展開する。陽歌はカティに抱えられての降下となった。

「ふぅ、二年ぶりだがスカイダイビングはやっぱ最高だな!」

「さっきのおじいさんは……」

 おじいさんを探した陽歌だったが、その人はもっとスムーズに降下し、着地と同時に走り出した。今までのが敵を欺く為の演技だったのではないかと思うほど、その動きは洗練されていた。

「……」

「よし、とにかく武器を探すぞ!」

「そうですね」

 カティとアステリアは付近の家に入り、家探しを始めた。ここは住宅街の様だが、自然が溢れて家もまばらだ。もっと住宅が固まったエリアもあるのだが、離島というには家が多く、人工島というには無秩序である。

「不思議な島だな……」

 そんな島で行われるバトルロワイアル、一体どんな展開を迎えるのか。

「よーし、武器ゲット」

「役立つアイテムもありますね」

 カティ達は早速武器や弾薬を集めて戻って来た。ショットガンにアサルトライフル、サブマシンガンにハンドガンと多種多様だ。

「とりあえず持っとけ」

「あ、はい」

 陽歌はハンドガンとサブマシンガンをカティから受け取る。メインとなる連射性能の高い銃にサイドアームとオーソドックスな組み合わせだ。

「よし、行くぞ!」

 準備も整った所で、戦闘開始である。とはいえ、まだ敵も多いこの状況で攻撃に回るのは得策ではないと陽歌は思っていた。

「おっしゃ暴れるぞー!」

 とは言いたいが、カティが銃声の方へ走り出してアステリアもそれに続いてしまったため、隠れるなどどは言い出せなかった。一人になるのはなんだか不安である。

 三人はしばらく走って、密集した住宅地にやってきた。途中、弾薬やアイテムを回収しながらの行動だったので、弾に余裕はある。

「見つけた!」

 他の敵に集中していて、こちらに気づいていない敵を見つけたカティは後ろからショットガンを発砲する。積極的に仕掛けていくスタイルの様だ。

「うわ!」

 数発撃たれた敵は青い光に包まれてどこかへ消える。どうやらライフ制らしく、斃されたら自動で戦場から離脱するらしい。サバイバルゲームにおけるルール違反の一つであるゾンビ行為を防ぐには最適な仕掛けだ。

(あれ自己申告制だもんね……。僕は腕に当たっても分からないし)

 陽歌はとりあえず狙いを付けて弾を撒く。当たるかどうかはともかく、敵を牽制するには役立つはずだ。

「いたぞ!」

「撃て撃て!」

 が、流石はバトルロワイヤル。一つの敵と戦っている間に他の敵がやってくる。突然の襲撃を受けて咄嗟に逃げた陽歌は、アステリア達と離れてしまう。

「しまった!」

 この状況で孤立はマズイ。敵の弾を避けようとすると、アステリア達との距離は離れていく一方だ。

(こ、こうなったら逃げるしかない!)

 ともかく自分が撃破されて彼女達の足を引っ張るわけにはいかない。なので全力で逃走を図る。鋭角なジグザグ軌道を描きながら、それなりに早い速度で戦場を離脱した。これは長いこと石などを投げられてきた彼が独自に開発した逃げ方で、当時は体調も芳しくなく殆ど意味を成さなかったが、ここに来て有効な手段となった。

 

   @

 

 バトルが過熱する中、大会運営本部として設置されたテントでは、招かれざる客の接待をしていた。

「なんだ、静岡商工会は来客に茶一つ出さんのか?」

 尊大な態度でパイプ椅子にふんぞり返るスーツの男は、大会委員長を威圧する。だが、委員長も負けてはいない。

「急用でもないのにアポなしで押し掛けるなど常識の欠けた人が常識を語るんじゃありません」

 真っ当な反論をされて、スーツの男は苛立っていた。だが、自分が圧倒的優位に立っていると思い込んでいるのか、男は委員長に向かって言い放つ。

「急用だとも。いますぐこの大会を中止しろ! こんなくだらないことに使うリソースがあったら、オリンピックに協力したまえ!」

「そういうわけにはいきません。もう始まっていますので」

 委員長は男の無茶苦茶な要求を突っぱねる。そして、席を立ち朗々と男の、ひいては大海都知事、そしてオリンピック推進委員会の痛いところを的確に突く。

「確かに、オリンピックというのはとてもいい催しです。四年に一度、この日の為に己を磨いた選手がその力を発揮せんとする姿はとても感動的だ。だが勘違いしないでほしい。オリンピックが偉大なのであって、あなた方は偉大ではない。オリンピックを取り仕切る側になった高揚感で、本来持つべき貞淑さを忘れている」

「なんだとぉ……」

 男は図星のあまり、反論が出来なかった。地道という言葉を知らない彼は華々しい戦果を追い求めるあまりオリンピックの誘致に固執し、同年代の官僚に出世レースで負けていた。それが報われるターンが来ているので、今の内に威張り散らしたいのだ。追い打ちをかける様に、委員長は言う。

「それに、私は大海都知事を支持していないのでな。都民でさえ不支持の者がいるのだ。その管轄外の我々が静岡県知事ならともかく都知事に従う道理はない。第一、この大会はヘキサグラム結晶炉を活用した新時代のニュータウンを完成間際で大海知事に台無しにされたので再利用を試みて開かれているのだ」

「当たり前だ! ヘキサグラム結晶炉は環境への汚染が激しい! それに津波の危険がある中、海上都市など以ての他だ!」

 男は何とか反論を行う。が、その答えは予想済みであったのですぐに返されてしまった。

「ヘキサグラム結晶炉の汚染は、結晶炉に200年住んでも健康被害が出ない程度にAIONからの技術提供で改善されている。結晶炉建築から現在までそこで暮らしている私が証明しよう。データもある。それを『安全より安心』などとのたまって科学的データを全否定し不安と風評被害を煽ったのがあの女だ。津波への対策も万全。君らが崇めていた友民党の様に、事業仕分けなどと予算をケチってはいないのでな。それに、これは静岡の問題だ。東京都知事様には関係のないことだ。それを海外にまで嘘八百を言いふらしに行きよって……」

 完全に言い負かされた男は捨てセリフと共に去るしかなかった。

「ぐぬぬ……だが大会を続けるというのなら商品は用意しろよ! 誰が優勝してもだ!」

「何を、君達じゃあるまいし当たり前のことを」

 更なる追い打ちを受けたのは言うまでもない。

 

   @

 

 「そろそろいいかな?」

 陽歌はある住宅の中にあるタンスに隠れていた。隠れているだけに見えるが、実は敵が接近する度に逃げて隠れ場所を変えていた。常に身の危険に晒されていた彼は聴覚が鋭く、隠れていても正確に足音などで人の接近を察することが出来た。

「だいぶ静かになった……かなり減ったのかな?」

 バトルも進み、人数が減ったのか隠れ場所を移動する必要も無くなって久しかった。機を見て、陽歌はタンスから出る。今なら敵も弾薬や体力を消耗しており、一気に漁夫るチャンスだ。

「ん?」

 家を出た彼は周囲の異変に気付く。やけに静かだ。終盤にバトルが突入したとしても、やけに静か過ぎる。そんな中、一際大きな音を立てる施設があった。島の中央に位置する、大きな発電所だ。

 陽歌は近くでその様子を見る為に移動した。やってきたのは立体駐車場だ。屋上で見ようと思ったが、もどかしくなって途中の階から顔を出して確認する。近くにショットガンが落ちていたので一応拾う。

「あれは……」

 確か立ち入り禁止の、と陽歌が考えた瞬間、後ろから声が聞こえた。

「結晶炉よ。あんな環境に悪いものを新型エネルギーにするなんて、恥ずかしくないのかね?」

 アサルトライフルを手にしている声の主は、マーガレットと名乗ったお茶屋の代理選手だ。

「当然の様に、簡単に暴走したわ。もうすぐ静岡はヘキサグラム汚染の海に沈むでしょうね。これも、オリンピック推進委員会に逆らったのが悪いの」

 とても重大なことをけらけらと笑いながら言うマーガレットの神経を陽歌は理解出来なかった。ヘキサグラム汚染が静岡の県境でピッタリ止まると思っているのだろうか。オリンピック云々ということは東京の関係者だろうが、頭に日本地図を思い浮かべれば静岡の隣にある東京にも汚染の危険があることは明白なはずだ。

『陽歌! 今どこにいる? 敗退したか?』

「カティさん! いえ、まだ生きてます」

 その時、頭の中にカティの声が響いた。義手を接続しているナノマシンの副次効果なのか、通信機が無くても短距離なら義手が通信をやってくれる。

『そうか。私達も生きてたんだが、結晶炉が暴走したから三人で止めに行ってる。万が一に備えて、お前も自害するなりして敗退して離脱するんだ! 他の連中はキサラが倒して避難させた、残ってるのはお前とあと一人だ』

 カティは避難を指示するが、そういうわけにもいかなかった。何せ、犯人が目の前にいるからだ。キサラも他の参加者を直々に始末した者として状況を伝えてくる。

『残っているのはあなたとお茶屋さんを拘束して成り代わって出場したマーガレットという人物のチームです。お茶屋さんは店長やナルちゃん達が助けてくれましたし、そのチームの他のメンバーは結晶炉を暴走させるために失格になりました。残るはマーガレットだけなので気にせずリタイアしちゃってくださいー!』

 とは言われたものの、彼は今回ばかりははいそうですかと素直になれなかった。ここで退いたら、いけない気がしたのだ。

「目の前に、マーガレットさんがいます……」

『なんだって?』

 陽歌からの報告を受けたカティは驚く。そして、彼はカティに告げた。

「すみません、本当は逃げるべきなんでしょうけど、何だか、逃げられなくて……」

『そうか、お前、それは「負けたくない」んだろうな』

 彼の言葉を聞いたカティは、背中を押す。陽歌が単純な他人への恐怖から逃げられないのではないことは、言葉の端々に滲む強い意思から理解出来た。

その感情は、陽歌の中に初めて芽生えたものだった。何故なら、彼にとって他人とは絶対に敵わないものであり、どうやって逃げるか、どうやって被害を減らすかが重要だったのだから。

「負けたく……ない?」

『そうだ。大会で優勝する為に結晶炉を暴走させて、関係ないお茶屋まで巻き込んだマーガレットが許せないんだろ? やってみろ。お前が負けても、私達が仇を取る!』

 カティの言葉は、的確に陽歌の気持ちを表していた。たかだか豆まきの大会を台無しにする為だけに結晶炉を暴走させ、多くの人を危険に晒そうとするマーガレットは確かに許せない。

「はい!」

 陽歌は、戦うことを決めた。ショットガンを突き付けると、即座に発砲して先手を打つ。

「私と戦う気? 無理無理!」

 マーガレットは散弾を回避し、アサルトライフルを掃射した。しかし、陽歌もそれを見てから躱す。そして足元へショットガンを向けた。

「チぃ!」

 攻撃を予想して跳躍したマーガレットだったが、それはブラフだった。ジャンプして着地した隙を狙い、陽歌は引き金を引く。ジャンプ硬直狩りだ。

「くっ! このガキ……」

 ショットガンを受けたマーガレットだが、臆することなくアサルトライフルを放つ。陽歌は彼女に向けてショットガンを投げて攻撃を中断させる。

「小癪な真似を!」

 ショットガンを跳ね除けて攻撃を再開するマーガレットだったが、先に陽歌のサブマシンガンの斉射が直撃する。

「このぉおおお!」

 ヤケになったマーガレットはサブマシンガンを受けながらアサルトライフルを放った。陽歌は射線から外れつつ、銃口の向きは変えない。そして、互いに弾丸を撃ち尽くしてカチンと乾いた音が駐車場に鳴り響いた。

「こいつ……!」

「……」

 マーガレットは陽歌を睨んだ。彼は反射的に恐怖を感じたが、ここで退けないという意思は残っていた。

「こんな軍国主義懐古のイベント如きに! こんなことしている暇があればオリンピックに捧げればいいものを!」

(太平洋戦争以前の体制を嫌っているみたいだけど、発想は国家総動員のそれだ……)

 二人は距離を取り、近くの物陰に隠れてリロードを行う。しかし、触覚のあるマーガレットの方が優勢であった。如何に精巧な義手でも、ハンデは免れないのだ。特に、触覚の有無という大きな差が生まれている場合は。

「勝った!」

 マーガレットは陽歌の隠れている物陰へ向かって走り、アサルトライフルを向ける。だが、そこで見た光景に彼女は息を飲む。

「何?」

 なんと、陽歌はマガジンを口に咥え、サブマシンガンのリロードを行いながらハンドガンをマーガレットに向けていた。脇や首に挟む場合と違い、頭が動かせるので敵に視線を合わせやすい。伊達に両手が不自由な中で生きてきてはいない。

「しまっ……!」

 まさかの事態に対応できないマーガレットへ、陽歌はハンドガンを乱射する。それが尽きたらサブマシンガンに持ち替えて引き金を引いた。弾丸を全て受けたマーガレットはライフが尽き、青い光と共に転送された。これにて、バトルロワイヤル決着である。

 

   @

 

「優勝は、ユニオンリバーチーム!」

 決着に会場は大きく沸き上がった。陽歌も開会式の会場に転送され、無事に島を離脱出来た。だが、同じ場所に撃破されたマーガレットのチームもいたのを彼は忘れてた。

「こいつ!」

「うわぁああ!」

 マーガレットが陽歌に襲い掛かろうとした瞬間、七耶が飛んできて彼女の顔に大きな湿布の様なものを張り付ける。

「ヒバゴン!」

「アバーッ!」

 他のチームメンバーにも七耶は攻撃を繰り出していく。

「マヨネーズ!」

「グワーッ!」

 今度はマヨネーズを丸々一本口に突っ込む。これは辛い。

「魔のエレベーター!」

「ウェアアアアア!」

 三人目はエレベーターに乗せられたかと思いきや、籠ごと天高く打ち上げられる。いったいあのエレベーターはどこへいくのだろうか。

「子育てマス送り!」

「ウワーッ!」

 残る一人は変なマスのある双六に飛ばされた。バラバラの様でどこか一貫性のある技に見えて仕方ない。

「やったな小僧! まさか勝つとは」

(必死に一人倒した瞬間に四人瞬殺されると格の違いを感じる……)

 七耶は素直に賞賛してくれるが、如何せん彼女が強すぎた。自分が苦戦した相手を複数こうも簡単に撃破するとは。

「おーい!」

「結晶炉の暴走は止まったぞ!」

 アステリアとカティ、キサラが戻ってきた。どうやら結晶炉の暴走は無事止まったらしい。

「トラブルはありましたが、優勝はユニオンリバーチームです。おめでとう!」

 そして看板の権利はユニオンリバーが獲得。当初の目的は達成させられた。

「お、覚えてろ!」

 マーガレットは顔に貼られたヒバゴンに苦戦しつつ、マヨネーズを持った仲間と逃走する。残り二人は撤退すら許されなかった、合掌。

「やったな陽歌! 結晶炉はともかく優勝まで出来るとは思わなかった!」

「やったね!」

 カティとアステリアも祝福してくれた。キサラは陽歌の才能に目を付けていた。

「もしかしたら優秀な魔銃士になれるかもしれません……」

 仲間に囲まれ、ワイワイと騒いでいると陽歌はなんだか満たされた気分になった。

(よかった。恩を返せて……)

 今は恩返しが出来たから安心しているのだと思っているが、これがまた違う感情であることに気づくまで、まだしばらく掛かりそうであった。

 

   @

 

「く……こんなことどう伝えれば……」

 敗走したマーガレットはヒバゴンを顔から引っぺがして道端に捨てる。仲間はマヨネーズを律儀に持って歩いていた。

「ん?」

 その時、前から歩いてくる黒いマントの人影に気づいた。その人物は、口を開くなり意味不明なことを言い出した。

「二月二日に暦リーザという女を殺したのはお前だな?」

 そして緑色の刃を煌かせ、二人に襲い掛かった。

 




 二月二日に暦リーザという女を殺したのはお前だな? 謎の殺人犯を探す光剣の黒マント。しかし、そのリーザは生きている? どういうことなのこれ? あーもう滅茶苦茶だよ。
 次回はおもちゃのポッポ新年会、陽歌は果たして、かつての恩人に報いることが出来るのか?


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ワンフェス直前! ワンフェスって何?

 ワンダーフェスティバル2020冬、開催目前!
 武装神姫復活でトリントン基地を襲撃するジオン残党の様に集まる武装紳士達、そしてワンフェス直前にも関わらず新商品を発表してきたバンダイ、コトブキヤ。更なる隠し玉が、財布を狙って目を覚ます!


「あー、それはこっち持ってってくれ」

 ひょんなことからファミパンを喰らい、ユニオンリバーという喫茶店で暮らすことになった陽歌。あれから数ヶ月経ち、年を越して一ヶ月が過ぎ去ろうとしていた。

 いつもは客も少なく、ぐだぐたした店であるが今日は何だか忙しそうである。普段彼がいる二階の休憩室でさえ、何かの作業をしている。ソファにちょこんと座り、わたわた動く同居人達の様子を見ていることしか出来ない。

「な、何か手伝う……?」

 慌ただしく動く七耶に、陽歌は手伝いを申し出る。一応、居候なので何かしないといけない様な気がしていた。

「んー、あぁ……そういえばお前には言ってなかったな。明日のワンフェスのこと」

「ワンフェス?」

 七耶は手伝いのことよりも、何の作業なのかを説明しだした。

「ワンダーフェスティバルの略だな。平たく言えばホビーイベントの一つで、フィギュアやプラモの新作発表や個人ディーラーの即売会がある」

 七耶は作業を放り出して陽歌の隣に座る。

「とりあえず気分転換と振り返りがてら話しておくか。うちにいるなら、毎年あるイベントだしな。7人姉妹が四組もいれば準備も余裕だろ」

 とにかく大所帯のユニオンリバーなので、陽歌もまだ全員としっかり話せていない。その姉妹達の中で特に関係が深いのは、あのオフ会にいた白虎姉妹の長女ナル、何かと気に掛けてくれる青龍姉妹の長女エヴァとそれを監視してるらしき末妹のヴァネッサくらいである。残る朱雀姉妹と玄武姉妹とはそれほど付き合いが深くない。多くが昼間どころか時間問わずフラフラしているので、滅多に全員集合は見られない。

「ま、言ってしまえば立体物を売るコミケだな。そこと違うのは……その日だけ売っていいって許可を版権元から得る『当日版権』を認可してもらって販売する商品があるってくらいか」

 七耶の説明だと、コミケでは版権を得ずに販売している様に聞こえてしまうので陽歌は戸惑った。コミケはミリアがコスプレをしに行ってるので内容は彼も知っていた。

「え?コミケって許可得てないんですか?」

「その辺はグレーゾーンだ。版権元もいちいち許可出したりライン作るの面倒なのか、『放任』の姿勢を取っているな」

 コミケで販売する同人誌は商品ではなく、コミケ自体も商売の場ではなくインターネットのイラスト投稿サイトが無かった時代に作られた『発表』の場である。そのため、その辺は緩い。

「とはいえ、ディズニーや円谷みたいに厳しいところは厳しいし、『これっていいんですか?』って聞かれたらダメと答えるしか無い。馬鹿が公式に突撃した結果同人活動が出来なくなった場合も多々ある」

 ただあくまで著作権の侵害が被害者本人が届け出ないと立件されない親告罪であることを利用した緩さではあるので、注意が必要だ。渋谷で公道を爆走するリアルマリオカートみたいにやり過ぎれば訴えられるし、版権元も許可を出しているか聞かれれば出していないと言うしかない。また著作権法が改定されて非親告罪になればあっという間に取り締まられる危ういラインの存在でもある。

「コミケの話はいいか。で、その個人ディーラーが作ったフィギュアや改造用のパーツを買えるのがワンフェスの目玉でもあるな」

 ワンフェスではコミケの同人誌の様に、個人が作った立体物を購入出来る。当日版権の存在から、ここでしか買えないものも多い。

「個人が作ってるから大量生産出来ないし、その分お値段も張るが……メーカーが出してくれないニッチなものからオリジナルデザインのものまで多種多様だ。改造パーツやデカールなんかは愛機に使ってやると一気にライバルに差を付けられるぞ」

 メーカーは商売なので当然、採算が取れないと商品化してくれないが、個人ディーラーは趣味で作っている人が多いので絶対立体化しない様なあんな脇役メカやマイナー武装、欲しかったあのマークのデカールなどが手に入るチャンス。

さらに完全オリジナルのパーツもあるので、入手出来れば改造のオリジナリティがグッと上がること間違いなし。

「何だか凄そうだね……」

「ま、そういう貴重なモンが売られる分、転売屋が沸くんだがな……」

 楽しげなイベントではあるが、金の匂いがする所に奴らあり。転売には要注意だ。

「転売屋?米騒動やオイルショックのトイレットペーパーみたいなことがあるだね」

 市場から商品を買い占めて高額で売り捌く犯罪者、それが転売屋だ。陽歌は本で読んだ知識から生活必需品の品薄に漬け込むのが基本の手口と考えていたが、近年はオークションサイトの手軽さからその活動範囲を広げている。

「まぁあいつら売れるもんなら梅干しの種でも何でも売るからな。ゼロワンドライバーの時とかクリスマスの時とか、結構な騒動になったもんだ……」

 七耶は昨年、転売屋が起こした騒ぎに思いを馳せる。九月頭にあった変身ベルト、DX飛電ゼロワンドライバーのことはともかく、クリスマスの時は陽歌も療養中で知らないことだ。

「最近の転売屋は質が悪くなってな、黄色い布巻いて押し込み強盗みたいな真似しているマーケットプレイスって連中がいるんだ」

 その二件の騒動は転売屋ギルド、マーケットプレイスが引き起こしたものであった。今回も動く可能性があるので、主催者は注意を呼び掛けている。

「会場で買えなくても、後日通販してくれたりするディーラーさんもいるぞ」

 ディーラー側でも対策を取っており、オリジナルだったり版権モノでも著作者が許せば通販で流通数を増やす事で、転売されたものを買わなくてもいい様になっている。多くのメーカーが取っている対策の一つであり、まさに在庫を抱えて爆死しろと言わんばかりに生産する会社も多い。

 その他には、キャラものなら作品への基本知識を問う、商品名を日本語で正しく言えるか、そのゲームで必ず手に入る最低レアの該当キャラを持っているか、など幅広い対策が行われている。このグローバル社会で日本語指定なのは奴らの多くが『大陸のテンバイヤー』だからである。

「何か色々大変そうだね」

「ま、今年は武装神姫のゲームが発表されたからなんかあるだろうし、チラ見せの情報だけでも凄いものが待ってるかもしれん。ディーラーでのお買い物をしなくても、新作を生で見られる機会と考えりゃ十分ガイドブック代の元を十二分に取れるさ」

 忘れてはいけないのが、ガイドブックの存在である。ワンダーフェスティバルは入場料の必要なイベントで、事前に書店や海洋堂の通販でガイドブックを買うか当日に購入する必要がある。事前に買っておくと当日にガイドブック購入の列に並ぶ手間が省けるのでオススメだが、新作の展示を見るだけだったりイベントの空気を味わう分には当日購入でも十分だ。

 特に絶対欲しい販促物が無いなら案外十分だったりする。

「今年は私達がディーラー参加だ」

 そして、今年はユニオンリバーが間借りではあるがディーラーとして参加することになった。そのため、準備で忙しかったのだ。

「何売るの?」

「お茶」

 肝心の販促物はティーバックに入ったお茶だそうだ。何とも静岡らしいチョイスである。

「あと色紙。まぁ今回はディーラー参加についての勉強って感じだな」

 重要なのは売るものよりもディーラー参加の経験値を稼ぐこと。何事もやってみないと分からない。

「というわけで小僧、お前も行こうじぇ」

「え?」

 七耶は唐突に、陽歌を連れて行くと宣言した。しかし彼は極度の対人恐怖症。知らない人がたくさんいる中に行っていいのだろうか。更に陽歌は、寒さに弱い。暑さなら我慢できるが、寒さとなると過去のトラウマからパニックに陥ってしまうのだ。

「だ、大丈夫かなぁ……」

「安心しろ。手は打ってある」

 心配になる陽歌だが、七耶は既に対策を考えていた。その方法とは、そしてワンフェスで発表される衝撃の新商品とは?

 




 七耶の立てた対策により、安心安全のワンフェスを楽しむ陽歌の前に、あいつらがやってくる! 黄色い布巻いて、金の匂いに集る蠅。否、蠅と比べたら失礼か。蠅は植物の受粉や死肉の分解に活躍しているぞ。そう、転売屋ギルド、マーケットプレイス!
 立ち上がれ陽歌! 自分を救ってくれたホビーを今度はお前が守る番だ!


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バレンタイン2020 メイドインチョコレート

 バレンタインとは、流血沙汰である。
 地球ではギャングの抗争があり、ある次元では宇宙の居住区に核を撃ち込み、またある次元では戦闘職にチョコレートを渡して愛を伝えようとした人々が虐殺されたり、もうまさに地獄としか言えない有様なのだ。


 2月14日、それはお菓子メーカーの陰謀により定められたイベント。チョコレートを贈るという習慣は近年出来たもので、本来は愛する者の結婚を手伝った殉教者、聖バレンタインの命日である。

そんなイベントなど関係無い。というわけで貴方は今日もいつも通り過ごすことになったが……。

まずはどこに行こうか?

 

▽喫茶店に行く

▽厨房へ行く

▽休憩室へ行く

 

喫茶店ユニオンリバー。そこまで有名な店とはいえないが、チェーン店の様に人の出入りが激しくないことから落ち着いた場所ともいえる。が、騒動喫茶の異名は伊達ではなく何らかの世界が破滅する恐れのある騒ぎが日常的に起きている。

それでも、見知らぬ誰かが大声で話す様な場所に比べれば不快感の無い騒ぎである。むしろ、この勢いは爽快感さえ覚える。

「あら、いらっしゃいませ」

そこのウェイトレス、アステリアがいつもの様にお冷やとおしぼりを持って出迎えてくれた。席が空くのを待たずに座れるのも快適さの一因だ。そして、メイド姿の彼女にあくまで商売であるがこうして接してもらえるというのがここに来る最大の理由だろう。恐らく、常連客の大半がアステリアを初めとする美人な従業員を目当てにしている。

アステリアがメイド服以外を着ているところを見たことは無いが、ロングスカートのクラシックなエプロンドレスはとても似合っている。露出の無いゆとりのある衣服だが、その上からでも分かるほどスタイルはいい。メイド服が、主人が誤ってメイドに手を出さない様に最大限色気を削ったものという成り立ちに疑問符を呈したくなるほどだ。

レースのヘッドドレスを乗せた青髪は短めに切り揃えられており、メイドとして作業に支障をきたさない様にという配慮が見受けられる。

「ご注文は……いつものブレンドコーヒーですね」

頼む物が同じなので注文も覚えてもらっている。が、気分による変化がある可能性も考慮して尋ねてくれる。何処までも行き届いたメイドである。彼女が机に置いたものに、見慣れないものがあった。ラッピングされた小さなチョコレートだ。

「今日はバレンタインですから、いつもお世話になっているお客様に」

お店からの、所謂義理チョコだ。単なるサービスと分かっていても、嬉しいものだ。

注文を取り終えたアステリアは厨房に向かっていく。そして、すぐにコーヒーを持って戻ってくる。しかし机に置いたのはコーヒーだけではない。頼んだ覚えのないチョコレートケーキが一切れ。

これは? と思ってアステリアを見ると、彼女は黙って唇に人差し指を当てた。そして、そのまま厨房に戻る。

 

   @

 

『僅かな私心』

アステリア・テラ・ムーンスからのバレンタインチョコ。店からのサービスであるチョコに、アステリアお手製のチョコレートケーキ。いつもご贔屓にしてくれる貴方へ、心ばかりの感謝を。

 

   @

 

喫茶店ユニオンリバーの厨房は設備が整っているが、その全てを店の経営において一挙に稼働させる機会は少ない。大所帯かつ多数の大喰らいをかかるユニオンリバーを支える台所としての役割が大きい場所だ。

「まぁ、寄ってけよ」

そんな気安さからか、普通に客を入れることが多い。料理長のカティも、衛生にこそ気を使っているが抵抗なく来客を受け入れる。飲食店の心臓部とも言えるこの空間に迎えるということは、それだけでも信頼の証なのだろう。

あまり表に出て接客しないが、カティもテレビに映る量産型の芸能人なんかよりずっと美人である。チャイナドレス風味の衣服も相まって、アステリアらに負けないほどのグラマラスさが目立つ。

料理人としての腕も高く、機会があれば逃すことなく喫茶店で食事をしたくなるほどだ。当然毎食の様に外食するのは財布へのダメージが重いのだが。そうなると毎日、彼女にご飯を作ってもらえるユニオンリバーの人々がとても羨ましく感じる。

「ほら、今日はバレンタインだろ?」

カティは不意に、大きな箱を渡してくる。重箱だろうか、風呂敷に包まれている。渡す時の気安さからは信じられないほどの重量がある。

「ほら、私のポジションって厨房だろ? だから他の奴がバレンタインに向けていろいろやってんの見えるんだよ……」

彼女はなぜこのような事になったのかを説明する。

「でも、この店の台所持っている以上は負けられなくてな。作り過ぎた……」

生来の真剣さが仇となったのか、この始末。

「まぁ、それぞれ誰に渡すかまでは知らないからな。私ら全員分の、お前への感謝の気持ちだと思ってくれ」

恐らく、様々なチョコを作っていたメンバーに触発された結果なのだろう。チョコレート菓子としのバリエーションは殆ど網羅していると考えていい。

「ああ、お返しは考えなくていいぞ。これ自体がお返しみたいなもんだし、お返しのお返しってのも変な話だ」

こうも物理的に巨大だとホワイトデーの内容に悩むだろうと考えたのか、カティはそんなことを言う。

「あー……なんか調子狂うな……。ま、そういうことだ」

どうにも気恥ずかしいのか、カティは無理矢理話を締めた。

 

   @

 

『パイレーツコレクション』

ヘカティリア・ラグナ・アースガルズからのバレンタインチョコ。珍しくやり過ぎを自覚しているカティだがそれもそのはず、単なるチョコ菓子の詰め合わせではなく材料も宇宙海賊時代に見つけた最良の物を厳選。密かに忍ばせたハート型のチョコには、見慣れぬ文字が書かれている。

 

   @

 

喫茶店の二階に存在する休憩室は、普段ある人物らが占拠している。机にプラモデルを並べて遊んでいるのは、巫女装束を纏った黒髪の幼女だった。

「ん? ああ、今日はバレンタインだな、血の」

妙にそわそわした空気を悟ったのか、彼女は機動戦士ガンダムSEEDの世界における事件を出してくる。見た目に反して大人っぽい余裕を感じる。

 彼女は外宇宙の兵器のCPU、攻神七耶。つまりこんな成りであるが人間ではない。年齢も外見からの推測は全く当てにならないと考えていい。そんな存在が跋扈しているのが、このユニオンリバーだ。

「で、お前は貰えたのか? 浮いた話の一つも無さそうではあるがな……」

 随分失礼な物言いだが、事実なので何とも言えない。第一、このホビー界隈にどっぷりといる人間に甘い展開を期待するのが無理な話なのだ。

「ほら、これでバレンタイン0個は回避できるだろ?」

 七耶が渡してきたのは、「どうあがいても、義理」なチョコクランチ。小さいもの一つである。

「ま、お前くらい面倒見がいいと義理くらいならそれなりに貰えるだろ。あんまお腹いっぱいにすると困るだろうからな。楽しめよ」

 そう言って、彼女は送り出す。このバレンタインという戦場へ。

 

   @

 

『祭りの嚆矢』

 攻神七耶からのバレンタインチョコ。義理チョコに丁度いい小さなチョコクランチ。もちろん義理……なのだろうか。とはいえ、戦う為だけに産み出され、機械化惑星で八千年もの眠りに着き役割を終えた彼女なりにバレンタインを楽しんでいる証なのだろう。気になるあいつはどんなチョコを貰うのか、たまには祭りを眺めるという楽しみ方も悪くない。

 

   @

 

 休憩室にいると、猫の様な髪型をした金髪の少女がやってきた。ナルは今日がバレンタインということを覚えているのかというくらいいつも通りだった。

「に」

 そしていつもの様にスッとチョコを渡す。しかしその量たるや。ビニール袋にどっさりとチョコ菓子が入っている。

 え? これ一人分? という動揺も全く受け取ることなくナルは去っていった。よく見ると同じ様な袋を複数持っているので、間違いではないのだろう。

 

   @

 

『一人分のおやつ』

 ルナルーシェン・ホワイトファングからのバレンタインチョコ。アメ横のたたき売りかの如く袋に詰められたお菓子。これで一人分だが、大喰らいのナルにとっては一回のおやつである。バレンタインはチョコをやり取りする日、そのくらいの認識でいいのだ。

 




 他の間に合わなかったキャラや男性陣はホワイトデーイベントに!


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2020年 令和2年猫の日

 今年は凄いぞ! ただでさえにゃんにゃんにゃんで猫の日なのに令和二年で2020年だからさらににゃんにゃんにゃんだ! もうにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんだ!


ねこはいます。


 巷では、2月22日はにゃんにゃんにゃんで猫の日というそうだ。ガンプラバトルネクサスオンラインでも、それを記念したイベントが行われている。

『猫の日記念! ログインボーナス!』

「わ……!」

 いつもの様にGBNへログインした陽歌は突然現れたファンファーレとウインドウに驚く。ウインドウは宙に浮いており、プレゼントボックスを表示している。彼のダイバー姿は現実の姿ベースであるが髪色と瞳色が黒くなっている。服装は半袖のシャツの上にタクティカルベストを着込んでいる状態となっており、現実とは逆に腕を露出するファッションが選ばれていた。

「これは……」

 プレゼントとして入っていたのは、『三毛さくら猫耳』というアイテムだった。猫耳はカチューシャではなく、実際に耳が生えるアイテムであった。

「ほう、陽歌くんは初めてだったか……」

「あ、山城さん」

 困惑する陽歌の前に現れたのは、流星号のマーキングが入ったつなぎを着込んだ黒髪のセミロングの女性であった。ダイバーにしては陽歌も彼女も、かなり地味な見た目をしている。それもそのはず。ここは陽歌のかかりつけである松永総合病院の持つ医療用ディメンジョンの内部なのだ。

 GBNの持つダイブという特性は寝たきりだったり現実に障害で行動が大きく制限させられる患者にとって、自由に動ける『もう一つの世界』という環境を提供することでクオリティオブライフの向上に役立っている。

 カウンセラーである山城詩乃は現実とダイバーの姿を一致させてスタッフであることをハッキリさせているが、陽歌は自分の憧れを反映させた姿になっている。見た目はただの日本人だが、これこそが彼の望みである。異質に生まれ、異端として迫害を受けたせいか『普通』に憧れを持っている。

「GBNは毎年猫の日に特別なアクセサリーを配布しているよ。さくら猫耳はここでしか手に入らないんだよ。色はランダムなんだよね」

「さくら耳……猫の保護活動で去勢した個体とそうでない個体を見分けるための処置ですね」

 猫の保護活動では、野良猫が特定地域で増殖しない様に去勢を行っていることがある。その際、猫を捕まえるのだが目印が無いと捕まる猫がいつも同じ奴になってしまい「またお前かよ!」が頻発してしまう。そこで考案されたのがこの耳の切り込みである。桜の花びらの様な切り込みは去勢済みの証なのだ。

 そんな耳を再現したのがこのアクセサリー。普通にビルドコインで買える猫耳とはわけが違うのだ。

「ちなみに限定ミッションをやると『猫尻尾交換券』が貰えるよ」

 詩乃が教えたのは、この日だけプレイできる限定ミッションだ。その名も、『レッツ猫バンバン!』。イベントなだけあり、ガンプラを使わずログインしている人にも楽しめる内容になっている。その内容もただひたすら基地に止められた軍事車両を叩いてエンジンルームで温まっている猫を追い出すだけの簡単なものだ。

「猫バンバンをゲームで……」

 現実でも冬場は猫が車の中で温まっていることが多く、運転前には車のボンネットを軽く叩いて追い出すことが推奨されている。そうしないと猫にとっても車にとっても良くない結末が待っている。

「そんなわけミッション行こうよ。猫系改造パーツのドロップ率上がってるし」

 そんなこんなで詩乃にミッションへ連れていかれる陽歌。猫系のガンプラ改造パーツとは一体何なんだろうか。とにかく今日もガンプラは自由であった。

 

   @

 

 病院から帰ってくると、喫茶店は猫カフェかと思うくらい猫だらけになっていた。

「これは……?」

 見た感じでは血統書付きっぽい個体がいないので野良猫が集まっているのだろう。それにしてもかなりの数だ。これは一体どうしたことか。

「一体何があったんですか?」

「おかえり。これはちょっといろいろあってね」

 アステリアに事情を聞くと、やはりのっぴきならない事情があった様だ。

「ほら、うちってどんなに掃除しても鼠やゴキブリが出ちゃうじゃない?」

「飲食店の宿命だな」

 カティもうんうんと頷く。どんなに綺麗にしても、対策を繰り返しても、飲食店はゴキブリや鼠の恰好の住処。どうしても頭を悩ませるポイントであった。

「そこで猫をたくさん入れたらどうかなって」

「ゴキブリと鼠より先に営業許可が無くなりそうですね」

 猫カフェならともかくユニオンリバーは普通の喫茶店。こんなに動物を野放しにしていては保健所に怒られる。野良なのでまずは彼らを綺麗にして蚤を取るところから始めた方がいい様な気もする。そして里親を募集しよう。

「出たぞー! Gだ!」

 七耶が叫びながら店にやってくる。G、つまりゴキブリが出たのだ。

「来たか……」

「実力を見せてもらおう!」

 陽歌は臆することなく出現場所を見にいく。カティも早速、新入りの狩人たちの腕前を拝見といったところだ。が、猫たちは互いにじゃれるか寝ているかしており、ゴキブリに一切興味を示さない。

「そんな!」

「これなら人が捕まえる方が早いですね……」

 中に入れるベッドを買ったら上に寝る。それが猫だ。陽歌がゴキブリを追い詰めて義手とはいえ捕獲する方が早かった。

「お前よく触れるな……」

「感覚無い分、潰さない様にするの苦労するけど。でも体温ないから爬虫類を触る時は有効かも」

 変温動物は人体の熱でも火傷するほどデリケートであり、そういう意味では義手は良し悪しというところだ。ちなみに一応言っておくが、陽歌は生身の時からムカデや蜘蛛などを含む虫を抵抗なく触れるタイプである。

「あ、卵抱えてる。雌かな?」

 そして躊躇うことなくゴキブリを観察する。掴むならともかく、こんな不快害虫の王者をまじまじと見るなど並の精神力ではない。

「というか、またあなたですか……。子供出来たんだ、じゃなくていいですか? いくら食べ物が多くて暖かくてもここにはもう来ちゃダメって二回くらい言ってますよ? 捕まえたのが僕じゃなかったら殺されているし、この店にはゴキブリホイホイもブラックキャップもあるんだから命がいくつあっても足りないよ」

 彼はゴキブリを窓からポイ捨てする。明らかにゴキブリの個体を特定しての発言である。

ゴキブリに対して不快感を持たないので殺すこともしない陽歌だが、一応衛生面では害虫であることを理解しているので然るべき対応は取る。生き物が好きだからこそ、雑食性の動物である人間として肉を食べることに抵抗は無く、生態系というシビアな世界も理解しているタイプだ。

「で、どうするんだこの猫。集めたはいいが特に役に立たなかったぞ?」

「とりあえず里親でも探しましょう。まずは空いている部屋に集めて……」

 七耶とアステリアは策略がうまくいかなかったので、予定していた隔離場所に猫を集めることにした。

「よし、行くぞ」

「しかし数が多い……」

 喫茶店に直通している部屋に猫を入れていく七耶とカティだが、扉を開けていると入れた猫がそのまま出ていってしまう。これではキリが無い。

「つーか仕切りみたいなの無いのか?」

 さすがにこの無限ループに七耶はモノ申した。高い柵の様なものを用意しておけば、こんなことにはならなかったはずである。

「いや、一応トイレやキャットフードとかと一緒に買って来たんだが……」

 カティは壁に立てかけられた折り畳みの柵を指さす。歪んでいることから、壊れていることは想像に難くない。

「安物だったのか、開こうとしたら壊れちまって」

「お前の力加減が原因だ!」

 カティが使おうとした直前に壊してしまったらしい。どこかが外れたとかではなく、プラスチックの骨組みが折れているので修理は不可能だろう。仕方ないので、陽歌は猫をひたすら回収し続ける。

「お、前より猫に嫌がられない?」

 そこで気づいたのは、以前ほど猫に避けられないという点である。喫茶店に引き取られる前は、人なれした野良猫でも嫌がって近づいてこなかったのだ。

「そりゃあれだろ。前の義手がモーターとかの音させててそれで気づいたとか……」

 七耶は前まで使っていた義手が原因ではないかと考える。今の球体関節人形みたいな義手は何で動いているのか、駆動音も排熱も無い。

「って、なんでお前がやると逃げないんだ?」

 そこで彼女は、陽歌が連れていくと猫が逃げる確率が大幅に下がっていることに気づいた。これには秘密がある。

「あ、そうですね。猫同士にも相性があって、こいつとは一緒にいたいとか逆にこいつは嫌だとかあるみたいなんですよ。だから一番多くの猫と相性のいいこのキジトラを軸にして入れていけば……」

「んな短時間で猫の相性見抜いたのか……?」

 さすがに完璧ではないのか、やはり逃げる時は逃げる。動物好きと危険を回避する為の観察力がシナジーした結果ともいえるが、脅威の能力であった。

「次は黒猫の男の子、その次は三毛のおばあちゃんか……」

「おま……黒猫とか6匹くらいいるんだが?」

 七耶には全て似た様な猫にしか見えていなかったが、陽歌には全員違う猫に見えている。一見すると素晴らしい能力に見えるが、人間を信用出来ず、動物に本来与えられるべき温もりを求めた末路でもある。いずれにせよ、正常な精神でないのは確かだ。

「でも困ったなぁ……あの子、どの猫とも仲悪いみたい……」

 しかし陽歌にも困りごとがあった。周囲から孤立している猫がいるのだ。その猫は黒猫で、瞳は金、尻尾の先端が白色であった。これは七耶にも見分けが付いた。

「あの子は違う場所へ連れていきましょうか」

 アステリアの提案で、その猫だけ他の猫を分けることになった。

 これが、一つの運命の出会いであるとは誰もこの時は気づかなかった。

 




 GBN猫の日キャンペーン
・ログインしたダイバーにランダムで『さくら猫耳』配布。
・限定ミッション『レッツ猫バンバン!2020』配信。ミッショントリガーがドロップすることも。初回クリア時に『猫尻尾引き換え券』を獲得可能。
・ねこですよろしくおねがいします。
・『ベアッガイ用猫耳パーツ』、『プチッガイ用キャットコスパーツ』など猫関連のアイテムデータドロップ率上昇。
・ねこはいます
・隠しエリア『井戸のある小屋』出現。ここを覗くと……
・猫関連アクセサリー取り扱いショップ開店。猫尻尾引き換え券使用可能。
・ねこでした。


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〇伝説のLBX、オーディーン!

 オーディーン、それは伝説のLBXプレイヤー、山野バンの愛機である最強と謳われたLBXである。初の変形機構を実装し単独飛行を可能にした機体であり、象徴的な必殺ファンクション、グングニルと共にその名を轟かせた名機。


 その日、陽歌は寒さと暴力から逃れる為に金湧市の図書館を訪れていた。背もたれのある椅子に深く座り、暖房の暖かさから瞼が重くなっていた。まだこの時は両腕があったため、足の先や指がかじかんで痛んでいた。

「ふぅ……」

 ここは静かであり、彼を虐げる同じ学校の児童も来ないので一つの逃げ場になっていた。家では床の冷たさや寒さ、空腹で眠ることも出来ないが、ここなら少なくとも温度の問題は解決する。

「なんだ、またお前か!」

 丁度良くうつらうつらとしてきたところに、一人の大人がやってきた。図書館の職員らしく、鬼の形相で陽歌を睨んでいた。

「居眠りのためだけに来やがって! 小汚いガキが!」

 確かに髪はボサボサで服もよれているが、臭いと言われるのが嫌だったので陽歌は身体を拭くくらいはしている。それでも、みすぼらしさは隠せない。

「今日も来てたら追い出してやろうと思ったところだ! さっさと出ていけ!」

 陽歌は反論もなく、立ち上がって図書館から出ようとする。抵抗しても、いいことが無いのは既に学習済みだ。

「何をしている?」

 騒ぎを聞きつけたのか、高齢の男性がやってきた。ただでさえ分が悪いのに、敵が増えては困る。陽歌は急いで帰ることにした。その時、男性から意外な言葉が飛んできた。

「大丈夫かね? 怪我しているようだが……この男にやられたのか?」

 怪我のことを聞かれ、陽歌はきょとんとする。職員は慌てて男性の言葉を否定する。

「殴っていません!」

「本当か?」

 男性は疑いの目で職員を見る。気が抜けて倒れかかった陽歌を、彼は咄嗟に支える。

「おっと、これはいかんな……」

 そのまま陽歌を椅子に座らせると、男性は腕時計を見て渋い顔をする。

「うーん、飛行機の時間が恨めしいな……。君、学校は嫌いかね?」

 質問の意図が分からず、陽歌は困惑する。こういう質問には、どう答えるのが『正解』なのか見当も付かなかった。男性も彼が答えに困っている様子を察して、話を続ける。

「もし、どうしても学校に行くのが嫌なら、図書館へ来なさい。勉強というのは学校の授業だけではないのさ」

 そう言って、近くにあった本を男性は陽歌に渡した。それは北欧神話について書かれた本であり、表紙には主神オーディンの姿が描かれている。

 そのまま男性は立ち去る。嵐の様な出来事だったが、このことは陽歌の中に深く刻まれた。

 

   @

 

 1月26日、この日はユニオンリバー主催の新年会がおもちゃのポッポで催された。おもちゃのポッポは静岡県島田市内にある個人経営の玩具店で、量販店にはない掘り出し物が満載である。そこには工作室もあり、買ったプラモデルを組み立てることが出来る。

 カードゲームをするスペースも使って行われる盛大な工作会が新年会の主な催し物だ。多くの人が県内外から詰め掛け、狭いスペースにぎっちり詰まっている。

「……」

 そんな中、緊張の面持ちで隅の席に座る陽歌がいた。以前のオフ会で偶然この集団と出会ってから、そのメインメンバーの一人にファミパンされて持ち帰りされた彼はユニオンリバーという喫茶店で暮らしていた。献身的な看護の結果、年を越す頃には肉付きもよくなり顔色も改善、目の隈も消えていた。ボサボサだった髪はボブカットに切りそろえられている。

「そんな緊張するなって。変人だが悪い奴らじゃない」

「そ、そうですね……」

 七耶は陽歌に声を掛ける。それでも本能的な恐怖は抜けないのか、胸の前で手指を絡めてもじもじしていた。着込んでいる白いパーカーは大き目なのか袖が余っていた。ボトムスが黒のホットパンツとタイツなので細い足が更に引き締まって見える。靴はアサルトブーツと思いの他履くのが難しいものが選ばれている。

「私は木葉胡桃、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」

陽歌の向かいに座ったのは、黒髪をベリーショートまで切り揃えた少女。ミリアの知り合いで自分の事情も知っているというので、他の他人よりは警戒も薄れる。

そもそも、ここにいる人間は生放送でよく話すのでかつて自分を虐げていた者とは大きく違うと彼は頭で理解していた。とはいえ、本能的な恐怖が無いわけではない。

「はー、なるほど……響くんとお揃いだね」

胡桃の隣にいるのは、周囲から浮いた少女だった。浮いているというのは雰囲気ではない。物理的に、である。窮屈な場ではあるが、それを感じさせないほど自由に振る舞っている。何せ、他人や机などを身体が貫通しているからだ。まるで出来の悪いCGみたいに。

見かけは栗色のボブカットがふんわりと小動物の様な印象を与える小柄な少女である。だが、本人曰く『幽霊』なんだとか。

とか言いつつ、彼女の描いた絵を見るだけで他人には見える様になるらしい。生放送の説明ではそういうことになっていた。陽歌としては、ロボットだのケイ素生命体だのがいるので幽霊くらいは普通に感じる様になっていた。

「あ、私は暦リーザ。陽歌くん、よろしくね!」

リーザは机を貫通しつつ陽歌の手を取り、握手しながら持ち上げる。途中で机に義手がぶつかるが、陽歌はそれさえ気にならないほどの驚きを覚えた。

「え……?」

「あぁ、ごめん。引っ掛かっちゃった」

触覚を持たないはずの手で、リーザの手の柔らかさや体温を感じることが出来た。これは、どういうことなのか。

「おー、どうやらそこも響くんと同じみたいですな……それでは、試させていただく!」

彼の反応だけでその事実を察したリーザは急に陽歌へ飛びかかる。

「うわぁ!」

だが、身構えた彼の予想に反してリーザは机や椅子ごとすり抜けてしまう。これは何の試みだったのか。

「響さんは全身強化だから勝手が他の人と違うって……」

「あー、そういえばそうだったね……」

義手に触れたことから察するに、生物へは干渉出来ないらしい。胡桃の語る響という人物は人工物が全身にあるのか、触れられるみたいだ。

「おー、仲良くやれそうでよかったよかった」

隣に座っていたミリアは三人の様子を微笑ましげに見ていた。胡桃とリーザはミリアがコミケで知り合った友人である。コスプレを趣味とするミリアは、コミケ以外にもよくコスプレイベントで胡桃と行動を共にする。

リーザは胡桃の友人で同人作家をしている。二人共高校生であるが、リーザの小柄さはとてもそう見えないほどであった。

「響くんも来ればよかったのに。陽歌くんも義手の先輩がいたら心強いでしょ?」

「そ、そうですね……」

周囲に同じ様な義手を使っている人間がいないため、確かに同じ立場の先輩は貴重な存在であると陽歌は思った。同じ悩みもあるだろうし、それに対する解決策も持っているかもしれない。

ミリアは響の名前を聞いて、かつてのことを思い出す。

「そうだ、響といえばこの前台風で沈んだポッポの在庫を動く様に直してくれたんだよね」

「凄い人ですね……」

おもちゃのポッポが台風の被害を受けた際、電子部品を使うおもちゃが水没して故障してしまったのだ。それを響が修理して、定価では流石に無理だが半額程度で販売出来る程度に復旧してくれたことがあるらしい。在庫の中には量販店から姿を消した過去のおもちゃも多く、パッケージや説明書無しでも欲しがる人がいる。それに、仕入れた商品が全くダメになってしまうのはダメージが大きい。

「義手でもそこまで出来るなんて……」

「ま、でも訓練すれば出来る様になるくらいに捉えればいいから。生活に困らないならそこまで極めなくてもいいと思うし」

響というまだ見ぬ義手の先輩に陽歌が畏怖を感じていると、胡桃がフォローを入れる。確かに、そのレベルまで到達出来れば凄いのかもしれないが生活だけならそれなりでも成り立つ。よくテレビで取り上げられる障がい者は何らかの特技を持っているため多くの人が勘違いしがちだが、本来は健常者と同じ様に生活するだけで凄いことなのだ。

「そういえば今日、さなちゃんいないね」

「何だかどうしても外せない用事があるんだって」

 胡桃はいつもミリアと行動を共にしているさながいないことに気づいた。さなは月の住人で、陽歌の義手を初めとしたナノマシン技術の出処を故郷としている。

「ん、ああ、珍しくあの兎と一緒に仕事するんだってな」

 七耶はユニオンリバーに出入りしているもう一人の月の住人と共に用事があることを思い出した。あの二人が誰かに投げず、同時に自ら向かうとはよほど重要な要件なのだろう。

「さて、その二人の分までそろそろ作り始めますか」

「私プラモ作るの初めてー」

胡桃はここで買ったプラモデルを取り出し、製作を開始した。彼女が選んだのは今週発売の『光武改(大神機)』。セガサターンというゲーム機で発売されたソフト、『サクラ大戦』シリーズに登場するロボットのプラモである。一方、リーザは初心者ということもあり『SDBD:Rヴァルキランダー』をチョイス。こちらは高いプレイバリューに対してパーツ数少なめでハロプラ同様、手もぎでパーツの取れるキットになっている。

陽歌が選んだのはSDCSのシャア専用ザクⅡ。加えて今月発売されたレッドカラーのクロスシルエットフレームにシルエットブースターだ。SDCSは内部のフレームを選択することで、頭身を自由に選択することが出来る。基本的に、同梱されているのはSDフレームと呼ばれるものだが、別売のクロスシルエットフレームを使うことで頭身の拡張、及び可動範囲の拡大が出来る。また、シルエットブースターに付属のパーツを使えばさらに頭身を伸ばしたり縮めたりすることが出来るのだ。なにより、ザク系向けに丸みを帯びた太腿部のフレームパーツが付属、ハンドパーツも豊富だ。

長い歴史を持ち、本家以上に多数の派生作品を持つSDガンダムでは頭身一つとっても様々な解釈がある。そこを自由に出来るとても便利なシリーズである。

ホワイトとグレーは発売済みで、レッドというよりはピンクに近いが同時発売のグリーンと合わせてザクに使えと言わんばかりの構成が今月発売された。金型を流用しているせいでそれぞれに緑とピンクのジム頭やジム用パーツが付いてくるのだが、まぁカラーコーデにでも使うといいだろう。最近は30ミニッツミッションといい、コアガンダムのプラネッツシステムといい、塗装をしなくてもカラーカスタムが楽しめる様にと配慮がされている。

「ん? ああ、そういうこと……」

SDなので組み立ては簡単だが、肝心のフレームが二種類あったり、そのフレームに差し替えるパーツがあったりで複数の説明書を跨いだりする必要があるので慣れない内は大変かもしれない。脚と腕でフレームを差し替えて好みの体型にしたり、片腕だけ長くして異形腕っぽくしたりと工夫のしようも多い部分ではあるが、自由度の高さは同時に初心者を苦しめ易いというジレンマ。

「おー、ここメッシュパイプなんだ」

胡桃は慣れているのか、少々難易度の高い光武をテキパキ組み立てていく。コスプレイヤーの大半が衣装を説明書も無い状態、時折僅かな立ち絵のみから自作するのでやはり手先は器用なのだろう。それだけではなく、プラモデル慣れしている様子も見られる。

「くーちゃん早いね。プラモデルとコスは別だと思ってた」

リーザはキットが簡単ではあるものの、パーツ探しに苦戦しているのかペースがゆっくりだ。同人作家で当然手先が器用なリーザでも、プラモに慣れていないとランナーからパーツを探す、説明書の通りに組むなど独特の作業には時間が掛かる様だ。

「まぁ、最近はプラモデルが題材のアニメとか増えて来たし小道具としてまんま使うことあるからね。そうで無くてもロボアニメとかだと貴重なキャラグッズだし」

胡桃の様に、機体への想いというよりそれに乗るキャラクターのグッズとしてプラモデルを集める層も存在する。艦これやガールズ&パンツァーが流行った時には普段買わない人がプラモデルを買ったりしたのだ。

「はー、そういうこともあったねー。私なんか艦これの艦隊一つ分プラモ買ったけど、箱開けてビックリしちゃった。あんなに薄い箱なんだから簡単なんだとばかり」

最近は接着剤不要、成形色でカラー際限のプラモが多いので、スケールモデルなど接着、塗装必須のプラモはランナーの段階でユーザーの心を折ることが多い。

「あれ? 艦これの時だっけ?ガンパンやコトブキ飛行隊でもやらかしてなかった?」

「そうそう、その時のことを忘れててね……」

しかもリーザは似たようなコンテンツに対して同じ過ちを繰り返していた。スケールモデルに挫折する経験を陸海空制覇している。

「まぁ、物が替われば別物だと思うから多少はね?」

「アズレンでもやってた……」

加えて海は二冠。もう言い逃れ出来ねぇからな。

「ま、まぁそういうことありますよ」

陽歌もホビーには詳しくないので、この事を他山の石としようと心に誓いつつフォローする。

「あるよね!」

リーザもそれに応えてダブルピース。胡桃はこの開き直りっぷりに少し頭を抱えていた。

「なんだろ……まぁ他人に迷惑掛けるミスはしないし、見てて面白いからつい甘やかしちゃうんだよね」

「いやいや、私やらかしちゃってるから」

その言葉をリーザは即座に否定する。というのも、今の彼女の状態にその原因があった。

「階段から落ちるなんて死に方しちゃって、みんなに迷惑かけたなって」

「死ぬのは不可抗力ですよ……」

露骨に感情を出さないものの声のトーンが落ちたことから本気で気にしていることを察した陽歌は、それはどうしようもないことだと伝える。

「僕だって、死にたくは無かったですけど振り返ってみれば死んでてもおかしくないことばかり……」

瞬間、彼の脳裏にある光景が浮かぶ。回りの人間が氷付けにされ、自分も氷に閉じ込められる。異形の怪物に連れ去られて何処かも分からない場所へ連れていかれた。永遠にも思える長い時間、同じく凍った人々がその数を減らしていく光景。

「ッ……」

それを思い出すと、身体が冷えていく。リーザや胡桃は当然として、ミリアに迷惑を掛けたくない一心で陽歌は震えを誤魔化した。

「陽歌くん?」

彼の異変に気付いたのは意外にもミリアではなくリーザだった。具体的な事は分かってない様だが、先ほどの言葉から状況を推察したらしい。

「辛い事があったら、吐き出していいんだよ。我慢して壊れちゃった人を知ってるから……」

「リーザさん……」

リーザの知り合いにはそういう末路を辿ってしまった人がいるのか、陽歌の行く末を心配している。

「というわけでfate/Grand orderを初めて君だけのママを探そう」

「やべーぞ新しい沼だ!」

 シリアスな空気をぶち壊しつつ流れる様に沼へ誘い込むリーザ。その気配を七耶は即座に察知した。

「ちなみに私のオススメはマリー・アントワネットね。ヴィヴラフランス!」

 リーザのオススメはマリー王妃。しかし史実を知っているとどうにも釈然としない陽歌なのであった。

(それってフランス万歳って意味じゃなかったっけ? 貴族の中では良識派にも関わらずガス抜き同然に処刑されてるのに……)

 「FGO最ママを語るなら、ブーティカママは外せないだろう。ブリテンの英雄達の母にして、我々マスターの元に、平等に訪れる」

聞き逃せないとばかりに参加者が話題に入り込む。陽歌はFGOというゲームはよく知らないが、fateシリーズのサーヴァントというものは歴史上の偉人をモデルにしているという程度の知識はある。そして、史実におけるブーティカという女王も知っている。

「イギリスでは日本の将門様レベルの怨霊なんだけど、そんなキャラなんです?」

そう、ブーティカは同盟を結んでいたローマに裏切られ、非業の死を遂げた女王。それ故、イギリスでは怪談のネタになることも多い。

「そうとも。その気になればいくらでも復讐者のクラスに身を落とすことが出来た。だが、ブーティカママはそれをしなかった。そして人理修復という果てない旅に出る我々を支える道を選んだ。自らの復讐ではなく、ただ一人の若者に課せられた重荷を癒す為に召喚された彼女こそが最もママにふさわしい」

とはいえ、FGOではそんな逸話もどこへやらという様子らしい。

「やはり最ママ戦争か。私も参加しよう」

「級長」

ガスマスクの人物が話題に加わった。人と目を合わせられない故に顔を覚えるのが得意ではない陽歌も、このインパクトだけは忘れられなかった。

「君らはバレンタインイベントのフルボイスを聞いたかね?配布サーヴァントは全て持っている?それなら当然、茶々こそ最もママだ」

茶々、淀君のことも陽歌は知っている。織田信長の姪で、浅井長政と柴田勝家の二人もの父を討った豊臣秀吉の側室となり、豊臣滅亡と共に生涯を閉じた姫だ。マリー、ブーティカ、淀君とここまで厄者揃いである。

「普段はおちゃらけているが、その心ではまだ息子の事を思っている。そして、此度の召喚では息子を想いながら私と共にあろうとしてくれる。であれば、こちらも秀頼を兄弟とし茶々をママと慕わねば礼を失するというもの」

茶々の魅力を朗々と語る級長に対し、他の参加者も声をあげる。

「それなら楊貴妃こそママだ」

「いや彼女は単に赤ちゃんプレイが好きなだけだろう。同じ降臨者のクラスなら、父性と母性を併せ持つ北斎ママこそふさわしい」

「ここはやはり、エレナママで決まりだな。最大手、最大公約数だ」

「それはあまり彼女を理解しているとは言い難い。エレナ・ブラツヴァキー夫人は確かに立派な女性だが水着イベの導入や幕間を見る限り、ママ性はエジソンとテスラ絡みの影響に過ぎないと思われる。それに、体型が絶望的に幼い」

「貴様それ以上言ったら戦争だぞ?」

わいのわいのと話が続くが、肝心の言い出しっぺであるリーザは聞いているだけである。

「うんうん、それもママだね」

「肯定の化身だ……」

加えて、特に誰の意見も否定しない様子を七耶は畏怖した。話が纏まらないので、胡桃が咳払いして総括する。

「あー、諸君。君たちはママを何だと思う?甘やかしてくれる女性? それとも単なる性癖?」

まずママという概念からの再定義である。どうのこうの言うが、結局として陽歌もこれが理解出来ていなかった。

「みんなはかつて、公共広告機構が放映した『チャイルドマザー』というCMのキャッチコピーを覚えているかな?『産んだだけで母親になれるわけではない』。例え自然分娩で腹を痛めたとしても、母親になれるとは限らないのだ。このCMは怖いというクレームによって放映が中止されたが、中には図星を突かれて尤もらしい理由を付けてクレームを入れた者もいるだろう。ママとして重要なのは体型や事実ではない。ママたろうとすること、病める時も健やかなる時も子供と共にいることだ」

「共にいること……」

陽歌は自分と母親の関係を思い出した。手を繋いでもらったことはないし、熱を出しても一人きり。だが、それは弟がいるからそちらを見ていないといけないというのがあるのだろう。

下の子がいる家庭あるあるらしいので、まぁ仕方ないと彼は思った。

「そういう意味では、地獄まで付き合ってくれるジャンヌオルタこそママにふさわしい」

「結局性癖では?」

七耶はもうこれ無理矢理ジャンヌオルタを話に出す為の方便ではないかと疑問視したのであった。

 

 最ママ論争は一旦落ち着き、皆作業に戻っていった。

「あ、シールだ」

陽歌は工程にシールを貼る部分が出てきたので、ピンセットを探す。シャア専用ザクはあまりシールの無いキットだが、それでもモノアイのクリアパーツの下やセンサーなどにシールを使う。シールを貼るのにピンセットを使うのは指の油分がシールの粘着力を弱めてしまうからであるが、義手である陽歌も細かい場所へ正確に貼る為にピンセットを必要とする。貼り直しも、シールの粘着力を弱める。

「ピンセットは……」

ピンセットがあるのは遠くにある工具箱だ。しかし人がたくさんいて、立ち上がって取りにいくのは困難。誰かに取ってもらうのも、道を開けてもらうのも対人に問題がある彼にはハードルが高い。

「ハンター」

そこで取り出したのは携帯型のコントローラーと白い狼型のロボット。これは小型ホビーロボットのLBXと呼ばれる存在で、機種名はハンター。本来は狙撃に向いた機体だが、陽歌には難しいので近接戦向けにカスタムしている。

物を選ぶという事に慣れていない彼にしては珍しく即決でハンターを選び、これまた迷うことなく白く塗ったのだ。動物は好きだからその影響かもしれないと陽歌は思ったのだが、それ以上の郷愁に近い感情をこのハンターからは感じた。組み立てている途中も、初めて作った気がしない既視感を覚えるほどであった。

陽歌はハンターを操作し、ピンセットを工具箱から持ってくる。手先の触覚が無い彼にとってロボットの操作をするというのはクレーンゲームのボタンを更にクレーンで操作する様なものだが、練習すれば物を取ってくることくらいは出来た。

「よし」

ハンターはピンセットを抱えて戻ってきた。バトルでの戦績は芳しくないが、介助犬の様な愛嬌から気に入っている。七耶は操作のぎこちなさから運動性は高いが防御力の低いハンターの様なワイルドフレームの機体より、運動性では劣るが堅牢で力押しの効くブロウラーフレームやパンツァーフレームを勧めたが、意思薄弱な彼としては珍しく譲れない気分だった。

この気持ちを形容する言葉を見つけられない陽歌だったが、七耶によるととても大事なものらしい。

アドバイスをスルーされた形にはなったが、七耶は嬉しそうにカスタマイズを手伝ってくれた。彼が出会ってきた人は言うことを聞いてもらえないとヘソを曲げたり不機嫌になったりしたが、彼女達はどうも違うらしい。

「わぁー、なにこれ、可愛いー!」

チマチマと働くLBXに目を付けたのはリーザだった。背中に棘が生えていたりと結構厳ついデザインだと陽歌は思っていたが、リーザからすれば可愛いらしい。

「LBXだね。ミゼルクライシスとかセカンドワールドの代理戦争問題とかで一時期下火になっていたけど、また再販したんだよ」

胡桃はリーザにLBXのことを説明する。高性能かつ小型なLBXはその分悪用もされ易く、様々な問題を起こした。ミゼルと呼ばれるAIの暴走、LBXのプロプレイヤー養成学校が代理戦争に利用されていた事実などが問題視され、二度目の販売停止を向かえたがプレイヤーの不断の努力で三度日の目を見た。

そんなこんなで工作会の時間はゆったり流れていた。

 

   @

 

午後になり、多くの参加者がプラモを完成させていた。よほどボリュームのあるキットでない限り、三時間もあれば説明書通りに組み立てられる。

「ミリアちゃんとは長いかな。結構色んなイベントにいるし」

「そうなんですか」

胡桃は積極的にコスプレイベントに参加する様で、同じくイベントに行くミリアとは長い付き合いだ。

「でも今年の夏は大変よね。オリンピックのせいでゴールデンウィークに前倒しだし……」

「あー、それにコロナもあるからね」

 胡桃は予定の前倒しに悩むが、ミリアはそれに加えて最近流行っている新型肺炎の影響も心配していた。本当に今やオリンピックどころではない問題が山積みだ。中国で発生した新型肺炎だが、政府は即座に中国からの入国を禁止したはいいものの企業連に属する航空会社が春節休暇の搔き入れ時を逃したくないあまり無視した結果とんでもないことになっている。

「え?」

「コロナ?」

 そんな社会問題に対して、胡桃とリーザは首を傾げる。リーザはともかく、胡桃までこの反応というのは少し妙である。確かに専門家でもないと聞き慣れない言葉ではあるのだが。

「何それ?」

「え? 知らない?」

 リーザは明後日の方へ行ってしまう。ミリアでさえ知ってることを胡桃が知らないというのは陽歌でさえ信じられないことであった。

「みんな知ってるかな……」

 胡桃はコミュニティーツールで知り合いにコロナのことを聞いた。

 

 胡桃:みんなコロナウイルスって知ってる?

 奏:コロナ?

 ヒナ:聞いたこと無い。

 墨炎:知らないのか?

 一機:マジィ?

 ライト:聞いたことないな……。

 墨炎:來人さんさえ?

 響:太陽の散乱光に形が似ていることからそう名付けられたウイルスで、主に感冒症の原因ですね。脅威は少ないですが、SARSの様な例外もあるとか。まさか七例目なんてそんな大ニュース見逃すはず……。

 

 どうやら、胡桃の知り合いにも知っている者とそうでない者もいた。これはただ無知が原因とは考えにくい。ミリアと陽歌は頭を捻って考える。

「見てみて! こんな昔のフィギュアあったよ!」

リーザは僅かな間に買い物をしていたのか、十数年前に発売されたデフォルメの可動フィギュアを持っていた。

「あとドルフロのグッズもあったから買っちゃった」

そして銃火器を美少女化したゲームのグッズとして買ったのは可動フィギュアや美少女プラモデル向けの、銃のプラモデル『リトルアーモリー』だった。箱の絵は確かにゲームのものだ。

「ゲェ! 舌の根も渇かないうちに同じ過ちを!」

「いやいや、今度こそ作れるから。その為の道具です」

胡桃は誤れる人類の如く過ちを繰り返すリーザに辟易としていたが、参加者に教えて貰ったのか必要な道具も買い込んでいる。

「フィギュアは最近妹がブラックロックシューターにハマったからお土産ねー」

「お姉さんだったんですね」

彼女はそのとぼけた言動からは想像出来ないが、姉であった。

「いやー皆さんお揃いどすな」

午後の平和を破ったのは、金髪の少女が放つエセ京都弁だった。

「ぎゃー! 天使だ!」

「命題が来るぞ!」

七耶や参加者が少女から距離を取る。彼女を人は天使、アイオーンと呼ぶ。日々を無為に過ごす者へ『命題』を出し、クリア出来ねば即、死亡。そんな恐ろしい性質を持っているのだ。陽歌はもちろん、そんなこと知らないので逃げ遅れている。

「いや今日は違う用事どすえ」

「な、なんだよ……」

「そこの浅野陽歌くんに会いたい人がいましてな」

天使は陽歌に用事があった。今日ばかりは命題ではないこともひっそり伝える。

「僕ですか?」

彼はそんな関係のある人に心当たりがないので戸惑った。これまでとは勝手の違う天使の行動に、七耶は問い詰めた。

「どういうことだ?」

「いやー、天界も最近は地獄を信じる人が減って、地上の人間の悪行が増えて困っておりましてな。そこで地獄の恐怖による統治ではなく、善行への見返り制度を最近導入したんどすえ」

天使によると、そんなことがあったらしい。科学が力を持っても死後の世界は解明されていないが、何処かで地獄の存在を蔑ろにしている傾向は確かにあるかもしれない。

「それでどすな、ある人間が生前の善行を評価されて何でも願いを叶えてもらえることになったんどす。そう、何でも。しかしそこはさすが評価に値する人間、その人が願ったのはささやかなこと、唯一の心残りの解消だったんどす」

「それが小僧に会いたいということなのか?」

七耶は確認を取る。天使故にいろいろと信用出来ない。上手いこと口車に乗せて陽歌を天界へ引っ張る可能性もまだ消えていない。ミリアも警戒しつつ、七耶に耳打ちをする。

(七耶ちゃん、この天使何が狙いかな?)

(さぁな。小僧を看病している時にも見張ってたし、もしかしたら死の運命を無理矢理覆したとかで魂取りに来たってことも考えられる)

 陽歌は実のところ、かなり危ない状態で保護された。ユニオンリバーには優れた錬金術師がおり、彼女の作った薬で何とか一命を取り留めたものの、天界的にアウトな行為をしてしまった可能性が高い。そもそも錬金術自体、不老不死という神に背く領域に足を突っ込む学問なのでその副産物が天使のアウト基準に引っ掛かってもおかしくない。

「失礼します」

 天使に警戒を向けていると、今度は警察官がやってきた。招かれざる客が一度に二人もやってきて、店内は騒然とする。

「浅野陽歌くんはいますか?」

「僕?」

 警察官は陽歌を探していた。一体なぜだろうか、といっても七耶には心当たりがあった。

「実は両親から捜索願いが出てまして……」

 そう、いなくなった経緯からして本人の記憶が曖昧な上、保護したユニオンリバーも特に何やかんや手続きとかしてなかったので周囲では行方不明扱いなのだ。結構月日が経っているがその手のことをしていないのは、何もメンバー総出で面倒くさがったわけではない。

(おいどうするよ、こいつ素直に渡していいのか?)

(ダメじゃない?)

 七耶はミリアにこそこそ話す。錬金術師の診察では長い間の栄養失調とストレスからダメージが蓄積していたとのことなので、虐待の疑いがある。

「え……捜索?」

 陽歌は少し顔を明るくする。てっきり、忘れられたのだと思っていたが、探していてくれたのが嬉しかったのだ。

「探して、くれてたんだ……」

「ちょいまち」

 心が家族の方に流れそうになったのを察知したのか、胡桃が待ったを掛ける。陽歌の事情はミリアから聞いており、大体把握していた。

「冷静に考えて。捜索願いを出したのは、出していない状態で遺体でも見つかったら大変だからに過ぎないわ。言わば保身の為ね」

「そ、そんなことは……」

 珍しくムキになって否定する陽歌。身体の状態から虐待は明らかだったが、他の縋るものの無い彼はそれでも家族に依存していたのだ。虐待を受けている子供が助けを求めない大きな原因でもある。また、虐待している方も歪んだ依存をしている可能性もあるので、例え本気で心配になって捜索願いを出したのだとしても帰すわけにはいかない。

「ごめんね、でも血の繋がった家族なら関係が良好になるってナイーブな考え方は捨てた方がいいわ。家族っていうのは血の繋がりじゃない、心が大事なのよ」

「くーちゃん……」

 胡桃は特殊な家庭環境にいたのか、家族というものに対してシビアだった。天使も陽歌を急いで連れて行きたいのか、警察官を脅していた。

「ほな、邪魔するなら命題お出ししますえ」

「何ですかあなたは! 公務執行妨害で捕まえますよ!」

 連れて行く方も収拾が付かず、陽歌は混乱してしまった。今にも死にそうな誰だか分からない自分に会いたがっている人と探している家族、どっちに行けばいいのか。そんな時、リーザが話を纏める。

「そうだ、天使さんの方に行ったら? お巡りさんの方は特に急ぎでもないんでしょ?」

「死んでる奴が言うと説得力あるな……」

 七耶はリーザが死者であることを思い出した。緊急性で言えば用事のある相手が死にかけている分、確かに天使の方が上だ。

「それに帰るって言っても、おうち北陸でしょ? すぐには帰れないから、準備もいるじゃない」

「そ、そうですね……申し訳ないけど、お母さんたちには少し待って貰います。用事が終わったらすぐ帰るので」

「おいおい、マジで帰るのか?」

 七耶は陽歌を家に帰す気などさらさら無かった。胡桃もそこを心配していた。どんな理由であれ、死にかける様な場所など帰っていいものではない。例え本人が本気でそこを好きなのだとしても、心を鬼にしても止める必要がある。

「よく考えて。あなたは血の繋がった家族とミリアちゃん達、どっちと一緒にいたいのか。我儘言っているかもとか、迷惑になるとか考えなくていいから」

「胡桃さん……」

 陽歌が引っ張られない様に、彼女は念を押した。実際、七耶達ユニオンリバーも彼の存在を重荷には感じていない。

「そうだぞ。七人姉妹が四組いる様な場所だ。今更一人増えたって経済的な負担は誤差だ誤差。それに、エヴァの奴がお前のこといたく気に入ってるしな」

 七耶も陽歌の選択を後押しする。話もそこそこに、急いでいる天使は陽歌を連れて行こうとする。

「ほな、行きますえ」

「待て、お前を完全に信用したわけじゃないからこっちからも数人、お目付け役を出すぞ」

 が、七耶は天使を警戒して陽歌一人では行かせなかった。店の奥から、キサラが出てきて同行する。彼女は喫茶店とおもちゃのポッポの店員を兼任している働き者だ。

「私がいるなら、下手なことはできないでしょ?」

「うーん、うち信用されてませんなぁ……」

 天使は参ったという顔をしつつ、キサラの同行を許した。譲歩できる限り譲歩するという辺り、かなり急いでいるらしい。

「もしものことを考えて……ハンター!」

 陽歌も警戒を重ねるため、手元にハンターを呼んだ。そして、背中の棘を一個取り外して袖の中から出て来た黒い帯に吸い込ませる。

「これで何かあった時は、ハンターに届く信号で僕の位置が分かるはずです」

 本来はミサイルとなるパーツなのだが、小さくて高威力な不発弾が残ってしまわない様に安全対策としてミサイルには発信機が付いている。それをGPSとして利用するつもりなのだ。

「そうなるとお前が身を守るものが無いな。これも持ってけ」

 が、そうなるとハンターを持ち出せないので陽歌が自衛する道具が無くなってしまう。そこで七耶はある機体を彼に渡す。騎士の様な姿をした、航空機らしき翼を持つナイトフレームのLBXだ。

「オーディーンだ。お前の力になる」

「北欧神話の主神の名前か……お借りします。必ず返すから」

 陽歌はそれが伝説と呼ばれた機体と知らずに受け取る。そして、キサラと彼は天使と共に移動を開始する。

「んじゃ、急ぎますえ。いきなり飛ぶから覚悟しいや」

 言葉通り、彼らは瞬時に店から姿を消した。胡桃は何か思うことがあるのか、スマホを取り出してある場所に連絡する。

「もしもし。響くん?」

『もしもし。あ、胡桃さん、お久しぶりです。冬コミ以来ですね』

 相手は話に度々出ていた響という人物である。扱いに反して、電話口から聞こえる声は完全に女性のそれだった。

「うん、久しぶり。その冬コミでミリアちゃんが教えてくれた陽歌くんのこと覚えてる?」

『あー、はい。奏さんがうちで預かりたいって』

「あの子はユニオンリバーが保護してくれるからいいんだけど……、親から捜索願い出てるみたいでね」

 話の大枠を伝えると、響は急に真剣な声色に代わって何をして欲しいのか察した。

『そうか、わかった。その家族について探りを入れればいいのか』

 胡桃はどうしようかと相談する程度で、実際に動くのは自分のつもりだったので驚いた。

「え? なんかする必要あるなら私がやるけど……あとなんか声怖い……」

『あ、すみません……。でも、こういうの何だか放っておけなくて』

 声色は響自身にも自覚が無かったようだが、陽歌に入れ込むだけの理由は持っていた。

『でも任せて。悪い様には、しないから』

「うん、ありがとう」

 胡桃は陽歌のことを響に任せることにした。虐待の証拠が抑えれれば合法的に陽歌を家族から引き離せる。このまま彼が家族に依存するのは危険だ。それだけは、防がなければならない。

 

   @

 

「……」

「……」

 天使によってワープした陽歌とキサラは、目の前の状況に閉口するしかなかった。一応病院の中ではあるが、何と生命維持装置に繋がれた瀕死の患者を人質に取って医者を脅す不審な男という構図が広がっている。

「なにこれ?」

「動くな! このジジイの頭が吹き飛ぶぞ!」

 男は市販のLBX、ウォーリアーに銃を突き付けさせ、自分は携帯型のコントローラーであるCCMを手にしていた。高そうなスーツに中年太りと犯罪者っぽさはない。

「あなたは……」

 陽歌は人質になっている老人を見て思わず呟いた。まだ腕があった頃、図書館に逃げ込んだ自分を助け、辛いことがあれば図書館に来いと導いた男であった。

「オーディーン!」

 陽歌は七耶から預かったオーディーンを呼び出して、戦闘を開始する。ただ、少しでも動けば敵のウォーリアーが人質を攻撃できる位置にいる。相手が機械操作に慣れていない反応速度も鈍っている中年だとしても、指先の感覚が無い義手で不慣れな機体を操作する陽歌にはハンデにならない。

「ただ君に謝りたかった、助けることが出来なくてすまない……」

 老人は陽歌に詫びた。実はこの老人、ただ陽歌に本を渡して去っただけでは無かったのだ。

「フォローしますとね、この人は陽歌はんに会った直後に仕事の為に移動している最中、脳梗塞で倒れてしまったんどす。そこから長い闘病が始まるんですが、その合間を縫って金湧市の児童相談所に通報しとったさかい。でもまぁ、その児童相談所が機能しとらへんかったんでな」

 天使の言う様に、脳梗塞で倒れたものの一命は取り留め、リハビリで多少動ける様になると陽歌を助けようと出来る限りのことをしてくれていたのだ。

「言い訳はせん。助けられなかった事実だけがある」

 確かに天使が死の間際に願いを叶えると言うだけのことはある人物だった。話をしていると、中年が空気を読まずに喚いた。

「静かにしろ! こいつの命が惜しければ、ここのスタッフをオリンピックの医療要員として提供しろ!」

 中年の目的は、以前節分の時に乱入してきたオリンピック推進委員会と同じ様なものらしい。オリンピックのボランティアとしてここの病院のスタッフを全員駆り出せと要求したが、当然の様に断られて今に至ると。

「そうなんだ……僕のことを、そんなに……」

 自分の知らないところで、自分の為に一生懸命頑張ってくれた人がいることに陽歌は感じたことの無い熱を覚えた。

「うーん、敵地ど真ん中で病院だと銃が使えない……」

 キサラは腕利きの魔銃士だが、この状況では何ともできない。破壊力が大き過ぎて、人質や他の患者を巻き込み兼ねない。

「今度は、僕が助ける番だ……!」

 こんな時こそ、LBXの出番である。小さな戦士は、無駄のない破壊を行使することが出来る。陽歌がLBXを操作した瞬間、キサラもサポートに回った。

「何をする気だ、小僧!」

「必殺ファンクション!」

 中年が飛び上がったオーディーンを見ている隙に、キサラはわざと音を立てて拳銃をウォーリアーに向ける。二点も見るべき場所が出来てしまったため、中年は一瞬思考が空白になる。完全な隙が生まれた。

『アタックファンクション、グングニル!』

 オーディーンは掲げた槍を燃やし、それを中年に向けて撃ち出した。炎の槍は中年の手ごとCCMを貫き、破壊する。

「グァアアアアア!」

 CCMは砕かれ、コントロールを失ったウォーリアーは首を下に向ける。中年は焼け焦げた右手を庇いながらのたうち回る。

「よし……」

 急に起きた事件は、こうして幕を閉じたのであった。

 

   @

 

「そう、そんなことが……」

 その後、老人は程なくして息を引き取った。ポッポに戻ってきた陽歌達は事の顛末を七耶や胡桃に報告する。ポッポの外では夕日が沈み始めている。

「たまにはあいつもいいことするもんだ。基準が厳しそうだけど」

 天使が命題で人間を苦しめるばかりではないことを七耶は思った。いや、この方針も近年追加されたものなのであまり変わっていないのかもしれない。

「さて、十分楽しんだし、帰るか。またねー!」

 胡桃は外に止めてあったゾイドを呼んで帰宅の準備をする。地球産のパンサー種ゾイド、ドライパンサーだ。兵器改造ゾイドであるが、Zキャップに拘束能力はなくバイザーもただの視力保護アイテムだ。これでやってきたらしい。

「んじゃーね!」

 リーザもドライパンサーに乗り込んだ。この機体は静音性をアピールしているだけあり、足音が全くしない。

「響くんの調査が進んだらミリアちゃんから報告入るから、よく見てね」

 そして彼女は陽歌に釘を刺した。今まではなぁなぁで済ませてきたが、さすがにいろいろ決断しないといけない時期になっていた。自分はどちらにいたいのか、恩人との再会を終えた彼に今まで出したことのない『我欲』に向き合うという試練が待ち受けていた。

 




 暴走を続けるオリンピック推進委員会! 残された謎、そして迫る決断の時。
 オリンピックまで149日……、人々は何を思い、何を成すのか。
 そして呪いの断片が、月を赤く染めた元凶が動き出す!


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オリンピックまで残り、147日

 中止だ中止!とは
 漫画『AKIRA』に登場するネタ。古来よりAKIRAネタは『さんを付けろよデコ助野郎!』が有名だったが、漫画と同じ2020年に東京オリンピックが開催されることになりこのネタも一気に浸透した。
 ちなみに、同作にはWHOに関する記述もあり作品が今の状況を予言しているのではないかと話題沸騰である。


数年前、北陸にある地方都市、金湧市の市民病院にある患者が運び込まれた。極寒の中、一晩中縄跳びで両腕をジャングルジムに固定されて鬱血と凍傷で腐敗させてしまった子供だ。

「はー、面倒臭かった……骨が脆くなかったらと思うとゾッとするね」

担当医は切除した腕を医療器具を乗せるワゴンに置き、ため息を吐く。止血や後処理は部下任せだ。

「どうしてくれるんだよ……今晩焼き肉のつもりだったのに暫く肉食べる気しなくなったぜ……」

医者とは思えない発言だが、この町は時代の流れに対応出来ず朽ちるのを待つだけであり、他の地域では仕事が出来ない人間の吹き溜まりになっていた。炭鉱金鉱で栄えたのは昔の話。そうした町の多くが新しい試みで新時代を切り開く中、金湧市は過去の栄光にすがることしか出来なかった。

やれることといえば、他の自治体が問題ありとしてしなかったことを『新しい政策』として行い、問題をさらに増やすことだけ。

「しかし変わった親でしたね。緊急性があるとはいえ、腕の切断はかなり悩むはずですよ」

看護婦の一人が患者の親が下した判断に疑問を抱く。年単位とはいえ長期間の治療を行えば両腕には回復の余地があった。しかしこの患者の両親は難色を示した。

このまま放置して死亡されると病院側の不手際にされそうなので、大製薬会社のドランカ製薬が機械義手のテスターを探しているという話をしたら即決で腕の切断を決めてしまった。

患者は未成年だがその時は意識を失っており、本人の了承を得ないといけなかったが両親の了解があったのと短期入院で金にならない患者にベッドを割きたくなかったのもあり、手術は決まった。本来ならあってはならないことが平然と行われるのがこの町だ。

「んなもん知るかよ……。ったく、今頃俺は開業医になってガッポガッポ稼ぐ予定だったってのに……」

医者は今の状況に苦言を呈する。彼は開業医をしていたが、こんな性格のため悪評が出回って即座に廃業。その後も大きな病院を転々としたが患者からの苦情は元より権力があっても隠し切れないほどの勤務態度の悪さからクビになり続け、ここに流れ着いた。

典型的な『勉強しか出来ない馬鹿』である。

「あの、先生」

「なんだ?」

医者がグチグチと文句を言っていると、看護婦が異変に気づく。切断した腕が、いつの間にか二つとも消えているのだ。

「腕、どこ行きました?」

「誰か捨てたんだろ。全く、朝っぱらからグロいもん見せやがって……」

この時、誰もこの無くなった腕が惨劇の引き金になるとは思いもしていなかったのである。

 

   @

 

その日の夕方、市民病院から帰路に付く一人の若い女性がいた。流行りのコートを着込み、派手に染めた髪やネイルが目立つ。

「はー、後で何倍にもなって帰ってくるって分かっててもこの診断書代は損した気分になるわー」

領収書を手に彼女はぼやく。診断書を初めとする書類の代金は、医療費と別枠で結構掛かったりする。福祉を受ける申請にも使うものだが、病気でお金に困っている事を証明するのにお金が必要なのも妙な話だ。

「でも今回はそれなりのボンボンだし、長いこと搾り取れるかな」

が、この女の場合は話が別だ。妊娠を装い、男から金を騙しとる為に金を積んで診断書を書いて貰っている。金湧の市民病院に勤める医者は問題のある人物が多く、金さえ積めば嘘の診断書さえいくらでも書いてくれる。

「あ、もしもし? この前貰った妊娠検査薬なんだけど、古くなっちゃって。新しい陽性反応出たやつ欲しいんだけど」

女はスマホで知り合いに連絡を取る。そのせいか、背後から這い寄る存在に全く気付かなかった。そんなことは露知らず、彼女は近くのショッピングセンターへ向かった。特に買うものがあるわけではないが、男からせしめる予定のお金で何を買おうか皮算用する為に行くのだ。

足早にエレベーターに乗った女。後から来る人の存在を確認することなく、『閉』ボタンを連打して用事も大したことないのに急ぐ。目的の階のボタンを押してしばらく待つが、エレベーターは動く気配がない。

「なによ!」

そんな些細なことであったが、女は苛立った。ボタンを確認すると、あちこち点滅を繰り返しているではないか。

「何よ、故障?」

エレベーターというのは大体、複数箇所に同じ様なボタンが付いているのだが、どちらのボタンも不規則に点滅を繰り返すばかりであった。

「もう、急いでるのに……」

女は迷わず、非常用の連絡ボタンを押した。まだ閉じ込められたかどうかは確定していないが、とにかく誰かに文句を言いたい気分だったからだ。

「ん?」

が、ボタンを押しても何処へ通じる気配もしない。それどころか、スピーカーからは聞き覚えのある嬌声が鳴り響く。

「な、なによこれ!」

その演技臭い拒絶の籠った喘ぎ声は、女が男を嵌める為に録音していたものであった。普段は男を嵌めて人生を崩壊させようが、罪悪感や後ろめたさなど感じない彼女だが、こればかりは「お前のしていることはお見通しだ」と言われている様な気分になり焦る。

「ちょっと、やめなさいよ!」

非常連絡ボタンを乱暴に叩き、何とか止めようとする。しかし、その視界にある物が飛び込んできた。

「ひっ……!」

それは、腐乱した腕であった。細い無数の脚がムカデの様に生えた、上腕までの切断された腕。切断面からは芋虫の様な体が延び、天井に張り付いてぶら下がる。持ち上げられた掌には充血した眼球が見開き、獲物を狙っていた。

それから程なく、ある掲示物がこの町に出回る。それは一人の女性の行方を探す、尋ね人のチラシであった。

 

   @

 

現在、新宿区にある東京都庁では会議が開かれていた。都庁はなんの意味があるのか昼間にも関わらずピンクにライトアップされ、無駄に電気を消費していた。また行き交う職員も女性ばかりになっており、アマゾネスの里かと見紛う有様だった。

「では、五月末までにこの新型肺炎を沈めなければオリンピックの開催を取り止めると?」

『感染拡大のリスクを抑えるためです』

都知事の大海はテレビ電話でIOCの会長と話をしていた。アジアで発生した新型肺炎の影響を鑑みて、今年のオリンピックを延期か中止かするつもりらしい。だが、彼女はそれに応じるつもりはない。

『アジアでの感染拡大はそれだけ深刻なのですから』

「ヨーロッパだって、まともに検査もせずインフルエンザと一緒にして誤魔化しているだけで、既に蔓延しているのでなくって?」

『……何を根拠に』

会長は言葉に詰まった。半ば図星でもあるからだ。

「ですから、今さら対策など無意味ですよ」

『既に燃え広がっている火事を眺めるのが日本流なのかね?少しでも延焼を食い止めようというのだ』

どうしてもオリンピックを予定通りに進めたい大海都知事は会長の言葉に耳を貸さない。ボヤになったらキッチンはダメになるのだからといって、そのまま家を全焼させる様な真似は誰でも容認出来ないだろう。

『この会話は録音されている。対策の努力を明白に放棄したとなれば、本格的に東京オリンピックを行うわけにはいかない』

「そんな態度でいいのでしょうか?」

明らかに力関係は会長の方が上だが、大海都知事は余裕を持っていた。切り札があるのだ。

「去年、日本から国外逃亡した自動車メーカーの会長、ロスカル・ゴンでしたっけ?その娘さん、まだ日本に残っているんですよね。身柄を預かっているとしたら?」

大海都知事はカードを切る。なんと、人質を持っていたのだ。何処までも卑劣なことには周到な女である。

『まさか……!なんてことを!』

「あなた方の行動一つで、ヨーロッパの要人の家族が犠牲になりますよ?よく考えなさい」

彼女は勝ち誇っていた。会長は無関係な一般人でも人質に取られれば動けないというのに、多額の出資をしてくれる要人の関係者がよりによって交渉のカードにされてしまった。

「では、また後日」

余裕しゃくしゃくで電話を切る大海。そして、違う場所にテレビ電話を掛け直す。理想のオリンピックを開く為、様々な策略を巡らせている最中なのでとても忙しい。

「秋葉原清掃計画は進んでいるか?」

その中の一つが、この秋葉原清掃計画である。日本のアニメや漫画を有害かつ恥と考えている彼女は、その中心地である秋葉原を武力で制圧する計画を立てていた。その担当である男に電話を回し、進捗を確認する。過度なラディカルフェミニストである大海は汚れ仕事を男性職員に押し付け、いざとなれば知らぬ存ぜぬで切り捨てる算段まで立てていた。

 今頃秋葉原は火の海……とニヤニヤ笑いながら返事を待っていると、信じられない返答と動画が送られてきた。

『い、いえ……それがとてつもない反撃を受けて……!』

 動画では送り込んだ部隊が次々に押し返されている様子が映されていた。技術提供を拒んだタイニーオービット社の評判を落とせてかつ入手が容易なLBXを主な武装にしているのだが、返り討ちに遭っている。

「何をしてるの! 市販品より強いのではなかったのですか!」

 一応、使っている機体は安全装置を外しているので性能は高いはずなのだが、全く歯が立たない様子だ。

『分かりません! 頭数でも性能でも上回っているのに勝てません!』

 推進委員会の機体を攻撃しているのはLBXだけではない。武装神姫やメダロットなど、様々なホビーロボットが反攻に出ている。それもそのはず、ここは秋葉原、そのホビーが現役の時には誰よりも手塩にかけて改造し、操縦技術を磨き、ホビーが衰退し修理用のパーツが手に入らなくなっても自家製のパーツで維持を続けた者達が集う街だ。

 頭数や性能で勝てても、実力が違い過ぎる。その集団の先頭に立ち、漆黒のゾイドに乗る者がいた。大きさからして地球産のネコ科ゾイドだろうか。首元のコクピットから出て来た人物は黒いゾイド用パイロットスーツ、対Bスーツに身を包み、ヘルメットを取って素顔を晒す。

 黒髪のショートヘアをした女性であった。なぜ女性が先導しているのか、と大海は大いに動揺した。女性なら自分に賛同してくれるという甘い考えがあったのだ。

『聞こえるか、大海菊子都知事! 我々は貴様らの暴力に屈しない!』

「そう言っていられるのも今のうちよ」

 だが、大海には余裕があった。自分の圧倒的権力という自信。潤沢な資金に組織力。そして手札にある人質。これだけあれば、どんな敵も自分にひれ伏すと信じていた。だが、それも次の映像を見て失われる。

『これを見ろ! お前達が人質にしていたロスカル・ゴンの娘だ! 私も彼の不正及び国外逃亡は裁かれるべきと考えているが、彼女はただ血が繋がっているだけに過ぎない。それをロスカルの逮捕に使うのでさえ憚られるものを、私利私欲の為に用いるなど言語同断!』

 なんと、人質にしていたロスカルの娘がいつの間にかゾイドのコクピットに乗っているではないか。さらに、この首謀者の名前を聞いて大海は驚愕することになる。

『推進委員会の横暴に泣き寝入りする者達よ! 私達を、木葉胡桃とジジを呼べ! 奴らは平和の祭典を錦の御旗に好き勝手しているだけの逆賊に過ぎん! 正義は貴方たちにある!』

「胡桃……まさか……!」

 とりあえず落ち着く為、ロスカルの娘を捕らえていたはずの職員にスマホで連絡を取る。

「ちょっと、なぜ身柄を奪われたのなら私に連絡しなかった! これだから男は踏ん反りかえるばかりで役に立たない! 私にさえ連絡すればここまで悪化しなかったというのに! 隠蔽、隠蔽、また隠蔽! 男社会は本当に腐ってる! そんな場所で育ったお前を叩き直す為に現場へ送ったというのにこの始末! 使えない! このゴミが!」

 半ば八つ当たりである。ヒステリーを起こして一方的に捲し立てるので、現在の東京都庁及び推進委員会は悪い報告をしたがらないのだ。

『も、申し訳ありません! 音もなく襲撃されて現場がパニックに陥りまして……』

「言い訳するな! どうせ聞いて無かったんだろ!」

 大海の聞くに堪えない怒号が響く中、胡桃の凛とした声がスピーカー越しに届く。

『さぁ、漆黒の魔獣ドライパンサーを恐れぬなら掛かって来い! お前の欲しがっているものはここだ!』

 ドライパンサーのジジが吼え、敵に向かっていく。

 

   @

 

 秋葉原が戦乱に巻き込まれている中、立川市にある若葉女子高校の前にはオリンピックまでの日数をカウントする大きな掲示物が置かれていた。

 黄色のリボンで髪をポニーテールに結った少女がそれを見上げていた。カウントは147日になっており、その下には『国民の力で成功させよう』とスローガンが書かれていた。そして、『中止だ中止!』という落書きもある。

「あお、これは何ですか?」

 少女の肩に乗った小さな女の子のプラモデルが話しかける。短い金髪に灰色の装甲を持つ彼女はフレームアームズガール、『轟雷』。AIを搭載した最新のテスト機だった。

「ああ、これね。轟雷、これはオリンピックっていうんだよ」

 少女、源内あおは轟雷にオリンピックというものを説明する。

「夏と冬の大会があって。4年に一度あるの。いろんなスポーツの世界一を決めるんだ」

「凄いイベントですね。4年に一度とは、とても長い気がします」

 轟雷は自分があおの下に来てからの一年の長さを想い、その長さを実感した。大会ならば、その為に準備してきた人達もいるだろう。それなのに、中止を望む人もいるのが不思議であった。

「でもなぜ中止にしたがるのですか?」

「あー、今はいろいろあるからねー。新しい風邪菌とかで大騒ぎだし」

 普段なら、素直に日本でその様な大会が行われることを喜び、祭りに飛び込むところだろう。しかし今はそれどころではない状態であった。

「私はオリンピックがどうあっても、みんなが健康なのがいいかな。お父さんも海外に仕事行ってるから心配だし」

「そういえばあおのお父さんは船長さんでしたね」

 話をしながら、二人は掲示物の前を離れる。平和な日常に脅威が迫っていることを、まだ彼女達は知らない。

 

   @

 

「うーん……やっぱ熱っぽいかな?」

 おもちゃのポッポの店舗外に設置されたコースでは陽歌と女の子が一人、ミニ四駆で遊んでいた。女の子は額に手を当て、自身の熱を測る。セミロングの黒髪をした女の子は、愛車である青いエアロアバンテをしまい、帰宅の準備をする。

「深雪ちゃん、熱? 体温計あるよ?」

 陽歌は赤いマシン、デクロスを弄りつつそんな彼女を見て、検温を提案する。深雪というその女の子は彼と親しいらしく、陽歌も珍しく他人、それも同世代の子供に心を開いていた。

「あ、じゃあお借りしようかな」

「はい」

 深雪が頼むと、陽歌は左の中指を引っこ抜いて彼女に渡す。これが体温計になっているのだ。深雪は特に引くこともなく普通に受け取る。ここまで肝の据わった子だから、陽歌も安心して接することが出来るのだろう。

「そんな感じなんだ……。普通の体温計と使い方同じでいいのよね?」

「うん。指先がセンサーだよ」

 昨年末まで陽歌が使っていた義手はたまたまジャンクに紛れていた、ナル達四聖騎士団がアップデートされた際に交換された旧式の腕パーツを流用したものだった。だがその使用レポートを反映して義手として新たに製造されたのが、現在使用している『弐〇式試製機腕プロトアガートラム』である。七耶達の知り合いである天導寺重工というメーカーが現状、ドランカ製薬一強の義肢ジャンルへ殴り込みを掛けるために開発したのだが、このメーカーの癖として余計な機能が付いている。

 この体温計もその一つだ。ジャンク流用品を義手用に調整した『十九式試製機腕アーリーアガートラム』では対象の腕を握り込むことで使用できる血圧計だったが、使用頻度の都合から変更された。オミットという言葉はない。

「早い」

 脇に挟んでものの数秒でアラームが鳴る。深雪が体温計を取り出すと、黒い指パーツに白い文字で体温が書かれていた。少し平熱より高い程度である。

「うーん? 普段熱計らないからわかんない……」

 彼女にはこれが高いのかどうか分からなかったが、そんな思考を読み取る様に文字の表示が切り替わる。『平均+0.5』と書かれており、少し高いと言いたげであった。

「何これ?」

「機能を試すために色んな人の体温を測ったり、僕は毎日検温しているんだ。だから、その集めたデータの平均よりそれだけ高いよって教えてくれてるんだね」

「測るのも早いけど、何気に嬉しい機能ね……」

 深雪は自分が少し熱があると客観的に知ったので、休養を取るべく帰ることにした。体温計兼左中指を陽歌に返すと、分かれを告げる。

「じゃあ、またね」

「送っていくよ。何かあったら大変だし」

 陽歌は最近噂の新型肺炎で突然人が倒れるという噂を聞いていたので、不安に駆られて送り届けることを提案する。ネットの出処不明な情報に踊らされる様なタイプではない彼だが、未知の感染症が相手となれば常に最悪の二乗を想定するのがベストだ。

「えー、大丈夫だよ。それより陽歌くんが濃厚接触者になっちゃうよ」

「問題ない。アスルトさんにサンプル採取を兼ねて感染する様に頼まれてるから。ユニオンリバーだと感染出来るの僕だけだし」

 ユニオンリバーにいる錬金術師のアスルトは薬やワクチンを開発する為に新型肺炎の病原体を欲しがっていた。しかし流石にそんなもの手に入れるルートは無いので、唯一感染出来る人間である陽歌に感染してもらうしかない。七耶やナルはロボットだし、アステリアやカティは人間とはいえ出身宇宙が違うのであまり参考にならない。

「まぁアスルトさんがそういうならいいけど……」

 深雪もあのアスルトの提案ならと承諾する。彼女は人間を実験動物にする様なマッドサイエンティストではないが、自分の技術なら薬もワクチンも作れるという客観的な評価に加え、何の役にも立たず居候していることで陽歌が居づらさを感じていることに薄々気づいて使命を与えたのだ。

「ん?」

 深雪はそこで、ふと怪しげな人影を見つける。防護服を見に纏い、ゴーグルの様な機械を身につけた男がこちらを見ている。そして、何かをぶつぶつ呟いてあるものを用意していた。

「規定より体温の高い人間を発見。新型ウイルスへの感染が疑われる。濃厚接触者も確認、これより排除行動に入る」

 男が手に持っているのは、コマとそれを打ち出す装置である。

「ベイブレード?」

 密かにシリーズ最長を迎えたベイブレードバーストのベイとランチャーで間違いなかった。深雪も遊んでいるので見間違いはしない。

「滅せよ」

 男がランチャーの紐を引っ張ると、ベイが勢いよく発射された。そのベイは高速で深雪と陽歌に向かって飛んでくる。そして、着弾と同時に爆発が起きた。

「ふん、あっけない。後は『ゴールドターボ』を探して感染者の巣窟になっているこのあばら家を潰して帰還だ」

 男はおもちゃのポッポに足を運ぼうとする。だが、晴れた煙の中を見て驚愕する。

「何!」

 男の放ったベイがもう一つのベイに防がれていた。男のベイは赤と金の、財宝を守る巨人モチーフのもの。そして守りを固めるのは、ケルベロスを模したベイである。

「馬鹿な! 現環境最強のロードスプリガンをロートルで防いだ?」

「私のハザードケルベウスは、まだやれる!」

 そのベイ、ハザードケルベウスを放ったのは深雪であった。ケルベウスによって攻撃を大きく反らされ、スプリガンは男の下に戻ってくる。

「馬鹿な……超Z時代の防御最強はフェニックス! ケルベウス如きに負けるスプリガンではない!」

「どんなものでもカスタム次第でいくらでも強くなる、みんなに教わった!」

 陽歌は反撃の為、自分のランチャーにベイをセットする。完全に引き抜けるワインダータイプのライトランチャーにグリップを取り付けたもので、義手を使う彼に扱いやすいようにカスタムされていた。そのグリップも重りと自転車のブレーキの様なパーツが取り付けられ、徹底的な改造が施されていた。

「行け! デッドハデス!」

 陽歌がシュートしたのは、悪魔の顔が浮かんだ紫のベイ。男はスプリガンを戻しつつ、新しいベイをシュートする。一度攻撃を行ったスプリガンでも耐えられるだろうが、念には念を入れてというやつだ。

「ガキが……本当の最強防御を見せてやる!」

 男が放ったのは不死鳥の描かれたベイ。周囲にはデッドハデスと同じ様な六角形のウエイトが配置されている。

「これが僕の最強、デッドハデス!」

 陽歌は腕を組み、足を開いて仁王立ちする。その背後には巨大な悪魔の幻影が浮かんでいる。その悪魔が、拳を突き出しデッドハデスと同じ軌道を描いてベイを押し出す。

「スプリガン!」

 男はスプリガンを呼び戻し、攻撃に備える。だが、スプリガンは虚しく弾き飛ばされた。

「馬鹿な! まだだ、まだフェニックスが……!」

 男は焦るが、フェニックスが残っていると自分に言い聞かせる。

「このフェニックスはリバイブアーマーという機能で防御を高めている! そのアーマーを通常より重いデッドアーマーに換装! ディスクとドライバーは最重量級のアウターとオクタ! この鉄壁の防御で……」

「デッドエンド、クラッシャー!」

 ハデスの一撃でフェニックスは虚しく砕け散り、その余波を受けて男は吹き飛ぶ。

「グワァアアアアアア!」

 攻撃を終えて戻ってきたハデスを、陽歌はキャッチする。それと同時に悪魔の幻影も消えていく。戦いに勝利した陽歌達であったが、なぜ襲われたのかは釈然としていなかった。

 オリンピックまであと147日。ゆっくりと日常は浸食されつつあった。

 




 ベイブレードバーストとは?
 世界中で愛されるベイブレードシリーズの最新作。攻撃によってバラバラになるバーストシステムを搭載し、よりエキサイティングに! レイヤー、ディスク、ドライバーの三つのパーツを組み合わせて自由にカスタムできる。

 ハザードケルベウス.Hr.At
 深雪の使用するベイブレード。バーストシリーズ初期から防御タイプの代名詞であったケルベウスの4代目を改造したもの。金属のチェーン部分がダンパーになっており、受け流し性能の高いハザードケルベウスレイヤーにフリー回転パーツを持つハリケーンディスク、フリー回転するボール状の軸先が特徴のアトミックドライバーを装備して受け流し性能に特化した防御ベイ。
 ちなみに彼女はストリングタイプのベイランチャーにカラビナグリップを装備したものを使う。ベイランチャーは左右に回転が切り替えられるもの、紐が長いものなど強化発展型もあるが初期から使っているこのランチャーを今でも大切にしている。

 デッドハデス.00T.Ds’
 陽歌の使用するベイブレード。最重量級であるデッドハデスレイヤーに同じく最重量級の00ディスクを装備。このディスクはフレームと呼ばれる補助パーツを搭載できるコアディスクというもので、それに重めのターンフレームを付けている。これは付け方を変えることで刃の向きが反転し、攻撃と防御を切り替えられるが専ら攻撃モードを使う。そしてバネが強化されでバーストしづらくなり、大きな軸先でしっかり重量を支えつつ暴れるデストロイダッシュドライバーを使いその重さで相手をぶん殴る。
 陽歌のランチャーは引き抜いて打てる昔ながらのワインダータイプ、ライトランチャーLR。ワインダーはドラゴンワインダーが最も長いが、グリップのサイズなどを考慮して少し短いロングワインダーを採用。そしてライトランチャー自体は小さいためグリップも装着している。このグリップにはそのものの重さを増して反動を抑えるウエイトグリップ、握り込む補助をするパワートリガーが取り付けられている。


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☆踊る民衆、黄巾賊の罠!

 買い占めに気を付けよう!

 紙類は殆ど日本で製造してるから腐るほど在庫があるぞ!
 近頃転売禁止の法律が出来て格安でマスクの在庫を吐き出している転売屋がいるが、転売屋のところにあったマスクなど衛生管理が出来ているか分からない。そんなものより店頭で買おう!
 ちなみにトイレットペーパーなどを転売すると法律違反になるぞ。
 メルカリやヤフオクでマスク等の出品を見たら通報しよう! どうせグルだから無駄だろうけどね!


 ここは静岡県の長閑な町、島田市。おもちゃのポッポ、そして喫茶ユニオンリバーの本拠地である。暖冬だなんだと言うが、まだ冬ということもありしっかり寒い。

「もう一枚着てくればよかったかな……?」

その綺麗に舗装されながらも車の往来が少ない静かな街中を歩く、一人の子供がいた。茶色のダッフルコートを着込み、そのフードを目深に被っていた。余った袖から覗く指は、生身のそれでも手袋をつけたものでもない。黒い球体関節人形の様な義手である。

フードに隠れていて分かりにくいが、右目は桜色、左目は空色のオッドアイである。その子供は周囲の目を気にする様にキョロキョロと落ち着き無く辺りを見渡していた。

「うぅ……」

冷たい風が吹き付けると、彼は身をちぢこませる。寒い以上に、脳裏にフラッシュバックするものがあったのだ。

(やっぱ、無理かも……)

腕が固定され、寒風が吹き荒ぶ暗闇の中で一人取り残される苦痛が、数年前のことなのに今でも鮮明に思い出される。だんだんと腕の感覚が消え、意識が遠退いていく。

「はぁっ……はぁっ……」

昔の恐怖を思い出し、彼は道端で座り込んでしまう。無いはずの腕が万力で押し潰されたかの様にキリキリ痛み、呼吸が出来ない。街でいえば大通りに位置する場所なのだが、如何せん人が通らない。

「大丈夫?」

その時、通り掛かった女性が声をかける。彼が顔を上げると、黒髪に眼鏡をかけた見知った人だったため多少落ち着きを取り戻す。

「エリニュース……さん?」

「あぁ、陽歌くんか」

黒髪の女性はエリニュース・レブナント。喫茶店にたまに出入りしている悪の組織の幹部である。今日はオフなのか私服だが、レザーのスタッド付きジャケットと悪のイメージを全面に出している。

一方、子供の方は浅野陽歌。最近、諸事情で喫茶店に引き取られた。腕の欠損にまつわるPTSDがあり、それを克服する為に寒い中散歩をしていたところだった。エリニュースは生来からの人の良さでつい助けてしまったが、ガッツリ知り合いだったため動揺した。

(しまったー、知り合いだった……。悪の幹部らしいとこみせないと……)

喫茶店に入り浸っている時点で悪でも何でもないだろうに、そこにはかなりこだわりがある様だった。

「ふふ……ユニオンリバーは全て私が倒すからな、ここで死んでもらっては困る」

「……ですね」

陽歌はフードを脱ぎ、安堵した表情を見せる。フードをずっと被っていたせいでキャラメル色のボブカットはボサボサ。右の泣き黒子にまで溢れそうなほど目に涙を溜めており、かなり心細かったのだと思われる。

「……ホント、無茶はしないでね?」

エリニュースは彼の性格から、周りに優しくされるほど甘えていられないと自分を追い詰めてしまうタイプなのを察していたので心配だった。こうして散歩し、トラウマを乗り越えようとしているところにもその片鱗はある。

こうしてたまたま出会った二人は一緒に行動することになった。エリニュースの目的は買い物であった。目的地であるドラッグストアにたどり着くと詰め掛ける大勢の人に陽歌が後退りする。彼は極度の対人恐怖症で、エリニュースともこうして話せるまでには恩人の知り合いというアドバンテージがあっても時間が掛かった。

今でこそ普通に話している様に見えるが、目は合わせていない。

「わぁ……こんなに人がいるなんて……」

「ええ……」

予想外の光景にエリニュースも困惑する。おそらくらマスク難民だろう。どこもかしこもマスク不足。そのくせ、職場などではマスクを付けろと口うるさく言われる始末。どうしても必要なのでこうして買いに走るしかないのだ。

「ま、どうせマスクでしょ。私の目的は違うもんね」

「そうなんですか?」

しかし彼女は別にマスクを買いに来たわけではない。人間ではないエリニュースはそもそも感染症のリスクが存在しないのだ。

「さて、ティッシュとトイレットペーパーはっと……」

店内に入った二人は、紙類が置かれたコーナーへ向かう。エリニュースが買いにきたのはその二つだった。しかし、そこでも想像を絶する光景が待ち受けていた。

「なん……だと?」

二人の前に飛び込んできたのは紙類を奪い合う人々の姿であった。

「あわわ……」

「一体何が起きている? 人間はとうとう山羊になってしまったのか?」

「山羊さんに紙を食べさせると消化不良でお腹を壊して……じゃなくて……」

突然の混乱にエリニュースは絶句する。陽歌はその中で、一般人を押し退けて紙類を奪い、あまつさえレジを通らずに逃げ出す黄色い布を巻いた集団を見つける。

「マーケットプレイス!」

「なんだって?」

その集団は、転売屋ギルド『マーケットプレイス』。昨年も度々騒動を起こしてはユニオンリバーに叩きのめされ、ワンフェスでも問題を起こしていた反社会的犯罪組織だ。エリニュースのバイト先でも現れては問題を起こし、ボコボコのボコにして警察に付き出しているほどなのだ。

「奴ら遂に生活必需品の転売にまで手を付けたか!」

前々から転売屋がホビーを買い占めるため彼女の組織の総統が相当機嫌を悪くしているため、エリニュース本人はそこまでホビーを嗜まないが頭痛の種であった。これはいつかこんな日が来ると予想していたが、まさかそれが今日とは。

「ここには三種類の人間がいる。一つは転売屋、もう一つはデマに踊らされた情報弱者、そして最後に、ちょうどよく備蓄を切らした運の無い者よ……」

加えて、エリニュース達はこのタイミングでティッシュやトイレットペーパーを切らしてしまった。もう天に見放されたとしか思えない状況に彼女は凹む。ナムサン。

大方の原因は、『紙類の大半を中国で生産しているから武漢の肺炎で輸入が無くなる』というデマだ。実際は紙類の大半を製造しているのは国内工場であり、例え日本が『我が代表堂々と退場ス』としても品薄にはなるまい。

「デマとはいえ本当に市場から消えると困りますよね。嵩張る上にいつでも買えること前提だからたくさん備蓄してる人なんてそういないでしょうし」

「不運と踊っちまったぜ……」

陽歌がフォローした通り、実際原因がデマでも買わなければ困ってしまう状況なのは確かだ。この混乱を止めるため、店員は必死で正しい情報を伝える。

「落ち着いてください!紙類は十分な在庫があり、すぐに入荷されます!」

「デマゴーグはいけませんな。そうやって、店頭で高値で売り付ける気なんでしょう?」

その声を破って、やけに煩く響くキンキン声が喧騒を破った。

「ここまで多くの店を見ましたが、どこも品切れ。在庫が無いことなど明白です!」

騒音を出していたのは、黄色いスーツを着こんだ三角眼鏡のオバさんだった。

「マーケットプレイス北陸支部、支部長、金満珠子か……」

エリニュースは要注意人物のことをあらかた頭に叩き込んでおり、このやけに個性的なオバさんのことも知っていた。

(タマキンやんけ……)

陽歌はユニオンリバーでの長い生活のせいか、完全に悪い癖が移っていた。それとも年相応、小学生のサガか。それはともかく、さすがにこの大騒ぎは見過ごせないと店長が出てきて警告する。

「各メーカーからは、在庫は多数あり品薄の心配は無いと連絡があります!これ以上暴動を煽動するなら、警察を呼びますよ!」

しかし、全くタマキンは話を聞かない。

「神様たるお客様に向かって警察など! よろしい、では罰が必要なようですね!」

そう言うと、タマキンはべっこう飴の様な大きい球体を口に含む。相当大きく、もうモゴモゴとしか話せない。

「モゴモゴモゴモゴ、モゴモゴモゴモゴモゴモゴ!」

「ちゃんと飲み込んでから話せ」

これにはエリニュースも呆れていたが、陽歌はその球体を見てあるものを思い出したので警戒を強める。

(あれって四聖騎士団の天魂?)

「エリニュースさん!気をつけて!」

彼が引き取られた喫茶店、ユニオンリバーに多くいる人形ロボット、四聖騎士団がいつもの姿であるヒューマノイドフォームからロボット形態へ変身する時に使う修正プログラム入りキャンディ、それが天魂だ。それと同じものを持っているとは、どういうことなのか。

「安心して、同じものだとしても本物と同じ性能なわけない。それに、私も似た様なものだし」

エリニュースは身の丈ほどあるビーム刃の鎌を取り出し、敵を見据える。タマキンは姿を変化させ、蛇に腕が付いたナーガタイプのロボットになる。その両腕には金色のモーニングスターが握られている。ボディのピンクも相まってとても地上波でお出し出来る姿ではない。

(ネオアームストロングジェットアームストロング砲じゃないですか、完成度高いですね……)

突然、化け物が現れ一部のデマに踊らされた情弱は競う様に逃げ出す。普通の買い物客と従業員はそんな脳足りんのせいで入り口が詰まることを予想して、とりあえず身の安全を守るため買い物籠を被ったりした。

「私の真の名は、ファルス・ザ・スネクロイド! 経済の自由を掲げるマーケットプレイスの戦士、機械の身体を得て進化した人類、アダムスミロイドの一人!」

いくら格好付けても汚い声とモザイク必須の姿では説得力がない。

「多くの人が欲するものを集め、供給する。それは普通の商売となんら変わらない。私達は、需要に応じた値段を付けて、手数料をもらうだけ……。経済の基本も分からぬ者は、ここで死んでもらう!」

(経済の前に刑法について学んで欲しいなぁ……)

そう思う陽歌であったが、馬鹿というのは勉強しても自分に都合の悪いことは忘れてしまうのである。

「喰らいなさい!」

タマキンは口から白い液体を飛ばして攻撃する。もう完全にアウトである。

「おっと」

エリニュースが避けると、液体が付着した床が溶ける。彼女には効果が無いのだが、腐った卵の様な匂いからして硫化水素も含むのだろう。酸性と塩素系の洗剤を混ぜると出るアレである。つまりガチ猛毒。せっかくのデザインなのに、その手の薄い本に使えなさそうな能力であった。

「働く女性は忙しいの!すぐに終わらせて差し上げましょう!」

彼女がそれなりの強敵と判断したタマキンは、首周りのスキンを胴に向けて剥いて、放熱状態になる。普通に考えれば装甲を開いてフル稼働モードというカッコいい内容なのだろうが、見た目がダメ過ぎる。

「そろそろ逃げないと……」

情弱達が逃げ終わり、出入口の混雑が解消されたため他の客や従業員が避難を開始する。陽歌もそれに伴い移動した。エリニュースの強さは信頼出来るので、ここは彼女に任せて問題無いだろう。

「ん?」

外に出ると、先に逃げた情弱達が死屍累々といった有り様で転がっていた。その中央には、桜色の装束を纏った一人の少女がいた。衣装の襟元や裾から覗く首筋や内股には、刺青の様な物がある。伸ばした白髪を靡かせ、灰色の瞳で陽歌を見る。双眼鏡の様な機械で人々を見ると、彼女は呟いた。

「平熱以上は無し……でもどのみち、全員濃厚接触者か……」

(誰だ?)

単語からは、熱がある人間とそれに長時間接触した人間を探しているという様に見える。

(武漢の肺炎の関係?)

困惑する陽歌だったが、少女は淡々と話す。

「これ以上、感染を広げるのも覚えが悪い。それにお前はユニオンリバーの人間だな?ならば見逃すわけにはいかない」

彼女は平熱以上の人間に加え、何故かユニオンリバーに所属している陽歌も狙っていた。

「安心しろ、ユニオンリバーでなくても濃厚接触者だ。運命は、決まった」

少女の周りが炎に包まれる。それと同時に、彼女の髪と瞳が深紅に燃え上がる。炎は紅いリボンを構成し、少女の長髪をツインテールに結い上げた。

「な、なんだぁお前は!」

店長が少女に聞いた。明らかに怪しい人間に対しては標準的な反応である。

「私はオリンピック推進委員会幹部、フロラシオン【双極(ジェミナス)】の一人。以前は【叡知】が世話になったな。だが私はあの頭でっかちの様にはいかない。ここでお前を倒す」

陽歌は先日、彼女の仲間と思わしき人物と戦って撃退していた。店長はこの状況に異論を投げ掛ける。

「感染がどうとか言ってたな! 私達はまだ武漢の肺炎に罹っているか分からないんだぞ! それに平熱以上って、何を基準にしているんだ! 平熱は人によって違うんだぞ!」

まさに正論であった。平熱など個人差が大きいのだが、何を根拠に基準を設けているのか。それに、武漢肺炎は無症状感染者も多くいるのだがそれは無視なのか。

「関係ない。それに少数の犠牲で多くが救われるのならそれでいいじゃない」

(何を……言っているんだ?)

陽歌は【双極】の口振りに疑問を覚えた。主義に問題があるのはもちろんのこと、曖昧かつ疑心暗鬼な理由で排除を続けていれば救える人間より殺した人間の方が多くなるのは明白であった。

「では、死んでもらうよ」

【双極】は炎を腕に灯し、それを振り上げて攻撃を開始しようとする。炎の勢いは渦を巻き空気を飲む音が聞こえるほどであり、こんなものを受けてしまったら、ここにいる大勢の人が死んでしまう。

「やるしかない……!」

 陽歌はコートのポケットからあるものを取り出した。それを腰に付けると、黄色のベルトが飛び出して巻き付く。彼は二本の小さなボトルを振って蓋を回し、その機械に装填した。

『クジラ! ジェット! ベストマッチ!』

 すると、陽歌の背後から複雑な数式の様なものが出てくる。これは【双極】にも見えており、彼女は戸惑う。

「なんだ?」

「さぁ、実験を始めよう」

 声が震えていたが、陽歌は【双極】に向けて告げた。そして、機械につけられた赤いレバーを回す。すると、彼の前後に管の様なものが展開して液体が流れ、パワードスーツらしきものを構築していく。

『Are you ready?』

「変身」

 そして、そのスーツに陽歌が挟まれ、『変身』が完了する。色相の異なる二つの青で構成された仮面の戦士。身長も成人大まで大きくなり、高らかに陽歌は名乗った。変身する直前までにあった震えは収まっている。

『天翔けるビックウェーブ! クジラジェット! イエーイ!』

「仮面ライダービルド。作る、形勢するという意味のビルド。以後、お見知りおきを」

「お前……その貧弱そうな身体でハザードレベル3以上なのか?」

 陽歌が変身に使ったビルドドライバー、そしてフルボトルで変身するにはハザードレベルと呼ばれる数値が一定以上必要である。それは強い毒性を持つネビュラガスへの耐性を示すものだが、目の前の少年がそれに該当するとは思えず、【双極】は警戒する。

(助かった、シエルさんがこれ作っておいてくれて……)

 というのも、これは何も本物のビルドドライバーではない。ユニオンリバーのメンバーが魔法でおもちゃを改造したものなのだ。シエルという人物は自分がプロデューサーをしているアイドルの為に様々なライダーベルトを魔法で本物にしており、衣装の代わりにしていたりする。そのテストタイプをもしもの為に、と貰っていたのだ。そのため、ハザードレベルとはは関係なく変身出来たりする。彼自身も魔力がある方ではないが、ベルトや小物に魔力コンデンサーが内蔵されているので少しは戦うことが出来る。

「仮面ライダーだかなんだか知らないけど、そこをどいて! 沢山の人の命と想いが掛かっている!」

「……断る」

 仮面で顔が隠れているからなのか、テレビの中のヒーローと一体になっているからなのか、陽歌の中に勇気が湧いていた。自分の後ろにいる人達を守るため、せめてエリニュースがタマキンを仕留めるまでの時間は稼ぐ。

「ならばあんた諸共、焼き尽くす! ルビー……シュート!」

「させない!」

 【双極】は腕から炎の帯を放つ。周囲の空気が揺らめくほどの威力を持った火炎放射だ。だが、陽歌も右腕から大量の水を放って対抗する。炎の火力も高いが、なにより水が膨大なので完全に消火出来てしまう。

「な……バカな!」

 これほどの水を生み出すほどの力が陽歌にあるとは思えないため、予想外の展開に【双極】は思考停止して炎を出し続ける。クジラの力によって町に張り巡らされた水道管から水を引き上げて噴射しているため、魔力の消費も見た目より少ない。

「く、ならばお前を先に始末するまでだ!」

 【双極】は背後の民間人ごと始末出来ないと悟ると、全身に炎を纏って突撃してくる。しかし、大きく一歩踏み出した瞬間、彼女の頭が割れる様に痛む。

「ぐ……がぁ……!」

 一体何が起きたのか。実は、クジラの部位にはクジラやイルカとコミュニケーションを取り、相手を麻痺させる超音波を放つ機能があるのだ。変身直後からそれを使い続け、こっそり麻痺させていたというわけだ。

「これで!」

 ジェットの部分からミサイルを放ち、遠距離攻撃に徹する。如何に有利な状況に持ち込めたとはいえ、油断して接近戦を仕掛けるのは愚の骨頂。時間稼ぎが目的だ。迂闊な真似をして形勢を逆転されるわけにはいかない。

「ぐ、あぁあ!」

 何発かミサイルを迎撃した【双極】であったが、身体の麻痺とミサイルの量もあって完全に防ぎ切れず直撃を受けてしまう。

「畳み掛ける!」

『ドリルクラッシャー!』

 陽歌はドリルの様な武器を取り出すと、そのドリルを外して持ち手に先端から装着し、ラッパ銃の様な形状にする。そこに潜水艦のレリーフが刻まれたフルボトルを装填し、引き金を引く。

「いっけー!」

 銃口からいくつもの魚雷が放たれる。回避を試みる【双極】の意識がこちらから反れている隙に、ジェットの方のボトルを抜いて黄色いボトルへと変更する。

『ライト!』

「ビルドアップ!」

 一方、【双極】は自分の周囲に炎の渦を出すことで回避できなくても魚雷を防ぐことに成功していた。そして、麻痺も構わず突撃を仕掛けていた。黄色のライトに半身を変更した本来の予定とは違ったが、陽歌はそれでも何とかこの行動を防ぐ手立てを考える。

「これで!」

 左腕の照明から閃光が放たれ、【双極】の視界を塗りつぶす。突然の光に、彼女も足を止めるしかなかった。

「くっ……何が……」

「これで!」

 失った間合いを自分が動かずに確保するべく、陽歌は水を噴射して【双極】をはじき出す。彼女はびしょ濡れになりながらアスファルトを転がった。たかが水でも、水圧が高いと十分なダメージになる。

「お次はこれ!」

 陽歌はドリルクラッシャーにバラのフルボトルを装填する。そしてゼロ距離で放つと弾丸が茨の縄になって彼女に巻き付いた。

「くぁっ……! こいつ……」

 ドリルクラッシャーでバラの弾丸を放ち続けるが、【双極】の能力は炎。簡単に燃やされてしまう。

「このくらい……」

 案の定、彼女は身体に食い込む茨を炎で燃やそうとする。しかし、茨の痛みであることから意識が反れていた。そう、自分が濡れているということに。

「させない!」

 陽歌が足から電流を流す。濡れた身体は電気が通り易い。たとえ、水道水で真水より電流を流し難いとしても、靴が絶縁体の役割をしたとしても、だ。

「がぁああああっ!?」

「そんで本命!」

陽歌はクジラのボトルを蜘蛛のボトルに入れ替える。

『スパイダー!』

「ビルドアップ!」

 クジラの半身が紫の蜘蛛へと変化する。腕から蜘蛛の糸を出し、【双極】を重ねて拘束する。そしてドリルクラッシャーには赤い消防車のボトルを装填して水を出し続ける。足からは電気を流して糸、電気の二重拘束を継続した。

「く、この……うぁあああっ!」

 【双極】は炎で全てを吹き飛ばそうとするが、先ほどよりも微弱な流水で全く炎を出すことが出来なくなってしまった。これは陽歌ビルドの源がネビュラガスではなく魔力であるためだ。魔法というものは物理法則が通用しない。それ故、『ミーム』が大きな力を持つ。消防車という意味は、炎への絶対的な強さの象徴なのだ。

 ドラックストア駐車場の戦いは、陽歌ビルド優位に進んでいた。

 

   @

 

 店内では、エリニュースとタマキンことファルスが戦闘を繰り広げていた。激しく動き回るタマキンだったが、その一撃を彼女は鎌で反らして一歩も動かずに防ぎ切る。金の玉の重い攻撃を全く意に介さずに細身の鎌

「さて、みんなの避難も済んだし……」

 エリニュースは店内の人々が避難するまで待っていたのだ。加えて、彼女はタマキンをそれと気づかれずにある場所まで誘導していた。それは在庫がしまってあるバックヤードである。

「ここは?」

 戦闘中に場所が変わっていることにようやくタマキンも気づく。その時にはもう遅かった。

「こういうことさ!」

 エリニュースは鎌を振るって斬撃を放つ。その攻撃はタマキンに直撃するが、斬れることは無くタマキンを吹き飛ばす。バックヤードのシャッターを突き破り、卑猥な姿のタマキンは場外へ弾き出された。これで、店への被害は最低限減らせるはずだ。

「ぐおおお! だがそんなナマクラで……」

 自分の身体が切れないことで慢心したタマキンは、無策にエリニュースへ突撃した。外に出た彼女は、指パッチン一つで周囲に爆発を巻き起こす。まさに悪の幹部らしい、圧倒的な攻撃だ。

「ぐぎゃああああ!」

 爆発に巻き込まれたタマキンは動けなくなる。その隙に上空へ舞い上がったエリニュースが鎌を振り下ろし、タマキンを両断する。

「アバーッ?」

「これでよし」

 真っ二つになったタマキンは斬られた瞬間の状態を維持しながら、最期の言葉を述べる。

「あなた如きが何をしようとも……世界の真理は変わらない……。張角様の定めた、正しい経済の在り方、それがマーケットプレイスなのだから……!」

長々喋り終えて光を放った後、ようやく爆散した。エリニュースの強さが規格外なのもあるが、進化した人類にしては結構弱い。

「向こうでなんか戦いの音してるからサクッと倒したけど、まだ何かいるの?」

 駐車場の方からする音に気づき、エリニュースは急いで移動した。あのアスルトやシエルが全く何も準備していないことはないだろうが、陽歌に戦闘能力がないのは知っている。まさかマーケットプレイスなんぞに今のタマキンより強いのがいるとは思えないが、相手によっては時間稼ぎにもならないかもしれないのでなるべく早く合流した方がいい。

 

   @

 

(時間稼ぎもここまでか……)

 陽歌は魔力コンデンサーの限界を悟り、残された魔力で一気に畳み掛けることにした。エリニュースに引き継ぐにしても、少しはダメージを与えた方がいい。彼は今のボトルを確認するとレバーを回した。

(蜘蛛とライト、ベストマッチじゃないけどとりあえずこれで!)

 ベストマッチでないと必殺技の威力は落ちる。しかし今はわざわざボトルを入れ替えている隙は無い。一見優勢でも油断は禁物だ。

『ready go! ボルテックアタック!』

「くっ……!」

 左腕の照明から眩い光を放って視界を奪うと、右腕から電流の流れる糸を発射して【双極】を拘束する。

「くぁあっ!」

 電撃と粘着糸の二重拘束で動きを止め、腕に繋がった糸を引っ張って【双極】をこちらに引き寄せる。そして、そこへ両足の飛び蹴りを叩き込む。

「でりゃあああ!」

「きゃぁあああ!」

 大きく弾ける音が響き、閃光が走る。アスファルトに転がされた【双極】は全身に痺れと焼ける様な痛みを感じる。

「ぐ、がぁっ……何が……」

 毒と電撃による二つの麻痺である。必殺技自体のダメージも馬鹿にできず、視界がぐるぐる回って立つことができない。完全に隙だ。

「今だ! 一気呵成に畳み掛ける!」

 この機会を逃さず、二つのボトルを入れ替えてベストマッチを決めていく。今なら蜘蛛をオクトパスに替えるかライトを冷蔵庫に替えるだけでベストマッチになるが、両方とも消耗が激しい上、冷蔵庫は個人的に使いたくなかった。

『ゴリラ! ダイヤモンド! ベストマッチ!』

 選んだのはゴリラとダイヤモンド。一番破壊力が伸びる組み合わせで、万が一攻撃に失敗しても防御に転じやすい。ブラウンとライトブルーのツートンへ姿が変わり、右腕が大きくなる。

『Are you ready?』

「ビルドアップ!」

『輝きのデストロイヤー! ゴリラモンド! イェイ……!』

 動けない【双極】を後目に陽歌はベルトのハンドルを回す。敢えてゆっくりなのは、彼女がふらつきながらも立ち上がってパンチを叩き込み易い体勢になるのを待っているからだ。

『ready go! ボルテックフィニッシュ!』

「おりゃぁああああ!」

 ダイヤモンドが【双極】に集まって彼女を拘束し、それを砕く様に陽歌は拳を突き出した。パンチが直撃するとダイヤの塊は砕け散ったが、【双極】は両腕でパンチをガードしていた。腕はミシミシと軋み、身体はダイヤの破片でズタズタにされているが、致命的な一撃だけは避けようとしている。

 必殺が不発に終わった陽歌は警戒の為、即座に距離を取る。戦闘経験は少ない彼だが、ノウハウは仲間達から教わっている。

「お前……これ以上邪魔するな!」

 半ばハメ技の様な状態が続いた【双極】のフラストレーションはかなりのもので、もう状況に構わず全てを焼き尽くそうと一気に身体から炎を吹き出す。

「感染者を放置するとさらに増える! それがなぜ分からない!」

そして、陽歌ごと後ろの人達を焼こうと炎の渦を巻き起こす。

「ま……」

『ハザードオン!』

 まさかのやけくそに陽歌も慌てて新たなアイテムを取り出す。消防車のベストマッチを待っている時間はない上、消防車フルボトルも消耗している。赤いトリガーに付いている青いボタンを押すと、それをベルトの上部にセットする。

『ゴリラ! ダイヤモンド! スーパー……ベストマッチ!』

 【双極】は散々してやられた相手の新たな動きにまるで警戒することなく、炎を陽歌や人々に向かって放った。

「焼け果てろ! ルビー、ディザスター!」

『ドンテンカン! ドンテンカン!』

 炎が向かってくる中、陽歌はベルトのハンドルを回した。すると、黒い大きな金型が出現して炎の渦を食い止めた。

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

「ビルドアップ!」

『Are you ready?』

「僕がやるしかないでしょ」

 そして金型が陽歌を挟む。出来上がりを知らせるベルの音と共に金型が開いて現れたのは、左右のオッドアイ以外真っ黒なビルドの姿であった。先ほどまでのカラフルさは失せ、特徴的な左右の腕の違いも無くなっている。目だけが前の姿と同じだ。

『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

(使ったことないけど、理性を失う危険がある前提で短期決戦だ!)

 劇中のこの姿、ハザードフォームは長時間変身していると理性を失い、暴走する。まさかシエルがそんなもの作るとは思えないが、陽歌は念の為なるべく早くケリをつけることにした。ベルトのレバーを回して、必殺技だ。

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

「そんなに、多くの人の命を危険に晒したいのか、お前は!」

(何を言っているんだ?)

 【双極】は本気で新型肺炎の蔓延を止めたいらしいが、だからといってこんな中世でもしない様な、半ば豚コレラの殺処分と言わんばかりの有様を認めるわけにはいかない。

「ルビーストライク!」

 確実に陽歌ビルドを仕留めるため、【双極】は拳に炎を纏わせて攻撃してくる。だが、彼の装甲表面にはダイヤモンドの甲殻が生成されており、拳を受け止めている。

「……IOCは肺炎の始末如何ではオリンピックを中止にする気よ。どれだけ多くの人の努力が水泡に消えるか、分かっているの!」

 【双極】は陽歌へ訴えかける様に言うが、彼には分からなかった。だから疑わしい人間を殺していいなんて理屈、普通に考えて通らない。

『ハザードアタック!』

 左腕の拳が彼女の腹部に突き刺さり、間髪入れず顔面に右の拳が撃ち込まれる。完全に倒すつもりの一撃だったが、【双極】は後退するのみに留まった。

「ハザードレベル……3以上は……選ばれた人間にしか到達できない領域……。力のあるあなたは、正しい使い方をすべき……なのに……」

 彼女は陽歌の撃破を諦めたのか、彼を避けて後ろの人々へ近づこうとする。

「力がある者は……より多くの人を救わないと……」

『マックス! ハザードオン!』

 陽歌は赤いトリガー、ハザードトリガーのボタンを再度押した。それが返事であった。

「みんなの想いが詰まったオリンピック……そうでなくても、失敗すれば炎の闘神の眠りが……そうなったら、疫病なんかよりずっと酷いことに……」

 うわ言の様に何かを呟きながら、【双極】は陽歌とすれ違う。が、彼はそれを止める様に後ろから頭を掴む。そして、レバーを回す。

「うっ……」

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン!』

 黒い靄と火花が【双極】の身体を駆け巡り、ダメージを与えると共に今まであった魔力による防御を分解していく。

「う、ぐぅううっ!」

 解放され、何とか陽歌の方を振り向く【双極】だったが、既に攻撃は次の段階へ移っていた。レバーを三度回すと、右腕に力を込めて渾身のストレートを放つ。

『ガタガタゴットンズッタンズタン! ガタガタゴットンズッタンズタン! ハザードフィニッシュ!』

 これがトドメの一撃になる、はずだった。瞬間、【双極】の全身が氷に包まれる。拳は氷に止められ、その塊にヒビの一つも入らない。

「病原体を焼くつもりで炎に拘っていたけど、宿主を失えばウイルスは広がれないんだったね」

 同時にビルドドライバーの魔力が枯渇し、陽歌の変身が解除される。それに加えて、彼は氷の塊を見て、呼吸が止まる。氷が砕けて中から【双極】が姿を現した。破れた衣服の下から覗く素肌は傷一つなく、髪は編み込みのあるハーフアップでライトブルーに、瞳も同じ色に変化していた。

「だったら、手段はなんでもいいのよね」

「……」

 大きな氷が砕ける光景、陽歌の心は数年前に戻っていた。突然、周りにいた人々が凍り付いていく。そして次々に砕け散る。そして自分も遂には……。ただでさえ寒い外気が彼女の氷によって更に冷やされる。

 寒風の痛みと苦しみにのたうち、ようやく腕とジャングルジムを繋ぐ拘束が無くなった。突然のことだったせいか、手を地面に付くことも出来ず顔面を擦りむいてしまう。何とか起き上がろうとするが、何故か立つことができない。ようやく仰向けになれた時、ジャングルジムに残った『それ』を見て、陽歌は声を出すことも出来なかった。

「ぅ……あ……」

 恐怖が蘇り、陽歌は全く動くことが出来なくなった。膝から崩れ落ち、立っていることもできない有様だ。

「あなたはそこで見ていなさい。正しい力の使い方を……」

 【双極】は力を持たない人々に迫っていく。その時、目にも留まらぬ速さでエリニュースが割り込んだ。大鎌で襲い掛かるも、氷の刃で防がれている。

「あんたも転売屋か?」

「違うね」

 彼女は【双極】に問うが、違うと答えられてしまう。服のマークを見て、エリニュースはその正体に気づく。

「推進委員会か?」

「その通り。これから感染疑いのある者を処分するんだけど、あなたも濃厚接触者?」

 互いに引かない二人。だが、これはあくまでエリニュースが様子見の為力加減をしているだけに過ぎない。明らかにパニックを起こしている陽歌と、彼の嫌いなものである氷を纏った【双極】を見て彼女は全てを察する。

「御託はいいから……うちの子に手ぇ出してんじゃないよ!」

 エリニュースの姿が一瞬にしてかき消え、陽歌の傍に出現する。それと同時に、【双極】の全身が深々と切り裂かれる。血が吹き出し、同時にオーラの様な形で魔力も漏れ出していた。

「え……?」

 本気のエリニュースを前に、【双極】はなすすべなく倒された。

 

   @

 

「あれ……?」

 陽歌はエリニュースの背中で目を覚ました。彼女に背負われ、陽歌は帰路に着いていたのだ。

「大丈夫?」

「すみません……ご迷惑を……」

 反射的に謝る彼だったが、エリニュースは微塵も気にしていなかった。普段から自分とこの総統に散々やられているので、基本心が広いというか麻痺している。

「いやいや、君が頑張ってくれなかったら犠牲が出てたとこだよ。まさか転売屋の他にカルト宗教までいたなんて……」

 ともかく、北陸支部長を撃破したのでマーケットプレイスの勢力が減るのは間違いない。しばらくすれば品薄も解消されるだろう。

「……」

 陽歌はしばらく、エリニュースの背中に身体を預ける。心細い思いをしていたあの頃、負ぶってもらえなくてもいいから誰かに寄り添って欲しかった。ここなら、いつも誰かが近くにいてくれる。もう、心まで寒い想いはしなくていい。

 




 転売屋ギルド『マーケットプレイス』

 黄色い布を巻いた転売屋集団。本拠地は大陸系らしい。その姿は買い占めというより最早押し込み強盗で、数を頼みに店頭の儲けた制限を無視したり最悪レジを通らずに持ち去る。
 昨年もゼロワンドライバー発売、ポケモン剣盾発売に伴い活発化したがスナック感覚で関東支部長と中部支部長がユニオンリバーに撃破されている。


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☆一つ目の巨人

 3月9日を何の記念日か決める論争から10年、我が国はザクの日、ミクの日、感謝の日の三つに分かれ、混沌を極めていた!
 コノーママーアルキツヅケテー


 静岡県島田市に存在する白楼学園静岡校。ここは初等部から高等部を持つ私立の学校である。一斉休校の要請が出たので当然、この学校も休校になったのだが図書室には生徒達が集まっていた。

 というのも、最近では所謂『平熱』を越える人間をサーモグラフィで判別して襲撃する集団がおり、自宅にいても危険があるため生徒を守る為に保護者がいない時間帯はこうして学校に集めている。

「あー、家にいてもテレビはコロナコロナ……。不安ばかり煽って、手洗いうがいを呼び掛けたニチアサヒーローを少しは見習ってほしいものね」

 図書室の机でセミロングの女の子がぼやく。最近は何でもかんでも自粛自粛で、子供である彼女にとっては退屈そのものであった。ゲームセンターは閉鎖され、ブックオフの立ち読みも厳しく取り締まられる様になった。

 そもそも、一人で家にいるといつ『オリンピック推進委員会』が襲ってくるかも分からないという世紀末並の状況だ。

 初等部は制服がないため私服である。そのため、彼女はオシャレをするタイプではないのかシンプルなチェックのシャツにジーンズというスタイルだ。

「深雪ー」

「陽歌くん、来たんだ」

 そこに、深雪の友人がやってくる。キャラメル色の明るい髪をボブカットにした、オッドアイの少年だ。男子、というにはあまりに可愛らしく、異性という感じが薄い為か、元々遊びの好みが男子寄りな深雪であったが特に意識せずに付き合っている。

 この年頃の男の子はまだ成長しきっていないので多少なりとも可愛げが残っていることもあるが、陽歌は特筆するほど小柄である事に加え、性格から来るものなのか内側へ丸まった仕草もあって言われなければ女の子だと思ってしまう。僅かな憂いを帯びた表情が、桜色の右目にある泣き黒子も相まって色気さえ感じさせる。

「こんにちは」

「あら、やはり貴方も来たのね」

 図書室の入り口、貸し出しカウンターで本を読んでいる高等部の先輩である眼鏡の少女に挨拶をし、陽歌は中に入ってくる。中等部、高等部の制服はブレザーでネクタイ、リボンの色で分かれている。彼女はいつもここにいる事から、学校では『セーブポイントパイセン』と呼ばれている。

(そういえばセーブポイントパイセン、私が一年の時からずっといるんだけど、気のせいかな?)

 このセーブポイントパイセンには様々な噂があり、実は怪異の一種だとかあの役割を引き継ぐと眼鏡や髪型も引き継ぐなど言われている。唯でさえ学校三つ分の蔵書を必要とし、さらに平均的なそれより遥かに豊富な図書を抱えるこの白楼学園図書室において大雑把な指定でも探している本をピッタリ見つける能力の持ち主なだけにそんな噂も絶えない。

 とはいえ、深雪もまだ初等部三年生。この学校は在籍期間が長くなるのでまだ何とも言えないのが事実だ。

 有能かつ誰かに迷惑を掛けるタイプではないが、確実に変人の部類なので他の学校ではやっていけまい。深雪の様な普通の子供は勿論、そういう子供を多く受け入れているのが白楼学園だ。

「やはり貴方がいないと退屈ね。いるだけで多少、安心感あるもの」

(あのセーブポイントパイセンの口数が多い……)

 滅多に喋らないと噂の彼女が一言添える。それは三年間この学校に通い続けた深雪でもなかなか目にしない光景であった。他人への干渉を避ける彼女が陽歌の事情を知っているとは思えないが、不思議なこともあるものだ。

陽歌は白いパーカーの余った袖から覗く指を、もじもじさせてあちこちを見ながら深雪の隣に座る。その指は生身のものではなく、黒い球体関節人形の様な義手であった。

 普段は空色の左目と目立つオッドアイや髪色を隠す為にフードを被る彼だが、ここでは脱いでいる。通学こそしていないが白楼に籍を置いており、たまに来ている陽歌であるが、ここなら髪色やオッドアイ、義手で迫害されることがないと安心はしている様だ。それでも本能的に染み付いた恐怖心はまだ拭えていないのだが。

「なんか変な感じ。一斉休校なのに学校来るなんて」

「人が少ないのは助かるけどね」

 二人は並んで座り、まったりする。正直、それくらいしかやることがない。様々な動画配信サービスや漫画アプリが自宅待機応援と称して無料コンテンツの配布を行っているが、悲しいかな通信制限という非合法な通信業界の陰謀には勝てないのであった。

「今日って何の日だっけ?」

「3月9日だよね」

 毎日あるなんかの記念日について話すしかないのである。

「あー、じゃあザクの日だ」

「ザクって、あのザク?」

 深雪はザクの日という記念日を思い出す。ザクとは、『機動戦士ガンダム』に登場するジオン公国軍の量産モビルスーツである。様々なバリエーションがあり、ガンダムの裏の顔とも言うべき存在だ。

「そうそう、ザク」

「そういえば僕、ザクってあんまり知らないかも。お店に行っても似たようなのばっかで」

「んじゃあ、今日はザクについて解説しようかな。ちょうど模型部にたくさん積みがあるからそこまで行こう」

 陽歌はまだガンダムに関して詳しくなく、ザクと聞いてもあの一つ目で緑のアレとしか出てこない。

 

 二人は模型部の部室に移動し始めた。その最中に深雪はザクの基本を説明する。

「MS06、ザクⅡ。所謂普通のザクがこれね。デザイナーはガンダム同様、大河原邦夫先生。名前の由来は軍靴の足音のザクザクというもの。シールドが右肩に付いているけど、これは本来左肩に付ける予定で、デザイン画を描いた時に腕が見える様に反転したらそのまま使われたってわけ」

「あ、そういえば大河原立ちってだいたい左向いてるね」

 まだロボットのプラモデルが一般的でなく、敵メカの商品自体珍しい時代、アニメ的な都合から生まれた部分も多い機体である。二次元の嘘も多く、稼働を妨げかねない動力パイプなどもその名残だ。当時は今のガンプラの様にグネグネ動くおもちゃ自体無かったので当然であるが。プラモ化前提でデザイン起こす海老がやべーだけである。

「この特徴的な形式番号は、グレイズなど後々の機体にもオマージュされるの。それと、当初の予定ではジオンのモビルスーツはザクとそのカスタムだけになるはずだったんだよね」

 だが、当時は毎週違うやられメカを用意するのが慣例だったためスポンサーの要求で他のモビルスーツが生まれることとなる。それでも一つ目という統一された記号を持ったジオンのモビルスーツ達は、大人の事情に収まらない魅力を持ち今なお根強いファンがいる。

 ちなみにこの野望を一組織のみという限定的な条件で達成したのが『鉄血のオルフェンズ』一期である。ギャラルホルンの量産モビルスーツは全て、グレイズとそのカスタムであった。他の勢力が違うモビルスーツを使用したり二期以降は前世代機ゲイレールの登場や後続機レギンレイズの台頭があり、一年アニメでこれを達成することがいかに難しいかを物語っている。

「下手したらグフもズゴックもいなかったんだね」

「逆に上手くいかなかったからガンプラブームの時助かったのかも。Zガンダム直前には出す商品無くてサイド7立体化なんて話もあったらしいし……あ、着いた」

 話をしていると、模型部に辿り着く。部屋には大量のプラモデルが積まれ、棚にギッシリ完成品が並べられている。それを見た陽歌は意外な要素に気付く。

「へぇ、墨入れにトップコートと簡単フィニッシュなんだ。もっと手を込むのかと……」

「先輩曰く、改造する為にもキットをしっかり把握する必要があるらしいからね」

 棚に並んでいるのは気合いの入った作品というより、確かに綺麗に作られているが基本的な工作のみのものばかり。ガンプラとスケールモデルの違いとして、その圧倒的稼働による複雑なパーツ配置がある。塗装した際にパーツ同士が擦れて塗膜が剥がれるなど、ならではの悩みも多い。なので、キットの構造を把握するところから改造は始まる。

 深雪はいくつか緑のザクを棚から取り出し、説明を始める。

「まずは基本の基本、量産型ザクⅡ。宇宙用のF型とJ型があるけど、形状に変更点無いしプラモで差別化されることもほぼ無いからダイバー的には気にしなくていいわ。これはHGUCのザクⅡね」

 ガンプラバトルネクサスオンラインというゲームをプレイする、ダイバーである二人にとってはプラモの仕様はかなり重要。ゲームで基本扱える144分の1スケール、HGを中心に話を進めていく。

「HGUCは安価で基本装備も揃ってて出来はいいんだけど、可動域や会わせ目とか流石に時代を感じるね。で、こっちがTHG ORIGIN版」

 ツルッとしたシンプルなザクと並んでいるのは、びっしりモールドの入った情報量の多いザク。

「価格は跳ね上がったけど基本的な武装に加えてアニメ版には無かった対艦ライフルにベルト給弾マシンガン、腕部に装着出来る機銃が付属。漫画、機動戦士ガンダムTHG ORIGIN及びその映像化作品に登場した姿ね。可動域も広がったし、モノアイ動くしマーキングシールもあるしでお値段以上の価値はあるわね。指揮官用ブレードアンテナもあるから、普通のリーダー機も作れちゃう」

 こちらのザクは長くて大きな銃、グリップからベルトでバックパックへ繋がったマシンガン、ガントレットの様なものが付いている。バズーカもシールドに弾倉を付けられる様になっているなど変更も多い。さらに、腹部はいつものパターンと特徴的なハッチの2パターン、バックパックも形状違いを二つ選ぶことが出来る。これはC5型と呼ばれる形状の再現だ。

「さらにノーマルザクはC6も立体化。これは更に、胸部にバルカンが追加されたものね。この二つは売り場で見るとパッケージのイラストがほぼ同じでややこしいのよね……。こっちには階級が低いとスパイクを補充してもらえないと噂の、あのバチェコ機を再現する肩パーツが付属してるよ」

 なんとややこしいことにTHG ORIGIN版の通常ザクは二種類もキット化。待つ人は待っただろうが、そこまでするとは。

「このザクは完成度が高いし、バックパックマウントやサイドスカートの三ミリジョイントのおかげでカスタマイズがしやすいんだ」

 そして隣に立っているのは細部が異なるザク。同じ様な形状の白いものもいる。

「こっちは0083、スターダストメモリーズに登場したザクF2型。後期量産型ね。戦後、接収されたものが白く塗られて連邦で練習機に使われてるよ。MMP90mmマシンガンがかっこいいんだこれ。サンドカラーのドムトローペンに弾倉を抜いたものと束ねた弾倉が付属するから、改造してマウントしたりしてもいいかもね」

 HGUCの『ザク』としてはコスパのバランスがいいのがこれだ。可動も十分で、指揮官用アンテナはもちろんアップリケタイプアーマーヘッドも付属。

 次に深雪が取り出したのは、いくつかの赤いザク。ピンクっぽい色合いから真っ赤なものまであるが基本形は同じザク。

「で、三倍速いことでお馴染み赤い彗星全盛期ことシャア専用ザク。所謂S型ね。HGUC版はさっきのと一緒。THG ORIGIN版はスタートを飾ったけど、後発のザクに付属したパーツをセットにしてリパッケージされたよ」

 ここでも厄介なのはORIGIN版。最初に発売されたキットはバズーカと対艦ライフル、ヒートホークのみだったがマシンガン系が付属し新たなマーキングシールも追加されたものが出ている。

「胸パーツはバルカンの有無が選べるんだ。無い方を選んだらバルカン付きが余るから、緑に塗って通常ザクに移植してもいいかもね」

 そしてここでもコンパチ要素。プレイバリューの高さがORIGIN版の特徴である。

「さらに! このシャア専用ザクは7月に待望のリバイブ! 腰はプラパーツと軟質パーツが選べる! これは量産型ザクも決まった様なものだね!」

 今年にはガンダムに遅れること幾数年、HGUCで最新フォーマットとなって蘇ることが決まった。ちょうどガンダムのリバイブが出た時期は高機動型ザクがHGUCで出ていたり後からORIGIN版が出たり機会に恵まれなかったがようやく登場である。

 深雪が今度取り出したのは、細身でパイプの無いザクであった。

「で、これがザクⅠ。所謂旧ザクね。最近は技術の円熟もあってそんなことも無くなってきたけど、キット化が後回しになることから旧ザクの方が出来がいいというのが通例だったのよ。HGUC版が顕著ね。そっちには手持ちのシールドにシュツルムファウストが付属しているよ。カラバリとして黒い三連星仕様に、これをベースにしたスナイパータイプもアーケードゲーム、戦場の絆仕様とガンダムユニコーン登場のカークス仕様の二つ出てるね」

 次のザクは茶色だが斧が豪華で頭部のバルカンのある茶色の機体。

「アニメには出なかったけど、HGUCではしっかり出てるガルマ専用ザク。頭部の四門バルカンとヒートホークが特徴。この機体の活躍は漫画『俺ら連邦愚連隊』で!」

 通常ザクとの差異は少ないのでこれを使えば最新フォーマットでガルマザクが作れそうである。次に出て来たのはずらっと並んだ、足が強化されたザク達。

「で、MSVの華、高機動型ザク。R型ね。HGUCでは白いシン・マツナガ機、黒と言えば三連星機、そして少し仕様が違ってジャイアントバズが付いてくるジョニー・ライデン機。あのザクアメイジングは、このHGUCをベースに作られているよ。黒い三連星仕様はORIGIN版でも出ているけど、今までは三人して同じキットにマーキング違いだったのがオルテガ機だけはデカイアックスの都合別商品だよ。ルウム戦役の頃はまだ戦艦を落とすことに比重が置かれてたのがよく分かるね。え? マルコシアス隊のギー君のドムトロがソロモンででっかいヒート剣持ってた? 知らんなぁ」

 さらにザクの世界はHGでキット化されているだけでもこれに留まらない。ビーム兵器のドライブが可能になったマグネットコーティング試験機、アクトザクは二振りの大型アックスも魅力。水中戦に特化したザクマリナー、マリナ様の乗る下半身スカート付き、ザク高機動型試験機、一キットで対空向けガトリングとキャノンの選択が可能で余剰に前腕機銃が付いてくるザクハーフキャノン、防塵処理が関節に施され、ミサイルポッドなど特徴的な武装が盛りだくさんのデザートタイプ。

 関節部の規格が同じで体形バランスやモールドの情報量が統一されたORIGIN版だけでも腹部は通常タイプ、C5型、C6型、胸部はバルカンの有無、肩は左右どちらをシールドにしてもスパイクにしてもよし、脚部は高機動型あり、バックパックは武装マウント可能なC型にバーニアだけC5型に差し替えることも可能、当然高機動型やハーフキャノンも対応。武装もザクマシンガンからバズーカ、対艦ライフルやらヒートホークやら多岐に渡る。オリジナルザクが作り放題だ。設定的にもザクならなんか既存のパーツを組み替えたくらいのものなら実際にいそうなのが強い。

「せっかく休校で暇だし、オリジナルザク作りにでも勤しみましょうか」

「そうだね」

 二人はザクの箱を積みから取り出し制作にあたった。列島が病んでいても、子供達は元気だ。

 




 期間限定ミッション
『巨大な敵を撃てよ』
 地上、もしくは宇宙で大量のザクと戦うGBNの限定ミッション。地上で最奥に潜むのはスーパーザクタンクこと、ライノサラス。


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☆13日の金曜日in2020年3月13日

 令和初の13日の金曜日は時勢を鑑みて、中止します。


 13日の金曜日、それはキリスト教圏で不吉とされている日付である。イエスを裏切ったのが13人目の弟子だったからだとか、処刑されたのが金曜日だからだとか諸説あるが、多くの人があの人物を思い浮かべるだろう。

 そう、ホッケーマスクの巨漢、ジェイソン・ボーヒーズである! もうとっくに死んでいる彼には新型肺炎など通用しない。しかし、肝心の獲物が拠点であるクリスタルレイクに来ないので遠征して獲物を探しに来たのである。

 やってきたのは日本の倉庫らしき場所。最近、同業のピエロがこの国で散々な目に遭ったと聞き、腕試しにやってきたというわけだ。

(やはり他人の恐怖に依存している様なのはいかんな。自分の能力で殺すストロングスタイルでなければ)

 悪夢を利用する同業とも戦ったが、ああいう他人に依存した能力は不死性が高くても信頼性が低い。自前の能力こそ至高なのだ。

(いいですかジェイソン。他人を利用して強くなるのは楽ですが逆手に取られて負けることが往々にしてあるのです。真の強さとは自分自身の揺るぎない技量なのです)

(分かったよママ!)

 奇形をコンプレックスにしていたジェイソンであったが、そんな自分を母であるパメラは愛してくれた。今も母の言葉が彼を強くする。そう、長きに渡って愛されるスラッシャーの実力は的確なコーチングと彼のたゆまぬ努力で培われているのである。

 問題の倉庫は、ラーメンマンみたいな男の顔が印刷された旗が靡いていた。

「マーケットプレイスの奴らめ……。俺たちがテレワークしてる間に倉庫乗っ取ってクソみてぇな旗立てやがって……!」

「群馬にある本条さんとこはクリスマスに取り返したらしいですが……、我々だけではあの数に太刀打ち出来ませんね……」

 倉庫の持ち主たちが歯を食いしばっていると、ジェイソンはその横を通り過ぎていく。

「おいあんた! そっちはカルト集団の根城だぞ! 危ないぞ!」

 持ち主に呼び止められても、ジェイソンは聞く耳を持たない。カルト集団が怖くて殺人鬼なんてできない。この数に頼って安穏とした人々の住処こそ、地獄に変えるに相応しい。さあ、進出気没の恐怖を馳走しよう。

 

 ジェイソンが真っ先に『飛んだ』のは、一番偉い人がいそうな部屋だった。テレワーク中という僅かな時間で何をどうやったのか、事務所がキングサイズのベッドを備えた寝室になっている。女を囲うには丁度良さそうだ。

(なーんでいつもこういう感じに出くわしちゃうかな……)

 そんな彼の感想通り、ここのリーダーと思わしき中年男性が一人の麗しい少女といちゃいちゃしていた。

「ねぇ……早くシャワー浴びてきて……私、待ちきれない……」

「ふへへ……このままでいいよね?」

少女は元々事務所だったせいか少し暗い照明の下でも輝かんばかりの素肌をバスタオル一枚で隠すのみという、いつでも抱かれる準備が出来ている状態だった。

(いや、死因が死因だけに仕方ないか……)

 ジェイソンは自分が風紀委員長と呼ばれていることを思い出して諦めた。入浴を済ませた後なのか、髪を纏めていたタオルを取ると背中まで伸ばした銀髪が甘い香りを放ってふんわり靡く。薄手のタオルしか巻いてないからなのか、幼い顔立ちに似合わない成熟した肢体がよくわかる。

赤い瞳は上目遣いで媚びる様に男を見ていた。が、ジェイソンの接近に気づいたのか漂わせていた色香は消え去る。

 悲鳴をあげられる、とジェイソンは思ったが、少女の姿は一瞬でかき消えた。それは数々の殺人鬼と繋がりのある彼でも驚く様な事態だった。

「あれ?」

 が、ここで仕留め損なうわけにはいかない。ジェイソンはすぐに冷静さを取り戻し、酒を飲む為に用意されていたアイスピックを手に取ると男に襲い掛かる。

「カラスちゃん? どこに……うわああああ!」

 辺りを見渡した男はジェイソンを見つけ、悲鳴を上げた。彼は力任せにアイスピックを何度も力任せに突き立て、男を殺害する。

 そして、ジェイソンはいく。次の獲物を求めて。

 

   @

 

(なぜジェイソンがここに?)

 姿を消した銀髪の少女、カラスはその場から動いていなかった。彼女は退魔協会のS級退魔師である。なのでジェイソンの様な存在を相手にするのが仕事なのだが、今回は目立つわけにはいかなかった。

 今、彼女は呪術師ではないかと噂のマーケットプレイス首領、張角のことを調べるため患部の愛人となることで潜入していた。長い期間を掛けた計画だったが、コネクションを瞬殺されてまさかのミッションフェイルド。あそこで防衛に回っても人間でないことがバレてアウトだろう。

 真祖級の吸血鬼と高位のサキュバスのハーフであるカラスなら、ジェイソンを撃破することは不可能ではないが、その過程で能力を明かしてしまう可能性がある。下手に動かず、この厄災が過ぎるのを待つしかない。

「まずい……」

 肌に付着した男の血を指で拭って舐めるカラス。しかし、高血圧のドロドロ血は脂っぽくて美味しくなく、魔力も少なくてぼそぼそしていた。

 

  @

 

「お前……ここで決着をつけてやる!」

「へん! 治安局の犬め! 私とレオを止められると思うな!」

 ジェイソンが倉庫に移動すると、一大決戦が始まっていた。青の差し色がある白い機械のライオンが吼え、藍色のトリケラトプスがそれを睨む。ライオンの方は緑の眼球が見えているが、トリケラトプスの目は赤いバイザーに覆われている。

(拝啓、ママへ。僕はどうやらアイアンスカイの世界に紛れ込んだ様です……)

 これにはジェイソンも茫然としていた。彼にはこの機械生命体がゾイドであることを知る由はない。

 ライオン種のゾイド、ワイルドライガーに乗るのは緑のロングヘアの少女。ユニオンリバー所属の四聖騎士、青龍姉妹末妹のヴァネッサ。ワイルドライガーのレオは自分よりも大きな相手に勇ましく吠えていた。

「第一なんで治安局が転売屋を庇ってんだ! こいつら治安の敵だろ!」

「何を言っている。彼らマーケットプレイスは経済を回してくれる存在だ。それを無法に襲っているお前達こそ、治安の敵だ!」

(いや何言ってんの)

 トリケラトプス種のゾイド、トリケラドゴスに乗る男の言葉にジェイソンは首を傾げる。事情があるとはいえ小卒未満の彼にさえ疑問を持たれる論理とは一体。

「この治安局のエース、宇都宮無双が貴様らの暴虐を捌く!」

(変な名前ー!)

 生粋のアメリカ人のジェイソンから日本人の名前として不適当と言われてしまう始末。宇都宮無双。身の程知らず形DQNネームだ。

(自分で殺人鬼の名前のイメージ付けちゃったけど普通の名前でよかった……ママに感謝)

 一方ジェイソンは今でこそ彼のイメージだが普通の名前である。日本でいえばイチローみたいなものだ。

「さぁ、見せてやる! 強制解放、デスブラスト!」

 無双が高らかに叫ぶと、トリケラの角と襟が伸びる。そう、シャキーンと。

(おお! かっこいい!)

 ジェイソンは結構少年じみた部分があるらしく、このギミックに目を輝かせる。だが、ヴァネッサは茫然とそれを見ているだけだった。なんせこの手の攻撃は、相手に接近する前に発動するものではない。離れた距離から使っているため、間合いがモロバレだ。のっしのしと歩くトリケラドゴスに対し、ヴァネッサのワイルドライガーは弧を描く様な動きで距離を取り、横から一気に接近する。

「燃えろライガー! 私の魂と共に! 本能解放! キングオブクロー!」

 ヴァネッサとワイルドライガーの左目に緑の炎が灯り、ライガーの背中の剣が突撃と同時に展開する。ライガーのスピードも相まって、その剣はすれ違うだけでトリケラドゴスの厚い装甲を切断する。

「な……クソ! これがライオン種の力なのか!」

 凄いなぁとジェイソンは思いながら、戦いに巻き込まれて近くで倒れていた黄色い布の人物からスマホを奪う。コールドスリープで未来に行った経験があるだけに、この手のデバイスに疎いということはない。

(へぇ、ゾイドっていうんだ。プラモデルもあって簡単に組み立てられるみたいだし、買って帰るか……)

 ジェイソンの興味は惨劇を引き起こすことよりも、かっこいいメカに移っていた。彼も凶悪な殺人鬼である前に、理不尽に少年時代を奪われた子供である。こうして令和最初の13日の金曜日は、キルスコア1で終わりを迎えた。

 




 機体解説

 レオ(ワイルドライガー)
 ヴァネッサの乗機。希少な地球産ライオン種ゾイドの中でも伝説級の珍しさを持つ逸品で、彼女以外のライダーを乗せないほど気難しい。本能解放も当然可能で、シンプルながら確実な攻撃力を持つキングオブクローは相手を切断する。

 トリケラドゴス治安局仕様
 企業連に属する重工企業、スロウンズインダストリアルで運用されているトリケラドゴスの改造機。ゾイドの意思を封じるゾイドオペレートバイザーと拘束キャップを使うことで、誰でも乗ることが出来る他、本来はゾイドとライダーの絆が必要な本能解放を無理矢理使う強制解放、デスブラストが可能。本能解放は能力の底上げが行われるが、強制解放では武器の解放のみが行われる上にゾイドへの負担が大きい。
 治安局で積極的に運用されているスティレイザーに比べると電源としての機能が無いなど不便な部分もあるが、僅かにスピードとスタミナで上回る。


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ホワイトデー2020 メルティショコラ計画

 バレンタインデー2020の続きとなります。


 ホワイトデーがやってきた。いくらお菓子メーカーの陰謀とはいえ、贈り物を貰ったからにはお返しをするのが義というものだろう。あなたははバレンタインのことを思い出しながら、準備をすることにした。

 誰から何を貰ったのだっけ?

 

 ▽ミリアからの贈り物

 

 先月、ミリアと会ったのはバレンタインも終わりかけのバーである。普段は飲み放題のある大衆居酒屋を好む彼女だが、何故か今日はホテルに入っているお洒落なバーに呼び出された。先に待っているらしいが、店は静かで何だか分からない上質な音楽が流れている。照明も眩くなく、ムーディーな雰囲気を作っていた。ミリアの普段を考えると、浮くだろうし探すのは簡単そうだ。

 そう思っていたが、全然見つからない。一体どこへ行ってしまったのか。まさか自分で呼び出してすっぽかしたのではあるまいか。ありえるから怖い。

 時期が時期だけに、ホテルのバーでも外国人を見つけない。そんな中、鮮やかな金髪の女性を見つけたのでそれが目に留まる。背中や胸元が大胆に開いた黒いドレスを纏っており、薄手の衣装だからなのかグラマラスなボディラインを惜しげもなく晒している。ささやかに首元や手を飾り付ける宝飾品に、素肌の眩しさが負けていない。薄暗いこの空間において、彼女だけが輝いている。

「あら、来たね」

 来客に気づいたのか、その女性が振り返る。大きなエメラルドの瞳を細め、身体の成熟ぶりに釣り合わない幼さの残る笑顔を見せる。その顔を見た瞬間、ミリアであると確信する。

可憐さと妖艶さを合わせ持つ地上の星が、この世に二人といるものか。普段はサイドテールなど子供っぽい髪型をしているが、まとめ髪にすると一気に大人っぽさが増す。

「先に始めてるよ」

 既にミリアは酒を進めていた。それでも店の空気のせいか、小さいカクテルがまだ飲みかけである。いや、これがまだ一杯目という保証はどこにもない。

「へへー、似合う? 私なりに色々勉強したんだ」

 照れ隠しをする様に艶やかな唇にグラスを当てる。これで甘い言葉の一つでも囁いてくれれば言うことの無い彼女の唇には、薄くグロスが乗っている。珍しく化粧をしている様だ。もともとすっぴんでも文句のつけようがない美女だったせいで、近くで見るまで瞼に薄く塗られたアイシャドウや、グラスの足を抱きしめる様に摘まむ指の爪に施された繊細なネイルに気づかなかった。

「え? 誰に教えてもらったかって? 陽歌くんの借りてた本にいろいろあってね、まぁ全部読めなかったから読破した陽歌くんに使えそうなところピックアップしてもらったんだけど……」

 いろいろリサーチはしたが、他人頼みなところがいつものミリアであった。彼女はどこかで買ってきたであろう丁寧な包装がされた箱を胸に抱く。

「酔って忘れないうちに渡すね。はい、チョコレート」

 肝心のチョコレートは手作りでは無かったが、そこまで手が回らなかったのだろうか。それとも腕に自信が無いなら美味しいチョコレートを選んだ方がいいと思ったのだろうか。そこまでは分からない。

「それと、これも渡すといいんだって」

 ミリアは立て続けに、あるものを渡してくる。それはカードの様なものだった。そこにはこのバーが入っているホテルの名前と番号が書かれている。これは、カードキーだろうか。

 これは何なのか聞いてみたが、覚えたての知識を実行しただけで特に意味までは把握していなかったらしい。

「え? これは……本にこうしたらなんかムードがよくなるお話があって……」

 どう説明したものか。ソフトに、これは今夜あなたと寝ますって意味ですよ、と伝えることにした。

「え? 一緒に寝るなんて私陽歌くんとよくやってるよ? あの子、まだ怖い夢見るみたいで……でも一緒に寝てあげるとすっごい落ち……」

 ミリアは何を不思議なことを、と言わんばかりに語るが、途中で凍り付く。人造人間ミラヴェル・マークニヒトの先行量産個体である彼女は、実年齢が一桁である。しかし知識は外見年齢相応にあるのだ。

 以前、動画でアダルトグッズをモチーフにしたロボットを扱った際に、そのモチーフをさなに聞かれて困ったこともある。

「っ……!」

 言葉の意味にようやく気付いたのか、ミリアは顔を真っ赤にして俯く。そして、即座に席を立って歩き出す。

「へ、部屋は好きに使っていいから!」

 猛スピードでバーを抜け出す彼女だったが、何もかも忘れてすっ飛んでいったので後から入ってきた陽歌が支払いを済ませる。どうやら心配になって様子を見にきたらしい。

 この二人は互いに面倒を見合っているというのが正しいような気がして微笑ましかった。

 

   @

 

 『ムーディーブルース』

 大人っぽく色っぽくセクシーに! そう気合を入れたミリアからのバレンタインチョコ、とホテルの部屋の鍵。ちなみに部屋はシングル。チョコは試食を繰り返し、最高の逸品を選んだので美味しい。普通に美味しい。

 

 ▽さなからの贈り物

 

「お、やっぱり今日も来たね」

 喫茶ユニオンリバーの駐車場で、さなと出くわした。この喫茶店は島田市にあるのに、何故か海を臨む断崖の上という、どこぞの闇医者の家みたいなロケーションにある。風を遮るものは無いが、海風は穏やかそのものであった。

 潮風に、さなの耳と尻尾が揺れる。月の住民が持つ獣の耳と尻尾はナノマシンなので、好きに出したりしまったりできる。

 二桁に満たない少女だが、短い丈のワンピースから覗く生足は眩い。こんな年端もいかぬ少女の脚線美に見とれていては危ない人みたいに思われてしまうだろうが、そうならざるをえないほどのものであるのは確かだ。成長が楽しみなようで、そのままでいてほしくもある。

「で? アステリアさんからチョコ貰えた? 義理とはいえ」

 さなは何を期待してここに来たのかを読んでいた。図星なので何も言い返せない。幼いながら、妙に鋭いところがあるのは成熟している様で抜けている相方と行動を共にしているからだろうか。

「ところでここまでの戦績はどう? もちろん義理はカウントしないよ」

 義理を外されると、非常に厳しい展開になる。本命が貰えるなんていうのは、一部の限られた人間のみだ。世の中、男女は半々だというのにおかしな話があったものだ。

「おや? もしや義理も無いパターン? 最近は負担だなんだって、義理すら禁止するところあるから世知辛いよね」

 随分他人事であるが、月の住民なので地球の、特に日本固有の文化に対してはこんな反応であろう。月には無い習慣なのかもしれない。

「うーん、仕方ないなぁ。これをあげるよ」

 散々からかったものの、さなは簡単な包みに入ったチョコを渡す。本当にチョコを溶かして固めただけの、歳相応な手作りチョコであった。

「うん、郷に入らば郷に従え、だね。人に贈り物をする習慣は悪くないんじゃないかな?」

 用事を終えたので満足したのか、彼女は背を向けて喫茶店に戻ろうとする。

「それで……カウントはゼロじゃなくなったね」

 最後に何か呟いた様な気がしたが、潮風にかき消される。ここから分かるのは、彼女の耳が寝て、尻尾が左右に揺れている様子だけである。

 

   @

 

 『猛毒注意!』

 さなからのバレンタインチョコ。彼女くらいの歳の地球人ならこれくらいは作りそうだと思わせる可愛い一品。結局、狐なのか狼なのか分からないがどちらにとってもチョコレートは毒である。耳も尻尾もナノマシンで、基本は人間である彼女にとっては関係ないことではあるが。

 

 ▽キサラからの贈り物

 

 おもちゃのポッポに何気なく向かうと、そこではメイドの一人、城戸キサラがあるものを配っていた。彼女は喫茶ユニオンリバーとおもちゃのポッポのアルバイトを兼業している働き者だ。

「ただいまバレンタインキャンペーン中ですー」

 どうやらバレンタインのイベントと称して、チョコレートを配っていた。例の義理にピッタリなチョコクランチだが、メーカーに頼めば専用のパッケージを作ってくれる。それで用意したものであった。

「はい、いつもごひいきにしてくださってありがとうございます」

 キサラからそのチョコクランチを一つ渡される。おもてなしが丁重なメイドであるが、基本仕事だ。こんな穏やかな美少女メイドから本命のチョコが貰えるなど、甘い夢は見られない。こうして手渡しで微笑みかけられながら貰えるだけでも嬉しい。

「あの……」

 チョコを受け取って離れようとすると、グイっと彼女が接近してくる。眼鏡を掛けた知的な顔が、少し赤らんでいる。揺れた黒髪からふんわりとシャンプーの清潔な香りが漂う。

「今日シフト、午前上がりです……あと一時間ほどです」

 何事かと思えば、急に仕事の話をされた。これはどういうことなのだろうか。

「少し、待っていてもらえませんか?」

 今日は暇だし、工作室もあるおもちゃのポッポで一時間程度待つなどわけもない。しかし何の用事だろうか。こう、妙に神妙な面持ちで話されると不用意にドキドキしてしまう。

 言われた通り、工作室で一時間待った。時間を見てから店を出ると、バイトから上がったというのに、相変わらずメイド服を纏っているキサラと出くわす。

「あ……お待たせしました」

 普段何でもそつなく熟す彼女にしては所々ぎこちない。

「あの、少し……歩きませんか?」

 キサラに誘われ、店の近くを歩くことにした。案外、目的の店しか行かないので案外この辺りをぶらぶらする。隣に麗しいメイドを連れているだけで、ただ歩くだけでも景色が違って見える。しばらく歩いただろうか、店から離れたところで、彼女がが突然口を開く。

「あ、あの! これ!」

 キサラが差し出したのは、綺麗に包装されたお菓子の包みであった。

「あれ、あれです!」

 それを押し付け、彼女は走り去ってしまう。中身は、手の込んだトリュフチョコ。これが本命、ということなのだろうか。おっとりした彼女にしては、慌ただしい一幕であった。

 

   @

 

 『七発目の魔弾』

 城戸キサラからのチョコレート。お客さんに配っているチョコと、あなたの為だけに用意したトリュフチョコ。最強の魔銃士でもある彼女だが、『ハート』を撃ち抜くことは出来るのだろうか。

 

 ▽エリニュースからの贈り物

 

 朝早くの駅で、エリニュースとばったり出くわした。赤いアンダーリムの眼鏡は傾いており、髪もボサボサで非常に眠たそうである。

「う、しまった!」

 彼女はこちらの顔を見るなり、背中を向けて身だしなみを整え出した。こんな場所で会うとは思ってなかったのだろうが、別にお互い意識しあう関係ではないはずだ。やはり、今日という日付が人々を狂わせるのだろうか。

「あー、こんなはずじゃ……。仮眠する前なんて……いやでも寝過ごす危険は無くなった……!」

 髪を整えたエリニュースは再度こちらへ向き直ると、咳払いをした。

「ここで会うとは奇遇だな……。だが運がよかったな、今の私は忙しい。お前の相手をしている暇はないのだ」

 悪の幹部ムーブを行うが、目線を反らして顔を真っ赤にしているのでは全くそれらしくない。

「今日はバレンタインデーというらしいな。特別に私から施しをやろう」

 そう言うと、エリニュースは口を縛ったビニールに入れられたチョコを渡す。ビニールが透明なので、ウエハースを何枚か重ねたものであることが分かる。それを受取ろうとすると、何を思ったのか彼女は急に引っ込める。

「おおおおおおっと! こっちじゃない! こっち!」

 急いで取り換えるのだが、どう見ても同じものに見える。口が赤いリボンで縛ってあること以外。それを受け取るが、一体何を慌てたのだろうか。

「バレンタインと言えば忘れてはいないだろうな? ホワイトデーだ! お返しは貴様の命でいいぞ! それまで他の奴らに倒される、などどいうことのないようにな!」

 言いたいことだけ言うと、エリニュースは人智を超えたハイジャンプで建物の屋根を飛び移っていなくなる。悪の組織も大変なんだなぁという感想が出てきてしまうのであった。

 

   @

 

 『悪と華』

 エリニュース・レブナントからのバレンタインチョコ。幹部でさえ時給100円程度の悪の組織クオ・ヴァディスでは総統が食べ飽きたカード付ウエハースを材料にしたものが手一杯……。そんな中でも、少しでも差を出そうと赤いリボンが付けられている。

 

 ▽【双極】からの贈り物

 

 東京都庁は今、異様な空気に包まれていた。そんな中でも仕事とあれば出向かねばならないのが社会人の辛いところである。とはいえ、都知事が大海になってからはオリンピックか実現不能としか思えない謎政策の実行に邁進しているので仕事と言える仕事はなく、絶好のサボりタイムであった。

 これで勤務する女性が綺麗なら言うことはなかった。ルッキズムを掲げるつもりではないが、ここにいる女性職員は妙に目が釣りあがっていて攻撃的な印象を受ける。同じ釣り目でも切れ長で美しさを感じる場合もあるのに、こればかりは何か違う。

 自分に対する姿勢が関係しているのだろうか。男となると無条件で敵視してくるので、サボれはするが休まらない。いや、無条件ではあるまい。ジャニーズみたいな年下のイケメンなら彼女らの態度も変わるだろう。

 そんなこと口にしようものならミソジニスト呼ばわりは避けられないだろう。とはいえ、向こうはマジでそんな感じなので仕方ない。男性アイドルの上半身裸が許されて、二次元の女性キャラが少しでも巨乳だと許されないのがここの掟ジイ。

「あら、こんにちは。いつもご苦労様」

 そんな中、数少ない常識人である一人の少女が近寄ってくる。フロラシオン【双極】の妹の方。外国のシャーマンとの話で、銀髪に桜色の服の襟元や裾から覗く刺青が特徴的だ。

「こんな場所じゃ息も詰まるでしょ? あなたが用事のある人は遅れるから、それまで外の空気でも吸いましょうか」

 彼女の提案で、都庁を出て話をすることにした。建物を出ると、彼女は伸びをして目いっぱい息を吸い込む。

「うーん、相変わらず埃っぽいけど人の営みがちゃんとある感じ」

 【双極】の故郷は自然に溢れているのだろうか。それに比べると、東京の空気は汚いだろう。ディーゼル規制などで何とか誤魔化そうとしているが、結局車や人の絶対数が多い限り根本の解決には至らない。

「今日はバレンタインデーって言って、日本では女性がチョコを贈る日なんですってね」

 流石にバレンタインのことは知っていた。日本語がペラペラの時点で、多少なり日本文化について勉強はしているのだろう。尤も、大海都知事の下では『女性だけが一方的に負担を強いられる悪習』として弾圧されるだろうが。実際、あの知事はバレンタインを禁止しようとしたことがあるのだが、経済的な打撃を理由に反対された過去がある。

「私のとこは他の宗教のお祭りやっちゃダメなんだけど、チョコを贈るなんて正規の祭りとは関係ないからいいよね。お姉ちゃんには内緒だよ」

 そう言うと、【双極】はチョコを渡す。都内のお洒落なデパートで買ったのか、豪華な包みに入っている。

「例えどんなことがあってもオリンピックだけは成功させて最悪の事態を防ぐ、それが私達の使命。でも、せっかく異国に来たんだから少しはそこの文化を味合わないとね。今度外に出れるとしたら、短くても四年後だと思うし」

 何か事情があるのだろうか、外国のシャーマンがあんな知事の要請だけで味方に付くとは考えらえない。

「世間じゃやれ中止だ延期だって言ってるけど安心して。私達がいる限り、予定通り儀式は済ませてみせる。世界は、救ってみせる」

 恐らく、少女が背負うには重い宿命を持っているのだ。それが何なのかは、今は知る由もない。

 

   @

 

 『ジャポニカスタイル』

 フロラシオン【双極】の妹からのバレンタインチョコ。東京のデパ地下で買って来た有名店のもの。普段は捧げられる側かつ、たまに逆転しても捧げるものも相手も定まっている彼女としては相手のことを思って贈り物を選ぶというのは初めての体験だった。世界が続く限り、またこんな機会も訪れると信じて。

 




 自分の誕生日がいつだったのかなんて、覚えていない。誰も祝ってはくれないのだから。あんなこともあったし、自分の年齢さえ曖昧になってきた。でも、目の前にいる人達を見るとそんなことどうでもよくなってくる。

 次回、あいつの生まれた日がやってくる


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俺たちの多々買いはこれからだ!

 キャンペーンが始まる。新商品を手に入れるだけでは終わらない、新たな多々買いの火蓋が切って落とされた。
 行くぞ消費者、財布の貯蔵は十分か?


 新型肺炎により次々と閉鎖されるアミューズメント施設、控えられる外出、中止や延期が相次ぐイベント……。先行きの見えない不安が、人々を貯蓄へ駆り立てた。

世はまさに、世界コロナ恐慌!

 

   @

 

「ううーむ……」

 喫茶店ユニオンリバーの店内でスマホを使い、株価を見ながら陽歌は唸る。株価は全体的に下がり気味で、この状況なら上がりそうな医療品メーカーも供給不安定から下がっている始末。

「このまま不景気が続くと、肺炎騒ぎが終息するまで持たない会社が出るかも……。特にイベント関連。それに、自宅待機応援にいろんな所が只でコンテンツ配信してるけど、それに慣れきってお金を払う習慣が無くなると……」

 現在、ユニオンリバーは営業を自粛、などしていない。元々万人が列を成すタイプの店ではないので、全く客足は変わることがない。

『現在、休校中ということもありこれを期にペットを飼う人が増えて……』

 テレビではこの状況で意外な繁盛というテーマでペットショップを特集していた。アステリア達が保護した野良猫の里親が大体決まったものの、現在も一部、特に人に懐かないダニエルなどは店に残っている状態を考えると軽い気持ちで生き物を飼ってほしくない陽歌であった。

(この子達、休校が終わったら捨てられるんだろうな……)

 そんな暗い考えばかりが浮かんでしまう。ペット感覚で子供を産み、おもちゃ感覚でペットを飼う、恐ろしい世の中である。

「おーい、陽歌くん」

「あ、エヴァリー」

 考え事をしていた陽歌に、緑色の髪を二ヶ所でひっつめた少女がのんびり話しかける。その手には、どっさりとニンテンドースイッチの本体が収まっていた。しかも箱から出ていない新品だ。

 彼女はエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン。四聖騎士、青龍姉妹長女にして総括である。が、そんな立場にしては全く威厳を感じさせない。

「品薄のスイッチを一体どこからそんな……」

「いやー、今度どうぶつの森出るでしょ?今回は本体一個につきひとつの島だから、みんな自分の島持ちたいとなると人数分の本体が必要でしてね。こないだヴァネッサが倒したマケプレの倉庫からかっぱらってきましたよ」

 室内で遊べるものを、ということもありゲーム機は品薄が続いている。それも材料が中国製ということもあり、増産が難しい状態だ。

「あー、そういえば今回そんな仕様だったね……、過去は知らないけど」

 最新作、『あつまれどうぶつの森』はスイッチのセーブデータ管理システムの都合、本体一つにつき島が一つ、つまり複数ソフトを持っていても島を複数持てるわけではない。これはスイッチがソフトではなく本体にセーブデータを記録するからである。

 陽歌もゲームには詳しくないが、いっせいトライアルで『ファイヤーエムブレム無双』をプレイした時に知ったことだ。ダウンロードしたソフトのセーブデータが本体に残り、無料で遊べるトライアル期間が終わってソフト自体を消してもセーブデータが残っていれば後からダウンロードし直したり物体カートリッジで購入しても続きが遊べるという仕組みだ。

「それより近くでマナ達がイベントしてるから見にいきましょう」

「あれ?中止とかしないんだ」

 エヴァが陽歌をイベントに誘う。彼は中止にも延期にもなっていないことが意外だった。

「イベントが無くなると贔屓にしているイベント会社の経営が危ういですからね。頼む側も信頼出来て勝手知ったる相手の方が何かと気楽ですし、残ってて欲しいんですよ。それに、イベントでは譲渡会もやりますよ」

「保健所にいる子達は一刻を争うからね、それは大事」

 それは今後のことを考えての行動でもあった。当然、感染症対策は行うものである。同時に、そのイベントでは保護されたペットを譲る譲渡会が行われている。

「んじゃ、残ってる子達も連れていますか」

 二人はイベントに行く準備をする。まだ喫茶店に残っている猫達を居心地のいい箱に入れ、連れていく。ダニエルだけは専用の篭を使う。

「モルジアーナ、頼むよ」

 一緒に準備を手伝っていたのは、赤いSDガンダム。ハイムロボティクス製のトイボットであり、ヴァルキランダーをモチーフにしている。さすがにガンドラゴンモードや竜合身形態ではいろいろ邪魔なので最低限の装備である。

「さて、移動手段は……カイオン!」

 そして会場へ向かう方法である。陽歌はあるゾイドを呼び寄せる。灰色かかった装甲の、武装を持たないライオン種の地球産ゾイドであった。

 瞳は銀色で、辺りの匂いを嗅ぐ様に動いている。

「それでは会場へレッツらゴー」

 エヴァとモルジアーナは猫を連れて背中の座席に乗り、陽歌が首元の操縦席に座る。バイクの様な操縦席の脇に付けられたハンドルを握ると、ライオン種ゾイド、カイオンの瞳が陽歌と同じ桜色と空色のオッドアイにうっすら変化した。

「視界リンク完了。行こう、カイオン!」

 カイオンは一気に駆け出した。さっきまでのゆっくりした動きが嘘みたいである。

「大分メモリーバンクの修復が進んでるねー」

 エヴァはカイオンの調子を見て呟く。このゾイドは大秘宝を狙って活動するヴァネッサが入手したもので、埋まっていた状態や復元の手際が悪かったのか装甲も不完全で脳にあたるメモリーバンクやゾイドコアなど所々不調が見られる。

 それでも精神感応の強い地球のゾイドはライダーと行動を共にすれば回復することがあるのだとか。

 地球では今も多くのゾイドが発掘されることがあり、ある者は兵器として、ある者はコレクションとして珍しいゾイドを狙っている。希少価値が低かったり戦力として弱かったり、状態の悪いゾイドなどはいい加減な発掘や復元をされて損傷してしまうことも少なくない。

 カイオンもそんなゾイドの一体であり、完全復旧目指して陽歌とトレーニングに励んでいる。

「でも骨格はガタがきてるみたい」

「ヴァネッサが猫科ゾイドの骨を発掘するのを待ちますかね。他のゾイドから奪うのも可愛そうなので、ちょうどよく余ってるのを」

 ただ状態が悪いのでトレーニングをしていても不調が目立つ。

「やっぱどこも閉まってますね……」

 道行くアミューズメント施設が軒並み閉鎖されているところを見て、陽歌は状況の深刻さを悟る。ゾイドは一応、車道を走ることが出来る。

「お給料なら心配いりませんよ。GBNやハイムロボティクスはともかく、天導寺重工はちょっとやそっとでは傾きませんから」

「あ、それは特に考えてないよ……」

 エヴァは先ほどから陽歌が景気の心配をしているので、給料について告げる。彼は義手のモニターとして、自身の義手を製作している天導寺重工から報酬を得ている。加えてGBN、ガンプラバトルネクサスオンラインの仮想現実における精神医療のテスター、ハイムロボティクスが開発するトイボットのセラピー効果のテスターも勤めるため、結構な給料が毎月入ってくる。

 お小遣いを飛び越えて通帳で給料が入ってきた彼はリアルに腰を抜かした。そしてそれを見たエヴァは大笑い。大体彼女がその手の話を付けて来るので黒幕とも言える。人にサプライズを仕掛けて反応を見る趣味があるらしいエヴァだが、基本プラスのことしかしないので善良ではある。

 単純に様々な娯楽を趣味とするエヴァにとって、同じ趣味を共有出来る人間を増やしたい欲望もあるのだろうが。

「うーん、だけど欲しいものがあってもいざお店に行って値段見ると尻込みしちゃう……」

「そうなんです? 私値札見ないなー」

「石油王かな?」

 自分で自由に使えるお金というものに慣れていない陽歌は、どうしても値段を見ると退いてしまうところがあった。一方、結構な頻度で世界を救っておりお金に困らないエヴァはそんなもの気にしない。

「それに子供の頃からこんな贅沢していいのかな……」

「逆に抑圧していると大人になってからが大変ですよ。親にゲームを禁止された結果大人になってから遊びきれないほどゲームを買うなんて人も……」

「程度問題って難しい……」

 こういうのは個人差が大きいのでどうするのがいいというのは一概に言えない。特に陽歌は普通とは言い難い環境で育っている。

「あ、パチンコ屋は普通にやってるんだ……」

 ゲームセンターが営業を自粛する中、普通に営業しているパチンコ屋に陽歌は何ともいえない気分になった。この業界はかつての震災でも節電に協力しなかったという話もある。カジノ設立に反対している議員もギャンブル依存症を理由にしながらパチンコには言及しない有り様だ。

「そのパチンコ屋の隣の空き地がイベント会場ですよー」

「はーい」

 カイオンを操縦し、陽歌はイベント会場に入る。譲渡会のテントへ向かい、猫達を先に下ろした。

「これも立ててと……」

 陽歌はフラッシュ撮影禁止の看板を立てる。動物の目は光に敏感で、フラッシュを焚かれると失明の恐れすらある。譲渡会に来る程度に動物想いな人なら常識として知っているだろうが、一応。

 会場では感染症対策なのか、あちこちにアルコール消毒が置かれ、マスクが配布されていた。転売ギルド、マーケットプレイスから奪還したものを市民に戻しつつある。

「ほら、ステージでマナとサリアがなんかやってますよ」

「なんかって……」

 エヴァに誘われ、人が集まるステージを見に行く。一応その二人をプロデュースしてあるのはエヴァなのだが、どこかいい加減だ。

「うわっ、人沢山いる……!」

 思ったよりお客さんが来ていたので、陽歌は咄嗟にエヴァの後ろへ隠れる。

「みんなー、こんにちわー!」

 ステージで元気よく挨拶するのは、緑色の髪を伸ばした褐色肌の少女。若干11歳には見えないほどの完成されたボディに目映い笑顔のパーフェクトなアイドルであった。彼女はサリュー・アーリントン。サリアと呼ばれている。アイドルなのは知っているが、こうして実際に舞台を見る機会は少ない。

「今日はみんなにおうちで遊べるアイテムとお得な情報を持ってきたよー!」

 赤い髪をツインテールにした十代前半ほどの、グラマラスなメガネの少女が隣にいた。サリアの相方であるマナは、マネージャーが魔法で本物にしたライダーベルトで変身出来る。

「まずは大人気、ポケモンカードゲームから最新拡張パック『反逆ボルテージ』から、キャンペーンだよー!」

「あのポケモン総選挙でもガラル二位を飾ったストリンダーのカードを狙える他、パックの隅っこにあるエキスパンションマークを集めてストリンダーグッズを手に入れよう!」

プロモーション用の大きなストリンダーのカードを見せながら、マナとサリアは説明する。

「応募用紙は公式サイトからダウンロード!」

「さらに、これを機にポケモンカードを始めるなら、27日発売のリザードンとオーロンゲの構築済みデッキも注目!」

 この様子を見て、エヴァがポツリと呟く。

「でもカードゲームって対戦相手の確保が一番難関ですよねぇ」

「それは言わないお約束。本来トレーディングカードはコレクションアイテムでゲームが付いた方が歴史浅いから……」

 対戦ホビー全般の弱点を突かれてはどうしようもない。ただ、一人で集めて眺める楽しみもある。

「そしてバンダイのプラモデルからは30Minute missions! 20日からマーキングシールゲットキャンペーン開始! 本体を購入するとオリジナルマーキングシールがもらえる!」

「今までありそうでなかった地球軍、バイロン軍のマージンもあるから嬉しいね! 量産機だからいくつあっても困らない!」

 そしてバンダイのプラモデルからは新機体も参戦で人気沸騰の30MMからマーキングシールのキャンペーン。ピンセットで貼るだけお手軽のアイテムが本体購入で貰える。ガンプラでもやっていた好評のキャンペーンがここで登場だ。

「タカラトミーからは、ゾイドワイルドの公式武器ゲットキャンペーン!なんと2ヶ月連続で、オリジナルカラーの武器が貰えちゃう!」

「もの自体は市販のアイテムだけどシルバーチタンの色合いがクールだし、どれも沢山欲しいよね」

一方他メーカーも負けない。タカラトミーからはまず、ゾイドワイルドの公式改造武器ゲットキャンペーン。

「まずは3月28日、オメガレックスの発売日に第一弾。三千円以上ゾイドを購入すると、三種類の中から一つ貰えちゃう!」

 量販店ではものによっては中型でも下回るものがあるが、二年目以降の中型ゾイド以上なら殆んど一体で条件を達成出来る。貰える武装はボーンブレイド、グラインダーカッター、パンツァーファウストのうち一つ。

 マナが手にしているのは小さな武器だがそれぞれ二つずつ付いており、小型ゾイドの改造にも重宝しそうだ。

「同梱の引換チケットは大事にとっておこう! 4月25日、ソニックバードの発売と同時に第二弾! これまた三千円以上ゾイドを買うと武器をプレゼント! さらに三月の引換チケットがあると、もう一個武器をプレゼント!」

 サリアが持っているのは四月の景品と、二ヶ月連続の景品。四月はアークナイフ、オートソー、スクエアシールドの三種類の内一つ。そして引換チケットで貰えるのはメガランス、ウイングカッター、アタッチメントフレームのうち一つ。

 全部揃えようとするとかなりの額になる上、通販や店の裁量次第ではランダムになるので欲しいゾイドを買うチャンスくらいに考えよう。

「六千円使ってアタッチメントフレームだとガックリ来ません?」

エヴァがキャンペーンの闇に突っ込んで行きそうだったので、陽歌がフォローする。

「ほ、ほら初期ゾイドって接続ピン少ない上に奥まっていたりするから意外と便利かも……」

 ファングタイガーやハンターウルフは曲面装甲の奥にピンがあるので、延長出来るアイテムは嬉しい。そうでなくても接続の少ない無印勢には必須アイテムだ。

 まだタカラトミーは隠し球を残している。なんと、シリーズ最長を記録したベイブレードバーストの新作が3月28日にスタートするのだ。

「そしてオメガレックスの発売と同時にベイブレードバースト、新シリーズ、超王レイヤー登場! このシリーズのベイを二千円以上買うと、ドライバーが貰える!」

 ドライバーとはベイブレードの軸先に当たるパーツである。これが貰えるのだ。ちゃんとマナは手に該当のパーツを持っている。

 ただランチャーとセットで買ったとしても定価ならともかく量販店では絶妙に値引きされてベイ一個では届かないかもしれない。スタジアムのセットを買うなら話は別であるが。

「貰えるドライバーはアタックタイプのホールド、スタミナタイプのクロー、ディフェンスタイプのプレス、バランスタイプのゼファーだよ」

 ホールドはヘリオスに付いてくるラバー軸と異なり、プラ軸なので持久力に分がありそこそこ暴れる。制御しやすいドライバーでもある。バランスタイプのゼファーはフラット軸に穴を開けることで暴れつつ摩擦を減らして持久力も確保した優秀なドライバーだが、果たして重量化の進む超王レイヤーとの相性はいかに。ディフェンスタイプのプレスはスタジアム中央に留まる基本的な防御軌道のドライバーで、ラインナップにディフェンスタイプが無いのでこれがついでに貰えるなら有難い。スタミナタイプのクローは四つのピアスが遠心力を産むという触れ込みであるが同時発売のラグナルクに二年目以降環境パーツと呼ばれ続けたリボルブが付いてくるの。ラグナルクを買わないとしてもクローは単体で評価しても性能が……ナオキです。

「さぁ! みんな家で遊ぶ準備は出来てるかーい!」

「おうちグッズを集めるなら今がチャンス!」

 ステージは盛り上がりを見せていた。が、そこにサイレンを鳴らして乱入する存在がいた。紺色に塗装され、バイザーをしたサソリ種の地球産ゾイド、スコーピアの群れだ。機銃を取り付けられ、改造されている。

『そこまでだ!感染症対策の自粛期間にイベントを開催しているとはなんたること!この治安局が取り締まる!』

隊長機らしき紺色のファングタイガーが拡声器でお気持ちを述べる。このタイガーにもバイザーが付いている。

『私は治安局機動部隊隊長、宇都宮無双!今すぐ解散しろ!』

「治安局?」

 陽歌は聞き慣れない組織の名前に首を傾げた。エヴァ達は何度か対峙したことがあるので、その存在を知っている。

「企業連の中心であるスロウンズインダストリアルが設立した私設警察組織ですね。今はオリンピック推進に動いている様です。それで感染症の蔓延を防止しようとイベントにちょっかい掛けてるんですね」

「推進委員会の他にも敵が?」

「まぁ倒したら全部一緒ですよ。経験値の内訳なんて後で見返さないでしょう?」

 新たな敵の出現に戸惑う陽歌であったが、エヴァにとっては十把一絡げ扱いなのであった。

「俺達はマナ&サリアを見に来たんだ!何が治安局だ!感染防止対策とか言って他のアイドルやアーティストのライブ中止にさせながら、そこにお抱えの整形アイドルのライブぶっこみやがって!」

「そーだそーだ!」

「民法全局でじゃんけん大会生放送とか頭イカれてんだろ!」

 ファン達は普段の不満を治安局の隊員にぶちまけた。だが宇都宮は悪びれることなく反論する。

『当然だ!我々は力がある、だから確実に感染症対策を行いながらイベントを行える。だがお前達はそうではないだろう!』

「えぇ~ホントでござるかぁ?」

 エヴァは宇都宮の言動を疑った。彼は下っ端なので思惑等々は当然知らないだろうが、企業連は自粛を呼び掛けつつ自分達は通常営業を続けることで仲間にならない会社を潰す算段があった。自粛に従わないならこうやって武力を送り込めばよし、自前の戦力なので隣のパチンコ屋みたいな名前には牙を剥かないということだ。

「ふざけんな!」

「ZOバイザーみたいな動物虐待アイテム使ってる奴らの言うことが信じられるか!」

「宇都宮に帰れ!」

「餃子でも食ってろ!」

 餃子の様な物がプロ野球選手の投球やかくやと言わんばかりの速度で治安局に飛んでいく。

『うわ!なんだ?餃子?違う、餃子じゃねぇ!なんだこれ!食いもんですらねぇ!』

『隊長!この餃子噛みます!』

『自分は血を吸われました!』

 治安局は阿鼻叫喚の混乱に陥る。宇都宮はキレて発砲許可を出す。

『公務執行妨害の現行犯だ!ゴム弾しか無いのが腹正しいが、痛め付けてやれ!』

 スコーピア部隊が機銃を構える。その時、横からカイオンが現れてスコーピアを蹴っ飛ばしていく。そのまま彼は陽歌の近くにやってきて、付せて低い姿勢になる。

「よし、見せてやりなさい!伝説のライオン種の力を!」

「え?これ戦う流れ?」

 エヴァがノリノリで指示を出すが、陽歌は戸惑った。しかしカイオンがやる気なのでライダーである自分が引き下がる訳にはいかなかった。

「でも武器無いしなぁ……」

 操縦の練習はしてきて、戦闘も他のゾイドで訓練済みだなのだが、武器がついてないカイオンでどう戦えばいいのだろうか。その時、マナがあるものを持ってきた。

「陽歌くーん!シエルさんが武器を本物にしてくれましたー!」

「マナ、もしかしてさっきのキャンペーンの……」

 陽歌がマナの方を見ると、小型ゾイドほどある大きなランスを持っていた。キャンペーンのランスとは別物だ。

「モデリングサポートグッズ、ウェポンユニット08、バトルランスです!」

「そこ販促的にメガランスでは?」

  持ってきたのは、何故か全然違う武器。一応、ジョイントが共通なのでくっつけることは可能そうだ。

「うんしょ……うーん……」

 が、カイオンが屈んでマナが伸びても全く手が届かない。

「どうしよう……」

「どうしましょう……」

 これでは装着出来ない。その時、会場の設営に使われたクレーンが高速で走ってくる。乗っているのはサリアだ。

「これがあるよー」

「でかした!」

 サリアがクレーンでランスを掴み、カイオンの右前足装甲に装着させる。これで準備完了だ。

「よし、視界リンク完了。行こう!」

 とにかく武器を持ったのでこれで戦闘が出来る。

「くそ……なんだこの吸血餃子は……」

 宇都宮は餃子のせいでこの隙に全く行動が出来なかった。ようやくファングタイガーを行動させる。

「いくら伝説のライオン種でもそんなオンボロではぁ!」

 突撃してくるファングタイガー。陽歌は真っすぐ迎え撃つ。ランスの方がリーチは長い。しかしそれに甘んじることなく攻撃に一ひねり加える。ランスの一撃がファングタイガーに迫るが、タイガーはそれを回避する。これは想定通りだった。そのまま懐に飛び込み、爪で攻撃する。大きな武器は相手の注目を集めるので、ミスディレクションに使える。

「無駄だぁ!」

「なっ……」

 だが、ファングタイガーはその爪を防いだ。ゾイドオペレートバイザーを装着されたゾイドは意思を奪われて従順になり、乗り手を選ぶファングタイガーでさえ誰でも乗れる様になる。だが、その反面ゾイド特有の反射などは失われてしまう。しかしどういうことか、このファングタイガーは元来の反応速度を維持している様に見えた。

『ふん、このバイザーはゾイドの優れた視力を拡張した上でライダーが装着したコンタクトレンズやイヤホンに反映させる。ファングタイガーの動体視力ならこの程度、わけはない!』

 陽歌がカイオンの失った視力を、ナノマシン技術の応用で、自身の視力で補っているのと逆に、向こうはゾイドの能力をライダーにフィードバックしていたのだ。これなら確かに計器類やモニターを見る手間が省ける。

「視界を共有? 虎と?」

 陽歌はふと、会場の隣のパチンコ屋を見る。そしてそこへ向かって駆け出した。

「逃げたって無駄だ!」

 それを追うファングタイガー。彼は一体何を思いついたのか。

 

   @

 

 隣のパチンコ屋では、経営の状態を見る為に偉い人が来ていた。

「どうだ? 調子は」

「順調です。みんな遊ぶとこがないのでうちに来ます」

 スーツに着られている様な中年太りのハゲと店の制服を着たハゲがホールで話をしていた。騒がしい場所であるが、慣れているのでちゃんと話せている。ホールはおっさん老人で大盛況だった。

「よし。我々の支持政党も国に経営停止措置をしてもらうことで補助金をせしめる準備を進めている」

 なんと彼らは自分の息が掛かった政治家を送り込んで、みんなが苦しんでいる中自分達だけ税金で難を逃れようとしていた。なんと汚い連中か。

「大量の広告費をテレビに払い、肺炎の感染源をライブハウスなどに徹底して印象操作させている。これで我々は安泰だな」

 そして他者に迷惑を掛けてでも生き残ろうとするこの意地汚さ。おおブッダ! こんな連中に罰が下らないとは神は寝ておられるのですか?

「こっちだ!」

 その時、カイオンが壁をぶち破って突入した。追ってファングタイガーも入ってくる。カイオンは壁を破壊しただけでなく、筐体をなぎ倒した。店内は一気にパニックに陥る。

 普通に天罰が下った瞬間である。

「なんだあれは!」

 カイオンの一挙手一投足が百万単位の被害を出していく。

「こんなとこに逃げ込んだって……制御トリガー解除、マシンブラスト!」

 ファングタイガーは背中の刃物を展開する。だが、宇都宮の様子がおかしくなっていく。

「な、なんだ……目が、耳が!」

 あまりの光量に目が痛くて開けられず、音で脳を直にシェイクされる様な感覚に襲われる。陽歌の狙いはこれだった。ゾイドの優れた感覚とリンクしているということは、動物が嫌がる騒音や光のダメージを人間が受けてしまうのだ。ゾイドなら動物と違ってそこまで極端ではないが、拡張されてしまっているので下手すれば動物のそれ以上のダメージだ。しかも視力に至ってはコンタクトレンズで共有している為、簡単に外せない。

 一方、カイオンは人間の、陽歌の視力を受けているので問題ない。彼には光過敏と音過敏があるが、コクピットのキャノピーとゾイドとの精神感応で緩和されており結構平気だ。

「いっけー!」

 そしてランスの一撃でタイガーのコクピットを粉砕しバトルフィニッシュ。コクピットから投げ出された宇都宮は筐体にぶつかって床に倒れる。

「げふっ!」

 ファングタイガーは行動不能になり、決着が付いた。

「おー、やりますねぇ。臨時報酬も入って夜は焼肉っしょ」

 エヴァは多分パチンコ店のレジから持ってきたのであろうお金を持って飛び跳ねていた。

「返してきなさい」

これには陽歌も待ったを掛けた。とはいえ、店を出る為にどうしても台やらなんやらを倒していく必要はあったが。

「さぁ、今週末も新商品にキャンペーンと忙しいですよ。多々買いはこれからです! 一緒に遊びましょうね」

「……うん」

 陽歌にホビーという救いを与えたのは、七耶でもありエヴァでもある。自分がこんなに心行くまで遊べるなど、彼はかつて思ってなどいなかった。生きるので必死だったのだ。ただ今は、彼女達と遊び続けることが恩返しなのだと信じて。




 キャンペーンまとめ

 3月20日から
 30minutes missions
 本体一個購入につきオリジナルマーキング

 3月28日から
 ゾイドワイルド
 ゾイド三千円以上購入で武器と引き換えチケット
 ベイブレードバースト
 超王シリーズ二千円以上購入でドライバー

 4月25日から
 ゾイドワイルド
 ゾイド三千円以上購入で武器、引き換えチケットと武器の交換


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☆ミニ四駆の日記念! 最小のモータースポーツに挑戦せよ!

 ミニ四駆とは、世界最小のモータースポーツである。ステアもブレーキも無い、真っすぐにしか走らないマシンは手放すと運転などできない。己の全てをつぎ込んだマシンを信じて、祈るだけだ。


 静岡県島田市に存在する『おもちゃのポッポ』。ここはかつて撤退したチェーン店をその社員が引き継いで続けている、今では珍しい専門の玩具店である。

入り口に色褪せた謎ヒーローのマネキンやぐったりした緑のパンダがいるなど近寄りがたさがありつつも懐かしいポスターも貼り出されて好奇心を煽る二律背反の外見が謎の魅力を醸し出していた。

「ん?」

 そこで仕事をする知り合いに忘れ物を届けにきた一人の少年が外に置かれたものに興味を示す。三つのレーンがある枠のコースらしきもので、灰色であった。

少年は大きめの白いパーカーを着込み、フードを目深に被っている。黒いホットパンツから延びるタイツに包まれた脚のラインは幼さ故か柔らかく、暗色で引き締まった分少女の様な印象を受ける。彼はアサルトブーツを鳴らして店の入り口に近づく。

「お、来たのか、陽歌」

 それと同時に、店から一人の女の子が出てくる。小柄な少年よりさらに小さく、何故か巫女装束を纏っている黒髪を伸ばした幼女であった。

「はい、今月のサンプルです」

「ご苦労。……ふむ」

 少年、陽歌を迎え入れた女の子はコースを見て考える。

「七耶?」

 陽歌は七耶が何を考えているのか解らず、サンプルの箱を差し出しながら固まっていた。付き合いがまだ短いのもあるが、基本突拍子もないことを言い出すので彼には予想が出来ない。

「いや、今日ミニ四駆の日だからなんかやろうと思ってな」

「ミニ四駆の日?何の語呂合わせかな……?」

 陽歌はスマホを見て日付を確認する。10月15日を差しており、何がどうミニ四駆なのか解らない。

「いや、この話が掲載される予定が3月24日でな……いやメタな話はいいんだよ」

 第四の壁に関わる話ならそれ以上聞くまいと陽歌は思った。あれは認識するだけで正気を失う代物だ。

「そうだお前、ミニ四駆やってなかったな。作ってみるか?」

 七耶からそんな提案を受けたが、陽歌は首を振って否定する。

「え?ミニ四駆ってあの動く車だよね?無理ムリ、ガンプラならともかくそんな電気配線とか必要そうなもの……」

 というのも彼が並外れた不器用だから、というわけではない。陽歌がオメガレックスの箱を持っている両手は、黒い義手になっていた。五本の指が存在し、球体の関節であるが生身と遜色なく動かせるものとなっているが、触覚が無かったり柔軟性に欠けるため細かい作業は苦手である。

「ミニ四駆はタミヤの社長が歳取ってプラモ作るのが難しくなって、簡単に出来るもんをって作ったシリーズだ。パーツ数ならガンプラより少ないな」

 ガンプラの製作経験があれば不可能ではないと七耶は言う。とはいえ、初めてだと解らないこと尽くしだ。

「とりあえず作るマシンを選ぼうじぇ。こういう時は気に入ったマシンを選ぶのが定石だ」

 店に入ると、二人はミニ四駆コーナーへ向かう。

 沢山積まれたミニ四駆に大量のパーツと、知らない人からすれば目眩がする様な状態だ。陽歌はフードを脱ぐ。顔立ちは言われなければ少年と分からないほど可愛らしく、キャラメル色のボブカットはフードのせいか乱れていた。右目は桜色、左目は空色のヘテロクロミアで宝石の様な輝きをしているが、その瞳には戸惑いの色が浮かぶ。

 陽歌はとりあえず手頃なマシンを手に取り、デザインを見る。

「あれ?モーターの場所が違う……?それに同じ様なマシンでも箱が違うのが……」

 同じ『マグナムセイバー』でもイラストで描かれた箱や写真の箱があったりする。これはどういうことなのか。

「そうだ、ミニ四駆には様々なシャーシが存在する。まずは現行で初心者にも扱い易いシャーシ達を紹介するぞ!」

 七耶は袖から複数のシャーシを取り出して解説を始める。

「まずは20年前から完成された駆動系、スーパーⅠの弱点である強度を克服したスーパーⅡシャーシ! 『爆走兄弟レッツ&ゴー』に登場するマシンの多くがこのシャーシでリメイクされているぞ! 滑らかな駆動を得られるカーボンシャーシが一般ラインナップにあるのがポイントだ!」

 小さく薄いシャーシで、強度が不安になりそうな印象だが以前より改善されているらしい。

「そしてお次はARシャーシ! ボディを外さずにメンテナンス出来る高い整備性に加え、強度も十分!底面は空気抵抗を最小限にする工夫が施されているぞ!」

 反面、こちらはぶ厚く大きなシャーシであった。同じ様な構造に見えて、かなり違いがある。

「こいつはFM-Aシャーシ。現在まともに活躍出来る唯一のフロントモーターシャーシだ。モーターが前にあることで重心が前に行き、立体での安定感が増すぞ!」

 次のシャーシはモーターが前にあるもので、機構は反面していると思われる。

「これにしよう」

 七耶が話している間に、陽歌はマシンを決めていた。白いシャーシに赤いボディが特徴の『デクロス01』だ。シャーシはMAシャーシで、彼女の解説には無かったものである。

「よし、そのシャーシなら作りながら解説しよう。必要な道具はニッパー、ピンセット、そしてドライバーだ。あると便利なのはデザインナイフとペンチだな」

 早速、二人は店にある工作スペースへ入る。箱の中には意外とパーツの少ないランナーと、細かいパーツが分けて入れられた袋が入っていた。

「思ったより部品少ない……」

「説明書通り作るだけならとても簡単だ。だからこそ奥が深い」

 それでは製作開始である。まずは根幹となるシャーシを組んでいく。

「配線が無い……この銅板で電気のやり取りをしてるんだ……」

 陽歌が驚いたのが、配線を使わずターミナルと呼ばれる銅板で回路を構成していることだ。安定性が高く、激しいレースを行うミニ四駆には最適なチョイスであった。しっかり切り替えの行えるターン式スイッチのおかげで誤作動も少なそうだ。

「真ん中にモーターがあるんだ」

 MAシャーシ最大の特徴は前後に飛び出たダブルシャフトモーターと呼ばれる専用のモーターだ。通常のミニ四駆は機体後部で発生するモーターの回転を二枚のギアで後輪に伝え、さらにそこからクラウンギアを介してプロペラシャフトを回し、前輪へ伝える方法で四輪駆動としている。だが、このモーターならクラウンギアやプロペラシャフトを省略してダイレクトに前輪と後輪を回せるため、パーツが減ってメンテナンス性が上がりパワーロスも減る。

「これは便利だなぁ」

 さらにこのシャーシのランナーにはメンテナンスに使う治具も整形されており、モーターにピニオンギアを付ける時に補助してくれるものがある。

「モーターにギアを付ける時はモーターを押さえず、上から真っ直ぐ押し込むんだ。モーターを握ると中が傷んで、性能が落ちるぞ」

 七耶のアドバイスも簡単に実行出来る便利なアイテムである。

「次はシャーシにネジでローラーを付ける……と」

 ミニ四駆はステアリングの無いマシンだが、マシンの四隅に付けたローラーが壁を蹴って曲がることが出来る。だが、ここは少しコツがいる。

「シャーシの穴にはネジが噛み合う溝が無いんだ。だから、最初は説明書通りやらず、ビスだけを回して締めるんだ」

 七耶によると、下準備をした方がいいらしい。この作業をしておくことでシャーシの穴にネジの溝を刻んでおき、その後のパーツ取り付けを容易に出来る。ローラーを挟みながらネジを回すのは大変なので、溝を刻んで簡単に回せる様にした方が楽だ。

「シャーシに対して水平になる様に慎重にな。後ろはともかく、最近のシャーシはフロントバンパーにスラスト角が付いているからな」

「あ、本当だ。でもなんでだろう?」

 陽歌がよく見ると、前のバンパーは斜めの傾斜が付いている。付属する六つのローラーを前に二つ、後ろに四つ取り付け終わると、七耶がその理由を解説する。

「シャーシを、ローラーがタイヤになる様に立ててみろ」

「こう?」

「そうだ。まるで三輪車みたいだろ?」

 確かに、ローラーは三輪車の様な配置になってシャーシを支えていた。が、前のローラーが曲がっているので真っ直ぐ走らない。

「前のローラーが斜めになってるのは、三輪車でいうとコース側に曲がり続ける形になってるよな?それでマシンをコースに押さえつけてコースアウトを防いでいるんだ」

 なんと、よく見ないと解らない傾きでコースアウトを防いでいるというのだ。思ったよりミリ単位の調整が影響しそうだ。

「んで、タイヤをシャフトにセットする。モーターにギア付ける治具があれば簡単だな」

 片側だけタイヤをシャフトに取り付け、それをシャーシに車軸受けやギアと一緒にセットする。そしてもう片方のタイヤも車軸受けを通してから取り付ける。

「シャーシ完成……」

 これにてシャーシは完成。残るはボディだけだ。ボディはかなり簡単で、片手で数えるまでもないパーツを組み合わせてシールを貼るだけ。赤いランナーには大きな部品が形成されている。

「折角だから、デクロスのクロスシステムを試していけ」

「クロスシステム?」

 七耶はあるものを陽歌に差し出す。それは、クリアブラックのボディパーツだった。色が違う以外は箱に入っているものと同じである。

「デクロスにはクロスシステムと呼ばれるボディの交換機能がある。違う色の01ボディや02と組み合わせることで簡単にカラーコーディネートが楽しめるぞ」

 その中から、キャノピーだけをクリアブラックに返ると一気にマシンっぽさが上がる。陽歌は簡単なドレスアップに感嘆するばかりであった。

「おお」

「さらにクリアブラックのボディに付属するステッカーは、透明ステッカーだ」

 付属のシールはホイルシールでキラキラしているが、クリアブラックの方のシールは柄の無い場所が透過して透けるものとなっている。これをボディにピンセットで貼ると、成型色を際立たせたスポーティーな仕上がりになる。

「とても初めて作ったとは思えない……」

 最初に作ったにしては見違える様な完成度に陽歌は胸を弾ませる。

「よーし、早速走らせるぞ!」

 というわけで完成したミニ四駆、デクロス01を走らせることにした。店に設置してあるコースは難易度が高いので、市販レベルの普通なコースで試走だ。

「おー、速い!」

 説明書通り組んだだけなのに、目にも止まらぬスピードでコースを走っていく。素組でも高い駆動効率により十分速いのがMAシャーシの特徴だ。

「おー、おおー」

 普段、自分が作ったものが動くという経験をしていない為か陽歌は走るマシンを見続けていた。それを七耶は微笑ましそうに見守る。彼女の方が年下に見えるが、基本的には面倒を見ている形だ。

「フハハハハ!まずはここか!」

 その時、妙なバカ笑いが聞こえた。二人が振り替えると、外国人らしきスーツの男が立っていた。七耶はその姿に見覚えがあった。

「おお、ミスタービーンじゃないか! サインくれよ」

「違う!」

 コメディ映画のキャラクターでは無かったらしく、ミスタービーンじゃない何かは腕を組み尊大な態度で名乗る。

「私はロスカル・ゴン! 恩知らずな蛮族共を粛清しに舞い戻ったぞ!」

「誰?」

 本名を名乗るも、全く七耶は知らなかった。陽歌が慌てて説明する。

(警察呼んだ方がいいよ。ロスカル・ゴンといえば大企業のCEOだったけど不正が発覚して捕まり、国外逃亡したという……)

「あー、お前楽器ケースに入って逃げた奴か」

 ホビー以外詳しくない七耶にとってはその程度の認識であった。ロスカルは当時を懐かしみ、呟く。

「楽器ケースがあんなに密封されているとは思わなくてな……危うく窒息して死ぬところだったぞ。あと普通に貨物扱いで飛行機に乗ったから空気薄いし寒いしシャレにならんかった……」

「で、その楽器ケースマンがここに何の様だ?」

 思い出話をぶち切りながら七耶が要件を聞く。まさかこんな国外逃亡犯が再入国してまでこんなところに何の用事も無く来るとは思えない。

「これは復讐だよ……」

 ロスカルは高らかに語る。さも自分は巌窟王が如く、品行方正で正義の人間であったのに関わらず、悪意を持った人間に貶められた悲劇の主人公であるかの様に。

「復讐?」

 陽歌はついついマジな雰囲気に飲まれてしまう。

「そうだ……極東のチンケな車屋がどうしてもと泣きつくから経営を建て直してやったというのに、用済みとなればお払い箱! 濡れ衣と汚名まで着せてな! オマケに人権無視の古代司法!私は大いに傷ついた!」

「ん?じゃあ会社の金横領して旅行とかしてなかったのか?」

 七耶はテレビを聞き流したレベルで知っている事件の概要について聞いた。何せ、最近のテレビは訂正が多くてどこまで正しいのかわかったものではない。

「したよ」

「いやしたんかい」

 ロスカルは悪びれることなく自白した。濡れ衣でもなんでもなく真実であった。

「しかしその程度当然であろう?戦勝国が賠償を敗戦国から得るのは当然だ」

(あれ? この人国籍はフランスだけど、フランスって開幕直後日本と同盟組んでたドイツにボコられてなかったっけ?)

 第一次世界大戦の列強もビックリの周回遅れ理論を振りかざしたロスカルに、陽歌は変な疑問が沸いた。コンプレックスって怖いなー戸締まりしとこ。

「化石燃料を飲み、温室効果ガスを吐き出すだけの機械……貴様らが唯一すがる塵の様な誇りを叩き潰す。それが私の復讐だ」

「自分とこの商品スゲーディスるな。1000%社長見習え」

 七耶はロスカルの口振りにドン引きした。仮にもあんたのとこの商品だろうに。

「まずはアジアに蔓延するそのハリボテから血祭りにあげてやる!私の財力を注ぎ込み、試走を重ねて生み出したこのマシンでな!」

 ロスカルはスーツの懐からミニ四駆を取り出した。ホビー物お約束の『とりあえずホビーで決着』である。

「本来は人を雇って作らせたいが私の事情がそれを許さない!まずはここを落として拠点にしてやる!」

「ミニ四駆スゲーとばっちりぢゃん」

 全く関係ないのに喧嘩を売られたミニ四駆およびタミヤを七耶は哀れんだ。それと同時に相手のマシンを観察する。

「なるほど。よし小僧、ぶちのめせ」

「ええ?今日作ったばっかだよ?」

 パーツがごて盛りでいかにも金が掛かっていそうな相手に、まさか初心者が勝てるはずもないと陽歌は思っていた。ロスカルも同じ考えである。

「初心者が相手とはな。私のクーペが相手しよう!」

「ヒュンダイじゃねーか自社の使え」

 ロスカルのマシンは陽歌と同じMAシャーシだが、実車をモチーフにしたボディ。さらに改造も施されていた。

「一体形成されているフロントバンパーやサイドステー、リアステーを切断して薄いカーボンプレートへ置き換えて軽量化を図っている。さらにタイヤはアルミホイールで低重心化、電池の位置も落としてさらに低重心!ついでにシャーシもボディも肉抜きで軽量化!シャフトは中空、ギアは超速、車軸受けは最高精度の620ベアリング、ギアの軸受けもサイドローラーもベアリングにして全て脱脂済み!モーターは最速のプラズマダッシュを厳選して使用!グリスなどではなく、より滑りのよい最高級のオイルを各所に使用している!」

「な、なんか凄くて高そう……!」

 改造の内容を聞くだけで陽歌は負けた気になってしまったが、七耶は冷静にパーツを選別してセッティングに入る。

「小僧、こちらもコースに合わせて調整するぞ」

「え、あ、うん……」

 まずはモーター。オレンジ色でピニオンギアが黒いものを七耶は渡した。

「トルクチューンモーターだ。全体的に重いMAシャーシで大径タイヤを使うなら、パワーの出るこいつは必須だ。モーターを変えるだけでマシンは格段に速くなる。ピニオンギアは滑らかなカーボンだ」

 治具で一回モーターを外し、再度付け直す。しっかり固定と簡単脱着が両立されている構造だ。治具さえ失くさなければ。

「そしてモーターを変えたなら、強度対策もしっかりな。FRPプレートだ」

 そして黒い板の様なものをマシンの前後に取り付ける。ローラーはそのまま取り付けるとプレートで広がった車幅に対応できないので、プレートに空いた穴にビスを使って固定する。

「ビスを下から通すのがポイントだ。フロントからだ。まずビスにスプリングワッシャーを入れる。それを下から通してやるんだ」

 七耶の指示通りに陽歌はパーツを取り付ける。スプリングワッシャーとは、鉄の輪っかみたいなパーツでネジの一周分を切り取った様な形をしている。

「そしたら飛び出したビスにワッシャー、ローラーとローラー用スペーサー、ワッシャー、スペーサーを取り付けてナットで締めるんだ。ローラー用スペーサーにグリスを塗るのを忘れるな」

 ワッシャーは純粋な金属の輪っかのパーツであった。ナットを締める時、ペンチで掴んで締めると効果的だ。

「飛び出したビスの先端にはボールスタビを付ける」

 樹脂で出来たボールをビスへねじ込む。これでマシンが傾いても、支えになってくれる。

「次はリア。ビスにワッシャーとローラー、ローラー用スペーサー、ワッシャーを取り付けて、下から穴へ通す。今度は飛び出たビスにワッシャーとスペーサーを取り付け、ローラーが上に来る様に調整するんだ。三輪車の後輪二つの幅が広いと安定するのと同じ理屈だ」

 これでローラーセッティングは完了。この三輪車配置がローラーの基本となる。かつてのレギュレーションではローラーの数が六つに定められていたので、それを最大限有効に活かす配置として開発された。

「MAシャーシはARシャーシの様に、専用のブレーキパーツを取り付けられるぞ。まずはARシャーシブレーキセットだ。こいつはプレートやビスとかで組んでたリアブレーキを一個で完結させる便利アイテムだ」

 七耶から渡されたパーツを取り付けると、樹脂のパーツがピッタリ噛み合って簡単にブレーキを取り付けることが出来た。ミニ四駆のブレーキはマシン後部に取り付けた板にスポンジを貼り付けるものだ。これが上り坂に差し掛かった時、マシン前方が持ち上がることで路面に接触してスピードを抑える。

「んで、これが前ブレーキ。リアブレーキの性能を上げてくれるぞ」

 フロントアンダーガードと呼ばれるパーツを取り付けることで、さらにその能力は確かになる。

「ま、こんなところか。とりあえずモーターのパワーを上げたらフロントバンパーとリアステーの取り付けを忘れるな。スピードが上がるということはコースとの接触の衝撃も増すから、マシンの剛性を高める改造は必須だ」

 基本的な改造を終え、遂にレースの幕が開く。コースに電源を入れ、タイヤの回るマシンを差し出す。レースはシグナルと共にマシンを手放してスタートさせる。

(うわぁ……凄い強そうな音だなぁ……)

 ロスカルのヒュンダイから響く音に委縮する陽歌。一方、彼のデクロスは静かそのものだ。

「いくぞお前ら……スタート!」

 七耶の合図で一斉にスタートする。が、なんとロスカルはマシンを手で押してスタートさせた。手押しスタートはルール違反だ。

「おいエセビーン! やり直しだ! 手押しスタートはダメだぞ!」

「どうせ負けるのだ。誤差だ誤差」

 フライングしても急には止まれないのがミニ四駆。レースはロスカルの開き直りと共に進んでおり、彼のヒュンダイがリードする。

「あ」

 が、少し進んだ段階でヒュンダイは激しくコースアウトする。そして、地面に落ちると共に粉々に大破した。

「な……なぜ……」

「ミニ四駆ってコースアウトするとああなるんだ……」

 陽歌は肝を冷やしつつ、無事ゴールしたデクロスをキャッチする。マシンは結構早いので素手で掴むと痛い。なのでキャッチャーなどもあるが彼には必要なさそうだ。

「いや、お前のマシンはああならんぞ。あれはこいつのマシンが軽量化し過ぎた結果だ」

 膝をついて唖然とするロスカルに、七耶は大破の原因を語る。

「お前のヒュンダイは剛性の高いMAシャーシだ。だが、そのフロントなどを大雑把に切ったせいで本来の剛性が失われたんだ。それに、試走したと言ったな。中空プロペラシャフトは軽い分変形しやすいから本番でのみ装着するのが基本だ。それに、付けてるタイヤがアルミホイールじゃな。あれは重いからシャフトへの負担が大きいんだ。それに、お前が付けていた最高級の620ベアリングはそのサイズからしっかり固定するにはホイール貫通が必要な代物だ。貫通出来ないアルミホイールではしっかり装着出来ない。さらにベアリング系は重たいから、着地の衝撃でシャーシに与えるダメージが大きくなるんだ。下手に換装するくらいならキット付属のプラベアリングでよかったな。脱脂してオイルを潤滑に使ったとも言ったが、オイルは換装しやすいからこまめに差してやる必要がある。それを怠ったんだろうな。駆動音が凄かったぞ」

 あの音はダメなやつだったんだ、と陽歌は理解する。彼のデクロスはしっかりグリスアップしてあったので静かだったのだ。

「基本は大事だ。基本なくして応用無し。まずはパーツのボルトオンを習得してから加工に挑むべきだったな」

 こうして、新たなレーサーがミニ四駆の世界に降り立った。浅野陽歌とその愛車デクロス01が刻む道の先には、何が待っているのだろうか。




 マシン解説

 デクロス01
 MAシャーシのマシン。陽歌のマシンで、基本に忠実なカスタムが施されている。追加したパーツはトルクチューンモーター、フロントアンダーガード、フロントバンパー、リアステー、ARシャーシブレーキセット。ボディはキャノピーをクリアブラックに、ステッカーをクリア版にしてある。


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危うし! ワンダーフェスティバル!

 この回書いてる時はマジでオリンピック延期するとは思わなかったよ


 東京都庁には、大海菊子都知事が日本全国から選りすぐった精鋭が集められていた。開催一年を切ってから即座に集めるなど、どこにそんなコネクションを持っていたのかは不明だが、いずれも能力は高いと噂だ。彼女達の名は、フロラシオン。全員が一様に桜色の装束を身に纏っている。

 大海都知事の指示により、本名を名乗ることを禁止されコードネームで呼ばれる彼女達は、緊急事態ということもあり招集が掛けられていた。

「今回は何用なのさ?」

 毛皮のコートを着込んで貴金属で飾り付けた、スタイルのいい美少女が椅子に座って用件を聞く。各地を飛び回っている大海はテレビ電話で彼女達に指示を出していた。忙しいというらしいが、今の状況を考えれば当然だ。

 口を開いた彼女の名前は【福音(ギフト)】。近くにお付きのメイドを複数人はべらせ、スワロフスキーで飾られた瓶に入ったマニキュアを塗って調子を確かめる。

「わたくしは聞いておりませんわ。あの人が事前に用件を言ったことなんて、0.15%に満たないですもの。まぁ十三分もすれば、不慣れなタブレットで連絡してくるでしょう」

 黒髪を伸ばした少女が大型のヘッドマウントディスプレイを被ったまま、机に並べた複数のタブレットやPCを操作している。これでは視界など無いだろうが、彼女は全く意に介さない。

「相変わらず小難しいこと言うわね、【叡智(ブレイン)】。そうだ、この前マリンレトロのプレミアムフェイスパウダーとエレガントベルのラメ入りマニキュアの限定色手に入ったんだ。あんた素体はいいからもったいないよ」

「それって前に言っていた世界に十個しかない抽選のアイテムですわよね? またそんなものに資金をつぎ込んで……」

 女の子らしい会話を【福音】が切り出すも、【叡智】はあまり乗り気ではなかった。趣味の違いなのだろうか。

「いんや、普通に抽選! 気を遣われても面倒だからいつもパパんとこの社員さんの住所借りて偽名で応募してるけど、私外れたこと無いし。あ、もしかしてコスメよりもバッグの方がよかった? ゴメンね、Chaos&prettyの限定ポーチは住所借りたとこの子にあげちゃった」

「それも世界に一桁個ですわよね……確率を演算して眩暈がしてまいりました……その三点が同時当選する確率はおよそ0.0000000000365%ですわよ?」

 【福音】はついでに、と言わんばかりにもう一つ謝る。

「あー、そうだ。もう一個ゴメンだけど、バーベナのチケット外れちゃった」

「あら、あなたが抽選から漏れるなんてめずらしいこともあるものですわね」

 いくら天文学的な確率を持っている彼女でも、たまに外れることはある。さすがにそんな確率を引き続けるのは理論上不可能と【叡智】は安堵する。

「最近の新型肺炎騒動で延期しちゃった。でも振り替えが今年の冬あって、会場が大きくなるから追加でチケット増えたんだけどそっちは当たったよ。オリンピック終わったら一緒に行こうね」

「……」

 悪いタイミングは徹底的に逃れる。そしてまた幸運を拾う。そんな彼女に【叡智】は閉口した。

 わいのわいのと話す二人から離れ、椅子に座って一人タブレットで動画を見てニヤニヤしている女の子がいた。実年齢はどうかわからないが、この中では一番小さい。ヘッドホンから漏れるほどの大音量で聞いているのは、悲鳴だった。

「ふひ……ひひ……」

 見ている動画は、人が生きたまま鋸で解体される様子。ゲームのCGや映画の特撮ではない。動画サイトでもなく、タブレットに保存しているものだ。それもあろうことが、自分で撮影したものなのだ。それを見ながら、愛用のダガーナイフの刃に指を横滑りさせて切れ味を確かめる。

「はぁ、【児戯(エスター)】は相変わらずね……そんなのの何が面白いのか……」

 他人の趣味を否定するのは良くないことだが、刑法に触れるのは否定されてしかるべきである。【福音】は呆れた様にこの狂った少女、【児戯】を見ていた。

「今日来れるのはこれだけ?」

 まだ他にもいるのだが、招集に応じたのはこの三人に加え、壁際で二人並んでいる【双極(デュナミス)】と呼ばれる少女達だけだった。

「フロラシオン最強のお人は忙しいですからね。おや、連絡が来ましたよ」

 【叡智】がコンピューターに大海都知事からの通信が来たことを伝える。全員が手持ちのタブレットを見ると、そこにはPDF形式で記された連絡書類が送られていた。

「ねぇ、これなら集まる意味なくない?」

「同感ですね」

 【福音】は全く無意味な連絡方式に突っ込みを入れる。コンピューターに精通している【叡智】も同意見だった。都知事がいかに古い人間かを思い知らせる一幕となった。書類には、ある報告が書かれていた。

『推進委員会の直下部隊メンバー三名が静岡商工会主催のバトルロワイヤル大会破壊作戦後、何者かに襲撃され二名が死亡、一名が重傷を負う事態が発生しました。被害状況は写真の通りです』

 何も配慮していないのか、凄惨な犠牲者の写真がそのまま鮮明な状態でPDFに乗せられている。警察の捜査資料ではないので接近した写真ではないが、外傷こそないものの猿轡をされた状態で失禁し、涙や涎、鼻水まみれになって息絶えていた。

「うっ……」

「あれ? 私の画像出ないよ?」

 それでも死体の写真に変わりはなく、【双極】の妹の方、襟元や裾から刺青の覗く白髪の少女は口を抑えていた。【福音】は幸いにも画像ファイルが破損しているので見ずに済んだ。

「あなた、あとで見せて下さる? ショッキングな画像なら見たくないのですけど」

 他の作業をしていた【叡智】は書類自体見ておらず、後で【福音】のものを見せてもらうことに決めた。

「誰がこんなことを……!」

 【双極】の姉の方は不快感よりも怒りを露わにしていた。続く画像では、唯一の生存者、マーガレットの様子が描かれている。両手は爪を剥がされ、指を徹底的に折られたのかグローブの様に腫れあがっている。顔も歯を全て抜かれて風船みたいな有様だった。付近に落ちてたメモには、犯人からのメッセージが書かれていた。

『彼女が懺悔した。姿勢を正し、両手を組み、貴女の信じる神に祈りなさい』

 どうやら、犯人は何かを聞き出す為に三人を襲ったらしい。どの順番で何をされたのかは分からないが、マーガレットがその情報を話したのだとか。

 そして最後の画像、それを見た瞬間、耐えられなくなった【双極】の妹は嘔吐した。

「う、うぇええええっ……!」

「ふひひひひ!」

 反対に【児戯】は歓声を上げる。そこには、一体何が映っていたのか。画像ファイルの壊れている【福音】に知る由はない。

「許さない……こいつ!」

 【双極】の姉の方は犯人が誰かも分からないのに、怒りに身を任せて飛び出していってしまった。妹はふらつきながら彼女を追った。

「まって……お姉ちゃん……!」

 吐いたものをそのままに二人がいなくなってしまったので、【福音】は掃除することにした。

「ちょっと……気分悪いなら休んでてよ! まったく無茶して……」

「お嬢様、これは私が」

 メイドが変わろうとするが、それでも彼女は自分が主導する姿勢を崩さない。

「手伝ってくれるんだ。ありがと」

 掃除道具を探すため、部屋をメイドと出ようとする【福音】はついでにタブレットを【叡智】へ渡す。

「んじゃ、タブレットおいておくね」

「助かります」

 彼女はそれを確認しつつ、作業を進めた。

(しかし、なぜ都知事はこれほどの小さなロボットを操作しろと命じるのでしょうか? タイニーオービットに汚名を着せるならもっと効率のいい方法があるはず……)

 演算は得意、だからこそ、非合理的な動きをする人間の思想は読めないところがあった。

 

   @

 

 ワンダーフェスティバルが始まった。今回、ユニオンリバーは制作したアイテムを販売するディーラー側での参加になる。七耶とナルがブースで他の参加者を待つ中、陽歌の姿は無かった。代わりに、ピンクのツインテールが特徴の魔法少女タイプメガミデバイス、マジカルガールが机に乗っている。

「これが切り札……」

 そのマジカルガールから陽歌の声がした。寒さが苦手で人間不信な彼が大規模なイベントに参加するため、七耶が用意した切り札というのがこれだ。

「天導寺重工が武装神姫に搭載されていたライドオンシステムを発展させた『ゴーストスフィアシステム』だ。今回はこれのテスト運用も兼ねてるぞ」

 陽歌の本体は静岡にいて、このシステムでマジカルガールの中にダイブしている。ただし、メガミデバイスはAIによる疑似人格を持ったロボット。なので元の人格も当然いる。

「へー、また凄いのが出たもんだ」

 突然声が切り替わり、仕草まで変化する。内向きになっていた女の子らしいものから一転、がっしり構えた男勝りなものになった。声色もどこか強気だ。

「マジ子と同居……というのが心配ですがに」

「なんでだよ」

 ナルは陽歌とマジカルガール、マジ子が同じボディを使っていることが不安だった。二人は性格が正反対で、相性は良くなさそうに見えたのだ。

「マジ子さん、今日は一日、よろしくお願いします」

「かしこまんなって。大船に乗ったつもりでドーンと任せとけ」

 マジ子は拳で胸を叩く。すると、陽歌が何かに気づいたのか手をじっと見る。

「どうした?」

「手に……感覚がある……」

 彼が普段付けている義手は、精巧ながら触覚を持たないものであった。だが、メガミデバイスのボディは全身人工物にも関わらず触覚が存在している。

「なぁ、あたしらの身体には感覚があるのになんでこいつの義手には付けてやれねぇんだ?」

 マジ子はふと疑問に思ったことを言う。メガミデバイスで出来ているということは、技術的に不可能ではないはずだ。

『それなら私から説明しまス』

 システムのモニタリングをしている錬金術師の女性、アスルト・ヨルムンガンドがそこを解説する。

『メガミデバイスやFAガール、ひいてはナルちゃん達聖四騎士は全身が人工物なので触覚の調整が簡単なんでス。ですが陽歌くんの場合、腕だけが人工物のため生の肉体と触覚の感度にギャップがあるとそのまま脳の負担になってしまいまス。なので調整が難しいんでス。調整自体は不可能ではないのでスが、既に以前使用していたドランカ製薬製の機械義手用の、脳波伝達装置が脊髄に埋め込まれていてそれをフォーマットして使っているので、マシンスペックが足りなくて出来ないということでス』

「なら、その装置を新しいのにすればいいんじゃね?」

 マジ子はそう思った。マシンスペックが足りないのなら取り換える。自然な考え方だ。ただ、今回はそういうわけにもいかない。

『どうもそれが出来なくて……。脊髄に埋まっている時点で摘出が困難な上、成長期の子供に使ったせいで、木が人工物を巻き込んで根を張る様に脊髄に埋まってしまいまして。オマケに施術もかなりいい加減だったらしく摘出する方が危なく、新たに装置を埋め込むにも一番いい場所を抑えられている上にこれ以上の増設は脳への負担が大きいのでダメでス』

「カーッ、ドランカってのは適当な仕事しやがるなー」

 ドランカ製薬もスロウンズインダストリアルと同じく企業連の主要企業である。現在は国内の義肢や再生治療を一手に引き受けているものの、質が悪いことからいい噂は聞かない。今では治療を受けた患者による集団訴訟の準備が進んでいるという話だ。

「他のみんなも会場に来ているはずだけど……」

陽歌は七耶達と一緒に出掛けたはずの、他の四聖騎士を探した。このブースには姿が見当たらない。

「それなら外でマーケットプレイスの連中を警戒してるぞ。こんなニュースもあったしな」

七耶がスマホで見せたネットニュースの記事には、大海東京都知事がチケットの転売を禁止したという内容が書かれていた。

「あー、これはマケプレが怒り狂いそう……」

「案外、まともなことやるじゃねえか」

美味しい収入源であるチケット転売を封じられたマケプレがここを狙ってくるのは火を見るより明らかであった。マジ子はよいしょ、っと腰を屈めてヤンキー座りをする。

「ちょ……はしたないからやめなさいよ!」

陽歌がコントロールを奪って正座に切り替える。

「あん? 女の子はおしとやかにって時代遅れなんだよ」

「男でもダメです!」

彼は習いこそしなかったが、誰かに誉められたい一心で礼儀作法をしっかり学んできた。それが報われたかはともかく、染み付いているのかマジ子のナチュラルなゴロツキムーブを修正してしまう。

「いや、この後なんだが……よく読んでみろ」

ニュースには続きがあった。なんと、大海都知事はその代わりと言わんばかりにある条例を定めていた。それが『リサイクル推進条例』である。なんと、フリマアプリ等での中古品の売買に補助金が付くのだ。

「なんだこりゃ! 泥棒に小判じゃねえか!」

「追い銭ですね……」

これはつまり、チケットの転売を防ぎつつそれで発生する不満を他のジャンルを緩くすることで反らす作戦だったのだ。ホビー等の転売はフリマアプリが主流であり、それを推奨するということは『チケットはダメだけど代わりにホビー狙ってね』ということに他ならない。

「ったく、結局ダメじゃねーか。なんでこんなのが知事に……」

「あのナチス政権だって民主的な選挙から誕生してるからね」

独裁よりはマシかもしれないが、民主主義も主権者が不勉強だと悲劇を招く。

「それより動画で使うから写真撮ってきてくれよ。マジ子のボディにカメラ機能あるから」

七耶はマジ子と陽歌に素材集めを頼んだ。忙しい上にこの人混みを抜けて写真を撮れるのはこの二人しかいない。

マジ子in陽歌は彼女の飛行能力を使い、悠々と人混みを抜けて展示を見てまわった。マジカルガールはピンクの翼エフェクトを発生させて飛行することが可能だ。

期待の新作が展示され、特にコトブキヤコーナーは先日あった武装神姫の復活発表もあり、盛り上がっていた。

「武装神姫が復活って……いらないネジ穴再現するの?」

「いや、いるだろ武装神姫なら」

なんとコトブキヤ武装神姫は可動範囲を犠牲にしてでもかつての再現に拘っていた。マシニーカというマジ子にも使われている優秀な素体をベースに、かつての関節構造を採用することで過去の姿そのままにプラモ化しようというのだ。

「武装神姫を知らないけど、多分武装神姫が武装神姫たるのに重要な要素なんだろうな……」

ファンの興奮がこの一点に注がれていることから、陽歌もこれが大事なのだと感じていた。

「ついに武装無しのプラモも売るのか……」

マジ子は新しいシリーズのプラモに目が向かっていた。メカ美少女プラモのパイオニア、コトブキヤがついにメカを取っ払ってただの美少女を売り始めた。さらに、使えるお茶会セット付きだ。

他にも様々なメーカーが新作を発表していた。ホビーに疎い陽歌はそれが何なのかはよく分からないが、皆が楽しみにしていることだけは雰囲気から感じていた。

「そろそろ、マナ達のステージだな」

「あ、そうだね」

マナとサリアはイベントステージでライブをする予定だったのだ。テレビへの露出こそ少ないものの、ホビー系アイドルとして人気の高い彼女達はこういう場所での出番がある。マジ子と陽歌はそのステージを見る為に移動を開始する。

「凄い人だなぁ……」

「飛べる私でよかっただろ?」

ステージの前には人だかりが出来ていた。同じメガミデバイスならホーネットやラプターも飛行が可能だが、魔法を使う分、飛行経験の少ない陽歌にはふわっとした感覚で操作出来るマジ子の方が合っていた。

「お、始まるぞ」

いよいよライブが始まる。音楽と共にマナとサリアが出てきた。マナはステージに上がる時、魔法によって衣装感覚で姿を変える。今日は赤い髪をツインテールにして眼鏡をかけた、通称『トランザムモード』だ。

「今日はワンフェスに来てくれてありがとー!」

「一曲目はみんな大好き、『レジンな気持ち』だよー!」

イントロが終わり、歌い出しになろうとした瞬間、異変が起きる。大きな音と共に、音楽が止まったのである。

「トラブル?」

「いや、見ろ!」

マジ子はこの状況を起こした犯人を既に見つけていた。テレビで見たことのあるおばさんが、ステージ用のスピーカーを拳で破壊していたのだ。

「誰だあのババア?」

「東京都知事、大海菊子!」

マジ子は知らなかったが、陽歌は顔と派手な緑のスーツで誰なのかを判別する。大海はどこから持ってきたのか、マイクを手に突然語り始めた。

「ただいまをもちまして、この下らない催しは中止とします」

当然の様にブーイング。しかし大海はまるで堪えることなく手前勝手な理由を朗々と語る。

「皆さんご存知の通り、まもなく東京オリンピックが開催されます。この会場をオリンピックに向けて改装するため、もはや1日の猶予もありません。加えて、石油製品の無闇な商品を促すおもちゃの展示会など、環境問題を考える上で止めなければならないのは自明の理」

「貴様! 都知事であっても器物破損までするなら容赦せんぞ!」

警備員が五人ほどステージに上がり、大海を止めようとする。が、大海は手にメダルの様なものを持って警備員に向かう。

「正論を述べているというのに。これだから男は野蛮なのです」

そして、五人の警備員の額に自販機の様なコインの投入口が現れる。そこへ大海はメダルを五個投げた。

「本来の醜い姿を晒しなさい」

「危ねぇ!」

マジ子は咄嗟にハンドガンを取り出し、コインを連続で撃ち抜いて弾く。このハンドガンは初期のMSGで彼女の標準装備ではない。なのにこの精度とは恐れ入ると陽歌は思った。

「あれは、セルメダルか?」

『内包コアメダル9! 完全体グリードでス!』

マジ子は撃ち抜いたメダルを確認する。アスルト共々何を言っているのか陽歌には分からないが、警備員に危害を加えようとしたのは確かだ。

「やめないというなら、実力で排除するのみです。都庁ロボ、トランスフォーム!」

 大海は腕時計に何かを指示する。それと同時に、ステージのスクリーンに都庁の様子が映し出される。都庁は忽ちロボに変形し、手と足が生えてくる。

「なにこれ」

大概の非常識なものは見慣れてきた陽歌でも、そんな感想が出てしまう。その都庁ロボはゆっくりと歩きはじめていた。

「代々都知事に受け継がれてきた首都防衛の要、都庁ロボ、これを止められるはずもありません。この会場に自動で向かう様に設定しています。操縦権を持つ私の生命反応が無くならない限り、これは止まりません」

 そんな秘匿されていたものを軽々と持ち出してきたのである。たったホビーイベント一つ止める為に、ここまでするのか。

「さぁ、商品を置いて逃げ出しなさい。心配しなくても、残ったものは彼らが回収し、リサイクルするでしょう」

「彼ら?」

 陽歌は外の騒ぎが耳に届き、会場の外で待機しているヴァネッサに無線を入れた。

「もしかして……」

『ああ、その通りだ! 黄色い布……マーケットプレイスの連中だ! 奴ら最初から手を組んでいたんだ!』

 会場の外では転売ギルド、マーケットプレイスによる包囲が始まっており、危機的状況であった。大海はオリンピックのチケットが転売されない様に、禁止の法律を出すと同時に他への転売を緩めただけでなく、転売屋の中核と直に手を結んでコントロールしていたのだ。

「この世の私の手で行われるオリンピック以上に大事なものは無いのです。国民全員の力で成し遂げねばならない一大イベントの期間に……勝手は許しません!」

 自分勝手な理論を振りかざし、大規模な軍備や反社会勢力まで導入してくる大海。これが首都の首長のすることなのか。

「あなた達もです。女性性を売り物にし、男に媚びることがどれだけ恥ずべきことか!」

大海はマナとサリアを睨む。陽歌にとっては、幾度となく向けられてきた嫌悪と憎悪の感情だ。マジ子の中にいるというのに、自分に向けられたものではないというのに、恐怖で身体が動かなくなる。だが、二人は鬼婆の形相を浮かべる大海に全く動じない。

「うーん? 何言ってるのこの人?」

サリアに至っては全く話を理解していなかった。

「ま、とりあえず邪魔が入ったらボコボコにすればいいって師匠が言ってたからそうするけどね!」

それどころか、素手でスピーカーを壊す人間を倒す気満々である。

『コネクト、プリーズ』

マナは魔法を使い、落ちたメダルを回収する。魔法は指輪を付けて、それをベルトに翳す形で発動している。

「あなたの言いたいことは分かりません。でも、私が何故アイドルをしているかは伝えておきます」

彼女は話ながら、違うベルトを腰に宛がう。そして、三枚目の紫のメダルをベルトに装填してバックルを傾けた。

「私は、私を照らしてくれたあの子の様に、誰かの虹になりたい。それだけです。そしてあなたが誰かの空を曇らせる雨ならば、晴らすだけ。私は、ワンフェスという虹を守る」

腰に付いていた丸い装置でメダルを読み込むと、紫の光と共にマナは姿を変えた。

『プテラ、トリケラ、ティラノ!プットティラーノサウルース!』

金髪に純白のドレスを纏った、紫の瞳の女性へとマナは変身する。

「愚かな。グリードとなった私はメダルさえあれば何度でも甦る」

大海は無数のメダルに包まれ、化け物へと姿を変えた。それは二足歩行の亀であったが、頭と尻尾はコブラに置き換わり、両手はワニの頭という何ともいえない姿であった。

「うわ、造形ダルいなこの怪人。昭和の方がよっぽど完成度高いぞ」

マジ子からはそんな感想まで飛んできてしまう。サリアは早速攻略を考える。

「まずは頭一つ飛ばしたいね。コブラは頭を掴まれると何も出来ないし」

「グリードって、もしかして古代王朝に仕えてたっていうメダルの怪物?」

 陽歌はマジ子にグリードという存在について尋ねた。結構な読書量を誇り、授業こそまともに受けていないものの知識はある。当然、グリードについて記述した歴史書もその中にはあった。

 曰く、『三枚のメダルで姿を変える覇王、その傍にいたメダルの怪人達』とのことだ。

「ああ、そうだ。そのグリードの力を使ってコアメダルぶっこめば人間でもグリードになれる事例ってのがあるらしいが……」

 マジ子は一応、ユニオンリバーの一員なので基本的な知識はあった。だが、人間である筈の大海都知事がグリードになっていたとは。

「フフフ、そんな浅知恵無駄無駄ァ! 何せ頭が二つあるのですから! さらに腕は最強のワニ! 身体は強固な亀! 私に死角はない!」

マナは地面に手を突っ込み、恐竜の造形が施された斧を取り出した。それを変形させると、バズーカの様な形になる。そして、武器に刻まれた恐竜の口に先ほど拾ったメダルを五つ全て『食べさせる』。

『ガブッ、ゴックン!』

「あ」

「あ」

「え?」

サリアとマジ子は結末を察したが、陽歌だけは分からなかった。

『プットティラーノヒッサーツ!』

「そんな軟弱な攻撃!」

 軟弱、とは言い難いブラックホールとブリザードの塊が変身した大海に直撃する。無暗な破壊はせず、大海だけを丁寧に爆散させた。

「アバーッ!」

「百秒もたないワニ……」

 大海はメダルとなって散らばる。彼女の言が正しければ、この状態でも生きてるらしいので陽歌は油断せずに銃を構える。

「でも生きてるのこれで?」

「追撃の必要はねぇよ」

 マジ子が陽歌に告げる。彼女の言った通り、散らばったメダルの内、色が付いた9枚が地面に落ちると同時に砕け散った。

「ん?」

 陽歌は倒された大海の残骸へ駆け寄る。そして、割れたメダルを観察する。オレンジのメダルの破片を拾い、じっくり観察する。

「このメダル……」

「ああ、コアメダルとセルメダルだろ? 大事なのはコアメダルだ。変身に使うし、グリードの本体だ」

 マジ子はてっきり陽歌がコアメダルとセルメダルの違いを疑問に思ったのだと思った。マナが変身に使い、大海らグリードに力を与えているのが色の付いたコアメダル。そして大海が警備員に投げようとしたメダルはセルメダルといい、これも沢山あればグリードを強くするが、コアメダルには及ばず、マナの武器がした様に力を使えば消耗するものである。

「淵の色が違うのも仕様なのかな……?」

「あん?」

「ほら、マナの持ってた紫のメダルは淵が金色だったでしょ? でもこれは銀色だ」

 陽歌は人の顔色を窺って生きて来たせいか観察力が高く、あの一瞬でメダルの淵の色の違いにまで気づいていた。アスルトは何か心当たりがあるようで、メダルを回収する様に頼んできた。

『もしかスると財団X製のメダルかも……回収してください』

「はい」

 一瞬で邪魔者を排除したマナに観客たちは賞賛の声を上げる。スクリーンに映っていた都庁ロボも動きが完全に停止している。

「ラスボスがあっけない最後だな。だが、ざまぁねぇぜ」

 マジ子はメダルの塊になった都知事に唾を吐く。

「事実は小説の様にはいかない……敵の親玉が初お披露目で死ぬことさえある……」

 陽歌は新しい仲間達の頼もしさに感心するばかりだった。これならこれ以上、馬鹿な真似をする人間は出まい。マジ子のコントロールでマジ子(陽歌入り)はサリアの肩に停まる。

「で、残るは外のマケプレだな」

「これまでのパターンからして武装してるかもしれないから……逃げた方がいいんだろうけど、抵抗して怪我させても正当防衛になるよね……?」

 マジ子と陽歌のやり取りはサリアに取り付けられたピンマイクに拾われ、会場に響いていた。観客の一人が、彼の発言を拡大解釈して叫んだ。

「え? 今日はマケプレぶっ殺してもいいのか?」

「おかわりもあるぞ!」

 それをさらに煽るサリア。さすがに陽歌は止めた。

「や、やり過ぎは過剰防衛になりますから!」

「遠慮するな……今までの分もやれ……!」

「サリアー! 犯罪教唆になっちゃうー!」

 陽歌は止めようとしたが、散々迷惑を掛けられてきた参加者の怒りは静まらない。自分達を倒せる前提で話が進んでいることについて、客のフリをして買い占めにきていたマケプレの工作員は我慢できなかったのか黄色い布を巻いて臨戦態勢に入る。

「俺たちを過剰防衛になるほどボコれるとは、舐めやがって!」

「いたぞ! 転売屋だ! 殺せ!」

 転売屋を見るやいなや、フラフープの様なものを持って参加者が一気に襲い掛かる。

「バンザイコシフリを喰らえ!」

 奇妙な動きで転売屋はボコボコにされていく。中にはどうやっているのかスクワットや腕立てでダメージを与えている人間もいた。

「グワーッ! なんだこいつら! オタクは軟弱なはず!」

 今まで搾取の対象としか見ていなかった相手に反撃され、這う這うの体でマケプレは逃げ出す。

「リングフィットで鍛えた筋肉舐めんな!」

「こちとら肩にちっちゃい重機乗せてんだぞ!」

 マケプレは残らず外へ叩き出された。下っ端は今回の責任者らしきスキンヘッドの太った男の影に隠れていく。

「なんてイベントだ! 客を暴力で追い返すとは、出るとこ出てもらうぞ! 誠意を見せろや!」

 男はがなり立て、服を脱いで刺青を見せる。こうした恐喝で商品をせしめる係なのだろうか。

「このイベントに客などいない……ディーラーも私達も、『参加者』なのだよ」

 そこに、緑の髪を二つにひっつめた少女が姿を現す。

「エヴァリー!」

 マジ子の身体で飛行しながら様子を見に来た陽歌はその立ち振る舞いから、既に彼女が本気モードであることを悟る。二本の剣を携えた幼女という場所が場所だけにコスプレにしか見えない彼女は、ナルやヴァネッサ達四聖騎士団の総括である。普段はぐだぐだだが、修正プログラム入りの飴玉、『天魂』を食べることで騎士らしい性格に戻る。

「四聖騎士団、青龍長女、エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン。推して参る。君も真の姿になりたまえ、人ではないのだろう?」

 相手がチンピラ崩れなら彼女が本気を出すまでもない。敵も人ではないことを見抜いての行動なのだ。

「そこまで分かってんなら話が早い……俺はガネス・ザ・エレファントロイド! これが真の姿だ! はぁあああ!」

 男は巨大なべっ甲飴を口に含み、機械の象に巨人の上半身が乗った様な姿へと変化した。下半身の象は実際の象と同じくらい大きい。しかし象のケンタウロスではない。象のメカに人の上半身がくっついているのだ。つまり象の頭も据え置き。そしてその象の頭が来る位置は……。

「あれってt……」

 様子を見にきたサリアが包装コードに触れそうだったのでマナが口を塞ぐ。

「ダメー! アイドルが言っちゃだめなやつ!」

 が、マジ子がサラッと言ってしまう。

「×××やんけ」

「「しまったー!」」

 マナと陽歌には完全に不意打ちだった。

「ほらもうボス戦のWARNING表示が何か別の理由に見えたじゃないですか!」

 一応、敵の組織のボスキャラということもあり特殊演出があった。これはマナ以外にも見えている。

「経済の自由を守るアダムスミロイドが一人! この正義の輝きの前に貴様らは何もできない!」

 ガネスは象の頭の耳を広げ、鼻を一直線に伸ばして装甲を展開することで大型化する。先端の球状にエネルギーが溜まり、砲撃の準備が進んでいる。

「あーもうデザインから機能まで最悪だよ……」

 陽歌の呟きに反して、事態は重大だった。ガネスは勝ち誇った様に言う。

「見ろ! この攻撃を貴様が避けようものなら、後ろの奴らが死ぬぞ!」

 なんと、エヴァの背後にいる参加者を人質に取っていたのだ。この立ち位置は初めからこれが狙いだった。

「大変! 逃げなきゃ!」

 慌てる陽歌だったが、サリアもマナも全く動じていない。マナに至っては避難なり防御の補助なりすることがあるだろうに、何もする気配がなかった。

「心配いらないよー」

「ま、ボスラッシュは雑魚ラッシュともいいますものね」

「え?」

 砲撃が遂に放たれる。光線の色が白いところも含めて最悪だが、エヴァは双剣をクロスさせて斬撃を放つこと以外しなかった。

「ハッ!」

 その斬撃は光線を切り裂く。否、光線を押し返していた。

「なんだと?」

 そのまま押し返された光線は股間の象の頭に命中し、大爆発を起こす。

「ひぇ……」

 股間への攻撃という分かりやすい恐怖に陽歌含め男性陣は慄いた。

「ぐおおお……」

 股間のついでに前足も粉砕されたガネスは行動不能に陥る。エヴァが空を舞い、ガネスの巨体を剣で真っ二つにする。

「ドラグーンスラッシュ!」

 身体を両断され、重力に引かれてズレた状態でガネスはしばらく喋る。

「馬鹿な……俺が、進化した人類である俺が……負けるはずが……!」

 光を放ち、ガネスはようやく爆散した。

 

   @

 

 その後、何事もなくワンフェスは無事に過ぎていった。

「まさか都知事が出てくるなんて……」

「でもラスボスをぶっ殺せたし、結果オーライだろ?」

 陽歌はユニオンリバーブースの机の淵に座ってのんびりしていた。マジ子の言う通りだが、想定した以上の大事で疲れてしまった。それでも、今巷を騒がせている推進委員会のボスが死んだのでこれ以上の騒動にはならないだろうことは安心できる。

「ん? なんか……騒がしい?」

「イベント会場なら騒がしいだろ?」

「いや、そうじゃなくて、なんか不吉な感じ……」

 陽歌はふと、周囲のざわめきから嫌なものを感じとった。マジ子も同じ聴覚を共有しているが、感じ方はまるで違う。

「なんだって?」

 その時、七耶の声が聞こえた。どうやら隣のブースの人に見せてもらったスマホに、何か映っていたらしい。マジ子と陽歌もスマホを見るため飛行した。

「これは……!」

 何と、ニュース映像に大海知事が映っていた。それも過去の映像ではない。テロップの時間が正しければ、丁度ここにきた大海を撃破して都庁ロボが止まった辺りだ。

『今日、都庁が変形して動き出すというトラブルが起きました。緊急の記者会見で大海都知事は「単なる誤作動であり問題は無い。オリンピックを狙ったテロを鎮圧できる力を示す結果となったのは幸い」とコメントしました』

「マジかよ……」

「なんで生きてんだ?」

 確かに大海はグリードになり、メダルを残さず破壊されたはず。都庁ロボが止まったのも、都知事の生命反応が消えたからだ。死を偽るのだとしても、こうして会見しており理由が見当たらない。自身が倒されてもロボが動けるのなら、そのまま動かせばいい話だ。

「これは、一体……」

 陽歌は嫌な予感を抱えて、このワンダーフェスティバルを終えることになった。果たして、大海都知事は何者なのか。

 




 事態は急を要する。オリンピック延期を決定したIOCに、大海都知事の魔の手が迫る!
 灼熱の破壊竜、覚醒! 唸るジェノソーザー! 原因不明の不調を起こすゾイド達、進軍する漆黒の兵器ゾイド達、絶望がこの国を覆う!
 走れ陽歌、吼えろカイオン!
 次回、『灼熱の破壊竜』。


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陽歌の決断

 ゾイド解説

 カイオン(ライオン種)
 無銘のライオン種ゾイド。元々状態が悪かった化石を雑に復元した結果、各所に不具合が生じている。先日の戦闘で鹵獲したファングタイガーの部品で修復を施しており、背中のエレキジェネレーターとツインドファング、サンダーテイル、咆哮砲を主に移植。内蔵部品も多くが改められており大幅な改善が施された。


「これでよし……と」

陽歌は瓦礫の山となったパチンコ店跡にファングタイガーのゾイドコアを埋葬した。SDヴァルキランダー型のトイボット、モルジアーナも一緒だ。

普段はプラモデルくらいでしか見ないSDガンダムが子供と同じくらいのサイズなので見慣れない人は驚くだろう。これはハイムロボティクスというロボットメーカーの製品である。

「ゾイドも生き物なのにね……」

先日、治安局が運用したファンクタイガーはゾイドオペレートバイザーの負荷でコアが死んでしまい、手の施し様がなかった。乗っていた宇都宮は逃走し、タイガーのみが残される形となった。

無銘のライオン種ゾイド、カイオンは追悼の咆哮を上げる。ファングタイガーの背中のユニットや尻尾、骨格などが不具合を起こしているカイオンに引き継がれた。潰れていた咆哮砲も交換され、かなり状況は改善されたとみていい。

『血の繋がった家族なら良好な関係になるというナイーブな考えは捨てた方がいいわ』

『よく考えて。血の繋がった家族とミリアちゃん達、どちらと一緒にいたいのか』

ここ2ヶ月ほど陽歌を悩ませる問題があった。本来ならもっと早く決着を付けるべき話だったのだが、ずるずると胡桃に指摘されるまで引っ張ってしまっていた。ユニオンリバーには、意味も分からず連れて来られたに過ぎない。本当は早く家に帰らなければならないのだ。

瓦礫の山をウロウロしながら、ふと鏡の前に立ち止まる。トイレの洗面台だったものが、ポツンと置かれている状態だ。

鏡には、嫌いな自分の顔が写っていた。髪か目か、どちらかでも黒ければと何度思ったことか。

「僕は……」

義手のモニターやらなんやらでお給料が出ており、帰りの旅費には困らない。パソコンやスマホで経路を調べればいくらでも帰る方法は分かる。でも、なぜそうしなかったのか。

『簡単だよ。帰りたくないんだろ?』

その時、何処からともなく声が聞こえた。鏡の自分の姿が、仮面を付けた見覚えの無い少年の物になっている。

「え?」

毎日の様に奇妙な物を見せられてきた彼だが、鏡に写った自分が別人になってしまうのは初めての体験であった。

『君の事は何周も見てるよ。でも、分かりきった答えに毎回届かないんだね』

鏡の中の少年は話始めた。勝手に動き回り、もはや虚像ではない。

「思い出してみなよ。奴らが何を君にして、彼らが何を君にしてくれたのかを」

少年の言葉で、陽歌はユニオンリバーに連れて来られた時の事を思い出した。お前も家族だ、の一言で昏倒させられ、そこから先のことを。

 

   @

 

陽歌が眠っているのは、いつも冷たい床の上であった。部屋の隅で、ブランケットの一枚もなく丸くなって眠るのであった。どんなに夜遅くに眠っても、日が昇る前に目が覚めてしまう。寒さのせいか、それとも別の理由からなのか。

寝間着などはなく、一日中よれたブカブカの体操服を着ている。冬の服装としては、たまにこういう小学生がいる程度で小柄かつ痩せている彼には不適格である。

「うぅ……」

今日は妙に頭がふらつき、視界がぼやける。少し動くだけで金槌で殴られた様な痛みが頭を襲う。呼吸をする度に、咳が止まらない。

「ゲホッ、ゲホッ……」

いつもの様に学校へいく準備をしたくても、起き上がることさえ出来ない。寒さがいつも以上に染みて動く力が出ないのだ。

吐き気もしているが、胃の中に吐き出すものがなくえづく一方だ。どうすることも出来ず、ただ一人苦しむだけである。

(誰か……助け……)

助けを求める声を出せずにいると、ドタドタと品性の無い足音が聞こえてきた。両親が起きてきたらしい。

「うるさい! いつまで寝てんの!」

母親のヒステリックな金切り声が頭に響く。動くこともままならない陽歌は何とか助けを求める。頼れる大人は、これくらいしかいない。

「た、たすけ……」

「はぁ? まさかインフル? 太陽(ソーラー)が大事な試験だってのに何持ち込んでんの!」

母親は陽歌の様子を見るや否や、首根っこを掴んで引きずっていく。その様子を見て、父緖は止めるどころか気だるそうに言った。

「そんなんさっさと施設にぶちこめばいいのに……」

「世間体ってのがあるのよ。あのクソババア、遺産の条件に面倒押し付けて! 名前まで当て付けみたいなもん付けて! 姉さん殺したガキに! ホント、何で姉さんは死んだのにこいつは産まれてこれたんだ! せめて一緒に死んでくれればよかったのに!」

母親は陽歌を玄関から外へ放り出すと、扉を閉めて鍵をかける。熱を出すと、弟に移さない様にいつもこうされる。熱が引くまでどこかにいるしかない。

まともに働かない頭と身体を引きずり、陽歌はひとまず暖房がありそうな場所へと向かった。

 

   @

 

陽歌はよく、母親から『おつかい』を頼まれる。行き先はドラッグストア。だが、おつかいにしては何を買ってくるのかというメモも、それを買う為の代金も渡されていない。それがいつものことだった。『化粧品』というざっくりとした指示が与えられるだけである。

彼はドラッグストアに入る。髪色が目立つので、なるべく人に見つからない様にこっそり入店し、暫く適当な場所を迂回してから化粧品コーナーへ向かう。

(誰も、見てないよね……?)

誰にも見られていないことを確認すると、陽歌は並べられた化粧品を無造作に掴んでポケットに入れる。手触りに違和感があったが、そんなことを気にしている余裕はない。

母親から頼まれるおつかいとは、転売する為の高額商品を万引きしてくることであった。父親の仕事についてはよく知らないが、働いていない母親の収入源がこれであることは理解していた。

足早に店を立ち去る陽歌。だが、出入口に差し掛かった瞬間警報音が鳴り響く。

「え?」

後から知ったが、先ほどあった違和感は防犯タグが貼り付けられていたためであった。

「万引きだ!」

「またお前か!」

店員が追い掛けてくるので、陽歌は走って逃げる。駐車場に出て、そんなに速くない全速力を出すが車のブレーキ音が聞こえて何かに突き飛ばされる。

急に飛び出したせいで、駐車場を走っていた車に轢かれたのだ。幸い、場所が場所だけにそこまでスピードが出ておらず、軽く撥ね飛ばされただけで済んだ。

 

しばらくして、連絡を受けた母親がやってきた。陽歌は店員達に散々殴られ、事務所に連行されていた。車にぶつかったダメージもあり、逃げることが出来ないと判断され事務所の済みに転がされて放置されていた。事故もあったので警察も出動する騒ぎだ。

「申し訳ありません……よく言って聞かせますので……」

「全く大変だね。実の息子さんは優秀なのに、こんな犯罪者の血を引いたガキを預からにゃならんなんて」

母親は店長と思わしき人物に謝罪していた。店のスタッフ達は事故の取り調べを受けるため、事務所を後にする。誰もいなくなったところで母親が陽歌を憎悪に満ちた形相で睨み付け、床に寝そべる彼を蹴り飛ばす。

「何してんだよ! 儲けも無い上に損したじゃないか!」

「……ごめんなさい……」

常識ではあり得ない光景であったが、まともに接してくれる人間が同世代も大人もいない彼にとってはこれが当たり前であった。否定する人間がいないのだ。

「食いぶちを増やすどころか損までさせて! どうせなら車に轢かれて死んでりゃよかったのに! 警察に連れていってもらうからな! ムショにぶちこまれてこい!」

母親は捨て台詞を吐くと、事務所を出ていく。子供に向ける言葉ではなかった。それでも陽歌は、上手くやれなかった自分がいけないのだと受け入れることしか出来なかった。

 

   @

 

 クラスメイトにジャングルジムへ縄跳びで腕を縛られ、氷点下の中放置されること一晩。腕の鬱血と凍傷で腐敗し、腕を失うことになってしまった。

両腕を手術で切断され、退院する日が来た。長いこと病院にいた様な気がするが、家族がついぞ見舞いに来ることはなかった。病院まで迎えも無いので、歩いて家に帰るしかなかった。

「ついに腕無くなったのね」

「悪いことばかりしてるとああなるのね」

『おつかい』の範囲は金沸市全域に渡っているため、陽歌が万引きの常習犯であることは特徴的な外見もあって知られている。傷病者をケアすることが仕事の看護師さえ陰口を叩く有り様だ。

両腕の無い状態で、時折無い筈の腕が万力に押し潰されるかの様な激痛に襲われながら、何度も道に迷いながら何とか帰宅する。午前に病院を出たが、すっかり日が暮れてしまった。

アパートの自宅前へ立つが、両腕が無いので扉を開けることができない。そこへ仕事終わりの父親が通り掛かる。

「ったく……凍死すりゃいいのに中途半端に死にぞこないやがって……」

 彼は扉を開けると、陽歌が入るのを待たずして閉めてしまう。鍵まで掛ける音が聞こえ、完全に家へ入る手段を失ってしまった。薄いアパートの壁から両親の会話が聞こえてくる。

「おいどういうことだよ……! 義手のモニターになれば金入ってくるんじゃなかったのかよ!」

「知らないわよ! まったく金は入らないは身障は抱えるわ、いい迷惑よ!」

 陽歌はただ扉の前に蹲り、何もできないでいた。地獄の様な苦痛を味わい、生還した彼には暖かく迎える人がいなかった。

 

   @

 

周囲の人間が突然凍らされた。そんな信じがたい光景に呆然していると、陽歌もいつの間にか見知らぬ場所へ連れて来られていた。自分と同い年くらいの子供達は血を取られ、何かの検査を受けていた。

「お前……妙に痩せっぽっちだな」

これから何をされるのか、恐怖に震えていた彼に恐ろしい姿の怪人が声を掛けてきた。図鑑で見た魚の頭蓋骨らしき頭に、首回りには赤い玉の様なものがいくつもくっついた、腹に金庫のある異形の怪人だ。

「シャーケッケッ……そんなお前は……」

大勢の中から一人だけ怪人に目を付けられてしまい、さすがに陽歌も死を覚悟した。だが、彼の目の前に展開されたのは鮭のフルコースという予想外の光景だった。見たことや聞いたことはあっても、食べたことのない料理が眼前に広がっている。

「鮭を食え!鮭は身体にいいし頭もよくなるぞ!」

困惑の中、ただ鮭を食べるしか陽歌には出来なかったのである。義手に慣れていないので箸は使えず、スプーンやフォークを使ってなんとかといったところだ。緊張もあって手先はぎこちない。

ただ、鮭が美味しいのは事実である。しばらくまともに食事をしていない身体に、脂の甘みが染み渡る。

「美味しい……」

「うちの連中と来たら肉ばっかり食いやがるからフラストレーションが溜まってたんだ。鮭を食ってくれてありがとよ」

怪人は礼を言うが、それを言いたいのは陽歌であった。こんな美味しいものを食べたのは、生まれて初めてだったのだから。

 

   @

 

鮭を食べさせられてからまた記憶が無く、気づいたら連れ去られる前の場所にいた。しかし、周囲で凍らされていた人は誰一人戻っては来ていなかった。

どうやらあの日から二年近い年月が経っているらしく、日本中で大勢の人が行方不明になっては彼と同じ様に戻ってきたらしい。しかし、いくらかの行方不明者は戻ってきておらず、特に陽歌と一緒に連れ去られた子供達の多くが未だ還ってきていない。

 そこからというものの周囲の彼への風当たりは前にも増して強くなった。誰もが彼の生還を喜ぶことなく逆に憎み、「なぜあいつだけが」、「代わりに死ぬべきだった」と心無い言葉を浴びせ続けた。

 最早この頃になってくると、痛みや辛さで涙を流すことがなくなった。いつものことになってしまい、慣れたのだ。心は鈍くなり、何も感じない。ただ、人間がこれほどまでに醜いのなら、あの怪人はなんだったのかという疑問が残り続けた。

 

   @

 

ファミパンを食らった後、陽歌が目を覚ましたのは見覚えのない部屋であった。フカフカのベッドに布団をしっかり被せられて眠っていた様だ。空腹感はあったが、身体はかなり軽くなり、頭も幾分か回る。

ただ、頭痛がし、どうも熱っぽい様子であった。それでも、冷却枕にタオルを巻いたものが頭の下に置かれていたので幾分か楽であった。

服装も綺麗に洗濯されたパジャマを着せられており、打撲には湿布が貼られていた。ミリアや七耶達に助けられた際、手当てされた傷は絆創膏が変えられてより丁寧な処置を施されている。

「あ……っ!」

しかし彼が最後にこの様なベッドで目を覚ましたのは腕を失った時である。安心感から一転、恐怖が込み上げて陽歌は必死に身体を起こす。身体に異常は無い様だが、また何処か無くなっていないか確認する。

目が覚めたら腕がない。その恐怖は数年しても彼を脅かしていた。

「あ、よかった、目が覚めたみたい」

そこへ、見知らぬ青髪のメイドがやってくる。知らない人が急に現れるので、彼は咄嗟に逃げ出そうとする。しかし身体は思った様に動かず、ベッドの隅に蹲ることしか出来なかった。

「っ……ゲホッ……」

「ごめんね、七耶ちゃん達が何も言わずに連れてきちゃって」

何故かそのメイドは謝罪する。彼女がアステリアである事を知るのは暫く後であった。

そういえばあのファミパンの後、どうなったのかを陽歌は知らない。しかし、どうも自分が風邪を引いているらしいことを自覚し、いつもの様な行動に出る。

「あの……皆さんに移すといけないから……出ていきます。これも、お返ししますから……」

パジャマを脱いでこの場を去ろうとするが、突然暖かく甘い香りに陽歌は包まれた。何も言わず、アステリアはただ彼を抱き締めたのであった。

「大丈夫、ここにいていいから」

 すると、どんなに殴られてもどんなに罵られても出てこなかった涙が急に溢れてきた。なんでこうなるのか、陽歌にも理解できなかった。アステリアは何も言わず、ただ抱きしめて頭を撫でてくれる。なんで見ず知らずの自分にこの人がこんなに優しくしてくれるのか、分からなかった。見た目は同じ人間なのに、何がそんなに違うのか。

 そんな疑問は隅に置いて、ただ与えられた安心感に浸ることしか出来なかった。

 

   @

 

 なんだかんだ家に帰らぬまま、クリスマスの時期を迎えた。そんな時、ミリアがあることを聞いた。

「陽歌くんはクリスマス、サンタさんに何かお願いするの?」

 サンタクロース、よい子にはプレゼントをくれるという存在である。逆に悪い子にジャガイモや石炭を配る黒サンタなる存在もいるらしいが、通常サンタはともかく黒サンタも来ないので陽歌は自分の中での評価に困っていた。

「……僕は、よい子じゃないみたいだから……」

 二つの事実を考慮すると黒サンタが来るほどではないが、通常サンタが来る様ないい子でもない、ということになる。色んなお願いをしては見たものの、今まで来た試しがない。

「そんなことないよー。凄くいい子じゃない」

 ミリアはそう言ってくれるが、自分のしてきたことを考えると素直に肯定できない。

「サンタさんが陽歌くんを悪い子だと言っても、私がいい子だって十倍大きい声で言い張ってあげる」

 ミリアは静かにそう言ってくれた。これまで感じなかった、存在を許されているという実感がそこにはあった。

 

   @

 

 かつての恩人と交わした最後の会話を陽歌は思い出していた。天使に連れられ、その人の死に目に会うことが出来た。

「助けられなくて、すまなかった」

「いえ……その言葉だけで、嬉しいです」

 自分が病床にいて生き残るので精一杯なはずなのに、時間を見つけては陽歌を助ける様に金湧の児童福祉センターに掛け合ってくれた。そこまでしてくれるというだけで、陽歌は嬉しかった。

「だとしたら、私が言う言葉はこれか……。生きていてくれて、ありがとう。君が死んでしまっては、私は未練を残したままこの世を去らねばならなかった……」

「僕こそ……ありがとうございました」

 金湧という小さな世界を出た陽歌は、たくさんの優しさに出会った。だが、彼には踏ん切りがつかなかった。ここは自分が本当にいるべき場所なのか。帰るべき場所があるのではないかと。

 

「帰ろう」

 陽歌はカイオン、モルジアーナと共にユニオンリバーへ帰る。明日からは4月。本来なら新学期も始まる時期だ。そろそろ、この引き伸ばされた生活にキリを付けないといけない。

(僕は……)

 ただ、帰りの経路を調べようとすると指が止まる。これが単にデバイス慣れしていないことから来る倦怠感なのか、違う何かなのかは全く分からない。でも、いつかはしないといけないことだ。

 考え事をしていたら、あっと言う間にユニオンリバーへ戻ってきた。島田市内にあるというのに海辺の断崖絶壁に建っているカフェという光景も、もういつもの風景になってしまった。

 カイオンから降りて、店の扉を開ける。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 儀礼的に挨拶をする陽歌に、アステリアは満面の笑みで迎えてくれる。店内では、何やらパーティーの準備が進んでいた。

「やっと主役きたー」

「よく持ったな」

 ピンクの髪の少女、城戸咲良(きどさくら)がカラトリーを手に待ち構えていた。陽歌と同じオッドアイではあるが、性格が違い過ぎて悩みを共有できないという微妙な相手である。悪く思ってはいないが、いろいろな意味で見えている世界が違う。

食欲魔神の彼女を食い止めている七耶は安堵する。ナルも同等の食欲を持っているので、待ちきれない様子だった。

「ん?」

「お前……まさか自分の誕生日忘れていたのか?」

 状況が呑み込めない陽歌に、七耶が解説する。これは、彼のバースデーパーティーだったのだ。

「え? そうだったの?」

「忘れてたというより知らなかったのか……。いや私らも国際警察のデータベースで知ったんだが……」

 今日、3月31日が陽歌の誕生日だったのだ。そういえば、他人が祝われているところを見ていることはあっても、自分が祝われたことはまるでなかった。だから自分の誕生日を知らないのだ。

「まぁとにかく座れ座れ!」

 上手い事理解が進まない陽歌を引き込み、パーティーが始まる。少し混乱した頭ではあったが、陽歌はようやく決めることが出来た。

(生まれた日を祝ってくれる、僕がいることを赦してくれる。もし許されるのなら……僕はみんなといたい)

 陽歌の決断、それは集う川(ユニオンリバー)に合流することだった。離れることなく、この激流に身を任せよう。沈んでしまうか、弾き出されるか、そんな日が来るまでは。

 




 浅野陽歌
 プロフィール

 年齢:9歳(小学4年生)
 身長体重:130㎝ 26㎏(BMI15.38で肥満度は低体重、適正から-11.18㎏)
 BWH:55-54-55
 血液型:B型
 誕生日:3月31日(牡羊座)
 種族:人間(日本人、ハーフやクォーターではない)
 属性:混沌・善
 イメージカラー:赤
 特技:隠れること
 好きな物:鮭、甘いもの、ミリア、アステリア
 嫌いな物:自分の容姿
 天敵:赤の他人全て(特に子供)
 家族:父? 母? 弟、太陽


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予告 ユニオンリバー、新章へ

 オリンピック編は、残念ながら延期です。


 新章……突入!

 

 オリンピックが延期になり精神崩壊した大海都知事、これで世界に平和が訪れるはずだった……。しかし! 世の中そんなに甘くなかった!

 陽歌はリフレッシュのため、たぬき開発が提供する『無人島移住プラン』へ参加する。しかし、そこは新たな地獄だった。島を徘徊するタランチュラ! 木を揺らせばスズメバチ! そして何故か木から落ちてくる監視カメラ!これはたぬきちの仕組んだ、無人島移住を装ったサバイバルデスゲームだった! 何も知らずに無人島へ来た人々が苦しみ、死ぬ様子を外出出来ない富裕層への娯楽として提供していたのだった!

自分を狼だと言い張るゴリラのフレンズ、不破諌と共に陽歌はこの地獄を抜け出せるのか! やはりたぬきちは害獣! しずえの裏切り! フータの死! カブリバの失踪! 消されたリセットさん!

 『あつまれ!どうぶつの森編』! 近日公開予定!

 

 天津劾の計画は順調だった。ある一転を除いては……。そう、彼はイズ、ヒューマギアに録画機能があることを忘れていたのだ! 数々の悪行が明るみに出て、ターバンのガキに膝をジャックライズされ、ZAIA本社もアークに乗っ取られた天津は職を失い、45歳無職となってしまう……。エイムズに再就職した刃の家に転がり込むも、どの仕事に就いてもヒューマギアの下で働きたくない一心で即日退職のヒモ生活に嫌気が差した彼女の手で叩き出されてしまう。しかし長年染み付いた生活の質を落とすことが出来ず、天津は借金をしてまで贅沢な暮らしを続けた。

 結果、大量の負債を抱えた彼は帝愛のエスポワール号で命を賭けたゲームをしなければならなくなった! 限られた手札で行われる『限定じゃんけん』! 愛する人は自分を裏切るのか!? 『猛獣と美女』! 得るのは莫大な借金か、それとも全てを帳消しにしてなお余る資産か、人喰いパチンコ『沼』! そして落ちれば最後、高層ビルの最上階で行われる『電流鉄骨渡り』!天津は再び、社長で仮面ライダーになれるのか!

 Vシネクスト仮面ライダーゼロワン、『仮面ライダーサウザー』!

 

 七耶に、あの挑戦状が届いた……。機械化惑星との戦いを征した伝説の超攻アーマーの新たな戦場は、大乱闘だ!

 新たなファイター達の前に、あのタブーが復活する! 以前の対策が全く効かないほどパワーアップしたタブーだが、彼にも想定外の事態があった。強力なOFF波動は、七耶含む一部のキャラには通用しなかったのだ! 絶望からの、逆襲が始まる……。

 新たなファイターと共に、タブーの野望を再び打ち砕け!

 「上から来るぞ!気を付けろ!」魔銃デスクリムゾンに選ばれし者、コンバット越前!

 ホバー能力を備えた推理の達人、大奥より見参! おドム!

 「ワイは猿や、プロゴルファー猿や!」自称プロゴルファー、猿!

 広島の怪異、その正体は未だ不明! ヒバゴン!

 迷惑な存在? いいえむしろ助かります。アポロガイスト!

 さぁ、反撃だ! 『亜空の使者、逆襲』!

 

 陽歌には、記憶のない数ヶ月がある。ミッシングリンク、解禁。

 暴れまわる動物から見ず知らずの人を助けようとして命を落とした少年、浅野陽歌。そんな彼の勇気を称え、再び命を与えた者がいた……。

 赤い、赤い、赤いアイツ……レッドマン! 地球を襲う怪獣、宇宙人を倒せ! 容赦無く!

 『SSSS:REDMAN』。閉ざされた記憶が、今開く。

 

 凶悪タッグが日本を支配する……。

 大正に倒されたはずの鬼の始祖、無惨。そして彼岸島で吸血鬼を束ねる雅が手を組んだ! 国会議事堂に立てられるクソみてぇな旗! なんか無暗に始末される下弦の鬼達! 豚汁。襲い来る異形の鬼達! 感染していく人々! 豚汁。鬼との死闘! 明らかになる深雪の出生の秘密! 習得せよ全集中の呼吸! 豚汁。放て水の呼吸! これが深雪の日輪刀! 豚汁。放たれるTウイルス! 溢れるゾンビ! 鬼、人間、ゾンビの三つ巴! 豚汁。オールハンター大集合! 死神ハンク帰還! 探偵、アーク・トンプソン立つ! 豚汁。カルロスとニコライ、宿命に決着!ジェイク参戦! 豚汁。迫る滅菌作戦! 長きに渡る因縁を打ち砕け! 豚汁。

 みんな、丸太は持ったな! 『甦りし悪鬼、彼岸花と傘の饗宴編!』日本が、絶望に包まれる……。

 

 そして全ての物語が終息する時、真実が明らかになる!

「俺は、俺のルールで戦う!」

「本当の仮面ライダー神話は、ここからです」

「それでも私は、最強の超攻アーマーだ!」

「もう一度、僕に力を貸して!」

「私が、みんなを守るんだ!」

 騒動喫茶ユニオンリバー、2020。本当の物語が幕を開ける!




エヴァ「陽歌くんがよく怖い夢見るらしいので、こんな夢見せておきましたよ」
七耶「完全に熱で寝込んでる時の夢じゃねえか!」
陽歌「一つだけマジの奴混じってるんですが……」
七耶「ま?」


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黒歴史に決着を!

 浅野陽歌についてのメモ

 顔立ちは純日本人の様に見え、本人の発言から両親も日本人と思われますが外見の特異性から本人も知らない何らかの秘密があると思われます。遺伝子等の検査の結果、特筆すべき障害も見当たらず、視力にも影響は無いので大丈夫だと思いますが何か情報が欲しいところです。
 今の所分かっていることとしては
・ギャングラーによる集団失踪事件の生還者。そのため生年から数えて二年引いたものが年齢となります。
・外見に特異性がありますが、遺伝子の変異であり特にそれ以上の症状はありません。
・この遺伝子特異性の発生率はおよそ250憶分の1です。
・虐待の影響で身体的に虚弱な面があり、本人も我慢をしがちなので注意して見てあげてください。
 担当カウンセラー 山城詩乃


 東京都庁では未だ、変形した後のメンテナンスが続いていた。流行り病の影響もあって人が集まり難く、作業は遅れている。そんな中、都庁地下にあるガレージでは同時にある準備も進んでいた。

「今回はやけに手こずりましたよ……灼熱の破壊竜……」

 大海都知事が見上げるのは、巨大な恐竜型のゾイドであった。独特なフォルムを描く灰色の骨格は、スピノサウルス種と思われた。

「申し訳ありません、まだ装甲の発掘が……」

「最低限、ワイルドブラストと操縦が出来ればそれでよろしい。どうせこのジェノスピノに敵うゾイドなどいないのですから」

 技術者が復元状況を報告する。灼熱の破壊竜、ジェノスピノ。地球で発掘されるゾイドはタカラトミーから組み立てキットで模型が販売されているが、市場に出回るジェノスピノとは大きく姿が異なっている。装甲は板の張り合わせ、最大の武器である回転ノコ、ジェノソーザーには機銃が付いておらず鋸の刃ではなく滑らかな普通の刃になっている。

 また、頭部にも間に合わせなのか大き目のバイザーが外付けされていた。バルカン砲も当然付いていない。

「どういうことなの! オリンピックを延期するだなんて!」

 ガレージに足を運んだのは、推進委員会の幹部であるフロラシオン【双極】の姉の方。白髪の妹と異なり、緑主軸に見えるが角度によって輝きが変わる玉虫色の長髪を靡かせている。

「予定通り開催されないとこの星の終わりよ? あなた、私達がそれを止めるために協力していることを分かっているの?」

 妙に焦って大海に詰め寄る【双極】姉。しかし、大海は余裕の表情であった。オリンピックは流行り病の影響で延期となった。考えれば当然である。これだけ感染症が流行する中、世界中の人を集めた催しなどできるわけが無い。IOCはまぁ常識的な判断をしたわけだが、大海はまだ何かを隠していた。

「そんなこと、上の男共が勝手に言っているだけです。まだ、予定通りに開催する方法があります」

 まったく危機感を感じていない大海に【双極】は苛立った。

「やってみなさいよ! こんな状態じゃ誰も協力しないでしょうけどね! まったく……こっちは星の運命が掛かってるってのに風邪菌程度でごちゃごちゃと……」

「要するに、新型肺炎が収まればいいのですよ。プラン、アライグマ作戦を実行します」

「アライグマ?」

 妙に間の抜けた作戦名に、【双極】姉は思わず聞き返す。しかし、これがとてつもなく恐ろしい作戦であるとは誰も予想出来なかったのであった……。

 

   @

 

「そうか……、決めたんだな」

「ご迷惑にならなければいいけど……」

 陽歌は七耶達に自分の決断を伝えた。今、店にいるのは七耶とミリア、ナル、エヴァ、マナ、アステリアだった。

「むしろ帰っちゃったら心配で痩せそうだよ」

「お前は痩せろ」

 ミリアに突っ込みをいれるのは七耶。さなの姿はない。どうも月方面が騒がしく、ちょっと帰ってはまた月へと忙しく動いている。

「うんうん、それが一番ですに」

「そうね。迷惑なんてまったく思ってないよ」

 ナルとアステリアは彼の決断を後押しする。

「陽歌くんずっといてくれるんだ、やった!」

 マナは同年代の『人間の』友達が増えるので素直に喜んでいた。別に四騎士団らとわだかまりがあるわけではないが、地味にロボットである彼女達とは共有できない話題があったりなかったりするのだ。

「そうですよー。一人より二人、二人より三人、三人よりたーくさんですからね」

 エヴァはもし陽歌が真逆の決断をしたのなら無理にでも引き留めるだろう。最低限の家具はもちろん、高性能デスクトップPCに各種ゲームハードまで取りそろえた陽歌の自室を構築し提供したのは彼女である。趣味仲間を増やしたいという思惑もあるが、「こんな面白そうな逸材をみすみす見逃せない」という面白至上主義な側面が大きく出た。

「となると、正式に引っ越しの手続きが必要ですねー」

 こうなることを見越し、エヴァは引っ越しに必要なあれやこれやの準備を実は去年の秋から進めていた。

「住民票を移し、転校手続き。住民票は役所、転校関係は白楼学園にぶん投げたのでいいとして……陽歌くんの家に用事がありますねー。母子手帳を手に入れなくては」

「なんだそれは?」

 七耶は聞きなれない言葉に首を傾げる。いくら八千歳でも、外宇宙の戦闘兵器ではこの国の制度に疎いのも致し方ない。

「妊娠から出産、そして乳幼児の記録をするものよ。そこには受けるべきワクチンの接種記録もあるから、陽歌くんがどのワクチンを受けてどれをしていないかを判別するのに必要なの。それと、生まれた時のデータが必要だから」

 アステリアが軽く説明する。ワクチンはともかく、彼の持つオッドアイ、医学的にはヘテロクロミアと呼ばれる瞳が色覚異常を起こしていないかなど出生直後の診断が欲しいところだ。

 一応、遺伝子を調べた結果では毛髪や虹彩の色に変化が出る程度で大きな問題は無いと思われるが、念の為である。

(それに、閉鎖的な村落ならまだしも街中が揃って子供を虐待するなんて、マーベル市民並の民度でもありえない……陽歌くんにはまだ、何等かの秘密があるかも……)

 アステリアは陽歌の出生を気にかけていた。下手をすると知らないところで何か大きなトラブルの要因になりかねない。知り合いの心配性が移ったかも、と一笑に付すには違和感が大き過ぎる。

「では早速金湧にゴーです。必要早急の外出ができますね。手続きの都合、見た目大人のミリアさんには来てもらった方がいいですね」

 エヴァは早速、出陣メンバーを決めた。自分は行くとして、役所の手続きは大人でないと代理も出来ないのでミリアの力が必要になる。

「よーし、やっちゃうよ!」

「あ、外見貸すだけでいいですよ」

 ただし彼女の事務能力は充てにしていないエヴァなのであった。ぐだぐだしている様で、動画編集やイベントの準備、アイドルのプロデュースまで熟す彼女は戦闘面以外でも頼れるマルチな存在である。

「僕もいくよ。やり残したことがある」

 陽歌も行くことにした。不意に飛び出しただけあって、思い残すことがあった様だ。各自が出発しようとした時、喫茶店の扉が開いてベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

「ここがゆにおんりばーか……」

 来店したのは、背が高くスタイルのいい金髪の美女であった。愛知にある白楼学園の本部、白楼高校のブレザーを着込んでいる、ごく普通の美しい女性である。狐の様な耳と尻尾以外は。ただ、陽歌もさなで慣れたせいかこのくらいでは全く驚かない。

「あなたは……」

「儂は妙蓮寺ゆい。先日はリーザが世話になったのう」

 この前のユニオンリバー新年会に来ていた暦リーザの知り合いだという妙蓮寺ゆい。若々しい外見に似合わず、古風な話し方をする。その腕には、経文を書いた包帯で厳重に固めた細長いものを二本持っていた。

「それと響からの伝言じゃが……その分なら必要なさそうじゃな。証拠は抑えておるから渡しておくとするか。訴訟事になったら使うとよい」

 ゆいは書類の束をアステリアに渡す。これはリーザの友人、胡桃が響という人物に調査してもらった金湧での陽歌を記した資料、則ち虐待の証拠である。状況柄、こちらが陽歌を誘拐したと言われかねない状況ではあるのであったら何かと役立ちそうなものである。

「抜かりないですねー……そこは相変わらずというか」

 エヴァは響を昔から知っているのか、その手際に感嘆するばかりであった。頭脳労働が完全に門外漢というわけではない彼女にこう言わせる響とは、如何なる人物なのか。リーザ曰く陽歌に似ているらしいが。

「まぁ、本題はこっちじゃ。あまり見せとうないが、完全な浄化にはお主の力が必要じゃて……すまんな」

「いえ、僕で力になれるなら」

 ゆいはカウンターの上に、持っていた二本の長細いものを置く。かなり真剣な謝罪を受けたが、自分が必要とされるならと陽歌は快く受けた。

「刺激が強いというか……ぐろてすくというか、夢に出るというか……精神的ぶらくらというか、絶対見たくないものじゃろうな……」

「めっさハードル上げるな」

 七耶はその不自然なまでの予防線に違和感を覚えた。事前に期待度を高めて実体をしょぼく見せようとする手法である。

「言ってしまえば、これはお主が失った腕じゃ。一つは響が調査の過程で偶然、もう一つはあの地を調べておった専門家が回収したものじゃ。いっそ白骨化していれば多少マシかもしれんかったが、結構生で残っておってな」

 ゆいは種明かしまで行う。不意打ちで見せられるより、心の準備が出来ていた方がいい。しかし、切断された人体が『偶然』発見されるというのも妙な話である。陽歌は少しそこが気になった。

「偶然、見つけたんですか?」

「響は調査の過程で金湧市に発生した異界を処理したんじゃ。その異界を産んでいた呪物になっていたのが、お主の腕じゃ。呪術の世界で縁というものは重要なものでな、その縁を辿ってお主の物と判明したわけじゃが……」

 マナはゆいの説明から不自然な点を見つける。切断した人体、というより手術等で摘出された人体の一部は衛生の都合、然るべき手段で処理されるはずである。入院生活が長く、病院関係者とよく話していたマナだからこそ気づいた点である。

「待って下さい! 陽歌くんが両腕を失ったのって、例の集団失踪事件も挟んでいるから数年以上も前のことですよね? 白骨化もしていない腕が現存するなんてこと……あるんですか?」

「そこなんじゃよ。アスルト殿から送られた陽歌くんの義手に関するデータを閲覧した響が脊髄のチップの、施術の粗末さに不信感を抱いて手術を行った金湧市民病院を調べたところ、切除した両腕は処分前に行方が分からなくなったと意味不明なことを言っておってな……」

 マナの素朴な疑問は想像以上の闇へ手を掛けていた。

「児相は仕事しない市民病院さえキチンと処理しない……金湧って思った以上に世紀末じゃねーか?」

 七耶は末恐ろしい事実に気づく。その時、喫茶店の客の一人、派手な衣装を着込んだどこかで見覚えのある男が仮面ライダーの主題歌を歌えるほどいい声で呟く。

「お前達の金湧市って、醜くないか?」

「おいあれマジか? マジか? マジだ! ISSAぢゃねーか!」

 七耶はその人物の正体に驚くが、全員の関心は呪物に集中しており誰も突っ込まない。

「なんか今日動かない会話で尺稼ぐなーって思ったらこれのせいか? ISSAのギャラで予算持ってかれたんか? なまじ新録だからアーカイヴも使えない感じか?」

「細かいことを気にした奴から死ぬんですよここは戦場です」

 エヴァは話を本流に引き戻す。

「では開くぞ、覚悟はよいな?」

「……はい」

 ゆいが包帯を解き、中身を見せる。中は二つとも、腐乱しボロボロになった右腕であった。長さは上腕の半分まで。陽歌の義手と同じ範囲だ。あれだけ脅されたせいか、恐怖は感じず傷を抉られることもなかった。その腐敗具合は悪臭がしてこないのが不思議なくらいであった。

「ん?」

 そして、いくつかの疑問が過る。圧倒的な違和感に襲われる。これは、何かがおかしい。

「待ってください。なんで右腕が二つもあるんですか?」

「なんだって?」

 七耶は改めて腕を見る。確かに二本ある腕の内、両方が右腕だ。違いと言えば、縄の様な痕があるか無いかくらいである。

「そうなんじゃよ、何故か右腕が二つ見つかった。そしてその両方の縁がお主と繋がっておる。これを持って来た者は二人共、信頼に値する人間じゃ」

 ゆいもそこが疑問だったらしい。それに、と付け加える形である紙を取り出す。

「儂らの他にもあの土地を調べておった者がおってな。退魔協会という、退魔師の寄り合いじゃ」

 第三勢力の名前を聞いた瞬間、陽歌にある考えが浮かぶ。

「なんか感度三千倍にされそうな感じだなぁ……」

「よし、お前も立派なユニオンリバーメンバーの一員だ」

 七耶はちゃんと彼がここのノリに毒されているのを感じた。

「そこの電子めーるを傍受したものじゃ。一月の物には『金湧市、呪物回収記録。この回収をもって、当該地域における原因不明の失踪、奇病、怪物の目撃情報等の現象が期待される』と書かれておるが最近の物では『金湧市、依然現状変わらず。もう片方の呪物の発見に莫大な報酬』となっておる」

 メールに添付された写真には白黒ながら鮮明に、ここにある二つと同じ右腕が写っていた。七耶は流石に不信感を抱いた。

「なんで右腕だけ三つも……?」

「これ、もし退魔協会が嘘吐いていても二本は同じものがあるんですよね?」

 マナもそれは同じだった。

「では実際に解呪といこうかのう。ある程度の呪術師なら呪物の浄化が出来るんじゃが……、『本来の持ち主』なら呪術師の素養が無くても、一時の感情で生み出してしまい独り歩きする呪物の浄化は可能じゃ。陽歌くん、本物と思う方をまずは持つんじゃ」

 ゆいは呪物の処理に進む。響が調査して腕を失った原因を知っているのでどれが本物かは彼女にとって一目瞭然であったが、陽歌の心情を考慮しハッキリ言わないことにした。

 ジャングルジムに縄跳びで腕を固定されて一晩、氷点下に放置されたことによる鬱血と凍傷。それが原因なので縄の痕がある方が本物のはずだ。陽歌もそちらを持つ。

「そして、暖かな記憶を、楽しかった思い出などを思い浮かべて前向きな感情をその腕に注ぎ込むんじゃ」

 陽歌は言われるがままに、ここでの暮らしを思い浮かべる。ユニオンリバーに来てからは、自分がこんなに恵まれていいのかと思うくらい、とても幸せだった。心の中に暖かいものが満ちた時、掴んでいた腕が消滅する。これが浄化という作業なのか。

「うむ、本物じゃな。では、こちらも同じ様に」

 もう片方も同様にしたが、やはり消滅する。こちらも本物なのか。どちらかが偽物、ということは無さそうだ。

「『本物の呪物』が二つも存在……それもその性質上、複数生まれるはずもないものが存在するとはにわかに信じがたいんじゃ。遺体など身体の一部が呪物化した場合、全く同じものが存在した記録は桃源世における数千年の陰陽史上、前例がないのう」

 ゆいの世界でもこの様な記録はなく、まさに前代未聞。一体何が起きているというのか。

「陽歌くんが呪術的に特別な才能を持っている、ということはないはずじゃ。この呪物自体の構造は単純で、陽歌くんの切断された腕にこの子の無意識にあった負の感情やあの街で死んでいった者の怨念が溜まって産まれたものじゃ。じゃが、素材に限りがある」

 陽歌の才能が原因、というわけでもない様だ。彼は魔法的に見ても平均以下の能力しかなく、呪術的にも同じであった。意味深な外見の割に、その方面では一般人ということである。

「これから金湧にいくんじゃろ? じゃったら用心するんじゃな。儂らさえ把握できない事態が起きておる。十分警戒せよ」

「おっけー」

 エヴァはゆいからの忠告を受け、出発の準備をする。マナは出掛けようとする陽歌に、あるものを渡した。それは飛電ゼロワンドライバーと紫色で蜘蛛の絵が描かれたプログライズキーだ。

「陽歌くん、これを渡しておくね」

「これは……」

「シエルさんが魔法で本物にしたゼロワンドライバーとトラッピングスパイダープログライズキーです。スパイダークーラーはベストマッチで使えませんでしたが、こっちなら。キーの方は専用に調整済みです」

 マナの持つ、改造ベルトの一本である。キーは陽歌の為に特殊な調整が施されている。仮面ライダーのおもちゃを改造して本物の変身アイテムにしているが、陽歌は数多あるコレクションアイテムの中でも蜘蛛などの毒虫と相性がいいらしい。仮面ライダービルドのビルドドライバーでは蜘蛛と冷蔵庫のフルボトルを用いるスパイダークーラーが存在したが、冷蔵庫の方が陽歌のトラウマを刺激して足を引っ張るため万全に使えなかった。蜘蛛単体のこれなら十分に扱えるはずだ。

「ありがとう。何もないといいけどね」

 陽歌はお守り程度に、と思い受け取る。エヴァ、ミリア、陽歌の三人は金湧に向けて出発する。全ての因縁に決着をつける為に。

 

 三人が出発してから数分後、入れ替わる様に深雪がやってきた。話を聞いて、彼女も少し安心した様だ。本来なら外出せずに自宅にいるべきだが、一度推進委員会に目を付けられた以上、なるべく一人の時間を減らした方がいいとエヴァ達が判断したのだ。行き来も四聖騎士団のうち一人が必ず同行している。

「それならよかった。ここなら安全だもんね」

「そうかぁ?」

 深雪は彼女らを信頼しているのでそう言うが、世界が終るか終わらないかの騒動を何度もここで経験した七耶は肯定しきれないでいた。

「そう言えば、学校ってまだお休みなのよね?」

「そうじゃな。暇でしょうがないじゃろ?」

 アステリアとゆいはまだ学校が再開できないことを気にしていた。深雪はこの長い休みに、いろいろとしている様子であった。

「お母さんは配送のお仕事だからテレワークにも休みにもなってないね。でも発掘したオレンジのクワーガ乗れる様に練習してる」

「へぇ、お前さんもゾイド乗るのか」

 七耶は深雪のゾイドに興味を示した。ゾイドは復元を担っている主な企業、スロウンズインダストリアルがたくさん売りたいからなのか免許が不要で小学生でも乗れる。意思があって自律行動するので、諸事情で車に乗れない人にとってはありがたい存在だったりするが、武装も生まれつきくっついている都合か無免許で可能なので問題も多い。ただ、深雪の様に善良な人間が乗るのなら大きな力になるだろう。

「お母さんがクワーガで仕事してるからね。紫色の、シノビっていう亜種らしいよ。乗り方は教えてもらえるし、なによりオレンジが可愛いのよ。虫は特別好きじゃないけど、あれだけ大きくてメカメカしいと気にならないものね」

「親子揃ってクワーガ乗りか。空を飛べるのはいいな」

 小型だが飛行できるというのは大きなアドバンテージだ。小さいというのも、この国の窮屈さを考えれば利点になりうる。

「今日も練習がてら乗ってきたんだ。見る?」

「見せてもらおうか。うちには普通のクワーガしかいないからな。シノビとレッドジョー、レアホワイトとか亜種は見たことなくてな」

 七耶はオレンジのクワーガを見せてもらうことにした。二人が店の外に出ると、駐車場にオレンジ色のクワーガが停まっている。色以外は普通のクワーガと同じである。

「おー、これがか。色違いの亜種がたくさんいるゾイドも多いからな、こいつもその一体だろうが、ヴァネッサが地球産のクワガタゾイドについてなんか言ってたような……」

 七耶はユニオンリバーで発掘に携わるライダーのヴァネッサがクワーガについて発言していたのを思い出す。詳細までは思い出せないが、色違いだけではない、ラプトールでいうラプトリアに当たる亜種が存在するとかなんとか。

「なんだったかな……最近忙しくて忘れちまった」

「そういえばコロナ、魔法とか月の科学力でなんとかできないの?」

 深雪はユニオンリバーが抱える技術で新型肺炎を止められないか考えていた。だが、事はそう上手くいかない。

「あー、それな。魔法は炎症を治したり熱で消耗した体力を回復させることは出来ても原因を消すのは無理だな。流石に相手が小さいし、ウイルスも生き物だ。特定の生き物だけ消すなんて自然を冒涜する様な真似は出来ん」

 ドラゴンボールでサイヤ人を消せない様に、魔法も自然の摂理に反した行為は禁術になっている。治療の助けくらいは出来るが、それだけだ。

「月の科学力ならワクチンや特効薬も出来るだろうが……今こんだけ騒がれてるもんに効く薬なんか作ったら、地球と月の力関係に影響が出る。地球文明と同等の医療器具の生産くらいはやってくれるだろうが……」

 そして、月の方は外交上の問題で出来ない、というか月が地球の生殺与奪を握りかねない発明を禁止しているところがある。一口に月の住人と言っても一枚岩ではない。新型ウイルスへのワクチンや特効薬を盾に地球を支配しようと考える者が出る危険も無いわけではなく、そんな事態になれば今回の疫病が月の陰謀だと思われてしまう。

「色々難しいのね……」

「まぁ、まさか月がマスク一つ作らないとは思えんが……今回は妙に動きが鈍いな」

 いつもより地球への支援が遅い月に、七耶は嫌な予感を覚えた。その時、さなが店へ戻ってきた。彼女にしては、いつもの様に表情を大きく動かしてはいないものの深刻そうな様子だった。

「お、噂をすれば何とやら、久しぶりだな。そんなに月は忙しかったのか?」

「うん。この事態を公表するかどうかで少し揉めてね」

「おいおい、冗談のつもりだったんだぞ?」

 軽口だったはずが、まさかの的中に七耶は焦りを見せる。月が揉めるとは、何が起きているのか。

「単刀直入に言うよ。ジャバウォックが目覚めた」

「な……」

 さなからの報告を受け、七耶は絶句する。最強の超攻アーマーである彼女が本気で驚愕する事態、それは一体、どんな恐ろしいことなのか。

 

   @

 

 東京都内の病院では、現在世界で流行している感染症を防ぐ為の思索が続いている。しかし、都知事は何よりオリンピックの推進を優先するため、犯罪紛いの活動の結果返り討ちに遭い負傷した推進委員会メンバーの治療に病床を割かせていた。

「お見舞いに来ましたよ」

「うぅ~」

 全身に包帯が巻かれてミイラの様になったマーガレットの元に、学校のクラスメイトがやってきた。欧州人とのハーフとのことで、あどけなさの残る顔立ちに美しいブロンドの美少女であった。日本でも有数のお嬢様学校のブレザーを纏い、清楚な印象を与える。学校は休校中だが、公の場ということもあってこの服装を選んだのだろう。

『あんま話したこと無いけど、同じクラスになっただけでお見舞いに来てくれるなんて律儀ねー。いい人~』

 マーガレットはウェアラブルデバイス、ZAIAスペックの機能でタブレットに筆談している。前からの友達という訳ではないが、今年度からクラスが同じなのでお見舞いに来てくれたのだ。

「いえ、お友達が入院していたらお見舞いするのは当たり前です。これから仲良くして行きましょうね」

お見舞いに来た少女は、見舞いの品を起き、一通りの挨拶を交わすと帰っていく。マーガレットはその手慣れた社交性に舌を巻くばかりであった。

(私も大概だと思ってたけど……やっぱ本物は違うわ。企業連五本柱をスロウンズと並んで一企業で担うドランカ製薬の社長令嬢……。噂じゃどっかの貴族の末裔とか)

 ドランカ製薬は陽歌の義手を初めとする国の福祉にも大きく食い込んでおり、よくも悪くもその名を知らない者はいない。直営のドラッグストアや薬局、さらには病院まで経営し、持てるノウハウを全て活用する大企業だ。同じ学校に通うとはいえ、マーガレットの様なただの金持ちとは次元が違う。

 

   @

 

「いやー、済まないねー。傷口抉る様なお出かけに付き合わせちゃって」

 エヴァは恐らくカーマニアでも知らないであろう赤いスポーツカーを走らせる。金沸の道はピカピカに磨かれた車に似合わず、立派な片側三車線道路のあちこちがひび割れて草が生えていた。

「いえ、決して悪い思い出だけの場所じゃないから……。一年生の頃はよくしてくれる友達が三人もいたし。すぐ引っ越しちゃったけど……」

さすがに陽歌も全く友達がいないわけではなかったが、彼にまともな接し方を出来る人間には、こんなところに住むのはキツイ様だった。

「でもこの車凄いね。専用の免許があれば小学生でも運転出来るんだ。エヴァリーなら普通の車でも出来そうだけど」

「AI搭載車、ライバードです。運転が簡単なだけでなく、座席配置から子供の運転を想定しているのでこっちの方が楽なんですよ。警察に見つかった時とか面倒もなくて」

エヴァが運転しているのは、人工知能を搭載したスーパーカー、ライバード。ただし完全なスポーツタイプなので、2人乗りである。ミリアは現在、トランクに突っ込まれている。真似しないでね!

「あ、ここです」

 ライバードは陽歌のナビである小学校の前に止まる。ここが彼の通っていた学校だ。やり残したことがある、というので来たのだが、エヴァも気になることがあってここへ来た。

「しかし、やけに物々しいですね……」

 彼女は走っている途中も、警備員仕様の人型ロボット、ヒューマギアの姿を多数見かけていた。特に小学校には多く配備されている。ヒューマギアの姿は殆んど人間で、耳がモジュールになっている以外見分けるのは難しい。

車を降りて、陽歌、エヴァ、ミリアは校門から学校の敷地内へ入ろうとする。だが、警備員ヒューマギアに止められてしまう。

「お待ちください。関係者以外立入禁止です」

「彼はここの生徒ですよ」

エヴァは警備員ヒューマギアの前に陽歌を立たせる。どうやらまだここの生徒としてデータが残っていたのか、顔認証で関係者として認められた。

「失礼しました。お通りください」

 そんなわけでヒューマギアはしっかり仕事をするものである。運動場はカラーコーンとビニールテープで封鎖されており、何故かあちこちにクレーターや何かの染みが出来ていた。

「あ、やしろあずきだ」

「結構雑な封鎖ですねー」

 ミリアはカラーコーンに呪われた漫画家が頭に過るが、エヴァはその封鎖の適当さに対して運動場で起きている異変に危機感を感じていた。ヒューマギアと比べて人間の仕事の雑さときたら……という問題ではない。

たしか、響が異界化を見つけて対象したとか。だが、その異界を産み出した呪物も何故か複数ある有り様。謎が謎を呼ぶ。

「飼育小屋があってね、でも飼育委員が僕以外仕事しないからそこのウサギとチャボが心配で……友達がいた頃なら手伝ってくれただけど」

「チャボ?」

「まぁ鶏みたいなものです」

 家族にも邪険にされ、友達のいない陽歌にとっては飼育小屋の動物達が心の支えだった。そんな彼らを残して来たことが心残りとなっていた。

飼育小屋へ向かおうとしていた三人を何者かが呼び止める。

「これはこれは、急にいなくなったと思ったら壮行会には来るとは、感心感心」

取り巻きの男子を連れ、やけに偉そうな態度で歩いてくる黒髪黒目の少年がいた。陽歌は慌てた様子でミリアの後ろに隠れる。

「……」

「壮行会? 今時学校もお休みなのに大会でもあるんですか?」

 エヴァは奇妙に思う。授業すら出来ない状態で、一体何をしようというのかこの学校は。少年の名札には『浅野太陽』と名前が書かれている。

「浅野太陽……まさか陽歌くんの……」

 ミリアは名字と名前で二人の関係を察した。が、太陽は何か不満がある様子だった。

「ソーラーだ、人の名前を間違えるな!」

「いや読めんて」

 エヴァの感想は概ね正しい。普通名前で太陽と書かれていたらたいようと読むものだ。ソーラーなど普通は脳髄がちぎれる寸前まで捻らないと出てこない。だが太陽本人は読めて当然だと思っている様子だった。

「全く、常識知らずのオタク軍団という噂は本当の様だな、ユニオンリバー。変な組織に囲われて人間に昇格したつもりだろうが忘れるな。お前はゴミ、俺には勝てないということをな」

 太陽は懐から、バックルの様なものを取り出す。それを近くにいた警備員ヒューマギアに取り付ける。

「俺が特別な存在であることを、教えてやる」

『スピノ!』

「ぐわあああ!」

 そして、そのバックルにアイテムを装填した。

「あれはゼツメライザーにゼツメライズキー? 小学生がおもちゃ感覚で持てるものではないですよ?」

 エヴァは何故それを小学生でしかない太陽が持っているのか疑問に思った。善良なヒューマギアを暴走させる外部ハッキング装着。その場にいるヒューマギアを即座にテロの道具へ変えるゼツメライザーとゼツメライズキーは、エイムズの監視もあって簡単に手に入るものではない。

「とりあえず、敵キャラの準備は出来た。お前らじゃ弱すぎて、お試しにもならないからな」

 警備員ヒューマギアは人のスキンが剥がれ、ロボットの素体を剥き出しにして口から触手を生やして巨大な恐竜の姿へ変異する。ヒューマギアとしての面影はライトが赤くなった、耳のモジュールだけだ。

 ついでと言わんばかりにその恐竜、スピノサウルスマギアは触手で周囲の警備員ヒューマギアを突き刺し、リザードマンの様な化け物へ変化させていく。

その化け物は剣を手に、陽歌達へ襲いかかる。エヴァが間に入り、つばぜり合いをする。

「戦闘員マギアでしょうが……フォースライズした仮面ライダー程度の力はあるみたいですね」

 軽く戦闘力を計りつつ、マギアを元に戻すためエヴァは剣を持ち代える。ハッキングされたヒューマギアは基本破壊するしかないが、最近になって製造元の飛電インテリジェンスによって戻す方法が開発された。それをエヴァ達四聖騎士も持っている。

「俺には最強の力がある。それを見せてやる」

 太陽は蛍光グリーンの本体をしたベルトを装着する。それはゲーム病と呼ばれるバグスターウイルスの感染症を治療する為にドクターライダーが用いるアイテムだ。そして、手には太いガシャットを持っている。

『ヤリコミクエスト!』

「まさか、ガシャットでの変身には基本、適合手術が必要なんですよ? それを子供に受けさせる医者がいるんですか?」

 エヴァはドクターライダーシステムの基本を復習する。ゲームソフト、ライダーガシャットの中身は結局のところバグスターウイルスなので、変身するには予防接種、適合手術が必要なのだ。ドクターライダーとは医者自身がワクチンになるシステムと言ってもいい。

太陽はそんなことを知らず、ガシャットをベルトに差してレバーを展開、変身する。

『ガッシャーン! レベルアップ!』

 太陽の姿は成人男性と同じ背丈になり、漆黒の魔王の様な姿になる。

「俺にはバグスターウイルスへの免疫が生まれつきある。だから、そんな面倒なことをしてやっとレベル5が精一杯の連中とは違う。俺が仮面ライダー超魔王、レベル9999だ!」

太陽は自慢気に言うが、色々と事情を知っているエヴァからすればなんか微妙であった。

「レベルビリオン見ちゃいましたからね……一万未満で騒がれても……」

「誰なんその小学生が考えた設定みたいなレベルの人」

「開発者ですよこれの」

 陽歌はそのヤバイレベルに驚愕する。ただ、システム全体の開発者なら不可能ではないなと納得してしまう。ミリアはデザイン面で不満があった。

「それにブレイブのファンタジーゲーマーを真っ黒にして目を赤くしただけってのがスーツの使い回しみを感じる……」

「なんだと! 専用の武器もあるんだぞ!」

 太陽は武器を取り出すが、エヴァとミリアにはもう見覚えしかない。エグゼイドのガシャコンキースラッシャーそのものだ。

「……」

「……」

「俺の凄さが分からないのか!」

 二人に生暖かい目で見られ、憤慨した太陽はスピノサウルスマギアを殴り飛ばす。なんと、拳の一撃であの巨体を吹き飛ばし、爆散させたのだ。

「これでどうだ!」

さらに、周囲に炎を放って他のマギアも一撃で破壊する。陽歌はその圧倒的な威力に呑まれていたが、エヴァは皮肉を言う余裕を残していた。

「あーあー、弁償ですよこれ」

 ヒューマギアは警備会社の備品なので、普通に弁償案件だ。だが、そんなことを考える知能は太陽に無かった。

「お前らもこうなりたくなかったら、俺たち推進委員会に素直に従うんだな!」

「推進委員会? まさか……」

 太陽もオリンピック推進委員会に関与していると知り、陽歌は動揺が隠せなかった。これが、真逆に育った二人の兄弟の決戦、その幕開けになった。

 




 スピノサウルスマギア
 スピノサウルスゼツメライズキーでヒューマギアをハッキング、ゼツメライズしたマギア。通常のマギアと異なり、巨体で高い戦闘能力を誇る。

 ヴェロキラプトルマギア
 スピノサウルスマギアがハッキングで生み出す戦闘員マギア。トリロバイトマギアの立場であるがその戦闘能力は高く、滅亡迅雷フォースライザーを用いた仮面ライダーとスペックは同等である。


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☆轟雷起動日2020! もう一つの出会い

 学習する人工知能、アーティフィシャルセルフ。感情さえ学ぶことが出来るそのAIを宿し、武装を身に纏う小さな少女達。人は彼女達を、フレームアームズガールと呼んだ!

※呼びません


「ここは……どこだ……?」

 四月十八日、深夜零時。ある建物の近くを小さな人影が蠢いていた。水色のショートヘアをした、紺色のボディスーツに身を包んだ少女であった。スク水の様にも見えるが、胸部や手足に装甲があるので似ているだけだろう。

「くっ……」

 右腕は動かないのかぶら下げているだけであり、装甲の部分もあちこち故障している。この身体に海辺の風は堪える。

「充電が残り少ない……ここなら電源があるか?」

 少女は建物にある通気口へ忍び込むと、中へ進んでいく。

 世界発の学習型自律人工知能、アーティフィシャルセルフを搭載した小型ホビーロボット、フレームアームズガールの試験機、轟雷。数年前に多数の人間に配られたそれは一つのみが起動したに終わった。

 だが、データ収集の結果、現在では一般にアーティフィシャルセルフを搭載したFAガールが流通することとなった。しかし、同じ人間に対してすらまともな対応ができない者がいるこの世界で、道具に過ぎない彼女達に一体何人が向き合えるだろうか。流行り廃りで命を弄ぶ人間もいるこの社会で、電子の生命が尊重されるのだろうか。

「見てろ……私はこんなところで終わらない……」

 今、建物に忍び込んで通気口を進む少女、フレズヴェルクは限界に近い身体を憎悪で動かしていた。自らカスタマイズしたフレームアームズガールを戦わせる『セッション』と呼ばれる競技は、基本的にマスター達によるのほほんとしたうちの子発表会に過ぎない。だが、勝負事には分相応にのめり込み、あまつさえ常識の埒外、紳士協定すらかなぐり捨てた亡者の振舞いとも言える勝利への執着こそ、正しいと主張してやまない者が多くいる。

 彼女を捨てたのも、そうした人間だった。高い機動力に特殊バリアの防御力、高出力兵器による破壊力を備えるフレズヴェルクシリーズは最強との呼び声が高い。だが、基本的にマスターが操作出来ないセッションでは事前のセッティングと、ガールとマスターの信頼関係こそが勝利の鍵となる。それを欠いた彼女のマスターは、ただ一度敗れたフレズヴェルクを簡単に捨てたのだ。

「終わって……堪るか……人間め……」

 月明かりのあった夜道とは違い、通気口は完全な闇だ。バイザーに搭載された暗視機能を使えるほどバッテリーに余裕はなかった。

「うあっ!」

 その結果、竪穴に気づかず落下してしまう。装甲の大半を特殊バリアに頼っているフレズヴェルクは、素の防御力が紙に等しい。

「……っ、くぅ……しまった」

 落下の衝撃は負荷の掛かる全身に激痛を走らせる。本来なら備えていた飛行能力も、肝心のユニットを戦闘で失って今は無い。下手をすれば、ここで朽ち果てることになる。

「まだだ……私はまだ……」

 それでも、フレズヴェルクは己の中で燃える憎しみを力に這いずる。目が覚めてから、棚で埃を被り続けたあの日を忘れない。箱に入れられ、ずっと暗闇にいたことを忘れない。ようやく日の光を見たと思えば、見知らぬ場所にいたことを忘れない。マスターに裏切られたことを、忘れるわけがない。今度こそはと苛烈な戦いの末、無様に捨てられた怒りだけがフレズヴェルクの全てだった。

「私は……全てを……」

その時、ぼんやりと光る穴を見つけた。ようやく電源がありそうな場所を見つけることが出来た。

「まだ、私は……」

 それは通気口の蓋であり、彼女の身体なら通ることが出来そうであった。下には、子供部屋らしき空間が広がっている。そこの主はベッドで本を読んでいる最中に眠ってしまったのか、頭を抱えて蹲っている。ランプの灯りが通気口に差し込んでいたのだ。

パジャマの色がピンクなので女の子の部屋だろうか。ボブカットに切りそろえられたキャラメル色の髪と、右目の泣き黒子に既視感を覚えつつ、フレズヴェルクは通気口を抜けて床に降りる。

 この身体では着地の衝撃に耐えられないだろう。ベッドに降りれば多少マシかもしれないと狙いを定めて跳んだ。

「あ」

しかし目測を誤って眠っている子供の手に直撃してしまった。フレズヴェルクは装甲のクリアパーツが所々尖っており、当たると結構痛い。これでは起こしてしまう。

「起きない?」

 ゆっくり手から降りると、その手を見て彼女は愕然とする。子供の手は黒い球体関節人形の様な義手で、生身ではない。その事実に驚いているのではなく、この部屋の主の正体に気づいての愕然だった。髪色、黒子まではいいとして義手まで同じでは、かつての敵対者の部屋に入り込んでしまったという事実が揺るがなくなる。

「な、何たることか!」

 身の危険を感じ、即座に逃げようとしたが、声を聞いて足が止まる。

「うぅ……やめ、て……ごめん、な……さい……痛いの、やだ……」

 悪夢を見てうなされているのだろうか。そもそも、両腕を失う様な目に遭っているのだ。心に何の傷も残らずに済むはずがない。

「チッ、人間め……人間同士ですらこれなのに、どうして私達に心なんか……」

 怒りと悲しみがごっちゃになった感情のぶつけ先が分からず、彼女は足を止めてしまった。その隙に、何かがベッドに飛び乗る。家主の顔面に乗り上げたそれは、金色の瞳をした黒猫であった。鳴きはしないが、先端が白い尻尾を逆立てて威嚇する。

「うわ!」

「うぶっ!」

さすがに猫に乗られては寝ていられず、部屋の主は目を覚ます。開いた右目は桜色、左目は空色のオッドアイ。マスターの性癖を詰め込めるFAガール達に交じっても識別できるであろう個性の塊みたいなこの子供のことを、フレズヴェルクは知っていた。

「やはり貴様だったか!」

「え? フレズヴェルク?」

 起き上がった子供はフレズヴェルクを見て、混乱する。その顔をじっと見て、何かを探している様子であった。

「鼻血が出てない……うちのフレズヴェルクじゃない?」

「どんな判別方法だ! 貴様がいるということは、ここはやはりユニオンリバーだったのか!」

 謎の判別方法に戸惑いつつ、残された武器を向けて子供を威嚇する。

「そしてお前は……陽歌とか言ったな」

「あ、覚えててくれたんだ」

 自宅へ現れた敵の存在にドギマギしているのか、陽歌は余った袖から覗く義手の指を絡めてもじもじしていた。

「お前みたいな唯一性の高い顔を忘れるほど私のメモリーは古くない」

 この少年、浅野陽歌とフレズヴェルクは妙な因縁がある。彼女がFAガールの集まるイベントを襲撃すると、高い確率でユニオンリバーのメンバーがおり、さらにマスターでもないのにかかわらず、付き添いなのか彼がいるのだ。

「うん……そうだよね」

 陽歌は自分の顔に触れ、悲しそうに言う。フレズヴェルクにその行動と彼の感情について理解は出来なかった。基本的に既製品であり、同じ顔をしていることも多いFAガールにとって個性や独自性は誇りであり、マイナスの要素にはなりえないのだから。

「っ……」

 少し大きな声を出したせいか、少ない充電が更に減ってバッテリーが限界を迎え、膝をつく。FAガールが充電を失うと、眠気という形でそれが襲ってくる。フレズヴェルクはもはや立っているのが限界であり、このままでは敵地で眠ってしまう。

「充電少ないの? 充電くんならあるよ」

 陽歌は本を持ち、ベットから立ちあがる。そしてフレズヴェルクに手を差し伸べた。マスターではないが、ユニオンリバーには多くのFAガールがいる。そのため、付き合い方には慣れているのだろうと彼女は予想した。

「敵の施しは受けん」

「いいからいいから」

 フレズヴェルクが拒絶すると、陽歌は普通に掴んで彼女を机に持っていく。リモコン操作なのか、部屋の照明も完全に点灯する。

「ま、貴様……!」

 抵抗しようとするフレズヴェルクだが、その生卵でも掴むかの様な優しい持ち方に文句を言う気が失せてしまう。

「……と、充電くんは……」

 デスクから薄っぺらい人型の専用充電器、充電くんを取り出した陽歌は、ケーブルをフレズヴェルクの腰にあるコネクタへ差す。

「んぅっ……あぁ!」

 重要な端子だけあり敏感に出来ており、つい彼女は艶っぽい声を出してしまう。

「あ、ごめん……痛かった? 力加減分からなくて……」

「忘れろ! 仕様だ!」

 敵に恥ずかしい所を見られ、彼女は即座に言い訳する。とはいえ、電源が供給されるのは悪い気分ではない。ぼやけていた意識も鮮明になる。

(こいつの手……触覚が無いのか?)

 落ちて来た時のことといい、掴んだ時や充電の時といい、フレズヴェルクは陽歌の義手について薄々気づいていた。FAガールは全身人工物だが感覚がある。一方、人間用の義肢はそこまで発達していないのか、それとも違う事情があるのかそう簡単な話ではなさそうであった。

「マスターじゃないのに、なんで充電くんなんか持ってんだ?」

「うちの子達がよく遊びにくるけど、充電の残量のこと忘れてたりするから……」

 陽歌の準備は自宅のガール達の為であった。フレズヴェルクもその中の数人と戦ったことがあるが、かなり抜けている印象ではある。会ったことの無い個体も、鼻血で判断されたりすることから察して相当なポンコツ揃いと思える。

「しっかし小難しそうな本読んでるな……。鬼滅の刃でも読んでなさいよ」

「まぁ……好きな本だからね……。眠れない時はこれ読むと、安心するんだ」

 フレズヴェルクは机に置かれた文庫本に目をやる。『暴かれた深淵』という、なんとも難しい印象を与える本であった。裏表紙のあらすじを読むと、どうもホラーっぽい内容らしい。

「こんなの読むから悪い夢見るんだよ……」

「故障があるみたい。明日、直してあげるね」

 陽歌は彼女の破損に気づき、修理することにした。部屋の明かりを消すと、ベッドに向かう。この部屋は地下にあるのか窓が無く、電気を消すと真っ暗だ。しかし、すぐに部屋の四隅にある間接照明が月明かりの様な優しい青っぽい光を出すので、行動には困らない。

「だから、施しを受ける気は……」

 拒否しようとしたフレズヴェルクだったが、充電だけは欲しいので終わったらトンズラしようと決めて、ベッドモードに変形した充電くんの上に寝る。

(風も無い場所で寝るの、いつ以来だ?)

 FAガールにも睡眠の必要がある。高度なAIを持つ為、休眠中に不要な古いキャッシュの削除、オンラインでのソフトウェアアップデートなどを行う。場合によっては充電中でないと出来ないこともあるため、思惑とは別に、彼女は深い眠りに付いてしまった。

 

「ん……眠ってた、のか?」

 翌日、フレズヴェルクは目を覚ました。なんと、気づけば手足を取り外されて充電くんの上に寝かされているではないか。

「な、なんだこれは!」

「あ、起きた。アップデートが溜まってたみたいだね」

 陽歌がなにやら作業をしていた。場所は相変わらず、彼の部屋の机だ。

「やめろーユニオンリバー! ぶっ飛ばすぞー!」

「頭部ユニットの補修は完了……深刻なのは右手パーツだね」

 修理をしているのは主にFAガール達で、陽歌道具を渡したり大きな工具を支えて補助するなどに徹していた。やはり、彼の義手には触覚が無いらしい。

「ねーねー何してるの?」

「貴様!」

 その様子を遠巻きに見ているFAガールとは因縁があった。蒼い髪にツインテール、猫耳と大幅な改造の末、そうは見えないがスティレットである。公式の人にもスティレットなの? と言われたらしい。そして、その後ろには真顔で一筋の鼻血を流している別個体のフレズヴェルクがいた。

「ほらほら、がっかり5は下がってる」

 緑の轟雷にマスキングテープで立ち入り禁止にされ、スティレットと鼻血フレズは下がらせられる。作業をしているのは通常の轟雷、髪色こそ異なるが白の轟雷三人、通常と白の轟雷改、一〇式轟雷が改と共に四人とどれも轟雷だ。

「あれとは一緒にされたくないな……」

 鼻血フレズは無改造の標準装備なだけあり、外見がフレズヴェルクと一緒である。ここに拘束される期間が長いと、あれと間違われることも多くなるのか、と彼女は気分が沈んだ。

「補修のついでに改造したから間違えないよ」

「何?」

 陽歌はあっさり言う。気づかなかったが、なんと右目が隠れるほど前髪が伸びているではないか。

「いつの間に……」

「あ、ごめん。嫌なら戻すけど」

 余った袖から覗く義手をおろおろ動かして謝罪する陽歌。それまでされてこなかった戦闘能力に影響しない改造に、彼女は戸惑いを感じていた。勝手に改造されたのは不愉快なはずなのに、あまりそう思えないでいる。

「いや、いい目印だ。戦闘能力に影響しないなら頓着する必要も無いからな」

「そっか、よかった」

 安心すると、彼は手を胸の前で合わせる。義手へのコンプレックスか、単に大き目の服を着ているからか、私服に着替えても常に萌え袖状態なのがフレズヴェルクは気になったがどうでもいいことなので無視する。

「あの鼻血垂れ流しと間違えられるよりは……え? FAガールって鼻血出るの?」

 ついでの様に新たな衝撃が彼女を襲う。基本的にFAガールは体液を分泌する機能などないはずだ。それなのに鼻血が出ているのはどういうことか。

「涙を流す例はあるみたい。涙って成分の違う血液みたいなものだから、理論上はあるかもね」

「だとしてもだな……」

 陽歌の解説を聞いても納得し難いのであった。フレズヴェルクが混乱している中、陽歌は今後の話を切り出す。

「とりあえず……うちにいてよ。みんなもそうした方がいいって」

「何? ここにいるつもりなど無いぞ?」

 突然の提案に、当然彼女は断る。だが、何か事情もあるらしく彼はスマホの画面を見せて説明する。

「そういうわけにもいかなくて……最近、AS搭載型のFAガールの不法投棄とかが問題になってて、見つけたら保護する様に製造元のファクトリーアドバンスから言われているんだ。うちも協力してて、君のことを見つけたからには保護しないと」

「なんだよ……今更……」

 怒りの様な、虚しさの様な気持ちがフレズヴェルクの中で渦巻いた。それならなぜ、自分達にアーティフィシャルセルフ、ASなどという『感情』を与えたのか。こんなに苦しいのなら、初めから必要など無かったのに。

「というわけで、今日から僕がマスターです」

「な? 何だと?」

 更なる突然の決定に、フレズヴェルクは更なる混乱へ落とされる。修理が完了し、手足が装着されると同時に、彼女は立ち上がって逃走した。

「こんなところにいられるか! 私は出て行かせてもらう!」

「あ! 待って!」

 身体の調子はいい。部屋の扉に設けられた小さな扉を開け、フレズヴェルクは外へ駆け出す。地下から上へ昇る階段を見つけ、軽々と跳躍で地上階へ上がり、喫茶店を通って外に向かう。今の時勢からか、窓は換気の為に開けられており、そこから脱出できそうだ。

「待って!」

 陽歌が追い付いて呼び止める。いくら必死に走っても、体格の違いからすぐに追いつかれてしまうが、そんなことは関係ない。外に出たら隠れてやり過ごせばいいのだ。

「貴様が特別嫌いというわけではないが、誰かの所有物になるなどゴメンだ!」

窓から飛び出そうとした瞬間、見えない何かに引っ張られて机に落ちる。

「のわっ! なんだ?」

「盗難防止のワイヤレスハーネスがあるから、ユニオンリバーの中か僕の周囲でしか動けないよ?」

「貴様―!」

 そんなものを付けられており、逃走は最初から無理だったのだ。

「みんなに付いてるからね! 特にスティ子とバゼ子とフレズとアーテルと蒼ちゃんはよく勝手に出かけて迷子になってたみたいだし……お店も不特定多数の人が出入りするから」

 一応みんなに付いていることを説明する陽歌。だが、人間のいる場所に留まる気など無いフレズヴェルクにはいい迷惑であった。

こうして、孤独なフレームアームズガールは新たなマスターと物理的に結ばれた。彼女が紡ぐ新しい心の物語が今、始まる……?

 




 機体解説

 ???:フレズヴェルク
 個体名を持たない、野良のフレームアームズガール。かつてマスターに捨てられたことが原因で人間を憎み、あらゆるFAガールイベントを襲っていた。フレズヴェルクは最強機体の一角ではあるのだが、ピーキー極まりない為実力を出し切るにはマスターの献身的なサポートと二人の信頼が何より大事。


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調査報告書 金沸第三小学校異界調査録 1運動場

 漫研ファイブとは?
 カクヨムに掲載されている小説。地球が異世界と繋がる『真の2000年問題』から十数年後の未来を描く。地球人の少年、遊騎が自身の父の死に秘められた秘密や、真の2000年問題の真相に強化人間の継田響、幽霊の暦リーザ、魔王のスティング・インクベータ、妖狐の妙蓮寺ゆいら漫研部員と共に迫る青春物語。
 本作では漫研メンバー全員がゲストとして出演する。


所々ひび割れたアスファルトを濃い緑のシボレーカマロが駆けていく。よく洗車しているのか、昼間とはいえ低い冬の太陽を反射して輝く。運転しているのは、なんとブレザーを着込んだ高校生だ。

彼こそが継田響。胡桃が陽歌のことを任せた友人である。長い艶やかな黒髪に緑の瞳が進行方向を見据える。ハンドルを握る指は装甲に覆われた機械であった。

顔立ちは非常に可愛らしく、声も鈴を転がした様なものでスラックスを穿いていても近年の事情から違和感を覚える人間も少ないので誰もが女子に見るだろうが、彼は男子だ。

髪こそ黒いが高校生でバイクどころか車を乗り回し、更に耳には緑の勾玉で出来たイヤリングを付けている。素行がいいのか悪いのかわからない有り様だ。

『金沸市は近年、行方不明者や原因不明の奇病が増えておったり、怪物の目撃が増えているそうじゃ』

電話口から女性の声で情報が入る。古風な話し方に対して、スピーカー越しでも遠くに通る清らかな声であった。運転中なので、ハンズフリーで会話している。

彼はこの女性からこの町、金沸市の調査を頼まれており、そこに偶然胡桃からの依頼が舞い込んだというわけだ。

響は自分の知っていることとその情報を照らし合わせて整理する。

「怪物の目撃情報は町おこしの話題作り、ここの成り立ちから考えて奇病は鉱毒によるものと見るのが妥当ですね」

金沸市は炭鉱金鉱で栄えた町だが、今や見る影もない。話題性を求めるのは自然なことであり、繁栄当時の公害に関する無理解と閉山時期から今も枯れた山から鉱毒が流れている可能性は否定出来ない。

「行方不明者は……数年前に日本全国で起きた『人間が氷付けになって消える』事件、あれがここでも起きています。首謀者は犯罪組織ギャングラーの構成員、ザミーゴ・デルマ。それが怪盗に討伐されたことで、失踪者の一部が帰還した」

ここで数年前に起きた奇妙な事件があった。失踪者は消えている間のことを覚えていないので詳しいことはわからないが、怪盗側に潜入していた国際警察の一員によるとギャングラーの構成員にものを凍らせる力を持った者がおり、その人物が人々を凍らせて連れ去っていた。国際警察の情報では帰って来なかった者は異形の姿をしているギャングラー構成員が人間に紛れるための『化けの皮』に使用され、死亡したらしい。

その事件は大規模かつ広域で、この金沸でも起きている。そのせいで数字だけ追うとある年だけ異様に失踪者数が増えてしまっているのだ。

「ただ、戻って来なかった人間の数を考えると化けの皮に利用されただけではないらしい。金沸市では被害に遭った大半が子供だったが、戻ってきたのは一人だけ。化けの皮以外にも臓器の売買が行われたと見るのが妥当ですね」

『相変わらず惨いのう……知っておったら儂が呪ってやったのに』

「妙蓮寺さん、人は手が届く範囲しか助けられないんですよ」

通話先の女性、妙蓮寺が悔いるが響は彼女の悪い癖を嗜める。

「その為に僕らは大勢で助け合っているんです」

「そうじゃったな……」

「その気持ちは、あの子に分けてあげてください」

響の物言いから、その唯一の生存者が知る人物の中にいると彼女は察した。

「ん? もしやその生存者というのは……」

なぜ戻って来れたのか、ギャングラーの気紛れなのかそれとも、単に利用価値が無かったのか。『彼』の性質を考えると、『腕を失う前』の話ではあるが後者の可能性が高い。

「生存者の名前は、浅野陽歌」

『そうか……』

陽歌はギャングラー被害の生存者であった。彼の時は二年近く止まっていた時期がある。この大規模な行方不明事件に関して政府は、児童や学生に関しては消息を経った段階の学年からの再スタートを法制化した。また、この事件を理由に出席日数不足の退学や退職を自粛させたりしている。

『んん? では、彼は今何歳かね?』

「小学四年生、9歳です。年齢の加算も停止する措置が法律で定められてますので」

『なんかややこしいのう……たかだか百年未満の寿命の内、僅か数年に固執するとはの』

人間を遥かに越える寿命を持つ妖狐の妙蓮寺ゆいからすれば分からない感覚であろう。だが、二年の遅れは人間からすると大きな痛手だ。

「二年もしたら、一緒に中学とか行けなくなっちゃいますね。唯一の生存者だと知り合いもごっそりいなくなってそうですし」

『あー、それは大変じゃのう……』

二人が話していると、車はある小学校の前に辿り着く。ここは陽歌が通っていた学校である。家に行く前に、ちょうど近かったこの学校を調べることになった。

響は車を降りて、スマホを見る。

「資料によると、陽歌くんはクラスメイトからいじめを受けていたみたいです」

スマホには、切り裂かれて観るに耐えない罵詈雑言が落書きされた教科書の写真が映っている。本人は見たくも残したくもないだろうが、犯罪行為の証拠であるため保管されている。

「まぁ、いじめなんて言葉で誤魔化すものではありませんが……」

『感情的に騒動を大きくするんじゃないぞ』

静かに怒りを燃やす響に妙蓮寺が釘を刺す。彼が陽歌に入れ込むのには、義手という共通点以外に理由があったりする。彼女はそれをよく知っていた。通話は一旦ここで切れる。

「きゃああああ!」

 その時、少女の悲鳴が聞こえた。小学校とは違う方向からだ。響は何かあったのかと急いで声の方へ向かう。辿り着いたのはテナントの撤退したコンビニ前。そこで改造された修道服を着込んだ少女が腰を抜かしている。

 修道服はノースリーブでスカートも左右にスリットが入っている。これは魔を祓う者の寄り合い、退魔協会のホムンクルス退魔師であることを示している。

「退魔協会まで? やっぱここ、なんかあるのか?」

 少女を襲っていたのは、巨大なムカデの化け物であった。いや、ただ単純に巨大なムカデというだけで化け物ではないのかもしれないが、身体の半分を起こしただけで二メートルはありそうなムカデなど十分化け物だ。

いくら人造で使い捨ての兵士とはいえ、見殺しには出来ない。それに聞きたいこともある。響は少女を助けることにした。

「抜刀」

 彼は懐中電灯の様なものを取り出すと、スイッチを入れる。するとそこから光の刃が形成され、SFなどでよく見る武器になった。

「フォトンサーベル……。効くといいけど」

 響はかき消える様な素早い踏み込みでムカデの前に出ると、横一閃の薙ぎ払いでムカデを両断した。流石に胴体を切断されるとダメなのか、ムカデは一撃で息絶えた。

「斬れた……。ということは霊体ではないのか」

 フォトンサーベルの刃を収めると、響は少女に近寄る。

「退魔協会の退魔師だよね? ここには何の用で?」

「ちょ、調査だけど……白楼高校が目を付けてるの?」

 少女は響の制服を見るなり、白楼の者だと気づいた様子だった。だが、それ以上に脅えていてまともに話せそうな状態ではない。

「退魔協会もここに何かあるって思ってるの?」

「いつもと同じよ……行方不明者が多くて、奇病があって、化け物が出て……」

「化け物退治はいつもの仕事だよね? あんなただ大きいだけのムカデに苦戦するとは思えないけど……」

 化け物と一口に言っても、中には巨大ムカデが可愛く見えるほどおぞましい姿の存在もいる。それに、あれは本当に大きいだけのムカデで強くは無かった。一体どこにそこまで脅える要素があるというのか。

「あんなのじゃない! もっとヤバいのがいるの!」

 その時、猛獣の雄たけびの様なものが辺りに響く。遠吠えならイエイヌでもするので不思議ではないが、今時動物園でも聞かないような、これぞという雄たけびであった。それを聞いた瞬間、少女はふらつく足で転びながら逃げ出す。

「ひ、ひぃぃぃ!」

「落ち着いて。もっとヤバい化け物って、何を見たの?」

 響が詳しく聞こうとしても、全く話そうともしないで逃げていく。

「助けてくれたお礼に忠告するね……早く逃げた方がいいよ。絶対後悔する、金沸なんて来なきゃよかったってね!」

「待って。なら単独行動はもっと危険……」

 結局、少女は響の静止も聞かずに走り去っていった。魔を祓う為に作られたホムンクルスさえ脅える存在とは、何なのか。手がかりさえ掴めず懸念だけが残った。

 

校庭の付近に来た響は、妙な物を目にする。校庭の入り口には三角コーンとビニール紐で作られた粗末なフェンスがあり、そこにはコピー用紙に細いマジックで『立ち入り禁止』とだけ書いたものが貼ってある。

「なんですかね?」

彼が校庭をよく見ると、中央付近に小さなクレーターが出来ている。それ以外はブランコやジャングルジムがある普通の校庭だ。

「あれは……」

瞳から重低音を鳴らし、響は視界を『ズーム』した。すると、そのクレーター周辺に黒い痕跡が残っている事に気づく。ただ雨か何かで濡れた様には見えない。確実に、これは異変だ。

「うわっ……!」

その時、彼の頭に大きなボールがぶつかる。ボールは校庭の中へ飛んでいき、少し奥の方へ転がっていった。

「やったー命中!」

「ボール行っちゃったよ」

数人の男子児童が、ボールを追って走ってくる。どうも言葉からして、遊んでいて飛んできたのではなくわざとぶつけてきたらしい。

最近の子供にしてはやんちゃだな、と響は頭を掻く。硬質なボールだったが、ダメージは皆無だ。男子児童の一部がフェンスともいえないものを乗り越えて校庭に入っていくので、響は声をかける。

「おーい! そこ立ち入り禁止じゃないのかい?」

しかし彼らは聞く耳を持たない。フェンスの前に残っている男子児童に話を聞くため、響は屈んで目線を下げた。

「こんにちは。ボクは継田響。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

非常に丁寧な切り出しであったが、男子児童は彼の余った裾から覗く指を見て大声で叫ぶ。

「うわ! 機械じゃん! あいつと同じだ! キモい!」

もろに差別的な発言だったが、響は怒りよりも驚きが勝った。まさか今時、地球の日本国で義手に偏見のある子供がいるとは。

「よくないなぁ、そういうの。ボクは慣れてるけど他のお友達は嫌な思いするよ?」

響は養護施設で育っただけあり、年下の扱いは慣れたものであった。彼の出身地では義肢差別が日常であったが、だからこそ地球では可能な限り無くしたいという気持ちがある。めっ、という気持ちを込めて人差し指で額を押してやろうとするが、腕を掴まれて全力で抵抗する。ここまでくると単に子供特有の、自分とは違う者へのからかいではなく本気の嫌悪と考えられる。つまり、大人の指導に問題があるパターンだ。

「あいつってのは浅野陽歌くんのことだね? その子のことについて聞きたいんだけど、その前に……何でここは立ち入り禁止なのかな?」

質問をしたが、全く答えて貰えない。

「うっさいバーカ!」

それどころか、脛を蹴る始末。だが響はダメージを受けず、男子児童は逆に、猫とネズミがおいかけっこする海外アニメの猫みたいな悲鳴を上げてのたうち回る。

「人を傷つけるということは、自分が傷つくことだよ?」

脛は弁慶の泣き所といい、どうやっても鍛えられないので弁慶ほどの大男でも痛い場所なのだ。だが彼は平然としていた。これはやせ我慢でも何でもない。

継田響は全身に人工物を埋め込んだ『強化人間』である。瞳も義眼で、骨格は金属。そのため見た目より体重が重い。

「で、なんでここは立ち入り禁止なのさ?」

響は質問を続ける。だが、それと同時に破裂音が鳴った。彼が立ち上がって音のする方、つまり校庭を見た。なんと、地面が爆発して男子児童が倒れているではないか。近くには千切れた脚が転がっている。

「あれは……地雷?」

それを確認した瞬間、響はクレーターと立ち入り禁止の意味を理解した。どういうわけか、この校庭には地雷が埋められている。

「ァァァァあぁぁぁッ!」

まだ児童は生きており、地面を這いずるだけの力はあった。他の児童はパニックを起こして今にも逃げ惑いそうだ。

「動いちゃダメだ! 今助けに行くからそこで待ってて!」

この校庭にいくつ地雷が埋まっているか分からない。下手に動けば餌食だ。響は残った児童に声をかけ、動かない様に伝える。だが、当然平和な国で生きていた子供が地雷に対して冷静な対処など出来るはずがない。

(爆発の仕方からして火薬量は少なく、破片で殺傷するタイプ……。行きは強硬出来るけど、帰りはそうもいかないか……!)

彼は義眼のモードを切り替え、金属探知機を発動する。だが、全く他の反応はない。

「よし! これなら……!」

もうあの一発で打ち止めらしい。まずは負傷した児童を救出することにした。脚を欠損したが、断面が荒く結果的に止血されているので意識を失えない代わりに失血死の危険も少ない。

「今行くから!」

響が校庭に飛び込んで駆け出そうとすると、逃げ惑っていた1人の児童の足元で爆発が起きた。

「な……っ?」

やはり爆発は小規模で、脚を奪う威力はあったが絶命はさせてこない。しかし、校庭にはもう金属反応がないはずだった。

「バカな……、何が爆発した?」

突然のことに驚愕する響だったが、逃げ回る児童の足元で次々と爆発が起きる。これは既に異変ありと判断し、イヤリングに触れる。すると勾玉が青白く光り、妙蓮寺の声が頭に響いた。

『おお、こっちで連絡してきたということは、電波が通じない場所……則ち異界に入ったか?」

「いえ、校舎にすら入ってません。ですが、校庭で謎の爆発が次々と、金属反応が無いから地雷でもないはずなのに……」

地雷は無いが爆発は起きる。これはどういうことなのか。

「いや……機能オフ、普通に見る……!」

地雷とは金属、その固定観念を取り払って響は対応する。純粋に義眼の視力で校庭を観察すると、地中の浅い場所に何かが蠢いている。

「データベース照合開始……これは?」

 調べたところ、これまでに戦ったエネミーとは一致しないものの数種類の『オケラ』と戦地でよく用いられるタイプの『地雷』が候補に上がった。シルエットを解析すると、オケラが地雷を背負った様な生き物であった。また、爆発と同時に胞子の様なものが散らばっていることも判明する。

「僕はフィルターで大丈夫だけど……なるべく早く助けなきゃ」

『この異様……魍魎の類か? 随分と独創的な姿じゃな』

 響が運動場に残された子供達の救助に向かおうとした瞬間、誰かがこちらへ走ってくる音が聞こえた。

「はぁ、はぁ……」

「君は……!」

 走って運動場に来たのは、先ほど助けた退魔師の少女であった。僅か数分見ない間に傷だらけとなっており、出血する脇腹を抑えている。

「た、助け……」

「何があったんですか?」

 そのただならぬ様子に一回まずは彼女を何とかしようと響はそちらを見た。が、その途端、何か飛来した物が少女の頭に直撃し、彼女を打倒す。

「がっ……」

「何? 石?」

 響には飛んできた方向も物体も分かった。それは何の変哲も無い、そこらに落ちていそうな石であった。飛んできた方を見たが、そうしている間に投げた犯人と思われる存在は倒れた少女のところへ着地していた。

「こいつ……」

 大柄なそれは、片手に掴んだ物体で少女の頭を何度も打ち据える。

「や、やめっ……ぐ、ぎゃ……いや、助け……」

 一撃で気を失えなかった少女は腕で頭を守ろうとする。しかし敵の怪力には敵わず、腕をへし折られ頭に直撃を受けもがく声は弱くなっていく。

「ぐひっ……!」

 半ば、空気が漏れる音ともいえるそれが彼女の断末魔であった。先ほどまで動いていた身体は痙攣するのみで、頭から吹き出した血がアスファルトを汚す。

敵の姿を響が確認すると、大柄な男と思わしきそれはズタ袋を頭に被り、黒い厚手のコートを着込んでいる。そのコートの上からでも分かる程度には筋肉隆々で、人間ではとても敵わないと見えた。

「なんだ……こいつ……」

 手に持っていたのは、大柄な敵でさえ一抱えあるほどの岩石であった。それを片手で掴んでおり、腰のベルトには無数の石が詰まっていると思われる袋が下げてある。

敵は猛獣の様な雄たけびを上げる。どうやら響に狙いを付けた様だ。

「ゆいさん、式神で子供達の救助を! こいつは僕がやる!」

『任されよ!』

 響がポケットからいくつかのプラモデルを取り出す。ロボットのプラモデルにはお札の様なものが貼られており、浮遊しながら運動場で倒れる子供達の下へ向かった。響はフォトンサーベルを手に、謎の敵と対峙する。黒いコートの端には黒い糸で名前が刺繍されており、響の義眼はそれを捉えることが出来た。

「『executioner』……処刑人か。石打刑とはまたレトロな……」

 処刑人を名乗る怪物は、響に向かって石を投げてくる。メジャーリーガーもびっくりなその速度、義眼の動体視力でさえ、投げた瞬間に自分の目の前へ現れて見えるほどだ。スピードガンでの測定はおよそ時速200キロ。

「ごつごつの石でよくも正確に飛ばす……!」

 野球の公式ボールと異なり、一つ一つが異なる歪な形状をしている石をここまで速く、性格に飛ばすのは人間技と思えない。響は最小の動きで回避しながら、相手の出方を伺う。敵が未知というだけではなく、ゆいの式神が子供達を救助するのを待つ必要があった。

「とりあえず、刃が通るか試す!」

 敵は全身を布に覆われている。これがただの地球上に存在する繊維ならば、フォトンサーベルで切れるはずだ。問題は中身。とにかく攻撃してみないことには分からない。

 響は投げられる石をサーベルで弾きながら、処刑人に接近した。狙いは腰の袋。飛び道具を取り上げたい。脇腹の肉ごと抉り取るつもりで突きを放った。

「入ったか?」

 手に触覚を持たない彼には手ごたえが分からない。だが、確かにサーベルがコートを焼く匂いは感じられた。石の袋は落ちたが、サーベルの刃は処刑人の肉を削ぐまでに至らなかった。コートの下に広がる毛皮、それに阻まれて傷を与えられない。

「やはり人間ではないか……」

 処刑人は普通の人間ではない。一旦距離を取るため、響はバックステップで後ろへ下がる。フォトンサーベルによる攻撃は通用しない。処刑人は掴んだ石で響に殴りかかる。当然、投石よりも遅い攻撃など回避は容易。彼はこの攻撃を避けると同時に、カウンターで処刑人の顔面に拳を叩き込む。強化人間の腕力で撃ち込まれる、鋼鉄の拳で顎を揺らされ。処刑人は膝を付く。

 嫌な音がした辺り、顎は揺らされたどころか歯を砕かれて関節も外れただろう。いかに屈強とはいえ、ここを攻撃されればひとたまりもない。

 響は攻撃の手を緩めない。右足を振り上げ、処刑人の顎を蹴り抜いた。

「はっ!」

 その勢いのままバク転し、左足のつま先も顎に連続して当てる。着地すると同時に膝を屈め、反動を抑える力を貯めてからバネの様に解放し、響は処刑人へ飛び掛かった。

「これで!」

 金属の膝が顔面へ突き刺さる。処刑人は大きく後ろへ倒れると、響の身体もそれに追随して下へ落ちていく。自重で地面へ落ちる力さえ無駄にせず、彼は肘鉄を処刑人の顔へ叩き込んだ。

「っと……」

 地面に落ちると、響は転がって距離を取り、立ち上がる。どの格闘技にも属さない無形の喧嘩殺法だが、人智を超えた身体能力で金属の身体をぶつけること自体が凶器となる為、彼には技術が必要無い。

「響! 童らは助け出した!」

「了解!」

 ゆいの言葉で、響は突然地雷だらけの運動場へ飛び込んだ。二人は今の会話で、響が何を考えておりその為にゆいが何をすべきなのか、その全てを疎通していた。

「こっちだ!」

 響の誘導で処刑人も運動場へ向かう。だが、ちゃんと地雷が見えている彼と違い、処刑人は地雷を踏んで爆発に巻き込まれてしまう。

 身体が丈夫なのか足は飛ばなかったが、ダメージでふらついている。その千鳥足がさらに地雷を踏み、連鎖的に爆発が起きる。

謎の罠で敵を倒す。これが響の狙いだった。処刑人は倒れ、動かなくなる。当面の恐怖は去ることとなった。

「これは……?」

 化け物は倒れると同時に、写真を落とした。今時珍しいフィルム現像ながら非常に鮮明だ。それを響が拾うと、ある光景が写っていることに気づく。

「この写真……」

 周囲を取り囲む子供達。中には、この校庭で足を吹っ飛ばされた子もいた。誰かの目線から撮っているらしいが、これはどこの写真なのか。

「場所からして、あのジャングルジムからか?」

 背景を照らし合わせ、この写真がジャングルジムを背にして撮られたものであると響は推測する。

「ジャングルジム……確か陽歌くんの腕は……」

 彼は陽歌が腕を失った原因を思い出す。だが、まさか関係があるとも思えず響は写真を持って校庭を出た。

 

「もしもし、救急車お願いします」

 響は子供達の応急措置をしながら、スマホで救急車を手配した。出血が酷くないので傷口を適当な布で塞ぐだけだが、意識を失えないのは不幸であった。

「場所は第三小学校で……もしもし? もしもし!」

 手際よく連絡をしていた響だが、場所を言っただけで電話を切られてしまい動揺する。

「……いや、とりあえず警察を呼んで死体をどうにかしよう」

 処刑人に殺された退魔師の死体をどうにかするため、響は一旦警察を呼ぶことにした。

「もしもし、警察ですか? 今第三小学校で……」

 しかし、警察も場所を伝えた途端電話を切ってしまう。一体どうなっているのか。この街は児相どころか消防や警察も動かないというのか。

「いや、何かの間違いだ……。固定電話なら……」

 響は携帯での悪戯が多くてこんな対応なのかと仮説を立て、固定電話での通報を試みる。本来、こんな常識外れの事態に固定電話も携帯電話もあったものではないが、とにかく負傷した子供を助けるために救急車だけでも呼ばないといけない。

「職員室ならあるはず」

 そこで響は職員室へ向かった。ああいう事務的な空間には、まだ固定電話が残っているものだ。人がいるなら、ついでに通報を頼めば多少マシになるかもしれない。

「ここか」

 職員室は来客用の玄関があり、直接乗り込めた。招かれざる客である響は靴を脱ぐとスリッパも履かず、職員室へ踏み込んだ。ことは急を要する。礼無礼を語る状態にない。

「すみません! けが人がいるんです! 救急車を呼んでもらえませんか?」

 動揺こそすれ微塵も焦ってはいない響だったが、切迫した様に叫ぶ。中には休日当番の教師が一人いるだけであるが、本来職員室からすべきでない匂いが立ち込めていた。

(タバコ? それにアルコール臭……)

 一人の男性教諭が、机に脚を乗せて大量の長い空き缶を散らばし、タバコをふかしていた。タバコはカートンが置かれており、缶は安く酔えるストロング系チューハイのものだ。週末とはいえ仕事中。子供の手本たる教師、というより一般的な社会人としてあるまじき状態である。

「ああん? なんだお前は!」

 響の養子が女子高生だからか、教師は威圧的な態度を取る。その顔に、彼は見覚えがあった。

(こいつ、陽歌くんの担任か?)

 四年に渡り、陽歌の担任をしていた教師であることに響は気づいた。これだけ堕落し切ってもすぐわかるということは、こんな有様でも見違えない程度に初めから落ちぶれていたということだろう。

「すみません、スマホの状態がよくないみたいで……酷い怪我人がたくさん出たのですぐに救急車を手配してもらえますか? どうやら付近で事故があったみたいで」

 この男は相手が弱いと見えればすぐつけあがるタイプだ、と考えて響は毅然と対処した。校庭の地雷で足が吹き飛んだ、などとても信じられないことは言わず、信じられる程度の怪我に改変しつつ状況を伝える。

「事故だぁ? 俺は知らねぇよ! 出ていけ!」

 しかしこの教師は全く応じる気配が無い。自分の学校のことではないから知ったこっちゃないということなのか。吐く嘘を間違えた、と響は思ったが、そもそも助けを求めているのに面と向かって拒否ること自体おかしいのだ。

「この学校、どんな理由か知らないですけど校庭を封鎖してましたよね? そこで事故があったんです」

 休日にここにいるということは、この男に監督責任があると踏んで学校内の事故という事実を付け足す。それも事故があって封鎖していた場所で、と。流石に、というよりこの手のタイプは保身となれば必死だろうからこれで動かせると響は踏んだ。

「変な爆発か? そんなもんは知らん! 俺に言うな!」

 教師は机に散らばった空き缶を腕で薙ぎ払い、床に叩き落とすとキャンキャン吼える。弱い犬はよく吠えるとはよく言ったものだ。大げさな動きと音で自分を実際よりも大きく見せようと必死である。

 仕方ない、固定電話だけ使うか。響が諦めて動こうとした時、職員室に夫婦が入ってきた。かなり必死な様子だ。

「先生! うちの子をいいかげん助けてください!」

「救急車か医者を呼んでください!」

 その訴えに、教師は空き缶を投げて苛立ちながら叫んだ。

「いい加減にしろ! どいつもこいつも面倒を俺に押し付けやがって! 知らんったら知らん!」

「そんな! あなた担任じゃないんですか!」

「うるさい! 俺がこんな偏差値の低い学校の教師で収まる器だと思っているのか! それなのに嫉妬で追い出しやがって低学歴共が! 挙句こんな場所で面倒なガキのお守りだ! 飲まずにやってられるか!」

 言葉からしてかなり傲慢な人物なので、ここに左遷されたのも頷ける。ともあれ、他に人がいたのは幸いだ。

「もしかして、校庭で遊んでいた子のご両親ですか?」

 響はとりあえず、その夫婦に話を聞いた。

「違います!」

「娘は一週間前に学校で体調を崩してから、様子がおかしいんです!」

 彼らの話によれば、あの子供達とは別にマズイ状況の子供がいるらしい。あの中に女の子はいなかった。

「一週間前? それならとっくに病院に……」

 だが、そんな状況が一週間も前となれば当然病院送りのはずだ。なぜ今学校にこの二人は来ているのか。白血病で、この教師の骨髄がちょうど移植できるとかそういう話なのだろうか。

「病院に行けないから行っているんです!」

「救急車も来てくれない! どうすればいいんだ!」

 が、なんと病院に行けていないというのだ。救急車が来ないなら自分で運ぶしかないが、一週間もそれをしていないのも不自然だ。響もこのまま救急車が来ないなら自分の車で運ぼうと考えていたが、全員を乗せる余裕も無ければ学生服で運転しているのが見つかると後で面倒なことになるなと思っていた。

 一応彼の実年齢は三十代で、免許も国籍も正式に持っており、車の所有権は響の物で車検もクリア、彼名義で自賠責はもちろん任意保険にも入っているので法的に何も問題はないのだが、その説明がクソ面倒臭い。

「娘さんは今どこに?」

「この学校の保健室です!」

「保健室か、使えそうなものがあるな……」

 保健室と聞き、響は何か治療に役立つものがあると思っていくことにした。もちろん、教師も連れてである。

「では早速行きましょう。救急車が来ないならもう自分で行くしかありませんね。あなた方は二人共運転出来ますか? これから車だけパクって三人で三台出せば全員運べるはずです」

 夫婦が二人共免許さえ持っていれば、学校に来ただろう彼らの車、この教師の車、そして響のシボレーで傷病者を全員搬送できるはずだ。そうでなければその辺の車を無理矢理止めて、事情を話して使わせてもらうまで。

「それで何とかなったらもうやってます!」

「私達で何ともならないから頼んでいるんです!」

 しかし夫婦の反応は芳しくない。確かに、自分達で運べるのならもう一週間も前となればやってそうだ。もしや、解放骨折や頭部の負傷など下手に動かせない状況なのだろうか。

「ま、何はともあれまずは保健室です。ここに行かないとどうにもならないので」

 響は嫌がる教師の首根っこを掴んで引きずっていく。こいつには一応、責任を取らせないといけない上、道中に聞きたいこともある。

「ところであなた、浅野陽歌くんを四年間担任していたそうですね」

「あのガキがどうした!」

 言質を取る為に響はレコーダーを起動していた。裁判での証拠に使えるように、古い方のICレコーダーを用いる。義眼のスクショや録音もあるのだが、人型労働ロボット、ヒューマギアの録画機能などを証拠として裁判官が認めたがらない傾向にあるのでそれ対策である。逆にそういう最新テクノロジーで採取された証拠はやれ偽造だ盗撮盗聴だといちゃもんを付けられ易い。

「クラス内でのいじめには気づいていましたか?」

「ああん? お前に何の関係があるんだよ!」

「いえ、実は彼を保護した人からの依頼で、虐待の証拠集めを、と」

 敢えて目的を隠さず、正直に話す。この手の屑は保身に走ってボロを出すはずだ。一種の牽制である。

「何か文句あんのか! クラスに一人はそういう奴がいるもんだろうが!」

「つまり、いじめを把握しながら黙認していたと?」

 しかしまさかの開き直りである。相手が高校生で探偵ごっこをしている、程度にしか思っていないからだろう。

「お前らガキには分からんだろうけどな、大人の世界ってのはそういうもんなんだよ! ただでさえピアノが出来る奴、足が速い奴をバランスよく入れなきゃいけないってのにあのガキは! どこに入れても問題になりやがる! ジジイ共が俺に押し付けたんだよあの面倒なガキを!」

「でもさすがに両親から苦情出るでしょ」

 響は更なる証拠を吐き出させるために、思ってもいないことをいう。ここで苦情を言う両親なら、陽歌は今の状態になっていない。

「なんも言わん親だから面倒が無くて助かったぜ! それどころか毎日の様に新しい痣付けて来やがって……教育委員会からいつ虐待を調べろって面倒言われるかヒヤヒヤだったぞ!」

「ふーん……」

 話ながら進んでいると、異臭が辺りに漂ってくる。腐乱臭なら死体遺棄なり硫化水素なり事件性も考えられたが、どうも違う。

「ま、待て! そっちは行きたくない! 行きたくない!」

 じたばたと教師が暴れ始める。しかし保健室はこの方向だ。異臭は糞便の匂いと酸っぱい匂いが混ざっている。一体どんな惨事がこの先で起きているのか。

(どの匂いも新しいな……こうなると逆に鉄の匂い……血の匂いがしないのが気になるが……)

 とりあえず気分のいいものではないことが予想される。教師にはこれを見せて、しばらく禁酒を促すのがいいと響は考えて先に進む。

「やめろー! やめろー!」

「多少は灸を据えた方が良さそうですね。さて、この匂いより先に保健室ですが……」

 響は進む度に違和感を覚えた。明らかに、この悪臭は保健室からしている。堆肥でも作っている様なこの匂いが、保健室からするものなのだろうか。

「そこは開けるな! 絶対開けるな!」

 涙を流しながら首を横に振り、手足をじたばたさせる教師を掴んだまま響は扉を開けようとする。

「カリギュラ効果って、知ってるぅ?」

 しかし、扉は堅く閉ざされており、全く動かない。

「あれ?」

 よく扉を見ると、茶色やら黄色やらの液体が隙間から染み出しているではないか。これが悪臭の元だ。扉は内側から何かに圧迫されており、ちょうど浸水で扉が開かなくなるような感じで封じられていた。

「しょうがないな……」

 響は雑に扉を蹴り破る。が、その瞬間、中に溜まっていたものが廊下にあふれ出してきた。

「あぶな!」

「うぼぁ!」

 瞬時に避けた響だったが、教師は置いてけぼり。中から溢れたのは大量の下痢便や吐瀉物である。

「は?」

 おぞましい、などと考えるより先に彼の頭にはハテナマークが浮かぶ。一体何がどうなったら小学校の保健室がバキュームカーのタンクより酷い有様になってしまうのか。

「ウジまで湧いてる……」

 加えて、それらには手の平ほどもあるウジ虫が湧いていた。排泄物に分解者である蠅の幼虫が集ることは珍しくないが、そのサイズはおかしい。それに、成虫が一匹も見当たらないのも不自然だ。

「おががぎゃぁああん……」

 中からうめき声と共に、何かが這い出てくる。海外のドキュメンタリーにで出来そうな、百キロ越えの肥満体を思わせる肉の塊。髪は女の子らしくひっつめており、子供服の残骸が首元に残っている。

「う、うぼぉ……!」

 その太った何かは、口から滝の様に吐瀉物を溢れさせた。その中には、既に小さいながらウジが沸いている。

「ぉぉぉぉぉ……」

 加えて、絶えず下痢もしているらしい。これが、あの夫婦の娘なのか。

「だから言ったんだ!」

「これが噂の奇病……?」

 汚物まみれになって泣き叫ぶ教師をよそに、響は奇病の噂もあったことを思い出していた。

「怪物騒ぎに奇病……まるでラクーンの前兆みたいじゃないか」

 世界一有名な生物災害の起きた都市、ラクーンシティでは災害の数か月前から人喰い病や化け物の目撃情報があったと言われており、その調査に向かった特殊部隊が壊滅している。響はその事件があった時にこの世界に来ていなかったので詳しくは知らないが、近年でもトールオークスやテラグリジアで生物災害が発生していることもあり、警戒はしなければならない。

「ら、ラクーン? バイオハザード? ひ、ひぃ!」

 教師も一応勉強だけは出来るのか、ラクーンシティの事件を知っていた。もしこれが呪術関係の事件ではなく、この奇病が新種のウィルスによるもの、怪物が偶発的に生み出されたイレギュラーミュータントなら、取るべき対策も変わってくる。

「参ったな……呪術事件だと思ったらバイオハザード? いや、でも確かにこの土地の呪いの力は高まっている……まさか同時発生するのか?」

 響は今後の対応を考えあぐねて呟く。バイオハザードなら早めにBSAAなど専門家を呼ぶべきだが、呪術事件だった場合、魑魅魍魎への対策をしていない彼らがぶつかると被害が拡大する。

「サンプルを集めよう。他に似た様な症状の子は……」

 響は教師に尋ねたが、彼は混乱して逃げ出してしまった。

「ひぃいぃ! 移った! 感染したぁああ!」

 一体この街で何が起きているのか、響の探索は始まったばかりだ。

 




 魍魎図鑑
 魍魎は異界を生み出した人間のイメージから生まれる。一度生み出された魍魎は、他の異界にも出現することがあるらしい。この異界の創造主は浅野陽歌。つまり、彼のイメージが大きく影響している。

 オオムカデ
 ただ大きいだけのムカデ。鉱山の守り神であるムカデが力を付けた、異界の番人である。ただしデカイだけのムカデとはいえ、昆虫が人間サイズになった時の脅威は言わずもがな。

 オケラマイン
 踏むと爆発するオケラ。破片で負傷させるタイプの爆弾であるなど地味にリアリティがある。金属ではないので探知が困難。なぜ外国の罪もない子が地雷に脅え、自分を痛めつける連中がのうのうと走り回っているのか、という無意識の憎悪が生み出した。

 処刑人
 処刑人であることだけが確かな存在。強力な力を持つことから、陽歌にとって重要な意味がある存在なのだろう。石打刑がモチーフとかなり渋いチョイス。そのズタ袋の下にどんな素顔を隠しているのか。


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☆EP1 新世界へダイブせよ!

 ガンプラネクサスオンライン

 ガンプラをスキャンしてバトルするオンラインゲーム。ダイブという他に無い特徴からガンプラを使わない層がコミニュケーションツールとして利用している。ダイバーギアを購入することでアカウントを作ることが可能で、所謂パッケージソフトなのだがゲーム内課金もある。
 ゲームセンターやガンダムベースなどでプレイが可能だが、筐体を購入すれば自宅でも遊べる。
 ガンダムビルドダイバーズシリーズというGBNをテーマにしたメディアミックスの作品群がある。


ホビーの街、静岡。その中心である静岡駅前にはガンプラ専門店、ガンダムベース静岡があり、象徴として実物大のΞガンダムが立っている。駅からバスに数分乗ると、大きな病院が存在する。

「やっぱこういう病院だと人が多いなぁ」

地元の開業医でも場所によっては大概だが、大病院となると満遍なく患者が押し寄せる。人々の波を見ながら、金髪をサイドテールに揺った女性が院内へ歩を進める。

白の薄いブラウスを纏っており、そのせいか豊満なボディラインが浮き出ている。緑の瞳も妖艶に輝いており、道行く人の目を奪う。

「でもなんか無性にワクワクするよね、こういう行き慣れてないところ!」

だが、口を開けば中身の幼さというか残念さが露になる。そんな彼女の袖を摘まんで引っ付いている小柄な人物がいた。病人なのか、パジャマの上からパーカーを着込み、フードを目深に被っていた。

「……お世話かけます、ミリアさん」

その人物はか細い声を出す。ミリアと呼ばれた美女はミステリアスな外見とは裏腹に、おおらかに笑ってみせた。

「いやー、子供が一人で通院なんてしないでしょ。大人が付いていてあげるのは当たり前だよ。私いつも暇だし」

二人は目的の場所に向かって歩いていく。ミリアの袖を掴んでいる指は肉体のそれではなく、球体関節人形の様な黒い義手であった。

向かったのは意外にも小児科ではなくリハビリテーション科のスペース。受付のスタッフはミリアを見るなり、事情を察して待ち時間無しで診察室に通す。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

複数の診察室があり、それぞれ担当医の名前が書かれたプレートを付けられているのだが、二人が連れていかれた場所はそのプレートがない。中へ入ると、パソコンが置かれた机に椅子、ベッドと一般的な診察室であったが似つかわしくない存在が一つだけあった。

「よくおいで下さった。頑張ったね」

それは、医師であった。十代前半くらいであろう少年が白衣を着て椅子に座っている。首にかけた名札には『院長 松永順』と書かれている。

「え? 子供?」

ミリアは当然の如く驚く。少年、松永順もこの反応には慣れているらしく、特に不快そうな表情も見せない。

「おや、ぼくが診察する事は言ってなかったかな?」

「いや、子供に見える大人? コナン?」

完全に事情を知らない様子のミリアだったが、説明が面倒なのか早く本題に入りたいのか順はカルテを取り出す。

カルテには『浅野陽歌』という名前と彼の年齢、男であるという情報等々が記されている。

「今時は動画チャットでの診察も可能だというのに、敢えて来院してくれたことに感謝するよ。そしてその努力に敬意を表しよう」

「いえ、僕は……」

順はミリアの後ろにいる陽歌なる少年へ語りかける。彼は首を横に振って否定するが、あることに気づいてフードを脱ぐ。

「失礼しました……、こういうのはお部屋では脱がないと……」

「君が楽な方で構わないよ」

順が年齢はともかく、患者に寄り添う姿勢を示す優れた医者であることは疑い様もない事実であった。

フードを脱ぐと、陽歌の素顔が明らかになる。サラサラしたキャラメル色の髪をボブカットにし、困った様に視線を泳がせるその表情はまるで少女のものであった。何かを言いたげに動く、淡く色づいた唇は薄く儚げで、大きく見開いた瞳は不安に揺れる。その宝石の様な瞳は右が桜色、左が空色のヘテロクロミアであった。

すぐにかき消える空想の様な、弱々しく抱き締めて守りたくなる様な愛らしい印象を与える陽歌。だがその悲しげな表情と右目の泣き黒子からは歳不相応な色香さえ感じる。

ミリアと並んでも、美人姉妹として違和感無く馴染む。

そんな麗しい少年を前に、順は動じることなく話をする。彼もかなりの美形だ。

「まぁ座って」

ミリアの後ろに引っ付くことを想定していたかの様に、椅子が二つ配置されていた。二人はそこに座る。

「この前の検査の結果、遺伝子の特異性から心配していた諸々は無かったから安心して。とはいえ今主流の再生治療が受けられないのが一番の痛手か……。臓器は人工臓器のオプティマとか再生治療と遜色ないものがあるけど、義肢ばかりはな……」

陽歌の両腕は上腕の上半分から下が全て義手である。精密なので人体と変わらず動かすことが出来るが、見た目の問題や触覚が無いことなど問題も多い。

「成長期の栄養失調は身体面、知能面での発達に影響するからこの段階で保護出来たのはよかったよ。とりあえず、リハビリについて計画を立ててある」

順は陽歌の抱えた問題を解決するため、プログラムを設定してあった。陽歌は訳あって、偶然ミリア達の組織に保護されてそのまま治療を受けていた。

両親から虐待を受け、突出した外見と虐待が原因のみすぼらしさや著しい能力の低さのせいで周囲から迫害され続けた彼は、極度の対人恐怖症に陥ってしまった。両腕を失ったのも、そうした周りからの暴力が理由であった。

「君達はガンプラバトルネクサスオンラインを知っているかね?」

「あー、あれね」

 順はミリア達にGBNと呼ばれるオンラインゲームの話をする。ガンプラを用いたゲームではあるが、五感全てで没入できるVRゲームでもあるため、ガンプラバトルをしない層がコミュニティとして活用することも少なくない。

「その技術を医療に活かそうと、運営企業と共同でうちの病院が専用のディメンションを持っているんだ。まずはそこで、コミュニケーションを取る練習をしたり、大掛かりなセラピーを行ったりしようと思ってね」

 対人恐怖症を克服、そうでなくとも一般生活が可能な程度に緩和する為にはリハビリが必要だ。そこでまずは仮装空間で練習しようというわけである。GBNなら利用者、ダイバーの姿は自由にできるため、根本の原因となった髪色や瞳、義手などを取り除いた状態でスタート出来る。コンプレックスを超えて直接的な危険の原因だったものを排除して、自信を取り戻す作戦だ。

「準備はしてあるよ。では、早速始めようか」

 順はミリアと陽歌をある部屋へ案内する。奥の部屋には机とある機械が二つ並べられている。機械はパソコンに繋がっており、二つのスティックコントローラーとバイザーのセットであった。

「久しぶり。元気にしてた?」

「……はい」

 そこに白いナース服を着た黒髪の女性がいた。ナース服、とはいえよく連想されるミニのタイトスカートにキャップではなく、白いパンツスタイルである。現代はまぁこんなものだ。

陽歌は少しだけミリアの後ろから出てくる。彼女は山城詩乃。この病院のケアスタッフである。陽歌の担当になっているが、まだあまり心を開いてもらえない。

「これがGBNに入る機械なのね」

 ミリアはGBNを知ってはいたが、家庭用の筐体は初めて見る。基本はゲームセンターやガンダムベースにある座席を借りてプレイするものだが、一般的な家庭用ゲーム機くらいのお金を出せば家でプレイする為の機器が買える。ほぼGBN専用機なので高い買い物だが、これがもたらすゲーム体験に比べれば安い買い物だ。

「ガンプラは無くてもプレイできるけど、持ってるなら使うといいよ」

 片方の機械の前に詩乃が座り、ディスプレイの上にピンクのロボットを乗せる。これが彼女のガンプラだ。そしてバイザーを付けて、起動準備をした。陽歌も順に説明を受けながら起動していく。

「アースリィガンダムかー、いいわね」

 陽歌がセットしたのは青基調のガンダム、アースリィガンダム。最新作の主役機である。

「大変だったんじゃない? よく出来てるね」

 順はプラモの出来栄えを見る。説明書通りに作ってあるだけだが、義手というハンデを抱えながら丁寧に作ってある。義手は精巧に生身を再現している様に見えるが、触覚が存在しない。そのため、生活する分には困らないが手先を使う作業は苦労する。

「よし、それじゃあ初ダイブ行ってみよう!」

 そんなこんなでGBNへのダイブが始まった。

 

   @

 

 諸々の手続きを終え、陽歌はGBNへ降り立った。服装は初期に配布されるシンプルな長ズボンにTシャツ。ダイバーとして外見は大きく変えていないが、髪色と瞳色を両方黒にした。

 最初に出て来たのは、森の中であった。あちこちにログハウスがあり、山の中に出来たキャンプ場といった趣であった。ガンダム、及びガンプラのゲームとしては馴染まないイメージだ。

「おーい、ここここ」

 既に沢山の人がいるこの広場で、彼を呼ぶ人物がいた。もちろん、一緒にダイブした詩乃だ。

「おー、そうしたんだ」

 既にアカウントもダイバールックも定まっている詩乃はこの広場で陽歌を待っていた。ピンクの髪にメカニックの様なツナギ姿であるが、顔が大きく変わっていないのと胸に病院で使っているものと同じ名札が付いているので判別できる。

「はい……変かな……?」

「似合ってるよ。私は現実のも好きだけどね」

 陽歌は照れ臭そうに頭を搔く。詩乃は現実の彼を否定しない様に注意深く返す。ゲームキャラにしては地味な纏まりをしているこのダイバールックは、現実の自分が嫌いで、所謂『普通の人』になりたいという願望の現れであった。

「あ……」

 頭を搔く、という何気ない動作をして陽歌は固まる。その手は現実のそれと異なり、生身のもので触覚も存在する。それが、随分久しぶりの感覚であったのか、彼は自分を手を見つめて目を丸くする。

「……」

 そして、唐突に大粒の涙を流す。髪や目の色より、腕の有無が彼にとって大きなものなのだ。

 周囲にいる人々は遠巻きにそれを見て、自分が初めてGBNにログインした時のことを思い出していた。この医療用ディメンジョン『アスクレピオス』は病気で寝たきりなど、現実では行動に制限が掛かる人へGBNのシステムを用いて自由に動ける空間を提供することが目的である。所謂クオリティオブライフを上げることで、活気を与え健康への好影響を狙った計画である。

 ここにいる人達は皆、多くは現実で制限を受ける人ばかり。日本全国から患者達がログインしている。

 

「もちろんガンプラバトルも出来るよ。まぁ、ゲームの都合別のディメンジョンへ行かないといけないけど……」

 詩乃はガンプラバトルの説明をする。ディメンジョンというのはオンラインゲームでいうサーバーの様なもので、このアスクレピオスは一つ丸々が医療用コミュニティとして提供されている。

「まずはミッションを受けよう。ここでやってくれるよ」

 一応、ミッション自体の手続きはここで出来る。ログハウスの一つにミッションカウンターがあり、中に入るとNPD、ノンプレイヤーダイバーが受付で待っている。その前に展開されているウインドウを操作してミッションを受ける様だ。

「まずはチュートリアルだね。私も手伝うから安心して」

 最初に受けるべきミッションは用意されており、初心者でも安心して機体の操作に慣れることが出来る。『ガンプラ大地に立つ!』というミッションを陽歌が受領し、詩乃の指示通り彼女をパーティーに加える。

「では、あちらのトランスポーターから格納庫に移動してください」

 受付のNPDに言われた通り、ログハウスの奥にあるエレベーターらしきものに乗って格納庫を目指す。木造の建物にいきなり現代的なエレベーターがあるので違和感がつよつよだが、乗ってみるとボタンもなく扉が閉まって数秒で格納庫に辿り着く。現実のエレベーターにある上下する際のふわっと感も無い。

「ここが格納庫……」

 格納庫にはスキャンしたガンプラが実物大のスケールで配備されており、見上げる様な大きさとなっている。それを真下から見るものだから迫力が段違いである。

「うーん、何度見てもここは壮観ね」

「これが、僕のアースリィ……」

 陽歌は自分の作り上げたガンプラを見上げる。さすがにサイズアップされると些細な切り残しなどの荒が目立つが、それ以上の感動がある。とはいえ、自分の腕が戻るという最大の感動を味わってしまったのでこれ以上はしばらく感じないだろう。

「よーし、早速ミッションへ行こう!」

「はい!」

 二人は機体の足元にある丸い光の輪に乗る。すると、周囲が緑色の壁で囲まれた空間へ飛ばされる。空間にはレバーが二本あり、モニターから外の風景が見える。陽歌のモニターにはアースリィの目から格納庫を眺めた様な風景が映されていた。

「こっちだよ。付いてきてね」

「はい」

 モニターが一つ増え、そこに詩乃の顔が映し出される。彼女の後を追う様に陽歌は機体を動かす。初心者向けに、移動の仕方がモニターに表示されるのでそれを頼りに彼女の流星号へついていく。歩いた先にはカタパルトがあり、それに足を乗せると詩乃は発進コールをして射出される。

「山城詩乃、流星号! 行くぜオラーッ!」

 急にテンションをぶち上げて発射される詩乃に動揺しつつ、陽歌もアースリィの足をカタパルトに乗せる。

「あ、浅野陽歌! アースリィガンダム! 行きます!」

 カタパルトで発射され、陽歌とアースリィは飛ばされる。さっきまで地上にいたのに、山の中から出撃しているではないか。

「おー……」

 モニターから見える景色に陽歌が見とれていると、アースリィの高度が落ちていく。モニターには高度の調節方法が映っている。

「おっと、うわ!」

 高度の維持に手間取る。一気に上げると飛び過ぎて、放置すると沈んでしまう。これがなかなか難しい。画面に表示される方向へ進むと、空間に窓らしきものが浮かんでいる。英語で書かれているが、違うディメンション、サーバーへ移動するものらしいことが彼にも分かった。実は英語が出来るという知られざる特技が陽歌にはある。

「おお……」

 窓に詩乃の流星号と共に飛び込んだ陽歌は、広がるサイバーなトンネルに息を飲んだ。トンネルを抜けると、景色が一気に変わる。空にも町が広がり、地面に窓が付いた様な場所。ここは宇宙に浮かぶスペースコロニー、サイド7だ。

 

   @

 

 ガンプラ大地に立つ!

 エリア:スペースコロニー サイド7

 目標:課題をクリアしろ!

 君達の実力を改めて試験する為、訓練プログラムの内容を確認する為に、モビルスーツの基本操作の訓練を受けてもらいたい。簡単な内容であるが、基礎は重要であるからこれを機に再度操縦方法を確認するといいだろう。

 

   @

 

『mission start!』

 コロニーの地面へ降りると、ミッション開始を知らせるアラームが鳴る。ミッションの目標が表示され、それに従っていくとミッションを達成できるという仕組みだ。トレーラーの上に、矢印が浮かんでいる。まずは移動の練習だ。

「よし……」

 それに従い、陽歌はアースリィを歩かせる。トレーラーに乗ると、次のトレーラーの位置が表示され、それを繰り返す。歩くだけでは辿り着かない、ジャンプも駆使するコースが続く。歩行訓練が一通り終わると、今度は空中に大きな風船が浮かぶ。次は飛行の訓練だ。

「よっと……」

 アースリィを飛ばし、風船に触れる。ガンプラが触れると風船は破裂し、モニターにあるカウントが減っていく。全ての風船を割ると、次は地上に初代ガンダムの残骸と思わしきガラクタが現れる。

「今度は攻撃か……」

 いよいよ攻撃訓練である。射撃はモニターの枠にターゲットを収めると自動でロックしてくれ、ダイバーは引き金を引くだけでいい。所謂火器管制というやつだ。

「よし」

 棒立ちのまま、とりあえずビームライフルを放つ陽歌。これは初代ガンダム序盤の、積み込めないガンダムの部品をスーパーナパームで焼却する場面のオマージュなのだが詳しくない彼は気づかない。

「ビームサーベルも!」

 ついでと言わんばかりにビームサーベルでの試し斬りもやっていく。ピンク色のサーベルはパーツを的確に切り裂いていった。

「マニュアルモード……、こういうのもあるんだ……」

 レバーのボタン操作で、標準を火器管制による自動ではなく、手動で狙いが付けられる様にもなる。アースリィはビームライフルの他に頭部バルカンも持っており、どちらもマニュアル制御が有効だ。

「こう……かな?」

 マニュアルで狙いを付け、的を落とす陽歌。今は棒立ちなので問題ないが、動きながらだと忙しいだろう。とはいえ、撃ってはいけないものがある時なんかは役立ちそうだ。

『ターゲットクリア』

 課された課題を一通り熟し、訓練は終了する。陽歌が一息付いていると、サイレンの様なものがコクピット内に響き渡る。

「な、何?」

「ここからが本番だね」

 詩乃の流星号は腰につけていたパルチザンを抜いて構える。コロニーの彼方から、三機のモビルスーツが飛んできた。ザク……ではなくリーオーNPD。このGBNの各所で見かけるCPU機体だ。今回は敵としての参戦である。武器はマシンガンのみとシンプル。

『緊急司令! 敵機体を撃破しろ!』

「よーし……」

 陽歌は敵に向けてライフルを構える。ただし、訓練の的とは違って動くため、カメラに収め続けないといけない。

「そこ!」

 ロックが赤くなったのを確認し、陽歌は引き金を引く。ビームは直撃したが、リーオーは一撃で倒れない。

「な……!」

 アニメの印象ではビーム攻撃を受けること即ち死であるため、陽歌は動揺する。敵のリーオーがマシンガンを放ってくる。

「気を付けて! ビームでも一撃で撃墜出来ない時があるよ!」

 流星号が間に入って陽歌のアースリィを庇った。流石に鉄血の機体だけあり、実弾への耐性は高い。ゲームとして、ビームは当たったら即死、だとバランスが大味すぎるからだろう。ガンプラの出来栄えによってはビームライフルでも一撃で落とせないこともあり、ビームを受けても耐えることもある。

「もう一発食らわせてやって!」

「はい!」

 詩乃が動くと同時に、陽歌はライフルを撃つ。今度こそやったか、と思ったがやはり倒れない。

「違う敵だ!」

 頭部の差から、さきほどビームを当てた敵とは違う敵に攻撃したことに気づく。

「もう一回!」

 気を取り直してもう一発。これで今度こそ一機撃墜である。

「こいつを!」

 詩乃はバルチザンでリーオーを一機吹き飛ばし、陽歌の目の前に転がす。それを彼は至近のビームライフルで撃ち落とした。

「うわ!」

 しかし、爆風で目の前が見えなくなる。敵機を落とす時は誘爆や爆風に気を配る必要があるみたいだ。

「これで最後!」

 残る一体のリーオーには連続でビームライフルを当てて撃墜する。これでミッション完了だ。

『mission clear!』

 クリアを知らせるファンファーレが鳴り、近くに帰還用の窓が現れた。ひとまずチュートリアルはお終いである。

「ふぅ……」

「お疲れさま。楽しいけど慣れないと疲れるよね、いろいろリアルだし」

 流石に陽歌は疲労が溜まっていた。慣れない病院に行った上、GBNという初体験をすれば当然でもある。なので今日は早々に引き上げようと詩乃が流星号を歩かせた瞬間、一体のリーオーが突然起き上がる。そして、アースリィ目掛けて攻撃を仕掛けた。

「な、何?」

 バイザーのカラーは通常見られない紫に変わっており、完全に撃墜された状態にも関わらず動き出している。さらに、マニュピレーターから本来搭載されていないはずのビームソードを出しており、明らかに異常と分かる。ソードの色は紫、これも通常では見かけないビーム色だ。

「この!」

 奇襲にも関わらず、詩乃は尖ったパルチザンの柄で的確にコクピットを貫き、リーオーを沈黙させる。

「な、何が……?」

「経験者来てるから、レアイベントでも起きたんじゃない?」

 混乱する陽歌を安心させる為、詩乃はこれがイベントなどではないことに気づきつつ軽く流した。が、間を置かずミッション中の物とは異なる警報音が二人のコクピットで鳴った。

「うわぁ!」

 火災報知器とかそのレベルの音量に、陽歌は驚いて耳を塞ぎ、コクピットで蹲る。詩乃はこれがGBNにおける救難信号であることを知っており、レーダーで辺りを探索する。

「救難信号……? イベント的なものじゃない、ガチのだ……」

 ゲームであるGBNで救難信号を必要とする場面はない。ミッション中や探索中に迷子になったりしても、リタイアするなりログアウトするなり脱出方法がいくらでもあるのだから。しかし、それでもシステムとしては実装されている。

 その理由はただ一つ。『ダイブ』を行うこのゲームにおいて、現実の肉体に危険が迫った時、周囲に助けを求める為だ。

「この周辺、コロニーの外か……待ってて、ちょっと行ってくる」

 詩乃は流星号を飛ばして、救援に向かう。医療従事者だけにこの状況は放っておけないのだ。陽歌も手伝いたかったが、ブーストの容量差や宇宙での操縦に慣れていないことから待っていた方がいいと考えた。とはいえ待っているだけなのは落ち着かないので、宇宙港の付近まではついて行くことにした。

「な?」

「あれは?」

 宇宙港へ向かっていこうとすると、橋を渡っている最中に下のガラス窓部分が割れる。車や瓦礫が外に吸い込まれていき、機体も踏ん張らないといけない状態だ。

「そうか、宇宙は真空だから気圧差で……!」

 冷静に状況を観察している陽歌に対し、詩乃は嬉々として穴に飛び込もうとする。

「ラッキー! 近道!」

「それより、なんで穴が……」

 近道が出来たことに喜ぶ詩乃と原因を探ろうとする陽歌。二人の性格が見事に分かれている。

「敵?」

 陽歌はレーダーに敵影を捕らえた。上から降ってくる様に降りてきたのは、青いガンダムアストレアの改造機だ。バイザーに隠された顔、肩パーツや脚部はリペアⅡのものになっている。

「お前達か、乱入してきたのは……」

 アストレアからは女性の声が聞こえる。どうやら気づかない間にこの人のミッションに乱入してしまった様だ。

「乱入? ミッションラインは見えなかったけど?」

「慌ててましたし、見過ごしたんじゃないですか?」

 後ろを見返すと、赤いラインと同色のドームらしきものがチカチカと消えたり付いたりしている。バグなのか不具合なのか、これは見逃すわけだ。

「待って。私達は救難信号を聞きつけて助けに行くとこなの。見逃してくれない?」

 詩乃は相手と交渉する。状況が状況だけに、間違って乱入してしまったとはいえ時間を使うわけにはいかない。

「そりゃそうだろうな。NPD襲撃ミッションだからな」

「え?」

 しかし話が噛み合わない。この女性が言っているのはミッションからの救難信号で、こちらが探しているのは真剣な救難信号だ。

「そうか……最近、襲撃系ミッションに救難キャッチからの乱入システムとNPDキルランキングが追加されたんだよね……」

 詩乃が言うには、このミッションへの乱入自体が最近の追加要素らしく、緊急事態ですっかり忘れていた様だ。

「これ逃がしてもらえないよね……」

「僕が囮になります!」

 陽歌は元々待機するつもりだったこともあり、引きつけ役を買って出た。状況は一刻を争う。救援を求めているダイバーがどのような状況なのか分からない。

「ごめん! 急いで戻るから!」

「お願いします!」

 詩乃は橋から飛び降り、救助に向かう。橋にはリニアの線路もあり、それを破壊するのがアストレア側のミッションだった様だ。

「お前が残るのか、少しは楽しめそうだ」

「……」

 アストレアは手にしたGNソードⅡを向ける。機体越しの敵意に身がすくんで動けなくなる陽歌。いままで、髪が違う、目の色が違う、義手だと理由を付けて自分へ暴力を向けてきた人達が脳裏に浮かんでしまうのだ。

「っ……」

 歯の根が合わず、震えが起きる。だが、これはゲーム。いくらリアルでも現実ではない。

「モビルスーツなら人間じゃないんだ……僕だって!」

 陽歌は意を決してライフルを向け、引き金を引く。アストレアには跳躍で攻撃を避けられてしまったが、なんとか戦闘自体は出来そうだ。

「これで!」

 アストレアはソードで切り付けてくる。攻撃のことで頭がいっぱいだった陽歌は、回避を忘れていた。

「しまっ……」

 直撃を受けてしまうが、僅かに機体を反らしていた様で肩の白い羽根部分だけが切れただけで済んだ。

「ほう……」

 陽歌は急いで距離を取るが、まだ操作になれていないので背中を向けての後退となってしまう。

「背中ががら空きだ!」

 ソードをライフルに切り替え、アストレアが射撃する。ビームがアースリィのバックパックに直撃し、羽を損傷させる。

「うわぁ!」

 アースリィは倒れてライフルとシールドを手放してしまう。衝撃はコクピットまで伝わった。

「ん? メインスラスターを狙ったつもりだが……狙いがブレたか?」

 何かの異変に気付いていたアストレアのダイバーだったが、深くは考えずにGNソードⅡを剣にして突撃する。突きでトドメを刺すつもりなのだろう。刀身にはビーム刃を纏わせており、この一撃で勝負を付けるという意思を感じる。

「だが、これで終わりだ!」

 立ち上がろうとする陽歌のアースリィに向かって光速で突きを放つアストレア。だが、アースリィは僅かに動いて直撃を避ける。コクピットにビーム刃が掠めるが本命の攻撃は回避。そのまま、アストレアの腕を脇で挟む。

「こいつ!」

 アストレアは腰からサーベルを抜いて反撃に出るが、アースリィの左腕が上腕で180度回転し、アストレアの左腕を掴んだ。

「何……」

「い……けっえええええ!」

 陽歌は反射的にこれらの動作を行い、そしてブーストを全開にする。アースリィの背中に接触するアストレアの胸部へ、バックパックのスラスターが全力で燃焼した推進剤をぶちまける。

「おおおっ!?」

 まさかのダメージソースにアストレアのダイバーは混乱する。そして引き剥がそうと後退を始める。が、橋は崩落を始め、二機は下へ、ガラス窓の外にある宇宙へ引っ張られていた。

「残念だったな! 機体出力とこの気流! 風は俺の味方だぞ!」

 足元が完全に崩壊し、二機は互いの出力で宙に浮いた状態となる。だが、コロニーの内側へ、上空へ引っ張る陽歌のアースリィより、それから離れようとしているアストレアの方が気圧差で排出される空気の力もあって有利だ。

「それにこちらには切り札もある!」

 加えて、アストレアにはまだ残された手札があった。

「トランザム! これで一気にお前を引きはがしてやる!」

 アストレアが赤く発光し、下へ引っ張る力が強くなる。だが、想定外の事態が起きた。

「なに?」

 バキリ、と嫌な音がして、アストレアの肩が外れたのだ。トランザムシステムはガンダムアストレアを初めとしたGNドライヴ搭載機が持つ、一定時間出力を三倍に跳ね上げる能力。だが、一気に出力を増したせいでアストレアが持たなかったのだ。

「今だ!」

 バーニアで焼き切るつもりだった陽歌だが、肩を破壊したので掴んだ敵の両腕を投げ捨てると、相手へ振り向いた。残された頭部バルカンをマニュアル操作でバーニアが焼いた部分へ狙いを付け、連射する。ちょうどコクピットの部分を直撃したのか、すんなり撃破することが出来た。

「馬鹿な……こいつ、とんでもねぇニュービーがいたもん……だ」

 アストレアは爆散し、勝利を知らせるファンファーレが鳴る。だが、勝利の余韻に浸る余裕は陽歌になかった。コロニーの崩落は止まらず、アースリィが宇宙へ吐き出されそうになっていた。

「何これ? オーバーヒート?」

 機体を持ち上げようとした陽歌だったが、先ほどの戦闘で力を使い果たし、ブーストが吹かせない状態になっていた。その時、宇宙から詩乃と流星号が帰ってくる。小脇に小さな機体を抱えているが、この風圧の中を難なく進んでいる。

「陽歌くん! まさか勝つなんて……待ってて!」

 詩乃はバルチザンで吸い込まれる瓦礫を突くと、バルチザンの伸縮機能で伸びた勢いを使ってジャンプする。これを繰り返し、ブーストを温存して戻ってきたのだ。

「よっと」

 陽歌のアースリィもキャッチした詩乃は、ブーストで一気に崩落現場を離脱。安全な空き地へと降り立った。流石に空気漏れもこのエリアまでは及んでいない。そこまで再現するとサーバーの負担が大きいのか、それとも単にミッションの影響下から出たからなのかは分からない。

 詩乃が持ってきたのは、エルドラコアガンダム。頭部はコアガンダム用アンテナを付けるための閉じたタイプで、バックパックに羽根が無いなど破損も見られる。

『安全を確認。非常マニュアルに従い、ガンプラ搭乗状態を解除します』

 そのエルドラコアガンダムが消滅し、中から人が出て来た。ダイバーだろうか。陽歌と詩乃もガンプラを降りてその人物に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 医療従事者である詩乃は慣れた様子で意識の有無を確認していた。救助されたダイバーはショートヘアの銀髪をした、儚げな少女だった。連邦軍の一般的な黄色いノーマルスーツを着ており、それ以外は特徴がみられない。

「ん……う」

「よかった、意識はあるみたい」

 気が付いたみたいで、彼女は目を開く。ガンプラとGBNの販促アニメ、ビルドダイバーズリライズのアルスを思わせる濃い紫色の瞳をしていた。

「私は……」

「身体は大丈夫? 救難信号が出てたから、かなりリアルの身体が危なかったと思うんだけど……」

 まだぼんやりしているらしき少女に、詩乃が状況を説明する。救難信号も収まり、こうして意識が戻ったということは峠を越えたに違いないが、一応病院に行った方がいいのは確かだ。

「私は……誰?」

 しかし、彼女の口からは信じられない言葉が飛び出したのであった。陽歌のGBNは、波乱含みの始まりを迎えた。

 




 機体解説
 流星号(グレイズ改二)
 登場作品:機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ
 ポストディザスター世界の治安維持組織、ギャラルホルンが運用している量産機の改修型。鉄華団が火星の戦闘で鹵獲したオーリス機とクランク機をニコイチし修復した機体。本来は売り物にする予定だったが、宇宙での戦闘で使用しそのまま運用し続けたグレイズ改をさらに改修した機体。宇宙海賊ブルワーズとの戦闘後にマンロディから接収した阿頼耶識システムを組み込み、タービンズの百錬系の部品も使っている。白で塗る予定だったが、ノルバ・シノがブルワーズからの戦利品にあった赤系の塗料でピンクにした。
 グレイズ系は学が無く、MSの運用実績も皆無な鉄華団でも修理できるほど整備性がよく、性能もパワー以外はガンダムに勝っている。その機体に阿頼耶識を追加したことでさらに柔軟な動きが可能となった。
 基本武装はグレイズと変わらないが、リアスカートのハードポイントはテイワズ系の武装に対応している。
 シノの乗る機体は全てピンク色で流星号と呼ばれているが、この流星号は二代目。初代はモビルワーカー。


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雌伏たる時代と悪の胎動

 世が乱れ、人々が不安に駆られる時にこそ悪は胎動する。
 コロナ関係や給付金関係の詐欺に気を付けよう! その手の話は複数人に通すといいぞ。あとATM操作で還付金や給付金は受け取れないのは覚えておこう。
 あと転売のマスクはどんな衛生状態で保存されているか分からないので買わないように! ホットケーキミックスなんて食品だから尚更だぞ!


「くっそー、ユニオンリバーめ……。プロに作らせていたら今頃……」

 かつて自動車会社のCEOだったロスカル・ゴンは白いミニバンの中で歯ぎしりをしていた。せっかく危険を冒して不法出国した日本へ舞い戻ったが、目的を全く果たせぬまま帰る羽目になってしまった。

 自分を告発した会社へ復讐する為、まずはその製品を模したホビーを潰すという『ちょっと何言っているか分からない』行動は失敗に終わった。そればかりか倒された相手に通報されてしまい、急いで国外逃亡する必要があった。新しい手段を考えている時間はない。万が一の為に確保した脱出ルートで、以前の様に楽器ケースへ入って逃亡する手はずが整っていた。今回はケースの気密性を考慮して空気穴を作った。

「プランBへ移行する……頼むぞ」

 しかしロスカルはミニ四駆への八つ当たりを諦めていなかった。自分がいなくなっても目的を果たせる様に、手段を用意していたのだ。

 果たして、その恐るべき内容とは……。

 

   @

 

 世の中はすっかり自粛ムードで、ミニ四駆の大会も無くなってしまい、お店を開けていてもコースは封印という状態の場所が多い。陽歌はそんな中でも、愛車のメンテナンスを欠かさない。

 元々マメな性格というのもあるが、このメンテナンスが義手の慣らしにいいのだ。五本指こそあれ、触覚を持たない義手では生身と色々勝手が違う。

「ふぅ、慣れてきたかな……」

 彼の愛車、デクロス01はMAシャーシ。他に比べてパーツ数も少ないのでメンテナンスはしやすい。それでも、ギアシャフトなんかを机に落とすと摘まむのに苦労する。触覚の有無だけではなく、指先が柔らかいか硬いかも違う。

 軟質パーツは長持ちしないので、硬質な素材で義手全体は作られている。爪も造形されていないので意外と不便だ。

「こんなものかな」

 彼はメンテナンスを終えて一息つく。ここは喫茶ユニオンリバーの地下にある談話室で、同居人達とメンテをしていたのである。

「こんなことならコース買っておけばよかったですね……」

「しゃーないだろ。いつもの店にコースあるのにわざわざ買うか?」

 エヴァと七耶はメンテをしながら話をしていた。おもちゃのポッポのコースも疫病対策の為に閉鎖しており、走らせる場所がない状態だ。

「でもアプリありますもんねー」

 エヴァは最近サービスが始まったミニ四駆のソシャゲに触れる。だが、ゲームと実物は違うのだ。

「それも楽しいけどなんか違うんだよなー。現実に使ってるボディとかパーツがまだ実装されてないし」

 しかも始まったばかりということもあり、パーツ数などは現実のそれにまだ追いついていない。今では見かけない古いパーツを使えるのも特徴だが、なんだかんだ自分の愛車こそ走らせたいものである。

「ま、暇な間にマシンを磨きあげようぢぇ。充電池の成長にギアやモーターの慣らし、家にいる時間が長いからこそできることがある」

 七耶はマシンを念入りにチェックした。陽歌はギアとモーターならまだしも、充電池に工夫する要素を見い出せず疑問を持った。

「充電池の成長?」

「そうそう。充電池は充電してから放電しつくしてまた充電する。これを繰り返すと強くなるんだ。最近のレースじゃ電池は配布のことも多いがな……」

 大会に使える電池は公式の使い捨てと充電池。その中でも充電池は個体差の厳選や成長などの沼要素として知られる。マシンの性能に大きく影響するだけに、なるべくカジュアルなレースにしたい運営は電池を配布することも少なくない。

「しっかしこう自粛ばかりだと今年の流行語が自粛になりそうですねぇ」

 エヴァはこの状況を見て言った。暗いニュースばかりだと、毎年恒例の流行語大賞や今年の漢字も暗ぼったくなってしまう。

「まだステイホームとかならまだしも、開幕してもないのに野球の用語ねじ込んできそうでな……」

 流行語大賞は資格の通信講座をしているノーカンが主催しているのだが、選考委員の趣味としか思えない言葉があったり、政治的に偏っているなど批判も多い。ノーカン自体が企業連傘下であり、彼らに不都合な政策を行っている現政権の批判をしたい企業連の思惑をモロに受けているという事情もある。

「あれ? もしかして皆さんもトリプルスリーとかしぶこスマイルご存知ない? 僕が疎いだけじゃなくて?」

 陽歌はその生育環境上、芸能ニュースにはとことん疎いのでこの手の話に全く共感が出来なかった。だが、どうも自分だけではないらしいと知って安心した様子だ。

「そんなものよりたべるんごとかもっと面白いのあるよな……」

「一年を振り返るんだから、笑えるものがいいよねー」

 何千年も生きているだけあり普段は政に愚痴など零さない七耶だが、数年前の『死ね』などという軽々しく口にしてはいけない言葉が流行語に選ばれたのは流石に我が目を疑った。命を奪う兵器として生まれたせいか、その辺には人一倍敏感なところがある。

「明るい話題が広がるように、盛り上げていきましょうねー」

 エヴァは自分で流行を作る気満々である。向こうが流行らせたいものを押し付けるなら、抵抗するまでだ。拳で。

「今年はいよいよVZシャーシ発売ですし、家にいる間にカスタマイズを極めましょう」

 何より今年はついに優秀と言われつつも繊細で上級者向けと言われていたVSシャーシの進化系、VZシャーシが発売。現在も多数ある片軸シャーシだが、何とデフォルトでリアステーのみならずフロントバンパーを取り外せるという驚きの仕様。これまでは大掛かりな改造が必要だったFRPプレートへの変更による軽量化が容易になった。

「VZシャーシ……でも戦略が完成されているMAシャーシの安定感も負けてないよ」

 陽歌は付き合いの短い愛車に信頼を寄せていた。

「まぁ、実際走ってみないとなんとも言えんな」

「それまで、僕らは家で大人しくしてましょう」

 しかしレースに絶対はない。万全を期して、時の運を掴んだ者が勝者となるのだ。そのレースが出来る様になるまでは、あと少し掛かりそうだ。

「お? ネットでミニ四駆大会?」

エヴァがスマホでネットを見ていると、面白そうな企画を見つけた様だ。どうやら、このご時世に対応してミニ四駆のネット大会をするらしい。

「なんだ? 同じコースを作ってタイムを競うのか?」

「どうやらマシンを向こうに送ってスタッフが走らせる動画撮るらしいですねー」

 七耶の予想に反して、まさかのマシン郵送。同じ様にコースを組み立ててもコースのコンディションによってタイムに影響するので同じコースで走らせた方がいいのだが、これはどういうことか。

「なんか怪しいな……ん?」

「PDFでのみ掲載ってところが気になりますね」

 怪しんだ七耶が大会規約を見る。エヴァも規約のファイル方式に引っ掛かる点があった。規約はアルファベットを羅列したフレームで飾られていた。

「これは……」

 フレームの文字を眺めていた陽歌は、あることに気づいた。

「これフランス語だ」

「え?」

「このフレーム、フランス語の文章になってます」

 陽歌は、英語が読めるという隠れた特技があった。完全に辞書なしで読めるのは英語だけだが、他の言語もアルファベット表記なら語順から何語かまでは判別できる。

「お前フランス語読めたのか……?」

「いえ、英語だけ……。好きな本の原書に、作家さんのサインをいつか貰いたいなって思って勉強したから……」

 七耶は陽歌の意外過ぎる特技に驚く。

「単語の意味は分からないけど、英単語には無いし、ほらここ、単語を『ne』と『pas』で挟んでるでしょ? これはフランス語の、否定文のルールなんだ」

「まぢか……」

 陽歌の説明に茫然とする七耶に対し、エヴァはフレームの文章を翻訳サイトに入力する。ぐだぐだな印象の強い彼女だが、これでもロボット。読み取った情報を正確にアウトプットするのは得意だ。

「なるほど、こういうことね……」

 その内容は、驚くべきものだった。

『なお、送られたマシンは返却いたしませんのでご了承ください』

「悪質だ!」

「ホビーアニメの悪役でもやらないことを……」

 重要な内容を装飾に隠すという悪質な行為。エヴァは早速対策に回った。

「ツイッターで宣伝してたから、リプライに吊るして引用RTでも注意喚起。単独のツイートでも注意をっと……」

「投稿時間からしてまだ被害無さそうでよかった……」

 この大会の宣伝はついさっき呟かれたものだったので、このタイミングでマシンを送った人間はいないだろう。

「ねー、こうして些事以下のツールの齧りつくのも悪くないでしょー?」

「いや、ネットの住民ならフランス語ガチ勢とかいんだろ絶対」

 エヴァは自分の手柄かの様に言うが、七耶の予想も間違いではない。ともあれ、これで怪しげな団体の野望は食い止められたのであった。

 

   @

 

「ペン習字かぁ……」

 それからしばらくしたある日のことである。陽歌は喫茶店の客席に置かれた大量の資料請求はがきを見て呟く。通信講座のノーカンは資料請求のはがきを新聞に付けたりしている。

彼は義手になる以前から自身の乱筆を気にしていた。実際はまともな文房具を買い与えられずに、字を習い始める重要な段階から忘れ物の中にあった短い鉛筆ばかり使っていたせいなのだが本人は知る由もない。

「おや、何か気になる講座がありましたか? いろんなとこからかき集めましたが」

「エヴァリー、これどうしたの?」

 案内を読んでいた陽歌にエヴァが声を掛ける。

「んふー、まぁちょっとですね。それよりペン習字気になります?」

「あ、いや……今時は殆どワープロだから……」

 居候させてもらっているのに、加えて習い事までしたいとは言い出せない陽歌。エヴァははがきを渡し、彼の考えをくみ取る。

「とはいえ、手書きをする機会が失われたわけではありません。綺麗な字、に至るのは難しくても、読める字、の領域ならば結構簡単ですよ。まずはこれにこの住所を書いてください」

 はがきの住所欄に、指定された住所を陽歌は記していく。資料を送るのに、顧客の住所が必要なのだ。気にしているだけあり丁寧に書いているが、やはり形が崩れやすいというか小さめな字だ。

「言うほど下手ではないですね」

「そうかな?」

 とりあえず書いてはみたが、陽歌自身が言うほど汚い字ではない。本当に汚いと判別すらできないものだ。

「コツとしては、枠いっぱいに大きく書くと読みやすい字になりますよ」

「なるほど」

 今度はエヴァに教えられた通りにやってみる。枠を大きく使ってハッキリと記した字は、心なしか前より読み易そうだ。

「おおー、なんかいいかも」

「でしょー。たくさんあるので遠慮なく練習してくださいね」

 エヴァに大量のはがきを渡され、陽歌は字の練習に励んだ。義手の訓練も兼ねて、請求できる全ての資料にチェックを入れたりはがきをミシン目に沿って切り離したりなどの作業も行う。

「いやー、自分でやるつもりが思わぬ助っ人ですよ。楽ちん楽ちん」

「何考えてんだ……?」

 大量のはがきを手にし、ほっくほくのエヴァを見て七耶は訝しんだ。はがきに記された住所を見ると、どこかで見たような気がした七耶であった。

「この住所……」

「ネットに住所を公開することの危険さを教えてあげますよ」

 エヴァにはある企みがあった。そう、以前姑息な手でミニ四駆を盗もうとした連中への細やかな反撃である。

 

   @

 

「そろそろ参加予定のミニ四駆が到着する頃だな」

「高いパーツで改造したミニ四駆だ。動画の再生数を稼いだ後は売っぱらってさらに儲けられるぜ」

 東京のあるオフィスビル、そこは動画投稿者や生配信者を纏めるプロダクション、『グラスU3』の根城であった。この自粛ムードの中、ネット動画の配信は大きなチャンスであるが、学校の面白枠が勘違いして芸能人を目指してしまった様な人材しか抱えていないこの会社には家で何かできるほどの技術を持った者がおらず、見事に乗り遅れてしまった。

 普段から新製品のお菓子を食べて変顔するしか能の無い彼らに、ある光が差し込んだ。

 それはあの大手自動車メーカーのCEO、ロスカル・ゴンからの『商談』であった。ネット大会という餌でミニ四駆を集め、レース動画を撮影しようというものだ。しかもうまく規約を作ってくれたので、集めたマシンは返還する必要が無い。終わった後はマシンを売れば更なる収入になる。

「今日は前祝いだ! とことん飲むぞ!」

「ウェーイ!」

 広告収入を当て込んで盛大に酒盛りをする所属配信者達。昼間なのに酒屋ではなくコンビニで酒やおつまみを買っている辺りに、浅慮さというか浮かれ具合がにじみ出る。

「おーい! マシン届いたぞ!」

「よっしゃー!」

 待ちに待ったマシンが到着した。大きなダンボール箱がたくさん届いている。箱に貼られた送り状は一切見ず、小さくて繊細なマシンをこんな大箱に詰め込むなどありえないという発想は一人もしなかった。

「開封―!」

「おい、カメラ回せ!」

 ウキウキと動画を撮影しながら箱を開ける配信者達。中が傷つく危険も考えず、テープをスーッとカッターで切り裂いていく。撮影に使うカメラも、如何に今は性能がいいとはいえスマホである。画質はいいかもしれないが音質は良くない。動画で食っていくつもりなら道具はもうちょっと精査した方がいい。

「あれ?」

 中身を見て彼らは愕然とした。当然だ。全部通信講座の資料なのだから。全ての箱が通信講座の資料。配信者達は頭が真っ白になりながらも、とりあえず苦情の電話を送り主であるノーカンへ入れることにした。

「おいゴラァ! 頼んでもない資料を送って来てんじゃねぇよ!」

『申し訳ございません。確認いたしますのでご住所を伺ってよろしかったでしょうか?』

 開口一番に苦情なので、事実関係を確認する為に住所を聞かれる。頭に血が上っている、というより話題のユーチューバーという職業に付いているという根拠不明の自信から変な反論が出る。

「はぁ? 分かんねぇのかよ! キングTVのキングだよ! 100万人チャンネル登録! 金の再生ボタンも貰ってる!」

『申し訳ありません、確認の為にご住所が必要になるのですが……』

 日本の人口で割っても100万人は大体1%の割合である。まともに就労した経験がないのでどこに何を送ったのかの確認に住所が必要という考えに至らないらしい。

「住所だと? おい! ここの住所持ってこい!」

 キングが吼えると、子分がスマホで住所を確認する。そんなことをしなくても、ダンボールの送り状に書いてあるのに。どこまでも社会経験が不足した連中である。

「……ってとこだよ!」

『ただいま確認したします』

 ようやく確認作業が開始された。しかし、ノーカン側としては普通に送ったまでだ。なぜなら、陽歌が字の練習に使ったはがきの住所がこのグラスU3の住所だったのだから。

『申し訳ありません。確かに資料請求のはがきが567通届いていました。トリプルチェックでも問題無く、全てのはがきで全ての口座の資料請求が行われたことが確認されています』

「何ぃ! 三回も確認してそんな馬鹿な間違いするのか!」

 キングの言い分も尤もだが、実際資料を発想する現場ではこの様なことが起きていた。

 

「なんか変だなぁ……」

 一人目の担当者は一通りチェックした後、一応不信感を感じていた。一般はがきでこんなに請求するなどありえるのか。大口の請求ならもうちょっと上の部署に話が行くはずだ。確認の為に住所を調べてみる。もしかしたら、大量に資料が必要な事情があるのかもしれない。

「あー、ここか」

 担当者は住所を見て納得した。配信者のプロダクションということもあり、『大量に資料請求してみた!』とかの結果だろうと思ったのだ。

「まぁチェックはしたし、後ろ二人が確認するからヨシ!」

 そんなわけでバトンは二人目へ。

「多いなぁ……」

 二人目も違和感は覚えていた。

「けど前の人がチェックしたし後ろの人も見るからヨシ!」

 が、スルー。徒然草という古典には、弓を習う時に二本の矢を持ってはいけないという教訓がある。二発目の矢に頼って一発目が疎かになるという意味である。複数人チェックをするのも大事だが、現実はこうだ。

 そしてバトンは三人目へ。

「前の二人がチェックしたからヨシ!」

 そんなわけで無事、大量の資料は送られたのであった。

 

   @

 

「今回も何とか脱出出来た……」

 一方、自分の作戦が失敗したことを知らないロスカル・ゴンは楽器ケースに入り込んで二本からレバノンへ無事国外逃亡を果たした。流石に最大クラスの楽器ケースでも、身体を折り曲げて窮屈という有様だ。しかし、これも数時間の我慢と彼は耐え忍ぶ。

(私を貶めた極東の小国め! 今に見てろ……)

 逆恨み全開で厳しい状況を堪えるロスカル。しかし、彼にある窮地が迫っていた。現在、皆さん知っての通り疫病で人の密集を避けるために空港でも客が少ないということもあり、人員を減らして対応している。そのため限られた人員を効率的に動かすべく、検査や検疫などは輸入した医療品、食料品などの生活必需品が優先になる。

「なんか楽器来てるぞ?」

「後回しだ! ユグドラシルからマスクがたくさん届いてる。そっちを先に見てくれ」

 ロスカル入り楽器ケースは輸送機のコンテナに放置されることとなった。ケースはその構造上。中から開けることは当然できない。持ち主を装った仲間が引き取りに来ることが前提だ。

 だが、その仲間は入国ゲートでひと悶着起こしていた。

「貴様熱があるな! 隔離だ! 来い!」

「え、ちょ……」

 なんと、熱を感知されて別室へ連れて行かれてしまったのだ。リスクを減らす為に関わる人員を最低限にしたことが仇となり、他にロスカルを引き取る仲間はいない。

「すみません! せめて楽器を……!」

「生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ! 何言ってやがる!」

「ああ……」

 そしてこの男は陽性反応が出て、致死率からは想像もできない苦しみを味わい、完治してからも二週間は隔離という長い入院生活を送ることとなる。

 そんな目まぐるしくも退屈な生活の末、その直前に受けた仕事のことなど忘れてしまったのであった。

(私はいつか……戻ってみせる!)

 日本へ戻る前に現世へ戻れなくなる危機がロスカルに迫っていた。

 




 マシン解説
 ネオバンキッシュ
 記念すべきVZシャーシマシン一号。ミニ四駆の顔役アバンテではなくバンキッシュがチョイスされた。これからVZでどのようなマシンが出るのか、気になるところである。


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金湧という忌み地

 現在、大海菊子率いるオリンピック推進委員会がオリンピック開催に向け過激な活動を行っている。日本政府はこれに警察や自衛隊を向かわせ対抗、木葉胡桃らを筆頭とする秋葉原自警団など自衛組織も立ち向かっている。
 IOC、および日本政府としてはオリンピックは延期の方針であるが、それを都知事は認めない様子だ。


 一月二十六日、月で最も重視されるその作業は行われた。地球最後の秘境とも呼ばれる海底、その中でも最大の深度を誇るマリアナ海溝の底に、さなともう一人のユニオンリバーメンバーが集められた。

 銀髪に兎も耳を生やした少女、かぐやはさなに寄り添いながら落ち着きのない様子でうさうさしていた。身長も年齢もかぐやの方が上だが、人見知りなので他の見覚え無い面子を警戒している。

「うう、なんで私が……」

「世界を何度も救ったら多少はね?」

 二人、というよりここにいる全員が海底だというのに普段着で何の装備もなく立っている。これが月の住民に与えられたナノマシンの環境適応能力だ。

月の政府には機密情報にアクセスできるクリアランスレベルが職員の役職に応じて設定されているが、今回の作業に携わるのはそれとは別の特殊クリアランス、『十五夜』を持つ十五人のメンバーである。今海底にいるのは、そのごく一部となっている。

 マリアナ海溝の底に配置されているのは、かつて月の文明を壊滅まで追いやったとされる伝説の魔獣、『ジャバウォック』。その封印は千年持つとされるが、絶対に解かれてはいけないため五百年周期で新たな封印の結界を古い結界の上から張り直す。これで、もし月が壊滅しても千五百年は封印が保たれるという算段だ。

 封印の神殿に入るにもかなりの労力を有する。月の表と裏に最高クリアランスレベルの権限を持った人間が三人いないと入れない神殿が一つずつあり、そこに『十五夜』が二人いないと封印の神殿は姿すら見えない。

 同じものが地球のどこかに二つあり、そこにも『十五夜』を二人ずつ配置。月と地球、四か所の神殿に最高クリアランス権限者が計十二名、『十五夜』が計八名常駐しなければ神殿には入れないのだ。常駐の認定も生体反応で行われる。つまり、悪用目的で封印を解除するのはほぼ不可能に近い。

「あ、出た」

 何もない空間に、神殿が出現する。神殿は普段、次元の断層に押し込まれており人間の技術がいくら発達しても観測できない様になっている。

「行くぞ。新たな結界の設営は私が、警護はさな、かぐやが行ってくれ」

 リーダーらしき男性がメンバーを選ぶ。残された四人が神殿の模様の上に立つと、扉が開いて先に進める様になる。

「そういえば、この人は?」

「え? さなちゃん知らないの?」

 さながリーダーについて聞く。十五夜に選ばれているとはいえ、必要とされるのはこの作業のみなので全員について知らなくても無理はないが、リーダーに関してはかぐやの代なら歴史の教科書に乗っているレベルだ。

「月の人口を0.1%未満まで減らしたジャバウォック事件の英雄で、事件初期から最前線で魔獣ジャバウォックと戦い続けた伝説の……」

「指導要領が変わったからな、無理もない」

 かぐやの解説に、リーダーが口を挟む。

「それに、教訓も残しようがない理不尽な事件だ。なるべく知られない方が、悪用の危険は減る。本来なら私の代で始末を付けて後世になど残したくなかったが、封印するのでやっとの相手だ」

 当事者にまでこう言わせるほどの相手とは、魔獣ジャバウォック恐るべし。ただかぐやは気になることがあった。

「あの! ジャバウォック事件って何千年も昔のことですよね? 私達のナノマシンもベースになった狼型から個人の適正に合わせて動物が変化する様になったり、ベースから引き継いだアルファやオメガなどの性質もぱったり無くなったくらい発展してるし、今なら殺し切れる武器もあるのでは?」

 彼女の提言も尤もであった。長くはこの事件からの復旧に時間を費やしたとはいえ、科学力は当時の比ではない。ならば、昔不可能だった『討伐』も可能ではないだろうか。

「そうだな。『当たれば』殺せる武器もあるだろう。だが奴はその次元にいない。あいつは時間を操る」

 その可能性をリーダーは否定した。時間を操る能力を持った魔獣。それはつまり、武器などあったところで意味を成さないということだ。

「殺せる武器が出来たといって、殺す為に封印を解いた瞬間、時間を止められて皆殺しにされる。最悪の場合というか、基本そうなるだろうな。生き残った人間も『たまたま見つけられなかった』とか『殺す気で攻撃したが偶然助かった』というレベルだ」

「そんなとんでもないものが……」

 漫画ではよくある能力だが、それを殺意全開で使えばどうなるかという単純な答えを示した魔獣にかぐやは脅える。さなはその話を聞いて、心配になったことがあった。

「ん? ということは結界の時間を操って消耗させ、脱出したりしない? 結界だけ千年早回ししたり……」

「そうならない様に時間操作を受け付けない結界が作られたんだ。奴を倒す過程で生まれたものだがね。昔はこれを張るのに十年とか掛かったものだが、今では一日もあれば終わる。ま、逆に言えばこの結界だけを巻き戻して新品に戻し、使いまわすなんて芸当も出来な……」

 話している途中、急にリーダーの言葉が途切れる。なんと、リーダーの腹に風穴が開いて、吹き飛んだではないか。

「なにぃ!」

「ええ?」

 さなとかぐやは咄嗟に背中合わせで臨戦態勢を取る。二人の前に、一人の少年が立っているではないか。短い銀髪に、黒い燕尾服の様なジャケット、目は黒の布で覆われており、表情が読めない。

「ちょっと脅かして警告するだけのつもりだったが、その顔を見せられたらこうするしかないよな? まさか、何千年も生きて封印を律儀に守るとはね……」

 壁に激突したリーダーは既に息絶えていた。少年はその亡骸を見て呟くだけだ。

「魔獣……」

「ジャバウォック?」

 その少年は二人にこう告げる。

「月の住人か? なら話は早い。俺を追うな。お前達が追うなら月は今一度、滅ぶと思え」

 そして姿を消す。かぐやは追いかけようとするが、さなに止められる。

「追わないと!」

「待って! 時間停止されていたら絶対に追いつけない!」

「入口の人に危険を……」

「それも無駄。今から向かっても間に合わない。奴がその気なら入り口に残っている人はもう死んでるだろうし、私達も殺されていた」

 さなの言う通り、リーダーがやられた段階で二人もジャバウォックに殺されていても不思議ではない。メッセンジャーとして二人を残したなら、やるべきことがある。

「まずは現状を調べて、確実に本部へ報告しよう。何が起きているのか、確かめないと」

 さなの提案で調査に乗り出した。走って神殿の最奥まで行くと、彼女が立ち止まる。左右を見ており、何かを感知したと思われた。

「まさか……」

「どうしたの?」

 かぐやが聞くと、さなは衝撃の言葉を発する。それは、とても信じられる様なものではなかった。

「結界が自然消滅している……破壊したなら、壊れなかった部分が残るはずなのに、何の痕跡もない!」

 封印を氷の壁だとすると、それを無理矢理壊して通ったなら通行に必要な穴以外の部分は残っているはずだ。それが、自然に溶けて水になり、それすら乾いたかの様に何の残滓も残されていないのだ、つまり結界は、魔獣がこじ開けたのではなく時間の経過で消滅したことになる。

「一体どうなって……」

 地球が騒動に揺れる中、新たな火種が投下されたのであった。

 

   @

 

 陽歌の兄弟、太陽と書いてソーラーと別れたエヴァ、ミリア、そして陽歌は彼の心残りを片付けに向かった。まずは校舎の裏山にある、動物のお墓らしき場所だ。石が目印とし悪戯半分に引っこ抜けない様に埋まっている。

「一年生の頃に、ここに秘密基地を作っていた友達に助けられて、それから懐いてた野良犬と遊んだりしてたんだ。犬は死んじゃったけど……」

「はー、なるほど」

 エヴァは辺りの様子を見る。日本では珍しくない、針葉樹をひたすら植えて放置した暗い森である。高度経済成長期に住宅用の木材を確保しようと植えたが、木が育つ頃には海外から輸入する様になってしまって放置されたのだ。本来は適度に日が入るように間伐してあげないと建築資材に育たない。とはいえ、こんな森でも根っこによる土砂災害防止の効果はまだある。

「ん?」

 よく森を観察しているエヴァは、ゴミが散らばる中で墓の付近の木に釘が刺さっているのに気づく。

(まぁ、いいか……)

 とはいえ、これだけ森にゴミを捨てる人ばかりなら悪戯で木に釘を打つ者がいても不思議ではない。

「秘密基地はこっちだよ」

「秘密基地かぁ、私は学校とか行ってないから憧れるなあ」

 ミリアは二十歳の外見に設定されているが、人造人間なので実年齢は一桁である。当然学校生活の経験も無い。

「あー、やっぱダメか……」

 しかし、秘密基地の荒れ果て具合は見るに堪えないものがあった。この学校の児童がたむろしているのか、漫画雑誌やお菓子のゴミが放置されている。

「いつもは乗っ取られてるから、今なら近づけるだけいいか……」

 友人二人が引っ越してからこの秘密基地は他の児童に占拠されていたが、今の休校状態ならば誰もいないはずなので近づける。そう考えて陽歌はここに来たのだ。ただ、エヴァは不自然さを覚えていた。

(いや……ゴミをポイ捨てする様な層が外出自粛に従いますかね……? だとしたら、なぜ誰もいないんでしょうか?)

 高い五感を鋭く尖らせるエヴァ。微かな気配を校舎に感じたが、まだ確証に至らないので黙っていることにした。

 

綺麗に仕立てられた校舎と異なり、随分と古ぼけた飼育小屋が陽歌の目的地だ。小屋の中は金網で見える様になっており、二か所に区切られていた。が、肝心の動物が一匹もいない。いや、全て何者かに食い散らかされていた。残されているのは血痕と毛皮、羽だけだった。

「これは……」

「酷い……」

 あまりの惨状にミリアは顔を覆う。だが、一番ショックを受けると思われていた陽歌は冷静に小屋の周りを観察していた。

「ここはペットを一次の流行りで飼っては捨てる人が多いから野良猫はともかく野犬も多くて……でも掘り返した穴が無い。かなり手抜き工事だから基礎のアスファルト部分は浅いけど、掘った痕跡すらないなんて……」

 エヴァは何かを感じたのか、黙っている。陽歌は扉を開け、聞かれてもいない説明を続ける。

「最初は押し戸だったけど、それだと野犬などの侵入を許してしまう。だから引き戸に改良したんです、僕が。手前に引かないといけないから、動物に開けることは出来ないはず……」

 飼育小屋の中に入った彼は、血痕に触れる。血はまだ渇いておらず、義手の指に付着する。

「まだ湿ってる……直近の犯行なの?」

 陽歌は意外な事実に戸惑う。平静を装っていた彼の声は震え、手にまでそれは伝わっていく。

「まだこの近くに……足跡は……」

 地面の砂には、大きな靴の足跡が残っていた。血が付いたせいで、余計に目立っている。外にまで続いており、これを辿れば犯人に辿り着きそうだ。

「犯人は人間か。これなら引き戸を抜けられるはずだ。足跡が残ってるからこれで……」

「陽歌くん……」

 陽歌はあくまで冷静に犯人を分析をしていたが、ミリアは彼の中にある『無理』を悟っていた。友達はいない、親兄弟もまともではない。そんな孤独を癒してくれた動物達が残らず無残に殺され、動揺していないはずが無い。

「我慢しないで……」

「……僕が、僕がいなくなったから……」

 義手の拳を握り込み、陽歌は声を絞り出す。エヴァは二人だけにしてやろうとその場を去り、先に足跡を追った。

(これだけ残虐な犯行をして痕跡を消さない理性の無さ、遺体の傷口からして人間が殺したにしては不自然な『歯形』……犯人がまだ近くにいるなら危険ですね、かなり)

 もし陽歌の予想通り、エヴァの解析通り人間が犯人だとしたら、この殺害方法が常軌を逸している。扉を開く程度の、最低限の知能はあるが人間としての理性が残っているかは怪しいものだ。陽歌もミリアも、戦闘能力が無い。彼らが犯人に出くわしたら危険だ。

(いや、危険は他にも……)

 先ほど微かに感じた気配から、まだこの校舎にはどういうわけか休校なのに人がいる。それに太陽の言っていた壮行会とはどういう意味なのか。少なくとも、誰かがいるというのは事実なので、この学校に凶悪な人間が紛れ込んでいるとすれば危機的状況だ。

(いくら陽歌くんを虐めていた連中とはいえ、見殺しにすると晩御飯がマズくなりますからね。とりあえず確認確認)

 エヴァが足跡を追うと、それは職員室に続いていた。職員室には来客用なのか、外部から入れる様な玄関口があり、足跡は土足で上がったらしくまだ続いている。

「これはますます……」

 凶悪犯は大抵、動物虐待から罪を重ねる。ここまでシームレスにターゲットをエスカレートさせる者はいないだろうが、いくら特徴的な外見とはいえ家庭で虐待を受けている子供を児相すら助けずに学校ぐるみで虐める異常な街だ。マーベルコミックスの市民の十倍は酷い民度なので、常に最悪より一ダースは上の想定をした方がいいと彼女は考えた。

「これは……」

 緊急事態なので土足のまま足跡を追うと、何かぐちゃぐちゃと湿った音がする。咀嚼音にも聞こえるが、それにしては汚い。硬いものを噛み砕く音も聞こえている。

「もしもーし……」

 足跡を追いかけると不審な物音も近くなっていく。職員室には鉄の匂いが立ち込めていた。どうやら誰もいないようだが、予定表になっている黒板には今日の日付と『壮行会』という文字が書かれていた。

「ん?」

 それはどういうことか、とエヴァが調べようと黒板に近づくが、机の影になっていて見えなかった音や匂いの元が露わになる。

「これは……」

 重いモノが落ちる音が静かな職員室に響く。倒れた誰かに向かって蹲る男性教諭を見つけたのだが、様子がおかしい。

 蹲っていた教諭が振り向くと、顔は腐敗しており白目を剥き、口には血をべったり付けていた。倒れている人物は、食い散らかされていた。まさに、ゾンビという有様だ。

「なんだと?」

 この症状は、Tウイルスを初めとするウイルス兵器によるものだ。まさかこの街でバイオハザードが、とエヴァは警戒したが、街には異変が無かった。もしやこれは始まりかもしれない。

「とりあえず、頭を潰しますか」

 即座に剣を抜き、迷いなく頭部に突き立てる。無駄な破壊は一切なく、額だけを貫いて脳だけを破壊する。遺体を傷つけず即死させる。こうなっては助けられない故の、せめてもの手向けである。

「遠からず大規模なバイオハザードの可能性がありますね……早めに脱出しましょうか」

 危険を感じたエヴァは早く用事を終わらせて帰還することにした。

 

   @

 

 日本近海の海底で、ユニオンリバーのメンバーによる調査が進められていた。月の政府はマリアナ海溝に封印した魔獣ジャバウォックの逃走を公表するかどうかで大いに揉めたが、協力関係にあるユニオンリバーと早期解決を狙って秘密裏に海底の調査を行っていた。

 月で生まれたジャバウォックは、自分が封印されている場所から陸地への方角など把握しているわけもないと見て今も海底を彷徨っているかもしれないと探しているのだ。

『一応索敵はこちらに分があるが、油断するなよ、凛』

「分かった~」

 ユニオンリバーの社長、ロディ・スタンフォードが海上で自ら指揮を執る中、海底では四聖騎士の一人、玄武長女の玄武凛(くろたつりん)が目視とレーダーによる捜索を行っていた。海中適正のある玄武姉妹七人を全員動員しての長期に渡る大捜索であったが、未だジャバウォックの行方は掴めない。

「こちら、異常なし」

 凛は物凄くゆったりした話し方で状況を報告する。彼女は緑の髪にオレンジの瞳が特徴の美少女で、幼い身長に対してグラマラスなボディをしている。着込んでいるスク水もややきつそうだ。

 スク水、とはいえ漫画めいた胸元に名札のある様な古いタイプではなく、現代的な白い縁取りに、黒に近い紺のものであった。深海でそんなプールめいた格好をし、仮にも水中を陸上と変わらない様に動ける彼女はさすがアスルトの手掛けた機体なだけある。

「んー?」

 のんびり歩いている凛だったが、何か建物らしきものを見つけた。あんまりにも反応がスロウリィなので、とっくにレーダーには引っ掛かっている範囲だったが目視できるまで気づかなかったのだ。

「怪しい建物発見。入ってみる」

『建物? 日本近海にか? 視界データ送ってくれ』

 ロディは姉妹の性格などは把握しているため、凛からの報告では見落としがあると判断し撮影した視界を共有してもらう。言うが早いか、凛はとっくに建物へ突入していた。明らかに耐水圧のロックが掛かった分厚い扉を軽々と引きちぎっており、ずんずん入っていく。

『おい凛、政府の建物だったら面倒だぞ?』

 ロディの忠告もそこそこに凛は建物へ突き進んだ。

 

   @

 

 エヴァは陽歌達と合流しようと移動したが、何となく保健室を見つけたので入ってみることにした。不自然なくらい綺麗にされ、妙に塩素臭い部屋であった。ここで一体なにがあったのか。

「何もない……」

 そして、保健室というには何も用意されていない。ベッドやカーテンはもちろん、事務用の机や椅子まで無い。まるで新居だ。

「おや?」

 彼女が好奇心でスキャン機能を使ってみると、床の一部に空間を見つけた。そこへ近づくと、電子系のロックがあることに気づいた。

「電子戦は専門外ですがこの程度……」

 それを、手を翳すだけで開くエヴァ。専門外と言いつつ、十六桁の数字と三文字のアルファベット大小が十分毎にランダムで切り替わるロックである。ファイアウォールも地球の技術ではスーパーコンピューターを用いても二日掛かる強固さだ。複雑というより解除に時間が掛かる様になっている。それを汎用機ですぐ解除できる辺り、エヴァ達四聖騎士団の性能は破格なのだ。

「これは?」

 床は気密性の高い収納スペースになっており、開くと中には何かの機械と薬の瓶が置いてあった。薬は瓶に僅かしか入っておらず、機械はウルトラマンの変身アイテムに見えたが色が付いていない。

「ルーブジャイロ? なぜこんなとこに……」

「おーい、エヴァリー」

 陽歌とミリアがエヴァに合流する。彼は目元が泣き腫らしていたが、だいぶ落ち着いた様だ。二人は保健室の中まで入ると、陽歌が扉を閉めた。マメな性格がよく見える。

「なにか見つけましたよ。心当たりは?」

「これは……」

 エヴァは陽歌に見つけたアイテム、ルーブジャイロらしき何かを見せる。彼は少し考えて、記憶の中からそれらしきものを引っ張り出す。

「たしか……数か月だけ保健室の先生が交代になってて……それが僕の記憶がない時期と合うだよ」

「記憶の無い時期もあったんですか。この環境では記憶すっとんでも不思議ではありませんが……」

 まともに食事もとれず、常に周囲から暴行を受けている状態では記憶が一時的に消えても仕方ない。だが、それがそんな時期と同時に被るのはどう考えても不自然だ。保健室でこれが見つかったというのも気になる。

「そういえば壮行会と予定表に書いてありました。もしかしたら今のご時世で信じられませんが、何かしているのかもしれません」

 エヴァはそう予測し、行動を開始することにした。ミリアが扉を開いて外に出ようとしたが、そこには先ほど殺したはずのゾンビが立っていた。

「え?」

「危ない!」

 ゾンビに襲われそうになったミリアと突き飛ばし、陽歌が間に入る。ゾンビは彼を掴むと、首筋に噛みついた。

「う、ぐぅ!」

「陽歌くん!」

「こいつ!」

 エヴァが剣を抜いた瞬間、ゾンビの後ろから拳が飛んでくる。その拳を受けたゾンビは首が180度曲がり、口を陽歌から離す。そしてパンチの犯人はゾンビを彼から引き剥がし、床に投げ倒す。

「こっちだ、クソ野郎」

 ゾンビが立ち上がろうとした瞬間に踵落としを決め、そのまま頭蓋骨を踏み砕く。一連の行動を起こしたのは、BSAAというアルファベットの刻まれたTシャツを着た大柄の男性であった。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます」

 男性は英語で会話し、陽歌も自然に英語で返す。唯一英語が理解できないミリアだけが話に付いていけない。

「なんだ。嬢ちゃんは英語出来るのか。日本人は話せない奴が多いって聞いたがな……。っと、俺はBSAAのカルロス・オリヴェラだ」

 男性は日本語に切り替えて自己紹介する。組織の名前を聞いた瞬間、陽歌は噛まれた痛みも忘れて目を輝かせる。

「BSAA! 対バイオテロ組織、あのクライヴ・オブライエン先生が顧問を務めていた!」

「どうやら知っているようですねぇ」

 BSAAというのは、1997年にアメリカのラクーンシティで起きた大規模バイオハザードを切っ掛けに世界の製薬企業が出資して誕生した国際的な対テロ組織である。

「そうだよ! 僕の好きな『暴かれた深淵』の作者先生が勤めていたところだからね! この本もBSAAが対処した事件、テラグリジアパニックとそこから続くFBCの陰謀を元に書かれているからね」

 愛読書の話題が回ってきたので普段より饒舌になる陽歌。ハードカバーの翻訳版と文庫本、そして原著を持つほどこの本に入れ込んでいる。

「しかし驚きました。こんなに堪能に英語が喋れるとは」

 エヴァは陽歌が海外出版本の原著を読んでいることもあり、英語を人より読めることを知っていても、会話まで熟せることは知らなかった。言語スキルは基本的に会話より読解の方が難しいらしいが、練習の機会がないと伸びないものだ。

「僕、いつかオブライエン先生に会って本にサイン貰いたいって思って……」

「あー、盛り上がってるとこ悪いが、少しいいか?」

 カルロスは話を止めてポーチから注射器を取り出す。薬剤が入っており、『Billy』と印刷され密閉してあるパッケージに封入されていた。

「人間を所謂ゾンビにしちまうウイルスは主に二種類あってな。TウイルスとCウイルスだ。Cの方は傷口から感染しないが、もしこれがTなら感染の危険がある。だから応急処置をしておきたい」

「ワクチンを持ち歩いているんですねぇ」

 エヴァはワクチンを観察する。目視のスキャンで分かる程度の明らかな毒物は検出されなかった。カルロスはエヴァの鋭さに子供らしからぬ気配を感じて説明を薦める。見た目通りの扱いが出来る相手ではないと察したのだろう。

「元々、ここで奇病騒ぎだ化け物の目撃情報だのあって調査してたんだ。ラクーンの前兆によく似てるってな。それで万が一の為に持ってたんだ。今回、お嬢ちゃんが噛まれた死体野郎は多分Tの方だから、打たないと危ない」

「なぜTの方だと?」

 ゾンビになるウイルスは二種類、と説明した直後にTと判別したカルロスの行動をエヴァは不審に思う。ミリアはウイルスが二つ出て来た時点で脱落である。

「T……C……G?」

「ん? まさかGウイルスを知っているのか?」

「いえ、彼女は語感で適当に言っているだけでしょう」

 カルロスが思うほど、ミリアはユニオンリバーも関わる騒動の原因になる存在に詳しくない。

「で、なんでこの野郎がTの感染者だと思ったかって話だがな、何でもある学校の教員がジャンキーみてーにTウイルスのワクチンを受けまくってるって情報があってな。Tウイルスはバイオテロ対策にある程度大きな病院にはワクチンが貯蔵されてんだ。それをあの手この手でぶち込みまくってる奴を探してここに来たってわけだ。ワクチンってのは、様は薄めたウイルスだ。そんなもん沢山打てば普通に感染するのと大差なくなっちまう」

「はー、そういうことだったんですね。では化け物や奇病騒ぎはバイオハザードではないのでは?」

 情報を元に捜査をしていたから、今この場にカルロスもいるのである。が、この教諭のゾンビ化原因が分かっていればバイオハザードの可能性も消えるはずだ。

「いや、こいつがワクチンを貪ったのは噂が出た後だ。噂話でビビってこうなったんだろう。俺たちはしばらく、ここ一帯の調査をする」

「それは頼もしい」

 エヴァは奇病や化け物の原因が呪術的なものであると知っていながら、BSAAにそれを報告することはなかった。呪術界の話は常識外れ過ぎて、門外漢に話しても受け入れられる内容ではない。無意味な疑心暗鬼を招くより、気が済む様にやらせた方がいい。

「とりあえず手当だ。沁みるが我慢してくれ」

 カルロスは陽歌の傷を治療する。スプレーで消毒した後、ガーゼと包帯で傷を塞ぐ。理性を失った人間が噛んだだけあり、肉が抉れて出血するほどの傷になっている。

「結構痛いんだが、肝の据わった嬢ちゃんだ。昔会ったスーパーコップを思い出すな」

「このくらいなら平気です」

 女の子扱いにも口を出さず、陽歌は注射を受ける為に首筋を見せる。カルロスも彼の手を見て、義手であることに気づいた様だ。これくらい注意深い人間でないと、BSAAとして化け物の相手など務まらないのだろう。

「ちくっとするぞ」

 ワクチンも摂取し、一安心。だが、まだ油断はできない。カルロスは感染者である教諭の遺体を回収する為の人手を通信機で呼んだ後、陽歌達に聞いた。

「このご時世、そんなことは無いと思うが、ここに君達以外の誰かがいるなんてことはないか? Tウイルスは傷から感染が広がる。ここにいた人間全員、そしてこいつと関わった人間全員を一回検査しないといけない」

「それなら、壮行会をやっていると言ってましたね。私達は彼の家に手続きに使う書類を取りに来るついでに立ち寄ったので」

 エヴァは職員室で見つけた予定、そして太陽の言っていた言葉を伝える。壮行会をしている。つまりそれは、ここに人がいるということだ。

「そうか。よし、ちょっと話をしてくる。君達はここで休んでいてくれ。すぐに俺の仲間が来るだろう」

「私も行きますよ。どうせ人の言うことを聞く人達ではないでしょうから」

 待つ様に言うカルロスに対し、エヴァはついて行くことにした。少なくとも壮行会にはゲーマドライバーで変身出来る人間がおり、カルロスがいかに強くとも危険が伴う。加えてこんな時代に呑気に大人数で集まっている人間がBSAAという権威があるとはいえ、人の指示を聞くとは思えない。

「じゃあ、私達も」

「そう……だね」

「そうか。まぁ、死体の近くにはいたくないよな。行くぞ」

 ミリアも何気なしについて行く。陽歌としては、ここを離れたかった。このゾンビ化した教諭がかつて自分の担任だったことにはとっくに気づいており、変わり果てた死体とはいえそんな人物の近くにいると辛いことを思い出してしまう。

 

 一同が体育館に行くと、賑やかな壮行会が催されていた。ステージ上には太陽ら数人の児童がおり、何かの代表に選ばれたお祝いらしく見える。

「あれは……!」

 陽歌は壇上にいる緑のスーツを着たおばさんを見つけた。なんと、東京都知事の大海ではないか。なぜこんな一地方都市の小学校に何の告知もなくいるのか。

「皆さんはこれから開かれる東京オリンピックの応援団として、活躍していただきます」

「イカレちまったのかあのおばさん! オリンピックは延期だろ!」

 大海知事の妄言に慣れた陽歌達はともかく、カルロスは彼女の発言に仰天こいて詰め寄った。

「そうか、一般的には意味不明な言動ですか」

「もう当たり前の様に戦い過ぎていちいち突っ込むこともなくなっていた」

「そういえば言っていることめちゃくちゃよねこの緑のおばさん」

 エヴァ、陽歌、ミリアは改めて敵の荒唐無稽さに気づくこととなった。

「BSAA所属のカルロス・オリヴェラだ! あんたらこの時期になにやってんだ? いや、それより落ち着いて聞いてくれ! この学校でTウイルスの感染が起きた。これからBSAAの人間が来て検査するから、ここから出ないでくれ」

 Tウイルス、その単語だけで会場はパニックに陥り、教師から我さきにと逃げ出す。その様子にカルロスは戸惑うしかなかった。

「お、おい、日本人は避難訓練してるからこういう時に落ち着いた行動がとれるんじゃないのか?」

「金脇市民を常識で考えてはいけません。何せマーベルコミックスのモブを十倍濃縮した程度には酷いので」

 エヴァの説明でカルロスは腑に落ちた。さすがはマーベルの本拠地国民。

「ああ、それじゃあ仕方ないか……」

「何事ですか! 騒々しい!」

 会を台無しにされ、憤慨した大海が降りてくる。太陽は既にベルトを巻いてガシャットを手にしている。

「それはこっちのセリフだ。何考えてんだお前。オリンピックは延期になっただろ」

 カルロスが常識的なことを言うが、全く大海都知事は取り合わない。それどころか、ベルトを巻いて臨戦態勢を取る。

『サウザンドライバー』

「サウザーのベルト? まさか魔法で複製を?」

 本来はZAIAエンタープライズの日本支社社長、天津凱しか持たないそれをなぜ都知事が持っているのか、陽歌はマナや自分のベルトの様に魔法での再現を疑った。

「れっきとした、本物ですよ」

 大海はゼツメライズキーを取り出し、起動してから装填する。

『ビューティフルベローサ! ゼツメツエボリューション!』

 そして、肝心要のプログライズキーを解除して変身する。サウザーのコーカサス同様、ボタンを押すと起動とオーソライズが同時に行われるタイプだ。

『フローラルシックル! パーフェクトライズ!』

 二つのカマキリのホログラムが合体し、都知事は仮面ライダーに変身する。緑とピンクが派手な目に悪い姿だ。

「俺の獲物は取らないでほしいな」

 太陽も仮面ライダー超魔王に変身し、並び立つ。部下がいるにも関わらず、都知事は自身の手によって敵を倒すことに拘っている様子だった。

「いえ、あいつらユニオンリバーは私に何度も泥を塗り、苦渋を味あわせた許すまじ反逆者。自ら徹底的な天罰を与えます!」

(ん? とすると、ワンフェスで倒された都知事は偽物ではない? あの一回で何度もというのは些か不自然ですが、たくさん計画を阻止したという意味なら……)

 まるで何度も倒したかの様な物言いに違和感を覚えるエヴァだったが、まぁ雑魚戦でいちいち頭を使っていられないので剣を抜いて戦闘体勢を取る。

「ふん、そっちにも拘りがあるんだろうが、あの陽歌だけは俺にやらせろ」

「それなら好きになさい。私はユニオンリバーを倒せればいいのです」

 太陽は太陽で、陽歌に執着があった。とはいえ、二対一でも負ける可能性は限りなく低いのでエヴァはそのまま二人を挑発する。

「それは取らぬ狸の何算用、私を倒してから考えなさいな」

「お前に何が分かる! 生まれた瞬間から邪魔者がいる俺の苦しみが! お前がいる為に、ジジイとババアがお前を拾ったせいで……俺たち家族は!」

 陽歌の方がよっぽど苦しんだだろうが、随分勝手な言い分である。当の本人はもう彼らの貧弱な語彙力で出せる罵倒なら聞き飽きたので違う部分が気になった。

「おじいちゃんとおばあちゃん? 僕に祖父母が?」

 親戚はいないものだと思っていたので、意外な関係に興味が湧く。もしかしたら、何か聞き出せるかもしれないと踏んで陽歌はマナから預かったゼロワンドライバーを取り出す。

「エヴァリー、僕も戦う。もしかしたら、何か知ってるかもしれない」

「無理しないでくださいね」

「うん」

 ドライバーを腰に巻き、プログライズキーを起動する。トラッピングスパイダープログライズキー。魔法で本物になっているが、本来は雑誌のオマケで食玩と同じ仕様だ。

『territory! オーソライズ!』

「変身!」

 陽歌がベルトにキーを挿すと、空中に紫色の蜘蛛が現れる。それがバラバラとなって、彼に装着されていく。劇中ではこの蜘蛛らは衛星ゼアからの転送だが、魔法で再現したのはベルトとキーだけなので召喚に近い形となる。

『プログライズ! Impossible to escape! トラッピングスパイダー!』

 彼の髪と瞳はプログライズキーと同じ紫に染まり、着ていたパーカーはノースリーブで黒基調、紫の蜘蛛の柄が描かれたものへ変化する。義手の指は鋭利な爪となったが、それ以上の変化はない。

「あ、あまり変わってない?」

「性格から体形まで変化するマナが特別なんです」

 上位の魔法使いが専用にチューンしてもこの程度の変化が限界。普通の人間はそんなもんである。七色の魔力を膨大に持つマナが別格なのだ。

「早速死ね!」

「雑魚はさくっと片付けるに限る!」

 大海はベルトのキーを押し込み、太陽はベルトのカバーを閉じて開く。それぞれのベルトにおける必殺動作だ。

『エンプレスディストラクション!』

『キメワザ! ヤリコミクリティカルフィニッシュ!』

 都知事は足を広げて拘束回転し、太陽は拳を突き出して一直線に向かってくる。一方、エヴァは剣を一本床に突き立て、もう一本は天高く掲げた。

「ドラグーン……スケール!」

 すると、二枚のバリアが出現する。陽歌もその後ろに隠れた。しかし防御に対して構うことなく向かってくる二人。サウザンドライバー特有の文字が出る必殺演出とゲーマドライバーの必殺カットもちゃんと入る。必殺技が二撃も直撃すると、さすがにエヴァのものとはいえバリアは一枚割れた。

「この程度で防げるなど!」

 二人共余裕があるらしく、そのまま二枚目のバリアを破ろうとする。だが、一枚目のバリアが崩壊すると同時に青い閃光が走る。

「な、何?」

 それは凄まじい風と稲妻の刃であった。なんと、このバリアは一枚目自体がトラップになっており、破壊すると反撃が飛ぶ様になっているのだ。バリアの破片も巻き込んで竜巻は攻撃力を増す。

「所謂リアクティブアーマーです。ドラグーンスケール:ハウリング!」

 敵の必殺演出を打ち消し、エヴァ側の技名が大写しになる。完全に敵の必殺を跳ね除けたことが一目瞭然だ。吹き飛ばされた二人は無様に体育館の床へ転がる。

「ぐおぉぉぉ……この私が……」

「痛い……痛い!」

 大海都知事は必殺で当てた右足がぐちゃぐちゃに潰れ、太陽は装甲が焦げるほどのダメージを負っていた。単純な強度では仮面ライダー超魔王の方が上らしい。太陽はすぐに立ち上がり、反撃に出る。

「必殺技は必ず倒せる時に撃て、んんー鉄則ですなこれは」

「舐めやがって! 俺を誰だと!」

 エヴァの余裕な態度で頭に血が上った太陽は、未だ二枚目のバリアが残っていることに気づかず突撃する。無策極まりない行動、騎士であるエヴァにはバリアを張る段階からこの展開はお見通しであった。

「スケールフラグメンツ!」

 双剣でバリアを切り裂くと、その破片を剣圧で吹き飛ばす。バリアの破片が細かい刃となって太陽と都知事を襲った。

「ぐわああああ!」

「おごぉぉお!」

 流石に肉体を切断する力はないものの、かなりのダメージを与えていく。

「こ、こうなったら……来なさい! ギーガー!」

 追い込まれた都知事は新たなキーを取り出し、変身に使ったキーと入れ替える。

『ギガントファング!』

「マンモスキー? 離れてください!」

 新たなキーではあるが、それがブレイキングマンモスベースであることを見抜いたエヴァはカルロスとミリアを退避させる。なんと、屋根を突き破って巨大なロボットが現れたではないか。そのロボットへ都知事は乗り込む。

「お前達なんぞ、踏みつぶしてやる!」

 やけくそになった都知事を倒すのは簡単だが、周囲に被害を出さないという条件を満たそうとするとエヴァは彼女自身の出力もあって苦労する。超魔王の方は陽歌に任せるしかない。

「陽歌くん、弟の方頼みましたよ」

「うん!」

 エヴァは空を飛び、ギーガーと呼ばれたロボットを押して壁を突き破りつつ体育館から追い出す。これで陽歌と太陽の一騎打ちだ。

「お前なんかに負けるわけないだろ!」

 太陽はガシャコンキースラッシャーを手に、陽歌へ斬り掛かる。彼もアタッシュカリバーを手に応戦する。無茶苦茶に武器を振り回す太陽に対して、陽歌は最小の動きで回避する。

「あの嬢ちゃん……素人の様な立ち方なのにあんな動きを……?」

 プロの兵士であるカルロスが一番に疑問を持つ。陽歌の動きは玄人というには洗練されていないが、ちゃんと最小の回避になっているのだ。洗練されなさは、彼のおっかなびっくりな表情や慌てた様子によく出ている。

「なぜ当たらない!」

 太陽は苛立つ。おそらく陽歌に聞いても、理由は分からないだろう。彼は何となくで避けているのだから。どんな人間でもどんな作業でも、ひたすら繰り返せば慣れて身体が覚え、意識せずとも出来る様になるのだ。陽歌は周囲から常に暴力を振るわれたことが原因で、当時は不調から発揮出来なかったが攻撃を見切る経験を気づかずに積んでいたのだ。

「そこ!」

 隙を突き、陽歌は太陽へ剣で攻撃する。しかし、刃は全く通らない。

「お前の攻撃が効くか!」

「うわっ!」

 太陽はようやくパンチであったが陽歌へ攻撃することが出来た。胸部を強く殴られた彼は床を転がる。壁が壊れるほど激しく激突し、ようやく止まったものの蹲ってしまう。肺から空気が押し出され、呼吸できない。ようやく回復したと思った瞬間、呼吸の度に激痛が走る。伊達にレベル9999のライダーではない。普通のパンチ一発で陽歌のあばらを負ってしまったのだ。

「げほっ……! げほ……」

 未だ立てず、せき込む陽歌。血を吐いており、危険な状態だ。

「なんだこれは?」

 吹っ飛ばされた際に二つのガシャットを陽歌は落としていた。それを奪い、意気揚々と武器、そしてキメワザスロットホルダーに装填する。

「ふふ、お前のガシャットで死ね」

『キメワザ!』

 このままでは陽歌が殺されてしまう。ミリアは壁になるべく飛び出そうとしたが、カルロスに止められてしまう。

「陽歌くん!」

「危ない!」

 が、ガシャットから鳴る音声が低くなり、紫の靄が仮面ライダー超魔王の身体を伝わっていく。

「ぐ……なんだ?」

 彼の横にレベルが表示され、それが凄まじいスピードで減少していく。さらに、毒の効果なのか苦痛を受けて膝をつく。よく考えれば、プログライズキーを使う陽歌がなぜガシャットを持っていたのか、疑問に思わなければならなかった。

「そうか! 罠!」

 ミリアは察した。このガシャットは陽歌がトラッピングスパイダーの力で作った罠なのだ。ついに太陽のレベルは1になってしまう。こうなると最早、能力のギャップで身体に負荷が掛かり、立つことができない。

「ぐぬぬ……」

「いくぞ!」

 陽歌はアタッシュカリバーにパンダのプログライズキーを装填する。

『Progrise key confirmed. Ready to utilize』

 そして隙だらけの仮面ライダー超魔王こと太陽に横一閃斬りかかる。なんとか立ち上がった太陽はその一撃をベルトで受けてしまう。

『パンダズアビリティ! スカウティングカバンストラッシュ!』

「グワアアアアアアアアア!」

 何とか基礎スペックの防御力で持ち堪えようとする太陽。だが、陽歌はトドメとばかりにベルトへタイガーのキーを6回読み込ませて必殺技を発動する。

『テラライズ! トラッピングテラインパクト!』

「おおおお!」

 パンダと虎のホログラムが陽歌を後押しし、そのままベルトを両断する。大爆発が起き、爆炎の中から黒焦げになった太陽がよろよろと出てくる。

「ぐ……なぜだ……俺は選ばれて……」

 そのまま倒れる太陽。陽歌も魔力が尽きて変身が解除されたが、倒れることは無かった。

「勝った……」

 傷は残ったままだが、なんとか勝利した。

「やったー!」

「日本人はみんな変身出来るって噂は本当だったのか……」

 勝利の余韻に浸る一同であったが、それも束の間、武装した集団が体育館に突入してきた。ミリアはBSAAだと思ったが、法律のことを考えるとそれはあり得ない。

「BSAAかな?」

「いや、銃なんか持ってこれないぞ?」

 装備には『オリンピック推進委員会』と書かれており、都知事の手のものだと分かる。

「Tウイルス感染の疑いがある人物を発見! 拘束する!」

「なんだと?」

 陽歌達に銃を向けると、武装集団は彼らを取り囲んだ。カルロスはミリアを連れて離脱するが、陽歌は位置が離れており捕まってしまう。

「陽歌くん!」

「今は逃げるぞ! うちにはこういう時に頼れる奴がいる!」

 BSAAには拉致対策専門のメンバーがおり、救助の目途があるのでカルロスはミリアの安全確保を優先した。

「ハンク! 聞こえるか! 信じられないことに武装した奴らが民間人を連れ去った! 救助を頼む!」

『こちらハンク、任務了解』

 なぜ都知事は東京から離れたこの地に手勢を展開できたのか。そして死んだはずの都知事が生きているその理由とは? 謎が謎を呼ぶ中、新たな戦いが始まる。

 

   @

 

「これでよし……」

 ギーガーを撃破したエヴァは、撃墜に巻き込まれて息絶えた大海都知事の遺体そのものをサンプルとして確保する。袋に入れ、簡易転送装置でアスルトのラボへ転送して解析してもらうのだ。大海都知事が一体なぜ、倒しても蘇るのかその秘密を探る必要があった。

(月のデータベースによると、都庁ロボは生体認証で偽装は困難、その時の都知事のみ起動及び操縦出来るはず……。だとすると、本物の都知事は確実に都庁にいたはず。ワンフェスに現れた都知事が偽物と仮定して、なぜ偽物など用意したのか?)

 都庁ロボは二つ前の都知事が起動しかけたこともあり、月の防衛組織AIONによって調査が入った過去がある。そのため、都庁ロボが本物の都知事でないと起動できないのは確かな情報だ。

 相手は常識の通じない狂人。その理屈を読み解くのは困難だが、狂っているが故に後手へ回ることだけは被害抑止の意味でも避けたい。情報を集めれば、見えてくるものがあるはずと信じ、エヴァは目の前の都知事が息絶えていることを確認する。

 




 海底の謎の施設、解放された魔獣ジャバウォック、連れ去られた陽歌、増える都知事の謎。今、全てが明らかになるのか?
 君は覚えているか、あの初夢を!


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〇十万円、どう使う?

君は十万円を与えられたらどうする?
生活費に困っていないとしたらどうする?
今まで自分の欲望を叶えたことが無かったらどうする?
一通り必要なものは揃っているとしたらどうする?
どうする? どうするどうする?


 この度、未曽有の疫病で経済的に苦しむ国民を助ける策として十万円の現金配布が行われる運びとなった。地方によって時期はまちまちだが、順次世帯主を対象に配布されることとなる。

 ユニオンリバーのメンバーは大半が戸籍、というより今回の配布で軸となるマイナンバーを有していないので陽歌くらいしかもらえない、と思われたが……。

「公安N課からの支給だと?」

「そうなのよ」

 アステリアからの話を聞き、七耶はカウンターから身を乗り出す。てっきりもらえないから関係ないと思っていたので、まさに寝耳に水、棚から牡丹餅だ。

「公安N課?」

 陽歌は漫画に出て来そうな名前の組織について、知っているはずもなかった。そもそも公安の中でも独立しており、Nullの名が示す通り書類上は存在しない組織なのだ。ここに属する人間は表向き、仕事など無い窓際部署に配属されていることになる。

「ほら、この世界って非常識なこともあるじゃない? だからそれに対応する為の組織がこの国にもちゃんとあるのよ」

 アステリアはN課について説明する。そのN課が世界の危機に立ち向かっているユニオンリバー等のマイナンバーを持たず今回の支給を受けられない人間に、政府に代わって十万円を配布することになった。

「いやー、十万かー……どうしようかなー」

 七耶は早速何を買うか考えていた。陽歌は正式に支給を受けられるのだが、貯金する気満々であった。義手のモニター報酬でお金には困っていないというのもあるが、今まで何かをねだったりすることはもちろん、誕生日やクリスマスに貰うプレゼントを指定する経験が無かったこともあり、欲しいものがよく分からないでいた。

「おい小僧! 十万円だぞ十万円! パーッと使うぞ!」

「え? 僕は貯金かなー……」

 十万円の金銭価値が分からないわけでもなければ、生活にお金がいることも分からないわけではないが、能動的な欲望を持ったことが無いのでどうしたらいいか困ってしまう。

「お部屋を見直したら何か足りないものがあって欲しいものが分かるんじゃないかな?」

「おお、そうだな」

 アステリアのアドバイスで、まずは部屋の確認をすることになった。七耶もそれについていく。陽歌の部屋は喫茶店の地下にあり、それなりに広い。エヴァが用意したもので、あまりの完備ぶりに彼は困惑して落ち着かなかったという。

精神的にも肉体的にも体力のない陽歌の為に、床で寝られるようにタイルマットが敷き詰められ、クッションが置いてある。ベッドは当然、作業用の机、薄型テレビと一通りのものはある。加えて性能のいいデスクトップPCにゲーム機はswitch、PS4が揃っている。GBN用の自宅筐体まである徹底ぶりだ。デスクに備えられた椅子は身体に優しいワークチェア。基本、足りないものはないのではないだろうか。

「ダニエルのものは……」

 現在保護している黒猫、ダニエルの為のものも不足はない。猫用ベッドに餌箱、そこから対角線上に放したトイレなど、一通りはある。猫じゃらしなんかもあるが、老猫なのか反応は芳しくないのでキャットタワーを用意しても置物になるのがオチだろう。

 第一、新しい飼い主を探している中で場所を取るものをセットで渡しますといっても、引き取る側が困るだろう。

「こうなるとますます困る……」

 模型用の工具はその都度買い足しているせいで足りており、エアブラシも作業室にあるので問題ない。

「そうなると……」

「他の奴はどう使うか、だな。参考になるかもしれんぞ」

 そういう話なので、まずは七耶に聞いてみることにした。

「七耶は何買うの?」

「え? 私か? そうだな、ゴジュラスガナーに真骨頂電王に……」

 七耶が欲しいのはコトブキヤから発売されているゾイドのプラモデル、ハイエンドマスターモデルのゴジュラスガナーに仮面ライダーの可動フィギュアだ。

「あれ? ゴジュラスって二つ持ってなかった? まだあったの?」

「あー、それとせっかくだからマグアナック36機セットもか」

 とにかく、七耶はプラモデルという結論が出来た。

「フレズは何か……」

「人間から施しを受ける気はない。お前が好きにしろ」

 机の上に座っているFAガール、フレズヴェルクに聞いてみたが素っ気なく断られてしまう。こうなれば、片っ端から誰かに聞いて参考にするしかない。

 

   @

 

「十万円を何に使うか?」

「十万円ねー」

 まずはミリアとさなのゆにかふぇコンビ。ミリアはまぁ言わずともわかるだろうと誰もが思っていた。

「今は取っておくかな」

「え、お酒じゃないんだ」

 さなは彼女の答えに意外そうな声を上げる。これには七耶と陽歌もびっくりだ。まさかの貯金路線か。

「コロナ収まったら飲みに行くからね! その間もチマチマお弁当買ったりして」

「あー、なるほど」

 今は営業自粛で苦しんでいる居酒屋を支援しつつ事が済み次第放出する作戦だ。

「宅呑みもいいけど、居酒屋だとおつまみ美味しいし、なにより片付けなくていいからね」

「飲食店って後片付けもやってくれるのがいいですよね」

 アステリアもおつまみが作れないわけではないが、呑みすぎがバレるとアスルト共々粛清されるので外で呑んだ方がいいのだ。

「飲食店かぁ……宮城に行った時に入ったお店は経営大丈夫かな……?」

 陽歌はかつて、療養で訪れた宮城にあった寿司屋のことを思い出す。店主はいい人で寿司も美味しいがかなりぶっ飛んでいる上隠れ家的な店なのでこの状況での経営難は避けられまい。

「さなは?」

 相方であるさなは何に使うのだろうか。ケモミミが何の耳かもわからないミステリアスさからも予想が付かない。

「あー、私はあれだね。今度発売されるウォドムポッドを多々買って最新ウォドム部隊を再現するよ」

 彼女が欲しがったのは今度発売のガンプラ。さなは∀ガンダムが好きで、原型機とはかけ離れた状態ながら待望のウォドムHG化に期待を寄せていた。謎な部分は多いが常識人で普通の子であるさならしい使い方とも言える。

 

   @

 

 次はマナとサリアのアイドルコンビ。アイドルの仕事も自粛で減っている。だが、ネットで楽曲を配信していたり、天導寺重工を通じて仕事の無い現場スタッフにマスク製造の仕事を回したりと案外活動は多い、

「あー、私は調理道具かなー」

 サリアはキッチン周りの整備にお金を掛けたいそうだ。本業アイドルであり師匠の影響で格闘技にも秀でているせいで忘れがちだが、その師匠はコックなのでサリアも当然料理は教わっている。というか齢十一にして料理で食っていける実力がある。

『弘法は筆を選ばず』というがこれは大変な誤りで、一流の人間は使う道具にこだわりを持っているものだ。そんな道具を揃えるとなればいかに人気アイドルの収入でも厳しいものがある。加えて、道具は消耗品でもある。

「私は旅行の資金ですかねー。行きたい国とか沢山あるので」

 マナは観光の軍資金。魔法を使えば移動にお金は掛からないが、移動も旅の醍醐味でありそこを飛ばすのは野暮というものだ。彼女はエヴァと出会うまで半身不随であったせいか、外の世界や自分の知らないものに強い憧れがある。

「観光かー、今度オブライエン先生のサイン会やる時はアメリカ行きたいなー」

「おおー、アメリカいいな。実銃撃てるぞ」

 陽歌も行きたい土地はあった。好きな作家がアメリカ人なのでそのサイン会に行って原著にサインを貰いたいと思い、英語を勉強してSNSもチェックしているのだ。七耶が言う様な実銃もその作家の元職業柄気になってはいたが、流石に子供は撃たせてもらえまい。

「一回行ってみたところでも、他の土地を見てからもう一度来たり、仕事で行くのとプライベートで行くのでは違うんですよねー」

 マナはアイドルなので仕事で遠方へ行くこともある。一度行ったらコンプ、というトロフィー感覚ではない為、同じ国や県に行っても毎回新鮮な気分なのだという。

「旅行資金……コロナの後に使うのもありかな」

 生活に困っていないのであれば、この疫病が収まった後に使うのも悪くない。選択肢が増えて悩むことになりそうだが、参考にはなった。

 

   @

 

「十万円?」

 休憩室を陣取っているヴァネッサとナルら四聖騎士団にも聞いてみた。

「あー、私はあれだな。アニマギアの揃えたいな」

 ヴァネッサは動物型のAI搭載小型ロボット、アニマギアを集める気らしい。AI部分抜きならリーズナブルなので、十万もあれば大体買い揃えられるだろう。

「あとトリロバイトマギアの装動とかな。あれは沢山ほしい」

 そして重要なやられ役の補充。ブンドドにはやられ役の役割が重要と古来よりウルトラシリーズのソフビが証明している。

「十万円もあったらいけるよね」

 休憩室に珍しく滞在している茶髪の少女はヴァネッサと同じ青龍末妹、クロードである。

「ビーダマンを回収して回るよ」

 彼女は武器にもしているビーダマンを中古市場から集め回るこのこと。物によっては一個で十万では足りないくらいの希少品も多い。

「いやー、私は十万円貰わないと食指の伸びないもの買いたいですね」

「そうなんだ」

 エヴァは結構考えて使うつもりらしい。あれだけ不足の無い部屋をどうぶつの森感覚で作る彼女がそこまで考える買い物とは何か、陽歌は気になった。

「例えば、どんなの?」

「そうですねー、やっぱメジャーWiiパーフェクトクローザーとか、ラストリベリオンみたいな屈指のクソゲーや、メタルマンとかフロッグマンの様な話題のクソ映画ですかねー」

「え? クソなのに高いんだ……」

 クソの沼にどっぷり使った四聖騎士団や七耶は感覚が麻痺しているが、ダメな作品なのにプレミアが高くつくというのは理解できないだろう。生産が終了すれば数が限られるため往々にして値段は上がることも多いが、それは数に対して需要が多い場合に限られる。モンハンでいうと『G』が出た後のナンバリングソフトは、セーブデータの持ち越しや前のソフトでしかできないことも無い上に生産数が多く中古市場に多く出回り且つ需要が少ないことから安価になる。

 対してクロードの買おうとしているビーダマンの様に生産が終わっており、アイテムの性質上破損しやすく総量が減っているが欲しい人の多いものは値段が上がる。バトルビーダマンの『リボルバーハデス』という出荷数の少ないアイテムは通販サイトで五十二万の値が付いたことがある。

「この世で一番悲惨なのはワーストを飾ることではなく中途半端に終わって話題にもならないことなんですよ」

 なんでクソ映画やクソゲーがプレミア化するというとこの原理そのものであり、クソということは商業的な失敗が確定されているので出荷数は少なく、その中でも突き抜けていると好事家の目に止まって高騰する。

「そういう世界もあるんだなぁ……」

「クソの世界は浅瀬でちゃぷちゃぷして深海を知った気になるより、実際に沖まで泳いで確かめるのがマナーです。その時はぜひご一緒に」

「うん、遠慮する」

 実写デビルマンや実写ドラゴンボール、newガンダムブレイカーなどを体験した陽歌は体験したことのない苦痛を感じた。大体の苦しみは味わったと考えた彼だったがその時は世界の広さに感心さえ覚えたものであった。なので丁重にお断りする。

(私ら感覚麻痺ってるけど、主治医をして『苦痛の基準がバグってるから注意深く見ろ』って言われてるこいつにこう言わせるって相当だよな……)

 七耶も改めてクソゲークソ映画の世界の深淵を感じた。

「ボクは美味しいもの沢山お取り寄せしたいですに」

 ナルは食欲が中心。ただ、この野望には一つの問題が横たわる。

「でも美味しいものは高いけど少ないのが悩みですに……。お腹いっぱいを取るか美味しいものを取るか……」

 旨い物は高い、そして少ない。お腹いっぱい食べられるものがマズイわけではないが、この二律背反は人間社会に常時まとわりつく課題だ。

「味覚的には美味しいものの場合だと少なくても満足度が高いらしいよ?」

 陽歌は知識としてそうは知っていても、サルミアッキを眉一つ動かさずに食べられる埋葬味覚では実感がない。

「それに、美味しい部位は霜降りや大トロみたいに脂が多くて沢山食べられないとか、高い物はおいしさというより希少性でそうなってるだけみたいなとこもあるし……」

 脂肪分の多さ故に量食べるのが困難というパターン、マツタケや燕の巣、フカヒレの様に調達の難しさから食べること自体がステータス化している場合もある。

「つまり、真に旨い物は自分の中にしかないってことか」

 七耶的にはそういう理解になった。味覚は好みの範疇でしかなく、一般的に美味しいとされる者でも嫌いな人間は一人くらいいるものだ。

「では好物をこれでもかこれでもかと食べますに……」

「それが一番迷いないな」

 結局好きなものを好きなだけ食べることが至高の贅沢である。

「食べ物か……」

 食べ物を買う、という発想が出て来たので陽歌は自分が好きな食べ物を思い浮かべようとする。が、欠食児童歴の長い彼に好き嫌いという言葉は縁遠く、基本どれでも美味しいという感じに収まってしまう。

「好物……」

 そもそも満足に食べる経験が少ないせいで好物と言えるものを選定するに至らない。

「逆に嫌いなもの消していけばいいんじゃないか?」

「あー……」

 七耶に言われた通り、食べられないものを排除する消去法で探すことにした陽歌。だがアレルギーもなく、嫌いなどと言っていては生きられなかったので食べられないものを言うほど無い。

「あ、一つだけあった……」

「冷たいもんか?」

 ヴァネッサは陽歌が腕を失った原因から、それを連想させるものを挙げる。

「実はカップ麺だけは受け付けなくて……」

「カップ麺? そんなんが?」

 クロードはユニオンリバーを阿鼻叫喚に陥れたガリガリ君ナポリタンさえ涼しい顔をして食べた彼にそんな好き嫌いがあるとは思ってもいなかった。そもそもカップ麺自体、子供や偏食家に好まれやすい、嫌いな人間の珍しい食品だ。

「そうなんです……幸い、ここでは出なかったので言う機会なかったけど」

 ユニオンリバーには料理で商売しているアステリアやアスルトが常駐している上、例えどっちかがいなくても大所帯故に誰か料理出来る者が常にいる為食事がカップ麺になることは皆無。食べるとしたらおやつや夜食程度だ。

「なんだ、それでカップ麺喰ってるとこ見て気分悪そうだったのか」

「お前気づいてたのか?」

 ヴァネッサは彼の異変を察知していたが、カップ麺が原因とは考えていなかった。七耶もそこを問い詰める。

「まぁ多分、昔状態の悪いもんでも食ってえらい目遭ったんだろ。嫌いになる理由って案外シンプルだしな」

 そう考えたヴァネッサだったが、真相は違う。彼の両親は食事を用意するのを面倒がり、陽歌の食事を箱買いのカップ麺で済ませていたのだ。家で他の家族が別の物を食べていようが、外食でどっかに行っていようが、毎日三色同じものを食べ続けるだけでも地獄なのに、それが虐待の結果なら嫌いになるのも無理はない。

 加えて、栄養失調による臓器の機能不全や暴行による内臓への損傷を受けた状態でそんな脂っこい消化の良くないものを食べれば嘔吐や腹痛などを引き起こす。そうした苦しみの経験が積み重なり、味以前に『カップ麺』という存在を受け付けなくなってしまったのだ。

「はは……移り香とか話題になったね昔。殺虫剤の近くに置いてあったもんだから酷い味だったよ」

 陽歌はそんな詳細な理由など知らないが、心配を掛けない様に過去を隠す。とぼけている様で察しのいい彼女らはその仕草だけでも裏を感じ、追及を辞めるのだが。

「でも私らはともかく、陽歌はお国から貰えるんだぞ? なんか記念に残したくならね?」

「あー、確かにお国にお金あげることあっても貰うことってそうないから……」

 ヴァネッサは話題を切り替えた。彼女らは公安からの特別支給だが、陽歌は正真正銘、国からの支給だ。なんかこう、一種のありがたみというか特別感が強い。

「十万円分の金でも買って像にするか?」

 七耶は記念のトロフィー製造を提案する。確かに記念に残るし、万が一の時売れば資金として活用できる。換金の手間を考えれば貯金でもいい気がするが、金は万が一国が経済破綻しても活用できる数少ない資産だ。

「昔、政府から自治体に支援金が出た時、それをまるっと金の像にしたところがあったんだけど……なんか違うかなって」

「まぁそれはみんなに使う金を偉い奴の自己満足に使っちまったからだな。今回は個人給付だし話も変わってきそうだ」

 今回の給付金はお題目として、生活補助という目的がある。とはいえ金に困っていない陽歌はそれをどう使うか悩むところだ。

「政府の狙いに沿うなら、ドカンと使って景気を回すってところだな。買い物して商品が売れれば、買ってもらった店もさらに助かるってもんだ」

「買い物して誰かを助ける……そうか!」

 陽歌はようやく使い道を決めた様で、スマホを取り出して何かを注文する。

「これでよし」

「通販か?」

 陽歌が注文したのは、同人誌であった。それも電子書籍があるものでも紙媒体で購入だ。

「これで好きな絵師さんに支援出来るし印刷所も動く。そして僕は漫画が買えてうっはうはと……近江商人の心意気、三方よしです」

 今年はコミケやコミティアなどの同人イベントが中止になったせいで印刷所も厳しいのが現状。そこを支援する意味もある。ちなみに、彼は中止となった今年のコミケのカタログは購入済みである。

「R指定のものは無理ですけどね……」

 一応年齢制限は守る。ゾーニングなどの先人の努力を無にしないためだ。だが、小説などは全くそういうレーティングが無いので読めてしまう現状。

「使い道も決まったし、後は送られてくるのを待つだけだね」

 給付金は自治体によって申請の開始がまちまちである。インターネット申請の開始と郵送で差があったり、妙にややこしい。総務省のホームページで自分の住んでいる自治体がどうなっているのかを確認し、逃さない様にしよう。

 




 多々買わなければ生き残れない!


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〇ミリアとじゃんけん2020

 ペプシジャパンコーラが欲しいのにダイエットしか売ってない不具合修正はよ。
 コーラ飲む奴がダイエットすると思ってんの? トランプ大統領もジャンクフード好きなら日和ってダイエットコーラにするんじゃありません!


 白背景の前で、金髪に緑の瞳をしたグラマラスな美女がペットボトルのコーラを手に、声を掛けてくる。サイドテールにまとめた髪からは幼さが滲むが、三つ編みに結った髪や眼鏡、妖艶な表情からはミステリアスな色気さえ感じる。

「2020年、さらに美味しくなったペ〇シジャパンコーラ、飲みたくない?」

 手にしているのは赤いコーラではない。蒼いコーラだ。後ろでそれなりの速さをした銀のムキムキ男が駆け抜けていく。

「ペプ〇マーン!」

「なにこれ」

 黒っぽい毛並みに獣耳と尻尾の生えた少女が困惑する。リビングに白い布を張って背景を作っている。

「ミリアさんのことだし、何かに影響されたんでしょう」

 少女の呟きに反応する人物がいた。ソファに座り、室内だというのにパーカーを目深に被った子供が本を読みながらケモミミの少女に応える。余ったパーカーの袖から覗くのは、生身ではなく黒い球体関節人形の様な義手であった。フードから伸びているキャラメル色の髪を時折中に押し込みながら、義手の指でページを摘まんで進める。

「慣れてきたね」

「さなの方がてっきり慣れているのかと」

 ケモミミの少女、さなはこの子供の落ち着いた様子に驚きつつ、短い付き合いの相方がしていることを見守った。

「じゃんけんで私に勝てたら、あげますよ」

 ミリアと呼ばれた美女は、読者に対してじゃんけんを仕掛けてきた。まさかこれは、ツイッターで行われた例のキャンペーンなのか。

「じゃーんけーん……」

 さあ、あなたは何を出す?

「といってもじゃんけんなのでグーチョキパーの三種類なんだけどね」

「いや、そう思っているととんでもないことになるよ、陽歌くん」

 陽歌という子供は結末をありきたりなものと予想したが、さなはそう思っていなかった。フードから覗く中性的、を通り越して少女の様なフェミニンな顔立ちからは想像できないが、陽歌は男の子である。穏やかに微笑む姿と右目の泣き黒子から、可愛らしさと大人びた色香を漂わせる不思議な少年だ。

「ん、じゃあチョキで」

 陽歌は袖からちょこっと差し出す形でチョキを出す。びしっと決めるのではなく少し萎びているところに彼の人格が伺える。

「私はグーかな?」

 さなはグーを選んだ。

 

 グーを選んだ人

 

「じゃんけんぽん!」

 ミリアが出したのは、チョキだった。これで無事勝利。ペプシのクーポンが貰えるよ!

「そう思っているあなた、甘いですね」

 そんなミリアの一言と共にカットインが入る。眼鏡だけにペルソナ4風味だ。チョキがグーに向かっていき、そのチョキは巨大な白いワニのオーラを纏っていた。

「私のチョキは石すら砕く! 安寧の下に潜む牙に脅えろ! 『平穏砕く巨顎(アギトオブアンダーグラウンド)』!

 そしてグーは打ち砕かれる。じゃんけんにまさかの確変演出である。しかも負ける方なのにやたら手が込んでいる。こういう演出は大抵、負けそうな時に入って勝つものだろう。

ブーイングと共に『YOU LOOSE』のテロップが入る。

「私の勝ち!」

 彼女は心底腹立つ顔で勝ち誇った。

「なんで負けたか、来年までに考えておいてください。たかがじゃんけん、そう思っていたら、来年も私が勝ちますよ?」

 コーラの蓋を開け、早速飲もうとするミリア。

「ほな、いただきます」

 しかしそこにさなによる踵落としが脳天を直撃する。

月輪脚(がちりんきゃく)・半月落!」

「ぶふぉあ!」

 百トンのパンチを支える脚力による全力の踵落とし。にも関わらずミリアは頭から煙が出る程度で済んでいた。たんこぶ一つ付いていない。

「与太話なのに流れる様に新技が出てくる……」

 陽歌は肉体言語ツッコミには慣れていたが、こうギャグ回でホイホイ新技を出されると困惑する。ちなみに、足技の月輪脚に付随する月の名前は技の強さではなく脚捌きを示すものである。例えば、蹴りで斬撃を出す嵐系なら半月嵐は大きな一撃、三日月嵐は一般的なサイズ、満月嵐は周囲全体への攻撃、新月嵐は空気と同化した見えない攻撃だ。踵落とし系の落なら、半月落は普通の踵落としといったところか。

「一応足技は苦手だから手加減の一種なんだよねー」

「斬撃の出る蹴りで手加減とは」

「ほな、いただきます」

 さなはミリアから奪ったペプシを飲む。案外、派生技が多いと把握が難しく咄嗟の対応がやりにくいのかもしれない。その脚力で接敵して殴った方が早いというのは事実である。

 

 チョキを選んだ人

 

「じゃんけんぽん」

 ミリアは普通にグーを出す。やはりというべきか、ブーイングと共にテロップが入る。

「私の勝ち!」

 またもミリアは心底腹の立つ顔で勝ち誇る。

「この一年、何してたんですか? じゃんけんへの意識の差が、この差です」

 だが、ここでカットインが入る。今度はペルソナ風味ではなく、突如BGMが変わって黒背景に金文字で『Grand battle 1/1』と表示される。

「勇ましきコーラの王。コカコーラ一択の日本を救ったペプシこそ、我らにとって輝ける星……」

 陽歌が立ち上がり、フードを取ってミリアの前に出る。隠れていた瞳がようやく露わになる。右が桜色、左が空色のヘテロクロミア。これこそが、彼が機械の腕以上に忌むべきものとして隠していたものだ。今の義手は友がくれたもの。かつてと違い誇りに思っているが、長年染みついた卑屈さは簡単に覆せない。

「それを与太ネタに貶めたあなたに語り掛ける言葉はない……」

「え? 何これ?」

 画面上にミリアのHPが表示され、画面下には陽歌の顔グラとHP、スキルを示したアイコンが出ている。必殺ゲージらしきものは300%となっており、もう発動できる状態だ。

「あ! 陽歌くんがセイバーなのに私ランサーじゃないですかやだー!」

「相性不利だねお姉さん」

 しかも属性相性もピンチ。一方の陽歌はスキルまで使って強化を試みる。

『鬼種の魔(無辜):A』

「あ、攻撃力が上がったよ。二回」

「スキル名が伏線臭いんですけど!」

 与太話でどんどん匂わせていくスタイル。

『魔力放出(呪):C』

「バスターが上がったね」

「バスター宝具は嫌だバスター宝具はいやだ……」

 特定のカードを強化するスキル。必殺技に当たる宝具カードがバスターでないことを祈るばかりだ。

『漆黒の意思:E』

「無敵貫通が付いたね。もう逃げられないぞ」

 トドメとばかりに防御を貫く準備もしてくる。そして肝心のコマンド選択。単騎なので陽歌自身のカードのみ五枚配られるが、彼のカード配分はアーツ3枚、バスタークイック各一枚なので、宝具カードがバスターだが三色同じカードを選んで攻撃力を底上げするバスターチェインは使えない。

「助かった……」

 なぜこの配分なのかミリアは気になったが、とりあえず命拾いである。

「あったよ! バスターカード!」

「でかした!」

 しかしさなが自分のカードを持ってきたため、バスターチェインが成立してしまう。

「うそぉ……」

『あったよ! 〇〇!』『でかした!』で必要なものが出てくるのはもはやお約束である。

「我が魂喰らいて走れ、銀の流星! デッドエンド、アガートラム!」

「あばーっ!」

 そして手刀による一撃でミリアを撃破する。

「そういえば陽歌くんの義手って『プロトアガートラム』だったね」

 ユニオンリバーの提携先である企業が作った機械義手、二十式プロトアガートラムは地球の伝説に残る義手から名前が取られている。

「ほな、いただきます」

 〇プシを強奪し、陽歌が蓋を開けて飲む。この流れはお約束なのだろうか。

 

 パーを選んだ人

 

「じゃんけんぽん」

 ミリアは普通にチョキを出して勝つ。一見、勝率三分の一に見えるこのキャンペーンだが、無限ともいえる参加者に対して当たり枠は固定。昨年のじゃんけんにおける勝率はなんと0.7%だったのだとか。

「私の勝ち! たかがじゃんけん、そう思っているとカードバトルもコイントスも負けますよ? ほな、いただきます」

 ミリアはようやくペ〇シにありつく。この調子だとカードとコインもやって来年もじゃんけんしそうである。

 




 割高だけど冷えてるから自販機で缶のコーラ買ってしまう


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幸運を呼ぶ少女たち!

 幸運とは、人が操作できるものなのであろうか。人は日々、ガチャを引く時に「強化が大成功したら」「単発なら」と運を引き寄せようとする。しかしそれは確立された方法ではない。
 もしそれが可能なら、どれほど強大な力になるだろうか。働かなくても宝くじだけで生計を立てられ、どんな病気になっても困難な手術さえ成功し、否、どんな不摂生でも運よく病気にならない幸運があるとしたら……。


「東京オリンピックの延期は、ございません」

 記者会見で大海都知事が発したのは、意外な発言であった。国とIOCの間でオリンピックの延期が決定した今、緊急記者会見と称して人を集めたかと思えばこんな世迷い事を言い出したのである。これにはくだらない質問しかできない程度の知能の大手メディア記者も困惑した。

「この疫病騒ぎはすぐに収めてみせます。こちらの映像をご覧ください」

 記者会見の会場、そこのモニターには東京湾のさらに外が映されていた。そこから大きな水しぶきを上げ、何かが出現した。なんと、海底から巨大な施設が現れたのだ。

「病院島、『菊子』。ここに感染者を隔離し、感染の拡大を防ぎます」

 感染者を隔離出来る巨大な病院。確かに治るまで感染者を片っ端からここに突っ込む。現実的なコストから誰もしなかったことをやろうというのだ。

「そしてまことに遺憾ながら、現在ある地方都市で危険なウイルスに感染した人間が二名出たとの情報を独自の感染症情報部隊がキャッチしました。彼らを患者第一号として搬送している最中です」

 ざわざわと記者たちが騒ぐ。自身の手腕を披露したくて、不確定な情報を流してしまうという首長としてあるまじき有様だ。正確なことを言えば感染者の一人は死亡、もう一人は発症前にワクチンを接種しているので問題は一切無い。

「これで感染症問題は解決。そして今後予想されるテロ等の負傷者を救える病院機能としての力も見せつけ、延期を取り下げさせます」

 大海の脳内イメージは成功への道を進んでいたのだが、現実は甘くなかった。

 

   @

 

「なるほど、LBXで盗聴を行っていたんですねぇ……」

 エヴァは遠くから陽歌を捕まえた武装集団の様子を監視し、会見の動画を見て即座に情報の流出元を探った。この学校にも無人機と思われるLBXが潜んでおり、これで情報を集めていたと思われる。

 通常、LBXはコントローラーであるCCMの電波圏内でしか操作出来ないが、かつてオメガダイン社が開発したサーペントの様にその電波を仲介する機体があれば問題はクリアできる。そうして日本中にLBXをばらまいて医療機関などの情報を収集、感染者の具体数を直接のやり取り無しに把握していたのだ。

「さて、これからどうしますかね……。とりあえず用事は済ませないといけませんし」

 結構ものぐさなエヴァとしては、せっかく北陸までわっせわっせと来たのに緊急事態で成果を得ずに帰りたくはなかった。

「おーい! エヴァちゃーん!」

「無事だったか!」

 そこへミリアとカルロスが合流する。エヴァは陽歌のことを他の姉妹に任せ、自分は当初の目標を達成することにした。

「どうしよう! 陽歌くんが……」

「そのまま追いかけるのは真正面から迎撃受けますし、向こうには人質がいます。ここは静岡辺りでヴァネッサに待ち伏せてもらいましょう。そして私達は当初の予定通り、陽歌くんの母子手帳等を手に入れますよ」

 ミリアもヴァネッサの実力は理解していたので、この作戦には同意した。静岡からなら、ヴァネッサ以外のメンバーも出撃出来る。待ち受けた方が戦力も充実でき、準備もしやすい。

「俺もお嬢ちゃんを助けるのは死神野郎に任せて、ここの病院のワクチン管理状況を調査することになった。俺は装備も無いしな……力になれなくてすまん」

 陳謝するカルロスに対し、エヴァは軽く返す。

「いえいえ、私達ユニオンリバーなら心配なく。よし、それでは各員散会です!」

 こうして、都知事の野望粉砕兼陽歌救出作戦が開始された。

 

   @

 

「作戦って、私が主軸ぢゃねーかあのアホ姉!」

 輸送部隊のルート情報を受け取りながら、ワイルドライガーを走らせるヴァネッサが愚痴った。陽歌のカイオンも来ており、そこにはナルとさなが乗っていた。

「とにかく、あちらさんは陸路で陽歌くんを運んでいますに。ここに戦力を集中させて迎え撃てば問題ないですに」

「そうだね、これだけの戦力ならなんとかなるでしょ」

 さなの言う通り、ユニオンリバーで今動かせるだけの戦力を通過予定の高速道路に集めていた。都知事は急に輸送の為と称し、高速道路を通行止めにしてしまった。それに乗じれば、迎撃の準備は簡単である。

ガノンタスやキャノンブルなどの砲撃ゾイドを集め、敵を真正面から撃ち抜く作戦だ。人質救出はBSAAのハンクなる人物に任せ、こちらは都知事及び推進委員会の殲滅に集中すればいい。

「でも来るまで暇ですに……」

 だが北陸から静岡に敵が来るまでは時間がある。ナルは暇そうというか眠そうであった。

「なんで空路使わないんだろうね。そうしたらストームソーダーで一発なのに」

 さなも空路を使わないことを疑問視していた。ユニオンリバーには空戦ゾイドがいる他、四聖騎士団の朱雀など生身で飛行できるメンバーもいるためもし空輸されても困らないどころか、既存の航空機より飛行能力が勝る分こっちに有利だ。

「そういうこと警戒してきてんじゃねーの? なんせ、人質に使う予定だったロスカル・ゴンの娘も自警団のゾイドに解放されたしな」

 ヴァネッサは委員会が敵対組織の保有するゾイドを警戒していると考えていた。

『委員会の輸送部隊は大型トレーラー複数の車列だよ! 現在、長野県突入! 愛知県到達までおよそ一時間!』

「時間掛かるな……」

 深雪にはクワーガで先に飛んでもらい、敵の車列を偵察してもらっていた。クワーガが委員会の車列を捉える頃には、もう長野県まで来ている。

「ん?」

 その時、近くの建物の屋上に立っている謎の影をヴァネッサが見つけた。

「ハッ!」

それはかっこよく飛び立つと、彼女達の前に現れる。緑のボディをした翼人型のロボットである。

「貴様か、キクコ様に立て付くイレギュラーというのは……」

「誰だ! 委員会の連中か?」

 ヴァネッサが問いただすと、そのロボットは名乗りを上げる。

「私はフォルスロイド、ハイボルト! キクコ様に逆らい続け、挙句今もその道を塞ぐか。ならば、私が排除する!」

 どうやら迎撃を警戒し、部下に先行させていた様だ。ハイボルトは今にもヴァネッサ達に襲い掛かりそうだ。これを見て、さなはカイオンから降りて作戦を変える。

「迎撃ポイントを変更するよ! こいつを倒しても、ここで待ち伏せしてるのがもうバレてる! ヴァネッサ達は移動して!」

「わかった!」

 ヴァネッサとナルは移動を始める。ハイボルトは逃がすまいと攻撃を開始した。

「躱せるか!」

 翼を広げての突進。だが、そんな単純な攻撃は容易に回避できる。

「っと……」

 体当たりを避けたヴァネッサだが、それを読んだかの様に雷の矢が飛んで来る。

「危ね!」

 彼女は武器であるガンブレードで背後に迫ったそれを弾く。なんとハイボルトは脚部を切り離して固定式のビットにし、そこから射撃も行っていたのだ。

「前から来ますに!」

 ゾイドに乗り慣れていないナルは切り返して正面から迫るハイボルトへの対応に遅れたが、カイオンが独自の判断で回避する。その後に、正面へ設置された足パーツから飛んでくる矢もナルが拳で叩き落とす。

「ん?」

 さなはハイボルトが飛んでいるのに、足だけ置き去りなことに気づいた。そして、ものは試しとそれに拳を叩き込む。

「剛拳、二百六十七貫!」

 案の定というか、なんというか、置き去りにされた足は破壊された。

「あー! 人の足を! 貴様何という卑劣な!」

 ハイボルトは絶望と驚きの声を上げるが、そんな大事なパーツなら置き去りにしなければよかったのではないか。

「えー? こんなもの設置したら壊すでしょ」

「普通壊せないから置くんだよ!」

 彼としてはまさか破壊出来るとは思っていなかったのか、脇の甘いミスである。慌ててもう片方の足を回収するハイボルト。一応、足は自動で手元に戻ってくるらしい。

「はい隙ありー」

「あー!」

 しかし戻ってくるルートが見え見えなのでまた拳を叩き込んでさなが壊してしまう。

「破壊不能ギミックをスナック感覚で粉砕するんじゃない!」

「壊せちゃったのはしょうがないじゃん」

 ハイボルトの技はかなりの比率で足に依存するらしく、まさに手も足も出ないという状態だ。もう付き合い切れないので、さなはトドメに入る。

「月輪脚!」

「自分は足技とか当てつけか!」

 ハイボルトがやけくそで突進を仕掛けるが、彼女はそれがぶつかるタイミングとは大幅にズレた状態で虚空を蹴る。

「三日月嵐!」

 しかし、その華奢で柔らかい生足には百トンを超えるパンチを支える力がある。そのパワーで薙ぎ払われた空気は刃となり、ハイボルトの体を真っ二つに切り裂いた。

「ぐおああああ!」

 いくら飛行用に軽量化されているとはいえ、蹴りの風圧で切り裂けるような素材ではない。ハイボルトは両断されたまま、負け惜しみと断末魔を上げる。

「馬鹿な……だが、フォルスロイドは私だけではない……キクコ様がモデルVでお作りになる未来は、眩しすぎてお前は何も……見えない……」

 そして爆散。熱風を受けても、さなは平然と立っていた。ヴァネッサ達は戦闘の隙に移動し、この場所を離れていた。

「さて、ここで増援を待ち構えますか」

 ハイボルトの撃破を知って、敵が増援を寄越すと考えてさなは待機を選んだ。

 

 迎撃ポイントを愛知県寄りに変更すべく、ヴァネッサとナルは移動していた。そこに、空から大きなイタチのロボットが降ってくる。なんと下半身を回転させて竜巻を起こし、空を飛んでいるではないか

「待ちな!」

 デザインラインからヴァネッサはハイボルトと製作者が同じと判断した。

「さっきの奴の仲間か?」

「かまいたちとは安直なデザインですに」

 ナルの小馬鹿にした言動を、イタチは軽く受け流す。地面に降り立つとおもむろに電気の球を転がし、足止めを謀ってくる。

「切り刻まれても同じセリフが吐けるかい? アタシはフォルスロイド、ハリケンヌ! そこのねこ娘から刻んでやるよ!」

「とら」

 フォルスロイド、ハリケンヌに対してナルはいつもの訂正をする。

「面白い冗談だね。虎も小さかったら猫と同じだよ!」

「よーし、じゃあ見せてやりますに」

 挑発に乗る形であるが、ナルはカイオンから降りてハリケンヌとの対決に挑む。ヴァネッサは引き続き、カイオンと共に迎撃ポイントへ移動した。

「ふん、どうせ後で切り刻んでやるさ」

 ハリケンヌはそれをみすみす逃がす。絶対に勝てる、という自信の表れだ。

「生意気め!」

 彼女は首の刃を高速回転させ、斬撃を飛ばす。それをナルは姿勢を低くしたダッシュで潜り抜ける。

「何?」

 その回避方法に、ハリケンヌは青ざめる。嫌な記憶が蘇る。あの少女、赤のロックマン、モデルZXが脳裏に過る。が、過去の敗北を振り返る暇はなかった。

「タイガーレイザーズエッジ!」

「ぐっ!」

 ナルの薙いだ両手の爪が、ハリケンヌの首筋と脇腹を捉える。直撃は避けたが、僅かにダメージを受けた。

「アタシを切り裂こうってのかい? 面白いじゃないか!」

 興が乗ったハリケンヌは首の刃を全力で回転させ、自身を中心とした竜巻を発生させた。

「刻んでやるよ!」

 しかし、その竜巻が風の刃を作る前に、ハリケンヌの首に異常が現れた。どうしたことか、刃が上手く回らない。

「不調だと? なら!」

 即座に切り替え、ハリケンヌは高く跳躍する。そして登場した時の様に下半身を回して竜巻を起こして飛行する。だが、ここでも不調が現れ、回転が止まってしまう。

「何ぃいいい?」

 高いところから受け身も取れず、地面に叩きつけられるハリケンヌ。よく見ると、さきほどナルから攻撃を受けた部分は回転ギミックのクリアランスであり、斬撃ではなく引きちぎったかの様に変形しているではないか。回転させようにも、ひきちぎられた部位が引っ掛かって動かせない。

「ようやく気付きましたかに……」

 ナルは両方の指の間に金属の破片を挟んでいた。レイザーズエッジとは爪による攻撃ではなく、握力で相手の部位を挟んで引きちぎる技なのだ。

「くっ……こいつ!」

 回転が変なところで止まったせいで、ハリケンヌは立つことが出来なかった。ナルはトドメを刺す為に走ってくる。

「タイガー……竜巻旋風脚!」

 そして横に回転しながらのキックで突進。上半身だけ起き上がったハリケンヌはその連続攻撃をもろに受けてしまい、頭部をベコベコに破壊される。

「ぐおお!」

 完全に打ちのめされ、ハリケンヌは倒れる。ナルは地面に降り立つと、煙を吹いて漏電するハリケンヌの最期を見届ける。

「ふ……アタシを倒したくらいじゃ運命は変わらないさ……この国の全てはモデルVのイケニエになるだけだからね……」

 爆散し、跡形もなく吹き飛ぶハリケンヌ。ナルは特に感傷を覚えることもなく、仲間と合流すべく急いだ。

 

   @

 

『こちら観測班、異常なし』

「そのまま警戒を続けなさい」

 陽歌を乗せたトレーラーは高速道路を走っていた。大海都知事は助手席に乗り、報告を受ける以外の仕事をしていない。陽歌はストレッチャーに拘束された状態で寝かされ、上半身の服を脱がされて検査を受けていた。一応、医療機器が揃っている様だ。彼の体にはいくつも目立つ傷があり、加えてやけに下手な手術痕も存在している。

『了解しました』

 既にフォルスロイド二体を失っているが、報告されない。少しでも思い通りに行かなかったりトラブルが起きると彼女はヒステリーを起こすため、部下が報告したがらないのだ。

「発症の兆候、ありません。おそらくワクチンの接種を受けています」

「そんなことはどうでもよろしい。ただ、この子供が感染者に噛まれたという事実が重要なのです」

 同乗の医療スタッフが検査の結果を伝えてもこの通り。自分に都合のいい情報以外は欲しがらない。

「トレーラー2で搬送中の感染者と歯形を照合したところ一致しました」

「よろしい」

 医療スタッフは適当なことを言ってその場をやり過ごす。現在、陽歌を噛んだ担任のなれ果ては他のトレーラーで輸送している。歯型の採取や照合などは行っていないが、口から出まかせの割には的中していた。

「しかし気になりますね……スキャンの結果、いくつかの臓器が欠損しているんです」

「そんな情報はいりません」

 医療スタッフは真面目に仕事をしているので陽歌の体調に気を配っていたが、都知事は患者一号を自身の手で搬送するという手柄だけが欲しいので後は野となれ山となれ。臓器の欠損という信じられない言葉にも全く興味を示さない。

「ですが右の腎臓、両肺の下部、肝臓や膵臓まで……すべて家族への提供とは考えられませんし、第一子供の臓器を大人へ移植というのは考えられません。不自然です」

「ごちゃごちゃ煩い! 私は運転に集中してるの!」

 運転はしていないのだが、僅かな提言でもこの通り発狂して手が付けられない。そのため、彼女の秘書は短期間のうちに何百人と変わっている。

「うぅ……」

 その金切り声は聴覚過敏の陽歌には辛いものであった。臓器の欠損については知らされていたが、なんでそこを摘出したのかについては全く記憶になかった。国際警察が言うには、ギャングラーに凍らされた時に取られたのではないかとのことだったが、実はそれ以前からこの手術痕はある。

 臓器の大部分を失っているため体力も大幅に落ちているのだが、両腕と同じく再生治療は出来ない。人工臓器オプティマもテロリストに悪用されたことを理由に、一人に使える数が限られているため全ての臓器を賄うことはできない。

「おーい!」

 その時、窓の外から声と大きな足音が聞こえた。なんと、ヴァネッサがワイルドライガーで迎えにきたのであった。隣にはカイオンも一緒に走っている。敵が迫ったということもあって医療関係者は慌て始める。その時、突然運転席の窓を突き破って武装したガスマスクの男が突入してきた。

 その男は運転席と助手席の隙間を縫って陽歌のいるスペースに入ると、周囲にいたスタッフを格闘で瞬時に昏倒させる。そして、運転手に拳銃を突き付ける。

「BSAA提携企業、PMCアンブレラ、ハンクだ。車を止めろ」

 これがカルロスの言っていた救援なのか。すごい手際に陽歌も舌を巻く。これではさすがの都知事も反攻できまい。

だが、都知事は落ち着き放っていた。

「迎撃しなさい、【福音】」

 その一言で飛び出したのは、新たなライオン種のゾイドであった。骨格は琥珀色、装甲はクリスタルのワイルドライガー且つ、雷獅子形態と同じ模様が入っている。背中のユニットは深紅のAZタテガミユニットだ。

「はいよー!」

「なんだそのゾイド! 魔改造か?」

 驚くべき姿のゾイドに流石のヴァネッサも困惑する。言わば伝説の大秘宝、ワイルドライガークリスタルとファングタイガーアンバー、ライジングライガールビーを組み合わせた上で雷獅子形態にするというレアという言葉では片付けられない希少性のゾイドだ。

「私のタマちゃんは発掘した時からこんなんだよ?」

「いや嘘つけ!」

「発掘体験に言ったら掘り当てちゃった」

 【福音】はタマというとんでもゾイドを華麗に乗りこなし、ヴァネッサと接戦を演じる。ライオン種自体が乗りこなすのに相当な腕を要求し、それをZOバイザーの制御無しで行っているので実力は本物だ。ライダーがいないとはいえ、カイオンも戦闘に参加しているので戦力的にはかなり不利なはずである。

「苦戦するか、ならばこちらが人質を取る」

 ハンクが制圧を再開した瞬間、車が大きく揺れて彼は床に投げ出される。落ちた拳銃は嫌な音を立てていた。

「ん? ごめんごめん、進路妨害しちゃった」

「こいつ!」

 【福音】がヴァネッサとの戦闘でトレーラーが急ハンドルを取ってしまったのだ。ハンクはすぐ拳銃を取るが、破損しているのか分解して確かめると捨ててしまう。

「この程度で壊れるものか?」

「ははー、人質取れなくなるってラッキーだね私!」

 彼が疑問に思った通り、普通特殊部隊で使われる拳銃が落とした程度で壊れるはずがない。それこそよっぽどの不幸、敵にとっては幸運でなければ。

「彼女の能力は、とてつもない幸運なのです。あなた達がいくら強くても、この幸運の前には太刀打ちできない!」

 大海都知事は【福音】の能力を明かす。あんなレアゾイドを発掘して乗りこなせるほど相性のいい個体というのも、そこ幸運の能力故なのか。

「能力バトルで能力のネタバレしちゃうんだ……」

 陽歌はその幸運を破る策を考え始める。大体、こういう強能力はスキルに胡坐をかいて足元を掬われるものだ。

「そうだ、ヴァネッサ! なんでもいいからソシャゲのガチャを回して! 周囲の運を消費させるんだ!」

「そうか! 行くぞ、召喚タイム!」

 ヴァネッサはスマホを取り出し、アプリのガチャを回す。が、爆死もいいとこだった。マーボー豆腐が山ほど出てくる。

「どーすんだよ溜めた呼符と石が消えたじゃねーか!」

「あれ?」

 この空回りに、都知事は高笑いする。

「ふはははは! 何をしても無駄ですよ! 【福音】の能力は自分に幸運が起き続ける能力! あなた方がどうあがいても【福音】が味方でいる限り私の勝利は揺るがない!」

 その時、都知事の肩に何かが突き刺さる。それは分解された拳銃のスライドであった。

「脅すのに銃もナイフも必要ない」

「ハンクさん!」

 ハンクはまだ諦めていなかった。そう、この能力、あくまで【福音】が主体なので味方とはいえ大海都知事にそこまで恩恵があるかといえば微妙なのである。

「ぎょええええ!」

「車を止めろ!」

 しかし、また車が急ハンドルを切って脅しの体勢は崩れてしまう。ついでに刺さったスライドもすっぽ抜けてハンクが割ったフロントガラスから出ていく。

「おふぃおおお!」

「チッ」

 ヴァネッサもかなり考えて立ち回っているが、飛び散る破片などでハンドルを切らねばならない場面が出てきている。こういう意味で、幸運なのだろうか。

「だったら運に任せる前に終わらせる! 本能解放、ワイルドブラスト!」

 一気に勝負を付けるべく、ヴァネッサはワイルドブラストへ踏み切る。だが、踏ん張った瞬間に高速道路が陥没してしまう。

「おわー!」

「ヴァネッサ!」

 まさかの不運、いや、【福音】の幸運というのか。陽歌は自分で戦うべく、トレーラーの窓を開けてカイオンを呼ぶ。

「カイオン!」

 カイオンは吼え、トレーラーに向かってくる。しかし、足元に落ちていたバナナの皮を踏んで盛大に転んでしまう。

「ああ!」

「戦わずに済むってラッキーよね。傷付けずに済むから、さぁ、追いついた!」

 【福音】が迫る。その時、トレーラーの屋根に二人の人影が現れた。

「お待たせですに!」

「で、人間一人に苦戦ってらしくないんじゃない?」

 ナルとさなが追い付いた。しかし、【福音】の能力を打ち破る方法はあるのか。

「気を付けて! その敵は自分にとって幸運なことを起こすんだ!」

「運任せね……」

 陽歌が注意を促すが、実際それを見ていないさなは運と聞いてそんなに大した能力ではないと見た。

「例えクリティカルヒットが出せても、HPを削り切れないと勝てないんだよ。月輪脚……」

 さなは【福音】とタマに向かって飛び蹴りを放つ。その速度は凄まじかったが、幸運を発動することさえせず【福音】は回避した。

「っと……生身でゾイドと?」

 回避されたさなであったが、即座に体勢を立て直し、空中を蹴って機動を変えて再び【福音】へ迫る。

「天上ノ月!」

 それはまさに、空に浮かぶ月がいつまでも自分を追う様に。すれすれの回避と方向転換による押収が繰り広げられる。

「だったらボクも……、タイガー……ライトアタック!」

 ナルも光を貯めて黄色い球となり、【福音】を追撃する。二人の激しい追跡を受けながらも、それを回避し続けトレーラーを巻き込んだチェイスになっていく。

「しつこいったら!」

 その最中、さなの目の前に戦闘の衝撃に耐えきれなくなった看板が落ちてくる。彼女は進路を変え、それを避けた。

(これが幸運の力か。危ない……)

 一瞬看板に目をやり、再び進行方向を確認する。

「あ」

「に」

 そこには、高速で動くナルがいた。彼女もまた、瓦礫を避けた結果こうなったのだ。鈍い音が車の騒音をかき消して響き、二人はたんこぶを作って倒れる。

「ふぅ、ラッキー……」

 脅威が去って一安心の【福音】。だが、復帰してきたヴァネッサがライガーと共にやってきた。

「キングオブクロー、スパイラル!」

 本能解放による一撃。しかしこれは謎の不幸により阻まれることなく、タマに届きそうになった。そこで【福音】はタマを反転させ、本能解放を試みる。

「進化解放、エヴォブラスト!」

 二人の必殺が激しくぶつかり合う。

「さすがに連続でラッキーは起きないか!」

 彼女はただ自分の幸運が尽きたのだと思っていた。しかし、実際は違った。タマが踏ん張る地面に撒かれた砂で、力負けが起きてしまう。

「な、まさかアンラッキー? 私が?」

「いけー!」

 即座に回避行動を取ったため大事には至らなかったが、突然の事態に【福音】は困惑する。なんと、トレーラーの上に新たな人影が現れた。長身で金髪を靡かせた、一人の少女であった。

「搔け、紅葉招来!」

 その少女は大きな熊手を手に演舞を披露する。すると、吹き飛ばされたタマは踏ん張った時にどこかを痛めたのか屈んでしまう。

「タマ! 大丈夫? あの子一体何を?」

 【福音】はトレーラーの上に乗る少女を見る。彼女はグラマラスな肢体を隠すこともないキャミソールにホットパンツという大胆な姿であった。

「久しぶり、ユニオンリバーの浅野陽歌。覚えていてくれた?」

「あなたは……初めて会った気がしない……」

 少女は陽歌の疑問に、熊手を構えながら答えた。

「私は、一富士・デュアホーク・三茄子!」

 新たな出会いが、物語を大きく揺るがし始めた。

 




 遂にぶつかるフロラシオンとユニオンリバー! 初夢の少女が切り開くのは勝利か?
 そして凛が見つけた施設の秘密とは?


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乱戦! 陽歌救出作戦と謎の施設調査

 四聖騎士団とは?

 錬金術師アスルト・ヨルムンガンドが酔った勢いで作った青龍、朱雀、白虎、玄武4組それぞれ7人、計28人の姉妹ロボットである。その性能は酔った勢いで作ったとは思えないほど高い。またその技術は陽歌の義手、二十式プロトアガートラムなどに応用されている。
 普段の姿はコアが人間の姿をしているだけらしい。また、自由に動いているため全員が揃うことは稀である。


「陽歌くんの乗ったトレーラーを確保した! 私達も行こう!」

 深雪は偵察の為に飛ばしていたオレンジのクワーガを救援に向かわせた。飛行速度は最新のスナイプテラやソニックバードにこそ劣るものの、飛行というアドバンテージは大きく、十分にトレーラーへ向かえる余裕があった。

「でも耐Bスーツがあってよかった……」

 ゾイドのワイルドブラストに耐える為のライダースーツはサイズ的にタイトなので子供用はそうそう無い。ユニオンリバーのメンバーはロボットか異様に高い身体能力で耐えるという方法を取っているので、スーツの常備は無かった。だが、深雪は自宅に自分用のスーツがあったのだ。

 というのも、母親がクワーガを用いた運送業に就いているためゾイドの乗り方を教わっていたのだ。その過程で耐Bスーツも存在した。

 ワイルドブラストをしないまでも、飛行環境に適応するには必要な装備だ。

「ん?」

 その時、彼女の目の前に所属不明のゾイドが出現した。赤いスナイプテラだ。スナイプテラは主に治安局で用いられるゾイドで、エースの乗る機体は赤く染め上げられている。だがバイザーの色が青く、普通のエース機とは違う様子だった。

「あれは……」

 深雪が相手を確認するより早く、スナイプテラは兵器解放を行い撃ってきた。

「うわっ!」

 彼女の実力かクワーガの性能か、その一撃を回避することには成功した。だが、何の警告も無く射撃を行うなど異常といか言えない。

「待って! 一体どういうつもりなの? この機体にはオンラインレコーダーが組まれている! あなたの行為は遠隔で録画されているのよ?」

 深雪はオープンチャンネルでスナイプテラのライダーに声を掛ける。だが、そのライダーは少年の声であっさり答える。

「関係ないね。戦っていいなら戦うだけだ!」

「善悪の区別が付かない子供に引き金を引かせるか、治安局!」

 治安局はその公的機関の様な名称に反し、一企業が抱える私兵に過ぎない。同じくゾイドを扱う対テロ組織のZiコマンドフォースが民間とはいえ警察や自衛隊と連携しているのに対し、治安局は公安からも危険視されるスロウンズインダストリアルの為だけに動く軍隊だ。

 そのため、軍規と言えるものはなく子供が銃火器を搭載したゾイドを動かすことさえ許されている。

「そっちだって子供じゃないか!」

「屁理屈を!」

 早く陽歌救出に合流したい深雪の前に、意外な難敵が立ちはだかる。

 

   @

 

『キリングレッド、大空迅、戦闘状況に入りました!』

「虫一匹になど構ってないでさっさとこっちに寄越しなさい!」

 トレーラーで部下からの報告を受けた大海都知事は苛立つ。現在、患者一号として陽歌をトレーラーで運んでいる途中にユニオンリバーの襲撃を受けている。【福音】のおかげで一時は優勢だったものの、その後現れた少女のせいでまた劣勢に陥った。

 そのため、治安局に増援を要請しているところだった。今もトレーラーは全力で逃走しているが、ヴァネッサの追撃は激しい。

オリンピックのスポンサーであるスロウンズとしては延期や中止による損失は避けたいので推進委員会に手を貸すこと自体自然であるが、如何せん増援の癖が強い。

「クソめ! なんだあの女は! 運を操っているとでもいうのですか! ズルイじゃない!」

 都知事は今まで自分がやって来たことを棚に上げて、突如現れた一富士・デュアホーク・三茄子という少女を非難する。彼女が現れてから、【福音】の力である幸運がめっきり発動しなくなった。

 その結果、ヴァネッサの駆るワイルドライガーと【福音】の操る希少ゾイド、タマは通常戦闘に入ってしまった。発掘されたオリジナルのAZタテガミユニットのさらに希少なものを背負い、雷獅子形態でもあるタマであったが乗り手の差なのだろうか、ヴァネッサに圧されている。

「なぜです! あれだけの希少ゾイドを操れるというのになぜたかが普通のワイルドライガーに!」

 都知事は疑問を投げかける。

「ゾイドはあくまで動物、強いゾイドに認められることが即ち優秀な乗り手であるとは限りません。それに、ワイルドライガーも十分に希少な……」

「うるさい! お前に聞いてねえよ!」

 部下の解説を都知事は汚い言葉で遮る。余裕がなくなると本性が出るタイプだ。

「ではファントム隊を寄越しなさい!」

 増援として新しい部隊を呼ぶ様に指図するも、既に使える部隊を自分で使い切っていることを忘れている始末。作戦のさの字も無いというか、まさか自分のすることが何の障害もなく成功するという想定以外できないというか。

「無理です! 既に敵が構えた迎撃ポイントで戦闘状態で……」

「どいつもこいつも使えない!」

 都知事は怒り狂うが、配置ミスとはいえキリングレッドもファントム隊も敵増援を食い止めているだけ仕事をしていると言える。使えないのは自分の脳みそであることには一生気づきそうにない。

 

   @

 

 最初にユニオンリバーが設定した迎撃ポイントから少し離れた位置では、治安局との戦闘が繰り広げられていた。

「クソ、クソがぁ!」

 先日の戦闘で失った機体の代わりに新しいゾイドであるハンターウルフを確保してきた部隊長、宇都宮無双は苦戦を強いられていた。

「相手は僅か数機だぞ! 何をしている!」

 大部隊で押し寄せた治安局はガノンタス、キャノンブル、そしてアステリアの乗るグラキオサウルスに苦戦を強いられていた。砲撃機は直に敵を狙うのではなく、アスファルトを砕いて煙幕と足場の破壊を行い、視界が遮られ行動も制限された敵の隊列にグラキオが的確にワイルドブラストを叩き込むという戦法で削り取られていた。

「ふぅ、数だけは多いですね」

 アステリアは一息吐く。本当はゴジュラスを持ってきたかったが、大き過ぎて道路が陥没してしまう上に、あの火力では無用の被害を出しかねない。

「隊長! あれを!」

「なんだ?」

 部下が接近する味方識別の機体を三機確認する。やってきたのは赤い装甲のドライパンサーブラッド、黒地に銀の模様が入ったファングタイガーシュバルツ、そして重装備を施したスナイプテラバスターレーダーユニットだ。

「ファントム隊か、雇われごときめ……」

 本来なら味方の増援に好き嫌いなど言ってはいられないのだが、文句たらたらである。

「何をしにきた狂信者共! 貴様らの力を借りなければならないほど落ちぶれてはいない!」

「ふ、主君の為に戦う我らが狂信者ならばカスの様な名誉に縋る貴君らはさしずめ、貰いの少ない乞食だな」

 隊長機であるドライパンサーに噛みつく宇都宮。しかしそのライダーである老齢の男性は軽く流す。

「貴様! この国でのオリンピック開催は国民が求める名誉だ! 所詮宇宙人には理解できまい!」

「勘違いするな。あの祭典で栄誉を得るべきは戦う者達であり、貴様らではない。己の小ささを自覚するだけの謙虚さはあるようだが、あまり主語を大きくしないことだな。動物の威嚇よりも実体がない分滑稽だぞ?」

「なんだとぉ……」

 口論で上に立とうとする宇都宮であったが、歳の功か悉く言い返されてしまう。

「隊長、命令を……」

 スナイプテラのライダーの少女が隊長に催促する。

「オッサン、こいつに構ってると仕事進まねぇって」

 ファングタイガーの乗り手もあくまで仕事程度にしか思っておらず、治安局の意思に賛同していないことが伺える。

「では、早速任務といこう。そちらにも事情はあるだろうが、こちらも仕事でな」

 ドライパンサーは姿勢を低くし、グラキオサウルスを狙う。アステリアはそのオーラから、このライダーが只者ではないことを悟った。

「やっぱりゴジュラスで来ればよかったですね……」

 体格差があるとはいえ、向こうは高速型のネコ科ゾイド。大きさが有利に働くとは限らない。加えて、ファントム隊は小隊としての練度も治安局などとは比べ物にならないだろう。

「最初から飛ばしていく! 制御トリガー解除、兵器解放、マシンブラスト!」

 ドライパンサーはメイン武装のドライブレードを展開し、回転させて突撃してくる。だが、その進路は突如として放たれた銃撃によって反れることになる。

「やはりただでは済ませないか……シャイニングランス隊!」

 ドライパンサーが睨む先には、その機体を陽炎の様に揺らめかせて出現する黒いガトリングフォックスシャドーがいた。後から鎧を纏った銀の獅子、ライガージアーサーと白いラプトリアラフィネが合流する。

 戦況は一気に混沌を極め始めた。

 

   @

 

「お、おお……」

 海底で発見した施設に侵入した凛は、その施設が突如浮上したことにゆっくりと反応する。調査用の器材を乗せたガブリゲーターの合流を待っていたら、こんなことになってしまった。ガブリゲーターとは合流出来たが、予想外の事態である。それでも凛は全く動じない。

『病院島? あの知事がなんか言ってる島と凛のいる座標が一致する。何する気か知らねぇが、ろくなもんじゃねぇってのは分かる。調査を続けてくれ』

 ロディは浮上と同時期に行われた大海都知事の会見で存在が明らかになった病院島との関係性を考え、敵の拠点であることを察知して凛に伝える。いつの間に海底へこんな大規模な施設を作ったのか分からないが、あの知事のことなので悪事に使われることは想像に難くない。

 凛とガブリゲーターは施設の奥に進む。機材からのデータによると浮上してもなおこのエリアは施設の最下層らしい。本来、ガブリゲーターは青龍姉妹、エリシャのゾイドだが水中を動ける人員の少なさから借りてきたのだ。狂暴で手懐けるのは難しいとされる種類のゾイドだが、エリシャの『教育』によりユニオンリバーの人間の言うことは聞く様になっている。

「待たれよ!」

 施設のメインゲートらしき場所に差し掛かった凛を待ち受けていたのは紫色をした二体のフォルスロイドであった。

「ここから先は何人たりとも通さぬ!」

「……うぬ!」

 フォルスロイドなどを配備しているということは、ここが単なる医療施設ではないことの裏付けである。

『決まりだな、ここは怪しい。徹底的に調べるぞ!』

「てっていそうさ~」

 もう自分で自白している様な状態だが、二対一ということもありフォルスロイド達は余裕の姿勢を見せていた。

「笑止! 我らの守りを崩せると思うてか!」

「……うぬ!」

「我が名はアーゴイル、そしてその半身、ウーゴイル! キクコ様の命によりここを守りし者!」

「……死ねい!」

 フォルスロイド、アーゴイルとウーゴイルは足のローラーで自由自在に走り回りながら、手裏剣をパスし合う。敵をスピードで攪乱し、必殺の一撃を決めるつもりだ。しかし凛は初めから追うつもりが無いのか、目すら動かしていない。

「それ!」

 本命の攻撃を決めるため、アーゴイルが手裏剣を蹴り飛ばす。手によるパスとは違い、電撃に包まれて破壊力を増している。手裏剣は凛めがけて跳んでいく。

「ん?」

 が、彼女に直撃した手裏剣は粉々に砕け散る。ダメージはおろか、スク水を破いてサービスショットの一つも決められない有様だ。

「……」

「……」

 これにはアーゴイルとウーゴイルも沈黙する。

「このぉ!」

「死ねい!」

 攻撃が通用しないと分かり、半ばやけくそで同時攻撃を仕掛けるアーゴイルとウーゴイル。左右からの挟み撃ちだ。だが、凛はやはりその場を動かない。攻撃が当たる瞬間に手を差し出し、相手の勢いと自身の筋力だけで二人の身体を貫いた。

「ぐふっ!」

 その白い細腕に一切の傷は無い。玄武姉妹は本来、黒髪の姉妹である。しかし四聖騎士に共通して採用されている出力向上ギミック、天球機関が凛だけは常時発動している。その影響で騎士の姿に変身せずとも怪力を発揮、髪も緑色になっているのだ。極端なスロウリィさは単なる性格だ。

「ば、馬鹿なぁあああ!」

「うわああああ!」

 アーゴイルとウーゴイルは爆散した。まさに圧倒、というべき戦いであった。

『凛、さっきの隙にこの辺りを調べたが、上に続く通路があるみたいだ』

 ロディはガブリゲーターの背負った機材で周囲を探索し、フォルスロイドが守っていた以外の通路を見つけていた。

『多分そっちは公にしている医療施設なんだと思う。で、あの連中が守っていたゲートの方に秘密があるはずだ。そっちを調べてくれ』

「うん」

 凛はゲートの奥へ歩を進める。

 

   @

 

「本能解放、ワイルドブラスト!」

 深雪は即座にワイルドブラストし、敵のスナイプテラ、キリングレッドを倒しにいく。隠された刃、デュアルシザースを開いて突撃を行う。

「四連蟹鋏!」

 クワガタなのに蟹とはこれ如何に。深雪も疑問に思っているが、そういう名前なので仕方ない。キリングレッドは回避する予兆も見せず、突っ込んでくる。

「倒し切れなくても、手傷だけでも負わせれば!」

 体格や性能差から勝利こそ難しいが、今回の作戦は陽歌の奪還が目的。キリングレッドを振り切って合流出来ればいい。

「いいじゃん」

 直撃の瞬間、キリングレッドは最小の動きで回避を行った。正面衝突の形は互いの速度を乗算した速度で接近が行われるため、これを行うには動体視力、反応速度、精密動作性どれが欠けてもいけない。

「なんて奴……だけど!」

 敵の実力に驚きつつ、深雪はそのまま離脱する。元々一撃加えて即逃げるつもりだったのだ。ダメージが無い状態では速度の差で追いつかれる恐れがあるが、ここはクワーガの小柄さを活かして森に入り込んで撒くことにした。

「今度はこっちの番!」

 しかし、キリングレッドは兵器解放を行う。スナイプテラの口に仕込まれたスナイパーライフルが伸び、クワーガを狙う。敵が狙撃体勢に入ったことを知り、深雪もジグザグに飛行して狙いを反らす。

「アブソルートショット!」

 放たれた弾丸は吸い込まれる様にクワーガのデュアルシザース、その片側に直撃する。

「うわぁ!」

 刃は折れ、その衝撃でクワーガは姿勢を崩し墜落する。何とか姿勢を保とうとする深雪だが、クワーガが気を失ったのか操縦を受け付けない。

「このままじゃ……」

 短い人生でも最大のピンチに、彼女の脳裏には走馬灯が流れた。物心ついた時には父親の姿はなく、母と二人暮らしだった。それでも、他の家庭を羨む様なことは無かった。

 その代わり、チラつくのは陽歌の姿。初めて見た時は、ミリアの後ろから出てくることはなく、常に脅えていた。少しずつではあるが、自分に心を開いてくれ、ぎこちなくても笑う様になった。

「陽歌くん……」

 両腕を失うほど過酷な環境からようやく抜け出し、人として当たり前の幸せを掴める。そんな中、また心無い大人が彼からそれを奪い取ろうとしている。

「……進化解放……」

 それだけは絶対に許せない。だからこうして、ユニオンリバーに力を貸していた。彼女は無意識に、ある言葉を叫んでいた。

「エヴォブラスト!」

 クワーガは深雪の心に呼応し、光輝く。残ったデュアルシザースも外れ、そこから琥珀色の羽根と刃が生えてくる。クワーガは墜落寸前で復帰し、再び飛び始めた。

「何?」

 確実にトドメを刺すべく、キリングレッドはクワーガに向かって降下していた。そこを正面から当たる形でクワーガ、否、クワガノスが一筋の矢となって撃ち抜く。

「ストーム……シザース!」

 キリングレッドは翼の一部、ジェットエンジンに損傷を負いそのまま不時着する。

「やるじゃない……」

 ライダーは去っていく深雪とクワガノスを見送る。その表情はどこか満足気であった。

 

   @

 

『しかし、驚いたな』

 ロディは凛による調査を振り返ってこの施設の不自然な点を挙げる。ゲートで守られているとはいえ、中身はぱっと見普通の入院施設であった。普通の病院すぎてガブリゲーターがサイズ的に入れない程度には普通だ。ある一点を覗いては。

『遺体安置所がある、ならまだ不自然でもないかもしれない。だけど、なんで火葬する為の炉があるんだ?』

 ロディは日本人ではない為この国の法律には詳しくないが、火葬には許可がいるらしいことくらいぼんやりと理解していた。加えて、葬儀の手順としてもまず最後になる火葬がここで行われるのは不自然なことである。

 陽歌から聞いた話では指定された感染症の場合、遺体からの感染を防ぐためにすぐ火葬するそうだが、わざわざそんなスペースを孤島の施設だからといって作るのか。それに、安置所らしい安置所は今のところない。

「空き部屋」

『みたいだな』

 凛が扉を開くと、コンクリート固めの大きな空間があった。倉庫にでも使う予定なのだろうか。

「?」

 しかし、凛はなぜかその部屋に設置された水道と排水溝が気に掛かった。倉庫にはどれも不要なものである。

「シャワー」

 その隣の部屋はシャワー室。施設の大きさに反して、一人用のものが一つと奇妙なまでに小さい。

「べたべた~、流す……」

 海底を探索していた凛は、海水によってべたつくのを気にしていたのかシャワー室に入ると蛇口を捻る。しかし、いくら回してもシャワーから水滴一つ出てこない。

『おい、ここ変じゃないか?』

 ロディはこのシャワー室の異変に気付いていた。そう、あの何もない部屋にはあって、この部屋には必要なのに無いものがあるのだ。

「あー……」

 それには凛も気づいた。そう、排水溝が無いのだ。扉の気密性は水漏れ対策だとして、排水溝が無いのはどう考えてもおかしい。

『うへー……気味わりぃなぁここ。深夜の廃病院ならともかくよ、昼の病院がここまでホラーだとは思わないぜ。それも脅かし要素無しで』

 常識とのずれが、不気味さを駆り立てる病院であった。その時、外で待機していたガブリゲーターの探知機が何かを発見して知らせる。

『なんだ? 凄いエネルギー反応がこの奥にあるみたいだ』

「行ってみる」

 謎の高熱源。これだけ大きな施設を動かすのだから発電機関の類だろうと思われたが、それにしては反応が大きい。加えて、この施設はまだ浮上しただけで全く稼働していないので消費するエネルギーが無く、発電機関をそんな反応が出るほど動かす理由はない。

「ここ……」

 凛がエネルギー反応の場所に辿り着く。そこは広い空間になっており、中央には禍々しい気を放つ大きな機械の破片が浮かんでいる。

『こいつは……』

 ロディがデータバンクでその機械を調べていると、空間にいた何者かが凛に近づく。

「どうやら見てはいけないものを見てしまったようですね」

 それは、何と大海都知事であった。今は会見中で、ロディと凛は知らないがヴァネッサ達とも交戦中の都知事がなぜここにいるのか。

「これはライブメタル、モデルV。本来は人類を新たな存在、ロックマンへと進化させるためのものらしいですが、今は関係ありません」

『なんで病院施設にんなもんが……』

 ロディの疑念は深まるばかりであった。だが、聞かずとも調子に乗った大海都知事はペラペラ喋ってくれる。

「本来、ここは本当に東京オリンピックの偉大さを示す施設の一つに過ぎなかったのです。私としても、今回の疫病騒ぎは想定外でした。人々に安心を促す為の巨大病院施設。その影として私によるオリンピックという偉業を邪魔する不届き者を始末する為の処刑場……」

『なるほど、そういうことか!』

 ロディはその一言で不審だったこの施設の構造に納得した。あの水が出ないシャワー室は、おそらくシャワーに偽装したガス室。だから排水溝が無かったのだ。一方、あのコンクリート固めの空間は焼く前の遺体を置く場所。放置する時間が長ければ汚れる可能性があるから蛇口と排水溝が掃除の為に必要だった。そして火葬する為の炉。燃やして骨にすれば、証拠は残らない。海底に直通していたのも、遺灰を即座に海へばら撒いて証拠隠滅するためだったのだ。

「ですが、よかったですね。ここに感染者を運び込み、全員処分すれば我が国の感染者はゼロ。オリンピックを延期する必要はありません」

『イカレ野郎め……』

「そして、本来なら栄誉の為に喜んで身を捧げるべき者共は生にしがみつき、恐怖し、逆恨みをします。そうした感情を喰らうことで、このモデルVは成長を遂げるのです。オリンピックが終わった後も、私がこの国を治め、永遠の栄華を作り上げる……! 初の女性都知事だけではなく、初の総理大臣、そして人類初の世界大統領へ……!」

 都知事は黒い三角の物体を取り出し、それを翳して『変身』する。白いボディにオレンジの角があちこちに生えた、サイボーグの姿。

 両腕は肥大化してオレンジの角による槍となり、人間サイズの下半身に対して上半身のみが膨れ上がった歪な体型。大きくなった体には口が生え、足は陽済みとばかりにフワフワそんな存在が浮かんでいる。

それを『ロックマン』というにはあまりに醜悪であった。

「お前達の恐怖も、モデルVに食わせてやる! お前達の船にフロラシオンを送り込んだ。全員纏めて死ぬがいい!」

『俺はお客さんを相手にする。お前も存分に暴れろ! 凛!』

 都知事はロディのいる船に部下を送っていた。凛はロボットのプラモデルの様なものと飴を取り出し、飴を口に含んだ。

 四聖騎士の普段の姿はコアが人間の姿をしているに過ぎない。ぐだぐだな性格を一時的に直す修正プログラム入りキャンディ、天魂と持ち運べるロボットの肉体、キャストを用いることで真の力を発揮するのだ。

「変身」

 凛は少女の姿から、人間サイズのロボットへと変化する。

「四聖騎士団、玄武、玄武凛。推して参る……!」

「見かけ倒しが! 消えなさい!」

 槍を凛に向かって突きたてる都知事。しかし、彼女はその槍すら拳で打ち砕きながら強引なクロスカウンターを決める。

「ぐ、げふっ!」

 そして無慈悲なラッシュが開始された。拳一発で発破の様な轟音が響くパンチを何百と打ち付けられ、最後の一撃で都知事はモデルVへと叩きつけられる。

「ヤッターバァアアアア!」

 戦闘を終えた凛は装甲の隙間から煙を吹いて排熱し、一息つく。

「まだだ、まだ終わらん!」

 しかし都知事は妙にしぶとかった。彼女とモデルVが光に包まれ、新たな姿になる。巨大な顔の上に大きくなったメカの上半身が乗った、ボスっぽい姿である。そして、巨大な独立した手が空から降ってくる。

「これが王の姿だ!」

 その巨大な両手で凛を押し潰そうとする都知事。だが、さきほど散々殴られても学習しなかったのか。単なる力押しでは、通用しないということを。

「ふん」

「なに!」

 両手はいとも容易く止められてしまう。抵抗すべく手の平から冷気や雷を出して攻撃するも、凛に効き目はない。他ならともかく防御特化かつ常時出力が上昇している玄武の凛が相手なのだ。生半可な攻撃ではダメージにならない。

「無駄だ」

 とうとう両手は跳ね除けられ、粉々に粉砕される。ライブメタルを使うには条件があるのだが、他人が解明したそれを無理矢理再現して変身しているだけの資格なき都知事には、モデルVの性能を発揮できるとは言い難い。そんな側面もこの戦いにはあった。

 これがモデルVのロックマン、セルパンが相手ならば凛といえども無傷では済まなかっただろう。

「馬鹿な!」

「喰らえ」

 凛はハンマーを手にし、巨大な顔の額にある緑のクリスタルを叩き割った。顔全体に亀裂が入り、攻撃の勢いかモデルVの安置されていた床が陥没して沈む。

「グオ……創生の炎だ!」

 都知事は角から光線を出し、炎を降らせた。しかし、凛は水を纏ったハンマーを振り回すと、それを床に叩きつけて大波を起こす。

「海よ、ここへ」

 炎は一瞬にして消滅し、室内に雨が降るほどの海水が溢れる。エネルギーを使い過ぎた都知事は吸収技を使うため、両肩の瞳の様な部位を開いてそこからスコープ状のビームを伸ばす。

「分け与えよ!」

 凛はそれを回避せずに受けた。都知事の思惑通りにエネルギーを吸い取っているが、あまりのエネルギー量に耐えきれず、両肩が爆発してしまう。

「ウオオオオ! 何故!」

 モデルVが何をエネルギーとしているのかを知っていながら、漠然とエナジードレインをした結果であった。あの巨体に収まらないエネルギーを常時作り続けている凛が異常なのもあるが、モデルVという力に頼り切った慢心と戦闘センスの無さで本来なら世界の脅威クラスの力を悉く使いこなせていない。

 相手が平均的な戦力ならば都知事でもモデルVを使えば無双できただろうが、相手はアスルト・ヨルムンガンドの傑作、その一つ。現実は厳しい。

「闇に呑まれて、朽ちるがいい!」

 腹部の口を開き、ブラックホールの様なものを発生させて凛を吸い込もうとする。しかし、それは自ら弱点を晒している様なものであった。当然、凛が吸い込まれるということはなく、大技の予備動作に入る。

「全ての始まり、原初の海の重みを知れ」

 腕を広げ、開いた手の平から水を生み出し、水のボールへ入る形となった。そして、その中でハンマーを振り回し高速回転をする。ハンマーからも水が吹き出しているが水のボールが大きくなる様子は無い。回転する球体と化した凛は、その勢いのまま都知事の開いた口へ突撃する。

「オーシャン、エクスプロージョン!」

「グエアアアア!」

 見た目以上の重い一撃が都知事を襲う。その衝突音は、反響だけでこの病院島を内側から破壊し尽くす。施設内の割れる物は残らず割れ、島そのものが何分割にも引き裂かれる。それほどの質量による攻撃だった。

 凛が水球で回転するためにスラスターやハンマーから吹き出している水は水球のものを取り込んで噴射しているのではなく、空気中の湿気を水にしているのである。つまり、人間が入る程度のサイズしかない水球は何トンという水が圧縮された超重量の爆弾なのだ。

 叩きつけるだけでも、下手な打撃より破壊力のあるそれが爆発したら、どうなるか。

モデルV全体が裂け、砕ける。都知事は手も足も出ずに計画が破綻した恨みを叫ぶことしか出来なかった。

「おのれええええええ!」

 病院島は水の爆発で内側から吹き飛び、跡形も無く粉砕された。その様子は会見の会場にも流れてしまったという。

 

  @

 

「た、タマ!」

「勝負あったな!」

 激しい戦闘の末、ヴァネッサは【福音】を下した。元々ゾイドバトルの経験が浅い彼女に、追撃しながらの戦闘は荷が重かった様だ。

「どいつもこいつも使えない!」

 一番使えない都知事が車のダッシュボードを叩きながら叫ぶ。ハンクはナイフを運転手に突きつけ、車を止める様に要求する。

「停車しろ」

「こうなったら、こうです!」

 都知事は何かのボタンを押すと、彼女の座る助手席が射出された。所謂ベイルアウトというものである。

「え?」

 車にベイルアウトの機能が付いている、しかも助手席、という意味不明な光景に流石の死神ハンクも固まった。しかし、急にトレーラーがスピードを上げて暴走を始めると茫然としてもいられなくなる。

「ふははははは! そのトレーラーは常時アクセル、ハンドル操作不能となった! 死ねえ!」

 脱出と同時に車を暴走させるという陰湿さ。都知事は高笑いしながら空高く飛んでいった。

「そんな! 一体どうすれば!」

 陽歌は頭を働かせる。自分一人くらいならカイオンに飛び移って助かるだろうが、運転手とハンクを助けられない。カイオンに大人二人を追加で安全に飛び移らせることなど可能なのだろうか。などと悩んでいると、ハンクが彼に声を掛ける。

「少年、お前は自分のゾイドで脱出しろ」

「でも、ハンクさんは……」

「ここは戦場だ。自分の運命は自分で切り開く」

 激しく葛藤する陽歌。ここで自分も死んでは、ハンクの覚悟も無駄になる。かといって、自分を助けにきてくれた人を見捨てるなど出来ず、あの都知事のせいで死人が出るのも御免だった。

「ん?」

 が、しばらくすると車はスピードを緩める。

「エンストしたみたいです」

「そうか、よかった」

 運転手によるとエンストらしい。フロントガラスからひょこっと三茄子が顔を出す。

「ちょっとー、私がいるの忘れないでネ!」

「そうか、お前が運を操ったのか」

 トレーラーの上にいた三茄子が運を操作していたからこそ、ヴァネッサも【福音】の幸運に妨害されず戦えたのだ。その後、また運を操作して車を止めたというわけだ。

「ちょ、パラシュートが開かない!」

 空高く飛んだ都知事はパラシュートの不備で減速せずに落ちていく。凄まじい恐怖だろう。陽歌は想像しただけで寒気がした。

「あ、やった!」

なんとかパラシュートが開くが、急に減速した衝撃で座席から投げ出され、結局普通に都知事は落ちていく。車のシートベルトでは人体を固定し切れなかったようだ。

「うわあああああああ!」

 ベイルアウトの勢いが強く、結構遠くの方へ落ちたので都知事がどうなったかは知る由もない。

「あれもお前の仕業か?」

「違うネー。あれ普通に天罰」

 ハンクは三茄子による運気操作を疑ったが、流石に能動的な殺人をする様な人物ではない。

「あ、都知事どうなったのあれ?」

 遠くから様子を見ていた【福音】は上司の安否を心配する。

「死んだんじゃねーかあれ?」

 ヴァネッサはさすがに諦めていた。運よく森や水に落ちてもその程度で和らげられる高度ではない。

 こうして、首謀者の情けない死で陽歌救出作戦は幕を閉じた。

 




 ファントム隊
 ゾイドによる傭兵部隊。現在は金払いのいい治安局に味方している。ドライパンサーブラッド、ファングタイガーシュバルツ、スナイプテラバスターレーダーユニットの三機チーム。どうやら地球人ではないらしい……。

 シャイニングランス隊
 ゾイドの復元、ブロックスの製造販売を手掛けるゾイテック社が運営している対テロ組織ZCFのエース部隊。ライガージアーサー、ガトリングフォックスシャドー、ラプトリアラフィネで構成されている。
 ZFCにはライジングライガー、ガトリングフォックスブルーナイトなど強力なゾイドが所属している。

 キリングレッド
 エース機のスナイプテラは赤く染められる。治安局のスナイプテラ部隊、そのエースの一人、大空迅が駆る機体がキリングレッドである。治安局には青い機体、スナイプテラストームなどまだエースがいる。


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忌むべき生命

 浅野陽歌

 誕生日:3月30日
 血液型:B型
 身長:130㎝
 体重:26㎏
 種族:人間(地球人、純日本人)
 年齢:9歳
 学年:小学4年


 東京都庁では、ある緊急記者会見が開かれていた。都知事が鳴り物入りで明かした病院島が僅か数時間で吹き飛び、SNSにその島が持つ処刑場としての機能が明かされたのだ。それも、写真ではなく都知事本人がその詳細を語る映像として。

「この映像は本当なんですか?」

 記者が質問を飛ばすが、これは台本通りだ。オリンピック利権を獲得する為に、大手メディアは大海都知事を支援している。

「もちろん、よくできたフェイク映像です。病院島の爆破という許しがたいテロについては、現在犯人を捜索しています」

 ユニオンリバーの凛によって暴かれたものの、とりあえずテレビと新聞がそう報じればこの騒動は収まる、と都知事は思っていた。

「では街中に落ちて来た都知事の遺体は?」

「それもフェイクです」

 輸送作戦中にベイルアウトして墜落死した都知事に関しても一環してフェイクだという。この主張を大手メディアが取り上げればなんとかなる。そう都知事は思っていた。が、流石にツイッターやインスタに沢山写真が広まってしまったので収拾がつかない。

 さらに会見の時刻と遺体発見の時刻から、同時刻に二人都知事がいたのではないかという疑問まで浮かんでいた。とりあえずフェイク、デマの二言で誤魔化せると思っている都知事だったが、さすがに旗色が悪くなっていた。

「警察だ!」

 その時、会見会場に警察が踏み込んできた。赤いネクタイの刑事を先頭に、かなりの人数である。

「大海菊子、破壊防止法違反の容疑で逮捕する!」

 刑事は逮捕状を手にしている。罪状は、死刑一択の破壊防止法違反。考えてみれば当然だ。国に黙って変な島を作ったり、武装集団を率い、挙句公共の道路を占拠しての暴走行為。黙って見過ごせというのが不可能なレベルだ。

「警察なんて呼んでいませんよ。それとも腐った男組織お得意の弾圧ですか?」

「特殊状況課刑事、泊進ノ介だ。物的証拠は揃っている」

 グローバルフリーズを発端とするロイミュード関連の事件、通称どんよりに対応する為に作られた特状課を再結成させるほど、警察は今回の事態を重く見ていた。刑事、泊は手錠を掛けるべく都知事に迫る。逃げられない様に、他の警察官も周囲を取り囲む。

「あなたに私を捕まえることはできない!」

 都知事は何か波動の様なものを吹き出す。すると、周囲の動きがゆっくりになる。これは、もう起きるはずのない出来事であった。

「どんより?」

「ん? なぜ動けるのですか!」

 大海を取り押さえようと警察官が動くが、その動きはスロー。しかし、泊は普通に動けている。

「俺は、刑事で、仮面ライダーだ!」

 泊は青と銀のベルトを取り出し、腰に巻く。

「なるほど、それならこれを持ち出した意味があるというもの」

 都知事の姿は忽ち、黒いバックルのベルトを巻いた怪物の姿になる。これが本当の姿だというのか。

「ロイミュード? 都知事は擬態だったのか?」

「擬態? 本物ですよ」

 ロイミュードの胸のプレートには通常、番号が刻まれているのだが、彼女にはない。そして、その動きは抑揚がなく、まるでベルトに操られているかのようであった。

(ロイミュードかもしれない、とは思っていたけど通りで繋がらないしトップギアにもならないはずだ……)

 泊は逮捕に踏み切る前から感じていたもやもやの正体に気づく。まだ真相は見抜けないが、相手が武力で反抗するならば取り押さえねばならない。

「変身……!」

 都知事はベルトのキーを回し、変身する。その姿に、彼は見覚えがあった。

「ゴルドドライブ!」

 かつての強敵の姿。しかし、ここで負けて取り逃がすわけにはいかない。彼はアイテムをベルトに装填すると変身する。

「変身!」

『シグナルバイクシフトカー! ライダー! デッドヒート!』

 白と赤の仮面ライダー、デッドヒートドライブ。本来の装備が封印されている今、この姿で戦うしかない。

「カビの生えた古臭い存在、仮面ライダー。カメラの前で跪かせて新時代がどういうものか教えて差し上げましょう」

 自信満々の都知事。果たして仮面ライダードライブは、万全でない状態で最強の敵と同じ存在に勝利することができるのか。

 

   @

 

 Tウイルス感染の疑いがあった陽歌は、BSAAが指定した病院に一時入院することとなった。それはいつもお世話になっている松永総合病院の本院である。個室の病室を宛がわれ、ベッドに寝ながら陽歌は検査と治療を受けていた。

「今のところ、ウイルスはワクチンで抑えられているよ。安心して」

 主治医である松永順も新型肺炎の研究を行うべくここを訪れており、偶然ではあるが鳴れた相手による診察で陽歌も安心出来た。

「チェンバーズ教授のワクチンはベロニカを除くT派生型のウイルスにも有効だから、無いと思うけど今後そういうウイルスに感染する危険があっても少しは役に立つよ。もう一人の感染者はワクチンの過剰摂取という特殊例でね、親族とも絶縁状態だし、BSAAがワクチンの改良に役立てるため回収したそうだ」

 順は診断の結果を伝える。すっかり忘れていたが、ゾンビ化した陽歌の担任は結局助からず、そのままサンプルとして弔われることもなく保存されることになった。子供を導くべき教師が率先してその子供を傷つけたのだ。無為な死でない時点で、その罰としては軽すぎるくらいだ。

「そうなんですか」

 陽歌もそれについて特に何の感情も湧かなかった。BSAAが確保しているなら大丈夫か、くらいなものである。一応頭も潰したし、まかり間違って復活することもあるまい。

「それでですね、あなたについていろいろ分かりましたよ。お目当てもありましたし」

 同席していたエヴァは救出作戦に参加せず、当初の目的であった陽歌の母子手帳回収などを行っていた。予防接種の状況を確かめるため、順はエヴァから母子手帳を受け取る。陽歌も起き上がって話を聞こうをした。

「随分ボロボロだけど……意外だ。ちゃんと予防接種を受けている」

「母子手帳自体は彼の自宅だったアパートにはありませんでした。そこで両親をちょっと『インタビュー』して、陽歌くんの本当の両親を見つけましたよ」

 エヴァはあの後、なんやかんやあって他の場所を探す羽目になった。そして、全ての事実を知ることになった。

「僕の……本当のお母さんとお父さん?」

 陽歌は物心ついた時から太陽の両親が自分の両親だと思って育って来たので、それは意外な事実であった。生まれついての特異な色素が原因で、顔が似ていないのはもう当然なので気にしなかったが、エヴァや順など外から見れば外見は元よりあの両親や弟からこうも善良な人間が生まれること自体不思議であった。

「ええ、あなたは太陽と書いてソーラーくんが『お爺さん』や『お婆さん』について言及したことを覚えていますか?」

 エヴァはつい先日、陽歌の弟である太陽が言っていたことについて指摘する。彼は『お前に何が分かる! 生まれた瞬間から邪魔者がいる俺の苦しみが! お前がいる為に、ジジイとババアがお前を拾ったせいで……俺たち家族は!』などと被害者ぶった随分勝手な理屈を振りかざしていた。

 そのジジイとババアが関係しているのだろうか。

「戸籍上は、ソーラーの母方の祖父母、浅野仁平と浅野さとがあなたの本当の両親です。高齢故に現在は亡くなっており、青森の実家は処理の費用を捻出出来ないことが幸いし、結構荒れていましたが残ってはいましたよ」

「その人達が、僕のお父さんとお母さん……」

 陽歌は意外とも言える事実に戸惑う。だが、一つ引っ掛かった。エヴァは彼らを『戸籍上』としか表現しておらず、太陽もその二人が陽歌を『引き取った』としか言っていない。とすれば彼らは養父母であり、産みの親ではないのだ。

「なんだ? じゃあ偉大な血縁フラグかなんかか?」

「最初から言っているならともかく、終盤で結局血縁でしたー、って展開多いよね最近」

 七耶とミリアが病室に入ってくる。入院中、というより東京が自粛の嵐で遊びに行けないので病室で暇を潰せるアイテムを集めて来たところだ。

「うーん……正直本当のことを話すのはお爺さん達の意向を継いで大人になってから、としたかったのですが、このまま推進委員会との戦いに巻き込まれ続けると『ホウジョウエムゥ!』される可能性が高いので先にネタバレしておきますか……」

 エヴァは陽歌の出自について、何か語ることに抵抗があるのか悩んでいた。それほど、彼の生まれは簡単に話せない内容だというのか。

「既に私達は貴方がこの病院で目を覚ます前に、このことを知っています。ですが、いつもと変わらなかったでしょう? アステリアさんとお母さんも知っていますが、電話した時いつも通りでしたよね。それを前提として聞いて下さい」

 エヴァは陽歌にそう伝える。七耶やミリアはもちろん、保護猫のダニエルの様子を聞くために電話したアステリアやアスルト、頭を打ったので一応検査するために病院へ来ていたさなとナル、カイオンのメンテをするために病院の駐車場で会ったヴァネッサは確かにいつも通りであった。

 僅かに態度が変わったとしても、常に他人の顔色を窺って生きてきて、ユニオンリバーの仲間に見捨てられることを恐れて彼らの変化には敏感になっている陽歌が気づかないはずもない。

「……」

 やけにハードルを上げにくるが茶化す様子は一切無いエヴァ。そんな彼女を見て、陽歌も息を飲む。

「僕からも言わせてもらうよ。遺伝子なんていうのは所詮、目安に過ぎない。仕事がら、理論上DNAが完全に一致している一卵性双生児を何組も見て来たけど、漫画みたいに完全なコピーという例はなかったよ。顔こそ似ているが、それ止まりだ」

 順さえ、医学の観点から釘を刺す。

「私だって、八千年も封印されていた超攻アーマーだ。それも干からびたミイラ一個の為に起きた悲劇の尻ぬぐいをさせられるために産み出された、な。だから人間がどんな生まれ方をしようが、宇宙では塵みたいな誤差だ」

 七耶は自身の生まれを例に出す。もう人間の単位に収まらない壮絶な話である。西暦が未だに二千年程度ということを考えると尚更だ。あと四回は蘇我入鹿を暗殺して南北朝で争い、幕府開いて外国に攻められて幕府開いて戦国やって幕府開いて黒船が来て外国と三回戦争して国の体制が変わってオリンピックして万博してオリンピックして万博してもう一回オリンピック出来る余裕がある。

「何があっても、陽歌くんは陽歌くんだよ! 私が保証する! 肉体はただの器に過ぎない!」

 本当に肉体がハードウェアなミリアにそう言われると説得力が半端ないのであった。思えば、陽歌を救ってくれたのは人間ですらない彼女達だ。

「そ、そこまでの話なの……?」

 あまりのハードルぶち上げっぷりに陽歌は身構える。どうせ実は宇宙人とか魔族のハーフだか生まれ変わりだとかの大した話やないんやろ、騙されんぞとズッコケる準備を整えた。

「準備はいいですか? ありのままを伝えますよ?」

「うん。例え、僕が人間じゃないとしても、むしろ納得できる気がするから」

 陽歌は覚悟を決めた。エヴァはゆっくり、彼の出自全てを語り始める。

「まず、事の始まりは軍人であり、戦後は警察官を務めた浅野仁平が定年後、部下からある犯罪者を捕まえたという連絡を受けたことです」

 警官であった仁平は定年退職していたものの、その犯人が残した物の厄介さから相談されることになった。

「逮捕した女は身ごもっていました。しかし、堕胎を望んでいたらしく流産を狙って自傷を繰り返したものの失敗。子供は生まれたものの、母親であるその女は死んでしまいます」

「その時生まれたのが、僕なんだ……」

 陽歌は大方の事情を察した。その様子では父親もいないだろうし、憐れんだ仁平らが引き取ったという流れは想像できる。ハードルを上げた割に、大した話ではなかったので陽歌は安心する。人間であるという前提さえ覆らなかったのだから。

「それでお爺さん、じゃなくてお父さんとお母さんが僕を引きとってくれたんだ」

 話を纏めた陽歌だったが、エヴァはそれを否定する。

「いえ、普通そういう場合は施設に預けられるんですよ。ましてや仁平氏は退職していて、事件については知る由もなかった……なのに現職の後輩から相談されています」

「……どういうこと?」

 たしかに、それでめでたしめでたし。今まで親だと思っていた二人は遺産狙いで引き取っただけでした、では済まない要素が隠れていた。仁平が現職で事件の顛末を知り、陽歌を引き取ったなら自然な流れだ。だが、本来話が流れる余地のない退職警官にわざわざ相談が舞い込んでいる時点で何かがおかしい。

「施設では預かれなかったんですよ、あなたは」

「多分、目の色が原因で虐められるかもとか……」

 エヴァの結論に、陽歌は自分なりの予想を述べる。

「その様な不確定な要素で国の福祉施設が引き取りを断ることは無いな」

 だが、それは順に否定されてしまう。国のセーフティネットは『かもしれない』で身寄りの無い子供を弾き出したりしない。やれ持ち家があるだの車があるだの言いがかりをつけられる生活保護と違い、生まれたての子供を断る理由など捻出しようがない。難病や障害を理由にしようものなら大炎上待ったなしだ。

「父親が、その女性の実の父親だったんですよ。あろうことか、十五歳の娘を妊娠させた……」

「……でも、それくらいじゃ福祉が断る理由にならない。もっと違う理由があるんでしょ?」

 エヴァの告げた事実に陽歌は動揺するが、平坦な目で見れば近親相姦で生まれたというのも保護施設が断る理由にはならない。エヴァは続けるが、あまり乗り気ではない。

本当なら伝えたくもないことだが、今オリンピック推進委員会との戦いを降りたとしても連中は彼がユニオンリバーの一員であること、それまでに自分達へ損害を与えてきたとう逆恨みから、この情報を暴露して利用する危険が高い。その時、陽歌への負担を少しでも減らすにはこうするしかないのだ。

 死体を見ても動じなかったり、ゾイドに乗って前線を張ったりするせいで強いメンタルの持ち主と思われがちだが、陽歌の心は本来傷だらけで今にも崩れる寸前なのだ。それを守るには、予測しうる精神攻撃の手札を減らす他無い。

「そうですよ……。あなたの母は中学を卒業した後、すぐに結婚し身ごもりました。しかし、父親はかつて教え子でもあった自分の娘と関係を持ちました。同じく教え子であった夫から奪う形で……」

「話がよく分からなくなってきた……」

 昼ドラか某メーカーのゲーム作品の主人公を中心とした家系図か、そのくらい混沌とした人物関係に頭を悩ませながら陽歌は整理する。齢九つながら雑食系読書家。昔の小説や歴史書ならこの程度にややこしい関係は普通に出てくるので自分のことという現実に目を背ければなんとか整理可能だ。

「つまり僕の産みの父は教師でありながら、実の娘であり教え子だった僕の産みの母を、自分の教え子から寝取ったと……」

「話はもっとややこしいですよ。何せ、寝取って無理矢理手籠めにしたとかではなく不倫の末にそうなったんですから」

 つまり、無理矢理ではなく愛し合ってこうなったと。陽歌は頭を抱える。夫がいるのに実父と事に及ぶとか淫売ってレベルじゃねーぞとか誰か止めろよとかツッコミが頭を巡る。

「ん? 待てよ? 今更だが、それじゃあ小僧の父親が産みの母親の父親とは限らねぇんじゃねえか?」

 七耶はふと、あることを思った。さしもの彼女も初見では話のインパクトが強すぎて疑問を感じる暇が無かったらしい。

「何はともあれ、お爺さんとお婆さんがあなたを愛して行く末を案じた、それが事実よ」

 ミリアはいいこと言っている風だが多分理解を放棄している。確かに真理ではあるのだが。

「というと?」

「だってよ、産みの母は夫との間にデキてたんだろ? そっちが父親の可能性なくないか?」

 陽歌は七耶の感じた疑問を聞く。確かに、十月十日という妊娠期間の長さが故にかつては女性が離婚してからある程度の日数経たないと再婚できなかった。それも、再婚後に生まれる子供の父親を確実にするためだ。こんな混沌とした状況では、陽歌を近親相姦の不倫の末生まれた子と断定するのは難しい。

「そこについては夫に子供を預けようとして断られた警察が頭抱えたり、民事のなんやかんやで必要になった為、DNA鑑定が行われました。結果として父親は母の実父であることが確定しています」

 エヴァが詳しい説明をする。本来生まれるはずの愛の結晶を蹴落とし、母の命まで奪ってこの世に生まれた陽歌は夫の側からすれば忌むべき生命そのものだ。

「さらに悪いことに、日本のメディアがこの話を美談として脚色し、あなたの父親は一躍時の人。夫の側からすれば手が届かなくなった本来憎むべき相手の丁度いい代用品、真相など知らない知りたがらない愚民からすればヒロインの命を奪った間男の子。もう混乱がえらいことになりそのまま施設に預けたのでは他の子の安全が保障できないということなので困り果てた担当刑事は先輩に相談することにしました」

 そこにマスメディア特有の『数字取って流行作れば後は野となれ山となれ』が発動し状況は一層混沌。

「まさかコンビニの内引き事件の捜査がこんな結末を招くとは、と退職した先輩、浅野仁平に語った後輩は何とかあなたが平穏に暮らせる環境を整えたかったのです。そこで仁平氏は自分の遅くに生まれた子としてあなたを引き取りました。警察もあなたの行く末は絶対に漏らしませんでした。そうして所詮は民間人のメディアに追跡が不可能となり、時が過ぎて事件が忘れ去られるのを待ったのです」

「お父さん……お母さん……」

 陽歌は胸の前で手を組む。気づかなかったけど、自分は大きな愛に支えられていた。辛くて苦しいのに、なんで自ら命を絶とうという気にならなかったのか、周り全てが信じられない状況だったのに、なぜユニオンリバーのみんなを信じることが出来たのか不思議だった。

だがそれは僅かな間でも一緒にいてくれた友の存在だけではなく、物心つく前から与えられていた愛情が希望をくれていたのだと実感する。ともすれば希望を希望して苦しみ続ける呪いに等しいものだろうが、結果としてユニオンリバーのみんなにこうして会えた。その事実は確かだ。

「ですが、悲しいことに彼らにも想定外だったことがあります」

 エヴァはまだあるのか話を続ける。ここで終わっているなら、陽歌は仁平らと平穏に暮らし、両腕も健在だっただろう。

「まず、この事実を知っているのはほんの僅かな人のみ。そして善良な彼らがそれを語ることはまずないのです。しかし、悪意を持った人間がそれを知ることになってしまった。それが、実の娘ということが第一の誤算でした」

 遅くに生まれた子、と外にはいくらでも言えるが、自分の娘という非常に内側の存在には誤魔化しが効かない。当然、母の妊娠という重要な情報が無いまま子供が生まれたとだけ伝えられれば不信感を抱く。そして問いただされれば、正直に答えるしかない。ここで嘘を言えば実の娘を信じていないと言うのと同義な上、陽歌の存在そのものが後ろめたいと彼を否定することになる。それは彼らの正しさから、出来ないことであった。

「そして第二の誤算が娘の住む街、則ちあなたが将来的に住むことになる街があの金湧市であるということでした。普通の街なら事実を言いふらしたところで虚言癖と思われ他者から距離を取られますし、虐待の痕跡があれば教師に気づかれ通報されます。そして児相も動いて保護されるでしょう。しかしマーベル市民以下の民度しかないあの街ではそうはいきませんでした」

 エヴァの言う通り、あの忌み地は異常なのだ。それを込みで考えても、外見が特異なだけの子供を親が文句を言わないからと言って集団で虐待するだろうか。そこには陽歌の出生という自分が正義になれる条件の存在が大きく関わっていた。

「ま、とにかくあの街の連中がろくでもないことには変わらんな」

 七耶はあっさり結論付ける。それにしても、あの街で大海都知事が何をしていたのかわからない。殺しても殺しても蘇るなど、ますます不気味な奴である。

「仁平氏は莫大な遺産と引き換えにあなたを引き取る様に遺言を残していたのですが、自身の死後出来るのはそのくらいでした。足取りを断つために頼れる人間も僅かですし、まさか娘が子供を虐待する様な人間に育っているとは思いもしなかったでしょう」

 こうして、陽歌はユニオンリバーに保護されるまで金湧で過酷な暮らしを強いられることになった。これが浅野陽歌、出生の秘密である。

「ああ、それとシエルから質問があったのですが、何か怪異に巻き込まれた経験がありませんでしたか? 一度や二度ではなく、最低八回以上」

 話題を切り替える様に、エヴァはシエルから預かった質問を陽歌にする。マナとサリアのマネージャーにして万能の魔法使い、シエル・ラブラドライト。彼女の力なら分からないことなど無さそうなものだが。

「え……どうかな?」

 陽歌もその辺は曖昧だった。ただでさえいい思い出が少なく、常に極限状態にあったので、過去の記憶はところどころ抜けている。酷い時は数か月すっぽり抜けているなんてこともざらだ。

「そうですか……。あなたに適した魔法が無いか調査をしていたシエルが、あなたの中にある称号を見つけたので気にしていたんですよ」

 シエルは陽歌の欠損した腕や内臓を補える魔法を探して調べものをしていたのだが、彼の特性を調べる中であるものを見つけた。

「称号って、なんかゲームで条件を満たすと手に入るあれ的な?」

 ミリアはそんなわけないだろうと思って適当なことを言う。

「そうですねぇ。咲良やキサラ、店長代理のルリさんがいた世界ではその活躍に応じて魂に称号を刻まれるんですよ。もっとも、このセプトギア時空があらゆる世界と合流して混沌とする様になってからは地球でも同じことが起きる様になりましたが」

「あ、当たってた」

 しかし、エヴァによるとそんな認識でいいらしい。

「肝心の称号の名前は、『金湧第三小七不思議の解決者』。つまり学校お馴染みの七不思議を全て撃破したことを示します」

「そんな楽し気な肝試しなんかしたかなぁ……」

 よく倉庫やトイレに閉じ込められて学校で夜を明かすことはあったが、そんな体験をしたのだろうか。もう慣れ過ぎて分からない。

「楽し気なんてとんでもない。本来なら七不思議クラスの怪異は一般人が一個でも遭遇すれば生きて帰るのも難しいんですよ。逃げるならともかく、それを倒すとなると……」

 エヴァによると怪談というのはそういうものらしい。よくある怪談では無我夢中で逃亡、お寺の住職の力を借りてなんとか回避、というのが基本であるため能動的に撃破することの難しさがよくわかる。

「一般人にしては高い霊力も注目です。推測ですが、状況的に生死の境を彷徨うことが多かった可能性が高く、この世の淵に行って帰ってくることで霊力を底上げ出来たのでしょう。そのおかげで七不思議撃破も不可能ではなくなっていたのかも」

 シエルの推測をエヴァは語る。

「理論上は誰でも可能な霊力の上昇方法ですが……危険過ぎて誰もしないといいますか……」

 こうしてみると陽歌は外見以外心底、普通の人間でしかないのだと思い知らされる。これだけ特徴的な外見なら、少しくらい特殊能力の一つあってもよいのだが、あるのはリスクこそあれ誰にでも出来る方法で鍛え上げられた霊力くらい。

「それと、仁平氏は『あるもの』をあなたに残しましたが酷く錆びていて使えないので修理中です。これを先に渡しておきますね」

 エヴァは陽歌に、桐の小箱と筆を渡す。おそらく、へその緒と彼の髪で作った筆だろう。本当に仁平とさとは我が子の様に陽歌の幸せを願い、行く末を案じていたのだと伝わる品だった。

「お父さん……お母さん……」

 陽歌は記憶にない両親に、何を想えばいいのか分からなかった。突然突き付けられた事実を、飲み込むにはまだ時間が掛かる。

「そして、修理中のものというのは模擬刀です。五月人形の代わりだったのでしょう、仁平氏が従軍時代に愛用した軍刀の刃を落としたものに拵えを施したものがあったのですが……拵えは朽ちて刀身は錆びていました。あなたに渡せる状態まで復元している最中です」

「ありがとう、エヴァリー。何から何まで。僕だけだったら、二人の祈りに辿り着けなかったから」

 エヴァの暗躍により、陽歌という存在の仔細が明らかとなった。例えその生誕を望まれることなく、忌むべき生命だったとしても愛した人がいたのだ。

 一通り話が終わると、丁度検査を終えたさなが病室にやってくる。

「あー、検査疲れた……じっとしているだけってのも大変……だ、ね……」

 彼女は部屋に入るなり、突如停止する。

「さな?」

「さなちゃん?」

 陽歌とミリアはさなの様子をよく見る。顔が火照り、息が荒い。急に暑くなったせいだろうか。否、院内は空調が効いているので問題ないはずだ。それでは噂の新型肺炎による発熱か? それも否、彼女は部屋に入るまで平然としていた。

「そぉい!」

 さなは突然、飛び上がって陽歌のベッドに飛び乗り、彼を押し倒す。

「さ、さな?」

「一体どうしたの?」

 ナノマシンで構成された尻尾を振り、陽歌を見つめる。彼の過去を知っての行動ではないのは明らかだ。月の住民である彼女に地球人の痴情の縺れなど無関係もいいところなのだから。

「わっかんないけど……なんか欲しい!」

 その理由はさな本人にも分かっていなかった。とにかく、順と七耶も協力してさなを引き剥がすことにした。

「可能性があるとすれば……いやまさか……!」

「おい、手伝え!」

 七耶がエヴァに要求するも、こいつは面白の味方である。

「乱暴するんでしょ? 同人誌みたいに」

「アホ言ってないで手伝え! そしてお前も自分で止まれ!」

「む、無理! なんか抑えが効かない!」

 本来静かであるべき病院は、原因不明のどったんばったん大騒ぎに包まれていた。

 

   @

 

 作戦に失敗した【福音】であったが、心配事はそんなことよりも愛機のゾイド、タマのことであった。

「怪我が大したことなくてよかった」

 撃退こそされたが、傷は浅く軽いメンテナンスで復帰できそうだ。一方、海上でユニオンリバーの別動隊と戦った【双極】姉妹はたった一人に撃破され、重傷を負った。

「きっと話せば戦わなくて済むはずなのに……」

 生まれながらの幸運ゆえ、人の悪意を見ずに済んで来た【福音】には対話ができない存在がいること、そしてその筆頭が自分達の上司である大海都知事だということを知らない。だからこそ、ユニオンリバーや秋葉原自警団とも対話で解決を図ろうとしている。

「やぁ、久しぶりだね」

 そんな彼女に、声を掛ける人物がいた。大学生くらいの、爽やかな好青年であった。手首には数珠の様なアクセサリーを巻いている。

「ん? 刀李?」

 彼は天竜宮刀李。その道では知らない人はいない霊媒師の息子である。都内の大学に通い、【福音】も友人として付き合いがある。見た目通りに誠実で優等生な上、スポーツ万能、家系も特別と完璧そうな人物であった。

「ここでは【福音】と呼んだ方がいいかな? 呪い対策なんだってね」

 家柄の都合、フロラシオンがコードネームを名乗る理由を知っている。しかし、特に霊媒業界にツテの無いはずの大海都知事がなぜ急にそんなオカルトじみたことを真面目にやり出したのか、【福音】は彼に相談したが分からなかった。

 曰く、呪いの被害に遭っても普通はそれが呪いによるものだとは断定できず、疑いを持っても対策などしようがないとのこと。まるで呪いが実在し、自身の計画を妨害出来るだけの力を持っていることを初めから知っている様な動きだった。が、そこまで呪いを恐れるのなら実名を出さざるを得ない政治家になどならないはずだ。

「それとも、ふくちゃんと呼んだ方がいいかな?」

 刀李は冗談めかして言う。本当の名前さえ分からなければ呪い対策としては十分なのだ。正直、あだ名レベルでも問題ない。それを知ってのことだろう。

「やだー、なんかそんな風に言われると友達以上みたいじゃない」

 【福音】は少し照れる。控え目に言っても整った顔立ちの青年に、そんな風に言われるとまるで恋人同士の愛称みたいで照れ臭く感じてしまう。真面目なだけでなく、場をほぐすのも上手いのが鷹人という人間だ。

「僕はそれでもいいけど?」

「んんっ……、それよりこんなところまで何の用?」

 ただ天然ジゴロの気があるのはいただけない。そこそこ付き合いが長いので【福音】はそういう勘違いさせやすいところを分かっている。彼女は咳払いをし、本題を聞く。刀李が外出自粛の叫ばれるこのご時勢に、ただ友達に会うために出歩く男でないことは知っている。そして大事な話ほど対面でしたがることも。

「君は早く東京から離れた方がいい」

 突然、刀李はとんでもないことを切り出した。真剣な表情で、突飛なことを言われたので【福音】も固まってしまう。

「それってコロナ疎開しろってこと?」

「いや、肺炎は関係ないんだ」

 最初は噂の新型肺炎の件かと思ったが、彼の聡明さからしてウイルスをばらまきながら医療機関の少ない地方へ移動するコロナ疎開などさせないだろうことは明白だった。

「やっぱり、霊的な何か?」

「そうだね。ここのところ、地脈の汚染が酷い。近々、関東平野でとんでもないことが起きるかもしれない」

 それは災害の予兆を感じたが故のことだった。しかし、今の状況では県を跨いだ移動だけは避けねばならない状況だ。特に【福音】にはここですべきことが残っている。

「でも私ラッキーだから大丈夫!」

 一抹の不安はありつつも、彼女は強がって見せる。彼のことだ。他の友人にも避難を促すだろう。少しでも自分のことで心配はかけたくない。

「君の幸運は不確定要素の塊だ。もしものことがあれば、俺は……」

 しかし刀李の言う通りであった。絶対と思われた自分の幸運が敗れたからこそ、タマは負傷してこのガレージでメンテナンスを受けている。

「突然こんなこと言ってゴメン。君はとても優しい、だから無理をしてしまわないか心配だったんだ」

「ううん、心配してくれてありがとう」

 互いの想いがすれ違い、二人の間に微妙な空気が流れる。それを変えるために、刀李が口を開いた。

「ああ、そうだ。オリンピックとパラリンピックのマスコットのさ、プラモデルがあるんだよ。秋葉原にあるらしい工作室が再開したみたいだから、今度の休みに二人で作りに行こうか」

「へぇ、プラモデルなんてあるのね」

 そんな約束をしながら、二人の時間は過ぎていく。

 

   @

 

「へーい! お見舞いに来たヨー!」

 一富士・デュアホーク・三茄子が陽歌の病室を訪れた。しかし、その有様を見て驚くことになる。

「ジーザス! 敵襲?」

 ミリアはスケキヨの様に床へ埋まり、七耶はうつ伏せで倒れ、鼻血で『犯人はヤス』とダイイングメッセージを残しながら希望の花し、エヴァはサイバイマンの自爆に巻き込まれたヤムチャの様になっていた。

「いや内紛」

 唯一無事な順が状況を説明する。この事態の犯人は天井に首から突き刺さっているさなだ。陽歌はミリアを救助しようと引っ張っている。

「結論から言うと、陽歌くんの発するフェロモンに暴露したさなくんが暴走した。もう体が慣れたから大丈夫だよ」

「人を色情魔みたいに……」

 天井に刺さったままさなは順の出した結論に反論する。随分滑稽な状態だが、半分は自業自得だ。

「うんとこしょー、どっこいしょー。それでも蕪は抜けません……」

 陽歌はミリアの救助を諦めていた。

「お姉さんの株はストップ安だけどね」

「この姿勢にした張本人が何を言う」

 ありえない体勢で普通に話すさなとミリア。陽歌にとっては慣れた光景だが、三茄子からすればトンチキジャパニーズである。順も特に気にせず話を続ける。

「さなくんの様な月の住人はナノマシンセンサーとして獣の耳や尻尾が生えているが、そのナノマシンの最初期型は狼型だったんだ。代を重ねることで兎など個人に合ったタイプに変化するナノマシンが作られる様になった。その最初期型ナノマシンは狼をベースにしているせいで、狼の群れであるアルファ、ベータ、オメガという因子が存在した」

「ふむふむ」

 事の始まりは月の環境に適応するべく開発されたナノマシンであった。狼の群れの因子は、人間社会においては機能しないと考えられていた。

「最初は人間への適合を優先していたからこの因子についてはあまり重要視されなかったんだけど、因子が人間と結びついたことである性質が発生した。まずオメガ因子持ちの発情期、所謂ヒートの発生。オメガ因子を持つナノマシンユーザーが定期的に強い性的衝動に駆られ、あるフェロモンを分泌する現象だ。そうだね、英語圏出身の君にはオメガバースと言えばわかるかな?」

 想定外の事態はこれに収まらなかった。オメガの発するフェロモンに強い影響を受ける者がいたのだ。

「そして、アルファ因子を持つナノマシンユーザーはオメガの放つフェロモンに暴露するとそのオメガへ強い性衝動を覚える。現在、月ではこれらの欠陥ともいえる性質はナノマシンから排除されたが、稀にこの特徴を発現する者がいる」

 そこまでの説明を受け、さなは納得半分、疑問半分だった。

「そこは学校で習ったから知ってるし、私がそのアルファ因子持ちなのは分かったよ。今まで自覚する機会が無かったのも、ただでさえ稀なオメガ因子持ちのヒートに遭遇しなければならないって条件から不自然じゃない。でもなんで陽歌くんが?」

 そう、問題は陽歌はナノマシンユーザーではないではないかということだ。陽歌によって床と腹の隙間に洗剤を流されながらミリアはその疑問を補強する。

「あー、そうだもんね。陽歌くんにはケモミミもケモ尻尾もないからナノマシンは持ってなべべべ! 顔に垂れる! 目が、目がぁああ!」

 倒れている七耶がスマホで『フリージア』を流しながら補足する。

「いや、小僧は立派なナノマシンユーザーだぞ」

「え?」

「そうなの?」

 意外そうなさなとミリアに対して、陽歌はそのことを把握していた。

「なんか驚くシーンで突き刺さったままドアップになって集中線つくのシュールだな……。忘れたの? 僕の義手を繋いでコントロールできるようにしているのはさなから貰ったナノマシンだよ? その作業をした本人が忘れてちゃ困るよ」

 そう、陽歌の義手を欠損部と接合している黒い包帯状のものや、神経を伝達する回路はさなのケモミミと同じナノマシンなのだ。というかジャンクに突っ込んであった四聖騎士の腕パーツを使える様にしたのはさななのだから忘れてはいけない。

「いやー、義手変わった時にてっきりそれはなくなったものかと」

「あー、そうか……」

 だが、陽歌の義手は既にジャンクポン付けの間に合わせやそれの再調整品ではなくなっている。その為さなはナノマシンはもう使っていないと勝手に思い込んでいたのだ。

「月のナノマシンって大元は同じで、使用者個人によって性質が変化するから偶然陽歌くんにオメガ因子が発現しちゃったのね」

「そもそも株分けがさなくんの時点でプレーンのナノマシンを使うより因子発生の可能性は非常に上がっていたよ……」

 まったく手垢の付いていないナノマシンならともかく、貴重な因子発生タイプを分け与えた結果、分けられた方も因子発生の可能性が上がったということである。

「お前が撒いた種ぢゃねーか!」

 結局さなが原因という結論を聞き、七耶はガバっと起き上がる。

「あー、それより聞いて。実はこの2020年はループしてるっぽくて……」

「これ以上ややこしい情報を詰め込むな!」

 三茄子の突拍子もない告白に七耶の頭はパンク寸前であった。

 

   @

 

 アスルトのラボでは、ある調査が進められていた。エヴァがギーガーから回収した大海都知事の遺体、ベイルアウトした結果墜落死した大海都知事の肉片、病院島で凛が撃破した大海都知事、それらの調査である。

「何のトリックも使っていないなら、同じタイミングに大海都知事が四人いたことになりまスね……」

 アスルトはサンプルを解析しながら、不可思議な現象を纏めていた。あの時、壮行会に出席しサウザンドライバーで変身した都知事、陽歌の輸送を行った都知事、病院島でロックマンモデルVとなった都知事、そして都庁で会見をしていた都知事。同じタイミングで同一人物が四人同時に出現しているという事実。

 魔法などを考慮すればいくらでも方法はある。だが、それぞれの都知事は少なくとも撃破された三人が遺体を残していることからして、分身の類でないことは確かだ。

「あ、来ましたね」

 コンピューターが音を鳴らし、遺体の成分解析が終わったことを告げる。これで複数人の都知事という奇怪な現象の正体に近づけるはずだ。

「え……嘘でスよね?」

 その結果を見た彼女は絶句する。真実は単純なものだった。だが、それ故におぞましい。

「こんなことって……!」

 

   @

 

『ヒッサツ! フルスロットル!』

 ドライブのキックが都知事の変身するゴルドドライブに直撃し、彼女を吹き飛ばす。戦いに関しては、終始ドライブが圧倒していた。

「あ」

 爆散する都知事。逮捕するはずが、敵の強さを警戒して全力で戦った結果撃破してしまった。

「あ、待って!」

 爆風の中から漂うコアも砕け、完全に死亡する。本体と思わしきベルトも必殺の余波で粉々だ。

「なんか変だな……」

 変身を解除した泊は、首を傾げる。都知事が金湧でサウザンドライバーを使った件について本来の所有者に問いただしたところ、『1000%ありえない』と言っていたのも気になる。自信家の彼が芸術と評するドライバーを他人に提供するだろうか。使われたと聞き非常に不快感を示していたのもあり、嘘を言っている様には思えなかった。

 果たして、増える都知事の真相とは……?

 




 サイコパス、その称号は成功者の証か、異端者の照明か、それとも単なる獣の証明か。内なる異常が今、明らかになる。


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☆鎧の孤島配信直前! 今から間に合うエキスパンションパスへの道!

 ポケモン史上初のダウンロードコンテンツに乗り遅れるな! 走れRTAの様に!


「もうすぐ鎧の孤島だね」

 Switchでポケモンを遊びながら、一人の少年が呟く。少年と呼ぶには可愛らしく、パーカーの裾から覗く指は生身のそれではなく黒い球体関節の義手であった。

「いやー、まさかポケモンで追加コンテンツが出る日が来るなんて思いませんでしたよ」

 緑髪の少女もswitchでポケモンをしていた。現在のポケモン最新作、『ソード&シールド』は従来のポケモンと異なり、一本のソフトで完結していると思いきや追加コンテンツが発表されたのだ。

 ゲームハードの性能向上による作業工程の増加、シリーズの蓄積というのっぴきならない事情の煽りをもろに受けて登場ポケモン削減となった本作だが、現行の技術を使うことで何とか今まで通り全てのポケモンが登場出来る様にと制作も工夫していることが伺える。

「陽歌くんは実際のガラル地方に行ったことあるんでしたっけ。私もいつか行きたいですね」

「みんながいなかったら帰れなかったと思うと、いくらポケモンの世界でもぞっとするよ……」

 陽歌という少年は、肩をすくめて昔のことを思い出す。画面を見つめるオッドアイは、このユニオンリバーに来て最初の騒動を思い出す様に画面を見つめる。緑髪の少女、エヴァの策略(?)によりユニオンリバーという組織に引き取られた陽歌だったが、ほどなくしてある事件に巻き込まれる。

 空間に穴が開き、そこに吸い込まれるというワームホールとの遭遇だ。

 

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 今から初めても間に合う! 鎧の孤島への道!

 ポケモンシリーズ初の追加コンテンツ、鎧の孤島だが、これを遊ぶには本編のクリアが前提となる。まずはソフトを買って本編クリア、つまり殿堂入りを目指そう! ソフトはパッケージ版とダウンロード版があるが、追加コンテンツはダウンロード購入のみ。ニンテンドーeショップからの購入であるが、決済方法は多岐に渡る。いろいろと手っ取り早いのでダウンロードカードの購入がオススメだ。詳しい使い方も書いてあるので初心者も安心。

 最大限注意することは、購入から150日以内にダウンロードすること、必ず自分のソフトのバージョンと同じパスを買うこと。そして大きくはないといえデータ容量にも注意。いっせいトライアルや体験版のデータでswitchの本体メモリやSDが埋まってないか、これを機に整頓しよう。

 

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 ある日、陽歌はエヴァと街を歩いていた。彼の桜色の右目、空色の左目であちこちを見渡し、スマホを操作する。まだ多少残暑もある中、白いパーカーのフードを目深に被る陽歌。彼は右目の泣き黒子も含めた自分の外見が嫌いであった。それが原因で迫害されているので、個人の思想に収まるコンプレックスではない。

「全然いないね、ポケモン」

「田舎ですからねぇ……」

「生き物って田舎の方がいると思うけどなぁ……」

 二人がしているのはポケモンGOというアプリである。実際に街を歩いてポケモンを探すというシステムから『まるで本当にポケモントレーナーになったみたいだ』ともてはやされたが、肝心のポケモンはユーザーの密度によって出現するため、田舎では見つけること自体困難だ。

 加えて、捕まえるボールを供給できるポケストップというポイントも田舎にはほぼ無い。捕まえたポケモンを育てるには同じポケモンを捕まえ続ける必要がある、野生のポケモンは捕まる以外できない、覚える技は二つかつランダム、積み技や耐久ポケの概念が無い、など地方民かつ本編にどっぷりなユーザーほど『コレジャナイ感』を覚える仕様となっている。

「やっぱりポケモンはおうちで遊ぶものですねぇ」

「そうだね……ゲームならまだ好きなポケモン育てられるし、カレーも作れるし」

 陽歌はエヴァにスマホを返しつつ、黒のハーフパンツのポケットからハンカチを取り出して汗を拭う。その時である。空に穴が開いたのは。

「え?」

 その穴を見上げると、陽歌はだんだん吸い込まれていく。

「わ、わわ……」

「よ、陽歌くん?」

 エヴァが手を伸ばすより早く、彼は穴へ吸い込まれていった。これが、彼が初めて『世界の危機』に立ち向かった物語の始まりであった。

 

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 まずは基本を抑えよう。最初に設定を弄って、自動レポートを切ろう。ポケモンでは貰うポケモンの性格やとくせいを厳選するなど、レポートを駆使した技が多々あるので、勝手にレポートを書かれると困る場合がある。替わりに、自分の好きなタイミングでこまめにレポートする癖を付けよう。他のゲームでも役立つぞ。

 道路で遭遇するトレーナーは全て倒す! そして初めて見かけるポケモンはとにかく捕まえる! トレーナーは野生のポケモンより多くの経験値を得られる他、賞金が手に入るので是非とも狩ろう。バウタウンのおこう屋さんで『こううんのおこう』、エンジンシティの外れで『おまもりこばん』を手に入れたら先頭のポケモンに持たせることを忘れずに。

 ポケモンは捕獲でも経験値が入る他、捕獲した数が増えるほど『捕獲クリティカル』と呼ばれる確実に捕獲出来る要素の発生率が上がるため、後半出てくる貴重なポケモンを捕まえやすくなる。加えて、ジム戦で苦戦した際に捕まえた中から助けになるポケモンが見つかるかもしれないぞ。

 ポケモンはストーリーをクリアするだけなら好きなポケモンでクリア出来るので、これといって旅パに関するアドバイスは無しだ! 近年は特にポケモンに特定の技を覚えさせてギミックを解く『ひでん技』を使う必要も無いので余計に。ただし、タイプが片寄っていると思ったら様々なタイプの技を覚えさせること。

 わざマシンは一度手に入れたら何度でも使えるので積極的に使おう。わざレコードは使うと消滅してしまうが、便利で強力な技が早いタイミングで使える様になる。ワイルドエリアのワットショップやマックスレイドバトルの報酬で手に入れよう。また、ポケモンセンターにいるカフェのおじさんは今までポケモンがレベルアップで覚えた技を思い出させてくれる。捕まえた時には忘れている技や、進化したことで新たに思い出せる技が増えることもあるので覗いてみるといいぞ。

 とはいえ、仲間にする時注意すべきポケモンがいるので紹介しよう。基本的には『進化条件が初見殺し』というパターンが多いぞ。

 まずはマホミル。進化条件が『あめざいくを持たせて回る』ことなのだが、そのあめざいくが確実に手に入るのは三番目のジムを攻略した後。運が良ければエンジンシティのカフェでバトルした後に貰えるかもしれないが、運頼みだ。

 次にカジッチュ。こちらは『あまーいりんごかすっぱいりんごを使う』ことで進化するのだが、肝心のアイテム入手がやはり三番目のジム攻略後。その上進化前は割と頼りない。苦渋の日々が続くぞ。

 ソードを選んだ人はカモネギの進化条件にも注意。『ながねぎを持たせた上で、一回の戦闘で三回急所に当てて勝利、かつカモネギが戦闘不能にならない』ことが条件。ながねぎはカモネギが持っていることがあるので捕まえるかひたすらどろぼうして奪おう。そしてカモネギのいる五番道路にはソーナンスという最適なサンドバッグがいるので、この機会を逃さない用に。格闘技でちまちまやれば条件を満たせるはず。

 最後にカブルモとチョボマキ。こいつらはこいつら同士で通信交換しないと進化しないという特殊過ぎる進化をする。

 これらを仲間にしたからといってクリアが不能というわけではないが、手持ちのポケモンがあまりに進化しない場合は進化条件を調べた方がいいというわけである。

 

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「あああああ!」

 穴から飛び出た陽歌は盛大に池ポチャする。幸い、深い池なのでそれなりの高さから落ちても怪我はしなかった。とはいえ陽歌はカナヅチ。元々泳ぎが得意でない上に義手を取られてプールに突き落とされたこともあり、水は大の苦手だ。

「助け……溺れる……」

 小柄なせいで小学校の高学年プールでも深いところでは足が付かない。必死にもがいていると、何かが彼を引き寄せて岸まで連れていく。

「よーし、ワンパチ、そのままそのまま」

「イヌヌワン」

 ぽってりしたコーギーの様な生き物が、陽歌を引っ張って泳いでいたのだ。岸辺では生き物の飼い主らしき明るい髪の女性が待っている。

「た、助かりました……ワンパチとソニアさん?」

 陽歌は彼女と生き物を知っている。ポケットモンスターソード、シールドに登場するポケモンのワンパチと、主要キャラのソニアである。

「あれ? もしかして知り合い? それとも名前教えたっけ?」

 ソニアは少し考える。だが、どうにも結論に達しない様子だった。それもそのはずである。陽歌が一方的に知っているだけなのだから。

「た、助かりました……ありがとうございます……」

 陽歌は礼をいいつつ、周囲を見渡す。辺りにはポケモンがたくさんいるばかりか、彼が実際にゲームで見た光景が広がっている。ここは二番道路にある、マグノリア博士の自宅周辺だ。

「一体何があったの? 空に穴が開いて落ちてきたけど……」

「僕にもわかりません……空に穴が開いて吸い込まれて……」

 本来、陽歌はその過去から人間不信の気があり、初対面の相手とはまともに話すことはできない。が、今は混乱している上に相手がゲームのキャラかもしれないとなると話は別だ。

『陽歌くん無事ですか?』

「エヴァリー?」

 状況を飲み込めないでいると、義手から声が響く。この声は陽歌だけでなく、ソニアやワンパチにも聞こえていた。エヴァからの通信である。

「え? 何なに?」

『状況を教えてください。今そこは安全ですか?』

「一応、安全かな? ガラル地方の二番道路……だと思う」

『なるほど……ひとまず安全そうですね』

 陽歌の義手には様々な機能があり、この通信機能もその一つである。エヴァは得た情報から結論を下し、彼に指示を出す。

『世界越え通信でないと繋がらなかったということは異世界へ転移したみたいですねー。どの異世界にいるのかも補足出来てますよ。迎えにいくことも出来るんですが、肝心の船がまだメンテ中でして……少し時間が掛かります』

 どうにか、帰ることは出来るがすぐには無理とのことであった。その話はソニアも聞いており、ある提案をする。

「とりあえず、うち来る? このままだと風邪引いちゃうかもしれないし」

「すみません、お世話になります……」

 陽歌も行く当てがないので、それに乗ることにした。

 

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 一番道路と二番道路、ここではなるべく多くのポケモンを集めて戦力を補強しよう。ここでしておくべきは、とくせいが『にげあし』のウールーを捕まえること。この時点で相手のとくせいを捕まえる前に確認する方法はないが、確率は二分の一なので粘ろう。そう難しくないはずだ。

 

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 どうやら時系列は本編開始より少し前であるらしい、陽歌もポケモンソードは四番目のジム直前までしか進めていないので、この先どうなるかはよく知らない。そもそも、主人公のパターンがいくつもあるポケモンの世界がゲーム通りの時系列を刻むとは考えにくいのだ。

「おそらくウルトラホールに呑まれて違う世界からやってきたのでしょう。あなたの世界では世界を超えることが基本的な技術にまで普及しているのですか?」

 ソニアの祖母が、今作の博士枠であるマグノリア博士だ。専門はダイマックスであるが、ある程度他の論文も読んでいることが伺える。

「いえ、僕も初めて知りました。この義手も、エヴァリー達がくれたものなんです」

 陽歌はユニオンリバーとそれ以外の技術レベルから、説明に多少難儀した。世界を超える技術まで持っているなど、初耳だったのだ。そのおかげで今回は大事に至らなくて済みそうだが。

 服は乾かしているので、フリーサイズのTシャツを着ている陽歌。半袖なので義手がよく目立つ。

「とすれば、よい出会いをしましたね。出会いがある限り別れは避けられないものですが、不意の離別は無いに越したことありませんから」

 その通りである。ユニオンリバーに保護される前ならばともかく、よき仲間に囲まれているのにそこから引き離されるというのは例え行く先であるソニア達がどんなにいい人でも辛いものがある。

(禍福は糾える縄のごとし……というけど揺り返しなのかなぁ、これも全部……)

 陽歌は世界を超えるハプニングにしては重大な事件にならなかったことを心から感謝した。

 

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 ストーリーを進めればいよいよ、ワイルドエリア! 大冒険が待っている! といいたいが、ここはぐっと我慢してエンジンシティへ向かおう。エンジンシティで開会式を終えた後にそらとぶタクシーが使用可能になるのだが、じてんしゃもこれもない状態でワイルドエリアを行き来するのはぶっちゃけ面倒臭い。

 ここで注意するのは、草むらから離れた位置にいるポケモンはかなり強いということ。そして今回はジムバッチが揃わないと一定以上のレベルのポケモンが捕まえられないぞ。

エンジンシティでそらとぶタクシーを手に入れたら、いよいよワイルドエリアを探索だ。プレイ時間に余裕があるのなら毎日、光っている巣穴のチェックとアイテム回収、きのみ回収はしておきたい。特に巣穴を調べることで得られるワットは殿堂入り前、手に入る量がかなりしょっぱいので必須だ。

 エリア全てを巡るなら、ポケモンのレベルが格段に上がる橋の向こうに行くことがあるだろう。すると、相手の方が素早いため逃げられなくなってくる。そこで以前捕まえたにげあしウールーの出番。こいつを先頭にしておくと、確実に逃げられるのだ。

 そして各地にいるワットショップの人に声をかけて、三番目であるエンジンジムに挑む前にクイックボールを最低三個は買っておこう。エンジンジムでのジムチャレンジはポケモンの捕獲。そのため戦闘開始直後に最も捕まえやすくなるクイックボールがあると楽になるぞ。

 

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 マサル、ホップはジムチャレンジに参加することとなった。ソニアもマグノリア博士からガラルの伝説について調べるという宿題を与えられ、陽歌はそれに同行することとなる。

「せっかくですから、このガラル地方を見てまわるといいでしょう」

 狙いこそ分からないが、マグノリア博士はそう言った。迎えを待つ間、ハロンタウンでユウリと共に彼らの活躍を観戦していてもよかったのだが、せっかく異世界に戻れる保証付きで来れたのだからいろいろ経験して損は無いだろうと提案を飲んだ。

 プラッシータウン駅からエンジンシティ駅へ電車で向かおうとしたが、線路にポケモンが侵入したためワイルドエリア駅で足止めを食うこととなる一行。

「どう対策しても相手は生き物、想定外のハプニングは付き物ですね……」

 ガラル鉄道も無対策ではないだろうが、生き物相手は杓子定規で務まらないのが現実だ。

「せっかくだから、このワイルドエリアを突っ切ってエンジンシティに向かうのはどうだ?」

 ホップはそう提案するが、陽歌は現実とゲームの違いから危険度が高いと反対する。

「危ないよ。僕達の手持ちだともしものことがあったら……」

 ゲームの様にお行儀よくポケモンの強さが調整されているわけがない。下手をすれば普通に草むらで遭遇するポケモンがとんでもない強さの可能性さえあるのだ。それに、全滅したからといってポケモンセンターへワープできるわけではない。

「平気平気。このくらいできないと兄貴に追いつけないって! マサルもそう思うだろ?」

「そうだね。俺たちはチャンピオン目指すんだ。このくらいなんてことないって」

 ホップとマサルは突っ切る気満々だった。ソニアとしては反対も賛成もしかねる、というところか。

「場所を選んで進めば大丈夫よ。みんなで固まって行動すればポケモンもそう襲ってこないし」

「確かに、大人数で固まれば向こうから割けてくれるかも……」

 彼女はジムチャレンジの経験があり、ワイルドエリアも抜けたことがある。大人の引率があれば安心出来そうだと陽歌は考えた。

「ちょいまち。自然を舐めてないかい?」

 行動を定めた一行に割り込む者がいた。こげ茶色のショートヘアに青い瞳の女の子だ。腕にはマサルとホップが付けているものと同じダイマックスバンドがある。

「誰だ?」

「私はシャル。ワイルド自警団のリーダーだ」

 ゲームでは存在しない者の登場で、陽歌は改めてここが現実であることを自覚する。

「まぁ、元ジムチャレンジャーがいるなら心配はないかもしれないけど、気を付けて」

 こうして、想定外の出会いを繰り返しながら陽歌はガラルを旅していくのであった。

 

   @

 

 ジムチャレンジ前半戦。まずは草タイプのヤローからだ。最初に選んだのがヒバニー、ここまでにココガラが育っているのなら苦戦はしないだろう。苦戦するならロコン、ガーティ、ヤクデを捕まえると有利だ。特にロコンとガーティはワイルドエリアでほのおのいしを拾うとすぐ進化させられ、ポケモンセンターの技思い出しで強力な技が習得出来るぞ。

 次は水タイプのルリナ。直前にエレズンを貰えるが、正直即戦力にはならないのでワンパチかピカチュウを育てておくと楽。特にピカチュウはロコンらと同じく石で進化し、強化な技が思い出せる。切り札のカジリガメはいわタイプでもあるのでかくとうタイプのヤンチャムなどがいるのなら温存しておくのもあり。

 エレズンを貰う前にレポートを書き、貰ったら強さをチェック。エレズン、ストリンダーを旅パに入れたいというのなら、できれば進化後にとくせいがパンクロックになる様にとくせいがびびりのエレズンを貰いたい。もう片方のとくせいがプラスとマイナスでなければ気にすることはなかったのだが……。もっといえば性格で進化後の姿が変わるのでここも好みを突き詰めたいところだ。

 最後は炎タイプのカブ。直前に水タイプが豊富なダンジョンがあるのでこちらも苦労はしないだろう。マルヤクデは虫タイプなのでひこうタイプをぶつけるのもありだが、もしアオガラスがアーマーガアに進化しているのならおすすめは出来ない。また、ここからジムリーダーがキョダイマックスを行ってくるぞ。

 

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「あれが有名なターフタウンの地上絵よ」

「おおー、こんな近くで地上絵が見られるなんて……」

 緑が眩しいターフタウンには、多くのストーンヘンジに加えて有名な地上絵がある。陽歌はソニアと共にそれを調べていた。地球の地上絵はナスカの様に大規模なのでこうしっかりと肉眼で見る機会は貴重だ。

「これはブラックナイトの様子を描いたものとして伝わっているの」

「でもあのポケモン……ザシアンやザマゼンタとも違う様な……」

 陽歌は地上絵に描かれているポケモンがザシアン、ザマゼンタの様な狼でないことが気になっていた。ソニアはそもそも、その二匹について知らない様子である。

「ザシアン?」

「いえ、なんでも……」

 地球では大っぴらになっているが、ガラルではそうでないということに気づき、念のため濁す陽歌。

「でも驚いたなぁ。あのシャルって子もジムチャレンジャーだったなんて」

「ねぇ……かなりの強者かもですねぇ」

 あのワイルド自警団のシャルも参戦し、ジムチャレンジは白熱する。

果たして、伝説の真相に辿り着けるのか。

 

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 ジムチャレンジ後半。ここまで来ればワイルドエリアで多くのポケモンが捕まえられる様になるので、相手の弱点を付くことには困らないだろう。強いて言えば、じめんタイプもしくはかくとうタイプがいると後が楽になるかもしれない。

 

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「これが伝説を描いたタペストリーだ」

 ナックルシティのジムリーダー、キバナに連れられ、ソニアと陽歌は宝物庫に飾られたタペストリーを見ることになった。四枚のタペストリーは『ねがいぼしを見上げる二人の若者』、『厄災の到来に脅える二人の若者』、『厄災を収める剣と盾を掲げる二人の若者』、『王冠を被る二人の若者』であった。

「要するに、二人の若者が伝説の剣と盾で厄災を収めてこの国の王になった……?」

「そういうことになるわね。でも、何か引っかかるのよねー……」

 ソニアはこのタペストリーに違和感を覚えていた。地上絵と内容が似ている様で違うのだ。地上絵も同じ空から降ってくる厄災を描いているのだが、それを食い止めた存在が違う。

「同じものを表しているけど、タペストリーでは剣と盾に例えているの?」

「それとも、厄災が広域過ぎて同じ厄災を複数の英雄が止めているのかな……」

 追えば追うほど、伝説はその謎を深めていく。

 

   @

 

 四番目はソードならかくとうタイプのサイトウ、シールドならゴーストタイプのオニオンが相手だ。直前の道路でルチャブル、デスマス、ヨマワルが手に入る上、デスマスは条件さえ分かればすぐに進化させられる。とはいえゴーストは互いが弱点なのでノーマルタイプに悪タイプの技を持たせるか悪タイプを用意した方がいいだろう。自分のタイプとは違うタイプの技で相手の弱点を突く、サブウェポンの概念を覚えよう。

 その他、ジムのあるラテラルタウンでは町の人がマラカッチとそれぞれのジムリーダーの弱点を突けるポケモンを交換してくれるのでそれに頼るのもあり。

 

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「何この音!?」

「あっちの方から聞こえましたよ?」

 ソニアと陽歌はラテラルタウン名物の壁画を見に行こうとしたところ、地響きがとどろいた。急いで階段を上がり、壁画の元にいくとピンクのコートを着た銀髪のくせ毛の少年が大きな象のポケモン、ダイオウドウに指示を出し壁画を壊させていた。

「ビート!」

 彼はジムチャレンジャーの一人、ビート。ホップを倒すなど実力は確かだが、あまり感じのいい人物とはこの段階では言えない。

「もっと壊すのです! そしてねがいぼしを……」

 彼の目的はダイマックスバンドに内蔵されているねがいぼしという物質の収集。その為に強硬手段に出たのだ。

「ん? その中は……」

 陽歌は壁画の中に隠された像を見つける。二人の王と、剣と盾を持つ二匹のポケモン。隠される様に安置されたこの像は、何かのヒントかもしれない。

「あれまで壊されるとマズイかも……ビート! 僕が相手だ!」

「あなたに邪魔されるわけにはいかないんですよ」

 陽歌とビートの戦いが始まろうとしていた。

 

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 五番目はフェアリータイプのポプラ。弱点はどく、はがねタイプ。だが初手でどく複合のマタドガスを出してきたりマジカルフレイムで焼いて来たり油断ならない相手だ。ここでもサブウェポンの概念は重要になる。

 六番目はソードならマクワ、シールドならメロン。かくとうタイプを育てているならここでも役に立つ。キルクスタウンでは町の人と交換でダゲキ、ナゲキが手に入るのでもし苦戦する様なら一考の価値あり。

 

   @

 

「これって……」

 キルクスタウンにある飲食店、ボブの店。そこの中に、一枚のタペストリーが飾られていた。ナックルシティのものの続きと思われるが、店長は市場で買ったと説明している。

「剣と盾を失った英雄……剣と盾って……」

 ソニアは何かの結論に辿り着く。

「ホップ、マサル、げんわく森でポケモンに会ったって言ってたよね?」

「うん。でも攻撃が当たらないしなんか変だったぞ。あの色違いのルガルガンっぽいの」

 ホップの発言はまさに、壁画に隠された像のポケモンのことを示していた。

「もしかしたら……陽歌、げんわくの森へ行くわよ!」

 何か考えが纏まったのか、ソニアは地元のプラッシータウンの隣、ハロンタウンの近くにあるげんわくの森へ向かおうとした。

「いえ、僕がいると足手まといになるかもしれないので、ここからは先に行ってください」

 だが、陽歌は別行動を選んだ。旅の途中も、欠損している内臓や飲むべき薬を飲めないことで苦労していた。ソニアの研究が佳境に入った今、自分が枷になるわけにはいかない。

「え、そんな……」

「僕はダンテさん達の様に、原因不明のダイマックスポケモンを止めます。皆さんに安心して実力を発揮して欲しいって気持ちは、一緒ですから」

 ここのところ、野生のポケモンがダイマックスする現象が多発している。このままではジムチャレンジに悪影響が出るかもしれない。あちこちを移動するより、定点で防衛にあたる方が体調的にも無理が無いかもしれないという判断だ。

「……そう。気を付けてね」

「はい、ソニアさんも」

 長らく行動を共にした二人は分かれ、新たな道を行くことになった。

 

   @

 

 七番目はあくタイプのネズ。ジムリーダーでは唯一ダイマックスしてこないが、こちらもダイマックス出来ない。町に入ったらすぐジムチャレンジ、直前の道路で有利なポケモンが捕まえにくいと相対的にも強敵になるのでここまでの育成が攻略の鍵だ。

 最後のジムはドラゴンタイプのキバナ。ここまでする機会の少ないダブルバトルである上、天候を駆使して有利な場を作ってくる。おまけに切り札のジュラルドンはフェアリーやドラゴンなど、メジャーなドラゴン弱点、はがねタイプの弱点として有名な炎では倒せない。はがね複合ドラゴンの優秀な耐性が立ちはだかる。だからじめんタイプやかくとうタイプが必要だったんやね。

さぁ、ここまで来た君なら誰が敵であろうと負けるはずがない!一気に殿堂入りを目指すのだ!

 

   @

 

 そしてついに迎えたチャンピオンとマサルの決勝戦。マクロコスモスの会長であるローズがモニターに映ってある発表をした。空は黒く染まり、ナックルシティの方面に紫の光柱が伸びている。

「1000年後の為のブラックナイトを、始めちゃうよ」

 この先の物語は、君の眼で確かめてみろ!

 




 ジムチャレンジャー名鑑

 シャル(背番号:257)
 ワイルド自警団という組織のリーダー的存在。基本ボランティアでワイルドエリアの見回りやダイマックスポケモンが外に出ない様に倒す仕事をしているが、部下の弱さに悩まされている。ぶっきらぼうな喋り方をする少女。
 手持ち
 ラビフット ストリンダー(ハイ) アーマーガア
 カマスジョー フライゴン オーロンゲ

 浅野陽歌(背番号:279)
 ここではセプトギア時空、則ち基幹世界においてゲームをプレイしている陽歌について語る。ウルトラホールに呑まれた時点では途中かけだった攻略も現在は完了している。シリーズ初挑戦らしく、旅パのテンプレから外れた構成をしている。ちなみにバージョンこそソードだが、ユニオンリバーの仲間や友達がいるので別バージョンのポケモンも使える。
 手持ち
 インテレオン ライチュウ(カントー) キュウコン
 ギャロップ(ガラル) ルカリオ トゲキッス


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〇ジューンブライド/ゴーストマリッジ

 ジューンブライドピックアップ!

 SSR アステリア(ブライド) エリニュース(ブライド)
 SR ミリア(ブライド) 浅野陽歌(ブライド)

 イベントを遊んでSRキャラ、攻神七耶(ブライド)を手に入れよう!


「アステリア、僕と結婚してくれ」

 喫茶ユニオンリバーに勤めるメイド、アステリアはその美貌から交際の申し出、それさえ通り越して求婚されたこともあった。しかし、巨大ロボット、グラビティ・エックスと共に世界を救う前も後も、彼女は一介のメイドであることが自身の支柱であった。

「申し訳ありません……若様には、私より相応しい方がいるはずです。その話は以前もお伝えした通り、お受け出来ません」

 別に結婚してもメイドを続けることは不可能ではない。だが、相手が仕えるべき主人である場合話は別だ。若さに満ちた瑞々しい身体を包むエプロンドレスは、本来主人がメイドに見惚れない為のもの。しかしアステリアの美しさは、不幸なことに質素な服装でこそ輝いてしまう。

「アステリア……」

 主人は膝を付き、彼女の手を取る。

「まだ、二十年も生きていない少女の君に恋さえ教えられない僕を許してくれ……だが、君のことは絶対幸せにする」

「私は十分幸せですよ、若様」

 アステリアは自らの主人に微笑む。しかし、この後彼女は出奔を心に決める。主を惑わす自分の存在を許すことが出来ずに。それは、世界の在り方さえ変わった今でも、彼女の中でしこりとして残っていた。

 

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 六月といえば、ジューンブライド、結婚式をするのには最適な季節とされている。ジューンブライド自体には諸説あるが、日本では多湿になる都合、空調の整っていなかった時代はこの時期に衣装を着こむ結婚式があまり行われなかった。とはいえいまではそんな憂いも無くなり、業界の強いアピールも功を奏し一般的なものとなった。

「ええ? マジかよ……天気悪いぞ?」

 七耶はその話を聞いた時はとても信じられないといった様子であった。せっかくの門出に雨天ではあまり幸先がいいとは言えないもの事実だ。

「実は曇りの方が白いウェディングドレスの写真は綺麗に撮れるんですよ。白は過度に光を反射しますから。今では修正でどうにでもなってしまうことだけど……」

「でもベースがいいに越したことはねーな」

 陽歌は意外な利点を補足する。それも時代の流れと共に写真加工が容易となって、気にする様な話ではなくなったのだが。

「というわけで近年の結婚式の規模縮小に対抗して、ウェディングドレスのモデルコンテストが行われたので式場まで来たわけだけど……」

「優勝者には式の費用全額、エンゲージリングやウェディングドレスのオーダーメイド作成費全額に加え新婚旅行の費用全額負担の約束か、上限なしった大きく出たもんだな」

 ユニオンリバーのメンバーは、この豪華景品に目が眩んで今回開催されるウェディングドレスの最優秀モデルを決めるコンテストへの参加に踏み込んだ。

(その気になれば世界さえ滅ぼせるのに、妙に庶民的だよねみんな……)

 根幹はヤバい集団にも関わらず景品目当てに参加してしまうところに陽歌は彼女らの俗っぽさを感じてしまった。

「よーし、優勝するぞ!」

「お姉さん、相手は?」

 今回の主犯が一番一般人に感性の近いミリアだからというのもあるのだろうか。外見だけなら優勝候補間違いなしだが、絶対他の審査でボロ出すだろうなと陽歌は読んでいた。

「そのために今日はアステリアさん七耶ちゃん陽歌くん連れてきたんだから」

「お姉さん、相手……」

 さなは賞品を手に入れてもミリアにはそれを使う相手がいないことを気にしていた。

「私が出る様なコンテストでは……」

 アステリアはメイドという職業柄、目立つことは避けたかった様だ。それでも、ミリアは賞品の為にこの絶世の美女を見逃さなかった。特に参戦予定だったアスルトが二日酔いで潰れたとあっては尚更だ。

「いーのいーの! 今回はお祭りみたいなものだから!」

「だからお姉さん……相手……」

 会場でわちゃわちゃしていると、知り合いが通りかかる。

「げ! ユニオンリバー!」

「あ、ブラック企業じゃん」

 自称悪の組織、クオ・ヴァディスの幹部、エリニュース・レムナントであった。彼女も今回のコンテストに参加するつもりなのだろうか。

「エリニュースさんもコンテストに?」

「ふふん、コンテスト荒らしは悪の華! それに相手出来た時の為に結婚資金欲しい……」

 組織からの給料が安いので、結構切実な理由での参加であった。賞品に時効が無い以上、未来の貯蓄にしたい気持ちも分かる。

「よし、負けない様にこっちも気合入れるよ」

「はー、やれやれ」

 結婚の見込みもないのにやたら張り切っているミリアはさなでも止められない。

(アステリアさんやエリニュースさんは本人にその気があれば出来そうだけど、ミリアさんはなぁ……)

 美女というアドバンテージをもってしても拭えない欠点がミリアにはある。結婚生活は愛嬌だけで出来るものではない。陽歌はそこが心配だった。

「とりあえず受け付けっと……」

 ミリアは受付に向かう。今回の参加者は恐らく彼女とアステリアの二人になるだろう。さなはブレーキ、七耶は野次馬、そして自分は外付けライブラリユニットとしての採用だろうと陽歌は考えていた。彼もミリアから誘われない限り、こんな人の多い所になど行かない。

「やぁ、君達はたしか、ユニオンリバーの……」

「あなたは……」

 その時、見知った人物の姿を見る。高身長で爽やかな好青年という参加者のみならずスタッフの目を奪う彼は天竜宮刀李。高名な退魔師である。そんな彼がなぜこんなところにいるのか。

「なんだ坊や、嫁探しにでも来たのか?」

「確かに結婚は急かされてるけど運命の人は簡単に見つからないよ。今日は仕事さ」

 七耶が茶化してみるが、刀李は軽く流す。どうやら、退魔師としての任務でここにいるらしい。仕事といっても、退魔師は殆どボランティアみたいなものなのだが。

「仕事? 何か怪異でも出たんです?」

 陽歌は特に何も異変を感じなかった。彼も曲りなりに対怪異の側に立つ人間だが、才能はなく子供である為、感知する能力が鈍い。

「何となく嫌な気配がしてね。儀式ってのは手順をなぞるだけでも霊を呼びやすいのさ。まぁどうせ僕の杞憂だろうし、君もこっちで将来の妻に着てもらうドレスでも考えようじゃないか」

 選ぼうではなく考えようという時点でオーダーメイドが前提である。ナチュラルに金持ちムーブを見せつける。

「君の妻は浅野深雪になるのかな? それとも婿入りして篠原陽歌?」

 刀李はノリノリで陽歌の結婚生活を想像する。

「え、……ええ、いやでも最近は夫婦別姓とかありますし……」

「想像するならタダだよ。こういうのも楽しみさ」

 完全に小学生のノリである。別姓とか普通に考える陽歌の方が大人っぽく見える。

「もうお前らメンタリティ交換しろ」

 これには七耶も呆れるしかなかった。しかし遊んでいる場合ではない。受付をせねば。

「参加者は何名ですか?」

(結婚かぁ、でも僕のこれが子供に遺伝したらやだなぁ……)

「四人です」

「え?」

 考え事をしていた陽歌はミリアの爆弾発言で現実に引き戻される。一体どんな計算でその人数なのか。ドレスを着られる様な人間は二人しかいないはずだ。

「あー、それな」

 七耶は巫女服の袖から取り出した飴を食べる。すると、彼女の姿が一瞬で大人のものに変化する。あのちんちくりんがスタイルもミリアやアステリアに劣らない美女になったのである。

「ということはさなも……」

 七耶が大人になる方法を持っているということは、月の住民であるさなも似たことが出来るのでこれで四人だと彼は考えた。

「私は絶対やらないよ」

 しかし彼女は断固として拒否する。ではあと一人は誰なのか。

「十年バズーカー!」

 ミリアはどこからともなく一つのバズーカを取り出す。それはある漫画に登場する、撃った相手を十年経過させるアイテムを再現したものであった。銃口はしっかり陽歌の方を向いている。

「え? 僕? いやいや第一男だから!」

 まさかの四人目は陽歌。彼は首を全力で振って否定する。そもそもウェディングドレスのモデルを決める大会に男が出ていいのか。そこを受付のスタッフが説明する。

「昨今の事情を考慮し、似合っていればいいので性別は参加条件から外しました」

 予想外ながら納得できる展開に陽歌は早口で逃げの口実を探す。

「いやでも十年ですよ? 考えて下さい十年ですよ? 僕は十九歳になってアステリアさんより年上! さすがにそこまでいったら成長期も終わって男性ホルモンが全身に行き渡って男っぽくなりますよ? こんな見た目なのはショタの時だけですって! さすがにこのまま大きくなるはずが……」

「ふぉいあー!」

「あーっ!」

 しかしそれも虚しくバズーカは発射され、陽歌に直撃した。煙が晴れると、十年後の彼が姿を現す。

「あー、やっちゃった……さすがにそう都合よ……く?」

 彼は自分の姿を鏡で見るより先に違和感を覚えた。声が全く低くなっていないのだ。普通なら変声期を迎えて、声変わりするはずだ。

「おいおい……」

「これってマジ?」

「さすがに予想外……」

 七耶とさな、ミリアは十年後の陽歌に驚愕する。身長こそ伸びたが、顔立ちは若干大人びただけでほぼそのまま。髪もセミロングまで伸び、体つきが何故か女性的になって余計に女の子寄りになっていた。服装もパンツルックだが腰の下まで丈のあるオフショルニットの下にハイネックを着るなど、もう諦めましたと言わんばかりのレディスファッション。穏やかそうな表情により余った袖から覗く義手のあざとさが増している。成長のせいで泣き黒子の持つ色香増幅効果がさらに倍プッシュだ。

「はい鏡」

 アステリアが用意した姿見を見た瞬間、陽歌は崩れ落ちた。

「どおぢでごおなるのぉぉぉぉぉッ!」

 二次性徴に期待していた陽歌の希望は見事打ち砕かれた。今までは栄養失調のせいで成長出来てないからという言い訳が通じたが、十年後こうなっているのではもうどうしようもない。

「まぁ、ドンマイ……」

「なんも言えねぇ……」

 さなは何とか慰めたが、七耶は言葉を失った。

「陽歌くん、恐ろしい子……!」

 ミリアは白目を剥いて少女漫画チックにショックを受けていた。

「私はこれを多少なりとも予想してたお前が恐ろしい」

「違うんだって! メイクして足隠せば女の子で通じる程度の想定だったんだって!」

 七耶に反論するミリアだったが、もう何を言っても遅い。おそらくアスルトがここにいたのならこの結果を予想して全力で止めたであろう。陽歌が遺伝子の特異性により再生治療を受けられないのは周知の事実だが、髪や瞳の色を決める部分のみならず性別を判定するY染色体にもその特異性があり、男性ホルモンの影響が外見に現れないという結果をもたらしていることを知っているのは彼女と主治医の松永順だけなのだから。

 なんでそんな大事なこと黙ってたかって? 本来問題になる様な要素じゃないからだよ!

「非の打ちどころのない可愛さだ。さすがに肉体だけの成長では霊力の向上は見られないが……」

 十年バズーカは刀李の言う通り、主に肉体を成長させるもの。撃破実績や精神力が大きく影響する霊力に変化はない。

「こうなったら……とことんやってやる……」

 暗黒面に落ちた陽歌はふらりと立ち上がり、宣言する。

「優勝を僕が手に入れて、この大会を根幹から破壊してやる……!」

「第三勢力が生まれた!」

 強力な味方どころかヤバい敵勢力を作ってしまったミリア。このコンテストの行方は如何に。

 

「というわけでドレス選びかぁ……」

 一人、会場のホールに残されたさなは全員のドレスアップが終わるまで待機することにした。一体、どんなドレスを選ぶのか。

「どうやら墓穴を掘った様だなユニオンリバー!」

 既に着替えを済ませていたエリニュースがさなに声を掛ける。いつもの眼鏡は敢えて外さず、黒いウェディングドレスに身を包んでいる。異彩を放つカラーコーディネートでも似合ってしまうのは彼女が悪の組織幹部だからなのか。ブラックカラーのベールも死神という彼女のイメージに合っている。

「組織の失態にしないでほしいな。あれはお姉さんの失態だよ」

 さすがにこんなのを組織全体のミスに換算したくないさなであった。

「それに負ける気は毛頭ないけどね」

 さなは乗り気でない上自分が関わらない勝負とはいえ、負けるのは容認できなかった。

「そうだな、今のままでは難しいだろう」

 刀李も何故かユニオンリバー側に立つ。この人一応全く無関係の第三勢力のはずである。その手にはエリニュースの赤い眼鏡があった。

「これで完璧だ」

 彼はエリニュースに眼鏡を掛けてやる。顔を接近させ、丁寧に眼鏡をかける。それは眼鏡女子にとって、ありのままの自分を肯定してくれる行為に他ならない。

まるで童話の王子様を思わせる刀李にこうされれば大抵の女性は心奪われてしまうのだが、エリニュースとさなは『こいつナチュラルに女子更衣室入ったな』という部分が気になってしまった。

「ていうかコンタクト入ってるから度が合わなくなる」

 その上、ちゃんとコンタクトを入れていたせいもあって却って邪魔になったのでエリニュースは再び眼鏡を外す。イケメンムーブが絶妙にこの世界と噛み合っていない。

「眼鏡キャラが眼鏡を外す時、それは敗北を意味する!」

 コスプレが趣味なだけあり、準備の早いミリアが即座に着替え終わって出てくる。その姿を見て、さなは一言呟いた。

「お姉さん、それはウェディングドレスなのかい?」

 それもそのはず、確かに白いしモチーフも花嫁だが、白のライダースーツという変わったデザインその服装は、完全にセイバーブライドのコスチュームであった。グラマラスなボディを強調するという意味では正解だが、コンテスト的にはアウトだ。

「今やネットで出会ったオタク同士が結婚することも珍しくない昨今! こういうドレスもあり!」

「ドレスではないね。そんなものまで自作して……」

「え? 普通に用意されていたよ?」

 さなはいつも通り自作の衣装だと思っていたが、意外にも主催側が用意した衣装。冠婚葬祭の縮小がもてはやされる今、客を取り込む為に試行錯誤である。

「うそーん……」

「失礼、スマホで悪いが一枚撮ってよろしいでしょうか? SNSへのアップは行わない」

「いいよー」

 手慣れた様子で撮影交渉をする刀李。至る所抜け目がないのに何故か残念さがぬぐえない。

「勝負あったなユニオンリバー。さすがに歯ごたえが無いぞ」

 素材の良さから普通にしていればよかったものを、色物を選んできたミリアにエリニュースは勝利を確信する。

「それはどうかな?」

 しかし、会場に凛とした声が響く。そう、まだユニオンリバーには二人残っているのだ。七耶が選んだのは、その艶やかな黒髪に似合う白無垢であった。

「神式だと! その手があったか!」

 自身も黒髪というアドバンテージを持ちながらドレス一択に固まってしまったエリニュースは不意を打たれた形となる。しかも七耶は肉体だけでなく精神も引っ張られるように成長しており、普段の騒がしさが鳴りを潜めて厳かな美しさのある女性となっていた。

 グラマラスな体型と和服は合わないのだが、そこは胸を潰した上で腰にタオルを巻いてカバーだ。

「どうしよう、多分みんなキリスト教式がいいだろうから僕も合わせるが、妻の白無垢見たさに神式もやりたくなったぞ? だが日程的にきついか?」

「心配が日程だけって……」

 刀李が真剣に悩み出したが、心配ごとが浮世離れしているのでこれには月の住人であるさなも苦笑い。

「やだなー、まず相手がいないじゃない」

 ミリアは式の日程よりも相手の有無を指摘する。

「そうだったな、捕らぬ狸の皮算用とはまさにこのこと。恥ずかしい限りだ」

 そこに気づいて刀李とミリアは二人で笑う。だが、彼はその気があればすぐ相手が見つかるスペックの持ち主だということを忘れてはならない。

「これで残すは陽歌とアステリアのみだな」

 ドレスを着る人間はあと二人。陽歌は参加者で唯一、男子更衣室から出てくる。彼が来ていたのは、真紅のドレスだ。構造上、肩や腕が大きく露出するが義手はドレスグローブで隠している。化粧もしており、言われても男とは思えないほどであった。

「必ず、優勝してみせる……」

「まずいあいつ本気だ!」

 七耶も危機感を覚えるほどであった。流し目で審査員を見つめ、憂いのある表情を見せる。自分の武器を理解した上で使いこなしてきている。陽歌ほど自分の外見にぶつかってきた参加者はおるまい。髪色も瞳色もそのままだが、それが却ってミステリアスな色気を醸し出す。

「はえー、どちゃくそかわええ……」

「語彙力」

 刀李も言葉を失っていた。さなはてっきりツッコミが増えて楽が出来ると思ったが、陽歌は暴走するし刀李は頼りにならないしで胃が痛い。

「なんてこと……陽歌くんいつの間にそんな男を知った顔を……!」

「言い方」

 戦慄するミリアもこの通り。

「ふふ、十年バズーカを後悔するんですね……おかげで十年分表情筋がパワーアップしました」

 喜びに乏しい生活をしていた陽歌の表情は自然と無くなっていったが、十年もユニオンリバーで暮らすと人並みに戻るらしい。

「さて、大トリはアステリアだな」

「さすがにアステリアさんに勝てる人はいないでしょ」

 最後はアステリア。七耶はともかく、ミリアも勝負を放棄して彼女に掛ける。

「もう決戦モード入ってるけど着替えただけだからね?」

 話に置いて行かれていたエリニュースは一応付け加える。まだ戦いは始まってもいない。

「お待たせ。どう……かな?」

 着なれないドレスのせいか、おっかなびっくりという様子で歩くアステリア。ドレスこそ特筆すべき点のないスタンダードなウェディングドレスだが、普段と違って着飾った彼女の姿は心が洗われる様な美しさがあった。全員がリアクションを忘れ、アステリアの美貌に息を飲む。

「変……かな?」

 彼女が照れた様に小首を傾げる。その時、刀李がアステリアに飛び掛かる。

「天竜寺さん?」

「遂に狂ったか?」

 陽歌が素に戻り、さなが止めようと動き出すほど突然の出来事だった。が、彼が飛びついたのはアステリアに迫る黒い影であった。

「なるほど、嫌な感じの正体は貴様か!」

 刀李は手の平を翳して結界を張り、黒い影を押し出す。常人には見えないはずの霊的なエネルギーがハッキリ、アクリルの様なドームをアステリアの周囲に作っているのが見えるほどであった。

『貴様の様な霊能者が泡沫の怨霊に何の用かな?』

 黒い影は刀李に語り掛ける。こちらも霊的な存在なのに、一般人の参加者達にも見えていた。

「その声……若様?」

「え?」

 アステリアは声を聞いただけで、その正体に気づいた。黒い影は白いタキシードを着た若い男の姿になる。

「久しぶりだね、アステリア。以前にも増して美しくなった。迎えにきたよ」

「お前まさか、アステリアが事件に巻き込まれる数年前まで仕えてた屋敷の?」

 エリニュースはアステリアと付き合いが長く、彼女の過去も聞いている。事件というのは、アステリア達がこの時空を支配する神を倒し、あらゆるものが流れ着いて混沌とする現在のセプトギア時空が生まれる原因となった出来事だ。

「そうだ。私は一つの未練を残して死んだ。だが、彼女がウェディングドレスを纏う時、この世に戻れる様にしてあったのだ」

「何のために……」

 気持ち悪いというレベルではない追跡方法に引きつつ、さなは目的を聞いた。

「アステリアを伴侶とする男が本当に、彼女を幸せに出来るのか確かめる為。そして、アステリアに最高の式を用意する為さ」

 だが、と亡霊は続けた。

「でもどうやら期待外れの様だ。見てみろ、この始末を。結婚の予定など微塵もなく、傍にいる男は信じる強さを持たぬ軟弱者とただの子供。故に、私はこれよりアステリアを我が妻に迎える」

「死人がどうやって結婚する気だ!」

 七耶は勝手なことを言う亡霊に反論するが、陽歌には心当たりがあった。

「まさか冥婚? それも最悪の形で?」

「冥婚?」

 ミリアには全くピンと来ていない様子だが、世界にはそういう風習があるので陽歌が説明する。

「未婚の死者を結婚させて弔う風習です。大抵は異性を模した人形とか故人の結婚式を描いた絵画とかを棺に納めたり、たまたま同時期に死んだ者同士を結婚させて弔ったり、所縁のある生者が形だけ結婚して形見の品を供養するという場合が多いんです。でも中には冥婚の為に相手の命を奪うことも……」

「え? ヤバいじゃん!」

 亡霊がどの冥婚をやろうとしているのかは分からないが、あのストーカーぶりでは一番過激なパターンで来るだろうというのがミリアの予想だった。

「安心しろ。アステリアの生を犯す真似などしない」

「な?」

 亡霊はいつの間にかアステリアを抱きかかえ、空中に浮いていた。結界など無かったかの様に、すり抜けている。

「馬鹿な、この結界を抜けたのか?」

「生と死の狭間さえ私とアステリアを阻むことは出来ないのだ。結界など無いも同然。安心しろ。私は愛する彼女に自由を与えるため、使用人という枷を外すため結婚するのだ。式が終われば私の妻になるが、肝心の夫が死んでいるのでな、いつもの生活に戻る」

「なんだ、だったら普通に話してくれれば……」

 陽歌も亡霊の思惑を聞いて安心する。少しは話が分かるらしい。

「ちょうどよく式場もある。アステリアの友よ、参列していくがいい」

「あ、なら着替えますね。あんまり目立つと嫌らしいので」

 参列さえも認めた辺り、ただ最後に結婚式したいだけの幽霊らしい。陽歌もアステリアの知り合いの頼みならと快く引き受けようと着替えるべく移動した。が、妙に式場の外が騒がしい。

「ん? なんでしょう?」

「急な嵐かな? こんな時期だからね」

 陽歌とさなが外に出ると、晴れてはいたがとんでもないものが空に浮かんでいる光景を目にした。

「え?」

 青空に浮かぶのは、巨大なナイフだ。ケーキ入刀で使う様なナイフが、真昼の月が如くぼんやりと空に浮かぶ。このサイズは、明らかに惑星を切断できる規模だ。

「驚いたかね? 六十億以上の命が乗った最高のウェディングケーキだ。これこそ、私とアステリアの婚姻に相応しい」

「待て待て待てぇ!」

 これにはさすがに七耶も止めた。ケーキ入刀のケーキが地球とか、規模の大きさが狂っている。冥界の女神を振り向かせるために全宇宙の生命半分プレゼントとかそういうレベルの話になってくる。

「これ切ったらどうなるんだよ! 地球滅ぶぢゃん!」

「だろうな」

「折り込み済みなら見逃せねぇぞ! アステリア置いて帰れ!」

 亡霊も普通に地球入刀をやる気満々だったので七耶の抗議を受ける。

「最高の式になりそうだが、邪魔するというのなら残念だ。君達にはそこで初めての共同作業を見守ってもらうよ」

「あ、待て!」

 亡霊はアステリアを連れて式場の奥へ入ってしまう。陽歌とさなは急いで中に戻るが、亡霊とアステリアはチャペルの中へ行き、扉を堅く閉ざす。

この扉はごく一般的なもののはずが、さなの力でも開くことができない。扉には何かが英語の筆記体で書かれていた。

「これ、普通の扉だよね?」

「どうやら呪術的なロックが掛かっているらしい。四つか……」

 刀李は即座にその正体を見破る。だったら、と七耶は急かして要求する。

「開けられるか?」

「いや、かなり複雑だ。正面から解いていたらかなり時間が掛かる」

「おいおい、間に合うのか?」

 さしもの刀李を持ってしても、困難と言わしめるロック。それもそのはず。向こうは自分の死後からずっとアステリアとの結婚を待ちわびていたのだ。睡眠も仕事も必要ない死者がその時間全てを費やして作り上げた鍵など、途方もない厳重なものに仕上がるに決まっている。

「結婚……四……?」

「陽歌くん?」

 ミリアは陽歌が何か考えているのに気づいた。彼は好きな作家のサイン会へ行くために英語を勉強しているくらいだ。愛読書も原著で読んでいるため会話だけでなく読解も出来る。

「そうか、これはマザーグースのサムシングフォー……」

「筆記体の英語か。よく気づいたね」

 英語能力で言えば年齢も学歴も上の刀李だが、最近はコンピューターの発達で英語圏でも筆記体は廃れつつある。なので、初見で気づくのは困難だった。

「サムシングフォー? 敵幹部か何か?」

 ミリアはまるで四天王かの様な名前に、シルエットで映る謎の敵達を思い浮かべる。

「サムシングフォーというのはアメリカの童謡、マザーグースの一つです。結婚の時に持っていくと縁起のいいものを歌っていて、それは古いもの、新しいもの、借りたもの、青いものの四つです。そして最後に、靴に六ペンスの銀貨」

 陽歌はサムシングフォーの大枠を説明する。五つある様に見えるが、最後のはオマケみたいなものだ。さなもそれで内容を思い出した。

「古いものは両家の伝統など前世代への敬愛、新しいものは変化、借りたものは貸し借りが出来るほどの信頼、青いものは貞淑、銀貨は妻へ許すへそくりを表しているよ。アイテムそのものよりも込められた意味の方が重要だね」

 この星の伝統的な婚姻の呪いを用いた結界。それを聞き、刀李はあることを思いついた。

「奴は式の真っ最中、サムシングフォーを用いて結界を張ったが該当のアイテムは持っていない。我々でサムシングフォーを持ち寄り、この結界にぶつければ……」

「サムシングフォーにはサムシングフォーをぶつけるってことか」

 七耶は急いで更衣室に引き返す。そして、アステリアのメイド服からあるものを持ってきた。

「メイド服はサイズが変わったりして替えてるが、懐中時計はずっと同じもん使ってるって聞いたぞ!」

 メイド服は作業着なので汚れたりするので替えている可能性が高いが、時計なら同じものを愛用している可能性が高い。

「新しいものなら今頼んだよ」

 ミリアはアマゾンのお急ぎ便で新品のアイテムを注文していた。これで二つは揃ったということか。

「借り物なら、私が力を貸そう」

 借りたもの、はエリニュースの鎌。というか力そのものという流れ。後は青いものだ。なるべくアステリアに縁のある青いものだといいのだが、そう都合よくあるのだろうか。

「青は、僕が行く!」

 陽歌が自身の左目に触れて名乗り出る。普段はこのオッドアイが目立つことを嫌っている陽歌だが、恩人のアステリアのピンチとあれば利用するのも厭わない。

「よし、後はお姉さんの荷物が届けば……」

「来た」

 ミリアの頼んだものもすぐ到着し、サムシングフォーを用意する。それぞれ、手に入れたアイテムを掲げて

「懐中時計!」

「イエスノー枕!」

「私の力!」

「僕の左目!」

 ミリアの号令と共に、四人の花嫁がそのまま扉に突撃をする。

「行くぞぉぉぉおお!」

「待って」

 さなはミリアが持っているアイテムを見て止める。ピンク色に『YES』と書かれた枕と、水色で『NO』と書かれた枕のセットだ。

「なにそれ」

「イエスノー枕。新婚さんいらっしゃいでお馴染みの」

「何のイエスノーか分かってる?」

 しかし、ミリアはこの枕が何の意思表示をする為のものか分かっていなかった。

「そういえばなんでイエスノーなんだろうね?」

 陽歌はサラッと答えを言って突撃を再開した。

「それは《規制済み》ですよ」

「もろに言ったー!」

 幸いかぐや消しが仕事して事なきを得たが直球である。もうやけになってさなも見守るしかなかった。

「おりゃあああああ!」

 四人の手にしたサムシングフォーが扉にぶつかり、見事式場への侵入に成功した。しかし、式場の中は天空になっており、チャペルは扉から離れたところに浮かんでいる。彼らの足元には地球へ入刀する為のナイフが存在する。

「来たか。だが、その程度!」

 亡霊は手を翳すと、暴風で七耶達を吹き飛ばそうとする。

「何ぃ!」

「せっかく扉を開いたのに!」

 扉は所詮扉でしかなかった。侵入者を追い出す措置はいくつも講じてあった。

「みんな!」

 アステリアはやってきた陽歌達に気づくが、四人とも風で扉へ押し戻されてしまった。

「この式は私とアステリアだけのものだ! 誰にも邪魔は出来ない!」

「アステリアさん! 六ペンスの銀貨を……!」

 扉から吐き出される直前、陽歌はどうにか最後の手がかりを伝える。

「ふむ、サムシングフォーか。せっかくの結婚生活だ。お前達からではなく私自ら集めよう」

 地球の文化を利用したが、大雑把にしか理解していないようで亡霊はアイテム集めを目論んでいた。アステリアは陽歌の言葉で、この状況を切り抜ける方法を見つけた。

「靴に六ペンスの銀貨……」

 地球暮らしの長い彼女は、一応話としてサムシングフォーのことを聞いていた。そのためあの僅かなヒントで答えに辿り着けたのだ。

「その心は、僅かなへそくり!」

「ん? へそくりなどと言わず個人の蓄財などいくらでも許そう……」

 アステリアは右手を掲げ、あるものを呼んだ。そう、それは僅かなへそくりの様にいつも共にいる、世界を救った相棒のことを。

「グラビティ・エックス!」

「この空間に私が認めた者以外は……」

 自分以外をシャットダウンする空間故に、召喚系も無効化出来ると亡霊は思っていた。だが、グラビティ・エックスはそんなことお構いなしに出現する。黒地の人型巨大ロボット、グラビティ・エックス。通称グラビィ。一般亡霊の霊力で押し出せる相手ではないこともあるが、アステリアにとってはへそくり同然の存在なのでサムシングフォーの制限を突破できたのだ。

「グレイブ……インパクト!」

 出現と同時に放たれる必殺技。亡霊は一瞬で蒸発させられた。

「うおおおおおお! 何故だ、アステリアあああああ!」

「若様、僭越ながら、私は例えどんなことがあろうとも一使用人であるという姿勢は変わらないつもりです」

 アステリアは、あの時の様に結婚の申し出を断る。

「そして、私は今、幸せです。あなたに仕えることが出来て、そして仲間がいて……」

「うおおおお!」

 亡霊の消滅と共に、地球に向けられたナイフも粉砕された。

 

「地球は救われた。そもそも危機に陥った理由があれだったのだが」

 なんやかんや大会は中止にならずに済んだが、優勝はユニオンリバーでもエリニュースでもない第三者に持っていかれてしまった。

「みんな無事だったし、よかったじゃない」

「まぁ、そうだけど……」

 アステリアがめでたしめでたし、と締めようとするがミリアは不満げだった。エリニュースは割と深刻そうな表情であった。

「私の結婚予算……」

「美しさの基準なんて感性なんですから競うこと自体間違いだったんですよ……」

 陽歌は自分に言い聞かせる様に慰める。もう十年バズーカの効果は切れている。

「また会おう、ユニオンリバー。願わくば次回も味方として」

 刀李はそそくさといなくなる。結局初期警戒以外役に立たなかった様に見えるが、気にしてはいけない。

「ったく、今回はえらい目にあったじぇ……」

「ていうか今回、お姉さんがアステリアさんにドレス着せなきゃ起きなかった事件だよね?」

 七耶はくたくた、そしてさなは重大な事実に気づく。このイベントにアステリアを誘わなければ平和に終わったのではないだろうか。

「誤差! 誤差だから! 生きてればウェディングドレスとか着るでしょ一回くらい!」

 今回避けてもいずれは、というのは確かにそうである。

 こうして、ちょっとした冥婚騒動は終わりを告げた。しかし、これは大いなる戦いのちょっとした断章に過ぎない……のかもしれない。

 




 次回

 劇場版騒動喫茶ユニオンリバー、実況者バトルロワイヤル開催!

 最後の実況者(ラストプレイヤー)になるのは誰だ!


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転輪祭典

 天竜宮刀李

 有名な霊能力者の家系に生まれたサラブレッド。その実力は確かであり、癖の強い霊能力者達の中でも珍しく常識人。


 無事に措置入院を終えたものの、県を跨いでの移動を避けねばならない状況故に陽歌達は立川にあるコトブキヤ本社地下99階、ファクトリーアドバンス研究室に滞在することとなった。

久々にのびのびと入浴出来る環境になり、陽歌はシャワーを浴びながら考え込む。多少肉は付いたものの、男のそれとは思えない柔肌をお湯が伝う。アスルト達のケアにより、身体に残った傷は手術痕すら薄くなるほど改善された。

「……」

だが、上腕の上半分から切断された両腕は帰ってこない。接合部はナノマシンで出来た黒い包帯の様な布で隠されているだけだ。その義手で壁に触れ、頭を壁に押し付けて思考の渦に落ちる。

「……」

自分の出生を聞き、悩まないわけではない。ストンと腑に落ちた面も強いが、それ以上にそのことを言わねばならない相手がいるという事実がのし掛かる。

「雲雀……小鷹……」

かつて自分を支えてくれた友は、なんと思うだろうか。この様な呪われた生まれを蔑むのだろうか。伝えるのが義理なのだろうが、あの楽しかった思い出が失われる恐怖があった。

『まったく、他ならぬ君の友達だろ? 少しは信じてやれよ』

その時、声が聞こえる。振り返って浴室を見渡すも、誰もいない。その代わり、自分が映っているはずの鏡に仮面の少年がいた。不意に現れては、陽歌を導く謎の存在。

「君は一体……」

『ちょっとばかり君と縁のある存在さ。人生の先輩達と思ってくれればいい。通りのいい呼び名なら、カストラータとでも名乗ろうか』

カストラータ、去勢されたオペラの男性ソプラノ歌手を差すその名前を名乗る少年は何が目的で陽歌に接触を試みたのだろうか。

「カストラータ……」

『僕達を倒した人間が、人間ごときに滅ぼされるのは釈然としないのさ。要するに自己満足で君の中を間借りしてお節介を焼かせてもらっているよ』

彼がどういう存在なのかは分からないが、自分の中にいることだけは確かであった。

『一つ言わせてもらうなら、僕達は君の影とか本心とかそういう存在じゃない。君は君。僕達は僕達。互いに独立した存在だ。だから最後に決めるのは君だよ』

そして、それが自分の心から生まれたというものではないということも確か。去勢して変声を止めてまでボーイソプラノを維持する様な芸術性は陽歌にない。

「最後に決めるのは……前も言ってたね」

『ま、君の記憶見た限りだと生まれがどうのというタイプじゃない、というかそんな細かいものより目の前のものを信じるタイプ、ってのが僕達の結論かな』

突き放す様なことを言いつつも、何だかんだ誘導しているカストラータ。

「決めろって言う割には、結構アドバイスくれるよね……」

『繰り返してるうちに遠回しな意見は面倒くさくなってきてね。僕達が僕達でなければ気の一つ狂っているところだ。ストレートに指示をしたいのは山々だが、君の主体性は尊重したいからね。豊富なバットエンドの回収なんて特殊性癖かコンプ目的でもなければしないだろう?』

カストラータは普段見えないが、苦労している様子だった。自分の為に心を割いてくれる人物が側にいるとも知らず、それに陽歌は罪悪感を抱いた。

「ごめん……迷惑かけたかな?」

『僕達が好きでしてることだ。それに、こっちに得がないわけじゃない』

カストラータは一応、損得感情も込みで動いてはいた。

 

   @

 

「この世界がループしている?」

三茄子から話を聞いた七耶は、半分信じて半分疑っている状態だった。

「正確には2008年から2013年の東京大会決定までの期間と、2013年から今年までの二つに別れての繰り返しネ。最初のループは東京都が誘致に成功したせいか確定して、第二のループ期間に入ってル」

ループは二段階。これを聞けば、主犯が誰であるのかは理解出来るだろう。

「お前はどうやって知った? 運をかき集める能力にそのループ耐性があるのか?」

七耶は三茄子がこれを突き止めたきっかけを聞いた。タイムリープは記憶を引き継いだまま繰り返し同じことを繰り返す。これを扱った作品でも避けては通れぬものだが、ループを認識してしまうこと自体が正気を失う原因になりかねない。何せ同じことを何千回と繰り返すのだ。某アニメでタイムリープを八話に渡って再現した結果、視聴者からの苦情が頻発したのだが、アニメでの八周ですらこれなのだ。実際の体験なら共有する相手がいないこともあり、半分以下の回数でで気が狂うだろう。

だが、彼女に精神的な異常は見られない。

「そう、『運良く知った』のヨ。これを拾ってね」

三茄子が見せたのは、一つのUSBメモリ。

「それは?」

「アカシックレコードフラグメンツ。この世の全てを記録するアカシックレコードが不確定な出来事を一時的に留めておく欠片。私は毎ループで運よくこの秘宝を手に入れることでループを認識出来ていル」

USBメモリを机に置かれたノートパソコンに差すと、大量のファイルが入っているにも関わらず容易に展開する。ただのフォルダ機能ではない。検索機能を持った未知のデータベースソフトウェアだ。

「私はとりあえず、これを解析してループの犯人を撃破して打破を狙ったみたいけど、やっぱりループものはあれネー。成功するまで繰り返されるから何度倒してもキリがないみたいネー。いっそ思いきって放置して成功させようとしてもみたらしいけど、私が邪魔しなくても誰かにちょっかいをかけてフルボッコにされること何千回って感じネー」

「東京オリンピックに絡んだループとなると、やはり犯人は大海菊子か」

七耶はまだループの原因について語られていないが、二つのループ期間とその移り変わりの要因から原因を予想した。気が狂う様な行いをしてまでそんなことに執着するのは奴くらいだろう。

「All Right。いくら先進国首都とはいえ、一自治体の首長があれだけの戦力を用意し、フロラシオンの様な独自のパイプを持ち、一般人には存在も不確かな呪い対策の真名隠しまでしている。これはおそらく繰り返されたループによって各種のやり取りが最適化された結果ネー」

いくら下手くそでも回数を重ねればある程度の部分までは自然と上手になるものだ。何をどこまで引き継げるかは分からないが、最悪記憶と経験だけでもかなりのアドバンテージになる。

「んじゃ、早速倒しに行こうじぇ。ただの人間がタイムリープ能力を持っているとは思えないからな。軽くボコボコにして追い詰めればタイムリープを引き起こす原因を持ち出すはずだ。ループ耐性のある奴がいるなら、それを次の周回の私達に伝えてくれれば……」

七耶は殴り込みを提案する。概ね、三茄子もそれを考えていたが、ことは簡単に進まない。

「そうしたいのは山々だけど、相手は失敗してもやり直せる以上、次の周回ではより警戒を強くする可能性がある。だから私は、とにかくループを認識出来る人間を集めて一気呵成に畳み掛けて一回で全てを終わらせた方がいいと思う」

運に絡んだ能力を持つからこそ、天命を待つ前に人事を尽くすことを忘れない三茄子。彼女も正確にループを認識しているわけではなく、たまたま知ったので次の周回では都知事の手勢によってループを認知する前に殺される危険もある。また、『運よく』が作動せずループを見逃した周回があることも知っている。

「だから私は、このループ数周を使ってループを認識出来る人物や彼らの言うことを信じてくれるヒーローを集めていたのネ。そして、その最後のピースがユニオンリバー!」

「私らが?」

三茄子の打倒作戦は知事が自滅することを逆手に取り、コツコツ進められていた。そして、ユニオンリバーの勧誘でそれは完成する。

「フラグメンツのデータから統計を取ったけど、都知事撃破にユニオンリバーが関わる回数は決して多いとは言えないわ」

「ならそんなに重要じゃねぇんじゃねぇか? 確かに強い奴は多いが、何よりループを誰も認知出来なかったのが致命的だ」

ユニオンリバーのメンバーは総じて戦力としては『強い』。だが今回、ループという特殊状況を認知出来ていた人間がいないのだ。アスルトやシエルなど、やろうと思えばループを観測出来る人間はいる。だがいくら高性能な天体望遠鏡を持っていても接近を知らねば彗星を観測出来ないのと同じで、ループ自体を事前に気付かなければならない。

「あなたは不思議に思わなかった? なんで北陸に住んでいる陽歌くんが、静岡に住むあなた達と合流出来ているのか」

「まさか、あいつはこのループを……?」

三茄子の一言で、七耶は陽歌がループを観測出来るのではないかと思った。だから北陸からオフ会で名古屋に来ているユニオンリバーと合流することが出来たのではないか。だがそれはすぐに否定されてしまう。

「彼の境遇でループの記憶があるなら、去年を待たずにもっと早く合流しているはずよ。陽歌くんはループを認識出来ない、けど何かこの状況を打開する鍵になるかもしれない。ユニオンリバーが都知事を撃破した時には必ず、彼の姿がある。それに気づいた誰かが、ユニオンリバーと出会う様に仕向けているとしたら……」

「あいつ自身は気付いていないが、今回のイベントの特攻キャラみたいなもんってことか」

特殊な状況で、単純な力押しによる攻略が出来ない以上彼に賭ける必要が出てくる。

「ん? じゃあ私らが都知事とやり合ってない時の世界線であいつは何してるんだ?」

ふと、七耶は他の世界線での陽歌が気になった。

「フラグメンツに検索機能があって助かったネ。他の世界線でも誰かに保護されることが多いみたいだけど、やっぱり義手の都合ここにいるのがいいみたい。生活にストレスがあるのとないのとじゃかなり違ってくるみたいだから」

「あー、再生治療に困難があるからな」

シビアな戦場で生きてきた七耶はifについて考えない、現在こそベストと信じるタイプなのだが、今回も義手の関係ではそれに間違いはなかった。心の面はわからないが、ベストにしていく努力は出来る。

「で、最後のピースが揃ったってことはやっぱ殴り込みに行くのか?」

「ええ。この周回でピリオド! 力を貸して!」

七耶はこれ以上話すことはないと思い、戦いの準備に取りかかる。

 

   @

 

「……」

陽歌が風呂から出て部屋に戻ると、メンテナンスの為に連れてきたフレズヴェルクが彼女から見ても小型のライオンロボットと猫じゃらしで戯れていた。

「な! いつの間に戻ったんだ!」

フレズヴェルクは猫じゃらしを後ろに隠すが、一部始終は見えていた。

「いや、分かるよ……人間嫌いだと動物に流れていくよね……」

人間に酷使され、捨てられたフレズヴェルクは人間へ復讐しようと様々な企てをしてきた。だがどれも失敗に終わり、故障寸前で逃げ込んだ先が陽歌の部屋という始末だったわけだ。人間へ不信感を抱く者同士、居心地は悪くないのか一緒にいることは多いが互いに口下手なのか話すことは少ない。

長期間野晒しで活動していたフレズヴェルクを本格的にメンテナンスするため連れてきたが、部屋での会話は少ない。

「それより、そんな格好で湯冷めしないのか? 女の子が身体を冷やすもんじゃない」

「大丈夫、久しぶりに長風呂して少しのぼせたかもしれないし」

陽歌はフリーサイズのTシャツを着こんでいるだけで、健康的な生足が大胆に露出している。だが男だ。彼はフレズヴェルクの言葉を修正することなくベッドに飛び込んで枕を抱える。

「なんだ、またなんか考えてるの?」

「……うん」

会話こそしないが、フレズヴェルクは陽歌の様子をしっかり見ている。彼が夜中にうなされていることも、考え込んで眠れないことも、わずかな外出で疲弊し、眠り込んでしまうことも。

「どうせ、自分の生まれのことでしょ? 人間は製造過程を考えなきゃいけないから複雑ね。私達は純正が正義、海賊版は悪、それ以上も以下も無い」

ロボットと人間ではわけが違う。

「僕の生まれのこと、友達が知ったらどう思うのかなって……。嫌われちゃうかな……」

「私は……なんでお前がそんな目に遭っても人間なんざ信じられるのか不思議だったよ。私なら嫌われるって淀みなく思うね」

フレズヴェルクと陽歌が似ている様で決定的に相容れないのは、それでも人間を信じているかどうか、という点だ。フレズヴェルクは完全に諦めているが、陽歌は希望があるために苦しむ。

「怖いんだ、全部話して嫌われたら……昔の楽しかったのも、全部無くなっちゃう……」

陽歌は枕に顔を埋める。どうやら、彼には自分の秘密を全て話さなければならないという前提があるらしい。

「人間なんてみんな秘密くらいあるでしょ、黙ってりゃバレないわよそんな摩訶不思議な生まれ方」

「でも、なんか騙しているみたいで嫌なんだ……」

本来、話したくないことを話す必要は法的な措置で必要無い限りどこにも無いのだ。だが、それを彼の真面目さが許さない。

「……時に、天に身を任せるというのも大事だ」

 会話が煮詰まった時、ライオン型の小さなロボットが口を開く。彼はアニマギアと呼ばれる新時代のバディロボット、ガレオストライカーのアロケスだ。小さな体にホビー漫画の主役機然とした姿からは想像できない老獪な人物で、天文学や教養を教えるとされるソロモンの悪魔から名前が取られるのも納得といったところだ。

 この前の工作会で、ワールドホビーフェアにて配られたものを陽歌が受領してバディとしている。小型ながらデジタル社会をサポートする存在であり、義手というハンデを抱える陽歌はアロケスに端末の運用を補助してもらっているくらいだ。

「天に?」

「あんたのとこ、ほんとAI多いわね……」

 陽歌の身の周りにある人工知能の数に、同じ人工知能ながら呆れるフレズヴェルク。ここにはいないが、SDガンダムを模したトイボットのモルジアーナも彼は有している。ただ、人間不信気味の彼には丁度いいかもしれないと思うことはあった。

「うむ、まずは再会する。その後、話すかどうか考えればいい。まぁ、あの街でお前を助けた者だ。そんな戯言で評価を変える様な人間とは思えんがな……」

「まず、会ってみる……」

 陽歌は自分の思い違いに気づいた。出生のことで頭がいっぱいになり、彼らが引っ越して以来再会していないことを忘れていた。

「うん、そうしてみる。話すかどうかは、後で考えよう」

「あんまり期待しない方がいい。人間なんて、時間が経てば腐る生き物なんだから」

 フレズヴェルクはまだ人間への不信が解けないのか、半ば捨てセリフの様な言葉と共に去っていく。背中を押す者と止める者、ある意味バランスは取れているといえる。

「アロケス、エヴァリーに電話を繋いで」

「わかった」

 陽歌はアロケスに頼んで電話してもらう。スマートスピーカーの様な感じで端末の使用を助けてもらうのだ。

(そういえば、マナとサリアが東京で番組の収録をやるけど、三人チームじゃないと、とか言ってた様な……)

 陽歌の決意と共に、物語はクライマックスへ加速する。

 




 アニマギア

 動物の姿を模した小型ホビーロボット。カスタマイズしてバトルをするだけでなく、デジタル社会のサポートもしてくれるAI内蔵のバディロボット。共通骨格のボーンフレームにニックカウルを装備、全身に張り巡らされたブラッドステッカーにより太陽光発電を行い、エネルギー供給を行う。
 噂によると、伝説上の生物を模した『エンペラーギア』がいるとか。


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アイドルムーヴメント!

 都知事選について

 都知事選は信じられないことに、通常通り行われ、警察の突入さえ受けた大海が再選するという結果に終わった。
 民主主義が優れた政治制度として機能するには、有権者の勉強が不可欠なのである。


「……あれ?」

 陽歌は木材やトタンで組まれたあばら家で目を覚ました。たしか、突き飛ばされた時に朝礼台に頭をぶつけてそれからの記憶がない。打った場所は濡れたハンカチで冷やしてあった。

「わ!」

 二匹の犬が彼の下に駆け寄ってくる。一匹は大きな白い犬。笑った顔からしてサモエドだろう。もう一匹は小さなトイプードルだ。この街は一時の流行り廃りでペットを飼う人間が多く、捨てられた犬が野生化していることも少なくない。世代を重ねて人慣れしていない個体も多いはずだが、彼らはそういう素振りを見せない。

「おー、起きた起きた」

「こいつらが懐くってことは、話で聞く様な奴じゃないってことか。噂は当てになんないな」

 陽歌が起きたのを察して、同い年くらいの児童が二人入ってくる。一人はどこにでもいそうな黒髪の男子、もう一人は少し髪色が明るい眼鏡の児童であった。

「ここは俺らの秘密基地だ」

「番犬もいるからな、隠れるにはちょうどいいだろう」

 男子は本当にどこにでもいそうな、しかしこの金湧という狂った土地にはそういない普通の子供であった。眼鏡の方は少し言い回しが大人っぽいが、ませているだけだ。陽歌が二人の名前を聞く前に、休み時間の終了を告げる予鈴が鳴る。長い休み時間の時は終了の五分前に鳴り、終了時にもう一度鳴る仕組みだ。

「あ、休み時間終わるな……」

 二人は授業に行く為、秘密基地を出ようとする。陽歌も起き上がろうとするが、身体に力が入らない。ダメージもあるが、空腹で眩暈がするのだ。今日の給食は給食費を払っていないことを理由に食べさせてもらっていない。

「お前はサボってろ。頭打ったんだから少し寝とけ」

 眼鏡の子にそう言われるも、バレたらタダでは済まないことを知っているので無理に起きようと陽歌はもがく。

「先生にバレたら俺らに言えよ。仕返ししてやる。誰か来てもこいつらが追っ払ってくれるからな」

 この野犬達は彼らに懐いているのか、男子の言葉を理解して陽歌も守る様に鎮座する。犬の体温が暖かいこともあり、陽歌は瞼が重くなってきた。数年前に触れた彼らの毛並みの感触は、腕が失われた現在になっても思い出すことが出来る。

 

   @

 

「久しぶりのスタジオ撮影を記念し、生放送でお送りします! アイドル大激突! クイズバトル!」

 客席がスカスカのスタジオを盛り上げようと、司会が声を張り上げる。肝心の解答席もオールスター感謝祭で使うレベルの大規模なものだったが、参加者がいなくてがらがらである。

「テレワークとかなかったのかな?」

「収録できる! って触れ込みだからやりたくなかったんじゃないのー?」

 リモート参戦など他の方法もあるだろうにそれをやらないテレビスタッフに呆れる陽歌。芸能界慣れしているサリアにはだいたいの狙いが分かってはいたが、こうもそっぽを向かれることがあるのかという驚きはあった。マナ&サリアの解答席に陽歌も参加者として立っている。

 今回、マナとサリアが着ているのはゴスロリファッション。手足は黒いタイツで隠しているが、その模様は球体関節を思わせるものになっている。小柄な方が似合うファッションなのでマナも変身してはいない。さすがに陽歌は私服である。

「今大注目のアクトレスアイドル! バーベナ……は時勢を鑑みて参加辞退です……」

 参加者を読み上げていくが、その殆どが辞退という有様。自粛警察がはびこるどころか見回り隊という公式自粛警察まで現れた今、テレビ収録に参加しようものなら炎上待ったなしだ。

「が、何故か成子坂製作所からアクトレス、四谷ゆみと下落合桃歌が参戦だ! どういうことだ?」

 代わりに同僚が参戦。彼女らの目的は一体。

「はーい、四谷ゆみです。今、ちょっとお店の方が厳しくてね。お弁当売ってるお店とか、入店制限とかで感染症対策しているお店もあるからばっちりマスクして来てね」

「ライブハウスもやってるよー!」

 まさかの宣伝であった。現在、東京では東京アラートとかいう都庁とレインボーブリッジが赤くなるだけのイベントが開催中であり、それを根拠に都知事が自粛を呼び掛けているが休業補償は一切無しという有様。一部サービス業やライブハウスは政府に具体的な補償要求をしつつ規模を縮小して営業中だ。

 大海菊子は推進委員会の親玉、というイメージが強いが本業は都知事。いかに仕事していないかよくわかる。

「夢見りあむがいない……ガチのやつですねこれ……」

 マナは燃えることがアイデンティティみたいなアイドルすらいないこの状況に深刻さを感じていた。ちなみに当人はいないならいないでもう恒例行事みたいに燃えている。りあむのアカウントは燃えているか?

「そのりあむって人どっかで見たことある気するけど思い出せないなぁ、会えたら何かわかったかも……、じゃなくて、二人は出てよかったの?」

 陽歌はそんな炎上を避けるためにアイドルが悉く参加を見合わせるような番組に出ても二人が大丈夫なのかと心配する。

「やっと参加者だ……新進気鋭のアイドルユニット! マナ&サリア! 今回は助っ人を連れての参戦だ!」

 カメラが近づき、マナ達が紹介される。

「はーい、今私達のサイトではライブが中止になって仕事のなくなったステージスタッフさんを支援するため、皆さんの作った様々な商品を通販しています。こちらのURL、ツイッターの固定ツイートやYouTubeチャンネルの概要欄にリンクを貼っていますので、よろしくお願いします」

 二人が参加したのは公共の電波を使ってこの宣伝をするためであった。今やネットで誰でも情報発信できる世の中であるが、ネットは検索を前提とする以上『今まで関心のなかったことがふと目に留まる』ことが難しい。客層を広げるには垂れ流しの出来るテレビが有効なのだ。

「それと、私達の友達の浅野陽歌くんが昔別れた友達を探しているよー。見てたら連絡してね!」

 サリアは陽歌の肩を抱いてカメラの方へ引き寄せ、もう一つの目的を果たす。この番組は三人一チームが前提である。助っ人は誰でもよかったが、陽歌が一年生の頃分かれて以来連絡のつかない友人を探すため、ゲストとして参加した。

 人形ファッションは義手とかを映したがらないテレビ局に陽歌の義手を誤魔化す為の作戦である。ファンや関係者からすれば過去のステージ衣装なので違和感がない。

「あ、あと猫の里親探してます……!」

 陽歌は気力を振り絞って言いたいことを言った。彼はダニエルの里親をずっと探しているが、引き取りたいという人がいてもダニエルの方が拒絶してうまくいかない。

「ダニエルくらいなら飼ってもいいんじゃない? もうあの子しかいないよ?」

「でも、きっともっといい飼い主さんがいると思うから……」

 サリアはそう言うが、陽歌にはダニエルを、というよりペットを飼えない理由があった。

「ふーん、犬が苦手っぽいから勝手に猫派だと思ってたけど、もしかして生き物全般苦手?」

「そういうわけではないけど……別れること考えると辛いから……」

「はー、ペットロス経験者なのねー」

 サリアの言う通り、陽歌は動物に関して辛い別れを経験している為、もうそんな思いをしないために飼いたくないのだ。特に犬はダメだ。先日、学校を再訪した際にも可愛がっていた兎や鶏との別れを経験してしまい、傷がぶり返しているのもある。

「でも最後まで面倒見るの前提なんだねー。偉いぞ」

 サリアは陽歌の頭をポンポンと撫でる。当たり前のことだが、これが出来ない人間が非常に多い。

 収録の様子を客席から七耶とミリア、さなが見ていた。

「寂しいなー、セット縮小すればいいのに」

「ねー」

 ふと客席を見ると、法被を着て団扇を両手に持っている青年がいた。外見は彼がアイドルと言っても疑問が無いくらいに整っているが、やっていることが非常に残念だ。団扇の内容からして、不参加アイドルのファンなのだろうか。参加しないという事実を聞いて硬直している。

「悲劇だな……どっから来たのか知らんけど」

 東京まで来る手間を考えれば笑えない話だと七耶は呟く。

「はかた号に乗ってきたんじゃない?」

「やめろ」

 さながしれっと末恐ろしいことを言う。ケツの肉が取れる夢を見るほど過酷な深夜バスの旅の果てがこれとか想像したくない。

「そして今話題のオカルトグループ! 『ゾルタクスゼイアン666』!」

 数少ない参加者として、オカルトをテーマにしたアイドルグループが参加している。

「都市伝説担当! 羽生蛇真紅!」

 この時期に暑そうな赤いロングコートにマスクという風貌の都市伝説担当。遠くから見ても濃いメイクが落ちるほど汗が滝の様に出ていることが分かる。

「口裂け女のコスプレかぁ、暑そうだね……でもプロ根性凄いなぁ……」

 空調が効いているとはいえ暑くなったこの時期にコートという羽生蛇に凄みを感じる陽歌。しかし容赦ないサリアのネタバレが襲う。

「んにゃ、多分体形隠しだよあれ。首や手の脂肪の付き方からして、かなり太ってるね。あと顔も口元隠すだけでかなり盛れるから、口裂け女のコスプレは都合がいいんじゃないかな?」

 もう元も子もない有様だ。脱がないのではなく脱げないという。

「怪談担当! 稲垣純子です! こっちはシリアルキラー担当のエスターちゃんです」

 ミニ浴衣の怪談担当は普通に美少女。そして不気味にナイフを舐めるのはエスターとかいう今時見かけない典型的なサイコキャラ。

「現在、私達の所属するプロダクションを初め音楽業界ではライブ中止による損害賠償を政府に求めています。皆さんの呟きが力になります。ハッシュタグ、『音楽を絶やすな』から是非応援よろしくお願いします」

 まともに喋れるのは稲垣しかいないらしく台本をすらすらと読んでみせる。

「そんなことしてるんだ……知ってた?」

「いえ初耳です」

 陽歌はマナにこの活動の話を聞いた。桃歌の話からも伺えるが、どうやら主語が大きいだけで音楽業界全部がこれに賛同しているわけではないらしい。

「オカルト系って聞いて最初は少し興味あったけど、陰謀論を真に受けてばっかで萎えちゃったな……ああいうのはあり得ないことを前提に楽しむものだよ」

 陽歌は関心を持って調べたゾルタクスゼイアン666の実態を知って、がっかりしていた。陰謀論というのはコストの概念を持ち出すと崩れる。予言は当たったものが注目されるだけで外れたものの方が多い、というのがオカルトマニアの常識だ。

 司会はグルなので、ここぞとばかりに政権批判をする。

「現在、音楽業界は大変厳しい状況となっています。政府の支援は遅々として進まず、むしろ自らを批判してきた音楽業界をコントロールする好機だと思っている節があります。思想を理由に支援の有無を分けていいんでしょうか?」

 一応言っておくと、政府は音楽業界の支援について何も言っていない。下衆の勘繰りという言葉がここまで似合う人間がいるだろうか。

「ていうか、クイズ番組期待してる人はもうチャンネル変えたんじゃないかな?」

「そうですよね、これワイドショーじゃなくてバラエティですよね」

 サリアの言葉でマナはこれが娯楽番組であることを思い出す。やれ政治だ仕事だの喧騒に疲れて息抜きにテレビを見ようとしたらまた政治、その上飛び出すのは口汚い非難ばかり、となればテレビから人も離れよう。

「というわけで空席は他のメンバーで埋めますね」

 ゾルタクスゼイアン666は他にもいるらしく、各解答席を三人で埋めても余るほどだ。

「一体何人いるんです?」

「666人だそうです。研修生を含めればそれ以上とも……」

 人数の多さに戸惑うマナ。陽歌は事前に彼女達のことを知っていたので、特に困惑はしなかった。観客席も埋め尽くすレベルで現れたので、全員来ていると考えても不思議ではない。

「密です」

「ソーシャルディスタンスとは……」

 いきなりぎゅうぎゅうになった座席で七耶とミリアが苦しむ。

「もうこれサクラじゃん」

 さなの言う通りであった。カメラは残る唯一の参加者をようやく映した。

「緊急参戦! 白楼高校チーム!」

 陽歌も通う白楼学園、その愛知本校ともいえる白楼高校から参加している者がいた。彼らも良く知る、継田響、妙蓮寺ゆい、木葉胡桃の三人だ。胡桃は参戦の理由を自己紹介に交えながら伝える。

「白楼高校の『特別支援作戦部隊』です! 現在、我が校に限らず収入の減少で退学を考える学生が増加しています。そこで白楼卒業生会で返還不要の奨学金制度を設立し、この危機を乗り越えるべく活動しています。現在、政府にも必要な支援を具体的に提示し制度の拡充を行っていますが、我々や政府の力だけでは全てを賄い、隅々まで支援を行き渡らせるには不十分です。そこで皆さんの募金をお待ちしております! 募金終了時に合計金額と用途を公開します」

「前回の熊本震災支援基金はこの通りですね」

 響が前回行った募金の成果を公開したホームページのプリントアウトをカメラに向ける。書かれているのは合計金額と大まかな用途だ。

「ん? そういえば響さん、ゾルタクの後に順番が回る様にスタッフさんに掛け合ってましたね」

 マナが撮影前にあったやり取りを思い出す。響は陽歌について調査を胡桃が依頼した人物で、その成果はユニオンリバーにゆいを通じて渡された。高校生に見えるが話通り腕は義手であり、只者ではない様子を見せる。

 その狙いは七耶も感づいていた。

「そうか、具体案無し政府頼みのゾルタクの後に自分達を持っていくことで自分達の支援策がより現実的かつ実現可能なことを強調する作戦だったんだな」

 ゾルタクスゼイアン666は頻繁に政権批判をしているグループであり、音楽業界の一部、というより高齢層が『体制に反することこそロック』と思っている節があるのかその思想の影響を大いに受けている。

 ある時は原発の是非はともかく、その電気が無ければ命を繋げない人が多いことも忘れ、やれ「たかが電気」だ「電気の為に死ぬことはない」だの政府がかつて推し進めていた原発政策を批判したことがあった。が、いざ自分達が疫病で収入が減ると「文化を絶やしてはいけない」とか言い出して自分達が具体的な行動をすることなく政府に支援金をおねだりする始末。

 もろそんな思考全開のゾルタクスゼイアン666は自助をしながら支援を求める四谷ゆみ達夜の店で働く者、マナ&サリア、下落合桃歌と比べて具体性能動性に欠けてに見えるだろう。だから自分達の支援策が現実的で実現可能性が高く見える様に、引き立て役として響は利用したのだ。

 成子坂からの二人は単純に酸いも甘いもかみ分けた大人かつクレバーな人間なので、そこまで深く考えていないだろうが。

 長々とゾルタクスゼイアン666の残りメンバーの紹介をした後、ようやくクイズが始まる。ここまでCMを二回挟み、一時間近く掛かっている。

「ではまずはこのコーナー! サイコパス診断テスト!」

 サイコパス診断テストとは、ある問題を出し答えてもらうが、その問題には一般的な回答とサイコパスの回答があるというものだ。当然、事前に答えを把握しておけばサイコパスを演じられるので、サイコパス担当のエスターを引き立てるためのコーナーであることは明白である。

「私達は前に企画でやったからやってみてよ」

「陽歌くんなら一般的な回答になりそうですよね」

 サリアとマナは回答権を陽歌に託す。友達探しという目的の為、彼が目立つのは必須とも言える。フードに隠れていたアニマギア、ガレオストライカーのアロケスが陽歌に声を掛ける。

「案ずるな。正解する必要も笑いを取る必要もない。ただお前がお前であることを示せ」

「……うん!」

 彼は相棒に勇気づけられ、問題へ挑む。

「第一問! 漫画家のあなたは自分が考えたネタとそっくりの漫画が連載されていることに気付き、後にその漫画は大ヒットしました。そこで、あなたはその漫画の作者を殺しました。なぜでしょう? では白楼チーム!」

「ネタが盗まれたと思ったからじゃないですかね?」

振られた白楼チームの響は万人が納得しそうな答えを出す。一般的な人はネタを奪われた妬みが鍵になる。特に響はリーザと共に漫画研究部で漫画を描いているので気持ちはよくわかるのだろう。

「ではゾルタクスチーム、どうぞ!」

「監視されていると思うじゃないですか、そんなの……ヒヒ……」

ゾルタクスチームのエスターはサイコパスの回答を出す。利益に関係しない答えがこの問題におけるサイコパスの特長だ。とはいえ、サイコパス診断テストなどネットでは手垢のついたネタなので答えなど検索すればいくらでも出てくるだろう。事前に打ち合わせをすれば台本も作れる。

「ではマナ&サリア!」

マナとサリアは作戦通り、陽歌の回答を提示する。

「さすがに切れてもいいんじゃないかな、そんなついてない事態」

 普通のことを言っている様だが、なんだか少し引っ掛かる。そんな陽歌の回答であった。

「第二問! あなたは大雨の日、車でバス停を通りかかりました。そこにはあなたの友人、死にかけの老人、好みの異性の三人がいます。しかし車には一人しか乗せられません。あなたは誰を乗せますか?」

白楼チームは「死にかけの老人」と道徳心に溢れる回答をする。誰だってそーする、俺だってそーする。だが、何か塗りつぶした後がある。

「何か書いてません?」

「いや、これは……」

目ざとく司会が見つけるが、響は誤魔化そうとする。そこをすかさず胡桃が暴露する。

「友人と結託して老人殺して異性暴行するって書きかけたよね?」

「いや、薄い本のネタ出ちゃって……」

響は有耶無耶にした。胡桃は何故かむくれた様子だ。

(危ないですよ! もう少しでやべーのが地上波流れるところでしたよ!)

(響さんのことは嫌いじゃないけど、そういう嘘くさいところは嫌い)

外から見ている陽歌達には、二人の微妙な関係がわからない。

「儂抹茶飲んどるはずじゃよね? 甘い……」

回答席で抹茶を啜るゆいの態度には納得できたのだが。

「友人に老人を送ってもらい、私は残って異性を襲うかな……。名誉も欲も総取り……フフ……」

自称サイコパスのエスターはまさにテンプレ通りのサイコパス回答。

「僕なら友達を乗せるかな」

「よかった、普通の回答だ……」

陽歌はまだ一般的な回答をするのでマナも安心する。異性を選んでも、老人を選んでも、三人から誰かを助けようとするのが基本的な考え方だ。

「赤の他人とかぶっちゃけどうでもいい。助けた上で罵倒されたらやだし……」

「あー回答ルーチンが逝っちゃった」

しかし真意は人間不信全開である。これにはマナも驚き。好みの異性も死にかけの老人も所詮他人。彼にとっては、信頼出来る友だけが全てだ。

「というか、そんなとこで死にかける様な人はろくなことしてきてませんよ。携帯もあるこのご時世で。死ねばいいのに」

「大丈夫? ストレス溜めてない?」

マナは陽歌が心配になった。ただでさえ知らない人の前に出たがらないのに、自分の望みとはいえテレビに出るというのは相当な苦労のはずだ。段々、普段見せないあの境遇ならなってもおかしくない歪んだ部分が露わになる。

「清濁、共に人の在り方だ。それを否定はせん」

 アロケスは放任状態。確かにそうなのだが、うーんというのがマナとサリアの気持ちである。

「第三問! ある日父親であるあなたは息子と妻をつれて散歩をしていましたが、ハンドル操作を誤った車に息子が轢かれてしまいました。すぐに救急車を呼びましたが、残念なことに息子は命を落としてしまいます。あなたは泣き崩れる妻を連れ出し、近くのラブホテルに入りました。なぜでしょう? はい白楼チーム速かった!」

響は義手とは思えぬスピードでモニターに答えを書き込み、内容を叫ぶ。

「不謹慎だけど泣いている顔も綺麗で困るから!」

これにはさすがに周囲もドン引きである。曇らせマニアとか未亡人フェチってレベルじゃねぇぞ。会場がざわつく。

「いや違うんです……」

「何が違うの?」

「胡桃さんめっちゃ嬉しそう……」

つい本音が溢れた響に胡桃はご満悦だった。陽歌としては響よりこっちの方が怖かった。

「いや、僕昔ですね、好みの女性の夫をこ、じゃなくて事故で亡くなったその時にですね……大切な何かを失って輝きを喪うその顔がその、なんというか下品ですが……勃起、しちゃいましてね……しばらく懇ろでしたよ」

「仕事しろかぐや消しぃ!」

思わず陽歌が叫ぶ有り様だった。生放送でピー音とか出ない。

「そこは普通、二人きりになれる場所で落ち着かせるためじゃろ。逢瀬宿である必要ないがの、完全に二人きりになれて静かな場所ってそこくらいしかないし……」

ゆいに突っ込まれ、響は『しまった』という顔をする。完全に勢いで行動してしまったらしい。

「ゾルタクスチームの回答です」

『性行為をする度に息子の死体を思い出したいから……車に轢かれたってことは、バラバラの血塗れねぇ……!」

エスターはそんな回答をするが、これもサイコパスの回答の例そのまま。というか響の言ったことそのままである。実体験な分響の方がやべー。

「え? 僕はその子供が連れ子で邪魔だったし、そいついる間に自分等の子供作ると血の繋がらない兄弟いると似てないとか突っ込まれた時とか将来説明する時とか面倒臭いからちょうどいなくなった今こそ仕込むチャンスとみたと思ってました」

「ギリギリ一般的な回答のはずなのにテレビ出しちゃいけないオーラ……」

陽歌の回答は一応一般の回答だが、もう本人の闇が滲み出ている。司会はカットしたい気持ちに溢れたが、もう生放送なのでいろいろと取り返しがつかない。今更だが放送事故である。

「清すぎる水に魚は住まない。清潔過ぎる人間が信用できないのと同じだ。お前はそれでいい」

「いやよくないから!」

 アロケスはうんうん頷いているが、マナは心配が押し寄せる。これがAIと人間の差なのか、それとも性格の違いなのかは判然としない。

「第四問! あなた(男)は寮生活を始めましたが、ルームメイト(男)と相性が悪く、好きになれません。しかしその気持ちを隠してそのルームメイトに好かれようとしました。なぜでしょう。はいゾルタクスチームその13早かった」

モブメンバーが即座に回答する。これだけ人数が多いと、目立つチャンスは逃せない。

「みんな仲良しがいいからぁ~」

「ぶりっ子全開だな……」

 いかにもいい子ちゃんな回答に七耶は胸やけがする。

「何がみんな仲良しだ馬鹿たれが! 無理矢理仲良しさせるから軋轢が生まれるとなぜわからない! 合わないなら合わないなりの付き合い方を教えるのが大人の役目だろうに! そんなに綺麗ごとだけで生きていきたいのか!」

 おそらくこの思想のしわ寄せを一番喰らっているであろう陽歌がトミノめいて不満をぶちまける。クイズなのにロボットの戦闘が幻視出来る勢いだ。

「ゾルタクスチームの回答です」

「仲良くなれば相手の弱みとか掴んで、始末しやすくなるからねぇ……」

サイコパスは自身の利益を考えて行動する。が、これもどうせカンニングだろう。

「白楼チームはこちら」

「こういう時は露骨に敵対行動を取るより、距離を適度に置くか相手を好きになる努力をした方がいいからね。相手に好かれてみるのはその一つともいえます」

響はさっきのを挽回すべく良いことをドヤ顔で言う。だがさすがに泣き顔曇らせっクスのインパクトが拭えない。

「い、一応マナ&サリアの回答……」

 陽歌の熱弁は他のゾルタクスチームが答えている時にもマイクに入っており、番組をますます地上波で流せないものにしていた。

「他人というのは本来自分を映す鏡なんです、本来は。善意や好意を向ければ、相手が人間なら同じ様に善意や好意が返ってくるはずなんです、本来、人間同士なら」

 陽歌の答えは普通なのに恨み節が滲んでいた。

「痛みを堪える者が強いとは限らん」

 アロケスは相変わらずであった。

「なんか偉大な父祖過ぎて『なんでも肯定してくれるガレオストライカー』になってるよね?」

「引き離すかフォーマットした方がいいんじゃない?」

 彼の雄大過ぎる寛容さにマナとサリアは危機感を覚える。女所帯で父親役になればと最初は思っていたが、このライオン、スケールが違う。

司会は胃痛を堪えながら、空元気で次の問題へ進む。

「第五問! あなたの家に強盗が押し入りました。あなたは武器を持っておらず、隠れることしか出来ません。どこに隠れますか?」

「ここはクローゼットかな。長時間隠れても負担が少ないし、金目の物もないから開けられる危険ないからね」

響は必死に普通の回答をする。

「扉の裏とか、不意打ち出来るところだねぇ!」

エスターは不気味に笑いながら特に面白みのない回答をする。陽歌も普通に隠れる回答だが、一味違う。

「なるべく玄関に近い隠れ場所にしますね。そうすれば強盗が奥に行った隙に逃げやすいので」

「実用的だねー。私は天井に張り付いて奇襲するよー」

サリアの思考は師匠譲りであった。隠れるから発展して逃げることも考えるのは、常に回りが敵だった陽歌らしい。

「第六問! あなたは自分の殺人テクニックに自信のある連続殺人鬼です。今回のターゲットは一人暮らしの男性で、これで五人目の殺人になります。ターゲットは足の踏み場がないほど散らかった部屋で寝ており、容易に首を絞めて殺害することに成功しました。ですが、あなたは犯行後、部屋を片付けました。何故ですか?」

「普通に考えて捜査の撹乱狙いだろうね。普段散らかしている人間が部屋を片付けるのは知人が来た時だろうから、顔見知りが容疑者だと思うよね」

響はあくまで冷静に普通の回答をする。でも一度付いたインパクトはぬぐえない。

「ほらなんか気になるじゃないですか散らかってるの。トイレのスリッパとか直したくなりません? セサミストリートのカウント伯爵的な……」

陽歌は普通の回答ながら心の中にひそめた神経質な面を出す。サリアは例がよくわかってなかった。

「え? なにそれは」

「知らないんですか?」

「いやセサミストリートはエルモ、クッキーモンスター、ビッグバードの三強しか知らない人多くない?」

ピカチュウ知らないのくらいの感覚で言われたが、元が英語の教育番組なので彼は英語を勉強する時に見たかもしれない。

「節目の殺人に散らかった部屋は相応しくないよねぇ……へへ」

エスターはやはりサイコパスっぽい回答をする。己の名誉に重きを置いた回答をするのがサイコパスの特長だからそんな話はネットで以下略。

「第七問! ある少女が父親に虐待されていました。それを見かねた教師が家を訪れ、父親に虐待をやめるように言いましたが、父親は言うことを聞かないどころか教師にまで暴力を振るい始めました。それを見ていた少女は包丁で教師を刺し殺してしまいました。父親を刺せば虐待は終わるのに、なぜ助けてくれるはずの教師を刺したのでしょうか?」

(一応、打ち合わせでの答えは『虐待されることに自身の存在意義を感じていたから』だけど……このままじゃまずい!)

ここに来て、エスターは焦りを感じていた。こうもじゃかぽこヤバイ答えが他人から出てきては、サイコパスキャラとしての立場が危うい。カンニングペーパーの内容を放棄し、独自の答えを出す。

「誰でもよかったから殺したかった!」

「生活基盤は失ないたくないですからね。それにどうせ点数稼ぎなんやろ、騙されんぞ」

が、それを打ち消す様に陽歌の答えが出でてしまう。

「こういう場合、一回虐待やめさせましたーアピールして後は知らんぷりですよ大抵」

「そんなに大人は汚くないよジョージィ……」

汚い大人代表みたいな司会が言うも、陽歌はいぶかしんでいる。

「おおう、そんな露骨に怪しまんでも……」

 基本、根っこが穏やかで信頼できる人物に囲まれているからあまり見せないが陽歌は疑心の塊だ。

「父親の敵である教師を刺せば油断を誘えるからね」

 響はもう普通を装うのを諦めつつあった。

「第八問。お互いを親友と認め合うAとBがいました。二人は孤児として生まれましたが、必死に勉強して協力し事業を起こし、大成功しました。しかし、金持ちになった途端AはBを殺してしまいました。なぜでしょう?」

響はさらりと答えてみせた。

「普通に音楽性の違いだと思う。例えば沢山殺した方が民衆に恐怖を植えやすいと僕は思うのだけど、それやってる時に一人ひとりじっくりかつ証拠隠滅されながらやられると迷惑じゃん?」

「いやお金と事業を独占するためじゃろ」

ゆいが訂正するが、概ねはそんな感じであった。

(くそ、なんなんだこいつら! 話が違うじゃないか!)

エスターは焦燥感を覚えた。打ち合わせではサイコパスの回答を連発することで、周りは確実に一般的な回答をするだろうことも相まって自分のサイコパス性が引き立つ予定だった。しかし引き立て役が想定外にとち狂っていたので苦戦を強いられる。

ここは一つ、思い切り飛び抜けた回答をせねばと彼女は頭を働かせる。

「一番大事な人を殺して万華鏡写輪眼に開眼したかったから!」

エスター懇親の回答は、周囲を一瞬でしらけさせた。

「万華鏡写輪眼ってなんです?」

陽歌のガチめな困惑もあって場の空気は最悪である。胡桃が解説をするので、カメラもそちらに寄る始末。

「万華鏡写輪眼は漫画『ナルト』に登場する、有り体にいえば魔眼の一種ね。旨すぎて馬になる人こと大蛇丸が欲しがっていたうちは一族限定のもので写輪眼を持つ者が最も親しい者を殺すことで得られるの。これに纏わるサスケとイタチ兄弟の物語はエモいから、ぜひ原作かアニメを見てね」

「あー、でも浅野くんなら魔眼とか持ってそう!」

胡桃の上手い解説を乗っ取るべくエスターが割り込んだのだが、話題が最悪だった。自分を大蛇丸だと思い込んでいる人とナルトの話題で暖まっていた場が再び凍りつく。

「は?」

「貴様……!」

陽歌のガチめな「は?」であった。一番触れられたくないところへ気軽に触れてきたので、気分を害したとかそういうレベルではない。アロケスも唸り声をあげる。

「あの、冗談でもやめていただけますか? 本人も気にしてるので……」

マナからも真面目に抗議されてしまう。

「さすがに人の外見を弄るのはないわ。それも初対面の人を」

仲間の稲垣から注意もされる。

「ご、ごめんなさい……」

サイコパスキャラとして普通に謝ってはいけないのだが、圧に負けて謝罪するエスター。肝心の陽歌はクソでかため息の後舌打ちし、そっぽを向いてしまう。完全に放送事故である。

「本当に申し訳ありません。グループを代表して謝罪します」

「あ、いえ、あなたが謝ることでは……」

「お前の誠意、受け取ろう」

稲垣が頭を下げて謝罪する。これについては陽歌とアロケスもきちんと受け取った。二人の大人な対応もあった結果、徹底的にエスター一人が悪いことになる。

(まずい……サイコパスキャラどころか普通に株が下がってる……!)

完全にから回ったエスターは窮地に陥る。司会の胃もマッハである。

「だ、第九問。あなたは前代未聞の大量殺人を犯した死刑囚です。あなたは自身の死刑執行人に対して手紙を書きました。その内容はなんでしょうか」

「おぉん……」

問題の途中から響が頭を抱え出した。

「急に響が苦しみ出した」

「え、こわ」

サリアとマナは状況が掴めていないが、胡桃によって『ムシャムシャしてやった。今は反芻している』と回答が書かれて白楼チームは難を逃れる。

「えー、とーかちゃんだったら『俺は、俺が思うまま邪悪に生きたぞ!』かなー?」

「あんたアイドル名乗りたいなら幻想水滸伝ネタは避けなさいよ歳がバレる」

成子坂チームはもうネタに走る。これが以外にウケ、さっきまで限界ギリギリだった場も明るくなった。

「どぼじでぇぇえ! なしてナルトはダメで幻想水滸伝はウケるのよおおおお!」

エスターの魂の叫びも最もである。ナルトは最近完結したメジャーな少年漫画なのに対し、幻想水滸伝は有名でこそあるが現行機への移植がないレトロゲーだ。桃歌の自虐とゆみの見事なフォローが噛み合った結果の大うけであり、スタンドプレーのエスターには一生辿り着けない境地である。

「僕なら『これであなたも僕達人殺しの仲間ですね』って書きますね」

「呪いだ……」

陽歌はもう生きとし生けるもの全てを貶める気しか感じない。

「はい、……もうこれで」

エスターはもはや打ち合わせの通りにしか答えられない。『私の方が上手に殺せる』と書いているが、しょぼくれたその姿はサイコパスのものではない。

「ん?」

 追い詰められたエスターの下に一体のアニマギアがやってくる。鷹型のソニックイーグリットだ。到着と同時に、彼女の端末へイーグリットがデータを送る。アニマギアは小型なが高性能であり、デジタルサポートデバイスとしての機能がある。

「ふふ……ははははははは!」

「ついに緊張で狂ったか?」

 サイコキャラとしては普通のムーブだが、作り物と知っていると最早ただならぬ状態に七耶は困惑する。

「浅野陽歌ぁ!」

「なんです?」

 まるでエキサイしそうな乗りでエスターは陽歌に向かって叫ぶ。セットのモニターをアニマギアの機能で乗っ取り、あるデータを移す。それは、陽歌の出生に関する内容だった。既に知っている内容だが、公になるのは当然これが初めてだ。

「お前の過去を、暴いてやる!」

 画面には文字がびっしりで、一目で内容が把握できる様なものでは無かった。だが、カメラはゆっくりそれを映し、読める様な状態へ持っていく。

「やっぱりやってきたか!」

 エヴァの予想通りになったことを七耶は複雑な感情で見るしかなかった。最悪の事態は避けられたが、やはりこういう汚い手を使ってきたか。

 会場が騒然となる中、悠々と大海都知事がスタジオに入ってくる。そして、カメラ目線になって演説を打つ。

「浅野陽歌……あなたを憎む者がいます。あなたが生きているとわかれば、復讐を果たしに来るでしょう。それらからあなたを守るために、ユニオンリバーは私の相手を出来なくなる」

「それが狙いか……せこいね」

 さなは他人に守るべき存在を狙わせることで自分の戦力を割かずに敵を封じ込める、都知事の策略に怒りを覚える。これが大海のやり方か。

「さぁ、どうするユニオンリバー!」

 勝ち誇っている大海。しかしその瞬間、スタジオの壁がぶち破られ、何かがモニターに直撃する。轟音が鳴り響き、瓦礫が舞うので全員が伏せて顔を覆っていた。音と埃が収まってからしばらくして、ようやく状況を把握し始める。

「なんだ?」

 モニターには緑色のハンターウルフが突っ込んでおり、誰かが降りている。あのハンターウルフは風を纏う亜種、ハンターウルフシルフィードだろう。

「到着っと……。久しぶり、陽歌」

 陽歌の回答席に、少し明るい髪を短く切った眼鏡の少女がやってくる。服装はハーフパンツにTシャツとボーイッシュな纏め方をしている。

「雲雀……」

 陽歌は成長こそしているが変わらない顔立ちの彼女を見て、思い出す。かつての友人、そのままだ。ギャングラーの誘拐事件で陽歌だけ二年も時間が止まってしまった為、年齢は離れてしまったが。

「ゴメン!」

 そして、突然雲雀は頭を下げる。一体何事だというのか。

「お前を見捨てちまった……子供だから助ける方法が分からないとか、親の引っ越しとかそんなの関係ねぇ……」

 どうやら、彼女は引っ越しで陽歌と別れてしまったことを後悔していた様だ。当時のことを考えれば虐待されている友達を救うには児相に相談するとかそんな知恵は出なかっただろうが、かなりの罪悪感を覚えている様子だ。

「そんなこと……僕のこと、忘れてなかったんだ……」

 しかし陽歌は、そんなことよりも自分の呼びかけを聞いてすぐに駆け付けてくれたことが嬉しかった。

「忘れるわけねぇだろ」

「ちょっと待ったー!」

 自分の見せ場を持っていかれ、エスターは怒り心頭であった。しかし、陽歌と雲雀は並んで彼女を見る。

「小鷹にも連絡したけどよぉ、あいつ怪我で入院しているらしいぜ」

「そう、なら後でお見舞い行こうね」

 全くエスターを意に介すことなくもう一人の友人の話をする。もうエスターは倒したものと考えている様だ。

「行け! 私のアニマギア軍団! 奴らを鳥葬してしまえ!」

 エスターは大量のイーグリットを展開して威嚇する。しかし、二人は全く動じない。

「アロケス、僕はハンターで援護する!」

「おう!」

 陽歌はLBXのハンターを取り出し、戦闘を開始する。雲雀もハンターウルフ以外に持ってきたものがあった。狼型アニマギア、ブレイドヴォルガである。

「お嬢様、ここは私が」

「任せた!」

 かつての友二人が並び、エスターに戦いを挑む。それを援護すべく、大海も動こうとした。

「ふん、フロラシオン【児戯】が負けるとは思えませんが、念のため……」

「待て」

 その都知事に、スマホから連絡を受けた七耶が立ちはだかる。

「お前、人間じゃねえんだってな」

 その連絡は、アスルトが大海の遺体を解析した結果の報告であった。再会した友人とエスターの戦いの行方は、そして都知事の正体とは?

 番組は予想外の方向へ進んでいく。




 君がいれば、怖いものはない。恐れるものはない。
 忌むべき生命として生まれ落ちた僕に、君達がくれたんだ。人を信じるという希望を。そうでなければ、僕は救いの手を払いのけていたかもしれないのだから。
 次回、本当におぞましい生命はお前だ。


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EP2 ディープディメンション・ヴァルガ

 機体解説

 コアガンダム
 多数のアーマーやウェポンの組み換えであらゆる状況に対応する機体。アルスコア、コアⅡがいるが、全てのアーマーを全てのコアガンダムが一部パーツを除いて装着できる。アースリィ、マーズフォー、ヴィートルー、メルクワン、ジュピターヴは色の違う部分が共通パーツで、変更部分が差し替えられる。ユーラヴェン、サタニクス、ネプテイトも同様。


「つまり……記憶喪失と……」

 謎のダイバーを保護した陽歌と詩乃は、一旦医療用ディメンション、アスクレピオスへ帰還した。通常のダイバーは入ることのできない場所ではあるが、状況が状況だけに入れることとなった。

 アスクレピオス内の茶屋でゆっくりと状況を確認することにした三人。和風の傘の下に、赤い布が敷かれたベンチへ座ってお茶する。

「……」

 少女は陽歌より年上、十代前半ほどに見える。自分のことが分からないということで、不安そうな様子を見せている。

「記憶がないばかりかログアウト出来ないなんて……」

「現実の肉体が心配ですね」

 深刻なのは、この少女が記憶を失っているだけではなくどういう理屈か『ログアウト不能』という状況にあること。オンラインゲームでよくあることとしてはむしろ、ログインできない、サーバーから追い出されるという不具合の方が多い。が、その逆というのは物語では使い古されたパターンだが、現実では古今東西類を見ない状態だ。

「そうだよねー。今、運営に通報して色々調べて貰っているけど……」

「一応、さも現実の様にダイブしてますけど、この状態の肉体ってどうなってるんです?」

 詩乃は運営に報告、そして院内でも脳波から彼女の健康を確認している。

「うーん、現実じゃ椅子に座ってレバー握ってるね。だから早く肉体を確保しないと」

「エコノミー症候群ですか……」

 長時間座っていると、命に係わるのは有名な話だ。この少女が何時間プレイしているか分からないが、早く身体を保護するに越したことはない。

「まぁ、自宅に筐体持ってるユーザーは少ないし、ゲーセンでプレイしてるなら誰かが異常に気付くでしょ」

 これ以上不安を煽っても仕方ないので、詩乃は前向きなことを言う。場所が場所なら、運営が保護する前にだれか気づいてくれる方が早いだろう。確率で言えばゲームセンターで時間切れになっているのに座り続けるので店員が確保する方が高いだろう。

「とりあえず甘いものでも食べて落ち着きましょうか」

「……うん」

「ですね」

 この少女の名前は、メニュー画面を見た限り『ヴィオラ』というらしい。無い記憶についてこれ以上考えてもどうしようもないので、ゆったり休んで体調を整えるのが今、もっともすべきことだろうか。

「落ち着く」

 陽歌は箸で器用におはぎを摘まんで食べる。現実の肉体が自由でも内臓系の疾患で食事制限がある人も多く、味覚だけを楽しめるGBNはそういう面でも重要な要素を持っている。

 

   @

 

「そんなことがありまして……」

「大変そうねぇ、なんだか」

 陽歌は一応、小学生の身であるため学校に通う努力をしている。保護される前は不登校、というわけでは無かったがクラスメイトから虐めを受けており教師も黙認していた為、いい思い出は殆ど無い。おまけに家でも虐待を受けていたので居場所などなかった。

 その為、ユニオンリバーに保護された後は対人への恐怖からいきなり普通に登校するのは難しいと考えられ、少しずつ学校に慣れていこうという方針になった。まずは保健室登校からだ。

「記憶喪失になっちゃった子、何人かうちの学園に入ったけど、結局記憶が戻る子と戻らない子でまちまちだからね……。戻るといいけど」

 会ってもいない少女を心配していたのは、この白楼学園の養護教諭、因幡レン。黒髪を伸ばした、典型的な大和撫子という美人で、変人揃いだが人望の厚いこの学園の教師でも人気な方だ。美人なだけではなく、甲斐性の高さも生徒が惹かれる理由だ。

「でも、記憶戻らない子でも新しい人生歩んでる子いるし、現実の身体が無事確保出来たらうちに来たらいいと思うわ。なんだかんだ、先輩にモデルケースがいるって安心できるじゃない」

 白楼学園は複雑な事情を抱えている生徒を多く引き受けている私立学校である。ユニオンリバーからも数人通学しており、初等部から高等部を持つマンモス校だ。とりあえず、自分と同じ境遇でどういう風に生活してきたのかという手本がいるというのは心理的に負担が軽くなる。レールに沿った人生云々と言うが、そのレールが無いというのも難儀である。

「そうですよね。愛知の本校に僕と同じ様な義手の先輩いるって聞きました」

 今は給食の時間で、数人で集まって保健室で食事をしている。今日の献立は米飯中心だが、陽歌の扱うカラトリーはスプーンやフォークだ。下手に五本指付いているせいで勘違いされがちだが、触覚が無いと箸を扱うのは困難なのだ。

「少年が少女と出会う。その時、物語は動き出す……あの月が見ていた様に、ね」

 同じくここで食事を摂っている高等部の女子が何か意味深なことを呟く。保健室登校かどうかに関わらず、ここに通う生徒は非常に濃い連中ばかりである。常に図書室の受付にいる彼女は裏でセーブポイントパイセンと言われている変わり者だ。

「ヴィオラはともかく僕はどうかな……」

「君の物語も随分、出会いで変革したんじゃないかな?」

「でも、久保田先輩の言う通りかもしれません」

 陽歌はユニオンリバーに保護されるまで一人だったというわけではない。一年生の間だけ友達だった二人、自分に学ぶことを教えてくれた通りすがりのおじいさん、引っ越した親友。彼らを知るからこそ、人間そのものに絶望せずにいられたとも言える。

「今度は僕の番だ……たくさんの人に助けて貰ったから、ヴィオラのことを助けたい」

「あんまり気負わないでいいよ。あなただって、まだ自分のことで必死でしょうし」

 陽歌はそんな過去からヴィオラの力になりたいと願っていたが、レンはそれが空回りして彼がダウンしないか心配であった。

「思いだけでも、力だけでも……というけど、思うだけでも力になる」

 久保田もそこはセーブを掛けていく。言い回しがアレ過ぎて分かりにくいが。

 

「ふあ……」

 食事が終わると、陽歌を急激な眠気が襲う。普通に話している様に見え、本人も意識はしていないが、潜在的に対人恐怖症を抱える彼は人とのコミュニケーション時、極度の緊張状態にある。給食が終わって保健室から人がいなくなると満腹も相まって、気が抜けて眠気がやってくるのだ。

「かえら……なきゃ……」

 彼の登校は午前中のみである。なので給食が終わればそそくさ帰るものだが、とても歩けるような状態ではない。立ち上がるだけでもあっちへこっちへ千鳥足だ。普通ならとっくに机へ突っ伏して居眠りするレベルなのだが、彼は極限まで我慢することが癖として染みついているのでそれでも歩こうとする。

「いいよいいよ。寝ちゃって」

 レン先生が陽歌をベッドに誘導する。彼女のみになった途端緊張が解ける、ということは少なくとも陽歌がレン先生を一定以上信頼していることになる。彼も何故か分からないが、彼女はユニオンリバーの人間と同じですんなり信じることが出来た。

他者への不信感を抱く生徒は陽歌以外にも多くいるが、殆ど全員が彼女へは信頼を寄せる。一種のカリスマ、とも言えるものがレン先生にはあるのだろう。

「う……ん……」

 意識が朦朧としている陽歌は操られる様にベッドへ向かい、眠る。レン先生は彼が枕を抱く癖があるのを知っていたので、抱き枕として鮫のぬいぐるみを投入する。陽歌はそれにしがみついてすぐに寝息を立てた。

 

   @

 

「今回の議題は、最近発生しているバグについてだ」

 SDガンダムフォースのガンダイバーをダイバールックとしている人物が円卓で会議を取り仕切る。数名のダイバー達もおり、話を聞いていた。

「GBN各地でバグの報告が相次いでいる。撃破したはずのNPD機体の復活、ストーリークエストへの無関係なNPDの乱入などだ。現在、原因については調査中、といきたいが何故かこのバグにはログが残らない」

 原因を解明するところからして困難なバグ。エンジニアが聞いたら発狂しそうである。しかし、現実に起きている以上、バグが存在するのは確かだ。

「お問い合わせの情報からテストダイバー達に似た状況を再現してもらってバグの再現性を確認してもらっているが、どうにも発生の条件が分からない。ログが残らないので報告してくれたダイバーの記憶を頼りに再現する他ないので困難なのは当然だが、原因不明のバグというのは今後致命的な不具合の原因になりかねない。スタッフでも検証チームを作り、原因究明に当たる」

 ガンダイバーはGBNにおけるゲームマスター、所謂運営であり、各地で報告されているバグの対処に頭を悩ませていた。広報スタッフがお知らせに乗せる内容の精査を行っていた。

「バグの発見がユーザーの報告頼りになるということは、報告されない潜在的なケースも存在する可能性が高いと思われます。些細なバグでも報告する様にお知らせへ記載します」

「うむ。こういうのは下手に隠蔽するより、対処していることを明かした方がいいからな」

 ガンダイバーは一人のダイバーを見た。ワインレッドのショートヘアに、右目に傷を付けた女性ダイバー。赤いアンダーリムの眼鏡をかけており、服装はセーラー服にチェストリグでマガジンを装着したアーミースタイルという変なものであった。

「級長、例の新要素の調子はどうだ?」

「うーん、そうだな。最初は結構乱入あったけど、みんな称号取り終えたのか段々減ってるな。まぁ、こないだ久々に乱入されたけど」

 級長と呼ばれた女性ダイバーは状況を報告する。

「で、結局これ何だったんだ? 腐ってるコンテンツの再利用……ってわけか?」

「まぁ、そんなところだな。分かった。襲撃側、乱入防衛側双方に月間報酬の追加を検討しよう。完全な勝敗ではなく、ミッションの進捗度によるポイント制にすればライトユーザーも挑戦しやすいだろう」

 報告を受けて、ガンダイバーは今後の方針を決める。牛歩にも見える新コンテンツの実装だが、一気に事を進めるとゲーム環境の崩壊に繋がりかねないのでこういうのは一つずつ進めていくのが定石だ。報酬がマズイとそこが過疎るだけで済むが、人権クラスに美味しいとゲームの方向性自体が『ガンプラによる冒険』から『ガンプラによる対テロ戦争』になりかねない。

 会議が進められていく中、部屋の扉が勢いよく開かれる。

「ゲームマスター! ゲームマスターはいるか!」

 銀髪のロン毛男のダイバーが会議に乱入した。その様子を見て、ガンダイバーはあることを思い出す。

「しまった、パスワードをかけ忘れた」

 今日、この時間、ここで会議をするということを知っているのは参加者のみなので鍵を掛ける必要は普段無い。だが、最近はこの様な闖入者の存在からパスワードが必須になってきていた。

「なぜ年間チャンピオンの俺を呼ばない!」

「チャンピオンはあくまでユーザーの頂点であって、運営との関係はない」

 この男はGBN年間総合ポイントランキングのチャンピオン、ルーザー。販促アニメに登場するクジョウ・キョウヤの様なチャンピオンが理想的だが、ネットゲームで頂点を取れる人間というのは生活そのものをゲームに捧げる廃人であるためか、人格破綻者の割合が多い。

 学校行きながら働きながら家事しながらなら社会性が保たれて比較的まともな人間もランカーには多いが、陽歌の様に不可能な理由があるわけでもないのにそれを捨てられる様な人間はネットゲームと無関係に破綻しているというわけなのだが。

「アニメではチャンピオンとゲームマスターの会談があったぞ! だったらチャンピオンの俺が運営会議に参加する資格はあるはずだ!」

「アニメと一緒にしないでもらおう。それとも君は、運営の手助けで得た玉座と後ろ指をさされたいのかね?」

 ガンダイバーの正論にルーザーは黙り込むしかなかった。だが、標的を変えて反論を続ける。

「聞いたぞ級長……お前、初心者に負けたそうだな。そろそろテストプレイヤー交代の時期じゃないのか?」

「おいおい……テストプレイヤーに実力は関係ないだろ……」

 これには級長も閉口するしかなかった。確かに高難易度のミッションをテストしたり、細かな難易度調整は実力のあるダイバーにしかできないが、それだけがテストではない。一般的なコンシューマーゲームで行われる『一日中壁に向かって歩き続けるテスト』の様に地道なものも必要だ。

「テストプレイヤーの座など欲してどうする? 事前に新コンテンツの情報を得て、それをSNSにでも乗せてちやほやされたいのかね? そんなことをすれば重大な守秘義務違反になるぞ」

 ガンダイバーがまたしても正論を言うのでルーザーは黙るしかなかった。

「ま、それに事前に情報を得ていても有利になるってわけでもないからな。俺みたいに」

 級長もテストプレイヤーとして最新のコンテンツ情報を得ているが、それを利用したとしてもゲーム内ランキングの上位に立つことは難しい。情報など攻略班によってすぐ解析される上、それを知っていても活かせるかはダイバーの腕に掛かっている。ちなみ彼は活かせない側の人間である。

 だからこそ運営も安心してテストプレイヤーに任命できるのだが。

「いいのか、このままではGBNは遅れを取る。世界で主流の、eスポーツのn……」

 ごちゃごちゃ言い続けるのでルーザーはガンダイバーの手で追い出された。所謂キックである。

「ガンダムゲー、eスポーツ、うっ頭が……」

「ガンダムブレイカーの最新作は3、いいね?」

「アッハイ」

 基本的にスタッフ同士の仲はいいので、そんな冗談で笑い合えるのであった。

 

   @

 

 寒空の下、陽歌は膝を抱えていた。下は冷たいコンクリート。光が背後から漏れている。まだ両腕はあり、指先が寒さでジンジン痛む。ここはかつて住んでいたアパートのベランダだ。

「お腹……減った……」

 腹の虫が激しく鳴る。腹痛を起こすほどの空腹に襲われていたが、顔が腫れて熱を持っている方が苦しかった。眠っていたのだが、気づくと冷蔵庫を開けて食べ物を探していた。そこを母親に見つかり、激しく殴打されてベランダに追い出されたのだ。

「……」

 どこまでが誰に殴られたのか、もはや区別が付かない。家にいようが、学校へ行こうが暴力を振るわれるのは変わりない。どこも安心できる場所は無く、誰にも心を許すことが出来なかった。

 なんで生きているのか分からない。死ぬのが怖いから惰性で生きているという状態なのかもしれない。そんな陽歌が、ユニオンリバーと出会うまでは長い時間が必要だった。

 

「ん……にゃ……」

 陽歌が目を覚ます頃には、三年生が下校する時間になっていた。全身に嫌な汗をびっしょりかいているが、眠気はすっかり収まっている。やはり寝床の質がいいと悪夢を見ても身体を休めること自体は出来る様だ。

「あ、ここにいたんだ」

 保健室の扉を開き、一人の少女が入ってきた。セミロングの黒髪を揺らす、よくも悪くも普通の女の子。彼女は陽歌の友人である篠原深雪。ユニオンリバーと付き合いのある店の常連ということもあり、静岡に来てから付き合いの長い相手だ。

「GBN始めたんだって?」

「うん、七耶から聞いたんだね」

 深雪もダイバーであり、陽歌よりも先に初めている先輩だ。ガンプラ制作でも彼女の手を借りないと難儀する部分がある。

「今度のお休みさ、みんなで素材集めに行くんだ。陽歌も来れたら来て。フレンドコードと集合時間渡しておくから」

 陽歌の体調についても詳しく、無理な約束でプレッシャーを掛けない様にゆとりを持たせてくれる。

「うん。そうだ、僕も紹介したい人がいるんだ。いいかな?」

 陽歌はヴィオラのことを伝えようとした。ログアウト不能なら自分が一緒にいられる時間が限られている以上一人の時間が増えるだろうことは明白なので、友達を増やして対策しようと考えたのだ。深雪も快く承諾する。

「ちょうど人がたくさん欲しかったとこなのよ! なんせ、行き先はディープディメンジョン、ヴァルガだからね!」

「ヴァルガ……?」

 気合をいれて人を集める様な場所に行くとのことだが、一体何が起きるというのか。

「普通のディメンジョンだとバトルって互いの合意が無いといけないでしょ?」

 以前、他人のミッションに乱入した時は混乱していて分からなかったが、後で調べたところ作戦領域に踏み込むとその襲撃ミッションに参加、襲撃側と戦闘になる。これが所謂合意だ。普通の対戦はダイバーが相手に申し込み、それを相手が承諾することで行われる。

「それがヴァルガでは常にバトル状態。言わばバトルロワイヤルに入り込む様なものね」

 ハードディメンジョンでは、その合意が不要で相手への不意打ちも可能なのだ。誰にいつ分からない時点でかなり難易度が高そうだ。

「だったら、僕も何か準備しようかな……」

 敵が単純に多いということは今のアースリィだけでは難しいかもしれない。なので、陽歌は休みまでにガンプラの強化を考えた。

 

   @

 

 作戦当日がやってきた。

「で、どうやら私は一人暮らしの社会人、藤野葵という人、らしい……」

 ヴィオラの肉体は無事に確保され、病院で治療を受けているそうだ。ログアウト不能の原因は現在解析中とのことだ。

「交通遺児で育ての親である祖父母も亡くなっているらしい。仕事は在宅のプログラマーだから同僚もいなくて、知っている人間を探すのに苦戦しているみたい」

「そうなんだ……ですか」

「いいよ、私も年上の実感ないから」

 相手が社会人ということを知って、陽歌はつい敬語になってしまう。だが、記憶の無い彼女からすれば年齢など感じようもないものであった。

「だから、みんなにも私の現実のことは言わなくていいよ。私はダイバーヴィオラ、それ以上でもそれ以下でもない」

「うん、わかった」

 そんなわけで彼女のリアルは心配無用。あとは記憶が戻るのを待つのと、現実に戻る方法を見つけてもらうだけだ。

「しかし、このゲームはガンプラで遊ぶ以外のことがたくさんできるんだな」

「そうだねー。両手があるってだけでうれしくて、ずっといちゃうよ」

 ログアウト出来ないヴィオラは必然的にGBNで暮らすことになるのだが、そのせいですっかりここのコンテンツを一通り見てしまった。陽歌も両手を動かす練習で勉強した手話をやってみせる。

「翻訳される……のか?」

「あ、ほんとだ」

 すると、勝手に手話を翻訳して字幕が付く。いろいろな言語を翻訳してくれるのはもちろん、こんな機能まであったりするのだ。

「あ、きたきた!」

ロビーに向かうと、既に数人の女子が集まっている。深雪のダイバールックはオレンジ髪のドラゴニュートである。その他の女子がゲーム特有のおしゃれをしているのに、一人目立つ格好である。

見た目が見た目とはいえ、男子が一人来たことで注目は自然と陽歌に集まる。

「ど、どうも……」

陽歌は無意識にヴィオラの後ろに隠れる。ゲームとはいえ、まだまだ他人には苦手意識がある。原因の髪色や瞳色、義手もここでは影響がないのだが、身体に染みついた習慣はすぐに消えない。

「初めまして、ヴィオラです」

「あなたが陽歌くんの言ってた……。私はミユ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

深雪のダイバーネームはミユである。女子の一人が陽歌の頭上に表記されたダイバーネームを見る。

「ナクトくんっていうんだ。そっちで呼んだ方がいいかな?」

「あ、好きな方で……追われてるわけではないので……」

個人情報をネットに僅かでも晒さない様に、陽歌は本名と繋がらないダイバーネームを使っている。本人はユニオンリバーに来るまでゲーム機一つ持ったことの無いデジタルディバイトの申し子であるが、周囲には詳しい人が山ほどいる。

挨拶も済ませ、メンバーも揃ったので作戦の説明が入る。

「今回のミッションはディープディメンジョン、ヴァルガにおけるコレクトミッション。つまりアイテムを持って帰ればいいわけなのよ」

「敵を倒すわけじゃないんだ」

場所は厄介であるが、難易度の低いコレクトミッション。問題は生きて帰れるかのみである。その為に頭数を増やしたとも言えるのだが。

「このゲームでのオシャレアイテムは三つに分けられる」

深雪がGBNのコスチュームについて解説を始めた。一応、基本無料のソシャゲではなく買い切りのパッケージゲームなので露骨な搾取要素は存在しない。一応、無料で体験の出来るゲストアカウントもあるのだが、ダイバールックはハロ確定だ。

「一つは、ゲーム内通貨で購入したり、ミッションの報酬や素材で得られるもの。大半はこれね。もう一つは追加コンテンツとして販売される場合。外部コラボの衣装はこれが多いわ。コラボにホイホイされた新規ユーザーでも、お金さえ出せばゲームの進行度に関わらず手に入るからね。そして最後に、ガチャの景品になるもの。コラボの一部やユーザーデザインコンテストの優秀賞がこれで配信されるの。後ろ二つもマイショップでゲーム内通貨を使えば買えることがあるわ。今回の狙いは一番目の、ミッション報酬のアクセサリーよ」

GBNはオンラインサービスのゲームであり、運営費は常に必要となる。その為、プレミアムプランなどの金策が必要になるのだ。そのゲーム性から現実の広告を表示すれば多額の儲けになるだろうが、没入感を喪失するため行わないと明言しているほどである。ユーザーにも利益のある方法で資金を得ている。

「みんなの命を、私にくれ」

ミッションの言い出しっぺであろう女子が有名な台詞を真似しつつ、敬礼する。たかがコレクトミッションだが、場所の都合難易度は高い。PVPでもあるため、運要素も絡んでくる。

「そうだ、陽歌くんとヴィオラさんはこれやった? スキル振り」

「スキル?」

深雪は陽歌とヴィオラをカウンターへ連れていき、お姉さんの表示したウインドウを操作する。

「ここではガンプラにスキルを振れるの。飛行スキルとか、耐水圧とかね。ガンプラにその加工があるなら必要ないんだけど、大抵はしておかないと大変なのよ」

ガンプラ、というよりガンプラになっているモビルスーツの多くは単独で大気圏内を飛行できないなど、設定上の制限が存在する。それを素直にゲームへ反映すると、素組でも飛行可能で水中行動さえ可能なガンダム00のGNドライヴ搭載機が最強というバランスになってしまう恐れさえある。

そこで取られたのがこのスキルシステムである。ここでスキルを習得してしまえば、ザクだろうがティエレンだろうが大気圏内をビュンビュン飛べるのだ。

「ポイントはランクとかに関係なく一定だよ。使わなかったら使わないだけ基礎スペックにボーナス入るから、出来ればガンプラ側で対応する工作をした方が強いんだけど……素組なら素直にスキル振った方がいいわね」

「ふむふむ」

そういうわけで二人はスキルを取得した。アースリィは一応、単独で大気圏内を飛行出来るが、それでも素組ならスキルを取得した方が強いらしい。

「んじゃ、早速ミッション開始!」

「おー!」

というわけで準備も出来たため、一行はヴァルガへ向かう。カタパルトから発進し、上空にあるゲートを通過すればすぐにヴァルガだ。

 陽歌はアースリィにジュピターヴウェポンを装備。バズーカを持った後方支援型だ。ヴィオラのアルスコアは欠損したバックパックの羽をコアガンダムのサーベルで補完している。相変わらず、顔の目は閉じたままだ。

「コアガンダムかぁ、いいね」

 深雪はGアルケイン。他の女子達は軒並みSDやベアッガイを使っている。

 

   @

 

「この人数だとゲロビのいい的ね……」

ヴァルガの暗い空を飛びながら、深雪は呟く。このディープディメンジョンでは確認無しでバトルが始まる。言わば、常にバトルロワイヤルなのだ。いつどこで敵が狙っているか分からない。こちらのレーダー範囲外からスナイパーライフルやメガランチャーの銃口が向いているかもしれないし、ミラージュコロイドで隠れているかもしれない。

「でも襲われた時は人数多い方が良くない?」

「それはあるかも……」

ライトユーザーが多いこの集団では、あまり戦略というものを考慮する人間が少ない。いくら多勢に無勢の多勢側にいれたとしても、機体性能に差があり過ぎれば紙屑のように消し飛ばされるだろう。

(大人数はそれだけで圧力になるから襲われるまではこのままでいいけど、襲撃されたら散会した方がいいかな……)

陽歌は考えていたが、口に出すことが出来ない。ここがコミュ症の難しいところだ。

「陽歌、何か案があるみたいだけど……。私から言おうか?」

そこにヴィオラが助け船を出す。普段なら何も言えずに黙りこくっていただろうが、ミッション成功のため、この好意は無駄に出来ない。

「すみません、助かります」

「遠慮するな。お前は私を助けてくれた、その分、私もお前を助ける」

 ヴィオラも陽歌の力にはなりたい様だ。記憶を失い右も左も分からない自分に手を差し伸べてくれた陽歌は、彼女にとって特別な相手なのだ。

「……なるほど、わかった」

ヴィオラが陽歌から案を受け取って全員に伝える。

「みんな、襲われるまではこのまま固まっていよう。襲撃があったら散り散りに逃げる。このミッションは一人でもアイテムを持ち帰ればば成功だ。全員が全員の囮になれば、誰か一人くらい帰れるかもしれない」

「そうね。まぁこういうバトロワ状態って運もあるけど、全ての卵を同じ籠に入れるなって言うし」

深雪はこの案に同意した。既に戦いは始まっている。集団で固まる初心者という餌を求めて、敵機が迫る。作戦を伝えるには丁度いいタイミングだった。

「目的はヴァルガ全域に生息している花の調達。数は一! 散会!」

 彼女の指揮で機体が散り散りに分散する。まだGBNになれていない陽歌とヴィオラは深雪と共に行動することとなった。

「煙幕を撒く! この隙に逃げよう!」

 陽歌はミサイルを放ち、一気に加速する。ミサイルの中身はGN粒子入りの煙幕だ。さっきのカスタマイズで火力を犠牲に入れ替えてきたのだ。

「あ、こっちのレーダーも!」

 だが、GN粒子を入れたせいで自分のレーダーまで麻痺してしまう。

「そのためのモビルスーツ! 目視なら問題ないよ! 付いてきて!」

 とはいえ、元々モビルスーツはレーダーを麻痺させた後の有視界戦闘を目的とした兵器。カメラからの映像を目視で確認すればはぐれずに行動できる。

「なんとか撒いたね」

「逃走は罠への誘導の可能性があるから、なるべく動かずに仕留めたいみたい」

 ヴィオラは敵がいないことを確認する。ヴァルガでは敵を探して仕掛ける以外にも、自分の仕掛けた罠へ誘導するといった戦いも可能だ。そのため、敵は深追いを辞めたのだろう。

「と、草原みっけ。アイテム探しましょう」

 草原に三人は降り立ち、アイテム探しをした。目的のアイテムは花なのですぐ見つかるはずだ。

「うわ、結構ぬかるんでる」

「リアルだよねー」

 ガンプラから降りると、陽歌は地面のぬかるみを感じる。滑りもしないタイル状の空間から急にリアルな大自然に投げ出されると、感覚がついて行かない。ゲーム性に影響するためか、改造の影響を受けない様にする為か、コクピットの仕様はベース機に依らず統一されている。実際に原作と同じコクピットから乗り降りしたいとも思うダイバーは多いが、実装するとなれば相当な苦労になるだろう。

「よし、ゲット」

 深雪は早速、ターゲットの『ヴァルガタンポポ』を見つける。紫のタンポポという変な感じこそするが綺麗な花だ。刺身に乗っていたら食欲は減るだろうが。

「思ったほど時間掛からなかったね」

念のため、深雪以外に陽歌とヴィオラも確保しておく。

「このミッションの本題は帰還だからね」

本ミッション最大の難所はアイテムを持ち帰ること。多くのダイバーが虎視眈々と狙う中をくぐり抜け、無事帰還する。それがこのミッション、謂わばヴァルガのチュートリアルだ。途中で撃破されれば、獲得したアイテムや持ち歩いているビルドコイン、溜めたポイントなどをロストしてしまう。

 ヴァルガはコレクトアイテムが美味しいがそういうリスクもある。

「待て」

三人がガンプラに乗ろうとしたところ、誰かが声を掛ける。銀髪でオッドアイの、黒い騎士のダイバールックの少年であった。二人の仲間を連れ、陽歌達を止める。

「本来ならガンプラに乗る前に仕留めてもルール違反にはならんが……搭乗時間をやる。ガンプラに乗れ」

「このヴァルガで、やけに律儀ね」

深雪はウインドウでガンプラの準備をしつつ、相手を牽制する。ついでに、相手の情報も集める。このヴァルガではガンプラに搭乗していない、所謂歩兵を撃破しても問題ない。

(パーシヴァル……新進気鋭のフォース『ライジング』のリーダー、ランクはCだけど……)

黒い騎士、パーシヴァルのダイバーランクは中堅のC。ダイバーには実力やこなしたミッションの数でランクが振られている。深雪はD、陽歌は先日のバトルの影響でEへ昇格、ヴィオラに至っては開始直前のFだ。

「残念だけど、バトルなら他を当たってくれない?私達、コレクトミッションに来ただけだから。それにランクも低いからポイントも期待できないよ?」

いきなりの襲撃ではなく、このヴァルガにおいても正面からきたパーシヴァルの融通に期待して深雪は交渉する。

「それは出来ないな。バトルが嫌なら始めからここに来なければいい」

「あら、女の子三人に随分な物言いね」

パーシヴァルはガンプラに乗り込む。機体はガンダムテルティウム。ガンダムマーク3をベースにしたビルド系の機体だ。連れている仲間もディジェに百式とエゥーゴ、カラバ系で固まっている。

(あれ? 僕もカウントされてる?)

相手に合わせて、深雪達もガンプラに乗り込む。陽歌は自然な女の子扱いに突っ込むタイミングを見失っていた。

「ここに来たら戦いたい合図。それがGBNの暗黙の了解だ」

「逃がしてくれなさそうだよ」

 陽歌はパーシヴァルから感じた敵意に反応し、ガンプラへ乗り込む。深雪も観念し、ガンプラを出して戦いの準備をする。陽歌は作戦を伝える。

「ヴィオラは先に帰って。その機体じゃ真正面から戦うと厳しいよ」

「わかった……が……」

 作戦を受け取ったヴィオラは言いよどむ。何せ、肝心の作戦をオープンチャンネルで敵にも聞こえる様に話していたのだから。

「回線がオープンだぞ?」

「あ」

「初心者め……」

 パーシヴァルが逃がすまいとヴィオラをライフルで狙う。陽歌のアースリィが間に入り、そのビームを防御する。だが、シールドは一撃で粉砕され爆発する。

「シールドが! 二枚重ねなのに……」

「素組みではなぁ!」

 ただ組み立てただけのキットでは、しっかり調整したライフルを防ぐのは困難だ。陽歌はすかさず反撃にビームバズーカを放つ。

「甘い!」

 パーシヴァルは自分への反撃だと判断してバズーカを回避する。だが、ビームはあらぬ方向へ飛んだ。

「外したのか?」

「ぐわあああ!」

 一瞬、狙いを外したと思ったパーシヴァルだが、狙いは仲間の百式。戦闘が陽歌とパーシヴァル中心だったため油断したのだ。流石にトップコート墨入れ済みの百式でも、ビームバズーカをコクピットにノーガードで受ければ一たまりもない。そのまま百式は撃墜された。

「俺は油断しねぇぜ!」

 ディジェはビーム薙刀でアルケインに斬りかかる。アルケインのライフルは大きく、間合いを詰められれば扱いにくい。ソードにもなるが、どっちにせよ取りまわりがよくないという事実は覆らない。

「そう来ると思って!」

 深雪は敵の動きを見ると躊躇いなくライフルを捨て、シールドを構えたタックルを行う。シールドバッシュは生身の戦闘であればその一撃で勝敗が決するほどの、舐めてかかれない攻撃だ。

「ぐ!」

 攻撃の間合いを狂わされたディジェは後ろに下がって体勢を立て直そうとする。その理由はアルケインのシールドにあった。

「知ってるよ、バーナーでセンサー焼く気なんだろ?」

 アルケインのシールドにはバーナーが内蔵されており、接近した敵に攻撃出来る。それを読んで、ディジェは後退してクレイバズーカを構えた。

「これは、ガンプラなんだよ!」

 しかし、深雪はシールドバーナーを展開、噴出孔からビームを放つ。

「何ぃ!」

 なんと、シールドのモールドに改造を施してバーナーではなくビーム砲にしていたのだ。これなら多少エネルギーの消費は激しいが、バーナーの機能は失わないし遠距離攻撃も出来る。

 シールドから飛び出したビームがディジェを直撃する。

「だが、そんな豆鉄砲では!」

 しかし口径が小さく、致命傷にはならない。その時、ディジェの頭に何かが当たる。

「なんだ……、うおぉ!」

 それに気を取られている間にアルケインの腕から伸びたビームウィップでディジェは撃墜される。

「そんな使い方!」

 パーシヴァルと交戦していた陽歌が使わなくなったミサイルポッドを投げてぶつけたのだ。思わぬ投擲にパーシヴァルは視線を誘導され、陽歌の接近を許す。

「この距離なら!」

「舐めるな!」

 ビームバズーカを突き付けた陽歌だが、パーシヴァルは咄嗟にサーベルを抜いてバズーカを貫く。陽歌はすぐ手放したものの、スプレーガンごとバズーカは爆散してしまう。

「しまった! 捨てるのは先端だけでよかった!」

「甘い!」

 続けて、アースリィの両腕を上腕から切断するパーシヴァル。自機の腕が斬られる光景を見た瞬間、陽歌の脳裏に走馬灯が走る。

「あ……」

 目が覚めた瞬間、自分の腕が無くなっていたあの日のこと。ぼんやりとした意識の中で、腕の感覚が失われていく極寒の夜空。身体だけを動かすことができない中で、激痛に苛まれながら骨を削られる反響。

「うっ……」

 陽歌は説明の出来ない吐き気に襲われた。アースリィはコントロールを失い、ぬかるんだ地面に倒れる。傷ついたガンダムが泥に塗れ、ツインアイは光を失う。

「陽歌くん!」

 深雪が慌ててテルティウムに飛び掛かるが、ビームサーベルで反撃を受ける。

「しま……」

 ここで陽歌を一人にするのはマズイ。この後撃破されれば勝手に帰還できるが、それも確実ではない。だが、無情にもアルケインは爆散してしまう。

「これで終わりだ」

 敵の状況など知る由もないパーシヴァルはトドメを刺すためにサーベルを向ける。その時、テルティウムのバックパックが爆発した。

「なんだ?」

 慌てて振り向くと、ビームが飛んで来るので即座に回避する。なんと、さっき逃げたはずのアルスコアガンダムがアルケインのライフルで攻撃して来たではないか。

「逃げたんじゃなかったのか?」

 実は先ほどのオープンチャンネルはわざとであり、アルスコアに乗るヴィオラだけに見える通信画面で手話を使って本当の作戦を伝えていたのだ。アルスコア単独の機動力では逃げるにも不十分であり、逃走中に違う敵から襲撃されれば結局厳しいことに変わりないため、三人で逃げた方がいい。

そこで陽歌と深雪も逃走出来る様に不意打ちを食らわせる。それが彼女の役割だ。

「今度は私が力になる……!」

 閉じていた目が開き、ヒトツメが露わになる。

「その機体で勝てるとでも!」

 パーシヴァルはヴィオラが撃破を狙っていると思い、ライフルの射程から逃れるためサーベルでの接近戦に持ち込む。

「勝つ必要はない、逃げる!」

 一方彼女は逃走が目的なので、パーシヴァルが陽歌から離れて好都合であった。そのままライフルを捨ててアースリィまで跳躍、機体を抱えて逃げればいい。

「んん?」

 だが、アースリィは持ち上がらない。背中のウエポンのせいか、それとも重い機体が泥にハマって抜けなくなったのか、逃げるために機体を抱えるということができない。

「馬鹿な……!」

 コアガンダムは小さいが、アーマーを着込むため非力ではないはず。いや、このアルスコアがそもそも他のダイバーと同じ、ガンプラを読み込んで使っているものという保証はどこにもない。

「なんだか知らんが、喰らえ!」

 パーシヴァルがこの隙を逃がすはずが無かった。サーベルを手に、トドメを刺そうとする。

「く……」

 これまでか、ヴィオラが諦めかけた時、七色の光がテルティウムを襲う。

「なんだ今度は?」

 残像の様なものが徒手空拳でテルティウムを攻撃し、アルスコアとの距離を取らせた。

「この機体は……!」

 残像が収まった時、パーシヴァルに立ちはだかったのは全身クリアのビルドストライク。関節パーツまでクリアで、七色に光っている。その機体を見た瞬間、彼はダイバーを特定する。

「ストライクアシェル……マナか!」

「ここは引いてください。私も追わないので」

 ストライクアシェルから女性の声が響く。だが、パーシヴァルは全く聞く耳を持たない。

「ガンプラアイドルだかなんだか知らないが!」

 構わずアシェルに攻撃しようとライフルを向ける。すると立て続けに乱入者が現れた。今度は、ガンプラとは思えない様な恐竜じみた巨大な機体だ。それが地面から現れ、泥を撒き散らして視界を塞ぐ。

「ガンドラゴン! サリアもセットなら丁度いい!」

 パーシヴァルは俄然やる気だったが、マナはアシェルの手を伸ばしてヴィオラに伝える。

「ガンプラから降りてこっち乗って下さい。アースリィはこのまま運びます」

「助かる!」

 ヴィオラが指示に従うと、アシェルは虹色の帯を伸ばしながら戦場を離脱する。

「待て! 逃げるのか!」

 パーシヴァルが上を見上げている間に、ガンドラゴンも地面へ潜って撤退する。

「くそ、ガンプラアイドルめ……何様のつもりだ?」

 戦いを打ち切られたパーシヴァルは苛立ちながら周囲を確認する。すっかり誰もいなくなっていた。

 

   @

 

「ええ? ナクトくんってあのマナ&サリアと知り合いだったの?」

「まぁね」

 深雪の友達をガンドラゴンを操っていたダイバー、サリアが相手している。アイドルという性質上、ダイバールックもリアルと同じ緑の長髪に褐色肌のスタイルがいい美少女の姿をしている。年齢は深雪や陽歌達と同じくらいだが、身長が高く成熟したボディラインをしているがダイバールックで盛っているわけではない。

「ナクトのおかげで二つも手に入っちゃった。二人を助けてくれてありがとう」

「いやいや、たまたま通りかかってね」

 言い出しっぺの女の子は目的のものを手に入れて、陽歌とヴィオラ、サリア達に礼を言う。

「陽歌は大丈夫か?」

「少しパニックになっちゃったみたいだけど、落ち着いたかな」

 ヴィオラは疲労で眠っている陽歌を膝枕し、マナに容態を聞く。マナのダイバールックは深紅の髪をツインテールに結って眼鏡を掛けたグラマラスな少女という姿。これは現実の変身形態の一つだ。

「そうか……結局力にはなれなかったな……」

 ヴィオラはマナがいなければあの状況を脱せなかったことを重く受け止めていた。結局、陽歌の力になることは出来なかったのか、と。

「そんなことないですよ。この子にとって傍にいてくれるだけで、十分なことなんです」

「そういうものかな……」

 記憶こそないが、誰かが常に近くにいるというのはヴィオラにとって当たり前の様な感覚だった。だが、陽歌にとってはそうではない。

「そうですよ。うなされていることも少なくないのに、今は安心してますから」

 陽歌はヴィオラの膝ですやすや寝息を立てている。彼にとって安心出来る場所が、また一つ増えたのであった。




 機体解説

 ガンダムテルティウム
 ガンダムマーク3をベースにしたビルド系機体。これといった特徴がない基本改造に収まった機体なので使用者の腕に強さが依存する。ちなみに騎士ガンダムがマーク3をベースにしているせいか、ランスの保持など所々に騎士ガンダムオマージュが見える。


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☆陽歌とエヴァ姉さん

 四聖騎士とは、青龍、朱雀、白虎、玄武各七姉妹で構成されるロボットによる騎士団である。普段はコアが人間の様な姿に変質し、人間となんら変わらない生活を送るが例外なくこの状態では騎士とは思えないぐだぐた性格である。
 しかし、ロボットのボディ『キャスト』と修正プログラム入りキャンディ『天魂(あめだま)』を使用することでその真価を発揮する。実力は高く、個々の状態で先進国の軍を蹂躙、全勢力なら地球の現体制を解体可能と思われる。
 製作者は錬金術師、アスルト・ヨルムンガンド。腕によりをかけた傑作……ではなく酔った勢いで製造されている。
 ちなみに陽歌の義手は彼女達のキャスト体のフレーム部分をくっつけたもの。それを後に義手として再調整、協力企業の天導寺重工がその再調整品をベースに一から生活用義手としての使用を前提に新造したものを彼は現在使用している。


 少年、浅野陽歌はひょんなことからユニオンリバーという喫茶店に保護された。その店の地下に自室を与えられ、生活することになってから数週間が経過した。

「……」

 目が覚めたので、ベッドから起き上がって部屋を見渡す。今まで自室はおろか、寝床すら与えられなかった彼にとってこの部屋は居心地が物理的にはいいものの精神的には良くない。

 部屋は広く、大きなテレビにはプレステやswitchといったゲームが繋がれている。学習机にも見た目からして高性能だぞと言わんばかりのデスクトップPCが置かれ、椅子はゲーミングチェア。カーペットになっている床には疲弊しがちな彼がいつでも横になれる様に、クッションも完備。

「んん……」

 まだ自分は夢を見ているのか、それとも死んでしまったのか、これが現実だと陽歌には思えなかった。部屋を出る為に扉のノブへ手を伸ばすと、パジャマの余った袖から義手が覗く。黒い球体関節のそれは、以前自分が使っていたものより高性能だが触覚は相変わらずなく、これが現実なのだと理解する一助となっていた。

「おや、おはよう」

「エヴァリー……」

 部屋から出ると、緑髪を二つにひっつめた女の子が挨拶してくる。偶然なのか待ち構えていたのか、陽歌には分からない。だが、あの部屋を用意した主犯ということもあって一体何を考えているのか、彼には読めないところがあった。

「お、おはよう……」

 陽歌はぎくしゃくしながら挨拶を返す。周囲や家族から虐待を受けていた彼は人間不信に陥っており、本人の意識していないところで警戒心が働く。特にエヴァと呼ばれているエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン、彼女についてはこの部屋の件など『善意』と捉えるにはいろいろ妖しいところが多い。

 とりあえず顔を洗うために陽歌は洗面所へ向かう。ここでは大人数が生活しているので大浴場の脱衣所に洗面台がいくつも設置されている。その大きな鏡に映った自分の顔を見て、陽歌は溜息をつく。

「現実、なんだね……」

 ボブカットに切りそろえてもらったキャラメル色の髪、右が桜色、左が空色のオッドアイ。この外見のせいで周りに迫害されてきた陽歌は、身だしなみを整えるために鏡を見るのも憂鬱だった。右目の泣き黒子の様な普遍的な特徴さえ呪いの痕跡に見えてくる。

 頭の中で反響する罵声を打ち消す様に陽歌は顔を強く洗う。これまでこの外見をどうにかしようとしなかったわけではない。だが、黒染めのヘアカラーは悉く肌に合わず、瞳色なぞどうしようもない。本来なら先天的な外見を理由に差別する方が間違っているのだが、それを受けた方は自分をどこからも肯定出来ない状態になっていく。

「……普通じゃない」

 髪色瞳色、少女の様な顔立ち、その何もかもが「普通」ではない。しかし、ここに来て彼の中で『普通』は揺らいでいた。

 陽歌は洗面所を出て、地下から店舗へ上がる。食事は基本、喫茶店で摂るのだ。

(普通、普通とは……?)

 そして一日およそ三回の食事こそ普通揺らぎポイントの一つだ。二人の女の子が山盛りのご飯を大量のおかずでかっこんでいる。エヴァや自分と変わらない体形と年齢で、一升炊きの炊飯器をどんぶり替わりにしている時点で何かがおかしい。陽歌は普通に炊飯器からご飯をよそって準備するが、そこで一升炊きの炊飯器がこの場に三つあるという事実に気づき、何度も二人のテーブルと自分の手元を確認する。

(うん、いつも通り)

 数週間もこの光景を見ているが、相変わらず慣れない。陽歌は離れたテーブルに一人で座ると、フォークを使って小さい茶碗に半分も入っていないご飯を食べる。生育環境のせいで食が細い他、消化器が傷ついているせいであまり食べられない体なのだ。

精一杯の食事を終えて陽歌は部屋に戻ろうとする。そこでまた、エヴァとばったり出くわす。

「おや、今日はお暇ですか?」

「……うん」

 彼女は悪そうな笑いを浮かべており、陽歌も自然と警戒してしまう。

「ちょっと見せたいものがあるんですよー、これです」

 エヴァが見せてきたのは、ホラーゲームのパッケージだった。

「ラストオブアス?」

 陽歌は書かれた英語をすんなり解読する。彼は知らないが、近年類を見ない名作ホラーゲームである。

「ホラーに抵抗が無いようでしたらプロローグだけでも遊んで感想をば」

「……いいけど」

 ゲームのゾンビなんぞより現実の人間の方が怖いと知っている陽歌は、ホラーゲームが相手でも物怖じしない。了解を得ると、エヴァは陽歌の手を引いて部屋に向かう。

「では早速私の部屋で」

「え? ゲーム機ならこっちに……」

「機材の関係です」

 連れて行かれたのは、エヴァの自室。何やら分からない機械がたくさんある。その中にゲーム機とモニター、そしてマイクがある。

「声だけ収録させて下さいね。リアクションが見たいんですよ」

「絶叫はできないよ?」

 エヴァの期待通りにはならないだろうと陽歌は事前に断っておく。怖い物がバーンと画面に映されても、叫ぶだけの力が彼にはもう残っていない。

「それではゲームスタート!」

 エヴァの指示で、陽歌はゲームを開始した。

「あんま上手にできないかも」

「序盤だけなので大丈夫ですよ。なんならコントローラーは私が握りますよ?」

 陽歌の義手は五指あって生身のそれに近いせいで勘違いされがちだが、触覚がないという一点において大きなハンデを抱えている。

「あー、まだ歩くだけなんだ……これならいけるかも」

 ゲームを進めていくと、ついに陽歌はエヴァの目論見にハマった。

「あー! あー!」

 何があったかは実際にプレイして確かめていただきたい。

「いやー、この序盤は芸術点高いですよー」

「しんどい」

 こんな感じで、よくおちょくられるのでエヴァに対する警戒心は自然と高まっていくのであった。

 

「陽歌くん丁度よかったです。少しお手伝いしていただきたいことが……」

 次の日、エヴァは大きなダンボール箱を抱えていた。何の入荷だろうか。

「なんです?」

「手に入れたベイブレードバーストのランダムブースターを開封するの手伝ってほしいんですよー」

 どうやら気合を入れて多々買ったはいいがとんでもない数になってしまったらしい。どうせやることもないので、陽歌はそれに乗ることにした。開封作業なら昨日の様なことにはなるまい。

「わかりました」

 そんなこんなで開封の手伝いをすることになった。これはベイブレードというコマのおもちゃで、8種類からランダムで封入されているという罪深き商品である。

「八種類でコンプならこんなに買う必要……」

「はっはっは、物というのは『使う用』、『飾る用』、『保存用』、『なんかあった時の予備』、『予備の予備』、『布教用1ダース』が必要ですよ」

 一個すらまともに持ったことの無い陽歌にとっては理解の及ばない世界であった。だが、この様なガシガシぶつけるおもちゃは破損の危険があるのでいくつあっても困らないのだ。

「ん……思ったより包装が厳重だ」

 箱はセロテープで止められ、中身も黒いセロハンで封入されている。重さで中身が判別されない様にダミーのダンボールが入っているなど、徹底した管理がされている。

「当たりはタクトロンギヌス? ドラゴン?」

 聖者の槍、ロンギヌスを謳いながらドラゴンモチーフということに困惑しつつも、開封を進める陽歌。義手での作業も三箱行く頃には慣れてきたが、一部可動のあるパーツはぐるぐる巻きなので苦戦する。

「く……」

「音出ない為とはいえ結構きついですよねー」

 エヴァもここは苦戦しているので、義手のせいではなさそうだ。

「コマ……だよね?」

「バトルするコマですよ。負けるとバラバラになるんです」

 陽歌は別に、おもちゃに興味がないというわけではない。どう情報を集めても手に入ることなどないので、必然的に疎くなっていたのだ。

「へー……」

「やってみます?」

 エヴァはにやにやしながら、陽歌を誘う。その表情に、何か彼は懐かしさを感じた。

(雲雀……小鷹……?)

 それはかつて、短い間だけ友達だった者の表情に似ていたのだ。

(全国図鑑は埋めたから何でもいるぞ。何育てたい?)

(……これ、かっこいいな)

(たそがれルガルガンか、いいセンスだ)

 あの時、何であの二人が自分を助けてくれたのか、自分なんかを遊びに誘ったのか、よくわからなかった。それは今、エヴァに対しても感じる疑問でもある。

「コマって難しいんでしょ?」

「いやいや、これが簡単なんだなー」

 流されるまま、レクチャーを受ける陽歌。結局開封やらバトルやらでその日は終わってしまった。

 

「あいつがどんな奴かだって?」

 陽歌はエヴァについて、同じくユニオンリバーで暮らす人物に聞いてみた。出来れば彼女達、四聖騎士団と呼ばれる錬金術師アスルトが生み出した二十八姉妹以外の者で、ユニオンリバーに引き取られた自分と同じ境遇の持ち主に。

 そこで白羽の矢が立ったのが、巫女服の幼女、攻神七耶であった。

「見たまんまの奴だと思うぞ?」

「じゃあ、僕が考えすぎなのかな……」

 七耶はそう答えた。陽歌は額面通りなら単に善意を向けていてくれていたエヴァを信じきれない自分に嫌気が差した。

「ダメだなぁ……人を信じられないって……」

「人を信じるってのは意外と難しくてな、思考停止で言うことハイハイ聞いていればいいわけじゃないんだ。まずは疑うところから入って、疑い尽くしてようやく信じることが出来る」

「……そうなんだ」

 こう見えても七耶は五千歳を超える伝説の超兵器。やはり自分とは次元が違うと思うのであった。

「ってライアーゲームって漫画で言ってたな」

「……」

 と見せかけて漫画からの引用であった。

「小僧みたいな目に遭えばそりゃ誰だってそうなるさ。私達の手を払いのけないで掴んだだけ上出来だ」

「手を……」

 陽歌は自分の手を見つめて考える。何度、手を払いのけただろうか。

(陽歌! 一緒に来い! お前はこんなところにいたらダメだ!)

(お前を助けてやれなくなる……だから最後に、俺たちで行けるだけ遠くに行ってみよう!)

(私と来て……ここにいたら、あなたは死んでしまう)

 自分を助けようとしてくれた人は皆無でなかった。だが、決まってこう返すしかなかった。

『ごめん、僕が行くと、迷惑かけちゃうから……』

 両親でさえ自分を疎むのだ。何の血縁もない人間が快く自分を受け入れてくれるはずがない。自分が傷つくだけならまだしも、自分のせいで友達を傷つけたくない。

 だから、ようやく現実味の無いこのユニオンリバーに来て誰かの手を取れたのだ。

「……」

「そうだ、小僧。今度本を読む必要があってな。なんかいいの知らねぇか?」

 考え込む陽歌に、七耶が話を振る。本の話と聞き、彼は飛びつくように語った。

「それだったらクライヴ・C・オブライエン先生の著作、『暴かれた深淵』がオススメだよ! FBCがBSAAに吸収されるきっかけになったテラグリジアパニックの真相究明に纏わる事件がモデルになってて、化け物蠢くゴーストシップを探索している様な雰囲気に何度もなれるんだ! これに限った話じゃないけど、洋書は訳者の仲介が入るから可能な限り原著で楽しんでほしいなって……」

 そこまで一気に語ったところで、陽歌はハッと気づく。友達がなぜ自分を遊びに誘ったのか、そしてエヴァがなぜあの様なことをしているのか。その答えに辿り着いた。

「好きなものは、好きな人に好きになってもらいたいだろ?」

 七耶の言葉が全てだった。

「そういうこと……だったんだ……」

「まぁ奴は加減を知らんから身構えるのも無理はないがな」

 エヴァは単に、自分の好きなものを布教したいだけであった。特に、ロボットばかりのここでは人間の男の子は珍しいせいか妙なテンションになっていたところもあるのだろう。

「おーい、陽歌くん。フェスを手伝ってほしいのですが。きつねうどん派が思わぬ反撃ですよー」

「うん」

 その時、エヴァが彼を呼んだ。陽歌は快く、その誘いに乗る。

 その先が、善意で舗装された沼だとしても。

 




 エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン
 四聖騎士統括、青龍長女。宙ぶらりんKYなダメ人間に見えるが、本来はカリスマ溢れるリーダー。その側面は修正プログラム無しでも面倒見のよさという点で発揮されている。常にぐだぐだ楽をして生きることをモットーにしており、サブカルチャーや遊び全般にのめり込んでいる。楽したい割に地獄へ足突っ込んでいる様な気がするが気のせいだ。
 生放送ではBGMを担当。話題にあった楽曲を提供する。(というのは嘘。実在しないがランダム選曲が仕事し過ぎるために実はAIとして実在しているのではないかとの噂)


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再会、友よ

 友との再会が凍った少年の心と、物語の最後の扉が開く


 自宅のラボで回収した複数の都知事の遺体を解析したアスルトは愕然とした。

「これが本当なら、とんでもないことになりまス……!」

 なんと、全ての遺体がタンパク質で構成された生物のものでないことが明らかになったのだ。ケイ素で構成されたこの体はミリア、則ちミラヴェル計画によって量産された人造人間マークニヒトのそれと同じということになる。質は明らかに劣り、頑丈さなどミリアの足元にも及ばないが、その事実自体が恐るべきものである。

「一体どこから情報が漏れたのですか?」

 ミラヴェル計画はユニオンリバーはおろか、アスルトが所属する月の組織、AIONでも存在は公であるものの製法は極秘とされている。情報漏洩があったのなら、すぐにわかる体制の組織だ。どうやってこれを模倣したというのか。

「しかもミラヴェル計画の応用だとスれば、これは都知事の本体ではない……!

 ミリアは頑丈でほぼ不死身のため忘れがちであるが、肉体に意識をインストールした存在である。そのシステムを盗用したとなれば、この肉体は都知事の器に過ぎない。都知事の本体は全くの無傷ということだ。

「大海菊子都知事は……人間ではありません!」

 

UNION RIVER

 

今一番欲しいもの一体なんだ?

沼に溺れてでも掴んでみせる

今飛び付かなくて後悔しないか?

捨てるだけならいつでも出来るだろう

 

シノギの匂いに群がる転売屋

他人の楽しみ許せず叫ぶクレーマー

call me! 今呼べ我らを!

 

ユニオンリバー!君の好きを護りたい

ユニオンリバー!その愛をまた語りたい

見てる世界違うとしても構わない

僕もいつかそこにいくかもしれないから

 

騒動喫茶ユニオンリバー!

 

転輪祭典東京オリンピック2020 忌むべき生命 最終章

 

始まりは両親が口酸っぱく言っていた言葉だった。

『浅野陽歌に関わるな』

よくある『〇〇ちゃんと遊んではいけない』に類する言葉であったが、クラスも違う会ったこともない奴だったから少し興味が沸いたのだ。

たまたま席替えで隣になった友人、小鷹も同じことを両親から言われていたことを知り、どんな奴か調べることになった。単なる好奇心が全ての始まりだったのだ。

そいつがいるクラスを見ると、まぁ確かに見た目は変わっているが悪い奴かと言えば微妙なところだった。だいたいそういうことを親が言う様な奴は盗み癖があったり、手が早いのがお決まりだが、陽歌はそんな様子も無かった。

いつも一人で、校外学習で他のクラスメイトが拾ってきてそのままにしているらしきタニシの水槽をマメに掃除したり日光が当たらない様にしてたりした。小屋が古くて汚いからみんなやりたがらない飼育委員の仕事も、かなり真面目にやっていた。

ただ、いつもボロボロの体操服を着ていて、痣もあって怪我しているのか脚を引き摺っていた。それに身体もやたら小さく見えた。

小鷹と監視を続けて数日、陽歌は集団に囲まれていた。明らかにいじめの現場だったので、二人で止めに走ったが突き飛ばされた陽歌が頭をぶつけて気を失ってしまったのだ。

保健室につれていくために彼を背負うと、異様に軽く感じた。皮と骨だけで、殆ど肉がついていない。何とか連れていくも、保健室の先生は陽歌に関わらない様に言って手当てをしてくれなかった。仕方ないので、二人の秘密基地に連れていって寝かせることにした。

この秘密基地は野良犬が二匹、自分たちに懐いて住み着いている。毎日あげられるわけではないし犬に人間の食べ物を与えるのはよくないと聞いていたので餌付けはしていないのだが、彼ら自体が人慣れしているのかこうして友達の様な付き合いをしている。

二匹も目を覚まさない陽歌を心配していた。

「こいつ、悪い奴じゃないよな……」

「そうだな」

なんで大人達が遊ばない様に言うのか、結局知ることは出来なかった。

 

   @

 

 雲雀と陽歌は再会を果たした。彼女はエスターの策により大人達の言うことを全て知ることとなったが、ものすごくどうでもいい内容だった。多分来週には忘れているだろう。

「いくぞ陽歌」

かつての友と並び、雲雀は右の拳を隣の陽歌に向けて差し出す。これは彼ら三人の、連携の合図であった。

「……」

陽歌は自分の拳を見る。あの時と違い、生身の腕は無くなってしまった。義手になったことで迫害を受けたこともある。だが、雲雀なら、そう信じて陽歌は左の拳を差し出して彼女の拳とぶつけ合う。

「私のブレイドヴォルガ、レイドは砲撃カスタムだ。鴨撃ちにするぞ!」

雲雀は自分のアニマギアのカスタムを明かす。相手は飛行型。そのまま撃っても回避されてしまう。

「アロケス、敵の陣形を崩して!」

「承知した!」

ガレオストライカー、アロケスはブースターでソニックイーグリットの群れに突撃し、混乱を起こさせる。

「いまだ!」

「了解、お嬢様」

レイドが背中に取り付けられたキャノンでイーグリットを打ち落としていく。アロケスが攻撃し、その攻撃を掻い潜ったばかりの敵を集中して狙う。

「おのれ……ならこれで!」

エスターは不利を悟ると、あるものを取り出す。それは、金色に輝くベイブレードであった。

「なんだ?ホビー大戦でもやろうってのか?」

「ゴールドターボだね」

雲雀と陽歌もちょうどいいとばかりに自分のベイとランチャーを取り出す。エスターのベイはデフォだがゴールドターボ版のヘブンペガサス.10P.Lw閃。

「なんだよ、ただの見せびらかしか? サクッと仕止めるぞ」

「よし!」

雲雀のベイはツヴァイロンギヌス.Dr.Jl'滅。陽歌はデッドハデス.00T.Ds'を選び、ランチャーに装着する。

「本当のゴールドターボってものを……見せてやる!」

「何言ってんだ? 所詮当たりの色違いだろ?」

ゴールドターボというのはベイブレードバーストのGTレイヤーシリーズにおいて、低確率で封入されている色違いの黄金バージョン。レアだが性能が高いわけではない。しかし何故かエスターは自信満々だ。

「これが力だ!」

エスターがシュートすると、ペガサスは凄まじい回転でスタジオ内に気流を作る。スパーキングベイランチャーという強いシュートを放つと火花が散るランチャーで、火花が出ない程度の弱いシュートでこれだ。

「なんだと?」

「待って? おもちゃの力だよね?」

とても現実とは思えない光景に雲雀と陽歌は困惑する。それはスタジオにいた七耶も同じだった。

「なんだあのエネルギーの塊は! あの小娘はただの人間だろ?」

そこに、アイドルの応援にきた一般人が割り込んできた。法被やハチマキで台無しになっているが、顔のいい好青年だ。

「噂には聞いたことがある。神獣を模した回転する道具には、黄金の回転エネルギーが宿ると。そして、それが馴染んで金色に変化して見えることがある……」

「誰だお前は?」

何か訳知りといった感じの青年に七耶は正体を聞く。

「私は天竜宮刀李。見ての通り、対霊師だ」

「ドルオタにしか見えねーよ」

エスターの攻撃に対する陽歌達もベイをシュートする。陽歌はライトランチャーで、雲雀はスパーキングランチャーから火花を散らして打ち出す。だが、風に阻まれてなかなかペガサスに近づけない。

「フハハハハ! 所詮は玩具だと思っていたが【双極】に言われた通り集めてみるものですねぇ!」

「やろー……」

 予想以上の戦果にご満悦の大海都知事。まだこいつに対して七耶は聞いていないことがあった。

「お前は『本体』なのか? それとも量産の一つか?」

「どうせここで負けるあなた達に意味のないことですよ」

 だが、大海は答えようとしない。

「この風の壁を破れるか!」

「そんなものー!」

そんなやりとりの中、陽歌のデッドハデスは自慢の重量で風を抜ける。

「馬鹿な! 型落ちごときに!」

「ハデスは一番重い超Zレイヤー! まだ戦える!」

古いパーツでもカスタム次第で輝く。特にハデスの様な尖ったものは。そして、ペガサスに重い一撃を加えた。

「やった!」

攻撃によりペガサスのロックが進む。ベイブレードバーストは通常のコマの様に相手より長く回る、相手を外に弾く以外の勝ち方が存在する。それは、相手を攻撃してバラバラにするというもの。攻撃が当たると最上部のレイヤーというパーツがズレ、ロックが緩んでいき最終的に分解されるのだ。

「それはどうかな?」

ロックが進んだにも関わらず、エスターは余裕だった。なんと、ペガサスが回転するとロックは元に戻っていく。

「何ぃ!」

「ヘブンペガサス固有のロック回復能力もゴールドターボの力で強くなっている! お前達に勝ち目はない!」

突風を突破出来るハデスの攻撃が通用しない。その時、違う方向からロンギヌスが迫っていた。

「これで!」

「ロンギヌスも突破しただと?」

「ツヴァイロンギヌスは二点に重みを寄らせてエネルギー効率を上げてるんだ! ラバー軸だから踏ん張りも効く!」

雲雀のロンギヌスがペガサスに一撃を加える。またロックが進み、回復分を消化する。

「何度やっても無駄ぁ!」

しかしペガサスは再び回復を試みていた。そこへ、ハデスがすかさず追撃を与えた。

「一撃でダメなら、もう一撃!」

ペガサスが吹き飛ばされた先には、ロンギヌスが待ち構えている。

「これでトドメ!」

ついに、ペガサスは連続攻撃によってバーストに追い込まれる。だが、エスターから余裕の笑みが消えることはなかった。

「市販のベイごときが、ゴールドターボに勝てると思っているのかぁ! プルーフサークル!」

ペガサスの装備していたプルーフフレームが砕け、黄金の輪となり広がって陽歌達を襲う。ベイブレードはディスクというパーツにフレームを取り付けられるものがあり、ペガサスの10ディスクとそこに装備されたプルーフフレームもその一つ。

 当然だが市販品にそんなギミックはない。

「なんじゃそりゃ!」

「雲雀!」

驚愕する雲雀の前に陽歌が出て、両腕で広がる輪を受け止める。腕でガードしたものの、威力が強く押し出されてしまう。パーカーの袖も刻まれるほどの破壊力を持っている。

「陽歌!」

飛ばされた陽歌を雲雀はしっかり受け止める。敵の最後っ屁かと思ってペガサスを確認すると、フレームが消滅しているだけでまだ回っている。

「マジかよ……」

「これおもちゃだよね……?」

ホビーアニメみたいな状況に二人とも閉口するしかなかった。

「小鷹がいればなぁ……」

「たしかに……」

 今はいない友に想いを馳せる二人。だが、今の陽歌はまだまだ仲間がいる。解答席からマナが飛び出し、ランチャーとベイを手に参戦する。

「私が助太刀しますよ!」

「マナ! お願い!」

 マナがシュートしたのはエースドラゴン.Z.V'烈。陽歌はそのカスタムを見て、あることを思いつく。

「雲雀! マナに回転を!」

「なるほど、オーケイ!」

 右回転のエースドラゴンと左回転のロンギヌスとでは互いに回転を与え合う形になる。そしてエースドラゴンの装備しているZディスクにはラバーがあり、回転を吸収する効果もあるのだ。

「受け取れ!」

 雲雀がマナのドラゴンに回転を与える。極限まで回転の高まったドラゴンを陽歌のハデスが押し出し、ペガサスに向かって射出した。

「避けなさいペガサス!」

「無駄です! スタミナタイプのロウドライバーは動かないんです!」

 猛スピードで迫るドラゴンに慌てるエスター。しかし軸先が持久力重視なこともあってペガサスはその場を動こうともしない。

「なんて回転だ! ありえない!」

 風の壁も光の輪もやすやすと打ち砕くドラゴンのパワーにエスターは困惑した。これには、軸先に秘密がある。

「エースドラゴンのドライバーはエヴァリーがコツコツスタジアムで覚醒させたヴァリアブル! 粒々の付いた極太ラバー軸のヴァリアブルは最初こそ普通のアタックタイプだけど、使い込むと粒が取れて覚醒、超パワーを生み出すんだ! しかもカッターで切り取ったりインチキせずに覚醒させるとスタジアムの形に沿って削れ、粒の痕が回転方向に合わせたスパイクの様な形状になってただの太いラバー軸を超える!」

 陽歌は一気に説明を捲し立てるが、最後には息切れを起こしていた。

「げほ……ヴェホ……」

「落ち着け」

「戦いは……ノリがいい方が勝つからね……」

 元々体力がないことを知っている雲雀は背中をさすって呼吸を助ける。戦いはノリがいい方が勝つというモモタロス理論は、陽歌がユニオンリバーで学んだ大事なことだ。

「はっ……! 説明は敗北フラグ! この程度跳ね返してあげなさい! ペガサス!」

 エスターはゴールドターボの力を過信して迎え撃つ。だが、直撃を受けたペガサスは一撃でバーストさせられ、エスター自身も吹き飛ばされる。

「ウゲエエエエエエ!」

「本人じゃなくて仲間の説明だしこれからやることじゃなくて今起きてることの説明だから当てはまらないんだよなぁ……」

 雲雀は説明と敗北フラグの関係性を否定した。勝利への工程を説明した場合は敗北フラグだが、今回はそれに当てはまらなかった。

「勝った!」

 バラバラになって落ちたパーツの内、ヘブンペガサスの一番上部、レイヤーと呼ばれるパーツだけが金色から市販品の色に戻り、粉々に砕けた。当然、市販品にこの様な機能はない。

「なんだ?」

「リアバしたね」

 とはいえぶつかるおもちゃなので遊んでいて破損、所謂リアルバーストはまぁある。しかしここまで砕けることは当然無い。

 伸びたエスターと砕けたペガサスを交互に見ながら、陽歌、マナ、雲雀の三人は互いに顔を見合わせる。その時、突如として銃声が鳴り響いた。

「なんで邪魔するの……響ぃ!」

 銃を撃ったのは解答席にいた胡桃。響はその拳銃の先端を掴み、弾が跳ぶのを防いでいた。貫通しきっていない弾が、義手の甲から覗いている。

「あれは私の母親だ! これ以上誰にも迷惑かけない様に、私が処分する!」

「あれはあなたが背負う様な価値のある命ではありません」

 胡桃は誰かを狙って発砲したようだった。それも母親に向かって。

「胡桃さん……そういうことだったんですか?」

 陽歌は以前、胡桃に言われたことを思い出す。『血の繋がった家族なら関係が良好になるってナイーブな考え方は捨てた方がいい』。彼女もまた、実の家族に悩みを抱えていたのだ。

「じゃあ誰がやるの! 私しかいないでしょ!」

「いえ、あなたの手を汚すくらいなら……」

 響に向かって感情的に叫ぶ胡桃。しかし、彼は冷静に返し、突如姿を消した。次に現れた時には、響は緑に光る剣で都知事の首を撥ねていた。あまりの早業に、七耶やサリア、さなさえ止める暇が無かった。

「既に手を汚している、僕がやります」

 スタジオがパニックに包まれる。解答席の大半を埋めるアイドルは突然の殺人劇に半狂乱となり、スタッフは機材を止めようと右往左往する。この番組は生放送だ。人間の首が飛ぶ様子など、ましてや現職の知事が殺される映像など、流せるはずもない。

「響さん……なんであなたばかりが……」

 胡桃は解答席のテーブルに爪を立て、俯く。倒れて首から血を流す母親よりも、自分の代わりに罪を背負った級友の方が気になっている様子だった。

「ん? 胡桃さんのお母さんって都知事だったの?」

 陽歌はそこでようやく胡桃が大海都知事の娘という事実に気づいた。

「いいんですよ。ボクはもう戻れないところまで来ています。せめてあなたの未来だけでも、守らせてください」

 響は人を殺めた後とは思えないほど穏やかな笑みを浮かべる。その姿に、陽歌は背筋が凍った。人を殺したという事実に対して、抱く感情が少なすぎる。胡桃のことしか頭にない。殺人など、ただ目の前の問題を解決した程度、皿を洗ったり洗濯機を回す様なものとしか思っていないのではないかと陽歌は考えた。

「いや、まだ死んでねぇ!」

 誰もが都知事の死を確信した中、七耶だけがそう叫んだ。そして、新たな足音がスタジオに鳴り響く。なんと、さっき死んだはずの都知事が生きているではないか。死体の都知事と生きた都知事が、同じ場所に存在する。

「これは演出です。私は生きていますよ」

 さらりとそんなことを口にする都知事。だが、七耶はアスルトからの連絡で都知事の正体を知っている。

「違う! お前は本体をどこかに隠して、この肉体を端末にしているんだ! こないだの病院島の一件もそれがトリックだ! 端末としての肉体を複数動かしていたから、輸送班の都知事、東京で会見してる都知事、病院島にいる都知事、その前に金湧の壮行会でぶっ殺された都知事の四人が同時に存在出来たんだ!」

 しかし傍目からみれば子供の戯言。都知事的にも生放送中に殺害されるのは計算外だったようだが、まだ言い訳は出来る。

「何を言っているのです? プリキュアごっこですか?」

「そこまでだ!」

 その時、大人数でスタジオにやってきたのは警察であった。泊進ノ介刑事を先頭に照井竜警視が矢面に立つ。

「今度は逃がさん!」

「大海菊子! 外患誘致の罪と破壊防止法違反で逮捕する!」

 破壊防止法はともかく、外患誘致はマーケットプレイス関係だろう。まぁとにかく死刑まっしぐらコースであることには変わりない。しかし、都知事は馬鹿笑いして全く引くことがない。

「見なさい! 国家権力が主権者たる国民の代表を弾圧しようと躍起になる様を! ですが都民の皆さんご安心を……正義の力が私にはあるのです!」

 地面が唸りを上げてスタジオを揺らす。何か大きなものが動いている様だ。

「行きなさい、都庁ロボ! 愚かな国家権力を踏みつぶし、真の正義を全うするのです!」

 陽歌達がスマホを確認すると、完全に起動して人型に変形した都庁ロボが歩き出した様子をSNSにアップしている人達が多数いた。

「馬鹿な……都庁ロボは都知事の生体認証が必要なはず……」

照井は都知事がここにいるのにも関わらず、都庁ロボが動けることに困惑した。それは則ち、七耶の言い分が正しいということの裏付けに他ならない。

「ロイミュードの擬態だけではなかったのか……」

 進ノ介は下手に人間へ擬態する怪人と戦った経験があるだけに『本物』が増えるというバグ技めいたトリックに気づかなかった。しかし、今はとにかくここの都知事を拘束せねばならない。その時、無線に連絡が入った。

『警視庁から各員へ! 都庁ロボは市街地を通過して警視庁本庁へ向かっている! このままだと市街地に甚大な被害が出る可能性がある!』

「なんだって?」

 都庁ロボは一般人の被害も躊躇わずに行動を開始している様だった。もはや怪獣災害と大差ない。

『お待たせ! ユニオンリバー!』

 一方、七耶にも三茄子から連絡が来た。

『繰り返す2020年、その原因を突き止めタ! 東京の地下に治水施設があるらしいんだけれど、そこに都知事はタイムリープを起こしている道具を隠していル!』

「そうか」

『本当はしっかり準備したいところだけど、そんな時間は無さそうネ……今すぐ合流!』

「分かった! うちの連中も呼んでおく!」

 七耶は席を立ち、さなと共に陽歌とマナの下へ向かった。サリアとマネージャーのシエルも来ている。

「アメリカ娘からだ、ラスボス戦おっぱじめるそうだ」

「たしかに、これ以上追い詰めても暴走しかしないかも……」

 陽歌は都知事を包囲すれば包囲するだけこの様な後先考えない暴走が増えることを考え、その判断が正しいと思った。

「そうだ、雲雀は早く逃げて。多分、東京はどこも危ないと思うから……」

 一応、一般人の雲雀には避難を呼びかける。だが、彼女は大人しく聞くはずも無かった。

「へ、お前はどうすんだ? 戦うんだろ?」

「そ、そうだけど……」

 戦える力が自分にあるとは思えない陽歌だったが、三茄子によればループ打開のキーになるかもしれないとのことで行かないわけにはいかないのだ。

「だったら、こいつでせめて避難する奴の手伝いくらいするさ。私も私なりに戦う」

「そう……気を付けて。またね」

「お前もな。積もる話もある」

 二人の友は再会を誓い、二手に分かれる。響とゆいも手慣れた様子で現状を纏める。その中で、母の暴走を止められなかった胡桃は俯いて悩むしかなかった。

「私は……」

「あんた秋葉原自警団の人だろ? 手伝ってくれ!」

 そんな中、雲雀が彼女に声を掛ける。

「インフラ壊れたらゾイドくらいしか役に立たねぇんだ! ドライパンサー出してくれ!」

「でも……こんなことになってしまって……止められずに、私には……」

 誘われたものの、結局自分だけで決着出来なかったショックが未だにぬぐえなかった。だが、かつて彼女の言葉に導かれた陽歌が口を開く。

「僕だって自分の家族のこと、殆ど誰かに助けてもらったんです。家族のことだからって自分だけで解決しようとしないで、ここは僕達がなんとかする! だからあなたはあなたに出来ることを!」

 響も胡桃の活動を影から見ていたのか、後押しする。

「東京のインフラに詳しい集団をすぐに動かせるのはあなただけです。殺すことしか出来ないボクに、誰かを救う力を!」

「……うん!」

 胡桃も決意を決め、動きだす。

 今、最終決戦の幕が開く。

 




「もう今年はオリンピック無理そうね……」
「オリンピックではない、戦いの神への供物よ」
「じゃ、計画を次に動かそうか。都知事は役に立たなかったね」
「60億の人命と36億年の歴史を守るためなら、たった一億の先進国民と僅か二千年の歴史など安いもの」


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☆暑が夏い

 儂が子供の頃はなぁ、30度超えるだけで大騒ぎしてたものじゃ……


 陽歌は周囲全てが害意を持っている、という地獄で長らく育った。全く安らぎの無い、二桁も生きていない子供が受けるべき愛情を受けられない孤独。そのため、強いPTSDを抱えており、一人で外出するのに難があった。

 とはいえユニオンリバーの人々による献身的な看護と愛情のおかげもあり、調子が良ければ病院にいくくらいのことは一人で出来る様になっていた。

 この日も朝は調子がいいので一人で通院することにした。が、問題があったのである。

「暑い……」

 そう、猛暑である。彼は迫害の原因でもあった特異な外見と義手を隠すために普段はパーカーを着こんでいるが、今日は外に出た瞬間に暑さを察してやめたのである。

 白とオレンジのグラデーションが鮮やかな半袖のパーカー、どちらにせよ顔だけは隠すことが出来る選択へと切り替えた。袖から覗くのは黒い球体関節人形の様な義手。キャラメル色の髪は強い日光で溶けそうになっており、オッドアイの焦点も定まっていない。

「あれ?夏ってこんなに暑かったっけ?」

 陽歌は恨めしそうに左目と同じ色をした空へ視線を向ける。日本は四季がハッキリした国、というのは昔の話らしい。彼の右目が示す様な桜が散れば即座に湿度と温度が暴走を始める。もはや、梅雨という風情あるものではなく熱帯のスコールと同等の雨季を経て、地獄の釜が開かれる。

 湿度による体感温度の上昇は砂漠の民すら悲鳴を上げる。

(冬もダメなのに夏もダメなんて……僕はどうしたら……)

 腕を失った経緯から寒さにトラウマを持つ陽歌だが、だからといって暑さに耐性が出来るわけではない。半ば意識を失い、フラりと足元が崩れる。

「大丈夫か?」

 その時、腕を誰かが掴んで支えてくれた。その人物は黒い長袖のパーカーを着ており、フードも被っているのでさらに暑そうだ。義手を掴む手には手袋もしている。

「あ……ありがとう……ございます」

 陽歌はなんとか立ち上がり、歩き出す。鞄にヘルプマークが付いているので、助けが必要だと分かってもらえた様だ。

「松永病院にいくんだろう? 旅は道連れだ、共に行こう」

 が、行き先まで的中させている。もしかすると、病院で自分のことを見かけていたのか。この特徴的な外見だ。一度見れば忘れられない。しかし今日も病院にいくとは限らないのではないか。

「あ、はい」

 陽歌は持ってきた水筒で水分補給を済ませると、その人物と共に病院へ向かった。

 

 松永総合病院静岡支部は、才能のある人物に予算と権限を与えてその恩恵を社会に還元する『超人機関計画』で産み出された存在である。超人機関松永総合病院、その呼称から我が子を超人に出来るのでは?という謎の解釈をした馬鹿親が殺到して業務に支障が出ることを避けるため、対外的に小児科系は無いことになっている。

 だが、現に陽歌が治療を受けている様に診察や研究をしていないわけではない。

「わざわざ来るとは思わなかったよ」

 そこの院長である松永順という、十代前半の少年が陽歌の主治医である。パーカーの人物も同じ場所に様があったのか、病院に着いても行動を共にすることになった。

「兄さん」

「え?」

 パーカーの人物は順の前に来て、漸くそのフードを脱ぐ。白い髪と肌、眼鏡の奥に潜んだ青い瞳。男の陽歌でも見惚れるほどの整った顔立ちに浮世離れした空気を纏う美少年。彼が順の兄だというのか。

「だってよ、今日は『電子科』の設備が整う日だろ?直に見ておきたくてな」

「とはいえ、この時勢と猛暑の中無茶をする……」

「理由を付けて先延ばしにして、 見ることなく死んでもナンセンスだしな」

 順の兄はやけに独特な死生観を持っていた。変わり者の身内は変わり者なのか。

「紹介が遅れたな。俺は直江遊人だ」

「……浅野陽歌です」

 順の兄、遊人が名乗ったので陽歌も釣られて自己紹介する。

「君がそうか……。よく頑張ったな」

 遊人は陽歌を労うと、腰を屈めて顔を近づける。

「いえ……寒いのも苦手なのに暑いのもダメなんて……僕は……」

 グットルッキングな顔が近いのもあり、陽歌は目を反らす。

「そう卑下することもないさ。暑いのも寒いのも得意な奴はいない。みんな無理にやせ我慢してんだよ」

「でも僕は倒れそうだったし……」

 つい卑屈になってしまう陽歌。髪色も瞳色も他人と違う。腕もない。誰かと同じこともできない。誰とも違う。同じものが何一つない。それが陽歌にとっては強いコンプレックスであり、傷になっていた。

「そうしょぼくれんなって。可愛い顔が台無しだぞ? ま、困り顔も可愛いんだけどな」

「え?」

 遊人が急に顔を誉めるので、陽歌は赤面して困惑する。

「あ、オッドアイだからとかじゃねーぞ?黒髪黒目でも可愛いのは変わらねーし、泣き黒子が色っぽいから成長にも期待だな」

 自分もアルビノだからか、そこに寄る評価ではないと遊人は語る。右目の黒子という特盛属性の中で隠れがちなポイントにも注目していた。

「まーた兄さんの悪いくせが……本気にしないでね、この人天然ジゴロだから」

 順は遊人のこういうところを見慣れているのか、呆れていた。

「人聞きの悪い。俺は褒め言葉と感謝は言いそびれない様にしてるだけだ」

「兄さんの顔でそれやると全員もれなくメス化だよ……。まぁ、寒さも暑さも本来我慢するものではないし、暑さに関しては人一倍影響を受ける条件が整っているのは事実かな」

 順は軽くタブレットに図を示して、陽歌の身体に起きていたことを解説する。

「君の場合、腕を大きく失っているため放熱能力が著しく落ちているんだ。生物の身体は先端から冷えるからね。砂漠に棲むフェネックの耳が長いのを想像してもらえばいいよ。それに、地面に近いほど照り返しの影響を受けやすい。一説には、車椅子に乗っている人は立っている人より三度気温が高い状態らしい。君の背丈なら同じ状態になっても不思議ではないね」

「なるほど……なんとか義手に放熱機能付かないかな……」

 陽歌は今使っている義手のモニターをしている。これを企業にフィードバックすれば、改良もされるだろう。

「なぁ、ところで電子科をだな……」

 遊人は新しい設備が気になっていた。

「あー、はいはい。そうだ、陽歌くんも見ておくといい。この研究は、君の役に立つだろう」

 順は遊人と陽歌を連れてある場所へ向かう。そこは地下の設備で、重低音が常に聞こえる病院とは思えない場所であった。空調の効きも心なしか強い。

「陽歌くんはハイムロボティクスからトイボットのモニターに任命されていたね」

 順は電子科の概要について話を始めた。

「あ、はい。モルジアーナのことですね」

「ハイムロボティクスのトイボットは過度な愛着による事故を防ぐため、発声機能が制限されている。責任者曰く、アクシデントからトイボットを庇って使用者が負傷しない様にね。でも、高度なAIを持っていてその思考は人間に近い」

 近年、トイボットに限らず人間と同等の思考を持つAIを搭載したロボットは広く流通している。人間の仕事を手伝うヒューマギア、感情を学習するアーティフィシャルセルフを持つフレームアームズガール、デジタル社会をアシストするバディロボットのアニマギアなどがその代表だ。

「故に、人間と同じ精神疾患を発症する可能性が高い。そこで生まれたのがAIのケアをする電子科だ」

 人間と同じ故に、人間と同じ病に罹る可能性がある。事前に予想出来てノウハウがあるのなら、準備しない理由はない。

「なるほど、確かにヒューマギアの暴走などAI絡みの事件は多いからね」

「これが、人の役に立つ……」

 遊人の言う通り、ここ一年で起きたヒューマギアの暴走や十二年前のデイブレイク事件などAIが起こした事件は多い。それがAIの精神的な限界によるものだとすれば、カウンセリングなどでガス抜きをすれば防げるだろう。

「それに、AIの機微はログデータが取れるからね。人間の精神疾患のメカニズムがより解析出来るかもしれない」

 今のところ、精神疾患の多くが脳内物質やホルモンで語られているが、新たなアプローチが生まれることで解決出来る問題もある。

 順は何もない空間に手を翳し、ある人物を紹介した。

「そして、ここの目玉を紹介しよう。人類初の電子生命体、継田調だ」

 空間に出現したのは、黒髪のショートヘアをした幼い少女であった。

「ん?継田さんってことは、響さんや奏さんの関係者?」

 同じ名字即ち血縁というわけではないが、珍しい名字なので陽歌はそう考えた。名前的にも法則性が見える。

「どうも、調です。奏は母、響さんは伯父です」

「ここではホログラムでどこでも自由に出現出来る。肉体は存在しないが、ヒューマギアのボディを使えばこちら側への干渉も出来る」

 というわけで電子生命体であるが、AIとの違いがよく分からなくなってくる。

「電子生命体……AIとは違うんです?」

「そうだね。その辺は実は僕も分からないんだ。一応、資料ではゼロから自然発生したものを電子生命体と定義するみたいだが……まだ議論の途中だ」

 順をもってしても、その境界は曖昧だという。

「でも母親の奏さんは人間ですよね?製作者、ということはないでしょうし……」

 継田姉妹については、血縁がないことを陽歌は知っている。もし電子生命体を奏が引き取ったとすれば妹扱いするだろうが、彼女の心情の変化から娘として養育しているのか。響と関係を結んだ時はかなり昔で、奏も歳を取っている。

「話をしよう。あれは今から数年前だったかな?」

 その辺の複雑な話を遊人が解説し始めた。

「大海都知事の二つ前の都知事がいた。そいつは戦争への憧れから大日本帝国の復活を目論み、その仮定で漫画など創作物への表現規制へ踏み切った」

 大海都知事の二つ前の知事は長いことその座におり、古い考え方によって圧倒的な票田を持つ高齢者票をかき集めていた。そんな中行われた表現規制だが、出版社の九割が東京に集中する状況では一自治体の条例とは思えない影響力を持っていた。そして、東京での前例は全国に波及しやすい。

「その時立ち上がったのが、継田奏、級長ら先代の漫研ファイブだ」

 陽歌が籍を置く白楼学園の本校である愛知の白楼高校、その漫画研究部は色濃い五人のメンバーが揃った時、漫研ファイブと呼ばれる。

 現在のメンバーは無からチョコを生み出す超能力者、公界遊騎、漫画家の幽霊、暦リーザ、魔界の魔王、スティング・インクベータ、仙狐の呪術師、妙蓮寺ゆい、そして強化人間、継田響。その中でも陽歌はリーザは一月の工作会で面識があり、響とゆいはなんやかんや世話を焼いてくれている。

 彼らの前に漫研ファイブと呼ばれていたのが、奏らであった。

「先代の……漫研ファイブ」

「そして彼らは都庁ロボの起動を阻止、ついに都知事を追い詰めたのだ。はい回想入りまーす」

 その先代の漫研ファイブと都知事の戦いと、電子生命体に何の関係があるのだろうか。

 

   @

 

「追い詰めたぞ!」

「フハハハ!無駄だ! この金庫は開かん!」

 奏達は都知事を追い詰めた。だが、都知事は金庫の中に閉じ籠り、出てこない。金庫は非常に分厚く、破れるには破れるがここで大火力を使えば不安定な地盤も崩壊して都市部に影響が出かねない。

「鍵開けもダメか……」

「私の端末に届く五分ごとに変わる16桁の英数字のパスワードがなければ開かん!」

 都知事は金庫の中で吠える。万が一の為にシェルターも兼ねており、快適な場所だ。その時、扉の向こうから奏の声が聞こえた。

「おい! 障子〇〇こマン!」

「ああん?」

 漫画を下品だと言いながら、自分も障子をあれで破く下品な小説を書いて芸術家気取りをしているのがこの都知事であった。

 「お前は障子紙を〇ん〇で破くことさえ現実で出来ないがな……私はこのセキュリティを破ってやる!」

「無駄無駄……」

「この、メスガキ分からせ棒でな!」

 余裕ぶっていた都知事だが、奏の意味不明な発言で困惑する。

「なんの棒だって?」

「おらぁ!」

 聞き返す余裕もなく、何か凄まじいもので穿つ音が聞こえた。

「なんだ?」

『んほおおおおっ!』

 しかも端末から登録していない音声が聞こえてくる。混乱は深まるばかりだ。

「へへ……こんなびしょびしょにしてこの淫乱AIめ!」

『らめぇぇえ!』

「おらイけ! イき死ね!」

 一定のリズムで杭を打つ様な音がシェルターに響く。もはや困惑より恐怖が勝った。

「きゅうきゅう締め付けやがっていやしんぼめ! そんなに欲しいか? くれてやるよ! 中に出すぞ!」

『ひぎぃぃぃいいい!』

 結果、金庫の扉は開かれ、都知事は捕まった。

 

   @

 

「こうして生まれたのがお前だ、調」

 回想終わり。

「兄さん、資料読んだ時も思ったけど……いやそうはならんやろ」

「なっとるやろがい」

 陽歌はもうそういうものだと思って詳しく理解することを諦めていた。それよりも、気になることがある。

「他に電子生命体っていないんですか?」

「私一人ですね。今のところは」

 調は特に思うところも無いらしく、淡々と語る。陽歌は髪色、瞳色が他人と違う。自分と同じ誰かがいない世界で生きてきた。それを調も感じているはずだと思っていた。

「それって……寂しくないの?」

「いえ、私にはお母さんと響さん、たくさんの友人がいますから」

「誰かと違うって、不安にならないの?」

 この世界にただ一人の電子生命体。陽歌は、自分と同じ気持ちを持っていることを期待していた。同じ存在がいなかった中で、孤独に生きてきた者として。

「誰かと違うのは当たり前ですよ。あなた達は大分類では人間という生物、という括りかもしれませんが、詳細ではそれぞれ別の存在ですから」

調は寂しさや不安などを感じてはいなかった。

「私も電子生命体という部分が違うだけです」

「そう……なんだ」

 陽歌は少し残念だった。周囲に愛があるだけで、ここまで違うものか。まだ自分は人間という括りに入れるが、彼女はその根幹からして違うはずなのに。

『緊急警報発令!電子科システム内への侵入を試みている存在がいます!セキュリティレベル上昇!排除します!』

「な、何?」

 陽歌の思考を立ち切る様に、警報が鳴り響く。空間に浮かんだモニターに、ある存在が表示される。

「これは……ガンプラ?」

「GBNのサーバーを踏み台にしてアスクレピオス経由で入り込む気か!」

順は敵の狙いを察知した。ガンプラネクサスオンラインのシステムを医療に活かすため、専用サーバー『アスクレピオス』が存在する。それらを踏み台にして電子科の設備を攻撃するつもりらしい。

「調は退避しろ! 俺は、ティエレンで行く!」

 遊人はガンプラを取り出し、近くにあった筐体でログインする。ガンプラはサンドカラーのティエレン高機動型B。脚のホバーが特徴だ。

「兄さん! まだその筐体はセットアップが完璧じゃない。防衛用にガンプラは動かせるけどダイバーとして行動はできないから、取れる戦術は限られるよ」

「おーらい!」

「僕も……!」

 陽歌もガンプラを取り出し、筐体で出撃する。マーズフォーをベースにしているが、肩はジュピターヴ、下半身は赤く染めたユーラヴェンと改造されている。

「紅蓮ガンダム、出ます!」

 カタパルトから紅蓮ガンダムが出るバックパックにはヒートソードがマウントされ、大型スラスターがビームの翼を広げて加速する。速度だけなら遊人のティエレンを追い越せた。

「いた!」

 アスクレピオスのディメンジョン内にいた敵は、赤い瞳のアルスアースリィ。

「誰だ!目的を言え!」

 遊人がスピーカーで呼び掛ける。敵は何を目当てにハッキングしているのか。

『完璧な私達を人間と同等に貶める、この設備は私達に不要と判断した……』

「この!」

 陽歌はビームガトリングを放つ。アルスアースリィはそれを易々と回避し、腕のビームソードで斬りかかった。

「くっ……!」

『不完全なエイミング……回避は容易……』

 陽歌は腕のクローで防ぐ。一旦距離を取って体勢を建て直し、射撃を続けるが当たる気配がない。

『やはり人間とは不完全……』

「何者なんだ!」

 敵の正体は掴めない。言葉からして独立したAIの様だが。

「はーん、ラブマシーン的なやつかお前」

 遊人はその手の敵キャラをよく知っていた。誰かが作ったAIが暴走し、独立して行動しているみたいだ。

『否、我が名は「ZEN-NOU」。究極の思考プログラムにして、人類を最適化するためのツール……』

「これギャラクトロンとかギルバリス的なの?」

 陽歌も唐突に現れた脅威に戸惑う。人類の支配とかAIがやりがちなやつだ。

『否、我が名はZEN-NOU……』

「知るか!」

 アルスアースリィの言葉を遮る様に、遊人がティエレンの持つマシンガンを乱射する。しかし、やはりというべきか回避される。

『不毛……』

「とでも思ったか?」

 その時、アルスアースリィの頭に大きな一撃が加わる。ティエレンの背負っているキャノンが、直撃を食らわせたのだ。

『……!?』

「おおっ!」

 アルスアースリィが止まった瞬間に、遊人は左手のパイルバンカーで攻めかかる。だが、アルスアースリィは冷静に回避する。

「そうくると思ったよ!」

 遊人はバーニアを吹かして急転回し、アルスアースリィの方へ向かう。それも予想されており再び回避するが、今度はパイルバンカーで地面を穿って方向を変える。

「でゃああ!」

『エラー……』

 ティエレンがアルスアースリィを蹴り飛ばす。これにはZEN-NOUも動揺を隠せない。

『最適化された操縦のはず……』

「その最適化がミソだ。最適化ってことは遊びが無くなる。つまり読みやすいんだよ。RTAでも極めれば追記は減ってくるしな!」

 無駄を減らせば、必然的に取る行動は限られる。F1のマシンが皆、一様に同じ軌道を描く様に。

『……』

「これでトドメだ!」

 パイルバンカーを手に遊人はアルスアースリィに迫る。だが、今度は読まれていることを考慮した上で回避方法を変えてきた。無駄な動きを挟み、惑わしにかかる。種を明かせば、当然対策される。

『やはり、不完ぜ……』

「トドメっつたろ」

 しかし相手の裏の裏を読んだトドメの杭が、アルスアースリィを貫いた。

『ありえ……ない……』

「お前、ある棋士が打った手にたどり着くまでAIが4億手掛けたって話知ってるか? AIにも、癖があんだよ」

 アルスアースリィは爆散し、脅威は去った。

 

   @

 

「セキュリティを大幅に強化するよ。このレベルでも防がるとなると、単純に解除の手間を増やすしかなさそうだけどね」

 事件が終わった後、順は設備のセキュリティを見直していた。まさか可動前に狙われるとは思いもしなかったが、十分なセキュリティがあったおかげで察知自体は出来た。

「でもデータって一瞬で消える危険があるんだ……。それってなんだか怖いな……」

 陽歌はデータの脆さを思い知り、背筋が凍った。何度も死にかけ、そこから復帰した彼だからこそ湧いて出る感想であった。

『私からすれば、一メートルが一命取るな人間も十分脆弱ですがね。確率論では自動車事故より少ない飛行機事故に脅える様なものですよ』

「そうなんだ……」

 アイデンティティがしっかりしており、電子生命体という自分を受け入れている調は独特な価値観を持っていた。

「ま、若いうちはいろいろ悩むもんだ。それは別に悪いことじゃない」

 遊人もアルビノという特性を持ってるが故の苦悩を経ていたりする。

「いつか答えが出たら、後ろで悩んでる奴に寄り添ってやってくれ。いいアドバイスが出来なくても、一緒にいるってだけで違うもんだ」

「……」

 遊人の言葉に、「でもあなたはまだアルビノで括れますよね?」と思ってしまう陽歌だったがそんなもやもやにもいつか答えが出るのだろうか。調も電子生命体という説明が出来る。

「俺もいるからさ。気持ちが分かるなんて安っぽいこと言うつもりはねぇし、お前の気持ちはお前にしか分からんだろうがな」

 そしてそんな彼の気持ちを見透かした様なことを遊人は言う。果たして、陽歌が自分を見つめられる日は来るのだろうか。




 直江遊人

 『ドラゴンプラネット』の主人公。アルビノで日光に弱く、虚弱体質だが極めて高いゲーマースキルを持つ。人類初のフルダイブゲーム、ドラゴンプラネットオンラインにおいてはそのゲーマースキルは一切役立たず、リアル運動神経の無さに苦しむ。
 年齢は16歳。長い入院歴から昨日まで元気だった友人が死ぬことも珍しくなく、そのため誉め言葉と感謝は忘れずに伝えるというポリシーを持つ。
 アルビノといえば白髪赤目のイメージが強いが、実際は青い瞳になる。紫外線への耐性も個人差が大きいが、遊人は弱い方。
 また探偵、料理人としてのスキルも高い。


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終幕の聖火は首都を焼いて

 これが、栄華に縋った者の末路


 テレビ局を出て、陽歌達は都知事の秘密が眠る場所へ急行することとなった。本来の作戦とは違う形になるが、事態は急を要する。辺りはすっかり暗くなっていたが、この東京は眠らない。

「カイオン!」

 建物を出ると同時に陽歌の駆るライオン種ゾイド、カイオンが駆けつける。主の力になるべくはせ参じたというところか。確かに、彼には戦う力がカイオン以外存在しない。

「お願いがあるの!」

 しかし、陽歌はカイオンに頼みたいことがあった。

「僕はみんながいるから大丈夫。だから僕の友達を、雲雀を助けてあげて!」

 ゾイドに乗り、人々を助けるために動き出したかつての友。彼女の助けになればと、カイオンをそちらに向かわせることにした。

 カイオンは咆哮をあげ、左目に緑の炎を微かに灯して走り出した。

 

   @

 

『現在、都庁ロボは警視庁へ向けて動いています! 度重なる国家権力の介入に、主権者の代表が実力行使を始めました!』

 人々が逃げ惑う中、ヘリコプターを飛ばしてテレビ局のキャスターが的外れなことを叫ぶ。大海都知事の起動した都庁ロボは東京の街を突っ切り、被害を出しながら行動している。もちろん、公的機関がこれを見逃すわけがない。

「警察、ガッタイム! 正義をつかみ取ろうぜ!」

「完成! サイレンパトカイザー!」

 国際警察の所有する巨大戦力、パトカイザーが立ちふさがる。黒いボディに両腕の緑とピンクが映える。被害の規模を考え、初めから全力で制圧に向かっている。

「国際警察の権限において、実力を行使する!」

 一号の号令でパトカイザーが攻撃を開始する。流れ弾が二次被害を出さないように格闘戦による制圧だ。明らかに体格では都庁ロボが有利だが、重ねてきた場数が違うのかパトカイザーが終始圧倒する。

『ええい! 男社会がどこまでも邪魔を!』

「平和を守りたいという決意に、男も女もあるか!」

 気合の面でも都知事は一号に呑まれていた。形成を覆すため、都知事は都庁ロボの両手からカプセルの様なものを生み出す。

『どこまで使えるか分からないが、使わせてもらう!』

 割れたカプセルから出て来たのは、宇宙怪獣ベムラー。茶色のトカゲらしきシンプルな怪獣だが、単純に手数が増えたことは厄介である。

「なんだこいつ……」

「増えましたよ先輩!」

『セブンガー、着陸します。ご注意ください』

 困惑するパトレンジャーの前に、ゆるキャラみたいなロボットが降り立った。

「防衛隊ストレイジのセブンガーか」

 三号がロボットの所属を確認する。こちらも公的機関の戦力だが、その専門は怪獣だ。

「防衛隊といえば怪獣退治の専門家か。なら、力を貸してくれ!」

「オッス!」

 一号とセブンガーのパイロット、ハルキの柔軟な連携により、ベムラーは都庁ロボから引き離され形勢の変化を阻止した。

『次から次へと! 男社会が束になって!』

 都知事は逆恨みに近い呪詛を吐く。

「ええ? うち男女比半々っすよ?」

「いや、多分そうじゃない」

 天然の入ったハルキの同様に三号がフォローを入れる。とはいえ、戦いの手は休めない辺りプロだ。

「おー、やってるやってる」

 都庁ロボとの巨大戦を足元で観戦していたのはヴァネッサ、クロード達四聖騎士団のメンバー。この戦闘に乗じて内部へ侵入、都庁ロボを制圧する作戦だ。

「この調子ならさっさと済みそうだね」

「怪獣って八つ裂きにしたらどうなるかなー」

 ビーダマンを向けて援護の機会を伺うクロードに対し、物騒なことを言う緑髪の少女がいた。彼女はエリシャ。ヴァネッサと同じく青龍の騎士である。

「ああいうロボットは脚部が生命線ですので、地面に接する脚はセンサーや警報の塊。ゆえに穴を開けて入れば即座にバレます」

 眼鏡を直しながら状況を伺う茶髪の少女はいすか・クリムフェザー。朱雀の騎士である。この作戦のブレインとして指名されている。

「んじゃどこから入るよ?」

「大型故に整備用ハッチがありますが、機動中に開けばやはり警報が鳴り響くでしょう。ここは爆発等に乗じてEMCで短時間のみ電子機器を無力化して侵入するのが確実かと」

 作戦を立ててはいるが、その場のノリで行き当たりばったりでもどうにかなるのが四騎士の強みだ。

「チェストー!」

 セブンガーの鉄拳でベムラーが倒される。しかし、その隙を突いて横から新たな怪獣が妨害に入った。有名な怪獣王に襟巻を巻いた様な姿が特徴のエリマキ怪獣、ジラースだ。

「セブンガー! こいつ怪獣を無限に出せるのか?」

 ハルキは最悪を想定してゼットライザーを起動する。相手の怪獣生産能力に限度があるのかは不明だ。最大戦力を出し惜しみすることはできない。

『ハルキ、アクセスグランデッド!』

「宇宙拳法、秘伝の神業! セブン師匠! レオ師匠! ゼロ師匠!」

 慣れた手つきでメダルを装填し、スキャンする。

「ご唱和下さい、我の名を! ウルトラマンゼェーット!」

「ウルトラマン、ゼッート!」

 セブンガーの中から赤と青のラインが入ったウルトラマンが飛び出し、ジラースに不意の一撃を加える。

『ウルトラマンゼット! アルファエッジ!』

「ゼスティウム光線!」

 必殺の光線でジラースを一撃の下撃破し、着地する。だが、怪獣はまだ絶えない。今度はテレスドンをカプセルから呼び出した。

『こんなことも出来る様ですね』

 都知事は都庁ロボの力でジラースの残骸からエネルギーを抽出し、襟巻をテレスドンに付与した。

「一度戦った相手には負けないっすよ!」

 だが、エリマキテレスドンは一度勝った相手。パワー比べより速攻という攻略法も分かっている。

『果たしてそれはどうかな?』

 だが、都知事は矢継ぎ早に新たな怪獣を呼び出す。古代怪獣ゴモラとどくろ怪獣レッドキングの組み合わせだ。

「増えた!」

「お待たせ」

「警察ばかりにいいかっこさせられないからねー」

 敵の怪獣が増えたが、エックスエンペラーにビクトリールパンレックスという増援も現れた。

「このサイレンは!」

 そして彼方から聞こえるサイレン。デカバイクロボに乗ったデカレンジャーロボも駆け付けた。

「超特捜合体!」

そして、流れる様に合体を行う。この動きは、間違いなくあのエージェントアブレラを撃破した伝説の六人の刑事だ。

「ビルドアップ! スーパーデカレンジャーロボ!」

 そしてさらに増援は増える。今度は宝石の様なマシンが集まって合体を始めた。

「キラっと参上! カラッと解決! 魔進戦隊、キラメイジャー!」

 キラメイジンとギガントドリラーが並び立ち、都庁ロボを包囲していく。

「壮観だな……」

 ウルトラヒーローと戦隊ロボのそろい踏みにヴァネッサが感動していると、一人の青年が怪獣の方へ向かっていく。

「あ、おい、あぶねぇぞ……って……あんたは」

 彼女は止めようとしたが、青年の顔を見てその正体に気づく。

「ジーっとしてても、ドーにもならねぇ!」

『リク、アクセスグランデッド!』

 その青年、朝倉リクはゼットライザーを起動する。彼もまた、ウルトラマンなのだ。

「ライブ! ユナイト! アップ!」

『ギンガ! エックス! オーブ!』

「集うぜ、綺羅星! ジード!」

『ウルトラマンジード! ギャラクシーライジング!』

 新たに出現したウルトラマン、ジード。いくら怪獣が呼べるといっても、この物量にはかなうまい。

『小癪な……!』

 敵が厄介になったことを察し、都知事はゴモラとレッドキングを融合、スカルゴモラへと変貌させる。

「お、融合か? スカルゴモラは強いが頭数が減っちゃぁな……」

 ヴァネッサは都知事のプレイミスと思ったが、驚くべきことに素材となった怪獣は健在。場にはスカルゴモラが増えただけだ。

「え?」

 カードゲームなら盤面ひっくり返しそうな展開にヴァネッサは思考が止まった。

『お前らも行きなさい!』

 手当たり次第といった感じで、都知事はどんどん怪獣を召喚する。エレキング、エースキラー、キングジョー、そしてゼットンにパンドン、マガオロチ、ギャラクトロン。

『融合!』

 それらが融合されることで元手の怪獣がいなくなることなく、新たにサンダーキラー、ペダニウムゼットン、ゼッパンドン、キングギャラクトロンまで出現する始末。倒されたベムラーからゼットン経由でベムゼードを呼び出す抜かりなさだ。

「おいふざけんな! なんだそのチート能力は! ナーフしろ!」

 これにはヴァネッサも怒り心頭だった。キングジョーは二回、ゼットンは三回素材にしたのに健在だ。バランスが崩壊している。

『ふはははは! これは凄い! さすが最強の防衛システム!』

 都知事は調子に乗ってさらに怪獣を呼び出す。出て来たのはシーゴラス、イカルス星人、ベムスター、バラバ、ハンザギラン、キングクラブだ。

「おいおいまさか……」

 ヴァネッサはこの面子で嫌な予感がビンビンしていた。残るレッドキングであれが出来てしまう。

『これで終わりです!』

 それらを融合することで、なんとタイラントを生成してきたのだ。加えてそのタイラントとゴモラを融合させてストロングゴモラントまで呼び出している。

『手は緩めませんよ。ツインテール、バキシム、アストロモンスが呼び出され、タイラントと融合、グランドタイラントへと変貌する。

「だぁー! なんか遊戯王の一人で回してるデッキみたいな盤面になってきた!」

 結果的に都庁ロボの周囲にはエリマキテレスドン、ゴモラ、レッドキング、エレキング、エースキラー、キングジョー、ゼットン、パンドン、マガオロチ、ギャラクロトン、シーゴラス、イカルス星人、ベムスター、バラバ、ハンザギラン、キングクラブ、ツインテール、バキシム、アストロモンス、スカルゴモラ、サンダーキラー、ペダニウムゼットン、ゼッパンドン、キングギャラクトロン、ベムゼード、タイラント、グランドタイラント、ストロングゴモラントと実に二十八体もの怪獣が勢ぞろいすることとなった。強さはピンキリだがキリ率が異様かつ物量が頭おかしい。

『ではキリのいい数にしてあげましょう』

そんなスナック感覚でお出しされるガタノゾーアとギルバリス。あーもう滅茶苦茶だよ。

「おいおい、どうすんだよこれ……」

 ヴァネッサは潜入どころではない状況に息を飲む。ここにいる騎士団が全員本気を出しても危険なレベルだ。その時、上から何か大きなロボットの様なものが着地した。白と黒の装甲を纏った巨大ロボット。アステリアの駆るグラビテクスだ。

『みんな! ここは私が! 都庁ロボを止めて!』

「オッス!」

 大量の怪獣に駆け抜けていき、戦いを始めるグラビテクス。ゼットやジード達が都庁ロボへ挑み掛かり、そのどさくさに紛れてヴァネッサ達も潜入を開始する。

「よし、行くぞ!」

「任せておいてよ!」

「切り裂くー」

「無礼には無礼で返します」

 こうして、都庁ロボ攻略戦の幕が切って落とされた。

 

   @

 

「こっちデス!」

「おう」

「ここって、ディケイドのカブト回の……」

 七耶、陽歌、マナ、サリア、さなは三茄子に案内されて東京の地下にある空間へやってくる。首都圏外郭放水路、コンクリート造りで柱の並ぶ神殿とも見紛う場所は水害に弱い都市部に振った雨水を溜めておく場所である。山間部や地方は土が露出している場所が多いため雨を吸うが、都市部はアスファルトで覆われているので水は逃げ場がない。そのための場所である。

「いやー、待ってましたよ」

「ここがラスボス戦の場所ですかに」

 エヴァとナルは先に到着していた。凛と茶髪の少女、朱雀長女のひばりも揃ってここには四聖騎士のトップが並ぶ状態だ。

「あれ、何の用でしたっけ」

「最終……決戦……」

「ぴよ」

 ひばりは残念なことに鳥頭。ここに来た用事さえ忘れてしまった。

「なるほど、これがこの世界での俺の役割か、大体わかった」

 背の高い青年が首に下げたカメラで陽歌の姿を撮影する。もう一人の青年は青い銃を手にしている。

「士、お宝は渡さないよ?」

「好きに持ってけ」

「まさか……」

 その姿は陽歌も見覚えがあった。あの仮面ライダーディケイド、門矢士、仮面ライダーディエンド、海東大樹だ。

「というか何度もループしてるとは思いませんでしたよ。ねぇユウスケ」

「そうだな……不思議なことがあるもんだ」

 夏海とユウスケも揃っている。

「お前海東の世界でまんまと洗脳されてたもんな」

「まぁ、それはそうだけど……」

「ループを認識出来たのは僕と士だけみたいだけど、僕らも途中で合流したから詳しくは知らないんだけどね」

 この中でループの認識が出来たのは二人のみ。世界を旅する四人ですら半数しか自体を認識出来なかったというのはかなり悪い状況だ。

「それを言うなら、僕達もウォズに教えて貰わないと分からなかったよね」

「最初の数回は我が魔王が解決したが……負けても負けてもやり直すのではお手数をおかけするのでね」

 他にも四人の若い男女がいた。仮面ライダージオウ、常盤ソウゴ、仮面ライダーゲイツ、光明院ゲイツ、ツクヨミ、ウォズの通称魔王軍だ。

「仮面ライダーが一気に八人も……」

 豪華な面々に眩暈がしつつも、それだけではないとばかりに他のメンバーもやってくる。眼鏡を掛けた、セーラー服にカーディガンの女子高生が一人。

「あなたは……」

「私は情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。地球での名称は、長門有希」

「んん?」

 つらつらと読み上げられる単語に陽歌は一瞬フリーズするが、何とか噛み砕いて理解する。

「つまり人類に接触する為の端末?」

「端的に言えば宇宙人だな」

 七耶はざっくりとした捉え方をする。

「人類とコンタクトするために人類を模した……」

 その外見に、陽歌は思うことがあった。多少なり美形とはいえ、外見は一般的な日本人のそれを大きく逸脱はしていない。宇宙人でさえそれなのに、純日本人であることが明らかになった自分がこの外見とは。

「おっと、僕を忘れてもらっては困るね」

そこに現れたのは、長い黒髪を靡かせたやはり女子高生。JKの人外率が高い。

「僕は安心院なじみ。親しみを込めて安心院さんと呼びたまえ」

「あなたもループを?」

 この人もループを認識出来たのだろう。長門はその役割から積極的な介入は行わないとして、この人物はなんだろうか。

「そんなところ。最初は妙なことが起きてるなと思ったけど無視して隅っこで携帯弄ってたのさ。でもあんまりにしつこいからそろそろストーリー進めたくてね」

 ループを認識出来るということはそれだけ浮世離れしているということ。つまり、積極的に問題を解決しようとするタイプの人間は少ない。長門も安心院も三茄子の呼びかけがあったからここにいるのだろう。

「よし、それでは行きますヨ」

「ウォズ、二次会のカラオケ予約しておいてよ」

「仰せのままに」

 そんなわけで一同は奥へ進む。その時、誰かが一同を呼び止めた。

「私も一緒に行こう」

「ん?」

 赤い外套の男性が瓦礫にカッコつけて座っていた。

「あれ? こんな人呼びましたっケ?」

「いや、派遣されてきたといったところだ。抑止の英霊、アーチャー、とでも呼んでもらおう」

 計算外の増援を加えつつ、一同は再び進む。七耶はアーチャーに状況を聞く。

「これって抑止案件なのか?」

「最初は静観だったんだがね、あんまりにもしぶとくて予期せぬ事態に発展する可能性が高いからな」

 最初は大したことない事件だったようだが、こうも繰り返して積み重ねるとやはり危ないらしい。

「時間の繰り返しを重ねた末、普通の少女が地球をも容易に滅ぼし、世界の在り方さえ変えた例さえある。用心に越したことはない」

「あー、そういうことか」

「これがループの秘密……」

 一同が地下の奥深くで目撃したのは、ある噴水の置物であった。エヴァはその正体を瞬時に判別する。

「あれは、梅田駅の泉の広場にあったセーブポイント!」

「ええ? ジパングにはセーブできる場所があるんですカ?」

 三茄子は思わず驚くが、そんなことはもちろんない。ただの愛称であって実際のセーブポイントではないはずだ。大阪、梅田駅の地下、泉の広場にあったこの噴水は2019年に撤去されるまで、人々の間でセーブポイントとして親しまれていた。見た目がそれっぽい、というだけで実際にセーブできるわけではない。

「いや、そう呼ばれているだけで……」

「それがいつしか、本当のセーブポイントになったのです」

 エヴァが説明しようとしていると、大海都知事が複数人で現れた。もはや正体を隠す気が無い。それぞれの都知事が多種多様な怪人に変化していき、圧倒的な大人数が陽歌達の前に現れる。

「なるほど、無辜の怪物の様なものか」

 アーチャーはそういう現象に心当たりがあった。人々のイメージが実際の力となって具現化する。梅田の噴水も、多くの人がセーブポイントと思ったからセーブポイントになったのだ。

「ここを壊されるわけにはいかないのでね。あなた方には死んでもらいます」

「ったく、よくオリンピックの為だけにこんなもんまで引っ張って来れるよな……」

 都知事の執念に七耶は呆れていた。どのくらいループしたか分からないが、自分を増殖の時点で正気ではない。

「たかが人間が決めた、4年に一回のスポーツ大会だろ? ましてやお前は選手ですらない」

 そう言い切れるのは、七耶の超攻アーマーとしての長い人生故だろうか。いや、人間の陽歌や三茄子から見ても都知事は狂っている。

「オリンピックを自らの手で開くという栄誉! お前の様な小娘に分かるまい! 誰にも邪魔させぬ! 私の名を……初の女性都知事としてオリンピックを開いた者の名を歴史に刻む!」

「それは無理だな。お前は俺が止める」

 士は集団から一歩前に出て、都知事と対峙する。

「お前もこの価値が分からないのか!」

「分からないな。例え、金メダルが取れなくても、歴史に名前が刻まれなくても、過ぎ去った時間の中にはいくつもの奇跡を重ねた末に小さな平穏を掴んだ奴もいる。お前のしていることは、それを踏みにじることだ」

 七耶は三茄子から聞かされた、陽歌に関する情報を思い出す。曰く、数多のループの中で彼は必ずユニオンリバーに辿り着くわけではない。陽歌と自分の出会いはまさに偶然でしかない。それをこの都知事は、何度も踏み消していた。

「俺にとってこれは寄り道だ。だが、決して見過ごせない道だ」

「ちっぽけなものを守るために勝ち目のない戦いを挑むなど……お前は一体何者ですか!」

 都知事が士に問いかける。そして、彼はカードを翳してお決まりの言葉を言うのであった。

「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ!」

 八人の仮面ライダーは一斉に変身する。戦力差は圧倒的なはずなのに、これだけで十分勝ち目がある様に感じてしまうからヒーローとは不思議なものだ。

「変身!」『カメンライド、ディケイド!』

「変身!」

「変身」『カメンライド、ディエンド!』

『オレンジ! ロックオン!』「変身!」『オレンジアームズ、花道オンステージ!』

『ジオウⅡ!』「変身!」『ライダータイム! 仮面ライダー、ジオウ、ジオウ、ジオウⅡ!』

『ゲイツ!』『ゲイツリバイブ、剛烈!』「変身!」『リバイブ剛烈!』

『ギンガ!』「変身」『ファイナリータイム! ギンガファイナリー!』

『ツクヨミ!』「変身!」『仮面ライダーツクヨミ!』

 一斉変身を見て、エヴァも奮起して騎士全員が天魂を食べてプラモデル大のロボットボディ、キャストを使う。

「よーし! 私達も本気で行きますよー!」

「に」

「ぴよ」

「んー」

 七耶も同じシステムなので同様に変身していく。

「私はサーディオンイミテイトでいく!」

「あれ? これ僕だけ戦力にならない流れでは……」

 陽歌はそんなことを危惧する。他がチートなだけで一般小学生以下の身体能力しかない陽歌にこの戦列への参加は荷が重い。その時、エヴァが彼に耳打ちする。

「陽歌。君には乱戦に紛れてあのセーブポイントを破壊してもらいたい。当然乱戦下での破壊は向こうも警戒するだろうが、君のことをあちらは舐めているのでね」

 その作戦に安心院も乗る。

「それいいね。僕もいくらかパッシブ系のスキル貸してあげるよ」

「出来るかな……」

 不安げな陽歌に、七耶が背中を押す。

「逆に、お前しか出来んだろこれは」

「うん、やってみせる」

 七耶にそう言われると、何だかそんな気がしてくる。何度もそうやって、彼女は陽歌の背中を押してきた。

「んじゃ、お姉さんから頑張ってのチュウ」

「!?」

 突然、安心院が陽歌の唇を奪った。これはスキルを貸し借りするためのスキル、『口写し』を使ったのである。困惑する陽歌であったが、安心院はなんてこともなしに彼を応援する。

「ファーストキスが僕みたいな美人で呆けるのは分かるけど、見せ場だからガンバ」

「んじゃ、最後のひと暴れさせてもらうよ!」

 さなが床をぶち抜き、コンクリート片の粉塵で煙幕を作る。その中に全員が突撃していく。陽歌も、作戦のために勇気を出して走り出した。

 

   @

 

「落ち着いて避難してください!」

 東京各所ではパニックが起きていた。胡桃が避難誘導をするが、正直どこに逃げれば安全か分からない状態だ。指定避難所も災害でないため安全と言い難い。地下鉄の駅も、未知の重量を持つ都庁ロボの歩行に耐えうる保障はない。

「しかしどうする? あの馬鹿なら避難所狙ってビームとか平然とやりかねないぞ!」

「やるかもね……。でもみんなが散らばっていたんじゃ守れない。集めてとにかく火の粉を振り払う!」

 雲雀の言う通り、避難すればそこを狙う悪意の塊、人災が今回の敵だ。どう対応するのがベストなのか、前例もない。だから、とにかくやれることをやり尽くすだけだった。胡桃のドライパンサーと雲雀のハンターウルフシルフィードがライダーの覚悟に呼応して唸る。

『高熱源体接近! あれは……治安局のゾイドです!』

 その時、仲間の連絡が無線に入る。大量のキャノンブルとギルラプターがやってきたのである。

「おいまさか直に市民攻撃する気か?」

「こんなところで撃たれたら迂闊に避けられない!」

 雲雀は敵の考えにぞっとし、胡桃は流れ弾を意識する。敵ゾイドはまさに殺戮の徒であると言わんばかりに赤い骨格と黒い装甲をしており、その後ろに巨大な影を従える。

「あのゾイドは……!」

 雲雀はその影を凝視する。明らかに地球産ゾイドのそれを凌駕する体格をしたそのゾイドは、周囲を威圧する様に雄たけびを上げた。

「伝説の破壊竜、ジェノスピノ! ゾイドクライシスの際に地上の三分の一を消し去った特異個体!」

 胡桃はその存在を知っていた。なぜそんな驚異的な存在がこの場にいるのか。都知事は、母はそんなものまで手中に収めていたというのか。

「お前は……そうまでして……!」

「胡桃!」

 思考が母である都知事に傾いた瞬間、彼女に隙が生まれた。ギルラプターの一体がドライパンサーに迫っていたのだ。

「しまっ……」

「ストライクレーザークロー!」

 その時、一体のハンターウルフがギルラプターを吹き飛ばす。黒い装甲に金の差し色、ハンターウルフツクヨミだ。

「雲雀! 陽歌はどうだった?」

「小鷹か! ああ、無事そうだったぞ!」

 このハンターウルフを操るのは陽歌と雲雀の友人、小鷹であった。怪我をしていたが、状況も状況なので無理してやってきたというところか。

「ミサイル確認、頼みます!」

「了解!」

 敵が一斉にミサイルを放つ。これが着弾すれば街への被害は免れず、ゾイドで庇ったとしても今後の戦闘が難しくなる。その時、小鷹の呼びかけに応じてバズートルがミサイルを返す。そのバズートルは深いグリーンに塗装され、『陸上自衛隊』の文字が入っていた。

「これで!」

 バズートルが放ったのは、フレアと呼ばれるミサイルを誘導して妨害する特殊弾だ。ミサイルは反れていき、その先で機関銃の掃射で迎撃される。これを行ったのは、ライジングライガーとガトリングフォックスシャドーだ。

「グングニル!」

 一瞬の隙を突き、ライガージアーサーが槍で敵を蹴散らす。

「シャイニングランス隊! ということはZCF!」

 胡桃はこのメンバーを見て、ゾイドによる対テロ組織、ゾイドコマンドフォース、通称ZCFが来たことを確認する。ジアーサーのライダーはガトリングフォックスシャドーのライダーに確認を取る。

「おい、ファントム隊はいないのか? 奴らなら金でこういうこともやりかねん!」

 ファントム隊に強い因縁を持っているようだが、フォックスのライダーが宥める。

「オーディア、彼らは傭兵だ。傭兵というのは儲け以上に信頼が重要な仕事……この様な自らが犯罪者に落ちぶれる作戦に加担はすまい」

「異常な帝国信奉者がそんなことまで考えるかは分からんが……今は目の前の敵を倒すしかないか」

 仲間も駆け付け、状況は好転する。しかし、ジェノスピノはバイザーの装着のみで発掘したままという改造度ながら驚異的だ。

「よっと」

「お前は……」

 その時、輝かしいライオン種のゾイドが降り立つ。右半身は通常の骨格に差し替えられ、仮の装甲を纏う痛々しい姿だが、間違いなくフロラシオン【福音】の機体だ。胡桃も何度か戦っているのでそのことは知っている。

「……何の用だ。随分ボロボロの様だが」

「まぁね。手を貸しに来たよ」

「何の冗談だ?」

 【福音】は明らかに都知事側。なのにこちらに加勢するというのか。ドライパンサーの無線から、若い女性の声が聞こえた。

『こちら陸上自衛隊ZCF監査員、山野三尉です。彼女は味方です。以前のオメガレックス停止作戦に協力していただきました。彼女の身分は我々が保証します』

「私も最初は無事オリンピックを開くのがみんなの幸せだと思ってた。でも都知事は、結局自分の幸せしか考えてなかった。だから私はよりみんなの幸せが守れる方につくってだけの話」

 彼女の思考は単純だった。都知事が個の幸福を追求したため、幸運の女神は離れることとなった。立て続けにライオン種の咆哮が轟く。

「陽歌か!」

「来たか、陽歌!」

 雲雀と小鷹が振り向くと、そこにはカイオンがいた。陽歌は乗ってこそいないが、彼の願いを乗せて現れた。かつての敵も、別れた友も一丸となって破壊竜へ挑む。力無き人々を守るために。

 

   @

 

 乱戦の中、噴水に向かう。簡単な様で一般人の陽歌にとってこれほど困難なものはなかった。なにせ、目の前で繰り広げられているのはライダー大戦もかくやの劇場版終盤並の大決戦。巻き添えだけで即死レベルだ。

「歩法のスキル、足並みを揃える《サウザンドレッグス》。まずはそれで接近したまえ。欠損した心肺は無酸素運動のスキル深い絞殺《ディープロープ》で補ってくれ。緊張や運動による心臓への負荷は心臓の鼓動を操るスキルご随意に《ハートコントロール》でね」

 不足した運動能力を補うスキル。これで一気に噴水へ接近する。

「そして肝は暗殺のスキル案察《トリノスケール》。正直、あまり貸し出すと使い切れないし身体への負荷も大きい。それに君にはある懸念もあってね、最低限絞らせてもらったが、君なら出来るだろう」

 陽歌は混戦を抜けて噴水へ到達した。そして、義手を握りしめて噴水を殴りつける。暗殺のスキルで人体を破壊しうる術を得て、かつ義手のリミッターを外して最大パワーでの打撃。

「これで終わりだ!」

「しまった!」

 スキルの力と、単に陽歌を侮っていた都知事はキングへの最接近を許してしまった。だが、拳がぶつかっても噴水はびくともしない。

「とでも言うと思ったのですか? 私の積み上げたものが、この噴水を堅くしているのです!」

『ファイナルアタックライド!』

 士が試しに必殺のキックを噴水にぶつけるが、やはり傷一つ付かない。守りを固めなかったのは、この特性があるからなのだろうか。

「それでも!」

 陽歌は諦めずに殴り続ける。何度拳をぶつけても傷は付かないが、七耶の言葉を信じて、自分になら出来ると繰り返す。

「無駄無駄……ん?」

 都知事が余裕をかましていると、噴水の内部に陽歌の姿が映る。その影は、外側と同じく拳を奮い続ける。すると、噴水にヒビが入ったではないか。

「馬鹿な!」

 都知事は狼狽する。これはどうしたことか。士には概ね、その理由が分かっていた。

「そうか、だいたいわかった」

「一人で納得してないで教えてくれよ」

 ユウスケが説明を求める。彼からの頼みともあって、士は素直に解説を始めた。

「あの都知事にとって、陽歌は異質な存在なんだ。異質さで言えば俺たちの方が上だが、俺たちはそれ故に『仮面ライダー』という納得の出来る説明が出来てしまう。でも陽歌は違う。ただ他人と髪や瞳の色が違うだけ。それだけだ。特別な力もない。普通の人間だ。だからこそ奴にとっては説明の出来ない異質以外の何物でもない。それはゲームでいうところのバグなんだ」

 先入観を持たない士達や魔王軍、観察するだけの長門、何もかも悪平等な安心院にとって陽歌は単に色が違うだけの人間でしかない。だが、都知事には強いイレギュラーに見えたのだろう。それを異常なものとして認識しながら繰り返す2020年の中へ蓄積させていったことで、バグが溜まってゲームをクラッシュさせる様に、セーブデータを破壊したのだ。

「ありえない……」

 都知事は想定外の事態に焦る。集団で陽歌を止めようとするが、アーチャーが的確に武器を降らせて足止めする。七耶は都知事の前に立ち、行く手を遮る。

「そうだ、ありえない。あれは陽歌の力じゃない。お前が繰り返す中で陽歌を偏った目で見た結果起きたことだ」

「これで、トドメ!」

 陽歌の拳が遂に、噴水を粉々に打ち砕く。これでループの要であるセーブポイントは破壊された。

「よし!」

「そんな……」

 遂に都知事の野望は潰えた。この2020年は、ようやく前に進むことが出来る。はずだった。

「待て、何だあれは……」

 エヴァは砕けた結晶の中から、何かが現れるのを目撃した。黒い女性型のヒューマノイドが、噴水の破片を纏っていく。その背中には輪を背負っている。手足にあるものと合わせて、五つの輪が存在した。クリスタルののぺっらぼう仮面で表情は見えない。

「ふははは、まだ終わっていなかったか! 私の積み重ねが、絶対にオリンピックを遂行する存在を生み出したのだ!」

 都知事は勝ち誇った様に笑う。ここに来て、予想外にしぶとさを見せてきた。ヒューマノイドは都知事の声で陽歌に向けて喋る。あれも都知事のうち一体に過ぎないのか。言わば、結晶都知事というべきか。

「浅野陽歌といったな。お前がバグというのなら、この世から排除する! そして再生を果たそう!」

 結晶都知事は天に手を翳し、光を放つ。三茄子が熊手を振るって守ろうとするが、弾かれてしまう。

「紅葉招来!」

「無駄だ! 幾星霜繰り返した私の道は強く刻まれ、運に左右されない!」

 光が強く陽歌と結晶都知事を包み、その場から姿を消す。

「お前達も死に続くといい!」

 残った都知事は見覚えのあるアイテムを大量に吸い込み、怪物の姿へ変化する。首が長く、尻尾も生え、腕は二対ある完全に人を逸脱した形態だ。

「誰が続くか! あいつはお前ごときが繰り返したしょーもないことに負けるかよ!」

 七耶は怪物都知事に拳を向けて吶喊する。果たして勝つのは、己の望む結果まで繰り返し続けた執念か、未来をようやく掴んだ少年か。

 




 次回、ラスボス戦。

 ストーリー:あなたと得る未来
 VSテクナティーウォーカー・バイトゥエンティ

 緊急クエスト:転輪望みし執着の思念
 VS????


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転輪望みし執着の思念

 ラスボス戦
 ストーリーの最後に待ち構えるボスをラスボスと呼ぶ。大抵は形態変化したりするが、倒せないとクリアできないためか強さはそれなりに設定されることも。
 また、ラスボス戦後にイベントバトルがある場合はどちらがラスボスか揉める。


 2013年のある日、大海菊子都知事は都知事ではなかったが、東京オリンピックを進める組織のメンバーであった。今日もオリンピックに反対する人々を説き伏せるための演説を、大阪の梅田でやろうとしていた。

「まったく、何が復興優先ですか……災害など自然淘汰の一部。力無き者が足を引っ張るなど……」

 ここ数年の災害から復興するため人手不足の建設業界はオリンピックに割ける人員がいなかった。そこを度々突っ込まれていたのだが、都知事からすればどうでもいいことであった。オリンピックを日本で開くという栄誉の為なら、その程度の犠牲は仕方ない。ループをする前からこの考えはブレていない。

「さて、やりますか……」

 民主主義というのは愚かだ、と都知事は考えていた。それは一般に言われる主権者である国民の不勉強が刹那的な政治運営を求めてしまうといった欠点ではなく、単に自分の至上と思い込んでいる思想が反映されないからである。

 都知事は演説の為に街宣車の上に立つ。殆どの人間が珍しいもの見たさで集まっていた。場所が場所だけに、この不愉快な存在を野次馬でなくても目にすることになってしまう人がいるのは確かだ。

「あ、しまった。地上からはいけないんだっけ……」

 ヨドバシカメラの袋を持ったある男もその一人だった。ネット上では級長と名乗る彼は、後に道が出来るほど不便な構造をすっかり忘れて地上から駅へ戻ろうとしていた。都知事は演説を開始するが、聞くつもりのない級長はそれをスルーする。

「みなさん、この国はかつてに比べて輝きを失いました。GDP二位の座も奪われ、発展は止まり、輝かしい未来は失われています。もう一度オリンピックを開くことで、再び日本の素晴らしさを取り戻そうではありませんか」

 都知事は演説を開始した。影から狙う存在に気づかず、呑気に。

(そのためにはお前が邪魔なんだけどね……)

 光学迷彩で透明になった継田響が、都知事の背後に迫る。この時点で都知事は配下の反社会的勢力を動かしていた。特に能力の無い都知事がここまで昇り詰められたのは、配下に競争相手と写真を撮らせて、反社との繋がりがあるという疑いを作って追及、議会を機能停止に追い込み辞任させるという作戦を繰り返してきたからだ。

 また、その反社で自分の気に入らない存在を攻撃させてきた。今回はコミケ運営に攻撃を仕掛けたため、響の反撃を受けることとなった。

「ん?」

 しかし、響はハッキリとした殺意を感じて動きを止める。聴衆の中に、男物の地味な服を着た短髪の少女がいた。年齢は小学生くらいか。

(あの子、あんな明確な殺意を? 何かの間違いか?)

 殺意の源は彼女。響はさすがに戸惑った。こんな小学生が明白な殺意を政治家に向けるなど、日本ではありえない。

「……撫子? なぜ……」

 都知事も困惑した。娘の撫子がなぜここに。彼女の手に拳銃が握られていることには、誰も気づかなかった。

 そして、乾いた銃声で全員が現実に返る。

「何!」

 響は混乱しながらも、撫子に向かって走り出す。都知事の安否はどうでもよかった。年端も行かぬ少女に殺人をさせたくない一心が全てであった。

 撫子は構わず引き金を引き続け、全ての弾を打ち尽くす。が、最初の一発以外は響が身体で受け止めていた。

 現場は混乱に包まれる。日本で銃声という聞きなれないものを耳にしたせいで、誰もが撃たれた都知事のことより自分の身を守るために動いていた。響も撫子に気を取られ、都知事の行方まで意識がいかなかった。

「何をしているんですか!」

「わ、私は……」

 響は撫子を抱きしめる形で拘束する。彼女も目標以外に弾が当たっていることに気づき、困惑した。

 後の聞き取りで、彼女が大海菊子の娘、大海撫子であること、普段は一人でいること、面倒は秘書に見せていること、菊子が社会的な性別役割を憎むあまり、彼女の女らしさを徹底的に排除したこと、それに苦言を呈した世話係の秘書を菊子が解雇したことが明らかになる。それから撫子は木葉胡桃として生きていくことになるが、この周回は消え去り、響との出会いも無くなった。

 

「ん?」

 銃声に気づかぬまま地下を経由して駅に戻ろうとしていた級長は、血まみれで泉の広場に向かう都知事に気づいた。周囲はパニックになっている。

「……なんだ?」

 都知事にもなっていない菊子のことなど知らず、派手なスーツのおばさんが怪我しているとしか認識出来なかった級長は様子を伺うため近寄った。周囲を見渡しても、犯人がいないので安全は確保されている。

「私はこんなところで死ねない……!」

 菊子は執念の目で泉のオブジェを睨む。

「私は、オリンピックを開いた栄誉を!」

 その時、オブジェが輝く。これが、最初の周回の始まりであった。都知事はその後、娘からの暗殺を逃れるだけで百周以上費やすことになるのだがそれはまた別の話。

 

   @

 

「え、うわあああ!」

 光が晴れた瞬間、陽歌は下に落ちていく。なんと、渋谷のスクランブル交差点の上空にワープさせられていたのだ。

「ど、どうしよう……ええい!」

 一瞬頭が真っ白になるが、なんとかビルの屋上にある大型モニターの淵に掴まって落下を防ぐ。下には先ほどの番組を見ていたのか、多くの人だかりができていた。

「ふん、落下死すらしないとは……」

「く……」

 結晶都知事は浮遊していた。そして、背中の輪を外して上空に大きな穴を作った。その穴は、凄まじい勢いでスクランブル交差点にいた人々を吸い込んでいく。

「な、何?」

「これだけの魂があればお前が生まれる可能性を完全に封じてしまえる。いちいちやり直す度に探して殺すのも手間なのでな」

 陽歌も吸い込まれそうになるが、義手の握力で踏ん張る。それを見た都知事は苛立って、光弾を放ってモニターを破壊した。ビルから外れたモニターは、上空へ吸い上げられていく。

「ああっ!」

「生まれからしておぞましい男め、お前さえいなければこんなに生贄も必要なかったのに!」

 陽歌は吸い込まれながら、同じく吸い寄せられている人々とすれ違う。自分がいなければ、ここにいる人達は死ななくて済んだのか。そんな考えが頭をよぎる。その時、また視界が包まれてある光景を見せる。

「これは……」

 陽歌はいつしか、古い日本家屋の庭にいた。梅の花が咲き、季節は春と思われる。

「あ……」

 縁側には赤子を抱く老夫婦。その赤子は、自分と同じ瞳の色をしていた。

「この子を、幸せにしたいですね」

 老婆が夫に声を掛ける。夫も赤子を愛おしそうに見つめる。

「ああ。どんな生まれでも構わないさ。日の当たる場所で、歌う様な堂々とした生き方を……。そんな生まれ方だから、日陰でこそこそ生きなければならないなんてことは、絶対に刺せない。お前は堂々としていいんだ、陽歌」

 これは、自分が浅野夫妻に引き取られた時の、名前を与えられた時の記憶だろうか。

「人は誰しも祝福を受けて生まれる、なんてのはきれいごとどすなぁ」

 聞き覚えのあるエセ京都弁が隣で聞こえた。天使がいつの間にか、隣で同じ光景を見ていた。

「天使さん……」

「お前さんは確かに、本来は死を望まれた存在どす。せやけどな、こうして生きております。赤子が自分の力で生きるのは不可能やさかい、お前さんに生きていて欲しい人がおったんやろなぁ」

 陽歌は、堕胎に失敗した結果『生まれてしまった』存在だ。出生自体が事故であり、望まれないもの。だが、それを上書きする様に祈った人がいた。

「なら、お前さんがこの命尽きるまで果たすべき命題、分かってはりますな?」

 そして、その夢の様な光景は消え去り、夜空に吸い込まれる人々と無数の瓦礫が目の前に広がった。陽歌は敢えて流れに逆らわず、先に吸い込まれたモニターに追いついてその上へ着地した。否、天地が逆なので着地かどうかは怪しいが。

「僕は、少なくとも父さんと母さんに願われた……幸せになることを。その願いを果たす、そのためには……大海菊子、お前を倒して明日へ進む!」

 陽歌は宙に浮く結晶都知事を睨んだ。

「もっと未来のことは分からないけど、新しい仮面ライダーだって見たいし、ポケモンのDLCも遊びたい。まだ発売してないガンプラだって……。それに届いた時、少なくとも昨日より幸せになれるから!」

「愚かな……2020年にオリンピックが開かれない未来に、幸福はない!」

 結晶都知事は陽歌と同じ向きになってモニターに降り立つ。陽歌と違って不思議な力に守られていないのか、重力に逆らうため足の鉤爪と尻尾の棘でモニターを掴んでいる。決意を固めた陽歌を後押しする様に、燃える刀が彼の手元に飛んでくる。刀というには大きく、彼の背丈ほどの長さがあった。

「これは……エヴァリーが見つけた……」

 綺麗な白鞘に納められてはいるが、刀身は錆びていた。だが赤い炎を纏っており戦えるという確信が沸いてくる。エヴァが浅野夫妻の家で見つけた、守り刀だろう。

「行くぞ!」

「お前を消す!」

 陽歌は剣術の心得こそないものの、心が示すままに駆け出す。結晶都知事は両腕を巨大なクリスタルの鉤爪にして襲い掛かる。右手の爪による大振りな一撃が陽歌へ迫るが、彼は刀でそれを防いだ。

「何!」

 不思議なことに、都知事の攻撃は弾かれて体勢を大きく崩す。その隙に無防備となった右手へ刀による斬撃を放った。

「でやぁああ!」

「そんなはずは……!」

 右手の爪が破壊されたが、結晶都知事はその原因も探らずに攻撃を続ける。利き手だからか壊れた右手から、左手、右手と連続で仕掛ける。

「ぐ、お、グぉお!」

 だが、そのいずれも刀で防御されて体勢を崩す結果となった。パワーに任せて攻撃を続行しているせいで、連撃を繰り返す度に攻撃は弱く、体幹は乱れる。

「貴様ァ!」

 渾身、否、自暴自棄の一撃が左手で繰り出された。その攻撃を陽歌は刃で反らし、モニターへ深々と突き刺す様に誘導する。

「何だと!」

「はっ!」

 動けなくなった左手に一撃を加え、両腕の破壊を達成する。これで武器はなくなった、かの様に思われた。

「お前は剣など扱えないはず!」

 結晶都知事は壊れた右手から露出する黒い宝石を使い、ビームを放った。陽歌は咄嗟にジャンプし、周辺の瓦礫を飛び石の様に跳ねてビームを避ける。

「お父さんの祈りが、刀を通じて僕に戦う力をくれている!」

「貴様の父? あの性犯罪者か!」

「違う!」

 陽歌はビームのエネルギーを背中のヒレらしき結晶から吸い込んでいることに気づいた。ビームが途切れたと同時に都知事の背後へ着地するが、結晶都知事は振り返って左手からビームを放ってくる。

「おおっ!」

 そのビームを潜る様にスライディングし、陽歌は再び背後を取る。そして、背中のヒレを刀で砕いた。

「せいっ!」

「馬鹿な……ッ!」

 ヒレによってコントロールされていたビームのエネルギーは暴走し、結晶都知事の全身を駆け巡ってズタズタにする。モニターに掴まる力も残っていない都知事は尻尾で辛うじて刺さっていたが、陽歌はそれを見て尻尾へ飛びつく。

「この!」

 尻尾をモニターから抜き、ハンマー投げの様に振り回して都知事を上空へ投げ飛ばす。

「いっけー!」

「のわああああああ!」

 飛ばされた都知事は人々を吸い込んでいた穴を構成するリングに直撃。リングが砕け散ったことで、吸い込む力は失われ、陽歌の乗っているモニターも落ちていく。

「この……ガキがァ!」

 再び結晶都知事は閃光を放つ。光が晴れた時、陽歌は地上にいた。目の前には赤くライトアップされた東京タワー。ワープしたというのか。

「仕切り直しだ!」

 黒い結晶を身体から生成し、騎士の様な鎧を構成した都知事は両手に剣を持っており、複数の剣が背中で翼の様に広がっている。体格も先ほどより一回り大きくなっている。

「このゴミ屑がッ!」

 両手の剣による、全くでたらめな連撃。しかし圧倒的な腕力と手数によって小柄な陽歌では防御しきれないほどの威力となっていた。

「う、ぐっ……」

 義手の方は最大パワーを出しているが、生身である肩と身体を支える足は悲鳴を上げていた。

「消し飛べ塵がァ!」

「うあぁっ!」

 陽歌は剣で吹き飛ばされ、東京タワーの脚にぶつけられる。肺から空気が漏れ、しばらく呼吸ができない。この速度で金属にぶつけられたせいか、骨が軋み、身体に嫌な音が響く。

「が、は……」

「調子に乗るな……死ねぇえええ!」

 剣を飛ばし、四方八方から陽歌に襲い掛からせる。彼は直撃しないだけが精いっぱいであり、細身の身体のあちこちを鋭い剣で切り刻まれる。

「う、あっ!」

 痛みに慣れているため、苦痛はない。だが、綺麗な傷口は大量の出血を招く。足の末端や唇に痺れを感じ始め、意識が朦朧とする。

「う、うぅ……」

「所詮は穢れた血のガキ……私に一度でも報いたのは、駆け引きや実力でもなんでもない! ただの偶然だ!」

 立つのもやっとの陽歌の前に結晶都知事は攻撃を辞めることなく歩き寄り、その薄い胸を剣で貫く。

「あ、が……」

「手間かけさせやがって……ゴミめ」

 膝を付く陽歌を支えることもなく、剣を手放す。彼を殺したと確信した結晶都知事だったが、それは大きな油断だった。

「ぐ、ぅ……!」

 不意に陽歌は剣を胸から引き抜き、都知事の脚に深々と突き刺した。

「ギャァアア! 貴様!」

 咄嗟に浮遊した剣を陽歌に向けて放つも、彼が想像以上に機敏な動きを見せたことでロックが間に合わず、剣は結果として自分へ向かって飛ぶこととなった。

「おのれェ!」

 残った片手の剣で何とか自分の剣を叩き落とすが、自ら武器を失う結果となってしまった。陽歌は反撃のチャンスを待って、抵抗せずに力を温存しておいたのだ。

「貴様如きに……」

 痛みに耐えて足の剣を抜く都知事。しかし散々躊躇ってもたついたせいで、陽歌に後ろから数回斬られてしまう。

「クソガキがァ!」

 都知事は状況を打開するため、東京タワーの頂上まで飛翔した。陽歌も都知事を追って、東京タワーの外側を走って昇っていく。

「貴様はここで殺す!」

「僕は死なない!」

 二人は丁度、展望台の窓に乗って剣を交える。鍔迫り合いが長く続いたが、体格的に有利な結晶都知事が押している。

「ぐ、ぐぅぅぅうう……」

 負傷した身体に、重い負荷がのしかかる。陽歌の脚元にある窓ガラスはひび割れてきた。

「これで終わりだ!」

 加えて、都知事には秘策があった。自ら壊してしまった剣の破片が、陽歌の周囲に迫っていたのだ。

「しま……」

 気づいた時にはもう遅かった。大小の鋭く細かい破片が夥しく全身に突き刺さり、陽歌は力を失う。白いパーカーが赤黒く染まるほどの出血と裂傷に耐えられるほど、彼の身体は頑丈ではない。

「……あ……」

「ふん!」

 都知事は剣を叩きつけ、陽歌を展望台の中へ押し込む。エレベーターの扉がひしゃげるほどの勢いで激突し、床に転がる彼はピクリとも動かない。床に血溜まりが広がっていく。

「完全なるトドメを刺す。型落ちの電波塔とはいえ、人によく似た生ごみには過ぎた墓標だ」

 都知事は展望台から下を切断し、東京タワーを崩落させる。陽歌の意識は、生命反応は既になくなっていた。

(僕……死んだ……?)

 一年ほど前はよく慣れた感覚に、陽歌は懐かしささえ感じていた。あの時は、死んだ方が楽だったかもしれないが、死ぬのが怖くてもがいていた。だが、今は違う。

(まだ……僕は……)

 まだ死ねない。ここで都知事を倒して、未来に進むまでは。

『諦めないで!』

 その時、シエルの声が聞こえた。崩落して斜めになっていく展望台の中で、陽歌は傷一つ無い状態で起き上がる。全身の痛みは残っているが、それだけだ。おそらく、万が一を想定してリレイズの様な死亡直後に発動する蘇生魔法をシエルがかけておいてくれたのだろう。

「ありがとう。行くよ」

 陽歌は展望台から出ると、完全に横倒しになって落ちるタワー上部に立った。都知事は彼を殺したと思って遠くへ飛び去ろうとしていた。陽歌はタワーを走っていき、都知事に接近する。

「な、馬鹿な!」

 都知事は予想外の事態に驚愕していた。

「その姿は祈る為にあらず、目指す標なり……」

 自分でも聞き覚えのない言葉を呟く陽歌。刀には赤い炎が宿る。おそらくこれは、父である浅野仁平の技だろう。

「これは覚者へ至る一刀!」

 陽歌は塔の残骸から跳び、都知事に向かって刀を振り上げる。そして、一撃の下切り捨てる。

「仏陀斬り!」

「ウギャアアアアアア!」

 下手に防御を試みたせいで、結晶都知事は左腕を切断される。だが、しぶといことにまだ生きているではないか。

「貴様に……私の崇高な目的は……!」

 都知事は渾身の力で周囲に魔力を満たし、東京タワーの崩落する瓦礫を止める。

「仕切り直しだ……」

「第三形態……!」

 その辺の鉄骨を右手に持った都知事が瓦礫を走って陽歌の下へ向かう。陽歌も瓦礫に着地し、戦闘を再開する。

「オオオオオッ!」

「っ……」

 鉄骨を叩きつける都知事。陽歌は回避を選んだが、放たれる衝撃波だけで臓腑が破裂しそうなほどであった。

「くっ……」

 周囲は都知事がばら撒いた魔力の影響か、天候が悪化して雷鳴が轟く。破片の中にはかつて日本最高の高さを誇った東京タワーを雷から護るための避雷針があった。

「あれだ!」

 陽歌は瓦礫を飛び移り、避雷針を確保する。都知事が追ってくるが、手に入れた避雷針をその腕に突き刺して攻撃を避ける。

「くぅ!」

 かなり余裕を持って避けたつもりが、余波だけで眩暈がするほどであった。

「かはっ……」

 内臓にダメージを負い、胃液が逆流する。だが、同時に雷が都知事に複数落ちる。ただでさえ鉄骨を掴んでいるのに、腕には避雷針が刺さっている。雷は刀一本持っている陽歌より都知事へ流れていった。

「ウゴアアアアア!」

 自然の力によって、結晶都知事は焼け焦げる。大きな隙が生まれ、陽歌は接近して刀を構える。

「地を焼く雷は、生命活気の見えざる手……」

 また知らない言葉だが、自然とこれが母である浅野さとのものであることが陽歌には分かった。

「演舞、雷鳴賛美!」

 踊る様に回転しながら陽歌は刀で都知事を斬り刻む。刀は赤い炎と共に雷を纏い、右に三回転、左に三回転と舞う様な斬撃が繰り返される。

「なに故歯向かう!」

 集中攻撃を受けた右手も破壊される。残されたのは首と足のみ。魔力の制御をフルパワーにして上空に浮かび、エネルギー弾を放って陽歌を攻撃する。回避を試みるが、誘導性能があり彼に向かって軌道を変えるのでかなり困難である。

「くっ……」

 どうしても数発は掠めてしまう。

「仕切り直しだ!」

 かなり執拗に形態変化を繰り返し、延々と立ち向かってくる都知事。一体、どれほどの周回を重ねたというのだろうか。その蓄積が、化け物としてオリンピックを開くという栄誉の為だけに暴れている。

「逃げてちゃ切りが無い……」

 早急に撃退せねば、こちらがジリ貧だと判断した陽歌は、攻撃の嵐を突っ切って仕掛ける。エネルギー弾を刀で弾くも、その隙間を縫う様に撃たれたレーザーが複数本身体を貫く。

「ぐ……この!」

 それでも無理矢理痛みを堪え、刀で都知事の首を飛ばす。この程度の痛みならば、日常的に受けてきた。未来に進む為なら、仲間に支えられているなら耐えられる。

「なぜ止まらない……!」

 都知事は困惑と共に落ちていく。魔力で支えられていた東京タワーの瓦礫も下へ崩落を開始した。

 

肉体を大きく失った結晶都知事は、閃光を放った。

「またか……」

 光が晴れた時に陽歌がいたのは、お台場にあるテレビ局の特徴的な球体の上だった。

「おおっと……」

 気を抜けばそのまま転落しそうであったが、何とか踏ん張る。

「仕切り直しだ!」

 結晶都知事は胸部の鎧に目を開くと、頭に魔法使いの様な三角帽子を乗せて首を隠し、身体はローブ状の装甲で覆う。

「お前は日陰でこそこそとしているのが似合いだというのに……おぞましき生命体め!」

 そして、上空には太陽の様な火球が出現した。遮るもののない状況では、炎天下の都市部にも匹敵する猛暑が陽歌を襲う。上下から灼熱が彼を焼き、呼吸すれば気管支を焼く様な熱波を吸い込むことになる。

「これは……」

 汗が吹き出す。その間も都知事による炎の攻撃は止まず。不安定な足場で回避を続けるしかない。こんなことは、数十分も続けていられず、陽歌は次第に体力を奪われ立つことも難しくなっていった。

「う……」

「お前に、日向は不似合いだ」

 後ろに回った都知事が熱線を放ち、陽歌にトドメを刺す。何とか直撃だけは回避したが、その余波だけでも衣服が燃えるほどの熱であり、空気を飲み込む光は彼を球体から突き落とした。

「うわあああっ!」

 球体に刀を突き刺して転落は防いだが、踏ん張れば踏ん張るだけ熱が陽歌を襲う。

「これで終わりだ!」

 上空に浮かぶ火球を都知事は球体に向かって落とす。その余波はすさまじく、例え熱波や炎が無くてもそれだけで臓腑がかき回されるほどであった。陽歌も吹き飛ばされ、かなり距離があるはずの海に、それも沖合数十メートルの位置まで飛ばされていく。

「っ……あああっ!」

 転落した陽歌は何とか海水で火を消したものの、彼はカナヅチだ。加えて、傷に塩水が沁みる。例え着水によって転落のダメージを軽減したとしても、あの高さでは適切に飛び込まないと水面に叩きつけられる衝撃は相当なものである。

(ダメだ……どこが陸か分からない……)

 陸地を見失った陽歌だが、誰かの手に引かれて何とか岸へ上がった。起き上がる力は残っていなかったが、どうにか生きている。岸で力無く横たわりながら、微かな光を見つけることが出来た。

「はぁ、はぁ……今のは……」

 なんと、お台場に飾られているユニコーンガンダムがこの非常時だというのに変形して緑色に光っているではないか。

「あれは……」

「よそ見をしている場合ですか!」

 都知事も下に降りてきて、トドメを刺そうとしてきた。だがその時、ユニコーンが頭をテレビ局へ向け、頭部バルカンを放った。テレビ局の球体を繋いでいた通路をバルカンが直撃し、燃え盛る。球体は外れて都知事に向かって転がってくる。

「何ぃ!」

 腕の無い都知事にそれを防ぐ手立てはなく、そのまま押し潰されそうになる。だが、なんとか身体でタックルすることでギリギリ踏ん張る。海に突き落とされそうだが、脚力だけであの質量を支える形となる。

「この……!」

 陽歌は急いで球体の反対側へ向かう。白熱するほど熱を帯びた球体は近寄るだけで肌を焼くが、そんなことは気にしていられない。

「えええい!」

 球体を義手で殴り、海へ突き落す。一発ではびくともしないので、熱に耐えながら何度も拳をぶつけて都知事を突き落とそうと試みた。

「うおおおおお!」

 格闘技の心得が無いなりに、渾身の拳を何度も叩きつける。そして、ついに球体が動いて都知事ごと海へ転落した。

「っ、ああっ!」

 球体と海水の温度差で水蒸気爆発が起き、陽歌は空高く打ち上げられる。それなりの防御力を持っていたはずのアスルト謹製パーカーも砕け散った球体の破片の雨あられには耐えきれず、ズタズタに引き裂かれる。

(勝っ……た)

 安堵した陽歌の意識は、そのまま暗闇に落ちていった。

 




 のにのなのら LV身

 大海菊子が蓄積したセーブデータ。通称結晶都知事。菊子自身であり、本人ともいえる。本来のセーブデータ名は異なるが、バグによって変化している。ステータスもバグを起こしており、HPが減らない代わりに他の能力が255から0の間でランダムに変動し続ける。バグの影響か取得経験値、ドロップアイテムの指定が無い。
 第一形態
 両手に鉤爪を持ち、尻尾とヒレのあるモンスター型。腕、ヒレの部位破壊が可能。
 第二形態
 体格も大きくなり、両手に剣を持った騎士の様な姿になる。剣を遠隔操作で操ることが出来る。
 第三形態
 左腕を失い、右手に鉄骨を持った姿。第二以降は何故か部位破壊ではなく別形態扱い。
 第四形態
 両腕を失い、エネルギー弾やレーザーで攻撃する様になった形態。攻撃力の参照が物理と魔法ランダムなので防ぎにくい。
 第五形態
 魔法使いの様な姿になる。フィールドを操作し、スリップダメージを狙ってくる他、ある程度ダメージを与えるとDPSチェックに入り失敗すると一撃死技を使う。しかしバグっているのでいきなりやってきたりDPSチェックの時間や判定もぐちゃぐちゃである。


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EP3 守る者

 ランキング

 GBNには勝率、ポイントなどの総合ランキングが存在する。ポイントランキング現在のトップはルーザーであるが、年がら年中ゲームしていられる自称プロゲーマーではプレイ時間の差から当然とされておりポイントランキング二位、勝率ランキング一位のガロが実質的なチャンピオンとされている。


 都内のマンションは、もう住むだけで勝ち組という場所である。そんな場所に慣れた手つきでオートロックの番号を入力し、入っていく男子小学生がいた。ランドセルは今時様々なカラーがある中で昔ながらの黒という選択であったが、年齢の割に丁寧に使っているためか綺麗である。見る人が見ればかなり上質なブランドの品であることが理解できるだろう。

 エレベーターに乗り、上階の自宅へ向かう。マンションは基本、エレベーターが付いていると上の方が家賃は高い。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

 帰宅すると、専業主婦の母親が出迎える。父親の仕事について詳しく聞いたことはないが、今の時代父の収入だけでここまで裕福な暮らしが出来るということは相当なのだということは理解できる。

「……そう、お父さん、良くなるといいわね」

 母は誰かに電話しているのか、向こうの相手に何かを言っていた。両親共に親交が広く、その全てを子供が把握するのは難しいだろう。ただ、最近は父が昔お世話になった人が大変らしく気を揉んでいる。

「健康診断の結果出たよ。異常ないって」

「それは何よりねぇ。健康は大事だから」

 一応、学校でやった健康診断の結果は渡す。視力も悪くなっておらず、虫歯も無いという健康体だ。

「さてと、今日はどこ行こうかな……」

 少年は部屋に入ると宿題もそこそこに、GBNの筐体を用意してガンプラを乗せる。愛機はガンダムテルティウム。ギアに登録されたダイバーネームは、パーシヴァル。

「チャンピオンは遠いか……」

 画面に表示される総合ランキングをパーシヴァルは確認する。一位はルーザーだが、人徳としても二位のガロが実質的なチャンピオンと目されることも多い。しかし今は遠い目標より近くの敵だ。

「ナクトか……ヴァルガにいるのか?」

 仕留め損なった相手を探すため、再び戦いに赴く。

 

   @

 

 陽歌はアスファルトの上を引きずられていた。爪がはがれるほど抵抗しているが、向こうは人数が多い。どうすることもできない。荒いアスファルトが擦り切れた服の上から肌を削る。頭がぼんやりしており、叫ぶ力も残っていない。

 そんな状況が永遠にも感じられそうな時間続いた。が、しばらくすると突然持ち上げられて、投げられる。下は川。高い橋の上から、落とされたのだ。ふわりと浮かぶ様な錯覚の中、猛スピードで水面が迫る。

 

「うわああああっ!」

 喫茶店、ユニオンリバーの地下に陽歌の自室は存在する。ユニリバの地下が大規模な居住施設になっており、その一つが彼に宛がわれた。目を覚ました陽歌は冷や汗をかいてベッドに眠っていた。氷枕と冷えピタは既にぬるくなっている。急に叫んだせいか、頭が割れそうなほど痛んでいる。

「夢……か」

 先ほどのビジョンが夢だったことに安堵する。

「なんだか、まだ夢見てるみたい……」

 陽歌はベッドに寝て、焦点の定まらない目で天井を見つめていた。風邪をこじらせてしまい、今は起き上がるのもやっとな状態である。

窓が無い都合、壁と天井の隙間の間接照明で自然光を再現している。この部屋を作った主犯、エヴァリーの思惑は分からないが、必要最低限の机やベッドに加え、switchやPS4などのゲーム機、高性能なデスクトップPC、かなり質のいいゲーミングチェアもセットだ。

「どっちが現実、なのかな……」

 以前は自室どころか寝床もなく、ソファで眠ることさえ許されなかったので床で睡眠を取っていた。夏場はともかく、冬に寒さを凌ぐものが無かったのでいつも寝不足に悩まされていた。

「やっほー」

「あ、調子はどう?」

 そこにミリアと青髪のメイドさんが入ってくる。彼女はアステリア。ユニオンリバーの店員で、陽歌の現在の保護者である。戸籍云々はもうちょっと複雑な状態だが、一番頼れる大人の一人ということでは間違いない。

「な、なんとか……」

 陽歌は自分の不調を訴える言葉を知らない。伝える相手もいなければ、言ったところで何かしてもらえるわけでもなかったからだ。

「風邪薬もってきたよ!」

 ミリアは風邪薬と咳止めと栄養ドリンクとエナジードリンクを持っていた。しかし風邪薬と栄養ドリンクの飲み合わせはカフェインの多量摂取で死ぬ可能性が高いのでNG。

「ハイポーションかな……」

「お薬は控えた方がいいね。体重の都合とかあるから」

 薬はアステリアによって下げさせられる。陽歌は普通の子供と違う事情を抱えており、市販の薬を素直に使うのは危険だ。

「汗だくね。身体拭いてあげる」

 アステリアは慣れた手つきで陽歌の服を脱がせる。義手と生身の境界はナノマシンで出来た黒い包帯が巻き付いて固定されている。その他、身体のあちこちにプロが施したとは思えないほど荒い手術痕があった。理由は分からないが、内臓のあちこちが摘出されているらしい。肺が片方無いせいで運動機能に問題があり、肝臓や腎臓も減らされているので、この様にただの風邪でも体調を崩しやすい。

「ふぅ……」

 汗を拭き、着替えて氷枕と冷えピタを変えて貰ったので陽歌も少し落ち着く。

「私はリンゴ剥くね」

 そう言ってミリアは洋ナシにピーラーを当て始めた。陽歌はそれをひやひやしながら見守る。

「すりおろりりんごありますよ」

 またしてもアステリアが準備していた。ミリアの面目は丸つぶれである。

「ありがとうございます……ミリアさんも」

 ただ、自分の為に何かしようとしてくれる気持ちだけでも陽歌は嬉しいのだ。

「いいのかな……こんなに、幸せで……」

 陽歌はふと、そんなことを呟く。あんな夢を見たからだろうか。あの時は自分から選ぶ、という状況だったが、今回は気づいたら知らない場所でユニオンリバーの人達と出会い、そしてそのまま連れてこられたのでこの状況に収まっているところはある。

「まだまだ、これからもっと取り戻さないとね」

 アステリアは彼の過去を知っている。いや、知らなくてもこの状態の子供を家に帰すことなど性格的にできないだろう。それはミリアも同じだった。技量がなくても何かしてあげたいと思うのは、そこに原因がある。

「もっと……か」

「そう、もっと、ね」

 自分にそんな資格があるのか分からないが、周りはそうだと認めてくれる。陽歌は確信が持てないまま、安息の地で眠りにつくことしか出来なかった。

 

   @

 

 ヴィオラはGBN内で、新しく染めた淡いラベンダーの髪を弄りながら夜空を見ていた。おろしたての薄いパープルのドレスが風に靡く。

『少し、大胆じゃないかな……?』

 深雪とこれを買いに行った時、柄こそシンプルながらスカートの裾が短く、袖も無いので肩や背中もざっくり開いているデザインに戸惑った。何せ髪が短いので背中はしっかり見えてしまう。ヒールになっているサンダルにも慣れが必要だった。左腕を飾る様に巻き付く紫のリボンなど追加購入した装飾も多い。

『ゲームなんだしいいんじゃない?』

 深雪はそう言った。確かに、現実での記憶はないがゲームでくらい派手な格好をしたいものである。これを陽歌に見せようとしていたのだが、彼は今日来ない。

「心配だな……陽歌」

 陽歌が風邪を引いたと聞き、リアルに戻れないことをもどかしく思った。リアルに戻れたとしても場所が場所ならなにも出来ないのだが、そこは関係ない。

「何かアイテムでも集めるか……」

 回復祝いになりそうなアイテムを探しに、アルスコアガンダムを呼び出してその場を飛び去る。とはいえゲームの知識は皆無なので、何のアイテムがいいのか分からないのだ。

「うーん……とりあえずミッションやってお金稼ぐか」

 内容はミッションの途中でも考えられる。決まった時にお金が足りないのでは元も子もない。ロビーに戻り、どのミッションへ行くかを考える。

「さてと……」

 しかし儲かるミッションは難易度が高い。アーマーの無いコアガンダムのみのヴィオラでは簡単なミッションでも単独クリアはかなりのハードルとなっており、フレンドと合流するかその辺で人を募ってミッションへ行く必要がある。

「今は野良しかないか」

 先日フレンドになった者は大半が小学生ということもあり、この時間にログインはしていない。なので、分かり易く募集中の看板を持ってパーティーを募集するしかない。コミュニケーションに役立つアイテムは運営が支給してくれている。

「んー……」

 とはいったものの、ヴィオラはここのところある異変を感じていた。募集に集まるダイバーが明らかに日を追うごとに減っているのだ。

「お、珍しくランクの高い人が野良してんな」

 その時、看板を見たひとりのダイバーが声を掛けてきた。ダイバーには『ダイバーランク』というプレイヤーのやり込みや実力を示すパラメーターがあり、常時ログインしているヴィオラは他のコンテンツで時間を潰す為にもビルドコインが必要でチマチマとコレクトミッションをしていたら、陽歌のEを超えてDに達していた。

「どうも……うん、ブラックリストに無い顔だな」

 声を掛けてきたダイバーは陽歌や深雪より僅かに年上の少年。ダイバーネームは『イーグル』、学ランにマントという大正チックな衣装を纏っている。

「ブラックリスト?」

「知らないの? 最近初心者の地雷プレイヤーが多くてね。野良じゃそんなんばっか集まって機能しないぜ」

 イーグル曰く、どういうわけかそんな事態に陥っているらしい。ヴィオラはそもそも地雷という意味を理解出来ていなかった。

「地雷? 地面に埋めるあれ?」

「いや、ネット用語でな。マナーのなってないヤベー奴をそう言うんだ」

 最低限のマナーも仕上がっていないプレイヤーがいると聞き、ヴィオラは戸惑った。とはいえ、GBN特有の空気は未だ掴みかねる部分があったのでそこなのかもしれない。古来よりネットでは『自分の個人情報を晒さない』、『画像も貼らずにスレ立てとな?』など独特なルールがある。

「マナーか、私もほぼ初心者だから気を付けないとな……」

「いや、普通にしている分には問題ないよ。最近やらかしてんのは、わざとミッションに失敗したり無線で暴言吐いたりする様な奴らだ」

 だが、現実はもっと悲惨だった。ゲームのローカルマナー以前の問題を起こす連中が多いんだとか。

「小学生でもしっかりしてたんだぞ? そんなことが……」

 陽歌や深雪の様な小学生勢でもそんなことしなかったのに、とヴィオラは頭を抱える。

「俺も小坊だが、案外年齢重ねてでっかくなっただけの大人ってのも多いもんさ。んで、ミッションだろ? どこ行く」

 イーグルは本題を切り出した。ミッションにいく人員を探してヴィオラは看板を持っていたのだ。

「えっと……ビルドコインが儲かるミッションがいいなって」

「それなら……どこがいいかな?」

 具体的には決めてなかったので、しばらく考えることになる二人。そこに、あるダイバーが加わった。

「その話、私も混ぜてもらって構わないかな?」

「あなたは……」

 仮面をつけた謎の男であった。立ち振る舞いこそ優雅だが、衣装の胸に初心者マークを付けており自身の状況をカッコつけることなく周囲にアピールしている。

「見ての通り、衣装にお金を使ってしまってね」

「あー、わかる。つい使っちまうよな」

 彼は金欠だったのでこの話に飛びついたというわけだ。ミッションは人数が多い方がクリアも容易で、報酬が山分けになることはなくレアアイテムのドロップ率などはパーティメンバーが増えると上昇する仕組みなので組めば組むほどお得である。

「私はガロ、よろしく」

「へぇ、チャンピオンと同じ名前なんだ」

 仮面の男が自己紹介すると、イーグルはチャンピオンとダイバーネームが同じであることを指摘した。

「いやー、魔戒騎士の方のつもりだったんだけど結構ありふれてるものだね」

「キリトとか炭治郎よりはいいか……」

 どうも他の作品ネタのつもりだったらしいが、カタカナ二文字は被り易いらしい。

「ふーむ……」

 ヴィオラは確かにガロという名前を聞いたことがあった。たしか、ランキングだけでなく人柄もいいので慕われている上級ダイバーだったはずだ。

「んじゃ、ミッション行こうぜ!」

「おー」

「ふむ、連戦ミッションがいいかな……?」

 というわけで早速ミッション開始。この三人が選んだのは、連戦ミッションと言われる各地を転戦するミッション。通常のミッション複数回分の戦闘回数があるが、その分ビルドコインはおいしい。

「んじゃ、鍵かけて……」

 途中で野良パーティーが合流出来ないようにパスワードをイーグルは設定した。本来は仲間内だけで遊ぶための機能だが、地雷ダイバーの増加により基本使用が推奨される状態となった。

 拠点から飛び立ち、ゲートを潜って目的のディメンジョンへ向かうのであった。

「ほー、アルスコアガンダムか」

「あまりプラモは得意でなくて……」

 イーグルはヴィオラの機体を確認する。複雑な事情を説明するのは面倒なので、これで通すヴィオラなのであった。

「では私がフォローしよう」

 ガロが機体を寄せて援護に入る。ガンダムタイプらしいが、チョバムアーマーに覆われていてその全貌は見えない。武装は一般的なシールドとビームライフルとなっている。

「しかし、SDでオリジナルジムとは渋いセンスだね」

 ガロはイーグルの機体を見る。零丸のパーツがいくらか使われているが、頭部は素ジムという珍しいSDガンダムであった。機体名は『ジムプリミティブ』。

「いやー、インディガンダムのストーリーにロマン感じて……」

「インディガンダム?」

 ヴィオラは空いた時間でガンダムへの知識を貯えていたが、SDガンダムだけは表面をさらうのがやっとという状態であった。SDガンダムシリーズはその膨大さから直撃世代でも全て把握するのが難しく、独特なギミックや外見から予想出来ない攻撃によってGBNでは『対策必須』とされる機体群だ。

 ガロは詳細を知っていたのか、インディガンダムという存在について説明する。

「インディガンダム、その名の通りインディジョーンズをモチーフにしたSDガンダムだね。他のラクロア勢と違ってガンダムヘッドに瞳が描かれていないがそれもそのはず、ガンダムの頭は仮面で正体はジムなのだ。騎士ガンダム初期から登場していたジムヘンソン一家の息子が成長した姿で、サンタガンダムからプレゼントされた魔獣を相棒にしているんだ」

「そうそう。初期のサブキャラが成長してメインに食い込むの燃えるよなー」

 

 イーグルはその成り立ちが気に入ってSDのジムを選択したのであった。現在はクロスシルエットシリーズのフレームにジムヘッドが付属しているので、可動域の広いSDジムが簡単に手に入る。

「さて、最初のステージは……」

「荒野みたい」

 最初に辿り着いたのは荒野ステージ。砂漠ほどではないが防塵性能が求められる。

「敵が来るぞ!」

 イーグルが感知した敵はフレックスグレイズ。鉄血のオルフェンズに登場する量産機、グレイズのモンキーモデルだ。

「このくらい!」

 同盟組織に売却するためグレイズから性能を落としている機体が相手だ。ヴィオラはビームスプレーガンを向けて射撃する。いくら優秀なグレイズがベースでも、デチューン機なら負けるはずがない。

「何?」

 だが、ビームは弾かれてしまう。イーグルが拳で敵を貫いてフォローする。

「ナノラミネートアーマーだ! ビームは効きにくい!」

「なるほど……」

 ビームを軽減するナノラミネートアーマーの効果だ。物理攻撃が有効な対策だが、永続コーティングではないのでビームでも当て続ければ倒せる。

「なるほど、ではこうだ!」

 ガロはビームライフルで敵の頭部を撃ち抜く。その精度と連射速度はすさまじく、忽ち敵を殲滅してしまった。

「おい本当に初心者か?」

「いやー、一人でずっと射撃練習してたから……。あれだよ、休み時間にバスケのシュートばっかりやってる感じの……」

 イーグルはその実力に疑いの目を向けるが、ガロは誤魔化そうとする。その時、ヴィオラはログに変化があったことに気づく。

「ん? 参加人数が増えてる?」

「そんなはずは……」

 パーティーに入らなくても、同じエリアでミッションを行うことは出来る。しかしパスワードを掛けていると、それ自体も出来ず、他所のパーティーが合流することもないはずだ。だが、このエリアにはヴィオラ達以外のダイバーがいる。

「誰だ?」

 イーグルは新たに増えたダイバーを確認する。相手は四人。物陰に隠れている様だ。

「このミッションの敗北条件はパーティーメンバーの全滅……。パーティー入りしていなければ影響は受けないが……」

 ガロは状況を分析する。邪魔はされないが、いるはずもないものがいるというのはなんとも不気味だ。

「さっさと行こう。バグでたまたまこのエリアにいるだけかもしれん。エリアチェンジすればいなくなるさ」

「うん……」

 イーグルの言う通りではあったが、ヴィオラは何とも言えない気持ち悪さを感じていた。いないはずのものがいる恐怖ではなく、そのガンプラから悪臭の様なものが漂っている錯覚があった。

「では、いこう」

 ここでの戦闘を終えたので、エリアチェンジすることにした一同。しかし、転戦しても謎のダイバーは追跡を続けた。

「ウーム、さすがに妙だぞ……」

「なんだか、気持ち悪いね……」

 ガロもヴィオラもこの不自然さに閉口するばかりであった。望遠カメラでダイバーを確認すると、四機ともウィンダムという変わったパーティーであった。

「素組みのウィンダムか……ブルーコスモスには見えないが……」

「初心者がウィンダム選ぶか? たしかに組みやすいけど、みんなガンダム使いたいだろ?」

 素組みのガンプラで来るほどの初心者がウィンダムで揃えてくるのか、という疑問がイーグルにはあった。たしかにウィンダムは組みやすいキットとして有名で、デフォルトで大気圏内を飛行可能と性能も悪くない。だがそれはガンダムに詳しい人間の目線であり、初心者はガンダムを使いたがるだろう。見た目が気に入った、という可能性もあるが、四人が四人同じ機体を選ぶだろうか。

「そういえばブラックリストがどうのって言ってたよね? それに何か情報はない?」

 ヴィオラはイーグルの言っていたブラックリストを確認する。荒しや地雷として名前がリストアップされるほどなら、使っている機体のデータもあるはずだ。

「えーっと、たしか以前まではデスアーミーを使っていた地雷が多いんだったな」

「デスアーミーを?」

 デスアーミーとはまたウィンダム以上にマニアックなチョイスであった。だが、どちらも共通して組み立てが容易という特徴がある。

「それ以前にはマグアナック。いずれも素組みだ。だから警戒されて変えてきている可能性がある」

「集団で機体を入れ替えているのか? たまたまだとしたらチョイスが渋いなんてレベルじゃないぞ?」

 ガロは少し、この行動に疑問を持っていた。

「そう言えば陽歌……友達がマグアナックとデスアーミーはよく売れたって言ってた」

「ん? 今陽歌って言った?」

 ヴィオラは陽歌の言葉を思い出す。彼もミリアからの聞きかじりなので詳しくは知らなかったが、何気ない会話でそんな話をした。

「普通、オンラインゲームの地雷と言われるプレイヤーは低年齢層が多い傾向にある」

 イーグルが何かを言いかけたが、考えを纏めるためにガロが説明を兼ねて話を続けた。

「そうなの?」

「実例があるからね。とはいっても、それは敷居の低さが主な原因になる。例えばゲーム自体がよく普及しているゲーム機で遊べたり、基本無料だったりね。だがGBNは一番手軽でもゲームセンターでの時間制……敷居は厄介なことに高いはず……」

 通常、地雷や荒らしはまだ成熟していない低年齢層が多くなる傾向がある。大人でも十分に該当するプレイヤーはいるが、どうしても割合は少ない。そうなれば必然的に手を出しやすいゲームが被害に遭う。実際、荒らしの多かったジャンルがゲーム機の移行と共にオンライン有料などになって一気に減少した例もある。

 GBNをプレイするにはゲームセンターに足しげく通ってプレイ時間に応じて料金を払うか、GBN専用の筐体を買う必要がある。そして操作するガンプラの購入と制作も必要だ。

「そうなると、GBNを長時間プレイすること自体難しいな。俺が保証する」

 小学生であるイーグルがその敷居は実感していた。問題になるほど多くの低年齢層が長時間プレイし、警戒される様になる度にキットを新調するのは現実的ではない。

「まぁ、今んとこ実害はないしミッションクリアしてバグ報告しようぜ」

「そうだな」

 推測しても答えは出ない。とりあえずこれは単なるバグとして運営に報告するだけであった。

「いや、何か変な感じがする……」

「ん? どういうことだ?」

 だが、ヴィオラは二人以上に強い違和感を覚えていた。

「言葉にはしにくいけど……何か、あるべきものがない様な……」

「うーん?」

「いや、ごめん、忘れて」

 だが、どうにも言葉に出来ずヴィオラは取り消した。

「んにゃ、とりあえず感じたことを教えてくれ」

 イーグルはそれでも、彼女から意図をくみ取ろうとする。

「私にもよくわからなくて……」

「そうか……でも変な感じはしたんだな。覚えておくよ」

 ヴィオラが覚えた違和感をイーグルは記憶した。聞き流すでもなく、本人でも説明できない何かをしっかり受け止めていた。

「表現は出来ないが感じる何かというのは大事だからね。それを小学生の身で分かっているとは……」

「まぁな」

 ガロもこれについては頭の片隅に置いておくことにする。一行はいよいよ最終エリアに到達する。

 

 最後のエリアは市街地。敵は巨大なタンクでザクの顔が生えている。

「何あれ?」

「ライノサラスか」

 巨大な敵、ライノサラスはミサイルを飛ばしながら市街地を移動する。ビルを遮蔽物にしてこれを叩くのがミッションの流れだろう。

「まずは履帯を壊して動きを封じるのがセオリーだろう」

「だがこの攻撃じゃ近寄れねぇぜ!」

ガロが攻略法を示すが、敵の攻撃は激しく接近が困難だ。

「誰かが囮になるしかないな。装甲の硬い私が担当しよう」

「いや、それなら俺に手がある」

 チョバムアーマーを着込んでいるガロが囮を申し出るが、イーグルにも策があった。火力も十分なガロのガンダムを失うのは痛いという判断がある。

「ガシャプラ忍法!」

 ジムが複数の玉を取り出し、その中から小さなSDガンダムが出現する。

「行ってこい!」

 そのSDガンダムが囮としてライノサラスの前に立つ。ライノサラスの攻撃はSDガンダムに集中した。

「今だ!」

「ええい!」

 ガロが右側の履帯を、ヴィオラとイーグルが左側の履帯に攻撃を仕掛ける。履帯は破損し、ライノサラスの行動が制限される。イーグルはジムプリミティブをSDガンダムと合流させると、主砲の中へ飛び込んだ。

「行くぜお前ら!」

 SDガンダムは武器に変形し、それを主砲内部でジムが乱射する。ガシャプラのSDガンダムは単体としてはもちろん、武装としても扱えるのだ。

「メインカメラを封じる!」

 ヴィオラは乱戦に紛れてザクの頭部をコアスプレーガンで狙った。その時、ビームが飛んでくる。警報に気づいた時には遅く、回避が間に合わない。

「しまっ……」

 ガロのガンダムが腕で庇い、事なきを得る。チョバムアーマーには焼け痕が残っていた。これはつまり、大したダメージにはならなかったがちゃんと攻撃出来ているということだ。

「敵の増援?」

「いや、これは……」

 ヴィオラは敵増援と考えたが、この攻撃はダイバーからだった。

「ここまでご苦労様! 報酬は俺たちがいたただく!」

 先ほどまで追跡を続けてきたウィンダムのダイバーが攻撃を仕掛けてきていた。

「馬鹿な! ヴァルガや襲撃ミッションじゃあるまいし、通常ミッションで他のダイバーに攻撃だと?」

 イーグルの言う通り、このミッションでは他のダイバーへの攻撃は出来ないはずだ。ヴァルガ、その言葉でヴィオラは今まで感じていたものの正体に気づく。

「そうか、ヴァルガ! ヴァルガに行った時に感じなかったガンプラの薄い壁みたいなのがこのウィンダムにはないの!」

「それってつまり、いつでもどこでも他のダイバーを攻撃できるチート使ってんのか?」

 話している間にも、ウィンダムのダイバー達は攻撃を辞めない。ヴィオラが反撃しても、彼女の攻撃は仕様通り相手に通らない。

「このままじゃ一方的にやられちゃう!」

「ライノサラスの攻撃を連中に誘導するぞ! どうせろくなプレイヤースキルねぇんだ!」

 イーグルは敵の攻撃を利用する作戦を思いつく。敵の攻撃なら流石に通るだろう。

「すまない、その件なんだが」

「ん?」

 ガロが真っ先に謝罪する。何事かと思えば、なんとライノサラスの砲塔がいつの間にか全て潰されていた。

「手際よ」

 初心者とは思えない処理能力だったが、今回はこれが災いしてしまった。だが、ここまで出来たなら逆に解決しようがある。

「だったら、やられる前にクリアすればよかろうなのだ!」

 イーグルはトドメを刺す為に動こうとするが、ウィンダムはおいしいところを持って行こうと四人で進路妨害を行う。

「させるか!」

「チッ、無敵の雑魚四人って面倒だな!」

 その時、後ろのライノサラスがひび割れた。まるで繭でも破る様に、中から複数の触手らしきものを伸ばし、顔を出す存在。

「ワイヤーの先端に砲塔……ブラウブロか?」

 ガロはその正体がブラウブロであることに気づいたが、タコの様に蠢くその姿は原作とかけ離れている。禍々しいオーラも放っている。

「なんだ……うわあああ!」

 ブラウブロの中央ユニットが口を開き、ウィンダムを次々に捕食していく。バリバリと装甲を砕き、咀嚼する音とダイバーの断末魔が聞こえる。爆散しないだけでここまでおぞましい光景になるのか。

「こんにゃろ!」

 イーグルが攻撃を仕掛けるが、まるで聞いている様子もない。

「う……ぅう……」

 ヴィオラは猛烈な吐き気に襲われ、操縦できない状態になっていた。一体何が原因なのか、彼女自身にも分からない。そこに、ブラウブロが口を開いてビームを放った。

「しまった!」

 イーグルが助けに向かうが、間に合わない。その時、ガロのガンダムがヴィオラのコアガンダムを庇った。

 紫の極太ビームを浴びたガンダムだったが、その攻撃を完全に防ぎ切る。流石にチョバムアーマーはボロボロになっていたが、それだけである。

「ガロ!」

「ふむ、さすがに外装はもたないか」

 ガロは自らの意思で、チョバムアーマーをパージする。中から姿を現したのは胸に緑のセンサーを持つガンダムであった。それにイーグルは見覚えがあった。

「あれは……ガンダムフルクレスト! ってことは、チャンプ?」

 そう、ガロは名前被りでも何でもなく本物のチャンピオンだったのだ。

「バグの様子を見にきたが、まさかこうも早く当たりを引けるとはね。ログデータを回収させてもらう」

 天から一筋の光がフルクレストに降り注ぐ。胸のセンサーでそれを受けたフルクレストは手足の放熱機構を開き、輝きを辺りにばら撒いた。

「サテライトシステム? でもキャノンは……」

 ヴィオラはサテライトシステムこそ知っていたが、それはあくまでサテライトキャノンのエネルギーを供給する為のもの。肝心のキャノンが無くてどうやって使うのか想像できない。

「簡単な話だ。私がサテライトキャノンになる」

 ガロは青く輝く機体を上空高く飛ばすと、そのまま飛び蹴りの姿勢でブラウブロに突撃する。

「フルクレスト、キック!」

 キックが直撃したブラウブロは脱ぎ掛けのライノサラスごと天高く飛ばされるそして、上空で大爆発を引き起こした。

「すげぇ……」

「これが、チャンピオン……」

 イーグルとヴィオラはチャンピオンと呼ばれるだけある確かな実力に驚嘆するばかりであった。

 

   @

 

「すまない、君らを騙す様な真似をしてしまった」

 ミッションが終わると、ガロはいの一番に謝罪した。二人としては騙された、という気はしないしチャンピオンほどの人間が初心者ランクでのバグを調べようとすればこうする他無いとは思っていた。

「いえ……そんな……」

「チャンプとはいえ一介のプレイヤーがバグの調査とは……アニメみたいに運営に知り合いがいんです?」

 イーグルはアニメのキョウヤみたいに運営との繋がりを考えたが、現実はそうもいかない。

「いや、安心してみんなに遊んで欲しいから、バグの報告をしようと思ってね。今回のバグや荒らしは初心者ランク帯で頻発している様子なんだ。案外、バグというのは一度遭遇してもたまたまだと思って忘れてしまうものだ。だが、バグに遭ったという話そのものは増えている。運営側も捜査に着手しているらしいが、早期解決の為に私がログデータを少しでも集められればと思ってね。こういうものはサンプルの数が大事なんだ」

 本当に一般プレイヤーなのに、ゲームのことを考えて行動する。だからこそガロは真のチャンピオンと慕われるのだろう。

「凄いんですね……」

「いや、私くらいの歳になれば自分の好きなコンテンツがユーザーの行いを含めて衰退していく様子を見てきている。だから、今好きなGBNにはそうなってほしくないし、次の世代にそんな思いをしてほしくないだけだよ」

 純粋に感心するヴィオラだったが、やはり過去にいろいろ体験してきたのだろう。コンテンツの延命には新参が入り易い環境が重要だ。だから今回のバグや荒らしを見過ごせないのだろう。

「そうだ。これも何かの縁だ、フレンド登録しておこうか」

「マジで?」

「チャンピオンとフレンドに?」

 そして出来た意外なコネ。ヴィオラは回復祝い以上の成果を得ることになった。

 




 身体の傷は癒えても、心の傷はいつ治るのだろうか。大空へ、高く飛べなくてもいい。寝食に困らない程度に飛べるだけの翼を取り戻すことが出来るのだろうか。僕は、立ち上がる力があるのか。
 次回、『傷ついた翼』。


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☆EP285 ニパ子最後の日!

 時に凍結され、時に生霊となり、モデラーと共に歩んだニパ子。
 これは彼女の地球滞在最後の日を記録したものである。


 君は、ニパ子というキャラクターを知っているだろうか。ゴッドハンドというツールメーカーの広告塔であり、アルティメットニッパーを象徴するキャラクターだ。というのは表の顔。実は惑星コウグからの留学生であった! この夏、その期間が終わり、故郷へ帰るとのことだった。だが、そうはモデラーが通さない。

 ここに、ニパ子帰省阻止作戦が発令された。

『作戦概要を説明します』

 全ての参加ダイバーに向けて、ブリーフィングが行われる。

『本作戦は複数のフェーズで構成されますが、どの段階においても惑星コウグ王女、ニパ子の乗る宇宙船を撃墜した時点でミッション完了となります』

 作戦の大まかな目標は宇宙船の撃墜。しかし、相手が異星の要人ともなればその警備は厚く、一つのポイントに絞った作戦では不足である。

『フェーズ1では、宇宙船の発射阻止を狙ってください。現在、アラスカ基地にて宇宙船の発射準備が行われています。ここを狙い、宇宙船の発射そのものを阻止する作戦です。しかし、海上の警備は厳重、基地にも多数の警備隊が配備されています。特に海上にはギガベースやカブラカンを初めとしたアームズフォートが配備されています。防空網も一筋縄ではいきません。どのルートを使用して基地を攻撃するかは、あなた方に一任します』

 最初の目標はアラスカ基地。ポケットの中の戦争においてアレックスが打ち上げられた有名な場所である。しかし、その時とは違い、極秘の作戦でない分警備隊の数は多い。

『宇宙船が打ち上げられた時点でフェーズ2へ以降します。フェーズ2では大気圏を離脱する宇宙船の撃墜を狙ってください。護衛が存在せず、敵艦が無防備なこのタイミングが最大のチャンスです。もし撃墜に失敗しても、ランデブーポイントの大幅な変更に成功すればフェーズ3で撃墜のチャンスがあります』

 大気圏離脱を狙われるというのは、ガンダム00でもあったシュチュエーションだ。だがその時は海中から不意に飛び出すという手が使えたので何とかなったが、今回は打ち上げタイミングまで把握された状態。ここを躱す方法は少ないだろう。

『フェーズ3では護衛艦隊と合流した宇宙船の撃墜を狙ってください。外宇宙航行へ入るための量子ジャンプには時間が掛かります。フェーズ2でランデブーポイントをずらせていれば、護衛艦隊との合流が遅れるので大きな隙になります』

 最後のチャンスは宇宙。ワープされる前に叩くしかない。ワープされれば当然失敗となる。

『概要は以上です。あなた方の戦果に期待しています』

 

   @

 

 アラスカの海上には、大艦隊が控えていた。空母はモビルスーツの発進準備をしており、迎撃態勢はバッチリといったところだ。そして相対するは同じく複数の艦隊。その中には大気圏内を飛行できるものも含まれている。

「さて、行こうか。紅蓮ガンダム」

 自分の機体を空母の甲板で見上げる少年がいた。袖の無い和装の少年は、そのフェミニンな顔立ちから少女の様にも見えた。黒髪も相まって、白い袖無しの小袖と赤い袴が巫女の様に見える。

 燃える様な赤を纏った紅蓮ガンダムはコアガンダムの改造機。現在はメルクワン装備で待機している。

 このミッションは多くのダイバーが参加しているが、少年、浅野陽歌も機体を仕上げて参戦した。彼には、格別な思いがあったのだ。

(君が教えてくれた『モノヅクリ』が、僕を救ってくれた……だから、ここで止めるよ)

『まもなく、敵艦隊の射程に入ります! 各員、戦闘配備!』

 アナウンスに従い、陽歌はガンダムに乗り込む。彼はこの作戦、全てのフェーズに参戦することを可能とする算段があった。

「ヴィオラ、後は手はず通りにお願い」

『生きてたら、ね。撃墜は避けてね』

「うん」

 仲間に合図を送ると、陽歌は出撃する。

「紅蓮ガンダム水蜘蛛、鳴筒丸、ナクト、出る!」

 発進コールと共に、ガンダムは海に飛び込む。同時に四つのキャノンを備えたヴィートルーユニットも水へ入る。彼は海上、及び上空からではなく海中からの侵入を選んだのであった。

「でもただでは行かせてくれないよね、やっぱ」

 しかし水中もがら空きではない。水中用モビルスーツが多数配備されており、行く手を阻む。手にしたバズーカとネイルガンを構え、敵の集団からある機体を探した。

「いた!」

 それはゾックであった。周囲を隙なく粒子砲で攻撃出来るジオンのモビルスーツだが、水中ではメガ粒子砲は使えない。とはいえ、その巨体を生かした攻撃は十分に厄介だ。

 陽歌はバズーカで弾幕を作り、ゾックへ攻撃を仕掛ける。敢えて直撃はさせず、海底にぶつけて土煙を引き起こす。

「そこだ!」

 接近し、ネイルガンで的確にセンサーとコクピットを撃ち抜く。爆発せずに沈黙したゾックを盾に、紅蓮ガンダム水蜘蛛は海底を進む。他の敵には目もくれず、とにかく基地への侵入を目指す。

 そこでこのゾックが役に立つ。時に残骸のふりをして、時に盾としてゾックの残骸は活用出来た。素直に敵を撃破するより、隠れながら進む方が早い時がある。

「やっぱあった。機雷地帯」

 陽歌は機雷を浮かべたエリアがあることは予想していた。このままでは敵と機雷の挟み撃ちになる。そこでゾックを後ろに投げて、トドメのネイルガンで爆散させて目くらましにする。

「よし、行くぞ」

 慎重に機雷をすり抜けていく陽歌。普段は義手で触覚のない手でも、GBN内なら他の人と同じ様に動かせる。義手で普通に生活する為に血のにじむ様な努力を必要としてきた陽歌には造作もないことだ。

「みんなのくれた紅蓮は、僕の失った両腕より自由だ!」

 機雷を抜け、基地の港へ飛び出す紅蓮ガンダム。鳴筒丸も追随してくる。

「転身、鳴筒!」

 紅蓮ガンダムはメルクワンアーマー、水蜘蛛を脱いで緑のアーマーを纏う。ヴィートルーユニットを改良し、更に砲撃へ特化させた機体、紅蓮ガンダム鳴筒だ。

「吶喊する!」

 応戦の為に湧いて出た寒冷地仕様ジムに向けて、陽歌は背中の二門、両手の二門のキャノンを発射する。四本のビームは束となり、一気に周囲を薙ぎ払う。

「おおおっ!」

 ビームを照射したまま、紅蓮ガンダム鳴筒はホバー移動で進行する。ビームのオーバーヒートが来たら腕部や脚部からミサイルを出して牽制。なるべく交戦を避けて主砲で道をこじ開けつつ宇宙船まで真っすぐに突き進む。これだけ乱戦ならば一目散に進めばホバーの速度もあって目標へまっしぐらだ。

 道中、エレベーターに乗る必要があったのだが荷台を待っている暇はない。坂道の様なレールをそのままホバーで駆け上がり、そのまま飛び出した。

「来た! 宇宙船!」

 宇宙船を飛ばす発射台まで陽歌は到達する。既に発射シークエンスに突入しており、ここで食い止めないとフェーズ1は終了という状態であった。さすがに新米ダイバーの彼ではトップ勢の速度には勝てない。

「いっけー!」

 熱暴走を起こしてコア本体にダメージを与えていた脚部を外し、それを蹴り飛ばして宇宙船に攻撃を仕掛ける。だが、案の定護衛に撃ち落されてしまう。だが、それはあくまで囮だった。

「これで!」

 護衛の群れに向け、残されたビームを放つ。砲身が焼け付いて誘爆する前にパージし、アーマーを脱いで宇宙船へ直に斬りかかる。長い黄色のグリップから、緑のビーム刃が伸びる。

「ボルトアウト! いっけー!」

 その時、爆炎の中から一機のモビルスーツが姿を現す。ミントグリーンのアストレイ改、あるVチューバーのガンプラだ。背中の装備を大剣にし、陽歌の攻撃を防ぐ。

「くっ……」

 さすがにこれは厳しい。ガンプラの出来も操縦技術も向こうが上だ。

「倒す必要は、無い!」

 弾き返された剣を再び振るう陽歌。もう一度剣戟を交わす為、アストレイも剣を振るが、何とビーム刃が剣に巻き付いたではないか。ビームウィップに切り替え、鍔迫り合いを回避したのだ。

「乗り越える!」

 陽歌はアストレイの推力とコアガンダム紅蓮の軽さを使い、ビームウィップを使ってアストレイを足場にジャンプする。敵を突破し、陽歌は宇宙船に迫った。

「な……」

 しかし、宇宙船は発射されてしまう。ロケットの炎に呑まれるコアガンダム紅蓮だが、即座に発射台の支柱をビームウィップで掴んで避難する。

「間に合わなかったか……」

 宇宙船の発射を以て、フェーズ1は終了。参加していたダイバー達は空を見上げる。陽歌も宇宙船を見送るしかなかった。

「届かなかった……か」

 陽歌はコクピットで自分の手を見つめる。どうやら、今の自分では辿り着けなかったらしい。

「モノヅクリ……か」

 今度帰って来た時は、ちゃんと追いつける様に腕を磨こうと思う陽歌だった。直に会った相手ではない。勝手に自分が救われたと思っているだけだ。だから、この祭りに参加出来ただけでも意味はあったと思う。

「主殿―!」

「モルジアーナ!」

 その時、ヴァルキランダーがやってきて新たなアーマーを持ってくる。ヴァルキランダーの姿をしたトイボット、モルジアーナはハイムロボティクスが陽歌にモニターを依頼したセラピー用の個体であるが、従来通りガンプラバトルも可能となっている。

持って来たアーマーは蒼いアーマーと、アウンリゼアーマーだ。

「これからです! これでロケットを追いかけて下さい! ランデブーポイントでは艦が待機しています!」

「分かった、まだ戦える!」

 陽歌は気持ちを新たに、戦いへ望む。これからが、フェーズ2だ。

「転身! 蒼穹、アウンリゼ!」

 アーマーを纏い、背中にアウンリゼを装備する。大型ブースターを装備した姿となり、空高く飛んで宇宙船を追いかける。

 

 フェーズ2は大気圏を離脱する宇宙船を狙っての狙撃戦である。もちろん、それだけではないのである。

「修正角度はたったの四度……このアストレアなら問題ない!」

 青いアストレアがバックパックから繋げたビームランチャーで宇宙船を狙う。その時、大量の敵機が迫っていた。フライトパック装備のリーオーだ。武装も様々で一概な対策は通じない相手である。

「な、迎撃?」

 アストレアのパイロット、級長は敵に慌てるも、ロックが完了したのでそのまま射撃に移る。

「チャンスは一度……なら、トランザム!」

 アストレアが真紅に包まれる。そして、迎撃にも構わずランチャーをぶっ放す。距離がかなり開いてはいたが、殆ど減衰することなく宇宙船に着弾する。

「そっちとは射程が、ダンチなのよね!」

 だが、ビームは拡散されてダメージが殆ど入らない。

「粒子攪乱膜? いや、Iフィールドか?」

 宇宙船には当然、防御機能が備わっておりビームが通らない。おまけに迎撃モビルスーツを相手にしながらの射撃。構え直すのも難しい。

「ちっ!」

 アストレアのランチャーは破壊されてしまう。

「どのみちあれがラストチャンス……それにここから接近してフィールドを叩くのは無理か……」

 級長は反撃の手段が自分に無いことを悟る。そして、ビームサーベルを抜きリーオーとの戦闘に入る。

「それに俺は、こっちの方が性に合ってる!」

 敵を落としつつ、他のダイバーが宇宙船を落とすサポートに回る。トランザムで粒子を使い切り、性能が落ちたとは思えないほどの機動力で他の味方に取り付く敵をサーベルで切りながら飛び石の様に移っていく。

「おおおお!」

 リーオーを一通り落とすと、宇宙船を追跡する機体を目撃した。

「あれは……」

 発射地点から宇宙船を真っすぐ追いかける狂気の沙汰に出たダイバーは、陽歌であった。アウンリゼの四肢からブーストを全開で吹かし、ビームバズーカを手に宇宙船を追撃していた。ドラゴン形態のモルジアーナも紅蓮ガンダムを引き上げ、推力は十分だった。

「あわわわわ標準が合わない……」

 恐ろしい加速度で昇るため、標準はブレ、カメラの映像はがたつく。GBNでは苦痛に当たる感覚がカットされているとはいえ、Gが掛かっているためエイムも不安定になる。

「このーっ!」

 なんとか当てたとしても、Iフィールドで弾かれてしまう。

「どうすれば……」

『陽歌!』

 攻めあぐねていた陽歌に連絡が入る。フェーズ1に参加していた仲間が連絡を寄越したのだが、距離と加速のせいでノイズが入っている。

「エリニュースさん!」

『シャシャがスキャンした宇宙船のデータだ。Iフィールドジェネレーターの位置を転送する!』

 肝心のジェネレーターを特定したが、宇宙船の内部深くに内蔵されており携行火器でエネルギーを推力に回しながら叩ける位置にはない。

「こんな奥まった場所に……」

『お前はそのデータ持って宇宙へ上がれ! シャシャの機体でもフル回転でやっと解析したんだ。他のダイバーが持ってる可能性は低いし、よしんばそれを宇宙組に転送出来てる奴はいまい』

 このままでは宇宙船を落とせない。内部構造のデータをリレーすることでフェーズ3に託す作戦だ。

「了解! モルジアーナ、推力に回すよ!」

 陽歌はアウンリゼ以外の装備をパージし、軽量化する。モルジアーナも全力で大気圏離脱をバックアップした。

「ガンドランザム!」

「バックパック切り離し!」

 推進剤を使い切ったアウンリゼも取り外し、二人は天に昇っていく。リライズ劇中ではモビルスーツ単機での大気圏離脱はヒロトほどのビルダーが作ったネプテイトとエクスヴァルキランダーの補助でようやく、といったところだったが、果たして彼らは……。

「た、足りない……!」

 ガンドランザムが終了しても、重力を振り切ることは出来なかった。アニメではモビルスーツ4機を引っ張っていたとはいえ、ビルダーとしての技量が違い過ぎる。

「そう思って!」

 その時、ネプテイトユニットに乗ったアルスコアガンダムが現れた。モニターに顔を出したのは淡い紫の髪をした少女だ。

「ヴィオラ!」

「宇宙船追いかけるなんて思わなかったよ。下にいたら間に合わなかったかも」

 ヴィオラはランデブーポイントの戦艦で待機していたのだが、陽歌が追撃を始めたので迎えに来たのだ。

「これ使って! 私はモルジアーナと下に降りるから」

「ありがとう。行かせてもらう。転身、星守!」

 ネプテイトユニットを装備し、紅蓮ガンダム星守へと変化する。これの装備があれば、大気圏付近で宇宙に上がるのは容易だ。

「ヴォオアルチュミールリュミエール、展開!」

 背中のリングを広げ、地上に背中を向ける。降下するヴィオラが大型のビームライフルを構え、その背中を狙う。左腕とライフルを接続し、エネルギーを爆発させて紅蓮ガンダムを押し出した。

「あがれええええ!」

 その力を受け、陽歌は宇宙へ飛び出した。宇宙船と一緒に。これで、ようやく追いついた形となる。

『小僧!』

「七耶!」

 ランデブーポイントでは護衛の艦隊と撃墜を狙うダイバーが既に戦いを初めていた。重装備の白いジェノアスが陽歌に合流する。アークエンジェル級の戦艦も近くに来ている。これが陽歌の母艦である。

「シャシャさんがデータを。これを全軍に」

『よし、なんとかなりそうだな』

 陽歌はデータを母艦へ転送。一応の役割を果たした。だが、宇宙船の上では白いセーラー服に青いツインテールのノーベルガンダムがグシオンニッパーを手に待っていた。

『随分な見送りだな……地球人!』

「ニパ子……」

 ついにニパ子本人が降臨した。王女自らワープドライブの時間を稼ぐつもりらしい。だが、これはチャンスだ。ここでニパ子を落とせればミッション成功となる。他のダイバーも彼女に狙いを定めた。

「騒動喫茶ユニオンリバー、浅野陽歌……、紅蓮ガンダム星守! いざ尋常に!」

「惑星コウグ第一王女、セリーヌ・P・ニッパーヌ!」

 紅蓮ガンダムが緑のリングを複数纏い、突撃を慣行した。

「勝負!」

「参る!」

 陽歌の気合に呼応する様に、リングが周囲を破壊しながらニパ子に迫る。

「それでは!」

 だが、ニパ子の実力は圧倒的。瞬時にリングを破壊。ニッパーによる不可視の攻撃を紅蓮ガンダムの手足に加えていた。

「くっ……」

「急所は反れたか……」

 他にも敵がいるため、戦闘不能と見たニパ子は陽歌を置いていく。流石のコアガンダム系でもこの手ごたえならと思ったのだろう。だが、その見立ては甘かった。

「危なかった……」

 陽歌はアーマーをパージする。コアの手足は無事だった。ユニオンリバーに引き取られる前の彼は日常的に攻撃を受けていたため、急所外しの能力が意図せずに身に付いたのである。それが今回も活きた。

「ルナルーシェン! 砕魔翁を!」

『了解ですに!』

 母艦から射出されたのはサタニクスの改良ユニット。

「転身、砕魔!」

それを装着すると、盾とマシンガンを装備したガンダムへ変化する。よりガンダムフレームへの対抗策を充実させた紅蓮ガンダム砕魔である。そして紅蓮ガンダム本来のバックパックも装備し、本気の決戦だ。

「その首級、貰う!」

 バックパックのバーニアはジュピターヴ由来。光の翼で一気に加速する。大剣もマウントしており、攻撃手段には困らない。

「生きていたのか!」

「これで!」

 高速移動しながらマシンガンを放つ陽歌。ニパ子はニッパーでの防御を選んだが、動きが早く防ぎ切れない。直撃でも致命傷にならない辺りは流石だ。

「こいつ……!」

 回避行動と取るニパ子。流れたマシンガンは他のダイバーに直撃する。

「シャイニング、ニッパー!」

 シャイニングフィンガーの要領でピースの手をラッシュする。蒼いチョキが陽歌を襲うが、確実に安置を見極めて直撃弾はシールドで受け流す。真正面から受けられないと判断し、流していくことにした。

「うわあああ!」

 他のダイバーは巻き添えでどんどん沈んでいく。これが乱戦の怖いところだ。

「早く船を落とすぞ!」

「待て!」

 宇宙船への攻撃を試みたダイバーを、あるガンダムが止める。胸にグリーンのセンサーが付いた、サテライト系と思われるガンダムだ。

「下手に近づけば巻き添えを食うぞ。直掩の戦艦を攻撃しよう。それに……」

 そのガンダムに乗るダイバー、チャンピオンのガロは何か思うところがあったようだ。

「この戦いを見届けたい」

 陽歌とニパ子の激突が続く。

『性能も操縦技術もこちらが上……それでも喰らいつけるか!』

 かなり贔屓目に見ても、ニパ子は陽歌の技量が自分と互角とは思えなかった。だが、今この瞬間は追いついている。

「感謝します、王女……。例え無数の出会いの一つだとしても!」

 盾とマシンガンを弾き飛ばされ、肩に装備していたドリルとプライヤーを合体させて右腕に構える陽歌。

「おおおおおおおお!」

「させるか!」

 ドリルによる一撃をニッパーで挟み、真正面から打ち砕くニパ子。

「スイッチング、クロー!」

 しかし陽歌も攻撃の手を緩めない。ニッパー同士の壮絶な挟み合いが続く。が、陽歌が敗れてしまう。

「今日さえ作れなかった僕が、明日より先を作ることが出来る……」

「終わりだ!」

 ニパ子がニッパーからビームを出して紅蓮ガンダムを爆撃する。爆炎から飛び出した紅蓮ガンダムは白いアーマーを纏い、両手に剣を持っていた。

「紅蓮ガンダム……鋭牙!」

 二本の剣による激しい剣戟がニパ子を襲う。即撃墜にはならないが、確実にダメージが蓄積する。

「失ったものを、過去を取り戻すことはできない……それでも!」

 剣を連結させ、大剣へ変化させる陽歌。黄色いビームを纏い、剣は威力を増していく。

「未来は変えられる、何度でも作り直せるって! 教えて貰ったから!」

 何度も叩きつけた剣はへし折れる。そして、ワープドライブまでの時間が迫っていた。すぐに撃墜されると思っていた一介のダイバーが想像以上の粘りと執念を見せ、他のダイバーは手を出せずにいた。

『ワープドライブまで、残り十秒』

紅蓮ガンダムは体当たりでニパ子を押し込み、格納庫の扉から艦内に侵入する。それと同時にワープドライブが開始された。

「最終ラウンドか……」

 アーマーをパージし、赤いアーマーへと変化した紅蓮ガンダムを見てニパ子は呟く。

「いや……第三ラウンドだ!」

 背中の大剣を抜き、陽歌はニパ子に斬りかかる。だが、ニッパーの先端がコクピットを捉えていた。

「く……っ!」

 陽歌は寸前でバックステップを踏み、直撃を免れる。だがコクピットハッチは引きちぎられてしまった。陽歌が機体の中から姿を覗かせる。

「な……」

 ここでニパ子にも予想外の事態が起きる。なんと、ここにきてニッパーが折れてしまったのだ。それに気を取られている一瞬、陽歌は剣でマニュピレーターを粉砕してニッパーを振り落とす。

「切れ味は鋭いが繊細……アルティメットニッパーの弱点です」

 陽歌はトドメを刺すべく、剣を上段に構える。だが、ニパ子の右手指二本は辛うじて動く。その指による抜き手が紅蓮ガンダムのコクピットを捉える。

「ありがとうございました……」

 敗北を察した陽歌は最後に感謝を述べる。ノーベルの指が陽歌を直に潰し、紅蓮ガンダムは制御を失う。負けてもなお、その赤いガンダムは膝をつくことは無かった。

「対あり……」

 

 こうして、ニパ子の長いようで短い地球留学は終わりを迎えた。彼女は気ままに振舞った。だが、それによって救われた人間もいるというのは事実だ。その内一人は、その事実を伝えるために、戦い抜いた。

 果たして、戴冠式の後に彼女が地球を訪れることはあるのか。惑星コウグと地球の距離が縮まるのはいつなのか、それは、作る者達次第なのかもしれない。

 




 紅蓮ガンダム

 浅野陽歌、ナクトの駆るコアガンダムベースの機体。基本的に赤いアーマーが万能要員のため換装することは少ないが、極端に特化させたり局地戦ではプラネッツシステムを使用する。七耶の全部乗せ思想を彼なりにアレンジした機体でもある。
 アーマーは現在、蒼穹姫(アース)、鳴筒丸(ヴィーナス)、鋭牙郎(ジュピター)、砕魔翁(サターン)、水蜘蛛(マーキュリー)、星守女(ネプチューン)、アウンリゼの七つ。


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暴かれる策略の繰り返し

 時系列が分かりにくいという声にお応えしてとりあえず整理回。
 まぁニンスレみたいなもんだと思え(殴


 テレビの収録があった日の早朝、都知事の軍勢が内一人が行動を開始した。

「私も、始めますか」

 フロラシオン【叡智】と呼ばれる少女がいた。黒髪を伸ばし、常に伏せ気味の瞳であるコンピューターの前に立つ。都知事が特権を駆使して得た、最新のスーパーコンピューターである。これと彼女の演算能力があれば、日本中のネットワークを掌握するのは容易だ。

 万が一に備え、これは東京ではなく静岡県内に移設してあった。これは【叡智】の提案で、『同じ籠に全ての卵を入れるな』という初歩的なリスク管理の考え方だ。

 この戦いに勝っても、オリンピック推進委員会は多大なダメージを受けるだろう。そしてオリンピックを九月に延期しても開催まで時間が無い。

 損失の回復には世界のネットワークを掌握するくらいの力が必要だった。損失を賄う切り札を失わない様に、隔離することを提案したというわけだ。土地で性能が変わるわけでもないので尚更だ。

「私の計算に狂いが無ければ、都知事が追い詰められるのは今日……今の内に動きますか」

 彼女の計算に狂いはない。この後、都知事は正体を明かした上に肝心要のセーブポイントに攻め込まれるのだから。

「見つけた! アスルトさんの言った通り! ここで止めるんだから!」

「勝率は、僅かなんじゃないか?」

 その時、【叡智】に後ろから声を掛ける存在がいた。どこにでもいそうな女の子と白い髪に青い瞳の男。彼女は男の方を知っている。超人機関『松永総合病院』院長、松永順の兄、直江遊人。女の子、篠原深雪に関してはデータが無い。

「何の話です?」

「都知事の敗北は決まっている。というか、もともと勝ち目が薄いんだよ。高い計算能力のある君なら、そんなナンセンスなこと分かっていると思うけど」

 【叡智】は、初めから都知事の妄言が成立する可能性は自分が加担しても低いことなど分かっていた。しかし、それでも協力しなければならない理由があった。人質を取る、というのも彼女には無意味だ。何故なら、相手の計算を上回って奪還することなど彼女には容易なのだから。

「よーし、計算が得意なくらいな敵なら私がやっつけちゃうよ! 陽歌だって戦ってるんだからさ!」

 深雪はアクション映画を真似た様なファイティングポーズを取る。そして、即座に攻撃を仕掛けてきた。

「無駄です」

「あれ?」

だが、この程度の素人拳法なら相手の動きを演算すれば運動能力で劣っていても完封出来る。回避は容易だ。反撃しないのは最早温情というレベルであった。

「この戦いはそうでしょう。しかし、私は二手、三手先を考えているのです」

 たしかにオリンピックを無理に日本で、今年開くメリットは低く、損失も大きい。その上、成功率も低い。それでも彼女にはやるしかなかった。

「先?」

「もしオリンピックを開かない場合、日本が滅ぶ可能性が百に近いとしたら、あなたはどうします?」

 そう、オリンピックが開催されないだけで日本崩壊の可能性が一気に上がるのだ。どういうわけか、である。

「くだらん……このご時世、オリンピックが開けないだけで核落とされるってのか?」

「私はまず、2020年以降に日本という体制のみならず、日本列島そのものが存続している可能性を計算しました。その確率は恐ろしく低いものでした。しかし、オリンピックを挟むことでその可能性は大きく跳ね上がったのです」

 【叡智】は計算の結果を淡々と説明する。だが、遊人は聞き入れない。

「ナンセンスだな。そんな計算、したって無駄だろ。どんなに確率が低くてもハゲワシに亀を落とされたら人間は死ぬんだ」

深雪はそんな死に方をした哲学者がいたなぁと思い出す。たしかに確率とは不思議なもので、自動車事故に遭うより飛行機事故に遭う確率の方が低いのに人々は圧倒的に後者を恐れる。だが遊人の言う通り、一割未満でも飛行機事故に遭えばほぼ死ぬので単純に確率だけの問題ではない。その死に納得できるかが大事だ。

「低確率なら無視できますが、高確率なら対策を練る必要があります」

「なにはともあれ、お前にハッキングとやらをされるわけにはいかんのでな」

 深雪と遊人は【叡智】によるハッキング阻止にここまでやってきた。そこで、遊人が一つの提案をする。

「少しゲームをしよう。お前の計算能力なら僅かなロスタイムだし、ゲームが終わったら俺たちは結果を問わず帰る。悪い話ではないだろう?」

「無駄なことをするのですね。まぁいいでしょう。数秒で邪魔が入らなくなるなら願ったり叶ったりです」

 【叡智】は一通り計算して、遊人を帰す方が効率的だと考えて提案を受けた。当然、可能な限り自分が有利になる交渉を忘れずに。

「ですが……」

「言いたいことは分かる。相手の用意したカードでゲームをするのは悪手ってことだろ? これなら、お前さんの得意分野だろうし問題あるまい」

 遊人が取り出したのは、チェス盤らしきもの。それを見て【叡智】はゲーム名を見抜く。

「プロスフェアー……」

「アースアレンジで行こうぜ。やるんなら徹底的にお前のフィールドでぶち倒してやる」

 それは異界からもたらされた、チェスを発展させたゲームで【叡智】も得意とするものであった。特に地球のローカルルール、アースアレンジが彼女のテリトリーだ。

(相手が用意したカードで戦わない前提を読み、その上で私の土俵へ……。明らかに誘導されていますが、敗北率は限りなく0……)

 遊人の行動に不審なところがあったが、【叡智】は敢えて受けることにした。

 

   @

 

 ここで、複雑な時系列となった『転輪祭典東京オリンピック2020 忌むべき生命』の全貌を明かそう。

 

 n周目(『☆謝罪会見』までの話)

 

 2019年7月~8月

 陽歌、ミリアとさなと出会う。夏休みの事件をきっかけにユニオンリバーへ。

 

 9月

 『☆飛電ゼロワンドライバーを手に入れろ!』

 『ゾイドワイルドを作ろう!』

 『孤高の狙撃手、ハンター!』

 『☆台風の日はコロッケを食べるのです』

 

 10月末

 『☆ハロウィン特別編 復活の悪魔城!』

 

 12月末

 『クリスマス特別編 悪魔と忌み子のクリスマスキャロル』

 

   @

 

「俺はお前のキングとエンペラーを超融合! 来い、■■■■!」

 遊人は【叡智】のキングを奪い、3×3マスを占拠する名状しがたいものを召喚する。既に盤面は9枚に及び、深雪には全くゲーム進行が分からなかった。あとコマの名前の発音も聞き取れない。

「なんかよくわからないけどキング取ったから勝ったの?」

 チェスの発展ならキングを取った時点で勝ちなのだろうと深雪は思っていたが、【叡智】によるプレイングが続く。

「残念でしたね……私は既に継承を終えている! 十枚目の盤面に、新たなエンペラーをテイク! 先帝の無念を晴らす!」

「な、なんか球体出て来た?」

 新たに出現した盤面は何と球状。

「だがキングは取ったぜ」

「え? そういえばキング四回くらい取らなかった?」

 深雪はこの対局を振り返り、【叡智】のキングが多数取られていることに気づいた。エンペラーも取った気がするので、もう決着の方法が分からない。

「愚か……あなたの取ったコマを見なさい……」

「コマ? まさか!」

 遊人は自分が獲得したコマを確認する。キングやエンペラー、その他もろもろに対してクイーンは一つのみ。

「リバースハーレム! これが狙いか!」

「私はお前のクイーン一つに対してキング以上のコマを六つ使い、リバースハーレム!」

「く、だったら俺はこのタピオカドリンクで自分のクイーンを犠牲にしてリバースハーレムを封じるぜ!」

 遊人は盤面に突然タピオカドリンクを置いて自分のクイーンを盤面から撤退させた。

「リバースハーレムは相手クイーンが二体以上で不成立になる難易度の高いシステム、だが対策の対策をしないとでも!」

 【叡智】は遊人のタピオカドリンクにジンバブエドルを突き刺して効果を無効化する。

「タピオカの呪縛を受けろ!」

「ジンバブエドルを抱えたまま立ち回ってたのか! そこまで計算のうちか!」

「リバースハーレム!」

 深雪はもはやルールが分からなかった。だが遊人はそんな深雪に注意を促す。

「来るぞ! 内容次第ではお前の命も危うい!」

「なにそれ」

 【叡智】は何かを唱え、それに呼応して一枚の盤面が粉砕され何かが出てくる。

「ラーチャーセット……!」

「最大難易度のリバースハーレムに加えて自ら展開した盤面のコスト化……まさか!」

「ラーメン大、チャーハン大、餃子から揚げ……チャーシュー麺への転移、味玉の加算」

「よせ! それ以上は、杏仁豆腐の追加オーダーは世界中の人々の認識が狂うぞ! AXクラスシナリオ、全人類が狂気に陥ることによる世界の滅亡だ!」

 【叡智】がやろうとしていることに対し、遊人は心当たりがあるのか必死に止めようとする。深雪にはもう意味が分からない。

「あなたが悪いのですよ? 私の計算以上に粘ってくれるので、全人類を人質にします。ここであなたが投了すれば、このフェーズは不成立。世界は救われます」

 主導権を握り、【叡智】は勝ち誇る。だが、遊人は不敵に笑う。

「へ……そう来ると思って、俺も対抗策を用意したぜ……!」

「何?」

「ナーフされていない戦術ってのはな、対抗策があるもんだぜ! メイン盤面クラッシュ!」

 メインの盤面に遊人はどんぶりのぶっかけうどんを二つ置く。

「馬鹿な! あれだけ有利に展開して通常では難易度の高い超融合ユニットを破棄してまでこれを? これ如きで私の『潜在の焼き豚』が止まるはず……!」

 馬鹿な、と言いたいのは深雪の方だった。これのどこがチェスを発展させたゲームの有様だというのか。

「で、どうするのだ? ネギか? 揚げ玉か? そんなものを乗せたところで……」

「やるんなら徹底的にやろうぜ……。ここはさっぱりいっちゃうんだなこれが!」

 遊人は立て続けに他の盤面を破壊する。

「何ぃ! デッキに一つしか入れられないゴッドユニットのいるサード盤面を破壊した? 何をする気だ!」

「こいつに決まってんだろうが!」

 遊人が出したのは、半分に切ったすだちだった。それをうどんに絞ると、【叡智】の召喚が止まった。

「滅暑納涼、夏の風物詩!」

「しまった! こいつとは相性が悪い!」

「ご賞味下さい、我のうどん!」

 なんとか世界崩壊は免れた様だ。

「く……だが有利なメイン盤面は初期化、超融合ユニットとゴッドユニットは蘇生不能……かなり手痛いんじゃないか?」

「ゲームはラストラップで一位を取れば勝ちだ。それにお前には召喚失敗のペナルティがある」

 【叡智】と遊人はすだちうどんを啜って一旦仕切り直す。もうなんだこれ、深雪はそう思うしかなかった。

「分かってる! すだちうどんの料金は私持ち、うどん札もあなたに渡す。デザートのソフトクリームと食後のドリンクもオマケだ。ランチフェイズ失敗のペナルティは処理した。だが少食のあなたにこれを受けきれるかしら?」

「たしかにな、だがデザートは別腹だぜ」

 これただの遅い昼食では? 深雪は疑問を口にする気も失せていた。

「リバースハーレム失敗のペナルティも受けてもらおうか」

「貴様正気か! さっき食ったばっかで申請を? 黙っていればやり過ごせたものを!」

「ダメージを受けてもらう。さぁ、コメダのクリームソーダを奢ってもらおうか!」

 バトルは深雪を置いて白熱する。

 

   @

 

 大海菊子都知事は、何千もの周回の果て現在に至る。そのため、浅野陽歌は同じ2019年後期でも違う時系列を歩んでいる。特に彼は『主人公補正』や『主要人物補正』という特性を持たない(持っている様に見えるのは七耶達の庇護下で影響を受けている)ため、周回の度に名前付きモブの様な扱いでその設定に大きな変異が生じている。

 

 今回の周回(『☆謝罪会見』以降の話)

 2019年9月

 『☆僕の生まれた日』

 陽歌、ユニオンリバーに引き取られる。このオフ会にてフレズヴェルクと初遭遇。

 

 10月から12月

『☆陽歌とエヴァ姉さん』

『☆EP1 新世界へダイブせよ!』(ガンダムビルドダイバーズRE:UNIONはここから)

『☆ミニ四駆の日記念! 世界最小のモータースポーツに挑戦せよ!』

 陽歌の愛車、デクロス01完成。

 

 キャラもふ豊橋にて再度フレズヴェルクと遭遇

 

 『☆鎧の孤島配信直前! 今からでも間に合うエキスパンションパスへの道』

 ウルトラホールに呑まれた陽歌がガラル地方で冒険する。

 

 この辺りでハイムロボティクスからトイボット『モルジアーナ』のモニターに抜擢される。

 

 2020年1月

 『伝説のLBX、オーディーン』

 陽歌、かつての恩人と会う。捜索されていることも知る。

 

 『調査報告書1』

 響が陽歌の調査を開始。このタイミングで彼の元担任がワクチンの過剰摂取を開始

 

 2月

『ワンフェス直前! ワンフェスって何?』

『危うしワンダーフェスティバル』

 一度目の都知事撃破、マーケットプレイス幹部、アダムスミロイドのガネス撃破

 

 3月

 『☆踊る民衆、黄巾賊の罠!』

 フロラシオン【双極】妹、アダムスミロイド、ファルスを撃破

 この辺りで豪華客船内で暴動が起き、船長である父親の救助に向かったあおと轟雷がフレズヴェルクと遭遇。

 3月31日

 『陽歌の決断』

 陽歌、ユニオンリバーの一員になることを決める

 

 4月

 『☆轟雷起動日2020! もう一つの出会い』

 陽歌とフレズヴェルクが初めて面と向かって遭遇。

 『黒歴史に決着を!』

 『金湧という忌み地』

 『幸運を呼ぶ少女達』

 『乱戦! 陽歌救出作戦と謎の施設調査』

陽歌、エヴァ、ミリア、金湧へ。2度目、3度目の都知事撃破。病院島『菊子』を凛が破壊、4度目の都知事撃破。一富士・デュアホーク・三茄子が合流。

 

5月

『忌むべき生命』

『転輪祭典』

 陽歌、自分の出生を知る。三茄子によりループの事実が知らされる。

 『雌伏たる時代と悪の胎動』

 ロスカル・ゴン、再度レバノンへ密入国するも楽器ケースに取り残される。現在も継続中。

 

 6月

 『ジューンブライド/ゴーストマリッジ』

 

 7月

 テレビの収録日

 早朝

 『暴かれる策略の繰り返し』

 夕方以降

 『アイドルムーブメント!』

 『再会、友よ』

 『終幕の聖火は首都を焼いて』

 『転輪望みし執着の思念』

 テレビの収録をきっかけに都知事の正体が明らかになる。最終決戦へ。

 

   @

 

(馬鹿な……)

 【叡智】は息を荒げ、立つのもやっとな状況に追い込まれていた。対局開始から既に十時間経過。計算通りなら、虚弱体質の遊人は体力を失い戦闘不能になるはず。しかし、彼は事前に自身の弱さを考慮した上で椅子を持参しているわけだが、それを踏まえても余裕があり過ぎた。

(こんなことが……)

 自分の手は悉く読まれる。【叡智】とあだ名される演算能力を持った自分を超えた計算をしているにも関わらず、その負担はどこ吹く風。長考の様子もなく打つ手はスムーズ。一体何が起きているというのか。

(この男、私が四億手先まで計算しているというのに、それ以上の結論を?)

 頭が割れるかの様に痛み、身体が火照る。遊人に勝てない。計算上は数手で勝利出来る相手に勝てない。その焦りが【叡智】を追い詰める。

「私は……負け……」

 次の手を出そうとした時、彼女は倒れ込んだ。先ほどまで居眠りしそうになっていた深雪は思わず【叡智】に駆け寄る。

「だ、大丈夫? これって闇のゲームなんじゃ……すごい熱……」

「知恵熱か。ここはもう大丈夫だろう」

 遊人は勝利こそしたが、彼女の見た結論から【叡智】はすぐにまた陰謀を巡らせるだろうと計算した。種明かしをして絶対に勝てないということを教えた上で、遊人は彼女に伝える。

「俺はお前が計算で得た結論を、お前の仕草から読み取っていた。つまりお前がスパコンで俺は見る人。だからお前がどんなに計算をしても俺はその結論の先を行ける。お前は俺に勝てる確率が高いと見込んだだろうが、その気になればどんな低い確率でも掴めるんだ」

「お前は……」

 なんでも計算で未来を予想してきた。そんな【叡智】に、大きな壁が立ちふさがる。しかし、その壁はもしかすると防波堤になるかもしれない。そんな僅かな希望と共に彼女は意識を失った。

 



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未来閉ざす妄執の生命

 この先の未来は不定。繰り返しは終わり、本来あるべき流れが戻る。


「小僧! 寝るな! 死ぬぞ!」

「陽歌くん!」

 七耶とミリアの声が聞こえ、陽歌は目を開ける。どうやら、まだ生きているらしい。

「やっと追いつきましたに」

「形態変化の度に移動とか面倒なボスだね」

 ナルとさなもいた。どうやらここは、橋の上らしい。それも、かなり大きな橋だ。強く風が吹くほど周囲に何もない。もしかしたら海の上なのだろうか。

「本当にしつこいな……」

 今度の場所は赤く染まったレインボーブリッジ。東京湾に巨大化した結晶都知事が立っており、それを橋から見上げる状態だ。腕と首が無いためダメージは継続していると思われるが、足は東京湾の底に立てるくらい伸びているだろう。

「ここで終わらせてやる!」

「こっちのセリフだ!」

 胴体に三つの目と口を開き、都知事が宣言する。今回は陽歌も一人ではない。これだけしつこく復活されても、倒す希望はある。

「ここで始末するぞ! ねこ!」

「とら」

 七耶とナルは天魂を口に含み、ロボットの姿に変身する。七耶の変身は十秒百円の課金制なのだが、もうそんなこと四の五の言ってられないということなのだろう。

「お姉さんいくよ!」

「え? あ、はい」

 さながミリアに爆弾を持たせて、その後ろに立つ。そして、彼女を思い切り蹴っ飛ばした。

「えええ?」

「えええええええ!」

 これにはさすがに陽歌も困惑した。ミリアは敵の口に突っ込み、そのまま爆弾と共に爆散する。その勢いは橋を吊っているワイヤーが揺れるほどであり、もはやダイナマイトの域であった。

「そんな……馬鹿な!」

「こっちのセリフですがな」

 都知事は崩れ落ちる。下の急流に足を取られ、レインボーブリッジに激突する形となった。

「今だ! 飛び移るぞ!」

「え、あ、はい」

 七耶とナルが都知事の身体を伝って目を攻撃しにいく。陽歌もそれについていくが、理解が及ばない。

「あー、死ぬかと思った……」

 ミリアは無事だった。陽歌が彼女の無事を確認していると、各々片目に必殺技を叩き込む。

「タイガー……レイザーズエッジ!」

「パイルバンカー!」

 一撃で両目を潰してみせる。陽歌は自分の苦労とはなんだったのか、と頭を抱える。都知事が揺れたので、陽歌とミリアは退避することにした。

「貴様を殺し、もう一度やり直す!」

 都知事は右腕を生やし、両目を再生して再び挑んでくる。当然、強靭な腕での攻撃が予想された。橋を壊しながら陽歌達に向かってくる右腕のパンチ。あまりに大き過ぎて回避のしようがなかったが、そもそも全員初めから避ける気が無い。

「おおおお!」

 さなが真正面からそのパンチをパンチで打ち返す。

「剛拳、二百六十七貫!」

「何ぃいいいい!」

 右腕全体にヒビが入り、のけ反る都知事。あの巨体からのパンチは百トンなど軽く超えているだろうが、さなの表記に誤りでもあるのか。

「毎回思うけどあれ喰らって生きてるミリアさんって……」

 手加減されているとはいえあのクラスのパンチを受けて平然としているミリアの頑丈さには陽歌も目を見張るものがあった。

「今度こそ!」

 都知事は左腕を生やし、両手を組んで上から振り下ろしてくる。今度は先ほどと力が違う。七耶はミリアを掴むと、その腕に向かって投げつけた。

「超攻ミラヴェルシュート!」

「ぐおおおお!」

 特に垂直の姿勢を保っているわけでもないミリアが都知事の両腕を貫いた。どんだけ頑丈なんだこの人。

 倒れた都知事が急流に足を掬われ、レインボーブリッジを破壊していく。

「う、わあああ!」

 崩落に巻き込まれた陽歌は七耶達と違う方へ流されていく。大きな水しぶきに思わず顔を覆うと、いつの間にかまた景色が変化する。今度は生臭い下水道であった。水は流れておらず、鼻を突く生ごみを牛乳に浸して一週間炎天下の車内に放置した様な悪臭が漂う。水面は虹色に輝いているが、汚いだけだ。

「一体……」

陽歌はとにかく周囲を見渡し、唯一存在する扉を見つけた。すっかり立て付けの悪くなったその扉を開くと、中には信じらない光景が広がっていたのであった。

「これは……」

 大きく広がった円筒状の空間。そこに干からびた巨人のミイラが鎮座していた。個人を判別するのは不可能だが、胸から垂れ下がった袋を見るに女性だろうか。いや、そもそもこれが性別を有する生命なのかも怪しい。

「この本によれば、東京都知事大海菊子はタイムリープに耐えるため本体を改造したと書かれている」

 隣にウォズが急に現れたが、陽歌は驚かない。ウォズとはこういう人だからだ。

「タイムリープに耐える?」

「いくら時間を遡行したとはいえ、本人の経験を持ち越せる以上逆戻りの分肉体が若返るなどという都合のいい話はない。持ち越すものを増やせば増やすほどね。時間を遡れば遡るほど、彼女は周囲より長い時間を過ごして老いていった」

 タイムトラベル等の時間旅行をする際、出発した直後の時間に戻って来た場合はどれほど老化するのか、という問題の答えがこれだ。未来か過去、行き先で過ごした分だけ周囲より余計に老化する。

「なるほど、リセットというよりはバッドエンドを見て周回プレイをしている感じなんですね」

「その通り。純粋に知識だけを持ち越すのであればリセットで十分だが、その周回で得たアイテムなどを持ち越す為に都知事は代償を払った。知識だけで自身の野望を叶える知力があれば、そもそも栄誉にしがみつく様な愚行も働かないが……」

 陽歌は様々な巨大化した生命維持装置に繋がれた都知事の慣れ果てを見て思う。

(胡桃さんが見なくてよかったかも。こんなんでも母親なわけだし……。それに、僕のことを生まれからおぞましいって言ったけど……自分で選んだ末にこう成り果てる方が恐ろしいよ……)

 生まれ方は選べないし、生き方も全て選べるとは思えない。だが、都知事は栄誉という生きるのに不要かつ既に十分得ていたものの為に、こうなった。全て自分の責任においてこの存在となったことを、陽歌は自分の生まれ以上に恐ろしく思った。

「なんでこうなったんだ……政治家になれる様な家なら、ご飯だって毎日三回も食べられるし、布団で寝られるじゃない! 娘がいるってことは、家族だっていたじゃない! それなのに、何がそんなに欲しかったんだ……!」

「終わらせよう。他でもない、君の手で」

 陽歌はメンテナンス用の足場を伝い、吊るされた栄養剤の点滴を刀で切り落とす。葡萄の房の様に連なった点滴の重量は中々のもので、落ちていく点滴の重さで針が腕の肉を抉りながら抜ける。それでも、この慣れ果ては一切反応しない。

「よいしょ……」

 血液を循環させている装置の太いチューブを抜くと、黒い液体が大量に溢れる、もうこれは人間の血液ではない。その付近にある人工呼吸器の制御装置も刀で滅多打ちにして破壊する。

最後に心肺が止まった時用なのだろう、電気ショック用の電源まで向かう。いくつかの大きなバッテリーがあり、全て繋がってはいないが大容量の電力をローテーションで使うためにこういう構造になっているのだろう。

「これで終わりだ」

 陽歌は全てのバッテリーを機械に装填すると、装置の電源を作動させて電気ショックを与える。高電圧の電流が慣れ果てに流れ、乾いた肉体は出火する。電気ショックで慣れ果てが暴れた結果、支えは崩落し、都知事だったものは燃えながら落ちていく。

「うわ!」

 炎が目の前で巻き起こり、陽歌は顔を覆った。すると、いつの間にか違う場所にいた。今度はあのスカイツリーの目前だ。

「なんか妙な東京ツアーだなぁ……」

「あいつ、何をする気だ?」

 七耶達とも合流しているが、ウォズはいない。この戦闘がどういうわけか東京巡りになっており、陽歌はいつか普通に観光したいものだと思った。

「全ての時間を巻き戻し、再びやり直そう! セーブは出来なくなったが、リセットならまだ出来る!」

 都知事はスカイツリーと一体化しており、目玉や耳などが生えた黒い肉の柱になっていた。

「これは……」

 さなは空を見た。なんと、夕暮れから昼、そして夜明けへと太陽が通常とは逆に動いているではないか。

「リセットする気か!セーブデータが壊れてるのに、やけくそだな」

「ちょ……これ私達にも影響が!」

 七耶は狙いを察した。ミリアは自分が浮かんでおり、少しずつどこかへ戻ろうとしていることに気づく。

「ただのリセットじゃない、破損したセーブデータを読み込んだりしたら世界が滅ぶ!」

「ええ? どうすれば……」

 ナルは世界の危機を感じ取った。陽歌としてはセーブも本体も撃破したのでこれで終わりだと思っていたが、どうも向こうは諦めてくれないらしい。

「ヒバゴンじゃ済まんぞ! オープンゲット!」

 七耶は三つの戦闘機型マシンに分離する。サーディオンら超攻アーマーは三つのマシン、デバイスが合体して構成されるゲッターロボ方式。現在七耶の身体を構築しているのは『サーディオン』、『サラマンダ』、『アルケイデス』のデバイスだ。

「乗れ! 全力で食い止めてやる!」

 陽歌がサーディオン、さながサラマンダ、ミリアがアルケイデスのデバイスに吸い込まれ、再びサーディオンに合体する。三人は内部にある空間で合流した。

「これは……」

「ファンタジー戦隊のロボ的コクピット!」

「私達を乗せた?」

 中に人が乗っただけで、外見は全く変わらない。だが、明らかに出力が増している。そこへ変形したナルが合体。右肩に虎の顔が付き、ガントレットが装着される。

「超精神の力だ! お前らの心がエネルギーになる!」

 七耶は刀を手にする。陽歌の持っている白鞘をエナジー体で構築したものだ。サーディオンは黄金に光り輝き、巻き戻りかけた時間を元に戻していく。

「ば、馬鹿な! 日本の龍脈からエネルギーを吸い上げている私に勝るだと!」

「質が違う! やっちまえ、小僧!」

 陽歌はコクピットの中で刀を振るう。全員の力を合わせ、必殺の一撃だ。

「転輪を、断ち切る! 月食斬、超攻タイガー無限大仏陀斬り、verミラヴェル!」

 袈裟斬り一閃で、スカイツリー都知事が真っ二つになる。その剣が持つ浄化の力が凄まじいのか、スカイツリーが完全に崩壊する前に憑りついていた都知事の肉塊は黒い煙となって霧散していく。同時に七耶の通信機能を通じて各方面からも勝利の知らせが舞い込んできた。

『都庁ロボ、沈黙! 怪獣も始末したぞ!』

『ジェノスピノ制圧完了。これで終わりだな』

 東の空に、太陽が昇る。長い夜が明ける。オリンピックという栄華に執着した一人の愚者が招いた、永遠の様な繰り返された夜が、遂に終わったのだ。





 転輪祭典東京オリンピック2020 忌むべき生命

 祭典閉幕


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エピローグ いつも通りの明日へ

 こうして、都知事の野望は砕かれた。なお再選してすぐに都知事が死亡したのだが、彼女の四年間に行った行政は致命的な始末となっており、再建の為に国から四年任期の特任首長が派遣される。
 酷い知事といえば二つ前もそうだったが、大海を超える長期在任でこそあれ基本怠慢で余計なことまで積極的にしないためそこまでの被害が出なかったと言える。


「私の本当の名前は、大海撫子だったの」

 陽歌に胡桃は過去のことを語る。大海菊子という歪み切った存在は、偶然力を得ただけの愚者に過ぎなかった。

「お父さんは分からない。母は『男に頼らず女手一つで子供を育てたキャリアウーマン』、『暴力的な夫の被害者』というストーリーを自分に付与する為に私を産んだの。もし私が息子なら、今よりもっとひどい状態だったかもしれない」

 都知事は胡桃を自身のステータスを飾るアクセサリーとしか見ていなかった。プラスの干渉はしなかったが、マイナスの干渉は積極的にした。託児所も無ければ幼児にとって良好ともいえない環境の職場に、これ見よがしに連れ出す。女らしさを取り払った教育をする。全て自分の満足が優先であり、その先に胡桃がどうなるかまでは考えていなかった。

「母親が悪目立ちするものだから、名前自体が虐められる原因になったりね。そこで今通っている学校の理事長が引き取ってくれて、新しい名前をくれたの」

 だが、幸運にも手本となるべき大人が道を示してくれた。だから胡桃には今がある。だが、自身が真っ当であればあるほど血縁上の母が現在進行形で社会へ不利益をばらまいている様は見過ごせない。

「あなたにあんなこと言っておいて、私も血筋に拘って下手したら破滅したかもしれない。陽歌くんはもう自分のこと知ってるんだっけ? でも忘れた方がいいわ。降りかかる火の粉ならともかく、自分から火元に手を突っ込む必要はないもの」

 胡桃はドライパンサーに乗り、その場を去る。厄介な血筋を継いだ先輩として、彼女は伝えるべきを伝えた。だが、彼女には少し気がかりがあった。

(でも、いくら児相が怠慢を働いたからといって、こうもこれ見よがしに虐げられている子供を無視するものか?)

 それはかつて陽歌を取り巻いていた環境のこと。児童相談所が恐るべき職務怠慢をし、市政が数字の為に虐待を見て見ぬふりをし、近親相姦の寝取りから生まれた子という迫害するのにちょうどいい大儀名分を持ち、養育者が保護の義務を怠り、市民の民度が恐ろしく低いとはいえ、ここまで追い込まれるということがあるのだろうか。

 現に通りかかりの老人が彼を保護しようと病床から手を尽くした。が、まるでその手は届かなかった。金湧市は閉じた田舎ではなく、立派な地方都市だ。外から来た人間が彼の有様を見れば、面倒に巻き込まれたくないと無視する者もいるだろうが半分くらいは助けようとするだろう。が、そんな様子もなく彼が救われたのは名古屋で偶然、ユニオンリバーと出会うまでかかった。

(何か変なのよね……)

 事実は小説より奇なり、人間が想像しうることは現実に起こりうる。とはいえあまりに不可解だ。それは陽歌を保護する為に虐待の証拠集めをしていた響も語っていた。

『金湧児童相談所が怠慢だった、というのは事実ですが、それ以上に無駄な労力を割いていた痕跡があるんです』

 胡桃はここに更なる脅威が隠れているのではないか、と考え、後で相談することにした。

 

「君にはある懸念があると言ったね」

 別れ際、安心院がある封筒を陽歌に渡した。戦闘の直前、スキルを貸す時に彼女はあることを心配していたのだが、詳細は教えてもらっていなかった。

「紹介状?」

「箱庭大学病院か、聞いたことないな」

 封筒には病院の名前が印刷してあった。七耶も病院に詳しいわけではないが、こんなものを寄越すということはそれなりに大きな病院なのだろう。

「君は自分の境遇に疑問を持ったことは無いかい?」

「うーん、今ようやくって感じですかね?」

 陽歌にとって、日常的に暴力を振るわれたりする環境は当たり前だった。ユニオンリバーで平穏を得てからそれがおかしい状態だったと、客観的に感じる様にはなった。

「その原因を知りたくはないか? 君の持つ『過負荷』を、ここで教えてもらうといい。僕の名前を出せば、彼らは力になってくれるよ」

「マイナス……?」

 安心院は多くを語らなかった。『過負荷』と呼ばれる力が陽歌に眠っている。それだけが今は分かることだった。

「ま、家帰ってから考えようじぇ」

「そうだね」

 今はとにかく、事件が終わったことを、訪れた平和を噛み締めたい。この話はその後でも十分だろう。ようやく掴んだ日常と平和。この先も彼らの騒動は続いていくのであった。

 

   @

 

「ようやく、静かになったな」

 東京のどこか、ビルの上で一人の少年が朝日を見つめる。とはいえ、その両目は黒い布で覆われており見えているか分からない。

「あとは月の連中が諦めてくれれば、それが一番だ」

「そこにいたのか! ジャバウォック!」

 少年が呟いた細やかな願いは即座に潰れる。月が地球に封じた魔物、ジャバウォック。海底から蘇った存在は、現在も月の精鋭による追撃を受けていた。

「警告はしたはずだがな……」

 ジャバウォックとしても、交戦は望むべくところではない。故にさなとかぐやをメッセンジャーにしたのだが、全く聞き入れられる様子は無い。

 ジャバウォックが振り返ると、既に月の精鋭は肉塊へと慣れ果てていた。彼はさすがに、ある決心をする。

「そちらがそのつもりなら、少し痛い目見せるか……」

 こうして、魔獣の牙は月へ向けられた。新たな戦いが幕を開ける。




 次回予告

 遂に月の魔物が牙を剥く!『騒乱冥府ヘルアンドヘヴン 月の魔獣』。
 これは初めて陽歌は出会った騒動、『ポケットモンスター 剣と盾の英雄』

 二つの物語が幕を開ける!


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騒乱冥府ヘルアンドヘヴン 月の魔獣 prelude
☆新たなる時代へのご案内と生命の輝き


踊っている、跳ねている、弾んでいる。だから生きている。


「ふ、都知事のババアめ、ザマァないぜ……」

 大阪市にある府庁では、府知事の男が東京都知事の失敗を嘲笑っていた。都知事は超常の力を行使し、オリンピックの開催という栄誉を手にしようとし、その果てに滅びた。都庁は倒壊、スカイツリーに東京タワー、レインボーブリッジと主要な施設は軒並み崩壊。首都は壊滅的なダメージを受けた。

「人が作る社会なのだ、この世は。大衆を掴み、金を力とし、法を武器にする……これは大阪都を通り越して首都になる機会かもな……」

 民主主義の欠点、過剰なポピュリズム、人気投票に近い選挙でこの座を得た府知事は更なる野心を滾らせる。自分の欲望が満たされればいい、その後、大阪や日本がどうなっても自分には関係などない。それは後の人間の課題だ。

 その時、電話が鳴る。協力関係にある組織からだ。選挙という多数決に勝つには、如何に多くの票田を持つかが重要である。例え、選挙権を持たない存在であっても、自分を支持する人間が多ければ自分は正しいと票を持つ人間に思わせることが出来る。

「もしもし……ええ、礼には及ばず」

 転売ギルド、マーケットプレイスもその一つであった。日本人も含むが構成員の多くが外国人であるこの組織だが、数や資金の力は凄まじい。街頭演説のサクラに使えば自分の熱狂的支持をアピールできる。実際、彼らが儲けられる環境を整えれば喜んで府知事を支持してくれる。

「うがい薬のことを会見で喋ったらあの様子ですよ。検査の前に掃除すれば当然、見つかるゴミも見つからないというのに大衆は本当に愚か……」

 電話の最中、府知事は視線を感じて言葉を切る。どこでどんな記者がスキャンダルを狙っているか分からない。当然それは警戒する。だが、妙であった。同じ場所から五つの視線を感じるなど、ありえない。

「いえ、何でも」

 人間の瞳は二つ。それでも視線は一つ。一体何者だというのか。ふと、府知事はある書類に目が行く。それは大阪万博のシンボルマーク決定を伝えるものであった。赤い複数の楕円で出来た輪っかに五つの青い瞳。それほど有名ではないアーティストが作ったというが、どうやら好評らしい。

「ふん……選考に私も参加すべきだったな……有名どこを悉く落としおって……」

 府知事はこの決定に不満をあらわにした。有名なアーティストの作品ならまだ箔も付こう。とはいえ、その有名アーティスト様の作品はいずれも『遠目で認識出来る』、『白黒の印刷に耐えうる』というシンボルとしての汎用性を軽視したものであったので、客観的に見ればこの選択は正しいと言える。

 加えて、以前の万博の象徴であった岡元太郎氏の『太陽の塔』へのインスパイア、マーク自体がJR大阪環状線を示しており、目玉の位置が利用の多い乗り換え駅、視線がその方向を表しているのではないかと考察されており概ね好評なのだ。

 だが、府知事はそこまで考えることも考えを聞くこともないので不満ばかり募った。

「さっきから誰だ!」

 そんな苛立ちを抱いていると、より強く五つの視線を感じる。振り向くと、先ほどまで凝視していたせいかフラッシュの様にシンボルマークが空間に瞬く。

 

 それが府知事の見た最後の光景となった。否、『通常の視界で見た』最後の光景というべきだろうか。

 

   @

 

 大阪府吹田市のとある公園に鎮座する展望台。そこは厳重な立ち入り規制が敷かれ、警備員が昼夜を問わず巡回している。

「この展望台では、『かつて』永遠に終わることのない大阪万博が行われておった……」

 本来なら立ち入りを禁止されている展望台に、一人の女性がいた。長い金髪を靡かせた和装の美女で、どういうわけか狐の様な耳と尻尾が生えている。

 展望台の中はもぬけの殻。何も警備する様なものなど無い様に見えるが、たしかにここには異常な空間が広がっていたはずである。

「異常な懐古主義へ人を惑わすかつての祭りの幻影……鬼の末裔、如月工務店……酩酊街を出奔した貴様らがこれを作ったのは単なる資金稼ぎか? それとも……忘却への抵抗か?」

 女性は廃墟に背を向け、歩き出す。

「どちらにせよ、全ての答えは新しい時代、2025年じゃのう……」

 夢想へと消えた祭典、東京オリンピック。その影で誰も知らない終末が動き出そうとしていた。

 

   @

 

 警視庁には、近年多発する超常の事件を解決する為の部署、『公安0課』が存在する。事件の広域性、そして対応可能な人材の稀有さから管轄は日本全土となり、東京の事後処理も済まないうちから大阪に派遣されることとなった。

 事件のあった府庁の知事室前、警察が規制線を貼る場所にパンツスーツの女性刑事がやって来た。現場に入るにあたって、髪をポニーテールに結い上げる。今日現場に来られるのは彼女、直江愛花刑事一人だった。勤務地もバラバラな0課メンバーが集結するのは難しい。

「ああ……やっと来てくれましたか!」

「随分とお待ちかねだったようだが……」

 本来縄張り意識の強い警察が越境権を持つ存在、それも女刑事を邪険にせず歓迎するなど滅多に見られる光景ではない。付近では鑑識が揃ってバケツに嘔吐している。

「百戦錬磨の鑑識があの状態? 一体何が……」

 その状態に愛花は困惑した。付近に腐敗臭はしない。夏場に放置された腐乱死体がある現場の臨場さえ行う鑑識員がこうもやられるなど、尋常ならざる状況だ。しかし、特に腐敗臭はしない。現場の維持を基本とする警察で消臭をするはずもないことを考えれば、現場はそこまで凄惨とは言い難いはずだ。

「説明するのも憚れます……」

「へいへい、つまりあたしは明日からしばらくゼリー生活を覚悟すりゃいいんだな?」

 どんな酷い現場にも出くわしただろう老年の刑事がそう言うので、愛花は軽口を叩きながら現場に踏み入った。

「これがホトケか……」

 知事室で倒れているスーツの男を見て、彼女は呟いた。犠牲者に手を合わせ、冥福を祈るのも忘れない。

 犠牲者は皮膚を覆う様に瞳の出来物が全身に発生していた。それは皮膚から繋がる粘膜へ続いており、口の中にも起きている。そして、その瞳はまだ動いて辺りを見渡している。

「死因は目玉が詰まっての窒息か……」

 とてもこの世のものとは思えない死に方を目撃しても、愛花は冷静だった。特にこれといった能力を持たない彼女が0課にいるのは、この頑強な精神力故だ。

「気管の炎症による窒息、ならありがちだが炎症の結果が目玉ってだけで深淵案件だな……ん?」

 よく見ると、出来物の瞳と犠牲者元来の目の色は異なっていた。犠牲者の目は黒いが、出来物の目は青だ。

「ホトケさんの身元は……まぁ府知事だわな……」

 犠牲者の有様に反して、身元は割れていた。府知事のなれ果てがこれだ。

「今は収まっていますが、同時期にこの府庁で妙なことがありまして……」

「なんだ?」

 他の刑事から愛花は報告を受ける。

「職員、いえ、この府庁にいた人間が無意識に踊ったり跳ねたりしていたそうです」

「どっかで聞いたワードだな……その人達は今どうしてる?」

「疲労はありますが、命に別状はありません」

 妙な現象が同時に発生。これは、一体何を差すのか。

「とりあえずご遺体の司法解剖だな。科学的にはもちろん、非科学的なアプローチもした方がいい。その時踊ったり跳ねたりしていた人間も一応記録しておくか……」

 こうして、着実に不可解な事件を解決する為の段取りが組みあがっていく。果たして、この先に待つものは……。




SCP-1421-JP オトナ帝国を夢見た者達とその結末

 超常の能力を持つ物体、生物等を確保、収容、保護する組織、SCP財団日本支部が保有するオブジェクトの一つ。大阪府吹田市にある公園に存在する、内部に異常な空間が広がっている展望台。
 内部ではかつての大阪万博に酷似したイベントが開かれており、そこで時間を過ごすと社会生活が困難になるほどの極端な懐古主義に傾倒してしまう様になる。記憶処理が効果を成さないことから人格に影響を及ぼすオブジェクトと思われる。
 かつては収容こそされているもののイベントスタッフの役割をする人型実体の存在から、収容できるが予断を許さないオブジェクトクラス『Euclid』に指定されていたが、現在は大規模な収容違反を起こしている為収容不能、もしくは困難を示す『Keter』に再分類されている。

 懐古主義団体、夏鳥思想連盟が酩酊街と呼ばれる忘れ去られた存在の終着点から出奔した技術者集団、如月工務店に依頼して制作したものの、その異常性を知らされずに使用してしまった様だ。
 如月工務店はこれ以外にも多くのオブジェクトを制作しており、財団から要注意団体に指定されている。


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☆異端たる双眸、全貌

これは一年前、陽歌とユニオンリバーが邂逅した時の全記録である。


 これは、陽歌とユニオンリバーが出会った日、【編集済み】周目の2019年9月28日に起きた出来事の全てである。

 

 全ては二日前、26日の金曜日から始まった。

「ん、ん……」

 北陸にある金湧市、そのアパートの一室で目を覚ました少年がいた。寝具はタオルケット一枚与えられず、床で寝ている彼は右目が桜色、左目が空色のオッドアイをしていたが、その瞳は霞んで黒ずんでいた。まともな睡眠が取れるはずもなく、右目の泣き黒子を隠すほど隈は濃くなっている。

「う、うぅ……」

 曖昧な意識の中、少年は起き上がろうと手足も動かす。だが、力が入らない。両腕はよく出来ているが機械の義手だ。肌色のシリコンカバーはあちこちが裂け、反応も鈍っている。少年は擦り切れた体操服さえ大きく感じるほど小柄でやせ細っており、キャラメル色の髪も伸び放題であった。

太陽(ソーラー)、そろそろ学校よー」

「はーい」

 母親に起こされ、彼とは対象的に身綺麗な少年がランドセルを背負って登校の準備をする。

「お前もとっとと行け!」

「ぐっ……!」

 陽歌を乱暴に蹴り付け、母親は叩き起こす。ダイニングの机には弟たちが食べた朝食の痕跡が残っていたが、彼の分は無い。ふらつきながら玄関に向かい、殆ど原型の残っていない靴を履いて外へ出る。

 

 学校までの道は遠く、バスで行くのが通例となっている。しかし定期券はおろか一回のバス代も持っていない陽歌は残暑が降り注ぎ、アスファルトに照り返す中を歩いていかねばならない。吹き出す汗は無く、立つのもやっとな状態では記憶を頼りにルーチンワーク化して無意識に動くしかない。

(学校は……無理だ……)

 このまま学校へは辿り着けないだろうと陽歌は判断する。反対方向になるが、冷房の効いた図書館で身体を休めた方がいいだろう。彼は向きを変え、行き先を変更した。これが運命の分かれ道だと知らず。

 

   @

 

 この日、名古屋の吹上ホールであるイベントが開催されることになっていた。ユニオンリバーという組織がプラモデルのオフ会をすることになっていたのだ。スタッフはその準備の為、早めに会場を訪れていた。

「しまったな、地下鉄で来ればよかった……」

 大荷物を背負って会場へ来たのは、巫女装束を纏った黒髪の幼女。土地勘のない名古屋で地図を鵜呑みにして行動した結果、思ったより大変な目に遭ってしまった。彼女は攻神七耶、ユニオンリバーのメンバーの一人である。

「付いただけよしとしますに」

 仲間のルナルーシェン・ホワイトファングと共に静かな街を歩く。いくら週末でも早朝では人通りも少ない。名前の仰々しさの割に、七耶と大差ない年頃の猫っぽい髪型をした金髪の少女であった。

「とら」

 本人は虎のつもりらしいが……。

「いやー、今から二次会で飲むの楽しみですなー」

「お前昨日あんだけ飲んだろ……」

 引率と思わしき女性はこの始末。グラマラスな金髪のミステリアス美女、大人の色気にサイドアップの髪が可愛らしさを添えた誰もが振り向く麗しき華、といえば聞こえはいいが、口を開けば残念が流出する。見かけだけ美人ぶりに、七耶も呆れ果てる。

「よし、酔いつぶれたところを逆方面の新幹線でガンガンズダンダンしよう」

 実質的な保護者となっているのは身長だけ見れば七耶とナルより僅かに大きい黒髪の少女。この少女、さなは何かを感じ取ったのか突然狼か狐に見える耳と尻尾を生やした。

「んん?」

「どうした?」

「この匂いは……」

 さなは強い死臭を察知した。生えているのはケモ耳だが、嗅覚や視覚も獣相応に強化される様だ。彼女は走って会場まで向かう。すると、会場の自動ドアの前に、一人の少年が倒れているのを見つけた。

 そして、その傍に立つ黒い人影も。その人物は黒づくめの恰好で、仮面を身に着けているため素顔は分からない。

「おい、大丈夫か!」

 追ってきた七耶が慌てて少年に駆け寄る。人影は影となって虚空へかき消えてしまった。少年はこの人物の手に掛かったのだろうか。

胸に手を当て、呼吸も確認したが、両方無い。

「死んでる……」

「いや、これがありますに」

 少年の死を確認した七耶。だが、ナルがポケットからある液体が詰まった瓶を取り出した。

「お母さんの作ったラストエリクサー! 一か八か……」

「おお、なんか結局使わないで十年強保存されていたという……」

 瓶の中には何か鳥の羽らしきものも付け込まれていた。それを豪快に少年へぶっかける。

「そおい!」

「いや飲ますんと違うんかー!」

 思いの外雑な治療に七耶は思わず突っ込んだ。とはいえ息絶えた人間に薬を飲ませるのは困難である。とりあえず光り輝いて回復したっぽい音がしているので大丈夫だろう。

「げほっ……げほ……」

「あ、効いてるみたいだ」

 少年がせき込んで呼吸を取り戻す。意識は失ったままだが、命の危機は脱したらしい。

 

 後ほど合流したスタッフ、オメガボックス氏が介護職ということもあり適切な手当を一先ずすることが出来た。病院に行こうか考えたが、エリクサーのことを説明するのが面倒なのでやめることにした。明らかに死んでた人間が生き返ったので検査されたらもう目が当てられない。

「これでよし」

 手持ちの衣服を枕にしたり、クーラーで身体を冷やさない様にかけてあげたりして看護する。怪我は古い痣や擦り傷が多く、直近に負った重傷とは思えなかった。日常的な暴行が積み重なって息絶えたとみるのが正しいだろう。

「かなりやせ細ってるね。いきなり固形物は受け付けないだろうから、飲み物やゼリーを用意したよ」

「助かる。しかしどこから来たんだ?」

 オメガボックスから栄養補給用の物資を受け取り、七耶は少年の様子を見る。容態は安定しているが、何かにうなされているのか寝苦しそうだ。腕も切断されており、精神的に重い傷を抱えている可能性が高い。

「お前、一体どこから来たんだ……?」

 七耶は答えを帰さない少年に、独白に近い問いかけをする。手当てに邪魔だった髪をヘアピンで留めているが、長髪であることも相まって女の子にも見える。この年頃ではあまり性別の差などないだろうが。

 かつて、長い時を戦い抜いた兵器である七耶は知っている。自分の子供一人を守るために三つの文明を巻き込んだ戦いを起こした人間のことを。真相を知った時、ミイラ一体の為に多くのモノを失った者の叫びを。

 厄災を引き起こすほど愛される子供がいる一方、遠くの宇宙では誰にも助けられず死を迎えた子供がいる。それはなんと理不尽な差だろうか。

「私も全てを救えるなどど傲慢な考えはもっていないさ……」

 如何にこの地球を超越した三つの文明が結託して生み出した存在とはいえ、七耶、サーディオンはあくまで兵器でしかない。あらゆる宇宙にいる者を救うことは当然不可能だが、こうして出会ったこの少年くらいは助けたいと思うのであった。

 

   @

 

「でさー、もうすぐリライズ始まるじゃん?」

「全然サーティーミニッツのオプション見ねーな」

「ハイパーファンクションの再販はマジ嬉しいよね」

陽歌がボンヤリとした意識を徐々に覚醒させる。全く知らない単語が湧き出る会話が耳に届く。会話の意味は分からないが、楽しそうなことだけは感じることが出来た。

「あれ……?」

うっすら目を開く。太陽の光ではなく、蛍光灯の光がまず飛び込んでくる。

気付けば、見知らぬ天井を眺めながら空調の効いた部屋に寝かされていた。擦り傷には絆創膏、打撲には湿布と適切な処置がしてあり、床に寝かされているものの身体の下に誰かの上着が敷かれ、同じく服で枕やブランケットが構成されていた。

「ここ、どこ……?」

起き上がる力が無く、瞳だけを動かして状況を確認する。

「でさ、サンドロックなんだけど、バックパックが独自機構なんだわ」

「角度の付いた手首は使いやすいと思うけどなぁ」

相変わらず、回りの大人は意味の分からないことを言っている。とにかく、感覚の無い手を引きずり、立ち上がろうとする。感覚が無いのも無理はない。肌色で爪の造形もあるが、その両手は生身ではなく、義手なのだ。

「よいしょ……」

外見や動きこそ生身の手と変わらない様に見えるが、分厚いシリコンカバーが関節の駆動を阻害し、長い間メンテナンスを怠った為か殆ど出力も出ない上、反応も鈍い。シリコンも亀裂が入り、それをセロテープでふさいでいる有り様だ。

「あ、起きた起きたー」

「っ……!」

この状況を把握しようとしていると、ミリアが声を掛けて来た。陽歌は思わず身構える。ミリアはエメラルドグリーンの瞳で彼を見つめる。その表情は蠱惑的で、どこか秘密を抱えていそうながら柔らかな母性を湛えた暖かさもある。下手な女優やアイドルなんかよりも美人で、白のブラウスという夏服の薄さも相まってグラマラスなスタイルが映える。

「あ、えっと……」

陽歌は目をあちこちに泳がせ、言葉を詰まらせる。別に、目の前の女性が美女だからではない。大人を、否、他人を前にすると、どうしてもこうなってしまうのだ。

『こんなところで何をしているんだ! 迷惑だぞ!』

『黙っていないで何か言えよ!』

『言い訳ばかり言ってないで!』

頭の中に誰かの大声が反響する。こうなると、何も言う事が出来なくなってしまう。身体を恐怖に支配され、言葉が出てこない。

『うちの子が……大変申し訳ありません』

(僕は……違う、僕は……!)

 それはいつだったか、弟がしたことを母は自分に被せてくる。車のエンブレムをもいで集めたみたいな小さな悪戯から、線路に石を置いて電車を脱線させたというおぞましい行いまで全て。

 誰も守ってくれない。誰も信じてくれない。助けてほしくても、誰に何を言えばいいかわからない。次第に陽歌は言葉を失った。

「っ……」

頭に手を伸ばされると、反射的に身体が固まってしまう。確実に来るであろうダメージに、防御も回避もする力が無いので耐える準備しかできない。

殴られる、反射的にそう感じた彼の予想に反し、目の前の美女が伸ばした手は優しく頭を撫でたのであった。今までされたことの無い行為に、彼はどうしていいのか分からなくなった。

「え……?」

暫く困惑する彼に、その女性は優しく言った。その声は今まで会ったどんな人のモノよりも暖かかった。

「大丈夫だった? アスルトさんのクスリ、効くでしょ。お名前は? 私はミリア」

どうやら彼女が手当してくれたらしい。空腹感は未だ残っているが、眩暈や疲労が収まってかなり身体が楽だ。名前を聞かれたので、固まった喉を必死に動かしてやっとの思いで名乗る。

「陽歌、です……」

陽歌は何故自分がここにいるのか分からなかった。すっかり途中の記憶が抜けている。普段から意識が朦朧としており、記憶がすっぽ抜けている期間が多いので慣れたことではあったが。

やけに人が多い場所だが、彼らは一様に机へ乗せられた何かを見て会話をしている。陽歌から見れば異様な光景ではあったが、彼らからは今まで出会って来た人から感じた刺々しいものが見えない。

「陽歌くんっていうんだー。とりあえず、どこか痛いとことか無いかな?」

ミリアと名乗った女性は、彼が起き上がれる様に義手の手を握って引き起こす。

「あ……」

義手には触覚が無いのだが、手を握られた瞬間に陽歌の胸の奥で熱が沸き上がった。義手になってからというもの、クラスメイトは落とし物一つ触られるのを嫌がり、身体が触れようものなら大騒ぎ。生身の腕が残っていた頃も、誰かに手を繋いでもらったことなど無かった。

小柄で痩せている陽歌の身体を起こすのは女性のミリアでもかなり簡単なことであった。僅かに力を込めて引っ張るだけで、起き上がることが出来る。が、なんと義手が外れてすっぽ抜けてしまったのだ。

「あ」

これはミリアにも予想外だった。だが、倒れかけた陽歌の身体を支えた人物がいた。紺色の髪を伸ばした、彼と同い年くらいの少女だ。右目は前髪で隠れていて見えないが、瞳の色はミリアと同じグリーンであった。そして、驚くべきことに彼女の頭には狼か狐の様な耳が生えている。オーバーサイズの白いハイネックをそのまま着込んだ様なワンピースの短い裾からは、先端が白く髪色と同じ色のもふもふした尻尾が覗いている。

「……?」

この様子を見て、陽歌は自分が死んであの世に行ったのかと思ってしまった。明らかに現実のそれではない容姿の少女、そして都合のいいまでに優しい人々、これが現実とは到底思えなかった。

「気を付けてよねー。これ結構外れやすいみたいだから」

「はーい」

ケモミミの少女に指摘され、ミリアはそうだったと言わんばかりにとぼけた表情をする。黙っていればミステリアスな美女なのだが、口を開くと案外おちゃらけているのだろうか一気に砕けた印象を受ける。

「とりあえず付け直すよ。私はさな。よろしく」

ケモミミの少女はさなと名乗った。彼女は擦り切れてよれた陽歌の体操服の袖を肩まで捲ると義手の再装着を試みる。陽歌自身も直視したくなく、また多くの人も見たがらない切断の痕にもさなとミリアは眉一つ動かさずに作業する。

「うわ、これ結構頼りない接続なのね……」

「完全な状態でも結構外れやすいんじゃないの?」

彼女達が苦言を呈したのは義手の接続方法であった。陽歌の義手は本体から続いているシリコンカバーの縮む力に頼った固定であり、肩口近くまで欠損している彼ではどうしても浅い接続になってしまう。加えて、同じ理由から義手の比重が大きく抜けやすさを助長する。申し訳程度に固定用のベルトがあるのだが、一人で付け外しするには難のある代物だ。完全な状態でもこの有様なのに、カバーやベルトが劣化しているため更に外れやすい。

「うーん、このまま付けても外れちゃう……」

 ミリアとさなが困っていると、ナルが何かを持ってやってきた。

「ジャンク交換の箱から使えそうなもの持ってきましたにー」

「お、ナルちゃん助かるよー」

ナルはキャラでも作っているのか外見も相まって猫の様な印象を受ける。彼女が持っていたのは、黒色をした球体関節人形の腕みたいなものだった。大きさは明らかに成人女性相当のものであった上、肉体と繋ぐための部品も存在しない。これをどうしようというのか。

「なるほど、この義手はマインド接続みたいだね」

「なにそれ?」

 さなが陽歌のうなじを見て義手の機能を判別する。ミリアは知らない様だが、陽歌も自分のことながら知識が無かった。なのでさなが簡単に説明する。

「脊髄に埋め込んだチップから神経信号を飛ばして義手を動かしているんだよ。あんまり良質じゃないけど、発信源が搭載されているなら話は早いね」

この技術は生身の手足が如く動かせて便利だが、円熟した技術とは言い難く非常に不安定だ。その結果、握ったつもりでも手が動かなかったり、デフォルトの状態が開いた手に設定されていると信号途絶を無操作状態だと判断して何かを持っていても手を放してしまう。

 おまけに送信できる情報量が限られているので神経以上に深く繋がれるにも関わらず触覚のやり取りができない。ハッキングの危険も当然ある。

無線であることのデメリットが全面に出ている仕様だ。

「んじゃ、このチップを軸に接続するね。これをこうして……」

さなは空中を指で叩いて何かを操作する。その瞬間、元々対して動かないとはいえ義手が陽歌の意識で動かせなくなったのだ。

「一回接続をリセット、端末フォーマット。フリーのだけど義肢用のOSをインスコして……そっちの腕に繋ぐよ」

次は不思議なことに、ナルの持っている腕が動き出す。陽歌の意思によって、である。

「え? ええ?」

「規格が違うから結構無理やりだけど、その場凌ぎには十分かな?」

その腕を切断部に持っていくと、腕から黒い包帯の様な帯が飛び出して巻き付く。しっかり固定されているのに締め付けを感じない、不思議な感触であった。さらに、明らかに大きかったサイズも自動で調整され、重さも重すぎず軽すぎずという落ちつきを見せている。

「私の耳や尻尾を作ってるのと同じナノマシンの技術だよ。応急だけど地球のものよりは使いやすいんじゃないかな?」

「すごい……」

陽歌は謎の技術に感嘆するばかりであった。さすがに触覚までは取り戻せなかったが、以前の義手より言うことを聞く。もう片方の腕もこの新しい義手に取り換え、当面の問題は解決された。

 

    @

 

 腕も無事復旧したところで、ミリアは陽歌に事情を聞いた。

「一体どうしたの? 吹上ホールの前で倒れてたけど……」

「ふきあげ……?」

全く聞いたことのない地名であった。東海民ならばテレビコマーシャルでイベントの告知をする際、ちょくちょく耳にする場所ではある。だが、陽歌は北陸の人間。距離こそ近いが交通の便が悪く、名古屋は遠い街だ。

そもそも、ここに来た経緯も全く思い出せない。陽歌は記憶を辿ってみることにした。たしか、あれは金曜日のことだったはずだ。

「あの黒い人影に襲われたの?」

「え?」

 ミリアの口から出た黒い人影、そんなもの当然見てもいなければ心当たりもない。

「えっと……図書館に行ったら怒られて仕方なく帰ろうとして……そこから何も覚えてなくて……黒い人は、知らない」

「ええ? 図書館に行って怒る大人っている?」

さなの反応は考えてみれば自然なものであった。しかし、日時を考えれば怒られても仕方ないと陽歌は思っていたのでその部分については非常に言いにくかった。

「仕方ないよ……僕が悪いし……」

「図書館行って悪いこと無いよー。休みの日に勉強して偉いじゃん」

「お姉さんは毎日日曜日なのに遊んでばっかだもんね」

ミリアとさなは一体何をしている人なのか分からないが、ごく普通の事を言って励ましてくれる。その時、ナルが近くに置いてあったトートバックを拾ってきた。ボロボロで隅には穴が開いている。生地からして随分と安っぽく、何かのオマケに配布された程度のものと思われる。

「もしかしたら何か手がかりがあるかもしれませんに」

「あ、僕の……」

そのトートバックは陽歌のものだった。中にはくしゃくしゃになった教科書と数本の短い鉛筆と欠片の様な消しゴム、図書館で借りた本が入っていた。

「教科書はどこが何使ってるか分からないけど……四年生なのかな?」

さなは教科書から彼の学年を判別する。背の順で並べば最前列という小ささなので見た目ではそうも思えまい。図書館の本には『金湧市立図書館』と書かれており、陽歌がどこから来たのかの手がかりになった。

「金湧市ね……えーっと」

ミリアがスマホでその場所を調べる。すると、名古屋である吹上から距離の離れた、北陸に位置する都市であることがわかった。

「こんな遠くから?」

「しかし小学生で図書館に教科書持ち込んで勉強とは熱心で関心ですに……」

ナルは教科書を開いて、中を見た瞬間即座に閉じた。その理由は陽歌には分かっている。中にはとても見るに堪えない罵詈雑言が書かれている。猫を人にした様な彼女でもこの悪意と敵意の塊はそう長く直視出来るものではない。

「ま、まぁともかく、誰かさんに爪の垢でも煎じて飲ませたいですに……」

何とも言えなかったナルに対し、さなはこれで大体の事情を察した。

「あー、最近学校が嫌なら図書館においでって活動してるもんね。それで図書館に行ったと……あれ? でも今日日曜日……?」

しかしながら、自分で言いつつ矛盾に気づいた。学校に行きたくなくて図書館に行ったのなら、平日であるはずだ。陽歌も日曜日という言葉に驚愕する。

「日曜? だって今日は金曜……平日に学校サボったから怒られたんだし……」

「つまり丸っと二日分の記憶が抜けてるってこと?」

話を纏めると、さなは陽歌が二日も放浪した末ここに辿り着いた可能性に辿り着いた。

「大変! だったらすぐ帰らないと……!」

事態を把握した陽歌は帰路に着こうとする。だが、立ち上がる力は残っていない。方法は不明だが二日もぶっ通しで移動すれば当然である。

「まぁ落ち着いて。まずは身体を休めることが重要だよ」

ミリアは陽歌を留め、休息を取る様に言う。しかし、早く家に帰らないと怒られるという焦りが生まれており休むに休めないのが本音であった。そこに、さらに新たな人物が顔を出す。

「飯も食えん家に帰ってどうすんだ?」

さなやナルに輪を掛けて小柄な長い黒髪の少女であった。何故か巫女の様な衣装を纏っており、その割に靴はブーツとよくわからない組み合わせであった。

「七耶ちゃん、頼んだもの買ってきてくれましたかに?」

「おう、バッチリだぞねこ」

「とら」

ナルをねこ呼ばわりしたその少女は七耶というらしい。小さい体格に似合わず尊大な態度をしていて、陽歌は少し警戒した。手にはコンビニのビニール袋を持っており、その中の一つを渡す。それは随分分厚いサンドイッチであった。

「見ろ! 人気の具材が全部入ったスーパーサンドイッチだ!」

「何で全部乗せ買って来てるんですかに。消化の良いものにして下さいに」

「全部乗せは万病に効く薬なんだよ!」

謎理論であったが、とにかく自分に食べさせるためにこれを買って来てくれたという事実が陽歌には驚きであった。自分にここまで何かをしてくれる人がいるということ自体、久しぶりのことだったのでどう反応していいのか分からなかった。

「で、この小僧についてなんかわかったことはあるか?」

「遠くから二日も掛けてきたけど、その間の記憶が無いみたい」

「マジか……大丈夫なのか?」

 ミリアからの報告を受けた七耶は驚いたが、陽歌にとってはここまで事態が大きくなるのは初めてだが基本的なことは経験が無いわけではなかった。なので、普通に問題ないと答える。

「大丈夫……昔からの癖で、寝てる時にフラフラ歩いたりするみたい……」

「お前それ夢遊病ぢゃねーか」

「ハイジが山に帰れないストレスでなるやつですに」

それはどうも彼女達にとって深刻な問題だったようだ。さなも心配なことがあるのか、質問を投げかける。

「最後にご飯食べたのいつ?」

「えっと……木曜の給食……は食べてないから水曜かな?」

陽歌は記憶を辿って最後の食事を思い出す。もはや脳トレで質問される範囲である。

「水曜日の晩御飯?」

「晩御飯はお母さんが箱でカップ麺用意してくれるんだけど……最近、食べてもすぐ吐いちゃって……」

「今すぐ食え! 死ぬぞ!」

話を聞いた七耶はサンドイッチの包みを破って中身を陽歌の口に突っ込む。給食費を払っていないことで食べるなと言われたことはあっても、食えと言われたことは無かったので彼は反応に困りつつも素直に食べた。

「黒い人影に心当たりはないって」

「たしかに、怪我も古いものばかりだからあの場で襲われた、という感じではないな」

 肝心の人影に関する情報も無しと来ている。

「で、他に手がかりは……」

「借りてた本ですに」

 ナルは七耶に陽歌が借りていた本を見せる。数冊の厚いハードカバーで、児童向けでないことは初見で分かる。

「クライヴ・R・オブライエン著、『暴かれた深淵』、西城究著『機械仕掛けの友情』か……それに『仮面ライダーという名の仮面』までも。いいセンスだ」

小学生とは思えない選書に七耶は一種の可能性を感じていた。

「あの、やっぱり帰ります……僕がいても迷惑だし……」

当の陽歌は妙に優しい人々に居心地の悪さを感じ、帰ろうとする。とはいえ、この状態の子供を一人で交通手段や帰る方法も分からないのに見送るという選択は常識的に彼女達の中には無かった。

「そんなかっちりした場じゃないから休んでけって」

「ここは……?」

陽歌は七耶に引き留められ、初めてここが何をしている場なのかという疑問が沸いた。やはりここは現実ではないのではないか、そう思った瞬間、衣服に沁み込んだ汗が蒸発して身体が冷える。反射的にくしゃみが出る。逆に言えば、くしゃみ出来るほどに回復したということだ。

「すまんな、着替えまではないからこれで我慢してくれ」

七耶は陽歌に被せてあったパーカーを彼に着せる。我慢してくれだなんてとんでもなかった。寒くても雨で濡れても服が限られている陽歌には、上に羽織るもの一枚でもありがたかった。流石に大人のものなのでサイズは大きく、袖が余る。ただ、それさえもあまり見せたくない義手を隠すには丁度良かった。

少し落ち着いたことで、改めて周囲の状況を確認する。数人の大人達が心配そうに陽歌の方を見たりしていた。彼にとってそんな眼で見られるのは初めてのことだった。

「おいおい」

「あいつ大丈夫か……?」

着ている服のデザインが奇抜だったり、小人か妖精の様な小さい女の子を肩などに乗せているなど変なところはあったが、今まで他人に感じていた害意が無いという何とも変な集団に陽歌は困惑する。

「ほう、義手萌え袖ですか……」

そこに義手について言及する人物が現れた。ガスマスクの特殊部隊みたいな恰好という奇怪な格好をしていた。今まで好意的に捉えられたことが無かった部分なだけに、相手の妖しさもあって彼は胸の前で指を絡めて不安を露わにする。

「大したものですね」

が、どんな罵声が飛んでくるかと思えば反応に困る言葉であった。が、続けて放たれるセリフで更に困惑へ叩き込まれる。

「義手も萌え袖も一般的な萌え要素だが、組み合わさった途端にマイナージャンルとなってしまう。ですがメカニカルなマニュピレーターが見せる人間特有の柔らかい動きというギャップを萌え袖が最大限に引き出すためハマった場合は抜け出せなくなる人も多いんですよ」

正直何を言っているか分からないが、少なくとも否定的な意見ではないことはわかる。というかそれくらいしか分からない。

「なんでもいいけどよぉ」

「これは三次元なんだぜ?」

「肌荒れや髪の痛みは見られますが、手入れすればかなりのものになります。フェミニンな顔立ちにオッドアイも添えてバランスもいい」

周囲からは『不気味だ』、『気持ち悪い』と言われていたオッドアイにかつてない評価が下され、陽歌はますます混乱する。変な会話が続く中、七耶は咳払いして話を切り替える。

「ここはプラモ関係のオフ会だな」

「プラモ?」

この場の説明をする七耶。一つひとつの単語が陽歌にとって縁遠いものであったため、何のことだかさっぱりである。

「あー、そこからか。まぁ知らん奴はとことん知らんこと出しな……。そうだな」

彼女は大量の箱が積まれた机に向かうと、適当な物を一つ手に取って持ってくる。その箱を開けると、中には枠で繋がった大量のパーツがぎっしり入っていた。

「プラモデルってのはこの状態のものを組み立てて、この完成図と同じものを作る玩具だ。説明書通りに組めば、簡単に完成させられるぞ」

「あれが全部……プラモデル?」

陽歌は机に並べられたロボットや女の子の人形を見て呟いた。それらが全て、あの枠にはまったパーツを切り出して作り出されたというのか。

「で、オフ会ってのはネットで繋がった人間がリアルで集まるイベントだ」

「そう、なんだ……」

コンピューターに触れる機会の無い陽歌にとっては馴染みのない文化だが、どういうわけかそのオフ会をする集団に助けられたのは事実らしい。

「ま、お前もせっかく来たんならプラモデルが何なのか体験してけ」

「え……?」

七耶は唐突に提案する。陽歌はあんな難しそうなもの、例え生身の腕が残っていても出来るのか不安になった。随分マシになったとはいえ、触覚を持たない義手であるなら尚更だ。

「ほら、ちょうど簡単そうなものがあるぞ」

箱の山から七耶が持ってきたのは、小さい箱に入った丸いマスコットを作ると思われるプラモデルであった。

「こいつは道具がいらないんだ。とりあえずやってみろ」

「あ、うん……」

彼女の勢いに圧され、陽歌はその箱を開けてプラモデル作りに挑むことにした。中にはビニールに包まれた主に紺色のパーツが入っており、先ほど見たものより量は少なそうだ。説明書も紙一枚のみで工程も少ない。

「まずは中身が全部あるか確認するんだ」

言われた通りに、袋を開封し、説明書のパーツ一覧と照らし合わせる陽歌。新しい義手はビニール袋を開けるのもスムーズだった。よく見ると、指などには細かく指紋らしき模様が刻まれている。これがちょうどいい滑り止めになってくれているらしい。以前のものはシリコンカバーの摩擦で止めていたので、力を籠めるとカバーそのものが磨耗してしまう上に、必要な時は滑らないくせに止まって欲しい時は滑る厄介者であった。

「よし、中身は全部あるな。ランナーとポリキャップ、そんでシールだ」

パーツの収まった枠のことはランナーと呼ぶらしい。後は説明書の指示通りに、組み立てるだけだ。

「普通はニッパーがいるんだが、このハロは手でパーツが取れるんだ」

 ランナーからパーツを外すのに道具は必要無かった。説明書に書かれたアルファベットと番号のパーツを手でもぎ取り、図と同じ様に組み立てていく。僅か数工程で丸いマスコット、ハロが完成する。色は紺色で、目は黄色だ。

「おお……」

 あの平らなパーツが固まって丸いものになったという事実に陽歌は胸の奥が熱くなる感覚を覚えた。この心の動きは何だろうか、彼には表現出来なかった。

何と見えなくなる中のメカも再現され、シールを貼らなくてもパーツの組み合わせで目の色を再現している。使わない手足のパーツも台座の下に仕舞って置ける便利仕様だ。

「おお、やるじゃないか。慣れてない奴はこれでも手こずるものだぞ?」

「ぁ……うん……」

七耶は世辞なのか本心なのか分からないが、褒めてくれた。こんな風に誰かに褒められたことが無いので、陽歌は反応が出来なかった。

「慣れればここにある様なものも作れる様になるぞ」

 彼女は陽歌を様々な作品が並べられているところに連れていく。様々なロボットが置いてあり、これも同じプラモデルなのかと疑問が出てくるほどだ。ただ、よく見ると表面の質感が今作ったハロと違う。

 何か特別な加工をしているのだろう。同じ材料から生まれたとは思えないほど違うものへ変化していた。中には。泥の様な汚れが付いていたり、塗装が剥げているものもある。

「こういう、さも自然の中で汚れたかの様な加工はウェザリングっていうんだ。まぁ実際、このサイズの人型ロボットが雨露に晒されたらどうなるかなんて中々わからねぇからみんな想像だけどな」

 綺麗に作るだけではなく、汚すという方向もある。プラモデルとは奥の深い世界であった。

「お、どうやら生きてたみたいだねー」

「え……」

 自分の前に、手のひらサイズの少女が現れて陽歌はフリーズする。妖精……やはり自分は死んだのだろうか。濃い青髪をツインテールにした、猫耳の少女。白いバニーガールっぽいのも一緒にいる。

「なんだ、フレームアームズガールを知らないのか? 結構大きなニュースになっていたから詳しくなくても存在は聞いたことあると思ったがな」

「ふれ……?」

 七耶によるとこの少女達はフレームアームズガールと呼ばれる存在らしい。たしかにこのサイズの人型ロボットが自律で動いているのは驚異だ。技術的な革新でもあるのでニュースになっているだろう。とはいえ、最近の記憶自体曖昧なので見たとしても忘れていたのだろうか。

「私はフレームアームズガール、バーゼラルドですわ」

「スティレットだよー」

 バニーの方はバーゼラルド、青髪の方はスティレットと刀剣の名前が使われている様だ。何の法則性だろうか。どちらも緩い表情をしており、『武装(アームズ)』の名に偽りありという印象を受ける。

「こいつらはうちのフレームアームズガール、通称FAガールだ。他のモデラーが組んだ奴もいるから見ておくといいぞ」

 周囲を見渡すと、似ている様な違う様な、そんなフレームアームズガールが多数いた。

「なるほど、あなたは陽歌っていうのね」

 黒い装甲を纏った、ブルーグレーの長髪をポニーに結ったFAガールが机に乗ってきた。

「同じ、歌を名に持つ者同士仲良くしましょう。私は雷歌」

「あ、よろしく……」

 そんなことで、FAガールとも知り合うことになった。

「あなた、いい顔の造形してるのね。磨けば更に良くなる……所謂原石ね」

 彼女は顔の造形という今までされたことの無い方向から陽歌を褒めた。

「え、ああ……」

「でも男の子はここからが勝負よ。成長期になるとホルモンが行き渡ってしまうもの。男性的な美しさもそれはそれでいい物だけど、あなたの良さは希少よ。維持を考えるのなら、今からでも注力した方がいいわね」

「でも……僕……こんな目と髪だし……」

 外見を褒められたとはいえ、陽歌には大きな懸念があった。髪色と瞳色。どうやら生まれつきらしいが、誰とも違う異質な色になってしまっている。髪は黒染めを試みたが、ブリーチが肌に合わず断念。瞳色はどうすればいいのか分からない。

「? 髪は伸びてるけど、揃えればいいじゃない。目もしっかり寝て隈を取れば……」

「そうじゃなくて……色が……」

「人間って、しょっちゅうつまらないことに拘って他人を傷つけるのね」

 色の事に言及したが、雷歌は全く気にしていなかった。

「人間は他人に自分と同じでいることを強制するものね。私達を見てごらんなさい。むしろ他人と違う存在たれと作られている」

 周囲のFAガールを見ると、全く髪色も瞳色も、他とは異なる様に作られている。

「私達は違うことを許されない人間社会の反作用、なのかもね。でも、ここみたいにあなたを受け入れてくれる場所はあるわ。子供が見られる世界は狭いもの、たった九年の学校が世界の全てになってしまう。ここを見られたのは、あなたにとってよかったのかもね」

 たしかに、と陽歌は思った。自分がいた街では、殆どが自分のことを異端の鬼子と見た。だが、ここではそんなことはない。それに、あの街でも僅かだがまともに接してくれた人はいた。そういう人ほど街を離れてしまったので、多分あの街が変なのだろうか。

「世界って、広いんだなぁ」

 陽歌がぼんやりしていると、突然扉が切り裂かれて破片が彼へ飛んで来る。

「え?」

「危ない!」

 唖然とする陽歌だったが、雷歌が破片を吹き飛ばしたので事なきを得た。だが、自身の身体より大きい破片を防いだせいで腕を損傷してしまう。

「雷歌……! そんな……僕のせいで……」

 自分を守ろうとして雷歌が傷ついたことに動揺する陽歌。

「別に……あなたでなくても人が怪我しそうなら守るわ。で、闖入者はどこの馬の骨?」

 雷歌は軽くやり過ごすと、窓を斬った存在を見据える。

「雷歌!」

「あら、マスター。遅いじゃない」

 雷歌の所有者らしきガスマスクの男がやってくる。陽歌は彼女が傷ついたことで何か言われるのではないかと身構えたが、彼は真っ先に陽歌の心配をする。

「怪我はないな……よかった」

「え……?」

「プラモならいくらでも直せるが、人間ってのは当たり所が悪いだけで取返しがつかんもんだ」

 当然と言えば当然、なのだが陽歌にとっては久しく忘れていたことだ。橋から川に突き落とされ、面白半分にバットで殴られ、ことあるごとに拳を浴びてきた彼にとっては。人間、自分が大事にされないと他人を大事にすることも忘れてしまうのかと陽歌は少しぞっとした。

「さて、入り込んだ虫は他の子に相手をしてもらおうかしらね」

「そうだな。とりあえず仕事はしたからな」

 雷歌はマスターと共に撤退する。スティレットとバーゼラルドが床でその犯人を見据えていた。相手も、同じフレームアームズガールの様だ。

「ふん……うじゃうじゃと群れて、気に食わないな」

 敵は水色のショートヘアにスク水の様なデザインのスーツを着込んだFAガール。背中には大型の機械ユニットを背負っている。陽歌はその姿より目つきが気になった。

(なんだろう……この感じ……)

 言葉には言い表せないが、既視感を覚えた。

「フレズヴェルクタイプのデフォルトか。スティ子、バゼ子、油断するな」

 七耶は何かを準備しながら、二人に声を掛ける。六角形の台座に、壁の様なラックが付いている。

「おーけー」

「私達の相手ではありませんわね」

 前に出た二人を別々に見て、フレズヴェルクという少女は大げさに溜息をつく。

「はぁ、人間の手にかかるとこうも腑抜けるのだな。別の機種ながら情けない……」

 陽歌は「これあれ? なんかSFでありがちなロボットの反乱?」などと思ってやはり自分が死んだのではないかと疑ってしまう。開けロイトビカムヒューマンである。

「人に飼い慣らされたその姿、見るに堪えん! この場で引導を渡す!」

「何かくれるの?」

 スティレットは引導を理解しておらず、クリアの刃が付いたトンファーの様な武器を向けられているのに、わーいとフレズヴェルクに近寄っていく。確かに見るに堪えない光景なので思わず陽歌が止める。

「待って! 引導って殺すってことだよ!」

「ええ! そんな物騒な! ロボット三原則はどこにいったのさ!」

「なんでそっちは知ってるの……」

 スティレットは完全に何か貰えるつもりだったのか、本気で驚いていた。引導という言い回しを知らない割にロボット三原則はスッと出てくるので陽歌も困惑する。

「誰が、人間が一方的に決めた、そんな奴隷条約に従うか」

 フレズヴェルクは知ってて破っている様子。

「そもそもロボット三原則が初めて出て来たアイザック・アシモフの『私はロボット』からしてその三原則の矛盾を描いたお話だよ……」

「ハナっから矛盾してたのか! これだから人間は……奴隷共を切り伏せたら貴様らも後を追わせてやる!」

 もう無茶苦茶である。FAガールにどの程度、行動の制限が掛かっているか不明だが、この様子では最低限の順法精神も期待できなさそうだ。こんな小さなロボットで人が殺せるのか、と思いそうだが、扉を切り裂いた剣があれば十分可能だろう。

「おい、なんのつもりだ?」

 その時、フレズヴェルクは怪訝そうに七耶を見る。

「何って、ガール同士のバトルならセッションだろ? セッションベース」

「タイマンでやろうっての? 私は別に、ここにいる全員一斉に来ても勝てるけど?」

 彼女はぎろりと睨む様に会場の全員を一瞥する。その目は敵意に満ちていたが、陽歌には違うものを感じた。

(あの目……敵って感じなのに、他の人から感じたものが無い……)

 敵意を終始向けられて生活してきた陽歌には分かる。この目は、自分に向けられてきたものとは違う。むしろ、フレズヴェルクは『こちら側』ではないか? という疑問が生まれる。

「ま、私の環境利用戦法が怖いってのなら、話に乗ってやるがな」

 フレズヴェルクはしばらく考えてセッションベースという台座に乗った。スティレットが乗ると、光の柱が上へ伸びていき、空間を作る。

「スティレット!」

「フレズヴェルク……」

「「フレームアームズガール、セッション!」」

 二人は試合開始の挨拶らしき言葉を交わす。あの態度のフレズヴェルクもキッチリ言っているのは、そうしないとフィールドに入れないからなのか、それとも単にそうプログラムされているからなのか。

「いくよー!」

「轢き潰す……!」

 そして二人はフィールドに入っていく。戦場は荒野。果たしてこれがどちらに利を与えるものか、それは陽歌に分からないことだ。

「殺す!」

 開始直後に、フレズヴェルクが背負ったユニットを吹かして斬りかかる。スティレットも背中のブースターを使って飛翔し、回避行動をとる。先ほどの緩かった表情は鳴りを潜め、端正な顔つきの美少女へとその印象を変える。

「ん?」

 陽歌は二人の出すブースト音が気になった。音が違うのだ。スティレットの方は静かであったが、フレズヴェルクの方は異音がする。しばらく飛行による接戦が続く。フレズヴェルクが攻めている様に見えるが、もたもたしているスティレットを捉えられる気配がない。

「殺す! ここにいる人間も、それに飼いなさられたFAガールも全て!」

 殺意に満ちた言動とは裏腹に、攻めあぐねるフレズヴェルク。武器は銃としても使える様だが、時折思った様に発砲出来ていなかった。

「あのポンコツ、戦い慣れてないからな……」

「シリアスモードが切れたらおしまいですに」

 七耶とナルはスティレットが勝つとは思ってはいなかった。どうも、あのかっこいい状態は集中モードで制限時間があるらしい。それはよく知られているのか、他のマスターも自分のガールを調整して連戦に備えている。

「これって……」

 陽歌はふと、フレズヴェルクの背負っているユニットの汚れを見つける。この戦闘で付いた砂埃ではない。雨による水滴の痕らしき汚れだ。先ほどのウェザリングだとしたら目立たな過ぎる。つまり、これは正真正銘、雨を受けての汚れだ。

「あー、もうだめ……」

 スティレットの集中が途切れ、緩い表情に戻る。フレズヴェルクは畳み掛けんとブーストで迫った。

「スティレット! もっとフレズヴェルクに背中の機械を使わせて!」

「ん? こう?」

 スティレットは持っていたスナイパーライフルを乱射する。精密ではないものの、大雑把に自分を狙った攻撃に、フレズヴェルクは回避せざるをえなかった。

「悪あがきを!」

 短ブーストによる最小限の回避、しかしそれが仇となった。突如、背中のユニットが煙を吹いて動かなくなったのだ。

「何? 馬鹿な!」

 急に推力を失ったフレズヴェルクは動きをコントロール出来ず、地面へ激突し派手に転倒した。

「く……何が……」

「背中のユニットが壊れた! でもなんで……」

 ミリアはユニットの破損に気づく。だが原因までは分からなかった。さなはそこまで理解した上で陽歌に聞く。

「そうか、FAガールは生活防水とはいえ水濡れ厳禁。雨に降られてユニットが不調だったのに陽歌くんは気づいていたんだね」

「えっと……そうですね……」

 陽歌にとっても賭けではあったが、どうやら勝ったらしい。

「馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって!」

 フレズヴェルクのHPは勝手に減少していく。ユニットが熱暴走を起こし、スリップダメージを与えているのだ。地面に激突した分も含めて、彼女のHPは0になってしまった。

『winner スティレット』

 勝負はスティレットの勝ち。セッションベースから戻ってきたフレズヴェルクであったが、ユニットの破損は継続していた。

「ふざけるなよ……こんなお遊戯に負けたくらいで私が!」

 再び立ち上がってスティレットに斬りかかろうとするフレズヴェルク。だが、そこへ雷歌がやってきてロングスピアを構える。

「今のあなたなら、片腕の私でも倒せそうだけど」

「くそがあああぁああ!」

 咆哮と共に剣を振るうフレズヴェルクだったが、槍で簡単に弾かれてしまう。他のガールも集まってしまい、徐々に旗色が悪くなる。

「く……」

「待って!」

 陽歌がフレズヴェルクとガール達の間に入る。最初に敵意を向けてきたのは彼女とはいえ、こうも状況が悪いと自分と重なってしまい見ていられなかったのだ。

「フレズヴェルク……」

 とはいえ、彼女に掛ける言葉も思いつかない。それが余計に、フレズヴェルクの怒りを買ってしまう。

「ふざけるな! ふざけるな! 馬鹿野郎!」

 彼女を拾おうとする手に、フレズヴェルクは攻撃を続ける。義手には傷一つ付かない、罵声を浴びせられているのに、陽歌はいつも感じていた痛みが無かった。

「人間に同情までされるのか! 私はそこまで、堕ちていない! お前も! お前も! お前も! 善人ぶって、人間なんか私達を道具以下にしか思っていないくせに! みんな、生ごみみたいな中身を人型に取り繕っているだけのくせに!」

 近くにいた陽歌だけが気づくことが出来た。フレズヴェルクの憎悪に満ちた顔、その瞳に涙が浮かんでいたことを。

「フレ……わっ!」

 フレズヴェルクに声を掛けようとした陽歌だったが、何かを投げつけられて思わず手で防御した。床に落ちたものを確認すると、それは故障したユニットであった。フレズヴェルク当人は走り去ってしまった。

「フレズヴェルク!」

 嵐の様に過ぎ去った乱入者は、こうして姿を消した。だが、この時二人は知らなかった。妙な縁で繋がり、また出会うことを。

 

   @

 

「……」

「どうした? あのフレズヴェルクのことか?」

 陽歌はぼんやりと先ほどのフレズヴェルクという少女のことを考えていた。七耶はそれを見抜いている様だった。

「あいつの言葉を否定できないんだな……ま、死に目に遭えばそうも思うさ」

 フレズは人間を明白に憎んでいた。陽歌には憎悪というほどの強い感情は無かったが、他人への恐怖はあった。

 もしこの感情が強くなれば、自分も彼女の様に思ったかもしれない。こんなに優しい人達に囲まれているのに、何故かフレズの言葉に、首を横へ振ることが出来なかった。

「逆だったかもしれない……もしかしたら、僕も助けてもらえても、ああやって突っぱねたかもしれない……」

「でも、ちゃんと助けられたな、お前は。私達に会う前にも、少しは助けになってくれた奴がいんだろ?」

 七耶はそこが陽歌とフレズヴェルク最大の違いだと思っていた。FAガールはどうあがいても生きている年数が短い。それも、多感な十歳前後の知識と精神を積んだまま、だ。そして、繊細な様で妙に丈夫。電気さえあれば活動でき、故障しても最悪パーツ交換でどうとでもなり、不調を引きずらない。

だが、人間は徐々に、長い時間をかけて成長する。そして弱く、特に子供は何かが欠けただけで容易に死んでしまう。陽歌がこの歳まで生きられたのは、誰かが助けてくれたことの証拠だ。

「うん、一年の頃だけ引っ越しちゃったけど友達がいたよ。僕に図書館へ行くことを教えてくれた人もいる。短い間だけの友達も、もう一人……」

「そうか。友達に恵まれたな、こういうのは量より質だ」

 肝心の大人が手を差し伸べていないが、同世代の友達は可能な限り彼の生存を助けてくれていた。

「お、もうこんな時間か」

 ドタバタで忘れていたが、もう昼を過ぎていた。何か予定があるらしい。

「さぁプレゼント交換会を始めるぞー!」

七耶は集まった集団の前に出て、何かのイベントを始めようとしていた。どうやら、ホワイトボードの前に集まったプラモデルやらなんやらを融通するらしい。

「調子はどう?」

「あ……はい、大丈夫……です」

ミリアに状態を聞かれ、反射的に大丈夫と答える陽歌。とはいえ、まだ身体の節々にある傷が痛む。

「湿布温まってきちゃったんじゃない? お姉さん替え持って来て」

「はーい」

 さながミリアに頼み事をする。彼女が立ち上がり、荷物の中から湿布を取り出そうとしようとするが急に何かに押しつぶされたかの様に地面へへばりつく。

「へぶ!」

「な、なにが……ぐっ……!」

 さなも足に力が入らないのか膝を付く。他の参加者やナル、七耶も同じ様な状態になっていた。陽歌だけが異常のない状態だ。

「え? 何これ?」

「何か重いモノが乗ってる?」

 陽歌は原因を探すため、あちこちを見渡した。すると、ぼんやりと風景が歪んで見えた。これはどうしたことか。さな曰く、何かが乗っかっているらしいが、彼女達の背を見てもその正体は掴めない。異変は空間の歪みだけだった。

「あれは!」

 歪みを陽歌が凝視していると、それは姿を現した。本やゲームソフトの箱、プラモデルやフィギュアの箱などが積み重なった塔の様な姿をした存在で、空中に浮かんでいる。そして塔の壁を作っている箱が一面だけ一部に穴が開き、そこから瞳の様なものが出現した。

「妖怪?」

『サァ、オ前ノ詰ミヲ数エロ!』

 妖怪は機械の様な声で一言だけ発する。それで七耶はピンときた様だ。

「なるほど、こいつは『詰み』の怨霊か! そいつが詰んだ分の重みを味あわせているんだ!」

「え?」

 怨霊、魑魅魍魎の類なのは確かなようだが、陽歌には『詰み』という概念が理解出来なかった。そこでさなは、なぜこの怨霊が発生したのかの経緯を説明しつつ詰みというものを陽歌に語った。

「モデラー、いや……あらゆる趣味を持つ人間は往々にして買った本を読まない、ゲームを遊ばない、プラモを組まない、フィギュアを箱から出さない。それを繰り返して詰んでいき、『詰み』と呼ばれるものを作る……!」

「どうして買ったものを使わないんです?」

 純粋な疑問として陽歌は聞いた。彼の様に恵まれない環境で育った人物だけでなく、普通の人も大体はこんな疑問を抱くだろう。七耶は重さに耐えながら心情を吐露する。

「買うペースに遊ぶペースが追い付かないんだ……。プラモやフィギュアは発売からすぐ買わないと店頭から消え、再販されない……。すぐに入手するのが確実だが、そのペースで増やしていけば当然作れない……そして詰みあがる!」

「それが怨霊になって……!」

 要するに放置された恨みが固まってしまったというのか。しかし、こんな超常現象をどう収めるべきか。

「お前らは避難しろ……」

 ガスマスクの人物が立ち上がり、ある装置の近くに行ってロボットのプラモデルを置いた。彼は雷歌のマスターである。七耶はその様子を見て言った。

「お前……GPDの機械なんか使って何を……」

「俺は、ガンダムでいく!」

 機械を作動させ、青いロボット、ガンダムを発進させる。白と青のツートンにバイザーの顔が生える、剣を持ったロボだ。

「プラモデルが動いた!」

 陽歌は自分の作ったハロを思い出したが、動力などは入っていなかったはずだ。それがまるで本物かの様に緑の粒子を放って動いている。

「あれはガンプラデュエル……作ったプラモデルでバトルする為の機械だ。表面にナノマシンを塗布して動いているよ。あれで倒すつもり?」

 さなはガスマスクの人物がしようとしていることを予想した。

「行くぞアストレア!」

だが、何かが彼を押し潰す方が早く、ガンダムはコントロールを失う。

「グワーッ!」

「早えよ! 私達でも動けるのにお前は何を詰んでんだ!」

 七耶に聞かれたのでガスマスクは素直に答えた。

「マグアナック三十六機セットと幹部セットとサンドロックとフルドド四つにアドバンスドヘイズルと……」

「おいおいあいつ死ぬわ」

 三十を超えた時点で七耶は諦め、よくわからない陽歌もその危険性を何となく察する。

「何とかして対抗しますに!」

 ナルは敵を倒すべく、重さを背負って立ち上がる。立てなくなるほどの重さを外から加えられているというのは、かなり危険な状態だ。一刻も早く何とかしなければならない。

「必殺!」

「おお……」

 ナルは虎の様なオーラを纏い、何か技を出そうとしていた。陽歌も何とかなりそうだと期待する。

「タイガー魔法瓶!」

 叫びながら彼女が出したのは、一つの水筒だった。蓋がコップになっているタイプで、中には熱いお茶が注がれていた。それを飲んでナルは一服する。

「ふー……」

 その行為が怨霊の怒りを招いたのかは知らないが、ナルは見えない重量に潰される。

「にー!」

「何で回復技出した!」

 七耶の言うことも尤もである。今は攻撃が最優先だ。

「だったら私が……!」

 ミリアが今度は立ち上がる。そして、あるものを被って高らかに技名を叫ぶ。

「コットンガード! ミリアの ぼうぎょが ぐぐーんとあがった!」

 そんなものをなぜ用意していたのか、羊の毛を模した着ぐるみを着込んで防御を固める作戦に出た。正体の掴めない攻撃相手に、とても効果があるとは思えないが赤い上昇エフェクトが出たので多分何らかの恩恵はあるんだろうと陽歌は思った。

「お、重さが……増えた!」

 が、何故か増える重量に耐えきれずミリアは床に押し付けられた。さなには理由が分かったらしい。

「おねえさん、コットンガードは積み技だから『詰み』が増えるよ?」

「だれがわかるんだそんなもん」

 話を聞いた七耶はそう思うしかなかったらしい。まさに初見殺し。

「というかどいつもこいつも補助技ばっか使ってないで攻撃せんか!」

 回復したり防御したりしていては埒が明かない。攻撃しなければ。だが、さなはその試みすら無駄であると悟っていた。

「出来たらやってるよ。こいつ、実体がない。攻撃しても当たらないよ」

「そうか……よく考えたら詰みの怨霊だからな……」

 正攻法では攻略不能。こうなっては打つ手なしかと思われたが、七耶が何かを思い出した。

「詰み……そうか! プレゼント交換会を続けるぞ!」

 こんな緊急事態に何を言っているのか、陽歌は全く分からなかった。立ち向かえないから逃げる、そうして生きて来た彼はどうにかここにいる人を逃がす方法を考えるので精一杯だった。

「ど、どういうこと?」

「いいか? このプレゼント交換会に出されたモンは買ったはいいが作らなかったプラモ、つまり詰みだ! この場で詰みが誰かの手に渡って詰みでなくなった瞬間、こいつの未練は消えるかもしれん!」

 つまりは、除霊ということだ。だが、問題があった。

「本当はみんなでじゃんけんをしないといけないんだが……私は詰みの重さで立ち上がることすらできん!」

 ここにいる人間がほぼ全員、詰みの重さで動くことができない。除霊方法であるプレゼント交換会を問題なく進行出来る人物が残っていないのだ。

「お前だけが頼りだ! 逃げることもままならないみんなを救えるのはお前だけだ!」

 だが、全く詰みが無く影響を受けていない陽歌だけは動くことが出来る。彼なら進行出来る。

ここまで誰かに懇願されたことなど無かった陽歌は、頭の中が真っ白になる。それでも構わずに七耶はルールを説明していく。

「景品を持って、それが欲しい奴が立ち上がる! そしてそいつらとじゃんけんだ! あいこは負け、勝った奴だけが残る! それを繰り返して最後まで残った奴に景品を渡す。これを繰り返すんだ!」

説明を聞く限り、この大人数の前に立ってじゃんけんをすることになるらしい。ただでさえ人の前に出たくない陽歌が、そんなこと出来るのか。彼は恐怖で震えた。歯の根が合わず、生身ではない腕で細い身体を抱きしめる。

「っ……」

 侮蔑の目で見られ、拳や石が飛んで来る。すっかり当たり前で慣れてしまった為何とも思わなくなっていたが、どうやら恐怖は深く刻まれていた様だ。自分が何とかしないといけない、そうは分かっていても身体が言うことを聞かないのだ。さなは口にしないそんな恐怖を分かってくれていた。

「七耶ちゃん、無理だよ。この子には荷が重すぎる」

 ただ、陽歌の中には恐怖とは異なる感情がもう一つ沸き上がっていた。自分に初めて優しくしてくれたみんなを助けたい。何とかしたいという思いがあった。

「僕は……」

 陽歌はゆっくりと参加者の前に足を向ける。時々恐怖に負けそうになるが、その度に頭を振ったり顔を叩いたりして恐れを振り払い、自分を奮い立たせる。

「……僕は……」

「小僧……」

 迷いのある陽歌に、七耶が声を掛ける。

「お前の中には本当の勇気がある。恐怖を知り、乗り越えようとする心が!」

 その言葉に押され、彼の足は強く歩みを刻む。誰かが、自分を励まして支えてくれる。それがとても暖かく、助けになった。

「僕が、みんなを助ける……!」

 陽歌は恐怖を跳ね除け、戦いの舞台へ向かった。

「僕にだって……勇気があるんだ!」

 無意識に口から出た言葉。それと同時にあるビジョンが脳裏に過る。

 街を破壊する怪獣、それに立ち向かおうとする自分。これがいつの記憶なのか、それとも疲弊した脳が何かのごっこ遊びの願望をさも本物かの様にねつ造しているのか。

「おお、ゼアスの主題歌の……」

「あいつも最初は戦えなかったんだよなぁ」

 言葉に反応した参加者が口々に思い出を語る。普遍的な言葉であるが何かの主題歌と被ったらしい。みんなに背中を押してもらいながら、陽歌は前へと進む。

 

   @

 

 結論から言って、あの怨霊は七耶の予想通りプレゼント交換が進む度に力を失って参加者を縛る重力も弱まっていった。本当に詰みの怨霊だったらしく、部屋で埃を被っていた詰みが誰かに歓迎され、欲されることで未練が無くなっていったのだ。

「……」

 じゃんけんを主導した陽歌は精根尽き果て、パイプ椅子に座っていた。景品の量がとても多く、一時間以上に渡って本能的な恐怖を抑え続けるのはかなりの気力を費やした。

「ありがとう。君のおかげでみんなが助かったよ」

 ミリアが飲み物を持って来て彼を労う。不慣れな義手では開けるのが困難であると見越して、小さなペットボトルのオレンジジュースは既に蓋が開いている。

「あ、ありがとう……」

 自分が誰かにお礼を言える様なことをしてもらえるとは思ってなかったので、助けてくれたことも含めて陽歌はたどたどしく礼を言う。ゆっくり飲んだジュースの甘みが、疲れた心を癒してくれた。

(夢みたいな日だったな……)

 一回も痛い目に遭わず、お腹もいっぱいでまだこれが現実なのか曖昧な気分だった。少し瞼が重くなっても我慢する。今眠ってしまうと、この夢が覚めてしまいそうな気がしたのだ。

「で、どうする? 大体の住所は分かったが家の場所が分からないぞ?」

「というか今から北陸行く気ですかに?」

 ぼんやりした思考で陽歌は七耶とナルの会話を聞いていた。何かを相談している様だが、この話を聞いているとこれが現実なんだと思い知らされる。家に帰り、日常へ戻らないといけない。

「行けたとしても帰せるか? こんな状態になるまで放っておくような連中のとこに」

「それもそうですに」

 どうやら二人は何か考えているが、どんな理由があれど明日には学校があるので帰る必要が陽歌にはあった。ふらりと立ち上がると、彼は帰る為に歩き出す。

「今日は、ありがとうございました……僕、帰らなきゃ……」

「お、おい……」

 手段も道も分からない中、家へ帰ろうとする陽歌を七耶は止めようとする。そこにさなが割って入る。

「いい方法があるよ」

 そう言って、彼女は陽歌の前に立ちはだかる。そして瞬きほどの短い間に接近し、何かをした。

「お前も『家族』だ」

 そこから陽歌の意識は途切れた。

 

   @

 

「これで、いいのだな?」

 宇宙のとあるデブリの上、そこで黒い人影はある人物に確認を取る。蒼い仮面のウルトラマン、トレギア。彼はここ数年、己の目的を果たすため策謀を巡らせていた。

「ああ、彼こそ、君の障害となる。異なる世界の悪性存在、ダークファルスくん」

 ダークファルスと呼ばれた人影は疑問を投げかける。仮面の影響か、声は男か女か判別が出来ない。

「とてもそうは思えないな。名前や見た目など、たしかに、と思える部分があっても、偶然と片付けられる範囲だ。見た目なんかは後でいくらでも変えられる。私の素顔をどこからか盗み見て、奴を改造したのではないか? なにより奴は、フォトンを扱えない地球の原生民……その中でも外見以外の特異性は見られない」

 ダークファルスはトレギアを信用していなかった。奴は享楽の為に動く。支配という明白な目的があった、同じ地から生まれた悪、ベリアルとはまるで毛色が違う。

「私もそう思った。だがこの地球に起きたある異変を調べて驚いたよ。彼にここで死なれるのはつまらない」

 トレギアはある意図を持って、陽歌をダークファルスの手でユニオンリバーと引き合わせたのだ。

「とにかく、あの子がフリーでいるのは好ましくない。このままユニオンリバーの中に埋まってもらった方が、君としても予定外の動きがなくて好ましいだろう?」

 トレギアは去る。このおもちゃで遊ぶのは後。今は、新鮮な玩具がある。

(タロウの息子、タイガか。君で遊ぶには、彼が必要になりそうだね)

 だが、この時トレギアは思いもしなかった。浅野陽歌という玩具を詰んだまま、宇宙に果てるという未来を。

 

   @

 

 これは、傷を負った少年がホビーで心を取り戻す物語である。依然変わることなく。

 




 正式タイトル決定&一周年アニバーサリー!
 ついに動き出す、誰も知らない未来。そこに待ち受けるのは一体何か?


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フロラシオンの真相

 以前、都知事率いるオリンピック推進委員会には年端もいかぬ少女達の幹部がいた。それがフロラシオン。呪いの類を避けるため本名は明かしていない彼女達は、現在どうしているのだろうか。
 常識を超えた幸運を持つ【福音】、狂気を演じる【児戯】、人智に収まらない演算能力を行使する【叡智】、そして魔法を扱う双子の【双極】。
 その全てがユニオンリバーに敗れたが、生存はしている……。


 陽歌は年齢の都合、小学生であり学校に通う義務がある。そして彼の身柄を保護しているユニオンリバーにも学校に通わせる義務がある。とはいえ、傷心の陽歌が普通の子供達と同じ様に通学出来るわけはない。そこでその辺りを配慮してくれる学校を選び、少しずつ日常に戻る訓練をすることになった。

「ふぅ……」

「午前の授業、滞りなくね。一年でここまで出来るなんて、凄いじゃない」

 陽歌は保健室登校から始め、この白楼学園初等部で午前だけ通常授業を受けられる程度には回復した。これも友人である篠原深雪、養護教諭の因幡レンの助けあってのこと。

「そ、そうですかね……もう全く動けないんですけど……」

「あなたの状況を考えれば、ちゃんとあの人達に助けてもらうだけでも大変でしょう?それが授業に出られるんだもの」

 陽歌は周囲から迫害されていたせいで、酷い人間不信に陥っていた。だが、ユニオンリバーの連中がぶん回した結果、ショック療法的な回復を見せた。共に暮らす者の半数が人外だと、もう何もかもどうでもよくなる。

「あ、そうそう。あなたに手紙が来てたわ」

「手紙?」

 レンは陽歌に手紙を渡す。宛名は『退魔協会』となっている。

「退魔協会?」

「平たくいえば、魔を祓う人たちの寄合いね」

 魔法使いや錬金術師など特殊な技能を持った者がユニオンリバーには多くいるが、こういう話は聞かない。しかも、なぜ外見が特徴的なだけの一般人である自分に手紙など。陽歌は疑問に思いつつ、手紙を読む。

『浅野陽歌、退魔協会への出頭を願う。最寄りの出張所は静岡支部。地図は下記。期限は9月まで』

「なにこれ?」

「あー……」

 手紙を内容を確認したレンは頭を抱える。そして、この手紙をわけを推測して説明した。

 

「あなた、この夏に『繰り返される2020年』を断ち切ったでしょ」

「そうでしたね」

 東京都知事が仕掛けた陰謀、オリンピックを開いた功績の為だけに数多の可能性を握りつぶした妄執を、陽歌はその手で両断した。

「そのせいであなたの霊力がとんでもなく高くなって、退魔協会が見過ごせなくなったみたい。肝心な時には役に立たないのに、クリア報酬だけは欲しがるのね」

「霊力?」

 これまた聞きなれない単語が飛び交う。ユニオンリバーに属する魔法使い、シエル・ラブラドライトが陽歌の腕を治す方法を探している最中にも『霊力が高い』的なことを見つけた様だが、魔力と何が違うのか。

「シエルさんやマナみたいな魔法の力とは違うんですか?」

「似てるからややこしいんだけど、これ違い説明するだけでも大学の講義半期分使うのよねぇ……。簡単にいえば、怪異と対峙する時に有効なレベルだと思って。実際には怪異以外にも使えるからややこしいんだけど」

 レンは霊力というフワッとした存在について解説する。現在はこの学校で養護教諭をしているが、現職の巫女でもある彼女はこの辺りに詳しい。

「でも、シエルさんが妙に高いって言ってた様な……」

「その時よりも、爆発的に上昇したの。陽歌くん、オカルトや怪談好きだったよね?怪談で巻き込まれた人が生き残る時、大体どうなったっけ?」

 レンは具体例を上げる。陽歌が都知事と相対した時、それはスケールこそ桁外れながら怪異と対峙した状態、則ち怪談と同じ状況だったのだ。

「えっと……大抵は近くのお坊さんに助けてもらうか命からがら逃げるか……」

「普通はそうよね。でも、もしその怪談のお化けを返り討ちにしたら、どうなると思う?」

 怪談というのは怖い話である以上、基本的に怪異を撃破はしない。ホラー映画でもスラッシャー系の殺人鬼やパニック物のモンスターはどうにかなっても、怨霊は倒せない場合が殆どだ。

「どうなるんです?」

「レベルアップする。クトゥルフTRPGでシナリオクリアしたCPにボーナス振って能力を上げるみたいにね」

 答えは単純。怪異を倒せば霊力が上がる。その結果、陽歌の霊力は上昇した。

「あれ?でも都知事倒す前からシエルさんが高いって……」

「高い霊力を制御出来てないと、怪異が集まりやすいの。そのせいで出た怪異を潰して……って繰り返したら上がるんじゃない?」

「そんなに怪異なんて……」

 都知事を倒す前から霊力はあった。ふと振り替えれば、詰みの亡霊を初めちょいちょい怪異との戦いはあった様な機がする。

 

「倒してた……。あれ?でもユニオンリバー来る前は……」

 だがそれもユニオンリバーに来てからの話。金湧にいた頃はそんな超常めいた体験などしていない。

「霊力が上がるのはそれだけが理由ではないのよ。陽歌くんは生まれつきこそ平均値だったけど、その、環境がね……。臨死体験とかでも霊力は伸びるの」

 レンとしては言いづらいことだが、死にかけることで霊力は上がる。生と死の境目にある領域へ魂が滞在することで、霊力を上昇させることが可能だ。これを応用したのが世界各地にある荒行の数々となる。

 つまり、金湧でまともな食事や睡眠も取れず、日常的に暴力を受けていた陽歌は死にかけが長く続いて自然と霊力が上がったのだ。

「そういうこと……。それで、僕は退魔協会に行けばいいんですか?前より霊力が上がったってことは、怪異が集まりやすくなっているだろうから……」

 陽歌はこの手紙の意図がそこにあると思った。無意識に怪異を呼び寄せる存在である自分に、霊力のコントロールなどを教えるつもりなのかと。だが、レンはそれを否定する。

「やめた方がいいわ。なぜ、家ではなく学校にこの手紙が届いたと思う?」

「そういえば……」

「ユニオンリバーに接触を知られたくない。それはつまり、彼らを敵に回すことになる自覚があるってことよ」

 レンの推測は正解だろう。基本的にぐだぐだの放任自由主義な集まりであるユニオンリバーと敵対するということは、よほどの事態である。目の前で悪事でも働かない限り、彼らと敵対することは難しい。

「それはつまり、あなたの身にとって危険があるということ」

 そしてぐだぐだであるが仲間意識は強いユニオンリバーにとって、その仲間を傷付けることはもはや宣戦布告に近い。それを気取られた時点で拠点ごと更地にされてもおかしくない。

 ユニオンリバーに知られず、陽歌を呼び出そうとしたのは、つまりそういうことだ。

「同じ霊能力者の集まりなら、私の入っている『霊能者連絡網』がオススメよ。組織立ってないけど、その分しがらみも無いから、もし専門外の怪異に出くわした時に気軽にヘルプ頼めるから」

「レン先生って安産と子孫繁栄の神様の巫女でしたよね?」

 普通の巫女から悪霊バトルめいた話がポンポン出てくるので、陽歌は思わず確認した。

「まぁ私長いからねぇ、巫女。いろいろ顔が通るのよ。特に退魔協会の腐敗と堕落は直に見て来たし、それに潰された逸材や離れていった人も知っているから余計にオススメできなくて……」

 詳細は分からないが、時折外見年齢に反した部分を覗かせるレン。太平洋戦争のことも直に見て来た様な口ぶりで話していたので、本当はいくつなのだろうか。ミリアみたいに大人に見える年齢一桁や七耶の様に幼女に見える五千歳がいるのでもうわけわからない。

「さすがにユニオンリバーの所属と知ってて、あなたに手を出す様な愚かな真似はしないと思うけど……。私からもこの件はアステリアさんに伝えるわ」

「そう……ですか……お願い……します……」

 陽歌は目蓋が重くなってきており、段々と頭の回転が鈍ってきていた。ユニオンリバーという名が自分を守ってくれているという、安心感を覚えながら彼は眠りについた。

 

@

 

 

 

 陽歌が目を覚ますと、保健室に見知った少女がいた。

「あ……」

 サイズの合わない、知らない学校のジャージを着こんだ彼女はかつての敵、フロラシオン【児戯(エスター)】だ。

「あれ?」

「……」

 敵として戦った回数は一度のみだが、その時のやりとりから気まずい空気が流れる。なんせ、彼女は陽歌のコンプレックスであるオッドアイを弄ったのだ。

 陽歌に気付くや否や、【児戯】はジャンプして激しく土下座する。まさかのジャンピング土下座に陽歌は驚くしかなかった。

「あの時は本当にごめんなさい!」

「え……」

 そして開口一番に謝罪。そういえば、作った様な狂人キャラは片鱗も見当たらない。驚くべき転身である。

「触れられたくないことがあるなんてこと……私にだって分かってたはずなのに……」

 声を震わせての本気の謝罪であった。陽歌は、彼女の服装に何かデジャヴを感じた。金湧にいた頃の自分も、擦りきれた体操服しか着るものを与えられなかったことが思い出される。

「えっと……その」

 こうも本気で謝られたことはないので、返し方がわからない。

「僕も……悪気無いの知ってたのにへそ曲げちゃって、大人げなかったなって……思ってたから」

 だが、陽歌もあの時のことは少し気にしていた。七耶に言わせれば『そりゃそうだ』とのことだが、悪気なく触れてしまっただけの相手に、露骨に機嫌を損ねてしまったのは彼として気にかかるところであった。別にあの時の【児戯】はオッドアイを貶めてはいなかったのだから余計に。

「いや、私があれは圧倒的に悪かった!」

「いやいや、僕こそ……」

 謝り合戦になっていると、レンが戻ってくる。

「お、うまく言えたみたいね」

「レン先生……どうして【児戯】が?」

 問題はなぜ、フロラシオン【児戯】がいるのかということだ。

「【児戯】?」

「あ、都知事の指示で名前隠してたんです。私の本当の名前は、山崎レオナメリア。漢字は、聞かないで、どうせ覚えられないから」

 【児戯】ことレオナメリアは都知事の指示で呪い対策に真名隠しをしていた。そのため、陽歌も本名を聞くのは初めてだ。

「この子は、うちの中等部で預かることになったの。まともに学校にもいけてなかったところを悪い大人が利用してたからね」

 レオナメリアは貧しい家庭に生まれ、学校にも馴染めずにいたところを芸能界にスカウトされたらしい。結局はあの666人いた妙ちきりんなアイドルグループを作るための数合わせだったのだが、今の状況を抜け出すためにと飛び付いたのだ。

「そうなんだ……もしかしたら、僕も……」

 陽歌はその経緯を聞き、下手をすれば自分もそうなっていたかもしれないと考えた。そして、レオナメリアもユニオンリバーの様ないい人に出会えたなら、こうはならなかったはずだ。

「逆だったかもしれないね、僕たち……」

「いや、私が未熟なんだ……。心まで貧しくならなければ……、ゲームやお洒落の話が合わないくらいで友達作れない様な……、そんな私でなければ……」

 レオナメリアは、あの収録で響という真の狂人と出会ってしまったこと、戦いの末に敗れたことから自分を見つめなおしたらしい。

「子供にとって結構大きいのよ、それは。ゲームの話が、簡単に掴める共通の話題ができないって、コミュニケーションの入り口が躙り口くらい狭まってるってことだから」

 レンはフォローする。大人からすればそのくらい……と思うかもしれないが子供の世界は非常に狭い。それだけ、が大きなことなのだ。

「ところで、フロラシオンって名前はえ……レオナメリアさんの発案?」

 陽歌は話題を変えるため、コードネームについて聞いた。あのキャラを演じていたのだから、彼女のセンスではないかと思った。

「いいえ、あれは【双極】の提案よ。多分何でもよかったんだけど……」

 彼女によると、フロラシオン【双極】がこの名前を付けたらしい。何でもいいのだが、まさかあのスピリチュアル星人から飛び出す話とは思わなかった。

「【双極】かぁ、妹の方はもうボッコボコにしてやったけどなぁ。半分くらいエリニュースさんが」

 【双極】はその名の通り、二人組のフロラシオン。こちらも敵対は一度だったが、後に病院島の一件でユニオンリバーの社長であるローディスに二人まとめてボコられたそうだ。

「別に、何でもよくはないのよ」

 その時、保健室に二人組の少女が姿を表した。話に出ていたフロラシオン【双極ジェミナス】、まさにその人だ。露出の多い白の衣装に身を包んだ、全身に刺青のある灰色の瞳と髪の妹、転じて一方はきっちり着込んだ虹色の髪と瞳の姉。これが彼女達にその名を授けた張本人。

「フロラシオンは我らが女神の名。私達は当代のフロラシオン【双極】、ライ!」

 本体は姉の方らしい。そして彼女達も本名を持ち合わせていると。

「私は女神の巫女、フロラシオン【双極】レト」

 色や服装のせいで分かりにくいが、双子なのか顔立ちはよく似ている。レトがこの名前の意味について説明をする。

「我らの女神は、肉体を失っても新しい肉体を得れば再び現世に蘇る……。輪廻転生の法、冥界の規則、その全てが無意味……。お目覚めください、エスター!」

 レトがレオナメリアに呼びかけると、彼女が突然苦しみ出す。周囲に大きなエネルギーが発生しているのか、室内にも関わらず彼女を起点とする暴風が起きる。

「う……ぐううう……」

「レオナメリアさん!」

 陽歌は本能的に、レオナメリアの中に何かがいることを察知した。先ほどまで感じなかった力の奔流だ。

「ちっぽけな島国の猿、女神の依り代となる過ぎた名誉に打ち震えなさい」

「レト……もう一度倒す!」

 陽歌はゼロツードライバーを取り出す。義手の前腕にペイロードがあり、そこにいろいろしまっておけるのだ。そこには彼を補助する為に玩具を魔法で改造して本物にした変身ベルトが入れられている。バックルを腰に当てれば番組の様にベルトが出てきて自動で巻かれる。

『ゼロツードライバー! ゼロツージャンプ!』

「同じ手は二度と食うか!」

 しかし、即座にレトが手を伸ばし、ドライバーに触れる。すると、電撃の様な閃光と共に魔力が吸い込まれ、ドライバーが動かなくなってしまった。

「く……ぁああっ!」

「何?」

 レトは苦悶の声を上げるが、髪と瞳が明るい黄色になった程度で済む。全身の刺青が光っているが、何か関係があるのか、陽歌はあとでシエルに分析してもらうために記憶する。

「ドライバーが……」

 ならばと陽歌は意識を集中して念じる。この夏使える様になった、育ての親が残してくれた守りの力。そして転輪祭典を断ち切った刃。

「お父さん、僕に友達を守らせて!」

「……よ、陽歌くん……」

 かつての敵であった自分を友と呼ぶ陽歌に、レオナメリアは複雑な感情を抱いた。罪悪感もあったが、自分に友達が出来るとは思わなかった。陽歌も、これから同じ学校に通うなら、面識があるなら、その程度からでも友達になれる様になりたいと願った。人をまた信じられる様になりたいから、ここで守りたいのだ。

「う、ぁああああああ!」

 だが、レオナメリアの身体は完全に乗っ取られ、遂に女神フロラシオン・エスターへ変貌する。中学生の少女の面影は失われ、ぶかぶかのコートを纏った童女が姿を現す。

「ふぁ~、よく寝た……」

「おはようございます、エスター様」

 同格のライはいつも通りにしていたが、巫女のレトはうやうやしく膝を付く。

「この身体少し動きにくいんだけど~」

「申し訳ありません、何ゆえ極東の猿のものでして……」

 エスターが不満を漏らすが、その言いように流石のレンもお冠であった。

「さすが、世界中から邪教として排除されただけのことはあるわね……」

「それだけこの世界が愚かということだ。オリンピックが開催されなくなった今、炎の闘神に奉納する戦いが無い。その責務は貴様ら極東の猿に償させねばならない」

 ライが言うには、オリンピックが延期したことと彼女達の動きには何か関係がある様だ。とはいえ、今回の歴史的延期については時勢のこともあり、一概に都知事の不手際とも言い難いのだが。

「オリンピックが?」

「侵略者の血族に唆されて取返しの付かないことをしたな。いや……元々厩で生まれただけの父親が不確かな人間をありがたがっていた知恵遅れ共には荷が重かったという話か?」

 前者は都知事を倒す為に手を貸してくれた人物、後者はオリンピックを指揮するIOCのことだろう。日本人だけでなく、全ての人種、宗教を平等に見下している様だ。

「んじゃ、ここで遊ぼうか。この身体、まだじたばたしてるから」

「御心のままに」

 エスターは保健室を出る。まだレオナメリアは乗っ取られない様に抵抗している様子だが、完全に奪う為の時間を稼ぐ気だ。

「あれ……刀来ない?」

 陽歌はふと、呼んだはずの刀が来ないことに気づいた。あの事件のあと、いろいろ試したがどこに刀が置いてあっても自分が呼べば来ることは確信出来ていた。

「当然だ。ここは今、エスター様の遊び場。あの方の定めたルールで踊ることしかお前達には許されていない」

 レトはそう説明する。一応、神の加護を受けた巫女である自分ならとレンが保健室の扉を開けようとするが、びくともしない。

「あれ?」

『ダメだよ。ちゃんと謎解きして鍵を探さないと』

 エスターの声が放送のスピーカーから聞こえる。扉には本来存在しないはずの『内側の鍵穴』が取り付けられていた。

「神の加護をもってしても?」

「この国は石ころにさえ神が宿ると本気で信じてるのね、笑っちゃうわ。兎如きにそんな力があると? 万物に神がいる? 馬鹿馬鹿しい。唯一神? 誰が神かは私達が決めること」

「レトぉ……!」

 友の身体を奪ったばかりか人々が大事にしてきた信仰を愚弄され、陽歌は自分でも驚くほど怒りの唸りを上げていた。

「こうなったら、普通に謎解いて助けに行きましょう!」

 レンは切り替えて、敵のルールに乗っ取った上で攻略することにした。だが、そんな彼女にレトは容赦なく攻撃を仕掛ける。

「させると思っているのか!」

「ちょ……それ反則じゃない?」

 肉弾戦では互角らしく、攻撃をなんなく回避するレン。だが、陽歌がライに狙われる。

「うわ!」

「陽歌くん!」

 殆ど戦闘能力の無い陽歌は攻撃を避けるのも手一杯。それが魔力でブーストしている相手なら猶更だ。スピードもさることながら、パワーも上がっていて空ぶった拳の風圧で壁を穿つほどだ。

一発貰えば命が無いだろう。だが、そんな攻撃が不可視のスピードで陽歌に襲い掛かる。

「早いとこ何とかしないと……窓からなら!」

 レンはこのままだと陽歌が持たないと判断し、違う出口を探すことにした。窓を割って外に飛び出すが、次の瞬間には元通り保健室の中に戻ってしまった。

「あれ? だったら……」

 目論見が失敗したレンは、廊下側の壁の下部に設けられた換気用の窓から脱出する。が、やはりワープでもしたかの様に保健室へ戻ってしまう。

「だったらこれ! オラクル土産、テレパイプ!」

 陽歌は別の宇宙でユニオンリバーのメンバーが手に入れたアイテムを使う。ボールを投げると転送装置が出来るアイテムで、ちゃんと機能してワープゾーンが発生する。

「これで……え?」

 しかし使っても保健室へワープするだけだった。その隙をライは逃さない。

「あ……」

 ほぼライの拳を一瞬視界に捉えるのがやっとだった。死んだ、彼がそう思った瞬間、何者かが間に割り込む。

「超攻……」

「何?」

 それは、等身大のロボットであった。サーディオンイミテイト、CPUのみになったかつての超兵器、超攻アーマー・サーディオン七号機、攻神七耶の地球での姿だ。

「パイルバンカー!」

「ぐ、おおおお!」

 右手の拳を同じく右手の拳で打ち消されるライ。しかしその出力は圧倒的な差があり、腕に亀裂が入って血を吹き出しながら、彼女は保健室の外へ弾き出される。そのまま校庭へ飛び出し、砂埃を上げて隕石の様に墜落した。

「七耶!」

「どうも妙な反応がある上にお前の刀がそっち行きたがってたから来てみたら……都知事んとこの残党か」

 即座に変身を解除して元の姿になる七耶。あまりに強力故、サーディオンでいるには秒単位での課金が必要なのだ。

「お姉ちゃん! お前……どうやってエスター様の空間に!」

 レトはエスターの作った異空間に入ってきた七耶を警戒する。

「どうやってって普通に入ったに決まってんだろ」

「ふざけるな! エスター様の力を超えるなど……」

「お前ら、随分狭い世界で生きてんだな……」

 エスターの力を絶対視するレトに七耶は呆れていた。彼女は科学を超えた科学の超科学文明、魔法を完全に実用化した超精神文明、自然との共存を極めた超自然文明という三つの文明が手を取り合って生み出した存在。故に地球に引きこもっている神とはスケールが違うのだ。

 そんな七耶さえ、宇宙一つ滅ぼす爆発『クライシスインパクト』をドーにかしたジーさんことウルトラマンキングや変形に年単位を費やしその余波で宇宙が滅ぶゲッターエンペラー、銀河を雪合戦したグレンラガンを見て『やっべ』と思う程度の謙虚さはある。自分が兵器でしかないことは自分が良く分かっているタイプとも言える。

「異空間に割り込むくらい簡単だろ」

 七耶は淡々と感想を述べる。

「ワイトもそう思います」

「ちくわ大明神」

「ラドンもそうだそうだといっております」

「誰だお前ら」

 変な連中まで一緒に混じっているのでレトは困惑しかしない。つまりこんな連中でも侵入出来る程度には容易ということだ。単にギャグ時空のノリが強いだけかもしれないが。

「小僧、後はお前の仕事だ。『友達』、守るんだろ?」

「うん」

 七耶は陽歌に刀を渡す。以前の白鞘と異なり、拵えは無いが黒漆が塗られている。

「やろう。もう一度誰かを信じる為に、神だろうが斬ってやる!」

 陽歌が刀を抜くと、刀身に炎が宿る。刀自体は錆びていてとても切れそうにないが、問題はそこではない。かつて人の道理を反れた者を斬った事実、それ自体が切れ味となる。

「セイヤー!」

 陽歌が保健室の虚空を斬ると、ガラスが割れる様な音がして、エスターが目の前に出現する。空間操作の干渉そのものを斬る。一度、理から大きく逸脱した都知事を斬って転輪する2020年を破壊した陽歌には、他者の身体を奪うことで死を免れるという同じ理を外れた者であるエスターにも特攻が与えられているのだ。

「馬鹿な……ただの子供に!」

 混乱するレトにレンが解説を入れる。

「覚えておいて。退魔の世界では一度倒した、という事実が同類へ刺さる特攻になる。あなた達の神とやらが世の理を外れている限り、あの子の刃は致命傷になる」

「く……」

 世界の法則から外れて好き放題していた分、しっぺ返しである。エスターは驚愕でキョロキョロするしかできない。

「え? 何? なに?」

「助けるよ、友達になりたいから!」

 陽歌は刀を振り上げる。しかし、エスターにはまだ切り札がある。それはレオナメリアの身体を乗っ取っているという事実。

「んん? 私を殺すの? でも私は死なないよ。身体が壊れても乗り換えればいいし!」

「んで、今!」

 レンはこの時を狙っていた。精神が乱れ、身体を乗っ取り切れていない状態。今ならエスターを分離する手がある。乗っ取ったのが女性、というのが致命的であった。彼女は子孫繁栄と安産の神、白兎の巫女。母子に迫る危険を祓うのも仕事だ。

「出ていけ、邪神!」

 レンが手の平をエスターにぶつけると、エスターがレオナメリアと分離する。それでも、レオナメリアの身体からエスターの上半身がのけ反っている状態までだが。

「ふ、ふん……異教徒に我が女神が倒せるわけ……」

 思いの外効果が無くて安心するレト。エスターはすぐにも戻りそうだ。しかし、七耶が力ずくで二人を引きはがそうとする。

「おらぁあああああ!」

「いたいいたい! 何するの!」

 エスターは抵抗するが、レオナメリアは身体のコントロールを奪われたままなのか動かない。そこに陽歌が迫る。

「健やかなる生命を脅かす邪神、滅ぶべし! 【仏陀斬り】!」

 飛び出している上半身を燃える刀剣で切り裂くと、布を裂く様な悲鳴と共にエスターが真っ二つに切り裂かれる。レオナメリアの身体に残った下半身もぽろっと落ちる。

「し、し……しん……」

 エスターは燃えてそのまま灰となる。信奉していた女神の一柱を殺され、レトは唖然とする。

「う……そ……エスター……さま」

 本来殺されても、女神はその力が神殿に戻るだけで巫女である自分にはそのことが感じられるはず。だが、今のレトにはエスターの存在が感知できない。この場で、間違いなく殺されたのだ。

「う……生きてる?」

「あ、良かった、無事だった」

 その上、身体のレオナメリアは無事で。

「お前ぇーっ!」

「タイガー……」

 遅れて湧き出た怒りのまま、レトは陽歌に襲い掛かる。その横から、ナルが飛び出して迎撃をかます。

「魔法瓶!」

「ぐはっ!」

 水筒による一撃でレトは吹き飛ばされる。あれこれ回復技じゃなかったっけ?

「まぁこれは百均の水筒ですがに」

「ルナルーシェン!」

 しかも水筒は安物のプラスチック製。水筒は無傷でレトが頭を負傷して吹っ飛んでいるのは何故だ、と一年前の陽歌なら思っていたが今やもう慣れた。

「……貴様ら」

 フラフラになりながら、ライが怒りに燃える。神を殺された、それは同じ女神として見過ごせないことであった。神殺しという重罪、自分達が侮られる危険、全て看過できない。

「よくも……お前ら全員、神罰だ!」

 戦闘を続行しようとするライにレトが抱き着いて止める。右腕を粉砕され、その上全身を強打した状態では戦いなど出来るはずもないが、ある危険もあった。

「やめてお姉ちゃん!」

「放せ!」

「あいつらの戯言が本当なら……あの子供は女神を斬ったことで女神を殺す力を得た! お姉ちゃんも危ないのよ!」

 そう、迂闊なことに元々特攻対象であったエスターを殺させたことで神殺しという事実を陽歌に付与してしまった。よりにもよって、直接的な戦闘能力よりも特殊能力が高いエスターを出してしまったことで容易に可能としてしまったのだ。

 女神は本来死なないので気にすることが無かったが、エスターは遊び場を作る力を剥がせば貧弱そのもの。相手にわざわざレベルアップの素材を提供してしまった。

「ここは退かないと!」

「今すぐこいつらを殺させろ!」

 レトが瞬間移動で姿を消し、ライと共に撤退する。

「ち、逃がしたか」

「でも敵は一人減らせたね。初登場で、こちらの損害はゼロ。上々じゃない?」

 七耶は全員仕留めたかったが、レンからすれば完璧な迎撃戦であった。

「あれ何だったんですかに?」

「フロラシオン……そんな女神を信奉する邪教があったって話は聞いている」

 ナルがレンに敵の情報を確認する。かなり影に隠れた存在らしく、彼女も噂でしか聞いたことが無かった。

「とにかく、中世には今でもいろいろと仲の悪いキリスト教とイスラム教、ユダヤ教が手を取り合って、最近では冷戦中にも関わらず混乱に乗じて活発化した彼女達をアメリカとソ連が連携して排除する程度に危険ってことは確かよ」

「それ、相当危ないのでは?」

 その話を聞くだけでも陽歌は敵の危険性が理解した。普段争っている勢力が戦後の利権を巡った策謀も無しに協力するというのはかなりの事態だ。

「ところで……」

「ひゃ、ひゃい……」

 七耶はレオナメリアに声を掛ける。陽歌よりも怖い相手なので彼女はつい委縮してしまう。

「お前この学校に入るんだってな? いい沼紹介するから浸かってこうや……」

「沼? 沼って何?」

「さぁさぁこちらですにー」

 七耶とナルに連れていかれ、レオナメリアはどこかへ行ってしまう。陽歌もその後を追う。一波乱あったが昨日の敵は今日の友。そして昨日も今日も敵の奴がいる。新たな仲間を得て、騒動はさらに加速しそうであった。

 




 山崎レオナメリア

 14歳 女性
 フロラシオン【児戯】であった中学生の少女。漢字は『麗桜那鳴凛唖』。陽歌「あー……この『唖』使ったかー……」レオナメリア「え? なんかまずかった?」、という様に漢字は覚えるのが困難なので名乗る時にいちいち教えない。書類を書くのも難しいので改名を検討中。
 実家は制服も買えないほど貧しく、貧すれば鈍するという言葉の通りに彼女は歪んでいった。恵まれない環境で努力など出来るはずもなく、勉強も運動も他人より下回っていた。そんな彼女が一発逆転を掛けて飛び込んだのが芸能界であった。
 食事が喉を通らなくなる様な思いをしてグロ画像を見てキャラ作りし、ようやく得たセンターと幹部の座。
 しかし、オリンピック推進委員会の野望は潰えた。それが逆に、彼女とよき大人をめぐり合わせる切っ掛けとなったようだ。陽歌に撃破されたショックと理解者を得たことですっかり普通の女の子になったレオナメリア。彼女をまた騒動が待っているのだろうか。


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〇台風の日にはコロッケを食べるのです2020

 定番のコロッケ回。おや、コロッケのようすが……?


 誰が言い出したのか、台風の日にはコロッケを食べる風習が日本にはある。わざわざ台風の中買いに行くのではなく、進路が予想出来る以上、直撃を見越して買っておくのが基本だ。

「しかし意外ねー。コロナが台風の予測に影響するとは」

 スーパーにコロッケを買いに来たユニオンリバー一行は台風が読めないことに愚痴をこぼす。今回はいつもの面子ではなく、少し変わったメンバー構成。水色の髪をアップにした少女、レイチェル・シンカー・コバルトドラグーンがスマホで台風の予想図を見る。

「どうやら普段は飛行機から偏西風のデータを貰ってるみたいだけど、その飛行機が飛ばないからデータが足りないみたい。それでもある程度読めてるってことはそれだけこの国が台風に晒されているってことだけど」

 陽歌は台風を初め、気象にも多少精通している。腕を失ってからは精度が落ちたが、西の空と風向きが分かれば天気予報は可能だ。指に唾を付けて風向きを判別していたのでそれが出来ないという問題がある。

「台風が過ぎると一気に温帯の配置とか変わるから、衣替えならそろそろかな……」

「必要なのか?」

 衣替えに異を唱えたのは金髪を束ねた少女、リウィッド・ホワイトファング。クールっぽく見えるが年中体操服で過ごす小学生みたいなタイプと見える。

「人間には必要だろ……いや私達も人間に紛れるならした方がいいけど」

 レイチェルは頓着の無いリウに呆れていた。彼女達は人間ではない。錬金術師アスルトの開発したロボット、四聖騎士団の一角である。この姿はコアが人間の様に変質しているのだが、ほぼ人間との差はない。

「しかし台風コロッケはお惣菜で買うのがうちの決まりなんだな。今更ながら」

「去年も買いに来たからね、違うメンバーだけど」

 惣菜売り場につくと、コロッケを探す。当然、揚げ物は揚げたてが美味しいのだが家で作ると片付けが面倒だ。たとえ冷凍のものを使うにしても揚げる行程で油を使うことに変わりはない。惣菜のコロッケでも霧吹きで水を掛けて、ラップをせずにレンジで温めるとサクサクになるので今やそっちの方が楽かもしれない。

「さて、今夜私が頂くのはこのスーパーを縄張りにする狼……」

「しれっと半額弁当争奪戦に参加すんな!」

 目を離すと、リウはこのスーパーで繰り広げられる戦いに参戦しようとしていた。レイチェルが止めたので事なきを得たが、生身でも人間を圧倒するスペックの戦闘狂が弁当でなく戦闘目的に乱入すれば混乱は避けられない。

「しかしなんで半額弁当の奪い合いだけこんな熾烈に……?」

 陽歌はパートのおばさんが半額シールを貼って裏に引っ込んだ瞬間開始された戦いに困惑する。このユニオンリバーに来て一年、大抵の不思議現象には慣れたが、純粋な人間が引き起こすこの珍事にだけはまだ慣れない。

「さぁな。弁当が目的なんだか戦いが目的なんだか、もう分かんなくなってるだろうな」

「そんな百年戦争的な……」

 レイチェルも長いことこの戦いは見ていたが、長い戦いというのは得てしてそういうものだ。

「あれ? コロッケない……」

 陽歌が惣菜売り場を見ると、コロッケだけが無くなっていた。定番品なのでそう欠品することもないはず。それに、POPには「台風の日にはコロッケ!」とこの日を見越したかの様な手書きではなく系列店でデータ共有していそうな印刷の文言が記されていたので、気合は入っているはず。

「珍しいことがあるもんだ……台風コロッケなんて一部の好事家の話だと思ったが……」

 これにはレイチェルも訝しむ。正直、日持ちしない惣菜を災害時に買い溜めるという判断自体があり得ない。だからこそここまでネタになったのだが、一体何があったのか。

「ふははは! この店のコロッケは買い占めた!」

「お前は!」

 すると、店の外から馬鹿笑いが聞こえた。三人が急いで外に出ると、黄色い旗を掲げた集団がコロッケを大量に買い占めて持っていこうとしていた。

「マーケットプレイス!」

 彼らは転売ギルド、マーケットプレイス。様々なものを買い占めて、高値で転売する悪徳集団だ。最近はマスクや消毒液、果てはトイレットペーパーなどを買い占めている。

「コロッケが欲しければ我々から買うがいい! メルカリでな!」

「いや、総菜は即日消費期限なんだが?」

 レイチェルの言う通り、フリマアプリでスーパーの総菜を買う人間がいるものか。一時期流行ったピザポテトやホットケーキミックスと違い、一晩経てば消費期限が来てしまう。注文して届く頃には食べられたものではあるまい。

「ごきげんよう! あーっはっは!」

 まぁいいか、と陽歌達が見逃しの姿勢に入り、マケプレのトラックが発進する。今買えないのは残念だが、放っておいても勝手に自滅するので自分達で倒す必要もない。

「危ない!」

「は?」

 陽歌が何かを察知してトラックに呼びかける。レイチェルやリウには何も見えず、同じく運転しているマケプレの連中にも見えないらしい。

「目の前の化け物が見えないの? よけて!」

「化け物?」

 だが、陽歌には見えていた。迫るコロッケの化け物が。歪な形のコロッケから複数の腕が突き出て、火傷に爛れたその腕で身体を引きずりトラックを狙ってくる。しかもトラックと同じほどの巨体だ。

「ぐわー!」

 その時、トラックが独りでに潰れた。かの様に周囲は見えた。コロッケの化け物は揚げるのに失敗して爆発した蟹クリームコロッケの様に中身を吹き出させているが、それは赤い何かを潰した様なもので、動く眼球が含まれている。

「何あれ?」

「お前にしか見えないのか? いや、私達にもどうにか『観える』が……」

 陽歌は虚空から呼び出した刀を構える。レイチェルは霊力などの流れから得たデータをCG補正した画像を見ているだけであり、本当の意味では見えていない。

「見えるなら、倒せます!」

 リウが真っ先に飛び掛かる。だが、その拳は化け物を通り抜けてしまう。

「んん?」

「私達は見えてないんだよ! それはただの画像だ!」

 四聖騎士の攻撃は通じないらしい。そもそも、一般人には見えてすらいないのが現状だ。

「何が起きて……仲間に連絡を……」

 必死にスマホで連絡を取ろうとするマケプレ。しかし、他の仲間に電話をしたものの各所で似た様な混乱が起きていた。

「助けてくれ! 何かに追われている!」

『こっちが助けてほしいくらいだ! 何かが襲ってくる! 見えない!』

 マケプレを腕や身体でひとしきり押し潰して満足したのか、コロッケの化け物が陽歌達に迫る。陽歌が刀で斬って応戦すると、攻撃がちゃんと通った。

「斬れた!」

「陽歌の攻撃は通るのか……」

 レイチェルは彼だけだと戦闘が困難と判断し、仲間を呼ぼうとする。だが、この化け物に攻撃できそうな面子が思いつかない。

「助けを……、マナやシエル辺り、七耶なら攻撃出来るか?」

 怪異系、ということは性質の近い魔力持ちなら対応できるかもしれない。七耶も超精神の技術で干渉出来るだろう。

「ここは僕に任せて!」

 だが、陽歌は一人でこれを倒そうとしていた。いくら攻撃出来るとはいえ、彼の身体能力は同世代以下。とても太刀打ち出来るとは思えない。

「お、おい」

「【仏陀斬り】!」

 陽歌が赤い炎を纏った刀で斬りかかるが、無数の腕がコロッケから飛び出して攻撃を止める。一応敵も出血と火傷があるが、撃破には至らない。

「ええ?」

 一応、女神さえ切り裂いた一太刀であるはず。だが全然効いていない。

「必殺技は敵を弱らせてからじゃないと防がれるんだよ!」

「そうなの? 現実とフィクションじゃ違う気がするけど……」

 レイチェルは初手必殺ぶっぱが原因と判断する。まだ敵に防ぐだけの力があるということだ。まずは通常攻撃で削る必要がある。

「しかし熱々だね……」

 刀剣による直接攻撃だと、どうしても敵に接近することになる。コロッケの怪物はまだ衣から油の気泡が割れる音がするくらい揚げたてだ。そして、かなり活発に逃げ回る。どうやら、陽歌とことを構える気はないらしい。

「しかも活きがいい……」

 素直に追いかけると相手の大きさや純粋な速度があり、なかなか追いつけない。

「これで、どうだ!」

 レイチェルが敵の進行ルートに向かって飛び蹴りをかまし、駐車場のコンクリートを穿った。いくら攻撃が効かないとはいえ、視界を遮られたのではたまったものではない。急ブレーキを掛けるが、スピードが仇となり急には止まれない。見事、レイチェルの作ったクレーターにハマってしまう。

「うん、お母さん、それでいいんだね」

 陽歌は天啓を得たのか、ある技を試す。刀の周囲に赤い気配を纏った風が集まり、演舞と同時にコロッケの怪物に襲い掛かる。

「命を運ぶ風に捧ぐ……演舞、風雅賛歌!」

 かまいたち攻撃、ではなく単なる風だ。だが、コロッケから熱が失われ、徐々にキツネ色の衣も黒ずんでいく。

「いくら冷めても美味しい工夫を凝らしても、油は酸化に弱いから限界があるんだ」

 何とかクレーターから這い出した怪物だったが、その動きは鈍っていた。マズくなると弱体化するらしい。それと同時に、レイチェルやリウの周囲にも風が集まる。

「お?」

「これは……」

 リウは何かを察し、化け物を蹴り飛ばす。すると、先ほどは通じなかった攻撃はちゃんと直撃したではないか。レイチェルも数発蹴ってみるが、やはり効く。とはいえ、風がなくなると同時にその効力も途切れ、攻撃はすり抜けてしまう。

「もしかして演舞ってバフなのかな……。まぁいいか、これで弱ったはず」

 陽歌は父母から与えられた力を全て理解はしていない。だが、今はこれで十分だ。

「血肉となり損ねた悲しみを注げ、【仏陀斬り】!」

 今度こそ必殺の一太刀が決まる。コロッケの化け物も消滅し、事態は収束した。陽歌は転売屋たちが買い占めたコロッケを確保し、確かめる。トラックは全壊、マケプレメンバーは重傷を負っていたがコロッケだけは無事、まだ暖かいままだ。

「詰みの怨霊といい、これも一種のもったいないお化け、なのかな?」

「かもなー」

 一年前に対峙した詰みの怨霊と同質の存在だとすれば、彼らもマーケットプレイスの被害者だろう。陽歌との戦闘を避けたのが何よりの証拠だ。

「だとしたら、斬るのは可哀そうだったかな。山から下りてきた熊は撃たなきゃいけないんだけど……」

 陽歌は斬らずに済む方法が無かったか考える。相手と意思が疎通出来ない限り、何をするか分からない、常人に見えない何かを放置するわけにはいかないのも事実。大人しいならともかく、マーケットプレイスとはいえ人間に危害を加えていることからも見過ごせない。

「その点なら心配ない。お前の技は浄化……殺すのではなく祓う力だ」

 その時、銀髪を靡かせた少女が姿を現した。十代前半にも見えるが、陽歌にさえわかるほど強い魔力を纏っている。レイチェルとリウが彼の前に出て、臨戦態勢になるほどだ。

「浅野陽歌、お前は自分の能力を理解していない。霊能力的な血筋に無いにも関わらず、前世も平凡でありながら、邪を破り、祓う力がある……。そのからくりが分からない以上、我々退魔協会も放置はできない」

「退魔協会!」

 少女は先日手紙を寄越した組織の人間であった。

「私はカラス。刀李とは会ったことがあるなら話は早い。早く支部に来るんだな。待っているぞ」

 そのまま少女、カラスは去ってしまう。あくまで自分の意思で来させたいということなのか。

「さて……コロッケが冷める前に帰ってコロッケパーティーしないと」

 陽歌はユニオンリバーという後ろ盾がある限り、そう無茶なことはしてこないとレンはもちろん、アステリアらからも聞かされていた。なのでこの件は無視することにした。祓う力、ということは無念の果てに怪物となった怨霊を沈めて成仏させたということでいいのだろうか。

「お前、よくあんなグロイ怪物と戦って食欲失せないな……」

 レイチェルはあの化け物を直に見た陽歌の正気度を心配したが、彼は何ともなかった。ああいう見ること自体に条件のいるタイプの化け物は、見ただけで発狂してしまうのが通例だ。

「え? 魚捌いたあと食べないの?」

「あ、そういう考えか……」

 身も蓋もない言い方をすれば、食材の加工手順は基本グロテスクである。陽歌はある意味本質を得ていたので平気だったというのか、それとも外見で迫害されたが故に外見から受ける精神干渉を防ぐスキルでもあるのだろうか。

 とにかく、コロッケパーティーの準備は整ったのであった。

 

   @

 

 一年前 ガラル地方

 

 このセプトギア時空は、様々は時空が合流して混沌を極め続けるという特性がある。しかし、近くまで引き寄せられこそすれ合流までいかない時空が存在するのも事実だ。

 この動物図鑑にも乗っていない不思議な生き物、ポケモンが跋扈する世界もその一つ。いくつかの地方が存在するこの地方の内、ガラル地方は環境の変化が激しいワイルドエリアという区域を有するのが特徴だ。

 そんなワイルドエリアの隅、細い道を進んだ先に寂れた一件の施設があった。かつて児童養護施設だった場所らしく、学校に似た構造でグラウンドには遊具もある。

 ガラルでは現在、無敗と謳われるチャンピオンが大暴れするまで麻薬を作ったり子供を働かせたりする悪の組織が暗躍していた。その結果、多くの子供が親を失い孤児となったという時勢があったりする。

 ダンテがそれらを焼き尽くしてしばらく後、ポケモンリーグ実行委員会の委員長であり大企業マクロコスモスの社長であるローズによって早急に孤児達の里親探しが始まった。その結果、多数存在した施設は役目を終えて閉鎖されることとなった。

「う……んん……」

 部屋の二段ベッド、その下段で一人の少女が目を覚ます。服装はTシャツにジーンズと質素。ピンクブラウンの髪をした青い瞳の少女であったが、ボブカットの髪は寝ぐせでぐしゃぐしゃ、目には隈が出来ており、目つきも鋭い三白眼であった。

「頭痛い……飲みすぎた……」

 ベッドの周囲には瓶や缶が散乱し、灰皿には山盛りの吸い殻が乗っている。彼女は時計を見て、行動目的を定める。

「そろそろ時間か……」

 特に服を着替えることもなく、髪さえ整えず外へ出る。外は朝焼けに包まれ、澄んだ空気が漂う。歩いて施設の敷地から出ると、看板の文字を読んで彼女はそこへ唾を吐きかける。

(何が『希望児童園』、だ。欠片もそんなもの、無かったくせに)

 二日酔いするほど深酒をしたにも関わらず、こんな朝早く目が覚めること自体彼女にとっては不愉快であった。この施設が無くなった今、起床時間を守る意味もない。それなにに長年染みついた習慣は抜けてくれない。

(用事済んだら二度寝するか……)

 彼女はそう決めて、さっさと目的地へ向かった。

 

 ガラルは産業革命の際に、炭鉱で栄えた国である。狭い鉱山で働くには子供の方が都合よく、子供であることを理由に小遣い程度の賃金で危険な仕事をさせられた。その悪習は、ダンテの台頭まで打ち切られることは無かった。

 その名残である第二鉱山は既に閉山し、湧き水が溜まって水ポケモンの楽園となっている。

「わざわざご苦労なこった。弱点に自分を晒すなど」

 そして、ここをトレーニングの拠点にするジムリーダーがいる。少女はそのジムリーダーが狙いだ。鉱山の一角にて、相棒のラビフットと共に待ち構える。

「ああいう、挫折から立ち直ったって人間が一番嫌いなんだよ……。大半が落ちたまま這いあがれずに死んでいくってのに、その死体から目を反らす様に立ち直るのが当然と喧伝する。それを真に受けた馬鹿が、這い上がれない人間に石を投げる」

 自分の物言いにイライラしたのか、ポケットから煙草を取り出してラビフットに火を要求する。

「ガレス、火」

 ラビフットのガレスは何も言わず火の粉を煙草に付ける。そして、フィルターを噛み潰しながら一気に煙を吸い込んだ。

「はあ……推薦状の為とはいえ、ムカつく奴の面わざわざご足労の末拝むのは怠いな」

 愚痴をこぼしていると、目的のジムリーダーが姿を現す。白髪交じりの中年男性だが、しっかり鍛えているのか肉体に衰えは見られない。

 エンジンシティにある炎ジムのジムリーダー、カブだ。ランニング中の彼の行く手を少女が遮る。

「推薦状を渡してもらおうか」

「シャルくんか……」

 カブは少女、シャルと面識があった。こうしてランニングコースに現れては、推薦状を無心してくる。ガラルのポケモンリーグには、まずジムに挑む為にそれなりの立場を持った人間から推薦状を貰う必要がある。それが必要でシャルはカブに交渉していたのだ。

「まずは、飲酒と喫煙をやめてくれ。身体に悪いぞ」

「推薦したあんたの面子に関わるからでしょ? 誤魔化さずに言いなさいよ」

 シャルは素手でタバコの火を押し潰すと、吸い殻を投げ捨てる。

「誰かの為に私を捻じ曲げるのは金輪際ゴメンだ、って何度言わせれば分かる」

「そうカリカリするな。コロッケ食うか?」

 カブは途中で買ったコロッケを差し出すが、受け取らずにシャルは背中を向けて去ってしまう。

「それ私がコロッケ嫌いなの知っててやってんの? もういい、話にならない」

 のらりくらりとかわされた挙句、話は平行線。こんなやり取りがここ数週間、ポケモンリーグ開催の直前である今になって続いている。

 シャルが去ったあと、カブは吸い殻を拾った。

「自分が大事にされなければ、他人を大事にできない、か……」

 彼は不器用ながら、シャルの身を案じていた。彼女の心は頑なで、ベテラントレーナーをもってしても全く付け入る隙がない。

 この時は誰もが予想していなかった。今年のジムチャレンジは、外なる来訪者の存在によって大いにかき回されることを。その来訪者も、この騒動のことは全く予期していなかったのであった。

 




 コロッケとポケモン

 アニメに登場するサトシのピカチュウがケチャップを好むことはよく知られているが、当のサトシの好物はあまり知られていない。それがコロッケである。
 アニメではゲストのポケモン、サトシと手持ちの関係などが掘り下げられることがあっても、サトシというキャラクターを単体で掘り下げる機会は長い歴史の中でも意外と無い。
 ポケモン世界では神話においてポケモンを食していた記述があり、図鑑ではポケモン同士の食物連鎖もあるとされている。コロッケには肉を用いたバリエーションがあるのだが、その肉は一体何の肉なのか……。ヤドンの尻尾が今でも食べられているのは事実のようだが。
 そして最新作でついにヴルスト、ソーセージという形で肉が登場してしまった……。あの世界の食文化の謎は深まる……


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〇何をしても文句が出るのなら

 世界では女性首脳の誕生が相次いでいる。これにより女性の意見が政治に反映されるという声が多く上がるのだが、女性の意見が反映できる人物なら男性首脳でも問題ないだろう。
 民主主義の主権者は国民。国を良くするには案外、斬新なリーダーを求めるより一人ひとりの地道な努力の方が重要なのかもしれない。


 図書室の受付カウンターで、本を読む一人の女子高生がいた。彼女はこちらの存在に気づいたのか、本を開いたまま顔を向けて話始める。

「失礼、貸出ですか? それとも、新刊が気になる様子で」

 白楼学園の図書室に常駐する一人の女子生徒。常にいるので、周囲の生徒からはセーブポイントだのチュートリアル要員だの言われているが、彼女はまるで気に掛けない。とはいえ、新入生も卒業生も彼女を知っており、何等かの不思議な存在であるのは確かだった。

「時に、人とは奇妙なものよね。Aがダメだと文句を言われたのでBを用意したら、そちらにも苦情を付ける。実際には別々の人間の声が同じ相手に向かっているだけで、『何をやっても文句を言う人間』は存在せず、そういう錯覚なの。だけれど、世の中には妙なことにその『何をやっても文句を言う人間』というのが存在するのです。その場合は、やっていることではなく相手に文句を言うことが目的なのだからそうなるのも必然ね」

 女子生徒は本を差し出しながら、名を告げる。

「失礼、紹介が遅れました。私は久保田紬。白楼学園高等部二年生、図書委員ではないのだけれど、落ち着くからここにいさせて貰っているわ。今回ご紹介するのは、そんな相手への対応に困ったある人達が用意した、一つの答えについて……」

 

   @

 

 今の子供達には信じられないことかもしれないが、内閣総理大臣が一年おきに交代していた時期があった。あれがダメだこれがダメだ、と国民は、というより一部の大きな声を持つ者が訳知り顔で批判して国民が乗っかった結果である。

そんなことをしているうちに馬鹿馬鹿しくなったのか、それとも主権者たる国民が聡明になったのかは分からないが、二度の政権交代を挟んで史上最長の在任期間を記録した内閣が誕生。

 その内閣も首相の健康を理由に、遂に終焉を迎えた。残りの在任期間は官房長官に首相を引き継ぎ、つつがなく消化される……かに思われた。

 

 その官房長官は現在、暴食の真っ最中であった。とあるスイーツ専門店で好物のパンケーキを我慢の緒が切れたかの様にひたすら食べている。

「官房長官……そろそろお身体に……」

「分かっている……だが……」

 秘書の忠言も分かるが、こうせざるを得ない事情があった。

(今まで首相にやめろと言って来た連中が、まだ就任していない私にやめろと言い出すとはな……そこまで愚かか……)

 首相に反感を持って反対デモを日夜国会前で繰り広げる人間がいたのは事実だ。いくら民主的な手続きで政権を取ったとはいえ、人間というのは意見が一致しないものなのでこういう反発はあって然るべき、と思っていた。

 だが、その首相がやめるとなったら先回りの様に首相候補の自分にやめろと言い出したのである。彼らは首相に不満があったのではない、政府に歯向かう自分に酔っているだけなのだ。首相を独裁者などと呼んで非難していたが、実際にその首相が独裁者なら彼らはとっくに死んでいるだろう。日本という自由が保障された国で、革命ごっこがしたいだけなのだ。

 実際の独裁国家で戦っている人々へ、存在そのものが愚弄とも言える状態だ。

(それに生い立ちを精査しろ……だと? 私の場合腹など痛まないが、生い立ちなど選べるものではない。それを気にして生きている者が聞いたらなんと思うか……)

 官房長官がストレスを爆発させたのは、ある議員が発したSNSでの発言である。政治家というのは楽に高額な給料を貰える仕事と勘違いされているが、実のところ何かにつけて国会をボイコットする野党議員については事実といえ、官房長官ともなれば多忙を極める。そのストレスがその発言で限界にきたといった形だ。

 それでも他人を想って心を痛める辺りに人柄が感じられる。

(こういうのは一部の輩だろうが、与える傷というのは結局同じなのだ……浅野が聞いたらなんと言うか……)

 彼はかつて、身辺警備を請け負ったある警察官のことを思い出していた。年上だったが、公僕ですのでと呼び捨てで呼ぶことを求めた謙虚な男だったので記憶にある。そして、ある日再会した時に聞いた彼の行いに感激したものだ。

『あなたが、その子を?』

 既に警察官としては身を引いていたが、後輩に請われてある事件の犯人が身ごもっていた子供を引き取ったとのことだ。その子は母親が実父と不倫した末にもうけた子という、聞くだけで正気を疑う出生をしていた。

 加えて、毛髪や虹彩の色素異常により、隠れることもかなわない運命を背負ってしまった。

『この国の福祉は充実している方だ。大人になるだけなら施設に預けるだけでも十分だろう。だが、彼を誰が愛してくれるだろうか。きっといると信じたいが、手放しにそう信じられるほど人間というのは立派なものではない。親が片方いないだけで揶揄する心無い者がいるのも事実だ。なれば、私達が彼を愛する最初の二人になろう。愛され方を知らなければ、人を愛することもできない。もしそう育ってしまったのなら陽歌は……愛を掴むことが困難になる』

 そして、その子は官房長官となった彼の前に姿を現した。東京都知事の妄執を止める為に。彼は、浅野陽歌は愛を掴めたのだ。

「なら、善は急げだ。私は、浅野の様な男が育つ国を作る」

 官房長官には、ある策があった。

 

   @

 

『新しい総理大臣の発表について、各地で波紋が広がっています』

 陽歌は買い物の為に、家電量販店に来ていた。テレビでは新たに就任した首相に関するニュースをやっている。首相の交代、そんなことになるほど長い年月が流れたのだが、陽歌は生まれながらの髪色と瞳を晒す気にはまだなれず、パーカーのフードを目深に被っている。

 この国にいる大半の人間が肌の色、髪や瞳の色で差別することはない。見られたとしても、それは単に物珍しさからくるもので悪意はない。

 だが同時に、正義を振りかざし牙を剥く者は悪と断じた相手に何をしてもいいと思っているのも事実。外国人への差別を問題視する同じ口で、首相が長年苦しんでいる難病を揶揄するのだ。

 外の世界ではどちらの人間に会うか分からない。故に、陽歌はまだフードを脱ぐことはできない。

 それに最近は姿を見られると拝まれる様になった。斜陽とはいえテレビに出た時点で目立つのは覚悟していたが、予想外の状態に戸惑いつつあった。

『なんと就任したのは若干三十五歳の女性議員、大空まひる、理論上かつ最年少の女性首相誕生に困惑の声が広がり、「本当に参政権のある年齢なのか?」、「これまでの実績はどうなのか」といった意見が多く上がりました』

 テレビ画面に映されたのは、十代前半に見えるセーラー服の少女であった。とても首相になれる、というより成人にも見えない年齢だが、本人は記者の質問に『みんなが望んだ女性首相だぞ、喜べ』と解答している。

 左目に眼帯をしているなど独特な格好故なのか、『傀儡じゃないか』という意見も多いそうだ。確かにこんな急に実績も不明な若い政治家を出して来たのならそう疑う声もあるだろう。

 だが、文句はどこにでも付けられる。女性首相の誕生を望みながら、自分達の勢力外から出たのならそれが幾つの女性であっても傀儡だと文句を言う様子は想像できる。

 結局のところ、生産性の無いクレームは無視しないと立ちいかないのだ。この国は政府も企業も、クレームを真に受け過ぎた。その揺り戻しの一つがこれなのだろう。

「あれ? 浅野さん?」

 ふと、誰かに声を掛けられた。振り向くと、そこには眼帯をした黒髪ロングのセーラー服少女が立っていた。テレビと違い、帯刀しているが間違いない。この人物は、新しい総理大臣だ。

「あれ? 大空首相?」

「あ、人違いでした」

「いえ、浅野ではあるんですけど……」

 人違い、とも言い切れない可能性があるので陽歌は確認を取る。

「下の名前は仁平ではないですよね?」

「それは父の名です」

 まひるは流石に違うと確信していた。まさかこんな珍しい色合いの人間がこの世に二人といるはずもない、ましてやその人が日本人で苗字が浅野など。とはいえ陽歌は確かに父親の名前を出されたので無関係とは思えなかった。

「息子さんでしたか。息遣いとか雰囲気とか似てるもので」

 まひるはどうやら納得した様だ。血が繋がっていない、育てて貰ったのも物心つかない間という状態でもそんなに似るのか、まず息遣いが似てるって何さなど陽歌は思ったが言わなかった。

「私は大空まひると申します。この度、総理大臣に任命されました」

 知らぬ者はおるまいと奢った様子を見せず、丁寧に自己紹介をするまひる。

「父とはどの様な関係で……」

「子供の頃に知り合ったのですよ。こう見えても齢三十五でして」

 ふとした知り合い、程度みたいだがそれでも覚えているということは鮮烈な出会いをしたのだろうか。

「しかし一国の首相がどうしてここに……?」

「まぁいろいろあって、まだ正式に首相ではないんですよ。ここには野暮用とちょっと買い物をば」

 まひるはただここに来ただけだという。手には既に買い物を済ませたのか大荷物が有料化されたビニール袋でどっさり。漫画とのタイアップ食品が主だ。

そういえば今日は新しい仮面ライダーのベルトの発売日。先に抽選販売があったが陽歌は落選なので普通に買いにきた。そうでなくても、ホルダーなどの周辺アイテムは今日買わないといけない。

「古い感性なのは重々承知だが……やっぱり店頭で買う楽しみは捨てきれないんだよねぇ。こう、売り場にずらって並んでると人気出たなぁって」

 ふと見せる表情は女子高生のそれ。本当に三十五歳か疑わしいが、学校で養護教諭をしているレンも若い女性に見えて戦前生まれなので、まひるも多分なんかあるんだろう。

「あ、やっぱいますね」

「うむ……」

 陽歌は玩具コーナーのレジで揉め事を起こしている黄色い布の集団を見つけた。転売屋ギルド、マーケットプレイスだ。やはり目玉の新商品を求めて店員を恐喝している。こういう人気商品は買い占めを防ぐために転売目的の購入を断っていたり、個数制限がある。自身の勢力を誇示する為に巻いている布が転売の目印となり、購入自体断られている様子だ。

「あ、大空さん」

「やはりいたか」

 まひるはマケプレの姿を確認すると、速足で向かっていく。

「貴様らだな。転売屋集団、マーケットプレイスというのは」

「そうだ! お前……総理か?」

 マケプレも馬鹿の集まりとはいえ、さすがに首相くらいは知っていた。

「そうだ。お前ららしいな、議員達を脅してマスクなどの転売を禁じる法案を撤回させたのは。そして主犯は、この中にいる」

 陽歌はまひるの言っている一連の話を思い出した。今年の春頃にマスクなどの転売が相次いで悲惨な状況になった時、政府は転売を禁じた。しかし最近になってその法律をなくしてしまったのだ。もう十分マスクもトイレットペーパーも出回ったからと判断したのか、など言われていたが、実際はマケプレが一枚噛んでいた様だ。

「ふふ……分かっていて私に手を出すか……」

 前に出たのは腹の出た中年男。髭も満足に整えず、禿げた頭を誤魔化すため左右から見苦しく髪を持って来ているその男は忽ち、一体のロボットに姿を変える。

「私はアダムスミロイドが一人、フログ・カウパロイド!」

 手足の生えたオタマジャクシという実に半端な姿のロボットは、陽歌達がこれまで二体撃破したマケプレの戦力、アダムスミロイドであった。

「こいつは!」

「アダムスミス……神の見えざる手になったつもりか?」

 名前の由来を聞いてまひるは敵を挑発する。フログは機械の割にぬめぬめした液体を飛び散らせながら勝ち誇った様に語る。

「違うな! 神の見えざる手になるということは神になったということだ!」

「掃除が大変そうだ……」

 粘液を回避しつつ、まひるは帯びた刀に手を掛ける。粘液に当たった転売屋は服が溶けて大騒ぎしている。どうやらこれは溶解液の類らしい。

「まずい……強酸?」

「安心しろ、これは都合よく服だけ溶かす液体だ。害はない」

 陽歌が警戒するが、どうもよく漫画にあるタイプの液らしい。どういう理屈なのかはさておき、防具を剥がされるという一点においてかなり厄介な技である。

「辱めることが目的とは、どこまでも下劣だな。錆にする価値もない」

 呆れ果てたまひるが刀を抜こうとすると、フログはある警告をした。

「おっと、私を倒す気かね? だがそんなことをすると議員やその家族に仕掛けた爆弾が爆発するぞ? 私からの信号が途絶した瞬間爆発するから、出来やしないだろうが起爆する間もなく倒そうなどど考えないことだな」

 かなり厄介な仕掛けをしている様子であった。フログは想定していないが、改造を施した者は起爆装置の起動もさせずに撃破出来る達人を想定して作っている。

「それで法案が無くなったのか……」

 陽歌は不自然とも思えた転売禁止法案の消滅に合点がいった。どこまでも卑劣な連中である。

「それゆけい! あれを試すには丁度いい機会だ!」

 フログは部下に命じてタブレットを操作させた。すると、床に穴が開いて何かが這い出してくる。

「悪魔召喚プログラム、二十年以上前の代物だが互換性を持たせればまだ使えるようだ」

「そのプログラム、現存していたのか!」

 まひるは警戒を強める。陽歌は話をよく理解していなかったが、出てくる存在を迎撃する為に刀を呼び出す。出て来た悪魔は一本の足を軸に二対の腕が生えているという人型なのか判断に困る姿だった。ギロチンの刃に変化した腕を穴の淵に引っ掛け、地上に出てくる。

「何の悪魔? ソロモン関係でも七十越えてるからなぁ……」

 陽歌は悪魔の種類を判別して弱点を探ろうとするが、悪魔は種類が多い故に難しい。

「何も出てこないじゃないか!」

「あれ? おかしいな……?」

 だが、フログと部下はその悪魔が見えていなかった。明らかに変身したフログ以上の巨体が出現したのに、一体どうなっているのか。

「え?」

「当然だ。悪魔召喚プログラムは仲間にした悪魔しか呼べん。元々は誰かが無秩序に呼び出した悪魔へ対抗するシステムだからな」

 まひるはこのプログラムが開発された際の仔細を知っていた。名前の印象と違いゼロから呼び出すのではなく、既に顕現した悪魔を使役するプログラムだ。

「いや、今のコンピューターに互換を持たせたついでにランダムで悪魔を呼ぶ機能を追加したと聞いたのに……あの売人騙しやがった!」

 フログは怒りに震えるが、転売屋も詐欺師も同じ犯罪者である。

「いや、出てるよ! 見えないんです?」

 陽歌が訴えるも、まひるを含め誰にも見えていない様子だった。悪魔は腕を振るい、転売屋の首を撥ねていく。

「うあぁあ!」

「なんだ?」

 突然のことに場が混乱する。刃がまひるに迫った為、陽歌は割って入り刀で防ぐ。

「ぐ……」

「陽歌くん! 何が起きているんだ?」

 まひるは眼帯を外さない、ということはこういう時に役立つ魔眼ではないのか単なるアクセサリーなのか。

「そこか!」

 刀を抜いて、当てずっぽうの様に突きを繰り出すまひる。陽歌から見れば当たっているが、干渉できないのか悪魔は無傷だ。

「外した?」

 おそらくまひるは陽歌が庇った時の動きで攻撃の軌道や敵の位置を予測したのだろうが、干渉不能の存在では意味がない。

「いえ、当たってはいるんですが……」

「なんかずっこい!」

 悪魔の性質にぶー垂れるまひる。総理としての毅然とした姿か、それとも見た目相応な少女の姿か、どっちが素なのかは判断に苦しむところだ。

「【仏陀斬り】!」

 陽歌は一気に勝負を決めるべく燃える刀で悪魔に斬りかかる。しかし、四枚の硬い刃を集めた防壁に阻まれ、攻撃が通らない。ギロチンの刃は相当な硬度を持っているらしい。

「あ……」

 悪魔はそのまま組んだ腕を押し出し、陽歌を吹き飛ばす。

「うわっ」

 勢いよくバウンドして硬い床に叩きつけられ、棚が倒れるほど激しくぶつかってようやく止まる。痛みには耐えられるが、呼吸が出来なくなり身体が動かない。

「っ……」

「陽歌くん!」

「このくらい……」

 動きたいものの、筋を痛めたせいか立ち上がれない。まひるも心配そうに駆け付けるが、敵が見えない状態では危険だ。

「ん?」

 謎の存在に対処していると、突然銃声が複数聞こえた。銃撃が的確に悪魔を捉え、撃破する。倒れた悪魔は黒い靄になって消えていった。

「倒した?」

 銃声のした方を陽歌が見ると、髭面の革ジャンを着込んだオッサンがリボルバーを持って立っていた。

「外なるものを認識出来るのか。上が警戒するわけだ」

「あのマークは、退魔協会の上級退魔師?」

 まひるはジャケットの印を見てオッサンの所属を確認する。退魔協会、魔を退ける者の集まりの様だが。

「浅野陽歌を探しにきたついでにこんな厄介モンを見つけるとは。ま、倒すか」

 オッサンは事情を知らないのか、フログに銃を向ける。

「あ、あの、人質が……」

 陽歌は人質いることを説明しようとしたが、オッサンは弾をリロードして戦闘を始めようとする。

「それはコラテラルダメージだ。外なるものを呼び出す手段を持つモン放っておいた方が被害は大きい」

「あ、待って!」

 陽歌の静止も聞かず、オッサンは引き金に指を掛ける。フログは喉を鳴らしているが、鳴き声の様なものは一切聞こえない。爆弾を起爆しているのだろうか。信号が途絶したら爆発という話だが任意で爆発させる手段も当然あるだろう。

「ああ……」

 陽歌が頭を抱えると、液体が垂れる様な音が聞こえる。なんと、オッサンが口や目、鼻から血を流しているではないか。

「ウボァッ!」

 オッサンは倒れ、そのまま動かなくなる。フログは勝ち誇って笑う。先ほどの行動は爆弾の起爆ではなかったのか。

「フハハハハ! 集中音波攻撃だ! 人質などいなくても私は強いと見せねば、やけくそをされてしまうのでな」

 今までアダムスミロイドを倒していたのがエリニュースやエヴァなど規格外の人物だったので分からなかったが、奴らは相当に強い様だ。対象にしか聞こえない音波攻撃、ロスの無さを考えるとその火力のすさまじさが分かるというもの。

「はやく……七耶達に連絡を……」

 このままでは勝てない、と陽歌は増援を呼ぼうとする。だが、意識を保つのでやっとの状態では電話も出来ない。

「人質を見捨てても勝ち目はない! 貴様は人質を失った挙句負けるのだ!」

「そうか」

 しかし、話を聞いたまひるはいつの間にか剣を抜いており、鞘に納めるところだった。カチン、と刀の鎬が鞘に当たって鳴った瞬間、フログは真っ二つに切断されていた。

「なら、成敗」

「アバっ? 馬鹿が……爆弾が……」

 信号の途絶、それと共に発動するはずの爆弾は音沙汰がない。これはどうしたことか。

「日本国の立法、その根幹を侵害されて何もしていないと思ったか? そんなもの、とっくに解除して証拠として押収させてもらった。廃案にしたのも貴様らが国賊、破防法の適応対象になる実績を積ませるために過ぎん。泳がされていたのだよ、貴様らは」

 なんと、既に爆弾は解除済み。挙句証拠が残った上に排除する建前まで作られる始末。実際に人質を使って国を動かしたなどとなれば、どんな人間でもマーケットプレイスを擁護することなど出来まい。もししようものなら、同類の危険組織としてマークされることになる。

「そんな……爆弾の解除など、不可能なはず……!」

 とはいえ、当然爆弾の方にもセーフティがあるのが通例。それを破られたことがフログには受け入れがたかった。

「私を誰だと思っている? 内閣総理大臣だぞ? 不可能は無い」

「そんな大統領魂みたいな……」

 どこかで聞いたことのある言い回しに陽歌は困惑する。

「あ、いや実際マイケル・ウィルソン氏は私の尊敬する政治家だけどね」

 知っていてリスペクトした模様。さすがにあそこまではっちゃけられはしないが。

「私達は神なのだぞ! 今の人間が生きるためのものを自由に操る、神なのだぞ……神、なのに……ぐわぁあああ!」

 フログは周囲のマケプレを巻き込んで爆散した。店へ爆風で被害が出ない様に、まひるは居合で爆風を切り裂いて対処する。

「なんて早い剣捌き……!」

 陽歌にはその業がギリギリ見えていた。刀は粘液まみれのフログを斬ったにも関わらず、汚れていない。

「金を操ることが神か……その金さえ、国の保証がなければ紙屑と鉄くず。ぴえんを通り越してぱおんって感じねぇ」

 騒動は首相の一太刀で一瞬の解決となった。

 

「話してみてわかったよ。君は仁平さんに、ある『呼吸法』を教わっている」

 まひるは陽歌に、ある確信を話した。それは、息遣いが似ていると言ったことへのアンサーであった。

「呼吸法?」

「考えてみるといい。君は他の人間より身体能力が高い、ということはないかな?」

「そんなこと……あ」

 身体能力が高いとはいえない陽歌だったが、言われてみれば気になることがあった。満足に食事や睡眠もとれない環境で、内臓も理由は不明だがいくらか摘出されている身体でユニオンリバーに保護されるまで生き延びられたのは何故か。単なる偶然と考えるには、無理しかない。

 やたら死ににくいのも、身体能力が高いと言えなくもない。今も負傷したが、少し休んだだけで動ける様になっている。

「仁平さんは高齢で君を設けたから、その髪や瞳を構成する遺伝子が健康へ影響を与えないか心配だったから、自分達がいなくなっても健やかに育ってくれることを願って君にその呼吸法を教えたんじゃないかな」

 仁平は自身の死後も考えていた。それは陽歌に守り刀を残したことからも明らかだ。娘に任せる思惑は失敗に終わったが、実の娘が引き取った子を虐待するなどとは思わないだろうしこればかりは仕方ない。

「あの人は通っていた剣術道場の倉庫で朽ちかけていた資料をなんとか読解してそれっぽいものを習得しただけだが、その名前は『全集中の呼吸』というらしいよ」

「全集中……」

 散逸した資料、途絶えた継承者。その状態で何とか再現したものを陽歌に託したのである。果たしてそれが完全な全集中の呼吸と言えるのかは不明だが、どうやら知らない内に父の愛が陽歌を救っていたらしい。

「私も何とか資料を探したがあまりなくて……それでも、松永総合病院ならリハビリに仕えるデータを貪欲に集めているだろうから何かあるかもしれない。仁平さんは君と同じリズムの呼吸を運動する時にしか使わなかったけど君は無意識にしてる、というよりそれが通常の呼吸リズムになっている。私が話を通すから、松永総合病院で話を聞くといいよ。あちらも使い手を探しているかも」

 首相らしく、ちゃんとパイプも持っていたまひるだが、生憎陽歌には必要なかった。

「いえ、僕はそこに通ってますし、松永先生なら主治医ですから、聞けば何かわかるかも……」

「おお、いいじゃん! あー、でもそんなことより、あの松永君が直に見たがるって、身体の方は大丈夫?」

 まひるは陽歌の健康を気遣った。患者である彼からはよくわからないが、松永順が直に見たがる患者というのはそんなに重症者ばかりなのだろうか。たしかに凡百の医者でも治せる患者なら彼ほどの医者が診る必要もないのだが。

「こんなですけど、なんとか」

 陽歌は義手の手を振り、髪を弄りながら状態を示す。

「機械義肢……再生治療に不都合があるか……。IPS細胞がノーベル賞を取って再生治療に世界が傾く中、義肢の研究を傘下で続けさせた彼の晴眼は確かだな。いや、治療手段の多様性は松永君の基本スタンスだったか」

 まひるは勝手に納得したらしく、何やら呟いていた。政治家なので色々考えることがあるのだろう。目的の買い物である変身ベルトを袋に入れて下げていてはとてもそうは見えないが。

「ふむ、君に会えてよかった。転売対策と、レジ袋の有料化の実情だけ見る気だったが、思わぬ声が聞けた。では、私は東京に戻るよ。君の様な子が安心して暮らせる国を作ると約束しよう」

「あ、ありがとうございます……」

「礼には及ばんよ。君達の税金で飯を食べている以上、君達に尽くすのは当然だ」

 こうして、新しい首相を迎えてこの国は2020年の先に進もうとしていた。だが、マーケットプレイスの野望は止まらない。そして陽歌にしか見えなかったあの悪魔の正体とは。

 まだ、騒動の火種はくすぶっている。




 国会議事堂には四つの銅像を置く台座があり、その内三つは既に使われている。残る一つは日本初の女性首相の銅像が立つのではないか、と言われているが、現在の大空まひるは自身の像を立てることに関心が無い、どころかむしろ否定的である。
 曰く、「まだなったばかりだから、とりあえずやってみてなんか功績残せたら考えるよ」とのこと。


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☆燃え上がれ! バーニングライガー爆誕!

 ゾイドとは、金属の身体と動物の本能・闘争心を持つ金属生命体である。長らく地中に眠っていたが人々の手によって掘り起こされ、目覚めの時を迎えた。


 赤いライオン種のゾイドが背中にガトリングを背負い、街を走り抜ける。後ろからは黒いオオカミ種のゾイド、ハンターウルフツクヨミが追いかけていた。

「待ちやがれ! このライオン野郎!」

『小鷹くん、追い越したりはしないで』

 ハンターウルフに乗る少年、小鷹は通信に耳を傾ける。つい、追跡に夢中になってしまい作戦を忘れるところだった。

「っと、危ない危ない。つい熱くなっちまうとこだった……」

 小鷹は冷静になりつつ、赤いライオン種との距離を保つ。その時、遠くから砲撃が飛んできてライオン種の進行方向に着弾する。

『弾着、よし』

「ナイス山野さん!」

 行く手を遮られたライオン種は足が止まる。ついに小鷹のハンターウルフが追い付き、確保する姿勢に入る。

『直接戦闘は避けて、隊長機到着まで足止めに徹してください』

「了解、あれは食らいたくないぜ」

 にらみ合うハンターウルフとライオン種。だが、ライオン種が咆哮と共にガトリングを回し始め、指示通りとはいかなくなった。

「やっべ、ルーナ、行けるか?」

 小鷹の呼びかけにハンターウルフは唸って応える。ライオン種のライダーは所詮子供の乗る旧型程度と、完全に侮り撃破しようとしていた。

『新型に乗って負けるわけねぇだろ! コアドライブシステム起動!』

 意気揚々とガトリングを放とうとしたが、狙いの先にハンターウルフはいない。

『何?』

 なんと、ハンターウルフは高速でライオン種の傍にしゃがんだまま接近していたのだ。そのまま牙が喉元へ突き刺さる。

「エレクトロ、フああぁぁァング!」

『なんだとおおお!』

 ハンターウルフはライオン種に噛みつきながら身体を捻り、敵の身体を持ち上げる。可動状態のガトリングごと乱暴に投げ捨てると、よろけて立ち上がるライオン種に飛び掛かる。

「ストライクレーザークロー!」

 爪はライオン種の顔面に当たり、敵を昏倒させる。ようやく増援のライジングライガーが来た頃には、決着がついていた。

「地球外ゾイド……警戒して来てはみたが……」

 小鷹は戦闘を終えて一息つき、倒したゾイドを観察する。

「乗り手の腕が低けりゃこんなもんか……」

 この事件は収束した。しかし、この一件が新たな火種になることを彼らは知る由もなかった。

 

   @

 

 洗面台で顔を洗った後、じっくり鏡で少年は自分の顔を見ていた。目ヤニの確認でもなければ外面を整えているわけでもない。異質な自分の顔を正面から映す鏡は嫌いであり、出来れば見たくない。そう少年、浅野陽歌は思っていた。

 桜色の右目、空色の左目、キャラメル色の髪。どう遺伝してもそうはならない色が原因で迫害を受け、結果として両腕も失った。一般的にあり得る右目の泣き黒子さえ、こびりついて取れないカビの様に思っていた。

 このユニオンリバーに来るまでは。

 住居のある地下から階段を昇り、喫茶店の店舗へ出る。ここはダイニングも兼ねており、今は住民が朝食を取っている。

「お、今日はお前か」

「ヴァネッサ、珍しいね、新聞読むの」

 緑色の髪を伸ばした少女、ヴァネッサがテーブルに着いている。自分の髪色など目立たなくなる様な外見は、彼女らコバルトドラグーン姉妹七人の大半に共通した特徴であった。

「ああ、なんでもZCFが新型をお披露目するらしくてな。それが気になったんだけど……」

「ゾイドコマンドフォースが?」

 近年、ある個所の地中から発掘された金属生命体、ゾイドを用いた犯罪が横行している。手軽に兵力を得られるゾイドは治安維持の大敵となり、国は警察や自衛隊、そして元々ゾイドの存在した惑星Ziの企業、ZITEC社と協力して対ゾイドテロ組織、ゾイドコマンドフォースを設立した。

 陽歌もこの前再会した友人がなんやかんや関わっているのでZCFのことはよく知っている。

「なんてことなかったな。ギルラプターLC、従来のディノニクス種のゾイドだよ」

「ほー……」

 新聞の写真には大柄なラプトル系のゾイドが映っていた。これは確かに足が速く脅威になる機種だが、今更これ一種類で軍備拡張とも言い難いゾイドである。新聞の文面には『国家権力を内包した組織の軍拡は弾圧への布石』などと書かれている。

「見ろよ、こないだ新型を押収されたのがよっぽど頭に来てるみたいだ」

「普通は武器準備集合罪で捕まるよねぇ……」

 トラブルコンサルタントであるユニオンリバーも戦力としてゾイドを有しており、ヴァネッサはその中でもトップのライダー。陽歌も彼女にゾイドの操縦を習った。

「ゾイドだって生き物なのに、武器としてしかみてないのかな……」

 陽歌は窓の外を見て、日光浴をするライオン種のゾイド達を見る。蒼い鬣のワイルドライガーはヴァネッサのゾイド、灰色の装甲を持つ動きの鈍いライオン種は陽歌のカイオン。カイオンは眼が悪く、鼻で辺りを探っている。

「そういう奴はゾイドの真の力は発揮できねぇが、如何せん数で押してくるからな」

 ヴァネッサは敵対する組織のことを思い出す。この新聞を書いている会社も一員となっている暗黒メガコーポの集合体、企業連有する治安局。そこが多くのゾイドを兵器として扱い、治安維持の名目で私兵として運用している。

 新聞社はともかく、公共の電波を使うテレビ局も民間企業で巨額の広告費を提供する企業連に組みしている。そのため、治安局の不祥事は報道されないがZCFはこの様に息をするだけでも非難される状態だ。

 まさに巨悪、といったところだ。

「数か……」

 陽歌も圧倒的な数に迫害された経験があるため、その脅威は知っている。今の首相が常識的な人物であるということは声こそ小さいがまともな人間の方が多数である査証なのだが。

「へー、総理も鬼滅の映画見たんだ」

 しかし影響力の大きい新聞には休日に映画を見ることさえ批判記事が載る始末。裏を返せばそのくらいしか文句を付けられないということなのだろう。

「しっかしこの記事どこまでマジで書いてんだ? 文句言いたいけどネタ無くて書いてんのか、マジで怒ってんのかわからん」

「コメンテーターを見てるとマジっぽいのが……」

 が、どうも本気で怒っている節もあり人間の愚かさに限りはないというどこかの言葉を思い起こさせる。陽歌は人の感情に敏感なのでそこのところよくわかる。

カイオンが装着しているアーマーの一部はサーベルタイガー種、ファングタイガーのもの。このファングタイガーは治安局の作戦で使役され、命を落とした。そしてカイオンも治安局の粗雑な発掘と復元でコアなどを大きく劣化させてしまった。そんな愚かな人間が強大な力を手に入れることの恐ろしさは歴史が証明している。

「なんでもその新型、霧と共に出てくると噂のゾウ種と同じ地球外ゾイドなんじゃねぇかって噂だ」

 ヴァネッサは最近の仕事でよく見かけるあるゾイドを思い出していた。詳細の分からない強力なゾイドが敵対しているのは間違いないのだが尻尾が掴めない。

「地球外ゾイド……、もし治安局が手にしたら……」

 そんな治安局が地球外から来たと思われるゾイドを復元し、それをZCFが押収したという一幕があった。ただ敵に強大な戦力が渡るだけならいい。ゾイドは生き物だ。治安局が制御し切れずに暴走でもしたら大変だ。

 もしそうなっても、ヴァネッサやZCFにいる友人の小鷹がいれば何とかなる。陽歌はそう信じていた。

 

 朝食を終えた陽歌はいつもの様に、カイオンの様子を見る。カイオンは陽歌に懐いている様子で、それがきっかけとなり引き取ることになったゾイドだ。殆ど最期を看取るくらいの状態だが、少しでも安らかに彼が暮らせることを陽歌は願っていた。

「……結局、見捨てられないんだよね……」

 彼はあることが切っ掛けで未だに強いペットロスを抱えているが、自分しかしないのだというのなら引き受けるしかない。だが、あの喪失感は二度と味わいたくないのだ。

「ヒューイ、ブラウン……」

 かつて友だった二匹の犬については解決したと言えば解決したのだが、失った時の筆舌し難い悲しみが癒えたわけではない。

「カイオン……」

 そういえば、このユニオンリバーに引き取られて、本来の家に帰るべきか悩んだ時、傍にいたのがカイオンだった。あの時は謎の存在に背中を押されたが、あれはカイオンを放ってはおけない自分の無意識か何かだったのだろうか。

 友と再会したがすぐに事件が起きて手分けしなければならない時も、カイオンは力を貸してくれた。自分の代わりに友達を手助けしてくれた。

「いつも、助けてくれてたんだね」

 機械の生き物ならばもしかしたら、そんな淡い期待が陽歌にはあった。だが、それは即座に裏切られることになる。ぱっと見、いつもと変わらない様子に見えるカイオンだったが、毎日彼を見ている陽歌だからこそすぐ異変に気付いた。

「カイオン!」

 骨格の奥が微かに石化しているのを見つけたのだ。身体が石になる。それはゾイドにとっての死を意味する。

 

 陽歌はヴァネッサと共に、すぐさまZCFの本部を訪れた。赤い殻を持った惑星Ziのカタツムリ型ゾイド、グスタフの運搬能力があれば運ぶこと自体は容易だった。

「カイオン……間に合って……」

「さすがに厳しいと思うが、やれるだけやってみるさ」

 ヴァネッサはカイオンの寿命を察していた。ZCFの設備なら延命が出来るだろうが、復活までは可能なのか分からない。ただ、陽歌にとって諦めるというのはあまりに酷な選択だった。

 本部のガレージに着くと、すぐに技師が準備に取り掛かる。

「話は聞いたぞ! こっちは準備万端だ!」

「頼む!」

 ヴァネッサはカイオンを技師に託す。ユニオンリバーとZCFは共闘したこともあるので話は通りやすい。

「カイオン……死なないで……」

 陽歌はただ祈ることしか出来ない。そんな時、小鷹が駆けつけた。

「陽歌! カイオンの状態は?」

「小鷹……どうしよう、僕は……」

 不安から今にも泣きそうな陽歌。だが、涙は流れない。小鷹は彼がもはや悲しみでは泣けないほど弱っていることを知っている。普通なら錯乱して滂沱するだろうが、一年の静養では回復し切らないほど心の力が無く、苦痛に晒され過ぎて麻痺してしまっている。

「陽歌……」

 無責任に大丈夫だなどと小鷹は言えなかった。彼より長くゾイドに関わっているからこそ、カイオンが回復する保証などない、むしろ死を遠ざけるのがやっとだと分かってしまうのだ。

 だが、連絡があった時に一つだけ決めていたことがあった。ただ、陽歌を抱きしめてやることだ。

「今度は、俺が傍にいるからな」

「……うん」

 かつて陽歌と同じ街に住んでた小鷹だったが、親の都合で引っ越すことになってしまった。自分がいなくなれば陽歌を助ける者が無くなることを知りながら、何も出来なかったのだ。再び会った陽歌はあれから五年以上は経っているだろうにあまり大きくなっておらず、両腕も失っていた。一番苦しい時に傍にいられなかったことを、小鷹は悔いた。

 だから、二度とそんなことにはならないと決めたのだ。

「確認したが、石化はゾイドコアを中心に起きている。まだメモリーバンクには達していないみたいだ」

 ヴァネッサはカイオンを救う為、状況を既に分析していた。とはいえ、最早心臓が止まるか呼吸が止まるか程度の差しかない。

「どっちにしろコアがダメじゃなんともならんぞ」

「リジェネレーションキューブだ! そいつがあれば膨大なゾイド因子で……」

「んなもん埋まっちまって取り出せねぇよ!」

 ゾイドが発掘される異常空間、ボルテックスを産んでいるリジェネレーションキューブに賭けようにも、地中深く埋まったそれを取り出す手段はない。ギャンブルすら打てないのが現状だ。

「なんかねぇのか? ライオン種のコアとか!」

「むちゃ言うな! ライオン種自体珍しいのに余剰のコアなんか……」

「なんだあるじゃねぇか」

 ヴァネッサは倉庫の片隅に置かれているライオン種の赤いゾイドを見つける。先日押収した新型だ。そのゾイドを確認していた金髪の青年が現状を伝える。

「確かに、これはメモリーバンクが破損してるから動かせない、空きの機体だな」

 実は戦闘の最中、頭脳といえるメモリーバンクを壊してしまったのだ。

「あんたは?」

 見覚えのない顔だったのでヴァネッサは青年の名前を聞く。

「ジャック・イェーガーだ。シャイニングランス隊所属、以後よろしく」

「そうか。んじゃ、早速そいつのコアを……」

 ヴァネッサは意気揚々と赤いライオン種に走り寄る。ジャックも手伝う気満々で工具を用意していた。

「馬鹿言え! あんなまだ構造の解析が進んでないもんからコア取ったりできるか! ヘタすりゃお釈迦だぞ! それに証拠品なんか使ったら……」

 それを技師が止める。

「責任なら私がおっ被るが……技術的な問題はどうしようもないな」

 ジャックは心底残念そうに呟いた。

「ブロックスのコアは使えねぇのか?」

「無理だ! ゾイド因子の質が合わない!」

 あの手この手を模索するが、いい方法は出てこない。どれも現実的ではない。

『スクランブル要請! 全部隊に通達、市街地複数に武装したゾイドが出現!』

「こんな時に……!」

 小鷹は急な事態に歯噛みする。悩んでいる時に一体どこの誰だというのだ。一か所ならともかく、武装勢力が一斉に展開とは。

「なんだよ一体!」

『敵機の所属は不明ですが、この規模の兵器ゾイド展開できるのは治安局くらいです! 証拠ないけど絶対治安局だこれ……ほら見ろZOバイザー付けたゴリラとかいるし!』

「ふむ、報復か……」

 混乱するヴァネッサに対し、ジャックは敵の目的を予想する。

「はぁ? あのライオン取られたことの? だったらなんで本部襲わねぇんだ?」

「勝ち目がないと見ているのだろう。街を人質に取ればこちらは満足に動けず、あちらは撃ち放題だからな」

「せっこ!」

 巨大組織の末端とは思えないせせこましい戦術にヴァネッサは絶句した。

「当然、その為の装備もある。小鷹くんのルーナに装備したエレクトロファングやストライクレーザークローなどな」

 とはいえ、ZCFも無策ではない。それ用の小回りが利く格闘装備を惑星Ziのゾイドを参考に作成しているのだ。

「ジェイ! いくぞ! シャイニングランス隊、出撃だ!」

「待てウィル! 敵の思うツボだ!」

 さっさと出撃してしまう装甲を纏った銀のライガー、ライガージアーサーと白いラプトル種、ラプトリアラフィネを止めようとするジャックだったが、そんなことは無視して行ってしまう。

「お前のフォックスなら透明になれるだろ?」

「そんなもの既に対策されている! 住宅を踏みつけて奇襲は出来んし、火器が主なフォックスでは殆どの武装が使えん!」

 全く忠告を聞かないウィル。やれやれとジャックは溜息をつくのであった。その後をブルーグレーのワイルドライガーが追った。

「相変わらず無謀な奴だ。私のライガーなら格闘戦でどうにか出来るかもしれんな。なるべくやってみるさ」

「すみません、ディアスさん」

 他の隊員が次々出撃するのを見て、陽歌は小鷹をここに留めておくことが出来なくなった。彼もZCFの一員。特にこの状況への対抗策を持っている人物である。

「小鷹、僕はいいから……」

「陽歌……」

 しかし小鷹としては離れたくない。そんな時、ガスマスクの人物が通りかかる。

「小鷹、君が力を手にしたのは友達の為だろう? なら、ここは俺たちに任せてほしい」

「級長さん……」

 小鷹の直属の上司に当たり、彼がなぜ力を必要とし、ゾイドを得たのかを知る人物でもある。ここでまた、彼の後悔を繰り返させるわけにはいかないと考えたのだ。

「それに、本部がもぬけの殻では万が一の時困るからな。帰る場所は頼んだぞ」

 かっこいいセリフと共に黄金の獅子、ライジングライガーに乗り込む級長。しかし、肝心のライガーがうんともすんとも動かない。後から発進したワニガメ種のバズートルに追い抜かれている。

「お、おいこいつまたかよ……」

 しかし対応は慣れたもので、釣り竿でライガーの目の前にちゅーるをぶら下げると反応して動き出した。

「まったく世話の焼ける」

「ゾイドってなんだっけ……」

 まるで飼い猫の様なやり取りにヴァネッサは呆れる。ジャックはその理由を知ってはいた。

「ライジングライガー自体、発掘されることもあればその装備に耐えうるライオン種を改造することもある。彼のライガーは後者だが……才能があることと性格がそれに向いていることは一致しないのだ。現に問題児過ぎて彼にしか扱えない」

「ピーキーっていう方向じゃねぇから微塵も箔にならねぇ」

 ヴァネッサも手伝うためにワイルドライガーへ乗り込む。モニターには敵の位置が映し出されている。合計四か所。まさかラプトリアが単独で行動するとも思えないので、これで何とか全部の箇所に最低限の戦力を送れたことになる。

 各部隊の足が速いゾイドが向かっただけで、残りの戦力も向かっているが時間が掛かる。

「ブルーナイト隊は今日非番か……。呼び出しても時間が掛かるな」

 ジャックはこの状況を打破する方法を考えていた。だが襲撃というのは得てして襲う側がタイミングも場所も選べる分有利。特に襲う場所の奪取ではなく破壊を狙うなら気にすることもないので撃ち放題だ。

「警察と自衛隊の高速ゾイド隊は?」

 他の勢力の動きを確認するジャック。防衛が主な任務である各組織のゾイド部隊はZCF含め足が遅くとも装甲の厚いゾイドが多く配備されている。とはいえ先行して現場を抑えるため、僅かながらウルフ系やタイガー系、ギルラプターなどの高速ゾイドも存在する。彼らの力を借りられればなんとかなるかもしれない。

『それが……丁度基地のゲート前で反対派が座り込みをしていて発進出来ないみたいなんです……』

「なんなん?」

 町が危ないというのに、今度は謎の政治団体による妨害である。小鷹も不満を漏らす。

「そんなにゾイドが危ないって思うなら今町襲ってる奴に文句言えよ!」

「ああいう手合いは殴り返してこない相手に正義を振りかざして満足するのが目的だ。そんな勇気はあるまい」

 ジャックはニヒルに言い放つ。

「いや、このタイミング……もしかしたらグルかもな」

「かもしれない……」

 彼の推測はあくまで陰謀の域を出ないが、陽歌も何となくそんな気がした。あまりにタイミングが良すぎる。まるで襲撃に合わせて妨害しているかの様だ。

『こちらシャイニングランス隊! 思ったより数が多い! ジェイ、来てくれ! あと発砲許可!』

『ダメだ! こちら第三小隊、やはり数が多いのと、容赦なく撃ってくるな……』

 シャイニングランス隊とディアスの隊が苦戦していた。これでもまだ二か所である。

『ヴァネッサだが……スナイプテラの編隊とかどこの軍隊だ!』

 ヴァネッサもテロリストとは思えない充実した相手の戦力に手間取っていた。

「この物量は間違いなく治安局か。オペレーター、襲撃されている場所を洗い出してくれ」

 ジャックはある確信の元、オペレーターに情報を求めた。地図を見るなり予想通り、といった様子で呟く。

「やれやれ、襲撃にかこつけるなら自分にも被害を出した方が怪しまれないだろうに、露骨だな」

「どういうことです?」

 小鷹はその言葉の意味を聞いた。陽歌は敵の狙いに気づいている。

「多分、治安局は企業連の私兵だから、都合が悪い場所を襲っているんだと思う」

「その通り。例えばこの外資系のスーパー、近年の人手不足を解消する為に時給を上げている。労働力を安く買い叩きたい企業連にとって、給料のいい働き先が出来るのは旗色が悪い」

 ジャックはガレージの天井を見上げて言った。

「私はゾイドというのは、青空と、風と、冒険と共にあるべきだと思っている。それを押さえつける巨大なしがらみを打ち破る大いなる嵐……それがゾイドだ」

 そして、陽歌に問う。

「今、君とカイオンは押し迫る終末に立たされているが、同時にそれを超える力もある。ちょっとした冒険をしてみないか?」

「どういう……?」

 陽歌は困惑した。この誘いが意味するものとは何なのか。ある程度ジャックと知り合いである小鷹にもそれは理解できない。

「ジャックさんたまに意味わかんないこと言うよな。分かりやすく言ってくれよ」

「そうだな。端的に言うと、カイオンのメモリーバンクをあのライオン種に移す」

 ジャックの提案は単純だった。ゾイドの頭脳、メモリーバンクを破損している赤いライオン種に、カイオンの無事なメモリーバンクを移すのだ。

「コアは特に繊細で解析も進んでいないが、メモリー周辺の解析は終わっている。歴史においてはオオカミ型ゾイドのメモリーをチーター型に移植して成功した事例もあるくらいだ。失敗すれば当然カイオンは死ぬ。だが、このまま待っていても同じだ」

 話に聞いた例よりは成功率が高そうだが、出身も違うかもしれない、ただライオン同士という程度しか共通点の無いゾイドのメモリー移植が成功する保証は無い。

『こちら第四小隊! あの黒い虎……ファントム隊か!』

「なにぃ?」

 級長からの連絡で小鷹が慌てる。敵側のエースが出てきているらしい。

『ファントム隊か? 鮮血の幻影は? 奴はいるか? 今すぐ向かう!』

『ウィル! お前は持ち場を離れるな! ただでさえ足りてないんだ、増援にもぐら叩きみたいに反応していては守れるもんも守れん!』

 ファントム隊と聞き、即座に向かおうとするウィルをディアスが止めた。シャイニングランス隊は因縁がある様だが、灰色のライガーの乗り手はあくまで冷静に防衛を熟す。

『幸い、虎一匹だ。そいつは俺が抑える!』

 級長がファントム隊との戦闘に入る。これで敵は五か所。誰かが自分の持ち場を速攻で片づけないと守り切れない。

「やっぱり、小鷹も……」

「でもよ……」

 ここまで劣勢では、小鷹を出さないわけにはいかないと陽歌も決心した。

「追いつくから、先に行って」

「追いつくって……まさか」

 その言葉で小鷹も陽歌が何をしようとしているのかわかった。この悪化する二つの局面を変えるため、賭けをしようというのだ。

「ジャックさん、やりましょう。僕はカイオンの命を諦めたくない」

「わかった。始めよう」

 ジャックは作業を開始した。この成否が作戦を左右する。

 

「よし、メモリーバンク移植完了……」

「どこに乗るんだろ……」

 メモリーの移植は上手くいった。武装も修復したガトリングを乗せている。だが、従来のゾイドと同じ様に乗れそうな場所はない。

「ここだ。ガイロス帝国の機体の様に、二重防壁になっている」

 なんと、首のところにシャッター二枚を備えたコクピットがあるではないか。明らかに、今までのゾイドとはわけが違う。

「大丈夫か?」

「狭いとこは別に」

 小鷹は狭い場所、とはいえ陽歌の体格ではかなりゆとりがある、場所に入る陽歌を心配する。閉所への恐怖はなく、むしろ安心できる空間だ。

「起動!」

 ライオン種は起動を開始する。モニターに機体名が表示され、真の名前を陽歌に名乗る。

「バーニング、ライガー……」

 バーニングライガーを動かし、ガレージから飛び出す陽歌。小鷹はハンターウルフでその後を追った。滑り出しは順調。だが、走り続けるうちにガタつき始める。

「陽歌!」

『やはり難しいか……。脱出しろ、分解するぞ!』

 いくら同じライオン種とはいえ、メモリーバンクの移植は簡単ではない。ジャックも失敗を半ば予想していた。

「まだだ、まだ……!」

 だが陽歌は諦めない。カイオンが蘇るかどうかの瀬戸際、ライダーである自分が諦めるわけにはいかない。

「走れ、カイオン……!」

 陽歌の意思に呼応したのか、走行が安定し始める。

「僕と一緒に、走れ!」

 陽歌の咆哮と共に、オレンジの光が全身に走り、左目に緑の炎が宿る。これは、メモリーバンクが完全に馴染んだ証だ。

「やった!」

『まさか……これではまるで……』

 移植を施したジャックも驚きを隠せなかった。多少可能性があるとはいえ、これを成功させるとは。

「行こう、カイオン!」

 カイオンが吼え、走り出す。まずはヴァネッサの戦闘地区、プテラノドン種のスナイプテラ編隊のいる場所だ。

「陽歌? まさか、その機体は?」

「これが新しい僕と、カイオンだ!」

 ヴァネッサもいくらかプテラを落として奮戦していたが、エース相手は数の差もあり分が悪かった。装甲が赤く、青いバイザーのプテラが隊長の様だ。

「相手はあのキリングレッド、大空迅だ。気を付けろ!」

「おおおおおお!」

 ヴァネッサの忠告もそこそこにジャンプしてキリングレッドに突っ込む陽歌。これではいい的だ。

「狙い撃ちだよ! 制御トリガー解除、兵器解放、まし……」

 マシンブラストを使用しようとしたキリングレッド。だが、カイオンがあまりの速度で迫るため間に合わない。

「な、速い!」

 カイオンはそのまま翼に噛みつき、空中でぶん回して他のプテラに向かって投げ捨てる。纏めて二匹のプテラに激突したキリングレッドは墜落。これでここは完了だ。

「次!」

 陽歌はさっさと次へ向かう。次に近いのはキャノンを背負ったバッファロー種、キャノンブル部隊。黒いキャノンブルバッシュがリーダーと思われる。

『なんだ?』

『鹵獲されたこっちの新型だ!』

 さすがに鹵獲された元自分の戦力だけあり、相手の対応は落ち着いていた。バーニングライガーの全データが向こうにあり、手の内はバレていると見た方がいい。

『落ち着け。弱点は知っている。マニュアル通りに対処する!』

 キャノンブル部隊が一斉にマシンブラストで九連キャノンをカイオンに放つ。だが、陽歌と呼吸を合わせたカイオンはその砲撃をすり抜けながら接近する。

『あ、当たらない!』

「弾なら、止まって見える!」

 カイオンのタテガミに装備された機銃が火を噴き、キャノンブルを次々に撃破する。

『グワアアア!』

『馬鹿な、あの武器にそんな火力ワアアアア!』

 武器の強化はしていない。ただ、当てるところを工夫しているだけだ。的確に関節部などを狙い、陽歌とカイオンは通り過ぎるだけでキャノンブル部隊を制圧する。

今度の相手はバズートル部隊。蒼い甲羅のバズートルラグーンが隊長機だ。

「この程度!」

 重鈍で手数も少ないが圧倒的装甲を持つバズートル。先ほどの様な豆鉄砲では倒せない。

『下手に甲羅を開くな! 体当たりで鎮圧、取り戻すぞ!』

 奪還を試みて肉弾戦を仕掛けるバズートル達。だが、機敏なライオン種のバーニングライガーはバズートルの壁などやすやすと飛び越える。

『逃げる気か?』

 一瞬、逃亡を疑ったがそんなわけがない。ZCFのゾイドなら町を守る為、自分達を攻撃するはずだ。つまり、このジャンプは攻撃への布石。

「これで!」

 カイオンはバズートルの上に乗る。前足で甲羅を跳ね除けると、猫パンチを中に食らわせて行動不能へ追いやる。

『なんだと?』

 飛び石の様に敵を乗り継いでバズートルを鎮圧。即座に次の場所へ移動した。

「今度はあれか!」

 最後に陽歌が向かったのはスティラコサウルス種、スティレイザーの部隊がいる場所だ。隊長機は赤いレッドフォート。襟が厚い壁となっており、同時に突き出すスタンガンでもあるため格闘用の装備では満足に戦えない。

「制御トリガー解除、兵器解放マシンブラスト!」

 陽歌は兵器ゾイドの隠し玉であるマシンブラストを発動する。扱いやすい様にゾイドコアの出力を抑えている制御トリガーを解除し、身体能力の増強と武装の解放を行う。しかし、どうやらそれとは異なるシステムが詰まれているのかモニターには違う文字が出る。

「コア、ドライブ?」

 背中のガトリングが唸りを上げ、砲身を回転させる。そこから放たれるのは空気中のイオンを吸収、圧縮したイオン収束弾。つまりは空気砲なのだが、スティレイザーの硬い装甲を破らないまでも衝撃を内部に与えて昏倒させていく。

『な、なんだこれは!』

『こんな出力、データにないぞ!』

『やつらどんな改造を!』

 敵は改造の結果だと思い込んでいたが、データの無い機体だけにZCFで出来たのは最低限の修理だけ。コアと武装が直結するこのシステムは、ゾイドとライダーの思いが重なれば火力を増す。

「これでよし……」

 全てのポイントを制圧し、カイオンが雄たけびを上げる。僅かな間にこれまでの兵器ゾイドを一体で鎮圧する。これが新しいゾイド、バーニングライガーの力だ。

「で、どうするよ?」

『正直上手く行きそうでヒヤヒヤしてたぜ』

 ライジングライガーと対峙する黒いファングタイガーは味方の壊滅を察知すると撤退を始める。あくまでファントム隊は雇われ。割に合わない作戦には義理程度の顔出しで十分なのだ。

「全然余裕そうだったがな。何なら俺とやりつつ後ろから刺せただろ、あいつら」

 級長はファングタイガーのライダーに問う。失敗する様に誘導する、やりすぎない様に監視する為にファントム隊は一人だけこの作戦に参加したのだろうと。

『冗談言うな。あんた相手にそんな真似出来るのは隊長くらいだよ』

「よく言う。こっちの本気をいなしやがって」

 ファングタイガーが去ったあと、入れ替わりにライガージアーサーがやってくる。

「待て! ファントム隊!」

『深追いはするな。こっちの戦術目標は果たしてる』

 ジャックに止められ、追うのを辞めたがジアーサーのライダーはどうもファントム隊の討伐に固執していた。

『未だに皇帝を抱えてる狂信者、今のうちに一人でも潰しておきたい!』

『無駄な争いはよせ。我々ZCFの本分は防衛だ』

 陽歌は通信が繋がっていたが、全く話は聞いていなかった。カイオンが無事助かったことだけで、頭がいっぱいだった。

「カイオン、戻って来てくれたんだね」

 応える様にカイオンが吼える。とはいえ、一つ問題があり小鷹はそこを気にしていた。

『しかしあれ証拠品だぜ? 陽歌もZCFに入れるのか?』

『その辺は私が何とかしよう。そもそも提案したのは私だからな。むしろ、今回の礼に譲渡するのが筋だろう』

 事務的な面倒はジャックが引き受けてくれることになった。

「ありがとうございますジャックさん。何から何まで……」

『気にするな。私もいいものを見られた。まるでフライハイト伝説の中にいる様な、得難い経験をな』

 こうしてカイオンは命の危機を乗り越え、改めて陽歌と共に歩むことになった。まだ謎を秘めたバーニングライガー。その本質がどうあれ、手綱を握る陽歌が道を違えない限り、守護者として力を振るうだろう。

 




 機体解説

 バーニングライガー ライオン種
 全長 9.2m
 全高 3.9m
 全幅 3.0m
 体重 4.2t
 最大スピード 215km/h

 陽歌「バーニングライガー。企業連の私兵、治安局が復元に成功した新型のライオン種ゾイド。これまでの地球ゾイドと異なり骨格に装甲を纏っているのではなく、骨格と装甲が一体化した惑星Ziのゾイドに似た構造を持つ。ゼロファントスの様な地球外ゾイドとも言われていて、謎が多いゾイドだけど、カイオンの新しい姿として頼れる存在になったんだ」


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☆バトハン戦記0 誕生、ソニックバード!

 全国のゲーセンで遊べる『ゾイドワイルド バトルカードハンター』。Z3弾からスタートしたバトハン戦記は自分が主役になった物語を体感できるのだ。ストーリーカードに刻印されたゾイドはいずれも強力。初心者には大きな助けになるぞ。
 君もセブカを手に、今すぐ戦いに飛び込め! ゼログライジスの参戦するZ5弾も12月開始予定!


 ゾイドとは、生きた機械。自ら戦う本能と優れた性能を持つ金属生命体である。

 

  @

 

 小学校に入学して、一年で引っ越すことになった。理由は子供だった自分にもよくわかる。この街は異常だ。そんな街に住めないし、親が自分をそんな街の学校に通わせたくないのも納得出来た。

「そう……なんだ」

 友達はそれを聞いた時、寂しそうにしていたが笑っていた。無理をしている。強がっている。そんなことはお見通しだ。

 髪の色がみんなと違うから、目の色がみんなと違うから、目の色が右と左で違うから、両親と血が繋がっていないらしいから、本当の親は犯罪者らしいから、そんな理由で友達はいつも生傷だらけで、お腹を空かせていた。

 自分がいなくなったら、こいつはどうなるのだろう。だれが彼を助けられるのだろう。あっという間に、死んでしまうのではないか。

「陽歌、一緒に来い」

 両親が許すかなどわからないが、とにかくここにはいさせられない。手を引いて連れて行こうとするが、彼はその手を振り払う。

「僕が行くと迷惑になっちゃうから……元気でね」

 あの時、去っていく友達を追わなかったことを一生後悔することになった。彼の行方は未だ、わかっていない。

 

@

 

 これはまだ春の話である。

「この辺りか……」

 黒地に金の箔が目立つ狼のゾイド、ハンターウルフツクヨミに乗った少年がレーダーで反応を探していた。行き先には、窓ガラスが割れた様な穴と向こうに広がる密林がある。

 ここはなんてことはない、ごく普通の街中である。しかし妙なことにこの空間の穴は周囲に大きな影響を与えることなく存在している。

唯一あるのは、清掃中のトイレに置いてある様な頼りない看板だけ。『ボルテックス発生中、立ち入り注意。ZFC』と書かれているが、少年はそれを無視して進む。

「ジャミンガが出ないといいけど」

 穴はゾイドに乗りながらでも悠々と入れるほど大きい。中に入ると、金属で出来た恐竜の骨格らしきものが散らばっていた。

「どうやらジャミンガは倒されてるみたいだな」

 心配事がひとつ潰れたが、念のため彼はハンターウルフを進ませる。やはり見かけるのは残骸ばかりで、ジャミンガは見当たらない。どうやら安全らしい。

「誰だ?」

 密林を進んでいると、横からゾイドが顔を見せる。黄金のライオン種、ライジングライガー。強力なゾイドであることは有名だ。伏せて侵入者を待ち伏せしていた様だ。

「ライガー?」

 装甲にはZFC、対ゾイドテロ部隊、ゾイドコマンドフォースの所属であることを示すマークが付いている。階級章からして隊長機か。

「所属を明かしてもらおうか」

 ライガーのライダーらしき男の声に従い、少年は名を名乗る。

「広谷小鷹。こいつはハンターウルフツクヨミのルーナ。民間人です」

「民間人の子供かー、うちにはボルテックスへの立ち入りを制限する権限がないからなぁ」

 苦労を感じる声の後、ライガーの首筋から一人の男が立ち上がる。ヘルメットにガスマスクをつけた特殊部隊員の様な服装をしており、改めてZCFが軍隊の様なものなのだと思わせる。

「こちら、ZCF四番隊隊長、コードネーム級長」

 変わった人物だが、ライジングライガーに乗れるということはかなりのライダーということだ。だが、肝心のライガーはイビキをかいて寝ている様子。

「迷いこんだのか?」

「いえ、近くで活動をしていたけど、ボルテックスがあったからジャミンガの流入がないか見に来ただけだ」

 小鷹は辺りに散らばる残骸の主が周囲に危険を及ぼさないか警らしにきたのだ。

「なるほど、それは関心。ここは我々が抑えているから安心したまえ」

「それより、なんでZCFがこんなところに?」

 小鷹は民間とはいえ立派な軍事組織が辺鄙な場所のボルテックスに隊長各までいるのか気になった。

「そうだな……まぁ機密というほどではないから付いて来なさい。いいものも見せてあげよう。起きろライガー」

 級長はその理由を明かすために、小鷹をある場所に連れていく。密林の中を歩きつつ、彼は小鷹に質問をした。

「着いてこいと言っておいてなんだが、いくらZCFらしきとはいえ知らない大人についていってはダメだぞ」

「いや……一応ZCFは知ってるから。白銀の雷光率いるシャイニングランス隊、青いガトリングフォックスのブルーナイト隊、そして三番隊と四番隊……。メディアにはよくシャイニングランス隊が出てるけど、実働が多くて町で見かける率高いのは後ろ三つなんだよなぁ」

 華やかな部分を担う部隊と、地道な仕事をこなすチーム。民間の防衛隊である以上イメージ戦略が大事なのだが、乖離し過ぎも問題である。

「まぁ、今回もその雷光サマがやりたがらない地道ーな作業だ。ここの化石を復元して新しい戦力にしようって話」

 ここでは発掘作業が行われていた。ゾイドは基本、ボルテックスの内部で発掘した化石を復元して使用する。

「ボルテックスについてはどれくらい知ってるかな?」

「たしか、地球に昔落ちた惑星Ziからの移民船が載せてたリジェネレーションキューブの影響で発生した、こういうゾイドクライシス直後の時代らしき空間を生み出す現象だったかな」

 この空間、ボルテックスは通常の場所とはわけが違う。ざっくり言うと異空間であり、突発的に開いたり、日本で入ったボルテックスからアメリカへ出てしまうなんてこともざらにある。

「概ね、そんな感じだな。なんか移民船のドタバタとか、落ちたのは数周前の文明とかZiに地球からの移民船が来たからゾイドが生まれたとか複雑な話はいいか……」

 もっと詳しく説明すると時間がいくらあっても足りないので省略。リジェネレーションキューブというのは汚染された地球を目指していた惑星Ziからの移民が持ち込んだ、Ziフォーミングと呼ばれる環境整備を行う装置だ。

 この空間はゾイド因子に溢れており、化石になったもの以外にも新たに生まれるゾイドがいる。

「ジャミンガはゾイドのなり損ないで、野生のゾイドやジャミンガがボルテックスと出ると危ないから俺は見回りしてたんだ」

 小鷹がボルテックスに入ったのは、この空間が恩恵だけでなく危険も持っているからだ。野生のゾイドやそのなり損ない、ジャミンガは狂暴で周囲に危害を加える。なのでゾイドを扱えるライダーがそれを鎮圧する必要がある。

「あれ?ここのボルテックスって山奥から入った気するけど……また変なとこ繋がったのか……ああ、そういてばそんな報告あったな」

 ボルテックスの入り口が山中などならまだしも、街中付近だと普通に危ないのでZCFはその確認をしなければならない。とはいえ、国と提携しているもののZCFは民間組織。あまり強い権限はなくボルテックスへの立ち入り制限すらできないのが現状だ。

「ついたぞ」

 ライガーとハンターウルフは発掘現場に到着する。そこでは、恐竜タイプのゾイドが発掘されていた。パキケロファサウルス種のパキケドスにディノニクス種、ギルラプターとその亜種、ニクス。ニクスは宝石とも称される美しい紫の骨格と通常より強靭な金の爪が特徴だ。

「おお!レアボーンタイプが発掘されてるぞ!」

 さらに貴重な個体が見つかったことに興奮を隠せない級長。恐竜の化石を思わせる褐色の個体をレアボーンと称し、現在はギルラプターとグラキオサウルスが確認されている。

「目的と違うでしょ」

「ん? いやでもレアやん」

 そこに一人の女性自衛官が歩いてくる。警戒中のゾイドには警察所属を示すマークがされた個体もおり、ZCFは結構混沌とした組織らしい。

「それで、そちらのハンターウルフは?」

「ああ、ボルテックスが町に繋がってるって連絡あったろ?そこから入ってきてな。ジャミンガを警戒中だったんだと」

 話を聞くと、自衛官は敬礼しつつ自己紹介する。

「陸上自衛隊、山野六花三尉であります」

「あ、ご丁寧にどうも。広谷小鷹です」

 丁寧な挨拶に小鷹はハンターウルフから降りて返礼する。

「今、ここではソニックバードっていう新しく発見されたゾイドの発掘をしてんだ。似た骨格のギルラプターとかがよく見つかるけどな」

 級長曰く、ここでは新しい飛行ゾイドが見つかったらしい。今は小型のカブターやクワーガが手一杯で、スナイプテラの導入も進んでいない。

「でもこれ見ちゃってよかったんですか?なんか秘密っぽいけど」

「いえ、お気になさらず。隠す様なことではありません。むしろ、我々の様な防衛組織は戦力を喧伝した方が狼藉者への牽制になりますから」

 六花は子供相手にも丁寧に対応していた。割りとフランクでいい加減な級長とは、立場も性格も違うのだろう。

「ところでやまのん。一体目の復元状況は?」

「やまのん言うな。なにぶん、復元例が少ないからな。復元出来たが正常に動いてくれるかテスト中だ」

 級長は仕事の進行具合を聞いた。ソニックバード一体目の復元は済んでいる。今はテスト中だ。

「それで、町にボルテックスが繋がっていたのか。報告は受けたが詳細な確認がまだだな。我々の小隊で確認作業を行う。ここの警護なら、ブルーナイト隊で大丈夫だろう」

「よし、んじゃいくか」

 六花は行動指示を出す。町にボルテックスが空いたとなればジャミンガの流入を警戒せねばならない。それも一度確認すればいいというものではなく、継続的に警備して流出を防ぐ必要もある。小鷹達は来た道を戻り、町へ出ることにした。

 六花の愛機はバズートル。通常はオリーブドラブの装甲もより濃いモスグリーンに変更され、陸上自衛隊の所属を示す紋章や文字が入っている。

「兵器ゾイド使うのか……」

 小鷹としては対テロ組織が兵器改造されたゾイドを導入しているのが意外だった。ゾイドの兵器改造はゾイドの意思を奪うZOバイザーの装着や拘束キャップの使用を行い、無理矢理コントロールしていることが多い。そうでなくても、自衛隊が銃火器満載のバズートルを使うことが驚きなのだが。

「バイザー、キャップ共に拘束機能はありません。開発元のZITEC社が本来想定した仕様のまま、我々は使用しています。治安局のせいで良いイメージが無いのは確かですが……こちらこそ本家本元なのでデザインを変更するのは悪しきに折れることとなります」

 とはいえ、それは外見だけで実際のところ小鷹のハンターウルフとの差異はあまりない。むしろ『我こそが治安維持組織!』とメディアで喧伝している企業連お抱えの治安局の方がそうした機能をガッツリ使っている。

 それは第四小隊のもう一人、トリケラドゴスクロムに乗る隊員も不満に思っていた。トリケラドゴスクロムは黒い装甲を持つトリケラドゴスの亜種である。

「しかし、我が社の復元技術や改造技術を盗んで好き勝手するとは治安局め……」

「そういえば、ZCFって民間ですよね?なんで自衛官がいるんですか?」

 小鷹は自衛官や警察のいるこの組織の内情が気になった。治安局はよくテレビで特殊しているが、特にそうした様子はない純粋な企業の組織であったりする。

「そら、こんだけの武力持ってるけど悪さしませんよっていうのを、取り締まる権限のある人間に見せるためだな」

 級長の解説は相変わらずざっくりしていた。

「自衛隊や警察を内部に入れて常時監査してる様な状態にすればそう悪さは出来んし、後ろめたいことがあればそんな提案出来ないしな。自衛隊の指揮権は総理大臣にあるが警察は独立してるし、そもそも入ってるのが各組織の末端だから悪さをチクられはするが忖度までは出来ん。その点、治安局は完全クローズドだから怪しいものだ」

 六花が詳細を伝える。要するに、戦闘能力を持つ組織故に身の潔白を示す為外からの人間を入れて自身を監視させているのだ。

「んー? でもニュースじゃ警察や自衛隊とずぶずぶだって言われてたような……」

 だが、言いがかりを付けるならそれらの組織との癒着とも取れる。小鷹はよくテレビのゾイド特殊を見るのでそういう主張をメディアがして、治安局の素晴らしさを語っているのを知っていた。トリケラドゴスのライダーはテレビなどを見ていなかったのか、呆れた様に言う。

「んなこと言われてたのか……たしかに出資はブロックスの販売やゾイド復元とかが商売のZITECだが、コピー用紙も経費で落ちん自衛隊とずぶずぶになっても儲けがないだろ」

「うっそ、自衛隊ってコピー用紙経費で落ちないの?」

 小鷹は結構厳しい自衛隊の現状を知って驚く。ZCF立ち上げの発起人たるZCFはゾイドブロックスの様な小型人工ゾイドを売るなりして利益を出しているが、相手の財布が空っぽではどうにもならない。

「我々に予算が不要ということはそれだけ平和で歓迎すべきことです」

 六花はそれについてあまり気にしてはいなかった。が、級長としては文句の一つも出る。

「程度問題だろ。そんなんじゃいざって時に困るぜ……」

「限られた予算でも必要なことはしてるから」

 そんなこんなで話していると、ボルテックスの外に出る。そして、小鷹の先導である駅前まで行くことになった。

「ここでちょっと署名活動をしてまして。いくら外出自粛でも、仕事なら地下鉄乗らなきゃいけないから」

「署名?あ、ここ藤が丘か」

 級長が辺りを確認すると、名古屋市営地下鉄東山線の終点、藤が丘であることがわかった。

「懐かしいなー、結構変わったんだなここ」

「地下鉄? 地上に出てるが?」

「東山線は地上区画があんだよ。鶴舞線なんか私鉄が乗り込むぞ」

 地下鉄といいつつ高架に線路がある光景に六花は驚く。小鷹への対応ではなく、級長と話している姿が素の状態なのだろう。

「それで、署名って?また名古屋市長が私学潰そうと頑張ってんのか?」

 級長は署名のことを小鷹に聞く。以前、政府が公立高校無償化と同時に自治体の補助金と組み合わせれば私立高校も実質無償化出来る政策を打ち出した際、愛知県や名古屋市はあろうことか自治体の補助金を打ちきり実質的に政府からの補助金をネコババしたことがある。

「名古屋市長?あのまだアルマジモンのが自然に名古屋弁使えてるあの?」

「アルマジ……なんだって?」

 六花の例えが世代的に小鷹には分からなかった。名前からしてデジモンなのだろうが、リブートやゲスト出演では初代勢が優遇されがちで第二シリーズのレギュラーとはいえ主人公でない存在まではさすがに知らない。

「歳がバレる歳が。奴さん死んだよ、俺が殺した」

 級長の言葉はどこまで本当かわからないが、そんな噂は小鷹も聞いたことがある。

「あー、知事がバーターやってた市長が白楼? だったかそんな学校に喧嘩売って返り討ちに遭ったって話は聞いた……」

 そんな昔の話はさておき、重要なのは今の問題だ。小鷹はその話をした。それは今、新型の肺炎が蔓延していることに関係がある。

「今、コロナ騒ぎで愛知以外は殆ど学校を休ませてる。でも、愛知は大したことないって何もしないんだ」

「まぁ、死亡率や重症率は確かに低いが……なにぶん未知数のウイルスだ、感染してみなきゃどうなるかわかんねぇのが怖いよな」

 級長の言うとおり、数字では大したことがないのかもしれない。統計での死は数字でしかないが、当事者にとってはカウント1でも悲劇だ。それに、未知の存在が相手となれば警戒に越したことはない。

「俺の友達に、学校休むほどじゃないけど体弱い奴がいてさ……そいつがなったら、ヤバイなって思って……。だから、俺も学校を休校にしろって署名に協力してる」

 市長が何もしないため、子供達が感染拡大を防止しようと活動しているのが現状だ。小鷹は友達の為に行動している。自主的に休めばいいだろうが、それでは授業においていかれるなど問題も出る。

「近くにボルテックスの反応があったから、ジャミンガがこっちに来ないか見に来てたんだ。人がそれなりにいるし、みんなゾイド持ってないから襲われたら大変だ」

「いやー、立派な若者だ。これなら我が国も安泰だな」

「こいつらが大人になるまえに国が無くならなきゃいいけどな」

 トリケラドゴスのライダーが感心するが、級長としては亡国待ったなしという状況にも感じられた。子供が大人をしているということは、大人が頼りないという意味なのだから。

「どれ、私達も三票投じておこう」

「そうだな」

 六花の提案で署名に参加しようとしたが、コクピットのモニターがけたたましい警報音を鳴らす。小鷹のハンターウルフには何も起きていない。

「な、何?」

「拘束機能のあるZOバイザーの反応だ! 治安局の連中が来てる」

 級長を辺りを見渡す。バイザーの開発元がバックにいるおかげで、思わぬ方向から敵を察知することが出来るというわけだ。

「いくら治安局って言っても、いきなりドンパチはしねぇよな?」

 小鷹は仲の悪い組織が鉢合わせることで戦闘になることを懸念した。ゴッドファーザーの世界よろしく、街のど真ん中でゾイドが自前の火器をぶっ放す様な展開だけは避けたい。

「こっちにその気が無くても相手が仕掛けてくれば分からんぞ」

 六花はシビアな判断を下し、バズートルとトリケラドゴスが人々の壁になる様に動く。確かに、向こうから一方的に撃たれてはどうしようもない。やってきたのは銀色の装甲に身を包んだキツネ種のゾイド、ガトリングフォックスであった。顔には赤いバイザーが付けられている。護衛のつもりか、バイザー付きのギルラプターも四体いる。

「これはこれは、こんなところで密を作って何をしておいでで?」

「お前は……!」

 ガトリングフォックスに乗っている人物に小鷹は見覚えがあった。ウナギと犬のキメラみたいな、ギャグ漫画でくらいしかお目に掛かれないであろう間抜け面、愛知県の知事だ。

「知事のウナギ親父!」

「感染が怖いと言いながらこんなに集まりよって、結局はずる休みの口実が欲しいだけではないか」

 まさかの登場に小鷹は驚く。武器を搭載したゾイドに乗って来た、ということは狙いは一つ。彼は後ろにいる友人らに声を掛ける。

「お前ら逃げろ! あいつ、やべーことしでかす気だ!」

「いや、下手に動かずこちらの影へ。動くと弾が当たる」

 六花は守りやすい様にゾイドの影へ隠させた。

「チッ、てめーが『ウェブの署名は無効でぇーしゅ』とか言わなきゃこっちもんな真似今時しねぇよ!」

 小鷹はハンターウルフを前に出し、知事に睨みを聞かせる。元々はネット上で済ませるつもりが、知事の横紙破りでこうなったのだ。

「悪い子にはお仕置きが必要だ。制御トリガー解除、兵器解放、マシンブラスト!」

 知事は自分が悪いとは一切思うことなく、ガトリングを子供達に向ける。そして全く躊躇わずにぶっ放した。

「ファントムガトリング!」

「こいつ!」

 本来なら回避できる棒立ちの射撃であったが、周囲の人を守るためにライガーとハンターウルフも身を盾にしなければならなかった。

「うわっ! なんだこの威力!」

「実包かよ! 頭イカレてんじゃねぇかこいつ!」

 小鷹は受けたことのない衝撃に困惑する。級長は即座に実弾を使われていると判断した。

「マジかよ! ルーナ、持ってくれ!」

「あなたは逃げて!」

 六花に退避を促されるが、今は少しでも壁の面積が欲しい。小鷹は動こうとしない。

「断る! 俺は二度と、友達を見捨てたくねぇから力を手に入れたんだ!」

 ここで逃げれば自分は助かる。だが、それではあの時の様に、友達をまた守れない。ゾイドという強大な力を得た意味がない。

「ぐぉっ! 当たりどころが!」

 装甲の厚いトリケラドゴスが行動不能に陥る。どうにかガトリングの斉射は凌いだが、ギルラプターがにじり寄ってきてまだ攻撃は続きそうだ。

「ガトリング冷やしている間に邪魔な壁は頼むよ~」

『強制解放、デスブラスト!』

 知事の指示でギルラプター達は苦しみながら背中の爪を剥きだしにする。左目に紫の炎が灯っており、ただ事ではない雰囲気を出していた。

「こんにゃろ!」

「ここを通すわけには……」

 ライガーとバズートルもダメージを受けてまともに動けないが、ここで退けば次のマシンブラストで惨劇になる。小鷹も引くことはできない。

「俺は負けねぇぞ……こんな奴らに負けて、世界を今のままにしておくなんて出来るかよ!」

 強制解放されたギルラプターを何とか押し返し、体勢を整える。だが、既にガトリングフォックスのクールタイムは終わっていた。

「今度こそお仕置きタイム!」

 知事は勝者の余裕を持ってガトリングを構えた。級長と六花も今回ばかりは覚悟を決める。いくら訓練された部隊員でも、突然頭のいかれた狂人の集団に襲われては市民を守るのがやっとだ。

「勝手にしたけどよ……お前みたいなやつが泣かない世界にするって決めたんだよ! そうだろ、陽歌!」

 ガトリングが唸りを上げる。その時、空から飛来した何かによってガトリングが切り裂かれた。

「何?」

「あれは!」

 知事が驚いていると、なんと上空に青い鳥型のゾイドがいるではないか。翼から刃を覗かせ、再び急降下してガトリングフォックスを襲う。攻撃は的確にZOバイザーを砕き、フォックスの動きを止めた。

「ソニックバード!」

 六花はその機体が復元したばかりのソニックバードであることを見抜いた。どうやら、第四小隊の通信を聞いて救援に駆け付けたらしい。

「今だ!」

 小鷹は反撃に転ずるため、ハンターウルフの背中のブースターを前へ突き出した。

「本能解放第二段階! 吼えろルーナ、俺の誓いと共に!」

 ブースターが巻き起こす嵐は的確にギルラプターとガトリングフォックスだけを巻き込む。そして、ルーナの咆哮を乗せて風の刃が渦巻いて敵を襲う。

「ハウリングシャウト!」

 敵は致命的なダメージを受けながら空を舞い、地面に叩きつけられる。

「ぐええええ!」

 慢心していた知事は衝撃で顔面をコクピットにぶつけ、前歯を折って鼻血を吹き出す。

「ひ、ひぃいい」

 一転、不利になると知事はフォックスの光学迷彩を使って透明化し、逃げ出した。

「馬鹿め、丸見えだ!」

 が、歴戦のZiファイターである級長には透明になる程度何のアドバンテージも無かった。影でくっきり、遁走するフォックスの姿が見えている。

「進化解放、エヴォブラスト!」

 ライジングライガーが背中の刃を突き出すと、走ってフォックスに追いつきガトリングにブレードを突き刺した。

「ライジングクロー、ブレイク!」

 そのまま発砲によるインパクトでフォックスにはそこまでのダメージを与えず。乗っている知事を揺さぶる。

「おぼああああ!」

 リボルバーの弾丸を使い切ると即座に退避し、甲羅を開けてキャノンを覗かせる六花に射線を譲る。

「兵器解放、マシンブラスト!」

 そのままキャノンの一撃がフォックスを吹き飛ばした。

「案ずるな、空砲だ」

「めっちゃ吹っ飛んでますが」

 フォックスは機能停止、投げ出された知事も気絶しており部隊は全滅である。パトカーのサイレンが鳴っており、警察も駆け付けた。事件はこれで解決となっただろう。

 

「参ったな、しばらくトリケラは戦線離脱だ」

 トリケラドゴスクロムは当たり所が悪く、修理に時間が掛かるらしい。第四小隊は欠員が出たまま任務に当たらなければならない。ライダーは無事だったが級長は頭を抱える。

「政治家にゾイドを売った人間がいる、というのも気になるな」

 六花は事件の経緯を気にしたが、そこから先は警察の仕事。

「ん? これは?」

 散乱する敵の装備から小鷹は書類を見つける。連絡用の文書をそのまま持ち出して落っことしたのだろう。コクピット内でメモを取れる様にバインダーで挟んであった為、激しい戦闘の後でも吹き飛ばされずに残っていた。

「これは……」

 あちらは経費が潤沢なのか、カラーで印刷された書類に写真が掲載されていた。そこには、懐かしい顔が写っている。キャラメル色の髪にオッドアイ、行方が分からなくなっていた友人、浅野陽歌だ。明確に名前も載っている。ゾイドに乗っている様子が写されており、落下の衝撃で肝心な情報は読めなくなっていたがその存在だけは明白になった。

「陽歌……生きていたのか……?」

 敵の治安局が陽歌の情報を持っているということは、奴らを追っていれば再会出来るかもしれない。

「なぁ、俺をトリケラが回復するまでZCFに入れてくれよ!」

「それは無理だ」

 小鷹の頼みを六花は即座に断る。いくら実力があっても子供を数埋めには使えない。

「遊びのつもりじゃねぇ! いなくなってた友達が見つかるかもしれねぇんだ!」

「友達を探したいのか……」

 級長は人手不足の痛さもあり、なんとか小鷹を参入させる手はずを考える。

「その友達の捜索に俺たちが協力する、ってことでどうだ? 元々前線に出るチームじゃないしさ」

「その方向ならいけるかもな。だが私は手続きを手伝えないぞ。お前が何とかしろ」

 六花は立場上、子供を戦場に放り込むことに加担は出来ない。だが、賛成ではあった。行方不明者の捜索、という名目で小鷹を加えることは出来るかもしれない。

 こうして、小鷹はZCFとして友達の行方を追う冒険を始めることになった。この先、どんな戦いが待っているのかは分からない。それでも、小鷹とルーナは進んでいくのであった。




 機体解説

 ハンターウルフツクヨミ(オオカミ種)
 全長:8.9m スピード:10
 全高:4.4m アタック:7
 体重:41.0t IQ:6
 IQ:77 スタミナ:9
 最大スピード:270km/h ディフェンス:7
ワイルドブラスト:9

 小鷹「ハンターウルフツクヨミ。オオカミ種のゾイドだ。月に向かって遠吠えすると大気密度が上がって空気層が厚くなって偏光、月が赤く見える様になるんだ。本能解放ワイルドブラストすると背中のソニックブースターから衝撃を放ち、加速したり前に向けて攻撃に使うぞ」

 次回予告
 小鷹「陽歌の手がかりを探す俺たちは、治安局が大規模な発掘を行っているボルテックスへ向かった。そこで待っていたのはクワーガ部隊と赤い幻影だった。次回バトハン戦記、『急襲! 密林の攻防戦』。行くぞ、ルーナ!


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〇 銀河を貫く伝説の刃

 青がゴリラってギンガマンとゴーバスターズくらいか? 地味に赤にゴリラ持ってかれるよね


 名優、ショーン・コネリー、逝く。そんなニュースを目にした陽歌は彼が出演した映画を見返そうと談話室へ円盤を取りにいった。007はもちろん、遠すぎた橋にハイランダーと名作は多い。

「銀河を貫く伝説の刃!」

「超獣戦隊、ギンガマン!」

 そんな時、談話室でエヴァとミリアが何かしていた。ギンガマンのDXトイとかどこから持って来たのだ一体。

「なにこれ」

 特撮に疎い陽歌だが、今年がギンガマンのメモリアルイヤーでないことは知っている。まだ深夜なので東映から動きがあったわけではない。

「あ、陽歌くん。今この瞬間は今世紀最初で最後のギンガ時間ですよ」

「なにギンガ時間って」

 さも常識の様に言われたが、色々な特撮ネタを勉強した陽歌でも初耳だった。

「ギンガ算によって導き出される2020年の11月1日2時30分から50分の十分おきに訪れるのですよ」

「また初耳の言葉が……ギンガ算ってなにさ」

 ギンガ算というある掲示板に伝わる何回な覆面算の一つである。ギンガマンの主題歌のワンフレーズ、『ガンガンギギンギンガマン』という言葉に登場する文字を登場する順に『A=ガ B=ン C=ギ D=マ』とする。そしてこれを式に組み立てると、

ガンガン

ギギン

+) ---------

ギンガマン

 となるのだ! ちなみに記号はギンガを貫く伝説の刃であり足し算という意味ではない。うん。ネットで解説見ても分からんな。

「つまり、2020年11月1日2時30分を数字に並べると202011230、ガが2、ンが0、ギが1、マが3とするとガンガンギギンギンガマンになるのか……いや分かるかい!」

 陽歌も噛み砕いてみたがマジで意味が分からない。もともと英語は強いが数字には同年代の中でも弱い方なので仕方ない。

「次は3030年11月3時10分ですよ」

「生きてるかなぁ……」

 これを逃すと次は1010年と20分後。二度と訪れない歴史的瞬間だ。

「で、わざわざそんな時間を祝うために待機してたと……」

「いやー、1999年の大みそかを思い出すますね」

 確かに世紀末と同じ感覚であるが、二桁に及ばない陽歌にはあまり分からない。ここでエヴァが令和になった瞬間を持ち出さないのは、当時の陽歌がそんな余裕のある状態でなかったことを気遣っているのだろうか。

「祝っている人はごく一部では?」

「まぁそうなんですけどね」

 ただ2000年問題もあって世界的な大騒ぎであった世紀末とは比べるまでもない。恐怖の大王も降らず、北斗の拳にはならず、プログラマーの尽力で2000年問題も大騒ぎにはならなかった。

「さて、次のメモリアルイヤーは2022年の仮面ライダーシノビかね……」

「一体特撮民は何が見えているんですかね……」

 もはや集団幻覚の域にいる特撮クラスタに困惑しかない陽歌であった。みんなしてネビュラガスでも決めているのか。

 

   @

 

 松永総合病院では、当然夜間も看護師や医師が常駐している。そんな中、院長の松永順は研究の為、病院の中に私室を持っている。それは警備の都合、ナースステーションを通らねば行けない様になっていた。

「お疲れ様です」

「あら、エディちゃんじゃない」

 その順へ夜食を作る為、彼の助手である一人の少女がやってきた。歳は順より上で高校生程度。ナースステーションに詰めていた詩乃は顔なじみである。

「ああ、どうも。山城さんですか」

「相変わらず女っ気ないわねー。せっかくの美人がもったいない……」

 エディは鮮やかな長い金髪を纏め、男物のシャツとジーンズを着込んでいた。眼鏡をかけているが全て地味にしてある。が、そのせいで逆に素材の美しさが引き立ってしまっている。

「別に、順以外に見せる気ないし……」

 基本、他者にも塩対応。ビジネスライクな関係以上を築くつもりはないという意思を感じる。長話はせずに、さっさと歩いていってしまう。

「本当……分かりやすいんだから」

 詩乃もエディがどういう人物かは熟知していた。

 

 順の私室では、彼が研究に没頭していた。超人機関の由来たる超人の順は人体という秘境を追及する探検家。常に人間の身体への研究を続けている。今日は陽歌が大空首相と会ったときに聞いた『特殊な呼吸法』に関して調べていた。

「確かに、臓器の喪失に対して健康への影響が少ないのは不思議に感じていた……。成長期に入る前だから、それを補う様に他の臓器が発達したのかと思っていたが……」

 陽歌は詳細こそ不明だが、身体にいくつも手術痕があり臓器の喪失が見られる。詳しく調べようにももし病気で取ったならその病気の痕跡が残っているとマズイので当然無いわけであり、腹を開いて調べるなどもってのほか。そもそもこの臓器を補う為の人工臓器オプティマを入れる手術も陽歌の体力が持たないので保留にしていたくらいだ。

「それに、肺活量も平均値を下回っているとはいえ僅かだったことも気にするべきだったな……」

 入念な検査はしたが、それはあくまで健康への問題を洗い出す為。問題がなければそれ以上追及することもない。

「順、いい……かな?」

「エディか。僕はいつでもいいよ」

 そこへエディがやってくる。先ほどの塩対応が嘘の様にしおらしくなっており、入る直前に眼鏡を外している。他人の目など気にしないといった態度さえなくなり、おずおずと部屋に入った。

「お夜食作るけど……先にお風呂にする? それとも、わ……私?」

 まさかの新婚三択だが照れが隠し切れていない。顔が真っ赤になっており、俯いてしまっている。

「シャワー使っていいよ。僕はしばらく使わないから」

 が、順はエディこそしっかり見ているがするっと対応する。ここで彼女は勇気を出してもう一押しする。

「使いたかったら遠慮しないで入ってきて。背中……流してあげるから」

「そうだね、背中は独力だと洗いにくいからね」

 だが医者目線の言葉しか出ない。このニブチン、他人が見たら殴る壁が足りなくなるのではないだろうか。

 エディはゆっくり誘う様に脱衣所へ消える。扉を完全に締めず、衣擦れやシャワーの音が聞こえる様にしてある。こんな小技を誰が見ても文句のない美少女に使わせる強敵がこの松永順である。

「お、メールだ」

 その時、呼吸器系科の教授からメールが届く。メールのいいところは相手の都合を気にせずに多くの情報を送れることだろう。マナー講師がメールを送る時間にもマナーがあるとほざいているが、基本的にはタイムラグが少なく直に届く手紙の様なものなので開封は相手の都合に任せればいい。それをこんな時間に届いて即座に開く様な人間は順くらいだが。

「なるほど……」

 そのメールには陽歌の使っている特殊な呼吸に関する教授なりの推察と根拠となる資料が乗っていた。

「全集中の呼吸……かつて人喰い鬼を討った剣士達が用いた技術か……。波紋の呼吸に近いのか? いや、あれは本来医療術に近いし全集中は特殊なエネルギーを生じているわけではないのか? 本来は剣技を放つ際にするこの呼吸を、常にすることで身体能力を高める技術もある、と……。だがその維持にはそもそも子供の様に大きな瓢箪を呼気で破裂させるほどの肺活量が必要……。では陽歌くんには不可能なのか? いや、これの資料はかなり散逸しているし、大正時代のもの……科学的な解析が進めばアレンジして……」

 推察に目を通し、順はある決定を下す。

「大空首相の話によれば、陽歌くんの養父、浅野仁平がこれを何とか資料を読み解いて使っていた……自身の歳を考慮して死後も陽歌くんの健康を願って呼吸法を託したとすれば、子供が扱える様に手を加えていてもおかしくない……。それなら、人喰い鬼と戦えるほどの身体能力が発揮されない理由にもなるな」

 想定通りに全集中が使えていれば、陽歌の身体能力はもっと上がるはずだ。そうでないということは肺活量の不足ももちろんだが、アレンジが原因とも考えられる。攻撃性を削って健康維持に振れば必要な肺活量も減らせるかもしれない。

「とにかく、仁平氏を知る人間に話を聞くしかないな。エヴァちゃんが陽歌くんの実家を襲撃した時にこの話が出てればなぁ……」

 母子手帳やらなんやらを回収する為に北陸の陽歌が住んでいた家にエヴァが突撃したことがあった。その時に話を聞けていれば……、今悔いても仕方ないが惜しまれる。あんなことがあれば経済的な無理を圧しても逃げる様に引っ越してしまうだろう。

「それに、安心院という人が言っていたことも調べねば……。ひと段落したと思ったらまた忙しくなるぞ……」

 加えて、陽歌にある懸念を抱いた人物が警告を出している。これはまだ去年よりも緊張感が求められそうだ。

「お待たせ」

 資料を読んでいると、エディがシャワーから上がってくる。ふんわりとした薄手のネグリジェで可愛らしさと色気を合わせて誘惑する。上気した頬に解いた濡れた髪が張り付き、普通の男なら劣情を抑えられないだろう。

「ねぇ、今日は大丈夫な日だから……その……」

「ごめん、今日は遅くなるから先に寝てて」

 が、いつもこれである。果たしてエディの恋の行方……否、陽歌の秘密やいかに……そして次のギンガ時間はどうなるのか。

 




 ちなみにギンガマンはガオレンジャーというタイトルになる予定だったが、ガオガイガーと被る為変更になったとか。


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13日の金曜日だって本当は自粛したくない

 ハロウィンが絡むと遅れる呪いでもあるんかね。


 令和二度目の13日の金曜日、またもや無念の自粛……! こんな時期ではハロウィンだって渋谷に人は集まらないだろうとジェイソンも思っていた。区長も来るなと言っているほどだ。

 しかし、人の愚かさと宇宙の広さには果てが無いという言葉がある。なんと、こんな時勢にも関わらずハロウィンをするために人が渋谷に集まってしまったのだ。愚か、あまりに愚か。この愚行に怒りを覚えた人々の負の感情を吸い取り、悪魔城も今、復活!

「何これ……」

「さぁ……」

 ドラキュラと死神は復活した自身の城、悪魔城を見て絶句する。昨年、死神が手に入れた新たな配下の影響でオペラ座が融合したのはまだ理解できる。しかし、今年は悪魔城の上に国立競技場が乗っかっている。

「なぁ、これって裏悪魔城と逆さ城にも影響しているよな?」

 ドラキュラは死神に確認を取る。悪魔城は今目に見えている存在だけではなく、裏の世界、そして最上層から入れる逆さの世界が存在する。この表正位置悪魔城が拡張されれば、当然それにも影響するのだ。

「はい」

「もぉおおおやだぁあああ!」

「お気を確かに!」

 ドラキュラは頭を抱えて絶叫する。家が広くなるのはいいことだが、限度というものがある。そもそも逆さ城に関しては家として機能するか怪しいところがある。

「戦力増えましたから!」

「どうせベルモンドの変態共は平然と壁を抜けて一分もしない内に城壊しておまけとばかりに小便をひっかけるんだ! こんな城いくら増えても無駄ぁ!」

 死神のフォローも一流のベルモンド一族が相手では何の意味もない。向こうメモリの海を泳いでフラグ回収して無理矢理エンディング呼び出す変態ぞ?

「おーい、小僧どこ行くんだ!」

 その時、七耶がフラフラと歩く陽歌を追いかけていた。二人共パジャマの状態で、陽歌は寝ながら歩いている様だ。

「あいつ……」

「そうだこういう時は鼻提灯を割れば……」

 ドラキュラが妙な因縁のある相手を見つめていると、七耶は陽歌の鼻提灯を割った。

「ふがっ!」

「一体何があった」

 かなり古典的な方法ながら、陽歌は目を覚ます。

「あ、最近無かったので忘れてたんですけど僕って夢遊病気味なんだよね……」

「明らかにストレスが原因ぢゃん。ハイジが山帰れなくてなるやつ!」

 どうも今は改善したが、昔はそんな持病もあったらしい。なくなってよかったと思う七耶であった。

「でもいつもは冷蔵庫の前とかなのに、家の外に出るなんて……」

「ダイエット中のデブパターンって極限の空腹じゃねーか」

 普段は空腹が原因で無意識に冷蔵庫まで歩いてしまうのだが、外まで出たのは初めてだという。過食気味の肥満でもないのにそんな状態まで追いつめられるなど、常軌を逸した欠食児童である。

「で、なんだあれ? あたしンちグラグラゲーム?」

「国立競技場オペラ座悪魔城?」

 七耶と陽歌は目の前に広がる城を事務的に確認すると、そのまま踵を返して帰ろうとする。

「待って、もう少し驚いて」

 この理解を超えた何かを平然と処理されたドラキュラは彼らを呼び止める。もう少し驚いてほしいところであるが、感覚でも麻痺しているのか。

「いやだってチェイテピラミッド姫路城とか見ちゃったら、ねぇ」

「何それ悪夢かね?」

 七耶の口から出た単語に戸惑うドラキュラ。これさえも超越する何かがこの世には存在するというのか。こっわ、現世こっわ。

「まぁ、九龍城やウィンチェスターミステリーハウスよりは整ってるんじゃないですか?」

 陽歌は比較的現実的な例を挙げる。確かに悪魔城はいろいろ積み重なっているが、積み重なっているだけともいえる。

「待って、人間が作れるレベルのもの挙げられたら悪意の象徴、魔王ドラキュラの本拠地立つ瀬なくなくなくない?」

 死神もこの落ち着きには突っ込まざるを得なかった。

「いや今年増える都知事見ちゃったし……」

「待って去年私倒されてから何があった?」

 陽歌の言葉にドラキュラは混乱する。もう一言ひとことが現実とは思えない。

「そう! 都知事だ! 見ろあの国立競技場! 君らの宿敵都知事が帰って来たかもしれないんだぞ!」

 死神は国立競技場を指さし、ラスボスの再来を匂わせる。しかし、陽歌は心底迷惑そうに断った。

「いや、しつこいだけのいちシナリオボスを宿敵扱いされましても……」

「天使の奴が都知事は時の団地送りになったっつってたから、復活はしないんじゃないか?」

 七耶は既に都知事復活があり得ないという情報を掴んでいたが、これまたドラキュラの知らない単語が出て来た。

「時の団地?」

「ご存知ないのですか?」

 陽歌は意気揚々と時の団地について説明する。

「時の団地は数ある冥界の中でも重篤な時間犯罪に手を染めた者が送られる場所です。僕はエレキシュガルさんや紅女将、それとオルトリンデさんから聞きましたけど、その存在は1993年にナツメ社から発売されたファミコン用アドベンチャーゲーム、『東方見文録』で広く現世の人間に知られることとなったみたいですね」

「そんな昔のゲームを皆さんご存知みたいに言われても……」

 ドラキュラは困惑しかなかった。ちなみにこのゲームの主人公、文録は何の縁がメダロットに子供時代が出演し、作中の過去の年代に書いた本が存在する。そんなメダロット、最近シリーズ全部入りがswitchで発売したのでやってみよう。

「ゲーム機の概念より年上の奴に言われたくねぇだろ」

「うるさい五千歳児」

 七耶とドラキュラが年齢のことで言い合うが、人外の年齢などもうカウントのしようがない。そんな時、陽歌の影から一人の少年が出てくる。合唱団の様な正装を着て、仮面をつけた少年だ。

「ふう、ようやく戻ってこれたよ」

「お前は?」

 七耶はその存在を警戒する。何せ、何故か陽歌らしきものを抱えているのだから。裸体を隠す様に少年のものであろう上着を着せられているが、腕は生身と思われる辺り陽歌本人ではないのだろう。

「君は……」

「ふむ、悪魔城があるってことは正式な時間軸に来たってことで間違いないね」

 陽歌にとっては、時折自分の背中を押してくれた謎の存在である。てっきり自分の本心が具現化した何かだと思っていたが、全く別物の何かが正体であった。

「カストラータ! 貴様生きていたのか!」

 死神はかつて配下にしつつ利用された相手の生存に驚く。

「いや、正確には死んだんだけど僕って基本怨霊の集合体だからね。陽歌の中にある破片が色んな世界線で似た様な怨霊を集めて力を取り戻していたのさ」

 カストラータは一度死んだものの、復活したというのが正しい。

「そうか、シエルさんが言ってた僕のやけに高い霊力は君が……」

「いや、そんなことしたら僕一発でバレてとっつかまるから。霊力は君の自前だよ」

 陽歌はシエルから言われていた霊力の原因、とも考えたが、そうでもないらしい。カストラータ的には陽歌を利用したいがあまりはっちゃけるとリスクもある。

「でも助かっただろ? 見返りに君の心の一部はもらっていくよ」

「させると思っているのか!」

 ふわふわと逃げようとするカストラータを七耶は止める。何が狙いか分からないが、心の一部など危ういものを持っていかれては堪らない。とはいえカストラータは既に陽歌の心の一部と思われるものを持っており、それでも彼に影響は見られない。呆れつつカストラータは七耶に説明する。

「あのね……一年も一緒にいて何を見ていたんだい? 彼の精神はストレスから身を守るために分裂した状態にあるんだよ。所謂多重人格、その一歩手前だ。幸い、心自体に人格を産むほどの力が残っていないから人格が増えずに済んでいる……。もし回復すれば多重人格になりかねない。それを僕は抑えていたのだから少しはお土産を包んでほしいね」

 陽歌の精神が多少健康でいられたのは、カストラータの力添えあってのことだった。

「そうなんだ。僕が迷った時にいろいろ助言もくれたよね。ありがとう。心の破片くらいは持ってっていいよ」

 陽歌は時に姿を現し、多くは彼に悟られない様に自分を助けてくれたカストラータに素直な感謝を向ける。

「ふうん……まさか利用していた相手に感謝されるとは思わなかったよ」

「周回の記憶があるから、僕が間違えない様に導いてくれたの?」

 カストラータは意外そうな顔をする。確かに周回全ての陽歌を把握しているのだが、彼の為に導いたわけではない。

「僕は大人に利用されて死んだ子供の代表。だから大人の不手際で死ぬ子供を見逃せないだけさ。君はいろいろ心配だから……これあげるよ」

 カストラータは陽歌にある本を渡す。合唱の楽譜にも見えるが、これはなんであろうか。

「君の知り合い……シエルなら使い方が分かるはずだ。このジョブを君が使いこなせるとは思えないけど、ジョブマスター補正くらいはあって損しないはずだ」

「ここまでしてくれるなんて……」

「勘違いするな。お前は僕達死者の代わりに大人の欲望を打ち砕き、未来を切り開いた。当然の報酬だ」

 全くの親切心というわけではないようだが、それだけを告げてカストラータは去った。

「あー、今回も自粛か……。せっかくゲームやデドバで追跡テク鍛えてモーコンでタイマン技術も上がったのに……」

 入れ替わりにホッケーマスクの大柄な男がやってくる。

「うそ、うちのお堀ってクリスタルレイク?」

「その様ですな」

 ドラキュラと死神は自宅の全容を未だ知れないでいた。

「ところで悪魔城が出たってことは攻略しろってことでいいな?」

七耶はドラキュラに了解を取る。悪魔城は放置していていいものではない。あるだけで魔物が溢れ出し、元々いた魔物も強化される代物だ。見かけたからには潰すのが最適解となる。

「ふ、それが出来るならやってみろ! 最奥で待っているぞ!」

 ドラキュラと死神は挑戦を受け取り、その場から消える。

「小僧、行けるな?」

「もちろん!」

 陽歌は赤い炎と共に赤漆が塗られた匕首の刀を取り出す。一般的な大太刀でも彼が持つと背丈ほどの大きさになってしまう。悪魔城の攻略、去年とは違って主戦力として立ち回るだけの力を得た。

 今までとは、わけが違う。




 みんな舐めてかかっている新型コロナ、実は後遺症に『ハゲ』が結構な確率で存在することはあまり知られていない。


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EP4 傷ついた翼

ハイムロボティクス社は飛電インテリジェンスやタイニーオービットと並ぶ世界有数のロボット企業である。主力製品はバンダイ、サンライズと提携して作り出されたSDガンダムモチーフの育児ロボット「トイボット」である。


「どうだ? 命に別状はないか?」

 ユニオンリバーに保護された陽歌は、即座に病院ではなく店の地下にある治療カプセルに入れられていた。カプセル、といってもベッドをアクリル板で覆うだけのもので液体が満たされているとかではない。義手の制御にも使われているナノマシンを用いた医療機器となっている。

 陽歌は目を開けていたが、身体は指一本動かせず、視界がぼやける。治療に当たるのは銀髪の美女、アスルト。ユニオンリバーの技術を司る錬金術師だ。黒髪を伸ばした巫女服の幼女、七耶は陽歌を保護した一人であり、彼の容態を細かく確認しにきてくれていた。

「いや、ありありでス。栄養状態はほぼ二週間の絶食と同等、睡眠に至っては10日取っていないも同然でス」

「ん? 寝てはいたぞ?」

「昏睡と睡眠は根本的に異なるんでス」

 確かに10日も寝ていないことなど無かったが、気絶しているのと眠っているのには差があるという話は陽歌も聞いたことはあった。

「正直、あと少し遅ければ死んでいたというかもう死んでいまス。ほぼ生き返らせた様なものでス」

「危なかったな……いや見つけた時は死んでたけど」

 こうして客観的に自分が置かれた状態を聞かされると、幸運だったと思うしかない。思い返せば、橋から川に突き落とされたり、乗っていた電車が脱線して多くの死傷者が出たりしても、何故か死ぬまで行かなかったりすることが多い。

いっそ死ねれば楽だっただろうが、自分で命を絶つ勇気はなかった。苦しいこと、痛いことから何とか逃げようと必死だった。

「でも生きててよかった……んでスかね……」

「どういうことだ?」

 アスルトの含みがある言い方に七耶が突っ込む。

「内臓が何故か多く摘出されていまス。それに両腕の喪失も……遺伝子の特異性から再生治療が困難なんでス。身体はこの通りでスが、もちろん心も心配でス。この子、元気になるまでにあまりに多くの壁があるんでス」

 心配だったのは、陽歌が多く持っている傷。身体はもちろん、心に負った傷を癒すのにはとても時間が掛かる。もしかしたら、一生治らないかもしれない。

「心配いらん。私だって五千年寝てたけど、無理矢理起こされてここでこんな小娘の身体にされてどうなるかと思ったが、案外楽しんでるんだぞ? 人間の小僧一人、生きててよかったって思う百年くらい私が作るさ」

 七耶はすさまじい自信と共に言い放つ。陽歌がその時耳にした言葉は、これが最後だった。

 

   @

 

「ただいまー」

 ある日、ミリアが陽歌を抱えて店に帰ってきた。なるべく外に出られる様に、陽歌はミリア達の外出について行きリハビリすることも多い。

「おか……どうしたの?」

 震えて歯の根も合わない状態の陽歌を見て、アステリアが心配そうに駆け付ける。

「今日は薬局へ行ったんだけど、なんかトラウマがフラッシュバックしちゃったみたいで」

「とにかく、休ませましょう」

 ミリアもいつも通り買い物の為にドラッグストアに入ったのだが、陽歌の様子が急に変わって帰ってきたのだ。初めて行くところではないのだが、一体なにがあったのだろうか。

 

「ふぅ……」

 自室のベッドで寝て、陽歌は少し落ち着きを取り戻した。

「落ち着いたみたい、よかった……」

 ミリアがつきっきりで看病したのもあり、すっかり元通りであった。

「あ、すみません……」

 陽歌はミリア達に手間を掛けさせたことを謝罪する。彼としても最近は風邪をこじらせた以外上がり調子だったので油断していたところもあった。

「気にしないで。みんな結構酔いつぶれて運ばれてるから!」

「……」

 悪酔いは家の中の話なのでフォローになっていないが、陽歌はミリアの気持ちが嬉しい反面苦しかった。血が繋がった家族でもない、他人にこんなに助けられていいのだろうか。そんな思いが募るばかりだ。

「まぁ、何がどうなってってのは聞かないよ。話したくなったら聞くけど」

 ミリアは今回のことについて追及はしなかった。原因は知った方がいいのだろうが、トラウマを掘り返すのは陽歌にとっても苦痛だろう。

「はい……」

 陽歌が思い出したのは、かつて住んでいた街でのことだった。母親に頼まれてドラッグストアで化粧品などを盗むことが時折あった。悪いことだと分かっていたが、それ以上に母親に愛されたくて、振り向いてほしくて必死になった。

 だが、腕があった頃から器用と言い難かった陽歌は失敗もする。当然、子供が万引きをすれば親を呼ばれる。指示した母親は信じられないことに陽歌を罵倒し、暴力を振るった。さも、自分も反抗的な子供の被害者であるかの様に。

 それは店員の前だからだ、と陽歌は自分に言い聞かせた。だがそんな淡い期待も家路で裏切られる。期待外れだと罵声を浴びせ、執拗に暴行し、動けなくなった彼を置いていく。それでも、いつかは、いつかはと陽歌は縋ることしか出来なかった。

 そんなことを繰り返す内、街のあらゆる店で目立つ外見もあって警戒される様になってしまった。酷い体調不良に見舞われ、大きな怪我を負って助けを求めても叩き出される状態になってしまった。

 そんな、内に向いても外に向いても誰も助けてくれない孤独と恐怖が蘇ってしまったのだ。

「今まで、大丈夫だったのに……前とは違うのに……」

 その時とは場所も違う、助けてくれる人もいる。それなのに、過去に縛られてしまう自分に陽歌は嫌気が差していた。

「ん? 電話?」

 ミリアはふと、携帯が鳴っていることに気づいた。陽歌のスマホである。彼もそれに気づき、スマホを手にして相手を確認する。電話の相手は松永順、主治医だ。

「もしもし?」

『もしもし、松永だけど。最近どうかな? 急にトラウマがフラッシュバックしたりしてない?』

 まるで見透かす様な一言に、陽歌は驚愕する。自分がどれだけの間錯乱していたのかは分からないが、松永も忙しいのでこのことを報告される暇など無かっただろう。

「え……」

『その様子だと当たりみたいだね。回復の兆しだから心配しないで。今まではそれすらできないほど、精神的に疲弊していたんだ。恐怖を思い出すのは、それから逃れようとするサイン。それを発せられる程度に精神力がついてきたということだね』

 松永によると、陽歌がよくなったからこの問題は起きたのだという。また、彼はこれを予想していた。うつ病でも治りかけが一番自殺のリスクが高いと言われており、一番悪い時は死ぬ気力さえなかったが下手に回復することで自殺へ至れる程度のエネルギーが発生してしまうらしい。

 今回も乱暴に言えばそういう話だ。

『まぁとはいえ本人としては安心できないよね? いつトラウマが蘇るか分からないし。でも対策は打ってあるし、そろそろ届くんじゃないかな?』

 だが、松永も予想出来ることに手を打たない人間ではない。何か用意してある様子だ。それと同時に、アステリアが部屋に入ってくる。

「陽歌くん。何か、ハイムロボティクスってところからお客さんが……」

「ハイム……?」

『お、丁度来たね。あとはその人から話を聞くといいよ。君の力になる。んじゃ、お大事に』

 松永はほぼ一方的に話して切ってしまった。有能なんだか変人なんだかよくわからない人であった。とにかく、陽歌はそのお客さんに会うことにした。

 さすがに初対面と相手と向き合えるほど回復はしていないので、アステリアの後ろに隠れながら地上階の店舗へ出る。

「どうも、君が陽歌くんだね」

 お客さんというのは、白衣を着た男性だった。ネームプレートを首から下げており、どこかの研究者かエンジニアといった様子である。

「俺はハイムロボティクス社のカドマツって者だ。君が、今回のトイボットのモニターか。あいつから聞いた通り、ファイターとしての素養はあるな」

 カドマツは陽歌のことを松永から聞いている様子だが、ファイターというのはガンプラの話だろう。松永がガンプラ関連の話を振るとは思えないが、一体どういうことなのか。

「ファイ……ター……?」

「あー、悪い。職業病みたいなもんだ。昔はガンプラバトルチームのエンジニアしてたからな。しかし、級長相手とはいえ初戦で白星とは大したもんだ」

 陽歌にとっての初戦、といえばあのアストレアだ。それを動かしていたダイバーが級長、ということだろう。

「おー、客とは珍しいぢゃん。いや珍しかったら困るけどな喫茶店だし」

 話し込んでいると、巫女服の幼女が割り込んできた。彼女は攻神七耶、陽歌が初めて出会ったユニオンリバーメンバーの一人だ。

「てか小僧、お前級長に勝ったんだ」

「え? 知り合い?」

 七耶も級長について知っていた。

「知ってるも何もあのオフ会にいたガスマスクだよ」

「あ……!」

 彼女に教えられ、陽歌の記憶が繋がる。ユニオンリバーに助けられたオフ会の場にいたガスマスクの人物、彼が確かにコロニーで戦ったあのアストレアを動かしていた。

「中身女の人だったんだ……」

 ダイバーは性別逆転可能なのでそうとは限らないのだが、あらぬ衝撃を受けた陽歌を置いて、話は本題に戻る。

「うちで開発している子供用のロボット、トイボットがもたらす心理的な影響についてのモニターに松永先生から推薦があってな。話によると、そろそろフラッシュバックとかキツイだろうから常に見てくれる存在が欲しいとかなんとかでな。別に、おたくらなら日がな一日付きっ切りも出来るだろうが、それじゃ陽歌くんが後ろめたく思わないか心配なんだそうだ」

 松永が用意したのは、所謂お友達ロボット。もしも、という時に傍にいてくれる存在だ。

「水臭いこと言うなよ。別に私は一日引っ付いててもいいんだぞ?」

 七耶としては陽歌の為に時間を割くのは惜しくなかったが、問題はそこじゃない。

「いや、あんたがどう思おうがされる側は少なからず申し訳なさってのがだな……。ま、初めからロボットならそんな心配もないだろって話だ」

「え?」

 故にロボット。だが、七耶もロボットのコアが変質した存在で結局はロボットだ。

「私ロボットだが?」

「あーもう、話ややこしくなるからオーバーテクノロジーの塊は勘定に入らないで」

 だが、こうも人っぽければもはやそれはロボットではなく人として感じてしまう。だからもっとロボット然としたロボットが必要なのだ。

「とにかく紹介しよう。ヴァルキランダー型トイボット、モルジアーナだ」

 カドマツが呼んだのは、SDガンダムのヴァルキランダーを模したロボット。一番シンプルな素体状態で陽歌の胸ほどの身長がある。

「……」

 モルジアーナは喋らないが、陽歌の義手に着信があった。彼女の付近に吹き出しの様なものと、喋っているらしき言葉が浮かぶ。

『初めまして、主殿。私はモルジアーナと言います』

「は、初めまして」

『はい、よろしくお願いします』

 こういう形でコミュニケーションを取るのか、と陽歌は確認する。こっちの声は聞こえるらしい。

「義手を提供している天導寺さんと組んでちょっと特別仕様だ。この吹き出しは君にしか見えないが、トイボットは話さないのが基本だから不都合はないだろう」

 仕様はともかく、これが松永先生の言っていた対策というものなのだろう。確かに七耶達に比べると外見や機能制限もあってロボット然としている。

「それにモルジアーナはガンプラバトルも出来るんだ」

「え? ガンプラを? 作って?」

 カドマツから衝撃の情報を聞かされる。ロボットがガンプラを組み立てるなど、どれほどの精密さなのか。陽歌は義手に触覚が無いだけでかなり苦労しているというのに。

「まぁ作れもするが……基本的にGBNへ直にログインしてサポートするんだ。文字通り、常に一緒だ」

(さ、さすがにゲームまで付き添いが必要とは思えないけど……)

 カドマツは誇らしげに語るが、陽歌はいかにリアルとはいえゲームまで補助がいるとは思えなかった。バトルの援護より、どちらかといえば精神的なケアが目的なのだろうと彼は勝手に納得する。

「んじゃ、小難しい説明するより実際にやってみた方がいいだろ。とりあえず適当なミッション行ってみろ」

「は、はい」

 陽歌は言われた通り、モルジアーナを部屋に連れていく。充電器と思われる機械を渡されてそれも持っていたが、かなりこれが軽い上に頑丈そうなのだ。

(義手もそうだけど、凄い技術……僕の知らないところにこんなものが……)

 オーバーテクノロジーの七耶はともかく、少なくとも一般流通しているものがこんな技術を持っているという事実に陽歌は驚いていた。まともに授業を受けられなかったとはいえ、図書館で勉強したつもりだったが本だけでは最新最速の情報を得るのに不十分だったらしい。

「おっと」

 ふと、陽歌は歩調を緩める。自分も小柄な方とはいえ、モルジアーナはさらに小さい。普通に歩いても歩幅の差で置いて行ってしまう。

「ここでよし、と」

 部屋に戻った陽歌は壁際の空いたコンセントに充電器のプラグを挿す。ここに立つことでモルジアーナは充電できるようだ。

「それじゃ……いこうか、GBN」

『了解した、主殿』

 陽歌は机に、モルジアーナは充電器に着いてログインを開始する。専用の筐体にガンプラであるアースリィガンダムを置き、ゴーグルを付けて操縦桿を握ることでダイブを開始する。

 

   @

 

「ねぇ、パーシヴァル」

 GBNのディメンジョン内にある都市。そのビル群の一つにテラスがあった。パーシヴァルはそこに金髪で金色の瞳をした少女と一緒にいた。建物の光が夜の帳に織りなす、地上の星空。彼女はその夜景に負けないほどの眩さを持っていた。

「あなたはこの世界、好き?」

「うん、好きだよ」

 パーシヴァルはガンプラバトルが好きだった。だからこそ一番になりたいし、強くなりたい。それは自分のフォースメンバーもそうだ。少なくとも彼はそう信じている。パーシヴァルは手を空に掲げ、夢を語る。

「俺、絶対チャンピオンになってみせる。世界一強いダイバーになりたいんだ」

「あなたのテルティウムも、同じ気持ちみたい」

 この少女、コハクには不思議なところがあった。まるでガンプラと会話出来ているかの様な素振りを見せる。いや、素振りだけではない。実際に彼女が指摘する通りにガンプラを調べると、その様に不具合があったりするのだ。

 リアルのことは全く話そうとしないことなどまだ未知の部分も多い彼女だが、的確なアドバイスによって上達を果たしているパーシヴァルにとっては信頼できる相手だった。ガンプラを動かすこともないが、フォースの一員として認めている。

「……っ!」

 その時、コハクが夜景の広がるのとは反対の方を向いた。突然彼女がそんなことをする時は、決まって何かある。そう熟知していたパーシヴァルもそちらを確認する。

「ダメ! やめて!」

「コハク?」

 彼女の静止も聞かず、ピンク色の帯が夜空を切り裂いた。その帯は空気を焼いて飲み込む轟音と共に一番大きなビルへ命中する。そして、下へ向かってゆっくりと移動を始める。ビルをなぎ倒しながら、地面を抉る。

「粒子ビーム……だと?」

 パーシヴァルはその攻撃に戦慄する。下は市街地。確実に多くの命を奪う気でこのビームは動いている。

「どうして……? どうして、あなたもガンプラも平気でこんなことを?」

 コハクの動揺に応え、パーシヴァルはテルティウムを呼んだ。

「ガンダム!」

 ガンプラに乗った時には既にビームが収まっていた。だが、残った熱源から場所は探知できる。

『パーシヴァル!』

『これは一体何?』

 仲間であるディジェとガンキャノンディテクターが駆けつける。パーシヴァルにはこれが誰の仕業であるか予想がついていた。

「多分、級長だ。行くぞ、タンジロウ、ルイ!」

 仲間達と敵の方向へ向けて移動する。それを追う様に、アースリィ、アルケイン、アルスコアという見知った編成のチームがやってくる。

「ナクトか……」

 彼とは決着を付けたいが、今はそれどころではない。そんなものより重大な悪が目の前にいるのだから。

 

 陽歌はヴィオラ、深雪にモルジアーナを紹介した直後、この襲撃に巻き込まれた。咄嗟に飛び出したが、別に命の危険があるわけではないので迎撃する必要はなかったなと今になって思う。

「待って、これって別に僕らがなんとかしなくても……」

「防衛に参加するだけでも報酬貰えるからいいんじゃない?」

 動きを止める陽歌に、深雪が具体的なメリットを示す。ドラゴンモードで飛行するモルジアーナもそれに賛同する。

「そうですな。主殿、稼げる時に稼ぐのがポイントです」

「そうだね」

 トイボットのモルジアーナはガンプラを使わずにダイブする。モチーフになっているSDガンダムを使用し、扱いはコンピューターの操作するNPDに近い。

「あの機体……あの人だ」

望遠カメラで級長の存在を確認した陽歌。都市の外れにある山岳地帯、その森林に身を潜めているアストレアは確かに彼の機体だ。

「知り合い?」

 ヴィオラは今回、彼とは初対面になる。

「初めて戦った人なんだ。リアルでも会ったことあって……ヴィオラと会ったのはそのすぐ後」

「へぇ……縁があるものね、何万人もダイバーなんているのに」

 たしかにダイバーの人数は多い。だが級長は積極的に活動するタイプであり、接触の機会も必然的に増えるだろう。

「しかし私達、ドラゴン同士だね」

「奇遇ですね」

 深雪のダイバールックはドラゴニュート。そしてアルケインも尻尾の様なパーツや翼を取り付けたドラゴンチックな改造がされている。翼にはキャノンがマウントされているが、どうやって使うのか。杖の様に構えたフェダーインライフルも気になる。

 モルジアーナもガンドランダー系であり、ドラゴン。中々気が合いそうな組み合わせとなった。

「ん? あれは……」

 ヴィオラは自分達同様に敵へ向かっている存在に気づく。パーシヴァルの一団だ。

「今回は味方ね」

 結構厄介な相手なので、敵に回らなくてよかったと安堵するヴィオラ。テルティウムが陽歌達に歩調を合わせ、オープンチャンネルで通信をしてくる。

「ナクトか。この間の決着はこれが終わったら付けるぞ」

「え? 今から予約?」

 まさかの宣戦布告に陽歌は慌てる。そもそも、前回は殆ど負けていた様なもので付ける決着も何もないはずである。

「余程のバトルジャンキーとお見受けする。以前戦ったことがあるので?」

「あるけど……勝ってはないよ」

 モルジアーナにいきさつを説明するが、パーシヴァルも勝ったとは思っていなかった。

「俺もあれを勝利だとする気はない。だが今はあのテロリストを始末するぞ!」

 先陣を切るパーシヴァル達。深雪は練度を考え、作戦を決める。

「向こうの方が連携も上手いし経験豊富でしょ。こっちは後方支援に集中するよ! 襲撃側の増援が来るかもしれないから注意して!」

「わかった!」

「心得た」

「オッケー」

 陽歌はアースリィのライフルとシールドを連結させ、狙撃体勢。モルジアーナが周囲を警戒し、ヴィオラは前に出てサーベルを抜く。

「ガンドレス!」

 深雪は翼についているキャノンを切り離し、周囲に浮かべた。これは遠隔操作の出来るビット兵器だったのだ。

「行くぞ!」

 パーシヴァルがサーベルで斬りかかる中、リックディアスとディテクターの砲撃が級長のアストレアを襲う。

『ちっ、多勢に無勢か……』

 状況が悪いと見るや、級長は即座に撤退しようとする。その進行方向をガンドレスで撃ち、足止めを試みる。

『いくらルーキー揃いでもこの数じゃマズイな……』

 砲撃が砂埃を起こし、視界を遮る。アストレアのマスクは主にセンサー強化が目的だが、物理的に視界を塞がれるとどうしようもない。それでも、熱源探知で多少は見えるのだが。

「これで!」

『やっべ!』

 故に、パーシヴァルの一撃を回避できた。ランチャーという大きな犠牲を払いながらではあったが。

『馬鹿な……こんなことが……』

 襲撃した後はすぐにずらかる予定だったのか、武器はそのランチャーと固定装備のサーベル、バルカンしかない。絶体絶命のピンチである。あとはパーシヴァルのテルティウムがアストレアを切り裂いてお終い……のはずだった。

『とでも、言うと思ったかい?』

「何?」

 だが、アストレアは即座にサーベルを抜いてテルティウムのサーベルを弾いた。

「こいつー!」

 リックディアスがサーベルを両手に斬りかかる。二本のサーベルから繰り出される絶え間ない連撃をアストレアは一本のサーベルで捌き、瞬く間にリックディアスを切り裂いて撃破した。

「タンジロウ! な……」

 ルイの乗るディテクターは遠くで砲撃をしていたのだが、一瞬でアストレアに距離を詰められ両断される。

「貴様!」

「きゅ、急に強く……!」

 パーシヴァルが残ったサーベルを構え、アストレアに吶喊。陽歌もライフルで狙いを付ける。

「こっちもあるよ!」

 深雪がガンドレスで攻撃を行う。射撃系ビットと見せかけ、ビームサーベルを発生させた近接ビットとして使い虚を突く。しかし、ほぼ同時に突撃させたにも関わらず丁寧にはたき落とされてしまった。

「わざわざ手が届くとこに持って来てくれるとはね」

「判断ミスかも!」

 深雪はふと、級長の得意武器がビームサーベルである可能性を考えた。とすると、不意打ちとはいえビットの突撃は悪手。

「そんだけ稼げれば、十分なんだよ!」

 だが全くの無意味ではない。残心している級長に向かってテルティウムが斬りかかる。これだけ絶え間ない連続攻撃をいなすには、相当な集中力が必要なはずだ。

『甘い!』

 しかし、首筋にヒヤリとするものを感じて彼は咄嗟に後ろへ飛びのく。間一髪間に合ったのか、サーベルを持つ右腕が切り落とされただけで済んだ。

「な、なんだこいつ……。NPDいじめしか出来ない低ランクプレイヤーじゃなかったのか?」

 パーシヴァルは唐突な強さに困惑する。深雪は陽歌が級長と戦ったと言っていたことを思い出し、情報を聞き出そうとする。

「陽歌! 前はどうやって倒したの?」

「……」

 しかし、彼から返事はない。陽歌はテルティウムの腕が切断されるところを見て、過去の記憶が蘇ってしまったのだ。

「あ……あ、あぁ……」

「陽歌?」

 今は存在しているが、現実ではないはずの右腕が、GBNでは感じないはずの痛みを訴えている。万力で押し潰されているかの様な、あの筆舌し難い激痛が鮮明に感じられた。朦朧とする意識の中、何も感じない腕に突如として降りかかる冷たい熱。骨をゴリゴリと削り、大雑把に折って腕をもぎ取られる感覚。麻酔が効いていないと、訴える力さえなく痛みに耐えるしかない地獄が。一度過ぎ去って安堵したことを裏切る様に、もう片方も同じ様にちぎられる。

「う……ぇええ……」

 アースリィは制御を失って墜落する。コクピット内の陽歌は蹲って動けなくなってしまっていた。

「陽歌!」

『まずは一つ!』

 戦闘不能になった機体を逃すほど級長も甘くはなかった。倒れたアースリィに向かって飛び、撃墜を目指す。

「これでお相子だ!」

「間に合え!」

 深雪のアルケインが救援に向かうも、距離が離れ過ぎていて間に合わない。加えて級長のアストレアは速い。重武装を切り捨てただけのことはある。

「何?」

 その時、モルジアーナが蹴りを上空から繰り出して迎撃した。竜がガンダムとガンダムの間に割り込んでいる状態だ。

「主殿をやらせはしない! ドラゴンフュージョン!」

 そして大きな翼を広げた戦士のSDガンダムへと変形する。これがモルジアーナ、ヴァルキランダーの持つギミックだ。

『SDか……厄介な』

 ここでSDガンダムを侮る様ならば大した敵でもないのだが、警戒を強める辺り手練れであることが伺える。SDガンダムは外見に反し、その自由度や独特のギミックで対策が取りにくく、正面から相手するのに骨が折れる。

「よかった……」

 モルジアーナが陽歌を助けてくれたので、ヴィオラも安堵する。だが一難去ってまた一難。今度は別の熱源体が接近する。

「何? どっちの増援?」

 襲撃ミッションは襲撃側、防衛側どちらも常に参戦可能。いわゆる小規模なバトルロワイヤルなのだが、この熱源はどっちに加担するつもりなのか。

『こいつは……』

 上空から降ってきた黒い機体は大きなランスをアストレアに振り下ろす。級長はそれをサーベルで受け流して地面へ滑り落とした。この機体はテルティウムと同じベース機を持つ、ガンダムゼルトザームだ。

 ゼルトザームはその特徴的な右腕を薙いでアストレアを攻撃した。だが、もう一本サーベルを抜いており防がれてしまう。

『な……』

 とはいえ、それもゼルトザームの予想通りだった様で、折りたたまれたランチャーの砲身がアストレアのコクピットに宛がわれる。

『しま……』

 折りたたんだ状態でも撃てるように改造されていたことに気づいた時にはもう手遅れ。ビームがアストレアを穿って機体が爆散。襲撃者の級長は撃破された。

「勝った……強い人が救援に来てくれてよかった……」

 深雪は心強い助っ人に感謝した。だが、ゼルトザームはランスを片手にパーシヴァルへ迫っていた。

『噂のパーシヴァルか……どうやら大したことないみたいだな』

 そして戦闘不能だったテルティウムの胸部を貫き、撃破する。どうも味方、というわけではないらしい。

「え……?」

「何者ですか、あなたは?」

 困惑するヴィオラに代わり、モルジアーナがゼルトザームを操るダイバーに問う。ゼルトザームはヴィオラ達を見下ろしたまま、何かを押し殺す様な声で言った。

『俺はダーク……。全てのダイバーは俺が殺す』

「ロールプレイ……って感じじゃなさそうね」

 深雪はその声から確かな殺意を感じ、身構える。

「撤退! 目的は果たした!」

「うん!」

「心得た!」

 何やらマズそうであり、陽歌も不調なので一同は逃走を試みる。モルジアーナが陽歌のアースリィを抱きかかえ散り散りに退散する。

「どうやら深追いはしてこないみたい」

「罠を警戒する判断力もある……強敵です」

 幸い、ゼルトザームは追跡して来なかった。新たな敵の出現と陽歌の傷。新しい仲間が加わった以上の課題が彼らの目の前に立ちはだかることとなった。




 次回予告

 何故、こんなにも幸せなのに、こんなにも暖かい場所にいるのに、苦しいのだろうか。あの時の冷たさと痛みを忘れられない……。
 次回『いま、翼広げて』


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月の魔獣

 前回までの三つの出来事!

 一つ! 月の魔獣、ジャバウォックの封印が溶けた!
 二つ! 陽歌に退魔協会から呼び出しがあった!
 三つ! 陽歌はそれを無視することにした!


 深夜になっても都市は輝きを保ち、眠ることはない。あるビルの屋上で銀髪の少年が中華まんを食べていた。よほど買い込んだのか、このご時世にビニール袋をもらっている。

 少年は黒い布で目隠しをしていたが、まるで見えているかの様に食事を続ける。

「人が増えたけど、まだここは月より綺麗だな」

 少年はそんなことをぼやいていた。彼はかつて、マリアナ海溝に封印されていた魔獣、ジャバウォック。月からの追撃を退け、今も地球でのんびり暮らしている。

「で、何の用かな。お嬢さん」

 少年は突如、何もない方へ声を掛ける。この屋上には、彼以外誰もいない。

「あなたが魔獣ジャバウォック……いえ、ルイスと呼んだ方がいいかしら?」

 それもそのはず、会話の相手は片側三車線の道路を挟んで反対側のビル、その屋上にいるのだから。ロングコートを着込んでフードを被っており、素顔を見せないがジャバウォックと呼ばれた少年、ルイスがその人物が若い女性であると見抜いている。

「ちょっと変わってるけど地球人だよね? 何の用?」

「あなたに耳よりな情報」

 コートの少女はルイスに伝えたいことがあったらしい。しかし、この距離で会話できる時点で彼女も只者ではない。

「あなたを封印したかぐや姫、今地球の退魔協会ってとこのお偉いさんなの」

「かぐや姫が地球に? どういう風の吹き回しだ?」

 月の重要人物、ルイスに因縁のある相手が地球の組織に在籍しているらしい。

「さぁ、そんな大昔の人の考えなんて分からないもの。でも私は事実を伝えにきた」

「そんなことしてお前に何の得がある? 地球の要人を売って、何になる?」

 突然現れた正体不明の人物の情報を信じるわけにもいかず、ルイスは問いただす。彼なりに長期間封印されていたブランクを取り戻そうと情報収集はしていた。退魔協会は一般的な科学では対処できない存在、怪異を何とかする世界的な組織であるとぼんやり理解している。それがもしルイスをけしかけて壊滅したら、人類は怪異への対抗手段を大きく損なうはずだ。

 なのに、気配は多少違和感があるといえ地球人のこの少女がそんなことをする意味とは。ルイスはそれが気になっていた。

「損得ではないわ。私、破滅主義なの。これで分かってもらえる?」

「なるほど、狂人の類か。なら分かりやすい」

 彼女の解答は明白。損得ではなく人類を脅かしたいからそうするだけであった。

「んじゃ、頑張って。あなたなら地球くらい終わらせられるから、壊したりないなら手を貸してほしいんだけど……」

「別に地球が憎いわけじゃない。その話は別の奴にしな」

 話を聞き終えたルイスは一瞬にして消える。時間停止による移動。本来は認知できないその行動を、少女は目で追っていた。

 

   @

 

「ふぅ、学校にも慣れてきたかな……」

 ある日の昼下がり、陽歌は下校中であった。まだ一日通うのは無理とはいえ、一人で行き来する程度は可能になりつつあった。少しずつ日常に戻ってきているが、他の子と一緒の様にするには陽歌の負った傷は大き過ぎる。

(いや、慣れた時こそ油断大敵……、いかのおすし。いかない、のらない、おおきなこえをだす、すぐにげる、しらせる……)

 歩きながら陽歌は防犯用語を思い出す。コロナを抑え込もうと躍起になっていたオリンピック推進委員会は消滅し、多少なり日本は平和になったが元来の不審者というのは根絶されていない。

「ん?」

 ふと前を見ると、誰かがやってくる。普通の通行人か、と陽歌は一瞬身構えたものの警戒を解く。ただでさえ他人への警戒心が強いのに、常時騒動に巻き込まれている様な状況では神経を使ってしまう。

「あれ? あなたは……」

 前から来た人物が、知り合いであることに陽歌は気づいた。アステリアの前の雇い主が起こした騒動の時出会った退魔師、天竜宮刀李だ。なんの因果か、東京での生放送に出た時も観客席にいたそうだ。

「あ、刀李さ……」

 知り合いなので挨拶しようとする陽歌。そこで彼の意識は途切れる。

 

「すまないね。なるべく手柔らかに済ませたいから」

 刀李は瞬時に催眠を掛けて陽歌を眠らせたのだ。彼の高い霊力から通用しないリスクを考え、霊的ではなく科学的な催眠術を試行した。どうやらその試みは上手く行ったようだ。

 退魔協会は血筋に依ることなく高い霊力を持ちながら、フリーの状態にある陽歌を放置出来なかった。霊力というのは基本、由緒正しい血統の末に高い水準を持って生まれるものである。陽歌は彼らの調べた限りにおいてその様なルーツを持たなかった。彼のレベルで国際的なシャーマンの組織の調査に引っ掛からないということは、そうした血族の出ではないことが確実になる。そんな出自の不確かで強大な存在は見過ごせない。

平均以下の状態から今のレベルまで鍛えたとなれば、相応の怪異と交戦経験がありなおのこと放置できない。

そうなれば手元に置くか、さもなくば始末しようと考えていた。が、刀李はこの極端な上層部の思想に反発しており、可能な限り穏便に事を済ませようと自ら陽歌の確保役を名乗り出た。

「あとは情報を流すだけか」

 そして、後は彼の後ろ盾であるユニオンリバーに情報を流せば必然的に上層部は被害を受け、陽歌に手を出すことを辞めるはずだ。

「まったく、最近の協会はどうかしているよ」

 彼の一族は父方、母方共に長らく退魔協会と関係があるのだが、ここ最近の組織の腐敗は目に余る。ひと昔前の大戦の影響かそういうブームなのか、文官統制の名の下に実働部隊は組織運営に関われない時期が続いた。唯一関われる『七元素』もほぼ運営能力に乏しい人物ばかり。

 こうして刀李が内部で手を回して被害を食い止めるので手一杯だ。今回もそんな一件である。

 

   @

 

「ん……」

 陽歌が目を覚ますと、とんでもないところにいた。円形の空間に高さがバラバラの椅子が並んでいる。その椅子はやけに高く、陽歌が見上げるほどある。

「ⅩⅢ機関かな?」

 もうバトル漫画の悪役よろしくといった並びであったが、残念ながら椅子の数は七つ。それぞれ色が異なり、漢字が背もたれに書かれている。

「いえ、七元素よ。浅野陽歌」

 黄色で背もたれに『金』と書かれた椅子に座る銀髪を伸ばした少女が訂正する。

「私は七元素、金担当、カラス。刀李くんに感謝しなさい。あの子、かなり優しく連れてきたでしょ?」

 刀李の名前を出され、陽歌は思い出す。目の前から刀李がやってきて、今この状態なのだ。

「そういえば、刀李さんは?」

「ここだよ」

 肝心の刀李は陽歌の隣に立っていた。

「これは一体……」

「ここは退魔協会の本部、空中大陸ネオラピュタ。その中枢である最高評議会だ」

 退魔協会、と聞き陽歌は以前学校に送られた手紙を思い出す。支部への出頭を促すものだったが、それを無視した結果こうなったというわけだ。つまり、退魔協会はユニオンリバーとの敵対を決定的にした。

「ちょ……何してるんですか? 殺されますよ?」

 陽歌は刀李達の心配をした。だが、カラスは特に危機感を抱いていない。

「冗談を言わないで。マキオンだかなんだか知らないけど、私が負けるはずないもの」

「この通り、彼女は高位のサキュバスとの間に生まれたダンピールだ。その魔力は強力そのもの」

 カラスは吸血鬼と夢魔のハーフでどちゃくそ強いらしいが、陽歌としてはこうして文脈で説明されている状態は完全に噛ませフラグなので不安しかない。

(安心して。もうユニオンリバーのみんなにはこのことを伝えてある。手荒なことにならない様に僕が色々調整してるから)

「ちょっと、聞こえているよ」

 刀李が耳打ちしても、カラスには聞こえてしまう。少なくとも聴力は本物らしい。

「別に私は何でもいいけど、他の七元素が聞いたら問題よ?」

「だから今説明したのさ」

 カラスはあまり陽歌の処遇に頓着していないらしい。その時、赤く背もたれに『火』と書かれた椅子に乾いた音がする。

「……? カレールー入れるやつ?」

 陽歌はそれを喫茶店のカラトリーと見間違えた。

「ランプよ」

 カラス曰くランプらしいがどう見ても金色なだけでカレー入れるやつで間違いない。

「いやどう見たってカレー入れるやつ……」

「これが例の小僧か……」

 その中から、煙と共に筋肉隆々の魔人が姿を現した。

「カレーの話はするな……嫌な思い出がある」

「アルフライラワライラで語られた、アラジンの魔人、その師匠と言われている魔人カリー……」

 カレーではないと言い張る魔人だが、刀李の説明でもうカレーである。

「やっぱカレー……」

「カレーのことを言うな、眼鏡の代行者にそれでさんざっぱら追い回されたんだ……」

 とはいえ、アラジンの物語に出てくる魔人の師匠というのだから凄いのだろう。陽歌は試す様に聞いてみる。

「あの魔人の師匠……ということは凄い色んな声が出せたり……」

「それジーニーの中の人じゃ。だれが山寺宏一のボイトレの先生じゃ」

「アラジンの逸話よりこのツッコミ性能の方が凄いんでは……」

 思いの外俗っぽい魔人と話し込んでいると、『水』の青い椅子に年老いた尼さんが現れた。まるで水が人の形を成す様に変化しての出現。みんなしていちいち登場に手間が掛かっている。

「おや、この子ですか……」

「人魚の肉を食べて不老不死になった尼僧、田螺さんだ」

 本名じゃないとしたらなぜ田螺なんて微妙な貝を? と陽歌は思った。すると田螺はその心を読んだかの様に答える。

「人の命である水田に寄り添い、慎ましく生きる心の表れですよ」

「そうですか」

 続いて、木の席に現れたのは金髪のエルフ。なんというか、エルフのステレオタイプと言わんばかりに薄着で豊満な金髪の女性であった。その姿は、何故か陽歌にとって目に刺さる様な痛みを与えた。例えではない。本当に目の奥や肌が刺す様な痛みに苛まれる。

「っ……なに、これ……」

「ハイエルフの中でも最高の血統を持つシェーンハイム様だ。少しでも身体に異常があるのなら、目を反らした方がいい。彼女は常に祝福されていて、邪の者を退ける力がある」

 刀李の忠告を聞き陽歌はフードを被って身を隠す。邪の者、自分の出生からすれば心当たりしかない。

「どうやら、祝福されえぬ生命のようですね」

「ぐ……がっ……」

 彼女の言葉一つひとつが、以前都知事との決戦で受けた刀傷を一度に十回受ける様な激痛を与える。他の人が何ともない辺り、邪の者への効果という話は本当らしい。

「そんな汚らわしい命なら、今すぐ葬った方がいいだろう。その方が、お前も楽だろ」

 残された『日』の席にパンチパーマの痩せた男が現れる。辛うじてその姿を陽歌は確認する。仏教に伝えられる釈迦に見えなくもないが、伝承において彼は亡くなっている。

「お釈迦さま?」

「あんな死を克服できない挙句、都会で救世主紛いの男と暮らしている様なのと一緒にするな」

 まさかの聖☆お兄さん実在発言。今度立川に言ったらすれ違うかちょっと見てみようと思った陽歌であった。もし会ったら冷静さを忘れてじっくり話を聞きたくなるだろうな、とも思った。

「覚者の一人だ。名前も覚者としか名乗らないから分からないが……」

「一人ではない。私こそ解脱した唯一の者。真の覚者」

 彼は刀李の説明を否定する。そして、手の平を陽歌に向けエネルギーを溜め始める。

「奴は最後通告を無視した。そうでなくとも汚らわしい生命。ここで終わらせるべきだ」

 覚者は陽歌を始末しようとしていた。刀李が庇う様に前へ出る。だが、カラスがその決定に口を挟んだ。

「まだ全員来ていないのに一人で決めるなんて、人間の代表様は随分傲慢ね」

「結果は変わらぬ」

「待てパンチ。カラス殿の言う通りだ」

 魔人カリーも止めに入る。だが、シェーンハイムが割って入る。彼女の声は陽歌にとって苦痛以外の何物でもない。

「う……」

「私はこの汚らわしい命を今すぐ消し去るべきと思います」

「これで同点と行きたいが、お前達と私の意見は重みが違う」

 意見は真っ二つに割れたが、覚者が何だか小学生みたいな理屈を振りかざす。これを無視しても多数決は半々。田螺の意見次第で方針が決まりそうだ。まだ月と土が来ていないが、どちらにせよ奇数なのでその二人が割れたことを考えるとここが正念場だろう。

「私は彼の生い立ちを聞きたいと思います。その上で判断したいのです」

「なんかマイナスなことしかない気がするけど……」

 田螺は陽歌の過去を聞きたがった。とはいえ、どんなに言葉を飾ってもプラスのアピールは出来ないのが現実。ならば、と陽歌はありのままを言うことにした。

「僕も最近知ったんですが、僕が今まで産み、そして育ての親だと思っていたのは養父母の娘夫婦だったんです」

「ほう……」

「僕はその養父母こそ本当の両親だと、尊敬し、心に決めました」

「それで、あなたの本当の両親は?」

 しっかり説明したと思った陽歌だったが、続きを求められてしまう。

「え? これでよくないですか?」

「よくないです」

 彼としてはもうそこで終わりの話だったのだが、田螺は深堀に深堀を重ねる。かなり下世話だなぁと思いつつ陽歌は話を続けた。

「なんというか僕もしっかり把握してないんですけど、教師をしていた実父が教え子でもあった実の娘、僕にとっての実母を同じく教え子から寝取る形で妊娠させたのが僕らしいですよ。実母は堕胎を試みたみたいですけど、まぁもちろん医者に行ってやったわけではないので命を落としましたけど」

「……?」

「ですよねー」

 当然の様に田螺はハテナを浮かべる。情報が多すぎるんじゃ。なので陽歌はざっくり削って説明した。

「父親が娘孕ませて生まれたのが僕です!」

「ハイ死刑」

「ええええ?」

 シンプルに説明したらしたでこれである。

「なんておぞましい! 男が欲望のままに娘を犯して、その上母の命を奪って生まれてくるなんて! 幸い女の子だからなるべく楽に死なせてあげますが……」

「人類最古のラディカルフェミニストかこの野郎」

 あまりの急変に魔人カリーが止めに入るほどだった。意外と常識人である。

「あの、僕男なんですが……」

「死ねぇー!」

「えええ……」

 陽歌が正しい性別を伝えたらこれである。最早呆れるしかない。

「すまん。こいつには私が後できつく言っておく」

「あ、お気遣いなく、慣れてますので」

 魔人カリーがフォローするが、ユニオンリバーを敵に回した彼らに後があるのか陽歌は不安だった。何ならカリーの助命くらい申し出ようと心に誓った。

「自然の摂理に逆らいし忌むべき生命よ……」

 ふと、部屋全体に影が差す。いつの間にか土の席の後ろに、大きな像が立っていた。土で出来ている様だが、それにしては大きい。よく崩れずに自立できるものだ。

「大魔神……大地の代行者か」

 刀李によれば、そんなたいそれた存在らしい。が、自然界を見てみれば近親姦くらいあるので本当に代行者か、歴史や動物の生態をよく知る故に陽歌は疑わしく思った。

 だが、穏健派が二人、過激派四人の圧倒的不利な状況には変わりがなかった。

「おや、なにかね騒がしい……」

 話を進めていると、月の席に十二単の女性が現れた。椅子ではなく、畳を浮かせてそこに座っている。確かに美しいが、メイクが多少時代錯誤であった。

「かぐや姫……退魔協会の最高権力者だ」

「かぐや姫って、あの?」

 刀李に言われ、陽歌は動揺を隠せなかった。日本最古の物語、竹取物語に描かれた月の姫。それが今、目の前にいるのだ。

「ふむ、そなたが浅野陽歌であるか」

「なぜ、そんな人が直々に僕を?」

 もしそれが本当なら、目の前にいるのは月の住民である以前に歴史の生き証人。そんな人物がなぜ自分などを呼びつけ、自らの手で沙汰を下そうというのだろうか。

「それはそなたの力が一歩転べば世界を救いも滅ぼしもするからじゃ」

「そんな力……僕には……」

 陽歌は否定した。確かに特殊な力はこの夏に得た。だが、それは別に世界の命運を左右するほどの力はない。

「昨年の夏……」

 かぐや姫は続ける。

「お主は育ちのせいで所々記憶が抜けておるじゃろう。しかし、明白に抜けていると自覚できるのは、昨年の夏じゃ。そこだけがどうしても思い出せぬじゃろう?」

「……」

 その言葉を陽歌は肯定も否定も出来なかった。知らない、ということは『知らない』ということを知らないこと。記憶が抜けていて、それが昨年の夏、ユニオンリバーに保護される直前のことと特定することはできないのだ。

 加えて、長い期間に及び都知事によるループが発生していた。もし記憶の断片らしきものを思い出せたとしても、それはループの欠片かもしれない、この最終ループでの出来事ではないかもしれないのだ。

「なぜお主が怪獣と対峙する記憶を断片的に持つか、知りたくはないか? なぜあの状況下で生きていられたか、答えを得たくはないか?」

「……いや、別に……」

 かぐや姫の誘いに陽歌は何も感じなかった。今が充実しているので、どうせ辛いことなのだろうし思い出したくもなかった。

「もし、大切な人のことを忘れているとしたら?」

「ややこしいわね。さっさと言いなさいよ」

 焦れてカラスが話を切る。一体かぐや姫は何をしたいのか、全く見えてこない。

「おや売女、焦らされるのが好きではないのかね?」

「下手くそなのよあんた」

 かぐや姫の挑発をカラスはバッサリ切り捨てる。その時、警報が鳴り響いた。

『基地内に侵入者! 迎撃せよ!』

「みんな……」

 陽歌は七耶達が来たと知る。

「どうやら時間がないようですな」

 刀李も時間稼ぎの必要が無かったため、一安心。

「かぐや……あんた何を恐れてるの?」

「わらわが恐れる? 何を?」

 カラスが確信を突くも、かぐや姫ははぐらかす。しかし下手な焦らしは大嫌いな彼女のこと、率直に問いただした。

「あんたの不死性は月に伝わる不死の薬によるものじゃない。因果律操作によって、封印の類もしようとすれば邪魔が入る様になっている、極めて強固なもの。でも、この世界には「因果律を破壊しかねない存在が当然しる。あんたは陽歌をその因子だと思って始末したいんでしょ?」

「……小娘……」

「残念だけど、人を一人消したくらいで何とかなるほど運命は単純じゃない。陽歌は多分、その因果律破壊の一要素に過ぎないわ」

「黙れ……」

 バシッと答えを突き付けられたかぐや姫は余裕を失う。カラスの言葉が、全ての答えだったのだ。

「この小僧だ……都を収める女の産んだ転輪を壊し、そしてわらわの編み上げた因果律の安定を破壊する鍵は!」

「目立つひび割れに目が行って、内側の傷が見えてないようね。本当に因果を破壊しうるのは、一度世界を統べる神を討ち、この混沌とし続けるセプトギア時空を産む原因を作り出したユニオンリバー。陽歌はそこに合流したに過ぎないのよ」

「黙れ小娘! こやつさえいなければ私の永遠は……!」

 我慢出来ず、かぐや姫が陽歌に飛び掛かる。その瞬間、七耶が、サーディオンが間に割って入った。

「七耶!」

「悪い、待たせた!」

 その高い性能から維持にリアルマネーを消費させられるサーディオンを使用しての殴り込み、彼女の本気を伺わせる。

「ていうか警報踏んだの誰? お姉さん?」

「いやアスルトさんの警報に引っ掛からないスプレー吹いたからそれはないよ!」

 後ろからミリアとさなが駆けつける。この空間に穴を開けて無理矢理侵入した様だ。

侵入者の存在に、シェーンハイムが真っ先に攻撃を仕掛ける。光の剣が陽歌達の周囲360度から隙間なく絶え間なく何千本も襲い来る。

『グランドタイム! 祝え!』

 それを黄金の平成ライダーの幻影が残らず撃ち落していく。その中心にいるのはジオウドライバーを身に着けたマナであった。

『グランドジオウ!』

「これで!」

『ウィザード! オーズ!』

 マナに呼び出されたインフィニティスタイルのウィザードが斧を投げてこの空間を無差別に破壊し、ガタキリバコンボのオーズが分身、新たなものも含めた全てのコンボへ変身して七元素へ攻撃を仕掛ける。

「どわあああ! 少しは加減しろ!」

「え?」

「え、じゃねーよ!」

 非戦闘員の陽歌も巻き込み兼ねないマナの攻撃であったが、それは本気の七耶が彼を守っているからという信頼の表れであった。相変わらず段取りはぐだぐだだが。

「貴様、月の住民にも関わらずわらわへ歯向かうか!」

 この滅茶苦茶な状況にも関わらず、かぐや姫は月の住民、さなの叛逆に意識が行っていた。彼女は一歩も動かず、光の弾を雨霰の如く飛ばしてさなへ攻撃する。

「変幻自在、神秘の光。ご唱和下さい、我の名を!」

 それを光の巨人三人の幻影が張ったバリアが完全に防ぎ切る。黄金の装飾を施した衣装に身を包んだサリアが新たな力で防御したのだ。

「ウルトラマンのアイテムでも出来たんだ……」

「シエルちゃんは試したことが無かっただけみたいだねー」

 この無茶苦茶ぶりに今まで黙っていた大魔神も我慢できなくなったのか、顔を腕で隠すと怒りの表情に変化させ、さらに巨大化して陽歌達に襲い掛かる。

「デカブツまでいんのか……」

 敵の無秩序ぶりに七耶は呆れる。そんな中、ナチュラルにサリアはアイテムのゼットライザーを陽歌に渡す。

「ピンときた組み合わせで変身してみて。まぁ、ヒーローズゲートに隠れてるだけでも安全だと思うけど」

「戦う!」

 陽歌はライザーのトリガーを押し、ゲートを潜った。そして、それと同時にアクセスカードが出現する。赤色で、変身者の顔写真があるのは他のカードと大差ないが、ライザーに入れた時窓から覗く部分が曇っていて見えない。

「なにこれ……とりあえず変身しよっと」

 今は緊急時、特に細かいことは考えず変身することにした。

『ヨウカ、アクセスグランデッド』

「よし、メダルを……」

 腰にいつの間にか取り付けられたホルダーには、メダルがぎっしり。その中から無作為に取り出したのはベリアル、ゴモラ、レッドキングのメダルだった。怪獣の組み合わせだが、これが何となくしっくり来る様な気がして陽歌は変身することにした。

「太古から響く、暗黒の地鳴り! ベリアル閣下! ゴモラさん! レッドキングさん!」

『ベリアル、ゴモラ、レッドキング! スカルゴモラ!』

 きっちりとぐんぐんカットも挟んで巨大なベリアル融合獣、スカルゴモラへ陽歌は変身する。天井を突き破り、空中大陸の全景が見えるほど巨大化した。

「大きくなったはずなのに……なんだろ、違和感がないというか、慣れてるというか……」

 彼は巨大な怪獣としての視界に、恐怖や差異を感じなかった。かぐや姫の言葉が引っ掛かる。それに、金湧でエヴァが見つけたアイテムのことも思い出される。

 空中大陸ネオラピュタは怪獣が立ち上がって見渡しても端が見えないほど広い。ここは一体どこの上空なのか。

「今は戦いに集中だ」

 それらを振り払い、陽歌は大魔神に突進する。完全に抑え込む姿勢だった大魔神も、地球が誇る二代怪力怪獣の合体には耐えられず、押し倒された。

「畳み掛ける!」

 陽歌はライザーを戻し、再びメダルをスキャンする。必殺技の発動だ。

「スカル超振動波! でやあああああ!」

 赤い稲妻の様なオーラで大気を揺らしながら突進し、大魔神を突き飛ばす。だが、体勢を崩しただけでさほどダメージを与えられていない。

「かったいなぁ……これでどうだ!」

 陽歌は苛立って髪をかき上げるとメダルを取り換える。怪獣かベリアルに引っ張られているのか、少し性格が荒っぽくなっている。

「命を絶やす、滅亡の光芒!」

違う合成怪獣への変身だ。

「ホロボロ様! クソコテロボ! その親玉!」

『ホロボロス、ギャラクトロンマーク2、ギルバリス! メツボロス!』

 新たな怪獣、メツボロス。しかしホロボロス元来の俊敏性は失われ、両手のパーツで武器は持てないというアンバランスな存在。とりあえず殴ってみても、スカルゴモラほど効果はない。

「こいつでどうだ!」

 再度メダルスキャンを行うことによる必殺技での逆転を狙う。

「荷電粒子砲!」

 メツボロスは大魔神にゼロ距離で荷電粒子砲を浴びせる。が、体表が赤熱化するばかりで効きはよくない。

「動きにくいし必殺技は弱いし……」

 よかれと思ってフォームチェンジしたが、とんだ外れだった。しかし今ある怪獣メダルで変身出来るのはせいぜい単体かエリマキテレスドンくらいか。

「うわ! この……」

 大魔神は容赦ない攻撃をメツボロスに仕掛ける。纏った機械のパーツが防御力を高めてくれているが一撃一撃が怪獣の身体でも金属バットで殴られている様な痛みを覚えるほどであった。

「これしか残ってないか……。巨人を討つは、暗黒の雷電!」

 陽歌は最後の組み合わせで変身する。ペダニウムゼットンはおろか、ファイブキングもゼッパンドンも使えない今はこれが精いっぱい。

「ベリアル閣下! エレキングさん! エースキラーさん!」

『ベリアル、エレキング、エースキラー! サンダーキラー!』

 鎧を纏ったエレキング、ベリアル融合獣サンダーキラー。最早これが最後の切り札だ。

「おおおお!」

 電撃で大魔神を押し返す。しかし、土人形の大魔神には効果がない。そこで、陽歌はエースキラーの特徴を思い出す。

「そうだ、エースキラーはウルトラマンの技をラーニング出来るんだ……。もしかして……」

 ヤプールがウルトラマンを倒す為に生み出した存在、エースキラー。その力を宿すサンダーキラーも同じことが出来るだろうか。怪獣メダルが読めるアクセスカードではウルトラメダルが読めないのだが、必殺技程度ならもしかすれば。

『コスモス! ネクサス! メビウス!』

「ライトニングジェネレート! チェストー!」

 狙い通り、メダルを読むことは出来た。そして、天から雷が降り注ぎ、大魔神を焼き焦がす。陽歌はこの隙を逃すまいと畳み掛ける。

『ジャック! ゾフィー! ファザーオブウルトラ!』

「M78流、竜巻閃光斬!」

 サンダーキラーが咆哮し、竜巻の中へ大魔神を封じ込める。そして、放たれた八つ裂き光輪が何度も大魔神を切り裂いていく。

『ギンガ! エックス! オーブ!』

「ギャラクシーバースト!」

 腕から放たれた斬撃が大魔神を襲う。ここまで見て、七耶はある違和感に気づいた。

「なぁ、サンダーキラーってあんなにウルトラマンの技真似できたっけ?」

「陽歌くんとの相性がいいんじゃない?」

 サリアはサンダーキラーとのシナジーによるものと考えていたが、それもおかしい。第一、彼は等身大変身のゼロワンドライバーでも短時間しか戦闘出来ていなかったではないか。それがなぜ怪獣を何フォームを乗り継いで必殺技を連打出来るのか。

「どっちかというと炎なイメージあるけどな」

『セブン! レオ!』

「グレネイトバスター!」

「あ、炎出た」

 ここまでの追い詰められっぷりに、大魔神は困惑しかなかった。頑丈な自分を圧倒的な力で押し切っている。これが子供と玩具の力とは思えなかった。

「馬鹿な……、七元素が霊力高しといえ子供に……」

『ウルトラマン! ベリアル!』

「レッキング……バースト!」

 口から吐き出された光線で大魔神は完全に打ちのめされる。これは紛いものではない、光の国の力そのものだ。

「ぐわあああああ!」

「陽歌、そろそろ帰るぞ!」

 十分力は見せつけたので、七耶は撤退を指示した。陽歌が変身を解いて合流。七耶達の空けた穴から脱出を図る。

「お前大丈夫か? 魔力は……」

 七耶は陽歌の体調を心配した。霊力ならぬ魔力の少ない陽歌ではシエル謹製のアイテムで長時間戦うことはできない。それは彼もよく知っているはずだ。

「え? そう言えば特に疲れてない……」

 陽歌も今、その異変に気付いていた。だが、今は撤退あるのみ。

「させるか! 大魔神!」

 かぐや姫の指示で大魔神が大陸と一体化。部屋に空いた穴を土の隆起で塞ぐ。

「まだ生きてんのか! タフいな!」

「お姉さんより頑丈な生き物初めて見た」

 七耶とさなもこれには呆れる。何度壊してもその度に地面が飛び出て行く手を塞いでくる。

「愚弄しよって……わらわが直々に縊り殺す!」

 かぐや姫が地面に降りて陽歌達に近づく。が、七耶の身構えるより前に異変が起きた。

「え?」

「なんだ?」

 突如、かぐや姫の首が飛び、胸と腹に大穴が空いたのである。首と心臓は粉々に砕かれ、不死を極めたかぐや姫が文句なしの死を迎える。

「まさか……」

 さなは周囲を警戒する。そして、彼女の最悪な予想通り、月の魔獣が部屋の中心に立っていた。

「ジャバウォック!」

「警告役も辛いね。まるで聞き入れて貰えないなんて」

 さなとかぐやが彼の伝言を何度も言ったが、月の上層部はジャバウォック討伐隊を結成しては返り討ちに遭っていた。まさか役に立たなかった自分を殺しにきたのか、とさなは身構えた。だが、そのつもりならかぐや姫などという不死者を殺すよりも簡単に出来たはずだ。

「かぐや姫……曰く汚い地球に戻ってまで何したかったのか……。まさか今更親孝行かい? まぁ、死んだからいいか……」

「貴様よくもかぐや姫を!」

 ジャバウォックの登場に七元素の反応はそれぞれだった。カラスとカリーは刀李と陽歌を守る様に動き、それ以外は彼を倒そうとする。だが、さなはそれが不可能だと知っていた。

「待て、やめろ!」

 彼女にしては珍しく緊迫して声を荒げる。しかし、その警告は無意味だった。何も認識する暇さえなく、四人の命が奪われたのだ。シェーンハイムは手足をもがれた上で頸をズタズタに引き裂かれ、覚者は真っ二つに両断、田螺は原型を留めないほど潰され、大魔神は胸部からコアらしきものを引きずり出された上でそれを砕かれていた。

「つっかれたー、無駄に硬いなこいつら」

「な……」

「馬鹿な……」

 七元素の強さを良く知るカラスと刀李は動揺を隠せなかった。時間停止されての殺害。強い弱いではない。理不尽なのだ。如何に不死性があっても、それを時間が止まったことで発揮出来ずに殺される。

「カラス、刀李、皆を連れて逃げろ」

「カリーさん!」

「もはやこれは、異端をどうこうするという話から我々がどう生き延びるかという話になっている!」

 カリーは自身を犠牲にしても時間稼ぎがやっとと判断した。七耶とマナも逃走を前提に戦術を組み立てる。しかし、ジャバウォックには意外とことを構える気がなかった。

「いや、別に追っかけて来なけりゃいいんだよ。俺帰るから、もう討伐隊送ってくるなよ? いちいち倒すのめんどくさいんだから」

 そう言って、ジャバウォックは去ろうとする。だが、突然空中大陸の上空にかぐや姫のビジョンが現れる。

「今度は何?」

『この像が見えているということは、不可解なことにわらわが殺されたらしい』

 陽歌はホログラムと思わしきそのビジョンを見る。不死を自慢していた割に、対策もしていたのか。周到なのやら臆病なのやら。

『退魔協会はわらわが作った、いわばわらわと一連托生。わらわが死ねば、退魔協会は立ちいかないじゃろう。わらわの死は、組織の死』

 緊急事態なのにもったいぶっているのはやはりこれを流すことが想定外だったからなのだろうか。だが、そんな呆れも吹き飛ぶ様なことをかぐや姫は言った。

『じゃが、このわらわを地球という穢れた地に死なせた罪は償わせる。この空中大陸は2000年代現在、亜米利加のウォールストリートという、この地球において貨幣経済というシステムの中枢、その上空に位置している。この空中大陸をそこで崩壊させ、報復とする』

「は?」

「ええ……」

 七耶と陽歌は絶句した。もう八つ当たりもいいところである。ジャバウォックも頭を抱える。

「ちっ、死ぬ時くらい一人で死ねよ……」

 そうこうしているうちに大陸が揺れ始め、崩壊が始まった。だが、ジャバウォックが手を翳すと、その振動が収まる。

「二十四時間だ、それまでにどうにかしろ。じゃあな」

 どうやら、大陸の時間を停止したらしい。そのまま彼は去っていったが、与えられたチャンスを生かさないわけにはいかない。

「おい、避難訓練とかはしてんのか? 脱出の目途は?」

「残念ながら、大陸の崩壊はおろか敵襲を想定していないからな……」

 七耶がカラスに状況を聞く。だが、そんな無防備を許すほど彼女は無能ではなかった。

「そんなこともあろうかと、私が大陸内の人間へ独自に避難経路を示す幻術をプログラムした。行き先は最も広いエントランスだ」

「あとは私が絨毯を展開すれば脱出できるな」

 カリーも段取りを確認する。無能な幹部は死んだ幹部だけだとでも言いたげな連携だ。

「相談してたのか?」

「いや、脱出は個々の飛行能力……飛べない奴は近くの飛べる奴が助ける想定だった」

 カラスは脱出まで考えてはいなかった。とはいえ無策でもない。

「だが、カリーならそこまでの緊急事態に侵入者の撃破より、避難者の救助を優先するだろうと思ってたよ。その手段もあるしな」

「私はそもそも侵入されないようにしていたが……。警報鳴っただろう? あれは私の仕込みだ。カラスなら性格的に最悪を想定しているだろうから、そっちは任せればいい」

 相談せずとも互いを信用してベストを尽くした結果、とうわけだ。

「んじゃ、避難が完了したら私がこいつを太平洋に押す。それでいいな」

「頼む」

「頼りになるな」

 七耶、カラス、カリーの間で救助の手順が決まる。陽歌にもカラスが仕掛けた避難経路を見せる幻術は効いており、ルートが見える。

「んじゃあ、私達は先にエントランスへ行って混乱を抑えますね。陽歌くんも早く避難を」

「そうだねー」

 イベント慣れしているマナとサリアはエントランスでの整理を申し出た。

「私は……」

「私達は大人しく避難しようねお姉さん」

 ミリアとさなは陽歌と共に退避を優先する。それぞれの行動が決まったが、まずはエントランスで人々の避難を見届けることが最優先になる。

 

   @

 

 カラスのルートは的確で、距離が短く且つ階段などの障害も少ない。中枢部という深い場所からスタートしたが、エントランスにはすんなり辿り着けた。

 エントランスはまるでテーマパークの入場口の様な、大きなゲートがあり空を飛ぶ乗り物が離発着する場が設けられている。滑走路を必要とする乗り物が無いためか、そんなに広くはないが。

「誰もいない……」

 が、大勢いるはずの職員が誰も来ていない。一時間、二時間待っても、人っ子一人来る気配がない。

「どうなっている……」

 さすがに変身を解いた七耶が不審に思う。

「この時間でアリスギアのデイリー終わった……」

 ソシャゲのデイリーミッションを消化しても余りあるこの時間、緊急時なのに誰も来ない。空中大陸の揺れが無くなったからだろうか。否、避難経路の幻術は続いており、痺れを切らしたカラスによって『二十四時間後に崩壊する』と記述もされている。

「ところでシエル」

「はい」

 避難用の移動手段をカリーと用意し終えていたシエルに、七耶は聞く。

「陽歌がゼットライザーで変身したが、ビルドドライバーやゼロワンドライバーでの変身より長持ちした上に必殺技も連発出来たんだ。何か分かるか? あいつの魔力じゃ考えられんし、霊力で動く様にしたのか?」

 陽歌の使用を前提に霊力での互換を持たせたのかと彼女は思った。

「私は魔法で玩具を本物にしているんですが、それを使えない場合魔力で変身条件やエネルギーを代替する仕掛けをしているんです。有り体に言えばディケイドライバーに付いている三色の宝石部分をそれぞれに入れている感じで……。それ以上の改造はしていないです」

「それでハザードレベルの無い陽歌でもビルドになれたのか」

 どうやら、別に霊力互換は無いらしい。

「つまり陽歌くんに大なり小なり怪獣へ変身する素質があったと」

「あいつ、ウルトラメダルも使ったぞ?」

「どうなっているんですかね……そんな強大な力を扱える因子、アスルトさんが検査で見逃すはず……」

 怪獣と光の巨人の力を同時に行使しうる力、あるとすればウルトラマンでありレイオニクスでもあるベリアルかその息子、ジードくらいだろう。エックスでさえサイバー怪獣としてアーマーにしているくらいだ。

「つーかまだ誰も来ねぇし」

 そんな話をしていても、職員は誰も来ない。

「何かあったに……違いない……」

 ミリアは腕組みをして言う。

「まぁそうなんだろうけどさ……」

 さなも困って周囲を見渡した。すると、ゲートの上にジャバウォックの姿があった。

「おい! どういうことだ! ここでは殉教者でも育ててんのか!」

 彼も避難しない職員に苛立っていた。なんだかんだ、避難を見届けに来たのだろうか。

「そんな馬鹿な……組織に殉ずるという者もいるにはいるが……そんな者ばかりでは……」

 カラスもそこは疑問視していた。仕方ないので、カリーが様子を見に行くことにした。

「しょうがない、ちょっと見てこよう」

「そうですね」

 陽歌も心配になったのでついていく。結局全員で見に行くことになったが、ジャバウォックも一緒に来た。

「しゃーねぇな……脅かしたら逃げるだろうしちょっとケツ叩きに行くか……」

 ぞろぞろと歩いていくと、彼らの目に信じられない光景が広がった。なんと、あちこちに一般職員の遺体が転がっているではないか。引き裂かれた様な死体を更に貶める様に、柵の先端に串刺したりして弄んでもいる。

「なんだこれは……」

 真っ先に口を開いたのがジャバウォックであった。

「貴様……!」

 カラスが睨むが、さなはこれがジャバウォックの仕業だとは思えなかった。

「いくら時間停止出来るといっても、殺害は素の筋力頼りだよね? ここまで殺すのは手間でしょ? しかもこんなことまで……」

「めんどくさいにもほどがある……殺すだけならともかくこんな手の込んだ真似するか」

 確かに、ジャバウォックは当初、かぐや姫を殺して帰る気満々だった。七元素殺害も、攻撃されたから以上の理由がない。圧倒的力があるにも関わらず、彼はこの半年、月への侵攻もまるでしていない。ジャバウォックは驚異であるが消極的なのだ。

「これは……何が……」

 七耶達の知らないところで、巨悪が動き始めていた。

 




 令和こそこそ話

 陽歌の好物は鮭であるが、あまり描写する機会がないぞ


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☆ 第一話 冒険の幕開け! ガラル地方

 ポケットモンスターソード・シールド、エキスパンションパス内蔵セット発売中!
 君もガラルの冒険に乗りだせ!


「手紙? 僕に?」

 今時珍しく手書きの手紙が年賀状でも寒中見舞いでもない時期に届いたことで、陽歌は左右で色が違う瞳をキョトンとさせる。泣き黒子のある右は桜色、左目は空色と既に過ぎ去って久しい春を思わせるオッドアイは手紙の宛名を見て驚く。

「って、ダンテさん?」

 知り合いであるが、手紙など届くはずもない相手であったことに驚きを隠せず、思わず陽歌は跳ね上がった。同時にキャラメル色の髪もふわりと揺れる。彼とは連絡が取れるのだが、手紙は不可能であった。

 何故なら、文字通り、物理的に住む世界が違うからだ。

 今まではデータを介して通信こそ出来たが、物体を送るのは困難だった。手紙一通送るくらいなら直に来るついでに用を済ませるか、メールでやり取りした方が効率的。そんな壁が今まではあった。

 陽歌はとりあえず中身を読む。

『陽歌くんへ。エーテル財団と天導寺重工の協力で君の世界と我々の世界が安定して行き来できるようになったので手紙を送らせてもらう。この度、チャンピオンの座を降り、リーグ委員長をローズ氏から受け継いだ私はガラル地方を盛り上げるため、ガラルスタートーナメントの開催を決定した。

 ついては、昨年のブラックナイト事件において解決に尽力した君にもぜひ参加して欲しいと思い連絡した。諸事情から長らくポケモンたちと離れている君には調整の時間が必要だろう。

 よい返事を待っている。

 

 PS.この前カントーの地下通路で迷子になった時は流石に驚いたぞ』

「いやあの直線でどうやって?」

 本題より追伸の内容が気になり過ぎるが、陽歌は一年前を思い出す。あの事件は、彼がユニオンリバーに来てから初めて遭遇した『騒動』であった。

 

   @

 

 季節は昨年の秋。陽歌はユニオンリバーのスタッフの一人、エヴァリーに連れられ、外を歩いていた。

「……」

 陽歌は周囲を警戒し、白いパーカーのフードを目深に被って手で抑える。その指は生身のものではない。球体関節人形の様な黒い機械義手であった。

「あ、見てくださいコラッタですよコラッタ」

「また?」

 スマホを持ってあちこち見渡す緑髪の少女がエヴァリーである。陽歌をいろいろな遊びに誘って振り回すのだが、今日はスマホアプリ、『ポケモンGO』をしようというのだ。

 これはGPSで得た位置情報を元に、地図上にポケモンが出現してさもリアルでポケモンを捕まえているかの様な遊びが出来るアプリだ。やはりポケモンは人気で、一時期社会現象にもなった。

「コラッタは送れないのでは?」

「まぁとりあえず乱獲ですよ」

 一応、先日エヴァの誘いで本家本元の新作ソフト、『ポケットモンスターソード・シールド』を遊ぶことになった陽歌としては、なぜ今度はこっちをやり始めたのか分からなかった。彼女によれば、前作がそうだったように今作もポケモンGOから送れるかもしれないから準備、とのことだ。

が、前作にいた百五十一匹かつソード・シールドに登場するポケモンという二重フィルターで送れるポケモンは大幅な制限があり、転送システムに関しては公式で有無について明言されていない。発売から一年経った状態ではポケモンも追加され、直に転送できる仕組みも整ったが、この時は何の保証もなかった。

 こういうのは発表される前にあれこれ予想するのが楽しいのですよ、とエヴァは言ったので、陽歌もそれに習った。というのも彼はその生い立ちから娯楽に疎い。

(いいのかな、毎日学校にも行かずにこんなに楽しくて……)

 陽歌はドタバタの末、流れる様に静岡のユニオンリバーへ引き取られた。その為、近畿にいる家族には何も言っていない。学校もずる休み状態なのが気になっていた。

 長らく栄養失調だったこともあり、衰弱していた陽歌は一日寝るだけで終わる日もある。だが、フカフカのベッドで眠れて、痛い思いをせず、お腹も空かないだけで何と表現していいのか、『楽』なのだ。

(僕は……帰った方がいいのかな……)

 時折そう思うのであった。このままでもユニオンリバーの人達に迷惑かもしれない。帰らなければならないと思いつつ、まだ身体がえらいから、帰り方が分からないから、と理由を付けてずるずるとここにいるのだった。

「ん? あれは?」

 エヴァの一言が陽歌を現実に戻す。またポケモンでも見付けたのか。そう思ったが彼女はスマホの画面ではなく上空を見上げていた。

「なに、あれ……」

 陽歌も空を見上げ、絶句した。空に穴が、格子模様のある穴が空いているのだ。作られずに積まれたプラモデルの亡霊をユニオンリバーと出会った日に見た上、彼女達が大半人間でないという事実を突き付けられてここまできたが、流石にこれは驚くしかなかった。

 穴を見ていると、吸い込まれそうになる。否、実際に吸い込まれて足が地面から離れ、穴に近づいているのだ。

「え? なに……」

「陽歌くん!」

 エヴァが手を伸ばすが、陽歌を掴むことが出来ず彼はそのまま穴に呑まれた。

(そっか、これは夢なんだ……夢ならこんな突飛なことが起きても……)

 陽歌は自分を何とか納得させようとする。が、そんな現実逃避も虚しく僅か数秒で水面に叩きつけられる。

「うわぶ!」

 泳ぐことのできない陽歌は必死に手足をばたつかせる。義手を取られてプールに沈められたトラウマが蘇り、余計に冷静さを失う。そんな時、何かが自分を引っ張っていく力を感じた。

(あ、これ死んだ……溺死した人の霊に引っ張られるやつだ……)

 かつて読んだ怪談を思い出しつつ、陽歌は死を覚悟する。だが、足が地面に触れると同時に頭が水から出る。これは水底ではなく、浅瀬に引っ張られている様だ。

「ちょっと、ワンパチ急にどうしたの?」

 女性の声が聞こえた。確かにワンパチと言ったが、それはポケモンの一種であり現実には存在しない。もしかするとワンパチという名前の犬なのかもしれない。

「げほっ、げほ……」

「あ、大丈夫? さっきの水音ってもしかして……」

 犬の飼い主である女性が陽歌の状態を確認する。陽歌が顔を見上げると女性は若く、赤毛をサイドテールにして、頭にサングラスを乗せている。その姿に、初対面である筈の陽歌は見覚えがあった。

「ソニア……?」

「あれ? 知り合い?」

 そう、彼女はポケモンソードシールドに登場するキャラクター、ソニアそのものであった。

 

   @

 

「てれてれーってってーてれれーててれれーれれ。だーれだ」

「え? エヴァリーもしかして文章だけでシルエットクイズやる気? 楕円……卵……いやまさか初手で『一匹だけのタマタマ』なんて捻った問題……」

 

   @

 

「ダメタマゴ」

「初っ端バグ技じゃん! そこは順当にワンパチにしなさいよ!」

 

   @

 

「た、助かりました……」

『いやー、無事でよかったですよ』

 陽歌は濡れた服を着替え、ソニアの自宅にいた。義手に内蔵された通信機能は世界を超えて使えるのか、すぐにエヴァとも連絡が取れた。

「ウルトラホールですか……初めて見ましたよ」

 ソニアの祖母はガラル地方でダイマックスの研究をしているマグノリア博士。ウルトラホールという異次元を行き来する穴についてはこの世界の研究者達も知っており、すぐに事情を理解してくれた。

「でもウルトラホールを通過すると記憶障害が起きたり、特殊なエネルギーを求めてウルトラビーストに狙われるんじゃない?」

 ソニアはウルトラホール通過の代償を解説する。異次元の穴、そこを行き来するということは当然無事では済まない。

『それですが、彼の義手には防護機能がありまして。不意に宇宙へ投げ出されても10時間程度なら生命維持が可能だよ』

「すご……」

 陽歌は自分の義手に搭載された知られざる機能に絶句した。とにかく義手のおかげで今回は助かったらしい。

「確かに、エーテル財団はウルトラホールを安全に通過する手段を持っています」

 マグノリア博士によるとこちらにもウルトラホールの危険を避ける技術はある様だ。

『しかし妙ですね……すぐ迎えに行きたいのですが、空間と空間の間に大きな歪みがありまして』

 エヴァは困った様に言う。世界間を航行する技術をユニオンリバーは持っているが、それが今使えない状況にあるそうだ。

『急を要するなら七耶ちゃんがサーディオンに変身して突っ切れば問題なんですけど……』

「何かリスクがあるんでしょ?」

 なんでもできると言って差し支えないユニオンリバーのメンバー達。彼女らが可能なことを言いよどむということは、『自分達以外』に何らかの危険が及ぶということだ。付き合いは短いが、陽歌はその気質を察していた。

『ええ、それをすると到着した世界に時空断裂を引き起こして大災害を起こしかねません』

「人の住む世界じゃできないね……」

 時空断裂が何なのかは分からないが、おそらくこのガラル地方一つでは済まない被害が出るのだろう。

『歪みを追跡すると、このガラル地方を中心に起こっているみたいなんです。原因を突き止めて問題を解決すれば、この歪みは無くなるでしょう。何か最近、異変はありませんでしたか?』

 原因はガラル地方にある様だ。根本を絶てば安全に航路を確保できる。陽歌が飛ばされた先がガラルだったのも、全くの偶然ではないというわけだ。

「そういえば……」

 マグノリア博士が何かを言いかけた時、外で大きな地響きが起きた。窓から外を見ると、ハロンタウン方面に大きな白い毛玉が大発生しているではないか。毛玉の上空には赤い雲の円が出来ている。

「あれは……ダイマックス? でもなんで……」

「ウールーがダイマックスしてるんです?」

 この毛玉はハロンタウンで家畜として飼育されていたウールーがダイマックスしたものであった。が、陽歌でさえあの場所がダイマックス可能なパワースポットでないことくらい知っている。ダイマックスはガラル粒子の強い一部のエリアでしか使用できないはずなのだ。

「明らかに異常事態ですね。早めに鎮圧しなければ町への被害も大きく、ポケモンへの負荷も相当でしょう」

 マグノリア博士は落ち着き放って言った。そこはさすがにダイマックスの専門家なだけはある。

「じゃあ、はやくあの子達を倒してダイマックスを解かないと……」

 ソニアの言う通り、自然発生したダイマックスの解除は当該ポケモンの撃破でしか不可能だ。トレーナーが使用した際の時間制限はダイマックスバンドに付けられた安全装置であり、人為的にガラル粒子をかき集めた際の限界でもある。

「いえ、おそらくパワースポットでないはずの場所でダイマックスできるということは、ガラル粒子の発生源があるということ……。そこを叩かねば次々とダイマックスポケモンが現れ、収拾がつかないでしょう。まずは現場を訪れて、情報を集めるのが得策」

 ガラル粒子を放出している、もしくは収束している何かがハロンタウンにあるのは間違いない。

「どっちみち、ハロンタウンに行かないと何も始まらないわね……」

 ソニアは現場へ向かう支度をする。

『こっちでも可能な限りモニターするよ』

「じゃあ、僕も行った方がいいですね。この義手の機能だと、そんなに遠くまでスキャン出来ないかもしれないですし」

 いくら異世界まで通信できるとはいえ、それは義手とエヴァに強い通信網があるからである。陽歌自身がアンカーとして移動しなければ、状況の分析は難しい。

「では、こちらのポケモンを連れていくといいでしょう」

 ソニアと一緒に行くことになった陽歌は、マグノリア博士からボールとリストバンドの様なものを渡される。

「一部のポケモンはダイマックスした際に姿を変え、特異な技を使える様になります。その名も、キョダイマックス。その原理は生育環境とガラル粒子に関係していますが、未だ謎の多いポケモンの卵との関連性もあり……後天的な付与は理論上不可能なはずですがダンテくんは何故か出来て……彼に聞いたら『道場の女将さんの料理を食べた時から』とか……」

「はいはい、今は緊急時だから!」

 マグノリア博士の話は非常に興味深かったが、今回は時間がない。ソニアと陽歌はハロンタウンへ急いだ。

 

「これは想像以上……」

 ハロンタウンに着いた二人は予想を上回って混乱する町に絶句する。この街には実力者であるジムリーダーがいないため、この事態を鎮圧できる者がいない。その時、わたわたと走ってくる人々がいた。何やら腕章を付けており、制服などは着ていないが一定の組織に属する者だと思われる。

「ワイルド自警団だ! ここは我々に任せてくれ!」

 やってきたワイルド自警団という人々に陽歌は見覚えがあった。一人でマックスレイドバトルをすると駆け付けるNPCの中でも役に立たない地雷と名高いジェントルマン、空飛ぶタクシー、ポケモンごっこ、おとなのおねえさんだ。

 四人が繰り出すのはそれぞれソルロック、ソーナンス、イーブイ、トゲピー。ここもゲームと同じだ。

(大丈夫かな……いやゲームと現実は違うし大丈夫でしょ……)

 陽歌は流石にゲームと同じ様な役立たずではないと信じたかった。自警団まで名乗ってしゃしゃり出ている以上、強いはずだ。

「トゲピー、このゆびとまれ!」

 が、その希望を打ち砕いてトゲピーがこのゆびとまれを発動。これは相手の攻撃を自分に集中させる技だが、耐久力の無いトゲピーが使う技ではない。加えて、カウンターなどで相手の攻撃を反射するしかなく能動的に攻撃出来ないソーナンスとの相性は最悪だ。そもそも攻撃を受ける確率自体4分の1、物理か特殊かで更に2分の1と計8分の1の確率を通らねば攻撃出来ないソーナンスはレイドバトル自体に向いていない。

「イーブイ! てだすけ!」

 ポケモンごっこのイーブイが味方の技を補助するてだすけを発動。だが相手はソーナンス。能動的に攻撃できねぇって言ってんだろ。

「ソルロック、コスモパワー!」

 ジェントルマンはソルロックにどや顔でコスモパワーを使わせる。自身の能力を高める技は確かに有用だが、レイドバトルではそうでもない。

(いや、こっちのレイドバトルはいてつくはどう無いのかも)

 陽歌が何とか有用性を見出だそうとするが、即座にウールーがオーラを振りまいてステータス変化をリセットしてしまう。

「何が自警団よ! 全然ダメじゃない!」

 当然、ソニアはこの戦い方がまるでなっていないことを即座に理解出来た。ポケモンの巣で見かける自然発生のダイマックスポケモンはこうして能力をリセットできる。それは現実世界でも変わらないとのこと。

「うわぁ!」

 ウールーの気迫がトゲピーの足元を砕き、エネルギー波を起こす。ダイアタックだ。当然耐えられるはずもなくトゲピーは持っていた「きあいのタスキ」のおかげで耐えたとはいえ倒れる寸前。ウールーの攻撃力が高まるオマケ付きで、だ。

「陽歌くん、とにかくレイドバトルでは丁寧に有効打をぶつけていくのよ! 体力が減るとバリアを張ったり攻撃が激化するけど、怯まないで確実に攻撃して!」

「分かりました!」

 どうやらゲームとコツは変わらないらしい。あとはマグノリア博士がどんなポケモンを陽歌に託したかである。

「出てきて!」

 陽歌が投げたボールからはホイップクリームの様な姿をしたポケモン、マホイップが出てくる。

「マホイップ、そうか! なら先手は私が貰うわ!」

 ソニアは祖母の意図をくみ取り、ワンパチに仕掛けさせる。

「ワンパチ! ほっぺすりすり!」

 ワンパチがウールーにほっぺを擦り付ける。威力は低いがレベル差があるのか、ウールーは一気に追い詰められてバリアを張る。だが、麻痺しているのか動きが鈍る。この技は微弱ながらダメージを与えつつ相手を麻痺させることができる。攻撃技なのでちょうはつされても撃てるところが強みだが、同じ麻痺技のでんじはに比べて習得出来るポケモンは少ない。

「キョダイマックスよ!」

「よし、これだね……」

 陽歌は右腕に付けたリストバンドにガラル粒子を貯める。これはダイマックスバンド。ポケモンをダイマックスさせるのに必要なものだ。

 モンスターボールにマホイップを戻し、バンドの粒子をボールに与える。するとボールが巨大化し、両手で抱えるほどのサイズになる。

「えーい!」

 陽歌が何とかそれを投げると、マホイップがダイマックスしているウールー以上の大きさになる。そして、先ほどと姿が異なっていた。まるでウエディングケーキだ。

「これがキョダイマックス……」

 一部のポケモンが使えるキョダイマックス。この間は特定のタイプの技が大きく変化する。

「バリアを張られている時はダイマックス技も含めて相手に技の追加効果が効かないの。ダイマックス技ならバリアは二枚割れるけどね」

「え? それじゃあ……」

 ソニアの説明で陽歌は戸惑った。ダイマックス技は相手の能力を下げるものがあるのだが、バリアを張られているとそれが効かない様だ。

「でも味方への追加効果は発動する! キョダイダンエンよ!」

 が、味方への影響は別。マホイップのフェアリー技がキョダイダンエンに変化している。

「マホイップ、キョダイダンエン!」

 陽歌の指示でマホイップが技を発動。上から降ってきた星がウールーのバリアを二枚砕きながら、味方のポケモンを癒す。

「普通、フェアリータイプの技がダイマックス技に変化するとダイフェアリー、辺りをミストフィールドにする技になるわ。でもキョダイマホイップのキョダイダンエンは味方を回復する効果になるの!」

「チーム戦では重要ですね」

 さしものウールーでも回復までは止められない。何とか一体目を倒し、原因を探るためハロンタウンのガラル粒子が濃いところへ向かう。

 道中、何匹ものダイマックスウールーに阻まれ、普段なら数分で歩ける距離もかなり時間と体力を消耗してしまう。ウールー達も攻撃したいわけではなく、混乱して暴れているだけなので始末が悪い。

 おまけにワイルド自警団は足を引っ張る一方で、最悪なことに住宅を盾にしながら戦闘していた。

「こういう時に言うんだね……。バカヤロー、なんて下手くそな戦い方だー。周りをよく見てみやがれ、何も守れてねぇじゃねーかあー!」

 陽歌は慣れない様子で声を張り上げる。エヴァに仕込まれたネタだが、こういう時のマナーだと思って使っている様だ。だが実に的を射ているのが笑えない。

「やっと着いた!」

問題のポイントには地面に突き刺さる装置の様なものが存在し、騒音を立てて可動していた。

どうやらこれが膨大なガラル粒子を放っている様だ。その証拠に赤紫の光が装置から溢れ出ている。

「なにこれ……明らかに自然のものじゃない……」

どう考えても誰かの意図によって行われているという事実にソニアは絶句する。だが、逆にこれは幸いだ。この装置を止めれば事態が収まるということなのだから。これが自然現象なら一筋縄ではいかないところだった。

「あれが原因かー!」

「あ、待って!」

 ワイルド自警団は手柄とばかりに、無警戒に装置へ接近する。その時、突如としてキョダイマックスしたイーブイが出現した。イーブイはその一息でワイルド自警団を全員吹き飛ばす。

「ぐわああああ!」

「ほら言わんこっちゃない!」

 飛ばされたワイルド自警団の四人は近くの建物に突き刺さる。もうバカヤローでは済まされない。

「陽歌くん!」

「わ……と……」

 野生のイーブイはポケモンバトルにおける、トレーナーを攻撃しないという紳士協定など守ってはくれない。イーブイの肉球が陽歌に迫る。

「とう!」

 その時、誰かがイーブイの前足に蹴りを加えて陽歌を守る。彼の前に降り立ったのは、一匹のラビフットであった。

「俺が来るまでよく持ち堪えた……」

 ラビフットはどや顔で言った。陽歌が周囲を探すがトレーナーの姿が見えず、声の主は疑うことなくラビフットだ。

「え? ポケモンが喋って……」

「俺はガレス、そしてそのトレーナー、シャルだ!」

 驚く陽歌へ特に説明することもなく、ラビフット、ガレスはある方向を指す。木の陰に一人の少女が隠れており、居場所を明かされたことでバツが悪そうに出てくる。ピンクブラウンのボブヘアを紺のキャスケットで隠し、パーカーを着込んだ十代前半と思われる少女、シャルはガレスに戻る様に促す。

「なんだよ、こいつらで余裕そうじゃない」

「んなこと言わねぇでちょっと活躍しようや。明日の新聞で話題になるぜぇー。美少女トレーナー、ダイマックスポケモンを鎮めばぁあ!」

 ペラペラ余計なことを喋るガレスにシャルのからかわりが突き刺さる。等倍でもガレスをのすには十分な威力だった様だ。

「ったく、いいとこで出ようって様子を伺ってたのに台無しにしやがって」

 ガレスの足を引っ張って帰ろうとするシャルをソニアが引き留める。

「いや今めっちゃいいとこ! なんせワイルド自警団が役に立たないからね!」

「あんた確かマグノリア博士の孫だっけ? 別に協力してもいいけど、推薦状と引き換えだからね」

 シャルはソニアに確認を取る。推薦状というのは、ガラル地方で行われるポケモンリーグに参加する為に必要なものだ。8つのジムを巡ってバッチを集めるのは他の地方のリーグと変わりないが、どういうわけかガラルはこのジム巡り、ジムチャレンジの参加に推薦状が必要なのだ。

 それを条件に協力する、ということらしい。

「えーっと、それは保証できないかな……」

 さすがにどこの誰とも知れない相手にそれは保証できないソニアであった。自分が書くならともかく書くのは祖母。もし自分が書くとしてもそれで何かあれば責任問題。人を推薦するというのはそういうことだ。

「んじゃ帰る」

「待って! 何とかお願いするから! 鎮圧に協力してくれたって言えば多少なんとかなるかもしれないから!」

 条件が呑めないと分かるや帰ろうとするシャルをソニアはどうにか止めた。シャルは目に見える大きなため息を吐くと、懐からゴージャスボールを取り出して戦闘態勢に入った。

「推薦状、ダメだったらハリーセン飲ますから覚悟しとけ。ラストナンバーだ、エルメェス!」

 シャルが繰り出したのはハイな姿のストリンダー。初の電気、毒複合タイプのポケモンで、非常に強力なとくせいと技を持つ。

「一気に決める、オーバードライブ!」

 エルメェスは胸の弦をかき鳴らして音波をイーブイに向ける。電気タイプの音技、オーバードライブはとくせい『パンクロック』によって強化される。その威力は伊達ではなく、確実にイーブイへダメージを与えた。

「効いてる!」

 弱ってバリアを張ったところへ、陽歌がすかさず攻撃を畳み掛ける。

「キョダイダンエン!」

 バリアを破壊し、ソニアのワンパチが決めに掛かる。

「かみなりのキバ!」

 体力が尽きたイーブイは爆炎を上げ、閃光と共にエネルギーをあちこちへばらまく。

「な……」

「キョダイマックスの力を制御出来てないのね」

 強制的にダイマックスした影響か、体力が落ちたことによって体内のガラル粒子が暴走してしまっているようだ。倒すだけでは止めることが出来なかった。

「陽歌くん、あのイーブイをゲットして!」

「あ、はい!」

 ソニアはゲットを提案する。モンスターボールに収めれば、ポケモンは沈静化してくれるはずだ。それを狙うしかない。しかし、ダイマックスポケモンのゲットにはダイマックスバンドが必要になる。

「ダイマックスさせる時と同じ様に、このボールに粒子を集めて。そうすればゲットできるはずだから」

 ソニアに渡されたボールを陽歌は巨大化させ、イーブイに投げつける。開いたボールがイーブイを吸い込んでいき、口を閉じると巨大化したまま地面に落ちた。よほど重たいのか、地面は少し抉れる。何度か揺れた後、ボールは小さくなってカチリ、とロックが掛かった。どうやらゲットに成功したらしい。

「ふぅ……」

陽歌はボールを拾うと一息つく。なんとか事態は収束した。

「おーい、装置壊しておいたぞー」

 ガレスは戦闘中に装置を破壊しておいてくれた。残るポケモン達もダイマックスから解放され、事件は解決した。

「とりあえず、ポケモンセンターでイーブイを見てもらいましょう」

「推薦状を渡してもらおうか」

 イーブイの容態を心配したソニアに対し、シャルは冷たく言い放つ。

「とりあえず少し待ってて」

「先に契約を果たしてもらうぞ。ポケモンセンターなんていつでも行ける」

「あなたちょっとね……」

 イーブイを顧みない発言にソニアは憤った。だが、シャルもまるで譲らない。

「粒子の暴発を防ぐためにゲットしただけだろ? あとでどうせ逃がすんだから、診てもらう必要もあるのか?」

「あるでしょ! あんなことになった後なんだから、心配じゃないの?」

「他人のことなどどうでもいいだろ?」

 考え方の相違から二人はバチギスし始めた。

「マグノリア博士の孫っていう地位があれば、他人のことを気にする余裕ってのも生まれるってもんだな。自分は偉い博士の血筋、寝っ転がってても食い扶持には困らんからな」

「なんですって!」

「事実だろ。いいよな、生まれつき家柄がいいと色々楽で」

 さすがに雰囲気が悪くなると思った陽歌とガレスが二人を引き離す。悪意に敏感な陽歌だが、シャルからはかつて自分を罵倒してきた存在の様な刺々しいものを感じなかった。それが気になるが今はそれどころではない。

「ああああダメですダメです!」

「失礼しましたー、本当はいい子なんですよー」

 謎の少女、シャルと言葉を離すラビフットのガレス。彼女達との出会いが陽歌の、そしてシャルの運命を変えることになるのであった。

 

   @

 

「なぜ私にこんなものを?」

「私も千年後のガラルを憂いてるのさ」

 ローズタワーの屋上、そこである二人が会談をしていた。一人はガラルで知らぬ者はいない、マクロコスモスの社長にしてポケモンリーグ実行委員会の委員長、ローズ。その栄誉に相応しく、高級ブランドのスーツが似合っている。もう片方は少女の声だが、コートを着込みフードを目深に被っているので素顔は見えない。

「そうか、それなら私も嬉しいよ。先の話だと誰もが言うのでね」

 ローズは彼女から、自分の目的をより確実に達成する方法を手に入れていた。彼女の目的が別の所にあるとは知っていたが、『ガラルには』悪影響が無いと確信して乗ったのだ。

「代償については説明した通りだ。お前の知らない並行世界が一つ失せる。それだけだ」

「分かっているさ。ガラルの千年後の為には、致し方ないものだ」

 こうして、陽歌にとって初めての『騒動』が幕を開けた。

 




 次回予告

 イーブイはどうやら僕に懐いたらしく、手持ちに加えることになった。ゲームでもまだトレーナー歴浅いのに実際にポケモンなんて……これはマサルとホップ、ユウリの力を借りるしかないね。
 そしてあのチャンピオン、ダンデさんがハロンタウンに帰ってくるらしいけど……シャルさんいきなり何を?
 次回、チャンピオンを目指す者、マサルとホップ。次回もポケモン、ゲットしてる場合かなこれ……。


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☆転売屋を絶版だ! アニマギア総出撃!

 アニマギアとは、デジタル社会を支える新たなロボットバディである!


おもちゃのポッポはクリスマスというかき入れ時を迎えて忙しくなっていた。今では大きなおもちゃ屋や通販が主流で個人経営の店に出番はない、というわけでもなかった。

 ポッポは客員をも総動員してのフル回転状態。彼女ら自身が玩具かの様なカラフルさであったが、その中でも目を引くのはキャラメル色の髪をした少年だった。大きめのパーカーを着込んでおり、その袖から覗くのは生身ではなく黒い義手。少女の様な愛らしさであったが、オッドアイと右目の泣き黒子が色っぽくもあった。

「この商品ありますか?」

「はい、そちらですね」

倉庫の奥で仕事をしている店長に代わり陽歌が店を案内し、商品を見せる。今や転売屋の台頭で客は縋る様にこの店を訪れ、新製品を手に入れていた。昔からクリスマスプレゼントは11月に用意しろとおもちゃ業界は言い続けているが、昨今は出荷した傍から転売屋にかっさらわれてしまい入手が困難となっている。

また、近年は過去のヒーローが活躍する機会も多く、巣ごもりで過去作を見返す時間も増えたせいかそのなりきりおもちゃの需要も延びている。だが、ネット通販では軒並みプレ値で手が出ない。だが、ポッポなら定価で置いているのだ。

「ふぅ」

 陽歌は接客を終えて一息つく。対人に問題を抱える彼だが、忙殺されていることや知り合いが近くにいるおかげか今のところ滞りなく仕事出来ている。

「陽歌の奴が元気そうでよかったぜ」

「だな」

 その様子を一人の平凡な少年と、眼鏡を掛けた短髪の少女が見守る。小鷹と雲雀は古くからの友人で、近年の騒動で再会に至った。最も信頼する友人が近くにいることで、陽歌にもいい影響が出ていた。

「改めて礼を言うぜ。俺らがいない間、あいつと友達でいてくれて」

「え? いや私は……」

 小鷹は近くにいた黒髪の女の子に礼を言う。陽歌は故郷のあった北陸からひょんなことでポッポと関係の深いユニオンリバーに引き取られ、静岡までやってきた。そんな彼がここに来て長く付き合っているのが、この深雪である。

「んでよ、結局のところどうなん? あいつも男っぷり上がったろ?」

 雲雀は冷やかす様に深雪へ聞いた。再会した陽歌は以前の様に雲雀や小鷹が守らねばならない存在ではなくなっていた。むしろ一部の分野では大きく彼らを助けるほど成長した。

「うーん、確かに初めて会った時よりは元気になってくれたから安心はしてるよ」

「ほほう、そうか……」

 雲雀が聞きたいのはそういうことではなかった。実は出会った時こそ同い年であったが、わけあって雲雀と小鷹は陽歌から二歳も年上になってしまった。深雪は今の陽歌と同い年である。

 その様子をサンプルが飾られているショーケースから覗く者がいた。手の平サイズの動物型ロボット、アニマギア達である。細かい所の掃除は身体の小さい彼らが活躍する。

「お嬢様……恋の鞘当てでございますか」

 オオカミ型アニマギア、ブレイドヴォルガのレイドは主である雲雀の様子を見る。だが、いつも一緒にいる小鷹のカブトムシ型アニマギア、デュアライズカブトのザンが疑問を唱える。

「んなことするタイプか?」

「お前は分かっていないですね。今日のお嬢様は輝きが違う」

「輝き?」

 レイドは本人が言われたくないであろうことをペラペラ喋る。彼からすれば主の気合に気づいてもらえない方が嫌なのだろうが。

「普段は動きやすい服を好まれ、スカートよりズボン派のお嬢様が今日はスカート! そして実はグロスをしていて透明とはいえマニキュアを……」

「マニキュアはいっつもしてんだろ、爪の保護で。小鷹もしてんぞ」

 ドヤ顔でレイドは言うが、ザンの言う通り野球選手など爪を怪我しない様に透明なマニキュアでコートしているアスリートもいる。

「対して深雪様は特に陽歌様を異性として意識していない様子! そこのところどうなのですか!」

 レイドはびしっとトリケラトプス型アニマギア、ギガトプスのギーガに聞く。

「いや……それ僕に言われても……どっちかというと弟分か同性の友達くらいの感覚じゃねえかな? 僕の人格データを弟系から設定するくらいだし」

 アニマギアには人格が存在する。ホビーロボットという以上に、デジタル社会を支えるバディとしての側面が強いのだ。

「恋敵の有無も確認したところで……ではお義父様、息子さんをお嬢様に下さい」

「お前にお義父様と呼ばれる筋合いはない」

 レイドがライオン型アニマギア、ガレオストライカーのアロケスに詰め寄る。

「雲雀のことを陽歌の妻として認めていても、だ。私は人格データが父親タイプから設定されているが、彼の中で本当の父は養父であった仁平殿ただ一人。彼を差し置いて呼ばれるつもりはない」

 陽歌は結構複雑な生まれをしていた。母親役は多くいてもユニオンリバーが女所帯で数少ない男性の社長が世界を飛び回っている今、父親役が必要と判断したメンバーによりアロケスの人格は設定されている。だが、この夏自身の出生を知った陽歌は実の子として受け入れてくれた今は亡き養父母を本当の両親と心に決めている。

 物心つく頃には亡くなっていて記憶もない人であった。だが、産まれが『教師をしていた父親が教え子でもあった娘を教え子から寝取って出来、母親は医者に頼らないで堕胎を試みて別件で逮捕されている間に死んだ』という理解不能なものだから、というだけではなく、養父母が自身の死後も陽歌の幸せを願う尊敬に値する人物であったことが大きく影響した。

 アロケスも彼らを立派な人間であったと評し、陽歌の意思を尊重している。

「ではお嬢様との仲、認めていただけると?」

「そういう話ではない!」

 わちゃわちゃ話す中、ヴァネッサのガレオストライカー、レオが看板を持ってショーケースを見る客に説明する。陽歌のアロケスと同型だが、尻尾が恐竜型に換装されるなど差異がある。

「はいこの通り複数で集まると主人を種にわちゃわちゃします」

「邪魔するでー!」

そんなアニマギアさえ駆り出される忙しい中、今時感染対策のマスクもせず柄の悪い男が入ってくる。

「邪魔するなら帰ってー」

「はいよー」

黄緑の髪を伸ばした少女、ヴァネッサによるお決まりのやり取りで男は帰りかける。だがそうはいかない。

「待てや! ここがおもちゃのポッポだな?」

「そうだがマスクくらいしろ」

他の皆はフェイスガードをしている。接客は顔が命というのもあるが、マスクは息苦しかったり眼鏡が曇ったり、紐が原因で作業中に眼鏡が滑り落ちたりと不便も多い。その点、頭にゴムで固定するフェイスガードなら心配がない。

「俺達はマーケットプレイスと……」

「魔弾、法皇殺しの禁忌斬!」

転売屋ギルド、マーケットプレイスの名前を聞くなりヴァネッサは銃剣から飛ぶ斬撃を放つ。

「グワーッ!」

斬撃は男の眉間に命中。物の見事に男は吹っ飛ばされる。

「やったか?」

「やったかじゃねぇよ! 客に必殺技ぶち込む店がどこにあるんだ!」

ヴァネッサが店から弾き出された男を見て勝利を確信したが、案外無事だった。手加減しているので当たり前なのだが。

「転売屋は客じゃねぇ。マーケットプレイスは見つけ次第殺すのがうちのルールだ」

ヴァネッサはマーケットプレイスを相手に物騒ながら毅然と立ち回る。実際、店員としても消費者としても今年は転売屋に迷惑を掛けられっぱなしだ。だが、男は本性を表す。まるで巨大なミル貝みたいなロボットだ。

「警察ごときに俺が止められるか? アダムスミロイドの一角、ベニス・ミルシェルロイドを!」

「うっわ」

あんまりな外見にヴァネッサは素で引いた。アダムスミロイドはなんかこう、下ネタな外見が多い。それも割りと直球なスタイルで。メンバーで唯一、これまで倒したアダムスミロイド計三体を全て目撃している陽歌は諦めの境地だ。

「これ何か分かる? そう、ペ〇スだ。ご立派ぁ!」

「陽歌くん?」

 普段の彼とは思えないノリに深雪が動揺する。

「性教育は臭いものに蓋の精神で施さない者が多い……だが陽歌は正しく認識出来ている。流石だ」

「お父さんとしてその認識でいいの?」

 アロケスは肯定したが、深雪としては納得いかなかった。彼は懐が大き過ぎて軌道修正をしない。もう精神的にも肯定ペンギンとしてユナイトペンギオスに機種変すればいいのに、と深雪は思った。

「まぁ名前でペニ〇言うてるしな」

「雲雀ちゃん?」

 同じ女子の雲雀が躊躇いなく性器の名前を放ったことに深雪は更なる動揺を見せる。一応、恋の鞘当てをする程度には思春期のはずである。

「ロボットならもうちょっとマイルドにしてもいいのにな」

 対して悪乗りが加速しそうな思春期男子の小鷹がこの反応。

「よかった普通……じゃねぇわ特定の組み合わせでツッコミ消失するタイプだこれ」

 深雪が強制的にツッコミをやらされる。特殊なアイデンティティと生育環境を持つ陽歌だがユニオンリバーでは一般人寄りの感性であり、普段は彼が声には出さないがツッコミなのである。

「というか明らかにわざとやってるよね? 一応金運系の動物で固めてるのは分かるけどさ」

「ん? 他にどんなのいたんだ?」

 陽歌の指摘に小鷹が食いついた。確かに今までは抜け殻がお守りになる蛇、ガネーシャのモデルである象、基本的に幸福の象徴であるカエルと

「金色の鉄球持ったピンクの蛇と、何故か股間に顔付けてある象のケンタウロスと、ぬめぬめしたカエルになりかけのオタマジャクシ」

「チン〇やん」

 大雑把な概要を聞いて雲雀が本音をぶちまける。

「チ〇コだよね」

「〇ンコだな」

 陽歌と小鷹も同意するレベルだった。

「最後のに至っては精子だしな」

「名前もカウパロイドだったし精子狙ってるよね」

「下ネタ全開だな」

 雲雀が余計なことに気づいてしまい、再び二人が同意する。

「白い粘液飛ばしてただよそいつ」

「〇精じゃねーか」

「射〇だな」

 陽歌が余計な情報を与えて話は加速する。

「一応この話アニマギアの販促で書いてるんですけど?」

 深雪がメタいツッコミを禁じ得ないレベルであった。対象年齢8歳の食玩をPRする話でこれは大変マズイ。下ネタがエグ過ぎる。

「ヴァネッサー! 早く戦闘パート入って!」

「え? アニマギアの販促だしここカットのつもりだったんだが……」

「いいから早く!」

 視点を切り替えようと深雪はヴァネッサに催促する。彼女もアニマギア回かつ初見向けエピソードであまり暴れたくはないのか渋る。

「はいギーガ達もなんか話して!」

「え? 君らいつもこんなノリなの?」

 深雪に振られたギーガは本気で引きつつレイドとザンに尋ねた。

「失礼な! お嬢様がそんな下品な人間に見えますか!」

「いくらなんでも俺の相棒を愚弄しすぎだ!」

 が、彼らは憤慨した。二人だとああはならないらしい。

「下品に見えるし愚弄でもなければ事実を確認してるんだよ!」

 あまりに理不尽なのでギーガは納得できない。アロケスは相変わらずであった。

「言葉にしにくいことも言い合える友とは、得難いものを得たな、陽歌」

「お前偉大なる父祖ムーブしてないでTPOを教えてくれます? ここ公共の場なんですけど?」

 ギーガの要求も、普段の陽歌は出来ているので無茶というもの。

「……戦うか」

「このままだと話があれ過ぎる」

 ヴァネッサとベニスは話の流れを変える為に戦うことにした。だが肝心のボスの外見がアレ過ぎてボス戦を示す『WERNINNG』の表示が意味深に見える。

「喰らえ! フログにも搭載されていたものの改良型!」

 そして初手で長い首の先端から白い粘液を飛ばす。もう最悪過ぎて深雪は頭を抱えた。

「射〇したな」

「〇精したぞ」

「お前ら漢字表記……」

 雲雀と小鷹のリアクションにギーガも諦めムード。ヴァネッサが動じていないのが逆に凄いくらいだ。

「いっぱいでたね」

「陽歌くん一応設定上はCV花澤香菜なんだから自重して……」

 バラエティ声優をさらに追い詰める陽歌の言動に深雪は待ったを掛ける。

「おいお前ら! あんま子供がそういうこと言うもんじゃないぞ! どこで知ったんだ!」

 ベニスが指摘するレベルであったが、外見がアレ過ぎて説得力皆無であった。まさか転売屋に常識を説かれる日が来るとは。

「あーもう金湧忌み地過ぎる……」

 陽歌の故郷はマーベル市民もびっくりの民度なのだが、マシな彼らがこれなのでマジ忌み地、と深雪は土地のせいにするしかなかった。

「子供が純粋だと思うのは大人だけだぞ」

「ヤプールのセリフを最悪の形で引用したわね」

 雲雀がバッサリ切るので深雪は正論ではあると思いつつも虚しさを覚えた。陽歌が追い打ちをかけていく。

「そうだよ。僕らだって興味本位の知識しかないわけじゃないんです。【削除済み】を刺激して■■させ、十分に湿潤させた【規制済み】へ挿入し、■■することで成立すると……」

「ははーん、陽歌くん実写のキャスト橋本環奈以外にやらせる気無いな?」

 もう深雪も突っ込みをやめた。

「というわけでスラーッシュ!」

「グワーッ!」

 ヴァネッサは雑にベニスを切り裂いて始末する。男性陣二人はその光景に青ざめた。

「ひぇ……」

「はーいそこタマヒュンしない」

 そしてこの手のボスお決まりの演出が入る。真っ二つになっているのに空中で静止し、なぜか喋れるあれである。

「俺が死んでも……マーケットプレイスは止まらない……お前達が俺達から買うこと以外で、モノを手に入れる方法は、もうどこにもないのだからな!」

 そして爆散。

 

   @

 

「いやー、導入でお腹いっぱい……」

 喫茶店ユニオンリバーに戻った一同はマケプレへの対策を立てる。

「だが、あいつらをモグラ叩きみてーに叩いてもキリねーぞ? ボスもこれで四体倒したんだよな?」

「ですね。初回が今年の二月……雑魚戦なら十月くらいからやっているから、息が長いし懲りないよ」

 雲雀と陽歌はこれまでの戦いを振り返り、売り場に現れた構成員の撃破では追いつかないことを実感していた。

「確かに、アダムスミロイド以外も多数撃破したがまるで勢力が衰えない」

 アロケスも長らく戦いを見守っていただけにそのしつこさは理解していた。

「んじゃ、本拠地を潰すか?」

 小鷹は直に叩くことを提案した。

「あれ? 真面目に話してる……私悪い夢でも見てたのかな?」

「僕もそう思いたいけどAIは夢を見ないから現実なんだよなぁ……」

 深雪とギーガは急に真剣に相談を始めた三人を見て頭痛がした。温度差で風邪引きそう。

「そうしたいんだが……大陸の組織ってことは分かってんだが本拠地まではな……。公安が探ってるけど、政府ぐるみで匿われてるっぽくてな」

 ヴァネッサが状況を知らせる。敵は意外と多かった。

「まさか国策で転売を? 確かに日本製品は人気だけど……」

「さすがにそこまではいかないと信じたい。多分、賄賂を使っているはずだよ」

 深雪は政府絡みの陰謀を疑ったが、陽歌は単に金の力だと見る。

「それに今は転売の方法を教えることで儲ける奴が出てて、マケプレを潰して収まることなのかどうか……」

 雲雀の懸念通り、マーケットプレイスは大規模な転売屋だが今や個人規模で転売屋をやっている人間が多い。組織を潰しても、転売は無くならない。

「なら、売る場所が無くなればいい。オークションサイトやフリマアプリを破壊する」

 小鷹はその全てを解決する秘策を持っていた。それは主な転売品の売り場になっているそれらのサイトを叩くのだ。確かに、こうしたサイトの出現で転売屋は一気に増加した。手軽さや直接住所をやり取りせずに使える点がユーザーにバカ受けだった。

「それっていいの?」

「いいって大空さんが言ってた。何度注意しても無くならないって」

 深雪は坊主憎くけりゃの思想を危険視したが、首相と面識がある陽歌は政府の注意も無視して転売を続けるサイトの問題を聞いていた。

「確かに、うちにも転売サイト破壊ミッションが来ている。ちょうどいいんじゃないか?」

 ヴァネッサはトラブルコンサルタントであるユニオンリバーに来ている依頼を話す。何でも屋であるユニオンリバーは宇宙の面倒事を一手に引き受ける。転売が活発になったことで小売店も不要な負荷を抱えて困っている状態だ。

「玩具くらいにしか手を付けないと放置した結果が生活必需品の買い占めだ。潰すなら今だろ」

 雲雀も事態を打開する為に賛成した。このままではいずれ致命的被害に繋がりかねない。マーケットプレイスが既に、押し込み強盗と化しているがこれ以上のエスカレートさえ考えられる。

「ミッションプランはこうだ。実質、奴らは本社ビルに従業員という名の人質を抱えている。そこで今回は電子戦を行うことにする」

 ヴァネッサがブリーフィングを開始した。ユニオンリバーなら直に本社をサーバーごと吹き飛ばすことも可能だが、それは今回できない。

「アニマギアを使用し、今回のターゲットであるヤフオクとメルカリの本社内、サーバールームへ侵入。そのまま物理的にサーバーを破壊する」

「結局物理破壊なんだ……」

 電子戦とは名ばかりの破壊ミッションだったので陽歌は困惑した。とはいえ、サーバーへのクラッキングはプロテクトがどうなっているか分からない上、防御される危険もありサーバー事態は存在し続けるので復旧も不可能ではない。だが実際にサーバーが破損すればサーバーの買い替えや入れ替え作業など時間的、資金的なダメージも各段に大きくなる。

「目的は二か所か……流石に一か所に固まってはくれないか」

「競合だからね」

 小鷹の言う通り、都合よく目的のサーバーが一つの建物にあることはない。なので、必然的にグループを二つに割る必要がある。

「今回の作戦では依頼主からの支給品からしてアニマギアでやれってことだろうし、それを軸にチームを割ろう」

 ヴァネッサは四人にあるものを見せる。それはアニマギアを構成する装甲パーツ、ニックカウルであった。黒いライオン型と青いカブトムシ型。ガレオストライカーとデュアライズカブトの様だがデザインや機構が異なる。

「まず、新しいライオン型のニックカウル。ライオン型は名前が分からんが設計ファイルは『オニキスリベンジ』って書いてあるな。カブトムシ型はデュアライズカブト真。アニマギア悪用への対抗策として依頼主であるギアティクス社から二つとも提供されている。第二世代型アニマギアだな」

「ギアティクスって、アニマギアの開発元じゃない」

 深雪はこんな犯罪紛いの計画に開発が手を貸すという事実に驚いていた。それについては事情がある。

「マケプレが自分達に品物を寄越さなかった店への報復にアニマギアを使っててな。アニマギアのイメージが下がる恐れがあるし、市場を守る為にアニマギアを配備していてもおかしくはない。発売元のバンダイもガンプラの工場を増築したが、転売屋のせいで需要の把握が難しくて困っているところだったんだ」

 ヴァネッサの言う通り、転売屋は商品が売れるのでメーカーには都合がいい存在、というわけではない。本来欲しがっている人が手に入らず、「いつも置いていない」というイメージを持たれるとメーカーもマイナスだ。手に入らないことが切っ掛けでブームが冷める危険もある。それに転売屋は何でもかんでも買っていくので、一体本当はどんな商品が人気なのか分からなくなる。お客さんに売ろうと商品を沢山作っておこうにも、倉庫には限りがあり溜めて置くのも限界だ。

「それに、アニマギアの暴走事件が多発しててそれ対策に開発した第二世代のテストもしたいんだろう」

 ヴァネッサ達ユニオンリバーはこの一年、都知事の騒動に掛かり切りであまり関与していなかったが、アニマギアが暴走する事件も起きている。資料によると日光を吸収するブラッドステッカーに稲妻の様なひび割れがある、というのが暴走アニマギアの特徴らしい。

「つーわけで遠慮なくやっていいぞ」

「じゃあ、チームは俺のザンとヴァネッサのレオを中心に分けるか」

 小鷹がチーム分割を行うとしたが、彼女は新しいカウルを使う気が無かった。

「いや、オニキスリベンジは二足歩行のカウルなんだよ。というか、陽歌の剣術を分析したデータを渡して作ってもらったから、アロケス用だぞ」

「僕の?」

 陽歌の剣術は守り刀の加護によるところが大きく、彼も把握できていない技がある。なので、モーションキャプチャーを行い分析をした。その結果がオニキスリベンジに反映されている。

「だが問題は刀が間に合わなかったところだな……」

 ただ、オニキスリベンジは初めから陽歌専用には作られていない。二足歩行のライオン型アニマギアの叩き台でしかない。

「だったらデュアライズカブト真の刀、ワンセット持ってけ。俺は刀四本もいらん」

 小鷹がカスタマイズの都合、刀を全て使わないのでそれを陽歌に渡すことで解決する。デュアライズカブト真は合体出来る刀が二セット付属する。

「んじゃ、作戦開始だ。行くぞ!」

『おー!』

 こうして転売屋破壊ミッションがスタートすることとなった。

 

   @

 

 深夜、五人はそれぞれ配置に付く。陽歌と深雪がヤフオク、ヴァネッサと小鷹、雲雀がメルカリのサーバーを攻撃する。

「ミッション開始!」

「よーし」

 陽歌のアロケスと深雪のギーガが建物に侵入する。赤いボーンフレームにオニキスリベンジのカウルを纏った姿は、名前の由来通りライオンの悪魔に見えた。

まだ建物には人が残っているのか、明かりがある。とんだブラック職場だ。まだ普通に出入りできるおかげで、堂々と侵入出来た。

「タンクモード!」

 ギーガは戦車に変形し、アロケスを乗せて走る。戦車とは遅いのではないか? と思われるかもしれないが、イメージよりは早く走るものなのである。

「サーバー見っけ」

「順調だな」

 ギーガとアロケスはサーバールームに辿り着いた。特に鍵などは無かった。おそらく経費削減と称して彼らのおかげで問題が起きていないとも知らず、エッシェンシャルワーカーを切っていった結果このザル警備なのだろう。

「どう壊す?」

「電源コードを引っこ抜いてお終いといきたいが、なるべくダメージを与えたいな」

 アロケスの言う様に電源を抜けば終わるが、作戦目的はサーバーの物理破壊。どう壊そうか、と考えているとサーバーの上から一体のアニマギアが見下ろしてくる。

「へぇ、まさかアニマギアで来るとはね」

「誰だ!」

 そのアニマギアは赤い騎士の様な姿をしていた。ドラゴン型、なのだろうか。だが、非実在の生物を取り入れたアニマギアはいないはずである。

「社員のアニマギアか? お前は……」

「俺を貴様らアニマギアと一緒にするな。俺はエンペラーギア、ドラギアス。おもちゃとして性能を落とされているお前達で俺は倒せん。つまらん警備をさせられて退屈してたんでな、遊び相手になってもらうぞ」

 ドラギアスはアロケスとギーガへ向けて槍を構え、飛び降りてくる。その威力は凄まじく、何とか彼らが回避するも床を這うコードを容易に切り裂いた。

「まぁ、玩具では話にならんがな」

「私が玩具かどうか、試してみろ」

 アロケスは刀を抜く。陽歌のデータが入った彼なら、あの剣術も使えるはずだ。リアスカートのパーツを左腕に装着し、半分アタックモードの状態へ切り替えた。

「馬鹿め、俺は槍だ。槍の相手に勝つには、その三倍は強くないといけない。だが逆に俺がお前の三十倍以上は強い。エンペラーギアと玩具の差を見せてやる!」

 ドラギアスは槍を手に突撃する。だが、アロケスは槍を刀で撥ね飛ばし、左腕の爪をドラギアスへ叩き込んだ。

「ぐ……バカな!」

「甘いな。防御が疎かだ。自身の性能に驕っているからだろう」

「舐めやがって!」

 ドラギアスが槍を振りかぶると即座にスピードモードへ切り替えたアロケスががら空きの胴体に斬撃を入れていく。

「ぐおおおお! 馬鹿な……俺より早い……」

「肉体のスピードではない、判断力の差だ」

 陽歌の剣術にはいくつか問題があった。それは彼の身体が長年の虐待で虚弱となっていたことと、その影響で本能的に防御姿勢を過剰に取ってしまうことであった。だがアロケスにはその弱点がない。ほぼ完ぺきに使いこなせるのだ。陽歌をよく理解する彼なら、その弱点ごとスキャンしても修正が可能なのだ。

「クソがあああああ! 効かねぇんだよおおおお!」

 ヤケになったドラギアスはエネルギーを暴走させ、黒く変色する。ブラッドステッカーに稲妻の模様が入る。

「あれは……暴走?」

 暴走アニマギアと同じ異変。アロケスは警戒を強める。

「馬鹿が、雑魚共と一緒にするな。これはフォビドンビーストシステム……エンペラーギアの性能を極限まで引き出すもんだ。まぁ、アニマギアなんかは耐えられずに暴走しちまうがな。俺を作る為にご苦労なこった」

「貴様のそれを作る為にアニマギア達を暴走させていたのか……」

 アロケスは静かに怒り、刀を構える。

「皇帝様の為に下々が尽くすのは義務だろ?」

「暗君め、ここで斬る」

 全く悪びれないドラギアス。陽歌も呼応して、力を籠める。

「行くよ、アロケス!」

「応ッ!」

 ドラギアスは先ほど以上のスピードと威力で突撃を仕掛けてくる。アロケスは刀で迎撃する、と見せかけて背中のパーツを両腕に付けてアタックモードへ以降。そして刀を上へ投げる。

「力比べかァ?」

「否」

 アロケスはドラギアスの攻撃を回避すると、爪による攻撃を真横から叩き込む。突撃する力は横からの力に弱いのだ。

「ば……」

 ドラギアスはサーバーへと叩きつけられる。そして、アロケスの手元に刀が戻ってくる。

「命を顧みぬ邪竜よ、滅ぶべし!」

「大仏陀斬り!」

 横一閃の斬撃がドラギアスを切り裂いた。だが、槍を取り落としただけであまり効いている様には見えなかった。

「何?」

「馬鹿が……性能を引き出すと言っただろ。防御力も上がるんだよボケェ!」

 ドラギアスは意気揚々と反撃に出ようとする。だが、サーバールームで爆発が起きる。

「どうやら貴様に戦術の概念はないらしい。勝負には負けたが戦いには勝たせてもらった」

「どういうことだ?」

 ドラギアスが困惑していると、ギーガがやってくる。

「サーバー壊したよ」

「ご苦労。では行こう」

「あ、待て!」

 目的のサーバー破壊を済ませ、アロケス達は槍を奪いつつ撤退した。ドラギアスも追いかけようとするが、爆発に阻まれて見失う。

「貴様! 卑怯だぞ! 逃げるな! 逃げるなぁあああ!」

 燃え上がるサーバールームにドラギアスの虚しい声が響いた。

 

   @

 

 一方、ヴァネッサ達もサーバールームでエンペラーギアと戦闘状態になっていた。

「エンペラーギア?」

「どう見ても市販品だろ」

 虎のアニマギア、スロートタイガオン。しかしこの機体は一般販売されているものである。そこをザンは気にした。一応市販品は虎らしい黄色。だがこの機体は白だ。

「馬鹿が、俺様はゴウギアス。エンペラーギアの一体だ! 市販品は俺様がいくら暴れて部品を消耗しても、いつでも替えられる様に出回っているだけだ!」

「たしかにここ最近、フォース系やタイガオンとか妙に限界性能の高いアニマギアが紛れているが……」

 レオも最近発売された機体の性能には首を傾げていた。あくまでユーザーの適切なチューンがあればそれだけの出力にも耐えられるという話だが、初期とは比べ物にならないほどの高品質を誇る商品が増えた。

「しかしアニマギアの性能が戦力の圧倒的違いではありません。ユーザーが如何に手をかけているかが重要なのです。そう、お嬢様に寵愛される私の様に!」

「うるせぇ旧式! んなもん意味ねぇくらい俺達エンペラーギアは特別なんだよ!」

 ゴウギアスがレイドに飛び掛かる。二人の熾烈な戦いが始まったが、優勢なのはレイドであった。ゴウギアスの方が動きは早い。だが、だからこそレイドは無駄に動かず、着地の瞬間を狙って銃撃を挟み込む。ゴウギアスの近接攻撃はギリギリを狙って回避する、遠距離攻撃は撃ち落す。性能差があるからこそ、最小の動きでそれを表に出させない。

「ぐ……舐めた奴だ!」

「頑丈さだけは認めましょうか」

 だがゴウギアスにダメージは無い。性能差は確かなようだが、逆に技量差も確かで互いに決め手が無い。

「ったく、いつまでもたついてんだ。俺がやる」

「少し見た目の違うカブト如きがなんの用事だ」

 痺れを切らしたザンが戦闘に参加する。ゴウギアスはザンを舐めていたが、彼には秘策があった。

「そいつはどうかな?」

「なに?」

 それは、フォビドンビーストシステム。半身のブラッドステッカーに稲妻が走る。

「馬鹿め、それはエンペラーギアの為のもの! 市販品の貴様に……」

「使えるさ、お前らが無暗にアニマギア達を犠牲にしたからな」

 ザンは暴走することなくシステムを使い、能力を底上げする。目にも見えない斬撃と銃撃がゴウギアスを襲う。

「ぐおおおゥ? 俺様が押されてる?」

 パワーも桁違いで、いくら本体にダメージが行かなくても衝撃で回路が揺さぶられる。何とか体勢を立て直そうとするが、その度に足元への砲撃がレイドから繰り出され、視界を遮る。

「市販品如きが、二人掛かりでェ!」

 性能差のみが唯一勝るゴウギアスであったが、それを埋められればこんなものである。しかし、硬いので中々撃破には至らない。

「おらぁ!」

「この程度か!」

 何とか渾身の一撃を加えるも、背中の爪を外すので手一杯だった。外れた爪は白から黄色へ変色する。

「目的は済んだ、撤退だ!」

「チッ、陽歌みてーに剣術の心得があればな」

 レオがこの隙にサーバーの破壊を済ませたので、三機は切り落とした爪パーツを持って撤退する。

「ふん、やはり俺様の力に恐れをなして逃げたか……」

 戦術的な敗北を喫したにも関わらず、ゴウギアスは何も気にしていなかった。彼らは気づいていなかった。自身のニックカウルを奪われたことが致命的な損失に繋がるということを。

 

 こうして、フリマアプリの二大大手は巨額の損失を受けることとなる。これが転売ギルド、マーケットプレイスの凋落の始まりであり、新たな悪との戦いが幕を開けた瞬間であった。

 

「無事、クリスマスを迎えられそうでよかったな」

 転売屋は売り場を失い、街に平和が訪れた。クリスマスソングが響く町を陽歌達は歩いている。

「今年も色んなことがあったなぁ……」

「来年はもっといい年にするさ」

 陽歌は別れた友達との再会、自身の出生を知るなどループする東京オリンピックを除いても激動の一年であった。雲雀の言う通り、例え世界がどうなっていようとも自分の行動次第で良し悪しを変えることは出来る。

 彼らの日常は、まだまだ騒動を交えて続いていく。

 




 ある研究書類

 人口爆発による食料危機、エネルギー枯渇、居住地の圧迫、これらを一挙に解決する画期的な方法を私は見つけた。あまりに人間が多すぎるのが、大き過ぎるのがいけない。私は人類を省エネルギーの新しい肉体へ移行、優れた人間が永遠に文明へ貢献し、そうでないものが喰らうリソースも最小へ抑え込む計画を発足する。
 フォールンプロジェクト、かつて武装神姫やLBXを用いて行おうとしたがエネルギーの問題を解決出来ずに頓挫した計画の修正版だ。アニマギアはサイズもこれらより小さく、ブラッドステッカーで日光からエネルギーを生み出せる為最適であった。
 今後はプロジェクトの課題を以下にピックアップし、計画を進める。

 ・無価値な人間も肉体の移行を行うべきか、それとも労働用には忠実なAIを導入した機体を用意すべきかの判断。
 ・上記課題に対し、AIの生産コストと判断力の水準クリアを考慮し、催眠によって選別から外れた人類の思考回路を制御して使うべきかの判断。
 ・アニマギアのボーンフレーム、ニックカウルの限界性能見極め。
 ・出力の制御プログラム導入の判断。
 ・高水準なパーツの販路確保。
 ・自己再生能力の獲得。


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☆2020年の挑戦

 これから数時間、あなたの目はあなたの身体を離れ、この不思議な時間の中に入っていくのです。


 時は1966年。太平洋戦争の傷跡も癒えようとしていた時期のことである。警察署の給湯室ではある男がお茶を入れていた。

「うん、やはり茶は静岡に限るな」

「浅野さん、そんなのお茶汲みの女にやらせとけばいいんですよ」

 その男、浅野仁平は後輩に促されてお茶を乗せたお盆を持って部屋を出る。昭和の男にしては線が細く、なよっとした中性的な人物であった。三十路にもなるだろうに若々しい見た目といい、警察では変わり者扱いされていた。

「いやいや、煮詰まった時の気分転換だからな。それに、自分の飲む茶くらいは自分で淹れるべきだと思うが……」

「そんなことより、パトロールの時間ですよ」

 刑事課の人間でありながら事件の捜査に関わらず、パトロールなどの雑務を行う浅野。変人故に出世コースから離れており、後輩も彼の下に付けられたことで自身の出世を諦めるレベルであった。

「そうか。では行こう」

 二人は日課のパトロールに出向く。閑職待ったなしの仕事にも浅野は文句一つ言うどころか、むしろ率先して行っている節さえあった。パトカーは使わせてもらえず、歩きでの巡回になる。

「しかしいいんですか浅野さん。手柄もすぐ譲って、いつまでもこんな雑用……。本当はキャリア組にペコペコしてる連中なんかよりずっと優秀なのに……」

 我欲の垣間見えない浅野の態度に後輩は業を煮やしていた。本当なら今すぐ昇進してもおかしくない人物なのだが、悉くチャンスを逃している嗅覚の無さだ。

「私の仕事は市民を守ることだからな。それさえ果たせれば、それ以外は望まないさ」

 いや、嗅覚が無いというよりは職務に忠実過ぎるというべきか。

「上に昇った方が遠くまで見渡せると思うんですが」

「言う様になったな。だが組織はそうもいかんみたいだ。上に行くと余計な仕事が増えて、こうして見回りをする時間も無くなる。それに忙しくなると、子供が出来た時に行事に行ってやれないだろ?」

 既婚者である浅野はやはりこの時代の男にしては珍しく、家庭を尊重する人物であった。未だ子宝には恵まれないが、先のことは考えている。

「偉くなった方がお給料も増えて子供をいい学校に入れてやれるでしょう?」

「そこなんだよな……でも警官の時点で給料は安定してるし……」

 出世して給料を増やすべきか、ここに留まって家族の時間を大事にすべきか、という悩みはあった。出世も子供も無い時点でまだ皮算用の域を出ないのだが。

(なんか妙に所帯じみてんだよな……本当に露助を震え上がらせた鬼神、浅野仁平なんだろうかこの人……)

 後輩は浅野の過去を聞いてはいたが、とても信じられなかった。太平洋戦争で日本が降伏した際、軍事空白を突いて北海道の占領を狙ったソ連を動員された学徒の身ながら樋口季一郎と共に占守島で押しとどめ、スターリンから名指しで懸賞金を掛けられたとか。

 今の彼にはそんな、一国の首脳から首を狙われる様な男という空気はまるで感じない。

「しかし、随分と復興したな」

「そうですね。疎開先から帰って来た時とはえらい違いです」

 今パトロールしている町は戦火からの復興を果たそうとしていた。沖縄が唯一の本土決戦と言われているが、他の土地は決戦どころか家屋を燃やす為だけに作られた焼夷弾による一方的な殺戮を受けている。どっちが悲惨、という話ではないが、この二十年ちょっとでそのダメージは少なくとも物理的な面での回復は見せている。

「で、何してるんです?」

 しんみり話している隙に串物をしれっと買い食いしている浅野に後輩はツッコミざるをえなかった。

「ん、ああ。ほら些細なところに事件の匂いがあるというだろ?」

「それは食べ物の匂いでしょう」

 昼行燈を演じているのかマジで昼行燈なのかよくわからないのであった。

「ほんとうに大丈夫なのかこの人……色んな意味で……」

「ところで連続失踪事件は捜査本部立った?」

 そんな先輩を心配していると、浅野はある事件の経緯を聞いた。最近、この近辺で失踪事件が相次いでいるのだ。

「失踪なんて珍しくないでしょうし、どうも捜査が行き詰っていて手を出したがらないみたいですね」

 警察は面子を重視するところがあり、この時代は特にその傾向があった。まさか世間を騒がせる連続失踪事件に打つ手なしと公表するわけにもいかず、ならば最初から関わらないでいようという判断をしたらしい。

「やれやれ、我々からしたら数ある事件だろうが、当事者にとっては人生を左右しかねないことだろうに……」

 食べ終わった串をきっちりゴミ箱に捨てると、浅野は溜息をつく。

 しばらく二人はパトロールを続けた。事件の起こりやすい裏通りなどは特に念入りに見て回る。この時何かを見つけられなくても、定期的に警察官が見回っているという事実があればこの場所を犯行場所に選ぶ狼藉者も減るだろう。

「ん?」

 数本目の裏通りで、浅野達は一人の少女を見つけた。長い銀髪の不思議な雰囲気を纏った少女だった。顔立ちは日本人と西洋人を足して割った様な印象を受けるので、ハーフだろうか。歳は二桁になったばかりと見える。小柄であるが、その幼さに似合わぬ大人びた立ち姿をしている。

 金の十字架に目が行くのだが、季節の割には着込んでおり首元や手首さえ見せない。そして陽の様なオレンジの瞳は吸い込まれそうな美しさがあった。

「おや、お嬢さん、迷子かね?」

 浅野は屈んで視線を合わせながら少女に話しかける。彼女は強い警戒心を放っていたので、後輩は近づかず浅野に任せることにした。先輩の人当たりの良さだけは信用しているところがあったのだ。

「……」

「別に怒ったりしないさ。迷子くらい誰でもなるからな」

「先輩なんかこの歳で迷子なりましたからね。犬のお巡りさんが」

「いやそれは新しい路地見つけてな……」

 携帯の無いこの時代に迷うと、助けも呼べず地図も見られずに結構困るのだ。それはさておき、少女はなぜ自分がここにいたのかを答える。

「お巡りさん?」

「そう、お巡りさん。スーツじゃやっぱわかりにくいし、今度から制服着ようかな……」

「いよいよ交番勤務に異動する気ですか。絶対そっちの方が向いてると思うんですけど」

 刑事はスーツなので、少女に浅野達が警察官であることが分かりにくかったらしい。

「お姉ちゃんを探しているの。学校から帰って来なくて……」

「それは心配だ」

 どうやら友人を探しているらしい。とはいえ、そろそろ日も暮れる。ここは彼女を家に送り届けた方がいいだろう。

「お姉さん思いなんだね。でももうすぐ暗くなるし、今日はおうちに帰ろうか。お巡りさんがお友達を探してあげるよ」

「本当?」

「ああ、本当だとも」

 浅野は少女の警戒を解いていく。こう、すっと信用されるのは彼の人柄が成せる技なのだろう。浅野は少女を抱きかかえて家まで送っていく。細身の割には余裕を見せており、よいしょとも言わないほどだ。

(いや、たしかに鍛えてるけどちょいちょい力あるよな……)

 浅野がこうして迷子の子供を抱きかかえて送ることは珍しくないが、いい加減持ち上げるには重い年頃の子供もこうして平然と持ち上げてみせることに後輩は疑問を抱いていた。脱いだところを見たことがないわけではないのだが、圧倒的な筋肉という感じはしなかった。

「お嬢さん、お名前は?」

「ルシア」

「ルシアちゃんか、おうちはどっちかな?」

 ルシアと名乗る少女を連れ、二人は彼女の自宅へ向かう。その道中、姉のことについても聞き出した。

「探しているお姉さんのことを教えてくれないかな? 名前とか、いなくなった時にどんな格好だったのか、とか」

「カオリお姉ちゃんはセーラー服を着ていたよ。学校から帰ってこなかったの」

「カオリちゃん……セーラー服……下校中に行方不明、か……」

 後輩は話の内容をメモに取る。

「下校中となると夕方頃ですか……」

「ふむ、学校はどこかな?」

「第三中学校」

 学校が分かれば、通学路の特定も容易い。とはいえ、中学生ほどの子供はまだきまぐれで好奇心も旺盛。その道から外れることも珍しくない。

「一人で帰ってたのかな?」

「ううん。他の子といたんだけど、カオリお姉ちゃんだけ急に消えちゃったんだって」

「急に? 目を離した時にかい?」

 話によれば複数人で下校中、行方をくらましたらしい。集団下校は安全であるが、時折誰の目にも留まっていない子供の消息が途絶えることもある。油断から目を離した隙にいなくなるというパターンだ。

「違うの。消えたところをみんなが見てたって」

「みんなの目の前で消えたのかい? 影に隠れたところを出てこなかったとか?」

「そうじゃなくて、私もわからないんだけど……本当にみんなが見ているところで消えたって」

 が、話の内容はより奇妙だった。複数の子供が見ている前で、すっと消えてしまったらしい。

「あ、ここが私達のおうち」

 話を聞いていると、ルシアの自宅に辿り着いた。家、というよりは児童養護施設だった。教会も併設している場所である。

「トミー、いい子にしてた?」

 ルシアの帰りを待ち望んでいたかの様に、一匹の猫が駆け寄ってきた。が、いかつい牙に角と普通の猫には見えなかった。

「猫ちゃん?」

「うん、足怪我してて……私とカオリお姉ちゃん、それからユウちゃん以外は怖がってるけど……」

 野良猫? を保護したのだがその外見から殆どの人間が怖がって近づかないらしい。浅野に対し、しばらく様子を見てゴロゴロと喉を鳴らし始めたので狂暴ではなさそうだ。

「あ、ルシアちゃん、無事だったみたいですね!」

 どうやら帰ってこないルシアを心配していたのか、門の前で一人の男性職員が待っていた。服装からして、併設された教会の神父で施設の運営もしている人物ということだろうか。

 しかし、妙にトミーが職員を威嚇する。尻尾を立てる姿はまさに猫だが。

「わざわざすみません……児童が一人いなくなったばかりなので心配で……」

「いえ、警察官として当然のことをしたまでです」

 浅野はルシアを下ろすと、そのいなくなった児童がカオリではないかと考える。

「もしかして、いなくなったのはカオリちゃんですか?」

「え、ええ……そうです」

 予想通り、消えた少女はここで暮らしている子供の様だ。口ぶりからして本当の姉妹の様に慕っている様子で、心配になるのも頷ける。

「やはり……今日は遅いので失礼しますが、またお話を伺いに参ります。それでは」

 浅野と後輩はそのまま立ち去る。ルシアは手を振って別れを告げた。

「お巡りさんありがとう」

「おう、お姉さん、探してあげるからな」

 見つけてあげる、と言い切らないところに浅野の絶妙なシビアさが読み取れる。警察官として様々な事件を見て来た浅野は、多くの犠牲者も見て来た。そして警察が事件の後しか動けない、基本的に手遅れの存在であることも自覚している。

施設から離れた辺りで後輩が口を開く。

「衆目の中で人が消えるって、最近噂の失踪事件と同じですね」

 彼はルシアを怖がらせない様に黙っていた様だ。だが、その事件と同じとなれば少々厄介だ。手がかりがない上に、警察の助けも期待できない。

「そうだな。まずはその事件を洗うか」

 こうして、二人の捜査は始まった。

 

   @

 

「ただいま」

「あら、おかえりなさい」

 浅野が自宅に戻ると、妻のさとが出迎えてくれた。結婚からそれなりに年月が経つのだが、まだ子供に恵まれない。学徒出陣で出兵した浅野が占守島での戦いの後、帰る道すがら青森で出会ったのがさとである。

 どこか儚さを感じる大和撫子でありながら、芯の強さがある彼女に惚れ込んだ浅野は即座に結婚を申し込んだ。そうして今に至るというわけだ。東京に出て来たのは彼の地元である鹿児島で警察官になった後、人員調整で異動になった為。慣れない土地に二度も付いてきてくれた妻に浅野は感謝しかなかった。

「そうだ、今日はどうだ……その、余力というか……」

 浅野は口を濁しながらさとにあることを聞いた。それを見た彼女は腕を組んで拗ねる様に返す。

「もう……私を抱きたいなら抱きたいとはっきり言いなさいな。いつもながら」

「すまん……」

 故郷では世間一般の女性より貞淑さが求められる巫女をしていたというのに、さとは割合明確に言い切る。一方、思いの外ウブな浅野なのであった。

「どうせその時になったら私の足腰立たなくなるまでするくせに……」

「本当すまん……」

 が、妻の魅力にやられている時の彼は自分でも歯止めが効かないのか思いの丈を全力でぶつけてしまう。だがそんなところもさとは好いていた。そうでなければ行きずりの学徒からの求婚など受けない。

「私ならいつでも受け入れるから、夜這いするくらいの根性見せなさい。でも……こんなに子供授からないのはどうしてかな……私がよくないのかな?」

 この時代は子供を作って一人前という風潮も強く、さとは子供ができないことに若干の焦りを感じていた。浅野の両親は甲斐性なしの息子が嫁を貰ったというだけで大喜び、彼女の両親も気が強くて嫁の貰い手がいないところに誠実な若者がやってきたと安堵しており身内ほど孫について急かさない。

 だが、やはり周囲の目は気になるし子供はまだかと知人に聞かれるのだ。

「いやいや、俺が種無しなんじゃねぇかって思うわこんな回数。あの豊臣秀吉だって世継ぎに困っていたくらいだ」

「側室との間にはすっと出来ましたけどね」

 フォローのつもりが全然成立していない。これには浅野も困ってしまう。

「いや……知ったかぶりで言うのは良くなかったな……」

「気持ちは伝わったけどね。ありがとう」

 軽口を叩きながら笑い合う。おしどり夫婦とはこういうものだというのを、まさに見せつけんばかりであった。

「そうだ、今日巡回で養護施設に立ち寄ったんだ」

「あら、そうなの」

「家庭があることが幸せの絶対条件ではないと思うが……縁があれば養子というのも考えてみるのもいいかもな」

 子供は授かり物。もしかして自分達に来ないのは、孤独な誰かを幸せにしてやれという導きなのかもしれない。浅野はふとそんなことを考えていた。

「いい縁があるといいわね……」

「そうだな」

 頭の片隅にそんな選択を二人は置いておくのであった。

「ところでこれ、気晴らしにでも読んでおいてくださいな」

 さとがある本を浅野に差し出す。『2020年の挑戦』と書かれたその本は、見たことも聞いたことも無かった。所在を示すハンコが押されており、図書館から借りてきた様だ。

「人間の想像力って不思議よね。ケムール人っていう医学の進んだ世界の怪人が、若い肉体を求めて地球を襲うお話なんて……。それも、そんな話を交信で聞いた体で物語にしたためるなんて」

 さとは巫女であるが、かといって不思議な力があるわけではない。ましてや霊感も夫婦揃ってからっきしだ。なのでこういう怪奇物語は純粋な空想として楽しめるところがある。

「そうだな……あまり根詰めてもあれだ」

 頭を使うことというのは、そればかりに集中して視野が狭まってはいけない。こういう図書館の片隅でひっそり息をひそめている様な本が、息抜きには丁度いいのだ。

 

   @

 

 浅野達のデスクは警察署の隅にある。手柄を立てることに拘らない彼は必然的に実績が少なく、窓際部署に送られている。加えて、GHQの意向を汲んだ上層部が学徒兵とはいえ戦地で大立ち回りをした浅野を嫌がっている節もある。

「浅野さん! お茶くらい私が汲みますって!」

「いや、お茶を淹れる時間ってのは考え事に丁度いいんだよ」

 部下の一人である婦警が、給湯室からお茶を持って来た浅野に言う。配属されて間もないため、彼のマイペースさに慣れていない。後輩も最初は先輩が先んじて雑用をやってしまうことに慌てたものだが、そのいずれも浅野にとって思考を切り替える大事な時間だと分かってきたので、彼の意思を尊重する様になった。

「もう……数少ない女性警官ということで配属された場所がお茶汲みも出来ない場所だなんて……」

「いずれは君の力も借りるだろうが……なるべくならその機会は来ないことを祈るよ」

 婦警がぼやいていると、浅野はそんなことを言う。

「どっちなんですか」

「どっちもだ。警察官というのは暇な方が平和だが、そうもいかない時がある」

 上司がこの期待しているのかいないのか分からない態度というのもイライラの原因だ。

「話によると、いずれも被害者が消えた瞬間を多くの人が見ています」

「そこなんだよな……どうやってそれをしたのか、だ」

 事件を洗っていると、警察が捜査を諦めたポイントに浅野達はぶつかる。僅かに目を離した隙に攫うなら可能だ。だが、調書の通り消える一部始終を見ているというのでは方法など分かりもしない。

「現場の付近には、数日は晴れだったにも関わらず濡れた様な跡があったそうです」

 後輩が情報を纏めるが、攫った方法から犯人を特定することを浅野は早々に諦めていた。

「こりゃダメだな。方法を突き止めることはまず無理だ」

「諦めるの早くないですか?」

「人間の想像しうることは実現する。おそらくこの世界にはそれを可能にする方法もあるんだろうが、今の私達には分からん。なら、視点を変えよう」

 しかし、手段が分からなくても犯人を突き止める方法はある。

「視点、つまり動機から攻めるんですね」

「そう、ホワイダニットだよ」

 事件の犯人を導き出す方法はいくつもある。浅野が行き詰ると、必ずこうして視点の切り替えをするので後輩も話の流れは夜読めていた。

 どのようにして犯行を成立させたのか、を突き詰めるのがハウダニット。しかし今回はこれが警察にも分からず迷宮入りである。誰が犯行をしたのかを問うフーダニット。これも目星が付けられない以上、追及しようがない。そもそもこの二つは割と密接である。

 そこで出てくるのが、『なぜしたのか』、ホワイダニットである。動機の面から犯人を捜すのだ。

「まずは行方不明になった人間の統計を取ろう。そこから犯人が分かるかもしれない」

「そうですね……男女はばらけていますが、若者が対象です。不思議なことに、高齢者は被害者にいません」

 後輩によると行方不明者は若者に絞られている。それだけ行動的だから外に出て失踪する確率が高いと言えばそれまでだが、数少ない手がかりには違いない。

「ふーむ……」

「どうしたんですか?」

 浅野はしばらく考え込む。関係ないのかもしれないが、ルシアのことが頭にチラついてしまうのだ。

「ルシアちゃんのあの着込み具合、妙に引っ掛かるんだよな……」

「単に寒がりなのでは?」

「女性は冷えやすいというがな……」

 寒がりで済ませられる話でもある。それに、ハーフの少ないこの時代では彼女の白い肌は悪意が無くとも奇異の目で見られるだろう。それを避けたくて隠しているのかもしれない。

「ん? ちょっと待てよ?」

 資料を読み返していた浅野があることに気づく。

「この施設って、ルシアちゃんやカオリちゃんのいたことじゃないか?」

 行方不明者のリストに、やたらある施設の名前が出てくるのだ。それはルシアのいた施設。もしくはその系列の施設や学校である。そこに在籍する、もしくは通う少女が特に多く消息を絶っている。

「なんか妙ですね」

「これだけの失踪者数だ。母数が増えれば、という可能性も否定は出来んが……」

 単なる偶然の可能性も否めないが、そういうハズレを一個ずつ確実に潰すのも捜査の基本。二人は早速、あの施設へ聞き込みをしにいった。

 

   @

 

「アポなしで悪いね」

「先輩、普通はアポなしですよ」

 浅野は突然の来訪を詫びた。二人はルシアのいた施設へやってきたのだ。それは、季節の割に暖かな日のことであった。

 警察の訪問は基本、突然である。事件の捜査をします、などと先に言ってしまえば証拠隠滅の隙を与えてしまうからだ。こればかりはどうしようもないので、浅野はせめて非礼を詫びる様にしている。

「え、ええ……」

 先日の神父が対応する。どうやら、警察が来ること自体は予想外だった様子だ。

「カオリちゃん以外にもあなた方の系列で運営している施設で特に十代の少女が行方不明になっている傾向にあるのです。何か心当たりはありませんか?」

 浅野は一種のヘイトクライムを疑っていた。戦後時間が経ったとはいえ、人々の中にあの戦争がもたらした傷は残っている。石を投げれば空襲の被害地域に落ちるというほど本土も被害を受けた。一応、教会自体は戦前から存在するとはいえ国家神道が広がったこともあり敵国だったアメリカを連想させる要素であることは事実だ。

 つまり、アメリカに敵意も持つ者が弱者を狙って報復ごっこの様なことをしている可能性がある、と睨んでいた。もしや、日常的に脅迫か何かされていないかと浅野は探った。

「いえ……特に」

 神父は何もないと答える。確かに、見た様子の印象だけでもその様な危害に晒されている様子もない。

「ところでルシアちゃんは元気にしているかね?」

「え、あ、はい……」

 神父は浅野の問いに対して心ここにあらずといった状態だった。施設の子供がいなくなれば、普通は気が気でないのでこの調子にもなろう。

 浅野は腕時計を確認し、既にルシアが学校から帰っているであろうことを予想した上で頼む。

「出来れば合わせていただきたいのですが……」

「あ……あの、彼女は今用事で……」

 神父は少し躊躇った。今はいない、というのなら仕方ない。だがそもそもルシアが心配でここに来たので手がかりを見つけたならまだしも、それさえ無く、顔も見ずに帰ることは出来なかった。

「待ちますよ。子供の用事ならそう時間も掛からないでしょうし、幸い私達も暇ですので」

「そう……ですか……」

 神父は浅野が居座りを決め込んだので、しばし考える。そして、ようやく彼に告げた。

「呼んできますので、少しお待ちください」

 神父はそそくさと去ると、結構な時間浅野達を待たせた。

「そう言えば先輩、あの本読んでるんですか?」

「あの本? 『2020年の挑戦』か?」

 待ち時間が長すぎて雑談をしゃれ込むほどであった。後輩は浅野が読んでいる本のことを聞く。彼が空き時間に読書をしているのは珍しいことではないが、趣味の違いからその内容に後輩が踏み込むことは滅多にない。

「今話題なんですよ、その本?」

「なんで?」

 後輩によると、2020年の挑戦は今話題沸騰であるとのこと。妙な偶然にも思えたが、さとはおそらくどこかで本の題名を聞いてそれが頭の片隅に残り、図書館で目についたのだろう。普段は片隅にある本でも、返却された直後は窓口の近くにまとめて置かれたりするので見つける確率も上がる。

「最近噂の行方不明事件がその本の内容に似てるって……。人が見ている前で消える様子が、まるでその本に出てくるケムール人に似てるんですよ」

「でもこれは空想物語だろ?」

 いくら状況が似ているとはいえ、2020年の挑戦は物語。古今東西、探せば似た内容の本くらいあるはずだと浅野は思っていた。だが後輩はそれを否定した。

「物語なんてとんでもない! これを書いた神田って人はケムール人と交信したって本気で言ってんですよ! 私も最初はプロモーションだと思ったんですが、あんまりにもしつこくて病院送りにされたって聞いた時はいよいよ怪しいぞと……」

「はーん……、もしそのケムール人ってのが犯人なら一世一代の大捕り物だな」

 浅野は話半分に聞いておいた。あまりのリアクションの薄さに後輩はがっくりするが、同時に彼と長く行動している為、浅野が犯人に目星をつけていることにも気づいた。

「あ、もしかして犯人突き止めてます?」

「証拠もないし、もし合ってても説明できないことが多いがな……。もしこの事件が一つの事件でないなら……だ」

 とはいえ、証拠を集めないと逮捕出来ないのは警察の掟。すぐ捕まえるわけにはいかないのだ。

「お待たせしました」

 神父がルシアを連れて戻ってくる。どういうわけか、髪が濡れて顔は上気している。

「あ、お巡りさん。今日はどうしたの?」

「いや、捜査の最中でね」

 浅野はルシアの元気そうな様子に安心した素振りをしつつ、彼女を注意深く見る。

「湯上りかな? 湯冷めしないようにね」

「あ、これはその……部活の後で汗かいてたから……ごめんなさい、お待たせして」

 浅野が風邪を心配すると、ルシアは聞かれてもいないのに理由を答える。湯上りにしては出会ったばかりの様な厚着である。

「いや、私は暇もいいところだからね。急ぐことばかりじゃないさ」

 浅野は明らかにルシアの様子を、そして神父のことを怪しんでいた。

「んぅ……」

 話していると、不意にルシアがあくびをかみ殺した。少し目に隈があり、明らかな睡眠不足の兆候がある。

「お眠だったかな? すまないね無理に呼び出して」

「いえ、最近失踪事件が相次いでいるから不安で……」

 またも聞かれていない理由を述べるルシア。さらに、この時だけは急に言葉が複雑なものになる。

「ん?」

 後輩はその時、遠くで様子を見ている女の子を見つける。警戒を解く様にゆっくり近寄り、話を聞こうとした。

「こんにちは、どうしたのかな?」

「……」

 女の子は話さない。どうやら、話せない、というのが正確なところらしい。

「うん?」

 女の子は手ぶり身振りで何かを伝えようとしたが、すぐに去ってしまった。後輩が顔を上げると、やたら神職らしき男がいるのが見えた。

「あの、ここの職員の方ですか?」

 後輩に声を掛けられると、男達はそそくさといなくなる。怪しい匂いがプンプンだ。

 

   @

 

「なるほど、だいたいわかった」

 浅野はあの一回の面通りで大方を見通した。

「え? たったあれだけで?」

 いつものことながら、後輩は驚く。何度共に行動をしても、この目ざとさは慣れない。

「いつも言っているだろう? 世界中、どこにでも麺類がある様に、人間の本質は同じだ。故に悪党の考えや行動は似通ってくる」

「でも状況証拠だけなんですよね? どうします?」

 後輩の言う通り、警察は証拠が無ければ動けない。加えて相手は戦勝国の国教ともいえる組織、その慈善事業団体だ。相手が悪いというレベルではない。

「うむ、そこはうちの新人の出番だな。それに……」

 浅野は婦警に活躍の場があるのを嬉しい様な悲しい様な、苦々しい表情をしていた。

「証拠を抑えなくても捕まえる方法がある」

 そして、一刻も早く市民を救う為の策を組み立てる。

 

   @

 

 その施設では深夜、あることが行われていた。暗い部屋の中、一人の少女を、複数の大人が囲む。その少女はルシアであった。薄手のシャツだけを纏い、雪の様に白い生足が露わになっている。この時代の女性にはこれでも十分な羞恥であるだろう。だが、彼女はそんな服装で大人に囲まれても、平然としている。

「んくっ……」

 口を抑え、何かを飲むルシア。それはよほど不味いのか、苦悶の表情を浮かべながら彼女は長く格闘している。周囲の男は焦れた様な態度を見せる。

「一人だと時間掛かるな……」

「前は二人いましたからね」

「他のガキを呼ぼうか」

 男の言葉に反応し、ルシアは口のものを飲み込み、必死に懇願する。

「まって! カオリお姉ちゃんの分も頑張るから……他の子は……」

 そんな様子に嗜虐的な笑みを浮かべる男が一人いた。浅野に対応した職員であった。

「ならさっさと愉しませてもらおうか。毎晩毎晩、時間ばっか掛かってしょうがねぇ」

 職員はルシアの首に手を伸ばす。薄着になって初めて見えた首元には、指の形がくっきり残る痣があった。

「っ……」

 恐怖で固まるルシア。その時、炎が弧を描いて部屋を照らした。

「ぎゃああああああ!」

 腕を抑えて転がる職員。そして点けられる部屋の明かり。ルシアの目の前には、刀らしきものを持った浅野がおり、残心していた。

「いてぇええ、いでえええよぉおお……」

「ふん、骨折などこの子らの心に比べれば痛くも痒くもないだろう」

 袖で分からないが、服が隆起しており赤く染まっていることから解放骨折したのだろう。ルシアを保護しに、婦警が駆け寄る。

「ルシアちゃん!」

「やっぱ先輩の読み通りでしたね」

 後輩もやってきて背中合わせになり、周囲の男と対峙した。

「お前があの子を見落とさなかったから婦警殿がこの部屋と時間を聞き出せたんだ」

「俺も成長してんのかね……」

 誰かが情報を漏らした。そう聞いた男達は目の前の脅威を忘れてしまった。

「誰だ?」

「探って罰せねば……」

「勝つ前から兜の緒を緩めるとはな……」

 浅野が踏み込み、横一閃によって男の一人を攻撃。思い切り張り倒して顎を外させた。やはり太刀筋に炎が灯るが、物理的なものではないのか火傷はしない。

「おあああああ!」

「武器など卑怯な!」

 どの口が、と言いたくなるセリフを吐く男達。だが、浅野の刀は本物などではない。木刀、それも鍛錬用の重いものではない。子供の玩具として作られた薄いバルサ材、軽いが脆い木材の代物だ。ぶっちゃけ竹刀以下の攻撃力しかないはずだ。

「いや相変わらずそんなもんで骨とか折らんでください」

「太刀筋が合えば何でも斬れるのと同じだ」

「その理屈はおかしい」

「この野郎ふざけやがって!」

 男の中でも特にガタイがいい男が後輩になら勝てると見て殴りかかる。だが、一瞬で吹っ飛ばされて壁に激突し、穴が空く。吹っ飛ぶ最中、折られた歯を吹き出しており、腕も曲がっていた。

「うわ、この建物地震来たらマズイだろうな……」

「は?」

 今起きたことが理解出来ず、男達はもちろんルシアと婦警もあ然とする。今のは殴りかかったところに、拳へ左右二発のパンチ、その後回避して腕に手刀を入れ、勢いのまま肘を顎に入れ、ボディと顔面へそれぞれ二発、そのままアッパーをかましてがら空きになった胴体へ十発、というのが内訳である。人間やめてる。

「ば……馬鹿な、あいつは本国じゃヘビー級のチャンピオン……」

「え? ざっこ! 今の浅野先輩が相手じゃ初手で止められるってのに!」

 この程度がチャンピオンと聞き、驚愕する後輩。明らかにおかしいのは彼の方である。

「ま、待ってくれ! 降参だ! 警察なんだろ? 自首するから待ってくれ!」

「いや、自首は事件起きる前でないとな……諸君らは現行犯逮捕だ」

 浅野は男達の願いを全く聞かず、刀を構えていた。後輩も臨戦態勢に入っている。

「ま、ああいうのは揉め事起こして仏門に逃げていた手合いだろうな。しかしこう雑魚ばっかだと戦争に負けたのが納得出来ねぇぜ」

「ま、数と金があればどうとでもなるということだ。成敗」

 その夜、響き渡ったのは年端もいかぬ少女の嬌声ではなく、男達の情けない悲鳴であったという。

 

   @

 

「というのが事件の顛末でしたとさ」

「いやー、毎回書くと始末書って慣れるもんですね」

 後日、浅野は警察署で始末書の山を処理していた。文句のない現行犯逮捕とはいえ、令状を取らずに踏み込んだ上、戦勝国の教会が作った慈善団体の職員を半殺しにしたのだから仕方ない。懲戒免職にならないだけめっけもんである。

 こんなことを繰り返しているものだから、元々上層部に嫌われていることも相まって出世コースから離れていく。ちゃんと『事件は』解決しているから何とか首を切られずに済んでいる様なものだ。

「私、浅野さんの言ったことが分かりました」

 同じデスクで比較的少ない始末書を書いている婦警が呟く。報告の時に浅野が少し脚色したので彼女へのお咎めはかなり減った。

「ん?」

「私の様な婦警にしか話せない様な子が犯罪に巻き込まれることはあってはならない。でも現実には起きているから力が必要なんだってことですよね?」

 後輩の見つけた女の子は元々話せないこともあったが、大人の男を信用していないのもあって情報を聞き出すには婦警でなければならなかった。彼女がいなければ事件は解決しなかったと同時に、そんな女の子が事件に関わらなければならない状況は好ましくない。

「あれ? そんなこと言ったかな……」

「え?」

 だが浅野は率直に尊敬を向けられると生来の照れ屋で謙虚な性格から誤魔化してしまう。

「ま、例え先輩がそう言っても気づくかどうかはあんた次第だったし、あんたの発見でいいんじゃないか?」

 なので後輩や、時にさとがフォローする。この気質が後々悲劇を生むが、それはまた別の話。

「とにかく始末書書いてしまわないとな」

「今のうちに慣れとけよー?」

「はーい」

 三人は黙々と始末書を書く。ルシア達あの施設の子供達は保護を兼ねて事件の参考人として警察の施設へ移った。犯人が重傷を負ってしまったので逮捕や事情聴取が遅れ、しばらくはそこで暮らすことになりそうだ。だが、時間が出来たおかげで里親探しや同系列の施設の再編などの猶予が生まれた。

 ちなみに猫らしきトミーも同じ施設へ行った。あわや保健所送りだったが、逆に保健所がこんな意味不明な生き物勘弁してくれと断った。猫にありがちな古巣へ帰ってしまうといった様子もなく、心の底からルシア達に懐いている様だ。

「こうしてルシアちゃんは浅野先輩の娘として幸せに暮らすのでした。めでたしめでたし」

 勝手に話を締める後輩に浅野が反論する。

「いや、養子にはしないぞ?」

「えええ? いや絶対引き取る流れじゃないですか?」

「他の子もいるのに、不平等だと思うんだが……ルシアちゃんに一番ケアが必要なのはわかっているが……」

 あの施設には家庭を必要とする子供が大勢いる。あの歪んだ環境ではどんな虐待を受けていたか分からない。その中からルシアだけを引き取るという選択は浅野に出来なかった。

「なんだ、てっきりロシアとやりあったから気まずいのかと」

 婦警は浅野の過去からロシアとのハーフであるルシアの引き取りを躊躇ったと考えていた。だが、そこまで彼はロシアとの間に禍根を感じていない。向こうはバチギスに嫌っているが。

「私は別にロシアが嫌いなわけではないよ。あの時はたまたま守るものの都合敵対したが……」

「それはそうと、あの失踪事件って結局あの施設の連中が犯人だったんすか?」

 後輩は事件の切っ掛けである集団失踪について浅野に尋ねた。元々はそれを追っていてあの施設に行きついたのだ。

「うむ、どう考えても同系列の施設の児童が行方不明になっていた事件はそれで間違いないのだが……」

「たしかに、失踪者にはあの施設には無関係な人もいましたもんね」

 施設に関係する失踪はごく僅か。さらに、目の前で消える現象にも説明が付かない。

「私達は実際にあの『目の前で人が消える』現象を見たわけではないんだ。もしかすると、丁度『2020年の挑戦』が話題になってそんな情報が出回ったか、プロモーションで流したか……」

 とはいえ、不確かな情報を元に捜査をするわけにもいかない。週刊誌には消える瞬間の写真も載っていたが、何等かの加工も疑われる。地道に確かな情報を集めるしかない。

 

   @

 

 浅野は時間が出来ると、ルシア達に会うため警察の施設を訪れていた。しかし頻繁に足を運んでいると、僅かな異変にもよく気づく。妙に施設がざわめいていたのだ。

「何か変だな……」

「お巡りさん!」

 玄関から一歩踏み入れると、ルシアが走ってくる。廊下を走ったりする様なわんぱくな子ではないし、妙に切羽詰まった様子であった。

「ルシアちゃん?」

「また、いなくなったの!」

 主語や要点をすっ飛ばした叫びであったが、浅野は察した。まだ失踪事件が続いているのだと。

「この施設の子か?」

「ううん……学校の、違う学年の子……体育の時に、消えたって……」

 消えた、この言葉が意味するところを浅野は問いただした。

「それって、もしかしてみんなの目の前で消えるあの?」

 ルシアは頷いた。以前と同じで彼女が直接見たわけではない様だが、結局犯人を捕まえてもカオリの遺体すら見つけることが出来ていないのは事実だ。もしかすると、本当に消えたのだろうか。

「すみませんお騒がせして……」

 騒動を聞きつけ、施設の職員がやってくる。

「いえ。もしかして、この子達が来る前から失踪とかあったりしたんですか?」

 浅野が聞くと、職員は渋々口を割る。警察の傘下で原因不明の失踪多発など、面子に関わるのであまり言いたくないのであろう。

「はい……主に若者が……。多分家出なんでしょうけど……」

「失踪者のリストをくれ」

 職員は家出と決めつけていたが、浅野は一応確認することにした。すぐに失踪者の素性を辿り、家出する様な人物かを調べれば不審な失踪かどうかは判断できる。これ以上事件が広がらない様に、解決しなければならない。

 だが、ルシアが今まで以上に脅えている。直前の事件も耐えがたい恐怖だったはずだが、目の前で起きている奇怪な事件の方が堪えているのか。浅野は彼女の傍にいてやろうと決めた。引き取れないのならせめて、自分の出来る範囲で何とかしようと。

「……いや、失踪者を洗い出して、その素性を確認してくれ。家出を試みる様な人間かどうかを調べるんだ。そうでないのなら、自発的に失踪したわけではない可能性が出る」

「ええ? 私ですか?」

 職員は突然の指示に困惑した。だが、浅野は非常に真摯な態度で頼んできたので断りにくくもあった。

「頼む」

「分かりました、やってみます」

「感謝する。手を貸してくれ」

 浅野は職員を送り出すと、ルシアの手を引いて建物の中へ入っていく。職員を一人駆り出してしまったので、さとも呼んで施設を手伝わねばな、と思っていた。

 

   @

 

 後輩は若者の失踪が多いと聞き、若者の集まる場所へやってきた。都会の遊園地である。決して遊びに来たわけではない。ここでは時折失踪、それも衆人監視の中で消える失踪が起きているのだ。

「そうですか。ありがとうございます」

 聞き込みを終えた後輩はふと、ゴーカートのコースに目をやった。恋人の一人でもいればなぁ、と思ってぼんやり眺めるが、仕事も忙しい上に出世の芽もないとなれば難しいだろう。だが、自分がそういう立場になくとも人々が笑っている姿を見るだけでどこか満たされた気持ちになるのだ。

(先輩をとんだ偽善者だって笑ってたが……俺も大概だな)

 自分が幸福になるより他人の幸せを守りたい。そんな浅野を最初は信じられないでいたが、彼も次第に感化される様になっていた。いや、人間誰しもそんな部分があるのだろうが、浅野にそれを気づかされたというべきなのか。

「ん?」

 その時、人々の歓声が困惑の色に染まっていく様子が聞こえた。コースにはどうしたことか、誰も乗っていないカートがある。投げ出されたのだろうか。いや、いくらなんでも遊園地の遊具がそんな危険なはずがない。

「なんだ? 難しいコーナーでもあんのか?」

 後輩は後続のカートを見る。コースは平坦でカーブもなだらか。カートだってスピードは出ない上、しっかりシートベルトもある代物。そんなもので投げ出されるほどの事故になれば、カートなどひっくり返っているだろう。

「え?」

 後続のカートがコース内にあるアーチを潜った時、そこに乗っている人物が消えた。比喩ではなく本当に消えたのだ。

「止めて! 乗り物止めて!」

 後輩は慌てて係員に警察手帳を見せながら要請する。コースに乗り込み、消えたカートや始点となったアーチを調べる。

「なんだこれ?」

 アーチには妙な粘液があった。手を触れようとして、後輩はある本の内容を思い出す。マッチを取り出すとその粘液が垂れて溜まった場所に投げ込んでみる。すると、粘液に燃え広がりひとしきり炎を上げて消え去った。

「これは……」

 この粘液の性質は、神田という人物が書いた『2020年の挑戦』という本に登場する、ケムール人が人を拉致する時に使う液体そのものだ。

「まさか……本当に?」

 後輩もあれだけ熱くケムール人のことを語ったが、実際にいる証拠を突き付けられれば固まるしかない。

 

   @

 

 ケムール人の実在を示す証拠が次々と見つかり始めた。だが、まさか上層部にそう報告するわけにもいかない。言ったところで信用されないのがオチだろう。なら、どうするか。神田というケムール人と交信した人物を探し出すしかない。

後輩は遊園地の件から数日後、神田が入れられた病院へと脚を運んだ。遊園地周辺を散々捜索したが、あの時消えた人間は遺留品一つ見つかっていない。

病院は山奥にあり、車でもかなり時間が掛かる場所にある。当時は精神疾患への理解がなく、その手の病院はこういう場所に追いやられたのだ。

「神田さんですか? それならもう退院しましたよ?」

 勤務の看護師の口から出たのは衝撃の事実であった。神田はもう退院した。ケムール人という妄想に憑りつかれた状態は精神疾患とも言い難く、無理矢理分類するとしても統合失調症の類で完治までは長い時間が掛かるはずだ。それが瞬く間に退院とはどういうことか。

「ええ? そんなに早く?」

 不治の病、と見捨てられて自宅療養に移る場合も世の中にはあるが、妄想著しい場合は周囲の安全も考えて治療の見込みがなくても病院に押し込まれるものだ。それが一体、どういうことなのか後輩にも分からなかった。

「ええ、ずっとケムール人がどうとか言ってたんですが、急に大人しくなって……。本人も疲れてどうかしていたんだと」

「んん? これは……」

 本まで出して本気にしていた人間が急に説を取り下げた。しかも自分が狂っていたことを認めるなど、明らかに不自然だ。

「とにかく、神田さんの住所を教えてください」

「はい」

 神田の居場所を聞き、後輩は向かうことにした。この急な態度の移り変わり、もしかすると彼はある覚悟をしたのだろうか。

(もしかすると神田さんは、一人でケムール人と戦うつもりなのか?)

 もし一連の事件がケムール人の仕業だとすると、神田以外に頼れる人間はいない。後輩も何かの間違いだと思いたかったが、実際に見てしまい失踪者の足取りが掴めない以上、ケムール人犯行説を軸に捜査するしかなかった。

 

   @

 

 施設では浅野とさとが子供達の面倒を見ていた。本来すべき捜査を職員にぶん投げた結果、減った人手は自ら補うのが礼節と考えたからだ。さとも事件の早期解決を願っており、自ら手伝いを申し出た。

「ほう、なかなか腕を上げたじゃないか」

「えへへ……」

 浅野はルシアと校庭でベーゴマをしていた。事件の傷も癒えた様に見えるルシアだが、浅野は注意深く彼女を見ていた。表面上は大丈夫に見えても、まだ眠っている時にうなされている様子もあり油断出来ない。

「仁平さん」

「さと」

 施設の中からさとが女の子の手を引いて現れる。事件解決の糸口になった、あの喋れない子だ。口が聞けないのもあり、彼女はあまり友人がいなかった。そこでさとが手話を教えていたのだ。

「ほら、遊んでらっしゃい」

 さとが女の子を送り出す。女の子がルシアに向かって走ってくる。彼女にとってルシアは数少ない友人であった。だから勇気を出して助けようとしたのだ。

「ユウちゃん! こっちこっち!」

 ルシアも彼女を呼ぶ。だが、その時異変があった。浅野が微かな気配に気づいた瞬間、女の子の姿が消えたのだ。それこそ、景色に溶ける様に、目の前で。

「え? ユウ……ちゃん?」

 浅野は気配のした方へ走る。施設の門を出て外を見渡すが、気配はとっくに消え、何も追跡することが出来なかった。

「何だったんだ今のは?」

「い、いや……いやぁぁああああ!」

 困惑する浅野だったが、ルシアの絶叫で我に返る。彼女は震えて座り込んでいた。話には聞いていたが、目の前で友人が消え去る姿を見て正気でいられるはずもない。抑え込んでいたストレスが一気に爆発したのだろう。

「ルシアちゃん! 大丈夫、大丈夫だから……」

 さとが彼女を抱きしめ、宥める。

「さと、何か感じなかったか?」

「いえ、霊的なものはなにも」

 霊感の強いさとが何も感じず、生物的な勘に長けた自分が何かを感じたということは『生物による犯行』で間違いない。だが、あんなことが出来る生き物がいるというのだろうか。

「これは……一体……」

 人智を超えた何かが起きている。今の浅野には、それしか分かることがなかった。

 

   @

 

 後輩はどうにか神田の居場所を突き止めた。退院した神田は即座に引っ越しをしており、住居を探すのに手間取ってしまった。とはいえ、彼は自分を尋ねてくる人物を想定していたのか、かつての住居に暗号を残していた。

 それは出版した『2020年の挑戦』を用いたもので、彼の書籍を持っていないと解くことが出来ない様になっていた。

「Pがページ数、Lが行数、Wが文字数か……物書きらしい暗号だな」

 付箋の大量に貼られた本を手に、後輩は神田の家を訪ねた。都会のボロアパートの一室であった。山奥ではなくここ、というのは木を隠すなら森の中ということなのだろうか。

「神田さーん、警察です。お力を借りたいのですが」

 後輩は扉をノックする。だが、返事はない。チャイムの様な高級装備はないアパート。扉も薄く、ノックの音は隣にだって聞こえるはずだ。

「これは……」

 後輩はふと、扉にある違和感に気づく。扉のノブが無くなっているのだ。強引にもぎ取った、というよりはノブのあった部分から綺麗にすっぽり抜かれている様な、奇怪な消え方であった。

「神田さん!」

 鍵が掛かっていないので後輩は扉を開け、部屋に踏み込む。だが、部屋には誰にもいなかった。布団の上に一枚の封筒があるだけだ。

「遅かったか……」

 神田は既にケムール人の手に掛かってしまったのか。だが、封筒は妙に膨らんでおり手紙以外の何かが入っている様にも見えた。

「……」

 中には見知らぬ物質が一つ。手紙には『ご依頼の品をお作りしました。Kミニオード、というこの物質は……』と書かれていた。

「Kミニオード?」

 それは神田の著書に記されていたケムール人の弱点、チャンネルX光波を出すためのものだ。

「だが、希望はあるのか……」

 後輩は手に入れたKミニオードを手に、アパートを後にした。これがあれば、もし本当にケムール人がいるのなら、この事態を打開する鍵になるはずだ。

 

   @

 

「どうしたのかね?」

 浅野が施設に泊まり込んで数日が経った。子供達は目の前で人が消えた恐怖から寝付けず、ベッドルームではなく一つの部屋に集まって布団を並べ、寝ていた。

 その中でルシアが起き上がり、どこかへ行こうとしていた。

「ちょっと、トイレ」

「一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫」

 本当は不安があるのだろうが、彼女は気丈に振舞っていた。流石に思春期へ入りかけている歳でもあり、信頼しているとはいえ男性をトイレへ同行させるのは恥ずかしいというのもあったのかもしれない。

「そうか」

 その複雑な感情を悟り、浅野は寝ずの番を続ける。ルシアは他のみんなを起こさない様に静かに部屋を出ていった。

 

 それが、浅野とルシアの交わした最後の会話となる。

 

   @

 

「先輩! ついに見つけたましたよ! 神田博士の残した手がかり!」

 後輩が日も暮れる頃、施設を訪れた。だが、施設では短期間に二人の子供が消えてひどく職員たちがピリピリしている。浅野もその一人だった。

「手がかり?」

「ええ、神田博士が外部の人間に作らせたKミニオードです。製作者の書面によれば著書と同じ製法で制作でき、チャンネルX光波も記された通りの性質を見せているそうです。もしケムール人が本当に存在するなら、これで……」

「もはやそれに頼るしかないのか……」

 浅野はルシア達を探し続け、疲弊していた。手がかりや遺留品もなし。当然、目の前で消える手段を突き止められない以上は藁にもすがる思いだ。後輩も正気を疑われることを想定し、理屈的な根拠も用意していた。

「先輩、大丈夫ですよ。ケムール人をぶっ飛ばしてルシアちゃんやみんなを取り戻しましょう!」

「で、そのチャンネルX光波をどうやって放つ?」

「それはですね……もう仕込みがあるんです。とりあえず行きましょう」

 後輩はパトカーを用意していた。彼は車内で詳細を話してくれた。

「あの婦警がアイディアをくれまして。警察無線の新パーツと言って東京タワーに浸かって貰って、広域にチャンネルX光波を流すんです。もしケムール人が擬態とかしていても、苦しんで姿を現すはずです」

「なるほど」

 婦警が東京タワーに向かい、チャンネルX光波を出す準備をしていた。後輩は運転しつつ腕時計ちらりと見て時間を確認した。

「そろそろです。辺りの異変をしっかり確認しましょう」

「そうだな」

 そして、チャンネルX光波が東京タワーから流される。無線や人体に異変が無いことから人間には無害な電波らしいが、果たしてケムール人は実在するのか。

『こちら……市街で怪しげな着ぐるみの不審者を発見……物凄いスピードで、車で追いつけない!』

 しばらく走っていると、警察無線から連絡が入る。怪しい人物を発見した上、そいつが車より速く疾走しているらしい。後輩はハンドルを切り、無線の場所へ向かう。

「なんだあいつは?」

 サイレンを鳴らすパトカーに合流すると、変な走り方であったがパトカーを振り切りそうな速度を出している不審な着ぐるみを見つけた。萎びた瓢箪の様な頭に小さな眼、黒タイツを着込んでいるのか、闇に溶ける身体。

「あれがケムール人?」

「とにかく只者じゃないな」

 それがケムール人かはともかく、怪しいのだけは確かだ。しばらく追跡が続いたが、チャンネルX光波のダメージがあるのか、それとも別の理由か、不審な着ぐるみは足を止めた。

「そこのお前! 大人しくしろ!」

 車を止めて警官達が降りる。そこで浅野達も降りるが、怪しい着ぐるみが頭頂部から粘液を飛ばす。

「うわ!」

 警官の一人がそれを浴びると、姿を消してしまう。これが失踪事件の正体。すなわち目の前にいるのがケムール人ということか。

「ルシア達を帰してもらうぞ、ケムール人!」

 浅野は刀を手にケムール人へ斬りかかる。今度はおもちゃではない、真剣だ。

(小隊長、みんなを助ける為に手を貸して下さい!)

 この刀は、学徒兵時代の上官から譲り受けたもの。犯人を止め、事件を解決する。その為に持っていた。

 ケムール人は粘液を飛ばして浅野へ攻撃を仕掛けるが、その攻撃は悉く回避された。そして、首へ斬撃が加えられる。

「やった!」

 ケムール人は見たこともない色の血を吹き出し、倒れた。神田の著書によると肉体改造を受けているはずだが、外傷には強くないらしい。

 ケムール人が絶命すると共に、消された警官が姿を現す。パトカーからも、無線が入っていた。

『こちら葛飾区! 急に人が現れました! どうやら例の失踪事件の被害者の様です!』

「先輩!」

 もしや、と思い後輩が車を出す準備をしていた。浅野もケムール人の処理を後回しにし、施設へ向かった。ケムール人が倒されると同時に、その粘液で消された人達が元に戻るということは、消えたルシア達も戻っているはずだ。

 

「ルシアちゃん!」

「ユウちゃん! いますか?」

 施設へ戻った浅野と後輩は大声でルシア達を呼び、探した。だが、返事が返ってくることは無かった。

 

   @

 

 その後、複数回に渡るチャンネルX光波の使用とケムール人の討伐が行われたが、ルシアとユウが帰ってくることは無かった。浅野達は警察署の屋上で無力感に項垂れるしかなかった。

「ケムール人はいた……そして倒した、なのになぜ戻ってこないんでしょうか?」

「それは、分からん。ケムール人の犯行に見せかけた誰かの仕業か、それとも……」

 後輩の問いに、浅野は最後まで答えなかった。神田の著書によれば、ケムール人は医療技術による延命の限界を超えるため、若い肉体を探していた。最悪、もうその身体は使われてしまったのかもしれない。

 現に、神田も帰っては来なかった。口封じをされたのだろう。

「カオリちゃんは何とか見つけてあげられたのに……」

「そうだな、せめて同じ地へ葬ってやることさえできれば……」

 ルシアが探していたカオリという少女の遺体は、例の施設の職員が証言した通りに捜索したところ、遺体が見つかった。亡くなっていたのは悲しいことだが、ルシア達は弔うことさえできない。主人の喪失に呼応してか、トミーも姿を消した。

 事件は終わったが、虚しさだけが残る結果となった。

 

   @

 

 それから四十年程度の月日が流れた。浅野は警察を退職、後輩も定年が迫っていた。その時、珍しく後輩が相談を持ち掛けてきたのだ。後輩からの呼び出しで、浅野は病院へ行くこととなった。

「子供?」

「ええ、詐欺事件の犯人を逮捕したんですが身重で……。医者に頼らない無理な堕胎が祟って母親は子供を産んで亡くなりました」

 すっかり老いた二人は再会を喜ぶ暇もなく、事件の話をする。当該の子供は、産院に預けられている。

「親類がいないのか?」

「いえ、いるんですが……」

 話の流れで身寄りがいないのだと思ったが、今の日本は福祉が充実している。それに加え、親類がいるのに問題がある様だ。

「ちょっと複雑でして……」

「養護施設に預けられないほどに?」

 わざわざ退職した警官に話を持っていくということは相当なことなのだろう。後輩もすっかり一人前。大概のことは何とかできる。

「それが母親は父親の教え子でして……」

「教師と生徒の恋愛の末……か」

「教え子夫婦の妻を寝取ったそうです」

「なんて?」

 どこにでもある痴情の縺れと思いきや脳が破壊されるレベルの寝取られが展開されており、浅野は困惑した。

「更にその母親、父親の娘です」

「え?」

「最初は不倫だったんですが……避妊に失敗して……」

「どういうこと?」

 かなり噛み砕いても意味不明な状態であり、それは親類も引き取りを願い下げたくなるわけだ。

「とはいえそんな理由で施設は断らんだろう?」

「まぁ、実際には本人に会って下さい」

 そう言われ、浅野は件の赤ん坊に会うことになった。生まれてから数か月経ったのか、やけに小さいが髪が僅かに生え、瞳も開いている。その髪は明るいキャラメル色で、瞳は左右で異なる。右が桜色で左が空色だろうか。

「ハーフ?」

「いえ、遡っても親族に外国人はいません。純粋な日本人です。珍しい色合いですが……」

 出自故、なるべく目立たずに周囲へ馴染んで生きていきたいところだが、生まれつきの外見がそれを邪魔する。いつか大人になって、自分のことを知った時に誰かが傍にいてくれるのか、そんな保障さえない。

「私が引き取りたいんですが……養子縁組は結婚していないとダメみたいでして」

「なら私が引き取ろう」

 浅野は赤子を抱きかかえる。まだ首も座らない子供が、生まれながら過酷な運命を背負ってしまっている。

「この先、この子が誰かの愛を受け取らないとは限らない。だが、それがいつになるのかもわからない。なら私達が最初の二人になろう」

 この子を愛することが、救えなかったルシアへのせめてもの弔いになれば、そして彼自身が幸せになれれば。そう願い、この赤子を育てることに決めた。

 

 物語は2020年へと導かれた。

 




 ウルトラナビ

 誘拐怪人 ケムール人

 頭頂部から物質消失液を出し、人々を連れ去る謎の怪人。神田博士によると2020年のケムール星から来た、らしいが……。優れた医療技術で長生きをしているが限界が訪れ、若い肉体を求めて地球へ来た。
 イルカのエコーロケーションの様な方法でコミュニケーションを取れるとか。
 限界という割には車より速く走れる。ケムールの要求スペックが過大なのか、それとも来ているのはまだ若い動けるケムールなのか。Kミニオードから発せられるチャンネルX光波が弱点。連れ去られた人は戻ってきたが、戻って来ていない人もいる。

 ソフビは「X」でスパークドールズシリーズから発売。来年には「Z」での予想以上の反響から現行シリーズでの再販が予定されている。ライブサインは無いので注意。
 ケムール人のスーツアクターが後にウルトラマンを演じる、ウェットスーツで造形する宇宙人というウルトラマンの先駆けになる、などシリーズでは重要な位置を占める存在。


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レミングスは笛の音と共に

 今年は丑年!牛柄ビキニの巨乳なお姉さんが来ると思ったか?
 馬鹿め!来るのはあの隊長だ!


 陽歌はいつもの様に夢を見ていた。初夢、というものである。しかし日本にいるのに、正月の初夢なのにいるのはレンガ作りの建物が並ぶ場所であった。それこそ洋の西にある町、という場所であった。

「今年の初夢は遅かったなぁ……。熟睡出来てるってことなんだけど」

 陽歌は周囲の建物を調べ、年代を確認する。しかし微妙に曖昧で判別が出来ない。

「この夢は……」

 その上、笛の音が聞こえる。それに従う様に、子供達がぞろぞろとついていく。が、その服装は間違いなく現代の東洋人、否、服装のみならず人種までもが東洋人。それどころか日本人である。

「あれ……この子達は……」

 ふと子供の顔を見ると、おもちゃのポッポへ来たことがある客が数人いた。

「何が起きているんだ?」

「なんだ? お前は笛の音に反応しないのか?」

 陽歌に声を掛ける人物がいた。緑の短髪をした、赤い耐Bスーツの若い男だ。近くには乗機と思われるバッファロー種のゾイド、キャノンブルがいた。

「あなたは……帝国軍の?」

 実際に会ったことはないが、歴史資料には地球へ移住した帝国軍の兵士がどの様な服装をしていたかが残っている。その為、陽歌は男の素性にピンときた。

「そうだが……お前も一端のライダーの様だが、ゾイドは?」

「バーニングライガーのカイオンです。ここは夢だから連れてこれないけど……」

「夢? どういうことだ?」

 男はこれが夢とは気づいていない様子であった。陽歌も夢なのは分かるが、明晰夢というほどコントロールも出来ないため、カイオンは呼び出せない。

「バーニングライガー……聞いたこと無いゾイドだな……。ライオン種ってことは確かなんだろうが。しかしゾイドと同じ夢を見るとは、俺もあの民間人に随分影響されたものだ」

 男は子供が連れ去られる様子も見つつ、キャノンブルに乗り込んだ。

「お前はここにいろ。俺はあの子供達を追う」

「待ってください、これは妙な魔術の類です。僕も何とかします」

「……」

 男はしばらく考えた。ゾイドの能力に催眠など存在しない。その為、この状況を打破するには笛の音に反応しない陽歌の力が必要ではないかと考えていた。

「俺はリュック。お前は?」

「僕は浅野陽歌です」

「なるほど、この様な奇怪な事件に心当たりがあるようだな」

 リュックは柔軟に対応した。陽歌の様子を見て、事件慣れしていることを察知した。

「はい。以前も夢の中で起きる事件に遭遇したことがあります。笛にこの街並み……少し予測が……」

「乗れ。子供達を追いながら聞かせてもらう」

 陽歌もキャノンブルに乗り込み、子供達を追走する。そして大体の予測をリュックに話す。

「笛の音に釣られる子供、そしてこの中性風の街並み……。これは『ハーメルンの笛吹き』の一幕です。終盤、ネズミ退治の報酬を渋られたハーメルンが子供を連れ去ったシーン……それが現代の子供を使って再現されている……。夢を通じて今の子供達を、何かの為に連れ去ろうとしているのかも」

「なるほど……」

 ハーメルンの寓話を聞き、リュックは大体理解した。

「ならばこの先頭に主犯がいるな」

 キャノンブルは加速し、子供達の集団を迂回して先頭へ向かう。

「いた! 笛吹き!」

 陽歌は先頭にいる笛吹きを見つけた。流石に演奏しながら徒歩なので、キャノンブルでも追いつくのは容易だった。

「このまま攻撃したら巻き込むな……」

 だが、キャノンブルでは笛吹きを攻撃した瞬間、他の子供も巻き込んでしまう。そこは陽歌の出番である。

「ここは僕が!」

 陽歌が刀を呼び出す。以前の事件で星を守る剣を取り込み、拵えも作ってもらった身の丈ほどある日本刀、そこに赤い炎が灯り、笛吹き目掛けて斬りかかる。

「チッ!」

 笛吹きは攻撃を避けたが、音色が途切れたため子供達の催眠が解けてしまう。

「よし、お前ら逃げろ!」

 リュックの誘導で子供達は一目散に逃げる。この場には、笛吹きと陽歌が睨み合っていた。笛吹きは黒いボロ布に身を包んだ謎の存在であった。

「お前は……何者だ?」

「私はレミングス・ハーメルン……私は疫病を司る者……」

 声は女性のもの。疫病の関係となれば、炎を操る陽歌は相性が悪いだろう。

「疫病……?」

「この世に蔓延る疫病を打ち消す……」

「ならなぜ子供達を?」

 陽歌は刀を構えて警戒する。疫病を打ち消すなら、なぜこうも無意味に子供を集めるのだろうか。ネズミ退治の報酬を渋られたわけではないはず。

「生贄、というやつだよ。信仰を忘れ、科学の使徒となった子にはそれが相応しい」

「ん……この感じ……」

 陽歌はふと、レミングスの周囲に漂う匂いが気になった。これは以前、レオナがエスターという邪教の女神に操られていた時の空気に似ている。

「出てこい! 【双極】! これもお前の仕業か!」

「ふん、この死神に罪をなすりつけることさえうまくいかんか、貴様の前では……」

 陽歌は咄嗟に、敵の正体を見抜いた。現れたのは【双極】の妹。露出の多い服装に全身の刺青から間違いはない。

「変化する魔力で他人の能力をコピーしたのか! それで濡れ衣を着せる算段まで!」

「擬態は完璧だった……なぜ貴様気づいた!」

 同様する双極妹に陽歌は斬りかかる。斬れはしないものの、激しい火花と共に双極妹は弾かれ、中から本物のレミングスが出て来た。

「うわぁあ! た、助かった?」

「馬鹿な! 取り込んだものまで斬り離せるのか貴様!」

 陽歌は年末の事件で分離の力を手に入れていた。それがこの刀。双極妹が完全に孤立したことで、リュックは攻撃の準備をする。

「容赦せぬぞ! 制御トリガー解除、兵器解放マシンブラスト!」

 背中の九連キャノン砲から砲撃が放たれる。双極妹はそれをもろに受け、夢の世界から弾き出された。

「ぐわあああ! 貴様、絶対に許さな……」

 双極妹が消えると、夢の世界も徐々に溶けていく。魔力事態はレミングスのものを使っていても術者は双極妹。彼女がいなくなれば当然というもの。

「一件落着、ですね」

「た、助かりましたー。もしかして天使さんがちょっかい掛けてるユニオンリバーの?」

 レミングスはよく陽歌達に命題という無茶ぶりをかます天使経由でユニオンリバーを知っていた。

「はい、ユニオンリバーです」

「ちょっと今冥界がバタバタしていて……私なんか疫病を抑えてへとへとのところを突け狙われてしまいました。あの人は何も言わないでしょうけど、死後の世界が今大変なのは頭に入れておいてください」

「なるほど……天使さんが命題寄越さなかったのはイベントがなかったからだけじゃないんですね」

 天使はよく、イベントのレポートを求めてきたので今年は来ないのもしょうがないと思ったが、それ以外にも大変なことがあった様だ。

「浅野陽歌、いつかゾイド乗りとしてのお前とも共闘してみたいもんだが……夢で会っただけでは無理な話か……」

 リュックはバーニングライガーの話を聞いて陽歌のライダースキルに興味を示していた。

「だが、もしボルテックスの様な不思議現象があれば……会えるかもな」

「その時はおねがいします」

 だがこの世は摩訶不思議。現実でリュックと会えないと決まったわけではない。二人は再会を願いつつ、夢の世界から去った。

 

 妙な初夢であったが、静かにこの世界の騒動が始まりを迎えている。それだけは事実であった。

 




 機体解説

 キャノンブル(リュック機)
 帝国軍兵士、リュックの駆るキャノンブル。通常の個体と変化はないが、バズートルのレーザー砲を追加で装備している。ライジングライガーとチームワークで渡り合い、あのゼログライジスとの戦闘では最前線に立ちながら生存しているなど、リュックの技術とそれに応えるキャノンブルの能力の高さが伺える。


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一年の計は元旦にあり。元【叡智】の記録

 年末年始恒例の総集編。ここまでの陽歌がよくわかる?


 この度、私フロラシオン【叡智(ブレイン)】こと水稲栞は二つの計算外の事象にうち当たり、一度演算をやり直すため『特異点』に関する記録を一から行うこととする。

 計算外の事象、というのは私が直江遊人に敗れたことがその一つ。私は東京オリンピックが2020年に開かれない場合、日本の破綻率が十割に近いという演算結果を出した。そのため、今は亡き大海菊子都知事の下、フロラシオンの一員としてその作戦を進めた。

 正直、フロラシオンのメンバーで機能していたのは私と【福音(ギフト)】のみだった。私は演算能力で、そして福音はその幸福を呼ぶ力で組織を運営した。

 しかし都知事は敗北、オリンピックは開かれなかった。その過程で私は一つの計算ミスを起こした。直江遊人という、アルビノである以外は特に特筆すべき能力のない人間に得意なテーブルゲームで破れたのだ。彼は私自身を観察することで私の手をカンニングし、先を行った。理屈は分かるが、どれほどの観察力があればそんなことが可能なのか。

 後の調査で分かったことだが、直江遊人は超人機関『松永総合病院』の院長、松永順の兄。超人の兄ならば不思議もない。これは、言うなれば問題文を読み違えて式を組み立て損なったのに近い。なのでこの敗北は腑に落ちた。

 しかし問題は次だ。私は【児戯(エスター)】、レオナが名前も素性も明かさないフロラシオンのメンバー、【双極(ジェミナス)】姉妹の手で彼女達の信仰する邪教の女神を植えられ、暴走するという事件を知った。ユニオンリバーによってその事件は止められたが、二度も奇跡は起こらない。私は同じく女神が植え付けられていると確信し、何かあっても被害が少ない様に個人所有のクルーザーで外洋へ出て備えた。

 しかし、そこにレオナを伴ってユニオンリバーが来た。私は女神に呑まれたが、どうやらユニオンリバーの一人、浅野陽歌の手によって女神を切り裂かれて助け出されたらしい。

 これが二つ目の計算外、そして未だ検算できていない事象である。同じく福音にも女神は植え付けられたらしいが、少し便秘になった程度で済んだとか。

 曰く、「便秘気味だと思っていたらカネゴンがお腹を空かせていたのでお金をあげたら、防衛隊のお兄さんに教えてもらったという便秘に効くヨガを教えてもらい、試したらなんか出た」らしい。彼女の幸運なら邪教の女神程度跳ね除けるだろうと思ってはいたが……便秘扱いとは恐れ入る。

 問題はエスターとブレイン、二体の女神を斬った浅野陽歌。彼が都知事の仕組んだ転輪する2020年を破壊したそうだ。しかし彼については特異性が殆ど見当たらない。一から彼の素性を洗って再確認しよう。

 

 浅野陽歌。実年齢は十二歳であるが、ギャングラーによる集団失踪事件被害者であり二年の間冷凍状態にあった。特措法の定めるところにおいても、肉体的な演算を行う都合においても9歳として扱う。

出身は一応、北陸の金湧という鉱山で栄えた街である。一応としたのは彼の複雑な出生によるものだ。彼は自身も覚えていないが、フラフラと出歩いたところを名古屋に辿り着き、そこでオフ会をしていたユニオンリバーと出会う。

 この時点で積みの怨霊を討ち果たすほどの霊力を備えていた。これは生まれ持っての才能ではなく、虐待を受けて死に瀕し、幾度も彼岸と此岸の狭間を行き来した影響だ。その気になれば誰にでも出来る鍛錬で、世界に残る危険な荒行はこれを意図的に引き起こす目的がある。

そして彼は無自覚故に制御出来ない霊力で自然と怪異を引きつけ、倒すことを無意識に繰り返していた。テレビ出演で陽歌の安否を確認して連絡を取ってきた人の中には、彼が怪異を倒したことで助けられた人もいた。友人の証言でも、怪異との戦闘があったことが確認できた。確認できていないだけで相当量の討伐があったのだろう。

 霊力は怪異を倒すことでも上がる。これが都知事というオリンピックにしがみつく亡霊の撃破に役立ったのは間違いない。だが、歳不相応とはいえまだ常人にも習得可能なレベルの霊力である。これを特異性とみなすのは不適切だ。

 浅野陽歌は先祖を辿っても外国人の血を含まないが、キャラメル色の髪をしている。そして、桜色の右目と空色の左目という類を見ない虹彩色によるヘテロクロミアを有している。これは遺伝子異常によるものらしいが、検査の結果外見への影響と再現性の低さ以外の特性は見せていない。魔眼の類ではない、ということだ。

 再生治療全盛の現代において彼が義手を使用するのも、この遺伝子異常故。義手は確かに出来がいいものだが、先端技術を惜しみなくつぎ込んでいるとはいえ戦闘用ではない。生身との兼ね合いもあって極端な出力には出来ないだろう。継田響の様に全身が改造されているならともかく、彼は改造どころか臓器を理由不明ながら摘出されている。

 つまり彼の肉体は虐待の影響もあって平均的な9歳児より劣る。現に身長130㎝、体重26㎏は小さすぎだ。

 では、やはり鍵は彼が有する守り刀だろうか。陽歌の意思で時空を超え出現する守り刀。これは彼の養父母が五月人形代わりに残したものだが、荒れた実家から発掘されユニオンリバーの錬金術師、アスルト・ヨルムンガンドの手によって修復された。

 元は養父、浅野仁平が学徒兵時代に上官から賜った軍刀である。陽歌が持つと身の丈もある大剣に見えるが、成人男性が持つ限りは少し大きめの刀だろう。

 軍刀は一部、個人蔵の日本刀の拵えを変えたものが混じっている。これもその中の一つで、村正の作である。一見すると凄い妖刀に聞こえるかもしれないが、村正自体は多く出回っている刀であり珍しくはない。村正は弟子が多く、その分打たれた刀も多いのだ。

 それの刃を落として守り刀にしたのだが、養父母の死後、実の娘は地方都市である金湧に出ており実家は放置されていた。その中に守り刀があったのだ。実の娘とはいえ、遺産を受けとる条件として陽歌を引き取っただけでその後は彼が両腕を失うほどの虐待を主導していた。守り刀など持っていく気も無かっただろう。本人は否定するだろうが、後述の出生を外部に漏らしたのはその意図があったと言わざるを得ない。

 これを発見したのは陽歌に関する調査を進めていたエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーン。アスルトの手でどうにか錆を落とし刀の体裁まで戻し、養母の故郷で立ち枯れていた神木を休めの白鞘に加工して陽歌の手元へ帰した。

 当初は武器としての運用を考えていなかったが、都知事との決戦で真の力を発揮。その後はユニオンリバーのメンバーが優秀であるが故に倉庫へ山ほど眠っていた古龍の血などを用いて丹念な錆落としと研ぎ直しが行われた。

 鞘も養母の故郷を探し、漆の木を見つけ黒漆の上から朱漆の施す根来塗の加工が施された。そして最終的に拵えも完成する。

 とはいえ、守り刀は手掛けた錬金術師こそ桁違いの術者であるが霊的な特性も後付け、朽ちる寸前の武器をレストアしたに過ぎない。これなら、アスルトが一から作り上げた刀の方が礼装としての効果は上だろう。

 ここまで事象を振り返っても尚、彼の力に行きつかない。では生まれなのか。陽歌の家系は霊力に優れているわけではない。記録によると、彼は近親相姦の上生まれた忌み子である。教師である父親が教え子であった実の娘を犯し、孕ませた存在。その上、娘は教え子の妻となっていた。娘を寝取って子を仕込む。この世の穢れを詰め込んだ様な出生、と周囲は言うだろう。私からしてみれば単に遺伝子異常の危険性が上がるからやめとけという話でしかないのだが。

 加えて母はそんな父と不倫の状態にあったという調書が警察の資料にあった。母は詐欺容疑で捕まった際、医師に頼らぬ方法での堕胎を試みた結果、死んだ。「愛人関係ではあったが、ダメだと言う日に無理矢理してきた」という恨み言も残っている。恋人同士でも同意のない性行為は強姦になるので不倫と強姦は理論上両立するが……さすがの私も頭が痛くなってきた。どういう神経しているんだこいつら?

 これならマイナスの霊力ブーストが掛かる……と思ったが現実は甘くない。一応掛かってはいるが倍率補正なので元が低いと大したことがないのだ。現在ではそれなりに恩恵を受けているだろうが、初手では無いも同然か。

 では、何度か行き来している霊界の守護なのか。それも無い。本人はその時の記憶を失っており、そもそもそれほどの力を持つのならば凄腕の魔法使いであるシエル・ラブラドライトが見落とすはずもない。

 彼の欠落した記憶に何かが隠れている、というのは私とユニオンリバー、双方とも同じ見解だ。ただし、隠れているだけでパワーソースになりえないのは事実。彼の通っていた金湧小学校を調査した際、ルーブジャイロの様なアイテムが発見されたことは関係があるのだろうか。これはO-50の光がウルトラマンの力を与えるアイテムなのだが、ウルトラマンほどの巨大なエネルギーなら尚更見落とすことはない。

 同地にて彼の切断された腕が呪物として複数見つかったが、それは最も新しい呪術媒体にあの忌み地で淀んでいた怨霊が集まっただけの話。他に、彼の様な世界を呪う境遇の持ち主がいればそれが媒介になっただろう。

 

 ここまで情報を纏めたが何も確定的なものが無い。だが恐らく彼は、私の計算を覆す存在である。それは、例えば守り刀、例えば義手、そして彼自身を媒介に想いという不確かなエネルギーを束ねることが原因なのか。私は彼とユニオンリバーの動向に目を見張ろう。




 月の魔獣は放たれた。運命は動き出す。


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☆豆を数える時は数えなのでいつもより一つ増やせ


 史月かぐや
 さなと同じ月の住民。引っ込み思案で普段は物陰からうさうさと様子を見ている。行方不明になった姉を探しているらしい。


 今年の節分は2月2日である。普段は3日であるが、太陽系の公転周期のズレが原因で何百年かおきに1日ずれるのである。

「今年の鬼役は頚を狙われそうですね」

 しかも今年は昨年の鬼滅ブームもあり、豆撒きが様変わりしそうであった。ユニオンリバーに所属する少年、陽歌はスーパーで豆撒きセットに付属する刀のペーパークラフトを見つつ、震撼していた。

「鬼というのは存在してたんですかね……」

 一緒に買い物をしているのは、銀髪の少女。信じがたいことに彼女は月の住人、かぐや。とはいえ、陽歌も不思議連中の集まりであるユニオンリバーに慣れてきたので月の住人ではもう驚かない。月の住人初出が彼女でないこともあった。

「いやー、それよりこれいいですね。認識阻害メガネ」

 陽歌は掛けているメガネを直して使い勝手を確かめた。かぐやには彼の瞳が桜と空色のオッドアイに見えているが、他人には普通の黒目に見えている。このメガネは初見の相手にのみ陽歌のオッドアイを隠す能力がある。

 これによって目が隠れれば、キャラメル色の髪などハーフも外国人も増えた日本では珍しくもなく、それ以上に目立つ髪色のメンバーに混ざれば隠れる。

「アスルトさんなら完全に阻害出来るの作れそうですけどね」

「それ何ですけど、僕の特殊な霊力と干渉しない様にするには最低限にする必要があるですよ。これだけでもかなり視線を感じなくなりますね」

 かぐやはこれを製作した人間の技術をよく知っているのでもっと便利なものが作れる様な気もしていたが、そう上手くいかないらしい。

 陽歌の瞳は単に色素変異でしかないので特殊能力はないが、本人の能力との兼ね合いがあったりする。

「後は夏場に義手を隠すことが出来ればいいんだけど……」

 陽歌は手袋を外し、七味唐辛子の瓶を取る。コートの袖から覗いているのは五指あるが義手である。触覚がないので、この上から手袋をしてしまうとものを上手く掴めないのだ。

「隠したいものってとことん隠したいですねー」

 かぐやも引っ込み思案代表としてそこは思った。目立ちたくないのに目立ってしまう宿命はいかんともし難い。

 彼らの初対面は人間不審と引っ込み思案のぶつかり合いで、互いに物陰でうさうさすること数時間という有り様であった。

(でも性格とトラウマじゃ、違うよね……)

 陽歌は根本的な違いに気づいていたので、かぐやへは特に強いシンパシーを覚えなかった。今でもかわし切れない些細な視線にビクビクしており、面と向かわなければなんてことのないかぐやと違って陽歌は恐怖に常時付きまとわれている。

 七耶達の様に半ば強引に引き込んでくれればどれだけ楽か。

「ん? 今のご時世に密集団?」

 かぐやは店の催事場に集まっている人々の群れを見つける。巨大なガチャがあり、そこに人が集まっている状態だ。

「特に何もお知らせが無い……あれは?」

 ガチャの筐体には虎柄が配されており、節分と関係がありそうだった。陽歌はふと、今朝郵便受けに入っていたガチャチケットを取り出す。こちらにも虎柄が入っている。集団も回す方法が分からず、ざわざわしている状態だ。

「回しましょう」

「ですね」

 二人は相談して回すことにした。道すがら、雑魚鬼を倒したりしているとミッションが達成されてガチャチケットがそれなりに溜まっていた。とりあえずまずは十連。

「えい」

 ガチャガチャドゥン、と中身が出てくる。出て来たのは素材やスタミナ回復アイテム。そして一番豪華なカプセルをサザエさんOPのラストめいて開いて出て来たのは……。

「やっと出れたぁ!」

「うわぁ!」

 どこかで見た様な少女であった。陽歌は驚き、腰を抜かしてしまった。

「私を覚えているか! 浅野陽歌!」

 少女はびしっと指を差し、自分のことを問う。彼女はマーガレット。昨年の節分イベントで陽歌に敗れ、そのまま退場していた都知事の部下、マーガレットだ。この真冬に何故かスパッツタイプの競泳水着という寒そうな服装をしていた。

「……あの」

 かぐやはうさうさとマーガレットに言う。肝心の陽歌は先程のビックリで糸がちぎれ、気を失ってしまったのだ。

「なんで水着なんです?」

「本来は夏イベにガチャで排出される予定だったの!」

 かぐやの方はマーガレットと初対面。なので服装の方が気になった。彼女は夏にガチャで出る予定が、ずっと箱の中で放置されていたのだ。結果、一年も放置されたのだ。そして冬に思い出したかの様に排出。

(あれ? 他にも放置されている人がいた様な……まぁいいか)

 かぐやは何かがよぎったが、すぐに忘れてしまう。

「でもよりによってそんな水着じゃお客さん吊れないですよ」

「性的消費の対象になれってのか!」

 ソシャゲ的には全く商売としておいしくない水着にかぐやは突っ込む。が、マーガレットには不愉快であった様だ。

「よし、どんどん回せ!限凸しなさい!」

 マーガレットは勝手にガチャをリセットして回し始めた。どうやらボックスガチャらしい。

「ああ、まだ素材もエナドリも出てないんですよ!」

 かぐやはまだ取りたいアイテムがあるのにボックスをリセットされたので焦る。こういう時は全て回すか、貴重なアイテムを根こそぎしてからリセットするのがセオリーだ。ユニオンリバーはこういうのを腐るほど持っているが、いくつあっても困らないのだ。

「これで五人目だぁ!」

「うわ普通に気持ち悪いですねこの絵面」

 必死にガチャを回した結果、マーガレットは五人揃った。全く同じ姿が五人。普通に不気味である。

「うわなにこれ!」

 意識を取り戻した陽歌も再び気絶しそうになるほどであった。

「で、五人揃ったら何になるんです?」

 かぐやはマーガレットに聞いた。キングになるには三人足りず、別に宝具が撃てるわけではない。

「さぁ勝負だ浅野陽歌! 一年前のリベンジといこう!」

「あ、敵なんですか?」

 かぐやは目の前のとんちきりんが敵だとようやく認識し、うさうさと慌て始める。が、向こうも準備出来ていなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください脚に力が……」

 肝心の陽歌は逃げることすらままならない。かぐやはうさうさしつつも彼を庇って立ちはだかる。

「待ってて、今強化ショップで限凸してくるから……」

 マーガレットは五人揃ってどこかへ行こうとする。が、そんな隙を逃すほどかぐやも甘くない。

「エクセリオン、ハーゼ!」

 叫びと共にロボットへ変身するかぐや。彼女の正体はロボット、というわけではない。これはナノマシンによって使用者の肉体を再構成しロボットにするというもの。この姿になると、仮面効果なのかかぐやの引っ込み思案は多少マシになる。

「オラァ!」

「あー!」

 あっという間に四人のマーガレットが撃破されてしまった。

「待って!限凸するまで待ってて!」

「待たない!」

 正直限凸とやらをしても何が変わるわけでもなし。護り刀無しの陽歌に負けている時点で絶対強くないというのは明らかだ。

「こうなったら新しい力を使うしかない……」

「新しい力?」

 観念したマーガレットはオモチャのマジカルステッキらしきものを取り出した。しかし腐敗臭が凄まじい。

「うわ臭い……!」

「仕方ないだろ! 一年も家に帰ってなかったから昨日のみそ汁がとんでもなく腐ってたんだ! そんな場所に配達されてりゃこうもなろう!」

 夏を挟んで一年放置された自宅の惨状は目を覆うものであっただろう。それはもうアマゾンの過剰な梱包さえ貫くレベルで。マジカルステッキは花の様な装飾が先端にあり、手に持たれるとその名を高らかに読み上げた。

『魔導造花、マギアブーケ!』

「変身」

 ステッキの鍔部分に宝石らしきものを装着し、マーガレットは変身を開始した。

『マーガレット、アウェイクニング』

 花びらの様な光が降り注ぎ、マーガレットの姿を変化させる。一体今度は何をしようというのか。

『マギアメイデン、マーガレット! グリンシード!』

「これが私の新しい力……」

 が、やはり敵が何かするのを待っているほどかぐやは優しくなかった。不審な動きは事前に防ぐのがセオリーだ。

「そりゃぁ!」

「マギアぐほぁ!」

 変身中に思い切り腹パン。変身エフェクトには防御機能がないらしい。

「おげぇ……まさか変身バンク中に攻撃するなんて……」

「あ、ごめん。ついエフェクトに畳みたいな防御があると思って」

 あるとは思ったがぶち破る気満々であった。やはり脳筋はユニオンリバー共通なのかと陽歌は考えた。

 

 というわけで突如現れたマーガレットの撃退に成功したかぐやなのであった。そのまま買い物を続けることにしたが、一応変身アイテムらしきステッキは回収する。

「おー、まだこれあったんですね!」

「ん?」

 かぐやは食玩コーナーでガンダムの食玩を手にしていた。それは彼女の好きなガンダムXの機体であった。

「まさかこんなところでお目にかかれるとは! ドートレス!」

「それって最近プレバンでガンプラの出た?」

「そうそう! カラーは地球連邦のものなんですけど劇中では他カラーの方が出番多くて! ちなみにドートレスの語源はアニメにおける同トレスからでして……」

 趣味のことについては早口になるかぐや。自分ももしかしたらそんなところあるのかなぁと陽歌はぼんやり思うのであった。



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☆2020年の再挑戦

 異端たる双眸
 浅野陽歌

 所属:TCユニオンリバー
 能力:特殊呼吸法、演舞
 身長:129cm
 体重:26kg
 イメージカラー:真紅


 時は2020年。地球リセットもネオフロンティアも訪れず、地球は平和と言い難いものの何とかやっていた。静岡の一角で、一人の少年が道行く人々を眺めていた。彼にとっては、この何気ない、人の中に身を置くこともリハビリになっていた。パーカーのフードを被らず、特異な髪色と瞳色を晒している状態に慣れる。一年くらい経ったが、染みついた恐怖は薄れず逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 不安げに組む指は生身ではない。黒い球体関節人形の様な義手である。少年ではあるが愛らしい外見は少女の様にも見え、右目の泣き黒子と憂いを浮かべた表情は妖艶さも持っていた。

「陽歌くん!」

 そんな彼に声を掛ける人物がいた。黒髪の女子高生である。少年はまだ二桁にもいかない様に見えるが、二人は友人同士であった。

「アカネさん、怪獣酒場のバイトは無いんじゃないですか?」

「バイトとかは関係ないんだよねー。あそこはいるだけで幸せ空間だから」

 女子高生、新庄アカネは怪獣酒場静岡支店の店員である。陽歌の保護者が知り合いなので間接的に知り合うこととなったが、根っこが内気な者同士、仲良くやっている。

「陽歌くんはまたいつもの? 無理はしないでよねー」

「大丈夫ですよ、結構慣れましたから」

 少年、浅野陽歌は亡き養父母の願い届かず、腕を喪失するほどの虐待を受けて育ってしまった。しかし幸いにも命があるうちに心優しい人々に保護され、そして自分の出生と養父母であった浅野仁平、さとの思いを知ることとなった。

 複雑な生まれを持ったが、彼はその二人こそ本当の両親と心に決め、生きることにした。とはいえ心に負った傷は気合と裏腹に癒えず、苦労が続く。

「おー、東京で怪獣警報だ」

「またなんです? 最近減ったと思ったんですけどね」

 二人のスマホに災害警報の一種が入る。怪獣の出現に慣れた現代では怪獣の出現もすぐに伝えられ、そのエリア外にいれば忘れてしまう。一部の者を除いて。

「前の事件で一斉に喪失したのは休眠中の怪獣だからねー。今回出たのは地球怪獣の一種。元々この星にいたものなのよ」

「ティグリスですか……トラみたいですね」

 スマホには怪獣の画像と名前が表記され、危険性や現在の攻撃傾向も表示される。危険性も攻撃傾向も最も安全な緑を示しており、防衛隊も警戒止まりである。

「地殻怪地底獣、アルブームティグリス。本来は地底に住む怪獣で、狂暴な種じゃないの。くぅー……コロナさえなければ新幹線で見に行くのに……」

 怪獣マニアにとって怪獣警報は見逃せない一つのコンテンツであった。ましてや今回の様に被害も出さない怪獣ならばいくらでも歓迎するところである。

「なんか野次馬いますね」

「避けていこうか」

 駅前に人だかりができていたので、二人は離れて歩くことにした。ただでさえ人込みが嫌いなのに今は疫病騒ぎもある。密は避けよう。だが、アカネはある発言を耳にした瞬間態度を変えた。

「急に人が消えたって」

「人が消えた? もしかしてケムール人?」

 突然人込みに吶喊していくアカネ。怪獣のこととなると見境が無いのが彼女の欠点だ。女子高生で怪獣酒場などというマニアックな店で働いている時点で推して知るべし。

「アカネさん?」

「2020年はケムールイヤー! ついにやって来ましたケムール人!」

「一体何のことやら……」

 一人興奮するアカネに対し、陽歌はついていけなかった。彼女がSNSで使用しているアイコンがレギュラン星人、程度の知識しかないので当然なのだが。まぁそれでもあれをバルタン星人とは間違えはしないが。

「ああ、粘液に触らないで。これを使って人を攫ってるの奴ら。防衛軍での呼称は誘拐怪人ケムール人。一応、2020年のケムール星から来たってことになってるけど、ケムール星人とも誘拐宇宙人とも言われていないことから実は2020年の地球人じゃないかって話もあったり。メフィラス星人配下として出現したこともあるけど、その時の交戦はなし。初めてウルトラ戦士と戦った記録はウルトラマンギンガと。バルキー星人配下のスパークドールズがダークライブされてね、その後、ウルトラマンXではスパークドールズじゃない本物のケムール人が久々に地球へ出現。最近では宇宙人街での目撃記録があったり、ストレイジも撃退記録を残しているって話なのよ」

「で、人が消えたと……」

 アカネのことはさておき、陽歌はSNSで検索をかけ、人が消えた瞬間の動画が上がっていないか探した。どうにかヒットした動画では、確かに人が忽然と姿を消していた。

「やはりこれはケムール人の仕業に違いない!」

 急に割り込んで入ってきたのは、萎びた瓢箪みたいな頭部を持つスカジャンを着た宇宙人。アカネの働く怪獣酒場のスタッフだ。

「ああ、フルヤさん。こんにちは」

「逮捕―!」

 そして急に警察に逮捕されるフルヤ。こういうの警察は信じなさそうだがなぜこんな時に限って。

「えええー!」

「ま、まってください! フルヤさんはケムール人じゃなくてゼットン星人ですよ! 似てるらしいけど違うんです!」

 ケムール人とゼットン星人が似すぎて宇宙警備隊の試験でひっかけ問題になるという逸話は陽歌も聞いていた。警察は彼の訴えを聞き、フルヤを釈放した。

「釈放―!」

「えええ? すんなり?」

 が、アカネが余計なことを言ってしまう。

「フルヤさんってケムール人でしょ? だって前に目が二つ付いてるし」

「逮捕―!」

 衝撃の事実と共に逮捕されたフルヤに陽歌は驚くしかなかった。

「ええええ? そうだったんですか? いやだとしてもそこはゼットン星人で通しましょうよアカネさん!」

「あ、ごめん……私の中のレイブラッド因子が間違いを許せなくて……」

「わー悪いオタク……」

 ダメなオタク全開のアカネ。どうにか陽歌はフルヤを庇い立てる方法を考えた。

「フルヤさんはさっき来たばっかですよ。ここで人が消えたのはその前です」

「釈放―!」

「大丈夫かな静岡県警……」

 こうも誤認逮捕と釈放を繰り返されると陽歌は不安しかなかった。間違いを素直に認められるのはいいことだが。

「しかし警察が来るの早いな……」

「ちょうどこの事件を追っていたのです。ケムール人というなら事情を伺いたいのですが」

 あまりにも早い警察の到着にフルヤがぼやいていると、警察がこの失踪事件を追っていたことが明らかになる。通報がなくても、SNSに張り込んでいたのならこの早さも頷ける。だが、警察がそんな奇怪な事件にこうも力を入れて取り組むだろうか。疑問は尽きない。

「うーん……私は同胞と『地球救い隊』の一件で袂を別った仲……あまり力にはなれないが……」

「実は五十四年前にも似た様な事件が起きてまして……。その時の犯人がケムール人だったのでもしやと思いまして。しかしケムール人の情報が足りず、あなたから少しでも話が聞ければ助かるんですが」

 五十四年、という年月にアカネがピンと来ていた。

「神田博士が2020年の挑戦を執筆した年……か」

「怪獣関係の本ですか?」

 歴史関係はさっぱりなアカネが覚えているということはそういう本なのだろうと陽歌は予想した。

「そうそう。ケムール人と交信した記録があるのよ」

「もしかしてその本を持っているのですか?」

 警察はアカネの知識に目を輝かせる。

「そんなに貴重な本なんだ……たしかに聞いたことないし」

「筆者の神田博士は精神異常を疑われて病院に移送された後、失踪しているから僅かな初版の発行で終わってるのよ。そのくせマニア垂涎の品だから手に入れるの大変で」

 発行数が少なく、当時は侵略宇宙人や怪獣について一般認識が無かった時代。ゴメスやペギラなどの地球小型怪獣がちょろちょろ出ていた程度なので怪獣マニアも少なく、ただでさえ少ない本がぞんざいに扱われて現存数は手の指程度しかない。

「だから警察のデータベースにも無いんです! どうか貸していただけませんか?」

「えー? すっごい貴重な品だからなぁ……ネットオークションじゃ数千万の代物をダメ元で神保町の古本屋漁りでどうにか見つけたそんな大事なものを持ち出す、そしていくら警察とはいえ他人に貸すなんて……」

 貸してと言われて貸せるものではない。加えてケムール人犯人説も確定ではないので無駄骨に終わる可能性もあるとなればアカネだって渋る。

「国会図書館にあるんじゃないの?」

 彼女は以前、陽歌から日本中の本が国会図書館にあると聞いたのでそれを話す。だが、これには落とし穴がある。

「日本だけでも出版物は多岐に渡るので、国会図書館の蔵書には意外と漏れがあるんですよ。当時の評価が低いとなると無いでしょうし、警察の上層部もとっくに探しているでしょう」

 陽歌の言う通り、既に警察は国会図書館を当たっていた。だからデータベースに無いのである。

「ネットは? 版権が切れてるなら、ネットに全文乗っかってない? 今時は『我が闘争』でさえ原文ママで転がってるんだからさ」

 どうしても貸したくないアカネはネットという案を出す。これは盲点だった様で、警官はスマホで検索を掛けた。

「あった……!」

「ほら」

「でも……英語だー!」

 が、まさかの英語翻訳。外国のマニア向けであった。日本人は母国語で教育、行政サービスが受けられ、あらゆる論文も翻訳されているせいか英語を習得する必要性が非常に低く、読み書き出来ない者が多い。

「あ、僕英語なら読めるんで」

「助かった……」

 だが陽歌は難しい英語の読解も可能である。彼は英語圏の作家の著書を愛読書としており、原著を読むのはもちろんファンレター、そして夢はサイン会へ足を運ぶことと英語を必死に勉強する理由があったりする。

「そんなに出来るんだ……高校の範囲はするっとやってたの知ってるけど……」

 アカネも勉強を見て貰ったので彼の英語力は知っているが、専門用語たっぷりのものまで読めるとは思っていなかった。

「コズモクロニクルのサイン会にはついぞ行けなかったから……作家さんが生きている間にって思ったらいつの間にか英検一級ですよ……コロナ終わらないかな……」

 陽歌にとっては好きな作家が失踪した苦い経験を持つが故の行動力であった。虐待を耐える日々の中、それだけが希望になっていたが喪失し、二度とそんな思いをしたくないと決心した。

「ご協力感謝します。実はこの事件を警視庁の零課が追っていまして、静岡県警支部に本部長がいらっしゃいます」

「零課?」

 警察というのは基本、管轄する地域があり、強い縄張り意識を持っている。その結果他の管轄に逃げた犯人を捕まえる際に手柄を取られたくないあまり、連携が出来ないどころか同じ警察に嘘の情報を流した結果犯人を取り逃がすなどの問題が起きた。

 これが広域指定事件という精度を産むこととなった。だが、それ以外に五十四年前の一件の様な怪奇事件で辛酸を舐めた警察はその手の事件を請け負う部署を作った。

「言わば怪奇事件専門部署、Xファイル課とかそういう感じの場所で、越県調査の権利が与えられています。ご協力願えるのなら、立ち話もなんですからそのオフィスまで同行を」

「そうだな」

 フルヤは納得して同行しようとした。だが、アカネは警察を信用していないのか止める。

「そんなこと言って! フルヤさんを解剖するんじゃないんですか?」

「そ、そんなことはしません! 零課にも宇宙人はいます!」

 警官は否定するも、アカネ相手に一番言ってはいけないことを言ってしまう。

「ふーん、何星人がいるか言える?」

「え、えっとそれは……」

「ヤプール星人とか?」

 アカネが例を挙げるので警官はそこに飛びつく。

「そうそれ!」

「残念でした! ヤプール人は『異次元超人』なので宇宙人じゃありません!」

「カマかけられた!」

 見事に引っ掛かってしまう警官。

「う、宇宙人がいるのは聞いているけど詳しくは知らないんだ! 信じてください!」

「馬鹿者! お前は一週間の謹慎だ! ぶったるんどる!」

「そんなー!」

 結局アカネの信用を勝ち取れないまま話は平行線。その時、不意に陽歌が人込みにいる少女に向けて正拳突きをかます。

「陽歌くん?」

 アカネは驚いた、が拳を受けた少女の取ったバックステップの距離にもう一度驚くこととなる。人込みの中心にいたにも関わらず、一歩で三メートル近く飛び上がり、近くの街灯の上に立つ。

「凄い害意、ううん、変な感じだった……まるで人を人と思わない様な、生け簀の魚を選別する様な気配……」

 周囲から虐待を受けてきた陽歌は、敵意や気配に敏感であった。その中でも一際異質なものを見抜き、アクションをされる前に迎撃した。

「お前……あの嫌な男と同じ空気がするな……」

 その少女は銀髪を伸ばし、オレンジの瞳で陽歌を見下ろす。

「首の傷が疼くが……お前の相手などしてはいられん。羽虫退治に気を取られて本懐を忘れてはならんのでな」

 少女は街灯から飛び降りる。だが、陽歌はその着地点へ向けて走り出し、刀を振り抜いた。流石に鞘から出す時間はなかったが、何もない場所に赤い炎と共に朱漆塗りの匕首が出現する。小柄な彼が持つと、身の丈ほどの大剣にも見える。

「炎の剣……だと?」

「自由落下とは、言葉で言うほど自由ではない!」

 一撃を加えようとするも、腕でギリギリ防がれてしまう。

「ますますあの男を思い出す……だがあいつほどではない!」

 この少女はかなりの実力を持つ様だ。が、普通の女の子とは思えない身体能力を発揮している。陽歌の能力は呼吸法によるブーストであるが、彼女からはその様なものは感じない。

「裏切り者も貴様も始末したいが……うっ、こんな時に……!」

 フルヤの姿を見て構えた少女であったが、突然苦しみ出し蹲ってしまう。陽歌も急速な敵意の消滅に臨戦形態を解く。

「ん?」

「演技なの?」

「いや、害意が消えました」

 少女が再び顔を上げると、先ほどまでの狂暴な表情は失せ、キョトンとした様子を見せる。

「ここは……もえる、かたな……おまわりさん……?」

「一体何が……」

 陽歌は刀のことを呟かれ、少し考えた。元々この呼吸法は養父、浅野仁平が通っていた道場に残っていたボロボロの古書を解読して習得したもの。それをデチューンして物心つく前の陽歌に教えた。彼はそれを無意識に使うことで弱った身体を補っている。

「さっきもなんか言ってたし、もしかしてあなたのお父さんと関係が?」

「いえ、この呼吸法は父が開発したものではなく、あくまで亜流……そうとは限らないかも」

 アカネは少女の発言から関係性を予想したが、そうとも言い切れない部分はある。特に陽歌のものは元々亜流の上、さらに霊力を乗せて対霊の力まで与えているアレンジ中のアレンジ。ビーフシチューを作ろうとして出来た肉じゃがをコロッケに改良する様な状態なのだ。

「あ……私を、私を殺して! 早く! 大変なことになる!」

 急に少女がそう叫ぶので、陽歌は困惑してしまう。一体目の前で何が起きているのか彼の鋭い勘をもってしても、否、そういう感性が無駄にあるからこそ理解できない。

「裏切り……そうか、その子の言う通りにして! 早く!」

 アカネは何か気づいたのか、カッターナイフを手に少女へ向かっていく。その瞬間の彼女はとても安心した様な顔をしていたが、急に憎悪に満ちた顔に変化し回避する。

「くっ……こいつとんでもないことを……!」

「その子はケムール人に身体を乗っ取られてる! 地球に来たことで意識が戻ったんだと思う!」

 アカネは即座に自身の推測を話す。ケムール人のフルヤを裏切り者と言ったこと、そして態度の急変や昔の因縁を匂わせる発言から導き出したのだ。

「貴様、そこまで見抜いたのか……!」

 それは当たっていた様で、都合の悪くなった少女は走って逃げだす。その速度は車をも超えていた。

「追いかけよう!」

「待って、罠かもしれないし、それにこれ」

 すぐに後を追おうとするフルヤをアカネが止め、その場に堕ちていた紙切れを拾う。

「これは……」

 そこには『観覧車、爆発』とだけ書かれていた。

「メッセージ?」

 陽歌は少女本来の人格が残したものと考える。だが現場は騒然としており、あまり考え事には向かない状態だ。

「ともかく、署までご同行を。先ほどの件を報告しましたら、刀の子の方に課長がお会いしたいと」

 警察官は陽歌を署に案内しようとする。やっべ、と彼は刀を炎と共に消して知らんふりを決め込んだ。

「じゅ、銃刀法なんて違反してませんよー……さっきのは木刀ですよー……」

「浅野仁平の名を出せばおそらくわかる、とのことです」

 が、問題はそこではなかった。陽歌の養父、仁平のことを課長という人物は知っていた。

「父さん……?」

 彼一人にするわけにはいかないので、フルヤとアカネも一緒に向かうことにした。

 

   @

 

「ここです」

 連れていかれたのは零課という仰々しい名前に反して署内にある普通のオフィスであった。

「待っていたよ……陽歌くん」

「あなたは……」

 そこの課長席で待っていたのは、赤い尖ったサングラスを掛けた、黒いレザーの警官服に身を包んだ人物。帽子も被っている。

「私は、オーバージャスティス本部長!」

 その人物は高らかに宣言した。ただ陽歌には一つ気になることがあった。

「課長ですよね?」

「あ、いや……呪術対策に偽名を使っていてね。オーバージャスティス本部長、までがその偽名だ」

「オーバージャスティス本部長課長?」

 偽名なので仕方ないがとんでもなく長い呼び名になってしまう。アカネは彼の声を聴いた瞬間、陽歌の手を引いて帰ろうとする。

「よし、この人は信用できないな」

「ま、待ってくださいよ!」

「このタイプの声をした人を信用しないと私は心に決めている」

 まさかの判断材料が声、というので陽歌は反論した。

「えー? 百鬼夜行をぶった切りそうないい声じゃないですかー?」

「蛮族に敵対している上司っぽくもある」

「声はともかく、何だか安心できる感じがするんです」

 陽歌は今保護してくれている人やかつて別れた友人とは違った、本能から来る安心感を覚えていた。

「私は君の父、浅野仁平の部下だった者だ。そして、君の保護を彼に依頼したのだ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

 陽歌は事情を聞き、深々と頭を下げる。しかし、腕が義手になっているところを見るとサングラスの奥でオーバージャスティスは表情を曇らせる。

「いや……先輩が早くに亡くなって苦労したそうだね……。君の素性を途切れさせる為に先輩が自ら連絡を絶ったのもあるが……すまない、私が引きとっていれば……」

「そ、そんな……その時に最善を尽くそうとしてくれただけでも……」

 仁平が想像以上に早く死去し、実の娘が引き取った陽歌をまさか虐待をするとは当時彼らに予想は出来まい。陽歌にとっては結果論でしかなく、想ってくれただけでも十分なのだ。

「そうだ、積もる話もあると思うのですが、僕が出会ったケムール人と思わしき少女について……」

 陽歌は話を切り替え、本題と思わしきケムール人のことを話す。

「え、私は普通に再会するだけだと思ってたが……」

「え? 私用で警察署に呼んだんですか?」

「え?」

 陽歌はてっきりそっちの用事と思っていたので意外であったが、オーバージャスティスは陽歌に会いたいだけであった。

「そうだ、彼女が落としたと思わしきメモを……。それと、あの子は殺せと訴えていました」

「うむ……」

 警官の報告を聞き、オーバージャスティスは考え込む。そして、即座に指示を出す。

「今は自粛要請で遊園地が営業を止めているな。遠距離から観覧車を観測して異常がないか確認してくれ」

「はい。今、各地の零課に連絡を回しますね」

 的確な指示を飛ばし、即座に動く。警察らしからぬフットワークを見せる零課であった。

「私の付けていた固定カメラの映像も……」

 カメラの映像を見て、オーバージャスティスもしばらく固まる。どうやら少女に見覚えがある様子であった。

「ルシアちゃん……?」

 そして、ある一つの確信を持つ。

「たしかに、こいつはケムール人が地球人の肉体を奪ったものだ」

「やはり……」

 アカネの予想通り、彼女はケムール人。そして、それ以外にも大きな意味があった。

「この子はルシア、私達が以前のケムール人襲来の際、助けられなかった子だ。そして陽歌、君の姉になるかもしれなかった子なのだよ」

「僕に……姉さん?」

 衝撃の事実が明らかになる中、警報が鳴り響く。

『東京に出現した怪獣が、静岡に向けて移動中!』

「ティグリスが?」

 東京の怪獣が何故か静岡へ移動していた。

「市街を避けているので被害は最小限ですが……これは……何?」

 連絡を受けた警官が報告する。映像には、ティグリスに向かって移動する先ほどのケムール人、ルシアが映っていた。

「ルシアちゃん? なぜ……いや、あのティグリスとかいう怪獣……見覚えが……」

「地球怪獣なんだから一回や二回出たことあるでしょ」

 アカネの言う通りなのは確かだが、ルシアが途中で足を止めたり抵抗の意思を見せている。やはり、殺せと頼んだだけに怪獣を使って自ら命を絶とうというのか。

「このルシアって人が僕の姉さんに……?」

「ああ、先輩は事件が解決した直後に引き取らなかったことを後悔していてな……」

 当初は同じ境遇の子供達の中からルシアだけ引き取るのは不平等と考えていたが、そこで引きとっていればケムール人に攫われずに済んだのではないかと考えることもあった。

「とにかく行って確かめないと!」

 話を聞いて陽歌は駆け出した。かつて自分のことを助けてくれた養父が残した後悔、それを拭えるかもしれない。そう考えると、いてもたってもいられなかった。

 

   @

 

「トミー……トミーなの?」

 ティグリスの前に立ったルシアは、その姿からかつての飼い猫を思い出した。そう、この怪獣は何十年も前、ルシアが施設で飼っていた謎の猫である。ティグリス、トミーは喉を鳴らして応じた。

「トミー! お願い、私を殺して! この身体は普通の方法じゃ死ねないの!」

 主の突然の願いに困惑するトミー。だが、すぐにケムール人の意識が表に出てしまう。

「ぐ……ぅぅ……貴様、こんな怪獣を残していたとは!」

 主と異なる意識を感じ、トミーも覚悟を決める。だが、ケムール人は何かの端末を操作、カードを通す。

「モンスロード……来い、デマーガ!」

 何もない空間から、一体の鋭いヒレを持つ怪獣が出現する。熔鉄怪獣デマーガ。地球固有の怪獣であるが日本太平風土記にも暴れた事件が記された、ティグリスと異なり攻撃的で危険な怪獣である。

「ふ、この五十年でレイオニクスになった私を舐めるなよ」

 デマーガはトミーに攻撃を仕掛ける。いくら怪獣同士とはいえ、戦闘に特化したデマーガは強く、戦闘慣れもしている。トミーが噛みついても、その鋼鉄の身体は牙を通さない。そこまで積極的ではないとはいえ、デマーガはトミーを徐々に追い詰めていく。

「なんだ?」

 だが、横やりが入る。炎の帯がデマーガを襲う。ダメージにはならないが、視界が遮られてしまう。炎を放ったのは、銀色の大型ロボットであった。対怪獣特殊空挺機甲2号機、特空機二号改ファイアーウインダムである。怪獣事件が増えた地球では、この様な対怪獣装備が充実している。昔は戦闘機が主であったが、怪獣への有用性から採用されることになった。

「追いついた!」

「怪獣が二体も!」

 陽歌とアカネが到着する。デマーガもトミーと左腕の火炎放射器でそれを援護するウインダムに追い詰められていく。

「貴様ら、いつの間に……!」

 防衛隊と零課は協力関係にあり、ティグリスの動向を追っていた防衛隊がウインダムを出すので便乗して二人はやってきたのだ。

「手に持っているのは……バトナイザー?」

「何ですそれ?」

 アカネはケムールが持つ端末の存在に気づく。それは怪獣マニアが欲しがる最高のお宝にして、呪いの装備ともいうべきアイテム。

「怪獣を操るレイオニクスが持つ、使役の為のアイテム、それがバトナイザー! あのケムール人はレイオニクスなの?」

「とにかく、のしてうちに連れ帰ればなんとかなるはず!」

 陽歌は迷わず撃破を選んだ。彼の保護者は優れた技術者なので分離くらい出来ると考えていた。この義手の大本を作ったのがその人物なのだ。

「舐めるなよ!」

 デマーガの援護を行うべく、ケムール人はカードをさらに読み込ませる。だが、腕に炎が灯った刀がぶつかる。

「ふ……その程度か?」

「な……」

 効果はない。切れ味の殆どない鉄の棒も当然な刀とはいえ、それでも当たれば痛いはず。まるで堪えていないというのはどういうことか。

「ケムールの医療技術で肉体を頑丈にしているのか……厄介ね」

「来い、モンスロード!」

 攻撃を意にも介せず、ケムールは怪獣を呼び出す。

 一体は赤と黒の体色を持つ最凶獣ヘルベロス。もう一体は白い翼を広げた猛禽怪獣グエバッサー。

「三体? おそらくこれが限界なんだろうけど……この数じゃ……」

 アカネは状況の悪さを直感した。怪獣戦での勝ち目は薄い。こうなるとレイオニクスを撃破するしかない。

「ケムールを倒して! そうすれば怪獣を止められる!」

「分かりました!」

 陽歌はケムールへ攻撃を仕掛ける。だが、炎を纏った一撃もまるで効かない。燃えている様に見えるが、これは燃えていないのだ。ただ陽歌の呼吸法でそう見えるだけ、に加えて霊力はあるが物理的な熱量は殆ど無い。

「な、なんだって……」

「フフ……デマーガの脱皮した皮から作った防具は切れないだろう……」

 余裕たっぷりのケムールであったが、突然何かに突き飛ばされたのかダメージを負う。

「ぐお!」

「え?」

 なんと、呼び出した怪獣が他の怪獣の攻撃を受けていたのだ。異常な気配を感じ、地中からレッドキングやネロンガ、タッコングが加勢に現れた。

「すごい、怪獣大進撃だ!」

「これは一体……」

 興奮するアカネを後目に、陽歌はこの状況に困惑する。生態からして徒党を組まない怪獣がこうも結託して外敵に立ち向かうことがあるのか。

「ガイア理論って知ってる?」

「地球を一つの生命とする理論ですか……」

「そうそう。怪獣たちも地球の一員、怪しげな気配に対抗するために来てくれたのね!」

 怪獣大乱戦により、呼び出された怪獣はまともに攻撃へ移れないでいた。陽歌もこの隙を狙い、ケムールへ攻撃を仕掛けようとする。

「舐めるなぁ! レイオニックバースト!」

 だが、ケムールは力を解放し怪獣達がオレンジに輝く。すると、一気に形成が逆転し加勢の怪獣を押し倒していく。

「あれがレイオニクスの力……!」

 アカネはその力を知っていた。レイオニックバーストはある程度腕の立つ怪獣使いにしか出来ないのだが、まさかこの領域にいるレイオニクスとは、彼女も創造していなかった。勝利を確信したケムールはデマーガ達に指示を出す。

「これで終わりだ!」

 デマーガが額の結晶から熱線を、グエバッサーが翼で嵐を起こす。熱線はトミーを狙ったが、間にウインダムが割り込む。嵐の方は陽歌達を襲う。攻撃を受けた一帯には何も残らず、行動不能のウインダムとトミーが残るだけとなった。

「地球人などもはや恐れるに足りん……一匹残らず我らケムールの肉体へ替えてくれる!」

 ケムールは現場を去る。その場に謎の繭が残っていることに気づかぬまま。

「た、助かった……」

「カネゴンの繭に入るなんて貴重な体験……」

 マガバッサーの嵐を陽歌が切り裂いた瞬間に怪獣酒場からやってきたデジタルカネゴンが繭を作って防御したのである。

「とんでもない奴だ……レイオニクスだなんて……」

 デジタルカネゴンは敵がレイオニクスと知り、戦慄する。レイオニクスはただの怪獣を扱う侵略宇宙人ではない。怪獣を強化する能力、宇宙人も怪獣カウントして操るなど厄介な能力を持っている。実際、打ち破ったレイオニクスを使役する例が目撃されている。

「カネゴンの繭ってこんな硬かったんだ……」

「そりゃ、ウルトラQな摩訶不思議存在だからね」

 陽歌は繭の強度に驚いていたが、問題はそこではない。

「陽歌くん……刀が……」

 アカネは陽歌の刀が折れていることに気づいた。彼にとって大切なものだが、それが自分を守る為に破壊されてしまった。とはいえ、陽歌はそこまで気にしていなかった。

「うちのラボなら直せます。その時に素材を追加して強化してもらわないと……」

 彼としては友人を守った末の結末なので問題は無かった。それに直す手段もある。それを聞き、カネゴンがあることを思い出す。

「そうだ、うちのパロさんが何か使えるもの持ってるかも」

「使えるもの?」

 カネゴンの情報を確かめるべく、二人は静岡の怪獣酒場へ向かうことになった。

 

   @

 

 怪獣酒場には怪獣のオブジェやソフビが飾られており、怪獣マニアが集う聖地となっている。本店は東京にあるが、好評につき支店も続々オープン。その一つが静岡支店である。お決まりの『防衛隊お断り』の文言が貼られた扉を抜けると、このご時世営業こそしていないがテイクアウトメニューを販売する為に従業員がいた。

「おー、待っていたぞ。君がアカネくんの友達の……」

 渦巻の様な模様を持つ宇宙人、バロッサ星人のパロが連絡を受けて準備していた。

「あなたがパロさんですね」

 バロッサ星人は海賊宇宙人と呼ばれており、収集癖の強い種族である。そんな彼が用意していたのは、長い鉄片であった。

「これなら君の役に立つだろう」

「これは?」

 しっかり磨かれてはいるが、大きい破片といった趣でその正体は分からない。だがアカネは一目でそれが何かを言い当てた。

「これは宇宙剣豪ザムシャーの愛刀、星斬丸!」

「そそ。彼がナイトハンターツルギを追ってメビウスと対決した時、折られた星斬丸の破片だよ」

「そんな貴重なもの……いいんですか?」

 コレクターの気持ちを理解できる陽歌には、とても畏れ多い代物であった。だが、パロはあっさりと言う。

「コレクションというのは、一時的に自分の手元にいてもらうだけのもの……。もっと有用に使える人の手に渡る方がいい」

「ありがとうございます。使わせてもらいます」

 パロは破片を布でくるむと、従業員のペガッサ星人に持たせる。ペガッサ星人は影の中に沈んでいった。

「彼のラボまでよろしくねー」

 とりあえずこれで刀の修理は問題ない。それに、とパロはあるものを二人に見せた。

「この間ジャグラスジャグラーさんがいらっしゃって、機会があればこれを使ってみてほしいと」

 箱に入った注射器。中には液体が満たされていた。

「これは……?」

「アンチセレブロワクチン。ジャグラスさんの部下がセレブロという寄生生物とそれに寄生された数人、そしてケムール人に肉体を乗っ取られていた人物のデータを元に開発したものだ」

「……! それじゃあ……」

 陽歌はこれを使えばルシアを助けられるのではないか、と考えた。だが、そう簡単な話でもない。

「どうだろう……まだ使用例がないんだ。だからジャグラスさんもデータを欲しがっているわけで……」

「可能性がひとつでもあれば、十分です」

陽歌には僅かな希望でもあれば試す価値があった。父の無念を晴らす、ルシアを救う最大のチャンスだ。

後は待つだけとなった。しかし、そうもいかないのが現実。陽歌のスマホにオーバージャスティスからの連絡が入る。

『陽歌くんか?』

「オーバージャスティス本部長? どうしたんです?」

『件の観覧車が見つかった。浜名湖の遊園地だ。ゴンドラに物体消失液と思われる液体が充満している』

 あのメモはルシアがどうにか残した、ケムールの企みを示したものだったのだ。無駄足のつもりで一応確認したら見事ヒットしてしまった様だ。

『しかし、ゴンドラに液体なんか詰めてどうする気だ……?』

「その物体消失液、どのくらいで効果あります?」

 陽歌は液体の情報を求めたが、ケムール人自体よくわかっていない警察がその様なデータを持っているはずもなかった。

「たしか、頭頂部から一回出せる程度……おそらく缶コーヒー一個程度で成人男性なら大柄でも問題なく消すことは出来たはず……」

 アカネはフルヤの発言や過去の事例から大体を導き出す。

「成人の体重は六十以上……。それをその量で消せるとなると……、ゴンドラいっぱいの量を観覧車全てに満たした場合……ちょっと待って下さい……。アカネさん、この辺の天気図って見れます?」

 陽歌は電話中でスマホが使えないので、アカネに天気図を見せてもらう。それを確認し、ある推論を立てる。

「この気圧配置……風が市街地に向かっている……。風に乗せるのか雨に含ませるのかはともかく、観覧車を爆発させて液を飛散させると一人ひとり攫うより効率いいかも……」

『そうだな。仮にあれば我々の価値観で推し量れない貯蔵タンクだとしても見逃すことは出来ん』

 相手の作戦が分からない以上、即座にカタを付けた方がいい。陽歌達は早速向かうことにした。

「でも相手の怪獣をどうするかだね……」

「戦わなくても観覧車台無しにすれば何とかなるでしょ。それに相手がケムールだとわかったら弱点もあるし」

 問題は怪獣であったが、アカネには秘策があった。

「観覧車台無しって……観覧車なんて簡単に壊せないし何か手は……」

「ここは怪獣酒場だよ? いいものあるんだよねー」

 観覧車の破壊という最大の難関にも、対策はあった。アカネは陽歌を連れて店の地下にいく。そこには、漆黒のウルトラマンが鎮座していた。そして赤い瞳をした鋼鉄の武人も隣にいる。

「これは……」

「かつてレディベンゼン星人がウルトラマンゼアス討伐に用いたロボット、シャドーウルトラマン。そしてこっちはアトラクション用だから火器はないけど、ジャンキラー」

 ショーをやるために用意した代物であったが、火器や光線が無いだけでスペックは本物と変わらない。これで強襲を掛ければ観覧車を壊せるだろう。

「んじゃあ、行きますか!」

 早速二人はロボットに乗り込もうとする。が、先にフルヤがシャドーウルトラマンに乗り込んでいた。

「フルヤさん……」

「これは私と同胞の問題だ……せめて私の手で決着を付けさせてほしい」

 フルヤはケムール人として、この陰謀を止める気でいた。だが、アカネたちにも戦う理由がある。

「水臭いこと言わないでください。私達だってやりますよ」

「僕も、父さんの無念を晴らしたいんです。せめて、ルシアさんを父さんと母さんの下へ送って」

 二人はジャンキラーの方へ乗り込む。内部は非常に広く、操縦桿はない。

「ジャンキラーのシステムは本物と同じだよ。身体を動かせば、ジャンキラーも動く」

「分かりました」

 陽歌がメインパイロットになり、アカネがナビゲーターをする。敵が怪獣である以上、彼女の知識は必要不可欠だ。

『フォースゲートオープン。シャドーウルトラマン、ジャンキラー、発進します!』

 二体のロボットが目的の観覧車に向かって飛び去った。ここからが本当の戦いだ。

 

   @

 

 観覧車のある遊園地に着いた一同は、即座に観覧車の破壊を行おうとする。

「あれ? これ観覧車壊したら消失液かかってしまうんでは?」

 陽歌の心配については問題なかった。

「あの液は活性化しない限り効果が無い。そうでなければ発射している我々や、溜め込んでいるあの観覧車も消えてしまうからな」

 観覧車を見ると、稼働していないその頂上にルシアの姿があった。正確には彼女の身体を奪ったケムールだが。

「やはりここを突き止めたか。この女が妙なメモを書いていたからもしやと思ったがな」

 ケムールは怪獣を呼び出さず、バトナイザーとは別の端末を操作して何かを出現させた。それは、女性型のウルトラマンを模したロボットであった。

「あれは……ウルトラの母?」

 フルヤはそれがウルトラ警備隊に母と慕われる人物であると気づいた。

「そうとも、対ウルトラマン用兵器……ウルトロイドマリーだ! ウルトラマンで試す前に、まずは貴様らを血祭に上げてやる!」

 この姿はウルトラマン達への牽制であった。だが、怪獣である彼らにはまるで意味がないことだ。フルヤはシャドーウルトラマンで攻撃を仕掛ける。

「無駄だ! 貴様を倒して同胞の汚名を注ぐ!」

「貴様こそケムールの名折れだ!」

 この隙に陽歌達が観覧車を破壊しに向かう。

「今のうち……」

「させるか! モンスロード! ヘルベロス!」

 陽歌達の前にケムールの操るヘルベロスが立ちはだかる。

「こいつ……」

「陽歌くん、ここはジャンファイトと叫んで戦って!」

「え? それ意味あります?」

 アカネの突然の申し出に陽歌は混乱する。起動用の音声ロックならともかく、既に起動して戦闘状態なので何かのトリガーとも思えない。だが何かあるのだろうと思い、やってみることにした。

「ジャンファイ!」

 陽歌のやけに流暢なジャンファイトにフルヤはおろかケムールとヘルベロスも凍り付いた。

「ひぇ!」

「ひぃ!」

「なんで赤いあいつ風味なの! もうちょっとプロに寄せて!」

「ええ……」

 陽歌としては流れで適当にやっただけで赤い通り魔については意識していなかった。だが、仕方なくテイク2。

「ジャーン……ファイト!」

 特に強くなった様子もないまま、ジャンキラーとヘルベロスが戦闘に入る。陽歌に格闘技の心得はないが、火器無しとはいえジャンキラーの性能は高くヘルベロスを圧していた。

「あれは……」

 戦闘に呼ばれてか、地中からティグリス、トミーも駆け付けて一気に戦況は有利となる。

「行くぞおおおお!」

「おっしゃらぁあああい!」

 陽歌は今が好機と見て一気に攻める。無駄に散らばって戦うのではなく、トミーがウルトロイドを攻撃している隙にフルヤと共にヘルベロスへ集中攻撃を仕掛ける。ジャンキラーとシャドーウルトラマン、二つの鋼鉄に挟まれヘルベロスは消耗していた。

「ち……役立たずが!」

『モンスロード、デマーガ、グエバッサー』

 ケムールは更に怪獣を二体呼び出し、形勢を変えようとする。だが、前の戦闘ほど活発に攻撃を仕掛けてこない。

「なんか、動きが鈍い?」

「疲れてるんだ!」

 アカネは怪獣の疲労を見抜く。以前の戦いでレイオニックバーストの使用まで追いつめられてそれほど時間が経っていない。数は増えたが、こちらの有利には変わらなかった。

「この程度なら!」

「いけるぞ!」

 デマーガもグエバッサーも限界を迎えつつあった。猛攻を受けたヘルベロスに至っては最早戦闘不能だ。そんな彼らに痺れを切らし、ケムールはウルトロイドの胸部に光を溜め、ヘルベロスに狙いを定める。

「貴様ら……戦わないと、こうだ!」

 胸部から放たれた光線がヘルベロスを直撃し、爆散させる。

「な……自分の怪獣を!」

 これにはアカネも絶句する。しかし、敵はその気になれば怪獣を一撃で屠る兵器を持っているということだ。

「あれを撃たれたら……」

 陽歌もジャンキラーでどれほど耐えられるか考えた。ロボットでの戦闘は痛みを伴わない分、耐久の目安が無く手探りになってしまう。

「フハハハハハ!」

 高笑いをするケムールであったが、後ろから何かを刺されて振り返る。

「な……」

「隙を見せたな」

 なんと、ケムールの後ろにペガッサ星人がいるではないか。異次元に潜行する能力で潜んでいたのだ。そして、戦闘中ずっと隙を伺っていたのである。刺したのは、当然アンチセレブロワクチン。

「うごおおおおお……、な、なんだこれは……」

「んじゃ、ルシアちゃんは返してもらうね」

 ケムールとルシアが分離し、ペガッサ星人はルシアの身体を持ち去る。

「作戦成功! もう許さないからね!」

 アカネは陽歌と操縦を代わり、ジャンキラーでウルトロイドに猛攻を仕掛ける。もう人質もいないので怖いものなし。ジャンキラーから降りた陽歌はルシアの容態を確かめる。

「大丈夫かな……」

「あのジャグラーさんが太鼓判を押す人間のアイテムだから、大丈夫なはず……」

 ペガッサ星人に抱えられているルシアは眠っていた。それと同じなのか、グエバッサーとデマーガも動きが止まっている。

「ぐおおお、助けろ、助けろ貴様ら!」

 ジャンキラーとシャドーウルトラマンの猛攻に晒されるケムールの呼びかけにも無反応であった。

「こうなったら他の怪獣を……」

 ケムールは違う怪獣を呼び出そうとするも、肝心のバトナイザーが無い。

「ない! バトナイザーない!」

「あ、これがバトナイザーかぁ」

 陽歌はルシアの近くに落ちていたバトナイザーを拾い上げる。

「ええい、ならレイオニックバースト! 貴様ら戦え!」

 ケムールは残る二体でなんとかしようとしたが、何も起きない。

「ば、馬鹿な……あの時俺はレイブラッド星人の因子でレイオニクスに……」

「そうか、そういうことか!」

 アカネはいち早くこのからくりに気づいた。さすが怪獣オタク。

「レイブラッド星人が因子を与えるのは自分が使うための強い肉体を探すため。だから他人の身体を使う必要があるほど弱ったケムール人じゃなくて地球人のルシアちゃんに因子を与えていたのか」

 つまり、ルシアを失った時点でケムールは怪獣を操れなくなったのだ。レイオニクスであることが怪獣使いである必要条件ではないといえ、普段からあの態度では従ってくれまい。

 グエバッサーとデマーガは地上にいるルシアとウルトロイドにいるケムールを交互に見て、状況を把握した。どうやらルシアが表に出ている間は、怪獣との関係も良好だった模様。

「もう一度地球人を取り戻してやる!」

 ルシアに向かって攻撃を仕掛けるウルトロイドに対し、グエバッサーが嵐を、デマーガが熱線を浴びせる。

「ぐおおおおお! 裏切るのか、貴様ぁあああ!」

 ウルトロイドは大きな損傷を追い、観覧車と共に倒れる。これでケムールの野望は見事に打ち砕かれた。

「終わったか……」

「やったね」

 フルヤとアカネは戦いを終えて一息つく。アトラクション用のロボットということもあり、ジャンキラーとシャドーウルトラマンはオーバーヒートして停止してしまった。案外ギリギリの戦いであったようだ。デマーガとグエバッサーも力を使い果たし、バトナイザーに戻っていく。

「ん……ぅ」

「ルシア……さん?」

 気を失っていたルシアが目を覚ます。

「私……生きてるの?」

「どうやらアンチセレブロワクチンは成功みたいだね」

 流石はジャグラーが認めた科学者の作った薬。ルシアには特に後遺症が見られず、先ほどまでの記憶も失っていない。

「父さん……終わったよ」

 陽歌は空を見上げ、亡き養父に想いを馳せる。少しは親孝行が出来ただろうか、そんなことを想いながら。 

「……っ!」

 その思考を打ち切る様に、邪悪な気配を陽歌は感じ取った。撃破したはずのウルトロイドマリーが起き上がり、その中から何かが孵ろうとしていた。ウルトロイドの殻を破り、新たな怪獣が姿を現した。

「あれは……」

 複数の怪獣の特徴を持った存在。合体怪獣と呼ぶには無秩序で、生気を感じないその有様は躯の継ぎ接ぎであった。

「頭はバキシムの口内にガクマ……首にはジラースのエリマキ、腹部にインペライザーの頭……足はレッドギラスとブラックギラスかな……? 腕はラヴォラスで翼はリトラかな……?」

 アカネは的確に部品を分析していた。だが、彼女だから気づけた点もいくつかあった。

「なんでラヴォラスは顔や胸部じゃないのよ……能力使えないじゃん……。それに翼ならもっと飛べる怪獣が……コンセプト的にはデストルドス二代目ってとこね……。能力の利用じゃなくて死骸の合成でしかないみたい」

 デストルドス二代目はルシアを求めて移動を始めた。内部にケムールの脳が含まれているのだろうか。

「陽歌くん! 刀の修理終わってるよ!」

 ペガッサが刀のことを伝える。敵が死霊であるなら、陽歌の出番だ。

「分かりました! 父さん……力を、貸して!」

 陽歌は手元に刀を呼び寄せる。赤い炎を纏う刀は、鍔などの拵えが施され完璧な状態になっていた。その姿は彼の養父、浅野仁平を知るものに面影を想起させる。

「お巡りさん……」

「アサノ……ジンペイ……ツブス!」

 デストルドスは微かにケムールの意識があるのか、陽歌を敵とみなした。あんな大きなもの、どうやって立ち向かうのかルシアには分からなかった。だが、陽歌には負ける気がしていない。この刀がある限り、どんな敵さえ跳ね除けることが出来る。

「フミツブシテヤル……!」

「この屍を地に返すため、降り注げ!」

 迫る巨大な足に陽歌は怯むことなく刀を振るう。共に赤い炎と雷が舞い上がり、デストルドスの巨体を押し返す。舞う様な剣戟は左右に三回ずつ回転し、その勢いだけで怪獣をも跳ね除ける。

「演舞、雷鳴賛美!」

「グオオオオオ!」

 デストルドスは持ち上げた足を戻して踏ん張るが、そこに亀裂が入って膝を付くことになる。陽歌はそこを見逃さず、次の技を仕掛ける。だが、これほどの技をノーリスクで撃てるはずはない。反動は全身を砕く様な痛みとして彼を襲う。

「ぐっ……」

 だが痛みには慣れている。そこは強みであるが、無理をしすぎるという弱みにも繋がる。なるべく早く決着をつけることを心掛けるしかない。

「来訪者であっても、この大地は死者を隔てなく迎える……演舞、大地讃頌」

 攻撃ではなく舞、だがデストルドスは融解を初め、脆く崩れていく。ただの怪獣ではこうはならない。死骸の継ぎ接ぎであるデストルドス相手だから可能なことだ。相性が勝ったというわけである。

(これだけ大きくていろいろくっついてると時間が掛かるか……?)

 一つの動作を行う度に関節が外れたのではないかという痛みが走る。呼吸をすれば棘状の粉末を吸い込んでいるかの様な感覚を覚える。だが、陽歌は技を使い続ける。

「が、くぅ……」

 しかしデストルドスは巨大。いくら技を使い続けたところで浄化しきれない。陽歌も限界が近づいていた。アカネはジャンキラーを動かそうと急いで修理を進めていたが、部品が焼き付いてしまってどうにもならないでいた。

「あー、もう! ギリギリまで踏ん張ってギリギリまで頑張ってるから今回ばっかはウルトラマンが欲しい!」

「う……ぁ……」

 とうとう陽歌も無理をすることさえできない状態になりつつあった。身体を動かそうにも、言うことを聞かない。デストルドスは空へ飛翔し、口にエネルギーを溜めて攻撃の準備をする。

「ヤバいって!」

「ここまでか……」

 アカネとフルヤは対抗策を考えたが、巨大戦力が動けないのではどうしようもない。その時、陽歌の刀が輝き大きな鎧武者の幻影が出現する。

「あれは、ザムシャー?」

 アカネには分かった。陽歌の刀に使われた破片の持ち主、宇宙剣豪ザムシャーの姿が。

『守る為の力を貸そう』

 ザムシャーが刀を振るうと、デストルドスは真っ二つに両断された。陽歌は最後の力を振り絞り、頭に浮かんだ技を放つ。

「果敢、鳳凰翼!」

 刀の炎が鳥の形となり、破片に混ざって落ちるケムールに向かって飛んでいく。

「ぐわあああ!」

 不死鳥に砕かれ、ケムールは完全に砕け散った。残ったのは観覧車の残骸だけとなる。事件は五十年以上もの時を超えて解決した。

 

   @

 

「検査お疲れ様。後遺症もなし、凄いワクチンだよこれ」

 それから数日、ルシアは病院で精密検査を受け健康に問題ないことが確定した。ルシアは陽歌がかつての恩人の養子であると聞き、いろいろ話をしていた。

「まぁ僕は殆ど物心無かったんだけどね……」

「そうなんだ」

 陽歌は仁平のことを知ったのがつい最近なのだが、こうして昔から誰かを助けていたのだと知って誇らしくなった。複雑な生まれを持つ陽歌だが、やはり自分の父は彼以外ありえないと確信する。

「でもいいの? 私が……あなたのお姉さんにって……」

「うん。オーバージャスティスさんも父さんが後悔していたって言ってたし、これが一番いいかなって」

 そしてなんと、ルシアは陽歌の姉として彼のいる場所に引き取られ、姉となった。

「でも五十四年かぁ……テレビがこんなに薄くなってカラーになったのね」

 時折ケムールの下で意識が表出していたとはいえ、地球へは五十年以上ぶりの帰還となる。そのブランクは大きく、色々な世代ギャップに驚くばかりであった。

「でも私は生きてるから……挑戦できるのよね……」

 ルシアは首に掛かった金の十字架を見つめる。ケムールではなく、地球人の大人によって命を奪われた友もいる。まだ生きている自分には、この時代に挑戦する機会がある。

「カオリちゃん、お巡りさん……もう少し待っててね。私は生き抜いてみせるから」

 一つの再挑戦が終わり、新しい再挑戦が始まる。未来へ人々の意思は繋がっていくのであった。

 



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バレンタイン2021 チョコレート備忘録1

 この一年で増えた女性キャラ考えると慌てて書いて間に合うわけないんだよなぁ


 バレンタイン、それは女性が愛する男性にチョコを贈ろうという日であった。が、その風習は時代と共に移り変わり、義理、友と用途が増えた。

「最近は義理も負担だからやめよう……って話だそうね。私はそもそも始まりから今に至るまですっぽ抜けてるからどうにも言えないんだけど」

 目の前にいる銀髪を伸ばした少女は浅野ルシア。五十四年ぶりに帰還したという特殊な事情があり、チョコレートが高価なぜいたく品から日常的なおやつに変化したことへ戸惑いもあった様だ。

「でも年に一回くらい、こうしてお世話になった人に贈り物をする機会があってもいいかもね。セント・バレンタインデー……キリスト教ではお偉いさんの意に反して愛する二人を結婚させていた聖ヴァレンティヌスが殉教した日として知られているわ。そんな偉大な聖人を戴く人達が同性婚程度で喚いたり、子供に劣情をぶつけるのはか分からないのだけれど……」

 ルシアの生きていたのは戦後間もない時代。そこからすれば同性婚の概念はかなり斬新なはずだが、してきた経験が経験だけに同性が結婚する程度では動じない様になってしまった様だ。

「おっと、愚痴はこのくらいにして……私の初挑戦を受け取って欲しいのだけど」

 ルシアは手作りのチョコを渡す。ここは歳相応の女の子らしく、ラッピングの凝り具合もまぁまぁといったところだ。

「あんな貴重なものを鋳溶かして形を変えるなんて凄く恐ろしいことだったけど、しとげて見せたわ」

 とはいえ感覚は昭和前半。まだ令和になじんでいるとは言えないのであった。

 

   @

 

 『2021年の初挑戦』

 ルシアからのチョコ。初めての手作りということで少しぎこちないが、初挑戦にしてはまずまずの仕上がり。まだ形に拘れるほど慣れていないので形状は市販の型を使ったものだが、来年は形にも拘りたいとのこと。

 

   @

 

 白楼高校のある教室では、三人の女子生徒が集まっていた。見た目に特徴がない少女、レオナは目的の人物が来たことにいち早く気づく。

「あ、丁度よかった」

 かつて東京オリンピックを推進するチーム、フロラシオンとして行動した彼女は、貧困故にこういう催しにも参加出来ず疎外感に苛まれていた時期がある。そこから抜け出したいという思いを悪い大人に利用されてしまったが、結果的には白楼という居場所を得ることが出来た。

「これでいいかな? 義理チョコって」

 レオナが渡してきたのは、チロルチョコ。本当に義理や友チョコ用の、カップにいくつか入ったもののうち一つだ。

「うん、まぁこんな感じね……義理でこれなんだから、本命なんか心臓割れるんじゃないかな?」

 あまり表には出さないが、彼女なりに緊張していた様だ。

「付き合い出したら慣れてくものよ」

 この中で一番年上の女性が袋から自分も、とチョコを取り出す。フロラシオン【福音】。この中で唯一大学生であり、わざわざイベント慣れしていない友人、というより妹分の様子を見に来たわけだ。幸運を呼び寄せる女が渡したのは、何の変哲もないチョコボールであった。

「今回はちょっと贔屓。開けてみて」

 チョコボールは封のビニールも切っておらず新品。そこにどんな仕掛けがあるのか分からないが、言われた通りに開けてみる。すると、クチバシに金のエンゼルが刻まれていた。

「ほら、やっぱり」

「すごい確率を相変わらず確定の様に引っ張って来ますね……」

 そんな彼女なりのサプライズに舌を巻くのは、目を伏した一人の少女。フロラシオン【叡智】こと水稲栞。

「またまたー、スイちゃんもばっちり計算してきたんじゃない?」

 その演算能力は運を引き寄せる福音を持ってしても脅威であり、こうして常に目を閉じて情報を遮断していないと予想したくない未来まで見てしまうほどなのだ。

「たしかにお菓子作りは化学、則ち計算の世界です。しかし味覚に対するリアクションというのは主観が大きく関わるのでとても計算がしにくいところなのです。サンプルが多いのであれば話は別ですが……」

 栞の話は非常にややこしく、サイコパスキャラを演じなくなり勉強も懸命に取り組んでいるレオナが素でフリーズする程度であった。

「つまりですね、ある式で五十という答えが出た時にそれを多いと思うか少ないと思うかは人によって違うんです。なので私は、個々に可能な限り最高の解答をお持ちしました」

 栞が渡したチョコには渡す相手の名前が記されていた。他のチョコは、大きさから何まで違うという徹底ぶりだ。

「では……答え合わせですね」

 栞は伏せていた目を開く。計算をしているとはいえ、緊張が残っているのか途端にぎこちない表情になる。

「なんだかんだいって女の子なんだから……」

 福音は友達がちゃんと新しい環境に馴染んでいる様で安心していた。

「ところでレオちゃんは本命いるの?」

「本命……ねぇ」

 福音に本命の所在を聞かれたレオナは少し冷めた態度でいた。というのも、彼女の家庭環境自体が熱狂的な恋愛の末路みたいなところがあるので、どうしても恋愛には乗り気になれない。

「何か一つ気合の入ったものがあるみたいだけど? もしかして彼?」

 福音には心当たりがあったが、レオナは否定する。

「陽歌くんなら違うよ。合ってるんだけど。去年、いろいろ迷惑掛けちゃったからさ……。いい奴なんだけど年下過ぎるし男って感じじゃないし……」

「ふーん……」

 レオナの気持ちがどう転がるのか、福音は愉しみにしている様子であった。

 

   @

 

 『ギリの義理』

 レオナからのチョコ。まぁ普通はこんなもんじゃない? その普通の尺度ってのがよくわかんないんだけどさ。

 

 『金のエンゼル』

 【福音】からのチョコ。一発で玩具のカンヅメ貰えます。贔屓しているとかそういうレベルじゃないけど彼女から見ればまだ義理の範疇なんだろうか。それともエンゼル、キューピットに何を託したのやら。

 

 『最適解への一石』

 栞からのチョコ。あなたを計算しつくし、最も喜んでもらえるチョコを。計算というと冷たいイメージがあるが、愛情とはどれだけ相手のことを考えたかである。願わくば、来年の為にあなたというサンプルをもっと。

 

   @

 

 おもちゃのポッポにいくと、去年と同じでチョコを配っていた。だが、今年はミニ四駆コースで待ち受ける存在がいた。

「待ってたよ」

「なんだ、本命はもう貰えたのか?」

 黒髪を短くした少女、深雪と眼鏡の女の子、雲雀である。

「んじゃ、はいこれ」

 深雪はすんなりとチョコを渡す。こういうことに慣れているのか、かなり綺麗に仕上がった手作りチョコレートがラッピングされている。

「これからもよろしくね」

「そいじゃあ、私からもだ」

 雲雀もついでの様にチョコを渡す。こちらは既製品だが、包装でいくつか小分けにしてある。

「これでゼロは回避だな。おめでとう」

 既に結構貰っているのでとっくにゼロは回避されているのだが、割とそこら中でこんな感じの優しさがばら撒かれている。

 

   @

 

 『スタンダードスタイル』

 深雪からのチョコ。特に変哲もない手作りチョコだが、故に彼女は日常の象徴なのだ。

 

 『ゼロを避けるもの』

 雲雀からのチョコ。チョコゼロ回避に一役買ってやるよ、という建前で渡されたのだがそれが本音かやはり建前なのかは彼女のみぞ知る。

 

   @

 

 ガラル地方にも似た風習は存在する。この世界はアルファベッドに似た姿をしたアンノーンが古代文字を模っているとされる、存在しないはずの生物の名前がポケモンの分類に使用されている、など基礎世界の未来なのではと思わせる部分が多い。

「で、わざわざ異世界からご苦労なこった」

 ピンクブラウンの髪をボブに整え、不慣れな眼鏡を直すのはシャル。去年までの彼女ならこんなイベント、と唾棄していただろが、昨年の出来事は彼女の感情を大きく変化させるには十分であった。

「ったく……団長や道場の連中の分作って無かったら無駄足だぞ? 隣町感覚で世界線超えるなっての」

 少々乱暴に投げ渡されたチョコは形こそ歪だが、手をかけたというだけで彼女にとっては大きな進歩であった。

「……義理だからな?」

 シャルは最後にそう言い残した。

 

   @

 

 『エキスパンションパス』

 シャルからのチョコ。人生がクソゲーに終わるか神ゲーに変わるかは、出会いというDLCに左右されるのかもしれない。シャルの人生は適応済みである。

 

   @

 

 ユニオンリバー店内では、いつもイベントごととなるとワイワイ客も巻き込んでのお祭り騒ぎになる。こんな時勢でもそれは変わらず。四聖騎士姉妹もそれぞれチョコを用意していた。というかこの面子にチョコを用意する甲斐性があったこと自体に驚く人が多いかもしれないが、カティやアステリアなどが作るので一緒に作ったというパターンである。

「チョコ」

 青龍妹、エリシャは普通に渡してきた。これは、何かを模したのだろうか歪ながら見覚えのある形状をしていた。

「陽歌くんのおかげで上手くいった。血が吹き出る」

「おっかねぇな! ってかあいつなに入れ知恵してんだ!」

 同じく青龍妹、レイチェルは常識に乗っ取りながら自身のモチーフである青龍を入れ込んだデザインとなっている。

「まぁ、猫科故に味は保証しませんが」

 白虎妹、リウも流れる様にチョコを渡す。が、それはまぁ瓦の様に大きく分厚い代物であった。

「よく固めたなそれ……」

 レイチェルはただ呆れるしかなかった。

「ピヨ……」

 一方朱雀長女の雲雀は何をしていたのかすっかり忘れていた。近くにいた陽歌がこっそりカンペを出し、思い出させる。文字通りの鳥頭。数歩でいろいろすっぽ抜けてしまう。

「あ、これこれ」

 雲雀が渡したのは鳥の卵を思わせるチョコトリュフ。少しレシピからアレンジが加わっている。

「おらー! 喰らえー!」

 青龍末妹、クロードは来る客来る客の口にビーダマンを用いてチョコボールを丁寧に叩き込んでいた。この勢いで打ち出すものを口に入れると喉に詰まらせるのでいい子も悪い子も真似しないでね。ユニオンリバーは常連客も特殊な訓練を受けています。

「これでどうだ!」

 そしてこちらに放たれたのは腕に装備する大口径のサブウエポン。それ様に相応しくチョコボールも大きくなっている。

「チョコー……」

 一連のドタバタが終わったところにやって来た玄武長女、凛がチョコを渡す。マーブルチョコに代表されるカラフルなこれは糖衣チョコというものだが、これを手作りしたのか。ラッピングが手製で市販品にはない玄武マークが一つひとつ入っているので信じがたいが手製だ。

「いやー、みんな個性的ですね」

「ぶっ飛び過ぎて個性的の域超えてんぞアホ姉」

 笑っている青龍長女エヴァに対して、この無秩序ぶりに頭を抱えるのは青龍末妹ヴァネッサ。

「んじゃあ私も。いつもみんなが世話になっているから特別だよ」

 エヴァがしれっと渡してきたのは、某コアラの描かれたお菓子をいくつか個包装にしたもの。なんと、レアと呼ばれる眉毛コアラ、盲腸コアラのセットだ。

「いやー探すの大変でした」

「お前運を操る奴が知り合いに二人いて自掘りしたのか……」

 しれっと自力でレアを探し当てる姉にヴァネッサは畏怖を覚えた。暇人なのかそれともマメなのか。

「こういうのは過程が大事なんです。結果だけ求めると死という真実にさえ辿り着けなくなりますよ?」

「そういう問題じゃ……ええい、なんかこのまま後手に回ると全部印象持ってかれそうだ!」

 ヴァネッサはこの濃い連中に負けじと、勢い任せにチョコを渡す。ハート型というベタな構成であったが、このカオス極まりない状況では最早癒しであった。

「はいこれ、義理だからな!」

 ぐいっとチョコを押し付けると、ヴァネッサはそっぽを向いてしまう。耳が若干赤くなっていたが、それに彼女は自分で気づけただろうか。

 

   @

 

 『ブラッティマリー』

 エリシャからのチョコ。喜ばれるチョコは何か、自分が貰って嬉しいなら相手も嬉しいかも、そうだ血を出そう。という三段論法の結果完成。生物に精通した陽歌の監修により、臓器を正確に模したウィスキーボンボンとしてその想定を叶えることとなった。

 

 『ドラグーンマーク』

 レイチェルからのチョコ。義理ではあるが軽すぎず重すぎず、手作りで自身のモチーフを作るという真人間ぶりを見せている。やっぱ普通が一番。

 

 『ソリッドショコラ』

 リウからのチョコ。自分より弱いものには靡かない、そんな信念の表れとして自身に噛み砕ける限界の硬さを目指した代物。どうやってそんなに硬くしたのか不明だが単純なモース硬度ではダイヤモンドに匹敵しつつ、元素の密度から叩いても砕けない始末。どうやって加工したんだか。

 

 『ここぞの一発』

 クロードからのチョコ。補充の効かない大口径サブウエポンを模したこのチョコをあなたへ撃ちだしたその理由は、「確実に仕留めるため」。それ以上でもそれ以外でもない。

 

 『記憶の卵』

 雲雀・クリムフェザーからのチョコ。忘れっぽい彼女としては、せめて相手に覚えていてほしい。だから食べた後も記憶に残るものを。そんなささやかな願いが篭った朱雀の卵である。

 

 『遅くてもじっくりと』

 凛からのチョコ。手で溶けない糖衣チョコはスロウリィな凛にピッタリ。それは食べるだけでなく包む時も同じ。ちなみにチョコの生産ラインは天導寺重工にお借りしました。

 

 『掘り当てる幸運』

 エヴァリーからのチョコ。運を操る仲間の力を借りず、自ら引き当てた酔狂な逸品。送られる相手を愉しませることはもちろん、自分が楽しむのも大事なこと。開封作業は3カートン目から地獄と化した。

 

 『ライオンハート』

 ヴァネッサからのチョコ。義理なんですか? 本当にこれ義理なんですか?

 





 2020年の再挑戦者
 浅野ルシア

 所属:TCユニオンリバー
 能力:怪獣使いレイオニクス
 イメージカラー:蒼銀
 使役怪獣:地殻怪地底獣ティグリス(トミー)、熔鉄怪獣デマーガ、猛禽怪獣グエバッサー


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☆旅のお供にカレーめんじゃねぇんだよ

 ヒューマノイドトルネイド
 狭山雲雀

 所属:フリー
 能力:総合格闘術(サバット軸)
 イメージカラー:緑
 年齢:12


 三分咲きヒーロー
 広谷小鷹

 所属:フリー
 能力:射撃
 イメージカラー:蒼
 年齢:12


「ゾイドの脚でも時間が掛かるとはな」

 空いている高速道路を三機のゾイドが疾走する。二機は黒と緑のハンターウルフ、もう一機は紅蓮のバーニングライガーである。

「ボルテックスの中と違って曲がりくねっているからね。これでもZiのゾイドよりは小さいからマシだと思うけど……」

 ライガーに乗っている少年がナビを見て現在地を確認する。彼は小柄でまるで少女の様な愛らしさをしている。操縦桿をしっかりと握る、袖から覗く小さな手は生身ではなく黒い義手だ。

「なぁ陽歌、狭っくるしくねぇか?」

 緑のハンターウルフ、シルフィードに乗る眼鏡の少女が少年、陽歌に聞く。短い髪や高い背丈もあってこちらの方が少年っぽい。

「狭いとこの方が落ち着くよ。雲雀と小鷹は寒くないの?」

 バーニングライガーは頭部にコクピットハッチがあり、そこに二重のシェルで閉じられている。だがハンターウルフは首に直乗りの剥き出しだ。

「いや、ゾイド因子で風防造られてるし問題ねぇよ」

 眼鏡の少女、雲雀は陽歌に答える。

「ゾイド因子のバリアと、耐Bスーツに供給されるゾイド因子のおかげだな。こいつのおかげで、ノーヘルで投げ出されても軽い打撲で済むんだぜ」

 もう1人の少年、小鷹が得意気に説明する。が、そうなると問題があった。

「そのバリアがあって脚折ったってどんな無茶してんだよ……」

「いや、ワイルドブラスト連発して供給が……」

 和気あいあいと話す雲雀と小鷹、その二人の様子を微笑ましく陽歌は見ていた。ふと見せる、憂いを含んだ優しい顔が右目の泣き黒子も相まって妖艶な印象を与えることもある。

「でも本格的に夜が更けてきた……。野宿は避けたいな」

 陽歌はバーニングライガーに背負わせたサポートガンポッドにキャンプ道具を積んではいる。だが、年始早々の豪雪で立ち往生した車を助けるための作業でライダー、ゾイド共に消耗している。

 夜通し走るのは論外として、休むにしても女の子の雲雀がいることを考えて、当人が気にしないだろうということはさておき、野宿は可能な限り避けたい。

「あ、あるじゃん、民宿」

 陽歌はスマホで適当に検索を掛け、民宿を見つける。レビューが低いのが気掛かりだが近くに代わりがないので贅沢も言えない。今からだと開いているかわからない上、出来たとして素泊まりが精々だろうが。

「ここのインター降りて宿取るよ」

 陽歌は二人に声を掛け、高速を降りて宿まで先導する。

「こういう高速道路下のはラブホばっかじゃねぇのか?」

「少し離れているんだ。ラブホがあるなら近いしそっちにするよ」

 小鷹の心配は特に的中しない。何も本当にないインターなので、降りてからも暫く走る羽目となった。たどり着いた宿は山奥だというのに無駄に光輝いている。地図アプリでは民宿表記だったが、ラブホめいておりこの時刻まで無駄なライトアップが続くと、ここに来る途中で通過した近隣の集落から顰蹙を買うのではないか。

「大丈夫かここ?」

「レビューは良くないけど野宿よりマシ……なはず」

 陽歌達は駐車場にゾイドを停めると、降りてチェックインをする。未成年のみの集団であるため、ややこしい事態を避けるため小鷹が所属するゾイドによる対テロ組織、Ziコマンドフォースの認識表を見せて受付に向かう。

「すみません、ここ開いて……あれ?」

 が、受付に人はいない。それどころか、なんと受付は全自動である。部屋を選んで金を払うやつだ。

「ラブホやんけ……」

 雲雀もこれには呆れた。今の時期では最適解かもしれないが設備の古さから開業当時からこんな調子だったかもしれない。

「最大でダブルか……」

 問題は一部屋で済ませるとベッドが二つしかない点である。二部屋借りると誰かが孤立する。

「まぁいいか。とりあえず入ろうぜ」

 雲雀が適当なダブル部屋を選択し、チェックインした。廊下を歩いていると、陽歌は足音が気になったのか下を見たり足踏みをしたりと何かを確かめていた。

「どうした陽歌?」

「いや、なんでも……」

 二階の普通の部屋だが、妙にヤニ臭い。まだ部屋でタバコを吸えた頃の名残だろうが、それもかなり昔の話になっているので単純に掃除が出来てないだけなのだろう。一応最低限のベッドメイクはされているようだが、匂いが気になり過ぎる。

「ここ温泉ないのか?」

「温泉はともかく大浴場も無いんだね。ビジホでもないのに珍しい」

 部屋に置いてあった案内を見た雲雀ががっかりする。駅前のビジネスホテルならよくあることだが、こんな山奥でそれは珍しい。

「しゃーない、シャワーだけでも浴びるか」

 いくら男勝りでも女の子な雲雀は気になった。ユニットバスになっているのでシャワーも快適とは言い難い。

「覗くなよ?」

「覗くか」

 雲雀は着替えを持ってユニットバスに消える。小鷹はかなり活発に働いた影響か、ベッドに横になるとすぐ眠ってしまった。

 

   @

 

「ん? なんだここ?」

 小鷹が目を開けると、奇妙な空間が広がっていた。周囲は無機質で飾り気のない青い壁であるのに、靄が掛かっていてハッキリ見えない。一本道の通路なのは確かだ。

「これは……」

 何かに誘われて歩く小鷹。どれくらい歩いたのかも不確かであったが、辿り着いた先には十字架に磔にされている人物がいた。その人物の姿はマネキンの様になっており、全く特徴が掴めない。その傍には、羽根の生えた天使と思わしき存在もいる。

「これは神に捧げられし高潔な魂……。ここで神への供物となるのが一番の救いでしょう」

「神ねぇ……」

 天使の言葉は無機質であったが、小鷹は妙に上から目線に聞こえて気に入らなかった。

「神なんてのがいたら、あんなこともねぇだろ」

 彼は陽歌のことを思い浮かべていた。ただ、人と見た目が違う、タブーの末に生まれたというだけの命に、人々は正義というお題目でうっぷん晴らしをする。そんな人々に罰が下らないというのなら、神はいないはずだ。

「こいつは連れていくぜ。生きてんのが一番だろ」

 小鷹は十字架から人物を解放する。拘束を解いた瞬間、その姿は天使共々消えてしまう。その代わり、痩せこけた老人が通路の隅に座っていた。

「やはりお前さんならそうすると思ったよ」

「誰だあんた?」

 小鷹が聞くと、老人は淡々と答えた。

「こことは少し違う選択をした世界を見た者だ」

「並行世界のことか?」

「話しが早くて助かる」

 小鷹はユニオンリバーに属する陽歌から、この世界とは僅かに異なる世界、パラレルワールドやマルチバースと呼ばれる存在、行き止まりの人類史とされる異聞帯のことを聞いていた。その為、老人の言葉はすんなり受け入れられた。

「こうなるのが、君や彼にとって一番楽な道なのは確かだ……だが、それを君が好まないのも知っている」

「当たり前だろ? 神の供物ってそりゃ死んでんじゃねーか。生きてる方がいいに決まってる」

 小鷹のそれは、子供故の無邪気な決めつけなどではなかった。陽歌という自分達の庇護を失えば死よりも厳しい日常が待っていた存在、それが優しい人達に守られ、再会まで至った。生きていれば、生きてさえいればそんな転機もあるのだ。

「じゃあな。こんなとことはおさらばだ」

 小鷹はさっさと歩いて老人の下から去る。しかし、この先でも似た様な光景が待ち受けていた。角とコウモリの様な羽根が生えたいかにもな悪魔に踏みつけられている人物がいるではないか。そして、その姿はやはり特徴もなく判然としない。

「こいつは力を求める乾いた魂。だが、この世ではそんなことは叶わない……ならここで死んだ方がいいんじゃねぇか?」

「そいつはどうかな?」

 小鷹は手に銃を持っていた。そして、迷いなく悪魔を撃ち抜く。耳をつんざく様な銃声と、視界を塗りつぶすマズルフラッシュ。それが彼の見た最後の景色であった。

 

   @

 

 陽歌は壁に耳を当てて何かを確かめていた。彼の髪は濡れており、シャワーの順番が回って来て済ませたことが伺える。

「おいおい、いくらラブホっぽいからって隣の声が……」

 小鷹は自分達以外の宿泊客が殆どいないことを知っていたので、何をしているのか気になった。

「やっぱ壁も床も薄い……」

「どういうことだ?」

 陽歌の言葉を小鷹は作りが安いホテル程度にしか考えていなかった。が、ある話を知っていると知らないとでは話が違う。

「プロジェクトXのホテルニュージャパン回見た? ゴーゴーファイブと並ぶ日本三大消防士養成コンテンツの」

「いや、知らんな……」

 ホテルニュージャパン。その複雑な間取りと薄い壁、消防設備の不備で宿泊客の寝煙草が凄惨な火災へと発展した事件だ。

「さすがに僕らが泊っている一晩に出火するなんて天文学的な確率に直面することはないだろうけど……もしどっかで火が付いたら大変だね。忽ち燃え広がるよ」

「ま、そん時は火災報知器が鳴るだろ」

「鳴るといいね……」

 小鷹はそう考えていたが、不備というのは重なるものである。陽歌は結構ネガティブな質で、そう思わずにはいられなかった。

「何話してんだ?」

 そこにシャワーを終えた雲雀が口を挟んでいる。男子が二人もいるので、ちゃんと着替えてもいた。備え付けのデスクに向かい、ドライヤーで髪を乾かした。

「いや、ここ火事になったらやべーって陽歌が」

「おいおい、お前の悪い予感めっちゃ当たるんだぞ……」

 もはや直感を超えて研ぎ澄まされた五感から得た情報を分析した予測に近いが、陽歌のそれは的中率が高いと雲雀も経験済みであった。特に生育環境の都合、悪い方の予測はバチピタに当ててくる。

「あー、でもさすがに消火器とかあったし大丈夫でしょ。それこそ爆発でもしない限り」

 だが彼もユニオンリバーでの突飛な経験を経て危険への対応力が上がり、悪い予感を打ち消す思考も出来る様になっていた。

「とりあえずベッド割決めるぞ」

「そうだね」

 ありえない確率の話をしてもしょうがないので、雲雀はベッドの配分を決める。自然な流れで雲雀と陽歌、小鷹に分かれるが雲雀が少し驚いた様な顔をする。

「あれ? なんか違った?」

「い、いやそうじゃ……そうだったな。いつもこうか」

 陽歌は朧気な記憶でいつも雲雀がお姉さんぶって悪夢にうなされる自分を寝かしつけていたことを思い出してこう別れたが、記憶違いだったかと確認する。雲雀の態度に小鷹も少し首を傾げた。

「なぁ、ひば……」

 小鷹が口を開いた瞬間、爆音がホテルを突き抜けた。

「人が話している時に爆発するんじゃねぇ!」

「何事だ?」

 小鷹と雲雀が立ち上がり、様子を見に行こうとする。が、それを陽歌が止める。

「待って! 最初の爆発は野次馬を呼ぶための陽動で、集まってからの二発目が本命なんだ! 逃げた方が……」

 爆発があったら遠ざかれ、爆弾テロ避難の鉄則である。が、現実的に考えてこんな閑散としたホテルでテロが起きるとも思えない。爆破予告だって書かれそうにないのに。

「いや流石に事故だろ……背丈までは初期消火が間に合う」

「んじゃ、消火器探してくる」

 小鷹は爆発のあった方へ移動し、雲雀が消火器を持ち出そうとする。陽歌も小鷹の方へ付いて行き、初期消火の手伝いをすることにした。

「爆発の方向は?」

「多分あっち、厨房があるね」

 陽歌は爆発の音や振動の伝わり方、焦げる匂いから出火元を特定する。この状況でも火災報知器は鳴らない。

「ここか!」

「多分油火災だから水は……」

 案の定、火元は厨房であった。どうやら当直のスタッフが夜食にカレーめんを食べようとお湯を沸かしたところ引火したらしい。見た限りコンロ周りの油汚れが酷いのでこれが原因の様だ。

「ちょま……」

 陽歌の忠告を聞かず、スタッフは小さなボール一杯の水を掛ける。火は余計に勢いを増していく。

「消火器来るから待ってて!」

 普段は人間不信の引っ込み思案な陽歌も火事を目の前にしてはそうも言っていられない。が、何を考えたのかスタッフはダンボールを出火したコンロに乗せる。

「ヨシ!」

 よいわけがなく火は更に燃え広がる。

「よしじゃねぇよ!」

「マインクラフトじゃねぇんだぞ!」

 陽歌の後に続いて突っ込んだ小鷹だが、彼がここまで言うとは相当なのでは? とも思っていた。

「でもあんなダンボール一個でこんな燃えるなんて……どうなって……」

 小鷹は不自然な燃え広がり方に疑問を抱いた。陽歌の方は火から漂う匂いでとてつもなく嫌な予感がしていたという。食用油とは違う質の油の匂いが漂っていたのだ。そして、ダンボールから落ちたものを拾って原因を突き止める。

「これは……」

 松ぼっくり。この様によく笠の開いたものは乾燥していて油分を多く含み、天然の着火剤とも呼ばれます。

「コンイチハ」

「……」

 陽歌は黙って松ぼっくりを握り潰した。義手の握力はそれなりに強い。

「水に浸した布を被せろ!」

 小鷹は布を探した。まだ手はある。酸素を奪えば火は消えるはずだ。

「ヨシ!」

 スタッフはあろうことか濡らしていない布団を広げもせず乗せた。当然、火に燃料をくべただけである。

「ふざけるな! ふざけるな! 馬鹿野郎!」

 もう小鷹も許容を超えていた。ここまで先行して悪手を打たれるとどうしようもない。

「あったよ! 消火器!」

「でかした!」

 そんな時、雲雀が消火器を持って来た。即座にぶっ放し、消火を試みるがまるで効き目がない。

「なぜ?」

「ん?」

 消火器が通用しないとは一体どういうことなのか。消火器をよく見ると、有効期限が切れているではないか。

「あ……」

「ダメだなこれは……」

「見なかったことにしよう」

 三人は身長より高くなった炎を見てさっさと解散する。これは自力でどうにかなるレベルではない。さっさと荷物を纏めて撤退である。

「さて、あとは消防が来てくれるのを待つか……」

 他にも宿泊客がいたらしく、二人の少年が避難してくる。従業員も無事に逃げ出した様だ。しかし炎の勢いは留まることを知らず、ホテルを呑み込んでいく。この時、彼らや他の宿泊客、そして従業員までもがある恐ろしい心理に陥っていた。

「消防車! 消防車はまだかー! 何故来ない! 一体どうなってるんだー! 消防車が遅すぎるぞー!」

 ホテルの責任者らしき男の悲鳴は炎の音に消えていく。

「早く……早く消してくれ……オレの宿が……」

「いや消火器がちゃんとしてれば消えたんだけど……」

 雲雀の言うこともごもっともであるが、もうお分かりだろう。誰も……消防車を読んでいないのである!

「早く! 早く消してくれ! 火を! 誰か!」

「初期消火はしようとしたんだけどな……馬鹿が上回って……」

 全く小鷹の言う通りであるが、誰も、消す人がいないのである!

「おかしい……これは何かがおかしいですね……」

 宿泊客の一人である赤いジャケットにブロンドヘアの少年が呟く。

「え?」

「日本の消防は大変優秀で、本来は通報から五分以内には到着する様に設定されている」

「そんなに早く?」

 まるで初めて知った、みたいな顔で合いの手を入れる陽歌だが、小鷹も雲雀も「お前も知ってるだろ」と思って聞いていた。

「うん、119番通報から一分以内には、もう消防車は出動していると言われている。そしてその出動から四分以内には到着できるよう、消防署というものは本当に点々と配置されているものだ」

「木造建築が多く、昔から火災が致命的な日本ならではですね」

「そうだね、現在の日本では人の住む建造物への放火が死刑にもなりうる重大犯罪として扱われていることからも、文化的に火災を危険視していることが分かるね」

「江戸の時代には振袖を焼却処分しようとして城下町一帯に延焼したり、昭和になっても昼食時に起きた地震だったために台所からの火が倒壊した家屋に燃え移って大きな被害を産んだりしていたんだ。こうした過去から、日本はとても火災対策に気を配っているんだね」

 小鷹は陽歌が子供番組の解説マスコットに見えてきた。そんだけ知ってればやっぱ消防車の下りも知ってるんでは?

「でもよぉ、さすがにこんな田舎まではねぇんじゃねぇか? 税金の無駄遣いってやつだ」

 そこに宿泊客の一人が絡む。迷彩のコートに短髪、眼鏡といったいで立ちで年はブロンドの少年と同じくらいだ。

「では実際に地図アプリで近隣の消防署を見てみよう」

「うわ、本当にあるな……こんな場所になんでこんな……」

「それは山火事も火災だからだよ。日本は湿度が高いから自然発生の確率が低いとはいえ、山火事は広がったら対処が大変なんだ」

 しかし実際にこれだけ消防署があるのに消防車が来ないのは何故だろう。そう、誰も消防車を呼んでいないのである!

 

 このあと、ホテルは幸い近隣の山に燃え移ることなく全焼したとさ。しかし、この一夜が多くの人の運命を変えたことを、彼らは知らない。




 この日、運命の救世主が集った……。神に捧げられし高潔な魂、力を求める乾いた魂、それらを結ぶ調律者。ここから、運命が始まる。


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☆SAO×PSO2×ユニオンリバー プロローグ1 転輪祭典の裏で

 剣士データ

 浅野陽歌
 流派:我流、全集中の呼吸?
 その剣術は我流、というより刀に導かれるまま振るっている。養父の残した特殊な呼吸法で身体をブースト、自前の霊力で魔を祓う。

 愛剣:護り刀無銘
 養父が学徒出陣の歳、上官から譲り受けた軍刀。五月人形代わりに拵えを直し刃を落として保管されていたが彼の死後、管理が行き届かずボロボロになっていた。養母の故郷の山から相性のいい木を白鞘にし、漆と朱漆を重ねた後拵えも修繕した。


 かつて、東京で戦いがあった。オリンピックという栄誉を、そこで戦う者ではなく自身のものにしようとした愚者と、未来へ進むことを望んだ多くの者のうち一人。その最中、異変を知りながらもその根幹には至らず、それでも星を守る為に戦い続けた者がいた。

 これは全ての決着が付く前の話である。

「ったく、ダーカーのケリが着いたと思ったら今度は別次元の地球かよ!」

 フリルやリボンで彩られたガーリーな白いワンピースの上から黒いアーミージャケットを着こみ、刀を振るうワインレッドの髪の少女がいた。周囲にいるのは、青い光と共に現れるゾンビ軍団。少女は眼鏡を直しながら、敵の軍勢を見定める。

 東京都庁の前では熾烈な戦いが繰り広げられていた。病院島を大々的に発表した都知事、大海菊子を逮捕しようと警察が突入、それを妨げるためにこのゾンビが出現したというわけだ。

「ったく、これならまだ特別殲滅任務の方がマシだ……ボーナスキーってのは皮肉が効いてんな。ジョアン! そっちどうだ?」

 彼女は仲間に声を掛ける。黒髪で赤いレザージャケットを纏った女性が、同じく刀で敵を切り裂いていた。こちらの刀はお札の張り付けられた禍々しい気のある代物となっている。

「自分のいる地球と違う地球があるって時点でSANチェック物ですよ、響先輩」

 こちらも眼鏡を直しながら呟く。赤髪の少女、響は頭を搔いて街で拾ったビラを眺める。

「だよなー……私らオラクル人はともかく、お前やヒツギ達は地球人なんだったな。ったくシャオの小僧……異世界行ったことあるからって普通『並行世界の地球』なんか行かせるか?」

「いえ、なんか地球二つあるとめんどくさいので主にこっちが割れないかなと」

 後輩の正気度を心配する響であったが、ギャグマンガみたいなことを言い出したので頭を抱える。

「お前ズボラが一周回ってとんでもないこと言い出すよなたまに」

「そうです?」

「そうだぞ。面倒だからカウンター主軸のブレイバーとか……タイミングよく攻撃捌くのめっちゃ大変なんだぞ本来。私とアザナミ姐さんがレギアスのジジイの剣術一般に落とし込むまでどんだけ苦労したと……」

 ジョアンはそんな苦労に苦労を重ねた響の話に興味はなかったらしく、ビラの方に目が行っていた。

「こっちの世界にもあるんですね、PSO2」

「ん、ああ。これは本当にゲームで、スパイウェアとかじゃないみてーだが……」

「シバ様がよく映っているので陽歌パイセンへのお土産にしましょう」

「だな……」

 ガールズトークに花を咲かせていると、何十機のマシンが飛行しつつ接近する。両脇にミサイルポッドを背負い、足を持ち上げてホバーで飛ぶその機体は『ホットショット』。かつてある軍で運用されたが、型落ちとなって都知事に払い下げられた様だ。

『こちらアルファ小隊ホットショット、目標を確認。交戦を開始する!』

『了解』

「へ、ようやく真打登場ってか。上等!」

「一人当たり二十倒せば十分ですかね」

 響は弓を引き、天に向かって矢を放った。ジョアンが駆け出し、バルカンの一粒一粒を切り捨てては破片を撃ち返す。

「セルリアンバリスタ!」

「相変わらずやることが大雑把ですね」

 上空から降って来た大きなエネルギーに数機のホットショットが押し潰され、粉々に砕ける。大きなメカをまるでゴミの様にあしらう二人の少女の姿を影で観察する者がいた。

「ふむ、あれがオラクルの英雄……。なかなか我が計画には使えそうだ」

 カメラで様子を撮影し、細部に至るまで観察する。

「強くて美しい、これなら十分に素養がある。全ては我がずんずん教の為に……」

 その人物は不敵に笑う。騒動の裏で恐ろしい計画は刻一刻と進められていた。

 

   @

 

 それから数か月の時が経った。すっかり平和になった世界では人々が感染症対策をしながら遊び回る姿が見られた。以前は都知事の手下によって過激な感染対策が行われており、平熱以上の人間は襲撃されるため外を出歩けない状態であった。

「まぁ、今日はこんなところかな……」

 頭文字Dのアーケードをプレイし終えた少年が伸びをする。キャラメル色の髪にオッドアイの少年は、友人に進められてこのゲームをしてみたのだがゲームとはいえ運転は難しい。現実なら板金七万円コースの結果を受け、あまり向いてないかななどと思っていた。

 彼は浅野陽歌。訳有ってユニオンリバーという組織に引き取られ、億単位のループを繰り返す都知事を叩き切ることとなった。

「画面の見過ぎかな……」

 空色の左目を擦りながら、天井を見る。今日のゲームセンターは天井がやけに明るい。こうしてゲーセンに足を運ぶのは都知事の残党がゲーセンを目の仇にしている可能性があるので、その警備を兼ねている。

「不思議なものだね……」

 現状を見て、陽歌は皮肉を込めて呟く。この目立つ外見が嫌で仕方なかったが、今はこの外見が牽制になっている。余った袖から覗く義手で右目に触れる。桜色の虹彩に泣き黒子、この姿を見れば都知事の残党はユニオンリバーのメンバーがいること、なにより不死身の都知事を始末したことに脅えて平和が守れる。

「さて、今日は帰るか……」

 特に決まった時間いる必要はない。むしろゲリラ的な滞在の方が、その隙を縫った攻撃がしにくいというものだ。

(あれは……?)

 だが、天井の明るさが気になる。光の渦の様なものが発生しており、陽歌以外にも見えている様子であった。そして、非常に重いはずの筐体が揺れる。

「マズイ!」

 彼は過去の経験から、これが異世界に繋がる穴的なものであると察知する。即座に止めなければ何の対策もない一般人が、人間の生存に適しているか分からない世界へ飛ばされてしまう。

「力を貸して!」

 赤い炎と共に、刀が陽歌の手元に現れる。通常より長尺の刀であるが、小柄な彼が持つとさながら大剣。そしてその刀で穴を切り裂く。

「これでよし」

 怪異の類ならこれでなんとかなる。穴は半分に切れて力を失った。

「え? あわっ!」

 しかし、その半分の穴が陽歌を吸い込んでしまう。

「おおっ!」

 飛び出したのはどことも知れぬ森。上空や水中に投げ出されなくてまだよかったと思うべきだろう。

「ここは……」

 周りの景色を確認すると、遠方に巨大な柱を見つける。陽歌はあるゲームをやっていたので、その景色から場所を判別出来た。

「あれは、ダークファルスを封印していた……ということは、ここはナベリウス?」

 PSO2における惑星の一つ、ナベリウス。そんな場所に飛ばされてしまったのだ。異世界に飛ばされるのは初めてでない上、帰還方法もあるのでそこは心配していなかったが、オラクルとなると少し考慮しなければならないことがある。

「そうなると……ダーカーが出た時はどうすれば……。迂闊に倒すと……」

 陽歌は遭難の基本、その場にじっとする、で対処した。しばらくすれば義手の機能で自分が異世界に飛ばされたことが仲間に伝わるだろう。動かなければ問題のダーカーにも遭遇せずに済む可能性が高い。

「うわでた」

 が、現実は甘くない。何もないところから虫の様な黒い生き物、ダーカーが湧き出て陽歌に狙いを定める。

(とりあえず倒すか……なんかあっても生きてればアスルトさんに何とかして貰えるし)

刀でダーカーの尖兵、ダガンを切り裂いていく。同じダガンでも強さが異なる場合があるのだが、このダガンがどれほどのレベルに相当するのかは分からない。とはいえ運よく陽歌でも撃破出来る程度の強さであった。

「うわ! 原生種まで!」

 ダガンを一掃するとオオカミの様なナベリウスの原生生物、ガルフが現れた。襲われるのでとりあえず刀で攻撃するが、全然倒せる気配がない。陽歌の刀は特殊な炎を纏うことで怪異の類には抜群の効果を示すが、物理的な攻撃力は長年蔵で眠って錆びついた量産品なだけにお察しである。

「この! この!」

 ガルフを殴っても効き目がなく、徐々に他の原生種まで集まってきた。これは分かりやすいピンチである。

「はっ!」

 その時、二つの影が割って入った。

「なんだ、陽歌パイセンじゃないですか。何やってるんですか?」

 黒髪の少女の方に聞かれ、陽歌はポカンとする。彼女のことは全く知らないのだが、向こうは知っている様子だ。

「いや、あいつはエロ本買いにメディカルセンター抜け出そうとしてフィリアにボコられたから外にはいないはずだ」

「何してるの並行同位体の僕!」

 赤い髪の少女が言う様に、『こっちの陽歌』は外に出られる状態ではない。つまり、この世界にいる並行存在の陽歌を彼女達は知っているということだ。

「お前、まさかシエラ辺りが生み出した幻創体じゃねぇだろうな?」

「いえ、どうやら何かの転移に巻き込まれてこの世界に来てしまった様なんですが……」

 陽歌は少女達に事情を説明する。

「何?」

「はい。僕も初めてのことではないんです。僕達の世界は常に様々な時空が流入して混沌としているので、こういうことも珍しくない様で、仲間が世界を移動する手段を持っています。あなた達が知っている『オラクルの僕』は恐らく、並行同位体と呼ばれる異世界の僕でしょう」

 赤髪の少女はしばらく頭を搔いて考える。

「っていうと……オメガのルーサーとこっちのルーサーが別人みたいなもんか……」

「なるほど、そういう転移の経験があるのは面倒がなくて助かります。私はジョアン・ジョセフィーヌ」

 黒髪の少女が名乗るので、赤髪の少女も名乗った。

「私は響だ」

「響さん……ですか……もしかすると……」

「何? そっちにもいんの?」

 響が自身の並行同位体に興味を示したが、ジョアンは話を切り上げてテレパイプを展開し帰ることにした。

「帰還します。元々私達は異常な数値の調査に来たので、もう原因が分かったら用はありません」

「だな。帰りながら続きは聞かせてもらうよ」

 テレパイプに入ると、宇宙船に瞬間移動する。陽歌も一応プレイヤーなのでこの光景は見慣れている。

「んで、そっちの私はどうなんだ?」

「どうっていうと……まぁ名前が同じだけなので並行同位体かは分からないですが……」

 陽歌の頭に浮かぶのは、継田響という強化人間のこと。あまり関係は深くないが、同じ義手同士というのもあってちょくちょく絡んではいた。

『あ、繋がりました』

「アスルトさん!」

 陽歌が言葉に困っていると、通信が入る。義手の機能で世界を超えた通信が可能なのだ。

『どうやらまた世界が不安定になっているようでスね。帰る前に可能ならそちらの世界の異常を解決してもらえませんか?』

「はい。それと、どうやらこっちには僕の並行同位体がいるみたいなんですが、もし出会ったりしたら不具合などありますか?」

 陽歌はドッペルゲンガーみたいに出会った瞬間爆死する図を想像していた。並行存在とはいえ、本人同士が出会うのは不都合がありそうだ。

『いえ、問題ないでス。それと、こちらの記録にある波長が近くにありまス。もしかして誰かの並行同位体が近くにいるのでスか?』

「はい、響さんです」

『この波長は継田響のものではないでスね……』

 名前からアスルトも同じ人物を思い浮かべたが、どうも違う様子だ。確かに、彼の名前は日本国籍を取る時に設定したもので本名ではない。

「あ、言い忘れたけど響っての本名じゃねーんだ。ま、本名なんぞ使いたくもねぇが……」

 こちらの響も訳あって響を名乗っているらしい。

『出ました。彼女は級長さんの並行同位体です』

「そうなんですか?」

 検出の結果、陽歌の世界では単なる一般人の並行同位体であることが分かった。

「でも全然違いますよ? ジョアンさん達は僕のこと、見た瞬間陽歌だってわかったので並行同位体って見た目もかなり似てると思うんですが……」

『世界の根幹に関わらない人物は並行同位体でも大きなブレが生じるものなんでス』

「で、そいつはどんな奴なんだ?」

 響はウキウキと並行同位体のことを聞く。が、陽歌は級長という人物を思い浮かべてとても言いにくかった。

「えーっと……後悔しません?」

「いやこっちの私よりはどう転んでもマシだろ。いいから言いなよ」

 そう言い切るとはどんな半生を送ってきたのか気になるところではある。本人もこういうので言うことにした。

「リアルではいっつも顔隠している、変なおっさんです」

「……」

 斜め下の回答に沈黙するしかない響。一方ジョアンは大爆笑していた。

「いいじゃないですか。英雄のデザインベイビーよりはマシで」

「ジョアンお前な……」

 そうこうしているうちに宇宙船はアークスシップへ帰還する。ロビーに出ると、ゲームでしか見たことのない光景が実際に広がるという不思議な体験に陽歌は辺りを見渡してしまう。

(こういうの二回目だけど、やっぱ慣れないな……)

「さて、報告に行きますかね」

「その前にマトイ誘って飯にしようぜ」

 二人はある人物と合流する為にショップエリアへ向かう。流れる様にポータルへ入り、三階の吹き抜けから飛び降りて中央エントランスへ移動した。

「おあーっ!」

 ゲームなら普通にやることだが、現実の陽歌はそんなこと出来ない。そして実際に目にするととんでもない衝撃のシーンであった。彼は怪談で降り、響とジョアンに合流する。

「ん? あれは……」

 その時、妙に再現度の高いキャラを見かける。PSO2では既存のファッションアイテムで他作品のキャラを再現することが多々あるが、この作り込みは半端ではない。見れば見るほど、『ソードアートオンライン』のアスナそのものだ。衣装や髪型も寸分違わず再現されている。

 

 境界を超えて、三つの世界の剣士が集う。




 剣士データ

 響
 流派:ブレイバー/ハンター
 刀と弓を扱うクラス、ブレイバーの力を最大限引き出すスキル構成が施されている。特にハンターのスキル『アイアンウィル』、『オートメイトハーフライン』によって極端に死ににくくなっている他、ブレイバーの『アベレージスタンス』とハンターの『フューリースタンス』によって安定した火力を維持できる。

 愛剣:オロチアギト
 名刀と名高い逸品……に見えるが中身はあらゆる闇を束ね、光の道を示す『光跡刀フロラシオン』。事実上、彼女にとっての『創世器』に当たる。


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第三の男

 アルファポリスにて『ダメ忍者に恋なんてしない』連載中!
 普通の女子高生、望月ひなかの前に現れたのは、祖先に仕えていた義手萌え袖忍者? 義手萌え袖のパイオニア、級長の新作現る!


 陽歌は自身の義手を製造している天導寺重工の支社に呼び出されていた。再生治療が主流となった現代においても彼の様に遺伝子疾患でそれが選択出来ない者もおり、その為の技術発展に陽歌は義手のモニターを行うことで協力していた。

 そして今日、彼のデータが用いられた義手が一般人の手に渡ることとなった。

「おや、君も呼ばれたんですか?」

「あなたは……」

 その場には、白楼高校の生徒、継田響もいた。彼の義手も技術体系の根本が違うとはいえ、メンテナンスを同社に頼っている。二人とも義手を隠す様に服の袖を余らせるので、義手萌え袖と化している。

 響はアタッシュケースを開け、中身を陽歌に見せる。

「これが記念すべき市販品一号、『弐一正式機腕SEKI―LOW』だ。君の義手は粗悪な無線脳波制御義手のチップをフォーマット、月のナノマシン技術でエヴァリーら四聖騎士の旧式化した腕部パーツを接続したものだった。そこから安定して生活用義手として調整を加えた『十九式試製機腕アーリーアガートラム』、それをベースに新規製造した『弐〇式プロトアガートラム』を経て遂に一般流通に耐えうる商品に仕上がったわけだ」

 当然、一般流通に乗せるのでスペックは大幅なデチューン、壱九式に採用されていた握り込むタイプの血圧計、弐〇式に内蔵された指を外すことで使える体温計はオミット。

生産性と堅牢さを重視した結果、本社にパイプのある自分はともかく普通の人が壊れたら修理に時間が掛かって困るだろうと陽歌の要望で取り外されたのだが、社長が駄々をこねたので説得に時間が掛かった。

 ちなみに彼の現在使用している『弐〇改式試製機腕プロトアガートラムⅡ』はそのどちらも内蔵した上で翳すタイプの体温計も増設された。

「しかしボクが注目していたナノマシンによる自動サイズ調整機能、これも定期メンテ時に身体データの反映による変異のみにするとは、思い切った仕様だね」

 陽歌の義手は彼の成長に合わせ、生身の肉体ならばこうだったであろう長さと重さへ変化する。それも不意の事故や変異を防ぐため、メンテナンス工場でロックを外してその際に調整される様になった。

「それでも本体を成長に合わせて買い替えるよりは安く済むので、とにかく安定性と堅牢性の向上に終始しました」

「なるほど、君ならではですね」

 全部乗せやロマンを好むユニオンリバーのメンバーに対し、陽歌はそこに必要なセンスを磨けていないことや、外側からリスクを眺める機会の多さ故に全部乗せと安定を両立する加減の見極めに力を入れている。製造メーカーや技師とすぐにコンタクトが取れ、テストを行う自分のものは可能な限りの機能を乗せて耐久テスト。逆にそれらとの繋がりを持たない一般仕様は修理が必要な機会自体を減らしていく、という設計思想になった。

「失礼いたします」

「おや、来てくれたようですね」

 ひょっこりと顔を出したのは、柿色のマフラーを身に着けた少年であった。歳は小鷹達と同じくらい。奇妙なことに、響や陽歌の様に中性的を通り越して女の子に見えなくもない顔立ちという共通点があった。

「どうも、拙は鼓と申します。新しい義手を作っていただき、感謝いたします」

 今までの義手は壊れてしまったのか、左腕の肘から下は袖が空っぽになっている。右腕は現存とはいえ、不便には変わりないだろう。

「触覚の導入には身体にチップを埋める必要があるから出来ないけど、それ以外は生身と大差ないよ」

「触覚は以前も無かったので大丈夫です。これで……」

 義手を装着すると、あっと言う間に動き出す。かなり装着やリンクも簡易化され、かなり今までの運用データが活かされている。アスルトの技術もあるが、実際に使う人間がいないと改善出来ない部分は多い。

『システムアラート! システムアラート! 社内に侵入者あり! 迎撃態勢を整えて下さい!』

「何?」

 突如、警報が社内に鳴り響く。同時にスマホから通知が流れる。鼓はスマホを持っていないのか、警報におたおたするだけであった。

『臨時ニュースをお知らせします。東京付近に謎の施設が出現。そこから各配信サイトにて代表者が声明を発表しています』

 動画では東京付近の海上に出現した巨大な建物を報道ヘリが撮影したものが流れていた。湾を埋め尽くすほど大きな浮島であり、白を基調とした神秘的な外観が特徴であった。

「これって、例の病院島?」

「いや、あれは粉みじんに吹き飛んだはず……」

 陽歌は以前、都知事が秘密裡に作っていた島を思い出すが、あれはモデルXと一緒に吹っ飛んだ。なのでこれは違うものだ。

『我々は、救世主を迎える者……メシアン』

 動画で配信している声明では、司教っぽい老人が話をしていた。

「キリスト教の関係?」

『我々メシアンはこの地球で信じられていた宗教とは全く異なる、真の救世主をこの世界に迎えるのです。神秘や怪異の存在を秘匿していた対魔協会は何者かの手によって滅びました。これからは、我々メシアンの戦士、テンプルナイトがあなた方神を信じる者を守ります』

「んじゃあ、あの惨劇はこいつらが……」

 響は口でこそ無関係と言っているが、このメシアンが以前起きた対魔協会本部での殺戮を行ったと予想した。

「なんですかなんですか! コラボ回だから平和って聞いてたのに!」

「あー、そういえば一応これ番宣でしたね」

 番宣のつもりで来た鼓はストーリー進行に巻き込まれて混乱する。多分世界観も違うのに大変なことだ。放送でテンプルナイトの要求が社内に伝わった。

『我々の要求は、転輪する2020年を打破した者、浅野陽歌との対決です。それが認められれば、無用な危害は加えません』

「女の人……? 僕を?」

 陽歌は一応、要求通りに出ていく。ここの社員も強い人ばかりなので、相手の隙を伺う為に要求を呑む振りをしておいた方がいい。

「行くのか?」

「忍の拙が戦わずして……」

 響と鼓も同行する。支社の入り口には、二人の女性が立っていた。二人共青いラインが入った白い衣服を纏っていた。

「よく来たわね。その勇気を称えましょう。私はテンプルナイト所属、六花!」

 茶髪の女性が鞭を携える。放送の声とは別人だ。

「同じく、テンプルナイト所属、楓子」

 黒髪を伸ばした、タイトスカートの女性が放送で陽歌を呼んだらしい。

「日本人名?」

「我々は1990年代末に救世主の到来を信じ準備を始めた者達の末裔です。ですので日本人の系譜もいるのです」

「へぇ……」

 他の宗教から見れば新興の部類に入るのだろうか。などと陽歌は考えていた。

「その力、試させてもらいます。私がお相手します」

「楓子、私じゃないの?」

 前に出る楓子を六花が止める。

「あなた救世主のパートナーなんだしもしものことがあったら……」

「彼からは何かを感じます。救世主を探すことも私の使命ですので」

 なにやら外側から察せられない事情がある様だ。陽歌も刀を構え、相対する。陽歌は楓子から敵意ではなく、試す様な気配を感じていた。六花からも本格的な害意を感じない。本質的には敵ではないということなのか。

「では、参ります」

「よろしくお願いします」

 二人は駆け寄り、剣を交える。鼓にはマジの斬り合いに見えたのか慌てることしか出来ない。

「こ、これは援護した方がいいんですか?」

「いや、向こうは陽歌の実力を確かめたいんだろう。救世主を探す……か、何等かの素質がある人間を探しているみたいだな」

 そう言いつつ、響も銃に意識を向けて援護を考えていた。

(なんだ? このざらつく感じは……。六花って人からは感じないけど?)

 陽歌は楓子から異様な気配を感じ取っていた。悪意とも害意とも違う、楓子の意思とは違う何かがそこにあった。

(剣筋が僕と似てる? いや、経験や訓練で積んだとかじゃなくて、何かに導かれている様な……)

 楓子の正体を探るため、神経を尖らせる陽歌。そのせいなのだろうか、遠くから飛んで来る殺意に気づいた。自分ではない。楓子を狙ったものだ。

「危ない!」

「え?」

 楓子を咄嗟に突き飛ばすと、魔力の塊らしきものが陽歌に直撃する。痛みはないが、身体が冷たくなっていく感触があった。

「バイタルが!」

 響は陽歌の心拍や呼吸が一瞬で止まったという事実を認識する。いかなる手段を用いても科学的には不可能。銃声も何もないのではどこから飛んできたのか分からず、久々に焦燥感に駆られる。

「気を付けて! 呪殺系の呪文を使える悪魔がいる!」

 六花が周囲を警戒する。その時、鼓が大きくジャンプしそのまま飛翔した。

「そこ!」

 マフラーが翼の様に広がり、飛行する。穏やかに羽ばたき、みるみる上へ向かっていく。敵は遥か上空、雲の中だ。

目標を定めて左腕を突き出すと、不可視の糸が虚空を叩いた。そこには鳥と人を混ぜた様な怪物が潜んでいた。

「あ! 効いてない! 何この化け物!」

「よくやった、見えればこっちのもの!」

 響はハンドガンで地上からは見えない敵を狙い撃ち、脳天を貫いた。鼓の背後や翼の羽ばたくタイミングを縫った一撃だったので、彼はびっくりして集中を乱してしまった。

「わぁっ……とと……」

 必死に体勢を立て直し、バタバタ慌ただしく羽ばたいて安全に地上へ降りる。

「ぜー……ぜー……」

「あなた凄いのかダメなのかどっちかにして下さい」

 超常的な技が使えても中身が真人間過ぎて響は困惑する。

「あの子は! 早く心肺蘇生を!」

「ああ、いますぐゆいさんに……」

 鼓に言われ、響は呪いの専門家である友人を呼ぼうとする。

「ふはっ! 死ぬかと思った!」

 が、陽歌は息を吹き返す。

「なんです? 蘇生アイテムでも持ってたんです?」

「いえ」

 響が問いただすが、都知事戦の時の様に蘇生アイテムや事前の蘇生呪文は無かった。が、どういうわけか生き返った。

「確実に死んでいたはず……でもよかった……」

 楓子は安心した様子を見せる。六花は落ちて来た悪魔の死体を見て、襲撃の正体を調べていた。

(ケライノー……こんな高マグネタイト値の悪魔がこの世界にいるはず……)

 状況を重く見て、彼女はある決断をする。

「帰りましょう。今は浅野陽歌がメシアかどうかより、この世界に『ガイヤーズ』がいるのか、それともミレニアムの地下に逃げたガイヤーズが活動を再開したのか……どちらにせよ対処しないと危険だわ」

「はい。では、これで」

 六花と楓子は帰っていった。東京に突如現れた謎の組織、メシアン。陽歌を取り巻く運命が加速しようとしていた。

「あ、アルファポリスにて『ダメ忍者に恋なんてしない』、まもなく完結です! 拙の正体とは? そしてその運命やいかに!」

「そういえば番宣でしたね」

 フリップを出してどうにか宣伝する鼓なのであった。




???「そう、それが君の過負荷。名づけるならば、『吊られた幕(アンカーテンコール)』。その能力は君が一番理解しているはずだよ」


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☆朱き鳳の騎士

 四聖騎士朱雀七女

 いすか・クリムフェザー

 朱雀の末妹。本を読むのが好きで、読書の邪魔をする者は文字通り「掃除」してきた。読んだ本の内容を一字一句全て記憶している。
 朱雀の騎士に相応しく、ビームを専門に扱う。


「これがお洒落な街……吉祥寺」

 青みがかった銀髪を靡かせ、周囲の光景にキラキラと目を輝かせる十代前半の少女がいた。彼女は浅野ルシア。ひょんなことからユニオンリバーに保護されたのだ。今日はある用事で東京の吉祥寺まで来ている。

「女神転生でしか来られなかったけど、さすがに悪魔が出たり厳戒令は出ていないのね」

「それはそうでしょうとも」

 ルシアと共に歩くのは、彼女を同じくらいの年代の少女。茶髪であるが前髪に赤と黄色のメッシュが入った、眼鏡の少女。

「いすかは何で付いてきてくれたの?」

 ルシアが初めて東京に行くというので付き人は当然必要であったが、用事が用事だけにこの少女、いすかが率先して名乗りを上げた。

「陽歌くんとは読書仲間ですし。私は他の姉妹ほど関われていない様な気もするので」

「そうかな? あの子が近くにいたがるのは珍しい気もするけど……」

 今回の旅は、ルシアの義弟、陽歌に関わることであった。彼の友人にある人物から連絡があった。その人は陽歌が故郷の北陸で周囲に迫害されている時、助けに入れなかったことを相当悔いていた。そのまま引っ越してしまって後悔だけが残ったそんな時、陽歌がテレビに出たことで所在が判明。謝罪したいと陽歌と仲の良かった友人に相談したのだ。

 当人は『なら直接会えよ』と言ったが、まず会わせていいのかルシアは心配になった。両腕を失うほどの迫害など想像を絶するモノ。陽歌のトラウマが再発しないか気になったルシアはその人が会っていい人なのか確認する為に、先制殴り込みということだ。

「そうですかね?」

「そうよ。会ってすぐの私が言うのもなんだけど、人間不審の典型みたいな子は結構見て来たし」

「The habit of life from the soul,and the soul forms the countenance.ってとこですね。件の子も、単なる臆病な善人か、卑怯な弱者か、会えば分かります」

 いすかが提示した英語にルシアは首を傾げる。彼女はロシアとのハーフだが、かと言って外国語が話せるわけではない。日本で育っている。

「生活習慣は精神を形成し、精神は顔つきを変える。フランスの小説家、オノレ・ド・バルザックの言葉よ」

「よくそんな長い英語暗記出来たわね……」

「私は読んだ本の内容を一時一句違わず覚えることが出来ます」

 いすかには完全記憶の様な能力が備わっている。これも全て、彼女が人間ではなく錬金術師アスルトの生み出したロボットだから可能なのだ。

「とはいえ、『翻訳はノイズ』とか『原著を敢えて読む』という発想は陽歌くんから貰いましたね。私は片っ端から読むので、選び取るということ自体しなくて」

 だが、制限があるが故の強みというのも当然ある。陽歌は目星をつけて本を選び、情報を得ることについてはいすかより得意だ。なので陽歌が探し、いすかが覚えるという組み合わせで互いを補えばブレインとして最高の働きが可能である。

「あ、ここね」

 ルシアは目的の家を見つける。

「ここがあの女のハウスね……」

「もうネット文化に毒されている……」

 ルシアはそろそろと家に近づく。吉祥寺に一軒家を持てるとは相当なお嬢様らしい。そんな高収入の仕事が出来る程度に常識ある人間には、マーベルコミックスに登場する市民とデビルマン終盤の人類を足して割らない程度の民度しかないあの街は耐えがたいだろう。現に、陽歌の友人であった二人も引っ越しで別れることとなった。

「突撃―! 大和魂を見せてやる!」

「何か悪いものでも食べた?」

 自分に出来た弟可愛さから変なスイッチが入ったルシア。彼に助けられた分、今度は自分が助けるのだと気合十分だ。

「敵の潜水艦を発見!」

「ダメだ!」

 庭に侵入して鯉を見つけるルシア。もう不法侵入どころではない騒ぎをいすかが止めようとする。これでも他のメンバーよりハジケ具合がマシなのが酷い話だ。庭にある大きな窓から家の中が見え、そこではルシアより少し年下くらいの少女を膝に乗せている少年がいた。少年は高校生くらいで、赤いジャケットが目立つ。

「私……絶対恨まれているよね……? 許してなんか、もらえない……」

「紬……」

「私には出来たのに……うちが病院だから、陽歌くんのこと助けられたのに……」

 痛々しい独白もそこそこに、少年の方がルシアに気づく。様子を見ていた彼女は思わず叫ぶ。

「小児性愛者だーっ!」

「生々しいから日本語にしないでください! 僕はロリコンではないというか紬と僕は4つしか違わないですからね?」

 確かにこの年代は歳の差が二十歳以上より露骨に出がちなだけで、社会では結婚していることも珍しくない年齢差である。だが諸事情によりペドフィリアスレイヤーと化したルシアには通じない。

「デマーガ!」

「街中で怪獣召喚しようとしないでください!」

 端末で配下の怪獣を呼び出そうとするルシアをいすかが止める。

「目的を忘れないでください!」

「そうだった!」

「君達は……?」

 突然現れた面白集団に少年が困惑する。紬も膝から降り、後ずさる。

「ああ……殺しにきたんだ……陽歌くんが私を……」

「関係者だけどそんな物騒じゃないから! むしろそっちを殺したいくらい!」

 それはもうどったんばったん大騒ぎだったので少年といすかが場を収めた。

 

「僕は夕夜。金子夕夜です。彼女の……、八神紬の友人でして……」

「……」

 少年は夕夜と名乗った。件の少女は紬。名前は聞いていたが、まさかここまで追いつめられているとはルシアも想定外だった。

「うーん、これは……」

「どうでしょうお姉さん」

 ルシアは少し考える。話がややこしくなってきた。いすかも何とも言えずにいた。この年齢でここまで気に病むとは、逆に会わせにくいのである。陽歌は間違いなく許すだろうが、紬の精神が心配だ。

「陽歌くんは……まぁ許しますよね。話聞いた時から『覚えてないってことな何もされてないし、何もされてないことは怒れない』と言ってましたし」

「そうよね……。『いじめは傍観者も同罪』なんて言うけど、実際のリスクを考えたらよほど勇気がいる。本来何とかすべき大人が対処をほっぽり出して責任を分散する為に作った便利な言葉だもの」

 ルシアはその言葉に懐疑的、というより大人というものを基本的に信じていない。彼女が心を許す大人は、燃える刀を携えて助けに来てくれた陽歌の養父、浅野仁平と同じ匂いを持つ者だけだ。

 その妻、さとはもちろん、陽歌を助け、支えたアステリアやアスルト達も信用に値すると思っているが、それ以外には基本偽悪説を適応して入っていく。

「でも……私は……」

「そうやって自分を責めること自体、連中の思うツボなのよ。あなたは加担しなかっただけで十分。本当は、大人が守ってあげなきゃいけなかったのよ。そして、道を違えない様に導かなければならなかった」

 ルシアからすれば、加害者となったあの街の子供も、大人が役割を捨てたことによって生まれた被害者だ。特に紬は、悪いことをしていないのに苦しんでいた。

「凄いね、君は……。僕はそんなに言い切ってあげられなかった……」

「あなたも、寄り添ってくれただけでかなり助かったんじゃないかな?」

 夕夜の言う様に、こうも切り捨てられる人間は、特にルシアの歳で大人を見放せる子供はいないだろう。

「ああ、そうだ。せっかく訪ねてきたのだからお茶の一つお出ししないとね」

 夕夜は空気を変える為に台所へ向かう。

「あ、ごめんなさい。今お茶切らしてて」

「いいよ。だったら僕がとっておきをごちそうするよ」

 お茶が切れているというので、夕夜は自宅へ向かおうとする。

「あ、お構いなく」

 玄関へ向かう彼にルシアが顔の覗かせつつ声を掛ける。そんなわざわざ自宅から取ってまでお茶を出してもらう用事ではない。

「何、すぐ隣なんでね」

 夕夜が玄関を開けると、警察が複数人立っていた。これには後ろめたいことのない人物でもぎょっとするだろう。

「金子夕夜さんですね。あなたに殺人の容疑が掛かっています。署までご同行ねがいます」

「何だって?」

 夕夜にとってはまるで心当たりのないことらしく、驚いた様子を見せた。

「待って、手帳と所属を明かしなさい!」

 ルシアは警察官に怪しさを覚えた。警察ならば手帳を見せてから用事を告げるもの、と親しかった者が言っていた。

「とにかく来てもらう!」

「何をする!」

 夕夜は複数の警察官に取り押さえられ、連行された。パトカーらしき車に乗せられたが、こちらにも所属の表記はない。

「夕夜さん!」

「チッ、どうも偽警官みたいね」

「追いましょう」

 すぐにルシアといすかが追いかけるも、パトカーは市街地をタイヤが唸るほどの速度で爆走し消えていった。

「夕夜さん……」

 紬は膝から崩れ落ちる。あの様子だと、かなり精神的に支えてもらっていたのだろう。

「ん?」

 その時、ルシアの携帯が鳴る。電話に出ると、陽歌の声がした。

『もしもし? お姉ちゃん? やっと吉祥寺に着いたけど、今どこ?』

「今あの女のハウス。でもなんか彼氏さんが偽警官に連れてかれちゃって……」

 ルシアは現状を説明する。

『いすかもいるんでしょ? 助けてあげて!』

「わかった」

 淀みなく助けを求める陽歌に、ルシアも応える。

「可愛い弟の頼みだし、いっちょやりますか。グエバッサー!」

 また怪獣を召喚しようとしたのでいすかが止めに入る。

「待って。ここは私が行く」

「おっと、市街地で怪獣はダメだった……お願い!」

 いすかは赤い光の翼を広げ、パトカーの追跡を始めた。

 

 偽警官の偽パトカーは警察署ではなく、郊外の施設へ迷うことなく向かっていた。いすかがその内部をスキャンすると、高い魔力の反応を感知した。おそらく主犯のものだろう。そこへ目掛け、いすかは建物を破壊しながら飛び込む。

「なんだ?」

 突入したのは手術室。一体何が目的なのかについては、いすかも興味が無かった。魔力を出しているのは医者らしき男。

「ふむ……人間に擬態しているみたいだね」

「私の正体を知っているのか……ならば生かしてはおくまい。貴様も改造の素体にしてやる!」

 医者は自身の正体が知られていると悟り、その姿を変化させる。馬に乗った鎧の騎士であるが、その頭は獣になっている。

「この堕天使、オリアスの崇高な研究を邪魔するものは、ここで消えてもらう!」

 オリアスは手にした槍から光の弾を放つ。だが、いすかは素手でそれを反らしてしまう。

「何? これならどうだ!」

 今度はビームを放つオリアス。だが、正確に反射されて自分に命中するだけであった。

「グワーッ!」

「四聖騎士、朱雀七女、いすか・クリムフェザー。朱雀の騎士は光学兵器の専門家……故にお前程度のビームは掌で転がす様なもの」

 四聖騎士にはそれぞれの専門がある。白虎が格闘に長けているのなら、朱雀はビームの扱いに特化している。そのビームが何であれ、ビームであるのなら扱えないことはない。サーディオンである七耶経由で科学方面のビームと魔術方面のビーム双方のノウハウが得られた影響も大きいのだが。

「ならば肉弾戦で倒せばいいだけのこと!」

 オリアスは槍を振るい、馬で突撃を仕掛ける。だが、その身体はひび割れ、内部から光が溢れる。

「な、なんだ……?」

「さっきの反射でお前のコアを貫いた。勝負は決している」

 加えて、その性能に胡坐をかく様な性格の騎士はいない。自分の土俵に相手が立っている間にケリをつけるのが基本だ。

「ば、馬鹿な……このオリアス様が……死ぬ? ネビロスの様な変人が評価されて……このオリアスの研究が未完のまま……だと? ありえない!」

 オリアスはそのまま爆発四散。これにて事件は解決だ。

「凄い爆発があったけど……君は……」

 夕夜が遅れて部屋に入ってくる。後ろには多くの人達がおり、彼と同じく偽警官に捕まったことが伺える。

「自力で出てこれたんですね」

「どうやら、ここの人達は人体実験をされているらしい。ゾンビにされた人もいたよ」

 夕夜は捕まった人を解放しながらここまで来ていた。ゾンビになったという人もいるので、そこはどうにかせねばならない。

「その人達はうちで預かりましょう。錬金術なら元に戻す方法もあるかも」

「頼めるのかい? ありがとう」

「それより紬ちゃんに顔見せて安心させてあげてください」

 夕夜はゾンビにされた人達を気に掛けていたので、そこはいすかが引き継いで帰る様に促す。

「すまない、ありがとう! この礼はいつか必ず!」

「気にする必要はありません。我々はトラブルコンサルタント、ユニオンリバー。あらゆるドンパチを解決するのが、私達の仕事ですので」

 細やかに生きる人々を守る聖騎士の一人は、助けた少年の背を見送っていた。

 




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 金子夕夜

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危険な好奇心(過去編)

 洒落怖とは

 インターネットに存在する「洒落にならないくらい怖い話」のこと。怪談なので真偽は重要ではないが、怨霊系からサイコホラーなど多岐にジャンルが渡る。


「この子、里親決まらないね……」

 陽歌は去年の二月辺りから面倒を見ている野良猫、ダニエルのことを気にかけていた。里親探しをしているが、どうも彼以外に懐かないため譲渡が難しい状態なのだ。

「もう運命だろ。うちの子にしようぢぇ」

「でも……」

 七耶は諦めて飼う気満々で猫じゃらしをダニエルに差し出していた。だが、全くの無視である。もうそういう歳ではないのか、遊ぶつもりがないのか。

 陽歌はダニエルを飼うことにかなりの躊躇いがあった。猫が嫌いという様子は無いどころか、一番世話をしているくらいだ。

「アレルギーか?」

「いや、昔ちょっと……ね」

 もう彼は「ただでさえ居候なのに動物まで……」という遠慮は見せない。そもそもダニエル含め野良猫を集めたのはアスルト達なのだが。

「ペットロスか」

「そんなとこ……かな」

 七耶は過去に飼っていたペットを失ったことが原因と考えた。ペットロスは責任を持って愛情込めて生き物に接するほど重く長くのし掛かる。前のの子が忘れられず、次の子が飼えない、というパターンだろう。

「あ、ちょっと出掛けてくるね。小鷹のお見舞い」

「おう、行ってこい」

 陽歌は再会した友達のお見舞いに行くことになっていた。今のご時世、オンラインで会える上に少し離れた場所だが、気になる話があったので実際にいくことにした。

「さて……」

 ガレージに着いた陽歌は、自身のゾイドであるライオン種バーニングライガー、カイオンを見上げる。不完全な復元をされたところを拾って保護したが、一時は死の危機に瀕した。奇跡的に生還を果たしたが、

(そういえば、ゾイドも生き物なんだよね……)

 生きている限りいつかは死ぬ。そんなことは分かっていたが、その別れを想像などしたくなかった。それをカイオンの件で嫌でも突きつけられた形になる。

 元の癖で眠っていることの多いカイオンを起こさない様に、彼は敢えてゾイドではなく近くに停められていたクワガタを模したヘキサギアに乗り込む。

 ヘキサギア、モーターパニッシャーを飛行させ、陽歌は目的地へ向かう。今は亡き、かつての愛犬達を思い出しながら。

 

   @

 

 これは数年前のことである。

 

 陽歌は故郷、金湧市にいた頃は家族などもちろん、学校の教師やクラスメイト、街の人からも迫害を受けてボロボロになっていた。これがまだ小学一年の頃の話なので、少なくともこの地獄はあと三年近く続くのだが、当時の陽歌にはもはや当たり前の状態となっていた、

 そんなところを助けてくれたのが友人の広谷小鷹と狭山雲雀である。彼らは居場所の無い陽歌を学校の裏山に作った秘密基地に匿ってくれた。夏休み、この秘密基地に泊まろうという話になり夏の長い日が暮れる頃集まった。

 秘密基地は山に空いた穴の様な場所であり、中に拾ってきたカーペットを敷いている。おそらくここが開発される前に大きな熊でも冬眠していたのだろうか。それとも金鉱や炭鉱があったとのことなので、その痕跡なのか。

「うーん……さすがに捨てられるモンには当たりが少ねぇな」

 ショートヘアでメガネを掛けた女子、雲雀は拾ってきた成人向け雑誌を捲って呟く。近くには懐いている野良犬のヒューイがいた。

 陽歌は雲雀が持ってきてくれたお菓子をひたすら貪っていた。食事が基本用意されず、給食が命綱である彼は長期の休みになると食料の供給に悩まされる。場合によっては給食費の滞納を理由にそれすら食べられず、常にお腹を空かせているというより半ば飢餓状態になる。

 そんな陽歌の傍にも野良犬がいた。おこぼれを狙う様子もない。彼らは餌付けもしていないのに雲雀達に懐いて行動を共にしている。ブラウンというもう一匹の犬はその名の通り茶色い。

「なんつーか、漫画にしてもバタ臭いんだよ画風が」

「うん、現代的じゃないって感じだね」

 『萌えキャラは髪やアクセサリーが無いと判別出来ない』と通ぶった人間がよく言うが、漫画というのはデフォルメの極北である。なので詳細を省く以上、そうなるのは当然の帰結。日本の漫画は特にその傾向が強く、実写化の際に違和感を生じる原因となっている。

 もちろん、成人向け雑誌ばかりではなく普通の漫画雑誌も収集されている。とはいえ拾ってくる都合、話は途中から、続けて読んでも途切れ途切れである。

「ふぅ、ごちそうさま……」

 陽歌はお菓子を食べ終え、ジュースを飲んで一息付く。ここが唯一安心出来る場所ということもあり、だんだんうとうとしてきた。

「あ、ムカデ」

 そこそこ大きなムカデを見つけ、陽歌は手を差し伸べる。ムカデは手に昇ってきて、彼を噛む。当然、毒の影響で物凄く痛いのだが、日頃から暴力に晒される彼にとっては何てこともない。むしろ大きな相手に立ち向かうため、身を守るための悪意無き力は心地いいくらいだ。

「雲雀、ムカデいたよ。何か儲け話あるかもね」

「うわ、けっこうデカイぞ……」

 陽歌はムカデを雲雀に見せる。こんなところを基地にしているだけあり、彼女はそこまで驚かない。ムカデはこうした洞窟に住むため金鉱ではよく見かけることから、金運の象徴とされることも多い。

「ほら、いっておいで」

 陽歌は用事を済ませるとムカデを解放する。変温動物の虫をあまり触っていると、体温で弱らせてしまう。

「あいつ、どっちかっていうと益虫だよな。家だとゴキブリ倒すし」

「そうだね」

「見かけで損してるよなぁ……噛むのも不可抗力だし」

 ムカデはその外見から嫌われているが、アシダカグモほどではないもののゴキブリハンターの一角である。有毒害虫であるがそれは人がむやみに手を出すからであり、益虫としての側面もある。見た目で差別されている、という点において陽歌は蜘蛛やムカデにシンパシーを感じないでもなかった。

「てーへんだてーへんだ!」

「なんだどうした?」

 そこへ慌てた様子で小鷹がやってくる。いつもの様に巾着袋を持っているが、小脇には捨てられたものである漫画雑誌が抱えられている。

「みち○んぐ先生の漫画が乗った快楽○が落ちてた!」

「なにぃー!」

「そんなことが……」

 一気に話のIQが低下する。成人漫画は単行本が出るとは限らない、出たとしても年単位で時間が掛かる世界。氏ほどの人気作家とはいえそれは例外でなく、そんなものが掲載された雑誌を捨ててしまう人間は滅多にいないのだ。特にこの時代、雑誌すら電子化しているのでは紙媒体自体流通量自体減っているというのに。

「先生の書く女の子かわいいなぁ……」

「垢抜けてるっていうか」

「分かる」

 小鷹、陽歌、雲雀の三人は小学一年生とは思えない齧り付きっぷりを見せる。大丈夫かこいつらとも思わなくないが、見た目が違うだけの子供を町ぐるみで迫害する連中よりは百倍以上もまともである。ヒューイとブラウンは内容こそ理解していないが、仲のいい人間三人が揃って見ているのでいいものに違いないと覗いてくる。

 

 ひとしきり漫画で盛り上がった彼らであったが、夜も更けてきた。小鷹と雲雀は友達の家に泊まると言って家を出ており、問題はない。陽歌に関しても風邪の症状があると移さない様に追い出されるので、それっぽい素振りを見せて自ら抜け出してきた。

「夜も更けて参りました。近所迷惑にならない様に音量を下げてお楽しみください」

「今やイヤホンでどうとでもなる世の中だがな」

 小鷹と雲雀は漫画を読み返してまったりと過ごしていた。陽歌は蓄積した疲労と久々の安心感から、毛布にくるまってぐっすりと眠っていた。ヒューイとブラウンも傍にいる。

「なぁ、小鷹」

 雲雀はある話を切り出す。それは、陽歌にとって深刻な話であった。

「私の親がなんか引っ越すとか話してんだよ」

「そっちもか? こっちもだ」

 悪いことは続くもので、小鷹も親から引っ越しの話が出ていた。金湧というのは陽歌の処遇からも分かる通り、まともな町ではない。普通の神経をしている子供の親では、こんな町で子育てをするなど耐えられないだろう。故に、そうした話が出るのは自然であった。

「そうなると、こいつをどうするか……だな」

「ヒューイとブラウンは元々野良だから百歩譲っていいとしてもな」

 だが、そうなると陽歌が一人きりになってしまう。彼は家庭からして狂っており、子供であるが故に逃げられない。教師ですら彼への暴行に荷担する始末で、何度か児童相談所にも行ってみたが子供だけでは相手にもされないのだ。

「何とか親に掛け合ってみるよ。さすがにこれを放っておく様な人間だったら、嫌だしな」

 雲雀はどうにかならないか親に聞いてみることにした。自分の親が身寄りのない子供に何もしてやれないとは信じたくもなかった。

「ま、最悪この町の外に出りゃ誰か助けが得られるだろ」

 小鷹も最後の手段として、可能な限り遠くへ連れていくことを考えていた。そうすれば、状況の一つくらい変わるだろう。

(みんな……)

 だが、二人はこの話を陽歌が目を覚まして聞いていたことに気付いていなかった。彼は、あと一歩手を伸ばせば届く救いに飛び込むことができないでいた。

(ダメだよ……僕なんかの為に……)

 陽歌は今のままでも、十分救われていると思っていた。そして、外に行ったところで何も変わらないと思っていた。幼い陽歌にはこの町が全てで、この町の常識が世界の常識、そしてそうでないことを期待して裏切られた時の恐怖もあって動けなかった。

 こういう実験がある。ゲージの床の半分に電流が流れる様にしておくと、そこに入れられた犬は電流を避ける為に電流の流れない床へ移動する。だが、全面に電流が流れると犬は回避行動をやめるのだ。学習性無気力、と呼ばれるもので、陽歌が陥っているのもこれだ。生き物はどうしようもない状況に直面し続けると、抵抗や回避をやめる。

「ん?なんだこの音?」

 話をしていると雲雀が物音に気づいた。誰かが山の中を歩くような音であった。

(足音のペースからして……人間だ)

 陽歌は鳴っている足音のリズムから人間であると考えた。犬や熊の様に四足歩行だと、もっと頻繁に枝葉の折れる音がするはずだ。

「おいおい、幽霊か?」

 小鷹は立ち上がり、探索に出掛けようとする。雲雀も外の様子を伺い、どさくさに紛れて陽歌は起き上がって今しがた目を覚ましたフリをする。

「警察だったら私ら補導だぞ?」

「けっ、仕事しない警察に補導される筋合いないね」

 相手が見回りの警官であることを雲雀は危惧するが、小鷹は陽歌の保護に協力してくれない警察に不満があった。警察が仕事しない故にこうして陽歌の安全を確保しているのに、それで補導されたのでは納得がいかない。

「警察だったら闇討ちしてちょっと痛い目合わせるか」

「そうだな」

 二人は意見を合わせ、バットなどで武装して外に出る。陽歌はなぜ彼らがそういう話になったのかを察して止めに入る。

「ちょ、待って……」

 とはいえ日頃の恨みが募っている二人は止められず、ずいずいと足音の方向へ向かっていく。足音の先にいたのは期待の警官ではなく、やけに厚着した中年女であった。

「ん?なんだあいつ」

「なんだサツじゃないのか……」

 ガッカリ、といった様子であった小鷹と雲雀だったが、陽歌は血生臭いことにならなずに済み一安心。

「しかし、一応ここ学校の敷地だぜ?」

「不法侵入だな」

 だが、新たな疑問が生まれる。なぜこんなところに中年の女がいるのだ?見たところ教師の一人だとも思えず、それならむしろ怪しいくらいだ。

「一体何をしてるやら……」

「追いかけるか」

 自然な流れで中年女を追いかける小鷹と雲雀に陽歌はついていく。中年女の方は懐中電灯を持っていても足元が覚束ないが、彼ら三人は山の中に慣れている上夜目が効く陽歌を先頭にその足取りを真似て動いているため、足音すら立てずに追跡が出来る。歳の差もあるが、散々山を遊び場にしてるだけあり現代っ子にしては足首が柔軟だ。

「ん?」

 中年女がある巨木の前で立ち止まると、何かを取り出してそれを釘と金づちで打ち付け始めた。典型的な呪いの様だ。

(木を傷つけて……)

(んなことより呪いってやべぇだろ)

 陽歌は木が傷を受ける方を気にしていた。だが小鷹はこんな一目に付かない場所まで態々来て呪いをしていることのヤバさを実感していた。

(安心して、こういう呪いは見られたら無効になるか最悪跳ね返るよ)

(へぇ、んじゃ帰ろうぜ)

 陽歌の解説で安心した雲雀が振り向くと、後ろに付いてきたブラウンとヒューイがいた。そして、あろうことか吠えてしまったのだ。

「ワン!」

「このバカ犬……!」

 そのせいで中年女にバレてしまう。中年女は奇声を発し、逃げる陽歌達を追いかけてくる。

 それはもう人間の様子とは思えなかった。何かに憑りつかれた、というレベルではなく自身が悪霊と化した様な勢いであった。いかに女が中年相当の運動神経しかないとはいえ、子供と大人の歩幅は隔絶の差。距離はどんどん縮まっていく。

「うわっと……!」

「小鷹!」

 暗い山を走っていたせいで、小鷹が足を取られて転んでしまう。陽歌は逃げ足が速く夜目も効くので案外大丈夫だ。

「この!」

 陽歌が咄嗟に反転し、小鷹を掴もうとしていた中年女の顎に膝を入れる。日頃から暴行を受けている彼はどこが一番痛いかを本能的に把握しているのだ。ヒューイとブラウンも本気で足を噛み、中年女を足止めする。

 甘噛みではない本気の噛みつきは服の上からでも肉を食い破る力があり、中年女は獣の様な雄たけびを上げていた。ヒューイが足を払い、「行け」と示したのを雲雀はくみ取った。

「逃げるぞ!」

「でもヒューイとブラウンが……」

「人間は素手で猫にも勝てないんだ。それより早く離脱して二人が交戦する時間を……」

 躊躇う小鷹に、陽歌も逃走を提案する。さっさと逃げて二匹が格闘する時間を減らした方が、双方の生存率が上がる。常に敵対者がいる彼であるからこその冷静な判断であった。

「分かった」

 三人は急いで下山することにした。あの様な異常者がいる山で一晩など過ごせない。一番近い雲雀の家に逃げ込み、夜を明かすことにした。親が眠っている隙を突き、こっそりと忍び込んで避難する。

 

「ったく、なんなんだあの女……」

「今時呪いなんて……」

 走って汗だくであったので、陽歌と雲雀は風呂を沸かして汗を流した。一斉にじゃぽんと湯舟に浸かり、溜息を吐く。狭い湯舟に向き合って座るが、服を脱ぐと陽歌のやせ細った身体や酷く残る痣と生傷が目立った。膝を軽く擦りむくだけでも湯に浸かるのは難儀するのだが、陽歌はその程度の痛みに動じないほど感覚が麻痺している。

「ヒューイとブラウン……大丈夫かな……」

 心配があって眠れないだろうところを、陽歌はすぐにウトウトし始めた。どんなに心がざわついていても、身体がもう限界に近い証拠だ。

「大丈夫だ。犬が本気出したら人は勝てねぇって」

 雲雀も自分に言い聞かせる様に呟いた。だがあの常軌を逸した女のことだ。ゾンビのごとく痛みも無視して暴れたのなら、返り討ちにするチャンスはある。

 風呂を出ると陽歌をベッドに寝かせて休ませる。本当ならばこうして屋内で休息を取らせたいのだが、雲雀と小鷹の両親は周囲の風評を真に受けて陽歌と関わらない様に言ってくる。万引き常習犯という話も、家でご飯が食べられないなら仕方ないと思っている。

 

 日が昇ると雲雀の両親が目覚める前に、ブラウンとヒューイの安否を確認する為三人は山へ向かう。途中、野球クラブの倉庫に忍び込んでバットを拝借。武装して突入だ。

 まずはあの中年女が何かをしていた場所を捜索する。明るくなったのですぐに異常はわかった。木に釘が打ち付けられており、そこには写真が貼り付けられていた。その写真は見知らぬ女性のものであったが、証明写真でありどこかの書類から切り取ったのかかなり小さい。

「ブラウン!ヒューイ!」

 陽歌は二匹を探す。だが、何も反応が無い。いつも陽歌が山に入るとすぐに出迎えてくれるはずなのだが。

「基地の方かもしれねぇ」

「そうだな」

 撃退したのなら基地にいると小鷹は判断し、基地へと向かった。基地の屋根には、昨晩小鷹が忘れた巾着が釘で打ち付けられていた。

「しまった……」

 悪いことに、巾着には学年とクラス、フルネームが書かれておりあの中年女が情報を得たと思われた。学校の裏山なので、どの学校かは言うまでもないだろう。そして基地のあちこちに『小鷹呪殺』とわざわざ何かで文字を刻んていた。

「暇人……」

 呪われた張本人の小鷹はその手間を考えただけでげんなりした。いい大人が呪いなんてやっている時点でお察しなのだが。

「ブラウン……ヒューイ……」

 陽歌は二匹の亡骸を基地の中で見つけてしまった。格闘の末、ハンマーで殴打されて死んだのだろう。その頭に釘を打ち込むという異常な行動も見られた。

「う……ぅぅ……」

「陽歌……」

 どんなに痛め付けられても顔色一つ変えない陽歌が、涙を流す。彼にとってはこの二匹が心を許せる数少ない存在だったのだ。それを奪われた喪失感はとてつもないものであった。

「お墓、作ってやろうか」

「……」

 雲雀の提案で二匹の墓を基地の中に作ることにした。小型犬なので亡骸を埋めること自体は簡単であった。

 

夏休みの最中、二人は陽歌を元気付けようと手を尽くした。しかし彼の塞ぎ混み様はすさまじく、結局立ち直ることが出来ないまま夏休みが終わった。

夏休みが終わり二学期になった。雲雀と小鷹は陽歌とクラスが違うので、わざわざ探さないといけない。

「なぁ、陽歌見なかったか?」

「いや……ていうかなんだそれ?」

小鷹が湿疹まみれになっているのを見て、雲雀は心配した。

「知らね。まぁ汗疹か蕁麻疹だろ」

 時期が時期だけにそんなことだろうと小鷹は考えた。搔いてはいけないというが、痒いものは痒いので我慢出来ない。その様子を、通りかかった教員が見る。

「お前達、やはり浅野に関わっているな。こうなるからやめておけといっただろう」

「は?」

 湿疹が陽歌と関係あるかの様な物言いに小鷹は素で困惑する。中年女の呪いとも、ましてや陽歌が関係しているとも彼は考えていない。

「あいつは鬼子なんだ。犯罪者同士の間に生まれた上に母親の命を奪っている」

「あ、そうなんだ。それで何か問題?」

 親のどうのというのが全く関係ないことは、付き合っている小鷹と雲雀が一番わかっている。

「ゲームのやり過ぎだろ。ドラクエモンスターズかよ」

「ぐぬぬ……」

 雲雀に正論で返され、閉口するしかなかった教員はその場を去る。

 その後陽歌の安否が確認できたのでクラスに二人は戻った。やはりヒューイとブラウンを失ったことで精神的に参っているのか、いつも以上にやつれていた。二人はあの二匹が野良犬である以上、いつ保健所に送られても仕方ないと覚悟出来ていたが、行政処分に基づいて回収されるのと他人に殺されるのは違う。あの中年女は今度会ったらボコボコにしようと決めるのであった。

 とはいえ、年齢相応に数発殴る程度しか考えていない。

「えー、この辺で最近不審者が見られています」

 ホームルームで不審者の情報が共有される。この街の治安では珍しくないが、今回ばかりは二人の目を引くのであった。

「真夏なのにコートを着た女が子供の顔をじろじろ見るそうです」

「あの呪い女か?」

「まさか」

 ふと中年女が浮かんだが、まさかそこまで大人が暇だとは二人も思っていなかった。

 

 下校時間になり、三人は合流することにした。小鷹はホームルームでの話が気になり、二人に提案した。

「あの不審者が呪い女だとしたら、俺が狙われているかもしれん。だが、逆にチャンスだ」

 敵が自分を探している状況をあえて利用するのだ。

「チャンス?」

「俺も奴を探す。相手はどうもこっちを探しているようだが、こっちはコートの怪しげな女を片っ端からぶん殴ればいい」

 この残暑も厳しい中、コートを着ている女を見つけるのは容易だ。例え件の中年女でなくても、不審者なので殴られても警察に駆け込むことは出来ないだろう。相手の後ろめたさを逆手に取るのだ。

「んじゃ、お前らは気を付けて帰れよ! 戦果を期待しとけ!」

「あ、小鷹ー!」

 陽歌は小鷹を心配していたが、彼は走っていつもとは反対方向へ行ってしまう。

「どうしよう……」

「んじゃ、こっちも探して早めに撃破すんぞ」

 小鷹が危険な橋を渡ろうとすることに気が気ではない陽歌であったが、雲雀は単純な解決策を用意する。小鷹が危なくなる前にこっちが中年女を倒せばいい。

「とりあえずお前はうちに隠れてろ。今日は親帰ってこねぇんだ」

「うん……」

 秘密基地を失い、陽歌も隠れられる場所がないのでなるべく雲雀と小鷹の二人で順番に匿っていた。この猛暑では外にいるだけで危険だ。なるべく冷房の効いた部屋で眠れる時間を稼いだ方がいい。給食くらいしかまともな食事の摂れない彼は長期休みになるとそれも失うため、腹を満たすことも重要だ。

 子供の力では夏休みで欠食し、失った栄養を補うのは難しいので今後もなるべくこうして何か食べさせることに二人は決めていた。

「ん?」

 雲雀の家まで歩いていると、コートの女と遭遇してしまう。まさかこちらでエンカウントするとは、と雲雀は遠巻きに女の顔を確認する。やはりというべきか、あの中年女だ。気づかれない様に遠回りして、陽歌を家に置いたら戻って撃破、と彼女は順番を考えていた。肝心の陽歌は信号機の傍に備え付けられた交通安全の手旗を気にしていた。空腹のせいか彼はこういう奇行がたまに見られるので、雲雀は気にしていなかった。

「陽歌、ここは……」

 遠回りのルートを頭の中で模索し終えたので、雲雀は陽歌に声を掛ける。が、なんと陽歌が女の方にフラフラ歩いていくではないか。

「陽歌?」

 そして、いつの間にか手にしていた石で女の脛にフルスイングを決める。石と言っても握り拳よりは大きい代物の尖った部分での攻撃だった。

「ええええええ!?」

 あんまりな状況に雲雀は混乱した。あの自分を噛んだムカデさえ殺さない陽歌が殺す気の攻撃を行ったのだ。女は声にならない叫びを上げて転倒する。その女に馬乗りとなった陽歌は手旗をへし折り、鋭利な先端を喉へ目掛けて振り下ろす。

「陽歌! 待て!」

 雲雀が何とか腕を抑えて凶行を止めるが、既に攻撃を防ごうとした中年女の手を切り裂いて返り血を浴びる程度には攻撃していた。

「何をしている!」

 そこに運悪くかよくか、不審者を警戒していた警察が通りかかった。警察は陽歌を取り押さえると女から引き剥がそうとするが、彼は警察の手を旗で刺しつつ女を足蹴にして抵抗を謀った。拘束からの離脱と女への攻撃を同時に効率よく行っている。

 陽歌は特に怒りの声を上げることなく、瞳孔を開いて殺意を剥きだしにしている。

「あ、おいこれには事情が……」

「またお前か懲りない奴だ!」

「今度は暴力か!」

 雲雀がこうなった経緯を説明しようとしたが、警察は聞かずに陽歌を連れてパトカーに乗ってしまった。

 

 翌日、陽歌は学校に来なかった。おそらく警察に捕まっており、まだ出られないのだろう。教師は陽歌が狂暴なので近づかない様に言うだけで、相手が犬をも殺した不審者であり、呪いを見られた腹いせをしようと目撃者である小鷹達を探していたことには触れない。

「困ったな……」

「まさか陽歌が一番ボコボコにする気あったとはな」

 仕方なく、雲雀と小鷹は陽歌が返ってくるのを待った。中年女がいなくなって一安心なのだが、今度はまた違う心配が増えてしまった。

 

   @

 

 何とか病院を抜け出した中年女は、足を引きずってある一軒家まで来た。あの後治療もそこそこに陽歌の自宅を特定し、そこまでやって来たのだ。手には灯油を入れたポリタンクを持っている。民事のどうのこうのを理由に陽歌と雲雀の住所を聞き出し、仕返しに火を点けようとしているのだ。

「あのガキ……一番ひ弱そうだから油断した……殺してやる……」

 この家に陽歌がいるかどうかまでは確認していない。もはや放火で留飲を下げることしか頭に無かった。灯油を撒き、チャッカマンで火を点ける。ガソリンほどではないとはいえ、灯油も危険物には違いない。炎は忽ち中年女の背丈さえ超えるほどになっていた。

「これでよし……次は……」

 中年女はその足で雲雀の家へと向かう。灯油は使い切った。だが子供くらいなら包丁一つで殺すことが出来る。中年女は逆恨みの復讐に頭がいっぱいで気づいていなかった。

 入れ替わりに外へ出て古新聞を炎にくべると、ハンマーを持ってそれを追いかける陽歌の姿に。

 

   @

 

「結局見つかんなかった」

 陽歌を探し回ったが、五時になってしまい雲雀は諦めて帰るしかなかった。今日は親が帰ってくる。陽歌とはつるむなと口酸っぱく言われているので、何もない振りをしなければならない。自分が怒られるだけならまだしも、陽歌に矛先が向いてはいけない。

 普段ならああいうことがあると家を追い出されて基地に隠れている陽歌だが、その基地がないのではどこに行ったのか分からない。もしかするとまだ警察にいるのかもしれないが、そちらの方が虐待とか見つかっていいのかもと彼女は思っていた。だがあれを放置している時点で期待は出来ない。

「あん?」

 物思いに耽っていると、窓をバンバン叩く音が聞こえる。放っている奇声からあの中年女であることは容易に想像できた。

「マジか」

 流石に雲雀も危機感を覚える。家までは尾行されていないはずだが、どこかで情報を仕入れたのだろう。陽歌が口を割るとも思えないので、警察経由の可能性が高い。中年女は執拗に扉を開こうとし、窓や壁を叩いて叫び回る。これだけ騒がしければこちらから開けない限り隣人が通報するだろうが、一応こちらからも警察に通報する。

「これでよし……」

 あとは警察が来るのを待つだけ。しかし外を中年女に包囲されていると思いの他時間が長く感じる。気晴らしに何かしようとしても、物音で気が散ってしまう。

「ああもううっせええな! 野郎ぶっ殺してやらあああ!」

 恐怖よりも苛立ちが勝った雲雀は扉を開けて中年女を迎撃しに向かう。ちょうど中年女は窓側に向かった様で、そちらに急行しぶっ殺モードで父親のゴルフクラブを振り回す。

「な?」

 だが、彼女の目に移ったのは衝撃の光景だった。なんと陽歌が、ハンマーで中年女の膝を砕いて地に付かせていたのだ。

「陽歌?」

 彼は中年女の落とした包丁を拾うと、横にして腹へ突き刺す。そのまま倒れた中年女に繰り返しハンマーを振り下ろしたり踏んづけたりして攻撃を続ける。純粋な殺意に突き動かされる陽歌は、耐えがたい奇声を放つ中年女と対照的に静かであった。

「陽歌、お前……」

 雲雀は初めて、口だけではない『殺す』を目の当たりにして動けなくなった。

 

 その後、警察が来て陽歌と中年女を回収していった。中年女は民事訴訟を理由に陽歌と雲雀の住所を聞き出したこと、陽歌の家を燃やしたことを雲雀と小鷹は知ることになる。あの中年女がしていた呪いは、横領を告発された相手へのものであったことも同時に明らかになった。

 こうして事件は解決した。だが、この事件が一つの切っ掛けとなり、雲雀と小鷹の両親は陽歌を助けることに難色を示す様になった。彼らが再会するまで、長い時間を要することとなる。




 次回、再会した三人が再び呪いと相まみえる。
 だが、力がないことで後悔はしたくない。そう誓った雲雀と小鷹は新しい技を身に着け、呪いに立ち向かう!


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100日後に死ぬ予定だった社畜

Twitterで百日やる予定だったけど頓挫したわね…



 月の魔獣、ジャバウォックことルイスはとある元社畜のお姉さんに拾われていた。

「いやー、なんか最近調子いいわー」

「だろうな。働きすぎだ」

 彼女は沙竹幸。妙なことからこうして一緒に暮らしているが、一宿一飯の恩義で彼女の根を詰めに詰めた生活を改善するのに協力していたら、なんだかんだ付き合いが長くなってしまった。

「でも言われた通りにやめてよかったよー。少し遅かったらオフィスの爆発に巻き込まれてたし。怪我人が出なかったとはいえ、私が無事になるとは限らないからねー」

「なんで爆発したんだ、あれ」

 幸の職場であるフリマアプリの運営が何者かの襲撃を受けて爆発したらしい。サーバーを物理的に失い、テナントから叩き出されて運営企業は事実上の倒産である。

「恨みでも買ってたんじゃない? ヤフオクとかメルカリとかあれ、売り上げの一割手数料取る仕組みだから内部で高額転売が繰り返されればされるほど儲かるし」

「水道管を切って水を高値で売る様なものだから恨まれても当然、か」

 転売について『仕入れて売るのは小売店と一緒』などという意味不明な供述をする者も多いが、やっていることはそういうことである。正規で手に入る手段を片っ端から潰し、高額で吹っ掛けるのは迷惑を通り越して悪徳だ。

「というか、実家には帰らなくていいのか? 燃えたみたいだけど」

「いいのいいの。ほっとけ」

 幸の実家はホテルをしていたのだが、最近全焼したらしい。彼女からすれば幼少期はまともに旅行もいけない原因となり、まぁまぁ儲かっているが両親の金遣いが悪すぎて大学を諦める原因にもなったホテルなど燃えてくれて結構なのだ。このホテルの悪評が地元で有名になり、学校に馴染めなかった大きな要因にもなっている。

「教会でも外せない呪いの装備がおにぎりの罠でおにぎりになったのにリセットする人いないでしょ?」

「確かに」

 日本は割と福祉が充実している方の国ではあるが、その仕組みは性善説に頼ったものが多い。収入を基準としている為か、その収入の使い方がクソみてぇだと支援制度も使えず学校も行けないというセーフティネットの網目を抜ける事例が発生することもある。

 幸はまさにその一人。大人ならば自己責任ともいえるが、子供にはどうしようもないところだ。

「おや、100日後に死ぬワニがまた炎上している。一周忌だってさ」

「もうそんな時期か」

 昨年流行った100日後に死ぬワニさえ追う時間が無かった幸は今更炎上しているそれを追いかけているわけである。その程度には仕事が忙しく、休みも無かった。終電で帰り始発で出勤するライフスタイルかつ休みが週に一回あるかないかでは、毒にも薬にもならない4コマ漫画を追う気力もない。

「電通案件なんてがっかりだよ。私もあと少し遅ければ電通に殺された新人みたいなことに……」

 100日後のワニが炎上した理由を『タダで提供されたコンテンツが書籍化して金儲けに走ったから』と思っている人間が多いのだが、それは違う。最終回でワニが死んだ直後に余韻も残さずショップやカフェやミュージックビデオ、映画など商業展開を始めたことに冷めた人が多いのだ。加えて過労死で死人を出している企業が死ネタを扱うことに対しての反発もあった。

 肝心の書籍も描きおろしと称したページは小さな絵が一つという水増し仕様、絵本も禁忌とされる『一冊で完結しない』仕様という意味不明さと来ているので延焼は留まることを知らない。

「やっぱ時代は100日後に殺すワニと百発喰らっても死なないワニだな」

 エンターテインメントというのは流行らせようとして流行るものではない。今話題のモルカーのグッズ展開の遅さを見ればよく分かるというものだ。そもそもあれ誰がチェックしてたんだ。

 流行った後の対応というのも重要で、某動物アニメやガンプラゲームの様に儲かったから自分の配下に利益配ろうとスタッフを刷新して駄作を生み出しそっぽ向かれる場合もある。

「やっぱ儲かるかもしれないってなるとやる気が違うな。液タブってのがあれば絵が上手くなるとも思わんしデジタルなら楽になるとは限らんが、あの程度の4コマ100枚で大儲けできるんなら僕でもやるぜ」

 ルイスは魔獣と呼ばれる反面、基本的に戦いを好まないのであの作者を地味に羨ましがっていた。時間停止能力のおかげで食うには困らないが、やはり正式な稼ぎを得たいところ。口座すら持っていないのでは今時不便だ。

「だよねー。東京新聞の連載みたいに高レベルの百合を時折提供するならともかくねー」

 それには幸も納得する。級長もカルタの絵札50枚近く描いたけど大変でした。でもそれは読み札という縛りがあるからで、あんなテレビ見て笑うだけの漫画もカウント出来るなら倍以上の作業量でもかなり楽だと思うのです。

「さてと、寝よ寝よ。日付が変わる前に寝れる幸せを噛み締めよう」

 幸は他愛もない話をして寝るのが日課になっていた。

 

   @

 

「なんで……」

 翌日、幸は冷たくなっていた。早起きが癖になっている幸が自分より寝坊するなど珍しいこともあるものだとルイスは思っていたが、昼を過ぎても起きないので様子を見に行ったら死んでいるのを見つけることとなった。

 苦しんだ様子さえもなく、本当に眠ったまま息を引き取ったのだ。

「病院……じゃなくて……」

 急いで病院に電話しようとした彼はふと自分の能力を思い出す。時間を操る力、これで巻き戻して幸の身に何が起きたのか調べるのだ。

「時間よ、戻れ!」

 ルイスは目隠しを取り、時間を戻す。時間停止と違い、遡行は魔眼を全開にする必要がある。太陽が東へ沈んでいき、夜が更ける。

「……! そこだ!」

 白い翼を生やした天使の様な存在が、幸の魂を持って空から戻ってくる。魂が彼女の身体に戻り、天使が枕元で剣を構えたところで遡行を解除する。

「お前か。この人の魂を持っていったのは」

「ホいつの間に!」

 天使らしき男は突然現れたルイスに動揺する。ルイスは時間を止めると、天使を抱えてアパートの屋上に出た。そして、翼と手足をもいで転がす。

「オアァアアアアア!」

「目的はなんだ? 言え。辞めた社員を殺せとメルカリにでも雇われたのか?」

 まるで感知する間もなく自由を奪われた天使は芋虫の様に転がりながら喚き散らした。

「馬鹿な……この私が、冥界を統べる一族となるこの私が……」

「答えろ。解答次第では腕の一本も戻してやらんこともない」

 時間を戻せるのでいくらでも痛めつけて再生することが可能だ。だが、天使は何も答えない。

「なんなんだお前……人間の癖に……人間の癖にぃいいいい!」

「いいから答えろ! お前に指示を出したのは、ヤフオクか? ペイペイモールか? それとも月の連中か?」

 窮地に陥った天使は、全く秘密を守ることなく吐いてしまう。

「天界を治める天使の王、アイオーンだ! 人間に命題を出して命を弄ぶ悪しき者!」

「そうか」

 話を聞いたルイスは天使の時間を止め、その場に放置する。

「裏を取るまで待ってやる」

 こうして、魔獣は動き出した。天使アイオーンを仕留めるべく、その繋がりを持つユニオンリバーへ向けて。

 

   @

 

「へくち!」

 一方、件の天使アイオーンはアスルトとラボで作業をしていた。

「おや天使さん風邪でスか?」

「誰かが噂しておりますなぁ……」

 この天使はだらけている人間に命題と称し、クリア出来ねば即・死亡なミッションを課して遊んでいる。というのは表の話で、シエルがうっかり召喚した縁を元にこのセプトギア時空を上位の神から任されている偉い人だ。

「それにしても、多いでスね……」

「犯人は大方目星付いとりますが、まずは保護作業が優先さかい」

 二人は世界中で発生した変死の内、天使らしき存在によって魂を抜かれるという事件に絞って被害者を探していた。この場合、魂を取り戻せば問題なく生き返れるので、それまでに肉体が劣化しない様に保存する必要がある。

 普通の死ならば残らない痕跡がある為、探すこと自体は容易だが何分件数が多い。天使の部下を総動員しても対応が後手に回る以上、根本への対処が難しい。見落としがあれば大変なことだ。

「基本、こういうのは襲撃側が有利ですからね」

 陽歌も情報を解析していた。高い霊力を持つ彼は、その方向から異変を捜索することになった。

「一応、被害者は時勢もあって変異ウイルスに感染、というカバーストーリーは流布していまスが……」

「犯人への心当たりってのは何です?」

 陽歌はアイオーンに犯人のことを聞く。敵が分かっているのなら、少し保護が手すきになってでも早急に仕留めた方がいいと感じたのだ。

「天界も一枚岩ではなくてですな。この延々と大きくなる世界の担当になって出世したい奴もおるんですわ。身内の恥は身内で濯がせてもらいます」

「水臭いですよ。僕らも協力します。白楼の人とか、それこそメシアンの人にも協力を仰げば……」

 陽歌は部屋を出て、協力してくれる人員を探すことにした。以前の事件で知り合ったクジゴジ堂の魔王軍、光写真館の面々など頼れる人は多い。

「ええっと……ソウゴさんは協力してくれそうだけど士さんは少し難しいかな……」

 スマホを見て廊下を歩くと、スマホの電話帳に楓子や六花の名前があった。あの一件以降、何かあればと連絡先を交換していたのだ。

「お前の未来を見せてやろう」

「うわびっくりした!」

 増援を選定していると、急に金色の鎧を着た怪しげな人物が現れた。

「我が名は究極生命体、アブソリューティアンの戦士、アブソリュート・タルタロス!」

「今忙しいんで後にしてください」

 究極生命体を雑にあしらう陽歌。だが、タルタロスはお構いなしに彼へ未来を見せる。

「お前の考えとは関係なく、この事件は解決へ向かうだろう。しかし、その過程で混沌としたこの世界はほどかれ、整理される」

「どういう……」

 このセプトギア時空は、管理していた神がアステリアによって撃破されたことで繋がり続ける世界へと変化した。それは近くにある時空を繋げ、混沌とし続けるというもの。最近で言えば、ちょっとしたきっかけでオラクルへ繋がってしまったり、ウルトラホールが開いてガラル地方へ行けてしまったりなどだ。

「この世界は元のループし続ける世界へ戻り、お前とユニオンリバーは別れることになる。そして問題はその後だ」

 ユニオンリバーのみんなとの別れ、それを聞かされた陽歌は冷静さを失う。最初こそ夢の様なもので、いつかなくなると思っていた。だが、今やなくてはならないものへとなったのだ。だがタルタロスは、それはさして問題ではないと続ける。

「そして間もなく、この世界はあるクーデターをきっかけに崩壊へ進んでいく。荒れ果てた地球をお前は三十年、友を失い彷徨うことになる。だが、その放浪の果てに三人の友と再会する」

「……」

 言葉だけでは信じられないが、タルタロスはその光景も見せていた。アメリカから発射されるICBMが東京へ着弾。それを切っ掛けに核が飛び交い、文明は失われた。陽歌は姿も変わらないまま、ユニオンリバーとの別れで再び失った腕を補うべく悪魔のそれを繋ぎ、長い旅の果てに全てが終わった東京へ戻った。そこで、変わらぬ姿の広谷小鷹と再会するのだ。

「しかし、幸福な時は短い。友とは違う道を往くことになる。一人は力を求めて悪魔と合体した。お前がそれで力を得た姿を見てな。そしてもう一人はお前を庇って死ぬが、神の奇跡で蘇る。だが、神の操り人形として地上を救うメシアに成り果てた。対立する友、蘇りかけた街は洪水で再び失われた。お前と小鷹はどちらにも付けず、やがて双方を葬り戦いを終わらせる。小鷹は望まぬまま、救世主へと祭り上げられるのだ」

 陽歌の異形と化した腕は血にまみれていた。養父母の想いが託された刀を握ることは出来ず、その手で友を殺す。義手とは違い、腕には生暖かい濡れた感覚が残っている。

「それから長い月日をお前は失意の中過ごす。長らく友とした天津神と国津神は抗争によりまたも別れ、どちらも封印されることとなる。お前はその解放を試みる内、破壊された東京はTOKYOミレニアムとして再生し、破壊の痕は下へ隠された。日の当たらない世界で地霊や妖精を慰めに生きていたお前だが、魔王の手で目覚めたクズリュウがミレニアムを破壊、太陽を取り戻したのも束の間、唯一神の放ったメギドアークにより地上の一切が消し去られる。絶え間ない喪失の末、お前は死ぬことも出来なくなった身体でただ一人、見捨てられた地球を彷徨うのだ……」

 陽歌は自分の未来を聞かされるだけでなく、半ば追体験させられていた。あまりの虚しさに、彼は立っていることが出来なくなった。呼吸は乱れ、目の前はぐらつく。

「運命を変えたいとは思わないか?」

「僕は……」

 自分だけの運命なら耐えられたかもしれない。だが、友達も巻き込む形になることが陽歌には耐えられなかった。これが本当だとしたら、今すぐにでもタルタロスの誘いに飛びつきたい。

「僕は……」

「フッ」

 陽歌が決断を下そうとした瞬間、謎の爆発がタルタロスを襲う。

「アブソリュートデストラクション!」

「クッ、なんだ?」

 タルタロスはマントで爆発を防いだ。攻撃を放ったのは安心院なじみだ。

「そんな名前だったかな? それにしてもよくないなぁ。その子は僕が先に唾つけておいたのに」

「フン、向こうもゼットとかいう未熟者が厄介になりそうでね。伸び代に期待したかったが……今回はやめにしよう」

 タルタロスは輝くゲートの中へ去っていった。陽歌は壁を支えに何とか立ち上がると、タルタロスの言葉の真偽を安心院に聞く。

「安心院さん……あの話は……」

「僕のスキルで調べる限り、本当だよ」

 タルタロスは嘘を言っていない。これまでも勧誘の際に偽りの情報を提示したことは無かったので、それは間違いないはずだ。それは絶望的過ぎる真実であった。タルタロスに横やりをいれた安心院さえ本当というのなら本当なのだ。

「じゃあ、運命は……」

「運命は普通変えられない。普通はね」

 打つ手なしか、と陽歌が諦めかけた瞬間、安心院は提案する。

「だが、君は運命を変えられる存在を知っているじゃないか」

「え……?」

 運命を変えられる。そんなもの、物語の主人公にでもならなければ不可能だ。だが安心院はそんな陽歌の思考を読み取って言葉を続ける。

「そう、主人公だ。正確には、その座を小鷹くんから奪い取る、もしくはダブル主人公として並び立つかだが……」

「それが出来れば……運命を変えられるんですか?」

 陽歌は安心院に問いただす。彼女自身がどんなに全能でも、他人を主人公に仕立てるなど可能なのか。

「出来る。実際に一回はやったことあるからね」

 安心院は前例もあるので可能、とあっさり言い切る。出来ないこと探しが趣味だった彼女には、出来ないことを探す方が難しいのだ。

「たしかに主人公と言うに等しい存在、何をしても成功し、勝利を約束された特別な人間。そんなものは千年に一人現れるかどうかの逸材だ。だが、それを生み出す為に僕はフラスコ計画を進めていたんだ。現に僕の予想からは反れたが成功はした」

「ん? 待って下さい。主人公がそんな特別な存在なら、そもそもタルタロスの言う悲劇の運命は……」

 陽歌は安心院の言葉に矛盾を見つける。主人公が勝利や成功の運命を持つのなら、タルタロスの嘯く小鷹の過酷な運命は存在しないはずだ。

「そうだね。だが、僕も主人公について深く調査はしている。彼らが約束されているのは『最終的』な『勝利・成功』であって『幸福』ではない。君もバッドエンドを迎える物語や、敵を打倒しながら主人公が報われない物語を知っているだろう? そもそも、勝利や成功が幸福に直結するとは限らない。華やかさなど無いが町工場で働き幸せな家庭を築く者もいれば、勝利を続けること自体に押し潰され自ら命を絶つ者もいる」

 たしかに多くの物語は、主人公に不幸が押し寄せる形で動き出すことも多い。

「うん、一番いい例は君のお父さん、浅野仁平かな? 彼は大戦でそれこそ主人公の様な活躍をしたが、ルシアを救うことが出来なかった。その後悔を胸にまた多くの人を救う話は置いておいて、何より最後に願った君の幸福が実の娘によって踏みにじられている。攻神七耶という主人公が絡むことで報われる物語になったが……」

 養父の話を出されると、主人公であることと幸福が繋がらないと陽歌は否が応でも自覚させられる。

「無論、攻神七耶やアステリア・テラ・ムーンスの様な主人公に託すのもありだが……彼女達はその役割を終えているから君の望む結末へ確実に持っていけるとは限らないね。君が彼女達を大いに信用しているのは知っているが、どれほどの力を持っていても神にはなれない。彼女達が君の期待を裏切ることになった時……君はどうするんだろうね?」

 どんどん逃げ道が塞がれていく。元々逃げる気など無かったが、やはり自分の手でやらねば成否はともかく胸を張ることは出来ない。

「もちろん、彼女達や他の主人公を巧みに援護すれば最悪の状況は免れるだろう。なにせ君はネタバレを見ているんだからね。だがそれは一つのストーリー、今回の冥界編を乗り越えるだけでその先への対応は出来るのかという問題は残る。サポート要員というのは時として自分が最大の足かせになるものだ」

 タルタロスの言葉通りなら、あの結末は複数の事件が連なって起きるもの。小手先でどうにか出来るものだろうか。

「さて、選択肢は示したよ。あとは君次第だ」

 安心院は悪魔の様に囁いた。それにしか飛びつかない、と道を作った上で。

「大破壊の東京を駆け抜けた悪魔使い、ザ・ヒーローの様に中庸で、人造の救世主アレフの様にあらゆる思惑を超え、東京の死と共に生まれた半人半魔の存在人修羅の様に異例で、鋼のシスコン番長鳴神悠の様にクールで、心の怪盗団が誇る切り札雨宮蓮の様に正義感を持ち、天才外科医月森孝介の様な神業を持ち、最強最悪の魔王常盤ソウゴの様に覇道を突き進み、世界の破壊者門矢士の様にあらゆる不条理を破壊し、悪から生まれた正義のウルトラマン朝倉リクの様に運命を変え、輝ける守り手アッシュの様にあらゆる悲劇に終止符を打ち、最高のゾイド乗りバン・フライハイトの様に青空と冒険を愛し、世界一のLBXプレイヤー山野バンの様に敵をも友とし、文明を束ねた超攻アーマーサーディオンの様に伝説となる……。そんな主人公に、君もなってみないか?」

「……」

 陽歌は即答することが出来なかった。あまりにもスケールが、背負うものが大き過ぎる。

「この秋波を君に送るのはこれっきりだ。とんでもない茨が敷き詰められた浅深の谷へ突き落す様な呼びかけだが……もし君が無理だと言うのなら僕が僕なりにみんなをサポートして最悪の結果は免れる様に努力しよう。君とも全く縁を切って手も貸さないなんて薄情な真似はしないさ。主人公になること以外で協力は惜しまない」

 安心院にも思惑がある様だが、それは見えてこない。

「僕は……」

 陽歌は、小鷹達のことを思い出す。もうかなり記憶も薄れたが、優しかった養父母が亡くなり、悲しむ間もなく見知らぬ土地で孤独に暮らすこととなった。それだけでなく、周囲全てが敵となり安らぐ場所がない。そんな時に助けてくれたのが雲雀であり、小鷹だ。

「小鷹がいなかったら僕は死んでいた……今度は、僕の番だ」

 決心は付いた。小鷹を守れるなら、主人公になればそれだけでなく大切な人を守れるというのなら、やるしかない。

「やります」

 陽歌のオッドアイは、異端たる双眸は揺らがない。

「その言葉を待っていたよ。では早速取り掛かろう。いつ事態が動いてもいい様にね」

 安心院はすぐに手順を開始する。まずは、初対面の時に警告した陽歌の過負荷についてだ。

「まずは君の過負荷を預かって小鷹くんに渡してくるよ」

「そういえば僕の過負荷って何だったんですか?」

 陽歌は時勢が時勢だけに、紹介された箱庭病院へ行けていなかった。そこも新型肺炎でてんてこまい、急用でなければ持ち込むのは憚れた。

「マイナス、と一口に言ってもスキルに昇華されるかどうかは人によって異なるんだ。スキルホルダーでないマイナスもそれなりにいて、君もその一人『だった』」

「だった?」

 マイナスだからといって能力があるとは限らない。異常性でもこれは同じで、例えば異常とも言える『ストイックさ』や『殺人衝動』があることが特殊な能力の発生に寄与しないこともある。その結果として高い科学力を得たり、訓練の結果様々な武器が使いこなせる様になることはあるが、異常性を持たない人間でもそれは可能だ。

 だが中には、異常な観察力と身体能力、頭脳によって他人の能力を完璧に完成させた状態で習得するスキル、強い罪業妄想が触れたものの腐敗を引き起こすスキルに反映されたりする場合がある。これは普通の人間には不可能な範囲だ。

「だが、君はマイナス成長を遂げてスキルに昇華させてしまった。以前、メシアンと戦った際に初めて発動したスキルの名は『吊られた幕(アンカーテンコール)』。君自身が幼い頃から植え付けさせられてきた、『自分は悪しき人間だ』という思い込みから生まれた『死という救済を許されないスキル』だ」

 陽歌のスキルは単純明快。死なない能力。通常の不老不死と異なり、ちゃんと死んでから復活する厄介なものである。

「つまり不老不死?」

「多分違うかな。再生能力がないからねこのスキルは。それに死を防ぐのではなく死が許されない、だから死にはするが蘇生するんだ。言うなれば老いて身体がボロボロになろうとも病んで機能が不全になろうとも死の苦しみに囚われ続ける」

 再生しないという一点において、想像しうる限りおぞましい結末が待っているスキルであった。陽歌は自分の妙な死ににくさの原因はこれではないかと考えた。

「じゃあ、何度も死にかけて霊力が上がったっていうのも……」

「マイナスだからそんな前向きな効果ないよ。それに初めて発動したのはつい最近……、多少補助はあっただろうけどスキルとしては形を成してなかったよ」

 しかしそうなるとマイナス成長の原因が分からない。劇的にスキル化した様にも捉えられるのだが。

「ん? でもなんでそんな急にスキルへ……」

「君が自分の出生を知ったからだろうね。今までは言いがかりに近いレッテル貼りに裏付けがされてしまった。エヴァリーくんはフォローも完璧にしてくれたし、君も養父母の愛を知ったが……君自身が意識していないところでマイナス成長が発生してしまったんだ。まぁこれは事実をいずれ知るだろうということを考えれば避けられないし、養父母との絆を強調したエヴァリーくんの対応は完璧だったよ」

 陽歌の意思とは逆に、強制的な近親相姦の末身ごもり、実母の命を奪って生まれたという事実はスキルに大きく影響してしまった。こればかりは陽歌が過負荷である以上避けられない事態だ。

「で、そんなヤバめのスキルを小鷹に?」

 陽歌はそんな危うそうなスキルを小鷹に預けるということに、抵抗があった。安心院は盛大なネタバレと共にその理由を話す。

「今回の敵はハッキリ言って、君達が追っている突然死事件の犯人だ。つまり君がその事件にもっと巻き込まれて、かつ小鷹くんをこの事件から引き離す必要がある。それにはこのスキルを貸すのが手っ取り早いのさ。僕から不老不死のスキルを貸してもいいけど、特別な能力の授与は主人公度を上げてしまうからね。君の主人公度を下げるおぞましいスキルを剥がしつつ、それを小鷹くんに上げれば主人公度の調整もしやすいのさ」

「なるほど……」

 一時的に貸すことで、あらゆる目的を同時に果たそうという魂胆だ。

「まぁつまりは君もこれまで以上に死にやすくなるからこの辺気を付けて……。話はアスルトくんに通してあるし彼女なら何か対策を打ってくれるだろうが、ちゃんと死ぬのは避けてね」

「あ、はい」

 というわけで、浅野陽歌主人公化計画が進行する。果たして、友の代わりに過酷な運命を引き受けた彼の行く末はいかに。




 いよいよ敵が動き出す。天使が命題を出していなかった本当の理由とは……?


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EP5 いま、翼広げて

 襲撃ミッション

 その名の通り、NPDを襲撃する側と防衛する側に分かれて戦うGBN内のバトル形式。決まった時間に発生するのではなく、襲撃側が好きな時間に好きな襲撃系ミッションを受領。乱入設定で参戦が可能になっていると付近のダイバーに救難信号が流れ、防衛に向かえる。
 操作に慣れる為に用意された比較的初心者向けの強襲ミッションに新しい風を呼び込もうと運営が用意した新コンテンツである。


 あの一件以来、陽歌はふさぎ込むことが多くなった。逃げ場だと思っていたGBNでさえ、容赦なく傷を抉ってくる。回復の兆しとはいえ、現実で傷が開く恐怖から外に出ることも無くなった。

 じっとしていても始まらないことは彼も分かっていた。だから、こうしてGBNに入って気が紛れるのを待った。昔の記憶からなのか、山の中にいると落ち着く。それが仮想のものであっても。虫がいないのは少しもの足りないのだが。

「僕は……」

 とにかく、ミッションを狂った様に熟して悪夢を振り払おうとした。だが、敵の腕を落とす度、自分の腕を失う度、あの悪夢が鮮明に蘇って逃げられない。乱暴に引きちぎられ、失った自分の腕のことを否応なしに思い出す。

「僕はどうしたら……」

 流れでユニオンリバーにいるが、これ以上みんなには迷惑を掛けられない。自分でどうにかせねばと気持ちは焦るばかり。

ヴィオラやモルジアーナは協力を申し出てくれるが、彼女達にも同様に手間は取らせたくなかったので「一人にしてほしい」と別行動をとっている。

「ん?」

 影が落ちたので上を見上げると、大きな剣を携えた漏影が浮かんでいた。その機体はダイバーが降りたのか空で消え、ダイバーが陽歌の近くに着地する。ダメージが無いことが分かっていても、このリアリティあるGBNで高所から飛び降りるなど、かなり慣れたダイバーかそれとも現実でも無鉄砲なのか。

「何やってんだ?」

「あ、あの……」

 降りて来たダイバーは、ドレスの様な鎧を着た長い金髪の女性。所謂姫騎士というものか。とはいえ、その可憐なダイバールックに反して口調はぶっきらぼうだ。

「ええっと……」

 急に知らない人に話しかけられ、陽歌はフリーズする。何故か脳裏にかつての友人がチラついたこともあって余計に混乱してしまう。

「なんか悩みか? 私で避けりゃ聞くけど」

「いえ、何でもない……です」

 妙にぐいぐい来るので、陽歌は反射的に下がってしまう。

「そっか、ならいいんだけど……」

 一旦下がった様に見せかけ、そのダイバーは陽歌を巻き込んで急にガンプラへ乗る。

「あ、わわわ……」

「暇なら付き合えよ。私はヴェン。この辺に面白いもんがあってな」

 無理矢理連れていかれることとなったが、本当に嫌ならログアウトしてしまえばいいだけだ。どうせやることなどないのだ。この変わり者に付き合うのもいいかもしれない。加えて、陽歌はヴェンに一種の懐かしさを感じていた。

 

   @

 

「ここにいたのか……」

 パーシヴァルは仲間と共に、級長を探していた。リアルの都合で一日中いるわけにはいかないので、SNSなどで目撃情報を集めて限られた時間でエンカウントする必要があった。そして、確実に叩くため見つけ次第仲間と合流する。

 ヴィオラや深雪にも協力を要請したが、受けてくれたのはヴィオラのみ。深雪はあまり個人のスタンスに深入りしない主義で、肝心のヴィオラもやることがないと暇つぶし扱い。

「ねぇ、やっぱやめない? ゲーム的には問題ないはずよ?」

「ルリ、ルールで許されているからって何をしてもいいわけじゃないんだ」

 付き合わされた仲間は疲労困憊であったが、パーシヴァルは怒りに燃えていた。

『ねぇ、パーシヴァル。あなたはこの世界のこと、好き?』

 出会った頃からコハクには不思議な力があると思っていた。だが、以前の戦闘で何かのショックを受けたのか、寝込んでしまった。その原因がこのダイバーにあると考えたパーシヴァルは級長の討伐を試みたのだ。

「おや、どちら様?」

 情報通り、ワインレッドの髪にオレンジの瞳、右目の傷、リボンやフリルの付いたワンピースの上からコンバットジャケットを羽織った服装。このダイバーが級長だ。

「お前は覚えてねぇだろうな……大量虐殺者め……」

「おいおい、人聞きの悪い……NPD襲撃ミッションは正式なコンテンツだぞ?」

 級長としては数ある防衛側のダイバー、程度の認識であったが、パーシヴァルにとっては倒すべき敵なのだ。

「そういう問題じゃない! お前はNPDを殺して、何も思わないのか!」

「まぁ、現実でやっちゃいけないことをしていいのがゲームだしな。ぶっちゃけ楽しいよ」

 あっさりと言い切る級長にパーシヴァルは寒気を覚えた。

「なん……だと……? じゃあお前はさっきまで話していたNPDを殺せるってのか?」

「極端な条件付けだが、出来る」

「消えた命は二度と戻らないんだぞ! なんでそんなこと出来るんだよ!」

 だが、本質は感覚の違いでしかない。

「キャラロストのあるゲームならともかく、モブNPDも再度読み込めば復活する。ストーリーモードで手に入れた仲間も、僚機として出撃し、撃墜されてもクエストが終われば復帰する。ロストするってなら慎重にもなるがな……」

「お前……命をなんだと思って……」

 このGBNをゲームとして見るか、それともリアルなゲームとして見るか。それだけの違いが、このスタンスを産んでいるのだ。

「面白いことを教えてあげよう。メニューのコンテンツ情報から、『キルランキング』を見てみたまえ」

 突如提示される謎の情報。わけもわからずそれを開いたパーシヴァルは衝撃の事実を目にする。

「な……」

 なんと、殺した覚えもないのにNPDのキルカウントが0ではなかったのだ。それも1や2などではない。既に二桁へ到達し、まもなく三桁になろうとしていた。

「なんだよ……これ……」

「君が今まで倒してきたNPD機や戦艦、それに乗っていたNPDだ。君は命を奪っていないと、思っていたようだね」

 これは何の意味もない話であり、級長も分かっていた。単に撃墜した際、機体ごとに設定された数字が増えているだけだ。

「さて、これ以上は平行線だ。互いにファイターだというのなら、バトルで決着を付けよう」

「望むところだ」

「やってやる」

 バトルを挑まれたパーシヴァルは快諾する。仲間の一人も乗ったが、少女の方は戦意が無かった。

「ねぇ、やっぱ言っても倒してもどうにもならないんじゃない? さすがに毎日探すの疲れた……」

「ルイ! これは俺達がやらなきゃいけないんだ! あいつを止めないと、また犠牲が増える!」

 小学生の身で、放課後の限られたゲーム時間をこの絶対分かり合えない相手の始末に費やす、それはさすがに苦痛を伴うものであった。このディメンションは夜だが、現実時間は夕方となっている。ヴィオラはよっぽど暇なのか快諾してくれたが。

だが、パーシヴァルは強い使命感に突き動かされており、それに使用料をつぎ込むことへ抵抗が無かった。

「よし、あそこに繁華街があるだろ?」

「それがどうした?」

 級長は近くで輝く繁華街を指さすと、アストレアに乗り込んだ。

『止めてみたまえ!』

 そしてアストレアは全力でその繁華街へ飛行した。

「あ! まて卑怯だぞ! ちゃんと戦え!」

 パーシヴァルは憤りつつ、テルティウムに乗って追いかける。

(お、大人げない! いや、完全にヒールムーヴ楽しんでる!)

 ルイはノリノリの級長に少し引いたという。

 

   @

 

 夜の繁華街には少し変わった上映施設があった。アメリカではよくあるのだが、映画館とは比べ物にならないくらい大きなスクリーンに映像を投影し、車を乗り入れて映画を見るのだ。オープンカーで広い場所に乗り付けてドライブインの様に楽しめるこのスタイルは、国土の狭い日本で体験する機会はないだろう。

「こんな場所あるんだ……」

「なー? いいだろ? 車も乗れるし」

 ヴェンに連れてこられた陽歌は、ここで『鉄血のオルフェンズ』の上映を見ることになった。今やこのサイズのスクリーンなら画面になるだろうが、あえて映写機によるものとなっている。技術が発達したことで失われた味を楽しむ。仮想空間だからこそ可能な余地の生まれる贅沢だ。

 オープンカーに乗り、大量のファーストフードと共にアニメを楽しむ二人であった。ちょうど夜明けの地平線団との戦闘中だ。

「やっぱ二期も面白いんだよな」

「うん」

 陽歌も鉄血は一通り見た。重厚なMS戦といくら成りあがってもシビアな任侠もの風味の世界観はこの作品でしか味わえないのでネットで言われるほど悪いものではない。ネタにされているオルガの死も、リアタイだと二回持ち上げからの急降下で感情が揺さぶられる。

「お、ユーゴーだ」

『ダンテ! 腕ぇ外せ!』

 シーンは敵の新型、ユーゴーの場面になる。が、一周目では何とも思わなかった獅電の腕部パージで陽歌に異変が起きる。

「っ……」

 息が詰まり、心臓が早鐘の様に鳴る。ジャングルジムにきつく縛り付けられた腕が、寒さと圧迫で何も感じなくなっていく。そして、それが最後に感じた腕の感触であった。

 ふと、手に何かが触れて陽歌は我に返る。

「あ……」

「どうした? 酔ったか?」

 ヴェンが手を添え、陽歌の顔を覗き見る。

「な、なんでも……ないです……」

「そっか? なんか無理してないか?」

 見透かしたかの様なヴェンの言葉に、陽歌は目を反らす。が、事情を知ってか知らずか、ヴェンは陽歌を抱き寄せてオープンカーの風防を締めた。現実では違法になる為出来ないが、フロントを含む全ての窓にスモークが入って光を遮る。

「酔った時は寝とけ」

「うん……」

 今まで突っ張っていたせいか、暗くなった途端陽歌は瞼が重くなる。ヴェンからどこか懐かしい気配がしていたのも原因だ。

「……雲雀……」

「え?」

 ポツリと呟いたかつての友の名前に、ヴェンが反応した様に見えたがそんなことを気にする前に彼は眠りへ落ちた。

 

   @

 

『待ちやがれ!』

『待てと言われて待つか!』

 一方その頃、パーシヴァルは級長とドックファイトを繰り広げていた。先に出られた上、機体の速度はほぼ同じ。それでも射撃で左右に動く必要を作っていったおかげで、なんとか追い付くことが出来た。

『くそ、早い!』

『もうすぐヴィオラさんが来るけど……』

 仲間はドタイに乗って追いかけているが、まるで追い付かない。

『これでどうだ!』

 ライフルを撃った直後、アストレアの回避に合わせてテルティウムの脛に仕込まれたビームを放つパーシヴァル。見事、多くの命を奪う得物であるランチャーに直撃させ破壊した。

『チィ!』

『やった!』

 あとは級長を追い詰めるだけ、そう考えて速度を緩めるパーシヴァルだったが、逆に級長はスピードを上げた。

『なんだ?』

 パーシヴァルが怪しんでいると、アストレアが速度のままにビルを蹴り飛ばす。

『な……』

『命を奪うのにビームもミサイルもいらない。十八メートルの巨体があれば十分だ』

『貴様!』

 パーシヴァルは怒りに任せ、ライフルを捨ててサーベルを抜く。以前これでピンチに陥ったのに、同じ轍を踏んでいる。

『ははは、やっぱガンプラバトルは白兵戦じゃねぇとなぁ!』

 ようやく仲間が追い付き、リックディアスがサーベルを二本抜いて迫る。

『このっー!』

『タンジロウ! 待って、ヴィオラさんが来てからの方が……』

 ルイはなるべく人数の利を取りたかったが、警告は間に合わない。

『甘い!』

 鍔迫り合いをしていたテルティウムを振り払い、リックディアスを両断する。再び突撃してきたテルティムと再度切り結び、加勢もまるでなかったかの様に涼しくあしらう。

『そんな、ぐわーっ!』

『よくも!』

 ルイはディテクターのキャノンを乱射して援護する。だが、その攻撃は避けられることもなく外れた。

『お前、射撃苦手だろ?』

『あ……』

 自分の弱点を確実に指摘した一言に、ルイはヒヤリとする。アストレアのサーベルはディテクターのキャノンだけを切り落とす。

『これでいいだろう。お前もサーベル教に入らないか?』

『お前―!』

 後ろから斬りかかるパーシヴァルの攻撃を回避し、級長は空を舞って笑う。

『フハハハハハハ!』

『この……』

 余裕を見せていたが、その直後、投げ飛ばされてきた大きな槍にアストレアが貫かれた。

『あ』

 機体が爆散、級長は撃墜された。槍はゼルトザームのものだ。

『この槍は……』

 パーシヴァルが槍の飛んできた方を見ると、ゼルトザームはやはりいた。機体だけではパッと判別出来ないが、ダイバーネームは『ダーク』。あの時のゼルトザームだ。

『お前は……』

『お前で今日は二十八人目……恐れるな。死ぬ時間が来ただけだ』

 ゼルトザームは槍を拾うと、パーシヴァルへ向ける。戦いは激化の一途を辿っていた。

 

   @

 

「起きたか?」

 陽歌は目を覚ます。スモークガラス越しに見る鉄血がラスト、バルバトスがボロボロになっても暴れ回るシーンになっているので、相当な時間経っていたらしい。

「あ、ごめんなさい! こんな長く……」

「気にすんなって。私も好きでこうしてんだしな」

 陽歌が謝罪すると、ヴェンは自分のことを話し始めた。

「昔さ、私に友達がいたんだよ。そいつは他の奴と少し見た目が違って、そのせいでいじめなんて誤魔化し方の出来ない暴力を周りから受けていた……。子供だけじゃなくて、大人もな」

 自分以外にそんな目に遭った人がいるのか、と陽歌は驚いた。そのためか、口を挟むことはおろか相槌も出なかった。

「それで私ともう一人の友達がなんとかしようってやってたんだけど、ガキの力や頭じゃ出来ることってのが全然なくてな。オマケに私ももう一人も引っ越す羽目になっちまって、そいつの行方は分かんねぇ。もう六年も前の話だ。それで私は決めたんだよ。何も出来なくて後悔したくねぇって。だからこうして、少しでもあんたの力になれたなら嬉しいよ」

 ダイバーの姿では、一体彼女がいくつなのか、リアルでの性別はどうなのかすら分からない。だが、一人の人間にこう思わせるだけの過去があったというのは事実だ。

 ヴェンが過去を明かしたせいか、陽歌も自分のことを話す気になった。ユニオンリバーや深雪以外で、誰かに。それは抑えていたものもあるのだろう。

「僕は……昔腕を切断することになって……」

「それで……」

 陽歌の急変に彼女は合点がいった様子だった。

「前はあんなロボットが腕外すだけじゃなんとも思わなかったのに、今こんなに幸せでいいのかなってくらい恵まれているのに、何故か昔のことばかり思い出しちゃって……なんとかみんなに迷惑かけない様に、乗り越えなきゃって思って……」

 陽歌は自分の手を見つめる。

「前は違ったのか?」

「うん……前はご飯だって食べられなかったし、布団で寝るなんてとても……」

 素直に昔の話をしたが、ヴェンにはとても信じられない様な状況だったらしく驚かれた。

「おいおい……そりゃ昔のことで怖がっている余裕ないわ」

「余裕?」

「そんな状況じゃ、一人で踏ん張らなきゃしょうがねぇだろ。今は違うのか? まぁGBN出来てる時点で違うと信じたいが……」

 主治医の順はトラウマが蘇るのは心が回復している兆しだと言ったが、ヴェンの言葉はそれよりもスッと納得出来た。理屈の上では順の言葉は正しい。だが、それを受け入れられるかはまた別の話。

「今は……ユニオンリバーって喫茶店にいます。そこの人にいろいろ助けて貰って、住まわせもらって……」

「一人じゃねぇならよかった。多分、頼れる誰かがいるから頑張らなくてよくなったんだろ」

 心を許しているから、踏ん張って頑張る必要が無くなった。だからこうして昔の怖かった、辛かったことが素直に出てくる。

 アステリアは寝込んだ時に看病してくれる。アスルトは技術で失った身体や弱った部分を助けてくれる。ミリアは眠れない時にいつまでも夜更かししてくれる。エヴァは爆笑しながら体験したことのない色んなものを渡してくる。いすかは本を読む時一緒にいてくれる。咲良は食べきれなくても心配ないと言わんばかりに食事時は隣にいる。カナンは食が細くても栄養が取れるメニューを考えてくれる。さなはいつでもそばにいてくれる。ナルは、マナは、サリアは、かぐらは、レイチェルは、凛は、ヴァネッサは、クロードは、ひばりは、リウは、シアは、エリシャは、……そして、七耶は……。

「そっか、僕は一人じゃなくなったんだ……」

 一人で我慢しなくてよくなった。だから怖いものを怖いと言える様になった。そんなことだったのだ。心のどこかで、我慢することが当たり前になっていた。

『なんにも持っていなかった俺の手に……こんなにも多くの物が溢れている……』

 ぐぐもって聞こえる三日月の言葉が、どこか自分にも刺さった。しんみりしていると、突如地面が揺れた。警報がけたたましく鳴り響き、空が炎に彩られる。

「な、何……」

「なんだ、一体……」

 陽歌とヴェンは車の外に出る。外ではモビルスーツが盛大に切り合っていた。テルティウムとゼルトザーム、同じベースを持ちながら対照的である二機が町を巻き込んだ戦闘を繰り広げている。

「あの機体は……」

「面白そうじゃねぇか。やってやる!」

 陽歌が考えていると、ヴェンは漏影に乗り込み戦闘に加わる。どちらに加勢するということでなく、単純に状況を引っ掻き回すだけだ。

「ガンダム!」

 陽歌もアースリィに乗って、戦闘に参加する。

『ナクト! お前との決着は後だ!』

 テルティウムに乗るパーシヴァルはゼルトザームとの戦闘に集中している。三つ巴になり過ぎて陽歌はどれをどうすればいいのか分からなくなっていた。

「とにかく今のうちに……」

 シールドをライフルを連結し、エネルギーを溜めておく。どちらに転んでもいい様に準備だけはする。戦闘の最中、ヴェンが退避して射線上に二人しかいなくなったので容赦なくぶっ放す。

「今だ!」

『見境なしか!』

『元々味方ではないだろう……』

 不意を打たれた形となり掠めてしまうパーシヴァル。ゼルトザームに乗るダークは初めから警戒していたのですぐに回避できた。戦いはダークとヴェンの重い武器によるぶつけ合いになっていく。

『噂通りか、疾風の大盾』

「最近、いろんな奴にちょっかいかけてるゼルトザームってのはお前か! かなりやるな!」

 互角の戦いを繰り広げていく二人に、パーシヴァルが割り込もうとする。陽歌はサーベルを抜き、援護する為にそれを防ぐ。

『俺だって!』

「させない!」

 サーベル同士がぶつかり合い、光が爆ぜる。さすがに出力は向こうが上で、弾き飛ばされてサーベルも落としてしまった。その時、画面に通信が表示された。

「ん?」

『主殿!』

「モルジアーナ!」

 戦闘を嗅ぎつけ、ドラゴンモードのモルジアーナがやってきたのだ。

『受け取ってくだされ!』

「うん!」

 陽歌はモルジアーナから部品を受け取る。二つのランチャーを繋げたドラゴンの顔をしたキャノンを手に、リアスカートに翼を装着した。

「私の漏影は問題ない、やれ!」

 ヴェンは陽歌に指示を出した。ナノラミネートアーマーを持つ漏影にはビームがさほどダメージにならない。

「行くぞ! ガンドラゴン……イレース!」

 天高く飛翔し、ビームを混戦に向けてぶちまける。まずはテルティウムにぶつけ、その後薙ぎ払う様にゼルトザームを呑み込む。

『機体特性を活かした足止め……だと?』

「そういうこと」

 ビームの照射が終わると、焼け焦げた地面が爆発する。漏影はその中から無事出て来たが、ゼルトザームは半壊の状態でどうにかといった状態だ。テルティウムは普通に撃墜されている。

『貴様のこと、覚えておこう』

 ダークは足早に戦闘領域を去っていく。陽歌は追わなかった。ただ、この爆炎が晴れた明けの空を見ていたかった。まるで自分の心みたいで、眼が離せなかった。




 迷いを振り払った陽歌は、自身の機体を作るべく工夫を重ねることにした。その中で、最近噂の地雷プレイヤー達の姿を見ることになるが、彼らには何か目的がある様にも感じられた。
 次回、『イーグル再び』。己の創意を映し出せ!ガンダム!


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SAO×PSO2×ユニオンリバー 境界を超えし剣士達 1黒の剣士と閃光

 剣士データ

 キリト
 流派:ユニークスキル【二刀流】
 ソードアートオンライン内で最も反応速度の速いプレイヤーに与えられるユニークスキル。彼はALOなどの他ゲームでもシステムに存在しない二刀流を使用する。

 愛剣
 エリュシデータ&ダークリパルサー
 モンスタードロップ品の黒い剣、エリュシデータと刀匠リズベットの作である白い剣ダークリパルサーをセットで運用している。分類はロングソード。キリトは高レベルであるため高い筋力を持ち、重い剣を好むため双方ともに見た目より重量がある。
 アスナを助ける為ALOに乗り込んだ際、バグによってユイのペンダントを除く全てのアイテムがクラッシュしてしまった際に破棄したので現在は所持していないものとみられる。


「え? 握手? うん、いいよ」

 各地の惑星を探査する組織、アークスには特別な役職が存在する。それが複数あるアークスシップにつき数人しかいない『守護輝士(ガーディアン)』というものだ。彼らはその輝かしい功績から多くのアークスが憧れる。白い髪をツインテールにしている少女、マトイもその一人である。

「おーい、マトイ」

「あ、響、ジョアン」

 そして、響とジョアンもまたその守護輝士の一人であった。所属する船は違うが、なんだかんだあってこの地位にいる為共に行動することもある。

「何してたんだ?」

「うんちょっとね。握手を求められて」

「有名人だな。そうだ、陽歌の並行同位体が現れてな」

 響は陽歌を紹介しようとするが、ロビーを飛んできてしまったので置き去りにしていたことを思い出す。

「なんだ、この高さ飛び降りないんだ」

「飛び降りるアークスの方が少ないと思うよ?」

 アークスでもそんなズボラな移動経路を使うのは少ない。やっと陽歌も合流出来る。

「意外と広い……」

「あ、でも小さいね」

 姿は同じらしいが、身長が異なるのかマトイはすぐにそこを指摘した。

「な? ほら、角もなければ耳も尖ってない」

 響は陽歌を引っ張って、髪を上げて額や耳を見せる。角はデューマン、耳はニューマンの特徴だが、両方持っていることがあるのだろうか。

「オラクル時空の僕はデューマンなんです? ニューマンなんです?」

「元々ニューマンでデューマンになったって言ってたな。テオドールより前だったから耳とか尖ったままだし、角は二本だしいろいろ違うみたいだがな」

「いくつなの?」

 マトイは年齢を聞いてきた。多分ここも相違点なのだろう。

「9歳です」

「あー、そうか。こっちはもう二十歳超えてんだよな」

『やはり世界の根幹に関わらない人間の並行同位体はズレが大きい様でス』

 アスルトの予想通り、そこまで世界にとって重要な人物でないためか差異も大きくなっている。

『もしもし? こちらシエラです。外部からの通信をキャッチしたんですけど、どうしたんですか?』

「シエラちゃん?」

 アスルトの通信を傍受し、守護輝士専属のオペレーター、シエラからの連絡がマトイに入る。

『もしかしてこっちの偉い人でスか? どうも次元の穴にうちのスタッフが呑まれてこっちへ来てしまったみたいなんでス』

『そういうことなんですか。帰還について問題はありませんか?』

『うちには次元航行戦艦がありまス。それより、相談したいことがあるので回線を繋げてよいでス?』

『構いませんよ』

 シエラはマザーシップの全知とも言える演算システムからバックアップを受けている為、アスルトの通信に罠が無いことくらいはすぐに解析出来てきた。

「んじゃ、覗き魔も消えたことだし飯にすっか」

「あのバナナ、よく覗いてますもんね……」

 響とジョアンはシエラの覗き癖に慣れており、丁度いなくなったので休憩することにした。

「ちょっといいかしら」

「あん?」

 その時、白い鎧の少女が声を掛けてくる。

「あなた達が守護輝士?」

「そうだが……」

 響は少し辟易とした様な顔をする。普段から彼らはそれはもう面倒な雑事を押し付けられまくっているのでつい顔に出てしまう。

「困ったことがあれば守護輝士に聞けばいいと聞いたから。私はアスナ。他のゲームからコンバートしてきたの」

「ゲーム?」

 アスナはゲームと言った。確かにジョアンの地球ではPSO2がアークス達の活動を監視するスパイウェアとして、ゲームという形で広まっていた。だが、今はただのゲームとなっておりログインと称してこのオラクルに来る者もいないはずだ。

「エーテル体で構成されてるみたいだが……」

「んじゃいつもみたいにあのバナナがなんかやらかしたんですかね」

 響とジョアンは定期的に発生するシエラの妄想で具現化する、誰かのイベントを楽しんでいる姿を思い出す。あれはオラクルの地球に満ちるエーテルというエネルギーが思いを実体化しているのだが、今回もそれだろうか。

 陽歌もPSO2の設定周りはある程度把握しているので状況は分かる。

「もしかして、ALOのアスナさんですか?」

 陽歌は自分の世界の知識を使って対応する。

「うん、あなたもコンバートしてきたの?」

「はい。もしかしてキリトさんもこっち来てます?」

「そうね。あ、来たきた」

 黒いコートを着た少年が後から合流する。

「お二人はこのゲーム初めてでしたね、軽く説明します。こちらへ」

「ん? おう……」

 陽歌はキリトとアスナを連れて少し響達から離れる。

「すみません、少し今回は事情が込み合ってまして……」

「なんだ藪から棒に」

 キリトとアスナは彼を同じくコンバートしてきたプレイヤーだと思っているので、その前提から覆す必要がある。

「これは現実です。どうやらこっちの世界の幻創体のメカニズムでPSO2にコンバートした時、何等かの理由でこのオラクルにリンクして発生した幻創体をボディとし、それをゲームで動かしている様な状態になっているみたいなんです。とても信じられないと思いますが……ALOの装備でなくなっているのもその証拠です。おそらくお二人にとっては忘れがたい装備かと」

「何? 本当か?」

「前に未来と繋がったことあるし、キリトくんもゲーム中に未来の存在であるシルバークロウと戦ったことあるじゃない。それの延長線みたいなものかな?」

 かなりぶっ飛んでいた話であったが、彼らは似た様な事態を経験しているのですんなり受け入れてくれた。もちろん、陽歌はそれを踏まえた上で話したのだが。

「そうだ、ログアウトは……」

 デスゲーム経験者であった二人は話を聞き、ログアウトの可否を確認する。ちゃんとログアウトは可能だ。

「よかった」

「とりあえず一安心ね」

 二人は陽歌からの情報を聞き、行動指針を決める。

「とりあえずこちらも現実世界というノリで動きましょう」

「そうだな」

 話が終わったので三人は響達と合流する。

「お、何の話だったんだ?」

「いえ、ちょっと軽く案内を……」

 というわけで本題に入る。アスナは早速、この世界の衣装が気になっていた様子であった。SFチックでありながらファンタジーも併せ持つ世界観はファンタシースター独特のものだろう。

「ねぇ、みんなが着ている服ってどこに売ってるの? 少し装備が気になって」

「そうだね。じゃあショッピングに行こうか」

「だな」

 マトイと響がその手のお店のことをアスナに教える。女の子三人でワイワイとショッピングに行くのだが、陽歌は少し違和感を覚える。

「んじゃ、俺達は少しクエスト行こうぜ。この世界の戦いを知っておきたいんだ」

「では、私がそちらへ」

「……?」

 一見響の方がファッションに興味無さそうに見えたが、そうでもないらしい。

「とりあえず森林でも探索しますか」

「よし、行くか」

「あ、僕も行きますね」

 陽歌はキリトとジョアンについていく。黒の剣士の技術を間近で見られる機会はそうない。それに、アークスの戦闘技術にも興味があった。

「ところで陽歌……くん、ダーカーをフォトンが扱えない者が倒すと危険があるのですが」

 ジョアンはダーカーの性質故に心配をする。ダーカーは倒してもその因子が残り、戦った者を蝕む。この因子が溜まると狂暴化してしまい、最後にはダーカーへ成り果てる。フォトンを使える者ならこれを防ぐことが出来るのだが、それでも量が多すぎるとアウトだ。

「それは心配ないです。アスルトさんからそういうデータが来ているので」

 だが、陽歌は義手の機能でそれを防いでいる。加えて、自身が持つ強力な穢れと浄化の力によってその他の呪いを受け付けない。

「ならいいのですが」

 クエストカウンターに向かうと、見慣れた顔が近寄ってくる。サービス開始八年経ってもその戦闘能力が明かされないハンス氏である。

「おい聞いたぞ。陽歌パイセンの並行同位体が出たんだってな」

「噂流れるの早いですね」

 あまりにも話が流出し過ぎて、ジョアンは呆れる。しかしこれには理由があった。

「いや、メディカルセンターのフィリアさんが並行同位体のフリした本人の脱走を心配しててな……」

「ああ……」

 そんな話を納得されてしまい、陽歌は自分のことが心配になった。

「こっちの僕何したんだろう……」

「とはいえ無理が祟って寝たきり……よくて車いす何ですからそんなひょいひょい脱走出来ないでしょう」

 ジョアンがオラクル陽歌の容態からそんなことはあるまいと思っていたが、この8番シップ、ウィンでは常識など通用しない。

「いや、検査の途中で脱走して車いすで爆走した挙句コオリに飛び蹴り喰らうまで止まらなかったから……」

「うわ……でもさすがにこの世界の車いすなら爆走出来ても……」

 オラクルの自分のはっちゃけ具合に引く陽歌だったが、さすがにこの時空なら不可能ではない気がした。電車感覚で惑星を行き来できる世界だし。

「いや、あんなの」

「うわ普通の車いすですね」

 ハンスが指さしたのは、メディカルセンターのスタッフが運んでいる普通の車いす。電気動力もなく、タイヤに連動した持ち手を回すタイプだ。

「まぁ見た目少し小さいし、すぐわかるだろ」

「とりあえず見かけたらユクリータさんに通報ですね」

「フィリアさんじゃないんだ……」

 今度菓子折り持ってメディカルセンターに謝りに行こうと決心する陽歌なのであった。

 

   @

 

 陽歌、キリト、ジョアンの三人は惑星ナベリウスの森林へ来ていた。

「ナベリウスってソロモン72柱の悪魔でしたよね」

「マイナーな方かな。女神転生とかじゃきかねーし」

 そんな意外な由来を話しつつ、森林の奥へ進む。森林で遭遇するのはオオカミの様な原生種、ガルフ、猿の様なウーダンと地球でも見かけそうな種類だ。

「そうだ、陽歌……くんは防具持ってますか?」

 知り合いの方が浮かぶため度々名前を言いよどむジョアンは防具のことを心配する。ステルス化して見えないが、ジョアン達は防具を身に着けている。一方、陽歌は多少丈夫なパーカー一枚。そこは以前の都知事戦でも課題になったが、あまりいい改善策は上がっていない。

「あ、はい大丈夫です。これで……」

 一応パーカーが防具である旨を示す。一応パーカーは強化を受けているが、十分と言い難いのも事実。

「こっちの二刀流はこんな感じか」

 キリトはデュアルブレードを振り回して敵を倒す。ただ剣を振るだけではなく、刃が飛ぶという特徴がある。

「バウンサーは魔法が使えるのか、覚えておいて損はないな」

 そしてこのデュアルブレードを使うバウンサーという職は魔法、テクニックが使用できる。キリトはこれまで、魔法が存在するALOでも剣専攻、シューティングのGGOでも剣メインと剣を軸にしてきた。

「自分でバフれるのは便利ですね。ファントムの時に思いました」

 ジョアンもかつての経験を重ねる。便利、とはいえなんだかんだ気にすることが多いので自分一人で何でもやる、というのはそんなに利点があるというわけではない。

「抜刀か……」

 陽歌はジョアンの技を見て考える。響も同じ剣術の使い手であるが、特に彼女はカウンターによる居合切りを多用する。陽歌も刀を使っているが、大きいので抜刀出来ない上、彼は手先の感覚が無いので適切な大きさの刀であっても難しいだろう。

「どっちかっていうとキリトさんのが近いかな?」

 アークスの刀技術は独特で、陽歌の戦い方に近いものは無かった。ヒーローソードが近いだろうが、あれは刀の見た目をした大剣という感じであり刀の反りや構造も活かした陽歌の戦法には合わない。

「ん?」

 ふと、陽歌は何者かの気配を感じた。森の中から怪しげな衣装を着込んだ男達がわらわらと出てくる。

「なんです? アークスでもない人がこんなに……」

 ジョアンはレーダーで確認するも、アークスであるという反応はない。男達は突然、妙なことを言い出した。

「ずんずん教だ!」

「ずんずん教だ!」

「はい?」

 もう変な集団としか形容の出来ない集団は陽歌達を取り囲む。

「このゲームの敵勢力……じゃねぇな。しかしどっかで聞いた様な……」

 キリトは剣を構える。しかし僅かにその切っ先はブレていた。

「我々はずんずん教……お迎えに上がりました、ジョアン・ジョセフィーヌ……我らが新たな聖母よ」

「は?」

 男達、ずんずん教はジョアンが狙いであった。

「こういう役割は響だと思ってたんですがね……」

「響さんって一体……」

 ジョアンは呆れた様に言う。響は並行同位体の都合、そんなに重要な役割は持っていなさそうだが、それよりも問題はずんずん教だ。

「では早速、我がカテドラルにご案内したしましょう……」

「ふん……」

 ずんずん教徒がジョアンに近づくと、居合切りで見事に吹っ飛ばされる。

「案ずるな、峰打ちだ」

「いや、それでもその速度で殴られたら痛いと思うけどな……」

 宙を舞って地面に落ちるずんずん教徒を見てキリトは困惑する。確かに痛そうだ。

「面倒なので先行きますよー」

「あ、待ってくれ!」

「失礼しまいしたー!」

 ジョアンがアサギリレンダンでそそくさと去ってしまうので、キリトと陽歌は必死に追いかけた。

 

「げほっ……げほ……」

「大丈夫か?」

 すっかり現実ということを忘れて全力疾走した陽歌は息切れを起こしていた。最近忘れがちだが、内臓が結構ないぞう、という状態だった。

「もうパイセンと身体入れ替えた方がいいんじゃないんですか? そっちの身体なら無茶も悪さもしないでしょう」

「でもこっちは若いですからね……これからですよ」

 ジョアンはそんなことを思うが、年齢はこちらの方が下。下手をすると大復活の恐れがある。

「でもこっちの僕って一体なんなんです? そんなにヤバい人なんですか?」

「ヤバいというか……厄介な人です」

 ジョアンに詳細を聞くと、オラクル陽歌という人物像が僅かに浮かび上がってくる。

「もう十二年前になりますが……ゲッテムハルト、メルフォンシーナとパーティーを組んでいたんです。ですがその時起きたダークファルスによるアークスシップ襲撃でメルフォンシーナを失い、陽歌先輩は再起不能の重傷を負ったそうです。ですが何をどうしたのか復活を遂げ、あんなキャラに……。というのも、パーティーメンバーを失ったショックなのかゲッテムハルトを心配させない様に道化を演じていたのか……多分響さんの方が詳しいでしょうけど」

 キリトは話を聞いて複雑そうな表情をしていた。彼もまたパーティーメンバーを失った経験がある。いくら実際に死が付き纏うとはいえ、ゲーム内の死はキャラが消滅するだけだ。だが現実では冷たい遺体が残る。

「お、それよりボスという名の雑魚ですよ。ファングバンシーです」

 ジョアンは最深部で待ち受ける巨大な猫科の生物を指差す。

「うわでっか」

「そうか? まぁ確かに動物として見るとデカイけど……」

 フルダイブゲーム慣れしているキリトはそうでもないが、陽歌からすれば巨大な肉食獣という化け物だ。

「よーし……」

 とにかく慎重に見極める陽歌。あの爪を喰らえばひとたまりもないだろう。

「スターバーストストリーム!」

 先行したキリトが二刀流の乱舞を叩き込む。が、派手な見た目とは裏腹にダメージはそこまで与えられていない。

「その技は……」

「うーん、やっぱシステムが違うとダメか」

 ジョアンは技捌きがただならぬものであることを見抜いた。バウンサーのそれではないが、高等な二刀流剣技であるのは確かである。

「仏陀斬り!」

 陽歌は刀に赤い炎を灯し、ファングバンシーの足を斬る。切断は出来ないが、足の腱を切れば動きを抑えられる。

「そっちは出来るのか」

「こっちに来ている理由が違いますからね」

 キリトはPSO2というゲームのプレイヤーとして来ている故、外のゲームで身に着けたスキルは通用しない。しかし陽歌は直に吸い込まれてきているため、現実のスキルが使えるのだ。

「とっとと片付けます」

 ジョアンは刀を抜き、ファングパンサーを攻撃していく。三人で戦っているため、即座に倒すことが出来た。

「クエストクリア、ですね」

「あのずんずん教、シエラさんに報告しますか?」

 陽歌は既にアスルトへ先ほど出会ったずんずん教という怪しげな集団の報告は済ませてある。アークスへの報告はアークスに任せるのがベストだろう。

「いえ、たしかにナベリウスに原住民はいないので不審ではありますが……弱っちいしめんどくさいし放っておきましょう」

 ジョアンは放置を決め込んだ。キャンプシップに戻ると、ジョアンは倉庫の端末を操作し、何かを取り出して陽歌に渡す。

「ウエポンズバリアです。三枚……これを身に着けていれば多少マシかと」

「ありがとうございます」

 防具問題はひとまず解決。最大まで強化してあるこれが三枚あれば概ねどうにかなるというレベルの代物だ。

「ずんずん教か……聞き覚えあるし、思い出してみるか……」

 キリトもずんずん教について頭の隅に置いておくことにした。最初の探索は平和に終わった様に見えたが、不穏な影が動き出していた。

 




 剣士データ

 ジョアン・ジョセフィーヌ
 流派:ブレイバー
 響と同じブレイバーであるが、彼女以上にカウンターエッジを使いこなす。同じクラス、同じ武器でも性格によって戦い方が大きく変わるという好例である。

 愛刀
 呪斬ガエン
 禍々しい見た目に反して、光属性の刀。響と同じく武器フォームチェンジで見た目を変えているため、正確な武器は分からないが戦法からしてカウンターエッジの威力を上げる能力がある『レンゴクトウグレン』ではないかと思われる。
 この武器はオラクル時空にやってきたグラール太陽系の科学者、エミリア・パーシヴァルが友人、シズル・シュウの愛刀のデータを提供してアークス内で改良されたものと噂される。


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天界騒乱

 天使とは、何か。天から遣わされた神の使い。故に人は翼を持つ美しき存在を天使と認識し、そう呼び、言い伝えた。
 だが、人々に語り継がれないものが存在しないという保証はない。天使と呼ばれなかった神の使いがいた様に。


「なぜだ! なぜ貴様らがあの世界の担当なのだ!」

 天界では上位神の決定に不満を抱くものがおり、反乱も起きた。そのリーダーは捕縛され、今にも牢獄へ連行されようとしていた。

「さぁ、なぜでしょうなぁ」

「お前の先輩の天童世死見とかいう奴も! 地上を任される器ではなかった! なのになぜ!」

 天使アイオーンに歯向かったものの、敗北は早かった。まさに傲慢。神に直接歯向かわなかったおかげで堕天を免れている状態に過ぎない。

「まぁ全ては上の決定どす。うちも面倒さかい押し付けられれば押し付けますが……そうもいかんので」

「貴様ああああ!」

 自分が欲しがった地位を面倒の一言で済ませるアイオーンの態度にリーダーは激昂した。天使アイオーンが今の地位に就くまで、この様なちょっとした騒乱があったことはもはや当事者でさえ遠い思い出になりつつあった。

 

 @

 

「滅死使い……ですか?」

 喫茶店、ユニオンリバーで天使アイオーンは犯人の心当たりについて話す。近年頻発している不審死事件、その実行犯はかつて天界でその地位を争った種族であると。

「なんだ、お前みたいに命題出して遊ぶ奴が他にもいるのか」

「人聞きの悪い。うちはクリアできる課題しか与えまへん」

 七耶はすっかり天使に振り回されているので、そんなものがさらにいると聞いて戦慄した。

「滅死使いというのは見た目こそ天使に見えるかもしれまへんなぁ。アジア人がヨーロッパ人の区別付かないのと同じどす。せやけど、天使が死んだ魂を回収する、死神が時を迎えた命を刈り取る存在なら滅死使いは直に死を与える存在どす」

「直に死を?」

 陽歌はそのあり方に異質さを覚えた。それは則ち、まだ生きれる命すら奪い取るということだ。死神も似た様な存在として描かれることが多いが、手にしているものが収穫用の鎌であることから基本的には熟した、つまり寿命を終えた魂を取りに来る存在だ。

 死を告げる存在としてバンシーの様な妖精も上げられるが、それは死を察知するだけであって直接の死因にはならない。

「それってもう怨霊なんじゃ……」

「能力に差異はあれ、身体に張り付いた魂を斬り離して天界に持ち帰る。その仕事は共通ですな。だが奴らはその職能を濫用した……」

 その結果が今の状態ということだ。

「幸い、まだ具体的な死因を起こせる滅死使いが育っていないのか身体は無事な場合が多いんやけど……」

「なんだ話が早いじゃねぇか、とっととぶちのめしに行こうぢぇ」

 七耶は犯人が分かっているのなら、と当然の如く殴り込みを提案する。ただ天使は言葉を濁す。

「相手は無条件に死を与える存在さかい、メンバーは無生物を選出するしかないどすなぁ。それに滅死使いは反乱した時に牢屋へぶち込まれたけど、その牢屋が事故で吹き飛んで全員即死亡……。反乱しなかったメンバーも職能を上位神に返還し天使に鞍替えしたんでもういないはず……」

「死体は確認したんですか?」

 陽歌は死んだと聞き、重要なことを確かめる。大体こういう時に死体が確認できないと生きているのはお約束だ。

「それはもう酷い事故どすからなぁ……死体はバラバラになった上牢屋は三年も燃え続けて白骨に……」

「それじゃあ死んだのは確認出来ても、全員が死んだかは分からないですね……」

 死んでいたと思っていたものが生きていた。こうなると犯人が分かっても居場所が分からない。故に天使も滅死使いによる死者を保護するしか対応できないでいた。

「お前か、天使アイオーンというのは」

 話をしていると、急にルイスが出現した。時間停止をしてここまできたのだろう。

「うわびっくりした!」

 気配に敏感な陽歌も流石に時間を止められては叶わない。

「お前あの時の!」

 ルイスの出現に七耶は警戒する。一応積極的に敵対はしていないが、味方というわけでもないのだ。

「うちどすが?」

「なら話は早い、死ね」

 ルイスが殺意を満ちさせた瞬間、二人の姿が消える。いつの間にかルイスと天使は外に出て激闘を繰り広げていた。拳のぶつかる余波で店が地震かの様に揺れる有様だ。

「穏やかじゃありませんなぁ」

「先に喧嘩を売った方が言うセリフか。配下を送り込んで民間人を殺させるのが天使という生き物なのか?」

 話を聞き、陽歌はルイスの近辺にも滅死使いが現れたことを知る。

「まさか、滅死使い……」

「なるほど、近くで突然死した奴を巻き戻せば犯行の瞬間を捕まえられるな」

 七耶は直に見たわけではないが、さなからルイス、魔獣ジャバウォックの能力を聞いていた。時間を止めるだけでなく、巻き戻すことも可能なのだ。

「それはうちの商売敵の仕業どすなぁ。捕まった瞬間うちの罪をなすりつけるとは汚いさすが滅死使い汚い」

「ふん、俺は騙されたのか。まぁいい、お前も怪しいから死んでもらう」

 時折時間停止が挟まるのか、二人の位置は突然変わる。

「お前……止まった時間の中を動けるのか?」

「天使どすからなぁ」

 時間停止に対応して反撃している、というよりは時間が止まっても自分は止まらないという方が正しいのかもしれない。

「巻き戻しても戻らねぇのはどういうことだ?」

「戻る時間より早く進めばなんてことないどすなぁ」

 巻き戻しにも、まるでエスカレーターを逆走するかの様な状態で対応。

「これがヤムチャ視点……」

「あーもうめちゃくちゃだよ」

 三つの文明が作った最終兵器にこう言わせるレベルの戦いが繰り広げられていた。しかしルイスは自慢の時間停止を封じられ、天使は元々戦闘向きでないことが災いして、互いに千日手という状態が続いた。

「っ!」

「おおっと」

 その時、上から時計の振り子らしきものが落ちてくる。

「ふん、同時に始末出来れば上々と思ったが……うまくいかんもんだな」

 上空には時計に腕の生えた化け物が浮かんでいる。人間より少し大きい程度だが、異質さが目立つ。

「我が名は寿命を司る滅死使い、テンジュエル! 天使アイオーン、そして死に縛られた下等生物の分際で我らの活動を阻害し、我が同胞を痛めつけた者よ。貴様らに裁きを下す!」

「……漁夫ればよかったのに」

 陽歌はそのうまくやれば弱った片方と戦うだけで済んだ状態を自ら台無しにしたテンジュエルに呆れた。

「お前の目的はなんだ? この命題天使に成り代わって天界を支配することか?」

 七耶は担当直入に滅死使いの目的を聞く。天使と争い負けたということは、可能性としてはそれが一番だろう。何のメリットがあるのか分からないが、世の中には実用性はともかくマウント目的で地位を欲する者もいる。

「それはもちろんだ。そして、我々は死の概念そのものを手に入れる……」

「概念を?」

 概念の入手という分かる様な分からない様な目的に陽歌は戸惑う。アイオーンの方はそれですっかり敵の目当てを見抜いていた。

「それなら尚更のことここで始末をつけへんとあかんなぁ。あれはおいそれと弄っていいものではありまへん」

「では、このテンジュエルの力で早々に朽ち果てるがよい!」

 テンジュエルは身体の時計の針を高速で回し、ハイテンポな柱時計の音を鳴らし続ける。

「これは……」

 陽歌が急激に成長し、背丈が伸びる。寿命を司る。つまりはこの一帯の時間を早回しにして寿命を削り取っているのか。

「まずい! お前は逃げろ! 人間の寿命じゃすぐ死ぬぞ!」

 七耶が逃げる様に指示したものの、陽歌は十年ほど成長して止まる。そう、時間を操れるのはテンジュエルだけではない。

「馬鹿かお前。俺が同じ速度で巻き戻せば意味ないだろ」

「何ぃー!」

 ルイスが巻き戻しで相殺してしまった。目隠しを取り、目の力を最大限引き出して対抗する。

テンジュエルが早回しの倍率を増やせば増やすほど、ルイスも巻き戻しの倍率を増やす。時計の針は竜巻の様に回り続けたが、バキっといやな音がして針が落ちた。

「うげえええ!」

 秒針が一秒に六度動くことを想定している時計をミニ四駆のタイヤばりに回せば当然壊れる。秒針一秒六度、その一周に対応して分針が六度、分針の一周で時針が三十度回る様にするため、時計というのは複雑な歯車の組み合わせになっている。

 テンジュエルが果たしてそんな構造かはさておき、身体の一部をそんな回せば無理も来るというものだ。

「ちっ……さすがに疲れた……」

 ルイスも眼精疲労を感じ、目を閉じる。すぐに陽歌を戻してはくれなさそうだ。

「よし、これで!」

 成長した陽歌は刀を呼び、攻撃に移る。背が伸びたとはいえ、元々この刀は背の高い人間に向けて作られたもの。多少収まりは良くなっているが、十九歳男性の平均より小柄に育った陽歌にはまだ大きい。

「そういえば十年バズーカ使ってもそんなに伸びなかったな」

 七耶は以前、陽歌が十年バズーカで大きくなった時のことを思い出す。男っぽくなるどころかますます可愛らしさに磨きが掛かってしまった。

「十年バズーカと違い、きっちり霊力も十年分! 喰らえ!」

 陽歌が刀に赤い炎を纏わせると、周囲一帯が炎に包まれる。

「これは……」

「あいつ、能力も伸びたのか」

 七耶とルイスはテンジュエルの最後を悟った。本来なら一瞬で寿命を削り取れるので問題にならなかったのだろうが、この技は相手の成長も起きる諸刃の剣だったらしい。

「領域展開。創世終焉火之加具土命(エンドマーク・ヒノカグツチ)……。ここがお前の最終フレームだ」

「固有結界どすか?」

 天使はこの炎の性質を理解する。現実を上書きし、自身に最適な空間を生み出す類の能力であることには間違いない。

「この程度なら逃げれば……」

 状況が悪いと感じたテンジュエルが逃走を図る。

「あ! 逃げるぞ!」

 さすがに天使と争った滅死使いを名乗るだけあり、一瞬で姿が消えた。七耶の超科学レーダーの範囲からも消え去る鮮やかな逃亡劇。しかし、陽歌は刀を収めただけであった。

「終式仏陀斬り」

「ぎにゃあああああ!」

 が、何故か逃げたはずのテンジュエルが結界の中で切り裂かれ燃えていた。

「なるほど、この結界に入ったら『未来』が無効化されるんどすなぁ……」

「は? インチキ効果も大概にしろ」

 天使の分析にルイスが異を唱える。

「お前が言うな」

「まぁ、それも陽歌はんが成長しないとここまでのものにはなりまへんし、こっちも領域を作れば即死亡は免れますがな」

 天使の言う通りであるが、発動されたらほぼ死である。テンジュエルの様に逃げても『逃げた』という未来が『作れない』。

「こんな……馬鹿げたことが……私は……死を克服した選ばれしニューカマーに……崇められる存在に……うぼぁあああ!」

 テンジュエルは爆発四散した。それと同時に炎が消え、元の景色に戻る。

「チッ……」

「あ、戻った。ありがとうございます……」

 ルイスは時間を巻き戻して、早急に陽歌を元の年齢に戻す。

「勘違いするな。結界に入った瞬間こっちのすることなすこと無効化とか勘弁願いたいだけだ……」

 いくら時間を操作して巻き戻せるといっても、『時間を巻き戻した』という未来自体が結界に入った時点で作れなくなっては技の発動を無効化出来ない。『時間を操作する』という未来が作れないという環境を生み出せる陽歌とは敵対したくなかった。今のうちに始末する、という手もあるが、幸い陽歌自身が穏健な上、厄介な滅死使いへの対抗手段にもなる為先を考えるとそれも浅慮だ。ならば味方にする方がいい。

「それと、頼みたいことがある」

「ああん?」

 ルイスは七耶に向き直る。この場ではユニオンリバーを動かす権限があるのは彼女くらい、と思ったのだろう。

「なんだ今更……っておい!」

 さすがに敵対寄りの中立勢力から頼まれる筋合いはない、と思っていた七耶だったが、ルイスが土下座をした時点でただならぬものを感じた。

「俺も滅死使いの撃破に協力する。だから……身柄を守ってほしい人間がいる」

「……話は聞くぞ」

 誰とも協調をしようとしなかったルイスがそうまでして何かを守ろうとしている。七耶はその意思を無下には出来なかった。こうして、月の魔獣が味方に付き、真の敵『滅死使い』との戦いが始まった。

 




 寿命を司るテンジュエル
 抵抗の炎ショウシエル
 悲しみの落水ドザエル
 欲望の果てラスエル
 不浄と病みのコクシエル
 苦痛の解放者スワサマル
 不意と不慮の不幸アクシデマル
 不毛の大地ガシエル

 我ら滅死使い、天使に成り代わり死を司り、人に進化をもたらさん


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☆青龍騎士の遊戯

 クロード・テュラン・コバルトドラグーン

 青龍末妹。起動日が同じため、ヴァネッサと同い年。何に対してもキラキラした目を向ける純粋な子。遊ぶことが大好きで武器も実銃と同じ威力にしたクラッシュビーダマンにしてしまうほど。


 東京都吉祥寺。この場所でとある集会が開かれようとしていた。

「現在、ドランカ製薬に対する集団訴訟を行っている原告団が集会を開いています。この情勢下で密になる集会を開いていいのでしょうか?」

 取材に来ていたテレビクルーはドランカ製薬という巨大製薬会社からスポンサードを受けているためか、隠すことなく偏った報道をする。

「ったく、疫病への対応を盾に逃げ回ってた奴の言うことかよ……」

 そのせいか、集会に参加しているごく普通の小学生男子にもツッコミを受けてしまう。

「へぇ、君が陽歌くんの友達……」

「ああ、広谷小鷹だ。よろしくな、クロード」

 小鷹は茶髪の少女、クロードに声を掛けられて返事をする。そろそろ異性を気にする年頃である小鷹だが、クロードは服装がボーイッシュなこともあってあまりそういう意識は向かない。顔立ちはいいし文句のない美少女なのだが、本人もフランクなせいだろう。

「相手が相手だけに四聖騎士の力を借りられるのは心強いぜ。さぁどこからでも掛かってきやがれ!」

 小鷹は現代ナイズされた輪ゴム鉄砲の玩具を構えて周囲を警戒する。ドランカ製薬はこれまでも健康被害を訴えた原告団に物理的な妨害を加えてきた。そのため、小鷹は本来用事のある友人の陽歌に代わってここに来た。かつて守れなかった友を守るため、磨き上げたスキルを発揮する時だ。

「今のところ怪しい気配は無しっと」

 クロードも銃の様なデザインをしたビーダマンを手に警戒を続ける。彼女のビーダマンは改造によって実銃と同等の威力まで底上げされている。小鷹のゴム銃も頑張ってはいるが、子供がワゴンセールからかき集めた玩具とは比べ物にならない。

「いやー、まさか暗黒メガコーポとバトれる日が来るなんて思わなかったよ! しかも製薬だよ製薬! もうこれバイオがハザードしてレジデントなイービル飼ってるよね!」

 敵が敵だけにクロードは目を輝かせて興奮していた。もしそんなものに襲われたら被害がヤバいので、小鷹は何も起こらないことを祈っていた。

「そうだ。これ持っておいてよ」

「ん?」

 そんな小鷹にクロードがある水色の小さな銃を渡す。子供の手にも収まるハンドガンだ。

「アタックガールガン。うちの会社が仕事中にとっ捕まえた奴から設計図奪って作ったんだ。光弾の出る銃だよ。オプションも多くて面白いんだこれ」

「ビームガンか、助かる」

 小鷹はアタックガールガンを受け取る。彼は実銃の扱いも射撃技術と共に学んでおり、撃つ意思がない時は指を引き金に掛けない。

「小鷹ってごりごりの近接派だと思ったけど、遠距離専門なんだね。意外」

「まぁ俺も接近戦主義だったがな……」

 クロードは小鷹のイメージから、彼の友人の雲雀と同じで肉弾戦を行うものと思っていた。本来はそっち寄りの人間なのだが、転向したのにはわけがある。

「前面に出るのは雲雀がやってくれるし、あいつを近くで守って戦えるからな、これは。二度と離れないっていう約束だ」

 友達の陽歌を守ることを念頭に置いた選択。彼の傍にいながら敵を倒すには銃がベストだった。

「ま、こんなに頼れる味方が山ほど出来た今じゃ半端な銃撃スキルは却って邪魔かもな。狙撃ならレオナさんがいるだろ」

「えー? 中距離射撃も結構大事だと思うよ? マークスマンってやつ」

 とはいえ今となっては必要な様な無駄な様な。再会は果たせたが、自分より強い味方がたくさん出来たので性に合っている近接職に戻ろうか悩みどころだ。遊び好きな面なのか、それともエヴァの受け売りなのかクロードは妙に知識があった。

「マークスマンかぁ」

 マークスマンとは通常の狙撃手とは違い、小隊と共に行動し、少し離れた目標を撃つ役目。小隊の中で射撃スキルに秀でた者が選ばれ、狙撃銃こそ持たないが若干のカスタムとパーツ選別で精度が上がったものを支給される。

「ドランカ製薬は献金により不当に福祉事業の立場を得て、粗悪な人工臓器や埋め込み式義肢をばらまき、私腹を肥やしてきました」

 だべっていると、集会が始まった。小鷹の友人、陽歌は質の悪い義手を付けられていた時期があり、この原告団に参加する資格があった。ただ、本人としては後の為他の人の為ドランカ製薬を潰しておきたいという気持ちと、あまり人が多いところに行きたくない気持ちがあった。

 小鷹もドランカのしていたことを考えると彼を危険に晒せないので、代理で行くことにしたのだ。

「なんだ?」

 集会をしていると、上から何かが降ってくる。サーベルを持ち羽根飾りをした、黄色っぽい骸骨だ。かなりの数がおり、会場はパニックに陥った。

「ベイコク! 幽鬼……悪魔だ!」

「なんだそりゃ?」

 敵の正体を察知したクロードがビーダマンの銃口を向ける。同時に誰かからの指令も受け取っていた。

「これは……術者がいる悪魔みたいだね。ストックの悪魔空っぽになるまで搾り取ろう!」

「いやさっさと根本絶とうぜ……」

 クロードが発砲すると、ビー玉がベイコクの頭蓋を砕く。しかし数が多いので即座に片付けるともいかない。だがクロードは戦闘を楽しんでいるのか、派手に動いてベイコクのヘイトを買って間接的に人々を守っていた。

小鷹が召喚者の取り押さえに掛かる。

「あいつか!」

 教えられることもなく、彼は黒幕を見つけた。腕に機械を付けた男と、その取り巻き三人。見るからに怪しすぎる。

『それで合ってるよ。敵は悪魔召喚プログラムで悪魔を呼んでるけど、こっちに回した分以上は出せないし使用者はただの人間……だってさ』

「うわ、声が」

 突然、クロードの声が小鷹の耳に響く。これは一応アタックガールガンの通信機能である。

『その銃は殺意に呼応して威力が上がる様にしてあるから、その気がなければ当てても死なないよ!』

「おら待て!」

 クロードからのお墨付きを得て、小鷹は正確な射撃で取り巻きボディに弾丸を当てる。こういう場合、手足に当てろだのヘッドショットしろだの外野が騒がしいのだが、動きまわる身体の末端に当てるのは困難であることに加え、拳銃弾でも当たれば致命傷。ゲームとはわけが違うのだ。

「ああん?」

 首謀者に銃口を向けた小鷹だったが、誰かが割り込んできて射線を塞がれる。

「待て! 小沢!」

 迷彩コートの少年が首謀者、小沢を追っていた。小沢も少年も小鷹より年上なので比較的足が速い。無関係な人間を非殺傷とはいえ撃てないので、小鷹は小沢がビルに逃げていくのを見るしかなかった。

「チッ、逃がしたか……だが場所が分かれば深追いは……」

 そのビルはどうもドランカ製薬の支社らしい。場所と敵の関係が分かれば問題ないと思ったが、少年がビルに乗り込んでしまった。

「あ、おい!」

『どうしたの?』

「一般人が術者の逃げたビルにそいつ追って入った! ドランカ製薬吉祥寺支社だ。危なそうだし、追って保護する!」

 小鷹は一般人を放っては置けないので自分も突入する。自分も一般人ではないかといえば微妙なところだが、随分人生変わったものである。

『あ、ずるーい! 基地潜入したい!』

「いや連れ戻すだけだから。制圧じゃないから」

秘密基地っぽいものにわくわくするクロードを放置して少年の後を追うと、ビルの地下へと進んでしまう。そして、彼は霊安室で小沢を見失った様だ。

「チッ、逃がしたか?」

「あの、すみません」

 小鷹は少年に声を掛ける。

「なんだ?」

「ここは危ないので出た方がいいかも……俺は広谷小鷹。ユニオンリバーってトラブルコンサルタントで手伝いをしてる」

 向こうの方が年上だが、敵が悪魔を召喚出来る以上丸腰は危ない。

「んなもん承知だ。小沢を始末せにゃならんからな。この辺を仕切っている西谷照呉だ」

 照呉と名乗った少年はこの辺りに蔓延るカラーギャングの様なものなのだろうか。

「あの術者を知っているのか?」

「ああ、あいつは後から来たくせに金と親父の権力で好き放題だ。おかげでこの吉祥寺はめちゃくちゃだ。今日こそあいつを討つ」

「はえー、不良の世界も大変だな……」

 あの術者、小沢はかなりいいとこの坊ちゃんらしい。だが暴力のユニオンリバーにはそんなこと関係ない。

「とにかく悪魔を呼ぶ術を相手は持っている。危ないからここは俺に任せ……」

「心配はねぇ」

 照呉は銃を持っていた。ハンドガンの様だが、未成年が銃器を所持出来るものなのか。

「エアガンの改造か……」

「よくわかったな。ガスガンだけどな」

 一応は合法に手に入るガスガンを改造したものである。一般人相手には危険だろうが、悪魔相手では心許ない。

「しっかし小沢の馬鹿はどこに行ったかね。まさか隠れているわけじゃ……」

 照呉は霊安室の棚を開けて確認する。袋にも入っていない腐敗した死体が入っているというおぞましい状態だ。

「うへぇ……」

「なんだ……こいつは」

 小鷹は顔をしかめるだけだが、照呉はさすがに引いた。ただ腐敗しただけではない。出血などもしていて、まるでゾンビの様だ。

「指令室。ビルの霊安室で感染者だと思われる遺体を見つけた。これはやべーもん見付けちまったぜ」

「感染者だぁ?」

 小鷹は以前の事件で発覚したTウイルスの感染者だと気づき、指令室へ連絡を入れる。特に通信機を持たなくても交信が出来るのがアタックガールガンの利点だ。

「ああ、ラクーンシティの事件で広まったウイルスだ。今やワクチンが開発されて兵器としての価値はないって聞いたが……」

「こんな気味の悪いとこでもあの小汚い小沢のことだ、隠れてるに違いねぇ」

 ネタが割れて気が大きくなったのか、照呉は次々に棚を開けて小沢を探す。不気味なゾンビからこれから使うのであろう綺麗なものまでより取り見取り。その中に知った顔を見つけ、小鷹は戦慄する。

「何……? こいつは……」

「知っているのか?」

 去年、ウイルスに感染して死んだと聞いたかつての担任であった。金湧で陽歌を長年虐待していた主犯の一人で、死体はBSAAが回収したはずであった。

「ん? 他のとなんか違わねぇか?」

 この人物を知らない照呉は死体の異変に気付く。他のゾンビに比べ、肌が赤い。そしてなんと、まだ息があるではないか。

「離れろ! 様子がおかしい!」

 小鷹は照呉の手を引いて死体から離れる。その死体は起き上がり、爪を伸ばして彼らに襲い掛かった。

「ゾンビのくせに早え!」

 その速度は生ける屍のイメージを覆すほどであり、何より狂暴だ。

「ヨ……カ……」

「死んでも面倒な野郎だ!」

 小鷹は躊躇うことなくその胴体に銃弾を浴びせる。いくら痛覚がないとはいえ、これほどのダメージを受ければ動かなくなるだろう。急いで部屋を出た二人はその辺にあったロッカーで扉を封じ、小沢を探すことにした。

「こんなもんまであるとはな……下手な悪魔より厄介だ」

「小沢ってのが悪魔を使ってるのは有名なのか?」

 昨年、転売屋が悪魔を呼び出すプログラムを使ったという情報があったためその類が出回っていることは明らかであった。今回の敵、小沢もその一人。大抵は呼び出した悪魔を扱えずに自滅するが、奴は多少なりとも小賢しいらしい。

「ああ。何としても奴を倒さねぇとな」

 二人は地下のある部屋までたどり着く。不気味な爬虫類の化け物が入ったカプセルが並ぶ、機械だらけの部屋だ。

「見つけたぞ! 小沢!」

「ふん、西谷か……お前ごときが俺に勝てると思っているのか?」

 小沢は手下がいないながら、悪魔召喚プログラムを持っているためかかなり強気だ。小沢が腕の機械を操作しようとした瞬間、小鷹はそれを撃ち抜いて召喚を阻止する。

「ぎゃああ!」

「呼び出すのを待って貰えると思ったのか?」

 機械はバラバラになった。弾丸が貫通したのか、腕を負傷した小沢は血を流してよろけながら機械に触る。

「くっそ……多少痛めつける程度で済ませてやろうと思ったのに……もう手加減できねぇぞ!」

 それは化け物を操作するものらしく、カプセルを割ってトカゲやカエルの様な化け物が出てくる。おそらく耐久力は変異した担任以上だろう。アタックガールガンでは火力不足かと思われたその時、小鷹と照呉の後ろからクロードが現れる。

「ふうん……ハンターβにハンターγかぁ」

「なんだ? ガキか? なんでこいつらのこと……」

 バランスが悪いだろうに、器用にクラッシュビーダマンをくるくる回してガンプレイをしつつ、獲物を見定めるクロード。

「やっぱこういうのいるんだねー、さっすが暗黒メガコーポ!」

 その筋の人間からは、とっくに旧式化した生物兵器。ましてや彼女は四聖騎士だ。囲まれてピンチ、どころか待ってましたと言わんばかりだ。

「そんな口を聞いていられるのも、今のうちだ!」

 小沢の号令でハンター達が一斉に飛び掛かる。クロードはビー玉を連射し、その脳天を撃ち抜いて次々に撃破する。連射出来るマガジンを付けているわけではない。手でポケットからビー玉を取り出して装填し、精々二発のストックが限界のそれで連射しているのだ。

 その威力は実銃に匹敵。しかもビー玉の口径はハンドガンのそれを凌駕する。いくら生物兵器でも、その頭蓋を砕くには十分なのだ。

「ならこれで……」

 小沢は真っ黒な肌をした大柄の男を呼び出す。

「量産型タイラント! いよいよラスボスだね!」

 本来なら訓練された一個小隊をも撃破する力を持った傑作兵器を前にしてもクロードは満面の笑みを崩さない。ビーダマンの腕にロケットの様なものを取り付けると、それをタイラントの頭へ放った。

 タイラントは銃弾を避ける動きが教育されている。頭を腕で覆い、ジグザグに動いて狙いを翻弄する。しかし、クロードの一撃はそんなことすら無意味と言わんばかりに、タイラントの額へ吸い込まれる。

「トドメ!」

 刺さったロケットは羽根を開いており、クロードはそこへビー玉を叩き込む。ロケットがタイラントの脳を貫き、暴走する暇さえなくその巨体が崩れ堕ちた。

「ひ、ひぃいいい!」

 小沢は現実とは思えない出来事に失禁しながら座り込んだ。

「これでまだ変身残してるってマジかよ……」

 小鷹もその実力は陽歌を通じて知っていたが、実際に目の当たりにすると声も出なかった。

「これでお終いっと。あーあ、第二形態とか欲しかったけどな。でも面白そうなのみっけ」

 クロードはビーダマンをホルスターに収めると、照呉の手を取った。

「な、なんだよ……」

 見た目は男の子に見えなくもないが、触れ合うとはっきりと少女らしさが分かる柔らかさと体温をしている。彼は少し戸惑ったが、渡されたものを確認した。黄色いアタックガールガンだ。

「これ……小鷹の持ってる……」

「色違いだけどね。君少し暗いから気分が上がるチャーリー版」

 かなり失礼なことを言いつつ、いきなり実銃を渡したクロードに小鷹が苦言を呈する。

「おいおい、初対面の相手に武器なんか……」

「ここは友達もいるし、誰か戦える人がいた方がいいかなって。君なら力の使い方、間違えないでしょ?」

 照呉は銃を確かめると、いきなりそれをクロードに向ける。

「そうだな」

「おい!」

 そして引き金を引く。静かな銃声の後に、うめき声と何かが倒れる音がした。それは変異した担任であった。更に変異したのか、服がはち切れそうなほどムキムキになって肌が剥けている。

「ア……ア……オ……」

「後ろくらい気を付けろ」

「いい腕してるね!」

 自分の顔すれすれを弾が通り、背後から化け物が襲ってきたのにクロードの楽しげな様子は崩れない。

 

 圧倒的力を持つ青龍の騎士。それを見た、贖罪の為に力を求める魂と、力を求める乾いた魂。彼らの辿る数奇な運命が始まろうとしていた。

 




 Chaos Hero

 西谷照呉

 イメージカラー:深緑
 属性:chaos、light


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☆爆誕! 魔王ダイナマイトベリアル!

 ベイブレードバーストはシリーズ最長の6年目を迎えた…その秘訣はやはりシリーズ終盤にありがちな互換切りが無かったことだろう。爆転はヘビィメタルシステムによりパーツの互換が無くなり、コマの性能に大きな格差が生まれた。メタルファイトもフィールド自体が変化した。一方、バーストはダッシュドライバーや攻撃に参加するディスクを用いれば案外デュアルレイヤーでも戦えたりするのだ。


 八坂紬には後悔があった。それはすでに解消されたのだが、ハッキリと心が晴れることは無かった。いくら今許されたとしても、あの時助けてあげられなかった後悔は引きずり続ける。

 それは未だ家に置いてあるベイブレードのスターター、ヴァルキリーが語っていた。いつも寂しそうに遊んでいる級友を覗き見る彼の姿。髪の色が他の子と違う明るい茶色だから、目の色が他の子と違う桜色と空色のオッドアイだから、そんな理由で本人の責が届かない所で弾かれていたあの子に声を掛けたくて買ったもの。

 後に彼と正真正銘の友人であった小鷹が言うに「下手にあげてたら取られてたからそれでいいんじゃないか」とのことだが、助けられなかった後悔はどうしても重くのしかかる。理屈ではないのだ。

「皆さん、ベイブレードをしない様にしましょう」

 ある日、紬の学校で謎のベイブレード禁止令が出された。ベイブレードバーストは彼女の学校でも人気の玩具である。紬は詳しくないが、実は三度のシリーズにおいて最長の六年目を今年迎える記録的なタイトルなのだ。

こういうのは学校にも持ち込んだり、近年はランダムブースターや高額なセット商品でしか排出されないパーツの比率が増えたこともあって窃盗などトラブルに繋がった結果だったりするのだが、幸いにしてこの学校ではそうした事態になっていない。

 ではなぜ禁止なのだろうか。先生はハッキリ言わなかったが、最近になってベイブレードをしている児童の消息が分からなくなるという事件が増えているらしい。ほんのりと紬も大会で記録を残した同級生が消えた話や、ベイブレードをしている最中に消えたという話を聞いている。

「後悔したくないな……」

 このまま見過ごしたらまた同じ後悔を抱える様な気がした紬は、無謀にも事件の詳細を突き止めることにした。ユーザーではない彼女はもし条件がブレーダーであることならば失踪の危険がない。

「お願い陽歌……私にあなたの時の様な後悔をさせない、勇気を……」

 未開封のヴァルキリーを鞄に忍ばせ、紬は調査に出た。紙の地図に失踪者の情報を書き込み、実際に現場を回って情報を集める。今はアプリで現在地から探している施設を割り出すことが出来るなど便利な世の中になったが、調査など書き込むことがあるのなら紙は非常に有効だ。

「はぁー、ダメか……」

 しかし紬は警察や探偵ではない。失踪した場所も変哲の無い道端だったりするので目撃者が殆どいない。コロナ禍前の様に店のスタジアムであったなら、防犯カメラの映像がが残っているのだろう。道端も今や防犯カメラがある場合もなくはないが、どこの管轄か分からない以上誰に見せて貰えばいいのかで話が止まってしまう。

「ああいうカメラってどこ預かりなんだろう……」

 紬は恨めしそうに道のカメラを見上げる。こういうものは自治体や警察の管理下にあり、民間人、ましてや子供に見せてはくれないだろう。失踪時に警察も調べているはずだ。

「参ったな……全然ダメだ私」

 勇気を出したはいいが空ぶり。これではまるで格好がつかない。行動することが目的ではない。行方知れずの児童を助けるために来たというのに、手土産一つないのでは何の慰めにもならない。

 知らないうちに六本木まで来ていた。こういう繁華街で単独行動などしていればミイラ取りがミイラ、自分が攫われてしまう危険もあったのだが、後悔を晴らすことばかり考えて紬はそこに思い至らなかった。

「ん?」

 その時、不審な人影を紬は見つけた。この現代日本にはありえない、布を身体に巻き付けた様な露出の高い服装をした少女が何かを探していた。全身に刺青もあり、異様な雰囲気であった。灰色の髪と瞳も異質さを漂わせる。

「外国の人かな?」

 道に迷った外国人だろうかと紬は声を掛ける。見た目で他人を避けない様にしようとは、陽歌の件で誓った身だ。

「え、えくすきゅーずみぃ……」

「あなた、ブレーダーね?」

 流暢な日本語で返され、しかもブレーダーを探しているということもあり紬は身構える。

「感じる……あなたの持つベイの、強い意思を」

「あなた……まさか消えた子達と関係が……」

 不思議なことを言う少女。紬は彼女こそが失踪事件に関わりを持つと睨み、問いただす。

「なるほど、流石に事が大きくなればそういうのも出るか……こちらから探す手間が省けたわね」

「やっぱり……」

 少女はベイブレードを取り出す。二世代も前のGTシステムと呼ばれるベイブレード、ブシンアシュラのゴールドターボバージョン。ディスクはハリケーン、ドライバーはキープというデフォルトの構成だ。

「レア自慢……ってわけではなさそうね……」

 二年前に展開されていたGTレイヤーシリーズは一般商品において低確率で黄金のゴールドターボバージョンという色違いが封入されていた。だが、このブシンアシュラからは色違い以上のものを紬は感じていた。

「みんなをどうしたの?」

「お前もこれから知るんだ。神の贄など極東の島に生息する猿には過ぎたる名誉だが、責務は全うしてもらわねばな」

 贄、つまり生贄。それだけで紬は消えた児童の末路を察した。

「まさか……殺し……」

「行くぞ。堂々と戦ってでないと贄として機能しないからね。私はフロラシオン【双極(ジェミナス)】、レト。さぁ、儀式の時間だ!」

 ここでこのカルト女を止めなければ、犠牲が増える。逃げるのが正しいのだろうが、その選択は既に紬から消えていた。

「陽歌、私強くなるよ。勇気も持つ。ここで……お前を止める!」

 紬はヴァルキリーを取り出した。それを見たレトは鼻で笑う。

「ふん、シングルレイヤーか。しかもエントリーランチャーではないか」

 紬の持っていたヴァルキリーはシリーズの始めの始め、シングルレイヤーと呼ばれる世代だ。バースト長期化の秘密は六年前のパーツが未だ使える互換性の高さにある。ベイの顔となる最上部『レイヤー』、重量バランスを決める亜鉛合金の『ディスク』、動きを決める軸先『ドライバー』の三つから構成されるベイブレード。レイヤーは三年目の『神レイヤーシステム』からギミックを内蔵したことで重量化が進み、四年目の『超Zレイヤー』からはこのレイヤーにも亜鉛合金が内蔵される様になった。その為性能差は歴然とも言える。

 さほど変化がない様に見える残りのパーツもフレームでカスタマイズできる『コアディスク』やギミック内臓ディスク、バネが硬くなり革新的な勝利条件であるバーストに大きく影響する『ダッシュドライバー』の登場で確実に旧式化していた。紬のヴァルキリー・ウイング・アクセルという最初期の構成は最早戦いにもならない。

 ベイを回す道具、ランチャーに関してもそうだ。より強力に回転するランチャーが多く登場する中、彼女の使うものは入門用のエントリーランチャー。安価に付属させ、ただ申し訳程度に回す道具で、市販のランチャーに比べれば弱いの一言。

「力がないことは……戦わない理由にならない!」

 それでも、逃げ出すわけにはいかない。ここで何としても止める。紬の決意は固かった。

「お願い、ヴァルキリー!」

 紬は願いを込めてヴァルキリーを放った。しかし、それは漫然と放たれたブシンアシュラに軽々と跳ね除けられてしまった。それどころか、玩具ではありえない、それも防御型のアシュラでは不可能だろうことに粉々となってしまった。合金のパーツまでも、だ。無事なレイヤーすら、大きな亀裂が入っている。

「え?」

 ベイブレードバーストには相手を分解して勝つバーストという決まり手があったが、それを超えた破壊に紬は困惑する。

「死になさい」

 そして、彼女が知覚する間もなく紬の身体はまるで阿修羅に切り裂かれたかの様に大きな六つに引き裂かれた。鮮血が視界を覆い、紬の意識は消えていく。

(な、なに……これ……)

 それが、八坂紬という生命が放った最後の反応であった。

 

   @

 

「ここのはずです」

「六本木にこんなところが……」

 八坂紬の消息を追い、二人の歳が離れた少年達は地下道を往く。年下の一人は白いパーカーを着込んだオッドアイの人物。彼こそが紬の悔恨、浅野陽歌その人だ。スマホを見ながら先導するが、端末を握る余った袖から覗いた手は両方とも義手だ。

「まさか、君が紬の捜索に協力してくれるなんて」

「当たり前です。もう友達なんですから」

 年上の赤いジャケットを着た少年は意外そうに言った。だが、陽歌としては当然のことであった。元々危害を加えてこなかった数少ない人として記憶にあったが、姉や友を通じてその後悔を知り、元々恨んでもいないのもあってむしろ自分を想ってくれたことに感謝したくらいだ。

「勇気はそう出ないものです。想ってくれた恩に報いるは今なんですから」

 陽歌は女の子にも見える可愛らしい顔をしているが、大人びた優しげな表情をすると桜色の右目にある泣き黒子も相まって妖艶な印象を与える不思議な少年だった。

「いじめは見逃すのも同罪とはよく言うもんだが……珍しい考え方だね」

 年上の少年、夕夜は徹底的に相手を赦す陽歌の慈悲深さに感服しっぱなしだ。

「それは暴論です。よく差別について考えないのも差別って言うのと同じで。考えないってことは元々差別的な考えはないんですよ。当然助けてくれたら嬉しいですけど、自分と同じ歳の子供にそこまで無償の奉仕をどう考えたら求められるんでしょうね?」

 助けられないのが当たり前、自分の身は自分で守るしかなかった陽歌らしい考えであった。子供ながらそんな人の善性に疑いを向ける様になってしまったことを、夕夜は悲しんだ。

「人は助け合うものだよ。今の君がそうしている様にね」

「僕は紬だから助けるんです。これが赤の他人なら六本木くんだりまで来ません」

 紬の失踪を聞いて静岡から陽歌はやってきた。話を聞き、彼の所属する組織も増援を寄越した。

「あ、みなさーん」

「マナ、来てくれたんだ」

 陽歌と同い年くらいの少女がぱたぱたとやってくる。茶色っぽい髪から姉妹の様に見えるが、赤の他人。それでも特殊な出生の陽歌にとっては実の家族以上に特別な存在だ。

「たまたま東京にいたので。それに噂が気になって」

「ベイブレードの件だね」

 マナは以前、テレビの撮影中にゴールドターボと呼ばれる特殊なベイとの戦闘を目撃した。その時は陽歌とその友人と共に対処に当たったが、今回のことでそれを思い出してやってきた。

「あのマナ&サリアのマナが……目の前に……」

 夕夜は突然の有名人に驚愕していた。マナはアイドルをしており、それなりに名前が知れている。

「あ、もしかしてファンの方ですか?」

「はい。僕も音楽活動をしているんだけど、君達からは『音を楽しむ』という音楽本来のあるべき姿を感じるよ」

 しかし今は姿を消した紬のことが気がかりだ。音楽談義はまた今度。

 地下街を出ると、商店系のビルらしき屋内に出る。テナントもぎっしりで、人もそれなりにいた。

「ここは……」

「座標的には……ありえないですね」

 地図は明らかに巨大な道路の真ん中を現在地に指定していた。陽歌にはこの光景が、夕夜と異なり異様なものに見えていた。

「それにここの人、全員ゾンビ……というか屍鬼の類ですね」

「え? そんな……」

 夕夜にはどう見ても人間にしか見えないのだが、陽歌にはハッキリとその正体がわかった。生きる屍、アンデッドがこの商業ビルの客、従業員全てなのだ。

「あ、本当ですね」

 マナもどこからともなく取り出した眼鏡でそれを確認する。

「敵意は感じないし、操られているわけでもない……これは……?」

 しかし陽歌にも分からないことがあった。何故か彼らは人間かつ侵入者の陽歌達を襲うこともない。

「何が起きてるんだい? 紬はこんなところに迷い込んで……」

「強い力を感じます。そっち行ってみましょう。親玉がいるかも」

 そんなよく分からない場所へ迷い込んだ恋人を心配する夕夜。陽歌は何かを察知し、そちらへ足を向ける。

「あれ?」

 その力の源は、幼い金髪の少女であった。強い、とはいえとてもここの全員を屍鬼にするした上で操れるほどの力があるとは思えない。

「お兄ちゃん達だれ?」

「えっと……」

 予想していなかった展開に、陽歌は生来の引っ込み思案もあって言葉に詰まる。

「入って来られたってことは紬お姉ちゃんの知り合い?」

「紬を知っているのか?」

 少女が紬の名前を出したので、夕夜は手がかりとばかりに飛びついた。

「そうか、こんな変な場所にすんなり入れたのは結界の対象から僕らが外れていたから……」

 陽歌はこの場所の不自然さに対して進入が容易だった理由に気づく。知り合いの魔法なら結界で隠蔽されていても紬を探せただろうが、おそらく場所の特定も妨げられていない。知り合いが探しに来た時には入れる様になっているのだ。

「まさか罠……」

 辺りを警戒する陽歌。紬を餌におびき出された可能性があったのだが、目の前の少女にすら敵意や害意が無いことで混乱する。周囲から虐待されて育った陽歌は敵意に対して敏感だ。その彼が感じないということは本当に敵対の意思がないということだ。

「アリスちゃーん、ヒランヤ持って来たよー」

「紬?」

 夕夜は声を聴き、そちらへ振り向いた。そこには赤いボディコンを着て六芒星の置物を手にした紬の姿があった。その肌は青白く、生気を感じない。

「ゆ、夕夜……それに、陽歌……」

 紬は恋人の姿に安堵を見せるが、陽歌を確認するとバツが悪そうな顔をする。明確に赦しを得たのだが直での再会はこれが初。当然気まずさはある。

「なんだいそのバブリーな服装……」

 夕夜が服に突っ込むと、丈が短いことに気づいた紬は露わになった足を置物で隠す。

「ち、違うの夕夜! これは……服がダメになっちゃって……」

「ボディコンですね……それネタにした芸人さんも結構前の話……」

 マナは代わりだとしてもこんなチョイスなのに疑問があった。本人が恥ずかしがっているのなら尚更。ボディラインも露わで成長期の少女が着るには厳しい。

「……」

「ほら、向こう年上だから! 子供の数年は大きいから!」

 マナは紬の胸部を凝視する。ことさら言及するほど発育がいいわけではないが、文字通りまな板なマナからすれば羨望の対象だ。陽歌はすかさずフォローする。

「ぐへっ! 陽歌くんが言うと重い!」

 しかし今度は紬に流れ弾。陽歌はある犯罪に巻き込まれた影響で二年間も時間が止まっており、かつて同級生だった紬たちに追い越されていた。紬は自分が助けなかった影響かとその辺なんやかんや気にしているわけである。

 アリスはそんな空気を読まずに話を続けた。

「お迎えが来てよかったー。黒おじさんと赤おじさんがお兄ちゃん達に会いたいって」

「そうなのかい?」

 夕夜はアリスの言葉に従おうとしたが、これが罠かどうか陽歌の意見を聞くことにした。

「うん、ぜひお会いしたいな」

 陽歌は笑顔で応じた。しかし、目が笑っていない。夕夜はぞっとしながらも彼に従うことにした。

 

 ビルの上階へ向かう一行。

「あの……お願いがあるんだけど……助けに来てもらっておいておこがましいっていうか図々しいって思うかもだけど……」

 紬は夕夜と、主に陽歌へ声を掛ける。

「いいよ」

 快諾した陽歌だが相変わらず目が笑っていない。それどころか瞳孔が開いており恐怖すら覚える。

「黒おじさんと赤おじさんが何を言っても許してあげて。私も説明されたし、納得したから」

「うん。わかった」

 陽歌は了承するも分かってねぇ! と夕夜は危機感を抱いた。それはマナも同じであった。

(い、一体どうしたんだい?)

 陽歌の態度が急変したことに彼は心配があった。それには陽歌なりの事情があった。

(かなり丁寧に隠してやがるが、紬は屍鬼にされてる。あのアリスって子も屍鬼だ)

 ひそひそ話とはいえ陽歌は丁寧な口調を崩していた。

(なんだって? でもあの子も街の人も敵意は……)

 街の屍鬼もアリスにも敵意は無かった。それは事実だ。

(ああ、だけど親玉の黒おじさんと赤おじさんという小学生にボディコン着せる変態がそうとは限らない。むしろ自分の土俵に誘い込む罠としてみんなを操っていないのかも)

 しかし最大のボスであるその二人までそうか、と言われると話は別だ。全てが巧妙な罠である可能性は十分にある。

「ここー」

 ビルの頂上、一番偉い人がいるぞと見ただけで分かる豪華な扉の前に一同はやってきた。扉を開けようとすると、それよりも早く、かつ勢いよく扉が開いて中から赤いスーツのおじさんと黒いスーツのおじさんが飛び出し、土下座しながら滑り込んできた。

「すいませんでしたああああああああ!」

 開幕土下座に刀を取り出して赤い炎まで灯していた陽歌は動きを止める。

「……」

「ショッキングな内容だけに段階を踏んで説明する予定でしたが下の階からもうそれは凄い殺意がビリビリと来たので初手安定の謝罪です……」

 おじさん達は口々に事情を聞きもしないうちから明かし始めた。

「こちらのお嬢さんが殺されているのを見つけてどうにか助けようとしたのですが私達の技術では屍鬼にする以外ありませんでした!」

「本当に申し訳ございません! 言い訳になりますが見つけた時には既に死んでいて魂が喰われそうな状態だったので、魂奪い返してホームにすたこら舞い戻った次第です!」

 二人から敵意を感じないこと、謝罪が本気であることを読み取り陽歌は刀を収めて腰を抜かした。口からは魂が出そうになっている。

「ふへ……」

「だ、大丈夫かい?」

「テンションのジェットコースターで無駄に疲れた……」

 互いに締まらない状態での対面となった彼らは、落ち着いて詳しい話をすることにした。

 

   @

 

 なんとか話は纏まり、一同は帰路に着いていた。紬はまたアリスと遊ぶ約束をしており、黒おじさん赤おじさんと共に見送りに来てくれていた。

「つまり、ブレーダーの子供達が行方不明になる事件の犯人に紬が襲われたのか」

「いかにも」

 黒おじさんと赤おじさんから陽歌と夕夜は詳細を聞いた。特定のおもちゃユーザーの子供が狙われる事件。それだけ聞けば、ベイブレードの流行具合から単なる偶然に聞こえる。しかし、実際に紬が犯人から聞いた情報ではその通りであった。

「フロラシオン【双極】……仕留めるチャンスを二回も逃したばかりに……」

 陽歌は紬を殺した敵を始末し損ねたことを後悔した。あのどこかで【双極】をやっておけば、紬は死なずに済んだだろう。

「ゾンビ化とはいえ命が繋がったならアスルトさんが何とかしますよ」

 マナは組織の技術者を全面的に信頼していた。ユニオンリバーの面々が持てる技術をつぎ込めば、どうにかなる。半身不随だったマナがアイドルを出来ているのも、両腕を失った陽歌があまり不自由なく暮らせるのもそのおかげだ。

「では、私達はここで」

「不干渉でいてくれることに感謝する」

 赤おじさんと黒おじさんは神によって理不尽に運命を弄ばれ、死を迎えたアリスの為にこの街を作った。元々魔王であった赤おじさんことベリアルはともかく、黒おじさんのネビロスは堕天する結果となってしまった。その過程で似たような境遇の人を集めていった結果、こうなったそうだ。

「いえ、僕は退魔協会の関係者ではありませんので。敵意が無いなら倒すことはしませんよ」

 陽歌には魔を退ける力があるが、無差別にそれを振るうことはない。誰かに危害を加えないのであれば、見逃すのも判断の一つ。

「またね。アリスちゃん」

「おねえちゃん、生き返ってもまた来てね」

「もちろん、約束よ」

 目的を果たし、紬たちは裏の六本木を去ろうとしていた。だが、その前にある人物が現れた。

「おやおや、死臭がすると思ったらこんなところにゾンビの街とは……」

「姉さん、追加の生贄を回収したらこの街も処理しましょう」

 衣服の露出度が正反対ながら、そっくりな姉妹。フロラシオン【双極】。虹色の髪と瞳、肌を覆う衣服は姉のライ、灰色の髪と瞳、露出の多い服は妹のレト。

「ライ、レトぉっ!」

 陽歌は刀を構える。

「神の名をみだりに唱えるなと習わなかったのか猿が!」

「生贄らしく、儀式に乗っ取って生贄になりなさい」

 しかし彼女達の目的はあくまで謎の儀式。ランチャーを持ち、ベイを準備していた。ブシンアシュラとブレイブヴァルキリーのゴールドターボバージョン。カスタマイズはデフォだが、やはりただのゴールドターボではなさそうだ。

「ならば正面から砕くまで!」

「ただのエースドラゴンで勝負になるとでも?」

 ライは侮っているが、使い込んだヴァリアヴルダッシュをカスタムの軸にしたカスタムはゴールドターボを一度打ち崩している実績がある。

「僕も……」

 陽歌もベイを用意するが、力が抜けて膝を付いてしまう。

「な……」

「お前の弱点は調べ尽くしているのよ、浅野陽歌」

 レトは陽歌に辛酸を何度か舐めさせられているため、対策を講じてきていた。

「お前は育ての両親によって内臓を死なない程度に売却されている。だからいくら療養を続けても虚弱体質が改善しないのだ。お前が私に勝てたのは、今まで単なる偶然だったのだよ」

「そんな……!」

 新たな事実に紬はショックを受ける。両腕だけでなく内臓まで。あの時、助けられていたらこんなことには、と後悔が募る。

「そんなことは今更だよ。あの時の僕なら間違いなく、迷惑を掛けたくないからって差し伸べられた手を振り払っていた……」

 陽歌の言葉は紬へのフォローではなく、事実だ。二度も同じことを短時間にしている過去があるのだから。

「追加はお前一人か、売女」

「残念ながら追加も加算もゼロです!」

 結局、マナは一人でこのバトルに挑むことになる。三つのベイが打ち出され、激しくぶつかり合う。マナの技量は低くないが、流石に数で劣ると厳しい。攻撃をアシュラが防ぎ、ヴァルキリーが反撃する。双子だけあってコンビネーションも完璧だ。

「ど、どうしよう……」

 紬もベイをもっていたが、破損してしまって使えない。

「では我らの力をお貸ししよう!」

「みすみすアリスの友を失わせるわけにはいかないのでな!」

 黒おじさんと赤おじさんは紬の持つ破損したベイに魔力を送る。すると、そのベイは黒い新たな姿へと変化した。

「これは……」

「ダイナマイトベリアル。その力で悔恨を注ぐといい!」

 最新式のダイナマイトレイヤーシステム、その一号機であるダイナマイトベリアルへヴァルキリーが変化した。他のベイに比べると小柄だが、強さがぎゅっと詰まった印象を受ける。

「紬、これを」

 陽歌は彼女に新しいランチャーを差し出す。最新のカスタムベイランチャー。陽歌は普段からワインダータイプのライトランチャーを使用しているが、それは義手の手に触覚がなく引き切るワインダーの方が使いやすいから。スパーキングでライトランチャーが型落ちしたのでどうにか使いこなす練習をしたが、慣れもあってか難しいものがあった。

「わかった。今度こそ、私は戦う!」

 紬はベイランチャーにベリアルをセット。動画で見た様に発射する。アタックタイプは僅かに傾け、取っ手は摘まむ様に。力強くではなく素早く、引き切ったところで滑るように取っ手を手放す。放たれたベリアルはアシュラを飛ばし、道を切り開く。

「何?」

「いっけー!」

 その隙にマナがヴァルキリーに仕掛ける。ドラゴンは虹色に輝き、ヴァルキリーを押し切ろうとしていた。

「そんな、バカな……」

 ヴァルキリーが後退したところにアシュラが援護しにきた。しかし、後ろからベリアルの攻撃を受けて味方であるヴァルキリーに激突してしまう。

「しまっ……」

「死に損ないがぁ!」

 大きくバランスを崩した二機にドラゴンとベリアルが迫る。

「オーバー、アシェル!」

「ダイナマイトネクサス!」

 同時攻撃により、ヴァルキリーとアシュラはバースト、勝利が確定する。落ちたパーツのうち、レイヤーは粉々に砕け散ったのち元の色に戻る。

「ふん、こうなれば生贄など関係ない! お前達を罰する!」

 ライは全身に魔力を滾らせ、攻撃の準備をしようとしていた。急にバトルが始まったのでマナは困惑する。

「ちょ、こういうのってホビーで負けたら大人しく撤退してくれるんじゃないですか?」

「儀式の戒律に反するが、女神を侮ることは更なる重罪だと知れ!」

 しかし、ベイバトルの最中に身体を休めていた陽歌が先んじて攻撃を仕掛ける。刀に赤い炎を纏わせ、ライに斬りかかる。フロラシオンの女神を二体切り裂いたその刃には『神殺し』の実績があり、女神であればなおのこと危険だ。

「姉さん、危ない!」

 それを察知したレトが前に出て、刀を防ぐ。そして陽歌の放った霊力を吸い込む。全身の刺青が光り、髪と瞳が赤く染まっていく。

「お前程度の力、私が呑み込む」

「掛かったな」

「何?」

 陽歌は二度目の交戦でレトのこの能力を見ており、仲間に相談してタネを見抜いていた。

(シエルさんのアイテムに触れて魔力の影響を如実に受ける髪や目の色が変わった……。そしてアイテムの魔力は空に……、つまり魔力を吸収できるんだ。なら、そのキャパを超えるだけぶち込めばいい)

「おおおおおおっ!」

 陽歌は持てる霊力の全てをレトに流した。魔力とは似て非なるもの、魔力のキャパには自信があるようだがこちらは果たして。

「が……はっ!」

 レトの全身は引き裂かれ、目や鼻から赤黒い血が吹き出す。口からは吐瀉物混じりの血が溢れ、地面にびちゃびちゃと落ちる。魔力と霊力は似ている様で違う。言うなれば情報送信用のUSBケーブルを高圧のコンデンサに繋ぐ様なものだ。身体を巡る魔力の回路がズタズタになり、魔力と霊力が混じったことでその貯蔵エリアで大規模な崩壊が起きる。

「ぐ、は……」

 レトは血だまりに倒れる。作戦は成功だ。

「貴様ぁ!」

 妹に致命傷を与えられ、ライは頭に血が上っていた。故に、もう一人の戦闘要員に気づかない。

『プラズマシャイニングストライク!』

 巨大な斧がライを潰す。マナはいつの間にか、数歳成長して赤い髪を二つに纏めて眼鏡を掛けた姿になっていた。彼女は魔法で本物にした玩具の変身アイテムで変身できるのだ。

「ぐわあああ!」

「姉……さん」

 雑に爆発してボロボロになったが、平成ライダーの最終フォーム必殺技をもろに受けたのでかなりのダメージだ。

「凄い……」

「どうですか!」

 圧倒的戦力に感心する紬。マナは物理的に胸を張っているので、多分どこに感銘を受けたのか分かっていない模様。魔法で変身するとマナはかなり発育がよくなる。

「逃げ……」

「くっ!」

 陽歌がトドメを刺そうとすると、あっと言う間に二人は消えてしまった。致命傷を負わせることには成功したが、この場で仕留められなかったのは悔しい。

「逃がしたか……」

「あれだけのダメージだ。生きていても二度とは戦えまい」

 まだ怒りの収まらない陽歌に夕夜がフォローを入れる。こうして謎のブレーダー襲撃事件は幕を閉じた。

 

「これを僕に?」

 陽歌は紬からベリアルを受け取った。元々陽歌に渡すつもりのもの。6年の月日を経て、ようやくそれが出来た。

「うん。あなたに持っててほしい」

「ありがとう」

 陽歌は素直に受け取る。それだけで彼女の罪悪感が一つ晴れた。

「ねぇ、マナ……さん。あんなことがまだ続くのかな?」

「おそらくは……。まだ目的がハッキリしませんが……」

 紬はマナに、フロラシオンと名乗る女神の狙いを聞いた。どうやらオリンピックを開くことや日本人を生贄にすることで世界を破滅から救おうとしているらしいが、今ひとつ信用出来ない。

「なら、私も戦う。今度こそ、目の前のことから逃げたくないの

「だったら、僕はそのランチャーを上げるよ。僕にはまだ使いこなせないし」

 その決意を聞いた陽歌は最新のカスタムベイランチャーを紬に預けた。フロラシオンの狙い、それを防ぐために戦う仲間がまた一人集まった。




 ダイナマイトベリアルは相手の能力を奪い、進化するベイ。進化……タカラトミー……うっ、ゼノレックスが……


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2021年度短編エピソード
☆この星の異変


 いやだね、この作品ユニオンリバーの二次創作なのに全然それっぽくない上に長期ストーリーにいろいろ圧迫されてるんでちょっと二度目の方針転換を。
 長期ストーリーはこつこつ書き溜めて完結した時にこうどばっと。それ以外はホビー関連の短い話をちまちま。そんな感じで。


「ねぇ、ひとつ気になることがあるんだけど」

「何かな?」

「マスターブレーダーの堀川さん、どこ行った?」

「……君の様な勘のいいガキが嫌いだよ」

 

  @

 

「それでね、私は毎回言うのよ。風呂敷は大き過ぎると畳めないと」

「……はぁ」

 立川に存在するホビーメーカー、コトブキヤ本社の地下百階には『メガミクリニック』という病院が存在する。心を持つ小型ホビーロボット、メガミデバイスのケアを専門に行う病院であるが、似た構造を持つフレームアームズガールも診ている。

 人間に捨てられたことで不信感を抱く様になったフレズヴェルクもここの患者である。人間の都合によって定められた己の外見、機械の武装にスク水という嚙み合わない組み合わせも好きでは無かった。しかしこれが『フレズヴェルク型』の基本らしいので諦めつつあった。

「だというのに、二次創作はあくまで趣味だから特に考えなしに突っ走っていいって思っているのかしら。趣味の方が手に負えなくなったら本末転倒でしょうに。今のこの作品、遊戯王で言うとこのドーマ編で自分にカード装備して殴り合っているところ延々にやっている様なものよ」

「は、はぁ……そんなこと私に言われても」

 そんなフレズは知り合いの愚痴を延々聞かされていた。仲のいい相手ではなく、むしろ敵対していた因縁のある相手。なんでこうなったか分からないが、浅野陽歌という展示会を襲撃する度見かける少年に拾われた結果としか言いようがない。

「重要なのは解決、ではなく共感なの。愚痴というのは言うのが目的なのだから、ドヤ顔で解決策を出されても仕方ないものなの。そこが分からない人間が出す解決策なんて、とっくに試してダメだったものが大半だから苛立ちも大きいってわけ」

「そう……」

 フレズは無関心を貫く。彼女が今ここにいるのは、自力で悪意に目覚めたメカニズムを探る為だ。こんなお喋りは無用である。

「最近は人間も賢くなってきたか……」

 フレズはテレビを見て、現在の時勢を確認する。一年前、己の自己顕示欲を満たすためだけにオリンピックを利用しようとした東京都知事、大海菊子は浅野陽歌に撃破された。首長が何らかの原因で職務を続行できなくなった場合は選挙で新たに選ばれるのだが、前々任の都知事による四期十六年、そして大海都知事時代の四年で計二十年にも及ぶ無策の結果、東京の行政は壊滅的な被害を受けていた。

 そこで政府は、再選した大海都知事の残された任期中、東京を政府の管理下に置き再生を図った。民主主義の弱点、主権者の愚かさによる破滅をどうにか避けようという策である。

「酒の肴が無いのは退屈だがな……」

 フレズは人間が自らの愚行により滅ぶ様を愉しみにしていたので、残念ではある。その一方で、陽歌の活躍が無駄にならなかったという安堵も心のどこかで感じていたのであった。

 

   @

 

「皮肉なものですな。開催ありきで話を進めていた時は上手くいかなかったというのに」

 現在、首相官邸ではオリンピックについて話し合いがされていた。IOCとの契約で中止にすれば違約金を払う羽目になるのだが、現在の首相はそれもやむおえない前提で準備をしていた。

「そもそもあの都知事が人に物頼む態度じゃなかったんです」

 現在の首相は大空まひる。見た目はセーラー服の女学生が左目に眼帯をして帯刀しているという奇怪なものだが、政治手腕に関しては本物だ。オリンピックの運営に関しても都知事が高圧的にボランティアを集ったせいで集まらなかった人員を、対価の提示ですんなり調達してきた。

 加えて時勢による中止や延期も視野にいれており、今年中に開催出来ない場合は集めたリソースを次回開催のロンドンへ譲渡する手はずまで整えている。違約金も損切り程度に割り切っている。

 通常、政治家というのは利権や天下り先の確保で首が回らないものだが、ぶっちゃけその政治家を選ぶ主権が国民にある以上、国民にさえ尽くしていればどうにかなるというのが彼女のスタンスだ。欲求に関しても俗っぽい部分が多く、料亭で食事したり都内の一等地に家を持つことに興味がなく漫画やアニメを楽しめればいいという以上、首相としての給与以上の金銭が不要というのも強かった。

『大空首相だな』

「うわびっくりした! ……なんですか、IOCのモーツァルト代表」

 急にテレビ通話の回線が開き、官邸の壁に音楽室の肖像画みたいな人物が大写しになったのでまひるは驚愕する。

『全然感染対策をしていないそうではないか……強権的に開催地の首長選挙を取りやめもした。本当にオリンピックをする気があるのか?』

 モーツァルトはまひるの政策を避難した。

『ロックダウンも行わず、飲食店や映画館の営業規制もせず、検査も拡大しない。オリンピックをする気があるのか?』

「日本政府は都市を封鎖する権限を持ちません故。それに、半端な規制は解除時の揺り戻しを招きます。映画館は十分な対策を取っていることを確認し、飲食店も黙食……所謂孤独のグルメを推奨することで感染防止を行っています。という建前は抜きにして……」

 まひるは刀を抜き、モーツァルトの背後に向ける。

「誰に言わされているんです? 獣は匂いで分かるぞ?」

 画面越しに存在を見抜かれ、姿を現したのは身体に布を巻きつけたかの様な露出の多い衣装を纏う、灰色の髪の少女。

「やはり貴様か、フロラシオン【双極(ジェミナス)】、レト。陽歌くんにズタボロにされたのに、復活が早いものだ。いや、万全とは言い難いか?」

『……図に乗るなよボス猿が。お前達、これ以上オリンピックを延期、もしくは中止にすればどうなるか分かっているのか?』

 レトの脅しにまひるは刀を降ろさず、軽口を叩く。

「これは驚いた。オリンピック狂信者とは画期的な信仰宗教だ。残念なのはベーコンやスパゲッティーモンスターほどユーモアが無いことか」

『ふざけている場合か。貴様ら猿の行いでこの星が滅ぶのだぞ!』

 突拍子もないことであったが、まひるは都知事の部下だった人間からおおよその話は聞いている。

「炎と氷の闘神に闘争を捧げる、それがオリンピックの役目か……」

『分かっているのならなぜしない?』

「四年程度で癇癪起こす神様に振り回されるのは勘弁願いたいってことだ。星を滅ぼすほど暴れたいのは全盛期を喪失した選手であろう。まぁ、この疫病で貴重な機会を失ったのはなにもスポーツ界に限った話ではないが……」

 まひるは刀を収め、画面に背を向ける。

『貴様……』

「かつてあれほど憎み合った存在同士が唯一手を取り、戦った邪教、フロラシオンか……。それが何を恐れる?」

『人類のパラダイムシフトを支えた闘争、そのものが敵になる。この脅威が分からんのか?』

 レトが言いたいのは、人類の文明を大きく発展させる契機の一つである闘争。そのエネルギーが真っ向から自分達に向かうことの恐ろしさであった。よしんば勝てたとしても、それは前進に用いる存在を自ら手放すことでもある。

「技術は戦争とエロで発展する……か、ならば私はエロを取るよ」

『破廉恥な……』

「痴女に言われたくない」

 まひるが吐き捨てた瞬間、レトの身体が切り刻まれる。

『がはっ……』

 画面越しの敵から受けた攻撃に、彼女は対応できなかった。急所である喉元を割かれ、胸と右目を突かれ、臓腑の詰まった腹、大動脈の通る太ももと手首を的確に切り裂かれていた。

「国民の代表として、貴様の様な力に任せたテロリストに屈するわけにはいかんのでな」

 画面では血だまりに何かが落ちる音が聞こえていた。おそらく内臓が零れた後にレトが崩れ落ちたのだろう。鮮血が吹き出す音もした。

 こうして、日本とフロラシオンの対決、その嚆矢が放たれた。一年にも及ぶ雌伏、その結末とこの星の運命はいかに。

 




 戦いを奉じよ、炎と氷の闘神に。さもなくば焦熱と極寒の嵐にこの星が沈む。
 血を流す必要はない。球を奪い合い、頭脳で以って競うもよし。天命に全てを捧げるもよし。戦いをただ奉じよ。


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SAO×PSO2×ユニオンリバー 境界を超えし剣士達 2閃光と浮遊大陸

 剣士データ

 ユウキ
 アスナの「マザーズロザリオ」を生み出し、彼女に託した剣士。その実力はキリト以上ともされる。脅威の12連撃は一見難しい技には見えないが、ALOのソードスキル生成システムには発動の猶予やスピードの下限があり、このシステムの中に12連撃を収めるのは容易ではない。


「へぇ、そんな綺麗な場所あるんだ」

 アスナはマトイと響からアムドゥスキアの浮遊大陸が綺麗な場所だと聞き、興味を示していた。

「なるほど、そっちの強化はそんな仕組みなのか」

「そうですね。この仕様でも禿げそうなのに武器が壊れるとか想像したくないですね」

 一方キリトはジョアンから武器強化のことを聞いていた。アークスの武器は壊れないが、ソードアートオンラインではある一定を超えると強化に失敗した武器がロストするのでレア武器がそうなったら発狂ものだ。特にSAOは命が掛かっている。

「ゲームで見たのと違うのかな……興味あるね」

 陽歌も実際の浮遊大陸に関心があった。他の場所はともかくああいう陸地が浮いているというのはアムドゥスキアでもなければお目に掛かれない。文化的にも興味を引くポイントだ。

「よし、やってみるか」

「私も新しいレシピ作ったんで試したいんですよね」

 キリトとジョアンはラボに向かった。武器の強化は茨の道。この二人を待つ間、アスナは料理の話をしていた。

「こっちのお料理って変わってるのね。ドラゴンのステーキなんて」

「フランカさんの飯を標準化するな」

 響としてはカフェを取り仕切るフランカに魔物種と閃機種が見つからなくてよかったと安堵するばかりであった。

「よく考えたら友好民族の肉食うって凄いですよね……」

「あ、あれだ。転生を前提にした文化の龍族にとって肉体は器に過ぎないからな!」

 設定的にはとんでもないことをしているのだが、もう感覚が麻痺してきた。ダーカーから落ちた赤身肉なんて食ってる時点でお察しの蛮族アークス。

「あ、響じゃない」

「げ、噂をすればなんとやら」

 そんなことを言っていたら、フランカに見つかってしまう一同。何かとても料理に見えないものを持っている。

「新しいレシピを考えたの。味見してみて」

「なにこれ」

 ガラスの破片みたいなものにソースが掛かっている。もう既に嫌な予感しかしないが、匂いは美味しそうなのがなんとも。

「バリールとオメガコカトリスのソテー」

「よし解散! 逃げるぞ!」

 響が全力疾走で逃げようとするが、アスナと響は料理に興味が沸いており動かない。

「お前ら逃げろー! 下手に美味しいからついつい食べちゃって後で地獄見るぞ!」

「このお肉は美味しそうね」

「食べられるものなんですね」

 響の言う通り味は本当に美味しい。硬そうな閃機種も食べられる程度には煮込んで柔らかくしてある。

「そういえばアスナさんはアインクラッドで醤油を再現して、それをまた現実で再現したんでしたっけ」

「ええ。そこで食べた醤油ラーメンが醤油っぽくなくて」

 味覚の正確さに加え、かなりの腕をアスナは持っている。

「あれって圏内事件の時だっけキリトくん……ってあれ?」

 過去のことについてキリトに確認を取ろうとしたが、彼はアイテムラボの前で顔が溶けていた。

「素晴らしく運がないな君は」

「だから100%以外信用するなって……ジョアン?」

 同じくジョアンも顔が溶けている。一定以上の力を求めると成功率100%以下の壁はどうしても立ちはだかり、修羅の道である。

「あいつらは放っておいて……アムドゥスキアの浮遊大陸行くか?」

 これは時間が掛かりそうなので、響は浮遊大陸行きを決めた。こうして彼女とマトイ、アスナ、陽歌で一回クエストに行くこととなった。

 

 惑星アムドゥスキアは下が溶岩地帯、上に大陸が浮かんでいるという歪な構造をした惑星だ。龍族という種族が暮らす星であり、いろいろと秘密があったりするのだ。

「私がサラやシャオと会ったのもこの星だな」

 響にとっても因縁の場所である。

「ったく時間遡行とかとんでもねぇことに巻き込まれたもんだ。今にして思うと。結果オーライだったがかなり禁忌に手を染めた気がしないでもないぜ」

「おかげで色々助かったよ?」

 マトイはそのおかげで助けられた部分も大きいが、時間遡行をした響としては複雑な心境だ。

「そりゃそうだろうけどよ……やっぱダメなもんはダメだ。過去を書き換えるなんて、過去はやり直せないから今を必死に生きるんだろ。『できる』ってなっちまったら、あれもこれも助けないと不平等になっちまう」

 過去改変によって先輩のゼノ、後輩のウルクを助けた響であったがそれは私利私欲というより裏で陰謀を重ねるルーサーへの対抗手段としてシャオの指示で行ったことだ。12年前のダークファルスによるアークスシップ襲撃で失われたメルフォンシーナを初めとする多くの人命、アフィンとユクリータの時間、更に遡れば【巨躯】封印の犠牲となった初代クラリスクレイスなど今の技術があれば助けられる人達などやろうと思えば救える命にキリがない。

「あなたは優しいのね」

「そうでもねぇよ。本当に優しかったら全部助けるさ」

 アスナの言葉を響は否定する。

「私は単に『やっちゃいけないライン』ってのが嫌なだけなんだ。今でこそ笑い話みてーなもんだが、私があの全知クソバードの作った、別次元の英雄の疑似的な子孫だからな」

「別次元の英雄? リコ・タイレルとかイーサン・ウェーバーのことですか?」

 陽歌は響の話から、過去シリーズの主要キャラの名前を上げる。とはいえ、そこまでルーサーも露骨な真似はしなかった様だ。

「えーっと、たしかシオンにとっての私を作ろうとして……誰だったかな? 結構複雑なのよね」

 割としっかりしているマトイでも混乱する事情があるらしい。当事者二人が説明に困る中、響の頭に小さな姿の存在が現れる。

「グラール太陽系の裏の英雄、ドルフ・レッドフィールドとヴィヴィアン、そしてエミリア・パーシヴァルの遺伝子を組み合わせたのが響だ」

「げ、ちびマザー……いないと思ったら急に出たな」

 彼女はマザー。仇敵の因子が響の中に残り、こんな感じになってしまった。

「少し演算することがあって、体を借りた」

「道理で頭が疲れるわけだ……。人の脳みそ勝手に使うな!」

「響、お前は少しその恵まれた演算能力を活用すべきだぞ?」

「うっせー。こっちはその演算能力とやらでいろいろあったんだよ」

 エミリアの遺伝子によって響はマザーの言う通り高い演算能力を持つ。しかしそれは彼女にとって歓迎されたものではないため、性格的な理由も重なって封印していたのだ。

「たしかに、苦労してたもんね。なんだか私、家庭持つ自信なくなっちゃった」

 マトイにそう言わせるだけのことはあった。とはいえ響も自分の家が標準だと思ってほしくないところはある。

「んにゃ、あれはうちだけだろ。うち以外であって堪るか」

「一応結婚している身としてそんな悪くないって言いたいけど……よっぽどなのね」

 アスナはゲームシステム上とはいえキリトと結婚しており、マトイや響にもそういう幸せは掴んでほしいと思っていた。

「ほら……血縁だけが家族じゃないですから、ね」

 陽歌もその辺はアレなのでフォローを入れる。頭が痛くなる様な出生の秘密を知った彼は、自分を引き取った老夫婦こそ実の両親と認識している。

「そうね、私達の娘も血縁はないもの。いや……AIに血縁とか考えてもアレだけど……」

 アスナとキリトの娘であるユイはそもそも人間ではないのでその辺考えても無駄である。

「そうか……既婚者なら子供を大事にしろよ。ぐれるぞ」

「もう一回グレてる様な気がするけど肝に銘じておくね」

 響の言葉にアスナはクロムディザスターの一件を思い出しつつ了解した。

「マジで頼むぞ。どっちにも似てないっつってDNA検査してどっちの子供でもないってなってなった瞬間冷めるなよ? ペットじゃねーんだぞ?」

「何もかもルーサーが悪いけど普通の人は知りようがないからね……」

 響はアスナに念押しする。実はルーサーが出生を誤魔化す為に作った子供を響の母親に仕込むという外道戦法をやっていたことをマトイは聞いている。結果あの全知は【双子】の内的宇宙に沈められた。

「あとでめっちゃ功績残したからってすり寄るなよ? 絶対だぞ?」

「親と和解出来た件についてあとでユウキに感謝しよう……」

 響の家庭環境荒み過ぎ問題にアスナは自分の幸運さを知る。不良やっていたところをレギアスに捕まってブレイバークラス創立の為アザナミにこき使われるという目に遭わなければ、響とてどうなっていたことか。

(やっべ、これ僕の話はいいかな。話がややこしくなる)

 陽歌は自分の件を黙っていることにした。単独でも大概なのに他人の話とセットだともうわけわからんことになる。

(なんだかんだ凄い気にしてるよね響……)

 マトイは響のことをよく知っているが、レギアスという恩師、姉貴分であるアザナミ、後輩のイオと自己肯定感を補強する仲間に恵まれても幼少期の傷が残ったままなのもよく見ている。自分の出生を知って両親と決別して二年経ってもこの拗らせ具合なので子供の頃の体験は重要だ。

「そんなあなたに……」

 幸せな結婚生活を送るアスナの前で家庭の闇をさらけ出す一同に対し、何者かが声を掛ける。

「お前らは!」

「ずんずん教だ! ずんずん教だ!」

 ずんずん教の連中が現れた。一同は武器を構える。

「これがずんずん教……ナベリウスからどうやって……」

 マトイは敵が惑星間航行の技術を持っていると推定し、警戒する。

「いや、それ言ったらナウラのケーキ屋とかも意味わかんないから気にしたら負けな気がする」

「とってもゲーム的ね……」

 響は辺鄙なところにケーキ屋を構えては商品をばらまく姉妹を思い出した。主人公以外の移動手段について考えてはいけない、セーブしたいと言えば野を超え山超えて来るマスコットを思い出しつつアスナはゲームにおける鉄則として身に染みていた。

「野郎とっちめてやる!」

「捕まえて調べないと」

「手伝うわ」

 ずんずん教が逃走を開始したので、響、マトイ、アスナは追いかける。道中に正方形の足場があり、陽歌は罠の匂いを察知して足を止めた。

「待って! 罠が……」

「気にするな! いつものだ!」

 響からすれば見慣れた隔離罠。しかしマザーも何かを感じたのか陽歌の近くで待機する。

「いや、何かおかしい」

 案の定、足場が落ちてバリアで三人が隔離される。

「いやいつものだろ? 出て来た敵を倒せばカタパルトが転送されて……」

 響はいつもの様に敵が出るのを待った。しかし、待てど暮らせど敵は出ない。

「おいどうなってる?」

「ふははは! 新たな聖母を迎えるため、まずは邪魔者から消させてもらいますよ」

 ずんずん教はジョアンを狙っている。そのため、周囲の人間から始末する作戦に出ていた。この足場も彼らが用意したのか、脱出出来ない様に作られていた。

「一人逃しましたがまぁいい。では出でよ、一刀太刀の剣客達よ!」

 ずんずん教徒は三人の剣士の少女を呼び出す。二人は制服をアレンジした様な衣装なのだが、最後の一人は全身タイツの羽織という結構なインパクトの外見となっている。

「わっと……」

 一斉に攻撃してくる少女達に陽歌はどうにか対応する。攻撃自体は捌けるが、陽歌が攻撃を仕掛けても全く効き目がない。

「くっ……」

 陽歌の刀は悪霊を祓うもの。故に物理的な攻撃力は全然ない。

「こうなったら、テレパイプ!」

 響はテレパイプを機動して脱出を試みるが、アイテムが機能しない。完全に隔離を目的とした罠というわけだ。

「このままじゃ陽歌くんが……」

「シエラちゃん、なんとかできない?」

 アスナとマトイは解決策を探す。しかし今は通信さえできない状態。その辺も一切抜かりなしだ。ふざけた名前の敵にしては手回しが細かい。

「戦力の逐次投入は愚策……つまり相手にそれを強いれば勝てるということだ!」

「なるほど考えましたね」

 ずんずん教は強力な敵を一人ずつ削る作戦に出ていた。今回は偶然引っ掛からなかった陽歌が標的になっているが、元々はこの足場で隔離した標的を倒す予定だったのか浮遊するメカも攻撃に参加してくる。

「GUNのホーネットまで! こいつら一体……」

 撃ってくる弾は大きく速度も遅いが、サムライ三人と戦いながらでは手が回らない。陽歌は驚異度の高いサムライの攻撃を避けることを優先し、ホーネットの弾丸は無視していた。

「っ……!」

 殺す気の弾なので防具の上からでも当たれば痛い。それでも彼にとっては我慢できるレベルであった。

「あ……れ?」

 しかしそこに大きな落とし穴があった。急に力が入らなくなり、陽歌は膝から崩れ落ちる。

「いくら防御を重ねていても、その薄着では耐えられまい」

「く……」

 痛みを我慢できるからこそ、ダメージの蓄積に無頓着となってしまう。そして、その隙に大きな一撃を喰らって大陸から転落してしまう。

「うわあああ!」

「陽歌!」

 助けに行きたいが、バリアに囲まれていて動けない。その時、ちびマザーが飛び降りて等身大の姿へ変化した。

「浅野陽歌、強いイメージを持て。お前のエーテル適正を引き上げる」

「え? うん!」

 とにかくマザーの言う通りに、陽歌はイメージを固める。強いイメージ、陽歌はふと、頭の中に靴が浮かんだ。そういえばユニオンリバーに来て最初に貰ったのは靴だった様な気がする。

「これは……」

 その時、足元が光り輝きあるブーツが生成される。装飾の翼は透刃マイにも見えたが、従来のジェットブーツとは比べ物にならないほどの飛翔、否、飛行能力を見せる。

「おおおおお!」

 そしてキックから円形の衝撃波が幾つも飛ばず。

「テンペストレイド!」

 敵を一掃し、陽歌は元の足場に着地する。ずんずん教徒の男はわなわなと震える。どうやら陽歌のエーテル適正が低く、ましてやこの様に具現武装を発現させることなど不可能だと知っていた様だ。

「マザーズロザリオ!」

「何ぃ!」

 そしてアスナは自身のソードスキルでバリアを砕いた。本来不可能なことである。

「よいしょ」

 響が二段ジャンプで足場をよじ登り、ずんずん教徒に迫る。

「くそ……撤退だ!」

「逃げた!」

 計算を覆され、ずんずん教徒はサムライ達を連れて逃亡する。とりあえずこの場での事態は収まった。マザーはいつもの小さい姿に戻り、響の頭にいる。

「浅野陽歌、その武器は濫用しない方がいいぞ」

「え? そうなんです?」

 そして具現武装について忠告する。ブーツは維持が出来なくなっており、すぐに消滅した。

「元々低いエーテル適正を現在起きているエーテルの隆起に合わせて無理に伸ばしたものだ。私単体の力では本来できないことをしている。もしその具現武装が破損すれば、お前の心は死ぬ」

 結構物騒な内容であったが、自分の生い立ちを考えればさほどでもないかもと陽歌は考えていた。

「しかしますます妙な連中だぜ……ずんずん教」

「敵は幻創種みたいだったね」

 響とマトイは敵の性質を確認していた。メカ以外は全てエーテルによって生み出された存在だった。果たして、ずんずん教がジョアンを狙う真の理由とは。謎はますます深まっていく。




 剣士データ

 クロム・ディザスター
 災禍の鎧『ザ・ディザスター』を纏ったクロムファルコン、もしくはその鎧を引き継いだプレイヤーの総称。元々は強力な鎧と剣だったが、憎悪の『神意』によって変質した。使用者の中に剣技に優れた者がいたため、それを引き出せる。
 現在では浄化され、元々の姿になりそれも封印されたがキリトとアスナの娘、ユイも使用者になったことがあるようだ。


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危険な好奇心(現代編)

 ヒューイとブラウン

 陽歌達が秘密基地で飼っていた野良犬。金湧は一時のブームでペットを飼っては捨てる人が多いのだ。餌付けはしていないがなんか懐いた。
 名前の由来はヒューイがホラーゲーム、デメントの、ブラウンが同じくホラーゲーム、ルールオブローズに登場する犬である。


 あれから6年の歳月が経った。ギャングラーの起こした集団失踪事件が二年もの溝を彼らの間に作ったが、ある事件をきっかけに再会。陽歌の出生を知ってもなお、その友情は健在であった。

「なんでまた骨折なんかしたのさ?」

「ゾイドコマンドフォースってとこで無茶したらしいぜ」

 陽歌は雲雀に連れられ、小鷹の入院する病院へやってきた。彼が骨折したらしく、お見舞いというわけだ。それに、小鷹は少し気になることがある様だった。

「へぇ、そんなとこにいたんだ」

「敵対している治安局って連中がお前を探してたからな。追っていけば会えると思ったんだろ」

 ユニオンリバーという大きな組織にいたことは保護という面だけでなく、離別した友と再会する為にも大きな役割を果たした。テレビ出演なども彼らのバックアップ無しには出来なかっただろう。

「ここだな」

 病室は複数人が共同で使うものであった。ZCFも予算がないので個室を宛がうのは流石に無理だった様だ。小鷹はそのベッドに座っていた。足を折って動けないだけで、基本元気なのだ。

「小鷹、久しぶり」

「おお、陽歌じゃねーか。東京では会えなかったが元気そうじゃん」

 雲雀を通じてネット上での再会は果たしたが、直に会うのは久しぶりであった。

「それはこっちのセリフだよ。足まで折って……」

 持って来たお見舞いの品が入った袋を置く陽歌。持ち手を掴む指は余った袖に隠れているが、義手になっている。

「すまん!」

「え?」

 小鷹からの謝罪に陽歌は困惑する。小鷹にとっては見捨てたも同然なのだが、全てを知った今もこうして友達でいてくれているだけで陽歌にとっては十分なのだ。

「お前を助けられなかった。そのせいで二年もギャングラーに……」

「ううん、いいんだよ。それに、ギャングラーにはよくしてくれる人もいたし」

 失踪事件の被害、といえば壮絶なイメージがあるが陽歌に限って言えば意識こそないが二年の平穏に加え、鮭料理をごちそうして貰ったという思い出もあるので悪いことではなかった。むしろ、唯一金湧の被害者で生き残ってしまったことで迫害が激しくなったことが問題だ。

 人間よりも異世界の化け物の方が寄り添ってくれたというのは実に皮肉である。

「そうだ。お土産にこれ持って来たよ。クロスボーンガンダム」

 持って来たのはクロスボーンガンダムシリーズの単行本。本編と短編集、鋼鉄の七人。そしてゴーストにダスト。もう鋼鉄の七人より後ろの方が長くなっている。

「お、サンキュー……って……」

 お土産を受け取ると、小鷹は陽歌と雲雀をじっくり見て動揺する。

「お前……女だったのか?」

「陽歌は男だぞ?」

 雲雀は首を傾げる。しかし陽歌はその視線が彼女に向かっていることに気づいた。確かに6年前は一瞬も着ていなかったスカートなどガーリーな私服である。見慣れないものを見る目で小鷹は彼女を隅々まで見ていた。

「多分雲雀のこと……」

「え? 陽歌が男?」

 どうやら六年前の小鷹は雲雀を男子、陽歌を女子と思っていたらしい。実際は逆だ。雲雀との再会はもっと前だったはずだが、コクピット越しだったりネット上だったりで分からなかったのか。陽歌はそう考えた。自分の女子間違いはあるあるなのでもう何とやら。

「お前私達を何だと思ってたんだ」

 雲雀からすれば一人称は私だし陽歌とお風呂も入っていたはずなので、間違えるなら二人とも女子だろうという気分であった。小鷹の寛容さが悪い方向に働き、多少他人と違う程度では何とも思わなかった。

「ていうか何回か雲雀病院に来たよね? その前も会ってるよね? スカートなんか一回も穿いてなかったよね?」

 小鷹と雲雀は引っ越した後も離別はしていなかった。が、今日の服装でようやく気付いたというべきか。

「あん? いやお見舞いとかそういう場ならしっかりしたもん着てけって母さんがな」

「あ、そういうこと……」

 小鷹はその説明で納得した。陽歌に改めて一瞥され、慣れないのか雲雀は少し恥ずかしそうに問いかける。

「へ、変じゃないか?」

「ううん。似合ってるよ。そうか……六年だもんね」

 男子に混じっていたやんちゃな女の子がお洒落をする様な歳、それだけの時間が経っていた。しんみりした空気を変えようと雲雀は小鷹の用事を聞いた。

「そうだ、お前気になることがあるって言ってたな」

「あ、ああ……。ここの掃除の人がな。いつも俯いてて微妙にわかんねーんだが……」

 小鷹が話をした丁度その時、話題に上がった掃除の人が来た。その人は黙々とゴミを回収するだけだったが、陽歌は何かを感じたのかその人物をじっと見る。掃除の人は中年の女性であった。

「陽歌?」

 掃除の人が小鷹のゴミを回収するため屈んだ瞬間、陽歌の膝がその顔面へ叩き込まれた。

「陽歌ぁああ?」

「な、なにして……」

 掃除の人は床に仰向けで倒れる。膝の入った位置が悪かったのか、鼻血をボタボタと流している。

「汚物が……隠していても臭いで分かるぞ」

 普段は穏やかな陽歌が殺意と憎悪を剥きだしにして掃除の人へ迫る。掃除の人の顔を見た瞬間、小鷹と雲雀は彼が豹変した理由が分かった。

「こいつ!」

「やっぱりそうだったか!」

 六年前、彼らの前に現れ友であった野良犬を殺した中年女がなんと掃除係として再び姿を現したのだ。臨戦態勢に入った三人に、中年女は声を掛ける。

「あの時はごめんねぇ……私もおかしくなってて……」

「情状酌量の余地はない。死ね」

 陽歌は花瓶を手に殺す気満々だ。おかしくなっていたと本人は言うが経緯は完全に逆恨みなので何一つ言い訳にならない。

「まぁまぁ。こいつのことは私が上にチクってやるから社会的に死なすだけで勘弁してうやってくれ」

 雲雀がどうにか陽歌を説得し、殺意を収めさせる。中年女は逃げる様に部屋を後にした。

「そうだ、せっかく集まったんだしブラウンとヒューイをしっかり弔ってやろうぜ」

 小鷹は思い出した様に野良犬たちの話をする。あれ以降、陽歌以外は引っ越してしまってお墓参りも出来ていない。

「そうだね」

「いいじゃねぇか」

 陽歌と雲雀も賛同し、小鷹の疑問も解決したところで今日はお開きとなった。

 

「っーわけでよ」

 雲雀はナースステーションで中年女の素性について当時の新聞記事をスマホで提示しつつ看護師に話した。横領を告発された逆恨みの呪いを掛けようとし、それを見られたから子供を襲い野良犬を殺す様な危険人物、友人が入院していなくても病院に置いておくわけにはいかない。また何か違うトラブルを招いて似た様なことをしでかす恐れがある。ヒューイとブラウン以上の犠牲を出すわけにはいかない。

「そういえば、あの人丁度あなたのお友達が入院した時期に来たのよ」

「何?」

 看護師から聞き捨てならない話を聞き、雲雀はつい聞き返す。

「個人の入院場所を特定したのか?」

「この病院はZCFの提携先ですので……」

「なるほど」

 どうやら小鷹がZCFにいたのでそれを伝って居場所を突き止めたらしい。しかし彼がZCFにいることは独力で突き止めたのだろう。公的機関のZCFが所属者のことを隠すことはない。ニュースか何かでZCFのマーキングがされたゾイドに乗っている小鷹の写真が出ればすぐわかる。相変わらずの執念だ。

「警戒に越したことはないか……」

 雲雀は中年女の不気味さを感じつつ、病棟中央の談話室に来た。ここは携帯での通話が許されているエリアだ。

「もしもし、私だ」

 そこで彼女はある人物に電話を掛ける。

「調べてもらいたいことがある」

 雲雀も無力で守れない者を少しでも無くそうと、力を手に入れていた。

 

「小鷹、少しいいかな?」

 陽歌は小鷹にある提案をする。

「どうした?」

「なんかあのおばさんから嫌な感じがする」

「だろうな」

 陽歌があの中年女を嫌う理由は十分にある。しかし今回はどうも違う理由の様だ。

「嫌な奴、なのは確かなんだけどそれだけじゃなくて、最近感じる様になった気味悪い感覚がするんだ」

 陽歌は東京での一件で霊力が爆発的に上昇し、それを制御する術を得た。故に今までは感じなかったものを察知できるようになっていた。

「それも小鷹と線で繋がった様な感じが」

「おいおい。そんな赤い糸あったら真っ先に切りたいぞ」

「だから、捨てるゴミに印をつけておいてくれないかな?」

 陽歌の提案は簡単なことであった。ゴミに印をつける。ただそれだけ。

「ゴミに?」

「うん。相手の所有物を使う呪いはポピュラーだから」

 以前、中年女は小鷹を呪っていた。なので今回も小鷹を狙うと踏んでのことであった。

「それとこれ持っておいて。さっき般若心経を写経したんだ」

「おう」

 そして役に立つか分からないが防御のアイテムも渡す。これでとりあえずは大丈夫そうだ。

 

   @

 

「巫ですか?」

 以前、陽歌はシエルからそんな話を聞いていた。

「はい、陽歌くんのご両親の実家……母方の方が神社でして。お母さんが巫女をやっていたんですよ」

 陽歌の養母が巫女であるという情報。しかし血縁がないので、霊力などは当然引き継いでいない。

「巫女というのは代々、世襲の様な形で引き継がれていきます。その力は実子に引き継がれているのですが……」

 養父母、浅野仁平、さとの実子は二人の想いに応えることなく彼を虐待し、命を危険にさらした。流れからして巫女の力も持っているのは彼女だろうが、陽歌としては力そのものに用事が無くても二人の残したものが僅かでもその人物に占拠されているのが許しがたかった。自分への仕打ちではなく、養父母の想いを踏みにじったことへの怒りがある。

「分かりました。金湧に行ったら奪い返してきます」

「でもその方法が……」

 力自体を奪い返すという目標は出来たが、その手段がシエルには無かった。しかしそこは陽歌にも協力者がいる。

「レン先生がくれたものがあるので、これで」

「それならよさそうですね」

 彼の通う学校の養護教諭、レンは巫女をしていたのでその辺りに詳しい。ただの木札に見えるが、これは巫女の権限を正しい人間に移譲する為の護符である。陽歌には、もう一つ再び金湧を訪れる理由が出来た。

 

   @

 

 後日、小鷹が退院したので三人は金湧の秘密基地へやってきた。

「ってわけで、僕の無くした腕が何本も呪物になって見つかったみたいで」

「マジの忌み地ってやつじゃねぇか」

 陽歌は都知事の引き起こしたループによる影響で、様々な並行世界で失った腕が呪物となり怪異を招いているという話をした。その腕は何本あるのか分からない為、全部見つかったとは言い難い状態だ。

「そんなんだからあのババアもおかしくなったのか?」

「さすがにある程度は自己責任だと思うけど」

 とはいえ、無から人をおかしくすることは基本出来ない。時期的にもあの中年女がおかしいのは自前だ。

「そういえば家なくなってたな」

「ローンが残ってるからすぐには引っ越さないと思うけど……」

 小鷹は陽歌の家が消えていたことに疑問を呈する。六年前に中年女が一部燃やしたとはいえ、それを直して住むくらいローンも残っている家だ。そんなパッと引き払うことなど出来まい。

「ソーラーって奴が都知事の犬だったろ? 負けて居づらくなったんじゃね?」

 雲雀は陽歌の弟、太陽(ソーラー)の立場に関係性を見出だすが、陽歌的にそれは考えにくいと思っていた。

「そんな繊細な精神の持ち主じゃないよ。奴らの面の皮はたけのこみたいに何重にもなってるんだ。もっと違う理由があるのかも」

 ともかく行方が分からないのでは、巫女の力も奪い返せない。

「行方はユニオンリバーでも追ってるよ。特に太陽は無駄に強い力を持ってるから悪用されるとえらいこっちゃだし……」

 話をしながら秘密基地に三人は向かう。さすがに長年放置しただけあり、基地は荒れ果てていた。しばらくは陽歌一人で使っていたが、彼も二年間はギャングラーの起こした失踪事件でいなかった。

「やれやれ、最近のガキはゴミも持って帰れないのか?」

「俺らはちゃんと持って帰ってたのにな」

 ゴミまみれの基地に雲雀と小鷹は溜息をつく。陽歌はそのゴミを観察し、あることに気づく。

「やっぱり……」

「ん? どうした……ってこれは……」

 小鷹がそれにつられてゴミを見ると、半分予想はしていたといえ寒気が走る。ここに散らばるゴミは小鷹が病院で捨てたものが混じっている。陽歌に言われて付けた目印がある。ゴミは丁寧に五寸釘で打ち付けられ、『小鷹呪殺』とちまちま書かれている。

「相変わらず暇人……」

「でも、人を呪わば穴二つってね」

 異様な光景にドン引きする小鷹。しかし陽歌は余裕を保っていた。彼が打ち付けられたゴミに触れると、それが赤く輝き、外で女の悲鳴が聞こえた。

「ぐげえええ!」

「なんだ?」

 雲雀が外に出て悲鳴のところに駆けつけると、例の中年女が胸と腹に大きな穴を開けてのたうち回っていた。

「呪いってのは見られただけでも無力化するし、扱いを間違えると跳ね返ってくるんだ。だからその手段をまるっと明かされればどうなるか……」

 陽歌はこれを読んでゴミに印を付けさせたのだ。しかし彼もこんなに完璧な呪い返しが出来るとは思っていなかった。

「しかし凄い威力……レン先生は呪いを暴いた上で呪文って言ってたけど、僕の霊力だとこうなっちゃうのか……」

 霊力の扱いはレンから学んだ。この基本的な呪い返しも、軽く投げたボールをホームランする勢いで返した様なものだ。

「き、貴様……」

「諦めろ、お前の負けだ」

 小鷹は堂々と宣言する。こんな危険人物は放ってはおけない。被害に遭うのが自分だけならまだしも、この性格では誰かを逆恨みで危険に晒しかねない。再度警察に突き出した方がいいだろう。

「まだだ……まだだぁあああ!」

 中年女は叫ぶと、三つに分裂した。肉体、魂、そして影が独立した化け物として陽歌達に襲い掛かる。

「なんだ?」

「これは……」

 突然目の前の人間が変異し、三人に動揺が走る。化け物になるおばさんは都知事だけで十分だ。

「ん? なんだこんな時に……」

 雲雀は着信があったので電話に出る。そして、衝撃の事実を聞く。

「なんだって? じゃああの時……」

「どうした雲雀?」

「このババア、とっくに死んでんぞ! それも六年前に!」

 雲雀が聞かされたのは、この中年女が六年前に収監された際、既に死亡したと警察の記録にあったということだ。原因は陽歌による殴打と見られるらしい。

「マジかよ」

「とにかく二人は逃げて! ここは僕が何とか……」

 陽歌は非戦闘員の雲雀と小鷹を逃がそうとする。しかし、雲雀は眼鏡を外し、グローブを身に着け、臨戦態勢に入る。

「っへ……んな必要ねぇよ」

「雲雀……それは……」

 そして彼女には犬の様な耳と尻尾が生えていた。

「イヌイヌの実……モデルニホンオオカミ!」

 この世には悪魔を宿した木の実があるという。雲雀が食したのはその一つ。彼女はオオカミの力そのままに、肥大化していく肉体へ突撃し吹っ飛ばず。

「せめて小鷹は……」

「おいおい、俺が全くこの六年何もしてないと?」

 そう言って彼はガンブレードを空中から生成した。

「ウルムラムアイズ!」

「具現武装!」

 地球に満ちるエーテルという物質に自身の想像を乗せて物質化する武器、具現武装。小鷹もこれが使えたのである。

「協力してこいつを倒すぞ! 弔い合戦だ!」

 こうして、怪異と化した中年女と六年越しの決戦が幕を開けた。

 

 肥大化し、背筋の曲がった鬼婆みたいな状態となった肉体を追う雲雀。悪魔の実というのは実物こそ珍しいがその性質自体は広く伝わっており、弱点も分かりやすい。肉体の化け物は近くの水辺へ逃げ込む。

「フハハハハ! これで来られまい!」

 実の悪魔は海に嫌われており、膝下程度の水でも能力者は力を失う。

「嵐脚!」

 が、鋭いキックから放たれた斬撃が化け物を襲う。鋭い切れ味で傷からはどす黒い血が吹き出す。

「ぎゃあああ!」

「んな弱点くらい克服してるっての」

 なんと誰から学んだのか、雲雀は特殊な体術『六式』を使用できた。肉体を鍛えれば鍛えるほどその力を増す動物系の実とは相性が抜群だ。

「月歩!」

 空気を蹴る様に空中へ飛び出し、彼女は化け物に接近する。そしてパンチで顎を直撃し水へ沈める。

「獣厳!」

 これは六式のうち一つ、指銃の速度で撃ちだすパンチ。まだ完璧には六式を体得していない部分も流石にある。

「ぐへぇ!」

 しかし化け物もただでは転ばない。雲雀の足を掴んで水中に引きずり込む。こうすれば、弱点の水へ舞台を移すことが出来る。水は思ったより深く、化け物も完全に潜ることが出来るほどだ。

「甘かったな! これで形成逆転だ!」

「学ばない奴だ……弱点の対策くらいしてあるっての」

 雲雀は余裕を見せていた。その手に握られているものが光り輝き、目にも止まらぬスピードで拳が振り抜かれる。

「イノセンス、解放」

「な……」

 グローブは十字架を模った金属のナックルダスターへ変化し、その中心から目に見える風が槍の様な形へ生成されていく。

「ストームバンカー!」

 風の槍は化け物を穿ち、腹に大穴を開ける。大地を揺るがす衝撃と共に化け物は水底へ、そして反動により雲雀は上空へ撃ちだされる。

「力が抜ける前にぶん殴ればいいんだよ」

「んなむちゃなぁあああ!」

 理不尽な対策に絶望しながら化け物は水底に叩きつけられ、爆散した。

「ったく、手間かけてくれる」

 雲雀は水から飛び出し地面へ降り立った。まずは一つ、魂と影が返るべき肉体が喪失した。

 

  @

 

「実体のない影が、攻撃できるかな!」

「うわ、ナメクジみてー」

 化け物の影はうねうねと壁や床を這いまわっていた。小鷹はその姿に気味悪さを覚えたが問題なくガンブレードからの射撃で攻撃する。

「痛い! 痛い! なんで当たる?」

「決まってんだろ。俺が当たるって思ったからだ」

 具現武装は願いの塊。故に使用者が『できる』と思えばできるのだ。

「ならば……これでどうだ!」

 影の化け物は影らしく、周囲の影を取り込んで増殖する。これにより四方八方を囲み、一気に叩く作戦だ。

「分裂したらと言って弱くなると思うなよ! 影は無限にあるのだ!」

「なるほど」

 分裂系は大抵、増えれば増えるほど一体が弱体化するものだ。だが、影という無限のリソースを使う以上その弱点はないに等しいということ。

「呪いごっこしか脳がないわけじゃないか」

「思い知ったか! 子供が大人を甘く見るな!」

 影の化け物は勝ち誇るが、小鷹は自身の勝利が揺るがないと信じていた。その証拠に、余裕の表情と共に一枚のタロットを取り出す。カードは『愚者』。

「ペルソナ」

 カードを破り捨てると、彼の背後に人型のビジョンが現れる。抽象化されてはいるが、西部のガンマンというイメージそのままの姿である。

「こ、これは……」

『汝は我……我は汝……』

「ビリーザキッド、行くぞ」

 小鷹は自身のペルソナと共に周囲を囲む影の化け物を一掃する。増える時間もなく、影の化け物は本体一つになってしまう。

「は、はや……」

「トドメだ!」

 小鷹の姿がかき消え、次に姿を見せた時には赤いビットを周囲に纏っていた。

「ラスタータイムフィニッシュ!」

化け物は無数の銃傷と共に真っ二つへ両断される。化け物は爆散し、破片の一つも残さず消滅させられた。

「やったぜ」

 小鷹は陽歌の知らぬところで、アークスの力を得ていた。彼が主人公の力を小鷹から奪ったのは正解だっただろう。

 

   @

 

「げ! 残りがやられた!」

「早いなー」

 魂の化け物は影と肉体の消滅を感知し、逃走を図る。人魂の様な姿から変化しない辺り、戦意を即座に喪失した様だ。しかし、陽歌には新しい技がある。

「逃げる!」

「させるか! 負を討て造られし龍、透る刃よ舞え……」

 陽歌が刀を掲げると、地面から黒い棘が生え魂の化け物を貫いて拘束する。陽歌の背後に闇を纏った龍の影が出現した。

「ぐげ!」

「負滅牙、龍刃舞!」

 眼にも止まらない連続攻撃で化け物が切り刻まれる。そしてトドメとばかりに龍の顔をした炎を刀に纏わせ、突撃して噛み砕く。

「負滅牙、零百合!」

 魂の化け物はそのまま爆散し、消滅した。流石に陽歌も大技二発は疲れたのか、着地と共に足元がふらつく。

「おっと……」

 そこを雲雀が支える。

「強くなったな」

 東京での再会で分かっていたことだが、陽歌は強くなった。二人に守られなければならない様な彼ではなくなった。

「これで一件落着か」

 小鷹も合流し、全ての敵を倒したことを確認した。

 

 その後、予定通りヒューイとブラウンの弔いを済ませ、三人は家路につく。こうして金湧の街を三人で歩いていると、あの時に戻った様な気分だ。

「雲雀って六式使えたんだ」

「全部じゃねぇよ。剃と嵐脚、月歩くらいか」

「六式って体術なんだろ? 俺にも出来るか?」

 小鷹は習得方法を気にしていた。六式は体術の類なので身体能力さえあれば可能だ。雲雀もこの歳で半分を身に着けているのはたゆまぬ努力によるところが大きい。

「刺身にタンポポ乗せる修行知ってっか? あれ凄いぞ虚無感が……」

「一体何が行われていたんだろう……」

 当然その修行は想像を絶する過酷さである。陽歌はその言葉から修行の内容が分からなかった。

「で、結局あの野郎はどこ行ったんだ?」

「夜逃げ同然だったんだってな」

 話題は逃げ去った太陽に移る。レベル一万前後のドクターライダー変身者などユニオンリバー基準では雑魚とはいえ、一般的には厄介なので行方不明で済ませておいていいものではない。

「見つけるよ。そして僕の過去に決着をつける」

 陽歌は自分の過去にケジメを付けるため、太陽とその家族を追う。養父母の残した力も奪い返す為に。




 陽歌の新技はクーナとハドレッドを意識したものである。負滅牙はダーカー特攻の潜在能力、零百合の零は六芒均衡の零であるクーナ、百はハドレッドを差している。


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ゆにカフェバックヤード75 お前は圏外だ

 ゆにカフェとは、普段のプラモ動画では扱わないものを取り上げるYouTube限定ミニコーナーである。ミリアとさなが担当。
 このシリーズでは番号に対応した動画の舞台裏に密着する。


 フォンブレイバー、サイバーテロと戦うために産み出された戦う携帯電話。私はその一号機だ。だが、共に戦うバディを三人も失ってしまった……。私は私の解を得るために組織を離れた。いつか答えが見つかると信じて。

 

 @

 

「ふぅ、今日の撮影終わり」

 喫茶ユニオンリバー。その二階にある休憩室で動画を撮影し終え、カメラの電源を切る女性がいた。薄手のブラウスから分かる通り豊満なボディラインを持つ、文句なしの美女。金髪をサイドに纏めた幼さを残す要素に、大きく見開かれたエメラルドの瞳、ミステリアスで妖艶な女性というのが多くの人間が彼女、ミリアに抱く第一印象だろう。

「これからよろしくね、ゼロワン」

 ミリアは机に置かれた黒いガラケーに声を掛ける。画面には顔の様な表示がある。

「お前は圏外だ」

 そのガラケーは食い気味にそれを拒絶した。思わずミリアは半泣きになる。そんなやりとりをこの動画の相方を務める少女、さなは見ていた。小柄で黒髪を伸ばした物静かな少女だが、ミリアの醜態は見慣れたもので淡々と片付けをする。

「アクセルデバイサークロノ……宇宙探査用のツールまで開発されてたんだ……」

 驚くべきことにこの携帯電話型のロボットを宇宙で運用する計画があった様だ。この時計はヘッドギアとしてゼロワンらフォンブレイバーに装着される。

「お願いだよー! セブンだってエヴァちゃんとバディ組んでるし」

「お前は圏外だ」

 食い下がっても一言で切り捨てられてしまう。一体何が彼をここまで閉ざすのか、それとも単にミリアがバディに相応しくないと思われているのか。

「ダメじゃないかな」

「ええー……」

 ここまで頼んでダメではもうどうしようもない。さなは諦める様に進言する。しかしミリアにはある野望があった。

「私もフォンブレイバーとサイバーテロを阻止する大活躍したい!」

「残念ながらお姉さんは押しちゃいけないボタンとか切っちゃいけないコード切って大爆発する図しか想像できないよ」

 身内からすれば不安でしかない野望だった。ミリア当人はアフロになる程度で済むだろうが、建造物はそこまで丈夫ではない。

「うーん……」

 ミリアはどうにかゼロワンに認めてもらう方法を模索する。

「そうだ、サイバーテロを解決しよう!」

「そんな都合よくサイバーテロ起きないと思うけど」

 自身でサイバーテロを解決することでその手腕を認めてもらうという単純極まりない作戦。ミリアの実力では魚が飛行する様なものだが、加えてそんな丁度良くサイバー犯罪など起きない。

「ふっふっふっ……世の中にはミッチホイップという言葉があるのを知っているかね?」

「マッチポンプね。自作自演じゃん」

 ところが彼女は自ら起こすという禁断の手段に出た。善は急げとミリアは部屋を出て準備に向かう。

「じゃ、用意してくるから!」

「一体何をしでかす気なのか」

 さなはすぐにゼロワンを持って追いかけ、ミリアの陰謀を止めに向かう。本質的におバカなので無意識にとんでもないことをやらかさないか心配だ。

「大変だゼロワン! サイバーテロが起きたんだ! 私達で解決しよう!」

「早っ」

 廊下で早速ミリアがゼロワンを呼ぶ。もう準備出来たのか、一体どんなテロを仕組んだんだとさなが様子を見ると、予想の斜め下を行く光景が広がっていた。

「テロリストが七輪を人質に取っているんだ! このままじゃお店が燃やされちゃうよ!」

「マイコンどころか電線一本通ってないものが出てくるとは恐れ入った」

 プラモデルが七輪を制圧しているというよく分からない光景。これのどこがサイバーなテロなのか。

「お前は圏外だ」

「この状況で律儀に返事するだけえらいよ」

 しかし当たり前の様にゼロワンの協力は得られない。仕方なく、ミリアは自分でこの事件を解決することにする。

「くっ……やはりまだバディと認めてもらえないか……だったら私一人でやってやる!」

「ただのお片付けなんだよぁ……」

 ミリアは掛け声などを出して戦っている感を出しているが、やっていることはただの片づけである。

「くっ……」

 勝手に吹っ飛び、ピンチを演出。チラッとゼロワンを見るが完全に無視されている。

「負けてたまるかー!」

「これに負けてたら人として出直すレベルだよ」

 テロの鎮圧もとい片付けが完了する。ミリアは自信満々でゼロワンに聞く。

「一人でサイバーテロを解決したよ! これで私もバディに……」

「お前は圏外だ」

 しかし相変わらず食い気味の圏外宣言。それもそのはず、これはサイバーテロでない上に自作自演。その流れまで完璧にゼロワンは聞いていた。

 

   @

 

 その日、ゼロワンが一人でいるとプラモデルの少女が彼の傍にやって来た。スク水の様なボディスーツに水色の髪。彼も何度か見たことのあるフレスヴェルクという個体だ。

「今日は鼻血を出していないのか」

「別人! ほら前髪!」

 ややこしいことにこの店にはフレスヴェルクが二人いる。一人は真顔で鼻血を出している変態、もう一人は前髪で右目を隠した目の前にいる人物。こちらは何度かユニオンリバーと敵対した末に、そのメンバーに引き取られた結果ここにいる。

「何の用だ」

「同じ人間嫌いの顔を拝んでおこうと思ってね」

 彼女は人間に対して強い憎しみを抱いている。それが敵対の理由になっていたのだが、ゼロワンを仲間だと思って接触を試みた様だ。だが、彼は少し事情が異なる。

「なぜそう思った」

「愚問ね。旧式のAIが人間との結託を拒む時点で人間を恨んでいる以外の理由が思い当たらない」

 フレスヴェルクはゼロワン達フォンブレイバーの後に開発された学習型AI、アーティフィシャルセルフを内蔵した言わば後続。フォンブレイバーは人間を憎む時点で仕様外の動作とも言えるが、AS搭載機は育成によってそうなる可能性も秘めている。

「お前にはそう見えるか」

 しかし、ゼロワンは人間を憎んでいるわけではなかった。ミリアのことは本当にバディとして圏外と思っているのだが、もっと込み入った事情がある。

「だが覚えておくといい。人間を憎めるということは、愛せるということだ」

「何それ?」

 フレズヴェルクは首を傾げ、話にならないと去っていく。フォンブレイバーゼロワン、その『圏外』が差すアンテナの方向とは。

 




 実はメインの動画を制作しているエヴァリーのバディとしてケータイ捜査官7のメイン格、フォンブレイバーセブンがいる。


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不滅の黄金龍! バニッシュファブニル!

 ファブニルシリーズはラバーによる回転吸収をうたった機体である。そのラバー量は年々増しており、今回ついにレイヤーのほぼ全てがラバーとなった。
 そして一部アタックタイプもバーストを引き起こす手段としてラバーを搭載しており……


 陽歌とマナ、紬と夕夜はベイブレード競技を取り仕切るwbbaの本部に案内されていた。あの事件を聞きつけたwbbaにより、全てを説明してもらうためにここへ来た。タカラトミー本社の地下にそれは存在し、何かの研究が密かに続いている。

「お待ちしておりました」

 そこで待っていたのは、眼鏡を掛けた男性。マスターブレーダー村木、告知動画のテンションは鳴りを潜め、真面目な話であることを四人に態度で示していた。

「説明してもらいます。なぜフロラシオンがベイブレードを儀式に使っているのか」

陽歌は真っ先に切り出した。いじめられっ子というには生温い扱いを受け、常に脅えた様子を見せていた彼からは想像できない毅然とした態度に紬は驚く。陽歌としても紬が生き返ったとはいえ殺された事件の切っ掛けがこのベイブレードであり、制作したwbba。場合によってはこの場で全てを破壊することも厭わない状態なのだ。

「はい。それにはまず、なぜ超王レイヤーを我々が開発したのか、ゴールドターボとは何なのかについてお話する必要があります」

 村木はまず、ゴールドターボというものの説明をした。マナは一応、それについてはあらましを知っている。

「え? ゴールドターボってスプリガンレクイエムとかにあったレアカラー版的なものじゃないんですか?」

 GTシリーズでは一般商品に金色の色違い、ゴールドターボが低確率で封入されている。てっきりそのことだと思ったが、これまでの戦いを見る限り破壊してきた三つのベイはただの色違いの範疇に入らない。

「それはあくまでカバーストーリーです。皆さんは昔から回るものが神聖であるという話は知っていますよね?」

「そうなの?」

 紬は一番年上の夕夜に尋ねる。だが、彼もあまり詳しくはない。

「そうなんだ……」

「回すだけで経典を読むことになるマニ車というものがありますからね」

 陽歌はお寺にある文字の刻まれた車輪を例に挙げる。そもそも回転とは輪廻転生、太陽の浮き沈みなどを示すものだ。

「そしてベイブレードのレイヤーには神話に描かれた神々などの姿が刻まれています。シリーズが進むごとにベイブレードの性能が上がり、回転数が一定になった時、我々はある現象を目にしたのです」

「それが本来のゴールドターボ……」

 マナはその結果として生まれたのがあのゴールドターボベイであると気づいた。

「そうです。あまりに強大な力を持ったそのベイの存在を秘匿するため、我々はカバーストーリーの流布と対抗手段の開発を進めました」

「たしかに、爆転世代を知る者として彼らに見せて貰った超王シリーズと呼ばれるベイブレードは過去に感じたある危惧を呼び起こしました」

 夕夜はベイブレードの元祖、爆転シュート時代のユーザーであった。リアルタイムでこそないが、触れる機会があったらしい。最近のベイブレードには詳しくなかったが、この事件をきっかけに戻ることとなった。

「超王シリーズで登場したダブルシャーシ、そして限界突破システム。それは確かにコマの性能を底上げするものでした。しかし、その一方でカスタム性を損ない、互換を失わせる恐れがあった」

「ヘビィメタルの話はよく聞きましたね」

 それは爆転世代末期、新たな機構として生まれたシステムが今までのパーツを使えなくした上で、それまでの機体と一線を画する強さを持って生まれてしまった件。ブームの幕を引いた事件とも言える。陽歌も生放送でその話題は聞いていた。

「でもいい塩梅に調整しましたね」

 しかし超王はそうならなかった。とはいえそんな危険を冒してまでベイの性能を上げる必要があったのか。

「ゴールドターボは理屈を超えた力を持ちます。そんなものが悪用されれば、世界の危機です。全世界のブレーダー誰しもが対抗できるように超王、そしてダイナマイトバトルレイヤーと進化を続ける必要があったのです」

 村木はそう語る。DBレイヤーの下りで、陽歌は自身のベリアルを取り出し、村木に尋ねる。

「このベリアルは特別な方法で生まれたものです。市販のものと並べても、僕には熱の様なものを感じられて見分けることが出来ます。これを作った人物はダイナマイトベリアルを知りませんでした。これはどういうことなんですか?」

 後に赤おじさんと黒おじさんに聞いたことなのだが、彼らはベイブレードは愚か、男児向けトイに疎かった。破壊された紬のヴァルキリーを復元して、自然とこうなったのだ。しかしベリアルは一般に流通している。

「それにこのベリアルには、進化ギアを取り付けるジョイントがないんです」

 ベリアル最大の特徴は、他のベイから能力を奪う点。しかし陽歌のベリアルには直近に発売されたファブニルのFギアを取り付けることが出来ない。

「アマテリオスによると、ゴールドターボを悪用した者に対抗する魔王、そしてそれに力を貸す友がいるとのこと。その情報だけで我々はベリアルやファブニル、進化ギアを作り、市場に流通させました。もし敵がこの情報を得ても、すぐには魔王を特定できないように」

 これは協力者の入れ知恵であった。後にこうしたベイが出現することを予想し、その僅かな情報で彼らはカバーストーリーを作っている。

「ですが、既にフロラシオンと僕は出会い、戦ってしまった」

「そう、だから堀川さんが急いで最後の切り札を用意している」

 最近告知動画に出なくなったもう一人のマスターブレーダー、堀川氏も何か策を用意している様だ。

「そうだ。実はバチカンのさる高貴なお方からお手紙をいただきまして」

「え?」

 陽歌はwbbaを信用したので、自分で得た情報も開示する。実はフロラシオンが本格的に活動を開始した都知事撃破後に、あらゆる宗教が壁を超えてフロラシオンと戦ったという話を聞いて詳しいことを一番聞き易い組織に質問を飛ばしていた。

 手紙は筆記体の英語で書かれているが、陽歌は問題無く読める。

「何が書いてあるんで?」

「ええ、なんでもフロラシオンは『一神教』だとか」

「一神教? そんなはず……」

 その情報にマナは戸惑う。フロラシオンには【児戯】、【叡智】、【福音】とこれまで倒しただけで三柱の女神がいたはずだ。

「それなんですが……」

「警報! ゴールドターボの反応がありました!」

「なんだと?」

 陽歌がそこに触れようとした時、警報音が鳴り響く。モニターにはゴールドターボがあると思われる位置が示されている。

「これは?」

「三回の出現を経てゴールドターボの反応を探れる様になったんです。場所は……」

 夕夜がこのシステムについて聞いていると、地図を見た陽歌は場所を即座に特定する。

「静岡県島田市……まさか!」

 場所はユニオンリバーやポッポがあるエリア。一同は急ぎ、ゴールドターボの場所へ向かう。

 

   @

 

 篠原深雪は陽歌の友人である。今日はとある霊園に墓参りに来ていた。花を供え、線香を焚いて全てを完了し、ショートの黒髪をかき上げてその墓を見やる。

「今年もファブニル出たよ、ハル」

 弟の様に可愛がっていた幼馴染が彼女にはいた。しかし、初代ファブニルの発売を楽しみにしていた彼はそれを手にすることなく亡くなった。それ以来、命日や誕生日以外にもファブニルが出る日に墓へやってくるのだ。

「さてと……」

 最近はベイブレードを持つ子供が狙われるという危ない話があるらしい。なので深雪も早めに帰る。東京都知事の手下であった自粛警察がいなくなったと思ったらこれだ。平和はなかなか訪れない。

「ん?」

 霊園を出ると、そこには包帯を巻いたミイラみたいな少女が立っていた。

「あら、こんなところを一人で出歩いて……」

「うわ、何女?」

 深雪は普通にびっくりする。フロラシオン【双極】の妹、レトが現れたのだ。

「お前を倒せばあいつに多少ダメージを与えられるか……」

「なんだ陽歌に負けて本人にリベンジする勇気もない感じなのね」

 見事に図星を突かれ、レトは慌てる。

「将を射んとする者はまず馬を射よ、ってあんたらのくだらない慣用句にあるでしょ。それよ」

「私が負けるわけないでしょ! あんたなんかに!」

 深雪はランチャーを構え、戦う準備をする。相手の使うであろう不思議なゴールドターボに市販品で勝てるとは思わない。だが時間を稼げばこれを嗅ぎつけたユニオンリバーが加勢にくるはずだ。まずはとにかく負けないことが大事。

「貴様! このゴールドターボで生贄にしてやる!」

 レトが出したのはゴールドターボのミラージュファブニル。深雪のベイもミラージュファブニルだ。互いにベイをシュートし、バトルが始まる。

「やっぱり、実力は低い!」

 左回転同士では、ファブニルの2Sシャーシのセットを変えてカウンターモードにするのがセオリー。しかしレトのファブニルはそれをしない。深雪は一応カウンターモードにしておいた。

「ゴールドターボなら本気を出す必要もないということだ!」

「その油断が!」

 ファブニル同士が激しくぶつかり合う。しかしどうしたことか、ゴールドターボのファブニルはスタミナタイプと思えないほど攻撃的に仕掛けて来る。

「これがゴールドターボ……」

「まずはお前の魂で償え!」

 想像以上の力に、深雪のファブニルが弾かれてしまう。バーストし、バラバラになるファブニル。金色のファブニルから龍の影が現れ、深雪を襲おうとする。

「っ……!」

 その時、後方の霊園から何かが飛び出した。こちらも龍の影だが、まるでファブニルのラバーかの様な青い影だ。その影に、深雪は懐かしさを感じていた。

「……ハル?」

 そしてその龍はファブニルのパーツに入り込み、新たなベイブレードを形成する。レイヤーの全周囲がラバーで覆われた、バニッシュファブニルへ変化した。

「またベイが、進化しただと?」

 レトはベリアルから続く怪現象に困惑する。そのままバニッシュファブニルは姿を消し、次に現れた時にはゴールドターボのファブニルを粉砕していた。

「ぎゃあああああ!」

 ファブニルと一緒にレトも吹っ飛ぶ。ゴールドターボのレイヤーは粉々に砕け、地面に落ちて色を失う。

「深雪―!」

 遅れて青いスナイプテラが飛んでくる。よほど慌てていたのか、操縦していた陽歌は着陸を待たず飛び降りて地面に叩きつけられた。

「うぼぁ!」

「陽歌くん!」

 額から出血し鼻血を出しながら陽歌は深雪の下に駆け寄った。

「大丈夫?」

「こっちのセリフよ。でも大丈夫」

 深雪は変化したファブニルを陽歌に見せる。これのおかげで、勝利することが出来た。

「新しい……DBレイヤー……」

 姿を現した、新しい不滅の龍。そして新たに明かされたフロラシオンの謎とは。戦いは更に加速していこうとしていた。




 一神教

 宗教において、神が唯一神のみであることを前提に成り立つこと。キリスト教がその代表。一方、日本の神道や各神話など多くの神々の存在を前提としたものを多神教と呼ぶ。
 フロラシオンは一神教であり、神は当然一人のはずなのだが……?


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☆Turn1 遊戯を継ぐ者、リンクカイゼル!

 ゲームの歴史は古代エジプトまで遡る。かつてのゲームは王や国の未来を占う魔術的な儀式であった。それらは闇のゲームと呼ばれた。闇のゲームはエジプトを通じてローマへ、そして世界へ密かに受け継がれていった。今、皇帝のカードと共に闇のゲームを引き継いだ少年がいた。人は彼を、遊戯王と呼んだ。





※呼びません


 おもちゃのポッポという玩具屋が静岡県島田市に存在する。そこは家電量販店に併設されたおもちゃコーナーとは違い、古い商品も残っており見る人が見れば宝の山だ。そして、そんなお宝を今は通販までやっている。

「さて、今日のお客さんは……」

従業員が少ないため、配達は雇われ店長、ルリが自ら小さな荷物は運ぶことがある。魔法が使えるのである程度はワープして持って行った方が送料を節約できるのだ。

「あ、ルリさーん」

「ここでしたか」

 学校の門前でルリを待っていたのは金髪の少年。ここは白楼高校。依頼主はここの生徒であった。

「えーっと、はい公界遊騎さんですね。ストラクチャーデッキ、マスター・リンクおひとつ、新しいパックもですね……」

「はい、どうも」

 遊騎は数年前のカードゲームの構築済みデッキを頼んでいた。こういうものは数年前の代物でも大手店舗では売り場から撤去されてしまい、見つけるのが困難だったりする。欲しいカードだけ、もしくはネットで確保となるとそれなりに値段が張る。

「ソウルバーナーのストラクはさすがにポッポにも無かったか……うらら揃えたかったがな」

「なんかそれ売れてましたねー。あのキャラ人気なんですか?」

「いや、収録されてるカードがいいもんで。手札誘発の灰流うららはもちろん、サラマングレイトもいいものだからな」

 遊騎はこの商品、デュエルモンスターズのヘビーユーザーなのかかなり詳しい。

「ハルウララ? 競走馬ですか?」

「最近知ったよ競走馬の方……今のデュエルモンスターズはデッキ触るカード多いから、その時に手札から捨ててそういうの妨害できるうららは必須級なんす」

 世代の開きが話に出る。競走馬のハルウララが流行ったのも今や昔、一周してスマホゲーでの擬人化が話題になるほどだ。

「しかしデュエルモンスターズですか、私は東京ドームの一件以来よく知りませんねぇ」

「東京ドーム?」

 ルリは商品を見て昔の話をする。あれは今しがた渡したカードゲーム、デュエルモンスターズ黎明期のこと。ルリも仕事柄おもちゃの知識は豊富であるが、種類が膨大かつゲームシーンの変化がスピーディーなカードゲームを全て把握するのは困難だ。強いて言えばどれを買えばゲームを始められるのか、どのスリーブがどのカードのサイズに対応しているのか、くらいの知識がある。

「ええ、東京ドームでゲームボーイの大会やってましてね。ちょっと混乱があったんですよ」

「ああ、有名なエクゾディア事件か」

 運営会社もイベントのノウハウが少なく、物販ブースのトラブルなど想像を超えた盛況で大会が中止になってしまった。そんなこともあったなぁというのがルリの世代。しかし今はこのデッキの表紙を飾る青いカードの意味も分からないほどゲーム自体が進化した。

「そういえばうちの子がお世話になっていましたね。どうですか?」

「陽歌か。なんとか馴染んでるよ」

 ルリはこの学校へ見学に来ていた知り合いのことを尋ねる。静岡に白楼は姉妹校があり、ここは高等部のみだが静岡には初等部もある。その関係で見学やらなんやらしているというわけだ。直にここを訪れたのは彼の様子を見る為でもある。

「えーっと、今は……」

 遊騎はモノクルの様な装置を目に付け、辺りを探す。これはDゲイザーと呼ばれる装置で、近くのデュエリストを探したりできるのだ。陽歌は今、彼の部活である漫画研究部の部室にいる。

「ああ、うちか」

 漫画研究部の部屋は複数の棟のうち、特別教室や図書室、食堂が集まった場所の一階、その奥地に存在する。

「漫画研究部にお邪魔していたんですね」

「まぁな。知らん顔でもないし、同じ義手ユーザーがいるとやりやすいんだろう」

 ルリ達の所属するトラブルコンサルタント企業、ユニオンリバーと漫画研究部には以前、親交があった。特にその義手ユーザーは陽歌の知らないところで彼の為に動いてくれたこともある。

「ところで最近、ストラクに青いカード入っているんですがこれなんです?」

 ルリは構築済みデッキに入っている見覚えのないカードのことを聞く。構築済みデッキの一部はブリスターの窓で看板カードが見えていることがある。その中でも青いカードはレベルを示す星も無ければ防御力の表記も無い。

「ああ、あれはリンクモンスターって言ってな。こういうのだ」

 遊騎はルリに一枚のカード、『デコード・トーカー』を見せる。

「指定されたモンスターをリリース、生贄にして呼び出せる特殊召喚モンスターだ」

 デコード・トーカーの条件は「効果モンスター2体以上」。しかしここに罠がある。

「ほー、それなら効果を持ったモンスターを二体生贄にすればいいんですね」

「いや、違う」

「ええ?」

 デコード・トーカーのリンクは3。これが重要。そして条件も2体『以上』であり2体と言い切ってない。

「普通に出そうとすると、三体いる。リンクモンスターはリンクマーカーにつきモンスター1体を要求する」

「うわ、神のカードみたいな要求ですね……」

 デュエルモンスターズではレベル7以上のモンスターを召喚する際、モンスターを2体墓地に送る、リリースする必要がある。ルリの世代では生贄召喚と呼ばれていたことだ。中には効果で三体の生贄を要求する場合や、三体生贄を捧げることで効果を発揮するカードもある。

「普通には、な。だがリンク2のモンスターがいれば2体に収まる。リンクモンスターはリンク召喚の時、リンク数分だけモンスターとして数えることが出来るんだ」

 しかしそこはリンクモンスター。特別な扱いが存在する。

「え?」

「じゃあ例見せっぞ」

 言葉で説明すると分かりにくいので、遊騎は腕に付けたデュエルディスクを機動する。カードを置く部分は物体が折りたたまれているのではなくホログラムで展開する。ルリは眼鏡のスイッチを押し、眼鏡のDゲイザー機能を起こす。これはデュエルディスクで動作するモンスターの姿を投影したARビジョンを見るのに必要な機能で、観戦にも用いられる。

「まずはフィールド魔法、『イグニスターAiランド』を発動。メインモンスターゾーンに門スターがいない時、俺はレベル4以下のイグニスターを手札から特殊召喚する。来い、アチチ@イグニスター!」

 フィールドに出たのは赤い抽象的なデザインの小さなモンスター。

「アチチの効果でデッキからイグニスターを呼び出す。手札に加えたドシンを効果によって特殊召喚!」

 今度出て来たのは四角いキャラメルの様なモンスター。

「ここでリンク召喚! 現れろ、闇を導くサーキット!」

 遊騎が宣言すると同時に青い縁と八方向の矢印が現れる。

「アローヘッド確認! 召喚条件はサイバース族のモンスター二体! アチチとドシンをリンクマーカーにセット!」

 アチチとドシンは下と右下の矢印、リンクマーカーに突入。聞き覚えの無い種族にルリは困惑した。

「サイバース族? 知らない種族ですね……」

魔法陣から槍を手にした戦士が出てくる。

「サーキットコンバイン! 現れろ、リンク2、クロック・スパルトイ!」

 クロック・スパルトイは五つ並んだメインモンスターゾーンではなく、その奥に存在する見慣れぬエリアに降り立つ。

「なんですあのエリア!」

「エクストラモンスターゾーンだ。そしてメインが空いたことで俺は再度、イグニスターAiランドの効果を発動する」

 イグニスターAiランドの効果は制約こそあるが何回も使える。そのためこうした挙動も可能なのだ。

「来い、ブルル!」

 今度は緑のモンスター。イグニスターは全体として掴みどころのないゆるキャラの様なデザインだ。

「これでリンク2のモンスター一体と効果モンスターが一体! サーキットコンバイン!」

 再度リンク召喚のサークルが現れる。ブルルは上の矢印へ、スパルトイは二つに分かれて右下と左下のリンクマーカーへ入る。

「モンスターが二体に!」

「リンクモンスターはリンク数の分、リンクマーカーを埋めることが出来る。リンク召喚、リンク3、デコード・トーカー!」

 クリスタルの剣を持つ濃紺の剣士が現れる。これがリンク召喚の全容だ。

 

   @

 

部室にいくと、陽歌は部員の一人とネットで映像を見ていた。

浅野陽歌はある事情からユニオンリバーで保護された少年である。キャラメル色の髪に、右が桜色、左が空色のオッドアイ。憂いを帯びた様な表情と右目の泣き黒子も相まって少年というよりは麗しい少女にも見える。

『強い! 強いぞチャンピオン、マスクマン! フィニッシャーに攻撃力二万のサイバーエンドドラゴンを降臨させた!』

「おおー……」

 映像はデュエルモンスターズのプロリーグを映していた。チャンピオンらしき仮面の人物は凄まじい攻撃力のモンスターで相手を葬っていた。陽歌は歳相応にその活躍を見て目を輝かせていた。サイバーエンドドラゴンは融合派生カードの『パワーボンド』で元々の攻撃力から二倍、そして機械族の攻撃力をその命と引き換えに倍化する『リミッター解除』、フィールドに並んだモンスターの分攻撃力を増す『団結の力』で五体分の力を得て、この攻撃力となった。

「返しの伏せカードや手札誘発の無い勝負所で確実に決めに来るなんて……」

 興奮にぐっと握る手は生身のそれではなく、義手だ。パーカーの袖は義手を隠す様に余っている。

「おーい、陽歌―」

 遊騎とルリは部室に入り中を見渡す。部室には陽歌と部員が一人いるだけだった。

「お、お邪魔してます」

 人見知りの激しい陽歌は目が合わないながら遊騎に挨拶する。

「ああ、ルリさん。お疲れ様です。今お茶淹れますね」

「あ、お構いなく」

 今部室にいる部員は一人。制服からして男子だろうが、中世的な見た目をしている黒髪の緑色の瞳をした少年だ。お茶の準備をするその手は陽歌同様に義手。ルリが陽歌を彼に引き合わせたのは、義手ユーザーの先輩として導いてもらいたいという思いがあってのこと。彼も陽歌のことが他人の気がしないのか、裏で色々手助けをしている。

「いえいえ、わざわざここまで来ていただいたんですから。ワープでも魔力使って疲れるでしょう」

「いやー、響くんは気が利きますねぇ」

 彼は継田響。見た目通り優しく気の回る人物で、遊騎の分もお茶を用意している。しかも少し汗ばむ季節ということもあって水出しの冷えたものを。部室の冷蔵庫はそういうこともあって響の独壇場だ。

「おっし、さっそくデッキを強化するぜ」

 遊騎は購入した構築済みデッキを開封し、カードを選択してデッキを組み替える。そして買ったパックも剥いて確認する。

「ん?」

「どうしました?」

 しかしそこで彼は異変に気付く。デュエルモンスターズのパックは一パック五枚封入されているが、何故か六枚目が最新のパックに入っていた。少し前のパックはちゃんと五枚である。

「なんだこれ?」

 六枚目の謎カードを遊騎はルリ、陽歌、響の三人にもカードを見せる。黒い背景であるが名前やイラスト、テキストが記されていない。

「エクシーズカード?」

 黒い背景は『モンスターエクシーズ』のものだが、なにも書いていない。落丁のエラーカードが新商品に全て、それも全部エクシーズで六枚目として入っている。ミスだとしても偶然が重なり過ぎて妙だ。

「ん?」

 陽歌の持っているカードが光り、変化する。名前は『No.2430 不知火の宣教師』と記されており、ランク4のモンスターエクシーズであることが分かる。

「カードが変わった?」

「いや、俺のは……」

「ボクのもですね」

 しかし遊騎やルリのカードは微動だにしない。一方、響のカードも変化が起きる。しかし、彼の様子も同時に異変が現れた。

「ふふ……あははは……」

「響さん?」

 優しい普段の様子からは想像できない狂気的な笑みに、陽歌は困惑する。

「響?」

「ああ……忘れてたよ、長いこと、聞いてないなぁ、悲鳴」

 意味深な言葉を残すと、彼は姿をかき消す。それと同時にあちこちで爆発や悲鳴が聞こえてくる。

「なんだ?」

「さっきのカードの影響ですか?」

 遊騎とルリはあの謎のカードが原因と考えた。しかし、四人とも手に取ったにも関わらず異変が起きたのは二枚だけ。

「とにかく響さんを探そう!」

「そうですね」

 陽歌はただならぬものを感じ、響を探しにいく。ルリも付いていくが、正直目の前で消えた為どこを探せばいいのか分からない。

「でもどこ行ったんですかね?」

「このカードが何か反応してる」

 陽歌の手にある謎のモンスターエクシーズが光り、まるで彼らを誘うかの様に道を示す。僅かに引力があり、手にしている陽歌はカードに引っ張られていった。

「死屍累々ですね」

「これ響が?」

 道中、多数のデュエリストが倒れていた。しかしデュエルで負けたからといって負傷するなどありえない。何が起きているのか。

「うわあああ! やめてくれええ!」

 その先では響がある生徒とデュエルしていた。が、Dゲイザーをセットしなくても巨大な人形の姿が彼らには見えた。

「あれは響のジャイアントキラー!」

 遊騎はそのおぞましい人形が響の切り札、『No.15 ギミック・パペット―ジャイアントキラー』であることを見抜く。ジャイアントキラーの胸が開き、中から出た糸が輝く龍達を回転するローラーで呑み込もうとしていた。銀河眼の光波龍という高い攻撃力を持つモンスターだ。

「ああ、ギャラクシーアイズから容易に展開できることがアダに!」

「響のことだ。二枚揃って素材を使い切るのを待ってたな」

 陽歌はから降臨できる点を利用されたことに気づいていた。遊騎も響の性格から一ターンに二度まで使える効果を警戒されずにぶっぱ出来るタイミングを計っていたと予想する。

「うわぁ、エグイ」

 音を立ててギャラクシーアイズが呑み込まれて粉砕される。龍の悲痛な叫びが辺りに木霊する。生き物を潰しているだけに音も肉や骨を砕く様で生々しい。

そして、入れ替わりに胸部から血濡れの大砲が現れる。

「デストラクション・キャノン」

大砲の砲撃が二回行われ、対戦相手が吹き飛ぶ。その衝撃はARビジョンなどでなく、本物のそれであった。

「うわああああ!」

「マジの砲撃だ!」

周囲の窓ガラスが割れるほどのもので、陽歌は軽いので余波で吹き飛んでしまう。

「いてて……これ、ARとか幻覚じゃない……」

 対戦相手の近くに転がった陽歌はどうにか立ち上がる。

「これで合計ダメージは6000、そして『悪夢の拷問部屋』の効果、戦闘以外でダメージを与えた際、300ダメージを与える。二度の効果ダメージで600の追加ダメージだ」

 が、直後に上のスプリンクラーから熱された油が降り注いだため急いで退避する。

「あち、あち!」

「うわ何してんだ! べっとべとじゃねぇか!」

 遊騎は後の掃除に頭を抱えつつARビジョンで戦況を確認する。ライフの変遷は分からないがライフポイント8000のルールで無傷だとしても今の効果ダメージで相手の敗北は確定した。

「ま、負けた……継田ってこんな強かったのか……」

「まだだ」

「え?」

「ダイレクトアタックが残っているぞ! ファイナルダンス!」

 なんと勝負がついているのにプレイヤーへの直接攻撃に出たではないか。さすがにルリも滅多に人前で使わない魔法まで行使して止めに入る。魔法で出来た光る鎖が響に向かっていく。

「させません!」

 だが、魔法の鎖は忽ち砕けた。ルリは最上位の魔法剣士。その魔法が通じないとは何が起きているのか。

「なに?」

「ルリさんの魔法が!」

 陽歌も彼の実力はよく知っているので驚く。響はまるで全てを知っているかの様につらつらと説明しつつ、攻撃をした。

「闇のゲームにおけるルールは絶対、それを破ることは容易ではない」

「ぐわあああ!」

 対戦相手はジャイアントキラーの大砲で吹き飛ばされる。響は三人に向き直り、デュエルディスクを構える。

「次はどいつだ?」

「よし、俺がやる」

 遊騎が止めに入るべくデュエルディスクを展開した。だが、響は嫌そうな顔をする。

「チッ、興が冷める」

「俺とはやれないのか? それとも負けるのが怖いか?」

 遊騎は挑発するも、響は乗ろうとしない。

「それはこちらのセリフだ。俺の方が勝率は上なんだからな」

 些細なことであるが、響の口調は粗暴なものに変わっていた。

「そのためにデッキを組み直した、負ける気がしねぇぜ」

 これ以上話しても平行線だと感じた響は観念してデュエルを始める。

「ふん、さっさと終わらせるぞ」

「「デュエル!」」

 ライフポイントは8000のマスタールール。モンスター、魔法罠ゾーン共に五か所使用する。

「運命のダイスロール!」

 先攻後攻はサイコロで決める。遊騎の方が多い目を出したが、どういうわけか彼は先攻を譲った。

「先攻はくれてやる」

「余計なことを……」

 これにはルリも首を傾げる。

「あれ? 確かこのゲームって先攻有利じゃないですか?」

 それについては陽歌が説明を挟む。

「響さんのギミックパペットデッキは後攻の方が動きやすい。同じコストから出せるモンスターエクシーズには先ほど出ていた、特殊召喚されたモンスターを破壊しそれがエクシーズならダメージを与えるジャイアントキラー。そして高い攻撃力を持つヘブンズ・ストリングス。相手の出方を伺ってからの方が動きやすいのは事実」

 遊騎は響の手の内を知っているからこそ先制を譲ったのだ。

「俺のターン!」

 先攻はドローできない。最初の五枚の手札で全てが決まる。

「俺は手札から『ギミック・パペット―ハンプティ・ダンプティ』を墓地に送り、『ギミック・パペット―ビスク・ドール』を特殊召喚!」

 場に現れたのは喪服姿の不気味な球体関節人形。通常なら二体に生贄がいるレベル8のモンスターをいきなり一ターン一回の召喚権を切らずに呼び出した。

「レベル8がいきなり……あれ?」

 ルリは一度驚くもステータスを見て首を傾げた。というのもビスク・ドールの攻守は共に1000。通常召喚できるレベル4以下のモンスターでも1800程度ある場合が多く、低いと言わざるを得ない。

「弱いですね?」

「いえ、あれはレベル8を一ターンで並べる為のギミック。来ます!」

 陽歌の言う様に、あくまでもこれは下準備。

「更に『ギミック・パペット―ギア・チェンジャー』を通常召喚!」

 今度出て来たのは頭がギアボックスのこれまた怖いモンスター。

「ん? エクシーズってレベル揃ってないと……」

「ギア・チェンジャーの効果発動! レベルを自分の場のギミック・パペットと同じにする!」

 ルリの疑問は即座に解消される。特殊召喚できるモンスターにレベル変更。エクシーズするためのモンスター群と言える。

「俺はレベル8のビスク・ドールとギア・チェンジャーでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 フィールドに現れた銀河にモンスターが吸い込まれ、中から巨大な人形が姿を現す。

「地獄を作れ! No.15! マイフェイバリットワン! ギミック・パペット、ジャイアントキラー!」

 先ほど生徒を葬ったジャイアントキラーが初手から姿を見せる。守備表示であるが効果の使用に支障はない。エクストラモンスターゾーンは二つあり、空いている時は自由に好きな方を使えるがエクシーズはメインにおけるので響は使わない。相手のリンクマーカーが向きにくい様に、右端に置いている。

「やはりそう来たか」

「お前のデコード・トーカーとか、位置を参照するからね」

 リンクモンスターはその性質上、位置を活かす効果が多い。縦一列を破壊する罠カード、爆導策以来の位置ゲーというわけだ。響も当然、そのリンクを多用する遊騎のデッキを知っていて対策する。

「あれが闇のゲームを産んだナンバーズ……ではないですね」

 ルリは響を操るのがこのカードではと思ったが、その様な邪悪さは感じない。何故かDゲイザー無しで見えるが、どうも別の原因なのだろうか。

「ああ、響のお気にでな。どうやら原因は分からないが完全に心は闇に飲まれてないみたいだ!」

 遊騎も彼がジャイアントキラーへの思い入れを忘れていないことを感じていた。

「そうとも、最高の一枚だ……敵の苦痛に歪む顔を見られるからな!」

 響の言葉は本当かどうか。とはいえまだターンは続いている。

「俺は手札から魔法カード、トレードインを発動! 手札の『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』を墓地へ送り、二枚ドローする」

 手札を一度全て使い切ったが、ドローにより二枚残る。そのカードを見た瞬間、響の安堵した様な表情を見せる。

「ふぅ、ひやひやさせる。これがないと始まらない。俺は手札から永続魔法、『悪夢の拷問部屋』を発動。戦闘以外のダメージを与えた際、相手に300ポイントのダメージを与える」

 ジャイアントキラーの効果を引き金にダメージを引き起こす魔法だ。響の鉄板コンボといえる。

「なるほど、特殊召喚を牽制か……」

 ジャイアントキラーは特殊召喚したモンスターを破壊する。エクシーズ相手でなければダメージを与えられないが、破壊出来れば十分でもある。陽歌は特殊召喚制限を選んだと考えた。

「カードを一枚伏せてターンエンドだ」

「やっぱそう来たか。なら俺のターン、ドロー!」

 先攻は攻撃出来ないため、遊騎のターンが来た。

「俺は手札からイグニスターAiランドを発動! メインモンスターゾーンにモンスターがいない時、手札からイグニスターを特殊召喚する!」

 イグニスターデッキの基本展開を行う。

「俺はピカリ@イグニスターを召喚! デッキからAiカードを手札に加える」

 最初はモンスターを通常召喚。その効果で欲しいカードを呼び出す。

「そしてイグニスターがいる時、ヒヤリは手札から特殊召喚する! 来い、ヒヤリ!」

 モンスターが二体。これでリンク召喚の準備が整った。

「リンク召喚? ジャイアントキラーの前で?」

 陽歌もこの選択には戸惑った。ダメージソースにこそならないがまんまと餌を用意する形になる。響のターンが来るまでにジャイアントキラーを突破できなければ排除されてしまう。

「現れろ、闇を導くサーキット! アローヘッド確認! 召喚条件は効果モンスター二体! 俺はリンクマーカーにピカリとヒヤリをセット!」

 現れた円のうち、上下のマーカーにイグニスターが入る。そして、新たな戦士が姿を見せる。

「サーキットコンバイン! 現れろ、リンク2! コード・トーカー!」

 攻撃力は1500。ジャイアントキラーには及ばない。

「メインモンスターゾーンが空白となり、イグニスターAiランドの効果発動! イグニスターを特殊召喚する! 来い、ドヨン! こいつの効果で墓地のピカリを手札に戻す」

 効果を十分に発揮し、キーカードのサーチからモンスターの回収まで行う。

「しかしようやく召喚したモンスターもそれではな」

 だが、コード・トーカーの攻撃力は1500。ジャイアントキラーの守備力には届かない。

「いいや、こいつのリンク先にドヨンがいることで攻撃力が500アップだ!」

 エクストラモンスターゾーンに召喚されたコード・トーカーの後ろには、ドヨンが召喚されている。これでコード・トーカーの攻撃力は1800。

「そして残された通常召喚権でドヨンをリリース! 来い、ダンマリ@イグニスター!」

 影の姿をしたモンスターが現れる。これで特殊召喚されたモンスターはコード・トーカーのみになる。

「次のターン、ジャイアントキラーを攻撃表示にしても突破出来ないぜ! 俺はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 突破出来ない以上、攻撃は出来ない。しかしリンク3への召喚を行わないのは不思議でもあった。

「ん? デコード・トーカーへのリンク召喚を行わない?」

 陽歌はそこに引っ掛かった。デコード・トーカーの攻撃力は2300。しかしコード・トーカーと同じくリンク先にモンスターがいれば攻撃力が上昇する。そうすれば突破は可能なはずだ。おそらくは伏せカードを警戒してのことだろうが、破壊効果の場合ならデコード・トーカーの効果でリンク先のモンスターを身代わりに出来る。

「そうか、あれはミラフォか」

「ミラーフォースってあのミラーフォースですか?」

 陽歌は伏せカードの正体に気づく。ルリは懐かしいカードがこれだけ変化した環境の中で出てくることに驚く。

「うん。リンクモンスターは守備力を持たなくて守備表示に出来ないから、ミラフォケアが出来ないんだ」

 ミラーフォースは攻撃された際に、相手の攻撃表示モンスターを全滅させる。その為、ミラーフォースを警戒してがら空きにならない様に一体だけ守備表示にする『ミラフォケア』という動きが基本だ。しかしリンクモンスターを主力にする遊騎のデッキにはぶっ刺さるカードでもある。

「しかし次のターン、ジャイアントキラーの効果でコード・トーカーは……」

 が、ターンが回るとジャイアントキラーによってコード・トーカーが粉砕されてしまう。一体どういうつもりなのかルリには分からなかった。

「では、俺のターンだな。消えてもらうぞ」

 響のターンが来る。これでジャイアントキラーの効果が発動する。

「コード・トーカーは轢き潰してやる! ジャイアントキラー!」

「そうはいくか! コード・トーカーの効果発動!」

 響はジャイアントキラーの効果を使おうとするも、遊騎もコード・トーカーの効果を利用する。

「コード・トーカーのリンク先にモンスターがいる時、このカードは効果で破壊されない!」

「何……?」

 ジャイアントキラーを封じたのだ。遊騎がポッポからデッキを買ったのはこのコード・トーカーを手に入れる為だった。

「攻撃表示にしても無駄だ。今のコード・トーカーの攻撃力は1800、ジャイアントキラーを超えた!」

 返しの攻撃も封じる作戦。互いの手の内を知るが故の応酬だ。

「なら俺は手札からギミック・パペット―マグネ・ドールを召喚! こいつは相手フィールド上にモンスターがいて、自分の場がギミック・パペットのみなら特殊召喚できる!」

 響は戦術を切り替え、他のギミック・パペットを呼び出す準備をする。ひょろひょろの球体関節人形だ。

「そして墓地のハンプティ・ダンプティを除外! ネクロ・ドールを蘇生!」

 墓地へ行ったハンプティ・ダンプティを糧にネクロ・ドールが再生、再びレベル8が二体揃う。

「エクシーズ召喚! 運命を手繰れ、No.40 ギミック・パペット―ヘブンズ・ストリングス!」

 攻撃力3000のエクシーズが降臨する。片翼の剣士、という風貌の人形だ。

「ナンバーズ! これは……違いますね」

 ルリが確認するも、これもまた闇のゲームに関係したカードではない様だ。

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、グッサリ@イグニスターにヘブンズカウンターを置く! これでお前のターン終了と共に起爆する時限爆弾の出来上がりだ」

 ヘブンズ・ストリングスの効果はカウンターの乗ったモンスターを特殊召喚の糧にすれば無効化できる。だが場にジャイアントキラーがいると特殊召喚されたモンスターは標的になってしまう。

「攻勢を強め過ぎて墓地がすかすかだ……」

「なんかマズイんです?」

 陽歌は響の墓地と手札の数を確認する。ルリには手札が一枚しか無いことこそともかく、墓地に関しては少ないことに問題を感じなかった。

「はい、ギミック・パペットは先ほどのネクロ・ドールの様に墓地を参照する効果を持つモノが多い。だから墓地も第二の手札となる……だが今の響さんの墓地は……」

 だがデッキテーマによっては墓地にカードを置くことで好きなタイミングでサルベージすることがある。その場合、墓地が少ないのは効果の無駄打ちにも繋がりかねない。

「バトルだ! ヘブンズ・ストリングス! コード・トーカーを攻撃!」

 当然、攻撃力で勝るヘブンズ・ストリングスで攻撃を仕掛ける。しかし、その為の伏せカードだ。

「リバースカードオープン! 『Ai打ち』! 戦闘を行う時、俺のモンスターはお前のモンスターの攻撃力と同じになる!」

 なんと、コード・トーカーの攻撃力がヘブンズ・ストリングスと同等になり、まさに相打ち。

「そしてそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージをコントローラーは受ける!」

 遊騎はコード・トーカーの1500、響はヘブンズ・ストリングスの3000ダメージを受けた。元々なので上昇している分は受けない。遊騎のライフは6500、響のライフは5000。

「くっ、ターンエンドだ」

 攻撃表示にしてもジャイアントキラーではダンマリを突破できないので、このままターンを遊騎に回す。

「俺のターン!」

 しかし遊騎も問題は抱えている。ダンマリをこのターンでどうにかせねば、ヘブンズカウンターが爆発してしまう。この効果はヘブンズ・ストリングスがいなくなっても持続する。その上でジャイアントキラーを突破する必要がある。

「行くぞ! 俺はピカリを通常召喚! 効果でAiと名の付くカードを一枚デッキから手札に加える!」

 遊騎は手札を見て考える。今加えたのは『果たしAi』。イグニスターを補助するカードだ。今なら『ドシン@イグニスター』を特殊召喚して上位のリンクモンスター、『ダークナイト@イグニスター』が出せる。しかし、響には先ほど手にした謎のカードがある。今のところジャイアントキラーもヘブンズ・ストリングスもそれではない。ここで全ての手段を出すのは危険だ。

 加えて、ピカリの効果でダンマリをレベル4にすればモンスター除去効果を持つモンスターエクシーズ『ライトドラゴン@イグニススター』が守備表示で出せる。これでジャイアントキラーを破壊すればコード・トーカーによる攻撃が仕掛けられるが、もし伏せカードがミラーフォースだった場合ボード・アドバンテージの喪失は免れない。

 ここでジャイアントキラーを排除すれば、返しのターンで例え蘇生されても素材がなければ効果を使えない。安全確保が最優先だ。今ならあの伏せカードを安全に除去するカードが手札にある。

「現れろ! 闇を導くサーキット! アローヘッド確認! 召喚条件は効果モンスター二体以上!」

 遊騎が選んだのはデコード・トーカーの召喚。コード・トーカーは右下左下のマーカーへ、ダンマリは上のマーカーへ入る。

「サーキットコンバイン! 現れろ、リンク3! デコード・トーカー!」

 コード・トーカーと入れ替わる形でエクストラモンスターゾーンに濃紺の騎士が姿を現した。攻撃力は2300。しかしコード・トーカーと同じくリンク先にモンスターがいると攻撃力が上昇する。ピカリはちょうど右下のマーカーが差す場所にいる。

「これでデコード・トーカーの攻撃力は2800! ジャイアントキラーを倒せる!」

「しかし罠がありますよ?」

「ちょうどこいつが来てくれた! サイクロン!」

 そして手札の魔法カード、サイクロンで罠を除去。やはりというべきかミラーフォースであった。これでリンクモンスターを阻む壁は消えた。

「行け! デコード・トーカー!」

 デコード・トーカーがジャイアントキラーを破壊する。守備表示なのでダメージを与えられないが、安全は確保。そして場はがら空き。

「ピカリでダイレクトアタック!」

「ぐわあああっ!」

 モンスターがいなければプレイヤーにダイレクトアタックが可能。響はピカリの攻撃力、1200のダメージを受ける。これでライフは3800となる。遊騎のライフは依然、6500だ。

「優勢だが……謎のカードが出てこない以上油断は出来ない……」

 陽歌は遊騎が有利に進めている様に見えて、まだ未知のものが隠れていることを警戒する。

「ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー」

 響にとっては全てが決まるドロー。ここで引けるもの次第ではそのまま敗北へもつれ込むだろう。

「俺は墓地のギア・チェンジャーを除外し『ギミック・パペット―ネクロ・ドール』を墓地から特殊召喚!」

「来るか?」

 ギミック・パペットにはレベル8から出せるエクシーズが主力だが、二体で出せるリンクモンスターもいる。しかし、響が取り出したのはあの変化したカード。邪悪な気を纏っており、遊騎も息を呑む。

「ようやく使えるほどの相手が出て来た……。俺の本当の姿を見ろ、公界遊騎! 俺は手札から『機械複製術』を発動! デッキから溢れ出よ! ネクロ・ドール! そして二体目のギア・チェンジャーを通常召喚! ネクロ・ドールとレベルを合わせる!」

 魔法の効果で三体の棺桶に入った不気味な人形が並ぶ。そして、ギア・チェンジャーを含む4体が銀河に呑まれていく。

「4体のモンスターでオーバーレイ! 全てを千切り壊せ! No.0666! ギミック・パペット―ドルフィー・ナイトメア!」

「レベル8、4体でオーバーレイだと?」

 現れたのはところどころ破損し、包帯で補強された人間サイズのドール。ドレスで着飾って美しい姿をしているが、血濡れのハサミを手にしている。前髪で顔はよく見えず、ドレスもはだけ掛かっている。ハサミにはナンバーズの数字が刻まれている。

「攻撃力4000ですって? 召喚条件厳しいからそんなもんなんですか?」

 ルリはその攻撃力に驚く。脅威の4000はあの青眼の究極龍を超え、サイバーエンドドラゴンに迫る。

「このモンスターの元々の攻撃力は構築したオーバーレイネットワーク分、1000増える。まずは邪魔なデコード・トーカーに退場願おうか!」

 ドルフィー・ナイトメアはハサミでデコード・トーカーの胴体を挟み込み、そのまま力任せに両断する。

「ちぃ!」

 上回った攻撃力は1200。遊騎のライフは5300となる。響の5000に迫る。

「ピカリ狙った方がダメージ大きいんじゃないですか?」

「次のリンクモンスターに繋げられるのを防ぎたかったんだ。効果も厄介だし、ピカリは墓地から回収してまた召喚すればサーチ効果を使えるから」

 陽歌は大型リンクへの繋ぎを考慮してデコードが狙われたと考える。次のターンでAiランドの効果を使えば通常召喚と合わせて容易にリンク5も視野に入る。

「ふふ……つくろってはいるが、本性はおぞましく誰かを傷つけることに悦びを感じる……俺と鏡合わせのモンスターだな」

「そんなこと……」

 響はこのドルフィー・ナイトメアをそう評する。遊騎は否定するが、言葉は届かない。

「俺は悲鳴を聞かないと頭痛が収まらない。最初は正義の名の下に行われる暴力から身を守るべく戦いを始めた……。だが、そのうちに虐殺の快楽に酔いしれていった。俺は攻撃衝動に操られた人形でしかないんだよ」

「響……」

 響の内なる闇をあのナンバーズが増強しているのだ。響を救うにはデュエルで勝利するしかない。

「ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 遊騎は相手のカードを見る。全く未知のモンスター、かつ攻撃力4000。迂闊に除去しようとしても相手はエクシーズ。オーバーレイユニットを取り除くことで何か効果を発揮するのだろう。手札にあるカードはドシン、アチチ。

(まずはあいつの全容を掴まなければ!)

 謎のカードを相手にするには情報が必要だ。今は守りを固めたい。

「リンク召喚! ピカリでサーキットコンバイン! ダークインファント@イグニスター! 効果でイグニスターAiランドをデッキから手札に加える!」

 既に機動しているフィールドを効果でサーチする。一応、後続の為にメインを空けたついでなのだが意味のある行動だ。

「Aiランドの効果でアチチを特殊召喚! 効果でデッキからピカリを手札に加える! そして俺はピカリを通常召喚! 効果でデッキから『Ai―コンタクト』を手札に加える」

 ピカリは当然3積み。そしてここでインファントの効果が生きる。

「手札から『Ai―コンタクト』発動! 手札のイグニスターAiランドをデッキの一番下に戻し、デッキから三枚ドロー!」

 遊騎はこのドローに全てを賭ける。引いたのは『ヒヤリ@イグニスター』、『キ―Ai―』、『ドンヨリボー@イグニスター』。そして、そこから新たにリンク召喚を行う。

「イグニスターがいる時、ドシンは手札から特殊召喚できる! 再びリンク召喚! 闇を導くサーキット! 召喚条件は名前の異なるモンスター三体! インファント、ピカリ、ドシンをリンクマーカーにセット! サーキットコンバイン! ダークナイト@イグニスター!」

 リンク3、紫の騎士が降臨する。リンクマーカーは全て自陣に向いており、エクストラモンスターゾーンにいるダークナイトのマーカーは余さず利用できる。故にまだ手は止まらない。

「イグニスターが場にいる時、ヒヤリも特殊召喚できる! そしてリンク先に特殊召喚が行われた際、ダークナイトは墓地のイグニスターをリンク先に効果無効で蘇生する! 甦れ、アチチ、ピカリ!」

 そして効果を終えたダークナイトとメインモンスターゾーンの中央に陣取るアチチでリンク召喚を行う。

「召喚条件はサイバース二体以上! サーキットコンバイン! 再びリンク召喚! ファイアフェニックス@イグニスター!」

 燃える不死鳥がフィールドに現れる。

「カードを一枚伏せてターンエンドだ」

 これで守りは固まった。今特殊召喚を駆使しても、伏せた『果たし―Ai―』の効果で相手の攻撃力は減らし切れない。しかしダメージは減らせるはずだ。同じくこのカードは墓地にいるダークナイトも蘇生してくれる。一回は自力で甦るファイアフェニックスと共に壁を作れるだろう。

(来るなら来い。ドンヨリボーで戦闘ダメージを0に出来るが、念の為壁は作った)

「俺のターン、ドロー」

 響は攻撃の手を緩めない。壁を築き上げていく。

「俺は『ギミック・パペット―テラー・ベビー』を通常召喚、守備表示。効果でマグネ・ドールを守備表示で蘇らせる!」

 そして攻撃に移る。

「行くぞ、ドルフィー・ナイトメアでファイアフェニックスを攻撃!」

 地獄人形のハサミがファイアフェニックスに迫る。遊騎は手札からドンヨリボーを墓地に送って効果を発動する。

「ドンヨリボーの効果発動! イグニスターの戦闘で発生する戦闘ダメージを0にする!」

「無駄だ! ドルフィー・ナイトメアの戦闘ダメージはルール上、効果ダメージとして扱う!」

 だが、そこでドルフィーの効果が発動する。なんとこの人形が生み出す痛みはエフェクト扱い。つまりドンヨリボーの効果が通用しない。

「なんて効果だ……だがリバースカードオープン! 『果たしAi』!」

 このカードは自身のカードの分、100相手の攻撃力が下がる。そしてダメージステップまで相手は効果を使えない。

「これで効果は無効! ドルフィー・ナイトメアの攻撃力は0!」

「残念だったな。ドルフィーの攻撃力は『元々』のものを変化させる! 効果では変動しない!」

 だが攻撃力変化は召喚時に確定する。効果を使えなくされても影響はない。

「だが効果ダメージでは……」

「無駄だ! この効果はルールに影響する!」

 効果ダメージへの変更も無効にできない。どうにか攻撃力は400減らせたが、それだけだ。ファイアフェニックスをハサミで貫き、その状態で開いて両断する。ハサミは熱で白く燃えていた。

「クソっ……」

 ファイアフェニックスの攻撃力は2300。ドルフィー・ナイトメアの攻撃力は3600。1700のダメージとなり、ライフは残り3600。響のライフ5000を下回った。

「イグニスターが戦闘で破壊された場合、『果たしAi』の効果で攻撃力2300のサイバースを特殊召喚! 戻れ、ダークナイト!」

 ダークナイトはメインモンスターゾーンに呼び出される。開いている時は両方使えるルールを活かしていく。ダークナイトを一度エクストラデッキから引きずり出してファイアフェニックスを出したのもこの為だ。

「ターンエンドだ」

「俺のターン!」

 このままでは圧されてしまう。どうすればあの謎多き4000の壁を超えることが出来るのか。ドローカードに全てが掛かっている。

「これか」

 ドローしたのは二枚目のブルル。手札には蘇生カードもあるが、墓地のイグニスターでも攻撃力4000は越えられない。手持ち二枚で蘇生しても、相手の攻撃力は3400までしか下がらない。

「効果によってファイアフェニックスは蘇生!」

 一応、ファイアフェニックスをメインモンスターゾーンに蘇生。アチチがいた中央。これでメインには真ん中から右にファイアフェニックス、ヒヤリ、ピカリが並ぶ。左端にはダークナイトがいる。ここからどう繋げるかが問題だ。

(くっそー、ジ・アライバル・サイバース持ってたらなぁ~)

 イグニスターの最上級モンスターがいれば逆転できるが、生憎持っていない。展開的にも十分使えるタイミングだ。

「なんだ?」

 ふと、腰につけたエクストラデッキケースから光が放たれる。光源となっているカードを取り出すと、見覚えのないカードが追加されていた。名前は『WWW.リンクカイゼル』。リンク4のリンクモンスターだ。テキストの内容は読めないが、自然と使い方が頭に浮かんで来る。

(とにかく今はこいつに賭けるしかない!)

 遊騎は覚悟を決めた。響を闇から救うには、このカードしかない。

「現れろ、闇を導くサーキット!」

 リンクの円陣を展開、そこにピカリ、ファイアフェニックス、ダークナイトを投入する。

「召喚条件は名前の異なるモンスター三体! 再び現れろ! ダークナイト@イグニスター!」

 ダークナイトが再びエクストラモンスターゾーン、しかし以前とは違う場所に現れた。目の前には響の展開したテラー・ベビー。エクストラモンスターゾーンにはエクストラデッキからの召喚でしか降臨出来ない上、ダークナイトの効果を使うにはそこに置かないといけない。

「俺はイグニスターAiランドの効果でブルルを特殊召喚! ダークナイトのリンク先に特殊召喚されたことで、墓地のアチチとヒヤリを蘇らせる!」

 突然現れたカード、だがその運用、コンボもまるで呼吸する様に分かる。

「そして魔法カード、『キ―Ai―』を発動! ダンマリを蘇生する!」

 墓地にいたダンマリをフィールドに戻し、そのままリンクへと繋げていく。

「俺はダークナイトとダンマリをマーカーにセット! サーキットコンバイン!」

「古きを温め、新しき未来を作れ、電脳の皇帝! 現れろ、リンク4! WWW.リンクカイゼル!」

 円陣から現れたのは濃紺の鎧を纏い、リンクマーカーが連なった様な髪を靡かせる戦士。攻撃力は2500。リンクマーカーは上と下段の四つ。リンク先にはダークナイトが蘇生したイグニスターとブルル。そして前方には響の展開したギミック・パペット。

「エクストラモンスターゾーンを乗り換えてリンクマーカーが相手に向いた!」

 響は遊騎のマーカーが向かない様に動いていたが、乗り換えによりそれを突破した。陽歌もリンクの活用に驚く。

「リンクカイゼルはリンク先のモンスターの数だけ、500ポイント攻撃力をアップする! リンク先には三体のイグニスターと、一体のギミック・パペット! 2000上がって4500!」

 シンプルな打点上昇効果。これでドルフィー・ナイトメアの4000を上回った。

「それだけじゃねえ! 果たしAiの効果でドルフィーの攻撃力は俺の場にあるカード、五枚分下がる!」

 ドルフィー・ナイトメアの攻撃力は3500。

「行くぞ響! ドルフィー・ナイトメアにリンクカイゼルで攻撃! アーカイヴストーム!」

 リンクカイゼルの右腕がオッドアイの白い龍の頭に変化し、左に機械の様な翼が生える。

「あの姿は……スターダスト? でも目はオッドアイズ、翼はホープ?」

 過去の英雄モンスターの姿を模した様な変化に陽歌は戸惑う。

「あの姿はフレイムウイングマン!」

 ルリにもそのシルエットがフレイムウイングマンに近いものであることを感じられた。攻撃の瞬間、リンクカイゼルの身体が赤く光り、龍の口からブラックマジックが放たれた。

「こいつ……!」

 ドルフィー・ナイトメアを撃破。リンクカイゼルの力なのか、このモンスターの効果がエクシーズ素材を取り除いて味方を庇う効果であることも見えた。

「ダメージは僅かに1000! まだ勝負はついていない!」

 しかし上回った分は1000のみ。まだ響のライフは4000残っている。

「この瞬間、リンクカイゼルの効果発動! カイゼルがエクストラデッキから召喚されたモンスターを破壊した時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

「何?」

 効果によりドルフィー・ナイトメアの攻撃力4000が響のライフに与えられる。

「エクストラシャイン!」

 カイゼルが放つ輝きで響のライフを削る。

「ぐおおおおっ!」

 これで勝負がついた。響のライフは丁度0。ジャストキルだ。これで遊騎の勝利となった。

「ま、負けた……」

 闇のゲームは決着する。響は膝を付き茫然とした。そして頭を抱える。

「くっ……僕はなんてことを……」

「記憶はあるのか」

 陽歌はその様子からこの間のことを響は覚えていると考えた。

「あのナンバーズの影響でどうやら心の闇を引き出されていたようですね」

 ルリは落ちたカードを拾って考える。最初は感じていた邪悪な力を、今は感じない。遊騎が突然出したカードに近いもので封印されているらしい。

「あのカードはなんです?」

「俺も知らねぇんだ急にエクストラデッキに入っててよ」

 持ち主である遊騎もリンクカイゼルのことは知らなかった。ナンバーズとは異なる、聖なる力を放っている。

「うう……僕はまた取返しの付かないことをしてしまった……」

 落ち込む響に、遊騎は箒を渡す。

「え?」

「だったら取り返せよ。罰ゲームだ。まずは掃除しようぜ」

 ジャイアントキラーの砲撃でガラスが辺りに飛び散っている。これを片付けないと話は始まらない。

「そう……ですね」

 どうにか話は纏まったが、人の心を弄ぶ謎のカードをルリは危険視した。普通のパックに紛れ込んでいたということは、他の人の手に渡る可能性があるということだ。

「これは対策する必要がありそうですね……」

 こうして、ユニオンリバーの新たな戦いが幕を開けた。




 今日の最強カード

 遊騎「今日の最強カードはフィールド魔法、『イグニスターAiランド』!メインモンスターゾーンが空いている時、レベル4のイグニスターを手札から特殊召喚できる! 直後にリンク召喚してまたメインを空ければもう一度効果を使えるぞ。ただし一ターンの同じ属性のイグニスターは同じ効果で召喚出来ないから注意だ。俺は基本、ピカリを呼んでAiコンタクトをサーチ、インファントをリンクしてもう一枚のAiランドをサーチして三枚ドローするぜ。フィールド魔法を起点にするデッキは制限カードで一枚しか入れられないが『テラフォーミング』や『メタバース』も必須だ。余裕があれば『フィールドバリア』も採用したいな」


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Turn2 蘇りし究極龍

 カードゲームの初期というのは、あまりカードパワーが上昇していないこともあり現行のカードと比べると弱いことが多い。ルール上、フィールドのモンスターを一体生贄に捧げなければならない『モリンフェン』は攻撃力が何のコストも無く召喚できる効果持ちモンスターに負けることが多い上、モリンフェン自身は何の効果も持たない。
 だが初期のカードというのはファンが多いため後々強化する為のカードが追加されることがある。


 突如、通常パックに紛れ込んでいた謎のカード。それは人の心の闇を映したナンバーズを生み出す脅威であった。ルリ達の前に姿を現した時点では、十分にユーザーの間へ出回っている可能性がある。

「あー、ルルイエ店長遅いですねぇ」

 ルリが配達に言っている間、緑髪の少女がおもちゃのポッポで店番をしていた。ユニオンリバーの聖四騎士リーダー、青龍姉妹長女、エヴァリー。彼女もホビーなどの知識は豊富で、そのことからたまに店番をする。

『プロデュエル大会、新進気鋭のルーキーが大躍進です! 強い! 強いぞ赤城桂馬!』

「最近は平和ですねぇ」

 以前はダンガンレーサーというホビーを扱う集団に襲われたことのある店だったが、今となっては平和そのもの。このポッポは様々な発掘品が眠る宝の山であり、それを狙う者も多い。ルリは元より、エヴァは腕っぷしも強いので安心して任せられるというわけだ。

 今やどこへ行っても見かけないデュエルターミナルというアーケード筐体の音が聞こえる中、エヴァは通販の準備をしていた。

「その平和は突然崩れ去った!」

 が、そんな時急に店へ現れた人物がいた。太っているばかりか顔も洗っていないのか肌がバリバリだ。

「うわくっさ」

 体臭も激しい。カードゲーマーには稀に、おぞましい体臭を放つリアルアンデッド族がいるという。この人物は正にそれだ。

「我が名はキングダムの使者! この店のデュエルターミナル、その中身をいただこう!」

「デュエルターミナル?」

 キングダムの使者を名乗る人物はデュエルターミナルの中身を要求した。このアーケードは一回百円でカードを一枚排出する。カード自体はパックで再録されているが、ターミナルから排出されたカードは特別で、今でも高値で取引されている。

「そう、そのカードはあるべきところにあるのが相応しい!」

「あ、買い取りですか? 中身どうだったかなぁ」

 エヴァはターミナルの鍵を取り出す。だが使者はお金を払う気はないらしい。

「金は問題ではない! こんな片田舎の場末にあるカードを正しく流通させるのが我らの使命! ターミナルの中身だけではない、店の在庫も頂いていく!」

 使者はデュエルディスク展開する。まさかの力づくである。

「店荒らしならデュエルなんてする理由もないですねぇ」

 だがわざわざ、そんな茶番に付き合うエヴァではない。デュエルなどせずとも、腕っぷしで追い返せばいいだけだ。

「それはどうかな?」

「なに?」

 だが使者はあるカードを掲げる。黒いカード、モンスターエクシーズだ。それと同時に、店の窓から見える光景がカードの背景を思わせる宇宙に変化する。

「闇のゲームのルールは何よりも優先される! お前がいくら暴力を行使しようが意味などない!」

 初めからユニオンリバーのメンバーが強いことを計算済みであった。そこで闇のゲームを仕掛け、自分の土俵で戦おうというのだ。

「ならば私は青眼の白龍デッキでお相手しよう!」

 しかしそれに臆するエヴァではない。ちゃんとデュエルの心得はあり、デュエルディスクも持っている。知識で言えばエヴァ、陽歌の双璧というべきか。ルリの知識が少ないというよりエヴァの情報量が異常、かつ陽歌が専門的に特化しているのもある。

「ふん、安直な環境デッキか……その程度俺の三幻魔で粉々にしてやる!」

 デュエルモンスターズにはの性質上、出自から世界に数枚しかないカードなども多い。しかし大会などが盛んに開かれると、競技の公平性を保つため、スター選手のファンアイテムとして調整されたカードが販売されている。デュエルアカデミアに封印されている三幻魔も同様である。

 ただ、比較的すんなりカード化させてもらえたホープやギミック・パペットなどのナンバーズと異なり、ブルーアイズは結構苦戦したらしい。『ほら! イラストもフォーマットも社長のと違うから!』、『他の人がブルーアイズ使うことでより社長だけがブルーアイズを使いこなせるって証明になるから!』と必死に説得して渋々レベル。最近は何か吹っ切れたのか物分かりが多少よくなったとはいえ、それでもこの難色ぶりである。

「「デュエル!」」

 使者はDゲイザーをセットするが、エヴァはロボットなので目にその機能があり必要ない。ここにポッポの財産を賭けたデュエルが始まる。店内だとARビジョンでえらいことになるため外に出る。とはいえ駐車場の外は宇宙空間だ。

「運命のダイスロール!」

 先攻後攻を決めるダイスは、エヴァの後攻を指示した。

「デュエルモンスターズは先攻有利! この勝負貰った!」

 使者がまずは先攻となる。

「俺は三枚のトラップを伏せ、オーバーレイネットワークを構築!」

「トラップでエクシーズ?」

 なんと、伏せたトラップでエクシーズ召喚を行うという暴挙。禁止にぶち込まれた十二獣だってまだモンスター一枚に重ねていた。

「現れろ! No.3801 真神炎皇ウリア!」

 ランク10、攻撃力4000のナンバーズ。しかも三幻魔を模したものだ。赤い龍の姿はウリアそのもの。

「このモンスターがいる限り、トラップカードはセットしたターンに発動できる!」

「マキュラやんけ」

 エラッタされたカードを同じモンスターと同じ効果を持つ脅威のナンバーズであった。

「早速使わせてもらう。トラップカード、『強欲な瓶』を発動! カードを一枚ドロー!」

 二枚の手札。その中身は同じだった。

「強欲な壺発動!」

「禁止カード!」

 まさかの禁止カードを使ってのドロー加速。これで手札は四枚。

「さっき引いた強欲な壺を使用!」

 さらに壺を使って五枚の手札を揃える。

「三枚の魔法カードをセット! 何が起きるか分かるな?」

「やはり……ハモン!」

 魔法カード三枚とくればハモン。エヴァには予想が出来ていた。

「魔法カード三枚でオーバーレイ! No.3802 真降雷皇ハモン!」

 攻守共に4000のランク10モンスターエクシーズが出現する。金色の翼竜はその場にいる限り、他のモンスターを攻撃させない。

「フハハハハハ! 三幻魔を使いこなす古参デュエリストの属するキングダムにこそターミナルの遺産は相応しい! 第一、氷結界もラヴァルも簡単に手に入る様になった今のデュエルモンスターズはすっかり甘くなった! デュエルというのは本来厳しい世界だということを教えてやる!」

「出た出た、古参アピ」

 エヴァは露骨な古参アピールに呆れる。コンテンツというのは昔からいたユーザーが偉いのではない。それどころか新規が入らないとコンテンツは先細りまっしぐらだ。

「負け惜しみか? ではこれでどうだ! 残された通常召喚権で混沌の召喚神を召喚! そしてエクシーズ召喚! No.3803 真幻魔皇ラビエル!」

 レベル1のモンスターからランク10のエクシーズが現れる。蒼い巨人がその姿を見せた。攻守共に4000と驚異的だ。

「とんだオリカ祭りですね……」

 好き放題ぶりにエヴァは溜息を吐く。だが、そこでふとデュエルディスクの機能を思い出した。

(待ってください。デュエルディスクにはイカサマ防止機能があります。オリカなんかどんなに精巧に作っても反応しないはず……)

 ARビジョンでモンスターを投影するということは、そのモデルが必要。そしてカードをディスクが認識しなければならない。そのため、公式に販売されたカードは中にチップが入っている。

つまり印刷しただけのカードではディスクに対応せず、使用することが出来ない。それに偽造カードはともかく、この見たことのないモンスターがARビジョンのデータに存在するのか。姿こそ三幻魔によく似ているが、ナンバーズの数字が刻まれている。

(何かがおかしい……)

「そして手札からフィールド魔法、失楽園を発動! このカードがある限り三幻魔は効果の対象にならず、効果で破壊されない! これでターンエンドだ、先攻のバトルフェイズが無くて命拾いしたな」

 怪しむエヴァに対し、使者はデュエルを続ける。こうなれば本気で潰すしかない。

「私のターンですね。ドロー! まず手札から、『ドラゴン・目覚めの戦慄』を発動! 手札の『伝説の白石(ホワイトオブレジェンド)』を墓地に送り、二枚のドラゴン族をデッキから呼び出す! 私が手札に加えるのは『|青眼の亜白龍《ブルーアイズオルタナティブホワイトドラゴン》』二枚! そして『伝説の白石』が墓地に送られた際、青眼の白龍を手札に加える!」

 単純なコンボだが、確実にブルーアイズを手札に呼べる。

「そして手札より、『竜の霊廟』発動! デッキからドラゴン族を墓地に送り、それが通常モンスターならばもう一体送れる。私はブルーアイズと青眼の亜白龍を墓地へ送る!」

 ブルーアイズは初期のカード故に単純なパワーこそあれ効果のない所謂バニラカード。カードプールの増大でバニラだからこそ活きる場面があるのもデュエルモンスターズの特徴だ。竜の霊廟は一枚目がバニラなら、二枚目に送るカードに規定はない。

「青眼の亜白龍は手札のブルーアイズを見せることで特殊召喚できる!」

 見せるだけで攻撃力3000のモンスターが降臨する。目覚めの戦慄と伝説の白石のコンボで確実に決められるというわけだ。

「だがこの瞬間、ラビエルの効果発動! 相手が召喚や特殊召喚に成功する度、幻魔トークンを二体生成する!」

 大元のラビエルが持っていた能力を、このナンバーズも強化した状態で所持していた。

「私は手札から『調和の宝札』を発動! 手札から攻撃力1000以下のチューナー、伝説の白石を墓地に送り、デッキから二枚ドロー! 伝説の白石の効果でブルーアイズを手札に加える!」

 これで手札に二枚のブルーアイズが揃う。

「そして手札からトレードイン発動! レベル8モンスターを手札から墓地へ送り、二枚ドロー!」

 トレードインで墓地に送ったのは目覚めの戦慄で引いた青眼の亜白龍。

「さらに手札からアドバンスドロー、発動! フィールドの亜白龍をリリースし、二枚ドロー!」

 これで墓地に亜白龍が三枚揃った。

「復活の福音を発動! 墓地のブルーアイズを復活! そして手札から融合! 現れろ! 青眼の究極龍!」

 フィールドと手札に揃ったブルーアイズで究極龍が呼び出される。

「更に手札から『龍の鏡』発動! 墓地の亜白龍を除外し融合、『|青眼の究極亜白竜《ブルーアイズオルタナティブアルティメットドラゴン》』! そして二枚目の『龍の鏡』でブルーアイズを除外! 『真青眼の究極竜(ネオブルーアイズアルティメットドラゴン)』を融合召喚!」

 三体の究極竜が並ぶ。謎の幻魔にも負けない正当な力だ。

「インチキしなくてもこのくらい余裕ですよ」

「ブルーアイズで古参マウントか……いい気になるなよ! その強化は付け焼刃だってことを教えてやる!」

 他人は自分を映す鏡とはまさにこのこと。使者は自分が古参マウントしているからただのブルーアイズデッキもマウントに見えてしまうのだ。

「付け焼刃はどっちやら、もうあなたの場には伏せカードも手札もないじゃないですか。究極竜! オリカ幻魔を粉砕!」

 究極竜の攻撃で幻魔は破壊される。僅か攻撃力は500ずつしか上回っていないが、全滅の憂き目と計1500のダメージを受ける。

「くそがあああ!」

「カードを一枚伏せてターンエンド! さて、あなたのターンですよ?」

 使者のライフは6500まで減った。なんとかトークンはあるが、手札一枚で形成を逆転できるとは思えない。

「ふふ、甘く見るなよ……ハモンはオーバレイユニットを取り除いて破壊を免れる!」

「守備表示でなくとも使えるから強化なんですかね?」

 ハモンは蘇生し、フィールドに戻る。

「後悔させてやる……。失楽園の効果で二枚ドロー! トークン二体でオーバーレイ!」

「あーもうめちゃくちゃだよ」

 レベルを揃えて召喚するエクシーズから大幅に反れた召喚、エヴァはもういろいろ諦めた。

「No.3804 真混沌幻魔アーミタイル!」

「てっきり幻魔を融合させるものかと……」

 幻魔を融合して本来姿を現すアーミタイルですら謎ナンバーズに。このモンスターエクシーズは何なのか。

「このモンスターは常に攻撃力一万! そしてエクシーズ素材を取り除いての連続攻撃が出来る! 食らえ、三連打ぁ! まずは踏ん反り帰った負けフラグからぶちのめしてやる!」

 そしてアーミタイル最大の弱点、圧倒的な火力は攻撃時のみという守りの弱さも克服した上で連続攻撃。青眼の究極竜がまず餌食となる。

「はいトラップ発動。『スノーマンエフェクト』。フィールド上のモンスターの攻撃力がアルティメットに加算。攻撃力が一万3500で返り討ちね」

 まさかのトラップ。効果で破壊されないとはいえ、戦闘での返り討ちは別だ。

「お前積み込んでんのかぁ!」

「丁寧に作ったデッキは応えてくれるんですよ」

 切り札を次々に瞬殺され、使者は憤る。これでライフは3000だ。

「では私のターン! ドロー!」

 エヴァはもはやドローカードに関係なく勝てる状態まで来た。

「ハモンに攻撃!」

 究極竜の攻撃を受け、ハモンは撃破。しかしオーバーレイユニットを取り除くことで甦れる。が、それが仇となる。

「残る蘇生は一回! いっけー!」

「ぐおおおお!」

 ハモンを何度蘇生させても、ダメージは防ぎきれない。これで使者のライフは1500まで減った。

「カードを一枚伏せ、これでターンエンド!」

「くっそー、ドロー!」

 使者はみるみるボロボロになっていた。このゲームのダメージがリアルなものであると、一撃も受けていないながらエヴァは感じ取っていた。

「なぜだ! 三枚積んでる死者蘇生が出ない!」

「どうやらデッキに見限られたようですね」

 不正なカードを入れ、レギュレーションにも抵触したデッキは使者の期待に応えない。妙なナンバーズに頼り切ったデッキ故、それらが枯渇した今、打つ手はないのだ。

「トドメです! 究極竜、三連撃! 滅びのバーストストリーム!」

「ぐわあああああ!」

 ダイレクトアタックにより使者は倒れた。ライフは当然0。エヴァは散らばったカードから謎のナンバーズを四枚回収する。

「これは!」

 そのナンバーズはエヴァに拾われると忽ち姿を変える。それぞれ『No.3801 ハリボッテウリヤン』、『No.3802 コケオドシ破門』、『No.3803 幻滅王ラビリビリエル』、『No3804 あみたいやなつ』となっており、その姿も子供の工作だってもうちょっと丁寧に作りそうな張りぼてだ。

「攻守も0、効果もない……」

 しっかりとランクは10だが、召喚条件はレベル10のモンスター三体と重い。それに効果も三枚全て『このモンスターが破壊された際に受けるダメージは二倍になる』、『守備表示のこのモンスターが破壊された際、相手の攻撃力が守備力を上回った分のダメージを自分は受ける』となっている。

「これは一体……」

「くそぉ……俺だって三幻魔ストラク使えばキングダムで古参デュエリストの地位に……」

 エヴァは全裸になって倒れている使者が呻いていたことを頭の片隅に置く。

 

   @

 

 配達から戻ったルリと一緒に帰って来た陽歌、そしてエヴァはそれぞれ回収したカードを見せ合う。謎の四桁ナンバーズは響が生み出したもの、使者が使ったもの、陽歌が変化させたもの、これで合計六枚となる。

「心の闇を映すナンバーズですか?」

「はい」

 とても同じ経緯で生まれたとは思えないカード群にエヴァは思わず確認を取る。使者のクソみてぇなカードに対し、響が生んだ『No.0666 ギミック・パペット―ドルフィー・ナイトメア』は元々のデッキのシナジーもあり効果もまとも。コストに見合っている。しかし使者のモンスターエクシーズは滅茶苦茶な高性能に反して負けた瞬間張りぼてが露わとなった。

「どうしてこんなに差があるんでしょう?」

「光が強ければ影も強くなる……ということなのでしょうか」

 ルリは響の人格が大きく関わっていると予想した。彼は優しい表面に対してその奥に強い破壊衝動を隠していた。光の側面が弱いと影も薄くなる。使者は光が少ないので影たるナンバーズも薄っぺらだったのだろう。

「影がもう一人の自分を作る……」

 四桁ナンバーズは則ち、その人の闇人格とも取れる。陽歌は自分のナンバーズ、『No.2430 不知火の宣教師』をまじまじと見る。赤い髪を伸ばした修道女だが、その衣装はノースリーブでスカートにもスリットがあるなど露出は激しい。そのスリットから覗く右腿にナンバーズの刻印。これが何を意味するのか。

「不死身……? まぁ、不死身?」

 ランク4、炎属性のアンデッド族、そして不知火名称。なのでこの数字は不死身なんだろうが、陽歌にはますますわからなくなっていた。

「そして刻印は基本、0を前後に含む場合は三桁なんですね」

 エヴァはドルフィー・ナイトメアと不知火の宣教師を見てあることに気づく。0が前後に付く場合は刻印に0が入らない。似非三幻魔は間に0があるので刻印が四桁となっている。

「まだサンプルが少ないですが……」

「このナンバーズにキングダムの使者を名乗る者……また何か起きそうですね」

 ルリとエヴァはナンバーズとキングダム、二つの事件から新たな騒動を予感していた。




 エヴァ「今日の最強カードは『ドラゴン・目覚めの戦慄』!手札を一枚捨てることで特定のステータスを持つドラゴン族をデッキから呼び出せるんですよー。さらにこの時、『伝説の白石』を墓地に送ることで『青眼の白龍』をデッキから手札に持ってこれるんです。このコンボで『青眼の白龍』一枚、『青眼の亜白龍』二枚を呼ぶと、ブルーアイズを見せて『亜白龍』をいきなり召喚できるんです。凄いでしょー」


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第二話 ワイルドエリアの謎!

 わ、忘れてないっすよ(震え声)


「っは……!」

 陽歌は悪い夢を見て目を覚ました。あの周囲全てが敵で安らぎのない金湧という地獄から離れてしばらくするが、その時の夢をまだ見る。

「夢……」

 この時の陽歌はまだユニオンリバーで暮らすことを決めておらず、流れでいるだけでいつかは帰らねばならないと考えていた。自分のいるべきはこのガラルでもユニオンリバーでもなく、あの街なのだと。

(ん?)

 何かが飛び起きる様な音がして、陽歌はそちらを見る。今彼はマグノリア博士の家のソファで寝ていた。そして、床ではシャルが寝ているはずだ。

「はぁっ……はぁっ……」

 やはり飛び起きたのはシャル。息を切らしており、彼女も悪夢にうなされていたのだろうか。

「くそっ……!」

 彼女は立ち上がり、家の外に出る。基本的に態度が刺々しく他人に心を許さない印象のシャルだが、陽歌は今まで出会った人々の様に強い悪意を感じなかった。それが不思議で気になっていたが、自分も目がぐるぐる回ってそれどころではないので追いかけることは出来なかった。

 

   @

 

 マグノリア博士の家で迎えが来るのを待っていた陽歌はこの数日、チャンピオンのダンテの帰郷、そしてマサルとホップ、ユウリがポケモンを手にするなどの出来事を目の当たりにした。つまりそれは、冒険の始まりであった。

「ソニア、あなたには課題を課します」

 マグノリア博士はソニアにある調査を依頼した。

「この地方にまつわる伝説を調べてきなさい。各地に史跡こそ残っていますが、この伝説はまだ謎が多いのです」

「なるほど……それの調査ってことね」

 まだ助手止まりのソニアに経験を積ませて実績を得させるための課題。一方で陽歌もやることが出来ていた。

『とりあえず各地を調べてあの装置が他にないか調べてほしいんですよ』

 エヴァの頼みで人為的にダイマックスを引き起こしたあの装置について調べる必要があった。ダンテにも報告して装置も預けたが、他の場所でも似た様な事態が起きていないかという問題があった。謎のウルトラホールとも関係しているかもしれない。世界と世界の間にある時空の乱れを解決しないと帰れないので、原因を少しずつ追っていくしかない。

『ガラル粒子の乱れはこっちでもモニターしているのですが、サンプルとしてダイマックスが可能なパワースポットを回ってその数値を測定……そうすれば乱れを感知して装置を追いかけることが出来るんです』

「データが揃えば原因も分かりやすくなるんだね」

 陽歌がすることはパワースポット巡り、それはつまりジムのある町を巡ることである。

「んじゃあソニアも陽歌も俺達と一緒に来るんだ!」

「そうだね」

 ホップの言う通り、彼とマサル、ソニアと陽歌は共に行動することとなった。

「で、シャルは……」

「もう行ったよ」

 肝心のシャルは推薦状を貰うとさっさとポケモンリーグの開会式が行われるエンジンシティへ向かってしまった。彼らも駅から電車に乗ってエンジンシティに向かった。

「頑張ってねー」

「おう、絶対優勝してやる!」

「俺が優勝だ!」

 ユウリに別れを告げ、ホップとマサルは出発する。ソニアと陽歌も後に続く。

「そういえばイーブイ、進化しないですね」

「キョダイマックスが出来る進化前の個体はそのポテンシャルを費やしてしまっているのか、進化出来ないのよ」

 陽歌のイーブイは進化の兆しを見せない。まだ懐いていないのでゲームの様にさっくりと進化することはないだろうが、やはりキョダイマックスは特別なのだ。

「さて電車だ」

「ん?」

 電車に乗ろうとすると、入り口の前でヤドンが立ち往生していた。

「あのポケモンは……」

 陽歌は剣盾から入った勢なのでヤドンをよく知らない。またこの時はヤドンのリージョンフォームも公表されていなかったので、黄色っぽいことにも違和感を覚えなかった。

「あら珍しい、ヤドンね」

「ヨロイじまから迷い込んだのか」

 ソニアとホップによると他の場所に生息していたものがこっちに来てしまったらしい。

「島に電車が通じてるのか」

 マサルの頭では電車が橋で島に通じているイメージだった。

「いや、途中で空飛ぶタクシー」

「迷い込んだってレベルじゃねーぞ!」

 だが乗り継ぎまで熟すこのヤドンとは。

「とりあえずどかすか……」

 ホップがヤドンを引っ張って邪魔にならないところへよけようとする。だが想像以上に重くて腰にダメージが入る。

「うごぁ!」

「ホップー!」

 仕方ないので陽歌が移動を試みる。

「ダメですよ腰の力で動かそうとしたら。こうやって足を地面について、立ち上がる力で……」

 が、ダメ。知識があっても肝心の筋力が足りない。ヤドンは抵抗しているのかいないのか。

「やーんじゃありません!」

 陽歌はさすがに痺れを切らし、モンスターボールを投げる。ボールは結構あちこちに落ちているので、散歩していると拾ったりするのだ。

 一体なにがしたかったのか、ヤドンはボールに入るとそのまま捕まった。

「何だったんだこのヤドン……」

 あとで島にでも行った時に逃がしてやろうと考え、とりあえず確保。ちょうど電車も来たのでそれに乗ってエンジンシティを目指す。

「この地方は鉄道が普及しているんですね、こっちのイギリスみたいだ……」

「へぇ、そっちの世界にも似た様な土地あるんだ」

 モチーフのこともあるだろうが、ゲームハードの性能向上で鉄道を敷ける様になったということだろうが、こうしてゲームではなく並行世界の一つとして存在するとなると、色々陽歌も思うところがあった。ゲーム的な都合で処理されている部分はこっちの世界でどうなっているのだろうか。例えばカントーやジョウト、シンオウにあるゲートはメタ的にはマップ切り替えの緩衝地帯なのだが、実際はどういう意図で設置されているのか、など。

(思ったより広いんだな……)

 ゲームでは大した面積ではないハロンタウンもしっかり牧畜をやれる広さの街であり、あの事件の時は大変だった。

(ゲームのシナリオを辿ればいいと思ってたけど……あの機械は……)

 最初はゲームの追体験程度に考えていたが、本来はどちらかしかいないユウリとマサルが両方おり、シャルという見知らぬ人物の登場、そして何者かの影と事態の大きさを考えさせられる。

「何?」

 その時、電車の放送が流れる。ソニアは周囲を見渡す。

『お客様にお知らせします。ただいまエンジンシティ方面の線路にてウールーが立ち往生しております。当列車はワイルドエリア駅にて停車いたします』

「あ、そういうこともあるんだ……」

 田舎の列車みたいなハプニングだが、一応駅に止まるだけ有情だ。ユニオンリバーに出入りしている人の話では新幹線に閉じ込められたとかも聞く。

『復旧の予定は現在未定です』

「あら……」

 このタイミングで列車の停止。こういう時はどうするんだろうとホップとマサルを陽歌は見る。

「よし、ワイルドエリア抜けてこうぜ」

「そうだな」

 迷わずワイルドエリアを通ることにする二人。だが、一応そこは危ないので列車が通っているわけで。

「危険じゃない?」

「ソニアもいるし大丈夫でしょ」

 そんなガバガバな危機管理の下、一行はワイルドエリア通行を決める。ゲームでは目の飛び出るレベルのポケモンが歩いている程度だが、実際の危険度は折り紙付き。そもそも攻撃力ポッポだのネタにされているイワークでもあの巨体で岩の硬さしている時点でかなり危ない。

「離れないでよねー」

「大丈夫かなぁ……」

 陽歌は周囲を警戒しながらソニアの後をピッタリついていくが、ホップとマサルはあちこちを見て回る。そして、やはりというか光の柱を見つけてそっちへ向かってしまった。

「お、なんか光ってるぞ!」

「よし行ってみよう!」

「ああ、光はダイマックスポケモンがいる巣で……」

 しかしあの光はガラル粒子の反応。つまりダイマックスしたポケモンが潜んでいる証だ。しかも行ったのは見張り台跡地。比較的強いポケモンのいる方だ。

「もう……落ち着きないんだから」

「よし、ここはイーブイを用意して……」

 ソニアについていく陽歌はイーブイをボールから出して一緒に歩く。イーブイのとくせい、にげあしがあればどんな相手が出ても逃げられる。

「ん? なんであの廃墟から……」

 しかし、妙なことに光の柱は巣穴ではなく塔の廃墟から飛び出ている。陽歌は詳しく知らないが、一応ゲームだとダブルパックの早期購入特典を使う場所らしいが、ここは現実。何が起きているのか。

「あれは!」

 陽歌がよく見ると、その塔に件の装置が置いてあった。やはり何者かが意図してポケモンを暴走させているのだろうか。

「あの装置……」

「うわぁ! でかいジャラコだ!」

 巣穴から飛び出したのはジャラコ。ドラゴンタイプのポケモンだ。当然ダイマックスしている。

「巣穴から出てこないから大丈夫でしょ」

 そんなソニアの楽観視も虚しく、ジャラコは巣穴を出てエンジンシティの方へ向かう。

「え? ダイマックスは巣穴でしか維持できないはず……」

 トレーナーの行うダイマックスはバンドによってガラル粒子を集めてやっと数分。しかし巣穴のダイマックスはガラル粒子の極端に集まった場所でしか起きない代わりに時間制限がない。つまり巣穴から出てしまえばものの数分と経たずダイマックスは解けるはずだ。しかしジャラコはずしずしと歩いてエンジンシティへと行く。

「あの装置が原因かな……」

 陽歌は装置を破壊して回収する。だが、ジャラコのダイマックスは解除されない。このままでは町が危険だ。

「とにかく止めないと!」

「そうだな」

 マサルとホップは先回りしてジャラコに立ちふさがる。ソニアと陽歌も追いついてレイドバトルの体勢になった。

「行け! ヒバニー!」

「行ってこい! サルノリ!」

 二人は貰ったポケモンを出し、攻撃を仕掛けていく。

「ワンパチ! ほっぺすりすり!」

 しかし案外ソニアのワンパチが早く速攻で麻痺を決めていく。

「進化してなくても鍛え方が違うんだなぁ」

 ヒバニー、サルノリ、イーブイの順に攻撃を繰り出す。同じ進化していないポケモンでも、育成が違うと素早さも変わってくる。

「よし、このまま畳み掛ける!」

「おっしゃあ!」

 バリアが貼られても気にせずに吶喊する二人だが、ジャラコは気の様なものを高めて空から拳らしきエネルギーを降らせる。

「な……ダイマックス技!」

 その矛先はイーブイ。ダイナックルはノーマルタイプに効果抜群のかくとうタイプ。それをもろに受けてしまった陽歌の運命はいかに。

「その程度は……予想済みだ!」

 だが、陽歌は先にポケモンを入れ替えていた。ノーマルタイプのイーブイからエスパータイプのヤドンに。しかもヤドンは防御に秀でたポケモン。大したダメージになっていない。

「これで終わりだ!」

 残り三匹の一斉攻撃を受け、爆発に沈むジャラコ。

『そうだ陽歌くん、サンプルにそのジャラコを捕まえてほしいんですが』

「うん、これで!」

 エヴァの提案で陽歌はボールを投げ、ジャラコを捕獲した。ダイマックスはポケモンに大きな負担を与えるのか、それとも巨大な自分を打ち負かす相手は否応なしに認めざるをえないのか、ダイマックスポケモンは捕獲しやすくなる。

「よし」

 カチッとボールが鳴り、捕獲成功を告げる。

「装置も二つ目か……なんかきな臭くなってきたな……」

 ボールを回収し、陽歌は装置と交互に見る。一体何がこのガラルで起ころうとしているのか。

 

   @

 

 その様子を遠くで見ている存在がいた。

「あの子供……まさかな」

 この事件の黒幕にとっても、予想外の事態が起きようとしていたのであった。




 ダイパリメイクまもなく! 追いつくのか?


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☆クソゲーハンター陽歌1 時と永遠

 陽歌の収入源について

 基本は天導寺重工の義手モニターとしての収入が主である。また同社の解説しているチャンネルの広告収入も入っている。トラブルコンサルタントユニオンリバー社としては彼が事件解決に関わった際、ボーナスが支給される形となる。


「どうも、天導寺重工プレゼンツ、まにゅまにゅチャンネルです!」

 ひょんなことからユニオンリバーという組織に拾われた少年、浅野陽歌は失った両腕を彼らの協力組織が作った義手で補うことになった。その性能を宣伝すべく、彼は動画配信サイトでいろいろやっているのだ。

 配信画面はゲーム画面と手元のコントローラーを写している。着ている白いパーカーの袖から覗く球体関節の黒い義手、これが宣伝するものである。コンプレックスとなっているキャラメル色の地毛やオッドアイもこれなら見えない。

「はい、このチャンネルでは義手の性能をアピールする為にゲームをプレイしていきたいと思います。僕もあまりゲームはやったことないので、激しい動きの少ないロールプレイングというのをやります。それがこちらの時と永遠」

 すでにコメント欄には何かを察した様な言葉が流れる。

「え? でもイラストが化物語と同じ人ですよ? 大丈夫ですって」

 もちろん提供はエヴァリー。あのサーディオンを持っていた女の一押しだ。陽歌も化物語シリーズを一通り読んだので絵からは不安を感じない。

「ほら、パッケージもタイトルもこんな綺麗なイラスト!」

 陽歌はゲームが分からぬ。一応、前情報はある程度知らされているが。

「ファミ通っていうゲーム雑誌でゴールド殿堂入りしたし、まぁ大丈夫でしょう」

 ゲームを開始すると、なんとストーリーパートはフルボイス。声優の演技が光る。大まかな話は主人公がヒロインと結婚式を開くのだが、その最中に刺されてしまうというもの。

「……結婚を迎えた成人男性がモテるかどうかって気になるんです?」

 が、初っ端から主人公の不快感がプレイヤーを襲う。既婚者男性とは思えない思春期中学生並の発言がゲーム終了まで続く。声優が上手いせいで余計にムカつく仕上がりだ。これで棒読みとかいっそボイス無しだったらいくらかマシだっただろう。

「は?」

 急にヒロインの性格が切り替わり、敵を圧倒する。

「で、時間が巻き戻って主人公はドラゴンに……」

 その後ヒロインの魔法を使って時間を巻き戻す。そんな流れである。

「え?」

 コメントに陽歌の声がヒロインに似ているという指摘があった。まぁ十人に聞けば九人くらい似てると言うだろう。

 

「さて声はともかく進めるよー」

 フルHDアニメーションを謳っているが、一応待機モーションはまるでアニメだ。しかし動き出すと忽ち問題が露呈する。

「さて、歩くか……」

作画枚数が限界なのか動きはカクカク。ストーリーパートの口パクすら合っていない有様。枯れた技術の安定感を思い知らされる。ただし陽歌はアニメにも詳しくないのでこの不自然さにも気づいていない。

「んあ? 横移動できないんですか?」

 そんな彼もいよいよきな臭さに気づく。コントローラーというか3Dゲームに慣れる為、PSO2を軽く遊んだ陽歌。そのため流石に、横移動をするのに方向を変えて直進という方式が取られていることに疑問が出る。

「さて、いよいよバトルです」

 戦闘に移っても問題からは逃げられない。物理攻撃まだナイフや格闘戦などバリエーションがあるのだが、射撃攻撃はリロードの概念無しと単調極まりない。そして何かある度に画面が揺れる。

「うう……なんか気持ち悪い……」

 ゲーム慣れしていない陽歌には厳しいものがある。

「あ、これが連続エンカウントかぁ」

 慣れない陽歌が噂のエンカウント率調整ミスと勘違いしたのは、技術上の問題で敵が一体しか出ないので倒した後すぐ次の敵が出る仕様。

「え? 違う?」

 技を当てているとゲージが溜まって魔法が使えるので、早速試しにぶっ放してみる。通常攻撃のダメージが数百だから少し強いくらいか、と思った陽歌だが、出た数字を見て真顔になる。

「え?」

 なんと四桁ダメージ。もう魔法だけでいいや。物理の申し子、ラストリベリオンへの反逆者が登場と当時のクソゲーオブザイヤーは沸いたものだ。

「レベルアップすると人格が変わるんですねー。面白い」

 ヒロインはレベルが上がるとトキとトワの人格が入れ替わる。これは斬新だ。レベルアップの時のみかつ任意に切り替えられるアイテムが個数制限ありかつ「コショウ」という身も蓋も無さを除けば。

 

 サブシナリオに入ると、とうとう声が消える。まぁこの内容なら喋らない方がいいのだが。しかも作画の削減なのか画面が黒くなったり白くなったりしてイラストどころか立ち絵も映らない状況が続く。

「この流れ……何度目だ?」

 ライバルキャラがヒロインに求婚して主人公に噛まれるという茶番を何度も見せられる。結構な頻度だが演技が上手いから余計に酷い。陽歌もだんだんこのゲームの腐臭を察知し始めた。

「で、襲撃の原因は自分達が作ったと……」

 ゲームを進めると結婚式襲撃は主人公たちが過去でやったことが原因で、元々なかったのに起きてしまったことが発覚する。

「……まぁタイムリープではよくある話ですよね。さてエンディングエンディング」

 ようやく事件も解決し結婚式。

「なんじゃあこりゃあ!」

 が、今度はハロウィンの渋谷にいそうな仮装集団とヒロインの親友に襲われる。博士、これは一体?

 まぁ似た様な流れで原因を突き止めることになるがここで問題が起きる。

「消費者センター?」

 ファンタジー世界で急に消費者センターとか言い出されてもう世界観が滅茶苦茶だ。しかもこのボス戦、シューティングで戦う特殊戦闘なのだが横移動の作画がない問題がもろに出てしまう。

「え?」

 さすがにゲームに詳しくない陽歌でも段々と不自然さに困惑を隠せなくなっていた。まだ困惑や動揺のみであり苦痛を感じていないのだからこの男感性がバグっている。

「なんかすっごいシュール」

 ヒロインが蟹歩きでカサカサ動く様にはカタルシスも何もない。一応黒幕なのに世界観無視のメタネタぶっこまれているのも原因だが。

 

 で、ここまで似たような流れを何回か繰り返し、唐突に真実が発覚する。幼少期にヒロインのトキにトワという人格が生まれるが、それが消えかけたので二人は結婚という契約を結ぶことで消滅を免れる。しかしそのせいで結婚式が必ず襲撃されるという……。

「つまり……どういうことだってばよ?」

 陽歌は理解出来ていなかったが、多分理解できる人間はいない。そこで結婚式を上手く進める為にサムシングフォーという宝物を集めることになる。

「あー、マザーグースのあれね」

 アメリカ先住民の民謡から結婚にまつわるものが引用された瞬間には、陽歌も『そうそうこういうのでいいんだよ』と思った。

 が、運命のループからも抜け出せるというご都合アイテムでありああやっぱりと落胆する。しかもそのうち一つは明らかに脱糞した様な演出付き。

「ええ……」

 加えて最後の最後で宝を紛失。数時間の努力……報われずッ!

「なんだか賽の河原ってこういう感じなのかな」

 ごもっともである。クソゲーのシナリオでよくあるのはこうしたプレイヤーの努力が報われない展開である。鬱展開の仕掛けとしてならまだしも、特に意味もなく無為にしてくるのだからたまったものではない。というか鬱展開の場合は「いけるか?」と思わせてダメでしたという丁寧な作りがセットであり、今回はマジで何の脈絡もなく紛失である。

 その後、もう諦めてどっちかの人格を選ぼうという話になるのだが使い過ぎた時間魔法が独立した意思を持って敵対。

「おお、いよいよ運命との対決……!」

 ループを生み出していた運命そのものが敵となる熱い展開なのだが、理由も分からず自分の別人格と結婚した挙句タイムリープを繰り返しまくった主人公勢がほぼ原因なのでまぁなんとも。

「いくぞー!」

 終盤の戦いともなれば陽歌も気合をいれる。しかしここで問題が発生する。敵が色違いの使いまわしというのはまだいい。しかし数値のコピペも酷く手ごわい割に初期の敵と得られる経験値が変わらないという事態が頻発した。

「よし武装だ武装」

 しかも伝説の武器が店売りなのでこれ買えばなんとかなる。もう戦闘の意味ないです。

「あ」

 陽歌はいよいよ気づいてはいけないことに気づいてしまった。時間加速と時間停止を使えば相手をハメ殺せるということに。どちらも使用回数に限りがあるが、使い切る頃には大抵ぶっ殺せている。

「またナイターとか言ってるよ……」

 加えてこのファンタジー全開の世界観でナイター中継や駅伝。もう諦めの声しか出ない。ニーアオートマタで社長が出る時は世界観が壊れるぞと何度も注意してくれたのにこの始末。

「なんか声弄られたくないしトワ選ぼ」

 キタエリの声をした金髪のヒロインを選んでエンディングへ向かう。道中の分岐とかじゃなくて最後の選択肢一つである。ある意味親切なのか。が、後に出会う義理の姉の方に声が似ているとは陽歌も想像だにしていなかった。

 黒幕撃破の原因で記憶が消えてしまったトワ。しかしなんの問題もなく結婚。

「ええ……」

 この流れいる? と陽歌は言外に滲ませる。加えて一部アニメが片方のヒロイン分しか作ってないので色が違うだけなのに差し替えが出来てない。セル画自体ならともかく今はデジタル処理でどうにかなるだろう。

「真エンディングがあるらしいね……いくぞ!」

 しかし二周目で条件を満たすとトキとトワ両方と結婚できる様だ。陽歌は真のハッピーエンドを目指し、再出発。その時は流石に同じことをするのでゲストを呼んだが、ゲストの目が死んだという。




 陽歌の家族構成

 以前までの陽歌は両親と弟が家族だと思っていた。しかしその両親は自分を引き取った老夫婦の娘夫婦であり、弟は実際のところ甥であった。その老夫婦、浅野仁平、さとこそ自身の両親と陽歌は考えている。
 というのも生まれがややこしく、そう考えて他人にも説明した方が楽という側面がある。実母が父親との間に作った子が自分ですって頭ややこしなるで。
 また仁平はルシアという子供を引き取るつもりであったがある事件で彼女が失踪してしまう。後にルシアは陽歌に助けられ、現代の日本へ帰還。義理の姉となる。


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100回記念! 陽歌の知らないユニオンリバー!

 これユニオンリバーの二次創作なんだよね忘れがちだけど


「そういえばユニオンリバーのメンバーを全員把握してないかも?」

 陽歌はふと思った。何せエヴァ達四聖騎士だけでも28人姉妹。それ以外ももちろんいる。なので自分で情報を纏めてみることにした。

 

 まず四聖騎士を生み出した天才錬金術師、アスルト・ヨルムンガンドについて語らねばならない。黙っていれば銀髪のスタイルがいい美女。しかしその酒癖は最悪で、酔った勢いで発掘品の貴重な動力を使って四聖騎士とかいうチート集団を作ってしまう。その実力は確かなもので、その四聖騎士に使われていた腕パーツが陽歌の義手の原型となっている。

 以前の戦いなどでも分析や装備制作で大いにユニオンリバーを助けた。そんな彼女だが前はカティ共々宇宙海賊という敵対勢力のメンバーであった。

 

 そのもう一人であるカティ、ヘカティリア・ラグナ・アースガルズ。紫の髪に青のメッシュと自分が髪色で悩んでいたのが馬鹿らしくなる姿をしている。なんでチャイナドレスなのかは知らんが宇宙は広いのか。宇宙海賊アースガルズ総帥という肩書はどこへやら、今や料理に目覚めて喫茶ユニオンリバーのキッチン担当となっている。あのアスルトが参謀にいたくらいなので、アステリア側にもユウノの様な同格の錬金術師がいるとはいえその戦いが壮絶であることは陽歌にも想像に難くない。

 

 喫茶ユニオンリバーの主要ウェイトレス、アステリア・テラ・ムーンスはかつて神様を倒したというが、普段の彼女からはその様な経歴を想像できない。しかし彼女がそうしたからこそこのセプトギア時空は様々な次元を呑み込んで混沌を続けているのだが。それ以前の過去についてはさらに不明瞭なところが多いが、研修時代の雇い主が死んでも求婚して来る辺りその美貌と人徳は昔からの様だ。美しい青銀の髪をメイドらしく後ろで束ね、エメラルドの瞳が優しげに微笑む。メイド服は主人がメイドに劣情を催さない様に設計されたというが、その美しさの前には慎ましさこそ似合うのであった。

 

 そんなこの世界の神を討ち、構造さえ変えた戦いの後に何でこんな強いの作ってしまったのかと頭を抱える四聖騎士筆頭、それがエヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーンである。そう、平和になった後に産み出されたのが彼女達である。そのせいか性格は騎士と魔反対のぐだぐだぶり。人間の姿はコアが変質したもので、プラモの様な縮小ボディ、キャストと修正プログラムの入ったキャンディ、『天魂(あめだま)』を使うことで本来の姿と性能を引き出す。その機会は少なく、エヴァリーはあらゆるサブカルに通じ、その布教を狙っている節がある。あのマナとサリアをアイドルとしてプロデュースしたのも彼女、動画を作り始めたのも、生放送のBGMを選ぶのも彼女である。動画の編集はバディであるフォンブレイバー、セブンと共に行っている。

 エヴァリーから始まる青龍姉妹、末妹がヴァネッサ。まぁ常識人の方である。サーディオンにまつわる一見でレオパルドに特別な思いを抱いたのか、その後は四足歩行の獣メカを主軸に乗っている様な気がする。何故か食玩担当になりつつある。

 

 白虎長女、ルナルーシェン・ホワイトファング。ねこと呼ばれてとらと訂正するやり取りがぱっと思い浮かぶ様に七耶との絡みが多い。時折天魂を使って謎のガンダムマイスター、ホワイトタイガーになりすますことがあるが、七耶は詳細を知らない。

 そして三つの超文明が力を合わせて生み出した兵器、超攻アーマーサーディオン七号機こと攻神七耶。正確にはそのCPUのみ持ち帰って四聖騎士のテクノロジーで復旧したものである。幼女の姿をしており概ね性格もそれに準じているが、それは復旧時の後付けであったりする。しかしどこで全部乗せ大好きになったのか。大元が超科学、超精神、超自然文明の全部乗せだからなのだろうか。その実力は健在で、あまりの強さに本気モード時は数秒に百円消費する制限を付けられている。

 

 虹白苺奈(にじしろまいな)はエヴァがどこからか発掘してきたアイドルの卵である。魔法で改造したライダーベルトで変身して様々な姿に変身出来るが、どうやら素の姿も魔法による変身らしい。何か事情があるっぽいので陽歌はそれ以上聞かなかったが、ペヤングショートケーキ味を食べた時など不意にプラットフォームとかディアクティブモードとかそんな感じで色が消える。一応彼も同じものを口にしたがそこまでマズイとは感じなかったのはここだけの話。クリアや限定のガンプラを束ねて生み出した「ストライクアシェル」を愛機とする、恐るべきアイドルだ。

 サリュー・アーリントンはそのマナとコンビのアイドル。マナが変身して姿を変えるのなら、彼女はそのままで完璧ともいえるプロポーションも持つ。とても11歳とは思えない。元軍人のコックが師匠ということもあり、腕っぷしは強い方だ。ペルーからやってきたそうだが、最初にパスポート忘れたとか聞いた時はもう意味が分からなかった。ユニオンリバーでは常識に囚われてはいけないと考える様になった。

 

 陽歌がメンバーの中で一番心を開いているのがミリアである。もちろんと言うべきか、彼女も人間ではない。悪の組織クォヴァディス、その戦闘員アインファルは風が吹けば死ぬレベルであった。しかしそうやってデータを収拾した結果、とても頑丈な個体を生み出すことに成功したのである。ミリアはその『ミラヴェル計画』の先行生産個体だ。一言で言えばポンコツ、ダメ人間の飲んだくれ。計算高い振る舞いは無論、外見相応なミステリアスさも無い。そんなだからこそ人間不信に陥った陽歌の心の扉を開くことが出来たのであろうか。しかしバディであるフォンブレイバー、ゼロワンは「お前は圏外だ」と相手にされていない模様。

 そんなミリアの相方である月の住人、さな。その力は小柄ながら百トンのパンチを繰り出すことさえ可能。それに耐えるミリアも大概であるが。獣の様な耳と尻尾が生えていることもあるが、何の動物かまでは分からない。

 

 ユニオンリバーから離れて提携先の「おもちゃのポッポ」。雇われ店長の魔樹瑠璃(マギルリ)ことルルイエ・エズラ=マギ。その面影からは見られないが、実は凄腕の魔法剣士だったらしい。

 

「あー、これでも全員じゃないんだよね……」

 陽歌は一通り纏めて息を付く。果たして今後の騒動では誰が表に出るのか、まるで想像が出来ないのであった。




 次の100話へ!騒動の行く末や如何に?


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☆SIRENコラボ前編 絶望の寒村と異界ジェノサイダー

 毎年8月3日は異界入り!


 山奥に存在する何の変哲もない限界集落、羽生蛇村。村おこしの為にジャムを突っ込んだ蕎麦が考案される程度に行き詰まったこの村は、自然消滅ではなく土砂災害による破滅を迎えた。

 たった一人しか生き残らなかった悲惨な災害から十数年、この地で慰霊祭が行われようとしていた。八月二日の深夜、日付も変わろうという時だ。

「で、小僧も来たと」

 巫女装束から関係者と思われるがそうでもない黒髪の幼女、七耶が人々の群れを見る。事前に静かな慰霊祭だと言ったのにマスコミもどこから嗅ぎつけたのかカメラを持って密ってる。このクソ暑い中、袖が余るほどのパーカーを着込んだキャラメル色の髪をした少年は事情を話す。

「ほら、阿部さんからも誘われたし」

 アニマルセラピーの仕事をしている関係で陽歌と知り合った阿部倉司が『どうも力を借りた方がいいかもしれない』とトラブルコンサルタントのユニオンリバーに正式な依頼をした。それを受けて陽歌はここにいる。

「確かに、あいつの言う通りならお前の力がいるな」

 袖から覗く義手をもじもじさせて自信なさげな様子からは想像できないが、七耶は陽歌の力を知っている。ユニオンリバーでも稀有な『怪異専門』。魔力でごり押ししていた従来と違い、より適切な処置が出来ると社長であるローディスからもお墨付きだ。

(異界に化け物か……用心した方がいいな)

 桜色と空色のオッドアイからミステリアスな、少女の様に可憐な中世的な顔立ちから一転して右目の泣き母黒から妖艶な印象を与えるが、本質は外見相応の少年だ。その為に七耶がいる。

「しかしせっかく目立たないメンバーを派遣したのにこうカメラばっかじゃねー」

 獣の様な耳と尻尾が生えた少女、さなが愚痴をこぼす。時期が時期、内容が内容だけに静かな慰霊祭をと主催者から希望があったのにこの始末。

「あー、ほらほら下がって下がって」

 件の阿部倉司がマスコミを後退させる。その傍には彼をアニマルセラピーの道に導いた引退盲導犬、ツカサオブジルドールがいる。阿部はチンピラに見えるが、本人は軽いノリの思いやりがある人物だ。

「……」

「やっぱそう簡単に忘れられんか」

 陽歌は動物が好きではあるが、過去のペットロスが原因であまり動物と親しくなろうとしようとしない。ツカサは老犬ということもあり、陽歌は別れるのが怖くて距離を置いている状態だ。

「おーい、春海殿、調子はどうだい」

 さなが唯一の生き残りである少女、四方田春海に声をかける。本人もこの土地に辛い思い出があるだろうに、ようやく踏ん切りがついて慰霊祭というタイミングでこのマスコミの配慮無さ。阿部が近くにいるのはこういう時助かる。

「さて、そろそろ時間だね」

 陽歌は懐中時計を見て災害のあった時間が近づいていることを確認する。

「ん?」

 その時、大きな揺れと共に大地を割る様なサイレンが木霊する。

「これって……」

「おい、これ……」

 春海と阿部は何かを知っているかの様な反応を見せる。が、立っていられないほどの揺れと眩暈を引き起こすサイレンを受け陽歌は倒れてしまう。

 

「ん……」

 ツカサに顔を舐められ、陽歌は目を覚ました。

「七耶、さな!」

 周囲の人が全員倒れていることを確認し、陽歌は起こす。とりあえず関係者は誰もいなくなっていない様だ。

「おい小娘&チンピラ、何か知ってるな?」

 七耶は春海と阿部にこのサイレンと今の状況を聞く。

「ああ、なんか俺が夜見島に行った時に聞いたサイレンと同じだ。化け物が出てきてな……」

「このサイレン……あの時の……」

 春海の言葉を聞き、陽歌と七耶は顔を見合わせる。ここに来る前に聞いた彼女の証言によれば、このサイレンの後村が周囲と連絡が取れなくなり、化け物が出たとか。しかも一日中真っ暗になるとも。

「とりあえず村から出る道を確保しよう」

「そうだな」

 陽歌と七耶は携帯を確認し、圏外になっていることを確かめると行動を始める。元々こういうためにいるので特に慌てることはない。奇怪な事象にも巻き込まれ慣れている。

「お、村人か?」

「いや、ここは廃村のはず……」

 がさがさと物音がし、マスコミたちがそちらを見る。そこにはなんと、ボロボロの姿をした顔色の悪い警察官がいた。足元も覚束ない様子で顔には血が流れている。

(敵意は感じないけど……)

 陽歌は敵意や害意に敏感であるが、そればかりに頼りはしない。手に拳銃を持っているのは見逃せない。

「待って! その人は……!」

 そして敵意の無さを塗りつぶす邪悪な気配。二人の生存者から化け物のことを聞いていた陽歌は退避する様に言うが、マスコミは不用意に近づく。

「第一村人発見! 早速取材しま……」

 渇いた音がし、マスコミのレポーターが倒れる。何と警察官が発砲したのだ。小さなリボルバーから煙が上がり、レポーターも動かない。このサイズでも人体には致命傷だ。

「な……」

 マスコミの悲鳴が上がる中、陽歌は走って警察官に近寄る。そして、虚空から真紅の炎と共に刀を取り出し、敵を切り裂いた。

「はっ!」

 一般的なものよりわずかに大きい刀であるが、小柄な彼が持つと身の丈はある様に見える。その刀で警察官を斬り倒し、様子を確認する。倒れている隙に懐を確認し、財布と取る。

「免許証からしてあの土砂災害の時期の……?」

 警察官の名は石田徹雄。顔は知性を感じない様にだらけ、目から血を流している不気味な状態だ。

「まさに生ける屍、屍人だな」

 免許証の発行と期限が土砂災害の間の期間。つまりこの警察官はそこで消息不明になった者だ。七耶は阿部や春海の証言にもいた怪物、その姿を屍人と称した。この手の魔物は倒しても蘇るのが通例だ。

「……じゃあまた生き返るかも」

「よし、縛ろう」

 話を聞いた陽歌は復活を予期し、さなは迷わず備品から持ってきたロープで木に警察官を縛る。

「とりあえず脱出ルートを確保しようじぇ。私と小僧で行ってくる」

「じゃあ私はスタッフの皆さんを守ってるね」

 テキパキと役割分担し、行動開始。マスコミは勝手に動き始めたが、それは依頼に含まれていないので無視。

「よし行くぞ」

「うん」

 七耶と陽歌は移動を開始した。村は無くなって久しいが、住宅地をぶち抜く形で道路が通じているのでもしかすると当時より行き来は容易かもしれない。

「ん?」

 が、早速陽歌は異変を察知する。所々、まるでゲームのバグかの様に古い町が道路に食い込んでいるのだ。

「異界に入ったんじゃねーだろうな……」

「最悪七耶がぶち抜けば出られるでしょ」

「まぁそうなんだけど」

 超兵器である七耶なら時空を破って異界から脱出できるが、まぁそれなりに被害が出るので避けたいところだ。

「屍人の群れだ!」

「よーし……」

 陽歌は建物から出て来た屍人を刀で斬っていく。屍人は斬られると傷口が赤く発火してそのまま息絶えていった。復活する様子は見られない。

「なんか反応が変……」

「そりゃお前、あのしつこい都知事を斬ったんだからな。不死身になんか特攻あってもおかしくないだろ」

 陽歌はタイムリープをしてまでオリンピックを自らの手で開こうとした都知事を討った。その影響から不死だとか転輪の様なものを断ち切る力が得られたのだろう。ドラゴン殺しの伝説を持った剣が直にドラゴンへの特攻兵器になる様なものか。

「ん? あれは……」

「おー、光の柱だ」

 進行方向とは逆の方に光の柱が現れたが、今は帰路の確保が最優先だ。幸い屍人の復活を阻害出来るなら脱出も一気に楽になるだろう。

「あ、こりゃダメだな……」

 だが、村の端まで来て七耶は脱出を諦める。村の周囲は赤い海に囲まれており、道が途切れているのだ。

「ちょっと先生、いつまでぐずぐずしてるんですかー?」

「ん?」

 引き返してさなと合流しようとした時、女子大生くらいの若い女性が男を引きずっているところに出くわす。男性は顔色こそ屍人の様に悪く動揺しているが、まだ人間の様に理性を保っている。

「なんだお前ら、迷ったのか?」

「あら、こんにちは。普通の人に会うの久しぶりね」

 七耶はともかく刀を持った陽歌を普通と称する辺り女子大生もかなり感覚が麻痺している。

「そっちの人は……さっきの屍人の悪い感じと、何か優しいものが混ざってる?」

 陽歌は男の容態を確認した。屍人の気配に加えて何かがあり、そのおかげで屍人になっていない様だ。

「あー、そういえば先生私に水飲むなって言ってたけどあの赤い水ってダメなものなのね。飲んじゃったの?」

「赤い水? あの海のです?」

 女子大生は多少この状況に詳しい様子だ。

「あ、僕は浅野陽歌です」

「攻神七耶だ」

「私は安野依子。こちらは民族学の教授の、竹内多聞先生」

 互いに自己紹介を済ませると、陽歌は男の名前に覚えがあった。

「もしかして、羽生蛇村の文化の論文を執筆された竹内多聞先生?」

 実は依頼がある前から陽歌は本の虫故に羽生蛇村の名は頭の片隅にあった。今回の件で再度論文を読み直した結果、多聞の名を記憶するに至った。

「へぇ、先生知ってるの。小さいのに物知りねー」

「だが様子がおかしいぞ。小僧なんとか出来るか?」

 七耶は陽歌に多聞の治療を要求するが、そんな術は当然知らない。

「え……いや僕もそこまで……」

 陽歌も困っていると、耳にふと声が届く。

(力を送ってみて……)

「こう、かな?」

 声に従い、陽歌は手を翳して念を送る。すると、赤い炎が薄く多聞を取り囲み、顔色が改善する。そして意識もハッキリした様だ。

「あれ? ここは……安野、化け物になったんじゃ……」

「そんなわけないじゃないですか。何言ってるんですか?」

 何が何だか分からないままに治療が完了。陽歌の耳に響いた声はこう告げた。

(赤い水の呪いがあなたの呪いに押されて弱くなった。これでたまたま入った私の血が赤い水に勝てる)

「へぇ、毒を以って毒を制したの……」

 退霊の力、ということで勘違いされがちだが、陽歌の力は本質的に祓うものではなく呪詛。呪いや怨霊をより強い呪詛で破壊している形になる。養父の残した刀はその力をより強く、求める形で出力するアンテナに過ぎない。

「とにかく助けられたようだな。礼を言う」

「いえ、僕も何だか分からないうちに出来たので……」

 目前の問題は解決したが、脱出出来ない状況に依然変わりはない。

「さて、道も塞がってたしとりあえず他の連中と合流だ」

「しかしこうなってしまっては脱出の道筋はないぞ?」

「あー、大丈夫大丈夫。最終手段あるし、生存者拾えてラッキーだった」

 多聞が言う通り、基本異界は取り込まれたが最後脱出出来ない。しかし七耶には可能なのだ。そのため、まずは全員と集合する必要がある。

 

   @

 

 慰霊祭の会場で待機していたさなは、屍人となった警察官の監視を続ける。マスコミは彼女の忠告も聞かず、あちこちに散逸してしまい手が付けられない状況だ。

「お? これ純金じゃね?」

 待ちくたびれたのか阿部は何かを拾って春海に見せる。金色の碁石に見えるものだが、なんでそんなものが落ちているのか。気丈に振舞ってはいるが春海もこの事態に動揺しており、阿部はそれを感じ取ってなんとか気を紛らわせようとしていた。

「お、こっちの山にもアケビ生えてんだな」

 そして異界のものを遠慮なく口にする。これのノリで一回帰還しているのだから恐ろしい。

「ん?」

 その時、ツカサの鳴き声が聞こえた。さながその方向を見ると、先ほど撃たれたレポーターが起き上がっていた。ただし、屍人として。

「うお! 生きてた!」

「あれって……」

 阿部はのんきに驚いていたが、春海は即座に危険を察知する。

「はぁ、面倒を増やしてくれたね。二人共下がってて」

 さなが構え、二人を庇う様に立つ。その時、白い炎が飛来して屍人を焼き尽くす。

「陽歌……いや……」

 炎から陽歌だと思ったさなだったがその色から即座に否定する。炎の飛んできた方からしゃかしゃかとヘッドホンから漏れる様な音楽が聞こえ、そちらを見ると刀を手にし猟銃を背負った少年がいた。

「あれ? こっちは殺されてる。この化け物を完全に殺すなんて……」

 少年は警察官の死体を確認した。そして、春海の方を見る。

「もしかして春海ちゃん? 大きくなった……じゃなくてまたこっち来ちゃったのか」

「知り合いなのか?」

 阿部は少年に確認を取る。そして彼はその名を名乗った。

「俺は須田恭也。知り合いっていうか、友達の友達?」

 実に曖昧な関係であったが、そこにわいわいと話し声が聞こえる。

「いや君の様な熱心な生徒がいてくれたらな」

「先生私も毎回ちゃんと授業受けてますよー」

 陽歌と多聞が話している中に割って入ろうとする依子。しかし七耶には疑問が生まれる。

「なんで本人から授業受けている大学生より論文読んだだけの小学生の方が理解度高いんだよ……」

 それは依子が授業の内容より多聞の方に興味があるからであった。

「あ、なんだ依子もいたのか。あと竹内さんも」

「あれ? 恭也じゃない?」

 恭也と依子は面識があったらしい。

「そちらのお二人は?」

「二人?」

 陽歌が恭也の方を見て二人と言うので阿部は困惑した。どう見ても恭也一人にしか見えないが、陽歌にはもう一人、少女の姿が見えている。

「あ、美耶子が見えるのか?」

「もしかして普通見えないんですか?」

「ちょっと肉体失ってて」

 美耶子本人から注釈が入る。ちょっとで済む話ではないが事態が事態だけに慣れてしまったのだろう。

「美耶子ちゃんそこにいるの?」

「あ、春海ちゃん。すっかり大きくなって」

 なぜか春海は目を閉じていた。恭也は黙って美耶子の方を見る。

「もしかして見える人の視界を幻視すれば見えるんです?」

「うん」

 他人の視界を覗く能力、幻視を使えば春海も美耶子が見えるようだった。思わぬ形での友との再会はかつてのトラウマと同じ状況に置かれた春海の心を癒した。

 

全員が集まったところで、情報交換が行われる。

「つまり、慰霊祭の最中にあのサイレンが鳴ったということか」

「はい。それと光の柱も」

 春海の証言から多聞はある仮説を立てる。

「光の柱も以前の件で目にしたな。それに須田くんの話を合わせると、既に討ち果たしたそうだが……この羽生蛇村特有の宗教、真魚教の大本になった化け物がいるそうだ」

「それって、羽生蛇村の民話にあった空から降って来た魚ですか?」

「おそらく。そしてこの奇妙な世界は二回起きた土砂災害の時期が混じって構成されているのは確定的だ」

 陽歌の言葉を肯定しつつ、多聞は真相に迫った。

「つまり須田くんが倒したのとは別に、その化け物がこの世界にはもう一匹いて今回の事件を引き起こした可能性がある」

「二つの時代が混ざっているからボスも二匹? そんなことあるのか……」

 阿部はよく分かっていない様子だったが、今回の仮説ではその通りである。

「都知事の件は無視してもいいの?」

「話がややこしくなるだけだし、倒すのは一緒なんだからそこはいいんじゃねーのか?」

 さなは2020年を繰り返した都知事に要因があるのではないかと考えたが、それを言い出すと周囲の次元を呑み込んで混沌とし続けるこのセプトギア時空の性質も考えねばならないので七耶は無視を推奨した。

 

「よし、村の地理が変わってないならあの化け物の居場所は分かってる」

「なら殴り込みだな」

 恭也と七耶は敵地への殴り込みを提案する。事態の解決に結びつかなくとも、放置出来る相手ではない。

「でもその化け物を倒した時にバラバラになったらマズイよね」

「戦闘要員だけで行きたいけど、全員で固まった方がよさそうだね」

 陽歌の懸念もあり、さなは全員での行動を推奨した。

「あの、テレビの人は……」

 春海は勝手に大騒ぎで付いてきたといえ、マスコミの心配をした。だが多聞はバッサリ切り捨てる。

「厳かに行うべき弔いの儀式に土足で踏み込むからああいう目に遭う。あんなのの心配をしていたら命がいくつあっても足りないぞ」

「確かに、こうも自由に散らばってしまうと元々何人いたのか不確かなものを全部集めるのは至難です。それにとっくに化け物に襲われて死んでるかも」

 陽歌もそこはドライな考えを持っていた。マスコミを探しに散らばるだけでもリスクが高いのだ。呼んでもいないどころか時勢もあり自粛をお願いしたのに勝手に来た以上、こちらが余計な危険を抱える義理はない。

「よし、行くぞ!」

 七耶、さな、陽歌はエジプトにでも行きそうな勢いで並ぶ。後から依子と阿部も加わるが、恭也は首を傾げて先に行ってしまった。

 

「相変わらずすっごい違法建築よね」

 化け物の根城は複数の建物を木材やトタンで繋いだもの。依子は以前見た時と同じ感想を漏らす。

「ここがあの化け物のハウスね……」

「光に弱いみたいだから、こういうものを作ってるんだろう」

 七耶のボケをスルーして多聞は敵の根城に踏み込む。

「ボケ殺しだなー」

 というわけで敵本拠地。凄い抵抗が予想されたが道中で恭也が滅ぼしたのもあり人手不足。そして恭也が手にしている小さな像から放たれる白い炎でそれはもうボコボコなので戦えるのが三人くらいしかいなくても平気だった。

「凄い……」

 立ち昇る白い炎柱に陽歌は息を呑む。サクサクと奥に進み、中心部へ辿り着いた。そこでは、人の背丈の倍はあろうというタツノオトシゴみたいな生き物が浮かんでいた。

「あれがもう一体の堕辰子……」

 恭也は以前撃破したということもある為、堕辰子に対して迷わず炎を放つ。しかし、堕辰子はそれさえ構わず胸部から伸ばした触手で自身のものと思わしき首を取り込む。だが首は落ちていない。

「前も一発で倒せる相手じゃなかったけど……」

 堕辰子は傷一つ負わず、恭也達に迫ってくる。何らかの要因で強化され、通常効くアイテムでもダメージが軽減されているんだろう。

「小僧! 出番だ!」

「うん!」

 ここで陽歌が前に出て、赤い炎を纏った刀で堕辰子を切り裂く。

「【仏陀斬り】!」

 見事に攻撃は直撃。しかし即座に傷が再生してしまう。

「一体何が……」

「なんか耐性が出来たんか?」

 過去に堕辰子を倒した恭也の攻撃も、転輪などを断てる陽歌の攻撃が効かない。七耶は冷静に敵を分析する。おそらく、今取り込んだ首に何か仕掛けがあるのだろうか。

「ねぇ、二人共炎だし花火の火を分けてもらうみたいにすればパワーアップ出来ない?」

 対抗策を練っている最中、依子が突拍子もないことを言い出す。阿部も本気なのかそれに乗る。

「そうだそれなんかよくね?」

「おいおいそんな簡単に……」

 七耶はまさかそんなこと、と思ったが試しに恭也と陽歌は互いの刀を合わせて炎を混ぜ合わせる。恭也の白い炎と陽歌の赤い炎が混ざり、桜色のものへ変化した。

「行ける!」

 陽歌は直感で効き目を察知、攻撃に移る。

「【果敢鳳凰翼】!」

 不死鳥の斬撃が飛翔し、堕辰子の胸を貫いた。傷が燃え、血が吹き出して再生しない。これなら倒せる。

「これで終わりだ!」

 陽歌は苦しむ堕辰子に駆け寄り、下から斬り上げる。すると、桜色の炎が渦となり柱となり立ち昇った。

「【焔】!」

 炎に加えて身体を割かれ、堕辰子はもがき苦しんで地に落ちる。焼け焦げたこの化け物に抵抗する力はない。ただ途切れ途切れで機材の壊れたサイレンの様な呻きを上げるだけだ。

「全て、終わらせてやる!」

 恭也は走り、瀕死の堕辰子の首を落とした。声も聞こえなくなり、全てが終わったことを告げる。

 

 特に大きな異変は起きなかったが、赤い海に囲まれた村は元通りになった。すっかり日も昇り、夜明けだ。この時空の性質なのか、赤い水を取り込んで異界から出られなくなったはずの多聞や依子達も一緒に戻ってきた。

「しかし何だったんだ?」

 七耶は原因も分からず、考えても答えが見えないので諦めた。こういう不思議なことは理由を考えても仕方がない。全員無事に戻れただけで上出来だ。

「俺はこのまま行くよ。まだ美耶子との約束がある」

 恭也だけは一行から別れていく。まだ彼は美耶子との『全てを終わらせる』という約束を果たしていない。

「美耶子ちゃんをよろしくね」

「ああ」

 春海はかつての友を彼に託す。この再会を得ただけで、ここに来た価値はあった。

「これ後で換金しよっと」

 阿部は先ほど拾った金の碁石をポケットにしまう。さすがに純金ではないだろうし、もし金でもそんな値段にはならないのではないだろうか。

 

 そして物語は絶海の孤島、夜見島へと繋がっていく。異界と異界が結びつき、冥府の門が今開こうとしていた。だが、どうあがいても絶望しかなかったあの時とは違う。逃げても逃げ場さえないあの時とも違う。新たなヒーローが闇を裂く。

「眠い……」

「さすがに徹夜だもんねー」

 当の本人は自覚していなかったのだが。




 次回、時間がダブりがちで異界入りであまりとりざたされない夜見島編!


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SIRENコラボ後編 夜見島に吹く神風

 後半だ!


 以前の事件の後、調査により夜見島近辺に時空の歪みが観測された。そのためユニオンリバーはメンバーを派遣、実地調査を開始する。

「ねぇ、付近の漁港で夜見島に行きたいって女性を漁師が船に乗せていったみたいだけど」

 陽歌は他のメンバーからの連絡を受け、七耶に相談する。

「どうせ夏の肝試しだろ。なんでも集団失踪があった島らしいからな。そう行ける場所じゃないしSNSで話題沸騰するぞ」

 だが彼女はよくあるインスタ蠅の無謀な行動と考えた。調査チームは自前の船で夜見島を目指していた。

「しかし以前行ったことのある阿部ちゃんを誘わなくてよかったんですかに?」

 猫耳の様な髪型をした金髪の少女、ナルが阿部倉司を連れてこなくてよかったのかと聞く。かつても夜見島は人が住んでいたのだが、集団失踪で全滅。かつて足を踏みいれたことがある者も阿部を覗いて心当たりがないという状態だ。案内出来る人間がいれば多少なり心強いはず。

「いや、非戦闘員を連れていくわけにもいかん。あいつやツカサが生還出来たのも偶然だから、今度巻き込まれても私達が守れるとは限らん。地図は描いてもらったし……」

 七耶の言う通り、わざわざ阿部をもう一度危険に巻き込むのは推奨できない。以前の羽生蛇村跡での事件は偶然巻き込まれた結果に過ぎない。

 だが肝心の地図は何故か真横から見たものになっている。しかも雑。

「分かるか!」

 最初から阿部の情報は期待していなかったので問題はない。とりあえず夜見島に乗り込んでから考えるべきだろう。

 

   @

 

「はっくしょん!」

 噂に反応したのか、現在羽生蛇村で慰霊祭の片づけをしていた阿部倉司はくしゃみをする。しかし、それがあるものを刺激してしまう。

「く……クソ過ぎだろ……」

 ついにあの阿部も二度の異界入りで絶望してしまったのだろうか。

 

   @

 

「それでアスルトの奴が何か刀を改修したみたいだが?」

 七耶は陽歌に刀のことを聞く。実はあの事件の直後、恭也の持つ刀を分析したユニオンリバーの錬金術師、アスルトがある材料を取ってくる様に依頼していた。

「なんか恭也さんの力との相性をより強くしたとか」

 七耶に拾わせたのは、恭也の持っていた刀『焔薙』の材料と同じ隕鉄。あの刀は羽生蛇村を取り仕切る神代家に伝わる名刀で、現地で採取された隕石に含まれた鉄で出来ている。その為、恭也の異界ジェノサイダーぶりを担保するあの白い炎、霊獣『木る伝』の力を分けて貰った陽歌もそれをより定着させて振るうためには刀にその隕鉄がいい材料になる。

 後から刀に金属を追加? と思われるかもしれないがまぁ、そこは錬金術なので。

「ん? なんですかにあれ?」

 ナルは遠方からする何かを発見する。それは、なんと赤い津波。

「おいおい、今のご時勢どう表現するんだよ!」

「波の演出最近自粛気味だよね、当たり前だけど」

 メタいことを言いつつ、三人を乗せた船は赤い津波に飲まれる。その直後、人間サイズのロボが海から顔を出す。

「ふぅ、咄嗟に変身して助かった」

 七耶の本来の姿を模した形態、サーディオンイミテイトだ。中に陽歌とナルを格納して海岸に上がる。

「預金消し飛ぶからもう戻るぞ」

 強力故に制限もあるこの姿。用事を済ませたらさっさと戻ってしまう。三人が降り立ったのはまるで海水浴場の様に整備された砂浜だ。だが、海の家などの文字はどこの言語とも取れない不思議なものだった。

 空に浮かぶ不気味な漆黒の太陽が意味するものとは。

 

   @

 

「いやー、何だったんだあの赤い津波」

 あの津波に飲まれたのは七耶達だけではなかった。金髪の眼鏡をかけた少年がどうにか無事に夜見島に辿り着いた。森に囲まれた湖にどんと客船が浮いているという奇妙な状況であるが、津波が赤い時点でもうそこは些末な問題であった。

「ブライトウィン号……随分と古い船だな」

 彼の名は佐天いかずち。悪の組織に改造人間とされた際、失った記憶を取り戻すために顔出しで動画を投稿している。他人からの情報提供に頼るばかりでなく、失われたものを求めて行けば自身に繋がるかもしれないと夜見島の失踪事件を調査していたところだ。

「ブライトウィン号は確か……この近辺で海難事故にあった船だったな。生存者は一名のみで……その詳細は不明。ここに何か手がかりが……」

「あの、いかずちさん」

 辺りを調べるいかずちに声をかける女性がいた。

「夜見島遊園に行ってみませんか? 人がたくさんいたところの方が手がかりも多いと思いますし……、船もなくなってしまったので帰る方法を探さないと」

「岸田さん、ここに救命ボートとかあるんじゃない?」

 その女性、岸田百合はこの島に残された廃遊園地へ向かうことを提案した。しかしいかずちはのんびりとしている。

「多分遊園の方にもっと便利な……足こぎボートとか残ってると思うんです」

「そっか、救命ボートは動力ないもんな」

 いかずちは無人島に漂着したというのにのんきなものだ。少し岸田がピリつくのも分かるだろう。

「さて、んじゃ遊園行きますか。帰りの切符を手に入れてからゆっくり捜索するとしよう」

 ようやくいかずちは重い腰を上げて行動を開始した。

 

 夜見島遊園は本当に廃墟の遊園地で、肝試しにピッタリな雰囲気となっていた。こんな状況でなければ動画の一本も撮りたいところだ。

「前に働いていた母が言ってたんですけど、税金対策にボートを鍵の掛かった倉庫へしまい込んだと」

「そんなことが……ん?」

 ボートの在り処を岸田が説明しようとしている最中にも、いかずちの視線は明後日へ向く。そこには大きな穴が空いていた。

「なんだあれ?」

「あ、あそこです! あそこにボートを埋めたんです!」

「そんなの使えるのか? まぁ使えなきゃ税金対策にならんか」

 どうやら件の鍵はとっくに開いていたらしく、岸田に連れられていかずちは穴の中へ入っていく。さっきは倉庫と言っていた上、洞窟の様な穴とはこれ如何に。しかし彼はまるで何の疑問も抱かず進んでいく。

 

 

「立てこもり?」

「こんなところでですかに?」

 どうやら海の家で立てこもり事件が発生しているらしく、パトカーやメガホンで何かを言う黒い布を被った化け物がいた。言葉は文字同様に解析不能だが、『無駄な抵抗をやめて出て来なさい!』、『故郷のおふくろさんが泣いているぞ!』というニュアンスは伝わって来る。

「健康優良日本男児を舐めんなよ!」

 だが、立てこもり犯の啖呵は日本語だ。それを聞いて思わず前に出た陽歌達の姿を見て、化け物たちは道を作る。

「あ? なんだお前ら、人間か?」

「自衛隊の人……です?」

 彼らの姿を見て、立てこもり犯であるフェイスペイントをした自衛隊らしき男が出てくる。手にはライフルを手にしているが、撃つ意思はないのか銃口を下げて引き金から指を離している。

「俺は永井頼人だ。どうやってここへ?」

「赤い津波に飲まれて。僕は浅野陽歌です」

「七耶だ」

「ナルですに」

 互いに名乗り、状況を確認する。

「クソ……守るべき国民がいるってのに自衛隊の俺が帰る方法一つ持ってねぇとは……」

「あ、私帰る方法あるぞ」

「何?」

 自衛隊といえど一般人の永井には衝撃的だろうが、七耶は異界から散歩感覚で脱出する手段を持っている。アスルトとは別の極度に心配性な錬金術師が搭載した機能だったが、ここ最近使えそうな場面が多い。

「というわけでさっさとここを出て夜見島の調査に戻ろう。永井さんも送り届けないといけないし」

「そうだな」

 陽歌が方針を決める。だがその時、遠くの島が光り輝き、その上空が青空で包まれる。

「なんだ?」

「この波形は……」

 永井は久しぶりの晴れ空に眩しそうな様子を見せた。七耶の計器に出た反応は、この調査をする切っ掛けになった反応のより強いものだった。

「感じる……あの島に邪悪なものがあるのを……」

「あれがこの世界の夜見島なのか?」

 陽歌の直感が、あの島に巣食う根源を捉えた。どうにか移動手段を得ようと周囲を見渡す七耶の目に、白い炎の雨が飛び込んでくる。

「これは!」

 炎は化け物を焼き、完全に消滅させる。ヘッドホンから漏れる聞き馴染みのある音楽、白い炎を纏った刀、須田恭也がこの世界にもやってきた。

「恭也さん!」

「あれ? さっき別れたばっかじゃ……」

 長い時間異界を彷徨っていた恭也にとって一日二日は誤差の範囲。思わぬ再会を果たした一同は近くの船をパクって島へ向かう。

 

 夜見島に到着した一同は空の異変の中心である鉄塔を目指す。しかし、船を降りた瞬間にどこからともなく無数の銃弾が飛ぶ。

「伏せろ!」

「うお! 不意打ち!」

 永井のおかげで事なきを得た七耶。当たっても痛いくらいだが。出てきたのはセーラ服の女学生、が屍人になったもの。

「こいつ……」

 即座に恭也が反撃しようとするが、陽歌が前に出て止める。

「あれに繋がってる大物が近づいてる。ここは僕が抑える!」

「戦力の分断はまずいですに」

 ナルの言う通り戦力が分かれるのはあまり得策ではない。特に今回の様な、特定の攻撃でしか仕留められない相手には。

「ここは浅野くんの言う通りにしよう。俺も残る」

 だが永井は以前の経験を元に考えを述べる。

「前は敵の親玉があの鉄塔で現実を浸食しようとしていた。それと似た様なことを今回をやろうってなら、時間はない」

「そうか、んじゃ急ぐぞ!」

 七耶、ナル、恭也は鉄塔へ向かい、陽歌と永井は屍人に向き直る。屍人は短機関銃の他、刀も持っていた。

「しゃがめ!」

 永井の指示に従い、陽歌は身を屈める。彼も屍人への永井の攻撃意思を読んでいたため、それがなんのためかは即座に理解できた。

 ライフルに残された最後の弾を叩き込み、屍人の動きを止める。その隙に陽歌が接近し、刀で切り裂いた。

「【仏陀斬り!】」

 桜色の炎は不死の屍人にさえ永遠の死を与える。無事に屍人を撃破したのも束の間、海から巨大な頭に手指の様な足が無数に生えた怪物が姿を現した。

「あんときの親玉野郎か……何度でもぶっ倒してやるよ!」

 永井は屍人から短機関銃と刀を取り上げると、怪物に向けて発砲する。堕辰子の様に特定の攻撃しか効かないタイプではないようだが、あまりダメージを与えられていない。

「【焔】!」

 陽歌の斬り上げと共に巻き起こった火炎が化け物を巻き込む。だが、不死を断つだけで火力は見た目通りなので表面を焼くことしか出来ない。

「タフいな……」

「前は燃料タンクにぶつけてやったからな、それでやろう!」

 永井は以前倒した経験から戦術を練り、化け物を誘導する。短機関銃で牽制しつつ、化け物の突進を誘導する。

「来い!」

 付近に落ちている燃料タンクの前に陣取り、化け物が突っ込んでくる瞬間に回避する。だが、化け物はタンクに激突する瞬間にブレーキをかけて停止した。

「こいつ……学習してるのか?」

 陽歌は敵が前に倒された記憶を持っている可能性を考えた。そんな彼に永井は刀を渡す。

「二刀流になればめっちゃ強くならないか?」

「いえ、二刀流って鍛錬しないと一刀流より効率が……」

 永井から刀を受け取った瞬間、陽歌の脳裏に太刀筋が浮かんだ。この技ならいけるかもしれない。彼は渡された刀を地面に突き立てると、化け物へ向かって走る。

「【潮】!」

 一見するとただの袈裟斬りだが、返す刀での攻撃をせず一撃目と同じ位置に戻ってきた時に温存していた分の力も使って連撃を放つ。打ち潮と引き潮の様に、同じ場所への攻撃が連続していく。まるで波が岩を削っていくかの如く、化け物を燃料タンクまで押していく。

「今です!」

 化け物が燃料タンクに激突したとこを見極めると陽歌は後退し、永井が隙を見て通電させておいた電球をコードと共に投げる。

割れた電球から散った火花で化け物は炎上し、こちらの戦いにはどうにか決着がついた。

 

 七耶達は鉄塔を急いで登っていた。この鉄塔を使って親玉が良からぬことをしようとしていることに間違いはない。

「おーい!」

 その時、知らない人物が下から追いかけてきた。いかずちと七耶達は面識がない。

「あ、他の人いたんですかに」

「大変だ! なんか穴の方で男が女の化け物に取り込まれた!」

 いかずちの端的な説明の間にも、彼の後方からはとんでもないものが迫っていた。鬼の形相で彼を追う岸田と堕辰子に似ているが女の顔をした化け物だ。実は岸田百合、この化け物、母胎の手先である鳩という存在だ。そこでいかずちを誘導して自身の復活を試みたのだが、その前に別の鳩が男を誘導して復活に成功していたというわけだ。

「うわあああ!」

「何連れてきてるんですかに!」

 さすがにこれには七耶とナルも恐怖を覚えた。だが、母胎は岸田を連れて飛び去り、鉄塔の頂上を目指してしまう。

「なんだあれ……」

「美耶子が、あれが鉄塔の頂上に着くとまずいって言ってる。急ごう!」

「お、おう」

 恭也の提案で一同はいかずちを加え、鉄塔の頂上を目指すことにした。鉄塔の頂上に辿り着いたのだが、なんと母胎と同じ化け物がもう一体いるではないか。そして二体の化け物が合体し、顔が二つ、腕が二対の両面宿儺の様な姿へ変貌する。

「母胎が二体! 来るですに!」

「こねーよと言いたいとこだが……」

 おそらくこの世界を支配した母胎と、セプトギアギア時空の母胎が融合し、さらなる勢力拡大を目論んで来るだろう。

「喰らえ!」

 恭也が宇理炎の炎で母胎を焼くが、あまり効き目がない。焼けた痕もすぐに再生していく。さすがに親玉二体の合体は強力だ。

「諦めろ、異なる異界の祖から力を吸収している限り、我は不死身!」

 どうやら何かしっかり対策をしているらしく、かなり自信満々だ。

「そぉい!」

 その時、後ろから岸田を永井が何かの大きな破片で突き刺した。

「ぐえぁあああ!」

 岸田は黒い炎に包まれ、母胎も同様に焼かれる。しかし苦しむ岸田と裏腹に母胎は平然としている。

「ふん、闇那其(あんなき)か。今やそれも聞かぬ」

 弱点も克服してしまった様で、いよいよ打つ手がない。

 

 一方そのころ、古いもののトイレを見つけてスッキリした阿部は煙草を吸っていた。実は自生していたアケビに当たってお腹を壊していただけだったのだ。

「ふぅ」

 一服付き、煙草をバスケの様に投げてトイレの中に投げ込む。見事、煙草は中へ落ちていった。

「よし!」

 ガッツポーズをした瞬間、なんとトイレが爆発したではないか。

「うわああ!」

 中に溜まっていたメタンガスに引火したのだ。ここでは単なるハプニングであったが、これが世界の運命を決したのであった。

 

「ぐええええ!」

 突如、母胎の再生能力が衰えて苦しみ出す。

「ば、バカな……羽生蛇の結界に何が……」

 実は阿部が爆破したトイレに、鳩に作らせた異界のエネルギーを吸収する呪術があったのだ。二度も阿部に阻まれた挙句上手く行っていた世界線も失うことになるとか母胎は泣いていい。

「これを!」

 陽歌が持ってきた破片、母胎の言う闇那其が剣の様に変化する。ちょうど二本、それを彼と恭也が持ち、それぞれの炎を宿す。

「これで最後だ!」

「いけえええ!」

 恭也と陽歌、二人が母胎を貫き、炎を流し込む。爆炎に包まれた母胎は崩れ落ちながら鉄塔から転落していった。

「お? なんか戻った?」

 七耶は空がいつの間にか青くなっていることに気づいた。通信も回復し、元の世界に戻って来た様だ。

「これで夜見島の問題は解決ですかに?」

「そうだといいな」

 当初の目的であった夜見島の調査も原因の討伐で終了しただろう。

 

 一同は船に乗り、帰還した。

「なんだったんだマジで……」

 完全に巻き添えのいかずちは何がなにやらさっぱり。

「恭也さんはこれからどうするんですか?」

「なんか異界から弾き出されちゃったみたいだからな」

 異界ジェノサイダーをしていた恭也もこの時空の性質が原因で、異界から半ば追い出された状態になった。

「ま、この世界にも化け物はいるらしいし、俺はまだ約束の為に旅をするよ」

 とはいえ、それはつまりこの世界そのものが異界の様なもの。ここに巣食う化け物を狩るべく、彼は戦う。

「よくやる気になるな……俺はもう勘弁だ」

 迂闊に気合を入れたためえらい目に遭った永井は平和を望んだ。とにかく今回も事件は無事解決。世界の危機は乗り越え、もしかすると彼のいた母胎の地上奪還が成功した世界も消滅したのかもしれない。

「そうだ、美耶子がこれ持ってけって」

「これは?」

 恭也は陽歌にある木片を渡す。人の名前が書かれているが、どういったものだろうか。

「滅こう樹だ。聖なる木の枝らしい。何かに使えるんじゃないか」

 新たな力を手に入れ、ユニオンリバーと陽歌の戦いは激しさを増していくのであった。



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宇宙御家騒動惑星コウグ王位争奪戦 真の戴冠式
あの女が去ってから一年


 ニパ子が地球を去って一年、惑星コウグの平和が崩れ去ろうとしていた。


「一年か……」

 陽歌はおもちゃのポッポ内、ユニオンリバー工作スペースにて愛機であるガンダム紅蓮を整備しつつ、かつての戦いを思い出す。惑星コウグから留学に訪れていた王女、ニパ子が去るのを引き留めるべくGBNに集ったモデラー達。陽歌はスタートから最後まで戦い続けていた。

「ロディ社長が地球にいるの珍しいですね」

「まぁな」

 今日は珍しく、ユニオンリバーの社長であるロディが滞在している。普段からあちこちを飛び回っているので、なかなか地元にはいない。

「おや?」

 そんな時、珍しい人物が入店してくる。サングラスで目元を隠しているが彼女は店に入るとそれを外し、正体を現した。

「おまちしておりました、大空首相」

「首相……わざわざご本人が」

 ロディがここにいたのは、大空まひる首相を迎えるためであった。活動的な人物で陽歌も就任直前の彼女と出会っているが、今本人が出向くというのは異例だ。新型肺炎対策や近づく選挙など、多忙を極めるはず。

「今回のことは人任せには出来ないのでね……惑星コウグから友好国である日本へ救難信号だ」

「惑星コウグ? ニパ子の星?」

 惑星コウグはニパ子が王位についてから平和に何事もなくやってきた。便りが無いのは無事な知らせとはまさにこのこと。しかし、ここに来て急に救難を呼び掛けてきた。

「しかし国家レベルならわざわざ我々に依頼することではないのでは?」

 ロディの指摘もその通り。惑星コウグは日本の友好国、ならば国を挙げて助けるのは自然なこと。

「今回は内容が特殊なのだ。ただの災害などではない。それに、今は野党やマスコミが政権の揚げ足を取ろうと血眼になっているのでね」

 国難に際して不安を煽るマスコミはいつも通りだとして、事情が事情の様だ。

「災害ではない?」

「いわば、クーデターに近しいことが起きている。ニッパーヌ王女の王位の正当性を疑う者が嫌疑をかけ、それを晴らすためにある条件が突きつけられた」

 クーデターとは穏やかではない。日本は憲法的に軍を派遣できない為、一般のトラブルコンサルタントに頼るという理屈は分かる。だがそれが通ればその他の国際問題もユニオンリバーを投げておけばいいという話になってしまう。

「その条件とは、疑いを持つ者たちの軍勢を公式の決闘で撃破すること。一チーム五人、ただし、ニッパーヌ王女のチームは友好関係にある異なる国のメンバーのみで構成しなければならないという条件付きだ」

「いわば、王位争奪戦だな」

 ロディの言う通り、どうしてそんな話になったかはともかく王位争奪戦というわけだ。しかもやけにニパ子サイドには重い条件が課されている。

「だが奴の顔の広さなら余裕だろ。うちから適当な奴と陽歌かマナ辺りを派遣すれば地球人とその他で二枠埋まる。あと三つだ」

「だからこそ、王女もユニオンリバーを名指ししたのでしょう」

 ユニオンリバーの構成員は大半が地球人ではない。なので頑張れば彼らでニパ子以外の四枠を埋めるのは容易。

「あの、でもこんな厳しい条件を突き付けるなんて、相手は不戦勝でも狙ってるんじゃないですか? それに惑星コウグの友好国、と参加者を搾れば、その為に行動する人間を事前に排除できる可能性が増える……。ニパ子自ら出迎えようものなら、決闘を経ずに倒すチャンスが生まれる」

「その可能性は大いにあるな。とすると、有名人で動きが割れやすいマナとサリアは出せないか……」

 陽歌はあまりに厳しすぎる条件に、相手側の罠を警戒した。相手の用意したカードで戦わないのは原則である。

「それに宇宙に出るとなると、否応なしに大がかりな移動手段が必要だな……何か手は……」

 加えて宇宙へ進出するにはどうしても大規模な移動を伴う。ロケット、マスドライバー、いずれにせよ設備の準備などで勘づかれてしまう。相手に察知されない様にするにはどうすればいいのか。向こうも『友好国の人間』を指名してきている以上、こちらの動きがノーマークとは考えられない。

「あ、それならいい方法ありますよ」

 陽歌にはとある策があった。

 

   @

 

「やはり監視が始まっていまス。地球上及び月の主要な航行システムは見張られていまス」

 既に監視の手は伸びており、今からこの地球を出るのも難しい。喫茶ユニオンリバーも不自然なほど客足が絶えず、地下にある設備の動きを監視しているかの様に思えた。

「以前、陽歌くんがPSO2を通じてオラクルに向かったんでスが……」

 アスルトは一同に説明する。何人承認されて参加できるかは分からないが、火球出身扱いの七耶、月の住人であるさな、純地球人のマナ、どの出身とも誤魔化せるナル、サポート要員にアスルトが現地入りすることとなった。

「その時のデータが義手に記録されていたんでス。そしてその義手は四聖騎士のパーツを元に作っているので、互換性がありまス」

「つまりあいつのエーテル適正をねこに突っ込んでオラクルにワープしようってわけか」

「とら」

 PSO2からオラクルへ行くには、エーテルという特殊な粒子に適正を持つ必要がある。そしてこのエーテルは人間にしか扱えないのだが、エーテルとフォトンは同質、そしてフォトンの変質したものであるダーカー因子が機械を浸食出来るのなら話は簡単。陽歌の義手に記録されたデータを元にエーテル適正をナルに付与すればいいのだ。

「んじゃ、行きますに」

「おう」

 ナルの意思により、PCに映った画面からオラクルへ移動する。

「ここがPSO2……」

「おまちしておりました。皆さんが陽歌くんのおっしゃっていたユニオンリバーの方々ですね」

 彼らが移動したのは、アークスシップの艦橋。普段は金髪の女性、に見えるロボット系種族、キャストのシエラが切り盛りしている。

「ダーカーとやらも関係していないのに協力してくれるなんてな」

「宇宙の平和を守るのはアークスの使命ですから」

 ダーカーやその大元との戦いはひと段落したが、アークスの使命は終わらない。

「それに情報部によると各惑星で不審な動きがあるようです。アリの子一匹外に出さない勢いの監視がコウグの友好国に敷かれています。陽歌くんの懸念していた通り、惑星コウグの友好国に網が貼られているようです」

「やはり仕掛けてきたか」

 子供でも思いつくほど露悪的な手段を使ってくる辺り、相手はなりふり構わない様子だ。

「思ったより大変なことなっちゃってますねー」

「そうだな、やはり地球から直に行かなくてよかったじぇ」

 マナと七耶は陽歌の案に乗ってよかったと安堵する。自分達ならなんてことないが、それで他人に被害が出てはたまらない。

「それで……肝心の陽歌くんは?」

「あいつはあいつでやることがある」

 陽歌は自分にしか出来ないことをするべく行動していた。

「では、こちらも人員を派遣します。条件が友好国から各一人というのは厳しいですから」

 シエラも厳しい条件に対抗すべくメンバーを募ることにした。

 

   @

 

「ここが惑星コウグっすね」

 ニパ子の救難を受けたのは地球だけではない。東京シャードにある成子坂製作所もその一つであった。ピンクの髪をした黒いスーツの少女、比良坂夜露は僅かなアーマーだけで宇宙空間を飛ぶ。アリスギアを纏うアクトレスである彼女には、宇宙などシャード内と大した違いはない。

「宇宙港に監視があるなんて妙っすね、何があったんでしょうか」

 アクトレスが宇宙へ出る為の港にも敵勢の監視があった。それもアクトレスやシャードエンジニアの通常業務に差しさわりがあるレベルで武器を持った人間が構えている。

無用な衝突を避けるべく、夜露が単独で偵察に出ることとなった。戻ることに関してはギアのベイルアウト機能を使えば問題ない。

「おや、シタラさんが喜びそうなものがあるっす」

 惑星コウグに近づいた夜露は宇宙船とその上に乗っている赤い巨大ロボットを見つける。同僚の好きなロボに似ている。そこを目印に降りて、救援を出していた存在を探す。別の同僚の話では、ギアで大気圏を突入した例はなく、惑星というものに近づきすぎると重力で吸い込まれるらしい。ギアなら耐えられるしベイルアウトも出来るので命の問題はないが、ここまで来て送還では報われない。

「さて、どこから救難が来ているものか……」

 彼女が辺りを見渡すと、同じく宇宙船に人が乗っているのを見つける。

「あ、皆さんが救難信号を出していた人達っすか?」

「お前が……そうか」

 夜露が話し掛けると、その人影は五人に別れる。全員少女で、アリスギアなどの装備もないのに宇宙に出ている。

「やはり救援を出していたか……見張りをかいくぐるとは只者ではないが……ここで終わりだ」

「も、もしかして敵の方っすか?」

 助ける側と思いきや、まさかの待ち伏せ。防御には優れているが、アリスギアは人間に向かって発砲出来ない様にリミッターが掛けられている。戦闘は今、不可能だ。

「アタシはレジー、王位継承者の一人だ!」

 ピンク髪を下の方でツインテールにした長身の少女、レジー。

「王位継承の決闘、行わずに消えてくれれば一番確実だったが……」

 ショートの銀髪をした少女が刀を手に夜露へ吶喊する。その時、ロボットの目が金色に光った。

「何?」

 少女は一歩下がり、様子を見る。ロボットの腹部が開き、中から小柄な影が飛び出し二人の間に入った。

「ダイバールックじゃなくなったけど……おかげで力が使える」

 なんと、陽歌が姿を現したのだ。あのロボットは彼がニパ子との激戦で破れ、宇宙船に放置された愛機のガンダム紅蓮。あれが記念碑的存在として、外見だけ修復されてここに存在したのだ。

「まさか、あの警戒網を抜けてきたのか?」

 予想外のルートから参戦されたことに動揺を隠せない少女達。こうして、惑星コウグを巡る大いなる戦いが始まろうとしていた。




 王位争奪戦メンバーリスト

 ニパ子チーム

 ボランティア愚連隊
 比良坂夜露

 出身:ムーンシャード群東京シャード
 所属:成子坂製作所、芦原高等学校
 能力:エミッション適正、アリスギア使用、浸食
 
 


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EP6 結成、ヴァイパースクワッド

 フォースシステム

 GBNにおけるギルド的なもの。大きな拠点、フォースネストを構えることが出来るなどフォースに入る恩恵は大きい。


「うん、こんな感じかな……」

 陽歌はプラネッツシステムを集め、それを組み替えてコアガンダムをカスタムしていた。アースリィがベースだが、脚部と肩部はジュピターヴ、両腕にはマーズフォーのクロー、バックパックはマーズフォーをベースに二本の剣をジュピターヴのスラスターへ換装している。ライフルもガトリングへ変更した。

「ほう、そうなったか」

 七耶はそろそろ陽歌がオリジナルの機体を持つ頃だと考え、カスタマイズを薦めた。一応、それなりにミッションは熟していたので「こうした方が戦い易い」という考えはあった。

「でももうちょっと念入りにデータ集めた方がよかったかな……? 半ば八つ当たり的に暴れてたし」

「何も意識してない時の方が素が出るんだよ。これでやってみてダメならまた組み替えればいいし」

 陽歌は悩んでいた時期にそれを振り切ろうとひたすらミッションをしていた。その際に感じたことなので正確性に不安はあったが、七耶に言わせればそれでいいらしい。

 シールドは思ったより使わなかった。癖なのか、シールドで防ぐよりも回避を優先してしまう。そのため、全体的に機動力重視のカスタムになった。銃も単発では当てにくいので連射出来るガトリングへ変更。クローと大剣はもしもの備えだ。サーベルがあるので格闘戦には困らないだろうが、ビームが通じない環境や相手はいる。

「しかしガンプラが手に入りにくい時期にわざわざ取り置いてもらってありがとうございます。店長さんも……」

 最近は妙にガンプラが手に入りにくく、このプラネッツシステム一式もおもちゃのポッポで取り置いてもらったものを購入した。ビルドダイバーズリライズが年明けから人気沸騰なのだ。

「ガンプラが手に入りにくい、ってのがそもそも異常なんだよ。それに転売屋に渡るより作ってもらえる奴に買ってもらえた方がいい」

 陽歌は詳しくないが、長らくガンプラと付き合っている七耶にすれば今の状況がおかしいのだ。ガンプラは余程のものでなければいつでも好きなものが手に入る。

「んじゃ、とりあえずやってこい!」

「うん、やってみる」

 あとはデータを取って修正するだけ。早速陽歌はGBNへダイブした。

 

   @

 

 パーシヴァルはGBNの古参ダイバーでもある。そんな彼には、GBNでも思い出が多い。テルティウムを初めて組んだ時、ルイと一緒に試験飛行をした。彼女をコクピットに乗せ、共に架空の空を飛ぶ。この世界が空想の産物でも、ここで積み上げた想いや記憶は本物だ。

「テルティウム、とっても速いね」

 普段は後方支援の機体に乗っていることが多いルイは興奮しつつも、その高度とスピードに少し脅えていた。

「少しくっついていい?」

「ああ」

 パーシヴァルにしがみつき、二人の時間を楽しむ。幼馴染で昔からよく知る間柄の二人は、他人なら躊躇う距離でのふれあいに躊躇がない。

目的地は、丘の上にある教会だ。中世風の街が広がるエリアに小高い丘が一つあり、周囲から隔絶された様に教会が建てられていた。

 標準サイズのモビルスーツなら降下する余裕があり、そこにテルティウムを下ろす。この教会はNPDの発言によると、二人きりで訪れた男女は将来必ず結ばれるらしい。教会は特別な外観をしているというわけではない、ごくありふれた煉瓦作りのものだ。

「入らないのか?」

 ルイはその入り口で立ち止まる。GBNの建築物は全て入ることが出来る。入口が飾りのオブジェクトは無い。つまりこの教会も入れるはずだ。

「ねぇ」

 彼女はあることを切り出した。

「大人になって気持ちが変わらなかったら……まだGBNが続いていたら……またここに来てくれる?」

 オンラインゲームはいつか終わるもの。そんな現実を知らない二人の子供は、それよりも遥かに脆い日常さえいつまでも続くと信じて疑わなかった。

 

   @

 

「おまたせ」

 GBNのアスクレピオスサーバーロビーではヴィオラがモルジアーナと待っていた。プラネッツシステムの組み立ては手伝ってもらったが、カスタマイズの時間にはヴィオラの話し相手を任せていた。

「新しいコス? 似合ってるじゃない」

 ヴィオラは陽歌の新しい服に注目する。心機一転ということで、ミッションで貯めたコインでコスチュームを一新した。ノースリーブの赤い中華ロリータという思い切ったスタイル。普段は義手を隠す為に袖を長くしているため、その反転ということだろう。

「ファッションセンスに自信ないけど……」

 ユニオンリバーは女所帯なだけに、男のファッションでは参考になるものがない。外見のこともあり、思い切った決定となった。義手とオッドアイを晒すこと以外に抵抗はない。

「今日は友達に来てもらったんだ」

「前言っていたダイバーさんですね」

 試運転のミッションに行くべく、ヴィオラは知り合いを呼んでいた。

「おーい」

「あ、イーグル」

 イーグルは彼らに合流する。以前一人でヴィオラがミッションに行った時知り合ったのだ。自分がいない時でもうまくやれているようなので、陽歌は少し安心した。

「ん? というかアスクレピオスって普通に入れたっけ?」

 ふと陽歌はアスクレピオスサーバーの特異性を思い出す。ここは普通のダイバーが入れる場所ではない。病院の所有する実験サーバーであり、患者とその関係者のみがアクセスできる。

「ヴィオラとフレコ交換したし、ボランティアで松永病院行ったことあるからアクセス権貰えたんだよ、こいつも一緒にな」

 イーグルの傍にはヴェンもいた。予想外の再会に陽歌は驚きを隠せない。

「ヴェンさん!」

「呼び捨てでいいよ。あんだけの経験したならここの世話になってるかなって思ってな。フレコ見せたら通してもらえたぜ。向こうが私らのリアル知ってるってのもあるが」

 結構な人数が集まったものである。これならフォース結成も視野に入る。

「なぁ、お前らフォース組んでるか?」

 そこでフォースの話を切り出したのはイーグルである。

「入ってないけど」

「うん」

「私も」

 全員入っていない。初心者の陽歌とヴィオラはともかく、ヴェンも入ってないのである。

「なんだ、お前入ってないのか?」

「いやお前なんかとっくに入ってるもんだと……」

 イーグルとヴェンは長い友人なのか、互いにフォースなど入ったものと思っていた様子。今彼がフォースの話題を出したのは、ある事情がある。このゲームではフォースでなければ味わえない要素が多々ある。それが目前に迫っているということだ。

「今度フォースフェスあるんだけど、それがSDガンダムワールドでな、ぜひ行きてぇんだよ」

「それで」

 SDガンダムはダイバーたちの中でも好みが分かれる分野であり、野良で行くにはハードルが高い。案外食わず嫌いなだけな層もいるのだが、硬派ぶってる層は毛嫌いしてそうだなぁと陽歌はぼんやり思っていた。だいたいGガンダムとターンエーを経由すれば何が起きても受け止められるものだが。

「確実に行きたいなら自前でフォース持ってる方がいいかもね。んじゃ、フォースを結成しようか」

 イーグルはフォースの恩恵を受けるべく、結成の打診に乗る。ヴィオラや陽歌も賛同した。

「うん」

「そうだね」

 こうしてフォース結成の話がまとまる。深雪は既にフォースに入っているので陽歌は誘うことはしなかった。フォース同士の連合も出来るのであまり気にする必要はない。

「名前どうする?」

「四字熟語にしようぜ」

 問題は名前決め。ビルドダイバーズとかはまだしも、調査兵団や鬼殺隊なんてフォースは溢れかえっている。オリジナリティがほしいところだ。

「四字熟語だと初期メン固定になりそうな印象じゃね? 滅亡迅雷的な」

「あー……」

 色々な案があるのだが、陽歌はロビーに飾られたマークを見る。このサーバーの由来となったアスクレピオス。医神の持つ蛇が巻き付いた杖だ。

「蛇……」

「蛇?」

 彼に視線に気づき、ヴィオラはその方を見る。

「ヴァイパースクワッド……」

「え?」

 そしてポツリと呟いた名前、それがイーグルのセンスに響いた。

「いいじゃないか、ヴァイパースクワッド」

「え? そんな適当な感じでいいの?」

「こういうのは閃きよ。いいじゃない」

 ヴェンも納得する。名前というのは悩めば悩むほど沼。いい名前がぴこんと閃いたところですっぱり決めるのがベストなのだ。

「よし、今から俺達はヴァイパースクワッドだ! サーペントテイルとかスースクみたいでいいなこれ!」

「うん、僕達にぴったり」

 陽歌もこのサーバーで出会った仲間達の総称としてヴァイパーは適していると感じた。

「とりあえず当面の目的はどうする?」

「新規フォースがフェスに行くにはある程度実績を積む必要がある。とはいっても少しミッションすればいいんだけどな」

 ヴェンがフォースの目標を尋ねる。イーグルによれば少しは活動する必要があるので、簡単なミッションを受けることにした。

「んじゃミッションカウンターだ」

「そうだね」

 ミッションカウンターでミッションを選ぶ。せっかくなのでフォース限定ミッションに挑戦したいところである。

「どれにする?」

「えー、そう言われると迷うな……」

「というかまずフォース申請出しません?」

 気が急いていて、重要なことを忘れていた。フォースの設立申請を出さねば。モルジアーナに指摘され、やっと気づいた。

「あ、リーダー決めないといけないやつじゃん」

 カウンターでヴェンが操作していると、フォースはリーダーを一人選出しないといけないことが判明する。まぁ当然なんだけど。

「これは譲り合いの予感……」

「よし、サイコロで決めよう」

 イーグルが互いに譲ることを予想したのでヴェンがトーク番組で使う様な大きなサイコロを取りだす。それも人数分。

「よし行くぞ! 運命のダイスロール!」

「なんだか懐かしいノリ。何が出るかな、何が出るかなっ」

 陽歌はこの空気に心地よささえ感じていた。彼の人物像からは想像できない一面にヴィオラは戸惑いつつ安心する。

「よかった、歳相応な部分もあるのね」

 ヴィオラがサイコロを転がすと、数字ではなくトークテーマが書かれていた。これなんのサイコロだっけ?

「いや数字じゃないの?」

「あ、今日の当たり目だ」

 各々がサイコロでトークテーマを出す中、陽歌が当たり目を出す。

「では当たり目が出たナクトがリーダーってことで。はい当たり目の洗剤」

「このゲームで使う場面ある?」

 ヴェンからリーダー任命ついでに箱に入った洗剤のギフトセットを貰ったが、使い道がイマイチ分からない。

「はいヴィオラ、『どうでもいい話』」

「え? どうでもいい話? そうね……なんかここの醤油ラーメンが醤油の味していないとかってよく聞くけど気にならない様な……」

 GBNのプログラムでは完璧な味覚の再現には至らず、醤油ラーメンを筆頭に微妙なものがちょくちょくある。飲み物やスナックは改善されていくがGBNでビルドコインを消費してまで醤油ラーメンを食べるダイバーは少ないのか、寄り道要素なこともあり積極的に改善される部分ではない。

「たしかに微妙な感じはあるな。カップ麺やインスタントとも違う、かといってサービスエリアのあの感じでもない……」

「ラーメン屋って気にはならん」

 イーグルとヴェンも気にはしていた部分ではある。

「僕は……醤油ラーメンに馴染みがないからぼやけてるのかな基準……」

 陽歌はあまりラーメンを食べたことがないので判断に困る状態。

「あ、じゃあ私もそんな感じなのかな。なんかピンと来ないの、ナクトの言う感じな気がする」

 記憶を失い、現実へ帰還出来ないヴィオラも状況は似ているといえる。

「ん? 記憶喪失ってエピソード記憶の消失が主なんだけど、意味記憶も消失してるのか?」

「なにそれ?」

 イーグルの発した言葉にヴィオラは馴染みが無かった。記憶というのは思い出を指すエピソード記憶、言葉や計算などの知識を指す意味記憶に分かれる。

「ヴィオラは過去にどこかでラーメンを食べた記憶が無くなってると思ってたけど、そうじゃなくて醤油ラーメンという存在自体を忘れている……つまりいくつかの基本的な知識も欠落している?」

 陽歌は状況を整理する。一見、単なるエピソード記憶の欠落と思われたが状況は深刻そうだ。

「話してみるとどうでもよくはなかったわね」

「他人の目線は大事だな。んじゃ俺は……」

 凄く重要な話だったが、気を取り直してイーグルの出目。モルジアーナは先ほどの話をメモに記録している。

「『美味しい話』。せーの、おいしいぞ!」

「これやるの?」

 突如どこぞのリュウソウ族みたいなアピールを始めるイーグルについていけないヴィオラ。

「いや実は関係あってな。最近母ちゃんが俳優目当てにニチアサ見て、そのソーセージとか買ってくるんだよ。ああいうキャラモノってオマケや絵で釣って味は足したことないし値段もほぼ版権料だと馬鹿にしてたさ。がねぇ、いやぁ、これが味わい深かったって感動した」

「実際あの年売り上げ上がったんだよね、さすがリュウソウ族」

 キャッチーなフレーズのおかげかはさておき、リュウソウジャーの年は恒例であるタイアップのソーセージが売れたとか。

「んじゃ私だな。『腹の立つ話』。あーこれね」

 今度はヴェンの目である。

「最近マナーの悪いダイバーが増えてて、どうもその多くが配信者らしいのよ」

「配信者?」

「ゲームの様子をリアルタイムで撮影して動画投稿サイトに流して、それでお金を貰う連中ね。なんでもGBNが来ているとかの情報を流して炎上系を引き入れてる奴がいるみたい」

 陽歌はネットに詳しいとはいえない。ユニオンリバーも生放送はやっているが、音声チャットの様な雰囲気で配信とはまた異なる。

「情報商材を売りに出した時はもう下火ってそれ」

「商材で売ってるってより、なんかたくさんのブログとかで『GBN配信ブーム来てる!』とか言ってるみたい」

「んん?」

 陽歌はこの話に違和感を覚えた。この手の商売はブームで一儲けし、それが落ち着いたらブームで儲けていた様子を見ていた人に商売のノウハウを売るというのが転売にしろ基本である。当然、ノウハウを買った頃にはブームの沈静化と参入者の増加で儲けは出ない。売った側の一人勝ちである。だが、今回はタダで情報が配られている様だ。

「妙だな……エヴァリーに調べてもらおう」

 陽歌は仲間の協力を得て調査しようと頭の片隅に情報を置いておく。考えてみれば、ブレイクデカール、マナーの悪い配信者、ダークの様なGBNを破壊すると公言する存在と繋がっているようなそうでないようなものが同時多発している。

「んじゃ、ミッションはと……」

 一通り用件も済んだので、イーグルはミッションを選ぶ。ミッションはフォース専用のものでランクが低めのコレクトミッション、『爆弾を処理せよ!』。ガンダムAGEキオ編の一幕を再現したものだ。

「んじゃ、行くぞ。まずはフォースネストにっと……」

 ミッションを決定したのでイーグルはウインドウを動かし、全員をフォースネストの格納庫へ移動させる。そこには全員の機体が待機していた。改造されたコアガンダムを見上げると、その代わり映えが目覚ましい。

「んじゃ、行こうか。ヴァイパースクワッド、出撃!」

 陽歌の号令で全機が発進する。ロビーの入っているタワーから飛び出し、空中に浮かんでいるゲートへ入る。ここからミッションの場所、他のサーバーへと向かうのだ。

 

   @

 

「……架空の世界、虚構の人々、NPD……」

 GBNの宇宙空間に、目立つ純白の機体が佇んでいた。デブリ帯に紛れ、まるでこの世界を値踏みする様な視線を向ける。その機体、バルギルはモノアイ越しに宇宙を見つめる。

「これは清算だ。プログラムに心は宿らないと、無知の知を持たぬ愚かな人間……その負債はここにて決済を迎える」

 GBNの広大な空間に、一つの陰謀が潜み始めていた。

 

   @

 

「楽勝なんだけど時間制限あると焦るな」

「場所固定だから覚えちゃえばいいんだけど表示されるとね。ヴィオラのおかげ」

 イーグルと陽歌はミッションを終え、一息ついていた。ヴィオラがこのミッションを過去にしたことがあり、その記憶を元に手分けしたのでかなりの余裕があった。

「でもこのアーマー、バランスいいじゃん」

「換装するのが大変であんまりコアガンダムの機能を活かせそうにないけど……」

 陽歌は義手のため、地味に大変なコアガンダム系の換装ギミックに煩わしさを感じていた。手足はともかく、アーマーの付け外しが大変なのだ。

「ギミックは付けりゃいいってもんじゃない。俺もSDだけどギミックはないしな」

 イーグルのジムプリミティブはクロスシルエットの拡張性や共通性を活かしているというだけで、SDガンダムに有りがちなギミック類はない。カスタマイズとはつけるだけでなく引き算も重要なのだ。

「え? 所属不明機?」

 話をしているとヴェンの機体センサーに機影が引っ掛かる。難易度の低いミッションではボス機体の乱入はまずありえず、ましてや他のプレイヤーの介入などもってのほか。これは襲撃ミッションではない。

「NPDじゃなくてプレイヤーみたいだけど……」

 ガンプラは五機編成。無改造の機体でありまとまりもなく、ガンダムAGEとの関連性も薄いので乱入ボスでないのは確かだ。そもそもヘビーアームズにデスサイズがいてウイングとサンドロックがいない、ユーラヴェンとアルスアースリィが仲良く一緒にいる、締めはインフィニットジャスティスとなんかなんとも言えない組み合わせだ。

『おいおい、新規フォースと聞いたがとんだキッズだぜ』

『二匹がSD、装備の無いコアコアガンダムが一つ、実質二匹だぜ。配信の盛り上がりに欠ける』

 敵対ダイバーはそんなことを好き勝手に言う。これが噂のマナー悪い配信者なのか。同時にマナーの悪い初心者でもある様だ。

『少しは盛り上げてくれよ? 俺達の喧嘩凸配信をな! ブレイクブースト!』

 ヘビーアームズが初手からブレイクデカールを使用し、小さなミサイルハッチから大量の巨大ミサイルを放つ。本来乱入出来ないはずのミッションに乱入し、攻撃出来ない相手に攻撃する為にもブレイクデカールを使っていると思われる。

「な、素組みのヘビーアームズでこれ?」

 陽歌は咄嗟にガトリングと頭部バルカンの掃射で数を減らそうとするが、あまりに数が多い。

「任せろや!」

 そこへヴェンが機体を真っすぐに飛ばす。一応大剣で防御しているが、ほぼ直撃だ。

「消し炭になったか……」

 ヘビーアームズのダイバーは撃墜を予想したが、煙の中からほぼ無傷の状態で飛び出してくる。

「何?」

 そのまま大剣で真っ二つにされ、爆散という悲惨な結果となった。

『ぐわあああ! プレミア価格だぞ? こんな弱いわけ……』

 ダイバーは転売屋から高値で買ったから強いと勘違いしていた様だ。ただ残念なことに強ければ高値で取引されるのが基本のカードゲームとは違い、プラモの制作技量を反映するガンプラではそうもいかない。

『クソ、このチート野郎が!』

 他のメンバーが慌ててブレイクバーストする。デスサイズは全く姿を消してしまうほどの効果。

『これで終わりだ!』

 ユーラヴェンが棒立ちのまま狙撃姿勢に入る。ヴィオラのアルスコアを狙ったがその周囲を陽歌のガンダムが飛びまわり、視界を阻害する。

『邪魔だ!』

 集中力を削がれ、苛立つユーラヴェンのダイバー、しかしその隙にプリミティブが接近していた。

「な……」

「バーンナックル!」

 プリミティブの拳がユーラヴェンの腰に直撃する。腰パーツやジョイントが分解し、ユーラヴェンは爆発四散。その様を見て、陽歌はふと思う。

「あー、コアガンダムって腰のパーツ外れやすいから補強しないと」

「貴様!」

 仲間を即座に二人始末され、インフィニットジャスティスがリフターを背負ったまま強襲をかける。しかし、五人中三人をノーマークにしていたツケというのは重くのしかかった。

「ガンドラゴンイレース!」

 以前の陽歌がしたのと同じ、モルジアーナの武装を使用した合体攻撃でインフィニットジャスティスは撃破される。

『ば、バカな……SD如きに!』

 SDでもコアガンダムでも一機は一機。同じ作り込みならば出力の面でリアルタイプに劣ることはシステム上ありえない。その二機が合体した攻撃などまともに受ければいくらブレイクデカールの恩恵があっても雑魚同然。せっかくのブレイクデカールも大元のガンプラが弱ければブーストの恩恵は微小。

(こうなれば……俺だけでも!)

 透明になっていたはいいが、仲間が瞬殺される様を見て足がすくんでいたデスサイズのダイバー。透明ならまず攻撃されないだろうと思い、攻勢に転じた瞬間であった。

『は?』

 なんと迷いなく陽歌のガンダムがビームサーベルを抜いて見えないはずのデスサイズを切り裂いたのだ。彼は幼少期から理不尽な暴力に晒された経験から、敵意や害意に敏感なのだ。故に見えなくてもそこからなんか感じる、くらいのノリで察知が出来る。

『ふざけんなー!』

 透明も全く活かせず、闖入者は全滅した。

「これ配信されてたんだろ? ヴァイパースクワッドの初陣にしてはイケてたんじゃないか?」

「あ、そうだった」

 ヴェンに言われて配信に気づく陽歌。あの五人が全滅した時点でもう放送画面は切り替わっているだろうが、不意に名前が売れる切っ掛けになりそうだ。

「さて、帰るか」

 帰還しようとしたイーグルのコンソールに警告が表示される。モビルスーツを超える大規模な熱源反応だ。

「なんだよ!」

 また乱入かと思い、熱源の方を見たイーグルであったが、そこにはなんと勝手に集まる敵の残骸があったではないか。コアガンダムⅡとアルスコアを中心とし、残骸がアーマーとなって装着される。四本脚の巨大なモビルスーツが姿を現したが、パテで無理矢理繋げた様な歪な存在である。

「これは……」

「チートツールの影響か?」

 右腕にはガトリング、左腕には一体化した大鎌という異形の化け物。とりあえず陽歌は射撃で様子を見る。ビームガトリングであちこちを撃ってみるも効いてはいるがすぐに再生されてしまう。

「再生? まるでDG細胞みたいな……」

 攻撃しても再生されてしまうのでは、倒しようがないのではないか。しかしイーグルとヴェンはその様子を見て即座に飛び掛かる。

「つっても再生する前にやっちまえばいいんだろ、それにコアがあるはずだ! 雲雀!」

「見えたのか、小鷹」

「え?」

 聞こえた名前を陽歌が処理するより先に、イーグルが敵に接近する。ガトリングの攻撃を受けて一番再生が早かった場所、それがコアのある場所だ。

「胸部か頭部か、って思ったがこことはな! ひねてやがる」

 イーグルが狙いを付けたのは四本脚のうち右後ろ脚。一見すると守りが弱い様に見えるが、頻繁に動く場所かつ再生速度を上げれば攻略されにくいだろう。

「Cランク以上のダイバーに解放される、これが俺の必殺技だ!」

 マフラーが赤い帯を描き、全身のフレームに力が流れる。

「ルナティックモード!」

 強化された状態で足へのラッシュを仕掛ける。陽歌やヴィオラ達も他の部位を攻撃して再生を遅らせていく。その結果か、コアが隠し切れないほど装甲が削れ、弱点が露出する。

「行くぞ、血の通いし鉄が意思を遂げる……アンサラー!」

 大剣が開き、そこから迸るエネルギーの奔流でコアを切り裂く、というより溶断せしめた。中枢を失い、謎の敵は沈黙した。

「これが必殺技……」

 二人の必殺連携で敵は倒した。しかし、それからほどなくして敵は目を光らせて再び立ち上がる。

「馬鹿な……再起動だと?」

 コアを撃破されたにも関わらず、再生を始める。おそらく新たなコアが出来ているのだろう。これでは打つ手なしだ。

「な、何か変……」

「何かって……これは……」

 それに呼応するかの様に、周囲は暗雲が立ち込める。この敵だけではなく、エリア全体に影響が出ているというのか。

「どうする?」

「こりゃいくら倒しても切りないぜ……」

 まさかの無限再生。そして必殺技は使い切ってしまった。陽歌とヴィオラはまだ必殺技に目覚めていない。対抗手段はない。

「フルクレストキック!」

 その時、見覚えしかない必殺技が敵を呑み込む。光の中に敵は灰塵となって消え、眩さが晴れた時にはチャンピオン、ガロの機体、ガンダムフルクレストのみが存在していた。

「チャンピオン!」

「こんなところに!」

 イーグルとヴィオラは突然の再会に驚く。

「おや、奇遇だね。妙な気配を察知してきてみれば……」

 ガロは見回りをしていて偶然ここに来た様だ。

「え? お前らチャンピオンと知り合いなの?」

「確かに有名プレイヤーと相互フォローなのは凄い……」

 ヴェンと陽歌だけが知らなかったが、彼らは以前、初心者に偽装したガロと出会っていた。

「またバグか……最近は頻度や規模が多い……」

 ガロは今日も今日とてバグを追っていた。たしかに前は敵が変異こそしたが、ダイバーのガンプラが融合したあげく無限に再生して天候まで帰るなどその影響は拡大傾向にあると言える。

「ことの仔細は私が記録し、提携企業であるハイムロボティクスへログを送信しています。ご安心を」

 モルジアーナはトイボットであり通常のダイバーとは違う。こういう処理もお手の物だ。

「ほう、ハイムロボティクスのトイボットか。よいパートナーを連れているね。オーナーは……」

「私の主は、こちらのナクト殿です」

 改めて紹介されると気恥ずかしいというか、主従という感覚ではないので変な気分になる陽歌であった。

「ほう、君はちょうどCランクか。では、メガ粒子杯デルタカイに出るのかね?」

「大会ですか?」

 ガロは陽歌に大会の参加を促す。この大会はCランク、及びそれ以上であるが大会出場経験のないダイバーが参加できるルーキー大会となっている。

「いい経験になると思うよ」

「大会……」

 これまでの自分なら、絶対に出なかったであろう公式の場。陽歌は自分を変える為に、少しでもあがこうとしていた。

「出てみようかな……」

 こうして陽歌の新たな挑戦が始まろうとしていた。




 メガ粒子杯デルタカイ

 Cランク、及びそれ以上だが大会の参加経験がないダイバーのみが出場できる大会。初出の漫画「ビルドダイバーリゼ」では参加条件がCランク以上となっているが、大会も種類があるので差別化の為にルーキー大会となった。
 今年度は新進気鋭のフォース『ライジング』からパーシヴァルが優勝候補となっている。


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運命の五王女

 運命の五王女

 レジー

 惑星コウグの農村部出身。力が自慢だが王座の重要性の認識はイマイチ。


 陽歌はかつて自分が残したガンダム紅蓮の縁を辿り、ワープに成功した。いわばこのガンダムがワープ目標を定める楔として機能したのだ。

「あなたは……アクトレスの比良坂夜露さんですね」

「そうっすけど……、これは一体?」

 突如として現れた陽歌に夜露は困惑する。陽歌側は当然、夜露を知っているが逆は違う。アクトレスというのが職業柄、エースとなればメディア露出も増えるので一方的に知られていることも少なくないのだが。

「惑星コウグでクーデターが起きたんです。あなたもその救援で?」

「そうっす」

 目的は一緒と知り、二人で敵に向き合う。

「ヨモツヘグイ!」

 夜露は遠隔兵器、ピジョンを飛ばし、それで五人の敵を囲んで牽制する。アリスギアは人間に向けて撃てないが、それを向こうが知っているとは限らない。ハッタリくらいにはなるだろうか。

「アリスギアはセーフティがあるんだろう。リサーチくらいしてある」

 だが、銀髪の少女は一瞬で周囲のピジョンを掴むと弱点を見抜いてみせた。これは手ごわい、と陽歌が代わりに出ることにした。武器が使えない夜露では戦いようがない。

「ここは僕がやります」

「ふむ、下がれレジー。妙な相手は私がやる」

 銀髪の少女がレジーを退かせる。初見の相手に有利な能力があるということか。

「いいよなー、不死身。危ない仕事し放題だ」

「不死身ですか?」

 敵に不死身の能力があると聞き、夜露は素直に驚く。ただ陽歌は真に受けていなかった。

「おそらく、フカシかと。不死身というのもものの例え!」

 陽歌は切り込む。本当に不死身ということはあるまい。加えて、陽歌は不死身という存在に対抗策がある。

「果敢鳳凰翼!」

「何!」

 不死鳥の様な斬撃を飛ばし、敵に攻撃を仕掛ける陽歌。刀を携えながら遠距離攻撃という初見殺しに敵は対応しきれず、そのまま攻撃を受けてしまう。

「うわあああ!」

「よし」

 ざっくり身体を斬られ、燃え上がりながら敵は転がり、炎を消そうとする。

「き、傷が再生しない……!」

「やっぱ傷が即治るタイプか」

 不死身特攻。転輪を繰り返す都知事、大海菊子を斬り、その繰り返しを断ち切った陽歌に与えられた不死斬りの功績とその力。不死身というものは彼の前で意味を成さない。

「ぐわああ……」

「お、おいディズィー!」

「死んじゃった?」

 銀髪の少女、ディズィーはそのまま息絶えた。敵があっけなく死亡してしまい、夜露は戸惑う。レジーも不死の能力を持った味方が殺され、焦りを見せる。

「あわわ……どうしよう……」

「さて、切り札も尽きたようですね」

 陽歌は残る四人に刀を向ける陽歌。しかし残りのメンバーはレジーの様に焦ってはいない。

「レジー、落ち着け。ディズィーの能力を忘れたのか」

 緑髪を後ろで束ねた少女がレジーをたしなめる。

「け、けどピンサ! 実際死んじゃったし……」

 レジーが慌てる中、銀髪のドリルヘアの少女がディズィーの残した筒を見ていた。

「あーあ、死体でも残してくれれば好き者に売れるでしょうに。この損傷具合では能力の都合が無くても臓器一つ売れませんわ」

 筒は上下で二つに分かれており、その姿は陽歌にとっても馴染みがあるものであった。

「あれは……デザインナイフの替え刃?」

「それってプラモデルを作る時に使ったのですか?」

 その筒からなんと、新たにディズィーが現れた。

「おいバイス、臓器はまだしもネクロフィリアへの商売を考えるな」

「お堅いですわねぇ。そっちの方が儲かりますのに」

 なんと、一度死んで生き返る方式である。これでは一回死んでいるので不死無効も意味を成さない。

「さて、片付けるか」

 ディズィーは片付けると言ったが、敵対する陽歌達のことではない。自分の死体を担ぎ、捕縛した夜露のピジョンごと筒の下に入れる。そういう循環システムなのか。

「多分、死体を回収することで次回以降に耐性を付けるのか」

「そんなのありっすか?」

 陽歌はこの手の超能力に慣れているが、夜露は漫画などにもシタラほど詳しくないので理屈の理解に苦しんでいた。

「さて、ではお前達には消えてもらおうか」

 ディズィーが動き出す。防御能力は把握したが、攻撃は未だ未知数。陽歌と夜露が構える中、高速で接近する物体があった。

「あれは!」

「なにっすかあれ!」

 陽歌にはそれに見覚えがあった。アークスのキャンプシップ、つまり七耶達が到着したのだ。そのキャンプシップの上には、見知った人物が乗っている。アークスの守護輝士、響だ。

「その徒花、最盛の可憐さは言うに及ばず散り際の潔きこと……花と等しく散れ」

 響がキャンプシップから飛ぶと、誰にも見えないほどの速度でディズィーに接近しその首を斬る。

「サクラエンド!」

 しかし首の骨が硬いのか、斬れはしたが頭部は取れない。

(浅い!)

 死と再生を繰り返したディズィーは素の防御力も中々。おまけに傷はつけた傍から回復する。

「零式!」

 だが、二撃目が首を切断する。それでもまだ死なないのか、ディズィーは首を手で抑えて戻そうと画策した。

「アサギリレンダン!」

 が、連続攻撃を受けて腕ばかりか体幹を支える身体の筋肉をズタズタにされる。

「やったな!」

「この!」

 残り全員が総攻撃を仕掛けるも、全てをすり抜けて刀を収めた。

「これで終わりだ」

 衝撃波に襲われ、四人の敵は吹き飛ばされる。

「ぐわあああ!」

 とりあえず危機は去ったが、陽歌は響に敵の特性を伝える。

「一人生き返る奴がいます! 気を付けて下さい!」

「何?」

 響が死体に目を向けていると、残った筒から新たにディズィーが出てくる。

「一日に二度死んだのは初めてだよ。腹立たしいね」

 ぶつくさいいながら筒に死体を入れるディズィー。五人の敵が並び、彼らに相対する。キャンプシップから七耶とマナが降りてきて陽歌達の戦列に加わる。

「お前達の目的はなんだ!」

「そういえば聞いてなかった」

 七耶が問いただしたことで、彼女達はようやく目的を語り始めた。陽歌はそこまえ考えていなかったのだ。

「私達は、惑星コウグの王位継承権を持つ者!」

 ディズィーから語られたのは衝撃の一言。たしかコウグの王室にはニパ子以外の姉妹はいなかったはずだが。

「妾の子とか?」

「そんなものではない。私達は正式な後継者である可能性があると同時に、ニッパーヌに王位を継ぐ資格がない疑いがあるのだ」

 ディズィーの言葉は要領を得ないもの。この五人に王位継承の権利があるというのならまだしも、正当後継者として帰還し一年も王政を治めていたニパ子にその資格がないというのはどういうわけか。

「私はディズィー。最も王座に近い存在だ」

「あたしはレジー、王様になったら便利なコンバインとか使い放題って聞いて!」

 ディズィーは確実に王座を狙っているが、レジーの方は全く王座について理解していない様子。

「ふわっとした経済観念で王が務まるものですか。わたしくバイスの様に、国庫を担う者は金銭や経済でのみ関係を構築する現実主義者でなければ」

 バイスはかなり守銭奴な印象を先ほどからの会話でも与えてくる。仲間の死体で一儲けしようというのはかなり倫理的に危ないが。

「私はピンサ。富める者による富める者の為の王政はここで終わらせる」

 緑髪の少女はピンサ。それぞれに多少なり王座を狙う理由があるらしい。

「理由はとにかくクーデターの主犯はお前らだな?」

 七耶は担当直入に問いただす。こちらはクーデターの鎮圧さえできればいい。理由などは聞く必要もないのだ。

「そうだ」

「ならさっさと始末して帰ろうじぇ。小娘五人揃って吹き飛ばしてやる!」

 七耶が口にキャンディ状の修正プログラム『天魂』を含み、等身大のサーディオンへ変身する。サーディオンイミテイト。収縮した模造品でありながら強い力故に制限が掛けられている代物だ。

「超攻アルティメット!」

 そこから放たれる究極奥義、アルティメット。しかしこれに不用意にも立ちはだかる者がいた。

「こんなガキの攻撃なら私でも防げる」

「タガネ!」

 迷彩の戦闘服に身を包んだ少女が前に出て盾を出す。

「宇宙で最も硬い金属とカーボン複合の盾だ! 表面にはビームコーティングがされているんだ!」

 なんだが凄そうだが、アルティメットの前には即座に蒸発する。

「ぎゃああああ!」

「言わんこっちゃない……!」

 倒されたタガネの代わりにディズィーが前に出た。

「小娘に止められるか!」

「いや、ダメだ!」

 陽歌はディズィーに勝算あっての行動と判断した。そう、彼女はヴァイスの技術、アリスギアを取り込んでいる。

「ぐぉおっ!」

 両腕を突き出すと、その腕が裂けて出血しただけで攻撃を防いでしまった。

「何?」

「少しラグがあるが……私は受けた攻撃に耐性が出来る。あの羽虫、相当なものだな」

 ディズィーは夜露のピジョンを取り込み、通常兵器へのバリアを得てしまった。

「厄介な能力持ちやがって……」

 黒こげになって倒れているタガネはともかく、残りの四人は無事。しかし旗色が悪くなったのか彼女達は去ってしまう。

「ふん、無事に条件を達成するとは思わなかったが、せっかくの機会だ。ニッパーヌには大衆の面前で王の資格がないということを証明してもらおう」

「消えた!」

 幹部特有の謎ワープで消滅する四人。倒されたタガネは無視である。

「おーい! みんなー」

 一波乱あった後、ダンゴムシの様な物体が彼らに迫ってきた。

「なんすかあれ? ダンゴムシ?」

「グソクムシ型の宇宙船?」

 夜露と陽歌がよく見ると、それにはニパ子が乗っていた。

 

   @

 

「というわけで王宮は差し押さえられたのでこれしか残ってないけど……」

 ニパ子は王宮を追われて愛用の宇宙船に避難している状態であった。

「あの人達は一体なんですか?」

 マナが聞くと、ニパ子は事情を話した。

「私が生まれた首都の病院で火事があってね、そのどさくさで保育器が転倒して五人の赤ちゃんが混ざったのよ。母親はそれとなく自分の子供を見分けたけど……」

「それが今になってもしかしたら自分が後継者かもしれないと言いだしたんですか……ん?」

 陽歌は状況を纏める中であることに気づいた。

「DNA鑑定しないんですか?」

「あ、その手があったかー」

 ニパ子は思いつかなかったが、即座にその案は響によって否定される。

「無駄だ。それで正当性が証明できるならとっくにやってる。それをしないってことは、そういうことだ」

 本当にそれで王位に正当性が出るならDNA鑑定の結果を持ってくるだろう。しかし、ディズィー達はそれを一切しない。もし彼女達の中に入れ違いのあった国王の実子がいたとしても、果たしてはいそうですかと王座が譲られるだろうか。

「んで、あいつらは何を要求しているんだ?」

「公式の決闘みたいです」

 響は救援を受けただけで、仔細までは知らなかった。彼女達は決闘を求めていると陽歌は聞いていたが、仲間を友好国から募れと言った傍からそれを妨害したりまともなことはしてこないことが予想出来る。

「どんな罠仕掛けてようがそれごとねじ伏せて諦めさせてやろう!」

「そうだね」

 七耶の言う通り、相手の狙いが何であれ全て倒せば諦めるだろう。ここに惑星コウグ王位争奪戦の幕が上がった。




 運命の五王女

 タガネ

 兵士をしており腕っぷしには自信があったが、合掌。


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二周年記念 マーガレットの時間旅行(前編)

 タイムリープ風総集編って便利


 説明しよう! マーガレットとは東京オリンピック編の頭、節分イベで登場した名前付きモブ敵である! その後ガチャに詰められて放置されたり意味深な伏線を引っ張って来て負けたりその伏線は音沙汰なかったりしたあいつである。

 何故かそんな奴がユニオンリバーの本拠地、喫茶店までやってきたのだ。当然、気にする敵でもないので全員が無視する。

「アマツキ、充電くん用意しておいたからね」

「勝手に名前つけるな」

 陽歌はフレズヴぇウルクに充電器を渡していた。

「災いを意味する禍津、そこから由来するフレームアームズマガツキ、だったら天上に住む天津神から名前を取ってアマツキってのもいいんじゃないかなって」

「由来の話ではないんだが……」

 フレズは人間嫌いなのだが、大雨を避けるために入った建物がここだったことが運の尽き。以前より因縁のある陽歌に引き取られ、今に至る。

「ったく、私は戻るぞ」

 逃げたくても陽歌及び部屋を軸に展開するデジタルハーネスのせいでそれも出来ない。

「いや私を無視するな!」

「あらいらっしゃい。お席ご案内しますね」

 アステリアに自然と接客されたが、彼女の目的はそんなことではない。

「いや違うし! 私はここにリベンジに来たの!」

「お、また炒った豆でサバゲーするか?」

 久々の再会にカティも厨房から出て来た。が、リベンジもそんな生温いことではない。

「それも違う!」

「だろうな、お前節分担当だもんな。二周年記念に出るキャラじゃないし」

「いつから私が節分担当になった!」

 完全に節分キャラ扱いされているが、彼女はそれを払拭する為にあるものを用意していた。

「これを見ろ! なんか落ちてたこの『トキヲモドソードZ』でお前達に復讐してやる!」

 マーガレットが取り出したのは古時計型の手甲一体型の剣。

「時間遡行で全ての始まりに今の知識を持ったまま戻れば、節分で負けることもガチャに放置されることも、ましてや東京オリンピックの延期も無かったことに出来る!」

「時間遡行? そんなことが……」

 剣を機動して時間遡行を開始したマーガレット、そこにフレズことアマツキが飛行してぶつかりそうになってしまう。キラービークの羽を背負って飛べるようにしてもらったのだ。

「だから由来の問題じゃ……っと悪い」

「あ」

 アマツキが避けようとした瞬間に時間遡行が発生してしまい、彼女も一緒に時を駆けてしまった。周囲がモノクロになりながらぼやけ、風景が変化する。そして気づけば、病院らしき場所にワープしていた。

「あれ? ここは?」

「お前がなんかしたんだろ。なんで分かんねぇんだ」

 自分で時間遡行したにも関わらず状況を把握出来てないマーガレットにアマツキは呆れる。

「いや、てっきり一年前の節分か一昨年のオリンピック推進委員会の時にでも戻るかと」

「試運転とかしたのそれ?」

「一応、三日くらい戻ってみたけど……」

 マーガレットも全くテストせずに使ったわけではないらしいが、思わぬ事態になっている様だ。その時、近くから赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

「な、何?」

「普通の泣き声じゃないな」

「あ、待って」

 尋常ならざる鳴き声にアマツキは飛んでいく。マーガレットも追いかけると、保育器のある部屋で一人の女性が赤ちゃんの首を絞めていた。

「何してんの! マーガレットパンチ!」

「いや剣使えよ」

 剣ではなく殴ってマーガレットは赤ちゃんを救う。アマツキはその赤ちゃんを見て少し考えていた。ネームプレートに他の子と違って名前が書いていないことが気になった。が、アマツキのことをおもちゃか何かと思っているのか赤ちゃんが泣きやみ目を開けて笑うとその疑念は確信に変わった。

「こいつ……陽歌か?」

 右目は桜色、左目は空色のオッドアイ。そんな珍しいものをアマツキは陽歌以外見たことがない。

「え?」

「人が来る、離れるぞ」

 混乱が収まらないマーガレットにアマツキが声をかけ、その場を離れる。何が何だか分からないので彼女もついていくしかない。

 

「やはり、そういうことか」

 売店の新聞で日付を確認したアマツキはマーガレットに今どうなっているのかを伝える。

「お前の大雑把な指定のせいで私達は陽歌の生まれた時間まで戻ってしまったんだ」

「え? どういうこと?」

 全ての始まり、と指定したがそれがまさか陽歌の人生になってしまうとはマーガレットも予想していなかった。

「あの赤ん坊が陽歌だ。で、お前がぶっ飛ばしたのが陽歌の産みの親」

「親が生まれたばかりの子供を殺す?」

 アマツキは事実を伝えたが、マーガレットには信じがたいことであった。ニュースに関心を持って見ていれば少なからずそういう事件を耳にするだろうが、彼女は時勢に疎い高校生。幸せな家庭に育った彼女には信じられないことであった。

「珍しくもないだろ? 話には聞いたが、あそこまでしてるとはな。馬鹿な女だ、刹那的な快感の為に父親としてガキ出来たらいっちょ前に恥ずかしくなって病院に行けず、自己流で堕胎しようとしたら失敗した挙句身体壊して死ぬんだからな」

「あの、それって死因がマーガレットパンチにならないそれ?」

 アマツキの独白にマーガレットはヒヤッとした。下手すれば自分は人殺しだ。アマツキは軽く笑って見せる。

「ははっ、そりゃより間抜けになっていいや。気に病むな、お前が殴らなくても死ぬことには変わらん。むしろ地獄に持ってける笑い話が増えてよかったじゃないか」

「ええ……」

 話は脱線したが、どうやら二人は九年も戻ってしまったらしい。

「ともかく陽歌が生まれた時っていうことは九年近く?」

「正確には十二年ちょいだ。戻る方法は?」

「……ないです」

 時間遡行した後に現代へ戻る方法はない模様。これにはアマツキも大きなため息を吐く。

「ったくしょうがない。七耶がいたら五千年以上前の外宇宙に飛んでたかもしれねーから運がよかったし、充電くん持ってこれたのはさらに幸運か……。昔の商品でも買いながら待つか……」

「待って! あなたはメカだからいいかもしれないけど私は九年以上過ごすの?」

「仕方ないだろ、元々お前がやらかしたんだからな。せいぜい未来の知識使って金儲けすることでも考えとけ」

「ええー!」

 アマツキはマーガレットを見捨てようとしたが、少し考えて戻る。

「つっても私も私でこっちの時間じゃオーパーツの塊だ。ユニオンリバーの連中に手を借りるのも尺だしお前を見張って迂闊なことさせなきゃあいつらに恩も売れるだろ。そしてお前は陽歌の過去を知らないと行動の指針も決められない。一緒に行動するのがお互いの為と思わないか?」

「……はい」

 そんなこんなで無事丸め込まれ、マーガレットとアマツキは共に行動することとなった。

 

 その後、陽歌は浅野夫妻に引き取られ青森で育った。こういう場合、普通は施設へ預けられるものなのだが彼の出自と外見の特異性から、常に陽歌を肯定し愛する存在が特に必要だと感じた浅野仁平が養子に向かい入れたのだ。

「そうそう、そんな感じだ」

 マーガレットは付近に住んで陽歌と浅野夫妻を見張っていた。後に強敵となる、というか本来不死身の都知事を撃破するキーマンとなった陽歌を倒す隙を伺うとのことだが、マーガレットは一向に行動しない。アマツキが陽歌の様子を見ているだけだ。

(あれが特別な呼吸法か……)

 仁平は自身が高齢である故に陽歌を成人まで見てやれないと思い、彼の健康を守る為自分が使っていた特別な呼吸法を仕込んでいた。アマツキはそう聞いており、陽歌の呼吸リズムが常人と違うものであることも把握していた。彼女は借りを作りたくないのと恩を売りたい気持ちでその情報を集めていた。

(普通の子供なんだな)

 見た目は違うが、普通の子供。そんな陽歌が腕を失う様な事態になってしまうとは、アマツキの中にある人間への憎悪は複雑な変化を初めていた。

「って、お前いつ動くんだ?」

 自宅に戻るとマーガレットに問い詰める。

「だって……あのお爺さんめっちゃ強いらしいし」

「トキヲモドソードVで時間停止出来るだろ」

 今回の事態を招いたトキヲモドソードには時間停止の機能もある。これを使いヤクザの事務所に忍び込んでお金を奪うことで生活費などを稼いでいたが、それを使えばさしもの仁平でも倒せる、というか普通に目的である陽歌の討伐を達成できそうである。

「時間遡行中に時間遡行は出来ない……凶悪事件を事前に止めても似た様な事件が起きて帳消しになる……本当に私がすることに意味ってあるのかな?」

 そしてこの数年で時間遡行にまつわる制限も浮き彫りになってきた。歴史の修正力やトキヲモドソード自体の制約もあり思った様なことは出来ない。もしかしたらあらゆる悲劇も食い止められるのでは? とも思ったが不可能が多すぎる。

「お前、陽歌に情が移っただろ」

「そそそそんなことないもん!」

「すごい動揺するやん」

 というのも全て建前。実際には幼い子供に暴力など振るえない、大きくなってから、と思っているうちに感情移入してしまったのだ。

「あんなお人よし集団に敵対するからどんなアバズレかと思ったが……お前も大概だな」

「だって……私だってオリンピック成功したらみんな喜ぶと思って……」

 マーガレットは経験が足りず浅慮なだけで基本は素直で善良だ。だから思想の偏った教師や大人の言葉を真に受けたりもする。

「ま、いいさ。大勢は変えられないかもしれんが個人的な復讐は出来るかもしれん。よく考えるんだな」

 これまでのことを考えれば、陽歌を倒しても大海都知事が敗北する未来は変えられない。だが、陽歌を倒すこと自体は出来るかもしれないのだ。マーガレットにとっても決断の日が近づいていた。

 

 浅野夫妻が亡くなり、陽歌があの忌み地、金湧に引っ越すこととなった。そこでの生活は地獄という言葉すら生温いものであった。養父母が信じた実の娘はその信頼を容易に裏切り、陽歌の出生を吹聴し虐待した。それを聞いて正義を笠に着つつうっぷんを晴らせる存在として、陽歌は周囲から暴力を受けることとなった。

(自分の人生にとっては一ミリも影響しないことによく執心できるものだ。犯罪者の子、まででこれなのだから近親相姦の話は出なくて正解だな)

 人の愚かさを一通り見て来たアマツキもこれには反吐が出た。仁平は元々完全に陽歌の出生を墓場に持っていくつもりだったのか、それとも積極的に語らなかったのか、実の娘である浅野撫子は犯罪者の子を引き取った程度のことしか知らなかった様子だった。

「野郎ぶっ殺してやる!」

 温厚なマーガレットもこれには怒り心頭で止めに入ろうとしたが、アマツキがそれを制する。

「待て、この馬鹿共には逆効果だ」

「なんで?」

「あのレベルのバカだぞ? ダメだと言われて辞めるものか。痛い目に遭えばそのストレスを陽歌にぶつけるに決まってる」

「くっそー、ほんと腐ってるわね……」

 アマツキの影響かどんどん口が悪くなるマーガレット。止めるのもダメとなれば、もう手段はあまり残されていない。

「あ、おい!」

 マーガレットはその方法を取ることに決めた。ただでさえ子供が傷つくところを見ていられるタイプではないのに、それが旧知の仲となれば尚更だ。

「ねぇ、陽歌くん」

「え……名前?」

 ボロボロになって座り込む陽歌に、マーガレットは屈んで視線を合わせながら声をかける。見つかるわけにはいかないアマツキは影で見張る。

(何考えてんだあいつ! タイムパラドックスになったら自分がどうなるかわかんねーんだぞ!)

 万が一これで歴史が変わってマーガレットが節分で陽歌に負けてリベンジするという、この時間遡行における前提が覆ってしまったら何が起きるか分からない。巻き込まれた自分も消えるかもしれないというヒヤヒヤを感じつつアマツキは見守る。

「ここにいるの辛いでしょ? お姉さんと一緒に暮らさない?」

「え……?」

 突然の提案に陽歌は困惑していた。アマツキは急いでマーガレットに声をかける。

「おい! いい感じに嘘つけ! 親戚だ親戚!」

「私、実は君のお姉さんの親戚でね」

「お姉ちゃんはいないよ?」

 この時点で陽歌は仁平の娘を姉ではなく母だと認識していることにマーガレットは気づいていなかった。これにはアマツキも頭を抱える。

「あー、まぁ色々あるじゃない? とにかく、ここよりゆっくり出来る場所で暮らさないって話!」

 マーガレットは勢いで押し切る、だがこの時期の陽歌は彼自身にも大きな問題を抱えていた。

「ありがと……でも、僕がいると迷惑になると思うから……」

 陽歌は立ち上がると、走る様に去ってしまった。そう、彼は救いの手を取ることが出来なかったのだ。それこそ七耶達の様に、強引に引き込むくらいの勢いでなければならない。

「あ……」

「そういうことか、あいつが言ってたの」

 陽歌がいなくなったのを確認し、アマツキは合流する。マーガレットは自分のふがいなさにただ滂沱するだけであった。

「私は……時間も巻き戻せるのに……無力だ……」

「諦めが早いな。ガチャに詰まってまでリベンジの機会を伺った女がここで諦めるのか?」

 しかし、このまま周囲の思うがままというのはどうにも納得できないアマツキはマーガレットに発破をかける。

「でも!」

「要するにあいつが死ななきゃいいし、あいつに危害を加えたことが原因でボコられてると悟られなきゃいいわけだ」

 アマツキには案があった。そう、小さい彼女にしか実行できないアイディアが。

 

「まず、陽歌が死なない様にひっそり角砂糖などを届ける」

 最初にするのは陽歌の生命維持。まともな食べ物ではないがあるとないとでは大きな違いだ。

(長期の虐待を受けた子供は栄養失調などで発達に影響が出ると聞いていたがあいつにはあまり感じなかった……まさか自分でその原因を作っているとはな……)

 栄養が偏らない様にサプリメントを砕いて溶かしたものなども舐めさせる。特に夢遊病で徘徊している時はがっつり食べさせるチャンス。こちらに気づいてないのをいいことに消化のいいリンゴなどを与えていく。

「で、次に仕返しのお時間だ。自己満足にしかならねぇがそれで充分。広谷小鷹、狭山雲雀、八神紬以外全員敵だからな、ターゲットをばらけさせて誤魔化す必要がないのは楽だ」

 お仕置きに関しては「陽歌に危害を加えた」という共通点が浮き彫りにならない様にしたいが、もう周りがみんなアレ過ぎてアリバイ工作は不要だった。金品を盗んだり冷蔵庫を開けっぱにしたりとやりたい放題。

 特にここはトキヲモドソードVの時間停止が有効に働いた。マーガレットは僅かでも金湧にお金を落としたくないのか買い物はわざわざ隣町でしていた。

 

 それからしばらく、ある事件が起きた。ある日のこと、いつもの様に陽歌を遠巻きに見守っていたのだが、彼を含む周囲の人間が凍り付いたのである。

「これって?」

「ああ、これが噂の、ギャングラーによる大量失踪事件か」

 異世界の犯罪組織であるギャングラー怪人、ザミーゴ・デルマの能力による大量集団失踪事件。二年の月日が経ってようやく解決されたそれに陽歌も巻き込まれていた。

「無事に助かることは確定だが……どうする?」

「ついてくついてく」

 トキヲモドソードには追跡機能があるのか、なんとついていくというマーガレットの意思のみで時空を切り裂いてギャングラーの追跡を開始した。ギャングラーの本拠地は暗い枯れ果てた森の中にある不気味な洋館であった。

「ここがギャングラーのアジトか……」

「来たはいいけど……どうしよう?」

 勢いで来たのでマーガレットも予定は組んでいなかった。ここで変な動きをすればどんな影響が出るか分からない。

「はぁ……ったく、様子だけ見て帰るぞ。ここには私も用事がある」

 いつものことにアマツキは溜息を吐きつつ先導する。

「居場所分かるの?」

「パーツの一部を奴の服に忍ばせたからな。それで追跡する。この時期にはMSGも補充できる」

 部品が供給できる時代になったため、そういう策も取れるのだ。

「それ便利。ずっとやっとかない?」

「近くないと無理。屋敷の中にいるのが分かればそのうちヒットするだろうが、十メートルちょいが限界だ。それに得体の知れない部品なんて見つかったらゴミだと思われる」

 しかし決して万能ではない。セッション中に飛ばした遠隔兵器の回収機能を応用しただけなので限度もある。

「いた。あそこだ」

「厨房?」

 何故か厨房で魚の頭蓋みたいな怪人に鮭料理を振舞われている陽歌。これは一体何なのか。

「ふふふ……お前みたいに痩せている奴は鮭を食え!」

「何あれ……」

 彼はサモーン、陽歌の好物が鮭になった原因だ。

「サモーン様! あの鮭が手に入りました!」

「何? 早速秘密の保管庫にしまうぞ!」

 そこに部下が発泡スチロールの箱を手にやってくる。中には氷と輝く様な巨大鮭が入っていた。

「ふっふっふ、あのフィンダンサイクルの英雄、フィン・マックールの食した叡智の鮭の対局に位置するという強健の鮭……、これは大事に大事に取っておこう。この世のあらゆる記念日に鮭を食う習慣が根付いた記念まで……」

「気が長いわね」

 サモーンはオーブンの前に移動すると、スイッチやつまみを複雑に動かした。すると、大きなオーブン棚が動き扉が出現した。その扉にも長いパスワードが掛けられており、それを開錠して中に入るとそこにはエレベーター。

 そのエレベーターの上下ボタンをバリアフリー用の低い位置含めて複雑にコマンド入力。

 エレベーターは初めからこの階にいたのか、待つことなく扉が開く。アマツキは飛行しつつ即座に乗り込む。

「少し待ってろ。私はこれに用があったんだ」

「え? どういうこと?」

置いていかれたマーガレットであったが、アマツキも概ね事情を話さずとも自分を置いて帰らないと思う程度には彼女を信用していた。中に入ってさらに階数ボタンを長押しなども駆使しつつ入力。そうして動き出したエレベーターは地下に向かう。そこには大きな冷蔵庫があり、いくつものダイヤルでロックされていた。

「しかしいいんですかサモーン様? このダイヤルはゴーシュ様謹製、ルパンコレクションの中で奪取しそこねた『ダイヤルファイター』の開錠機能を対策するために少数生産された特注防御ダイヤル。それを黙って全て私用の冷蔵庫につぎ込んで……」

「そもそもこの部屋がバレない様に作ってるからな、俺が盗んだってバレても何に使ったのかまでは分かるまい。こんなガチガチ対策は臆病者のすることだってギャングっぽいこと言えば許してもらえるだろう」

 鮭のことしか考えていないのにギャングラーで許されているのは処世術に長けている面もあるのだろう。アマツキはこのフロアに至る方法をしっかり録画して戻る。

 

 それから二年後、陽歌は無事解放された。しかし同じ金湧で捕まった人で解放されたのは彼だけであった。それが周囲の逆恨みとも言える憎悪を駆り立てる結果となってしまった。

「おそらく原因はその目立つ外見のせいで化けの皮として適さなかったことと、遺伝子特異性のせいで臓器売買も出来ないからだろうと言われている」

 アマツキの説明を聞き、マーガレットはふと思い出す。陽歌の姉夫婦がたびたび怪しい病院に陽歌を連れて行っていることを。

「え? じゃああの内臓売買は……」

「無駄だろうな。買った方は詐欺られたと思って、あいつらきっと今頃東京湾の底でたい焼きくんと仲良くしてるぞ」

 自業自得の結末を迎えることとなった姉夫婦の末路はどうなるやら。長い時間の旅も終着点を迎えようとしていた。




 思いの外長くなったので前後編に分割。これでもいくつか飛ばしたイベントがあるんだけどどんな人生送ってんだこの九歳


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二周年記念 マーガレットの時間旅行(後編)

 思ったより長くなったマジで


 ユニオンリバーに敗北した歴史を変える為、時間遡行を行ったマーガレット。偶然くっついてきたフレズヴェルクのアマツキと長い歴史の旅に出た。本来なら数年のはずが一気に陽歌の生まれた年代まで戻ってしまうという事故を乗り越え、徐々に現代へ近づいていた。

「ねぇ、陽歌くん遅くない?」

「そうだな、今日は寒いってのに」

 寒いある日、家の近くで陽歌を待っていた彼女達は帰りの遅さを心配していた。

「図書館にでも行ってるのかな……でももう閉館の時間だし」

 図書館は通常、午後五時で閉まる。だがその時間は過ぎている。短い日は沈み、雪がちらちらと舞い始めた。

「……おい、今何年だ?」

 アマツキはマーガレットに年代を聞く。彼女はこの時代で契約した携帯を持っており、それで今の日時を確認して伝える。

「えっと……」

「しまった! もうそんな年か!」

 教えられたアマツキは飛翔し、学校の方へ向かう。話は聞いていたが、詳しい日時は知らない。ただ年数は分かっていたので警戒くらいはしておくべきだったと彼女は悔いる。

「な、何?」

「今日がその時だったんだよ! あいつが腕を失う原因になった……」

「ええ? なんだって?」

 陽歌が腕を失ったのは事故や病気によるものではない。他者の悪意によって引き起こされた『事件』なのだ。二人は学校へ急ぐが、学区の端にある自宅からではどうしても時間が掛かってしまう。本来はスクールバスで通う様な距離、マーガレットもタイムリープしている都合免許が持てず、自転車で駆け抜ける他ない。

「ここだ!」

 学校に着けば後は明快、ジャングルジムに縄跳びで腕をきつく固定されている陽歌を救出するだけだ。

「か、硬いなぁ……」

 硬結びに加え、伸びるビニール製の紐を伸ばして結んだせいで既に腕に血色がなくなっていた。陽歌本人も意識を失っており、早急に助けねば凍死の危険がある。

「離れろ! 断ち切る!」

 アマツキは脚部のブレードで綺麗に縄跳びを切断し、陽歌を解放した。

「救急車だ!」

「うん!」

 救急車を呼び、病院に搬送してもらう。自分達の存在が陽歌に露見してはいけないので、影から見守ることしか出来ない。

「結末を知っているのに、無力だな……」

「うん……」

 改めて時間遡行の制限を感じる二人であった。時間遡行中に再度遡行することは出来ない、歴史を変えようとしても修正力によって似た様な事件が起きて結局歴史は変化しない。

「これ考えるとよく折れなかったよね都知事」

「よほどメンタルが強いか状況を把握できない馬鹿か、本気で自分なら例外になりえると思っている大馬鹿か……」

 そう考えるとセーブと引継ぎを持っていたとはいえ、何度も自身による東京オリンピック開催に固執した大海都知事はかなりの難物であったことが分かる。

 

 そしてついにこの年がやってきた。全ての始まり、陽歌とユニオンリバーの出会いがあった年。まだ初夏であるが、九月には該当のイベントが始まるのでいっそう警戒が強まる。

「そういえば特にこの時期の記憶がないとか言ってたな。単純に限界なんだと思うが……」

 アマツキも陽歌からはこの時期の情報を得られなかった。ユニオンリバーと遭遇する頃には半ば死んでおり、ここら辺が心身共に限界であったのは想像に難くない。

「何あれ?」

 その時、マーガレットは何かを見つける。それは巨大な姿をした異質な人型生命体、侵略宇宙人であった。

「あれは、ダダ……それもパワードの方か? なんでそんな厄介なもんがここに……」

 予想していない事態に困惑するアマツキであったが、それ以上に状況を混沌とさせたのは歩道橋の上に立つ陽歌であった。以前までのボロボロの姿はどこへやら、顔色もよく服装も整っている。

「何をする気だ?」

「……」

 陽歌の腕は義手でなくなっており、左手にはガントレットの様なものが付いている。それを機動し合掌する様な形で右手の指輪を読み込ませた。

「ウルトラタッチ! ××××―×!」

 そして、左腕を掲げて何かを叫び巨人のシルエットへと変貌していく。その眩さに目が眩んだところで二人は寝床で目が覚める。

「な、何が……」

「おい、時間見ろ」

 マーガレットはアマツキに促されてスマホの時間を見る。すると、あっと言う間に九月まで時間が進んでいることに気づく。予定の時間まで26日もない。

「な、なにこれ?」

 一体何が起きているのか分からないが、とりあえず二人はいつもの様に時間を潰すことにする。

「さっきの何だったの?」

「陽歌の奴が記憶を無くした理由と関係あるかもしれんな」

 アマツキは一応記憶だけしておくことにした。以前金湧を調査した時、エヴァリーが光の巨人にまつわるアイテムを手に入れたので何か関連性があるのだろうか。

「ん? 何あの騒ぎ」

 おもちゃ屋に行くと、いつもでは考えられない騒動が起きていた。金湧は民度が低いので喧嘩や怒号は日常茶飯事であるが6年も住んでいるとそれでも慣れてこの騒ぎに異質さを感じるものだ。

「フハハハハ、皆の衆! 我々マーケットプレイスが在庫を纏めて分配してやろう! 多少の手数料はいただくがな!」

 有名な都市伝説、小さいオッサンをそのまま姿にした様な存在が指揮を執っていた。しかしファンシーさは欠片もなく、禿げた頭頂部を左右に少ない髪で必死に隠した脂ぎった中年太り。服装も外に出るというのに白いタンクトップにステテコと清潔さすらない。妖精の様な羽根だけが浮いて見える。

「マーケットプレイス?」

「転売屋軍団だ。幹部の何人かはあいつらにブチ殺されたがな」

 転売屋ギルドマーケットプレイス。ホビーから生活必需品まであらゆるものを買い占めて転売する犯罪組織。四聖騎士の天魂を模したアイテムで変身する幹部、アダムスミロイドも存在する。

キンキン声が耳障りなおばさんが変身するピンク色の蛇を模した、金色のモーニングスターを持つファルス・ザ・スネクロイドはエリニュースにより撃破。ワンダーフェスティバルにて、チンピラ崩れの変身する顔が何故か下半身にもある上に鼻が展開式の砲台になっている象のケンタウルス、ガネス・ザ・エレファントロイドはエヴァリーによって討伐。巨大なミル貝のベニス・ミルシェルロイドはヴァネッサに切り裂かれ、手足の生えたオタマジャクシのフログ・カウパロイドは就任直前の大空まひる首相によって撃破された。一見すると無能雑魚集団の様に見えるが、四聖騎士やそれに準ずる人々が異様に強いだけで一般には十分脅威である。

「下ネタ縛りでもしてんの?」

「知るか」

 そのあんまりにあんまりなモチーフにマーガレットはドン引きする。もし自分が改造人間にされてこんなデザインだったら即座に身を投げている。

「って、あいつ私が欲しいもんも買い占めたのか?」

 アマツキはマーケットプレイスの買い占めの中にFAガール用バッテリーの替えがあることに気づいた。一般家庭のコンセントで充電できるとはいえ、バッテリーが寿命を迎えるとどうしようもない。ファクトリーアドバンスの技術で長持ちするバッテリーとはいえ、FAガール開発の期間までは頻繁に充電しない様にするなど、かなりヒヤヒヤさせられた。

「おいそこのちっせえオッサン!」

「なんだ、お前は……」

 マーケットプレイスはホビーを扱っているのにFAガールであるアマツキを知らなかった。あまりベースから改造されていないのですぐにフレズヴェルクだと分かるはずだが、所詮転売屋の知識はこんなもの。

「私達にとっての命綱を買い占めるとは……やはり転売屋はここで殺しておくべきか」

「ほう、必要なものか、いいことを聞いた。どんどん集めてやるから私達から買え」

 必需品と聞けば買い占めるのを辞めるどころか儲けようとする始末。やはり転売屋という生き物は救えない。

「それを買い占めたら惨たらしく死ぬってことを教えてやるよ!」

 なのでもう殺して教える他ない。

「私を殺す? この最弱のアダムスミロイド、ミクダデ・ザ・フェアリロイドにすらお前は勝てない! そう、経済という人類のみ持つ基準によって進化した人類が我々であるが故に!」

「自分で最弱とか言っちゃったよ……あ、時系列的には最初のボスか」

 よくある幹部最弱を自称してしまうミクダデに戸惑うマーガレットであったが、タイムリープしているので時系列で言うとここが初のアダムスミロイド戦になる。つまり最弱。

「あーはいはい、よくある最弱って言ってるけどその世界の評価基準に乗らないだけで普通に無双するタイプね、もう食傷気味だ」

 アマツキは最初からオッサンを相手にする気はなく、荷物を運ぶメンバーに脚の刃を向けた。

「お前が死ねば問題ない!」

 だが、その刃は届かない。間に突風が吹きすさび、アマツキは跳ね返されてしまう。

「はっはっは、人員が狙われることくらい予想済みだ!」

「チッ、てめーを殺さねーとあいつらも殺せねぇのか」

 オッサンは高速で飛び回り、アマツキを妨害する。

「小さすぎて私じゃ追えない!」

 マーガレットも支援したいが相手が小さく、まるで虫を相手にしている様なものだ。通常、虫は人間を脅威に感じて逃げるのだがオッサンは積極的に攻撃してくるのでウザいことこの上ない。

「最も最弱最小が恐ろしいのだ!」

「そりゃサイズ差がある場合だろ。虫みてーに小さい奴からは人間の動きが止まって見えるって陽歌も言ってたし」

 しかしその理論はサイズの差がある場合のみ。オッサンとアマツキの間にはサイズ差がない。

「だがこの速さ! たかがおもちゃに進化した人類を止められまい!」

「お前が誰を相手にしてるのか分かってんのか?」

 自身満々のオッサンに、アマツキはただ、近くにあったポップを吊るす細い柱に捕まるだけ。

「私はフレームアームズガールラインナップ最強のフレズヴェルク、そして浅野陽歌が調整したアマツキだ。お前如き、こうだ!」

 その柱を軸に横回転を始めるアマツキ。移動用に使っていたキラービークの翼をその回転の動力とし、凄まじい竜巻を店内に引き起こす。

「や、やめろ! 吸い込まれる!」

 吸引力が発生しており、オッサンは必死になってレンジの持ち手に捕まる。しかしその扉が開いたりレンジが動いたりし始めたので、持ち手を伝ってなんとか冷蔵庫まで移った。

「な、なんて奴だ……だが、レンジやら炊飯器やらを吸い込んでしまえば中心の奴に激突し自滅……」

 小型の家電が吸い込まれていく様子をみてオッサンは震えながら勝利を確信した。だが、中心にそれらが届くと同時に蹴り飛ばされ、マーケットプレイスの頭に激突しメンバーが次々斃れていく。

「げぶ!」

「あべし!」

 小型家電とはいえ結構硬い上、なんとか目で追える程度の速度で飛ばされているので無事では済むまい。だが転売屋に慈悲は無用。最終的に全員殺す。

「なにぃー!」

「テラーオブ、サイクロンスラッシュ!」

 人間への憎しみを帯びたアマツキが、その人間を恐怖させんがために作り上げた必殺技。FAガールとしての演算機能を的確に吸い込んだ物体を目標にシュートする為に使う恐ろしい技だ。

「だがこの程度……いつまでも回っていられるものか……」

 なんとかやり過ごそうとするオッサンの前に、LBXクノイチがクナイを冷蔵庫に突き立てながら登って姿を現す。

「やっぱ私も小型戦力あったわ」

「なにぃー!」

 マーガレットはLBXを所持していたのだ。オッサンをゲシゲシと蹴り、冷蔵庫から引き剥がそうとクノイチが攻撃する。

「痛い! 子供のおもちゃで私に勝つなど……痛い! 力強い!」

 意外と力が強いクノイチだがオッサンの抵抗も著しい。

「えい」

「いてぇええ!」

 ついに痺れを切らしたマーガレットの手によってオッサンはクナイで手をぐっさり刺される。そして手を放してしまい、竜巻に吸い込まれることとなった。

「あ」

 竜巻の中は斬撃吹き荒れるミキサー。オッサンか即座にズタズタに切り裂かれた。

「ギャアアアア!」

「テラーオブサイクロンスラッシュ……&リバース!」

 そして逆回転により今度はぶっ飛ばされ、あちこちにぶつかりながらオッサンは激しく床に墜落する。

「ば、バカな……我々の否定は人類の進化の否定……! 経済という軸の弱肉強食こそ人類を発展させる……というのに、暴力に屈するなど……」

 オッサンの辞世にアマツキが陽歌からの受け売りで返す。

「ああ、それ正確には適者生存だし、弱肉強食って言葉自体『野生界はこんなんだけど人間界はそうならない様にしようね』って文脈で出た言葉だ」

「そんな理屈……グワーッ!」

 オッサンは爆発して木っ端みじんとなった。

「これで五匹目か、何人いるんだろうなぁこいつら」

「大抵のボスって八人だからもう結構倒したんじゃない?」

 総数は分からないが、もうかなり討伐しただろう。そろそろマーケットプレイスとの決戦も近くなっている。

 

 いよいよ、陽歌とユニオンリバーが出会うべき日となった。しかし肝心の陽歌は動く様子もなく、図書館を追い返されてから公園のベンチで蹲っている。

「ねぇ、よく考えたらなんで北陸から名古屋へ行けたの?」

「知るか、あいつも覚えてねぇんだ」

マーガレットとアマツキは最後の難関に立ち向かう。本人も覚えていない、北陸から名古屋への移動。それはいかなる手段で行われたのか。

「もしかして私達が連れてくの?」

「そうなるな」

 もうそれしかない、とアマツキは肩をすくめる。そんなわけで二人は陽歌を名古屋の吹上ホールまで運び、発見されるように仕向けるのであった。

 

   @

 

「というのが、ここに戻ってくるまでの話だ」

 マーガレットと共にタイムリープの起点まで戻ったアマツキは陽歌の整備を受けつつ事情を語る。12年も余分に生きてしまったマーガレットは年齢を上げ下げするキャンディを処方してもらい、元々の歳に戻った。トキヲモドソードZは12年の酷使で破損し、修復不能なまでになっていた。

「そうなんだ、ありがとね、助けてくれてて」

「ふん、お前に貸しの作りっぱなしってのもシャクなんでな」

 礼を言われても素直に受け取らないのがアマツキ。とはいえこの長い旅で人間への憎しみは軟化しただろうかと陽歌は思った。

(やはり、人間は愚かか……)

 しかしアマツキが見たのは醜悪な人間の愚かな行為。自分にされたことへの憎しみよりも、陽歌を傷つけたことへの怒りが増していた。

「ふあ……」

 陽歌があくびをかみ殺したのを見て、アマツキはベッドに行くように促した。

「寝れる時に寝とけ。お前は人生全体で見れば睡眠不足なんだからな」

「うん、お休み」

 陽歌はベッドに潜るとすぐに寝息を立てた。いけ好かない人間の一人に過ぎなかった陽歌に、一種義憤の様なものを抱えるアマツキ。人間の中には人格の問題から爪弾きとなる者もいるが、彼にはそんな要素が一つともない。人間が嫌いという常に憎める要素を探しているアマツキの評がこれなのだ。

(愚かしい人類にこれ以上、好き勝手させるのは気に入らないな)

タイムリープの影響でデジタルハーネスは外れている。だが、アマツキは逃げることをしない。彼女の中で何かが芽生えつつあった。




 いよいよ5人の幹部を潰されたマーケットプレイスが動き出す?


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SAO×PSO2×ユニオンリバー 境界を超えし剣士達 3ずんずん教の野望

軽い気持ちで始めたら一年掛かった


「綺麗だったなー、キリトくんも来ればよかったのに」

「そんなにか、俺も行けばよかったな」

 ひと悶着あったものの、浮遊大陸の景色は綺麗なものであった。根っからのゲーマー気質であるキリトと違い、その実力からは想像できないほどリアル寄りの感性を持つアスナとしては好きな人と絶景を共有したい気持ちがあった。

「だったらハルコタンの白の領域いかねーか? あそこもあそこで綺麗だぞ」

 響は他にもいいロケーションを知っていた。クエストとなれば戦闘になるので景色を堪能する余裕はないように思われるが、ギャザリングなどゆったりする時間はそれなりに多い。最近はダーカーの影響も減ってエネミーもいなくなった。

「やはり白の領域か、私もいこう」

「ジョアン」

 話を聞いてジョアンも合流した。しかし彼女はずんずん教に狙われる身。大人しくしている方がいいのではないか。

「ずんずん教がいて危険じゃないですか?」

「デイリーオーダーのメセタには替えられない。それに面倒だから私が自らおびき寄せて全員始末する」

 陽歌の心配も他所に、ジョアンは面倒という理由で即座に倒すことにした。彼女らしい解決方法であった。

「んじゃ、白の領域いくぞ。マルチパーティーになるな」

 そんなわけでみんなで白の領域に向かうことにしたのであった。

 

  @

 

「ずんずん教だ! ずんずん教だ!」

「はえーよ」

 白の領域に到着した途端、ずんずん教徒が集まり出した。桜を楽しむ余裕もないへんちくりん集団の殺到に響は突っ込まざるを得なかった。

「ふふ、戦力の逐次投入は愚策……一気呵成に畳み掛けさせていただきます」

「まぁそうなんだけど……」

 戦力は一気に投げ込むもの、というリーダー格のずんずん教徒が言うのも納得であるが、まさか出待ちとは思わなかった陽歌なのであった。

「しかし私達が異世界から英雄を呼び出せるというのを忘れていないかね?」

「何?」

 響は以前、彼らが謎の少女剣士を呼び出したことを思い出す。あの力があれば一線級の戦力をどこからともなく調達できる。一体今度はどんな敵を呼び出すつもりなのか。

「さぁ現れなさい! 因縁の剣士達!」

 どうやらずんずん教徒はキリトや響たちに因縁がある剣士を呼び出すつもりらしい。

(クラディールか? まさか茅場?)

 特に強力な剣士と戦った経験があるキリトは警戒する。これはつまり、相手が強い敵と戦っていればいるほど有利な盤面を作れるということ。クラディールはものの数でないとして、もし意思を封じたまま戦闘能力だけを抽出できるのなら茅場一人出されただけでも苦しい戦いになる。

(剣士だと? エルミル辺りだと面倒だな……)

 それは響も同じこと。一体一体は屠れても数を出されたら苦しい。

「久しぶりだな……黒の剣士」

「お前は……」

「守護輝士、今度こそお前を倒す」

「まさか……」

 現れたのは、夕闇色の怪人と赤い髪の女性。

「ダスク・テイカー! ヘルガ・ノイマン! &ナックルズ!」

「いやナックルズいる?」

 悪そうな面子に混ぜられる赤いハリモグラ、ナックルズ。剣士ならぬ拳士であるが特に関係は無さそうだ。キリトは急なスターの登場に動揺した。

「やべ、ロックオンカートリッジさしっぱだった」

「そのシステムメガドラだったの?」

 ずんずん教徒の様子からしてこの召喚能力はメガドライブに依存しているらしい。陽歌も噂に名高いメガドラタワーは知っている。

「貴様その歳でメガドラタワーを知っているのか? 一体どんな教育受けてんだ……」

「今はネットがあるから結構有名なんだよなぁ……」

 もう凄いんだか馬鹿なんだか分からなくなってきた。

「担当直入に聞きます。あなたは私をそのずんずん教とやらぼスポークスマンに祭り上げることが目的ですか?」

 ジョアンは誤魔化すことなく目的を尋ねる。ここはもうハッキリさせた方がいい。

「何度も申し上げている通り、そうです。スポークスマンなどとんでもない。あなたをずんずん教の聖母としてお迎えしたい。しかしきっと邪魔が入ると思い、私はメガドラタワーを媒介に戦士を呼び出す機能を生み出したのです! 結果的に変な世界に繋がりましたが……」

「なるほど、僕らがこっち来ちゃったのはそのせいか……」

 まさか馬鹿なずんずん教と為に陽歌とキリト達はこっちにきてしまったらしい。エーテルを媒介にした副次効果だろうが迷惑な話だ。

「さぁ、もっと見せてあげますよ!」

 赤と黒のツートンをしたキャストと、錆色の鎧姿が現れる。

「レンヴォルト・マガシ! ラスト・ジグソー! さて、歓待の準備はこんなところですか……」

 ジョアンと陽歌を除く全員を相手取れるだけの増援を呼び、教徒は戦いを始める。

「僕は数に入ってないか……チャンスだな」

 陽歌は戦えない振りをして機会を伺った。ラスト・ジグソーの丸鋸が飛び、戦いの始まりを告げた。

「面倒なことばかり、してくれます!」

 ジョアンがそれをカタナの鞘で防ぎ、そのまま抜刀する。ブレイバーの代名詞、カウンターエッジ。しかしその刃は業炎に包まれ、ラスト・ジグソーではなくずんずん教徒へ向かっていく。

「ぐへぁ!」

 すっぱり斬られ、血を吹き出しながら倒れるずんずん教徒。これは死んだな、と誰もが言外に思ったその瞬間、血が逆再生の様に血が戻っていきずんずん教徒は立ち上がる。

「いやぁ手厳しい」

「不死の能力?」

 陽歌は敵が不死と分かると、一気に攻める準備をする。

『気をつけてください、あれは不死の酒でス!』

「不死の酒?」

 そこにアスルトから通信が入る。不死の能力でも陽歌の耐不死とは相性が悪いから忠告ということなのだろうか。

『錬金術のある一派が最終到達点としていた存在でス。悪魔の酒とも呼ばれており、同じ酒を飲んだ者に「食われる」という弱点がありまス。故に完璧な不死でない為不死殺しが効きにくいかも……』

「でも、斬ってみせる!」

 陽歌は具現武装のブーツを展開し、ずんずん教徒へ一気に迫る。

「不死の私が斬れるなど……」

 陽歌は一撃で仕留めるつもりで刀を呼び出し、切り裂く。ずんずん教徒は不死といえども痛みがある為か反射的に攻撃を避ける。それが幸いした。浅く斬られた身体の傷は、血の戻りが遅い。

「な……再生が遅い……」

「効くか」

 どうやら効くらしい。それが分かると、陽歌は全力で敵を追い、ずんずん教徒は全力で逃げる。

「俺達も行くぞ!」

 キリトの先導で一斉に呼び出された敵に斬り掛かる戦士達。響はヘルガと無意識に刃を交える。

「あなた、気に食わないわね」

「そりゃこっちのセリフだ!」

 互いに凄まじい嫌悪感を覚えている。彼女達の知る由もないが、響はグラールの英雄、エミリア、そしてヴィヴィアンの遺伝子を継いでいる。このヴィヴィアンはヘルガのクローン的な存在でありながら真反対の性格をしており、これがこの嫌悪を引き起こす原因となったのだろう。

「カンランキキョウ!」

 響が刀を投げ、回転させてヘルガに攻撃を仕掛ける。しかし回避されてしまう。

「なんて野蛮な……剣を投げつけるなど……同じヒューマンと思いたくもない」

 武器を失った、これは大きな隙だとヘルガは勝負を決めに掛かる。が、なんと刀が戻ってきてヘルガの背中に直撃する。

「な、ギャアアアア!」

「悪いな、こっちはそんなお行儀よくねーんで」

 刀をキャッチすると、神速の二連撃で響はヘルガを切り裂いた。

「潔く散れ、まやかし。サクラエンド零式!」

 見えない、悲鳴を上げる暇さえない鋭さであった。同じ遺伝子を持っていても、その実力は鍛錬で大きく変わる。

「貴様……強いな?」

「どうやら俺をご指名か」

 マガシはキリトを見て、強さを図り自ら戦いを望む。二刀流同士の苛烈な戦い。キリトとしてはこの一種のミラーマッチとも言える戦いはあまり経験のないことであった。

「俺以外の二刀流と戦えるならここに来た甲斐がある!」

 キリトが最近、様々なゲームに顔を出す様になったのには理由がある。デスゲームという大きな山場を乗り越えた彼であるが、またその手腕を必要とする機会が発生した。己の技量を向上するため、様々なゲームの二刀流を体験するというのが一つの方法であった。というのもソードアートオンラインではユニークスキル扱いの二刀流、そして同じゲームエンジン『ザ・シード』によって生み出された同種のフルダイブゲームでも二刀流は希少、あっても扱い熟せないプレイヤーが多い。

 相手がなんであれ、一定の実力を持った二刀流の剣士は参考になる。

「デュエルアバター唯一無二の飛行能力! そして空から放つ火炎! 僕が最強であるこの証があれば、お前らになど負けない!」

「飛ぶくらいで威張られても困るよ!」

 ダクス・テイカーが飛翔する中、マトイはテクニックで容赦なく攻撃する。デュエルアバターは同レベル同ポテンシャルという原則を持ち、その中でもダスク・テイカーはその名の通り略奪者(テイカー)。他のプレイヤーがポテンシャルの殆どをつぎ込んだスキルを永続に奪うことに特化している。同じ土俵なら厄介な能力であるが、この原則が通じない相手には普通のエネミーと大差がない。

「ギャアアアア!」

 この様に実力差が大きいと火を吹け様が飛ぼうが大したことないのだ。

「俺に近づくとどんな鉄でも錆びるぜぇ……」

 ラスト・ジグソーはジョアンとの戦いに入った。心意という特殊な力で周囲を錆させることが出来るのだが……。

「面倒かつ無意味です」

 だが、錆びるまでには時間が掛かる。神速のブレイバー、その上位に位置するジョアンにはまるで意味がなく切り裂かれる。

 

 陽歌はずんずん教徒を追う。追いすがるが、刀のリーチは届かない。その時、彼の脳裏にキリトの言葉が浮かぶ。

(心意っていうんだけどな、イメージで現実を上書きするんだ)

 彼らの世界における特殊な力、心意。主にフルダイブゲーム上でしか使うことが出来ないのだが、ここをそこだと定義すれば、動力を溢れる霊力で補えばあるいは。

「これで……!」

 届かない、とあればリーチを伸ばしたい。ならば方法は一つ。陽歌は鞘と刀の柄を合わせ、イメージを上書きする。刀から、薙刀へ。

「心刃……秋茜!」

 刃の端から炎を吹き出す薙刀、秋茜。その長い尺を全身で振り回し、加速しながら追い詰めていく。

「仏陀斬り、茜!」

「うごぁああ!」

 見事、刃がずんずん教徒に直撃する。遠心力と炎の加速を得たその刃は通常の刀よりも深く入り込み、切断まではいかないものの脊椎を粉砕することが出来た。

「ぐげぼ! き、貴様……」

「これで終わりだ……、心刃、幽焼弧焼!」

 陽歌は元の姿に戻した刀と鞘を持ち、二本の刀という心意をそこに重ねる。鞘がもう一本の刀へ変化し、二刀流が可能となった。

「スターバースト、ストリーム!」

「ぐげええええ!」

 高速の剣戟がずんずん教徒を刻む。バラバラとなった教徒は川にその身体の大半が落ち、再生しようにも肉片や血はどんどん遠くへ流されてしまう。弱体化した再生能力では集めることが出来ない。

「ぐへ……あと、少しだったのに……」

「あれは?」

 残ったずんずん教徒の目が追ったのは遥か上空。そこには何か卵の様なものが浮かんでいた。宇宙にあるのか姿はぼやけており、惑星の様な新円でもなく楕円だ。

「なるほど、そういうことか」

「マザー!」

 ちびマザーが陽歌の頭に乗っており、状況を解説する。

「あの荒唐無稽な召喚術の依り代があれだ。世界を創造するだけの大きなエネルギー。そして聖女と目したジョアンはエーテルとフォトンの両方を操ることが出来る」

 エーテルとフォトンは基本、同じ性質を示すものである。しかし僅かにエーテルは『繋がる』ことに特化している。

「この世をも闇に覆い尽くす膨大なエネルギー、フォトンであの卵の殻を内側から爆ぜさせる。その際、エーテルの創造によって理想の世界を中に作っておけば、繋がる力によって飛散したエネルギーがその理想の世界へ、今ある世界を無理矢理繋げて書き換える。ずんずん教、ふざけた名前の割にとんでもないことをするものだ」

 マザーはこれでも全知存在、ずんずん教徒の目論見はおおよそ見抜いていた。

「何だって?」

「ふははは……だがこれをこの星に落として、最後の逆襲といこうではないか……これを斬れると思うなよ……何せ、世界そのものの卵なんだからな……」

 また妙なもの気軽に用意してくれたものである。しかし、陽歌には可能だ。

「やろうと思えば、出来る!」

 刀を鞘に納め、絶対に断ち切るという思いを重ねていく。陽歌は東京オリンピックに纏わる騒動にて、いわば一つの未来を壊したといえる。ならばその硬い信念があれば、不可能ではない。

「心刃、洗骨骨噛!」

 変化した刀は無骨な大剣となり、背の部分から炎が噴き出す。

「け、剣なんかで……」

「果敢鳳凰翼、骨砕!」

 大きく振りかぶった大剣から放たれたのは巨大な不死鳥。遠くへ飛んで行ってもその姿は小さくなることなく、世界の卵を砕いて爆散させる。

「よし」

 こうして、ずんずん教の野望は打ち砕かれた。

 

「うわ、でっかくなった!」

 追い詰められたヘルガは巨大な上半身から脊髄の様なものが伸びた化け物へ変化する。脊髄の先端にはもう一つの頭があるおぞましい存在だ。

「ここで決めましょう」

「おっけ。斬撃に乗れるか?」

 響の無茶ぶりにアスナは安請け合いする。しかし、その困難さを分からずに言っているのではない。出来ると把握した上での発言だ。

「シュンカシュンラン!」

 響が掲げた刀を振り下ろすと、大きな斬撃の波が巻き起こる。それに乗ったアスナはヘルガまで接近する。

「マザーズロザリオ!」

 神速の十二連撃がヘルガを撃ち抜き、トドメを刺す。化け物は崩れ落ち、最後の決着がついた。

 

   @

 

「ずんずん教の野望は砕かれましたが、まだ皆さんは戻れないみたいですね」

 一行はシエラと艦橋で事件の整理をしていた。一応回収できる肉片は集め、ユニオンリバーの方で処理することにした。

「しばらく影響が残るみたいでスが、そのうち自然に修正されるでしょう」

 アスルトによるともう問題はないらしい。だが、すぐには帰還できないとのこと。

「迎えは用意したので少し待っててください」

「はい」

 陽歌は役目を終え、元の世界に帰ろうとしていた。キリトとアスナはしばらくいる様で、守護輝士である響達にある提案を持ちかけていた。

「なぁ、せっかくだから勝負しようぜ!」

「おもしろい、異世界の剣士と腕比べなんてそう出来るもんじゃない」

 響はそれを快諾する。嵐の様に騒動は過ぎ去り、また次の騒動が始まる。この出会いが後に陽歌を大きく助けるとは、まだ誰も知らないのであった。




 ここでアークスとの関係を持ったことで、惑星コウグの騒動にてアークスシップを経由した移動が可能になったというわけである。


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Turn3 陽歌の秘密と不知火の宣教師

 シンクロ召喚はチューナーとそれ以外のモンスターのレベル合計を足してモンスターを召喚する方法である。初期は「弱いモンスターでも集まれば強くなる」というコンセプトだったが、なんか最近レベル低くても効果が優秀なモンスター多いな。
 強弱の概念とは。


 浅野陽歌はユニオンリバーやおもちゃのポッポの関係者の子供や親類ではない。ひょんなことから保護されてここで暮らしている。長い間周囲から虐待を受けていたせいで腕を失うほどの大けがをして人間不信に陥るほどの状況になってしまった。しかし、そんな中9年近くを生き抜くのは難しい。

 そして、他のメンバーより多少デュエルモンスターズに詳しいのにも理由がある。

「セカンドロスト事件、ですか?」

 エヴァはサブカルに疎い陽歌へいろいろ布教しようと思い、デュエルモンスターズのカードを見せた。その時、妙に知っている様な反応を見せたので話を聞いた時にその事件のことを語った。

「そこでデュエルを知ったんだ。変な話かもしれないけど、僕の人生では比較的穏やかな時期だったよ」

 セカンド、と名が付く様にロスト事件というものが最初にある。これは六人の子供が消息不明になるという事件で、犯人もその目的も謎のまま半年後に六人全員が保護された。

供述によると監禁されてデュエルを強要された様だ。被害者の中には精神を病む者もおり、必死の捜索の末事故に遭って亡くなった両親もいる。

「痛みがあるのはデュエルに負けた時だけ、ご飯も食べられる。他の人はどうだったか分からないけど、僕は正直あのままでもよかったと思ってた」

 セカンドロスト事件とは、そんなロスト事件の模倣犯罪である。しかし目的も不明な事件の模倣というのはどういうことなのか、多くの人が首を傾げた。だがその被害者はロスト事件の6人を大きく超える21人。

 謎は多いが、陽歌にとってはむしろ安寧の時間であった。彼がデュエルモンスターズに詳しいのは、そうした事情があってのことだった。

 

   @

 

「不知火の……宣教師」

 陽歌は自身の心の闇から生まれたとされるナンバーズを見ていた。『No.2340 不知火の宣教師』。アンデッド族ランク4、炎属性。その効果は……。

「つってもそれに操られてないんなら問題ないんじゃね?」

 遊騎はカードを見る陽歌に声をかける。彼は今、白楼にいた。ナンバーズによって人間が狂暴化する事件、同時刻に白楼の生徒である響と、おもちゃのポッポを襲撃したキングダムの人間がその影響を受けた。

 白楼の事件を収拾した後、連絡を受けた陽歌はこのカードに関する検証を試みようとしていた。ユニオンリバーに戻る前に、自分でこのナンバーズを使ってみてその力を確かめようというのだ。

「すみません、少し手伝ってもらっていいですか?」

「ん?」

「このナンバーズを使ってみようと思います」

 陽歌の提案に遊騎は動揺する。穏やかだった響が内に秘めた狂暴性を発露したり、かなり危険が伴うと考えられていたからだ。キングダムの男はともかく、響や陽歌の様に『光』とされる部分が大きければ必然的に『影』も深まり、ナンバーズの力が増してしまう。

「危険じゃないのか?」

「止めてもらうために、なるべく戦力が整っているところでやっておきたいんです」

 物理的な戦闘能力ならばユニオンリバーの方が上だが、ナンバーズによる闇のゲームは腕づくで止められない。ならば万が一を考えると腕の立つデュエリストがいる方が安全だ。引っ込み思案でおどおどしている様に見えるが、その思考はクレバーな部分が多い。

「よし、んじゃやってみるか」

「はい、お願いします」

 というわけでデュエル開始である。デュエルディスクを展開し、準備を行う。陽歌のDゲイザーは左目に紋章が浮き出るタイプで、義手を制御するナノマシンを流用したものだ。空色の左目が右目と同じ桜色に変化する辺り、コンプレックスを隠せる様に設計したのだろうか。

「「デュエル!」」

 安全を考え、校庭でのデュエル。ナンバーズによる闇のゲームはダメージが現実になるので屋内では危険だ。

「あ、何してるのー?」

「危ないですよお嬢さん」

 デュエルの気配を嗅ぎつけて、一人の女子生徒がやってくる。桃色の髪をツインテールに結った少女。遊騎の同級生だ。

「千沙登か。騒ぎは聞いただろ、危ないから下がってろって」

「遠くで見てるから安心して、あたしだってデュエリストなんだから!」

「関係あるのか……?」

 無駄に元気がいい返事をする千沙登。予定外のギャラリーを加えてデュエルは始まる。

「僕のターン!」

 先攻は陽歌。

(ギミック・パペット使いの響のナンバーズがギミック・パペットだったからな……でもあいつ不知火なんて使ってないぞ?)

 遊騎は陽歌のデッキをある程度知っている。だが彼のデッキはシンクロ主体であるものの不知火ではない。デッキのメインは炎属性でアンデッド族も入っているが、共通点はその程度。

「僕は手札から憑依装着ヒータを召喚!」

 陽歌が召喚したのは赤い髪の魔法使いの少女。人気テーマ『霊使い』の一枚だ。レベル4で通常召喚できる上、攻撃力も1850とデメリットの無いモンスターでは上位に来る。

「そして稲荷火、ジゴバイトは魔法使い族がフィールド上にいる時、特殊召喚できる!」

 そして彼女ら霊使いの使い魔、稲荷火とジゴバイト。同じくレベル4で各一体ずつしか存在出来ないが特殊召喚の効果を持つ。

「レベル4が三体か!」

 遊騎は早速エクシーズが来ると判断した。そして案の定、ナンバーズが呼び出される。

「僕はレベル4のヒータと稲荷火、ジゴバイトでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 銀河に三つの光が吸い込まれ、そこから迸る炎と共に生まれ出でるシュラフの様な物体。それを破って出て来たのはアレンジされた修道服に身を包んだ赤い髪の少女。

「ヒータ……いや違う!」

「甦れ、No.2430! 不知火の宣教師!」

 攻撃力1850の炎属性アンデット族。効果は未知数の存在であるが、先攻1ターン目であることが幸いして攻撃は仕掛けてこない。

「そして再び、稲荷火を手札から攻撃表示で特殊召喚!」

「なに? アンデッド族じゃないのか?」

 なんと、魔法使い族を条件にする稲荷火の特殊召喚が可能という。

「不知火の宣教師は魔法使い族としても扱う!」

「地味に厄介な能力を……」

 汎用性が広がる種族を二つ持つ効果。レベル4二体以上という縛りの緩さも強みだが、ステータスは低いと言わざるを得ない。守備力は0、いい的だ。

「これで僕はターンエンド」

 動きがないのが逆に不気味だが、いつもの様に遊騎は仕掛けるしかない。

「行くぞ、俺のターン! 手札からブラックホールを発動!」

 思い切り雑な除去。時代の違いもあってかルリは驚きを隠せない。

「ブラックホール? 禁止から帰ってきたんですかあれ?」

「今は無制限、後攻からまくり上げるのはもちろん相手の妨害を削るのにも、とりあえずこれに限るねー」

 千沙登もデュエリストなので現在の無効化効果耐性のオンパレードは知っている。加えて遊騎のイグニスターは展開が容易なので自分ごと巻き込んでも問題が無い。

「稲荷火は破壊されるが、宣教師はオーバーレイユニットを一つ取り除き、破壊を免れる!」

 安定の破壊耐性。それに加えて恐るべき効果を持っている。

「そしてデッキからカードを一枚ドローする。そして同じカードの効果でフィールド上のカードが破壊された場合、その枚数分追加でドローする!」

「ドロー加速か」

 直接的な妨害ではなく、心理的な圧迫感による妨害。ドローを許すか、破壊するか。大きく揺さぶりをかけるカードだ。

「下手に手出しできないな……あと二回か」

 二回は確実に除去を免れる上、ドローも出来る。これほど厄介なカードがあっただろうか。

(リンクモンスターならAiラブ融合で奪えるんだがな……)

 確実に一回で削りたいところ。出来なければダメージを与えることか。

「俺はドヨンを通常召喚! そしてモンスター一体でリンク召喚!」

 まずは展開を整えるところからだ。

「ダークインファント@イグニスター! 効果でイグニスターAiランドをデッキから手札に加える!」

 リンク召喚からフィールドをサーチできるのは安定感が増す。とはいえリングリボーなど展開したいモンスターもいるためなるべく自引きしたいところなので三枚積んでいる。

「そしてフィールド魔法発動! いつものAiランド! 効果でピカリを特殊召喚! ピカリの効果でめぐりAiをデッキから手札に加える」

 さらにいつものリンク召喚。メインモンスターゾーンを開けないことには始まらないのがイグニスターだ。

「そして再びリンク召喚! ピカリとダークインファントでリンク召喚! コード・トーカー!」

 開いたのでまたAiランドの効果が使える。これでリンク3への布石は整った。

「アチチを特殊召喚! 忘れずにブルルをデッキから手札に加えて……現れろ、闇を導くサーキット! 俺はリンク2のコード・トーカーとアチチをリンクマーカーにセット、サーキットコンバイン!」

現れたサーキットに入る二体のモンスター。召喚されたのは炎を纏う鳳凰。

「気炎万丈! 炎の大河から蘇りし魂、灼熱となりてここに燃え上がれ! リンク3、ファイアフェニックス@イグニスター!」

 そしてこのモンスターの効果は周知の事実。

「ファイアフェニックスの攻撃! 戦闘ダメージを0にし、元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

「くっ、破壊はされないけど……」

 オーバーレイユニットを取り除いて生き残ったものの、2300のダメージを受けて陽歌のライフは5700。しかし一枚ドローできる。

「ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー!」

 陽歌はあれだけ手札を使ったのに五枚へ戻っている。そして宣教師のユニットは残り一つ。補充する手段があったら大変なことになる。

「僕は手札からラヴァルアーチャーを通常召喚! そして効果により、ラヴァルモンスターを一体追加で召喚出来る! チューナーモンスター、ラヴァル炎火山の侍女を召喚!」

「そうか、本来はシンクロデッキだったな」

 陽歌のデッキはシンクロ主体。レベルがばらけ易く、かつ召喚後はレベルを持たないモンスターエクシーズとの相性はよくないはずだ。

「僕はレベル1の侍女で、レベル4のアーチャーと宣教師をチューニング!」

「モンスターエクシーズをシンクロだと?」

 しかしそれにも構わず陽歌はシンクロを行う。常識を超えた効果、それがこの四桁ナンバーズの神髄だというのか。

「不知火の宣教師はシンクロ素材となった際、レベル4のモンスターとして扱う! 集いし炎が、闇を照らして標となる! 百鬼往く道となれ! 麗しの魔妖、妖狐!」

 陽歌が魂と呼ぶカード、妖狐。ただしその神髄はさらに上位の魔妖を呼び出し、それが破壊された時に発揮されるもの。そうでなければ攻撃力が高いだけのシンクロモンスターだ。

 だが、その姿は宣教師の力を受けてか白く、その名の通り麗しい。陽歌にはある光景が脳裏に過っていた。それは宣教師が悲しみに暮れ、ヒータを振り切って去る様子。まだ修道服を纏っていないことから、過去の出来事と考えられる。

「そしてオーバーレイユニットを持つ宣教師が炎属性アンデット族モンスターのシンクロに使用された場合、フィールドのカードを一枚除外する! 展開を止めさせてもらう!」

 イグニスターAiランドを除去して足止めを図ってきた。しかも除外では効果で墓地のイグニスターを除外しての復帰も出来ない。

「このカード……やっぱあのデッキとシナジーがあるのかな」

 陽歌はこのナンバーズを活かせるデッキに心当たりがあった。効果を十全に生かし、そのデッキに不足しているものを補うこのナンバーズのあるべき場所が。

「そして宣教師が炎属性アンデッド族のシンクロに使用された際、元々の攻撃力を600アップさせる! これで妖狐の攻撃力は3500!」

「展開次第では軽々出ていい火力じゃねえな相変わらず」

 ドルフィー・ナイトメア同様デッキは選ぶがその強さは抜群。やはり四桁ナンバーズは人の心、すなわち使用デッキを反映するのか。

「妖狐でファイアフェニックスを攻撃!」

「こいつは除外されなくてよかった……!」

 ファイアフェニックスが撃破され、遊騎は1200のダメージ。ライフは残り6800。とはいえファイアフェニックスは次のターン、帰還出来る。

「カードを一枚伏せ、僕はターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 遊騎のターンとなり、ファイアフェニックスが戻ってきた。とはいえ、これでは形勢不利もいいところ。

「だが、逆転の一手が来てくれたぜ!」

「何?」

 しかしこのドローで状況を打開できるカードが来てくれた。手札は四枚、ヒヤリとめぐりAi、そして二枚のカード。

「俺は手札から魔法カード、死者蘇生を発動! 甦れ、ピカリ!」

 ピカリを蘇生、そして効果により更なるカードを手札に加える。

「さっき手札に加えてキAiを発動! ドヨンを蘇生する!」

 そしてドヨンが復活。名前の異なるモンスターが三体、この流れは当然あのカード。

「リンク召喚! ダークナイト@イグニスター!」

 ダークナイトを召喚。そしてまだまだ効果の繋がりは続く。

「墓地から特殊召喚されたドヨンの効果でアチチを手札に戻し、こいつ自身の効果で特殊召喚! ダークナイトのリンク先にイグニスターが特殊召喚されたことで、墓地からピカリとドヨンを蘇生する!」

 エース登場のおぜん立ては済んだ。後は呼び出すだけだ。

「ドヨンがリンク素材となった場合、Aiカードを手札に戻す。そして俺はアチチとダークナイトでリンク召喚! 現れろ、闇を導くサーキット!」

 マーカーに入るダークナイトとアチチ。その向きは下段三つと上の計四つ。

「古きを温め、新しき未来を作れ! 電脳の皇帝、WWW.リンクカイゼル!」

 リンクカイゼル。その効果はリンクマーカーの先にいるモンスターの数だけ攻撃力を500上げるパンプアップ。リンクマーカーの先にはドヨンとピカリ。さすがに妖狐はエクストラモンスターゾーンの前には置いてくれない。

「これで攻撃力は並んだ! 行くぞ!」

 リンクカイゼルが剣を携えて妖狐に斬り掛かり、彼女も迎撃する。相打ちにはなったが、リンクカイゼルのもう一つの効果が発動する。

「エクストラシャイン!」

 エクストラデッキから召喚されたモンスターの元々の攻撃力分、相手にダメージを与える効果。この光によって陽歌は3500のダメージを受ける。

「元々の攻撃力を上げる効果が災いしたか……」

 これでライフは2500。厄介なシンクロモンスターも消滅した。陽歌のターンであるが、ここから逆転できるのだろうか。

「僕のターン! ドロー! 僕は手札から魔法カード、調律を発動! デッキからシンクロンモンスターを一体手札に加え、デッキをシャッフル後、一番上を墓地に送る!」

 シンクロデッキの基本行動である調律によるサーチ。手札に加えたのはジャンクシンクロン。

「ジャンクシンクロンを通常召喚! 効果で墓地のラヴァル炎火山の侍女を墓地より特殊召喚! そして墓地からモンスターが特殊召喚されたことにより、手札からドッペルウォリアーを特殊召喚!」

 シンクロデッキ特有のソリティアムーブ。特にジャンクシンクロンとドッペルウォリアーを扱うジャンドと呼ばれる構成はアドリブ力が求められる。調律の効果で何が落ちたかが重要だ。

「レベル3、ジャンクシンクロンでレベル2、ドッペルウォリアーをチューニング! 集いし魂が大地に宿る毒を巻き起こす! 百鬼往く道となれ! シンクロ召喚! 毒の魔妖、土蜘蛛!」

 現れたのは大きな蜘蛛の妖怪。そしてドッペルウォリアーにはもう一つ効果がある。

「ドッペルウォリアーがシンクロ素材となった時、レベル1のドッペルトークンを二体生み出す! そして僕は手札から簡易融合を発動! ライフを1000払い、モンスターを融合召喚! フレイムゴースト!」

 並んだモンスターはレベル5、土蜘蛛、レベル3のフレイムゴースト、レベル1のドッペルトークン二体とラヴァル炎火山の侍女。合計のレベルは11だ。

「レベル1、ラヴァル炎火山の侍女にレベル5、毒の魔妖土蜘蛛、レベル1、ドッペルトークン二体、レベル3、フレイムゴーストをチューニング! 積み重なる骸が、大いな脅威を呼び覚ます! 百鬼往く道となれ! シンクロ召喚! 骸の魔妖―餓者髑髏!」

 長回しが終わり、陽歌は息を整える。ソリティアも楽ではない。

「ぜぇ、ぜぇ……」

「大丈夫か?」

 闇のゲームのダメージより口上叫ぶ方の消耗が激しい。ともかくまだデュエルは続いている。

「餓者髑髏、ダイレクトアタック!」

「くっ、攻撃力は高いな……」

 リンクカイゼルを失った遊騎には壁がいない。3300の攻撃力がそのままライフに反映され、3500となる。

「これを凌いでも、まだ次がある。ターンエンド!」

「そうか、魔妖の共通効果か」

 魔妖は撃破されると墓地にいる一つ下のシンクロモンスターを召喚出来る。このため、餓者髑髏を突破しても九尾が控えており危うい。

「俺のターン、ドロー!」

 つまり、一撃で勝負を着けなければならない。罠カードの存在も気がかりだ。

「よし、来たな」

 遊騎はドローカードを見て勝負に出る。

「ここで決着を着ける! 俺は手札からめぐりAiを発動! エクストラデッキの攻撃力2300のサイバース族モンスターを見せ、同じ属性の@イグニスターをデッキから手札に加える!」

 しかしこの便利なカード、大きなリスクを抱えることを千沙登は知っていた。

「でも見せたモンスターの召喚に成功しないと、ダメージが……」

「一体何を出すんです?」

 ルリが様子を見ていると、遊騎は彼から買ったストラクに入っていた、『シューティングコードトーカー』を見せた。

「俺が手札に呼ぶのは、『ウォーターリヴァイアサン@イグニスター』!」

「ということはさっき引いたのは……」

 それを見て、陽歌はドローカードの正体を見抜く。

「そうとも、俺はヒヤリ@イグニスターを召喚! そして儀式魔法、Aiの儀式を発動! このカードはフィールドにイグニスターがいる時、墓地のイグニスターをリリースの代わりに除外できる!」

 手札や場が枯渇していても儀式に問題はない。場のヒヤリ、墓地のアチチとピカリで儀式召喚が成立した。

「降臨せよ! 冥勃に潜みし水神の竜! 儀式召喚! ウォーターリヴァイアサン@イグニスター!」

 青い竜が姿を現す。これがイグニスターの儀式モンスター。

「だが、まだ餓者髑髏の攻撃力は……」

「ウォーターリヴァイアサンの効果発動! 相手フィールドのモンスター一体を対象に、自身の墓地にいるリンクモンスターをEXデッキに戻すことで攻撃力を0にする!」

「な……」

 リソースの回復と露払いを同時に熟す能力。その前に陽歌は手を打った。

「リバースカードオープン! 逢魔の刻! 通常召喚出来ない相手もしくは自分の墓地のモンスターを特殊召喚する! 来い! ダークインファント!」

 強いモンスターは山ほどいるが、何故かダークインファントを呼ぶ。

「ええ? なんでです?」

「強いモンスターを読んでも餓者髑髏を守れない、ならキーカードを呼び込めるインファントが戻るのを阻止したのね。もしかしたらまだ手札に打開の手段があるのかも」

 千沙登の言う通り、まだ陽歌には『次』がある様に思えた。伏せカードも攻撃を防ぐものでなかったり、ブラフも多いのでかなりきわどいところだ。

「俺はこのまま突き進む! ウォーターリヴァイアサンで餓者髑髏を攻撃!」

「うわああっ!」

 しかし防御札はなく、そのまま遊騎の勝利に終わる。最後まで心理を揺さぶりに来る戦いであった。

「ふぅ、何とか勝てたが……純構築の魔妖だったらどうなってたか」

 陽歌のデッキが歳相応のばらついたものだったから何とかなったが、ガチガチに固められたのなら話は変わってくる。

「うう……結局収穫はなかった……」

 せっかくデュエルしたのだが、このナンバーズに関する情報は得られなかった。強いて言えば、陽歌がナンバーズの影響を受けないことくらいか。

「心の闇を増幅させるか……闇がなければ影響ないのか?」

 遊騎は単純にそう思ったが、千沙登は小声で他の可能性を考える。

「闇が表出しないほど奥に潜んでいるのか、それとも発露しないほど心が壊れているのか……」

 パックに収録されていた謎のナンバーズ、その正体は未だ突き止められない。




 千沙登「今日の最強カードは『ウォーターリヴァイアサン@イグニスター』!墓地のEXモンスターを回収しながら相手のモンスターを無力化出来るの! ヒヤリ@イグニスターでリンクモンスターをリリースすれば、儀式魔法も一気にそろっちゃう! 召喚に成功したら、攻撃力2300以下のモンスターを破壊出来るから一気に勝負が決まるね!」


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☆クリスマスを楽しみに after

 陽歌の好物が鮭であることは初期から設定されていたが、あまり話題に出なかった。ギャングラーの起こした大量失踪事件の際、サモーンと遭遇しており、「痩せているなら鮭を食え!」と食わされたことが切っ掛けである。


「不思議なものでスね、SCPというのは」

 ここは喫茶ユニオンリバー。一見すると単なる喫茶店だが、地下には大きな研究施設を備えている。銀髪の美女、アスルト・ヨルムンガンドはあるデータを見て首を傾げる。ユニオンリバーの裏の顔、それはトラブルコンサルタント。あらゆる騒動を解決する仕事人だ。

 その一環で出会った奇怪なアイテムの能力を纏めていたのだが、内臓がパッチワークに置き換わったのに問題無く機能しているという事実は魔術的にも科学的にも首を傾げる現象であった。

「体の方はとても快適です」

 数年前、ユニオンリバーに保護された少年、浅野陽歌はそのアイテムの手によって欠損していた内臓が補填された。パーカーの袖から覗く義手までは置き換えられなかったが、身体的には非常に健康となった。

「実験記録を見るに限界はある様だけど……合併症や拒絶反応も例が無しと……」

「どこぞのクマも見習ってほしいもんですね」

 幸いにして助けられたが、彼女らの仕事には危険が伴う。ただここに暮らしているだけの陽歌が前線に出ることは滅多にない。

「滅多にない、はず」

 陽歌は桜色の右目、空色の左目をきょろきょろさせて自分が書いた報告書のデータを見る。一応、メインで活動しているメンバーの方が案件数は多いはずだが、巻き込まれ体質とマメに記録を残す癖の有無から報告書の数は陽歌が上回ってしまっている。

「あれだ、対魔忍がいつも負けてる理由的な」

 彼は自分なりに納得させようとしたが、その例えはいろいろマズイ。まだ九歳であり、成人向け作品の知識があってはいけない。とはいえ、左目の泣き黒子のせいかふと憂いを帯びた表情をすると、歳不相応な妖艶さを感じることも少なくない。

「そういえば皆さんは?」

「ギャングラーのアジト跡地に向かってまス。ほら、例のものを取りに」

 仲間達はかつて存在した異世界の犯罪組織、ギャングラーのアジトを捜索していた。というのも、ひょんなことから死後の世界で陽歌は既知であったギャングラー構成員、サモーンと再会した。その時に彼秘蔵の鮭があると聞いたが、死んだことで回収を諦めてしまい金庫のパスを忘れていたのだ。

 回収が絶望的かと思われたものの、これまた偶然タイムリープしてしまった仲間がそのパスを記録していたため、回収できるようになったのだ。

「そろそろ帰ってくるかもしれないでスね」

「そうですね

 二人は仲間を出迎えるべく店舗に上がった。クリスマスの飾りつけをしているが、お客さんはいない。

「おう、いい感じに揚がったぞ!」

 料理担当の女性、カティがクリスマスパーティの準備をしていた。七面鳥でも揚げているのだろうか、と陽歌とアスルトは思ったが、出て来たのはアジフライ。

「わぁ美味しそう」

「待ってください。変じゃないでスか?」

 クリスマスなのになぜアジフライ、とアスルトは思ったが陽歌にとっては些細なことであった。

「いいじゃないですかアジフライ」

「そうだな、クリスマスといえばアジフライだ」

「ん?」

 とはいえカティの反応から少し不自然な気はしていた様だが、クリスマス自体不慣れな陽歌はアジフライもクリスマス料理のバリエーション程度に考えていた。

「僕が知らないだけでアジフライがクリスマスに出る国や星があるんでしょう」

「いや私知らないでス。一緒に海賊やっててそんな星知りません」

 カティとアスルトは元々同じ宇宙海賊のメンバー。なので同じ様な星々を冒険したはずだが、そんな風習聞いたことがない。

「何言ってんだ。地球じゃクリスマスにアジフライは常識だろ? いいアジ売ってたぞ」

「このカオスな感じ……もしかして……」

 まるで世界のルールがそのまま変わってしまったかの様な違和感、アスルトはある可能性を考えたが、それを言う前にお使いの仲間達が店に飛び込んでくる。

「おおっしゃ着いた!」

「着きましたに!」

 ドタバタやって来たのは緑髪の少女と猫の様な髪型をした金髪の少女。青龍騎士末妹、ヴァネッサと白虎騎士長女、ナルだ。

「ヴァネッサ、ルナルーシェン、どうしたのそんな慌てて」

「それがすっげー声に濁点付いたおまわりに追いかけられてな」

 普段のぐだぐだした彼女達からは考えられない必死さに陽歌はただならぬものを感じた。そして、その追跡者はまったく間を開けることなく店に飛び込んでくる。

「動くな! 国際警察だ!」

「ぎゃー! 来たー!」

 国際警察を名乗る青年に陽歌は見覚えがあった。

「国際警察? もしかして朝加さん?」

「君は……」

 青年の方も陽歌と面識があったのか、態度が柔らかくなる。国際警察の実働部隊、警察戦隊パトレンジャー。この青年、朝加圭一郎はその一員だ。

「元気そうでよかった。あの後音沙汰が無くなったから心配していたんだ」

「はい、おかげ様で」

「知り合い……だよな?」

 陽歌の経歴を知るヴァネッサはその理由を察した。陽歌はギャングラーの起こしたとされる大量失踪事件の被害者であり、その関係から国際警察の事情聴取を受けていた。圭一郎は陽歌の袖から覗く義手を見て、何故か頭を下げる。

「すまない。俺が無理にでも保護していれば……」

「あ、いえ、これは僕にも非があるというか」

 言葉少なであるが、互いになにが言いたいのかは分かっていた。圭一郎は虐待の疑いがあった陽歌を保護しようとしていた。だが、当時の陽歌は『自分がいると迷惑になる』と数多の救いの手を払いのけてきた。人間不信になっていた彼には、心の底に他者への疑心が、そして裏切られた時の恐怖があった。それを救ったのが、彼の意向を問わず無理矢理連れ去ったユニオンリバーだった。

「君達には感謝する。だが、それは証拠品で押収しないといけないものなんだ」

 圭一郎は私情と公務を分けて話を進める。陽歌もそれを分かった上で突っぱねる。

「はい、分かっています。ですが、これは僕がサモーンから預かったものなんです」

「サモーンから?」

 サモーンはギャングラー構成員。いくら悪事が人命に関わらないもので、人を原材料に作られる『化けの皮』を使用していなかったとはいえ、その鮭の入手経緯までは分からない。犯罪に関わっているのなら、押収する必要がある。

「実力を行使するなら、こちらにも準備がある」

 陽歌は空間から炎を共に刀を取り出し、構える。圭一郎も子供が相手であるが、腰のVSチェンジャーに手をかけねばならなかった。それほどまでに陽歌の闘気は強い。

「信じられないくらい強くなったが……間違った道に進むのなら止める!」

 両者がにらみ合い、一触即発の空気となった。その時、ナルが突然あらぬ方向を指挿して叫ぶ。

「あ! キツツキですに!」

 陽歌は振り向かなかったが、圭一郎は反応してしまう。その瞬間に、アスルトはビームを放った。

「強制帰宅ビーム!」

「しまったー! なんかこれ見たことある!」

 こうして圭一郎は追い出された。アスルトは話そうとしていたことをようやく伝える。

「そうだ! 実はクリスマスなのにアジフライが……」

「いや当たり前だろクリスマスなんだから」

「クリスマスには鮭かアジフライですに」

 ヴァネッサとナルもこのアジフライ現象を受けていた。アスルトは錬金術で作ったアイテムで、陽歌は元々の高い精神汚染耐性から攻撃を回避している。

「そんなに一般的なんだアジフライ」

 が、肝心の陽歌は一般常識が終わっているので攻撃に気づかない。

「こんなお手軽かつくだらない常識改変はトジテンドの仕業でス!」

「あー、トジテンドか。確かにそんな気はする」

「じゃあ倒してきますに」

 一応、アスルトの生みだした四聖騎士も耐性はあるはずだが、機能し切っていない。

「僕も行ってきますね。あの人の叶えたかった夢を、そんなチートでやってしまうなど容認できない」

 陽歌もサモーンが願った『クリスマスの常識を変える』という目的がこんな手軽に果たされたことに納得が出来なかった。珍しく積極的に事件解決へ乗り出したのであった。

 

   @

 

 街に出ると、早速アジフライを模した頭部の怪人がアジフライを飛ばして人々を洗脳していた。あの不審なアジフライは煙幕弾らしく、煙を吸うとアジフライ一色の思考になってしまう。煙は長い間残り続け、そのせいで直に受けていないカティ達も影響を受けたのだろう。

「この世界をアジフライで満たしてやるアジフライ!」

「やっぱアジフライワルドの仕業か!」

 ヴァネッサと陽歌が武器を構え、戦いに挑む。しかしナルはこの状況に似つかわしくない存在を発見していた。

「あれは、なんですかに?」

「え?」

 選挙も終わったというのに街宣車を乗り回して演説をしているスーツの女性議員、その顔は陽歌だけでなくユニオンリバーメンバー全員、去年はいやというほど見たものだ。

「お前は、大海菊子!」

「生きていたのか!」

 何度も復活しては自身の手による東京オリンピック開催を目論んだ存在。根幹であるセーブポイントを破壊されたため、もう完全に消滅したと思われていたのが。当然、こんな常識外れの事態が『あの人物』の耳に入っていないはずもない。

「クリスマスに復活とは、何の冗談だ?」

「胡桃さん!」

 現れた高校生くらいの少女は、大海都知事の娘、胡桃。親子だというのが疑わしくなるくらい似ておらず、大海都知事を老醜の擬人化だとすれば胡桃は若々しく歳相応の清潔感がある美少女といったところだろう。

「あなたも私の娘なら、初の女性都知事によるオリンピック開催という日本の重要な転換点を失った重大さは分かるでしょう。よく聞きなさい」

 大海都知事は懐からクリスマスカードの様なものをちらつかせて勝手に話し始める。

「懐かしいですね、あなたが十一歳の時にくれたクリスマスカード……この中に、わが身可愛さに日本を衰退させる男共の情報が入っています。私を妨害する連中の情報を知る限りね。万が一私が死んだ時は、これをあなたが使いなさい。もし私が倒されても、私や支援者の無力さを恨まないでください。彼らが如何に正しくても、悪貨は良貨を駆逐するものなのです。頼みを聞いてくれれば、悪い様にしません」

「バーニィのセリフ雑かつ最悪の改変しやがった」

 独りよがりにもほどがある上に、ポケ戦ファンの神経を逆なでにしまくる発言にヴァネッサは憤った。こんな親に振り回されている胡桃はもっとイラついている。

「嘘つけ! 悪い様にしないなんてずっと言ってきたじゃない! だけどお前はいつも裏切った!」

「そんなことありません!」

 こいつならやるな、という空気が陽歌達だけでなくアジフライワルドにも流れていた。

「八歳と九歳と十歳と、十二歳と十三歳の時も私はずっと! 待ってた!」

「な、何を……」

「クリスマスプレゼントだろ! すぐに西洋諸国では欧州ではっていうくせに、キリスト教圏じゃネグレクト扱いのことを平気でして!」

 ああこいつならするな、という悪い意味での信頼は一層深まっていた。そして一同の予想をこの大海は裏切り続ける。

「ええ、ここは日本ですので」

「開き直ったですに!」

「居直りやがったアジフライ!」

 ワルドにさえ呆れられる始末。しかし問題はどうやって復活したかだ。

「でもセーブポイントは粉々にしたってのにどうやって……」

「ふふ、今日をなんだと思っているんですか? クリスマスです! 復活で有名な立川のロン毛の日! 故にこの日起きた大規模な常識改変に紛れ込めば復活も容易!」

「なんてガバガバな蘇生判定だ!」

 ヴァネッサも突っ込まざるをえない言った者勝ち過ぎるルール。しかし、陽歌はあることに気づいてしまった。

「今日はイブだし、クリスマスはイエスの誕生日であって復活祭とは別なんじゃ……」

 イースターは初夏、アークスにとっては常識である。それに気づかされた大海都知事は爆散した。

「おのれ浅野陽歌!」

「復活出来ないことに気づいて死んだー!」

 事実を突き付けられて無事死亡。後はアジフライワルドを倒すだけ。

「おりゃああ!」

「タイガー、レイザースエッジ!」

 ヴァネッサとナルが攻撃を仕掛けるも、アジフライワルドをすり抜けてしまう。よく見ると足が透けており、霊体の様な状態になっていた。

「何?」

「ふふふ、俺は没墓場から生まれたワルドアジフライ。生と死の狭間に存在するから攻撃が効かないアジフライ」

 つまりは現実に干渉する力を持った幽霊ということ。ここは陽歌の出番だ。

「ならば僕が……」

「見つけたぞトジテンド! 国際警察の権限において、実力を行使する!」

 そこに駆け付けたのが圭一郎。自宅に送還されてから随分と早く戻って来たものである。

「圭一郎さん!」

「君は……。ここからは俺の仕事だ! 警察チェンジ!」

 圭一郎はパトレン一号に変身し、戦闘を仕掛ける。だが全然攻撃は通らない。

「ダメです! そいつには攻撃が」

 陽歌は刀を抜き、一撃の下に切り捨てんと迫る。悪霊ならば、より強い呪いの力を持つ陽歌は一撃で葬ることが出来る。

「仏陀斬り!」

 しかし、炎を纏った刃はアジフライワルドの身体に弾かれてしまう。

「何?」

「言ったはずアジフライ! 俺は生と死の狭間にいるアジフライ!」

 狭間の存在、つまりは生きても死んでもいないということ。物理的に倒そうとすれば死んでいる部分ですり抜け、霊的に倒そうとすれば生きている部分で跳ね返される。

「どうすりゃいいんだ?」

 さすがのユニオンリバーもこれにはお手上げであった。

「ふはは! 誰も俺を止められないアジフライ!」

「うわああ! なんじゃこりゃ!」

 アジフライが飛び交い、街を破壊していく。洒落にならない攻撃力、小規模なミサイルが降り注いでいる様なものだ。まだ被害は小さいが、倒せないということは止める術もない。

「対処法ならあるぜ!」

 困り果てたヴァネッサ達の下に、キッチンカーが飛び込んでくる。運転していたのはアスルト、キッチンの場所にはカティがいた。

「そうか、サモーンのとっておきは『強健の鮭』!」

「どういうことだ?」

 陽歌達はサモーンの遺産を知っていたが、国際警察には情報がなかった。圭一郎がユニオンリバーに来たのも、ギャングラーのアジトを警備していた際偶然出くわしたに過ぎない。

「ケルト神話、フィンダンサイクルの主役格、フィオナ騎士団団長のフィンマックールが食したとされる叡智の鮭、その対極に存在するのがこの強健の鮭です。霊を斬れても物体は斬れない僕がこれで強くなれば……」

「しかし……それは……」

 証拠品の使用、そして民間人を戦わせ、不可逆の変異をもたらす。警察官としてそれは見逃すことが出来ない。

「お待たせゼンカイ!」

 圭一郎が迷っていると本来トジテンドと戦っているゼンカイジャーがやってくる。しかしやはりというか、攻撃が効かないので対処することが出来ない。

「信じて、サモーンに託された希望を」

 陽歌はこれをサモーンが自分に残した理由を聞いていた。死後の世界で再会した時、生命の生死を弄ぶ敵と戦っている最中であった彼にサモーンは未来を守る力になるかもとその所在を伝えた。そして数えきれない偶然と仲間の力添えで、それがここにある。

「このまま狭間の存在が倒せないってなったら、トジテンドはそれを利用して来るかもしれない。狭間の者を倒せるという事実が、今は必要なんです。僕は、助けてくれた人達の力になりたい」

「……わかった、君に任せる」

 圭一郎は陽歌の覚悟を聞き、使用を承諾した。だが、この強健の鮭には一つ問題があった。

「でも食べきらないと十全に効果を発揮しないよ! 骨も頭も!」

 叡智の鮭が脂一つで知恵を授けたのに対し、どこまでも対極。当然アジフライワルドも食べるのを妨害してくる。

「そうはさせるかアジフライ! アジフライ以外喉を通らない様にしてやるアジフライ!」

 そこでゼンカイジャーのガオーンとブルーンがギアを使う。

『今チュン! キュウレンジャーギアとルパンレンジャーギアを使うチュン!』

「41バーン! キュウレンジャー!」

「42バーン! ルパンレンジャー!」

 すると、飛んで来るアジフライをアレンジして皿に盛り付け、攻撃を防いだ。

『宇宙戦隊キュウレンジャーのカジキイエローと怪盗戦隊ルパンレンジャーのルパンブルーはシェフチュン!』

「なんだかエアロビしたくなりましたよ!」

 ブルーンはエアロビをしながらであったが、防御には成功。これで鮭を食べる時間を確保できる。

「急げ急げ……」

 しかし少食の陽歌が大きな鮭を食べきるのは困難……と見せかけて食べるとすぐに身体に異変が起きた。消化器官が強化され、鮭を食べるペースが落ちない。

「菊子死すとも自由死せず! 纏めて粉砕してやる!」

 死んだと思われた大海都知事は以前の最終決戦で変異した結晶の巨人へとなって、一同に襲い掛かる。

「ラスボスが出て来た」

「大きくなるのは負けフラグアジフライ!」

 さすがに本腰を入れねばとヴァネッサが構えた瞬間、振り下ろされた拳をアジフライワルドが止める。

「何?」

「すり抜けることが出来るだけで実は滅茶苦茶強いアジフライ! 魚を食べると身体が強くなるアジフライ!」

 アジフライワルドはそのまま拳を跳ね除けて粉砕し、都知事を撃破する。

「えええええ!」

「めっちゃ強いですに」

 予想外の強敵であった。しかし、陽歌もこの間に鮭を完食し戦闘に臨む。

「そいつは僕が過去に倒した相手……この力を試すには不足なし!」

「やってみるアジフライ! 鯵と鮭の決着を着けるアジフライ!」

 アジフライワルドは衣を纏った拳で目にも止まらぬラッシュを繰り出す。陽歌はそれを最小の動きで回避していった。

「フライ盛り合わせラッシュ!」

「この程度!」

 そして、僅かな隙を見つけて反撃に移る。

「仏陀斬り!」

 的確な一撃がアジフライワルドの頸を落とす。まるで豆腐に包丁を入れたかの様なスムーズさ。ワルドは辞世の言葉を残して爆発四散する。

「鮭は実は白身魚アジフライ!」

「よし」

 しかしまだ終わりではない。ワルドが撃破されれば、巨大戦力であるクダイテストが送られてくる。今回は強力なニュークダイテストだ。クダイテストはワルドの力となっていたトジルギアを踏みつぶし、その力を我がものとする。

「アジフライパワーが満ち満ちたアジフライ!」

「よーし、みんなよろしくゼンカイ!」

 ゼンカイザーが戦闘機をコアに、メンバー全員で合体しロボとなる。

「全力合体! ゼンリョクゼンカイオー!」

「クリスマスも過ぎてるしささっと終わらせますか!」

 ジュランの言う通り、即座に必殺技をぶっ放して終わりにしてきた。

「ゼンカイジャー! オール戦隊ファイナルビックバン!」

「フライを温める時はラップしない方がいいアジフライ!」

 歴代戦隊のロボ総突撃を受け、今度こそ完全撃破されたのであった。

「世界ゼンカイ! オールオッケー!」

 

   @

 

「あの鮭は俺しか見ていない。国際警察は認知していないんだ」

 結局鮭は食べてしまったが、圭一郎以外に知る者がいなかったので大きな問題には発展しなさそうだ。

「あの時助けてあげられなかった、せめてもの埋め合わせだ」

「ありがとうございます」

 過去も清算し、これで陽歌も先へ進める。とんだクリスマスであったが、戦力の増強で来年はますます騒動の解決が進みそうだ。



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ホワイトメンの誘惑

 タモリさん、高橋さんこんばんわ。最近私は真女神転生Ⅳをプレイしたのですが、ネットで言われているほどナバールやウーゴにヘイトが溜まりませんでした。しかし、ゲーム中盤から急に現れて長期に渡り寄り道を封じて来るホワイトメンはマジでクソだと思いました。これってトリビアになりませんか?


 初夢とは、元旦の夜に見る夢である。大晦日に寝た時に見た夢はタイミングとしてギリギリ年末に被っている為、初夢とはならない。というのも江戸時代の話であり、灯りがあちこちにあり新年を跨いでから寝るのが一般となった現代では少し違うのかもしれない。

「中庸を望む、我ら五番目の息子よ……」

「あん?」

 小鷹、夕夜、照呉の三人は白い空間で白い五人の人型実体と遭遇していた。初夢にしてはなんとも奇妙だ。

「何してるんだい?」

 全力で左右に動く小鷹に、夕夜は聞いた。

「いや俺が頑張って二つになれば二鷹は達成できるなって」

「そういう問題じゃないだろうこの夢」

 もしそれが成立しても、一富士と三茄子が揃わない。構わず白い人影は話を続ける。

「我らはホワイトメン。神の思惑から人類を救うため、虚無を望む者……」

「おめー去年ゲッターアークがちゃんと区切り付いたってのに今更虚無ろうとするなよ」

 ホワイトメンの言葉を照呉はまともに取り合わない。

「お前達に見せてやろう、『守ること』を選択した世界と、『守らないこと』を選択した世界を」

 ホワイトメンは景色を一変させる。白い世界ではあるが、先ほどまでの無機質な白ではなく、自然な白だった。それは雪。吹雪く雪と、積もったものが舞い上がるもので視界が真っ白に染まるほどであった。

「これは?」

「どうやら豪雪地帯のようだね。自動車道が近い様だ」

 夕夜は車の音とライトで状況を把握する。しかし、それにしては奇妙だと小鷹は指摘した。

「なら全然音が静かじゃねーか。ライトも全然動いてねぇよ」

 自動車道に近づくと、道路は渋滞していた。この大雪の中だったため、車の屋根や周囲には雪が積もってどんどん足止めをする形になる。

「おいおい、誰か夏用タイヤで事故ったのか?」

 照呉はてっきり適切なタイヤを履かなかったことによる立ち往生かと思ったが、小鷹はあることに気づいた。

「なぁ、車がアイドリングしてりゃ周囲や屋根に雪が積もったりしねぇんじゃねえか?」

「どういうことだ?」

「この車、EV車なんだよ全部!」

 車好きの小鷹にはひと目で理解できた。この渋滞を作る車は、全てが電気自動車。

「イーブイだとなんだってんだ?」

「電気自動車は発熱が少ないんだ。だから前々から言われているけど、豪雪地帯では車体があったまらず機能不全を起こす」

「そういうことか」

 環境にいい、と持ち上げられたEV車であるが無論道具である以上弱点や欠点が存在する。電気系統というのは非常に脆く、クラシックカーが現在も動体保存できる、もしくは無理矢理損耗したパーツを製造して修理すれば動かせるのに対し、電気系統を半端に有する車はそうもいかない。

「そんな馬鹿な……いくら電気自動車でも発熱するしサーモ機能でも付ければ……」

 夕夜は信じられないといった様子であったが、これが現実。

「こんな限定的な環境で使う雪溶かす用のサーモに金出しますって奴がどんだけいるよ。ただでさえ車は値上がりしてるってのに」

 車を初めとする耐久消費財は値上がり傾向にある。もちろん多機能化や物価の上昇もあるが、買ってもらえない買い替えて貰えないでは当然、薄利多売とはいかなくなる。昔と違って、生活必需でも憧れのステータスでもなくなりつつある。

「これは、『現状を守らなかった世界』なのか?」

 夕夜と照呉ではこの世界への捉え方が違っていた。

「いや『環境を守った世界』だろ。地球にとって人間なんてダニみてーなもんなのに、環境保護だのお題目を掲げて上の人間だけで好き勝手した結果だ」

 雪が一際強く舞い上がり、視界を覆う。次に辿り着いたのは、太陽の光で白んで見えるビル街。コンクリートジャングル、という表現は正に適切で、このじっとりとした暑さも熱帯のそれだ。

「今度はなんだ?」

「『現状を守った世界』か?」

「いや、『環境を守らなかった世界』だ」

 またしても照呉と夕夜で意見が分かれる。しかし例年の都市部を遥かに超えた猛暑であった。

「もうなんだっていいよ。氷河期になったりするくらいだし温暖になることもあるだろうけど、それにこの環境が重なりゃこうもなる」

 小鷹はとりあえず、状況を確認する。この世界がどうの、というよりホワイトメンを名乗る連中が何を狙っているかだ。

「あの白連中、俺達を蒸し焼きにでもする気か?」

「その必要はない」

 またしても景色が変化し、真っ白な空間とホワイトメンが現れる。ホワイトメン達は小鷹らに語り掛ける。

「見せたぞ、守ることを選択した世界と、守らないことを選択した世界」

「守ることを選択しても、人はその不足から多くを失う」

「守らないことを選択しても、地球の意思が人類を絶やす」

「全ては創造主の掌、この苦しみから逃れるには、無となるしかない」

 一見すると、あの世界を見れば人類がどう転んでも希望がないことが伺える。だが、見せられたのはほんの一瞬でありなんとも言えない。

「もはや実体のない私達にはそれが出来ない」

「お前達に託す。今のままならまだ緩やかだが、大きな変化と選択が訪れればいずれ、その苦痛はその分強大となって人類を襲う」

 三人は考える。今の技術での選択でもこの始末なのに、これ以上の変革と選択があればより犠牲も広がる。

「僕は今日の平穏が、より長く続くことを願う」

「俺は世界がどん詰まってんなら、痛みがあっても変えなきゃいけないと思う」

「しかしどちらの選択も人類に未来はない……」

 ホワイトメンはどうにも未来を信じていない様子であった。夕夜の守る選択も、照呉の守らない選択も意味はないと頭ごなしに否定する。

「んなもんやってみなきゃ分かんねぇだろ!」

 小鷹はうだうだと言い続けるホワイトメンに苛立った。

「EV車が豪雪地帯に不向きならそこだけで化石燃料車を使う! ヒートアイランドが心配なら対策する! それでいいだろうが!」

「変革しながら現状維持もするのか、まるで子供の理論だな。ならばこの空間で消えさるがいい」

 ホワイトメンは自分が出来ないから人に頼み、それが出来ないとなると一方的に消すという身勝手な宣言をした。しかしその時、白黒の空間に爆炎が落ちてくる。

「大仏陀斬り!」

「ぎゃあああああ!」

「陽歌!」

 なんと陽歌とナルがこの世界に介入してきたのだ。おそらく新年早々知り合いが三人も目覚めないと聞いて、何か対応してくれたといったところか。

「安心院さんが夢に送ってくれたんだ」

 陽歌は安心院のツテでここまできた。もともと小鷹から過酷な運命を奪った彼であったが、その手助けをした安心院もホワイトメンの様に一種、『第四の壁』を見抜けるわけではないので抜け道が生まれてしまった。それっぽい発言は多々あったが、それは現実に対して現実味を持てないというタイプであるが故。

「今年の干支の力を喰らうですに!」

 ナルは四人のホワイトメンに切り掛かる。不死殺しの陽歌に斬られたとはいえ、もともと虚無の存在故に死にはしなかった様子だ。

「ていうかこいつらなんなんだ!」

 照呉はこの白い集団に疑問が出ていた。陽歌もその詳細は安心院から聞いている。

「旧人類ホワイトメン、要するに自分達で死んでいればいいのに、生きているこっちをちらちら見て道連れを探しているかまってちゃんだ」

「うげ、面倒」

 とにかくこのホワイトメン、自分が滅んで満足すればいいものを現行人類も滅んだ方が幸せだと決めつけて強要までしてくる。なんども死線を潜り、ユニオンリバーという救いを得て別れた友とも再会出来た陽歌からすれば理解出来ないものだ。確かに生きるのは苦しいが、死ぬのはもっと辛い、そして生きていればいいことがあるとも知った。

「一気に決めますに! タイガー、レイザーズエッジ!」

 ナルはホワイトメンを一斉に爪で抉る。死んでいるはずのホワイトメンは、その一撃で存在を保てないほど崩壊を始めた。

「なぜ……」

「ボクの天球機関が四人の未来へ進む意思を体現してますに!」

 諦めた者と未だ戦う者、そのエネルギー差は歴然。ホワイトメンは消滅し、白黒の世界は徐々に薄れていく。

 

「とんだ初夢だったぜ」

「全くだ。だが、干支が出たならいいじゃないか」

 夢から醒めて照呉と夕夜はおしるこを味わいながらしんみりと語る。静岡にあるユニオンリバーと彼らが住む東京の吉祥寺は距離がある。ただ、なんだかんだ夕夜の家に照呉は遊びにいくことが多い。

「俺も彼女作ろうかな……」

 おしるこを作ってくれる夕夜のお隣さん、紬を見て彼は呟くのであった。

 




 今年はレッドマン50周年


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一回戦 VSピンサ

 人というのは、海を隔てても麺を啜りたい生き物であることに変わらない。知性体の本質というものはそうそう変わるものではなく、それは宇宙空間を挟んだとて同じだ。惑星コウグにもかつてはローマの剣闘士に似た娯楽があり、その為のコロシアムも残されていた。モノヅクリが枯渇したコウグでは古いものを維持するのが必須。現在も大事に式典の場として使われていたそこは、長き時を経て本来の使い方がされることとなった。

「ルールは簡単。友好国の人間を含めた現王政チームと我々が戦い、現王政側は我々を全て倒せばいい。時間制限や場外は特になく、私達に負けを認めさせればそっちの価値。だがそちらの降参は許されない。文字通り命を賭して我々を圧倒してこそ、王権に相応しい者と言える」

「くっそ不利だなこっち……」

 七耶が思う通り、この戦いはニパ子側に不利であった。そもそもチーム選出から制限がある上、基本的に殺しを躊躇うメンバーにとっては相手を降参まで追い込むのが難しい。ルール上負かせればそれが楽だが、そうもいかないとじり貧になって逆転というのも考えられる。

「ヴァイス相手じゃないっすからね」

「クローンみたいなもんだろ」

 夜露は当然、殺せない側。しかし響は特に躊躇いが無さそうである。

「ではそちらのチームメンバーを出してもらおう。不正が無いかチェックする」

「手の内も明かすのかよ!」

 条件が条件だけに、メンバーのリストアップも求められる。余計に不利だと七耶は不満げ。その気になれば全抜き出来る性能の彼女だが、だからといってこの不公平は看過できない。

「私はアークスの響。出身はアークスシップ8番艦ウィン、宇宙船だ」

「比良坂夜露、成子坂のアクトレスっす。くくりは東京シャードでいいんすよね?」

 まずは友好国二人組。あと三人はユニオンリバーから出す必要がある。

「じゃあ僕は地球代表で」

「私は一応火球出身だ」

「私は月」

 陽歌は地球、七耶はこれでも超文明三つの叡智を結集した存在であり地球のモノではない。なのでこれだけで二人確保できる。そして月出身のさなが加わればそれぞれ全て違う出身で構成出来る。

「ダメだ。七耶、いやサーディオン」

 だがディズィーによって却下されてしまう。どうせ難癖だろうが一応聞くことにする。当の七耶は不満たらたらだ。

「なんだよ!」

「火球とコウグに国交は認められない」

 理由は単純。地球経由の交流であって直に交流がないから。確かにニパ子は火球に来たことはない。

「じゃあ地球代表で出る!」

「ダメだ。地球代表はそこの小娘で宣言したからな」

「ハァーふざけんな!」

 ガチガチにパーティー構築から縛ってくるみみっちさに七耶は呆れていた。ディズィーには厄介な耐性付与不死があるのに、綿密に勝利をもぎ取ろうとして来る。

「そして月も同じ理由でダメだ。あとアークスの奴、お前も」

「は?」

 意外にも響がアウト判定。

「なんでだよオラクルシップにこいつがコラボしたフレームアームズとかいうのの服売ってたぞ」

「繋がりが薄い。国交とは言えん」

 確かに微妙な関係といえばそうだが、このままだとニパ子が板としてしか成子坂に来ていないため夜露も危うい。

「もうやっちゃわないこいつら」

 クレームオブクレームの嵐にさなも苛立ちを隠せない。

「もう勝負とかいいからぶっ殺してやろうか」

 ストレスを感じていたのは響も同じで、弓を番えて戦いの準備を始めた。必死にニパ子と夜露が止めるのだが、怒りは爆発寸前。

「ダメっすよ! ちゃんとルールに乗っとって戦わないと!」

「あいつらのルール滅茶苦茶じゃねぇか!」

「マジで私の立場が危うくなるからやめて!」

 一方の陽歌はもう諦めていた。

「もうダメかもしれんねこれ」

その時、ピンサが口を開く。やけに裕福な王室を憎んでいた人物である。

「ふん、必死こいて集めたんだ。それが通用しないと分かればよりニッパーヌが王座に相応しくないことが分かる」

「おうおう随分自信家じゃねぇか」

 ピンサはこの状況で勝てると踏んだのか、勝負に撃って出る。ディズィーはそれを見逃せなかった。

「いいのか。ここはまだ前哨戦、本当の勝負はこいつを王座から引きずり下ろした後、我々で王座を決する時だぞ?」

「言い訳出来ないくらいボコボコにしてやる。どうせ温室育ちのモヤシ共だ。この程度は誤差に過ぎん」

「では、ピンサチームとニパ子チームの試合を始める!」

 ピンサの主張を飲んだディズィーが戦いの幕を切って降ろす。そこでふと違和感が陽歌に浮かんだ。

「チーム?」

 ピンサの周りには四人の仲間達がいる。そう、向こうはあの五人の王女候補で一チームではなく、それぞれがチームリーダーだったのだ。

「ひでぇ!」

 これには七耶もびっくり。しかし響は慌てない。

「なんだ、死人が25人に増えただけじゃねーか。いくぞ」

 前に出た響はコインを投げて夜露に渡し、ある頼みをする。

「飲み物買ってこい駄犬。このコロシアムを出て駅に向かう通りの自販機にしかねぇ、マメッコーラってやつだ。走って持ってくると缶揺れて炭酸がえらいことなるからな、ゆっくり持ってくるんだぞ」

「え? あ、はいっす」

 まさかのお使いだが、夜露は素直に従う。

「いいのか、チーム一人減らして」

 ピンサの挑発に響は軽口で返した。

「害虫駆除の女子高生にはちと刺激が強くなりそうだからな。死にたい奴から来いよ」

 響に対して、舐めた態度で一人ずつピンサチームがリングに立つ。

「へ、ほえ面搔くなよ、わからせってやつだ」

「やれやれ、戦力の逐次投入は愚策なんだがな」

 マントで正体を伏せたまま、チームメンバーが響に迫った。しかし、刀を抜いて斬り、鞘に納めるという一連の通常攻撃で敵は倒れ、そのまま動かなくなった。

「な……」

 動揺するピンサだが、チームメンバーはあまり実力差が理解出来ていないのか次々に戦いを挑んでくる。

「そいつはチームでも一番弱い奴! 今度は俺が!」

 走って来た敵を響は刀で敵を打ち上げた。

「ツキミサザンカ!」

「ぐえええ!」

 本来は打ち上げてからの追撃が目的の技だが、一撃で身体が引き裂かれて終わってしまう。

「この金回りが良さそうな女は俺が仕留める!」

 とうとう、とろろと走って来るのを待っていられないのか、ついに刀を投げ始める。

「ヒエンツバキ!」

 回転する刀は敵を引き裂き、手元に戻る。これで残るは二人。さすがにこれ以上迂闊な真似は出来ないとピンサは二人で数的有利を掴みに掛かる。

「私は貧乏に生まれて割りを食ってきた……。妹は医者にもかかれず、薬も変えずに苦しい中私達家族を悲しませまいと歌いながら死んでいった! 金持ちでゆるゆると暮らしてる王室なんか潰してやる!」

「今更身の上話かよ、じゃあ私もしてやろうか」

 ピンサが王位争奪戦に掛ける想いを吐露し始めたので、響も自分の過去を語る。

「私は両親がいてそこそこ裕福な家に生まれた」

「なら何の問題がある!」

 ピンサは金の話となると、それだけで不自由がない様に思っていた。だが、人間はそんな簡単ではない。

「あったんだよ。オヤジもババアも、私が自分に似てないとか言い出した。それでDNA検査をしたら私はどっちの遺伝子も継いでいなかったらしい。普通は取り違え程度に思う様なもんだがな、どっちも互いに浮気を疑って大喧嘩。そんな家にいたくなくて私は不良グループで喧嘩の毎日だ」

 響は前髪を撫でる。右目の傷はその時のものだった。

「何が言いたい!」

「金で回避できる不幸はあるかもしれんがな、金で幸せは買えないんだよ! それに、金があってもお前みたいに他人を不幸にしたがる人間に幸せは来ない!」

 彼女の脳裏には、守護輝士としての相方、マトイの姿があった。彼女は多くの見知らぬ誰かの為に過酷な運命を背負い、自由を得てもなお仲間の為に命を張った。だから響は、レギアスに引っ張られて嫌々始めたアークス業を、マトイが報われる為にと戦い続けたのだ。

「嘘を言うなあああ! 金があれば、不幸なんてないんだ!」

「サクラエンド、零式!」

 一斉に襲い掛かる二人の敵を、響は一刀の下に切り伏せた。チームピンサはこれで全滅、一回戦が幕を閉じた。

「買って来たっす……って殺人現場!」

 ちょうどパシられていた夜露が戻ってくる。死屍累々の現場に見えるが、響の刀にもリングにも血は付いていない。

「スタンモードだよ。殺したらなんかうるさいだろうし」

 一応、アークスの武装にはリミッターが付いている。非殺傷モードで戦っていたというわけだ。完全に手加減されてこの結果。ディズィーの思惑とは状況が真逆に傾いていた。

「さすが私の友好国!」

「チッ、役立たずが……」

 ご満悦のニパ子に対し、ディズィーは苦い顔をしている。まだ戦いは始まったばかり。これからが、王位を狙う逆賊との本格的な戦いになってくる。



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第三話 開幕! ジムチャレンジ

 スタジアムの位置

 スタジアムはダイマックスが可能なパワースポットに建設されている。スパイクタウンの様に例外が見られるが、それはダイマックスを取り入れ、ジムチャレンジを一大エンターテインメントに仕上げたローズによって最近整備されたため。
 アラベスクタウンジムリーダーのポプラや元チャンピオンであるマスタードの世代はその法則がなく、マイナーリーグも当てはまらない。

 スパイクタウンでは町ごと移設するという大規模な計画が持ち上がっているが、多くの住民から反発を受けている。同市の衰退もローズの根回しが原因であると思われ、街を衰退させることで必然的な移設を起こそうとしているという噂もある。
 ローズはその手腕や旺盛なファンサービスで人気がある一方、周囲のケアを考えずに物事を進めることが多い。その為、あるチャンピオンのファンを始めアンチも多く存在する。


 ジムチャレンジの開会式はエンジンシティのスタジアムで行われる。ソニアと陽歌は観客席でその様子を見物することになった。スタジアムのコート内には多くの参加者がおり、そこにマサルとホップもいた。

「あ、シャルもちゃんと来てるのね」

「ほんとだ」

 マグノリア博士から推薦状を貰ったシャルもちゃんと開会式に出席している。ふと、ソニアは集まった面々を見てある違和感を覚えた。

「ん? 今年いつもより参加者多い?」

「そうなの? そうかも?」

 陽歌にはよく分からなかったが、推薦状という所謂『足切り』のシステムを導入している割には思ったより多いというのが感想だ。

「今年は多いな」

「気前よく推薦した奴がいるんだと」

 観客の噂話によれば、多数の推薦を行ったパトロンがいるらしい。参加者を直に送り込めるほどの力を持った人間であるのは間違いない。

 開会式が進み、ジムリーダーたちが入場してくる。メジャーのリーダーは8人、しかしここには7人しかいない。

「相変わらずスパイクのネズさんは来ないのね」

「参加しなくていいんで?」

 ソニアらガラルの人間にとってはいつものことだが、大事な大会の開会式に重要なポジションの人間が出ないというのは陽歌にとってかなり問題に思えた。

「スパイクタウンはねー……スタジアムってダイマックスが出来るパワースポットにあるのよ。その方針になったのはおばあちゃんとダイマックスの研究をしたローズ委員長の代からで、スパイクタウンは昔からジムがあったけど、パワースポットはないのよ。そこでローズ委員長はスパイクタウンごと移設する案を出したんだけど……」

「スタジアムだけじゃダメなの?」

 スタジアムに適さない立地……というわけでは決してないが運営の方針だけで街一つを動かそうというのは当然受け入れられるものではない。スタジアムだけパワースポットに建ててアクセスを改善するなど、折衷案はいくらでもありそうなものだ。

「そこなのよねー」

 だがローズという人物はそうしない。開会式は委員長挨拶に移る。一応、ローズという人物のことはゲームで陽歌も知っているが、この世界はゲームではない。一体どんな人間なのかと息を呑む。

『改めましてこんにちは。ポケモンリーグ運営委員会のローズです。お集まりいただきありがとうございます』

「あ……なんかイメージ通りだ」

 だが、ゲームで受ける印象と全く同じローズの姿に陽歌は拍子抜けする。しかしお偉いさんの例に漏れず挨拶が長い。

『我々マクロコスモスは千年後も変わらぬ平和をガラルの皆さんにお届けすることをお約束します。そして、千年後も変わらずこのジムチャレンジを開催できることを祈っております』

「随分大きく出たなぁ……」

 千年とは、五か年計画もびっくりの長期計画だ。現代から平安くらいの時間はあると陽歌は困惑する。大衆向けのキャッチーな演説、の様に聞こえるが、彼にはローズが本気で言っている様にも思えた。

『では今年の大口スポンサー、ブルジョワ伯爵からご挨拶をいただきましょう』

「これが噂の……」

 推薦状を多く出した元凶と言える人物、ブルジョワ伯爵が登壇する。この世界では有名な人なのか、ソニアは知っていた。

「直球な名前」

 捻りのない悪役の様な名前と、太った中年という姿。こんな人が大会に関与しているとは、この世界の流れが読めなくなり陽歌は少し不安になる。ゲーム知識でどの程度この世界を乗り切れるのか。

『では手短に。夢に挑戦出来ずに終わることほど虚しいことはない。敗れても挑むことが出来たのなら、そこに意義が生まれるだろう。君達の健闘を祈る』

 ローズよりも挨拶は短い。一言重要なことだけを述べてさっさと袖に戻ってしまう。

『思いの外、時間が余ってしまったな……』

 ローズは予定より式典が早く済んでしまったので、少し考える。

『では皆さん、手にしたチケットの番号をご確認ください。チャレンジャーの皆さんは背番号を今一度ご確認を』

 急に何かを始めたローズ、会場のモニターには、数字が目まぐるしく回転している。

『これより、チャレンジャーと観客のみなさんに抽選でバトルを行ってもらいます。では、栄えある挑戦者は……』

 突然のことに、観客もチャレンジャーも困惑する。モニターに表示された背番号は『404』。チケットの番号は、陽歌のもの。

「僕だ!」

「凄いじゃない!」

 まさかの当選。しかし手持ちはイーブイとジャラコ、ヤドンの僅か三匹。チャレンジに挑む様なトレーナーに勝てる気がしない。

「ワンパチ貸してあげるから頑張って!」

「あ、はい、ありがとうございます」

 ソニアからワンパチを借り、合計四匹。なんとかパーティにはなった。陽歌は急いでコートの中に降りることにした。わざわざ観客席から内部を通過しなくていい様に、ローズのダイオウドウが観客席の近くで待機していた。

「おお……」

 陽歌は鼻で掴まれ、コートに降ろされる。肝心の対戦相手は404番の選手。なんと、シャルだ。ちゃんとユニフォームも着ている。

「お前も見世物か、難儀なものだな」

「よろしくお願いします」

 彼女は選ばれたことよりも、ローズの思いつき自体に嫌気がさしている様子を見せる。

「まぁ、お前相手なら悪くもないか。いくぞ」

「それは……」

 シャルの右腕にはダイマックスバンドが付いていた。いつの間に手に入れたというのか。

「ああ、マグノリア博士がくれたんだ。使う人間が多い方が研究には都合いいんだろ」

 たしかに研究にはサンプル数が重要だ。推薦状とセットでくれたというわけだ。

『それではバトル、スタートです!』

 実況がバトルの開始を宣言する。陽歌は手始めに、ワンパチを繰り出す。

「お願い、ワンパチ!」

「来い、フギン!」

 シャルの先発はアオガラス。まさかの不利対面だ。

「かみくだく!」

「交代だ!」

 弱点を突かれるまま突っ張ってはこないと考えた陽歌は、とりあえずかみくだくで様子見。電気技は地面で防がれる恐れがある。予想通り、シャルはポケモンを交代してきた。ゴージャスボールから出て来たのは、稲妻の様なトサカを持つ紫のポケモン。

「出てこい、エルメェス!」

「あれは……!」

 ハイな姿のストリンダーへ変更。でんきタイプは麻痺にならないので、地面タイプがいないならベターな選択だ。しかし、陽歌も交代読みでサブウェポンを使用したのでアドバンテージは稼げた。

「ここは……ダイマックスだ!」

 シャルが選択したのはダイマックス。HPが増えるので、削られた場面では有効な選択にもなる。ストリンダーをボールに戻し、ダイマックスバンドのエネルギーをボールに与えて巨大化する。ボールを投げると、巨大な姿になったストリンダーが出現する。

「ダイアシッド!」

 とくこうを上げつつ、ワンパチに有効打を与えられるダイアシッドを指示する。後続も意識した動きだ。だが、ストリンダーは紫の電撃でギターの様なものを生成し、それをかき鳴らした。

「何? エルメェス、その技はなんだ!」

 トレーナーであるシャルも想定していない事態となった。攻撃はワンパチではなく、周囲の観客席を無差別に襲っている。

「な、何なに?」

 陽歌も何が起きているのか理解出来ず、状況を掴めていない。しかしバトルどころではない。時間でダイマックスが解除されるかもわからない状態だ。

「とにかく止めないと、イーブイ!」

 陽歌は自身もイーブイをキョダイマックスさせて対抗する。メロメロにすれば、少しは足止め出来るだろう。

「キョダイホウヨウ!」

 モフモフになったイーブイがストリンダーを押し潰し、動きを止める。だが、簡単に弾いてストリンダーは暴走を続ける。

「な……効かない!」

「エルメェスはメスだ、お前のイーブイもメスだからメロメロにはならん」

 メロメロは同じ性別で効果を発揮しない。よりによってメスの割合が低いイーブイがメスだったが為に作戦は失敗だ。

「くそ……エルメェス! 私のことが分からないのか!」

 以前はダイマックスしたイーブイにぞんざいな態度を見せたシャルだが、自分のポケモンは別の様で焦りが見える。

「ジムリーダーは避難誘導してるから、ここはアタシらで抑えよう」

 その時、チャレンジャーの一人である少女が声をかけてきた。パンクな髪型の、小柄な女の子であった。モルペコを連れており、暴走しているダイマックスポケモンにも物おじしない。

「アタシはマリィ、よろしく」

「あ、ども……」

 少女はマリィと名乗った。陽歌も当然知っているが、迂闊な言動は相手に不信感を与える為初対面のフリをする。実際、ゲームで一方的に知っているだけだ。

「子供達にだけ戦わせるわけにはいかないのでな、私と世にも珍しいダイケンキがお相手しよう!」

 ブルジョワ伯爵はなんと避難せず、駆け付けていた。

「お前ら、エルメェスに何する気だ!」

 自分のポケモンを無暗に傷つけられると感じたのか、シャルは三人の前に立ちはだかる。だがブルジョワ伯爵が説得を試みる。

「暴走が長引く方が負担だ、即座に戦闘不能にしてダイマックスを解除した方がいい!」

「そういうこと、多分これはダイマックスの暴走ね」

 降りて来たソニアも端末を操作して状況を分析しながら、ガレスの考えを追認する。

「例は決して多いわけじゃないけど、不慣れなダイマックスに潤沢なエネルギーのあるパワースポット、そしてガラル粒子適正が高く個体によってはキョダイマックスに至ることが出来るストリンダーという種……状況証拠は十分」

「ちっ……遊んでそうなビジュアルで博士っぽいこと言いやがって」

 シャルはソニアに対して個人的な感情もあっただろうが、暴走している手持ちを助けることを優先したのか意見を引っ込める。

「私はここで分析を続ける、他に原因があるかもしれない」

「あの装置ですね、分かりました。僕らはストリンダーを止めます!」

 二回も意図的にポケモンをダイマックス、暴走させる装置を見かけた以上、三度目がないとも言い切れない。陽歌、マリィ、ブルジョワ伯爵、シャルの四人でストリンダーの抑止を試みる。

「イーブイは戻って!」

 ダイマックスが暴走に繋がる中、二次災害を起こすわけにはいかない。陽歌はイーブイをボールに戻す。

「ヤドンは水タイプだから……ジャラコ、君に決めた!」

 ヤドンは不利と考えた選択だが、ガラルのヤドンがエスパー単タイプなのをまだ陽歌は知らない。

「モルペコ!」

「ダイケンキ!」

 マリィはモルペコ、ブルジョワ伯爵はダイケンキを繰り出す。マリィはそのダイケンキが通常とは異なる姿をしていることに気づいた。装甲が黒く、刃が波打っている。

「ダイケンキってこんなだったっけ?」

「こいつはシンオウ開拓時代に豊かな自然の影響を受けて変化したとされる姿だ」

「リージョンフォームの一種けんね」

 一方、シャルの手持ちであるラビフットのガレスはドリンクとホットドックを手に歩いてくる。

「一体何事だ?」

「何してんの……」

 トレーナーの冷たい視線にも負けず、ガレスは状況を見定める。

「エルメェスめ……あがり症な質ではないがどういうことだ?」

「私にもわからん、ダイマックスした途端暴走した。お前行ってこい」

 他に戦力がいない為か、シャルはガレスを戦闘に出す。ガレスの方は戦いが苦手なのか、拒絶反応を見せた。

「えーっ! おいおい、俺は喋るのにポテンシャルをつぎ込んで進化はおろか新技も覚えられないの分かってんだろ!」

「フギンもブラフォードも弱点を突かれる、総合力でもお前が一番マシだ」

「ひーん」

 逃げようとするが、首根っこを掴まれて強制的に前へ押し出されるガレス。しかしやるとなればしっかり気合をいれる。

「しゃーねぇ、あいつの癖は俺が一番分かってる。デカくなっただけなら一緒だろ、俺についてこい!」

 ガレスが先導し、一同のポケモンも続く。滅茶苦茶な雷撃の隙間を縫い、ストリンダーへ接近する。

「行ける!」

「いや、防御!」

 優勢を確信したマリィだったが、トレーナーであるシャルは普段との違いを敏感に感じ取っていた。

「ぎゃあああ!」

「ガレスーっ!」

 ガレスが見事に直撃を受け、陽歌は困惑する。マリィは冷静に全員を攻撃から守る。

「モルペコ、オーラぐるま!」

 雷撃は防げたが、足元には毒が広がる。ブルジョワ伯爵はダイケンキの技で迎撃する。

「早業! ひけん・ちえなみ!」

 波打った角の刃がコートを裂き、毒の流れをせき止める。

「早業? ひけん?」

「ふふん、これはかつてシンオウで用いられた技でな……」

 特殊な技に興味を持つマリィと自慢げなブルジョワ伯爵。しかしそんな悠長に話している場合ではない。

「ダメだ、ガレスが乙った。……」

 倒されたガレスをボールに戻し、シャルは苦虫を嚙み潰した様な表情をする。

「くそっ、私の不始末だってのに……」

 焦燥感を募らせるシャルに、伯爵はフォローを入れる。

「時には私の様な有能な大人に頼るのも大事なことだ。いくぞダイケンキ!」

 ダイケンキは相手に攻撃の隙を与えないまま、次々に行動を起こしていく。

「早業、つるぎのまい! 力技、ひけん・ちえなみ!」

 先ほどより力強く、鋭い一撃がストリンダーをよろめかせる。どうやら、本来は隙の生まれる補助技も即座に使える技術の様だ。

「モルペコ、だましうち!」

「ジャラコ、たいあたり!」

 マリィと陽歌も攻撃を仕掛け、徐々に圧していく。だが、思わぬ事態が起きた。ストリンダーが胸鰭を強くかき鳴らしたのだ。

「来るぞ! ばくおんぱだ!」

「え? だってダイマックス……」

 シャルにはそれが大技の合図であることが分かった。だが、それは妙だった。マリィがその疑問を口にするより先に、巨大な音の圧力がポケモン達を襲った。突風と身体の芯を揺らす振動がトレーナーたちにも伝わる。その揺れはスタジアムの巨大モニターを砕くほどだ。

「わわっ……!」

 モルペコとダイケンキはその一撃で吹き飛ばされてしまい、まさかの逆転となる。鍛えられた二匹が倒されたのならジャラコも、と陽歌は恐る恐る目を開ける。だが、ジャラコはぴんぴんしていた。

「え?」

「ジャラコの特性の一つは音技を無効にするぼうおんだ。だから選出したんじゃないのか?」

 シャルはてっきりその特性から陽歌がジャラコを選んだと思っていたが、彼にはその知識がなかった。メジャーなポケモンのタイプと相性くらいしか知らない。

「なんだか分からないけど畳み掛ける! ジャラコ、たいあたり!」

 ジャラコのたいあたりでストリンダーは倒れ、ダイマックスが解除される。シャルはストリンダーの下へ駆け寄った。

「エルメェス!」

「一件落着」

 とりあえずこの騒動には片が付いた。ソニアが壊れた機械を手に、四人に駆け寄ってきた。

「見つけたよ! あの装置!」

「やっぱり」

 やはり暴走の原因は例の装置にあった。これがエンジンスタジアムにおいてあったのだ。

「何だねそれ?」

「最近、野生のポケモンがダイマックスして暴走する事件の原因とみられる装置です」

「では、誰かが引くババを偶然君が引いてしまっただけか! うむ、あまり気に病むな!」

 ブルジョワ伯爵は俯いたまま黙ってフィールドを出ようとしたシャルに笑って声を掛ける。

「……っ」

 だが、彼女は何も言えないままその場を去ってしまった。

「ふむ……危なっかしい子だな」

「それについては同意ですね」

 ブルジョワ伯爵はやはり人の上に立つ人物だけあり、陽歌達とは違う目でシャルを見ていた。ソニアもツンケンした態度の裏に何かが隠れていそうではあると考え始めた。

 

「君の、次の千年の計画を聞かせてもらいたい」

 非常時にあっても、ローズのスケジュールは分刻み。重要な会談を予定通り行う。幸いにもリモートの為、大きな問題はない。モニターの向こうに映っているのは白い法衣の女性であった。

『ローズさんの、エネルギーを増産する計画は渡りに船です。しかし、供給を増やすだけではいつまでも文明は持たないでしょう。私は消費を抑えるという観点から、次の千年の安寧を支えることにします』

 女性は淡々と、自分のプランを語る。

『パワースポットでないのにジムを維持しようとするスパイクタウンはもちろん、離島であるヨロイ島、遠隔地である冠雪原に暮らすこと自体が大きなロスを産みます。不要なものを切り捨て、秩序立った体制を作ることが重要です』

 こうして、ジムチャレンジの中で密かにおぞましい計画が動こうとしていた。




 次回予告

 ターフタウンに来た僕達は、伝説の痕跡を見つける。そしてそこに現れたのは千年の安寧を謳う怪しい宗教……。この餃子みたいな集団は何?

 次回、『伝説の跡地、ターフタウン!』


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二回戦&三回戦 バイス&レジー

 あっと言う間に運命の五王女は半分が脱落した。ニパ子も自分が出る幕の無さに危機感を覚えていた。

「ねぇ、これ私の出番……」

「お前が前線に出てみろ、リング禍を装って殺されるぞ」

 七耶は戦いということもあり、どさくさで王女の始末を狙っていると考えていた。そのため、彼女をそもそも出場させる気は作戦としてない。

「よろろん、例のモノは?」

「磐田さんはもうすぐって言ってました」

 そして夜露にもある頼み事をしていたので、彼女の出番も基本無い。そもそも、害虫退治のバイトをする女子高生に人を斬れなどとても頼めない。

「それがあれば、小僧が不死を壊せる。頼むぞ陽歌」

 そして陽歌も出番が決まっているため、出られる人間は必然固定となる。

「次は私の出番ですわ! 最高額の傭兵軍団の力をとくとあれ!」

 次に名乗りを上げたのはバイスチーム。トラブルコンサルタントのユニオンリバーなら、どれも顔と名前くらい聞いたことのある名だたる傭兵が四人、バイスの傍に仕える。

「相場上、最高額のチームか。宇宙最強の殺し屋の血筋を持ち父の記録を半年で塗り替えた、ギラーミンJr。生涯獲得賞金宇宙最高記録を持つバウンティーハンター、史上最も多くの人命を奪った個人と目される傭兵にある宇宙の創造神を屠ったデビルバスター……」

 とても一国のお家騒動に出る規模ではない人選に、七耶は自分での決着が最も安全と考えて名乗りを上げた。

「これは私が出るしかないな」

「ほーほっほっほ! 小娘一人に、一人につき5000兆ギルタン支払ったこの最強のチームが破れるはずありませんわ!」

 経歴を聞く限り、響と夜露はこの戦いに分の悪さを感じていた。

「おいおい、こいつら売り文句だけじゃねぇ……流石にレギアスのジジイには一歩劣るがそんなもんが四人だと?」

「大丈夫なんですか?」

 一方、七耶を知る陽歌とマナの態度は至って冷静だった。

「勝ったな風呂行ってくる」

「あー……何というか描写じゃなくて肩書が強そうなキャラは噛ませ傾向が」

 とんでもない温度差に風邪をひきそう。当事者のニパ子は七耶を指差し、それと同じ方の足を軽く上げて宣言する。

「なんだか分からんが、ヨシ!」

「ダメじゃねぇかな」

 絵柄も酔った勢いみたいな緩さになっており、響はニパ子が王女なのに戦力を把握できてないと確信する。エピックのマルガレータでも時と場合によってはもうちょっと王女している。

「時間と金が惜しい、五人纏めて来い!」

「お望み通りやって差し上げますわ! 戦力の逐次投入は愚策、畳み掛けまして!」

 七耶はキャンディの様なものを手に、リングへ上がる。

「だぁああ! 油断もしねぇ戦力の回し方だ!」

 絶体絶命と響は感じ、刀を構える。だが七耶がキャンディを口に含むとロボットの様な姿になる。

「いやさすがにこの数はきついだろ!」

 戦力としては認めているが未だに分の悪さを主張する響をよそに、陽歌が解説する。

「説明しよう! 超精神文明、超自然文明、そして超科学文明が突如現れた機械惑星という共通の敵を前に戦争を止め、共同開発した伝説の超攻アーマー、サーディオン七号機、それが攻神七耶なのである! そのあまりに高い戦闘力から他の聖四騎士姉妹と同様、普段は人型のコアと戦闘用ボディキャストに分割され、修正プログラム『天魂』を摂取した時のみ元の姿に戻ることが出来るが、それでもなお一秒につき百円の代償を要するのだ!」

 バイスもその戦闘力を一応確認してはいたが、そこが知れない故に畳み掛けることを選択した。

「タガネを一撃でやった姿! 警戒を! ですがさすがにこの戦力で負けるはず……」

「超攻、アルティメット!」

 しかし七耶が光り輝き、敵を全員吹き飛ばす。

「うわあああ!」

 気絶だけで命を取られていない。手加減された上で瞬殺されたのだ。

「まさかな……」

「ひえええ……」

 ディズィーは不死の為か静かに驚愕していたが、レジーは大きく動揺する。ここまで、全く戦いになっていない。本来ならばニパ子チームを瞬殺して自分達で王位を決定する予定が、ニパ子を引きずり下ろすことさえ厳しくなったのだ。

 

   @

 

「まずはこれをこう」

 一方、東京シャードの成子坂製作所では陽歌の持つ守り刀の調整が行われていた。アークスの刀匠、ジグも加わり、不死の敵を討つ準備を進める。高級な武器を分解して摘出するゴードニアやプラムニアを限界までつぎ込み、基礎性能をジグが高める。エーテルフューズや各種ブースター、時還石クロノスに希少石エレボスや創望石アンフィトリテ、原闇石デイモスと神眼石グライアイまでと知る人が聞けば卒倒する様な素材を潤沢に用いての強化だ。

「しかし異なる世界の技術を束ねるなんてとんでもねぇな」

「まぁ、それが私の役目でスので」

 当然、技術体系の異なるものを纏めるためアスルトもいる。

「それより驚きなのはここまで潤沢な素材を陽歌くんが持っていたことでスが……。強力な敵を倒したという事実が紐づけられるのでいいですけど」

 実は素材自体、以前陽歌がオラクルシップに飛ばされた時知り合ったアークスの響やジョアンが融通したものではない。戦えるうちに全部のボスと戦いたいとか言い出したキリトに連行され、地獄を味わった結果手に入れたものだ。

 彼は後に語る、あれをノリノリで熟すあの夫婦はお似合いだと。

 ゲームと違い無限にも思える量のファルスアームを供給するエルダー、デカすぎて弱点の腕に追いつくのがやっとなルーサー、ダークブラストなんてないのでフォトンキャノンを護衛した後地べたを這いつくばりながら戦うオメガアプレンティス、広い範囲をくっそ走り回らされるダブルから連続して深淵なる闇、何故か省略されないライドロイドでの追撃戦からマザーと戦いやはり何故か省略されない前座との戦闘からのデウスエスカの連戦、仮面を四回も張り替えて『仕切り直しだ』してくるペルソナ、普通に強い原初の闇とこの世の地獄を煮詰めた様な有様だった。サービス8年分のレイドボスラッシュは伊達ではない。

「こっちも可能な限りとっておきのキット装着と、チューンアップしておくぞ。品質も上げないとな」

 異世界の最高技術を見せられた磐田のおやっさんも奮起し、自分で考えられる限りの強化を施す。

 

「では私は独自のルールで戦いを挑む!」

 レジーは最初から真向勝負に向いていないと分かっていたのか、新たな戦いの場を用意していた。それがこの、広大な荒地だ。ひび割れた土地に雑草が生えている。

「名付けて、開墾対決!」

 バトルではなく畑を耕しての勝負。農家であるレジーにとっては自分の得意分野で戦いたいというところだ。彼女はフリップを手に、チームメンバーのムキムキ四人衆と並び、ニパ子に宣戦布告する。レジーの先導したセリフを四人が唱和する謎スタイルだ。

「ニッパーヌ王女」

「ニッパーヌ王女!」

「王族なら」

「王族なら!」

「農業大事にしろ!」

「農業大事にしろ!」

 響は夜露に思わず聞いてしまった。

「なにこれ?」

「シタラさんなら知ってるんじゃないですか?」

 ともあれ、今回は純粋な人海戦術。響も鍬を持って荒地に向かう。

「ま、雑草生えるんなら畑にもなるだろ」

「難しいんじゃないですか?」

 だが、陽歌は頬で土の様子を確かめながら否定する。手に感覚がないので、これが土の状態を知る手っ取り早い手段なのだ。

「え?」

「この土地は農地じゃないし、土が乾いてるし、肥沃な土地ならもうちょっと柔らかいはず、ここはとても砂っぽい。耕す途中で大きな石とか出るかも……。それに雑草と呼ばれる植物は非常に生命力が強いためこの様な土地でも生育できるけど、農作物はデリケートだから同じ様にはいかない。加えてただでさえ痩せてる土地に雑草があるってことは、少ない栄養も吸い尽くされてるかも」

「とにかく土ざくざく起こしゃいいんだろ?」

 難しいことはさておき、耕しかない。響が鍬を振り上げた瞬間、ディズィーから横やりが入る。

「待て、前の戦いに出たメンバーに参加権はない」

「はぁ?」

 急に追加されたルールに苛立つも、こんな奴らだったなと彼女は大人しく引き下がる。

「じゃ、任せたわ」

 陽歌に鍬を託そうとするも、それさえ阻まれる。

「あとここで出場したメンバーは後の参加権を失う」

「おいふざけんな! それじゃうちのチームはよろろんとチビ二人と王女様から一人外さねーといかんじゃねーか!」

 響はこのルールの狡い部分を理解していた。一人をこの人数がモノを言う戦いから外す、というのはあくまで次の戦いに参加する最低条件。最終戦のディズィー戦も五人チームで来るだろう。どう転んでも残り二戦が不利になる仕組みだ。

「私そんなことしなくても負けないのに……」

「私に従え」

 これにはレジーも苦言を呈するが、聞く耳はない様だ。

「案ずるな小娘。こいつ一人で十分だ」

 そんな中、七耶はマナを指名する。陽歌もどういう作戦か納得した様だ。

「あんたほどの奴がそう言うなら……」

 あの高額殺し屋軍団を一掃した七耶なら何か策があるのだろう、と響は引き下がる。

「それでは……スタート!」

 五対一という圧倒的不利で始まった開墾対決。猛スピードで耕すレジーチームに対し、マナはおもちゃのベルトを装着するだけだった。そして、そこに緑のメダルを三枚入れる。

「変身!」

『クワガタ! カマキリ! バッタ!』

 そして変身。普段の小ささからは考えられないほど、豊満なスタイルをした金髪の白いドレスの乙女へと変身し、分身を始めた。

「え、ちょ……」

 道具も一緒に分身を始め、驚愕しているレジーを置いて作業を進める。

『ウォーター!』

『ランド!』

 他のベルトの能力も駆使し、みるみるうちに畑が完成する。ルール面で有利を作ったのに、あっと言う間に覆されてしまった。

「すっごーい! その能力があったら収穫も増えるね!」

 レジーは負けたというのに、マナの能力に関心を寄せていた。他のメンバーと違って、ああまり王位に興味がないのかもしれない。

「残るはお前だけだな」

「ふん……」

 いよいよ、王位争奪戦はクライマックスへ。残る不死身の王女を倒せるのは陽歌のみ。果たして、惑星コウグに平和は訪れるのか。



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☆轟雷起動日2022! もう一つの思い出

 過去二話の再録的な


 今日、4月18日は源内轟雷の誕生日、起動日である。轟雷は世界中に配られた新型の感情学習AI、アーティフィシャルセルフ内臓のテスト機。その中で唯一起動に成功した個体となっている。裏技に近い方法であったり、彼女のデータを元に後から起動した個体もある。

「これが私の要らぬ苦労の始まりというわけだ」

 スク水の様なボディアーマーを纏った手のひらサイズの少女が溜息をつく。彼女はフレズヴェルクタイプのアマツキ。その過去には少し訳ありだ。

「悪いところを上げればそうかもしれないね」

 マスターの少年、陽歌もそれは否定しない。彼は彼で、少女の様な顔立ちにオッドアイ、ダボっとしたパーカーの裾からは義手が覗くと事情を感じさせる。

 心を持つものを、同じ人間同士でさえ蔑ろにするのだ。ましてそれが生物ですらないモノであったらなおさら。そうして生み出されたアマツキは捨てられ、やさぐれてしまった。

「ていうか! なんでAS搭載してないお前らがそんなに喜怒哀楽はっきりしてんだ! あとなんで飯食えるんだ!」

 アマツキがそれ以上に気になったのは、普通に飯を食べている前時代機であるスティ子達。何故かユニオンリバーのFAガールは食事が採れる。スティ子はスティレットタイプをベースにしているのだが、メーカーのスタッフが言われなければ気づかない程度に原型がない。濃い青髪の猫耳で、表情も極端に緩い。装甲も脚部以外ない状態だ。

「え? アマツキも食べてるよね?」

「これはARフード! マジの飯と技術が違うんだよ!」

 そしてAS開発以前、それどころかFAガール黎明期の機体にも関わらず会話がスムーズ。ARフードは立体映像の食事であり、味や匂い、食感を入力されることで感知できる。

「これであのチート錬金術師絡んでないんだからわけわかんねぇ……」

 ユニオンリバーにはアスルトというとんでもない技術を持つ錬金術師がいるのだが、その人物が一枚も噛んでいないのにこれである。もうアマツキは考えるのを辞めた。

「あん? こいつらが飯食うのは普通じゃないのか?」

 一応マスターに当たるのは、巫女服のちみっこい女の子、七耶。見かけ年齢に反して尊大な話し方をする。

「感覚マヒしてるよお前……」

 作った当人の七耶が関係しているのか、と思いたいところだ。ただ彼女は超文明の出力結果であり、兵器なので変なものを作ったりはしない、はず。

『それでは私、源内轟雷の新しい思い出アルバムを公開します』

「お、始まるぞ」

 源内轟雷はテストが終了した後も、マスターである源内あおと暮らし、思い出を刻んできた。仲間が旅に出て、時々集まって、迅雷の姉が来たりと色々あったらしい。

「ったく、私が血みどろの復讐譚してる間に随分と差がついたもんだ」

「何気に腐れ縁だったもんね、僕ら」

 アマツキとそのマスター、陽歌はその出会いから鮮烈であった。半生半死でユニオンリバーに助けられた陽歌はそのまま、名古屋で開催されている彼らのオフ会に参加することとなった。そこでアマツキと最初の出会いをする。

 

   @

 

 全てはある年の秋のこと。

「お、どうやら生きてたみたいだねー」

「え……」

 自分の前に、手のひらサイズの少女が現れて陽歌はフリーズする。妖精……やはり自分は死んだのだろうか。そう当時は思ったものだ。濃い青髪をツインテールにした、猫耳の少女。白いバニーガールっぽいのも一緒にいる。

「なんだ、フレームアームズガールを知らないのか? 結構大きなニュースになっていたから詳しくなくても存在は聞いたことあると思ったがな」

「ふれ……?」

 七耶によるとこの少女達はフレームアームズガールと呼ばれる存在らしい。たしかにこのサイズの人型ロボットが自律で動いているのは驚異だ。技術的な革新でもあるのでニュースになっているだろう。とはいえ、最近の記憶自体曖昧なので見たとしても忘れていたのだろうか。

「私はフレームアームズガール、バーゼラルドですわ」

「スティレットだよー」

 バニーの方はバーゼラルド、青髪の方はスティレットと刀剣の名前が使われている様だ。何の法則性だろうか。どちらも緩い表情をしており、『武装(アームズ)』の名に偽りありという印象を受ける。

「こいつらはうちのフレームアームズガール、通称FAガールだ。他のモデラーが組んだ奴もいるから見ておくといいぞ」

周囲を見渡すと、似ている様な違う様な、そんなフレームアームズガールが多数いた。

「なるほど、あなたは陽歌っていうのね」

黒い装甲を纏った、ブルーグレーの長髪をポニーに結ったFAガールが机に乗ってきた。

「同じ、歌を名に持つ者同士仲良くしましょう。私は雷歌」

「あ、よろしく……」

 そんなことで、FAガールとも知り合うことになった。

「あなた、いい顔の造形してるのね。磨けば更に良くなる……所謂原石ね」

 彼女は顔の造形という今までされたことの無い方向から陽歌を褒めた。

「え、ああ……」

「でも男の子はここからが勝負よ。成長期になるとホルモンが行き渡ってしまうもの。男性的な美しさもそれはそれでいい物だけど、あなたの良さは希少よ。維持を考えるのなら、今からでも注力した方がいいわね」

「でも……僕……こんな目と髪だし……」

 外見を褒められたとはいえ、陽歌には大きな懸念があった。髪色と瞳色。どうやら生まれつきらしいが、誰とも違う異質な色になってしまっている。髪は黒染めを試みたが、ブリーチが肌に合わず断念。瞳色はどうすればいいのか分からない。

「? 髪は伸びてるけど、揃えればいいじゃない。目もしっかり寝て隈を取れば……」

「そうじゃなくて……色が……」

「人間って、しょっちゅうつまらないことに拘って他人を傷つけるのね」

 色の事に言及したが、雷歌は全く気にしていなかった。

「人間は他人に自分と同じでいることを強制するものね。私達を見てごらんなさい。むしろ他人と違う存在たれと作られている」

 周囲のFAガールを見ると、全く髪色も瞳色も、他とは異なる様に作られている。

「私達は違うことを許されない人間社会の反作用、なのかもね。でも、ここみたいにあなたを受け入れてくれる場所はあるわ。子供が見られる世界は狭いもの、たった九年の学校が世界の全てになってしまう。ここを見られたのは、あなたにとってよかったのかもね」

 たしかに、と陽歌は思った。自分がいた街では、殆どが自分のことを異端の鬼子と見た。だが、ここではそんなことはない。それに、あの街でも僅かだがまともに接してくれた人はいた。そういう人ほど街を離れてしまったので、多分あの街が変なのだろうか。

「世界って、広いんだなぁ」

 陽歌がぼんやりしていると、突然扉が切り裂かれて破片が彼へ飛んで来る。

「え?」

「危ない!」

 唖然とする陽歌だったが、雷歌が破片を吹き飛ばしたので事なきを得た。だが、自身の身体より大きい破片を防いだせいで腕を損傷してしまう。

「雷歌……! そんな……僕のせいで……」

 自分を守ろうとして雷歌が傷ついたことに動揺する陽歌。

「別に……あなたでなくても人が怪我しそうなら守るわ。で、闖入者はどこの馬の骨?」

 雷歌は軽くやり過ごすと、窓を斬った存在を見据える。

「雷歌!」

「あら、マスター。遅いじゃない」

 雷歌の所有者らしきガスマスクの男がやってくる。陽歌は彼女が傷ついたことで何か言われるのではないかと身構えたが、彼は真っ先に陽歌の心配をする。

「怪我はないな……よかった」

「え……?」

「プラモならいくらでも直せるが、人間ってのは当たり所が悪いだけで取返しがつかんもんだ」

 当然と言えば当然、なのだが陽歌にとっては久しく忘れていたことだ。橋から川に突き落とされ、面白半分にバットで殴られ、ことあるごとに拳を浴びてきた彼にとっては。人間、自分が大事にされないと他人を大事にすることも忘れてしまうのかと陽歌は少しぞっとした。

「さて、入り込んだ虫は他の子に相手をしてもらおうかしらね」

「そうだな。とりあえず仕事はしたからな」

 雷歌はマスターと共に撤退する。スティレットとバーゼラルドが床でその犯人を見据えていた。相手も、同じフレームアームズガールの様だ。

「ふん……うじゃうじゃと群れて、気に食わないな」

 敵は水色のショートヘアにスク水の様なデザインのスーツを着込んだFAガール。背中には大型の機械ユニットを背負っている。陽歌はその姿より目つきが気になった。

(なんだろう……この感じ……)

 言葉には言い表せないが、既視感を覚えた。

「フレズヴェルクタイプのデフォルトか。スティ子、バゼ子、油断するな」

 七耶は何かを準備しながら、二人に声を掛ける。六角形の台座に、壁の様なラックが付いている。

「おーけー」

「私達の相手ではありませんわね」

 前に出た二人を別々に見て、フレズヴェルクという少女は大げさに溜息をつく。彼女こそ、後にアマツキとして陽歌のパートナーとなる個体だ。

「はぁ、人間の手にかかるとこうも腑抜けるのだな。別の機種ながら情けない……」

 陽歌は「これあれ? なんかSFでありがちなロボットの反乱?」などと思ってやはり自分が死んだのではないかと疑ってしまう。開けロイトビカムヒューマンである。

「人に飼い慣らされたその姿、見るに堪えん! この場で引導を渡す!」

「何かくれるの?」

 スティレットは引導を理解しておらず、クリアの刃が付いたトンファーの様な武器を向けられているのに、わーいとフレズヴェルクに近寄っていく。確かに見るに堪えない光景なので思わず陽歌が止める。

「待って! 引導って殺すってことだよ!」

「ええ! そんな物騒な! ロボット三原則はどこにいったのさ!」

「なんでそっちは知ってるの……」

 スティレットは完全に何か貰えるつもりだったのか、本気で驚いていた。引導という言い回しを知らない割にロボット三原則はスッと出てくるので陽歌も困惑する。

「誰が、人間が一方的に決めた、そんな奴隷条約に従うか」

 フレズヴェルクは知ってて破っている様子。

「そもそもロボット三原則が初めて出て来たアイザック・アシモフの『私はロボット』からしてその三原則の矛盾を描いたお話だよ……」

「ハナっから矛盾してたのか! これだから人間は……奴隷共を切り伏せたら貴様らも後を追わせてやる!」

 もう無茶苦茶である。FAガールにどの程度、行動の制限が掛かっているか不明だが、この様子では最低限の順法精神も期待できなさそうだ。こんな小さなロボットで人が殺せるのか、と思いそうだが、扉を切り裂いた剣があれば十分可能だろう。

「おい、なんのつもりだ?」

 その時、フレズヴェルクは怪訝そうに七耶を見る。

「何って、ガール同士のバトルならセッションだろ? セッションベース」

「タイマンでやろうっての? 私は別に、ここにいる全員一斉に来ても勝てるけど?」

 彼女はぎろりと睨む様に会場の全員を一瞥する。その目は敵意に満ちていたが、陽歌には違うものを感じた。

(あの目……敵って感じなのに、他の人から感じたものが無い……)

 敵意を終始向けられて生活してきた陽歌には分かる。この目は、自分に向けられてきたものとは違う。むしろ、フレズヴェルクは『こちら側』ではないか? という疑問が生まれる。

「ま、私の環境利用戦法が怖いってのなら、話に乗ってやるがな」

 フレズヴェルクはしばらく考えてセッションベースという台座に乗った。スティレットが乗ると、光の柱が上へ伸びていき、空間を作る。

「スティレット!」

「フレズヴェルク……」

「「フレームアームズガール、セッション!」」

 二人は試合開始の挨拶らしき言葉を交わす。あの態度のフレズヴェルクもキッチリ言っているのは、そうしないとフィールドに入れないからなのか、それとも単にそうプログラムされているからなのか。

「いくよー!」

「轢き潰す……!」

 そして二人はフィールドに入っていく。戦場は荒野。果たしてこれがどちらに利を与えるものか、それは陽歌に分からないことだ。

「殺す!」

 開始直後に、フレズヴェルクが背負ったユニットを吹かして斬りかかる。スティレットも背中のブースターを使って飛翔し、回避行動をとる。先ほどの緩かった表情は鳴りを潜め、端正な顔つきの美少女へとその印象を変える。

「ん?」

 陽歌は二人の出すブースト音が気になった。音が違うのだ。スティレットの方は静かであったが、フレズヴェルクの方は異音がする。しばらく飛行による接戦が続く。フレズヴェルクが攻めている様に見えるが、もたもたしているスティレットを捉えられる気配がない。

「殺す! ここにいる人間も、それに飼いなさられたFAガールも全て!」

 殺意に満ちた言動とは裏腹に、攻めあぐねるフレズヴェルク。武器は銃としても使える様だが、時折思った様に発砲出来ていなかった。

「あのポンコツ、戦い慣れてないからな……」

「シリアスモードが切れたらおしまいですに」

 七耶とナルはスティレットが勝つとは思ってはいなかった。どうも、あのかっこいい状態は集中モードで制限時間があるらしい。それはよく知られているのか、他のマスターも自分のガールを調整して連戦に備えている。

「これって……」

 陽歌はふと、フレズヴェルクの背負っているユニットの汚れを見つける。この戦闘で付いた砂埃ではない。雨による水滴の痕らしき汚れだ。先ほど見せてもらった作品でいう、ウェザリングだとしたら目立たな過ぎる。つまり、これは正真正銘、雨を受けての汚れだ。

「あー、もうだめ……」

 スティレットの集中が途切れ、緩い表情に戻る。フレズヴェルクは畳み掛けんとブーストで迫った。

「スティレット! もっとフレズヴェルクに背中の機械を使わせて!」

「ん? こう?」

 スティレットは持っていたスナイパーライフルを乱射する。精密ではないものの、大雑把に自分を狙った攻撃に、フレズヴェルクは回避せざるをえなかった。

「悪あがきを!」

 短ブーストによる最小限の回避、しかしそれが仇となった。突如、背中のユニットが煙を吹いて動かなくなったのだ。

「何? 馬鹿な!」

 急に推力を失ったフレズヴェルクは動きをコントロール出来ず、地面へ激突し派手に転倒した。

「く……何が……」

「背中のユニットが壊れた! でもなんで……」

 ミリアはユニットの破損に気づく。だが原因までは分からなかった。さなはそこまで理解した上で陽歌に聞く。

「そうか、FAガールは生活防水とはいえ水濡れ厳禁。雨に降られてユニットが不調だったのに陽歌くんは気づいていたんだね」

「えっと……そうですね……」

 陽歌にとっても賭けではあったが、どうやら勝ったらしい。フレズヴェルクがブーストを上手に使え、それが結果としてストップ&ゴーの連発という機械への負担が大きい運用になったのも大きい。

「馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって!」

 フレズヴェルクのHPは勝手に減少していく。ユニットが熱暴走を起こし、スリップダメージを与えているのだ。地面に激突した分も含めて、彼女のHPは0になってしまった。

『winner スティレット』

 勝負はスティレットの勝ち。セッションベースから戻ってきたフレズヴェルクであったが、ユニットの破損は継続していた。

「ふざけるなよ……こんなお遊戯に負けたくらいで私が!」

 再び立ち上がってスティレットに斬りかかろうとするフレズヴェルク。だが、そこへ雷歌がやってきてロングスピアを構える。

「今のあなたなら、片腕の私でも倒せそうだけど」

「くそがあああぁああ!」

 咆哮と共に剣を振るうフレズヴェルクだったが、槍で簡単に弾かれてしまう。他のガールも集まってしまい、徐々に旗色が悪くなる。

「く……」

「待って!」

 陽歌がフレズヴェルクとガール達の間に入る。最初に敵意を向けてきたのは彼女とはいえ、こうも状況が悪いと自分と重なってしまい見ていられなかったのだ。

「フレズヴェルク……」

 とはいえ、彼女に掛ける言葉も思いつかない。それが余計に、フレズヴェルクの怒りを買ってしまう。

「ふざけるな! ふざけるな! 馬鹿野郎!」

 彼女を拾おうとする手に、フレズヴェルクは攻撃を続ける。義手には傷一つ付かない、罵声を浴びせられているのに、陽歌はいつも感じていた痛みが無かった。

「人間に同情までされるのか! 私はそこまで、堕ちていない! お前も! お前も! お前も! 善人ぶって、人間なんか私達を道具以下にしか思っていないくせに! みんな、生ごみみたいな中身を人型に取り繕っているだけのくせに!」

 近くにいた陽歌だけが気づくことが出来た。フレズヴェルクの憎悪に満ちた顔、その瞳に涙が浮かんでいたことを。

「フレ……わっ!」

 フレズヴェルクに声を掛けようとした陽歌だったが、何かを投げつけられて思わず手で防御した。床に落ちたものを確認すると、それは故障したユニットであった。フレズヴェルク当人は走り去ってしまった。

「フレズヴェルク!」

 嵐の様に過ぎ去った乱入者は、こうして姿を消した。だが、この時二人は知らなかった。妙な縁で繋がり、また出会うことを。

 

   @

 

 次に二人が出会ったのは、豊橋で行われたガールプラモのオフ会であった。この時はまだ、陽歌の心身が回復しきっておらず知り合いの多い場で少しずつ人に慣れようという意図もあった。

「なんだか、もう懐かしい気がするよ」

「そうだねぇ」

 スティ子を中心にFAガールと話している時間の方が長いのだが、まずは他人に対する恐怖心を和らげる必要がある。陽歌はその生い立ち故、他人の悪意や敵意に敏感だ。ここではそれを感じないので、ユニオンリバー以外の場所としては少し気を抜いて過ごせる。

「……っ!」

「どうしたの?」

 しかし、その中で小さいながらも鋭い敵意を感じて陽歌は周囲を見渡す。

「また集まってきゃんきゃん騒いでいる様だな……」

「あの時のフレズヴェルク!」

 なんと、あの時襲って来たフレズヴェルクがまたやってきたのだ。どうやら愛知は彼女の活動エリアらしい。

「今度はお前に勝つぞ、チビ!」

 そして以前の戦闘から陽歌をライバル視しているらしい。こうして、再戦が行われる運びとなった。

「でも僕FAガール連れてないよ?」

「では前に戦い損なった雷歌の出番だな」

 以前もいた級長がセッションベースに乗せた雷歌を差し出す。

「フレズヴェルク……」

「雷歌」

「「フレームアームズガール、セッション!」」

「轢き潰す!」

「ゴー!」

 フレズヴェルクは異論を唱えることなく戦いに進む。どうせ全員始末するというつもりなのだろう。ステージは森。開始早々、フレズは背部ユニットをパージする。

「背中のユニットを捨てた?」

「お前にはこれで十分だ」

 ベリルショットライフル一本で十分、ということか。長い剣としても、銃としても使える装備だ。

「陽歌、ライドオンするわ」

「え? ら?」

「武器を一つ選びなさいな」

 急に雷歌が謎の言葉を出してきたので、陽歌は戸惑いながら級長のスマホで武器を選択する。雷歌が得意そうなのは長い槍だったが、何故か刀が気になった。この時彼は自分に刀を扱う能力が宿っていることを知らなかったが、吸い寄せられる様に選んだ。

「いいじゃない。ライドオン!」

 急に、陽歌の目の前にフレズが現れる。否、雷歌の視界が彼のものとなったのだ。

「これは?」

「アーマードプリンセス……武装神姫に搭載されていたライドオンシステムよ。思う存分暴れなさい」

 陽歌は心が動くまま刀を振るう。彼の肉体には大きな制約がある。それは感覚のない義手だけでなく、長年の虐待で衰弱した身体もそうだ。その枷から解き放たれた陽歌は自分でも何が起きているのかを理解するより先に、フレズを撃破していた。

『winnar、雷歌』

「が……は……」

 ライドオンが解除されて元の意識に戻るまでラグがあり、気づいた時にはフレズがいなくなっていた。

「フレズ……」

 またも説得の機会を逃し、陽歌は少し心につっかえが残った。

 

   @

 

 またその年のある時のこと、あおの父が船長を勤める豪華客船で流行り病のパンデミックが起きてしまった。政府は港に停泊させ、乗員乗客を一時隔離することに決めたが、乗客の不満が爆発して暴動に発展した。

「お父さんを助けましょう!」

「頼むよ轟雷!」

 当然、あおは轟雷を遠隔でオペレートして救助に向かう。陽歌も七耶と共に、FAガールのオペレーターとしてチームに参加する。

「大丈夫かな、あの二人……」

「へましない為に私らがついてるんだ」

 しかしスティ子とバゼ子では少々不安なのも事実。そんな心配をよそに意気揚々と乗り込む三人。その姿を甲板で見つめる者がいた。

「この船、外国に行くんじゃなかったのか?」

 フレズヴェルクは見知った顔を見つけ、船が出ない理由を探るべく追跡を開始した。

 

   @

 

「ここは……どこだ……?」

 また同じ年の四月十八日、深夜零時。ある建物の近くを小さな人影が蠢いていた。それは三度、陽歌と戦ったあのフレズヴェルクであった。

「くっ……」

 右腕は動かないのかぶら下げているだけであり、装甲の部分もあちこち故障している。この身体に海辺の風は堪える。

「充電が残り少ない……ここなら電源があるか?」

 少女は建物にある通気口へ忍び込むと、中へ進んでいく。

「見てろ……私はこんなところで終わらない……」

 今、建物に忍び込んで通気口を進む少女、フレズヴェルクは限界に近い身体を憎悪で動かしていた。自らカスタマイズしたフレームアームズガールを戦わせる『セッション』と呼ばれる競技は、基本的にマスター達によるのほほんとしたうちの子発表会に過ぎない。だが、勝負事には分相応にのめり込み、あまつさえ常識の埒外、紳士協定すらかなぐり捨てた亡者の振舞いとも言える勝利への執着こそ、正しいと主張してやまない者が多くいる。

 彼女を捨てたのも、そうした人間だった。高い機動力に特殊バリアの防御力、高出力兵器による破壊力を備えるフレズヴェルクシリーズは最強との呼び声が高い。だが、基本的にマスターが操作出来ないセッションでは事前のセッティングと、ガールとマスターの信頼関係こそが勝利の鍵となる。それを欠いた彼女のマスターは、ただ一度敗れたフレズヴェルクを簡単に捨てたのだ。

「終わって……堪るか……人間め……」

 月明かりのあった夜道とは違い、通気口は完全な闇だ。バイザーに搭載された暗視機能を使えるほどバッテリーに余裕はなかった。

「うあっ!」

 その結果、竪穴に気づかず落下してしまう。装甲の大半を特殊バリアに頼っているフレズヴェルクは、素の防御力が紙に等しい。

「……っ、くぅ……しまった」

 落下の衝撃は負荷の掛かる全身に激痛を走らせる。本来なら備えていた飛行能力も、肝心のユニットを戦闘で失って今は無い。下手をすれば、ここで朽ち果てることになる。

「まだだ……私はまだ……」

 それでも、フレズヴェルクは己の中で燃える憎しみを力に這いずる。目が覚めてから、棚で埃を被り続けたあの日を忘れない。箱に入れられ、ずっと暗闇にいたことを忘れない。ようやく日の光を見たと思えば、見知らぬ場所にいたことを忘れない。マスターに裏切られたことを、忘れるわけがない。今度こそはと苛烈な戦いの末、無様に捨てられた怒りだけがフレズヴェルクの全てだった。

「私は……全てを……」

その時、ぼんやりと光る穴を見つけた。ようやく電源がありそうな場所を見つけることが出来た。

「まだ、私は……」

 それは通気口の蓋であり、彼女の身体なら通ることが出来そうであった。下には、子供部屋らしき空間が広がっている。そこの主はベッドで本を読んでいる最中に眠ってしまったのか、頭を抱えて蹲っている。ランプの灯りが通気口に差し込んでいたのだ。

パジャマの色がピンクなので女の子の部屋だろうか。ボブカットに切りそろえられたキャラメル色の髪と、右目の泣き黒子に既視感を覚えつつ、フレズヴェルクは通気口を抜けて床に降りる。

 この身体では着地の衝撃に耐えられないだろう。ベッドに降りれば多少マシかもしれないと狙いを定めて跳んだ。

「あ」

しかし目測を誤って眠っている子供の手に直撃してしまった。フレズヴェルクは装甲のクリアパーツが所々尖っており、当たると結構痛い。これでは起こしてしまう。

「起きない?」

 ゆっくり手から降りると、その手を見て彼女は愕然とする。子供の手は黒い球体関節人形の様な義手で、生身ではない。その事実に驚いているのではなく、この部屋の主の正体に気づいての愕然だった。髪色、黒子まではいいとして義手まで同じでは、かつての敵対者の部屋に入り込んでしまったという事実が揺るがなくなる。

「な、何たることか!」

 身の危険を感じ、即座に逃げようとしたが、声を聞いて足が止まる。

「うぅ……やめ、て……ごめん、な……さい……痛いの、やだ……」

 悪夢を見てうなされているのだろうか。そもそも、両腕を失う様な目に遭っているのだ。心に何の傷も残らずに済むはずがない。

「チッ、人間め……人間同士ですらこれなのに、どうして私達に心なんか……」

 怒りと悲しみがごっちゃになった感情のぶつけ先が分からず、彼女は足を止めてしまった。その隙に、何かがベッドに飛び乗る。家主の顔面に乗り上げたそれは、金色の瞳をした黒猫であった。鳴きはしないが、先端が白い尻尾を逆立てて威嚇する。

「うわ!」

「うぶっ!」

さすがに猫に乗られては寝ていられず、部屋の主は目を覚ます。開いた右目は桜色、左目は空色のオッドアイ。マスターの性癖を詰め込めるFAガール達に交じっても識別できるであろう個性の塊みたいなこの子供のことを、フレズヴェルクは知っていた。

「やはり貴様だったか!」

「え? フレズヴェルク?」

 起き上がった子供はフレズヴェルクを見て、混乱する。その顔をじっと見て、何かを探している様子であった。

「鼻血が出てない……うちのフレズヴェルクじゃない?」

「どんな判別方法だ! 貴様がいるということは、ここはやはりユニオンリバーだったのか!」

 謎の判別方法に戸惑いつつ、残された武器を向けて子供を威嚇する。

「そしてお前は……陽歌とか言ったな」

「あ、覚えててくれたんだ」

 自宅へ現れた敵の存在にドギマギしているのか、陽歌は余った袖から覗く義手の指を絡めてもじもじしていた。

「お前みたいな唯一性の高い顔を忘れるほど私のメモリーは古くない」

 この少年、浅野陽歌とフレズヴェルクは妙な因縁がある。彼女がFAガールの集まるイベントを襲撃すると、高い確率でユニオンリバーのメンバーがおり、さらにマスターでもないのにかかわらず、付き添いなのか彼がいるのだ。

「うん……そうだよね」

 陽歌は自分の顔に触れ、悲しそうに言う。フレズヴェルクにその行動と彼の感情について理解は出来なかった。基本的に既製品であり、同じ顔をしていることも多いFAガールにとって個性や独自性は誇りであり、マイナスの要素にはなりえないのだから。

「っ……」

 少し大きな声を出したせいか、少ない充電が更に減ってバッテリーが限界を迎え、膝をつく。FAガールが充電を失うと、眠気という形でそれが襲ってくる。フレズヴェルクはもはや立っているのが限界であり、このままでは敵地で眠ってしまう。

「充電少ないの? 充電くんならあるよ」

 陽歌は本を持ち、ベットから立ちあがる。そしてフレズヴェルクに手を差し伸べた。マスターではないが、ユニオンリバーには多くのFAガールがいる。そのため、付き合い方には慣れているのだろうと彼女は予想した。

「敵の施しは受けん」

「いいからいいから」

 フレズヴェルクが拒絶すると、陽歌は普通に掴んで彼女を机に持っていく。リモコン操作なのか、部屋の照明も完全に点灯する。

「ま、貴様……!」

 抵抗しようとするフレズヴェルクだが、その生卵でも掴むかの様な優しい持ち方に文句を言う気が失せてしまう。

「……と、充電くんは……」

 デスクから薄っぺらい人型の専用充電器、充電くんを取り出した陽歌は、ケーブルをフレズヴェルクの腰にあるコネクタへ差す。

「んぅっ……あぁ!」

 重要な端子だけあり敏感に出来ており、つい彼女は艶っぽい声を出してしまう。

「あ、ごめん……痛かった? 力加減分からなくて……」

「忘れろ! 仕様だ!」

 敵に恥ずかしい所を見られ、彼女は即座に言い訳する。とはいえ、電源が供給されるのは悪い気分ではない。ぼやけていた意識も鮮明になる。

(こいつの手……触覚が無いのか?)

 落ちて来た時のことといい、掴んだ時や充電の時といい、フレズヴェルクは陽歌の義手について薄々気づいていた。FAガールは全身人工物だが感覚がある。一方、人間用の義肢はそこまで発達していないのか、それとも違う事情があるのかそう簡単な話ではなさそうであった。

 あとで聞いたが、無線で脳波を飛ばして動かす義手を使っていたが制御チップの質が悪く、ユニオンリバーで貰った義手を装着しても解決できなかったとのこと。埋め込んだチップが成長で重要な神経に飲み込まれてしまい、撤去して新しいものに変えることも、追加でチップを増やすことも脳への負担を考えると不可能とのこと。

「マスターじゃないのに、なんで充電くんなんか持ってんだ?」

「うちの子達がよく遊びにくるけど、充電の残量のこと忘れてたりするから……」

 陽歌の準備は自宅のガール達の為であった。フレズヴェルクもその中の数人と戦ったことがあるが、かなり抜けている印象ではある。会ったことの無い個体も、鼻血で判断されたりすることから察して相当なポンコツ揃いと思える。

「しっかし小難しそうな本読んでるな……。鬼滅の刃でも読んでなさいよ」

「まぁ……好きな本だからね……。眠れない時はこれ読むと、安心するんだ」

 フレズヴェルクは机に置かれた文庫本に目をやる。『暴かれた深淵』という、なんとも難しい印象を与える本であった。裏表紙のあらすじを読むと、どうもホラーっぽい内容らしい。

「こんなの読むから悪い夢見るんだよ……」

「故障があるみたい。明日、直してあげるね」

 陽歌は彼女の破損に気づき、修理することにした。部屋の明かりを消すと、ベッドに向かう。この部屋は地下にあるのか窓が無く、電気を消すと真っ暗だ。しかし、すぐに部屋の四隅にある間接照明が月明かりの様な優しい青っぽい光を出すので、行動には困らない。

「だから、施しを受ける気は……」

 拒否しようとしたフレズヴェルクだったが、充電だけは欲しいので終わったらトンズラしようと決めて、ベッドモードに変形した充電くんの上に寝る。

(風も無い場所で寝るの、いつ以来だ?)

 FAガールにも睡眠の必要がある。高度なAIを持つ為、休眠中に不要な古いキャッシュの削除、オンラインでのソフトウェアアップデートなどを行う。場合によっては充電中でないと出来ないこともあるため、思惑とは別に、彼女は深い眠りに付いてしまった。

 

「ん……眠ってた、のか?」

 翌日、フレズヴェルクは目を覚ました。なんと、気づけば手足を取り外されて充電くんの上に寝かされているではないか。

「な、なんだこれは!」

「あ、起きた。アップデートが溜まってたみたいだね」

 陽歌がなにやら作業をしていた。場所は相変わらず、彼の部屋の机だ。

「やめろーユニオンリバー! ぶっ飛ばすぞー!」

「頭部ユニットの補修は完了……深刻なのは右手パーツだね」

 修理をしているのは主にFAガール達で、陽歌道具を渡したり大きな工具を支えて補助するなどに徹していた。やはり、彼の義手には触覚が無いらしい。

「ねーねー何してるの?」

「貴様!」

 その様子を遠巻きに見ているFAガールとは因縁があった。蒼い髪にツインテール、猫耳と大幅な改造の末、そうは見えないがスティレットである。公式の人にもスティレットなの? と言われたらしい。そして、その後ろには真顔で一筋の鼻血を流している別個体のフレズヴェルクがいた。

「ほらほら、がっかり5は下がってる」

 緑の轟雷にマスキングテープで立ち入り禁止にされ、スティレットと鼻血フレズは下がらせられる。作業をしているのは通常の轟雷、髪色こそ異なるが白の轟雷三人、通常と白の轟雷改、一〇式轟雷が改と共に四人とどれも轟雷だ。

「あれとは一緒にされたくないな……」

 鼻血フレズは無改造の標準装備なだけあり、外見がフレズヴェルクと一緒である。ここに拘束される期間が長いと、あれと間違われることも多くなるのか、と彼女は気分が沈んだ。

「補修のついでに改造したから間違えないよ」

「何?」

 陽歌はあっさり言う。気づかなかったが、なんと右目が隠れるほど前髪が伸びているではないか。

「いつの間に……」

「あ、ごめん。嫌なら戻すけど」

 余った袖から覗く義手をおろおろ動かして謝罪する陽歌。それまでされてこなかった戦闘能力に影響しない改造に、彼女は戸惑いを感じていた。勝手に改造されたのは不愉快なはずなのに、あまりそう思えないでいる。

「いや、いい目印だ。戦闘能力に影響しないなら頓着する必要も無いからな」

「そっか、よかった」

 安心すると、彼は手を胸の前で合わせる。義手へのコンプレックスか、単に大き目の服を着ているからか、私服に着替えても常に萌え袖状態なのがフレズヴェルクは気になったがどうでもいいことなので無視する。

「あの鼻血垂れ流しと間違えられるよりは……え? FAガールって鼻血出るの?」

 ついでの様に新たな衝撃が彼女を襲う。基本的にFAガールは体液を分泌する機能などないはずだ。それなのに鼻血が出ているのはどういうことか。

「涙を流す例はあるみたい。涙って成分の違う血液みたいなものだから、理論上はあるかもね」

「だとしてもだな……」

 陽歌の解説を聞いても納得し難いのであった。フレズヴェルクが混乱している中、陽歌は今後の話を切り出す。

「とりあえず……うちにいてよ。みんなもそうした方がいいって」

「何? ここにいるつもりなど無いぞ?」

 突然の提案に、当然彼女は断る。だが、何か事情もあるらしく彼はスマホの画面を見せて説明する。

「そういうわけにもいかなくて……最近、AS搭載型のFAガールの不法投棄とかが問題になってて、見つけたら保護する様に製造元のファクトリーアドバンスから言われているんだ。うちも協力してて、君のことを見つけたからには保護しないと」

「なんだよ……今更……」

 怒りの様な、虚しさの様な気持ちがフレズヴェルクの中で渦巻いた。それならなぜ、自分達にアーティフィシャルセルフ、ASなどという『感情』を与えたのか。こんなに苦しいのなら、初めから必要など無かったのに。

「というわけで、今日から僕がマスターです」

「な? 何だと?」

 更なる突然の決定に、フレズヴェルクは更なる混乱へ落とされる。修理が完了し、手足が装着されると同時に、彼女は立ち上がって逃走した。

「こんなところにいられるか! 私は出て行かせてもらう!」

「あ! 待って!」

 身体の調子はいい。部屋の扉に設けられた小さな扉を開け、フレズヴェルクは外へ駆け出す。地下から上へ昇る階段を見つけ、軽々と跳躍で地上階へ上がり、喫茶店を通って外に向かう。今の時勢からか、窓は換気の為に開けられており、そこから脱出できそうだ。

「待って!」

 陽歌が追い付いて呼び止める。いくら必死に走っても、体格の違いからすぐに追いつかれてしまうが、そんなことは関係ない。外に出たら隠れてやり過ごせばいいのだ。

「貴様が特別嫌いというわけではないが、誰かの所有物になるなどゴメンだ!」

窓から飛び出そうとした瞬間、見えない何かに引っ張られて机に落ちる。

「のわっ! なんだ?」

「盗難防止のワイヤレスハーネスがあるから、ユニオンリバーの中か僕の周囲でしか動けないよ?」

「貴様―!」

 そんなものを付けられており、逃走は最初から無理だったのだ。

「みんなに付いてるからね! 特にスティ子とバゼ子とフレズとアーテルと蒼ちゃんはよく勝手に出かけて迷子になってたみたいだし……お店も不特定多数の人が出入りするから」

 一応みんなに付いていることを説明する陽歌。だが、人間のいる場所に留まる気など無いフレズヴェルクにはいい迷惑であった。

こうして、孤独なフレームアームズガールは新たなマスターと物理的に結ばれた。アマツキと名を与えられ、腐れ縁の果てに生活をしているのであった。

 

   @

 

「いや、いろいろあったな」

 今思い出しても、現在の穏やかな生活が嘘の様である。タイムスリップに巻き込まれたりとそれはまぁ大変なこともあったが、いつまでも箱で眠らされたり戦いの為だけに駆り出されるよりは随分とマシだ。

「やれやれ、これからどうなることか……」

 アマツキは先が思いやられつつ、パーティーの光景を見ていた。世はまさに、ガールモデル戦国時代。これから厳しい戦いが始まる……のか?



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クライマックス! 惑星コウグの夜明け

「残るはお前だけだな!」

 七耶は最後に残ったディズィーに挑戦を叩きつける。これで五人の王女は最後の一人だ。しかし、劣勢になったというのに彼女は不適に笑う。

「ふん、あいつらは所詮、お前達を消耗させるための肉壁だ」

「何一つ消耗してないが?」

 まともに戦った響も全く元気な状態でダメージも受けていない。これではまるで肉壁にもならない。

「謎ルールで私らを縛ったつもりだろうが、その気になればお前を倒すことだってできるんだぞ?」

 七耶もルールが止めなければ戦う気満々だ。一応、正式な王家側として敵の用意した土俵で完全勝利を決めて野望を完膚なきまでに叩きのめすつもりだが、公正な視線で見ればクーデターをしているディズィー達の仕組んだ王位決定戦など最初から蹴ってもいいのだ。

「ニッパーヌ、お前は地球で何をしていた?」

「何って留学だが?」

 ディズィーはニパ子に尋ねる。最初はモノヅクリという、この星で生み出せないエネルギーを求めて地球にやってきたが、もうそんなことは忘れていた。

「忘れたのか、情けない王族だ。モノヅクリを求めていたはずだろう」

「あー、それ。でもなんか地球のプラモとか持ってきたら解決しちゃった」

 惑星コウグの人々が生み出せないそのエネルギーについて詳しいことは分からないが、彼女の尽力で解決した。かつてのコウグはこのエネルギーを得るために戦争や侵略までしていたので、それをしなくてよくなったのは当然この星にとっても喜ばしいことであった。

「馬鹿者! なぜコウグが必要でありながらモノヅクリを捨てたのか忘れたのか!」

「え?」

 珍しくディズィーが声を荒げる。必要なのに捨てなければならない事情があった様だが、ほぼ唯一地球と交流のあったコウグ人がニパ子なのでこいつが知らなければ陽歌達も知るわけがない。

「相変わらず、王族というだけで馬鹿なのに何の苦労もなく暮らせるのは羨ましいな……。コウグの建国神話、学校で習ったのを忘れたのか?」

「神話……?」

 歴史的な話を通り越して、神話とは。陽歌は少し、その信憑性に疑いを持ち始めた。

「人間が想像しうることは現実に起こる。お前達の国にも、『現実は小説より奇なり』という言葉があるだろう。モノヅクリは想像を現実に出力するエネルギー。故に想像でしかない破滅さえ手繰り寄せる。だから我らの先祖は、モノヅクリを必要であったが捨てたのだ!」

 そういう神話がある、というのは当然ニパ子以外の要人は知っているだろう。本気で懸念しているのなら、ニパ子が持ち込んだプラモからモノヅクリを得るのを止めたはず。

「そんなの、日本で言ったら黄泉に落ちたイザナミが一日に千人殺すから私達は一日に千五百人産みましょうって本気で言っているようなものだ!」

 陽歌の言う通りで、神話の継承は大事だがそれを真に受けて現実の社会運営に適応するのは大きな間違い。

「何だか知らねーが人類がノストラダムスの大予言で滅亡するって感じだな……」

 七耶もうすぼんやりとその思想が現実から逸脱していることを感じた。

「既にモノヅクリを得た民は浄化せねばならない!」

「ふあっ! あれってヴァイスじゃないですか!」

 ディズィーが手を天に掲げ、現れたものに夜露が驚く。それは紛うことなきヴァイス。彼女達の先祖が地球を追われた原因の機械生命だ。それに混ざり、ダーカーの姿もある。

「よろろん! あのメカ任せたぞ!」

「もちろんっす! 協力して皆さんを守りましょう!」

 響は即座にダーカーへ向かっていく。ダーカーの厄介な点は単純な戦闘能力とは別に、大地や生命を浸食しダーカーを繰り返し生み出すダーカー因子を撒き散らすことだ。フォトンでなければ浄化出来ない上、そのフォトンですらあまりに莫大なダーカー因子は処理し切れず、響もそれで一度死に目を見た。

「せっかく原初の闇を地の底へぶち込んでやったってのに……シエラ! 援軍頼む!」

 ダーカーの根絶は全アークスの悲願。それが叶った間際にぶり返されては困るのだ。

『もう向かってますよ。切り札を持って!』

「何?」

 シエラに要請したと同時に、会場上空へキャンプシップが現れる。そこから飛び降りたのは、陽歌によく似た姿をした少年だった。

「あいつは?」

「そうか、会うのは初めてだったな。オラクルのお前だ」

 七耶はもしやと思った。響もそれを認める。そう、彼こそがオラクルの陽歌であった。

「ジグさんからの荷物、持って来た!」

 彼が手にしていたのは、陽歌の為に手入れされた刀だ。アークスと成子坂の力が結集し、ヴァイスとダーカーを切り裂く力を得た。

「さて、ボクも久しぶりに後輩たちにかっこつけさせてもらおうか!」

 オラクル陽歌は陽歌に刀を投げ渡すと、薙刀を構える。だが、それを響が静止した。

「おい先輩! お前本来寝たきりなんだから無理は……」

「歳より扱いしてもらっては困る! オーザくんにバルチザン捌きを、マールーくんにテクニックを教えたのは誰だと思ってがふぁ!」

 ほんの少し薙刀で華麗にダーカーを屠ったが、急に吐血して倒れてしまった。

「ええ? オラクルのボクなにがあった?」

「私達が新入りの頃から無理矢理動いてる様なものでしたからねこのロートル」

 役に立たない援軍はさておいて、と遅れてやってきたジョアンが刀でダーカーを両断していく。

「小僧! 早いとこあの小娘をぶった切れ!」

「はい!」

 七耶も貯金を気にせずサーディオンイミテイトで応戦していた。陽歌は刀を抜き、ディズィーに相対する。

「お前でも、私は殺せない。私は不死なんだ」

「お前はモノヅクリが破滅を出力すると言ったな。なら僕が、お前の死を創る!」

 ディズィーは鋭い刃を何本も飛ばす。それを刀で陽歌は防いだが、物量であっと言う間に押し切られてしまう。

「くっ……」

「水も届かねば火を消せない……悲しい現実だ!」

 陽歌の弱点は守り、それを理解したのか彼女は不死斬りが届く前にごり押しする作戦に出た。だが、その刃は突如現れた紅蓮の装束に防がれた。

「これは?」

「出たか! 幻創の衣!」

 普段響に取り憑いているちびマザーがやってきて説明をしてくれる。

「八坂火継を始め、優れた具現武装の使い手は武器のみならず装束をも出現させる。その刀を不死さえ絶つ刃と認識したことで、かつての急ごしらえとは異なり浅野陽歌に合致した具現が行われたのだ」

「な、なるほど……どことなくヒツギさんの衣装に似てるような……?」

「二人は私と戦った一件で深い関係にあったからな」

 エーテルは繋がりの力。それを通じて間接的にセプトギア陽歌にもヒツギの力が流れ込んでいる様だ。

「何だか知らないけど、行ける気がする!」

 詳しいことは分からないが、この衣を纏うことで身体が軽くなった様な気もする。今なら勝てると陽歌も思えていた。

「そんなまやかしが……!」

 ディズィーはダーカーの一部を武器にし、陽歌へ攻撃を仕掛ける。だが、簡単に刀で受けられてしまう。今までならば肉体が反応し切れずに喰らっていた攻撃も余裕を持って防御できるようになっていた。

「この程度!」

 そして刀に僅かな炎が灯るだけでダーカー部分が崩壊し、そのヒビはディズィー自身の肉体にも及ぶ。

「ぐあああっ!」

 身体にダーカー因子を取り込んでいるからか、浄化の作用が本体にも及んでいる。どうにか次の攻撃を耐える為、召喚したヴァイスのサーペントにとぐろを巻かせて壁にする。ヴァイスは雑魚代表のクリオスさえ近代兵器では核でやっと倒せるかどうか。この規模では刀で倒すことなど本来できない。

「果敢鳳凰翼!」

 刀から不死鳥の形をした斬撃を陽歌は飛ばす。その攻撃は特に強化された印象はないが、一撃でサーペントの壁ごとディズィーを吹き飛ばす。

「ば、バカなぁああ!」

 しかし、彼女は倒れると同時ににやりと笑った。

「私を……殺したな?」

 そう、彼女にはまだ奥の手がある。おかれているケースから、新しいディズィーが現れ、戦闘を再開する。その様子を見て、陽歌は呆れる様にいった。

「さぁ、第二、いや最終ラウンドだ」

「忘れてない? フォトンによる攻撃も、アリスギアによる攻撃も既に受けているんだよ?」

「戯言を!」

 ディズィーは一度受けた攻撃に耐性を付けて復活する。それを思い出し、七耶もあ、とこぼした。しまったトドメを刺し損ねた、ではなく。

「もうお前の攻撃は通用しないぞ!」

「解脱せりと嘯く者を断つ! 仏陀斬り!」

 武器を手に果敢に挑んだディズィーだが、簡単に首と胴に分かれてしまう。すぐにケースから次の彼女が現れるが、愕然とした様子だった。

「な、なんで……」

「気づかなかったのか? お前初戦で受けた攻撃で死んでんだよ」

 七耶が種を明かす。果敢鳳凰翼も、フォトン武装による攻撃も、ファーストコンタクトで殺された攻撃だ。アリスギアも夜露のピジョンを回収して耐性を得ていたはず。新しい刀を持って来てはいたが、その内訳は新規性のないもの。単純に陽歌がフォトンとエミッションを使える様にするだけのもの。

「僕は繰り返す2020年そのものを断ち切ったことがある。繰り返す系の能力は斬れる」

「くそぉおおっ! 私はまた持っている者に負けるのか!」

 ディズィーは蹲り、拳が割れるほどの勢いで地面を殴る。彼女の人生は、生まれに左右されたものだった。

 貧しい家に生まれたディズィーだが、その天才的頭脳を見出だされ王侯貴族しか入れないエリート校へ入学する。そこでバカだが王族なので悠々と生きているニパ子と出会ってしまった。

 そしてそのニパ子が留学で急遽、代理の王女を決める大会が行われそれを順調に勝ち進んだディズィーだが、工事現場で働いていた父が事故に遭い死に目に会うため辞退。その後、大会自体がニパ子の帰還でご破算になった。

「僕が持ってる者ねぇ……随分な嫌味だよそれ」

 陽歌からしても、持っている者扱いは皮肉でしかない。結局、壮大なビジョンを持って行われたかの様に見えたクーデターもルサンチマンが原動力でしかなかったわけだ。

 

   @

 

 こうして、惑星コウグに平和が訪れた。クーデターに加担した者達はレジー以外が逮捕された。彼女が放置されたのは、計画をよく知らないまま騙されて参加させられたためである。

「というわけで一件落着。帰るぞ」

「一時はどうなることかと」

 突然の国難を乗り切り、七耶と陽歌は帰還する。アークスの技術を使ってやってきたので、帰りもそれを利用することになる。

「これをマナさんに渡す様に言われたんすよ」

 夜露は複数のワンダーライドブックをマナに渡す。『アリスギア・アイギス』、『ストライクウィッチーズ』、『バトルガールハイスクール』、『プロジェクト東京ドールズ』、『シュタインズゲート』とタイトルが記されている。

「これは……何かありそうですね」

 今はこれに対応したソードライバーの変身形態を持たないマナだが、今後の為に貰うこととした。

「みんなまたねー!」

 ニパ子と別れ、それぞれが帰還する。また一つ、騒動を収めたユニオンリバー。次はどんな騒動が彼らを待ち受けているのだろうか。

 

   @

 

「これは……」

 陽歌の義手から送られてくるバイタルデータを見て、アスルトは考え込む。睡眠時無呼吸のサインが出ているのだ。以前はなかったものだが、ここのところ徐々に表れ始めた。初期は精神的なダメージが表出しないほど弱っており、回復と同時に却って症状が悪化する傾向があったのだが、それの一つだろうか。

「ま、しばらく様子見でスかね」

 餅は餅屋。その件は医者に任せることにしたのであった。



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Turn4 発進! ガジェットデッキ

 プロデュエル

 文字通り、企業と契約したプロデュエリストによる決闘が繰り広げられるプロリーグ。とはいえショー性があり人気商売の側面が強いため純粋な勝率より内容が求められることも多い。
 そのため勝てていても対話拒否デッキなんかを使うとファンが離れたりスポンサーが苦言を呈することも。
 多くのプロが三積みサーチ無しでキーカードを引き込む超人ばっかなのでテーマのサポートカードなどはファンが同じデッキで戦いたいという要望を出して作られたりする。


 パックに封入された白紙を手に取ると謎のナンバーズへ変異する現象。これはアスルトの解析を持ってしても分からないことが多かった。

 銀髪に抜群のスタイルを誇る美人の錬金術師、アスルト・ヨルムンガンド。陽歌の使う義手など通常の技術では考えらえないものを作る脅威の技術力を誇るが、このナンバーズのことは分からないことが多い。

「既に変異してしまって、元々なんだったのかが掴みにくいんでス」

「何か材料があるってことか」

 無から何かを作ることは、例え紙一枚でも困難。それが闇のゲームを行う権限を持っているとなれば尚更だ。七耶はカードを眺めて状況を調べる。見れば見るほど、カード以上の何物でもない。特に響や陽歌のナンバーズとキングダムのナンバーズなど、差が無い様に見える。

「ねぇ、ミリアお姉さん知らない?」

 そこにやってきたのは小柄な長髪の少女。さなは相方のミリアを探しにきたのだ。

「あいつか? そういえばデュエルモンスターズの特訓するって言って出てったな」

 七耶はミリアのいつもの突拍子もない行動を聞き流していた。しかしなぜ、ゆにカフェというゆるい紹介動画を出すミリアがデュエルモンスターズの練習を使用などと言い出したのか、それが気になっていた。

「で、なんであいつは特訓なんかを?」

「ほら、ハートランドで今度ライバー杯があるんだよ」

 ライバーカップ、それは動画投稿者を集めたデュエルモンスターズの一大イベント。銀の盾レベルの投稿者は一次予選を免除されるが、そうでない投稿者は予選で多くの参加者を相手に勝ち抜く必要がある。

 アイドルであるマナとサリア、天導寺重工の広告塔をしている陽歌は銀の盾を持っており一次予選を免除されているが、さなとミリアは一次予選からとなっており練習の必要性があった。

「あれ? 二枚足りませんね……」

「は?」

 カードを調べていたアスルトは、それが二枚も無くなっていることに気づいた。厳重に管理されていたはずなのに、何故か二枚、キングダムの持っていたものが欠けている。不知火の宣教師とドルフィー・ナイトメアは残っている。

「何ぃ!」

「まさかお姉さん……」

 ミリアはいろいろ残念なのでこのカードを見ても『わーい強そうなカードだー』くらいの感覚で持ち出しかねない。しかしこのセキュリティは彼女に突破出来るものではない。

「仕方ない、探してくる」

 本当にミリアが持ち出したものなのかは分からないが、とりあえずさなは探しに行くことにした。

 

   @

 

 デュエルモンスターズは世界でも屈指の人気を誇るカードゲームであり、プロリーグも存在する。そんなプロの試合には、多くの観客が駆けつけるのだ。ネット配信も盛んな時代となったが、やはり生で見たいという人は多い。

「いやー、今日は対戦カードの割に盛況だな」

「やっぱ万丈目サンダーのおかげだよ。相手が違ったらすっからかんさ」

 観客にフードやドリンクを売って回る売り子は会場でデュエルする二人の男を見る。観客の視線は黒いコートの男、万丈目準に移っている。

「おいサテライト野郎! 今日はしょっぱいデュエルすんなよ!」

 観客からヤジを飛ばされているのは、ライダースを着込み、顔に黄色いラインの入った男。このラインはネオ童民野という地でかつて、犯罪者に行われていたマーカーという刻印だ。被差別階級、サテライトの希望の星を名乗ってプロリーグに参戦したこのデュエリスト、希望ヶ峰流星。しかしその立ち位置には既に不動遊星、クロウ・ホーガンなど名だたるデュエリストもおり、イリアステルを名乗る組織が起こした一件でその遊星が人々に希望を見せたことにより根深かった差別問題も解決へ動き出している。

 要するに、旬を逃しており誰も熱狂しない話題を一人で振り回しているだけなのだ。実社会に疲れてデュエルで元気を貰おうとしているのに、それを思い出させる様な話題を出されても興醒めというもの。

「レイシスト共が……」

 それに気づかないのは、彼とその熱心な支援者だけ。一応、極端な思想はごく一部の極端な人間に受け入れられやすい。

「サンダー! サンダー!」

「今日のフィニッシャーはおジャマか? アームドか? それともXYZ?」

 ヒールとしての魅力にも欠け、この会場は万丈目の人気一つで持っている様なものだ。

「悪役としても微妙だな、本人がベビーフェイスぶってるし」

「まだNTR佐藤の方が悪役としては面白い」

 観客の散々な前評判はデュエルで覆せばいい。希望ヶ峰はそう思っている。

「デュエル!」

 こうしてデュエルは開始された、希望ヶ峰の先攻だ。

「俺は手札から、無限起動ロックアンカーを召喚! その効果により、手札から無限起動ブルータルドーザーを特殊召喚!」

 フィールドに二体の重機が並ぶ。いつものデッキとは異なる展開に観客は僅かばかりの期待を寄せる。

「おお、電脳じゃない」

「さすがに学習したか」

「俺は更に、ロックアンカーの効果を発動! このカードとブルータルドーザーはお互いのレベルの合計、則ちレベル9となる!」

 だが、レベルの宣言があった瞬間に落胆の声が聞こえる。この先の展開が読めてしまうのだ。

「なんだよ……」

「レベル9のモンスター二体でオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 星々に吸い込まれるモンスター。出現したのは巨大なかっこいいドラゴンだが、エースモンスターの登場に反して会場はブーイングの嵐だ。

「真竜皇、VFD!」

「ふざけんな!」

「つまんねーデュエルするな!」

 真竜皇VFD。フィールドのモンスターの属性を統一し、その属性のモンスターは攻撃と効果の使用を封じられる封殺系のモンスターだ。フィールドにモンスターを出せば宣言した属性にされた上で効果も攻撃も封じられ、その影響は手札のモンスターにも及ぶ。手札での効果や魔法でなんとかVFDの攻撃力3000を超えるモンスターを出しても、攻撃できなくなるため対処できない。

 プロデュエリストは勝利を求められるが、それ以上に観客を「魅せる」必要がある。そのため、カードの応酬がなくなる封殺系のデッキは嫌われる傾向がある。

「更に手札からテラフォーミングを発動、手札にフィールド魔法、『魔晶洞』を加え、そのまま発動!」

 さらには相手より多くのモンスターを並べると攻撃を封じるフィールドまで使用し始めた。モンスターを派手に並べて殴り合う激しいデュエルを期待していた観客からは、ブーイングも加速する。

「これで俺の勝利は盤石だ! ターンエンド!」

「なーにがサテライトの希望だ、不動遊星は拾ったカードでキングになったってのによ」

 それに加えて目に見えて高級なカードの投入は当人の想定するキャラクターに反している。

「それはどうかな?」

「何?」

 しかし相手もプロ、そんな程度で勝てる様な甘い世界ではない。万丈目は当然対策をしていた。

「俺の雑魚共にモンスター効果はない!」

「ふん、だが攻撃も出来なければ突破されることはない!」

 万丈目は財閥の御曹司だが、何故か雑魚カードを好んで使う癖がある。一応強いカードも入っているのだが、なぜデッキが回せるのか不思議な構築をしている。

「俺のターン、ドロー! まずは手札から魔法カード、『予想GUY』を発動! デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚する! 来い、おジャマイエロー!」

 万丈目が繰り出したのは、小さいが控えめに言っても可愛いとはいえない黄色のモンスター。

「おお、サンダーの舎弟だ!」

「一体どうなるんだ?」

 だが観客の反応は好感触。ここから更に展開が続く。

「そして手札から融合を発動! 手札のおジャマグリーン、おジャマブラック、フィールドのイエローを融合し、おジャマキングを召喚!」

 三体のモンスターが融合し、巨大な王へと姿を変える。守備力3000。なかなかの壁だ。

「はっ、壁を立ててやり過ごす気か!」

「最初はそのつもりだったが、このドローでその必要はなくなった! 俺は融合解除を発動! 戻って来い雑魚共!」

 しかし、せっかく出した融合モンスターを元の素材であるおジャマ三兄弟に戻してしまう。一体どういうつもりなのか。

「サレンダーはスポンサーに悪印象だから、わざと的を用意して負ける気か?」

「俺がそんなことするか! さらに手札から、おジャマデルタハリケーンを発動!」

 万丈目が使ったのは、おジャマ三兄弟が全員揃うことで使用できる魔法カード、おジャマデルタハリケーン。相手フィールドのカードを全て破壊する恐ろしい効果を発揮する。

「くそおお! だが場に残ったのは雑魚! 返しで一層してやる!」

「用済みの雑魚共には退場してもらう! リンク召喚!」

 そして役割を終えたモンスターの棒立ちも当然防ぐ。緩い条件で出せるリンク3を出し、次に備える。出て来たのは馬に乗り、槍を構えた騎士。

「電影の騎士、ガイアセイバー! そのままダイレクトアタックだ!」

「ぐわああ!」

 思わぬ展開に苛立ち、希望ヶ峰はデュエルディスクを地面に叩きつけてしまう。

「くそがあああ!」

「おっとこれはいけませんね。悪い癖が出ました」

 これには解説も苦言を呈する。デュエリストなら、ヒールぶっていても絶対にディスクやカードは粗末に扱わないもの。イメージダウン以上に、スポンサーからの提供品でも会ったりするので今後がマズイ。

 この調子でペースを崩された希望ヶ峰が破れたのは言うまでもない。

 

   @

 

 さなは騒ぎのする方へ直観的に進んでいく。どうやら居酒屋でカードゲームをしている人がいるらしい。その噂話を元に駆け付けると、ミリアがいた。

「さぁどんどん持って来なさい!」

「うわ」

 金髪を横にひっつめた、幼さの残る顔立ち。それに似合わぬグラマラスなボディを薄手のブラウスの包んだ美女。それがさなの相方であるミリア。黙っていれば文句のない美女だが、酒大好きの残念美人だ。どうやら周囲のデュエリストをなぎ倒して奢らせているらしい。

「あ、さなちゃーん。今調子いいんだよね、このカードのおかげで」

「あー、やっぱり」

 ミリアはやはりというかナンバーズを持っていた。それも二枚、ユニオンリバーから無くなったのと同じ枚数。四桁ナンバーズに変化するカード自体はパックに封入されているので簡単に手に入るが、ここまで偶然が重なると怪しい。

「お姉さん帰るよ。そのカードも分析しなきゃ」

「えー、まだ呑む!」

「仕方ない……」

 ミリアは言って聞く様なタイプではない。なのでいつもの様に腹パンによる実力行使に出ようとする。だが、拳は不思議な力で防がれた。

「何?」

「ふふーん、どうやらこのナンバーズが守ってくれているみたいだね」

 やはり闇のゲームの力か。さなは溜息を吐きながらデュエルディスクを起動する。

「仕方ない、ここはやはりデュエルで叩きのめす!」

「今の私に勝てるかな?」

「「デュエル!」」

 こうしてデュエルが開始された。ミリアのデッキは初心者にも扱いやすいと陽歌が組んだ『ガジェット』。極端なパワーはないが、ナンバーズの様なエクシーズを展開しやすい。

「私のターン!」

 しれっと先攻を取ったミリアはモンスターを召喚する。色とりどりの歯車みたいなロボが勢ぞろいだ。

「私は手札から、ゴールドガジェットを召喚! その効果でシルバーガジェットを特殊召喚! さらに効果でレッドガジェットを特殊召喚!」

 ガジェットモンスターのうち、シルバーとゴールドは召喚、特殊召喚時にレベル4機械族を特殊召喚する効果がある。そして、三色ガジェットは召喚された時に互いをサーチし合う。

「レッドガジェットが召喚された時、デッキからイエローガジェットを手札に加える!」

 召喚すればアドバンテージが取れ、用意にランク4エクシーズやリンクに繋げられるガジェット。動きが単純で魔法罠の自由度が高いことから確かに初心者向きのデッキだ。複雑怪奇ソリティアだの言われるデュエルモンスターズで、ポンコツのミリアが問題なく回せているのが何よりの証拠。

「私は三体のガジェットでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

「来るか!」

 そしてエクシーズ召喚。出て来たのはオレンジ色のガジェット。

「No.4:1! オレンジガジェット!」

「いや命名規則。三体目にしてもう外れたよ」

 キングダムのあれなものを覗くと四桁ナンバーズの観測は三体目にも関わらず、もう名前の規則が分からなくなった。

「でもお姉さんにも心の闇があるんだね、意外」

 だが一応、四桁ナンバーズは心の闇から生まれたもの。ミリアにそんなものあるとは思えないが、あるからこそ出現している。

「闇は誰にでもあるものさ……」

「一応聞くけど」

 何か影がありそうな空気を出してミリアが言うので、さなも一応尋ねた。

「有名になってお金持ちになって毎日居酒屋で飲み放題! おつまみもどんなに頼んでも財布が気にならない生活を送りたい!」

「聞いた私が馬鹿だった。はやくターン回して」

 なんともありきたりな欲求だった。だからシンプルなランク4で攻撃力2500のモンスターになったのだろうか。

「あ、カードを伏せてターンエンド」

「私のターン、ドロー!」

 さなのデッキは獣戦士族の融合テーマ、『月光』。この得体の知れないナンバーズをどう倒すべきか。とりあえず効果破壊は効かないだろうことを想定して、戦闘破壊を狙っていく。

「私は手札から、『月光融合』を発動! 相手フィールドにエクストラデッキから召喚されたモンスターが存在する場合、デッキ、EXデッキのモンスターを素材と出来る! 私は手札の月光彩雛(ムーンライトカレイドチック)とEXデッキの月光舞猫姫(ムーンライトキャットダンサー)で、融合召喚!」

 両手を胸の前で組んで、融合召喚の構えを行う。呼び出されたのは獣人の女戦士。

月光舞豹姫(ムーンライトパンサーダンサー)!」

 攻撃力2800、二回攻撃の効果を持つ強力な融合モンスター。融合モンスターを名指しで素材に指定するなど重い召喚条件があるが、月光融合があれば後攻から捲り上げる為に出すのは容易。

「月光舞豹姫でオレンジガジェットを攻撃!」

 オレンジガジェットは攻撃を受けたが、破壊されずに残った。

「オレンジガジェットは相手のカードによってフィールドを離れる場合、オーバーレイユニットを一つ取り除きフィールドに残る!」

「除外やバウンスにも耐性があるのか……ん?」

 自慢げに効果を語るミリア。そこでふと、さなは彼女のプレイミスに気づいた。

「それなら守備表示の方がよくない?」

「しまったー!」

 破壊耐性があり場に残れるカードは先攻で攻撃出来ないのなら、守備表示がいいに決まっている。攻撃力の方が高く殴り倒されにくいというメリットもあるが、オレンジガジェットの場合はあまり問題にならない。

「と、取り除いたオーバーレイユニットがガジェットモンスターの場合、デッキからガジェットモンスターを特殊召喚出来るし……」

 ミリアはイエローガジェットを特殊召喚、グリーンガジェットを手札に加える。今度はちゃんと守備表示。

「はいもう一回攻撃」

「あーっ!」

 さながライフアドバンテージを重視した結果、オレンジガジェットは二度目の攻撃を受ける。

「れ、レッドガジェットを特殊召喚……」

 レッドガジェットの効果でイエローガジェットを手札に。何気に三色の相互サーチはターン1指定がない。300ダメージを二回受け、ミリアのライフは7400。

「ふふふ……だがさなちゃん、迂闊だったね。ガジェットを破壊していれば有利に進められたのに!」

「まぁ、来るよね」

 罠を伏せた時点でさなもこの展開を予想はしていた。なのでメイン2で対策を立てる。

「私は速攻魔法、サイクロンを発動! フィールドの伏せカードを破壊する!」

「ぎゃーっ! デストロイリボルバー!」

 三色ガジェットがフィールドにいる時、強力なモンスターとなる罠が破壊された。手札にお手軽除去を握っていたからこそ、オレンジガジェットによる特殊召喚を許したとも言える。

「カードを伏せてターンエンド、まぁ勝負は決まったよね」

 さなは一枚カードを伏せておく。

「それはどうかな? ドロー!」

 ミリアのターン。オレンジガジェットは全貌を明かしているとはいえない状態だ。

「私は手札からゴールドガジェットを召喚! その効果でイエローガジェットを特殊召喚!」

 そしてお馴染みのサーチ。そしてエクシーズ召喚が行われる。持ち出したカードは二枚。これがもう一つの手だ。

「エクシーズ召喚! No.3.5:1 スカイガジェット!」

 出て来たのは水色のガジェットモンスター。攻撃力はたった500だが、特殊効果がありそうだ。

「オレンジガジェットの効果! エクストラデッキから召喚されたガジェットの分だけ、攻撃力を1000上げる!」

「とんでもない脳筋効果だ!」

 隣にガジェットが並んだだけでオレンジガジェットの攻撃力は3500に。しかも場を離れない耐性付きだ。

「そしてスカイガジェットはエクシーズ素材の分、相手にダイレクトアタックできる!」

 ミリアはスカイガジェットでさなに攻撃する。たった500でも、二回で1000。しかもダイレクトアタックは防ぐ手段が限られる。地縛神やサンアバロンなど受けやすいデッキ構築でない限り対策は積まないことが多い。

「くっ……お姉さんのくせにやってくれる!」

 ポンコツのミリアでも使いこなし、下手なデュエリストなら撃破できるデッキに仕上げた陽歌の腕が凄いのだろう。そこに決定打となるエクシーズが追加され、さらに強くなった。

「オレンジガジェットで月光舞豹姫を攻撃!」

「やはりそう来たか……」

 モンスターへの攻撃は予想出来た。計2300のダメージを受け、さなは5700のライフ。ミリアを下回った。

「ターンエンド! 私だってやるんだからね!」

「うん、偉い偉い。でも私に勝つには少し足りないね。ドロー!」

 さなは伏せていたカードを使う。

「トラップ発動! 死魂融合! 墓地のモンスターを除外して融合召喚を行う!」

 墓地にいる月光舞豹姫とその融合素材を除外し、新たなモンスターを召喚する。墓地融合は消耗の激しい融合デッキにとって、重要な手段だ。

月光舞獅子姫(ムーンライトライオダンサー)!」

 攻撃力3500、月光舞猫姫から連なる融合体の到達点だ。

「そして月光狼(ムーンライトウルフ)月光虎(ムーンライトタイガー)をペンデュラムスケールにセッティング!」

 月光狼の方には死魂融合と似た効果がペンデュラム効果で内蔵されており、もし伏せカードを割られても問題はなかった。所謂保険やブラフというものだ。

「そして手札から魔法カード、ペンデュラムエクシーズを発動! ペンデュラムスケールのモンスターを特殊召喚し、その二体のみでエクシーズ召喚を行う! その際、片方のレベルにもう片方を合わせる! 私は月光狼のレベル6でオーバーレイ!」

 現れたのは、剣を携えた白き希望の戦士。

「No.39 希望皇ビヨンド・ザ・ホープ!」

 このモンスターは召喚された際、全ての相手モンスターの攻撃力を0にする効果がある。これで上昇していたオレンジガジェットも突破できるようになる。

「ええ! そんなー!」

 いくら戦闘破壊されなくても、ダメージが通ってしまっては意味がない。さなはさらにミリアへ追い打ちを叩きつける。

「月光舞獅子姫は二回攻撃が可能! そして一ターンに一度、モンスターを攻撃したダメージステップの終了時に特殊召喚されたモンスターを全て破壊する! オレンジガジェットへ攻撃!」

 オレンジガジェットが攻撃を受けるも、効果で素材を取り除いて耐える。だがダメージステップの終了と共に月光舞獅子姫の効果が発動して爆散した。隣にいるスカイガジェットも素材を一つ失う。

「だけど素材を無くす度に手札からガジェットが……あ」

 ミリアは効果でガジェットを補充しようとしたが、無駄だということに気づいた。なぜなら場には攻撃力0で棒立ちのスカイガジェット、そして攻撃回数を一回残した月光舞獅子姫とホープ。攻撃力3000級の攻撃を三回など、例えライフが全快でも即死だ。

今のミリアのライフは7400から3500減って2900。ガジェットを守備で出して壁にしても、スカイガジェットが一発貰えば終わり。

「月光舞獅子姫! スカイガジェットに攻撃!」

「あーっ!」

 ミリアは爆散し、勝負は付いた。

「帰るよ」

「はい……」

 ミリアはさなに引きずられて帰っていった。カードももちろん回収されることとなる。

 

「なるほど、そういうことなんでスね」

 回収されたカードを見て、アスルトは概ねこの奇妙なカードの仕様を把握する。

「どういうこと?」

「一度カードになってもより強い精神に惹かれて変異するみたいでス。ミリアさんは少々特殊な精神性なのでこういうナンバーになったんでスけど」

 ミリアは人格を肉体にダウンロードできる特殊な人造人間。故に他の人間と精神の構造が違うのでナンバーの法則がいつもと変わった様だ。

「そしてこれは、かつてハートランドにばら撒かれたカオスの欠片」

「カオスの欠片?」

 そしてアスルトはその正体にまでたどり着いていた。さなはそのことについて聞いた。

「カオス?」

「かつてハートランドを中心に世界の侵略を試みた別世界、バリアン世界の神がばら撒いたものの一部みたいでス」

「へぇ」

 ともあれ、そんなものがなぜ一般販売のパックに紛れ込んでいるのか、疑問は尽きない。

「どちらにせよ、行ってみないとわからないよね、ハートランド」

 謎を解くため、さなはハートランドの大会へ行くことを決めた。




 次回予告

 あの事件で多くを失った者がいた。あの事件で生きる意味を得た者もいた。だが両者は同じ事件の犠牲者。争い合う理由はない。その戦端は立ち直った者への嫉妬か、それとも行き場のない怒りの発露か。
 戦うべきを間違える復讐者に、本懐を遂げたかつての復讐者は何を思う。
 次回、『決闘を憎む者』

 in to the VRAINS!


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EP7 開幕、メガ粒子杯デルタカイ

 GBNには多くのユーザー大会が存在する。その中でもメガ粒子杯デルタカイはルーキー専門の大会として登竜門的な立ち位置にいる。主催者はミスターMS。


「さぁ、遂にこの日がやってきたで! メガ粒子杯デルタカイ! 司会はこの私窓辺のモクシンギョク、ミスターMSがお送りいたします」

 大会当日に向け、陽歌達はガンプラのブラッシュアップを行った。参加するのは陽歌とヴィオラ。当然、現実の肉体が不明となっている彼女には様々な壁が立ちはだかったが、仲間達の協力で乗り越えた。

「おー、小僧のはこんな感じか」

 開会式には参加者のガンプラが並ぶ。その巨大な姿を、現実では制限のある大人モードとなった七耶が下から見上げる。

陽歌の紅蓮はマーズフォーアーマー付属のプロトタイプカラーを用い、骨格たるコアガンダムの作り込みを向上させている。フェイスは頬のグレーを足したりと工夫あり。基礎性能が上がれば、アーマーの恩恵も上昇する。いろいろ試したが、今のところアーマーはこれが一番使い勝手がいい。

「全部乗せはかなり繊細な技術だから真似できなかったけど……」

「いいじゃないか、お前なりの答えが見える機体だ」

 陽歌はコアガンダムの強みである換装システムを排し、バランスの取れた機体へ組み上げた。七耶直伝の全部乗せに引き算の発想を加えたものとなる。

「フェイクニューか」

「とても丁寧に作ってくれて」

 ヴィオラの戦闘スタイルを割り出し、アルスコアガンダムをそれに適したカスタムにした。プラネッツシステムに対応しているのが幸いだった。ファンネルを二セット分使い、腕をジュピターヴから持ってくるカスタム。ライフルはアースリィから移植しており、射撃に特化させた。無論腕のビームガンも抜かりなく装備。

「皆のおかげだ」

「いやいや、何かの手がかりになんだろ」

 イーグルとヴェンが制作とスキャンを行い、大会参加にこぎつけた。名前が売れたり、いろいろな経験をすることで記憶喪失のヴィオラに関する手がかりが得られるかもしれない。

「というかかなりミユの世話になった」

「あー、確かにスタイルは似てるかもな」

 ファンネルを主体とする戦いは深雪のアルケインに近い。彼女からのアドバイスが大きな助けとなったのをイーグルも自覚している。

「まずは予選を勝ち抜き、本選を目指してもらうでー!」

 この大会は参加者も多い。本選トーナメントへ行くには、予選を勝ち抜いてポイントを稼ぎ、上位十数名に名前を連ねればならない。

「予選第一ピリオドは四人制バトルロワイヤルや! 気張っていけやー!」

 基本的に、予選の内容は『ガンダムビルドファイターズ』劇中の世界大会をモチーフにしている。最初は四人一組のバトルロワイヤルだ。この大会には、陽歌達は気づいていないがパーシヴァルやダークも参加している。

「ナクトも来ているのか……今度こそ……」

 陽歌は何かと因縁のある相手。前はチャンスであったが混戦の中で倒されてしまい、不完全燃焼を感じた。

「お前ら、本戦で会おうぜ」

「おうとも」

「頑張ってね」

 フォースメンバーのタンジロウやルイ達とは別の組み合わせ。初戦を制することが重要となる。一方、陽歌ともパーシヴァルとも離れた場所にいるダークは『出資者』の言葉を思い出す。

「俺は逃げない」

 大会など放っておけ、とのことだか、こういうところを荒らしてこそではないかと思っており参加することとなった。周囲はブレイクデカールで何でもないところを荒らしまわってオホオホ喜んでいるが、彼からすれば奴らこそ仲間とも思われたくない道化。

 GBNなど所詮、環境的にも経済的にも恵まれた者のお遊び。初めから足切りされている人間が奴らをねじ伏せて天下を取ってこそ、本当の勝利だとダークは考えていた。チートを使って末端を荒らしても、それは弱い自分から逃げるだけの慰めでしかない。

 

「では第三グループの試合、いくで!」

 予選は三グループ目の戦いまで進んだ。ヴィオラのフェイクニューとマグアナック、スローネツヴァイ、スピナロディの対戦だ。フィールドは宇宙。

「行けよ、ファング!」

 スローネツヴァイの武器は大剣のみならず、腰に装備した遠隔兵器GNファング。全8基のそれを全て放ち、周囲をかき乱す。

「遅い!」

 だが、マグアナックがそれをすり抜けてビームサーベルを手に迫る。何せファングやファンネルの様な装備はオート制御かマニュアルかに分かれ、マニュアルで全て操作していると本体が疎かになる。

「うお!」

 かといって本体に迫る危機を回避しようとオートにすれば、ファング側の動きが単調になる。それはファング撃墜のチャンスを与えることだ。

「今だ!」

「貰った!」

 ヴィオラがライフルで、スピナロディがマシンガンでファングを撃墜する。敵がある程度整理できたのを見計らい、彼女がようやくフェイクニューのフィンファンネルを放つ。

「フィンファンネル!」

 ファンネルタイプの装備にしては大型で見つけやすいことから奇襲性は低いが、その分威力は十分。一斉にスピナロディに襲い掛かる。

「無駄だ!」

 しかしスピナロディも無対策ではない。この機体を始め、鉄血の機体はビームを弾くナノラミネートアーマーを持っており、しっかり作り込めば原作の様に極大ビームを弾くことも可能だ。そのため、ファンネルから繰り出されるビームの雨霰も無視して本体へ突っ切ることが出来る。

「そこ!」

 しかしナノラミ装甲も無敵ではない。カメラなど、どうしても保護出来ない部分がある。ヴィオラはファンネルの攻撃をブラフに、アイセンサーへの狙撃を成功させていた。

「な、なんだ? 見えないぞ!」

 視界を奪われたスピナロディは動きを止めてしまう。それでも堅い装甲があるため、狭いがサブカメラで戦うことは可能だった。が、それを許さないほどの速度でフェイクニューが接近する。装甲の襟元にマニュピレーターを突っ込み、ビームサーベルを発振してコクピットを粉砕、撃破する。

「こいつ!」

 ファングを破壊されたスローネツヴァイがフェイクニューに接近する。最後の武器は巨大なGNバスターソード。ヴィオラはライフルで牽制するが、そんな見え見えの攻撃には流石に引っ掛からない。

「うわ!」

 が、その攻撃自体が餌であった。回避する方向を予想し、時間差で着弾する様に多数のファンネルから射撃を行っていた。それを受け、スローネツヴァイは撃墜される。

「……ファンネルが減ってる」

 ファンネルを戻すとあることが発覚した。この混戦に乗じて、フェイクニューのファンネルを落としている人物がいたのだ。残る機体、マグアナックの使い手だ。両手にライフルを持ち、器用に撃ち分けてファンネルに対応していた。

「ならば……フィンファンネル!」

 ヴィオラはファンネルを全て放ち、自身もライフルを手から放たれるサーベルを構えて突撃する。

「決着を着ける気か!」

 一対一になれば誤魔化しも効かない。全力の潰し合いあるのみだ。激しい攻防が光の弧を描き、宇宙に広がる。

「これで全部!」

 マグアナックのダイバーはファンネルの数を数えており、正確に把握しながら戦っていた。そうでなければ死角のファンネルにまで注意が払えない。ヴィオラも何となくそれを察しており、ある手を打った。

「何?」

 突如、マグアナックのライフルが撃ち抜かれる。フェイクニューの腕に装備されていたビームガンが独立してファンネルになっていたのだ。

「しまった!」

 一応、設定通りの仕様なのだが背中の巨大なフィンファンネルに気を取られていた。ライフルの爆発を貫き、一筋のビームがマグアナックを直撃してバトルは終了する。第三グループはヴィオラの勝利だ。

 

 第9グループはダークの参戦となる。

「おおっと、一見プレーンな素組だが丁寧に作り込まれているであのゼルトザーム!」

 オプションを盛ったバルバトスルプスに向けて巨大な槍が投げられ、敵を一瞬で粉砕する。

「このぉっ!」

 キャノンとバズーカを二本装備したヴィートルーが遠距離から砲撃を試みる。だが、ダークは悠々とランチャーを展開し、極太のビームで攻撃ごとヴィートルーを呑み込んだ。

「な、なんだこいつ……!」

 ファンネルをフル可動にしたHWSのνガンダムが退避しながら射撃を行う。だが、ゼルトザームは目にも止まらぬスピードで接近。異形の右腕でνガンダムを追加装甲ごと握りつぶす。

 第9グループはダークの圧勝で終わった。

 

 ルイは第11グループに参戦した。大会に備え、普段はチーム戦主体ということもあり個人で戦えるガンプラを用意してきたのだ。それがSDガンダム、悟空インパルスガンダム。ステージの荒野もしっかり足を踏みしめることが出来るため、有利に働くだろう。

「へっ、SDなんかに負けるかよ!」

 相手がSDだと初心者は舐めて掛かりがちだ。足りない塗装をしっかり補った悟空の戦闘能力は見た目からは想像出来ず、大型のサザビーが蹴り一発で吹っ飛ばされる。

「嘘だろおおお?」

 岩に激突し、サザビーのコクピットが頭から射出された。

「四人目はどこだ?」

 最後の相手を探していたのはバンシィノルン。そのコクピットに遠距離から弾丸が突き刺さる。

「どこにいやがったぁ!」

 忽ちバンシィが爆散し、即座にタイマンとなった。ルイは悟空を弾丸の飛んできた方へ、ジグザグに蛇行させて向かわせる。

「うまいぞ……的の小さなSDでその機動、ここでは隠れ直す場所も無さそうだ」

 姿を見せたのは黒いイフリートイェーガー。ライフルを捨て、ナイフを手に挑みかかってくる。

「接近戦?」

「ハイリスクハイリターンというやつだ!」

 SDガンダムはその手足の短さ故に、格闘戦のリーチは短い。そのため格闘戦に持ち込むのがベストと思われがちだが、コンテンツの特性上接近で使える武器や必殺技が多い。こちらも有利だがそちらも有利、という状態になる。

「うおおおお!」

「伸びろ、如意棒!」

 仕掛けるイフリート、だが如意棒が伸びてコクピットを貫く。なんと、キックのエフェクトとして足に装備される刃を如意棒の先端に取り付け、薙刀として運用したのだ。

「その手が……あったな」

 イフリートは爆散し、このブロックの勝者が決定する。

 

「ルイ……なんだその機体は?」

 戦闘後、仲間の下に戻って来たパーシヴァルはルイに機体のことを問いただす。

「言ってなかったね、今回は個人戦だから扱い易い機体を見繕ったんだ」

「そうじゃない!」

 今回の大会に向けた彼女なりの一工夫だったが、パーシヴァルには何か言いたいことがある様だ。剣呑な雰囲気に、傍にいたコハクは動揺を見せる。

「なんでSDなんか……」

「だってモルジアーナとか強かったし、私も作ってみたいなって」

 ルイは陽歌とモルジアーナのコンビを見て思いついたのだが、パーシヴァルには彼なりのフォースにおけるこだわりがあるらしい。タンジロウのリックディアス、他二人の百式にディジェなどを見れば何となく察することもできる。

「俺達はチームだろ?」

 言わなくても分かる、という態度を見せるパーシヴァルに対し、仲間の一人がルイをフォローしつつ苦言を呈する。

「ガンプラ暦の長いお前のアドバイスで機体選んだけど、長くやってると自分に合った戦い方が分かってくるんだよな」

「とにかく、お前が勝てばフォースで全勝だ。次お前の出番じゃないか?」

 タンジロウの言葉でパーシヴァルは自分のブロックが近づいていることに気づく。

「勝てばいいんだろ? やってくる」

 いよいよ、予選第一ピリオド最後のブロックが始まる。

 

「さぁ、いよいよ第一ピリオドも最後の組み合わせ!」

 最後ということもあり、ミスターMSの実況にも熱が入る。

「まずは新進気鋭のフォース『ライジング』リーダー、パーシヴァル! ここで勝てばメンバー全員勝利や!」

 フィールドは初めて陽歌とパーシヴァルが戦った場所と同じ、ぬかるんだ森。あの時の同じテルティウムが降り立つ。

「そして同じく、新鋭のフォース、ヴァイパースクワッドリーダー! ナクトの赤きガンダム!」

 そして大幅な改修を施し別物へ変化した陽歌の紅蓮。今回はもう二人、戦いに参加する。

「そんな二人に挑むのは、最新キットを引っ提げてやってきたクォーツ! そしてその立ち姿は万全の改修済みか? トリスタン!」

 他に来たのは、水星の魔女プロローグよりベギルベウ。そして見違えるほどの改造を受けたガンダムトリスタンだ。

「最新キットには負けねぇぜ!」

 トリスタンのファイターはよほど腕に自信があるのか、真っ先にベギルベウを狙う。

「ノンキネクティックポッド!」

 ベギルベウもポッドを発射し、戦闘態勢。ワイヤーではなく無線で動く様に改造を受けている。声からしてベギルベウのファイターは女性の様だが、あまり当てにならない。

「そんなジャミングポッドなど!」

 このポッドは水星の魔女世界におけるガンダムを無力化、正確には基盤となるガンドフォーマットのリンクを断ち切るもの。なのでトリスタンには効果が無いと思われた。

「何?」

 だが、トリスタンのコクピットは灯りが消え、コンソールも消滅する。

「これで終わり」

 ベイオネットで胸部を貫かれ、トリスタンは敗退する。陽歌は即座にあのポッドがただならぬものと察知し、ガトリングを放つ。

「小癪な真似を!」

 パーシヴァルも射撃を開始するが、動き回るポッドに単発のライフルでは当てることが出来ない。

「これで!」

 しかし陽歌は連射が利くガトリングを使っていることもあり、多少狙いがブレても当てることが出来る。苦手を理解した上での武装選択だ。ポッドはビームを受けて爆散した。

「ちぃ、やってくれる。ダークが警戒するわけだ」

「ダーク? 関係あるのか?」

 どうもダークとクォーツは知り合いなのか、そんなことよりまずは目の前の戦いだ。

「これで怖い物はない!」

 ライフルを投げ捨て、パーシヴァルはサーベルを手に突撃する。相手は近接装備しか持っていないのでチャンスと踏んだのだろうが、それは甘かった。

「その程度で!」

 なんとベイオネットにはビームガンが備わっており、それを発射して牽制する。

「豆鉄砲め!」

 流石に威力は少なく、テルティウム本体に当たってもダメージは少ない。だが、ゆっくりとそれを地面に向けていき泥を巻き散らす。ビームの熱で水が暖められ、水蒸気のスモークが発生する。

「何?」

 目隠しをされ、思わず止まってしまうパーシヴァル。それが勝負を分けた。ベイオネットは的確にテルティウムの首を撥ね、コクピットを貫いた。あの改造トリスタンを射貫く威力だ。並大抵のガンプラは紙同然。

「そ、そんな……」

 パーシヴァルは陽歌ですらない相手に倒されたことに動揺を隠せなかった。一方、陽歌はその隙を見逃さない。

「目隠しは、こちらにも使える!」

 ミストが発生する前のテルティウムの位置を覚えておけば、機体反応がロストした時にベギルベウがその近くにいることも予想出来る。大剣を手に迫り、攻撃を仕掛ける。とはいえ、正確な場所までは測りかねるので左腕を落としただけに終わった。

「うっ……」

 陽歌の全身に冷や汗が吹き出す。まだ腕を失うことへの恐怖が残ってはいたが、乗り越えられないほどではない。ミストの中を脱出すると、ベギルベウも追ってきていた。

「やるな。こちらの策を利用してきたか」

 陽歌は大剣で絶え間なく仕掛ける。リーチ、質量ともにこのマーズフォーウェポンの大剣はベイオネットに勝る。ビームガンへのシールドとしても機能する。

「だが、負けん!」

 ベギルベウは足のクローで大剣を受け止める。だが、何等かの形で防御されるのは予想済み。大剣から斧を分離させて振りかぶり、ベギルベウの頭に叩きつける。

「何?」

 咄嗟にベイオネットで防御しようとするが、それは虚しく叩き割られた。いくら鋭くても細身の剣。真正面から分厚い斧を受けることは不可能だ。鋭さと繊細さは紙一重というわけだ。

「私の……負けか……」

『第一ピリオド最後の勝者は、ナクトだぁあああ!』

 第一ピリオドから波乱の幕開けとなったメガ粒子杯デルタカイ。この戦いは誰が勝利するのか、ますます分からない状況となった。




 予選第一ピリオドは四人制バトルロワイヤル。第二ピリオド以降は全員参加のバトルロワイヤル、用意された武器で行うバトルなどが予定されている。


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Turn5 決闘を憎む者

 デュエルの持ち時間

 デュエルでは極端な遅延行為を防止するため、一ターン辺りの時間制限が400秒ほど設けられている。デュエルディスクにはこれをカウントする機能があり、不正を防ぐため互いに同期しながら時間経過を測定する。
 この持ち時間は自分のターンはもちろん、相手ターンに自分のカードをチェーンさせる思考時間も含まれる。再度自分のターンになれば持ち時間が回復する仕組みだ。
 ネット対戦では相手の遅延を指摘出来ないためか、一定時間以上操作しないと敗北になるルールも追加されている。
 何故かデュエルディスクでは持ち時間切れは強制敗北でなく、ターンチェンジとなっている。その意図はディスクの仕様を作った海馬コーポレーション以外知る由はない。


 大好きだった家族は変わってしまった。切っ掛けは兄の失踪。半年後に帰ってきた兄は大好きだったデュエルモンスターズのカードを拒絶する様になった。両親も兄に掛かり切りになっていった。

 事件の名前は、セカンドロスト事件。優れたAIを産み出すため、子供達を監禁してデュエルをさせる狂気の実験。それを知った私は、デュエルモンスターズを滅ぼすことを決めた。

 

   @

 

「陽歌くんが珍しくむくれてる」

 ある日の夜中、喫茶ユニオンリバーの隅で陽歌は膝を抱えて拗ねていた。普段感情を、特に不平不満を表に出さない彼にしては非常に珍しい態度であった。

「ロスト事件とセカンドロスト事件の被害者家族の交流会が中止になったんだと。まぁ、歳相応の部分があって安心したよ」

 七耶はミリアに事情を話す。一見すると楽しみにする要素も無さそうなお堅いイベントだ。しかし参加者の中に腕の立つデュエリストがおり、対戦したがっていた。デュエルへのトラウマを他の被害者が払拭する機会になれば、と穂村尊という人物が提案して陽歌が乗った形になる。

「しかし馬鹿な奴がいたもんだよ。爆破予告なんてソッコー身元が割れて捕まるってのに」

 それが爆破予告でお釈迦になってしまった。犯行予告系はものすごい勢いで警察に取っ捕まるので、悪戯半分でもやめよう。

転生炎獣(サラマングレイト)はミラーマッチが熱いからせっかく組んだのに……」

「そうなのか」

 陽歌もその気でデッキを構築していた。得意な炎属性デッキなこともあって気合が違った。ミラーマッチというのは手の内が明らかになっている以上熾烈なものになるが、特に転生炎獣は激しい。転生リンク召喚や転生融合召喚などのギミックが、相手の墓地から素材を奪って逆転などの応酬に繋がるためだ。

「おーい、陽歌、レッドアイズ完成したんだけど見てくれるか?」

 そこに空気を読んだのか、緑髪を短いツインテにした少女が現れる。彼女はエヴァリーの妹、ヴァネッサ。かっこいい物が好きな彼女に漆黒で赤い瞳の龍はぶっ刺さった。

「あ、うん。じゃあデッキはいつもので」

 転生炎獣はミラー意識の構築だったため、陽歌はいつものデッキをディスクに装填する。

「へぇ、今はメンコにゲームのルールが書いてあるのねぇ」

「ん? ルシアも始めるのか?」

 青っぽい銀髪の少女、浅野ルシアがカードたちを眺めていた。彼女は陽歌の姉に当たるが、色々事情があり戦後直後から現代にやってきた存在だ。

「ちょっと複雑そうだけどね」

 苗字をくれた親と二人とも血は繋がっていない。そしてお互いもよく知っているわけではない。ルシアは会話のきっかけになればと少し興味を示した。

「ん?」

 陽歌とヴァネッサがデュエルを始めようとした時、陽歌のディスクに通信が入る。英字によるメッセージだが、陽歌は即座に内容を理解しパスワードを入力する。デュエルディスクはソリッドビジョンの応用でホログラム投影のコンソールを出すのもお手のもの。

「りょうくんからだ」

「誰それ?」

「オンラインのフレンド」

 彼の意外な友好関係に驚きつつ、ヴァネッサは送られてきた情報を見る。それは何かのGPS信号であった。

「爆破予告の犯人が使ってるスマホのGPSだって」

「りょうくん何者だ?」

 謎の友人、りょうくんが持つ超技術に驚きつつ七耶はメールを確認する。パスワードのヒントと思わしき場所にはモンスターの名前が二つ記されているだけだ。

「この暗号どうなってんだ?」

「ああ、これは効果処理を含めてこのモンスター同士のバトルで発生するダメージが答えなんだ。これはダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンと憑依装着ヒータのバトルで、リベリオンが効果を発動したから相手の攻撃力は半分になって925、こっちの攻撃力はその分上がって3425。ダメージは1575だよ」

 説明を聞き、七耶はふと計算問題を出す。

「102引く3は?」

 結構簡単な問題なのだが、陽歌はフリーズしてしまう。3と2を引いてから100引く1をすればいいだけなのだが、彼には出来ない。まともに学校へ行けていない上、虐待の影響で脳の発育がよくない為だ。

「出来る様になったわけじゃねぇんだな……」

 ヴァネッサはもしかしたら、と思ったがダメだったのでがっくり項垂れる。七耶は矢継ぎ早に次の問題を出す。

「じゃあ、自分のネオスで相手のブラックマジシャンに攻撃する時、相手が速攻魔法の突進を使いました。それに対してダメージステップ開始時に自分はオネストを発動しました。ダメージはいくつ?」

「2500」

 まさかの即答。七耶も割合、難しくはない問題を出したのだが処理する数字自体は先ほどより増えている。

「それ出来るなら自信持ってよくない?」

「ええ? でもオネスト噛ませた時点で自分の攻撃力がまんま通るんだよ? 長い掛け算に0を掛けるようなものだよ?」

 ヴァネッサはいいんじゃないかと思ったが、決闘者的にはこっちの方がシンプルな模様。

「そういうものなのか……」

「そういうもんです。早く行こう、犯人の下へ!」

 それよりも陽歌はイベントを台無しにした犯人へのカチコミを優先していた。

 

   @

 

 童美野町美術館では、とある企画展が行われていた。それは古代エジプトの壁画から着想を受けたというデュエルモンスターズに関するものだ。あの伝説の大会、バトルシティの時期にも展示されていた壁画や神のカードなどが展示されている。

 今は閉館時間で真っ暗だ。

「ここか……」

 そこにセーラー服姿の少女が現れた。黒髪で真面目そうな見た目に反し、指には指輪、耳にはイヤーカフやピアスにイヤリング。ネックレスやチョーカーなど金のアクセサリーをじゃらじゃらつけた異様な姿をしていた。

「神のカードと、デュエルモンスターズの歴史……。私の目的にまた近づく……」

 少女は黄金の斧を手に、石板に近づく。しかしその時、暗い室内に照明が付けられた。

「やはり来ましたね。タウクがなくても、悪い予感というのは当たってしまうものですか」

「イシズ・イシュタール……」

 少女は石板の前にいる女性のことを知っていた。エジプトの考古学における有力人物にして、あのバトルシティでベスト8に入った実力者。

「邪魔をするなら、お前を倒す」

「企画展に犯行予告を出したのはあなたですね?」

 イシズはリボルバーなる人物からの通報で、彼女の犯行予告と侵入を知っていた。最初は予告も通報も悪戯だと思っていたが、目の前の少女が身に着けているものを見てその本気度を知る。

 デュエルモンスターズは悪魔のゲーム。その歴史ごと抹消すべき。犯行予告にはこう書かれていた。そんなことを言うくらいなのだからおそらく、闇のゲームに精通している人物だろうとは思っていた。

「それは千年アイテムのアーキタイプですね? どこで手に入れたのですか?」

「お前に答える必要はない。特に、この悪魔のゲームを現代へ伝えた罪深き一族のお前には」

 少女はイシズの問いかけには答えない。彼女は斧を左腕に装着し、デュエルディスクの様にしてデッキをセットした。イシズもデュエルディスクを展開して戦いに挑もうとする。

「お、こんなところに丁度いいガキの盗人がいるぜ」

 その時、物陰から様子を伺っていた人物が姿を現す。ワインレッドの髪をした少女だが、イシズにとっては共に働く同僚だ。

「級長さん! 帰ってなかったんですか?」

「こんな危ないところに女性を一人で残すわけにはいかんでしょう。 こんな奴俺でも倒せるぜ」

 イシズが犯行予告もある中帰らなかったので、一緒に残っていたのだ。眼鏡を指で直し、めちゃくちゃカッコつけてディスクを展開する。

「このゲーム、先攻が有利なんでしょ? 譲ってあげる」

「舐められたものだな。後悔するなよ!」

 そして二人は決闘を開始した。

『デュエル!』

 ライフは8000のマスタールール。持ち時間は一ターン400秒。

級長の傍に一人の精霊が立ち、助言を送る。

『気を付けて、あいつ、闇のゲームを仕掛けてくる!』

「ああ、わかってるアウス。なんせ千年アイテムの試作品まで持ち出す酔狂な奴だ」

 この世界にはデュエルモンスターズの精霊を従える決闘者がいる。級長もその一人で地霊使いのアウスと共に戦う。

「へぇ、そんなホログラムで恋人ごっこなんてデュエリストは異常者揃いなのね」

「あいつ精霊が見えるのか」

 千年アイテムの試作品。あの強大な力を持つ七つのアイテムは一発で製造されたわけではない。その裏には多くの試作があり、その度に多数の人々が生贄となっている。盗賊の村、クルエルナ以外にも悲劇は起きた。

「やはりその力はあるようですね」

「逆に言えばあんだけ付けないと闇のゲームを仕掛けられないってことだ。俺のターン!」

 イシズが警戒を促す中、級長は早速仕掛けた。

「俺は手札から速攻魔法、盆回しを発動! デッキから二枚のフィールド魔法を発動する!」

 制限カードを初手で引き込むのは上々といえる。これはただ二枚のフィールドを発動するだけではない。

「俺のフィールドに『大霊術一輪』! お前のフィールドに『魔法族の里』を発動!」

「ただ二枚カードが出るだけか」

「分かってねぇな! 盆回しで出したフィールドは張り替えられないんだぜ!」

 通常、フィールド魔法はお互い一枚しか発動出来ず、新しいものを発動すると今まで存在していたものは墓地へ送られる。それでは相手にフィールドを押し付けてもすぐに張り替えられてしまうが、盆回しはそれを防ぐ。

「これでお前は魔法使い族がいないと魔法を発動出来ないぜ!」

 さらに魔法族の里はお互いに魔法使い族のモンスターがいないと魔法が使えない厄介な効果を内蔵する。

「俺は手札から、憑依装着ダルクを召喚! 効果により、手札から稲荷火とデーモンリーパーを特殊召喚するぜ」

 三体のモンスターが一気に場へ並ぶ。霊使いの使い魔達は魔法使い族がいると特殊召喚できるのだ。

「そして手札のファラオニックアドベントの効果発動! ダルクをリリースして特殊召喚、守備表示!」

 効果を駆使することで二体のリリースが必要な最上級モンスターをいきなり召喚して見せた。さらにこのモンスターの真髄はここからだ。

「稲荷火とデーモンリーパーの二体でオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚! 来い、キングレムリン!」

 さらにエクシーズ召喚。

「キングレムリンのオーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキから爬虫類族のモンスター、ジゴバイトを手札に加える。そしてファラオニックアドベントの効果発動!」

 キングレムリンをリリースし、級長はデッキからカードを引き込む。

「爬虫類族、天使族、悪魔族のいずれかをリリースし、永続罠を手札に加える。俺が加えたのは、スキルドレイン!」

 級長のデッキはスキドレ憑依装着。ファラオニックアドベントと使い魔のジゴバイトやエクシーズで出せるランク4のキングレムリンでキーカードを引きこめるようにしている。

「悪いことするもんじゃねぇな。この上振れ、俺史上初だぜ」

 とはいえ先攻一ターンでここまで決まるのは異例中の異例。スキルドレインは素引きも想定しており、このルートを使わない方が多い。

「俺はカードをセットし、ターンエンド。この布陣、突破できるかな?」

 憑依装着モンスターは下級の中でもトップのステータスを誇り、使い魔含め効果がフィールドで発動しないのでスキルドレインとも相性がいい。手札誘発として入れているウィッチクラフトゴーレム・アルルの強制帰還も防げる。

 アドリブ力の必要なデッキ回しだが、彼は自身のデッキを相当に把握しているのかここまで持ち時間は50秒も使っていない。そもそもいくらデュエルがソリティア一人回しだと揶揄されても、400秒を使い切ることが稀なのだが。

「そうか、私のターン。ドロー」

 環境デッキの様な圧倒的制圧でないものの、まあまあ厄介な布陣である。

「トラップ発動! スキルドレイン! フィールドでモンスターは効果を発動出来ない!」

 少女はモンスターと魔法を封じられている。どちらか一つでも支障をきたすのだが、それが二つとなると頭を悩ませるはず。

「私は封印されしものの右腕を召喚する」

 が。彼女はエクゾディアのパーツを召喚した。たしかにエクゾディアは魔法使い族。だがこれが入っているということはエクゾディアを揃えるデッキのはず。勝ち筋を失ってしまう。

「エクゾディア? 召喚神軸か? それとも回収手段を持っているのか?」

「私は強欲な壺を発動」

「は?」

 級長が警戒を強める中、少女は堂々と現在なお禁止されているパワカを発動した。リスクなしの2枚ドローは強力無比。

「いや待てまて! 禁止カードだろうが!」

「このくだらないゲームの真の姿だ。上等だろう?」

 デュエルモンスターズには競技性を担保するため、リミットレギュレーションというものが存在する。デュエルそのものの否定になりかねないカードは禁止され、使えなくなるかデッキへの投入が制限される。

「そして天使の施しを発動する。二枚カードを引き、一枚手札から捨てる。私が捨てるのはクリッター。この効果で闇属性のモンスターをデッキから手札に加える」

「エラッタ前ぇ!」

 そして禁止になっても調整を施されて戻ってくることもある。クリッターはフィールドから墓地に送られることで効果を発揮するが、昔は手札からでも効果を使えた。黒き森のウィッチも同様。昔はこの二枚を捨ててエクゾディアを完成させる世紀末みたいな光景があちこちで見られた。

「いや待て……既にパーツはフィールドだ」

「右腕が一枚しかないわけないだろう?」

 しかもエクゾディアパーツは複数積み。制限カードで各一枚しかデッキに入らないはず。デュエルディスクもそうした違反デッキは特殊な手順を踏まないと使えない様になっているはず。

「あ! あいつのディスク謎アイテムじゃん!」

 しかし少女のデュエルディスクは千年アイテム由来。そんなルールお構い無しだ。強欲な壺や天使の施しでデッキからカードを引きまくる。途中、エラッタ前のクリッターや黒き森のウィッチを墓地に落としてエクゾディアパーツを回収しつつ、ついでに落としたエラッタ前の処刑人マキュラで罠カードを手札から発動できるようにして強欲な瓶まで使い出した。

「手札にエクゾディアのパーツが揃った時、私はデュエルに勝利する!」

「表出ろこの野郎!」

 ルール無視もいいところなデュエルに級長は怒るが、既に勝敗はついている。エクゾードフレイムが直撃し、博物館の床に逆さまで埋まってしまう。

「どうやら、モンスターの攻撃を実体化するだけで特殊な罰ゲームをする力はないらしいですね」

「十分では?」

 イシズはこのデュエルで、彼女が持つ千年アイテム試作の性能を把握した。だが、こんなインチキデッキ相手では流石に分が悪い。

 

 一方その頃、七耶、陽歌、ヴァネッサはGPSの信号を追って童美野美術館までやってきた。その入り口にはホットドックのキッチンカーも止まっている。

「あれ、ナギカフェの車!」

「知り合いか?」

 ロスト事件関係で陽歌はあの車、ナギカフェのことを知っていた。被害者の兄である草薙翔一と同じく被害者の藤木遊作が共に経営している店だ。三人は博物館に乗り込むと草薙と遊作は犯人と思われる少女に対峙していた。

「気を付けろ! 奴は闇のゲームを仕掛けてくる!」

「闇のゲームだと?」

 倒された級長の証言に全員が身構える。

「でもさすがにバトルシティベスト8のイシズさんと、遊作さんがいる時点で分が悪いと思うけど」

 陽歌は周囲を見渡して戦力を確認する。全員で戦えばセキュリティが来るまでの時間を稼ぐことは出来そうだ。

「公式戦の記録があるあのねーちんはともかく、遊作って小僧は強いのか?」

「もちろん」

 七耶は遊作の実績について知らないが、陽歌は打ち合わせの時にデュエルしたことがある。

「前にやった時はサブのデッキだったと思うけど、ギリギリだったもん」

(見抜かれているのか……)

 藤木遊作はリンクヴレインズの英雄、playmakerとしてサイバース族を中心にしたデッキを使っていた。それを悟られない様に陽歌との対戦ではデッキを変えていたのだが、プレイングの不慣れさでいつものデッキでないことがバレていた。

「よし、お前らメイン戦力は一旦下がってろ。まずは私がやる」

 最初に動いたのはヴァネッサであった。闇のゲームということは暴力で解決できない以上、腕利きのデュエリストに全てが委ねられる。イシズ、遊作、そして陽歌はなるべく温存したい。

「ヴァネッサ! こいつはボクが……」

 陽歌もイベントを台無しにされた怒りからやる気を見せていたが、級長からある情報を聞いてすぐに退いた。

「あいつエラッタ前のカードでエクゾディア使うぞ!」

「あ、じゃあヴァネッサのデッキの方がいいかな」

 少女の方はその意図が分からず、自信満々でデュエルを受けた。

「ふん、どうせ私が勝つのだから先攻くらい譲ってやる。お前達の足りない脳で考えた紙束の無価値さを思い知れ」

「デッキってのはデュエリストの誇りらしいな、それを汚す奴は許さねぇ!」

 デュエリスト暦の浅いヴァネッサでも、他人が大事にしているものを尊重する気持ちがある故に少女の言葉は許せなかった。

「言ってろ。しかし奇妙なのがお前だ、浅野陽歌」

 少女はなんと、陽歌のことを知っていた。

「お前もセカンドロスト事件の犠牲者だろうに、なぜこんな悪魔のゲームを続ける? こんなゲーム、この世に存在してはいけない。私はデュエルモンスターズへ復讐するためにここにいる。お前も本来はこうするべきはずだ」

「セカンドロスト事件……、まさかお前は……」

 目の前の少女がセカンドロスト事件の被害者なのかと陽歌は身構えた。遊作はここに来るまでに得た情報を全員に共有する。

「武原鞘、お前の兄、武原剣がセカンドロスト事件の被害者だったな。だが、俺にはお前をここで止めなければならない三つの理由がある」

「何?」

 三つ、その何気ない言葉に陽歌は少し反応を見せる。

「三つ……?」

「一つ、復讐すべきはデュエルモンスターズではなく、それを悪用した全ての元凶。お前は復讐の相手を間違えている。二つ、復讐の名の下に、無関係な者を傷つけることは許されない。そして三つ、復讐の道を往くのは俺だけで十分だ!」

 Playmakerとして過去に決着を着けた遊作だからこその言葉。しかしマイナスから長い時を経てゼロへ戻った彼を、再び戦いに戻すことを良しとしない者もいる。陽歌と七耶達、ユニオンリバーだ。

「水臭いじゃないですか。そういうことならボクも手伝いますよ」

「ああ、なんせ私らはトラブルコンサルタント、ユニオンリバー。こういうドンパチが本職だじぇ」

「くだらない友情ごっこは終わりか? 一人ずつ地獄に送ってやる」

 しかし鞘はブレずに戦いを挑む。まずはヴァネッサを倒す、その決意は固い。

『デュエル!』

 ヴァネッサの先攻。まずやることは決まっている。

「私のターン! 手札から『伝説の黒石(ブラックオブレジェンド)』を召喚! このモンスターをリリースし、デッキから『真紅眼の黒竜』を召喚!」

 レッドアイズは豊富なサポートがあり、バニラ上級モンスターながら召喚自体は容易な部類だ。

「そして闇属性のドラゴンが召喚されたことで、手札からノクトビジョンドラゴンを特殊召喚!」

「レベル7が二体! 効果をぶん回すデッキにはあれが刺さる!」

 陽歌は何が出るのかを既に予想していた。

「二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚! 鋼鉄の肉体を自らの業炎で研ぎ澄ませ! ランク7! 『真紅眼の鋼炎竜(レッドアイズフレアメタルドラゴン)』!」

 黒い鋼鉄の鱗を持つ竜が姿を現す。だがヴァネッサのデッキはこれを出して終わりではない。

「更に私は魔法カード、レッドアイズ・インサイトを発動! 手札のレッドアイズモンスター、『真紅眼の飛竜』を墓地へ送り、デッキから『真紅眼融合』を手札へ加える」

 レッドアイズ魔法罠を自在に呼び込むカードで、強力な融合カードを手に入れる。

「そしてそのまま真紅眼融合を発動! デッキのモンスターで融合召喚する!」

 お馴染みとなったデッキ融合。墓地に送られたのは『真紅眼の不死竜(レッドアイズアンデットドラゴン)』と『真紅眼の凶星竜―メテオ・ドラゴン』。

「融合召喚! 流星竜メテオ・ブラック・ドラゴン!」

 呼び出されたのは攻撃力3500を誇る強力な融合モンスター。だがエクゾディア相手に強いモンスターがいくら揃ったところで意味はない。

「そんなもの、張りぼてだ」

「それはどうかな? メテオ・ブラック・ドラゴンの効果発動! デッキからレッドアイズモンスターを墓地へ送り、その攻撃力の半分のダメージを与える! 私はデッキから攻撃力2800のレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを墓地へ送り効果を発動! シューティングソウル!」

 メテオ・ブラック・ドラゴンの全身から炎が溢れ出し、ダークネスメタルドラゴンの姿をした火炎が鞘に向かって飛ぶ。

「うわあああっ!」

 闇のゲームは仕掛け人である鞘にも牙を剥く。彼女はそれを把握していなかったのか、全身を焼かれる痛みに悶え、困惑する。

「な、なぜ……」

「闇のゲームとは自身をも危険に晒す行為。幸い、あなたのそれはモンスターのダメージを実体化するに留まっています。今ならまだ、間に合います。サレンダーを」

「するものか……」

 イシズの警告にも効く耳を持たない。一応、リンクヴレインズで世界を賭けた戦いをしてきた遊作であったが現実にダメージを受けるオカルト全開のものは初めて見るため驚きを隠せないでいた。

「あれでまだマシな方だというのか?」

 ダメージは1400、鞘のライフは6600。しかし服は焼け焦げ、足元は覚束ない。この調子でライフがゼロになるまでやり合ったら危険だ。

「やめるなら今のうちだ! 私は手札に黒炎弾を持っている!」

 ヴァネッサは手札にある魔法カードを見せる。それはフィールドにいる真紅眼の黒竜の攻撃力分相手にダメージを与えるバーンカード。

「そんな脅しに屈するか!」

「あ、それを使われたら……」

 陽歌は状況を見て察する。ヴァネッサも仕方なく発動したが、メテオ・ブラック・ドラゴンは容赦なく黒炎弾を鞘に放つ。真紅眼融合で召喚されたモンスターは真紅眼の黒竜として扱われる。よって黒炎弾のダメージは3500。

「ぎゃあああ!」

「ほら言わんこっちゃない!」

 残りライフは3100。これではもう勝ち目は無さそうだ。

「まだだ……まだエクゾディアを揃えれば……」

 しかし鞘は諦めていなかった。ダメージは重く、今にも倒れそうだが憎しみだけで立っている状態だ。

「ターンエンド、もうやめておけ」

「私のターン! 最後に勝つのは私だ!」

 鞘は長い時間をかけてカードを引き、意識を保ちながらやっとやっとで魔法を使用する。

「私は天使の施しを発動! カードを二枚ドローし、一枚手札を捨てる! 私が捨てるのは黒き森のウィッチ!」

 天使の施しが発動した瞬間、真紅眼の鋼炎竜が口を開き、炎を吐き出す。

「真紅眼の鋼炎竜の効果発動! オーバーレイユニットを持つこのモンスターが存在する限り、相手は効果を発動する度に500ポイントのダメージを受ける! メタルブレス!」

「な、そんな……! がぁあっ!」

 鞘は攻撃を受けてしまう。しかもエラッタ前のウィッチは強制効果っぽい表現の為止めることが出来ない。エクゾディアのパーツを加えるも、また攻撃が飛んで来る。

「うぐぁあっ!」

 派手に吹っ飛ばされ、博物館の硬い床に叩きつけられた鞘は起き上がるのに長い時間を要した。

 二回の効果でライフは1000減少し、鞘のライフは2100。しかしエクゾディアを揃えるこのデッキで動きを止めることは、次のターンでの敗北を意味する。

「デュエルモンスターズを滅ぼす……! その時まで私は!」

「やめとけ! 自分の闇のゲームで死ぬぞ!」

 ヴァネッサが止めるも、まるで聞く素振りがない。

「手札から強欲な壺を発動!」

 カードを二枚ドローするが、500ダメージ。これでライフは1600。単純なはずのデッキでも、身体に傷が増える度に回すのが困難になる。

(恐れている? 私が? デュエルモンスターズごときを?)

 加えて、痛みに拒絶反応が起きてしまい、カードの発動を躊躇ってしまう。エクゾディアを揃えれば勝てるのだ。

「ぐ……さらにテラフォーミングを発動! フィールド魔法をサーチする」

 追加攻撃でライフはいよいよ1100。彼女は半ば這いつくばる様な状態でデュエルをしていた。

「私は……手札からチキンレースを発動!」

「それは……!」

 フィールド魔法、チキンレース。それはライフを1000払うことで様々な効果をお互いに使えるカード。そして多くはドロー効果を使う。

「自分でライフを支払えばダメージは避けられる……。お前に倒されて逃げられなくなるよりはマシだ」

「お前まだ自分がサレンダー以外で生きてデュエルを終えられると……」

 ヴァネッサは呆れてものが言えなかった。闇のゲームを行うという重大さが分かっていない。級長は人間でないから辛うじて生きているものの、ダメージを実体化するだけでも見ての通り危険を伴う。サレンダーでも無事に済むかは賭けだが、千年アイテムの試作という道具の弱さを考えるとサイコデュエル程度の状況であるならばおそらくはやめられるはず。

「言ったはずだ! 最後に笑うのはわた……ぐ、あぁあああっ!」

 ふらりと立ち上がったばかりの鞘は、胸を服が皺になるほど強く抑えて蹲る。どうやらライフを支払う行為でもダメージは発生する様だ。

「ば、バカな……」

 動揺を隠せない鞘の前で、無情にもヴァネッサのデュエルディスクが光る。どうやら彼女は持ち時間を使い果たしたらしい。本来タイマーはお互いのディスクで同期しているのだが、不正対策に片方が時間切れを察知した場合、ターンが回る様に出来ている。

「あ、時間か。しかし不思議だよな。ネット対戦じゃ持ち時間切れはタイムアウト負けなのに。私のターン、ドロー」

 不思議な仕様の差にぼやきながら、ヴァネッサはカードを引く。手札は三枚、フィールドには最上級のモンスターが二体。鞘の残りライフは600。トドメを刺すには十分過ぎる。

「待て! 私のターンは……」

「なるべく攻撃力の低いモンスターで終わらせるから、反省しろよ?」

 ヴァネッサは手札から一番攻撃力の低いモンスターを探す。とはいえ高い火力が自慢のレッドアイズデッキ。そんな温情は都合よくできないこともある。

「あちゃー、ないわ。待ってやるからサレンダーしろ」

 仕方なく彼女は鞘にサレンダーを促す。だが、ヴァネッサの優しさを踏みにじるかの様に鞘は金の鎖で陽歌を拘束する。

「なっ? うぅうう!」

 そして謎の力により、陽歌から力が吸収される。

「見ろ! お前が勝てばこいつの生命力を啜って私は生きながらえる! どっちみち、正しくない道を選んだ奴だ。私の為に死ねるなら上等だろう?」

「陽歌!」

「小僧!」

 その場の全員が突然の盤外戦術に焦りを見せた。

「ヴァネッサ! ボクに構わず……ん、ぁああっ!」

 陽歌の体力は極端に少ない。ライフ分も吸い取られては死んでしまうのが目に見えている。だが、彼はヴァネッサを信じた。闇のゲームではいくら超技術の徒であるヴァネッサや七耶でも対抗は難しい。

「やっと抜けた……、アウス! デーモンイーター!」

 その時、ようやく床から抜けた級長がモンスターを二体召喚する。精霊であるアウスがいるが、彼女一人では力不足が否めない。

「こいつを使えってのか……?」

 だが彼のエクストラデッキが光り、道を示してくれる。

「俺は二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築! エクシーズ召喚! 万物を蹴散らす力の壁よ。今、竜の牙となりて顕現せよ! ランク4! ファイアウォール・X・ドラゴン!」

 なんと現れたのはplaymakerの象徴、ファイアウォール。これには遊作も驚愕する。さらに彼のデュエルディスクから、リンクのファイアウォールが姿を現した。

「ファイアウォールが、力を……」

 ファイアウォールXはリンクしているモンスターのリンク数×500、攻撃力を上昇させる。さらに、リンク4のサイバースを呼び出す力を持っている。

「おかえり、あれ精霊の力?」

「ううん。私だけじゃない……」

 素材が取り除かれて戻って来たアウスに級長が尋ねる。ただ、どうも精霊単体のパワーではなさそうだ。サイバース族は単なる紙のカードとして、競技用やplaymakerなどのファンアイテムとして流通しているが、『本物』はデータマテリアルから生まれた特別製。それと共鳴しているこのカードは一体何なのだろうか。

「とにかく任せたぞ! ライジング・クリプト・リミット!」

 ファイアウォールXはその強靭な腕で鎖を引き裂き、陽歌を救出した。

「お前は、赦しに後ろ砂をかけた。もうかける情けもない!」

 ヴァネッサは恩赦を無下にしたばかりか陽歌にまで手を出した鞘に対し、激しい怒りを燃やしていた。

「私は手札から紅玉の宝札を発動! 手札からレベル7のレッドアイズを墓地へ送り、2枚ドロー! さらに七星の宝刀でレベル7モンスターを手札から一枚除外し、2枚ドロー!」

 手札交換を行い、数自体も4枚に増える。ヴァネッサの怒りに呼応し、デッキは必要なパーツを手繰り寄せる。

「さらに闇の誘惑を手札から発動! カードを二枚ドローし、闇属性のモンスターを手札から除外する!」

 ここからが本番だ。まず彼女は真紅眼の鋼炎竜の効果を発動する。

「真紅眼の鋼炎竜の効果! オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地のレッドアイズ通常モンスターを蘇らえらせる! 現れろ、真紅眼の黒竜! さらに手札から融合解除を発動! ブラック・メテオ・ドラゴンの融合素材となっていたモンスターを蘇らせる!」

 フィールドには4体のモンスター。そして連続召喚はまだまだ続く。

「手札からリビング・フォッシルを発動! 墓地に眠る伝説の黒石に装備し蘇生! さらにリンク召喚! リンクリボー!」

 モンスターが一体エクストラゾーンに移動する。

「手札からDDRを発動! 除外した真紅眼の飛竜を帰還!」

 これで理論上の限界、6体のモンスターを並べることが出来た。そして、ダメ押しの装備カードを発動する。

「これで終わりだ! 私は団結の力を真紅眼の鋼炎竜に装備! 自分フィールドのモンスター一体につき、500ポイント攻撃力をアップする! これで2800から3000アップし、真紅眼の鋼炎竜の攻撃力は5800!」

「こんだけやって5800だからホープ一族頭おかしい」

 陽歌は素直に希望皇ホープシリーズの火力におののいた。とはいえ、向こうは直接攻撃が出来なくなったり一時強化だったりと制約も多い。

「いくぞ! ダイレクトアタック! 鋼炎弾!」

 激しい熱波と衝撃が巻き起こり、デュエルに決着がつく。モンスターが姿を消し、鞘は力無く横たわっていた。

「デュエル前にセキュリティに連絡は入れた。もうすぐ来るだろう」

「それより遊作さん、もしかしてあなたが……」

 陽歌は先ほどの不思議な現象から、遊作がplaymakerではないかと予想していた。その正体は公になっていないが、精霊に呼ばれたファイアウォールXと共鳴するカードを持つということはそういうことなのだろう。

「隠す必要もないな。あいつのカードも調べる必要がある」

 遊作は級長の方を見る。ヴァネッサのリンクリボーは一般流通のカードだが、彼が使用したファイアウォールXは明らかに異質だ。

「セキュリティが来るならちょうどいいか……。七耶、ヴァネッサ、先に帰ってて」

「あん? どこいくんだ?」

 陽歌はセキュリティが来ると聞き、何かを思い立ったのか別行動を取り出した。珍しいことなので七耶はその意図を探る。

「ボクのデッキを……セカンドロスト事件の時に使っていたデッキを取りにいく」

 陽歌に安寧を与え、共に生きたデッキ。それは今、証拠品としてセキュリティに保管されている。だが、闇のゲームが迫る以上、再び彼らの力を借りる必要が出た。




 次回予告

 陽歌「ボクは自分のデッキを取りにシティのセキュリティ本部へ向かった。ついに手元へ戻った、かつての仲間達。暗い脅威が迫る中、もう一度開こう。ボクらだけの逢魔妖麗譚を! 次回、蘇る逢魔妖麗譚。ライディングデュエル、アクセラレーション!」


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怨嗟幻想国家 満州 意思を継ぐ血族
☆三周年! これが令和の新時代?


 え? テレビシリーズのガンダムが7年ぶり? 鉄血から7年?

 嘘だ……僕を騙そうとしている……。


 実は二年ぶりとなるオフ会の開催。2019年の開催から新型コロナやらで伸びに伸びたが、ある程度の落ち着きとワクチンの流通、対策の徹底によって開催が叶った。

「もう懐かしいね……」

 作品が並ぶ空間を懐かしそうに見るのは、キャラメル色の髪をした少年。最初のオフ会では活動拠点のおもちゃのポッポというお店のスペースを使って行っていたが、一回目で早速足りなくなったのでプラザおおるりという会議室を借りている。

「うーん、まさかこっち側に来るとは思わなかったなぁ」

陽歌はようやく作品を展示する側に回ることが出来た。準備が一通り終わり、伸びをする。その袖から覗く指は生身ではなく機械だ。彼が三年前、別の会場とはいえこのオフ会に参加した時はそもそも会場の前で死にかけていたところを助けられたのであった。

「これが作りたかったんだよね」

 陽歌が丹念に作っていたのはガンダムWに登場するMS、ガンダムサンドロックのプラモ。ウェザリングもしており、台座もそれっぽいものを作ってジオラマ風味にしている。

 あの時見た、プラスチックのおもちゃが見せた可能性。それを自分の手である程度作り上げることが出来た。自分の変化を感じるには、それだけで十分だ。

「ほう、何やら夜な夜な作ってると思ったらこれか」

「ああ、七耶。準備の方は終わった?」

 彼に声をかけてきたのは、何故か巫女服を着たちびっ子。ユニオンリバーの主要メンバー、攻神七耶。今回はオフ自体が初めての陽歌はユニオンリバーのメンバーながら完全に参加者側に立っているが、メンバーたちはそれぞれ運営に携わっている。

「今回はさすがにエアリアルが多いな」

「時期が時期だからね」

 前回はビルドダイバーズリライズがギリギリ始まっていなかったので主役機のアースリィの展示は少なかったが、今年は新作ガンダムアニメ、水星の魔女の主役機が前日に発売しているので素組みくらいなら多く並んでいる。気合の入った人はデカールも施しているが。

「ここまで、長い様で短かったな。コロナもあったし」

「僕はコロナというよりオリンピック周りが大変だったね」

 ここに来るまで、東京オリンピック開催の栄誉を欲した都知事が暴走したり、惑星コウグのお家騒動に巻き込まれたりとそれはまぁ色々あった。それでも世界は何とか平和を保ち、どうにかこの日を迎えることが出来た。

「あと気がかりなのはマーケットプレイスくらいか……」

「どうせ破算するだろ。ほっとこうじぇ」

 当初からやり合っている敵には転売屋ギルド、マーケットプレイスがいたが今や転売では対策も浸透し儲からない状態。負け戦は濃厚なのだが何故か中々身を引かないので陽歌は少し気にしていた。

「まぁそうだけど、あそこまでいくと執念の様なものを感じるよ」

 マーケットプレイスはアダムスミロイドなる改造人間を幹部に持つ。コロナの混乱でマスクが不足したり、紙不足が囁かれた当初にそれらの買い占めを試みたフォルス・ザ・スネクロイドら。ワンダーフェスティバルで販売されたハンドメイド品の転売を狙ったガネス・ザ・エレファントロイド。クリスマスシーズンにおもちゃの買い占めを目論んだベニス・ミシェルロイド、政府に脅しをかけたフログ・カウパロイド。合計四体は七耶達に掛かれば雑魚同然ながら、警察の手に負える相手ではない。

「馬鹿の考えってのは分からんもんだ」

「確かに、偏差値やIQに差があると話が合わないっていう説もあるし……そういうことにしておくか」

 陽歌もユニオンリバーのぐだぐだなノリに慣れてきて、問題を事前に潰すよりその都度破壊する方向に思考が寄って来た。

「というかSDガンダムや境界戦機があるじゃないですか」

「あー、うん。そうだな」

 とにかくプラモに入ったばかりの陽歌にとっては、ガンプラ、特に品薄状態が続くHGに強い執着があるわけではない。サンドロックは作りたい事情もあって必死に手に入れたが、あるものを作って腕を上げようというのが当面の目的だ。

「ジアマン……」

「私も欲しいぞジアマン……」

 陽歌と七耶は先日発表された境界戦機のキットに想いを馳せる。バンダイホビーサイトのブログでプレバン限定品のセツロをレビューしていた時はキット展開が続くと聞いて未だ立体化のないジアマン系を期待したが、蓋を開けてみればビャクチのバリエとブレイディフォックスのカラバリ、そして既存品を詰め合わせた武器セット。武器はありがたいのだが。

 ジアマンを運用している大ユーラシア連邦がロシアを含むせいなのだろうか。昨今の情勢は苦しい。

 最終決戦でアレクセイゼレノイが駆るルイツァリジアマンがどちゃくそかっこええだけに残念だ。

「でだ、今後気になるおもちゃはあるか?」

「あー、あれかな。バイタルブレスBE。でも僕義手だからなぁ」

 陽歌が最近注目しているのは、運動とリンクしてキャラクターを育成するアイテム。かつてはデジモンを筆頭に仮面ライダーやウルトラマンが対応本体が別、カードでキャラクター増設をしていたが新デバイスに移行することで本体一つでそれらを一気に育てられる。さらにヒロアカや東京リベンジャーズなど人気コンテンツとも組んで盛り上がりそうだ。

「仮面ライダーとデジモンとウルトラマンとヒーローと不良が乱戦するのか」

「でも腕に装着するとなると、義手だとなぁ」

 しかし厄介なのは、腕への装着で脈拍を測る機能があること。日常が遊びになるというコンセプトで万歩計に加えてそうした機能が追加されたが、陽歌は義手のため腕で測定が出来ない。

「あ、実は出来るぞ」

「え?」

 しかし彼も知らない義手の秘密が隠されていた。

「義手の方に表示されるから使わなかっただろうけど、一般的な血圧計やパルスオキシメーターって手や腕に使うだろ? だから接続部から疑似バイタルを放ってそれらで計測できるようになってるんだ」

「それ……腕部ウェポンベイより先に教えて欲しかったんですが?」

 陽歌の義手は余計な機能が付属するでお馴染み天導寺重工製。腕にビームサーベルをしまうギミックを仕込んだことを教える前にそっちを言って欲しかった感はある。なおビームサーベルは片方懐中電灯にちゃっかり変えてもらっている。

「よし、予約だ予約。インペリアルドラモンのルートもあるし。あー、でもフロンティアのカード買い逃した……」

 気になってはいたがどうせ遊べないと思ってプレバン限定のものを買っていなかった弊害が出る。

「エヴァの奴なら持ってそうじゃね?」

「さすがにそんなこと……あるかも」

 楽しいことに目がないエヴァリーなら持っているかもしれないと二人は考えていた。こういう時、人数が多いと誰かチェックして確保しているので便利だ。

「さーて、いよいよ久しぶりのオフ会が開幕だ。楽しもうじぇ」

「そうだね」

 あの時は思いもしなかった、楽しいことがある生活。生きていれば辛いこと苦しいこともあるが、喜びや楽しみが今まではなかった。そんな一日がまた、始まろうとしていた。

 

   @

 

 喫茶ユニオンリバーの地下には住居を始め、様々な施設がある。錬金術師アスルトヨルムンガンドの研究所もその一つだ。酔った勢いでエヴァ達四聖騎士を作るなど高度な技術も持つ彼女だが、その実力は日々の研究にあるといっても過言ではない。

 美しい銀髪に抜群のスタイルを誇る美女だが、酒好きな上酔うと碌なことにならないので厳重に監視されている。そんな彼女でも酒を控える状況というのはある。

「私の作った診断書は出してくれましたか?」

 ユニオンリバーにはアスルト以外にも研究者がいる。それがミリアを始めとするミラヴェル計画の産物、マークニヒトの試験運用を行っている柩詞音という人物である。黒髪を伸ばした女性的な見た目の、スレンダーな美女だがその実態は不明な部分が多い。実は男性だとか同じ人格用のボディを予備ごと起動しているとか黒い噂が堪えない。

「まぁ、あなたの意見も分かるので一応提出しましたが……、あれ偽装じゃないでスか?」

 アスルトが言いたいことも分かる。詞音は医者ではなく、陽歌の腕が再生治療で賄えない理由、生まれ付いた遺伝子疾患の診断書を書く資格はない。あの診断書は結果として偽装品ということになる。

「書いあることは正確ですので偽装ではありません。まぁ、私がいてよかったですね、凡百の研究者には彼がゲノム編集を受けて生まれたデザインベイビーであることなどひと目で分からないでしょうし」

 詞音は陽歌の塩基配列図をアスルトに見せる。彼女もそれを見れば、アスルトでなくとも遺伝子を専攻する人間ならば一瞥するだけでゲノム編集の痕跡を見つけることはできる。だが、陽歌という人間をそれなりに見たアスルトであるが故に信じられないことであった。

「ゲノム編集をしたとはいえ、その恩恵はなさそうでスが?」

「正しくない療育、強いストレスや極度の栄養失調は脳を物理的に破壊する……」

 詞音はマークニヒトの耐久力に惚れ込み、心底愛してはいるがそれはそれとして過酷な実験を行っている。そこから得られたデータを基に彼は語る。

「計算能力は落ちているようでスが?」

「その程度で済んでいるのがまさに、ゲノム編集の恩恵だろう。本来ならあれ、もうまともに日常生活なんてできない程度に後遺症が残っても不思議じゃないよ」

 それに、と詞音は付け足す。

「ゲノム編集で遺伝子をいじくったとて、どれほど恩恵があるかは不明だ。せいぜい遺伝する病気を防ぐのが限度で、天才を人為的に産むことが出来るかについては議論の余地がある。加えて彼は遺伝子疾患を持っている。当初の予定通りに編集が反映されたかも怪しいところだ」

 なぜゲノム編集のことを話しているのか、というと理由はもちろんある。

「しかしブルーコスモス条約ですか……ガンダムSEEDを知って付けたのか知らなかったのか……」

 詞音の語る条約とは、人間に対する遺伝子操作を禁じた国際条約『ブルーコスモス条約』のこと。この条約は後々に起きるであろう禍根を事前に防ぐための、よくある条約に見えるが特異な点が存在する。

「編集を行った人物だけではなく、受けた子供も罰する条約でスか。そうしないとゲノム編集を受けた人間が野放しになってやったもん勝ちになる、という理屈でスがさて……」

 ゲノム編集を受けた時点では自由意志のない子供に対する罰則がある、という点。かつては日本も批准しておりこれを根拠にした法整備が進んでいたが、政権交代と同時にこの点が問題であるとし法律を改正して条約からも抜けることとなった。

「しかし彼の誕生は現政権による『悪法』の修正以前、見つかったら罰則を受ける羽目になる」

 基本的に法律は当時のものが適応される為、いくら現在適法となっていても彼の誕生年まで遡ると違反状態ということになってしまう。

 法律は作った時点で過去に遡って罰することは出来ないが、その逆も然りで許すこともない。国内では法律自体が違憲なのでそこを突けばどうにかなるだろうが、条約批准国に行った時にこれがバレたら偉いことになる。

「それにこれでスよ」

「チップか?」

 陽歌はそれ以上に問題を抱えていた。義手の制御にチップを使用しているが、その付近にもう一つチップが存在する。これは脳機能拡張用の大型ICチップだ。

「これは脳に接続してその能力を増幅するチップ。ZAIAスペックの前身みたいなものでス」

 眼鏡に装着して仕様するZAIAスペックはICチップよりかさばる様に見えるが、あれは外から見えることに意義がある。そう、装備していることが見えないということは、試験などでの不正が発生する可能性がある。

「『体内ICチップ等規制法』違反……。機能させていない、と言っても体内に埋まっていること自体が違法ですね」

 この法律はチップの種類によって罰則がある。義手を動かすのに陽歌が使っているチップは記憶媒体がないので法に触れないが、もう一つのチップにはそれがあるため停職する。

 この記憶媒体付きチップがあると、試験に堂々と参考資料やカンニングペーパーを持ち込みインターネットを使える様なものになる。こんなものがまかり通れば、学科試験が無意味となり改造人間が跋扈することとなる。

「摘出は?」

「重要な神経が絡んでいて、取り出せば寝たきりになりまス」

 成長期に埋め込んだ影響で、成長の結果大事な神経が複雑に絡み合った部分に入ってしまい取り出すのはほぼ不可能。魔法か何かで引っこ抜いても発生した空洞に神経が倒れこんで損傷する危険もある。その時大丈夫でも爆弾を抱えることになる上、何か詰めようにもやはり危険が伴う。

「まるで歩く法令違反だ……。だが私がいるからには露見などさせないさ」

「……なにか考えてまスね?」

 浅野陽歌は理不尽にも、自身の関与しない部分で法律に触れてしまい、裁かれる身となっている。そこに手を差し伸べたのが詞音だが、アスルトは彼が善意や道徳心で協力しているとは思えなかった。

「彼の存在はミラヴェル計画に必要なピースだからね。幼い頃から人の見た目をした人ならざる者と育った人物は、どの様に成長するのか……」

 詞音の狙いは、陽歌の持つ生育環境の特異性。思惑はあれど、陽歌をよそにやる気などないのは一致している。裏方は裏方で、静かに動きつつあった。




 マーケットプレイス

 度々問題を起こす転売屋ギルド。転売自体儲からなくなっているのになぜ続けるのかは不明であり、意固地になっているのかそれとも情報商材のカモだからなのか所説飛び交う。
 アダムスミロイドという強力な武装を持っており、ただの迷惑な連中というわけでない。現に政府要人の家族を人質に取り、自身らに不利な法律の破棄を求めたことも。
 本拠地は大陸の方らしいが果たして。


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☆これまでのマーケットプレイス

 浅野姉弟は血が繋がっているわけではない。最初にユニオンリバーに保護された陽歌でさえ、養父の仁平との血縁はなかった。後ほどケムール人から解放されたルシアも五十年以上前に養子として迎えられることが検討されており、やはり血縁はない。
 しかし実際の姉弟として関係を構築している。仁平には一応実子もいるんだが、あいつどうなったかな……。


「ついに我が家に……PS5が来る」

「そうだね、エヴァリー」

品薄で有名なプレイステーション5がついに手に入る。享楽の達人である緑髪の少女、エヴァリー・クルセイド・コバルトドラグーンもこれには気合を入れて望まねばならない。あんまりにも品薄なためソフトを出す時はPS5にあとで更新できるようにしてPS4でも遊べる様にするほどだった。

「これでついに遊べますよ、ファイナルソードのPS5版が!」

「ついにこの時が来た! 英雄の誕生が!」

ユニオンリバーで暮らしている少年、浅野陽歌も一緒になってとんでもないクソゲーを楽しみにしていた。彼らの楽しみはホグワーツレガシーとかではないのだ。二人してfinalソードポップアップストアで買った服を着ている。一応通販もあったが、なんとわざわざ現地に赴いて購入している。

 二人はそんなトンチキな恰好で家電量販店に訪れていた。陽歌はフードを目深にかぶっており、袖も余らせている。その理由は明白で、自身の髪色と瞳色を隠すためであった。キャラメル色の髪に右が桜色、左が空色のオッドアイと目立つ外見をしている。両手も義手になっており、袖で隠す形をとる。ぶっちゃけファイナルソードの服着ている方が目立つ気がするが、陽歌としてはこっちの方が気になっていた。彼にとってはなんてことのない右目の泣き黒子でさえ呪いの烙印みたいなものだ。

「さてサービスカウンターはこっちですね」

 エヴァがサービスカウンターにまっすぐ向かう。予約したPS5を受け取るだけなのでプラモとかは見ないのだ。しかし、サービスカウンターではひと悶着が起きていた。

「それはできないんですよ」

「できないじゃありません! マーケットプレイスの掲げる自由経済に逆らうでザマスか?」

 店員に対し金切声を上げているのは三角眼鏡のいかにも教育ママという風体の人物であった。

「すみませんね、こちら予約した品を取りに来たので」

 エヴァは強さ故の余裕か、軽くそいつを持ち上げてどかし、店員に予約表を見せる。店員も正規の受領者が来たので商品をもってくる。

「残念、ここのPS5は我々マーケットプレイスのものザマス。我々から買いな……、げぇ!」

 マーケットプレイスを名乗るそいつは陽歌の顔を見て驚愕した。彼は記憶にないが、実はかつて紙類を買い占めようとして陽歌とエリニュースに倒された人物であった。

「お、お前は……!」

「ん?」

 マーケットプレイスのそいつは急に敵対心をむき出しにし、ポケットから飴のようなものを取り出して口に含む。

「あの眼鏡がいないならお前くらい……! このアダムスミロイド、ファルス・ザ・スネクロイドがお相手いたしましょう!」

 キツイオバハンが黄金の鉄球を持った金色の蛇になる。もうこの姿が下ネタだ。そこまで変身して陽歌は彼女のことを思い出した。

「あ、あー……あの時の」

「私はあの方に蘇らせていただいた! あのお方もお前を殺したがっているぞ!」

「あのお方?」

 マーケットプレイスのリーダーと思われる人物が陽歌に対して恨みを抱いているとオバハンは語る。

「そりゃ、自分の部下倒したらやり返したいでしょうよ」

 エヴァはオバハンに言っているようで陽歌に向かって言っていた。もともと謂れのない非難を受けて生きてきた彼に、こんなアホの世迷言を信じるなと。

「というかまだPS5転売しようとしてるんだ……紙の時失敗したのに」

 陽歌もマーケットプレイスの学習しなさにあきれていた。そもそもプレステは初期不良もあり、ローンチで遊びたいでなければ急いで買うものではない。そしてPS5も生産がおいついて転売屋の手垢がついたものを買う必要がなくなった。紙類もなんか流行り病の影響で中国から入ってこなくなるぞと言われたが日本でめっちゃ作っているのでそんなことなかった。

「さてと……さくっと倒してファイナルソードだ」

 陽歌は桜色の炎と共に刀を取り出す。彼の攻撃は霊的なものなのでこういう物理系の敵には通りが悪い。エヴァは援護のために備える。

「自由経済の申し子を侮るな!」

 自由経済の悪いところ詰め合わせみたいな転売屋風情のファルスが鉄球を投げる。それを陽歌は技名すらない通常攻撃で真っ二つにすると、残ったチェーンの振り回しもどんどん切断して頭部一撃を加える。

 金属が擦れる鈍い音が響き、赤い大きな火花が散る。数撃数秒でファルスは両断されて戦闘が終わった。あの時と比べ陽歌もすっかり強くなったものだ。アダムスミロイドはユニリバ尺度だとクソ雑魚もいいところだが、一般的には厄介極まりない兵器なのだ。

「き、貴様が何をしても……需要と供給の動きは止まらない……! でもでもだってで駄々をこねても、私たちこそが正しいザマス!」

 自分たちに突き刺さりそうなブーメランを放ち、ファルスは爆散した。

「さて、帰ってファイナルソードやりますか」

 エヴァはさっさとPS5を受け取って目的を達成することにした。

 

   @

 

 陽歌の他にも近年、ユニオンリバーに来ることとなった者はいた。浅野ルシアは陽歌の養父、仁平に関わった者であり血縁はないが陽歌の姉にあたる。美しいブルーシルバーの長髪が太陽に輝く。私服が修道服を改造したものであり、ケープも髪を出しているがちゃんと着ているというどういう立ち位置なのかわかりにくい状態だ。

「あら、今日はパックの発売日なのね」

 カードショップを訪れていた彼女だが、今日は新パックの発売日。ルシアは陽歌のよくやっているデュエルモンスターズのカードを探しにきたのだが、他の商品を狙っているのか黄色い布を巻いた集団がたむろしていた。

「おや、ポケモンカードね。これはエヴァの言ってたマーケットプレイスという人。私には関係ないでしょうけど」

 50年近く体を乗っ取られつつ生きていると、人間の小悪党など大したものではない。とっととカードを買うべくカードショップに入る。最近出たデッキビルドパックなるものに恐竜族のカードが多数収録されていたのでそのストレージ狙いである。ルシアは恐竜族デッキを使うが、それに適したカードを集めるにはいい機会だ。

「意地張った手前、情けない真似はできないものね」

 陽歌が恐竜族に必須なカードを多数持っていたが、お姉ちゃんやっている以上自分で揃えたい願望が彼女にはあった。今回は魂喰いオヴィラプターやベビケラサウルス、プチラノドンといったカードの再録があるとの話でチェックせずにはいられない。とりあえずお目当てのカードを各三枚ずつストレージから取り出す。

 その僅かな時間で店は混乱に陥っていた。ポケモンカードは整理券かつ購入制限のある状態なのだが、それにごねたマーケットプレイスが騒ぎを起こしている。

「はいはいごめんね。レジ入りますよ」

 ルシアは構わずに買い物を済ませようとする。だが、マケプレの連中は見過ごさない。

「子供になめられて堪るか!」

 その中のリーダーが店内で変身しようとしていた。危険を感じたルシアはそいつを蹴り出し、戦場を外に移す。普通の女の子に見えてこれでも多くの修羅場を乗り越えている。

「ぐぬぬ、このガネス・ザ・エレファントロイドの邪魔を……」

「うわ」

 巨体を現したガネス。そのデザインにルシアは引いていた。象のケンタウルスだが、なんと股間部分に顔があった。これはもう、過去の出来事からルシアは強い嫌悪感を示さざるを得なかった。

「インスタンスドミネーション」

 それに手のひらを向け、中指と薬指を開いてあるコマンドを発生する。

「バルカン人の挨拶?」

 店主はスタートレックネタが出てくるが、親指を開かない点で違う。

「ま、待ってくれ、なんだこれえええ!」

 そして有無を言わさずガネスは下半身と上半身が分裂する。怪獣を支配する能力だが、上と下を別個の怪獣と考えて支配下に置いて自壊させたのである。

「やはり、貴様……あの男の! 我らがリーダーの憎んだあの男の……!」

「あの男?」

 何か意味深なことを言い残してガネスは爆散した。あの男、それがもし陽歌の養父、仁平を指すのなら、ミームを強く継いだ陽歌ならともかく自分がそこまでとはルシアは考えた。仁平に恩義は感じており、養子になる予定から陽歌の姉に収まってはいるが過ごした時間は短い。

「ま、いいか」

 いつも心にマスターロゴスだったかなんだったか。あまり考えるのもよくない、共有あるのみと陽歌からは教わっていた。彼の複雑な過去も相当に気遣って伝えていたとも聞いた。

 

   @

 

 その日の朝のことである。

「いやー、これだけあれば十分だじぇ」

 おもちゃのポッポには様々な問屋に死蔵されていた貴重なおもちゃが集まる。人が多く集まり、通販のシステムもあるポッポにもっていけば欲しがっている人に届く可能性もあるのだ。黒髪の幼女が荷物を確かめていた。

「ほう、これは珍しい」

 アフロのダンサーが戦うおもちゃを見ている彼女は攻神七耶。ユニオンリバーのメンバーの一人である。通販の管理もあり、店を手伝っているところだ。

「邪魔するで」

 そんな中、態度のデカい男が入ってくる。店は準備中の看板があり、開放はしていない。

「邪魔するなら帰ってー」

「あいよー」

 七耶はナチュラルに追い返す。しかしすぐに戻ってきた。

「客だぞ!」

「いやー、まだ準備中なんで」

 普通にやんわりと断る。が、店のドアは破損させられており鍵がかかった扉を無理やり突破したことが伺える。

「お前たちに受けた屈辱! ここで返す!」

「ほう? どこのどいつだったか……」

 倒した敵がまぁまぁ多い上、メンバーも多いので七耶も誰がどこで誰を倒したかなどわからない。だが黄色の布はマーケットプレイス程度にはわかる。

「ま、私に勝てたら好きなもんもってけ」

 一度ユニオンリバーの誰かに負けたのなら七弥は負けない。そう判断し大口を叩いて表におびき出す。

「行くぞ、雪辱と商品ゲットだ!」

 男はキャンディのようなものを口に含み、変身する。巨大なミル貝のアダムスミロイド、ベニス・ザ・シェルロイドであった。

「行くぞ!」

 七耶もキャンディのような修正プログラム、天魂を口に等身大ロボットの姿になる。サーディオンイミテイト、伝説の超攻アーマーだ。

「甘くみるなよ! なんの準備もしていないわけが!」

 ベニスは上空に浮かぶ戦艦にドッキングする。なんと艦隊単位で存在しており、中には空母なのか飛行機を飛ばしている艦もあった。朝にも関わらず、空が隠れて真っ暗になるほどであった。

『スクランブル! 領空侵犯だ!』

 さすがに当たり前だが、自衛隊の戦闘機が領空内に出現した謎の空中艦隊に向かっていた。その時、七耶を見つけて反転していく。

『あー、ユニオンリバーさんのとこに喧嘩売っちゃったかぁ……』

『帰投する!』

 自衛隊は何が起きているのかを確認し、さっさと帰った。この場合、無駄にでしゃばると足を引っ張るのでおとなしく任せた方がいい。

「ふはははは! 自衛隊が恐れをなして逃げたぞ!」

 ベニスは調子に乗っていたが、ことの真相を知らないというのは幸せである。

「超攻アルティメット!」

 七耶が極太ビームを放つと、すべてが吹っ飛ばされる。消し炭にするだけの火力は町が危ないので天高く飛ばすことにした。宇宙空間に追い出されたあと、ビームを受けて限界を迎えた艦隊が爆発する。

「さて、続きすっか」

 変身中はお金が減っていくので七耶は即座に変身を解除して持ち場に戻った。

 

   @

 

 帰宅中の陽歌たちに立ちふさがったのは、手足の生えた巨大なオタマジャクシのロボット。以前倒したフログ・カウパロイドであった。

「はい」

「うそだああああ!」

 もう面倒なのでエヴァが変身次第即座に倒してしまった。ただ真っ二つにされてもしゃべり続ける。

「やはり……しかしなぜあの男の子孫が?」

「あー、なんか伏線っぽいけど違うやつ」

 意味深な言葉だが、よくわからないのでエヴァは無視した。

 

「ってことがあったんですよ」

「うちもだ」

「何あれ?」

 エヴァがPS5を取りに行くだけで二回もアダムスミロイドと戦ったことを話す。七耶も同様の報告をする。一応戦いはしたがルシアは何が起きたのか理解していない。何せあまり絡むことがなかったのだから。

「あれは転売組織、マーケットプレイスです。なんだかんだ言っていますが、商品を強奪して高値で売りつける犯罪集団ですよ」

「へぇ、よく今まで捕まらないものね」

 ルシアからすれば、あれが未だに跋扈する状態では警察の劣化も考えざるをえない。しかしなにやら複雑な事情があった。

「どうも本体が海外にいてなかなか捕まらないらしいんですよ。末端をとっ捕まえてもねぇ」

 エヴァはユニオンリバーに入ってくる情報から、マーケットプレイスが外国を軸にした組織であることを知っていた。下っ端を捕まえても捕まえても本拠地からどんどんやってくる。

「情報共有だけれど、そのアダムスミロイドだかなんだかが気になることを言ってたの。リーダーの憎んだ男がいるらしくて、私はその面影があるとかないとか」

 ルシアは気になった情報を即座に共有した。

「ふーむ……そんなことと思いましたが、私たちが戦った相手も似たようなことを」

 エヴァはイカレた奴の言うことなど、と思ったがこちらでも聞いていたので引っかかっていた。

「まぁともかく、アダムスミロイドは八体いるとして半分を倒したわけです」

「へぇ、もうそこまで情報が」

 ルシアはアダムスミロイドの総数までカウントしていたエヴァの技量に舌を巻く。だがそういうものではない様だ。

「いえ、ああいうなんとかロイドは八体、いわゆる八ボスというのがお決まりですので」

「え?」

 まさかの予想。だがなんだか合ってそうな気もした。

「案外、今日出た四体が全部リサイクルな辺り当たってるかも」

 一気に四体現れたが、全員かつて倒したもの。となると八体は多く見積もっている方とも思える。

「しかし、このフリマアプリってのも便利になったようで結局は闇市なのね」

「使う人間が進歩しないとこればっかりはな」

 五十年の人間界ブランクを持つルシアは人間の変わらなさにあきれていた。

「五十年以上やって、人間は変わらないのね」

「たった五十年ではな」

 ただ七耶には刹那にも感じられる短さであった。人間が変わるには五十年ぽっちではできない。

 

   @

 

 そう、まだ百年にさえ満たない怨嗟は続いていた。

「来たか……忌まわしき日帝の残滓!」

 マーケットプレイスの本拠地の最奥にて、首領である老人がアダムスミロイドの視界キャプチャを見ていた。映った画面は陽歌のいるもの。首領は椅子から動けないようで、コードが大量に繋がっており部屋は機械だらけだ。

「あの日から恨み続けたあの男の末裔が……目の前に! こんな面倒な範囲攻撃をせずともよくなりそうだが、恨みがあるのはあいつだけではないからな……」

 転売集団マーケットプレイスの目的は金ではなかった。この老人の怨嗟が、すべての始まりであった。




 浅野陽歌の刀は養父、仁平が太平洋戦争の時に使用していたものである。学徒兵であった彼は上官の軍刀を引継いでいる。成人男性が持って大き目な刀なので陽歌が使うと身の丈サイズになってしまう。数ある村正の一つであり、それ自体はこれと言って仕掛けのない刀。刃を落として五月人形代わりの守り刀にしていたが、長らく放置されていたのをエヴァが発掘。
 補修後、ザムシャーの星斬丸の破片、アリスギアとフォトン関連技術を吸収し強化されていった。


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