ありふれた職業で世界最強~いつか竜に至る者~ (【ユーマ】)
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第0話『疎まれる者達』

前々から存在は知ってた、アニメやってたので見てみた、ウェブ版や漫画を読み始めた。気が付いたらこの作品執筆しだしてた(←いまココ)。

と言う思いつきと見切り発車でスタートしています。なので更新が数ヶ月単位で空いたりする事もありますが、気長にお付き合いしていただければ幸いです。それではつたない文章ではありますが、どうぞお楽しみ下さい


 月曜日、それは新たな週の始まり、けれどそれに希望を感じる人は多くは無いだろう。栗色のミドルヘアーに学校の制服を見に包んだ少年。竜峰(たつみね) カナタも月曜日には若干の憂鬱を覚える一人だ。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

「うわっ、キモ~。部屋に引きこもってエロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 と、その時教室の出入り口から聞こえてきた。人を蔑むような声とそれに同意すると言わんばかりの笑い声。非常に不愉快ではあるがこれはカナタの友人が登校してきた時のお約束の風景となっている。カナタは鞄の中から一冊の本を取り出し、無言でその声の方に近づいていく。

 

「よぉ、ハジメ。今日も重役出勤ご苦労さんって所か?」

 

「あ、カナタ」

 

 最初に声を掛けてた男子生徒、檜山 大介を始めとした数人の生徒からの罵倒と嘲笑に対し、苦笑を浮かべながらも何も言わずに聞いていた少年。南雲 ハジメに対しカナタは檜山たちの存在など気に留めても居ないかのように話しかけた。すると、檜山は「チッ」と舌打をしてそそくさと離れていった。そんな彼らをカナタが一瞥。けれど、何も言わずハジメの方に向き直り、手に持ってた本を差し出す。

 

「これ、借りてた漫画。サンキューな」

 

「あ、うん。また何か読みたいのあったら言ってよ」

 

 ハジメとカナタ。この二人は教室の中では友人が少ない。二人ともそれぞれに理由があり、クラスからは疎まれている。が、そんな二人にも普通に接してくれる人は居る。

 

「南雲君、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

 白崎 香織。このクラスの二大女神一角と言われる少女。そんな少女がニコニコとハジメに声を掛けた瞬間、クラスメイトの視線が一気に鋭くなる。キモオタ、と言われているがハジメは髪もキチンと整え、身奇麗にしている。体格だって彼ぐらいの年齢と体格なら標準的な体つきをしており、世間一般的なキモオタのイメージとは似ても似つかない。

 

「ところで竜峰君、なんの漫画借りてたの?」

 

「ああ、ファンタジージャンルの成り上がり系のマンガだ。中々に面白いし、絵も結構キレイだから香織もヒマがあったら読んでみたらどうだ?」

 

「そうなんだ。そうだ南雲君、竜峰君が借りてた漫画、私も借りて良い?」

 

「う、うん。それじゃあ明日一巻から持ってくるよ」

 

 それでも檜山がハジメをキモオタと蔑む理由は香織にある。と言うのも香織はある出来事がキッカケでハジメに好意を寄せている。それはもう、周りから見てハッキリと判るほどだ。結果、ハジメはクラスの男子の大半から嫉妬と恨みを買うハメになっており、それを行動に出しているのが檜山達と言う事だ。が、そんな香織の気持ちを全く理解してない奴も居る。

 

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

 

 優しげな笑みを香織に向けながら彼女に声を掛けたのは天之河 光輝。香織の幼馴染にして、性格面を除けば全てにおいて完璧と言える超人高校生。そしてカナタがクラスで孤立気味になっている原因の一端を担っている。

 

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 そして少し離れた所で投げやり気味な言動をしているのは坂上 龍太郎。大きな体格と短く刈り上げた髪。鋭さと陽気さを併せ持つ瞳をした光輝の親友である。

 

「南雲君、おはよう。毎日大変ね」

 

 最後に光輝や龍太郎と違い、二人に気遣うような発言をした黒髪のポニーテールに優しさを感じさせる切れ目の少女が八重樫 雫。クラス二大美人の最後の一人で、光輝、香織、雫の三人は幼馴染の間柄だ。

 

「と言うより香織。態々、南雲との会話に合わせる為とは言え、そんな本に手を出す必要は無いよ。本とかなら僕がもっと香織にピッタリなのを――」

 

 その時、一瞬だけ香織の表情が曇る。が、それに気付いたのはカナタとハジメだけで光輝はそれに気付いた様子は無い。そして、見えてこそ居ないが雫も「あぁ……」と何かを察したような表情に変わる。

 

「光輝くん、なに言ってるの? 私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ? 漫画の本だって私が読みたいから読んでるだけだよ?」

 

 コレに関しては光輝が言ってるのはあながち間違いでない。少なくても香織がこうしたゲームや漫画と言った方面に手を出し始めたキッカケはハジメと共通の話題を作る為だ。が、ハジメ程にないにしても香織もそれなりに楽しんでいるのも事実だ。

 

「え? ……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

 光輝の欠点、それは自分が正しいと感じた事を疑う事を知らない。つまりは自分は絶対に正しいと言う、結果的に極めて傲慢になっている所だ。しかも、大半の事は彼が持ちえるカリスマと能力で実際その通りになる訳だから余計にタチが悪い。そんな彼の中では香織が南雲に構うのはあくまでクラスで孤立気味な彼に対する優しさと同情によるもの、と確信している。やがて、光輝の視線は香織からカナタへと移る。が、その表情はさっきまでと違い、明確な敵対心が見て取れる。暗に「何時まで僕達のそばに居るつもりだ?」とその視線は語っており、カナタは少しだけ肩を竦め、「じゃ、また後でな」とハジメに声を掛けてからその場を離れた。

 

(やれやれ、相変わらず嫌われたもんだ……)

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「眠たいのは判るが、昼飯ぐらいはちゃんと食っておこうぜ。でないと午後からキツイだろ?」

 

「いいよ、別に。一食ぐらい抜いたって」

 

 午前の授業が進んだお昼時、食い気よりも眠気が勝ってるハジメは飲むゼリーでお昼を済ますとそのまま机に伏せて寝ようとする。が、それに待ったを掛ける人物が一人。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

 

 香織が二人の所にやってきたのを見計らい、カナタも自分の昼飯(カロリーメイト+サンドイッチ)を食べ終え、ゴミを捨てる為に席を立つ。

 

「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

 と、ゼリーのパックを見せるハジメ。けれど、そんな事では彼女は止まらない。むしろ彼のこの返事は“協力者”によって予測済みだ。

 

「ダメだよ、ちゃんと食べないと。私のお弁当分けてあげるね。ちょっと作りすぎちゃったんだ」

 

 ここで周囲の視線が更に鋭くなる。声を掛けてもらってるだけでなく彼女の手作り料理まで頂けると来れば嫉妬と羨望増し増しになるのは仕方ないだろう。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 と、光輝の空気を読まない発言またしても香織の表情が険しいものに変わる。が、それはすぐに戻り、キョトンとした表情を光輝に向ける。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

 その至極全うな発言に雫とカナタは同時に噴出す。それもそうだ、弁当を作ったのは香織本人であり、それをどうするかなんて香織の自由だ。それでも光輝は食い下がり、香織にあれこれ言ってるが彼女に聞く様子は見られない。

 

(えっ!?)

 

 そんなありふれた昼休みの光景、しかし、それに大きな変化が現れる。教室の床に魔法陣が現れ、それらは教室の床全体を覆う様に大きくなっていく。やがてその時教室に居た愛子先生(社会科教師)が生徒に向かって何かを叫ぶもそのまま光が教室を包み――

 

 

 

 

 

 

 

――後に残されたのはペットボトルや授業道具が散乱する無人の教室のみだった。

 




タグにあるとおり、この作品はブレスオブファイアの要素を含んでいます。が、先にカミングアウトしますとリュウとニーナ不在です。オリ主の名前も違いますし、オリヒロでニーナと言うキャラを出す予定も無い(ブレスオブファイア要素ありなのに)です。これについてはあくまで原作はありふれた職業で世界最強だと言う事でご容赦下さい。


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第1章『竜の目覚め』
第1話『ありふれなさ過ぎるのも困りモノ』


 光が収まった時、カナタの目に飛び込んできたのは巨大な壁画。そして、辺りを見渡せば自分達は大きな広間におり、その中でも大きな台座の上に居る。そしてその台座を囲む様に祈りを捧げるポーズをしている人々。やがて、一人の老人が自分達の近くに近づいてきて――

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言いながら、穏やかに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 その後、案内された大広間でイシュタルから事情の説明を受けていた。纏めると、この世界では人間と魔人族が戦争を繰り広げており、魔人族の個の力に対し、人間は数で対抗し戦争は膠着状態にあった。しかし、ある時から魔人族は魔物を従える技術を見につけた事により、数によるアドバンテージがなくなりつつある。そうなってしまえば、自分達人間が負けるのは必然。故に、イシュタル達は救いを求め、神に祈りを捧げていたとの事だ。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 イシュタルの説明に対し、反論しているのはあの時教室に残っていた社会科教師の畑山愛子だ。身長150と言う低身長に童顔、けれど生徒の為にという心構えは人一倍高く生徒達からは“愛ちゃん”の愛称で呼ばれるほど人気がある(本人は威厳ある教師を目指してる事もあり、その愛称で呼ぶと怒り出すのだが)。状況が把握しきれない中でも相手の話を吟味し、生徒を危険な目にあわすまいと抗議する姿は教師の鑑と言える。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 ある意味では無責任とも言うべきイシュタルの言葉に愛子もストンと椅子に座る。それをきっかけに生徒達は軽いパニックを起こし騒ぎ始める。そんな中、カナタはイシュタルの顔をジッと観察する。何も言わず、彼らが落ち着くのを待っているイシュタル。けれど、その瞳に彼はイシュタルもまた自分の知ってる大人と同類だと判断する。

 

(こちらの事情なんてお構いなし。召喚された以上は是が非でも戦場に出すつもりか……)

 

 となれば少しでも参戦の意志を示すのは悪手となる。そんな事をすれば最後、仮に戦場に出る直前になって怖気づいても逃げる事は出来なくなる。了承したのはそっちだから、と。

 

(兎に角、必要なのは落ち着く為の時間だな)

 

 このパニック状態が続けば、イシュタルも「突然の事で混乱されるのも無理は無い……」的な流れから表向きは慈悲深さを見せて、一端返事を保留にするだろう。そう判断し、カナタは何も言わずに黙っていようと思ったが――

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

 

 だと言うのに、何時もの正義感に駆られた光輝がそんな事言い出してしまった。

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 その問いに、今まで何も言わずに沈黙していたイシュタルは即答し、その後は予め打ち合わせされたかの様にトントン拍子で話が進んでいく。更に光輝にはなまじカリスマがある事も災いし、今まで混乱状態だったクラスメート達も彼の姿に影響され、次々と参戦を表明していったのだった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 とは言えカナタ達が戦いとは無縁の世界の住人であり、異世界人特有の潜在能力はあっても戦う術を身に付けていない事は彼らも想定済みらしく、彼らが呼び出された聖教教会の総本山【神山】の麓、ハイリヒ王国にてカナタ達を受け入れ、訓練を施す準備が出来ているらしい。その日の夜、王城にて自分達を歓迎する宴が開かれ、訓練は明日から開始すると言う事でお開きとなった。そして次の日――

 

「よし、全員に配り終わったな?」

 

 戦いに向けて本格的な訓練と座学が開始される前に、自分達の教育を担当する事となったハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンスより一枚の銀色のプレートが全員に配られていた。

 

「このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

(ステータスを数値化、ねぇ。まるでゲームみたいだな……)

 

 とは言え、ただでさえ辛い事をする為の訓練。せめて成長を実感できるような何かがないとモチベーションに響く為、割とありがたいものだった。

 

(まぁ、モチベ云々関係無しに真剣に取り組まないと死にかねないんだけどな……)

 

 そう考えながら、説明された持ち主登録の手順に従い、針で指を軽く刺して自分の血をプレートに付ける。すると、血はプレートに吸い込まれる様に消えて、代わりに文字が浮かび上がってきた。

 

===============================

 

竜峰 カナタ  17歳 男 レベル:1

 

天職:竜魂士

 

筋力:40

 

体力:27

 

耐性:22

 

敏捷:36

 

魔力:32

 

耐魔:25

 

技能:竜核形成・言語理解

 

===============================

 

(筋力と敏捷が高い……まぁ、順当な所か)

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない。ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」」

 

 ゲームとは逆でレベル上昇→ステ上昇と言う訳では無いらしい。つまるところ、レベルと言うのは本当の意味でその人の総合的強さの指標でしかないわけだ。

 

(装備か……この世界、刀とかあると良いんだが)

 

 カナタは地球ではある道場で剣術を習っていた身だ。とある事情でやめざるを得なくなったが、それでも他の武器を使うよりはマシな筈と考えた。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 見慣れない文字がいきなり識別できたのはこの《言語理解》の技能のお陰だろう。エヒト神が彼らを召喚した時点で全員に付与されたものである。

 

(竜魂士……ダメだ、全然判らん……)

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 カナタの周りからは「俺風術士だったー」等、自分の天職について話している声が聞こえた。そんな中、光輝は真っ先にメルドさんにプレートの中身を報告。

 

 

============================

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 

天職:勇者

 

筋力:100

 

体力:100

 

耐性:100

 

敏捷:100

 

魔力:100

 

魔耐:100

 

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

==============================

 

 ここでも完璧超人は完璧超人らしく、初期の能力が凄い事になっていた。天職も勇者と来て、まさに物語の主人公さながらである。それから暫く、カナタが報告する番となったのだが。

 

「コレは……? う~む、少し困った事になったな」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、君達の今後の訓練の方針の為に能力を申告してもらってる訳だが、竜魂士と言う天職は今まで見た事が無いのだよ。どういう武器が得意なのか、どんな戦い方をするのか、そう言ったものがまるで見当が付かん。そうなってくると、どう言った訓練をすれば良いのかも判らなくなるのだ」

 

 ありふれていないと言う事は、裏を返せば運用方法や訓練の仕方についての前例が少ないと言う事であり、才能を十全に活かせる活用方法や育成の仕方のテンプレと言えるモノが出来ていないと言う事。どうやらカナタの天職はあまりにありふれなさ過ぎて逆に扱いに困る形になってしまったらしい。

 

「ま、まぁ、こちらの方で竜魂士と言う天職について調べさせるからそれまでは前衛職の訓練に参加してれば良い。ステータス的に君は前衛向けみたいだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、それぞれのステータスを元に訓練が開始された訳だが、竜魂士と言う天職はトータスの歴史をひっくり返してもその名前すら見つからず、全てが詳細不明と言う結論となった。そんなカナタと、全ての能力が平均値で天職も錬成師と言う10人に1人は発現するありふれた生産職であったハジメの二人に対して無能の烙印が押されてしまったのは当然の流れなのだろう。




ここまでは色々説明の為に三人称視点で書きましたが今後は

戦闘時→三人称

非戦当時→一人称(主観となるキャラは都度変わる)

この形式で書いてきます。


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第2話『王子になれず、故に道化を演じる他なく』

ここから、原作キャラ改変やオリジナル展開と言ったタグが火を噴き始めます


(手がかり無しか……)

 

 訓練が開始されて1週間、俺は合間の時間を使って図書室で竜魂士の手がかりを探していた。歴史書、技術書、果ては竜の生態に関する書物まで読み漁る。しかし、どこにも竜魂士に関する手がかりは無くステータスこそ確実に伸びてはいるが、スキルの差により他のクラスメートの戦闘能力より大きく劣ってしまっていた。訓練の時は檜山を始めとした連中から魔法を使った遠距離からの一方的な暴行を受け、城の重鎮からは『無能』と陰口や後ろ指を刺される等、碌な目に合わないので最近では自室、訓練場、そして殆ど誰も訪れる事の無い城内の一角に造られた聖堂で過ごしている。

 

「おや、こんな所にお客さんとは珍しい」

 

 今日も今日とて、お勤めを終えた俺は聖堂の長椅子に腰掛けて時間が過ぎるのを待っていた。けれど、何時もと違うのは無人の筈の聖堂に一人の神父が姿を現した事だ。しかも、召喚された時に出会った様な煌びやかな服装をした人でははなく、黒一色の地球で言う一般的な神父の装いをしており、白くなった髪を短く切りそろえ、眼鏡の奥には細目ながらも優しげな眼差しをしている。

 

「貴方は?」

 

 いきなりの来訪者にカナタは少し身構える。この城内では自分をよく思ってない奴や害する連中が多い。おのずと警戒もする。

 

「私はチャール・フランク。聖教教会に属するしがない神父ですよ。此処には定期的に布教活動とお祈りをしに訪れているのです」

 

「そうですか……」

 

 なら、此処にはお祈りに来たのだろう。ならばこれ以上何かを話し邪魔する必要も無い。その後チャールさんは祭壇の前に立ち、聖書と思われる書物を開いた。ふと見上げたその先、其処にはエヒトと思われる金髪の人物と彼より少し下の部分に一匹の竜を象ったステンドグラスが日の光を浴びて輝いている。

 

「エヒト様とチェトレ様にご興味が?」

 

「チェトレ?」

 

 やがて、俺がそのステンドグラスを眺めている事に気付いたのか、チャーレさんは聖書を閉じ、

 

「このステンドグラスに描かれている竜の事です」

 

 皇竜(おうりゅう)チェトレ、それはエヒト神が人々を守る為に遣わした“2匹の”守護竜の片割れ。チェトレ様はもう一匹の守護竜と共にエヒト様に代わり人々を守護してきた。

 

「けれど、何を思われたのかもう片方の守護竜、帝竜(ていりゅう)アジーンは“反逆者”と共に神に牙を向いたのです」

 

 “反逆者”それはかつて神代の時代に神に逆らい、世界を滅ぼそうとした者達の総称である、そしてアジーンはどう言う訳か、その反逆者の側に付いて神に逆らった。

 

「永きに渡る戦いの末、反逆者は敗走、アジーンもチェトレ様によって討ち滅ぼされました。しかし、その代償は大きく、チェトレ様も深い傷を負い、その傷を癒す為にエヒト様の御座します(おわします)神界へとお戻りになられてしまった」

 

 アジーンさえ裏切らなければ、チェトレが今も健在であれば今起こっている魔人族との戦争もとうの昔に終わっていたかもしれないとの事。

 

「それはまた……余計な事をしてくれたもんだな」

 

 お陰でこんな世界に呼び出され、無能の烙印を押されて理不尽な目に合わされる上に、戦場へと駆り出されるハメになったのだから。そんな俺の独り言が耳に入ったのかチャールさんは「えぇ、全くです」と頷いた。

 

「今ではアジーンは帝竜ではなく、暴竜アジーンと呼ばれ、この世界における裏切りと反逆の象徴とされ人々から忌嫌われているのです。おっと、つい語りすぎてしまいましたな。年を取るどうにも語りたがってしまっていけませんな」

 

 と、苦笑を浮かべるとチャールさんは改めて聖書を開き、お祈りを始める。これ以上、此処に居て邪魔をするのも申し訳ないので、俺は無言で席を立ち部屋に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 それから更に一週間。より高度な実戦訓練のため、トータスに点在する7つの大迷宮の一つ【オルクス大迷宮】への遠征をする事となった。結局、あれから何かが変わることも無く、俺もハジメも無能の汚名を返上出来ないまま、遠征へと参加する事となった。

 

(どうせ誰も期待なんてしてないだろうし、明日は大人しく後ろに引っ込んで生き残る事だけ考えるか……)

 

 どうせ、物語に出てくる様な輝かしい活躍は光輝達の役目だ。自分みたいなモブは後方に引っ込んでるに限る、成果なんて必要ない、死ななきゃそれでオッケー、と後ろ向きな目標を定め、ベッドへと倒れこみ目を閉じようとした時だ。コンコン、と言う音と共にドアがノックされる。

 

「はい?」

 

「よかった、まだ起きてたのね」

 

 ドアの向こうから響く声を聞いて俺はドアを開ける。其処に居たのは予想通りの人物。勇者一行のエースの一人、雫だった。

 

「夜遅くにごめんなさいね。少し前まで香織と一緒に光輝の部屋に呼ばれたから」

 

 俺は「あ~」と気の抜けた声と共に苦笑を浮かべる。

 

「どうせあれだろ。「明日は何時もの訓練よりはずっと厳しいものになるかもしれない、けど二人の事は僕が絶対に守ってみせるから安心してくれ」とでも言ってたんだろう」

 

「よくお分かりで。因みに今の言葉の最後に“なんて言ったって僕はみんなを守る勇者だからね”が付いてたら満点よ」

 

 雫もクスクスと笑いながら部屋に入ってきて、俺達はベッドに腰を下ろす、それから暫く無言の時間が続く。

 

「……きついのか? やっぱり」

 

「まぁ、ね。ホントなら、初めて魔物を殺した日もこうして、カナタの所に来たかったぐらいよ。ただ、カナタもカナタで大変だろうなって思って……」

 

「別に気にせずに来てくれても良かったんだけどな……」

 

 クラスでは殆ど関わる事の無い、いや、正確には無くなった俺と雫。けれど地球に居たころも、電話などを通じてこうして密かに話すことが度々ある。

 

「まぁ、来たのなら全部吐き出していってくれ。けど、気の聞いた返事が出来ないのはいつも通りって事で勘弁な」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

 凛としていて頼りがいがあり、それでいて剣術の腕もあるまさに『カッコ良い女性』と言う言葉が似合う雫、その才能に違わず、剣士の天職が発現し、光輝を除けば前衛組のリーダー的立場にある彼女。

 

「慣れてきたのか、最近は少なくなってきたんだけどね……。今でも、この手に斬った魔物の血がこびり付いている様な気がしてならなくて、それが無性に怖くなる時があるの」

 

 けれどそれは自身の才能と周囲や家族の期待に応えようとした結果できてしまった表向きの姿。カッコイイ侍ガール、八重樫 雫と言う人物の裏にはぬいぐるみやアクセサリー、そして綺麗で可愛い衣服を好む何て事の無い、普通の女の子としての彼女の姿がある。

 

「ただの魔物ですらこうなのに、これで同じ人である魔人族と戦ったらどうなってしまうんだろうって……」

 

 きっかけは中学生時代、俺がゲームを買いに行ったおもちゃ屋のレジで偶然、こっそりとぬいぐるみを買いに来ていた雫と遭遇した事。周囲の目を気にしながら移動していた彼女は、無事にレジに到着して一安心した所で俺の存在に気付いた。

 

『っ!? ……笑いたければ笑えば良いじゃない! 男女の癖にって』

 

『まぁ、ちょっと驚きはしたけど……八重樫さんは女の子な訳だし別に普通じゃね、それ?』

 

 そして顔を赤くして半ばヤケになりながら叫んだ雫に対して返した言葉がこれ。そりゃ可愛いよりもカッコイイと言う言葉が似合うし、『お姉さま』と呼び慕う女の子も居るほどだが、雫が女の子であるのは確かな訳で。ただ、その言葉の何が響いたのか、以来、俺に対して雫は抱えた本音や不満を話すようになった。曰く――

 

『思いっきりバレちゃった訳だし、今更隠しても仕方ないもの。だったら愚痴の一つにも付き合って頂戴、乙女の秘密を暴いた罰よ』

 

 との事だ。あの件は完全に偶然な訳でかなり理不尽な事を言われた気もするが、それでも何だかんだ俺は言われるままにこうして彼女の話に付き合っている。『彼女居ない暦=年齢』の記録を更新し続けている俺なだけに気の聞いた言葉は言えないが、それでもこうして本音を打ち明けるだけでもだいぶ楽になるらしい。ただ――

 

(今回ばかりはそうも言ってられないか……)

 

 事が事だけに、いつも通り話を聞くだけで良いというわけではなさそうだ。たとえ月並みでも何か声を掛けてあげるべきなのだろう。

 

(「雫なら大丈夫」「雫は強いから」……は、無いな。「俺が守ってやる」……俺が言っても頼りない事この上ないな)

 

 が、そう言った月並みな励ましの言葉は選択肢からは真っ先に除外される。やがて少し考えて――

 

「そういや、俺の欲しかったゲーム。もう発売してんだよな、トータスと地球の時間の流れが同じなら」

 

「……えっ?」

 

「それだけじゃなくて、雫が前に話したぬいぐるみも発売時期が近かったよな? むしろ何時帰れるかも分からん訳だし、帰った頃には色々発売してて買いたい物で溢れかえってる可能性もあるのか」

 

 選んだのは地球に帰った後の話。ぶっちゃけ現実逃避じみた話題の転換だ。

 

「地球に戻ったらまずはおもちゃ屋巡りだな。その時は雫もどうだ、荷物持ちぐらい引き受けるぞ?」

 

 今までの話の流れをぶった切って、いきなり地球に戻った後の事をし始めた俺に対し、雫は暫くキョトンとした表情で俺の事を見つめていたが、やがて呆れ気味にため息を一つ。

 

「もう……女の子が不安がっているのに、いきなり地球に帰った後の事話し始めちゃうわけ? ここは男らしく「俺が守ってやる!」とか月並みな言葉ぐらい言ってみなさいよ」

 

 と、不満そうに話す雫。けれど、その表情は優しい笑みを浮かべていて。

 

「いやいやいや、俺がハジメ共々無能扱いされてるの知ってるだろ? むしろ守ってくださーい、雫お姉様!」

 

「その呼び方やめて頂戴! 殴るわよ!?」

 

 けれど、次の俺がおどけ気味に言った一言に顔赤くしながら声を荒げ、握り拳を作る。けれど、実際に拳が振るわれる事は無く、お互いに暫く見つめあい、やがて二人してプッと噴き出す。それに合わせて雫の拳もゆっくりと開かれて、ベッドの上に置かれる。

 

「そうね、私が頑張らないと貴重な荷物持ちさんが死んでしまうかもしれないし、悩んだり不安がってる場合じゃないわね」

 

「そうだぞ、雫の秘密の買い物に付き合える貴重な荷物持ちだからな俺は。と言う訳で、しっかり守ってくれ」

 

「胸張って情けない事言わないの! ……カナタもカナタで死なないように気をつけてよ?」

 

「判ってるよ、みんなの先頭に立って輝かしい活躍をするのは勇者様に譲って、俺は隅っこの方で自分が生き残る事だけに集中するさ……」

 

「……そう言いながら、何だかんだ無茶するのがカナタなんだけどね」

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもないわ」

 

 そう言うと雫は立ち上がる。部屋を訪ねてきた時と違ってその表情はスッキリしている様に見えた。

 

「気分は晴れ……はしないだろうけど、少しは楽になったか?」

 

「ええ、お陰様で。ごめんなさいね、こんな夜遅くに。それと……ありがとう」

 

「コレぐらいならお安い御用だよ。じゃ、また明日な」

 

「ええ、また明日。おやすみなさい、カナタ」

 

 そう言って、雫が部屋を去っていくのを見送ってから、カナタはベッドに倒れこみ目の辺りに右腕を被せた。

 

「ホント、情けなさすぎだわ、俺……」

 

 自分が心惹かれている女の子一人、安心させてやる事すら出来ない。結局、無能である事を前に出してピエロを演じ、彼女の気を紛らわす事しかできない。そして、一人になって湧き上がるのは八つ当たりにも等しい光輝への怒り。普段から自分よりも彼女の近いところに居て、俺なんかよりもずっと強いくせにホントの意味で彼女を守ろうとしない。

 

「……クソッ!」

 

 そう吐き捨て、その感情から目を背けるように目を閉じる。明日に備えて早めに寝るべきなのに、どうしてもすぐに寝付く事が出来なかった……。 




触れるのは後ほどですが、同時期に起こっている香織とハジメの語らいもかなり内容が変わっています。


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第3話『牙向く悪意』

 オルクス大迷宮。それはトータスの中でも有数の危険地帯とされる7つの大迷宮の一つ。しかし、大迷宮の中では割とメジャーな方で出現するモンスターなどの情報もある程度充実。そのため、冒険者や兵士の訓練によく使われる場所でもある。

 

「剣の振り方が素人のそれじゃないな。地球でも剣を振っていたのか」

 

「……まぁ、ある程度は。ただブランクが長いのでかなり鈍ってますが……」

 

「これで天職が剣士であればと思うと、実に惜しいものだな」

 

 現在は何人かのパーティに分かれて交代で戦っている。が、無能な俺達を入れてくれるパーティなど無く(香織は俺らを誘おうとしたが光輝にやんわりと止められた)、自分達は騎士団員の人と組んで戦闘している。光輝達や他と比べて時間も掛かるし、他の騎士団員の援護を受けながらだが、どうにか殲滅する事に成功した。

 

(気分は組み分けであぶれて、先生と組む事になった生徒って感じだな……)

 

「しかしあの坊主も中々やるものだな。錬成は戦闘向けのスキルじゃないんだが、あんな使い方があるとはな」

 

 現在探索している階層では既に能力不足が目立ち、戦闘に参加することが無くなったハジメだが浅い階層を探索していた時は騎士団員が瀕死にさせたモンスターと戦わせる等して少しでも経験を積ませようとしていた。しかし手負いの獣ほど何をするか判らない。それを知ってか、ハジメは錬成でモンスターを穴に落したり、足周りを固める等、動きを封じて確実にトドメを刺すという戦法を見せ、今まで非戦闘向けの鍛冶技能としか捉えられていなかった錬成の新たな可能性を示したハジメにメルド達は感心していた。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

 けれど、そんな活躍など霞んでしまうほどのまばゆい光の斬撃がモンスターを一閃の下に葬る。戦っているのは光輝達、勇者パーティだ。

 

「ふっ、今の敵で最後だ」

 

 と、倒れるモンスターを背に誇らしげに笑みを浮かべているのはご存知勇者光輝である。そんな彼の姿に、クラスの女子達は頬を赤く染め、うっとりとした視線を向けている。

 

「みんな、もう大丈、ぶっ!?」

 

「この馬鹿者が! あんな大技を使って、洞窟が崩落したらどうするんだ!?」

 

「うっ……す、すみません」

 

 言い切る事が出来れば、女子から「キャー」と黄色い声援が挙がっていたであろうそのセリフはメルドさんの拳骨によって中断される。現に斜め上方向に放たれた光の剣はモンスターの後方の天上の一部も切り崩してしまっている。

 

「あれ? なんだろう、宝石。凄くキラキラしてる」

 

 香織がそう言いながら切り崩された天井を指差す。其処には青白い宝石が輝いていた。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石は特別な効果や特徴こそ無いが、そのきれいな色合いから主に装飾品に使われており、結婚指輪等の特別なアクセサリーには大抵グランツ鉱石が使われているらしい。それを聞いた香織は「素敵……」と呟くと、こっそりとその視線をハジメへと向ける。

 

「だ、そうだぞ。ハジメ」

 

「いや、なんで僕に振るの?」

 

「ああいうの加工して、きれいなアクセサリー作るのは錬成師の本分だろうが。後は言わんでも判るだろ?」

 

 そんな彼女の視線に気付き、香織の方を指差しながらハジメに声を掛けると香織は慌てて視線を逸らし、顔を赤くし俯き、ハジメも気恥ずかしそうに視線を逸らす。そんな二人の様子をクククと笑いながら、可能であればあの鉱石を譲ってもらおうと考えた俺は、メルドさんにトラップ等の安全の有無を確かめてもらおうと彼に話しかけようとした。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、その前に香織の様子を見た檜山が我先にとグランツ鉱石を回収しようと、壁を登っていく。メルド団長がそれを注意してもお構いなしだ。やがて、檜山はなんの躊躇いも無くグランツ鉱石に触れる。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 次の瞬間、あの教室で見たような魔法陣が部屋一杯に広がり始める。すぐに部屋から出る様にメルド団長が叫ぶも間に合わず、次の瞬間には俺達は大きな橋の上に居た。この階層の入り口付近なのか、橋の両側にはそれぞれ奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 不測の事態にこの階層を探索しようという考えは無くメルドは上階への撤退を指示する。が、直後、橋の両側に魔法陣が現れ、魔物が出現する。階段側には大量の骸骨の魔物“トラウムソルジャー”が、そして通路側には体長10メートルを超えるトリケラトプスの様な魔物が出現した。

 

「まさか……ベヒモス、なのか……?」

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 メルドの呟きを肯定するかのように、ベヒモスは雄たけびを上げ、その角に炎を灯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えチート持ちといえど、光輝達はまだ発展途上。将来的なら兎も角、今はベヒモスには敵わない。けれどトラウムソルジャーならば、今の光輝達でも対処できる。ならば自分達の役目は障壁でベヒモスを足止めし、その間に彼らに撤退してもらう、メルドはそう考えていたのだが――

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達も早く行け!」

 

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 が、仲間は決して見捨てないのが勇者、と言う短絡な考えが光輝を今もその場に留まらせ、メルドの全員で生存するための作戦を破綻させていた。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 そんな中、戦況を冷静に判断した雫はメルドと一緒に撤退を促す。しかし――

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 そんな状況にあろう事か光輝の考えを龍太郎が支持、それにより光輝の目には手伝ってくれる仲間が居るなら大丈夫だと不退転の決意が宿ってしまった。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

「天之河くん!」

 

「おい、天之河! 今すぐクラスのみんなの所に行ってくれ!」

 

「南雲君!?」

 

「か……竜峰君まで、何でこんな所に!?」

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

 

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君達がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて二人は……」

 

「ベヒモスよりも先にあっちだろうが!」

 

 そう言ってカナタが指差した先には未だにトラウムソルジャーの群れと乱戦を繰り広げる生徒達の姿。

 

「メルドさん達も光輝達もベヒモスに掛かりっきりになってる事でみんなの統率が乱れてんだよ。お陰で未だ退路の確保ができてないんだ!」

 

 普段どおりに戦えばすぐに殲滅する事も出来た。しかし、不測の事態に加えて指揮をしていた騎士団員がベヒモスを抑える為に手が離せなくなり、場を指揮する人が居なくなった結果、混乱状態の中で戦うことになってしまった。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 二人の言葉を聞き、光輝がベヒモスとクラスメートたちの方に交互に目を向けた後――

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」

 

「下がれぇーー!」

 

 やっと、後方の援護に向かおうとした光輝だったが、直後にベヒモスが障壁を破り突進してくる。すかさず南雲が石の壁を張り衝撃を殺すも、全員が吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

「やるしかねぇだろ!」

 

「……なんとかしてみるわ!」

 

 光輝が聖剣を構え二人に時間稼ぎを求めた。こうなったら後方に下がるにもベヒモスを討伐するしかない。一か八か自身の出せる最大の技をぶつけるつもりだ。

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

 

「うん!」

 

 カナタは負傷したメルド達を一箇所に纏め、香織が治療をしやすい様にして南雲が石壁を張って守りを固める。とは言え、先ほどの突進の威力からすれば気休めにしかならないが。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

 やがて、今の光輝が出せる最高の一撃。真直ぐに突き出した剣から放たれる光の奔流がベヒモスを直撃する。爆風と衝撃で上がった砂煙がはれた先には――

 

「グルルルルル……」

 

 頭部全体を赤熱化させ、こちらを威嚇するかのようにうなり声を上げるベヒモスが居た。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

 そして、その状態で跳躍し、こちらにヘッドバッドの如く落ちてくる。全く歯が立たない事に呆然としていた光輝達だったが、メルドさんの声を聞いて正気に戻り、間一髪で回避するもその衝撃によるダメージで既に満身創痍。けれど、ベヒモスも橋に頭部がめり込み、動けなくなっている。

 

「坊主ども! 香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

 この状況で全員が生き残るのはもはや不可能。せめて彼らだけでも逃がすべく、自らは血戦を挑むべく武器を構える。けれど、メルドさんを見捨てたくない、と言う気持ちはハジメも同じ。

 

「あの、僕に考えがあります!」

 

 やがてハジメはある作戦を示す。その提示された作戦内容を聞き、メルドはハジメの目をじっと見つめ、やがて一言――

 

「……やれるんだな?」

 

「やれます」

 

 ハッキリとした力強い返事を聞き――

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

「はい!」

 

 そして、簡単な攻撃魔法で相手を挑発。その挑発にのったベヒモスはメルドに向かって先ほどのヘッドバッドを放つ。

 

「吹き散らせ――〝風壁〟」

 

 バックステップでかわすと同時に魔法で石片や砂埃を吹き飛ばす。再び頭部をめり込ませ、動きが止まったベヒモスに南雲が肉薄。

 

「錬成!」

 

 引き抜こうとする頭周りの石を修復。更にベヒモスの足元も陥没させ、錬成で固める。頭部と足全てを固められた事でベヒモスの動きが完全に止まる。そうしている間に、メルドと光輝達は撤退を開始する

 

「待って下さい! まだ、南雲くんがっ」

 

「坊主の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん坊主がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私も残ります!」

 

「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」

 

「でも!」

 

「坊主の思いを無駄にする気か!」

 

「ッ!」

 

 メルドの言葉を聞き、香織は歯を食い縛りながらも光輝達の治療を開始する。それから数秒後の事だった

 

「くっ、マズい!」

 

「南雲君、後ろっ!!」

 

 彼らとすれ違うかのように数体のトラウムソルジャーがハジメの方に向かう。ただでさえ戦闘能力が無い上に今はベヒモスを食い止めるので精一杯な状況。ハジメはソルジャーの存在に気付くも動けずに居た。

 

「すいません。この人、お願いします!」

 

 負傷してる騎士の一人に肩を貸して撤退を手伝っていたカナタだったが、それに気付くと回復を終えていた騎士にその人を預け、剣を抜いてソルジャーの後追った。

 

「カ、カナタ……待って……」

 

 満身創痍の中、彼を止めようと雫が声を振り絞るも、それは彼の耳に届く事は無く、やがて最後尾に居たソルジャーの背後に剣を叩き込むと、他のソルジャーも身近なところに居た敵に狙いを定めた。

 

「お急ぎのところ悪いが、ちょっと俺と付き合ってもらうぜ。骸骨共!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「坊主共! 準備が出来たぞ!」

 

 それから暫く、合流したメルドと光輝達により階段付近のソルジャーは一掃。メルドさんの声が響くと同時にハジメは最後にもう一度ベヒモスを拘束、ソルジャーの殲滅を終えた後も護衛の為にそばについていたカナタと一緒にその場から全速力で離れ始める

 

「今だ、魔法詠唱準備!」

 

 そして二人の撤退を援護すべく、生徒達は魔法の詠唱を始める。

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 それが目に付いたのはほんの偶然か、もしくは今までの彼の行動が目に余るものだった事から無意識のうちに視線が向いたのだろう。香織から治療を受けながら彼らの様子を見ていた雫だったが、やがてその視線は一人の生徒に釘付けとなる。それはありえなくは無いが、彼の能力を考えればありえない行動。

 

「雫ちゃん? どうし……」

 

 たの?と言う言葉は続かず、香織も雫の視線の先に目を向け、雫と同じ違和感を覚える。彼は何で態々あの魔法を使っている?なんで――こんな状況であんな薄暗い笑みを浮かべている?

 

(まるで、南雲君をいじめている時みたいな――)

 

「今だ! 放てぇっ!」

 

 けれど結論がでる前に、指示と共に様々な属性の魔法がベヒモスに大挙、ダメージこそないがその衝撃にベヒモスが足を止める。うまくいった、後は二人が合流したら急いで撤退。落ち着いたら二人を思いっきり労ってやろう、メルドはそう思っていた。しかし――

 

(なんで?)

 

「ぐっ!?」

 

 突然、火球の一つが軌道を変えて二人の足元に直撃、その衝撃で後方に吹き飛ばされる。そして魔法の攻撃もやみ、ベヒモスは怒りの咆哮を挙げ、二人に向かってヘッドバッドを放つ。どうにか体勢を立て直し、ベヒモスのヘッドバットを避けるも、度重なる橋への衝撃と幾度と無く行われた錬成による構造変化の負荷がたたり、遂に橋その物が崩落し始めた。

 

「カナタっ!」

 

「待つんだ、雫!」

 

「行くんじゃねぇ、八重樫! お前も巻き込まれる!!」

 

「放してっ、放してよ、二人ともっ!!」

 

 崩落に巻き込まれ、ベヒモスと一緒に落ちていく二人。その様子に唖然としてた雫と香織だったが、やがて状況を認識した雫が近くに光輝が居るにも関わらず下の名前で彼の名を呼び、飛び出そうとするも龍太郎と光輝が羽交い絞めにして食い止める。その力は男二人がかりでやっと止められる程で少しでも気を抜けば振りほどかれるほど。もはや自身の身体への負担などお構い無しに雫は二人を振りほどこうともがいている。

 

「二人はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、雫の体が壊れてしまう!」

 

「ふざけないでっ! 今此処で二人を助けにいかないで、どうするのよ!?」 

 

「ダメだ! これ以上、仲間を無闇に危険に晒すわけにはいかない!!

 

「あの二人だって仲間でしょっ!? それに今此処で見捨てたら――」

 

 それはできる限り雫を気遣っての言葉。けれど、その言葉は雫には逆効果だったらしく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人はホントに、死んでしまうわよっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――光輝が気遣い、あえて口にしなかった決定的一言を雫が叫ぶ。その叫びは、雫同様状況を把握できず、唖然となっていた香織の耳にも入り、それが急速に香織に現実を理解させていく。

 

(南雲君と竜峰君が落ちていく……? 二人が死んじゃう?)

 

 脳が状況を理解し、それに合わせ手が震え始める。

 

(南雲君が……死ぬっ!?)

 

「い……」

 

 彼女の手から杖が滑り降ち、カランと乾いた音を立てる。

 

「いやぁぁあああああっ!!」

 

 その音が合図と言わんばかりに、悲鳴とも共に香織も崩れていく橋へと向かって飛び出す。それを一人の男子生徒が止めようと手を伸ばすが、その手は空を切り――

 

「香織っ!? 香織ぃーーーーーーっ!!」

 

 一瞬の躊躇いも無く、香織も奈落の其処へと身を投げ出して落ちていく。突然の出来事に雫を抑えながらも光輝が叫び声が響く。親友の行動に一瞬だけ動きを止めた雫だったが、やがて先ほど以上の力で暴れ始めた。

 

「放してっ! 香織まで、私が、私もっ!!」

 

「だから、落ち着けっ! おい、光輝、ボーっとしてんじゃねぇ」

 

「放してっ! 放せぇっ! はなしっ……」

 

 その時、そばに来ていたメルドが雫の首筋に手刀を落とし、彼女の意識を刈り取る。

 

「メルドさん……」

 

「光輝、気持ちは判るが、今は残った全員が無事に生還するのが優先だ……彼女の事、頼めるな」

 

「……はい」

 

 気絶した雫をお姫様抱っこで抱える光輝、だが、その声にはさっきまでの勇者としての覇気は無い。

 

「全員、今は余計な事を考えるな! 今は兎に角生きて脱出することが先決だ! 判ったらさっさと動け!」

 

 普段ならば、彼らに鼓舞するのは光輝の役目。けれど、光輝も香織と言う身近な人物の脱落に意気消沈してしまっており、代わりにメルドが他の生徒達にも指示を飛ばし、それを受け生徒たちもノロノロと動き始める。

 

(すまねぇ、ハジメ……すまねぇ、カナタ)

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 暗い暗い地の底に“それ”は居た。やがて、“それ”は何かを察知したかのようにその目に赤い光が灯る。

 

(イル……)

 

 それは思考し、そして結論する。悠久の時、もはや理由すらも思い出せない、されど確かに訪れの時を待ち続けた存在。

 

(ウケツグモノ……)

 

 長い時を経て、自我も殆ど失われた意識に僅かな歓喜が宿る。その待ち人の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イズレイタルモノ……リュウコンシ)




最後は絶叫祭りになってしまった。

そして、ありそうでなかった、香織も落ちてくケース。次から何話かは一話ごとに一人称視点の対象キャラが色々移り変わるパターンになりそうです。


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第4話『夢は現に、聖女の想い」

此処から暫く、視点変更が多い話が暫く続くかもです。


(どうして、こうなったんだろう……)

 

 奈落の底に落ちていった自分とカナタ。けれど次に目を覚ました時、僕の眼に映ったのはカナタでは無く僕にしがみついていた白崎さんだった。

 

(何故、僕がこんな目に……いや、白崎さんまでこんな目に合わないといけないんだろう……)

 

 程なくして意識を取り戻した彼女曰く、落ちていく僕を追いかけ自ら奈落の底に飛び降りたらしい。

 

(僕が悪いの……? 僕が弱かったから……)

 

 その後の事も凄惨の一言だった。ウサギに熊の姿をした、体長こそベヒモスより小さいがいずれも戦闘力だけならベヒモスを超える魔物に追われ、その過程で片腕を失った。涙目になりながら、必死に自分の腕を治そうとする彼女の姿はハッキリと思い出せる。それから錬成で壁に穴を掘り、熊型の魔物から必死になって逃げ、この場所にたどり着いた。その場所には水滴が滴る石があり、その液体には強力な回復効果があった。斬られた腕の傷は既に塞がり、その水だけで飲まず食わずでも今日まで生きることができた。

 

(もう、嫌だ……)

 

 けれど、斬られて無くなった筈の腕がまだ其処にあるかのように痛みを訴える。そして死にはしないと言っても例の水で腹が膨れる訳も無く、飢餓の苦しみは僕を苛んでいた。

 

(こんなに苦しいなら……いっそ)

 

「南雲、君……」

 

 その時、僕を呼ぶか細い声。そちらに目を向けると其処には目を閉じて眠りに付いてる白崎さんの姿。

 

「まっ、て……いかない、で……」

 

 何時か、彼女は僕が消えてしまう夢を見たと言っていた。それが不安で、僕には町で待っていて欲しいとも。けれど、僕はその頼みを断った。その結果が今だ。

 

(ダメだ……死ねない……白崎さんを一人に出来ない、でも死にたい……)

 

 死んで楽になりたいと思う気持ちと、彼女の為に死ねないと思う気持ち、相反する想いがぶつかり合いその間に挟まれ、僕の精神はガリガリと磨耗し始める……

 

 

 

 

 

 

 

 

(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)

 

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

 

(神は理不尽に誘拐した……)

 

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

(その所為で、彼女も苦しんでいる……)

 

(ウサギは僕を見下した……)

 

(アイツは僕を喰った……)

 

 精神が磨耗していく中、まるでそれを補うかのようにどす黒い感情が沸き上がる。

 

(どうして誰も助けてくれない……)

 

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

 

(この苦痛を消すにはどうすればいい?)

 

 そんな中、すぐそばに彼女の姿が映る。何時からか、彼女は殆ど動いていない僕を抱きしめたままだった。自分からは水を飲む事を放棄した僕に、掌で水を集めて飲ませている。

 

(彼女を安心させるにはどうすれば良い……)

 

 

 

 

 

 

(“俺”は何を望んでいる?)

 

 憤怒と恨みに心を染めても事態は好転しない、苦痛も消えない。ならば、この感情すらも不要。生存本能が不要な感情を斬り捨て続け、現状を打破するにはどうすれば良い?俺の思考はその一点となった。

 

(望む事は二つ……生きる事、彼女を無事に帰す事)

 

 こんな地獄の様な場所に彼女を置いておきたくない。心優しい彼女はこんな理不尽と暴力が溢れる場所なんかに居て良いはずがない。望むはこの2つ、それが自分が歩むべき道。

 

(それを妨げるものはなんだ?)

 

 魔物、神、この世界の住人、そしてクラスメイト。この世界は理不尽に溢れている。俺に苦痛を与える連中で溢れている。

 

(俺を妨げるなら……そいつらはみんな敵だ……)

 

 そして敵が放つ理不尽と言う名の刃は俺の命を奪い、時には喰らおうとする。ならばこちらも、遠慮する理由は無い。

 

(お前らが俺を殺すなら……俺も殺してやる)

 

 けれどそれは殺意や恨みではない、殺さねば生きて行けない。普段食べてる肉とて、その獣を殺して食っているのと同じなのだ。ただ、自分で直接手を下したか否かの違いがあるだけ。そして、脳裏に浮かぶは自分の腕を斬り飛ばし、そして喰らった熊の形をした魔物の姿。

 

(殺して……喰らってやる)

 

「南雲君……?」

 

 今まで微動だにしなかった俺がいきなり身体を起こした事に、白崎が驚いたように俺の名を呼ぶ。白崎香織、俺の思考が、生きる為に不要な要素全てを切り捨て続ける中、何故か切り捨てられず今も残っている存在。そんな彼女を一瞥後、俺は窪みに貯まっていた例の水に直接口を付ける。幻肢痛と空腹感は消えないが、身体に活力は戻ってきた。

 

「安心しろ、白崎……必ず、元の場所に帰してやる」

 

「えっ?」

 

 その言葉はいわば決意表明。昔の苦笑を浮かべて、事なかれ主義を通していた弱い自分との決別の言葉

 

「それを邪魔する奴はみんな……俺が殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮に挑む前日の夜、私は夢を見た。それは彼が、私の大好きな人が消えていく夢だった。それがたまらなく不安で、寝巻き姿のまま彼の部屋を訪れた。迷宮攻略に参加せずここに残って欲しいと彼に頼んだ。けれど彼は「夢は夢だよ」と、そう言った。そして私の不安を紛らわす為に「ならば守って欲しい」とそう頼んできた。そうだ、私が守れば良い、そうすれば夢は夢でしかなくなる。そう思い、私は頷いた。けれどその先に待っていたのは悲劇だった。一人のクラスメートの悪意と奈落の底に消えていく彼とその友人を、いや、彼を追いかけ私も奈落の底に身を投げ出した。辛うじて彼が生きてること、そしてそばに居る事に安堵したのも束の間、度重なる魔物の襲撃によって彼の腕が喰われながらも何とか逃げ切り、治癒能力の強い水で命を永らえながら飢餓の苦しみと戦いながら過ごした。

 

(どうして、こんな事になったの……?)

 

 それは此処にたどり着き、幾度と無く行われた答えの出ない自問自答。けれどこれはすぐに中断する、そうしなければ自分の中で何かが変わりそうだったから。

 

(誰か……助けて……南雲君を、助けてあげてよ……)

 

 今も腕の痛みに苦しむ彼にせめてもと治癒魔法を掛け続ける。けれど、その痛みの正体は幻肢痛、無い筈の腕からの痛み、無いものは癒せない。だからこそ、この行為は気休めにすらならない……

 

 

 

 

 

 

(まだ、生きてる……生きてる、よね……)

 

 何時からか、彼は治癒の水を飲む事を止めた。その時、うわごとの様に「死にたい……死ねない……」と言う言葉を聞いた瞬間、私は彼を抱きしめていた。空いてる掌で水を掬っては彼に飲ませ、そしてまた抱きしめる。不安だった、次に目が覚めたとき、彼が冷たくなって居たらと思うと気が狂いそうだった。

 

「南雲君?」

 

 そんな時、動かなくなっていた彼が突然身体を起こした。そして窪みに貯まっている治癒の水に直接口を付ける。

 

「安心しろ、白崎……必ず、元の場所に帰してやる」

 

「えっ?」

 

 違う、私の知ってる彼とは明らかに違う。鋭い眼光、言葉遣い、雰囲気全てが変わっている。そしてその時、私は悟った。

 

「それを邪魔する奴はみんな……俺が殺してやる」

 

 私が見た夢は、私が予想していたのとは別の形で実現したのだと。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「南雲君……大丈夫?」

 

「心配すんな……今更コレぐらいの傷なんでもねぇ」

 

 あれから、自分たちが居た場所を更に拡張し、仮の拠点とした。治癒の水は魔力も回復させる効果があり、南雲君は部屋の拡張、洞窟を構成する石を用いた武器に治癒の水を保管する為の容器の作成とひたすらに錬成の腕を磨き続けた。そして、少し前に拠点を出て、食料……すなわち魔物の狩猟を行った。動きを封じる落とし穴のトラップで二尾の狼の動きを封じ、石の槍を使い捨てるように何本も、何回も突き刺す。けれど――

 

『っ!? 白崎! ぐぅ……っ!?』

 

『南雲君!?』

 

 そしてその一匹目を仕留めた直後、もう一匹の二尾の狼が私に襲い掛かって来た。それを熊に喰われ、僅かにしか残ってない腕で私を庇い受け止めた。

 

『ってぇな。この野郎!!』

 

 狼の首を掴み、地面にたたきつける形で狼の首から下を錬成で地面にめり込ませ、もう一匹も殺す。そして、拠点に戻り次第、南雲君に治癒魔法を掛けているのが今だった。

 

「ごめんなさい……私を庇ったばかりに」

 

「どうせ、腕なんて喰われてもうねぇんだ。白崎が気に病む必要はねぇよ。それに……絶対に、無事に帰すって決めたからな」

 

「……うん」

 

 軽く頷き、顔を俯かせる。けれどそれは罪悪感よりは彼に顔を見られたくない、と言う気持ちのほうが強い。

 

(私ってこんな酷い女だったのかな……)

 

 変わってしまった彼、敵とみなした存在には一切の慈悲が無くなった彼、クラスメートの事すら、もうどうでも良いと切り捨てた彼。けれど、そんな彼の中で私の存在は捨てられず残っている。そして一緒に過ごして判った事、変わってしまっても、優しさと言う彼の根の部分は変わらず残っている。その事に安堵して、そして余計なものを切り捨てたからこそ、それらにも向けられていた優しさが全て、今は私一人に向けられている。その事実に私は喜びを覚えていた、こんな状況下で不謹慎にも笑みを浮かべている顔を見られたくなくて、私は俯く。

 

「んな事より……いただくとするか」

 

 解体の仕方なんてわからないから、適当に皮をはいで、引き裂くように切り分けて血みどろになってる狼の肉を南雲君が喰らい付く。

 

「あぁ、くそ……まじぃなぁ」

 

 獣臭に血の味、確かに美味しいとはいえないだろう。とは言え、何時までも治癒の水に頼ったままと言う訳にもいかない。覚悟を決めて、私も狼の肉を食べようとしたその時だ。

 

「あ? ――ッ!? アガァ!!!」

 

「南雲君っ!? ……ひっ!?」

 

 その時、彼の苦痛の声と共に信じられない光景が映った。彼の体中から血が噴出し、体が崩れ始めている。彼は急いで石製の試験管に入れていた治癒の水を口にする。

 

「ひぃぐがぁぁ!! なんで……なおらなぁ、あがぁぁ!」

 

「南雲君っ!?」

 

 けれど、治癒の水をもってしても治らない。いや、治ってはいるがそこからまた崩れ始めているのだ。肉体の崩壊と再生、その繰り返しが彼を苦しめ続けている。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――天恵!!」

 

 そして、彼の身体を抱きしめ、治癒魔法を発動させる。けれど、治癒の水ですら相殺するので精一杯なほどの肉体の崩落の前には気休めにもならない。それでも、治癒魔法を発動し続けてやがて気付く。彼の体が変わり始めてる事に、髪の色は抜け落ちてけれどそれに反して彼の体格が大きくなり始める。性格だけでなく、見た目までも今までの彼ではなくなっていく。まるで世界が今までの彼は不要なのだと言う様に……

 

(どうして……どうして!?)

 

 涙が溢れ、ここ最近は行われなかった自問自答が行われる。けれど違うのは今回はそれを中断する事が出来なかった。

 

(なんで、南雲君が……南雲君ばかりがこんな目にあわないといけないの!?)

 

 なんの力も与えられず、無能と罵られ、虐められ、殺されそうになり、挙句の果てにこんな奈落の底で彼は苦しみ続け、その存在を変貌させていく。

 

(有無を言わさずこの世界に呼び出して、戦わせておきながらこの仕打ち……あまりにも惨すぎるっ!!)

 

 流れる涙、そしてそれと同じだけ沸きあがる黒い感情。こんな仕打ちを与えたエヒト神を、彼を殺そうとしたクラスメートを、彼を苦しめる全てに抱いた感情、それは紛れも無い恨み。私が始めて周りに対して抱いた、明確な憎しみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういや、魔物って喰っちゃダメだったか……アホか俺は……まぁ、喰わずにはいられなかっただろうけど……」

 

 やがて、彼の変貌は収まった。白の髪に細くも太くも無かった彼の肉体は筋肉が発達し逞しい身体つきとなり、その身長も10センチ近く伸びている。

 

「大丈夫、南雲君?」

 

「ああ、もうなんともねぇよ。ただ、少し妙な感覚がするな」

 

「えっ?」

 

 身体を起こし、彼は腕を掲げる。やがてその腕に、魔物に共通して見られた赤黒い線が浮かぶ。

 

「なんか魔物にでもなった気分だ。……洒落になんねぇな。そうだ、ステータスプレートは……」

 

 とは言え、突然の好調に疑問を感じるのか、南雲君はステータスプレートを取り出す。

 

==================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

 

天職:錬成師

 

筋力:100

 

体力:300

 

耐性:100

 

敏捷:200

 

魔力:300

 

魔耐:300

 

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

 

==================================

 

「……すごい」

 

 爆発的に伸びていたステータス。それこそ、初期の光輝に匹敵するほど。錬成と言語理解しかなかった筈のスキルも一気に3つも増えていた。その後、幾つかの検証の結果、彼の急激な成長は魔物の肉を摂取した事が原因だとわかった。

 

「しかし、参ったな。こんなの白崎に喰わせられるもんじゃねぇな……」

 

 流石にあの激痛と苦しみを私に負わせたくない、と言う事なんだろう。けれど、私の中には既に決意は固まっていた。

 

「白崎?」

 

 ゆっくりと、“それ”を手に取る。そしてもう片方には容器に入った治癒の水。

 

『それでも……それでも、不安だというのなら……守ってくれないかな?』

 

『えっ?』

 

『白崎さんは〝治癒師〟だよね? 治癒系魔法に天性の才を示す天職。何があってもさ……たとえ、僕が大怪我することがあっても、白崎さんなら治せるよね。その力で守ってもらえるかな? それなら、絶対僕は大丈夫だよ』

 

 あの夜交わした約束。けれど、私はこの約束を全く果たせていない。彼は奈落に落ち、魔物によって斬り飛ばされた腕の傷を治す事も出来ず、彼の痛みと苦しみを和らげることすら出来ず、精々二尾狼に噛み付かれた腕の傷を治したぐらいで、それ以外は何も出来ていない。今の私の力は彼を守り、癒す事なんて出来ない。だから――

 

(そうだ、守るんだ……私が)

 

 あの夜の約束のままに、私の“この想い”のままに……

 

(世界が彼を苦しめると言うなら……)

 

「おい待てっ!」

 

(だったら私が、南雲君を癒し、守り続けるっ!)

 

 その決意と共に私は狼の肉に喰らい付いた。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「……ざき、……い、し……き!」

 

「う、うぅ……?」

 

 ゆっくりと意識が浮上し、ゆっくりと目を開ける。

 

「大丈夫か? 白崎」

 

「南雲、君……」

 

 どうやら、激痛によって気を失ってたみたいだ、片腕だけで私は南雲君に抱き起こされている。

 

「良かった……気が付いたか」

 

 私が目を覚ましたことに安堵したのか「ハァ」と息吐く。

 

「ったく、なんだってあんな事を……」

 

 あんな事、と言うのは魔物の肉を食べた事だろう。

 

「勿論、南雲君を守る為だよ」

 

 強くなりたかった。彼を守る為に、同じ場所に立つ為に――

 

「もしかして、あの夜の事か。あんな口約束なんかの為にここまでしなくたって――」

 

「そうだね。でも、それだけじゃないの」

 

「はぁ? それはどう言う――」

 

「南雲君、私は……」

 

 躊躇いも、恥じらいも今は無い。今、この胸にあるのは伝えようと言う想いだけ。彼の頬に両手を添えて、そして口にする。

 

「あなたが好きです」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 彼女から告げられた言葉を理解するのに少し時間が掛かった。俺と同様に彼女の肉体も変化していた。女性だからか、身長こそあまり変わっていないが、以前よりも引き締まった身体つきとなり、少女から大人の女性に変わったと言っても過言でない。元もとのステータスの差か、俺と違い、髪の色は完全には落ちきらず、薄い灰色になっていた。けれどのその髪も彼女の優しげな微笑と合わさり、どこか現実離れした美しさを生み出していた。

 

(……ああ、そうか)

 

 やがて彼女の言葉を理解した時、その言葉は俺の心の中にストンと当てはまり、そして理解する。あの苦しい状況の中で何故、彼女を気遣う気持ちがあったのか、生きる為に不要な全てを切り捨ててなお彼女の存在だけは捨てられず残っていたのか。

 

(カナタの奴……これが狙いだった訳か)

 

 思い返せば、カナタは何かと俺と彼女の間を取り成そうとする事が多かった。だからこそ、何時からか周りのクラスメートの視線が痛くても、彼女を本気で拒否する気にはなれなくなった。心のどこかで彼女と過ごす時間を俺も楽しんでいたと言う事だろう。

 

「南雲、君?」

 

 彼女の頭に手を回し、そのまま抱き寄せる。そうだ、他の連中なんて知った事じゃない、そんな奴等からの恨みや嫉妬なんてどうでもいい。大切なのは彼女は、白崎香織は――

 

「俺も……俺も同じだ。白崎、俺は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――間違いなく、俺にとっての“特別”だと言うこと、それだけだ。




予定では迷宮探索前夜の晩に香織がハジメに告白、そして奈落にてその際確認とハジメの返事。と言う流れを想定してましたが、書いてる内に色々変わり、迷宮探索前夜の二人の語らいはほぼ原作どおりの内容となってしまいました。

さて、タグにもあるとおりハジメにとっての特別はもう一人増える訳ですが、ヒロイン二人の関係性とバランス取り、うまく書けるのか(オイww)


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第5話『愚かなる者、心離れる者』

次はカナタのターン……ではありません!


 迷宮から帰還したその日の晩。初めての迷宮遠征、トラップによる危機的状況の体験、そして3人ものクラスメートの生存が絶望的とも言える脱落、これらの精神的負担から生徒の大半は帰還後すぐさま宿屋の部屋へと戻り、眠りについていた。

 

(あんの、キモオタ野朗がぁあああああっ!)

 

 そんな中一人の男子生徒、檜山大介は人気の無い路地裏で壁に両方の拳を叩きつけた。その形相は憎しみに溢れている。檜山は香織に想いを寄せていた。けれど、同時にこの恋は叶わない事も心のどこかで悟っていた。そう光輝が居たからだ。香織の傍には何時も光輝と雫が居た。二大女神と称されるほどの魅力を持つ二人と、すべてが完璧なイケメン男子の光輝。誰もが光輝と二人のどちらかが恋人同士になる事を信じて疑わず、どちらが選ばれてもきっと絵に描いた様なお似合いカップルになるだろうと認めていた。檜山もまた、光輝なら仕方ない、競争相手が悪すぎた、と諦めがついていた。勿論、極めて不満ではある事は確かだが。

 

(あいつの所為でっ! あいつの所為でっ!! あいつの所為でぇえええっ!!!)

 

 けれど、南雲ハジメ。あいつはダメだ、何時も眠そうにしており、協調性も無く、授業に対してもやる気がない、容姿だって不細工では無いが特にカッコよくもない。そして何よりオタクと呼ばれる人種の一人。そんな人間の底辺みたいな奴と香織が仲良くするなんてあってはならない、許されるはずが無い。だからこそ檜山はハジメに暴言を吐き、事ある毎に暴行を加え続けた。ある日、それ邪魔した上にあろう事かハジメと香織の仲を取り持とうとするカナタも檜山の中では同罪だった。

 

(何でだ、何でなんだよぉっ!!)

 

 そんな中、あの瞬間は訪れた。ハジメとカナタだけが危機的状況に直面している時、彼に悪魔が囁いた。魔法の一斉攻撃を行う中、制御に失敗して軌道が逸れた魔法があいつらの撤退を阻害してもそれは故意にはならない。そしてあえて適正属性以外の魔法を使えば、万一にも自分に非が及ぶ事は一切無いだろう。これは制裁だ、分不相応な事をしているあいつ等への正当な裁きなのだと、檜山はそれを実行してしまった。

 

「あれは裁きなんだ、俺は間違っちゃいない、なのにぃ……」

 

 目論みは概ね上手くいった、奈落の底へ消えていく二人。本当ならばベヒモスの攻撃であの場で死んでくれれば一番理想だったが、誤差の範囲だ。これで香織も目を覚ます、覚まさなくてもやがて彼女の中でやがてハジメの存在は過去となり、後は光輝が雫を選ぶ事を祈るだけ……そう思っていた。

 

(あんなキモオタの為に、そこまでするほどなのかよぉ……)

 

 けれど、そこで檜山にとって想定外の事態が起こった。あろう事か香織までも奈落の底へ落ちて行ったのだ。他でもない、彼女自身の意志で……

 

「あんなキモオタのどこが良いだよ、白崎ぃ……」

 

 搾り出すように呟かれた言葉。それを聞く者は誰も居ない……居ない筈だった。 

 

「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

 

「ッ!? だ、誰だ!」

 

 弾かれたように声のした方を振り返った檜山、其処に居たのは一人のクラスメイトの姿。

 

「お、お前、なんでここに……」

 

「そんなことはどうでもいいよ。それより……人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺そうとして恋焦がれていた相手諸共殺してしまったのって、どんな気持ち?」

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 普段であれば、相手の煽る様な言葉に怒りを露にするだろう。けれど、檜山自身精神的なショックが大きかった事と、その言葉を口にしたのが意外な人物だった事もあり、彼の口からは怒りではなく疑問の声が挙がった。

 

「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたらどうなるかな?」

 

「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」

 

「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

 

 そう、目の前の“彼女”は表向きは決して人を陥れて騙すような性格ではない。そんな彼女の言葉と、檜山が普段からハジメをイジメている(本人曰く制裁)事、何よりトラップを発動させたのが檜山本人だと言う事を省みれば信憑性は十分だ。

 

「ど、どうしろってんだ!?」

 

「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

 

「そ、そんなの……」

 

「白崎香織、欲しくない?」

 

「ッ!? な、何を言って……」

 

「僕に従えば彼女が手に入る、かもしれないよ」

 

「何ふざけた事を言ってんだ。白崎はもう……」

 

「ありゃ、信じられない? しょうがない、コレはまだ秘密だったんだけど――」

 

 そういって、彼女は自分の手札を一枚、檜山に明かす。それはあまりにも非道とも言えるモノだった。その言葉に、そしてをそれを行使する事に一切の迷いが見えない彼女に檜山は恐怖を覚える。

 

「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」

 

「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで? 返答は?」

 

「……従う」

 

「アハハハハハ、それはよかった! 僕もクラスメイトを告発するのは心苦しかったからね! まぁ、仲良くやろうよ、人殺しさん? アハハハハハ」

 

 得たいが知れない、底が見えない、けれど明確な弱みを握られている状況。そして何より香織を自分のものにするという望みを叶えるなら、彼女の案に乗る事が一番確立が高い事もあった事もあり、檜山は彼女の案を受け入れたのだった……。

 

(まぁ、嘘なんだけどねぇ……)

 

 檜山と別れた後、彼女は誰に向かってでもなくべぇ、と舌を出す。檜山に明かした手札、その殆どは間違っていない。けれど、彼にはあえて伏せた“ある制限”の問題でこの手段で彼が香織を手に入れる事は不可能だろう。それこそ、奇跡的に彼女が生きてでも居ない限り。

 

(それでも、希望をチラつかせた方が彼もやる気を出してくれるだろうし、僕ってやっさし~)

 

 例えそれが絵に描いた餅だとしても。彼女は「アハハハ」と笑いながら軽い足取りで夜の街路に消えていった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 ハイリヒ王国の場内に割り当てられた一室、既に死亡したとされたカナタの部屋、そこに私はいた。

 

(少し前まで、カナタは此処に居たのよね……)

 

 錯乱する私をメルド団長が気絶させてから私は5日も眠り続けていた。その5日間の間に起こった出来事はどれも私の心を苦しめた。王城に戻ってきてからメルド団長より行われた南雲君、香織、そしてカナタの死亡報告。その報告と詳細を受けて王はこう結論付けた。

 

『無能の二人が足を引っ張った結果、勇者の仲間が一人死亡した』と

 

 そう、救国の勇者が迷宮探索如きで死んだと噂が広まっては民に不安を与える、召喚された勇者達は無敵の存在で居てもらわねばならない。だかこそ、王国側はそうならざるをえない理由付けを行った。その理由こそが一行の中にまぎれていた何の力も持たない無能二人が足手纏いになった結果なのだと。それから城内でも二人を罵る声がところかしこで聞こえる様になり、私は幾度と無く彼らを斬りたい気持ちに狩られた。けれどそれは光輝が彼らに怒り、抗議した事により、王国側で彼らの罵った人物を処分する事で沈静化した。それとて、二人の為ではなく光輝を祭り上げる為のものだ。死んだ無能二人の死にすら心を痛める優しき勇者とされ、現に彼の評判は更によくなった。勇者の評判を守る為に、死んだ二人に更に鞭打つような真似をする王国の人たちもそうだが、何より彼女にとって衝撃だったのは光輝の事だった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

『俺の所為でみんなをあんな目にあわせちまって、ホントにすまねぇっ!!』

 

 時間が経ち、事が落ち着くに従って生徒達の意識はあの日の出来事を引き起こした原因、檜山へと向けられた。メルドさんの言葉に従わず、無用心にトラップを発動させた結果、生徒に死者を出したのだ。しかもその一人が他でも無い香織だった事もあり、ほぼ全てのクラスメイトから非難の声が浴びせられていた。そんな中、檜山は光輝に対して必死に土下座をして許しを請いていた。基本、人の善意を疑わない光輝だ、表向きでも誠意を見せれば許してくれる、彼が許してくれれば周りも表立って非難する事は無くなる、そう言う魂胆なのだろう。

 

(そうはいかないわよ、檜山っ!)

 

 私は知っている、例え光輝であっても彼を許さず、激怒するであろう、もう一つの非道な行いを。

 

『なら、あの時あえて火の魔法を使ったのは何故?』

 

『えっ……?』

 

 私の一言に、檜山が顔上げる。其の表情は愕然としている。

 

『私、見てたのよ。最後の魔法の一斉攻撃の時、あなたが火属性の魔法を使おうとしたのを。確か貴方の魔法の適正属性は風だった筈よね? なんであの時、態々自分の適正から外れた行動を取ったの?』

 

『そ、それは……突然の事態に気が動転しちまって……』

 

 それはありえない。トータスの魔法は属性や魔法の性質を決める複数の式で魔法陣を構築、詠唱を以って魔法陣に魔力を注ぐ事で発動される。そして、適正属性の魔法を使う際は属性を指定する式は省略できる。つまり、檜山が風属性以外の魔法を行使するには属性指定の式も書き込むと言う工程が追加される。うっかりで、“工程を失敗する事”はあっても、うっかりで“工程を増やす事”はありえない。

 

『つまり、貴方はあの時意図的に自分の適性とは違う属性の魔法を放ったのよ』

 

 檜山の顔が青くなり、唇が震えている。

 

『そしてあの時、二人に向かって反れたのも火属性の魔法だったわね……』

 

『~~っ!!』

 

 私が言わんとしてる事を周りも悟ったのか 再びクラスメイト達がざわつき始め、彼を非難する視線が集中する。

 

『俺、俺……風より火の魔法の方が好きだったんだ……』

 

『……は?』

 

 やがて、ポツリとそんな事を呟いた。そして次の瞬間にはまるで地面に叩きつけるかの様な勢いで再び土下座して。

 

『甘く見ていたんだっ!! これが命がけの戦いなんだと頭でわかったつもりになってただけで、心のどっかじゃゲーム感覚でいたんだ! だからあの時も自分の好みに走って慣れない魔法を使って、その制御を失敗して……』

 

 苦しい言い訳だ。いや、そもそも言い訳としてすら成立してない。仮にホントにそうだとしてもあんな極限の状況で自分の好みに走る事自体が不誠実。それもまた咎められ、責められるべき行いだ。

 

『……檜山』

 

 今なお地面に頭をこすり付ける檜山に光輝が話しかける。ビクッと身体を震わせ、檜山が顔上げる。やがて、彼は彼の傍に片膝を付く形でしゃがみ込む。

 

『お前は取り返しのつかない事をした。その結果、南雲と竜峰の“二人”は死んでしまった。それは理解しているな』

 

(……あれ?)

 

 おかしい……彼の言葉に違和感がある。そして何より、何故そんな諭す様な口調で話すの?

 

『あ、ああ……』

 

『なら、これっきりにしてくれ。確かに僕達は戦いを始めてまだ日が浅い、心のどこかで戦いを甘く見てしまうのは仕方ない事だ』

 

(ちょっと待ってよ、光輝……)

 

 なんで、彼を許そうとしてるの? 

 

(もっと怒るべきじゃないの!? 彼の行いの所為で香織まで死んでしまったのに)

 

『判った……もう、これっきりにする。現にこうしてクラスメイトが死んだんだ、もう遊びだなんて考えられねぇよ……』

 

『……よしっ』

 

 檜山の言葉に彼は頷いて立ち上がるとクラスメイト達の方に向き直る。

 

『みんなも思うところはあるかも知れない。けれど今は、誰かの失敗を咎めている場合じゃない。死んだ二人もそんな事は望んでいない筈だ!』

 

 やがて違和感に気付いた。二人?どう言う事なの、あの時、奈落の底へと落ちていったのは三人の筈だ。

 

『僕達は一刻も早く強くなる必要がある。人々を救うため、そして何よりみんなで力を合わせて、今も迷宮の底で助けを待っている香織を助けに行く為に!』

 

 

 

 

 ※

 

 

 

(貴方は私たちをそう言う風に見ていたのね……光輝)

 

 魔物の問題もそうだが、食料や水の問題もある。オルクス大迷宮を踏破するには自分達はまだ訓練が足りない事も考えれば彼らの捜索は1日2日で終わるものではない、そしてそれだけ日にちが経てば生存はもはや絶望的。けれど、彼は香織の生存を疑ってない。いや、疑わない様に振る舞っている。その事が光輝が私たちをどういう風に見ていたのか決定付けた。

 

(私達は所詮……貴方の物語のヒロイン、そうとしか見られていなかったのね)

 

 光輝にとっては私の事も香織の事も“天之河光輝と言う人物の物語”それに彩を添えるヒロインでしかない。

 

(ならば差し詰め、他のクラスメイトはほぼ背景にも等しい名も無きモブキャラで、あの二人は使い捨ての小悪党。そんな所かしら……)

 

 物語の序盤に出てくる、特に理由も無くヒロインを狙う小悪党。如何にその世界においてヒロインは魅力的な存在なのかを際立たせ、後は主人公にあっさりと撃退されるか、シナリオの本筋とは殆ど関係ところで死ぬだけの、シナリオには一切影響を及ぼさない、使い捨てにも等しい扱いの出番の終わった存在。光輝の中ではハジメとカナタはそんな存在なのだろう。

 

(……ふざけないでっ!!)

 

 人にはそれぞれ、その人自身の人生や想いがある。私達は光輝の物語に出てくる単なるキャラクターなんかじゃない。何よりカナタを、私の想い人を既に終わったモノとしか見てない彼を許す事は、もうできなかった。

 

「……カナタ」

 

 南雲君と香織、カナタは死に、光輝の事を大切な幼馴染とは見れなくなり、私にとって特に大切だった人達との縁が一気に失われた事が酷く悲しかった。彼と言葉を交わした部屋のベッドに倒れこみ、私は眼を閉じた。思い人の名を口にして、その瞳から一筋の涙を流しながら……。




感想にてオリ主のヒロインや始ハジメのヒロインが気になるという内容が来ます。

ネタバレになるのであえてタグには入れなかったのですが(ハジメ×香織×ユエは絶対に外せなかったので入れましたが)、他も追加したほうがいいのでしょうか?と言う訳でこの話から次の話ぐらいまでアンケート表示して意見を集めることにしました。因みに同点もしくはどちらでも良いがトップの場合は追加はしない方向で進めます。


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第6話『胎動』

きりの良いところで切った結果、今回は少し短めになってしまいました。


 3人が落ちて行った崖には所々に横穴が開いており、更に鉄砲水が噴出している所もあった。ハジメと香織はその鉄砲水に流される形で途中で横穴に入り、後はウォータースライダーの容量で流されたからこそ助かった。けれど、それは奇跡とも言える出来事であり、奇跡とはそう何度も起こるものではない。

 

(……)

 

 例の橋があった場所の崖の底、横穴に吸い込まれなかった鉄砲水によって所々に水溜りが出来ている空間。そこにカナタは居た。しかし鉄砲水で吹き飛ばされ、壁に頭をぶつけ更には高層ビルを超える高さから地面に身体を叩き付けられたのだ。全身の骨は砕け、意識もない。当然ながら、このままでは長くは持たないだろう。暗い地の底で彼の人生は終わりを迎えようとしていた。

 

(……イル)

 

 けれど“それ”にとってはカナタが此処に直に落ちてきた事は僥倖だった。

 

(ウケツグモノ……)

 

 やがて既に骨だけとなった“それ”の、瞳だったと思われる所、その片方に紅い光が灯る。それは“彼ら”が最後に蒔いた種。その種が蒔かれた理由はもう思い出せない。それほどまでの永い永い時の果て、種は漸く芽吹いた。もはや記憶と自我は殆ど擦り切れている、けれど約束だけは覚えている。この瞬間を迎えた時の約束、そのためにずっと“それ”は意識を保ち続けたのだから。そして紅い光がそこから零れ、地面に落ちたそれは膨れ上がり、黒く染まり形作る。

 

(イズレイタルモノ……リュウコンシ)

 

 人の形をしたそれは全身が黒一色をしており、鼻も口もない。けれど、その瞳は先ほどと同じ紅い光が灯っており、その光を中心に紅い線が体中に走っている。やがて“それは”彼の傍に立ち、彼を見下ろす。

 

(サァ……チイサキトモヨ)

 

 そしてその手をゆっくりと掲げ――

 

(タイコノヤクソクニシタガイ……ワレハオマエヲ……エラブ)

 

 腕を彼の心臓に向かって突き立てた。その衝撃に一瞬だけ、カナタの身体がビクンと跳ねる。

 

(チイサキトモヨ……オマエノコレカラガ、ジユウナ……イシノモトニアランコトヲ……)

 

 微かに残った記憶の中にある友人達の口癖。それが、神代の時代よりこの時を待ち続けた“それ”の最期の言葉だった。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「……い、……しろっ!」

 

「た……君、……を……覚ましてっ!」

 

(う、俺は……)

 

 誰かが俺を呼んでいる。まだ頭がハッキリしておらず、よく聞き取れない。やがて、意識は少しずつ浮上して――

 

「ムグッ!?」

 

 否、急激に浮上した。突然口の中に何かを突っ込まれ、そこから液体が流れ込んでくる。

 

「ごほっ! げほっ、げほっ!」

 

 いきなり事に上手く飲み込めず液体は気管に入り、思いっきりむせる。それにより意識はハッキリして俺は上体を起こす。

 

「ここは……?」

 

「大丈夫、竜峰君?」

 

 そうして声をした方に目を向けると底に居たのは一組の男女。白い髪をした男性と灰色の髪をした女性。

 

「あんたらは……?」

 

「わからねぇか? まぁ、無理も無いか。自分で言うのも何だが、俺も香織も随分と変わっちまったしな」

 

 隻腕の男性の口から発せられた聞き覚えのある声、更に聞き覚えのある名前。それは俺の中である結論を出す。けれど脳内では目の前の男を自分の知る人物と結び付けられずにいた。何せ、色々違う、どこがと言われればほぼ全て。その為、俺の口からでたこの問いは本当に事実を確認する為の言葉となった。

 

「もしかして……ハジメに香織か?」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、竜峰君は橋から落ちてからずっと意識が無かったの?」

 

「なんかの弾みで俺の記憶が飛んでなければ、そうなるな」

 

 あれから俺は「なんということでしょう」と言えるほどの変貌を遂げた二人と情報を交換していた。

 

「んなわけねぇだろ、俺と香織が此処まで来るまで少なくても2週間以上は過ぎてんだ。見たところエリクサーもねぇみたいだし、そんだけ長い間気絶してたってんなら、とっくの昔に死体になってるだろ」

 

 ハジメと香織が活動し始めてからしばらくは、香織の持っていた懐中時計で時間を確認していたが探索の途中で魔物に襲われた際に壊れたらしい。なので、今はどれぐらい時間が過ぎたかは判らないが、時計が壊れた段階で探索を開始してから14日は経過しているので、それ以上の時間が過ぎている事だけは確だそうだ。

 

「エリクサー?」

 

「さっきお前の口に突っ込んだやつだよ」

 

 ハジメはそう言いながら石製の試験管を一本取り出し、目の前で軽く振って見せた。どうやら先ほど俺に飲ませた水は神水と呼ばれ、あらゆる負傷を治す上に、これさえ飲めば食事を取らずとも生きていけるとの事。(空腹感は消えないみたいだが)

 

「ハジメ君はポーションって名付けようとしてたんだけどね。やっぱりこれだけ凄い水ならポーションよりエリクサーの方が合ってると思って。竜峰君もそう思うでしょ?」

 

「いや、どっちでもいいよ別に」

 

 「よくないよぉ」と反論する香織をスルーして俺は考える。ハジメの言うとおりなら少なくても俺は半月以上は気絶してた事になる。その間ずっと飲まず食わずな訳だからハジメの言うとおり、途中で餓死してるのが普通だ。だと言うのに飢えすら感じない。すると何を思ったのか、ハジメの目つきが更に鋭くなり――

 

「今更だが、お前ホントにカナタなのか? もしかして魔物が化けてるとか……」

 

「ちょっ、いきなり銃口向けんなっ!?」

 

 と言うか、何時の間に銃なんて作ったんだこいつ!? 兎に角、身の潔白を証明する為にステータスプレートを出して二人に見せる。

 

===============================

 

 

竜峰 カナタ  17歳 男 レベル:7

 

天職:竜魂士

 

筋力:800

 

体力:540

 

耐性:440

 

敏捷:720

 

魔力:640

 

耐魔:500

 

 

技能:????(+帝竜の闘気)・魔力操作・言語理解

 

 

===============================

 

 

(何があった俺っ!?)

 

 爆発的伸びたステータス、技能も竜核形成が????に置き換わっている。同系統のスキルの中でより上位な効果、もしくはそれに関連する場合に(+○○)と表示される派生スキルも増えている。

 

「……確かに竜峰君だね。ステータスや技能は置いておいて」

 

「みてぇだな。この世界で一番の身分証明とか言ってたし、確かに本物のカナタみてぇだな。ステータスや技能は置いておいて」

 

「判ってくれて何よりだよ……と言うか、マジでどうなってんだよこれ?」

 

 14日も普通に飲まず食わずで生きてた状況、急変したステータス、正直判らない事だらけであまりの得体の知れなさに自分の事ながら恐怖を覚える。

 

「まぁいい。あんたが敵じゃないってんなら、それ以上は追求しねぇさ。それよりどうするんだ? カナタも一緒に来るだろ?」

 

「来る、とは?」

 

「この迷宮から脱出するんだろ? 俺も香織も、その為に探索進めてんだ。まさかずっと此処で過ごすつもりじゃねぇだろ?」

 

「そりゃあな」

 

 どうやら、二人が目を覚ました階層には上階への階段は無く、脱出方法を探して探索を進めているとの事らしい。

 

「とは言え、この階層にあるのはこの空間と……」

 

 ハジメはその視線をある一点で止めた。それに釣られ、俺もそちらに目を向けると、そこには白骨化した何かの生き物の死体。

 

「あの生き物の骨だけだね、それ以外は何も無いみたい」

 

「形的に巨大なトカゲ……いや、羽みたいな部位もあるし、竜か?」

 

 俺はその生き物の骨をじっと見つめる。その時だ、ふと俺の脳内に誰かの声が思い出された。

 

(チイサキトモヨ……オマエノコレカラガ、ジユウナ……イシノモトニアランコトヲ……)

 

(今のは……?)

 

 誰の声かは判らない。けれど無機質にして無感情な声であるにもかかわらず不思議と安堵を覚える声だ。

 

「何してんだ、カナタ? 早く行くぞ」

 

「竜峰君、早く」

 

「あ、ああ。今行く」

 

 そう言って、二人の後を追い、下層への階段の前で一度止まり、もう一度ドラゴンの骨に目を向ける。そして再び階段の方に視線を向けて、二人の後を追いかけた。




今回は物語に動きは無く普通の合流回です。因みにアンケートですが、次話投稿は三日か四日後に行い、それにあわせてアンケートも閉じたいと思います。


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第7話『無作法な狩猟者達』

この話の投稿と同時にアンケートを終了します、投票ありがとうございました。

アニメ終わったー、速攻第2期発表キター。ウェブの原作が本編完結まで行ってるから、終わりまで走る予定か?


「ほんっと、お前どうなってんだよ……」

 

「うん、気絶してる間に絶対何かされたとしか思えないね」

 

「俺が聞きたいわ、そんなもん」

 

 無事に合流を果たした3人はオルクス大迷宮から脱出する為、迷宮の探索を続けていた。その途中で、休憩を挟む事になったのだが――

 

 

 

 

『はい、竜峰君の分』

 

『……なぁ、香織』

 

『なに?』

 

『これって、何の肉だ?』

 

 そう言って、香織が差し出したもの。それは神水(命名:エリクサー)の容器と同じ石製の器に保管された肉だった、しかし、この洞窟内で牛やブタ、鳥が居る筈も無く、嫌な予感を覚えながらも香織に肉の出所を尋ねると

 

『え、魔物の肉だけど?』

 

 当たり前の様に返って来た返事にカナタは背中から嫌な汗をかき、目の前の彼女の笑顔が恐ろしく見えた。

 

『ハジメと二人っきりになりたいから、俺に死ねと申してるのでしょうか?』

 

『えっ? ……ああ、そうだった、ゴメンね』

 

 魔物の肉は人間の身体には猛毒で食べたら最後、激痛と共に体の組織が崩壊し死に至る。なので香織から当たり前の様にそれを差し出されたとき、カナタは「死刑宣告っ!?」と本気で思い、思わず敬語になりながらもそれを指摘すると、香織はその肉に視線を落として、やがて「あぁ」と言った感じで何かに気づき、それを引っ込める。ここは迷宮の中、食料の現地調達は絶望的だ。なのでカナタは二人は神水で飢えを凌いでいたとばかり思ったのだが

 

『それじゃ改めて、はいっ』

 

 そして、改めて差し出されたのは魔物の肉+神水だった……。

 

 

 

 

 

 体の組織とは損傷した後に再生する際、前よりも少しだけ強靭な構成になる。筋肉が鍛えられるのもこの原理によるものだ。そして魔物肉の肉体の崩壊とエリクサー再生能力の合わせ技はその効果を全身に発揮させる。二人も魔物肉とエリクサーを摂取した事により体格が変わり、それとは別にステータスは大きく上昇、更に食べた魔物由来のスキルも覚えたとの事。加えて二食目以降は耐性が付くのか、エリクサー無しでも普通に食えるので、魔物は自身の強化にも繋がる優秀な食料と化す。味を考慮しなければの話だが……。

 

「お前やっぱり、俺らと合流する前にも魔物肉食ってたんじゃねぇのか?」

 

「神水も無かったってのにどうやって食えってんだよ」

 

 が、どう言う訳かカナタは初めて魔物肉を食ったにも関わらず、肉体が崩壊する事は無かった。そのありえない事態に対する言葉が冒頭のそれぞれの一言である。そう言いながら、カナタは結局飲まなかった神水を香織に返す。

 

「此処まで来ると、香織の言う事は間違いじゃないだろうな。俺の身体、絶対何か起こってる……」

 

 状況があまりにも人間離れしている。その事に対する恐怖は消えない、が、それを解明する手段も無ければ、現状それどころじゃないという事もあり、この件は保留にせざるを得ない。

 

「まぁ、それに関しちゃ無事に地上に戻ってからだな。そんな事より――」

 

 カナタはハジメと香織を交互に一瞥後

 

「あんたら、何時の間に下の名前で呼び合うようになってんだ?」

 

 訊ねると、ハジメと香織はお互いに目を合わせてから

 

「まぁ、なんだ……」

 

「そう言う間柄になった……って事かな」

 

 とハジメは気恥ずかしそうに視線を逸らし、香織も少し顔を紅くするも嬉しそうにそう答えた。

 

「……へぇ!」

 

 それはめでたい事だ。地球に居た時は周りの連中の視線やら、光輝の妨害(当人にその自覚無し)やらで、友達以上恋人未満で停滞していた関係がやっと動いたようだ。

 

(どうやら、奈落の底で過ごした際のつり橋効果が最後の一押しになった、って所か)

 

「色々協力してくれてありがとね、竜峰君」

 

「つーか、やっぱりカナタが色々、画策してやがったのか」

 

 そう、香織の言ってた協力者とはカナタの事でありトータスに呼ばれた日も、その前夜に雑談の中でハジメが徹夜する事を聞き、そこから次の日の昼食はカロリーメイト辺りで済ますと予想(実際は栄養ゼリーと、カナタの予想を超えていたのだが)、それを香織に話した結果が、あの作りすぎちゃった弁当である。

 

「まぁ、折角の友人の恋事情だし、俺だって応援のひとつもしてやりたくなるもんさ」

 

 そう、その気持ちがあるのは確かだ。けれど、二人の恋路を応援していたのにはちょっとした打算も含まれていた。

 

(さて、光輝はどんな反応するかねぇ)

 

 カナタと雫、二人は始めは学校でもよく話す間柄だった。けれど、ある事件がそれを引き裂いた。ある日、カナタはハジメに暴行を行っている檜山達を見つけ、それを止めようと檜山たちと喧嘩になった。喧嘩はカナタの方が有利だったのだが、タイミングの悪い事にそれを光輝が目撃、光輝は檜山が暴行を受けていると勘違いして逆にカナタを叩き伏せ檜山達を助けた。その騒ぎが学校にも伝わり、教師達から事情聴取を受けた。

 

檜山→「負傷していた南雲君を見つけて介抱しようとしたら、いきなり竜峰に襲われた」

 

カナタ→「檜山達がハジメに暴行を加えていたから助けようと思った」

 

光輝→「竜峰が檜山に暴行を加えていたから止めようとした」

 

 完全な被害者であったハジメを除き、暴力に訴えた3人に等しく厳重注意を、普通ならばこれが学校側の取るべき判断だろう。しかし理事長を始め、学校上層部は『負傷していた南雲君を介抱してた檜山君に竜峰君が一方的に暴力を振るい、それを天之河君が身体を張って止めた。状況的に南雲君に暴行を加えた犯人も竜峰君と思われる』と檜山の言い逃れと光輝の勘違いを完全に肯定し、カナタに全ての非を押しつける結論を出した。無論、学校側も二人の言い分を完全に信じた訳ではない。ただ、学校的にはそれが一番都合がよかった。

 

(教師は生徒の為になんて言うが、しょせんはキレイ事ってな)

 

 部活の大会、全国模試等で華々しい結果を残し続けてる天之河光輝の名前は学校の外でも有名となっている。そんな評判の中『天之河光輝の母校』と言うのは学校からすれば絶好の宣伝材料。そんな彼のネームバリューに傷を付ける訳にはいかない、と言う理由で学校側はこの様な裁量を下した。基本、光輝の思考パターンは『表立った悪行にも理由がある』『相手側にも理由がある』と言う常に色んな角度から物事を見る、と言うものだ。けれどそれは、そうした姿勢が多くの人に受け入れられる、即ち世間的に見て正しい姿勢だからである。光輝の思考パターンの根本にあるのは『多数派が正しいと思う事=絶対に正しい』と言うものだ。そして学校が光輝を持ち上げる為にカナタを大々的に悪として取り上げた結果、光輝の中でも竜峰は素行のよくない不良生徒、ハッキリとした“悪”と扱うことが正しいとなり、香織がハジメに構うのを止める以上に、雫がカナタと仲良くするのをやめさせた。その一環としカナタが通っていた雫の実家が営んでいる剣術道場でも、光輝が彼の行いを暴露、批判した事により道場でも非常に肩身が狭い思いをする事となり、なし崩しに道場をやめる事になった。

 

 裁定を下す校長の顔は今でもハッキリ覚えており、初めてイシュタルを見た時に学校の校長と同じ雰囲気を感じ取った。こいつはキレイごとを掲げて、自身の損得の為に平気で周りを贄にする奴だ、と。

 

(こちらは雫まで巻き添えにならない様にと、学校では接するのをやめようってあいつとも話し合って決めたってのに。そんな人の気持ちも知らないであいつは何時も香織と雫にベッタリ……)

 

 まるで、いや確実に香織と雫は常に自分の傍に居るのが普通。それは未来永劫不変の事だと言わんばかりに過ごしている。その事に、カナタは強い嫉妬を抱いた。カナタとて聖人ではない、こんだけ理不尽な目に合えば仕返しの一つもしたくなるものだ。しかし、だからと言って何かすれば、学校はまたしても光輝を庇い、結果更に自分の首を絞める事になるのは目に見えている。そんな行き場の無い気持ちを抱えて日々を送ってる時にふと気付いた。香織は実はハジメの事が好きなのではないかと。それを確信して(むしろこれがきっかけで香織自身もそれを自覚する事に)、カナタは二人の恋を応援する事にした。そんな時に思ったのだ。香織とハジメが結ばれる事、それ自体が光輝への意趣返しになるのでは、と。

 

(何時までも自分のものだと思ってた女の子が、実は他の男性と恋仲だった。それを知ってショックを受けるあいつの姿を拝んで溜飲を下げる。我ながらみみっちいが、それぐらいしてもバチは当らないよな)

 

 無論、ハジメにその気が無いからと言って、二人を無理にくっつけるつもりも当然無かった。二人の恋が実ればついでに実行しようと言う程度のささやかな仕返し。因みに、そんなカナタの『光輝NDK計画』は天之河光輝が香織と雫をどういう風に見ていたか、カナタがそれを見誤っていた事により失敗に終わるのは暫く後の話となる。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 それから、更に迷宮攻略は進んだ。初見の魔物が出現すれば優先的に狩って食った。結果――

 

===============================

 

 

竜峰 カナタ  17歳 男 レベル:46

 

 

天職:竜魂士

 

筋力:1150

 

体力:810

 

耐性:730

 

敏捷:1040

 

魔力:960

 

耐魔:670

 

 

技能:????(+帝竜の闘気)・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

 

 

===============================

 

 

 

 現時点で胃酸強化・纏雷・天歩(派生技能として空力、縮地、豪脚が発現)・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性の技能が増えた。ちなみにステータスの伸びに関しては食う側と食われる側の能力の兼ね合い、その魔物を食べるは初めて否かで変わってくるらしく、結果、合流段階では(何故か)カナタの方が高かったステータスも今では個別差こそあれど全体的にみれば3人ともほぼ同じぐらいだ。

 

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

 

 装備についてはカナタは今まで使っていた刀とシャムシールの中間と言える様な曲刀から重厚な大剣に切り替えた。と言うのも刀等、刀身の耐久よりも切れ味重視の剣では年単位のブランクとカナタ自身の大幅に伸びた筋力による負荷が合わさり、すぐに折れてしまうからだ。香織も飛び降りる際に愛用してた杖を手放してしまい丸腰だった為、ハジメの武器《ドンナー》と比べて威力を犠牲にし、代わりに軽量化、取り回しの良さを重視した銃《ドンナー・ライト》を護身用として持っている。そんな3人はある階層で一端攻略を中断、鍛錬に勤しんだ。

 

「その箱だと、希望の前に絶望が出てくること確定なんだが……」

 

 その理由はこの階層には今までになかった大きな扉が存在していた。特に大きな動きが無かった迷宮探索に生じた変化。それをスルーすると言う考えは無く、三人は可能な限り万全を期す為の準備をしていた訳だ。

 

「と言っても、他の人たちからしたら、今の私達の状況が絶望その物だけどね」

 

「それでも俺達は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵だ。敵は……殺す」

 

「うん、私も同じ。生き延びる為に、ハジメ君を守る為に。癒すだけじゃない、必要なら……私も戦う、そして……敵なら、討つよ」

 

「頼りにしてるぜ、香織」

 

「任せて、ハジメ君」

 

 と、お互いに見つめあいながら二人だけの空間を作り出す二人。

 

(自分でこうなる様に仕向けといてなんだが、結構きつい……)

 

 特に、自分達以外誰も居ないと言う状況も後押しし、カナタは猛烈に苦いコーヒーが欲しい気分だった。

 

「はいはい、仲がよろしくて何よりだよ。そんじゃ、行きますか」

 

 ハジメと香織が銃を手に持ち、カナタは大剣を肩に担いで3人は扉に近づく。近づくにつれて、扉から強いプレッシャーが襲い掛かるが、それでも3人は歩みを止めず、とりあえず扉の前までたどり着く。それでも何も起こらない事に拍子抜けしながらも、ハジメが扉を調べ始めた。

 

「? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」

 

「訓練中は本の虫だったハジメでも判らんって事は、かなり昔の時代の式って事か?」

 

 ハイリヒ王国で訓練をしてる際、ハジメは能力の差を知識でカバーしようと、実技よりも座学に力を注ぎ、カナタが聖堂でボンヤリと過ごしてる時間も図書館で知識の吸収に勤しんでいた。

 

「見た目的にはこの窪みに何か嵌めるんだろうが……」

 

 普通に考えればこの階層にそれが落ちている筈だが、鍛錬の為に探索し尽くしたこの階層にはそれらしきものは無かった。ならば、今までの階層の何処か、と言う事になるが今更戻って調べるのも億劫である。

 

「仕方ない、いつも通り錬成で行くか」

 

 結局、おなじみハジメの練成で扉の構造を変えて通れるようにしようと扉に手を添え、練成を発動させる。

 

「うわっ!」

 

「ハジメ君っ!?」

 

 が、直後に扉を走った一瞬のスパークと共にハジメは扉から弾き飛ばされる。

 

「――オォォオオオオオオ!!」

 

 直後、野太い声が響き渡り、ハジメとカナタはその場から飛び退き、少し離れた所で様子を見ていた香織と合流する。その声は扉の両側に彫刻された一目の巨人のレリーフから聞こえていた。

 

「さしずめ、扉の番人様ってか」

 

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

 

 やがて、そのレリーフはバラバラと崩れ、同じ姿の巨人が姿を現し始める。やがて巨人の上半身が完全に露になった所で――

 

 ドパンッ!ドパンッ!

 

 と、もはやお馴染みの発砲音が2つ響き、片方の巨人の瞳に2つの銃弾が突き刺さり、そのまま後頭部を爆散させた。まさか登場シーンでいきなり攻撃されるなんて思わなかったんだろう。もう片方は合い方に銃口を向けていたハジメと香織を一瞥後、既に絶命した相方の方に目を向け動きを止めた。一つ目なだけに表情は判らんが、間違いなくポカーンとしているだろう。直後、巨人は殺気を感じ視線を前に戻す。そこには自分の目線と同じ高さまで跳躍し、風を纏った大剣を振りかざしたカナタの姿。

 

「っらぁ!」

 

 そして、気合の声を共に剣を振り下ろす。重厚で巨大な刀身はそのまま巨人の頭蓋を砕き、その頭部を真っ二つにし、そのままむき出しになっていた上半身も両断する。振り下ろした剣が地面とぶつかり、ガァンっ!と衝突音を響かせると同時に、巨人の体から血が噴きだし、カナタはバックステップで返り血を避ける。

 

「はい、お疲れさん、と」

 

 言いながらカナタは風爪を解除し再び大剣を肩に担ぎなおす。風爪とはハジメの腕を食った熊の魔獣が持ってる技能で文字通り、風の爪で獲物を切り裂くものだ。とは言え、こうした技能は何も対応部位だけに限らず武器にも纏う事が出来るらしい。ハジメと香織も纏雷と言う二尾狼が持ってた帯電系の技能を使い、銃身に電気を纏わせ、レールガンの様な銃撃を可能としている。そしてカナタも刀身の強度を優先し、据え置きとなっている切れ味を刀身に風爪を纏わす形でカバーしている。

 

「おい、変身や登場シーンの最中の攻撃はご法度じゃねぇのか?」

 

「その言葉そっくりそのまま返すよ。それに、そんなお行儀の良い事はしねぇよ。なんせ不良だからな」

 

「それにこれはゲームやアニメじゃないしね。」

 

 ニヤニヤしながら声を掛けるハジメに対してカナタは軽く肩をすくめ、ハジメと香織も銃をホルスターに仕舞う。

 

「さて、これでも扉が開く様子が無いって事は……」

 

 カナタの言葉に三人の視線は巨人の死体に集まる。扉に門番が居るとなれば、開く為の鍵は門番が持っているというのもお約束だ。けれど巨人もそれらしき物は持っていない。ならばとすぐにカナタとハジメでそれぞれの巨人の肉体を捌き、体内から魔石を取り出し扉に嵌めこむ。すると扉に描かれていた魔法陣に魔力が注がれてそれにあわせて部屋全体が明るくなり、役目を終えた魔石は砕け散る。

 

「今のが絶望で、この奥に希望、だったらありがたいんだがな」

 

 そう言って、ハジメがゆっくりと扉を開く。真っ暗な空間に部屋の光が差し込み、夜目の技能と併せて扉の奥の全容がハッキリとして来た。聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だれ?」

 

 ――その立方体に腕と下半身が埋まっている一人の少女の姿があった。




前々からちらつかせたカナタの過去。本来ならもっと前の段階で入れる予定でしたが、実際に執筆してると入れれるタイミングが見つからず、今回半ば強引に割り込ませる形になりました。因みに『光輝NDK計画』のNDKとは勿論「ねぇ、今どんな気持ち?」ですwww

その結果、ユエの本格的な出番は次回にお預け・・・すまない、ユエ。


さてアンケートの結果ですが

欲しい:59票
いらない:1表
どちらもで良い:17票

と言う事で、ヒロイン関係のタグを追加する事になりました。なお、タグに載って無いヒロインは基本原作通りとなります


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第8話『奈落の底の幼き月』

少し前に、ヒロインタグを追加しました。メインキャラだけ見ればハーレム人数でハジメを超えてしまってますが、先生を始めとしたサブヒロイン等は基本原作どおりなのでセーフの筈(何がだ)


「誰か……居るの?」

 

 掠れた声は周囲が無音だからこそ聞き取れる程度の小さなものだった。僅かに差し込む光を受けて、金色に輝く髪は真っ暗な空間と合わさり、何処か月明かりを思わせる。何かあるとは思っていたが、まさかに自分達以外に人が居るとは思わず、香織とカナタは驚いた表情でその少女から眼を離せずにいた。

 

「すいません、間違えました」

 

 しかし、ハジメは明らかに厄介ごとの気配を感じたか、速攻でドアを閉めようとする。

 

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

 

 こんな地底に頻繁に誰かが来る筈もない。少女の方も久しぶりの来訪者を引き止めようとさっきよりも大きな声でこちらを呼び止める。

 

「嫌です」

 

 が、それもバッサリと斬り捨てる。

 

「ど、どうして……なんでもする……だから……」

 

「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって……」

 

 そう返事をして話は終わりとばかりに扉を閉めていく。そんな様子を見ていたカナタ、そして香織の表情は複雑なものだった。可哀想と思う気持ちはある。けれど、先ほどのハジメの言葉もあり得なくは無い。それこそ解放と同時に「騙して悪いが……」と言うパターンも十分に想定できる。そうでなくても、地上に戻れない=補給等が出来ない期間がどれだけ続くか判らないのだ。こうしたリスクがある行動は控えたほうが良い。

 

「ちがう! ケホッ……私、悪くない! ……待って! 私……」

 

 そんな中、殆ど泣き叫んでいるかの様に声を張り上げる少女。けれど、今度は扉を閉めるのをやめない。やがて扉は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裏切られただけっ!」

 

 最後の少女の一言でほんの僅かの隙間を残して止まった。

 

「ハジメ君……?」

 

 それから20秒ほど、ハジメはその場から動かず何かを考えていた。

 

「……くそっ!」

 

 そして、もう殆どしまっていた扉を再び開ける。再び差し込んだ光に、うな垂れていた少女は弾かれた様に顔を上げた。

 

(表向きは割り切ってるみたいだが……やっぱそれなりに堪えてはいるのか)

 

 既に自分たちが此処に居るのは檜山の悪意、裏切りによるものだと言う事は共通の認識となっている。そして同じく裏切られて此処に封印されたと訴える少女。その事に同族意識を感じたのだろう。そして、生きる為に恨みも含め、不要なもの全て切り捨てたと言ってるハジメにもまだ人間らしさは残っている。その事にカナタは少し安堵を覚える。

 

(香織曰く、根本的な優しさは変わっていないと言ってたが、なるほど……)

 

 

「裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

 ハジメを先頭に三人は少女に近づいていく。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

 

 少女は無言でうなづく。長らく使われていない喉で話すのは疲れるのか、YESかNOは頷くか首を動作で答えるつもりらしい。

 

「殺せないって言ってたな、どう言う事だ?」

 

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

 

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

 

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

「適正属性ならって事?」

 

「全ての属性で」

 

「勇者様が可愛く見える程チートだな、おい」

 

 つまりはイメージとそれを補完する魔法名のみで魔法を扱えると言う事だ。目の前の少女の言葉が本当なら、魔法勝負で少女に勝てる人間は居ないだろう。人間の使う魔法が発射までの工程が幾つもある火縄銃なら、さながら少女の魔法は現代のハンドガン、その時点で実力差は明白だ。

 

「……助けて……」

 

 やがて、精根尽きたのか最後は搾り出すような声で懇願してきた少女。そんな少女とハジメが数秒ほど見つめ合う。

 

「香織、カナタ」

 

「何?」

 

「ああ」

 

「念のため、警戒しておいてくれ」

 

 そう言って、彼女を封じている立方体に手を添える。

 

「あ」

 

「練成!」

 

 ハジメの練成の魔力が立方体に流れ込み、紅いスパークを走らせる。が、普通であればすぐに変形する筈のそれはまるで抵抗しているかのようにその形状を維持し続ける。

 

「まだまだぁ!」

 

 恐らくは今までの探索の中でも一番魔力を消耗しているだろう。立方体の方もかすかに振動をし始めるがそれでも形状は変わらずに居る。

 

「くそっ! まだ足りねぇのか」

 

「竜峰君、警戒の方はお願い」

 

 そう言って香織はハジメに対して治癒魔法“廻聖”を発動させる。この魔法の効果は魔力の移し変え、術者である自分の魔力を他者に譲渡する魔法だ。流石に魔力の消費を完全に相殺とまでは行かないが、それでも魔力の消耗速度がかなり緩和されたのをハジメは感じていた。その事にハジメはニヤリと口角を釣り上げる。やがてハジメの魔力の侵食を受けた立方体が明滅。ハジメは一瞬だけ香織の方を振り返ると互いに頷きあって、その視線を少女に戻す。

 

「上等だ! 魔力全部持って行きやがれぇ!」

 

 更に魔力を込めて練成の威力を高め、香織もこめかみから汗が一筋流れながらも、更に魔力を込めて天恵の効力を引き上げる。遂に立方体はその形を歪め始める。具体的な形状を指定していなかったのか、それとも無理やりに練成を受けたからか、立方体は融け落ちる様に消滅。少女は床にペタリと座り込んでいる。

 

「マジかよ……本当に、全部の魔力……使っちまった」

 

 二人もかなり消耗したのか息を切らして、その場に座り込んだ。ハジメが神水を取り出そうとするとその手を少女がそっと掴む。

 

「……ありがとう」

 

 その様子に「むっ?」と香織の表情が少し険しくなる。

 

「……名前、なに?」

 

「ハジメだ。南雲ハジメだ」

 

「白崎香織。ハジメ君の恋人だよ。それから――」

 

「んで、二人があんたを助けてる間、見張り以外特に何もしてない俺が竜峰カナタな」

 

 香織は名前よりもその後ろの部分を強調している感じがあったが、とりあえずそれぞれが名乗ると、少女は「ハジメ、カオリ、カナタ」とその名を呟く。それは、裏切られて一人になってから何百年ぶりに出来た誰かとの縁を確かめるような呟きだった。

 

「あんたは?」

 

「……名前、付けて」

 

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

 まぁ、具体的にどれぐらい封印されていたか知らない。けれど、吸血鬼と言う種族は何百年も前に滅んでいる。つまり、目の前の少女は吸血鬼がまだ実在してた時代の存在。これらから封印されていた期間は云百年単位に及ぶ事は容易に想像できた。そしてそれだけの時、誰とも話さず、名乗る事も無く過ごせば名前を忘れるのもありえなくなはない。けれど、ハジメの問いかけに少女は首が横に振る。

 

「もう、前の名前はいらない。……みんなの付けた名前がいい」

 

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

 三者三様に名前を考える。

 

「ルナちゃん……とかどうかな?」

 

 最初に何かを思いついたのは香織だ。

 

「うん、初めてこの部屋に来た時にこの子の髪の毛が夜空に光る月みたいにキラキラしてたから」

 

「トータスはファンタジーな世界だし、そう言うキラキラネームも悪くねぇがちょっと安直な気がするな」

 

「そうかな?」

 

 それに対してハジメが数秒ほど思案。

 

「“ユエ”ってのはどうだ」

 

「ユエ……?」

 

「ああ、これも地球じゃ月を意味する言葉だ」

 

「ユエちゃん、か……うん、悪くないかも」

 

「どうだ? 気に入らないなら別の名前考えるが――」

 

「ユエ……」

 

 少女はそっと胸に手を当てる。それはまるで大切な何かをそこに仕舞うかのような仕草に見えた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

「うん」

 

「おう、取り敢えずだ……」

 

 そう言うとハジメは今まで来ていた外套を彼女にかぶせる。

 

「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

 

「……」

 

 そう、最初は上半身を除き殆ど立方体にめり込んでいた為、さほど気にならなかったがそれから解放されたユエは完全に裸の状態である。それに気付いた少女は顔を紅くしながら外套を羽織を羽織る。

 

「ハジメのエッチ」

 

 それに対してハジメは何も言わない。何を言っても墓穴になるし、何よりハジメの横で物凄い良い笑顔を向けている香織が怖かったのもあるのだろう。

 

(……っ!?)

 

 そんな二人の様子を少し離れた所で見守っていたカナタだったが、やがてその気配察知が何かを捕える。

 

「ハジメ、香織。急いで神水飲んで回復しときな」

 

「え?」

 

「まったく、希望が出て来たらそれで絶望は品切れ、それがパンドラの箱だってのに……」

 

 そう言いながら、背中に背負った大剣に手を掛ける。直後3人の目の前に“それ”は落ちてきた。一言で表すなら巨大なサソリだ。けれど体長は5メートルを超え、サソリの特徴であるハサミや尾の数はそれぞれ倍になっている。

 

巨人(絶望)ユエ(希望)ときて、またサソリ(絶望)。そんなパンドラの箱は聞いた事ないっつーの」

 

「おい、カナタ……」

 

「言っとくが、気配察知は常時使い続けてたぞ。こいつはホントにいきなり湧いて出て来たんだ」

 

「つまり、意地でもユエを此処から出したくねぇって事か」

 

 万一、ユエの拘束が解かれた時に召喚される様になっていたのだろう。つまりはこいつが最後の番人。

 

「上等だ、殺れるもんならやってみろ」

 

 そう言って、神水を一瓶、香織に渡す。

 

「香織、ユエを頼む」

 

「判った。ユエちゃん、こっちに!」

 

 それを受け取り、香織はユエを連れて二人から距離を取り、近くの柱に隠れる。それを確認し、ハジメはドンナーを手に持ち、カナタも大剣を構える。

 

「邪魔するってんなら……殺して喰ってやる!」



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第9話『深紅の猛り、焼滅の蒼』

 先に動いたのはサソリの方だ。尻尾の先端をこちらに向けて、そこから紫色の液体を噴射。ハジメは横っ飛び、カナタは天歩の派生技能“空力”を使い、上へと跳躍。空力とは宙に不可視の足場を生み出し、本来であれば落下するしかない空中でもある程度自在に跳び回れるスキルである。

 

「ハァアアアアッ!」

 

 そして落下の勢いも乗せて頭部に向けて大剣を振り下ろす。しかし、ガァンッ!という音と共に弾かれる。とは言え衝撃は貫通したらしく、踏ん張りが利かなくなりサソリの胴体は地面に叩き付けられる。

 

(かっ、た……まるで岩叩いてる気分だな)

 

 サソリがお返しとばかりに尾の先端で直接突き刺そうとするが、それは剣を盾代わりにして受け止め、その衝撃を利用し間合いを置いて着地する。それと入れ替わりと言わんばかりにハジメの銃撃がサソリの顔面に直撃するがそれも、明確なダメージには繋がっていない。そして反撃とばかりにサソリは尾に付いてた針を飛ばしてくる。途中で無数の小さな針に分裂し、それは散弾銃の弾丸の様に飛んでくるのを、二人は避けていく。

 

「だったら、熱ならどうだ?」

 

 そう言いって、ハジメはサソリに向かって何かを投げる。カンっ、と乾いた金属音を響かせサソリの足元に転がったそれは程なく爆発。やがて、燃え盛る液体がサソリに付着する。それを引き剥がさんとばかりにサソリは暴れている。

 

「焼夷手榴弾って奴だ。フラム鉱石を利用した三千度の炎だ。良く燃えんだろ」

 

「キシャァァァァア!!!」

 

 やがて消火を諦めたのか、サソリは胴体に火がついたままこちらに向かって突撃、4本の腕でカナタとハジメに向かって殴りかかる。4本の腕で殴りかかってくるのを二人はそれぞれに捌く。

 

「っらぁ!」

 

 突き出された腕をカナタが剣でかち上げ、怯んだ一瞬にハジメが2つ目の焼夷手榴弾を投げ込み、一端動きをとめると共にハジメはドンナーの銃弾をリロードし直す。

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 その鳴き声は今までに比べて、高音のモノだった。明らかに今までと何かが違う、直後、辺りの地面が振動。無数の円錐状のトゲが生えてきた、数こそ多いが生えてくる位置や方向はランダム。どうにしか避けきれると二人は思っていたが――

 

「きゃあッ!」

 

「っ!」

 

 生えてくる位置はランダム、それが完全に仇となった。トゲは香織とユエの隠れていた位置にも現れ、それを避ける為に香織はユエを抱きかかえながら、隠れていた柱から飛び出す形となる。そして新たな獲物の出現、それによりサソリは香織とユエに狙いを変える。

 

「っ!? 逃げろっ! 香織っ! ユエっ!」

 

 ハジメが二人に向かって叫ぶのとさそりが二人に向けて針を飛ばしたのはほぼ同時。ハジメは「クソッ!」と悪態付きながら縮地で二人の前に立つ。

 

「がぁぁああ!!!」

 

 致命傷となるのはドンナーで撃ち落したり、業脚や風爪で捌くも、何本かはハジメの肉体に深く突き刺さる。

 

「「ハジメっ!」」

 

「ハジメ君っ!」

 

 あまりの激痛に片膝をついたハジメだが、それでも闘志はまだ折れておらず、サソリに向かって手榴弾を投げる。けれどそれは焼夷手榴弾とは別の形をしていた。

 

「お前等っ! 目を閉じろっ!!」

 

 言われるままに3人が目を閉じると直後、辺りを眩い光が包み込む。先ほど投げたそれは閃光手榴弾。サソリはそれを直視してしまった為、一時的に視界不良に陥り、闇雲に腕を振り回している。その間にハジメの身体に刺さった針をハジメとカナタが抜いて、香織が治癒魔法で傷を塞いでいく。

 

「ハジメ……」

 

 ボロボロなハジメの姿に、今までそれを忘れてたとすら思えるほど感情が乏しかったユエですら泣きそうになっている。そんな彼女を安心させる為にハジメはユエの頭に手を置く。

 

「大丈夫だ。それよりアイツ硬すぎだろ? 攻略法が見つからねぇ。目か口を狙おうにも四本のハサミが邪魔で通らねぇし……」

 

「どうする? 切るか、切り札?」

 

「いや、突破口が見えねぇところで無策に切っても意味がねぇだろ」

 

「……どうして?」

 

「あ?」

 

「どうして逃げないの?」

 

 こんな状況でさえも、勝ち筋を探している二人にユエが問いかけた。恐らくあの魔物は自分の拘束が解けた時の為の保険。ならば、自分を捨て置けばハジメ達は助かる可能性がある。けれど、それをしようとしない彼らへの疑問だった。

 

「何を今更。ちっとばっかし強い敵が現れたぐらいで見放すほど落ちてねぇよ」

 

「もしも私たちがユエちゃんを見放す事があったとすれば、それは拘束されていたユエちゃんを見つけた時、まだ選んでいなかった時だけ」

 

 自分達の願いと目的、つまりは自分の選んだことの為なら周りに対して一切の容赦をするつもりは無い。それがハジメと香織の信念。

 

「他の全てを投げ打ってでも、自分達の決めた事を貫き通す。そう決めた以上、ここでユエちゃんを見捨てるのはそれに反する事だもん」

 

 他の命や想いを踏み潰してでも自分達の選んだ道を進む。そう決めたからこそ、自分達は一度選んだ事を曲げるのは許されない。曲げた瞬間、それまで奪いつづけた命はホントの意味で無意味となり、自分たちは正真正銘の外道に堕ちる事となる。確かにあの時は罠や裏を疑い、彼女を放置する事も考えた。けれどもう、自分達はユエを助ける事を“選んだ”。

 

「だから見捨てたりなんてしないよ。私たちが、これからも進み続ける為にもね」

 

「ハジメ、香織……」

 

 二人の言葉を聞き、ユエは少し俯く。やがて納得したかのように頷くと、突然ハジメに抱きついた。

 

「はっ?」

 

「なぁっ!?」

 

「……へぇ」

 

 突然のユエの行動にカナタ達は三者三様な反応を示す。

 

「ユ、ユエちゃん!? いきなり何を――」

 

「ハジメ、カオリ、カナタ」

 

「え?」

 

 香織がユエに何か言おうとするも、それをユエの声が遮る。そこには小さいながらもハッキリとした意志が込められていた。

 

「信じて」

 

 一言だけそう告げて、ユエはハジメの首筋に噛み付いた。

 

「ユエちゃん……」

 

 普通ならば、なりふり構わずユエを引き剥がそうとするだろう。けれど、先ほどのユエの言葉が彼女のこの行為は決して、意味無く行ったものではない事を香織に確信させていた。

 

「キィシャァアアア!!」

 

 閃光による視界不良が回復したのか、サソリは再びこちらに顔を向け、突進してくる。

 

「……香織」

 

「うん」

 

「“聖絶”であいつのトゲや針、防げるか?」

 

「立て続けに喰らいさえしなければ、恐らくは」

 

 聖絶とは一言で言えばバリアだ。先ほどは完全に不意を付かれた為に障壁を張る余裕も無かったが、本来であればそれで防ぐ事も出来た。

 

「……判った。なら、準備が整うまで前を支えるのが俺の役目だな」

 

 大剣を肩に担ぎ、ジッとサソリを見据える。

 

「ユエ、起死回生の一手……期待してるからな」

 

 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべる。これから切るのはカナタにとっての“切り札”

 

「紅蓮の心……必殺の意志……猛れ、帝竜の闘気」

 

 静かにけれど力強くそう告げると同時にカナタの瞳が黒から赤へ染まり、彼の体から深紅のオーラが靄の様に立ち込める。そして、自らもサソリとの距離を詰め、大剣をフルスイング。サソリが顔面を庇う為にガードした鋏とぶつかり、火花が散る。

 

「ぐぅぅ、らぁあああっ!!」

 

 サソリの突進を受け止めて少しの拮抗の後、カナタの大剣が振りぬかれ、サソリは後ろの方に吹き飛ばされる。

 

「もう一発っ!」

 

 続けて、空力も使わずに自前の跳躍のみで今だ宙に浮いてるサソリの上空まで跳び上がったカナタが再び頭部に向かって剣を振り下ろす。

 

「ギィシャァアアア!?」

 

 それは再びサソリの肉体を地面に叩き付け、その衝撃波が香織とユエの長い髪を揺らす。サソリの方もその外殻にこそ傷は無いものの、打撃により内部にダメージを負っている。

 

(こいつ使ってヒビの一つも入らねぇとか……マジで硬すぎだろ)

 

 帝竜の闘気、それは光輝のスキルの一つである“限界突破”同様、一時的に自身の能力大きく引き上げる技能。けれど限界突破が3倍なのに対して、こちらは7倍の性能を誇る。これは光輝もまだ習得に至ってない限界突破の派生技能、覇潰をも超えている。そして限界突破は解除後に大幅に能力の低下と倦怠感により戦闘能力を著しく低下させるが、帝竜の闘気は消耗魔力が覇潰と比べ、大幅に引き上げられてる代わりに解除後は強い疲労感に襲われる程度と、副作用は大幅に緩和されている。効果とリソース消費、そしてリスクとのバランスを考えれば完全に限界突破の上位互換だ。

 

(まぁ、でも……)

 

 サソリの背後に着地したカナタ。そしてサソリもカナタを真っ先に排除するべき脅威と認識し、彼の方に目を向ける。何時ものように剣を肩に担ぎ、空いてる方の手で挑発するように掌を上に向けた状態で手招きをする。

 

「暫くお付き合い願うぜ、サソリ野郎っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナタがサソリと打ち合っている間も、ユエの吸血は続いていた。時より、地面を隆起させる攻撃がこちらにも飛んできたが、その度に香織は聖絶でそれを防ぐ。

 

「……ごちそうさま」

 

 やがて、ユエはハジメの首筋から口を離す。先ほどまでのやつれた雰囲気は無くなり、白磁の肌には色艶が戻っている。唇に残っていた血も舌で舐める姿と合わさり、その姿は幼いながらも何処か艶やかさすら感じ、ハジメだけでなく、香織までも見とれていた。ユエはゆっくりと立ち上がると、サソリに向かって手をかざす。と同時に彼女の体から膨大な魔力が膨れ上がり、黄金色の魔力のオーラが彼女の髪を靡かせる。

 

「……離れて、カナタっ!」

 

 ユエが声を掛けると、カナタは一瞬だけユエの方に目を向け、縮地でサソリから離れる。

 

「……蒼天」

 

 ユエが静かにそう告げるとサソリの上空に直系7メートル近くの青白い炎の球体が出現する。そしてそれはサソリを直撃すると同時に天井にまで届くほどの火柱を上げサソリを焼いていく。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 あまりの火力に三人は唖然としている。やがて、炎が収まりサソリが姿を現す。サソリはまだ健在、けれど3千度を超える熱にすら耐えて見せた外核は赤熱化し、部位によっては溶解している所もある。

 

「ユエちゃん!?」

 

 直後、肩で息をしていたユエはその場に座り込む。

 

「ユエ、無事か?」

 

「ん……最上級……疲れる」

 

「とんでもない、隠し玉を持ってたもんだな。こりゃ」

 

 そう言って、カナタが剣を構えなおす。サソリの外殻は今やユエの炎に焼かれ、その堅固な守りに揺らぎが生じている。今が好機、そう判断しカナタは再びサソリとの間合いを詰めて跳躍。剣を持ち替え、切っ先を下に向けながら落下していく。サソリの外殻すれすれの所に空力で足場を作り、赤熱化している部分に剣を突き刺す。

 

「ギシャァアアアアっ!」

 

「ぐぅううううううっ!」

 

 高熱であぶられ、赤熱化した金属は通常よりも柔らかくなっている。それと同じであれば。無論、その事はサソリも承知済みか、自分の身体に直撃するリスク覚悟でその二本の尾でカナタを貫こうとする。

 

「やらせるかっ!」

 

「させないっ!」

 

 けれどハジメのドンナーが片方の尾を弾き飛ばし、残り一本も香織の聖絶に阻まれる。

 

「ぐぅ……ぁぁああああああああっ!」

 

 カナタが気合の雄たけびと共に更に力を込める。遂に赤熱化していた外殻はその形を大きくひしゃげさせ、その下の柔らかい肉の部分に剣が突き刺さる。

 

「ギィヤァァァアアア!?」

 

「こいつでぇ……」

 

 深く突き刺さったのを確認し、再び持ち替え――

 

「仕舞いだぁあああああああっ!」

 

 そのまま剣を振り上げ、サソリの顔を下から上へと引き裂く。弾け跳ぶサソリの血肉と砕けた殻の破片。そして真っ二つになった顔からは緑色の血がドクドクと流れる。

 

「ギィ……シャ……」

 

 そのか細い鳴き声が断末魔となり、サソリはその身体を地に伏せさせ、その目から光が消えた。奈落の底にユエを封印していた存在、その最期だった。




現状では帝竜の闘気がカナタの中では切り札となっていますが、真の切り札の覚醒はこの後。と言っても、後はあいつとの戦闘ぐらいしかないですがww

因みに最後に空力で足場を作ったのは、赤熱化したところに直に足を付ければ、靴や足の裏が焼けるの間違い無しだからです。


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第10話『一時の休息』

お気に入り登録数100件突破しました。感想を書いて下さる方もおり、とても嬉しい限りです。これからもよろしくお願いします。

さて、今回は(ある意味)日常回的なお話となります。


「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

 

「……マナー違反」

 

 無事にサソリの魔物を撃破した4人は巨人の肉やら、素材やらを剥ぎ取りハジメの作った穴倉の拠点へと戻っていた。普通であれば、ユエの封印されていた場所の方が部屋としてしっかりしているので拠点には最適なのだが、ユエの希望によりそれは却下となった。

 

「てことは私より年上だったんだね」

 

「んっ、だから“ちゃん”付けはもうやめて」

 

「そっか。うん判ったよ、ユエ。これでいい?」

 

「ん」

 

「吸血鬼って、みんなそんなに長生きするもんなのか?」

 

「……私が特別。〝再生〟で年も取らない……」

 

 つまりはユエは見た目は何時までも幼女のままだがその精神は既に大人の女性、と言う事になる。幼いがゆえの可愛さと内側から滲み出る大人の魅力が同居していると言う訳だ。

 

(世のロリコン、大歓喜間違い無しってか……)

 

 因みに此処に連れてこられたまでの詳しい経緯は記憶に無く、初めて会った時以上の情報は持ってないとの事だ。

 

「まぁ、そんな事より大事なのはこの迷宮の脱出方法だな。ユエ、何か知らないか?」

 

「……わからない。でも……」

 

 ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

 

「反逆者?」

 

「遥か昔、神話の時代にエヒト神に逆らって世界を滅ぼそうとした集団の事らしい」

 

 けれど、反逆者は皇竜チェトレを筆頭とした人間たちの軍によって殲滅。結局、中心人物である7人だけが生き残り、それぞれの逃げた先で作り出されたのが現代で大迷宮とされる場所との事らしい。そしてその最深部には反逆者の隠れ家が存在しているとの噂だ。

 

「なるほど、それがホントなら地上への直通手段が合ってもおかしく無いか」

 

 隠れ家、と言う事は反逆者はそこで生活をしていたと言う事。ならば生活に必要な物資を揃えるのに、密かに地上に出向く必要もある。そしてその度にあんな長い道のりを進むのは普通に考えてありえない。

 

「なら、このまま迷宮の最深部を目指して進むのが一番って事だね」

 

「だな。少なくても希望が見えてきたってもんだ」

 

 言いながら、ハジメは先の戦闘で消耗した銃弾や手榴弾を補充し、カナタは研ぎ石(遠征開始時に王国から支給されたもの)で剣の刃を研いでいる。そんな様子をジッと見ていたユエだったが――

 

「……三人は」

 

「ん?」

 

「三人は、どうしてここにいる?」

 

「うん、実はね――」

 

 それから特に何の作業もしてない香織がメインとなってこれまで経緯をユエに話した。いきなり呼び出されて戦う事になった事、仲間の裏切りで此処に落ちてきた事、落ちてきてからの事。

 

「で、この階層で怪しい扉を見つけたから一度探索を中断して準備を……って、どうしたの、ユエっ!?」

 

「……ぐす……みんな……つらい……私もつらい……」

 

 香織がユエの方に目を向けると、いつの間にかユエはグスッ、と鼻を鳴らしながら泣いていた。

 

「気にするなよ。もうクラスメイトのことは割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

 

「そうだね。でも――」

 

 香織はそこで言葉を止めて、今も涙を流しているユエをそっと抱きしめた。

 

「……カオリ?」

 

「私達の為に、悲しんでくれてるんだね。ありがとう、ユエ」

 

「……ん」

 

「まぁ、俺に限っては恐らく王国に戻っても居場所無いどころか最悪迫害されるかもしれんしな」

 

「どう言う事だ?」

 

「さっきの反逆者の話だがな。そのメンバーの中にはチェトレと並ぶ、もう一匹の守護竜も居たんだ。その名は帝竜アジーン」

 

「帝竜って……」

 

「そ、“帝竜”の闘気」

 

 言葉の通りであれば、この力はアジーンに由来するもので、こうした竜にまつわる力を行使する天職が竜魂士なのだろうとカナタは推測していた。相変わらず何があってこんな状況になったのかは判らないし、もしかしたら偶然の一致と言うだけでアジーンとは無関係と言う事もありえる。

 

「が、王国もその真偽は確かめられないだろうし。そうなったら後は疑わしきは罰せよ、だ」

 

 事実は兎も角、帝竜の名を冠する技能を持つ人間を勇者の一行として扱おうとは思わないだろうし、アジーンとの繋がりを疑う人間は必ず出て来て、その歪はやがて王国への不信感に繋がる。それだけ帝竜と言う存在もしくは単語その物が忌避されており、そのリスクは王国側にとっては背負いたくないモノだ。ならば切り捨てるのは無難な選択のである。

 

「つーわけで、迷宮脱出後は俺も王国には戻らない。ハジメ達と一緒に元の世界に戻る為の旅に付き合うよ」

 

「……帰るの?」

 

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

 

「……そう」

 

 そこで香織から離れたユエが俯きながら呟く。その声も少し沈んでいる。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

 

「ユエ……」

 

 そんな彼女の様子を心配そうに見ていた香織だったが、やがてハジメの方に視線が移る。ハジメも頭をガシガシ掻いて「う~ん……」と何か考えており――

 

「あ~、なんならユエも来るか?」

 

「え?」

 

「いや、だからさ、俺の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺達も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

 

 ハジメの言うとおり、ユエが地球で暮すには色々と問題は多いだろう。けれど300年以上の時の流れに置き去りにされ、頼れる人が今此処に居るハジメ達だけと言う状況よりはマシな筈だ。

 

「いいの?」

 

 その言葉にハジメが頷くと、ユエの顔にハッキリとした笑顔が浮かび、ハジメも思わずそれに見とれてしまっていた。が、「ハジメ君?」と、怖いぐらいに良い笑顔を浮かべる香織の視線を受け、ハジメは何かを振り払うかの様に首を振って作業に没頭するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハジメ」

 

「なんだ?」

 

 それから少し経って、今もそれぞれの作業をしている男二人。そんな中、柄に滑り止めの布を巻き直していたカナタがふとハジメに声を掛けた。

 

「後で殺傷能力抑えた爆弾作ってくれないか? ちょっと爆破したいモンがあるんだ」

 

「……嫌な予感がするから遠慮させてもらう」

 

「そっか。……君の様なカンの良い男は嫌いだよ」

 

「……」

 

 手入れと弾丸の補充は既に終えて、ハジメはなにやら新しい装備を作っている。そしてその様子をユエが覗き込んでいる。が、その距離は近く、殆どハジメに密着してるようなモノだ。そしてそんな様子に香織がなんとも思わないわけがない。対抗せんとばかりに同じく香織もユエとは反対側に陣取り、同じくハジメに密着している。両脇に美少女2人を侍らせている男。そんな光景を目の前にして爆破したくならない男など居るだろうか?

 

「……これ、なに?」

 

「あ、ああ。これはな……対物ライフル:レールガンバージョンだ。要するに、俺と香織の銃は見せたろ? あれの強力版だよ。弾丸も特製だ」

 

 ユエの問いかけにハジメは話題を変えるべく、少し上ずった口調で説明を始める。結局、今の自分の手持ちの装備ではサソリに対して明確なダメージを与えられなかった。そして、更に下の階層に潜った際にあれクラスの魔物と戦う時の為に、より高火力な装備が必要と考えた。

 

「でも、ドンナー以上の火力となると銃の強度とかは大丈夫なの?」

 

 ドンナー自体もハンドガンの範疇ではあるが一発の威力を重視しており、銃身に悪影響が出ないギリギリの範囲で収めている。つまり、それ以上を求めるとなると今の装備に使われているタウル鉱石では強度面で問題がでる。

 

「そこで、今回の武器、対物ライフル、《シュラーゲン》にはこいつを使っている」

 

 そう言ってハジメが見せたのは見慣れない鉱石。これはシュタル鉱石と呼ばれ、なんとあのサソリの外殻はこの鉱石で構成されていたらしい。

 

「魔力を込めた分だけ強度が増していく鉱石だ。後でカナタの大剣の刀身もこいつで作ったものに変えてやるよ」

 

「それは助かる。刀身も研ぎ石もボロボロになって来ていたからな……ん?」

 

 その時、カナタはふと思った。あのサソリの外殻はそのシュタル鉱石で形作られていた。そして今、ハジメはそれを錬成で加工している。つまり――

 

「なぁ、それってわざわざユエの魔法で熱してから力技で破らんでも、ハジメの錬成一発で剥せたって事か?」

 

「人が気にしない様にしていた事をハッキリと言わんでくれ……正直、その事を知った時は流石に少しヘコんだんだ……」

 

 そう、サソリの素材を剥ぎ取っている時にその事実を知った時、ハジメは思わず膝から崩れ落ちそうになるほどショックを受けた。良い素材が手に入ったと割り切って、頭から追い出していた事実をカナタがずばり指摘すると、ハジメの表情が心なしか暗くなる。

 

「ハジメ……元気出して」

 

「そ、そうだよ。それに、サソリと戦ってる時のハジメ君、凄くカッコよかったよ」

 

 と、香織とユエがハジメを慰めている姿を見て――

 

(錬成って、後天的に覚える事出来るかな?)

 

 なんて事を考えていた。何を作って、どう使おうと思ってるのかは、言うまでも無いだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの作業が終わればその後は食事の時間。本日のメインディッシュは封印部屋の2種類のボス。その丸焼きである。

 

(調理らしい調理も出来ないし、別に生でもあまり変わらないと思うんだがなぁ……)

 

 肉を刺した石製の串を焚き火の傍につき立てあぶっている様子を見ながらカナタはぼんやりとそんな事を考えていたが「ん?」となり、その思考を振り払う。

 

(いやいや、滅菌処理とかの点から見てもせめて焼いた方がいいだろ)

 

 余りにサバイバル過ぎる状況が長続きしすぎた所為か、食に対してずぼらになってるかもしれない。そう言う風に考えながら、カナタは焼きあがった肉を手に取る。

 

「ユエ、メシだぞ……って、ユエが食うのはマズイよな? あんな痛み味わわせる訳にはいかんし……いや、吸血鬼なら大丈夫なのか?」

 

 もはや、自分達は三人は当たり前の様に魔物肉を食べているのでその感覚でユエにも魔物肉を差し出そうとするハジメだが、やがてその手を止めた。そしてユエも「食事はいらない」と首を横に振った。

 

「三百年も封印されて生きてるぐらいだから、食べなくても大丈夫なんだろうけど、お腹とかは空かないの?」

 

「空く。……でも、もう大丈夫」

 

「大丈夫? 何か食ったのか?」

 

 ハジメが訊ねるとユエは真直ぐにハジメを指差した。

 

「ハジメの血」

 

「ああ、俺の血。ってことは、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってことか?」

 

「まぁ、吸血鬼の食事は血、って言うのは定番だわな」

 

「……食事でも栄養はとれる。……でも血の方が効率的」

 

 と、ユエがその視線をハジメに向けたまま舌なめずりをする、その様子にハジメと香織は嫌な予感を覚えた。

 

「……何故、舌舐りする」

 

「……ハジメ……美味……」

 

「び、美味ってお前な、俺の体なんて魔物の血肉を取り込みすぎて不味そうな印象だが……」

 

「……熟成の味……」

 

 曰く、沢山の野菜とお肉をじっくりコトコト煮込んだスープの様な味がしたとのこと。直後、ユエは今まで見せたこともない機敏さでハジメを押し倒す。

 

「お、おいっ!?」

 

「いただきます」

 

 そう言って再びハジメに噛み付こうとしたが彼女の肩に手を置き、待ったを掛ける人物が居た

 

「……なんのつもり?」

 

「それは私のセリフだよ、ユエ」

 

 そこにはユエと出会ってから何度目かの良い笑顔を浮かべた香織の姿。

 

「あんまりハジメ君ばかりから血を吸いすぎるとハジメ君も体調崩しちゃうかも知れないし、素直にご飯を食べよう、ね?」

 

 そう言って、焼きあがった魔物肉(勿論、神水もセット)でユエに差し出す。

 

「必要ない。血を飲めない香織達にとって、それは貴重な食料だから私はハジメの血で十分」

 

 ユエと香織、二人の間にバチバチと火花が散っているように見える。心なしかそれぞれの背後に阿修羅と龍(この場合は体の長い方の)の姿も見えた気がした。そして相変わらずにユエに馬乗りされているハジメが、助けを求める様にカナタの方に目線を向けてきたが、カナタはそれを「ガンバレ!」と言わんばかりの笑顔とサムズアップでスルー。3人が4人になり、探索も少しだけ賑やかなものになってきたなと思いながらカナタは魔物肉に喰らいついたのだった 



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第11話『再誕の刻(とき)』

遂に第一章の山場です


「だぁー、ちくしょぉおおー!」

 

「……ハジメ、ファイト……」

 

「お前は気楽だな!」

 

 現在4人、いや3人は全力で走っていた。ユエだけはハジメにおぶさっている。

 

「ユエっ! そろそろ交代してほしいんだけどっ!!」

 

「こんなか弱く、幼い女の子に走らせようとするなんてカオリは酷い女……」

 

「都合の良いときだけ幼女ぶらないでよっ!」

 

 そしてそんな彼らを追いかけるのは200頭にも及ぶ、ラプトル種の様な小型の恐竜の群れ。ジュラッシクパークも真っ青な光景である。なお可愛げもありますよ?と言わんばかりに恐竜の頭部にはいずれも綺麗な花が一輪咲いている。けれど、その花は見た目通りの可愛いだけのものではない。ここまでも何体か花を生やした恐竜を相手してきた中で、あの花は一種の寄生植物の類で、恐竜たちは操られていると推測が経っている。

 

「ていうか! さっきからちょくちょくハジメ君の血を吸うのやめてっ!」

 

「……不可抗力」

 

 そして、逃走の最中でもユエはマメにハジメの首に噛み付き、血を吸っている。

 

「不可抗力で人に噛みつけるわけ無いよね!?」

 

「……ヤツの花が……私にも……くっ」

 

「何わざとらしく呻いてんだよ。ヤツのせいにするなバカヤロー。ていうか余裕だな、お前等っ!!」

 

「そうだねー、三人仲良くイチャつけるほど余裕なら逃げずにあの集団に突貫してきたらどう?」

 

「えっと、カナタ怒ってるか……?」

 

「んん? ソンナコトナイヨー、ナカムツマジクテケッコウダナッテ、オモッテルヨー」

 

「思いっきり棒読みで言っても説得力ねぇからなっ!?」

 

 等とワイワイ騒ぎながら逃げてる内に目的の場所が見えてきた。更に探索と戦闘を繰り返すうちに、恐竜たちは自分達を一定の方向に近づけないようにしている傾向があり、そこに大本が居ると予測。思い切って、その方角に突っ切り始めた結果が200頭にも及ぶ恐竜達の追いかけっこである。そしてその方角に見えるのは縦割れの洞窟。4人はそこに逃げ込み、錬成で穴を塞ぐ。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう」

 

「……お疲れさま」

 

「さぁユエ、追いかけっこも終わったし、そろそろハジメ君から降りて」

 

「……むぅ……仕方ない」

 

 と、ホントに渋々といった様子で、ユエはハジメの背から降りる。そして、周囲を警戒しながら部屋の中央までやってきた時、緑色のピンポン玉サイズの球体が飛んで来た。それぞれ背中合わせに立ち、各々でそれを迎撃していく。

 

「おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかるか?」

 

「とりあえず、俺の向いてる方にはそれらしいのは見えないが」

 

「私も同じ、ユエは?」

 

「……」

 

「ユ――」

 

「香織っ!」

 

 ハジメが香織を抱きかかえその場から飛び退く。そして今まで香織が経っていた場所にユエの放った風の刃が通過していった。

 

「カオリ……ごめんなさい……」

 

 立ち上がった香織とハジメ、そして二人の傍に駆け寄ってきたカナタ。その3人の目には頭に恐竜達と同じ花を咲かせたユエの姿。恐竜達と違い、少し可愛げがあるも笑える状況では無い。そして、ユエを挟んで奥の方の縦割れから、アルラウネもしくはドリアードを連想させる植物と女性が融合した魔物が姿を現す。

 

「さっきの玉は胞子だった訳か。ったくやってくれるじゃねぇか」

 

「でも、なんでユエだけ?」

 

「俺らの場合は諸々耐性スキル持ってるからな。それのお陰だろう」

 

 けれど、ユエはここまで基本ハジメの血吸って腹を満たしており魔物肉は口にしていない。つまりはそう言った技能を持っていないと言う事だ。

 

「さて、問題はどうやって切り抜けるか、だな」

 

 植物の魔物は完全にユエを盾にしており、これではうかつに斬りかかる事は出来ないし、香織もドンナー・ライトの銃口を魔物に向けているものの、その引き金を引く事を躊躇している。その間にもアルラウネはユエを操り魔法で攻撃し続ける。その時だ、身体は操られていても意識は残っているのか苦痛な表情を浮かべていたユエがキッっと何かを決意したような表情で3人に叫んだ。

 

「みんな……私はいいから……撃って!」

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「なぁ、いい加減機嫌治せよ……」

 

 植物と恐竜の階層を突破し、次の階層に仮拠点を作り4人は休憩を取っていた。が、そんな中、ユエは明らか不機嫌そうな顔でそっぽ向いており、そんな彼女の頭を香織が撫でていた。あの時、実際に自分の事を気にせず撃てと叫んだユエ。けれども――

 

 

 

 

 

『みんな……私はいいから……撃って!』

 

『バカヤロウっ、そんな真似できるか!』

 

『私なら再生するから大丈夫! だから撃って、ハジメ!』

 

『……クソッ!』

 

 と、体の自由を奪われたヒロインと主人公のお約束の会話を不謹慎ながらもユエは僅かに期待していた。しかし実際は――

 

『みんな……私はいいから……撃って!』

 

『えっ、良いのか? 助かるわー』

 

 と、ハジメは何の躊躇も無く、ドンナーでユエの頭に咲いていた花を吹き飛ばし、更に続くもう一発でアルラウネの頭部も吹き飛ばしたのだった……。

 

 

 

 

 

 

「撃てって言ったのはユエだろ? 何がそんなに不満だったんだよ?」

 

 本来ならば速攻でユエの花を撃ち抜いて、アルラウネを射殺する事も出来た。むしろ命を掛けた戦闘なのだ、相手に余計な時間を与えずに速攻で倒すに越した事は無い。それでも無許可でそれをやってユエと気まずくなるのもキツかったので、ハジメにしては物凄く珍しい事に、手をこまねく形になったのだ。

 

「ハジメ……生き残る為に色々切り捨てるのは結構だけどよ、乙女心を察する部分は拾いなおしてこい、今すぐにだ」

 

 それでなくてもハジメはもう独り身じゃないのだ。生き残り云々関係なしに乙女心に対する機微は絶対に必要である。

 

「うん、流石にあれはちょっと、ユエが可哀想だったと思う……」

 

 これには流石の香織もハジメを擁護する事は出来ずに居た。二人からの批判を受けて、ハジメもちょっと気まずそうに頬を掻く。

 

「え、えっとユエ。腹、減って無いか? 俺の血を吸っても――」

 

「要らない」

 

「でも、さっきの奴に操られた時にだいぶ魔法使わされただろ?」

 

「ハジメの血は今回良い。代わりに――」

 

 ユエはいきなり自分の頭を撫でていた香織に目を向ける。

 

「代わりに香織の血を貰う」

 

「へっ?」

 

「はぁっ!?」

 

 ユエは不敵な笑みを浮かべ、ハジメを一瞥後、その視線を香織に戻す。恐らくはユエなりの仕返しとあてつけなのだろう。ハジメは驚いたような表情で、そして香織は突然の指名に少し顔を赤くする。

 

「あ、あのね、ユエ! 今回はハジメ君の血を吸っても怒らないから、だから――」

 

「ハジメの血ばかり吸ったら、ハジメが体調崩すと言ったのはカオリ」

 

「た、確かに言ったけど……」

 

 そして香織を見上げながら、ペロリと舌なめずり。 

 

「大丈夫、痛いのは最初だけだから」

 

「それってそう言う意味で使う言葉じゃ――」

 

「いただきます」

 

「ちょ! 待って! ユ――」

 

 最後まで言わさずユエが香織を押し倒す。その後、血を吸われている間の悩ましい表情の香織と艶やかな苦悶の声から注意を逸らす事に必死にならざるを得ない男二人が居たのだった。因みにユエ曰く――

 

『香織の血は上品な茶葉をふんだんに使った、芳醇な紅茶の味わいがした』

 

 との事らしく、食事と血の味に関連は無い事が明らかになったのは別の話だろう。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 その日は結局、ユエの機嫌を治すのに悪戦苦闘。探索を再開したのはその次の日(明確な日付や時間は判らないが)となり、その後は特に何事も無く遂にハジメ達はハジメと香織が意識を取り戻した場所から100層目に到達していた。その階層は無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らになっており、明らかに人の手が加わっていると思える空間だった。

 

「いかにもって感じだな……」

 

 オルクス大迷宮は全100層からなる大迷宮と言うのがトータスでの一般的な認識だ。けれど、何時かトラップで飛ばされた場所も同じ20階層だとだったとしても、この時点で100階層を超えている。つまり途中からは一般的に認識されていない未開の階層だったと言う事だ。そして上も100層で一区切りとし、ハジメと香織が目覚めた場所が、未開部分の第一階層と仮定すれば、節目である100階層目に何かあると警戒するのは当然。そしていままの迷宮とは明らかに違う様子にその警戒が間違いでない事を4人は悟っていた。やがて、4人の来訪を察知したかのように柱が淡い輝きを放つ。それは手前側から順番に奥へと続いており、まるでカナタ達を誘導しているようだった。

 

 

 

 

「こいつはすごいな……」

 

 それに従い奥へと進んでいくと、やがて美しい彫刻の彫られた全長10メートルは超える扉が見えてきた。

 

「もしかして、あれが反逆者たちの住処?」

 

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

 

「だな、そしてゴールにたどり着いたって事は――」

 

 次の瞬間、扉と4人の間の空間に巨大な魔法陣が現れる。それは直系30メートルは超えており、血の様な輝きを放つそれは一定のリズムで脈打っている。

 

「当然、最後のボス戦って事だな」

 

 カナタが背中の大剣の柄を握り――

 

「上等だ! 何が来ようが俺達の邪魔するってんなら殺すだけだ」

 

「うん、私たちはここで立ち止まる訳にはいかないから」

 

 ハジメと香織がそれぞれの銃を手に持ち――

 

「んっ!」

 

 力強く頷いたユエが魔力のオーラを纏う。やがて、魔法陣が一際強く輝き、光が収まった時4人の視界に映っていたのは――

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 魔法陣と同じぐらいの大きさの魔物。鋭い牙に長い首、それが6つも同時についている魔物。

 

「さしづめヒュドラって所か」

 

 その呟きが開戦の合図となり、ヒュドラはその6つの口から炎を吐き出す。ハジメと香織、カナタとユエの二手に分かれる形で散開。ハジメと香織の放った銃弾が赤い文様の刻まれた頭を吹き飛ばす。が、白い文様の刻まれた頭が鳴いたかと思うと、それはすぐに再生された。

 

(白い奴が回復担当か、ならっ!)

 

 次にカナタが空力で白い頭部に向かって間合いを詰めて剣を振り下ろす。が、そこに黄色の文様をしている頭部が割り込み頭を肥大化、更にそれは同色の輝きを放ち、カナタの剣を弾く。

 

(盾役にヒーラー、このヒュドラ。頭部一つ一つに役割を持ってるわけか!)

 

 つまり、一体の魔物でありながら同時にパーティとしても成立しているのだ、厄介な事この上ない。次の瞬間、回復役の首の上空で何かが爆発し燃える液体が降り注ぐ、ハジメの焼夷手榴弾だ。纏わりつく様に燃え盛る炎に流石のヒュドラも苦しそうに悶えている。

 

「いやぁああああ!!!」

 

「ユエっ!?」

 

 この隙にハジメが念話でユエと同時攻撃を指示しようとした時、ユエの悲鳴が響いた。其処には頭を抱え、何かに怯えているユエと彼女に寄り添う香織の姿。そこでハジメは気付く。戦闘が開始されてから全く動いていない首が存在している、黒い文様を浮かべた奴だ。そしてその視線は真直ぐユエに向けられている。

 

“カナタ、二人をっ!!”

 

“了解っ!”

 

 ハジメが黒い首の撃破、カナタはユエと香織のカバーに回る。ハジメが空力+瞬歩で間合いを詰め、ドンナーで黒い首を撃ち抜く。それと同時にユエがその場に倒れそうになり、香織がそれを抱き抱える。

 

「ユエッ! ……っ!?」

 

 二人が動けなくなったタイミングを見計らったかのように青い文様を浮かべた首が二人を丸呑みにしようと襲ってくる。けれど、そこにカナタが割って入る。けれど、そんなのお構い無しに3人とも丸呑みにしよう大きく開いた口を閉じる。

 

「クゥッ!?」

 

 しかし、カナタは大剣をつっかえ棒代わりにしてそれを防ぐ。シュタル鉱石の刀身に魔力を注ぎこみ続けるカナタ、けれどヒュドラの顎の方が強いのか、刀身に少しずつ皹が入る。

 

「念の為、貰っておいて正解だった……なっ!」

 

 そう言って、カナタは予めハジメから受け取っておいた手榴弾(こちらは銃の炸薬にも使われているフラム鉱石を使った通常の手榴弾)を2つ、歯でピンを引き抜き、ヒュドラの首の奥へと投げ込み、その場から飛び退き、ユエと香織の傍に着地。魔力供給が途切れた大剣の刀身が砕けると同時に口が閉じられるのと、頭部と首の境目で爆発、首と頭部が分断される。

 

「ユエっ! ユエッ!!」

 

「……カオリ?」

 

「そうだよ、大丈夫?」

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

 

「どう言う……」

 

「目を閉じろっ!」

 

 ハジメの指示に従い二人は目を閉じ、まだ少し混乱しているユエは香織が抱き締めてその視界を塞ぐ。直後、閃光手榴弾が炸裂し、動きが鈍った所に、ハジメも合流する。この間も思考を続けてたカナタはやがて一つの結論を出す。

 

「ジャマーまで居るのか、ホントに無駄にバランス良いな、あのヒュドラ」

 

 幻惑、もしくは悪夢の類を見せてこちらの精神を揺さぶり恐慌状態にするものだろう。

 

「みんな……私……」

 

 その言葉を封じるように、香織は再び、ユエをそっと抱き締めた。

 

「カオリ……」

 

「言ったでしょ? 私たちはもう選んだの。だから、見捨てたりしない。そうでしょ、二人とも」

 

「ああ、ヤツを殺して生き残る。そして、地上に出て故郷に帰るんだ。……一緒にな」

 

「ここまで一緒に来た訳だしな。今更見捨てるような真似はしないさ。それは俺の誇りに関わる」

 

「誇りって……お前、そんなの気にする奴だったか?」

 

「……言われてみりゃそうだな。なんでいきなりこんな事を言ってんだ俺?」

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 普段は口にしないような単語に、自分の事ながら疑問に感じたカナタ。けれどそれは、視界が回復したヒュドラの雄たけびによって中断させられる。

 

「っと、まずはあいつをどうにかするか。カナタ、お前はこれを使え」

 

 そう言ってハジメはドンナーと腰のベルトに付けていた銃弾の入ったポーチを渡す。

 

「扱いは慣れて無くても、零距離でぶっ放せば問題ないだろ?」

 

「まぁな。ハジメは?」

 

「俺はシュラーゲンを使う」

 

 そう言って、ハジメは対物ライフル:シュラーゲンを腋に抱える形で持つ。

 

「連発は出来ない。援護は任せたぞ、カナタ、ユエ、香織」

 

「あいよ」

 

「んっ!」

 

「任せて! 気をつけて、二人とも」

 

 互いに頷きあい、カナタとハジメがヒュドラに向かって駆け出す」

 

「〝緋槍〟! 〝砲皇〟! 〝凍雨〟!」

 

 矢継ぎ早に放たれるユエの魔法。しかし、それは黄紋の頭部が一声無くと同時に周囲の柱が盾となり防ぐとはいえ、カバーできる範囲は狭く、幾つかの魔法はヒュドラの頭部に直撃する。苦悶の声を上げたヒュドラだったが、やがて例の黒い頭部がユエに再び精神干渉をの魔法を使う。否応無しに沸き上がる恐怖、けれどそんな彼女の両肩に香織が後ろからそっと手を乗せる。幻とは違う、確かにそこにある暖かさ。それがユエの不安を押し流す。

 

「……もう効かない!」

 

 更にユエの魔法による波状攻撃が続き、それを迎撃する3つの首はそれに掛かりっきりだ。

 

「これ以上、ユエを惑わさないでっ!」

 

 片手はユエの肩に置いたまま、香織はドンナー・ライトで黒紋の頭部の右目を撃ち抜く。そして――

 

「余所見は厳禁、ってなっ!」

 

 その間に間合いを詰めていたカナタが黒紋の頭部の上に乗っかり銃口を押し当ててドンナーの引き金を引く。上から下に貫通した頭部はその力を失い、うな垂れる様に地面に倒れる。無論、それを白紋の頭部が蘇生をしようとする。

 

「させるかよっ!」

 

 気が付けばシュラーゲンの銃口を白紋に向けたハジメの姿があった。当然ながら黄紋は回復役たる白紋を守るように立ちふさがる。

 

「まとめて砕くっ!」

 

 巨大な銃身から放たれた大口径の弾丸。ドンナーの10倍もの火力を誇るそれは黄紋と白紋、2つの頭部をまとめて貫通。ヒーラーと盾役、パーティにおける重要な役割を担うそれがまとめて撃破された事に残りの頭部は動揺を隠せない。

 

「〝天灼〟」

 

 そしてその瞬間を見逃すユエでは無い。6つの雷球から伸びる放電がヒュドラの頭上に巨大な雷救を生み出し、そこから、落雷の雨がヒュドラを襲う。雷の豪雨が止む頃には残りの頭部も消し炭と化し、遂に6つ全ての頭部が戦闘不能となる。強大な魔法を連発した所為で、ユエは体の力が抜けると同時にその場に座り込む。けれど、その瞳には何かをやりきったかの様に満足げな光が宿っている。ハジメとカナタも、最後にヒュドラの死体を一瞥。ユエと香織に合流しようと、こちらに背を向けた。次の瞬間――

 

「ハジメ君っ!」

 

 切羽詰った香織の声に、二人が再びヒュドラの方を振り向く。

 

「冗談だろ……」

 

 そこには銀色の紋様を浮かべた“第7の首”の姿。けれどそいつはハジメとカナタを一瞥後、その視線を香織とユエに向け、その周囲に眩い光球が幾つも生み出される。

 

「「っ!?」」

 

 その意味に気付き、二人が縮地を使うのと、銀紋頭部の周りに光が集まり、一発一発がシュラーゲンに匹敵する光弾の雨を放つのは同時だった。光弾が香織達の居た所に着弾。もうもうと砂煙を巻き上げる。

 

「ハジメ君……竜峰君……?」

 

 それが晴れた時、ヒュドラの目に映ったのは女の子二人を庇う様に立っている、カナタとハジメの姿。けれど、二人は香織の呼びかけに答える事無く、その場に倒れこむ。

 

「ハジメ君っ! 竜峰くんっ!!」

 

 香織とユエが二人に駆け寄ると同時に、再びヒュドラから光弾の雨が放たれる。香織達はカナタ達を抱えて、光弾の範囲から離脱。柱の影に身を隠す。すぐに香織が対複数回復魔法“回天”で治療を始め、ユエが二人に神水を使う。けれど、喉辺りにも掠っていた影響か、ハジメの方は神水を飲みこめず咽ている。ユエは香織の方を一瞥するが、香織は治癒魔法を掛け続ける事で精一杯だった。

 

「カオリ……ゴメン」

 

 香織に一言謝罪し、ユエは神水を口に含み、口移しで無理やりハジメに神水を飲ませる。香織も一瞬だけ動揺するが、すぐに緊急事態ゆえ止む無しとした。

 

「治りが遅い、どうしてっ!?」

 

 けれど二人とも何時もと比べ、肉体の治りが遅い。これを4人が知るのは後の事になるがヒュドラの光弾には肉体を溶解させる毒が含まれている。神水と香織の治癒魔法の効力のほうが上回ってる事で傷自体は治ってはいるがその治りは遅い。加えて、ハジメは右目に直撃を受けた所為か眼球が完全に消し飛び、再生不可能となっている。その間にもヒュドラの光弾は4人の隠れてる柱をガリガリ削り続け、突破されるのも時間の問題だ。香織は更に自動治癒の効果を与える“周天”も併用し二人の治療を急ぐが明らかに間に合わない。そんな時、ユエの目にカナタが持っているドンナーが映った。ユエは自分も神水を飲み、カナタの手からドンナーを取り上げる。

 

「ユエ?」

 

 自分に過去と決別する為の名前をくれたハジメ、ハジメの事で幾度と無く揉める事もあったが、自分の方が年上の筈なのに、まるで姉、ないし母みたいに優しくしてくれた香織。常におどけたり、わざとふざけてみせた言動で薄暗い道中を賑やかにしていたカナタ(大半はハジメに対する嫉妬発言が多かった気がするが)。深い暗闇の底、もはや永遠と続くのではないと言う孤独の中、ユエにとって彼らとの出会いは奇跡であり、かけがえの無いものだった。

 

「……今度は私が助ける……」

 

 そう言って、ユエが決死の思いで柱から飛び出す。

 

「ユエッ!」

 

 

 

 ※

 

 

 

 

(何をしているんだ……俺は……)

 

 ぼんやりと意識を取り戻した時、まず感じたのは全身の痛みと殆ど動かせない自分の肉体。そして必死に自分達に治癒魔法を掛けている香織と、無謀にもドンナーを手にヒュドラの攻撃を引きつけているユエ。そして、隣に目を向ければ、自分以上に重傷を負い、右目が完全に吹き飛んでいるハジメの姿。そんな彼らの姿を見て、再び思う。何をしている、と……そう訴えるかのようにドクンっ!と俺の中の何かが脈打つ。

 

(大事な仲間だろうが……こんな所で倒れてる場合じゃない筈だ……)

 

 有無も言わさず召喚され、戦う事を強要しておきながら、正体不明の天職の所為で無能と言われ、挙句の果てにこんな奈落の底に落とされた。それでも地上に戻る事、元の世界に戻る為にここまで歩いてきた。

 

(こんな所で、終わって良いはずが無い。終わる訳には行かない……)

 

「あぐっ!?」

 

「ユエっ! もうやめてっ!! 早くこっちに!」

 

 その時、目に映ったのは肩に光弾が着弾し、吹き飛ばされるユエの姿。香織の悲痛の叫びが響くがそれでも彼女は止まらない、いや止まれない、立ち止まれば滅多撃ちにされるのは判っている。

 

(誰だ……)

 

 俺の仲間を殺そうとしているのは、俺の仲間を傷つけようとしているのは、俺の仲間を悲しませているのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺の---の仲間を、絆を脅かすものは誰だ……っ!?)

 

 ドクンッ!と先程よりも大きく何かが脈打つ。

 

「えっ……?」

 

 ゆっくりと身体を起こす。いや、誰かだなんて関係ない……

 

「竜峰……君……?」

 

 脈動は次第に早くなる。そんな中、意識が朦朧としている所為かありえない光景が浮ぶ。何時か見かけた、骨になった何かの骸、そして自分に背を向け、骸の前に立つ“彼女”やがて彼女はこちらを振り返る。

 

『「俺が守ってやる!」とか月並みな言葉ぐらい言ってみなさいよ!』

 

(ああ、判ってるよ。言われるまでも無い。何より---の仲間を脅かす存在に与える慈悲も、屈する道理も無いっ!)

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 目に赤い光が灯る。それを中心に全身に赤いラインが伸びていく。そして遂に追い詰められ、いま正に光弾の雨に撃たれようとしているユエの姿が映る。

 

「竜峰くんっ!?」

 

 カナタは“本能”と“誇り”のままに飛び出し、ユエの前に立つ。光弾が着弾し二人の姿が見えなくなる。立ち込める煙。けれどヒュドラは攻撃の手を休めようとはしない。次の獲物、ハジメと香織に向けて光弾を浴びせようとする。

 

「っ!」

 

 直後、白い光の奔流が砂煙を切り裂き、ヒュドラの頭部を掠り、そのまま天井の一部を大きく破壊する。

 

「え?」

 

 砂煙が晴れる、普通ならば光弾に貫かれ、力なく倒れている二人が居る筈の場所。けれど、そこに居たのは――

 

 

 

 

 

 

 

『あぁぁああああああっ!』

 

 そこに居たのは、ユエを庇う様に力強く立ち、彼自身の雄たけびと重なる様に雄雄しく咆哮を挙げる一匹の深紅の竜だった。

 

 

 

 

 

 

 暗い奈落の底、その場所で遂に時が満ちる。竜魂士の真髄を以って、遂に帝は再誕を果たす。




遂にブレスオブファイアがブレスオブファイアたる所以、竜変身解禁。第1章も後はヒュドラ戦終了、歴史の真相解明、隠れ家での日常回を残すのみですね。ちなみに何故に誕生や覚醒ではなく、再誕なのかは第2章で触れる予定です。


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第12話『瞬く光、奔る光』

 ハジメと香織は言葉を失っていた。突然現れた一匹のドラゴン。全長約7メートルに及ぶ体躯、表面は炎の様に赤い鱗に覆われ、頭には二本の角。指からは長い爪が伸び、胸周りから足の付け根の範囲だけはクリーム色の皮膚がむき出しになっており、その中央に青い宝玉の様なものが埋め込まれている。そんな2足歩行のドラゴンが牙をむき出しにし、ヒュドラを睨みつけている。

 

「カナ……タ?」

 

 光弾が迫った時、咄嗟にカナタが自分の前に庇うように立ち、次の瞬間には竜となっていた。ならば、目の前のドラゴンがカナタと考えるのが普通だ。ユエがおずおずと目の前のドラゴンに声を掛けるとドラゴンは肩越しにこちらに振り返る。

 

『ユエ……ハジメ達の所に下がっていろ』

 

「あ……」

 

 少しだけ口を開くと声が響く。まるで音響機器を通した様な響き方だが、間違いなくカナタの声だった。

 

『こいつは……俺が潰すっ!』

 

 背中の翼を広げ、一度だけ羽ばたかせた瞬間、カナタはヒュドラに体当たりをかます。10メートル以上の体格差があるにも関らず、その衝撃はヒュドラを押し出して壁に叩き付ける。その隙にユエは香織とハジメの所に戻る。

 

「……ユエ」

 

「ハジメ……」

 

 そこには意識を取り戻し、身体を起こしたハジメの姿。けれど右目は相変わらず無くなっており、出血によって赤く染まっている。

 

「ったく、一人で無茶するんじゃねぇよ……」

 

「……ゴメンなさい」

 

 少し俯きがちになりながら謝るユエの頭にハジメはポンと手を乗せる。

 

「でもまぁ、お陰で何とか動けるようにはなった。しかし――」

 

 言葉を止め、ハジメはヒュドラと戦闘を続けているカナタに目を向ける。

 

「竜にまつわる天職だとは思っていたが、竜そのものに変身か。とんでもねぇ天職もあったもんだな」

 

「うん……あれが、竜魂士の戦い方」

 

 そこには口を火球を吐き、ヒュドラにぶつけるカナタの姿。着弾と同時に爆発し、ヒュドラが一歩後ずさるが、負けじと光弾の雨を飛ばすとカナタは翼で自分の体を包み、それを受け止める。

 

(この好機は無駄に出来ない。なら、俺だけじっとしてるわけにはいかねぇな……)

 

 ハジメはカナタとヒュドラの戦闘の様子を観察する。光弾と火球が飛び交い、その流れ弾が様々なところに着弾している。

 

(あれは……っ!)

 

 やがて、ある一点が目に留まる。そして思い出される先ほどの光景、それらが合わさり、ハジメの脳裏にある作戦が組み上げられていく。

 

「ユエ、ドンナーをよこせ」

 

「あ、うん」

 

 ユエからドンナーを受け取りハジメはゆっくり立ち上がる。

 

「この戦い……俺達が勝つっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちっ、まるで隙が無い……)

 

 カナタはヒュドラと撃ち合う中で内心苦虫を噛み潰したような心境だった。こちらも反撃とばかりに火球を飛ばして確実にダメージこそ与えているが、決定打が不足している。いや、手段はあるがこの弾幕の中では放つことが困難だ。加えて、この姿は帝竜の闘気同様に常時魔力を消耗し続けている。無論、闘気使用時の消耗速度を超えるスピードで魔力が減っているのが判る。

 

“カナタっ!”

 

“ハジメっ!? 体の方は大丈夫なのか?”

 

 その時、ハジメからの念話が飛んで来る。

 

“ああ、ユエが決死の覚悟であいつをひきつけてくれたお陰でな。それより――”

 

 ハジメが念話で作戦を伝えてくる。

 

“なるほど……”

 

 確かにその作戦ならば、こちらの必殺の一撃を叩き込めるかもしれない。

 

“オーケー分かった。それで行こう!”

 

 作戦は決まった、後は実行に移すのみだ。ハジメは二人の方を振り返る。

 

「それじゃ、勝ってくる」

 

「うん、頑張ってハジメ君!」

 

「ハジメ、気をつけて……」

 

「ああっ!」

 

 力強く頷き、ハジメも柱から飛び出す。

 

『らぁあああっ!』

 

「グルゥアッ!」

 

 カナタがヒュドラの頭部に手を添えると、そのまま地面に叩き付ける形でヒュドラを押し倒す。自分の役目はハジメの“仕込み”が終わるまでこいつを抑える事。空いてるもう片方の爪でヒュドラの目玉の片方を抉る。その直後―-

 

「カナタっ!」

 

『なっ!?』

 

 直後、カナタに向かって光弾の雨が直撃した

 

『がぁあああああっ!』

 

 光弾による攻撃は無い、カナタはそう思っていた。その時カナタはヒュドラと肉薄している状態だった。この状態でカナタに向かって光弾を放てば間違いなくヒュドラも巻き込まれる。けれど、それが油断となった。ヒュドラはそれを実行に移した。自身の胴体や首の一部にも光弾が直撃してもお構い無しにだ。そして怯んだ瞬間、大きく首を振り、カナタを吹き飛ばす。

 

「『ハジメっ!』」

 

 そして、先ほどからこの場に突入して何かをしていたハジメに向かって光弾の嵐を飛ばす。

 

 

 

 

 

(やられる、のか……?)

 

 光弾の全てが自分に向かって飛んで来る。身近に迫った死を前にしたからか、それは酷くゆっくりに見えた。

 

(何もできねぇまま……このまま目の前の“理不尽”に屈しろと?)

 

 理不尽……その言葉が思い浮かんだ時、ハジメの脳裏に幾つもの存在が浮かび上がる、跳びウサギ、巨大な熊、二尾狼、ここまでの道中に出会ってきた魔物達、そして……あの日、全ての始まりとなった暗い笑みを浮かべた檜山の顔。 

 

(……冗談じゃねぇっ!)

 

 理不尽に屈してなすがままに蹂躙されるだけ自分はもう居ない。どんな理不尽だろうが踏み越える、自分の願いの為だけに突き進む、そう決めた。

 

(帰るんだ……カナタと、ユエと……そして香織とっ!)

 

 なら、それを妨げる連中はなんだ?

 

(そう、敵だ……こいつは俺の願いを妨げる敵)

 

 脳裏に浮ぶは絶望の中で行った自問自答。ならばどうする?屈するのか、諦めるのか?違う――

 

(そのどれでもねぇ、敵は――)

 

 余計な雑念が抜けていく。目の前のそれを見据え、クリアになった思考が思う事はただ一つ。

 

「ハジメ君っ!」

 

(敵は……殺すっ!)

 

 次の瞬間、ハジメの目に映る光景から色が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 恐らく、それこそヒュドラをも含めた“彼”以外の誰もが何が起こったのか理解できなかった。誰もが迫る光弾の嵐に貫かれるハジメの姿を想像しただろう。けれど次の瞬間には光弾は全て彼をすり抜け、天井に直撃する。ヒュドラは怪訝そうに瞳を細め、床に着地したハジメに向けて、更に光弾の雨を放つ。先程よりも遥かに多い数、けれどその全てをハジメはまるで躍るかのごとく全て避けていく。その様子にヒュドラは驚愕のあまり目を見開く

 

 その正体は天歩の最終派生技能“瞬光”。同系列のスキルの効果を引き上げ、それに対応させるべく、使い手の知覚機能を拡大させる。結果、周りの光景の時間の進みがゆっくりになる中、自分だけはいつも通りの速度で動く事を可能とさせる。地上だろうと、空中だろうと関係ない。いまやヒュドラの攻撃がハジメを捉える事は無く、やがてハジメは仕込みを完了させる。

 

「カナタっ!」

 

『っ! ああっ!』

 

 ハジメの合図を受け、上半身を少しだけ仰け反らせる。胸の宝玉が輝きその目の前に魔法陣が展開され、カナタの眼前に火球が生成される。けれど、それは今までの奴を遥かに上回る熱量を持ち、今もなおそのエネルギーは増加し続けている。マズイ……とヒュドラは本能的に悟る。“アレ”を解き放たせてはいけない。幸い、明らかにアレの発射には時間が掛かる。その前に……仕留める!ヒュドラはそう判断し、自分の周囲に幾つもの光球を生み出す。

 

「させねぇよっ!」

 

 ハジメがドンナーを放つ。狙いはヒュドラ……ではなく天井。打ちだされた6発の弾丸が天井に着弾すると同時に爆発が起こる。

 

「グゥルアアアア!!?」

 

 そして一瞬の間の後に天井が崩落。重さ十トンをも超える大質量がそれを押し潰す。これこそがハジメの仕込み。カナタとヒュドラの撃ちあいによって所々に空いていた天井の穴に手榴弾を仕込むと同時に錬成でその周囲の材質を脆弱化。そこをドンナーで撃ち抜き爆破、崩落した天井の壁でヒュドラを押し潰したのだ。勿論、それだけではヒュドラは倒せないし、すぐにヒュドラは光弾を撃ち込み、天井の壁を瞬く間に破壊していく。だが、その数秒の時間がヒュドラの敗北を決定付けた。壁を破壊しつくし、起き上がるヒュドラの目に映ったのはもはや小さな太陽にも等しい輝きを放つ火球とこちらを睨み付ける竜の瞳。

 

『魂まで、焼き尽くせ……』

 

 一際大きく身体を仰け反らせ、そして弾かれた様に姿勢を戻すと同時にそれを放つ。それは()の竜を帝たらしめる無慈悲なる極光。

 

『カイザーブレスっ!!』

 

 奔流。ハジメ達が思わず目を覆う程の白い灼熱の輝きが、ヒュドラの身体を飲み込む。

 

 「グゥルアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」

 

 奔流から僅かにはみ出た頭部が断末魔の悲鳴を上げる。やがて、それが収まった時にははみ出ていた首を残し、ヒュドラの胴体は跡形も無く消し飛び、ブレスが通った部分の地面はドロドロに溶解している。そしてその上に残ったヒュドラの頭部が落ち、ジュゥゥウウと焼ける音と共に接地部分から白い煙が上がる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――それがオルクス大迷宮、その最後の番人の成れの果てだった。




原作ではユエとの共闘でしたが、今回はそれを奪う形になりました。

すまない、ユエ(2回目)


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第13話『反逆する者達の真実』

 意識を取り戻し最初に感じたのは、安らぎだった。ふかふかで柔らかい何かに包まれている様な感覚。やがて、それが布団……いやベッドだと認識する。

 

(俺は……なんでベッドに、それにここは……)

 

 久しぶりのマトモな寝具の感触に二度寝したい誘惑に耐えながら身体を起こす。その時だ――

 

「あ、竜峰君。目が覚めたんだね」

 

「香織?」

 

 部屋のドアが開き、香織が入ってきた。その服装はくたびれてたプリーストの正装ではなく、スラックスにカッターシャツと言う、どちらかと言うと男性向けの服だ。

 

「ここは?」

 

「ユエの言ってた反逆者の住処。おそらくだけどここは客間だと思う」

 

 あれから、ハジメと元の姿に戻ったカナタは二人そろって気絶、その後に奥の扉が開いたとの事。最初は新手を警戒していたが特に何も起こらなかった為、香織が奥を調べた所、今自分達が居る住居を見つけた。それから、ここにハジメとカナタを此処に運び、それぞれベッドに寝かせたらしい。

 

「なるほど、な。ハジメはもう起きてるのか?」

 

「うん、昨日にはもう意識を取り戻したよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと起きやがったか。ったく、ねぼすけにもほどがあるぞ」

 

 香織に案内されて、住居のリビングと思しき所に案内されるとそこには椅子に座り本を読んでいたハジメの姿。そして、その隣にはユエが座っており、ハジメが開いてる本を覗き込んでいる。

 

「わるいな。久しぶりのマトモなベッドだったもんでな。ぐっすり眠ってしまってたらしい」

 

「大層なご身分だな、こっちはカナタが寝てる間に色々調べてたんだぞ」

 

 ハジメ達3人が先にこの住居を調査したところ、ユエの推測どおり地上への転送魔法陣が存在してる事や割とこの住居はライフラインがしっかりしており無理に地上で物資を補給しなくても生活していける環境だった事、そして何より今後の方針も決まったとの事だ。

 

「なるほどな。それじゃあ、すぐ出発か?」

 

「いや、その前に――」

 

 ハジメ達はある部屋にカナタを案内した。そこは他の部屋と違い、中央に巨大な魔法陣とその奥に豪華な椅子が置かれているだけだった。

 

「そこの魔法陣の上に立ってみろ」

 

 言われるがままに魔法陣の中央に立つと、陣が突然輝きだす。それと同時に、カナタの頭の中にある魔法の仕組みと使い方等の知識が刻み込まれる。やがて光が弱まった時、カナタ達の目の前に黒衣の青年が立っていた。とはいえ、その姿は半透明である事から幻影、もしくは映像の類だと判断できた。

 

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ』

 

「これを見るのも4回目だな……」

 

「ん……」

 

「次は4人同時に入るようにしようね。私も流石に見飽きたよ」

 

『反逆者……いや、覚悟を決めて此処にたどり着いた君ならもう判っている事だね。僕が解放者、その最後の一人だ』

 

 その発言にハジメ達も「ん?」となる。この魔法陣はそこに立った者にある魔法を会得させ、尚且つこの世界の“真の歴史”を伝えるものだ。そして誰かが魔法陣に立つ度に同じ映像がその度に再生され、「もうええわ!」と言うぐらい同じ語りを聞かされ続けた。けれど、此処に来てオスカーのセリフが変わった。今まで自分達が見てたものとは違う映像が再生されてると言う事だ。

 

『他の迷宮で様々なことを知って迷ったかも知れない、もしくは関係無いと無視したかもしれない。けれど、どんな経緯や理由であれ、君がこうして“再誕”する事を選んでくれた事に僕は心からの感謝を述べる。人類はこれで“皇”に対抗する為の術を繋ぐ事が出来た』

 

 カナタ達は何がなにやらさっぱりわからなかった。迷い?経緯?理由?再誕?オスカーの言葉の全容を理解するには前提となる情報が不足している。

 

『“皇”が何を思い神の側についたのか僕には判らない。けれど彼の、神の思い通りにさせてはいけない。皇は何時か必ず再臨する、いや、もしかしたら既に再臨を果たしてるのかも知れない。そして、“皇”に対抗するには彼の力と魂を継ぎ、帝へと至った“竜魂士”、君の力が必要となるだろう』

 

「っ!?」

 

 このメッセージは竜魂士に宛てた内容、だからこそカナタが魔法陣に立つ事で再生されたのだ。

 

『君にそれを強要するつもりは無い。けれどもし君が己の意志、自由を尊ぶ者なら、“皇の最後の言葉”を考えれば、君は皇と相対する時がきっと来る筈だ』

 

 やがて、オスカーの映像が揺らぎ始める。

 

『どうやら時間だ。先ほども話したとおり、皇と戦う事を強要するつもりはない、望むなら逃げてくれても構わない。本来ならば僕たちが何とかするべき事を、君に押し付けようとしている訳だからね。けれど知っておいて欲しかった。君に発現した竜魂士という天職。僕たちが何故、持ちうる全てを結集して天職と言う概念に介入し、これを生み出したのかを……。最後に君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを』

 

(あ……)

 

 

 

 

 

『チイサキトモヨ……オマエノコレカラガ、ジユウナ……イシノモトニアランコトヲ……』

 

 

 

 

 

 それはカナタの脳裏に残る言葉と全く同じセリフ、力と魂の継承、そして帝。不明な部分は多いが、ある程度見えてきた。

 

(と言う事きっとあの骸が……そしてやっぱり俺の力は……)

 

 やがてオスカーの画像のブレが激しくなり、そのまま消えてしまい、魔法陣もその輝きを失う。

 

「なるほど、これを見せたかった訳か」

 

「いや、そうじゃねぇんだ」

 

「え?」

 

 ハジメは先ほどとは違う、自分達が聞いた話をカナタに伝えた。それは人と魔人族の戦争、それは神、エヒトの遊戯に過ぎなかった。あるとき、その真意を知った者達が神の支配から人々解放するべく“解放者”と呼ばれる集団を組織した。けれど、彼らは神と相対する事すら出来なかった。エヒト神は自身への信仰を使い、世界中の人々に対して解放者を世界を滅ぼす敵と認識させた。それにより解放者たちは自分達が救おうとした人々に襲われた。救うべき相手に力を振るう訳にも行かず、結果、中心人物であった7人を残し、解放者は全滅。その7人も散り散りになって逃走、見つからぬ様に自分の隠れ家を迷宮化させた。加えてそれぞれ迷宮に試練を化す事により、それを乗り越えた者に神に対抗する力、“神代魔法”を託す事にした。何時か神を滅ぼす力を得た誰かが、この神の支配を終わらせる事を祈って。

 

「この話がホントだとすると色々な状況が思いっきりひっくり返るな」

 

「たぶん、ホントだろうな」

 

「根拠は?」

 

「この世界の宗教の歪さ、だな」

 

 ハジメはトータスに来た時からずっとこの世界の宗教体系に違和感を感じていた。人の考えは千差万別、仏を信じる人も居ればキリストを信じる人も居る。加えて大別的には同じ神を信仰していても宗派によって違いがでる。だと言うのに、トータスの人たちは全員が同じ神を、同じ教義の元に信仰している。

 

「エヒトにとって人間がゲームの為の駒だってんなら、自分の思い通りに動かせなきゃゲームにならねぇからな」

 

「信仰を統一させる形でトータスの人達をある程度自由に出来る様にしてるって事?」

 

「だろうな、でなきゃ人間が全員、解放者を敵と見なして牙剥くなんて考えられねぇだろ」

 

「そうだね、そしてオスカーさんの話が本当なら、暴竜アジーンの伝承も変わってくる」

 

「ホントに裏切ったのはチェトレの方、か」

 

 アジーンとチェトレ、人々を守護していた2柱のドラゴン。表向きの歴史では彼らはエヒトが遣わした存在と言われているが、先のオスカーの話どおりならばそれは偽りとなる。そして最初に人を裏切ったのも、アジーンではなくチェトレ方だ。

 

「まぁ、だからなんだって話だがな。俺らが態々何とかしてやる義理はねぇ。オスカーの奴も神殺しを強要はしないって言ってるからな」

 

「ん」

 

 そう、4人の目的は地球への帰還だ。それを妨げるならば迎え撃つが、そうでないならこちらから仕掛ける義理も必要も無いと言う訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、この神代魔法……生成魔法か。ハジメにぴったりの魔法だな」

 

 先ほど部屋からリビングへの帰り道、カナタは新たに覚えた技能について口を開いた。先ほどカナタも覚えた生成魔法。これは魔法を付与を通じて、鉱物に任意の性質を持たせる事が出来る魔法、つまりはアーティファクトの生産及び量産を可能とする魔法だ。

 

「他の迷宮の試練を乗り越えて力を付けたら、今度は神に対抗する為の装備作り為にって所だろうな。兎に角、他の大迷宮にも此処と同じ様に迷宮を踏破すれば他の解放者達の神代魔法も覚えられるってわけだ」

 

 竜魂士へのメッセージ通りならば、大迷宮にはある程度攻略の順番があり、このオルクス大迷宮は最後に挑むべき迷宮だったと言う事になる。

 

「更に言えば、解放者は世界の概念そのものに干渉する術も持っていたと言う事だ」

 

 解放者達がトータスの概念に干渉して生み出した竜魂士という天職。その役目は恐らく神話の時代にチェトレとの戦いで死んでしまったアジーンの力を、魂と一緒に受け継ぐ事。今まで発現しなかったのは恐らくはエヒト神がそれに気付いてこの世界の人々になんらかの干渉を行っていたのだろう。しかし、カナタはその干渉が及ばない異世界の人間、だからこそカナタの天職に竜魂士が発現した、そう言う事なのだろう。けれど彼らにとって大切なのは解放者は概念そのモノに干渉することができたと言う点だ。

 

「おそらくはそう言う神代魔法が存在してるって事だろうな。そんで、元の世界に帰る一番の手がかりはその神代魔法って事か」

 

「ああ、だから地上に戻ったら他の大迷宮も攻略する。それが俺達が出した今後の方針だ」

 

「了解した。出発は何時の予定なんだ」

 

「出発はまだ先だ。ここには色々情報や素材もある。恐らく他の大迷宮も一筋縄じゃいかねぇだろうし、できる限り、ここで準備を整えたい」

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 仮では無いきちんとした拠点を確保したハジメ達は旅立ちの準備の為に日々修錬と準備に励んでいた。戦闘訓練、魔物肉摂取、装備作成等々。そんな生活が半月ほど続いたある日の事。

 

「それで、大切な話ってのは何かな?」

 

「……ん」

 

 ユエは香織の部屋を訪ねてきていた。けれどその表情はとても真剣で、そして何かを恐れている様にも見えた。

 

「とても大切な話……ハジメの事」

 

 ユエの言葉を聞き、香織も口を閉ざす。ユエと出会ってから今日までの彼女の様子を見て、香織も気付いている。ユエもまたハジメを好いている。それも完全に異性として、だ。だからこそこの後に続くであろう彼女の話も何となく予想がつく、間違いなく宣戦布告だろう。

 

(たとえユエでも、ハジメ君だけは渡せない……けど)

 

 何時か来ると思っていた瞬間。香織はその答えを既に用意していた。

 

「カオリ……私……」

 

「うん……」

 

 それは真正面から受けて立つ事。「ハジメ君にはもう私がいるの!」と突っぱねたい気持ちもある。けれど、同時にユエの真剣な想いも蔑ろにはしたくないと言う気持ちもあった。そう思えるぐらい、香織はユエの事も好きになっていた。ハジメ絡みでモメる事もあるが、それも今ではユエと香織にとってはコミュニケーションの一種となっている。だからこそユエの想いを認め、正々堂々勝負する。その上でユエがハジメに振り向いてもらう為に全力を尽くすのをよしとするし、考えてたくもないがハジメが私ではなくユエを選ぶと言うならそれも納得はしないけど受けいれる。その代わり、香織は一切手加減なんてしない、既にハジメと恋人同士だというアドバンテージだってフルに活用してユエを迎え撃つ。それが香織ができる精一杯の妥協だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……私も……ハジメの特別になるのを認めて欲しいっ、香織と一緒にっ!」

 

「え……?」

 

(…………えぇえええええっ!?)

 

 けれど、目の前の少女から出て来た言葉は香織の予想のナナメ上を行くような言葉だった……。




原作のウィキぺディアにも載ってますがオルクス大迷宮は元々は他の大迷宮で得た成果を試す為の場所。

なので他の大迷宮と違い、試練的なものは存在せず、とんでもなく強力なモンスターで溢れかえってる訳ですね。

最後なのに得られる神代魔法は生成魔法と他と比べればちょっと地味な感じなのは、いきなりアーティファクト大量生産で装備頼りにならない為かな、と言う作者の予想です。


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第14話『帝竜様の恋のお悩み相談室』

別名:カナタ、キレる。の巻


「えっと、ユエ。私も一緒にってどういう事?」

 

 ユエからの予想外すぎる言葉に、驚きを隠せなかった香織。漸く、気持ちが落ち着いてきた所で香織はユエに問い掛けた。

 

「そのままの意味……私もハジメの二人目の恋人になりたい……。だから、それを香織にお願いしに来た」

 

「二人目って、ハジメ君の彼女の座を私に勝って奪いたいとかじゃないの? 私はてっきりそうだとばかり」

 

 香織の言葉にユエは首を横に振る。

 

「別に私自身はそう言うのは気にしない……封印される前はそう言うのは当たり前だったし」

 

 香織はその言葉にハッとする。見た目こそ自分達と殆ど変わらないが、ユエは吸血鬼。人間とは違う種族なのだ。なにより、その中でも王族として過ごしていた彼女にとっては正室と側室、正妻と妾といった一人の男性に複数の妻や愛人が居るというのは当たり前の事。そんな環境で育ったユエだからこその考えでもあった。

 

「……それに、そんな事をしたらカオリが悲しむ」

 

「ユエ……」

 

「私はハジメが好き、けれどカオリの事も同じぐらい好き。……意味は違っても、大きさは同じ……だからカオリにも……悲しんで欲しくない」

 

 ハジメを独り占めして香織が悲しむのも見たくない。けれどハジメの事を諦めたくはない。ならばもう、どちらかじゃなくて、どちらも愛してもらえるようになるしかない、それがユエの結論だった。

 

「……」

 

 不安げにこちらを見つめるユエを視線を受け止め、香織は考える。彼女もユエの事は嫌いじゃない。むしろ好きな部類に入る。恋は盲目と言う事場の通り、恋の争いで友情を壊す事すらある中、ユエはハジメだけでなく香織の事も想い、この結論を出したのだ。なら、それを否定するのは地球での倫理や考えをトータスの住人である彼女に押し付ける事に他ならない。けれど――

 

「最後に確認させて」

 

「……ん」

 

「私たちの目的は地球に帰る事。ユエも一緒に来るって事はユエも地球で暮す事。それは判るよね?」

 

 ユエは頷く。

 

「でも地球ではね、ユエの考えは殆ど受け入れられてないものなの」

 

 二股やハーレムは小説やゲームの様な空想の産物としては普通に楽しまれているが、現実でそれをやれば後ろ指を指される事になるし、入籍等の法や手続き関係も、その殆どが男女1対1の関係が前提のものとなっている。

 

「ユエの望む関係は地球で暮す上で必ず色々な問題にぶつかる関係だと思う。辛い事もたくさん有ると思う、それでも良い?」

 

「……良い」

 

 彼女の言葉に、香織の表情はほんの僅かに険しくなる。しかし――

 

「その時、ハジメやカオリが少しでも辛い思いをしない様に……私も頑張る。だから――」

 

 次のユエの言葉に一瞬だけポカンとなり、やがてそれは困った様な、けれど優しげな笑みに変わった。

 

(……敵わないなぁ)

 

 香織は先ほどの問い掛けに一つ、引っ掛けを混ぜていた。地球での常識とユエの望む関係の齟齬、その問題はユエだけのものでは無い。ここで「自分は大丈夫だから」的な返事が来れば、この話は無しにするつもりだった、ユエがそれに気づくまでは。けれど、彼女は香織が求めた回答を即答して見せた。それならもう香織から言う事は何も無い。

 

「判ったよ、ユエ。なら、ハジメ君は私達で仲良くシェアしようか」

 

「……んっ!」

 

「でも、私も少しは手伝いはするけど、ユエがハジメ君を振り向かせられるかはユエの努力次第だからね?」

 

 ハジメに対して、日本人が倫理的に避ける事の多いハーレムの関係を求めるのだ。それは容易なことではない。

 

「それは大丈夫、許可さえもらえたなら後は幾らでも手はある」

 

「す、すごい自信だね。ちなみにどんな手なのかな?」

 

 すると、ユエの表情が自信に溢れる、けれど少し艶やかな笑みを浮かべた。

 

「……勿論、ハジメが入浴している時や、夜のベッドで――」

 

「ストップ! ストーップっ!!」

 

「……何で止める? カオリが良いって言ってくれたからもう遠慮はしない。全力でハジメを骨抜きにして――」

 

「言ったよっ! 確かに言ったけどねっ!」

 

 まさかいきなりそっち方面に走るとは思わなかった。見た目の幼さからそう見えないのかもしれないが、実はユエは意外と男を手玉に取ろうとするタイプなのかもしれない。顔を赤くしてうろたえまくってる香織の様子を見ていたユエは目をスッと細め――

 

「……気になる?」

 

「……ふぇっ!?」

 

「私は何百年も生きてる吸血鬼、経験は無いけど知識は豊富。男を悦ばせる方法は幾らでも知っている」

 

 香織がごくりと唾を飲む。彼氏が居る以上、何時かはこの手の事に関る時が来るのは予想していたし、興味が無い訳ではない。おのずと目は大きく見開かれ、本人も知らないうちに少し前かがみになっている。明らかに話しに食いついている。ユエはその表情のまま、ペロリと自分の唇を舐めて――

 

「カオリさえ良ければ、いろいろ教える。……二人でハジメをメロメロにしよ?」

 

「ハジメ、君を……」

 

 それは悪魔の囁き、吸血鬼も悪魔の一種とされる事があるので比喩ではなくまさに言葉のとおりだ。その時の光景を思い浮かべたのか。香織は頭から湯気をだしそうなほど顔を赤くし俯いていた。そして20秒ほどたっぷり考え込んで――

 

「……よろしく、お願いします」

 

「ん、任せて……」

 

 俯いたまま差し出された香織の手をユエもしっかりと握る。ここに後に『二大女神』ならぬ『二大正妻』と呼ばれる二人の関係が成立し、同時になにやら危ない師弟関係もまた成立したのだった。なお、これ以降カナタがハジメと一緒に風呂に入るのをやめたのは虫の知らせか、はたまた偶然だったのかは本人にも判らない事だった。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「で、相談ってのは?」

 

「あ、ああ……」

 

 旅の準備を始めて一ヶ月程が過ぎた。魔物肉によるステータスの強化も天井が見えてきて、最近はもっぱら新しい装備の扱いの訓練や手合わせによる訓練、カナタは竜変身の扱いの鍛錬に切り替えている。そんなある日、ユエと香織がお風呂に入っているのを見計らい、ハジメはカナタにある悩みを相談する事にした。

 

「実はな、俺……」

 

「実は?」

 

「俺……香織とユエに二股かけるのを求められているんだ」

 

「…………そうか」

 

「あいつ等最近、前にも増して仲良くなってるだろ? それ自体は悪い事じゃねぇんだが、ベッドに潜りこんで来たり、風呂に入ってる時も二人一緒になって乱入してきたり……」

 

「…………そうか」

 

 明らかに香織、そしてユエのスキンシップが過激になりつつある。そんな理性と本能がせめぎあってる中、ハジメは二人にその理由を訊ねた結果、返ってきたのが二股の件だった。

 

「正直、あいつ等も既に納得してるみたいなんだが……その、やっぱりそう言うのは人として良いのか? って所があってだな……」

 

「ハジメ……」

 

「……なんだ」

 

 物凄いジト目でハジメを見ているカナタ。その視線を受けて、普段の姿からは想像が出来ないほどにハジメは気まずそうにしている。やがて、カナタは「はぁあ~~~」と大きくため息を吐いてから口を開く。

 

「そもそもハジメ自身はどう思ってんだ?」

 

「俺自身? だから、さっき言った通り――」

 

「それは地球での一般常識や倫理観、もっと言えば暗黙の了解を加味しての事だろう。そう言うの取っ払ったハジメの本音はどうなんだ? って聞いてんだよ。香織に対する本音は既にムカつくほど判ってるから省くとして、ユエに対してもそう言う感情があるのか? って話だ」

 

 と、カナタはハジメに問い掛けてはいるが浮気や二股、その他諸々。一人対一人以外の異性関係は総じて非難される環境で育っているにも関らず、それでも即答できない時点で答えは既に出ている様なモノだと言う事も判ってる。

 

「……」

 

 本音を言えば惚れている。明るく可愛らしい香織とは対照的に、幼いながらも年長者としての大人の魅力を醸し出してるユエ。けれども、ハジメには既に香織がいる。地球に居たころの情けない自分も、そしてこの迷宮で変わってしまった自分も変わらず想い愛してくれている香織の気持ちは裏切りたくなかった。

 

「沈黙は肯定と受け取る、だったらそれが答えだろうが」

 

 それでなくても、この手の話題の一番の問題である筈の香織とユエがそれを認めるのを通り越して、逆に求めているのなら、後は当人の気持ちと甲斐性の問題だけだ。ぶっちゃけた話、なんとも贅沢過ぎる悩みである。

 

「地球に帰れば間違いなく、実際の関係と地球の倫理観や法との齟齬の問題にはぶつかるだろうが、香織がそれを見落とすとも思えないし、あいつ等の中じゃ既に覚悟が決まってるって事だろ。なら後はハジメの本音一つだよ」

 

「俺の本音……」

 

「俺が言える事はこれで全部。後は自分で答えを出せ。……ちゃんとあいつらとも話し合って、な」

 

「……ああ」

 

 ハジメがリビングを出て暫くしてから、カナタもその場を後にして住居からは離れとなっている訓練場に足を運ぶ。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

「んな贅沢な悩み……」

 

 壁の一点を見つめ、カナタは帝竜の闘気も発動、全身から赤いオーラが立ち込める。そして拳を思いっきり振りかざし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人に相談してんじゃねぇえええええっ!」

 

 もうすぐ平均五桁に突入しようとしているステータスを更に大きく引き上げた拳はボゴォン!と言う音と共に完全に壁にめり込む。正直、これをハジメの顔面にぶち込まなかったカナタの自制心の強さは賞賛されてしかるべきだろう……

 

「まさか目の前でハーレムが築かれるのを見せ付けられるとは思わんかったぞ……」

 

 しかも、一人の男を奪い合うタイプではなく、女の子達の方で協定を結び、相手を共有すると言う男の夢の様な形のハーレムだ。尤も地球でそれが出来る可能性は限りなくゼロなので、本当の意味で夢なのである。

 

「つーか、これどうするんだよ。光輝に反撃の隙与えちまったじゃねぇか……」

 

 いずれ、実行しようと思っていた『光輝NDK計画』。けれど今のハジメ達を見れば、光輝なら間違いなく二人も女の子を侍らす姿を全力で批判するだろう。その様子がハッキリと想像できる。

 

(やれやれ、ままならねぇもんだな……ん?)

 

 そこでカナタはある違和感に気付く、壁に突き刺さった拳。普通なら拳からは冷たい石の感触が伝わってくる筈だが、そこに感じるのは空気の感触だった。カナタは拳を引き抜き、周りの壁を調べる。よく見ると周囲の壁と微妙に色合いが違っている、間違いなくこの壁の先に何かある。けれどそれの開け方が判らなかったし、何よりその壁を一部思いっきり砕いてしまっている為、仕掛けそのモノが壊れている可能性が高い。

 

「しかたねぇか」

 

 カナタはその場で竜に変身し、火球をその壁に撃ち込みそれを粉砕する。そして砂煙が消えた時、彼の目に飛び込んできたのは――

 

「マジかよ……」

 

 机と椅子、そして金床を始めとした鍛冶施設。そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その机に立て掛けられた一振りの刀だった。




がんばれ、カナタ。きっといつか良いことがあるさ(他人事)

と言う訳で次回はオリジナルにして後の為の布石回です。安直過ぎるかもですが、この設定以外思いつかなかった・・・


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最終話『世界を超える為の旅路』

単なる布石回のつもりが思いのほか短くなったので、他の文章も追加して第一章最終話としてUPしました。


 刀、それはこのトータスに来た時にハジメと雫が自分の武器に選ぼうと思っていた物だ。けれどトータスに刀は無く、仕方無しに形状が近い剣でガマンしていた。けれど今、カナタの目に映って居るのはまごう事なき刀。柄の底の部分にキツネの尾をイメージした房飾りが付いており、白塗りの鞘に収められている。

 

「何でこんな所に刀が……それにこの道具」

 

 それ自体は見覚えのある鍛冶の道具。けれど、この世界にはまず無いものだ。何せトータスなら、わざわざ金床で金属を叩かなくても、練成の技能一発で武器を作ることができるからだ。部屋を見渡すと机の上に一冊の日記が目に付いた。被った埃を払い、それを開く。

 

『その日私は不思議な人に出会った。亜人というだけで虐げられる中、私を対等に見てくれた人、種族など関係無しに私の剣の腕を認めてくれた人』

 

 最初はオスカーの日記かと思ったが、どうやら違うらしい。この日記を書いたのは狐人族(こじんぞく)と呼ばれる亜人の女性。亜人とは獣の特徴を持ち合わせた人を指すのだが、共通してるのは魔法への適正が無い事。その為、神の恩恵である魔法を授かれない亜人族は人から虐げられ、奴隷として扱われる事が多い。けれど物事には例外が存在している。この日記の女性も突然変異で魔力を操作できる素養を持っていた。けれど、魔物と同じ素養を持つ存在である彼女は同族にも迷惑を掛けない為に逃走、それ以降は亜人である事を隠しながら冒険者として暮していたそうだ。

 

『彼の話によれば自分はエヒト神によってエドと呼ばれる異世界から飛ばされたそうだ。なるほど、この世界の常識に染まっていない異なる世界の住人なら、亜人を下に見ないのも納得だ。結局、彼に誘われるがまま私は彼と一緒に冒険者として活動する事になった』

 

(エド……江戸? 俺達の前にもトータスに召喚されたやつが居たのか……)

 

 まぁ、ありえなくは無い。エヒトへの信仰もあるが、前例があったからこそ、この世界の人々はカナタ達が異世界の人間だという事をすんなり受け入れてるのだろう。カナタは日記を読み進める、それから暫くはその男と一緒に冒険者として過ごした日々が綴られていた。それが変わったのは日記の真ん中辺りのページ。

 

『今日から新たな戦いが始まる。人々を自分の欲を満たす為の道具としか見ないエヒトを討つ為の戦い。リーダーである彼女は若干、いや、ものすごくウザイところがあるが、それでもみんな良い人たちばかりだ。迫害され放浪しつづけた私はやっと自分の居場所を見つけられた気がする。うん、頑張ろう、みんなの為に、そして神の思いつきと気まぐれで故郷から離れ、この世界へと飛ばされた彼の為にも』

 

 この日記が此処にある時点で予想していたが、彼女もまた解放者の一人。それも歴史的に明かされていない第8の生存者のようだ。それから、解放者として仲間を増やしていく様子、そしてその異世界の男性への惚けの比率が増えている。

 

(日記の女性よ、お前もか……)

 

 その内容に少しだけ目を細めながらも更にページをめくっていく。

 

『帰還の時が近い。良かったと思うと同時に少し寂しくも思う。決して優しい世界ではなかったけどそれでもこのトータスが私の故郷、それを捨てる事になるのだから。けれどそれ以上に彼と、そしてこれから生まれてくるこの子と一緒に、今度こそ穏やかに暮していきたい。生粋とは言えないが曲がりなりにも剣士だった私も随分と丸くなったものだと思う』

 

(やっぱり解放者達なら世界を渡る術を作り出せるわけか)

 

 エヒトの一手により反逆者の汚名を着せられオスカーと共にこの地へ生き延びた彼女達、ある時、この女性が身重である事を知り、もはや進退窮まる状況に彼らを、そして生まれてくる子供まで巻き沿いには出来ないとし、解放者達は彼らを男性の住んでいた世界に逃がした。前例があるなら自分達が出来ない道理はない、今後の方針が決して間違いでないことを知りカナタは自然と口角がつり上がる。そして日記は最後のページを迎える。

 

『私の歩みと、剣士としての証はここに置いていく。彼らが次代に向けてこの迷宮を遺そうとしてる様に、私も私なりに次代に向けて何かを遺したかった。今これを読んでる貴方にとっては見慣れない剣かもしれないけど、あの人と“オルクス”の名を持つ彼の合作だ。何より、実際にこれを振るっていた私がこの剣の強さを保証する』

 

 それは一人の女性が異世界の武士と出会い、絆を紡ぎ、大願の為に戦うもそれを果たせず、けれど最後に小さな幸せを掴む歩みの記録。

 

「そなたのこれからが、自由な意志の元にあらん事を。ユナ・F(フィクセン)・ヤエガシ……ヤエガシ?」

 

 最後に日記を記した女性の名前を口にし、思わず硬直する。

 

(偶然……それとも?)

 

 同姓の人間は居るし、読みは同じでも字が違う事もある。だからこそ単なる偶然と言う可能性の方が高い。けれどカナタの脳裏には彼女の姿が浮ぶ。

 

「真の歴史、竜魂士、そしてこいつ。ホントこの場所は探せば探すほど衝撃の事実が見つかるもんだな……」

 

(もしも会える機会があれば、色々確かめてみるか……)

 

 そして日誌と刀を回収して最後に部屋全体をもう一度見渡した後、カナタはその部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 それから更に一ヶ月が過ぎ、カナタ達はある魔法陣が書かれた部屋に集まっていた。その魔法陣こそ迷宮から地上へと繋がる転移魔法陣。この住居にたどり着いてから二ヶ月、カナタ達はいよいよ他の大迷宮攻略に乗り出そうしていた。

 

「いや~、やっと出発か。この二ヶ月間ホントいろいろあったな。ホントに……」

 

 カナタはそう言いながら、ハジメ達三人にジト目を向ける。ハジメは気まずそうに、ユエは動じる様子も無く、視線を逸らし、香織は苦笑を浮かべている。あのお悩み相談室の後、この3人は正式に恋人同士となった。それまでは良かったのだが……

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

『ユエと香織に渡しておくものがある』

 

 ある日、ハジメはユエと香織にそれぞれ指輪とネックレスのセットを贈った。

 

『ハジメ君、これは?』

 

『ああ、神結晶を使って作ったアクセサリーだ』

 

 今から一週間前、神結晶から神水を採取できなくなった。神結晶とは魔力が結晶化したものであり更に結晶に魔力が蓄積し、飽和状態になる事で液体として溢れ出る、この溢れ出た液体が神水だ。つまりは結晶に内包されていた魔力が無くなった事で神水を採取できなくなったわけである。けれど、ハジメは神結晶を破棄せずに結晶の魔力を蓄える事のできる性質に目を付けた。ハジメ以外は3人とも何らかの形で魔力を消耗する。最上級クラスの魔法を連発するユエと竜化や帝竜の闘気で常時魔力を使うカナタは特に消耗が激しい。そんな訳で外付けの魔力の貯蔵庫として神結晶を使った装備を作る事にした。その試作や性能テストにはカナタが協力しており、彼も剣に絡みつく竜の意匠こらした金属細工。その瞳と剣の鍔に神結晶をあしらったモノをチェーン状のネックレスとして胸に掛けている。そしてそのユエと香織の二人にもその完成品を贈った訳だ。ハジメがその性能を説明している中――

 

『……プロポーズ?』

 

『……なんでやねん』

 

 アクセサリーをじっと見つめていたユエが一言そう呟き、香織をハッとした表情でその視線を彼に向けた。

 

『それで魔力枯渇を防げるだろ? 今度はきっと二人を守ってくれるだろうと思ってな』

 

『……やっぱりプロポーズ』

 

『いや、違ぇから。ただの新装備だから』

 

『大丈夫、ちゃんと判ってるよ』

 

『香織……』

 

 そこで香織はニコッ笑顔になった。

 

『ハジメ君は照れ屋さんだもんね。でも大丈夫私達はちゃんと判ってるから、ハジメ君の気持ち』

 

『最近ホントに人の話し聞かないな! お前等っ!!』

 

『……ハジメはベッドの上でも照れ屋』

 

『ふふ、でもこの間はすごい素直にだったよね』

 

『……あの時のハジメは凄かった』

 

『あの、止めてくれます!? そういうのマジで!』

 

『ハジメ……』

 

『はぁ~、何だよ?』

 

『ありがとう……大好き』

 

『私もだよ、ありがとうハジメ君、愛しています』

 

『……おう』

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 こうした甘ったるい会話が普通に繰り広げられるぐらい、3人の桃色空間の濃度と空間形成の頻度が増加した。その為、住居内を一人ぶらつく時は気配察知の技能まで使ってたぐらいだ。と言うのも不用意に彼らの居る場所……特に風呂場とハジメの寝室に近づこうものなら、香織かユエの悩ましい声が聞こえてくる事がある(日によっては二人纏めてと言う時もあった)。風呂場はその広い空間ゆえに物凄い声が響くし、寝室だと何かが軋む音もセットで聞こえてくる為、カナタにとってこの2箇所はある意味では危険区域と化していた。

 

(俺達4人だけって時間はこれで終わるし、これからは少しは落ち着くだろう……落ち着くよな?)

 

 そうこれから地上に戻り旅をする以上、色々な人たちと関わる事になる。町や村で寝泊りする事もあるしハジメ達も少しは自重する筈だとカナタは思っている、若干拭えぬ不安はあるが。そんな中、カナタは自身のステータスプレートを取り出す。

 

===============================

 

 

 

 

 

竜峰 カナタ  17歳 男 レベル:????

 

 

天職:竜魂士

 

 

筋力:15670

 

体力:10080

 

耐性:9890

 

敏捷:14880

 

魔力:12300

 

耐魔:8870

 

 

技能:竜魂解放[+帝竜の闘気]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪[+飛爪][+三爪][+乱爪]・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・念話・追跡・高速魔力回復・生成魔法・言語理解

 

 

===============================

 

 新たに明かされた竜魂解放は恐らくは竜変身の事だろう。他にも幾つか前の階層も探索し、初見の魔物が居ないか探ったり(目的は勿論肉)、修錬を行う中で派生技能も増えて、ステータスも遂に平均五桁となった。レベルに関する表示が可笑しくなったのは恐らく魔物肉による強化の所為で本来の自分のスペックの限界を超えた結果だろう。けれどこんな人の域を超えたステータス、これを身分証明書として使う事を考えると表示の操作は必須である。幸い、プライバシーを考慮してか、名前と年齢、天職以外は隠蔽可能だ。天職についてはありふれなさ過ぎる特徴を逆に利用して自分でも判らない、と言う事にすれば良いだろう。

 

「よ、よし。それじゃあお前等、準備は良いか?」

 

 ハジメが少しだけ前に出て3人のほうを振り返る。今のハジメの服装は白のワイシャツに薄手に袖無しのグレーのベスト、それにネクタイをつけており下には黒いズボン。まるでバーデンダーの様な服装の上に黒のロングコートを着ている。熊に斬り飛ばされた腕はハジメ自身が新たに義手を製作して装備し、吹き飛ばされた右目も魔眼石と言う魔力の流れや属性と言った通常の眼では捉えられないモノを視認する事が出来るアーティファクトを義眼代わりに埋め込み、普段は眼帯をつけている。その姿を見たカナタが「モロに厨二だな」と呟き、彼を精神的にノックアウトしたのは別の話だ。

 

 武器の方も改良と製作を重ね、様々な地球の現代兵器を再現した物を使っている。それだけ色々作っても持ち歩き大丈夫なのか?と思うがそれを解決したのが住居に残されていた“宝物庫”と呼ばれる指輪のアーティファクトだった。これは指輪の宝石の中に広大な空間を造り、そこに色々な道具を保存、周囲1メートル以内の範囲で出し入れを可能とする品だ。これによりハジメは普段使う黒い二丁拳銃“ドンナー&シュラーク”を筆頭に歩く武器庫に近い状態となっている。

 

「うん、私はいつでも大丈夫だよ。ハジメ君」

 

 香織も今までのプリーストの様な服装から一変。彼とのペアルックを意識したのか、同じワイシャツにベスト、それにズボンの変わりに黒のスカートとロングブーツ。そしてネクタイの代わりに幅の細いリボンをつけている。装備は最初は杖を作る事をハジメは提案したが、香織自身がそれを却下し、今まで使っていたドンナー・ライトを改良。以前よりも更に威力と重量を増やし、更に銃弾ではなく治癒のエネルギーそのものを圧縮して撃ち出す事で通常の治癒魔法の射程外に居る相手も瞬間的に治癒できるモードを追加した。そんな白銀の銃ドンナー・ライト改め“ナイチンゲール”が香織の新たな武器となった。とは言え、ナイチンゲールでは回天や周天の様な対複数治療や自動治癒の様なシンプルな単体回復魔法以外には対応できない為、そこは銃その物に治癒師の使う魔法の陣も予め刻んである。

 

「……ん、私も大丈夫」

 

 ユエもフリルの着いたドレススカートにハジメと同じデザインで色を白にしたコートを着て、頭には黒いリボンを付けている。また、魔法攻撃メインなためユエに武器は必要ないのだが、彼女にも肩紐のついた巨大な水筒の様な武器が用意されている。これはユエが水魔法を行使する際に、大気中の水分を集めると言う過程を省き、魔力消耗を抑える為のものだ。結果、筒に空いた穴からウォーターレーザーの要領で水が撃ち出される。

 

「いつでもどうぞ。と言うよりさっさと外の空気を吸いたいところだ」

 

 カナタは白いシャツの上に、白いフサフサの襟をした黒のジャケット、同色のズボンに肩掛け式と腰に巻くタイプが一体となった斜めになってるL字型のベルトを巻いている。そのベルトの背中部分には金属の固定具がつけられており、そこに巨大な大剣が固定されている。今までの両刃式と違い、今回は片刃のバスターソード。刃の反対部分に長い立方体の形をした何かが取り付けられている。これの正体は巨大な銃身、グリップとトリガーは折り畳み式で銃身の側面に横向きに取り付けられている。銃弾は炸裂弾頭でサイズも350ml缶並の大きさを誇る超大口径ライフルだ。

 

 その威力はハジメのシュラーゲンを超えるが、装弾は一発一発手動で行わないと行けないのと、剣として振り回す以上、色々取り付けられない事からスコープサイトの様な照準装置の類も取り付けられない為、もっぱら敵の集団や体格の大きい相手など、細かい狙いをつける必要が無い相手に使うことになる。そんな砲撃と剣撃、2種類の攻撃手段を両立させた武器“砲剣・帝ノ顎(みかどのあぎと)”それがカナタの新たな刃である。

 

 

 装いも新たになった彼ら三人を見渡し、ハジメは魔法陣を起動させる。

 

「俺達の武器や力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

 

「ん」

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

 

「うん……」

 

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん。世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

 

「今更だろ? そもそもそれ言ったら俺の場合は存在自体がエヒトを崇拝する連中にとっての敵みたいなもんだしな」

 

「それでも、俺達は負けねぇ。俺達4人なら最強だ、全部なぎ倒して、一緒に世界を超えるぞ!」

 

「んっ!」

 

「おう!」

 

「行こう、ハジメ君!」

 

 4人が魔法陣に入ると、その輝きが更に強くなる。これより始まるは誰に強制されるわけでもない、他でも無い彼ら自身の意志と願いの為の道行き。帝竜を継いだ者と、いつか世界最強となるありふれた職業を持つ者、そしてその仲間達の旅路の物語。

 




と言う訳で第一章漸く終了です。そして次回からは第2章、オリ主のヒロイン達も漸く登場し始める……前に、幕間として勇者(笑)サイドの話を一つ挟みます。

因みにカナタの服装はガンブレード使いの彼の服装から獅子っぽい飾りが無くなった様な見た目です。


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幕間『焔、灯る』

この話と、次の帝国の使者来訪の話は本来なら第一章の途中で挟むべきでしたが、本編に夢中になり、忘れてました。時系列が前後しますが、帝国の使者編は第2章に入れます。


 時はカナタ達がユエと出会っていた頃まで遡る。光輝率いる地上のクラスメート達は再びオルクス大迷宮に挑んでいた。目的は勿論訓練であり、光輝の中では香織の救出も含まれる。けれど、その人数は大幅に少なくなっていた。その原因は言うまでも無くカナタ達だ。明確な窮地とカナタ達の死、それが他の生徒達に現実を突きつけてトラウマを招き、戦えなくなったのだ。それはある意味では光輝のカリスマにあてられるがままに参戦を表明したツケが回って来たとも言える。

 

(この国は私達を都合のいい道具としか見てなかったわけね……)

 

 それに対する王国の対応は早期の戦線復帰の促し。精神的ショックは時の流れが解決するとして、事ある毎に復帰を促してくる。けれどそれに猛抗議をした人物が居る、愛子先生だ。彼女の天職は作農師、ハジメ同様非戦闘職であり、ステータスは筋力と敏捷は10を切ったりと、それだけを見ればハジメ以下なのだが、作農師と言う転職は実はその名前と能力だけが明らかになっている伝説級の天職であり一人居るだけで国の食糧事情を一変させるほどの力を秘めている。彼らを戦わせる為に呼んだ教会ですら、愛子には農耕関係の任務についてもらい、前線には出さない様にしたぐらいである。そんな彼女が任務が一段落し王国に戻ってきた時に待っていたのが、3人の死亡報告。それを聞いた愛子は暫く寝込んでしまったが、せめて残りの生徒達だけはと言う想いで戦えなくなった生徒に復帰を促す国に対して猛抗議。戦時下に置いて尤も無視できない食糧問題を解決できる愛子との関係悪化は避けるべきと判断した国はその抗議を受け入れたわけである。現在継続して訓練を行っているのは、光輝をリーダーとした勇者パーティ、そして永山重吾という男子生徒のパーティと檜山達小悪党組だ。

 

「シズシズ、大丈夫?」

 

「鈴……」

 

 そんな彼らは現在60階層で足を止めている。その原因は目の前の光景にあった。断崖絶壁に下層への階段とそれを繋ぐ橋。橋のデザインが違う為、この間と同じ場所ではないのだが否が応でも何時かの光景が思い出される。雫が崖の底を見つめている時、後ろから茶色のおさげ髪をした小柄な少女と、黒いボブカットに眼鏡を掛けた少女が近寄り、おさげ髪の少女が雫に声を掛けた。少女名は谷口鈴、その天真爛漫な姿からクラスのマスコットキャラと認識されている。そして眼鏡の少女が中村恵里、時より元気すぎて暴走しがちな鈴の押さえ役に回っている彼女の友人である。二人はどちらも香織や雫と交友関係があり、今も勇者パーティの一員となれるほどの実力者である。

 

「もし辛かったら無理せず言ってね! 私達がシズシズの分まで頑張るからっ!!」

 

「ありがとう……でも、私は大丈夫よ」

 

(そう、今は大丈夫。やる事があるし……何よりまだ答えは出て居ないから……)

 

 雫の目的、それは3人の遺体、もしくは遺品の回収。それは、どんな形でもカナタ達と一緒に地球に帰りたいと言う望みと共に自分の中で“ある答え”を出したかったからだ。客観的に見れば3人の生存は絶望的、それは雫自身もわかっている、けれど心のどこかに「自分の目でそれを確かめたわけじゃない」と考える自分も居る。自分の中で彼らの死を確信している自分と生存を望んでいる自分がせめぎあってる状態。その事に答えを出す為に、雫は今も戦線に身を置いている。

 

(でもきっと、この目的が達せられたら……)

 

 けれど一番の友人と、大切な人を亡くしたショックはあまりにも大きすぎた。今はまだこの理由があるからどうにかいつも通り振る舞える。けれど、目的が果たされ理由が無くなれば自分は折れるだろう、雫にはその確信があった。

 

「雫……」

 

 そして、そんな雫に光輝が声を掛ける。崖の底をジッと見つめる彼女。光輝にとってそれはクラスの仲間を守れなかった事への悔恨の想いからくるものだと思っていた。

 

「クラスメイトの死を悔やむ君の気持ちはよく判る。でも、僕たちはそれに囚われている余裕は無いんだ」

 

「ちょっと光輝君、そんな言い方!」

 

「鈴は少し黙っていてくれ、今香織がここに居ない以上、俺が言うしかないんだ。雫、厳しい事を言っているのは理解している。けれど僕たちは香織を救出する為にも今は前に進まなければならないんだ。雫、大丈夫だ、俺が傍に居る、俺は死んだりしないし、もうこれ以上誰も死なせたりはしない」

 

 自分の胸を軽く叩きながら宣言する光輝に対して雫は顔を上げて、その目を彼に向ける。その表情は殆ど無表情だったが、それでも崖の底を見つめながら俯いていた雫が顔あげた事に対し、光輝の中では自分の言葉を判ってくれたかと判断し、頷きながら言葉を続ける。

 

「大丈夫だ、俺が雫を支えるよ。それに長年ずっと一緒に居た俺は知っている、雫はとても強い女の子だと言う事をね。だから、力を合わせて前に進もう! そして絶対に香織を助け出そう!!」

 

(強い女の子、ね……)

 

 それはそうせざるを得なかったが故に形作られたものだという事は思いもしないだろう。光輝の中で八重樫雫と言う女の子はどんな時も凛々しくカッコイイ女の子と言うのが真実なのだから。

 

「そうね、今は前に進まないといけない。こんな所で立ち止まってる時間は無いわね」

 

「ああ、その通りだ!」

 

 長い付き合いだと言う事は事実であり、こう言う時は光輝の話に合わせなければ先に進まない事を雫は理解している。幼馴染である自分の激励と励ましを受けて立ち直る、それこそが光輝の中のこの時の八重樫雫の正しいあり方。そう、こんな事に時間を費やす暇は無いのは事実だ、だから先に進もう。寂しげながらに自分に向かって微笑んだ雫の姿に光輝は満足そうに頷き、再び一行の先頭に立って力強く進んでいく。

 

「雫ちゃん、ホントに辛かったら、遠慮なく言ってね」

 

「そうだよ~、鈴は何時でもシズシズの味方だからね!」

 

「ええ、ありがとう二人とも」

 

「そうだ! もしカオリンとカナタンが死んでたら、エリリンの降霊術で二人ともシズシズに侍らせちゃえばいいんだ!」

 

「す、鈴、デリカシーないよ! それに私、降霊術は……」

 

「大丈夫よ、ありがとう二人とも。それよりも鈴、恵里は降霊術苦手なんだから無理言っちゃダメよ」

 

 鈴が暴走し恵里がそれを宥める。こんな状況でもいつも通りな様子の二人は雫はクスクスと笑いながらもお礼の言葉を述べてから鈴を注意する。

 

「エリリン、やっぱり降霊術苦手? せっかくの天職なのに……」

 

「……うん、ごめんね。ちゃんと使えれば、もっと役に立てるのに……」

 

 恵里の転職は降霊術師。これは死者の残留思念に干渉する魔法であり、主に死者の無念や遺言を遺族に伝えると言った使い方をされている。けれどその使い方は降霊術のほんの一部であり、その気になれば思念の実体化や遺体への憑依による傀儡化といった芸当もできる。けれどこの魔法と恵里の、地球での倫理観はあまりにも合わなさ過ぎた。これは地球の常識では死者への冒涜とも言える行為であり、加えて幽霊と言った類が恐れられる傾向が強い事も手伝い、恵里は降霊術を行使するのが大の苦手だった。しかし、恵里は元々魔法の適正は高い為、降霊術の属性である闇属性の魔法を筆頭に多様な魔法でパーティに貢献できていた。

 

「恵里。誰にだって得手不得手はあるわ。魔法の適性だって高いんだから気にすることないわよ?」

 

「うん、でもやっぱり頑張って克服する。もっと、皆の役に立ちたいから」

 

(そうだったわね……私にはまだ大切な友達が居る。なら、せめて二人は私が守らないと)

 

 せめて、自分が立っていられる間だけは……そう思いながら、両手で握り拳を作り気合を入れる恵里の姿に雫は優しげな視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 そして一行はついに歴代最高到達階層である65階層にたどり着いた。ここら先はメルド達騎士団にとっても未知の部分がある。この間の二の舞にはしないと言わんばかりに、光輝達に注意を促す。そして今まで以上に慎重に探索を行う中、広い空間に出た。明らかに雰囲気の違う空間に全員が警戒心を高める。そんな中、その予感が的中してますとばかりに中央に巨大な魔法陣が現れ、輝く。その光が収まった時、“そいつ”はいた。

 

(あい……つは……っ!?)

 

 その姿を見て、雫は目を見開く。今でもあの日の事、そしてあいつの姿ははっきりと覚えている。ベヒモス、嘗て自分達を苦しめ、そしてカナタ達が奈落へと落ちていく要因の一つといえるモンスター。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 そう、この間とは違い今回はベヒモス一匹だけ。ならば退路を確保すれば撤退するのは容易い。メルドの指示を受け、部下たちはすぐさま退路付近を陣取る。しかし、それに反し光輝達は彼の横に立ち、それぞれの武器を構える。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

 

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

「そうね……ええ、その通りよ、龍太郎」

 

 そして雫も剣の柄を握り構える。その目つきは何時にも増して鋭く。射殺さんとする勢いでベヒモスを見据えている。

 

「これ以上、奪わせはしない。何より何時かのお返し、此処でさせてもらうわよっ!」

 

 

 

 

 

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

 嘗ては光輝の最強の必殺剣、神威を以ってしても無傷だったベヒモスの胸部が大きく斬り裂かれる。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

 光輝の指示に指摘する点が無いのを確かめ、メルド自身も光輝の指示に従うように命令を飛ばす。

 

「グルゥアアア!!」

 

 前衛組みがベヒモスを包囲、その間に後衛組は魔法の詠唱を始める。それに気付いたベヒモスが魔法攻撃を阻害するべく、踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

「させるかっ!」

 

「行かせん!」

 

 そこに坂上龍太郎と永山重吾のパワーファイター二人ががスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」

 

 身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

 

「ガァアア!!」

 

「らぁあああ!!」

 

「おぉおおお!!」

 

 龍太郎、重吾、ベヒモスの叫びが響く中、雫が居合いの構えを取り、ベヒモスとの間合いを一気に詰める。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」

 

 そして剣の切れ味を向上させる付与魔法を与えた一閃がベヒモスの角を捉える。が、刀身が半分食い込んだ程度で止められる。その事に雫は苦々しげな表情を浮かべる

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

(届かない……私じゃ無理だと言うのっ!?)

 

 ベヒモスの姿を目にした時、今まで暗く沈んでいた私の心の内にある感情が沸いてきた。それは紛れも無い恨み。一番の原因は檜山かもしれない、けれど、このベヒモスもまたカナタ達を追い詰め、橋を崩落させ三人を死に追い遣った原因である事は間違い無い。

 

(私では……カナタ達の敵は討てないって言うのっ!?)

 

 我ながら、冷静さを失っているとは思う。けれども、こいつは……こいつだけは私自身の手で斬り伏せたかった。なのに、自分の刃ではこいつに届かない。その事が悔しく、そしてその感情が私の中の恨みの炎を強く燃え上がらせる。

 

(……ふざけるなっ!)

 

 剣を持つ手に更に力を込める。絶対に斬る、こいつだけは必ず――

 

(斬り伏せる……こいつだけは私が絶対に……焼き斬るっ!)

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 それに気づいたのは雫の援護をしようと彼女に近づいたメルドだった。歯を食い縛り、ベヒモスの角を斬りおとすべく、剣を持つ手に力を込める雫。その表情は強い怒りに染まっている。けれど注目すべきはそこではない、まるで彼女の怒りを現すかのようにその刀身に炎が灯る。

 

「あぁああああああっ!」

 

 そして次の瞬間、雫の剣が振りぬかれた。角は半ばで斬り飛ばされ、メルドの傍に落ちる。その断面図を見て、彼は目を見開く。

 

(これは……切断面が溶解しているだとっ!?)

 

 ベヒモスはその頭部や角を赤熱・炎上化させる特徴がある。つまりは角や頭部は火や熱に対して極めて強い耐性を持っている事を示す。そんな角ですら溶解させるほどの炎、それが今雫の剣を覆っている。角を斬られた事でベヒモスの突進は止まり、一瞬だけ怯む。続けて一度間合いを置いた雫が自分の顔の前に剣を切っ先を下に向ける形で掲げ、刀身に手を添える。すると刀身を包む炎の勢いが更に強く、そして炎の色が青白いモノとなる。

 

「重吾、龍太郎! どきなさいっ!」

 

 そう叫ぶと同時に雫は再度ベヒモスに突っ込む。そして二人と入れ替わる形で肉薄、袈裟切り、なぎ払いとベヒモスを斬りつけ、最後に雫は跳躍しながら、剣を両手で持ち上段に構え――

 

「はぁぁああああああっ!」

 

 縦一閃に振り下ろす。ベヒモスの肩の根元から股関節に掛けてベヒモスの胴には青白い斬撃痕が刻まれる。血は出ない、噴き出すはしから燃え盛る炎によって蒸発しているのだ。刻まれた3つの斬撃痕を起点に青白い炎がベヒモスを包む。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 炎に焼かれ悶え苦しむベヒモス。けれど、その動きは次第に弱まり、やがてベヒモスはゆっくりと横に倒れる。そして炎が消えた頃には体の大半が炭化し、部位によってはそれすらも焼き尽くされ、骨が露出しているところすらある。

 

「……雫?」

 

 自分達の勝利。けれど、それに対して歓喜の声は挙がらない。彼らの視線はベヒモスを文字通り焼き殺した雫に注がれている。彼女の剣からも炎が消える。アーティファクトであり、この手の付与魔法にすら十二分に耐えられる強度を誇る刀身すら赤熱化している。

 

「雫っ!?」

 

 やがて、雫もゆっくりとその場に倒れ光輝がそれを抱き止めると他のみんなも二人に近づき、メルドさんが彼女の様子を診る。

 

「魔力の過剰消耗だな。それで気を失ってるみたいだ。時間が経てば直に目を覚ますだろう。」

 

 メルドの言葉に光輝達はホッと胸をなでおろす。魔力が無意識に人間の身体能力を補助する性質があるのはステータスの説明であった通りだ。そしてその関係からか、人間は無意識に身体能力を補助する為にある程度魔力は残そうとする様にストッパーが働き、魔法や技能を使えなくなった段階ではまだ魔力は完全には切れていない。けれども何らかの理由でその分の魔力すらも使い切り、ホントの意味で魔力が枯渇した人は気を失うのが殆どとの事だ。

 

(そして普通であれば、そんな事は滅多に起きない。考えられるとすれば――)

 

 先ほどの炎、あれを維持するのに膨大な魔力を要したと言う事だろう。そして剣士の天職にはアーティファクトの刀身すら赤熱させるほどの魔法剣は使えない筈だ。

 

(八重樫雫……彼女は一体……)

 

 メルドは今も光輝の腕の中で気絶している彼女から視線を外し、先ほどの事を考えながらも他のメンバーに警戒と休憩を取る様に指示を飛ばすのだった。




刀使い、炎・・・あっ(察し)

いつも本作品を読んでいただきありがとうございます。一応投稿前に読み返し、投稿後も定期的に読み返してはいるのでが見落とす誤字って結構多いものですね。そんな中、誤字報告して下さる方、本当にありがとうございます


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第2章『集うドラゴン・プライド』
第1話『魔を拒む大峡谷』


此処から遂に第2章開幕です。因みに前回の幕間の投稿にあわせて、タグを一個追加しています。そのタグの原作を知ってる人は、あっ(察し)となると思いますww


 眩い輝きが収まった時、カナタ達の目に飛び込んできたのは地上の風景……ではなく、今までと変わらない洞窟の風景だった。

 

「……えぇ~」

 

「……なんでやねん」

 

 出口の魔法陣に乗れば、その先はもう地上。そんなお約束を信じていた男二人は明らかにガッカリしている。そんな中、ユエがハジメのコートの裾を引っ張る。

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

 

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

 言われみればその通りだ。魔法陣の行き着く先が地上と言う事はその魔法陣が完全に露出している事を意味する。そうなれば後は魔法陣を解析されるなりして、隠れ家に乗り込まれること間違い無しだ。とりあえず洞窟を道なりに進むカナタ達、途中幾つかのトラップや封印された扉が見つかったが、それはオスカーの住居に残っていたオスカー本人と思われる遺骨から拝借した指輪で簡単に解除できた。そして、暫く進むとやがて4人は切り立った崖が遠くまで続く場所に出た。

 

「……戻って来たんだな……」

 

「……んっ」

 

 オスカーの居住区も人工太陽が輝き、川が流れていたりとかなり地上に似せた環境ではあったが、頭上に輝く本物の太陽のまぶしさと清涼な空気、そして吹き抜ける風はやはり地底の底では味わえるものではない。それらがカナタ達に戻ってきたと言う実感を与え――

 

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

 

「んっーー!!」

 

「やったぁあーーーっ!」

 

 ハジメ、ユエ、香織の三人は互いに抱き締めあい、喜びを露にしている。そんな3人の様子を「まぁ今回は良いか」と生暖かいまなざしを送るに留めていたカナタは再び周りの様子に目を向けて――

 

「ふっ、シャバの空気が美味しいぜ」

 

 と、お決まりの一言を言ってみたりした。そんな風に各々が地上への帰還を喜んでいる中、突然現れた魔物達が彼らを取り囲む。

 

「3人とも、イチャつくのはそこまでにしとけ。団体さんのお出迎えだ」

 

「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

 

「うん、この風景。ここはきっとライセン大渓谷。放出された魔法が分解される場所だった筈」

 

 訓練だけでなく、オスカーの住居にあった書斎でトータスの地理を始め、冒険に必要と思われる知識も吸収したカナタ達はすぐに自分の居る場所にあたりをつける。香織が試しにと魔力を外部に放出するが、すぐに霧のように霧散する。

 

「間違いない、か……なら、ここは俺とハジメで切り抜けるか」

 

「……問題ない、力づくでいく」

 

 そう言って、ユエが掌の上に火を生み出す。どうやら、分解される以上の魔力を注ぎこむ事で魔法を発動させる力技の様だ。

 

「力づくって……効率は?」

 

「……十倍くらい」

 

「いや、流石にそれは燃費悪いにも程があるだろ……今回は素直に自衛程度に留めておきなって」

 

「……でも」

 

「いいからいいから、適材適所。ここは魔法使いにとっちゃ鬼門だろ? 任せてくれ」

 

「ん……わかった」

 

 と、口では納得しつつも若干唇を尖らせ、拗ねている様子がはっきりと判る。そんな様子に苦笑いを浮かべながらも、ハジメはドンナーをを引き抜き、発砲。魔物の頭部が弾けとび絶命する。

 

「さて、と。地上で魔物と戦ったのは王国周辺での実戦訓練以来だが、今の力量差がどれぐらいか試させてもらうとしますかねっ!!」

 

 そしてカナタも言い終わると同時に剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……ラストッ!!」

 

 2体の魔物をまとめてなぎ払い、戦闘……いや、戦闘とすら呼べない一方的な蹂躙は終わりを告げる。ハジメとカナタがそれぞれ武器を仕舞うと、後方に下がっていたユエと香織が傍にやってきた。

 

「……どうしたの?」

 

「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」

 

 最初のうちは二人とも全力(ハジメは二丁銃のみだったが)だったのだが、殆ど手ごたえを感じず、カナタはあえて闘気を解除して戦ってみたが、それでも手ごたえは殆ど無いに等しかった。

 

「……二人が化物」

 

「あっはは~、ある意味化け物に変身出来る身としては、あながち否定できねぇ……」

 

「ひでぇいい様だな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか」

 

「よく考えりゃ、あれクラスかそれ以上の連中が地上にうようよ居たら、そもそも人間達が生きていくのも困難ってもんか……」

 

 もしそうなら人類の生活圏はだいぶ狭いものとなるし、各地に物資を流通させるラインも確保出来ない。そう考えれば大迷宮の魔物が法外的に強すぎたと考えるのが妥当だ。

 

「それで、この後はどうするの? ハジメ君」

 

「この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むつもりだが」

 

「樹海側にした理由は?」

 

 ハジメが向かおうとしているハルツィナ樹海もそうだが、もう片方のルートであるグリューエン大砂漠にも迷宮が存在している。迷宮目的での探索ならばどちらのルートも同じだ。

 

「いや、峡谷抜けていきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし。」

 

「……確かに」

 

「そう言えば装備以外の旅の道具、何も持ってなかったね私達」

 

 オスカーの住居で準備できたのはあくまでアーティファクトを始めとした装備一式。テントや寝袋等、一般的な旅道具に関しては何も持ってないし、回復薬も今ある分しか残ってない神水をホイホイ使うのも躊躇われる。ならばそう言った道具を揃える必要があり、町のある方を優先するのは自然な流れだ。方針も決まったところで、ハジメは宝物庫からサイドカーの付いたバイクを取り出す。バイクと言っても運転手が直に魔力を流して動くタイプでガソリンタイプではない。メインの運転手はハジメ、その背には香織が跨り、前の方はユエが座り、カナタがサイドカーに乗り、バイクは走り始める。大峡谷は分かれ道はおろか、曲がり道すらない完全な直線。大まかな方角さえ間違えなければ特に気にする事無く樹海に到着できる。その為、四人は迷宮の入り口らしきモノが無いかだけ気にしながら走行をし続けた。

 

「……何だあれ?」

 

「……兎人族?」

 

 そうして暫く走行し続けていた一行の視界に飛び込んできたのは二つ首のティラノザウルスの様な魔物と、それに追われているウサミミの少女。兎の特徴を持った亜人、兎人族の少女だ。

 

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

 

「いや、亜人族は基本、ハルツィナ樹海に生息しているか、人間に捕まり奴隷として暮しているか、もしくは亜人という立場を隠して放浪してるかぐらいのはずだ。仮に放浪の身だとしても兎人族が好んでこんな所に来るとは思えないが」

 

 それでなくてもこの大峡谷は罪人を此処に放置して魔物に殺させると言う処刑方法が確立されてる程の危険区域である。亜人、しかも戦闘能力に乏しい兎人族からしたら、ここに来るのは自殺行為だ。

 

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか?」

 

「……悪ウサギ?」

 

(ふむ悪ウサギ、ねぇ……)

 

 カナタは今なおこちら向かって逃走してきている兎人族の少女を観察する。

 

(そうだと仮定すると、同族との縁は既に切れてると見て良い。つまり彼女に“あのお願い”しても、他の亜人や同族がちょっかい掛けてくる可能性も低い見て良いか)

 

 一路、樹海を目指す事を決めたわけだがそれにはある問題点があった。けれどそれは今の自分達にはどうしようもないし、その問題点を無視してでも町のある方に向かいたかった。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 やがて、彼女の必死な叫びが聞こえるぐらいには距離が縮まってきたところで、カナタがサイドカーから降りる。

 

「カナタ君?」

 

 2ヶ月の生活の中で、下の名前で呼ぶようになった香織が彼に声を掛けると、カナタは剣を構えて刀身に風を纏わす。

 

「カモが葱……いや、この場合はウサギが人参背負ってやってきたって所か、なっ!」

 

 カナタが剣を一振りすると、風の刃がティラノサウルスに向けて飛んでいく。風爪の派生技能である風の爪を飛ばす飛爪が、ティラノ首を刎ね飛ばす。今までは2つの頭があること前提で重心のバランスを維持していたのにいきなり首を片方刎ね飛ばされたのだ。当然ながら二頭ティラノはバランスを崩しその場にひっくり返る。そしてその衝撃で兎人の少女がこちらに吹き飛ばされてくる。

 

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い! ぶっ!?」

 

 と、顔面からこちらに向かって落ちてくる少女をカナタは頭を掴む形で片手でキャッチ。そのまま地面に降ろす。それと同時にバランスを崩した二頭ティラノが身体を起こし体勢を立て直すと同時にこちらに向かって吼えると、少女は咄嗟にカナタの後ろに隠れる。

 

「おい、カナタ。なんだってそんな存在がギャグみたいなウサミミなんて助けるんだよ? どう考えても面倒ごとの予感しかしねぇんだが」

 

 と、ハジメがカナタをジト目で睨んでいるとカオリがハッとした様な表情になった。

 

「そう言えば、兎人族って愛玩奴隷として需要が高かったよね……」

 

「……ん、欲求不満?」

 

「ど、奴隷!? 私奴隷にされるんですっ!?」

 

「カナタ……お前結構溜まっていたのか……」

 

「仮にそうだったら、その原因はお前等だからな……まぁ」 

 

 そこで言葉を切るとカナタは砲身の根元上部のグリップを掴み、上に引っ張る。すると砲身の一部がスライドして何かを嵌めこむ部分が現れ、宝物庫から取り出した弾丸をそこにはめ込み蓋を閉じる。次に砲身側面に折りたたみで収納されていたグリップとトリガーを握り銃口をティラノに向ける。

 

「お願いしたい事があるのは確かだけどなっ!」

 

 引き金を引くとドォン!と言う音と同時に真っ赤に輝く光弾が飛びティラノの首の根元に着弾。同時に爆発がおき、千切れ飛んだもう片方の首も宙を舞い、首を二つとも失ったティラノはその身体を横たえる。

 

「し、死んでます…そんなダイヘドアが一撃なんて…」

 

 カナタがグリップを後ろに引くと、装弾部分の反対側の側面から薬莢が排出。二頭ティラノ改め、ダイヘドアが絶命したのを確認するとカナタは剣を背中に仕舞い、彼女の方に振り返る。

 

(さて、これで恩は売れただろうし早速交渉に――)

 

「助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 奴隷云々は後回しにして、取り敢えず私の仲間も助けてください!」

 

(……あれ?)

 

 直後に続いた中々に図々しい言葉にカナタは内心首をかしげた。罪人ならば仲間は居ない筈。つまり仲間、と言う単語が出た時点でカナタの目論見は外れ、ハジメの言うとおり面倒な事になりそうな流れが出来ていた。



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第2話『ハウリアの忌み子』

 ハルツィナ樹海を探索する上での問題、それは樹海は亜人の協力が無ければ迷う事確実の天然の迷宮だという事。その為、樹海を探索する冒険者の殆どは亜人の奴隷を連れている。その為、亜人はその立場から人間に対してあまり良い感情を持っておらず、原住民の亜人に協力を仰ぐのは無理だろうし、仮に誰かに対して個人的に協力を取り付けることが出来ても、他の亜人達が黙っておらず、余計なトラブルを招く可能性があった。そんな中、罪人として同族からも切り離された、言ってしまえば孤立している亜人ならばそのトラブルのリスクは低くなる、それがカナタの考えだった。なのだが……

 

「私の家族も助けて下さい!」

 

 命を救われたお礼もそこそこに更に家族も助けて欲しいとお願いしてくるシアと言う少女。その言葉を聞き、ハジメとカナタはお互いに視線を合わせる。ハジメはジト目だし、カナタはカナタで気まずそうである。

 

“おい、どーすんだこれ?”

 

“流石にこれは予想外だった。まさか普通に同族内で生活してる娘だとは思わんかった”

 

“ったく、思いっきり関わっちまった以上、このままハイ、サヨナラって訳にもいかねぇだろ。なんかあれば、カナタが責任持ってなんとかしろよ”

 

“あっはは、了解”

 

 と、念話での会話を終了してカナタ達はシアの方に向き直る。

 

「おら、とりあえず話だけは聞いてやるから、さっさと話せ。ウザウサギ」

 

「ウ、ウザウサギってなんですか!? さっきも私の事ギャグみたいなウサミミとか言ってましたし、こんなスタイルも抜群な美少女に対してなんて酷い言い方!! ショックです! 私凄い傷つきました!! お詫びに私の家族も助け、はぎゅん!」

 

「いいからとっとと話せ。こっちはお前のギャグに付き合ってるほどヒマじゃねぇんだ」 

 

「は、はいぃ……」

 

 ハジメから拳骨を喰らい、頭を押さえながら涙目になってるシアが事情を話し始める。曰く、今までハウリア一族は樹海で暮していた。そんなある日、ハウリア一族に変わった女の子が生まれたのだ。基本兎人族は濃紺の髪をしているのだが、その女の子は青みかかった白髪をしていた。それだけなら突然変異の一種で済まされたのが、問題だったのはその女の子は魔力操作の技能とある固有魔法を使えた。それが自分だとの事

 

「本来であれば、そうした亜人は忌み子として一族から追放されます。何せ、魔物と同じ力を持ってるからです」

 

(忌み子、日記に出てきたユナと言う女性と同じか……)

 

 けれど、元々仲間意識の強い亜人の中でも、兎人族は特にその傾向が強く、同じ部族はみんな家族と言う程だ。そんな彼らはシアを犠牲には出来ず、彼女の存在を匿いながら暮してきた。けれどある日、ひょんな事からシアの存在がばれてしまった。亜人たち住む国、フェアベルゲンは魔物や魔物と同等の存在、そして自分達を差別する人間には強い敵害心を持っており、樹海にそうした者達が居れば即処刑するのが掟。それを恐れた兎人族は一族総出で脱走。最初は北の山脈を目指したが、そこで帝国兵の一団と遭遇。兎人族は少し前に香織が言った通り、愛玩奴隷としての需要がある。辛うじて逃げ切る事は出来たが、その過程で半数近くの仲間は捕まってしまった。

 

「それで私達は帝国軍が居なくなるまで、このライセン大峡谷に逃げ込みやり過ごそうと思ったのですが」

 

 商品として需要があるハウリア族を集団で見つけたのだ。これを見過ごす手は無いし、態々追撃しなくても、そのうち魔物に追われて、こちらに逃げてくるだろうと踏んだ帝国軍は渓谷入り口付近に陣取り、居座ってしまった。結果ハウリア族は現在、前門の帝国、後門の魔物状態に陥ってしまっている。

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 先ほどまでのハイテンションとはうって変わり、シアは悲痛な表情でこちらに懇願している。シアの話を聞き、ハジメがため息を吐きながら、ガシガシと頭を掻き、他の3人に話を振る。

 

「なるほどな、さてどうする? 正直かなりの厄介ごとだぞ、これは」

 

「う~ん」

 

 確かにこれはリスクが大きい。この頼みを受ける以上、確実に峡谷入り口に陣取る帝国軍と衝突する事になる。必要ならば敵対する事もやむなしだが、好き好んでそれを背負い込む必要は無い。

 

「……連れて行こう」

 

「ユエ?」

 

「そうだね、こうして関わっちゃった以上、このままさようならって訳にはいかないよ」

 

「香織……」

 

 それに答えたのはハジメの両隣に座っていた香織とユエだった。

 

「……案内に丁度良い。きっと、カナタもそのつもりだった」

 

「それに、あの時ハジメ君言ったでしょ? 俺達4人なら最強だって」

 

 そう言って香織はハジメの手に自分の手を重ねて微笑む。自分達4人で力を合わせれば最強だと、そして最強ならば周りに遠慮なんていらない。自分達の目的のまま、思うままに進む。それでなくても今回はシアの頼みを受ける事はその目的に繋がるベストな選択なのだ。それを敵の存在が居るからとふいにするのは、自分達じゃない。立ちはだかり、阻むものは全てなぎ倒してでも進む、そう決めた。自分の恋人二人の意見を聞き、ハジメは軽く肩を竦めてから、その視線をカナタに向けて頷く。

 

(後はお前が決めろ、ってことか)

 

 カナタは今も頭を下げたままのシアに視線を戻し、やがて口を開いた。

 

「まぁ、そんだけ仲間意識の強い一族なら反対意見も出ないか」

 

 シア一人の為に一族丸ごと脱走するような連中だ。彼女を助ける事は一族全体に恩を売る事に繋がる。それに最初に想定していた孤立した亜人、ハウリア一族は今まさにその状況にある。単に一人が複数人になったと言うだけだ。

 

「判ったよ。その頼み、俺達が引き受けた」

 

「ほ、ほんとですかっ!?」

 

「勿論、タダだって訳じゃない。キチンとお礼は……って、なんでいきなり自分の胸を隠す?」

 

 カナタの言葉に顔を輝かせたシアだっただが、その後に続く言葉の途中で胸を隠す様に自分を抱き締めている。

 

「だ、だってお礼って……やっぱあれですよね? さっき話してた通り、私に奴隷になれって事ですよね……い、いえ!! この際、背に腹は変えられません! 例え、この身が穢れてもそれでみんなが助かるのであれば、あいたぁっ!?」

 

「人の話は最後まで聞け、発情ウサギ」

 

 カナタが呆れ気味に彼女の発言を中断する様にその頭に軽くチョップを落す。

 

「ま、また殴られた……父さんにもぶたれた事無いのにぃ……」

 

「なんでそのネタ知ってるのかはスルーするとして。俺達は目的があって樹海を探索するつもりだったんだ。だから助ける報酬として、君達兎人族に樹海の案内を頼みたい。……どうだ?」

 

 と、カナタが報酬を提示すると、シアはキョトンとした様子でカナタを見つめていたが――

 

「は、はいっ! 大丈夫です、ありがとうございますっ!!」

 

 やがて、その顔にパァッと笑顔が咲く。

 

「よし、話が決まったんなら急ぐぞ。さっさと乗れ」

 

 話が纏まると同時に、ハジメが真っ先にバイクに跨り、ユエと香織もそれに続く。

 

「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それでみなさんのことは何と呼べば……」

 

「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」

 

「白崎香織だよ、よろしくね。シアちゃん」

 

「……ユエ」

 

「竜峰カナタ。まぁ樹海探索が終わるまでだが、よろしく頼む」

 

「ハジメさんに香織さん、カナタさん、そしてユエちゃんですね」

 

「……さんを付けろ。残念ウサギ」

 

「ふぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

「え、それじゃあ、皆さんも魔力を直接操れたり、固有魔法が使えると……」

 

「ああ、そうなるな」

 

「……ん」

 

 ユエが実は年上な事を知り、土下座して謝ったところで、一同は他のハウリア族の居る所へ向かう。サイドカーに座りながら(カナタの後ろだと剣がゴツいとの事でシアはカナタの前側に座っている)カナタ達のことを質問していたのだが、いきなりシアが涙目になっていた。

 

「い、いきなりどうしたの、シアちゃん!?」

 

「あ、いえ……一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

 

 ここしばらくフェアベルゲンではシアみたいな忌み子は生まれていない。その所為か、例え家族の皆が良くしてくれても一人になった時など、ふとした時に孤独感を味わうことがあり、ホントの意味で自分と同じ境遇の彼らと出会えた事が嬉しかった様だ。そしてそんな彼女の様子にユエは物思いにふけている。魔力の操作に自分だけの特別な力、その共通点からユエはシアに自分の境遇を重ねていた。けれど、シアとユエは完全に同じとはいえない。それは周囲の人が愛してくれたかどうか、シアの方は同族の全てが変わらず愛してくれたが、ユエの方は危険視の果てに封印された。その結論に至ったのか、おのずとユエは俯きがちになる。

 

「ユエ」

 

 それを察したハジメは無言のままユエの頭をポンポンと撫で、香織は一言彼女の名を呼ぶ。自分や香織では完全にユエの気持ちを察することが出来ないし、かける言葉も見つからない。だからこそせめて、ユエはもう一人ではないぞ、と言う気持ちを彼らなりに示したのだろう。ユエは少し寂しげながらも笑みを浮かべると甘えるようにハジメに背を預けた。

 

「あの~、私のこと忘れてませんか? ここは『大変だったね。もう一人じゃないよ。傍にいてあげるから』とか言って慰めるところでは?」

 

「ん? だからこうして慰めてるだろ……ユエを」

 

「それ普通、私に言う流れですよね!? なんでそんなナチュラルに3人の世界を作っちゃってるんですか!?」

 

「諦めろシア……。こいつらはこれが普通なんだ、俺はもう諦めた……」

 

 と、どこか遠い目をしてるカナタの姿を見て、シアも「あ~……」と何かを察したような声を出す。

 

「なんか、判った気がします。そりゃこんな風景何時も見せ付けられてたら、カナタさんも欲求不満に、ふぎゃっ!」

 

「いい加減、そのネタから離れろ。ところで、シアも固有魔法が使えるとか言ってたが、どんな魔法なんだ?」

 

 カナタがシアの後頭部を軽く小突きながら話題を変えるべく話を振ると、少し涙目になったシアが彼の方を振り返り、自分の目を指差しながら話し始めた。

 

「あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……今回カナタさん達に会ったのもこれのお陰でして、貴方達が私達を助けてくれている姿が見えたんです。実際、ちゃんと貴方達に会えて助けられました!」

 

 そう言って、シアは再びカナタに笑顔を向ける。その無邪気な笑顔から間近で見たカナタは「そう、か……」と言いながら、少し気恥ずかしそうに視線を外す。するとハジメが「ん?」と怪訝そうな表情になり――

 

「そんなすごい固有魔法持ってて、何でバレたんだよ。危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」

 

 と、問い掛けるとシアは「うっ……」と言葉を詰まらせ、その視線を泳がせ始める。

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて……」

 

「つまりバレた時には既に使った後だったんだね……でも、一体何を視たの?」

 

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

 

「ただの出歯亀じゃねぇか! 貴重な魔法何に使ってんだよ」

 

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

 

「やっぱ、ダメだな。何がダメって、お前がダメだわ。この残念ウサギが」

 

 と、ハジメの一言にシアがシュンとなる。とは言え、これに関しては完全に自業自得としか言えず、流石の香織もフォローできずに苦笑を浮かべている。

 

「っ! 今の鳴き声はっ!?」

 

 その時、何かの鳴き声が響き、シアもハッと顔上げる。

 

「ハジメさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

 

「ちっ、絶賛襲われてる最中ってわけか……ハジメっ!」

 

「判ってる! しっかり掴まってろっ!」

 

 更にアクセルを踏み込みスピードを上げる。そうして走ること更に二分。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。

 

「ハ、ハイベリア……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎人族か隠れている岩場の上空をワイバーンの様な飛龍が旋回している。次の瞬間、その内の一匹がトゲ付き鉄球の様な形をした尻尾で彼らの隠れている岩場を砕くと、悲鳴と共に数人の兎人族が這い出してきた。狙い通りと言わんばかりにハイベリアは彼らの傍に着地すると、彼らを飲み込まんとその口を開ける。しかし――

 

「香織っ!」

 

「うんっ!」

 

 ドパンッ!ドパンッ!と、香織が実弾モードのナイチンゲールでハイベリアの頭部に2発の弾丸を撃ち込む。香織のステータスの向上に合わせて、ドンナー・ライトから再調整されたナイチンゲールはハジメのドンナーと殆ど遜色ない破壊力を発揮できる。流石にハジメの様に二丁同時に扱う事は出来ないが、その威力は彼女の役目がヒーラーである事を考えれば十分破格の攻撃力。直撃を喰らったハイベリアはその頭部を爆散させて息絶えた。その直後、上空のハイベリアの群れに対して竜に変身したカナタが突貫、ハイベリアの胴体を切り裂いたり、火炎弾で撃ち落したりしている。それだけでない、先ほどハイベリアの頭部を散らした閃光が幾つも飛び、それらもハイベリアの胴体や翼膜に穴を開け、次々に撃ち落している。

 

「な、何が……」

 

 突然の出来事に、状況を把握しきれない兎人族は皆一様に呆然としている。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

「「「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」」」

 

 その時、聞き覚えのある声に兎人族達がその方向に目を向けると、そこには見慣れない乗り物に乗り、こちらに手を振りながら、ピョンピョンと跳ねているシアの姿が映った。が、サイドカーの上でピョンピョン飛び跳ねると当然バイクも揺れる、その所為で本来なら頭部撃ち抜くはずが狙いがズレ、翼膜や胴体に当り、地上に落ちながらも、仕留め損なう事多数。

 

「シアちゃん、悪いけど跳ねるのちょっとやめてくれない? お陰で狙いが――」

 

「いや、良い……」

 

 明らかに不機嫌そうな声と共に、ハジメはシアの衣服(実際は大事な部分を隠す為に布を巻いてる様な物で服とは呼べないのだが……)を掴む。

 

「あ、あの、ハジメさん? どうしました? なぜ、服を掴むのです?」

 

「…戦闘を妨害するくらい元気なら働かせてやろうと思ってな」

 

「は、働くって……な、何をするのです?」

 

 ハジメの様子に嫌な予感を覚えたシアは背中に嫌な汗をかくのを感じた。

 

「なに、ちょっと飢えた魔物の前にカッ飛ぶだけの簡単なお仕事だ」

 

「!? ちょ、何言って、あっ、持ち上げないでぇ~、振りかぶらないでぇ~。か、香織さん、ユエさん! ハジメさんをとめてくださぁ~い!」

 

「シアちゃん……」

 

「か、香織さん……」

 

 持ち上げられたままのシアと香織が見つ合う。やがて香織が力強く頷く。

 

「大丈夫、シアちゃんには当てないし、傷一つ付けさせたりもしないから!」

 

 バイクを揺らされてイラッと来てたのは香織も同じだったらしく、シアにとって全く安心できない言葉を口にした。

 

「そう言う事じゃなくてですねぇっ!」

 

「二人ともしっかり掴まれ! ……逝ってこい! 残念ウサギ!」

 

「いやぁあああーー!!」

 

 ご丁寧にドリフトの遠心力の勢いも乗せてハジメはシアを全力投球。突然の出来事にハイベリアも一瞬事情が飲み込めず、格好の餌が飛んで来たと言うのにシアを見送るだけ。その瞬間を逃さず、ハジメ達は残りのハイベリアを駆逐していく。

 

「あぁあああ~、たずけでぇ~」

 

 やがて、重力の法則に従い、涙目で落ちてくるシア。他の兎人族がシアをキャッチしようと彼女の落下予測地点に急ぐが、上空を深紅の影が通り過ぎ、シアはカナタの背中に落ちる。

 

『これに懲りたらあまりハシャギすぎない事だな……ハジメはあれで結構容赦ないからな』

 

 と、カナタはシアに声を掛けるが、カナタの背に乗ったまま、シアは少しボーっとした様子で彼の姿を見つめている。

 

『ああ、この姿か? まぁ、俺の固有魔法みたいもんだと思ってくれ』

 

「あ、はい……」

 

『……やけに大人しいな、どうかしたのか?』

 

 さっきまでの騒がしいまでの彼女はどこ言ったのか。カナタが首だけを少し後ろに向けながら声を掛ける。

 

「いえ、なんでもないです!」

 

『そっか、ならいいが。とりあえず粗方殲滅したみたいだし、地上に降りるぞ。ちゃんと掴まってろ」

 

「わ、判りました」

 

 周囲にのハイベリアが全滅したのを確認すると、カナタとシアは地上でこちらを見上げている兎人族の所へと降下して言ったのだった。




本作のハジメはこう言うときは他の仲間の意見も確認する程度にはマイルドな性格になってます。お陰で原作と比べ、ギャグの度合いが大幅低下してますが(纏雷でバチィもペッタンコ発言からのトルネードも無くなりました)。


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第3話『覚え無き殺意』

気がつけばお気に入り登録数200を超えて、もうすぐ300近く。ホントにありがとうございます!


 カナタが地上に着陸し、シアが降りたのを確認すると竜化を解除、シアに一声掛けようと彼女の方に目をやり、すぐさま視線を反らす。

 

(ハ、ハジメの奴……)

 

 ハジメはシアを投げる際に思いっきり服を掴んで振り回していた、それによりシアのタダでさえ布に近い衣服が更にボロボロになったり、布が少しずれたりしており、更ににシア自身のスタイルの良さも合わさり、今の彼女はとても直視できる状態じゃなかった。彼女をそんな状態にした友人に内心毒づきながら、カナタは宝物庫から自分の予備のジャケットをシアにかぶせると、シアはそれを手にもちジャケットとカナタを交互に見つめた。

 

「これカナタさんと同じ? も、もう! カナタさんったら、自分とペアルックだなんて、俺の女アピールですかぁ。ダメですよぉ~、私、そんな軽い女じゃないですから、もっと、こう段階を踏んで――」

 

「いや、単に今のシアは(自分の理性の問題上)見るに堪えなかったから」

 

「辛辣っ!?」

 

 ガーンと言う効果音が聞こえそうな表情になりながらも、シアは渡されたジャケットに袖を通す。その段階でハジメ達もカナタに合流。全員が揃ったところで、一人のハウリア族の男性がこちらに駆け寄ってきた

 

「シア、無事だったか!」

 

「父様!」

 

 親子の再会、とりあえずカナタ達は何も言わずに親子の会話が終わるのを待っていたが、話が終わるとシアの父親がカナタ達の方に近づいてきた、

 

「カナタ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

「気にしないで下さい。前にシアにも話した通り、お礼はしっかりしてもらうつもりなので。しかし、随分とあっさり俺達の事、信用するんですね。お宅の娘さん、思いっきりぶん投げられたりとかしてたのに」

 

 と、カナタがハジメの方に視線を向けるとハジメはどこ吹く風と思いっきり視線を反らす。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 カナタにとっては想定どおりと言えばそうなのだが、流石に心配になってくるぐらいの人の良さだ。奴隷関係で一番被害を受けているのは他でも無い兎人族だと言うのに。

 

(まぁ、それについてはこちらが関与する事ではない、か)

 

 同じ人でも考え方は違うのだ、ならば種族が違えば考え方とて違ってくる。その事についてはあえて何も言わず、カナタとハジメ、カムの三人で詳しい話を纏めてから一同は大峡谷の出口へと移動を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 42人にも及ぶウサミミ達を連れて峡谷を進むカナタたち。その光景は魔物達にとってはごちそうが並んで歩いてる風景だ。当然ながら色々な魔物が襲ってきたがカナタ達はそれを瞬く間に殲滅していく。その様子に大人達からは畏敬の念を彼らに抱き、子供達からはまるでヒーローを見るかの様な視線を送っている。

 

「ふふふ、カナタさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

 

 「うりうり~」とちょっかいを掛けけるシアの様子に軽くため息を吐いて、軽く手を挙げる事でそれに応える。そして香織は笑顔で子供達に手を振ってるが、その姿にハウリアの男性が数人ほど見惚れていたが、直後隣に立つハジメとユエに思いっきり睨まれ、ほんのり赤かった顔を青くしていた。そんな感じで比較的穏やか?に峡谷を進んでいた一行。やがて、ハジメの視界には峡谷の出口と思われる、壁の岩を削りだして造った階段が映った。

 

「あそこ、か……」

 

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

 

「どうだろうなぁ。まだ粘っているのか、それとも全員魔物の餌になったと諦めて帰ったか……」 

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……カナタさん……どうするのですか?」

 

 これから対峙するのは魔物ではなく人間だ。今でこそ、殆ど何も感じなくなるぐらいには魔物を討つ事には慣れたが、これから対峙するのは自分達と同じ人間だ。やらなきゃいけないのは判ってる。けれど、いざその時が近づくと、久しく感じなかった躊躇いを感じ始めたのも事実だ。シアの問いにカナタが答えられずに居ると、ハジメが代わりに返事をした。

 

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

 

「はい、見ました。帝国兵と相対するお二人を……」

 

「だったら……何が疑問なんだ?」

 

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「えっ?」

 

 その様子にハジメは何時もと変わらない様子で答える。

 

「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって言ってるんだ」

 

「そ、それは、だって同族じゃないですか……」

 

「お前らだって、同族に追い出されてるじゃねぇか」

 

「それは、まぁ、そうなんですが……」

 

「大体、根本が間違っている」

 

「根本?」

 

「いいか? 俺達は、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じて、お前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。カナタも言ってただろうが、樹海探索が終わるまで、ってな?」

 

「うっ、はい……覚えてます……」

 

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分達のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」

 

「な、なるほど……」

 

「カナタもだ。気持ちは判らんでもねぇが、こうして後ろ盾も無く旅をする以上、自分達の身は自分で守るしかねぇんだ」

 

 ハジメの場合は奈落での地獄の様な環境が引き起こしたパラダイムシフトにより倫理観が変化し、既に覚悟が出来ているが、カナタの場合はハジメ達が発見されるまで気を失って過ごしていた。つまり、ハジメの様な倫理観や思考の変化は起きておらず、殺しを忌避する環境で育った状態とそれほど大きく変わっていない。

 

「俺が何時でもフォローに入れる訳でもねぇし。覚悟は早めに決めておけ」

 

「……判ってる。ある意味、今回は丁度良い機会なのかもしれないな」

 

 この後に待っている帝国兵士との戦いに関してはハウリアとの契約の為と言う大義名分がある。少なくても単に自衛の為に殺すよりは幾分ハードルは低いだろう。やがて先頭を歩いていたハジメとその後に続いていたカナタが階段を登り切るとそこには大型の馬車数台に野営の跡、そしてその場にたむろしている30人ほどのカーキ色の軍服で統一された兵達の姿。

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

 

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

 

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

 

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 彼らはまるで獲物、いや良いおもちゃを見つけたかのようにそれぞれに下卑た笑みを浮かべながら俺達の後ろに居る兎人族を品定めしている。と言うかシアは特別目を付けていたのか……少しだけ、ほんの少しだけが、その事に俺は不快感感じた。

 

「あぁ? お前等誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

「ああ、人間だ」

 

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

「断る」

 

「……今、何て言った?」

 

「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺らのもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

 

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

 

 うーむ、煽る。すがすがしい位にハジメが煽りまくっている。まぁ、ハジメの中では既に戦いは始まっているんだろう。煽って冷静さを無くさせる。よくある手だ。一周回って表情が消えた小隊長さんの姿を見る当り、効果はあった様だ。と思ったが、ふと彼の視線が自分達の後ろの何かを捉えたかと思うと、再び下卑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる」

 

 その時だった。小隊長の表情と先ほどの視線から、その言葉を意味を感じ取った瞬間、自分の中で何かが灯った。それは決して良いモノではないのは判る、けれど抑え込み、無視してはいけない、それは俺の“矜持”に関わる。俺の中で彼らに対する何かが急速に消え、変わりに何かが満ちていく。

 

「くっくっく、そっちの嬢ちゃん達はえらい別嬪じゃねぇか。てめぇらの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱら――」

 

 そして俺の“――”の仲間を害し、汚すと言う悪意を明確に感じた瞬間、俺の中から目の前の存在に対する慈悲と躊躇いが不自然なまでに消え去り、それを埋めるように自分の中に灯った何かが燃え広がり、俺自身をも飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 目の前の光景に対して、香織が思わず声を漏らす。何が起きたか、説明するのは単純だ。小隊長が言葉を言い終わるのを待たずに、カナタが剣を振り下ろし彼を縦に真っ二つにした。その様子にハジメも含め、誰もが驚きを隠せずに居る。そして帝国兵に向けるカナタの目は……冷酷にして無慈悲。少なくても命は尊いモノ、奪ってはいけないモノと教わり育てられたマトモな日本人のする目付きではなかった。

 

「ちっ、このガキっ!」

 

 隊長格がやられたにも関わらず、少しばかり浮き足立つ程度で他の兵士はすぐさま武器を構えて襲い掛かってくる。けれどハジメもすぐさま銃を抜き、早撃ちで兵士六人を物言わぬ死体に変える。後ろの方で魔法使いと弓使いの後衛組がそれぞれ、魔法の詠唱と弓を構えるが、それもハジメが投げた手榴弾とカナタが撃った炸裂弾により、成す術も無く壊滅、砲撃の着弾地点に居た事により、完全に下半身が吹き飛び、背骨の一部が露出している死体が一つ、剣をや槍を構え戦っていた前衛組の傍に落ち、それを見た兵士達の顔に恐怖が浮ぶ、後方からの支援が消えた以上、もはや彼らを待っていたのは蹂躙される運命のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、やっぱり、人間相手だったら〝纏雷〟はいらないな。通常弾と炸薬だけで十分だ。燃焼石ってホント便利だわ」

 

 ドンナーでトントンと肩を叩きながら、手応えを振り返っていたハジメ。やがて「ヒィっ!!」と何かに怯えた悲鳴が聞こえ、そちらに目を向けると尻餅を付きながら後ずさる兵士と変わらぬ表情のまま、そいつにゆっくりと歩み寄るカナタの姿。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

 

 が、そんな言葉など聞えていないかの様にカナタは剣を振り上げる。ハジメはため息をつくと空に向かってドンナーを発砲。その音にカナタは手を止め、ハジメの方に視線を向けた。

 

「……そいつには少し聞きたい事があるんだ。殺すならその後にしてくれ」

 

 そう言うと、ハジメは兵士の横に立つと彼を見下ろす。

 

「他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが……全部、帝国に移送済みか?」

 

 シアの家族を守ると契約を交わした以上、もし掴まった兎人族も救出の余地があるのなら助け出す。その為に、ハジメが兵士に問い掛けると涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっている兵士は「あ、うぁ……」と言葉を詰まらせながらも、言葉を搾り出す。

 

「……は、話せば殺さないか?」

 

「お前、自分が条件を付けられる立場にあると思ってんのか? 別に、どうしても欲しい情報じゃあないんだ。今すぐ逝くか?」

 

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

 

 絞った……それはつまり老人や見てくれのよくない兎人は商品価値が無く、連れて行くだけ労力の無駄として間引きした。つまりはそう言う事だ、その事実にシアが口を抑え悲痛な表情を浮かべると傍にいた香織がシアの肩に手を添えて、ユエもシアを心配そうに見上げている。

 

「そうか……もういいぞ、カナタ」

 

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

 

「……悪いが」

 

 そこで初めてカナタは口を開く。

 

群れ(プライド)の仲間を害する奴に与える慈悲は……全く持ち合わせちゃ居ないんだ」

 

 言い終わると同時に剣を振り下ろし、血しぶきと共に最後の一人も物言わぬ死体となる。

 

(……群れ?)

 

 ハジメはカナタの言い回しに違和感を覚えた、群れと言う意味合いは判る。その後に続く仲間と言う言葉からそれが自分と香織とユエの事だと言う事も。思えば、奈落で再会してからのカナタは所々か可笑しい部分が見受けられた。自分の事で精一杯だった為にその場では気が付かなかったが“あの時”のカナタの発言も今になって振り返ってみるとおかしい。

 

(まさか……な)

 

 銃をホルスターに戻しながら、ハジメは血で汚れた自分の武器を見つめるカナタの姿を見て、「ふぅ……」とため息を吐くのだった。



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第4話『兎、空を飛ぶ』

 帝国軍を殲滅後、カナタ達はその場に置いてあった馬車とハジメ特製の魔導二輪を使い樹海へと進んでいた。

 

「……ハジメ、どうして二人で戦ったの?」

 

「ん?」

 

 あの戦いの前、ユエと香織も実は参戦しようとしていた。しかし、ハジメがそれを手で制していたのだ。

 

「そうだよ。私だって帝国の人達と戦うつもりだったよ、殺すのは怖かったけどハジメ君を守る為だもん」

 

「ん~、まぁ、ちょっと俺自身確かめたいことがあったのと、まずはカナタに早く人を殺す事に対するハードルを下げて欲しかったって所だな」

 

 ハジメの中では現状の自分達のパーティの中でカナタは自分と1,2を争う戦力と認識している。だからこそ、そんな彼が人や魔人族と戦う時に殺す事への躊躇いから力を十全に発揮できない状況に陥る事だけは避けたかった。今回の殺人は遭遇前にカナタも言った通り、兎人族を守る為と言う大義名分があったし、帝国の兵士達もおあつらえ向きに下種な連中しか居なかったのも嬉しい誤算。あの帝国兵の一団は始めての殺しを体験するにはうってつけの相手だった。

 

(まぁ、理由はどうアレ、その心配は無かった分……別の懸念事項が生じてる可能性は出てきたが……)

 

「カナタ君の事は判ったけど……確かめたいことって?」

 

 そして、ハジメにとって帝国兵との戦いはある種の検証と実験だった。まず実験とは装備の威力についてだ。今後、市街地や人里内での戦闘になった時、周囲の民家に被害が及ぶ事もある。それだけならまだ良いが、最悪建物内に居る無関係の人間を殺す可能性もある。敵対してない相手、ましては無関係の相手まで殺すつもりは無い、幾ら「殺し上等っ!」を謳うハジメでも、そこの線引きだけはしたかった。そうした事態を避ける為にも、銃弾の炸薬量の調整の目安として帝国兵の装備の性能を一つの基準とし、今後の調整の目処も付いた。そして検証は――

 

「殺す殺す言っちゃいるが、俺も実際に人を殺したのは今回が初めてだったからな」

 

 だからこそ不安でもあった。自分が人を殺した時どうなるか、ブレずに居られるか。もしこれで揺らぐ事があれば、今後人や魔人族と対峙した時に仲間達を守れない危険がある。だからこそハジメは、まずは自分が大丈夫かどうか確かめたかったわけだが、それは全くの杞憂で終わった。彼らを殺した時のハジメの心情はまったくと言って良いほど普段と変わらなかった。ただ必要な事をやり終えた、その一点だけだった。

 

「とまぁ、初の人殺しだったわけだが、特に何も感じなかったから、随分と変わったもんだと、ちょっと感傷に浸ってたんだよ……」

 

「ハジメ君……」

 

 その事に香織は悲しそうな表情になり、ハジメに抱きついた。

 

「けど、これなら誰が相手だろうと、お前達を守る為なら躊躇も容赦もせずに居られそうだ」

 

 自分の大切な者達だけを優先し、他を切り捨てる事を躊躇ってしまう心配は無いだろう。

 

「……ん」

 

「うん……ありがとう」

 

 例え変わってない部分はあると判っても、ハジメが変わってしまったのは事実。もしもこうして一緒に居なかったら、ユエを出会わなかったら……もしも一人だったら。果たして彼はどうなっていたか。それを考えるだけでも怖かった。そしてこれからもハジメと一緒に居るのならきっと綺麗なままでは居られない。癒すだけでなく、命を奪う事を求められる。それでも――

 

(ハジメ君の傍に居る為なら、やっと手に入れたこの居場所を守る為なら、私は……)

 

 そんな決意と共に、香織はハジメに抱きつく力を少しだけ強くした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、皆さん、がわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

「だから言ったろ。あんま良い話じゃないぞってな」

 

 ところ変わり、大型馬車の天井の上に乗り、後方の警戒に当っていたカナタとシア。ある時、ふとシアから今までの経緯や旅路について聞きたいと言われたので「聞いてて、あんま良い話じゃないぞ」と前置きしてから、シアと出会うまでの経緯を話した。その結果、彼女は何時かのユエ同様……いや、それ以上に泣いている。

 

「カナタさん! 私、決めました! みなさんの旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にみなさんを助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった五人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

「いや、遠慮しとく」

 

 カナタは速攻でシアの申し出を却下する。それはもう、一瞬の迷いも無い、見事なまでの即答である。

 

「即答っ!? な、なんでですか? 私の未来視だってきっと役に立ちますよっ!!」

 

「と言うより、止めといた方が良い。俺達の目的は各地の大迷宮の攻略、つまりさっき話した地獄の様な場所を最大でもあと六箇所も回る事になる。厳しい言い方だが、ライセン大峡谷の魔物程度に逃げ回るしかない程度の実力じゃ話にならないし、大迷宮攻略中はシアを守る余裕はきっと俺達にも無い。」

 

 他の迷宮の中がどうなっているかは判らないが、恐らくオルクス大迷宮に迫る程の危険が待っている事は確実だ。だからこそシアがカナタ達と一緒に大迷宮に挑むのは殆ど自殺行為にも近いし、完全な足手纏いを庇いながら攻略できるほど実力は自分達にも無い。その言葉にシアの表情は暗くなり、俯いてしまう。その様子にカナタは「気持ちは嬉しいけど」と付け加えてから言葉を続ける。

 

「さっきシアも自分で話したとおり、俺らと違ってシアにはあんたを想ってくれる家族が居るんだ」

 

 以前に聞いたフェアベルゲンの掟等を考えると、もしもシアがハウリア族以外の種族に生まれていたら、きっと彼女はとっくの昔に殺されていただろう。

 

「比較的恵まれた環境に生まれたのに、無理してそれを捨てる必要は無いだろ? まぁ、この後どうするかは兎も角、俺達に着いてくるよりは仲間達と一緒に過ごした方がマシなのは確実だ」

 

 この話はこれでおしまいだと言わんばかりにカナタは再び後方の警戒に意識を向ける。

 

(違うんですカナタさん。みんなが良くしてくれるからこそ、私は……)

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 それから一行は程なくして樹海へと到着。そこからは馬車を乗り捨て、徒歩で樹海を進んで行く。樹海にも勿論魔物は居るが峡谷の魔物よりも弱く、ハジメは主兵装であるドンナー&シュラークすら用いず、義手に仕込まれたニードルガン等、副兵装の試し撃ちの相手にしていたほど。そんな中、ハウリア族達が突然足を止め、ウサミミをせわしなく動かしている。兎人族は直接の戦闘能力こそ低いが、その分というべきか、索敵や気配遮断の能力に優れている。いや、優れているなんてものでは無い、その部分だけは奈落で著しく成長した香織や、吸血鬼として高いスペックを誇っているユエにも匹敵する。そんな彼らは、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せ、シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 そして、樹海の奥から虎模様の耳と尻尾をつけた男性が現れる。そしてその体格は筋骨隆々で見るからに武闘派と言った感じだ。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ……!?」

 

 ドパンッ!と言う発砲音が彼のセリフを中断させた。撃ちだされた弾丸は虎の亜人の顔を掠め、背後の樹を貫通。擦過傷により頬から一筋の血を流している本人は勿論、周りの虎の亜人達も自分達の理解の外にある攻撃に僅かな恐怖を覚え硬直している。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ」

 

 やがて、リーダー格と思われる男が視線をある方向にずらす。

 

「言っておくが、他の3人もお前等如きに負けるほど弱くない。不意を突いて人質に、なんて考えるなよ」

 

「ぐっ……」

 

「それでも殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺達が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

 

 先ほどと違い、威圧的な雰囲気を纏ったハジメの姿に虎の亜人たちは無意識に一歩後ずさる。

 

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 

「……その前に、一つ聞きたい。何が目的だ?」

 

 数秒の間の後、リーダー格の亜人がかすれた声で問い掛ける。

 

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

 

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

 

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

 

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

 

「いや、それはないな」

 

「なんだと?」

 

「少なくても、俺達が踏破したオルクス大迷宮にはここや大峡谷に生息する魔物よりも遥かに強いやつらで溢れかえっていた。そっちの言うとおり、この樹海そのモノがホントの大迷宮なら、ここの魔物は弱すぎる」

 

 亜人の返答に意義を唱えたのはカナタだ。それは実際にオルクス大迷宮を攻略した彼らだからこそ断言できる理由だった

 

「それに大迷宮は、〝解放者〟達が残した試練。そしてあなた達にとってこの樹海は庭も同然。これだと試練として成り立たなくなってしまう」

 

 樹海の魔物を捌ける程度の実力と亜人の助力、この2つが揃うだけでこの樹海は簡単に踏破できてしまう。オルクス大迷宮は最後に攻略する迷宮である事を想定して作られて居る。ならば他の迷宮はオルクス大迷宮と比べ、ワンランクダウンしている可能性もあるが、それを差し引いてもこの樹海はカナタ達にとってはぬる過ぎる場所だ。

 

 「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

 彼らの言葉を戯言と一蹴し、強硬手段に出るのは簡単だ。けれど、先ほどのハジメの攻撃を見た所、一瞬でこちらを全滅させるのはホントに容易なのだろう、そして彼らはそれを行う事に躊躇いは無い。そして力の関係上、あちらが言葉をごまかしたり、嘘をついてこの場をやり過ごす理由は存在しない。つまり彼らの目的はホントに大樹に向かう事であり、フェアベルゲンを脅かす事ではない。ならば、さっさと目的を果たしてもらって立ち去ってもらう方が無難だ。リーダー格の亜人は僅か数秒でその結論にたどり着き、今の返事を返した。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前達に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

(法や掟に拘るだけの脳筋野郎かと思ったが、中々柔軟に考えられる奴じゃねぇか)

 

 法や掟に固執せず、部下や同族の命を守る為ならある程度の譲歩もやむなし。それは目の前の状況を正しく把握し、キチンと自分で物事を考えられる奴の思考だ。警備体長の判断にハジメはほんの少しだけ感心した。

 

 そして、この譲歩案はこちらにとっても利がある。大樹が迷宮の入り口だ、と言うのはハジメ達の推測であり、当然、間違っている可能性もある。そうなれば手探りで大迷宮の入り口を探す必要があり、その度にフェアベルゲンの亜人と揉めるのは面倒極まりない。警備体長の案に乗り、フェアベルゲンの長老から直接許可が取れれば樹海内で身動きが取りやすくなる。

 

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」

 

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

 

「了解!」

 

 気配の一つが遠ざかったのを確認し、ハジメ達はそれぞれの武器を仕舞う。が、誰もが隊長の様な柔軟な思考を持ち合わせてるわけではない。彼らが戦闘体勢を解いたのを確認し、今なら不意を突けるのでは、と考えた奴も居たが――

 

「お前等が攻撃するより、俺の抜き撃ちの方が早い……試してみるか?」

 

「……いや。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

 

「わかってるさ」

 

 が、次のハジメの一言で断言せざるを得なかった。それ約1時間後、先ほどのザムと言う虎の亜人と共に新たな亜人が現れた。亜人といっても彼らに動物的特長は無く、変わりに耳が尖っている。所謂エルフと言った所だ。その中でも中央に居た初老の男性がこちらに近づいてきた。顔には皺がありながら、その髪は今だ綺麗な金髪をしている。

 

「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね? 名は何という?」

 

「ハジメだ。南雲ハジメ」

 

「……ユエ」

 

「えっと、白崎香織です」

 

「竜峰カナタです。貴方は?」

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

 

「うん? オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

 

(知った? と言う事はアルフレリックと言う人は歴史の真相を知っているのか?)

 

 神の真意と共にオスカー達の真実も改竄され、解放者は反逆者と呼ばれている。つまり、オスカー=解放者と言う構図を否定せず、その情報の元を探ると言う事はそれは彼らもまた本来の歴史を知って居る事になる。

 

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

 

「……ハジメ、魔石とかオルクスの遺品は?」

 

「ああ! そうだな、それなら……」

 

 ハジメはオスカーの隠れ家で見つけた魔石や鉱石といった遺品を取り出し、彼らに見せる。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

 

 他の亜人たちが驚きの声を挙げる中、アルフレリックだけはその表情が殆ど動いていない。けれど彼のこめかみから汗が一筋流れた辺り、彼もまた内心では驚いているのだろう。

 

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

 

 そして最後にオスカーの身に付けていた指輪を見せる。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

アルフレリックの言葉に他の亜人達がざわめく。そりゃそうだ、本来なら樹海に居る事を許す事自体特例なのにフェアベルゲンへの入国、しかも正規の客人としてなど異例も良い所。それを他でも無い長老格が許可したのだ。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

「えっと、お気持ちは嬉しいんですが自分達は大樹に行くのと、必要ならこの樹海を調査する許可さえもらえればそれでいいのですが……」

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 

 別にフェアベルゲンに行きたいわけでもなし。単純にこの樹海で活動する許可さえくれればそれで十分。むしろ、寄り道する気も無いのでやんわりとお断りしようとしたカナタだったが、次のアルフレリックの言葉で「えっ?」となり、似たような反応してた他の三人と一緒にハウリア族の方に視線を向ける。

 

「あっ」

 

 数秒後、忘れてたと言わんばかりの間の抜けた声を出すとハジメとユエの視線が冷たくなっていく。

 

「カム」

 

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

 そしてハジメが抑揚ない声で彼の名を呼ぶと、カムは冷や汗をかきながらしどろもどろに弁明していたが、やがて「ええい!」と勢いよく他の仲間達の方に向き直る。

 

「シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

 

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

 

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

 

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

 と言った感じに責任の擦り付け合いが展開された。その様子を眺める香織も流石にジト目になっている。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

 

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

 

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

 

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

 

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 さて、一行の中で一番優しいであろう香織ですらこれなのだ。逆に優しさワースト1(仲間に対しては例外)のハジメに至ってはその額に青筋を浮かべている。

 

「……ユエ」

 

「ん」

 

 ハジメの言いたい事を汲み取り、ユエは静かに手を掲げる。それに気付いたシア達は一気に青ざめる。

 

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

 

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

 

「何が一緒だぁ!」

 

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

 

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

「〝嵐帝〟」

 

 そして静かに告げられると同時に巨大な竜巻が発生し、ハウリア族一同を巻き上げる。各々悲鳴を挙げながら空に昇って行く様子をアルフレリック達も含めた一同は呆れた様子で眺めており、今回ばかりはカナタも「ぶぎゃっ!」と言う悲鳴と共に地面に落ちたシアと他のハウリア族を傍観しているだけだった……。




カナタの口調ですが敵対している奴、同年代にはタメですが、目上の人には普通に敬語となっています。


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第5話『霧深き樹海の国』

注意:作者は零については完全に未読です。オルクス大迷宮が最後に攻略する締めくくりの迷宮だと言うのもウィキペディアで仕入れた情報です。


そして今回の話は『零』の展開との整合性を完全に放棄した内容になってるので、零の原作展開と著しい食い違いが出た時も作者の独自設定&原作改変の一種と思ってください


「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 ハウリア族の不手際により、10日間は足止めを余儀なくされたハジメ達はアルフレリックの招待を受けて、フェアベルゲンを訪れていた。そして村の会議所と思われる場所でカナタ達の知っている情報を話していた。解放者の存在を知っている事もあってか、アルフレリックはその事実を知っても顔色一つ変えなかった。更に彼らが解放者の存在を知っていたのは、他でも無い解放者の一人、リューティリス・ハルツィナがアルフレリックと同じエルフ、つまり亜人であり、彼女の口から聞いたからである。迷宮攻略者、神殺しになれる可能性を持つ者とは敵対せず、丁寧に扱うべきと言う長老達にのみ伝えられる口伝も彼女の言葉によるものらしい。

 

(……あれ?)

 

 その事にカナタは疑問を感じる。解放者と言う事はリューティリスも神代魔法使える。つまりは魔法を扱えると言う事だ。けれど亜人は魔法を一切扱えない種族。使えるとすればシアやユナ・フィクセンの様に突然変異で魔物同様の魔力操作を扱える忌み子とされる者達だけ。ならば、必然的にリューティリスも忌み子とされているはずでは?

 

「それで、俺は資格を持っているというわけか……」

 

 と、カナタがその矛盾を感じている間も話は進んでいたらしく、話題は今後の事に移ろうとしていた時だ。突然、ハウリア族達が待機している下の階が騒がしくなった。カナタ達が下の階に降りるとそこには鳥や熊、ドワーフ、そして狐の亜人族達がハウリア族に剣呑なまなざしを向けており、カムはシアを庇うように立ちふさがっている。二人の頬が少し腫れてる辺り、既に殴られた後と言う事だろう。やがて、その犯人と思われる大柄の熊の亜人が降りてきたアルフレリックに気付くと彼を睨みつけた。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 その間、カナタはシア達の傍に近づく。

 

「大丈夫か?」

 

「カナタさん……」

 

 赤くなった頬を押さえながら涙目になっているシアが彼を見上げる。

 

「香織、二人の治療を頼んで良いか?」

 

「うん!」

 

 そう言うと香織がシアとカムの治療を開始する。

 

「なら、こんな人間族の小僧共が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

 

 その間もアルフレリックと熊の亜人、その長老の話は進んでおりやがて熊の亜人はカナタを指差す。

 

「そうだ」

 

 アルフレリックが断言すると、熊の亜人はカナタを忌々しげに睨み付けたが、やがて何かを思いついた様にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 そう言って熊の亜人、熊人族はカナタに向かって殴りかかる。

 

「カナタさんっ!」

 

 木を圧し折るほどの豪腕。誰もが……いや、ハジメ達を除いた全員は頭部に拳を受けて、一撃で絶命するカナタの姿を想像した。しかし――

 

「なっ!!」

 

 カナタはそれを片手で受け止めた。すぐに拳を引っ込めようとするもカナタにガッチリと握られたそれはビクともしない。そのままカナタは視線をアルフレリックの方に戻す。

 

「一つ訊ねたいんですけど、そのリューティリスって人は森人族、いえ、このフェアベルゲンに置いてもかなりの地位にあった人だったんでしょうか?」

 

 突然の問いに、誰もが「何故いきなりそんな事を?」と言う疑問を覚える。

 

「……何故、その様な質問を?」

 

 そんな中、アルフレリックだけは表情を強張らせながら問い返した。

 

「何となく、気になった事があったので」

 

 アルフレリックは数秒ほどカナタを見つめると、やがて目を伏せた。

 

「竜峰カナタ、どうかその手を離してもらえないか。そしてジン、その拳を下ろせ。これで彼らが資格を持つ者である事を貴方も十分に判った筈だ」

 

「ふざけた事を言うなっ、何が口伝だ! あんな何百年前の言い伝えの為に国の法を曲げる等許されるはずがない! アルフレリック、貴様の事も次の長老会議で処分を――」

 

「ああ、全く……」

 

 一行に話が進まない様子にカナタが呆れた様な声を出すと、ジンと呼ばれた熊人族を睨みつける。

 

「さっきから――」

 

 そしてもう片方の引き絞る。けれど拳は作らず指を曲げ、手首の付け根を突き出すような形を作る。

 

「うるさいんだよっ!」

 

「ぐぶっ!?」

 

 放たれた掌打はジンの顎を捉え、彼の下顎の骨を砕く。そしてその衝撃により脳を思いっきり揺さぶられた事によりジンは意識を刈り取られ、白目を剥いてその場に大の字に倒れる。それを見てたハジメは「あんな奴思いっきりぶっとばせばいいじゃねぇか」とぼやき、ユエも「ん、カナタは甘い」と容赦のない感想を述べる二人に香織が「まぁまぁ」と苦笑を浮かべている。そしてカナタも「全く……」とぼやいてから、アルフレリックの方に向き直り――

 

「誰かに聞かれたくないなら、上で話しますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからアルフレリックかカナタと二人だけで話をしたいとし、二人だけで先ほどの会談部屋へと戻ってきた。

 

「さて、竜峰カナタ、回りくどい言い方はやめにしよう。何が言いたいのだ?」

 

「アルフレリックさん。シアの様な亜人が差別される理由、それって単に魔物と同じ能力を持ってるからではないのでは? いえ、現在はそれで定着していますが、実は忌み子と言う考えが生まれた背景には何か別の理由があるんじゃないですか?」

 

「……そう思った理由を聞かせてもらっても?」

 

「まず疑問に感じたのは口伝について。解放者というのがどんな存在かもわからないにも関わらず、貴方達はリューティリスの言葉を口伝として現代まで語り継いできた、と言っていた」

 

 普通に考えればおかしな話だ。彼女がどういう経緯で解放者の一員となったかは知らない。が、彼女の言葉を口伝として残してるという事は少なくてもリューティリスと言う存在は亜人達の間では無下には扱われていない。ならば彼女は当時、よほどの地位にあったか、もしくは――

 

「リューティリスは解放者の事、神代魔法の事、そして神の真実。その全てを伝えた上で、迷宮を踏破した者、資格者との接し方について口伝を遺した。つまり貴方は先ほどのこちらの話に対して、あえて知らないフリをした、違いますか?」

 

「……その通りだ」

 

 当時、リューティリスは不思議な力を持っていた。その力を以って亜人達の生活を繁栄させてきた彼女は聖女として扱われていた。そして、その奇跡の力こそ彼女の持つ神代魔法だ。つまり当時は魔法扱える亜人を忌み子と見る思想は存在していなかった。むしろ、貴重な人材として重宝されていた。だからこそ、彼女の言葉は無下には出来ないとし、口伝として語り継がれる事になったとなれば話は通る。そして、この前提が成立する事で、カナタの中の2つ目の疑問と矛盾も成立する。

 

「リューティリスは魔法を使える事で聖女として祭り上げられているのに、彼女と同じ時代を生きていたとされるユナ・フィクセンは自分の力を魔物と同じものとされ、一族に迷惑は掛けられないと仲間の下を去った。この差はなんなのか? それが2つ目の理由です」

 

 カナタの口から出たユナの名前にアルフレリックは目を見開き、やがて参ったと言わんばかりにうな垂れた。

 

「そうか……君は、ユナ・フィクセンの事まで知っていたと言う訳か」

 

「オスカー・オルクスの住居に彼女の痕跡が残っていたので」

 

 魔力を扱う力を持ってる事が問答無用で魔物と同一存在と見なされるのであれば、この二人の扱いの違いはなんなのか?そして、亜人だからと言うだけで差別され奴隷と扱われる、そんな境遇から仲間意識が強くなってる亜人の中で、何故、魔力を扱える亜人を忌み子として問答無用で差別すると言う、自分達が人間にされた事と同じ様な事を行う法があるのか?その事に歪さを感じたと言うのもあった。

 

「一点だけ訂正する所があるが、概ね君の推測どおりだ。嘗ては亜人の間でも魔力を扱える存在はとても貴重な存在とされていた。何せ神に見放されたとされる我々の中にも神の祝福を受けた者は存在している。それは我々にとっても大きな支えだったからね」

 

 けれど、ある日一つの事件がおきた。それはなんて事のない痴情の縺れ。自分と付き合っていた男性は実は自分とは単なる遊びで別に好きな人が居た。裏切られた女性は酷く憤慨した、男を恨み、彼の本命の女に嫉妬した。その感情が彼女の力を暴走という形で目覚めさせた。

 

「“気炎”と呼ばれるそれは使い手の恨みや怒り、闘志といった拒絶の感情や戦う意志の大きさがそのまま炎の威力に影響されると言うものだった。強い恨みと嫉妬の感情を受けた彼女の炎は二人を灰にし、その周囲を火の海にした」

 

 その気炎の使い手こそ、ユナ・フィクセンだった。

 

「その時の彼女の姿は周りの皆にとっては魔物と同じ様に見えたのだろう。そしてその恐怖はリューティリスにも向けられた」

 

 悲しい事に人は悪い出来事の方が強く印象に残る。だからこそ、リューティリスがもたらした恩恵とユナの暴走。どちらも魔法が引き起こした事だが、当時の人々の中にはユナが与えた恐怖が強く根付き、民達からはユナと同じく魔法を扱えるリューティリスの二人を処刑するべきと言う声まで挙がった。アルフレリックが言ってた訂正するべき点はリューティリス・ハルツィナもその時点で聖女としての立場を失っていたと言う点だ。

 

「その二人とも話し合った結果、当時の各部族の長は二人を処刑したものとして密かに二人を逃がしたのだ」

 

 当時の荒れる民を鎮めつつ二人の命を守るにはそれしかなかった。けれど、その事例がきっかけとなり魔力操作を行える亜人は魔物と同等、忌み嫌われるべき存在と言う思想が広まり、フェアベルゲンが建国された際に忌み子に関する法律も作られる事になった。口伝が長老にのみ伝えられている理由もそこにある。

 

 しかし長老は代替わりしていくもの。可能な限り真実を知る一族による世襲制としているが、それでも長老を務める一族が変わってしまった部族もあった。先ほどの熊人族もその一つ。

 

「幸い、その時には既に二人の名前は歴史に埋もれており、口伝の存在を伝えてもそれに疑問を抱く者は居なかった」

 

 平行して二人の存在を歴史に埋もれさせるべく当事者達には緘口令を敷き、二人の存在も“始まりの忌み子”という風に一括りにして名を伏せた。結果、リューティリスについてもハルツィナ大迷宮の創始者と言う認識しか残っておらず、自分達が忌み子として扱ってる亜人と同類だと言う事は露にも思っていない。だが、真実を告げられないが故に起こっている弊害もある。

 

「なるほど、つまり長老の代替わりが進む中で口伝の存在を軽く見る者がで始めたと」

 

 密かに当時の事情を知る一族ならまだしも、そうでない者からすれば、大迷宮の創始者というだけで後はどこの馬の骨とも知れない人物からの言葉を律儀に語り継いでるだけという認識。更に今の今まで資格者など現れなかった事も後押しし、口伝を軽んじてる者が出てきた。

 

「その結果が――」

 

 直後、再び下の階から打撃音と木製の何かが砕ける音が響く。カナタとアルフレリックが下の階に戻ると、そこには拳を突き出したハジメと何かが突き破り、破壊されている壁、そして姿の消えてるジン。やがてハジメはいまだ呆然としている他の長老達に目を向けて――

 

「で? お前らは俺の敵か?」

 

 淡々とそう問い掛けた。その様子から二人は何があったか悟り、アルフレリックは片手で顔を隠し、首を横に振った。

 

「こう言う輩が現れるって事ですか……」

 

「お恥ずかしい限りだ」

 

 聞くとジンが意識を取り戻すと、目に付いたユエにいきなり襲いかかった。それをハジメが庇い、技手の肘部分に仕込まれたショットシェルの試運転も兼ねて一撃喰らわせたそうだ。なお、ハジメ曰く――

 

「人の女、傷つけようとしやがったんだ。ホントはありったけの銃弾喰らわせてやっても良かったんだが、折角の交渉を拗れさせる訳にもいかねぇし、一度目は拳で勘弁してやったんだ。二度目はねぇがな」

 

 との事。なお、ジンは辛うじて一命こそ取り留めつつも戦士としては完全に再起不能状態となり、この時点で交渉が拗れるのは確定しているのだが、ユエに手を出そうとして即死させられなかったのは確かにハジメ基準ではかなりの温情なのだろうと思い、カナタも何も言わなかった。

 



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第6話『その背が語るは誇り』

気が突けばお気に入り数300越え。いろんな人が感想を書いてくれて、ホントに励みになります。そして、書籍版も購入し始めました。


「で? あんた達は俺等をどうしたいんだ? 俺達は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもないんだが……亜人族としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのは不味いだろう? あんた達的に。殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮する程、俺はお人好しじゃないぞ」

 

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 

 あれから、他の長老達とハウリア族も含めて会議室に戻ってきたカナタ達。けれど、自業自得とはいえ、長老を一人再起不能にされた事もあり、アルフレリックを除き他の長老の表情は固く、ジンと個人的な交流のあった土人族の長老グゼに至ってはハジメの言葉に対して、忌々しげに返事を返している。ただ一人、狐人族の長老ルアだけは表向きの雰囲気は変わっていない。

 

「は? 何言ってるんだ? カナタに伸された時点であいつの言う“試し”は既に終わってた。その後にユエに襲い掛かって来たのは完全に私怨、俺はユエを守る為に返り討ちにしただけだ。再起不能になったのは自業自得ってやつだよ」

 

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

 

「へぇ? じゃあ、あれか? 口伝とやらに逆らった上に私怨で襲い掛かる事が国の為になるってのか?」

 

「そ、それは! しかし!」

 

「勘違いするなよ? この件は俺達が被害者で、あの熊野郎が加害者。長老ってのは罪科の判断も下すんだろ? なら、そこのところ、長老のあんたがはき違えるなよ?」

 

 あれだけ掟に拘っているのだ。それを破った上に、人間にやられた事への屈辱から襲い掛かった時点で非のありかは明白。それを頭では理解しているのか、グゼは苦虫を噛んだ様な表情でハジメを睨む事しかできなかった。

 

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だ」

 

「確かに、この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼らを口伝の資格者と認めるよ」

 

 そして、ルアの同意を受けて残りの長老達も渋々ながらに資格者である事に同意する。それを総意と判断し、アルフレリックはカナタ達に向き直る。

 

「南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

 

「絶対じゃない……か?」

 

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

 

「それで?」

 

「お前さんを襲った者達を殺さないで欲しい」

 

「……こちらを殺そうとする相手に手加減しろと?」

 

「そうだ。お前さん達の実力なら可能だろう?」

 

「あの熊野郎が手練だというなら、可能か否かで言えば可能だろうな。だがな、実際にカナタがあの熊野朗に手心くわえて、下顎叩き割って意識刈り取る程度に留めた結果どうなった? あんな事があった後にこちらを殺しに来る相手に対して容赦しろってのは虫が良すぎじゃねぇか? ましてやそちらの事情は俺にとって関係のないものだ。同胞を死なせたくないなら死ぬ気で止めてやれ」

 

 その言葉にアルフレリックは何も言えなくなる。二度に渡るジンの暴走は完全に亜人側が加害者と言う立場を確定付けてしまった。その所為で被害者であるハジメはこちらの譲歩には一切応じる様子がない。そんな時、虎人族の長老、ゼルが口を挟んだ。

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

 

(さっきまでは口伝を軽視しておきながら、状況が悪くなればそれか……)

 

 実力差もあるのかもしれないが、ジンの暴走に対してアルフレリックみたいにそれをなだめ、止めようとする様子を一切見せなかった時点で、他の長老達も気持ち的にはジンと同じ側だったのだろう。世界の為に戦い、世界中から敵視されようとも次代の為に遺跡と口伝を残しておきながら、もはや自分の考えを正当化する為に必要なときだけ盾にする程度の扱い。カナタは心の中で会った事も無いリューティリスに少しだけ同情した。それと同時に、カナタは自分の中でゼルをある人物と同類と見なした。組織や施設の理念や法を都合の良い時や世間からの体裁を意識する時だけ持ち出し、それ以外の時は自分の思うがままに振る舞う連中。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

 

 無情な宣告にシアは殆ど涙声で長老達に容赦を求めるも、ゼルはそれを聞き入れる様子は無い。それでもなお食い下がろうとするシアをカムは彼女の肩に手を置き、優しく止める。

 

「シア、止めなさい。皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

 

「でも、父様!」

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

 

 その宣言に、シアは遂に声を挙げて泣き始めてしまう。ゼルはハウリア族が自分達の決定を受け入れたのを確認すると、してやったりな表情をカナタ達に向ける。

 

(気に喰わないな……)

 

 カナタの中でゼルの得意げな表情が、自分に不良の烙印を押した学校の上層部たち(あいつら)と重なる。けれど、あの時の違うのはこちらに交渉の手札がある事。とは言えそれは自分の戦闘力に基づくものだ。実際に戦うとなれば負ける気はしないからこそ、強気になっているだけとも言えるし、それで過去が変わる事も無い。それでも今のシアが嘗ての自分と重なり、それを打破してやりたいと思う自分がいる、だから彼は動く事にした。

 

「……アルフレリックさん」

 

「……なにかな?」

 

 ゼルと暫く目を合わせていたカナタは溜息と共にアルフレリックに向き直る、他の長老は何を言ってもダメだろう。けれど幸いな事にここまでのやり取りを見た感じ、長老の中でも一番権限が強いのはアルフレリックの筈だ。

 

(現状を打破し、この決定を覆すなら彼を揺さぶるしかないか)

 

「もしこの決定を覆さないと言うのでしたら、それは国の総力を挙げて俺達と敵対する。それがフェアベルゲンの総意と捉えますがいいですか?」

 

「っ!?」

 

「な、なんだと!?」

 

 先ほど、アルフレリックは資格者であるカナタ達とは敵対しないと明言した。にも関わらず、それとは逆の意見をこちらの総意と認識したカナタに長老は驚きを隠せず、シアも目に涙を溜めながらも「え?」と言う表情で顔あげた。

 

「前提がズレてますので、まずそこを訂正しますけど俺達は元から貴方達に案内を頼むつもりなんてありません」

 

 そもそも此処に来たのだって、霧の周期の存在を忘れていたカムの不手際。本来なら、あの場で樹海を歩き回る許可だけ貰ってそれでサヨナラするつもりだったのだ。

 

「樹海を案内してもらう事を条件に、それが終わるまで彼女達の安全を保証する。これが俺達とハウリア族が交わした契約です。ですのでそちらが長老会議、国の総意を決める会議に従いハウリア族を……シア達を処刑すると言うのであれば、こちらも契約に則り貴方達と敵対して彼女達を守ります」

 

 カナタの宣言にシアは目を見開く。

 

「本気かね?」

 

「本気です。契約は結ばれ、そして既に履行されている最中です。現に自分達は既に契約に伴い、彼女達を捕らえようとした帝国の兵士を殺めました」

 

 その言葉に長老達にざわめきが広がる。

 

「既にハウリア族には契約に従い、俺達に樹海の案内をする義務が生じている。自分達はもう殺されるからと、そんな理由で契約を投げ出す事を許すつもりはありません。ならばその原因を排除してでも契約は履行させます」

 

「フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

 

「それについては丁寧にお断りさせていただきます」

 

「なぜ、彼等にこだわる。大樹に行きたいだけなら案内人は誰でもよかろう?」

 

 その言葉にカナタは少しだけ目を伏せ、そしてもう一度アルフレリックと向き合う。

 

「ハウリア族に契約を投げ出す事が許されないのと同様に、俺達の方も既に契約を投げ出す事は許されないんです。自分達の行いを無意味なモノにしない為にも……」

 

 ここでアルフレリックの案内を出すと言う譲歩案を受け入れてハウリア族を見捨てれば、その瞬間、自分達が帝国兵士を殺した事は完全な無意味と化す。どんな理由であれ、自分が命を殺めた事に意味を持たせる、それすら出来ないような無意味な殺しだけはしない、その理由を曲げない。それが初めて人を殺した時に、カナタが自分に決めたルールだった。

 

「なので、途中で別の好条件が出たからといって乗り換えたりはしません。誰かの命を奪ってまで選んだ事を曲げる。それは俺の……誇りに関わります」

 

 アルフレリックはハジメ、ユエ、香織にも視線を向ける。香織とユエは頷き、ハジメは何も言わないながらも、その無言が肯定である事ははっきりと感じ取れた。

 

「ならばカナタ殿、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

 

「アルフレリック! それでは!」

 

 他の長老衆がギョッとした表情を向け、ゼルに到っては思わず身を乗り出して抗議の声を上げた。アルフレリックの言葉は完全に屁理屈だからだ。けれど、それは当人も自覚している。

 

「ゼル。わかっているだろう。この少年達が引かないことも、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

 

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

 

「だが……」

 

「ああ~、盛り上がっているところ悪いが、シアを見逃すことについては今更だと思うぞ?」

 

 その一言に全員の視線がハジメに集まり、彼が纏雷を使ってみせると長老達は再びざわめいた。

 

「俺らもシアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。次いでに言えばこっちのユエもな。あんた達のいう化物ってことだ、こいつに至ってはガチで化け物に変身出来る固有魔法を持ってるしな。だが、口伝では〝それがどのような者であれ敵対するな〟ってあるんだろ? 掟に従うなら、いずれにしろあんた達は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思うけどな」

 

 それに続くように香織は指先に風爪纏わせ、ユエも無言で掌に火を灯す。思わぬところのからの援護にカナタも若干きょとんとした表情で3人を見つめていると、香織は笑顔で頷き、ユエは得意げな表情で火を握り締めるように消して、ハジメは目を伏せながら苦笑と共に軽く肩を竦める。そして長老達は小声で話し合いを始め、やがて結論を出したのかアルフレリックとルア以外は渋々と言った表情をこちらに向け、アルフレリックも今までに無いほど大きな溜息と共に、結論を告げる。

 

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である彼らの身内と見なす。そして、資格者である4人に対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、彼らの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

 

「ありません。英断、感謝します」

 

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

 

「気にしないでくれ。全部譲れない事とは言え、こいつも相当無茶言ってる自覚はある筈だ。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

 

 そして、他の長老達の「さっさと出てけ!」と言うような雰囲気のまま、彼らは席を立つ。そして途中でカナタはいまだボーっとしてるシアの肩に手を置く

 

「なに呆けてんだよ? 用は済んだしさっさと行くぞ」

 

 そう言って、いまだ困惑気味のハウリア族たちを連れて、カナタ達は部屋を後にする。

 

「は、はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

 

「事の次第はさっき話した通りだろ?」

 

 フェアベルゲンの出入り口に向かう途中、シアはカナタの隣に並び声を掛けた。

 

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

「……素直に喜べばいい」

 

「ユエさん?」

 

「……カナタは貴方と、その家族を救った。それが事実。受け入れて喜べばいい」

 

「そうだね、恐らくカナタ君自身にも思う所があったんだと思うけど、それでもシアちゃん達を助ける為にああ言ったのだけは確かだと思う」

 

 ユエの言葉のあと、シアは再びカナタに視線を戻した。

 

「まぁ、長老さん達にも言ったけど契約だしな……それに――」

 

「それに?」

 

 シアが先を促すとカナタは満足げな、まるで悪戯が成功した時の子供の様な笑みを浮かべながら言葉を続けた

 

「個人的に一度ああいう状況を思いっきりひっくり返してやりたかった、ってのもあるしな」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 その笑顔を見て私は足を止めた。そして彼の背を見つめる。元々、彼らが自分達を守ってくれる未来は見えていた。けれども、それとて完全ではなく私の言動一つで変わっていくものだ。未来視という技能が、一度自発的に使えば暫く使えないのは自分の行動により変化する未来を逐一確認できない様にする為なのだろう。とは言え自分は亜人、人から向けられる態度など差別にしても、奴隷扱いにしても、こちらの下に見る様な態度だと確信していた。だからこそ、こちらが何も言わずとも助けてくれたカナタさんの行動には失礼ながら裏を感じたし、香織さんやユエさんが兎人族が愛玩奴隷とされてる事や、カナタさんの欲求不満の事を話した時は「やっぱり~っ!」と心の中で叫んだりもした。

 

 けれどその後、事情を聞いた彼らが持ちかけてきたのは私達との契約だった。しかしそれは途中で破棄されてもおかしくないと思ってた。だって契約とは対等な人同士が交わすもので、奴隷として下に見られがちな亜人と本気で契約を交わす人間なんて居ないはずだから。それでもあの時、それに応じたのは助力を取り付けなければ元も子もない、つまりは選択肢なんて無かったからだ。だからこそ、長老たちが自分達を国の総意として処刑すると言った時は「もうダメ……」と思った。だって、それを受け入れて長老の提案に従った方が彼らに損は無い。口伝にある資格者として歓迎……はされないかも知れないが(ジンを再起不能にした事が原因で)、一国丸ごと敵に回すよりはずっとマシだからだ。それでも――

 

『途中で別の好条件が出たからといって乗り換えたりはしません。誰かの命を奪ってまで選んだ事を曲げる。それは俺の……誇りに関わります』

 

 静かに、けれどはっきりとした意志が込められた言葉。フェアベルゲンと、国と敵対してでも自分達の契約を選ぶと告げた彼の言葉は強く私の胸に響いた。そしてそんなカナタさんの背を見て、何時か竜になった彼の背に乗った(正確には落ちた)時のことを思い出した。ハイベリアを物ともしない力強さと安心感を覚えた背中、それと同じ気持ちを彼の後姿に感じた。

 

(あ~あ……)

 

 彼に予備のジャケットを渡された時に「軽い女じゃない」「もっと段階を踏んでから」と言ったがまるで説得力がない。今もハジメさんが彼の隣に並び「すっきりしたか?」「お陰様で」とたった一言で意思疎通している様子に嫉妬している自分がいるのだから。段階?何それおいしいの?と言わんばかりの一足飛びだ、自然と口が綻ぶ。そして――

 

「カナタさんっ! ありがとうございますっ!」

 

「っとと、いきなりどうしたんだ?」

 

「ほぉ……」

 

「これはぁ……」

 

「ん……やはり欲求不満」

 

「おい、だからそのネタ何時まで引きずるつもりだっ!?」

 

 ――その気持ちのまま、後ろから彼に抱きついた。ハジメさんと香織さんが彼にからかう様な目線を向けるけど関係ないと言わんばかりに抱きつく力を強める。同時に、何時か彼に言われてからずっと抱えていた迷いも消えた。抱きつかれた事に対してカナタさんが顔を赤くしてる時点で可能性はゼロじゃないだろう。ならば後はこの思いのまま一直線に行動するのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私を軽い女にした責任、取らずサヨナラなんて絶対に許しませんからね!)

 



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第7話『竜に恋する白兎』

お気に入り400件越え・・・これだけたくさんの人が読んでいると思うと身が引き締まる思いです。見切り発車で色々調整・修正をしている作品ですが完結まで頑張りたいと思います。


「今日はみなさんに、ちょっと殺し合い……じゃなかった、魔物殺しをしてもらいます」

 

 突然、某殺し合い映画の様なセリフをカナタが告げるとハウリア族一同が怯えたような表情になる。

 

「カナタ殿……いきなりどうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたもねぇ。お前達には戦闘訓練を受けてもらうと言ってるんだ」

 

 困惑気味に訊ねてきたカムに返事をしたのはハジメだ。と言うのも霧が薄まり、大樹に向かう事が出来るまでまだ一週間以上ある。その間、何もしないで過ごすよりは何かしていたい。その事について4人で話し合った結果が、シア達の戦闘訓練である。

 

「せ、戦闘訓練……?」

 

「どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等を一端の戦闘技能者に育て上げようと思ってな」

 

「ハ、ハジメ殿。な、なぜ、私達がそのようなことを……」

 

「えっと、みなさんは私達との契約内容って覚えてますよね?」

 

 カナタ達とハウリア族の間に交わされた契約。それは“樹海の案内が終わるまで”彼らの安全をこちらが保証すると言うもの。つまり――

 

「案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えているのか?」

 

 そう、契約が終わりカナタ達と別れた後もハウリア族の生活は続く。むしろ、フェアベルゲンの庇護がなくなった以上、自力で生きていく術を身につけないとならない。

 

「お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできない。そんなお前等は、遂にフェアベルゲンという隠れ家すら失った。つまり、俺の庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけだ」

 

「俺達には俺達の目的があります。なので、今後も皆さんと一緒に居る訳には行かないんです」 

 

 ハウリア族を守るのは契約の間だけ。それはフェアベルゲンの長老達にも宣言している。そして亜人の大半は今回の決定には渋々と言った様子。

 

「そしてアルフレリックさんの言ってた、ハウリア一族に手を出したものについては自己責任。これは俺らに手を出して殺されたり再起不能になっても、自分達は一切助けないし、庇いもしない。けどこれにはもう一つの意味もあります。それは仮にシア達の処刑に成功してもそれを咎め、罰する事もしない。と言う意味合いとも取れます」

 

 つまり言い方を変えるとハウリア族に対する接し方は各々の裁量に任せ、その行動に伴う責任や結果について国は一切の関与をしない、と言う事だ。つまりカナタ達がシア達と分かれた後に掌返してハウリア族に襲い掛かっても罪には問わない、と言う事であるし、むしろハウリア族処刑賛成派は内心「よくやった!」と思うだろう。

 

「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も、そしてお前達を処刑したいと思ってる亜人達も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? こいつが、己の誇りを持ち出してまで助けた命を無駄に散らすか? どうなんだ?」

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 その言葉に真っ先に答えたのはシアだ。そもそも、シアはある目的の為に元から強くなる必要があった。その事について彼らと交渉する手間が省けたと言う所だ。そしてそんな彼女に影響されて他のハウリア族たちも次々とその表情に決意が浮んだ。

 

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺達は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな。おまけに期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだから」

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 そうして始まった、ハウリア族の修行。他のハウリア族と違い、魔力を扱えると言う特徴を持ってるシアは一行の中で魔力の扱いに長けたユエが付きっ切りで指導を行ってる。そして香織が食事の支度や訓練で負傷した者達の治療、ハジメは彼らの為の装備作り、そしてカナタが直接指導を行うと言う役割分担になった訳だが……

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 まるで、殺したくない相手をやむを得ず殺してしまったかのように膝から崩れ落ちるハウリアの中年の男性。ちなみに男性が殺した魔物と当人の間には縁もゆかりも存在しない。

 

「敵なんだ!今のこいつはもう! なら殺すしかないじゃないか!」.

 

 そして世界の情勢により親友と戦場で敵同士になってしまった兵士の様な言葉と共に苦痛の表情で魔物に突進していく青年。因みに当人と相手の魔物の間には縁もゆかりも存在しない(二回目)

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 またある女性は、まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のように慟哭している。因みに当人と相手の魔物の間には(以下略)。

 

(こ、これはまた……)

 

 正直、ハウリア達の様子は戦闘技術以前の問題だ。魔物を一人殺すたびに、各々が罪の意識から大仰な小芝居を展開している。そんな中、しとめそこない瀕死となった魔物が最後の抵抗とばかりにカムに体当たり。彼は地面に倒れ、自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

 

「そうです! いつか裁かれるとき来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

 

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。僕達はもう途中で投げ出す事なんて許されないんです」

 

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、そして今まで自分達の行いを無意味にしない為にも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

 

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

 そしてどこかで聞いたようなセリフも交えて小芝居処か一族総出で三文芝居を演じる始末、こんな芝居を即興かつアドリブで出来るあたり、世が世なら大層な役者になってただろう。因みに少し離れた所でハウリア達の装備を作っているハジメの額には既に青筋が量産され、明らかにイライラが溜まって来ているのが気配で判るほどだ。

 

「あ、あの皆さん……、相手殺すたびにそんな事してたらその間に他のやつに襲われるれるので、そう言うのは止めた方が――ん?」

 

 とは言え、何も言わない訳にもいかないのでカナタもその事を指摘しようと彼らに近づくと、ハウリア族の少年が突然その場から飛び退いた。

 

「どうした?」

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

 

「……」

 

 実はこの様に、特に意味も無さそうな身のこなし(しかも無駄に機敏)は度々見られていた。嫌な予感がしたカナタはいつの間にか自身がしとめた魔物を丁寧に埋葬していたカムさんに問い掛けた。

 

「えっと、時より皆さんが見せていた不自然な挙動ってもしかして花を踏み潰さない為とかだったりします?」

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

 

「で、ですよねぇ。流石に戦闘中にそんなの気にする余裕なんて――」

 

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 その一言にカナタは言葉を失う。戦闘中花や虫を気にする所もそうだが、そう言った小さな気配も敏感に察知し、それに合わせて咄嗟に動ける身のこなし。

 

(アサシンや忍者みたいな、スピード系ファイターとしての素養は十分なんだがなぁ……)

 

 いかんせん、優しさに心のパラメーター極振りしている所為でその才能が間違った方向に使われている。とは言え、まだ訓練は始まったばかり、諦めずに指摘し続ければその内ハウリア達も慣れるだろう。

 

「……え?」

 

 そう思い口を開こうとした時だった。ドパン!と言う聴きなれた音と共に、カナタの頭部の横を何かが通過、カムの額を直撃して、カムはその場に倒れこむ。そしてカナタがゆっくりと後ろを振り向くと――

 

「ふ、ふははははは……」

 

 そこには硝煙が立ち込めるドンナーを構え、壊れたように笑うハジメ。因みに、先ほどカムを直撃したのはゴム弾であり、直撃箇所は赤くなってはいるが気絶しているだけである。

 

「ああ、よくわかった。よ~くわかりましたともさ。俺が甘かった。俺の責任だ。お前等という種族を見誤った俺の落ち度だ。ハハ、まさか生死がかかった瀬戸際で〝お花さん〟だの〝虫達〟だのに気を遣うとは……てめぇらは戦闘技術とか実戦経験とかそれ以前の問題だ。もっと早くに気がつくべきだったよ。だと言うのに、俺らの中で比較的良心的なカナタに指導を任せた自分の未熟さに腹が立つ……フフフ」

 

「ハ、ハジメ……さん?」

 

 ゆっくりとこちらに近づいてきたハジメがカナタの肩に手を置くとその恐怖にカナタが一瞬身体をビクつかせた。

 

「どけ……俺がやる」

 

「え、えっと……」

 

「なんか文句あるか……?」

 

「……香織の手伝いしてきます」

 

 ハジメの眼光に負けて、カナタは逃げるようにその場から立ち去る。それから――

 

「いいか!? 貴様らはこれから薄汚い〝ピッー〟共だ。この先、〝ピッー〟されたくなかったら死に物狂いで魔物を殺せ! 今後、花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ! 貴様ら全員〝ピッー〟してやる! わかったら、さっさと魔物を狩りに行け! この〝ピッー〟共が!」

 

 と、その場に香織やユエを連れてこれない様な叫びが頻繁に樹海に響き渡った……。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 さて、カナタに代わりハジメがハウリア達に地獄の特訓をつけてるのと平行し、こちらはシアとユエの訓練風景。

 

「でぇやぁああ!!」

 

「……〝緋槍〟」

 

 シアが直系一メートルにも及ぶ木をブン投げるとユエはそれを炎の槍で迎え撃つ。花や虫を愛でろくに戦闘できてないほかのハウリア族と違い、シアは容赦無しに暴れている。圧し折った大木を投げ飛ばし、立ち込める砂埃は視界を塞ぎ、いまやこの樹海は彼女にとって天然の武器庫。初級魔法なら膂力のみで吹っ飛ばすほど。

 

「まだです!」

 

 そしていつの間にかユエの上空にいちどったシアが2本目の丸太を投擲。ユエはバックステップでそれを避けるが、シアもそれは織り込み済み。そのまま丸太にとび蹴りをかますと蹴り砕かれた丸太の破片の嵐がユエを襲う。

 

「……っ! 城炎!」

 

 けれどそれらもユエの生み出した炎の壁に阻まれ灰となる。

 

「もらいましたぁ!」

 

「ッ!」

 

 けれど、それらは全て目晦まし。本命は自身の木製の大槌による一撃。ユエはそれをかろうじて避けるも、大槌はそのまま大地を叩き、お次は石片が飛び散る。

 

「〝風壁〟」

 

 ユエは風でそれらを散らすと同時にその風に乗り自身も間合いをおく

 

「〝凍柩〟」

 

「ふぇ! ちょっ、まっ!」

 

 そして続けざまに唱えられた魔法でシアの首から下が氷付けになり決着だ。

 

「づ、づめたいぃ~、早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」

 

「……私の勝ち」

 

「お~い、飯出来たから呼びに……って、すげぇなこりゃ……」

 

 まるでここら辺だけ大災害が起きた様な樹海の状況をカナタは見渡し、そして二人の視線を向けると

 

「か、カナタさ~ん」

 

「最終日もユエの勝ち……いや、違うか」

 

 カナタの言葉に二人が「「えっ!?」」となると、カナタは自分の頬を人差し指で叩く。ユエが同じ所に触れるとそこには赤い血が一筋流れていた。

 

「ユエさんの頬っぺ! キズです! キズ! 私の攻撃当たってますよ! あはは~、やりましたぁ! 私の勝ちですぅ!」

 

 氷だるま状態で、体が動かせないシアが代わりに耳をピコピコ動かして大喜びしている。

 

(……やられた)

 

 ユエとシアは訓練を始めるにあたり、ある約束をしていた。それはどんな些細な傷でも良いのでユエから一本取れば、“ある事”に対して、シアに加勢する事。そしてユエはそれを引き受けた、けれどホントに自分から一本取るなんて不可能だと思っていた。最初の数日は殆ど赤子の手を捻るような感覚でシアを返り討ちにしていた。風で吹き飛ばしたり、炎でちょっと黒焦げにしたり、今みたいに氷付けにしたり。これだけの圧倒的力の差を見せればその内諦めるだろうと思っていた。

(ホントにたったの十日で……)

 

 けれど彼女が自分の魔力、主に身体強化の突出した自分の魔力の扱いをモノにした五日目から状況が変わり始めた。ユエの中からドンドン余裕が失われて、七日目には――

 

『この残念ウサギは化け物かっ!? ハジメェー! カオリーっ! 森のウサギが倒れない! 幾らぶっ飛ばしても止まってくれません! どうしたら良いですかぁっ!?』

 

 と言う風に普段と変わらぬいつも通りの表情の裏では普段のユエからは想像も出来ない程の大混乱状態に陥っていた。8日目からはそんな事を考える余裕すらなくなり、ちょっとでも気を抜けば一本取られても可笑しくない状況だった。ユエも訓練と言う考えを捨て去り、全力で迎え撃っていた。そして迎えた今日、ユエは遂にシアに一本取られる事となった。

 

「兎に角、休憩だ。メシが出来たから二人も早く来いよ」

 

 そう言い残し、カナタは踵を返し立ち去っていく。

 

「ユエさん。私、勝ちました」

 

「………………ん」

 

「約束しましたよね?」

 

「……………………ん」

 

「もし、十日以内に一度でも勝てたら――」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 訓練最終日と言う事で、ハジメが担当している他のハウリア族は最後の課題としてある大型の魔物の討伐に向かっており、現在この場に居るのはカナタ達5人だけだ。

 

「おう、戻ったか」

 

 カナタが戻ってから少し遅れて、ユエとシアも戻ってくる。

 

「ハジメさん! カオリさん! 聞いて下さい! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ! 大勝利ですよ! いや~、お二人にもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを! 負けたと知った時のユエさんたらもへぶっ!?」

 

 と、大喜びのシアにユエがビンタをかます。

 

「なるほど、で、どうだったんだ?」

 

「魔法自体の適正はハジメと同じレベル」

 

「ありゃま、宝の持ち腐れだな……で? それだけじゃないんだろ? あのレベルの大槌をせがまれたとなると……」

 

 そう、シアの使っている大槌はかなりの重量を誇る。それこそ、カナタが奈落で使っていた大剣に迫るほど。そしてそれをシアは軽々と振り回していたのだ。

 

「……ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

 

 直接、相手をしたユエ曰くその力はハジメ達の素の能力の6割程。それもステータスプレートが無い為、詳しく測定できないが、今後の鍛錬次第で更に伸びるとの事だ。正直シアの現時点の能力(強化込み)はオスカーの住居到着直後の自分達に迫るものがある。そう考えれば奴隷商や人攫い、そして諦めずにシア達を処刑しようとするフェアベルゲンの亜人程度ならモノの数でも無いだろう。

 

「無闇に危険区域に突っ込みさえしなきゃ自衛どころか他のみんなを守れるレベルじゃないか。そんだけ強くなれたなら、もう大丈夫だな」

 

 カナタは素直な賞賛をシアに贈る。が、普段なら元気よく喜びそうなシアがどこか恥ずかしそうに少し、視線を下向けている。カナタがその様子に疑問を感じていると、やがてシアは決意したように顔を上げて、彼の目を真直ぐに見つめた。

 

「あの、カナタさん、私を貴方達の旅に連れて行ってください。お願いします!」

 

 それは何時かの頼み。けれど、それに対するカナタの答えも同じだった。

 

「その話、か……前も話したけど、無理に俺らの旅に付き合うより、大切にしてくれる家族の元で過ごした方が――」

 

「違うんです!」

 

 けれど今回は違う、自分の気持ちを言えずに黙り込む事無く、彼の言葉を遮る。

 

「私は元々、今回の件が落ち着いたら一族を離れるつもりで居ました」

 

 その言葉に、ハジメとユエ以外は驚きを隠せなかった。けれど、それと同時に少し考えれば、納得も出来た。家族の為に単身大峡谷を突っ切り、俺らに助けを求めに来たぐらい仲間思いな彼女だ。そんな彼女が自分の所為で仲間が辛い思いをするのを許せる筈も無かった

 

「……カムさんにその事は?」

 

「話しました、修行が始まる前から。自分達に迷惑をかけるからと言う理由ならダメだけど、自分の意志で付いていきたいなら良いと。でも、あの時の私はカナタさんの言うとおり実力不足でした。ですので、皆さんから修行の件が切り出されなくても、私自身、戦闘の訓練をお願いしようと思ってたんです」

 

「まぁ、シアからしたら俺達は別の意味でご同輩だし、仲間意識覚えて付いて着たいのは判るけど……」

 

「ち、違います。それもありますけど、その……」

 

 そこでシアは言葉をとめる。さっきよりも顔を赤くし俯いていたが、やがて自分の両頬をパンっと叩いて気合を入れると、顔上げた勢いのままに叫ぶように告げた

 

「私がっ! カナタさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

 

(噛んだな……)

 

(噛んじゃった……)

 

(……噛んだ)

 

「…………へっ!?」

 

 予想だにしなかった一言に数秒の間の後、カナタは素っ頓狂な声を挙げる。

 

「きっかけは何時か竜に変身したカナタさんの背中に乗った時です。ハイベリアを次々に倒していくカナタさんの姿を見て、その背中に乗ってるとき私、凄い安心感を感じて……忌み子として生まれて、周りと違う事が寂しくて、周りに迷惑掛けるのが辛くて、いつバレて追い出されてしまうんだろうか不安で……そしてフェアベルゲンを出た後も、頼れるものが何も無い状況で――」

 

 ずっと不安と孤独ばかりだった。そんな中、彼の背に乗っていたあの瞬間はシアにとって心から安心できる瞬間だった。

 

「それからも亜人であるはずの私と普通に接してくれて、長老達から処刑を言い渡されても、カナタさんは国と敵対してでも私達の契約を選んでくれて、その時、この人は本当に私達を対等に見てくれていたんだって確信したんです」

 

 それに気づいてからは、もう速攻だ。ダイヘドアから助けてくれた事、自分の事情を聞いて契約を結んでくれた事、その時の姿は少し怖かったけど自分達の為に帝国兵と戦ってくれた事、樹海への道中で自分の気持ちとはズレて居ながらも自分の事を気遣ってくれた事、長老達との会談、そしてその後に満面の笑みを浮かべたカナタの横顔。その全てが一気にシアの心に刺さった。

 

「もっと段階を踏んでから、なんて言いましたけど、それはもう一瞬でした。亜人だから、人だから、その所為で今まで踏めなかった段階を一気にすっ飛ばされたんです。ですからこれは、無理をしてるわけでもなんでもない、正真正銘、私自身の気持ちですっ!」

 

(あ~……)

 

 これにはカナタも困惑せざるえを得なかった。カナタ的にはそれらは全て自分の為だったり、割と常識的な範疇での行動だと思ってたのだが、どうやらその殆どがシアにとってはフラグになっていたらしい。けれど困惑してる中でも判ってる事がある、それは今もなお僅かに不安に揺れつつも、こちらを真直ぐに見つめてるシアに対して、真剣に応えない訳にはいかないと言う事だ。

 

「……シアみたいな可愛い子がそこまで想ってくれるのは嬉しいし、俺としても男冥利に尽きるってもんだけど……スマン。この手の話にならなかったから言ってなかったけど、俺には別に好きな奴が居るんだ」

 

「……」

 

 カナタの言葉にシアの表情が少しだけ曇る。これでカナタが好きな人も居ない完全なフリーであれば、この場で返事は出来なくても「まずはお友達か、仲間からなら……」と完全に振る事はしなかっただろう、けれどカナタには地球に居た時から想いを寄せてる人が居る。その気持ちにいずれかの決着をつけないと次に進めないと言うのが正直な所だった。

 

「だから、シアの気持ちを受け入れる事は出来ない。ホントにスマナイ、この10日間その為に頑張ってくれたと言うのに……」

 

「カナタさん」

 

「ん?」

 

「その好きな人とは既に恋人同士だったりします?」

 

「いや……告白もまだだから、良く話す(密かに)お友達同士って所だが」

 

 そう返事をすると、シアは「そうですか……」と呟き、やがて笑顔を浮かべる。

 

「なら、問題ないですね! お付き合いしているなら流石に考える所でしたが、そうでないなら私には遠慮する理由なんてありません! カナタさんに付いて行って、ドンドンアピールして、そしてその人よりも私を選びたくなる気持ちにさせます! 今はこの場に居ない誰かさんに、宣戦布告です!!」

 

 カナタはいよいよ返事に困った。自分と雫は別に付き合ってるわけじゃない。だからこそ、シアの宣戦布告は何もおかしなことでは無い。けれどそれでも懸念はある。

 

「そもそも俺達の目的は地球に、元の世界に戻る事だ。つまり最終的には俺達はこの世界から居なくなるって事だぞ?」

 

「私もそのまま付いていけば問題ないですよ。聞いた話だと、この耳さえ隠せればむしろ此処より過ごしやすそうですし」

 

「まぁ、奴隷扱いされることがない。と言う点では過ごしやすいかも知れないが……」

 

 いよいよ、返事に窮したカナタはハジメ達に目を向けた。しかし――

 

「……カナタ、連れて行こう」

 

 意外な人物の意外な援護射撃(援護されてるのはシアの方だが)が飛んできた。

 

「ユエ?」

 

「そうだね……それだけ戦えるならきっと未来視と合わせて力になってくれると思うよ」

 

「香織もか」

 

 自分が関与できる話でもないので、静観決め込んでたハジメも驚いたのか、思わず自分の恋人に交互に目を向けた。

 

「ふっふっふっ、周りに助けを求めても無駄ですよぉ。既に外堀は埋めてありますので」

 

 そう、ユエとの約束。それは自分から一本取れるほどの実力を示すことが出来れば同行を願い出た際に援護してもらう事だった。

 

(なんと言う徹底振り……)

 

 カナタが周りに助力を求める事を未来視で予め予測していたのだろう。流石にここまで徹底してる様子では気持ちの面で彼女を諦めさせるのも不可能だ。それに、女の子がここまで本気になっているのだ。もはやカナタが言える事は幾つかの最終確認だけだった。

 

「……気持ち、応えてやれない可能性のほうが高いぞ?」

 

「そう言う風に言うって事は可能性は0じゃない、未来はまだ決まってないって事ですよね」

 

「危険な旅なのは変わらないぞ?」

 

「私だって化け物です。もう足手まといにはなりませんよ」

 

(これ以上は無粋、か……)

 

「全く、ここまで頑固だとは思わなかったよ」

 

「頑固じゃなくて、一途と言って下さい」

 

「……判った、俺の負けだ。なら、これからよろしくな、シア」

 

「はいっ!」

 

 苦笑と共に軽く両手を上げて降参のポーズ。そして握手の為に差し出された手をシアは一瞬だけ見つめ、やがて嬉しそうな返事と共に両手でそれを掴んだ、その顔に今まで一番明るい笑顔を浮かべながら。



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第8話『アサシン・ハウリア』

注意:今回は今までの話と違い、ネタに溢れています。コレも全て休日前+深夜のテンションと言う奴の所為なんだ・・・


 ハー○マン式訓練法というのが存在している。これは地球のとある国で海兵希望の新兵に施される訓練方法なのだが、この訓練内容がまたえぐい。

 

「ボス、お題の魔物キッチリ狩ってきやしたぜ」

 

「ボ、ボス? と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

 

 シアは旅の同行の許可をもらえた事を報告しようと修行開始前を最後に一度も会ってない父に報告しようとして、足をとめた。

 

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

 

 因みにハジメがお題に指定したのはハイベリア、初めて会った時に襲われていた飛竜種。ハウリア達が強くなる目的はあくまで自衛の為。だからこそ、危機に直面したの際は一族全員で事にあたるのだから全員で一体狩れれば上出来、だったのだがカム達が提出した素材は明らかに10体分近くの量だ。

 

「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

 

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

 

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

 

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

 

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

 

「即ちインガオホー、ショッギョ・ムッジョ」

 

 さて、先ほど上げたハー○マン式訓練法とは簡単に言えば人格否定にも等しい罵倒と扱いの元、全ての新兵の人格を戦士として相応しいものに変えていく手法だ。その効果はお墨付きで地球でも彼らのように優しさ極振りだったある高校のラグビー部もこの訓練を受ける事でパント(キックの事、勿論反則)で一人を無惨に叩きのめして相手に恐怖を植え付けたり、タックルで倒した相手に「くそっ! まだ生きてやがる……」と吐き捨てる様な頼もしい(?)ラガーマンに変貌を遂げたと言う逸話がある。

 

「ど、どういうことですか!? カナタさん! 父様達に一体何がっ!?」

 

「いや、実は途中から訓練指導はハジメが行ってたんだが……」

 

 そう言って、カナタとシアがハジメに視線を向ける。

 

「……別に、大して変わってないだろ?」

 

「貴方の目は節穴ですかっ! 見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか! あっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた! ナイフに名前つけて愛でてますよっ! 普通に怖いですぅ~」

 

 その後も、シアは彼らに何をしたのか、ハジメに問い詰めるがそれを気まずそうながらも尋問をかわしている。まぁ、あのテレビや文章にすれば規制が入る事間違い無しの言葉をシアは勿論、恋人二人に聞かせる訳にもいかないだろう……。

 

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

 

「何を言っているんだ、シア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ。ボスのおかげでな」

 

「し、真理? 何ですか、それは?」

 

 やがて、ハジメへの尋問を諦めたシアは豹変した家族に訴えるとカムの表情は修行開始前の温厚なモノに戻る。が、彼の言う真理に激しく嫌な予感を覚えたシアが恐る恐る先を促すと――

 

「この世の問題の九割は暴力で解決できる」

 

 以前と変わらぬ穏やかな笑顔で以前からは想像も出来ない言葉を口にした。どうやら彼らは真理の扉を開く代償として、かつての温厚な性格を持っていかれたようだ……。

 

「やっぱり別人ですぅ~! 優しかった父様は、もう死んでしまったんですぅ~、うわぁ~ん」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 その後、何時かのお花の少年パム改め、“必滅のバルドフェルド”というお花が好きな森の兎から、コーヒーが好きな砂漠の虎に改名した少年の報告から大樹へのルートに熊人族の集団が武装して待ち構えて居る事が判明した。どうやらカナタの推測どおり、自己責任と言う扱いから本格的に殲滅を行うつもりの様だ。今はまだ契約の途中なので、カナタ達で殲滅してもよかったのだが、他でも無いカム達が自分の実力を試したいとの事で任せてみた結果――

 

「ほらほらほら! 気合入れろや! 刻んじまうぞぉ!」

 

「ドウモ。クマビト=サン、ハウリアです」

 

「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」

 

「イヤーッ!」

 

 蹂躙とはまさにこの事。カナタの思った通り、ハウリア族は気配操作、気配察知、人並みはずれた聴覚を駆使し、奇襲やヒット&ウェイ、スリングショットやボウガンの狙撃を駆使して熊人族を圧倒していた。もしも、真正面から殴りあうことが出来れば熊人にも勝機はあっただろう。だが、180度豹変した彼らに動揺し、浮き足が立った彼らでは殴り合いに持ち込む事など出来ず、良いように翻弄されるままだった。

 

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」

 

「アバーッ!」

 

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

 

「グワーッ!?」

 

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図にカナタ達はドン引き。そして事の張本人であるハジメも――

 

(うん、完全にやりすぎたなコレ)

 

 とハジメにして自身の非を認めるレベルだ。尤も、だからと言って反省や後悔をしたかと言われれば話は別となる。

 

「クックックッ、何か言い残すことはあるかね? 最強種殿?」

 

 やがて、部下の大半が地に倒れ、自身も傷だらけで膝を付いてる熊人族の臨時のリーダーレギンの正面にカムが立つ。

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

 

「なっ、レギン殿!?」

 

「レギン殿! それはっ……」

 

「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

 熊人族は亜人の中でも生粋の武闘派一族。そんな彼が武器を捨てて土下座で命を請う事は熊人族の沽券に関わる行い。けれどほぼ私怨にも等しい行為に連れ出した部下をこれ以上死なせるわけにはいかないと、レギンは断腸の思いで頭を下げる。

 

「だが断る」

 

 が、それに対する返事は残酷な一言と、投げナイフ。そして、それ皮切りに飛び道具の嵐が彼らに向かって飛ぶ。

 

「なぜだ!?」

 

「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

 

「ぐっ、だが!」

 

「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」

 

「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」

 

 周囲は飛び道具を何時でも掃射できる状況のハウリア族に囲まれ、うかつに動く事の出来ない。レギンはもはやこれまで、と目を伏せる。そしてカムの持つ小太刀が振り下ろされ――

 

「何のつもりだ。シア、カナタ殿」

 

 横から割り込んできた大剣の刀身に弾かれると、カムはその視線を横から割り込んできたカナタとそれについてきていたシアに向ける。そして二人が熊人族を庇うようにカムと向き合う。

 

「いやまぁ、まともに指導できなかった俺が悪いのもあるけど、流石にこれ以上は止めた方が良いかなと思いまして」

 

「まさか二人とも、我らの敵に与するつもりか? 返答によっては……」

 

「いえ、彼らの生死は別にどうでも良いんですけど」

 

「「「「いいのかよっ!?」」」」

 

「だって、俺らに手を出した場合は自己責任って話だろ? それであんた達がどうなろうが、助ける義理もないわけだし」

 

「そうですよ! 殺意を向けて来る相手に手心を加えるなんて心構えでは、ユエさんの特訓には耐えられません。私だって、もう甘い考えは持っていませんよ」

 

「ふむ、では何故止めたのだ?」

 

「そんなの決まってます! 父様達が、壊れてしまうからです! 堕ちてしまうからです!」

 

「壊れる? 堕ちる?」

 

「まぁ、とりあえずコレ見てください、よっ!」

 

 そう言ってカナタは剣を地面に突き立てる。一部が銃身になってるとは言え、巨大で幅広な刀身はまるで鏡の様にカムの顔を映し出す。

 

「今の貴方の顔……誰かに似ていると思いませんか? 例えば、この間俺達が戦った帝国兵とか」

 

「……っ!?」

 

 カナタの言葉にカムは驚愕の表情を浮べ、小太刀を地面に落とし自分の頬に手を当てた。

 

「思い出して下さい。ハジメさんは敵に容赦しませんし、問答無用だし、無慈悲ではありますが、魔物でも人でも殺しを“楽しんだ”ことはなかったはずです。訓練でも、敵は殺せと言われても楽しめとは言われなかったはずですよ?」

 

「シ、シア……私は……」

 

 それと同時に辺りを覆っていた殺意が霧散していく。

 

「まぁ、今まで弱者と扱われたり、負け続けたりしてた分、初めての大勝にテンションマックスになる気持ちは判りますがね……。さて、教え子の不手際は教官の不手際。何か言う事あるんじゃないか? なぁ、ハジメ先生」

 

 と、そこでカナタがジト目でハジメに話を振ると、ハジメは気まずそうにしていたが、やがて観念してカムに目を向けて軽くだが頭を下げた。

 

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

 

「メディーック! メディーーク! 重傷者一名!」

 

「ボス! しっかりして下さい!」

 

 ホントに素直に珍しく素直に(大事な事なので以下略)謝罪したハジメに驚愕し、更に彼の正気を疑う反応をする辺り、この10日でハウリア族がハジメに抱いた印象というのもがよく判る。が、今回の件は完全にこちらに非がありキレる事が出来ないハジメは怒りを堪えつつ彼らを素通り、レギンの目の前に立つと彼を見下ろし、銃を突きつける。

 

「さて、潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残るのとどっちがいい?」

 

「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」

 

「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」

 

「条件?」

 

 殺すつもりで来た相手は容赦無し。それが信条のハジメが彼を見逃すと言ってるのだ。コレにはシアも含めたハウリア族一同困惑だ。尤も香織とユエ、カナタはハジメがそんな優しいたまじゃない事を知っている。

 

「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え。〝貸一つ〟ってな」

 

「……ッ!? それはっ!」

 

「で? どうする? 引き受けるか?」

 

 長老会議の決定はハウリア族に手を出す事は自己責任とした、普通であればこれを貸しにする事は出来ない。しかし、今回レギンが襲ってきたのは樹海の案内が終わる前、つまりカナタ達とハウリア族が交わした契約がまだ生きてる最中だった。つまり、レギンの行いはフェアベルゲン一同、カナタ達と敵対しますと言う意思表示と取られてもおかしくないのだ。それをあえて見逃すという事はまさしく貸し一つである。

 

「五秒で決めろ。オーバーする毎に一人ずつ殺していく。判断は迅速に、基本だぞ?」

 

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

 

「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」

 

 ドンナーをホルスターに戻し、レギンの肩に手を置くハジメ。そして、射殺す様な眼つきに残忍な笑みを浮かべながら最後の言葉を告げた。

 

「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」

 

 その表情に完全に怯えきるレギンの様子に「ん、やっぱりハジメはいつも通り……」「うん。これでこそハジメ君だよね」と恋人二人は笑顔で互いに頷いていたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「ボス! 大樹が見えてきました」

 

 熊人族の襲撃意外は特に何事も無く、カナタ達は遂に目的の大樹へたどり着く。

 

「……なんだこりゃ」

 

「これが、大樹?」

 

 4人は目の前の大樹と思しきそれを見上げる。そう、目の前の大樹は既に枯れており、葉の一枚も付いていない。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

「けど、ここが大迷宮の入り口で間違い無さそうだぞ」

 

 そう言って、根元に視線を移したカナタはある物を指差す。そこにはアルフレリックの言葉通り、石碑が建っていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

 

「……ん、同じ文様」

 

 そしてその石碑に刻まれているのはオスカーの指輪と同じ紋章。そして、石碑を調べると裏に何かを嵌めこむ窪み。そこにオスカーの指輪をはめ込むと、石碑全体が淡く輝き、程なくして光は幾つかに分かれる形で収束し文字を形作った。

 

〝四つの証〟

 

〝再生の力〟

 

〝紡がれた絆の道標〟

 

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「……どういう意味だ?」

 

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

 

「じゃあ、再生の力と紡がれた絆の道標って言うのは?」

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、カナタさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

 

「再生の力、ユエの事か……いや、違うか」

 

 ユエはオルクス大迷宮に封印され、そして再生の力を持っている。が、そもそもオルクス大迷宮は締めくくりの迷宮。その前段階の迷宮に入る為の鍵をそこに封印するのは順番的におかしい。念のためにと自分の指の先を薄く切って再生能力を発動させつつ石版に触れるも変化は無い。

 

「……ん~、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

 

「この枯れた大樹をその魔法で再生、尚且つ他の迷宮4つの証を手に入れることで初めて入り口が開くって事かな?」

 

「オスカーの指輪でも反応した辺り、万一の例外は想定してたみたいだが、つまりオルクスとハルツィナ以外の大迷宮のうち4つを攻略、その後ここを攻略して〆にオルクス。これが解放者の七代迷宮のシステムって所か」

 

「はぁ~、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」

 

 ハジメはすぐに気持ちを切り替えると周囲を警戒していたハウリア族に集合を掛ける。

 

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

「ボス、我々もボスのお供に付いていかせて下さい!」

 

「えっ! 父様達もハジメさんに付いて行くんですか!?」

 

 修行開始前は自分達に付いて来る様子も無く、許可が下りれば送り出す気マンマンだったカムの突然の言葉にシアは驚愕した。

 

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし! ボスの部下であります! 是非、お供に! これは一族の総意であります!」

 

「ちょっと、父様! 私、そんなの聞いてませんよ! ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」

 

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」

 

「ぶっちゃけちゃった! ぶっちゃけちゃいましたよ! ホント、この十日間の間に何があったんですかっ!」

 

 まぁ、ハウリア達にとってはこの樹海は言ってしまえばぬるい場所。つまりはこのハウリア族一同「俺より強い奴に会いに行く」精神と言う事だ。

 

「却下」

 

 が、ハジメはそれを速攻で却下する。

 

「なぜです!?」

 

「足でまといだからに決まってんだろ、バカヤロー」

 

「しかしっ!」

 

「調子に乗るな。俺の旅についてこようなんて百八十日くらい早いわ!」

 

「嫌に具体的だな、しかも半年あれば足手纏いにじゃなくなるって事かよ……」

 

 ホント、性格が才能をダメにしていた兎達である。

 

「お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

 

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

 

「ないない」

 

「嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」

 

「お、お前等、タチ悪いな……」

 

「そりゃ、ボスの部下を自負してますから」

 

 それでも、ハジメに対して揺さぶりを掛ける辺り何とも強かだ。言葉の通り正にハジメの弟子にして部下そのモノである。

 

「それと、カナタ殿」

 

「はい?」

 

「娘を……シアの事、どうぞよろしくお願いします」

 

 カムはカナタに向き直ると姿勢を正し頭を下げた。シアが同行する事は既に話してある。そして、その旅がとても危険だと言う事も(それを承知で彼らは楽しそうだからと同行をと申し出た訳だが……)。となれば、娘を心配するこの反応は当たり前の事。たとえ戦闘狂になろうとも一人の父親である事は確かなのだろう。

 

「約束します。娘さんを酷い目に合わせる事だけは絶対にしません。……俺の、誇りに誓って」

 

「カナタさん……」

 

 だからこそカナタも、最近は口にする事に何の疑問も抵抗も無くなった『誇り』と言う言葉を以って、カムの言葉に応え手を差し出すとカムもそれに応じ、二人はしっかりと握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「次に合う時は是非ともお義父さんと呼んでくれるのを期待していますよ」

 

「あはは……それについてはノーコメントと言う事で……」

 

 こうして、樹海でやるべき事はひと段落つき、カナタ達は新たにシアを仲間に加えてハウリア族に見送れらながら樹海を後にし、本格的な旅支度の為に一路ブルックの町を目指して魔導2輪を走らせるのだった。



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幕間『落葉を断つ剣』

前回投稿した段階でお気に入り件数400を越えたと思ったら、この幕間投稿する時には500を越えていた件について。ホントに、ホントにありがとうございます。


 時はカナタ達がヒュドラの討伐を終えた時に遡る。各々の思惑の下、迷宮を進んでいた光輝達だが、現在は一度ハイリヒ王国に戻っている。と言うのも、ヘルシャー帝国より勇者一行を一目見ようと使者が訪れるとの事。雫としては早くカナタ達の事に結論をつけたかった為、今回の件は不満以外なんでも無いのだが、王国を代表する勇者一行である以上、こうした外交面の協力を求められるのは仕方のないこと。一行を乗せた馬車が王国にたどり着き、光輝達が馬車を降りると、一人の少年がこちらへと駆け寄ってくる。そして辺りをキョロキョロと見渡し、やがて目に見えて落胆、次の瞬間には光輝を睨み付けた(10歳前後の少年の為、全然凄みは無いのだが)。

 

「おい、勇者! 香織はまだ見つからぬのか!?」

 

「残念ながら。しかし探索は順調に進んでおり、今回の探索で未踏破エリアである65階層を超えました。この調子なら迷宮全体を踏破するのもそう遠くない事です」

 

「そんな話はどうでも良い! 迷宮を踏破しても香織が死んでいては意味がないのだ! 判ったのなら一刻も早く香織を見つけてこい!」

 

 この少年の名はランデル・S・B・ハイリヒ、このハイリヒ王国の王子である。そしてランデルは香織に絶賛一目惚れの最中だった、事ある毎に本人なりの猛アプローチを掛けてはいたが、香織からしたら年下の子供、もしくは弟になつかれてる程度の認識しかない。

 

「全く窮地に陥った仲間一人救えぬとは救国の勇者が聞いて呆れる。そもそも――」

 

「お言葉ですが殿下、私達は王国側からの要請を受けて戻った次第です。早々に香織を救出せよと言うのであれば迷宮の探索に戻らせてもらえないでしょうか?」

 

「ひっ……」

 

 雫が彼の言葉を遮りながら歩み出るとランデルは短く悲鳴を挙げて、ハイリヒ王国の王女にして姉であるリリアーナ・S・B・ハイリヒの後ろに隠れてしまった。と言うのも、件の死亡報告は勿論ランデルの耳にも入っている。そしてそれを聞いたランデルは激昂し、彼らの元に乗り込み、光輝や雫達に罵倒を浴びせた。それぐらいであれば子供の癇癪と言う事で流す事も出来たのだが――

 

『聞けば、香織は無能二人に足を引っ張られて奈落に落ちたそうでは無いか! そもそもそんな奴まで勇者一行として取り扱う事自体間違いだったのだ。ならば無能だと判明した時点で国外追放、いやいっそ処分してしまえば良かったのだ! そうすれば香織もこんな事には――う、うわぁあああっ!?』

 

 処刑を通り越して処分。二人の事を人とすら扱わない様な発言に加えて、精神的に余裕が無かった事も合わさり、雫は本気の殺気と威圧をランデルにぶつけてしまった。以来、ランデルにとって雫の存在はトラウマとなっている。自業自得とは言え、完全に怯えているランデルにリリアーナは「先に戻っていなさい」と弟を下がらせると、彼らの方に向き直った。

 

「完全に怖がられてしまったわね。まぁ、無理も無いか……」

 

「いえ、あの件について雫様に非はありません。例え子供でも言って良いことと悪いことがあります。それよりも……」 

 

 そう言って、リリアーナは姿勢を正して微笑むと彼らを一望してから優雅なお辞儀と共に口を開く。

 

「お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

 そんな彼女の笑顔に男子達(光輝を除く)は頬を染める。何せ相手は生粋のお姫様、容姿も振る舞いも麗しき姫として相応しい教育を受けているのだ。加えてプラチナブロンドに碧眼と言う特徴も合わさり、正に地球ではお目にかかれないようなレベルの美少女である。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

 

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

 そして光輝が爽やかな笑顔と共に返事をするとリリアーナは顔を赤くする。子供の頃から王女としての英才教育を受けた彼女は相手に下心があるかどうかを見定める目もある程度は身についている。だからこそ、このセリフを他の男子生徒が言おうモノならそれをすぐに見抜き、社交的に取り合う程度に留めるが、光輝の場合は本当に下心が感じ取れない。同年代のそうした人間と接するのは初めてな事もあり、たちまちオロオロし始める。

 

(まぁ、勇者と来ればお姫様は当然の組み合わせ……そりゃ下心もないでしょうね)

 

 下心とは何かを手に入れたい、綺麗な人とお近づきなりたいといった望みから生まれる。そして望むという事はそれが手に入らない可能性もある事を自覚しているからこそ抱くモノだ。自分は勇者、ならば姫と親密なのは当然の事。光輝はそう確信しているからこそ余計な下心も抱かない、抱く必要性を感じないのだ。彼の中では香織を救出して幼馴染2人に加えて、新たにリリアーナも傍に置きながら、魔人族と勇敢に戦い、人々から賞賛と羨望の眼差しを受ける未来を信じて疑ってない……。それが判ってしまい、雫は溜息を吐く。光輝と幼馴染をやっていた時も溜息を吐く事は多かったが、今ではもう、その溜息の意味は変わってしまっているのを雫もハッキリと感じていた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 それから三日後、帝国の使者との謁見が行われたが結果は散々なものだった。その際に実力試しとして使者と光輝の一騎打ちが行われた訳だが、その使者の正体は帝国の現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが変装していたモノで、使者どころか皇帝直々に光輝を試しに来ていたのだ。とは言え、光輝は戦いに身を置くようになりまだ2ヶ月程度。ましてや、戦闘も魔物相手にしか戦ったことが無く、殺し無しの手合わせとは言え、実戦で人と剣を交えるのはこれが初めてだった。そんな光輝が、武力で皇帝の座まで上り詰めたガハルドに敵う筈も無く、良いように手玉に取られて終わっただけだった。

 

「ほぉ……朝錬か。精が出るじゃないか」

 

 雫は朝早くから剣の鍛錬を行っていると、後ろから声を掛けられた。雫が振り向くと、そこに居たのは今日には帝国に帰還するガハルドだった。

 

「ガハルド皇帝陛下、おはようございます」

 

「おう、おはようさん」

 

 雫が剣を鞘に収め、一礼するとガハルドはそれに軽く手を上げる形で応える。

 

「随分と変わった剣の振り方をするな。常に刃が太刀筋の方向に合わせて一切傾かない様に意識しているのか」

 

 剣とは基本、斬ると同時に打撃武器としての側面も持っている、だからこそ多少の切れ味は据え置きでも刀身を頑強にする事で振る際に刃が傾き上手く斬れなくても、叩くという側面でダメージを与えられる。

 

「叩く事は捨てて、斬ることだけに突出した振り方だ。加えて、刀身を傾けない様にする事で剣に不必要な負担を掛け折れない様にしている。ふむ……見た所、お前さんの剣術は、打撃力と刀身の強度を捨てて斬る事のみに特化した剣にあわせたものと言った所か、少なくても今使っている得物とは合ってねぇな」

 

 雫は内心、舌を巻く思いだった。この世界に刀は無い筈なのに、この短時間で自分の剣技の性質を見抜いて更には今の武器と合っていない事まで見透かされたのだから。

 

「でもまぁ、まだ迷いや雑念は見えるが覚悟が出来てる良い太刀筋をしている。少なくてもあの小僧よりは楽しめそうだ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるとガハルドは訓練場に常備されてる、訓練用の大剣を手に取る。

 

「陛下?」

 

「勇者が余りに期待ハズレだったもんでな。なぁに、ちょっとした朝の準備運動って奴だ」

 

 光輝を相手にした時同様に構えらしい構えも取らず、もう片方の手で上向きに手招きをして雫を挑発するガハルド。

 

「……判りました。僭越ながらお相手いたします」

 

 そう言って雫も構える。 まずは普通に一太刀。間合いを詰めて振り下ろす。が、それは簡単に受け止められる。

 

「やはりな。あの勇者の太刀筋は直前で腑抜けたが、お前は迷い無く振り抜いた」

 

 あの大剣を片手で振り回す程の豪腕だ、鍔迫り合いなど悪手もいいとこ。雫は縮地、そして無拍子を駆使しヒット&アウェイで攻撃を重ねる。が、その何れも簡単に捌かれる。

 

「が、経験不足なのはあの小僧と同じだな!」

 

「きゃあっ!」

 

 そして、直後の雫の剣を殆ど打ち返すように剣を振り抜き、雫を吹っ飛ばす。

 

(判ってはいたけど、やっぱり“これじゃ”手も足も出ないか……)

 

 元々、自分が今使ってる武器と本来のスタイルは合っていない、だからこそ今の得物に合った剣術も訓練してはいるが、まだ数ヶ月。ガハルドにしてみれば付け焼刃どころか素人も同然だろう。

 

(だったら――)

 

 雫は剣を鞘に戻す。その様子にガハルドは一瞬「もう降参か?」と口にしようとしてそれを止める。鞘に収められた剣。けれど雫はまだその柄から手を離していない。

 

「スゥ、ハァ……ふっ!!」

 

「むっ!?」

 

 その時の雫の動作は単純。縮地で間合いを詰め、居合いを放っただけ。けれど、今まで雫の剣をその場から動く事も無く簡単に受け流してたガハルドが一歩だけ後ずさる。

 

(今の剣は……)

 

 八重樫流剣術《壱ノ太刀・紅葉斬り(もみじぎり)》。八重樫流剣術の基礎にして、肝となっている剣技であるそれの内容は、なんてことの無いただの居合い斬り。けれど、これは居合い斬りを以ってある事を成し遂げる事で初めて技として認められる。それは舞い落ちる木の葉を斬る事、葉っぱを斬る程度、とても簡単と思えるかもしれない。実際、刀の切れ味なら葉っぱなんて簡単に斬れるだろう。だが、これが“舞い落ちる”葉っぱとなれば話は変わってくる。

 

 例えば車で走っているとき目の前にチョウチョ等の虫が迫ってきた事があるだろう。けれど、それらの虫が車のフロントガラスにぶつかり、その死骸が張り付くことは無く、上の方に流れていくのが殆どだろう。これは車が走行する事で起こっている風圧に吹き飛ばされているからだ。そして、それは刀を振る時も同じ。生半可な剣速では振るった剣が起こした風圧に煽られ、葉はひらりと刀を避けてしまう。風圧の影響を受ける間も与えない程の剣速と鋭さを持った居合い斬り、これが紅葉斬りの正体。そしてガハルドはあまりの剣速に受ける事は出来てもその衝撃を完全には流せず、一歩後ろに下がってしまったと言う事だ。

 

「……なるほど。面白い剣を使う」

 

「いえ、陛下の言うとおり得物が合ってない事、そしてトータスで得た能力を完全に自分の剣技に落とし込めてない事もあり、まだ未熟も良い所です」

 

 縮地や無拍子、大きく伸びたステータスのお陰で雫の剣速は以前よりも速くなった。けれど、地球の剣術がトータスで得た技能と合ってる筈も無く、二つの融和がまだ完全ではない。本来ならもっと速くなる筈だと雫は確信している。

 

「皇帝陛下? それに……雫!? 一体何をっ!?」

 

 その時、剣戟の音が聞えたのか、訓練場にやってきたのは光輝だった。二人の手合わせの様子に驚愕の表情を浮かべている。

 

「ちっ、折角盛り上がりそうだって所だったのにな……」

 

 ガハルドは思わぬ邪魔が入った事に不機嫌な様子を隠す事も無く舌打ちすると初めて剣をまともに構えた。

 

「しゃあねぇ、次で仕舞いとするとか。あんた、名は?」

 

「八重樫雫です」

 

「そっか、ならシズク。いまお前さんが放てる全力の剣を放ってみろ、それで最後だ」

 

 彼女の名前を聞き、そしていきなり下の名前で呼び捨てにした事に光輝の表情が目に見えて不機嫌となる。けれど、雫はそれを気にする事無く、いや、気にする余裕も無く再び居合いの構えを取る。

 

「判りました……いまの私に出来る全力で行きます」

 

「おう、ドンとこい!」

 

 そして数秒ほど無言の時間が過ぎ……雫は動いた。放たれた居合いからの斬り抜け、すぐさま二人は相手のほうに向き直る。そして、雫の重心が微かに左にずれると、次の瞬間彼女は右に回り込み、二太刀目を放つ。

 

(フェイントかっ!)

 

 重心の移動、初動、そして視線の動き。雫はそれらでガハルドの意識を誘導、フェイントを織り込みつつ、様々な方向から紅葉斬りに匹敵する速度の斬り抜けを次々と放つ。まるで木葉を刻むような斬撃の嵐、これこそ八重樫流剣術の奥義の一つ《四乃太刀・刻葉(こくよう)》。そこに縮地と無拍子によるスピードが加わり、まるでゲームや漫画に出てくる様な連撃が実現していた。

 

「……これでも頬を僅かに掠る程度ですか」

 

 やがて最後の一撃を放ち、再びガハルドの正面に戻った雫は右頬から血が一筋流れる程度でそれを除けば完全に無傷な彼の姿を見て、目を伏せながら剣を鞘に納める。

 

「いや、戦いを始めてまだ数ヶ月程度でこの俺に傷を付けたんだ。それは誇っても良いことだぜ。これからが楽しみだ」

 

「ありがとうございます」

 

 親指でビッと血を拭い、ガハルドは訓練用の剣を床に放り、彼女に近づく。

 

「しかし、途中から剣の構えが違ってたがありゃなんだ?」

 

「居合いの事でしょうか? これは私の住んでた世界に存在する剣術の一種ですが」

 

「ふむ。雫の世界の剣術か……」

 

 ガハルドは顎に手をあてながら何かを考えている。その様子を雫とそして戦闘が終わると同時に彼女の横に立った光輝が見ていると「おお、そうだ」とガハルドは何かを思い出した様に少し目を大きく見開く。

 

「帝国領内の遺跡を調査した時に、丁度その居合いに似た剣術について記された書物が見つかったんだ」

 

 完全実力主義の国である帝国で皇帝をやるにはどうしても武を伸ばす事には貪欲でなければならない。必然、ガハルドは様々な地方の武術や過去の遺跡等から見つかる過去の武術に関する資料も集めている。

 

「それは本当なのですか!?」

 

 彼の言葉に雫と光輝は驚くしかなかった。何せ刀が存在しないトータスに何故か、刀を使った剣術と似た様な技術が存在していたのだから。

 

「ああ見た所、亜人の剣士が使っていたものらしい。とはいえ、俺の戦い方にはどうやっても取り込めそうになかったから、今は本棚で埃被ってるだけの状態だが……興味があるか?」

 

「ええ、まぁ」

 

 剣術自体は特に好きと言う訳ではない。けれど、刀が存在しないトータスに存在する刀を使った剣術に通ずる技術。仮にも剣を学んでいる以上、自然と興味は沸いて来る。その返事にガハルドがニヤリと笑みを浮かべる

 

「なら俺の愛人になれシズク。そうすればその本を譲ってやろう」

 

「なっ!?」

 

「……」

 

 ガハルドからの交換条件に光輝は驚愕と怒りを露にし、雫は無言で彼を見つめる。やがて光輝が雫を庇う様に二人の間に入った。

 

「ガハルド皇帝陛下。それは些か冗談が過ぎると思います」

 

「ああ? 俺は至って本気だぜ。戦いに身を置いて数ヶ月程度でコレだけ出来るんだ。帝国の皇帝にして最強の武人である俺の愛人に相応しいってもんだ。そもそもなんで小僧が口を挟む?」

 

「雫は俺の大切な仲間で幼馴染です、口を挟むのは当然の事かと」

 

 光輝の言葉を聞き、ガハルドはちらりと雫に視線を向ける。彼女の様子は驚くほど淡白だ。うろたえる様子も、絵に書いたようなイケメンが自分を庇ってくれる事に喜ぶ様子も無く、むしろ若干冷めた様子で彼を見ている。

 

(はっ、周りの人間との関係すら自分の思い通りじゃねぇと気がすまねぇタイプ……いや、自分の思い通りだと信じて疑わねぇタイプか……)

 

 ガハルドの中で光輝は理想と絶対的な正義を妄信している奴だと認識していた。そしてその評価に新たに現実と夢物語の世界と同一視し、自分こそが世界の主人公だと無意識下で思っている、と言うのも追加された。主人公だからこそ自分の言動は間違えないし、周りの人達の言動や気持ちは、主人公にとって都合の良いモノ、つまりは自身の思い通りのモノとなる、そう確信している。

 

(戦争が本格化すればイヤでも現実を知るだろうと思ってたが、こりゃ望み薄か……やれやれ、一体どんな環境で生きてりゃ、こんな育ち方をするのやら……)

 

「光輝、もういいわ」

 

「雫? だけど……」

 

「いいから」

 

 そう言って、雫はガハルド前に歩みでて、その視線を真直ぐに受け止める。

 

「陛下、折角のお誘いですがその事については謹んでお断りさせていただきます」

 

 そう言って、雫が頭を下げると光輝はあからさまに安堵の表情を見せていた。

 

「本はいいのか?」

 

「たとえ、どんな利益があっても自分の気持にだけは嘘をつきたくないので」

 

 その言葉に光輝は当然だなと言わんばかりに頷いている。その様子にガハルドは内心更に呆れた様な溜息を吐きながら「そうか……」と呟き――

 

「まぁ、焦らんさ。まだ時間はある。本の事だが原本はやれんが写本を作らせて、後日部下に届けさせる」

 

「陛下? ですが愛人の件は――」

 

「それとは関係ねぇよ……いや、あるか。それを読んで今よりもっと俺に相応しい女になれってのと、後は単なる好感度稼ぎだ。じゃあな、精々死なないでくれよ。神の使徒様」

 

 そう言い残し、ガハルドは豪快な笑い声と共に訓練場から立ち去っていった。

 

「雫」

 

「何時もの朝錬のつもりがとんだハードなものになっちゃったわ。私、朝食の前に汗流してくるわね」

 

 光輝は雫に何かを言おうと話しかけるが、それを遮り、雫は髪を結っていた細いリボンを解きながら、その場から去っていった。

 

(自分の気持ち、か……)

 

 そしてその場に残された光輝が思うのは先ほどの雫の言葉。つまりは他に思いを寄せている誰かが居てその気持は何があっても裏切れないと言う事だろう。それが誰か、光輝にとっては考えるまでも無かった。

 

(早く香織を助け出さなくちゃな。この話はちゃんと3人でキチンと話し合って結論を出すべきだ)

 

 そう思い、光輝も「よしっ!」と自分に気合を入れなおし、訓練場を後にしたのだった……。 

 



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第9話『――が暮す町ブルック』

今回のタイトルはちょっとしたお遊びです。特に深い意味は無いのであしからず。


 魔導2輪で平原を走っていたハジメ達。やがて彼らの視界に、堀と策で囲まれた町が見えてきた。街道に面した部分には門が立てられ、その傍には門番の詰め所と思しき小屋も建っている。

 

「さて、これから久々に町に入るわけだが、その前に幾つか注意だな」

 

 町の門からある程度離れた所で、彼らは魔導2輪から降りる。流石に、魔導2輪に乗った状態で町の傍まで行けば確実に騒がれるからだ。その他にも幾つか事前に打ち合わせておくべき事項がある。

 

「まず、俺とハジメ、香織はステータスプレートの隠蔽だな」

 

「俺と香織はそれで良いかもしれないが、カナタのはどうするんだ?」

 

 ハジメの言ってる事は天職の事だ。プレートはステータスの数値、習得技能は隠せても、名前や年齢、天職といった基本情報は隠すことは出来ない。それまで隠蔽可能となれば身分証明書としての効力が失われるからだ。

 

「詳細不明。自分自身もこの技能がどういう効果を持ってるのか、そもそもどうやって使うのかすら判らないって事にしておくよ。なんせ、ありふれなさ過ぎる天職だしな」

 

「後は武器だね、一端全部宝物庫に仕舞った方が良いかな?」

 

「だな、まぁ街にいるガラの悪い連中程度なら素手でも何とかなるだろう」

 

 隠蔽しても実際のステータスは変わるわけではない。むしろ無手でもやり過ぎないように考える必要性があるかもしれない。特にハジメの義手はニードルガンにワイヤー、そして肘にショットガンと義手その物が一つの兵器なのだから。

 

「俺達の方は大体こんなもんか。後は――」

 

 残るはユエとシアの二人だ。二人はステータスプレートが無い以上、どうしても身元を訊ねられるのは確実だろう。

 

「ユエの方はステータスプレートを紛失したって事で良いだろ。金取るとは言え再発行も出来るって事はそう言う事があるって事だろうし。で、シアに関しては……」

 

 ちょっと言いよどんだ様子のカナタにシアが軽く首をかしげる。

 

「シアはプレート云々以前に懸念すべきことがあってだな、それに関して今後はこれを付けて行動してもらいたいんだが」

 

 そう言って、カナタが取り出したのは一つの首輪。それ見てシアは「えっ!?」ってなった。

 

「あの~、カナタさんそれってもしかしなくても奴隷の首輪……ですか?」

 

「カナタ君……やっぱり、シアちゃんを……」

 

「あんだけ散々対等に扱っておいて結局それかよ。ヒデーな、カナタ」

 

「ん……持ち上げて落す、かなり鬼畜」

 

「こらそこ、変な勘違いしない。特にハジメにはこれ作ってもらう時に予め事情は説明しただろ。変な悪ノリすんなっつーの」

 

 シアが恐る恐る訊ねると、女の子2人はカナタに非難の目を向け、ハジメはニヤニヤしながらそれに便乗する。その3人にツッコミを入れてからカナタは溜息。

 

「えっとな。確かに見た目は奴隷の首輪その物だけど、あくまで見た目だけだ。普通の奴隷の首輪みたいに付けた相手の行動を制限する様な効果は一切無い」

 

「そ、そうなんですか。でもだとしたらどうして?」

 

「結論から言えばトラブル避けだな」

 

「トラブル?」

 

「ああ、シアはハウリア族の中でも珍しい白髪。正直それだけでも、その手の愛好家にとってシアは他のハウリア族よりも価値があがる。何時かの帝国軍の隊長も個人的にシアに狙いを定めていたみたいだしな」

 

 人は自然とレア、希少と言う言葉に惹かれる。つまり従来の濃紺の髪と違い、青みかかった白髪と言うだけでシアは他のハウリア族とは一線を画してる存在だ。

 

「加えてスタイルや見た目だって、その……決して悪くは無いし、性格に関してだって結局、好みは人それぞれだから……って、どうした、シア?」

 

「も、もう、カナタさん。ハジメさん達が見てる前でいきなり何言い出すんですかぁ。そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんてぇ……」

 

「…………加えて、未来視と言った固有の技能も持っている。これら総評するとだな」

 

 照れたように顔赤くしながらも、自分の頬に手を添えてうれしそうに身体をクネらせるシアを無視してカナタが話を続けると「スルー!? スルーですかぁ!?」とたちまちガーンと言う擬音が聞えそうな表情になった。

 

「シアは希少価値の固まり、だからこそ奴隷としての価値も極めて高いんだ」

 

 更に言ってしまえば戦闘力もあるので護衛目的の戦闘奴隷としての需要もあるだろう。

 

「そんなシアが完全フリーな状態で人里の中を歩き回った日には人攫いや奴隷商に狙われまくるのは必然。帝国兵が俺らを奴隷商と勘違いしたって事は亜人を直接捕獲する仕入れ方法も認められてるって事だろうしな。まぁ、今のシアがそんなやつらに遅れをとる事はまず無いだろうが、それでも余計なトラブルを招くリスクは予め潰しておくに限る」

 

 そう言って、カナタな手に持った首輪を軽く振りながら言葉を続けた。

 

「そこでこの首輪だ。コレを付けて貰って、シアは既に誰かの奴隷なんだって周りに誤認させる。そうすれば、比較的お行儀の良い連中は素直に諦めるだろうし、商人辺りはシアのご主人。まぁ、言いだしっぺって事でその役は俺がやるが、俺のほうに交渉話を持ってきて、いきなりシアに手を出す事はしないだろう」

 

 それでもなお襲ってきた奴が居れば、その時は遠慮なく返り討ちにしてやれば良い。

 

「加えて、その首輪に魔力を流せば首輪に埋め込んだ念話石で俺らと連絡できるし、生成魔法で《特定感知》が付与された鉱石も組み込んでもらってるから、万一何かあった時は助けに行く事も出来る。まぁ、思うところはあるかもしれんが、自分の身を守る為と思って納得してくれないか?」

 

「言ってる事は判りますけど……」

 

 カナタが自分の事を思ってこの提案をしているのは判るし、彼の言葉に間違いは無い。とは言え、今まで他のハウリア族とは違う生まれをしていると言う点からシアは同族や仲間と言うものに人一倍強い憧れを持っている。そしてやっとホントの意味での仲間と出会い、彼らと一緒に旅に出たと言うに、周囲から奴隷と見なされるのはシアにとってはやはり不満ではあった。

 

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

 

「ユエさん?」

 

 そんな時だ、ユエがシアの傍に歩み寄り声を掛けた。

 

「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

 

「………………そう、そうですね。そうですよね」

 

「……ん、不本意だけど……シアは私が認めた相手……小さい事気にしちゃダメ」

 

「……ユエさん……えへへ。ありがとうございますぅ」

 

 それは大衆の為に生き、けれどその果てに裏切られ孤独になったユエだからこそ、その言葉に重みがあった。万人に認められるような奴なんて早々居ない、ならばいらぬトラブルを招き寄せてまで無理して万人に理解してもらう必要など無いのだ。

 

「……納得してもらえたようで何より。まぁ、仮に奴隷じゃない事がバレたからって、見捨てたりはしないさ」

 

「街中の人が敵になってもですか?」

 

「国中でも、だな。それはフェアベルゲンの時と変わらない」

 

 その時は契約相手、そして今は仲間。立場は違うが……いや、仲間であるからこそ、カナタの中ではシアも既に群れの一員。ならば彼女を害すると言うのなら、それは誰であっても抗い、戦い、そして討つべき敵となる。

 

「くふふ、聞きました? ユエさん。カナタさんったらこんなこと言ってますよ? よっぽど私が大事なんですねぇ~」

 

「……言っとくがシアだけじゃないぞ。それがハジメや香織、ユエであっても同じだからな」

 

 「それ着けたらさっさと行くぞ」と恥ずかしさを誤魔化す様にハジメ達に背を向けて歩き始め、そんな彼の背に他の三人はそれぞれからかう様な視線や生暖かな視線を向けたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

これらは職務内容上定められた確認事項なのだろう。事務的かつやる気なさげに門番が問い掛けてくると、3人はプレートを提出。その際、香織に少し見とれていたが香織が「どうしました?」と訊ねると門番はハッと我に返り、プレートの記述を確認し始める。カナタのプレートを見た際に「竜魂士?」と言う疑問が出たが、カナタが予め用意していた答えを返すと、門番はカナタに哀れむ様な視線を向けた。まぁ、詳細不明でその所為で技能もろくに使えないという事は、天職がないのと同義。端から見れば可哀想な存在に見えるのは当然だろう。

 

「ま、まぁ……あれだ。もしかしたら竜魂士は物凄い力を持った天職かも知れないし、天職が無くても生きていく事は出来る。余り気を落とさないようにな……そっちの二人は?」

 

  門番がユエとシアにもステータスプレートの提出を求めようとして、二人に視線を向ける。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目でユエとシアを交互に見ている。その様子を見たハジメがわざとらしく咳払いをすると、門番は先ほどと同じリアクションで我に返り、ハジメ達の方に視線を向ける。

 

「道中で魔物の襲撃を受けてな、こっちの子のはその時に失くしちまったんだ」

 

「で、兎人族の子に関しては……皆まで言わんでも、わかりますよね?」

 

 そう言うと、カナタは人差し指で自分の首をトントンと叩く。門番がもう一度シアに視線を向けると「なるほどな」と頷いた。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? あんたって意外に金持ち?」

 

「まさか。ただ滅多にお目にかかれなかったののでちょっと無理しただけですよ」

 

 懐が暖かいと思われるのもトラブルの元、門番の問いにそう答えると門番は苦笑いを浮かべながらプレートを返す。

 

「まぁ、身を滅ぼさない程度にな……通っていいぞ」

 

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

 

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

 

「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 冒険者ギルド、それはファンタジー世界なら、この手の施設が出てこない事は無いというぐらい定番の施設。それはこのトータスでも例外ではない。とは言え、ハジメ達がギルドに入り感じたのは、想像してたよりも清潔かつ綺麗な場所だと言う事だ。小説による偏見ではあるがハジメ達の中では酒場を併用したようなイメージがあり、煩雑で少しアウトローな雰囲気がありながらも、物凄く賑やかな場所と思っていたが、飲食店スペースで食事をしてる冒険者の中に酒を飲んでる人は一人も居ない。酒場ほどでは無いが、冒険者同士が談笑している様子も見られ、カナタ達的にはこっちの雰囲気の方が好みだった。そしてだからこそ、女の子三人に見とれる人こそ居ても(その結果、恋人と思しき女冒険者のビンタ喰らってる人が居ても)、この手の小説のテンプレよろしくちょっかいを掛けてくる人は居ない。この世界は小説とは違うのだから当たり前だ。そして――

 

「キレイな花を3つも連れているのに、まだ足りなかったのかい? 残念だったね、美人の受付じゃなくて」

 

 この手のギルドの受付は魅力的な女性である、と言うテンプレも外れて恰幅の良いオバちゃんが出迎えた事もまた仕方の無い事、そしてそれに対して男二人がほんの僅かに内心落胆するのはラノベやファンタジー系漫画を嗜む男の悲しき性と言うものだ。例え、背後からシアとユエの冷たい視線を受けて、ハジメの隣に立つ香織が物凄い良い笑顔で男二人の方を見ていても、だ。

 

「いや、そんなこと考えてないから」

 

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」

 

「……肝に銘じておこう」

 

 因みにその様子を他の冒険者達は「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」生暖かく見守っている。実際、このギルドにはカナタ達が思うようなちょっとアウトローな連中も居る。けれど、このおばちゃんの手腕と肝っ玉の太さには誰も敵わないのだ。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

 

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

 

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

 

「ステータスプレートをですか?」

 

 怪しい筋からの品を買い取らない為の措置なのだろうか?そんな疑問を持ちならがカナタが問い返すとおばちゃんも「おや?」と言う表情になった。

 

「あんたら冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

 

 その他にもギルドと提携を結んでる店屋や宿言った施設には割引が掛るし、移動用の馬車を利用する際はランクによっては無料で利用できたりと特典が多いとの事だ。まぁ、それに関しては魔導二輪や現在開発中の魔導4輪、即ち車がある為、お世話になる事は無いだろうが。

 

「う~ん、そうか。ならせっかくだし登録しておくかな。悪いんだが、持ち合わせが全くないんだ。買取金額から差っ引くってことにしてくれないか? もちろん、最初の買取額はそのままでいい」

 

「可愛い子三人もいるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

 

 見た目どおり、なんともオカン気質に溢れるおばちゃんである。そんなおばちゃんの雰囲気にハジメも借りではなく、素直に厚意と受け取り3人はプレートを提出。少ししてから3人のプレートが返されると、天職欄の横に新たな冒険者の文字が追加され、その文字の横には青い丸のマークがついている。このマークは冒険者としてのランクを示しており一番最低の青から始まり、最高ランクで金となる。因みにこの色の並びはトータスのお金(通貨名はルタ)の色と同じで青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の順番に価値が上がっていく。因みに各色の貨幣価値は青から順に一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタと基本的な考えは日本円と同じだ。何が言いたいのかというと、冒険者業界の中ではカナタとハジメは1ルタの価値しかない男であり、香織もまた同じ、と言う事である。

 

(この制度作った奴は一体どんな考えでこんな仕組みにしたのやら……)

 

「男なら頑張って黒(非戦闘系天職が到達出来る上限ランク)を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

 

「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

 

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

 受付の仕事だけでなく、素材の査定も行える。ホントにハイスペックなおばちゃんだ。正にこのギルドの最強オカンと言う所だろう。ハジメが予め宝物庫からバッグに移しておいた素材を専用のトレーに乗せてカウンターに提出すると、おばちゃんはその一つを手にとり眺める。やがて「こ、これは!?」と驚愕の表情を浮かべながらも慎重に検めていく。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

 

「ああ、そうだ」

 

 因みにこの時、おばちゃんの鑑定技量では測定できずギルド長が登場して、例外的な高ランク昇格、他の若い女の子の職員から熱の篭った視線を、と言うテンプレを期待したが、そんな事は無かった。結果二人は背後に物騒な、例えるなら『龍に乗った般若が威圧している』そんな気配を感じ、身体を震わせていた。

 

「……あんたらも懲りないねぇ」

 

「何のことかわからない」

 

「あ、あははは……」

 

 ハジメのオタクな趣味は例え変心しても変わりはしないと言う事だろう……

 

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

 

「やっぱり珍しいか?」

 

「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

(亜人の奴隷持ちが樹海に……ねぇ)

 

 因みに後日、中央……つまり冒険者ギルド本部に樹海の魔物を狩ろうとハルツィナ樹海に乗り込んだ冒険者が酷く怯えた様子で逃げ帰ってきた。その尋常で無い様子に周りの人が事情を訊ねるも、その冒険者は「ウ、ウサギ……ウサギが襲ってくる……」と呟くだけで要領を得ない。そして他の冒険者が連れていた兎人族の姿を目にするや「アイエエエエ! ウサギ!? ウサギナンデ!?」と錯乱状態になったのは彼らとは何の関係も無い話である。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね。」

 

 やがて査定も終わり、提示された金額は48万7千ルタ。約50万近くの大金だ。

 

「いや、この額で構わない」

 

 しかも本来はこれにギルドの登録料が上乗せされているのだから、正確には49万ルタと言う事だろう。

 

「ところで門番の人に、ここでこの町の簡易な地図を貰えると聞いたんですけど……」

 

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 そう言って渡された地図を5人で覗く。

 

「簡易な……」

 

「……地図?」

 

 ハジメと香織が疑問の声をあげた様に、その地図は町の構造が事細かに記され、お店も主だった店については説明まで載っている。これを簡易な地図と呼ぼうものなら、世間一般の簡易な地図は子供のラクガキレベルになるだろう。

 

「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」

 

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 

(マジでハイスペックすぎるだろ。このおばちゃん)

 

 正にこのギルド最強のオカンと呼ぶに相応しい。これこそまさに年季の違う大ベテラン、若い時期を越えてもなお、人に慕われる良い女の一つの形と言う奴だ。

 

「そうか。まぁ、助かるよ」

 

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その三人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

 と、最後の気配りまで忘れないおばちゃんにハジメも「そうするよ」と素直に頷き、香織とカナタも軽く会釈してからギルドを後にした。

 

「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

 

 そんなおばちゃんの呟きは、カナタ達が去った後に、あの3人のうち誰が好みかと言う話題で盛り上がる冒険者達の話し声の中に消えていったのだった。

 



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第10話『漢女が暮す町ブルック』

 突然だが、カナタ達は窮地に立っていた。今までどんな敵であろうと自分達なら負ける気は無いと確信していた。けれど今、それは慢心だったと目の前に立ちはだかる存在によってイヤでも思い知らされた。

 

「あら~ん、いらっしゃい。可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん」

 

 二メートルを超える巨体、動くたんびに脈動する筋肉。場所が場所なら「仕上がってるよぉ!」「肩にちっちゃいジープ乗せてんのかーい!」と言った合いの手が飛ぶだろう。けれど、たとえ然るべき場所であっても、それは無いだろう。なぜなら、それに加えて禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めており、見た目と全然あわないくねくねとした動き、そしてホントに大事なところだけを隠すブーメランパンツを履いている。

 

(オネエ……いや、そんな言葉じゃ誤魔化しがきかない……)

 

 女の子3人は既に怯えきっており、それぞれの想い人の背に隠れている。

 

「どっからどう見ても完全にオカマじゃねぇか……」

 

「……人間?」

 

「二人とも、シーッ!」

 

 思わずボソリと呟いたユエとハジメを香織が口に人差し指を当てて咎める。が、その時には既に遅く、二人の言葉は目の前の男性(?)の耳に届いており、彼(?)は目をカッと見開く。

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような男女だゴラァァアア!!」

 

「いや、そこまで言ってねぇだろ!?」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 と、さっきまでのテノールボイスと違い正に見た目通りの野太い重低音が響き、ユエは完全にハジメの背にしがみ付き、シアも腰が抜けたのかカナタの服を掴んだままその場にへたり込む。

 

「まったくもぉ~ん。初対面の乙女に失礼なこと言っちゃダメよん。それで、今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

 

「え、えっとですね……今日は彼女の服を捜しに来たのですが……」

 

 流石に布を巻いてるも同然な服装では色々問題があるので、まずはシアの服を新調しに来た訳だが、カナタがいまだ自分の服を掴んでいるシアの方を振り返ると彼女は怯えた表情で首を横に振っている。が、そんな事はお構い無しにオトメはハジメ達が見切れないスピードで回り込み、シアを担ぐとのっしのっしの店の奥に消えていく。

 

(後で、本気で慰めてあげたほうが良いな……)

 

 恐らく、事が終われば間違いなく泣き付いてくるであろう彼女を、今回ばかりは普通に受け入れて慰めてあげようと思っていたカナタだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん。」

 

「ん……人は見た目によらない」

 

「ですね~」

 

 が、そんな事は杞憂に終わり、あのオトメことクリスタベルさんは店員としての気遣い、そして服のチョイスは一流レベルだったらしく、戻ってくる頃にはシアは新たな服にご機嫌だった。シアの今の服装は露出度で言えば以前と余り変わっていない。今までの布を巻いてるだけに近かったそれがキチンとした服の形をしていると言うだけだ。曰く――

 

「他の服だと窮屈で動きが鈍るんですよ」

 

 ――との事らしい。ただ、それだけだと流石に露出が大きすぎると思ったのか、濃紺色をした羽織るタイプのフード付きローブを首元だけを留める形で着ている。殆ど身体全体を覆うマントに近いものなのでこれなら彼女の動きも阻害しないだろうと言う事らしい。

 

『積極的に肌を見せるより、たまにチラリと見える方が男はグッと来るものよぉ~ん』

 

 因みにこのローブを勧めた際にクリスタベルからこの様なアドバイスがあった事を知ってるのはシアだけである。その後はテントや寝袋、調理器具と言った旅に必要な道具(性能に不満があるらしく、後ほどハジメによる魔改造が施される事になったが)や食糧や薬も買い揃えた一行は地図を見て、今日の宿を何処にするか相談しながら歩いていたのだが、そんな彼らを数十人の男が囲んでいた。

 

「ユエちゃんとシアちゃん、カオリちゃんで名前あってるよな?」

 

 やがて、その内の一人が代表して歩み出てきた。

 

「え、ええ。そうです、けど……?」

 

 香織が返事をすると、男は「そうか……」と呟き、一瞬の静寂の後に

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

 

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

「「「「「「カオリちゃん、俺の妻になって下さい!」」」」」

 

 と、全員が見事に声を揃えてそんな事を言ってきた。

 

(う~む、予想を超えていきなりシアの方に行ったか……)

 

 既に主人がいる奴隷の譲渡にはまずその主人と交渉する必要があるのだが、どうやら主人(役)であるカナタの説得をスムーズに進める為に、まずはシアから口説こうと考えたらしい。ちょっと逆な気もするが所謂『将を射んと欲すれは先ず馬を射よ』と言う魂胆だ。因みに突然の集団告白を受けた3人はと言うと……。

 

「あっ、この宿なんて良くないかな? お風呂も着いてるしキャサリンさんのオススメ度も高いみたいだし」

 

「商店街や飲食店街からも近いですし、いいかもですね」

 

「ん、有力候補」

 

 と完全にスルー決め込む方向だった。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく「「「断る(ります)」」」……ぐぅ……」

 

 アウト・オブ・眼中な一言に代表を含め、男達の一部は膝から崩れ落ちる。が、中には俯くだけで崩れ落ちない男も居た。そして反応がこの2つに分かれたのは、前者はカナタが町に入る前に言っていた『比較的お行儀の良い連中』だと言う事であり、後者はそうでない者達だ。

 

「なら……なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 と、やがて後者のグループに属する一人がユエに襲い掛かる。無論、実力行使におよんだ瞬間、カナタとハジメは迎撃態勢に入るが、それを当のユエが手で制した。

 

「凍柩」

 

 そして静かにそう一言呟くと、男はたちまち首から下が氷付けになり仰向けで地面に転がる事になる。男達は詠唱や魔法陣の出所についてひそひそと話し合っているが、ユエはそんな気にした様子も無く氷付けになった男の元に近づく。

 

「……カオリ、シア」

 

「は、はいです!」

 

「何かな?」

 

「……良い女は座して助けられるのを待つだけじゃない」

 

 その一言にシアは何の話か理解できなかったが、日々ユエから『良い女』についての指導を受け居ている香織はこれは指導の一環だとすぐに理解した。

 

「ただ助けられるのを待つのは良い女じゃない」

 

 自分が身も心も捧げるのは愛する男だけ。それを侵そうとする者が居るからといって、悲劇のヒロイン、囚われのお姫様よろしくただ王子や勇者が助けに来るのをジッと待つだけなんてナンセンス。頻繁に攫われる某桃姫すら、最近では囚われの身ながらも自分を救出するべく頑張ってる配管工おじさんの助けになろうと現地協力者と色々行動してるし、時にはビンタとフライパンで敵を張り倒したりもしているのだ。

 

「今から教えるのはこうした奴等の殺し方……」

 

「こ、殺し方? ユエ、その人はナンパしてきただけで敵と言うわけじゃ――」

 

「……大丈夫、これは命を奪わない殺し方」

 

 そう言うと、ユエは男の氷の一部を溶かす。

 

「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」

 

 流石に氷付けにされて文字通り頭が冷えたのか、男は謝罪しながらも自分の気持を訴えようとする。しかし――

 

「あ、あの、ユエちゃん? どうして、その、そんな……股間の部分だけ?」

 

 やがて、氷が解けたのは自分の大切な部分だけな事に気付き、言葉を止める。命を奪わない殺し方、そして氷が解けて露出(服で隠れてはいるが)した男の象徴……。

 

((……っ!?))

 

 そこでハジメとカナタは悟ってしまった。即ちユエが言ってるのは『相手の命ではなく、男としての存在を殺す方法』。そして次にユエがその手に風の礫を生み出した事で、それは確信に変わる。

 

「ま、待てっ! ユ――」

 

「……さぁ、死ぬがよい」

 

 流石のハジメもユエを静止しようとするが、それよりも早く地獄の蓋は開かれた。

 

―――― アッーーー!! 

 

―――― もうやめてぇー 

 

―――― おかぁちゃーん! 

 

 執拗に、そして容赦なく撃ちこまれ続ける風の礫にその男の“男としての断末魔”が響き渡る。その極刑に他のナンパ集団も、外野にいた無関係な男性も自分の股間を押さえながら蹲り、カナタとハジメもその凄惨な光景から目を逸らした。

 

「オデノムズゴハボドボドダ……」

 

 そして、そんな最後の言葉と共にかつて男だったそいつの意識がなくなると同時に惨劇は終わりを告げた。

 

「……漢女(おとめ)になるがいい」

 

 余談だが、この男としての生を失った彼は第二のクリスタベル改め、マリアベルとして生まれ変わり、クリスタベルの元で修行を積んで二号店の店長を任され、キャサリンの地図にもオススメの店として載るほどの有名店となっていくのは別の話。そしてこの日の夜、ハジメは香織からゴムスタン弾のカートリッジ(ナイチンゲールはオートマチックタイプ)作成を依頼された際に「もうギルドの時みたいな変な期待はやめよう」と心に誓ったそうな。 

 

 

 

 

 

 

 キャサリン特性ガイドブックに載ってたその宿の名は『マサカの宿』と呼ばれる所で、1Fには食堂も併設されている。一行が宿の中に入るとギルドの時同様の視線が飛んできたが、それを気にする様子も無く一行はカウンターへと向かう。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

 

「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

「とりあえず一泊で。食事と風呂もセットでお願いします」

 

「お風呂の方は別料金となっておりまして、十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

「時間制か……どうするハジメ?」

 

「こちらは5人も居る訳だ、ゆっくり入りたいから2時間ぐらい確保しておくか」

 

 ちなみにその言葉に受付の女の子は「2時間も!?」と思った。ハジメ的には日本男児である以上、風呂ではゆっくりしたい(オスカーの住居ではゆっくり出来なかった、理由は言わずとも)と言う所だった。が、受付の女の子並びに周りの客は別の意味に捉えたのか、興味の視線を彼らに向けている。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

 

「なら丁度良いな、二人部屋と三人部屋を一つずつだ」

 

「……ん、確かに丁度良い」

 

 ハジメの言葉に周りの客も「そりゃそうだよなぁ」と言う反応になる。男2人に女3人、そしてその状況で両方一部屋ずつならその割り振りも当然予想できる。

 

「カナタ君とシアちゃんで2人部屋、後は私達で三人部屋で確かに丁度ピッタリだね」

 

「そうですね。それで問題は無いと思います!」

 

 が、後に続く香織とシアの言葉に他の客は「なにぃ!?」となり、驚愕の視線が集まる。

 

「おい、お前等何言ってるんだ。普通に考えて俺とカナタで二人部屋、お前らで3人部屋だろうが、なぁカナタ」

 

 とハジメがカナタに話を振るが、カナタはいつの間にかキャサリン特製ガイドブックを読んでいる。

 

「あの……」

 

 やがてガイドブックから顔を上げたカナタが口を開くと受付の女の子は「は、はい」と頷く。

 

「さっき彼女が言ってた部屋割りでお願いします」

 

 カナタの一言に観客から「なん……だと!?」「バカな! 何の恥じらいも無く!?」と更にざわめく。

 

「おい、カナタ。お前、シアと一体何するつもりだ?」

 

 ハジメの一言にシアが「えっ!」と顔を赤くしているがカナタはそれをスルー。

 

「むしろお前らがナニかする可能性が高いからこう言ってんだよ……」

 

 ガイドブック曰くこの宿は部屋の防音を始めとしたプライベート対策もバッチリで『個人のスペースで周りを気にせずゆったり過ごせる』と言うのも一つの売りらしい。が、一行に限って言えば防音対策が完璧と言うならば仮に男女に分かれた所で香織とユエが男子二人の部屋に突撃してくるのは目に見えている。それでカナタを退室させようとするなら、彼にとってはむしろまだマシな方だ。ならば同じく恥ずかしい事に変わりは無いが自分はシアと同じ部屋に泊まり、三人を元から同室にした方がカナタにとっては精神衛生上マシと言う結論に達した。

 

「男女別でもなく、さも当たり前のように!? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」

 

 と、なんか変な想像をしている受付の女の子に彼女の母親と思しき女性からの拳骨がおり、入れ替わりで対応した男性が手続きを終えてくれたのだが、鍵を渡す際に「男だもんな、俺はちゃあんとわかるぜ」と言わんばかりな良い笑顔を向けてきた事に対して、カナタは何も言う事は出来ず、更にさっさとこの場を離れたい事もあり「アハハ……」と愛想笑いを返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから、女の子3人は今度は観光と個人的な買い物で外出(その際に更なる漢女が誕生)したり、風呂に関しては男女に分けたのだが、結局、女の子三人も乗り込んできて(流石に公共の風呂場だと音が漏れるので、二人もそこら辺は自重した)結局、5人一緒に入ることになり、時間をかなり余らせたりといった事があったが、特に大きなトラブルも無く日は沈み夜を迎えていた。

 

「はぁ~、まともな睡眠なんて何ヶ月ぶりだ……」

 

 と、ジャケットを脱いで、シャツにズボンと言うラフな格好でカナタはベッドに倒れこんだ。オスカーの隠れ家でも一応まともなベッドで寝ていたのだが客間の簡易的なベッドとまともな宿泊施設のベッドでは寝心地には雲泥の差がある。加えて隠れ家ではハジメ達3人の夜の運動、迷宮脱出後は野宿と言う事で外敵を警戒しながらの睡眠だったので、カナタがホントの意味で何も気にせず眠れる機会は今回が初めて、なのだが……。

 

「……シア、一応隣にもベッドがあるんだがなんで態々こっちに?」

 

「いけませんか? 私と一緒の部屋にしたんですからコレぐらい当たり前じゃないですか?」

 

 と、シアは当たり前の様にカナタの横になってるベッドにもぐりこみ、その腕に抱きつく。

 

「ホントは、このまま私の処女を貰ってもらう事も出来ますけど、カナタさんの中ではまだそのシズクさんって人が一番みたいですし。今はアピールの一環と言う事でコレで我慢です」

 

 シアなりに気は使っているみたいだが、けれどカナタ自身も認めている通り、シアのスタイルは悪くないなんてものではない。そしてそんなシアが腕に抱きついてきたとなれば後は言わずとも。

 

「あ、勿論カナタさんの方から襲いたくなったら私はいつでもオッケーですからね」

 

 悪戯っぽく笑っているシアからカナタは恥ずかしげに天上を向いて視線を逸らすしかなかった。その日、カナタが熟睡できたかどうか、それは本人だけが知る所である。




今やすっかり、カナタも爆弾を投げつけられてもおかしくない立場になりつつありますねwww(今後それは更に加速していく事に・・・)


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第11話『ウザさメガ盛り!ライセン大迷宮』

小篇集が・・・近所の店に売ってない!


「一撃必殺ですぅ!」

 

 上空を飛び交うハイベリアよりも高い位置に跳躍したシアがその手に持った機械的なデザインのハンマーを振り下ろすと、ハイベリアは地面に叩き付けられる。その頭部は完全にひしゃげており、生命維持の部分も含め、脳が殆どの機能を失ったのは明らか。そして、そんな彼女の背後をついてもう一体のハイベリアが上空から強襲を掛けるが、彼女は落ち着いた様子でハンマーの面をハイベリアに向けると、面の部分が開き、そこから4連装式の砲門が現れ、そこから撃ち出された砲弾がもう一体も撃ち落す。

 

「それなりに使いこなせてるようだな」

 

「ハイ、この“ドリュッケン”凄く扱いやすいです。ありがとうございます、ハジメさん」

 

 幾つかの内臓機能を搭載したハジメ特製、戦鎚型アーティファクト“ドリュッケン”。その試運転と言う事でカナタ達はライセン大峡谷で戦闘という名の大蹂躙劇を行っていた。因みにメインとなって暴れていたシアの周囲は勿論、他の4人の周りにも銃殺、斬殺、凍死や焼死とバリエーション豊かな死に方をしている魔物達の死骸が転がっている。

 

「しっかし、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

 

「見渡す限りの絶壁、普通に考えたら洞窟の類があると思うんだけどねぇ……」

 

「それらしいものも無く、見渡す限り切り立った崖ばかりだもんな。いっそこのままグリューエン火山に直行するか?」

 

 一行の次の目的地はグリューエン火山の大迷宮だ。しかし、危険度的に交通に使われる事は無いが地理的には通り道で、更に大迷宮があるとされるライセン大峡谷の迷宮も探してみようと言う流れになった。

 

「元々大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

 

「まぁ、そうなんだけどな……」

 

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

 

「確かに、この大峡谷はユエに取っちゃ比較的一番辛い場所だろうな」

 

 ユエ以外はそれぞれ魔力に頼らない戦闘手段を持っているが、ユエだけは魔法のみ、香織も本来のヒーラーとしての役割は殆ど果たせず、ハジメと一緒に銃撃で攻撃に参加している。まぁ、そもそもここの魔物程度でヒーラーの力が必要なるのか?と言う事もあるが。そんな感じで試運転も終わった所で、一行は遂に完成した魔導4輪に乗りながら大峡谷を走り、カナタとシアが荷台で魔物達を迎撃しつつ入り口らしき何かを探しながら進む事3日目。その日も特に収穫は無く、彼らはテントを張り野営をしている。

 

 因みにブルックの町で購入した道具にはそれぞれハジメによる魔改造がされている。先ずテントには生成魔法で生み出した《暖房石》と《冷房石》でテント内の空調を整え、テントの骨組みには気配遮断の効果を付与した《気断石》を埋め込む事で、魔物の襲撃対策もしている(それでも見張りは立てるが)。フライパンには込める魔力量で火力調節が効くクッキングヒーター的な機能を内蔵したり、風爪を付与する事で包丁を研ぎ石要らずにしたり等、調理器具にもハジメの魔改造が施されている。練成師+生成魔法の組み合わせは便利すぎるの一言に尽きる。

 

(光輝達がオルクス大迷宮を攻略してコレの存在を知ったらどういう反応するかね……)

 

 練成師というありふれた天職をここまで化けさせる魔法。でも逆を言えば練成師不在のパーティではこの魔法は殆ど役に立たない。その点では彼らがオルクス大迷宮を攻略する事で得られる最大の旨みを檜山によって失った事になる。

 

 香織と、そして同じく料理が得意だったシアの二人が作った食事に舌鼓を打った後、交代で見張りを立てて就寝を取る事になった。睡眠不足はお肌の天敵、何より女性に見張りをさせて自分達が眠るのは忍びない、と言う男の性から、見張りはカナタとハジメが交互に行っている。

 

「どうした、シア?」

 

 そしてカナタが見張りをしている時にシアが目を擦りながらテントから出てきた。

 

「ちょっとお花を摘みに」

 

「そっか、一応魔物には気をつけろよ」

 

「判ってますよ」

 

 そう言って、シアがその場から離れて少しした時だ。

 

「み、みなさーん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

 シアの叫び声を聞いて、カナタがそして少し遅れて他の3人がシアの所に駆けつける。そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

 

 と、シアに引っ張られるままにカナタが岩と壁面の隙間に入り、ハジメ達もそれに続くとそこにはキレイな装飾がされた長方形の看板が掛けられており――

 

“おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪”

 

「……なんじゃこりゃ」

 

「……なにこれ」

 

 迷宮という名のをアトラクションを思わせる様な文字が彫られており、ハジメとユエの呆れと疑問の声が重なった。

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

「いや……でも、これ……なのか?」

 

 世間的に解放者は忌むべき存在とされている、ならばその名を騙って何かをする利点は無い。そう言う意味ではここがまさしく大迷宮の入り口なのだろうが、この看板の存在がどうしてもそれを疑わせる。

 

「でも、ミレディ・ライセンって書いてあるし、反逆者もその名前は明らかになってないみたいだし。やっぱりここで間違いないと思うよ。疑わしく思う気持ちはすごく判るけどね……」

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

 と言いながら、シアが辺りの壁をぺしぺしと叩いていると――

 

「ふきゃ!?」

 

 ――シアの悲鳴と共に壁の一部がぐるりと回り、シアが壁の奥に消える。さながらその様子は忍者屋敷の回転式の隠し扉だ。彼女の後を追い、4人も回転扉を潜る。そこは明かりの無い暗闇だったが、元々夜目の技能を持ってるカナタ達にとっては関係の無い。けれどその直後ヒュンヒュンヒュンと言う風切り音が響き、ハジメはその方向に向かってドンナーを発砲。カナタは大剣を盾の様に構え飛来するそれを防ぐ。

 

「金属の矢、か。入場客を出迎える歓迎にしてはちょっと過激すぎやしないか」

 

 銃弾と矢、刀身と矢、それぞれがぶつかる金属音が20回ほど響いたところで辺りは静寂を取り戻し、周囲は夜目を必要としない程度に明るくなる。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? チビってたりして、ニヤニヤ〟

 

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

 その文字を見て4人の心情は一致する即ち「うぜぇ……」この一言である。

 

「あ、そう言えばシアちゃんは?」

 

 香織がふと思い出したように呟き、4人は辺りを見渡すがシアの姿は見当たらない。そしてあの矢は回転扉で部屋に入ると同時に飛んできた。カナタが再度扉を回転させると、その裏からローブに矢が刺さり、壁に縫い付けられたシアの姿が現れた。幸い、矢は直撃してはいない様だ。

 

「うぅ、ぐすっ、カナタざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

「いや、無茶なこと言うなよ。そもそも見ないでってどう言う……」

 

 やがてカナタはシアの足元に気付き、「あ」と呟く。結論から言えばシアの足元が濡れていたのだ。大よその事情を察したカナタがなんて言えばいいか困った様な表情で矢を抜いてシアを解放する。

 

「そういや、花摘みに行く途中だったな……まぁ、そんな状況で死にそうな目にあったんだし。今回ばかりは仕方ないって、うん。不幸な事故ってやつだ……」

 

「仕方なくありまぜんよぉ~! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

「と、兎に角まずは着替えてこよう、ねっ? ハジメ君たちはちょっと向こう向いてて」

 

 惚れた男の前で粗相をするなんて、女性にとっては大層ショックだろう。とは言え、そんなシアになんて声を掛けてあげれば良いかも判らなかったので香織とユエがそそくさとシアを慰めながら隅っこの方で着替えに行った時はカナタ的にはちょっと助かったと思ったりもした。そして程なくしてシアの着替えも終わり、改めて迷宮探索開始と言う所で、シアが例の石版の存在に気付く。そしてその文字を読み――

 

「ムキィーー!!」

 

 奇声と共にドリュッケンを振り下ろし、石版を木っ端微塵に粉砕。不用意にそんな事をすれば何が起こるか判らないが、今回ばかりは4人もそれを止める気持ちにはなれなかった。しかし、石版が建っていた部分の床、つまりは石版を砕くかどかすかしないと見えない所にも何か文字彫られていた。

 

〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!〟

 

「うぜぇ~ですぅ!! このっ! このぉっ!!」

 

 まるで怒りに駆られた誰かが石版をぶっ壊す事を想定してたかのように彫られた文字にシアはその床に向かって何度もドリュッケンを振り下し続ける。

 

「ミレディ・ライセンだけは〝解放者〟云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

 

「だな……まぁ、死んでるから何も出来なのが口惜しいが……」

 

「あ、あははは……」

 

 発狂しているシアの様子を冷めた目で見ながらハジメがポツリと呟くと、カナタが返事をして、ユエは無言で頷き、香織も苦笑と共に乾いた笑い声をあげていたのだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「もしかしたら、ライセン大峡谷が魔法を拡散する場所になってる原因は此処かも知れないな。この場所の分解作用が外部にも漏れているからかもしれん」

 

 そんな推測がカナタの口から出るほど、ライセン大迷宮は大峡谷以上の魔力分解作用が効いており、それらがハジメ達の能力を著しく制限していた。それと言うのもハジメや香織の銃は纏雷によるレールガンの原理を加えているからこそ、必殺の威力を持つのであって、それを封じられたとあっては、ただのハンドガンに過ぎない。使えなくは無いが、効果が外部に現れることもあり、その威力は激減。風爪と言った完全放出系は全滅だ。この時点で香織の手札はほぼ完封、ユエも今まで以上に魔力を過剰に込める事で通常よりも遥かに射程が短い状態で魔法が使える程度だし、蒼天の様な上級レベルは使う事が出来ない。そしてそれはカナタの竜変身も同様だ。あの変身の原理はカナタの身体の周りに魔力で構築された別の肉体を構築し纏っている様なモノであり、それの維持と損傷時の再生に魔力を消耗する。つまり、この迷宮内では竜変身は出来なくは無いが、魔力の減りも普段と比べ爆発的に早くなる。この迷宮内でマトモに機能する魔法は外部でなく、術者の体内で発動する強化系のみ。つまり荒事になった際はカナタとシアが一番の戦力となるのだが……

 

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

 

 怒り心頭のシアは据わった目で辺りを見渡し、その言葉のイントネーションも少しおかしい。今ならあの戦闘狂集団になったカム達の中に混ざっても違和感がないぐらいだ。普段であれば冷静さを失ってる彼女を落ち着かせる所だが、今回ばかりはそれも出来ない。なんせ、気持ち的にはカナタ達も同じだからだ。それは一行が迷宮探索を開始した直後まで遡る。

 

 

 

 

 

 ※ 

 

 

 

 

 

「こりゃまた、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな」

 

「……ん、迷いそう」

 

 オルクス大迷宮は所々橋と言った人工物が点在しているが、殆どは人の手が掛っていない岩壁ばかりで迷宮とは名ばかりの洞窟と呼んだ方が正しい場所だった。けれど、この大迷宮は階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所で、正に迷宮と呼ぶに相応しい内装をしている。

 

「ふん、流石は腹の奥底まで腐ったヤツの迷宮ですぅ。このめちゃくちゃ具合がヤツの心を表しているんですよぉ!」

 

「……気持ちは分かるから、そろそろ落ち着けよ。取り敢えずマーキングとマッピングしながら進むしかないか」

 

「……ん」

 

「あ、じゃあマッピングは私がやるね」

 

「判った、そんじゃ任せたぜ香織」

 

「うん、任されたよ」

 

 〝マーキング〟とは、ハジメの〝追跡〟の固有魔法のことだ。この固有魔法は、自分の触れた場所に魔力で〝マーキング〟することで、その痕跡を追う事ができるというものだ。本来であれば生き物に使用し、その痕跡を追うのに使うのだが、魔力を可視化する事で迷うのを防止する為の目印にも出来る。これは大気中ではなく壁に直接付与するものなので分解の作用も及ばないらしい。そして入り口部分に最初のマーキングを付けてから一行は歩き始めたのだが――

 

 ガコン

 

――程なくして、そんな音とハジメは片足が少し沈んだような感覚を覚えた。そして足元に目を向けるとそこには予想通り、踏んだ事により一部が窪んでいる床。直後、前方の両脇の壁から回転ノコギリが現れ、高速回転しながら迫ってくる

 

「回避!」

 

 一行がその場に倒れこんだり、マトリックス張りの仰け反りをしたりとそれぞれにのこぎりを回避する。

 

「……完全な物理トラップか。魔眼石じゃあ、感知できないわけだ」

 

 このトータスでのトラップと言うのはその殆どは魔力を伴ったものだ。だからこそ魔眼石を始め、魔力の流れを読む事で罠を識別する道具である“フェアスコープ”で大体のトラップは発見できるのだが、ここは魔力が無効化される迷宮。従来の罠も無力化されるので必然、魔力を伴わないトラップが待ち構えていると言う事だ。

 

「し、死ぬかと思いましたぁ~……」

 

「今の所、魔物の気配は無いが、それでなくても厄介なところだな、こりゃ……」

 

 こうなってくると罠を見極めるには経験に基づく直感しかないのだが、生憎それが培われているメンバーはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

 と、ウサミミをピンと立てて明らかに緊張しているシアがそんな事を呟く。

 

「お前、変なフラグ立てるなよ。そういうこと言うと、大抵、直後に何か『ガコン』…ほら見ろっ!」

 

「わ、私のせいじゃないですぅッ!?」

 

「!? ……フラグウサギッ!」

 

 直後、階段から段差が消えて、ご丁寧にタールの様な液体がスロープの床に空いた無数の小さな穴から溢れ、すべりを良くする……。

 

 ハジメは義手と靴に仕込んだ鉱石を練成してスパイク状に、カナタは剣を突き立てて滑り落ちるのを防ぎ、ユエはハジメの首に飛びつき、香織はハジメが咄嗟に抱き寄せる。

 

「うきゃぁあ!?」

 

 シアだけは咄嗟の対応が出来ず転倒、反論時に後ろの方を振り向いていた為、カナタに額からぶつかる形でダイブ。その衝撃で剣が抜けて彼も滑落、そして背後に居たハジメも巻き込んで結局全員で滑り落ちる事になる。流石に勢いがついてしまっては、スパイクでは止められない。ダメ元で練成を試みるも案の定上手く機能しない。

 

「ハジメさん! 道がっ!」

 

 そんな中、何とか身体を起こし、後ろを振り向いたシアが叫ぶ。滑り落ちるスロープ、途切れてる道、その時点でこの後の展開が予想できた。

 

「っ! ユエ! 香織っ!!」

 

「んっ!」

 

「うんっ!」

 

「シア、掴まってろ!」

 

「は、はい!」

 

 そしてスロープは終わりを告げ5人は宙へと投げ出される。

 

「〝来翔〟!」

 

 ユエが強力な上昇気流を発生させる魔法を使う、が、迷宮内では僅かな間だけ滞空させるのがやっと。

 

「十分だ」

 

 けれど、カナタとハジメにとってはそれで十分だった。ハジメは咄嗟に周囲を確認し、正面の壁に奥に通路が続いてる壁を発見すると首にユエを抱きつかせ、香織は抱き寄せた姿勢で天上にアンカーを打ち込み、ターザンの要領でその穴に飛び込む。カナタも咄嗟に竜に変身、体勢の都合上、背に乗せる事は出来ず、両の掌に乗せる形でシアを横穴まで連れて行き、自分は変身解除と同時に穴の縁に掴まり、ハジメに引き上げてもらった。

 

 それから改めて、底の方を覗くと無数のサソリがワシャワシャと蠢いており、女の子三人は鳥肌が立ったのか、自分の腕を擦る。そして天上に目を向ければ――

 

〝彼等に致死性の毒はありません〟

 

〝でも麻痺はします〟

 

〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

 

 此処に落ちた場合、サソリの麻痺毒で動きを封じられてサソリを視界に入れない為、もしくは藁にも縋る思いで天上に手を伸ばす為など、兎に角仰向けになろうものなら、爛々と輝くミレディからのメッセージを延々眺める事になる。

 

(判っちゃいたが性質が悪いな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そしてその全てにまるでこちらがどう足掻いたり動いたりするかを読んでるかの如く、ミレディの煽り文が目に付き、カナタ達のストレスはどんどん蓄積され、最初は挑発文を見つける度に、苦笑を浮かべていた香織も、今や他の人が見れば恐れを抱くほどの物凄く良い笑顔を浮かべている。やがて、幅が6,7メートルにも及ぶ通路に出る。一見すれば何も無い通路だが、此処までの経験上、絶対に何か罠があると一行は確信していた。そして歩き始めて暫く、もはやイヤと言うほど聞きなれた「ガコン」と言う音と共に、後ろから何か転がってくる音。もはや振り向く間もなく、その正体は予測でき、一行は走り始める。

 

「か、カナタさん!? 早くしないと潰れますよ!!」

 

「いや、なに……流石に此処までやられっぱなしってのもアレだからな」

 

 そんな中、カナタだけは大玉が転がってくる方を向くと四つんばいの姿勢から再度竜に変身。流石に二足立ちは無理だが四足状態なら何とか変身スペースを確保できた。

 

『たまには一矢、報いてやらんとなっ!』

 

 そう叫び、ドラゴンブレス(カイザーブレスの威力・チャージ時間が共に縮小されたもの)を転がってきた大岩に向かって放つ。一瞬の拮抗の後、熱光線は大岩を粉々にし、奥の壁にも穴を開ける。先の変身分も含め、その段階で魔力が尽きたのか、カナタの姿は元に戻り魔力回復ポーションを服用しながら、「どうよっ!」得意げに4人の方を振り返った

 

「カナタさ~ん! 流石ですぅ! カッコイイですぅ! すっごくスッキリしましたぁ!」

 

「まぁ、これでちょっとは溜飲が下がった事だし、さっさと先に――」

 

 次の瞬間、ズシンと言う音と共にカナタの背後に先程程と全く同じ大玉が落ちてきた。

 

「マジかよ……」

 

 大玉との追いかけっこを続けること暫く、お約束の横穴が見えたのでそこに雪崩れ込む様に飛び込んだ一行。そして目の前の壁にはお約束の文章。

 

“大玉ぶっ壊してスッキリしちゃった!?一矢報いてやったぜ(ドヤァ)!ってしちゃった?ところがギッチョン!大玉の貯蔵は充分さ、ミレディちゃんの方が遥かに上手だったのでした~♪(ドヤァ)”

 

 直後、カナタがその文章に向かって榴弾砲撃をぶっ放したのを誰も咎める事はしなかった……そして無言で先に進み始めるカナタ達。次の通路一本道だったので何かあると思ったが不思議なぐらい何も無かった。つまりは次の部屋が最奥、ボス部屋の可能性が高い。カナタ達が僅かな期待を抱いて扉を潜ったその先は――

 

「……何か見覚えないか? この部屋。」

 

「……物凄くある。特にあの石板」

 

 そう、そこは物凄く見覚えのある部屋とその中央にあるこれまた見覚えのある石版。

 

「最初の部屋……みたいですね?」

 

 やがてシアが誰もが思い、されど嘘であってほしいからこそ口にしなかった言葉を口にしてしまった。そして、それにお答えしますと言わんばかりに石版付近の地面に文字が灯る。

 

〝ねぇ、今、どんな気持ち?〟

 

〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?〟

 

〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟

 

 ミレディからのNDKメッセージに全員が能面の如き無表情で見下ろす。

 

〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

 

〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

 

〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!〟

 

〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

 

〝ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟

 

 ドパンっ!と、その文字に向かってマッピングを担当していた香織がナイチンゲールを発砲。一発では治まらず、まるで親の敵を討つかのように、マガジン一つ分丸ごとその文字に向かって発砲した。

 

「うふ、うふふふ」

 

「は、ははははは」

 

「フフフフフフ……」

 

「フヒ、フヒヒヒ」

 

「クックックッ……」

 

 そして発砲と同時に香織が壊れたように不気味な笑い声を挙げ、それに釣られて他の4人も狂ったような笑い声を挙げる。直後その空間に、打撃音や更なる銃撃音、爆音や熱光線の照射音のオーケストラが響き渡り、話は迷宮探索始まりの段階に繋がるのだった。

 




さて、カナタの竜変身ですが原理としては巨人化に近いものだと思ってください。(とは言えうなじ斬っても倒せませんが)


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第12話『生ける神代の体現者』

今更ですが、シアの衣装は漫画版準拠でアニメ版みたいに露出の多い服だけではありません。


 あれから一週間。迷宮に挑戦してはスタート地点に戻されるのを繰り返す事7回。現在は8回目のアタックの最中だ。けれど、その全てが無駄と言う訳ではない。ミレディ曰く、この迷宮の構造の変化はランダムとの事だったが、それでもマーキングを刻んでいる内に、構造変化にはある程度規則が見られる事が判った。そんな中、カナタ達はホントに珍しく罠も何も無い部屋で仮眠休憩中、今はカナタが見張りで起きてる最中だ。

 

 隣ではハジメが壁にもたれ掛かり、その彼にもたれ掛かる形でユエが座り、香織は右腕に抱きつきながら3人とも寝息をたてている。そして自分の右腕の方に目を向ければそこには香織と同じ様にカナタの腕を枕にして眠っているシアの姿。そんなシアの頭を軽く撫でると、彼女のほほが僅かに綻んだように見えた。彼女が旅に同行するようになって役半月が経つ。その中で事ある毎に真直ぐにカナタに好意をぶつけてくるシアをスルーしたり、軽くツッコミを入れたりして流してはいるが、カナタとて思う所が無い訳ではない。

 

(参ったな……)

 

 そう、思う所がある。雫への想いは変わっていないにも関わらず、だ。ある時からたびたび感じてきた違和感、それがいよいよハッキリと感じ取れるようになってる。それとオスカーのメッセージの内容をあわせるとある仮説が出る。

 

(どうしたもんかねぇ……)

 

 自分のすぐ傍ではシアが「むにゃ……あぅ……カナタしゃん、ダメですよぉ~、お外でなんてぇ~」とだらしない笑顔でそんな寝言を言っている。そんな彼女に、休憩時間が終わればチョップで起こしてやろうと心に決めたカナタは、何気なく、この部屋を照らしている青白い光を放つ壁に目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから休憩を終えた一行は今まで見たことも無い部屋に出た。そこには剣を掲げた騎士甲冑が一列に並んでおり、その奥にはカナタ達が嘗てオルクス大迷宮で見た扉が見える。

 

「流石に一週間も迷宮ぐるぐる回って、今まで見覚えの無い部屋は無いってくらいになったんだ。流石にあれがゴールじゃなかったら、俺はこんな難攻不落の迷宮作ったミレディを一周回って尊敬するぞ」

 

「同感だ……そしてこれ見よがしに置いてある大量の甲冑……」

 

 そんなハジメの言葉に呼応するように甲冑はまるで中身が入ってるかのごとく動き始める。

 

「良かったな、ストレス発散の相手がやってきたぞ」

 

「良くないですよぉ~!」

 

 そしてまるで一つの騎士団を思わせるような甲冑集団が、ガシャガシャと音を立ててこちらに向かってくる。

 

「か、数多くないですか? 私、こう言う敵と戦うの初めてなんですけどぉ……」

 

 今までは魔物や人間と、相手か明確に何者かが理解できる相手ばかりだった。けれど、目の前にいるのは得体の知れない相手だ。そしてその数も合わさって、シアのドリュッケンを持つ手が震えている。

 

「シア、一つだけ言っておく」

 

「は、はい!」

 

「お前は強い」

 

 ハジメからの真直ぐな賞賛にシアは「えっ?」となった。

 

「あんなゴーレム如きに負けたりはしない」

 

「そう言う事だ。と言う訳でさっき言った通りストレス発散も兼ねて思いっきり暴れようぜ。ヤバイ時はちゃんと俺らの誰かがフォローするさ」

 

「カナタさん……」

 

「シアは私の特訓に耐えた。弟子の強さは私が保証する……」

 

「シアちゃん、私の分までガツンとよろしくね」

 

「みなさん……」

 

 他の3人からの励ましも受けて、シアの口元に笑みが浮ぶ。そしてドリュッケンをブンと一振りしてそれを甲冑ゴーレムの集団に向ける。

 

「判りました! このシア・ハウリア。思う存分暴れさせてもらいますよぉっ!」

 

 

 

 

 

 

 

(戦える!)

 

 並み居る騎士甲冑をひしゃげさせ、吹き飛ばしながらシアはそんな事を思っていた。今までの見慣れた魔物と違う、初見の相手でも自分は相手を圧倒できている。チラリと正面を見れば赤いオーラを纏ったカナタが剣で周りの騎士甲冑をなぎ払い、その衝撃はその後ろに居た甲冑もまとめて吹き飛ばしている。

 

(カナタさんと……みなさんと一緒に戦えています!)

 

 嘗て、迷宮では自分を守る余裕は恐らくないとカナタは言っていた。でも今の自分なら、カナタさん達ほどの大立ち回りは無理でも、彼らの足を引っ張らないぐらいには戦うことが出来ている。

 

(これなら、これから先も……っ!?)

 

 しかしそうした考え事は戦いの中で言えば雑念となる。その気の緩みが油断となり、一人の甲冑がシアの背後を取る。けれど、横から飛んできた水流により甲冑は真っ二つに切り裂かれる。そして、シアと背中合わせになるように魔法のウォーターレーザーを構えたユエが立つ。

 

「油断大敵」

 

「す、すいません」

 

「次は気をつける事……」

 

「はいです!」

 

 そして少し離れた所ではドンナー、シュラーク、ナイチンゲールの3丁からマズルフラッシュが放たれ、ハジメと香織が互いをカバーする様に群がる甲冑を撃ち抜いている。

 

「香織、面白いことがわかったぞ」

 

「おもしろいこと?」

 

 シアとユエ同様に背中合わせになりながら香織とハジメの二人が言葉を交わす。

 

「最初にシアが倒したやつの所から残骸が消えている。恐らく再生してやがる」

 

「でも、ゴーレムって核で動いているんだよね? だったらシアちゃんにあそこまで潰されたら核も一緒に――」

 

「それが、こいつら核を持ってねぇんだよ」

 

「え?」

 

 ゴーレムは核を破壊して倒すのが定石。その為ハジメは開戦と同時に魔眼石で核の位置を確認しようとしたが核が無かった。とはいえ、あっても無かろうと関係ない。むしろ無いのであればウィークポイントを気にせず風穴あけてやれば良いだけなので特に気にしないでいた。

 

「もう、そう言うのは早く言ってよ!」

 

 そうとは知らずに香織はとりあえず、人で言う心臓の部分に当りをつけた。そして、それでゴーレムが倒れたからその場所が核だと確信していた。様はどこ撃ち抜いても同じなのに、無駄に狙いを付けて居た事になる。

 

「わ、悪かったって。兎に角、考えられる可能性は一つ、どこかにこいつ等を操っている奴が居る」

 

 ゴーレムに核を仕込むのは自立稼動させる為であり、誰かがダイレクトに操るのであればその限りではない。ゴーレムの再生・修復もそいつが行っているとすれば話は通る。

 

「だとすればこのままだとキリが無い、強行突破するぞ」

 

「で、でも扉は閉まったままだよ?」

 

 オルクス大迷宮ではヒュドラを倒す事で扉が開いた。ならば、今回もこの甲冑の群れを倒す事で開く仕組みの筈だ。

 

「問題ない、丁度新しい武器の性能を試してみたかった所だ」

 

 が、ここまで散々ミレディに煮え湯を呑まされ続けたハジメは、お行儀よく正規の手順通りに動くつもりは無かった。銃をホルスターに戻すと、ハジメの指にはめられた宝物庫が輝く。そして次の瞬間、ハジメの義手にはシュラーゲンを超える巨大な重火器“十二連式回転弾倉型ロケット&ミサイルランチャー”オルカンが握られている。

 

「お前等ッ! 耳を塞げっ!!」

 

 ハジメが叫ぶと同時にオルカンのロケットを扉の脇の壁に向けて発射。爆音が響き、爆風により近くに居た甲冑が飛ばされ、宙を舞う。

 

「……凄い火力」

 

「ウサミミがぁ~、私のウサミミがぁ~!!」

 

 他の3人は耳を塞ぐだけでなんとも無かった。が、シアはハウリア族。常人よりも遥かに優れた聴覚を持っている為、耳を塞いでなお爆音が鼓膜を揺さぶり涙目になっている。

 

「魔法を使えないのを良い事に破壊対策が薄い、早く部屋の向こうへ駆け込め!」

 

 カナタとシアが前方の甲冑をなぎ払いながら強行突破。壁の向こうは途中で道が途切れ、少し離れた所に足場が浮いており、ハジメ、カナタ、シアが全力で跳躍(香織とユエはハジメが抱えた)して、その足場に飛び移る。後ろを振り向けば自分達を追いかけてくるゴーレムが数体、そこの見えない暗闇へと落ちていく。

 

「はっ! わざわざ自分で跳ばずに私もカナタさんに抱えてもらえばよかったです!」

 

 ハジメに抱きかかえられた2人の姿を見て、シアが「しまった!」と言う表情になった。

 

「いや、シアなら自力で飛び移れるだろうと思ってたから、普通に却下してたぞ」

 

「ひどいっ?!」

 

「失礼な、これも信頼の証と言う奴だ」

 

 「そんな信頼いらないですぅ~」と反論してくるシアを宥めつつ、カナタは辺りを見渡す。周りには様々な形をしたブロックが浮いている。

 

「なんて言うか、如何にもって感じのフロアだな……」

 

「だな、お前等周りに気をつけろ。何があるか判らねぇからな」

 

 と、一行が辺りを警戒し始めた次の瞬間――

 

「っ!? にげてぇっ!!」

 

 やっと落ち着いたシアが切迫した様に叫ぶと、5人は先ほどと同じ様にその場から跳びのく。が、咄嗟の事に全員同じ方向とは行かず、ハジメ、香織、ユエが左側の、シアとカナタは右側のブロックにそれぞれ飛び移るのと、一瞬前まで彼らのいた足場が上から降ってきた何かによって木っ端微塵にされたのは同時だった。

 

「二人共、大丈夫?」

 

「こっちの方は問題ない、ハジメ達の方は?」

 

「ああ、問題ねぇ。シア、助かったぜ。ありがとよ」

 

「……ん、お手柄」

 

「えへへ、〝未来視〟が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど……」

 

 シアの未来視は自分の意志で発動するのとは別に術者、つまりシアの命に危険が迫った際には自動で発動するようになっている。つまり、先ほどの何かによる足場の破壊に巻き込まれれば少なくてもシアの命は無かったって事だ。彼らが暗闇の底に目を向けると、突然そこに眼光を思わせる様な光が灯り、それは浮上してきた。

 

「おいおい、マジかよ」

 

「……すごく……大きい」

 

「お、親玉って感じですね」

 

 それは先ほど騎士甲冑を遥かに巨大化させ奴で、左手にはトゲのついた鉄球を持ち、肩から背中にかけて豪華なマントがはためいている。やがて、兜の間から覗く眼光がカナタ達を捉えると5人はそれぞれの獲物を構える。そして数秒の間の後――

 

『やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンちゃんだよぉ~』

 

「「「「「……は?」」」」」

 

 ――巨大な甲冑にはえらく似合わない、底抜けに明るい声が響き渡った……。

 

『あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ』

 

 余りに予想外の出来事に一同が呆然としていると目の前の甲冑は両手を肩の高さまで持ち上げ、肩を竦めながら首を横に振る。所謂「はぁ~やれやれだぜ」と言った仕草をしている。

 

「そいつは、悪かったな。だが、ミレディ・ライセンは人間で故人のはずだろ? まして、自我を持つゴーレム何て聞いたことないんでな……目論見通り驚いてやったんだから許せ。そして、お前が何者か説明しろ。簡潔にな」

 

『あれぇ~、こんな状況なのに物凄く偉そうなんですけど、まぁいいや。さっきの質問だけどミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~何を持って人間だなんて……』

 

「オスカーの手記にお前のことも少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきてたぞ? というか阿呆な問答をする気はない。簡潔にと言っただろう。どうせ立ち塞がる気なんだろうから、やることは変わらん。お前をスクラップにして先に進む。だから、その前にガタガタ騒いでないで、吐くもん吐け」

 

『お、おおう。久しぶりの会話に内心、狂喜乱舞している私に何たる言い様。っていうかオスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?』

 

 まるで取り付く様子を見せないハジメの返事に、うろたえてる仕草を見せたミレディ(?)は、やがてハジメの言葉に出てきた名前に反応し、首をかしげた。なんとも女の子らしい仕草がまるで似合わない。

 

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか質問しているのはこちらだ。答える気がないなら、戦闘に入るぞ? 別にどうしても知りたい事ってわけじゃない。俺達の目的は神代魔法だけだからな」

 

『そっかぁ。オーちゃんの迷宮を既に攻略済みなんだ~。一応、あそこは他の迷宮で得た力を完全に自分のモノにする為の実戦経験が目的で、他の神代魔法ありきの難易度にしてるはずなんだけどねぇ。でもまぁ、それなら大よその事情は理解しているよね? それでも神代魔法を求めるって事はあのクソ野郎共を滅殺してくれるって事かなぁ?』

 

「質問しているのはこちらだと言ったはずだ。答えて欲しけりゃ、先にこちらの質問に答えろ」

 

『こいつぅ~ホントに偉そうだなぁ~、まぁ、いいけどぉ~、えっと何だっけ……ああ、私の正体だったね。うぅ~ん』

 

「簡潔にな。オスカーみたいにダラダラした説明はいらないぞ」

 

『あはは、確かに、オーちゃんは話が長かったねぇ~、理屈屋だったしねぇ~。うん、要望通りに簡潔に言うとね。私は確かにミレディ・ライセンだよ。ゴーレムの不思議は全て神代魔法で解決! もっと詳しく知りたければ見事、私を倒してみよ! って感じかな』

 

「結局、説明になってねぇ……」

 

『ははは、そりゃ、攻略する前に情報なんて貰えるわけないじゃん? 迷宮の意味ないでしょ? それでなくても君達は本来の順番すっ飛ばしてるわけだしぃ~』

 

 と、今度はこちらに人差し指をたて、鉄球を持った手を腰に当てて「めっ!」のポーズ。ここまでの段階で見慣れてくるとなんだか、愛嬌があるように見えてくる。しかし――

 

「……中身だけが問題」

 

 ユエの言うとおり、彼女がミレディと言う事は此処に至るまでのウザイトラップや煽り文の数々は彼女の仕業となる。

 

「お前の神代魔法は、残留思念に関わるものなのか? だとしたら、ここには用がないんだがなぁ」

 

 つまりこのゴーレムにはミレディの魂、もしくは残留思念の様なものが定着されている事になる。その推測通りならば、世界を越える為の魔法とは違うと言う事になる。

 

『ん~? その様子じゃ、何か目当ての神代魔法があるのかな? ちなみに、私の神代魔法は別物だよぉ~、魂の定着の方はラーくんに手伝ってもらっただけだしぃ~』

 

「解放者の中には概念に干渉する神代魔法を使える奴が居る筈だ。その魔法が手に入る迷宮の場所を教えてほしい」

 

 その言葉にミレディは「ん?」となった。

 

『なんで、君達が既にそれのことを……いや、ちょっと待って……』

 

 やがて、ミレディが何かを考え込むと『そう言えばオーちゃんのあのメッセージって……』と呟きやがて『あぁッ!?』となる。

 

『ま、まさか……君達の中に天職が竜魂士の子が居たりする?』

 

「ああ、それは俺の事だ」

 

『じゃ、じゃあ……もしかしてオーちゃんの迷宮でアーちゃんから魂の核を受け継いだりとかは……』

 

「その、アーちゃんってのがアジーンの事を指すなら、たぶん継いでる筈だ。実際竜にも変身できる。まぁ、その時は気を失っていたが」

 

『うっそぉ~~~~~~~!?』

 

 嘗ては人々の守護竜と呼ばれてた帝竜を略称+ちゃん付け。そんな彼女の図々しさに若干呆れつつもそう返事をすると、ミレディが驚愕して叫び声が辺りに響く。

 

『よりによって、竜魂士が真っ先にオーちゃんの迷宮にアタックした上に、アーちゃんってば気絶してた君に魂の核渡しちゃったのぉ? うわ~ん、どうしよう……それいっちばん最悪なパターンじゃん。ちゃんと渡す前に最終確認してね、って釘指したのにぃ……』

 

 上を向き、手で顔を隠して「あっちゃ~」と言うリアクションを見せるミレディ。

 

「まぁあんな凄い力、最初から持ってたら迷宮攻略も、その道中も楽っちゃ楽だろうからラストを想定していたオスカーの迷宮に置いてあったのは判るがな」

 

『話はそんな単純な事じゃないけどねぇ……。でも、てことはあのクソ野朗共だけじゃなく、あのトカゲ野郎も一緒にぶっ殺してくれるって事かな?』

 

 ミレディの問い「いや」とハジメが答えた。

 

「俺達の目的は故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……そして概念に介入できる魔法ならそれぐらいの事はできそうだからな。お前等の代わりに神や裏切った守護竜の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

 

「……」

 

 ハジメのキッパリとした言葉にミレディはしばし無言になり、やがて『そっか……』と呟いた。

 

『ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!』

 

「脈絡なさすぎて意味不明なんだが……何が『ならば』何だよ。っていうか話し聞いてたか? お前の神代魔法が転移系でないなら意味ないんだけど? それとも転移系か、それとも概念干渉系なのか?」

 

『んふふ~それはね~……』

 

 まるで、某賞金クイズみたいに、最後の言葉を引っ張るミレディ。もし、彼女の表情が見えるなら、少しずつ目力が強くなってるだろう。

 

『教えてあ~げないっ!』

 

「死ね」

 

 その発言と同時にミレディに向かってオルカンが撃ち込まれた。

 



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第13話『砕き、そして打ち貫くもの』

一話投稿するより、お気に入りの百の位の数字が増えるほうが早い・・だと!?(お気に入り件数600超え、ありがとうございました!)


「死ね」

 

 その一言と共に、オルカンから発射されたミサイルがミレディを直撃。上半身が爆煙に包まれる。

 

「やりましたか!?」

 

「……シア、それはフラグ」

 

 そして、そのフラグの通りに爆煙を腕で振り払い、ミレディが姿を現す。ガードした腕の部分は所々焦げてはいるが、ほぼ無傷だ。

 

『ふふ、先制攻撃とはやってくれるねぇ~、さぁ、もしかしたら私の神代魔法が君のお目当てのものかもしれないよぉ~、私は強いけどぉ~、死なないように頑張ってねぇ~』

 

「悪いが俺にはさっきの雑魚たちと大差ないように見えるがな」

 

『ほんっとに生意気なやつだなぁ~。いいよ、教えてあげる』

 

 ミレディの眼光が一瞬だけ強く輝くと、彼女の背後に先ほどの甲冑ゴーレムの集団が浮き上がるように現れた

 

『これが私の神代魔法(ちから)、空飛ぶゴーレムは見たことある?』

 

 ミレディはその腕を横に広げ、どこか得意げな雰囲気だ。

 

『これが一気に君達に襲い掛かるわけ。どう? ビビった? 今謝ったら――』

 

 直後に響く流水音と連続する発砲音、そして爆発音によって彼女の言葉は止まった。

 

『……あれ?』

 

「浮いてるだけなら、ただの的……。あと、いちいちうるさい」

 

 ユエのウォーターカッター、カナタの榴弾砲撃。そしてハジメの大型ガトリング砲メツェライが上空の鎧集団を一気に殲滅する。因みにだがカナタの榴弾は甲冑には当っておらず、香織が榴弾を撃ち抜き、起爆させた。

 

「おー怖い怖い、話してる最中だってのに容赦ないな……」

 

 そう言いながらハジメは眼帯をめくり、魔眼石の視界でミレディを見る。人体で言う心臓辺りに魔力の反応がある。そう、ミレディ・ゴーレムの核の反応だ。

 

「なんだ、お前には核があるじゃないか」

 

『な、なんなの君達!? ここって魔法使えないはずなんですけどっ!?』

 

 流石に重火器の類は見た事無いらしくミレディの目にも彼らは魔法を使った様にしか見えず、流石の彼女もうろたえた。

 

「心臓の位置だ。いくぞ、ミレディを破壊する!」

 

「うんっ!」

 

「んっ!」

 

「了解ですぅ!」

 

「あいよ」

 

 直後にカナタ達は再度散開、シアがミレディの背後を取りドリュッケンで殴りかかるが、ミレディはそれをフレイルで迎え撃つ。体格差の通り、パワーはミレディの方が上らしく少しの拮抗の後にシアが跳ね返される。

 

『あれれ、忘れたの? ゴーレムは幾らでも再生できるんだよ』

 

 シアが弾き飛ばされた先、そこに待ち構えて居たかのように甲冑ゴーレムの一体が彼女の背後を取り、剣を振りかぶる。

 

「はっ、忘れてねーよ。安心しなっ!」

 

 が、それはカナタがすれ違い様に真っ二つ。シアはドリュッケンの砲撃の反動を利用し体制を整え、近くのブロックに着地。カナタは跳躍方向に浮いていたブロックの壁を蹴り、三角飛びでミレディの上空を取り、落下の勢いと共に突きを放ち、ミレディが拳で迎え撃つ。ガァン!と金属のぶつかり合う音が響き、カナタの刀身がミレディの拳をひしゃげさせ、僅かに突き刺さると、すかさず引き金に指を掛ける。

 

「砲剣のウリっていえば、やっぱこれだろ!」

 

 剣を突き立ててからの零距離砲撃、直撃を喰らいミレディの拳はかなり軋んできている。

 

「シアッ!」

 

「はいですっ!」

 

 そして爆風の衝撃で離れるカナタと入れ違いに体勢を整えたシアが拳に向かってドリュッケンを振り下ろすと、遂にミレディの拳が砕け散る。

 

『ふぅん。中々、良いコンビネーションだね。でもねぇ……』

 

 砕けた拳付近に他のブロックを引き寄せ、ミレディがそれを砕くと破片が再構成されて拳が再生された。

 

『ごらんの通り、コレぐらいの損傷ならすぐ治しちゃうからねぇ。ドヤァ』

 

 態々、『ドヤァ』と口にするミレディにカナタのこめかみがピクリと揺れるがすぐに、ニィっと笑みを浮かべる。

 

「ドヤッてるとこ悪いが……」

 

 直後のその声はミレディの胸の辺りから聞こえてきた。そこにはワイヤーフックとスパイクで身体を固定し、ミレディの核の位置にシュラーゲンの銃口を突きつけるハジメの姿。

 

『っ!? 何時の間に――」

 

 先ほどまで、シアとカナタが仕掛けていたのはあくまで陽動。ハジメがミレディに肉薄するまでの時間稼ぎだ。

 

「本命はこっちだっ!」

 

 対物ライフルの零距離射撃が刺さる。ハジメは一度ミレディから、離れ他の4人も彼らに合流する。

 

「……どう?」

 

「手応えはあったけどな……」

 

「これで、終わってくれないですかね~」

 

『いやぁ~、ちょっとヒヤッとしたよ』

 

 が、そこにはいまだ健在のミレディの姿。直撃を受けた所の鎧の一部は砕けているが、その内側には更に金属の装甲が見えた。

 

『“アザンチウム鉱石”、この装甲を破らない限り、私は倒せないよ~』

 

 その言葉にハジメが苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる

 

「ハジメ……あれって」

 

「この世界で最も硬い鉱石だ。俺の装備にも幾つか使われてるし、カナタの剣の刀身もそれで出来てる」

 

『さっすがオーちゃんの迷宮攻略者! 知ってて当然だよねぇ』

 

 直後、ミレディの瞳の輝きが強くなる。神代魔法を発動させたようだ。

 

『それじゃあ、第二ラウンド、行ってみようかぁっ!』

 

「ハジメ君っ、上!」

 

「避けろっ!」

 

 その言葉と同時に散開、再び彼らのいた足場が落下してきた何かに破壊される。けれど今度はミレディでは無い。彼らの立ってた足場の上に浮いていた足場だった。二つの足場はぶつかり、共に粉々になる。

 

(今まで浮いてた足場が落ちてきた? 一体のなんの神代魔法だ……?)

 

 ミレディの魔法をハジメが分析していると、今度はハジメの真横から足場が迫ってきて、それを身体を捻り辛うじて避ける。

 

「横からだとっ!?」

 

(ありえねぇ! まるで重力を無視したかの様な……っ!?)

 

 宙を浮くゴーレムや足場、浮いたかと思ったら落ちてきた足場。そしてさっきのまるで横から()()()来たかのような足場。

 

(そうかっ!)

 

「お前等っ! こいつの神代魔法は恐らく重力だ! 動く足場も浮いてるゴーレムもそれで説明がつく!」

 

『おや、意外と早く気がついたね。そう、重力を操れば……』

 

 ミレディは重力で自らをを横に落す。それにより、フレイルの鎖は伸びきり、メイスの様になった鉄球が彼らに迫る。

 

『こ~んな事もできるんだよぉっ!」

 

「カナタ、シア! 何とか奴の動きを封じてくれ! そうすりゃ、手はある!」

 

「判りました!」

 

「了解だ、任せたからなっ!」

 

 帝竜の闘気を発動させたカナタが剣を盾にして突進してきた鉄球を真正面から受け止める。

 

『帝竜の闘気……アーちゃんの力だね』

 

「ご名答。でも、俺の方ばっかり気にしていて良いのか?」

 

『はっ!?』

 

 カナタが鉄球を受け止めると同時に、シアがフレイル、そしてミレディの腕を伝い、彼女の眼前に現れる。

 

「さっき吹っ飛ばされた、お返しですっ!」

 

 そしてミレディの顔面に向かってフルスイング。完全に不意を突かれたミレディは吹っ飛ばされて後ろのブロックの上に仰向けで倒れる。

 

『や、やるじゃない……けど、そこのウサギさんのハンマーではこのミレディちゃんに傷つける事は――』

 

「そんなのは百も承知ですよ。ユエさん! カオリさんっ!」

 

「いくよッ! ユエ!」

 

「……ん!」

 

『っ!?』

 

 ミレディが視線を横に向けるとそこには予め回り込んでたユエと彼女の肩に手を乗せた香織の姿。

 

「廻聖!」

 

 迷宮を探索してる最中、実は香織の回復魔法を発動させる方法をカナタ達は見つけていた。それは対象に直接触れる事。大気中を介さない零距離の発動ならば魔法の効果が現れる。が、それでも怪我を治すとなれば治癒魔法の効果は外部に現れる為、纏雷同様にその効果は落ちる。

 

「……凍柩!」

 

 ユエの声がトリガーとなり、ミレディゴーレムのボディが氷に閉ざされ始める。

 

『嘘ッ!? どうしてここで上級魔法が使えるのさっ!?』

 

「……カオリのお陰」

 

 そして廻聖の様な魔力を譲渡するだけなら相手に直触れて大気を介させない事により霧散される事無く全ての魔力を譲渡できる。分解作用により消費が増し、魔力不足で発動できない上級魔法もユエの封印を解いた時同様、香織の廻聖で不足分を補ってやれば発動に持っていける。とはいえ、一発の発動で香織もユエも魔昌石シリーズも含めて魔力は空となるが、それでもユエの魔法によってミレディのボディは顔を残して殆どが凍りに包まれた。

 

「よくやったぞ。二人とも」

 

「……ん」

 

「うん!」

 

 他の3人も合流し、代表してハジメはミレディの核の位置にシュラーゲンを突きつける。

 

「終わりだ、ミレディ。この状態じゃ、再生も身動きも出来ないだろ」

 

 いつもははしゃぐ様な物言いをしているミレディだったが、ハジメの宣言に対して不気味なぐらい無言だった。

 

「諦めて神代魔法を渡すか、俺にトドメを刺されるか……おい、何だまってやがる?」

 

 その瞬間、ハジメは見た。ミレディの眼光が今までにないぐらい輝いてる事に。

 

「こいつ、まさかっ!?」

 

 こんな状況でもまだ手を用意してあるのか?そう判断し、ハジメはミレディにトドメを刺すべくシュラーゲンをトリガーを引こうとする。

 

「みなさんっ!」

 

 が、それよりも先に青ざめた顔をしたシアが叫んだ

 

「未来が見えました!」

 

 シアの未来視の強制発動。即ちこれから命に関わるレベルの何かが起こる。それを示すように空間全体が振動している

 

『ふふふ、とっておきのお返しだよぉ……』

 

「……降ってきます!」

 

『騎士以外は同時に複数を操作することは出来ないけど、ただ一斉に〝落とす〟だけなら数百単位でいけるからねぇ~、見事凌いで見せてねぇ~』

 

 直後、彼らのいる空間、その天井の全てのブロックが彼ら目掛けて落ちてくる。

 

「ユエ! 香織! 掴まってろ! 絶対に離すなよ!」

 

「んっ」

 

「うんっ!」

 

「シアも早く掴まれ!」

 

「はいですぅっ!」

 

 今回ばかりはシアの能力では自力で回避しきるのは不可能。カナタはシアを自分に掴まらせて、再び帝竜の闘気を発動。ハジメもオルカンを全段発射し、ブロック群の一部を破壊。次いで瞬光を発動させる。ハジメはブロックの隙間を縫う様にブロック群を回避、カナタは強化された能力で大剣を片手で振り回し、ブロックをなぎ払う。それぞれの方法でブロックの大雨を避け続けるも、その密度は増し続け、遂に5人はブロックに埋もれる形になる。やがてミレディを封じていた氷は砕け、彼女はその巨体を起こす。

 

『ミレディちゃん……ふっか~~つ!』

 

 そして、目の前のカナタ達が埋もれてるブロックの山に目を向ける。

 

『う~ん、流石にちょっとやりすぎちゃったかな?』

 

 ブロックの山に変化は無い。ミレディは圧死したか、良くて重傷で気絶してると判断した。

 

『やっぱり、無理だったかなぁ~、でもこれくらいは何とかできないと、あのクソ野郎共には……えっ?』

 

 その時だ、ブロックの隙間から赤い光が漏れる。それは少しずつ輝きを増して行き――

 

『まだ、終わってないぜっ! ミレディっ!!』

 

 突然、ブロックの山が吹き飛ばされ、それと同時に竜変身したカナタが飛び出してくる。

 

『なぁっ!?』

 

 その勢いのまま、ミレディの腕を掴み、後方のブロックの壁に押し付ける。

 

『そっか……核を受け継いだって事は変身も出来るって事だね……懐かしいなぁ、その姿』

 

 が、それでもミレディの余裕は崩れず、竜化したカナタにかつての戦友の姿を重ね懐かしんでいる。竜魂士を作ったのは自分達、だからこそ彼女もその詳細な性能は熟知している。

 

『これでカイザーブレスをぶっ放されたら流石にやばかったけどねぇ』

 

 流石のアザンチウム鉱石もカイザーブレスの熱には敵わないだろう。けれど今までの戦闘の消費と、この空間の特性を考えればカイザーブレスの使用はおろか、変身も長くは持たない。

 

『熱烈な壁ドンにミレディちゃん、ちょっとだけドキッっとしちゃったけど……フフフ、無駄な足掻きだったね』

 

 カナタの背後にブロックをぶつけようと再び重力を魔法を発動させようとすると、カナタがニィっと牙を見せる。

 

『だったら、もっとドキッとするもん見せてやろうか?』

 

『……へっ?』

 

「ただし――」

 

 直後、カナタの背後からハジメが飛び出してくる。その手には義手に装着するタイプの巨大な杭打ち機、パイルバンカーが装着されている。ハジメの魔力を動力に本体の大筒は赤いスパークを放ち、中に装填されている杭が拘束で回り始め、時々大筒と擦れて火花を散らしている。

 

『ちょっ!?』

 

「――心臓(コア)がぶっ壊れるほどの奴だがなぁっ!」

 

 そしてその心臓に向かって杭が打ち込まれる。その一撃は確かにアザンチウムの装甲を破り、突き刺さる。が、それでも、コアには届かない。

 

『ぐぬぬぅぅぅっ!』

 

 続けてもう一撃打ち込もうとした所でミレディが火事場のバカ力で自分を押さえつけるカナタの腕を片方振り払い、ハジメのパイルバンカーを殴り破壊する。

 

『ハ、ハハハ……』

 

 流石のミレディもコレには内心冷や汗を掻いたが、杭はコアには到達していない。尤も、ミレディ自身は知りえないことだが、パイルバンカー射出にも纏雷の電磁加速を用いており、その貫通力は減少していた。フル稼働の状態であれば、今頃コアも打ち砕かれていただろう。

 

『ざんね~ん、あと一歩だったのにねぇ』

 

「何勝ち誇ってやがる?」

 

『えっ?』

 

「……シアっ!」

 

 ハジメとて、それは承知しており一撃で破壊できるとは思っていない。だからこその二段構え。ミレディが気づいた時には既にシアはドリュッケンを振りかぶりこちらに落ちてきている。狙いは勿論、今なおミレディの胸に刺さっている杭。ドリュッケンの砲撃の反動による加速も付けて振り下ろされたハンマーがミレディに突き刺さった杭をさらに深く押し込み――

 

『な、なにぃいいいいいいいっ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ミレディの驚愕の絶叫共に、そのコアを貫いたのだった。




今回の廻聖による上級魔法のごり押し発動はちょっと無理があるかなぁとは思いましたが、正直そうしないとミレディ戦における香織の活躍の場が他に思いつきませんでした・・・。


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第14話『竜魂士の至る果て』

第1回:今までの布石大回収祭り


 核が破壊されたミレディはそのまま落下し、下のブロックの上に仰向けに落ちる。そこに他の4人も集まる。シアはカナタの手から飛び降り、着地するとカナタの竜変身も解ける

 

「やったじゃねぇかシア。見直したぞ?」

 

「お疲れ様、シアちゃん!」

 

「……ん、頑張った」

 

「えへへ、有難うございます」

 

「樹海で言った事、訂正しないとな」

 

「え?」

 

「シアはもう足手纏いなんかじゃないって事だ」

 

「あっ……」

 

「これからも、当てにしてるからな」

 

「はいっ!」

 

『あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?』

 

 と、カナタ達が話しているとミレディの瞳に光が灯る。が、それはとても弱弱しいものだ。けれども、人を煽り、その裏を掻いてくるのは今までのトラップで経験済み。5人は距離をおき武器を構える。

 

『ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから』

 

「だったら、早く話したらどうだ? 言っとくけど神やチェトレと戦えって頼みはきけないぞ」

 

『頼みと言うより忠告だね……』

 

 先ほどと違い、ミレディの声は静かなものだった。それこそ、さっきまでのウザいハイテンションぶりが嘘のようだ。

 

『訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君達の望みのために必要だから……さっき言ってた概念を操る力、それを使うには全ての神代魔法が必須だから』

 

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

 

『あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……』

 

 それほどまでに時が過ぎていれば本来の迷宮のコンセプトも、そして想定していた攻略順番もすべて忘れ去られてもおかしくない。

 

『だから竜魂士君も真っ先にアーちゃんの核を受け継いじゃった訳か。うん、場所……場所はね……』

 

 それから、ポツリポツリとミレディから残りの迷宮の場所が告げられる。それはあまりにも色々な場所に点在し、この旅は長いものになる事を彼らに予期させた。

 

『以上だよ……頑張ってね』

 

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

『あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……』

 

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

 

『……戦うよ。君達が君達である限り……必ず……君達は、神殺しを為す。そして――』

 

 ミレディの明滅する眼光がカナタの方に向く。

 

『君は必ず、あのトカゲ野郎……皇竜チェトレと対峙する事になる。君が与えられた役目に逆らい、その意思が自由の元にある限り……』

 

「……意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺らの道を阻むなら殺るかもしれないが……」

 

『ふふ……それでいい……君達は君達の思った通りに生きればいい…………その選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……』

 

 やがてゴーレムのボディが淡い光に包まれ、その光が蛍のように上への昇って行く。その様子をユエ以外の4人が見上げており、ユエは静かにミレディに近づいていく。

 

『何かな?』

 

「……おつかれさま、よく頑張りました」

 

 この姿で地上に出る事は不可能。つまり、ミレディは迷宮内を自由に動く事こそ出来るものの、ユエと同じ様に……それこそユエよりも長い間、この場所で孤独に生きて来た事になる。その辛さを知っているからこそユエは、それでも次代に力を残そうとした偉大な解放者、ミレディ・ライセンに心からの敬意を込めて労いの言葉を告げる。

 

『……ありがとね』

 

「……ん」

 

『……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……』

 

 その言葉を最後に、ゴーレムの目から光が消えてボディを包んでいた光も失われた。後に残っているのは彼女の拠り代だった巨大な騎士甲冑のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

 

 その後、予めプログラムされていたのか他のブロックが一列に並び、一本の道を作り、カナタ達はそこを進んでいる。

 

「そうだね……他の仲間たちは死んでしまっても、一人で何百年も生き続けていたんだね。人の身体を捨ててでも……」

 

 シアと香織が寂しそうに笑みを浮かべながらミレディに思いを馳せている。歩きながら、香織は指を組んで祈っていた。あの世でどうか、仲間達と再会できています様に、と。

 

「はぁ、もういいだろ? それと、断言するがアイツの根性の悪さも素だと思うぞ? あの意地の悪さは、演技ってレベルじゃねぇよ」

 

 が、そんな空気を壊すように、ハジメの呆れ気味な声が響く。

 

「もう、ハジメ君ったら……」

 

「ちょっと、ハジメさん。そんな死人にムチ打つようなことを。ヒドイですよ。まったく空気読めないのはハジメさんの方ですよ」

 

「……ハジメ、KY?」

 

「ユエ、お前まで……はぁ、まぁ、いいけどよ。念の為言っておくが、俺は空気が読めないんじゃないぞ。読まないだけだ」

 

「そっちの方が余計に性質が悪いだろ……」

 

 やがて、通路の先に明滅しているブロックがあり、一行がそれに乗るとブロックは自動で動き出し彼らを奥へと連れて行く。その中でハジメの表情が更に険しいものになって居た事に疑問を感じたカナタだったが、その理由ブロックが到着した場所にあった部屋の中に入った瞬間、明らかになった。

 

 

 

 

 

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 華奢なボディに乳白色の長いローブを身に纏い、感情に応じて顔の絵が変わるミニゴーレムの姿をしている。その様子にハジメ以外みな呆然としており、ハジメは「こんなこったろうと思ったよ……」と呆れている。

 

「そもそもこいつが消えたら、今後誰が迷宮の管理や試練を担当するんだって話だ」

 

 言われてみればそうだ。あの場でミレディが消えれば自分達以降、ここの迷宮に挑む人は少なくても最後のミレディ戦をスルーできる事になる。誰かが攻略して機能不全、もしくは難易度が下がる様では迷宮として意味が無い。

 

「あっちゃ~、バレてたか。さすが私の迷宮の攻略者だね!」

 

「……さっきのは」

 

 そんなミレディにユエが心底冷め切った声で尋ねる。まぁ、ある意味自分と同じ様に生きてきた相手に心からの尊敬と共に贈った労いの言葉をこんな形でおじゃんにされたのだ。そして、そんな彼女に祈りを捧げいた香織もいつもの恐怖の笑顔を浮かべている。

 

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」

 

「でも、光が昇って消えていきましたよね?」

 

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの〝演出〟! 役者の才能まであるなんて! やだ、ミレディちゃん、恐ろしい子!」

 

 直後、シア、香織、ユエとミレディの追いかけっこが展開、その最中にハンマーを振り回す音や発砲音が響いていたのは言うまでもない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

 

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね! 竜魂士君はまぁ普通だね。実戦では普通に使える程度だと思う」

 

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 

「まぁ、それぐらいしか俺が使う事は無いだろうし、特に問題は無いがな」

 

 それから、ミレディに軽いお仕置き(ハジメによる顔面アイアンクロー)を済ませた後、一行は見覚えのある魔法陣の部屋でミレディの神代魔法、“重力魔法”の習得が行われた。

 

「……うん?」

 

「どうしたの、カナタ君?」

 

 そんな中、カナタは「あれ?」と言う様な表情を浮かべると香織が声を掛けたのにあわせて他の3人の視線も彼に集まる。

 

「いや、重力魔法とは別にもう一つ何か……帝竜の暴威(ぼうい)?」

 

「そう、竜魂士君だけは各迷宮で神代魔法だけでなく、アーちゃんの力の一部を技能という形で受け取る事が出来るんだ」

 

 カナタがステータスプレートを確認すると帝竜の暴威が竜魂解放の第二の派生技能として表示されている。

 

「そして、各地で竜の力を得て、アーちゃんや竜と言う種族の事を知って、ミレディちゃんから核を継いだ竜魂士の行き着く先を聞いて、そして自分の意志でアーちゃんの魂の核を継ぐかどうか決めてもらう。本来はそう言う流れだったの……」

 

「竜魂士の行き着く先……?」

 

 カナタが先を促すとミレディは少し俯く。先ほどの様にこちらを煽る為に引っ張ってる様子は見られない。それはホントにこれから相手にとって辛い事を告げる事への躊躇いだった。

 

「竜の……アーちゃんの魂の核を受け継いだ竜魂士は、やがて人である事を捨てて竜に……新たなアジーンとして生まれ変わるの」

 

「…………え?」

 

 その言葉にシアだけが消え入る様な声を上げ、他の4人も言葉を失う。

 

「君が受け継いだ魂の核と君自身の魂は時間掛けて融合し、やがて新たなアジーンの魂となる。そして肉体もその魂のあり方に相応しい形、つまりは竜の姿になる事で君は今代の帝竜、新たなアジーンとして生まれ変わる」

「そんなっ!?」

 

「変わるのは肉体だけじゃない、ものの考え方や言動と言った精神も同じ様に竜のそれへと移り変わっていく。いつか竜に至る者、それが竜魂士と言う天職なんだ。君、核を継いでどれぐらい経過している?」

 

「……大体、3、4ヶ月ってところだな」

 

「だとしたら、もう君の思考に影響が出始めている頃だね。今までの自分と考え方が少しずれている事が幾つかあったと思うけど記憶に無いかな?」

 

「カナタ……」

 

「思い当たる事は幾つかあったな……」

 

 

 

 

 

 

 

(調理らしい調理も出来ないし、別に生でもあまり変わらないと思うんだがなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 オルクス大迷宮攻略中に、碌な調味料も道具も無く、ただ焼いてるだけの魔物肉を見て思った事。竜、つまり動物はろくに調理もしないし、餌だって生で喰う。そりゃ美味しい方が良い事には変わりは無く、調理されてるに越した事は無いだろうが、焼くだけなら生のまま喰っても大して変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

『ここまで一緒に来た訳だしな。今更見捨てるような真似はしないさ。それは俺の“誇り”に関わる』

 

『なので、途中で別の好条件が出たからといって乗り換えたりはしません。誰かの命を奪ってまで選んだ事を曲げる。それは俺の……“誇り”に関わります』

 

 

 

 

 

 

 そして、事ある毎に口にするようになった「誇り」と言う言葉。元々、カナタはそんなご大層な言葉を使うような性格ではない。それでも当たり前の様にその言葉を口にし、最初は違和感を覚えたがフェアベルゲンでそれを口にした時には既に違和感を感じなくなっていた。

 

「うん、竜はとても誇り高き生き物だからね。自分の言葉や意志を決して曲げない、偽らない、そう言う時、竜人を始めとした人語を話せる竜は必ず誇りと言う言葉を口にするんだ」

 

 

 

 

 

 

『群れの仲間を害する奴に与える慈悲は……全く持ち合わせちゃ居ないんだ』

 

 

 

 

 

 

「群れと言うのは?」

 

「群れは言うなれば、竜が絆を結んだ相手の総称。友情、愛情、尊敬、どんな形であれ竜にとって結んだ絆は何よりも特別で、何よりも優先されるモノ。だからこそ、群れの仲間に悪意を持って危害を加える事、絆その物を汚す事、それはその竜にとって逆鱗となる」

 

 帝国軍と対峙した時、帝国の兵士はハジメの四肢を斬りおとし、香織とユエを犯すと明言してハッキリとした悪意と害意を向けた(この段階ではまだシアは群れの仲間と認められてはいなかった)。それがカナタの逆鱗に触れる事になり、一切躊躇い無く彼らを斬殺、爆殺した事に繋がる。そしてカム達が飛竜であるハイベリアを狩った際に他のハイベリアも纏めて敵意を向けて襲い掛かってきたのも、群れと言う習慣に起因する。

 

「恐らく、人と竜の差異で戸惑うのはこの群れの考え方だね。人間とは決定的に違う部分があるから」

 

「決定的な違い?」

 

「竜は人間みたいに“特別な絆”を一人に定めない。感情の形は違っても、竜にとって結ばれた絆は全て特別なモノなんだよ」

 

「だからか……」

 

「……ハジメ?」

 

 ハジメの呟きにユエの視線がハジメの方に向いた。

 

「お前等から俺にどちらも恋人にして欲しい、って頼まれた後、どうしたもんかと思ってカナタに相談しに言ったんだ。その時――」

 

 

 

 

 

 

『それは地球での一般常識や倫理観、もっと言えば暗黙の了解を加味しての事だろう。そう言うの取っ払ったハジメの本音はどうなんだ? って聞いてんだよ』

 

 

 

 

 

 

 そう、後で思い返せばこの発言もおかしかった。カナタもハジメ同様、男女の関係は一人対一人と言う倫理観と常識の中で育った。ならば、この相談に対しては「二股なんていけない」「ちゃんと結論をだしてどちらかを選ぶべきだ」そう言う答えが返ってくるのが普通だ。つまりこの段階でカナタは既に異性に関する考えも竜のそれに移り変わり始めていた訳だ。

 

「一つ聞かせろ……今からでもそれを破棄して、カナタが人間に戻れる手段は?」

 

「無いよ……無いからこそ最後の一線、魂の核の継承だけは本人の意志に任せる予定だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

『他の迷宮で様々なことを知って迷ったかも知れない、もしくは関係無いと無視したかもしれない。けれど、どんな経緯や理由であれ、君がこうして“再誕”する事を選んでくれた事に僕は心からの感謝を述べる』

 

 

 

 

 

 

 オルクス迷宮の最奥、オスカーの住居で聞いた竜魂士向けたメッセージはこの事を意味していた。人を捨ててでも竜になる事を、竜に生まれ変わる事を選ぶかどうか。本来であればその覚悟を決める必要があり、その判断材料が各迷宮で得る力と竜やアジーンに纏わる情報だったと言う訳だ。

 

「でも君は、他の迷宮をすっ飛ばし、いきなりオーちゃんの迷宮に挑み、更に核を継承する瞬間意識を失っていた。事前に知っておくべき事、するべき覚悟、それら全てを欠いた状態で君の行き着く先は決まってしまった。だから言ったんだよ、最悪なパターンだって」

 

「カナタ……」

 

「カナタ君……」

 

「……カナタ」

 

「カナタさん……」

 

 4人の不安げな視線がカナタに集まる。話を聞き、カナタは少し俯いていたがやがて――

 

「まっ、継いじゃったもんはしゃーないな」

 

 が、顔を挙げた時には既にいつも通りの調子で話すカナタに5人はきょとんとした表情になる。

 

「最後に確認させてくれ。心まで竜になるって言ってたが、それはつまり俺と言う自我も消えて、ホントの意味で俺の全てがアジーンになっていくのか?」

 

 その問いに、ミレディは首を横に振る。

 

「ううん、あくまで変わるのは常識レベルでの思考パターンや本能と言った部分だけ。人間だった時の自我はそのままに、君は竜に至る事になる。ミレディちゃん的には心身共に完全にアーちゃんに生まれ変わってもらう方が良かったんだけど、他でも無いアーちゃん自身がそれを望まなかったから」

 

「なるほど……まぁ、元々死んでた身だと考えれば自我が残るだけでも御の字ってところか」

 

 飢えや渇き以前に、あんな高所から落下して無事でいるはずも無い。つまり、核を継ぐ段階で自分は既に瀕死の重傷、もしくは即死していたのかもしれない。核を継ぎ、存在が竜へと移り変わり始める際の副次的効果として体が修復されたと考えれば半月も気絶しっぱなしで生きてた事も、いきなり魔物肉喰っても大丈夫だった事も納得出来た。

 

「いいのか、それで?」

 

「まぁ、色々問題は残ってるけど現状どうしようもないんだろ? それにミレディ達だって、世界の全てを理解してる訳じゃないし、なにより竜魂士の仕組みは人が作ったものだ」

 

 そう、世界は広い。それこそミレディ達ですら知らない事もまだ数多く存在してる筈だ。加えて、ミレディ達の時代から長い年月が経ち、当時とは色々変化している所もある。何より竜魂士というシステムは自然の摂理ではない。概念への介入と言うスケールの大きな話ではあるが確かに人が作ったものだ、人が作ったものを人がどうにも出来ない道理は無い。

 

「なら、一端この件は脇に置いといて、とりあえず最初の目的どおり地球へ帰還する方法を探すのを優先しようぜ」

 

「……強いね、君は」

 

「と言うより、直前の状況があの世に片足突っ込んだ状況だったからなぁ。命があっただけ儲けモノってだけだがな。あ、そうだ! もう一つ」

 

「なにかな?」

 

「もうこんな状況だし、他の迷宮で竜の情報を得る意味も無いから、ミレディに直接聞きたい。“皇の最後の言葉”ってのは何だ?」

 

「それはあのトカゲ野郎……チェトレがアーちゃんと袂を別つ時に言った言葉。それは――」

 

 

 

 

 

 

 

『アジーン、――に―――は―――――』

 

 

 

 

 

「これがチェトレの最後の言葉。あいつがなんであのクソ野朗に与したのかを知る唯一の手がかり」

 

「ふむ。まぁオスカーのメッセージ通りって事か」

 

「聞きたい事はコレで全部かな?」

 

「ああ、とりあえず色々判ってよかったよ。思ってたよりはまだマシな状況だったみたいだしな」

 

「それじゃあ、はい!」

 

 そう言って、ミレディはカナタに一個の指輪を投げ渡す。

 

「攻略の証だよ、大切に取っておいてね」

 

 話はコレで終わり。彼らを地上に帰還させる為の魔法陣を起動させようとミレディが一行から背を向ける。が、直後彼女を謎の浮遊感が襲った。そして頭には謎の圧迫感。

 

「あの~、どうしてミレディちゃんは今鷲摑みにされているのかな?」

 

 ハジメがミレディの頭を掴んで持ち上げていた。

 

「……おい、これだけか?」

 

「え?」

 

「攻略報酬だよ。オスカーは他にも色々な物くれたぞ。お前が持っている便利そうなアーティファクト類とか珍しい鉱物類も全部よこせ」

 

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?」

 

 と、文句を良いながらもミレディは彼らの目の前に様々な鉱石の山を出現させる。素直に出した辺り、実際は帰り際にも餞別代りとして、渡すつもりだったのだろう。が、それでも満足しない、毟れるもんは全て毟り取る。相手が高確率で二度と会う事が無い相手なら尚の事、それがハジメのクオリティー。

 

「おい、それ〝宝物庫〟だろう? だったら、それごと渡せよ。どうせ中にアーティファクト入ってんだろうが」

 

「あ、あのねぇ~。これ以上渡すものはないよ。〝宝物庫〟も他のアーティファクトも迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

 

「知るか。寄越せ」

 

「あっ、こらダメだったら!」

 

ミレディは「後は施設修復とかに使うものだから、君達の旅に役立つものでは無いよ」と説明するが、現代兵器を始め、文明の利器の知識があるハジメにとってはむしろ役立つ物だ。ミレディの説明を聞いても「そうか、分った。よこせ」と取り付く島が無いハジメにミレディはどうにか彼のアイアンクローを振りほどき、床のパネルを浮かせて避難する。

 

「ええ~い、あげないって言ってるでしょ! もう、帰れ!」

 

「何言ってんだ? これは正当な要求だろうが」

 

「どこが!? どっからどう見ても強盗の物言いそのものだよっ!!」

 

「お前らが迷宮の事をキチンと後世に残せなかったから、カナタは竜になる事になったんだぞ、本人の意志とは無関係で……」

 

「そ、それは……」

 

 そこでハジメは俯いて、言葉のトーンも少し下がる。握りしめた拳も少し震えている。

 

「そんなカナタが可哀想だと思わねぇのか? 申し訳ないと思ってねぇのか?」

 

「そりゃあ、勿論思ってはいるけど」

 

 「なら」とハジメは顔上げて、ミレディ手を差し出す。

 

「だったら慰謝料代わりにさっさと身包み全部差し出せ、それが誠意と真心と言う奴だろ!!」

 

「君は一度、その二つの単語の意味を辞書で引きなおせっ! うぅ、君の価値観はどうかしてるよ。何時も似たような事オーちゃんに言われてた私が言うぐらいだからよっぽどだよ……」

 

 つまりは、ミレディも似たような言動をし、それを常々オスカーに咎められていたと言う事だ。そして彼女は反省も改善も微塵もしていないと言う事になる。

 

「ちなみに、そのオーちゃんとやらの迷宮で培った価値観だ」

 

「オーちゃぁーーん!!」

 

 気がつけば先ほどまでのカナタの事に感する悲痛な雰囲気など欠片も残っていない。もしかしたらハジメはその為にワザとこの様に振る舞ったのかもしれない……とはいえ、それがホントかどうかは本人のみぞ知る所だ。

 

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

 ガックリとうな垂れたミレディはいつの間にか天井からぶら下がっていた紐を引っ張った。すると直後にあの音が、この迷宮で散々聞きなれた「ガコン」と言う音が響く。

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 直後、四方の壁から物凄い勢いの水が流れ込み、それらがぶつかり合い渦を作り出す。

 

「てめぇ! これはっ!」

 

 そして、床の中央にぽっかりと明いた人が通れる程度の穴。これらでハジメ達がミレディが何をしようとしたか理解した。

 

「嫌なものは、水に流すに限るね」

 

「来…」

 

「させなぁ~い!」

 

 ユエが風魔法で浮かび上がろうとするが、その前にミレディが重力魔法で彼らを激流の中へと押し込む。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

 

「ごぽっ……てめぇ、いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

 

「ケホッ……許さない」

 

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

 既に水中に沈んだカナタと香織以外の3人がそんな言葉を残して、一行は水と一緒に流されていく。やがて後に残ったのは水浸しになった部屋と穴が空いてるだけの床。その穴も自然と閉じて、ミレディは床に着地する。

 

「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ」

 

 そんな事を呟いたミレディは次にカナタの姿を思い浮かべる。そして申し訳ないとは思いつつも、彼女は彼が核を継いだ事に喜びを覚えていた。アジーンは彼に有無も言わさず核を受け継がせたと言っていたが、当時のアジーンは既に死に絶えて魂の核と意識のみを残した状態になっていた。

 

 魂そのものも既に失われ、自意識や精神を維持する力が著しく低下している状態だったことを思えば、もしかしたら自我や記憶と言ったものが長い時の流れの中で磨耗してしまっていたのかもしれない。それでも『竜魂士に己の魂の核を託す』その約束だけは忘れずに、そして遂にその約束を果たしてくれたと言う事だろう。

 

(ならきっと、アーちゃんはやっとみんなの所に逝けたんだね。お疲れ様アーちゃん、後は彼に任せて、ゆっくり休んでね)

 

 と、ホントの意味でこの世から消えた大きな戦友に黙祷を捧げ、彼女は水浸しのぐちゃぐちゃになった部屋を振り返る。

 

「……さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね……ん? なんだろ、あれ」

 

 その時、ミレディの視界にふと壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体が目に映る。

 

「へっ!? これって、まさかッ!?」

 

 それはハジメお得意の手榴弾。時より彼らの様子をモニターした時に、ハジメは使っていたのを見かけており、それの正体をすぐさま察し、ミレディはその場から逃げ出すも既に手遅れ。直後に「ひにゃああー!!」という女の悲鳴が響き渡り、修繕が更に大変になり泣きべそを掻く小さなゴーレムがいたのは別の話。



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第15話『心の壁、打ち壊す為に』

他の二次創作もここのお話が一つの節目となってるのが多いですよね。そしてその例にもれず、この作品でもそうなりました。(大体はオリヒロのパターンが殆どですが)


 トイレに流されるが如く、水流に流されている一行。辺り一面水な事もあり息継ぎを出来る場所がない為、壁に身体をぶつけたり等、何かの拍子に息を吐こうモノなら窒息待ったなしだ。何とか、体勢を整えながら流されているカナタ達を水中生物である魚はスイ~と追い抜いていく。

 

(っ!??!?)

 

 そんな中、シアの視界にある魚?が映った。いや、魚と呼んで良いのだろうか?何せ人型だ、手足にヒレがついてるし、背中から頭にかけて背びれも生えている。革のツナギにサンダル、肩掛け式の大きめなバッグ。地球組が見ればサハギン?と思えるようなオレンジ色をしたそいつは大きめなソロバン片手に優雅に泳いでいる。その異常な姿にシアは思わず息を吐きそうになり咄嗟に口を塞ぐが、それでも目の前の得体の知れない生物から目が話せないで居た。そんな中、そいつはシアの視線に気付き、彼女の方を振り返る。激流に流され(相手は泳ぎながら)互いに見つめあう二人、やがて――

 

「儲かってまっか?」

 

 と、サハギンもどきがそんな挨拶を残し、途中で枝分かれしていたところで別の方向へと泳いでいき、後には口をあんぐりと開けて白目を向いたシアが取り残された。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

 

「どぅわぁあああーー!!」

 

「んっーーーー!!」

 

「きゃぁあああーー!」

 

「うぉおおおおー!?」

 

「……」

 

 やがて、吹き上がる水の勢いのままに彼らは打上げられ、それぞれに悲鳴を挙げながら草の地面に落ちる。どうやら、どうやら街道付近の湖の様だ。

 

「ゲホッ、ガホッ、~~っ、ひでぇ目にあった。あいつ何時か絶対に破壊してやる。お前等、無事か?」

 

「ケホッケホッ……ん、大丈夫」

 

「コホッコホッ、うん、私も大丈夫」

 

「こっちも問題無い……おいシア、大丈夫か? ……シア?」

 

 辺りを見渡すとシアの姿が見えない。やがて湖の方に目を向けるとそこにはドリュッケンの重みで沈んでいくシアの姿が映った。もがいて無い辺り意識を失っている様だ

 

「シアっ!!」

 

 カナタが宝物庫から大剣を背負ってそれを重り代わりに一気に潜行、彼女を引き上げて仰向けに寝かす。顔色が青くなっており、呼吸も止まっている。カナタが咄嗟に彼女の心臓の所に耳を当てる。場所が場所だが緊急事態と言う事もあり、感触だとかそんなのを気にする余裕は無かった。

 

(心臓も止まってる、両方かっ!!)

 

 やがてカナタは学校で習った手順を思い出しながら、心臓マッサージと人工呼吸を始める。その様子に3人が「「「あ……」」」と呟くが彼の耳には届いていなかった。幸い、心肺停止してから然程時間は経っていなかったらしく、程なく彼女は咳き込みながら水を吐き出す、後は吐き出した水が気管に入らない様に、顔を横に向ける。

 

「とりあえずはこれで大丈夫か……香織、心臓マッサージで肋骨と胸骨が何箇所か折れてると思うから治癒魔法を頼む」

 

「う、うん……」

 

 と、顔を赤くしながら香織が治癒魔法を彼女に掛ける。

 

「ケホッ、ケホッ。カナタ……さん」

 

「気が付いたか。全く、気が付いたら窒息して心肺停止してるし、一体水中で何が……ムグッ!?」

 

 うっすらと目を開け、こちらに話しかけてくるシアに安心した様子で「ハァ」とカナタは息を吐く。そして何があったか訊ねようとしたがそれは突然シアがこちらの唇を塞ぐ事で止められた。

 

「んっ!? んー!!」

 

「あむっ、んちゅ」

 

 ご丁寧に身体強化込みで彼に抱きついて頭を抱えて唇を重ねている。その様子をハジメとユエは「「おー……」」と唖然とした様子で見ており、香織も「うわぁ……シアちゃん大胆」と声を漏らしている。

 

「わっわっ、何!? 何ですか、この状況!? す、すごい……濡れ濡れで、あんなに絡みついて……は、激しい……お外なのに! ア、アブノーマルだわっ!」

 

 そして、更に不幸な事にそんなシアのディープキスを目撃している外野が居た。ハジメ達3人が声をした方に目を向けてハジメは内心ギョッとした。そこにはマサカの宿の看板娘ソーナと3人の冒険者風の男、そして――

 

「あら? あなたたち確か……」

 

 筋骨隆々な巨体に三つ編み、そしてブーメランパンツ一丁で身体をクネらすブルックの町が誇るいろんな意味で最強の漢女、服屋の店長クリスタベルだった。やがて、カナタはシアを引き剥がすと彼女の額にちょっと強めにチョップをかますと「ぎゃうん!?」と言う悲鳴と共にシアが額を押さえる。

 

「ったく……救命措置からいきなりキスとか、なに考えてんだ」

 

「うぅ~、酷いですよ~カナタさんの方からしてきたんじゃないですか~」

 

「呼吸も心臓も止まってんだから仕方ないだろ……つか、それが分ってるって事は意識あったのか?」

 

「う~ん、なかったと思うんですけど……何となく分かりました。カナタさんにキスされているって、うへへ」

 

「へんな笑い方すんな、あくまで救命措置の一環だからな……。それより、胸とか痛く無いか? 人工呼吸に加えて心臓マッサージもしてるからその時に胸の骨何本か折ってる筈だ。一応、香織に治癒魔法は掛けてもらったが」

 

「あ、はい……特になんともありませんよ」

 

「そっか……ならいい」

 

「あのぉ、カナタ君……」

 

「ん? どうかした……か……」

 

 おずおずと香織に声を掛けられ、そちらに目を向けたところでカナタも漸くソーナ達の存在気付いた。しばし無言のまま見つめあうカナタとソーナ、やがて先に動いたのはソーナの方だ。

 

「お、お邪魔しましたぁ! ど、どうぞ、私達のことは気にせずごゆっくり続きを!」

 

 と言い残し、とんでもない誤解をしたままその場から立ち去ろうとしたソーナをクリスタベルが猫みたいにつまみ上げこちらに歩いてきた。ソーナは隣町の親戚に見舞いの品を届けに、クリスタベルさんは服の素材集めの為に町を出ており、冒険者3人は任務を終えてブルックの町に帰るついでに二人の護衛を買って出たらしい(ホントに護衛が必要なのかは疑問ではあるが……)。そして、休憩地点として知られるこの泉に立ち寄った時に丁度、カナタ達が出てきたと言う事だ。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「はぁ……えらい目にあった……」

 

 あれから、カナタ達はソーナ達の乗ってる馬車に乗せてもらいブルックの町に帰還(その間、カナタとハジメは、護衛についてた冒険者からの嫉妬の視線に晒されていたが)。再びマサカの宿に部屋を取り、入浴と食事を終えてカナタはベッド縁に座るとそのまま後ろに倒れこんだ。トータスでは治癒魔法がある為か、ああ言った救命措置は知れ渡ってないらしく、その為明らかに何か勘違いをしているソーナ達に事細かに事情を説明し、何とか誤解を解こうと試みたが――

 

『あらん? それなら態々、お兄さんがしなくても、そっちのお嬢さん(香織)がすればよかったんじゃないの~ん?」

 

 と、言われてカナタは何も言えなくなった。冷静になってみればその通りだ。それこそ人工呼吸は香織にお願いすれば良かっただけの話なのにあの時のカナタはそれが思い浮かばなかった。それぐらい、心肺停止状態のシアを見て、気が動転していたという事だ。

 

(いや……違うか)

 

 シアが死んでしまうと思い、居ても立っても居られなかったと言う事だろう。

 

「カナタさん」

 

「ん?」

 

 気が付けば自分の隣にシアが座っていた。風呂上りだからか髪を上げて、フリルの付いたキャミソールを着ている。その表情はこちらを心配そうな視線をこちらに向けていた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

「……何の事だ?」

 

「ミレディさんが言ってた事ですよ、いずれ竜になってしまうんですよ」

 

 最初は周りと同じでも、そこから時間をかけて外れていく、そして自分が少しずつ違う何かになっていく。それは元から周りとは違う存在として生まれたことで、ある種の諦めと開き直りが出来たシア以上に辛い事と言える。

 

「ああ、その件か。それに関しちゃ大丈夫だ。あの時言った通り、むしろ核を継がなかったらそもそも俺は死んでたんだ。人としての俺は確かに死んだも同然だがそれでも竜峰カナタとしての俺はこうして生きてるわけだしな」

 

「違いますよ」

 

 カナタの言葉に彼女は首を横に振る。カナタの言葉は本心だ、もし仮にカナタの意志を確認できていたとしても生き残る為に彼は核を継ぐ事を選んだだろう。けれど、シアが言いたかったのはそこではない。

 

「カナタさん達の住んでる世界は魔法も無い、私達の様な亜人も居ない……そして勿論、竜も存在してない……」

 

「……」

 

 この世界では当たり前の存在も、地球では幻想の存在。そして、そんな存在が実際に現れた日には良くて捕獲されて研究材料にされるか、もしくは危険な存在として軍や自衛隊が出てきて処分されるかのどっちかだろう。

 

「地球に……元の世界に帰れないも同然なんですよ!? なのに――」

 

「シア」

 

 カナタがシアの言葉を遮り身体を起こす。

 

「あいつ等の前でその事は口にするなよ? まぁ、ハジメ辺りは薄々感づいてる可能性はあるだろうけどな……」

 

 ハジメ達の目的は地球への帰還、それは変わる事は無い。けれど、その中でカナタだけが帰れない、厳密には帰れなくは無いが、まずまともに生きていくことは出来ないだろう。それこそトータス人であるユエやシア以上にだ。

 

「態々それを口にしてあいつ等の決意や信念を揺さぶる必要は無いからな」

 

「カナタさん……」

 

「まぁ、まだ完全に帰れないって決まった訳でもないし、結論が出るのはまだ先の話だ。だからシアもそんなに気にする必要は――」

 

 カナタが口に出来たのはそこまでだった。シアに抱きつかれ、彼は言葉を止めた。

 

「私が貴方を好きになった理由。その一つは竜に変身した貴方の背に乗った時の事が含まれているのは覚えていますよね?」

 

 むしろあれが彼を意識するきっかけになった。そして自分を対等に見てくれている事を知って、それまでのフラグが全て成立して一気に好きになった。

 

「ですから、カナタさんが何時か完全に竜になったとしても私の気持ちは変わりません。何があっても、カナタさんの事が好きだと言う気持ちは変わらないんです。カナタさんがカナタさんである限り」

 

 だから私は貴方の傍に居ます。遠回りにそう伝えてくるシアにカナタは何かを言おうと口を開き、そして閉じた。

 

「いいのか?」

 

「なにがです?」

 

 そして、彼は彼女に問い掛けた。姿かたちの問題ではない。それ以上に問題とすべきことが他にある。

 

「ミレディも言ってただろ。竜は“特別な絆”を一人に定めない」

 

 竜にとって友愛を抱いた相手は皆友人であり、家族の情を抱いたものは皆家族であり――

 

「恋慕の情を抱いた者は皆愛する者と見る。それが竜と言う種の考え方だ」

 

「……」

 

「今はまだ、人としての部分があるからこの考えに違和感を感じているが、やがてはそれも無くなって行く」

 

 人としての記憶を残している以上、地球での法や倫理観との兼ね合いは考慮はするだろうが、素直にそれに従う事はしないだろう。

 

「シアが望んだように、雫じゃなくて自分を見てもらうってのは、もう出来なくなるって事だ。それでも――」

 

「それでもです」

 

 彼の言葉にシアはハッキリと告げ、カナタから腕を放すと彼の眼を真直ぐに見つめる。

 

「むしろホッとしてます、雫さんとの勝ち負けを気にしなくて良い訳ですし、誰と比べるでもなく、私自身が振り向いて貰える様に頑張れば良いだけですからね。そもそもそれ言ったら、人間なのに平然と恋人二人も作ってるハジメさんはどうなるんですか?」

 

「あ~、あいつらの関係は特殊と言うか……奈落で色々ぶっ飛んだ価値観に変わってると言うか」

 

 自分達3人だけ(明確には4人だが)と言う特殊の環境が3人の関係をより強いモノにした。それはユエと香織の関係も同然で、だからこそ地球での価値観や倫理観を降して成立した関係だ。

 

「それと同じですよ。むしろカナタさんの方が理由がハッキリしてるじゃないですか」

 

 何かを考えるようにカナタは黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「……いいんだろうか? それを……理由にしても」

 

 将来的には自分の価値観として定着していくと判っていても、今のカナタにとってはそれを理由にするのは免罪符に縋る事の様に感じていた。

 

「雫さんがそれを納得してくれるかどうかは判りません。けれど少なくても、私の想いだけは変わりませんよ。それだけはハッキリと言えます」

 

 そもそも、同族は皆家族と言う考えを持っているのがハウリア族だ。自分の想いの為に誰かと険悪な関係になる事は出来る事ならしたくない。雫と言う女の子が彼をどう思っているのかまだ判らないが、もしも自分と同じ気持ちなら、出来る事ならその人とも仲良くしたい。同じ人を好きになった者同士として。

 

「ですから、どうか自分の気持ちに嘘を吐く事だけはやめて下さい。それはとても……辛い事です」

 

 その言葉で彼の中で何かが切れたのか、気が付けばカナタはシアを静かに押し倒し、彼女はそれに驚く様子も見せず、逆らう事なくストンとベッドに横になった。

 

「全く……これ以上無いってくらいドンピシャな事言ってくれたが、ひょっとして未来視でも使ったのか?」

 

「むっ、失礼ですよカナタさん。流石の未来視でもここまで詳しくは見れませんよ。正真正銘私自身の言葉です」

 

「それもそうだったな……」

 

 言葉一つ、行動一つで未来は変化していく。それを一つ一つ確認していく事は未来視でも不可能だ。とは言え、シアが未来視を使っていないというのは、厳密には嘘だった。竜へと変わっていく中で、さまざまな事が変化していく彼の事が気になり、シアは密かに彼の未来を見た。そして知った、自分と周りの考えの相違から、周りの為にあえて孤立しようとする彼の姿を。だからシアは今、彼の心に踏み込んだ、彼の壁を壊す為に。地球に帰る事が絶望的ならば、せめて彼を一人にしない様に、自分も含めて誰かが傍に居てくれるように……他でも無い彼自身が自分にそれを許す様に。

 

「ありがとな、シア」

 

「フフフ、でしたらお礼は身体で払ってもらいましょうか? 私をこうして押し倒してるって事は……そう言う事ですよね?」

 

「それ、普通は男側が言うセリフだぞ……」

 

 ――その言葉を最後に、二つの影は静かに一つとなっていくのだった。




リーマンの救出にはハジメのアーティファクトを使用。けれど、その時のデート回は勿論原作とは変わるわけで、原作どおりいくとリーマンと会うのはカナタとシアになります。この二人で気づかれる事なく(騒ぎの有無は置いておいて)救出するのは難しい。と言う事で、リーマンさんまさかの降板・・・そして代わりにブレスオブファイア要素として○ニーロさんゲスト出演です。例のデート回で出すかどうかはまだ未定です。


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第16話『粉砕する恋人達』

 あれから、カナタ達は数日ほどブルックの町に滞在、次の目的地であるグリューエン大火山があるグリューエン大砂漠を目指す準備をしていた。とは言え、主な準備はハジメの破損したアーティファクトの修理や消耗した銃器の弾丸の補充、新たなに習得した重力魔法の活用訓練だ。なお、ある時、カナタとシアの関係について触れる事があり、白状した際には――

 

「さすが帝竜様だな、早速手ぇ出しやがったか」

 

「ん、これで欲求不満も解消……」

 

 ニヤニヤ顔のハジメにからかわれ、ユエは久しぶりに例のネタを引っ張り出したので、カナタはツッコミ用のハリセンの携帯を本気で考えた。因みに香織はと言うと――

 

(大丈夫だよ、雫ちゃん。今のカナタ君ならまだチャンスはあるからっ!)

 

 と、ホルアドの方角を向いて、今なおオルクス大迷宮で訓練をしてるであろう友人に祈りのポーズと共に心の中でエールを送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

 

そして出発を明日に控えた今日は食料品や薬品類を補充と、世話になった人へのあいさつ回りをしており、一行はいまギルドの受付おばさん、キャサリンの所を訪れていた。

 

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか香織に甘えたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、〝お姉さま〟とか連呼しながら三人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

 

 ハジメやカナタの情事を覗こうと日々、その隠密技術を高める宿屋の看板娘、ユエ達を狙って襲ってくる者、ハジメとカナタに彼女達をかけて決闘を挑んでくる者、男をスマッシュする彼女達の勇ましさにイケない恋慕を抱く者、そして男二人に対して獲物を見る様な鋭い視線を向ける漢女、ハジメ達的にはこの町で出会った住人の大半が禄でもない存在ばかりだった。

 

 そして、気が付けばこの街の男たちの間で「ユエちゃんに踏まれ隊」、「香織ママに甘え隊」、「シア様の奴隷になり隊」と3つの派閥が構成され、女性の間では『お姉さまたちの姉妹になり隊』が結成されている。ちなみにこの事実を知った時--

 

『私、そんなに老けて見えるのかな……まだ20にもなってないのに……』

 

 ――と、ショックを受けた香織をユエが慰め、シアとカナタは「いや、お前らが奴隷になるの!?」と思ったのは別の話である。因みにそうして彼女たちに手を出そうした者達の末路についてだが、彼女たち3人に直に行った男達はその多くがシアと香織の練習台(何がとは言わない)となり、この町は現在、漢女の卵が増えてきている。彼らがクリスタベルやマリアベルの様な立派(?)な漢女になれるかどうかは彼らにとってはどうでも言い、いや、むしろ考えるのが逆に怖いぐらいだ。

 

 そしてカナタやハジメにユエ達を賭けて決闘を挑もうとした連中については、ハジメの場合は彼らが決闘の「け」の字を出した段階で彼らに容赦なくゴム弾を撃ち込みノックアウト。カナタも初めのうちは「シアの気持ちを無視するような決闘は受けれません」と丁寧にお断りしていたが、あまりに頻度が多く、カナタもそのうちめんどくさくなり、途中からは決闘を申し出てきた相手には“威圧”の同系列技能である“帝竜の暴威”を軽めにぶつけて退散させる形で対応するようになった。なお、これでもまだ彼らの暴走は可愛い方で一番最後の『お姉さまの姉妹になり隊』は敬愛するお姉さま達に寄生する悪い虫として男二人に明確な敵対心を向けていた。

 

『お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああーー!!』

 

 と、刃物を構えて突撃してきた奴もいる。なお、その時被害者だったハジメにより彼女は町の一角に服を剥かれ、亀甲縛り(もどき)で吊るされ、その横には『次は殺します』と言う張り紙を残す事で彼女達の強硬手段は鎮静化される事になった。

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」

 

「やな、活気だな」

 

「で、何処に行くんだい?」

 

「はい。私達、次はフューレンを目指すつもりです」

 

 彼らの一番の目的地はグリューエン大火山だが、その道中に中立商業都市フューレンが存在している。大陸一を誇る商業都市と言う事で一度立ち寄ってみようかと言う事になった訳だ。

 

「それで、折角なので荷物運搬なり何なり、フューレン関連の依頼があれば受けようかと思いまして」

 

「ちょっと待ってなよ」

 

 事情を聞いたキャサリンが「う~ん」と唸りながら依頼リストを捲っていき、やがて一枚の依頼書で手を止めた。

 

「ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後三人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

 

 それはある商隊の護衛依頼。隊の規模がそこそこ大きい為、十数人規模の護衛を募集していた様だ。

 

「連れを同伴するのはOKなのか?」

 

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけど、荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるからね。まして、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者だ。三人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだ。断る理由もないさね」

 

「そうか、ん~、どうするお前等?」

 

 と、ハジメが他の4人の意見も確認すると――

 

「……急ぐ旅じゃない」

 

「そうだね。少しのんびりするのも良いかも」

 

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

 

「俺は特に小遣い稼げりゃなんでもいいよ」

 

 と、四人の賛成意見を聞き、ハジメは依頼を受諾。キャサリンが依頼書をハジメに差し出した。

 

「先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

 

「了解した」

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? この子達に泣かされたら何時でも家においで。あたしがぶん殴ってやるからね」

 

「……ん、お世話になった。ありがとう」

 

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

 

「キャサリンさん、お世話になりました」

 

「あんた達も、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるからね?」

 

「ええ、肝に銘じておきます」

 

「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」

 

 そして最後に「餞別だよ」と言いながらキャサリンさんはハジメに一枚の封筒を差し出した。

 

「これは?」

 

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

 それは暗に彼女が封筒一枚で他のお偉いさん方に影響を及ぼせる程の人物である事を物語っており、今なお底の知れない彼女にハジメが表情をひくつかせた。

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

 

「……はぁ、わーったよ。これは有り難く貰っとく」

 

 と、ハジメは封筒を懐に仕舞った。

 

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

 と、その言葉を最後に香織がもう一度キャサリンさんに頭を下げて、彼らはギルドを後にした。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 あの後ラストチャンスと言わんばかりに襲ってきた漢女を何とか殺さずに鎮圧したり、ソーナがついに潜むのをやめて風呂場とベッドルームに堂々突撃してきた事に激怒した母によって亀甲縛り(ガチ)で宿屋の一角に吊るされる出来事があったが、特にトラブルもないまま彼らは出発の朝を迎えた。

 

「お、おい、まさか残りの三人って〝スマ・ラヴ〟なのか!?」

 

「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

 

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

 

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

 

 と、周りの冒険者たちの声が耳に入り、カナタ達はなんとも言えない表情となる。スマ・ラヴとは必殺のスマッシュを以って並み居る男をものともせず、自分の想いを貫く彼女達に対して尊敬と畏怖の念が込められてついたあだ名である“股間スマッシャーズ”と、決闘を仕掛けてきた相手をそれぞれのやり方で決闘を始める前に撃退するハジメとカナタに送られた“決闘スマッシャーズ”この2つの称号を統合したスマッシュ・ラヴァーズの略称である。そんな彼らのどよめきをスルーしながら、一行は今回の依頼人である商人の所に向かった。

 

「君達が最後の護衛かね?」

 

「ああ、これが依頼書だ」

 

「ふむ、確かに。私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

 

 依頼書を確認すると目の前の男性モットーさんは手を差し出し、カナタが握手に応じる。

 

(もっと、ユンケル……まぁ、商人って意外と心身ともに大変な仕事だろうし……)

 

 儲け話の気配がする場所に他の同業者よりもいち早く到着するフットワークに、交渉に置ける腹の探りあい、商人という仕事は精神的にも肉体的にも負担が大きいだろうし、栄養ドリンクが欲しくなるのも頷ける。名は体を表すとはまさにこの事だろう。

 

「期待を裏切らないように精一杯務めさせてもらいます。俺はカナタです、隣に居るのがシアであっちの三人は――」

 

「俺はハジメだ。こっちはユエと香織」

 

「それは頼もしいな……ところで――」

 

 モットーの視線がシアの方を向く。それはさっきまで違う値踏みをするかのような視線。儲けの気配を察知した商人の目だった。

 

「この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

 やがてその視線をカナタに戻し、予想通りの提案をしてきた。そんな彼の視線を受けてシアは逃げる様に彼の傍に寄り添った。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな……中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

 

「儲け話は見逃さない、中々に強かな商人さんですね……」

 

 カナタはシアに首輪を渡した段階で、この展開をある程度予期していた。むしろカナタの予期してたとおりの流れは今回が初めてで、ブルックの町での騒動は彼の想像を遥かに超えていた位だ。普通であれば、同じ商人の目線に立って情を排して、価値を話の中心に据えて断る所。だが――

 

「ですけど、神様から彼女を差し出せと言われても断ります。まぁ、神様が亜人をどう思ってるかを省みれば、そんな事はまず無いでしょうが、それぐらい手放すつもりはありませんと言う事です。ですので金額が云々と言うより、そもそも交渉するつもり自体ありませんので」

 

 そう返事をしてカナタは傍に居たシアの肩を抱き寄せた。

 

「そうですか、でしたら仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

「判りました。それでは失礼します」

 

 最後に軽く会釈をして一行はモットーさんの居る馬車を後にした。

 

「今のは割りと危ない発言だったんじゃねぇか?」

 

「あはは……まぁ、自分でも自覚はしてんだけどねぇ……」

 

「でも、カッコよかったとは思うよ。ね、シアちゃん」

 

「はいっ!」

 

 アジーンの件を考えればあまり神を蔑ろにする発言をして、教会から睨まれる事は避けるべきだろう。だからこそ、さっきの発言も我ながら危ないものだとはカナタも理解はしてはいる。けれど、自分とシアの関係は既に変わっており、例え交渉の為でも彼女を商品と捉えた話し方はしたくなかった。そこら辺を必要だからと割り切れない辺り、例え力はあっても自分はまだ20にすらなってない子供なのだろうと、いまも嬉しそうに自分の腕に抱きついてるシアの姿を見て、カナタはほんの僅かに苦笑を浮かべるのだった。

 

 




ブルック編はこれにて終了。次回から愛子先生編と竜姫様のお話に突入します。


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第17話『竜の尻を蹴り飛ばす』

補足(という名の後付):前話でシアを商品として扱うような話し方はしたくなかったという部分ですが、それなら首輪も外すのでは?と思うかもしれませんが、それに関しては外すとトラブルがシャレにならんので、そこだけは必要悪としたと言うことでお願いします。


 フューレンまでは約6日の道のり。そして現在は3日目の夜を迎えている。トータスにおいて護衛任務に就いてる間、冒険者達の寝泊りや食事は各々で用意するのが基本だ。とは言え、野営中の食事と言えば干し肉等の日持ちを優先した保存食で済まし、依頼がひと段落すれば自分へのご褒美として上手いものを食べるのが一種の儀式となっていたのだが、

 

「カッーー、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」

 

「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、おめぇはシアちゃん派か、ならば香織ちゃんは俺の嫁!」

 

「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでシアちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」

 

「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」

 

「ユエちゃんのスプーン……ハァハァ」

 

 今回の護衛任務に参加した冒険者の場合は例外だろう。何せ、カナタ達は冷房石を用いた冷蔵・冷凍庫を宝物庫で持ち歩いている為、無理に保存食に拘る必要は無い。お陰で他が保存食を齧ってる中で調理をして出来たての食事を食べていたことにより、他の冒険者の視線が一気に集まり、気まずさを感じた一行の台所番二人の提案(胃袋を握られた後の三人の拒否権はほぼ皆無)によりお裾分けを実行し、以降それが続いている。そしてそれが三日も続けば彼らもカナタ達と接するのに慣れて、今現在食事に加えてナンパタイムが繰り広げられている。

 

 食事の時間ぐらいゆっくりしたいハジメは何も言わずに威圧を実行。シチューモドキで暖まったはずの身体に寒気を覚えた冒険者はガタガタ震え始める。

 

「で? 腹の中のもん、ぶちまけたいヤツは誰だ?」

 

「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー」」」」」

 

「もう、ハジメ君。他の冒険者さんに威圧かけちゃダメだよ。それに、何があっても私もユエもハジメ君のものだから。と言う訳ではい、あ~ん」

 

 一通りの調理を終えた香織とシアも自分の場所に座ると香織は皿に移した串焼肉を箸でつまんでハジメの口元に持っていく。無論その反対側ではユエもその準備をしている。

 

(周りの目があるのによーやるな、あいつ等……)

 

 当然の事ながら、その様子に冒険者たちの視線は釘付けとなる。尤も、その視線の意味はカナタ達の食事に惹かれていた時とは違う意味だろうが。

 

「カナタさん、カナタさん」

 

 と、軽く肩をちょんちょんとされて隣に座っていたシアの方に視線を向けると――

 

「カナタさんも、はい、あ~ん」

 

 と、こちらはシチューモドキの入ったスプーンを差し出すシアの姿。と、同時に他の冒険者の視線の一部がカナタの方に向き、若干の居心地の悪さを感じた。

 

(地球でのハジメはこんな気持だったのかもな……)

 

 と、友人が地球で味わっていた精神的苦労を実感しながら、カナタもシアが差し出したシチューを口に入れるのだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 途中、ちょこちょこ魔物に襲われる事はあったがそのいずれも他の冒険者たちで余裕で対処できた為、カナタ達の出番は無いまま五日目を迎えていた。

 

「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

 

 そんな中、馬車の天井の上に乗っかり周囲を警戒していたシアが森の方に目を向けて声を張り上げると、冒険者達の間に緊張が走る。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 と、悪態をついたのは護衛部隊のまとめ役を務めるガリティマだ。強さは兎も角100を超える数となると魔物と戦いながら商隊を守るのは困難。

 

「迷ってんなら、俺らが殺ろうか?」

 

「えっ?」

 

 ならばいっその事と護衛の大部分を囮に商隊を逃がそうと考えたが、それに待ったをかけたのはハジメだった。

 

「だから、なんなら俺らが殲滅しちまうけど? って言ってんだよ」

 

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

 

「数なんて問題ない。すぐ終わらせる。ユエがな」

 

 と、ハジメが隣に立っていたユエの肩に手を乗せると彼女も問題ないとばかりに頷く。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

 

「「「「了解!」」」」

 

「……別にそんな心配、要らねぇんだがなぁ……」

 

「まぁまぁ、万一に備えて次の一手も予め考えおくのは悪い事じゃないだろ」

 

 と、話している内に他の冒険者たちも商隊を守るように陣形を組みそれぞれの獲物を構える。食事中にハジメの威圧に当てられガクブルしてた様子は微塵もなく、その姿は自分の腕一つで生きてきた冒険者の風格を思わせる。

 

「ユエ、一応、詠唱しとけ。後々、面倒だしな」

 

「……詠唱……詠唱……?」

 

「……もしかして知らないとか?」

 

 ユエの魔法は基本詠唱も陣も省略できる。が、この大衆の前でそれを実行すれば確実に後々騒がれる。なので、フリでも良いのでハジメがユエにそう勧めると彼女は暫く考えて――

 

「……大丈夫、問題ない」

 

 ――やがて、直後に酷い目にあって「一番良いのを頼む」と反省した誰かさんの言葉を口にする。

 

「いや、そのネタ……何でもない」

 

「接敵、十秒前ですよ~」

 

 と、シアの言うとおり森の奥から足音や息遣いといったモノが聞え始めるとユエもその手を空にかざす。

 

「降り立つ三つの星、常闇に猛き輝きをもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、集いし星は(みかど)の威信と共に障碍の尽くを退けん、最強の一片を担いしこの力、彼の者達と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」

 

 最後の魔法名を告げた瞬間、途中から立ち込めていた暗雲より雷の龍(こちらは身体の長い東洋の龍の姿)が現れ、ユエが指揮棒の用に自分の指を振るのに合わせ、雷の龍は魔物の群れの中で荒れ狂い、狼の魔物を飲み込んでいく。

 

「……ん、やりすぎた」

 

「おいおい、あんな魔法、俺も知らないんだが……」

 

 やがて、龍が霧散すると底には黒くこげた地面だけが残り魔物達はその塵をも残していない。

 

「ユエさんのオリジナルらしいですよ? ハジメさんから聞いた龍の話と例の魔法を組み合わせたものらしいです」

 

 つまり、あれは新たに作成した魔法であり重力魔法は雷の龍の操作に使ったと言う事だろう。

 

「ん……因みに詠唱は私達四人の出会いと未来を謳ってみた」

 

 と、ユエは無表情ながらもどこか得意げな表情を浮べている。そんな中、目の前の光景に硬直していた冒険者達が一斉に正気に戻る。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

 

「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」

 

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

 

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

 

「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」

 

「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」

 

「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」

 

「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」

 

「「「「なるほど!」」」」

 

 いいえ、女神じゃなくて吸血鬼です。とカナタはツッコミたかったが、昔に全滅した種族の名を出す訳にも行かないので、「もうそれでいいよ……」と呆れ半分に呟いた。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 後の道中は特に襲撃もないまま、彼らは無事にフューレンの町にたどり着き、現在は検問の順番待ちの最中。馬車の屋根で待ったり過ごしている彼らの元にモットーがやってきて、近くに居たカナタが彼に目を向けた。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 モットーが言ってるのはハジメ達の様子だろう。香織の膝枕に横になり、彼の胸にもたれ掛かりながら同じく横になっているユエ。カナタは屋根の上に胡坐をかいており、シアは彼に寄りかかる様に座っている。ここは大陸一の商業都市、その活気は清濁併せ呑む事で成り立っており、彼らに向ける視線の中には今までの嫉妬のものと比べ、些か厄介な類のモノも混ざっている。

 

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ」

 

「むしろ、それを気にして下手に離れたり、隠したりした方が余計に目立ちますからね。それで何か用ですか?」

 

 と、ハジメとカナタがそれぞれに返事をするとモットーの視線はシアの方に向く。

 

「いえ、出発前にお話したその兎人族と貴方達の持つアーティファクト。やっぱり売るつもりはありませんか?」

 

 検問が終わり町に入れば護衛の仕事はそれで終わり。次に彼らと会えるのは何時になるかは判らないので、最後の交渉にと言う事だろう。

 

「商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

 まぁ、これがあれば商材を運ぶ際に態々商隊を組んだり、大人数の護衛を雇わなくても良くなる。自分一人を守るだけの護衛で済むし、ほぼ手ぶらに近い状態になるのだからフットワークも俄然軽くなるというもの。宝物庫の話をしている時のモットーの目つきはシアを買い取ろうとした時以上に鋭い。

 

「残念ですけど、こちらの答えは変わりません。彼女を譲るつもりは一切ありません。それに――」

 

 シアは大切な人だ。だからこそ彼女の事に関しては理論的ではなく自分の気持ちのままに話すが、宝物庫は別だ。

 

「他の手段で幾らでも稼げるお金と、もしかしたら二度と手に入らない宝物庫。どっちが貴重かと言われれば、わかるでしょう?」

 

 カナタの返事に流石のモットーも即答は出来なかった。確かに先ほどのユエの魔法一つ。彼らは登録したばかりと言うだけでその実力は少なくても青ランクではない。それこそ、実力=実入りの良さである冒険者稼業なら彼らが食うに困る事は無いだろう。そしてモットーは知らないが、カナタは兎も角ハジメ達はいずれ地球に帰る。ならば、一生遊べる額とは言えトータスのお金を渡されても、そのありがたみは薄い。だからこそモットーは金銭的な面では無く別の方面から切り込む事にした。

 

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ?」

 

 それは貴重な何かを有する事へのリスク、過ぎたる何かを持つ事は同時に過ぎたる危険を招く可能性。

 

「そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」

 

 モットーはそこで言葉を止める。彼の視界にはさっきまでと変わらない穏やかな雰囲気のカナタの姿。けれど、そこから感じる得体の知れない恐怖。

 

「彼女達の身に……何か?」

 

「な、何か……起こる事も、ある……かも、しれない……と言う事、です。あ、あまりにも……隠そうと、なさらない……ので」

 

 理性ではなく本能が感じる恐怖。モットーはそこで今、自分は踏み越えてはいけない一線ギリギリに居る事を悟った。

 

「あー、それは一理あるかも。なぁ、ハジメ。今後はもうちょっと軽い荷物ぐらい持ち歩く事にしないか?」

 

「必要ねぇだろ。わざわざ、んな事しなくても敵対するならそれ相応の目にあってもらうだけだ」

 

 と、カナタがハジメに声を掛けると得体の知れない恐怖は収まり、モットーは「ハァ、ハァ」と呼吸を整える。

 

「なるほど。割に合わない取引でしたな……。私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」

 

 竜の尻を蹴り飛ばす。それはトータスのことわざの一つで、竜は全身を頑強な鱗に覆われており、一度眠ってしまえばよほどの事が無い限り起きないが、唯一尻の辺りだけは鱗が無く、そこを攻撃すると烈火の如く怒り出す。その例えから、手を出さなければ無害な相手に下手に手を出して痛い目に会う、と言う意味を持ってる。

 

「へぇ、そんな面白いことわざがあるんですか。初めて聞きましたよ……尤も――」

 

 カナタはそこで言葉を止めて意味深な笑みをモットーに向けた。

 

「貴方が蹴りそうになったそれはホントに竜のお尻だったのでしょうかね?」

 

「? それはどう言う……」

 

「なぁーんて、特に深い意味はありませんよ」

 

「はぁ……? そう言えば、ユエ殿のあの魔法も竜を模したものでしたな。詫びと言ってはなんですが、あれが竜であるとは、あまり知られぬがいいでしょう。竜人族は、教会からはよく思われていませんからな。まぁ、竜というより蛇という方が近いので大丈夫でしょうが」

 

 竜人族、それは竜になる力を持った種族で、教会からはあまりよく思われていない。何故なら、人にも魔物にもなれる狭間の者であり、かつ、神を信じぬ不信者、そのくせ亜人と違い強大な力を持っている。そして――

 

「何より竜人族はかつて、伝説の暴竜アジーンに与して神の遣いであるチェトレに牙を剥いたと言われています。既に絶滅したといわれていますが、そう言う経緯もあり協会は基本、チェトレ以外の竜を良く思っていないのですよ」

 

「ふむ、なるほど……ご忠告感謝します。さっきのことわざと一緒に、よーく覚えておきますね。貴重なお話ありがとうございました」

 

 その後、滞りなく検問も終了して依頼は完了。最後に報酬を配りながらモットーが冒険者達に自分の商会の宣伝をして解散となった。あの時、自分が蹴ろうとしていたのは竜の尻ではなく、逆鱗だったと言う事を彼が知る事は無かった……。



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第18話『フューレンの黒ぶたと支部長の依頼』

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 

 フューレンに到着してギルドで依頼の完了を報告後、彼らはどこかに宿を取る事にし、ギルドにてこの町のガイドであるリシーという人物を紹介してもらい、今はギルド内のカフェで軽食を取りつつ町の説明を受けていた。

 

(つまり中央区はビジネスホテルで観光区が普通のホテルみたいなものか……)

 

「なるほどな、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

 

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

 

「そりゃそうか。そうだな、飯が上手くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと責任の所在が明確な場所がいいな」

 

 最初は、ハジメの要望を「ふむふむ」と聞いていたリシーだが、最後の一言で「うん?」となった。

 

「あの~、責任の所在ですか?」

 

「ああ、例えば、何らかの争いごとに巻き込まれたとして、こちらが完全に被害者だった時に、宿内での損害について誰が責任を持つのかということだな。どうせならいい宿に泊りたいが、そうすると備品なんか高そうだし、あとで賠償額をふっかけられても面倒だろ」

 

「え~と、そうそう巻き込まれることはないと思いますが……」

 

「まぁ、普通はそうなんだろうが、連れが目立つんでな。観光区なんてハメ外すヤツも多そうだし、商人根性逞しいヤツなんか強行に出ないとも限らないしな。まぁ、あくまで〝出来れば〟だ。難しければ考慮しなくていい」

 

 ブルックの町でも彼女達をめぐる騒動はあったが、あれはある意味一種のお祭りみたいなもので、結果的に笑い話で済む範疇だった。けれどこのフューレンは違う、街についた時に感じた視線からも一歩間違えば流血沙汰なトラブルの可能性もある。ならば、遠慮なく暴れられる環境を整えておくに越した事は無い。

 

「しかし、それなら警備が厳重な宿でいいのでは? そういうことに気を使う方も多いですし、いい宿をご紹介できますが……」

 

「まぁ、それでも良いんですけど……」

 

 そこで口を挟んだのはカナタだった。

 

「警備員さんだって、同じ人間。ならば、当然暴走する可能性はありますからね」

 

 職務規程や職業理念、誰もがそれらを遵守する職業人なら警察の汚職や介護における故意の虐待と言った事件など起きない。そして、そういった事態の直接の被害者であるカナタの中では既にそれらの言葉はキレイ事としか思ってない。無論、身近な所に一人、それを頑なに遵守する例外が居る事も知っているが……。

 

「何かあった時に、自分達だけでも対応しやすい状況の方が安心できるって事です」

 

「なるほど、それで責任の所在なわけですか」

 

 こちらの言葉に納得したリシーは次に香織達にも要望を尋ねた。

 

「……お風呂があればいい、但し混浴、貸切が必須」

 

「えっと、大きなベッドがいいです」

 

「やっぱり、プライベートはキチッと守られてるところが良いかな」

 

 と、上からユエ、シア、香織の要望である。これが女の子三人だけであれば良くある要望と言える。けれど、男女混成のパーティの上で、これらの条件を纏めるとある意図が成立する。察したリシーも表情こそ普通だが、頬が僅かに赤くなっている。

 

 なおその瞬間、周囲のテーブルから感じていた視線の大半が一気に嫉妬と恨みに満ちたモノに変化したのはいうまでも無い。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの2人はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

 その時だ。良い言い方をすれば恰幅の良い、悪い言い方をすれば体重3桁は行ってそうなデブが一人の武装した男を同伴してこちらに近づいてきた。そして、香織達三人に舐めまわす様な視線を向けた後、シアに首輪がついてる事に少しめんどくさそうな表情になると、その視線をカナタに向けて、こう言って来た。

 

(早速来たか……さて)

 

 見た目も雰囲気も明らかに甘やかされて育ったボンボンは身なりだけは良い。恐らくはどこかの貴族と言う所だ。

 

(んでもう一人は……明らかに専属って雰囲気では無いな。あらくれか、それとも同業者か……)

 

 鍛え上げられた巨体に腰に剣を挿して武装した男性。だが、目の前のボンボンの専属のガードマンとかならもっと身なりは良いはず。その時点で金でそこら辺の荒くれか冒険者を雇った事になる。しかしここは冒険者ギルドだ、そんな場所にあらくれがホイホイ出入りするはずも無い。となれば――

 

(あの巨漢は冒険者……となるとこのボンボン、よほど欲に目が眩んで状況判断を思いっきり誤ったな)

 

 この状況下であれば、ある条件さえ満たせば手っ取り早い方法で事を済ませられる。

 

(後はどうやってそれを引き出すか……)

 

 と、次の瞬間。目の前のボンボンが突然「ひぃっ!?」と悲鳴を挙げて尻餅を付いた。どうやらハジメが威圧をぶつけたらしい。殺気ではなく威圧程度に留めてる辺り、ハジメの考えもこちらと同じのようだ。

 

(もっともこの場合だと、恐怖に駆られて逃げられる可能性もあるが……)

 

 今、この場で相手から特定のアクションを引き出す事が最も事が簡単に済むケースだ。そして、その為には相手の要求を蹴りつつ、さり気無く煽るのが手っ取り早かったのだが。

 

「行くぞお前ら、場所を変えよう……」

 

 そう言って、ハジメが席を立ちギルドから出て行こうとすると、先ほどの巨漢がハジメの前に立ちはだかった。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキ共を殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

 

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

 

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

 

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

 

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

 ボンボンが叫ぶとレガニドと呼ばれた冒険者はこちらを見下すような不敵な笑みを浮かべている。

 

「お、おい、レガニドって〝黒〟のレガニドか?」

 

「〝暴風〟のレガニド!? 何で、あんなヤツの護衛なんて……」

 

「金払じゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」

 

「おう、坊主共。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

(ふむ、恐怖に駆られて逃げはしなかったか…………好都合)

 

 これで条件は成立した。カナタ達の今の状況は連れの女の子を、無理やり連れ去ろうとする連中に絡まれたと言う構図だ。つまりは被害者サイドであり、抵抗しても正当防衛を訴えられる。当然相手は貴族である以上、金と権力でそれをもみ消す算段もあるのだろうが、それはもはや意味を成さない。このレガニドと言う冒険者をけしかけた時点でこの騒ぎは冒険者同士のトラブルとして成立する。そして冒険者ギルドの運営規程に置いて冒険者同士のトラブルは双方から事情を聞き、公正に判断が下すのがルール。加えて冒険者ギルドは特定の貴族と癒着していたり、懇意にしていては他の住民からの信頼に響く為、貴族の権力や袖の下と言ったものは受け付けない。

 

(最も、そんなのは建前で。裏では……って可能性もあるがな)

 

 仮にそうだったとしてもやる事は変わらない。冒険者の資格を剥奪されようが、指名手配されようが必要なら実力行使に訴えるのみ。ただ、こちらの正当防衛を成立させる方が後々面倒くさくないと言うだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「まぁ、余計な手間が増えただけで比較的穏便に済むだろうけど、流石にあのボンボンの意識も刈り取るのはやりすぎだぞ。アレの意識が戻るまで数日足止め喰らう可能性もある」

 

「どうせ、あの手の奴は親もロクでもない奴って相場が決まってるからな。泣きつかれて親まで出てきたら更に面倒だ。だったら、最初の一回でしっかりと俺らにちょっかい出す気が失せるぐらいトラウマ植え付けるに限るんだよ」

 

 あの後、良い女は守られるだけじゃないとユエたち三人でレガニドを叩きのめした。シアのハンマーで打上げられ、ユエの重力魔法による落下補正のついた風礫で空中で滅多打ちにされながら、更に香織によるゴム弾による急所への追撃が刺さった。そしてコレだけで済めば後はギルド職員からプームとこちら双方の事情を聴取後、何事も無ければ正当防衛成立で閉廷!と言う流れだったのだが、ハジメがボンボンの顔面にスタンプを喰らわせ彼の意識を刈り取ってしまった事であっちの意識が戻るまで足止めを喰らう可能性が生じた。

 

「それにしても、本当に何者なんだろうね? キャサリンさんって」

 

 加えて、何時かの門番の時と違い、奴隷だから、紛失したという理由でシアとユエのプレート未所持で事を通す事が出来ず(料金が高いからと言ったら、立て替えるとまで言って来た)、その後、キャサリンから貰った例の手紙を渡した所、この応接室に通されたという状況だ。やがて、一行が手紙を渡したドットと言う人物と一緒に金髪にオールバックの三十代後半の男性が入ってきて、自分達の向かいに腰を下ろした。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、カナタ君、ユエ君、シア君、カオリ君……でいいかな?」

 

「あ、はい。でもどうして私達の名前を?」

 

「先生の手紙に書いてあったのさ。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

 

 曰く、あのキャサリンと言う女性は元はギルド本部の長、即ち冒険者ギルドの元・秘書長だった女性だったらしい。そして現役引退後も本部で教育係として教鞭を振るい、今現在の各地の支部の重役の多くはみな彼女の教え子に当たる。嘗ての恩師の口ぞえとあれば確かに無下には出来ないだろう。因みにブルックで受付をやっていた理由は結婚や育児の都合上、ブルックに異動したと言う事らしい。

 

「はぁ~そんなにすごい人だったんですね~」

 

「……キャサリンすごい」

 

「元本部の秘書長なら、支部の一つや二つ、余裕で制御できても当然か」

 

 加えて子供も生まれ、母性が生じると共に女としての逞しさも身に付けばあのオカン振りも納得だ。

 

「まぁ、それはそれとして、問題ないならもう行っていいよな?」

 

「少し待ってくれるかい……」

 

 兎に角、キャサリンのお陰で身分証明は完了。ならばもう用は無いだろうとハジメがソファから立ち上がろうとするが、イルワがそれに待ったを掛けると、一枚の依頼書を彼らに差し出した。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

 

「断る」

 

「ふむ、取り敢えず話を聞いて貰えないかな? 聞いてくれるなら、今回の件は不問とするのだが……」

 

「身分証明の件については終わった筈では?」

 

「あくまで終わったのは身分証明だけ、騒ぎを起こした事については許した覚えは無いよ」

 

 つまり碌に話も聞かなければ規程に従い、ボンボンの意識が戻るまで待ってもらうぞと言う事だ。しかも依頼を受けたら、ではなくあくまで話を聞けば、という所がまたいやらしい。こちらとしても聞くだけで不問ならそれを突っぱねる選択肢は無い。それはつまり、交渉の席につくと言う事でもある。

 

「手札の切り方が上手いですね……こちらとしては交渉に応じる以外選択肢がなくなったわけですか」

 

「コレぐらいできなければ、大都市の支部長はやっていけないからね」

 

 

 

 

 

 事のいきさつはこうだ。クデタ伯爵家三男のウィル・クデタが北の山脈地帯で目撃されてる魔物の群れの調査依頼を受けた冒険者一行に同行したのだが、その調査パーティがそのまま消息を絶ったらしい。依頼の内容はそのウィル・クデタの捜索と保護。

 

「最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

 

「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は〝青〟ランクだぞ?」

 

「さっき〝黒〟のレガニドを瞬殺したばかりだろう? それに……ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

 

「! 何故知って……手紙か? だが、彼女にそんな話は……」

 

 と、そこでハジメは言葉を止めるとカナタと一緒に香織達の方に目を向ける。

 

「え~と……てへ?」

 

「……ごめんなさい」

 

「キャサリンさんとの話が弾んじゃって、つい……」

 

 つまり、ランクを理由に対外的に実力不足を偽る事を防止する為に香織達から実力に関する情報を抜き取っていた。俺らに便宜をはかるだけでなく、こう言う風にギルド側が何らかの交渉を持ちかけた際のギルド側の交渉材料もキチンと考慮されていたと言う訳だ。

 

(オカンの会話テクって奴か……恐ろしいな)

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか? 報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」

 

「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」

 

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

 

「随分と羽振りがいいですね。幾ら友人の息子とは言え、一ギルド長としては入れ込みすぎでは?」

 

 友人の一人息子の為とはいえ、ここまで大盤振る舞いとなると友人の息子だから、と言う理由だけでは無い気がする。カナタの頭の中には“癒着”と言う単語が浮び、自然と目つきが細くなる。

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

(自分の不手際の尻拭い……と言う訳か)

 

 それについてはイルワ自身の判断ミスによるものだ。そこについて自分達が言う事は特に無い。それよりも大事なのは提示された報酬の後半。フェアベルゲンへの貸しと違い、こちらは永続的なパイプが出来るのは魅力的だろう。

 

「どうする? ハジメ?」

 

「……二つ条件がある」

 

 カナタがハジメに話を振るとハジメは少し考えてから二本の指を立てながら口を開いた。

 

「条件?」

 

「ああ、そんなに難しいことじゃない。一つはユエとシアにステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、そして二つ目はギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」

 

「何を要求する気かな?」

 

「そんなに気負わないでくれ。無茶な要求はしないぞ? ただ俺達は少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うが、その時、伝手があった方が便利だなっとそう思っただけだ。面倒事が起きた時に味方になってくれればいい。ほら、指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……」

 

「指名手配されるのが確実なのかい? ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったな……その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」

 

 それから、少しの間無言の時間が過ぎ、やがてイルワが頷くと彼らに視線を向けた。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな?」

 

「まぁ、そんなところだろうな……それでいい。あと報酬は依頼が達成されてからでいい。お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」

 

「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……みんな……宜しく頼む」

 

 こうして、思わぬ所から思わぬ寄り道をする事になったハジメ達。そして、彼らにとってこの一件は再会、そして彼にとっての太古からの縁との出会いの騒動になる事に彼らが気付く術は無かった。



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第19話『湖の街に落ちる落雷』

遂に小話集を発見、時期が過ぎて差し込めない話も有るけど、今後はちょいちょい差し込んで行きたい。

そしてそう言えば香織はシアの事呼び捨てにしてた事にそれを呼んで思い出した自分です。執筆難航してる時に、ちょいちょい治していかないと。


 平原をハジメの造った魔導四輪が走る。ライセン大峡谷では魔力の分解の影響でどうしても速度が出づらかった乗り物も十全の機能を発揮し、時速80キロに迫るスピードで平原の街道を走っている。運転席にハジメ、助手席に香織、流石にバイクみたいにハジメの前に座ると運転の阻害となる為、ユエは香織と重なる形で座っている。要はそれほどまでにハジメの隣に座りたいということだろう。因みに大峡谷では見張りの為に荷台に乗っていたカナタとシアも今は後部座席に座っている。

 

「しかし、交渉の時はあれだけ渋ってた割には、いざ依頼を受けてみれば、随分積極的に行動するんだな? どういう気持の変化だ?」

 

 依頼を受けたその直後に出発。トータスの交通手段を考えれば車というだけでも十分早いのに、時速80キロ越えと言う警察に見つかれば即スピード違反で罰金と言うレベルで飛ばしている。

 

「そりゃあ、生きているに越したことはないからな。その方が感じる恩はでかい。これから先、国やら教会やらとの面倒事は嫌ってくらい待ってそうだからな。盾は多いほうがいいだろう? いちいちまともに相手なんかしたくないし」

 

「……なるほど」

 

「それに聞いたんだがな、これから行く町は湖畔の町で水源が豊かなんだと。そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだ」

 

 その言葉に香織とカナタの視線がハジメの方を向いた。

 

「稲作……てことは」

 

「おう、つまり米だ米。俺の故郷、日本の主食だ。こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたい」

 

 トータスの主食は基本パン系だ。無論それでも良いのだが、やはり日本人なら米と言う食べ物に惹かれないはずがない。

 

「お米かぁ……もし売ってたら、是非とも買っておきたい所だね」

 

「ハジメ達の世界の食べ物……ん、私も食べたい」

 

「私は、料理だけじゃなくてレシピにも興味ありますね」

 

「あ、だったら後で私が知ってるので良いなら教えるよ?」

 

「良いんですか!? 是非、お願いします」

 

「うん、任せて」

 

 と、一行の食事係二人が米料理についての話で盛り上がっていると、やがて遠くに一つの町が見えてきた。

 

「あれが、湖畔の町・ウル、か」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

 カナタ達の目的地、ウルにて小柄な少女がトボトボと歩いている。否、正確には彼女は少女ではなく二十代の大人の女性である。彼女の名は畑山愛子、このトータスにて作農師と言う天職が発現して以降、戦争からは外れて各地で農耕関連の任務に就いている。と言うのも作農師とは一人居ればその国の食糧事情は大よそ解決すると言われるほどの伝説的な天職であり、更に現在は魔人族との戦争の最中。どうしても食料や物資は戦場で戦う兵士達に優先的に回されて市場に出回る量は少なくなり、戦時価格として物価は高騰、それが戦争に出ない民の不満に繋がる。けれど、作農師が居ればそれらの問題が一気に解決する事が出来る。そんな人材を戦わす為に遣わされた人間だからと、戦場に出すなんて愚の骨頂。真っ先に彼女は戦場に出る事を止められ、各地で農耕関係の任務についている。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

 

「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ? 悪い方にばかり考えないでください」

 

 そんな彼女に声を掛けたのは任務で各地を巡る愛子の護衛の任に就く事となった教会騎士の一人デビットと“愛ちゃん親衛隊”と呼ばれる地球人のパーティの一人、園部優花だ。愛ちゃん親衛隊のメンバーは生徒の気持を無視して戦線復帰を促してくる王国に猛抗議する彼女の姿に心打たれ、前線で戦えないがせめて各地を回る先生の護衛ぐらいはしたい!と奮い立った生徒達で構成されている。因みにだがこの親衛隊にはもう一つの名前が存在している。

 

 その名は“愛子をイケメンから守る会”と言うのもデビットを始め、彼女の専属の騎士となった騎士たちはみな、よりすぐりのイケメンであり、生徒達も一目見て、これが王国や教会が愛子をこの国に繋ぎとめようと言うハニートラップの一種だと理解した。確かに25歳と言う婚期や生き遅れと言う言葉の足音が遠くに聞えてきそうな年頃。そんな独身女性にイケメン騎士をぶつけるのは効果的だろう。尤も、国側の思惑は既に破綻している。その理由は、同行を申し出た生徒達を思い止まらせる様、愛子と一緒に生徒を説得した騎士の言葉が物語っている。

 

「心配するな。愛子は俺が守る。傷一つ付けさせはしない。愛子は…俺の全てだ」

 

 神殿騎士ならエヒト神こそが全ての筈なのに、その対象がいつの間にか愛子に変わっていた神殿騎士専属護衛隊隊長デビッド。

 

「彼女のためなら、信仰すら捨てる所存です。愛子さんに全てを捧げる覚悟がある。これでも安心できませんか?」

 

 教会の人が聞けば、即不信者として罰せられかねない危ない言葉を、躊躇い無く口にした神殿騎士同副隊長チェイス。

 

「愛子ちゃんと出会えたのは運命だよ。運命の相手を死なせると思うかい?」

 

 心の中で生徒一同『誰が運命の相手だ!』と言う総ツッコミを受けた近衛騎士クリス。

 

「……身命を賭すと誓う。近衛騎士としてではない。一人の男として」

 

 と言う宣言と共に騎士の職務を思いっきり遠くにぶん投げた、近衛騎士ジェイド。

 

 以上4名、愛子を懐柔する為に遣わされたイケメン騎士全員が、逆に愛子に懐柔されると言う事態になっていた。そしてこの状況に「愛ちゃんをどこの馬の骨とも知れない奴に渡せるか!」と言う気持ちが芽生え、反って生徒達は頑なに護衛を申し出て押し切られる結果となった。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 生徒と騎士の励ましを受けて、自分の両頬をペシッと叩き愛子は親衛隊と生徒達の方を振り返り、声を挙げると生徒達も「はーい!」と元気良く返事を返し、騎士たちはそんな彼らの様子を微笑ましげに眺めながら、ウルの町での拠点である水妖精の宿へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして……いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

 

 店員からの言葉にニルシッシルがお気に入りだった優花がショックを受けた。

 

「あの……不穏っていうのは具体的には?」

 

「何でも魔物の群れを見たとか……北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

 

「どういうことですか?」

 

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 その言葉に騎士達がその冒険者の一行に興味を持った。何せ支部長からの指名依頼と言う事は支部長自身がその実力を認めていると言う事になる。それも、フューレンの様なピンからキリまで大量の冒険者を担当しているであろう大都市のギルド支部の長ともなれば尚更だ。騎士たちの中では最低でも黒以上、普通に考えれば金クラスの冒険者だろうと予測し、自分達が知っている該当する冒険者達を脳内でリストアップする。そんな中、宿の二階、客室フロアへの階段から誰かの話し声が聞えてくる。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

 

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」

 

 声からして5人のパーティだが、そのいずれも若者、一人に至っては幼い女の子の声を思わせる。騎士達が脳内でリストアップした冒険者たちは皆、年季の入ったベテラン達。つまり、今聞えている声は自分達の知る者達とは誰にも該当しないと言う事だ。やがて、彼らの会話の内容がハッキリと聞えてくる様になった。

 

「此処に来る途中で田園を見たが、トータスの米って夏に収穫するもんなのか?」

 

「ううん、宿の人の話しだとトータスのお米と地球のお米って殆ど差が無いみたい。いま、収穫してるのは特別な事情があるんだって」

 

 と、その言葉に生徒と愛子が目を見開く。何せその少女の声はクラスの皆にとっては決して忘れられない、クラスの二大女神の片割れの声と瓜二つだ。そしてその少女の言葉に混ざっている地球と言う単語、もはや間違いない。愛子が大急ぎで席を区切るカーテンを開けると。そこに居たのは二人の男性と三人の女の子。

 

「竜峰君?」

 

 他の男女は見覚えこそ無いが、残りの一人だけは格好を除けばあの日、奈落の底に消えた竜峰カナタその人だ。

 

「……畑山先生!?」

 

「…………先生?」

 

「え、愛ちゃん先生? ああ、先生の天職ってそういえば……だからこの時期でも稲が収穫可能レベルまで育ってるのか」

 

「その声……そっちの二人は南雲君に白崎さんですね!?」

 

 体格や髪の色と色々変わって居る為、町ですれ違う程度では気付けないが、こうしてじっくりと見れば面影が残ってる。何より、二人は自分を見て先生と、香織に至っては自分の苗字まで呼んだのだ。先生の言葉に親衛隊の男子も「えっ、白崎さんっ!?」と先生の傍に近づいてきた。

 

「良かった……三人とも、ホントに……生きていたんですね……」

 

 愛子はこのトータスに飛ばされた時、全員を無事に地球に帰す事を使命としていた。が、その使命とは裏腹に生徒達の傍に居れない状況を不満に思い、挙句の果てに王国に一度戻ってみれば待っていたのは三人の生徒の訃報。使命を果たせなかった事、大事な教え子が死んでしまった事、何よりその時に傍に居る事すら出来なかった事の三重苦で寝込んでしまった事すらあった。そんな彼女にとって三人の生存と再会はまさに僥倖、愛子は涙腺が緩み涙目になっていた。

 

「いえ、人違いです。では」

 

「へ?」

 

「「えっ!?」」

 

 が、直後のハジメの人違い発現に涙も引っ込み、カナタと香織共々呆然。そんな様子にも留めず、ハジメは空いてるテーブル席へと歩いていくが、正気に戻った愛子は彼の袖口を掴む。

 

「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね? なぜ、人違いだなんて」

 

「いや、聞き間違いだ。あれは……そう、方言で〝チッコイ〟て意味だ。うん」

 

「それはそれで、物凄く失礼ですよ!」

 

「流石にその誤魔化し方は無理があると思うぞハジメ。俺は外見そんなに変わってないし、香織に至っては苗字まで呼んでたし」

 

「……言うな。俺も流石に無理があるとは自覚してんだよ」

 

 ハジメ自身もこの言い逃れは口にした直後に「ないわ~」とは自覚していた。そして、今回の一件もスムーズに行く気がしなくなった事にハジメはガックリと肩を落とした。

 

「どうして誤魔化すんですか? それにその格好……白崎さんもですけど何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 南雲君! 答えなさい!」

 

「……離れて、ハジメが困ってる」

 

「な、何ですか、あなたは? 今、先生は南雲君と大事な話を……」

 

「あ、あの、畑山先生。事情は説明しますから、落ち着いて下さい」

 

 香織の言葉を受けて、愛子も自分が暴走しかけていた事を悟り、そしていつの間にか彼の袖を掴んで居た事に気付くと顔を赤くしながら手を離した。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君ですよね?」

 

「ああ。久しぶりだな、先生」

 

 こうなっては誤魔化すのはやはり不可能、とハジメも降参し頭を掻きながらそれを認めた。

 

「やっぱり、やっぱり南雲君なんですね……生きていたんですね……」

 

「ああ、色々あったが香織やカナタ共々、何とか生き残ってるよ」

 

「よかった。本当によかったです」

 

 と、その時親衛隊の生徒達の方から「おい、南雲の奴、いま白崎さんの事……?」「ああ、思いっきり“香織”って呼んでたな?」とヒソヒソと話し声が聞えた。そんな中、ハジメはそのままテーブル席に座り、メニューを開く。

 

「お、このニルシッシルって奴、カレーみたいだな。コレにするか」

 

「……なら、私もそれにする。ハジメの好きな味知りたい」

 

「……って、南雲君! まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらは……」

 

「……ユエ、ハジメの女2号」

 

「あ、私シアといいます。えっと、カナタさんの女です」

 

「お、女……!?」

 

 その事に先生がどもりながらユエとシアを交互に見る。そして他の生徒も「南雲の奴に女!?」「うそだろ、竜峰の奴、何時の間にあんな可愛いウサミミと」とどよめいている。

 

「ちょ、ちょっと待て! いまあの子、2号って言ったよな……?」

 

 そんな中、ある男子生徒の言葉に親衛隊と愛子の全員がハッとなり硬直した。2号と言う事なら当然1号が存在する。そしてシアというウサミミの女の子はカナタの女だと名乗った。つまり一号は……先生と親衛隊全員の視線が香織に集中する。その視線を受けて香織は気恥ずかしさに頬を赤くしながらも――

 

「えっと……どうも、ハジメ君の女1号です」

 

 「テヘっ」と笑みを浮かべて言葉の爆弾を投下した。そして直後に男子が「「なにぃ~~~~!!?」」と叫び声が挙がった。周りの客に迷惑だとか、そんな事は完全に頭から消えている。

 

「嘘だ! 南雲と白崎が……嘘だといってくれー!!」

 

「修羅の気配が感じられない……バカな! あれはまさか男の夢、ハーレム!?」

 

「ちょ、ちょっと優花、しっかりしなって!?」

 

 ショックから天を仰ぎ絶叫してるもの。ハジメがハーレムを作ってる事実に戦慄してる者、ショックで硬直してしまっている優花を揺すってる者など、生徒一同大騒ぎ。店員さんが「あ、あの他のお客さんも居るので、お静かに……」とおずおずと注意するも収まる様子は無い。そして、本来なら彼らを真っ先に諌める筈の愛子は俯いてプルプルと震えている。ユエと香織が宣言した通り、今のハジメは2人の女性を侍らせている。

 

「ふ、二股なんて! 直ぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら……許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ!」

 

 そして全うな地球人で尚且つ教育者である愛子からすれば、生徒の一人が堂々と二股かけているのを見過ごす事など出来る筈も無く――

 

「お説教です! そこに直りなさーーい!」

 

 穏やかな湖の町・ウル。その宿屋の一角で“先生の怒り”と言う名の雷が落ちたのだった。



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第20話『世代の主人公』

 あれから店員ではなく店長が出てきて、一行は愛子達が食事をしているVIP席に移動していた。そして、奈落の底に落ちた後、何があったのか色々聞かれて主にカナタと香織が事情を説明していたのだが――

 

「そんな事が……ですが、それならどうして脱出した後、すぐに戻ってきてくれなかったんですか?」

 

 その質問には二人も言葉を詰まらせた。エヒト神の真実を知った事により言われるままに戦争に参加しても戻れる可能性は低いと判断した事、カナタが神敵とされるアジーンの力を持っている事(厳密にはそれどころの話ではない)、そのどちらも神殿騎士であるデビットたちの目の前で口にする事は出来なかった。

 

「戻る理由が無い、それだけだ」

 

「理由がないって……」

 

 その時、今まで我関せずと言う様子でニルシッシルを食べていたハジメが口を開いた。その余りにシンプルな一言に愛子もすぐに返すべき言葉が見つからなかった。

 

「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 

 そんな彼女の様子を見て、怒りを覚えたデビッドはテーブルを叩きながらその場に立ち上がる。

 

「別にふざけてるつもりも、嘘を言ってるつもりもねぇよ。ホントに戻る理由がねぇからそう答えてんだ。んな事よりも今は食事中だ。行儀良くしろよ、おっさん」

 

「おっ……!?」

 

 デビッドは神殿騎士の中でもかなりの地位におり、それが理由で現在は国の重要人物となっている愛子の護衛隊の隊長を任された。その事による自尊心と、敬愛する愛子に対する態度への怒りからデビッドは一気に頭に血が昇り、顔を赤くした。そして、一行を見渡してその視線はやがてシアで止まると、反論の余地を見つけたと言わんばかりに口元を釣り上げた。

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前達の方が礼儀がなってないな。

 

「デビッドさん、なんて事を!?」

 

「愛子も教会で教わっただろう。魔法は神より授かりし力、それを使えない亜人どもは神から見放された下等種族だ」

 

「私達と殆ど同じ姿じゃないですか! どうしてそこまで――」

 

 デビッド一同、愛子を敬愛しているのは確かだ。けれど彼らは愛子と出会うまで、それこそ子供の頃から亜人を差別的に見る聖教教会の教えが浸透している環境で育ち、程度に違いはあれど亜人を差別的に見る思想と言うのは彼らの人格を形作る一部として完全に根付いている。トータスの人にとって亜人を差別する事は日本人が日本語を使うのと同じぐらい当たり前の事であり、その中でも聖教教会の信徒ともなれば、それはより顕著になるだろう。

 

「ならばその醜い耳を切り落としたらどうだ? それなら少しは人間らしくなるだろう」

 

 そして侮蔑の視線と共に言い放たれたデビッドの言葉にシアは一瞬だけ身体を竦め、そして少しだけ俯いた。周囲の言う事なんて気にする必要が無い、それはシアも判っている。けれどカナタ達と旅に出てから今日までシアが出会った人達は基本シアに対して友好的だった(まぁ、それで暴走している人達も居たが……)。だからこそ人間の亜人に対する明確な差別意識、その悪意をストレートにぶつけられたのは今回が初めてであり、今日まで普通に外の世界でも上手くやってこれていた事から、殆ど不意打ちの形でそれを受けたシアのダメージも大きかった。そしてその言葉に天丼(の様なメニュー)を食べていたカナタも手を止め、その視線をデビッドへと向ける。

 

「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 他の使徒の足を引っ張る事しか出来ない無能の分際で神殿騎士に逆らうのか!」

 

 デビッドも教会の人間。ならば、オルクス大迷宮でおきた三人の訃報は耳に入っている。そう、無能二人が癒術士の少女の足を引っ張り、結果三人とも奈落に落ちた、と言う事をだ。その為、デビッドの中ではカナタとハジメが足を引っ張った無能と言う認識にたどり着いていた。

 

「そりゃ、大事な人が侮辱されればこんな目にもなって当然だろう。あんただって、敬愛するエヒト神や愛ちゃん先生が侮辱されれば頭に来るだろう? それと同じ事だ」

 

「貴様っ! 愛子やエヒト様を獣風情と同列に語るか!?」

 

 カナタの言葉に怒り心頭のデビッドは遂に腰の剣に手を掛ける。流石に流血沙汰はマズイと他の騎士も彼を止め様と声を掛けるが、デビッドは聞く耳を持っていない。

 

「亜人に絆された奴など、もはや異教徒も同然! そこの獣風情共々地獄に送ってやる!!」

 

 そう言って、デビッドは遂に鞘から剣を抜き放つ。直後、宿の中に発砲音が2つ響きわった。発射された2つのゴム弾の内、一つは剣を握っていた手を直撃して剣を弾き飛ばし、もう一発がデビッドの額を直撃。本人を後ろに吹っ飛ばすと同時に意識を刈り取る。

 

「お、おい、あれって……」

 

「拳銃、よね?」

 

「南雲の奴、何時の間にあんなすげぇ武器を……」

 

「白崎さんも持ってるのか、と言うか二人とも何のためらいも無く撃ちやがったぞ……」

 

 と、生徒達が再び小声で何かを話してる。

 

「カナタ君、流石にここでそれはまずいよ、先生や他のみんなも居るし」

 

 そう言った香織の視線の先には、何時かの帝国兵の一団と戦った時と同じ目をしたカナタの姿。左腕を右側に持っていってる辺り、宝物庫から砲剣を取り出すと同時に横に振りぬくつもりだったのだろう。それこそ、何のためらいも無くデビッドの首と胴を切り離すつもりで、だ。 

 

「だから、これで手打ち。その手を下ろして」

 

 カナタは香織を一瞥、そして次にその視線をシアに向けてから。ゆっくりとその手を下ろした。そして、ニルシッシルを食べ終えたハジメは「ごちそうさん」と席から立ち上がる。

 

「コレで話は終わりだ。言っとくが俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう」

 

 そう言って、ハジメがその場を後にするとカナタ達もそれに続き、最後に香織が「ごめんね、みんな」そう言い残して彼らの後を追いかけていった。

 

「しかし、俺が言うのもなんだが最近沸点低くなってねぇか、カナタ?」

 

「まぁな……自分でもハッキリ自覚できるレベルで下がってる気がする」

 

 席を立ち部屋へと戻る通路の中でハジメがカナタに声を掛けた。その言葉にカナタも「う~ん」と唸っている。

 

「所謂これが、逆鱗に触れられるって事なんだろうな」

 

 モットーの事、あのボンボンの事。シアやみんなに手を出そうとした連中に対して自分は穏便に済ますのではなく、あくまで面倒事にならない様に動こうと考える様になってる。ボンボンについては後の処理の事も考慮してはいたがボコる事を前提に考えてたし、デビッドに至っては彼が剣を抜いた瞬間、カナタは躊躇無く彼を斬ろうと考えていた。

 

「はぁ、いかんな。一行の穏健派を自負する俺がこんなんじゃ……それでなくてもハジメの塩対応は周りに敵を作りかねないってのに」

 

「何言ってんだ、敵なんて何処にいる?」

 

「そりゃ、敵が出来たら即ドパンしてんだから確かに敵は居ないでしょうよ」

 

 と、まるで誤魔化すようにおどけたカナタの言葉にハジメも「心外な」と言わんばかりの反論をする。その時、ふとカナタの視界に今もシュンとしているシアの姿が映った。

 

(ホント……相手ぶっ飛ばすよりも先にやらなきゃいけなった事が、怒りの所為で頭から抜けてたのは良くないよな……)

 

 

 

 

 

 

「シア、余りに気にする必要ないからな。あの反応は敬遠なエヒト信者だからであって、むしろ少数派だ」

 

 部屋に戻り、ジャケットをハンガーにかけながら、カナタはシアに声を掛けた。ホントはすぐにでもシアにフォローを入れるのが先だったが、あの時は完全にデビッドを斬る事しか頭に無かった。

 

「そう……でしょうか?」

 

「そうだ。そうでなきゃ兎人族に愛玩奴隷としての需要があるはずが無いだろ」

 

 愛玩奴隷と言うのはやり方は人それぞれだが、纏めれば愛でる為の奴隷だ。

 

「つまり、愛玩奴隷に求められるのはいわば魅力。つまりは世の中の人間は兎人族をあいつ等ほど気持悪いだなんて思ってないって事だ」

 

 自分達より下の存在として見てこそいるが気持悪いと遠ざける意思は無く、むしろ傍に置きたいと思うぐらいには魅力的に感じてる人も居ると言う事だ。

 

「因みにカナタさんはどう思いますか? その……私のウサミミ……」

 

(今更それ聞くのか……)

 

 と少し呆れながらもカナタは手招きでシアを呼び、傍に近づいてきたシアをそのまま抱き締める。

 

「ふえ?」

 

「別にどうもこうもない。俺はこうしてシアの事を好きになった、それだけだよ」

 

「カナタさん……」

 

「それに俺は聖教教会の信者どころかトータスの住人でもないしな。ああ言った連中とはそもそも常識や価値観が違うんだ。だからまぁ、あんま気にすんな」

 

 ポンポンと軽く頭を叩いてやるとシアは「えへへ」と笑って――

 

「はい」

 

 そう言って、シアもカナタの背に腕を回した。

 

「と、少ししたらハジメや香織とちょっと出かけてくるから、シアは先に休んでいてくれ」

 

「何処に行くんですか?」

 

「ん? さっきは話せなかった事を話しに、な」

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 その日の夜、愛子はソファに深く座り、火のついてない暖炉をぼんやりと見つめながら今日の事を思い出していた。死んだと思われた三人が生きていた事はとても喜ばしい事だ。けれど、ハジメと香織は見た目が大きく変わっており、ハジメに至ってはその性格まで豹変している、異常なまでのこちらに対する無関心。ある程度の話はカナタと香織から聞いたが、落ちた穴の先ではそうでもしないと生き残れないほど過酷な場所だったのか。そして、そんな場所で彼らが苦しんでいた時に何も出来ないどころか、その場にすら居なかった自分に腹が立つ。けれど、そんな状態でも彼らには彼らを慕ってくれる人がおり、信頼できる仲間が居る事に安心した。

 

「なに百面相してるんだ、先生?」

 

「っ!?」

 

 色々な感情が沸き起こり、それにより表情がコロコロと変わっていた愛子の耳に今日再会したばかりの生徒の声が聞こえ、彼女は弾かれた様にそちらに目を向ける。

 

「な、南雲君?」

 

「おじゃましまーす」

 

「夜分遅くに失礼」

 

「白崎さんに、竜峰君まで。な、なんでここに、どうやって……」

 

「どうやってと言われると、普通にドアからと答えるしかないな」

 

「えっ、でも鍵が……」

 

「俺の天職は錬成師だぞ? 地球の鍵でもあるまいし、この程度の構造の鍵くらい開けられるさ」

 

「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなくいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ鍵まで開けて……一体、どうしたんですか?」

 

 最後に入ってきたカナタが鍵を閉める。そして三人は先生の正面に並んんで、彼女と向かい合っていた。

 

「ちょっと秘密のお話を、って所ですね」

 

「ごめんなさい。畑山先生、でも教会の人が居る前ではどうしても話せなかったことなんです」

 

「ああ、教会の連中なら発狂して暴れそうな内容だしな」

 

「話ですか? 南雲君は、先生達のことはどうでもよかったんじゃ……」

 

 ホントは戻って来たいと思ってるのでは?と期待した愛子だったが、ハジメは即座にそれを否定した。

 

「いや、戻るつもりはないからな? だから、そんな期待した目で見るのは止めてくれ……今から話す話は、先生が一番冷静に受け止められるだろうと思ったから話す。聞いた後、どうするかは先生の判断に任せるよ」

 

 そしてハジメ達は自分達がオルクス大迷宮で知った神の事実、反逆者と呼ばれる者達の正体。竜魂士がアジーンの力を行使して戦う天職である事(流石に将来的には完全に竜になる件はこの場では伏せた)、まさに教会の教義を根っこから否定するような歴史の真実を彼女に話した。因みにこれを愛子に話したのはハッキリ言えば偶然再会したから物のついでに、といった所だ。

 

 王国に戻ってそれを他のみんなに言った所でハジメやカナタの言葉なんて光輝辺りは絶対に信じない、ましてやカナタはアジーンの力、世の中の誰もが認める絶対的な悪の力を使っている。最悪の場合カナタが自分達の敵になったとまで言い出す可能性もある。そして光輝が信じないと言えば必然周りも信じない。雫辺りはキチンと吟味してくれそうだが、弟分の幼馴染を放っておけずに彼女を迷わせるだけになると踏んでいる。

 

「まぁ、そういうわけだ。俺らが奈落の底で知った事はな。これを知ってどうするかは先生に任せるよ。戯言と切って捨てるもよし、真実として行動を起こすもよし。好きにしてくれ」

 

「つまり俺の場合は戻るに戻れない状態、ってのが正しいんですよ。まぁ、戻る気も無いってのもありますけどね」

 

「な、南雲君達は、もしかして、その〝狂った神〟をどうにかしようと……旅を?」

 

「ハッ、まさか。この世界がどうなろうが心底どうでもいい。俺らは俺らなりに帰還の方法を探るだけだ。旅はそのためのものだよ。教えたのは、その方が都合が良さそうだから、それだけだ」

 

 国からも重宝されている人物の中に真相を知ってくれている人が居れば、何かと内通もしやすいだろう。目的があるとすればその程度だ。

 

「アテはあるんですか?」

 

「まぁな。大迷宮が鍵だ。興味があるなら探索したらいい。オルクスの百階を超えれば、めでたく本当の大迷宮だ」

 

「ですけど、挑むのでしたら覚悟して下さい。あそこは私達が奈落に落ちた日に戦ったベヒモスすら遥かに超える魔物で溢れかえっています。私達三人もたくさんの偶然と幸運、そしてユエとの出会いのお陰で無事に乗り越えられたほどです」

 

「いやいや、二人してなにサラッと真っ先にオルクス大迷宮潜る様に勧めてるんだよ……愛ちゃん先生、大迷宮を作った人の記録によればオルクス大迷宮は他の迷宮を攻略して最後に挑む所なので、挑むならちゃんと他の所回ってからにするのをオススメしますから」

 

 話はそれで終わりだ。と言わんばかりに三人が部屋から出て行こうとする。

 

「八重樫さんは――」

 

 が、愛子が口にした名を聞き、香織とカナタがピクリと反応する。

 

「八重樫さんは、まだ戦っています。どういう形でも一緒に地球に戻る為にと、貴方達の遺体や遺品、痕跡を見つける為に……」

 

 カナタも香織もハジメの旅に着いていくと決めているし、それは変わらない。けれど雫の事を完全に忘れていた訳では無い、愛子の言葉を聞いて二人の表情は自ずと暗くなる。そしてハジメもドアノブから手を離して再び愛子の方を振り返った。その時、カナタが静かに口を開いた。

 

「……雫は、まだ無事なのか?」

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか? 竜峰君と白崎さんは八重樫さんとは仲がよかったですもんね」

 

 雫の名を聞き、カナタはふと思い出した。彼らの中に潜んでいるある危険人物の存在を。

 

「そういや、コレも一応確認しといたほうが良いか。愛ちゃん先生、あれから俺らが奈落の底に落ちた件どう処理されました? まぁ、王国側の下した判断についてはさっきの騎士様の言葉で大体察しましたが、あの時の魔法が俺らに向かって飛んできた時のこと、他のクラスの連中はどういう風に?」

 

 カナタの問いに愛子は黙り込んだ。

 

「……畑山先生?」

 

「実は……」

 

 自分達が奈落に落ちる原因を作った檜山が殆どお咎め無しで普通に使徒として活動してる事。そして三人についてはカナタとハジメは死に、香織だけは今も生存が信じられており、香織の救出も彼らが迷宮に挑んでいる目的の一つとなっている事、これらの事情を聞いて香織とカナタは衝撃を受け、ハジメはクラスメイト達の様子に内心呆れていた。

 

「勿論、貴方達の生死に関しては全員が全員って訳ではありません。中には白崎さんが生きてるなら他の二人も、って考えてる生徒もいます。ですが少なくても殆どの生徒が白崎さんの生存だけは信じている様子でした」

 

「まぁ俺らがどう扱われてるかに関しては特にどうでも良いんですけど……」

 

「そんな……何を根拠に私だけが生きていてハジメ君とカナタ君は死んでるって結論になるんですか? 普通に考えてもおかしいじゃないですか、そんなの!」

 

「いや、大体予想は付く。光輝がそう宣言してみんなを励ました。そして香織の死を受け入れたくないほかの生徒はそれに乗っかった。大方そんな所だろうな……」

 

 普通に考えれば明らかにおかしい結論だが、今まで光輝の思い通りにならない事はなかった。無論、本人もその為の努力を惜しんでいなかったのも事実だが、少なくても光輝が望んで行動を起こせば必ず結果がついてきた。そして他の生徒にとっては、クラスで一、二を争う人気者である香織の死はカナタやハジメのそれよりも受け容れ難いものだ。

 

 そんな中、光輝が「香織は生きている!」と確信して、それに準じて行動を起こすのなら、それが現実となると感じるのも無理は無く、他の生徒がその言葉に縋り、妄信するのも仕方ない。実際、香織は生きている訳だから、今回も確かに光輝の思い通りになっていると言えなくもない。

 

「良くも悪くもあいつは俺達の中心。周りから見ればまさに、俺らの世代の主人公みてぇなもんだからな」

 

「竜峰君……」

 

 そしてその主人公に真っ向から歯向かった結果が例の一件であり、不良のレッテルを貼られた。そんな皮肉と自嘲の念が込められた言葉に、愛子は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 最後に、次に雫に会うか手紙で連絡する時があれば自分達の事を伝えて欲しいとお願いして、三人は部屋を後にした。

 

(しっかし、予想以上にキツイ状況だな……。つまりあいつの気持ち理解してやれる奴、殆ど居ないって事じゃねぇか)

 

 タダでさえ普段から本音や気持を隠して無理しがちな雫にとって、その状況は精神面においては完全に孤立無援状態に等しい。大事な友人の死による雫の辛さや悲しさを察して寄り添い、励ましてくれる人が殆ど居ない。仮に雫の方から誰かにそれを打ち明けたとしても「香織は絶対に生きている、だから希望を捨てちゃダメだ」的な、的外れな言葉しか返ってこないだろう。妄信してるにせよ、目を逸らしてるだけにせよ、他の生徒の中では香織が死んでるという可能性は既に無くなっているのだから。

 

(雫ちゃん……)

 

 明らかに表情が険しくなってるカナタと、完全に俯いている香織。そんな二人の様子を見て、ハジメは足を止めると宝物庫から地図を取り出してそれに目を落としながらと口を開いた。

 

「……通り道だな」

 

「……ハジメ君?」

 

「この一件が終わって、再びグリューエン大砂漠を目指すとなればその途中、ホルアドを通る事になる」

 

 その言葉に二人は目を見開く。

 

「その時、あいつらがまだホルアドに居るなら町で色々補給してくついでに軽く顔を見せる事ぐらい出来ると思うが、どうする?」

 

 ハジメの言葉に香織とカナタはお互いに顔を見合わせ、やがて頷く。

 

「私……雫ちゃんに会いたい。ちゃんと私達は生きてるよって事、伝えたい」

 

 その言葉に同意見だと言わんばかりにカナタも頷く。二人の言葉にハジメは地図を仕舞って軽く肩を竦ませる。

 

「そうか。まっ、俺も八重樫には何かと世話になったしな――」

 

 雫にはハジメも何かと世話になった、光輝(時には香織)がしでかした事で割を喰った時に自分に頭を下げに来たのは何時も雫だった。

 

「義理を果たす為にも顔見せぐらいはしておかないとな……」

 

「悪いな、気を使わせて……」

 

「気にすんな、今言った通り人として義理を果たすだけだ。そうと決まったらさっさと休むぞ。明日は朝一から捜索だ」

 

 そう言って、ハジメは再び歩き始め、カナタもそれに続く。

 

(うん、会いたい……そして、出来る事なら――)

 

 香織は一つの思いを胸に秘めて頷くと、二人の後に続いて歩き始めたのだった。




と言う事で、フューレンの娘騒動も待ち受けてるこの段階で、早くも義理を果たす方針に。

香織が早々にパーティに居る状況は色々と原作通りに行かん部分が多くて、展開を考える(別名こじつける)のが大変です。まぁ、それが出来るのも二次創作の醍醐味ですが。


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第21話『生きる事と望む事』

遂に800件超え、大台の4桁も見えてきたかな。そして、小話集を読んで思った事、なんてこった、雫が可愛すぎる!!


 山道をハジメ特製の魔導四輪が進んでいく。が、それに乗っているのはハジメ達だけでは無い。愛子とその親衛隊の5人の生徒も乗っている、運転手たるハジメと女性陣が座席に、カナタも含めた男性陣は荷台に乗っている。何故、彼らが同行しているのか、それはまだ朝霧が立ち込め始めたばかりの早朝にまで遡る。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんだ?」

 

 いよいよウィルの捜索に乗り出すべく北の山脈へと出発する事になった一行。けれど、山脈方面の町の出入り口の前では腕組み+仁王立ちの愛子と親衛隊の面々が待ち構えていた。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」

 

「な、なぜですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

 時間を掛ければそれだけ生存率は下がるし、やるべき事が出来た。見た感じ6人分の馬を用意してる辺り、彼らは馬で着いて来る、と言うつもりなのだろう。

 

「足の速さが違うって、ねぇ南雲。まさか馬に乗るより走ったほうが速いとかなんて言わないわよね? 私達の事はどうでも良いからって、流石にそれは断りの言葉としては適当すぎない?」

 

 王国に居た時に無能と蔑んだ事、そして檜山の暴走に見てみぬ振りをした事。戦線を離れて冷静になって自分達の行いを振り返ってみれば、自分達がハジメ達に嫌われてるのは納得できる。が、優花自身にはだからと言って「はいそうですか」と終わりにしたくない理由があった。キチンとした理由を聞くまで納得しませんと言わんばかりの彼女の様子にハジメは溜息を吐くと、その言葉は全くのお門違いだと言わんばかりに魔導四輪を取り出す。

 

「理解したか? 適当な言い訳をしたわけでも、ましてや嫌味を言った訳でもない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

 

「まぁな。それじゃあ俺等は行くから、そこどいてくれ」

 

 と、魔導四輪に乗り込もうとしたハジメに愛子は尚も食い下がった。その理由は2点。一つは親衛隊として同行していた清水幸利という生徒の捜索。どうやら、数日ほど前に清水が突然失踪。農地改革の任務をこなしながら捜索していたのだが、手がかりが未だ見つかっておらず、未探査なのは北の山脈のみ。互いに北の山脈が目的なら一緒に行った方が良い。そしてもう一点は、檜山の行いについてだ。

 

「他の皆さんは天乃河君を中心に彼が軽い気持ちでいた事による事故としていますが、八重樫さんだけは檜山君が悪意を持って二人に魔法を放ったと訴えています」

 

 勿論、大事な生徒が悪意で人を殺そうとしたなんて信じたくは無い。けれど、常に物事を冷静に見れる雫の意見である事や、ハジメに対する檜山の普段からの態度から、思い込みだと斬り捨てるのも早計でもある。それでなくてもここは地球ではない。世界規模で殺しに対するハードルは地球より低いし、ここでの罪を地球の法で裁くのは不可能。その上、いきなり力に目覚めたとなれば暴走する可能性は0ではない。

 

「だからこそ被害者でもある二人やその時、八重樫さんの傍に居た白崎さんからも詳しい話を聞きたいのです。きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」

 

 彼女の不退転と言う決意にハジメは内心頭を抱えたい気持だった。こうなった愛子は絶対に自分の考えを曲げない。ここで無視して出発したら本気で追いかけてくるだろうし、重要人物という立場で国や教会に訴え、最悪指名手配をしてでも見つけ出そうとするだろう。それぐらい『生徒の為に!』となった愛子先生の行動力は凄まじいのだ。

 

「わかったよ。同行を許そう。といっても話せることなんて殆どないけどな……」

 

「構いません。ちゃんと南雲君達の口から聞いておきたいだけですから」

 

「何処にいても愛ちゃん先生は先生やってるわけか……」

 

 と、同郷同士の会話と言う事で話に入らずに静観していたユエとシアだったが、ハジメが珍しく早々に折れた事にシアとユエは驚きを隠せなかったらしく会話に入ってきた。

 

「……ハジメ、連れて行くの?」

 

「ああ、この人は、どこまでも〝教師〟なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろ。放置しておく方が、後で絶対面倒になる」

 

「ほぇ~、生徒さん想いのいい先生なのですねぇ~」

 

「うん。だからこそみんなから慕われているんだよ」

 

 と香織が笑顔で返事をする中、ハジメは「乗れない奴は荷台な」と言い残し、運転席に座るのだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 流石に女の子を荷台に乗せる訳にも行かないだろうと言う事で自ずと男性陣が荷台に座る事になった訳だ。

 

「そう、ですか……白崎さんも八重樫さんと同じ意見なんですね」

 

「はい、あの時の檜山君の顔は何時もハジメ君を虐めている時と全く同じでした」

 

 その道中、あの日の事の詳細をハジメと香織から聞いていた愛子の表情は暗い。その時の詳しい状況を聞いた感じ、ハッキリと見てない限りあの様々な魔法が飛び交う状況で誰の魔法だったかなんて区別がつかない。香織と雫がそれを目撃できたのは全くの偶然だ。それでも何とか容疑者を絞ろうとしても「火属性に対する適正が高い生徒」としか絞れない以上、手間を増やして適正属性以外の魔法を使う事で罪を逃れようとするのは理に適ってる。そして香織までが雫と同意見だし、動機も「ハジメと香織の仲に対する嫉妬」と言うのはありえなくは無い。担任では無いとは言え、普段から生徒と積極的に接している愛子だからこそ、檜山や香織の恋心も分かる。ここまで材料が揃えばもはや否定したくとも否定できない。そしてそれは人殺しをするほどまでに歪んでしまった生徒をどうやって立ち直らせれば良いのか?と言う新たな悩みを生み、愛子は考え込んでしまう。豹変したハジメの事を考えてた事に対する寝不足&早朝出発、そして馬車と違い、座り心地の良いシートと車の程よい揺れが揺り篭代わりとなり、愛子はたちまち夢の世界へ。そしてそのままハジメの膝の上に倒れた。これがシアなら遠慮なくチョップをかましているであろう状況にも拘らず、起こす様子が無いハジメにユエが声を掛けた。

 

「……ハジメ、愛子に優しい」

 

「……まぁ、色々世話になった人だし、これくらいはな」

 

「そうだね。きっと、昨日もずっと私達がどうすれば戻ってきてくれるかずっと悩んでて碌に眠れてないんだと思う」

 

 そう言いながら、愛子に優しい視線を向ける香織に目を向けてから、ユエも愛子に視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて山の麓で車から降りた一行。香織や親衛隊のメンバーが日本では滅多にお目にかかれない自然風景の芸術に見とれる中、ハジメは30センチ程度の鳥の姿をした機械。無人偵察機“オルニス”を先行させて、自分達も山道を進んでいく。

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

 

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

 

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

 

「……ひゅぅーひゅぅー」

 

「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」

 

 が、ハジメ達と愛子達のステータスの差が出たのか、魔物の目撃情報がありウィル達のパーティも調査を行ったであろう山の6合目に到着する頃には愛子と親衛隊の面々はグロッキー状態だ。

 

「と言うか……竜峰はまだしも、白崎さんまで息一つ切らしてないのか……」

 

「なんか……男として色々負けた気がする……」

 

 そして、癒術士という、お世辞にも体力や筋力が優れてる天職とはいえ無い筈の香織までもが、普通にハジメに着いて行く事が出来ており、尚且つ息も切らしてない様子に男子生徒は男としてショックを受けざるを得ない。尤も、男子二人が地面に倒れこんでるのに対して、優花たちは木に寄りかかる程度に留まってる時点で「男として~」と言うのは今更である。そんな彼らを差し置いて、ハジメ達は周囲の探索を兼ねた小休止となり、カナタ達は近くの小川へと足を運ぶ。周囲を念入りにオルニスに探索させている合間、彼らも休憩を取っている。香織とシアは裸足になって河に入り、水の流れる感触を満喫し、途中からユエもそれに参加している。

 

「そういや流水って吸血鬼の弱点だったが……まぁ、今更か」

 

 と、カナタはそんな事を口にした。そもそもそれを言ったら日光の下でも普通に活動してる時点で、この世界の吸血鬼はカナタ達の吸血鬼とは血を吸う事以外は殆ど違っている。やがて、少し回復した愛子達と親衛隊も合流、素足で川を楽しんでいる女の子三人の姿に鼻の下を伸ばしている男子達に優花達の冷たい視線を向けてる中、ハジメが彼らを睨み付けるとその眼力に身体を震わせ目を反らす。

 

「ふふっ、南雲君はホントにユエさんと白崎さんを大事になさっているんですね」

 

 と、愛子が嬉しそうな表情で彼の隣にしゃがむ。それに対して特に何も言わずに肩を竦めるだけのハジメ。そこにユエがその通りだと言わんばかりに彼の膝の上に座り、香織もハジメに寄り添うように腰を下ろす。そしてシアもカナタの隣に座り、彼に寄りかかる。最初こそ「二股なんていけません!」と言う姿勢の愛子だったが、香織からユエの生きてた環境(教会騎士が居た為、ユエの種族に関しては伏せていた)を聞いた。世界や環境が違えば常識も違うし、そもそもハジメではなく、自分たちの方がそれを望んだ事を説明され愛子も納得せざるを得なかった。特に愛子は社会科教師、それこそ歴史を理解していく中で同じ日本でも時代や情勢が違えば常識は変わってくる事は嫌と言うほど理解しており、今は三人のこともちょっと複雑な胸中ながらも認めている。

 

「……これは?」

 

 そんな彼らの様子に園部達女生徒はキャーキャーと歓声を上げ、玉井達男子はギリギリと歯を噛み締めている中、ハジメが呟いた。

 

「何か見つけたの?」

 

「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。ユエ、香織、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 それから、大急ぎで川の上流を進んで行くと、紐が引きちぎられ中身の散乱した鞄や、大きくひしゃげた金属製の盾が見つかる。それだけでなく、周囲の木には何かが擦れたような後が見られた。その後を辿っていくうちに、折れた剣や血痕が見つかり、何かと争いながら、いやおそらくは逃げながら移動してると推測できた。

 

「ハジメ君、このペンダント……」

 

 やがて香織が一つのロケットペンダントを見つけ、それを差し出す。中を開けてみればそこには一人の女性の写真。ペンダント自体も古びた様子は無く、間違いなく最近此処に来た誰かの品だろうと言う事で回収した。更に戦闘の跡を追いながら進んでいくと、やがて奥の方に小さな滝が見える大きな川のある所に出た。破壊や戦闘による周辺への被害が一番大きい辺り、ここで誰かは逃走を飽きらめ、何かとの本格的な戦闘に移行したようだ。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 

 今までの戦闘の痕跡からハジメはブルタールと言うオーガやオークに似た魔物の仕業を推測していた。が、その推測を大きな川に出来ていた支流が否定している。理由は自然に出来た支流にしては流れが直線的であり、そして支流周辺の木々が焼け焦げた状態でなぎ倒されていたからだ。

 

(ブルタールにはこんなレーザーの様な熱光線を放つ手段は……レーザーの様な熱光線?)

 

 そこまで考えハジメはある可能性を思いつく。そう、この現状を作り出せる存在を自分達は知っている。そして焼け焦げた木々に触れてるカナタが表情を険しくしている辺り、その可能性でほぼ間違いないだろうと判断する。ならばあまり長居をしているのも得策ではないと、ハジメはオルニスを上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。何かの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。そして――

 

「おいおい、マジかよ。気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は……あの滝壺の奥だ」

 

「生きてる人がいるってことですか!」

 

 そして、下流に沿って進んだ先、上流にあったそれより遥かに大きな滝の奥から人の気配を感じた。そして、ユエの魔法で滝壺の水をモーゼの如く割ってみればそこには洞窟があり、その洞窟を進んだ先で二十歳ぐらいの青年が倒れてるのを見つけた。傍に近づき、様子を見れば特に大きな外傷も無く単に寝ているだけの様だ。そしてハジメは彼を揺すって起こす――

 

「ぐわっ!?」

 

 ――なんて優しい事はせず、男性の額に思いっきりデコピンをかました。そして、あまりの痛さに額を抑えてのたうつ青年に容赦なく問い掛ける。

 

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

 

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げていくからな」

 

「えっ、えっ!?」

 

「お前は、ウィル・クデタか?」

 

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい!」

 

 最初は状況を理解できず、うろたえていた彼だったが、ハジメが二回目のデコピンの姿勢に入ると、今も尾を引く痛みもあって、理解できないながらも何とか名乗る。

 

「そうか。俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。生きていてよかった」

 

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

 その言葉に愛子はハジメにも他人を思いやる優しさが残ってるんだと嬉しそうにしていたが、その優しさが身内限定になってる事を知ってるカナタ達には「これでイルワにより大きな貸しが作れる」と言う意味合いでの事だと言うのはすぐに理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ウィルから事の経緯を確認した所、ハジメとカナタの予感した通りの答えが返ってきた。ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。それから、追い立てられながら大きな川に出たところで今度は漆黒の竜と遭遇したらしい。

 

「やっぱり、上流のあれはドラゴンブレスの跡だったか。俺が使ってるのとほぼ同じ性質の魔力の残滓が残ってたから、まさかとは思ってたが……」

 

(竜峰君が使ってるのと同じ……?)

 

 そいつはウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。そして、カナタの呟きが聞え、その意味が判らず愛子は内心首を傾げていると、ウィルは突然、その場で嗚咽を漏らしながら涙を流し始めた。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

 愛子は彼の傍にしゃがみ、彼の背をゆっくりと摩っている。その様子に誰も何も言えずにいた。そんな中――

 

「生きたいと願うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」

 

 彼の胸倉を掴み、持ち上げ宙吊りにした。

 

「だ、だが……私は……」

 

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」

 

「……生き続ける」

 

 普段であればあの姿勢から「お前の境遇や気持ちなんぞ知るか」的な事を言ってそのまま彼を連れて行くであろうハジメの意外な発言に愛子達+シアは驚いていた。

 

(……ハジメ君)

 

 けれど一人だけ、香織だけは悲しそうな表情を彼に向けていた。似ているのだ、今のウィルと豹変する前のハジメが。無力感に苛まれながらも何も出来ず、ただ誰かが助けに来てくれる事を祈るしか出来ない事への無力感。そんな様子が嘗ての自分と重なったのだろう。そしてそんなウィルが自分が生き残った事を悔いている事は遠回りに「お前が生き残っているのはおかしい」と自己の生を否定されたように感じたのだろう。

 

 ハジメに言われた事を吟味しているのか、若干呆然としているウィルをカナタ達が連れて行き、ハジメも彼らの後に続こうとした所で、香織が彼の背中から抱き付いた。

 

「私はハジメ君がこうして今も生きていてくれる事が嬉しいし、何があっても生きていて欲しい。ううん、一緒に生きていたい」

 

 正しい、正しく無いは関係ない。他ならぬ香織自身がハジメの、愛する人の生を望んでいる。

 

「もしもそれを、周りが間違いだと言うのなら……私は喜んで間違い続ける。それが私の望みだから……」

 

「香織……」

 

 そして、トコトコと近寄ってきたユエがハジメの手をそっと握る。

 

「……大丈夫、二人は間違ってない」

 

「……ユエ」

 

「……全力で生きて。生き続けて。ずっと一緒に。ね?」

 

「……ははっ」

 

 二人の言葉にハジメは自嘲気味な笑い声を挙げる。奈落の底で色々達観したと思っていたがキャサリンの懐の広さ然り、イルワの交渉力然り、まだまだ人生の先達には敵わない所も多い。さっきの発言とて、我ながら子供じみた癇癪を起こしたものだと思う。

 

(俺もまだ、20に満たない子供と言う事か……)

 

 そしてそんな自分は今こうして慰めてくれている香織やユエは勿論、カナタやシアと言った数少ない仲間に支えられながら生きている。なら、自分の生を否定するのは彼らの想いすら否定する事になる。それはハジメにとっても望む所ではない。

 

「ああ当然だ。何が何でも生き残ってやるさ……お前達を残して逝ったりなんて絶対にしない」

 

「ん」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、一行が洞窟の外に出るとそいつは居た。

 

「グゥルルルル」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する一匹の黒竜が彼らを待ち構えていた。

 

 



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第22話『漆黒を穿つモノ』

ついにやってきましたVSティオ戦。果たして彼女はどうなるのか?


 体長は七メートル程。全身鱗にを覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、自身の表面をうっすらと魔力で覆っている漆黒の竜。色や細かい特徴の違いこそあれど、殆どカナタが変身した時とほぼ同じ特徴のドラゴンが翼をはためかせながら滞空している。

 

(こうして、対峙してみるとすごい迫力だな……)

 

「なぁ、ハジメ」

 

「なんだ?」

 

「俺って何時もこんな感じだったのか?」

 

「雰囲気はな……尤も、敵として向き合うのは今回が初めてだが」

 

 直後、漆黒の竜はその視界にウィルを捕らえるとキュゥワァアアアと言う不思議な、ハジメ達にとっては聞きなれた音色が響く。

 

「ブレスが来る! 全員退避だっ!!」

 

 と、カナタが叫ぶと同時にハジメ達は散開。けれど、愛子やウィルは突然の脅威に意識と体が追いついておらず動けずにおり、ウィルは少し前に遭遇した恐怖から竦みあがって動けずに居た。

 

(やばっ!)

 

 それ気付いたカナタが咄嗟に竜と愛子達の間に飛び込むと全身が赤く輝き、黒竜から暗闇を思わせる紫色のブレスが放たれる。普通であればそれは彼らを飲み込み、跡形も無く蒸発させる。けれど、深紅の輝きが膨張し、それを受け止めた。

 

「えっ? えぇえ~~~っ!!?」

 

 やがてその輝きが晴れると同時に、愛子の絶叫が響く。彼らを庇うように竜に変身したカナタが腕をクロスさせながら黒竜のブレスを受け止めていた。愛子の様に声こそ出していないが、全員が唖然としている。その内ブレスが途切れ、カナタはクロスさせていた腕を解く。

 

『っつぅ~~……いざ自分で喰らってみると結構痛いな、これ……」

 

「えっ、今の声……竜峰君!?」

 

 愛子の言葉を皮切りに他の生徒達も「うそっ!?」「はっ? あの竜、竜峰なのか?」と口々に驚きの声を出している。そこに遅れてハジメ達が合流する。

 

『ハジメ達はウィルさん達の守りを優先してくれ、流石に庇う余裕は無さそうだ』

 

「援護射撃は?」

 

『隙と余裕があれば』

 

「グゥルァアアアッ!!!」

 

 直後、突然現れた同族に対して、威嚇するように吼える黒竜にカナタも同じ様に咆哮を返して、翼を広げ竜へと突貫。二頭の竜は両手をがっちりと組み合い、拮抗状態となる。

 

「な、南雲君っ! な、何なんですか、あれっ!? 竜峰君がド、ドラゴンに!」

 

「落ち着けよ先生。まぁ、一言で言えばあれが竜魂士って天職の戦い方って奴だ」

 

「あ、あれが……」

 

「ドラゴンに変身って嘘でしょ……?」

 

「おいおい……勇者よりチートじゃねぇか、そんなの」

 

 生徒達が呟き、愛子の視線の先では黒と赤の二体の竜が殴り合ってる。

 

『ぐっ!?』

 

 やがて、黒の竜が身体を一回転。尻尾でカナタの頭部を殴った。そして、カナタが怯んだ隙に追撃――

 

「ちっ!」

 

 ――を掛けずにすぐさまハジメ達の……いや、視線の向きからウィルの方へと向かいながらブレスの発射準備に入る。ハジメとカオリがドンナー&シュラーク、ナイチンゲールで銃撃を放つも、黒竜の頑強な鱗がそれを弾き、止まる様子は無い。

 

「“渦天〟!」

 

 ユエの声が響くと共に黒竜の頭上に直径4メートルの渦巻く黒球が現れ、それがドラゴンを地面に押し付ける。今までの様なほかの魔法に重力魔法を付加するのと違う、純粋な重力で相手を圧し潰す魔法。普通のモンスターなら数秒とせずに圧殺されるそれを受けても、黒竜は尚も健在。けれど、流石にブレスの発射は中断され、地面に這い蹲ったまま動けずに居る。

 

「動きは封じた……シア!」

 

「コレでもぉ……喰らえですぅっ!」

 

 ユエの言葉を聞き、彼女が黒竜の頭部に向かってドリュッケンを振り下ろす。重力魔法修得後、ドリュッケンも改造が施されており、インパクトの直前に魔力を流すだけでハンマーの重量が増し、その分破壊力も跳ね上がる。

 

「わっ、ハジメさんが付与してくれた重力魔法凄く相性が良いです!」

 

「アホウサギ! 外したら意味ねぇだろうが!」

 

「違う……あの状況からかわされた」

 

 喰らう直前、黒竜はその膂力で首を動かしてシアの一撃を避けていた。ドリュッケンは地面を叩き、地面を爆散させ小さなクレーターを生み出している。

 

「グルァアア!!」

 

 そして、そのままユエに向かって火炎弾を撃ち、ユエは重力魔法で横に“落ちる”事でそれを避けるが、その際に重力の拘束を解いてしまい、黒竜は自由を取り戻す。

 

「あっぐぅ!!」

 

 直後に放たれたテイルスイングをシアはドリュッケンで何とか防ぐもその衝撃で木々の向こう側へ吹っ飛ばされる。

 

 邪魔者が居なくなった事で黒竜は再び浮かび上がり、その視線をウィルへと向ける。殺意を孕んだ視線を向けられ「ヒッ!?」とウィルが悲鳴を挙げる。が、黒竜はすぐに何かを感じ、その視線を上空に向ける。

 

『さっきから……』

 

 そこにはドラゴンブレスのチャージに入ってるカナタの姿。それを見て黒竜も迎え撃つべくブレスの発射体勢に入る。

 

『無視してんじゃねぇッ!!』

 

「グゥアアアアアアっ!」

 

 カナタの叫びと黒竜の雄たけびが響き、両者のブレスが放たれ、赤と紫の光の奔流がぶつかりあい、二色の火花の様に辺りに飛び散る。やがて両者のブレスは拮抗していたが、込められた魔力量の差が出たのか、カナタのブレスの方が先に減衰し始め、ヤバイと察したカナタはブレスを中断し、黒竜のブレスを避ける。

 

(チャージ時間はこちらが長い筈なのに撃ち負けた!? ちっ、流石は本物の竜。竜としての戦い方はあっちに分がある訳か……。しかし、この黒竜……)

 

 周りにこれだけ直接的な障害が居るにも関らず、黒竜はそれらをスルーしてでもウィルを狙おうとしている。

 

(よく判らんが、なりふり構わずウィルさんを狙ってる?)

 

 その様子はまるでそう言う風に行動をプログラミングされてるかの様だ。そして、生物に対するプログラミングとは暗示を指す。つまり――

 

『ハジメ! 恐らくこいつ、ウィルさんを最優先で殺すように誰かに暗示を掛けられてる!! 余り時間をかけるとそれだけウィルさんが危険だっ!』

 

「ユエ! ウィル達の守りに専念しろ! 俺達は仕留めるのに専念するっ!」

 

 となると、長期戦になればその分、隙や流れ弾と言った被害が出る可能性も大きくなる。ハジメはウィル達の守りをユエに一任、黒竜を速攻で仕留めるべく攻勢に出る事にした。

 

「んっ、任せて!」

 

「香織っ!」

 

「うんっ!」

 

 香織がハジメから受け取ったシュラーゲンをを構え、ハジメもオルカンの発射口を黒竜に向けて同時に引き金を引く。対物弾とロケット弾が黒竜に着弾。流石にロケット弾の爆風と対物ライフルの弾丸の直撃の衝撃は大きく、黒竜も怯むが致命傷ではない。

 

『尻尾を武器にするってのは考えが及ばなかったな、あんたが見せてくれたお陰だ』

 

 元々人間に尻尾は無い。その感覚から、今までカナタには尻尾を使うと言う事を意識していなかったが、こうして実際に竜と戦う事で「そう言えば、こう言うことも出来るのか」と感じる部分があった。

 

『こいつはお礼だっ!!』

 

「グルゥゥッ!?」

 

 カナタが身体を縦に一回転。その勢いで尻尾を黒竜の背に叩き付ける。そして地面に落ちていく黒竜の腹にハジメが“豪脚”による蹴りを叩き込むと黒竜は仰向けの姿勢で地面に落ちる。

 

「クゥワァアア!!」

 

 そこにカナタの火炎弾とハジメが投げ込んだ手榴弾が着弾&爆発。黒竜は爆炎に包まれ苦悶の声が上がる。その段階で黒竜はカナタとハジメを脅威と認識したのか、今までウィルに向けられていたヘイトを二人に移す。

 

 黒竜の放つ火炎弾をハジメは縮地や空力で回避、カナタは腕で防いだり、同じく火炎弾を撃ちこみ相殺。隙を付いて間合いを詰めたハジメが腕力を向上させる技能“豪腕”+義手のショットシェルによる激発の勢いを乗せた拳で頭部を殴り、怯んだ所にカナタが黒竜の尾を掴み、一本背負いの要領で地面に叩き付け、近距離から腹部に火炎弾を3発撃ち込む。お返しにブレスを放とうと、黒竜は口を開けたが、そこに香織がシュラーゲンを撃ち、牙を撃ち抜きブレスを食い止め、カナタとハジメは間合いを置く。

 

「グルゥ……」

 

 黒竜の鱗は所々ひび割れ、口元からは血が滴り落ちている。致命傷こそまだ無いが、確実にダメージは蓄積している。

 

「すげぇ……」

 

 黒竜を圧倒するハジメ達の様子に戦いに見入っていた男子生徒がポツリと呟いた。言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにハジメを見つめている。そしてハジメがトドメとばかりにパイルバンカーを装着。黒竜の腹に杭を打ち込むべく飛び掛る。

 

「グゥガァアアアア!!!」

 

 が、決死の足掻きと言わんばかりに黒竜が吼えると、黒竜の膨大な魔力が爆発。その爆風が跳躍していたハジメを吹き飛ばし、カナタも腕を顔面でクロスさせて、それを防ぐ。その一瞬を隙を付いてもはや飛ぶ事も忘れ、黒竜はウィルへと突進。

 

『……シアっ!』

 

「はいですっ!」

 

 カナタが叫ぶといつの間にか、彼らに合流していたシアが黒竜との間合いを詰める。

 

「さっきのお返し……吹っ飛びやがれですぅ!」

 

 突進してくる黒竜を打ち返す様にドリュッケンをフルスイング。少しアッパー気味に振りぬかれた一撃は黒竜を大きく仰け反らせ動きを止める。その隙をついてカナタが黒竜の腕を掴み、そのまま地面に押し倒し、大きく口を開ける。

 

『この、いい加減……くたばれっ!』

 

 そして、その牙を黒竜の首筋に突き立てる。今までのダメージで皹が入っていた鱗では竜の顎の力に耐える事は出来ず、その牙は鱗の下の肉を穿つ。

 

『っ!? あぁぁああああああああッ!?』

 

 すると、あまりの激痛に黒竜は目を見開き、先ほどまでの竜の咆哮とは違う。女性の悲鳴が響きわたった。

 

「えっ?」

 

『はっ?』

 

 突然の出来事にカナタとシアの間の抜けた声が響き、カナタは咄嗟に噛み付いていた牙を抜いた。

 

『ぐぅ、うぅ……ここは? わ、妾は、一体何を……?』

 

 誰もが状況を理解できずに居る中、ユエがハッと何かに気づいた様に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もしかして、竜人族?」




ちょっと短いですが、今回はキリも良いので戦闘シーンのみで。本作ではケツに杭ではなく、首筋に牙が刺さる結果になりました。

しかし、最近香織がヒーラーとしてよりガンナーとして戦うパターンが多くなってる様な気がする。


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第23話『漆黒に刻まれる朱』

「……もしかして、竜人族?」

 

『いかにも……妾は竜人族の一人じゃ』

 

「滅んだはずの竜人族が何故こんなところにいるんですか?」

 

「それは俺も気になるな、しかも一介の冒険者を殺すように暗示まで掛けられて。もう敵対する気が無いってんなら、さっさと吐け」

 

『う、うむ。じゃが、その前に――』

 

 とハジメが訊ねると黒竜は歯切れの悪そうな返事を返すとカナタの方へと視線を向けた。

 

『こう、押し倒されたままの姿勢は些か恥ずかしいものがある。詳しい説明をする前によけてもらえるとありがたいのじゃが……』

 

『え? ……あっ!』

 

 そこでカナタは自分の今の状態に気づく。声からして目の前の黒竜(竜人族)はメス、つまりは女性と言うのは確実。互いに竜の姿をしているとは言え、今の構図は男性が女性を無理やり押し倒している姿勢だ。

 

『わ、わるいっ!!』

 

 その構図に優花達の視線が批難めいたモノになり始めたので、カナタが慌てて彼女から離れると、身体を起こした黒竜は黒い魔力の繭に包まれたかと思ったら、それが次第に小さくなっていき人と同じぐらいのサイズになると繭が霧散。中から噛み痕から血が滴っている黒い着物姿の女性が両足を揃え、片手で自分の身体を支える形で座ってる姿を現すと、親衛隊の男子生徒達は戦慄した。

 

「なってこった……こいつは凶悪だ」

 

 二十代前半の女性、艶やかな黒髪に竜の時と同じ金色の瞳。そして、戦闘の激しさからか肩口まではだけた衣服からシアをも越える双丘がその存在を主張している。

 

「これがふぁんたずぃ~かっ」

 

「くそっ、起きろよ! 起きてくれよ! 俺のスマホ!!」

 

 と、そんな思春期真っ只中の男子特有の反応をしている男子生徒達に優花と、男子生徒の言う凶悪さで一番負けているユエからの冷たい視線が刺さる。やがて、ユエは男子生徒達から視線を外して香織から首の傷の治療を受けている竜人族の女性の方に向き直った。

 

「……一体、なにがあったの? カナタは貴方は誰かに操られてるって言ってた」

 

「その通りじゃ。妾はあの男、仮初めの主に暗示をかけられ、そこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ」

 

 今まで竜人族は俗世を離れ、隠れ里でひっそりと暮していたのだが、ある時トータスの外側の世界からの来訪者、即ちハジメ達が召還された事を察知し、その詳細の調査の為に彼女は里を出た。そして人里に紛れて情報を収拾する予定だったのだが、途中で休憩を取る事にしたらしい、竜の姿のままで。

 

「その時じゃ、あの男が現れて妾に洗脳や暗示と言った魔法を掛け始めたのじゃ」

 

 普通であれば、それを察知すればすぐさま起き上がり反撃なり阻止するなり出来た。けれど、竜化状態で眠っていたのが不味かった。何時かオットーから聞いた諺の通り、竜と言うのは守りの薄い尻か逆鱗に刺激を受けない限りはよほどでない限りは起きる事は無い。が、そもそも竜人族は他の生物と比べ精神面では非常にタフだ。普通であれば、睡眠状態でも操られるような事にはならない筈だった。

 

「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……」

 

「それはつまり、調査に来ておいて丸一日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないのか?」

 

 そんなハジメの一言で全員の彼女を見る眼つきがなんとも言えないモノに変わり、女性は居心地悪そうに視線を逸らす。因みに、何故に丸一日も洗脳され続けていたのかを知っているかと言うと、洗脳されてる間の記憶も残っているらしく、洗脳が完了した後、その男は「丸一日掛るなんて……」とぼやいていたそうだ。そして、ウィル達に襲い掛かっていた時にカナタ達と遭遇、フルボッコにされた後にカナタに押し倒されて思いっきり噛み付かれた時の激痛で正気に戻ったと言う事らしい。

 

「……ふざけるな」

 

 彼女が説明を終えると、ウィルは拳を震わせながら静かに呟いた。

 

「……操られていたから…ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 

 どうやら、目の前の存在が脅威で無くなった事により、他の冒険者達を殺された事に対する怒りが湧き上がってきたらしく、ウィルは声を荒げる。そして彼女はそれに対し、何の反論もせずに静かにそれを聴いていた。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる」

 

「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

「ウィルさん、彼女の言ってる事は本当です」

 

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

「竜に属するものが“誇り”や“矜持”と言った言葉を使う時は自分の言動を決して曲げない、偽らない時です。さっきの戦闘で見せたとおり、曲がりなりとは言え俺も似たようなモノですから」

 

「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は〝己の誇りにかけて〟と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

 

 カナタの言葉に、ユエも同意してその視線はどこか遠くを見ている。孤高の王女として祭り上げられ、そして裏切られた。それはユエの周りの人間は最初から彼女を利用する為だけに接していたと言う事。つまりは嘘で溢れていたと言う事だ。だからこそ、ユエはその経験から嘘と言うものに敏感になっている。そんな寂しそうな様子をしているユエを香織が後ろからそっと抱き締めた。

 

「ふむ、そちらの同族はともかく、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だ居たとは……いや、昔と言ったかの?」

 

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

 その為か、ユエは竜人族の高潔さに対して、憧れを抱いている。だからこそ、ウィルの罵倒を止めるべくカナタに続き口を開いたのだろう

 

「何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……」

 

「ユエ……それが私の名前。大切な人達に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

 

 そしてうっすらとだが、ユエは幸せそうな笑みを浮べ、自分を抱き締めている香織の手に自分の手をそっと重ねた。その表情と雰囲気に女性陣は何か物凄く甘いものを食べたような表情をし、男子達は、頬を染め得も言われぬ魅力を放つユエに見蕩れている。

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

 ウィルもその様子に勢いこそ削がれはしたが、それでも先輩冒険者の無念は残ってるらしく、許す事は出来ない様だ。ハジメは内心、「また、見事なフラグを立てたもんだな」と変に感心しながら、ふとここに来るまでに香織が拾ったロケットペンダントを思い出す。

 

「ウィル、これは途中で拾った物なんだが、ゲイルってやつの持ち物か?」

 

 そう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げ、ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめる。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

 

「あれ? お前の?」

 

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

 

「マ、ママ?」

 

 と、ウィルにマザコンの気配を感じはしたが、大事なロケットが戻ってきたお陰で気持ちが落ち着き、冷静さを取り戻したが。冷静になったらなったで、今度は再び洗脳され更なる被害が出る前に彼女は殺すべきだと主張しだした。が、そんなのは建前であり、ホントの理由は復讐なのだろう。

 

「操られていたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を摘み取ってしまったのは事実。償えというなら、大人しく裁きを受けよう。だが、それには今しばらく猶予をくれまいか。せめて、あの危険な男を止めるまで。あの男は、魔物の大群を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。放置はできんのじゃ……勝手は重々承知しておる。だが、どうかこの場は見逃してくれんか」

 

 魔物の大群、その言葉にカナタ達も含め全員が驚愕し、彼女と表立って戦っていたカナタに視線が集まる。その視線は一名を除いて、彼女をどうするのか?と言う意味が込められており、残りの一名は早くトドメを、と言う意味だろう。カナタは彼女に視線を向け、数秒ほどを彼女を見つめ、そして自分の考えを告げた。

 

「この件は彼女もまた被害者です。なら、猶予も何も彼女を討つ理由はありません」

 

「な、何を言ってるんですか! それで彼女を見逃して、また操られたらどうするんですか!? これ以上被害を出さない為にもここでトドメを――」

 

「狙うのなら彼女ではなく彼女を操っていた男の方です。仮にここで彼女にトドメを刺しても、その男が健在ならば、またどこかで彼女に迫る力を持った魔物を洗脳してまわりに被害を出すだけ。ならばその男を止める為に彼女の持つ情報と力を借りる方が賢明な判断です。教会も力ある者と認識している竜人族なら実力は申し分ないはずです」

 

 冷静ではあるものの、ウィルの言ってる事は自身の恨みを恨みとして受け止めきれず正当化しているに過ぎない。

 

「それは……そうですけど」

 

「それに、こうした事もまた冒険者の仕事の一部です」

 

 そう、冒険者として仕事をするという事は常に命の危険と隣り合わせ。何時何処で誰が死ぬ事になってもおかしくない。

 

「冒険者として仕事をしていくなら仲間や行きずりでパーティを組んだ人の死に立ち会う事は幾らでもあるはず。その度に恨みや憎しみに駆られて行動していれば、いずれそれはウィルさん自身を滅ぼす事になると思います。もし、それをどうしても何とかする事が出来ないのなら……悪い事は言いません、冒険者は諦めて他の道を探したほうが良いと思います」

 

 その言葉にウィルは歯を食い縛りながら俯いていた。イルワの言ってた冒険者としての素養が無い、と言うのはこうした何かを割り切る事が困難な精神面も指していたのだろう。皮肉な事に今回の事件は想定とは違いつつも、イルワの目的に沿った流れとなっていた。

 

「同族の青年よ、口添え感謝する。妾の名はティオ・クラルスじゃ。しかし、もはや竜人族は妾達、クラルス族以外滅んだと思っておったのじゃが――」

 

 竜人は遥か昔にある出来事がきっかけとなり滅んだとされている。ティオ達の一族は辛うじて難を逃れるも、人の世には基本干渉はしない事を決めて隠れ里で細々と暮していた。

 

「まだ生き残りがおったとはの。お主、カナタといっておったな、一体何処の一族の者なのじゃ?」

 

「え? ああ、残念ながら俺は竜人族じゃないですよ」

 

「何を申しておる? 先ほどの戦いでも竜人族の象徴とも言える竜化を使っておったではないか?」

 

「確かに似てますけど、あれは竜魂士という天職の能力です。なので俺自身は普通の人、間……?」

 

 カナタはそこで言葉を止めた。何故なら、ティオがこちらを見ながら驚愕していたからだ。

 

「竜魂士……いま、そなたは竜魂士と申したのか!?」

 

「は、はい……」

 

「そう、か……そうか」

 

 次の瞬間ティオは目尻に涙を溜めながらも笑顔を浮かべており、その様子にカナタ達は驚いた。

 

「彼らが父上達と共に竜魂士と言う存在を作り何百年……やっと、やっと我らが“王”は再誕を果たされたという事なのじゃな……」

 

 モットーから、アジーンと竜人族に繋がりがある事は聞いていた。けれど、ティオの様子を見た限り、竜人族にとってアジーン、そしてきっとチェトレも含めた2柱の竜はそれほどの存在だったのだろう。が、カナタは嘗てのアジーンの事は全然分らない事もあり、ティオの感じている気持をカナタが理解する事は難しく、どう言葉を掛ければ良いか分らなかった。

 

「えっと、感動している所を悪いんですけどティオさん。貴女を操っていた例の男の事についてもう少し詳しく教えてくれないでしょうか?」

 

 が、何も言わないは言わないのも居心地が悪い事もあり、カナタは話題をティオを洗脳していた男に戻すべく問い掛けると、ティオも「そうであったな」と手を離すと目尻を拭う。

 

「それと、敬語やさん付けはいらぬぞ。妾の事は普通にティオと呼んでくれて良いし、敬語も不要じゃ」

 

「ですけど……」

 

「不要じゃ。むしろそう言う風に他人行儀にされる方が妾的には不満じゃぞ」

 

「……分かった。それじゃあティオ、改めてだけどその魔物群れを作ってるって言う男の事、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 

「承知したのじゃ」

 

 と、カナタが折れて接し方を変えると男子生徒の方から「あんな綺麗な人とフラグを……竜魂士、なんて恐ろしい天職なんだ」とか「竜峰、お前もか」と言う呟きが聞えたが、聞えなかったフリをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曰く、その男は黒いローブを着ており、数千という規模の魔物の大群を作り、ウルの街を襲うつもりでいるらしい。が、流石にそれだけの数に洗脳を掛ける事は出来ない。だからこそ、群れの長というべき存在に狙いを絞って洗脳を施す事で規模を拡大していたらしい。それを聞き、ハジメ達の脳裏には魔人族の存在が思い浮かぶも、それはティオによって否定される。

 

「その男は、黒髪に黒い目をしたおぬし達と同じぐらいの歳をした人間の少年じゃった。妾の洗脳を終えると頻りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にしており、その勇者と言う存在に対する妬みがハッキリと感じられたのじゃ」

 

 その言葉に愛子達に困惑と疑惑が混ざった複雑な表情を浮かべた。洗脳魔法は闇属性に分類される魔法、そして愛子達が探している清水はまさしく闇術使い。更に自身と比較するほど勇者、即ち光輝と近しい人物となれば、もはや否定できる部分は無い。

 

「おお、これはまた……」

 

「ハジメ君?」

 

 そんな中、魔物の群れの存在を聞いた段階でオルキスを飛ばして辺りを探っていたハジメが呟き、一行の視線が彼らに集まる。

 

「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

 

「おいおい、万単位かよ……」

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

 事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。

 

「あの、ハジメ殿達なら何とか出来るのでは……」

 

 と、ウィルの呟きを聞き彼らの視線が一行に集まる。

 

「そんな目で見るなよ。俺らの仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ。保護対象連れて戦争なんてしてられるか。そもそも此処で群れと事を構えるなんざ一番の悪手だ」

 

「だな。街に被害を出すのを防ぐ為にも、まずは戻ろう」

 

「何故ですか? あれほどの力を持ってるのであれば魔物の群れぐらい簡単に――」

 

「これが通常の殲滅戦なら、不可能では無いです。ですが恐らくそいつらもきっと、さっきのティオみたいに、よほどでない限り俺らには眼もくれずに目的地、つまり街に向かって突撃する可能性が高い」

 

 カナタの言葉にウィルはハッとなる。目の前の脅威を正しく認識して他の魔物も自分達に向かってくる、もしくは逃げるのであれば、ハジメの重火器やブレスでなぎ払えば良い。けれど、男の施した洗脳は余計なものは出来る限り無視して目的に合わせて行動するものだし、殲滅できるといっても数万と言う規模を考えれば、数十から数百の範囲で撃ち漏らしが生じるだろう。

 

「そしてそいつらが街に到達すれば間違いなく街は蹂躙されるだけ。ならばまだ距離がある内に町への報告と住人の避難を優先した方が人的被害を0に出来る可能性は高いって事です」

 

「だったら――」

 

「言っとくが、魔導二輪や四輪は俺達で無ければ動かせない。俺らに殲滅をお願いして自分達が街に報告に戻るってのは不可能だからな」

 

 魔導二輪や四輪が何なのかは判らないがウィルが提案しようとしていた事も先に却下され、それ以上の案は無いのか、ウィルも押し黙ってしまう。

 

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

 

「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」

 

 入れ替わるように今度は愛子がハジメに問いかけ、帰ってきた答えに「そう、ですか……」と暗くなってしまう。やがて黒いローブの男性の正体を確かめる為に自分は残ると言い始めた。無論、戦闘能力皆無の愛子を敵の大群が来る所に置いておける筈も無く、親衛隊の生徒達は愛子を説得している。

 

「畑山先生も、黒いローブの男性が清水君かどうか気になるかもしれませんが、園部さん達の安全も考えて今は戻りませんか? きっとみんな先生を置いて戻るなんて事は絶対にしませんし、魔物への対応については私もハジメ君やカナタ君と同意見です」

 

 香織の言葉を聞き、愛子は自分が清水の事で頭が一杯になっていた事に気づいた。故意による殺人未遂を起こした檜山、魔物の群れを引き連れ町を襲おうとしている清水と思われる少年。このトータスに来て愛子にとって余りに受け容れがたい出来事が続いてしまった所為で、視野が狭くなっていたらしい。愛子が親衛隊の生徒達の方を振り返ると全員が頷いており、自分が残るとなれば彼らも残る事は簡単に予測できた。

 

「……カナタ達の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」

 

 そしてティオの言葉も後押しとなり、まずは街に戻る事で方針が固まり移動を始めた。

 

「あ、少し待って欲しいじゃ」

 

「どうかしたか?」

 

「じ、実はの……魔力が枯渇してしまって動きたくても動けないのじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまぬの……もう少しすれば歩ける程度には回復するとはおもうのじゃが」

 

「いや、まぁ。もう少ししたらどの道ハジメの作った乗り物での移動になるから、そこまで無理はしなくても良いよ」

 

 あれから魔力切れで動けなくなったティオを誰が背負っていくかと言う話になり、男子生徒全員が「我こそは!」と名乗り出るも、明らかに下心満載の様子に優花達から却下が下る。そして何よりティオ自身の希望もありこうしてカナタがティオを背負って下山している。そんな中、ティオは自分を背負っているカナタの姿をを見つめていた。

 

(まだ再誕は半ば。人としての部分も残っておるが、正気に戻り、思い返してみたからこそ分る。あの堂々たる姿はまさしく帝竜様そのもの……)

 

 そんな中、彼女の脳裏に浮かんだのは先ほどの戦い、身を挺して自分のブレスから彼らを守り、自分に立ちはだかる堂々たる姿と、放たれたブレスの紅い輝き――

 

(まだ、竜の姿での戦いに粗こそ見られるが、仲間を守り、そして共に力を合わせ脅威を圧倒していく姿。ホントに懐かしいモノじゃ……)

 

 そして群れの仲間と力を合わせ、自分に立ち向かってきたカナタ。その強さに自分はなすすべなく圧倒され――

 

(~~~っ!?)

 

 そして彼に押し倒され、そのまま首筋に噛みつかれた時の事を思い出して、ティオは一気にその顔を真っ赤に染めた。そしてティオは噛まれた所にそっと触れる。香織の治癒魔法のお陰で傷跡は残っていない。けれど、あの時の事を意識すると嚙まれた部分が熱を持って居るかの様な錯覚を覚えた。まるで、自分の身体に竜峰カナタと言う存在が刻まれているかのように……

 

(あれは……反則なのじゃ……主よ)

 

 赤くした顔を誰かに見られまいとティオは彼の背に顔を埋めた。カナタが最後尾を移動している事もあり、彼女の様子に気づいた者は誰も居なかった。




ただしケツパイル。お前はダメだ

と言う事で、本作ではティオさんドM化は回避と言う形になりました。が、痛みを甘美に感じる性格の名残としてカナタに噛み付かれた痛みがカナタを意識するきっかけにしてみたりしました。



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第24話『誰かを思いやること』

書いては消して、書いては消して、執筆画面開かなかった日は無かったのに、今回は少し難産となりました。


 ウルの町に着くや否や、ウィルは事の次第を報告するべく真っ先に飛び出し、愛子達がそれに続く。本来であれば、後の事は愛子やティオに任す予定だったカナタ達だったが、肝心のウィルが真っ先に飛び出していった為、無視する訳にも行かず、彼らの後に続く。街の市役所と思われる場所ではギルドの支部長や町長を始めとした町の重役達が集まっており、皆が愛子やウィルに掴みかからんとする勢いで事の詳細を問い詰めている。

 

「おい、ウィル。勝手に突っ走るなよ。自分が保護対象だって自覚してくれ。報告が済んだなら、さっさとフューレンに向かうぞ」

 

「な、何を言っているのですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

 

「見捨てるもなにも、どの道、町は放棄して救援が来るまで避難するしかないだろ? 観光の町の防備なんてたかが知れているんだから……どうせ避難するなら、目的地がフューレンでも別にいいだろうが。ちょっと、人より早く避難するだけの話だ」

 

「こちらも貴方を保護してイルワさんの所に連れて行くと言う依頼、つまりは約束があります。報告等が終わったのでしたら、後の事は他に任せてフューレンに向かいましょう」

 

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。お二人も……」

 

 それでもいまだ引き下がるウィルに、ハジメは冷たい視線をぶつけた。もはや、優しく言っても聞かない事が判ったからだ。

 

「……はっきり言わないと分からないのか? 俺の仕事はお前をフューレンに連れ帰ること。この町の事なんて知ったことじゃない。いいか? お前の意見なんぞ聞いてないんだ。どうしても付いて来ないというなら……手足を砕いて引き摺ってでも連れて行く」

 

「なっ、そ、そんな……」

 

 ハジメの中で優先するべきは恋人や仲間の事。今回のウィルの保護依頼もその報酬内容が仲間達と自分の身を守る事に繋がるから受けた。だと言うのに、仮に彼の希望通りに街の事まで引き受けて、万一彼の身に何かあればすべてが無駄になる。そんなリスクを背負うぐらいなら町に対しては最低限の義理を果たしてさっさとフューレンに向かうほうが良い。そしてまだ余裕で避難を開始できる段階で大群の事を伝えた時点でハジメの中ではこの町に対する義理は十分に果たしている。

 

 彼の雰囲気から本気で自分を動けなくしてでも連れて行くつもりだという事を察し、ウィルは無意識に彼と距離を取る。そして、ハジメは彼に決断を迫るべく近づいていくが、そんな二人の間に割って入った人が居る。

 

「南雲君。君なら……君達なら魔物の大群をどうにかできますか? いえ……できますよね?」

 

 それは愛子だった。彼の冷たい眼差しを真正面から受け止め、毅然とウィルの前に立っている。

 

「いやいや、先生。無理に決まっているだろ? 見た感じ四万は超えているんだぞ? とてもとても……」

 

「ですが山に居た時、竜峰君は普通に殲滅するなら出来なくないと言ってました。それなら、街の人たちを避難させて、守らないといけない対象が居ない状態なら何とか出来ると言う事ですよね?」

 

 それでも街の建物に多少の被害は出るだろうが、そんなのはまた作り直せば良い。けれど、何もせずに町がほぼ全滅すれば復興は困難となり、街の住人に辛い日々を強いる事になる。最悪の場合、地図からウルの町が消える事すらありえる。

 

「おい、カナタ……」

 

「……すまん」

 

 それはウィルに向けた言葉なのだが、愛子にとっては大切な生徒の言葉。彼女はそれをバッチリと覚えていた。

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、此処に済んでるたくさんの人たちが苦しむ事になります」

 

「……意外だな。あんたは生徒の事が最優先なのだと思っていた。色々活動しているのも、それが結局、少しでも早く帰還できる可能性に繋がっているからじゃなかったのか? なのに、見ず知らずの人々のために、その生徒に死地へ赴けと? その意志もないのに? まるで、戦争に駆り立てる教会の連中みたいな考えだな?」

 

「……元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい、その気持ちは今でも変わりません。でも、それは出来ないから……なら、今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」

 

 と、ハジメは皮肉を込めた言葉を愛子にぶつけるも愛子は動じない。それは、トータスに飛ばされてから今日まで、殆ど状況に流されるがままにされていた彼女とは違う、正に彼らにとって見慣れた先生の姿だった。

 

「南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になる程に前に聞いた奈落の底での出来事は辛い事だったんだと思います。だからこそ、自分や自分の大切な人の事以外、慮る(おもんばかる)余裕など無かったのだと思います。君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。でも、どうか聞いて下さい」

 

 彼女の言葉はあながち間違いでなかった。自分の事、香織やユエの事、カナタの事。それ以外の事など考える余裕は奈落の底では無かった。今のハジメのスタンスや価値観の変化は生き残るには必要な変化だった。

 

「南雲君。君は昨夜、日本に帰ると言いましたよね? では南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

 

「……」

 

「君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

「畑山先生、私は――」

 

「そして、白崎さん」

 

「え?」

 

 香織が愛子に何かを言おうとするも、愛子はそれを止めた。そして園部達の方を少しだけ振り返り、そして再び彼女の方に向き直る。

 

「王国の人たちには無能と蔑まれ、そして最後は同じクラスの生徒の悪意によって殺されそうになった。このトータスに来てから奈落に落ちるまで、確かに南雲君は疎まれて否定されていた」

 

 無能だと蔑まれ、役立たずだと疎まれ、そして彼らが死んだとされた後も王国は香織まで巻き添えにしたと事実を捻じ曲げ、クラスの生徒からは一部を除き、死んだものと早々に切り捨てられた。それほどまでにあそこは彼にとって辛い場所だった。愛子の言葉に親衛隊に動揺が走った。ゲーム感覚だった故の事故、そう思っていたあの事件を他でも無い先生が悪意によるものと判断していたからだ。

 

「だからこそ、せめて自分だけは彼の事を拒絶したくない、南雲君がどんな道を歩んでも自分はそれを否定せず、同じ場所で支え、寄り添い続けてあげたい、それも確かに誰かを想う優しさの一つです。けれどそれだけが誰かを思いやる事ではありません。もしも自分の大切な人が暗く寂しい所に行ってしまいそうな時、それを止めてあげる事。ただ着いて行くのではなく、その手を引いてあげる事。それもまた誰かを思いやる事だと私は思います」

 

「それ、は……」

 

 香織は何かを言おうとするも、何も言えずにいた。

 

「そして今、それを南雲君にしてあげられるのは白崎さんだけなんです。今の彼の事も、変わってしまう前の彼の事もどちらも知っていて、そして南雲君の隣に寄り添える事が出来る貴方だけなんです」

 

 

 

 

 

 

『言っとくが俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない』

 

 

 

 

 

 今のハジメの自分達への印象はこの一言が物語っている。好きや嫌いと言ったレベルを通り越した先の無関心。大事な時に傍に居て上げられなかった自分や、彼を否定していた他のみんなではきっと、今の彼の手を取ろうとしても振り払われるどころか見向きもしないだろう。普通であれば死んでいてもおかしくない状況に陥る事になっても、ハジメの傍に居ようとした香織だからこそ彼の手を取る事が出来る。

 

「私……」

 

「私は先生です。だからこそ生徒の皆さんが何時か人生を振り返った時、それは幸福なモノだったと感じてほしい。ですから、一度だけ考えてほしいんです。今の南雲君の生き方は、ホントに彼の幸せに繋がっているのかを、それでホントに白崎さん自身も幸せになれるのかを」

 

「……っ!」

 

「香織!?」

 

「……カオリっ!」

 

 俯き、何も言わずにそのまま香織は踵を返し市役所の外に飛び出し、ハジメとユエが後を追いかけていった。

 

「追わなくて良いんですか?」

 

 そしてそれを見送っただけのカナタにシアが声を掛けた。

 

「あそこまでの問題となるとな、俺なんかが介入できるレベルじゃないからな」

 

 自分が目覚めた場所はアジーンの遺骨と魂の核が安置されてる場所だったからか、魔物すら居ない階層だった。そして、肉体が再生と変化する間は意識を失ったまま、目覚める時には二人と合流していた自分はあの二人が経験した地獄を全く経験していない。奈落での苦しみがもたらしたものに対する話となれば、自分がおいそれと割り込み何かを言えるものではない。それは愛子も同じではあるが、自分と違うのは彼女はハジメ達の“先生”だからだ。生徒が間違え、道を踏み外しかけているのを止めようとする事が彼女の役目。

 

「まぁ。あいつらが戻ってくるまで俺達は大人しく待ってようぜ。その間に、今回の件の重要参考人から事の詳細とかいろいろ説明してもらわないといけないしな」

 

 そう言って、カナタは会話に入れず所在なさげにしていたティオに視線をむけたのだった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 喧々囂々している市役所の周りと違い、人一人居らず、静寂に包まれた町の教会。その長椅子の一角に香織は腰を下ろし俯いていた。そして少し遅れて追いついたハジメはその隣に腰を下ろし、ユエは彼女の正面に立った。ハジメが香織に声を掛けようとすると、それを遮るようにポツリと呟いた。

 

「……ごめんね」

 

「なんで謝るんだ?」

 

「私……何も言い返せなかった……」

 

 愛子の言葉に香織は何も言えなかった。それぐらい彼女の言葉は的を射ており、香織自身も心のどこかでその言葉が間違い出ない事を受けれていた。

 

「……ハウリア族の為に帝国兵を殺した時、ハジメ君言ってたよね。特に何も感じなかったって……」

 

 その言葉を聞いた時、香織は思った。彼の心は今も奈落の底(あのじごく)に居るんだと。彼を飲み込んで変えてしまったあの場所、変わらなければ生き残れなかった場あの所に居るんだと。他でも無い自身と自分の大切な人、自分達の為に、今も彼は堕ちてしまう瀬戸際にいると。

 

「その時に思ったの。例え堕ちてしまっても、ハジメ君がハジメ君で無くならない様に、私の愛する人がこれ以上違う何かに変わらない様に、私が繋ぎとめなきゃって」

 

 神水で辛うじて命を繋いでいた時に人格が、初めて魔物の肉を食べた時に見た目が、まるで世界が今までのハジメを要らない存在だと切り捨ててるかの様に変わっていく彼を目の当たりにして、香織は彼を否定する全てを恨んだ。そして、その感情が彼女の心を蝕み、壊さぬ様に彼女の心そのものが、その憎しみをハジメへの愛情の裏返しとした。彼を否定して拒絶する何かを恨むのではなく、それ以上に自分が彼を受け入れ、寄り添ってやるんだと。

 

「だから、ハジメ君の気持ちを、やりたい事を否定するなんて考えもしなかった。なのに――」

 

 香織は俯き、その表情は暗くなる。

 

「なのに私、何も言えなかった……畑山先生の言葉に何も言い返すことが出来なかった……」

 

 愛子の言葉を香織は一蹴できなかった。「関係ない、私には私の意志とやり方がある」「私は彼の隣に居られるなら十分幸せなんだ」と、その言葉を口に出来なかった。それは愛子の言葉を正しいと感じている自分が居たから。きっと今の彼は日本に帰った後も自分や大事の人の為に、全てを切り捨て、必要なら敵対し戦うだろう。そして何れ立ち去るトータスと違い、今度はそれがずっと続いていくかもしれない。その姿を思い浮かべて、香織は胸が締め付けられるぐらい苦しくなった、そんなハジメの姿を見たくないと思っている自分が居た。愛する人の傍に居る筈なのに、幸せになれない自分の姿が浮かんでしまった。香織にとってそれは自分達の事を愛してくれる彼への裏切りの様に感じた。

 

「ごめんね、ハジメ君、ホントに……本当にごめんなさい」

 

 香織の様子を見て、ハジメはその視線を天井へ向けた。奈落の底で、自分の人間性を繋ぎ止め、完全に堕ちるのを食い止めてくれた二人の恋人。二人の幸福を自分は確かに願い、そしてそれを成すのは自分でありたいと望んでいた。他の事はどうでも良い。そしてそれを妨げる存在なら相手が誰であろうと容赦しない。我ながらなんとも捻くれ尖った生き方だと思うが、これで香織とユエを守れるならそれで良いと、二人が幸せになれるなら何も問題ないと思っていた。

 

(……やっちまった。いや、ずっとやらかしていた、って方が正しいか……)

 

 だからこそ、そんな自分の姿を見て二人がどう思うかなんて考えもしなかった。自分の行いが彼女達を幸せに繋がっているのかどうか、その答えが今も落ち込んでいる香織の姿だ。

 

(その事を再会して1日ちょっとで見抜いてきやがるか……)

 

 何ヶ月も一緒に居た自分よりも、再会して1日ちょっとしか経ってない愛子の方が香織の幸せの為に必要な事を見抜いて見せたのだから。

 

「……香織、ユエ」

 

「ん」

 

「ハジメ君?」

 

「その、なんだ……悪かった」

 

 ポツリと呟かれた謝罪の言葉。二人はそれに対して何も言わずに彼の次の言葉を待った。

 

「お前らの事を何時も最優先で考えるつもりだったが、でも実際はお前等の事をちゃんと見てなかったし、考えも及んじゃいなかった。だからこそ、こんなミスをもうしない為にも、教えてくれ。お前達が今までの俺を見て思った事を」

 

 その問いに、先に答えたのはユエだった。

 

「……周りから裏切られて、何百年も一人ぼっちだった。そんな時、ハジメやカオリを出会って、二人が私にとっての“特別”になって、今がとても幸せ」

 

 今のハジメの生き方でも自分は十分に幸せだ、そう言う意味では自分は愛子の言葉を否定できる。けれど、完全な孤独と誰かとの特別な絆、その両方を知ってるからこそ、ユエは人との絆がどれだけその人の幸福に繋がるか良く判った。

 

「出会う人、関る人全てとは言わない、裏切るのもまた人だから。けれどハジメには今よりも、もっと“大切”を増やしてほしい」 

 

 大切な友人や仲間、その縁が彼の幸せにも繋がっていくはずだとそう思っている。けれど、今のハジメにとってはそれはとても困難だろう。けれど出会う人、関る人全てを切り捨てるだけでは、その可能性は何時までも0のままだ。

 

「……私はハジメ君がこれからも自分の願いの為に戦い、傷つくなら、貴方の隣でそれを癒してあげたい。今も変わらずそう思ってる。でも、それ以上に私はハジメ君に傷ついてほしくないと思ってる」

 

 しかしそれは不可能だろう。迷宮の試練、魔獣、そして教会。ハジメと敵対する事になる存在はこの世界にはたくさん存在しているだろう。けれど関係ないから、どうでもいいからと全てを切り捨て突っぱねる事は時に周りの人の怒りや恨みを買い、それが必要以上に敵を作る事に繋がる。そして敵が増えればそれだけ戦い、傷つく事も増えてくる。

 

「だから、先生の言うとおり出来る範囲で良い。どうか、他の人の事にも目を向けてほしい。私達だけじゃない、他の人との縁も今よりもちょっとだけ、大切にして欲しい。それが私の気持ち……」

 

 ハジメを思うが故に、今より少しだけ変わってほしいと願う二人の願い。教師として愛子が切り込んだからこそ、聞く事の出来た二人の本音。

 

(俺は……)

 

 それに対して、ハジメが出した答えは……

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

「よう、お話は終わったか?」

 

 ティオの正体、そして黒いローブがもしかしたら清水かも知れない事を伏せつつ、ティオから詳細の説明が終わった所で3人は市役所に戻ってきた。

 

「南雲君……」

 

 愛子が席から立ち、ハジメの正面に立つ。そんな彼女の姿を見て、やがてハジメは口を開いた。

 

「一つ聞かせてくれ……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

 

「当然です」

 

「……俺がどんな決断をしても? それが、先生の望まない結果でも?」

 

「言ったはずです。先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。より良い決断ができるようお手伝いすることです。南雲君が先生の話を聞いて、なお決断したことなら否定したりしません」

 

 自分が今のハジメと香織に伝えるべき事は全て伝えた。ならば後は、この2人が出した結論を受けいれる。

 

「そうか……」

 

 そう言うと、ハジメは再び踵を返す。やっぱり自分の言葉は届かなかったのかと思い、表情が暗くなる。けれど、ハジメは少し離れた所に立っていた香織とユエの傍で足を止める。そして愛子に背を向けたまま少しだけ肩を竦める。

 

「流石に、数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいからな。住民の避難とかの話し合いはそっちでやってくれ」

 

「南雲君!」

 

 その言葉に愛子の表情が明るくなる。実際の所、自分の中に根付いた他はどうでも良いと思う気持ちは変える事はできない、それがハジメの結論だった。けれど、その気持ちのままに振舞う事が香織やユエの想いや願いに反し、辛い気持ちにさせるのは確かだ。

 

「俺の知る限り一番の〝先生〟からの忠告だ」

 

 そして“気持ち”は変わらずとも“行動”を変える事は幾らでも出来る。

 

「ましてや、俺の大事な人達がそれを望んでるんだ。だったら、応えてやらんと男が廃るってもんだ。取り敢えず今回は、奴らを蹴散らしておくことにする」

 

 そう言い残してハジメは市役所を後にする。そして二人も彼のあとに続き、けれど香織は出入り口の前で足を止めると、愛子の方を振り返る。

 

「畑山先生……」

 

「白崎さん」

 

 香織は愛子の事を見つめる。

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って、笑顔を浮べ自分達の先生に一礼して、香織も二人の後を追いかけていった。そんな三人の姿に優しげな笑みを浮かべていたカナタもその場から立ち上がる。先生という立場こそあれど、それでもそこまで深い仲でもない、ましてや他の人をどうでも良いとしているハジメに自分の言葉を届かせたのだ。

 

(流石、“本物”は違うって事か……)

 

 そんな愛子に軽く会釈して、カナタも彼らの後を追い、シアとティオもそれに続いたのだった。

 

 



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第25話『心に刻まれたもの』

 ウルの町は現在、ハジメ謹製の外壁が囲っている。とは言え練成の射程範囲状の問題からそこまで高い物ではないし、魔物の大群の中にはそれを飛ぶタイプも混ざっている。あくまで無いよりはマシという程度だ。

 

「しかし……出来る事なら騎士たち共々、住人全員避難してくれた方が良かったんだがな……」

 

 魔物の大群を相手取ると決めたカナタ達だが、そこで嬉しくない誤算が一つ。町の住人の中には「大事な故郷をおいていけるか! 俺は残るぞ!」と言う人たちもいた。その故郷を思う意志は決して悪いものではないが、避難する住人と町に残る住人、その二つに分かれたことで、本来であれば避難民の護衛として一緒に町を離れる筈だったデビッド達も、本人も含め一部は町に残る形になった。結果――

 

「こう言う集団戦こそ、先手でカイザーブレスぶっぱなして一気に削るのが一番なんだがな……」

 

 教会や王国騎士がいる前でアジーンになる訳にも行かず、結果今回の大群戦では竜変身は縛る事になってしまった。即席防壁の上に立ち、北の山脈に眼を向けていたカナタがぼやく。

 

「今回の件でハジメさんのアーティファクトの件はバレる事になりますけど、流石にアジーンの件はギリギリまで隠蔽したほうがいいですからねぇ」

 

「だがまぁ、仮に竜変身は出来てもカイザーブレスは縛ってもらう事になってたぞ」

 

 そのぼやきにカナタの隣で防壁の縁に座り、足をぶらぶら揺らしてたシアと、彼から少し離れた所に腰を下ろし、一行の武器の整備を行っていたハジメが返事をした。その両脇にはもはや定位置と言わんばかりにユエと香織も座っている。

 

「マジか?」

 

「当たり前だろう、何せ――」

 

「みなさん、準備はどうですか? 何か、必要なものはありますか?」

 

 その時、背後に何人かの気配を感じ、カナタが振り返るとそこには愛子とその親衛隊の面々、そしてデビッドたち護衛騎士とティオの姿があった。

 

「いや、問題ねぇよ、先生」

 

 そんな中、ハジメは彼らのほうを振り返ることも無く返事をしその態度が気に入らずデビッドが食って掛かってきた。

 

「おい、貴様。愛子が…自分の恩師が声をかけているというのに何だその態度は。本来なら、貴様の持つアーティファクト類の事や、大群を撃退する方法についても詳細を聞かねばならんところを見逃してやっているのは、愛子が頼み込んできたからだぞ? 少しは……」

 

「デビッドさん。少し静かにしていてもらえますか?」

 

「うっ……承知した……」

 

 が、愛子に言われてシュンと押し黙ってしまう。その様子はさながら忠犬である。

 

「南雲君。黒ローブの男のことですが……」

 

「分ってる。ちゃんと生け捕りにして、先生の所に連れてくるさ」

 

「南雲君……ありがとうございます」

 

 そしてハジメは「なっ?」と言わんばかりの視線をカナタに向けた。黒ローブ、清水と思われる男が何処にいるか分らない以上、むやみに大群をブレスでなぎ払って巻き込むわけにもいかないのだ。

 

「あ~……そういやそうだったな」

 

「ふむ、よいかな。妾もあr……ゴホンッ! カナタに話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

 

「頼み?」

 

 愛子の話が終わるのを見計らい、今度はティオが歩み出て、口を開いた。

 

「う、うむ……えっとじゃな、お主は、この戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るのじゃろ?」

 

「まぁな」

 

「そ、それでじゃな……頼みと言うのはその……妾も、その旅に同行させてほしいのじゃ」

 

 ティオがそれを告げるもその言葉はどこか歯切れが悪く、ティオ自身もどこかソワソワしている。

 

「俺達に? でも、ティオはティオで旅の目的があったんじゃ?」

 

「そちらの方はおぬし達に同行しても行える事、むしろその方が効率が良いからの」

 

 ティオが里から出てきた目的は外界からの来訪者の調査。つまりはカナタ達もその調査対象に入っている。

 

「無論、タダでとは言わぬ。旅の間に妾からそなたの戦い方とか他にも色々教えてやれる筈じゃ」

 

 彼女の提示した利点にカナタは「ふむ」と内心でそれを吟味する。戦い方、と暈してはいるが、ティオが言っているのは竜全般の事についてと言う事だ。竜形態での戦い方は勿論、竜やアジーンの事など彼女の持っているであろう竜にまつわる知識は確かにカナタにとっては有用なものだ。

 

「それだけではないぞ。妾を連れて行ってくれると言うならカナタ、お、お主の事を、その……」

 

 ティオはそこで言葉を止めると先ほど以上にソワソワ、いや、恥ずかしさからモジモジしているという方が正しく、その顔も赤くしている。やがて「女は度胸!」と言わんばかりにカナタの眼をハッキリと見据え――

 

「お……お主の事を、主様と呼び、妾の全てを捧げよう! 身も心も全てじゃ! どうじゃ!?」

 

 と、勢い任せで告げられた言葉に辺りが静寂に包まれ、カナタとシアはぽかんとした表情になっている。

 

「えっと……どういう事です?」

 

 言ってる事は判る。が、ティオに対しては自分の時と違い、フラグとなる様な事は一切無かったはずだ。なので、突然の告白に本気で困惑し言葉を失ってるカナタに代わり、シアが聞き返した。

 

「どう言う事もなにも言葉通りの意味じゃ……いや、心は既に主様に奪われた後じゃな」

 

 その一言に一人を除き、全員の視線がカナタに集まる。

 

「妾、自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておったのじゃ……じゃが、里にはそんな相手おらんかった……。そんな時じゃ、主と戦い、敗北し、そしてそのまま組み伏せられて……」

 

 暴力を振るった上に押し倒したのか……とデビッドの視線に非難の感情が浮び始める。

 

「妾の能力は特に耐久力は群を抜いておった。じゃから、他者に組み伏せられることも、痛みらしい痛みを感じることも、今の今までなかったのじゃ。そう、あの時お主の猛々しきモノを突き立てられるまではの」

 

(ちょ、言い方ぁっ!!)

 

 デビッドの視線がまるで犯罪者を見るかのようなそれに変わる。が、「首に噛み付いただけです」なんて言っても、竜の事を伏せる以上、苦しい言い逃れにしか聞えない。仮に信じてもらえても、デビッド達の脳内では人の姿をしたカナタが同じく人の姿をしたティオの首筋に噛み付いてるという構図しか思い浮かばず、それもまた問題のある光景だ。幸いと言うべきか、そう言う視線をしているのはデビッド達だけで他は事の事実を知っている為、なんとも言えない微妙な表情をしている程度で済んでいる。

 

「妾にとってはあれは初めての痛み。妾を(くだ)し、圧倒的な力の差と男としての逞しさを心の奥深くにまで刻み込むような痛みだったのじゃ……」

 

 彼女の身体を彼の牙が穿ったあの瞬間、それは彼女の心をも深く穿っていた。そして身体の方の傷跡は無くなりはしたが、初めての痛みと言う強い印象と共に心に刻まれたカナタの存在は消えそうに無く、それが彼に嚙まれた部分を時より熱く疼かせていた。まるで「お前はもう俺のモノだ」と言わんばかりに。しかもその相手が竜魂士、つまりは今代の帝竜とも言える存在となればティオにとって堕ちない理由はなかった。

 

「もはや他の男の伴侶など考える事もできぬ。こうなってしもうては主殿に責任とって貰う他ないのじゃ!」

 

 これにはカナタも頭を悩ませた。ティオが竜と言う種族の事を色々教えてくれると言うのは魅力的な提案でもある。なんせこちらはこの間まで人間として生きていたのだ。近い未来、竜として生きていく以上、その種の習慣や文化を一から学ぶ必要がある。が、自分を主と仰ぎたいから、と言う理由がネックだった。と言うのもティオの好意の一部はカナタがアジーンだから、と言うのも含まれている。例えるなら初恋の人に似ているから惚れた、と言う側面もある。けれど自分はアジーンとは違う、ティオの知るアジーンの様にこのトータスの人たちの守護竜になるつもりなんて無い。彼女の記憶や憧れのアジーンと自分では著しくずれているのは確かだ。

 

「……来たか」

 

 そんな時、ハジメがポツリと呟いた。

 

「来た……って、もしかしてご到着か?」

 

「ああ」

 

 肉眼ではまだ確認できないが、オルキスからの映像は万を超える魔物の大群の姿をバッチリと写していた。ブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物、背中に剣山を生やしたパイソン型の魔物、四本の鎌をもったカマキリ型の魔物、体のいたるところから無数の触手を生やした巨大な蜘蛛型の魔物、二本角を生やした真っ白な大蛇など実にバリエーション豊かな魔物が、大地を鳴動させ土埃を巻き上げながら猛烈な勢いで進軍している。更に、大群の上空には飛行型の魔物もいる。敢えて例えるならプテラノドンだろうか。何十体というプテラノドンモドキの中に一際大きな個体がいる、その個体の上には薄らと人影のようなものも見えた。おそらく、黒ローブの男。愛子は信じたくないという風だったが、十中八九、清水幸利だ。

 

「ティオ、とりあえずこの件については事が落ち着いてから。幾つか確認したい事もあるしな」

 

「承知したのじゃ。とりあえずまずはあの黒いローブの男を止めてからと言う事じゃな。妾もここまでの時間で幾らか回復はしたのじゃ。流石に本気は出せぬが、火と風の魔法なら遅れを取るつもりはないぞ」

 

 と、デビッドたちや他のみんなも、それぞれの持ち場につくべく慌しく動き出す中、一人だけそのままハジメの所に近づいていった人物がいた。

 

「あ、あのさ! 南雲!」

 

「ん?」

 

「園部さん?」

 

 その人物の名は園部優花だった。以前と違い、すっかり鋭くなった視線を受けて優花は一瞬たじろぐも、次にはキッと睨むような眼つきに変わった。

 

「あ、ありがとね! あの時助けてくれて!」

 

 相手を睨みつけ怒っているような表情の彼女の口から出たのは何故かお礼の言葉。そのシュールさにハジメと香織は少しだけ反応が遅れた。

 

「何のことだ?」

 

「その……あの日、迷宮でトラウムソルジャーから助けてくれたでしょ? その後もベヒモスの足止めをしてくれたし」

 

 そう、ベヒモスと遭遇したあの日。突然の出来事にパニックを起こし、落ち着いて対処すればなんて事の無いトラウムソルジャー相手と混戦状態になった時、彼女は殺されそうになったところを彼に助けられたことがあった。

 

「ああ、そういやそんな事があったな。確か、頭カチ割られそうになってて……」

 

「あんま生々しい表現しないでよ、割とトラウマなんだから……」

 

「で、言いたい事はそれだけか?」

 

「あ、えっと、その……それで……」

 

 その問いに、優花は一瞬だけ言葉を詰まらせるも一瞬だけ深呼吸をすると彼の方に視線を戻す。先ほどの怒ってるのかと思われる様な表情とは違い、今度はとても真剣な表情をしている。

 

「無駄にしないから! 南雲にとってはどうでも良いことかもしれないけどさ! それでも無駄にしないから!」

 

 あの日、ハジメが奈落の底に落ち、死亡したとされた日。優花は自分でも原因が判らないほどショックを受けて一時は無気力状態に陥っていた。いや、原因は分っている。自分は彼に助けられたのに、その自分は何も出来なかった事によるものだ、けれどなんでここまでショックを受けているのかが判らずにいた。その後、ある人物の影響を受けて、ハジメに救われた命を無駄にしない為に、と言う気持ちから愛ちゃん親衛隊に志願した。

 

「そうか」

 

 と、それだけ言って再び作業に戻る。自分の言葉や感謝の気持ちが伝わったのかどうかも分らない、彼の態度に優花は所在無さげに立っていたが、やがてこれ以上此処に居ても仕方ないと思ったのか、踵を返した時だった。

 

「園部」

 

「な、何っ!?」

 

 まさかこのタイミングで声を掛けられるとは思っておらず、突然の不意打ちに優花は飛び上がりそうなほどビックリしていた。

 

「あの時も思ったが、お前は根性がある奴だよ」

 

「え?」

 

 本人も自覚してる通り、あの日トラウムソルジャーに殺されそうになった事は優花にとってはトラウマ級の恐怖だった。にも拘らず、彼女はハジメに救出された後、すぐに生き残る為に行動を起こした。

 

「恐怖心を抱えて、それでもすぐに行動できる奴ってのは、そう簡単にくたばったりはしねぇ奴だ」

 

 それは自分の経験則から来るもの。極限の状況が恐怖心を不要なモノと捨てさせる形になったハジメのそれと優花のそれは厳密には言えば少し違うが、恐怖に囚われず行動を起こした事で生き残る事が出来たという点は同じだった。そして今も、優花はトラウマを抱えたままでも愛ちゃん親衛隊として最前線とは行かなくても戦いの場に身を置いている。

 

「だから、お前みたいな奴は死なねぇよ……たぶんだけどな」

 

 その言葉がまだ死の恐怖が心に残っている優花に対する、彼なりの励ましの言葉だと知ると優花は恥ずかしげな表情で「……ありがと」と、と小さく呟き、改めて愛子の後を追う。その途中で足を止めて、もう一度ハジメの方を振り返る。そこには香織と何かを話しているハジメの姿。

 

(……あっ)

 

 先ほどまでの素っ気無さを含んだ態度は影も形も無く、ホントに香織の事を大切に思っているのがハッキリと分るハジメの姿。そんな2人の姿を見て、優花は無意識にチクチクと痛みを訴える胸に手を当てたのだった。

 




優花って、原作ではサブキャラだけあって、言葉遣いや心情を把握する為の情報が少ないんですよね。裏を返せばキャラ付けしやすい人物とも言えますが。

そして今回ドMを回避したティオですが、感想にてチョロインなのか、それとも嚙まれた事(爬虫類とかは交尾とかで相手に噛み付く習性とかがあるとか)やアジーン関係の諸々の件で意識するようになったのか?と言う疑問がありましたが

答えは両方、でした


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第26話『女神の名の元に』

遂にお気に入り件数4桁突入。まさかコレだけの人に読んでもらえるとは思いませんでした。感無量です、本当にありがとうございます!


 カナタ達は防壁の向こうに立ち、遠くに見える砂煙に目を向けている。遂に魔物の大群が肉眼で確認できるレベルまで迫ってきていた。そして壁際には万一突破された際の備えとして弓や魔法を扱える者達が集まってくる。やがて、魔物の足音や雄たけびが聞え始めるとハジメは練成で簡易的な演説台を作って、そこに登り、戦うべく集まった人たちの視線を集めた。

 

「聞け! ウルの町の勇敢なる者達よ! 私達の勝利は既に確定している!」

 

 と、彼らに檄を飛ばす。それは彼らを励ます為にという善意、ではなく単純にパニックになり、戦えなくなったりフレンドリーファイアを起こすのを防ぐ為だ。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている〝豊穣の女神〟愛子様だ!」

 

 その言葉に、皆が口々に「愛子様?」「豊穣の女神様?」とざわつき始めた。護衛騎士達を従えて後方で人々の誘導を手伝っていた愛子が「えっ?」と言う表情で硬直する。

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして〝豊穣〟と〝勝利〟をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、私達は愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた我らの力である!」

 

 その言葉と共に、ハジメがシュラーゲンを構えて発砲。上空を飛んでいたプテラノドンもどきの魔物を撃墜していく。その際に、清水と思われる黒ローブの男が乗っていたプテラノドンモドキの翼を銃撃の余波で破壊し、男を落とした、男との接触は戦闘の後、けれどその途中で逃げられない様に逃走時に一番有効である空の魔物を真っ先に駆逐した訳だ。そしてハジメが後ろを振り返り、ハジメの姿に釘付けになってる住人を見渡して――

 

「愛子様、万歳!」

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

 と、愛子を讃える言葉を口にすると、ハジメの銃撃、トータス人から見れば正に人智を超えた超常現象とも言える攻撃に信憑性を感じた住民達も口々にその言葉を復唱し始める。因みにだが、ハジメのこの行為には勿論意味がある。それは一言で纏めれば愛子の発言力を強化する為。現状でも愛子は作農師と言う希少天職の立場から王国や教会に唯一自分の意見を通すことが出来る存在。その発言力を人々の支持を集めることで更に強化しようと言う事だ。これにより、自分達の事で協会が動いた際に“何があっても”自分達の先生、つまりは自分達の絶対の味方である愛子をアテにしやすくなると言う魂胆だ。と、同時にこの支持と名声の向上は先生にとっても他の生徒を守る際に役立つ筈、と言う恩師の為にと言う理由も少しだけ含まれている。

 

 尤も当の本人はそんなハジメの意図など露知らず、顔を真っ赤にして何かを叫んでいる。口の動きから「どういうことですか!?」と叫んでいる様に見えたが、そんな事などお構い無しと言わんばかりに、防壁の上に戻ると香織にシュラーゲンを、シアにはオルカンを貸す。

 

「そうだティオ、この戦闘中はコレを貸しておく」

 

 そして、カナタも魔力回復が十全でないティオに神結晶のネックレスを渡し、その機能を説明する。それを聞いたティオが「ふむ」と頷くとそれを首につけると、カナタは砲剣に弾丸を装填する。

 

「今回、俺の場合は魔力よりこっちを使う事になりそうだからな」

 

 と、こちらも準備オッケーだといわんばかりにハジメに対して頷くと、ハジメも大型のガトリングガン“メツェライ”を取り出し、その銃口を魔物大群に向け――

 

「さて、やるか」

 

 ――短く呟き、その顔に獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 シュラーゲンの銃弾が一直線に複数の魔物を貫き、メツェライから放たれる鉛玉の嵐が最前列の魔物を片っ端から蜂の巣にし、オルカンや帝ノ顎から放たれる榴弾やロケット、ミサイルがいたる所で着弾、爆発を起こしてその衝撃で魔物達の死体が宙を舞う。万にも及ぶ大軍を寄せ付けない銃撃と砲撃の多重奏。

 

嵐焔風塵(らんえんふうじん)!」

 

壊劫(えこう)

 

 そしてそのオーケストラに彩を添えるのはティオとユエの魔法。ティオの起こした炎の竜巻が魔物を黒焦げにしながら巻き上げ、ユエが生み出した“重力の天井”が魔物一角を押しつぶす。

 

「全ての属性の魔法を陣を省き、かつ無詠唱で行使するか。流石は古の吸血姫と言ったところかの? 魔法に関しては妾をも凌ぐと言う訳か」

 

「……ん」

 

 ユエは遥か昔、王族としての心構えの見本として竜人族の話を聞いて育った。それによりユエの中には竜人族に対する憧れの様な感情がある。そんな竜人族であるティオからのお褒めの言葉に、ユエは少し誇らしげに返事を返した。

 

「じゃが、ユエにばかりは良い格好はさせられぬ。妾も主様に良い所を見せなくてはのっ!」

 

 そう言うと、ティオの両手に黒色の魔力が圧縮、先日も聞いた音が響き渡り、ティオが両手を突き出した瞬間、黒と紫の光の奔流が放たれる。それは竜形態時にティオが放ったドラゴンブレスだった。

 

(ブレスって人の姿でも使えるのか)

 

 ティオの話では竜魂士という存在は竜人族がモチーフとなっている部分があるとの事、ならば教えてもらえば自分も同じ事が出来る様になるのだろうか?そんな事を考えながら、目に付いたブルダールの群れに向かって榴弾砲撃を撃ち込んだ。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 やがて魔獣の数が眼に見えて減り、最初は魔物で多い尽くされ見えなくなっていた北の地平線が見える様になった所で、魔力切れを起こしたティオが後ろにふらりと倒れそうになると、カナタが咄嗟にそれを支え、ゆっくりと座らせる。

 

「むぅ、妾はここまでのようじゃ……もう、火球一つ出せん……すまぬ」

 

「全く……無理してぶっ倒れるまで無茶する事もないだろう。でもサンキューな、ティオ。後は俺達で対処できるから先に休んでてくれ」

 

「うむ、口惜しいが後はお願いするのじゃ、主よ」

 

「了解」

 

 目測と規模の大きさから残り1万を切った所。ハジメは冷却が追いつかなくなり、オーバーヒート直前のメツェライの銃撃を止め、仲間の状況確認を始めた。

 

「ユエ、魔力残量は?」

 

「……ん、残り魔晶石二個分くらい……重力魔法の消費が予想以上。要練習」

 

 重力の魔法は威力も当然ながら消費も大きい。今回は同じく魔法は使わないという事で香織のアクセサリ(ネックレス)も借りて戦っていたが、その残量も心許ない量となっている。

 

「いやいや、一人で二万以上殺っただろ? 十分だ。残りはピンポイントで殺る。援護を頼む」

 

「んっ」

 

「香織は集団を抜けて、防壁に向かってくる奴を頼む」

 

「分かった、気をつけてね」

 

 そう言って、シュラーゲンをハジメに返しナイチンゲールを取り出して、防壁を飛び降りる。

 

「シア、カナタ、魔物の違いわかるか?」

 

「はい。操られていた時のティオさんみたいな魔物とへっぴり腰の魔物ですよね?」

 

「へっぴり……うん、まぁ、そうだ。おそらく、ティオモドキの魔物が洗脳されている群れのリーダーだ。それだけ殺れば他は逃げるだろう」

 

 少し後ろで「妾モドキって……」と魔物と同列な言い方に少し不満そうな声が聞こえてくるが、ハジメはコレをスルー。愛用の二丁銃を手に持つ。

 

「なるほど、つまり敵陣に突っ込んで直接殺るんですね!」

 

「……あ、ああ。何ていうかお前逞しくなったなぁ……」

 

「当然です! 皆さんと、何よりカナタさんと一緒に居る為ですから!」

 

 と、オルカンを置いて、ドリュッケンを構える。

 

「頼もしい限りだよ。さて――」

 

 そしてカナタも最後の空薬莢を排出、グリップを砲身の中に仕