アルタイル戦記 (ヤン・ヒューリック)
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第一章 プロローグ

西暦2501年。十年にも渡る戦乱の時代の果てに、地球を中心とした地球連邦政府と、木星を中心とした内惑星自由同盟の二つによって支配されていた太陽系がついに統一された。

 

 幾たびかに別れては統一され、再度の独立を巡っての対立の時代が終焉を迎え、幾度目かの統一政権を樹立した人類は、この年をHelios centuryと定め、月面に首都とした太陽系連邦を成立させる。

 

 すでに、光速を超える超光速航法をも実現化させながらも、その技術を戦争という非生産的な行為に注いでいた反省から、太陽系連邦はこの技術を活用させ、戦争の時代から復興、そして、さらなる繁栄の時代を切り開いていく。

 

 十年も続きながら、総人口の四分の一を殺戮しあった時代と決別した人類は、破壊された都市や、これから生まれゆく命の為に使われた力を、同じ十年が経過した中で、戦争の時代であった十年で失った人命以上の出生率に使い、破壊された都市を復興させていった。

 

 そして兵器の生産から生活必需品へと転換したさらに十年後の時代には、戦争の時代があったことを忘れるほどの、黄金期とも言うべき時代の幕が開けた。

 

 太陽系にはまだ居住空間に余裕があり、火星や金星のさらなるテラフォーミングと共に、天王星や海王星のテラフォーミングも順調に進み、人類の居住空間は、生まれ出る人口を養うだけの余裕があり、そしてその余裕とも言うべき生産力と経済力は、衰えを見せることはなかった。

 

 そして、その黄金期から半世紀を経て、ついに人類は太陽系からの進出を計画する。太陽系に一番近い恒星系であるプロキシマ・ケンタウリから、太陽系が属するオリオン腕へと向けての宇宙開発の時代が始まったのであった。

 

 光速を超える技術が生まれてから、すでに一世紀が経過していた中で、一光年を超える旅へと向かったことに皮肉を向ける者もいたが、多数派の人々はそんな皮肉には目を向けず、ついに人類が太陽系外へと進出することを歓迎した。

 

 太陽系の外には未知の世界があり、そしてそこには人類が未だに目にすることがないような光景が広がっていると、多くの人々は夢を見ていた。それは、当時の開拓団に志願した者達のコメントがあまりにも似たり寄ったりで、マスメディアの記者達を辟易させたほどである。

 

 戦争の時代から復興の時代、そして、太陽系を生活基盤にし、余裕があるウチに新たなる居住空間を外に向けた当時の太陽系連邦政府の首脳陣や、科学者達の慧眼さは現在に至るまでも高く評価されている。

 

 しかし、そんな彼らの慧眼さや、正確とされた分析結果があっても、正真正銘の未知なる世界へと突入するとは、当時の人間には予想も付かず、そして、それを未然に察知することは出来なかった。

 

 プロキシマ・ケンタウリにはすでに、太陽系を祖とする人類以外の異星文明による星間国家が進出し、彼らはアルタイル星系を中心にアルデバランやシリウスなどの恒星系にまで手を広げ、広大な星間国家を築き上げていた。

 

 戦争によって他者から奪い取る時代から、未知の世界へと進出して創成していく時代への道は呆気なく、そして無残なまでに平和を築き上げていたはずの人類から平和を奪い、そして、新たなる戦乱の時代へと突き落としたのであった。

 



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アルタイルの斜陽 第1話

 こと座のベガ、はくちょう座のデネブと共に、夏の大三角を形成する恒星であるアルタイル。

 

 地球から約17光年も離れたこの恒星は現在、広大な星間国家を形成していた。アルタイルを中心に、シリウスやアルデバランといった恒星系にまで進出し、文字通りの帝国とも言うべき国家を作り上げていた。 

 

 アルタイル帝国とは、彼らと敵対していた太陽系の住人達が付けた名ではあるが、現在ではそれが正式な国名となったのは、暗に彼らの支配がアルタイル恒星系までを示している。

 

 アルタイルが帝国たり得たのは、かつて、シリウスやアルデバラン、ベガなどの恒星系をも版図に治め、圧倒的と言ってもいいほどの軍事力を有していたからに他ならない。

 

 その力は圧倒的であり、逆らう者は徹底的に破壊し、同時に従う者には徹底してそれに見合うだけの恩恵を与えてきた。

 

 最盛期には二十万隻という、途方も無いほどの艦隊を所有し、逆らう星ごと破壊してみせた力がかつてのアルタイルには存在した。

 

 アルタイル軍の、燃えるように赤い艦艇は無敵を誇り、幾多の群雄達を滅ぼしてはその力を誇示してきた。

 

 しかし、現在のアルタイルはそうした力の象徴も、かつての強さを誇るエピソードが、過去形として、歴史の一分として語られるだけであった。

 

 そして首都星ルオヤンにはその中心地に皇帝とその一族が暮らすルオヤン城があり、それが白色の城壁と装飾で覆われ、さらに惑星だけではなく各星系との連絡が取り合えるだけの設備を有し、地下にはいくつかの戦艦やドックも有しているほどの軍事要塞として君臨している。

 

 城だけでも通常の惑星の大都市並みの巨大さを持つほどではあるが、そんな巨大さとは不釣り合いに黒髪の青年は、とある部屋にてガラスの器に水を注いで飲もうとしていた。

   

 「アルタイルは精強であった。だが今はどうなのだろうな?」

 

 唐突な質問に、黒髪の青年、レイタムは思わず飲んでいた水を吹き出しそうになった。

 

 「いきなり何を言われるのですか?」

 

 戯れにしてはいささか度が過ぎている言葉に、レイタムは、意地の悪い質問をする自分の主人に対し、逆に問いかけた。

 

 「単純な話だ。アルタイルはかつて精強であった。だが今はどうなのかということだ」

 

 いつにもなく真面目に問いかける主君、このアルタイル帝国の皇太子であるシエン公はレイタムに再度尋ねた。

 

 二人は今、宮殿内にある皇太子府にて先ほどまで雑務を行い、一服をしている最中であった。

 

 「その通りである、と答えればよろしいですか?」

 

 食客であり、彼の書生として田舎からわざわざ首都星であるルオヤンに留学してきたレイタムは、正直に主君へと自分の意見を述べる。

 

 「実に正直だな」

 

 整った髭をいじりながら、シエン公が微笑む姿にレイタムはほっとする。皇太子にしてかつてはアルタイルの大将軍として、軍を率いていた彼は、歴戦の武将であり、自身が自嘲した「アルタイルの精強さ」を知る人物であった。

 

 それが、戯れとするにはいささか度が過ぎた問いに、きちんと答えられたことに安堵しながらも、レイタムは水を硬質ガラスの器に入れる。

 嗜好品としてお茶を飲む事が多いアルタイルでは、水そのものを好む者はかなり珍しい部類に入る。

 

 だが、レイタムが生まれ育った星では、水が豊富にあり、水そのものを楽しんで飲むことが好まれていた。

 単に貧乏性なだけかもしれないが、レイタムが水を飲むのはそうした故郷への思いと習慣から来ていた。

 

 「アルタイルは精強であった。だが、今は違う。それが今の現実だ。それはそれで、受け入れなくてはならない。それは、貴公が茶を飲まずに水を飲むとの同じでな」

 

 そうつぶやきながら、窓を見下ろすシエン公の視線の先には、アルタイルの住民とは異なる装束で身を包み、武装した兵士達が写るディスプレイがある。

 

 黒ずくめの制服を着て、アルタイルにあるブラスターよりも強力なブラスターを構えながら、行進する兵士達の胸には、アルタイルの象徴である天を舞う猛禽ではなく、八星のマークが飾られていた。

 

 「ヘリオス(太陽系)の連中が、ルオヤンを闊歩するどころか、この宮殿に警護と称して我が物顔で行進する。これが今のアルタイルの現実だ」

 

 自嘲気味ではあるが、シエン公はどこかそれを否定しているような口調でそう言った。

  

 「これも、ご先祖がふがいなかったと言うべきなのだろうか?」

 

 「浅学な身としては、それを語る資格を持ち合わせていません」

 

 機先を制して、レイタムはあえて主君の問いを回避する。だが、そう自嘲したくなる気持ちは分からなくもない。

 

 現在、アルタイルは太陽系連邦による間接支配を受けている。

 

 太陽系連邦がプロキシマ・ケンタウリに進出した時、現在よりも半世紀も前になるが、アルタイル帝国は拡大政策を続けており、太陽系という「辺境の蛮族」の進出に挑んだ。

 

 彼らは太陽系連邦の進出に際して、反乱部族を討伐する勢いでこれを撃破し、蹂躙した。あまりにも呆気ない戦いに彼らは驚喜していたが、それが太陽系連邦という怪物の目を覚ますことになるとは考えてもいなかったのである。

 

 その後、アルタイル帝国を中心にした星間国家が存在を確認し、開拓団が殺戮されたことに激怒した太陽系連邦は、自ら封印していた武力を復活させた。

 

 かつて、総人口の四分の一を奪うほどの蛮行を行っていた彼らは、自衛の為に軍事力をプロキシマ・ケンタウリへと投入。

 

 二万隻のアルタイル帝国軍に対し、五千隻、五個艦隊で挑んだ太陽系連邦軍は、数に勝るはずのアルタイル帝国軍を完膚なきまでに打ち破り、プロキシマを制圧し、鎮守府を作りあげ、シリウス星系にまで進出し、そこでも一進一退の戦いを繰り広げた結果、アルタイル軍は、艦艇の半数を失うという悲惨なまでの負け戦を味わった。

 

 「仮に、私が言えるとすれば先人を現在の人間が批判するのは、あまりにも狭量な見方ではないかと思います」

 

 同意はすれども、あえてレイタムは主君に諫言した。

 

 「狭量な見方か。確かにその通りだ。その狭量な見方が、結果としてアルタイルを屈辱へと追いやったのだからな」

 

 太陽系連邦はアルタイル帝国に比べれば、その支配領域は決して広いとは言えない。太陽系という星系を統一しているに過ぎない辺境の国。対してアルタイル帝国はアルタイル星系は無論のこと、そこから数十にも渡る星系を支配していた。

 

 「辺境の蛮族、そう見下していたはずの連中に完膚なきにまで敗北した。卿の言う狭量な見方が、今のアルタイルの凋落を招いた原因だと最近私は思っているよ」

 

 「失礼ですが殿下、殿下は何を言いたいのですか?」

 

 太陽系連邦の進出と、アルタイルの凋落。その歴史は嫌というほど、このルオヤンにて兄弟子達に教えられてきたものであり、レイタム自身も幾人かのヘリオス人に顔見知りもいる。

 

 故に「狭量な見方」とは、レイタム自身がこのルオヤンに来て痛感させられた言葉であるだけに、それを引用する皇太子の姿が、レイタムはやや奇妙に思えた。

 「何、単なる戯れだ。実はお主に頼みたいことがある」

 

 深刻な顔をしながらも、いつもの溌剌とした笑顔に安堵するレイタムであるが、同時にそれは間違いなく、ろくでもないことであることをレイタムは察知する。

 

 「まさか、姫殿下の面倒を見ろという話ではないですよね?」

 

 「レイタム、お主いつから私の気持ちが分かるようになったんだ?」

 

 いたずら小僧のような顔をしながらそう言う皇太子にして、次期皇帝となる主君を、思わずレイタムは一発殴ってやりたくなった。

 

 「何故私が?」

 

 「あの子のお気に入りだからだ」

 

 「もっとふさわしい人物がいるでしょうに」

 

 「私もそう思うが、あの子の頼みだ」

 

 「ダメな者はダメと教えるのも親のするべきことではありませんか?」

 

 先ほどの戯れの時の歯切れの悪さとは打って変わって、レイタムは鋭い舌鋒、というよりもツッコミの類いに入る言葉を主君にぶつける。

 

 「娘を可愛がることは親のするべきことではないのかね?」

 

 「可愛がると甘やかすのは、恐れながら、プロキシマとルオヤンほどの距離があると思います」

 

 約20光年もの距離に例えて、皇太子の教育法を批判するのは、本来ならば不敬であるとして牢屋にぶち込まれてもおかしくは無いことではあるが、幾度となくシエン公の娘の面倒を見てきたレイタムとしては、この問題に関しては決して普段のような気遣いを見せなかった。

 

 「お主がそこまであの子のことを嫌っているとは……」

 

 「嫌ってなどおりません。ですが、私にも私の都合があります。マオ師父の座学もありますし……」

 

 「マオからの了承は取っているぞ」

 

 シエン公の軍師にして、知恵袋と言ってもいいマオからも了承を得ていることに、思わずレイタムは頭を抱えるどころか、そのまま頭突きをしてやりたくなった。天を仰いだところで、もはや無駄なことであることをレイタムは悟った。

 

 「……分かりました。謹んでお受けいたします」

 

 「そう言ってくれると助かる。流石はレイタムだ」

 

 そう微笑みながら、レイタムの肩を叩くシエン公に、負けたと思いながらも何かをねだってやろうとレイタムは思った。

 

 

 

 



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アルタイルの斜陽 第2話

 

 暇を持てあますのは、教養が無い証拠だと、かつて尊敬する上官に言われたことを、沢木哲也は不思議に思いだしていた。思わずそりゃそうですよと言ってやりたくなるが、沢木は本来ならばここにいるような人間ではない。

 

 「しかし、ここいらは賑わってますねえ」

 

 金髪のハッセ・ウインドが雑踏の中であふれかえる、ルオヤンの中心街でそうつぶやくと、赤髪のもう一人のジャック・イェーガーは呆れた顔で「火星の方がマシだ」とつぶやいた。

 

 「んなことは分かってるよ。俺だって月の生まれだ」

 

 「仮にもここは首都だ。繁栄していない方がどうかしている」

 

 冗談を言っているつもりなのか、漫才をしているつもりなのか、彼らよりも頭一つ小さい沢木は思わず、この長身の二人の部下に呆れた。

 

 「お前ら、いつから漫才師になったつもりだ?」

 

 太陽系、そしてプロキシマからも離れた星間国家の首都星の中心街で、こんなくだらないことを聞かされることに沢木は不機嫌さを隠さずそういった。

 

 「しかし隊長、ここじゃ楽しめないですよ」

 

 「お前はここに旅行をしに来ているつもりか?」

 

 ハッセの言葉にやや辛辣な言葉で返したのは、沢木自身が痛感していることだ。太陽系から離れ、歓楽街やそれなりに遊べる場所も多いプロキシマよりも、ルオヤンはいろんな意味で遊べる場所も楽しめる場所も無い。

 

 「わーってますよ。仕事で来ているんですから」

 

 賑わっているとは聞こえはいいが、沢木達から見れば賑わっているというよりも、人で雑多になっているだけというのが正確な表現だろう。

 

 アルタイルの首都星であるルオヤンに、プロキシマから赴任してきたが、ルオヤンには観光名所のような場所や、レジャー施設なども少なく、ハッセが言う「遊べる場所」というものも殆ど無い。

 

 探せばあるのであろうが、まだ看板を掲げているだけプロキシマの方がマシだ。

 

 「賑わっているというよりも、なんだか身なりが良くない感じがのが多いですな」

 

 冷静なイェーガーの指摘に、沢木も再度周囲を見る。アルタイルの装束は、ヘリウスほど整っていない、というよりもどこか雑多に見えるが、それがより顕著に出ているような気がした。

 

 「各地で反乱も起きている。その流民もここには混じっているんだろう」

 

 太陽系では見ることも出来ないような、ボロを着ている者が少なからずいる。あちこちの賑わいの中でどこか曇ったような表情をしているのは、そういう事情があるのであろうと沢木は思った。

 

 「あーあ、これじゃ杉田提督の訓練に付き合った方が良かったですよ」

 

 退屈な態度を、ハッセはあらわにしてそう言った。 

 

 「オルガ、お前さんもそう思うだろ?」

 

 褐色の肌が特徴の、太陽系の著名な歌劇団にも出てくるような美貌をしているオルガ・フォルゴーレにハッセは唐突に同意を求める。

 

 「え? あ、はい……ですがこれも杉田提督の命令ですから」

 

 唐突な先輩であるハッセからの問いに、予想もしていなかったオルガは困惑した顔で銀髪をかき分けながらそう言った。

 

 「ですが、珍しくハッセの意見に同意したくなります。杉田提督と一緒にアルデバラン方面に行った方が良かったと思います」

 

 真面目なイェーガーですらこんな調子であるが、実際沢木も尊敬する杉田恭一中将率いる第十一艦隊と共に、アルデバランへと出撃したかった。だが、これはその杉田からの命令された休暇なのだ。

 

 「お前ら、一ヶ月前まで俺達どこにいた?」

 

 「バカにしないでくださいよ、シリウスですよ。そこで宇宙海賊をぶっつぶしてきたのは隊長だって知っているじゃないですか?」

 

 「その前は?」

 

 「ベガの軍閥相手に一戦カマしました。ぶっつぶすまでに一ヶ月はかかったと思いますが」

 

 何が言いたいんだろうかというハッセとイェーガーの言い方に、思わず沢木はこの部下達をひっぱたきたくなった。

 

 「つまり、二ヶ月も俺達は戦い続けたわけだ。勲章も貰ったよな。お前らも昇進した。だけど幸い、負傷者は出たが戦死者は出なかった。それを汲んで休暇を貰ったことにお前達は何故、感謝をしない?」

 

 太陽系連邦宇宙軍に所属する彼らは、つい最近まではシリウスにベガと各地での戦いに参加していた。いずれも勝ち戦ではあったが、激戦であったことには変わりなく、その功績と共に温情を受けたのが今回の休暇である。

 

 「そりゃそうですが……」

 

 「多少の不自由は我慢しろ。そのうち、アルデバランどころかベデルギウスまで行かされるかもしれんのだ」

 

 ハッセの反論を制する沢木だが、いらだっているのは彼も同じだ。ルオヤンには楽しむだけの娯楽に欠けている。

 

 そして、アルタイルの料理は正直口に合わない。かといって、プロキシマと違い、アルタイルには太陽系での料理を出す店が殆ど無い。読書にしても、大半のものを読み尽くしてしまっている上に、スポーツをしようにもその場所が無いことから、同じように暇と持てあましている部下達と何かをしようとした結果がコレである。

 

 正直、まだプロキシマでいろいろと座学を受けている方がマシであった。

 

 「そうは言っても、確かに暇を持てあましているのも事実だ。何か時間を潰せるようなことはないか?」

 

 つぶやいてはみたが、そんなものがあるならば一人でそれをしに行っていることを思い出す。

 

 「暇つぶしになるかどうかは分かりませんが……行ってみたい場所ならあります」

 

 そう答えたオルガに沢木もハッセもイェーガーも一斉に顔を向けた。

 

 「オルガ、いつからそんな機敏になったんだ?」

 

 「人をからかうのは止めておけハッセ。で、オルガ、お前そんな面白い場所知っているのか?」

 

 いきなり上官であるハッセとイェーガーの二人にそう言われ、戸惑うオルガだったが「皆さんが喜ぶかどうかは分かりませんが」と前置きした。

 

 「最近、変わった店ができたと聞きました。そこに行ってみませんか?」

 

 「変わった店? ハッセがプロキシマで、騙されたとか言う店か?」

 

 イェーガーの毒舌に、思わずハッセが「やかましい」とツッコミを入れるが、すかさずイェーガーはそれを躱した。

 

 「お前ら、漫才がしたければそこで木戸銭でも貰ってろ。オルガがそんないかがわしい店を知ってる訳が無い。で、それはどこにあるんだ?」

 

 「確かここからすぐ近くですね。ちょうど、向こう側の……」

 

 オルガがそう指を指した先に三人が目を向けると、黒い戦闘服に身を包んだ兵士達が、白昼堂々とブラスターライフルを抱えて走って行く光景が見えた。

 

 「オルガ、お前の変わった店というのはアレのことか?」

 

 「そんなわけがありません! ……失礼しました。でもいきなりどうしたんでしょうか?」

 

 自分達もルオヤンに駐留しているとはいえ、いきなり戦闘服に身を包んだ陸戦隊を見るのはどうにも違和感がある。

 

 「喧嘩か何かじゃないですか?」

 

 ハッセのとぼけた言葉を耳にしながら、沢木はどこか見慣れた顔が見えたのを見逃さなかった。

 

 「どうやらそうらしいな」

 

 見慣れた顔とはいえ、この手の騒動を好まない男が、こんなことに巻き込まれていることに、思わず沢木は駆けだした。

 

 「隊長どこ行くんですか!」

 

 「退屈潰しだ! お前らも付いてこい」

 

 イェーガーらを引きつれて、沢木は戦闘服に身を包む兵士達が向かおうとしている場所へと向かった。若干の興味と共に、退屈が紛れることをを信じて。

 

 



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アルタイルの斜陽 第3話

 

 自分の運命を半分ほど呪いながら、レイタムはしょぼくれながらも神経を使いながら、この淡い亜麻色の少女と共に王宮からルオヤン中心街へと歩いていた。

 

 「何故こうなってしまったのか」

 

 思わず口から出た言葉に、先ほどまで浮かれ気分であった少女がいきなり自分に向かって振り向く。

 

 「お兄様は楽しくないのですか?」

 

 無邪気な態度とは一変して、不機嫌な顔になったシエン公の一人娘、アウナの顔にレイタムは「そういう訳では」と慌てて否定する。

 

 「せっかく、今日は二人でお出かけができると思ったのに……」

 

 「何か今日は特別な日でしょうか?」

 

 丁寧な口調で、宥め賺すレイタムの態度に、ますます機嫌が悪くなったのか、黙っていれば充分美少女と言ってもいい彼女の顔が丸くふくれあがった。 

 

 「別に~お兄様が忘れているならばその程度だったってことです」

 

 まただ。この黙っていれば美少女、おとなしくしていれば、可愛い少女がレイタムは苦手である。

 

 丁寧な口調で丁寧に言ったことが不機嫌になり、辛辣な苦言や忠告をしたときは何故か機嫌が良くなる彼女のことが、今ひとつレイタムは理解できずにいた。

 

 そして、自分よりも強く、そして顔の整ったシエン公の食客や部下達がいる中で、何故か彼女は自分のことを「お兄様」と呼び、一応慕っている理由が分からない。

 

 「それで姫様、本日はどちらにお出かけで?」

 

 「いいんです~お兄様が覚えてなきゃ意味が無いんですから~」

 

 ふて腐れながらも、歩く速度が少しずつ速まっていることに気づくと、レイタムもそれに合わせて速度を上げる。それに気づいたのか、慌てて速度を上げるが、彼女の背丈はせいぜいレイタムの腹部ぐらいであり、当然ながら一歩の距離には大きな差がある。

 

 ましてや、相応に鍛えているレイタムと、まだ未熟な少女に過ぎない彼女が身体能力で勝負ができるはずもなく、呆気ないほどに勝負が付いてしまった。

 

 「いたずらが過ぎますよ姫」

 

 「私だって、お兄様をからかってもいいでしょう?」

 

 「からかうのは勝手ですが、あなたはシエン公のご息女です。あなたの恥は、シエン公の恥になります」

 

 「お父様は関係ないでしょう! 私は私なんだから!」

 

 確かにその通りと言いたくはなる。自分が身よりの無い孤児であり、シエン公に気に入られて、彼の食客兼書生として有り余るほどの待遇を得ている自分としては、人は望んで生まれてその立場を選べるわけでないことは嫌というほど知っている。

 

 「それを言うなら、お兄様の態度もお父様の恥になるのではないですか?」

 

 「私は公に姫の護衛を命じられており、その職権の範囲内で職務を遂行しているだけです。それが恥になるならば、姫の護衛を命じられた公自身の問題になるでしょうね」

 

 こういう論法は本来大嫌いではあるが、そういう論法を持ち込まない限り、収拾が付かないことをレイタムは察した。シエン公とは似ても似つかぬことで有名な姫君ではあるが、聡明さと弁が立つところと、割と自分の意見を押し通すところはびっくりするほど似ている。

 

 「お兄様のバカ……」

 

 そうつぶやくと、再びアウナはレイタムを無視して駆け足で歩いて行く。いつもならばここで毒舌と口げんかに近い応酬の始まりであるのだが、いつもと違い、彼女は拍子抜けするほど妙に大人しい。

 

 無礼を働いた食客を、無礼打ちにして半殺しにするほど気が強い彼女ならば、ここから「これだからお兄様は」などとまくし立てては自分に有無を言わせずに迫ってくる。

 

 ところが、それが今日はすぐに議論、というよりも口論を打ち切っては憤慨しての繰り返しだ。変なモノでも食べたのか、どういうことなのかがまるで分からない。

 

 そうこうしているウチに、貴族達が住まう区画から、いつの間にか気づけば宮殿から離れた市場に近い場所に着いてしまったことにレイタムは気づいた。

 

 「まずいな」

 

 皇帝とその一族が住まう王宮を中心とし、朱色に染められた御所から朱皇宮から、貴族達が住まう琥珀街まではルオヤンで一番治安が保たれている場所である。

 

 だが、同時に一番つまらない場所でもあり、貴族達の庭園や警備の兵士達ぐらいしか見るモノが無い。

 

 そして、そこから離れたこの界隈は、宮殿にも近く、貴族達の屋敷にも近いことから相応の大店を構える商売人達がいるため、相応に治安は保たれている。

 

 だが、近年の内乱のおかげで、物騒な話をレイタムは聞いていた。

 

 流石に、皇族や貴族や兵士を襲うほどではないが、それ以上にやっかいであると同時に、面倒な連中がたむろしているのがこの付近だ。

 

 慌てて自分から離れているアウナを追いかけると、アウナは一人で歩道でごった返す流民の姿を見ていた。

 

 「ひどい姿……」

 

 深緑の瞳に映っている流民達は、まるで何かしらの苦役を生まれた時から抱えているように見えるのか、どこか哀れむようにアウナはそう言った。

 

 「姫、ここは御身にふさわしい場所ではありません」

 

 「であれば、彼らにふさわしい場所はどこにありますの?」

 

 意外な言葉が出てきたが、この少女は外見も中身も幼い割には時折鋭いことを言う。こういうところはまさに、アルタイルにその人ありと言われたシエン公の娘らし

いと言える。

 

 「お兄様、あの人達はどうして延々と歩き続けているんでしょう?」

 

 アウナやレイタムが来ているような、華やかな装束とは対照的に、流民達は皆ボロに身を包み、髪は乱れ、そして目は虚ろで足下もどこかふらつきながら、まるで罪人のように行進しながら歩き続ける。

 

 「彼らは流民です。帰る家もなければ、当然ながら住む家もありません」

 

 「これも、内乱のせいなのかしら?」

 

 「おそらく」

 

 ルオヤンだけがこうではないことは、ここに来る前までは自分も彼らと同じような境遇であったレイタム自身が知っている。

 

 どこの星でも、彼らのような流民があちこちにいて、あちこちに向かいっている。安住の地を求め、戦いを避けて彼らはここにいる。

 

 それが、果たして身を結ぶのか、安住の地などがあるかなどは考える暇もなければ、考えるだけの余裕も存在しない。

 

 帝国が、太陽系連邦との戦いで敗戦を迎えて以来、周辺星域での治安は悪化し、反乱と動乱が当たり前のように起きているのが今のアルタイルの現状だ。

 

 「お父様はこれを知っているのですか?」

 

 「存じております。そして、その対策も行っています」

 

 とは言っても、シエン公自身をして微々たるものというような代物だ。炊き出しや、彼らのための宿を、無償で運営し、仕事を紹介するなどのことはやっている。

 

 「シエン公は確かに、彼らの為に手を尽くしています」

 

 「であれば、何故彼らはああも苦しんでいるのです?」

 

 甘やかされているとはいえ、彼女もまた父であるシエン公に対しては親愛と敬意を持っている。それ故にこの現状を知りながらも、現状を改善出来ないでいる父のふがいなさを感じているのであろう。

 

 「シエン公は政戦両略に優れたお方です。ですが、シエン公は全知全能の神ではありません」

 

 「そんなことは分かっています! ですが何故、こうも悲惨な有様が続いているのですか?」

 

 「公にも限界が存在するからです」

 

 シエン公は優れた人物ではあるが、正直彼に同意する重臣達は食客であるレイタムから見ても少ない。

 

 正直味方と言えるのは現在シエン公に変わって大将軍の地位にあり、アウナにとっては伯父にあたるガイオウ公ぐらいなものだ。

 

 シエン公が流民対策で食客達に頭を下げ、給金を減らしながら、同時に実の弟に頭を下げてまで彼らを救おうとしている姿をレイタムは見ている。

 

 「公は身銭を切りながらも、対策を行っていますが皇太子のご身分であっても、一公人の立場であれば、億を超える民に施しを与えることはできても、救うことなどはできません」

 

 故に、あの方は今皇帝になろうとしている。皇帝となり、玉座を得ようとしているのは本気でこの国をなんとかしようとしているからに他ならない。

 

 「ですが姫、お父上のことは信じてあげてください。あの方は次期皇帝となられる身であり、この悲惨な状況を改善しようとしております。そして、非力でありながらも、目の前の弱者を見捨てるのであれば、私のような食客に頭を下げて、彼らを救うために給金を減らすことを頼むようなことはいたしません」

 

 故に、自分はシエン公に仕えている。口だけできれい事を言う人物は、24年も生きてきた中で、掃いて捨てるほど知っている。たまたま拾われた立場であり、たまたま愛娘を救った身でありながらも、彼に悪態や冗談を交わしながらも彼に仕えるのは、心から尊敬できる主君であるからに他ならない。

 

 故に、一万を超えるとされる公の食客達が、その人柄を尊敬して彼を慕っている。皇太子でありながらも、弱者を見捨てず、優れた人物ならば、どんな身分であっても進んで受け入れるその度量があるからこそ、シエン公は、太陽系連邦からも一目置かれているほどである。 

 

 「だから、どうか姫だけはお父上の味方であり続けてください」

 

 「分かっています! もちろん、お兄様もそうですよね」

 

 「当たり前です。私にとって、姫やシエン公には恩義が……」

 

 そう言いかげた時、物騒な音が聞こえると同時に、空気が焼き焦げたようなにおいがした。気づけば、黒服の戦闘服に身を包んだ太陽系連邦軍の兵士達が、罵声を浴びせながら流民達に向けてブラスターを突きつけていた。

 

 「連邦軍か、一体何を……っと姫!」 

 

アウナは連邦軍の兵士達の元にへと走り出していた。正義感が強いことは父親譲りとはいえ、こういう無鉄砲さは何度諫めて治るものではない。

 

 だが、レイタムは彼女のこうした無鉄砲さを今していたが、その行動原理までは嫌いになれなかった。

 

 故に、レイタムもまた彼女を追っていった。恩人である彼女を救う為に。

 

 

 

 

 

 



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アルタイルの斜陽 第4話

アルタイル帝国、首都星ルオヤン。かつては栄華を極めた帝国の中枢ともいうべき都の姿はすでに過去のモノとなっている。

 

 太陽系連邦とのプロキシマ戦役以降、大敗したアルタイル帝国は以後、各地で内乱が勃発。強大な力による統治は、その力を失った結果、鎖に繋がれていた猛獣とも言うべき各地に封じた貴族や皇族、王族達の争いを起こし、以後アルタイル帝国の力は傾斜し続けている。

 

 そして、その犠牲となっているのは力なき民であり、彼らは戦乱から住む家を奪われ、生活基盤を失い、以後安住の地を求めては各地を渡る流民となった。

 

 『ベガがダメならシリウスへ、シリウスがダメならばアルデバラン、それでもダメならばプロキシマ。だが、いっそ死ぬ前に都を見たい』

 

 一時期、流民達の間で流行ったのがこの詩とも言えない戯言だが、実際のところルオヤンを除けば、アルタイルで安定していると言えるのはベガやシリウスやアルデバラン、そして太陽系連邦が支配しているプロキシマぐらいなものである。

 

 各地の内乱は少しずつ終息してはいるが、棄民となった民達の安住の地が生まれたわけではなかった。

 

 ルオヤンに来たとはいえ、仕事があるわけでもなく、農地を耕そうにも皇族の直轄地と貴族の荘園だらけのこの星では、種をまくことすら難しい。

 

 そして、ルオヤンにはもう一つの懸念事項があった。

 

 「貴様、一体何をする!」

 

 黒い戦闘服の男がそう叫ぶと、その隣て怯えているボロを来た流民とは対照的な、華麗で気が強そうな少女が怒気を丸出しにしていた。

 

 「民に銃を突きつけるとは何事ですか!」 

 

 見かけによらない、というよりも背丈に合わないほどの大きな声で、シエン公の娘であるアウナは、この無礼な太陽系連邦軍の兵士を一喝した。兵士達はヘルメットと呼ばれる特殊な兜を被り、首の付け根にはアルタイルの民とも通話可能な翻訳機を付けていおり、明らかに彼女を威嚇していた。 

 

 ルオヤンには現在、太陽系連邦軍が駐留している。二十年前の大敗以降、同盟という名の屈服の結果、現在では太陽系連邦軍は我が物顔で、アルタイルの首都星であるルオヤンを闊歩している。

 

 「言いがかりは止めて欲しいものだなお嬢さん、こいつらが一体何をしてきたのか分かっているのか?」

 

 兵士達の中でも、指揮官に辺る男が大仰な態度でそういった

 「こいつらは、我々が食事中にいきなり我々の食事を奪おうとしたんだ」

 

 兵士達がニヤニヤと笑いながらも、銃を突きつけられていた流民はうつむいたままで、何も答えようとしない。

 

 「そもそも、我々の食事を邪魔した上に、我々の食料は全て、連邦市民からの税金で賄われている。市民がいないあなた方には理解できないことだが、それを奪おうとすることは、略奪と変わりないのではないか?」

 

 そういいながら、その指揮官は大きな骨付きの肉を、旨そうにかぶりついていた。

他の兵士達も、パンや保存食とは言え米なども口にしている。

 

 飲まず食わずの流民から見れば、明らかにごちそうと言ってもいい代物だ。

 

 「それとも、アルタイルは略奪を是とするのかね? 実に野蛮だな国だな」

 

 アウナを徹底的にバカにしながら、同時にアルタイル人をも侮蔑しているのがレイタムが見ても嫌でも分かった

 

 「それにしても、アルタイルというのは面白いところだな。首都星でありながら流民だらけ。まともな仕事すら存在しない。あるのは物取りと乞食だけだ」

 

 それは間違ってはいない。だからこそ、シエン公は苦心している。腕のある職人や技術者ならば、流民にならず、逆に率先してシエン公らは食客にしたり、腕に自信があるものは率先して雇っている。

 

 そうした、腕も何も無い者達は結局のところ流民になり、帝国内をうろうろする意外に道が無い。

 

 「アルタイルの民を侮蔑する気ですか!」

 

 「侮蔑ではない、事実だ。太陽系では無論のこと、プロキシマでもここまで滑稽なことはない。そうだろ、お前達」

 

 そう言うと、兵士達は再びアウナと流民達を笑う。嘲笑していることは明らかであり、コレがアルタイルの人間ならば、皇族に対する不敬であるとして断罪されてもおかしくは無い。だが、幸運なことに彼らはアルタイルの民ではなかった。

 

 そして、それを理解しているだけにレイタムは、大げさにおどけながら、アウナと兵士達の間に入った。

 

 「お嬢様、ここにいらしたんですか? 旦那様がお待ちですよ」

 

 そう言うとレイタムは自然な形でアウナを抱えて、その場を離れようとした。しかし、レイタムの手を払いのけたアウナは、怒りのままに自分と民を侮蔑した兵士の顔を、思い切り平手打ちした。

 

 皮膚を叩いた時の独特の乾いた音と共に、兵士はそのまま張り飛ばされてしまう。

 「私の中傷ならば耐えられる。ですが、民草を侮蔑するとは何事ですか!」

 

 あまりにも堂々とした態度は、流石にシエン公の娘と言ってもよく、周囲の流民達や兵士達すら、目を見張りながらその光景を眺めているほどであった。

 

 「口舌の刃ならぬ、銃を持って民を侮蔑し、それでもなお他者を貶めるのは、太陽系《ヘリウス》人には恥というものがないと言うの?」

 

 彼女の怒りは正しく、真っ当なものだ。だが、それは、相手が対等であればの話である。残念だが、皇太子の娘であり、皇族であるアウナよりも、アウナが激怒したこの兵士、太陽系《ヘリウス》人の方が立場は残念だが上である。

 

 彼らとの争いは避けるように主君に言われているだけに、レイタムは自分は主君からの役目を果たせないことに頭を抱えたくなった。

 

 「この……敗戦国民が!」

 

 張り飛ばされた兵士が、怒りで我を失い、自分の所有するブラスターライフルをそのままアウナとレイタムに向けた。アウナを守ることを優先しようとしたレイタムはとっさに彼女を庇おうとし、二人の間に入ろうとした。

 

 「おもしろそうなことになっているな」

 

 どこか間の抜けた口調ではあるが、意外な助けが来たことにレイタムは安堵する。

 

 「沢木……さん?」

 

 「ようレイタム、デート中か?」

 

 とぼけた口調で、太陽系ではオリーブ色と呼ばれる色で染められ、ブルゾンという上着をまとった沢木哲也の姿は、いつも以上に頼もしく見えた。

 

 「なんだ貴様は?」

 

 黒色の戦闘服を着た兵士がそう言うと「お前こそ誰だよ?」と沢木は、わざと煽るような口ぶりで言い返す。 

 

 「隊長、こいつら統合軍みたいですよ」

 

 同じブルゾンを羽織っているハッセに耳打ちされ、沢木は途端に機嫌が悪くなった。

 

 「なるほどねえ、通りで柄が悪いわけだ。面も悪いがな」

 

 容赦ない口ぶりに、思わず兵士の一人が沢木に掴みかかろうとするのを、もう一人の兵士がそれを止めようとした。 

 

 「止めろ、あいつらは士魂艦隊の連中だぞ!」

 

 その言葉と共に、兵士達の目の色が一斉に変わるのをレイタムとアウナは見た。

 

 「なんだ、知ってるんじゃねえか?」

 

 そう良いながら、沢木は制止された兵士の頬を軽くはたいた。沢木達が所属する第11艦隊は、11を漢数字の十一にすると士になることから、司令官の杉田の遊び心と精強さで「士魂艦隊」と呼ばれており、同時にその強さは敵味方を問わず、有名であった。

 

 「ですが肝心な事は分かってないみたいですね」

 

 「だな、俺達が士魂艦隊と気づいたことは理解したみたいだが、この黄色のエンブレムがまだ見えねえみたいだ」

 

 イェーガーの指摘に入りながら、沢木は左胸の「士魂」と描かれたワッペンと対になる形で、黄色に染まった、442と書かれ、それの下に日本の刀がクロスしているエンブレムを見せつける。すると、今度は兵士達の動揺が、途端に恐怖に変わった。

 

 「ま、まさか……い、イエローエンブレム?」

 

 そう言う兵士の顔を沢木は強引に掴み上げる。

 

 「その言い方は正式名称じゃねえ。この442っていう数字がテメーには見えねえのか?」

 

 第11艦隊は士魂艦隊として有名であるが、もう一つ有名なのが、この艦隊に所属する空戦隊のことだ。彼らは宇宙艦隊の空戦隊が切るブルゾンと共に、右胸に黄色く染まったこの独特のエンブレムを機体にもマークしていることからイエローエンブレムと呼ばれる。

 

 正確には、第442空戦連隊と呼ぶのが通称ではあるが、彼らは精鋭で知られる士魂艦隊の中でも、とびきりの精鋭であり、若き猛将として勇名をはせる杉田提督と共に、第11艦隊の象徴と言ってもいい。

 

 何しろ、彼らは常に第11艦隊の先鋒として活躍し、第11艦隊が士魂艦隊と呼ばれる要因の一つは、沢木が率いる第442空戦連隊のおかげである。

 

 辺境の反乱軍や、軍閥、宇宙海賊、これらが恐れて逃げるほど、第442空戦連隊は恐れられ、そのイエローエンブレムは太陽系は無論のこと、アルタイル帝国でも、各地の軍閥や反乱軍、そして帝国軍にも知られているほどだ。

 

 喧嘩を売るのは体の良い自殺のようなものである。

 

 「す、すみません……まさか第442空戦連隊の方とはつゆ知らず……それも、高名な沢木大佐とお会いできるとは……」

 「別に気にすんな、俺だってお前らが統合軍のクズ共ってことぐらいしか知らなかったんだからな。お互い様だ」

 「いや、でも、その僕たちも悪かったので……」

 

 「そうだよな、お互い様だよな。ところでイェーガー、この前お前らシリウスのPXで暴れた時、一人で何人までぶちのめしたっけ?」

 

 「確か10人ってところですかね」

 

 「俺は15人ぶっ飛ばしましたよ」

 

 イェーガーが冷静に指摘しながら、同時にハッセも沢木と同じノリでそう答えた。

 

 「オルガは?」

 

 「私もハッセさんと同じぐらいです」

 

 「あのときはやり過ぎたよな。何しろ連隊全員で統合軍の陸戦隊をコテンパンにしちまったんだからな」

 

 とぼけた口調ではあるが、どことなく殺気を交えながら語る沢木の言葉に、レイタムも思わず緊張する。とある縁があり顔見知りではあるが、色白でどこか優男に見えるが、根っこの部分はシエン公の食客達に引けを取らないほどの武人であり軍人。それが彼の知る沢木哲也という男だ。

 

 気づけば、先ほどまで威張り散らしていた数十人の兵士達が、沢木とその部下三人に恐怖していた。無理も無い。彼らは栄えある士魂艦隊、その精鋭の中の精鋭である第442空戦連隊なのだから。

 

 「んで、ここはだ、お互いに失礼したということで、手打ちといかないか? 俺達、流石にこれ以上統合軍を虐めて始末書を書かされたくないんでね。それに、杉田の親分には弱い者虐めだけはするなと固く禁じられてるんだ。俺もこれ以上、杉田の親分の面子を潰すわけにいかないのよ」

 

 暗にその気になれば、コテンパンにすることが容易であることを隠そうとせず、互いに無礼であったということから、今回のことをどさくさに紛れてなかったことにするのは、沢木が単なる戦場で武勇を誇るだけの武人ではないことを物語っている。

 

 「そ、それは、はい、願ってもいないことです」

 

 「ほんじゃ、今日のことは互いに無かったことにしよう。ああそれから、民間に向かって銃をぶっ放したことも特別に目をつぶってやるからな。それじゃ、お前らも真面目に仕事してろよ」

 

 沢木がそう言うと、そそくさと兵士達はその場を出て行った。それを見届けると、レイタムは沢木に頭を下げた。

 

 「沢木さん、ありがとうございました」

 

 「いや、こちらこそ失礼した。あいつら統合軍はどうも、規律がなっていない。後であいつらのことは報告しておいてやる、それより……」

 

 沢木は呆然としていたアウナに頭を下げた。

 

 「数々の暴言と無礼、大変失礼した。どうかこれで勘弁していただきたい」

 

 本来沢木達は連邦宇宙軍、先ほどの連中は統合軍と呼ばれ、同じ連邦軍であっても指揮命令系統が違う。だが、アルタイルの人間から見れば、同じ連邦軍であることには変わりない。

 

 「いえ、こちらこそ言い過ぎました。太陽系《ヘリウス》人にも、礼を尊ぶ方もいらっしゃるんですね」

 

 「そう言われると恐縮です。ところでお嬢さん、お詫びに面白いところに行きませんか?」

 

 「面白いところ?」

 

 「お詫びですが、私の部下がなかなか面白いところを知っているそうですからね。これで嫌なことを忘れてしまいましょう」

 

 明るく言う沢木の姿は、まさに士というべき振る舞いだ。堂々としながらも、非礼を詫びる姿は先ほどの兵士たちとは対極といってもいい。

 

 「では、お言葉に甘えます。お兄様、いきましょ?」

 

 一転して浮かれているアウナに、レイタムもほっとした心境となる。しかし、沢木の言う面白いところが果たしてどういう場所なのだろうかと頭によぎったが、喜んでいるアウナと、沢井の気配りにレイタムは甘えることとした。

 

 そして、アウナにも後でしっかりと、説教することを忘れないようにしていた。

 

 



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アルタイルの斜陽 第5話

アルタイル帝国は、かつてはただ「帝国」と呼ばれていた。オリオン腕において、アルタイルを祖としたこの帝国は強大な軍事力を背景に、周辺星域を平定し、征服することでただ唯一の帝国として君臨し、百年にも渡る、外征と版図の拡大に没頭してきた。

 

 屈服した敗者には寛大であったが、増長する敗者には徹底して報復して滅ぼすというシンプルでわかりやすい飴と鞭を使い続けることでアルタイルは、シリウス、ベガ、アルデバラン、果てにはベテルギウスまでを征服し、オリオン腕での大帝国として覇を唱えてきた。

 

 だがその支配は誰もが望むものではなく、そして、好まれてはいなかったが、それを黙らせるだけの圧倒的な力により「帝国」は「帝国」として存在し続けていた。

 

 しかし、その支配が終焉に近づいたのが、太陽系《ヘリオス》という辺境から、プロキシマにやってきた蛮族とも言うべき存在との遭遇である。

 プロキシマに植民を勧める太陽系《ヘリオス》の蛮族を、帝国は堂々とコレを討伐し、そして勝利してしまった。

 

 それはシリウスやベガ、アルデバランやベテルギウスなどでの征服事業と何ら変わらず、それどころか時たま起きる反乱を鎮圧するがごとく、滞りなく行われた。

 

 捕まえた捕虜から、情報を手に入れた「帝国」は、ここで初めて太陽系《ヘリオス》をやっと統一し、やってきた蛮族であったことを知り、その討伐に勝利したことに酔っていた。

 

 しかし、それはかつて「帝国」が誕生する前に行われた、統一戦争よりも遙かに凄惨な戦いの幕開けであり「帝国」が、アルタイル帝国へと落ちぶれる凋落の兆しでもあったのである。

 

 同胞を殺されたと激怒した太陽系《ヘリオス》の蛮族は、プロキシマにて艦隊を投入し、それを察したアルタイル帝国も、コレを撃退するべく、太陽系《ヘリオス》の四倍の兵力、二万隻の艦隊を投入した。

 

 本来であれば、数で勝る「帝国」軍が勝利し、壊滅した敵を滅ぼすのが、いつもの「帝国」の軍事行動であったはずである。この戦いに勝利した時に結婚を約束した兵士や、武将達、そして昇進も約束された将軍達もいた。

 

 重臣達の間では、誰が一番敵を殲滅できるかなどの賭けをしたものまでおり、皇族達も競ってこの戦いに参加し、蛮族を討伐するという戦に志願していった。

 

 この時「帝国」側に油断があったのは事実ではあるが、怠慢があったというのは語弊がある。実際のところ、太陽系連邦軍は五個艦隊、五千隻しか動員できず、四倍もの兵力差があった。

 

 むしろ、油断していたのは太陽系連邦軍であったと言えるのだが、当時の太陽系連邦軍は、八個艦隊しか所有しておらず、むしろその中で五個艦隊もの兵力を投入したのは思い切った決断であったと言える。

 

 こうした形でHC80年、第二次プロキシマ会戦は始まった。勝つと慢心していた大軍が、絶対に負けられないと奮起して戦う寡兵の軍に敗北するのは歴史上ありえないことではない。

 

 それは、この第二次プロキシマ会戦もまた例外ではない。慢心した二万隻の「帝国」軍は文字通り、蹂躙され壊滅した。

 

 その熾烈さは、参加していた十名の皇族のうち、二人だけが生き残り、生きてアルタイルに戻った兵士達は、わずか十分の一にも満たなかったほどである。

 あまりにも無様、というよりも醜態といってもいい敗北は「帝国」を震撼させると共に「帝国」に抑圧されていた勢力が、再び反旗を翻すには充分過ぎるほどの理由であった。

 

 そして、その帝国が再び帝国として蘇ったのは、皮肉にも彼らを単なるアルタイルのみを版図とする国家に追いやった太陽系連邦であった。

 アルタイル帝国大将軍として、軍権を一手に担うガイオウは、目の前にて対峙している褐色の男の目を見ながら、その皮肉の意味を痛感させられる。

 

 

 「それでは、我々の提案を受け入れるということでよろしいですな?」

 

 どこか低俗に聞こえる声に、ガイオウは煩わしさを感じるが、それをおくびにも出さないままに「無論です」と返答する。

 

 「それは結構。我々としても手を組めるのはやはり、賢い人間でありたいものですからな」

 

 そう言うなり男は高らかに笑った。

下品な笑い方だが、この男はアルタイル帝国大将軍である自分よりも、上の立場にいる。

 

 太陽系連邦軍アルタイル方面軍司令官、アーネスト・モーガン大将。

この男は現在、実質的に太陽系連邦の総意を受けて、このルオヤンを中心に太陽系連邦の軍を駐留させていた。

 

 第二次プロキシマ会戦での敗戦で帝国は大打撃を受け、その後の第一次シリウス会戦でも大敗した帝国は、すでに崩壊し、各地の星系での反乱を鎮圧することもままならい状況になった。

 

 だが帝国を滅亡寸前にまでおいやった太陽系連邦も、帝国そのものを潰すつもりはなく、彼らが望んだのはプロキシマ方面の割譲であり、終戦であった。

 

 その後、帝国は改めて太陽系連邦と和平し、彼らの軍事力を背景に、再び国内を統一することができた。

 

 「我々としても、豚が虎を食い散らかすような光景を望むほど悪趣味ではありませんからな」

 

 モーガンは、あくまで一方面軍の司令官に過ぎない。本来ならばアルタイル帝国の総司令官と言ってもいいガイオウに、ここまで無礼な発言は外交問題に発展する。

 

 しかしアルタイル帝国と太陽系連邦は、決して同格ではない。そして、アルタイル帝国もまたかつては小国の王相手に、一将軍が不敬な態度を取っても、泣き寝入りするか、滅ぼされるのを覚悟で戦うのかのどっちかでしか無い。 

 

 それほどまでに、太陽系連邦とアルタイル帝国は戦力に開きがある。

 

 「せいぜい、狩られる立場にならないようにいたしましょう。ところで、この後の件ですが……」

 

 「分かっておりますとも。我々は、宇宙軍の野蛮人とは違いますからな。むしろ、感謝しております」 

 

 大仰な言い方で、言うほどの感情が込められてはいないが、アルタイル帝国大将軍としてモーガンと付き合ってきたガイオウは、モーガンが少しだけ動揺しているのが分かる。

 

 口ぶりと図体はいかにも大物の風格を出しているが、中身は外見とは不釣り合いなほどの小物だ。第二次プロキシマ会戦にて、数少ない生き残りとして帰還し、修羅場をくぐっているガイオウに比べれば、モーガンは決して大物ではない。

 

 しかし、その小物に対してこのような態度を取らざるを得ない自分も、決して大物ではないことをガイオウは理解している。

 

 「では、当初の取り決め通りにお願いいたします」

 

 「分かっておりますとも」

 

 そう言うと、モーガンはさりげなく右手を差し出す。太陽系《ヘリウス》では握手と呼ばれる作法ではあるが、アルタイルでは貴人同士が互いにふれあうことを好まれない。

 

 だが対等の立場ではないことを自覚するガイオウは進んでモーガンの握手を交わした。そして、モーガンの右腕がほんの少しだけ湿っていることをガイオウは察した。

 

 「大将軍殿は、モーガン大将との協議を行っているようです」

 

 シエン公の軍師であり、中書令として宮中の奏上を一手に担うマオは、主君であるシエン公にそう告げた。

 

 「それでガイオウは?」

 

 「普段通りでしたな。とりあえずは、モーガン大将ら太陽系連邦には今のところ気づかれてはいないと思われます」

 

 シエン公が皇太子になる以前、まだ一公子でありながら戦場を駆け巡っていた頃から、マオはシエン公の側近として仕え、彼の危機や窮地を救い、そして、彼が活躍する時は文字通りの片腕としてそれを助けていた。

 

 故に、シエン公の食客の中では一番の序列を持ち、高い学識と教養から、食客としては異例の中書令という重職に就いている。

 

 「それは結構なことだ」

 

 シエン公がそうつぶやくと共に、自分の背後にそびえ立つ黒い巨像らしき物体を叩いた。

 

 「なんにせよ、今は何も気づかれてはならん。まだ、こいつは本調子ではないのだからな」

 

 再びシエン公は、黒い巨像に視線を向ける。深淵の宇宙よりも黒く、闇夜ですら明るく見えるほどの深く塗装された黒は、どこか死を感じさせる中で、どこか神聖にも思えた。

そして、紅に染まる二つの目も、死を感じさせながらも恐ろしさというよりも畏敬を与えるような何かを持っているようであった。

 

 「初めてコイツを見た時のことを覚えているか?」

 

 皇太子でありながらも、長年戦場を駆けてきた武人であっただけに、シエン公は基本的に砕けた口調で話す。

だがそれは同時に親しい相手だからこそそのような口調になることをマオは理解していた。 

 

 「もちろんですとも。殿下と共にこれを見つけた時のことは、今でも覚えております」

 

 初めてこの黒い巨像を見た時のことは、普段冷静なマオも思わず感情が高ぶっている。

 

 「伝説と対面できたことに、これほど感謝したいと思ったことは無かったものですから」

 

 「誰に感謝するんだ?」

 

 「もちろん決まっております。殿下にですよ」

 

 そう言うと二人は示し合わせたようにクスリと笑った。

宮殿から離れた外宮を改造したこの場所では、シエン公とマオ以外は極々限られた者しか出入りすることができない。

特に、太陽系連邦には知られてはいけない場所であるだけになおさらであるが、それでも二人はこみ上げてくる感情を抑えられなかった。

 

 「殿下がこれを見つけたからこそ、我々は明日を信じることができるというものです」

 

 「大げさな言い方をするものではない。感謝したいのはこちらだ。奴らの目を盗み、ついにここまで仕上げることができたのは貴公のおかげだ」

 

 「骨が折れましたよ。奴らの情報を仕入れるのは思った以上に苦戦しましたが、それも今日で一区切りができると思えばこそです」

 

 常にシエン公を諫め、抑え役となっているマオがここまで言うのは、やはり長年の苦労の成果がここに現れているからだろう。

 

 「現状はいつでも稼働はできるのだな?」

 

 「すでに、動力炉も装甲、間接部なども全て修復が完了し、後はいつでも動かせます。問題なのは……」

 

 「人選だな?」

 

 マオの悩みにシエン公は即座に答えた。この黒い巨像は、かつて、アルタイル帝国、いや、それ以前の帝国の時代の象徴と言える兵器であった。

 

 帝国が帝国としてその覇を唱えることができた時代に作られ、今は失われた古《いにしえ》のテクノロジー。それを復活させたことを喜べど、浮かれる気分になるほど二人は楽観主義者ではなかった。

 

 「何しろ、神話の時代の怪物ですからな。この黒龍《ヘイロン》は」

 

 「だがそれは心配いらん。すでに人はいる」

 

 「まさかご自身でこれを動かすおつもりですか?」

 

 若い頃は先陣を切って、太陽系連邦や各地の反乱鎮圧に赴いた猛将であることを知るだけに、マオは一瞬だがしかめ面をする。それを言い出しかねないのがシエン公という人物の本質だ。

 

 「貴公も、意外に人を見る目が無いな?」

 

 「ご冗談を。少なくとも、公の食客の半分は私が集めたことをお忘れですか?」

 

 一万を超える食客達は、皆一芸に秀でているだけではなく、武芸や学識に長け、それでいてどこか侠客の風格を持ち合わせているような男達が多い。

 

 柄が悪い割には、舌を巻くような屁理屈をつけるとは、都の貴族や太陽系連邦側の者達が揶揄するが、それはマオもシエン公もそうした侠者の風格を持ち合わせているからに他ならない。

 

 そして、そんな男達の内半分はマオがシエン公に変わって選んでいたが、シエン公がマオをして「怪物」と呼ぶ、この黒龍《ヘイロン》を任せようと考えていたのは、マオが選んでシエン公に引き合わせた男であった。

 

 「ちょうど今、アウナの護衛に付いているヤツがいる。あいつが一番ふさわしい」

 

 一瞬きょとんとなるマオの顔を見ながら、シエン公は思わずにやついていた。この知恵袋とも言うべき男を驚かせる姿を見るのは、実に愉快であった。 

 

 「ああ、いましたなそんな男が」

 

 「なんだ気づいたのか?」

 

 つまらなそうな顔をするシエン公を尻目に、マオもどこかふざけた顔をしていた。

 

 「当然でしょう。誰が、公に引き合わせたとお思いですか?」 

 

 「その通りだな。で、任せるに足るか?」

 

 「これほどの愚問もありますまい」

 

 即答するマオに、シエン公は顎髭をさすっている。長年の付き合いからか、マオにはそれが機嫌がいい時に出る癖であることを理解していた。

 

 「そうであったな」

 

 「故に、姫の警護役を兼ねて、遊びに行かせたのでしょう?」

 

 「アウナを任せられるのは、レイタムだけだ。昔はお父様がいいとか、お父様のお嫁さんになる~とか言っていたものだが」

 

 「嫉妬されているんですが?」

 

 「貴公には、親が子を心配する気持ちが分からないのか」

 

 「シエン公にそんなところがあったとは思ってもいなかったものです」

 

 「まあ、レイタムならば最悪任せてもいいだろうけどな」

 

 「何しろ、お兄様として慕われておりますからなあ」

 

 二人は初めて、レイタムと出会った時の頃を思い出していた。今では色白の肌に長い黒髪を結っていて、長身と相まって貴公子面をしているが、初めて会った時は今とは比べものにならないほど、どこか殺気立っていたところがあった。

 

 それがここ数年、シエン公の食客となり、マオの塾生として学を身につけてからは立派に御者やシエン公の使者も務まるほどの成長を見せている。

 

 「全ては明日の話だな」

 

 感慨深い口調で言うシエン公の言葉に、マオも静かに頷いた。長き日々と昨日は終わりを告げ、新しい明日が文字通り始まる。

 

 それが何を意味するのかを知りながら、二人は笑った。

明日を信じるが故に。

 

 

 

 

 

 

 



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アルタイルの斜陽 第6話

 

 「それにしても、よくこんな良い店を見つけたな」

 

 久々に飲む地球産の煎茶を飲みながら、沢木はこの店を見つけたオルガを褒めた。沢木のルーツである、地球の日本の文化が残る和風の店。しかも、かなり凝った落ち着きがある内装に沢木は嬉しくなった。 

 

 「以前から、隊長がこういうお店が好きだと聞いていましたから」

 

 ややうつむきながら言うオルガの視線を気にせず、沢木は煎茶を啜りながら、久々に食べるきんつばを口にした。ほおばると、口いっぱいに甘さが広がるが、米粉の衣がふんわりとした独特の食感と共に、小豆独特の香りがなんとも言えない。 

 

 「うん、旨い旨い。実にどっしりとしているというか、なかなかの甘さだな」 

 

 酒も飲むが、甘いものも好きな沢木は、周囲の手が止まっていることも気にせずに食べ続ける。きんつば、大福、汁粉におはぎ、和菓子の中でも素朴で小豆餡を主体にした菓子は、沢木の好物であった。

 

 「隊長良く食べられますね」

 

 どこか、面食らったような顔のハッセは、沢木の食べっぷりを揶揄した。

 

 「お前らも遠慮しないで食えよ」

 

 「なんか色がちょっと……」

 

 日本食がメジャーになってから数世紀が経過している時代であっても、小豆主体の褐色は食べる者に勇気を必要とする。チョコレートとも違う、独特の色彩にハッセもイェーガーも少しだけたじろいでいた。

 

 「少しは、そこのお嬢さんを見習え。旨そうに食ってるだろうが」

 

 沢木は甘い物が苦手で、お茶しか飲んでいないレイタムの隣で、旨そうに大福を食べながら口をリスのようにしている亜麻色の髪の少女に視線を向ける。

 

 「こんなに美味しい御菓子があったなんて、驚きです! お兄様、そのお餅食べないんですか?」 

 

 愛くるしく言っても、どこか獲物を逃がさない猛獣のような態度に思わずレイタムは、自分のおはぎをそのまま手渡した。

 

 「いいんですか?」

 

 顔を輝かせるアウナとは対照的に、苦い顔をしているレイタムは、ハッセをして「爆弾」と呼んだ、子供の拳ほどもあるおはぎを食べるアウナを珍獣か何かのように見ていた。

 

 「美味しい! これが太陽系《ヘリウス》のお菓子なんですね!」

 

 むしゃぶりつくかのような食べっぷりは、沢木にも負けていない。感激しているだけ、アウナの方が上だろう。あまりにも堂に入る食べっぷりに沢木は思わず笑ってしまう。 

 

 「そうだよお嬢さん。これは太陽系じゃごちそうなんだ。そのおはぎはな、邪気を払う為に食べるんだ」

 

 「邪気?」

 

 「そいつの外側を覆っている餡、小豆には邪気を払うという言い伝えがあって、それを食べることで凶事を払うことができる。だから、よく祭事の際には食べられたもんだ」

 

 そういいながら沢木はおはぎにかぶりつく。隠し味に入れた塩も増量しているのか、かなりどっしりとした甘さ、というよりもがっちりとした味と評した方がいいほどの満足感が得られるのがたまらない。

 

 「それにしても、まさかレイタムにこんな可愛い妹がいるとは思わなかった」

 

 一息茶を飲みながら、沢木がそうつぶやくと、レイタムは茶を吹き、アウナはかぶりついていたおはぎをのどに詰まらせそうになった。 

 

 「ご冗談を……」

 

 「それはこっちのセリフだ。前に話した時、お前独り身とか言って無かったか?」

 

 連邦軍の軍事顧問としてルオヤンに駐屯してから、シエン公の紹介状によりレイタムが、沢木率いる第442空戦連隊に通ってから半年が経過していたことを沢木は思い出す。

 

 宇宙軍の精鋭である、442連隊の面々にも負けないほど屈強な体力と、知恵が周り弁が立つことと、決して卑屈にならず、礼儀正しいことから連隊の面々からもレイタムは信頼を得ていた。

 

 そして、沢木もアルタイルの事情を聞きながら、同時に彼に対してそれなりに空戦についてを教えてきた。

 無論軍機に触れない程度ではあるが。

 

 「お兄様は私のことをお伝えしていなかったのですか?」

 

 「だって言う必要はないかと……痛い!」

 

 いきなり太ももをつねられ、レイタムは悲鳴を上げるが、不機嫌になったアウナはふくれっ面になった。せっかくの美少女が台無しになる。

 

 「なんだ、お前兄貴のくせに妹にはてんで弱いんだな」

 

 「レイタムにも弱点があったとはな」

 

 ハッセとイェーガーが揶揄するが、レイタムも恥じ入って反論すらしなかった。

 「お前らあんまり虐めるな。妹とか姉とかは大抵、みんな弱いもんだ」

 

 怖い姉と、小悪魔な妹がいる沢木がそう言うと、ハッセとイェーガーは再び笑った。

 

 「隊長がそれ言ったらダメでしょ!」

 

 「あんまり笑わせないで欲しいですね」

 

 ゲラゲラ笑うハッセと、苦笑しながらも、実際は大ウケしているイェーガーの姿に、沢木はちょっとだけぶん殴りたくなった。

 

 「お前ら嫌いだ! せっかく奢ってやろうと思ったのに……」

 

 沢木も不機嫌な顔をしながら、お茶を啜る。菓子の邪魔にならないように入れられた渋めの煎茶が、妙に苦く感じた。

 

 「オルガ、お前は金出さなくていいからな。俺が奢ってやるからなんでも食べろ」

 

 「良いんですか?」

 

 「あのバカ共は、上官をコケにしやがった。後で説教してやる。遠慮なんてするな。その分の手当は稼いでる」

 

 そう言うと沢木は懐からプラチナカードを取り出す。高給取りが多い空戦隊は、出撃数で手当が加算される為、艦艇要員以上の給料をもらえる。

 この店がちゃんとカードが使えることはすでに確認済みであった。

 

 「本当にいいんですよね?」

 

 「くどい! 俺がいいって言ったんだ。遠慮するな!」

 

 気っぷの良さは名指揮官の条件であることを、尊敬する上官から教わっているだけに、沢木は常に部下達にいろいろと身銭を切って奢っている。これぐらいは充分財布の許容範囲だ。

 

 「ではお言葉に甘えます」

 

 甘味処に来て、今更甘えるも減ったクソもないと思ったが、割烹着を着た女性の店員にオルガは「このページにあるの、全部お願いします」と言い出した。

 見た目に反して甘党であることを沢木は知っていたが、想像以上の食欲に思わず笑いそうになる。

 

 「よろしいのですか?」

 

 「上官から許可は貰いました」

 

 困惑する店員の姿とは対照的に、明らかにテンションが上がっているオルガを、うらやましそうにアウナは眺めていた。

 

 「なんだ、お嬢さんも食べたいのか?」 

 

 沢木が尋ねると先ほどのオルガのように「よろしいんですか?」とアウナが嬉々として尋ねてきた。

 

 「袖振り合うも多生の縁だ。遠慮するといい大人になれないぞ」

 

 暗に、ハッセとイェーガーを指さしながら、沢木はそう言うと今時珍しい葉巻を懐から取り出した。

 

 「隊長、一服ですか?」

 

 「一本だけな。すぐ戻る」

 

 人類が宇宙に進出して以来、事実上タバコは根絶された。宇宙船やスペースコロニー、宇宙ステーションで何より貴重なのは水と酸素である。

 

 それを物理的に汚す上に、喫煙者自身は無論のこと、非喫煙者の健康を害することから、宇宙で生きていく上でタバコの類いは事実上根絶された。

 だが一方で、マナーに応じてタバコ、特に葉巻のように煙を楽しむ愛好家までが根絶されたわけではなく、礼儀の良い喫煙者が、絶滅危惧種のような形で残っている。

 

 それをレイタムは追いかけると、すでに沢木は外に緋毛氈がしかれた縁台に腰掛けて、愛用している葉巻を吹かし始めていた。 

 

 「助けて頂いて感謝します」

 

 「気にするな。ありゃ統合軍のアホタレ共が悪い」

 

 礼儀正しいところと、しっかりと感謝を示してくれるところが、好漢達が多い空戦隊員達に気に入られている理由だが、沢木はレイタムに一本葉巻を渡した。

 

 「やるよ」

 

 「いいんですか?」

 

 「一本ぐらいなら大丈夫だ」

 

 ヘッドをカットして、レイタムに葉巻を銜えさせると、ライターで火を付ける。そして自分のように吸って吐くのを繰り返させた。

 

 「旨いか?」

 

 「それなりに」

 

 「まあ、無理に吸わなくていいんだ。葉巻は煙をくゆらせるのが楽しみだからな」

 

 タバコの類いは基本に嫌いではあるが、葉巻を吸いながら紫煙を眺めていると、割とストレスが解消される。

 

 そうした精神安定剤として沢木は葉巻を重宝していた。無論吸うのは、こうした惑星の大気圏内であるが。

 

 「こうやって一本煙を噴かすと、わりかし精神が落ち着くから不思議だな」

 

 「沢木さんがこういうモノが好きだとは知りませんでしたよ」

 

 「俺は酒だって飲むし、できれば旨いモノを食いたい煩悩の塊みたいなもんだ。それに、多少の息抜きは生きている時間を大切にしていることの証明だな」

 

 連隊長として、デスクワークや戦闘指揮を執ることもあるが、教官役としてアグレッサーも勤める沢木の本質はパイロットである。

 

 一度出撃すれば、生きて帰ってくるまでが過酷と言える環境。特にミスが命取りになる空戦隊は生きて帰ってくることが何よりも重要と言える。

 

 生きているという実感は、こうした平穏の時ほど沢木は感じていた。

 

 「いつ頃こちらに戻られたんですか?」

 

 「一週間ぐらい前だな。その前ベガ、その前はシリウスにいた。杉田の親分に気に入られているのか、あちこちを転戦してきたよ」

 

 元々沢木率いる第442空戦連隊は、第11艦隊に所属しているが、半年前に統合軍にかり出され、アルタイルと太陽系連邦との盟約により軍事顧問としての仕事を行っている。

 

 特に、442連隊は杉田恭一をして「先駆け部隊」と呼ばれるほど、士魂艦隊の先駆けとして活躍しているほどだ。それだけに、休養も兼ねて軍事顧問としてアルタイル正規軍へ教導隊のような仕事をやらされている。

 「やはり、反乱は絶えませんか?」

 「反乱が絶えないというよりも、なんというか、無茶苦茶だな。生活に困った連中が、暴徒になったり海賊になってるケースもある。中央からのコントロールからも外れた連中もいるほどだ」

 

 「そうですか……」

 

 元は自分も流民の出であり、一歩間違ったらそうした反乱分子扱いされてもおかしくない境遇であるだけに、レイタムはどこかむなしさを感じていた。

 

 「まあ、それなりに治安は回復はされているから、マシにはなっていくんだろうけど、それよりお前、一つ聞きたいことがある」

 

 「何ですか?」

 

 珍しく、沢木が神妙な顔をしていることにレイタムは気づく。普段は自分から誰かをいじったり、鼓舞したり褒めたりと旨く相手を持ち上げたり、あるいはイヤミにならないほどの毒舌を言ったりするような男であるだけに、レイタムは何があったのかと警戒した。

 

 「あの子、お前の妹じゃねーだろ?」

 

 あまりにも唐突過ぎる質問は、レイタムの予想を遙かに超えていた為に、うっかりレイタムは葉巻を吸い込んでしまう。

 

 ニコチンとタールに混じった煙が肺に充満し、さらに煙が目に染みてきた。酒もタバコも舐める程度しかやらない男には少々きつすぎる煙と共に、沢木哲也という男の言葉を、レイタムは妙に苦く感じてしまった。

 



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アルタイルの斜陽 第7話

 

 皇太子の一人娘であるアウナを、あえてレイタムが自分の妹という設定にしたのは、無用の混乱を避ける為の方便であった。

 

 時期皇帝になる人物の一人娘が、町中で連邦軍の兵士を張り倒した話が広まれば、シエン公は無論のことアウナ自身も咎められることを考慮してのことである。

 

 普段から自分を「お兄様」と慕うことから、上手くごまかせるだろうと思い込んでいたが、まさかこんなにあっさりと見抜かれつつあるとは思ってもいなかった。

 

 「明らかにあの子、お前よりも良い服着てるし、お前も兄貴として接している割にはどことなく気を遣っているよな」

 

 「それが何か?」

 

 「とぼけんな。いくら不仲な兄妹でも、家族ならもう少し砕けて付き合う」

 

 美人だが、口より先に手が出る上に、足まで出す凶暴きわまりない姉と、同じく美人だが、自分にたかってあれこれ買わせたりワガママを言う小悪魔な妹がいる沢木は、アウナの慕いっぷりとレイタムの態度がどう見ても兄妹の関係に見えなかった。

 

 「それとも、お前とは腹違いか種違いか? それでも、あの子の態度とお前の態度は明らかに違ってる。あいつらバカだから気づいていないだろうが、お前の態度はどう見ても貴人を警護しているようにしか見えない」

 

 店に入る前から、明らかに周囲の状況を把握しながら、彼女を警護している姿を沢木は看破していた。

 

 「……沢木さんにはごまかせそうにないですね」

 

 戦術家としても的確で、全体を俯瞰して見る視点がある沢木は、レイタムが見ても指揮官としてはかなり有能な人物である。

 

 幾度か訓練に参加した時、劣勢な状況下でも全体の進行状況を確認しながら逆転する、あるいは優勢のままで勝負を終わらせるなど、アルタイルの正規軍とは比べものにならないほどに沢木は有能である。

 

 幾たびかの戦場を駆け巡ってきたレイタムも、沢木の指揮ぶり、特に観察眼には一目置いている。

 

 それだけに、この男には嘘が通用しないことをレイタムは理解していた。 

 

 「おっしゃる通りあの方は……」

 

 「お前さんほどの男が警護しているんだから、相当な貴人なんだろうが、その辺の詮索はせんよ。俺を信用しろ」

 

 レイタムが語ろうとする前に、沢木は先に詮索はしないことを伝えた。 

 

 「恩に着ます」

「こんなことで恩に感じると、お前さんそのウチ頭下げすぎて首がおかしくなるぞ」

 

 沢木は笑ってそう答えると、普段は冷静なレイタムもほんの少しだけほっとした。

 

そして、もし沢木のような指揮官が、アルタイル側にいればシエン公もかなりの楽が出来るだろうとも思った。

 

 「しかしまあ、レイタムの奴も罪造りだよなあ」

 

 ハッセがそうつぶやくと、オルガと競い合うかのようの菓子を食べ続けるアウナを眺めながらイェーガーも頷いた。

 

 「あんな美少女が妹とか、なかなかあいつリア充だな」

 

 「メシ代はかかりそうだけどな」

 

 そう言うと、ハッセは店員の気遣いから普段飲み慣れている紅茶を口にする。先ほどからアウナは、まるで取り憑かれたように菓子を食べている。オルガはまだ普通に食っているが、一口一口の頬張り具合がが呆れるほどにでかいので、食べる量はまるで劣っていない。

 

 「そういえば、皆さんは宇宙軍なのですよね?」

 

 唐突に思い出したかのように、アウナがそう言った。

 

 「そうだよ、俺達は連邦宇宙軍所属の第11艦隊のメンバーさ」

 

 「そして、栄えある第442空戦連隊の一員でもある」

 

 ブルゾンに描かれた「士魂」のワッペンと「442」と黄色で装飾されたエンブレムは、ハッセやイェーガーにとって誇りも同然であるだけに、それを強調するのように二人はその部分を指さした。

 

 「お兄様から聞きましたが、太陽系連邦には二つの軍が存在するとのことでしたか」

 

 「良く知ってんね。俺達が連邦宇宙軍、んで、お嬢さんに無礼を働いたあのクズ共は統合軍さ」

 

 ハッセがいつもの軽口を叩きながらそう言った。アウナが指摘するように、太陽系連邦には二つの軍が存在している。

 

 「基本的には、宇宙の事は俺達連邦宇宙軍の管轄。各惑星の防衛が統合軍の仕事だな」

 

 イェーガーが言うように、連邦宇宙軍は文字通り、大気圏外の宇宙艦隊を統括し、太陽系連邦外縁を守り、各惑星間の航路確保を行うことを任務としている。

 

 そして、統合軍は大気圏内、各惑星全域の防衛任務を担当していた。

 

 「統合軍っていうのは、元々俺達の祖先がまだ地球で生活していた時にあった、陸・海・空の軍隊を纏めて作った組織なんだよ。だから、こういう惑星の中での仕事をしてるわけだ」

 

 茶化してハッセはそう言うが、実際のところ連邦宇宙軍と統合軍は、決して仲が良いとは言えない。

 

 かつての陸・海・空の各三軍同士に派閥争いなどが、歴史書の中にある欠点として指摘しているように、二つに分けられ、独立した軍隊が良好であることよりも、不仲であった事象を探す方が容易なほどである。

 

 太陽系連邦軍、特に連邦宇宙軍と統合軍は設立当初から互いに対立関係にあった。元々、活動範囲が大気圏外から各惑星間の航路の安全と、現在に至っては外宇宙からの防衛など、連邦宇宙軍は現在拡大の一途を辿っている。

 

 それに対して、統合軍は基本的に各惑星の大気圏内での活動や、単一での惑星防衛が任務であることなどから、活動範囲が非常に狭まっている。

 

 また、統合軍よりも宇宙軍の方がやはり人気であることも拍車を掛けており、故に小競り合いや喧嘩も決して珍しくはなかった。

 

 「でも、アルタイルに駐屯するのは何故統合軍なんですか?」

 

 あんみつのスプーンをくわえながら、尋ねるアウナの指摘に、ハッセとイェーガーは意外な質問が飛んできたことに驚いた。

 

 レイタムも同じことを過去質問してきたが、まさかその妹も同じくこの面倒な質問をしてくるとは思ってもいなかったからでもある。

 

 「割とこの子賢い子じゃね?」

 

 「人は見かけによらないというか、まさにレイタムの妹だな」

 

 ぼそぼそと二人は、面倒な質問がやってきたことに困惑する。普段は彼らの兄貴分である隊長が説明するのだが、面倒な説明が苦手なハッセと、説明がくどいことに定評があるイェーガーは、この手の説明はなるべく避けて通るようにしている。

 

 「宇宙軍は本来、プロキシマに駐屯していますのよね? 何故、本来惑星内部での活動を行う統合軍が、アルタイルに駐留しているのでしょうか」

 

 「お嬢さんそれはね……」

 

 ハッセはとりあえず誤魔化そうとした。正直これは、一般人に聞かせて良い話ではない。何しろ、これは本国でも懸念している懸念事項でもあるからだ。

 

 「どうして、宇宙軍ではなく統合軍が闊歩しているんでしょうか?」

 

 「統合軍の方が動員兵力が多いからですね。宇宙軍は自動化が進んでいますから、必要な数の兵員しかいないからです」

 

 すまし顔で蜜豆を食べながら、オルガはそう言った。そしてそれはハッセとイェーガーが懸念した本音を誤魔化すには充分過ぎるほどの言い訳でもある。

 

 「規模と権限は宇宙軍が上ですが、人員は統合軍の方が多いんですよ。だから、宇宙軍の代わりに統合軍がアルタイルに駐屯しているんです」

 

 これも嘘ではない。第二次プロキシマ会戦以降、連邦宇宙軍の規模は拡大の一途であったが、同時に権限もまた拡大傾向にある。

 

 宇宙軍の艦艇は大気圏内でも活動可能である為、太陽系内部でも各惑星間の管轄を気にせずに行動できる上に、プロキシマからシリウス、そしてベガやアルタイル方面での活動は連邦宇宙軍作戦本部、それを経由して宇宙艦隊総司令部、そしてプロキシマ鎮守府を本拠地としたプロキシマ方面軍に一任されている。

 

 「ですから、統合軍の振る舞いには気を付けてくださいね」

 

 にっこりとオルガはそう答える。上官である沢木がいたら、思わず拍手の一つでもやってしまいそうなほど完璧な質問であった。

 

 「そうですわね。統合軍があそこまで野蛮とは思ってもいませんでした。宇宙軍の皆さんは紳士の方々ばかりですね。得にオルガさんは」

 

 笑顔で答えるアウナの言葉に、安堵していたハッセとイェーガーの背筋が凍りそうになった。満面の笑顔は、美少女の印と言えるほど、完璧でかわいらしいものであったが、途端にうつむき、目を伏せるオルガから負のオーラが飛び出ていた。

 

 「い、妹ちゃん、宇宙軍はね、紳士ばかりじゃないんだよ」

 

 「バカ! そんな言い方があるか!」

 

 思わずイェーガーはハッセの頭を叩き、ツッコミを入れるが、時すでに遅し。オルガの褐色の肌がいつも以上に血色が悪くなっていた。

 

 「だってオルガさんみたいな紳士の方がいらっしゃるならば、それは誇らしいことではないですか?」

 

 「だからそう言う意味じゃ……」

 

 良く事態を飲み込めていないアウナの怪訝そうな顔とは対照的に、どす黒い肌とオーラまで出しているオルガの機嫌がますます悪くなっていく。

 

 「……私が紳士ですか?」

 

 化けて出てきそうなほど、抑揚どころか生気が無いような気味の悪い声に、ハッセとイェーガーはますます背筋が冷たくなっていく。

 

 そして、目の前にいるアウナも、明らかに妖怪のようになったオルガの姿に気づいたのか、顔が青ざめているのが分かる。

 

 「私が紳士に見えるとでも?」

 

 まるでホラー映画に出てくるような亡霊のような顔になっているが、あまりの変貌ぶりにアウナは完全にドン引きしている。

 

 「もしかして……女性だったのですか?」

 

 「もしかしなくても女性です……」

 

 ショートにしていることと、若干中性的な顔と沢木よりも7センチ低いだけの身長から「プリンス」だのと揶揄されるオルガだが、根は甘い物に目が無いスイーツ女子である。 

 

 「もしかしなくても、たぶんでも、もしやでも、私は女性です! 女の子です! こんな美人な男がいますか!」

 

 半分涙目になっているが、同時にのどを指さし、男性ならばあるはずの「のど仏」が無い事までアピールしている。

 

 「なんなら脱ぎましょうか!」

 

 「お待ちください! そこまでは誰も!」

 

 そう言うなり、いきなりブルゾンを脱ぎ捨てる姿にハッセとイェーガーが慌てて止めに入る。

 

 「自棄《ヤケ》になるな! こんなところでストリップやってどうするんだよ!」

 

 「お前がスイーツ女子なのは分かったから、服を脱ぐな!」

 

 両腕を押さえるハッセとイェーガーだが、下手な陸戦隊の兵士よりも腕っ節も強いオルガを傷づけないで落ち着かせることは困難であった。

 

 ましてや、彼女をうっかり傷物にするととんでもない形での叱責と雷が飛んでくることをこの二人は理解している。

 

 「今日は厄日だな……」

 

 「これなら、部屋に籠もって酒飲んで寝てた方がマシだったぜ」

 

 泣きわめき、自分が「女である証拠」を見せつけようとするオルガを抑え、怪物に直面した少女の青ざめた顔と共に、二人は今日一日の不運を呪った。

 

 そして、それは今日一日どころか、彼らの人生にとっての厄日であることをまだ誰も気づいてはいなかったのである。

 

 

 



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あえて剣を手に 第1話

「今なんといいました?」

 

 アルタイル帝国大将軍にして、皇位継承権第二位の地位にあるガイオウは、実兄であり皇太子であるシエンの言葉に思わず耳を疑ってしまった。

 

 「機は熟した、そう言ったのだが?」

 

 あまりにも平然と述べた後に、茶を啜る兄に対して、ガイオウは出された茶と茶菓子に手を出せずにいた。

 

 大将軍と皇太子という身分ではあるが、二人は同腹の兄弟である。ガイオウはシエン公の屋敷に呼び出され、久しぶりに兄弟同士の会話を楽しもうという誘いを受けてやってきたのであった。

 だが、いきなりこんな話が飛んでくるとは思ってもいなかったのである。

 

 「兄上はまだ、我らが太陽系《ヘリオス》に勝てるとお思いで?」

 

 大将軍として軍権を預かり、アルタイル駐留軍との折衝を行い、彼らの軍事力の強大さを知るガイオウとしては、兄の言うことがあまりにも夢想に聞こえる。

 

 「第二次プロキシマ会戦からすでに20年か」

 

 シエン公は今年で40歳、ガイオウは38歳であり、当時二人は最年少の皇族として第四次プロキシマ会戦に参戦し、数少ない生き残りとしてアルタイルに生還した。

 

 「あの一戦で、アルタイルは大きく変容した」

 

 どこか感慨深い口調でシエン公がそう言うのは、あの敗戦で文字通りアルタイル、というよりも「帝国」が崩壊する前兆であったからに他ならない。

 

 それまで局地的な敗北はあっても、大敗という歴史は「帝国」には存在せず、故に「帝国」は無敵であるということから、オリオン腕での覇権を手にしていた。

 

 「あの戦いでの敗北により「帝国」は大きく衰退したのだからな」

 

 神妙な態度で語る兄の言葉に、ガイオウも黙って頷く。他の皇族、自分達よりも年上の腹違いの兄たちが勇ましく挑んだ中で、彼ら二人だけが皇族として帰還することが出来た。

 

 勇ましく挑んだ勇者達は皆、勝利を願望しながら死出の旅へと向かい、生き残った者達よりも、戦死者の数の方が多いという大敗は「帝国」の歴史と国威に大きな傷を付けた。

 

 「だが、致命的だったのはシリウスでの敗北だ。あの戦いが今のアルタイルの姿を決定づけた」

 

 シエン公らしくない、苦々しい口調ではあるが、これもガイオウには分かる。シリウスでの敗北、第二次プロキシマ会戦から三年が経過した後に「帝国」はプロキシマの蛮族を本気で討伐するべく、五万隻という空前絶後の兵力を動員した。

 

 第二次プロキシマ会戦ですら二万隻という大艦隊を投入した中で、辺境であるベテルギウスを平定した時の兵力は一万五千隻であったことから、反対論が出ていたほどである。

 それが無残にも壊滅させられた事実から、当時の「帝国」ではプロキシマに進出してきた太陽系《ヘリオス》の蛮族を正式に脅威と認定し、完全に討伐する覚悟でいた。

 

 「五万隻の大艦隊を投入し、我々は万全の体制でプロキシマに攻め入ろうとした。ですがそれでも我らは負けたのです」

 

 そう告げると共にガイオウは、アルデバラン名産の花の香りがする茶を一気に飲み干す。そして、その碗をテーブルの上にたたきつけた。

 

 「それも、壊滅的な損害が出るほどの……」

 

 生き残った皇族として、シエン公もガイオウもまた、この戦いに参戦していた。各地から艦隊をかき集め、空前絶後の大兵力をもって彼らは本気で太陽系《ヘリオス》の蛮族、というよりも太陽系連邦宇宙軍を叩きつぶす覚悟でいた。

 

 第二次プロキシマ会戦には多少なりとも油断があったのは事実ではあるが、この戦いにあたっては兵力だけではなく、質の面でも万全を整えていた。

 経験が少ない若年兵ではなく、各地の反乱討伐などで戦功を上げた武人達が集められた。

 

 さらにはプロキシマに近いシリウスにも、万全の体制を整えるべく補給基地を作り上げるなど「帝国」は文字通り総力を結集して、太陽系連邦軍との戦いに挑もうとした。

 

 「派手に負けたものだ。あれを惨敗というのだろう」

 

 どこか他人事のような口調でつぶやくシエン公ではあるが、黒く、それでいて澄んだ瞳に一切の陰りがない。

 

 この目をしている時の兄が、内心耐えがたいものを耐えているのを弟であるガイオウは知っていた。

 

 シリウスに基地を作り、太陽系連邦軍を迎え撃つつもりであった「帝国」軍は、プロキシマに八個艦隊、八千隻もの艦艇を集結させていた太陽系連邦宇宙艦隊の奇襲を受け、完膚なきまでに叩きのめされ、壊滅した。

 

 それは、第二次プロキシマ会戦がある意味前座に過ぎなかったと思わせるほどの大敗であった。

 第二次プロキシマ会戦以上の兵力を集結させ、太陽系《ヘリオス》の言い回しで言うならば()()()()()に行くような気持ちで挑んだ戦いに比べ、正真正銘の決戦を行うつもりでいた。

 

 ところが、連邦宇宙軍は「帝国」軍がシリウスに大兵力を集結させていることを察知し、シリウスを橋頭堡にしてプロキシマの復讐戦を目論んでいることを知った。

 そして、彼らは約六倍の兵力に対して奇襲攻撃を行い「帝国」軍に文字通りの壊滅的打撃を与えて勝利した。

 

 慢心が無かったとは言わないが、それでも寡兵の連邦宇宙軍に対し、圧倒的な兵力を有していた「帝国」軍が敗北、それも、壊滅的な被害を出して惨敗したことは紛れもない事実であり、五万隻の艦艇の内、アルタイルに帰還できたのは損傷艦艇を含めて五分の一に過ぎなかった。

 

 後に「第一次シリウス会戦」と呼ばれた戦いであるが、再び「帝国」軍は連邦宇宙軍に惨敗した。

 

 「あれだけの兵力を投入し、周到に練った作戦も、全てが灰燼に帰し、多くの武人が戦死したのがあの負け戦です」

 

 当時、シエン公と共に一万隻の艦隊を預けられていたガイオウは、シエン公と共に殿を務め、将兵達の救出を優先してシリウスからの撤退戦を指揮した。

 

 「その敗戦で、我らが注目されるようになったのは皮肉というしかないな」

 

 シエン公がつぶやいたことにガイオウも内心頷いている。実際のところ、二人はそれまで皇族とは名ばかりの軍人であり、数百はいる公子達に過ぎなかった。

 

 ところが、第二次プロキシマ会戦にて二人の兄たち、それも皇位継承権を有した兄たちが多数戦死し、二人は生きて戻ったことから艦隊を預かることを許された。

 

 そして、艦隊を預かり二人は太陽系連邦軍を撃退するべく、第一次シリウス会戦において艦隊を預けられ、その後撤退戦にて活躍したことから一躍その名を「帝国」中に轟かせた。

 

 「兄上はあの戦いの後に大将軍になられましたからな」

 

 「お主は大都督だ。兄弟そろって大将軍、大都督とはな」

 

 大将軍は、アルタイル帝国における最高総司令官を意味する役職であり、同時に名誉ある称号である。

 

 そして、大都督は国内の防衛を担当する役職であり、大将軍とほぼ同格の役職ではあるが、アルタイル帝国においては大将軍は軍のトップとして各地の遠征を行い、大都督は防衛に専念するという形での役割分担が暗黙の了解でできあがっていた。

 

 「私がアルタイルを守り、兄上が各地の平定を行うことで、アルタイルは再び帝国として蘇りました」

 

 「だが、果たしてこれは蘇ったと言えるのか?」

 

 シエン公らしからぬ口調に、ガイオウも思わず言葉を詰まらせる。確かに「帝国」はシエン公とガイオウの二人の力により、アルデバランやベテルギウスなどの辺境も平定することで、再びアルタイル帝国として()()()()()()()()

 

 「太陽系連邦による間接統治、それが今のアルタイルの現状だ。お主も分かるだろう、今この国を支配しているのは奴らだということを」

 

 第一次シリウス会戦にて「帝国」に大勝利した太陽系連邦ではあるが、彼らはこの勝利に酔うことなく、大敗による各地の反乱で混沌と化したアルタイルに()()を提案してきた。

 

 後に二人が知ったことではあるが、当時の太陽系連邦では「帝国」との和平を推進するかという和平案と、あるいはそのままシリウスを制圧し、アルタイルへと進軍して討ち滅ぼすかの主戦論があった。

 だが当時の太陽系連邦には、プロキシマの植民とテラフォーミングだけでも手一杯であり、混沌とする「帝国」の存在の影の中、反乱を起こしているベテルギウス、アルデバラン、ベガにまで戦域を拡大するだけの余裕は全く無かったのである。

 

 「確かに和平を結んだのは私だ。だが、お主も知っているだろうが、あれは名ばかりの和平だ。実態は()()()()と何ら変わらぬ」

 

 シエン公は大将軍であり、同時に皇帝への優先的な上奏権を有した領中書事でもある。実質的な宰相職と言ってもいい役職ではあり、太陽系連邦軍との休戦、そして最終的な和平を結んだが、それは決してシエン公の本意ではなかった。

 

 「プロキシマの割譲、シリウスの非武装化、これらはまだ分かるが、問題なのはそこではない」

 

 プロキシマはアルタイル帝国としても、ベテルギウスに匹敵するほどの辺境領域であり、第一次シリウス会戦での惨敗から割譲もやむなしであった。もはや、アルタイルにプロキシマを支配するだけの力は存在しない。

 そして、シリウスの非武装化は暗に太陽系連邦軍がこれ以上の軍事侵攻を目論んでいないことを意味していた。

 

 「総額五千兆テールもの賠償金、そしてアルタイルに駐留軍を置くこと。そして、その際の費用も全て我々が負担することになった」

 

 後にシリウス条約と呼ばれる、太陽系連邦とアルタイル帝国との和平条約が第一次シリウス会戦の後に締結された。

 だが、その内容はシエン公が言うように、膨大な賠償金と共に、アルタイルに統合軍を駐留軍とし、駐留費は全てアルタイル側が支払う関係となっている。

 

 「ですが、結果としてアルタイルは帝国として存続することは出来ました」

 

 「民草が苦しんでいるのにか?」

 

 「確かに、膨大な賠償金を徴収する為に増税を行い、各地での散発的な反乱が起きていることや、民に負担をかけているのは事実です。ですが、同時にアルタイルの秩序は太陽系連邦《ヘリオス》との和平と共に、かの国の軍事力があってのことです」

 

 大都督として、モーガンら統合軍との折衝を行っていたガイオウは、シエン公ほど憤慨してはいなかった。

 シエン公が大将軍となり、各地の反乱を討伐し、ベテルギウスまで平定できたのは太陽系連邦との和平が成功し、アルタイル方面の守りが万全であったからに他ならない。

 

 それを知っているガイオウとしては、安易に反太陽系連邦の発言は慎んでいた。

 

 「アルタイルはかつての帝国ではありません。そう言ったのは兄上自身ではありませんか?」

 

 かつて超大国としてオリオン腕の覇権を握っていた「帝国」は崩壊した。今あるのはその敗戦の中から生まれ変わったアルタイルという名の帝国である。

 かつての「帝国」のように、他者を超越して生殺与奪を握るような立場などではない。ましてや、太陽系連邦という圧倒的な技術と軍事力を有した国家と張り合えるだけの力は存在しない。

  

 五倍以上もの兵力差を覆すほどの、圧倒的な軍事力の前にアルタイルはあまりにも無力であった。

 

 「故に、今は妥協をする以外に道がありません。それは兄上が一番分かっていることではないですか?」

 

 そもそも、現在に至る和平路線は全て、シエン公自身がガイオウらとの協議の上で決定されたことだ。太陽系連邦と戦っても、勝ち目などなく、このまま混乱が続けば、再び大乱の時代に逆戻りする。

 それは、ガイオウの配下は無論のこと、シエン公自身とその配下達も理解している共通事項であったはずである。

 

 「再び、アルタイルが大乱となることを避ける為に、我らは和議を結んだはず。確かに、民への負担は大きいことは承知ではありますが、今ここで大乱になる方が民の為にならないことではありませんか?」

 

 膨大な賠償金、そしてそれを支払う為の増税と共に、各地での暴動や反乱は嫌でもガイオウの耳に入ってきている。そして、このルオヤンにも職を失い、安住の地を求めて流民がやってきていることも知っている。

 

 「これまではそうだった。だが、これまでの方針が永遠に定まった事象ではあるまい」

 

 茶を啜りながらではあるが、いつもの兄らしからぬ口ぶりにガイオウは底知れぬ何かを感じた。

 

 「太陽系連邦との和平は、アルタイルを復興させる為の策。だが、それは太陽系連邦との戦争に勝ち目が無かったからに他ならない」

 

 その言葉に、ガイオウは思わず背筋が凍りそうになる。それは、暗に勝ち目があれば、太陽系連邦と再び戦おうと主張していることに他ならないからだ。

 

 「……黒龍《ヘイロン》は目覚めたぞ、ガイオウ」

 

 「まさか……」

 

 思わぬシエン公のつぶやきに、ガイオウは自分の耳を疑った。だが同時に何故、本来誰よりも慎重なはずの兄が、らしからぬ大胆な発言に納得がいった。

 同時に、ガイオウの五体が思わず震える。

 

 かつて経験したことのあるこの震えは、第一次シリウス会戦に挑んだときと全く同じものであった。

 

 

 



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あえて剣を手に 第2話 

 

 ルオヤン城に隣接する大将軍府。白色に染められたルオヤン城とは対照的に、黒色に装飾されていた。

 皇帝と皇族が居住する宮殿でもあるルオヤン城は、華麗にかつ、華美に塗装されており、所々に宝玉の彫刻が彫られており、皇帝の居城にふさわしい。

 

 居城というよりも、一つの街といってもいいほどの規模で造営され、その規模は下手な宇宙港よりも広く作られている。

 

 そんな宮殿とは対照的に、大将軍府はシエン公の時代から質実剛健な作りとなっており、同時に大都督府も隣接されていたが、こちらはガイオウの趣味に合わせ、黄色に塗装されていた。

 

 シエン公が皇太子に指名されて以来、後任の大将軍となったガイオウが大将軍府を預かっており、そして、前・後・左・右の四方都督を統括する大都督府は現在、ガイオウの後任となった老将ゼウォルが大都督の管轄となっている。

 

 「シエン公も困ったお方だ」

 

 大都督府の奥にある執務室にて、アルタイル名産の紅玉茶を啜りながらゼウォルはそう言った。

 白髪の老人ではあるが、戦歴だけならばシエン公やガイオウ公の戦歴を合わせて半分もあればいいと言うほどであり、その経歴から大都督として一目置かれている。

 

 「大都督殿も愚痴をつぶやく時があるのですな?」

 

 若干皮肉な口調で語るのは、ガイオウの側近であり、上軍師であるラデクであった。白髪のゼウォルとは対照的に、黒髪で軍師に似合わぬ溌剌さを持ち合わせ、同時に策謀を巡らす知略の持ち主でもある。

 

 「確かにシエン公は困ったお方です。一万もの食客を抱えながら、同時に流民の面倒まで押しつけるのですからな」

 

 各地から食い詰めてやってくる流民達は、年々増加の傾向にある。そして、現在ルオヤンの各地では貧民街ができあがっており、急激に治安も悪化している。

 仕舞いにはルオヤンに駐留する、統合軍ともいざこざが発生しておるほどだ。

 

 「棄民を首都に集めたところで、棄民は棄民でしかない。これほど無駄なこともありますまい」

 

 元々、ルオヤンに流民が集まっているのは、各惑星からの重税に耐えきれず、逃げ出した者や、無理矢理領地から捨てられた民達が、都であるルオヤンならば、食うに困らず生活が出来るからと、そのためのルートを開いているからでもある。

 

 「シエン公は在野の商人との付き合いも長いですからなあ」

 

 流民達がルオヤンへと渡航するのは、シエン公が密かに商人達との付き合いの中で、流民を引き受けるように要請しているからに他ならない。

 初めは徳のある行為であると賛同していた者も大勢いたが、昨年から急激に流民が増えると共に治安が悪化してからは次第にシエン公に対する評判もまた悪化していた。

 

 「都をこれ以上荒らすのは、皇太子としての自覚に欠けることではありませんか?」

 

 ガイオウの側近であり、長らく彼の軍師として使えているラデクとしては、シエン公に対しては遠慮が無い。

 

 「仕方あるまい。民を守るのが我らが使命なのだからな」

 

 「守るとは、守るだけの力を有した者だけに使うことを許された言葉ですよ」

 

 いつも以上にラデクの言葉は辛い。だがラデクの言うことも決して間違ってはいないことをこの老将は理解している。

 

 シエン公は率先して流民を受け入れ、彼らを養う為に私財をなげうって救援を行っている。ガイオウは無論のこと、大都督であるゼウォルもまた、シエン公から直々に私財の供出を依頼されていた。

 

 しかし、今や一億を超すほどの流民を賄うのは、一個人の私財でどうにかなるほどの代物でもない。

 ましてや、ルオヤンは皇帝や皇族の直轄地、貴族達の荘園だらけであり、勝手に建物を建てることすら出来ないのだ。

 

 畑一つ作ることもままならない上に、彼らに仕事を与えようにも、流民の大半は初等教育を受けていない者が殆どである。

 小間使いや使用人ですら、一定の学問と礼儀がないと仕事に就くことも出来ないのが都であり、首都星ルオヤンの現実だ。

 

 「結局のところ、シエン公がやろうとしていることは単なる人気取りに過ぎません。誰一人として、利にならぬことをやっています」

 

 「民を守らぬわけにもいくまいて」

 

 ラデクの言ってることは正論ではあるが、シエン公の行為も無駄なことと切り捨てて良いものでもない。

 今はガイオウの後任として大都督となっているが、元々ゼウォルはシエン公配下の将軍であった。

 個人的にもシエン公配下の将軍としての付き合いから、ゼウォルはシエン公を批判するつもりにはなれない。

 

 「では貴公ならばどう対処する?」

 

 紅玉茶を飲み干し、塩茹でにしたキサの実をつまみながらゼウォルはラデクにいささか意地の悪い質問をした。

 

 「決まっております。流民を皆「兵家」に入れればいいのです」

 

 軍師らしいラデクの言葉に、思わずゼウォルはキサの実を噛まずに飲み込みそうになった。

 

 「兵家とは、ずいぶんとまた古めかしい話をするものだな」

 

 兵家とはすでにアルタイル帝国では廃止された制度だ。かつての「帝国」時代に存在した制度であり、税を免除される変わりに兵士として戦うことを世襲させる。

 兵家に入った民は戸籍上、平民から軍の管轄下に置かれるが「帝国」が拡張していく過程の中で、手っ取り早く徴兵を行う制度として「兵家」は制定された。

 

 「ですが、それ以外に流民への対処はありますまい。治安を預かる者達や、統合軍ともいざこざが起きております。特に、統合軍からはなんとかしろという要求が来ているほどですからな」

 

 事実上、アルタイル駐留軍としてルオヤンに駐屯する統合軍は、正直かなり横暴であり、流民どころか住民ともいざこざが絶えない。

 住民にすら平気で銃を突きつけるほどであり、それが流民であれば傍若無人に狼藉を働いているほどである。

 

 「今ここで、統合軍との関係を悪化させるのは良策とはいえますまい。流民へのルートを閉鎖し、奴らを兵家に入れるなどの対策を取らねば、さらにつけ込まれる隙を与えるだけではありませんか?」

 

 「それは分かっている。だが、貴公も兵家が何故廃止されたのかは知っているだろう」

 

 兵家が廃止されたのは、現時点から百年も前の話にさかのぼる。

 すでに各星系を統制下においた「帝国」では、兵家の存在は文字通りの「無駄飯食い」になりはてたからである。

 

 兵家は徴税の対象にならない変わりに「軍事」に従事させられる。逆に言えば、彼らはどれほど働こうとも課税の対象にならない。

 乱世であれば、簡単に徴兵できるというメリットを有しているが、治世となった途端に彼らは軍事という極めて生産性が低い事業を専門に扱うだけである。

 

 彼らへの報酬や食べさせる費用もバカにならない上に、乱世であれば戦死という形での「調整」でも出来るが、安定した治世になればそんなことも出来なくなる。

 結果としてこの制度は、平和時には「兵家」という無駄飯食いをひたすら養わなければならない。

 

 そして、兵家となった兵士達も、同じ兵家同士ならば婚姻を結ぶことが出来るが、戸籍に含まれぬ兵士である為に、平民との婚姻を結ぶことすら出来ない。

 

 形を変えた奴隷であることもあり、そうした支配者側である「帝国」と兵家となった者達の不満があったことから、一度内乱になりかけたことすらあった。

 

 最終的には兵家を廃止することで、この問題は解決したが、以後この制度が二度と復活させられることはなかった。

 

 「兵家は事実上の奴隷制と同じことだ。今更そんなものになりたがるとも思わんがな」

 

 「これは聡明なる大都督殿らしからぬことですな。流民と奴隷にどこまでの違いがあると?」

 

 「どういう意味だ?」

 

 若干鼻につく言い方に、老将であるゼウォルも少しだけ苛ついた。だが、確かにラデクの主張はそこまで間違ってはいない。

 

 「第二次プロキシマ会戦、そして第一次シリウス会戦と我らはすでに、多くの兵力を失っております。それを確保する手段として「兵家」を復活させるのは、極めて合理的な判断ではないかと?」

 

 手っ取り早い兵力を確保する手段という意味での、兵家の復活は合理的である。また、流民を手っ取り早く統制下に置く上でもだ。

 

 「実は、この件はすでにガイオウ公に上奏しております」

 

 上軍師であるラデクは、事実上大将軍であるガイオウを除けば上役が事実上存在しない。

 階級や職権という意味では、大都督であるゼウォルよりも下の位置するが、上軍師は本来、大将軍を補佐するのが職分である。

 上軍師の職分は宮中の上奏を司る中書令に匹敵する。それ故に、ガイオウを通じて進言していたようだ。

 

 「ガイオウ公はなんと言っている?」

 

 「前向きに検討するとのことでした」

 

 珍しくも笑っているが、ガイオウは基本的に出来ないことは出来ない、納得しないことは納得しないという性格をしている。

 社交辞令を使うこともあるが、親しい部下達からの進言や要望に対しては、断る時は断り、賛同する時は賛同する。

 そのガイオウの「前向きに検討する」は賛同を意味するも同然であった。

 

 「だが、それではシエン公が納得しまい」

 

 「問題はそこです」

 

 やや神妙な顔となったラデクの表情と共に、一人の若者が執務室にやってきた。

 

 「ラデク師父、そこからは私が話すこととしましょう」

 

 黒髪のガイオウとは対照的に、黄金色に輝く髪を持ち、玉壁のような碧い瞳の青年がゼウォルの執務室にやってきた。

 

 「シュテン様、いついらしたので?」

 

 「先ほどから。無礼を許して頂けますかな? 大都督殿」

 

 「いえ、立ち話をするわけにもいきますまい。そちらにおかけください」

 

 シュテンという若者を、ゼウォルは執務室の机の前にある椅子に座らせた。シュテンは四方都督の一つである右都督の職についている人物ではあり、本来ならばゼウォルの部下にあたる。

 だが、彼は大将軍であるガイオウの嫡男であった。

 

 「実は、ゼウォル卿にも話しておくべきことがあります。ラデク師父からはすでに話は?」

 

 「いえ、まだそちらは話しておりません」

 

 ラデクが畏まっているのが嫌でも分かるが、ガイオウに忠節を誓っているラデクは、ガイオウの嫡男であるシュテンにも敬意を持ち、忠誠を誓っている。

 そして、ラデクはシュテンの教育係も務めていた。

 

 「まあそれは師父から話してもらうよりも、私が話した方がよろしいでしょう。ゼウォル卿もすでにご存じでしょうが、父は師父の進言を受け、兵家の復活を考えております」

 

 「先ほど聞かされました。ですが、果たしてシエン公がそれを認めるかどうか……」

 

 一番の懸念事項は、やはりシエン公だろう。シエン公がそのつもりであれば、初めから流民を兵家に入れているはずである。

 

 「おっしゃる通り問題はそこです。そこで、ゼウォル卿に尋ねたいのですが、伯父上、シエン公が問題にならなければよろしいということでしょうか?」

 

 「それは無論ですが」

 

 しかし、シエン公がそんな簡単に賛同するつもりはないだろう。兵家の復活は何も、ラデクだけが考えていたわけではない。

 以前も復活を進言した者がいたが、シエン公はまるで相手にせず却下している。

 

 「ゼウォル卿、あなたが伯父上が簡単に納得しないと思っておられるのでしょう?」

 

 「無論です。公が納得するとは私には思えませなんだ」

 

 「伯父上も頑固ですからな。ですが、ゼウォル卿の心配は杞憂です。何故ならば、伯父上の意思などはもはやどうでもいいのですからな」

 

 あまりにも淡々で、同時に理論整然とした口ぶりにゼウォルは一瞬、自分の耳を疑いたくなった。

 

 「シュテン様のおっしゃる通りです。もはや、シエン公の意思や命令など、無意味というものです」

 

 ラデクがそう言うと共に、シュテンも師父であるラデクの意見に賛同を示すように。口元を緩めながら首を縦に振った。

 

 それは、暗に「シエン公」を排除することの意思表示に他ならないからである。



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あえて剣を手に 第3話 

 

 シエン公の排除。シュテンの言葉からそれが出てきた時、思わずゼウォルは腰を抜かしそうになった。

 

 「それは、本気でおっしゃるつもりか?」

 

 ゼウォルの言葉に、シュテンもラデクも微笑んではいるが、まるでその目は笑っていない。

 それどころか、微笑みに若干の狂気すら感じるほどだ。

 

 「戯言にするのは、あまりにも悪趣味な話ですな」

 

 そう言い放つシュテンは、今年で24歳になる。若き将軍として、ガイオウとラデクからの英才教育を受けており、すでに初陣をこなしている。

 かつて、ゼウォルもシュテンと共に賊を討伐したことがあるが、若いながらも慎重にかつ、決して投機的な行動を行わず、堅守に回り、隙を見せない用兵家ぶりに舌を巻いたことすらあった。

 

 「そして、私は戯言は嫌いです」

 

 父であるガイオウと同じく、シュテンは非常に生真面目な人物である。

 故に、決して人望があるとは言えないが、ラデクのように絶対的な忠誠を誓っている側近や部下が存在する。

 

 「伯父上のやろうとしていることは、あまりにも時代錯誤というしかありません。我々は太陽系《ヘリオス》連邦と戦い、甚大な損害を受けた。過去を学んでも、これ以上の敗北は存在しない。そうは思いませんか?」

 

 「第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦がそのような戦いであったことは、私も理解しております。何しろ、私は参戦しておりましたからな。太陽系《ヘリオス》の戦いぶりは鬼神という以外にありません」

 

 数では圧倒的に上回っておりながら「帝国」は無残に敗北した。それもただ負けたのではない。完膚なきまでに、徹底的に叩きつぶされたのだ。

 

 これ以上も、これ以下の敗北もないほどの大敗。どう形容しようとも一方的な敗者になった事実は曲げることができない。

 そして、挙げ句の果てにはその勝者に好き放題されているのが現状である。連戦連敗し、城下の盟を誓わされたというこの汚点はどうやっても拭いようがない。

 

 「ここだけの話ですが、伯父上は戦を企んでおります」

 

 シュテンの思わぬ言葉に、ゼウォルは紅玉茶をはき出しそうになる。独特の甘い香りで武人達に人気があるお茶だが、その甘さが思わず鼻孔を突き抜けそうになった。

 

 「それは事実なのですか?」

 

 ゼウォルの言葉に、シュテンは冷静に首を縦に振る。そして、ラデクも同じく一切の動揺を見せなかった。

 

 「一部の食客から得た証言によれば、伯父上はヴェガ、アルデバラン、ベテルギウスなどの各方面に食客達を送っております」

 

 「なんですと!」

 

 思わずゼウォルは声を荒げてしまう。シュテンが言っていることは、あまりにも現実味がなさ過ぎる。

 というよりもあまりにも話が大げさであり、同時に今ひとつ信憑性が欠けているように思えた。

 

 シエン公は誠実で筋を通す人物ではあるが、同時に深謀遠慮の人物である。それがこんな無謀な計画を立案するとは思えない。

 

 「実は、このような書状が届きましてな」

 

 ラデクが懐から一枚の書類を取り出す。太陽系ではペーパーレスということでこうした紙を使うことは殆ど無いが、帝国では礼儀作法として紙を使い書状を出し、命令書を出すことが多い。

 

 そして、ゼウォルに差し出された書状には驚くべきことが記載されていた。

 

 「私もラデク師父も、そして父上も読んだ時には目の前が一瞬暗くなりました。コレは明らかに謀反です」

 

 たかが一枚の紙切れではあるが、そこにはアルタイル帝国そのものを揺るがしかねないことが、そのまま記述されている。

 そして、その書状にはシエン公だけが扱える印綬がしっかりと押されている。仮に本人でなかったとしても、帝国における印綬は本人が裁断したことと同列として見なされる行為である。

 

 「伯父上は明らかに暴走しています。もし、コレが太陽系連邦に知られたらどうなると思いますかな?」

 

 口調は礼儀正しいが、シュテンはかなり強気な主張をしている。確かに、こんなものが太陽系連邦に知られた場合、ただで済むわけではないことはゼウォルも理解している。

 

 「よく、知られる前にこのような情報を入手できましたな」

 

 「我らにも相応の人脈が存在します。アルデバランやベテルギウスへの伝手は、伯父上だけの代物ではありませんからね」

 

 現在アルデバランやベテルギウスなど辺境は、シエン公と親しい皇族や王族が統治している。

 かつての反乱以降、こうした辺境部に対してシエン公の影響力は未だに強く残っており、宮中への貢ぎ物などは未だに続いているのはそのためだ。

 

 「それに、太陽系連邦も最近はヴェガ方面まで進出している。このままいけば、アルデバランやベテルギウス方面へも干渉されかねない」

 

 アルデバランやベテルギウスは辺境ではあるが、現在では植民も進んでおり、少しずつではあるが朝貢や貿易などが拡大している。

 開発が進めばさらなる利益を生み出す源泉となり得るだけに、太陽系連邦に干渉され、これを奪われることは避けたいのはゼウォルにも分かる。

 

 実際、連邦宇宙軍はヴェガの海賊や軍閥を討伐させているほどであり、統合軍も独自の艦隊を作ろうとして、周辺領域の制圧を狙っているという話まで伝わっている。

 

 「伯父上の謀反が単なる謀反で済めば、我々としてもそこまでとやかく言うつもりもありません。ですが、コレが太陽系連邦に知られた場合、当然ながら伯父上とその一味だけの問題で済まないのはその辺りの流民ですら分かることです」

 

 「シュテン様のおっしゃる通り、事が露見した場合は我らも連座、流罪で済めば御の字でしょうが、三族皆殺しなどになった場合は、太陽系連邦は完全に帝国を傀儡とするでしょうな」

 

 シュテンもラデクも気付けばシエン公の行為を「謀反」と呼んでいる。

 確かにシエン公の企みは、そう呼ばれてもおかしくはない。事が露見した場合、太陽系連邦、統合軍も連邦宇宙軍も関係なく、干渉を強めるのは間違いない。

 

 干渉を強めるだけならばまだしも、連座して反逆人であるとして帝国の中枢を担う主要人物達をバッサリと粛清することにでもなれば、干渉どころか文字通りの傀儡となるのは目に見えている。

 

 「そこで、ゼウォル卿、いえ大都督殿にもご協力頂きたいのです」

 

 そう言い出すシュテンは懐より別の書状を取り出す。

 

 そこにはしっかりと「弾劾状」と記載されており、シュテンやラデクと共に、ガイオウ公の派閥に属する文官武官達の署名が記載されている。

 さらには、ガイオウ公自身の印綬がしっかりと押されていた。

 

 「これは一体……」

 

 「もはや、伯父上に任せていては、帝国そのものが崩壊いたします。それに、大都督殿の甥であるセイエイ卿も、この件に賛同しております」

 

 確かに弾劾状には、ゼウォルの実の甥であり、前都督を務めているセイエイの名がしっかりと刻まれていた。

 

 そして、甥が賛同している時点で自らの退路は事実上断たれていることをゼウォルは察知した。

 

 「この老体にも、賛同せよということですかな?」

 

 「ゼウォル卿、あなたは自分のお立場を理解されてはいないようですな?」

 

 ラデクらしい配慮が無い言葉に、思わずゼウォルもムッとするが、シュテンがそれを制する。

 甥を巻き込んで自分も連座させようとしている時点で、一体何を理解しろと言うつもりなのか。

 

 「師父、いえ……ラデク卿、大都督殿に対してそれは無礼ではないですかな?」

 

 冷静なシュテンに似つかわしくない口調に、思わずラデクも失言したことに気づいたのか顔を伏せた。

 

 「ラデク卿が失礼をいたしました。ですが大都督殿、コレは憂慮するべき事態です。何しろ、伯父上はこの書状をアルデバランやベテルギウスにばらまいております。これが太陽系連邦に渡らなかったのは、我らがその痕跡を全て消したからですが、これが太陽系連邦軍の目に触れることになった場合、帝国は滅びるでしょう」

 

 冷静なようで、危機感を煽るシュテンの口ぶりは今まで接して来た中で初めて見るものである。

 

 この人物は、ここまでの熱意と共に、危機に際して深刻な表情を見せる人柄であっただろうか?

 

 「それは同意いたしますが、しかしシエン公が本当にこのような計画を考えられるのでしょうか?」

 

 印綬がある時点で、仮にシエン公が仕組んでいようといまいともはやその是非を問う意味は無い。

 それは百も承知であるが、深謀遠慮の人物であるシエン公がこうまでたやすく、露見するような詰めの甘い計画を企むことにゼウォルは違和感があった。

 

 「大都督殿、事はもはやそんな理屈では済まない状況にあります。重要なのは、このような名目の書状を伯父上の印綬が押されて各地に送られていた、コレが問題なのです」

 

 「それは理解しております」

 

 「先ほども申しましたが、これが太陽系連邦が見つけた場合、当然ながら干渉どころか奴らは思いきって、介入へと踏み切るでしょう。実際、我らも同じ事をやってきました」

 

 まるで見てきたかのように言うシュテンだが、実際のところ「帝国」は各星域、星系への介入を行う名目として、密告を奨励していたほどである。

 

 そして、反逆や反乱を名目に、各星域、星系の統治者を平定し服従させてきた。今振り返れば実にえげつないやり口というしかなかったが、立場を逆に征伐される側と見なされているのが今の帝国の有様だ。

 

 「故に、セイエイ卿も我らに賛同して頂けました。大都督殿が我々に味方になって頂ければ多くの将兵達がこぞって味方になってくれるでしょう」

 

 ゼウォルも兵卒からのたたき上げであるだけに、将兵達には相応の人望を有している。第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦を生き抜いた老将としての立場は十二分に理解している。

 

 だが、これは逆にシエン公との敵対行為であり、同時に裏切りになるのではないかというのがゼウォルの心中にあった。

 確かに道理に沿っているが、事の真偽を問う前に是非を取らせることが性急すぎるように思えてならない。

 

 「無論、ゼウォル卿が伯父上配下の将軍として数々の戦いに従軍し、伯父上の薫陶厚いお方であることは重々承知しております。ですが……」

 

 シュテンはそう言うと、いきなり椅子から転がると同時に敷かれている絨毯に額を付けるほどにひれ伏した。

 

 「何をなさっているのです?」

 

 「そうした、伯父上との縁は、私ごときでは図りしれないものがあるのは分かっております。ですが、いまここでこのような謀反が露呈した場合、アルタイルは滅びの道を歩むことになります! どうか、是非大都督殿のお力を父に代わって、お貸し頂けませんか!」

 

 激流のような熱意と共に敷物があるとはゆえ、床にひれ伏すのは服従も同然の行為であるが、同時にそれはゼウォルに対する敬意の証でもあることをこの老将は理解した。

 こうした行為は計算ずくで出せるものではない。ましてや皇族、大将軍の嫡男であるシュテンがやっていいことではない。

 

 だが、それをやらざるを得ないのが今の立場であるからこそ、この若者は自分に頭を下げたことの意味を、この老将は嫌と言うほど感じ取っていた。

 

 「頭をお上げください」

 

 そう言うと、平伏しながら頭を上げてゼウォルを見上げるシュテンの顔には、一点の曇りもなかった。

 

 「そこまでおっしゃるのであれば、この老体も無碍にはできますまい。微力ではありますが、賛同いたしましょう」

 

 ゼウォルもまた、同じくシュテンに頭を垂れた。ここまでされて、それを無碍にすることはできない。

 故に、大都督という地位に自分が座っていることをこの老将は誰よりも理解している。

 

 シエン公という個人への忠誠と忠義は今でもある。だが、国家と比べれば一個人への忠誠や忠義よりも重いものなど存在しない。

 

 かつてのシエン公が語っていたことではあるが、大都督という地位にいるからこそ、一個人への忠誠よりも国家を優先させなくてはならない。

 

 例えそれがシエン公が本当に目論んでいたとしても、大事になる前にゼウォルはシエン公を説得することを決意した。

 

 

 

 



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あえて剣を手に 第4話 

 

 「いささか、拍子抜けしましたな」

 

 紅玉茶を飲みながラデクはそう呟いた。

 

 「叔父上もいささか、甘いところがありますからな」

 

 そう呟くのは、ゼウォルの甥であり、前都督であるセイエイである。四方都督の中で、常に先陣を任される猛将として、アルタイルでは猛将として知られている。

 

 「お二人とも、はしゃぎすぎですよ」

 

 紅玉茶を口にしながらも、シュテンは二人ほどはしゃぐどころか、落ち着き払っている。

 

 「シュテン様は流石ですな。この事態にいささかも油断をなさらぬとは」

 

 「油断はいつでもできること。伯父上をいささか舐めてはいませんか?」

 

 ゼウォルの執務室にて、シュテンは啖呵を切りながら伯父であるシエン公排斥を唱えた。だが、今はそんなことなどなかったように落ち着いているのは、本人は毛一本ほどの油断をしていないことの証とも言える。

 

 「伯父上がなぜ、父上と共に大将軍、録中書事になれたと思っておられるのです?」

 

 飲み干した紅玉茶の茶碗を机に叩きつけると、シュテンはシュテンとセイエイを睨み付けた。

 

 アルデバラン、ベテルギウス、そしてヴェガや周辺星域の平定と共に、太陽系連邦との交渉を行い、アルタイル帝国を復活させた手腕は決して凡人にはできないことである。

 

 「伯父上が無能ならば、我らはこんな、せせこましい策を練る必要性もなかったでしょうな」

 

 あまりいい感情を持ち得ていないが、シュテンは伯父であるシエン公の才覚だけは高く評価している。

 

 もちろん、ラデクもセイエイも決して無能ではない。ラデクの知恵者ぶりも、セイエイの戦術手腕も、誰しもが認める才覚であり、この二人はそれぞれ軍師、都督としては抜きん出ていた。

 

 実際、歴戦の闘将と言ってもいい、父であるガイオウもこの二人のことは信頼しており、故に今回の策を任せた。

 しかし、まだ浮かれていい状況などではない。ゼウォルの協力を得たとはいえそれは形だけの代物であり、まだなにも事態は好転すらしていないのだから。

 

 「これは失礼を致しました」

 

 襟元を正しながら、セイエイはいつもの知将としての顔に戻る。だが、気持ちはわからなくもないのだ。

 アルタイル一の名将であるシエン公、それを手玉にとるというのは浮かれないほうがおかしい。

 しかし、浮かれた結果負けた場合、笑いたくても笑えなくなるのだから。

 

 「いえ、武官の大半を取り込むことができましたのは、セイエイ卿のおかげです。セイエイ卿でなければ、大都督殿の説得も無理でした」

 

 ゼウォルには文武官のほとんどを賛同していることを伝えたが、実際のところラデクとセイエイによる工作によるところが大きい。

 

 「シュテン様にだけ苦労を背負わす訳にはいきませんからな」

 

 元々、偉大な伯父と叔父を持つ関係から、セイエイとシュテンは馬が合った。そして、互いに若輩者として軽く扱われることもあり、そのたびに二人は互いの屋敷に出入りしては酒を酌み交わしている。

 

 そして、今回の策もラデクと共にセイエイは一翼を担い、武官達への工作を行ってくれた。

 

 「それに、先ほどの一見で叔父上もこちらに取り込むことで、私の言葉も虚言ではなくなりました」

 

 紅玉茶の甘い香りにうっとりしているセイエイの言葉に、シュテンも珍しく笑みを浮かべる。

 

 セイエイが武官達への工作を行う際、大都督であるゼウォルの甥であることを利用し、さらにゼウォルが協力していることを臭わせ、ゼウォルの威光と信頼を利用することで協力を取り付けたのである。

 

 ゼウォルに出した書状は確かに協力を申し出た文官武官達によるものだが、ガイオウとゼウォルの威光を利用した代物である。

 

 特に、シエン公の覚えめでたい上に陰謀や謀略という者から縁遠い実直なゼウォルが協力していることは、ガイオウの威光だけでは納得しなかった者達も「あのゼウォル卿が協力している」「大都督ほどの人物ですらシエン公を諫めようとしている」という判断材料にするには充分過ぎた。

 

 「叔父上の実直ぶりは私が一番良く理解しています。シエン公の覚えめでたい叔父上までもが賛同しているとなれば、それを無碍にできる者はおりませんからな」

 

 実際、セイエイの工作は図に当たった。ガイオウの名だけでは賛同しなかった者達が、ゼウォルも賛同しているということを理由にこぞって賛同してきたほどである。

 

 「ですが、兵家の復活は実現出来るのですか? 叔父上は正直納得していてはいないようですが」

 

 「するしないの問題ではありません。もはや、流民を抱え込むことなどできることではありませんからな」

 

 そう語るのは、流民対策に悩まされているラデクであった。

 

 「流民共をこれ以上増やすことにでもなれば、太陽系連邦軍、特に帝国に駐留する統合軍との協力関係を維持することはできなくなります。流民共の対策には、統合軍が一番神経質ですからな」

 

 上軍師として、ガイオウと共に統合軍との折衝を行っているだけに、ラデクの主張には現実的であった。

 

 ゼウォルが言うように、兵家という制度は確かに古めかしい制度ではあるが、大量の流民を兵家とするのは理にかなう。

 畑一つ作ることすらできない、このルオヤンにおいて、彼らを食わせるだけの産業は無きに等しいのだから。

 

 「それに、兵家を導入しなければマトモな兵力を集めることも難しいでしょう。現在、我が軍は質は無論のこと、数ですら劣っているのですから」

 

 二度にわたる大戦の中で、帝国は大幅に兵力を失っている。各地の反乱を平定したとはいえ、それは太陽系連邦の力を借りてのことだ。

 

 「質で劣る以上、数だけでも勝っておかなければなりますまい。太陽系連邦と対等の関係を構築する上で、兵力の確保は必要不可欠です」

 

 軍の人員は常に不足している。それを埋める上で、流民を徴兵して兵家に組み込むというシュテンの発想は現時点では正解であると言える。

 実際、シュテンは父であるガイオウにラデクと共に、流民対策の意味で兵家の復活と共に、軍事力の回復を進言していた。

 

 「その中核を担う上で、セイエイ卿にはもっと大役を担って貰いたいと私は思っています」

 

 「武人として、皇室と帝国に尽くす所存であります。喜んで、働かせて頂きます」

 

 セイエイが頭を下げると共に、執務室にシュテンの父であるガイオウがやってきた。

 

 「これは父上、会談はもう終わりですか?」

 

 シュテンが頭を下げながらそう言うと、ラデクやセイエイもそれに習って頭を下げる。

 だが、ガイオウは不機嫌とも機嫌がいいとも言えない顔つきのままに席に着き、紅玉茶を飲んだ。

 

 「シュテン、首尾はどうなっている?」

 

 「順調でございます。ゼウォル卿からの内諾もすでに得ております」

 

 冷静に答えるシュテンを訝しむように見るガイオウであったが、ラデクもセイエイもいる中でそれを言葉にすることはなく、再び紅玉茶を飲んだ。

 

 「父上、伯父上との会談はいかがでしたか?」

 

 シュテンとしては、父が兄であるシエン公との会談にて探りを入れる手はずであっただけに、その結果が気になっていた。

 だがガイオウは「首尾なく終わった」と端的に答えた。

 

 しばらく無言のままでいたガイオウは二杯目の紅玉茶を飲み干すと、そのまま机に杯を置く。

 そして、シュテンやラデク、セイエイらの顔を眺めていた。

 

 「父上、首尾なくとはいったいどういうことでしょうか?」

 

 やや困惑する息子の顔と共に、言葉には出さないが、ラデクもセイエイもどこか困惑ぎみな顔をしていた。

 

 「文字通りの意味だ。それ以上も、それ以下のことでもない」

 

 「それでは父上、手はずは如何に?」

 

 推し量るようでありながら、どこか目を輝かせているシュテンの熱意と共に、どこか危うさを感じるガイオウであったが、今回の計画の発端はシュテンとラデク、そしてセイエイらの三人の提案であったことを思い出す。

 

 「……シュテン、すべては予定通り行う」

 

 その言葉に、シュテンは無表情ながらも気配が代わり、ラデクやセイエイは顔色を変えて喜んでいることをガイオウは確認した。

 

 「貴公ら、浮かれている場合ではないぞ。貴公らが選んだ相手、そして戦うべき相手が誰であるのか、今一度自覚せよ」

 

 「心得ております。では、手はず通りということでよろしいですか?」

 

 シュテンだけは顔色を変えていなかったが、気配が表に出てきているところは、まだ若さを感じる。だが、明らかに嬉々としているラデクやセイエイに比べれば、シュテンの態度はまだマシと言えた。

 

 「すべて任せる。ラデク、セイエイ、貴公らもシュテンの補佐を頼んだぞ」

  

 兄との会談を終えたガイオウは既に決意していた。兄とは違う別の道を歩むことに。

 

 そしてそれは、アルタイルの復活ではなく、アルタイルを新しく甦らせる道であることも。

 

 



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あえて剣を手に 第5話 

 

 粗末な執務用の椅子と机、そして来客用の椅子と机しかないこの部屋は、とても広大な星間帝国の皇太子の部屋とは思えないだろう。

 

 そう思ってしまえるほど、シエン公の執務室は簡素な作りになっている。豪奢を好まず、用の美を尊ぶシエン公らしいと言えるが、アルタイルの貴族や大臣達には貧乏性として見られてしまう。

 

 椅子に座りながら、庶民向けの清流茶を飲むマオに対して、シエン公は椅子に身を委ねながら天井に刻まれた玉石細工を眺めていた。

 青、赤、黄、白、緑、様々な玉石をちりばめ、近くで見ればそれは単なる石の欠片の集まりであるが、距離をおけばひとつの絵や彫刻のように楽しめる玉石細工はアルデバランやベテルギウス方面では大人気の装飾である。

 

 玉石自体は、決して高いものではないためにアルタイルの貴族や皇族達には不人気であったが、一等とは言えないものでも、使い方や装飾の工夫でここまでの芸術品になることから、シエン公はこの執務室の天井を玉石細工で装飾していた。

 

 こうして、天井を眺めると浮かび上がるのはアルタイルを守る守護獣達の姿がある。そして、その頂点にたつ黄龍、白龍、青龍、赤龍、そして黒龍の五龍達が筆頭として君臨している。

 

 「ガイオウ公は果たして、納得してくれましたかな?」

 

 マオが安物の清流茶を口にしながらそう言うと、シエン公は空想から現実へと回帰する。

 

 「さあな」

 

 大雑把な口ぶりではあるが、弟であるガイオウをシエン公は信頼している。シエン公が大将軍として各地の平定に赴いていた頃、大都督としてアルタイル本国を守り抜いたのがガイオウの力量であり、反乱が起きてもすぐに鎮圧し、アルデバランやベテルギウス方面の辺境星域を平定できたのも、本国のことを考えずに遠征に専念できたからに他ならない。

 

 「それより黒龍《ヘイロン》の仕上げだが、どこまで行ける?」

 

 「予定通りいけば三日ですな。外装と内装、駆動の確認と試験が終われば十二分に使えます」

 

 太陽系連邦の圧倒的な軍事力に唯一対抗できる黒龍《ヘイロン》の仕上がりは予想以上に早く仕上がっている。

 

 「つまり、実質的には今すぐにでも動かせるというわけか?」

 

 「責任はもてませんが、動かす分には問題はありませんな。ですが、殿下が考えられている活躍は期待できませんぞ」

 

 マオにあっさりと今すぐ動かしたいという願望に釘を刺されたが、それでもシエン公は上機嫌であった。

 

 「わかっている。だが、問題なのはここからだな」

 

 太陽系連邦軍、そのなかでも二度に渡って煮え湯どころか、強酸を浴びせられた連邦宇宙軍の宇宙艦隊に対抗するには、この黒龍《ヘイロン》だけでは不足している。

 

 特に艦艇では、こちらの戦艦が連邦宇宙軍にとっては駆逐艦程度に過ぎないほどの格差がある。

 太陽系連邦と対等の立場を構築するにしろ、支配を脱却するにしろ、結局のところアルタイルがその立場を手に入れるには軍事力の強化を行わなければならない。

 

 「黒龍《ヘイロン》の復活、それを旗印にしたところで意味などありませんからな」

 

 「旗印にもならん。そんなものに頼っているようでは、はじめから負け戦を行うようなものだ」

 

 かつて「帝国」が生まれる太古の時代より、オリオン腕を支配していたとされる時代に作られた伝説の兵器。

 

 それを復活させたのは、なにも安易なロマンチシズムに浸るわけでもなければ、ノスタルジーに愉悦を感じているわけでもない。

 

 「やはり、問題なのは黒龍《ヘイロン》の量産ですな」

 

 核心を突いたマオの言葉にシエン公は黙ってうなずいた。この怪物を復活させたのは、単なる旗印でもなければ、伝説の力を使って太陽系連邦と一戦交える訳でもなかった。

 

 対等の立場を作る交渉材料として、その土台となる軍事力の構築のためである。

 

 「正直、ルオヤンの工房ではせいぜい整備するだけで限界か」

 

 「難しいですな。第一、ルオヤンにはあれを一から作るだけの工場を作る場所がありません。既存の工場では、とてもではありませんが……」

 

 「機密も保護できない上に、量産するだけの設備がないということだな」

 

 帝国の技術は太陽系連邦に比べれば明らかに劣っている。辛うじて艦艇は従来の製造ラインで賄えているが、艦艇よりも遥かに高性能で精密さが求められる黒龍《ヘイロン》を、量産できるだけの設備は現状存在しない。

 

 黒龍《ヘイロン》の製造は、選び抜いた技術者達によるハンドメイトで行われたが、これを量産する上での制約がルオヤンでは現状大きすぎた。

 

 「やはり、ここはアルデバラン、もしくはベテルギウス辺りに製造拠点を作り上げることがよろしいかと」

 

 アルデバランやベテルギウスは、ルオヤンからも遠く離れた辺境ではあるが、機密という部分においては確保できる。

 

 「アルデバランのリーファン公、ベテルギウスのヴェルグ公とは話がついている。機密面を考えればあの二人に任せるのが一番だろうな」

 

 アルデバラン、そしてベテルギウスという辺境領域の総督に就いているリーファン公、ヴェルグ公はシエン公の派閥に属している。

 

 両人共に野心家ではあるが、連邦の専横と狼藉に対しては嫌悪しており、今回の一件には共に賛同していた。

 アルデバランとベテルギウス方面に黒龍《ヘイロン》の工場を作れるのであれば、機密の面でも、戦力を温存しておくという面においても万全と言えるだろう。

 

 「となるとますます、技術面での課題をどうするかですな」

 

 「こればかりは何ともならんよ。帝国には、黒龍《ヘイロン》のような兵器を大量生産するだけの技術がない。その技術を作るには莫大な金がかかるだろう」

 

 「前途多難ですな」

 

 艦艇を製造するだけの工場やプラントは存在するが、この怪物ともいえる機体を大量生産するには、従来の設備では粗悪品を作るだけだ。

 現状では、黒龍《ヘイロン》の存在は旗印になるだけだろう。

 

 「ところでシュテン様とラデクが兵家復活を唱えておりますが……」

 

 「却下だ。今さら、兵家を復活させたところで太陽系連邦には勝てんよ」

 

 第一次シリウス会戦では圧倒していたにも関わらず、連邦宇宙軍からの奇襲を受け、ほぼ一方的に帝国軍は壊滅させられた。

 太陽系連邦軍、特に連邦宇宙軍とは比較にならないほど、テクノロジーにおいてアルタイルは劣っているのが現状である。

 

 「連中は兵家の復活で流民対策をしろと言っていますな」

 

 「奴隷を増やせと言うようなものだな。兵家に入れられた民達は租税の代わりに、戦うことを余儀なくされる。そもそも、手に職がない流民を兵家にしたところで、戦力にもならなければ、彼らを体のいい奴隷にするのとなんら代わりがない」

 

 辛辣な言い方ではあるが、兵家が廃止されたのは単に金食い虫であったからではない。元々兵家は軍役を負担する代わりに租税が一切免除される。

 その代わりとして、戸籍からは除外され各将兵の支配下におかれるのであるが、平和な時期になれば当然ながら彼らは仕事が事実上存在しない。

 

 そこで行われたのが、兵家達を使った各惑星の開拓であり、事実上彼らを召し使いとして使役させることであった。

 開拓や屯田などはともかく、将兵や貴族達の召し使い、というよりも奴隷のようにこきつかわれるために彼らが存在しているわけではない。

 その観点から見て、金食い虫になるならば屯田した土地を与え、兵家を廃止するという方策がとられたのだが、現状各惑星、星域は急激に治安が悪化している。

 

 アルタイル帝国の土台が揺らいでいるからではあるが、それ以上にむちゃくちゃな賠償金を太陽系連邦に支払うなかで、各地の太守達が無茶苦茶な租税を行っていることも背景にある。

 

 あくまで賠償金分だけを首都ルオヤンに差し出している太守もいるが、不正貯蓄や搾取を行っている太守達は、よりいっそう搾取を強めている現状のがであった。

 

 「民が自らの土地や家を捨てて、流民となった背景を奴等は本当の意味で理解していない」

 

 皇族と言えども、皇位継承権から見れば下から数えた方が早い地位にあり、平民よりもマシな待遇で生まれ育ったシエン公から見れば、シュテンとラデクの視点は、宮中からどう見えているのか、ただそれだけで物を言っているようにしか見えなかった。

 

 「アルデバランやベテルギウス方面が安定すれば、リーファン公やヴェルグ公に開拓民として送る手はずも出来ているが、それまだ先の話だ」

 

 「全ては、ここからの方策次第ということですか」

 

 仔細を承知しているマオがそうつぶやくが、二人の背中にはどっしりと重く「アルタイル帝国」という国家の守護する使命が課せられていた。

 

 思わず、椅子に座り直すマオを尻目に、再びシエン公は天井に描かれた龍達へと視線を向ける。

 

 帝国が生まれるよりも太古の昔に、オリオン腕の大半を征服したと言われる伝説の守護獣達。当然ながら彼らは今、何も答えてはくれない。

 

 だが、この守護獣達の存在は決して伝説ではなく、現実に存在している。その一体の目覚めは覚めようとしていた。

 

 彼らをもし全て目覚め、復活することが出来るならばという思いがシエン公の心中にある。

 伝説の力を使い、帝国を復活させ太陽系連邦を追い出す。

 

 そしてそれがシエン公の心中から脳裏へと渡った時、決まって出てる結論はアルタイル帝国の滅亡であった。

 

 伝説の守護獣達は決して、守護する為だけに存在したわけではない。大いなる力

に善も悪も無く、その力が生まれた時に彼らを従えていた王朝は文字通り滅亡した。

 

 だが、もし自分がやれるのであればどうであるか。決して滅びの道に進むことはあり得ないとシエン公の中にある野心がつぶやく。

 

 同時に理性がそれを拒否し、最終的に出てくる結論は極めて現実的な答えであった。

 

 太陽系連邦からの独立、そして、対等の関係を築く。その為の力として伝説の力を使う。

 

 決して滅びの道を歩まない為に、滅びつつある帝国を蘇らせること。

 

 それがシエン公が幾たびにも渡る自問自答と、自らが抱える食客達と共に選んだ結論であった。

 

 



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蠢く策謀と陰謀と権謀と 第1話

地球から4.24光年離れたプロキシマは、太陽系でもっとも近い恒星系として知られている。

 

 近いとは言え、光の速さで移動したとしても、約四年かかる途方もないほどの距離であり、人類が太陽系から初めてこの恒星系に進出したのは、太陽系連邦が発足してから七十年後、HC70年である。

 

 すでに光速を超えて移動できる超空間移動の技術はその時点から一世紀も前に生み出されていたが、太陽系の住人達が実際に太陽系を超えてプロキシマに旅立つまでには一世紀もかかったのは皮肉というしかない。

 

 すでに太陽系内部での争いは終息し、復興計画も一段落した中で生まれた植民計画は、太陽系を支配していた地球連邦政府や、内惑星自由連合のように戦争という手段での拡張を行い支配するのではなく、新たなる新天地を自らの手で生み出し育むことをスローガンに生まれたものであった。

 

 こうしてHC70年からプロキシマ・ケンタウリ方面への移民船団が出発し、外宇宙開発への意欲に燃えた若者達や、夢を抱いた科学者達、そしてより多くの収益を生み出すことを目的とした企業達が進んでプロキシマへの一歩を踏み出した。

 

 初めての太陽系外への開発事業は様々なトラブルが発生したが、長期的な見通しの元に立てられ充分な予算や助成金が付いた計画であったこと、そして何よりもそうしたトラブルも覚悟の上で向かったドリーマー達から見れば、そうしたトラブルは全てが些事であった。

 

 太陽系連邦が発足するまでの間、宇宙開発事業の七割が軍事関連であり、二百億もの人命が失われた第二次太陽系戦争とは違い、破壊ではなく創造を原動力としたこの植民計画はたった三年で軌道に乗り、HC74年には「プロキシマ自治政府」発足計画が発足した。

 

 プロキシマからシリウス、ヴェガ、アルタイル、果てしなく広がる無限の宇宙の彼方への進出も夢ではない現実であることを当時の人々はそう信じていた。

 

 「もはや戦後ではない」とは二十世紀のヤーパンの首相の発言であるが、その言葉が太陽系からプロキシマにまで流行したのはこうした開発計画の順調さを物語っている。

 

 太陽系連邦が発足し、太陽系全域の復興が終わり、プロキシマへの進出計画が成功しつつあったこの時期こそ、人類史上最悪の戦争と言うべき「第二次太陽系戦争」からの決別であった。。

 

 復興に費やした戦後ではなく、新たなる時代、HCという本当の時代の始まりであったと誰もが思っていた。

 

 だが、それは幻想に過ぎず、人類が戦争という行為から結局決別出来なかったという現実を覆すには至らなかったのであった。

 

 「人は結局のところ、愚かであるということだけか」

 

 連邦宇宙軍プロキシマ方面軍司令長官にして、連邦宇宙軍大将であるアレクサンドル・クズネツォフは参照していた歴史アーカイブのページを閉じ、執務室にあるディスプレイから、プロキシマ・ケンタウリに照らされた星々を眺めていた。

 

 太陽に比べれば、七分の一の大きさに過ぎない恒星の輝きはあまりにもか細く、弱々しいが、それがかえって風情があるようにも見える。

 

 現在プロキシマには一億人を超える規模での植民が開始されていたが、同時に連邦宇宙軍が二万隻もの艦艇を同時に修理・整備できるだけのドックを有した軍事基地である「プロキシマ鎮守府」を設立し、プロキシマを守護していた。

 

 その長としてクズネツォフは、感傷に浸っていた気持ちを切り替え、デスクに置いてあるパーソナルモバイルを立ちあげた。

 六百年ほど前にできた骨董品のタイプライターのような外見だが、キーボードと共にディスプレイが立体式に表示されるパーソナルモバイルは連邦宇宙軍では標準装備されている代物である。

 

 すると、そこにはクズネツォフ宛に電子決済を求めるタスクがいくつも並んでいた。プロキシマ方面軍司令長官として、四個艦隊、陸戦隊空戦隊を含めて総勢500万人もの将兵のトップであるクズネツォフの日課は日々上がってくる報告の確認と共に、上申、または意見具申した内容を判別して決済を下すことにある。

 

 配下の艦隊司令官、司令部の参謀達が纏めて提出してきたものに対して、クズネツォフ自身が一から判断するものは決して多くはない。大半はなんということもない経費清算などがほとんどだ。

 

 それだけに上がってきた内容には時にクズネツォフ自身も判断に悩むような代物ものもある。今モバイルに投影されている内容がまさにそれであった。

 

 クズネツォフはとび色の瞳で、その懸念事項になりそうな案件を吟味すると、手元にある内線をコールし、自らの執務室に呼び寄せる。数分でドアがノックされると、クズネツォフはドアのロックを解除した。

 

 「入ります」

 

 その声と共に黒髪褐色の壮年の男性と共に、やや陰気で目付きの悪い金髪の青年がやってきた。

 

 クズネツォフの腹心であり、プロキシマ方面軍総参謀長であるモーリス・ジョミニ大将と、副参謀長であるアーサー・C・コリンズ中将は呼び出された案件の意味を知っているからか、いつもよりも怪訝な顔をしていた。

 

 「まあ、かけたまえ」

 

 執務室に置いているソファへと三人は対面し、クズネツォフは副官に熱い緑茶と、ジョミニが好きなカフェオレと、コリンズが好みにしているセイロンティーを持ってこさせた。

 

 「貴官らを呼んだのは他でもない。ヴェガ方面に関するレポートの件だ」

 

 愛用している萩焼の茶碗を手にしながら、同じく萩焼のマグカップと、ティーカップを手に取るジョミニとコリンズに、クズネツォフは呼び出した内容について問いただす。

 

 「先日、ヴェガ方面が荒れているということで、統合軍に派遣している第3艦隊では兵力不足であることから杉田が率いる第11艦隊を派遣したわけだが、そこから一月もしないうちに、今度はシリウスで宇宙海賊が暴れているという報告が入ってきた。まあ、それはいい」

 

 そういうと、熱い茶をすすりながらクズネツォフは一息つく。好みの味をいれるために、従卒や副官に茶の入れ方を一から仕込んだだけあり、十分に旨い茶ではあるが、妙に味が苦く感じるのは、ノンシュガーであるというわけではなかった。

 

 「だが、シリウス方面に、また第11艦隊を派遣してほしいというのはどういう了見なのかということだ」

 

 基本的にクズネツォフは、冷静沈着で穏和な指揮官であることから将兵からの人気が高い。怒声を浴びせたり、大声で怒鳴りちらすようなことは一切しない。

 

 だが、こうした形で不満や問題を的確にかつ、端的に説明しながら「如何なものか」と問題提起するのは、不心得者から見れば、安易に罵声や怒声を飛ばすよりも時には恐ろしく感じられるほどであった。

 

 「統合軍の見解では、アルタイル方面の治安がいまだに不安定であるために、プロキシマ方面軍に治安維持を委任したいという要請がありました」

 

 今年で53歳となり、クズネツォフとは士官学校時代の先輩後輩の中であり、戦友でもあるジョミニは臆することなく屈託の無い意見を述べた。

 

 「ところが、詳細を確認していくと、かなり実情が異なるようです」

 

 「どう異なる?」

 

 クズネツォフの問いに、ジョミニはコリンズに目配せする。するとコリンズはティーカップをテーブルに置いてクズネツォフに視線を向け直した。

 

 「まず、先日第11艦隊の杉田中将からも報告がありましたが、確かにヴェガ方面では現在宇宙海賊や豪族の反乱、そしてそこから逃走した一部の艦隊が、シリウスに潜伏しているという情報を受けております」

 

 第11艦隊司令官の杉田恭一中将とコリンズは、士官学校時代からの親友であり同期である。

 35歳という若輩者が方面軍副参謀長、そして花形の艦隊司令官に昇進しているのは、共に首席の座を競い合い、コリンズが首席、杉田は次席で卒業しただけではなかった。

 

 「確かに、現在急激にアルタイル方面からヴェガ方面の治安が悪化しており、それにともないアルタイル側も鎮圧を検討しているそうですが、懸念事項があるために出動ができずに我々へと要請をしてきたという経緯に()()()()()()()

 

 なっておりますというコリンズの口調は、断定せず懸念事項があることを意味していた。

 

 「君の見解を聞きたい」

 

 クズネツォフの問いに、コリンズは「僭越ながら」と呟きながら自身の判断結果の解説を始めた。

 

 「結論としてこれは、アルタイル方面軍、というよりも統合軍の権限強化のための方策ではないかと思われます」

 

 端的に先に結論を最初に述べるのは、クズネツォフ直伝のプレゼン手法ではあるが、コリンズは冷静にその結論に至るだけの理由を続けて発言していく。

 

 「まず、アルタイル側の懸念事項は帝位継承を巡っての問題であると思われます。現在、皇帝であるハモン三世が昏睡状態であることから、現在皇太子であるシエン公が帝位を継ぐ上で、後継として主導できるだけの人材が事実上存在しません。大将軍であるガイオウ公も、シエン公に引けをとらない人物ではあるとはいいますが、シエン公と違い、攻勢ではなく守勢の人物であることはすでに分析済みです」

 

 参謀畑より連邦軍情報局、通称MISに所属していた経験から、コリンズの分析能力はかなり高い。

 その優秀さを見込んで、クズネツォフはMISとは懇意であることからプロキシマ方面軍に副参謀長として引き抜いたほどである。

 

 「また、地方の軍閥への影響力という意味でも、シエン公に比べ、ガイオウ公は影響力が少なく、半ば独立国のようになっているアルデバラン、ベテルギウスへの配慮や、動員できるだけの兵力も不足していることから、思いきった軍事活動ができず、統合軍に泣きついたというのが私の見解です」

 

 「そして、統合軍は喜んでそれを引き受けたというわけか」

 

 「現在、アルタイル方面は統合軍に事実上一任されていますが、彼らには惑星間での軍事行動は不得手です。即席の駐留艦隊がありますが、満足な行動ができる代物ではありません」

 

 統合軍の行動はあくまで大気圏内、惑星内部に限定されている。アルタイルに駐留するにあたり、特別に直轄の艦隊を所有していたが、正直錬度という意味では宇宙軍の星間パトロールにも劣る。

 

 「俄ばかりの混成艦隊を送り込んで、返り討ちに遭うことは避けたいということか。厄介ごとだけは我々に押し付けてな」

 

 そう呟くクズネツォフには、半分呆れながら危機感があった。

 

 アルタイル方面軍、というよりも統合軍は対面を気にしていると同時に、自分達では満足に火消しすら出来ないことを宣言しているようなものだ。

 クズネツォフであれば、このような安請け合いはしない。同じ連邦軍同士であるとはいえ、連邦宇宙軍と統合軍は互いに指揮命令系統を異としている組織である。

 

 それだけにまず、自分達で引き受けられずに他の組織に押し付けるのは礼を失している上に、無責任にもほどがあるというしかなかった。

 

 「それもありますが、とかく我々には情報が不足しています。我々はあくまで、通信傍受を専門としたシギントだけを行っています。ある程度の状況はつかめますが……」

 

 「確信に至るだけの情報源が不足しているということか」

 

 コリンズの指摘にクズネツォフは両腕を組み、両目をつぶりながらそうつぶやいた。

 

 シギント、通信傍受やハッキングなどによる情報は、太陽系を超えて星間戦争を行っている時代であっても情報収集の中核を担っている。

 むしろ、技術が発達していく中でよりシギントの依存度は高まっている。

 

 第一次シリウス会戦における連邦宇宙軍の大勝利は、帝国軍の軍事行動を常に把握し、完全に防備が整っていない状況であることと、プロキシマへと侵攻することを読んだ上で奇襲をかけることが勝因の一つである。

 

 こうした形でシギントの重要性は極めて高く、プロキシマ方面軍司令長官として、クズネツォフが着任して真っ先にやったことは、アルタイル帝国に対するシギント活動の強化である。

 

 MISや宇宙軍情報部、宇宙軍幕僚本部や宇宙艦隊総司令部とも連携を取った上での情報収集と分析を行っているが、ヒューミント、スパイ活動は現在統合軍配下のアルタイル方面軍の管轄となっており、そちらの情報は殆ど共有出来ていないのが現状であった。

 

 「軍事的な視点で見れば、シギントを優先させている現状は問題無いのでしょうが、現状のように内乱や政治情勢なども考慮するのであれば、やはりシギントのみに頼るのは責任が持てません」

 

 コリンズの職務は副参謀長であるが、同時に情報収集と分析を担当する分析官の長でもある。専門家として毅然と断言するコリンズの言葉は、ジョミニは無論のこと、クズネツォフも重く受け止めていた。

 

 「私もコリンズ中将の意見に賛同します。統合軍任せでは、軍事面でも支障を来す可能性があります。すでに、内乱や反乱鎮圧においても不正確な情報が飛び交っておりますからな」

 

 口調は穏やかだが、実際のところアルタイル方面軍、というよりも統合軍の杜撰さにジョミニはかなりいらだっていた。

 

 「分かっている。それを考慮して例の件を上申しているのだからな」

 

 プロキシマ方面軍直轄の特務機関の設立。統合軍に縛られない独自の諜報活動を行いアルタイル方面の情報を探り、クズネツォフがジョミニとコリンズらと共に作り上げた構想は上層部の許可を待つだけとなっていたのであった。

 

 



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蠢く策謀と陰謀と権謀と 第2話

 

 「宇宙軍の対応にも困ったものだな」

 

 スキンヘッドにした頭部をなでながら、アルタイル方面軍司令官、アーネスト・モーガン大将はおどけた口調でそう言った。

 

 これ見よがしに、略章ではなく勲章をわざわざ軍服につけているモーガンの姿は、一山当てた成金経営者のように思えてならない。

 

 「元々、無理を主張しているのだから仕方がないのでは?」

 

 冷静な口調で、連邦宇宙軍中将、ナタリー・フォッシュはモーガンに指摘した。

 

 「本来ならば、アルタイル方面はアルタイル方面軍の管轄です。そこに無理矢理プロキシマ方面軍から援軍を出させたのですから」

 

 澄まし顔でそう言うと、フォッシュは安物のマグカップに入った安物のコーヒーを飲む。

 

 「そんなことは分かっている。だが、それには君も噛んでいることではないか?」

 

 褐色の肌に凄みのあるスキンヘッド、しかも三白眼という他人を威圧する風格の割りには、余裕がないモーガンの指摘に、連邦宇宙軍第3艦隊司令官として派遣されている立場とはいえ、フォッシュは冷めた目付きのままでモーガンを見て微笑む。

 

 「だからこそ、その理由を考えてあげたはずです。それをお忘れで?」

 

 纏めあげた髪の色と同じく金髪の睫毛越しに、フォッシュはそう言った。

 

 第11艦隊をヴェガからシリウスへと出撃させる際に、なぜ第3艦隊を出撃させないのかという返答があったが、それに対してうまく取り繕ったのがフォッシュである。

 

 「貴官の忠告には感謝しているよ。おかげで、すべてが上手くいっているのだからな」

 

 精一杯虚勢をはっているが、モーガンがプロキシマ方面軍司令長官であるクズネツォフを始め、総参謀長のジョミニまでもが痛烈な指摘をしてきた時に言い訳や理由を取り繕うために醜態を晒していた時のことをフォッシュは忘れていない。

 

 「もう少し周到に策を練るべきでしたね。私が直接擁護したからどうにかなりましたが、でなければ今ごろどうなっていたのやら」

 

 恩着せがましくフォッシュはそう言ったが、彼女はクズネツォフやジョミニら、プロキシマ方面軍首脳部から絶大な信頼を受けていた。

 第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦といった激戦にも参加し、シリウス方面やヴェガ方面での戦役においても第3艦隊を率いて軍閥や海賊を壊滅させており、その戦術手腕と判断力はプロキシマ方面軍、というよりも連邦宇宙軍の中でも随一と言われるほどである。

 それだけに、フォッシュの発言は決して無碍に出来ない代物であった。

 

 「クズネツォフ提督を甘く見てはいませんか?」

 

 「どういう意味かね?」

 

 安い、というよりも味も素っ気も無いまずいコーヒーの味が、モーガンの動揺する態度とリンクしているかのように感じたフォッシュはマグカップをテーブルに置いた。

 

 「クズネツォフ提督は宇宙軍の英雄ですが、ただ戦闘指揮が上手いだけの戦術家ではありません。甘く見ていると痛い目に遭いますよ」

 

 「甘く見ているならば、貴官とこんな話はしない」

 

 「それがすでに甘いのですよ」

 

 クズネツォフやジョミニが飲んだら、ふざけるなと文句を言い出しかねないほど、無駄に苦く味も香りも素っ気ない不味いコーヒーを出すところに、モーガンという男の人間性が出ているような気がした。

 

 「クズネツォフ提督は、単なる戦争屋ではありませんよ。ジョミニ大将も同じです。あの二人は違和感を見つけるのが天才的に上手い」

 

 不味いコーヒーに半分ほど苛立っているが、それでも冷静に独特のアルトの音程を奏でるかのように話すフォッシュの言葉には独特の風格があった。

 

 「故に、形として私が統合軍に借りを作るという意味で仲介しなければ、今頃あなた方の策謀がどこかに露呈していたかもしれませんよ」

 

 コーヒーの口直しをするかのように、口臭対策として愛用しているタブレット錠をフォッシュは口に含みながらそう言った。

 

 「第11艦隊の杉田君は私の教え子で、第11艦隊は精鋭ではあるが、実戦経験が不足している。その為に実戦を経験させて練度を上げることと、形として統合軍に譲歩させたということで納得させたわけですが、私がいなかったらどういうことになっていたのやら」

 

 タブレット錠をかみ砕きながら、ミントの臭いが口の中に蔓延していたが、明らかにフォッシュはモーガンを見下していた。

 

 実際のところ、当初クズネツォフやジョミニはかなり難色であったが、フォッシュが二人の信頼が熱いことをと、杉田が自分の教え子であることから推挙する形で援軍を出させたのであった。

 

 「分かっている。だが、問題はコレだ」

 

 モーガンはフォッシュのモバイルに直接データを送り、フォッシュはそれを確認するが、出てきた内容に思わず顔が険しくなる。

 

 「プロキシマ特務機関の新設ですか」

 

 書かれた内容は、クズネツォフの承認を得ており、モバイル越しに吟味していくと、諜報畑にはあまり縁が無いフォッシュでも、その効果や意味が分かってくる。

 

 確かに、昨今動乱の中にあるアルタイル方面を探る上での諜報機関を新設するというのは実にクズネツォフらしい発想であった。

 

 「だから言ったのですよ、クズネツォフ提督は単なる戦術家ではないと。あの人ほど情報が大事であると認識している提督もいないというのに」

 

 この内容を吟味したが、纏めたジョミニや中心にいた副参謀長のコリンズが実際に手がけており、最終的にはコリンズが現在の副参謀長を兼任することで特務機関を運営していくことが書かれていた。

 コリンズもまた、士官学校においてフォッシュの教え子だっただけにその人柄は知っている。陰気な顔付きとは裏腹に面倒見がよく物腰が丁寧ではあるが、言うべきことをしっかりと進言し、情報を分析して整理する能力に長けていた。

 

 クズネツォフがわざわざMISから引き抜いたのも、恐らく現状のアルタイル方面軍の体たらくに業を煮やしたからだろう。

 

 「おそらくこれは、宇宙軍幕僚本部に承認されるでしょう。専門外の私が見ても、内容が非常に作り込まれており筋が通っています」

 

 「そう思うかね?」

 

 「実際、アルタイル方面軍に失点があります。先日の第11艦隊の派遣要請や、追い被せるようにシリウス方面にまで出撃させています。クズネツォフ提督を甘く見過ぎというしか」

 

 呆れるフォッシュであったが、モーガンは先ほどとは違い、どこか珍しく強気に振る舞っているように見えた。

 

 「ふん、甘く見ているのはクズネツォフだろう」

 

 同じ大将でありながら、人望実績いずれもクズネツォフに及ばないどころか、パトロール艇と戦艦ほど能力の差があるモーガンが、やたらと気丈に振る舞っていることに違和感がある。

 

 「そもそも、このような情報が何故私の手の内にあると思うのかね?」

  

 「それは安全保障会議から……そういうことですか?」

 

 プロキシマ方面軍は連邦宇宙軍に所属しており、今回のような上申を行う上での最終的な判断は連邦宇宙軍幕僚本部が決める。その上で連邦宇宙軍と統合軍を統括する、連邦安全保障会議の承諾を得るという仕組みになっている。

 実質的には統合軍と連邦軍から上がってくる上申を承諾したり、折衷させるのが安全保障会議の役割だが、その過程の中でクズネツォフの「プロキシマ特務機関」構想は、嫌でも安全保障会議の議題に上がっていく。

 

 「クズネツォフが有能なのは認めよう。だが、それは一方面軍司令長官としてだ」

 

 一方面軍司令長官、司令官としても隔絶なる才幹の差があることについてはあえてフォッシュは無視するが、この案件が議題にあがってモーガンの手元にある時点で、結果がどうなったのかは聞くまでもないことであった。

 

 「私も相応の政治力というものがある。クズネツォフには気の毒だが、承認は降りなかったよ」

 

 降りなかったのではなく、モーガンが統合軍上層部を動かして承認を許さなかったというのが本音だろう。

 

 「モノは言い様ですが、それにしても言葉というのは便利ですわね。如何様にでも使えるのですから」

 

 皮肉めいた口調のフォッシュに、モーガンが鼻で笑った。

 

 「それが負け犬の遠吠えにならなければいい。今回は私の勝ちだ」

 

 勝ち誇った顔でいるモーガンの顔に、フォッシュはやや嫌悪を感情を向けたが、目的という意味では二人はすでに同志の関係にある。

 

 アルタイル帝国を滅ぼすという目的の同志として。

 



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蠢く策謀と陰謀と権謀と 第3話

 

 重々しい空気の中で、アーサー・C・コリンズは日本酒のロックを一気に飲み干した。

 どっしりとした米の味と共に、鼻孔をくすぐる独特のフレーバーの楽しみ方は、親友である杉田恭一に教えて貰って以来の楽しみ方ではあるが、その味も今日はどこかほろ苦く感じる。

 

 「貴官が一気飲みとは珍しいな」

 

 直属の上長である総参謀長のジョミニがそう言うと、いつも以上に陰気な顔をしているコリンズは深くため息をついた。

 

 「やけ酒ですよ。私も人間ですからね」

 

 陰気な顔つきから第一印象がすこぶる悪く、口が悪い奴は「インテリヤクザ」「マフィアの構成員」などという者もいるが、性格は至って真面目であり、誠実という言葉が誰よりも似合うのがコリンズという男である。

 外見と中身のギャップから、初日は陰険、2日目は好青年、三日目からは紳士と呼ばれるほどの男がやけ酒を呷るのはなかなか重傷というしかなかった。

 

 「まあ気持ちは分かる」

 

 そう言うジョミニも、気づけばジョッキいっぱいのハイボールをすでに五杯も飲んでいた。

 二人は今、プロキシマ鎮守府内にある和風居酒屋にいた。

 クズネツォフからの要請から、コリンズが作成し、ジョミニが協力して作り上げた「プロキシマ特務機関」設立案は、無残にも安全保障会議で却下されてしまったからである。

 

 祝勝会ではなく、残念会、反省会ということで落ち込むコリンズを励ます為にジョミニがお気に入りの居酒屋に誘ったのであった。

 

 「貴官があれを纏める為に一ヶ月、現在の業務と平行しながら進めてくれたことはクズネツォフ司令長官閣下が一番感謝していたよ」

 

 ジョミニがフォローするが、コリンズは空になった器に再び日本酒を入れ、こんどは一口だけ舐めるように飲んだ。

 

 「ですが、最終的に却下されてしまいました」

 

 「だが幕僚本部では承認された。MISからも賞賛されていたじゃないか」

 

 「それでも却下されたことはどうにもなりませんよ」

 

 酒好きではあるが、そこまで酒に強くないコリンズがやけ酒を飲んでいるのはかなりの重傷というしかないのだが、正直ジョミニも内心では腹立たしく思っている。

 部下としてコリンズは有能なだけではなく、決して出しゃばらず、それでいて言うべきことをしっかりと主張した上で職務を果たす。

 

 その誠実さからプロキシマ方面軍司令部内だけではなく、各艦隊の指揮官達からも信頼が厚い。

 そしてクズネツォフとジョミニもコリンズを信頼しており、今ではこの三人で事実上プロキシマ方面軍が動いていると言っても過言ではないほどである。

 

 そうした中で、コリンズが充実した仕事をほぼ一方的にパーにされたとなれば、やけ酒の一つでも呷りたくなるのが人情というものだろう。

 

 「だがそれでも今は耐えろ」

 

 コリンズを諭すようにジョミニはそう言うと、六敗目のハイボールを一気に飲み干す。

 

 「百戦百勝することなんてあり得ないことだ。ましてや、職務の全てが成功する保証などどこにもない」

 

 「私一人だけならば納得出来ることではありますが、これはクズネツォフ提督と総参謀長の協力を得ての結果です」

 

 「そんなことを貴官が気にする必要などはない。確かに、今回は残念な結果になった。だがそれを悔やんでいても結果が覆らないのは貴官がすでに主張していることだ」

 

 そう言うとジョミニは好物である焼き鳥、塩で味付けられた鶏レバーを頬張る。

 

 「俺達の面子などどうでもいい。所詮、我々は組織の歯車だ」

 

 「いっそそうなりたいものです」

 

 「だが、人間は歯車にはなれん。人間をそもそも部品として扱うことなど出来ないことだ」

 

 レバーを食べ終えると、ジョミニは今度は同じく塩で味付けされたボンジリを食べる。

 

 「それに、歯車とは言うが歯車の役割は力を連動させて伝える為にある。組織の歯車に徹するならば、なおさら人間性というものに向きわなくてはならない。人は命令されて黙って動けるものではないからな」

 

 その言葉に、コリンズもまた、目の前の皿にある焼き鳥に手を伸ばす。

 

 「まあ、これはクズネツォフ先輩からの受け売りだがな。勝ち負けを繰り返していくのが人生というものだ。今回は不運だった。そう受け止める必要がある」

 

 「ですね」

 

 そういうコリンズはむしゃむしゃと、タレで味付けされているもも肉を口にしていた。そして再び日本酒のロックを飲む。それに安堵しながらジョミニも七杯目のハイボールを注文した。

 憂さを晴らすのは結局のところ、酒を飲んでメシを食べる。太陽系を離れても人間の感情の発散は未だに変化していなかった。

 

 

 「そりゃ散々だったな」

 

 豪快に笑いながら、少しだけすねているレイタムを尻目に、同じ食客であるシャオピンは白酒《はくしゅ》を飲んだ。

 

 巌のごとき体格と怪力の持ち主でありながら、シエン公の護衛役を務め、時にはレイタムと共に使者として従事している。

 年齢も同い年であり、辺境の出身であることからレイタムはシャオピンとは食客達の中で一番親しい関係にあった。

 

 「姫様といると苦労が耐えないよ」

 

 アウナ姫の護衛で一日がほぼ潰れ、甘味処というところで美味しい菓子を食べた後に、ジンギスカンという太陽系でよく食べられているという「焼き肉」を沢木らに馳走してもらい、そこから宮殿へと戻ったレイタムは疲労困憊であった。

 

 そこで友人であり同じ食客であるシャオピンと自室にて晩酌していたのであった。

 

 「付き合わされる目に遭ってみろというんだ。姫様のおもりはお前が考えているよりも面倒なんだぞ」

 

 沢木からもらった太陽系名産のウイスキーを水で割り、レイタムはそれを飲ながらそう言った。

 

 「わがままだし、食い意地ははってるし、気づいたら変なところにいるし、目が離せないんだ」

 

 「姫様が聞いたら卒倒するぞ」

 

 食客の中でアウナの覚えめでたいというか、一番のお気に入りがレイタムなのは誰もが知っていることだ。

 シャオピンも護衛に付くことがあるが、アウナからはよくレイタムの話を聞かされる上に聞かれることもある。

 

 「何しろお兄様だ。ありゃお前さんに好意を持ってるよ」

 

 「勘弁してくれ。俺と姫様じゃ身分が違いすぎる」

 

 辺境出身で元は少年兵、そこから留学してルオヤンでシエン公の食客という立場のレイタムと、時期皇帝となり得るシエン公の一人娘とは「身分」というものが違いすぎる。

 

 水牛の干し肉をつまみに、再びレイタムはウイスキーの水割りを無理矢理流し込んだ。

 白酒よりも強い酒だが、独特の香りと舌にどっしりと残る味が妙に旨く感じることからレイタムはあえてこの酒を愛飲していた。

 

 「しかし、よくそんな変な臭いがする酒が飲めるな」

 

 アルタイルでは白酒のように、ミールと呼ばれる穀物から作った醸造酒が飲まれている。貴族はより高級な清酒を飲んでいるが、白酒はそれよりも大量に生産できる上に安価であることから庶民の味として愛されている。

 独特の癖があるが、味はかなり甘くトロリとしており、口当たりがいい。だが甘い物が苦手なレイタムはウイスキーの濃厚な味と香りが文字通り癖になっていた。

 

 「意外に旨いもんだよ。水と割って飲むと、これがなかなか上手い。干し肉や腸詰めをつまみに食べると最高だな」

 

 「酒はちょっと甘いぐらいが旨いと思うがねえ」

 

 「太陽系じゃもっと苦い酒があるらしいぞ」

 

 沢木達第442空戦連隊のメンバーは酒飲みが多く、隊長である沢木自身も酒飲みである為にレイタムは彼らと何度か酒を飲んだことがある。

 

 「アブサンっていう酒があるんだが、それは大昔毒性があるから作られなくなったらしんだが、毒性を取り除いた製法が生まれて飲まれているらしい。かなり強烈らしいがな」

 

 「毒が入っているのか」

 

 「神経を侵すそうだ。だけど味が強烈で、愛好家も多いから大嫌いになる人間もいれば、その味の虜になる奴もいるらしい」

 

 一回だけレイタムも試しに飲んだことがあるが、強烈な味に思わずはき出しそうになった。それ以来試してはいないのだが、それに比べればウイスキーはまだ優しい味がする。

 

 それでもアルタイルではこの手の酒が敬遠されている為になかなか理解してもらえなかった。

 

 「太陽系の連中は毒を飲んでるのか」

 

 「酒はみんな毒だ。酔って暴れたり、飲み過ぎて体を壊す奴もいる。毒の大小もあるがな」

 

 「酒は薬だぜ。血の巡りをよくして、気分を盛り上げてくれるからな。憂さも晴れる」

 

 そういうとシャオピンは器用に、白酒の入った器から、黒い釉薬がかかった杯に酒を注ぐ。そして、そのまま口に含み、口中でじっくりと味を楽しみながら、ゆっくりと飲み干した。

 

 「ああ、やっぱり俺には白酒が一番だな。甘いだけじゃない、この大地に生きているっていう感じがする」

 

 「そういえば、もう一つ面白い酒貰ったんだが、試してみるか?」

 

 そういうとレイタムはやや大きめのガラスの瓶に入った酒を持ってきた。瓶は透明ではあるが、アルタイルではかいだことのない、どことなく甘酸っぱい臭いがする。

 

 レイタムはゆっくりとガラスのコップに注いでいくと、青みがかった黄色ともいうべき独特の色に染まった色が妙になまめかしい色合いを出している。

 

 「なんだコレ?」

 

 「まあ、試してみろよ。言っておくが、強い酒だから一気に飲むなよ」

 

 胡散臭い目をしながらも、友人であるシャオピンはとりあえずレイタムが進めてきた酒をほんの少しだけなめる。

 甘酸っぱい香りと共に、白酒以上の強い味がするが、後味が妙にサッパリとしている上に、甘口でかなり飲みやすい。

 

 「どうだ?」

 

 「一口じゃわからん。もう一杯飲ませてくれ」

 

 「一気に飲むなって言ったじゃないか。仕方ないな、ほら」

 

 意外に意地汚いところがあるシャオピンの杯に、レイタムは呆れながら酒を注ぐ。その酒をシャオピンはゆっくりと口に含ませながら飲んだ。

 

 「果実酒か。甘酸っぱく、それで香りが綺麗というか、ふくよかでスッキリしている。こんな酒は飲んだことがない」

 

 不思議な味にシャオピンは驚いていた。基本的に、アルタイル帝国では酒よりも茶を飲んでいる者が多い。醸造技術が無い訳では無いのだが、太陽系よりも早くに宇宙に進出していた過程の中で酒を飲むことは判断力を低下させ、事故を誘引する原因となりやすい。

 

 それ故に酒を飲むことが一時期禁忌となっていた時期があり、酒類があまり発達していなかった歴史がある。

 

 「これもしかして太陽系の酒か?」

 

 「梅酒というらしい。梅の実という果実を蒸留酒に漬けて作るから、太陽系のごく一部の家庭で作られているような酒らしいが、これは市販品でそれなりの値段がするそうだ。そいつは十年熟成されたものらしい」

 

 「十年!?」

 

 白酒は基本的に作り立てのモノが多い。せいぜい作られて半年程度の酒が流通している。

 中には長く熟成させた代物もあるらしいが、それでも一年程度のものばかりだ。

 

 「酒一つ取っても、太陽系の連中の技術は凄いよ。それに追いつかないと、俺達の未来も暗い」

 

 「確かにこういう旨い酒を飲むとそう思いたくなるな」

 

 気づけば三杯目も飲んでいるシャオピンの顔が先ほどよりも赤く染まっている。よほど気に入ったのか、気づけば瓶の中身が半分が減っていた。

 

 「おい、飲み過ぎじゃないか」

 

 「安心しろ、頭はマトモだ。ところでレイタム、そろそろシエン公は動くぞ」

 

 おどけて頭を右手でつついて見せるシャオピンだが、その目はまるで笑っていない。

 

 むしろ、シエン公やマオらを護衛している時のような、鋭利で物事を一切見逃さない視線に、レイタムは思わずウイスキーを水で割る前にそのまま飲んでしまった。

 

 いつもならば、すぐむせるほどの強い味であるが、むせるどころかそのまま飲み込んでしまうほど、シャオピンの言葉は端的であるが、ある意味政変を告げる言葉であった。

 



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蠢く策謀と陰謀と権謀と 第4話

 

 「帝国」が崩壊した時、アルタイル帝国が生まれた。

 

 とある歴史家が不敬罪で処刑された時、その理由がこの一文であったことが記録として残っているのは、その記録を取った官吏もまた同じ意見を持っていたからだろう。

 

 オリオン腕に君臨していたはずの「帝国」が太陽系《ヘリウス》の蛮族を揶揄していた存在にその地位を蹴り落とされてから数十年が経過する。

 

 その後、首都星ルオヤンを中心にアルタイル帝国として甦ったとはいえ、帝国としての威信と支配力が低下したのは紛れもない事実であった。

 

 それまで「帝国」を支配していたのは、文字通り皇帝であるハモン三世の支配によるものであったが、二度に渡る大敗により皇帝の権威もまた低下し、事実上政務と軍事を取り仕切っていたのは皇族でありながら大将軍・領中書事を勤めていたシエン公である。

 

 六十才以上も年齢が離れた父子であったが、事実上父を傀儡にし、取り仕切っていたシエン公が自ら遠征を行い、連邦軍との交渉を行うことでどうにか秩序を回復させた帝国の中で、誰が支配者であり、誰が仕えるべき人物であるかはあまりにも明白であった。

 

 事実上、アルタイルの支配者となったシエン公が皇太子に就任したのは、俗な言い方をすれば「ダメ親父の尻拭い」というのが当時の人々の間で噂されていたことである。

 

 蛮賊である太陽系連邦《ヘリオス》とも交渉を行い、各地の反乱を討伐することで秩序を回復させた手腕は誰しもが認める事実であり、愚かな戦いの最終責任者である父帝の後始末をしたと、民や兵士達、そして貴族や将軍らも同じ気持ちであった。

 

 「余は一体何者だ?」

 

 貴金属と宝石で装飾された玉座に腰掛けながら、痩身で覇気の欠片もない老人、この帝国の名目上の支配者であるハモン三世は、実の息子であり、大将軍であるガイオウに向かってそう言った。

 

 「恐れながら、陛下はこのアルタイルを支配する皇帝であります」

 

 片膝をついて顔を伏せながらそう告げるガイオウの姿は、とてもではないが父と子の関係ではなく明確な主従の関係にしか見えない。

 

 「お主も余を侮辱するするつもりか?」

 

 冷たい口調には親子の情愛が欠片ほども感じられない。それは単に激怒しているからという理由ではないことをガイオウは理解していた。

 

 「アルタイルの支配などとうの昔に成し遂げたことだ。帝国はいつからアルタイルだけが版図となった?」

 

 太陽系連邦に敗退してからだと言いたくなる衝動を抑えながら、ガイオウは冷静に「失言でした」と謝意を見せる。

 

 そして、実の息子の言葉に不機嫌さを隠そうとしないどころか、ますます不機嫌になっていく姿は、どこか滑稽に見えた。

 

 「余はオリオン腕を支配する帝国の皇帝である。ヴェガ、アルデバラン、ベテルギウス、シリウス、いくつもの星々を支配しているのは誰だ?」

 

 「陛下です」

 

 「それが何故、今更アルタイルの支配だけで決めつけるつもりだ。不遜にもほどがあるのではないか?」

 

 本当に今更なだけにガイオウは内心呆れてしまっていた。その凋落を作った元凶がそれを言うのは、実にたちの悪い冗談というしかないだろう。

 

 「だらしないものよ。かつての帝国軍は最強であった。反乱が起きても、瞬く間に鎮圧できたものを」

 

 実戦に一度も参加せず、ルオヤンから一歩も踏み出したことのない父帝の言葉は、いつ聞いても現実という視点が存在しない。

 

 確かに帝国軍は最強であった。それは、帝国に匹敵するだけの敵が存在しなかったという極めて単純な理由であったからに他ならない。

 帝国に匹敵するだけの軍事力と国力を有した存在と、帝国成立後戦った歴史は事実上存在しない。

 

 反乱が起きても容易に鎮圧するだけの圧倒的な軍事力が、それを塵芥のようにすりつぶしてきたのが帝国の歴史だ。そこには、二万隻の艦隊を打ち破り、五万隻もの艦隊を完膚なきまでにたたきのめすような外敵の歴史など存在しなかった。

 

 「忌々しいものよ。シエンも貴様も、役に立たぬ」

 

 まだ朝だというのに、清酒を飲んで憂さを晴らして愚痴を言う姿はとてもではないが、皇帝にふさわしい姿であるとは言えない。

 

 御年120歳を過ぎ、外見は六十代にしか見えないのは、幾度となく培養液に浸かり老化を抑えているからであるが、精神年齢は兄であるシエンは無論のこと、自分よりも遙かに幼い。

 

 生まれついての皇帝であるハモン三世は、先帝の嫡男としてわずか10歳で即位した。当初は誰も、この幼帝がまさか一世紀以上も在位し続けるとは思いもしなかっただろう。故に、外戚や近臣達ら周囲は無益な権力闘争をし続けた。

 

 だが周囲が、本人の意を介さぬままの権力闘争をし続けた事が逆に幸運であった。お飾りの皇帝であったはずが、周囲は無益な権力闘争を続け、即位してから十年が経過した頃、幼帝が青年になった時には、偶然にも厄介な外戚も、力のある近臣もおらず、専制を行えるだけの環境が整っていた。

 

 無益な権力闘争を尻目に、幸運で専制君主となった青年皇帝は暴君とも言えず、暗君でもなく、だが決して名君とは言えなかったが、自ら率先して皇帝としての政務に専念し続けた。

 

 その結果、青年皇帝はやがて中年、そして初老、そして老人となっていく中で絶大な権力を持ち帝国の皇帝として絶対的な地位と権力を手中に納めていた。

 

 ハモン三世の時代、反乱や内乱が起きなかったことはないが、そのいずれもがベテルギウスなど、帝国中枢部であるアルタイルから遠く離れた辺境での反乱であり、鎮圧はいずれも容易いものであった。

 

 そうした辺境での反乱と鎮圧は、むしろ皇帝であるハモン三世の地位と権力を強化される一つのセレモニーになり果てていたほどである。

 

 帝国に反乱を起こすものは容易く処分される。圧倒的な力の前には反乱など無力であるとともに、帝国に従えば安定した生活を手にいれることができる飴と鞭の使い方が巧みであったことから、ハモン三世の治世は磐石であると共に、帝国の繁栄もまた永遠に続くと思われた。

 

 ところが、その磐石なる確かな繁栄が全て破壊されたのが、太陽系連邦という外敵の存在であり、その戦力を見誤った愚かな戦争であった。

 

 「太陽系の蛮族どもが、プロキシマに居座ってからすでに二十年が過ぎた。シリウスまで進出し、今やこのアルタイルをも闊歩している。いまいましいことよ」

 

 清酒をいれた宝玉の杯を叩きつけたくなるのを押さえながら、ハモン三世は苛立ちを隠すことなくそう呟いた。

 

 「帝国軍もふがいないものよ。たかだか一星系を支配するのに百年程度の蛮族に大敗した。二度もだ!」

 

 一度も戦場に立ったことの無い皇帝らしい発言ではあるが、それ故に今ハモン三世は事実上傀儡となりはてている。

 

 帝国の皇帝は代々、一夫多妻であり多くの側室を抱えていた。百年以上もの在位があるハモン三世には孫はおろか、ひ孫すらいるほどだ。

 

 ガイオウとシエンの兄弟を含めても、ざっと三十人もの男子と五十人もの女子、計八十人もの公子と皇女がいたが、女子の大半はハモン三世の近臣達に嫁いた。

 男子には次期皇帝としてふさわしい皇太子もいたが、玉座の居心地の良さに満足した皇帝の前に、皇太子のまま死んだ者がすでに三名もいたほどある。

 

 シエン公とガイオウの兄である三人目の皇太子などは、すでに六十歳の高齢であったが、あえなく病死した。

 

 それまで帝国では、皇帝は死ぬまで皇帝であり生前時に後継者を指名することはあっても、帝位を譲ることは前例として存在し得なかったからである。

 

 だがそれは、ハモン三世のような一世紀以上も皇帝として玉座に居座り続ける皇帝の存在を考慮していなかったからに他ならない。

 

 そして、男子の大半は第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦で戦死。さらに生き残ったシエンとガイオウ以外の兄弟達は、無謀な戦いを仕組み、敗戦の責任すら取らない姿に呆れ、辺境へと逃げ延びた後に群雄割拠し、帝国は事実上解体されたのであった。 

 

 「シエンめ、奴は実に狡猾な男よ。自分よりも地位が上の公子達を差し置き、大将軍・録中書事となりおった」

 

 忌々しいとは言うが、群雄割拠し、崩壊した帝国を立て直したのは、あえてルオヤンを守り続けたシエンとガイオウの兄弟であり、この二人の活躍から帝国は復興を果たし、父帝を掲げながらアルタイル帝国として生まれ変わることでこの難局を乗り切ることが出来た。

 

 本来ならば、シエン公自身が皇帝を名乗ってもおかしくはなかったのだ。

 

 太陽系連邦を蛮族として討伐を命じ、敗戦の責任を取らず、玉座に居座り続ける姿は多くの将兵の指揮を損ね、大臣や近親達も頭を抱えたくなるほどこの老帝が皇帝の存在を形だけ敬っても、決して畏敬の念を抱くことはなかった。

 

 それはガイオウもまた同じである。この父を親として敬ったことは一度もなく、主君として形だけの畏敬の念を見せたことはあっても、心の中では「運だけで皇帝になっただけの無能」と揶揄していたほどだ。

 

 「それにしてもガイオウ、貴様はよくもまあ余の前に顔を出せたな?」

 

 政治と軍事の実験は全て、シエン公とガイオウが独占しており、ハモン三世は老齢であることを理由に無理矢理療養させている。

 

 だが、一世紀以上も玉座にて政務を行ってきたハモン三世から見れば、退屈きわまる毎日に嫌気がさしていたほどだ。

 

 『貴様といい兄のシエンといい、余をなんだと思っているつもりだ」

 

 そう言うと、ハモン三世は宝石をくりぬいて作られた杯《さかずき》を床にたたきつけた。

 庶民が砕けばそれだけで死罪になるような宝を壊し、その欠片ですら流民の生活を一年は賄える代物だ。

 

 つくづく、玉座以外の場所を知らず、知ろうともしない傲慢さがあった。

 

 「恐れながら陛下は、現状に満足されておりますか?」

 

 「これが満足しているように見えるならば、太陽系の蛮族との戦争などはお遊戯であろうよ」

 

 飾りの皇帝という立場に満足などしていれば、このような態度は毛頭出てくるわけがない。その真意などガイオウは初めから考慮していない。

 

 「陛下には帝国復興という大義の元に、苦しい立場であることを兄シエンと共に強いていることに対して、謝罪をしたく本日拝謁致しました」

 

 「今更何を言う。余をこのような立場にしたのはシエンだが、それに同意したのは貴様も同じではないか。違うかガイオウ?」

 

 「おっしゃる通りです。弁明を行うつもりなどございません。ですが、今帝国は不安定な状況下にあります」

 

 「太陽系の蛮族共が、このルオヤンにもおるのだからな。不穏と呼ぶにはこれほどふさわしいこともあるまい」

 

 蛮族である太陽系連邦軍が駐留している姿に不満を持っていることは今更な話ではあるが、ガイオウの狙いはその今更ながらの話を利用することにあった。

 

 「実は、太陽系連邦はさらなる要求を求めてきました。アルタイルの一部を割譲せよと」

 

 大げさな言い方をするが、政務から離れているハモン三世の心をくすぐるようにガイオウはわざとらしい口調でそう言った。

 

 「それでシエンは何と言っている?」

 

 「協議の上検討するとのことです」

 

 「それで貴様はそれを黙って受け入れたというのか?」

 

 再び怒気を丸出しに、今度は清酒が入った器をたたきつけるが、ガイオウはたじろぎもしなかった。

 

 「形だけです。私は最終的にこの提案を却下するつもりでおりました」

 

 「だがシエンは違うのだろう」

 

 怪訝な顔をするハモン三世は、太陽系の蛮族と折衝を行うシエン公は、売国奴のようにしか見えていない。

 現状の大半はシエン公が自ら引き起こした事であると、思い込んでいるからである。

 

 「兄上は私とは違う思惑があるようです」

 

 「これ以上あの蛮族共に好き勝手されていいと思っているのか」

 

 「思ってはいません」

 

 断言するガイオウの言葉に、ハモン三世はいきり立った気持ちから急に怪訝な顔に変わる。

 

 「私も、流石に兄上のやり方にはもはやついてはいけないと思っております」

 

 「ガイオウ、貴様は自分が何を言っているのか分かってるつもりか?」

 

 時期皇太子であるシエン公の後任として、大将軍・領中書事を勤め、事実上の宰相として政務を取り仕切っているガイオウがこのようなことを言うのは、単に兄を諫めるなどという代物ではすまない。

 

 「陛下、いえ、父上、もはや兄上のやり方では帝国は太陽系連邦に解体されるだけでしょうな。そうなれば、帝国そのものが崩壊する。その片棒を担がされるようなことは私には出来ません」

 

 「貴様の目的は何だ?」

 

 「決まっております父上」

 

 一呼吸を起きながら、今まで父に見せたことのない強い眼力を交えた表情のまま、ガイオウはこう宣言した。

 

 「兄であり、皇太子であるシエンを排除するつもりです。それが、帝国を救う為の最善の策でしょうから」



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政変への導火線 第1話

 

 空気を切り裂くような独特の音と共に、銀色のボディと黄色く塗装された翼と共に、全長20mもの巨大な剣ともいうべき機体が天を舞う姿はいつ見ても爽快だ。

 天を舞う巨大な剣、戦闘機が飛ぶ姿に沢木哲也は若干興奮していた。

 

 連邦宇宙軍最新鋭機であるAFE-74バッカニア、まだ宇宙軍でもアグレッサー部隊しか所有していないはずの最新鋭機が自分が指揮する第442空戦連隊に配属されたのだ。

 興奮するなという方が無理だろう。実際、ルオヤン上空を飛行している二機のバッカニアは訓練飛行とは思えないほど派手に動いて飛んでいる。

 

 「CPよりアルファ1、状況を報告せよ」

 

 耳裏につけた骨伝導型インカム越しに沢木が訪ねると、アルファ1ことハッセ・ウインドの『最高ッスよ!』という浮かれた声が飛んで来る。

 

 「最新鋭機に乗ってるからと浮かれてるなお前。そいつはおもちゃじゃないんだ」

 

 『隊長も乗ってみればわかりますよ。空力限界高度までわずか二十秒、しかも、思った通りに動いてくれる。図体の割りにはよく動いてくれるし、まるでブレがない。最高ですよ』

 

 ハッセの声はまるで、苦労して買った新車のバイクに乗る少年のように溌剌としている。

 連邦宇宙軍に入る前は、アステロイドベルトでレースをやっていただけに、空戦隊では速度を生かした一撃離脱戦法を得意とし、限界速度までぶん回す癖がハッセにはあった。

 

 『大気圏内じゃ、せいぜい音速ぐらいしか出せないけど、それでもここまで楽しめるのは初めてですよ。宇宙に出た時が楽しみですわ』

 

 「あまり派手に飛ばすなよ。軍はお前にレースをやらせるために給料を払って、最新鋭機を任せてるわけじゃないんだ」

 

 『分かってますよ。隊長も乗ってみてくださいよ』

 

 「お前の気が済んだらな。アルファ2、そっちはどうだ?」

 

 二番機のバッカニアは、アルファ2ことオルガ・フォルゴーレが試乗している。ハッセの一番機ほど派手ではないが、丁寧でありながらも機体の特性を把握しながら飛んでいた。

 

 『大気圏内での飛行は問題無しです。機動性、運動性、共にカタログ通りです。対G、安定性もまるで問題ありません』

 

 連邦宇宙軍教導隊からスカウトされるほど、技能に関してはトップクラスの腕前を持つオルガの声は普段と変わらず冷静であったが、同時にどこか喜の感情があった。

 

 「やっぱり良い機体か?」

 

 『まだ試運転中ですが、それでも良い数値が出ていますし、負担もありません。とりあえず、トコトンまで乗り回します』

 

 機体を連隊一丁寧に扱う上に、初めて乗った機体には納得するまでトコトン練熟させて癖を掴むが、それまでオルガは決して機体を褒める事が無い。

 そのオルガがここまで言うのはかなり「良い機体」なのだろう。

 

 「分かった。納得するまで飛んでいいぞ。終わったらレポートも頼む」

 

 『はい!』

 

 そのまま通信を切ると、沢木は二機のデータを取っているテントに向かう。そこには連隊に所属する兵士達や下士官達と共に、二機のデータをつぶさに比較する副連隊長のジャック・イェーガーの姿があった。

 

 「どうだ調子は?」

 

 「順調です。テストを切り上げてもいいぐらいに」

 

 愛飲しているスポーツドリンクを飲みながら、イェーガーはそう言った。沢木と同じく士官学校出で、空戦理論に定評がある。

 パイロットとしても有能であり、技量という意味ではあの二人に劣るが、戦闘の技量ではあの二人に全く劣らないどころか、むしろ白星の方が多いほどだ。

 

 「ベタ褒めだな」

 

 「あいつら二人の飛んでる光景が全てですよ。ハッセのアホがメチャクチャ飛ばしててもちゃんとそれに答えてるし、オルガがじっくりデータ出して飛んでる数値もかなり良い。今まで乗っていたコルセアが乗用車に見えるぐらいです」

 

 AFE-73Gコルセアは、連邦宇宙軍の主力戦闘機であり、改修をし続けたG型は万能戦闘機として大気圏内、大気圏外の宇宙空間まで幅広く飛べる機体であり、同時に頑丈で頑強でありパイロットの安全性が高いことから大人気の機体であった。

 

 第二次プロキシマ会戦から第一次シリウス会戦でも大活躍しており、現在でも各地の軍閥や宇宙海賊の討伐でも活躍している。

 

 だがイェーガーは、そんなベストセラー戦闘機よりも今飛んでいる卸したてのバッカニアを高く評価していた。

 

 「コルセアも良い機体ですけど、バッカニアはその上を行きますよ。コイツなら今まで出来なかったことも出来そうですから」

 

 「武装も張り込んでるしな。ちょっとした雷撃艇だ。俺も乗りたくなってきたよ」

 

 初めて見た時は虎かライオンに羽根でも付けていたのかと思うほど、コルセアよりも一回りほど大きくなったボディに大半の空戦隊員が呆れたほどだ。

 

 だが、搭載されている武装のペイロードはコルセアの二倍であり、最大の特徴である機体中央部に搭載された60mmレールガンは、命中すれば一発で機体を破壊出来る上に、戦艦もエンジンに直撃すれば撃沈出来るほどの威力を持っている。

 

 初め見たときは「攻撃機」じゃないかと言いたくなるほどの重武装に駄作機の臭いがしたものだが、それを補うほどのエンジン出力と、それを支えられるだけのタフなボディと翼、そしてAIによる操作アシストと耐G制御が作り込まれており、教導隊からの評価が高い。 

 

 「ですが、じっくりと完熟させてからにしましょう。良い機体だから、じっくりと癖を掴んでからの方が間違いが無いです。隊長も分かってるから、あの二人に任せて飛ばしているんでしょ」

 

 「あいつらの操縦は対照的だからな。じっくりオルガがテストして、あのバカが耐久テストやらせて大丈夫なら、誰が使っても大丈夫だ」

 

 「ですね、あのバカ未だに機体ををぶん回すのが癖になってますし」

 

 「全く予想が付かない動きしてくれるからな。だから容易に当てさせてくれない」

 

 「気づいたら避けてますしね。飛んでるあいつを落とすのは至難の業です」

 

 「地上ならいくらでも落としどころがあるんだがな」

 

 「ですな」

 

 スポーツドリンクと共に、宇宙軍名物の甘さ控えめな乾パンを頬張りながら、イェーガーがそう言うと、沢木は乾パンよりも硬い、堅パンを頬張る。 

 歯が弱い者がうかつに囓ればそれだけで歯が欠けるほどの堅さだが、生まれてから一度も虫歯になったことがない沢木は自慢するように乾パンをかじっていた。 

 

 「よくそれガリガリいけますね」

 

 「昔から歯は丈夫なんだわ。これぐらい軽い軽い。それに堅パンをこうやって囓って粗略するとだな、あごも一緒に鍛えられるし脳も刺激されんだ。健康にいいんだよ」

 

 「食い過ぎればデブになりますよ」

 

 「うっせー」

 

 いつもの軽口の応酬になるが、明らかにイェーガーも周りのメンバー達も浮かれているのが沢木には分かる。

 自分が一番浮かれているのは間違いないが、最新鋭機、それも名機をいち早く配備され、任されることは、名誉と栄誉の二つをそのまま与えられたようなものだ。

 

 「あれま、珍しい客が来てますよ」

 

 双眼鏡越しにそう言ったイェーガーの先には、レイタムと自称妹のアウナの姿があった。

 

 「ようこそレイタム、そしてお嬢さん」

 

 さりげなく沢木はレイタムに右手を差し出すと、レイタムもまた返礼として握手をした。

 

 「昨日はいろいろとごちそうして頂きありがとうございました」

 

 「何、お前さん達に馳走するだけの給料は貰ってるからな」

 

 懐を叩きながら沢木はそう言った。空戦隊の給料はヘタな艦艇載りよりも高い。

 

 「昨日はとっても美味しかったです!」

 

 アウナの屈託のない笑顔に思わず沢木も口元を緩める。

 

 「それはよかった。お嬢さんのお口に合ったなら幸いだ」

 

 被っていたキャップを外し、沢木は大げさにお辞儀をしてみせた。それに対してアウナもお行儀良く礼を返す。

 

 「ところで、今日はどうしたんだ?」

 

 「あれが気になりましてね」

 

 沢木の言葉にレイタムは空を指しながらそう言った。そこには天空を舞う、銀色に輝く二本の剣が飛んでいた。

 

 「ああ、あれね。格好いいだろ、宇宙軍の新型だ」

 

 「いい動きしてますね」

 

 「分かるか?」

 

 「飛ぶのはこう見えても好きですから」

 

 シエン公の紹介状を得たレイタムには、何度かコルセアに載せたことがある。そこで何度か操縦もさせたことがあったが、荒削りながらもなかなかの腕前をしていたことに沢木も舌を巻いたほどである。

 そして、この男はこう見えてああいう「おもちゃ」を飛ばすことが大好きらしい。

 

 「お兄様は強襲特機の操縦が凄い得意なんですよ!」

 

 はしゃぐアウナとは対照的に、レイタムは少しだけ微妙な顔つきになる。

 

 強襲特機とは、帝国軍の主力機動兵器である。全長18mから20m程度の人型の機動兵器であり分厚い装甲と強靱なパワーが特徴であり、重器としても利用されているほどだ。

 

 「あれはまた操縦が違いま……違うからなあ」

 

 慌ててレイタムが口調を正すが、自慢げなアウナは気づかずにアウナは話し続ける。

 

 「お兄様、お父……シエン公の食客の中で一番操縦が上手なんですよ!」

 

 屈託のない笑顔で、自信満々に語るアウナの言葉に本人は目を輝かせているが、隣のレイタムの顔色が、今まで見たことのないほど血色が悪くなっていた。

 この二人で漫才でもやったら、それだけで金が取れるだろうと思いながらも、士官学校時代でイヤミな教官相手に反論する為に、相手の発言を聞き逃さない習慣を持っている沢木は一瞬だけ真顔になった。

 

 「お嬢さん……ひょっとして……君は……」

 

 レイタムの顔色がさらに悪くなるのとは対照的に、不思議そうに首をかしげるアウナの姿に吹き出しそうになる。

 

 「お兄さんの事が大好きなんだね」

 

 わざとらしい口調と共に、わざとらしい笑顔で沢木がそういうと、びっくりするほど血色の良さそうなアウナの顔がさらに興奮しているのが分かった。

 

 「だって格好いいんですもん! お兄様、武術も出来て、学問も出来て、しかも強襲特機の操縦も得意なんです!」

 

 レイタムが半分ぐらい魂が出かかっているほど、放心している姿と比較して、笑いそうになるがこのまま放置するのは危険であることを悟った沢木はとりあえず休憩ブースまで二人を連れていった。

 

 「あいにくの有様でこんなもんしかないけどな」

 

 そう言うと沢木は支給品である乾パンを差し出した。

 

 「頂きます」

 

 二人そろって乾パンを食べてる姿は、文字通りの「兄妹」で違和感が全く無い。

 

 「お口に合うかな?」

 

 「甘さ控えめで旨いですね」

 

 甘い物が苦手なレイタムは旨そうに食べているが、先日甘味処で旨そうに菓子を食べていた姿とは対照的に顔を顰めていた。

 

 「変わった焼き菓子ですね。なんというか、味が控えめというか」

 

 「厳密に言うと菓子じゃないんだそれ。立派な主食だよ」

 

 乾パンはまだ、人類が地球で生活していた頃に生まれたハードビスケットを元に作られた。

 水分が少なく、保存性が高い上にカロリーが高いことから糧食や非常食として用いられたそうだが、現在でも保存性と高カロリーという要素から連邦宇宙軍では糧食として配備されている。

 

 「まあ、俺達みたいな空戦隊や陸戦隊じゃおやつとして食ってるけどな。んで、これが甘さ増やすコツ」

 

 そういうと沢木はポケットの中から一つのチューブを取り出す。

 

 「なんですかこれ?」

 

 「甘さを増やす為の工夫の一つ」

 

 チューブから褐色の粘性の高い液体が乾パンに塗られる。甘いものと聞いただけで嫌な顔をするレイタムと違い、興味津々に見るアウナの姿に沢木は笑いそうになるのを堪えた。

 

 「どうぞお嬢さん」

 

 半信半疑な形で食べるアウナだが、しばらく咀嚼した後に笑顔になる。

 

 「これ、凄く甘いです!」

 

 甘い=美味しいの公式が成り立つぐらいの率直さは、荒くれ者な上にひねくれ者な部下達の長としては、非常に和むものがあった。

 

 「ただのチョコレートシロップなんだが、気に入ってもらえたようだな」

 

 個人的には乾パンはその食べるのが好きなのだが、乾パンの味付けが画一的なことから、アクセントを付ける為にコンデンスミルクや蜂蜜やジャムを付ける者も多い。

 チョコレートシロップは第442空戦連隊で現在流行っており、試しに使ってみたのだが、甘党なお嬢様には大受けのようだ。

 

 「昨日食べたお菓子よりも美味しいです! こんなに甘くて、トロっとして、サクサクとしたこのパンとの相性も最高です!」

 

 昨日食べた甘味処のお茶代より安いシロップに、そこまで感動させてしまうのを見るとお嬢様、というかお姫様でもあんまり旨いモノは食べていないんじゃないかと思ってしまう。

 

 「もっと食べてもいいですか?」

 

 「……アウ…ナ、お兄ちゃんを困らせるようなことをするな」

 

 ぎこちなく「兄妹」を演じる姿も、ある意味感動的に見えてくるが、レイタムの妹として認識されていることにアウナが大喜びしているのは実に健気である。

 

 「お食べなさい。糧食ならいくらでもあるからな……あん?」

 

 とっさに耳裏をいじる沢木だが、そこには通信機が付いている。

 

 「あ、はい、はい、了解しました」

 

 通信を終えると、沢木は両手を合わせながら詫びを入れるように頭を下げる。

 

 「すまん! 急にお偉いさんに呼び出された」

 

 「そうなんですか?」

 

 レイタムがそういうとアウナが残念そうな顔をしていた。

 

 「すまん、すっぽかせるようなお偉いさんじゃないんだ。とりあえず、見学ならいつも通りで大丈夫だからそれは安心してくれ」

 

 「せっかく隊長さんとお話出来ると思ったのに……」

 

 残念そうなアウナの言葉に、沢木は若干の罪悪感を感じた。だがそれでも行かなくてはならない。

 

 なにしろ相手は第3艦隊司令官にして、宇宙軍中将、ナタリー・フォッシュなのだから。

 



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政変への導火線 第2話

 

 連邦宇宙軍にも花形と言える部隊が存在する。宇宙軍を統括する宇宙軍幕僚本部の面々などがそうだが、実働部隊で見れば十二個艦隊を統括する連邦宇宙軍宇宙艦隊がまさにそうである。

 

 連邦宇宙軍が発足してから宇宙軍のトップである幕僚総長に就任した歴代の将官達は、皆宇宙艦隊の艦隊司令官を経験し、そこから宇宙艦隊総参謀長、宇宙艦隊司令長官を就任し、あるいは幕僚本部次長を経験することで幕僚総長となっている。

 

 逆に言えば、宇宙艦隊に所属しているということは、エリートコースであり出世街道にいることを意味する。

 

 そんな宇宙艦隊の中で、一番有能な艦隊司令官を挙げろと言われた場合、目の前にいるブロンドの貴婦人がぶっちぎりの一位であろう。

 

 沢木哲也はやや緊張しながら、リモージュのティーカップに注がれた極上のコーヒーを飲みながらそう思った。

 

 「お口に合うかしら?」

 

 気遣うフォッシュの経歴は間違いなくキャリアウーマン、というよりもエリート街道を突き進む提督だが、穏和でどこか暖かみがある風格はそんな感じが一切見えない。 

 

 整えられた軍服と制帽のフォッシュに対して、沢木の格好は戦闘服とブルゾンである。

 

 着替えていこうと思ったが、そのままでいいと言われて着てみれば、第3艦隊の面々は誰もが整った服装をしていた。

 艦隊司令官のキャラクター性で自然と部下達も同じ色に染まるとはいうが、その理由を痛いほど理解した。

 

 「かなり旨……美味しいコーヒーですね」

 

  しかし、対面するフォッシュはつかみ所が無いほどにフレンドリーであった。

 

 「こう見えても、コーヒーにはこだわる方なのよ。上質のブルーマウンテンを、ダッチコーヒーで入れて、それを湯煎しただけ。たったそれだけで味が違うのがコーヒーの面白いところなの」

 

 通りでその辺のコーヒーショップのコーヒーよりも旨いわけだ。

  

 普段は緑茶を飲んでいる沢木は、独特の酸味があるコーヒーが苦手なのだが、それを感じさせないほど、出されたコーヒーは文句の付け所が無いほどに旨かった。

 

 「沢木大佐は、今年でたしか三十才よね」

 

 唐突に年齢について聞かれることに、いったいなんの意味があるのか疑問がわくが、当たり障りなく「三ヶ月後にはそうなります」と答えた。

 

 「若くて有能な指揮官が増えるのはいいことだわ。歳を取ると、人間思考が硬直するものよ」

 

 そういうフォッシュは、たしか今年で四十五歳のはずだ。杉田恭一が第11艦隊司令官になるまで、フォッシュが、紅一点の宇宙艦隊最年少の艦隊司令官であったことは有名であったからである。

 だが目の前にいるフォッシュはどうみても三十代ぐらいにしか見えなかった。

 

 「フォッシュ提督のことは、杉田中将からよく伺っております」

 

 「あんまりいい噂ではないでしょう?」

 

 「ボンヌ・メールの噂は私の士官学校時代でも有名でした」

 

 謙遜しているが、ナタリー・フォッシュ中将は艦隊司令官になる前は士官学校の教官を勤めていた。

 その指導はかなり厳しいものであったというが、暖かみがあり的確な指導であったことから、当時の士官学校の生徒達は彼女をボンヌ・メール(おっかさん)と呼んでいたほどだ。

 

 「あなたの方こそ有名よ。第442空戦連隊の活躍は聞いているわ。先日も、ヴェガの海賊を退治したそうじゃない?」

 

 「有能な部下と指揮官に恵まれていただけですから」

 

 事実その通りであることから、沢木はわざとらしく照れながらそう言った。いきなり呼び出しを食らった結果、気づけば当たり障りのないコーヒータイムになっていることに沢木は気づいた。

 

 「杉田君は絶賛していたわ。決断力に優れ、臨機応変という言葉が当てはまる指揮官。それがあなただとね」

 

 「杉田中将はお世辞が上手ですからね」

 

 「そうかしら?」

 

 マグカップに入っているコーヒーをそのまま飲み干し、従卒に二杯目を用意させると、フォッシュは懐からハンディモバイルを取り出し、沢木の目の前で操作してみせた。

 

 「士官学校は三位で卒業、以後宇宙軍空戦部隊パイロットとして活躍。宇宙軍合同演習では二連覇を達成、撃墜数も現在トップ3に入る腕前でありながらも、指揮官としても優れ、今では第442空戦連隊連隊長として活躍。文句なし、それどころか、かなりの経歴と実績というべきかしら?」

 

 改めて言われると、どことなく落ち着かない感じがするが、第3艦隊司令官として辣腕を振るっている提督にそう言われるのは、悪い気がしない。

 

 「たまたまですよ」

 

 「たまたまと偶然だけで宇宙軍は二十代の青年に大佐の位を与えるほど、いい加減な組織ではないわよ」

 

 フォッシュは内ポケットにモバイルをしまうと、先ほどの温和な顔つきから一変して、どこか凍り付きそうな顔へと変貌する。

 フォッシュ教官の前では良い子にしていろとは、杉田恭一からの忠告であったが、唐突な変わりように旨いコーヒーの味もどことなく苦く感じてしまった。 

 

 「で、ここからが本題になるわ。今日から第442空戦連隊は、私の指揮下に入ることになったの。よろしくね」

 

 「え?」

 

 「すでに辞令は出ているわよ」

 

 フォッシュが懐から取り出した一枚の紙を手渡せると、そこには確かに第442空戦連隊が第3艦隊指揮下に入ることが明記され、プロキシマ方面軍司令長官である、アレクサンドル・クズネツォフ大将のサインが入っていた。

 

 「確かに確認しましたが、杉田司令官から何も聞いていませんよ」

 

 「急な話だったから仕方ないわ」

 

 二杯目のコーヒーに砂糖をいれながらフォッシュがそう言ったが、あまりにも急な話に沢木としても半信半疑になった。

 

 「正直な話、うちの空戦隊はあまり強くないのよ。全体の錬度は悪くないけど、今一つ決め手にかけるわ」

 

 確かに第3艦隊に配備されている空戦隊についてはあまりいい話しを聞かない。現在の宇宙軍では空戦隊の活用が重要視されている中で、第3艦隊は砲撃戦に特化している。

 それでも、演習や海賊退治などでは抜群の実績を誇るのは、フォッシュの指揮と艦隊全体の錬度が高いからだろう。

 

 「それに、第11艦隊は士魂艦隊と呼ばれているそうね」

 

 フォッシュの瞳は、沢木の来ているブルゾンのエンブレムを見ていた。11を漢数字にすると十一、それをいじると士になることから士魂と名付けられたが、第11艦隊はその名に恥じぬ精鋭艦隊として活躍している。

 

 「勇ましくて結構なことだわ」

 

 「ご冗談を。第3艦隊には「鉄壁の艦隊」という称号があるじゃないですか」

 

 宇宙艦隊には各艦隊ごとに特色であったり異名が存在する。第11艦隊の士魂艦隊などはその一例だが、第3艦隊は鉄壁と呼ばれるほど、分厚い防御戦を得意とする。

 過去演習で何度か、その鉄壁に阻まれて判定負けを食らったかわからないほどだ。

 

 「第8艦隊の「雷鳴」や、第9艦隊の「幽霊艦隊《ゴースト・フリート》」に比べたらかわいいものよ。

 

 プロキシマ方面軍に所属する第8艦隊は圧倒的な機動力、そして第9艦隊はワープ航法を駆使した、変幻自在な攻撃を得意とすることからそう呼ばれている。

 両艦隊も司令官を筆頭に、精鋭揃いで有名であった。

 

 「ですが、かつて第8、第9、そして第11艦隊相手にプロキシマで演習した際は全く突き崩せなかったと聞いています」

 

 「あれは偶然よ。それに、まだ第11艦隊は「士魂艦隊」ではなかったわ」

 

 第3艦隊が鉄壁と称されたのは、この時の演習で三個艦隊からの攻撃を見事に防いだからだが、それを指揮していたのが目の前にいる年齢を感じさせない「妙齢の女性」であった。

 

 「それに、第8、第9艦隊もまだまだ仕上がっていなかった。今やれと言われたら無理よ。ウチの艦隊の面々はあなた達と違ってお行儀が良すぎるから」

 

 第3艦隊に比べれば、正直な話どの艦隊も荒くれ者ばかりであるのは確かなことではあるが、それでも結果をしっかりと出している司令官がそう言うのは、攻める上での一手、それを担えるような部隊が本気で欲しいのかもしれない。

 

 「その点、あなたの部隊は群を抜いて素晴らしいわ」

 

 「ご冗談を……」

 

 「あいにく私はよく、冗談はヘタクソと言われることが多いの。あの杉田君が高評価するのも分かるわ。第442空戦連隊がいるだけで攻撃のバリエーションと、攻める上での一手のさし方も変わってくる」

 

 鉄壁と称されるほどの、防御戦を得意とする名将からそう言われるとだんだんとその気になっていくことに沢木がどこか嫌な予感を感じた。

 

 「そういえば、第442空戦連隊にはAFE-74バッカニアが配備されてるわね」

 

 「まさか最新鋭機をいち早く配備されるとは思ってもいませんでした」

 

 「感想は?」

 

 「申し分ない機体です。まだテスト中ではありますが、いい機体だとは思います」

 

 宇宙軍の実戦部隊で、唯一最新鋭機であるバッカニアの配備は、やはり気になるものなのだろうか。

 

 「クズネツォフ提督に無理を言ってお願いした甲斐があったわね」

 

 「どういうことでしょうか?」

 

 二杯目のコーヒーを飲み終えるフォッシュの姿は、余裕に満ちていたことに沢木は疑問を抱く。

 

 「まだ教導隊にしか配備されていない最新鋭機。それをいち早く第442空戦連隊に配備させたのは、私がクズネツォフ提督に要請したからよ」

 

 その言葉に、沢木一瞬目が点になる。確かに、クズネツォフ大将を経由すれば、アルタイルまで最新鋭機を配備させることは容易いことではある。

 

 「クズネツォフ提督は、そんなコネで動くような指揮官だとは思ってなかったんですがね」

 

 「そんなことで動くような人なら、ジョミニ大将や杉田君を使いこなせるような人ではないわ。それに、第3艦隊の空戦隊の技量が低いことは、きちんとプロキシマ方面軍に伝えていることよ。だから、杉田君には面倒をかけている。すまないと思っているわ」

 

 確かに、第3艦隊がアルタイルに駐屯しながら、第11艦隊があちこちを転戦させられていることに対しては、第11艦隊内部でも愚痴や不満を言う者がいた。

 本来プロキシマ方面の防衛を担うはずが、気づけば統合軍に振り回されて各地を転戦させられる。

 

 一応、司令官である杉田中将がフォッシュ提督の教え子であるからこそ、痛烈な批判が飛び交うようなことにはなっていないが、不満を持っていたのは紛れもない事実であった。

 

 「第3艦隊は鉄壁という名称があまりにも重くなったわ、強くなったけど、同時にそれで弱くもなった。それを変えるには、新しい気風を受け入れることが必要よ」

 

 「荷が重い話ですね」

 

 そもそも、第3艦隊に部隊ごと異動することになるとは思ってもいなかったが、フォッシュの目は本気であることは間違いない。

 

 「交換条件として、現在第3艦隊向けに配備されているバッカニアは全て第442空戦連隊に配備させるわ。そして、第442空戦連隊は必ず第11艦隊へと配置転換する。悪い条件ではないとは思うけど?」

 

 微笑むフォッシュにはどこか、妖艶な表情を見せる。綺麗なバラにはトゲがあるとは言うが、なかなかどうして食えない女傑だ。

 それに、プロキシマ方面軍に話が伝わっている上に、第11艦隊はシリウスからヴェガ方面での偵察行動中である。

 休暇のつもりで駐屯しているだけに過ぎない自分達に、あえてアグレッサーをやれといっているならばそれをやるだけの話だ。

 

 「了解致しました。謹んでお受け致します」

 

 「悪いようにはしないわ。早速だけど、一つ任務をやって欲しいわ」

 

 「任務ですか?」

 

 訓練か何かだと思っていたが、予想外の回答が返ってきたことに沢木は違和感を感じた。

 

 「簡単な任務よ。丁度今、第505連隊が衛星軌道で訓練をしているわ。彼女達と合流して、大気圏外での訓練をお願いね」

 

 「了解です」

 

 思わぬ事態になったことを部下達に説明することで頭がいっぱいになった沢木は、そそくさと退散する。

 そして、それを見届けたフォッシュは司令官室にある電話を手に取った。

 

 「フォッシュです。イエローエンブレムがすでに私の手の内にあります。事は全て順調に進んでいますよ。これで、彼らが宇宙に脱出しても無駄でしょうからね」

 

 先ほどの冷徹ではあったが気品ある顔とは対照的に、どことなく悪意がある口調に受話器側からの声からは「大丈夫なんだろうな?」と返答が返ってくる。

 

 「彼らの実力は、ヤーパンの古い言い回しですが「折り紙付き」です。それに、完璧に事を進めるつもりならばそちらで用意するべきでしょう」

 

 受話器側の男が押し黙る。そしてフォッシュは続けて「宇宙のことは我々にお任せを。地上のことはあなた方にお任せします。それでよろしいですか、モーガン大将、そして……ガイオウ大将軍」

 

 向こうが押し黙ったままであることからそそくさと電話を切ると、三杯目のコーヒーをフォッシュは飲む。

 

 「コーヒーは地獄のように黒く、死のように濃く、恋のように甘くなければならない……か」

 

 古い時代の言い回しを口ずさむと、コーヒーの色がいつも以上にどす黒く見えてくるから不思議なものだ。

 

 「彼らにはこの味を理解出来る日が来るのかしら?」

 

 少なくとも、地獄のように黒く、死のように濃い政変はすでに始まりつつあった。

 



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政変への導火線 第3話

「つまりは、融和を優先せよということですか」

 

 プロキシマ方面軍司令長官、アレクサンドル・クズネツォフ大将は呆れながらそうつぶやいた。

 

 痩身ながらも柔道で鍛えられ、引き締まった肉体のクズネツォフは五十五歳の年齢を感じさせない若さがある。

 

 それとは対照的に、目の前の立体スクリーンに投影された、黒髪で小太りの中年男性、連邦宇宙軍幕僚本部総長、ジョナサン・レイノー大将は『分かってくれるかね?』と胸をなで下ろしていた。

 

 先日、プロキシマ特務機関設立の上申書を提出し、それが一日で却下されたことに対し、部下達のフォローはしても、一番納得が出来なかっただけに事の次第をクズネツォフは幕僚本部へと問い詰めた。

 レイノー曰くプロキシマ特務機関構想が潰えたのは、統合軍と宇宙軍の融和を優先し、宇宙軍に特権を与えないことを安全保障会議で決定したからだと言う。

 その結果にクズネツォフは久しぶりに腹が立っていた。 

 

 「ええ、融和という言い訳をすれば、どれほど無能を晒しても許されるということにね」

 

 顔は少しも笑っておらず、冷静なままではあったが、本気で怒る時、それも理不尽に対してクズネツォフは一切の表情を変えない。

 そして、静かに目の奥では怒りの炎が燃え上がっていた。 

 

 「そもそも、アルタイル方面軍、というよりも統合軍がきちんとした情報収集と提供を行っているならば、私もこんな案を提出するつもりは一切ありませんよ」

 

 ジョミニが奔走し、コリンズが必死に作成した案をたった一日で却下された理由が「統合軍と宇宙軍との融和」というお題目で全てを台無しにされたことにクズネツォフは激怒していた。

 

 『だからこそ、私がこうして時間を割いているのではないのかね』

 

 クズネツォフの態度に蹴落とされそうになるレイノーではあるが、仮にも幕僚総長としての貫禄だけはある。

 だがクズネツォフはまるで納得してはいなかった。

 

 「そもそも統合軍との融和ですが、宇宙軍はすでに、第3艦隊をアルタイル方面軍へと派遣しております。本来であれば、アルタイル方面を初めとする星域もまた我々宇宙軍の作戦行動区域のはずです。それを、統合軍に任せた上に一個艦隊まで派遣している中で、融和を優先というのはどういう話になるのですか?」

 

 舌鋒鋭くクズネツォフは一切の遠慮なく、レイノーに問う。対するレイノーはまるで信じられないような目をしていた。

 

 統合軍の作戦領域はあくまで惑星内部における成層圏までの防衛。

 

 それ以上の行動は宇宙軍の作戦行動区域であり、両者の区分を明確に分けているか否かで言えば、本来星系を行き来するだけの機動戦力を持たぬ統合軍が、アルタイルに駐留してプロキシマ方面軍と同等の権限を与えられて方面軍を持つ事は、宇宙軍に対して一切の配慮がない。

 

 本来ならば職権を侵しているに等しい行為である。

 

 『今更過去の話をするつもりかね? これもまた連邦軍内部の融和であることは貴官も承知していることではないか?』

 

 「ですが、それは統合軍が自分達でやれると自ら断言し、我々の助力無しでアルタイル方面軍を運営出来ることを約束したからです

 ところが、自力どころか我々から艦隊を派遣させ、その戦力を温存して、我々プロキシマ方面軍に後始末をさせる。

 融和というならば、統合軍側のアンフェアな態度を指摘した上で、それを是正した上で使われるべきことではないですか?」

 

 腹心の部下であるナタリー・フォッシュ中将率いる第3艦隊を派遣させ、現在プロキシマ方面軍は三個艦隊で防衛することを余儀なくされている。

 その負担だけでもバカにならないことは、レイノーも知っているはずだ。

 

 「それにかかわらず、相手の言いなりになり譲歩に譲歩を重ね、アンフェアな状況や失点を指摘せず、責任を果たすことすらしない組織に対して融和を優先とは、汚いモノには目をつぶっていろということですか?」

 

 口調は極めて冷静ではあるが、言う言葉の節々に鋭い針のような指摘がある。失点、というよりも汚点だらけの統合軍の有様に対して、指摘どころか是正も促さない態度にクズネツォフは決して容赦するつもりはなかった。

 

 『それは貴官の仕事ではない』

 

 「ですので上申しております。統合軍とは良好な関係を保つべきだとは思いますし、その構想は理解しております。ですが、責任と問題を明確にせず、何故こうした経緯に至ったのかを考慮しないことは全く別の話ではないですか?」

 

 自分で言っていることの内容に呆れてしまったことから、クズネツォフは口直しに愛用している茶碗に入った緑茶を飲む。

 真面目にやるのが冗談抜きでばかばかしくなってきた。

 

 『いい加減にしたまえ! これは安全保障会議での決定事項であり、幕僚本部でも決まったことだ。貴官の職務はプロキシマ方面の防衛だ。それ以上もそれ以下でもない!』

 

 「承知しております」

 

 『ならば幕僚本部の指示に従って貰う。私は英雄であるからと貴官を特別扱いするつもりは毛頭無いからな!』

 

 負け惜しみのような安っぽい台詞の後に通信が途切れると、クズネツォフはため息をつきながら、好物であるきんつばを頬張る。

 プロキシマでも有名な和菓子屋で販売しているきんつばは、甘さ控えめではあるが、小豆の風味と古風な米粉の衣で焼かれた独特の食感が絶妙に合う。

 

 「融和という言葉の意味を、あのバカは理解しているのだろうか?」

 

 手にしたきんつばの味と形を眺めながら、不意にクズネツォフはつぶやいてしまった。

 

 連邦宇宙軍と統合軍は決して仲が良いとは言えない。むしろ、予算と権限という意味では宇宙軍の方が統合軍に比べ圧倒的に充実している。

 

 二度に渡る大会戦においても、活躍したのは連邦宇宙軍であり、統合軍は蚊帳の外であった。

 

 連邦宇宙軍の規模は明らかに拡大している。一方で統合軍の規模はせいぜい横ばいというところではあるが、それに対して異を唱えているのが「融和」と唱える一派であった。

 

 元々、太陽系連邦は地球連邦政府と内惑星自由連合という二大勢力が、熾烈な全面戦争を行い、人類が滅亡しかけるほどの大戦を行った結果、両者が解体されて建国された。

 

 だが内情は決して綺麗なものではない。すでに建国から一世紀以上経過しているにもかかわらず、政治家や一般市民の間では「対立」を恐れる傾向にあった。

 

 人類を、太陽系そのものを滅亡させるほどの強大な軍事力と軍事力との対立によって、本当に滅亡しかけた事実はまだまだ呪いのような形で残っている。

 

 故に、本来ならば、アルタイル帝国への防衛と同盟を結んだ上での軍事行動なども、連邦宇宙軍が全てを取り仕切る予定であったはずが、蚊帳の外であった統合軍内部での不満をなだめる為に、宇宙軍が譲歩させられてしまった。

 

 そこに宇宙軍所属の第3艦隊まで派遣させ、統合軍は独自の艦隊まで設立し、アルタイル方面軍として駐留し続けている。

 

 しかし、その駐留に対しても満足に情報すら共有出来ない中で、プロキシマ方面軍をこき使う。

 

 これのどこが融和なのかとレイノーに問いたのは、そうした現状を理解させる為であるが、宇宙艦隊ではなく、幕僚本部で軍官僚としてキャリアを積んできたレイノーにはこうした話は理解出来ない。

 

 そこまで考えながら、クズネツォフはきんつばをしばらく眺めていた。

 

 小豆あんを四角形に固め、米粉の衣を付けて焼き上げる。ただそれだけの菓子だが、だからこそ素材である小豆あんや米粉などの素材の味が重要になる。

 

 甘さ控えめな中で、小豆の風味はしっかりと残った粒あんと米粉の衣が合わさった上品な味はクズネツォフの好みである。

 そして、少し渋めに入れた煎茶と合わせて飲むと、甘さを煎茶の渋みが引き締めてくれる。

 

 これこそ、本当の融和というものだろう。

 

 甘いきんつばと渋めに入れられた煎茶。甘さは煎茶が口内と引き締めてサッパリとさせ、煎茶の苦みがあるからこそ甘さがより引き立つ。

 甘みと苦み、本来ならば真逆な味のはずが、互いに両者を引き立て合う。統合軍と宇宙軍がその関係になることが本当の意味での融和になるはずである。

 

 だが、その関係がこのままでは構築されることは絶対にあり得ないことをクズネツォフは理解していた。

 

 融和を優先する幕僚総長、その言葉に甘え、自堕落な態度を改めようともしない統合軍。

 

 上手くいくべきものも、これでは上手くいくどころか失敗する可能性の方が遙かに高い。

 

 煎茶を飲み干すと、クズネツォフは早速次の手を打つべく幕僚達を招集することを決意した。

 

 ***

 

 「姫はまたレイタムにお任せですか?」

 

 執務室にて政務をとるシエン公に、マオがそう尋ねた。

 

 「あの子にはしばらく自由を与えてやりたいと思っている」

 

 清流茶を飲みながらシエン公は親としてそう答えた。

 

 「即位すれば、そう気軽に外にも出歩けなくなる。今のうちに外に出て見聞を深めてほしい」

 

 元々、名ばかりの皇族であった経験からか、シエン公はアウナの奔放さを咎めるようなことはしなかった。

 それどころか、むしろこの皇太子は娘に対してはかなり甘い。自身が決して恵まれてはいなかった幼少期を過ごしたからか、口には出さないが態度はマオをはじめとする食客達からは「激甘」と言えるほど甘やかしている。

 

 「レイタムに任せてよろしいのですか?」

 

 「レイタムじゃないと嫌だとか言い出すんだから仕方あるまい。それに、レイタムは連邦軍とも交流を持っている。早いうちに連中がどういう存在であるか、それを実際に見聞きした方がいい経験になるだろう」

 

 宮中にこもっているだけでは、太陽系連邦とは渡り合えない。ひとつの星系を統一するのに一世紀以上もの時間をかけたとはいえ、ある意味ぬるま湯に使っていたアルタイルとはテクノロジーも思考も、全てが進んでいる。

 

 「我々が反乱ごっこと鎮圧ごっこに戯れていた頃、連中は血で血を洗うような熾烈な戦いを繰り広げて、プロキシマにやってきた。そこを見誤った結果が二度の大敗なのだからな」

 

 父帝と違い、シエン公には太陽系連邦の影響力は危惧してはいても、憎悪を抱いていなかった。多くの兄弟達が戦死し、兵士達も亡くなったが、それは向こうも同じことだ。

 

 「ところでシリウスの件だが、連中は本気でそのつもりなのか?」

 

 先日アルタイル方面軍を経由して伝えられたのは、現在帝国領であるシリウスを、太陽系連邦へと割譲したいという要請であった。

 

 「現在シリウスは非武装地帯ではありますが、それにつけこんで逃走する海賊どもがおります。シリウスとプロキシマは文字通り目と鼻の先。連中にしてみれば、シリウスを割譲させることでより磐石な体制を作っておきたいのでしょう」

 

 マオが言うように、シリウスは現在太陽系連邦軍と、帝国軍との間で非武装地帯となっている。

 だが、両者の協定を悪用する形で現在シリウスは宇宙海賊や反乱分子が潜伏している無法地帯と成り果てている。

   

 帝国から見ればシリウスはプロキシマに匹敵する辺境であり、第一次シリウス会戦では大規模な軍事基地も有していたが、あの大敗で完全に破壊されている上に、連邦宇宙軍を刺激したくないことから、シリウスやプロキシマ方面に向けて戦力を置いていなかった。

 

 だが、連邦宇宙軍からみればプロキシマ鎮守府と目と鼻の先といってもいい領域を、不逞な暴力集団が跋扈するのを見過ごすわけにはいかず、幾度となく戦力を送っては鎮圧しているのが現状である。

 

 「あるいは、我らの策を見抜いているのかもな」

 

 太陽系の緑茶に似た、清流茶を飲みながらシエン公はぼそりといい放つ。

 

 「シリウス方面に潜入している食客からは、今のところしくじった報告はありませんぞ」

 

 マオがそう指摘するが、シエン公はあくまで冷静なままであった。

 

 「まあ、成功してもらっても困るのだがな。リーファン公とヴェルグ公に任せているとはいえ、シリウスでやつらを暴れさせているのは耳目をこちらに集めさせないためだ」

 

 シリウスやヴェガ方面での海賊騒ぎは、シエン公がアルデバランのリーファン公、ベテルギウスのヴェルグ公に依頼してる策であった。

 

 狙いとしては、連邦宇宙軍をアルタイル方面ではなくシリウスに注目させ、その間に連邦軍アルタイル方面軍を牽制しながら、辺境部にて戦力を整え、最終的には連邦軍と同等の戦力を有して対等の関係を築く。

 

 そのためには、現在宇宙軍が指揮するプロキシマ方面軍と、統合軍が指揮するアルタイル方面軍、互いに指揮命令系統が異なる軍を決してひとつにさせないことにある。

 

 「実際のところ、プロキシマの連中も統合軍には不審を抱いておりますからな」

 

 「クズネツォフはかなりの切れ者だ。ルオヤンで威張り散らしているようなクズとは比較にならぬほどにな」

 

 二度にわたり、アレクサンドル・クズネツォフと戦った経験はいずれも負け戦ではあるが、シエン公は太陽系連邦の中でもクズネツォフを高く評価していた。

 

 「ただ戦いが上手だけならばいくらでもいるが、奴はなかなか狡猾な男だ。能力だけならば、リーファン公もヴェルグ公も、そしてガイオウや私も比較にならん」

 

 自分を含めて、帝国の中でも傑物と言ってもいい人物を比較しながらシエン公はそう言った。二度に渡る大敗の中、太陽系連邦から見れば大勝利と言ってもいい快挙を成し遂げたのがクズネツォフであり、そのクズネツォフとの交渉の中で現在の帝国が存在する。

 

 「なかなか食えなさそうな男ですからなあ」

 

 「話はできそうだが、なかなかどうしてやっかいな男だ。だが、これは競技ではない。強敵を倒さなければ終わらない遊戯ではないのだからな」

 

 そう呟くと「失礼致します」の一言と共に二人の警護を勤めるシャオピンが姿を見せた。

 

 「どうしたシャオピン?」

 

 「実はゼウォル卿が殿下に面会を求めておりまして」

 

 意外な人物の申し入れに、マオもシエン公も首をかしげた。

 

 「用件は?」

 

 「それが、火急の件ということでして」

 

 シャオピンは図体に似合わず気が利く男である。警護役と共に、使者としてアルデバランやベテルギウスに赴くことも多い。

 

 その男がなにも聞き出せずに会いたいという人物の要求を伝えてきたことにマオは疑問を抱いた。

 

 「執務中だと伝えておけ。いくら大都督であろうと、面会の約束がなければ会わん」

 

 嫌な予感を感じたことからマオはそう答えたが、シエン公は「別に構わん」とシャオピンにゼウォルと会うことを伝えた。

 

 「殿下よろしいので?」

 

 「構わん。ゼウォルほどの男が火急の用があると自ら面談を求めているならば、それを聞いて判断するべきだろう」

 

 いつも通りの鷹揚な態度は、流石というべきであろうが、シャオピンが取り次ぐと、白髪と白髭のゼウォルがやってくる。

 

 「久しぶりだな、ゼウォル」

 

 「あいにくですが、挨拶は省かせていただきますぞ殿下。此度は火急の用件があって参上いたしました」

 

 普段ならば礼儀正しく、この手の儀礼にやかましいはずのゼウォルがいきなり本題に入っているのは実に珍しいことだ。

 

 「まずは座らんか?」

 

 シエン公は自ら来客用の椅子に腰掛けると、ゼウォルも反対側の椅子に座る。

 

 「火急の用件とはいったいどういうことだ?」

 

 ゼウォルは何も言わず、懐から一枚の紙を突きだした。そして、その一枚の紙にシエン公、そしてマオの表情と目の色が変わった。

 

 「シエン公、これは果たしてどういうことなのか話して頂けませんか?」

 

 ゼウォルが突きだしたのは、シエン公の印綬が押され、アルデバランのリーファン公、ベテルギウスのヴェルグ公に対して、ヴェガ・シリウス方面にて大規模な反乱を起こすように命じた密書であったからであった。

 

 



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政変への導火線 第4話

重苦しい空気と熱気が、今この執務室に渦を巻いている。その渦を作りだした大都督であるゼウォルは一切の遠慮をせずにシエン公へと詰め寄った。

 

 「シエン公、この書状は本当に公が出されたものですか?」

 

 ゼウォルがたたきつけたのは、シエン公がシリウスとヴェガ方面での反乱、そして海賊行為の扇動を依頼した代物である。

 そこにはしっかりと、シエン公の印綬が押されてる。中書令であるマオは顔を顰めながら何故これをゼウォルが持っているのかを考えていたが、主君であるシエン公は至って平然としていた。

 

 「……仮にそうだとして、どうだというのだ?」

 

 決して肯定しないが、思い切った発言にマオは肝を冷やすが、シエン公と対峙するゼウォルはさらに顔を赤くしていた。

 

 「公はご自身が何を行っておるのかお分かりになりませぬか?」

 

 ゼウォルがつかみかかりそうな勢いと感情を交えながらそう言い放つも、シエン公はいたって冷静なままであった。

 

 「よりにもよって、皇太子たるあなたがこのような内乱を扇動されるとは……気が狂ったのですか?」

 

 「ゼウォル卿、言葉が過ぎますぞ!」

 

 流石に主君に向けて使っていい言葉ではないだけにマオはゼウォルに注意をしたが、当のゼウォルは意に介していなかった。

 

 「私は卿ではなく、シエン公に話をしている。公はこのような謀《はかりごと》が成功すると思っておられるのですか?」

 

 「……失敗するだろうな」

 

 端的にシエン公は事実を口にすると、喉を潤すために緑風茶を飲む。取れ立ての茶葉、それも新芽だけを選りすぐった緑風茶は喉を良くする効能と緊張を解す効能を持つ。

 

 だがシエン公が全く緊張していないのは緑風茶の効能ではなかった。

 

 「まずは話を聞いてもらおう。何故貴公が書状を持っているのかは問わないが、それにはそれ相応の意味がある」

 

 「意味ですと?」

 

 「太陽系《ヘリオス》がシリウスを割譲するべく要求しているのは知っているな?」

 

 「一応は」

 

 太陽系連邦がプロキシマに大規模な軍事基地を作り上げ、もはやプロキシマを奪還することも討伐することも事実上不可能となった。

 太陽系連邦の圧倒的な軍事力の前に、アルタイル帝国ではとてもではないが対抗できない。

 

 そして、両陣営が互いに非武装地帯として、兵力を駐屯させないと定めたのがシリウスである。ところが、実態は大きく異なっている。

 

 「シリウスは現在、事実上太陽系連邦の勢力下にある。プロキシマからみれば、シリウスは目と鼻の先だ。そして、現在シリウスには各地の内乱などで逃げてきた海賊や軍閥どもの巣になりつつある」

 

 「存じています。ですが、それは公の指図ではありませんか?」

 

 改めて書状を見せるゼウォルであるが、シエン公はふてぶてしく笑っていた。

 

 「流石の私も、燃えるものがない場所に火をつけることはできんよ。確かに、シリウスへと扇動を起こすようにこの書状では命じているな」

 

 「シリウスの割譲を拒まれているのはわかりますが、やり方があまりにも……」

 

 「ずさん過ぎるというのか?」

 

 先ほどの余裕ある態度から、少しだけシエン公の目線が鋭利になる。

 

 「貴公が持ってきた書状には確かに私の印が押されている。まあ、用意したのは誰なのかはあえて問わんが、まず貴公にこの話をしなかったことを詫びておこう。すまなかった」

 

 その場で頭を下げるのは、シエン公に虚栄という言葉が存在しないからであるが、仮にも皇太子が重臣とはいえ臣下に頭を下げることはなかなかできることではない。

 流石の老将も、これには少しだけ怒りが収まっていた。

 

 「だが、貴公がいうようにこの策は成功しないだろう。所詮、シリウスにたむろしている連中は、太陽系連邦からみれば、塵芥も同然だ」

 

 正規軍以下の武装しか持たぬ軍閥と海賊では、太陽系連邦、特に連邦宇宙軍相手にはまともに戦うことすらできないだろう。

 実際、シエン公の元には、連邦宇宙軍が第11艦隊を派遣し、連戦連勝を誇っているという報告が入っていた。。シリウスは無論のこと、思いきってヴェガ方面まで進出して反乱勢力を討伐している。

 

 あまりの勢いに、ヴェガに近いアルデバランのリーファン公は「このままでは食客を送らなくてはならない」と愚痴をこぼしてきたほどだ。

 

 「実際、連邦宇宙軍の第11艦隊はまるで訓練を楽しんでいるかのように、奴等を討伐している。たかだか一個艦隊に対抗できないような連中に、何かを期待するほうが間違っている」

 

 「ではなぜこのようなことを?」

 

 ゼウォルの問いに、シエン公の表情が先ほどのどこか余裕がある態度を切り替えるかのように、真顔になった。

 

 「奴らは囮だ」

 

そういい放つ姿は、一切の情が感じられなくなるほど冷徹であった。

 

 「シリウス割譲は、どのみち要求を受け入れるしかない。太陽系《ヘリオス》の連中はプロキシマへの本格的な植民を望んでいる。それを守る上でシリウスにさらなる軍事基地を作るのは、戦略としては定石といっていい」

 

 卓越した戦略家でもあるシエン公は、太陽系連邦の動きをある程度読んでいた。自分が逆の立場でプロキシマへの植民を行うのであれば、防衛線を強固にする上でシリウスを押さえるのは当然の行動である。

 

 「ルオヤンに連邦軍を駐留させ、さらにはヴェガ方面まで進出をさせている中で、太陽系《ヘリオス》の要求を拒むことは難しい。だが、その要求に対して引き渡すまでの時間を稼ぐ必要性がある」

 

 「なんのためにです?」

 

 「決まっている」

 

 さらに緑風茶を飲むシエン公の目はどこかぎらついていた。

 

 「アルタイルの為だ。シリウスを割譲することは簡単だが、ここからさらに譲歩をしていけば、我々は最悪、ベテルギウスまで割譲を余儀なくされる」

 

 太陽系連邦からの要求に対して、帝国、というよりもシエン公はほぼ受け入れてきた。

 しかし、ただ受け入れてきただけの要求は一つとして存在しない。

 

 「太陽系連邦との休戦、そして和平案には、当初からシリウス方面の割譲が要求されてきた。だが、現在に至るまで、かろうじてシリウスは帝国領のままだ」

 

 休戦、そして和平交渉をこれまで行ってきたのはシエン公と現在の大将軍であるガイオウである。

 その交渉は決して平坦なものではなかったのは、当時を知る者ならば誰もが知っていた。

 

 「現在も巨額の賠償を請求しているが、奴らはその気になればそれをつり上げることも出来る。シリウスをただ割譲すれば、今度はアルタイルそのものを要求してくる可能性すらある」

 

 「確かにその通りです」

 

 「そして、現在我々は五千兆テールもの賠償金を支払っている。この金額だけでもバカにならない。一方でシリウスは事実上太陽系連邦の支配下に入っているようなものだ。であれば、シリウスを奴らに譲渡させ、この負担を帳消しにするという手段も取れる」

 

 皇太子になって以来、シエン公と接する機会がかなり減ったが、改めてゼウォルは何故自分がシエン公の配下になったのかを思い出した。

 

 「つまり、公はシリウスを太陽系連邦に売るということですか?」

 

 「それでこの賠償金を帳消しに出来るのであれば、安いものだ。だが、それを太陽系連邦に感づかせるわけにはいかない。そして、安易に譲渡すれば足下を見られ、やらなくもいいものを、割譲させられる可能性すらある」

 

 シリウスを太陽系連邦に与え、負担となっている賠償金を帳消しにする。シリウスを売却することを意味しているが、現状の力ではシリウスを奪回することも出来ない。

 奪回することも維持することも出来なければ、それを交渉材料にするのは流石というしかない。

 

 「太陽系《ヘリオス》の連中はアルデバランの豪族共よりも凶暴でありながら、ベテルギウスの軍閥よりも狡猾だ。一つの要求が、気付ば三つになり、譲歩に譲歩をし続けることになる。それを何の配慮もなく、言うがままではさらなる要求が待っているだけだ」

 

 凶暴なアルデバランの豪族、狡猾なベテルギウスの軍閥、いずれもそれを撃破、時には懐柔することで反乱を鎮圧させた手腕は少しも衰えていない。

 その知謀と戦略手腕は、多くの将兵や軍師達を動かし、崇拝されていた。

 

 「そこまで、考えられていたのですか?」

 

 「無論、この策を担保するだけの別案も用意はしている。だが、それを感づかれることも、安易に割譲することも今は出来ない。こちらの本意を簡単に読まれては、打てる手も打てなくなる」

 

 大胆なようで、深謀遠慮の策を練り、それを実行するだけの胆力は、まさに次期皇帝にふさわしい器量というしかない。

 だが、今日はこうして会いに来たのは、シエン公の策を聞きに来るためではなかった。

 

 「殿下の壮大にして、緻密な策には感嘆致しました。であれば、何故このような書状が出回っているのですか?」

 

 先日、シュテンから手渡された書状には、シリウスでの反乱を扇動するように書かれていた。

 事実上の反乱を企てていた誹りは免れない。

 

 「勘違いするなゼウォル。その書状は確かに私の印綬が押され、私が書いた事になっているがそれを結びつけるだけの証拠はあるのか?」

 

 確かに印綬と署名がされていれば、それは事実上公文書として扱われる。過去に失脚、あるいは処罰された者はこうした文書が露呈したことで罪状を問われた者は決して少なくない。

 

 「確かに、帝国では印綬が押されていれば、それが公文書になる。だが、それならばこんなものがある」

 

 先ほどだから黙り込んでいたマオから、シエン公へと、ゼウォルが差し出したのと同じ書状が手渡された。

 それを、シエン公はゼウォルに突きつけた。

 

 「コレは……」

 

 「作ろうと思えば、こんなものはいくらでも作れる。書状一つで騒ぐのは無意味というものだ」

 

 ゼウォルに渡された書状には、シエン公に差し出したのと全く同じ文面が書かれていた。

 だが、一つだけ違うのは、押されている印綬と命じた人間の名前が全く違っているということだけである。

 

 たったそれだけのこと、たったそれだけのことではあるが、そこには予想もしない人物の名前が載っていた。

 

 そしてそれは、ゼウォル自身が謀れたことを意味していた。

 



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政変への導火線 第5話

 

 彼女に取って、皇宮はあまりにも退屈な場所であった。

 

 決められた作法を守りながら、満足に遊ぶことも出来ず、退屈な礼儀作法や皇族としてふさわしい動作を強制的に学ばされる。

 

 教わる勉強は、幼い頃から彼女に付き従う学のある食客達よりも簡単で、面白さの欠片もない。

 

 元々、父親譲りの頭脳を持つことから、宮中で教わる勉強は彼女にとってはあまりにも容易く、意味を見いだすことを考えることの方が必死だった。

 

 あまりのおてんばぶりに、彼女の家庭教師や女官達が苦情を両親に報告し、父は常に苦笑していた。

 

 父親はともかく、病弱な実母に叱られることは無かったが、困らせる度に悲しげな顔をする母の姿には心を痛めた。

 

 だが、それでも彼女にとって皇宮暮らしは決して、快適とは言えなかった。

 

 息が詰まりそうな狭い世界は窮屈であり、食客達から聞かされる皇宮の外は、彼女にとって憧れの世界だった。

 

 初めて供を連れて、郊外へと出て街に出た時のことを彼女は今でも覚えている。退屈な宮中とは違い、決して綺麗とは言えないが、見る物全てが当時は不思議に輝いて見えた。

 

 お決まりの中で作られた調度品や儀礼、そんなものとはかけ離れ、自分にまとわりついていた空気が流れるような感じがした。

 

 だが、彼女はそのときまだ知らなかった。決して、外の世界は彼女が思っているような綺麗な世界ではなかったということを。

 

 「姫様、起きましたか?」

 

 途端に現実へと戻された亜麻色の髪をした姫君は、夢の世界から現へと呼び戻される。

 

 すると、見慣れた黒髪の青年の背中に自分がおんぶされていることに気づいた。

 

 「え、どうしてこんなところに?」

 

 「覚えていないんですか? 442空戦連隊の面々と、さっきまで飲み食いしたというのに?」

 

 乾パンやビスケットで訓練を見学していた後、急遽第3艦隊へと転属が決まった第442空戦連隊は、栄転ということで、駐屯地にて肉や魚を焼き始めて酒宴を始めた。

 たまたま見学に来ていた二人も、顔見知りであることからそのまま参加させてもらった。

 

 そんな宴からの岐路が今である。

 

 「何ですの、この頭痛は……」

 

 「お茶と間違えて酒を飲むからですよ」

 

 盛大に始まった宴会は、荒くれ者達を先導に始まった。

 新機種であるバッカニアの導入に浮かれていたこともあり、どこで調達したのか分からないほど大量に用意された食べ物も酒も、凄まじい勢いで消費されていった。

 ハッセやイェーガー、そしてオルガと珍しく沢木も盛り上がっており、ここぞとばかりにレイタムも好物のウイスキーを飲んでいたのだが、それをアウナがうっかりと飲んでしまった。

 

 「少しは姫様らしくしてくださいな。シエン公も嘆かれますよ」

 

 自分の酒を間違って飲ませたとはいえ、酔っ払ったアウナの姿は実に酷かった。気づけば、勝手に人の肉や魚を食べるわ、意地汚く焼いている途中の肉や、つまみも取り上げ、酒以外の飲料を、自分の体を水槽か何かに見立てるように飲み干し、手が付けられないほどであった。

 

 「また迷惑をかけてしまったのですね」

 

 頭を抱えているアウナだが、一番頭を抱えたいのはレイタムだ。姫君に酒を飲ませて、醜態を晒せてしまった。

 もしこれが主君であるシエン公や、食客達の筆頭であるマオに知られたら、怒られるどころではすまないだろう。

 

 「ごめんなさい」

 

 てっきり、また自分のせいにされるかと思ったレイタムは、姫君の謝意に驚いた。

 

 「まだ酒が残ってますか?」

 

 今度は言葉ではなく、背中の肉をつねられた。思わぬ痛みにひっくり返りそうになるが、鍛錬を怠っていないレイタムはすぐに体制を立て直す。

 

 「危ないじゃないですか!」

 

 「お兄様が悪いんです!」

 

 先ほどとは対照的に、年相応なふくれっ面をするアウナにいつもの姫様ということで逆にレイタムは安堵した。

 

 こうした無邪気なところは初めて会った時と全く変わっていない。

 

 「……お兄様、五年前のことを覚えていますか?」

 

 「ずいぶん懐かしい話をされますね」

 

 五年前、また二十歳にもなっていないレイタムは、ルオヤンへと留学に来た。

 

 それまで辺境にある故郷で戦い、戦乱が落ち着いたことから仲間達に見送られて、レイタムはルオヤンへとやってきた。

 

 「忘れるわけがありません。私は、姫様と出会ったことで道が開けたんですから」

 

 故郷では義勇兵をやっていただけで、コレと言った地縁が無かったレイタムは、ルオヤンに入る学校すら決まっていなかった。

 どこかで働き下宿しながら、学を納めようと思っていた、そんな無計画ではあるが、戦場から遠のいた日々を過ごせることにレイタムはどこか前向きだった。

 

 辺境とは違う、華やかな都であるルオヤンは、実際のところ今とあまり変わっていない。

 流民の数はともかく、二度の大会戦に敗北した首都星には活気というものが存在しなかった。

  

 変わりに意気揚々としていたのは、太陽系連邦軍の兵士達である。これも今とはまるで変わらないが、不可侵条約を結び、和平を行っている中で太陽系連邦軍は明らかに専横を振っていた。

 

 レイタムが初めてルオヤンにやってきた時も、勝手に屋台の料理を金も払わずに食べ、その味にケチを付けるという、チンピラまがいなことをやっていた。

 

 屋台で食事をしながら、首都星でも辺境の野蛮な軍閥のようなことをやっている奴がいると思いながらレイタムはそれを見ていたが、予想外だったのは、そんな兵士達に対して物怖じしないで一人の少女が説教をし始めたことであった。 

 

 「下がりなさい無礼者!」

 

 少女の声量とは思えないほど大きな声に、兵士達も屋台の主人もびっくりしていたが、すぐ冷静になった兵士達は小馬鹿にしながらその少女の態度に銃を突きつけた。

 普通ならばそこで尻込みするが、その少女は不当な暴力に屈することなく堂々と彼らを非難し、民である屋台の主人を擁護してみせた。

 

 あまりの正論に兵士達も動揺していたが、多勢に無勢な上に、立場が上であることから逆上した兵士達は、短絡的な手段での解決、つまり、暴力による解決を実行した。 

 だが、彼らは逆にコテンパンにされてしまった。

 

 「あのときは、私も世間知らずでしたから派手に立ち回りましたが、よく姫様は戦おうとしましたね」

 

 幼い頃のアウナに襲いかかろうとする連邦軍の兵士達に対して、レイタムは面倒に巻き込まれたと思いながら一人で十人の兵士達をたたきのめした。

 生まれてから、ひたすらに戦い続けて少年兵をやっていたレイタムから見れば、脅すことしか出来ない兵士を倒すことなどあまりに容易いことであった。

 

 「でも、お兄様が助けてくれましたよ」

 

 「私がいなけりゃ、どうしてたんですか?」

 

 五年前の彼女は十一歳、今は十六歳になったとはいえ根っこの部分はあまり変わっていない。無鉄砲なところは今でも変わっていないが、怒りは充分なほどに真っ当なのは父であるシエン公と同じだ。

 

 「でも、そのおかげでお兄様はお父様の食客になれたんですよ」

 

 アウナの言う通り、あの一件で彼女を守った事からレイタムはシエン公の食客になれた。

 そして、そこではルオヤンのどんな有名な塾や学校では学べないほど、優れた知識や学を修めた食客達に学ぶことが出来る上に、シエン公という名君に仕え、レイタムは多くの事を知り、今に至る。

 

 あの時のアウナの無鉄砲さが、レイタムの未来を切り開いたという見方も出来た。

 

 「また同じようなことが起きたら、私のことを助けてくれますか?」

 

 甘えるようにつぶやくアウナに、レイタムは素っ気なく「そのときはすっ飛んで逃げます」と答えた。

 

 「酷い!」

 

 「流石に今はまずいですよ。太陽系連邦の連中とのいざこざなんてやらかした日には、私がシエン公に切られます」

 

 五年前のレイタムは今よりも無鉄砲だった。それまではずっと戦場の中で、生きるか死ぬか、そのどちらかで生きてきただけに、迷いが無かった。

 

 だが、それは結局のところ考えることを、半分ほど放棄していたようなものだ。日々生き残ることだけで精一杯な戦場では、ゆっくりと思考を巡らせるような状況など存在しない。

 

 そして、目の前の戦場という極限状態で生きていく上では、ゆっくりと思考を巡らせている暇などなく、むしろ思考する時間よりも生き抜く為の判断力が優先される。

 

 戦場に特化し過ぎたレイタムにとって、あのときの行動は今見ると恐ろしいほどの短慮で無鉄砲であった。

 

 マオらシエン公の知恵袋ともいうべき軍師達から、様々な学問を身につけたレイタムは、それ以前を「バカだった時代」と認識している。

 後ろから弾が飛んでくるようなこのルオヤンでうかつな行動は、それだけで命取りになる。

 幸い、そのようなことにならなかったのは自分が単に運が良かっただけだ。

 

 「ましてや、それで姫様に怪我を負わせたとなれば、私は腹を切らなくてはなりませんからね」

 

 この無鉄砲な姫様を見ていると、バカだった過去の自分を嫌でも思い出してしまう。だからこそ、いろいろと手を焼いてしまうのだろう。

 

 「お兄様のバカ」

 

 またすね始めた姫君に、レイタムは五年前と変わらないのは不幸なことなのか、それとも幸運なことなのか、ふと考えた。

 

 体は少しは成長しているが、まだまだ配慮が足りていない。だが、少なくとも内にある正義感と真っ直ぐな気質だけは変わっていないことは幸運ではないかと思った。

 

 だが、そう思った矢先にレイタムは彼女を背負ったまま立ち止まった。

 

 「どうしましたの?」

 

 「姫様静かに」

 

 久しぶりに感じる空気が張り詰めるような感覚。戦場で感じた命のやりとりを行う独特の空気が流れている。

 街灯もまばらな下町、その夜の闇に紛れていれば普通の人間ならば気づかないだろうが、血の臭いだけは隠すことは出来ない。

 

 「姿を見せろ」

 

 懐に入れてある一本の棒をレイタムは取り出す。特殊な金属で加工された棒は一瞬にして大刀へと変化した。

 

 「姫君の警護役だと思っていたが、なかなかどうして、我らを察知するとは驚きだな」

 

 「能書きはいい、誰の刺客だ?」

 

 気づけば、ここまでのんきに刺客達に囲まれていたとは我ながら間抜け過ぎる。だが、ここで気づかなければ、もっと最悪な事になっていた可能性もある。

 

 「刺客は語らぬ」

 

 「姫様しっかり掴まってください!」

 

 レイタムが叫ぶと共に頭目と思わしき男の懐から電子銃《ブラスター》が抜かれたが、それに合わせるかのようにレイタムは大刀を鋭く一閃する。

 特殊な超合金で出来た大刀は電子銃《ブラスター》から放たれた光弾をはじき返し、頭目の横にいた刺客を貫いた。

 

 「遅い!」

 

 吠えるようにレイタムは叫ぶ。そして、人の頭よりも大きな刃の一閃が横薙ぎに数名の刺客達を切り裂く。

 果実を切り裂いた時に出る果汁のように、鮮血が夜の闇に散る。嗅ぎなれた血の臭いがレイタムの鼻孔をくすぐる。

 

 少年兵として戦場で数え切れないほどの殺人を行い、今では一流の武人達ともレイタムは稽古を行っている。その技量は落ちるどころかより磨きがかかり、洗練されていた。

 さらに大刀は刺客の一人を頭から腰まで両断する。

 

 「お兄様!」

 

 強く自分の背中にしがみつくアウナに「目は閉じていてください」とレイタムはささやいた。

 高貴な姫君に、この生々しい殺し合いの光景はあまりにも凄惨過ぎる。その原因を作ったのは自分だが、そんなツッコミを入れる暇はない。

 

 すでに八人はいた刺客は数分で半数以下に減った。気配を消すのは上手ではあるが、動きは決して良くは無い。

 

 「つまらんぞ」

 

 普段アウナやその他食客、沢木ら知人に見せるような人当たりのいい顔ではなく、戦場という非日常がまだ、人生の半分を占めているもう一人のレイタムがつぶやく言葉に、アウナが背中で震えている。

 そして、刺客達もまた瞬く間に五人が単なる肉塊になったことに怯えているのが分かる。

 

 「人を闇討ちしようとして、返り討ちになって死ぬのはつまらんと言っているんだ。誰に雇われたのかは知らないが、あんまり武人を舐めるな」

 

 頭目と思わしき刺客にレイタムは大刀を突きつけた。拠点制圧などで電子銃《ブラスター》を持った敵兵と戦う時、様々な白兵武器の中でたまたま選んだ得物ではあるが、今ではどんな武器よりも手になじんでいる。

 それだけに、下手な電子銃《ブラスター》を突きつけるよりも迫力があった。

 

 「武人如きが!」

 

 その言葉と共に、電子銃《ブラスター》の射撃音が鳴り響く。光の弾丸が銃口から放たれる独特の音。

 本来ならば引き金を引いた時、相手が倒れるが、レイタムを倒すにはいささか数が少なすぎた。

 

 「曲芸は俺には通用しない。そして、かくれんぼの時間も終わっているぞ」

 

 まだ何名か隠れていた刺客達がいたようだが、目に見えるものだけが敵ではないことを嫌というほど理解しているレイタムにとって、人影などから電子銃《ブラスター》を放つ卑怯者を察知するのは簡単なことだ。

 

 容赦なくはじきとばした光弾は、そのまま刺客達へと跳ね返され、彼ら自身を打ち抜いていた。

 

 その隙を逃さずさらに二人の刺客を切って捨てると、レイタムは頭目らしき男の両膝を切り裂いた。

 

 なんとも形容しがたい、悲鳴が下町中に鳴り響く。膝から下が無くなり、再生治療や機械の補助が無ければ赤ん坊と同じくハイハイしかできない体になったことと、両足を切られた痛みが襲いかかっているのだろう。

 

 「さて、残りはお前一人になったな」

 

 ドスを利かせた声と共に、レイタムは生き残った刺客の腹部を思い切り踏みつけた。

 悲鳴が絶叫に変わり、両足からは止めどなく血が流れる。だが一切の容赦をせずにレイタムは「黙れ」とささやいた。

 

 「誰の差し金だ? 殺しの経験時間なら俺は、人生の半分以上を血で染めてきた。お前のような薄汚い刺客を切って捨てることなんざ、息をするよりも簡単なことだ。両腕も切ってやろうか?」

 

 喉元にレイタムは大刀を突きつけるも、気づけば刺客はすでに事切れていた。口元を覗くと、毒の臭いがする。

 おそらく、口の中に掴まった時の為に毒を仕込んでいたんだろう。夜の下町とはいえ、まさかここまでの数の刺客に襲われるとは思ってもいなかった。

 

 「お兄様……」

 

 気づくと、背中にしがみついていたアウナが、ガタガタと震えていた。命を狙われた恐怖と、命のやりとりの結果が生み出した惨劇を目の前で見れば、誰でもこうなる。

 

 「大丈夫ですよ姫様」

 

 いつもは気丈で天真爛漫な姫君だが、流石のレイタムもいつもの皮肉ではなく、落ち着かせようとした。

 

 「血が……いっぱい……人が……死んで……」

  

 日常が非日常へと変貌する瞬間、人は恐怖と共に思考が停止する。その原因を作ったのは、この刺客共だが、その刺客共を返り討ちにしたのは自分だ。

 

 大刀を懐にしまうと、レイタムは膝を突いて震えているアウナを落ち着かせようとする。

 

 「嫌!」

 

 アウナはとっさにレイタムを拒絶する。予想外の反応だったが、この惨劇を作ったのは自分自身だ。その原因を作った自分に対して恐怖を抱くのは当然のことだろう。

 そして、こうした反応にはレイタムも慣れていた。

 

 「姫様、私はここにいますよ」

 

 いつもよりも優しく、ささやくようにつぶやきながら、レイタムはアウナをそっと抱きしめる。

 五年前はまだまだ子供だったが、五年も経過すれば、女の子も立派な乙女になる。そんなことが一瞬脳裏をよぎったが、今はそんなことを考えているだけの時間はない。

 

 「……お兄様は……人を……」

 

 「私の役目は、姫様をお守りすることですよ。その使命は、死んでも果たします」

 

 自分の使命は刺客を殺すことではない。それはただの結果だ。この姫君を守ること。今はそれだけがレイタムが果たすべき使命であった。



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ルオヤンの長い夜 第1話

 ルオヤン城を中心とした中心街から、太陽系連邦軍アルタイル方面軍司令部を要する駐屯地はルオヤン最も治安が良く、清潔な場所であった。

 

 だが、そこから一歩外れた先には、貧民窟と変わらぬ流民街が出来つつある。

 

 近年の海賊騒ぎや税を払えず逃走した民達の行き着いた先とはいえ、彼らには法による縛りが存在しない。

 

 この流民街で犯罪が起きたとしても、官憲は一切咎めず、手出しはせず、法を破った犯罪者を取り締まるようなことはしない。

 この流民街で殺人が起きたとしても、それを官憲が取り締まることは無い。

 

 だが逆に言えばそれは、流民達が犯罪に巻き込まれたとしても、官憲は一切関知しないことを意味する。

 

 「腐った臭いがする。棄民の臭いだ」

 

 腐敗したゴミや、異臭にまみれた光景をにらみながら、前都督であるセイエイはそうつぶやく。

 

 この流民街は、税が払えず故郷を逃げ出した者、あるいは戦乱と内乱に巻き込まれ生計を失い、着の身着のままにルオヤンへと流れた者たちが、ここでは寄り添って暮らしている。

 さまざまな事情を抱えながら、この首都にわずかながらの希望を抱いてやってきた。

 しかし、実際にこの星を支配している者からすれば、腐ったゴミ捨て場ぐらいにしか見えない。

 

 日中は這い回るかのように流民達がうろついている流民街ではあるが、店すらやっていないこの場所では夜になれば殆どの流民が粗末な急ごしらえの家で寝ている。

 そんな場所を闊歩するのはあまり良い気分ではないが、大将軍であるガイオウ直々の命令であればそれも仕方ないというものだ。

 

 「閣下、準備が整いました」

 

 口元を抑えているセイエイに、部下がそう告げると、セイエイは流民街をにらみつける。

 

 「盛大にやれ。綺麗さっぱり整理しろ。貴殿らには不本意かもしれないが、これも任務だ」

 

 与えられた職務を遂行するのが、軍の役割というものだ。それが敵兵であるか、このルオヤンの汚物かの違いでしかない。

 

 指令を出すとともに、兵士たちが持つ電子銃《ブラスター》の音があちこちで聞こえてくる。それに伴い、悲鳴もまた聞こえてきた。

 青白く光る電子銃《ブラスター》の光弾があちこちで飛び交っていく。高エネルギーの光弾は人体を貫通しても、その熱量で傷口をすぐにふさいでしまう。

 

 威力に反して、血が流れないのが電子銃《ブラスター》のいいところだ。あまりにも容易く人を殺せる武器であるだけに、一般兵士達への武装としてはこれほど優れたものもない。

 

 連射された電子銃《ブラスター》の発射音が、流民街のあちこちで聞こえてくるが、同時にいくつかの悲鳴が聞こえてくるのは、まるで何かの劇をやっているようにも思えてくるほどだ。

 

 それを連想した時、セイエイは思わず笑みがこぼれる。兵士達の電子銃《ブラスター》の発射音と共に、流民達が為す術なく駆逐されていく光景は艦隊戦では体験出来ず、同時に見物することも出来ないものだが、笑えてくる。

 

 「各部隊、順調に作業を進めております」

 

 副官の報告にセイエイは苦笑する。戦いにすらなっていない、一方的な殺戮はもはや単なる作業に過ぎない。

 

 部屋を掃除し、ものを運ぶ。そんな雑用に多少の労力が増えただけの簡単な作業だ。撃っている的が、生きた人かそれとかたどっただけの的の違いに、副官達も理解しているようだ。

 

 「一切の容赦をするな。これは、大将軍閣下のご命令だ。頃合いを見て、火を付けることも忘れるなよ」

 

 ルオヤンに火を付けることになるのは多少躊躇うが、これも大将軍であるガイオウらの壮大な戦略の一環だ。

 闇夜に火を付ければ、さぞかし盛大になるだろう。

 

 「伯父上は、仕える主を間違えた」

 

 伯父であるゼウォルを説得出来なかったのは残念ではあるが、シエン公ではこの難局を乗り切れない。

 大将軍として、このアルタイルを守ってきたガイオウこそが、次期皇帝としてふさわしい。

 

 「やや早いが、皇帝万歳と言っておこう」

 

 阿鼻叫喚の光景が広がり、悲鳴にかき消された言葉ではあったが、正式な即位式の前祝いとしては悪くない。

 そうほくそ笑みながら、セイエイは容赦無く流民達を刈り取っていった。

 

****

 

 流民街での惨劇が起きる前、シエン公の執務室に武装した兵士達が押しかけてきた。

 

 「貴様ら! 殿下の前で無礼であるぞ!」

 

 シエン公の警護役を勤めるシャオピンが愛用している刀を抜くのと同じタイミングで、兵士達は電子銃《ブラスター》を突きつけた。

 

 「そこをどいて貰おうか」

 

 兵士達を引き連れているのは、大将軍ガイオウの嫡男であり、右都督を勤めるシュテンであった。

 

 「右都督殿、ここは皇太子殿下の居室ですぞ」

 

 「そんなことは分かっている。貴公と問答をするつもりはない。そこをどけ」

 

 「理由も無く、約束も無しに皇太子殿下にお会いすることはできません」

 

 シエン公の代理人として、使者も勤めるシャオピンは素手で猛獣を殴り倒すだけの武術を有している。

 無理矢理部屋へ入ろうとするシュテンに対して、懐から愛刀を取り出しシュテンを突きつけた。

 

 「伯父上も無礼な食客を飼っているものだ」

 

 突きつけられた刀に対して間合いを取り、シュテンも懐から愛用している半月刀を抜いた。

 

 「私をその辺の皇族だと思うなよ。刀を突きつけられて怯えるような腰抜けとは訳が違う。

 

 シュテンが二十代で右都督になったのは、決して皇族であるからでも、大将軍ガイオウの息子だからではない。

 地位にふさわしいだけの能力を有しているからである。

 

 「奇遇ですな、私も皇族に刀を突きつけられて怯えるような腰抜けではありません」

 

 見た目に反して、意外に口が回るところがシャオピンの美点である。

 

 修羅場という意味ならば、リーファン公やゼウォル公という曲者相手の使者を勤めている。誰にも公言出来ないような秘密の会談を行うのは、単なる武芸者には果たせない。

 

 「謀反人の疑いがあると、右都督殿はおっしゃるようですが、証拠も無しに皇太子殿下を捕らえようとするのは、いかなる道理と法に基づいているのか。国家の法をないがしろにされるおつもりですか?」

 

 シャオピンの指摘にシュテンが率いる兵士達が若干動揺したが、シュテンは懐から一枚の紙を取り出した。

 

 「これは、陛下直筆の命によるものだ。皇太子殿下は、皇帝陛下よりも地位が上だというのか?」

 

 「なんですと?」

 

 「皇帝陛下は直々に謀反人である皇太子殿下を取り調べることを大将軍閣下に命じられた。我らはその勅命を受けている」

 

 シュテンが見せた紙には、確かにハモン三世の印綬があり、共にシエン公を捕縛せよという記述が書かれていた。

 あまりにも予想外の代物に、シャオピンは構えを崩す。

 

 「皇帝陛下の命により、我らは皇太子殿下を捕らえる。皇太子殿下には謀反の疑いがかけられている。それをかばい立てすることは、貴様らも謀反に荷担しているのか?」

 

 皇太子殿下よりも、皇帝陛下の方が立場も地位も上なのは、その辺の子供でも理解している。

 その理屈でいえば、皇帝の勅命には従わなくてはならない。

 

 「随分な騒ぎになっているな」

 

 騒動の渦中にありながら、全員が緊迫している中で緊張感に欠ける声と共に、執務室の扉が開かれる。

 

 「私に用があるそうだなシュテン」

 

 謀反人呼ばわりした甥であるシュテンに、シエン公はいつもと変わらぬ鷹揚な態度を貫いていた。

 

 「伯父上、いえ皇太子殿下、あなたには謀反の疑いがあります。皇帝陛下より、あなたを捕らえるよう勅命が下されました」

 

 「ほう、それは一大事だな。それで、私がどういう謀反をしていると?」

 

 冷静ではあるが、的を射る言葉にシュテンは言葉が詰まる。

 

 「私は皇太子だ。陛下の後継者である私がどんな謀反を企んでいると言うんだ? 貴公らは、それを疑問だとは思わないのか?」

 

 時期皇帝とも言うべき皇太子という地位にいるシエン公が、謀反をする必要性と論理は明らかに矛盾している。

 黙っていても皇帝になり得る地位にいる人物が、そんな無謀な行動をしでかす必要性などどこにも無い。

 

 シエン公の正論に、全員が押し黙り、シュテンの連れてきた兵士達も明らかに動揺していた。

 

 「それは問題ではありません。皇帝陛下直々に、その疑いアリとしてあなたの罪状についてを問いただしたいとのことです」

 

 シュテンだけが、唯一反応してみせたが、先ほどよりも声と態度の勢いが薄まっている。

 

 「どんな罪状をだ?」

 

 連邦宇宙軍の英雄、アレクサンドル・クズネツォフをして「本当の人食い」と言うほど、シエン公は動じずに人を食ったかのように振り回しながら、のらりくらりと有利に状況を好転させる。

 それほどの力量を持つシエン公を相手にするには、シュテンではまだまだ力量が足りない。

 

 「ですから謀反の疑いが……」

 

 シュテンの言葉を遮るように、執務室から思わぬ老人が飛び出してきた。

 

 「シュテン殿、この老いぼれにも是非話を聞かせて頂きたいものですな」

 

 「ゼウォル卿……」

 

 シュテンとシエン公、二人の戦歴を足しても余りある戦歴を持つ歴戦の老将の剣幕にシュテンは一時的に押された。

 

 「シュテン殿はシエン公に謀反の疑いがあるとおっしゃるが、これは一体どういうことですか?」

 

 ゼウォルが突きつけた一枚の書状は、先日シュテンが付きだした書状とほとんど同じ内容が書かれていた。

 差出人の名前だけが唯一違う代物であったが。

 

 「先日私に見せた書状とうり二つですが、こちらには大将軍殿の署名がある。そしてその印綬もありますが、これはどういうことですか?」

 

 先日突きつけられたシエン公謀反の証拠、それとうり二つながらも差出人の名前がガイオウになっている書状の真偽をゼウォルは問うた。

 

 「何故それをゼウォル卿が?」

 

 シュテンの動揺は、彼が率いる兵士達に伝播していく。先ほどまで謀反人を捕らえるつもりでいた兵士達が明らかに動揺していた。

 

 「それはこの老いぼれが聞きたいことですな。コレは一体どういうことなのか、是非お聞かせくだされ」

 

 書状を持って詰め寄る姿に、シュテンだけではなく、配下の兵士達も明らかに尻込みしている。

 ゼウォルが手にしているのは、大将軍ガイオウ自身が謀反を計画している証拠そのものだ。

 

 「その回答には私が答えよう」

 

 澄み切った、だが堂々たる重みある言葉に、一同が振り向く。

 

 そこには大将軍であるガイオウの姿があった。

 

 「父上……」

 

 「シュテン、お前には少々荷が重すぎたな」

 

 息子の不始末にやってきたのか、ガイオウも普段とは違い、不気味な気配を纏っている。

 

 「ゼウォル卿、私から説明させてもらおう」

 

 そう呟き、真っ直ぐにガイオウはゼウォルの元へと歩を進める。そして、ガイオウは懐に手を入れ、そのままゼウォルを一閃する。

 

 「これが私の答えだ。大都督殿」

 

 懐から抜かれた圓月刀の一閃は老将の腹部を切り裂いていた。

 切り裂いた腹部からおびただしい鮮血が飛び散っていくが、真正面にいたガイオウは一切それを避けることなく、衣服は無論のこと、自分の頭髪や肌が血に染まることに何の嫌悪も抱いていなかった。

 

 「大将軍……殿……」

 

 「許しは請わない。これが私が選んだ道なのだからな」

 

 大将軍が大都督を斬った事に、全員が何も飲み込めていない状況ではあったが、ガイオウは唯一この自体に対して冷静でいる兄の姿を捉える。

 

 「一同何をしている! 謀反人を速やかに捕らえろ!」

 

 手にした愛刀を、シエン公に突きつけるガイオウの檄に動かされるように、兵士達は命令通りに行動を始めた。

 

 それは同時に、首都ルオヤンの長い長い夜が始まる光景でもあった。



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ルオヤンの長い夜 第2話

「まずは第一弾というところでしょうか」

 

 太陽系連邦軍アルタイル方面軍司令部にて、大将軍ガイオウ率いる軍が「行動を開始した」という報告を受け、フォッシュはそうつぶやいた。

 

「すでに我が軍も行動を開始している。始まってしまえばたわいないことだ」

 

 自信たっぷりに答えるモーガン大将とは対照的に、フォッシュの目は冷ややかであった。

 

「勝算アリと自信を持つことは大事ですが、確定していない勝利を確定したと断言するのは敗北主義者のやることですよ」

 

 持参したコーヒーを飲みながら、浮かれているモーガンにフォッシュは釘を刺す。当然ながらモーガンは不快な顔になった。

 

「それは皮肉のつもりかね?」

 

「我々がかつて、プロキシマを帝国軍から奪還した際に、どうやって戦い、そして勝ったのかをご存じではないのですか?」

 

 第一次プロキシマ会戦で、連邦宇宙軍はプロキシマを奪還したが、その後に帝国軍は太陽系連邦に対する法的措置として、二万隻の艦隊を送り込んできた。

 

 だが結果は連邦宇宙軍の大勝利に終わった。

 

「私はあの時、第7艦隊の作戦主任参謀を務めていました。大軍であることに浮かれて、敗北する軍の姿はそう珍しいものではありませんよ」

 

 まだクズネツォフが中将だった頃、作戦主任参謀として抜擢し、連邦宇宙軍の大勝利の体験者であっただけに、フォッシュは数の有利で戦いが決まるとは思い込んではいなかった。

 

「だからこそ、貴官と組んでいる。忘れたのかね?」

 

「忘れるわけがないでしょう。故に、私の部下達はすでに衛星軌道に展開中です」

 

 モーガンの要請を受けて、フォッシュ配下の第3艦隊は現在、ルオヤンの衛星軌道にて物流を押さえている。

 現在、ルオヤンへの大気圏突入も離脱も出来ないようにし、誰より一人としてルオヤンからの脱出も、ルオヤンへの侵入も不可能にしていた。

 

「それに、今は彼らもいますしね」

 

 先ほど、フォッシュは副官より第442空戦連隊も宇宙へと上がったことを確認していた。

 精鋭である第442空戦連隊を第11艦隊から引き抜いたのは、ルオヤンの防空体制を完璧にする為にフォッシュが打った手であった。

 

「頼りになるのかね?」

 

「若手が多いですが、第442空戦連隊は宇宙軍全体を見渡しても優秀な空戦隊です。真正面で戦うのを避けたくなるほどに」

 

 指揮官である沢木を頂点に、第442空戦連隊はフォッシュの目から見てもかなり優秀な部隊である。

 

 全員が精鋭で固められ、練度も数々の戦いを経験したことから完全に場慣れしている。

 守りに強い第3艦隊とは違い、アグレッシブでありながらも変幻自在に戦いを行う手腕はなかなかの代物だ。

 

「それに、彼らには虎の子の最新鋭機も配備させておりますから」

 

 連邦宇宙軍の最新鋭機であるAEF-74バッカニアをフォッシュは第442空戦連隊に配備させていた。

 現在主力戦闘機となっているコルセアに比べて、スピード、パワー、そして攻撃力と防御力が大幅に改善されているという報告が上がっている。

 

 沢木からも、コルセアがレーシングカーならば、バッカニアは速度はそのままに戦車にした機体という意見を聞いている。

 

「つまり、ルオヤンは今や我らの手中にあるということだ」

 

 再びモーガンがにやけているが、その気持ちは分からなくもない。現在、アルタイル方面軍の大半はこの日の為に兵員をルオヤンに集中させている。

 

 第3艦隊があえてルオヤンに駐留し続けているのも、この日に備えてのことだ。この鉄壁とも言えるような布陣を破るのはかなり難しい。

 

「地上のことはそちらにお任せ致しますわ。私は早速、宇宙に上がります」

 

 一礼すると、フォッシュは連邦宇宙軍の制帽を被り、その場を退出する。司令部から退出すると、それを待ち構えていたかのように、長身の黒髪のロングヘアの女性がフォッシュに敬礼する。

 

「ご苦労さまです閣下!」

 

 威勢の良い声に、フォッシュは思わず微笑む。

 

 どちらかというと、おしとやかな第3艦隊の中で、数少ないガツガツ系の女子、ミラノ・ジョルジ少佐の姿はいつ見ても飽きない。

 

「ジョルジ、艦隊は?」

 

「は! 全部隊衛星軌道上に展開中です!」

 

 生真面目な性格から、フォッシュはあえて彼女を自分の副官にしていた。学生時代からブラスバンドをやっていただけに、声が大きいが、ハキハキとしながら手抜きをしない仕事ぶりをフォッシュは買っていた。

 

「第442空戦連隊は?」

 

「沢木大佐率いる第442空戦連隊も、先ほど全部隊が宇宙に上がったという報告が入っています」

 

「それは結構」

 

 今のところ、全てが予定通りに遂行している。帝国軍はすでにシエン公を排除する為に二人の都督が行動を開始し、統合軍も大将軍であるガイオウの要請を受け、現在部隊を派遣したところだ。

 

 後は、宇宙で逃がさないようにすればいい。だが、宇宙にはフォッシュ率いる第3艦隊が固めている。

 ルオヤンの防空網はもはや、完全にこちらの手に落ちている。逃げることも、助けることも出来ない。

 

「閣下、一つよろしいでしょうか?」

 

「何かしら?」

 

 元気の良い副官の質問に、フォッシュはいつもの温和だが冷静な指揮官のように尋ねた。

 

「現在、ルオヤンでの政争が始まったとのことですが、これはプロキシマ方面軍司令部にはお伝えしなくてもよろしいのでしょうか?」

 

 ミラノの質問は実に妥当だ。いくら第3艦隊がアルタイル方面軍に所属しているとはいえ、プロキシマ方面軍、というよりも連邦宇宙軍に報告しないのは道理に合わない。

 

 フォッシュ指揮下の第3艦隊は、連邦宇宙軍に所属している。今は形としてアルタイル方面軍に組み込まれてはいるが、今回の事件の重大さは明らかに一方面軍で解決するような規模の話ではない。

 

「それは我々の職分ではないわ。必要ならば、モーガン大将が直々にやる。それに、今この宙域はWHNの通信障害が起きているはずよ」

 

 人類が光速を越えた時、人類を一番悩ませた問題は通信の問題である。光も電波も、単一惑星間、あるいは太陽系内部だけならばかろうじてリアルタイムでリンクが出来たが、光年単位の距離になると、そのまま通信するだけで年単位の時間がかかる。

 

 そこで開発されたのがWHN、ワームホールネットワークと呼ばれる通信網であった。

 

 空間の一部にトンネルを作り、膨大な距離をショートカットして通信を行う。言葉にすればただそれだけではあるが、一時的に光速を越えて、空間から空間へと飛ばすワープと違い、恒常的にワームホールを形成するにはワープ航法よりも遙かに高度な技術とコストがかかっている。

 

 そのネットワークは現在、ルオヤンとプロキシマを結んでいる。このネットワークが存在するからこそ、アルタイルからプロキシマ、そしてプロキシマから地球までの膨大な距離を超えてリアルタイムでの通信とリンクが可能になっている。

 だが、このシステムには一つだけ欠陥があった。

 

「現在、アルタイルでは一時的なエネルギー流が発生しているわ。これではワームホールが開けない。いい加減な情報をプロキシマの司令部には伝える訳にはいかないわ」

 

 WHNはワームホールが開いている宙域で、膨大なエネルギーが発生していた場合、ワームホールを維持できなくなる。

 

 特にアルタイルは三重の恒星があるために、恒星風で通信障害が発生することも多い。

 精度は上がっているが、まだまだこうした障害をクリア出来るまでには至っていなかった。

 

「ですが、本当によろしいのですか?」

 

「ミラノ、あなたが優秀な副官であることは私が一番良く知っているわ。だけど、今は非常事態よ。私達がやらなくてはいけないのは、この状況を報告するのではなく、それに対処すること。違う?」

 

 金髪の長い睫毛越しに、自身の青い瞳で、この元気ある副官にフォッシュは諭すような口調でそう言った。

 第七艦隊作戦主任参謀、プロキシマ方面軍副参謀長を務め、クズネツォフやジョミニら、知将猛将らと共に激戦を乗り越えた経験を持つフォッシュの言葉はミラノが対抗するにはまだまだ経験が不足していた。

 

「おっしゃる通りです」

 

「だけど、あなたの言っていることは正論よ。間違ってはいない。でも正論だけでは戦いには勝てないわ。時には、少々えげつない策を取らないと、勝てない戦いもある。それを覚えておきなさい」

 

 優秀ではあるが、かつての教え子である杉田恭一や、師と言ってもいいクズネツォフとは違い、ミラノは優秀だが努力型だ。

 戦場の空気を機敏に感じ取り、ひらめくように最善の行動を選択し、実行する。相手の行動を読み取っているかのように、臨機応変な指揮を執れるタイプではない。

 

 愚直に様々なことを学び、いくつもの情報を収集して、思考を巡らせて戦う。昔のフォッシュ自身が、まさにそうであっただけに、ミラノの姿はかつての自分を見ているようであった。

 

「では、宇宙へ向かいましょう。地上は、統合軍。宇宙軍にふさわしい舞台へ上がるのよ」

 

 星々の大海というには、衛星軌道上はややスケールに欠ける場所ではある。だが、人類が惑星という一つの殻を破り、宇宙へと進出した時に人類は、新たな進歩の道を歩み始めた。

 

 その歩みは止まることなく続き、愚かな大戦争を二度繰り返したとはいえ、太陽系を越えてプロキシマ、シリウス、そして、アルタイルやヴェガへと進出した。

 

 宇宙に進出することが人類の繁栄の道であったことは紛れもない事実だ。故に、今こうしてフォッシュ達はアルタイルへとやってきた。

 

 その歩みはおそらく、誰にも止められはしない。アルタイル帝国や帝国軍、各地の軍閥。あるいは、統合軍。または、太陽系連邦自身も押しとどめることは出来ない。

 

 そして、その流れが今こうして自分を動かしている。この衝動はもはや、誰にも押しとどめることも出来ず、止まるところまで突き進んでいくだけだ。

 

 その果てに何があるのかは分からない。だが一つだけ言えることがある。

 

 アルタイル帝国と太陽系連邦は、決して融和への道を選ばない。両者が手を取り合うことはあり得ない。

 

 あり得るのは、どちらかが一方的に相手を支配し服従させるか、あるいは徹底的に叩きつぶすかのどっちらかであろう。

 



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ルオヤンの長い夜 第3話

 

 首都星ルオヤンに太陽系連邦軍が駐留してからすでに十五年。

 

 全員が電子銃《ブラスター》とともに、特殊バイザーが付いたヘルメットとボディーアーマーを装備した兵士たちがルオヤンのあちこちを巡回している現状に、人々がそれなりに慣れてきたとはいえ、アルタイル方面軍は決して親しまれているとは言い難い。

 

 太陽系という、彼らからすれば辺境のプロキシマ、さらにそこから四光年離れたド辺境の蛮族。

 それが、太陽系連邦と連邦軍に対するアルタイル帝国人の認識であった。

 

 しかしプロキシマ、シリウスでの二度にわたる大敗と、屈辱的な和議は彼らを単なる蛮族から、帝国を再び蹂躙しかねない物騒な夷狄へと変質させた。

 

 辺境の蛮族に、二度も叩きのめされそれに屈服させられた事実は、どうやっても否定出来る事実ではなく、その後の動乱と内乱を経験してきたアルタイル帝国人にとって、太陽系連邦は畏怖されるべき存在となりつつある。

 

 現在、ルオヤンのあちこちに太陽系連邦軍の兵士達が検問所を作り、首都を完全に制圧していた。

 

「太陽系連邦軍の奴らが、ここまでやってくるとはな」

 

 手にした双眼鏡を片手に、レイタムは太陽系連邦軍が闊歩するルオヤンの夜景にそうつぶやいた。

 

 アウナと自分を襲った刺客達を皆殺しにした後、レイタムはアウナと共に、ルオヤンに作られたシエン公の隠れ家に潜伏していた。

 今回のような騒動になった場合、すぐに身を隠せるようにシエン公が食客達に命じて作らせた隠れ家ではあるが、こんな形で役立つとは思ってもいなかった。

 

「お兄様、私達どうなってしまうの?」

 

 先ほどから黙り込んでいたアウナが虚ろな目をしてレイタムに尋ねた。自分が命を狙われたこともそうだが、レイタムがその刺客達を一方的に皆殺しにしてしまったことにショックを受けているらしい。

 

「分かりません。一つだけ言えることは、太陽系連邦軍と手を組んでいる連中がいるということです」

 

 太陽系連邦軍が我が物顔で、検問を敷いて、兵士達をあちこちに配置させているのは単に連中がごり押ししたというわけではないようだ。

 

 帝国軍の兵士達が何名か彼らに付き従っているのを見ると、帝国軍の一部勢力が太陽系連邦軍と手を組んで謀反を仕掛けた可能性が高い。

 

「レイタム、ここにいたのか?」

 

 懐かしい声に、レイタムが振り向くと、そこには痩せた初老の男が立っていた。

 

「サイエン師父」

 

「貴様も無事であったようだな」

 

 サイエンはマオに次ぐシエン公の食客であり、知謀の士でありかつては上軍師を勤めていた。

 政治面のマオに並ぶ軍事面のサイエンとしてシエン公を支えており、この隠れ家を作らせたのもサイエンの進言でもあった。

 

「姫様は無事か?」

 

「そちらにおられます」

 

「ここにたどり着いたのは貴公らだけか?」

 

「どうやらそのようです」

 

 宮中は無論のこと、現在は食客同士の連絡すら取れていない。通信機の電源は入っているが、一切の通信が現在出来なくなっていた。

 

 なんとか町中を駆け抜けてこの隠れ家にやってきたが、おそらく大半の食客達は太陽系連邦軍の手で捕らえられているか、殺された可能性がある。

 

 通信すら出来なくなった時点で、これはただの謀反などではない。

 

「だが姫様が無事でよかったな」

 

「シエン公はご無事ですか?」

 

「安心しろ、殿下はご無事だ」

 

 レイタムがほっとすると、アウナがはね飛ばされたかのようにサイエンの元へと駆け足でやってきてサイエンに詰め寄る。

 

「お父様はご無事なんですか?」

 

「殿下はマオらと共に宮中を脱出されました。何人かの食客達が、奴らの手で殺害されましたが、殿下はご無事です」

 

 おてんばなで奔放な姫様ではあるが、父であるシエン公を慕っている。シエン公自身、他人からは甘やかしすぎと言われるほど彼女を甘やかしており、他人が見ればどこかずれている親子関係ではあるが、情愛がある関係なのは自他共に認めるほどだ。

 

「ご無事でしたか」

 

 安堵したアウナとは対照的に、レイタムは顔を顰める。シエン公が無事ではあるが、わずか一夜でここまで状況が悪化したことが信じられなかった。

 

「師父、一体何が起きたのですか?」

 

 自慢の顎髭をさすりながら、サイエンは表情を変えずに「シエン公は謀反を起こした」と二人に告げた。

 

「お父様が謀反を!?」

 

 アウナが驚くと共に、レイタムはより一層眉が険しくなる。シエン公がいろいろと策謀を練っていたのはレイタムも知っていることではあるが、少なくともそれは太陽系連邦に対する策謀であって、帝国に対する反乱などではなかったはずである。

 

「サイエン、お父様が謀反を起こしたというのですか?」

 

「いえ、ガイオウ大将軍がそう言っているだけです」

 

 大将軍であるガイオウと、シエン公の仲があまりよくはないことはレイタムも知っている。

 だが、まさかこんな汚いことをやるとは思ってもいなかった。

 

「師父、もしやこれは大将軍の陰謀では?」

 

「大将軍は、陛下よりの勅命を受けているとはいうが、おそらくはその通りだろう。シエン公とは昨今不仲であったとは言うが、まさかここまで悪辣な手を打ってくるとはな」

 

 悪辣などという言葉では計り知れない、底知れぬ悪意をレイタムは感じていた。大将軍であるガイオウはシエン公の弟であり、レイタムもシエン公の使いとして幾度となく応対したことがある。

 

 少なくとも、こうしたえげつない策謀、というよりも陰謀を張り巡らすような悪党ではなかったはずだ。

 

 それが、ここまでえげつない手を打ってくることに対して、あの厳格で質実堅固な立ち振る舞いが全て演技だったのか。

 

「現在、宮中以外は全て太陽系連邦軍と、ガイオウ大将軍の兵が都を制圧している。連中の火力は圧倒的だ。すでに、千人が殺され、二千人が捕らえられている」

 

 約三分の一の食客達が、ガイオウ陣営に無力化されている。その時点で、ガイオウがシエン公を本格的に排除する意思があるのが明確だ。

 

「そんなにやられたのですか?」

 

 シエン公の食客達は、腕自慢、知恵自慢、学術自慢、そして武術自慢が出来るほどの精鋭達がそろっている。

 かつて、シエン公暗殺を企んだ貴族がおり、電子銃《ブラスター》で武装した十人の刺客を送り込んで、シエン公暗殺を謀ったが全員がシエン公の食客によって皆殺しにされた。

 

 地方反乱の時も、シエン公暗殺を企んだ者がいたが、ことごとく返り討ちにし、刺客を送った側も報復で壊滅させている。

 

 そんな武勇伝でいっぱいな凄腕の食客達が、三千人も無力化されてしまったことにレイタムは深くため息をついてしまう。

 

「大将軍は本気だ。我々を本気で排除するつもりでいる。大将軍は太陽系連邦軍と完全に手を組んでいるからな」

 

「連邦軍と手を?」

 

 レイタムは怒りを通り越して呆れてしまう。それでは手を組むというよりも、それは太陽系連邦の傀儡になるのと何ら変わりない。

 

 シエン公はのらりくらりと、太陽系連邦の無茶苦茶な要求をはぐらかし、帝国を守ってきた。

 

 一つの要求を容認すれば、さらに一つどころかいきなり十は要求してくる。

 

 それが太陽系連邦のやり方であることを、レイタムは嫌というほどシエン公を筆頭に教えて貰った。

 

「ガイオウ公はアルタイルを売り渡すおつもりですか?」

 

「その腹づもりは分からん。だが、太陽系連邦と組んでいる以上、これはかなり不味い。ルオヤンは事実上大将軍と連邦軍の手に落ちている。ここが見つかるのも時間の問題だ」

 

 この隠れ家はシエン公が密かに作った代物だ。万が一に備え、シエン公と食客達だけしか知らされていない。

 

 だが、サイエンは先ほど説明したように、二千人もの食客達が捕まっている以上、彼らから場所を尋問や拷問を行い、場所を割り出すはずだ。

 

「であれば、一刻も早くシエン公と合流しなければなりません」

 

 シエン公と合流し、最悪ルオヤンを脱出する。連邦軍がガイオウに手を貸しているのであれば、宇宙もおそらく封鎖されている可能性が高い。

 だが、ルオヤンに潜伏したとしても、この状況を打開するだけの手があるとは思えない。

 

 それに、シエン公やマオならば、この最悪の状況を挽回する策を用意しているか、あるいは練っているはずだろう。

 どっちにせよ、今の状況では各個に捕まるか殺されるかの二者択一だ。

 

「それはかなり難しい。それを試みて捕まった者が大勢いる。ワシも情けない事に、他の連中に助けてここにやってきた。お主の腕は認めるが、流石に数が違う」

 

 刺客なら八人ほど返り討ちにしたが、流石に数百、数千の兵士達に勝てると思うほどレイタムは自惚れてはいなかった。

 

「師父のおっしゃることは分かりますが、ここで状況を眺めていても何も好転はしません。であれば、死中に活を求めて殿下と合流し、活路を作る必要があります」

 

 基本的にレイタムは状況を俯瞰することが性に合わない。ルオヤンにやってきて、少しは思慮深くはなったが、本質はあまり変わっていない。

 座して虜囚か死体になる道を選んだところで、それは無駄死にしか思えなかった。

 

「確かにその通りではあるがな……」

 

 サイエンも判断に迷っているが、実際のところ都はすでにガイオウと連邦軍の手に落ちている。

 そこにのこのこ出てきた場合、問答無用で捕まるか、処刑されるかのどちらかだろう。

 

「殿下が捕まっているならば、我々が殺される可能性は高いでしょう。ですが、殿下はまだ捕まっていないならば、奴らもいきなり殺すことはないと思われます。殿下を捕らえるならば、我々を捕らえて行方を捜すことを優先させるでしょうから」

 

 今のところ、殺された数よりも捕まっている人間の方が多いのは、シエン公の行方をガイオウ側も掴んではいないからだ。

 生殺与奪を有している側が、あえて生を選んで捕らえることを優先させている以上、シエン公の行方を知りたいのは公の食客や側近ではない。

 

 そこに案外つけ込めるのではないかと、レイタムは自分で語りながらそう思ってきた。

 

 その思考に至った中で、隠れ家の入り口がけたたましく開く。そこには、手傷を負ったシャオピンの姿があった。

 

「シャオピン!」

 

 いくつかの治療具と薬を手にしながら、レイタムは急いでシャオピンの治療を行った。

 体のあちこちに、切り傷と、ブラスターで打たれた傷がある。

 

「レイタム、生きてたか」

 

「お前より先に死ぬわけにはいかんよ。派手にやられたみたいだな」

 

 シエン公の警護を務めているシャオピンがここまでやられたことに、レイタムはショックを受けていた。

 傷は浅く致命傷は無いが、それでも出血して疲労困憊しているのか、顔色がかなり悪い。

 

「姫様は?」

 

「無事だ。サイエン師父もいる。今のところ、お前を入れて四人だけだが、なんとか無事に逃げられたよ」

 

「殿下はご無事だ」

 

「サイエン師父から聞いたよ。千人ほど、奴らに殺されたみたいだな」

 

 少年兵出会った頃、よく負傷した仲間を治療していた経験から、レイタムは手慣れた手つきでシャオピンを治療しながらそう言った。

 

「外はえらいことになってる。連邦軍の奴ら、ガイオウ公と手を組んでやりたい放題だ。流民街も焼かれ、逆らう奴らは全員監獄行きかその場で殺された」

 

「奴ら流民まで殺す気なのか?」

 

「兵家云々は全部芝居だった。奴らの本当の目的は、俺達の目を欺いて太陽系《ヘリオス》の連中と手を組むことだったんだよ。奴ら、帝国を太陽系《ヘリオス》の連中に売り渡すつもりなんだ」

 

 流民対策については、流民の保護を求めるシエン公と、流民を兵家という、事実上の奴隷制度を唱えていたガイオウとで意見が分かれていたが、流民を抹殺することはシエン公の政策に対するあからさまな意思表示だ。

 

「だが、殿下にはまだ策がある。それをお前に伝えに来た。結果はこの様だがな」

 

「あんまりしゃべるな。それじゃ助かる命も助からなくなるぞ」

 

「お前に心配されるとはな」

 

 減らず口を叩けるならば、当分死にはしないだろう。だが、ここまでやられた上でまだ策があることに、レイタムは改めて主君の知恵者ぶりに関心した。

 

「シャオピン無事か?」

 

 サイエンがやってくると、流石のシャオピンも「無事です」と答えた。

 

「殿下は今どちらにおられる?」

 

「殿下は現在、宮中を離れ、城外の霊廟におられます」

 

 霊廟とは、また上手いところに逃げたものだとレイタムは思った。流石のガイオウや連邦軍といえど、代々の皇帝や皇族を祭る霊廟には手出しが出来ない。

 霊廟の周辺はともかく、霊廟の中に入ることは皇帝以外は皇后か皇太后、あるいは皇太子であるシエン公以外に出入りが出来ない決まりになっている。

 

 うかつに踏みいれば、その時点で大逆罪として処刑される場所でもあり、普段から出入りする者も少なく、今ではシエン公が祭祀を担当していることから、食客達が供をしても怪しまれない場所だ。

 

「レイタム、今殿下はお前を呼んでいる。姫様と一緒に霊廟へと向かえ」

 

「ちょっと待て、姫様を連れて行くのは危険ではないか?」

 

飛び出しそうになったレイタムを押しとどめながら、サイエンがそう言った。

 

「今、外はガイオウ公の兵と連邦軍だらけだぞ。そこに飛び出せば、猛獣に肉を差し出すようなものだ。シャオピン、お主も奴らにやられたのだろう」

 

「どうってことはありませんよ」

 

「お主らはともかく、姫様の身の安全を考えろ。姫様が奴らに撃たれたらどうする!」

 

 シャオピンが現に負傷しているが、シャオピンほどの剛の者がこれだけ負傷し、他の食客達も殺害され、捕縛されている中で、アウナを連れ出せば死んだ食客達の道連れになりかねない。

 

「それに姫様が奴らの虜囚になってみろ。奴らは殿下の人質にするだろう。そうなれば、殿下をどれほどお守りしても無意味だ」

 

 アウナがいきなり殺されることはないだろうが、捕まった場合、シエン公に対する立派な人質になる。

 

 シエン公は一人娘であるアウナを溺愛している。アウナが捕まれば、シエン公も黙ってはいないだろうし、奪還を命じるか、その前に単身で乗り込みかねない。

 

「私なら大丈夫です!」

 

 自信たっぷりにアウナが答えるが、シエン公に対する人質という意味を考えると、確かに連れて行くことは難しい。

 捕まりはしなくても、彼女を傷物にした場合、別の意味で命が無くなる。 

 

「サイエン師父の言う通りですね。姫、殿下の元には私が一人で向かいます」

 

 レイタムがそう言うと、アウナがレイタムの袖にしがみつく。

 

「そんな! 見くびらないでください! こう見えても私、密かに武術の鍛錬を行っていますのよ!」

 

「奴らは兵士です。それに、先日襲ってきた刺客と違い、統率された兵士達が数百人が電子銃《ブラスター》で武装しています。ガイオウ公の兵ならばともかく、太陽系連邦軍が手加減するとは思えません」

 

 先日の刺客と戦ったのとは訳が違う。あのときの刺客達は、数を武器にレイタムを侮っていたからこそ勝てたが、初めから襲ってくる完全武装の数千名の兵士達相手に勝てると思うほどレイタムはうぬぼれてはいなかった。

 戦わずになんとか出来ても、アウナに危害が及ぶ可能性も高く、それをどうにか切り抜ける自信もレイタムには無い。

 

「サイエン師父、シャオピンと姫様を頼みます」

 

「ああ、頼むぞレイタム」

 

 サイエンに二人を任せ、レイタムは霊廟へと向かった。起死回生の一手を打ち、殺された仲間や囚われた仲間達を救出する為に。



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ルオヤンの長い夜 第4話

ルオヤン城外から数里離れた霊廟。代々の皇帝を筆頭に皇族を弔う為に作られ、丁度一部だけが台座のように平原になっていることから、この霊廟は高平陵と名付けられていた。

 

 

 

 玉座と皇帝の居住区を除けば、ルオヤンで最も神聖な場所と言ってもいいが、高平陵は代々皇太子が祭祀を行うことが慣例上決まっていた。

 

 

 

 代々の皇帝が祭られた霊廟は、次期皇帝となる皇太子が祭祀を行い、代々の皇帝の霊験を受けて皇帝としてふさわしい風格を身につける為に、初代皇帝がそのように定めた慣例であった。

 

 

 

 故に、霊廟の管理は全て皇太子が行うが、同時に皇太子以外は皇帝と皇后、皇太后らを除けば誰一人立ち寄ることが出来ない場所でもある。

 

 

 

 例え、宰相であろうと大将軍であろうと、この場所に立ち入ることは禁じられていた。

 

 

 

「なんとか逃げ出すことが出来ましたな」

 

 

 

 一息付いて、マオがシエン公に水筒を手渡すと、シエン公は手渡された水筒に口を付ける。

 

 

 

「まさか、ここに逃げることになるとは思わなかった」

 

 

 

 水を飲みながら、シエン公は黒い龍を模した鋼の巨人を眺めてそう言った。

 

 

 

「おかげで、コイツを仕上げることができたが、隠れ家になるとはな」

 

 

 

 見上げた漆黒の龍は、何も語らない。シエン公が極秘裏に復元した黒龍ヘイロンの工房は、高平陵の地下深くにある空洞に作られていた。

 

 

 

 この伝説の機動兵器を復活させるにあたり、太陽系連邦軍や、太陽系連邦軍に通じている者達に知られぬ為に、シエン公らは様々な場所を検討した。

 

 

 

 ある日、高平陵全体を調査した結果、巨大な空洞があることから、高平陵の整備に合わせて職人を集め、規模は小さいが機動兵器を一から作りだせるほどの秘密工場としたが、それがガイオウによるクーデターの隠れ家になったことは皮肉というしかなかった。

 

 

 

「ですが、連中もここには手出しはできますまい」

 

 

 

「それは分からん」

 

 

 

 水筒の水を飲み干すと、シエン公はいつもの闊達さではなく、どこか冷徹で冷めた顔つきでそう言った。

 

 

 

「ガイオウはゼウォルを斬り殺した。その時点で、奴らは手段を選ばんぞ」

 

 

 

 良き部下であり戦友であったゼウォルを焚きつけ、ガイオウは自らの手でゼウォルを斬殺した。

 

 だが、焚きつけたという意味では自分も同罪であるという罪悪感がシエン公にはあった。

 

 

 

 あの後、執務室にある脱出口から宮中から逃亡し、この工房へとたどり着いたはいいが、ゼウォルだけではなく多くの食客や部下達がガイオウ一派と太陽系連邦軍の手で殺害され、監獄送りにされている。

 

 

 

「多くの者を死なせてしまったな」

 

 

 

 謀略を使ったことが皆無であった訳では無い。だが、それは外敵である太陽系連邦と、反乱を起こした諸侯や軍閥という明確な反逆者達に対してであり、味方を謀略の材料にし、殺すような禁じ手を使うようなことはしなかった。

 

 

 

 国家は謀略によって存続するのではなく、信義によって成立する。

 

 事実上の宰相職を勤め、皇帝となり得る立場であるからこそ、シエン公は味方を謀略の駒にするような行為を戒めてきた。

 

 

 

 シュテンやラデクが自分達に対抗する為に、様々な策謀を行っていたことはシエン公もある程度は把握していた。

 

 だがその策謀をうかつに取り締まれば、逆に太陽系連邦軍につけいる隙を与えかねない。

 

 

 

 だが、その配慮も今となってはシエン公自身の甘さというしかない。

 

 

 

「責任を感じておられるのであれば、今は道を切り開くことが先決ですぞ」

 

 

 

 タブレットを片手にマオはそう言った。

 

 

 

「こうなったのは殿下の責任ではありません。太陽系連邦軍と手を組み、乱を起こすなど、盗賊を家に入れるようなもの。そんな無謀な手段を選んだガイオウ公も大概ではありますが、仮に天下を取ったとしてもソレが存続するとは思えませんな」

 

 

 

 太陽系連邦とどんな取引をし、内乱を起こしたのかはマオも分からないが、その代償は決して小さなものではない。

 

 ましてや、政変において外敵の助力を得るのは論外というしかなかった。太陽系連邦は帝国よりも巨大で尋常ではないほどの軍事力を有している。

 

 

 

 無茶な要求を行えるだけの軍事力と、それを生み出し、運営出来る国力は帝国を凌駕しており、その力が途方も無いからこそ、今こうしてアルタイル帝国は太陽系連邦と城下の盟を誓わされ、軍を養わされている。

 

 

 

「奴らがどんな取引をしたのかは分かりませんが、少なくとも現状が悪化することはあっても、好転することはありますまい。太陽系連邦ヘリオスの連中を懐柔出来るのであれば、我らはとっくの昔にそうしていました」

 

 

 

 太陽系連邦との和睦、そして一応講和を成し遂げたとはいえ、太陽系連邦は日増しに増強され、帝国は日増しに弱体化している。

 

 

 

 軍事力の格差は広がる一方であり、数はともかく質において、帝国軍は太陽系連邦軍に対抗する力を持ち得ない。

 

 

 

「凌駕するどころか、対抗する力すら無い帝国が太陽系連邦ヘリオスと手を組んだとしても、それは融和ではなく完全なる隷属への道です。そうなれば、より多くの民が苦しむことになるでしょう」

 

 

 

 マオの言葉はシエン公の心中へと突き刺さる。全ては帝国臣民の為。臣民あっての帝国であることを誰よりも説いてきたのはシエン公自身であった。

 

 

 

「我らは殿下にお仕えするのは、殿下への忠節と共に、殿下と同じく志を一つにし、帝国臣民を守る為です。それに、このガイオウ公の乱が長引けば、さらに多くの食客達が捕らえられ、命を落としたとしても、それは殿下の責任ではありません」

 

 

 

 普段は人を食ったかのように飄々とし、深謀遠慮な策を実行させ、時には大胆にも前線で艦隊指揮を執る猛将。

 

 だが、兵士達や部下、食客達の死を嘆き、彼らの為には時には涙し、時には物言わず死後に報償を行う情の深い人物。

 

 

 

 それが、マオ達一万人の食客達が仕えるべき、アルタイル帝国の皇太子であるシエン公という人物である。

 

 

 

「おちおち、落ち込んでいる暇も無いと言うことか」

 

 

 

「ゼウォル卿を死なせたのは私にも責任がございます。それに、奴らにとっては切り札になるものがここにはあります」

 

 

 

 マオが黒龍ヘイロンの足を叩きながらそう言った。

 

 

 

 漆黒の龍人は何一つ語らず、ただ巨体を直立させている。だが、一度目覚めれば、このルオヤンを灰にするだけの力を秘めている。

 

 一つの惑星を破壊するには充分なほどの大量破壊兵器、それがこの怪物の本性だ。

 

 

 

「こいつを使う気か?」

 

 

 

「脅しにはなるでしょう。ですが、こいつを動かす時は、我らもただではすまないでしょうが」

 

 

 

 黒龍ヘイロンの復活を主導しただけに、マオにはこの怪物を目覚めさせる意味が破滅でしかないことを知っている。

 

 

 

「まだ、負けたわけではございません。それに、我らが初めからスンナリと事が進んだことなどありましたか?」

 

 

 

 マオが言うように、シエン公のやってきたことは安楽な道などはなかった。地方反乱の討伐、宮中での権謀術数の日々、仕舞いには第二次プロキシマ会戦、第一次シリウス会戦という大戦争。

 

 

 

 大将軍となっても、太陽系連邦軍との折衝とアルタイルを守る為に地方軍閥の平定の日々。

 

 

 

 心安まる日など数えるぐらいしかなく、難題をひたすらに解決しては、新しい難題を解決してきたのが今まで歩んできた道であった。

 

 

 

「容易き道は、我らの道に非ずだ。まだ負けたわけではない。その通りだ」

 

 

 

 柄にも無い態度を取っていたことに苦笑しながら、シエン公は立ち上がり、黒龍ヘイロンの脚の部分に触れた。

 

 冷たい鋼の装甲は、電子銃ブラスターも容易にはじき返し、剣や槍が逆に折れるほどだ。

 

 

 

 一機で戦局を変えてしまえるほどの力を持つ、この黒龍ヘイロンを使い、交渉と謀略の材料にすれば、苦境は脱することは出来るだろう。

 

 

 

「どうやらこいつに乗る男がやってきたようですな」

 

 

 

 マオが笑いながら手を差出す先には、兵士の格好をした愛娘のお気に入りが息を切らしながらやってきた。

 

 

 

「良く来てくれたなレイタム」

 

 

 

「遅くなり申し訳ありません殿下」

 

 

 

 全力で走ってきたからか、レイタムはすっかり息が上がっていた。大きく息をし、呼吸を整えながらも背筋を伸ばして主君と対峙している。

 

 

 

「その格好はどうした?」

 

 

 

「シャオピンがやられたことから、ガイオウ公の兵士を一人さらって、衣服を交換してきました。おかげで、ここまで何の障害も無く、辿り付けました」

 

 

 

「シャオピンは無事か?」

 

 

 

「あちこち負傷しておりましたが、無事です。今は姫様と共に郊外の隠れ家におります」

 

 

 

 シャオピンの安否と共にアウナの無事も伝えると、シエン公はレイタムに抱きついた。

 

 

 

「無事で何よりだった」

 

 

 

「やめてください殿下。お言葉ですが、男に抱きつかれる趣味はございませんので」

 

 

 

 その言葉に、シエン公はすぐにレイタムから身を離す。

 

 

 

「相変わらずお主は口がアレだな」

 

 

 

「殿下こそ、こういう時でも冗談を忘れらぬのは流石ですよ」

 

 

 

 レイタムは口に衣着せぬ男だが、逆に今はこのやりとりがありがたかった。全てが逆境の中では、こうした事態でも動じぬ者の存在は貴重だ。

 

 

 

「言うではないか。だが、本当によく駆けつけてくれた。そして、アウナを守ってくれた」

 

 

 

 神妙な顔つきで、シエン公はレイタムに頭を下げる。だが、先ほどのようにレイタムは軽口は叩かなかった。

 

 

 

「私に頭を下げるのであれば、シャオピンに下げてください。危険を顧みずに、私と合流したのはシャオピンの功績です」

 

 

 

「ああ分かっている。それより、お主に任せたいものがある」

 

 

 

 シエン公が手を伸ばした先には、漆黒の龍を象った鋼鉄の巨人がそびえ立っている。

 

 

 

「高平陵の地下に何故強襲特機が?」

 

 

 

 強襲特機はアルタイル帝国軍で使われている人型の機動兵器だ。地上や空は無論のこと、宇宙空間も自在に戦闘を行うことが可能で、主に拠点制圧に使われることが多い。

 

 超鏡面装甲で覆われた機体は、レーザーやブラスターを容易にはじき返すことから防御力が高く、一方で製造費用が安いことから、帝国ではあちこちで流通しており、少年兵の頃からレイタムも強襲特機に乗り、戦っていた経験を持つ。

 

 

 

「これが、我らの切り札だ」

 

 

 

 自信満々にシエン公は言うが、第一次シリウス会戦で連邦宇宙軍の主力戦闘機に劣勢を強いられたことを聞いているレイタムは首をかしげた。

 

 

 

「こいつがですか? 強襲特機では太陽系連邦ヘリオスの連中に勝てないとおっしゃられていたのに」

 

 

 

 強襲特機は拠点制圧用の兵器であり、連邦宇宙軍のように艦載機として圧倒的な機動力で攻撃する兵器ではない。

 

 開戦当初は超鏡面装甲で連邦宇宙軍の主力戦闘機を押さえ込んだこともあるが、連邦宇宙軍がレーザー水爆、レールガンを活用した戦術に切り替えてからはほぼ一方的に撃破されてきた。

 

 

 

 レイタム自身、強襲特機で沢木らと幾度か模擬戦をやったことがあるが、十回やって七回負けるほどの差を付けられていたほどだ。

 

 

 

 それだけに、何故主君がたかが強襲特機を切り札と呼ぶのかが分からない。

 

 

 

「レイタム、お主は超人機を知っているか?」

 

 

 

「太古の昔に宇宙を飛び交い、オリオンを支配していた神話の時代の話ならば」

 

 

 

 帝国が生まれるよりも、さらに遠き時代の話。殆どがおとぎ話として扱われるが、オリオン腕を支配していた文明が生み出したとされる伝説の兵器、それが超人機である。

 

 

 

 当時、千年続いた大乱を超人機はたった一年で終焉に導き、さらに千年もの平和と安定の時代を生み出し、その後再び大乱をもたらしては長きにわたる戦乱の時代を生み出したとされる。

 

 

 

 神話では星を砕き、恒星をも破壊し、単体で星々を駆け巡ったという想像しがたいほどの記述があるほどだ。

 

 

 

「ですがアレはおとぎ話と聞いております」

 

 

 

 レイタムは首都星に来て、シエン公の食客兼書生として勉学に励んでいたが、この時代についてはあくまで神話、口が悪い者は「おとぎ話」と呼び、史実として見なされていない。

 

 

 

 超人機の伝説に至っては、流民の子供ですら知っている話ではあるが、現物が無い為に存在そのものが疑問視されている。

 

 

 

「超人機も、あの伝説の時代も私が学んだ限りでは神話の領域からは出ていないということで、結論が出ているはずです」

 

 

 

 流民の子供ですら知っている話であるだけに、その存在についてはいくつか議論と論争があったこともレイタムは学んでいたが、最終的に帝国における学者達の結論として「神話」ということが、帝国が建国した時に定められた。

 

 語ることは禁じられていないが、史実ではなく、あくまで神話、伝説の出来事という結論から、史実と呼ぶのは禁忌とされてきたほどだ。

 

 

 

「よく学んでいるな。だが、お主には言っておこう。それは嘘だ」

 

 

 

 主君が堂々と、帝国が定めた歴史を嘘と言ったことにレイタムは驚きを隠せなかった。

 

 

 

「では、あの話は全て史実であると?」

 

 

 

「伝説の時代は存在した。そして、超人機もだ。神話などではない。星を砕き、恒星をも破壊する力を秘めた超兵器がこの黒龍ヘイロンだ」

 

 

 

 見た目は黒く染められた強襲特機にしか見えないが、超人機と言われると、どことなく強襲特機とは違う、不思議な風格とまがまがしさを感じる。

 

 死と闇を印象づけるほどの黒色ではあるが、同時に装甲の光沢が、それを打ち消そうとし、美しくもあり醜くもある奇妙な存在感を発しているようだ。

 

 

 

「本当にこれが超人機なのですか?」

 

 

 

「今更虚勢を張っても意味はないぞ。これを動かす者に、隠し事をするほど悪趣味になったつもりはない」

 

 

 

 シエン公の眼光がレイタムへと向けられる。穏やかな口調とは対照的に、まるで瞳を射貫くかのような視線に、レイタムはたじろいでしまう。

 

 

 

「私がですか?」

 

 

 

「他に誰がいる。一万の食客の中で、強襲特機を乗りこなせるのはお主だろう。こいつは強襲特機ではないがな」

 

 

 

 神話、伝説、おとぎ話、そのように散々聞かされた話が現実で、その副産物が実在した。

 

 あまりにも唐突で信じがたい話ではあるが、この期に及んで虚勢を張る主君ではない。

 

 

 

 太陽系連邦軍とガイオウに対抗する「切り札」の存在に、思わずレイタムは身震いした。



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黒龍始動 第1話

「まだ、奴らの行方は判明しないのか?」

 

 ルオヤン城の大将軍府の一室にて野太い声で、ガイオウ派の将軍や、アルタイル方面軍の指揮官たちが集まる中で、モーガンが叫ぶ。

しかし、叱責というよりも単なる罵声に、前都督のセイエイと、右都督のシュテンも顔にこそ出さないが不満を抱いていた。

 

「奴らを何千人殺そうが、肝心のシエン公に逃げられては何にもならんだろうが! 貴公らは本気でやっているのか?」

 

 シエン公を追い落とすクーデターは、元々モーガンがガイオウらに呼びかけ、実行させた。のらりくらりと交渉を行い、一筋縄ではいかぬシエン公を排除し、ガイオウの即位を後押しすることでガイオウ派の将軍や文官達を動かし、太陽系連邦による干渉を強めるためだ。

 

「すでに、シエン公は廃嫡されております。今更焦る必要性はないと思われますが?」

 

 ガイオウの息子であるシュテンが、モーガンへと反論する。すでに、シエン公はハモン三世より、廃嫡されていた。

 シエン公に属する食客たちの中で、官職についていた者たちもすでに免官されていた。

 

「食客たちの三割は無力化され、宮中からも追い出され、逆賊と化しています。宮中はすでに我らの手の内にある。慌てる必要はありません」

 

 シュテンが言うように、皇太子ではなく、それどころか反逆者として帝国のお尋ね者と化しているシエン公に逆転する目は残っていない。

 軍も宮中もすでにガイオウ派が制圧しており、流民の八割をセイエイが虐殺することで彼らが一斉に蜂起することも未然に防ぐこともできた。

 

「衛星軌道上には艦隊も配備されております。ルオヤンは現在我らの手中にある。外からはもちろん、内から逃げ出すことすら不可能。何を焦っておられるのか」

 

 宮中と各基地を制圧し、衛星軌道上には、帝国軍と太陽系連邦軍第3艦隊が配備され、完全に封鎖している。

 通れるのは、太陽光と宇宙線ぐらいと軽口を叩く者がいるほどだ。

 

 

「では聞くが、貴公らは我々に負けると思って、第二次プロキシマ会戦に挑んだというのか?」

 

 痛烈な皮肉ではあるが、その言葉は鋭いとげのようにガイオウ派の将軍や軍師たちの心を射抜いた。

 

「第一次シリウス会戦も同じく、貴公らは勝つつもりで挑んだはずだ。ところが結果はどうだった? 我らが太陽系連邦軍の勝利で終わった。貴公らは数で劣る我らに蹂躙され壊滅したではないか」

 

 数で勝りながら、二度に渡る大敗で帝国の権威は失墜し、弱体化した結果、こうして今ではこうして太陽系連邦軍の支配下に組み込まれている。

 

「シエン公が死に体であることは、すでに分かり切ったこと。問題なのは、あの男がそう簡単に諦めてしまうようなたやすい男ではない。そうであれば、貴公らも我々と手を組むことなどなかったではないか?」

 

 モーガンの主張は、侮蔑と嫌味が混じっているが、同時に真実も隠し味程度ではあるが混ざっている。

 シエン公という人物がたやすくどうにでもなるような人物であるならば、とっくの昔に誰かかが単独で陰謀を練り上げ、失脚、あるいは暗殺といった謀略を使っていたであろう。

 

「奴は単なる運の良さではなく、実力で大将軍となり、各地を平定し、国内を統一して太陽系連邦と折衝を行い、皇太子にまでなった。確かに我らは優勢ではあるが、まだ勝利したとは言えない。違うか?」

 

 珍しく正論を唱えるモーガンの主張に、シュテンも押し黙ってしまう。セイエイもラデクも不機嫌ではあるが、異論を唱えるようなことはしなかった。

 

 状況は有利であっても、完全に勝利したとは言えないことは薄々ではあるが彼らが一番理解している。

 

 帝国を復興させた傑物の死を確認しなければ、どれほど優勢であっても状況が覆る可能性が存在しうる。

 たやすくどうにかできるのであれば、彼らとて太陽系連邦軍と手を組むという選択肢を取ることは無かったであろう。

 

「……モーガン殿のおっしゃることは十分に承知しております」

 

 沈黙を保っていたガイオウの言葉に、全員が一斉にして黙り込んだ。

 

「我らが優勢であることは間違いない。ルオヤンはすでに我らの手に落ちており、皇帝陛下直々の勅命も得ている。軍もすべて我らの支配下にある。この優勢を疑う余地はない」

 

 怒鳴り散らし、不機嫌を隠さないモーガンと比べ、落ち着き風格を醸し出しているガイオウの言葉に、一同が納得しながら頷いた。

 

「だが、モーガン殿の言うようにまだ勝ったと決まったわけではない。我らの優勢は動かしようがないが、戦いに絶対などというものは存在しない。優勢であるからこそ、それに慢心するな。貴公らが相手にしているのは、この状況の中でも、最終手段を持ちながらそれを行使する覚悟を持った男だ。心しておけ」

 

 決して激昂することも、悲観論も唱えることなく、ガイオウの言葉は一同を落ち着かせた。先ほどまで怒鳴り散らしていたモーガンとはあまりにも対照的な佇まいは、大将軍にふさわしい将器がある。

 ラデクやセイエイ、そしてシュテン達の慢心と不満を打ち消すには充分なほどであった。

 

「流石は大将軍殿だな」

 

 唯一不満げな顔をしていたモーガンは悪態をつくようにそう言った。

 

「我らは勝利した訳ではない。その通りではあるが、今必要なのは、我らの勝利を確定させる為の方法だ。これが無くては意味が無い。ご高説を聞く為に我らはここに集まっているのではないのだ」

 

 帝国軍の将軍や軍師達がやや不満げな顔になる。そもそも、この会議自体がモーガンによる要請で開かれたものだ。

 太陽系連邦軍と帝国軍が手を組むことで始まったこのクーデターだが、主導権を持ち得るのは兵力を規模で帝国軍を凌駕している太陽系連邦軍である。

 

「この会議は、我らの懸念事項、つまりあのシエン公を炙り足して反逆者として抹殺する為にある。あの男の首と胴体を離さない限り、我らの計画は単なる夢物語で終わってしまう。そうさせない為の方法論を私は聞きたい」

 

 先ほどよりも大きな怒声でモーガンはそう言った。

 

 散々悪態をつき、帝国軍の面々を罵倒するだけだったモーガンに不満を持っても、帝国軍はそれに逆らうことは出来ない。

 

 だが、大将軍であるガイオウだけが冷静なままで口を開く。

 

「すでに手を打っています」

 

「だからそういう話では……何?」

 

 全く萎縮せず、対等の立場を崩さぬガイオウが言い放った言葉の鋭さに、モーガンは信じられないという顔をした。

 

「どういうことだ?」

 

「そのままの意味です、モーガン大将。兄上、いや謀反人であるシエンをあぶり出す為の手を打ったと言っているのです」

 

 モーガンだけではなく、上軍師であるラデクや、息子のシュテン、前都督のセイエイらも明らかに動揺している。

 ガイオウの子や側近達ですら知らなかったのか、全員がガイオウの言葉に騒然としていた。

 

「一体どんな手を打ったというのかね?」

 

 信じられないという顔をするモーガンではあったが、この話をモーガンから持ちかけられた時からガイオウは成功する為の手段を時には選ばず、時には吟味しながら練り上げてきた。

 

 そして、その策は偶然ではあるが、見事に保険という形で成立していた。

 

「あいにくそれは極秘です。まあ、それは我々にお任せください」

 

 力という主導権はモーガンら太陽系連邦軍にある。だが、ガイオウは風下に立つつもりなど毛頭無かった。

 実の兄を謀反人とした時点で、ガイオウはすでに覚悟している。自分が皇帝となり、この歪な関係を変革することを。

 

 ***

 

 ルオヤン郊外にあるシエン公の用意した隠れ家からは、ルオヤンの街が見渡せている。太陽系連邦軍と帝国軍の兵士達が共に行軍し、あちこちに兵士達がたむろしている。

 

 すでに二日経過した中で、それを眺めるアウナはあまりにも当たり前になりつつある光景に深くため息をついた。

 

「伯父上は、太陽系連邦に帝国を売ってしまったのかしら?」

 

 宮殿ではお転婆姫であるアウナだが、伊達にシエン公の娘ではなく、この状況に対する危機感を抱いていた。

 

 すでにルオヤンは太陽系連邦軍と帝国軍が支配しているようなものだ。双眼鏡越しではあるが、何十人、何百人と、太陽系連邦軍と帝国軍の兵士たちに捕らえられている。

 

 中には無残に射殺された者までいた。

 

 先日、アウナはレイタムが自分を守るために八人もの刺客を殺したことにおびえていたが、こうも無残な光景を目撃した今となっては、感覚が麻痺したのか、そこまでのショックを受けなくなった。

 

 ここまで、あちこちで殺しを目撃してしまうともはや、その程度のことであると納得してしまう自分がアウナの中にいた。

 かつて父であるシエンは、決してそれを当たり前だと思うなと口にしたものだが、その当たり前に慣れてしまった自分にアウナは不愉快になってくる。

 

 レイタムがここを出て一晩が経過した。シャオピンはケガで療養、サイエンは策を練るためと自室にこもっていた。

 

 そこでアウナは一人、双眼鏡を片手に現在ルオヤンで何が起きているのかを一人眺めていたのだが、目に入ってくるのは我が物顔でルオヤンを闊歩する太陽系連邦軍と、それに付き従う帝国軍の姿であった。

 

 同時に彼らの蛮行も目に入ってくるのだが、理不尽を嫌う彼女は次第にこれを眺めている内に、この蛮行を止められない自分のふがいなさを痛感させられた。

 

「これが、お父様が危惧したこと……」

 争いを嫌う父ではあったが、隷従と屈服はそれ以上に嫌っていたことをアウナは知っている。

 隷従した結果が、今のルオヤンの有様であり、屈服すれば、無辜の民が殺され、流民は蹂躙される。

 

 父の言っていた言葉の意味がようやくアウナにも分かってきた。だからこそ、父は戦いを避けながらも、屈服も隷従もせずに対抗し続けていたことを。

 

「姫様、何をご覧に?」

 

 策を練る為に部屋に籠もっていたサイエンがやってくると、アウナは窓の外に見える無残な光景から目をそらし、イスに座ると深くため息をついた。

 

「外を見ていました。太陽系連邦軍が、我が物顔で横暴に振る舞っています」

 

 沢木ら、連邦宇宙軍の面々は実に親切で礼儀正しく、アウナやレイタムに対しても対等に接していたが、ガイオウが手を組んだ統合軍は傍若無人、というよりも無道と言った方がいいほど好き放題に暴れていた。

 

 レイタムが出て行ってから、すでに半日が経過するが、その間に太陽系連邦軍の兵士達がブラスターを幾度となく発砲していた。

 

 二十回を越えた当たりからアウナは数えるのを止めたが、それと同じ数の人間がブラスターの光弾に射貫かれている。

 

 帝国軍の兵士達は一切それを咎めず、むしろ率先して追従している始末だ。

 

 秩序を守るべき兵士達が吾先にと地獄絵図を作っていく光景に目を背けたくなったアウナだが、皇族として無道から目を背けたくはなかった。

 

「伯父上は、アルタイルを太陽系連邦軍へと売り渡すつもりなのでしょうか? お父様が保護しようとしていた流民を虐殺し、民を抑圧しています!」

 

 感情的になってしまうが、こんな無道がまかり通っている中で、自分達はそれを座視するだけで何も出来ないことにアウナはふがいなさを感じていた。

 

「このようなことは、許されるべきことではありません! 秩序を守る為に、太陽系連邦軍はアルタイルに駐留しているのであれば、その秩序を崩壊させているのは太陽系連邦軍です。圧倒的な力関係があるとはいえ、仮にも大将軍である伯父上が、こんな非道を許すのは道義に反しております!」

 

 道義もへったくれもないほどの無秩序が、眼下で繰り広げられている。皇族として民の模範たれと教えを受けてきたことから、この非道から目を背けることが彼女には出来なかった。

 

「姫様のおっしゃることは分かります」

 

 軍師として、知略と辣腕を振ってきたサイエンは、アゴをさすりながらも、アウナの澄んだ眼差しから目を背けることはなかった。

 

「大将軍殿は、太陽系連邦軍と手を組み、今ルオヤンを制圧した。皇太子殿下を逆賊とし、自らその後釜に座ろうとしている。この事実は否定のしようがありませんからな」

 

 わかりきったことを今更ながらに口にすることにアウナは疑問を持ったが、その疑問の理由が明らかになることにさほど時間はかからなかった。

 何かが爆発する音と共に、太陽系連邦軍の兵士達と、帝国軍の兵士、それもガイオウ配下の兵士達が一瞬にしてなだれ込んでくる。

 

 喧噪と共に何十丁ものブラスターがアウナに突きつけられる。

 

「これは?」

 

「大将軍様は、気づいてしまったのですよ。皇太子殿下、いえシエン公では帝国を守り抜くことは出来ぬということを」

 

 さりげなく兵士達の側にサイエンは立った。それは、彼らをここに招き入れた張本人であることを明らかにしていた。

 

「太陽系連邦軍と戦う? 屈服しない? そんなことはもはや夢物語ですな。それが夢物語であることを理解しないからこそ、ガイオウ公は粛清をしているのですよ」

 

「サイエン! あなたはお父様の……」

 

「私は社稷に仕える者。主は帝国であり、その帝国が太陽系連邦軍と手を結ぶことを選んだのであれば、それに付き従うは当然の行動。違いますかな? 謀反人の姫君」

 

 社稷、すなわち国家を優先せよとは父であるシエンの教えだ。帝国という国家の元で、民の反映と秩序が保たれる。

 だからこそ、差配する権利を持つ皇族は、私利私欲ではなく社稷を優先しなければならない。

 

 しかし、伯父であるガイオウの行動のどこが、国家を優先しているのかアウナには分からなかった。

 

 一つだけ言えることは、民を守ることを忘れた皇族と、民を虐殺する行為に付き従う臣による帝国に未来などはあり得ないということだ。

 

 



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黒龍始動 第2話

 アルタイル帝国軍の本営とも言うべき、大将軍府。

 

 宮殿に比べ、全体的に無骨で無機質で、簡素に作られているが、その分機能性を重視している。

 

「大将軍の本営に装飾は不要である」

 

 そう言い放ったのは、前任者であるシエン公であり、それ以来大将軍府は、あくまで帝国軍の本営としての役割に専念するために装飾されることはなかった。

 

 後任であるガイオウも、その意図を組んでおり、隣接する大都督府と共に、無骨な作りのままであった。

 

 その国防の中枢である帝国軍の本営に、似つかわしくない少女が連行されていた。

 

「久しぶりだなアウナ」

 

 大将軍府の主にして、実の伯父であるガイオウに対して、アウナは眼を背けることなく、まっすぐな視線を向けた。

 

「お久しぶりです伯父上。ですが、こんな形で再開することになるとは残念でありません」

 

 太陽系連邦軍と手を組み、アウナの父であるシエンを陥れた伯父に対して、アウナは怒りを隠すつもりは全くなかった。

 

「同感だな。私もそなたが謀反人の娘になるところを見たくはなかった」

 

 ガイオウの態度や言葉には、一切の侮蔑はなかったが、同時に一切の慈悲も哀れみもアウナは感じることができなかった。

 

「伯父上のことを、私はこう見えても尊敬していたのですよ。ですが、それは単なる身内びいきでしかなかったようです」

 

 アウナの舌鋒鋭い皮肉に周囲の兵士たちがざわつくが、ガイオウを睨みつけるアウナと、堂々とそれを受け止めているガイオウだけが別であった。

 

「相変わらず従妹殿はおてんばのままだな」

 

 軽薄な口調でそう言うのは、ガイオウの息子であり、アウナにとっては従兄妹の関係にあるシュテンであった。

 

 背後には上軍師のラデクと、前都督のセイエイの姿もあった。

 

「少しはおてんばを直すべきだと思うがね。それでは誰からも好かれんだろうに」

 

「それは太陽系連邦軍のことを言っているおつもりですか?」

 

 再びアウナは歯に衣着せぬにそう言った。その一言にシュテンがアウナを睨みつける。

 

「太陽系連邦軍と手を組み、流民を抹殺し、民を虐げることが好かれる道であるならば、シュテン殿のいうことも一理あると言えますね。あいにく、私はそのようなことを外道であるとお父様より教えられてきました。皇族は帝国の藩屏として、民の模範になるべしと。太陽系連邦軍と手を組み、虐殺する道が正しいならば、これは間違いであるのでしょうけど」

 

 全く臆せずに、堂々と自分の意見を語るアウナの姿に、シュテンは怒鳴りつけようとし、ラデクは顔色を変え、セイエイはため息をつくが、ガイオウだけは動ぜずにいた。

 

「やはり、子供のままであったようだな」

 

 表情を一切変えることなく、アウナとは対照的にガイオウは淡々としていた。風を受け流す大木のように、揺らぐことがない。

 

「兄上と同じで大局を見ているようで、足元を見ていない。それでは、あまりにもうかつすぎるというものだ」

 

 一切見下すことのない丁寧な口調であったが、同時に幼子をあやすような口調は暗に対等の関係ではないことを諭すようにも思えた。

 

「ガイオウ殿はいるか?」

 

 褐色の肌、禿げあがった頭と共に帝国軍の様式とは違う、太陽系連邦軍の軍服をまとった偉そうな軍人がズカズカとやってきた。

 

「これはモーガン大将」

 

「ガイオウ殿、シエン公の行方が分かったそうですな」

 

 歯に衣着せぬどころか、あまりにも率直で飾り気も礼儀もない口調。アウナはこれがガイオウが手を組んだという太陽系連邦軍の大将であることを知った。

 

「それは良かった。憂いはもはやないということですな」

 

 目を輝かせて、勝利を確信している姿はアウナにはどことなく滑稽に見えた。それよりも、堂々と対面しているガイオウの方がよっぽど大物の風格を持っている。

 

「食客の二人を捕らえましたからな。兄は霊廟に立てこもっています」

 

 シャオピンも捕虜となり、サイエンはガイオウへと裏切ったことで、隠れ家はすでに判明していた。

 

「霊廟?」

 

「ルオヤンで一番神聖にして、不可侵な場所です。歴代の皇帝を埋葬してきた霊廟に立ち入る権利は、皇帝陛下と皇太子だけの権利です」

 

 サイエンからシエン公が霊廟に立てこもったという話を聞いた時、シュテンやセイエイらが苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

 歴代の皇帝や皇后、皇太后らを埋葬してきた霊廟には、皇帝以外は皇太子しか立ち入れない。祖先の祭祀は皇太子の特権であり、その差配を行えるのは皇太子しかいない。

 無論、一人で掃除などの雑務が出来るわけがないので、皇太子が選んだ人間だけが霊廟に立ち入ることが出来る。

 

 通常ならば決して隠れ家にならない場所ではあるが、シエン公はこの霊廟へと側近達を匿うことで事実上手出しが出来ないようにしていた。

 

 霊廟の雑務を行う従者の選抜は、皇太子のみとして法によって定められている。

 

 帝国が建国されて以来、霊廟に立てこもった皇太子も皇帝も存在せず、また皇帝といえども簡単に足を運べるような場所でもない。

 

「それは大将軍殿の特権を持ってしても立ち入れない場所なのかね?」

 

「皇帝陛下に勅令を出すことは出来ますが、先帝や先々帝ら、多くの帝が葬られた神聖な場所です。そこに武器を持った兵士達を突入させるわけにもいきますまい」

 

 ある意味、皇帝の寝室に立ち入る方がマシに思える場所だ。シエン公を討伐する勅令を出したとしても、うかつに攻撃して霊廟を破壊すれば、帝国の威信と権威が崩壊しかねない。

 

「ガスを投与するのはどうだ?」

 

 モーガンの提案にガイオウはクビを振った。

 

「それを行えば、我らが死罪になります。力攻めが出来ない場所ではありませんが、やった場合我らが逆賊になりますぞ」

 

 ガイオウの言葉にモーガンは不愉快そうな顔をするが、モーガンの提案そのものは決して間違ったことではない。

 すでにルオヤンは落ちているも同然だが、ここでクーデターが長引けばモーガンとしてもごり押しが出来なくなることはガイオウが理解している。

 

 太陽系連邦軍は決して纏まっているわけではない。統合軍率いるアルタイル方面軍は、連邦宇宙軍所属のプロキシマ方面軍にこの話を一切報告せずに独断専行で決行している。

 

 本来短期間にクーデターを行い、シエン公を排除し、支配権を強化したいのがモーガンとその背後にいる太陽系連邦統合軍の本音だ。

 

 かなりの無理をしているだけに、モーガンとしても無駄な時間を掛けたくない。

 

 だが、ガイオウを筆頭とする帝国側はそうでもない。むしろ、孤立無援の状態にした上で、じっくりと長期戦をしてもこの形勢はひっくり返しようがないからだ。

 

「ではどうすればいいというのだ?」

 

 怒気をそのままにガイオウへとぶつけるモーガンではあったが、この時点でガイオウは兄であるシエンや、自分を傀儡に据えようとするモーガンに対して自分が完全に有利な立場であることを悟り、内心ほくそ笑む。

 

 だが、絶対にそれを表情に出すことはなかった。

 

「一つ手があります」

 

 思わせぶりな言い方ではあるが、逆にそれはモーガンが一番欲しい答えでもある。

 

「どんな手かね?」

 

 案の定と言ってもいいほどに食いつく姿は、事実上のアルタイルの支配者としての貫禄はどこにも見えない。

 

「獲物?」

 

 ガイオウがアウナに向けて指を差すと、モーガンはまるで珍獣が何かを見るような目を向けた。

 

「なかなか、かわいらしい獲物ですな」

 

 ニタニタとしているモーガンの顔がさらに醜悪で嘔吐したくなるほど酷いものになった。思わず、アウナは顔を逸らした。

 

「何しろ、この子はシエン公の娘なのですから」

 

 その発言にモーガンの顔つきが急に変わる。

 

「大将軍、これはどういうことですかな?」

 

「簡単な話です。この娘を人質にすればいい。単純明快な話です」

 

 今度はガイオウを含めた全員が呆然とした顔つきになる。特にモーガンは目を白黒させていた。

 

「冗談が上手いな大将軍殿は」

「冗談に聞こえますか?」

 

 ガイオウは意にも介さぬように返答するが、対峙するモーガンは先ほど異常の怒気を見せ始める。

 

「あの狡猾な男が、自分の娘を人質に取られたぐらいで、日和るわけがなかろうが! 貴公は全てを台無しにするつもりか?」

 

 それはガイオウ以外の全員がそう思っている答えを代弁したようなものだ。ガイオウ陣営の諸将も軍師も、訝しがるだけでモーガンの非礼に不快になっていないのが嫌というほどに分かる。

 

 誰もがシエン公という人物の強かさを理解している。太陽系連邦相手に一歩も引かず、熾烈な戦いを繰り広げながら、時には戦い、時には知略で勝負し、時には交渉を行う。

 

 内なる敵にも、外敵であるはずの太陽系連邦軍に対しても、決して一歩も引かず、妥協な非情な策も実行してきた過去を知る者にとって見れば、今更一人娘とはいえ、アウナを人質にしたところで、交渉材料にもなりはしない。

 

「自分が反逆者になり、挙げ句の果てには孤立無援の状態という圧倒的に不利な状況で、自分の娘を人質にしてひるむようなそんな男かね? 貴公の兄は?」

 

 モーガンらしからぬ正論に、太陽系連邦軍の面々もガイオウ以外の面子も頷いてしまったほどだが、誘拐犯に攫われたならばまだしも、この状況下で日和るのは文字通りの自殺行為でしかない。

 

「自分の娘可愛さに、自分から死刑台に上がるバカが一体どこにいるというつもりかね? そんな容易い男だと思っているのか?」

 

「その通り、容易い男ですよ」

 

 堂々とした反論に、モーガンは押し黙ってしまった。

 

「シエン公、いえ、兄上はこの娘をどれほど大切にしているのか、モーガン大将はご存じではないようですな。兄上は、血のつながらぬ他人が死んでも悲しみますが、それを惜しむような人ではない。顔も知らぬ他人は無論のこと、顔を知る他人、血のつながりよりも大義、そしてそれ以上に現実性を優先させる。ですが、その唯一の例外がこの娘です」

 

 冷たい、というよりも冷え切った氷のような目を実の姪にガイオウは向ける。冷酷という言葉すら暖かく感じてしまうほどの冷たい表情にアウナは思わず顔を背ける。

 

「まあ、ここは我らにお任せください。すでに仕掛けは用意しております。それよりも都の守りを厳重にお願い致します」

 

 つい最近まで、ヘコヘコとしていたのが嘘であったかのようなガイオウの立ち回りに、流石のモーガンも圧倒されてしまう。

 

 どのみち、神聖にして不可侵な場所を太陽系連邦軍が直接手を下すことは出来ない。今後のことを考えれば、汚れ役や面倒事は全て、帝国側が引き受けた方が得策であることはモーガンが一番理解している。

 

 それに、この一件がプロキシマ方面軍に露呈するリスクを考えれば、相応の政治工作を優先させるべきだろう。

 

 これが露呈した場合、モーガンの失脚だけでは済まない。

 

「……分かった。大将軍殿に任せよう」

 

「光栄です、大将閣下」

 

 大げさに一礼してみせるガイオウは形だけではあるが、へりくだって見せた。

 

 ***

 

「あれで良かったのですか?」

 

 シュテンと共にガイオウは別室に移動していた。

 

「あれで構わん。事が大げさになれば、困るのは奴らだ。高平陵を爆破すれば、奴らの今後の統治が上手くいかん。それに、大げさになった噂がプロキシマに届けば、困るのは奴らの方だ」

 

 平然と紅玉茶を飲みながらガイオウはそう言い切る。この計画をモーガンと共に練っていた中で、ガイオウなりにモーガンの立ち位置と背景を考慮したが、上手くいけば逆に主導権を奪えるのではないかとガイオウは考えていた。

 

「ですが、すでに伯父上は謀反人です。廃嫡し、父上が正式に皇太子として高平陵を攻めればいいのでは?」

 

シュテンは生真面目に正論を唱えるが、ガイオウは首を横に振った。

 

「そんな暇は無い。私が皇太子となり、高平陵へ攻め入ったとして、その結果として高平陵を灰にしろというのか?」

 

 兄であるシエンが、何故高平陵を拠点としているのか、ガイオウはこのクーデターを起こす直後に知った時は卒倒しそうになった。

 皇太子以外に基本的に出入りが出来ず、皇帝ですら皇太子を引き連れなければ往来することも出来ない申請にして不可侵な聖域。

 

 それを拠点とするのは、皇族としては明らかに理外の理と言ってもいい手段だ。だが、逆に言えば高平陵に閉じ込め、封印するという手も取れる。

 

「シュテン、お前はあの兄上を皇太子として廃嫡にしたところで、一度立てこもった絶好の拠点から出てくると思っているのか?」

 

 その言葉に、シュテンの顔色が変わる。我が息子ながら器量はあるが、まだまだ甘いと言わざるを得ない。

 

「私が兄上の立場ならば、高平陵を破壊しかねん。そうなってみろ、我らの威信は地に落ちる」

 

「伯父上ならばやりかねませんな」

 

父であるガイオウに言われて、シュテンも気づいたようだ。現在、戦略的にはガイオウ陣営が形勢有利であるが、戦術的には不利な位置にある。

 

「高平陵に爆弾を仕掛け、交換条件としてルオヤンを脱出するとでも言いだしかねん。防ぐのは容易いが、我らが圧倒的に有利であるからこそ、窮鼠と化した相手は何でもやる。兄上ならばそれぐらいのことはやるだろう。そして、ルオヤンから脱出し、アルデバランやベテルギウスにたどり着けば、そのまま反乱勢力を糾合する可能性すらある」

 

「しかし、アルデバランのリーファン公もベテルギウスのヴェルグ公も我らに忠誠を誓ったはずでは……」

 

「奴らの本音は自陣営の繁栄と拡大だ。腹の底では信用出来ん」

 

 ベテルギウスのヴェルグ公などは、わざわざシエン公から送られた手紙を差出してきたほどだ。

 だが、それまではベテルギウスの安定の為に幾度となくシエン公の遠征にヴェルグ公は協力してきた。

 

 アルデバランのリーファン公などは、第一次シリウス会戦後の内乱時は、アルデバラン方面をまとめ上げ、シエン公との友誼も厚かった。

 

 しかし、ヴェルグ公の寝返りと太陽系連邦軍がガイオウ陣営に付いていることから、家臣達の忠告もありこちらに付いた。

 

 裏を返せば形勢が不利になった瞬間、手のひらを返してもおかしくは無い。それぐらい彼らの本心と本音は読めない上に当てにならない。

 

「ひょっとしたら、兄上はルオヤンを脱出してプロキシマへと向かうかもしれんぞ」

 

「まさかそれは……」

 

父の言葉にシュテンは否定しようとしたが、そう言い切れないことと、そうなった場合の結果に背筋が凍りそうになった。

 

「あり得ない、などということは兄上には存在しない。太陽系連邦軍の内部対立を一番知っているのは兄上だ。だからこそ、ルオヤンを完全封鎖し、誰も脱出することも侵入することも出来なくしたのはそのためだ」

 

 モーガンらアルタイル方面軍の行動は全て、プロキシマ方面軍、その背後にある連邦宇宙軍には一切話を通していない。

 

他言無用ということで計画の全貌を把握しているのはアルタイル方面軍ではモーガンとフォッシュだけであり、全てがプロキシマ方面軍に察知されない内に、このクーデターを成立させようとしている。

 

 本来ならば、他国のクーデターに協力しているという事実だけでも悪い風聞が立つ上に、むしろこの件に関しては、モーガンからガイオウへと提案された代物であり、目的はアルタイル方面軍、その背後にいる太陽系連邦統合軍の勢力拡大、権限強化の為である。

 

「プロキシマ方面軍にこの事実を報告した場合、我らが逆転負けする可能性が高い。なりふり構わず勝つならば、それぐらいのことをやっても不思議では無く、むしろそこまでやらなければならないほどこの状況は覆せない」

 

「であれば、なおさら伯父上を誅するべきでは?」

 

「高平陵ごと吹き飛ばされかねん。だからこそ、アウナを人質に使う」

 

 立てこもった高平陵を吹き飛ばすこともでき、敵であるはずの太陽系連邦軍プロキシマ方面軍とも手を組みかねない危険人物が、シュテンには自分の娘可愛さに出頭してくるようには思えない。

 

「そう心配そうな顔をするな。兄上は何をしでかすか分からない。だが、これだけは私の首を賭けてもいい。あの娘一人の為ならば、我が身を投げ出すことも兄上は厭わぬ。その矛盾が兄上の強さだが……」

 

 一呼吸を置き、再び甘い紅玉茶をガイオウは飲み、腕を置いた。

 

「……同時にそれは弱さでもある。どちらにせよ、我らが取れる手段はそこまで多くない。後は腹をくくる意外に策などはないと思え」

 



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黒龍始動 第3話

 

 歴代の皇族達の陵墓、それが高平陵ではあるが、今やこの地は陵墓ではない。歴代の皇帝を筆頭にその加護によって守られた反抗の拠点だ。

 

 陵墓と言うには、あまりにも巨大な工房を歩きながら、レイタムは主君の聡明さを今更ながらに実感していた。

 

「しかし、良くこれだけの工房を作られましたな」

 

 正規軍ですら使っていない高価で大型の工作機械が備えられ、強襲特機を初めとする機動兵器すら生産可能な整い具合を見ながらそう言うと、シエン公の軍師であるマオがほくそ笑む。

 

「殿下が皇太子になられた後に、高平陵を調査してみると、陵墓の下に巨大な空間があることが分かった。そこでいざという時の隠れ家として、いろいろと整備しておいたわけだ。流石のガイオウ公も、全体を把握してはおらんよ。高平陵の管理は皇太子の義務であり、権利なのだからな」

 

 ルオヤンの大半は、ガイオウ公の管轄になっているが、高平陵だけは皇太子が管理する。これは帝国が成立して以来、継承されてきた仕来りだ。

 

 そして、高平陵の管理は皇太子だけの特権でもある。皇帝といえども手出しができないのが霊廟である高平陵だ。

 

「ですが、殿下が廃嫡されたらどうされるおつもりです?」

 

 ここに移動しながら、レイタムは万が一シエン公が廃嫡され、ガイオウが皇太子となった時のことを考えていた。

 

 そうすれば、ガイオウ陣営は大手を振って、高平陵を制圧できる。

 

「心配はいらん。その時我らは逆賊から国賊になるだろう。だが「逆」がつこうが「国」がつこうが、賊になった時点でどちらも変わらない。それに、そうなった場合、我らを排除するならば我々も抵抗する。その時は高平陵がルオヤンのゴミだめになるだろうがな」

 

 平然とした言い方ではあるが、レイタムは、あの主君にしてこの側近ありというべきだという言葉がピタリと当てはまっている気がした。

 

「つまりそのときは……高平陵を灰にすると?」

 

 これ以上もない不遜な事をマオは口にしている。いつ聞いても、マオの言葉には鋭さがある。

 

「歴代の皇帝陛下には気の毒ではあるが、帝国が危機に陥らせているのは、我らではなく、太陽系連邦軍と手を組んだガイオウ公だ。国が外敵に乗っ取られ、民衆の血が流れ、蹂躙されることに比べれば、高平陵の一つや二つが灰になることに比べれば些末なことよ」

 

「ですな」

 

「だが、ガイオウ公は違う。むしろ高平陵は帝国、そして皇室の権威そのものだ。ガイオウ公が皇太子となり、皇位を受け継ぐのであれば、自らの権威に傷を付けるようなことは、避けなくてはなるまい。我らは追い詰められているが、追い詰められた小鳥でも、助かる道があるならば時には野獣に立ち向かい、一矢報いる」

 

 主君であるシエン公と、自分を含めたその臣下は間違いないほどに追い詰められている。だが、追い詰められたからこそ、取れる手も存在する。

 

 追い詰め過ぎた結果として、高平陵が破壊され灰燼に帰すれば、追い詰めた側もタダでは済まなくなる。

 

「それに、殿下が廃嫡されたとして、大人しくここから出て行くような人物に見えるのか?」

 

 長年の付き合いから通ずるシエン公の性格をマオは理解している。レイタムはまだ浅い側だが、それでも主君が廃嫡や逆賊扱いされて、黙って降伏するようなひ弱さは持ち合わせていないことは分かっている。

 

 でなければ、太陽系連邦軍とやり合い、帝国を立て直すことなどできるわけがない。

 

「解説は済んだか?」

 

 いつも以上に不適な笑みを見せる主君の姿に、マオもレイタムも一礼する。

 

「殿下の策を、師父より聞かせていただきました」

 

 窮地に追い込まれているはずではあるが、追い詰められたからこそ、いつも以上にシエン公の顔は明るく見える。

 弱みを見せることはせず、いかなる時でも堂々とし、泰然自若を貫く姿は流石というしかない。

 

「まあいい、今後の話を行うぞ」

 

 主君に促されると、工房の一室にて、レイタムはマオと共に今後について策を協議し始めた。

 

「我らには三つの道がある」

 

 茶を飲みながら、シエン公は三本の指を突き出す。

 

「まずは、ここから脱出することだ。立てこもり続けても、道は開くことはない。むしろ、狭まっていくだけだろう。問題は、どこに逃げるかということだ」

 

「アルデバラン、ベテルギウス方面がまずは候補というところでしょうか?」

 

 マオの出した候補地に、シエン公は頷いた。

 

「アルデバランもベテルギウスも、太陽系連邦軍に手が及んでいない。捲土重来のために、辺境まで逃走して、再度アルタイルを目指すという手がある」

 

 アルデバランもベテルギウスも、シエン公の地縁が深い星域であり、反抗の拠点として申し分ない。

 

「しかし、信用できるのでしょうか?」

 

 すでにシエン公には逆賊の汚名が着せされている。ヴェルグ公、リーファン公も何を考えているのか、今ひとつ読み取りにくい。

 

「まあ、奴らならば案外ガイオウと手を組んでいるかもしれんがな」

 

 流石にそこまでシエン公も楽観的ではない。ベテルギウス、アルデバランという辺境領域を支配している二人は、一筋縄どころか、特殊繊維を幾重にも巻いたワイヤーロープ並みに図太い。

 

「だが、私が失脚して死んだ場合、次に標的になるのは連中自身だ。太陽系連邦軍も、ガイオウも、あの二人を好き勝手させるわけがない。太陽系連邦軍の連中は拡大路線を推し進めたい。支配領域が広がるからな」

 

 太陽系連邦軍はさらなる拡張を望んでいる。その名目で、支配領域が増えていけば同時にそれは自分達の権益になる。

 連中にはそれが実現できるだけの軍事力を持っている。それを行使することを今更躊躇う意味など無い。

 

「ガイオウにしても、あの二人は獰猛な猛獣だ。それも極めて賢い猛獣であれば、鎖で繋ぐだけでは制御することはできない。連中が消えて得することがあっても、連中が存在することの不安要素を消す方が利益になる。味方になるという選択肢を取るということは、裏を返せば、敵になるという選択肢があるということだ」

 

 陣営を自在に変えられることは、同時にどの陣営にも所属していることを意味しない。そしてそれは、他の陣営からの独立と、どちらにも寄りかかっていないことを意味しているようなものだ。

 

「そういう意味では、あの二人はまだ御しきれる。だが、我らがここで逆転するには、もう一手必要になるな」

 

「あれを動かすことですか?」

 

 伝説の超人機である黒龍。一手を指すという意味では使えるだろうが、レイタムはシエン公が果たしてそんな甘い一手を打つようには思えなかった。

 

「黒龍は切り札だ。だが、一手ではない。一手を指すのは、あえてプロキシマへと逃げることだ」

 

 あまりにも予想外の言葉に、レイタムは目が点になった。

 

「どういうことでしょうか?」

 プロキシマは太陽系連邦軍の支配下にある。そんな場所に逃げることが何故一手になるというのだろうか?

 

「太陽系連邦軍には二つの軍隊が存在する。ガイオウと手を組んだアルタイル方面軍が所属する太陽系連邦統合軍、そして、プロキシマ方面軍が所属する太陽系連邦宇宙軍。お主がたびたび遊びに行っていた連中が所属する部隊といえば分かるだろう?」

 

 シエン公の指摘に、レイタムは数日前に会った沢木の顔を思い出した。

 

「今回の件、おそらくだがプロキシマ方面軍は絡んでいない。連中にしてみれば、こんな面倒な手段を取る必要性などない。奴らには、我々を真正面からたたきつぶせるだけの戦力がある」

 

 連邦宇宙軍、その中の第11艦隊ですら、破竹の勢いでシリウスやヴェガの軍閥や海賊をたたきつぶしている。

 

 一個艦隊ですら押さえつけられないほどの戦闘力を有している中で、プロキシマ方面軍はさらに三個艦隊を保有していた。統合軍とは比べものにならないほどの戦力を有していることは、レイタムも沢木らと接する中で分かっていた。

 

 装備面もそうだが、若く聡明で頭が切れる指揮官達、人材面がかなりそろっていることをレイタムは知っていた。

 

「私を失脚せるなどという面倒なことをせず、奴らならば真正面から軍事介入してくるだろう。その方が後腐れはない。アレクサンドル・クズネツォフという男はそう言う男だ」

 

 第二次プロキシマ会戦、そして、第一次シリウス会戦を勝利に導いた連邦宇宙軍の英雄。その男と戦い、そして交渉を行いながら講和にこぎ着けただけにシエン公は、クズネツォフを高く評価していた。

 

「そこで、プロキシマへ逃走するということですな」

 

 マオがそう言うと、シエン公は深く頷いた。

 

「裏付けは取れてはおらんが、統合軍の勇み足で動いているのであれば、それにつけ込む手はあるまい。それで太陽系連邦軍が互いに争いあえば、それはそれで儲けものだ。その間に、体制を立て直せば、我らにまた勝機はやってくる」

 

シエン公の真骨頂は戦場で勝つことではない。戦いではアレクサンドル・クズネツォフ、政治面ではガイオウに軍配が上がるが、勝つ為にはあらゆる手段を思いつく発想力にある。

 

普通ならば太陽系連邦軍に追い落とされている中で、太陽系連邦軍と接触しようとは考えない。

だが太陽系連邦軍といえども、決して一枚岩ではなく、統合軍率いるアルタイル方面軍と、宇宙軍率いるプロキシマ方面軍は互いに対立し合っている。

 

 その対立関係を冷静に見極めているところは流石というしかなかった。

 

「ですが、連携している可能性もあるのでは?」

 

 レイタムの指摘にシエン公は首を左右に振る。

 

「それはない。クズネツォフはこういう策は取らんし、取るならば我らがここに籠もる前に対処する。そういう意味では、奴らはあまりにもお粗末すぎる。それに、あの男はこういう小細工はせん。第一次シリウス会戦のように、勝つべくして勝つ」

 

 奇襲で始まった第一次シリウス会戦は、連邦宇宙軍による一方的な帝国軍への攻撃がそのまま続き、優勢なまま押し切られて敗北し、撤退したという身も蓋もないほど無様な戦いであった。

 

 だが、当時、連邦宇宙軍第一連合艦隊司令長官を務めていた、アレクサンドル・クズネツォフは、帝国軍への奇襲を行うことで、先手を取り、一切の主導権を渡すことなく間断の無い攻撃の果てに押し切って勝利した。

 

 気づけば連邦宇宙軍が勝っていたというのが、帝国軍の見解だが、シエン公の見解としては、入念な情報収集とまだプロキシマへと向かう前の準備を狙い澄ました状況で奇襲を仕掛けたことから、一方的な攻撃に対処できずに敗北してしまった。

 

 入念に戦力を整え、作戦を立案して、体制が整う前に奇襲を仕掛ける。言ってしまえばそれだけだが「それだけ」と称された事前準備がいかに難しいことであるか、シエン公は知り尽くしている。

 

「防御戦になるならばともかく、ヤツは自分から仕掛けるならば、必ず勝つ為に戦う。我らは今頃、謀反人として首が飛んでいるだろうよ」

 

 茶を飲みながら、忌憚の無い見解を述べるシエン公に対して、レイタムはシエン公がクズネツォフを高く評価しているのがよく分かった。

 

 敵として戦い、幾度となく交渉してきたからか、本来ならば敵である相手を高く評価するところが主君の人間性を物語っている。

 

「では、早速手はずを……」

 

「大変でございます!」

 

 技師の一人が血相を変えてやってきた。まるで、得体の知れない怪物か何かを見てきたかのような顔をしている。

 

「何があった?」

 

 慌てている技師の態度が不思議に思えたのか、シエン公は首をひねりながらそう言った。

 

「シャオピン殿が参上いたしました! 殿下に支給お会いしたいということです!」

 

「シャオピンが?」

 

 技師の言葉に、今度はレイタムが血相を変える。

 

「シャオピンは確か姫様と一緒にいたはずだな?」

 

「ええ、サイエン師父と一緒でした」

 

 レイタムがそう言うと、マオとシエン公が訝しむ顔つきになる。

 

「サイエン? ヤツはお前達と一緒だったのか?」

 

 どこか叱責に近い口調で、マオがレイタムに問い詰めた。

 

「サイエン師父はが何か問題でも?」

 

「問題というほどではない。だが、ヤツはかつてある問題を起こしていてな」

 

少し頭を抱えたマオ、そしてシエン公の態度から、サイエンは一体何をやらかしたのかが気になる。

だが、それ以上にシャオピンがここにやってきたのかが気になった。三人はシャオピンが伏している医務室へと向かった。

すると、傷がさらに増え、激痛と疲労で困憊しているシャオピンの姿が見えた。

 

「シャオピン、一体何が起きた?」

 

 主君の言葉にシャオピンは唐突に「申し訳ございません!」と慚愧に耐えぬという態度と共に、謝意を見せた。

 

「サイエン師父は、ガイオウ公と通じておりました。姫様はガイオウ公に囚われてしまい、こうしておめおめと戻ってきたのも、殿下に全てを報告する為で……」

 

「その辺でいいシャオピン、今は休め。つまり、サイエンが裏切り、アウナをガイオウへと売ったということだな」

 

 シャオピンの報告から、シエン公は淡々と事実をかいつまんで纏めるが、全員がこの事実からか急速に沈んだ表情を見せる。

 

 アウナ姫がガイオウ公の人質になるということは、先ほどの策全てが水泡に帰する可能性があった。

 

 シエン公の、アウナに対する愛情の深さを知る者ならばなおのことだ。

 

 先ほどまであった逆転の導火線は、見事に消え去ってしまった。

 



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