もしも白蘭島事件が起きなかったら (ロンメルマムート)
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設定:年表

よく考えたらちゃんとした年表出してなかった。
とりあえずこれだけで世界観は大体わかる。


<年表>

2030年

・白蘭島事件

 2030年、上海沖白蘭島の遺跡に中学生がいたずら目的で侵入しようとするも警備の人民解放軍兵士が発見、逮捕された事件を切欠に全遺跡群の安全管理体制の抜本的見直しをすることになった事件。

 この事件を切欠に国連の管理下による崩壊液研究管理の国際的枠組みとなる上海条約(正式名称:崩壊液技術研究開発の国際的管理に関する枠組み条約)がこの年の12月締結。

 翌3月に国連国際崩壊液管理委員会(I3C)発足。

 

・上海条約

 正式名称崩壊液技術研究開発の国際的管理に関する枠組み条約。

 文字通り崩壊液の技術開発を国際的に管理する条約。

 この時点で崩壊液技術の研究開発を行なっていた12カ国を中心に最終的に156か国が条約に署名、批准した。

 

・スティザムシミュレーション

 上海条約締結に際して世界中の全遺跡および研究施設からの崩壊液流出時のシミュレーション。名前はシミュレーションを行ったイギリスの物理学者ローランド・スティザムから。

 結果、もし遺跡を爆破していた場合最悪で人類の半分が2年以内に死亡するというシミュレーション結果が発表される。

 

・ドイツの哲学者フリッツ・フォン・ハマーシュマルク「人間とは何か」を出版

 本書の中で「もし中身が機械である事以外全て--人間と同じように思考し、感情を持ち、欲を持ち、恋をし、食事をし、戦い、発言する--機械が生まれた時、それは機械なのだろうか?」、「もしも機械だとするならば何を以って人間ではないとするのか?」などの問題を提唱。後にハマーシュマルクの問題と呼ばれるようになる。

 

 

 

2031年

・中露合弁の軍需企業として鉄血設立。本社はウラジオストク、その後モスクワ

 

・I3C発足

 

 

 

2032年

・死去した教皇ヨハネ・パウロ3世に代わりコンクラーベでローマ教皇に初の北アメリカ出身者としてボストン大司教が選出、教皇ルカとして着座。

 

 

 

2033年

・I3C、崩壊液中和剤開発成功。

 

 

 

2035年

・極東経済危機

 この年の二月、数十年に渡って行われていた日本政府の緊縮財政と社会保障費の増大、事実上機能しなくなった法人税制により国債の返済期限延長を申請、これにより円が暴落、ハイパーインフレに突入、翌月史上最大規模のデフォルトを宣言。これが切欠になり韓国や台湾、中国、東南アジア各国に派生、アジア通貨危機を彷彿とさせる大規模な経済的混乱が発生する。

 日本経済の事実上の崩壊、さらに追い打ちをかけるようにこの年の10月12日、南海トラフ地震が、翌月に浅間山が大噴火を起こし太平洋沿岸部が壊滅、日本政府は災害緊急事態を布告、戦後初の挙国一致内閣が成立。

 その後何とか経済を立て直し米国の影響を受けた中道政権が成立。

 

 

 

2036年

・米大統領選挙、初の無宗教の大統領として民主党コーネリアス・ライアン大統領当選。

 

・民主党の20年

 ライアン大統領当選後約20年後の2056年まで民主党の大統領が5期連続当選。

 選挙でも民主党が安定多数を維持。

 全体的に大きな政府路線、社会保障拡充とインフラ再建が行われた。

 

・米露合同のロボット・AI開発組織90wish開始(40年まで)

 

 

 

2037年

・香港で中国からの独立を求めるデモが開始。その後年々激化

 

・世界初の自律人形開発。

 

・ロシア側の生産企業が鉄血が生産開始。

 

・IoP、ドイツ・アメリカ・ベルギー合弁の会社として始動。本社はブリュッセル

 

 

 

2038年

・ロシア首相ミハイル・コボロフ就任(40年まで)

 

・第一世代人形生産開始。(44年までを第一世代、それ以降を第二世代)

 

・ライアン大統領、自律人形に関する演説でハマーシュマルクの問題に触れる。人形権利問題発生。

 

 

 

2039年

・ライアン大統領暗殺未遂事件

 民主党の党大会が行われていたソルトレイクシティで市民と交流していたライアン大統領が敬虔なモルモン教徒のウィリアム・モリアーティに階段から突き落とされ意識不明の重体となる。

 幸い一命をとりとめ意識を回復するも下半身と左半身まひとなり大統領選を辞退。

 代わりに副大統領のユダヤ系のトレイ・フォアステルが候補となる。

 一方犯人の調査の結果、モリアーティの姉がもう一人の予備選候補であったモルモン教徒の上院議員ジェームズ・バーガンデールの愛人と判明、この事実が公となりバーガンデールは殺人教唆の容疑でFBIに逮捕。調査の結果愛人が大統領を殺すか重傷を負わせることでバーガンデールを大統領候補にしようとしたのが動機と判明、無関係だったがバーガンデールは失脚。

 結果民主党候補はフォアステルとワシントン州知事ジム・モスに。

 ライアン大統領は任期を全う後退任。

 

 

 

2040年

・フォアステル大統領当選、就任。

 

・I3C、崩壊液浄化装置開発成功。その後放射能除去能力が追加された統合型崩壊液浄化装置に改良。

 

・90Wish、解散

 表向きは研究方針の相違と目標達成だが実際は米露間で互いに研究情報の流出が相次いだため。

 

 

 

2044年

・第2世代自律人形生産開始。

 

・2044年米大統領選

 危なげなくフォアステル勝利

 

 

 

2045年

・台湾、マカオ、香港の独立投票が国連監視の元行われることが決議(国連決議8000201)

 この決議を元に4月4日に3地域にて現状維持・中国への合流・独立の3択を各国の要職歴任者(ライアン前大統領やコボロフ元首相ら)からなる監視委員会の監視の元国民投票。

 マカオは一国二制度維持となったが香港、台湾は独立を選択。

 

・香港事件

 この投票結果を元に台湾は独立を宣言、香港は独立委員会を設立するが直後、中国軍が香港・マカオを占領、国連監視委員会と独立運動関係者ら、さらに在香港・北京大使館領事館関係者ら拘束、反国家分裂法で起訴。

 これにロシア・アメリカを中心に抗議するが中国は無視。

 

・ライト・ロスコヴァ宣言

 香港事件に対して事件の3日後、アンカレッジで会談した国務長官モーリス・ライトと外務大臣アレクサンドラ・ロスコヴァが共同で出した宣言。

 内容は監視委員会と独立委員会のメンバーの即時釈放とマカオ・香港からの即日の撤退だが中国政府は拒否。

 

・アンカレッジ条約(米露相互安全保障条約)

 アンカレッジで行われたライト・ロスコヴァ会談でライト・ロスコヴァ宣言と同時に締結された安全保障条約。

 事実上の米露相互安全保障条約。

 期限が8年と制限があるが事実上世界のナンバーワンとナンバーツーの軍事力の国家が手を結ぶという出来事で世界のパワーバランスが一気に傾いた。

 

・フランクリン・バルジャン宣言

 イギリス外相チャールズ・フランクリンとフランス外相シャルル・バルジャンが危機回避の為会談を提唱するも拒否。

 スイス首相バーゼル、仲介を打診するも拒否。

 

・北京裁判

 香港事件で拘束された人々の裁判。香港独立委員会及び選挙監視委員会のライアン元大統領やコボロフ元首相らに対して死刑判決。

 ライト・ロスコヴァ宣言、カーン・バルジャン宣言の直後、処刑。

 

・チャガーリン=フォアステル通帳

 ロシア大統領チャガーリンとフォアステルの中国への連名の最後通牒。

 コボロフ元首相やライアン元大統領の処刑に対しての最後通牒。

 中国は拒否。

 両国国連安保理に採決を仰ぐも中国が拒否権を行使し否決。

 両国中国への制裁開始。ロシア非常事態宣言、総動員開始。

 さらに時を同じくしてマリを訪問中の中国外務大臣が「黒人は知恵遅れの良い財布」「イスラム共は精神異常者を信じる狂信者」と中国語で発言したのをアルジャジーラとAFP通信が傍受、報道された結果イスラム圏とアフリカで反中運動激化、サウジアラビア他アラブ諸国、中国に対して断交。

 これにより米露英仏などNATO加盟国各国中国からの自国民退避を開始。

 

・上海事件

 ロシア国民退避の為ロシアがチャーターした客船ミハイ・デニーキンと護衛の駆逐艦アドミラル・フェルケルザム、アドミラル・コルチャークを中国海軍駆逐艦瀋陽、青島が攻撃、アドミラル・フェルケルザムが大破その後自沈、反撃により瀋陽を大破、捕獲、青島を中破させ撤退させた。

 これによりロシア軍、ボストーク作戦開始。

 

・ボストーク作戦

 ロシア軍による満州地域占領作戦。

 上海事件により翌日未明より開始。

 ロシア軍78万及びモンゴル軍2万が満州および内モンゴル自治区に総攻撃を開始。

 史上初の戦術人形を使用した軍事作戦となる。

 これにより満州および内モンゴル自治区は占領。

 

・6月8日の決議

 ボストーク作戦が開始された直後、北京で臨時党大会が開催、その席で国家主席の李成功解任動議が決議され直後北京が戒厳令下に置かれる。

 李国家主席は軍により逮捕、代わりに外務大臣の鄭有利が国家主席に就任。

 翌日、チャガーリン=フォアステル通牒受諾を発表。

 

・6月10日事件

 鄭国家主席の受諾に対して報道管制により世論が反欧米に完全に偏っていた国民と軍の過激派が激昂、長江以南の各地で反中央政府の抗命事件が発生、さらに一部軍部隊が主戦派で決議で解任、逮捕された王三桂前副国家主席を担ぎ中華人民共和国臨時政府を自称し杭州で蜂起。

 すぐに長江以南の各省や北部の一部が臣従、さらに新疆とチベットではウイグル人とチベット人が蜂起を開始。事実上中華人民共和国崩壊。

 中国内戦勃発

 

・安全保障理事会決議345792

 この事態に伴い安全保障理事会は一時的に中国の権限を停止。

 さらに中国政府より介入の要請が出たため中国への国連軍介入を決議。

 これにより米露を中心とした国連軍派遣開始。

 北京政府は受け入れるが重慶政府は拒否、ベトナムより入国しようとしたベトナム軍派遣部隊を攻撃。

 

・中国内戦(2045〜51)

 北の北京政府と南の重慶政府の争い。

 長江を境に南北両政府が争うが中国軍主力の大半がついた南政府に対して北政府は国際社会の支持を得て国連軍の支援で戦う。

 一方、南のベトナム国境でもベトナム軍と南政府軍の間で戦闘が開始、台湾海峡でも台湾軍との戦闘が行われる。

 その中で2046年1月9日、南政府は奪取した核弾頭で核実験を強行、更に三日後に後方支援基地となっていた沖縄と韓国の米軍基地を攻撃、これに呼応して南政府に付いていた北朝鮮が韓国に侵攻。

 この一連の出来事に日本は初の防衛出動を決定、国連軍も北朝鮮への攻撃を決定、一週間後平壌をロシア軍と米軍が包囲、一ヵ月に渡る市街戦の末占領、これにより北朝鮮崩壊。

 また南政府は47年7月に突如核ミサイルをニューヨークに向け発射するも米軍がアラスカ上空で破壊に成功するがアンカレッジ郊外の一部が汚染、統合型崩壊液浄化装置が初めて使用される。

 最終的に6年間に渡り続き史上初の戦術人形を大々的に使用した戦争となり戦術人形の名誉勲章受勲者なども生まれる。

 またこの内戦中、いくら軍と言えど世界最大の人口を誇る中国では管理が行き届きにくかったためPMCが主に補助任務で活躍、G&Kなどロシア系PMCが活躍しG&Kは49年にはアメリカに支局を設置するほどに。

 

 

 

2046年

・ロシアで民間軍事会社グリフィン&クルーガー設立。中国での治安維持の仕事を受注、急拡大。

 

・南中国政府核実験強行

 

 

 

2047年

・アンカレッジ事件

 南政府が大陸間弾道ミサイルを発射、米軍がアラスカ上空で撃墜するもアンカレッジ郊外の20万ヘクタールが汚染される。

 

・ペルミ事件

 ロシアマフィアが中国から流出したとされる崩壊液を密売しようとした事件。

 密売を察知した別のマフィアが当局に連絡、秘密裏に結託し他の犯罪組織を巻き込みその組織と買おうとしていた連中を摘発した事件。

 これ以降崩壊液は世界中の犯罪組織で「絶対に扱ってはいけない品」となる。

 

 

 

2048年

・合衆国憲法修正第30条制定。

 自律人形の権利に関する条文。

 2048年に制定。

「登録された自律人形は選挙権、社会保障を受ける権利以外の全ての市民と同じ権利を登録された時点で保持し行使できる」

 

・2048年米大統領選

 フォアステルが退任し後任として同じ民主党のハンナ・フックスラテンとアラン・ウェルズが共和党候補を破り当選。

 米国史上初の女性大統領誕生。

 

 

 

2049年

・名古屋条約

 中国内戦中の2049年3月10日に日本の名古屋で締結された国際条約。

 正式名「自律人形の製造開発登録権利に関する国際条約」

 文字通り自律人形の権利と製造開発等に関する条約。

 これにより自律人形は限定的権利を持つ存在として認知。

 また製造開発に関しても一定の制限がかけられるようになった。

 

・海兵隊所属のM14が名誉勲章受勲(自律人形としては初の受勲)

 

・教皇ルカがコンクラーベで票を得る見返りに叙任権を悪用していた疑惑が浮上、これにより辞任。

 後任の教皇に70年ぶりとなるイタリア人の教皇としてトリノ大司教がインノケンティウス14世として着座。

 

 

 

2050年

・カラカス合意

 中国内戦終結の為2050年12月25日にベネズエラの首都カラカスで行われた合意。

 南北両政府が一旦長江を休戦ラインとし戦闘行為の一時停止に合意。

 2051年1月1日より両陣営は停戦するが両地域内で互いの支持勢力がテロを続ける。

 

・シュワルツシルト計画・バルカン計画開始

 崩壊液の能力を利用したワームホールを開ける計画とワープ航法の開発計画。

 

・オコンネル法制定

 正式名「人形登録管理法」

 今まで内務省が管轄していた人形関連行政をすべて独立した組織であるロボット省に移管、同じくロボット省傘下に人形関連犯罪専門捜査局を設置、更に全ての人形製造メーカー及び人形購入者に対して連邦政府への人形の登録を義務化、輸入に際しても税関で連邦政府によって登録される。

 その他に人形のマインドマップリセットは本人の同意と裁判所の許可を必須と明文化、人形の改造に関しては本人の意思により資格を持った整備士による改造のみを合法とした。

 

 

 

2051年

・サンティアゴ・デ・クーバ条約

 2051年6月にキューバの仲介で締結された条約。

 中国内戦の終結を目的とする。

 内容は

・長江を境とする休戦ラインの設定

・内モンゴル、広州、満州、台湾海峡沿岸部と長江両岸30キロを非武装地帯とし国連軍が管理する。

・香港・台湾・新疆ウイグル・チベットの独立

・上海の中立化

・両政府軍の全核武装・化学兵器・生物兵器の国連立ち合いの下での廃棄

・停戦監視軍の派遣

 であった。

 条約締結後6月15日より発効、これにより中国内戦は集結。

 

 

 

2052年

・2052年米大統領選

 フックスラテン再選

 

・メキシコ及び中南米で麻薬戦争激化

 およそ50年以上続いていた麻薬戦争が中国内戦で中国政府が持っていた武器や人員、更に中国マフィアが流入しカルテルが一気に強大な武装をし始め激化。

 コロンビアとメキシコでは警察どころか軍が離反し事実上の内戦状態に。

 

・ラテンアメリカの自由作戦

 コロンビア等中南米諸国が内戦状態になり米州機構と国連に援助を要請。

 国連安全保障理事会が決議し国連軍の派遣が決定。

 麻薬カルテルと国連から派遣された30か国以上の軍が交戦、1年後には9割の麻薬カルテルが壊滅しコカイン畑の大半が焼き尽くされ農地となる。

 処分された麻薬は合計10万トン以上とも。

 これをきっかけに各地で麻薬カルテル根絶の動きが加速化。

 それでもなお南米各地では麻薬カルテルの掃討作戦が続く。

 

 

 

2053年

・アンカレッジ条約更新

 

・第3次バチカン公会議

 ローマ教皇インノケンティウス14世がバチカンにて公会議を開催。

 主な議題はカトリックと自律人形の関係について。

 最終的に自律人形の改宗を認めるバチカン勅令を発布する。

 

2054年

・ダラス条約

 PMCの行動を制限し地位を確認し義務を明確化した初の条約。

 これによりPMCによる軍事行動は

・軍との契約による警備

・輸送・補給・訓練支援

・要人警護

 のみに限定、義務として

・戦時国際法等の遵守

・戦闘員の適切な教育・待遇

・交戦規定の遵守

 が与えられ監督国家・契約組織は

・契約PMCがこれらを遵守しているか

・自国PMCが政府や軍に事前通告せずに軍事行動を契約又は実行していないか

 を常に監視する義務が与えられた。

 

 

 

2055年

・穀物不景気

 農業技術の向上により殆どの農作物が供給過多になりこの年の7月、小麦の先物取引で1ブッシェル3ドルを切りそれをきっかけに穀物メジャー、次いで農業関連企業が次々と赤字決算を発表し連続して破産。

 時のフックスラテン政権の対処が遅れアメリカに次ぐ穀物生産国だったロシアに飛び火しシベリア銀行破産の要因となった。

 

・ロシア金融危機

 ロシアの大手銀行のシベリア銀行が破産、それが引き金になり次々と地方中小銀行が破産、更に取り付け騒ぎも起きる事態となる。

 何とかロシア政府は国際的な支援を行い危機を収めるも国内銀行の30%が破産又は倒産、全企業の1/3が倒産。

 

・グリフィン&クルーガー倒産

 ロシア第3位の大手PMCとなったグリフィン&クルーガーだったがこの時期中国内戦での影響から戦術人形中心の編成に再編していたがそれと同時期にロシアの大手銀行で主要借り入れ銀行だったシベリア銀行が破産、これが切欠になりロシアで体力のなかった中小地方銀行が次々に倒産、この影響でグリフィン&クルーガーも資金難に。

 折しも再編の為大量の社債を発行しそれの最初の返済が始まる時期でそのため負債が5000万ルーブルに達し破産。

 会社は再編され再建に協力した米国ファンドによってG&Kの米国支社としてG&Kセキュリティ創設。

 その後G&Kセキュリティは独立。

 

 

 

2056年

・G&Kセキュリティ独立

 米国ファンドが事実上買収、独立する。

 ロシア由来ではあるが米国資本の会社に。

 

 

・2056年大統領選

 民主党候補を破り政治経験ゼロのピーター・カークマンとオズワルド・ジャクソンが20年ぶりに当選。

 両院で共和党が多数派となるも民主党の20年の影響で大きな政府路線を維持。

 

 

 

2058年

・聖マルティヌスの悲劇

 第3次バチカン公会議のバチカン勅令に不満を持つカトリック保守強硬派の一部が反人形勢力と結託、教皇インノケンティウス14世の暗殺を計画。

 第一次世界大戦終結140周年を記念してフランスのヴェルダンで行われた教皇による特別ミサの会場でカトリック保守派だったリール大司教の手引きでスイス衛兵を装い侵入したテロリストの一団が説教中の教皇と教皇を支持していたパリ大司教らに向け銃を乱射、インノケンティウス14世は瀕死の重症、出席していたパリ大司教ら4名、更には流れ弾とその後の銃撃戦で出席していたフランスの外務大臣やその他出席者12名が死傷。

 更にカトリック保守派は辛くも生き残った教皇を病院への搬送途中に襲撃、殺害する。

 教皇以下カトリック教会の高位聖職者5名、更にはフランスの外務大臣などの政府高官数名が殺害されるカトリック史上最悪の悲劇となった。

 しかしながらこの事件によりカトリック保守派と反人形勢力は完全に失墜した。

 

・2058年コンクラーベ

 聖マルティヌスの悲劇後、悲しみ冷めやらぬ中行われたコンクラーベでバルセロナ大司教ペトロ・ホアキン・ガルシアが選出、ヨハネス24世として着座。

 

 

 

2060年

・2060年大統領選

 カークマン再選

 

 

 

2061年

・蝶事件

 あるハッカーが鉄血のシステム内に侵入、内部情報を暴露しただけでなく一部ソフトウェアを書き換え一部の鉄血人形を暴走させる。

 これにより500人以上が死傷、この事件後鉄血は倒産する。

 なお流出した情報の中には鉄血で行われた非人道的研究やそれをロシア政府が隠蔽していた事実なども含まれ大統領と首相が辞任、その後司法妨害などの罪で訴追。

 更にはIoPのリコリスやペルシカがそう言った研究に関わっていたと判明、議会の公聴会に出席する。

 

・シュワルツシルト計画成功

 シュワルツシルト計画により小規模なワームホールを数回開けることに成功、更に研究を進めこの年の12月14日、カリフォルニア州エドワーズ空軍基地で大規模な実験に成功、幅200メートル、高さ100メートルのワームホールの解放に成功。

 安定が確認されると米政府の契約に基づきG&Kセキュリティの戦術人形が異世界を調査。

 その後反対側に基地が設置、調査が開始される。

 なおその異世界とはドルフロ本編。

 

・アンカレッジ条約更新

 

 

 

2062年

・2062年大統領一般教書演説

 シュワルツシルト計画成功を発表。

 数日後には公聴会の開始が議決される。

 

・国連安全保障理事会決議435698

 異世界への治安維持及び和平目的の国連軍派遣決議。

 

・神々の怒り作戦(3/5〜3/7)

 異世界の平和維持活動の最初の作戦であるグリフィンとの連絡作戦。

 国連軍合計4万の部隊が二箇所にて前線を突破、機動戦を仕掛け僅か6時間で敵主力を包囲、その後数日かけ完全殲滅に成功。

 損害は極僅か。

 

・エドワーズ合意

 グリフィンとの正式な協力に関する合意。

 これによりS地区全体の主権がアメリカ合衆国に譲渡されアメリカ合衆国カリフォルニア州ミューロック特別行政区となる。

 また同時に成立したミューロック特別行政区法、通称イシザキ法よりこの地区における国連軍の警察権が認められ民警団法の例外となる。

 またS地区内ではグリフィン全部隊が国連軍の指揮系統に組み込まれ運用される。

 

・フォルゴーレ事件

 S地区における摘発作戦中にイタリア兵45名が爆殺されたテロ事件

 この後、欧州を中心に更なる介入が叫ばれるようになる。

 

・ファントム・メナス作戦(4/29)

 フォルゴーレ事件を起こしたグリフィン指揮官サーラシ・アンドラーシュとその一党を逮捕する作戦。

 作戦は成功し彼とその一味は全員国連軍に逮捕された。

 

・アイアンフィスト62

 ワシントン州ヤキマ演習場で行われた最初のソ連軍と国連軍の合同軍事演習

 結果はソ連軍の能力不足が判明しただけだった。

 

・2062年ワールドカップ

 ポーランドで行われイタリアが優勝

 

・高い城の女作戦

 国連軍とソ連軍による最初の合同作戦

 鉄血の基地を特殊部隊が襲撃し成功した。

 

・インターコンチネンタル・エア・カーゴ218便地上衝突事故

 国連軍が起こした最初の死亡事故

 S地区の空港に着陸した787貨物機が滑走路に誤って侵入したセスナサイテーションと衝突し大破炎上

 事故原因はセスナ機の乗員の英語力不足

 

・五賢帝作戦/フールズ・メイト作戦

 鉄血との決戦作戦

 正規軍と国連軍の合同による大攻勢と包囲殲滅作戦だが実際は正規軍の反乱勢力の武装解除・鎮圧作戦

 

・鉄血壊滅

 フールズメイトの一か月後、再度国連軍主導による大攻勢が行われ鉄血は文字通り壊滅した。

 

 

 

・2063年

・カタール空軍機スモレンスク撃墜事件

 スモレンスクからエストニア方面の除染に向かう予定のカタール空軍の空中給油機が離陸直後に地対空ミサイルの攻撃を受けて被弾、撃墜された事件。

 この一件により国連軍は撃墜した武装勢力を当面の敵と識別した。

 

・新ゲート建設

 色々あった末に3月、ついに補給問題を解決する新ゲートが建設された。

 これにより更なる物資輸送の円滑化と経済活動の活発化が図られた。

 

・パラデウス一斉摘発

 一周年記念式典の最中、国連軍・各種諸機関が合同で崩壊液管理法違反容疑がかかっていた宗教団体パラデウスに一斉に家宅捜索に入った。

 結果大量の武器、麻薬、崩壊液などが押収され関係者多数が逮捕された。



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設定:国際情勢・兵器・組織

登場するかどうかよくわからん兵器や各種国際情勢等の設定のお話。


<地域情勢>

・インド・パキスタン

 インドは中国の分裂後世界の工場としての立ち位置を確保、伝統的に仲のいいロシア・イギリスと組み地域大国からインド洋・南アジアの憲兵として振舞い始める。

 経済発展から遅れていたバングラデシュ、ミャンマー、ラオスと手を組み東南アジアに対して影響力を及ぼすと同時に一つの市場として確保、世界トップクラスの経済大国として武力も有しパキスタンを脅かすだけでなくパキスタンの背後を押さえるためイランと手を組む。

 

 一方パキスタンは後ろ盾の中国を失い影響力が失墜、隣国インドが英ロと手を結び中国から流出した資産を投資させることで経済発展しインド洋最大の強国となり更には背後のイランと手を結び脅かされる。

 それにパキスタンは急遽米国に支援を求めると同時にイランと敵対するサウジアラビアとの関係を強化。

 

・アフガン

 長年に渡る内戦が終わると東西交易路の結節点として機能し始める。

 貧しいものの安定した国家の建設に邁進中。

 

・イラン

 中国の崩壊後インド、更にロシアとの関係を強化。

 特にロシアは親ロ派国家だったシリアが内戦で自爆し事実上中東の軍事バランスから脱落したため代わりに強化する。

 中国の崩壊後はアメリカとの関係も改善に向かい現在は開明的イスラム指導者による統治が行われている。

 が、サウジとの関係は逆に悪化、それだけでなくパキスタンとも関係が悪化する。

 

・中東全域

 東側はサウジアラビアVSイラン・インドによる対立が主軸となる国際関係。

 一方の西側はイスラエルVSアラブ勢力の伝統的対立が続きシリアでは内戦の余波で事実上軍事バランスから脱落、そのため軍事勢力の中心はサウジ。

 

・中南米

 メキシコ・グアテマラ・コスタリカ・パナマ・コロンビアでは麻薬カルテルとの抗争で内戦状態となり国連が介入、麻薬組織はテロリストと同類扱いとなり安定化ミッションが続く。

 アメリカ南部ではメキシコなどからの難民が大量に流入し米国が積極的に介入する原因となる。

 

・ヨーロッパ

 中国の崩壊以上にロシアとアメリカが手を組むという事態によりパワーバランスが変化、渋々ながらもEUとロシアの関係が改善、またチャガーリン政権(2036年~48年)下での3倍政策(全公務員の給料を三倍にして汚職を一掃する政策)と憲法改正による議院内閣制の施行によるロシアの民主化と汚職追放が進んだ。

 ロシアはその中でも最も立ち位置が変わり議院内閣制成立と汚職一掃に尽力し議員内閣制下での初の首相であるミハイル・コボロフ首相による欧米優和政策で経済発展を開始、チャガーリン大統領時代は中道右派政権が政権を維持しMMT理論に基づく積極的財政出動政策による経済政策は国全体のインフラ改善を齎した。

 中国崩壊後満州を手に入れることに成功、さらに中国から流れた投資を入れることで世界の工場の一角を担い始める。

 外交では米露協調が基本。EUは米露の間で相対的に影響力が低下…せずに地中海方面での影響力が強化される。

 特に地中海のNATO最前線だったイタリアが一躍軍事的に注目される。

 

・アフリカ

 エリトリア・エチオピア・ジブチにイエメンが加わった紅海経済共同体がアフリカ東部でイタリア仲介で成立、基本反サウジであるイエメンはこの3か国と組むことで紅海の入り口を封鎖できるようになった。

 そのため被害を被るエジプトは紅海経済共同体と協力関係を構築。

 未だサハラ以南はもめてはいるが一時期よりはずっとマシ。

 

・中国

 長江を境に南北に分裂。

 北の北京を首都とする中華共和国と南の重慶を首都とする中華人民共和国に分かれている。

 国際的には北の中華共和国の方が支持され北側は欧米式の議会制民主主義が施行されよりまともに機能する社会保障体制と連邦制が行われている。

 一方南側は共産党の一党独裁で以前の体制を維持したままの状態。

 そのため世界的には非常に評判が悪く悪の帝国として有名。

 

 

 

<兵器>

・ジョン・ヤング級貨物弾薬補給艦

 ルイスアンドクラーク級貨物弾薬補給艦の拡大改良型として建造された補給艦。

 航空機運用能力が縮小された代わりに給油能力と航行能力が強化され最大速力27ノット、各種燃料17万バレル、真水200トン、各種食糧1720トン、その他物資6500トンを積載可能。自衛装備としてSeaRAMを装備可能。

 一番艦ジョン・ヤングは2040年に就役。艦名から別名アストロノーツ(宇宙飛行士)級。

 補給艦なので本来は戦闘には出ないが二番艦ピート・コンラッドは中国内戦中に上海沖で補給任務後に単独で佐世保に航行中の所で航空攻撃を受け攻撃機2機を撃墜している。

 15番艦のロジャー・チャフィーの進水式はアポロ1号の事故から80年目の2047年1月27日に行われた。

 合計15隻建造。

・ジョン・ヤング

・ピート・コンラッド

・ユージン・サーナン

・スコット・カーペンター

・キャサリン・D・サリバン

・ジム・ラヴェル

・ハイディマリー・ステファニション=パイパー

・スニータ・ウィリアムズ

・ジョン・グレン

・ハリソン・シュミット

・エドガー・ミッチェル

・アラン・ビーン

・ノーマン・サガード

・マーガレット・レア・セッドン

・ロジャー・チャフィー

 

 

・M10マクマスター

 M1エイブラムスの後継とT-14の対抗馬として開発。

 基本コンセプトはT-14と同じく無人砲塔化による防御性能の強化。

 新型のガスタービンエンジンにより重量に比して非常に高い機動力を発揮可能。最高時速は凡そ80キロ以上。

 装甲も新型複合装甲の採用によりより軽くより強力な防御性能を獲得している。

 主砲は新開発の120ミリ滑腔砲だが設計上余裕を持った設計によりその後140ミリに拡大されている。

 

 

・ボーイングC-77グレート・ディッパー(北斗七星)/AC-37ブギーマン

 前者はボーイング社が2030年に始まったC-5の後継機計画CX-X5計画でボツった試作案ボーイングXC-Bを叩き台に2045年に開催されたC-17の後継機計画CX-X7計画で開発された機。

 初飛行は2050年で正式採用後C-77の正式名をつけられ愛称として北斗七星を意味するグレート・ディッパーと名付けられたが乗員からはジャックポットの愛称がある。

 後者は前者を改造してAC-130の後継として開発されたガンシップ。

 C-130よりキャビンが大きいので火力では3倍となっており爆弾なども同時に搭載可能。

 

 

・AMD (Air-based Midcourse Defense)-1

 大陸間弾道ミサイルを空中発射式ミサイルで迎撃するため2051年に開発されたミサイル。

 事の始まりは中国内戦中にニューヨークに向けICBMが発射された事件で発射直後の日本で捕捉されたにも関わらずSMDが迎撃に失敗、その後アラスカのGBIが迎撃に成功したことでなんとか阻止することに成功したが日本からアラスカまでの数千キロの間で迎撃できずしかももしもこれに失敗していた場合カリフォルニア州の施設が捕捉迎撃するまでの間迎撃できない問題が発生、さらにもしも対蹠地側から攻撃を受けた場合現状のGBI施設では柔軟性がないという問題があったため空軍が過去のASAT実験を元に空中発射式弾道ミサイル迎撃ミサイルとして開発、2051年に完成した。

 

 

・崩壊液中和剤

 文字通り崩壊液を中和させその能力を完全に封じる物質。

 一度中和された崩壊液は極めて特殊な環境か特殊な薬品(崩壊液分離剤)を投与しない限りその能力は永遠に封じられる。

 基本的に崩壊液除染は中和剤を散布後崩壊液浄化装置で回収が基本。

 以下各種タイプ

 

・タイプ1

 最も最初に開発されたモデル。

 なので製造コストが尋常じゃなく能力も低いが背は腹に変えられないので量産、翌年製造コスト簡略型のタイプ2が開発されるまでの一時期主力を担う。

 初期型という事もあり保管管理にも莫大なコストがかかり怠ると性能が劣化するため僅か1年ほどしか使用されずタイプ2開発後は急速に消えて行った。

 崩壊液の中和比率は1:10。

 

・タイプ2

 タイプ1の改良型。製造コストが抑えられた所謂廉価型。

 能力はタイプ1と全く同じ。一方で改良された点として保管管理がしやすくなり運用コストも劇的に低下。

 このタイプから除染時の空中散布が可能になった。

 中和比率はタイプ1と同様。

 

・タイプ3

 タイプ1の系列とは違う系統の中和剤。

 タイプ1系は初の中和剤だったが化学的には劇薬でELID治療に使うには細心の注意が必要だったためELID治療用に開発された中和剤。

 水溶性で能力は低いが製造コストや運用コストは非常に低く医療用中和剤のベースとなった。

 

・タイプ4

 タイプ2の改良型。

 タイプ3の要素を取り入れより運用しやすくなったタイプ。

 性能も向上して崩壊液とはおよそ1:5の比率で中和可能。

 だが製造に手間がかかるため性能に比して普及しなかった。

 

・タイプ5

 中和剤の完成系とも言われるタイプ。

 タイプ4の廉価型で性能も同等。

 コストに対して性能が良く運用にも手間がかからないため完成系とされた。

 

・タイプ6

 医療用中和剤の完成系。

 タイプ3の改良型だが最初から医療用に調整されタイプ3で必要な水溶液化させる必要がなくなった。

 性能もこちらの方が上。

 

・タイプ7

 タイプ5の改良型。

 中和比率1:1を目指し開発された中和剤でタイプ5の取り回しのまま性能の強化に成功したが製造コストはタイプ4と同等か1.2倍化。

 1:1で中和可能という効率の良さからすぐに主流になるがタイプ8の登場で現在退役が進んでいる。

 唯一の欠点として有効期限が短くおよそ4年程度。(タイプ5はおよそ13年)

 

・タイプ8

 タイプ7の廉価型。それ以上でもそれ以下でもない。

 何とか値段をタイプ4の3/4(その後の量産でタイプ4のおよそ7割まで低下)にすることに成功したタイプ。

 現在タイプ7の代替として普及中。

 

 

 

<組織>

・国際人形連合

 ブリュッセルに本部がある人形産業を統括する国際機関。

 規格統一・各種権利問題の解決・生産枠の調整などを行う機関。

 加盟している200の国と地域の理事会での投票権を持つ代表と300以上の投票権のないセクターメンバーによって構成されている。

 現在の理事長はレイモンド・ハーヴェル氏。

 

・G&Kセキュリティ

 2056年に本家のロシアのグリフィン&クルーガー社から独立したアメリカ支局が母体となったPMC。

 PMCの中でも最も人形利用に積極的という事もあり本家のグリフィンと違い米軍と密接な関係を持っている。

 設立の数か月後に本家は倒産、その際元社員や設備を大量に引き取り規模を急速拡大。

 グリフィン社の後継企業とみなされているが本社はロサンゼルスで訓練施設もアラスカやテキサス、モンタナなど全米各地に分散していて実質的には別物の会社。

 一応社長がいるが基本雇われで実際に動かしているのは最高執行責任者のへリアン。

 

・IoP

 2030年代に米・ベルギー・ドイツ合弁会社として設立、その後アメリカとドイツが抜けるが代わりにフランスや南アフリカなどが資本参加している。

 本社はブリュッセル。

 主要研究施設はブリュッセル近辺に集中してるが工場はブリュッセル工場は小規模でペルピニャン(欧州方面用)とフリント(北米大陸方面用)、ブラジリア(中南米方面用)、名古屋(東アジア方面用)、バンガロール(西アジア方面用)、ケープタウン(アフリカ用)がある。

 ラインナップは主にベルギー、南アフリカ、フランス、ブラジル、インドなど。

 人形の製造開発のパイオニアであり研究開発のトップ、ほとんどの人形関連技術の特許はIOPが持っており他社はその特許にロイヤリティを払うことで製造しているがそのロイヤリティ自体はかなり安い。

 売上高では人形製造業では第一位、ただ販売数そのものでは他社に劣り業界第3位。

 利益の凡そ1/3は特許のロイヤリティによるもの。

 子会社としてアメリカにあった子会社IOP・USAとユナイテッド・ドールズが合併したIOP・ユナイテッドがある。

 他にロシアでのIOP系人形の製造開発では最大のロスドールズをロステックと共同出資で設立し業務提携を行っている。

 現在の社長はフィリップ・デグレル氏。

 

・ユナイテッド・ドールズ(UD)

 2040年に自国内での人形開発を求める声に押され米政府が主導で自国内ベンチャーを集めて設立した人形メーカー。

 本社はデトロイト。

 工場は主にデトロイト、リスボン、カラチ、新潟、コルドバなどにある。

 ラインナップは主にアメリカ製銃で出資しているウィンチェスターやコルトなどの銃器メーカーが協力しているためラインナップは非常に豊富。

 ただ米政府主導とは言え中小のベンチャーを強引に一つにまとめた上に民営化の関係上アメリカ中の銃器メーカーに出資させたため社内のまとまりに欠けている節があり人形市場では世界最大で最も需要が旺盛なアメリカ市場を独占できるにも関わらずまとまりの無さやそこから生まれる遅配、生産遅延、製造不良の多さから独占できず略称のUDから「Un-Dools」などと揶揄されたほど。

 実際米国市場でのシェアは最大でも32%程度で時にはストまで起こす始末であり最終的に2050年代に米国政府によってIOPの米国子会社IOP・USAと合併させられてIOP傘下企業となった。

 売上ベースならば業界三位なのだがそれを殆ど食いつぶす程の赤字体質なので業界全体の売上高ではIoP、EDT、OADEIに次ぐ第4位。販売数ならば業界第2位。

 現在はIOP・ユナイテッド。

 現在の社長はエリー・バスティオン。

 

・ヨーロッピアン・ドールズ・テクノロジー(EDT)

 2040年にアメリカと同時にIoPへの出資を引き上げたドイツが中欧・東欧・北欧諸国と共に設立したメーカー。

 本社はワルシャワ、主要工場としてハンブルグ、ライプツィヒ、シアトル、札幌などにある。

 IoPに匹敵する大手でありユナイテッド・ドールズに匹敵するラインナップと極めて高い品質、そして何より世界中から集めたデザイナーたちの機械とは思えないほど優れたルックスの人形達から他社と比べても頭一つ抜けた販売数を誇り「世界最高の人形メーカー」の異名を持つ超優良企業。

 設計そのものはIoPの基礎を受け継ぎ特筆すべき点が無いほど保守的で堅実な設計だが見た目は拘っておりStG44、MP7、G36、G36Cなどは特にその点で評価が高い。

 主なラインナップはドイツ・ポーランド・スウェーデンなどの銃。

 売上高では業界第二位、販売数では第1位。

 子会社としてミッド・ドールズ・インダストリーを有している。

 現在の社長はオットー・シュナウファー。

 

・ミッド・ドールズ・インダストリー(MDI)

 ドイツ、アメリカが独自の人形メーカーを設立しフランスや南アフリカなどがIoPに出資し始めた事に焦ったイギリスやイタリア、スペイン、セルビア、スイス、オーストリアなどが出資して設立した会社。

 本社はスイスのバーゼル。

 工場はミラノ、バーミンガム、バルセロナなどにある。

 英伊が焦って作った企業のため内情は烏合の衆状態で常に社内でもその外側でも各国の派閥や政府が主導権を握って乱闘を繰り広げる企業のためUD以上の赤字垂れ流し体質、

 人形そのものの品質や性能はいいのだが如何せん会社そのものが尋常じゃない赤字垂れ流し体質であり毎年赤字補填で各国が補助金をジャブジャブ投入するのが日常だった会社だが2050年代にEUが「それはどうなんだ?」とイチャモンを付け、更に同時期にイタリアが政権交代しMDIの経営問題を解決すると宣言しイタリア政府自体は撤退し代わりに郵政公社とイタリア国鉄が出資する代わりに身売り先を見つける自体となった。

 経常利益ベースでは万年業界最下位、販売数では4位

 結果2057年に破綻しEDTに身売りして経営再建中。

 現在の社長はスイス人のハンナ・ウルリカ・ルッツ。

 

・東北人形製造公司

 中国の国営企業北方精密工業公司が傘下に設立した企業。

 本社は瀋陽だったが今は天津。工場は瀋陽、ハルピン、ラサ、広州など。

 中国銃中心の国営人形メーカーで中国の武器輸出で儲けていたが中国内戦で親会社共々大打撃を受けた。

 内戦で広州など中国南部の工場は奪われ西部ラサの工場やハルピン、瀋陽の工場は他国の領域になったため撤退せざるを得ず2040年代後半には一時実体がない状態となった。

 内戦後北京周辺に改めて工場を建設したり他国領域となった地域に新たに工場を建設して再建に乗り出したがその真っ最中に親会社共々破産、倒産しOADEIに買収された。

 経常利益ベースでは一時は業界第二位にまで登りつめたが現在は業界6位。販売数でも一時は1位となったが今では5位にまで落ちぶれてる。

 現在の社長はウー・シンルー。

 

・OA・ドールズ・エレクトロニクス・インターナショナル(OADEI)

 日本、台湾、韓国、オーストラリア・イスラエルなどアジア・オセアニア諸国が連合を組んで結成した多国籍人形製造メーカー。

 本社は東京、開発部門は義体部門が台北、エレクトロニクス部門がソウル。

 元々日本・台湾・韓国がそれぞれ独自に人形開発を行おうとしていたがヨーロッパで複数国が集まって人形開発を行っている事から3カ国のトップ会談で一本化することで合意、その後オーストラリアも参加し結成された企業。

 初期は地元の東アジアはともかく一番大きな市場である米国市場で全く売れずその時期に中国内戦勃発の余波による東アジア情勢の激動により経営危機に陥るがある程度収まると米国市場やPMCでの無償リースなどなりふり構わない営業を行い2050年代前半以降持ち直し東北人形製造公司を親会社ごと買収するまでになる。

 特に米国市場ではUDの経営危機が表面化し始めた時期と相前後して伸長した。

 品質もさることながらそれ以上に高い評価を受けているのがアフターサービスで各種「神対応」で知られる会社。

 なお業界一新機軸導入に積極的且つお遊びも多い企業で有名、日本のゲーム会社と組んでゲーム作ったり同人誌制作を奨励したりetc

 また全て自社生産が多いこの業界では最も下請け企業を積極的に活用し開発コスト圧縮や製造工程のスリム化を図っている。

 経常利益ベースでは第3位だが販売数では6位。

 現在の社長は宮本雅治。

 

・鉄血

 2031年中露合弁企業として設立。

 UAVなどの無人兵器の生産開発が主体だった企業で自律人形の開発も無人兵器の延長線上という形で行われていた。

 そのため人形は主力商品ではなく主力は軍用ドローンや軍用ロボットなどの各種無人兵器。

 自律人形もどちらかと言えば自律人形のAIを組み込んだ無人兵器という趣が大半。

 ロシア政府と親しく政府や大学との共同開発で戦闘AIの研究や無人兵器統括システムの研究が有名で究極の戦闘AIとして開発されたがあまりのスペックに適合する素体開発に難儀し素体が生まれるまで5年もかかってしまった試作AI「ウロボロス」やウロボロスなどの戦闘AIの基礎となった戦闘AI「代理人」、そこから派生したハイエンドモデルシリーズが人形の主なラインナップだが戦闘特化な上に非常に高額なためロシア軍などが少数配備している程度。

 2062年にハッカーによって機密情報が暴露され数々の非人道的研究を行っていた事実や開発中の品々、ロシア軍の機密、政権幹部との汚職が暴露され破産、精算中。

 研究していたAI関連技術はロステック系の人形メーカーでロステックとIoPの合弁企業のロスドールズに売却されIoPが自社製品にフィードバックしている。

 

・ロスドールズ

 ロシアの人形製造メーカー

 ロシアの国営軍需企業ロステックとIoPが共同出資でロシア製銃器を使用した人形生産のため設立された。

 本社はモスクワ。

 人形メーカーの中では異色の会社でロシア軍向けの人形生産に注力している関係でラインナップは多いのだが民間向け販売数は需要に対して少なく販売ルートもIoPを代理店としてのみであり一部は生産設備ごとIoPなど各社に売却していたりするほど民間向け販売に興味を持っていない。

 このようにイレギュラーが多いため人形製造業ではBIG7に含まれない。

 なので生産数や売上は不明で民間向けだけならば販売数は7位。

 現在の社長はロディオン・フヨードロヴィチ・チトフ。

 

・人形捜査局(Dool Bureau of Investigation:略称DBI)

 米政府の人形を管理するロボット省傘下の法執行機関。

 人形に関連した犯罪捜査のみを行う捜査機関であり職員数は凡そ3万人。

 本部はバージニア州アレクサンドリア。

 現在の長官はフレデリック・クルパ。

 

・ロボット省

 米政府の省庁の一つ。

 人形の登録管理承認許可などを管理する連邦政府機関。

 傘下に人形捜査局を有する。

 現在の長官はジェイミー・アーチボルド。

 

・カークマン政権(2056~2064(予定))

 大統領:ピーター・カークマン

 

 (閣僚)(2063年現在)

 国務長官:アンディ・ピーターソン

 財務長官:サイモン・ゴールデンバーグ

 国防長官:ロブ・ゴア

 司法長官:トム・ラングドン

 内務長官:ウィルマ・パーキンソン

 農務長官:アレックス・デ・クレスフィニー

 商務長官:エヴァレット・ボーイング

 労働長官:アンジェ・コシューシコ

 保健福祉長官:ディック・リヨン

 住宅都市開発長官:ポール・ブラウン

 運輸長官:ジェニファー・ライアン

 エネルギー長官:ジェシカ・アンダーソン

 教育長官:エリザベス・ショア

 退役軍人長官:フランク・ゴック

 国土安全保障長官:ジミー・チョウ

 ロボット長官:ジェイミー・アーチボルド

 

 (閣僚級長官)(2063年現在)

 副大統領:オズワルド・ジャクソン

 大統領首席補佐官:マーヴィン・オーディン

 行政管理予算局長:ジャクソン・ゲーリック

 環境保護庁長官:ジェレミー・キー

 通商代表:レントン・ダグラス

 国家情報長官:リッチモンド・ウェブスター

 CIA長官:ホランド・ケンネック

 中小企業庁長官:ペティ・ホルムバーグ

 

 (その他)(2063年現在)

 安全保障問題担当補佐官:スティーブン・レインハート

 ホワイトハウス報道官:カービィ・ジョンソン

 FBI長官:カービィ・ウッドワード

 上院仮議長:ロナルド・リーガン

 下院議長:ドナルド・レーガン

 陸軍長官:エリオット・バーンスタイン

 海軍長官:ステファニー・ロットン

 空軍長官:ジェシー・ジーグラー

 統合参謀本部議長:テリー・パットマン

 最高裁判所長官:ジョン・ヘイ

 訟務長官:ポール・オルソン

 大統領顧問:マイク・マクドネル

 

・香港共和国

 旧中国領香港および広東省の深セン市、トウカン市、恵州市を領有する国家。

 2045年に独立したが中国内戦終結までは南政府の支配下で弾圧され終結後に広東省の非武装化と共に一部が割譲されて現在の形になった。

 総人口は約3500万人でこの内香港市の住人は約800万、残りは深セン、トウカン、恵州市民。

 領土は小さいがGDPは台湾や韓国に並ぶ経済大国。

 独立直後に中国に弾圧された経験から重武装中立国家を標榜し徴兵制と国民皆兵制が施行されている。

 武器体系は西側寄りだが武装解除された旧中国軍の装備が中心でありこれらを西側規格に改修した物が主力だが改修されていない物は主に民兵組織に与えられている。

 また旧英国植民地のためコモンウェルスにはオブザーバーとして参加している。

 

 国歌:香港に栄光あれ

 標語:光復香港時代革命

 公用語:広東語、中国語、英語

 首都:香港

 大統領:林鄭華

 首相:王智明

 通貨:ニュー香港ドル

 時間帯:UTC+8

 政治体系:二院制民主主義

 与党:自由香港

 航空機登録記号:HG

 人口:約3500万人

 主要都市:深セン、恵州、トウカン

 

・マカオ共和国

 2045年に香港と違い現状維持を選択したマカオだったが中国内戦下で意識が変化し終結後国連によって独立させられた国家。

 旧マカオ特別行政区を中心としたマカオ市と珠海市、中山市、江門市を領土としている。

 元々消極的に独立したが北中国との関係から比較的西側寄りの中立。

 与党のマカオ社会民主党も分裂した中国共産党マカオ支部の中の右派が分離した政党。

 こちらは香港程ではないが一応軍事力もある。

 香港とは兄弟国家のような関係であり関係は良好、独立以後マカオと香港は経済協定を結び一つの経済圏を築いている。

 

 国歌:マカオ万歳

 標語:自由なるマカオ

 公用語:広東語、中国語、ポルトガル語

 首都:マカオ

 大統領:崔黄林

 首相:毛倫陳

 通貨:ニューマカオパタカ

 時間帯:UTC+8

 政治体系:二院制民主主義制

 与党:マカオ社会民主党

 航空機登録記号:MA

 人口:955万人(内70万がマカオ市民)



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プロローグ

もしも白蘭島事件で崩壊液が世界中にばら撒かれなかったら…という妄想から始まったSS
独自設定しかないし原作崩壊。


2030年某日上海沖白蘭島

 

 上海沖にあるこの島はこの前の年から政府によって封鎖されていた。

 というのもこの島でバイオハザードが発生、それによって一時的に封鎖、その後バイオハザード自体は終息したが現在も人民解放軍が島を封鎖していた。

 そのバイオハザードの原因となったのはこの島にある遺跡から漏れ出た崩壊液と呼ばれる極めて危険な物質、核爆弾以上に危険なこの物質を管理するため政府は封鎖を行った、だが多くの人々には正しい情報が伝わらず軍の秘密実験場やヤバい物を作ってるなどという噂が飛び交った。

 

 それでもほとんどの人はこの島に関心を払わない。

 触らぬ神に祟りなし、中国という国は光が強ければ影も強い国だ。そんなことはこの国に生まれ育った中国人が一番よく理解している。

 

「なあ、本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だって、軍とか警察が立ち入り禁止にしてるけど去年まで人が住んでたんだ。

 大したものないって」

 

 だがどの時代、どの国にもバカというものは存在する。

 この日、ある中学生の一団がこの極めて危険な島に上陸した。

 肝試しと言って事の重大さを理解せずに上陸したのだ。一体この先何が起こるかも理解せずに。

 

「趙が渋滞に巻き込まれて遅れたけど大丈夫か?」

 

「大丈夫だって」

 

 少年たちが話していると角から影が飛び出しぶつかる。

 

「いて!」

 

「ん?」

 

 見上げると人影が、それは迷彩服を着て最新鋭のアサルトライフルを持った兵士、一瞬で少年たちの顔面が真っ白になる。

 

「あ」

 

「君達、何をしている!」

 

 兵士達が銃を向ける。

 少年たちは手を挙げるだけしかできなかった。

 まさかこれがその後の歴史を根底から変えた事を知らず。

 

 後にこの事件は白蘭島事件と呼ばれ世界中の遺跡と崩壊液の研究開発に大きな影響を与えることになった。

 翌年、国連は国際崩壊液管理委員会を発足、この島の遺跡を筆頭に世界中にある遺跡群、そして崩壊液研究施設、研究団体、研究者は全て国連の安全管理によって研究が行われその結果、30年の間に人類は急激な技術的な進化を遂げる事になる。

 

 

 

 

 

 32年後1月末、某所?

 

「リボンっていくらなのかしら?」

 

「急に何ですか?AR-15」

 

 雪がちらつくどこかの廃墟でピンク髪の戦術人形AR-15と緑のメッシュの入った戦術人形M4A1がドアの両側に隠れて小声で話していた。

 二人は銃を構えながら部屋の中を覗く。

 

「この事件の締めるのにね」

 

「AR-15、そのジョークつまらないです」

 

「分かってるわよM4。自分でもものすごくつまらないのが分かる」

 

「で、どうしますか?アレ」

 

 部屋の中ではメイド服を着た人形がもう一人のM4の首を掴んで持ち上げていた。

 もう一人の人形には見覚えがあった、かつて、一年前の蝶事件で破産、倒産したロシアの軍需企業鉄血が生産していた戦術人形代理人だった。

 

「代理人に〆られてるM4?

 私ならカメラ持ってきて撮影して今日のディナーで酒の肴に流すけど」

 

「私を肴に酒を飲もうとしないでください。」

 

「分かってるわよ。

 特殊スタングレネード、持ってきてる?」

 

「もちろん、使います?」

 

 M4が太めのスチール缶のようなものを取り出す。

 表面には英語で危険物と書かれ各種警告が書かれていた。

 

「ええ。二つ使うわ」

 

「3,2,1で」

 

「了解」

 

「3、2、1」

 

 M4がカウントを取ると二人は缶を部屋に投げ込んだ。

 次の瞬間、部屋の中に缶が転がると炸裂し大音響と光に包まれた。

 

 

 

 

 

「周囲に敵影無し。

 9割方無力化完了、コロンビアやメキシコより楽でしたね」

 

「ええ、100度近い気温と100%の湿度には散々よ。

 あそこは戦争をするところじゃないわよ、相手がヤクでも。

 メキシコはテキーラとビールは良かったけどコロンビアは最悪よ、コカイン畑とヘロイン以外何があった?」

 

「サッカーぐらいですか?アメフトの方がいいですけど」

 

「分かる、サッカーなんて何が面白いのよあのラティーノ」

 

「…ドイツの人がいたら多分私達二人共リンチ食らってますよ」

 

「G36がいなくて良かったわ、いたら多分バラバラにされてサッカーボールにされてる」

 

「あの、これは一体…」

 

「大丈夫よ、M4。

 みんな気絶してるだけ、人形用特殊スタングレネード2発をまともに食らったのよ?

 15分で回復するのが特別な人形ね。

 さてと、システムを弄らせてもらいますよ」

 

 鉄血のハイエンドモデル、代理人に首を絞められもはやここまでと思った次の瞬間、部屋が爆音と光に包まれ気を失った後、気がつくと目の前には迷彩服と防弾ジャケットを着てヘッドセットをつけたヘルメットを被ったAR-15、そしてもう一人の自分がいることにM4は困惑していた。

 目の前のAR-15は気にせず気絶した代理人のボディを壊し見慣れない機械に配線を繋ぐ。

 

「姉さん、エージェントのシステムに繋げました。

 どうですか?」

 

「これで行けるはずよ、構造とか基本システムは変わってないようだし。

 それと、私達の背後で銃を構えないでくれるかしら?」

 

「ええ。正当防衛で撃ちますよ?今なら示談に応じますけど」

 

 もう一人M4とAR-15が振り返って言う。

 すると瓦礫の奥からもう一人のAR-15と二人の人形が出てきた。

 

「チッ」

 

「えっと、お姉ちゃんが二人…?」

 

「お前たち、一体何者だ」

 

 もう一人のAR-15は舌打ちし一番小柄な人形は困惑、眼帯をつけた人形が聞いた。

 

「何者、ですか。

 私はG&Kセキュリティ、第23コマンド第3中隊タンゴ小隊、通称AR小隊よ」

 

「ま、ここじゃ無名もいいところだけれど。

 M16、システムは?え?システムが3世代前の代物だから楽すぎて今コーラ飲んでる?

 一体どこからそのコーラ持って来たのよ。」

 

 もう一人のM4の答えは更に彼女達を当惑させる。

 何故ならAR小隊とは彼女達の事、それぞれが一体しか生産されていないオリジナルである。

 

「全く答えになってない」

 

「でしょうね。逆に聞きたいけどあなた達はどこの誰?

 これでフェアでひょ?」

 

 M16にもう一人のAR-15がポッケからチョコバーを取り出して食べながら聞き返す。

 

「私達はグリフィン&クルーガー社所属AR小隊よ」

 

「グリフィン&クルーガー?元親会社の?7年前にロシア経済危機で倒産したわよ。

 社長は倒産後贈賄で訴追されてるし。」

 

 M4が答える、だが帰ってきたのは訳の分からない答えだった。

 

「まあその顔は『お前一体何を言ってるんだ脳味噌鼠に食われたかこのペチャパイ』って思ってる顔ね。

 貧乳は自分でもネタにしてるから別に構わないけど…

 

 

 知りたい?」

 

 AR-15が瓦礫に腰かけて聞いた。

 

「何をですか?」

 

「全てよ、私達が何者で、何が起きて、何処から来て、何処に向かうか。

 一体何が起きているのか、何が起きるのか、世界中の全てが一変する出来事を知りたい?」

 

 M4にAR-15が語り掛ける。

 その表情、話しぶりは同じ部隊のAR-15とは全く違う何もかもを見透かされているような不気味さが漂っている。

 

「知って、何があるんですか」

 

「さ、それは神のみぞ知るって奴よ」

 

「どうしますか?周囲3キロの鉄血は全て倒したか無力化しましたがその外側は知りません。

 送ってもいいですが場所も分からないですし、ここでお別れですが」

 

 もう一人のM4も畳みかける。

 そしてAR-15が問いかけた。

 

「さ、判断して頂戴。

 今はあなたのターンよ。この賭けに乗るの?それとも降りる?

 掛け金を確認してからにする?」

 

 M4は結論を出した。

 

「そのゲーム、乗ってもいいですか?」

 

「OK、さ、アホ共が来る前に行こう。」

 

「こちらタンゴアルファ、司令部、迎えのヘリを要請。

 ステルスホークを一機送って。お客様4名も追加。」

 

「M4、こいつの処理はやるからSOPと姉さん集めて。」

 

「分かりました。姉さん、SOP、帰るから集まって。」

 

 AR小隊はまだ知らなかった、これが歴史を変えることになるとは…




(変わってしまった人形)
・AR-15
一番変わってる。お喋り好きのお調子者と化す。貧乳は持ちネタ。
M4とは親友、参謀役兼相棒。
アメフト派。酒飲み
コロンビア・メキシコ帰り。麻薬カルテルと戦ってた。

・M4
おっとりしているが戦闘になると定石から奇策まであらゆる手を使って敵を嵌める軍神と化す。
AR-15は親友。
ペイトリオッツファン。麻薬カルテルと戦ってた。

・M16
出てないけどハッカー。一番のベテラン。
サイバーセキュリティコンサルタントが副業。

SOP出てない?次出るから…


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第一部:二つの世界
第1話


本編

世界観について色々書かれます。


「我々に与えられた選択肢は3つです、静観しかの世界の人類が滅びるのを観察するか、穴を閉じ完全に見捨てるか、そして我々が全力で以てかの世界の人々を救助するか。

 かの世界にとって、我々は最後の希望なのです。

 この場にいる良識ある議員の皆様がまさかその希望を踏みにじり打ち捨てるなどという事をするわけがないと私は確信している。

 かつてチャーチル首相は『新世界が旧世界をその全力で以て救助するその日まで』と演説しました、かの世界はその日を待ち望み、等々その日が来たのです。」

 

――イギリス首相パトリック・ジャーヴィス

  (2062年2月15日英国下院臨時議会席上にて)

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカで最も有名な建物といえば恐らく自由の女神だろう。

 しかしながら、自由の女神はただの銅像だ、最も有名な“家”となればそれは恐らくワシントンD.C.のもっとも有名な建物、白亜の外観と特徴的な見た目のホワイトハウスだ。

 

「大統領閣下、エドワーズ空軍基地からです。」

 

「分かった、私だ」

 

 その中で最も有名な“部屋”と言えばウェストウィング一階のオーバルオフィス、大統領執務室だ。

 その部屋の主たる合衆国大統領ピーター・カークマンは側近から伝えられ電話を取る。

 

『大統領閣下、アームストロング大佐です。』

 

「アームストロング空軍大佐、急な連絡だ、何かあったのか?」

 

 電話の相手の空軍大佐にカークマンは問いかける。

 

『はい、その…』

 

 電話の相手、アームストロングの言葉を聞くと表情を変える。

 

「分かった、明日、特使を送る、では」

 

 そう言って電話を切るとある所に電話をかける。

 

「私だ、今すぐ安全保障担当補佐官と国務長官を呼び出してくれ。

 大至急だ」

 

 

 

 

 

 

「は?M4、本当か?」

 

『本当です、何か問題でも?』

 

「大有りだ。今頃DCは大騒動だぞ」

 

 その頃、エドワーズ空軍基地内―――のはずなのだが何故か外はカリフォルニア州の砂漠のど真ん中の基地とは全く思えない雪景色―――では一人の()()()()()()()()男がテレビ電話越しにM4と会話していた。

 

『別に政府の役人は使い潰してもいいでしょ』

 

「15、役人は人形じゃないぞ。

 気楽に言わないでくれ、それに俺の親父が下院の軍事委員会のメンバーだって忘れてるのか」

 

『あら、そうだったわね』

 

 男の名はG&Kセキュリティの社員ジェームズ・イシザキ、アメリカ空軍と契約してエドワーズ空軍基地の“警備”を担当している指揮官だ。

 だが彼は今自分の置かれている状況が歴史に関わる程の状況だと気がついていた。

 

「切るぞ、無事帰って来いよ」

 

 一言言って返答を待たずに切るとかけているメガネを外し顔を拭い溜息をつく。

 

「ふぅ…」

 

「大変な事が起きたようね」

 

 ため息をつく彼の前にコーヒーの入ったカップが置かれる。

 見上げるとサイドテールの女が立っていた。

 

「ああ、最悪の時にこっちに来たなワルサー」

 

「どうせホノルルに帰っても暇なだけよ。

 スプリングとママはマウナケアに籠ってるし、パパはDCよ」

 

「今年は中間選挙だぞ」

 

「猶更行く気ないわよ、選挙権が無いのに選挙運動にかかわってもむなしいだけよ」

 

 彼と親しげに話すのは戦術人形のワルサーWA2000だ。

 彼女は戦術人形だがG&K所属ではない、彼の私物である。

 戦術人形というのはそれなりの値段はするがかなり一般に普及している、最新の統計データによると米国民のおよそ35%が何らかの形で戦術人形を保有している。

 今の時代3人に1人は戦術人形を持っているのだ。

 

「あの、ワルサーさん?私の仕事を取らないでくれませんか?」

 

「え?ああ、悪かったわねM14。

 あなたも飲む?土産のコナコーヒー」

 

 突如ワルサーは後ろから声をかけられる。

 振り返るとセーラー服にカーディガンを着て首元には特徴的な勲章をつけたツインテールの戦術人形、M14が立っていた。

 

「お構いなく、海兵隊時代に散々飲みましたから。

 で、指揮官、どうしますか?」

 

「どうって言われてもねぇ…元海兵隊員で中国で名誉ある勲章を頂いた英雄殿の見解を聞こうかな?」

 

 指揮官は副官のM14の意見を聞いた。

 その返事は単純明快だった。

 

「そうですね、このままでいいのではないでしょうか?」

 

「その所は?」

 

「所詮は私達は軍と契約した民間企業の社員です。

 海兵隊時代のように軍人ではないので、それに下手に見捨てれば叩かれますよ。

 ただでさえPMCという存在は微妙なのですから」

 

「イラク戦争が激化したのもPMCがやらかした件があるからな。

 下手に動けばメディアに叩かれる」

 

 かつて、PMC勃興期のイラク戦争でアメリカのPMC、ブラックウォーター社が民間人の殺傷や激化の原因を作った例があった、その例を踏みたくない、言い方を変えれば何事につけても事なかれ主義が理想である彼らは下手に動きたくなかった。

 

 

 

 

 

「司令部に連絡も終わりました。」

 

「そ、であんた達は一体どこの誰で何者?まさか鉄血のコピー人形じゃないわよね?」

 

 基地から離れた針葉樹林上空を飛ぶヘリの機内で司令部に連絡したM4に向かいに座るもう一人のAR-15が棘のある言い方で聞いた。

 

「違うわよ。ものすごーく簡単にバカでもわかる説明をするとね…

 

 

 

 

 異世界の人形よ」

 

 AR-15が言い放った。

 その答えにもう1人のM4達は絶句する。

 

「それ…本当ですか?」

 

「本当だよ、もう1人のお姉ちゃん」

 

「本当だ。この場で神に誓ってもいい」

 

 M4の疑問にM16とM4SOPMOD2が断言する。

 

「まあ物証は私達自身なのだけれど。

 異世界というわけで色々歴史も違うのよ。

 この世界みたいに世界中に崩壊液ばら撒くなんて馬鹿な自殺行為はしてないし」

 

「なんだと…?それじゃあ白蘭島事件は…」

 

 AR-15の言葉にM16が聞いた。

 この世界で世界中に崩壊液が撒かれた事件と言えば白蘭島事件である。

 

「いえ、それは起きました。でも多分事件の内容が全然違うと思います。

 私達の知る歴史では中学生の一団が侵入、拘束されてこれがきっかけになり全ての遺跡と崩壊液研究施設の管理体制が見直された事件です、あなた達の世界はどうですか?」

 

 M4が彼女の知っている白蘭島事件を説明する。

 彼女の知るこの事件は崩壊液の開発管理体制見直しと国際的枠組み構築のきっかけとなった事件である。

 

「最悪だ。遺跡が爆破され崩壊液が拡散…それで…」

 

「10億人が死んだ。スティザムシミュレーションと同じ結果ね。」

 

 AR-15の呟きにM16が頷く。

 AR-15はあの事件の後イギリスの物理学者が発表した崩壊液拡散時のシミュレーションを思い出す。

 そのシミュレーションの中では最悪で人類の半分が死に絶え太平洋沿岸一帯が壊滅するという結果が出ていた。

 最も軽微な計算で10億人が死ぬと計算されていた。

 

「それで?私達の世界だと大きな出来事といえば45年に中国で香港と台湾の独立運動がきっかけで中国政府が分裂した中国内戦が51年まで続いたけど」

 

「その時期に第三次世界大戦です。」

 

「世界中で核兵器が使われたわ」

 

 AR-15とM4が第三次世界大戦のことを話す。

 不思議な事に二つの世界では全く同じ時期に大きな戦争が起きていた。

 一方の世界では中国で大規模な内戦が、もう一方の世界では第三次世界大戦だった。

 

「ワォ、終末後の世界ならどうせ行くならマッドマックスが良かったわ。

 正直ゾンビ物は苦手よ」

 

「ねえ、鉄血はいないの?」

 

 するともう一人のSOPが聞いてきた。

 

「いるよ、会社が潰れて色々大変みたいだけど。ハンターお姉ちゃんたち何処にいるんだろ?」

 

「ハンターなら上海で現地警察の訓練に当たってるそうだ。

 この間侵入者から聞いた。

 侵入者は侵入者で蝶事件の犯人追うので忙しくてモスクワから離れられないそうだ」

 

「蝶事件も起きたのか?」

 

 もう一人のM16が聞いた。

 

「そっちも起きたのか?

 こっちも起きた、去年蝶を名乗るクラッカーがロシアと中国の合弁の軍需企業鉄血のシステムに侵入、システムをハッキングして一部を暴走させた挙句機密資料をネット上に大量に流出させた事件だ。

 それで累計500人以上の軍人や民間人が死亡、自律人形も600体以上が破壊されたらしい。

 流出した情報の中にロシア政府上層部や軍の汚職に関わる物やかつての非人道的研究、ロシア軍の機密に関する情報も含まれて鉄血は破産、倒産した。

 研究施設や製造施設はロシアのコングロマリットのペテロ社が買収したが。」

 

「全く違うな、こちらは鉄血の管制AIエリザが暴走して全ての鉄血人形が暴走した事件だ。」

 

 二人のM16の話す蝶事件の顛末は全く違っていた。

 一方はクラッカーによる事件、もう一方はシステムの暴走事件だった。

 

「ねえ、ROは?」

 

「言われてみればROいないわね」

 

 突如SOPが聞いた。

 目の前にいるAR小隊は4人、一応本来はAR小隊は5人編成なのだ。

 もう一人サブマシンガンの人形、RO635がいるはずだ。

 

「RO?誰ですか?」

 

「聞いたことないわ」

 

「AR小隊は4人編成だ」

 

 だが彼女に心当たりはないようでM4とAR-15が説明する。

 

「RO、正式にはRO635というサブマシンガンの戦術人形がいて、彼女が5人目の正式なメンバーなんです。」

 

「殆ど幽霊隊員だけどね、DEAからFBI、今はシークレットサービスだっけ。

 私達が軍事畑なら向こうは警察畑よ」

 

 5人目のAR小隊、RO635は一応所属、なのだが色々な事情があり殆ど別行動が多かった。

 これについては元々配備が遅れたのと本人の性格的な問題があった。

 ここでふとAR-15が窓の外を見た。

 気がつけば外の針葉樹の梢がかなり近くなっていた。

 

「あら、そろそろ到着ね。」

 

「え、もうか」

 

 この世界のAR小隊は想像以上に早い到着に驚いていた。

 機体はホバリングを始めゆっくりと降下する。

 窓の外の景色はどんどん低くなり代わりに格納庫と滑走路、管制塔、周りに並ぶ見慣れない飛行機たちが現れる。

 そしてドスンという衝撃が襲い両側のドアが開けられ冷たい空気が一気に入り込んだ。

 

「こいつらがお客さんだな!M4!」

 

「そうです!丁重にお願いします!」

 

「分かった!検疫班!来い!」

 

 左側のドアを開けた黒人の兵士が大声でM4と会話する。

 そして合図すると兵士達がやってきた。

 するとAR-15が向かいに座るAR小隊に向かって言う。

 

「ようこそアメリカへ、自由の国へ」

 

 




・SOP
いい子、加虐趣味は一切ない。いい子。
誰とでも仲良くなれるいい子。虫も殺せない。(けど人は殺せる)

・RO
AR小隊なのに所属はシークレットサービス。
その前はFBIとDEA(麻薬取締局)所属。
ほぼ別行動

・M14
副官。元海兵隊所属。強い。
英雄。戦場帰り。

・WA2000
殺しの為に生まれたのに登録は関係ない民間人保有。
指揮官と付き合い長い。

・ハンター
鉄血は明確に敵じゃないので敵じゃない(色々複雑な事情)
上海にいる

・侵入者
鉄血は明確に敵じゃ(略)
モスクワにいる。ハッカー仲間


登場人物の名前は色んな作品から取ってたり…(カークマン大統領はその典型)


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第2話

第2話
そろそろ年表公開すべきでは…?


「は…?冗談だろ大統領」

 

 それがM4が聞いた彼の第一声だった。

 食堂に置かれたテレビを見ながら言ったその言葉は信じられない物を見たような様子だった。

 

 

 

 

 

 基地に到着して数時間後、AR小隊はなぜか検疫と検査を受けた後装備を返却され待合室にいた。

 だがどういうわけかAR-15とM16の検査が長引き全員が揃った頃には日が沈み時計の針は6時ごろを指していた。

 

「やっと終わったわ…」

 

「長かった…」

 

「何かあったのですか?」

 

「大有りよ」

 

 M4がAR-15とM16に聞いているともう一人の異世界のAR-15が結果を持った書類を持ってやってきた。

 書類はM4に渡され読むと見慣れない言葉が書かれていた。

 

「えっと…傘ウイルス?」

 

 M4はこの単語に聞き覚えはなかった。

 そこでAR-15が説明した。

 

「ええ、知らない?

 コンピューターウイルスの一種で自律人形のシステムのコントロールを奪うシステム。

 鉄血がロシア軍向けに開発して蝶事件の頃には殆ど完成してたけど事件で会社は倒産、こいつの情報もインターネット上にばら撒かれて一時大流行。

 今は全自律人形メーカーが対策パッチを実装したから被害は一切ないんだけどあんた達全員その対策パッチが入ってないから試作モデルの傘ウイルスに感染してたわけ。

 まあ勝手にどっかのバカがこれを元に改造してるからいたちごっこは終わらないんだけれど」

 

「そうなんですか」

 

「こいつは相当面倒なウイルスよ。

 ただこの試作モデルはまだ洗練されてないから結構楽に対策できるわよ。

 時間があればあなた達のシステムに追加パッチいれるそうよ」

 

 AR-15が説明する。

 二人は知らぬ前にコンピューターウイルスに感染していたのだ。

 ただ既に知られていたウイルスであったため処理は簡単だった。

 

「ありがとうございます。」

 

「セキュリティの一環だから礼はいらないわよ。」

 

 突如待合室のドアがノックされドアが開く。

 

「あなた達がもう一人のAR小隊ね」

 

 入ってきたのは茶髪のツインテールにセーラーの人形、即ちM14だった。

 

「はい、そうですが」

 

「私は副官のM14よ。よろしくね」

 

「よろしくお願いします」

 

「ねぇ指揮官は?」

 

 M14とM4が挨拶しているとAR-15が指揮官のことを聞いた。

 

「えっと、まあそのなんて言いますか…

 お仕事中、なんですかね」

 

 何やら迂遠な言い回しをする。

 

「またサボって…違うな。アレ見てる?」

 

 時計を確認したAR-15が聞くと頷いた。

 

「まあ仕方ない。この時期の季節行事みたいな物だし」

 

「アレって何?」

 

「SOP!」

 

 突然黙って聞いていたSOPが聞いた。

 それにAR-15がさも当然の如く返す。

 

「何って、一般教書演説よ。

 丁度今日の今の時間帯やっているわよ」

 

「「一般教書演説?」」

 

 全員が口をそろえた。

 

「え?マジで知らないの?新聞読んでる?ニュース観てる?

 国際ニュースの定番ネタよ、この演説で世界最強の国の方針が話されるのよ。」

 

「そもそも国家なんてものの権威が失墜してるんだが」

 

「は?ちょっとまって、この世界無政府状態なの?

 国連どうしたの?」

 

「国連も殆ど役立たずよ」

 

「何か想像以上にヤバい世界ね。

 近いうちに国連が動くわこれは」

 

 AR-15が驚く。

 国家というものが失墜し国連は役立たず、事実上の無政府状態という恐ろしい状態だった。

 もはや彼女らがどうこうできる話ではなくどう考えても上の、米軍とかの更に上、即ち国連に掛け合い多国籍軍の結成さえ視野に入れないといけない状態という事が理解できた。

 

「これは大変ですね…ところで指揮官に挨拶しますか?」

 

 M14が突然聞いた。

 

「はい、できれば」

 

「分かりました、私について来てください」

 

 M4が返事をするとAR小隊を連れ指揮官のいる食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 そして話は冒頭に戻る。

 

「指揮官、どうしましたか?」

 

「見ろ、大統領が言っちまった」

 

 指揮官らしきアジア人的な要素のある男が目の前のテレビを指さす。

 

「まさか…」

 

「ああ。シュワルツシルト計画の事をな」

 

『議員、そして親愛なる合衆国民の皆様、我々はとうとう次元の壁を打ち破ることに成功したのです。

 国連と世界で最も優秀な科学者たちの知能を結集した結果、さる昨年12月15日、ついに我々は異世界への穴を作り上げたのです!

 現在その穴の先では軍と軍と契約した職員合計1000名が作戦を展開中です。』

 

 テレビからは50代後半らしきスーツを着た男が星条旗の旗を背景に演説する様子が流れていた。

 この男こそが合衆国大統領ピーター・カークマンだった。

 

『恐らくこの件の事をなぜ今まで黙っていた、はたまた戦争権限法違反でないかという声もあるかもしれない。

 しかしながら、我々は偉業を達成することに成功したのです!

 人類史上初の試みを成功させたのです。

 そしてそれ以上に喜ばしい報告があります、先程、展開していた部隊の指揮官より異世界の人々との接触に成功したと報告がありました。

 我々は次元を超えた友情を築ける時なのです!』

 

「なんてことだ…」

 

「私はあんたの私物扱いで入れたけどこれから大変な事になりそうね」

 

 指揮官と隣に座る戦術人形のワルサーWA2000が話す。

 指揮官は顔をこわばらせワルサーの方は溜息をついていた。

 

「ワルサー、家に帰るのはしばらく無理だぞ」

 

「分かってるわよ。下手するとDCかも」

 

「公聴会は嫌だ、議会で親父に会いたくない」

 

「そう祈っとくわ」

 

「あの指揮官、お連れしましたよ」

 

 M14が割り込みAR小隊を紹介する。

 

「ああ、よろしく。指揮官のジェームズ・イシザキだ。よろしく」

 

「AR小隊、小隊長、M4です。」

 

「AR-15よ」

 

「私はM4SOPMOD2!よろしくね指揮官」

 

「M16だ、よろしく頼む」

 

「あいよ、あと空軍の指揮官でエドワード・アームストロング大佐ってのがいるんだが今は仕事で忙しい。

 明日お客が来るからな」

 

 挨拶に指揮官は毛だるげに返事する。

 もう一人空軍の将校としてエドワード・アームストロング大佐がいるが仕事で手が離せなかった。

 

「ところで、そちらの戦術人形は?」

 

「ん?私はワルサーWA2000。一応彼の指揮下にある人形じゃなくて彼の私物だからよろしく」

 

 ワルサーも挨拶する。

 

「色々話は聞きたいがここではなんだ、オフィスに来てくれないか?」

 

「分かりました」

 

 指揮官は立ち上がるとAR小隊を連れ基地内のオフィスに向かった。

 指揮官が去った後、食堂のテレビからはカークマンの演説が続いていた。

 

『だがしかし!かの世界の実情は我々の想像をはるかに超える程悪い状況なのです!

 世界中に崩壊液が撒かれ、鉄血人形が暴れ、人類は滅亡の危機に瀕している。

 私はこれが神がかの世界を救済するために与えたもうたチャンスだと考えている。

 かの世界の人々を救済できるのは我々だけなのです!

 かつてある映画でこんなセリフがありました「大いなる力には大いなる責任が伴う」と。

 かの世界を救済するのは我が国、そして我が世界の責務なのです!

 私はここに、国連、そして両院対して国連憲章第42条に基づく国連軍派遣とその許可を要請する!』

 

 カークマンの演説の続きにテレビの周りがざわつき始めた。

 米国史上前例のない米国の要請に基づく国連軍派遣、そして史上初の異世界への国連軍派遣という事が実際に起きようとしていた。

 

 

 

 

 

「まだ見つからないのか?」

 

「はい、クルーガーさん。

 M4達からのデータが送られたのはいいですが7割程送信されたところで途絶しました。」

 

 100キロ以上離れたある司令部、グリフィン&クルーガー社の本部の指揮所でモノクルをかけた女性とガタイのいい大男が話していた。

 

「連絡は取れたのか?」

 

「いえ…作戦地域一帯で大規模な通信妨害が行われているようで無線も使えません」

 

 話しているのは突如失踪したAR小隊の件だった。

 セーフハウスからデータを送信中に通信が途絶、行方不明になり捜索が行われていた。

 

「撤退してきた部隊からの情報もないのか」

 

「はい。あるのは空軍機が作戦行動をしていたことだけです」

 

「空軍機?珍しいな。今度礼を言わないとな」

 

 撤退してきた部隊からの目撃情報は空軍機が爆撃を行いその援護で無事に撤退できたことだけだった。

 翌日、クルーガーは空軍に問い合わせるとその日、その場所では空軍は戦闘機はおろか無人偵察機の一機も飛ばしていない事を知ることになる…

 

 

 

 

 



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第3話

世界観解説は次


「私だ。ああ、大統領が言った。

 君は今すぐロシア、イギリス、フランス、ドイツ、日本、イタリア、インド、ブラジル、南アフリカ、パキスタンの国連大使に会って協力を要請、臨時安保理を12時間以内に開いてくれ。

 私は今からロゴジン大使に会う。」

 

「レインハート補佐官、ゴア国防長官からです。」

 

 ホワイトハウス、カークマンの演説が終わり30分もしないうちにホワイトハウスのレインハート安全保障問題担当補佐官はスタッフにいくつもの指示を出しながら慌ただしく国連大使に電話をかけていた。

 理由は勿論大統領の演説、その突拍子もない演説にスタッフは急いで根回しに向かっていた。

 

「それは後だ。マイク、君は今すぐペンタゴンに行ってゴア長官と話をつけろ。」

 

「了解です」

 

 国防長官からの電話に受け取った黒人のスタッフに指示を出す。

 

「ジェフ、ハルゼー議員とディケーター議員に明日緊急の軍事委員会を開かせるよう交渉してくれ。」

 

「分かりました」

 

 アイリッシュ系のスタッフには議員会館に向かわせ両院の軍事委員会の委員長に委員会の開催を交渉を指示。

 

「君はウェブスターCIA長官に情報収集部隊を明日エドワーズに向かわせるよう伝えろ。」

 

「補佐官、了解しました」

 

 インド系の女性のスタッフにはCIAへの対応を指示する。

 

「ジョーンズ議員とバーリンゲーム議員に誰か今すぐ電話をかけろ。

 バーリンゲーム議員は指定生存者で今セントポールだ。

 どうせ間に合わないから委員長代理を選ばせろ」

 

「了解!」

 

 外交委員会の委員長二人との電話会談にはヒスパニック系の女性スタッフが動く。

 国連大使との電話を切ると内線電話をかける。

 

「カービィ、声明文はどうなってる?

 

『スティーブ、今原稿を書かせてる。

 ライター曰くまだ3割だ』

 

「メディア対応を急げよ。

 日本で明日の朝刊の一面と日本の夕刊の一面を飾るからな。」

 

『ああ、コカイン吸わせても書かせ…』

 

 報道官に電話をかけ切ると更に別の所にかける。

 

「マーヴィン、俺は今から大使に会ってからそのままアンドリュースに向かう。

 後は任せて構わないか?」

 

『分かったスティーブ。伊達に30年この街で暮らしちゃいないさ。

 ああ、その書類は後だ、誰かリンダの様子を見に行ってくれ。

 G36、コーヒーとエナジードリンクを用意できるだけ用意してくれ。

 で?なんだ?』

 

「いや、大丈夫そうだからな。じゃあ切るぞ」

 

 首席補佐官に後の事を任せると身だしなみを整え荷物を持ちロシア大使館へと向かった。

 

 

 

 

 

「さてと、まず色々と聞きたいが最初に言っておくがこれは任意の事情聴取だ。

 ここで話されることに法的な拘束力や証拠能力がありもし裁判等になった際には不利な証拠に使われる場合がある。

 次に任意だから拒否しても構わない。

 最後に話したくない事があれば黙秘権を行使できる。

 後一応録音録画もしておく、いいね?」

 

 さて、ワシントンDCの大混乱を知らない指揮官たちはオフィスに着くとAR小隊に法的な要件を言う。

 だが彼女らは何故そんなことが伝えられるか分からない。

 

「えっと、そんな事を伝えてどういう意味があるのですか?」

 

「どういう意味って、訴訟対策だよ。

 下手に訴えられると困るからな」

 

「訴訟って、そんな事できるとでも?」

 

 AR-15が椅子にソファに座って腕を組みながら言う。

 

「できるんだよ。アメリカでは。

 合衆国憲法修正第30条、連邦政府の登録機関に登録された自律人形は選挙権、被選挙権、一部の社会保障を受ける権利を除く全ての市民と同じ権利を有し、行使できる。

 自律人形の権利に関する条項だ。

 それにオコンネル法で自律人形の政府への登録が義務化されてるからそもそも未登録の人形自体が違法だし」

 

 合衆国憲法修正第三十条、2048年に制定された憲法の修正条項で自律人形の権利に関する条項である。

 オコンネル法、正式には自律人形登録管理法はこちらも49年に可決された文字通り登録と管理に関する法律だった。

 この二つの条項に基づき自律人形の権利は事実上人間と同じであった。

 

「そんな変な法律があるんだな。」

 

「ないのか?この世界には」

 

「ええ。そもそも自律人形は道具よ」

 

「ハハ、思考を行い、感情、欲求を持つ中身が機械であるという事以外すべて人間と同じものが道具だって、笑わせるな。

 だったら何をもって人間じゃないと言うんだ?」

 

 指揮官はAR-15の弁を笑い飛ばす。

 この世界では自律人形は「人形であることが一つの個性」「物であるが権利がある」という機械と人の中間という曖昧な物という扱いだった。

 その曖昧さこそが人形の特徴という哲学的な認識があるのだ。

 

「とにかく、ここは法的にはアメリカ合衆国カリフォルニア州だ。だから連邦法とカリフォルニア州法が適応される。

 じゃあ色々と聞こうじゃないか。

 まず最初に、君らの所属を教えてくれ。」

 

 指揮官が聞くとM4が即答する。

 

「グリフィン&クルーガー社です。」

 

「社長は?できれば他の幹部も教えてくれ」

 

「社長はベレゾヴィッチ・クルーガー、上級執行官にへリアントスさんがいます。」

 

「そのほかには?」

 

「一応私達はIoPのペルシカリアさんの直属です」

 

 AR小隊周囲の情報を集める。

 何人かの人名には彼にも心当たりがあった。

 ペルシカと言えばかの世界でも第二世代自律人形の開発に大きな貢献をした人物であり現在でも世界のトップに君臨する技術者だ。

 クルーガーも元親会社の社長で現在は贈賄容疑でロシアの刑務所の中だ。

 

「では次、あそこで何をしていた?」

 

「ペルシカさんに命じられて鉄血の機密情報を収集して送信していました」

 

「機密情報?」

 

「はい、詳しくは知りませんが技術的なものかと」

 

「もしかしてその送信開始時刻って13時半ぐらいから?」

 

 送信していたと聞いてAR小隊が出会う少し前の事を聞いた。

 

「ええ、だいたいその時間帯からですが…」

 

「すまない、作戦行動の都合でその辺りから空軍が通信妨害を開始してたんだ。

 多分完全に送れてるかどうか怪しい。」

 

 指揮官は頭を下げて謝った。

 空軍がほぼ同時刻に地域一帯で通信妨害を開始していた、そのため完全に送れているかどうか怪しい状況だった。

 

「そんな、謝らなくても…」

 

「結果的に君らの仕事を邪魔したんだ。

 民間企業同士なら謝って当然じゃないか、それに裁判は勘弁してほしいって事情もあるからな」

 

 幾ら2060年代になろうともアメリカという国は訴訟大国だった。

 簡単に裁判に発展し時には余りにもバカバカしい裁判もある国なのだ。

 

「じゃあ次だ、この世界の歴史を2030年の白蘭島事件から教えてくれ」

 

 指揮官がM4に恐らく歴史が変わったポイントらしき2030年からの事を聞いた。

 そしてその世界は全く違う歴史をたどり文字通り世紀末となった顛末を聞いた。

 

「ありがとう。

 想像以上に悪いな…すまないが明日、同じ話をお客にも話してくれないか?」

 

「ええ、別にいいですけど…」

 

「ねえ、その客っていったい誰なの?

 大したことないなら早く基地に戻りたいんだけれど」

 

 黙っていたAR-15が聞いた。

 どうもイライラしているようで足を組んで一人貧乏ゆすりしていた。

 

「大した客だよ。

 スティーブン・エドワード・レインハート安全保障問題担当大統領補佐官、大統領の側近で国防長官、国務長官にも並ぶ安全保障、外交の重要人物さ。」

 

 客というのは安全保障問題担当補佐官という文字通り大統領の側近中の側近であった。

 アームストロングが仕事で忙しいのもこの大統領の側近の受け入れ準備であった。

 

「それじゃあ次だ、君らは俺の世界の歴史に興味があるかい?」

 

「ないといえば嘘になる」

 

「正直者で結構な事だ。他のはどうなんだい?」

 

 M16が即答する。次に指揮官はおどけた口調で他のAR小隊にも聞いた。

 

「私も…気になります」

 

「一応聞いておくわ」

 

「なんか面白そうだね」

 

「それじゃあ話そう、話が長くなるからこれでも食べながら話そう」

 

 指揮官は机の上に置かれたマカダミアナッツのチョコを一口食べるとゆっくりと話し始めた。

 




今のところ登場してる政権幹部
・ピーター・カークマン大統領
ミネソタ出身。59歳。
妻がいたが12年前に死別。子供はいないが戦術人形のLWMMGを娘のように可愛がっている。
大統領になるまでは政治経験ゼロ。
前職はスタンフォード大学の政治学教授。

・スティーブン・エドワード・レインハート安全保障問題担当大統領補佐官
メリーランド州出身。35歳。
スタンフォードからホワイトハウスにインターンし政界に入った鬼才。
カークマンの教え子で政治経験だとこちらの方が長い。
世渡り上手で外交下手の大統領に代わり外交方面を司る。
ドイツ系でひいひいおじいさんがドイツの科学者で冷戦初期にアメリカに移住した。


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第4話

世界観解説~
基本原作の世界観に対するアンチテーゼ


 マカダミアナッツを食べると指揮官が話し始めた。

 

「じゃあ、まず白蘭島事件からだ。

 これは起きたがちょっと内容が違う。

 中学生の一団が侵入したが偶々警備中だった兵士に発見、そのままお縄になった事件だ。

 まあこれだけだったら特に問題はなかったのだが発見されたのが一番内側の警備線で中国政府は上から下まで大騒ぎになり更にこの情報が誰かがリークしたらしく事件が起きた一週間後にモンゴルの新聞社がトップニュースですっぱ抜いた。

 それで国際社会から疑惑の目を向けられただけじゃなく各国の遺跡管理そのものが世論から疑惑の目を向けられるようになった。

 そこでイギリスの物理学者、スティーブン・スティザムが各国の崩壊液関連遺跡と研究施設からの崩壊液拡散をシミュレーションしたシミュレーション結果、通称スティザム・シミュレーションを発表。

 するともし白蘭島の遺跡から崩壊液が拡散すると最悪の場合人類の半分が死亡、太平洋一帯全域が汚染という最悪すぎる結果が弾き出された。

 この結果世界的に崩壊液を国家管理から国際管理に移行する動きが始まり人類滅亡の引き金を引きかけた中国が特にその動きを推進、その年のうちに『崩壊液の研究開発に関する国際的枠組み条約』通称上海条約が締結。

 翌年には国連国際崩壊液管理委員会、略称I3Cが設立、これ以降崩壊液関連技術の研究開発は全て国連管理になった。」

 

 崩壊液の拡散が紙一重の所で回避されたこの世界では崩壊液そのものが国際管理となったのだ。

 これは核戦争を始めなくてもただ事故なので流出させるだけで全人類が滅亡するという恐怖に全ての国家が同調、迅速な国際的組織設立に動いた結果だった。

 一旦話を切るとテーブルの上のカップのコーヒーを飲み続ける。

 

「で、同じ年、ドイツの哲学者のハマーシュマルクが『人間とは何か』って哲学本を出したんだ。

 その中で当時加速化していたAIやロボット研究を念頭に置いて『もし中身が機械であること以外全てが人間と全く同じ機械が現れたらそれは機械と呼べるのか?機会として扱えるのか?』って書いたんだ。

 これが哲学者の間でハマーシュマルクの問題として呼ばれるようになった。

 これが人形の権利に関する最初の提言の始まりだよ。」

 

 人形の権利に関する話では同じ年にドイツの哲学者が人形を予測するような提言をした事から始まっていた。

 これも歴史が変わった結果生まれた変化だった。

 

「翌年の31年にロシアと中国の合弁で鉄血が誕生した。

 その二年後の33年にI3Cは世界初の崩壊液中和剤の開発に成功、改良され今は確かタイプ8って中和剤が主流だ。

 で、更に2年後の35年には日本が経済破綻、極東経済危機と呼ばれる金融危機が発生、追い打ちをかけるように地震も起きて日本は大混乱。

 デフォルト、ハイパーインフレ起こした末挙国一致内閣が成立、すごいもので10年もしたらすっかり立ち直ったよ。」

 

 歴史が変わったところでは崩壊液の完全な無力化の成功、日本が経済破綻していた。

 どちらも事件が起きなかった結果生まれた事であり、前者は不可能とされ、後者は国家そのものが消滅寸前だった。

 

「翌年、アメリカで初の無宗教の大統領としてコーネリアス・ライアンが就任。

 それから20年間民主党が両院の過半数を維持し大統領が5期連続当選した。

 また37年には世界初の自律人形が誕生、その8年後には改良され各種機能が追加された第二世代自律人形と第二世代戦術人形が生まれた。

 で、この自律人形を最初に見たライアン大統領がハマーシュマルクの問題を引用してな、それから人形を道具として扱っていいのか?って問題が生まれたんだ。

 同じ年にはアメリカ・ベルギー・ドイツ合弁の会社としてIoPも誕生、38年から本格的な生産が開始されたんだ。

 39年、予備選中のライアン大統領が暗殺未遂に遭遇、一命はとりとめたが回復不能の障害を負って次の大統領には副大統領だったフォアステルが当選した。」

 

 事件が起きなかった結果として技術的な後退要因がなくなりそれどころか加速していた。

 自律人形や第二世代戦術人形の誕生自体が10年も早くなっていたのだ。

 

「と、まあここまでは平和だったんだがこの頃から極東、特に広州と台湾がキナ臭くなってきた。

 端的に言うとこの頃から香港と台湾で独立運動が激化、国連も介入して2045年の2月に独立投票が行われたんだがこれでマカオが一国二制度維持だが香港台湾が正式な独立を選択したんだ。

 それに中国政府は香港・マカオを占領、国連の選挙監視委員会のメンバーも全員拘束したんだがそのメンバーってのがライアン元大統領とかロシアの元首相のような各国の元政府高官揃いでな、親中的だったロシアでさえ怒り狂いアメリカと手を結んで米露相互安全保障条約、通称アンカレッジ条約を締結、中国を牽制。

 一方の中国は明確な反欧米路線を取り米露との交渉だけでなく国連やスイス、フランス、イギリスの仲介さえ拒否。

 事態はまさに第三次世界大戦前夜のような状況になり各国政府は中国からの自国民退避を開始、その途中で上海沖でロシアの民間人退避の為傭船されてた客船と護衛のロシア海軍の駆逐艦を中国の駆逐艦が攻撃、ロシア艦1隻が撃沈、もう一隻が大破、一方中国は一隻が中破拿捕、もう一隻が大破、撤退した。

 これが切欠となりロシアが満州地方にモンゴルと共同で侵攻、中国政府を恫喝した。

 直後、中国政府内で政変が勃発、欧米強硬派の書記長以下が解任され穏健派の外務大臣が臨時書記長に就任、米露の要求を受諾した。

 これで一件落着と思いきや直後、中国軍と地方政府が中央に反旗を翻して反乱が発生。

 解任された強硬派を首班とする中華人民共和国臨時政府を南昌で設立を宣言、内戦をおっぱじめた。

 一方の北京政府は何とか長江以北の地方政権を掌握するが軍部隊は空軍の半分、海軍の大半、そして陸軍の3割、武警の半分しか掌握できず事実上反乱の撃退は不可能で国連に支援を要請、それで各国から国連軍が派遣、南昌政権と戦い始めた。

 これが中国内戦と呼ばれる戦争だ」

 

 この世界で第三次世界大戦と全く同じ時期に起きたのが中国内戦、香港・台湾・マカオの独立を巡る国連の動きに強硬化した政権が変わった直後に強硬派の軍や地方政府が団結して中央に反旗を翻した結果長江を境に南北で分裂、内戦が始まったのだ。

 国連が即座に介入するが巨大な国でしかも民衆の大半は反欧米派であり事態は泥沼化した。

 

「ただあまりにも中国は巨大でいくら軍を投入しても兵が足りずPMCも所かまわず雇われ投入、南政府もPMCを雇って投入、更には自律人形を武装化した戦術人形が初めて大々的に投入され、南の連中は中国政府の核弾頭を使って核実験したりニューヨークめがけて核ミサイルを発射までした。

 ただ国際社会の支援を得られなかった南政府は時間が経つにつれて不利になり51年に両政府は停戦に合意、長江を境に国連のPKO部隊が展開、台湾海峡沿岸と広州、長江沿岸一帯が非武装地域化、新疆ウイグル、内モンゴル、チベット、満州を放棄し満州はロシアに、内モンゴルはモンゴルに編入、チベット、ウイグルは独立。

 また南政府について韓国とロシアを攻撃した北朝鮮は反撃で壊滅、北朝鮮は韓国に編入された。

 これで戦争は終わったんだが時を同じくして南米中米で麻薬戦争が激化、メキシコとコロンビアが無政府状態に陥り米州機構と国連に援助を求めラテンアメリカの自由作戦が開始、麻薬戦争に本格的に介入し始めた」

 

 中国の内戦が激化していた一方で中南米では麻薬戦争が激化していた。

 アメリカを筆頭に多くの国がそのリソースや軍を中国に送った結果であった。

 麻薬組織の監視や摘発が緩くなりそこを突いて強大化、更には内戦が終わるとそこで使われた兵器が大量に流入、結果として激化に繋がった。

 

「だいたい同じ頃の40年代後半、ここで人形権利問題が一応の解決を見た。

 合衆国憲法修正第30条が48年に制定、施行。

 翌年人形の権利に関する国際条約、通称名古屋条約が締結、これで問題は事実上解決。

 50年には人形の登録と管理に関する法律としてオコンネル法が制定、これに基づきロボット省とDBI、人形犯罪捜査局が設置された。

 宗教関連だと50年代に第二次バチカン公会議が開催されて人形の改宗をカトリック教会が認めたけどイスラムはあくまで認めない立ち位置らしい。」

 

 中国内戦で人形が兵士達と協力し大成功を修めていたがこれが後押しとなり48年に登録された人形の権利を「選挙権・被選挙権・一部の社会保障を受ける権利を除く全ての市民と同等の権利を有する存在」とする修正第30条が制定、翌年にはそれを世界的な基本とする国際条約も締結されていた。

 またこの社会構造そのものの変化に宗教界も動き公会議で改宗を認めたところもあればあくまで認めないという立ち位置もあった。

 

「で、同じ頃、I3Cが始めたのがシュワルツシルト計画とバルカン計画。

 これは詳しい話は物理学者に聞いてほしいんだが何でも崩壊液が物質を崩壊させるときに発生させるエネルギー量を試算したところただ水をを一定量崩壊させるだけでその莫大なエネルギー量によって時空そのものを歪ませる程のエネルギーを発生させてたらしい。

 それを使って実際にワームホールを作ったりワープ航法を成功させようってのがこの計画。

 計画は12年以上の歳月をかけて見事成功、この通りさ。」

 

 彼らがここにいるのもこの計画によるものだった。

 崩壊液関連技術に関しては彼らの世界は彼女らの世界に対して圧倒的に優れていた。

 核融合とは比べ物にならない程のエネルギーを発生させる崩壊液は放射能よりも危険であるが魅力的なエネルギー源として研究開発が進み、SFを実現させるまでに進化したのだ。

 

「それと、これはあんたらに関わることだがグリフィン&クルーガー社も中国内戦が始まった頃にロシアで生まれてる。

 だけど2055年にロシアで大規模な経済危機が発生してその余波で破産、倒産した。

 俺達G&Kセキュリティはその残骸からアメリカのファンドがアメリカ支社を買収して作った会社さ。

 ちなみにだがクルーガーは倒産後に贈賄が発覚して今ムショだ。

 へリアンだが倒産後にヘッドハンティングされて我が社の最高執行責任者、ペルシカはIoPの首席エンジニアだ。」

 

 だが一方でグリフィン&クルーガー社は50年代半ばにロシアで発生した金融危機の余波で破産、倒産。

 G&Kセキュリティはその残骸から米国ファンドが作った企業だった。

 

「で、56年の大統領選で政治経験ゼロのスタンフォード大学の政治学教授だったピーター・カークマンが当選。

 最後に去年だがロシアの鉄血のシステムにハッカーが侵入、機密情報全部をインターネット上にばら撒いてさらには一部人形を暴走させた。

 それが蝶事件、これで300人以上が死傷、鉄血はその一週間後に破産、倒産して今はロシアのコングロマリットに買収されて人形開発の一部門になったらしい」

 

 56年の大統領選と両院選で民主党の天下は終わり変わって共和党が過半数を獲得するも20年の影響とカークマン大統領の政治方針から全体的には中道右派的スタンスの政治が続いていた。

 また61年に蝶事件が発生、こちらは彼女らの世界と比べれば規模や被害は小さいが鉄血が破産し機密情報がネット上に撒かれ人形メーカーなどは大変な事態になっていた。

 

「まあこんなもんだ。

 平和と繁栄を享受する神に祝福された素晴らしい世界だよ」

 

 そう言うと指揮官はコーヒーを飲み乾いた喉を潤した。

 すると突如電話の着信音が鳴った。

 

「わ!」

 

「お、すまん。

 もしもし」

 

 それは指揮官のだった。ポッケから大して見た目が変わっていない電話を取り立ち上がり部屋の端で話し始めた。

 

『ジェームズ、私だ』

 

「親父、なんの用だ?

 そっちこそ今は忙しいんじゃねえのか?」

 

 相手は彼の父親、下院議員のパトリック・イシザキ議員だった。

 

『まあな。だから簡単に用件を伝えておく。

 さっき臨時の軍事委員会が開催されてな、そこでエドワーズ空軍基地で行われている軍事活動とそっちの情勢に関する公聴会が決議された。

 それでお前とお前の部下と保護した人形が証人として召喚するそうだ。

 こいつは記者にも流してない本物の特ダネだからな。

 『パット!早く来い!あの店23時半がラストオーダーだぞ!』

 ああ、今行く!じゃあ切るぞ』

 

「お、おい!親父!おい!聞いてるのか!」

 

 慌ただしく電話を切られる。

 不通の音が悲しく鳴り響いた。




現代の延長線上のドルフロ世界だから戦争なんてほとんどない平和

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第5話

舞台はドルフロ世界からワシントンDCへ


「で、任務って?」

 

 どこかの廃墟の中、飄々とした口調の話し声が聞こえる。

 覗けばそこにはグレーの髪の少女が無線機で誰かと話していた。

 

『AR小隊が失踪した地域を調査し、その付近で活動する謎の勢力を調査してもらいたい。

 また可能ならばリコリスが残したファイルも回収してもらいたい。

 報酬は弾もう』

 

 相手は特徴的な片メガネの女、即ちグリフィン&クルーガー社のへリアンだった。

 

「りょーかい」

 

「45姉、なんだったの?」

 

 話し終わり無線を切ると後ろからブラウンの髪のツインテールの少女が陽気な声で話しかけた。

 

「9、新しい任務よ。」

 

「分かった!」

 

 一言言うとツインテールの少女はどこかへ向かう。

 少しすると誰かの寝起きの声やそれを叱る声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 数日後の2月6日、ワシントンD.Cの南西、ポトマック川対岸のバージニア州アーリントンにあるのがワシントンDCに最も近い民間空港、ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル国際空港である。

 滑走路が交差した3本しかない世界最大最強の国の首都空港とは思えない程規模の小さい空港でより大きなダレス空港やボルチモア・ワシントン空港もあるがどちらも離れているため街から5キロしか離れていないこの空港は大変な需要があるのだ。

 

「メアリー!久しぶり!」

 

「ケビン!会いたかったわ!」

 

「ハニー、ああ今空港についた。

 よかった、ディナーは一緒に食べれそうだ」

 

「はい、飛行機が2時間遅れですよ。

 会合には何とか間に合いそうです」

 

「乗り換え便どこだ」

 

 その出口では恋人と再会する若者や携帯で家族に電話する出張帰りのビジネスマン、出張らしいが遅刻目前らしい若いサラリーマン、乗継便を探す大学生などがひしめき合っていた。

 その中にスーツケースとガンケースを持った奇妙な3人組がいた。

 

「なあ、なんで俺らここにいるんだろうな」

 

「知らないわよ」

 

「DCは久しぶりですね~」

 

 三人組、即ち議会の公聴会に出席するために来たジェームズとワルサー、M14だった。

 AR小隊はというと24時間前にはDCに来ているのだがこの3人組は別行動だった。

 

「あいつら輸送機で直接アンドリュースだけど俺らはロスまで行くのに2時間、市内で渋滞に巻き込まれて1時間、更に道に迷って1時間、到着したら予定便が出発してて丸一晩空港で過ごした挙句に早朝便が吹雪で遅延からの欠航で予定から14時間遅れだぞ」

 

「文句言わないの、迎えが来ているはずよ」

 

 軍が輸送機を出してくれずわざわざ100キロ以上離れたロサンゼルスまで行ってから飛行機でナショナル空港まで向かうつもりが道に迷って渋滞に巻き込まれて2時間遅れて空港に辿り着いた時には搭乗便はコロラド上空、空港で一晩明かして翌朝の早朝便で向かうはずがナショナル空港が早朝から猛吹雪で遅延、更に欠航して結局到着したのは夕方だった。

 

「昨日からまともなベッドで寝てないよ…早くホテルで寝よう」

 

「指揮官!張り切っていきましょうよ!私は今から20キロは走れますよ!」

 

 移動が無茶苦茶で人間の彼はもう疲れ切っていた。

 一方のM14はまだ元気いっぱいで疲れた様子など微塵もなかった。

 

「うん、そうだね、うん。

 で、迎えってどこに…」

 

 迎えを探そうと周りを見ると「Mr.Ishizaki」と書かれた紙を持った二人組の女性、片方は50過ぎの白人、もう一人は明るい髪の毛をハーフアップにした特徴的な髪形のセーターを着た良家の子女のような女性を見つけた。

 どうやらワルサーもそれに気がついたらしく同時に反応する。

 だが同時にそれを持っている二人組の正体にも気がついた。

 

「あ!指揮官!迎えの人がいま…」

 

「全く、あの親父何処に迎えがいるって言うんだよ。

 地下鉄で早く行こうぜ」

 

「ええ、そうね」

 

 M14の両手を引っ張りながら迎えの二人組の前を通り過ぎる。

 

「ちょ!ジェームズ!」

 

「ワルサー!なんで無視するの!」

 

 迎えの二人がすぐに追いつき声をかける。

 

「うるせー!なんでママがここにいるんだよ!

 天文台どうしたんだよ!」

 

「スプリングもなんでいるのよ!

 ここDCよ!」

 

 迎えの正体とは彼の実の母親と戦術人形のスプリングフィールドだった。

 

「実はね、大統領にお呼ばれしちゃったの!」

 

 年甲斐もなく明るい口調でホワイトハウスに招かれたと言う。

 だが指揮官は相当嫌なようで呟いた。

 

「もうやだ帰りたい」

 

「指揮官のお母さんですね、副官のM14です。よろしくお願いします」

 

「あらかわいい子ね、うちの息子がお世話になってます」

 

 一方M14はというと丁寧に母親とスプリングフィールドに挨拶していた。

 

「公聴会に仕事で母親と遭遇、これから親父に質問攻めにされるのにこれ以上嫌な事あるか?」

 

「分かる」

 

 DCに到着して僅か30分、既に二人の心は2月頭のワシントンDCの空のように憂鬱だった。

 

 

 

 

 

 

 ワシントンDCはアメリカの首都らしく格式高い高級ホテルがいくつも存在する。

 数多くの要人が泊まったホテルのあるスイートルームにAR小隊が泊まっていた。

 

「M4、ルームサービスで何頼む?」

 

「何でもいいですよ」

 

「そ、じゃあコーラとショートケーキ二人分。

 はい、では」

 

 ベッドに座ってぼーっとテレビで映画を見るM4にルームサービスを頼むAR-15が聞く。

 彼女らは泊っているとは名ばかりに実態は軟禁に近かった。

 

「M4、ぼーっと何見てるのよ」

 

「映画です。シークレットサービスの方がお勧めしてくれた古い日本のアニメ映画らしいです」

 

「女子高生が戦車に乗って戦うなんてふざけた設定ね。

 こんなの誰が見るのよ」

 

「お勧めしてくれた人曰くかなりヒットしたそうですよ」

 

「そ」

 

 M4は警備の人からお勧めされたという古いアニメ映画を見ていた。

 到着してから数日、事実上の軟禁状態に退屈していた。

 

「変な感じですね…」

 

「何が?」

 

 突如M4が呟いた。

 

「今まで戦闘ばかりで兵器として使われていたのにここでは人として扱われ兵器なのに戦う事が許されないなんて。

 それにこうして私達の世界で一番豪華なホテルよりももっと豪華な部屋で時間を持て余す日が来るなんて」

 

 ベッドに寝転がり天井を見ながら言う。

 彼女には違和感しかなかった、この世界や自分達の扱いが。

 

「確かにね…戦争はないとは言えないがずっと平和で安定して繁栄した世界。

 いつ鉄血が来るか、ELIDが来るか、明日死んでも可笑しくないと考えず毎日を過ごすなんてね」

 

 窓の外の夕方の帰宅ラッシュの通りを見ながらAR-15も言う。

 するとドアがノックされた。

 

「ルームサービスです」

 

「はーい」

 

「早いわね」

 

 AR-15がドアを開ける。

 するとルームサービスの50代ぐらいの女性が黒人のシークレットサービスと共に入りテーブルの上にコーラとケーキの準備をするとお辞儀をして出て行った。

 

 

 

 

 

「ジェームズ!久しぶりだな!」

 

「クリスマスに帰れなくて悪かったな、親父」

 

 AR小隊のいるホテルの一階のフロントでは指揮官が父親のパトリック・イシザキ議員と再会しハグしていた。

 最高級ホテルという事もありフロントは豪奢な空間であり殆どの人がスーツか洒落た装いの中スーツの男と大学生のような服装の一団はある意味目立っていた。

 

「えっと、指揮官のお父さんですね?

 副官のM14です、よろしくお願いします」

 

「おお、君が例の英雄殿か。

 息子がお世話になってるよ、ジェームズ、こんなかわいい子が部下なんだ、迷惑はかけるなよ?」

 

「親父に言われなくても分かってる。

 早くチェックインしよう、ベッドで寝たいんだ。」

 

 指揮官は荷物を置いてフロントに向かい手続きをする。

 その間ワルサー達はラウンジのソファに座って脱力していた。

 

「ああ、このソファ柔らかいわね…このまま寝ちゃうかも」

 

「寝てはいけませんよ、ワルサー」

 

「それにこの後も予定があるじゃないか」

 

 今にも寝そうなワルサーに向かいに座ってコーヒーを持ったスプリングフィールドがやんわりと注意する。

 さらに父親も注意する。

 

「予定?スーパーボウルは来週よ」

 

「あら?忘れるの?今日は7時から大統領主催のパーティよ」

 

 母親の言葉にワルサーが気がついた。

 そう、大統領主催のパーティに招待されていたのだ。

 会場は勿論ホワイトハウスだ。

 

「忘れてた…何でか知らないけど招待状届いてた…AR小隊共々…

 M14、知ってた?」

 

「はい、そのためにドレスも用意しましたよ?」

 

「すっかり忘れてたわ…」

 

 大統領からAR小隊共々直々の招待という合衆国国民としては最高ともいえる名誉にあずかれるという事をすっかり忘れていた。

 チラッとラウンジの壁掛け時計を見ると時計は5時半を指していた。

 

「これじゃあ荷物持って行って準備してすぐに向かわないと駄目ね…」

 

 時計を見てこれからの予定を考えどっと疲れが押し寄せたワルサーだった。

 

 




(主人公関連オリキャラ)
・パトリック・イシザキ
民主党下院議員、ハワイ州選出、下院軍事委員会所属
主人公の父親、ハワイ州の民主党の大物
ホノルル出身、日系人

・メアリー・イシザキ
ハワイ大学天文学教授、ウィスコンシン州グリーンベイ出身
旧姓コシチュシコ、ポーランド系アメリカ人
主人公の母親、マウナケアの天文台に20年以上勤務、殆ど山から下りず研究を続ける姿勢から別名「マウナケア山の魔女」
恒星間天体研究の権威でその筋の人からは超有名人

・ジェームズ・イシザキ
G&Kセキュリティ指揮官(管理職、部長クラス)
28歳、ハワイ大学卒業後入社。
軍事教育は社内の訓練カリキュラムで培う。
事なかれ主義でやる気はない


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第6話

華麗なるワシントンDC


「あの…本当にいいんでしょうか…?」

 

「違和感しかないわね、こんな物に招待されるなんて」

 

 7時過ぎ、ホワイトハウスの中央の建物、通称レジデンスの一階の東の部屋、通称イーストルームには大勢人が集まっていた。

 その中にシックな黒いドレスに身を包んだAR小隊も混ざっていたがこのような場に出ること自体初めての彼女らは知っている顔が一切ないこの部屋の片隅で困惑していた。

 唯一SOPは部屋の調度品や家具など今まで見た事ないような豪華絢爛な物の数々を目を丸くして見ていた。

 

「うわああ~綺麗~」

 

「あんまりはしゃぐなよ」

 

 M16には下手に騒動を起こしては大変だと思い子供のように歩き回るSOPを追いかけていた。

 一方部屋の反対側では指揮官一家とM14がいた。

 

「おお、英雄様じゃないか」

 

「グッドイナフ海兵大将、お久しぶりです」

 

 M14に海兵隊のブルードレスを着た将軍が敬礼するとM14が返礼する。

 M14はいつもの格好のままだったが首にはいつもと違う勲章、即ち名誉勲章がかけられていた。

 

「サーグッドイナフ、現在M14の上司のジェームズ・イシザキです」

 

「ミスターイシザキ、特殊作戦軍司令官のレナード・グッドイナフだ。」

 

 スーツ姿の指揮官がグッドイナフに敬礼する。

 グッドイナフは返礼すると副官の将校と共に離れていった。

 

「なんというか、大変ね」

 

「ああ。この手の奴には慣れてるんじゃないのか?」

 

 失礼のないよう気を使っている指揮官がワルサーに言う。

 ワルサーはいつもと違うシックなドレスを着てクールビューティーなキャリアウーマンのようだった。

 

「いつもはもてなす側よ。ところでAR小隊の面々と会ったの?」

 

「いや、探してるんだがな。この辺にはいないから反対側じゃないか?」

 

 二人はAR小隊の面々を探していたが全く見つからなかった。

 ホテルに着いてからはチェックインすると慌ただしく着替えて化粧直ししたりしてから手配された車に乗り込んでホワイトハウスに向かったので彼女らと会う機会などなかった。

 

「ジェームズ」

 

「なんだ親父?」

 

「紹介しよう、司法長官のトム・ラングドンだ」

 

 父親はと言うと慣れたように政権幹部などと話し60代か50代後半らしい杖を持った男とその後ろで動く黄色い毛玉のような女性を紹介する。

 指揮官はと言うと突然司法長官という腐っても内閣の一員を突然さも古い友人を紹介するように紹介され顔には出さないが驚いていた。

 

「君が息子かね?司法長官のラングドンだ。

 この子は私の娘だ」

 

「違いますよ、トムさん。

 戦術人形のSAT8です、よろしくお願いしますね」

 

「は、初めまして、司法長官閣下、ジェームズ・イシザキです」

 

「そんなかしこまらなくてもいい、フランクにトムって呼んでくれて構わない。

 じゃあパット、失礼するよ」

 

「トム、また後でな」

 

 ラングドン司法長官とSAT8は指揮官たちと別れ人ごみに消える。

 突然閣僚を紹介され二人は神経を擦り減らす。

 

「ジェームズ、紹介するわ、NASAのシェパード長官と教育長官のショアよ」

 

「ジェームズ・イシザキです」

 

「シェパードだ。よろしく」

 

「ショアよ」

 

 司法長官に続き今度は母親がドイツ系の50代のNASA長官とヒスパニック系の女性の教育長官を紹介する。

 母親と二人は親しく会話しているが指揮官とワルサーはうなづくだけの文字通り人形として空間に精一杯溶け込む。

 そして隙を見ると二人から離れ人ごみをかき分けて進む。

 

「クソ!なんて人だ!」

 

「ええ、一体何人いるのよ」

 

「おい!ジェームズ!」

 

「ん?ゲ!」

 

「何がゲ!だ!上司に向かってその口の利き方はなんだ!」

 

 突然呼ばれ振り返る、そこにはあの片メガネの銀髪の女性、G&Kセキュリティ最高執行責任者、へリアンがいた。

 まさかの場で上司に会うとは思わず固まる。

 

「いや、その、まさかDCに来ているとは…」

 

「公聴会に呼ばれたんだ。

 で、君らは何をしている?」

 

「大方へリアンさんと同じです。

 それでAR小隊を探してて…」

 

「さっき向こうの方で見たぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「お!おい!」

 

 AR小隊のいる場所を聞くと指揮官はワルサーを連れて向かった。

 そしてしばらく人ごみをかき分けるとやっと特徴的なピンクの髪を見つけた。

 

「AR!」

 

「指揮官!?」

 

「来てたんですか?」

 

「ああ、親父とママ共々招待されたんだ」

 

 まさか来ていると思っていなかったM4とAR‐15は声をかけられて驚いていた。

 

「SOPMODとM16は?」

 

「多分どっかをほっつき歩いてるわよ」

 

「そ」

 

「おい!ジェームズ!」

 

 すると後ろから人ごみの合間を縫ってへリアンが追いかけてきた。

 へリアンまで登場したことにM4達はさらに驚く。

 

「へリアンさん!?」

 

「どうしてここに!?」

 

「私も招待されたからな。」

 

「M4、紹介しよう、G&KセキュリティのCOOのへリアントスだ。

 みんなへリアンって呼んでる」

 

 指揮官がへリアンを紹介するがM4達は彼女をよく知っていた。

 同時にへリアンも彼からの報告でM4達の事も把握していた。

 

「君たちが異世界のAR小隊か、初めましてへリアンだ。

 ようこそアメリカへ」

 

「えーっと、初めまして」

 

「初めまして」

 

 M4とAR-15がへリアンと握手すると彼女が聞いた。

 

「ところで、君達の目から見てこの世界はどう思う?

 正直な意見を言ってくれ」

 

「そうですね、何というか不思議な世界です」

 

「不思議?」

 

「はい、戦術人形が兵器ではなく人として扱われていたり家族の一員のように接する人が多かったり」

 

 M4が率直に答えた。

 彼女らの目にはこの世界の戦術人形と人間の関係は不思議に見えた。

 

「そうだろうな、君らの世界では戦術人形は軍が使う兵器だと聞く。

 だがこの世界では少しばかり事情が異なる。

 君らの世界のように人的資源の枯渇は起きていない、だからわざわざ兵士を機械に置き換える必要もない。

 むしろIoP系の人形の場合、人間と極めてよく似ているという特性や能力だけならば特殊部隊員に匹敵する面を生かして警察や民間の方が人気が高い。

 この部屋だけでもシークレットサービスのが5体ぐらいいるはずだ」

 

 へリアンが説明する。

 戦術人形はこの世界では軍の特殊部隊や警察、民間用という側面が強い。

 民間用は所謂修正第二条の延長線上としてアメリカでは人気で戦術人形ならば各地の銃規制を回避できるという側面もあり戦術人形の普及にはNRAなどの銃器関連団体の存在もあるのだ。

 そして警察では優秀でありながら人に威圧感を与えない容姿を利用する場合が多かった。

 

「えっと、もしかして?」

 

 M4が近くの窓の傍で周囲を監視するシークレットサービスの人を指さす。

 その姿がロングの銀髪で身長が180センチ近いという中々特徴的な姿だった。

 

「あれもだろう。恐らくファイブセブンだ。

 他にも向こうの出入り口傍のはたぶんG36C、向こうの給仕はG36だ」

 

 さらにへリアンは出入り口傍の片眼が隠れたシークレットサービスやメイド姿で替えのドリンクを運ぶ女性を指さす。

 その二人もよく見れば戦術人形だった。

 

「意外といるのね」

 

「まあな」

 

 AR-15と話していると会場の照明が突然暗くなり部屋の反対側が騒がしくなり始めた。

 そしてスポットライトが付いた。

 

「何!?」

 

「おー、どうやら主催者が来たらしい」

 

「主催者?」

 

「合衆国大統領よ、AR-15」

 

 混乱するM4とAR-15にWA2000が言う。

 その言葉通り反対側のドアから通路をシークレットサービスが作ると50代らしき壮年の男、即ちカークマン大統領が銀髪のツインテールの女性を連れて手を振りながら現れ中央の演台に登る。

 だが指揮官たちがいるところからは演台に一人で現れるまで一切見えなかった。

 大統領が演台に登り真ん中に置かれたマイクを手に取る。

 

「レディースエンドジェントルメン、それと人形の皆さん、この度私のパーティに来てくださり本当にありがとうございます。」

 

「大統領の祝辞が始まったぞ」

 

 指揮官がよく知らないM4達に言う。

 演台の周りでは記者らが動いていた。

 

「今回のパーティは特別です。

 何せこの部屋の中に異世界の人形であるM4A1、M16、AR-15、M4SOPMOD2を招いていますから。」

 

 部屋中にどよめきが広がる。

 大統領は更に話を続ける。

 

「異世界の状況は相当悪いと聞いている。

 国というものが破綻し、民間企業が幅を利かせ、崩壊液によって人類は滅亡寸前。

 だからこそ、我々が彼らに手を差し伸べるのです。」

 

 温和な口調で言う。

 カークマンは世間一般でも誠実で真面目な正直者、というのが世間一般の評判、その評判に違わない演説だった。

 

「この問題は色々あるでしょうが、我々はかつて1944年のように自由の使者として異世界の地を踏みしめなければならないでしょう。

 そして同時にこの世界の平和と繁栄を我々が享受できる裏には今もこの時間、世界中で日夜平和を守っている人々がいるという事を忘れないでください。

 皆さん、この平和を享受できることに感謝し平和を守っている人々に感謝を。

 神がアメリカと国民を守りますように」

 

 そう言うと演説を終える。

 会場は拍手に包まれ指揮官とWA2000、へリアンも拍手する。

 

「流石我らが大統領だ。

 民主党支持者だがカークマンは好きだよ」

 

「はぁ」

 

「それは嬉しいね」

 

 突如聞きなれた声に話しかけられ振り返る。

 振り返るとそこにはシークレットサービスを連れた大統領がいた。

 

「ミ、ミスタープレジデント!」

 

「確かイシザキ議員の息子さんのジェームズだったかい?」

 

「は、はい。ジェームズ・イシザキです!」

 

「よろしく、ジェームズ君。

 そちらの妙齢のレディーは?」

 

「戦術人形のワルサーWA2000です、大統領」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 二人は緊張しながら大統領と握手する。

 大統領は優しそうな笑みを浮かべていた。

 

「それで君たちが確か異世界の人形だったね。

 はじめまして、大統領のピーター・カークマンだ」

 

「M4A1、です」

 

「AR-15よ」

 

「よろしく、M4、AR-15。

 M4は私の父がイラクで使っていた銃だ、どうも他人とは思えないよ」

 

「は、はあ」

 

 大統領とM4、そしてAR-15が握手する。

 二人は困惑していると突如フラッシュが焚かれた。

 気がつくと記者に囲まれていた。

 

「大統領!一枚お願いします!」

 

「こっちにもお願いします!」

 

「分かった分かった、すまないが少し付き合ってくれるかな?」

 

「えっと、何をですか?」

 

「簡単だ、少しポーズを取ってくれるだけでいい」

 

 小さな声でお願いする。

 AR-15とM4が並び大統領と握手するポーズを一分ほど取る。

 その間絶え間なく写真撮影がされる。

 

「M4、一体何なのこの時間」

 

「さ、さあ」

 

 二人は困惑していた。

 そして写真撮影が終わると記者が質問してきた。

 

「大統領!一言お願いします!」

 

「そうだね、例え世界が変わろうとも人形も変わらない、彼女らも又我々の知る人形と何一つ変わらない事が確信できた。

 どうぞアメリカを楽しんでください」

 

「ではそちらの人形の方も一言お願いします!」

 

「えっと、あの…」

 

 記者にコメントを求められ大統領は慣れたように言うがこの手の話が苦手なM4は困惑する。

 元々気が弱く目立つことが苦手だった。

 

「あのね、こんな時間に何の意味があるのよ」

 

「え?」

 

「おい」

 

 突如苛立ったAR-15が声を荒げた。

 パーティはいいとして突然囲まれて写真を撮影されその上コメントを求められる、あまりの横暴(AR-15視点)に苛立ったのだ。

 後ろに立っていた指揮官が注意するが一切聞く耳を持たない。

 

「第一私達は人形よ、兵器よ、こんな事に何の意味があるのよ!

 行くわよ、M4!」

 

「え、AR-15…!」

 

 AR-15は強引にM4を連れて会場を出て行ってしまった。

 記者達は唖然とし互いに顔を見合わせ大統領を見る。

 

「失礼、どうやら彼女はショックを受けているらしい。

 君らのフラッシュが強すぎたんじゃないかな?」

 

 大統領は記者達にジョークを飛ばす。

 記者達が大笑いする横で指揮官はAR-15を追いかけた。

 




(設定)
・トム・ラングドン
作者のドルフロ別作「ドールズウィッチーズライン」で出した後方幕僚のアメリカ人。
この世界ではカークマン政権の司法長官
やっぱり糖尿病でSAT8連れてる。

・レナード・グッドイナフ
海兵隊対象で特殊作戦軍の司令官。
M14の元上官

・へリアン
合コン負け女ではない
独身だけどクソ忙しいだけ。
ドルフロ本編より出世してCOO。


一応この世界戦術人形の主な顧客は個人・警察・軍の特殊部隊・一部のPMCだけで軍の主体は人間のままだしマンティコアとかアイギス、ダイナゲートみたいな連中はいない。

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第7話

パーティから公聴会へ


「AR-15、戻りましょうよ」

 

「嫌よ!もうこんな茶番懲り懲りよ!

 私達は兵器よ!どいつもこいつも腑抜けた事ばかり言ってさっさと戻るわよ!」

 

 AR-15がM4を引っ張りながら大声で言う。

 周りを歩く職員や招待客は驚くが目もくれず出口に向かおうとする。

 

「待て!待て!待て!」

 

 すると指揮官が何とか走って追いつきAR-15の前に立ちはだかる。

 

「どいて」

 

「駄目だ、戻れ」

 

「嫌よ」

 

 AR-15は説得を拒否し押しのけて出て行こうとする。

 

「大統領に恥をかかせる気か?」

 

「関係ないわよ、あんな奴知らないわ」

 

「関係あるんだ、ここはアメリカだ」

 

「だから?」

 

「明日の朝のニュースでこの映像が延々と流されるんだぞ」

 

「そんなの大統領が止めれば済む事よ」

 

 AR-15が彼女らの世界のように報道管制を敷けばいいという。

 確かにあの世界ならば都合の悪い事は検閲なりでどうにでもなるだろうがここは違う。

 

「ハハ、面白いジョークだな。

 ここはアメリカ、お前らの世界じゃない。

 この国は民主主義国家だ、報道の自由が憲法で認められた国だ。

 こんなことわざがある、ローマではローマ人らしく、ここはアメリカだ、アメリカ人らしく振舞え」

 

 強い口調で命令する。

 AR-15の言った事はアメリカ人の最も大事にする価値観たる自由と権利を蔑ろにする事と同義だった。

 

「わ、分かったわよ」

 

「それにSOPとM16がいるだろ。

 勝手に帰ったら心配するぞ」

 

「ええ、戻りましょう?」

 

「そうするわ…」

 

 AR-15は二人の説得に応じて会場に戻った。

 だが戻ったところには大統領はいなかった。

 

「大統領、先に行っちまったみたいだな」

 

「ええ、その代わりこの二人は捕まえたけどね」

 

「大丈夫だったか二人共」

 

「お姉ちゃんたち大丈夫?」

 

 いたのは戻ってきたSOPとM16、置いてけぼりにされワインを飲んでたワルサーだけだった。

 M16とSOPはAR-15を心配する。

 

「大丈夫よ、二人共。

 ちょっと混乱しただけだから」

 

「お前らしくないな」

 

「この数日色々起きすぎたの。」

 

「あの、大丈夫でしたか?」

 

 突如AR-15に誰かが声をかけた。

 振り返ると髪の先が赤い銀髪の女性がいた。

 

「あ、はい、大丈夫です。

 ご迷惑おかけしました」

 

「そんな、こちらこそ気に障るようなことを許してしまって本当に申し訳ありません。」

 

「えっと、ところでどちら様でしょうか?」

 

「えっと、私はLWMMG、リンダって呼んでください」

 

「リンダさん?」

 

 リンダと名乗ったLWMMGに指揮官とへリアン、そしてワルサーは聞き覚えがあった。

 

「お、おい。ただの戦術人形じゃないぞ彼女は。

 大統領の娘さんだぞ」

 

「娘?人形なのに?」

 

「知らないから当たり前だと思うけど説明するわ。

 カークマン大統領は12年前に妻をガンで亡くしてるの、その奥さんが亡くなる前に買ったのが彼女。

 奥さんを亡くして子供もいなかった大統領は彼女にリンダって名前を付けて可愛がってるの。」

 

 ワルサーがAR小隊に説明した。

 彼女は大統領には娘のような存在だった。

 

「ありがとうございます、では。

 パーティとアメリカを楽しんで」

 

 LWMMGはそう言って大統領を追いかけて行った。

 

「人形と人間の関係って全く違うのね」

 

「そんなものさ」

 

 AR-15が彼女の後姿を見て呟く。

 彼女の電脳の中で何か納得したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 公聴会というのは合衆国議会の委員会によって開かれる関係者らを招致して行われる聴取である。

 その大半は証人喚問という形で行われこの場で話されることは法的には証拠として扱われる。

 また場合によってはカメラが入り全米や全世界に生中継もされる。

 

「いいえ、我々の行動はエドワーズ空軍基地の警備の延長線上であり我々の武力行使は全て合衆国領内と基地への不法侵入として対処しています」

 

「アームストロング大佐、質問は以上です。

 ありがとうございました」

 

 共和党の議員が証言台で証言したエドワーズ空軍基地のアームストロングを退席させる。

 合衆国議会議事堂内の一室、両院主催による臨時公聴会がこの日開催されていた。

 議題は異世界での軍事行動の是非だった。

 普段ならば傍聴席は空席が目立つがこの日は違った。

 傍聴席には記者やロビー活動の関係者が集まり注視していた。

 

「続きまして、G&Kセキュリティ社員、ジェームズ・イシザキ」

 

 職員が次の証言者の名前を読み上げる。

 そしてスーツを着た指揮官が現れ一斉に記者がフラッシュを焚いた。

 

「では、宣誓を」

 

 証言台に立つと議長の共和党の上院議員が宣誓を指示する。

 指揮官は証言台に置かれた聖書に手を置く。

 

「宣誓、この場において神と合衆国の名に負いて真実のみを証言することを誓います」

 

「では着席」

 

 宣誓を行うと着席させ静かになった。

 

「では、フレデリカ・シャーマン議員から」

 

「はい。最初に、現地に展開している人員と規模を答えてください」

 

 最初に質問したのは共和党の女性の上院議員、彼女の質問に指揮官は的確に答える。

 

「職員30名、戦術人形30体、物資100トン、トラック3台、乗用車10台です。」

 

「軍の方は?」

 

「戦闘攻撃機18機、ヘリコプター24機、UAV35機、輸送機10機、地対空ミサイル5基、管制システム1セット、レーダー3基。

 兵士職員合計1019名、その他軍属研究者150名、以上です」

 

「では現在までの累積の戦果と損失を」

 

「2月1日までの戦果は各種戦術人形合計234体、国籍不明機12機、戦車3台、自走ミサイル発射機5台。

 損失は軍・PMC合計負傷者3名、ヘリ一機、トラック3台が事故で損失。

 なお負傷者は全員軽傷、ヘリ・トラックも全損ではなくヘリは中破で現在修理中、トラックは現在も修理の上使用中です」

 

「これまでに使用した弾薬の合計はご存知ですか?」

 

「我々の使用したのがえっと、銃弾5万発、擲弾1578発です。

 空軍の方は1084ソーティ、爆弾1221トン、ミサイル340発、銃弾・砲弾6万発と聞いてます」

 

「ありがとうございます、議長、質問は以上です」

 

 シャーマン議員が質疑を終える。

 聞かれた戦果や展開している人員や装備の数を聞かれただけだった。

 

「シャーマン議員、着席願います。

 続いて民主党リー下院議員」

 

「はい、ミスターイシザキ、貴方は現地でのG&Kの責任者で間違いないですか?」

 

 次の質問者は民主党の白人の下院議員だった。

 まず議員は責任者かどうかを確認した。

 

「はい、現地の我が社の一切の行動の責任に関しては私にあります」

 

「では次、貴方の知る範囲であなたやあなたの部下、軍が違法な行為、軍紀違反を犯した事はありますか?」

 

「いいえ。現地政府の法律は知りませんが」

 

「PCAに関しても?」

 

「はい」

 

 PCA、民警団法は連邦法の一つで軍による民間の治安維持を制限した法律で議会の承諾なくして軍は合衆国内で民間人に武力行使できない法律だった。

 

「では現地の居住環境はどうですか?」

 

「悪くないですよ、カリフォルニアとは思えないほど寒い以外は」

 

 冷静にジョークさえ交えて証言する。

 かの世界は法的にはカリフォルニア州エドワーズ空軍基地内であり行政府に移管する際は新たに連邦政府直轄の特別区として仮名称でエドワーズ空軍基地のあるミューロック乾湖の名前を取りミューロックレイク行政区として編入予定であった。

 これらはまだ計画段階でカリフォルニア州政府や国連、計画を主導していたI3Cとの交渉次第では国連の委任統治領としての編入や国際管理地域という可能性も無きにしも非ずだった、勿論この話は米国政府や国連、カリフォルニア州の上層部のみが知りえることだ。

 

「フフ、それ以外に何か、ガスが使えないだとか水が使えないだとかそう言った事はありますか?」

 

「ガスはそもそもないですし水道も死んでましたけど修理されて使用可能です。

 風呂やシャワーも電気で使えますよ、食事もちゃんと食べれますしインターネットも通じます、基地受け取りながら通販も使えます」

 

「訓練等は?」

 

「射撃場とジムが共用で使ってます。

 宿舎もちゃんとありプライバシーも十分守られてます、唯一問題があるとすれば人形を口説こうとたまに兵士が入ろうとするぐらいです」

 

「そうですか、以上です」

 

 リー議員の質疑が終わる。

 公聴会は始まったばかりだった。

 




ドルフロSSだけれど軍事活動は法律によってガチガチに縛られてる現実に即した謎
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ちなみに共和党議員は海軍の軍人、民主党議員は陸軍の軍人が名前のモデル


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第8話

公聴会


「次の証言者、グリフィン&クルーガー社所属戦術人形、M4A1」

 

「は、はい!」

 

 指揮官に続いてM4の聴取が開始された。

 議長に名前を呼ばれ彼女は慌てて返事する。

 ただでさえ慣れない場に大勢に見られているという状況に引っ込み思案な彼女は緊張していた。

 

「ではアイゼンハワー議員から」

 

「はい議長」

 

 最初に彼女に質問したのは民主党の上院議員だった。

 

「まず、グリフィン&クルーガー社について教えてください」

 

「は、はい!

 えっと、民間軍事会社です、えっと、社長がクルーガーさんでIoPと提携して人間の指揮官と私達戦術人形が基本的な編成の会社です、あと、軍から委託されて鉄血の封じ込めと統治を行ってます」

 

 緊張で声を上ずらせながら説明する。

 いつもより相当早口で途切れ途切れだった。

 

「ん?待ってください、軍から委託されて鉄血の封じ込めと統治?

 中央政府は?」

 

「え?」

 

「鉄血の問題は安全保障問題では?

 それを一企業に委託、その上統治とはどういうことですか?」

 

 アイゼンハワー議員はM4の最後に言った言葉に引っかかった。

 本来安全保障問題は国家の領分であり統治は国家に与えられた責務である、それらを民間企業に委託?そんな馬鹿な話があるか。

 

「えっと…」

 

「軍には鉄血を押さえるだけの力が無く、政府は統治能力を失っていると?」

 

「そうは言ってないつもりなんですが…」

 

「あなたの話しぶりではそう聞こえても可笑しくないんです。

 イエスかノーで答えてください、かの世界の政府に貴方方のいる地域を統治できる能力がありますか?」

 

 アイゼンハワー議員が強く問い詰める。

 場合によっては国連軍の規模に関わる程の問題であった。

 

「…いいえ。無いと思います」

 

「ないのですね、つまり無政府状態に等しいと判断していいですね?」

 

「そこまでは…」

 

「政府による統治が無い、これを無政府状態と言わずしてなんになるんですか?」

 

 アイゼンハワー議員がそう言い切る。

 政府による統治が及ばないのは法的には無政府と同義だった。

 

 

 

 

 

 

「続きまして、同じくグリフィン&クルーガー社所属、AR-15です」

 

「はい」

 

 M4の次はAR-15だった。

 そっけなく返事する彼女に共和党の上院議員のアンジェリーナ・リチャードソンが質問する。

 

「貴方方の世界において、戦術人形とはどういう扱いでしょうか?」

 

「どういう扱いってただの道具よ。

 人の形をしているだけのタダの道具、消耗品、誰も破壊されても気にしない物よ」

 

 彼女は言い切った、だが部屋にどよめきが広がる。

 

「道具?つまりあなたは道具であると?」

 

「ええ、何かおかしなこと言った?」

 

 リチャードソン議員にさも当然のように言い切る。

 昨日の一件である程度この世界の人形と人の関係を学んでも根底の思考は何一つ変わっていなかった。

 

「つまり権利なんてものも?」

 

「ある程度はあるわよ、欲しかったわけじゃないけど」

 

「権利運動などはありますか?」

 

「ない事はないけど殆どないわよ。

 やってるのは変な連中だけ、むしろ反人形運動、人権運動の方が多いわ」

 

「つまり差別されていると考えていいですか?」

 

「差別も何もそもそも道具を道具として扱っちゃダメなの?」

 

 リチャードソン議員に言い返す。

 アメリカという国は差別に関して相当敏感である。

 共和党もそもそも黒人奴隷解放運動を端に発した政党であり保守という立ち位置から差別主義的なレッテルを貼られがちだが実際のところ反差別の党である。

 AR-15の言い切りは波紋を呼んだ。

 

 

 

 

「では、SOPMOD2さん、鉄血との戦闘について教えてください」

 

 AR-15の次はSOPだった。

 彼女に共和党下院議員のオズワルド・ハリー・ペリーが質問する。

 

「えっとね、鉄血のクズ共を見つけたらバーン!って撃ってお姉ちゃんたちと一緒に蹴散らしてぶっ壊すだけだよ?」

 

「交戦規定等は?」

 

「交戦規定?なにそれ?」

 

「え?捕虜の取り扱いは?戦時国際法は?

 ハーグ条約は?」

 

「それって食べれるの?捕まえた鉄血はバラバラにしてるよ。

 ちょっとずつ壊していく時の悲鳴が最高に面白いよ!」

 

 ペリー議員の質問に無邪気な口調で兵役経験者も少なくない議員でさえ絶句するようなことをSOPは言う。

 人形の交戦規定は条約により通常の兵士達と同じ扱いを受けることとされている、また戦闘員の資格については戦術人形と自律人形の違いではなく所属によるとされている。

 なのでこの世界では交戦団体所属の戦術人形は戦闘員とされている。

 

「正直に言って君の事が理解できない。

 一体何をどうすればそこまで残虐になれるんだ…」

 

 マイクで拾われている事さえ忘れてペリー議員は漏らしてしまった。

 鉄血は機械的な面が強い人形を作る会社ではあるがそれでも基本構造はIoPと変わらない事も多い、だからこそ彼女の言う事にめまいを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「最後に、グリフィン&クルーガー社所属戦術人形、M16です。」

 

「ではM16さん、早速ですが貴方方の世界について一通り教えてください」

 

 最後がM16だった。

 M16に質問するのは民主党の下院議員、アーサー・マッカーサー・ジュニア議員、先祖に陸軍の将軍を持ち一族には陸軍の元帥や駐日大使がいる下院議員の中でも華やかな一族の生まれで彼も又ウェストポイント出身というアメリカでは珍しくない軍人出身の議員だった。

 マッカーサー議員の質疑にM16が正直に歴史を語る。

 語り終わると議員も含め全員が驚いていた。

 

「つまり世界には大量の崩壊液が拡散されていると?」

 

「ああ、量は知らないが今でも広がっている」

 

 マッカーサー議員の最後の確認の質問に返答する。

 彼女の返答は重大な影響があった、即ちかの世界には量が不明だが世界中に崩壊液があるというのだ。

 崩壊液除染の必要性がある、それも世界規模で、紛争への介入程度の軍事介入でケリをつけようとしていた議員たちやロビー活動家、テレビやネットで中継を見ていた孤立主義者らはまさかの世界規模の兵力派遣の必要性が出てきたという事実は衝撃だった。

 全く同じ時間にニューヨークで行われていた国連安全保障理事会でもこの証言に驚きPKO程度で収めようとしていた代表者たちに進路変更を強いた。

 

「では、除染は?」

 

「崩壊液は除染が難しい、無力化できないからな」

 

「オー、ファッキンシット」

 

 崩壊液の無力化の研究が進んでいないと聞き本来テレビでは流してはいけないようなことを口走る。

 この言葉を聞いてI3Cもまた驚き除染の手伝い程度が仕事だと思えば除染を全部やらなければならないという事にI3C本部では上から下まで大騒ぎとなった。

 

「ところで鉄血は何故暴走を?」

 

「分からん」

 

 マッカーサー議員は話題を変えて鉄血の暴走について聞いた。

 だが彼女に言えるのは分からないの一言だけだった。

 暴走の原因が分からない、その上現地の軍は対処しない、となると軍事行動の必要性も出てくることになる。

 予想以上の大事になるという事実に議員たちは目がくらみそうだった。

 

 

 

 

「レインハート補佐官!これはどういうことだ!話が違うぞ!」

 

「ハンフォード大使もだ!これではPKOでは到底足りんぞ!」

 

 その頃、ニューヨークの国連安全保障理事会ではレインハートと米国の国連大使のジム・ハンフォード大使が非常任理事国のアンティグア・バーブーダの大使とレソトの大使から激しく問い詰められる。

 M16の証言に理事会は大荒れになっていた。

 

「君達落ち着け!」

 

「真面目に議論しろ!」

 

 議長国のブルネイの大使とトルキスタンの大使も大声で制す。

 この国連安全保障理事会のメンバーは常任理事国の5か国、米露英仏北中国政府の他に非常任理事国としてアンティグア・バーブーダ、スリナム、ブルネイ、トルキスタン、レソト、エジプト、コートジボワール、北マケドニア、フィジー、ルーマニアだった。

 それぞれの大使は激しくアメリカを攻撃し説明を求める。

 

「ですから、我々の説明した通りです。」

 

「だが君らは世界規模での派遣が必要とは一言も言ってないのだぞ!

 我々はPKO派遣で調整していたんだぞ!」

 

 レインハートの説明にコートジボワールの大使が言う。

 彼の弁論にハンフォードが反論する。

 

「我々は最初から国連軍の派遣を求めていたんです、PKOではないんです!」

 

「しかし前例がないんですよ!」

 

「それを言えばそもそも異世界への穴をあけること自体が前例のない事だが?」

 

「ラブロフ大使は派遣に賛成なのですか?」

 

「ええ、我が国はアンカレッジ条約がありますので」

 

 ロシア大使も巻き込み議論は白熱する。

 この前代未聞の前例のない事態への国連の対処、そして国際社会の対処が決定されるまでさらに数時間かかった。

 

「はぁ、では議論もし尽くした様なので採決を取りましょう。

 米国特別地域への国連軍派遣に賛成の国は挙手」

 

 数時間後の東部標準時午後11時過ぎ、数回の休憩を挟んだ12時間近い議論に疲れ切った高官たちは採決へと移った。

 ブルネイ大使の呼びかけに常任理事の中で採決に参加可能な4か国、残りの非常任理事国9か国の大使のうちレソトとコートジボワール、アンティグア・バーブーダの大使以外が挙手する。

 

「賛成が一、二、三、10か国と。

 次は反対の国は挙手」

 

 次に反対票を採決する。

 反対にはコートジボワールとアンティグア・バーブーダだけが挙手した。

 

「反対が二票、レソトはどうですか?」

 

「我が国は棄権します」

 

 最後にどちらにも手を挙げなかったレソト大使に確認する。

 ここに採決は降った。

 

「ではここに国連安全保障理事会決議435698、国連シュワルツシルト介入ミッションを可決します。」

 

 異世界への軍事介入と平和任務に乗り出すことを国際社会は決断した。




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第9話

ドルフロもう一つの人気部隊登場


「ロジャース、こちらデルタオスカーデルタ、ポイントアルファタンゴ5到着。

 これより捜索する」

 

『ロジャース了解、ヤンキー4はフォールディングエリア4ケベックで待機。』

 

 国連安全保障理事会で白熱した議論の末国連安全保障理事会決議が採決されていた頃、異世界の小雪が舞うつい1週間ほど前にAR小隊がAR小隊によって回収された建物に5人の人影がヘリからロープで降り立ちリーダー格らしきサイドテールの小柄な少女が無線で伝える。

 上空にいたヘリは全員が降下したのを確認すると上昇し暗く低く垂れこめた雲の中へと消えて行った。

 彼女らの正体は二人はAR小隊(G&K)のAR-15、残りはCIAだ。

 

「空軍だけじゃなくCIAもお出ましとはね」

 

「今回の仕事は何?45」

 

「メキシコよりは楽な仕事よ。

 この廃墟のどっかにあるっていうファイルを探すだけよ」

 

 CIA部隊、通称404部隊というコードが付けられたこのCIA部隊のリーダーは戦術人形のUMP45、CIAがIoPに特注して製造された「一般人形に偽装された特殊工作用人形」の中の一体だった。

 彼女らの任務はAR小隊(グリフィン)からの情報で得たリコリスという鉄血の関係者が残したという情報だった。

 既に捕獲した鉄血製人形などからある程度の技術的資料や技術レベルは確認されているが今だ不明な点も多い為この情報が米国は欲しかったのだ。

 

「45~早く行こうよ~寒い~」

 

「そんなに寒いかな?このぐらいならまだ寒中水泳ぐらいはできるよ」

 

「9、そんなのできるのはあんたとフィンランド人とロシア人だけよ」

 

 背後から気だるげな声と元気な声、そして冷静な声が聞こえる。

 眠そうな声で言うのがG11、元気なのがUMP9、冷静な落ち着いた調子なのが416だった。

 

「分かってるわよ。案内、してくれるわよね?」

 

「代金はビール1ダースよ」

 

「そのぐらいお安い御用よ、バドワイザーでもギネスでもコロナでも何でも好きなのた飲んでいいわよ」

 

 UMP45とAR‐15は仲良くビールの話をする。

 勿論周囲の警戒を怠っていないが周囲数キロに敵が存在しない事は確認済みで楽しい遠足気分だった。

 

 

 

 

 

 監視している4人組がいなければ。

 

 

 

「45姉、どう?」

 

「AR-15がいたわ」

 

 UMP45達404小隊と全く同じ顔と声をした一団が廃墟から少し離れた場所で放置された破壊された鉄血のマンティコアの陰にいた。

 そのリーダーのUMP45は表情にこそ出してないが信じられない物を見て混乱していた。

 行方不明のAR-15を発見したのはいいが見知らぬ勢力と行動を共にしている、情報を整理すればこの一行で済むが他のAR小隊は?あの自分達と全く同じ人形は?そもそも一体何者だ?など疑問は尽きない。

 

「謎だらけね」

 

「何か言った?」

 

「何も言ってないわ」

 

 小さな声で呟いてしまう。

 それ以上に謎だったのがこの場所だった。

 この場所は鉄血の勢力にかなり深く侵入した場所で一番近い味方まで30キロは離れた場所だがこの数キロ手前から鉄血の人形を見ないのだ。

 正確に言えば生きた鉄血を殆ど見ない、あるのは完全に破壊されたか放置された人形のみで極少数の人形と時たま出くわす程度だった。

 

「一体誰が何をやったのかしら」

 

「え?グリフィンじゃないの?」

 

 416がUMP45を代弁する。

 G11は416の言ったことがよく分からないようだった。

 

「数キロ離れたところにあった破壊されたマンティコア、見たわよね?」

 

「うん、それがどうしたの?」

 

「あのマンティコア、右半分にミサイルを食らって吹き飛ばされた後反対側から機関砲の連射を食らってたのよ。

 それもミサイルは右側の足を全部根元から吹き飛ばして機関砲は装甲を一撃で食い破ってた。

 穴の大きさは銃弾じゃないわ、食らったのは最低でも30ミリクラス機関砲ね」

 

「同感ね、恐らく攻撃したのは戦闘ヘリよ。

 他にも爆弾が直撃して破壊されたのもいたわよ。

 その正体を探るのが今回の私達の仕事よ」

 

 数キロ離れた平地で破壊されたマンティコアの一団の話をする。

 数キロ離れたところでマンティコアとアイギスの一団が撃破されていたがその全てがミサイルと大口径の機関砲を食らって無残に破壊されていた。

 基本的に歩兵戦力とそれを支援する火器程度しかないグリフィンでは絶対にありえない破壊のされ方だった。

 

 

 

 

 

 

「で、見つけたの?」

 

「ええ。情報が入ってるだろう端末はこれだけだったもの。」

 

 数分後、UMP45はAR小隊を見つけた部屋で胡坐を組んで瓦礫の中から見つけた端末を持って来たノートパソコンに接続していた。

 慣れた手つきで端末を開き情報を確認する。

 

「ふーん、あら、ロックかかってるわ」

 

「開けられる?」

 

「うーん、セキュリティ次第ね。

 最新のならキツイけどどうだろ?」

 

 AR‐15の心配を他所にカーソルを動かしパソコンのファイルを起動させる。

 

「ま、こいつに開けられないセキュリティはないのだけれどね」

 

「何それ?」

 

「ふふん、NSA謹製ハッキングソフト。

 シパーネットだって乗っ取れるわよ」

 

「うわぁ、物騒ね」

 

「しょうがないわよ、NSAだもの」

 

 ファイルは端末のロックを弄り始め画面にはロード中と書かれていた。

 

「どのぐらいかかりそう?」

 

「んー、どのぐらいって言われ…」

 

 話しているとロード中という文字に変わってロック解除と映し出される。

 端末のロックが解除され中の情報を閲覧できる状態となった。

 

「早いわね、20分ぐらいかかると思ってたけど。

 では、中身を見させてもらいますよ~」

 

 UMP45は中身の確認を始める。

 一方でUMP9達は暇を持て余していた。

 

「暇だね」

 

「寝ないでよね」

 

 今にも寝そうなG11に416が注意する。

 彼女はこの世界でも寝坊助のようだ。

 

「ねえ、なんか新しい話題ある?

 こっちはいろいろ情報得にくいのよ」

 

「んーオリンピック?」

 

 AR-15が話題を振った。

 それにUMP9が思い付いたのは冬季オリンピックの話だった。

 

「サンクトペテルブルクオリンピックって今月からだっけ?」

 

「うん、来週の日曜からだよ」

 

 今年の冬季五輪はロシアのサンクトペテルブルクで2週間後に控えていた。

 

「盛り上がってるの?」

 

「盛り上がってるよ!話題はやっぱりフィギュアスケートのマコーリフ兄弟、史上初の兄弟そろってのフィギュアスケートメダリストも夢じゃない!

 スピードスケートだとチリのホセ・アントニオ・ルイスがこの間800mで世界記録出して一躍メダル候補に。

 そしてホッケーはやっぱり三連覇を狙うロシア代表とそれを阻止せんとするカナダ代表が大本命、ダークホースのドイツとベラルーシも有力だね」

 

「ホッケーアメリカ代表は?」

 

「あ、うん、聞かないで。オリンピックは弱いから。

 それ以外だとスキージャンプ団体で今年こそはと金メダルを狙う日本に相対するは絶対王者ノルウェー代表。

 カントリースキーはフィンランドのミカ・ライコネンの4連覇、トライアスロンは金メダルを狙う無冠の帝王コーニェフと今季限りで引退を明言してるスウェーデン代表ノーベルの対決かな」

 

 雪を解かすほど熱く彼女は冬季オリンピックの見どころを語る。

 その様子に416は飽きれる。

 

「相変わらず9はウィンタースポーツ好きね」

 

「まーね」

 

 UMP9、彼女は並々ならぬウィンタースポーツ好きだった。

 元々北欧・東欧の専門だけにかなり熱くなっていた。

 

「あんた達、バカな話はやめてこれ見て」

 

 話が盛り上がっているとデータを確認していたUMP45が呼んだ。

 

「何か見つかったの?」

 

「ええ。古いけど技術データってところね。

 なかなか面白いわよ、これ見て、416」

 

 UMP45が画面を見せる。

 その画面を見て416が呟く。

 

「中々面白いわね」

 

「あの管制AIの中枢の青写真よ、しかも完成版の」

 

 画面を見ながら二人はニヤリと笑う。

 この情報の重要性を理解しているからだ。

 

「あら?面白い事やってるわね」

 

 突如後ろから声が聞こえる。

 振り返ると同時に特徴的な金属音、銃をコッキングする音が鳴り響いた。

 

「動かないで、動いたら撃つわよ」

 

 UMP45と全く同じ顔、姿をした女がUMP45を構えながら言った。




・UMP45
リーダー。所属はCIA
IoPが通常モデルに偽装可能な特殊作戦用人形としてCIAの発注で開発。
スペックはAR小隊よりも高い(CIAの備品扱いなので軍には納入できない規格のパーツや装備が付けられてる他軍以上にコスト度外視で作ったのでAIの性能も段違い)
電子作戦メインでNSAでハッカー修行も積んだ世界トップクラスのハッカー
純粋な戦闘スペックは416に劣る。
作戦指揮能力はピカ一
アメフトファン
存在自体が秘匿なので普段はサイバーセキュリティコンサルタントアーシュラ・メリンダ・ポッツを名乗ってる。

・UMP9
45の妹。所属も同じ。
東欧・北欧の専門家でロシア語・フィンランド語・ウクライナ語などに堪能。
姉と同じく優秀だが電子作戦能力はない。
並々ならぬウィンタースポーツ好きで趣味はスキー
カンテレ弾ける。
普段はパトリシア・モリー・アップハウスの偽名を名乗ってる。

・416
UMP姉妹共々同じオーダーで発注された人形。
完璧主義者で何をやらせてもそつなくこなせる優等生タイプ。
個人の戦闘スペックだと一番強い。
M16はハッキング技術の師匠。
どうも南部気質が合うらしく普段はニューオリンズに住んでる。
ジャズが好き。ダラスカウボーイズファン
酒は駄目だと自覚してるので飲まない。
普段の偽名はヘレナ・カーク

・G11
寝坊助。小隊一の問題児。
天才肌で射撃は天才的だが他が壊滅的にダメ。
余りの自堕落ぷりにCIAさえ匙を投げてる。
普段の偽名はケイト・ハットフィールド

・UMP40(一応いる)
CIA発注のモデルの試作品。どの程度の能力が適当か見定めるために作られた。
色々無茶な設計のせいで戦闘には出せないので本部のセキュリティ担当

・G28
同じくCIA発注。
銃の特性から作戦の時と場合によってバランスよく組めるので一応所属だがあんまり出番ない。
こっちは北部気質が合うらしく普段はシアトル居住。
デカい


感想くれ


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第10話

カリーナも出ます。


「動かないで、動いたら撃つわよ」

 

「今なら許すわよ、銃を下ろしなさい」

 

「立場が逆なら従うのかしら?」

 

 UMP45が銃を向けるもう一人の自分を止めようとするがドアの奥からさらにもう一人の416やUMP9、G11が出てくるとこれ以上は何を言っても意味が無いと理解した。

 

「従わないけれど連邦職員の殺害は重罪よ?」

 

「連邦職員?面白い事言うね、45姉」

 

「あら、信じられないのかしら?

 私達はCIA職員よ、あのピンクの貧乳は違うけど」

 

「協力者みたいなものよ。」

 

 問答が続くが話は平行線だった。

 

「それで?名乗らないで銃を向けるとは無礼じゃない?」

 

「戦場に礼儀が必要かしら?」

 

「礼儀を知らないような奴と話し合うなってママに言われなかった?」

 

「ママから教わったのは変な奴はぶち殺せってことだけよ」

 

「現代にフン族がいるとは驚きね。

 アッティラなら1000年以上前に死んだわよ」

 

 二人のUMP45が互いに煽り合う。

 売り文句に買い文句、口の悪い者同士の低レベルの口論だった。

 

「フン族なら殺して略奪するだけよ。

 死にたくなければAR‐15と情報を渡しなさい」

 

「OK、その前に…」

 

「?」

 

 UMP45が端末に手をかけ構える。

 

「CIA、舐めないでもらえるかしら?」

 

 次の瞬間投げられたパソコンが空中で爆発、一帯が煙に覆われる。

 彼女の持っていたパソコンは偽装された煙幕手榴弾だった。

 

「く!煙幕手榴弾!やられた!」

 

「うわ!何!」

 

「何処!?」

 

「45姉!」

 

 怯み、しかも至近距離で食らったUMP45達は突然の事に戸惑う。

 そして突如足を取られ体勢を崩すと手を殴られ銃を落とし、持ち上げられると地面に放り投げられ両手を後ろに纏められ地面に押し付けられる。

 

「く」

 

「どう?本場日本仕込みの柔道の味は?」

 

「酷い味ね」

 

「さてと、お人形さんたち、戦争ごっこは終わりよ?

 あんたらのボスの首は取った、さっさと武器を捨てて降参しなさい?

 今なら特別に見逃してあげるわ」

 

 煙幕が晴れ始めるならUMP45が大声で叫ぶ。

 煙が晴れると他の隊員たちは押さえつけられた彼女の姿を見て驚いていた。

 

「え、45姉」

 

「どういう事?」

 

「さてと、これで形勢逆転。

 あんた達はどこの誰?」

 

「グリフィン&クルーガー社に雇われた人形よ」

 

「例の会社ね。

 正直に答えてくれたお礼にこっちも名乗るわね、私はUMP45、CIA所属の戦術人形。

 ま、CIAと言ってもこの世界のじゃないけどね」

 

 UMP45(CIA)がUMP45(グリフィン)を押さえつけながら名乗る。

 

「どういう意味よ…」

 

「深く追求しないのがルールじゃない?」

 

「ふ、いいわ。で、どうするの?」

 

 UMP45(グリフィン)が聞く。

 するとUMP45(CIA)は顎に手を当てて考える。

 

「そうね、この場でフン族のように八つ裂きにするのも悪くないわね。」

 

「もっといい方法があるわよ、生きたまま一つずつバラしていくってのは?」

 

 416(CIA)が416(グリフィン)から拳銃と銃を奪いながら言う。

 

「いいね、それ。色々興味あるんだ~」

 

「ひ!」

 

 UMP9(CIA)も乗っかりG11(グリフィン)もつい声を出してしまう。

 だがUMP45(CIA)は表情を緩めると聞いた。

 

「ってのは冗談で、あんた達本社との連絡手段持ってる?」

 

「ええ、持ってるわよ。」

 

「ならしばらくついて来てもらうわよ。

 メッセンジャーになって貰うから」

 

 UMP45(CIA)が言うと立ち上がる。

 

「ほら、立ちなさい。両手は頭の後ろに。

 9、司令部と連絡よろしく」

 

「了解!」

 

 UMP45達(グリフィン)を立たせると背中にS&WM5004インチモデルをつきつける。

 

「大人しくしなさいよ。

 このリボルバーなら人形でもどこかに当たれば戦闘不能よ」

 

「随分物騒な拳銃を持ってるわね。」

 

「一撃で相手を吹き飛ばせる威力と確実性を求めたらこうなったのよ。

 人形だから反動を考えなくていいもの」

 

 彼女達は人形だ、だからこそ人間の限界に迫ったスペックと称されるM500さえも軽々使えていた。

 サイドアームにこの世界最強の拳銃を使うのはその威力がすさまじくどんな人間どころか人形でさえ一発食らえば吹き飛ぶほどだ。

 その上確実性のあるリボルバー方式という事もあり彼女はこれを愛用していた。

 一方の416はM1911のカスタム、UMP9がグロッグ21、G11がP226の中でかなり異質だった。

 

「ふーん」

 

「ねえ、45、データ大丈夫なの?」

 

 すると一人蚊帳の外だったAR-15が聞いた。

 

「大丈夫よ」

 

 彼女はポッケからマイクロSDカードを取り出して見せる。

 

「情報だけ抜きってこっちに入れたから。

 このぐらい出来なきゃね」

 

 彼女は自慢げに笑った。

 数分後上空からヘリの音がし始めた。

 

 

 

 

 

「え?本当?AR-15」

 

『本当よ本当。マジの話よ。

 で、どうする?指揮官DCに出張中だけど』

 

 AR-15からの突然の連絡に基地でスナック菓子を貪り食っていたM4が驚く。

 責任者たる指揮官不在の中で面倒な事が起きたのだ。

 どうしようかと頭を抱える。

 

「とりあえずSVDさんに聞きます?」

 

『責任者って誰だっけ?』

 

「…カリーナさん」

 

『あのドケチ…』

 

 一応基地の中で最も権限の高い社員のカリーナ、ルーマニア生まれで孤児としてアメリカに渡り投資家の両親に育てられ頭はキレるが何を間違えたかお金大好きという人格になってしまった女性の社員を思い出す。

 総務部からの派遣で給与や基地の保守点検などの雑務の書類管理を行うが守銭奴でインサイダー取引スレスレの事を裏でやっているという噂もある人物が現状の責任者だと思われた。

 

「とりあえず両方に相談します」

 

『お願いするわ。空軍の方も大変そうだから。

 『いや、今から追い返そうにもここから落としたら確実に死ぬわよ』

 ってな感じよ、クベック中佐ともめてるみたい』

 

 AR-15は隣で基地の責任者と言い争うUMP45の声を聞かせると電話を切った。

 彼女は携帯をポッケに入れるとカリーナを探しに廊下に出た。

 暫くカリーナを探し廊下を歩いているところを見つけた。

 

「カリーナさん!」

 

「あら?M4さん、どうかしましたか?」

 

「実は…」

 

 振り返った特徴的な赤みがかった明るい茶髪のカリーナにM4が事情を説明する。

 

「というわけで」

 

「…CIAに押し付ければ?人形全部が私達の責任じゃないですよね」

 

「そうですね」

 

 一言、カリーナが正論をぶつけた。

 UMP45は事実上面倒事を押し付けられた。

 

 

 

 

 

「はあ?面倒事増やすんじゃねえよ。

 たく、大佐も折れもこっち来てるんだ、その上さっき国連軍派遣が正式決定だ。

 これからクソ忙しくなるってのによ、聞いたかよヘリアンも国連に協力してオブザーバーでこっち来るらしい。

 俺は多分向こう側の責任者だろうな、給料は増やしてくれるらしいがありがたみがねえよ」

 

 指揮官がホテルで靴を脱ぎながら電話口で愚痴る。

 国連が国連軍派遣を正式決定した米国東部時間0時過ぎ、丸一日公聴会で疲れ切った指揮官は電話をかけてきたカリーナに愚痴っていた。

 

『指揮官様、それ嫌味ですか?』

 

「そうかもな!この間先物取引で1万ドルを2時間で稼いだお前に言われたくねえ」

 

「あんた、何電話口で騒いでるの?

 早く寝ましょう、もうくたくたよ」

 

「指揮官は人形じゃないんですから寝ましょう。

 仕事は明日で構わないじゃないですか」

 

 カリーナに鬱憤をぶつけていると隣のベッドにナイトガウン姿で寝転がっていたワルサーとM14が言う。

 なぜか部屋代をケチられた3人はキングサイズのベッド二つの部屋に放り込まれていた。

 なので指揮官のベッドとワルサーとM14の共用ベッドに分けて寝ていた。

 

「ああそうだな。さっさと寝よう。

 これから死ぬからな」

 

 嫌になったのか電話を無理やり切り電源を落として充電コードに繋ぐとベッドにダイブし部屋のライトを切った。




・カリーナ
ルーマニア出身で元孤児。
投資家のアメリカ人に引き取られアメリカで育つ。
拝金主義者で汚い金の噂が一杯あるが本人は気がついてないか無視してる。

・SVD
M14に並ぶベテラン。元ロシア空挺軍スペツナズ所属。


事実上一章終わり。
次から二章的なパート


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第二部:神々の怒り
第11話


第二章スタート
一気に時系列が3週間ぐらい飛ぶ


「諸君らには苦労してもらわなければならない。

 この世界の人々を死と破滅から救う事が我々の責務である」

     ――レナード・グッドイナフ大将(2062年3月6日、神々の怒り作戦開始直前の記者会見)

 

 

 

 

 

 国連軍とは国連憲章第42条の中で第41条が定める非軍事的措置が不十分な場合に設置される国連の名の下に結成される軍である、その兵力は第43条に基づき特別協定を結んだ国が供出するとされている。

 だが実際の所今までこの条文が行使されたことは今までなかった

 

 

 

 

 今日までは

 

 

『タワー、ロメオパパ34、滑走路04ライト着陸許可要請』

 

『エドワーズタワー、ロメオパパ34、04ライトへの侵入を許可。

 エコーロメオ659ノベンバー、減速180ノット、前方のロシア機に接近しすぎている』

 

『ラジャー、エコーロメオ354ノベンバー、減速180ノット。』

 

 2月末、AR小隊が接触してから約一か月後、エドワーズ空軍基地には大量の輸送機がひっきりなしに離着陸を繰り返していた。

 その輸送機も米国は勿論、ロシア、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オーストラリア、日本、インド、パキスタン、スペイン、ポーランド、エジプト等々、世界中の50を超える国と地域から来ていた。

 

「ご主人様、すごい人ですね。」

 

「ああ、史上最大の作戦だ。

 我がロシア空軍も久しぶりの出動だ、腕が鳴るぞ」

 

 ひっきりなしに離着陸する輸送機と輸送機から降ろされる大量の装備や兵員を眺めるロシア空軍の少佐に隣に立つ場違いなメイド姿の戦術人形が圧倒されていた。

 

 

 

 

 

「はあ、人が増えたのはいいが手間も倍だな」

 

「そういう物よ。雑務は私が手伝うけど戦闘はからっきしよ?」

 

「殺しの為に生まれたのに?」

 

「コーヒーミルで人を殺せと?」

 

 増員されたのはG&Kもだった。

 へリアンの肝いりで各地から人形が搔き集められ結果として以前の倍近い人員が集められていた。

 だが指揮官が悩んでいたのは急激に増えた人員だった。

 何せ上はどうも各地から搔き集めたせいで北はアラスカでサーモンの数を数えていた奴から南はコロンビアでコカイン畑を焼いていた奴まで集めたせいで練度もタイプも性格も経歴もバラバラで頭を悩ませていた。

 そんな彼に何とか手伝いたいがためにわざわざ職場のホノルルの高級ホテルに休職届けまで出したワルサーだったが久しく戦闘どころか銃も持っていないためできることは限られていた。

 

「コーヒーミルでも使いようによっては人を殺せるさ。」

 

「やっぱりロシア人って蛮族じゃないか?」

 

「酷いな、ま増員された連中よりはマシだが。

 訓練の質も経歴もバラバラだ。

 何とか私とAR小隊とM14総出で訓練中だ」

 

 訓練担当のSVDが報告する。

 元々派遣されていた要員でM14と並ぶ手慣れたベテラン、精鋭ロシア空挺軍上がりでM14とタイマンを貼れる数少ない人形で長らく本社の教官役の彼女が中心となり新人を再訓練していた。

 

「頼むよ、ドラグノフ。

 ま、俺達は警備と警護がお仕事だから程々でいいぞ」

 

 既に国連軍が大挙して押し寄せ装備も兵員も拡充された今、G&Kの仕事は後方警備程度で鉄血との戦闘は到着した各国軍や部隊が現地の状況に慣熟するのと連携の確立代わりに戦い最初の穴から周囲3キロ程度だった制圧地域は今では23キロ程に拡大していた。

 

「それなりに手を抜いてやるさ、期待の新人もいるしな」

 

「お、元スペツナズのお眼鏡にかなう新人がいたのか?」

 

「ああ。元ロシア海軍のSV-98だ。」

 

 SVDは新人で元ロシア海軍所属だった戦術人形のSV-98の話を自慢げにする。

 

「海軍なら納得だな。どうせ元海軍歩兵だろ?」

 

「いや、駆逐艦ヴェドゥーシチイの水測員だ」

 

「水測員ってソナー使う奴?

 ロシア海軍それに人形使ってるのか?」

 

「最近じゃどの国の海軍も水測員に人形使ってるぞ。

 人間だと専門の高度な訓練が必要な業務も人形なら耳弄るだけで終わりだからな」

 

 ソナー員というのは高度な聴覚の訓練が必要だが人形は特に必要なく精々聴覚センサーの改修とシステムの修正だけで十分だった。

 そのため各国海軍ではソナー員やレーダー手、見張りなどの専門職を人形に置き換える動きがトレンドになっていた。

 また地上でも高度な情報処理能力が必要な管制官を人形に代替する動きもあった。

 

「成程ねえ、でなんでそいつこっちに来たの?」

 

「ヴェドゥーシチイが去年退役して今コムソモリスク・ナ・アムーレで建造中の原子力潜水艦マンチュリアに移動になったから辞めたらしい」

 

「ああ…潜水艦勤務は大変だって聞くからな…」

 

 彼は何となく海軍を辞めた理由を察した。

 いくら技術が進もうとも潜水艦乗り組みが過酷なのは変わらなかった。

 

 

 

 

「照明よし、準備完了です」

 

「まるでテレビ局だな」

 

「大将はテレビに出た事は?

 私は大学時代テレビの制作会社でバイトをしていたんで懐かしい」

 

「何度かあるがセットに呼ばれたことはないね。

 息子が小さかった頃に息子を連れて見学に行った事ならあるが」

 

 同じ基地内のある一室、中央の最も機密が厳重な司令部棟の一室に何故かテレビ局のセットのようなものが建てられていた。

 それを見ながら雑談するのは国連シュワルツシルト派遣軍改め国連ミューロックレイク派遣軍の司令官のレナード・グッドイナフ海兵隊大将、もう一人は副司令官に任じられたロシア空軍ハリトーン・アレクサンドロヴィチ・アーチポフ大将、国連軍の最高幹部である。

 

「お二人さん、準備は出来てますかな?」

 

「もちろんだともヴェンク君。

 アクション映画の悪役のロシア人なら任せたまえ」

 

 後ろから二人に声をかけたのは参謀長のドイツ陸軍ゴットフリート・ヴェンク中将。

 この3人、そしてもう一人いた。

 

「将軍たち、そろそろですよ。

 G&Kは準備できてますよ」

 

 最後の一人、上級文民代表のインド人ラシード・カーン、前インド外務副大臣だった男である。

 そして国連と契約した民間軍事会社であるG&Kセキュリティのへリアンとその直属の部下である指揮官が国連軍幹部だった。

 ではそのG&Kセキュリティの幹部たちはというと隣の控室にいた。

 

「なんで俺もいるんだ?」

 

「私の部下だからな。向こうとは挨拶するだけでいい。」

 

「テレビ電話越しで?」

 

「そうだ」

 

 控室の新品らしきパイプ椅子の背もたれにもたれかかり廊下に置かれていた自販機のコーラをスーツ姿の指揮官が飲む。

 隣の椅子に座って今朝の新聞を読むのは同じくスーツ姿のへリアンだ。

 

「汚すなよ、これから歴史的な会談だ」

 

「そんなヘマは流石にしませんよ」

 

 コーラをこぼして服を汚さないよう注意すると同時に部屋のドアがノックされロシア訛りの英語で呼ばれた。

 

「準備できました、来てください」

 

「了解した」

 

「さてと、お仕事に行きますか」

 

 残ったコーラを一気飲みし立ち上がった。

 彼らは今から歴史が変わるようなことをしようとしていた。

 それはこの世界の歴史が変わる幕開けだった。

 

 

 

 

 

 AR小隊、更には404小隊までもが消息を絶ち早3週間、グリフィン&クルーガー社の内部は焦燥感に駆られていた。

 精鋭部隊二つを失ったという事実は箝口令が敷かれていたが既に社内では噂になっていた。

 

「はぁ…」

 

 悪い状況が続く中上級執行官のへリアンは溜息をつく。

 するとピロリン!と着信音が鳴った。

 

「はい、へリアントスだ」

 

 気持ちを切り替えいつものように真面目な顔をするとテレビ電話の画面を見る。

 

『久しぶりね、へリアンさん』

 

「UMP45か、久しぶりだな。

 状況は?」

 

 画面に映ったのは行方不明の404小隊リーダーUMP45、内心無事だという事に安堵するがそれは表に出さなかった。

 

『ある武装勢力に保護されて今はそこでお世話になってるわ。

 で、そのリーダーたちがあなたとクルーガーさんに挨拶したいそうよ?』

 

「分かった」

 

『では、よろしくね~』

 

 UMP45はそう言うとカメラの向きを変えた。

 向きが変わると迷彩服を着た白人の男、スーツを着たインド人らしき男、そして同じくスーツを着た自分と全く同じ顔をした女とその部下らしきアジア人がいた。

 

『えー、ズドラーストヴィーチェ、私は国連ミューロック平和維持軍司令官レナード・グッドイナフ米海兵隊大将だ。』

 

『私は国連ミューロック平和維持軍上級文民代表ラシード・カーンです』

 

『私はG&Kセキュリティ最高執行責任者でミューロック特別支局局長のへリアントスだ。』

 

『G&Kセキュリティミューロック特別支局副局長ジェームズ・イシザキだ』

 

 4人はそう名乗った。




・SV-98
戦術人形のくせしてロシア海軍の駆逐艦のソナー員だった謎経歴の人形。
優秀で将来有望らしい

・ハリトーン・アーチポフ
ロシア空軍大将で統合参謀本部副議長からこっちに来た。
子煩悩だが優秀な将官。元戦闘機パイロット
息子が二人いて両方とも空軍士官

・ラシード・カーン
元インド外務副大臣
シク教徒でベジタリアン。
穏健派のリベラル

・ゴットフリート・ヴェンク
ドイツ陸軍中将で参謀長。
参謀畑を歩んだ男で一度も部隊を直接指揮したことのないオフィスに籠るタイプの参謀。
先祖はドイツ陸軍の将軍だったらしい。

・冒頭に出たロシア空軍少佐とメイドの人形
別作の例の二人。
この作品にも出す。
空軍を辞めなかったので少佐に出世、結婚してるらしい。


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第12話

感想くれ


「つまり異世界の軍と?」

 

『そういうことです、ミスタークルーガー』

 

 クルーガーの言葉に画面越しにグッドイナフがうなづく。

 グリフィンと国連軍の接触交渉が開始され早15分、まず一通り互いの基礎情報を交換した。

 クルーガーは彼らが言っている事の内容を吟味し慎重に進める。

 

「で、話し合いという事だがどのような要件か?」

 

『簡単です。我々は近々大規模な軍事作戦を行う予定です。

 その作戦協力をお願いしたい。』

 

 グッドイナフは丁寧にお願いした。

 作戦協力という言葉にクルーガーは反応する。

 鉄血相手の戦争ではどういうわけか軍は乗り気ではない、その点彼ら国連軍はどうも違うようだというのだ。

 

「どのような作戦でしょうか?グッドイナフ大将閣下」

 

『作戦名は神々の怒り、主な作戦目標は貴方方との地上連絡路の確保です。

 現在我々が展開している地域から南西方向に突破、貴社がS-09地区と呼んでいる地区の北東方面まで穴を作り鉄血の一部部隊を包囲殲滅する作戦です。

 なので主にS-09地区の部隊と協力して鉄血を殲滅するのです。

 作戦展開地域の鉄血勢力の詳細や地形はそちらの方が情報が多いでしょうし包囲時に一部分だけ包囲網が弱ければ包囲が失敗するのは明らかです、ですから我々は破城槌をやりますので貴方方にはおろし金をやってもらいたいのです。

 勿論戦力が足らなければ我々が戦力を一部提供します。』

 

 グッドイナフの狙いは近々行われる大規模な作戦「神々の怒り」への作戦協力だ。

 この作戦は鉄血の前線に大穴を開け連絡路を確保すると同時に彼らの軍事力を誇示する狙いもあった。

 その狙いにクルーガーも気がついていた。

 

「そうですか大将閣下。

 我々も検討しましょう」

 

『心より感謝します、ミスタークルーガー』

 

「ところで404小隊とAR小隊はどうでしょうか?」

 

 グッドイナフに質問する。

 彼女らの安全が確保されていなければ作戦協力など夢のまた夢である。

 その問いにはへリアンが答えた。

 

『ご安心を、ミスタークルーガー。

 彼女達は客人として丁重にもてなしております。

 この間はハリウッド観光にも洒落込んだようです』

 

「なら安心だな」

 

 AR小隊や404小隊、彼女らは国連軍とG&Kセキュリティによって丁重に扱われていた。

 基本的に行動は監視付きながら自由で仕事もないのでアメリカ観光と洒落込んだ者や部屋に籠ってゲームとお菓子三昧に耽るもの、一日中寝て迷惑をかけるものなど多種多様だった。

 

『ええ。彼女達も年相応にアメリカを楽しんでくれて合衆国国民としても嬉しい限りです。

 ではミスタークルーガー、もし作戦に参加していただけるのなら最初に404小隊を帰還させ同時に我々の連絡将校など数名を一緒に送ります。

 受諾の際の連絡に関しては明日の同じ時刻に連絡しますのでその時返事を下さい』

 

「いや、ここで決めよう。

 我々は貴方方に協力する」

 

 クルーガーは即決した。

 後ろでへリアンが驚き慌てるが長年戦場にいた彼の勘は相手が只者ではないと理解し警告していた。

 もし彼らを敵に回せば確実に自分達の命はないとも。

 

『おお!心より合衆国と国連を代表して感謝します。

 では明日、貴方方の本部に輸送機で404小隊と連絡将校を送り込みましょう。

 では』

 

 グッドイナフが言うと無線が切られる。

 そして苦虫を潰したような表情のへリアンが横から言う。

 

「クルーガーさん、どうして受けたのですか?

 あんな怪しい連中の依頼を」

 

「怪しい連中だが能力は侮れない。

 自信満々に鉄血中枢に近い地点から約80キロも離れたところまで突破すると言う連中だ。

 恐らく可能なのだろう、それに彼らの服装も今ではすっかり見なくなったかつての最高品質の品々だ。

 只者ではないのは確かだ」

 

 クルーガーの勘は当たっていた。

 彼らは只者ではないのだ。

 

 

 

 

 

「大将、それで連絡要員は誰を?」

 

 クルーガーとの通信が切られるとへリアンがグッドイナフに聞いた。

 

「既に軍側の代表は決定済みだ。

 ロシア空軍のコンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフ少佐だ。

 後もう一人G&Kセキュリティ側で副局長のイシザキ君を送りたい、どうかね?」

 

「ええ、構いません。護衛ですか?」

 

「ああ。軍が護衛をつけると色々と面倒だ。

 アーチポフ少佐は個人でG36とG36Cの戦術人形を保有しているしイシザキ君と彼の部下は民間登録、問題はない」

 

 グッドイナフが連絡要員に選んだのはロシア空軍の将校でアーチポフ大将の息子のアーチポフ少佐、そして指揮官だった。

 理由としては軍というのは文民統制の関係上許可が出ていない地域での作戦行動は難しく何よりできる限り刺激したくないので民間登録の人形を個人で持っているアーチポフ少佐と民間登録であるG&Kは何かと都合がいいのだ。

 人形にも軍・官公庁・民間の登録区分があり色々と面倒なのである。

 

「そうですか、ではそう言う事だイシザキ、頼んだぞ」

 

「え?」

 

 非常に大事な事を一人、蚊帳の外で決められていた。

 

 

 

 

 

『こちらタワー、アタッカー1-4離陸許可、離陸後イーグルとコンタクト』

 

『ラジャー、こちらアタッカー1、離陸する。』

 

『ウィザード31、滑走路09手前で待機。

 アタッカー1-4の離陸後滑走路に進入しホールド』

 

『こちらウィザード31、滑走路09手前で待機、アタッカー1-4離陸後滑走路09に進入しホールド』

 

 翌朝、基地では基地にいた攻撃機と戦闘機が突如全力出撃を開始していた。

 夜明けと共に基地から離陸した攻撃機と戦闘機は編隊を組むと南西方向に飛んでいった。

 離陸した戦闘機の編隊は上昇し雲の上に出ると、上空の早期警戒管制機に連絡する。

 

『こちらアタッカー1、イーグル応答せよ』

 

『こちらイーグル、アタッカーはグリッドエイブル34南西の敵SAM陣地“ネズミの国”に出前を配達してくれ』

 

『了解、ネズミの国に出前だな』

 

『ああ、最優先だ』

 

 警戒管制機からの指示を受けると4機の戦闘機は旋回し急降下する。

 雲を抜け雪が積もった地上が近づくと針葉樹の梢を掠め音の壁を破る轟音を轟かせ雪を吹き飛ばしながら山の尾根を越える。

 超えた先にあったのは全く偽装されていない対空ミサイル陣地だった。

 突如戦闘機が現れ慌てて迎撃しようとする鉄血の人形の頭上を掠めると次々と爆発が起き人形が吹き飛ばされる。

 

『アタッカー1!エンゲージ!』

 

『アタッカー2!SAM一機撃破!』

 

 戦闘機から投下された爆弾やミサイルは寸分違わずミサイル陣地やレーダー、司令部を次々と破壊していく。

 5分後、ミサイル陣地だったところにあったのは燃える鉄屑だけだった。

 

 

 

 

『侵入者、どうですか?状況は』

 

「最悪ですね、今朝全部のミサイル陣地とレーダー基地を破壊されたわ。

 全部あの連中よ」

 

『そうですか、彼らには相応の報いを与えなければなりませんね』

 

「グリフィンの人形たちとは全く違うわ。接近するだけで全て吹き飛ばされるもの」

 

 鉄血の司令部、この地区を指揮するハイエンドモデル「侵入者」はかつてAR小隊にいとも簡単に破壊された代理人に今朝の空襲を報告していた。

 彼女らは真正面から圧倒的火力と武力を誇る国連軍にぶつかり、そしてその損害がうなぎ上りになっていた。

 いくら物量が圧倒的な鉄血と言えど損害が募れば問題となるのだ。

 

 

 

 

 

「えーっと、ズドラーストヴィーチェ?」

 

「英語で結構です、私はコンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフロシア空軍少佐。

 気兼ねなくコーシャと。

 どうせ都歳は近いんですし」

 

「どうもコーシャ、ジェームズ・イシザキだ。

 そっちもジムとかジミーって呼んでくれ。

 でこっちが秘書のWA2000と護衛のSVDだ」

 

 昼過ぎ、基地のエプロンに駐機するロシア空軍の輸送機の前で指揮官はコートを着たロシア空軍将校であるアーチポフ少佐、通称コーシャと握手する。

 指揮官の後ろにはコートを着たワルサーとジャンパーを着たSVDが、コーシャの後ろにはコートを着てベレー帽を被った銀髪の女性と同じくコートを着て毛皮の帽子を被ったブロンドの女性がいた。

 

「よろしく」

 

「よろしく、コンスタンティン・ハリトノーヴィチ少佐」(ロシア語)

 

「よろしく、ドラグノフさん」(ロシア語)

 

 ワルサーとSVDがコーシャと握手する。

 二人と握手していると指揮官が聞いた。

 

「で、そちらのお二人は?」

 

「ああ、紹介が遅れたね、妻のG36と義理の妹のG36Cだ」

 

「グーテンターク、イシザキ様。G36と申します」

 

「G36Cです、よろしくお願いしたしますわ」

 

 G36とG36Cと名のった二人はお辞儀した。

 

「ああ、よろしく」

 

 指揮官は二人と握手するとさらに聞く。

 

「さっき妻って言った?あんたの嫁さんかい?」

 

「ああ。そうだ。今時人形と結婚するのは珍しくないだろ?」

 

「まあそうだが仕事に嫁と義理の妹を連れて行くとはねぇ」

 

 ニヤニヤしながら指揮官が言う。

 それに彼は返す。

 

「単身赴任は寂しいんで、それに」

 

 そう言いながらコーシャはG36の頬にキスする。

 

「離れているより一緒にいる方が愛を育める」

 

「ハハ、いい奴だな気に入ったよ。

 まよろしく頼むよ」

 

「ええ。」

 

 二人は打ち解けると荷物を持ちエンジンが動き出した輸送機に乗り込んだ。




・コンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフ少佐
別作ドールズウィッチーズライン主人公。
とりあえず改めて解説。
ロシア空軍の少佐で父親は空軍大将で兄も空軍大佐でモスクワ勤務。
赤衛軍以来の名門軍人一家の生まれで次男坊。
一族にはジューコフ将軍の血も流れている。
また母親は海軍軍人の一族で叔父はバルト海艦隊の司令長官。
モスクワ生まれのモスクワ育ちのモスクワっ子。
酒飲みでウォッカ党。
歌が好き。
元ヘリパイロット。
G36にゾッコン。結婚して義理の妹のG36C共々一緒に暮らしてる。
年齢は実は30歳。
実はGRUの将校。
愛銃はマカロフのカスタムだが正式装備じゃない旧式銃を使うのは正式装備のGSh-18のマガジンバネが強すぎて装填できない(これ実際にある欠点)かったり薬莢が顔に当たりやすいから旧式だけど信頼性抜群初弾装填したまま使える程安全性も高いマカロフを選んでる。そもそも将校のサイドアームだし。
英語ができる。
愛称はコーシャ。

・G36
コーシャの妻。
コーシャにゾッコン。相思相愛。
家事料理洗濯掃除何でもござれな完璧メイド。
その上戦闘もこなせる。
ドイツ語の他にロシア語と英語ができる。
作者の推しです(ここ重要)

・G36C
義理の妹
保護される側。
おっとりとしていてほわほわしているらしい。目を離したら飛んで行ってるかも。
結構な努力家。
推しです



誰も得しない設定
戦術人形は基本的にIoPタイプで大半のモデルはIoPではなくライセンス生産された他社製。
主力工場はベルギーとドイツとアメリカだがロシアやインドでも生産されてるどころかその技術を利用して独自の人形も作ってる。
鉄血は元々無人兵器メーカーなので戦術人形のコンセプトは「無人兵器の延長線上」、一方IOPは「人型ロボットの延長線上」という設計上のコンセプトの違いがある。
戦闘用AI開発では鉄血が上だったがコストがべらぼうに高くなった上にそれに適合できる素体の開発に手間取った結果一体で輸送機が10機買える値段になってしまったモデルがあり性能は良かったのでロシア軍が購入して特殊部隊に配備中(ウロボロスの事)


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第13話

どうでもいいけど国連軍の名称が実はシュワルツシルト(ワームホール理論に関係する物理学者の名前)からミューロックレイク(エドワーズ空軍基地に隣接する乾湖の名前)になってます。


「元第45独立親衛特殊任務連隊の隊員とはねえ、頼りがいがある。

 何分空軍士官だから荒事は苦手で」

 

「私に任せておけ」

 

「こいつは強いぞ?部下に名誉勲章持ちの元フォースリーコンがいるがそいつと互角に戦えるんだぞ。」

 

「おお、そりゃすごい」

 

 輸送機の機内、アッパーデッキの人員輸送用スペースで指揮官とコーシャはリラックスして話していた。

 コーシャとSVDはロシア出身という事でロシアの話で盛り上がっていた。

 すると指揮官がコーシャに聞いた。

 

「ところで今朝は朝っぱらからひっきりなしに戦闘機が離陸してたがアレはなんだ?」

 

「多分SEADだ。」

 

「SEAD?あの日本のアニメか?」

 

「それじゃない、敵防空網制圧の略だ。

 アメリカ風に言えばワイルド・ウィーゼル」

 

「ああ、ワイルド・ウィーゼルね」

 

「この輸送機が飛ぶ航路に害を成す防空陣地とレーダー設備を攻撃してた。

 損害ゼロで防空陣地を120個破壊したそうだ」

 

 コーシャが今朝の戦闘機と攻撃機の任務を説明する。

 今朝の出撃は全て敵防空網制圧任務、所謂ワイルド・ウィーゼル任務で防空網を破壊し絶対的制空権を確保する任務だった。

 防衛戦では制空権の有無は絶対条件ではないが攻勢では制空権は絶対要素である、ましてやチャフやフレアなどの防御装置こそあれど自衛火器を持たないこの輸送機を安全に目的地に飛ばすという理由もあった。

 その後ろの座席に座っているのは404小隊だった。

 

「もっと寝たかった…」

 

「ゲーム楽しかったのに…もっといたかった…」

 

「堕落してるわよ」

 

 国連軍とアメリカに甘やかされすっかり堕落していた。

 グリフィンとの接触や基地などの詳細情報は全て彼女らとAR小隊の協力により把握され今回の輸送作戦―秘密裏にニルバーナのコードが付与された-に使用される航空用地図やルート選定も彼女らの協力あってのものだった。

 唯一UMP45はパイロットの航法支援のためコックピットにいた。

 

「こちらロメオパパアルファ63シエラ、イーグル」

 

『こちらイーグル、1万まで降下し機首時方位235に右旋回、管制空域を離れる。』

 

「ロメオパパアルファ63シエラ、了解。」

 

「降下1万、方位235っと。お嬢さん、これであってるかい?」

 

 副操縦士が無線交信する横で機長は自動操縦のノブを回して降下と旋回を設定すると後ろの補助席に座るUMP45に聞いた。

 

「ええ。本部の飛行場の管制に向かえるわよ」

 

「事前の偵察で飛行場があるのは分かってますから大丈夫ですよ」

 

 心配する機長に副操縦士が安心させる。

 事前に無人機による偵察で飛行ルートの安全は確認されてた。

 

「そうだな、今はここだな?」

 

「だいたいその辺りです。予定だとこのまま直線に進んで滑走路24にアプローチですよね?」

 

 二人は墜落して放置されたグリフィンのヘリの中から回収された航空用地図を見ながら話し合う。

 二人共初めてのルートであるため警戒していた。

 

「予定通りに行けばな。

 無線周波数は113.145だな。」

 

「そのはずですよ」

 

「ちょっと早いがコンタクトしてくれ」

 

「了解、周波数113.145にセット、あーこちらロメオパパアルファ63シエラ。

 現在機首時方位235、高度は120から100まで降下中。

 速度450ノット」

 

 副操縦士が無線のダイヤルを回し呼びかける。

 するとロシア訛りの英語で返事が返ってきた。

 

『こちらアプローチ、ロメオパパアルファ63シエラ、予定の便にはないぞ』

 

「特別フライトだ。

 事前連絡が無くて済まない」

 

『そう言う事かい。

 じゃあ右旋回240、5000まで降下しローカライザーとグライドスロープを受信してくれ』

 

 管制官は輸送機に旋回と降下を指示しローカライザーとグライドスロープ、100年近く前に開発され改良を繰り返されてはいるが未だ現役の計器着陸装置の電波の受信を指示した。

 

「ロメオパパアルファ63シエラ、右旋回240、5000まで降下了解した」

 

「離陸して30分で着陸か」

 

「直線で200キロですからね。

 それじゃあ、着陸チェックリスト始めましょうか」

 

 パイロットは着陸の為チェックリストの確認を始める。

 二人のパイロットの目の前のモニターに出てくる文字を一つずつ着実にこなしていく。

 機体が降下し始めた事は後ろの客も気がついた。

 

「降下し始めた、もう着陸かぁ」

 

「シートベルトしたままでよかった」

 

 窓の外が雲海から段々雲の中に入り雨が窓に打ち付けられ雲を抜けると真っ白い雪原が広がる。

 さらに段々と高度が落ち始め街や道路が増え始め、更に低くなり家々の屋根がすぐそこまで迫った次の瞬間、ドスンという強い衝撃が体を襲う。

 

「フルリバース!エアブレーキ!」

 

「リバース最大!エアブレーキ、コンファーム!」

 

 コックピットではパイロットの間のスロットルのレバーに付いた中くらいのレバーを機長が上げスロットルを前に押し足元のブレーキペダルを踏みこみスロットル傍のスイッチを動かす。

 足元の主脚はブレーキが作動し金切り声を立て4基のターボファンエンジンは推力を前に出す、主翼からは小さな壁が立ち上がり空気の流れを阻害する。

 機体はゆっくりと速度が落ち、1分もせぬ間に停止した。

 

 

 

 

「アレが国連軍か」

 

「ええ。見た事のない輸送機ですね」

 

 飛行場の建物の中で一連の様子を見ていた者達がいた、グリフィンの社長のクルーガーとへリアンだ。

 二人は着陸した見慣れない輸送機を見る。

 エンジンはターボファン4基、一面グレーで高翼T字尾翼というオードソックスに見えるが主翼の先のウィングレットは珍しいシミタールウィングレット、主翼形状も古いボーイング787のような丸みを帯びた形で何より機体にはロービジ塗装の星が描かれ、尾翼にはテールコードと部隊マークが描かれていた。

 機体はエプロンに入ると建物の前に停止した。

 

「行こう」

 

「はい」

 

 二人は建物から出ると機体側面の出入り口の前に向かう。

 出入り口のドアが開くと中からエアステアが出され、機内からグレーの毛皮のファーがついた仕立てのいいコートを着ウシャンカを被った将校が現れた。

 

「ミスタークルーガーですね、ロシア空軍少佐コンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフです」

 

「ベレゾヴィッチ・クルーガーだ、よろしくアーチポフ少佐」

 

 降りてきた将校とクルーガーは握手する。

 その間に指揮官、SVD、ワルサー、G36姉妹も荷物を持って機体から降りる。

 

「君たちは?」

 

「護衛だよ。こいつは俺の秘書、あの二人は少佐のお付きの人だ」

 

 ヘリアンが指揮官に聞き答える。

 雑な説明だが間違ってはいない。

 

「そうか」

 

「俺はG&Kセキュリティミューロックレイク特別支局福祉局長のジェームズ・イシザキだ。」

 

「上級執行官のへリアントスだ。歓迎しよう」

 

 へリアンと指揮官は自己紹介すると握手した。

 すると横から声をかけられる。

 

「ではついて来たまえ」

 

 クルーガーが言う。

 指揮官たちは彼について本部の中に入る。

 本部の中はある意味50年前と大して変わっていない国連軍の設備や彼らの国とは違いSF映画の近未来感のある雰囲気だった。

 

「ほぉ、随分近未来的だな」

 

「SFっぽいな」

 

「ご主人様、期待しても奥からダース・ベイダーとストームトルーパーは出てきませんよ」

 

「分かってるさ。ところでスターウォーズとスタートレックどっちが好き?」

 

「俺はウォーズかな、トレックは堅苦しいし古臭い。

 親父はトレッキーだけど」

 

「俺は筋金入りのウォーザーだからな。

 英語はスターウォーズで習った。」

 

「あんた生まれた頃にゃとっくの昔にシリーズ終わってたのにか?」

 

「いい映画に時代が関係あるか?

 レオンも風と共に去りぬもダークナイトも、勿論タクシードライバーも今見ても色褪せることはないいい映画さ」

 

「このロシア人は映画が好きなのかい?」

 

「コーシャさんは大の映画好きですから」

 

「成程ねぇ、オタクに付き合わされるのは大変だねえ」

 

 コーシャと指揮官が傑作SFシリーズ映画の話から傑作映画の話を始め指揮官が斜め後ろを歩くG36Cと話す。

 すると前を歩くへリアンが振り返った。

 

「静かに歩けないのか」

 

「すいませんね。ちょっと話が盛り上がって」

 

 指揮官が謝る。

 そして一行はある会議室の前に案内された。

 

「ここだ、入ってくれ」

 

 クルーガーが案内して入るよう促す。

 それにコーシャと指揮官が入り続いてワルサーとG36が入ろうとするとクルーガーが止めた。

 

「駄目だ、ここから先は人形の立ち入りは厳禁だ。」

 

「はあ?」

 

「それは困ります。ご主人様の資料等は私が持参しています」

 

 ワルサーは素っ頓狂な声を出しG36が抗議する。

 二人も騒ぎに気がつきクルーガーに意見する。

 

「クルーガー社長、彼女らはスタッフです。

 護衛は外に置くとしても資料や情報を持っている彼女らを会議の場から追い出すわけにはいきません。

 もしも追い出すならばこの場で交渉を打ち切ってもよろしいですね?」

 

「ああ。あんたはこの建物の管理者だろうが彼女らの管理責任は俺にあるし指示を出すのも俺だ。

 彼女を入れてもらわないと困る」

 

「はぁ、分かった。二人だけだ」

 

 クルーガーは二人の抗議に折れワルサーとG36を中に入れた。

 その代わりにSVDとG36Cは会議室の前に置かれた椅子に座り待つことになった。

 

 




感想をくれ

一応出した輸送機はC‐17の後継機って設定のオリジナル機(名前は決めてない)
出てくる兵器は大体今開発中の兵器かその後継


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第14話

神々の怒り作戦説明回。


「というのが我々の歴史です」

 

「つまり崩壊液が撒かれなかった世界というわけか」

 

「大筋ではそうだ。そのおかげで崩壊液は危険だが同時に人類に無限の福音を齎す存在って扱われてる。

 無力化の方法もそれなりにあるしヤバいけど昔ほどじゃないって奴さ」

 

 一通り歴史の説明が終わりクルーガー達は内心驚きつつもこれからどう付き合うべきか考えていた。

 それに対してコーシャはという早速次の話を始めていた。

 

「ではクルーガー社長、ビジネスの話を始めましょう。

 G36、アレを」

 

「はい、ご主人様」

 

 手を叩いてG36に指示を出す。

 G36は持って来たスーツケースから小型のプロジェクターとパソコンを取り出した。

 その間にコーシャは窓にカーテンをし、スクリーンを下ろした。

 

「G36、例のファイルを」

 

 そして部屋の電気が落とされスクリーンに英語の文字が映し出された。

 

「これが作戦の説明かね?」

 

「ええ。何分色々無いので古臭い方法ですが。

 作戦名は神々の怒りです」

 

 出された英文は神々の怒り作戦と書かれていた。

 その下には国連軍が作成とも表記されていた。

 

「次のスレッド、まず作戦の主な戦略的目的です。

 趣旨は軍事的と政治的の両方があります、軍事的にはグリフィンの支配地域への連絡路を作り出す事。

 これによりそちらと連携し鉄血を殲滅しやすくします。

 次に政治的目的はこの世界における国連軍の軍事力を誇示し全ての交戦団体に対して軍事的な優位性を示しその軍事力を背景とした国家再建へ弾みをつけるというものです」

 

 コーシャが丁寧に説明する。

 作戦要綱は簡潔丁寧で分かりやすいものだがクルーガーの内心に何か引っかかった。

 

「国家再建?なぜする必要が?」

 

「決まってるじゃないですか、今ここは我々の定義で言うところの無政府状態ですよ?

 貴方方も我々はPMCではなく現地武装勢力と解釈してます。

 よって後で説明しようと思いましたが一応参加部隊にはハーグ陸戦協定付属書第1条の全要件を満たして貰わなければなりません。

 そうしないと我々は貴方方の交戦権を認められません、国連軍は無法者ではなく戦時国際法に基づいた作戦行動を行う組織ですので」

 

「一応聞きたいがもし要件を満たさなかった場合は?」

 

「その時は貴方方全員をテロリスト認定して徹底的に叩き潰すだけです。

 我々はテロリストには容赦はしないので」

 

 コーシャはさも当然のように言い切る。

 テロリズムには屈せず交渉せず殲滅する、もう60年以上前からの彼らの伝統的スタンスである。

 

「分かった、テロリスト扱いされるのは御免だ」

 

「ええ、我々も無益な戦は避けたいところですよ」

 

「俺として人形同士で殺し合うなんて悲劇は趣味じゃないんで」

 

 3人ともテロとの戦争なんてものは真っ平ごめんだった。

 何せ対テロ戦争は21世紀に入った最初の年から今まで休むことなく続いてるのだ。

 

「それじゃあ本題に戻りましょう。

 まず作戦参加部隊ですがまず東から左翼突破任務部隊、中央部隊、右翼突破部隊の三つに類別されます。」

 

 一旦話を戻し作戦説明が再度開始される。

 プロジェクターが映し出したのは国連軍側の戦線であり3等分に分けられて赤青緑に色分けされていた。

 

「まず左翼突破部隊、この赤の部隊ですが編成はアメリカ海兵隊第一海兵遠征軍第一海兵師団が担当します。」

 

 左翼突破部隊、鉄血への左ストレートを担うのは精鋭アメリカ海兵隊第一海兵師団通称ブルーダイヤモンド、かつてはガダルカナル、ペリリュー、インチョン、チャンチン湖などの激戦を戦った名誉あるビッグワンの師団だ。

 この精鋭が左翼から鉄血に一撃を食らわせるのだ、グリフィン相手にやってきた鉄血には過剰ともいえる部隊だ。

 

「次に右翼突破部隊、一番右の緑の部隊は我らがロシア連邦陸軍第2親衛自動車化狙撃兵師団タマンスカヤです。」

 

 強烈な右ストレートは同じロシア語を話す同胞を解放せんと士気が高く、精鋭たる親衛称号を持ち元々はモスクワ防衛という文字通り首都防衛部隊であるタマンスカヤ師団。

 今や蜜月の仲たるロシアとアメリカ、両国はこの地に精鋭師団を惜しげもなく投入していた。

 こんな部隊と正面切って戦うという向こうの世界では悪夢のような状況に置かれた鉄血の未来は知恵があればすぐにわかるだろう。

 

「続いて中央部隊、この部隊は両翼の突破と並行して鉄血を圧迫、包囲後は殲滅を行う部隊です。

 主力は英軍のマーシアン連隊とロイヤル・フュージリア連隊などの旅団規模のウォリック任務部隊とドイツ連邦軍第10装甲擲弾兵旅団、中央予備としては日本の陸上自衛隊第26普通科連隊とフランス陸軍第2外人歩兵連隊の2個連隊です。」

 

 両翼の一撃をカバーするジャブの中央部隊は英軍とドイツ軍を主体とし予備として実質専守防衛を捨てたのに伝統として今だその名を使い続ける陸上自衛隊とフランスの殴り込み部隊たる外人部隊が中央予備として配備されていた。

 彼らは突破を図る鉄血を防ぎ敵の戦力の消耗を強いるいわばおろし金である。

 包囲後は彼らが鉄血を締め上げ殲滅するという大事な任務もある。

 

「さらにグリフィン側の戦力不足に対応して第101空挺師団第3空挺旅団戦闘団ラッカサンズとロシア空挺軍第31独陸親衛空挺旅団が予備部隊として用意されています。

 そちらの要請があれば12時間以内に作戦展開が可能です。」

 

 グリフィンへの増援として2個空挺旅団も彼らは用意していた。

 この部隊は輸送機の都合で一度に送れるのが頑張っても1個旅団と制限こそあるが最も機動力の高い緊急展開部隊を担っている。

 必要とあらばS-09地区に12時間以内の展開が可能だった。

 戦力こそ重装部隊の第一海兵師団やタマンスカヤに劣れども両部隊は空挺兵という精鋭である。

 片や伝説的なノルマンディーに空から降り立ち、マーケット・ガーデンでは辛酸をなめ、バストーニュで伝説の防衛線を行い、バーシティー作戦ではドイツに空からやってきた伝説の叫ぶ鷲、片や第二次世界大戦前から存在しブダペストやウィーンからドイツ軍を追い出しチェチェンにも行った歴戦の親衛部隊だ。

 空中機動で以て世界中あらゆる場所へと迅速に展開する空の軽騎兵、もう80年近く続く伝統的な運用である。

 正面から殴る重装騎兵の突進と戦列歩兵の前進に逃げ惑う哀れな雑兵を蹴散らし止めを刺す軽騎兵だ。

 

「これに航空部隊として米空軍、ロシア空軍、カリフォルニア州兵など州兵各部隊、カナダ空軍、海兵隊航空団の合計230機全機が航空支援を行います。

 また前線への火力支援として国連砲兵司令部直轄の4個連隊と5個大隊の砲兵・ロケット部隊合計150門が。」

 

 さらに圧倒的なアドバンテージとして優勢な航空部隊、そしてソ連時代から連綿と続く砲兵火力重視たる特徴的な砲兵司令部管轄下の独立砲兵部隊という文字通り鉄血を耕す戦力、もはや鉄血が酷である。

 この圧倒的戦力にクルーガーも内心目の前にいる男達の機嫌を損ねれば自分達が天国へ転属になると理解した。

 

「うむ…凄まじい戦力だな」

 

「久しぶりにがっぷり4つに組んで殴り合えるんでね、軍も張り切ってるのよ。

 まあ俺達の仕事が減って嬉しいんだが仕事を全部取られるのは困るがね」

 

「はは…」

 

 半分空気になり内心今の国連軍の詳細をしっかりと説明された指揮官も驚いていた。

 圧倒的な戦力にへリアンは乾いた笑いしか出なかった。

 

「で、更に電子作戦として作戦地域の外側に壁を作ります」

 

「壁?」

 

「壁ですよ。電子的な壁。

 一般的に広範囲電子装置無効化装置、通称電磁シールドを使い敵を電子的に封鎖します」

 

「広範囲電子装置無効化装置?」

 

 コーシャが次に電子作戦に話を移した。

 だがクルーガー達は聞きなれない電子機器に首をかしげる。

 

「簡単に言えば電磁防御が施されていないあらゆる電子装置、文字通り人形からパソコン、携帯ゲーム機まで全部を強制的にスリープ状態にさせる装置です。

 一応技術的に完全な使用不能状態にもできますがそれだと色々と不都合が多いので、何せ謝って侵入した部隊や民間人の持っている機器まで破壊してしまうとなると色々不味いのでスリープ状態で加減されてますがこれで文字通り電子機器を使用する鉄血を締め出すことが出来ます」

 

「しかし、電磁防御が施されていたら?」

 

「我々の調査で鉄血の電磁防御のレベルは我々の言うところのレベル2と呼ばれる程度で一方の我々の使用する兵器の大半は最低でもレベル4、大半はレベル5、戦術人形は一応レベル3対応なのでレベル2程度の強度の電磁シールドで締め出せます」

 

 彼らが持ち込んだ兵器の中で最も特異なのがこの広範囲電子装置無効化装置通称電磁シールド。

 大規模電子戦という概念が滅んだに等しいこの世界にはない、国連軍の世界でも一応先進国やそれなりの規模の軍は大体持っている電子装置だが運用上民間人や民間登録の人形にまで危害を加える可能性が指摘される程の無差別性を持つこの電子機器は運用上かなり微妙な立ち位置にあった。

 何せ運用を間違えればジュネーブ条約違反というかなり危険な兵器という事もあり使用されるのはせいぜい危険な地雷原や完全な立ち入りを禁じたい場所、機密情報等を扱う施設など部外者の立ち入りを禁じたい場所など限定的だったが今回の国連軍で敵は国際法を無視した機械だけという鉄血相手にこの機械の出番がやってきた。

 何せ無人地帯なので民間人がどうこうと気にする必要もなくただ機器を展開して作動させるだけで目に見えない壁を作れるのだ。

 万里の長城のように鉄血を締め出せるのなら使わない手はなかった。

 

「これを作戦地域の丁度外側に展開します。

 航空機から投下して遠隔で使用可能で一機でおよそ直径10キロの範囲をカバー可能なので予備含めて合計12個を外側に展開させます。

 これで外側からの救援を断ちます。

 これで電子的に分断した後、実際に攻撃を開始します。

 まず砲兵部隊が前線部隊を粉砕、航空部隊が後方の司令部やインフラ、予備兵力、物資、後方陣地の類を破壊し両翼より部隊が突破、一路S-09まで南下、右翼部隊は我々がビフレストと呼んでいるルートを、左翼部隊はギャッラルブルーと呼ぶルートを突破しグリフィン支配地域までたどり着くと反転しグリフィン部隊と共に連中を圧迫、殲滅します」

 

 まず電子作戦で当該地域を孤立させると砲兵と航空部隊が徹底攻撃を加えそこを両翼から部隊が突破、北欧神話の橋の名を取ったルートを南下しグリフィンまでたどり着くとグリフィンと共同で殲滅する、極めて単純明快な作戦だ。

 これが神が見の怒り作戦のあらましだ。

 

「成程、説明ありがとう。

 しかし…」

 

 説明を受けたクルーガーはどういうわけか渋り始めた。

 

「どうかしましたか?」

 

「ああ、実はS-09の部隊は色々と問題が多い。

 所謂新人だ」

 

「それなら国連軍予備部隊を展開させますが?」

 

「他にもいろいろあるんだ、まあ一回見に行ったらどうかね?」

 

 クルーガーが提案した。

 その提案にコーシャと指揮官、G36、ワルサーは数分話し合うと首を縦に振った。




名前を出した部隊は全部実際に存在します


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第15話

感想くれ


 戦術人形というのは個性がある、たとえ同じモデルでもかなり個性というのが出るのだ。

 基本的なプログラムこそ同じながら趣味嗜好技術などはその後の生活によって変わっていく。

 例えば指揮官が持っているWA2000は仕事の関係でコーヒーに相当な拘りを持っている、M14は元海兵隊の特殊部隊で通常の射撃や海兵隊格闘術だけでなく日本の銃剣道をマスターし同時に日本文化に親しみ読書家である。

 

「何を読んでいるのですか?」

 

「ん?マルクス・アウレリウス・アントニウスの自省録だ。」

 

 護衛として外に出されたSVDとG36Cの二人も個性というものが出ていた。

 片や椅子にちょこんと座り行儀よく座っているG36C、片や椅子に深く腰掛け足を組みながら熱心に分厚い本を読むのはSVD、彼女にG36Cが聞いたのだ。

 

「マルクス・アウレリウス・アントニウスって確か五賢帝の最後の方ですよね」

 

「そうだ、その彼が書いた哲学の本がこれ。

 かのマッドドッグマティスも読んでたらしいってM14がお勧めしてくれてな。

 読むか?」

 

 読んでいたのは古代ローマの哲学書「自省録」、五賢帝の一人マルクス・アウレリウス・アントニウスが書いた哲学書である。

 彼女はこれを同僚から勧められ読んでいた。

 

「いいんですか?」

 

「ああ、まだいくつか本は持ってきてるからな。

 ああ、時々ロシア語を読まないと忘れるからな」

 

 そう言うと傍に置いたバッグからロシア語の小説「ドクトル・ジバゴ」を取り出して読み始める。

 G36Cもつられて英語で書かれた自省録を読み始めた。

 二人は読んでいると足音が近づいてくるのに気がついた。

 だが無視して読み続ける。

 足音は二人の前で止まり話しかけられた。

 

「ねえ、あんた達何やってるの?」

 

「古き良き文学の泉に酔いしれてる」

 

 夢中になって読んでいたSVDは適当に返した。

 すると突然本を取り上げられる。

 

「戦術人形が本ねぇ」

 

「人形が芸術を消費しては駄目か?」

 

 本を取り上げたのは彼女が良く見慣れた戦術人形、ワルサーWA2000だ。

 

「何この本」

 

「ドクトル・ジバゴ、ボリス・パステルナークが書いた近代ロシア文学の金字塔だ。

 世界はノーベル賞で価値を評価したがソ連政府は発禁処分という文学への冒涜で評価したが。」

 

「ふーん、こんなの読むのねぇ」

 

「たまにロシア語を読まないと忘れるんでね。返してくれ」

 

 ワルサーは小説をSVDに返す。

 だがいちいち癪に障るような返しをするSVDにワルサーはイライラする。

 

「で、あんた達は何処の所属?見慣れないけど」

 

「私はG&Kセキュリティ、連れはロシア空軍の少佐殿の物さ。

 ちなみに今そこで会議中、私達は留守番だ」

 

 前の会議室を指さしてワルサーに説明する。

 だがその説明が癪に障ったようだった。

 

「何処の会社よその何とかセキュリティって、それに戦術人形を個人所有って出まかせ言うんじゃないわよ」

 

「出まかせじゃないさ。身分証なら持ってるぞ。

 ま、通用するかは話が別だが」

 

「あのー、口論はやめましょう?コーシャさんや指揮官さんに迷惑がかかるかもしれませんし…」

 

「もっともな意見だな。

 生憎喧嘩を買うほど裕福じゃないんで殴り合いでもしたければ他所で探してくれ」

 

 G36Cが口論を止める。

 彼女に言われSVDも冷静になる、こんな大したことない事で波風起こしても何の得もないのだ。

 

「あっそ、戦術人形だっていうのに喧嘩が怖いのね」

 

「能ある鷹は爪を隠すってだけさ。臆病者とでも何とでも言え。

 あんた達には一切関係のない事だからな」

 

 ワルサーが嘲るがSVDは怒りを飲み込みながら大人の対応をする。

 彼女らの間に知らぬ間に見えない溝ができていた。

 今にも喧嘩になりそうな権幕の中で会議室のドアが開き指揮官たちが出てきた。

 

「終わった終わった、あー疲れた」

 

「お、終わったか?」

 

 気がついたSVDは手を挙げて声を上げる。

 

「ああ、SVD。ロシア訛りの英語を聞くのは飽きた」

 

「ハハ、私もロシア訛りの英語だが?」

 

「同じ英語なら女の声の方がいい。男のケツに欲情する趣味はねえからな」

 

 ワルサーの隣に立つとSVDと仲良く話していた。

 

「ふーん、これがあんたの指揮官ねえ」

 

「ん?ワルサー?」

 

「私なら反対側よ」

 

「ん?いつの間忍者になったんだ?」

 

 隣にいたワルサー(グリフィン)に気がついた後反対側のワルサーの方を向く。

 二人のワルサーも気がついたようだった。

 

「忍者じゃないわよ、グリフィンの私でしょ?」

 

「あんたこそ何処の人形よ」

 

 グリフィンのワルサーがもう一人のワルサーに強い口調で聞いた。

 ある意味大人げない態度にワルサーは極めて冷静に大人の対応をする。

 

「私はこいつの私物よ?

 こっちの事情は知らないけど人形の個人所有は銃を持つぐらい一般的よ」

 

「はぁ?あんたら一体何者よそもそも」

 

 グリフィンのワルサーが大声で聞いた。

 それに彼女はウィットに富んだ答えで返す。

 

「名乗る程でもないビジネスの話をしに来たしがない合衆国国民よ。

 さ、行きましょう?これ以上は大人の話よ、出直して来なさい()()()()

 

 あからさまに馬鹿にした口調で華麗に受け流した。

 一方のバカにされたも同じワルサーは顔を歪ませた。

 

 

 

 

 

 数時間後、6人はグリフィンの人間に連れられて食堂で夕食を摂っていた。

 だがその味はというと「シベリアや北極の基地の食堂の味」だの「食えない事もないが美味いって訳じゃない」などという微妙なもの。

 悪さの原因はこの手の事に仕事柄通じているG36やワルサーは「食材の質が料理人の腕以上に問題」と考えていた。

 

「まあ、今まで食った飯の中ではマシな方だけどな」

 

「今まで一番ひどかった飯は?」

 

 大して美味くない見た目も工業品みたいなステーキを食べながらコーシャが指揮官に聞いた。

 大して美味いわけでもないがかといって酒がある訳でもない以上適当に話をして気分を紛らわせるしかなかった。

 

「大学時代に日本の留学生に食わされたナットウとクサヤ」

 

「そりゃ酷い。俺は5年前に北方軍管区の演習で配られた野戦糧食。

 賞味期限切れで飯の時間に任務で遅刻した俺の機の乗員全員にそれが回されて翌朝全員朝からトイレから出られず吐いてた。でそのまま衛生兵に担がれてヘリに乗せされてムルマンスクの海軍病院に放り込まれた」

 

「食中毒とはヒデェな」

 

「まあ万事塞翁が馬ってことわざが中国にあるだろ?

 その代わりに俺達は4日間宿営地のクソみたいなベッドの代わりに柔らかい病院のベッドで美人の看護師に世話されながら過ごせた」

 

「ハハハ」

 

 二人は大笑いする。

 二人の話を聞いていたSVDやワルサーも口を押えて笑うのを押さえる。

 

「幸い俺は食中毒になった事はないな。

 手術も受けた事ないし、子供の頃一度肺炎で病院にぶち込まれたことぐらいだな」

 

「病院と裁判所と警察署はお世話にならないのが一番だよ」

 

「そうだよな、俺らの仕事も暇が一番だよな。

 無駄飯食いって言われる軍隊ってある意味では一番幸せな事だよな」

 

「英雄がいる世代は不幸だが英雄を必要とする世代はもっと不幸だ、そのような言葉もあります。

 何事も平和が一番です」

 

「全くその通りだよG36」

 

 そう言うとコーシャはG36の頬にキスする。

 

「おいおい、お熱いのはよそでやってくれ。」

 

「いいじゃないか、減る物じゃないんだし」

 

 大げさに言う指揮官、一方のコーシャはあっけらかんとしていた。

 

「ロシア人ってのは公衆の面前って概念が無いのかい?」

 

「恋は盲目だからな」

 

「だいたいバカなカップルはどこでもこんなことするわよ。

 まが常識があるだけマシよ、こいつら」

 

 二人共ある意味達観していた。

 まあこういう事もあるだろう、何せこういうのはいつの時代も別段珍しくもなんともない、丸一日適当なレストランの席に座ってれば一回ぐらいは見るだろう。

 ある意味見慣れた光景だがそれに文句を言う者というのもそれなりにいる。

 

「おい、そこのお前ら」

 

「ん?俺達か?」

 

 突然後ろから声をかけられた。

 振り返ると赤いコートを着た大柄な男、恐らく40代ぐらい、見た目はそれなりにいいが腕時計を見ると相当趣味の悪そうなのをつけた男だった。

 

「ああ、そこの人形なんかと一緒に飯を食ってるお前らだ」

 

「それで何の用かな?」

 

 コーシャが警戒するG36を手で制し右手を腰に吊るしたマカロフに手を当て聞いた。

 

「この食堂は人間専用だ、人形はさっさと追い出せ」

 

 偉そうな態度で酷いルーマニア訛りの英語で命令する。

 だがそれに指揮官は白々しい程綺麗なアメリカ英語で返した。

 

「それは困る。俺の部下だからね。

 食事中に仕事の話をしちゃいけないのかい?

 第一俺達はビジネスで来てるんだ、この会社のルールとやらに従う義理ってのはないんでね。

 もしこの件でビジネスが破断になったら…お宅の社長さんに責任を取ってもらうけどいいかな?」

 

「な…」

 

 やんわりと脅す。

 普段はやる気のない男だがどういうわけかここぞという時はかなり口が回るのだ。

 

「それと、食事中に喧嘩なんかするのはマナー違反だよ?」

 

「チッ」

 

 その男は舌打ちをすると離れて行った。

 

「無礼な男だな」

 

「全くだ、()()()が必要だな?」

 

 指揮官の言った言葉にコーシャもクスリと笑った。




グリフィンのモブ指揮官も出す。(悪役だけど)

感想くれ


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第16話

S-09地区編


「なんでこんなオンボロ機がまだ飛んでるんだよ!」

 

「俺に言われても知らん!」

 

 翌日、冬らしく雲が多いが所々青空も見える空を飛ぶヘリの騒音に満たされたキャビンで指揮官は向かいに座るコーシャと大声で話していた。

 

「アメリカ人の俺でもこいつは博物館と航空ショーでしか飛んでる姿見た事ないぞ!

 落ちないだろうな!」

 

「落ちたら落ちたでその時だ!」

 

「そんなこと言われてもなあ!先月アリゾナの航空ショーでこいつが落ちたからな!」

 

「そりゃあ50年物のブラックホークだからな!」

 

 彼らが乗っているのは50年以上前のヘリコプター、UH-60通称ブラックホーク。

 初飛行が1974年で総生産機数は3000機以上で彼らの世界では40年以上前に生産が終わり今では傑作ヘリコプターの一機として航空史に名を刻んだ存在である。

 簡単に言えば「超オンボロ機」である。

 軍どころか民間でもとっくの昔に世代交代して今や博物館かヴィンテージ機を飛ばす愛好会ぐらいしか飛ばしていないこの機を平然と戦闘任務に駆り出すグリフィンに指揮官は恐怖していた。

 何せこいつはもう現代の戦闘に対応できないはずだ、一発食らえば終わりだ。

 

「俺はまだ死にたくないぞ!次の大統領選で民主党に票入れるまでは死ねねえ!」

 

「俺もだ!次の戦勝記念日に勲章一杯つけてモスクワのパレードに参加したいからな!」

 

 この整備が行き届いてるようとはいえオンボロのヘリが落ちない事を祈りながらヘリは飛んでいった。

 

 

 

 

 

 1時間後、目当ての基地に辿り着いた。

 ヘリが基地に隣接するヘリポートに着陸すると指揮官はすぐにヘルメットを脱ぎ捨てシートベルトを外しドアを開けて降りた。

 

「畜生!もう二度と乗るかってんだ!」

 

「同感よ、五月蠅すぎて耳鳴りが…」

 

「う…気持ち悪い…」

 

 降りた指揮官は悪態をつきワルサーは頭を抱えSVDは機体の傍で酔ったらしく吐いていた。

 片やコーシャは元ヘリパイロットという事で慣れていたようだが慣れていないG36姉妹はG36は耐えていたがG36Cはふらついて指揮官に抱えられていた。

 

「ご主人様、大丈夫ですか…」

 

「G36こそ大丈夫?こっちは完全にダメだけど」

 

「コーシャさん、申し訳ありま…う!」

 

「あー、そういう時は思いっきり吐いた方が楽だよ」

 

 こうなったのは着陸直前、乱気流に巻き込まれ50年前のヘリという事もあり彼らの世界のヘリと比べても圧倒的に揺れたためだった。

 阿鼻叫喚の渦の中一人だけ平然としていたのはついて来たへリアンだけだった。

 

「…大丈夫か?」

 

「これが大丈夫ならスターリングラードでドイツ軍が勝ってた」

 

 指揮官が一言返す。

 そしてこの光景を見ている影が二つあった。

 

「あれ、大丈夫なのかな?」

 

「ご主人様、心配ならば声をかけてはいかがでしょうか」

 

 片方の赤い服を着た銀髪のボブで髪先が赤い女性がS-09地区司令官ソフィア・アルカード、もう片方は彼女の副官のG36だった。

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

「これは…」

 

 指揮官は渡された書類の裏側にも何か書かれていないか確認しコーシャは頭を抱える。

 

「あの、何か問題でもありましたか?」

 

 自身なさげにソフィアが聞く。

 良いとは言えない出会いからしばらくして、基地の執務室でこの基地の資料を渡された二人は早速頭が痛くなっていた。

 何せその資料の内容は二人の酔いが醒めるぐらいには酷かった。

 

「マジでこれだけなのか?」

 

「はい、それがこの基地の全戦力ですが…」

 

「ざっと計算して…ロシア軍の一般的な歩兵中隊の半分相当の戦力…

 よくこの手駒で防衛できたとしか」

 

「だな、奇跡と言ってもいい。

 参謀部はS-09地区の戦力推定を最低でも一個連隊って見込んでたけど蓋を開けてみれば中隊すら満たないとはな」

 

 この基地の正面戦力はざっと計算して「一般的な歩兵中隊の半分」。

 中隊とは「軍における独立した作戦行動が可能な最小の部隊単位」だという事を勘案するとかなり弱いのである。

 勿論これは正面戦力だけなのでまだ後方部隊などもあるのだが。

 

「後方部隊や支援部隊とかも併せて計算すると…おおよそ2個中隊程度の戦闘団。」

 

「それって具体的にどのぐらい?」

 

「大体300人ぐらい、一応一個大隊は3個から4個中隊で1000人ぐらい」

 

 それでも合計して300人相当の部隊しかないというのだ。

 これで鉄血とやり合っていたのだから奇跡に近いのだ。

 

「消耗した一個連隊程度がいると思えば無傷の中隊しかいなかったとは」

 

「空挺部隊には迷惑をかけるなぁ」

 

 二人は想定以上の悪さに頭を抱えていた。

 

「あの、へリアンさん、このお二人って軍の人ですよね?」

 

「そうだ、そう言う事にしておいてくれ」

 

「はぁ…」

 

 彼女には実は全く話が伝わっていなかった。

 この二人の事は「グリフィンと軍の共同作戦の為の調査要員」として知らされていた。

 

「とりあえずこれで君の部隊の立ち位置がはっきりしたな。

 はっきりと言えば君らの部隊は我々の部隊に組み込んで運用するが構わないかね?」

 

「は、はい!お願いします!」

 

 コーシャがはっきり言うとソフィアは頭を下げる。

 それに二人は困惑する。

 

「え、いやいや、そんなことしなくても」

 

「人形たちを百戦錬磨の正規軍の一員として…」

 

「いやいやいやいや、君、何か勘違いしてない?」

 

「え?」

 

 彼ははっきりと彼女の勘違いを指摘する。

 

「多分君の言う軍隊ってのは俺達の言う軍とは全然違うよ?

 だって俺達異世界の国連軍だもん。

 君らの部隊を組み込むのもロシア空挺軍と米陸軍空挺師団だし」

 

「冗談、ですよね?」

 

「本当でしょうか?」

 

 信じられないようにソフィアとG36が言う。

 当たり前だが理解できないのだ。

 

「信じられないようだが本当だよ?

 一応君にもこれを渡そうと思って持って来た、我々の攻勢、神々の怒りの作戦書類。」

 

 そう言うとバッグから書類、神々の怒り作戦の作戦書類を慌てる彼女の前に置いた。

 

「これをよく読んで立場を理解してくれ。」

 

「は、はい!」

 

 混乱する彼女は訳も分からず大きな声で返事をする。

 そして一通り読むと驚いた。

 

「こ、これって!じゅ、重大じゃないですか!」

 

「ええ。この地区がキーですからね」

 

「こ、これって私なんかでいいんですか!?」

 

「落ち着けよ、な?一回深呼吸しろ」

 

 慌てるソフィアを指揮官がなだめる。

 言われた通りに何度か深呼吸して落ち着くとコーシャが説明する。

 

「この地区が鍵だからこそ君は何もしなくてもいい。

 増援の空挺部隊の指示に従って部下共々動けばいいだけだ。

 君らと違って空挺部隊は百戦錬磨、精鋭中の精鋭だ。

 指揮官も優秀だし君は大船に乗ったつもりでやればいいんだ」

 

「は、はい!」

 

 大声で返事した。

 その直後、後ろのドアが突然音を立てて開いた。

 

「うわ!なんだ!」

 

「いててて…あ…えへへ…」

 

 驚いて咄嗟に腰に吊るしたマカロフ拳銃をコーシャが取り出し、空気になってドアの傍で話し合いを見ていたSVDも咄嗟に持っていたM1911を取り出し、G36CやG36(コーシャ)も銃を向ける。

 そこにいたのはスコーピオンなどこの基地の戦術人形たち数人だった。

 

「スコーピオン!FNC!ガリル!バイキング!」

 

「お三方、覚悟はよろしいですね?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「ま、まてや!うちはスコーピオンを止めようとしただけや!」

 

「ぼ、僕はスコーピオンに…!」

 

「あー、ほら、もしもの事があったら…ね?」

 

 言い訳をする4人にそれまで以上に恐ろしい表情をしたG36(グリフィン)が迫る。

 4人は少しづつ後退りすると立ち上がって走って逃げて行った。

 

「「ごめんなさーい!!!」」

 

「全く…」

 

「大変申し訳ございません、うちの人形がご無礼を」

 

 G36(グリフィン)が代表してコーシャ達に謝る。

 

「いやいや、元気があっていい部下ですね」

 

「まぁ、元気だけが取り柄みたいな子たちですから」

 

「少なくともあんたが部下に慕われるいい性格してるってことだけは分かるよ?

 良い上司ってのは下手な珍獣より貴重な生き物なんだぜ?」

 

「そうですか、では、基地の方を案内させていただきますね」

 

 ソフィアは立ち上がると一行を連れて部屋の外に出て行った。

 

 




・ソフィア・アルカード
S-09地区指揮官。
銀髪のボブ。22歳。
いい人だがいかんせん経験が無い。副官はG36。

・S-09地区
国連軍の基地から南西におよそ50キロの場所にある。
山岳地帯と平野の混在で大規模な部隊の展開が可能な広さがある。
鉄血との戦闘の最前線だがどういうわけか戦力はたいして多くない。
基地に隣接して2500m程度の滑走路のある空港がある。


感想くれ


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第17話

感想くれ


「で、情報は送ったのか?」

 

「ああ。スキャンしたチャートと飛行場関連情報、それに地形図。

 明日の午前中にでも第一陣が来ると思う」

 

 持ち込んだ専用の通信機器(ロシア軍の装備らしく民間人の指揮官は触れない)を使って情報を送ったコーシャがG36が淹れた紅茶を飲みスプーンですくったジャムを食べる。

 傍ではG36が紅茶を用意しワルサーと指揮官は彼の横でチェスをしながら彼と話していた。

 近くではG36CとSVDが本を読んでいた。

 

「これで仕事は終わりか?」

 

「まだまだだな、あのお嬢さんと色々詰めないと。」

 

「兵舎とか食事?」

 

「食事は持ち込みだがやっぱり兵舎と司令部施設だな。

 司令部施設はこの基地の間借りができるかどうか聞いてみないとな」

 

 3人が話していると突如ドアがノックされた。

 

「ん?はい、誰だ」

 

「アルカードです、入ってもいいですか?」

 

「どうぞー」

 

 ドアを開けたのはG36(グリフィン)を連れたソフィアだった。

 

「失礼します」

 

「アルカード指揮官、どうかしましたか?」

 

「いえ、ちょっとお話したいなーと思いまして」

 

「別に構わないぞ、どうせ仕事もひと段落したしな」

 

 コーシャが丁寧に応対しソフィアは彼の向かい、ワルサーの隣に座った。

 一方G36(グリフィン)は彼女の後ろに控える。

 

「それで、お話とは?」

 

「いえ、そんな大したことじゃないですよ。

 貴方たちの世界に事について差し障りのない範囲で教えていただけたらなーと」

 

「別に差し障りのない範囲って正直言って聞かれたら何でも答えるぞ?

 こいつのスリーサイズでも」

 

「別にいいわよ、こいつの頭に穴が開くだけだし」

 

「殺すのか」

 

「じゃああんたを餌にシャークフィッシング、運が良ければ生き残れるわよ。」

 

「完全殺す気じゃねえか」

 

 ワルサーと指揮官が互いにジョークを言い合う。

 それに彼女は乾いた笑いをする。

 

「ハハ…そう言うのじゃなくて、ほら、例えば崩壊液とか街の事とか」

 

「そういう奴ね。」

 

「そうだなぁ、やっぱり人形の登場で色々変わったか?

 物心ついたころには人形が一般化してたからそんなに気にしてないけど親父曰く人形が登場してからは社会構造が一変したって。

 今や戦術人形が人形の代表格になり誰もが人形を持つ社会だな。」

 

「誰もが戦術人形を持つ?」

 

 コーシャの話に彼女が食いついた。

 誰もが戦術人形を持つとはある意味考えられない事だからだ。

 

「ああ。戦術人形の普及率はすごいぞ、今や誰もが持っているって言ってもいい。

 銃の代わりに戦術人形なんてのが一般的だ。

 誰もが持ってるしどこにでもいるから強盗も最近めっきり減ったからな。」

 

 戦術人形の普及は相当なものである。

 IOP系戦術人形はかつて某アメリカの銃器団体が「銃を持った悪い人間を止められるのは銃を持った良い人だけだ」と言ったが戦術人形は基本的にその「良い人」になる、製造段階で違法行為のリミッターがかけられ嘘をつけなくなっている(民生モデルだけ。軍用モデルは別)戦術人形はシステム上自衛を除く犯罪を犯せずなおかつ特定の銃器に習熟し、見た目も人間と変わらない、その上戦術人形の銃火器は銃規制の対象外という事もあり大規模に普及、今や銀行だけでなく殆どの商店やバスには少なくとも一体の人形が乗っているぐらいだ。

 その結果としてアメリカでは強盗件数が20年前の1/5まで低下していた。

 殆どの社会学者はこの犯罪率の激減を戦術人形の普及と関係あるとしている。

 

「信じられない…あんなゴツイ戦術人形が…」

 

「いや、戦術人形の主流はIOPシリーズって呼ばれる系譜の人形だ。

 ベルギーのIOPが開発した技術を基幹にした系譜でもう戦術人形の殆ど全てがこのシリーズの人形と言っていい。

 鉄血も作ってたがあっちは軍事に特化しすぎて民間にさっぱり売れず軍でも特殊過ぎてそれほど売れちゃいない。

 何分IOP系は今や軍事作戦の主流たる治安維持など非対称戦向きだから鉄血のようなタイプは合わないんだ。

 そもそも鉄血自体戦術人形は各種無人兵器の延長線上として作ってたところがあるからメインはその他の無人兵器、人形はロシア軍でも鉄血のを主にスペツナズに鉄血とIOPの混成かIOPのみって感じ。

 その鉄血も蝶事件で倒産、破産して今や別のコングロマリットの傘下、一方IOPは今や人形業界のトップに君臨する絶対王者、毎年のように反トラスト法やら独占禁止法に引っかかってるぐらいには巨大な企業だよ。」

 

 戦術人形の世界的な主流はIOP系の人形であった。

 IOPはそもそも民間用人型ロボットメーカーとAI開発企業の合弁企業として生まれた会社だったため民間用の側面が強く戦術人形に関しても「自律人形を警備に使いたい」や「人形が盗まれないように自衛させたい」という民間の要求と「汚職が蔓延して警察が機能しにくい」、「従来の人だと犯罪に対処しようにも人手が足りない」などと言った警察側の要求がマッチしたため本来は警察・警備用に戦術人形が生まれ、時を同じくしてエッチング技術やダミーリンク技術も生まれそれを搭載し民間・軍・警察向けに販売した経緯がある。

 このコンセプトは平時は平和の配当として予算が削られがちな各国軍にとっては戦闘以外にも多くの仕事に使え、今や多くの軍が行っているPKOなどでも使えることから爆発的に普及、民間でも警備員より安く、お手伝いさんのように使え、何よりその両方より長期的に見ればずっと安いという点でこちらも爆発的に普及した。

 

 一方の鉄血はそもそもロシアと中国の合弁無人兵器メーカーで中露向けに各種無人兵器やUAVを開発していた会社だったため戦術人形はあくまで「無人兵器の延長線上の兵器」という側面が強く戦闘特化でAIの性能などは優秀だったのだが「高すぎる」「民間用には威力過剰」「軍用だと汎用性が不足している」「既存の兵器体系に組み込めない(IOPは組み込めた)」「とにかく何かにつけて高い」と酷評され中露両国軍とその影響を受けているパキスタンや北朝鮮、ベラルーシや中央アジア諸国ぐらいしか売れず当の鉄血も「あくまでメインの商品は無人兵器」というスタンスを崩さず人形販売には大して興味を示さなかった(どちらかと言えば西側への当て馬的にやっていた節があった)。

 

 蝶事件以降は別の軍事コングロマリットに買収されその傘下で無人兵器の製造開発会社となったため今では人形業界のシェアはIOPとその影響を受けた企業の独占状態であった。

 それこそ何かしらの理由で何かにつけて各国から独占禁止法や反トラスト法を食らうぐらいには。

 

「なんか…すごいですね…」

 

「この世界と比べればすごいんだろうがそもそもポストアポカリプスやらかして核のパイ投げやるなんて狂気の沙汰だからな。」

 

「そうね、はい、チェックメイト」

 

 指揮官が話す横でワルサーはチェスに勝っていた。

 するとG36(コーシャ)が二人分の紅茶を持って二人の前に置いた。

 

「お二人様、紅茶にございます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 二人は紅茶を一口飲み目を見開いた。

 

「お、美味しい」

 

「今まで味わったことがない程の美味しさです」

 

「ありがとうございます」

 

 一見すればG36がG36を褒めてG36に頭を下げるという中々奇妙な光景が生まれた。

 

「我が最愛の妻の紅茶は格別でしょう?

 茶葉自体もロシアではなかなか手に入らないバングラデシュのシレット、個人的に好きなBOPの茶葉ですよ。

 本音はラプサン・スーチョンがいいんですけどね、アレ経済制裁で中々手に入らなくて」

 

「なんだかよく分からないですけどものすごく美味しいです!」

 

 コーシャが茶葉の説明をする。

 その説明にこの手の事に詳しいワルサーも驚きよく分かっていない指揮官に説明する。

 

「なあワルサー、そのシレットとかラプ何とかってなんだ?」

 

「紅茶の茶葉よ。シレットはバングラデシュ産の茶葉で紅茶の芸術とまで評される程の高級品。

 その素性から本当に限られたルートからしか買えない超高級品。

 ラプサン・スーチョンは中国福建省産のフレーバーティー、かつては中国の貢物として使われていた程の代物。

 最近は福建省が南についたせいで経済制裁食らって正規ルートで流れてる茶葉は年200トンしかない、ある意味シレット以上のレア物よ。」

 

「この紅茶の淹れ方をご教授願えますでしょうか?」

 

「ええ、喜んでお教えしますよ。」

 

 G36(グリフィン)にG36(コーシャ)は笑顔で答えた。




設定上長江以南の中国製品は経済制裁で禁輸食らってます(なので中国茶葉の一部は超レア物と化した)
しょうもない設定だと中国茶の年輸出量制限はラプサン・スーチョンが年100トンだったが某B国がなぜかゴネて200トンになった。
中国茶の年輸出量全体だと年1000トン(ただしラプサン・スーチョンは別枠)


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第18話

感想くれ


『続いてのジャンプはロシア代表マキシム・ゴリューノフ。

 つい先週のワールドカップで初の表彰台に輝いたロシア期待の新人です。』

 

「マキシム!頑張れ!」

 

 テレビの中継にSV-98が大声で応援する。

 指揮官たちが鉄血を挟んだ向こう側にいた頃、基地ではサンクトペテルブルクオリンピックのスキージャンプの中継を見ながらAR小隊らとM14、SV-98、そして404小隊が話していた。

 

「今年のスキージャンプはかなり荒れてるね…あのウェーゲナーがK点超えられなかったとか…」

 

「スキージャンプってルールよく分からないんですけど…」

 

「大丈夫よ、この中でたぶんちゃんとルール分かってるの9だけだから」

 

 UMP45が言うとバドワイザーを飲む。

 テーブルの上にはビールとピザが所狭しと置かれていた。

 

「SAT8が作るピザ美味しいね!」

 

「イタリア人の作るピザは格別だな!」

 

 M16とSOPが舌鼓を打つピザは本部から増員された戦術人形で元カラビニエリ…ではなくイタリア財務警察のSAT8が作ったピザだった。

 彼女もまた即戦力として送られたのだが元の所属が財務警察という所謂イタリアの国境警備隊(財務警察は金融犯罪調査の他に税関や国境警備隊を兼ねる準軍事組織)でこの先想定される文字通り「がっぷり正規軍同士が4つに組んで戦う大規模野戦」は専門外だ。

 

「それで、神々の怒り作戦の間私達どうするの?」

 

「それについてですが、グッドイナフ大将から依頼が」

 

 AR-15が隣でコーク(まだコーラ戦争しているアトランタが本社の方)を飲むM14に聞くと瓶を置くとある依頼を伝えた。

 

「海兵隊の方に斥候として参加できないか?と依頼が」

 

「斥候?」

 

「ええ、へリアンさんは『国連軍に恩を売るチャンス!』とばかりに受けようとしてますがどうします?

 私は海兵隊と祖国の為なら大歓迎ですけど」

 

 国連軍の依頼は「第一海兵師団の斥候」だった。

 これにへリアンは国連軍に恩を売ろうと仕事を受けようとしていた。

 

「まあ、私は元陸軍だけどいいの?

 陸軍と海兵隊はよく酒場で乱闘してるわよ」

 

「いいんじゃないんでしょうか?女を殴るようなクソッタレは海兵隊にいませんし。」

 

「クソッタレって…M14って普段人畜無害な顔してるけど時々滅茶苦茶口悪くならない?」

 

「というか人畜無害な顔してたんですか?」

 

「ほんと、頭がキレるわよね…」

 

 そう言うと彼女は瓶に残ったビールを一気飲みした。

 テレビ中継は期待のロシアの新星が大跳躍を成し遂げ一気に暫定一位になり色めきだっていた。

 

「たっだいまー!」

 

「ただいま帰りました」

 

「いやぁ、すごい国だな、アメリカは」

 

「それにしても買い過ぎよ、一体どれだけ買ったのよ」

 

 突如ドアが開くと元気よくSOP(グリフィン)が声を上げる。

 グリフィンのAR小隊が帰ってきたのだ。

 SOP(グリフィン)は頭に某ネズミのテーマパークのキャラクターのカチューシャをつけM4も新品らしい新しい上物のコートを着ていた。

 M16も真新しい最近発売され話題になっている高機能ジャンパーを着ていたしAR-15は大量に買ったお土産を両手に持っていた。

 

「お帰りー、アメリカはどうだった?」

 

「すごかったよ!今まで見た事ないぐらい色んなものがあったよ!

 グランドキャニオンもすごかったしナイアガラの滝もすごかったし美味しいものもたくさんあった!」

 

「私たちの世界ではもうとっくの昔に無くなったものがちゃんと残っているってのはすごかったな。」

 

 この2週間、彼女らは国連軍と米政府の誘いでアメリカ中を巡り多くの知見を得ていた。

 彼女らが見たのはかつての人類が思い描いていた繁栄を極めた世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

「第一中隊整列!」

 

「第二中隊は降機後整列、点呼」

 

「各中隊長は点呼整列完了後大隊司令部に報告!」

 

 粗末な小さな地方空港の駐機場に場違いな程巨大な輸送機が10機も20機も並び中から大勢の完全武装の兵士達が降り整列する。

 翌朝、神々の怒り作戦、その事前準備の航空輸送作戦、コードネーム「ゼファー」が開始された。

 

「オーライ!オーライ!」

 

 兵士が降りた輸送機からは持ち込まれたフォークリフトが荷物を積んだパレットを一枚ずつ降ろしていく。

 更に別の輸送機では機内に積まれたロシアングリーンの上に白い冬季迷彩を乱雑に塗りたくった装甲戦闘車が動き出していた。

 

「前進、一速、ゆっくりだ。

 オーケー、その調子、おっと」

 

 砲塔の前に立ちインカムで操縦士に戦車長が指示を出して輸送機からゆっくりと下ろしていく。

 輸送機に積まれていたのは他にもあった。

 別の輸送機からは最新の無線機器を積載したトラックや移動用の軍用車、また別の機からはパレットに固定された同じくロシアングリーンに白い迷彩が塗られた鉄血のプラウラーを洗練させたような車両や箱詰めされたダイナゲートの改良型のような物も降ろされた。

 

「ロメオパパ03までを先に下ろす!

 これ以上は飛行場のキャパオーバーで入らない!

 とりあえず今は輸送機に客と荷物を下ろさせたらとんぼ返りさせてるがそれでも予定の1時間半遅れだ」

 

 古びた管制塔ではコーシャが無線機に噛り付いて指示を出していた。

 

「あ、あの…もうこの飛行場では捌ききれませんが…」

 

「捌ききれ!何としても全部降ろすんだ!」

 

 あまりの輸送機の量にもう無理だという飛行場の責任者に大声で怒鳴る。

 彼が恐れていたのはこの輸送作戦中かその直後に鉄血が動き出すことだった、そうなれば配置が済んでいない空挺部隊を最前線に投入することになる、そうなれば結果は火を見るより明らかだ。

 

「い、いや無茶ですよ!」

 

「ご主人様の言う通りです、これ以上は事故の危険も増大します」

 

 ソフィアと彼女の副官も止めようとする。

 だが

 

「この程度で根を上げてどうする!

 114年前のベルリンよりずっとマシだってのにか!?」

 

「114年前って何の話ですか!」

 

「何の話ってオペレーションヴィットルズ、かの有名なベルリン大空輸だ!

 空軍士官なら誰もがテンペルホーフとテーゲルの4本の滑走路で一日1300本のフライトを処理した話を知ってるぞ。

 それに比べればずっとマシさ、滑走路一本でもレーダー管制システムに古いけど自動着陸システムまであるんだ。

 一日のフライト数も200程度でたった一日なんだからな!丸一年する訳じゃない」

 

「ちょっと話に付いて行けません!」

 

 現代でも航空史上最大の空輸作戦と比較してずっとマシだという。

 もはや彼女には無茶苦茶であった。

 

 

 

 

 

「これが国連軍の本気か」

 

「そうだと思いますよ、へリアンさん」

 

 次々と着陸し離陸していく輸送機を眺めながらヘリアンは圧倒されていた。

 輸送機から出てくる兵員も装備も明らかに彼女らのはるか上、正規軍と比べても正規軍最良の部隊と同等レベルの装備に驚いていた。

 

「ところであのプラウラーみたいなのはなんだ?」

 

 へリアンが輸送機から降ろされるプラウラー擬きの事を聞いた。

 プラウラーと言えば鉄血の機械人形だ、それが何故か降ろされているロシア空挺軍も所有していれば気になる物だ。

 

「ああ、あれはコサック2だ。

 ウランシステムの後継の鉄血製コサック1の改良型だ。」

 

「そうか、世界が違うと鉄血製品も使ってるのか」

 

 それに元空挺軍所属のSVDが補足説明する。

 卸されていたプラウラー擬きはロシア軍の無人戦闘車だった。

 50年以上前のウラン-9の後継として生まれた鉄血製の無人戦闘車コサック-1を改良したコサック-2、それの空挺軍仕様だった。

 

「ああ。潰れたがいい兵器を作ってくれる会社だった。」

 

 空挺軍時代を懐かしむようにSVDは言った。

 彼女には今目の前で展開している部隊は文字通り「同志」だった。

 

「えーと、失礼ですが貴方がグリフィンの担当者か?」

 

「ん?私か?ああ。上級執行官のへリアントスだ。」

 

 話していると突如へリアンに後ろから声をかけられた。

 振り返るとジャンパー風のロシア空挺軍の軍服を着た将校が副官の将校を連れて立っていた。

 

「ミスへリアントス、私はロシア空挺軍第31親衛空挺旅団旅団長のイヴァン・アレクセーヴィチ・チトフ大佐だ。

 お会いできて光栄です」

 

「よろしく、それで何か用か?」

 

「いえ、挨拶に来ただけです。

 ではこれで、仕事はたんまりありますから」

 

 そう言うと彼は敬礼して去って行った。

 外では窓越しに人員が揃った空挺軍の兵士がある歌を歌いながら行進していた。

 その歌の一節をSVDは口ずさんだ。

 

И значит, нам нужна одна победа,(ならば、求めるは勝利のみ)

 Одна на всех -(この為には) мы за ценой не постоим.(如何なる代償も惜しまない)

 Одна на всех -(この為には) мы за ценой не постоим.(如何なる代償も惜しまない)か」




ロシア軍歌なので著作権は日本では誰も管理してないのでセーフ。
コサック-2はプラウラーが車輪じゃなく履帯になった版みたいな車両に砲塔がウラン-9になったものと考えてくれれば

・SAT8
ラングドン司法長官が持っている人形とは別の人形。
元イタリア財務警察所属で料理上手なのはマフィアの経営するレストランで潜入調査に従事していた経験から。


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第19話

感想頂戴


 国連軍の基地から数百キロ離れた上空を1機の米空軍の空中給油機を4機の英軍機が飛行機雲を曳いて飛んでいた。

 

「こちらアレトゥーサ、これより散布準備開始」

 

『こちらアルテミス1、了解。退避する』

 

 空中給油機の乗員が無線で護衛する英軍機に連絡する。

 連絡を受けた戦闘機は空中給油機から離れる。

 

「アルテミス退避完了」

 

「了解、散布用意」

 

 乗員の報告を受け機長が指示を出す。

 指示を受けた乗員は機内に並べられた装置類を操作する。

 

「散布シークエンス開始、ブーム展開開始、ポンプ始動、圧力確認」

 

「メインポンプ始動、圧力正常、圧力現在30%」

 

「メインブーム展開完了、異常なし、放出準備完了」

 

「サブブーム、オールグリーン。」

 

 乗員が胴体後部から棒状の給油ブームを出し主翼の先についたサブブームの準備をする。

 更に普段は燃料を入れるタンクのポンプを始動、機内にポンプの重低音が響く。

 

「了解第1、第2、第3メインタンクバルブ閉鎖システムロック解除。

 機長、散布準備完了」

 

「ラジャー、こちらアレトゥーサ、散布開始、繰り返す散布開始」

 

 無線で機長が連絡する。

 それと同時に機内でも装置を動かす。

 

「バルブ解放、散布開始、圧力最大、一滴でも多くばら撒け」

 

「了解、バルブ解放、バルブ正常に解放」

 

「ポンプ圧力最大、圧力正常、50%より上昇中」

 

「散布開始、散布正常。」

 

 3つのブームから霧状の液体が空気中に散布される。

 液体の正体は崩壊液中和剤、国連軍が鉄血掃討と同時に行っている崩壊液除染作戦「ドゥルーグ(ロシア語で友達)」の一幕であった。

 崩壊液の除染という問題は国連軍の最大の懸念であり軍事行動を伴わない国連軍の作戦であったためドゥルーグ作戦は軍事行動を躊躇いがちな日本やそれほど軍を送り込めないアルゼンチンやチリ、冬季戦に不慣れと言っていい東南アジアやアフリカ諸国、中東諸国軍にも可能という事で多くの国がその要員を送り込み順調に進んでいた。

 

「散布正常、第一タンク残り30%。第二、第三タンクそれぞれ50です」

 

「了解、空になったら予備タンクに切り替え。」

 

「了解」

 

『こちらアルテミス2、方位210高度1万に国籍不明機。

 恐らく軍の戦闘機だ』

 

「了解、散布完了次第退避。」

 

『アルテミス了解』

 

「散布完了にどのぐらいかかる」

 

「大体15分。」

 

「分かった」

 

 この作戦は勿論この世界の軍には無許可であり警戒網も何のそのとばかりに横切ってばら撒いていた。

 そのため戦闘機の護衛が必要でありこうしてよく軍の戦闘機がインターセプトしに来ていた。

 別に戦闘行為をしているわけではないので一応の警戒はするができる限り接触して諍いを起こしたくはなかった。

 

 

 

 

 

「これが君の部隊かね?」

 

「は、はい。私の自慢の部下です」

 

「両生類のクソを搔き集めた程度だね。

 あらゆる面でクソだ」

 

「え」

 

「アメリカンスキーの言う通りだ。クソだ、弾除けにすらならん」

 

「ええ…」

 

「これならアフガンの民兵を連れてきた方が千倍マシだ。

 うちの部下を貸す、徹底的に再訓練して装備を整えなければ話にならん。

 作戦開始は来週だ」

 

 二人の将校、空挺軍のチトフ大佐と第101空挺師団第3旅団戦闘団長アレクサンダー・ブッシュ大佐が酷評していたのは目の前で行なわれている米露統合戦闘部隊とソフィア指揮下の人形の合同訓練だ。

 その中で酷評されているのは人形たちの動きだった。

 

「あの、どこがダメなんでしょうか?」

 

「まず全体的な練度だ。個人技と分隊戦闘は及第点だが小隊規模戦闘や他兵科との連携に関しては問題だらけだ。

 ひとつ聞きたいがそういった経験は?」

 

「ありませんというか人形は五体以上では編成できな…」

 

「人形は人間と混成で編成する物だが?人形だけの編成でも普通に小隊中隊規模で運用可能だ。」

 

 ブッシュ大佐が徹底的に批判する。

 とにかく彼らからすれば金科玉条ともいえる諸兵科による連携はおろか彼らの基準の小隊規模戦闘でさえ満足にできないのだ。

 実際目の前で繰り広げられている演習は悲惨なものだった。

 人形たちが守る陣地にあっという間に同程度の戦車部隊と連携した空挺軍部隊に制圧され折角の砲兵部隊との連携や便宜上用意されている空軍部隊との連携を一切生かせていなかった。

 

「どう思うよ、SVD」

 

「私が指揮した方がずっとマシだ。」

 

「できるのか?」

 

「こう見えても空挺軍部隊時代は一応士官だぞ?中尉だったが。

 まあ必要なのは後は優秀な副官だな」

 

 彼女から見ても酷い状態だった。

 そして彼女には部隊の指揮能力があった。

 

「SV-98呼ぶか?」

 

「呼んでくれ。」

 

 そう言うと指揮官は電話をかけて基地に連絡し10分ほど話SV-98が来る段取りを整える。

 段取りを整え電話を切ると隣にいたワルサーに話しかけた。

 

「なあ、営業業務でもするか?」

 

「営業って何をするの?空気清浄機でも売るの?」

 

「違うよ、アイツにな」

 

 指揮官は顎でソフィアを指す。

 それを見てワルサーは何か納得したようだった。

 

「まあやれば?失敗しても知らないわよ」

 

「その時はその時だ、笑ってごまかす」

 

 それだけ言うと徹底的に批判され落ち込んだソフィアの座るベンチに向かった。

 

「ひでえ目に遭ったな」

 

「ジェームズさんも批判するんですか?」

 

 落ち込んだソフィアの隣に指揮官が座る。

 

「ああ、軍人さんの言う通り弾除けにすらならんな」

 

「そんな…」

 

 指揮官にも批判されさらに落ち込むがそこに指揮官が提案した。

 

「そこでだが、再訓練なんてどうだ?

 軍事組織の訓練支援はPMCの十八番の業務だ、どうだ?乗るか?」

 

「へ?いいんですか?」

 

 ソフィアが驚いた。まさかそんな提案を受けるとは思ってはいなかったのだ。

 昔から軍や軍事組織の訓練・教育支援というのはPMCの十八番だ。

 現代でも米空軍や海軍などでは戦闘機部隊のアグレッサー役にPMCを使っているし中小国でもPMCが訓練を行っている、G&Kも中国や中南米諸国警察・軍の訓練にも参入している。

 この世界ではすっかり消えた業務だがかの世界では今だ主な仕事だった。

 

「今ならセールスで1万ドルで手を打つ」

 

「1万ドル…」

 

「ただしこちらのドルだがまだ為替が無いからそうだな、基地の租借権、これでどうだ?」

 

 まだ正式な国交が為されてない、そのため為替レートのような物もまだ決まってない、なので契約は金ではなく基地の租借権で手を打とうとする。

 この二人は軍ではなく民間企業の社員だ、全てが契約と対価によって動くのだ。

 

「租借権…?えっとつまり基地を貸す代わりに訓練を請け負ってくれるんですか?なら…!」

 

「後でうちのこの手の事に通じた後方幕僚に書類とか作らせるからその時に正式契約だ」

 

「はい!」

 

 ソフィアの顔がぱあっと明るくなった。

 

 

 

 

 翌日、早くも書類が完成し翌朝の早朝便でSV-98と一緒に送られた契約書の契約が済むとその一時間後には早速訓練が開始されていた。

 

「さあ動け動け!人形の武器は持っている銃だけじゃないぞ、己の体も武器の一部だ!」

 

「はぁ、はぁ、これ意味あるんですか!?」

 

 基地の周りを人形はSVDによって走らされていた。

 訓練という事でテクニックのようなものだと思っていたM14が息を上げながらSVDに聞く。

 

「お前は底抜けのバカか!?体の動かし方を知ることは技術を知る事の基礎だ!

 そのためにはお前らの基礎能力を知らなければならない!私はお前らの事をこれっぽっちも知らないからな」

 

 彼女達は知らなかった、これに更にロシア空挺軍と米空挺部隊も参加し作戦開始までの1週間、猛烈な訓練が行われることを。




可哀想ですねーロシア空挺軍って言うロシア軍の文字通り最精鋭と第101空挺師団っていう米陸軍の最精鋭部隊から直々に教育されるなんてー

なおどうでもいいけど為替レートが無いのは「どう考えてもアメリカドルの方が強いから勝手にレート設定したら通貨システムが破綻してハイパーインフレ起こして戦乱起こるに決まってる」から


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第20話

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「よーし、ランプ展開。固定ロック解除!」

 

 いくつかの巨大な荷物が積まれた輸送機の機内で腕時計を確認した士官が大声で指示を出す。

 指示に従い乗員はてきぱきと荷物の固定金具を外し後部ハッチを開ける。

 開けると針葉樹林が広がり氷点下の外気が入り込む。

 

「安全確認!オールクリア!

 リリース!リリース!リリース!」

 

 荷物を固定しているパレットの固定を解くとパレットは荷物を積んだまま床を滑り機外に出る。

 機外に出るとパラシュートが開きゆっくりと地面に落ちていった。

 

 時に2062年の3月4日、作戦開始まで二日を切った頃だった。

 

 

 

 

「作戦準備はどうなってる?」

 

 作戦室でグッドイナフ大将が参謀将校たちに聞く。

 参謀長のヴェンクは持っているタッチパッドを操作し目の前に置かれた電子地図を見せる。

 

「先ほど“壁”の設置が完了したとのことです。

 設置個所は6か所、予備も含めてです」

 

 地図の端に6つの点が現れる。

 そしてその周りが赤く変化し電磁シールドとその効果の範囲を示す。

 

「そうか、物資の準備は」

 

「空挺部隊にも必要十分の量を輸送済み、こちら側は言うまでもないです」

 

「航空部隊もだ、既に偵察を行い敵のバンカー、補給拠点、通信施設、陣地を確認済み。

 すぐにでも一斉攻撃が可能だ」

 

 隣に座るアーチポフ大将も航空部隊の状態を伝える。

 航空部隊も地上部隊も作戦準備は完了していた。

 

「後は実行だけです」

 

「うむ、諸君、連中に戦争を教育してやろう」

 

 グッドイナフが不敵に笑った。

 もはやルビコン川を渡り賽を投げるだけだ。

 

 

 

 

 3月4日夜、基地の食堂にはスピーカーが設置され一部が片付けられていた。

 その周りには空挺軍と空挺師団の兵士が大勢集まりワイワイ騒いでいた。

 

「ああ…疲れた…!」

 

「お菓子食べたい…」

 

 その横で疲れ切ったM14とFNCがテーブルに突っ伏す。

 周りのテーブルでも同じように基地の人形が座ったり死屍累々だった。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 ソフィアは人形たちの労苦をねぎらう。

 人形たちも少し落ち着いたか笑顔を見せていた。

 

「SVD、やり過ぎでは?」

 

「これぐらいでちょうどいいさ。

 生き残るためには限界を知った方が早いしな」

 

「ええ。一応これでも手は抜いたほうなんですよ?」

 

 指揮官が苦笑しながら聞くとSVDとSV-98はさも当然のように言い切った。

 

「はは…」

 

「あんまり追い込まないでよね?」

 

「分かってるさ、それにこれから軍楽隊の演奏だぞ」

 

 これから開始されるのは国連軍主催の軍楽隊の演奏であった。

 演奏するはロシアのアレクサンドロフ・アンサンブルと米海兵隊軍楽隊、米空軍軍楽隊の国連軍合同軍楽隊。

 「友好と理解には音楽が必要不可欠である」というロシア側の要請で作られた臨時軍楽隊だった。

 

「にしても軍楽隊ごときで士気は上がるのか?」

 

「上がるぞ。歌の力はすごいさ」

 

「ましてやロシア人は世界一の歌好きだぞ」

 

 すると仕事が終わったのかコーシャもG36を連れてやってきた。

 

「ロシア人が言うならそうなんだろうな。」

 

「それに、今回は生じゃなく中継だ、思う存分歌えるさ」

 

「歌うつもりなのか」

 

「悪いか?」

 

「いや、別に」

 

 そう言うと指揮官は視線を移す。

 そして突如スピーカーから特徴的な音が鳴ると英語でアナウンスが聞こえた。

 

『レディース&ジェントルメン、そして人形の皆様。

 これより国連軍合同軍楽隊の演奏を開始したします。

 オープニングの演目はArmed Forces Medley

 

 

 

 

 

 

 

「あ、始まったわ」

 

 AR-15がパブリックビューイングで遠く離れたロサンゼルスのコンサートホールで行なわれている演奏を見ながら呟く。

 周りには基地の軍人たちやG&Kの人形や職員、AR小隊(グリフィン)も集まっていた。

 

「Armed Forces Medley?」

 

「聞いたことはあるんだが何だったかな…」

 

 どこかで聞いた事のある題名にM16(グリフィン)は思い出そうとする。

 彼女達には題名はどこかで聞いたことがあるがそれがどんな曲なのか思い出せなかった。

 

「最初はArmed Forces Medleyですか」

 

「各国軍のバランスを取る演目だろうな。」

 

 M16とM4は演目を考察する。

 この曲はアメリカの5軍、即ち沿岸警備隊、空軍、海軍、海兵隊、そして陸軍の行進曲のメドレー曲なのだ。

 AR小隊達もそうであり、彼女らは一応陸軍の退役軍人であり未だ現役退役問わず軍人という存在がアメリカ中どこに行っても敬礼を持って迎えられる文化の国では軍人だったという事に一種の誇りと名誉を持っていた。

 だからこそこの軍の魂たる行進曲のメドレーに内心興奮していた。

 

So here's the Coast Guard marching song,(これぞ沿岸警備隊の行進曲)

 We sing on land or sea.(我らは陸、或いは海で歌う)

 Through surf and storm and howling gale,(暴風波濤を突き進め)

 High shall our purpose be,(崇高なる使命がある限り)

 "Semper Paratus" is our guide,(「常に備えあり」が我らの指針)

 Our fame, our glory, too.(我らが誇り、そして栄光)

 To fight to save or fight and die!(救難救助のため命を懸けて戦う)

 Aye! Coast Guard, we are for you.(そう!我らは沿岸警備隊の為に!)

 

 会場のコーラスの歌声が響き渡る、

 Armed Forces Medleyは色々なバリエーションのある曲だが今回は沿岸警備隊の行進曲「常に備えよ」から始まるバージョンだった。

 この場には沿岸警備隊出身者はいなかったが会場には何人かいたようで所所で起立している人物がいた。

 常に備えよが終わると曲調が変わる、すると見ていた空軍軍人が立ち上がる。

 

「「『Off we go into the wild blue yonder(さあ行こう青空の彼方へ)

   Climbing high into the sun;(太陽へ向かって高く昇れ)

   Here they come zooming (敵が急上昇してきたぞ)to meet our thunder,(我々の雷を見舞う時だ)

   At'em boys, giv'er the gun!(さあ、敵を銃撃してやれ!)

   Down we dive spouting our flames from under,(炎を吐いて急降下し)

   Off with one hell-uv-a roar!(地獄の咆哮を轟かせろ!)

   We live in fame or go down in flame,(我らは名誉に生きるか炎と墜ちるかのみ)

   Nothing'll stop the US Air Force!(合衆国空軍を阻むものなし!)』」」

 

 大声で空軍軍人がコーラスに合わせて歌う。

 アメリカ空軍の軍歌「アメリカ空軍の歌」だ。

 

Anchors Aweigh my boys(錨をあげろ水兵たちよ)

 Anchors Aweigh(錨をあげろ)

 Farewell to college joys (大学での喜びに別れを告げ)

 We sail at break of day day day day(我々は夜明けと共に出航する)

 Through our last night ashore(最後の夜に我らは浜に向かって)

 Drink to the foam(我らは転がり込む)

 Until we meet once more(我らが再び会う時まで)

 Here's wishing you a happy voyage home!(あなたの幸せな航海を望む!)

 

 続いて流れるは米海軍の正式な行進曲ではないが事実上公式の行進曲と化している「錨をあげて」。

 これも海軍出身者がいないのでパブリックビューイングでは誰も立ち上がらなかったが何人かは歌を口ずさむ。

 コンサート会場では海軍出身者が立ち上がって歌っているようだった。

 そしてまた曲調か変わるとM14、そして海兵隊員たちが立ち上がると大声で歌いだした。

 

「「From the halls of Montezuma(モンテズマの館から)

  To the shores of Tripoli,(トリポリの海岸まで)

  We fight our country's battles(我らは祖国の為に戦う)

  In the air, on land, and sea.(空で、陸で、そして海で)

  First to fight for right and freedom,(正義と自由を守り最初に戦う者として)

  And to keep our honor clean,(そして我らの名誉を守るため)

  We are proud to claim the title(我らが誇りとするその名は)

  Of United States Marines.(合衆国海兵隊)」」

 

 彼らが大声で歌ったのは合衆国海兵隊の賛歌「海兵隊賛歌」、一度海兵となったものは永遠に海兵たる彼らの讃美歌だ。

 だから元海兵隊員でもあるM14が大声で歌ったのだ。

 そしてまた曲調が変わる。

 

「これは…」

 

「歌いましょ?我らの歌なんだから」

 

 その歌に気がつきAR-15が誘った。

 M4は頷くと曲に合わせて歌いだす。

 

「「First to fight for the right,(正義のために戦い)

  And to build the Nation’s might,(国威を築く尖兵として)

  And The Army Goes Rolling Along(陸軍は進んで行く)

  Proud of all we have done,(成し遂げた全てを誇りとし)

  Fighting till the battle’s won,(勝利するまで戦い続ける)

  And the Army Goes Rolling Along.(そして陸軍は進んで行く。)

  Then it’s Hi! Hi! Hey!(それ、ハイ!ハイ!ヘーイ!)

  The Army’s on its way.(陸軍が征くぞ)

  Count off the cadence loud and strong (歩調を数えよ元気に大声で)

  For where e’er we go,(どこであっても)

  You will always know(分かるように)

  That The Army Goes Rolling Along.(陸軍が進んで行くのが)」」

 

 見ていた陸軍軍人とAR小隊(G&K)が大声で歌った。

 歌ったのは陸軍行進曲「陸軍は進んでいく」。

 元陸軍レンジャーのAR小隊にはなじみ深い、そして割合的に最も多い陸軍軍人にとって非常に大切な曲である、

 メモリアルデーなどのコンサートでこの曲が演奏されれば会場にいる陸軍の現役退役問わない軍人たちが大声で歌いだす程度には。

 

『素晴らしい演奏とコーラスでした。

 ではここでコーラス隊の交代です。』

 

 アナウンサーがアナウンスするとコーラス隊が退場し始め、代わりにグリーンの軍服を着た集団、即ちロシア連邦軍でもたった二つしかない赤軍合唱団の正式な末裔、かつて一度航空機事故で全滅するも復活を遂げロシア軍のあらゆるイベント・戦域でその歌声と演奏で鼓舞し続けた集団の歌唱隊とソリストが登壇した。




作品に登場する軍歌は実際にありますしメモリアルデーとかの演奏の映像見ると退役軍人や現役軍人が演奏に合わせて歌ってます。



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第21話

感想くれ


「終わった…」

 

「まさか歌うとは思いませんでした…」

 

 指揮官とソフィアはそう言うと持ち込まれた缶のコーラを飲む。

 演奏を静かに聞こうとしていた二人と人形たちは演奏が始まると第101空挺師団の兵士達が歌ったり拍手したりと大騒ぎしたせいで相当疲れていた。

 

「静かに聞きたいよ、静かに」

 

「そうですね…」

 

「ご主人様の言う通りです」

 

 静かに聞きたい二人にG36(グリフィン)も同調する。

 しかし、それを笑顔で否定する面々がいた。

 

「それは無理だと思うぞ」

 

「ああ、次はアメリカ人以上に歌と音楽を愛する国の番だからな!」

 

「むしろ一緒に思いっきり歌えばいいんですよ!」

 

 それ即ちSVD、コーシャ、SV-98のロシア軍トリオ。

 3人とも勤務時間中だというのにいつの間にか酒を持ち出していた。

 

「ご主人様、今は仕事中ですので酒は控えてください」

 

「今日の仕事は終わった、定時上がりしたんだから酒を飲んでもいいだろ?

 それとも、二人で一緒に飲みたかったか?」

 

「な、ま、まぁ、ご主人様がしたいと言うのであれ…違います!」

 

 止めようとするG36を逆に誘う。

 そうこうしているとアナウンスが聞こえた。

 

『では続きまして、ロシア軍、アレクサンドロフ・アンサンブルによります、軍歌「古い行進曲」特別バージョンでございます!』

 

「おお始まるぞ!」

 

「え?」

 

 いちゃついていたコーシャもSVDに呼ばれるとスピーカーに耳を傾けた。

 スピーカーからは先程は全く違う寂しさのあるメロディーが流れ始めた。

 そして歌詞が始まると大声で歌い始めた。

 

「「Эй, музыканты,(やあ軍楽隊よ)где ваши ноты?(楽譜はどうした?)

  Ждёт вас сегодня много работы.(今日も仕事は沢山あるぞ)

  Вспомним былые славные битвы,(過ぎた栄光の戦を思い出し)

  Марш заиграйте старый, забытый.(忘れられた、古い行進曲を奏でよう)」」

 

 アレクサンドロフ・アンサンブルのソリストの歌に合わせコーシャにSVD、SV-98だけでなくロシア空挺軍の将兵も大声で歌いだした。

 曲は古い行進曲、70年代のソ連時代に作られたそれまでのソ連軍の戦いを讃える軽快なリズムの曲であった。

 

「「Смяты страницы ветром атаки,(突撃の嵐で、ページには皺が寄り)

  Пулей пробиты нотные знаки.(弾丸で、音符には穴が空いた)

  Он против контры шел, наступая,(反革命に向けて、その曲も攻め進んだのだ)

  В кожанке Щорса,(シチョルスの外衣を)в бурке Чапая.(チャパイのマントを纏い)」」

 

 さらに続けるとここで曲調が突如変わった。

 

「「Веди, Будённый,(導けよブジョンヌイ)нас смелее в бой!(勇敢に戦えと!)

  Пусть гром гремит,(雷鳴が轟き)Пускай пожар кругом,(炎に巻かれようとも!)

  Мы беззаветные герои все,(我らは皆、命を捨てた英雄)

  И вся-то наша жизнь есть борьба.(全てを闘争に捧げるのだ)」」

 

 ここで本来なら間奏としてブジョンヌイ行進曲の繰り返し部が入るが今回は特別だった。

 

「「Мы – красные кавалеристы,(我らは赤軍の騎兵隊)

  И про нас(その物語は)

  Былинники речистые(雄弁なる語り部に)

  Ведут рассказ –(語り継がれるだろう)

  О том, как в ночи ясные,(晴れ渡る夜も、)

  О том, как в дни ненастные(暗雲垂れる昼も、)

  Мы смело и гордо в бой идём!(勇敢に誇り高く、我らは戦っている!)」」

 

 本来は繰り返し部だけの所を一番の歌詞を繰り返したのだ。

 だから特別バージョンだった。

 

「「Жил он в окопе,(その曲は塹壕に、)в танке и в Ставке.(戦車に、スタフカに息づいていた)

  Так почему(だがなぜ今は)же теперь он в отставке?(退役してしまっている?)

  Старого марша нам (古い行進曲を我らが)ли стыдиться?(恥じる事などあろうか?)

  Всем,(いざ)что нам свято, будем гордиться.(誇れよ、我らが誇る物みなを)」」

 

 そして3番が続くとまた曲調が変わる。

 

「「В атаку стальными рядами(突撃へ、我らが鉄の隊列が)

  Мы поступью твердой идем.(固く歩調をとり進む)

  Родная столица за нами,(我らが守るは愛する首都)

  Рубеж наш назначен Вождем.(指導者の命の下、我らの防衛線が築かれた)

  Мы не дрогнем в (首都をかけた戦いで)бою за столицу свою,(我らは一歩も退かぬ)

  Нам родная Москва дорога.(かけがえのない、愛するモスクワのために)

  Нерушимой стеной,(鉄の守りで、)обороной стальной(不落の防壁となり)

  Разгромим, уничтожим врага!(敵を撃破し、殲滅する!)

  Нерушимой стеной,(鉄の守りで、)обороной стальной(不落の防壁となり)

  Разгромим, уничтожим врага!(敵を撃破し、殲滅する!)」」

 

 3番に続いたのは伝説的な軍歌、モスクワ防衛軍の歌。

 モスクワ攻防戦の時に生まれ大祖国戦争を代表する軍歌の一つでありロシア軍人の心意気を現した曲だ。

 ましてやモスクワ生まれのモスクワ育ちのモスクワっ子のコーシャには大事な曲だ。

 そしてモスクワ防衛軍の歌が終わると4番の歌詞、曲調が明るくなる。

 

「「Эй, музыканты,(さあ、楽隊よ、) сил не жалейте.(力を惜しむな)

  Радость до края(心をあまねく、)в сердце налейте.(歓喜で満たせよ)

  Пусть подпоёт(助けを借りよ、)нам главный наш маршал,(我らが元帥に)

  Он ведь ровесник старого марша.(古い行進曲と、歳を同じくする者に)」」

 

 ソリストの力強い歌声にロシア兵も合わせる。

 そして曲がまた変わる、その旋律はロシアを代表する曲、スラブ娘の別れだ。

 

「「Этот марш не(駅のホームで)смолкал на перронах(この行進曲は止まることはなかった )

  Когда враг заслонял горизонт.(敵が地平線を覆いつくした時も)

  С ним отцов наших в(我らの父達は客車に乗って) дымных вагонах(この行進曲と共に)

  Поезда увозили на фронт.(列車は前線へと運んで行った)

  Он Москву отстоял в сорок первом,(41年にこの曲はモスクワを守り)

  В сорок пятом шагал на Берлин,(45年にはベルリンへと進んだ)

  Он c солдатом прошёл до Победы(兵士とともに勝利まで)

  По дорогам нелёгких годин.(易しいからざる年月の道を進んできたのだ)

  

 全員がそれまで以上の大声で歌う。

 彼らロシア連邦軍、その勝利の栄光と心意気を表し、彼らの祖国を代表する曲だからだ。

 

「「И если в поход(もしも行進に)

  Страна позовёт,(祖国が我らを呼ぶのなら)

  За край наш родной(我らが故郷の為)

  Мы все пойдём в священный бой!(我らは皆、聖戦に赴く!)」」

  в священный бой! (聖戦へと!)」」

 

 更に最後にもう一度サビを繰り返すとロシア兵たちの士気は最高潮に達していた。

 そしてある空挺軍士官が立ち上がると持っているグラスを掲げた。

 

「自由なる祖国と国民に!」

 

「「Урааааааа!!!(万歳!!!)」」

 

Урааааааа!!!(万歳!!!)

 

 コーシャやSVDらも空挺兵たちと共にグラスを掲げた。




劇中で出た軍歌「古い行進曲」は本来間奏でブジョンヌイ行進曲(別訳で赤軍騎兵の歌って訳もある)やモスクワ防衛軍の歌、スラブ娘の別れを歌う場合があるけど普段はサビだけなので1番を歌わないので特別版。

ブジョンヌイ、チャパイ、シチョルスはロシア内戦中の赤軍の英雄。
特にブジョンヌイは戦後ソ連初の元帥の一人になってるしチャパイことチャパエフはチャパエフ級軽巡洋艦(68号計画艦)の名前になってる。
シチョルスもウクライナの街の名前になってる…んだけどどうも最近スノフスク(Сновск)になったっぽい。


やっと神々の怒り作戦本編に入れる。


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第22話

神々の怒り作戦フェーズ1


 真夜中、晩冬又は早春ともいえる季節の空に星が浮かび月が照らすだけの静かな夜。

 小高い雪原の道路の傍で何かが動いた。

 

「Здесь птицы не поют,Деревья не растут,

 И только мы, к плечу плечо Врастаем в землю тут.」

 

 空挺部隊と共に大昔の砲弾クレーターを拡張して作り淵に土嚢を積み上から白いシーツで偽装した陣地からロシア空挺軍と同じ冬季戦闘服を着たSVDが身を乗り出し双眼鏡で眼下の雪原と森を暗視装置付き双眼鏡で監視しているとある歌の一節を口にした。

 

「まさにこの状態ですね」

 

「ああ、嵐の前の静けさだ。

 お前ら、一週間で教えられることは最大限教えた。

 後は実戦だけだ。」

 

 すると後ろから同じ軍服を着たSV-98が現れた。

 後ろにはソフィアの部隊の人形、G36、イングラム、ナガン、スコーピオン、FNCがいた。

 全員が同じような迷彩服を着てヘルメットを被り緊張した面持ちだった。

 

「ええ、楽しみですよ、あいつらを叩き潰せるんですから。」

 

 イングラムが楽しそうな笑顔を見せながら言う。

 

「分かってると思うがくれぐれも誤射には気をつけろ。

 それとアイギスやらニーマムやらが出たらそこの無反動砲を使うぞ」

 

 陣地の一角に置かれたスウェーデン製の無反動砲を指さしてSVDが言う。

 陣地内には無線機も置かれいざとなれば砲兵や空軍の支援を受けられる状態だった。

 

「さてと諸君、連中に戦争を教育する特別講義まであと数時間だ。

 寝るのと飯を食うのは今のうちにな、レクチャーが始まればそんなことはできないぞ」

 

 

 

 

 鉄血の反対側では海兵隊の戦車と歩兵戦闘車が整列していた。

 その中で米軍の冬季戦装備を身に着けたM14があるいていた。

 

「M4、準備はどうですか?」

 

「全員準備できてますよ」

 

 隣を歩くM4に聞く。

 二人共冬季装備で戦闘準備は済んでいた。

 周りでは戦車に燃料を補給し弾薬を積んでいた。

 

「グリフィンの方も?」

 

「ええ、勿論」

 

 M4が答える。

 AR小隊(グリフィン)の管理は彼女に任されていた。

 

「私とAR小隊が一号車で先鋒の斥候役、グリフィンは12号車、殿ですね」

 

「ええ」

 

 再度確認する。

 何度も何度も注意深く確認する、激戦を生き抜いてきた猛者の作戦前のルーティンだ。

 これで彼女は何度も戦場を生き抜いてきた。

 そしてふと敵の事を思う。

 

「砲兵火力300門に戦車150台、これがおよそ30キロの戦線に襲い掛かる。

 鉄血にとっては悪夢ですね」

 

「その上制空権もなく電子作戦で外部からの援助も不可能、外の連中は気がつけば魔法のように味方が消える。」

 

「さながらマジックのように、恋と戦争では何とやら、ですね」

 

 時に2062年3月6日、日付が変わって少しの頃であった。

 

 

 

 午前1時前、作戦を指揮する司令部で最終的な準備状況が幹部たちに伝えられていた。

 

「現在、航空部隊の離陸が完了、目標に侵攻中です。」

 

「現在、ガーゴイル、ピクシー、メビウス、スケルトン、ワイバーン、ドラグーン、リーパー、ハンター、サンダー、ネイアド、アルテミス、バスカビル、ケルベロス、アリアドネ、ウロボロス、ガイア、ガルム各隊が目標上空に到達、残りのキング、クイーン、ビショップ、プリースト、カーディナル、オーディン、トール、パークス隊が目標に侵攻中、5分以内に上空に到達します」

 

 二人の空軍将校-先に報告したのは上司らしきイギリス空軍の大佐、もう一人は部下のフィンランド空軍の中佐-の報告と共に彼らの前に置かれた画面に航空部隊の位置や高度、コールサイン、機種、任務などが書かれた駒が動く。

 画面上の地図には確認された全ての鉄血の基地や攻撃目標が赤く表示され三角や四角、丸などの図形で識別されていた。

 それを黙って見つめ何か思案しているグッドイナフに隣に座るアーチポフが言う。

 

「閣下、航空部隊はいつでもやれますよ。徹底的にね」

 

「ああ、陸上部隊は?」

 

「既に全部隊待機済み、準備も十分だ」

 

 陸上部隊の事を聞くと反対側に座るヴェンクが即答する。

 

「砲兵の準備は」

 

「十分ですよ。今ならば50キロ先のリンゴを狙えと命令しても全員喜んで照準を始めますよ。

 まあ、その筆頭は私ですが」

 

 グッドイナフに砲兵部隊を統括するフランス軍の少将、シャルロット・サン・ピエールが嬉しそうに答える。

 彼女ら国連軍内で「大砲マフィア」と呼ばれる戦場の女神に魅せられたバカたちの士気は最高潮であった。

 

「そうか、では予定通り始めてくれ」

 

「了解しました、全員、予定通りだ!

 電磁シールド起動準備!電子作戦用意!航空部隊に飛行禁止空域通達!」

 

 グッドイナフが言うとヴェンクは手を叩きスタッフに命令する。

 オペレーターたちは無線や機器類を操作する。

 

「こちらスパローネスト、全作戦機に通達、作戦は予定通り開始、繰り返す予定通り開始。

 Hアワーは0200、繰り返すHアワーは0200」

 

 通信兵が無線で攻撃部隊に下令する。

 別の兵士達はコンソールを操作している。

 

「1番から12番、電磁シールド起動準備、バッテリー正常、パワーセル正常、起動」

 

「電磁シールド展開開始、現在出力10%」

 

「了解、段階的に50%まで引き上げ。

 その後は50%を維持」

 

 電子作戦を統括する数少ない米海軍士官が彼らの前の大画面に映される1番から12番の電磁シールド発生装置の情報を見ながら指示を出す。

 賽は投げられた。

 

 

 

 

 午前2時、鉄血の基地の真上を飛んでいる米空軍の戦闘機パイロットが時間を確認すると無線で指示を出す。

 

「メビウス1より各機、時間だ。ありったけの出前を配達するぞ」

 

『メビウス2了解、連中の好みに合うといいですけどね』

 

 左斜め後ろを飛ぶウィングマンがジョークを飛ばす。

 それに反対側を飛ぶパイロットも同調する。

 

『ペパロニのピッツァだ、激ウマだと思うがな!

 そう思うだろ?』

 

『ブロードウェーの実家のピザ屋の話は聞き飽きました。

 あの店の人形は可愛かったけどもう聞き飽きました!』

 

『パピー、うちのスーパーショーティーに手を出したら殺すぞ?』

 

「メビウス3、4、喧嘩は地上でやれよ。

 全機レーザー誘導装置起動、照準」

 

 ジョークは程々に各機は爆弾倉を開き機体に搭載された爆撃照準装置で地上の目標を確認する。

 地上に並べられたマンティコアやアイギス、弾薬集積所、無線通信施設が見える、それらに各機照準する。

 

「照準完了、リリース!」

 

 次の瞬間、各機から黒い、細長い物体が落下する。

 数秒後、地上で次々と爆発が起きる。

 一発は並べられたマンティコアの真ん中に落下し纏めて4機吹き飛ばす、また別の爆弾は通信施設を直撃し人形と通信機器をダース単位でスクラップにする、またある爆弾は弾薬を直撃しそのまま炎上弾薬だけでなく周りの物資や燃料を巻き込み大爆発し人形をグロス単位で消し去る、別の爆弾は何もないところに当たり不発かと思いきや数秒後地中で爆発しバンカーを破壊する。

 たった1分の攻撃で爆撃された基地は完全に破壊された。

 

 

 

 

「クソ!一体何が起きてるの!?」

 

 侵入者が叫ぶ、今だ爆撃を受けていない別の基地で彼女は叫んだ。

 突如無線妨害が始まり外部との通信が途絶してしばらくすると次々と基地が爆撃され破壊されていっているのだ。

 その上通信施設も次々と破壊されこの地区では最も通信施設が充実しているこの基地さえ届くのは悲鳴だけ、指示を出そうにもこの通信だけで通信網はパンク寸前だ。

 彼ら国連軍が今回最も中心的に破壊していたのは通信網、即ち通信網を破壊することで敵に指揮能力の飽和を強いるという狙いがあった。

 彼らは戦力で絶対的に劣る、ならば敵に()()()()()()()()()()

 かつて、かの北の熊がまだ赤い服を身に纏っていた頃からのドクトリンだ。

 第二次世界大戦で完成され、その後は満州で世間知らずの大陸人を教育して以来抜かれた事のない究極の陸戦戦術がアメリカの最強の空軍の支援の下抜かれようとしていた。

 

 

 

 

 

「時間だ、全火砲射撃用意!」

 

 空襲から30分後、砲兵陣地が動き始める。

 ロシア人の砲兵部隊指揮官が指示を出すと砲兵たちが弾薬を装填する。

 並べられた150ミリを超える巨砲はとっくの昔に照準は完了している、何せ()()()()()()()

 動かない巨大な物を狙うことなど簡単だ、ましてや技術力でこの世界ではありえないレベルの照準と射撃管制を可能とする射撃管制システムが管制するとなれば。

 

「よし、全門、TOTで射撃開始!」

 

「了解!」

 

 砲兵士官が命令を出す、数秒後次々と大砲と自走砲が地鳴りのような音を立て火を噴く。

 15センチの高性能爆薬を詰めた円錐形の弾が風切り音を立てて飛んで行った。

 そして同じような音は各所から木霊する。

 更に続けてブブゼラなどのような音が次々と起こる。

 その方向を向けば火を噴いた何かが飛んでいく、ロケット弾だ。

 

 

 

 数秒後、敵の陣地-それこそ後方の基地や最前線の陣地問わず―が炎に包まれ煙を上げる。

 鉄の暴風は鉄血を襲う、風の吹いた後に何も残さず――




・シャルロット・サン・ピエール
フランス陸軍少将。女性の将軍。
一応アラフィフ。
大砲馬鹿。
フランスは砲兵大国だぞ。

別にパイロットにエースはいないぞ。

作中に出た歌はロシア軍歌求めるのは勝利のみです(ちなみにこの歌は空挺軍を歌ってるのでSVDにはなじみの曲)


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第23話

神々の怒り作戦フェーズ2開始


「お、始まったらしいな」

 

 チョコバーを齧りながらSVDが遠くから聞こえる雷のような音に気がついた。

 隣で蕎麦の粥を食べていたSV-98がロシア製の軍用規格の腕時計を確認する。

 

「予定通りですね」

 

「ああ、全員配置に着け」

 

 SVDが命令する。

 すぐに人形たちは自らの名前と同じ銃を持ちダミーと共に配置に着く。

 SVDも配置に着くと十字を切り、双眼鏡を覗いた。

 

 

 

 

 

 

 

「フェーズ1が開始されたようです」

 

「そうか、全部隊配置済みだな。」

 

「ああ、私の部隊もだ」

 

 S-09地区基地の司令部では国連軍のデータリンクでリアルタイムで作戦状況が伝えられていた。

 するとチトフ大佐が軍帽を脱ぐと十字を切り祈った。

 戦場では時として神の存在を信じなければならないのだ。

 

「始まったか…」

 

「ああ」

 

「始まりましたね…」

 

 部屋の隅では指揮官、コーシャ、ソフィアの三者が真剣な面持ちでことの成り行きを見ていた。

 しかし、指揮官はどこか落ち着かない。

 そしてふとボヤいた。

 

「いざとなればつい数時間前まで一緒に笑ってた部下がいなくなる、この会社に入った以上覚悟はできていたはずなんだがな」

 

「大丈夫です、私はもう慣れました。そのうち慣れますよ」

 

 ソフィアが隣で同じように言う。

 すると眠気覚ましのコーヒーの入ったカップを見ながらコーシャが呟いた。

 

「士官、人の上に立つ者として、時として部下を、仲間を死地に送る者としてその感覚には絶対に慣れるな、その感覚があるうちはまだ正常な人間だ、一度仲間友人部下の死に慣れてしまえば二度と元には戻れない、死ぬまで永遠に狂い続ける、父と祖父が言った言葉だ。

 ジム、その感覚は絶対に忘れるなよ。」

 

 彼の言葉は重かった。彼の父、アーチポフ大将も、その父もロシア軍の軍人だ、だからこの言葉が軍人になった時伝えられた。

 戦争は狂わせるのだ、何もかもを。

 

「ああ、そのつもりさ。

 全く、戦争は人を世界を何もかもを狂わせる、平和こそが一番だ」

 

 だが時としてその素朴な願いは無視されるのが歴史だった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁあ、すごい砲撃ですね」

 

『ああ、連中曰くボストーク以来だとさ』

 

「張り切ってますね」

 

 鉄血を挟んだ反対側、頭上を砲弾とロケット弾が通り過ぎる中M14をAR小隊は無線で先鋒の海兵隊部隊を指揮するミシシッピ出身の黒人のブラウン中佐と話しながら白樺が茂っている林道の両端を歩いていた。

 砲弾の弾幕が前線部隊から後方の予備部隊へと移った頃に彼らは前進を開始、この狭い林道を中心としたルートを進んでいた。

 このルートはあくまで中心でありこの部隊は戦車5両と歩兵戦闘車10両、装輪偵察車5両からなる部隊でありその左側1キロ離れた道路を別の海兵隊部隊、戦車5両と歩兵戦闘車5両、装甲兵員輸送車4両の部隊が掩護、更に敵側となる右翼には戦車8両と歩兵戦闘車5両、その他装甲車15両の部隊が廃線になった鉄道路線を進んでいた。

 

「ストップ」

 

 すると先頭を進んでいたM16が何かに気がつき右手を挙げた。

 すぐに彼女らは止まると周囲を警戒する。

 耳を澄ませると何かが動いてるような音が聞こえる。

 

「敵か?」

 

 M16が呟く。

 彼女らは人形らしく内蔵されている暗視装置とヘルメットにつけられた暗視装置を通して周囲を確認する。

 すると右翼の森林の奥に何か動く物体を見つけた、それはよく見ると数体のニーマムだった。

 

「こちらスカウト、敵発見ニーマム数4、現在地はロメオデルタより235地点」

 

『了解、位置を確認した。航空支援要請』

 

 M14からの報告を受けると数キロ後方で待機していた本隊が無線で航空支援を要請する。

 数分後ニーマムに上空から対戦車ミサイルが放たれ破壊された。

 燃えるニーマムに照らされて周囲を確認すると敵はおらずニーマムだけだったようだ、それを確認するとM14達は数百メートル前進する。

 前進するとそこには十字路があった。

 十字路の手前で止まり両側の道路に何もないのを確認するとM14はハンドサインを出しSOPとAR-15に先に前進させる。

 二人が道路の両側から身をかがめて飛び出し横断する。

 そして何もないのを確認するとM14は地図を取り出し場所を確認する。

 

「ここは…チャーリー1ジャンクションですね。

 こちらスカウト、チャーリー1ジュリエット到着。チャーリーの安全を確認」

 

『了解。チャーリー1ジュリエットまで前進する。スカウトは別命あるまで待機』

 

「スカウト了解、チャーリー1ジュリエットで待機する」

 

 無線で連絡すると十字路の三方を警戒しながら待機する。

 氷点下の雪中で息が白くなる中5分ほど待機していると背後からエンジン音と金属が擦れる音が聞こえ始める。

 

「来たわね、早いわね」

 

「おーい!」

 

 AR-15が腕時計を確認しSOPが手を振る。

 そして暗闇の中から猛スピードで戦車が現れ十字路の手前でスリップしながら停止する。

 その勢いにAR小隊は驚いていた、何せ40トンはするだろう戦車が「高速道路のカーチェイス」のような速度で突っ込んできた上に自分達の目の前でドリフトしながら止まったからだ。

 

「ふう、レディー待ったかい?」

 

「ブラウン中佐、と、飛ばし過ぎです」

 

 車長席の胴体のハッチから顔を出した黒人の海兵隊将校にM4が言う。

 後続の戦車や歩兵戦闘車も次々と到着し合流し始めた。

 

「そんな飛ばしてないぜ、これでもまだ70キロだぜ?

 本当は90キロぐらい出せるぞ」

 

「流石韋駄天ブラウンですね」

 

「名誉勲章受勲者にも名を知られるとは有名になったぜ。」

 

 当たり前のように言うブラウン中佐、彼は海兵隊随一の機動戦の名手として知られついたあだ名が韋駄天ブラウン、海兵隊では珍しい機動戦の名手として彼は国連軍の槍の穂先として部隊を動かしていた。

 

「合流するまでに戦闘は?」

 

「3回ほど残存の人形と遭遇したが殆ど敗残兵だ、全部10秒で殲滅した」

 

 M14が聞いた。

 猛スピードで合流した彼らも敵と数回遭遇していたが事前の砲撃と爆撃で殆ど全滅していた。

 

 何せ国連軍の戦術は「敵戦力の半分以上を事前砲撃と爆撃で粉砕」であった。

 現代の戦争の戦術は大別してドイツの電撃戦から始まる理論とソ連の縦深攻撃から始まる理論の二つがあるが国連軍が選択したの後者だった。

 後者の理論、即ち縦深突破戦術では最初の一撃、つまり戦車部隊の突撃の前の砲撃の段階で「戦力の6割を粉砕する」。

 一般に戦力の3割を失えばその部隊は戦闘能力を喪失したと判断されると考えれば最初の一撃で文字通りの壊滅を狙っているのだ。

 そしてその対象は前線部隊だけでなく場合によっては後方の予備兵力さえも対象となる。

 文字通り鉄の嵐で前線部隊と予備兵力を粉砕した後、やっと戦車部隊がズタズタにされた前線を食い破るのだ。

 それもただ食い破るのではなく指定された目標まで我の損害を一切顧みない進撃を戦闘能力を喪失するまで続けるのだ、もし仮にこの牙を折ったとしても終わりではなくそこで即座に第二波の部隊が襲い掛かる、これを繰り返し目標まで進撃を続けるのがこの縦深作戦だ。

 その破壊力はもう120年以上前、独ソ戦のバグラチオン作戦で証明されている、ソ連軍は僅か一か月でベラルーシからワルシャワまで突き進んだ、鉄血は中央軍集団と同じ運命を辿ろうとしていた。

 

「ねえ!つまんない!鉄血と全然戦ってないよ!」

 

 すると後ろからSOP(グリフィン)がやってきて文句を言ってきた。

 

「戦いたい!壊したい!奴らをバラバラにしたい!」

 

「SOP!すいません、止めたのに言う事を聞かなくて…」

 

 駄々をこねるSOPを止めに隊列の後方からM4(グリフィン)も来た。

 

「ここからは敵の予備兵力が展開してるだろうからタンクデサントで行くが一緒に乗るか?」

 

 するとブラウンが提案する。

 

「本当に!」

 

「戦車乗りとしては歩兵の目が欲しいからな」

 

「分かった!行こ!M4!お姉ちゃんたちも呼んでさ!」

 

 喜ぶSOPは後方のAR-15とM16を呼びに行った。

 作戦開始からおよそ2時間、前線はズタズタに引き裂かれ楔が深く打ち込まれた。




・ブラウン中佐
海兵隊中佐
珍しい機動戦の名手、厚い皮より速い足信者

人形の戦術的運用って色々考えたけど基本的にはネットワーク中心の戦争では高度にネットワークの中に組み込まれた歩兵って扱い。
戦術人形単体でネットワークに組み込まれセンサー類は情報処理システムに直結され自らが見ている情報をリアルタイムで司令部でも確認でき、その情報を元に他の兵器も攻撃できる。
逆に他の兵器のセンサーに人形をつなげてそのセンサーを通して攻撃もできる。
用はロボット兵器の要素を組み込んだ歩兵。

国連軍基本スタンスは「どうしてそうなったとか知らねえが鉄血は全人類の敵なので根絶やしにしてやる。ELID?そっちは中和剤ばら撒きゃ済む。後平和を乱す(国連軍視点)奴らは話し合いで解決できないなら物理的に解決するぞ。現地の事情とか知らん、俺達が正義だから」とかいう典型的欧米的エゴイズム


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第24話

感想ください


「うわああああああああ!!!!!」

 

「止まってくださーい!!!!」

 

「飛ばすなーーー!!!!!!」

 

「キャハハハハハ!!!!楽しい!!!!」

 

 AR小隊が何とか戦車に捕まりながら叫ぶ。

 戦車隊は夜明けの薄暗い中、雪の積もった林道を全速力で突き進んでいた、それこそたまに現れる鉄血人形をひき潰しながら。

 

「フゥーハハハ!!!最高だぜ!!!

 最高のドライブだ!!!」

 

「ちょっと飛ばし過ぎでは?」

 

 車長席で大笑いするブラウンにM14が助言する。

 エンジンデッキ上で震えているAR小隊(グリフィン)に対して彼女らは捕まりながらも平然としていた。

 

「大丈夫さ!」

 

「ん?右3時の方向、何かいるわ!」

 

「ん?マンティコアだ!数5!射撃用意!行進射!」

 

 右側を監視していたAR-15が右側から接近するマンティコアの一団を発見した。

 数秒後砲塔が旋回すると5両の戦車が走りながら発砲、すれ違いざまにマンティコアを一体残らず破壊する。

 

「よし!このまま行くぞ!ロシア人に負けてたまるか!」

 

 戦車隊は更に速度を上げ雪原を突き進んだ。

 

「全車!怪しいところに銃弾をぶち込め!

 速度が最優先だ!」

 

『了解!』

 

 ブラウンが命令を出す、その命令に全ての戦車、歩兵戦闘車、そして兵士が従い道路沿いのあらゆる建物や茂み、窪地、怪しい雪溜まりに銃弾が撃ち込まれる。

 その進軍はかつてフランスを縦断したパットンの戦車隊の進撃のようであった。

 人形たちも例外なく銃を構え怪しいところに鉛弾を撃ち込んでいく。

 

 

 

 

 

 一方海兵隊が進軍する反対側のロシア軍、タマンスカヤ師団も順調に進撃していた。

 

「前方2000敵陣地、撃て!」

 

 横隊を組んだ戦車隊が指揮官の命令と共に一斉に砲撃する。

 砲弾はまっすぐ目の前の陣地を直撃し破壊する。

 その残骸を乗り越え四方八方から銃弾と砲弾が飛び交う中をあらゆる弾を跳ね返しながら進撃する、その後ろからは歩兵戦闘車に乗ったロシア兵と人形がプラウラー擬きことコサックロボットを連れて続く。

 

 

 

 

 

「海兵隊第一波、中間地点突破、進撃中、タマンスカヤ師団、中間地点にて敵予備兵力およそ一個大隊と交戦中。」

 

「予定より早いな」

 

 グッドイナフが画面に映る部隊の動きを見てつぶやいた。

 司令部では逐次変わっていく戦況が伝えられていた。

 両翼では既に予定の半分近くにまで進出、予定よりも数時間早い進出であった。

 

「補給はどうだ?」

 

「今の所は大丈夫なようですが早すぎて補給部隊と残敵掃討が追い付いていません。

 特に左翼側は」

 

 ヴェンクが補給担当の将校に聞くと問題が起きていた、端的に言えば早すぎて追いつかないのだ。

 その上残敵掃討も追いつかずこのままでは最悪突破部隊が突出して孤立する危険も出てきた。

 

「やはり海兵隊が早すぎる。

 一旦待機させるか?」

 

 ヴェンクが提案した、だがそれをグッドイナフは即拒絶する。

 

「駄目だ、今海兵隊を止めれば敵中で孤立する危険がある。

 予定より早いがフェーズ3に切り替えよう、ウォリック大佐とカイト大佐に連絡、第10装甲擲弾兵旅団とウォリック部隊に前線を押しあげさせろ。」

 

「は!」

 

 グッドイナフは予定よりも早く前線の押上げを決定した、この指示は即座に中央部隊の英軍と独軍に伝えられた。

 それと同じくしてアーチポフも後ろに座っていた空軍将校に命令を伝えた。

 

「ここで一気に潰すぞ、A217の破壊を許可する」

 

「は」

 

 命令を受けた将校は立ち上がると内線電話を取る。

 

「攻撃機をアルファ217に。許可が出た。

 確実に破壊しろ」

 

 電話の相手の返事を聞くと将校はアーチポフに伝える。

 

「5分後にワイバーン隊が出ます」

 

「ハラショー、どれだけ凶暴な熊でも頭を切り落とせば死ぬ」

 

 アーチポフは凶悪な笑みを浮かべながらコンソールを眺める。

 彼の眼は攻勢を受けている地区のほぼ中心に位置する敵の司令部らしき基地を見ていた。

 その基地にはA217という識別コードが振られていた。

 

 

 

 

 

「来たぞ!狩りの時間だ!」

 

 その頃、SVD達は陣地に籠って森の中から現れた鉄血人形の一団と交戦していた。

 相手は中隊程度であり他の人形と共に容易に撃退されていた。

 敵の動きは五月雨式で中隊小隊規模の部隊が散発的に現れ撃退されるを繰り返していた。

 この敵もまた簡単に撃退され敵は撤退を始める。

 

「撤退し始めた」

 

「追撃しますか?」

 

 G36が聞く。

 一応彼女はS-09地区基地では最も優秀な人形であり纏め役である。

 

「命令通りだ。ここで籠って突破部隊の受け入れ準備だ。

 中途半端な装備で突撃すれば自滅するだけだ」

 

「ええ。他の空挺部隊も動いてませんし。

 受け入れ予定の海兵隊部隊も既に中間地点を超えて進撃してますよ」

 

 端末で現在の各部隊の動きを確認していたSV-98が状況を説明しようと端末を二人に見せる。

 この「作戦中の部隊の位置をリアルタイムで把握できる上に現在までの作戦状況を正確に伝える端末」というのはグリフィンには無い、戦争の形態が変わってしまったのと「人形にそんな上等な品は不要」という偏見から無いのだが彼女らには極々一般的な装備である、何せ彼女らの戦争は21世紀初めのネットワーク中心の戦いに人形が入る事で更に強化された戦争だからだ。

 人形の存在によりこれまで人間を介することによって生まれていた限界を超越しより高度に作戦ユニット同士がネットワーク化されていた。

 ある意味では鉄血に近いシステムだった。

 

「今、私達がいるのがここ、空挺軍とラッカサンズがここ、海兵隊はまだここ。

 今突っ込めば死にますね」

 

「そう言う事だ。打って出たいのは分からんでもないがそれをやって包囲網を食い破られれば作戦そのものがそこで破綻する。

 一人の勝手な行動で作戦そのものをパーにはしたくない」

 

 二人は冷静に説明する。

 彼女らは現状の自らの立ち位置や戦略的立ち位置をよく理解しその上で行動していた、何せ「戦略的敗北の前の戦術的勝利」などいくらか積み重ねようが戦略的敗北を覆す事など不可能だ。

 

「成程です」

 

「ああ。だから下手に動かな…」

 

 SVDが言いかけた瞬間、頭の上を砲弾が掠め陣地の後ろに着弾する。

 

「クソ!なんだ!」

 

「敵だー!一杯いるー!」

 

 監視していたFNCが叫ぶ。

 SVDが双眼鏡を覗くと数えきれないほどのイェーガーやダイナゲートなどの一団が接近していた。

 

「クソ、小さいユニットばかりだから森林では偵察機に見つからなかったのか」

 

「ど、どうすれば…」

 

 その数にG36も見るからに動揺していた。

 彼女らが今まで見た事もない程の数が接近していたのだ。

 

「恐らく連中突破を図ってきたな。

 半包囲に持ち込まれつつあるのを見て包囲される前に包囲網の片翼に穴をあけるつもりだ。」

 

「そんな事論じてどうするんです?」

 

 イングラムが言い切った。

 そんなこと今はどうでもいいのだ。

 

「策はあるさ、こちらノベンバーアルファ23、敵の大部隊が接近、緊急近接航空支援要請と砲兵による火力支援、大至急だ!」

 

 無線を掴んで司令部に航空支援と砲兵の火力支援を要請する。

 

『こちらCP了解。火力支援を行う』

 

「感謝する、これで大丈夫だ」

 

 支援を取り付ける、その間にも鉄血は接近していた。

 

「あの!射程に入りました!」

 

「射撃待て!火力支援が来る!弾着観測を行う」

 

 撃とうとするM14を止め無線機を掴み鉄血を双眼鏡で観察する。

 そして次の瞬間、頭の上を砲弾が風を切る音が聞こえると鉄血の真上で炸裂する。

 

「弾着確認!修正の必要なし、効力射!効力射!」

 

 無線で砲兵に対して更なる指示を出す、その指示に従い更に砲撃が行われ鉄血が爆発四散していく。

 煙が晴れると残っていたのは鉄血の人形だったものだけだった。




一応作中に出てくる米軍戦車は今の第3.5世代戦車みたいな見た目じゃなくてロシアのT-14寄りの無人砲塔の戦車。


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第25話

第二章終わり!次第三章!内政!


『こちらワイバーン01、現在レベル270、ポイントアルファ217手前2マイル。

 目標照準完了』

 

「ワイバーン01、破壊せよ」

 

 画面に映る攻撃機の爆撃照準器を見ながらアーチポフは彼の前に置かれたマイクで指示を出す。

 SVD達が鉄血と遭遇し火力支援を受けていた頃、鉄血の最後のダメ押しとなる航空攻撃が開始された。

 

『ラジャー、破壊する』

 

 パイロットが返事をすると搭載されていた爆弾や地中貫通爆弾、ミサイルが投下、発射される。

 そして数秒後、画面の真ん中が白く光る。

 命中したという証である。

 地中貫通爆弾は地面を貫きバンカー、そして地下にあった司令部――彼らは知らないがその司令部はこの地区を統括する鉄血のボス、侵入者がいた――を完全に破壊する。

 

「破壊完了です」

 

「ああ。これで我らの勝利は確実となった。

 後はリーダーを失った羊を狩り出すだけだ」

 

 オペレーターの言葉にアーチポフが呟く。

 その後の戦況は彼の言う通りとなった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?妙ですね」

 

「何かあったのか?」

 

 砲撃が終わり生き残った一握りの鉄血と銃撃戦で圧倒していたSVD達だったが突如一部の鉄血がおかしな動きを始めた事にG36が気がついた。

 

「はい、動きが変です。

 いつもならもっと秩序だった行動を行っているはずなのですが」

 

「確かに、さっきと比べても統制が取れてないですね」

 

 G36にSV-98も同調する。

 どうも動きが変わりつつあった。

 

「そうか、だがそう言う事は我々の範囲外の話だ。

 98、海兵隊はどこまで来てるんだ?」

 

 SVDは興味を持たず海兵隊の位置を聞いた。

 

「そうですね、後12、3キロってとこでしょうか?

 かなり飛ばしてますよ、移動速度の情報で時速67キロって出てるぐらいですし」

 

「67キロ」

 

「アメリカ人、ハイウェーだと思ってるのか?」

 

「さ、さあ?」

 

 あまりの速度に一同は驚くしかなかった。

 

「まあ、そんな近くに来ているのなら連絡を取った方がいいな」

 

 SVDは無線機を手に取り連絡する。

 

「こちらノベンバーアルファ23、海兵隊応答せよ」

 

『こちらマイクチャーリー1、どうぞ』

 

 無線機で連絡を取るとミシシッピ訛りの英語が返ってきた。

 SVDは連絡が取れた事に安堵すると情報を与える。

 

「マイクチャーリー1、今から45分ほど前に鉄血の大部隊の襲撃を受けた。

 砲兵の火力支援で撃退できたが残党がいる可能性がある、注意し可能なら殲滅してくれ」

 

『了解した、そうなると、ちょっと遅れるな、遅くとも一時間半後には到着するだろうが』

 

「了解」

 

 SVDは短く返事をすると無線を切った。

 

 

 

 

 

 その少し前、例の海兵隊はというとフランス戦のロンメル率いる幽霊師団の如く敵後方を荒らしていた。

 

「右イェーガー!」

 

「了解です」

 

 M14の指示にM4(G&K)が銃弾を浴びせる。

 たまたま遭遇した鉄血の予備兵力に彼らは強襲を仕掛けていた。

 戦車と歩兵戦闘車の機関砲がプラウラーやダイナゲート、ドラグーンを吹き飛ばし人形たちを銃撃する。

 戦車からの銃撃だけでなく歩兵戦闘車の銃眼からも弾が飛び満足な反撃もできず殆ど一方的に蹂躙される。

 

「全く戦争は地獄ね!M4!」

 

「ドアガンナーの気持ちが分かりますね!」

 

「ドアガンナーってフルメタルジャケットの?」

 

「多分そうだろうな、おっと」

 

 撃ちながらAR小隊(G&K)は話していた。

 その反対側、車両の左側ではAR小隊(グリフィン)も銃撃する。

 

「なんか、訓練みたいね」

 

「え?」

 

「つまんなーいなぁ」

 

「そういう任務なんだ、仕方ないさ」

 

 彼女らはどこかこの任務に虚無を抱いていた。

 派手な戦闘は殆ど戦車に奪われ仕事は戦車が撃ち漏らした残党狩りという何とも消化不良な任務だからだ。

 

「聞こえてますよーまあ、そういう任務がこれから増えますからねー」

 

 その話はM14に聞こえていた。

 彼女は大きく揺れる戦車の上に立って話しながら撃っていたが平気で200m先のイェーガーをヘッドショットしていた。

 

「それにこれが本来の戦争ですよ、歩兵は戦車の援護で戦車が陸戦を制するのが」

 

 M14が言い切る。

 歩兵なくして戦争は勝てないが歩兵だけでは勝てないのが戦争、そして今や陸戦の王者とは戦車であり歩兵はその支援でしかないのだ。

 鉄血はその犠牲となった、殆ど損害らしい損害も出せずこの鉄血部隊も壊滅した。

 

「ところでブラウン中佐、今ここはどこですか?」

 

「向こうの戦線から直線距離で7.5マイルってところだな。

 まあこの道路だと10マイルぐらいあるが」

 

 彼らの進撃は順調であった、それこそ作戦開始から僅か5時間ほどで味方の戦線まで後もう一息というところまで来ていた、アメリカでは7.5マイルなど距離ではない。

 

「ならもう一押しですね」

 

「ああ、残り一時間程度だ、長くてもな」

 

『こちらノベンバーアルファ23、海兵隊応答せよ』

 

 突如無線が割り込んだ。

 ブラウンはM14との会話から無線でSVDと話し始める。

 

「こちらマイクチャーリー1、どうぞ」

 

『マイクチャーリー1、今から45分ほど前に鉄血の大部隊の襲撃を受けた。

 砲兵の火力支援で撃退できたが残党がいる可能性がある、注意し可能なら殲滅してくれ』

 

「了解した、そうなると、ちょっと遅れるな、遅くとも一時間半後には到着するだろうが」

 

『了解』

 

 SVDから情報を受け取るとM14に伝える。

 

「M14、どうも連中ちょっと前に向こうの陣地を襲撃したらしい。

 かなりの大部隊だったらしく残党がいる可能性がある」

 

「つまり斥候の出番って訳ですね」

 

「そういう事だ、頼むぞ」

 

「了解です!AR小隊!出番ですよ!」

 

「了解です!」

 

「給料分は働くわよ!」

 

「出番か!」

 

「あ!待ってお姉ちゃん!」

 

 SVDから伝えられた鉄血残党の件にM14はAR小隊を引き連れ戦車から飛び降りると雪原を走る。

 戦車隊の音が少しずつ遠くなっていき戦車では通れない針葉樹林の中を戦術人形らしく人間には不可能な速度で進む。

 針葉樹林の中の土手を超えると小川を見つける、その斜面を滑り降り氷の張った小川を渡りまた針葉樹林の中に消える、時々ルートを確認し方向を変える。

 そしてしばらく走ったところで突如目の前に敵のリッパーやイェーガー、ヴェスピドなど10体程度の一団が森林の木の陰に隠れて現れた。

 

「しまった!M4!援護!」

 

「了解!」

 

 なし崩し的に両者は白兵戦となった。

 

「とりゃ!」

 

 M14はライフルでイェーガーの一体を殴り倒すと頭に一発撃ち込み黙らせる。

 すると背後から気配を感じ振り返る。

 

「甘い!」

 

 背後から襲おうとするヴェスピドとリッパーの攻撃を伏せて躱すとリッパーを左手で掴み盾に後ろにいたヴェスピドを右手に持ったライフルで破壊する。

 直後、彼女の視界の端に何かを捉える。

 

「M4!」

 

「分かってます!」

 

 別のイェーガーがM14を狙うが一体が横からM4に撃たれ、もう一体もAR-15に撃たれる。

 更に別のリッパーがM14に撃つがM14は掴んでいたリッパーを盾にして破壊させるとライフルで破壊する。

 破壊するとそのまま腰だめに持ったまま狙ってくるヴェスピド数体を破壊する、だがここで弾が切れる。

 

「クソ、肝心な時に」

 

 するとライフルを放り捨てまだ襲おうとする人形に腰のホルスターからUSPを取り出し撃ち込み破壊する。

 その隙に腰に下げた銃剣をライフルにつける、そして顔をあげると敵のイェーガーが近づいてきた。

 至近距離から殺そうとするイェーガーに彼女は銃剣を突き刺し抉り破壊する。

 続いてきた敵もある者は銃剣で首を刎ね飛ばし、ある者は銃床の一撃で破壊される、その様子はまるで鬼神の様であった。

 気がつけば残っていたのは彼女らと人形だったものだけだった。

 

「ふう、全く時間の浪費でした。行きましょう」

 

 白兵戦が終わりM14が先程までの鬼神染みた覇気に代わっていつものようなどこか女子高生のような声に戻ると先を急ぐ。

 そして先回りして到達した道路が見渡せる小高い丘に辿り着いた。

 

 そこから道路の方を見下ろすと木々で見えにくいものの右往左往して撤退しようとしたり攻撃しようとするあらゆる鉄血ユニットが屯していた。

 その大半は大なり小なり破損していた。

 

「これが恐らくあの残りカスでしょうね」

 

「そうですね、こちらスカウト、ノベンバーアルファ23手前5キロ付近の道路に敵多数発見。

 恐らく敵残存勢力、規模は恐らく3個中隊程度」

 

 無線でM4が伝える。

 

『了解した。強襲するから側面から援護しろ』

 

「了解」

 

「援護って無茶言うわよあの海兵隊」

 

 ブラウンからは強襲を側面から援護せよと命令される。

 その命令にAR-15が毒づく。

 

「大丈夫ですよ、中国ではこの倍の連中とやり合いましたから」

 

「流石フォースリーコンだな」

 

「えへへ、よく言われます」

 

「羊の皮を被ったライオンね…」

 

 AR-15にはこの目の前で人懐っこい笑顔で笑う少女が恐ろしく見えていた。

 そして数分後、鉄血の一団の真ん中で大爆発が起きると聞きなれた金属の擦れる音とエンジン音が近づいてきた。

 

「来ましたよ」

 

 次々と爆発が起き更には機関砲や機関銃の弾も飛び交う、彼女らも銃を構え砲撃から逃げ惑う鉄血を側面から銃撃する。

 思わぬ方向から受けた銃撃に鉄血は更に混乱する、元々針葉樹林という狭い地域での攻撃であった、鉄血は逃げようにも逃げる場所は後ろしかなく、前には国連軍、左右は森林で逃げることなど不可能だった。

 あっという間に蹂躙され残った一握りの鉄血はSVDらの方へ逃げていく。

 それを見ると彼女らは丘の上から立ち上がる。

 

「皆さん!行きましょう!突撃!」

 

 M14が先陣を切る、それに続いてAR小隊も鬨の声をあげながら丘を駆け降りる。

 21世紀に入っても適切な火力援護があれば有効な戦術、つまり銃剣突撃を敢行する彼女らの様子は海兵隊からも見えていた。

 

「ハハ!見ろ!人形たちが銃剣突撃してるぞ!

 お前ら!海兵隊員たるもの後れを取るな!」

 

 彼女らの様子に海兵隊の士気は頂点に達した。

 これまで以上に激しい過剰とも言える攻撃に一瞬でも足を止めた鉄血は次々と討ち取られる。

 

 

 

 

 

 

「うわ…」

 

「どうしたんですか?」

 

 無線を聞いていたSV-98が苦笑いしていると戦闘の合間の小休止にチョコを食べていたFNCが聞いた。

 

「な、何でもないですよ。

 ちょっと鉄血が可哀想に思っただけですから」

 

「可哀想って何やってるんだ。SV-98がドン引きするぐらいって」

 

 双眼鏡で海兵隊が来るのが今か今かと監視していたSVDが漏らす。

 

「どうもM14が銃剣突撃してるようで」

 

「…すまないがもう一度言ってくれないか?聴覚センサーがおかしくなったみたいなんだ」

 

「銃剣突撃」

 

「今年って1914年だったっけ?」

 

「2062年だよ?」

 

「この時代に銃剣突撃?蛮族じゃないかな」

 

「海兵隊ですから」

 

「海兵隊なら仕方ないとはならないぞ」

 

 一部FNCが割り込むが二人にはさっぱり状況が理解できなかった。

 このご時世にイギリス人以外が銃剣突撃するなどありえないのだ、イギリス人は例外だが、この間も銃剣突撃をしたとかどうとか。

 その間にも砲声は少しずつ近づき、銃声も聞こえ始めた。

 

「銃声が近づいてきました」

 

「ん?近くまで来てるってことか!」

 

 G36に呼ばれ持ち場に彼女は戻ると双眼鏡で森から出てくる道路を見る。

 すると森の奥から鉄血が現れるが爆発して全て吹き飛ばされる。

 

「今のは…」

 

「騎兵隊の到着だ!」

 

 SVDが笑顔で叫んだ。

 それと同時に森の奥から戦車が現れる、海兵隊だ。

 

「さあ、行こう。同志たちに挨拶だ」

 

 そう言うとSVDは警戒しながらも仲間を連れて陣地から出る。

 数百メートルはあるが戦車からも数人が降りていた。

 

「アレがSVDの仲間の人形ですか」

 

「どんな子なんだろうね~」

 

「楽しみ~」

 

 楽しそうな声でM14やFNCも近づいて行った。

 そして互いの顔が見えるほどにまで近づくと声をかけられた。

 

「あ!SVDさん!SV-98さん!お疲れ様でーす!」

 

「M14さん!お疲れ様です!」

 

「ああ!仕事終わりだ!一杯やるか?」

 

 声をかけたのはM14だった。

 M14にSVDは飲みに誘う。

 その様子にS-09地区の人形は噂する。

 

「あれってSVDさんの友達なのかなぁ」

 

「そうだと思いますが、あれって…」

 

「私?」

 

 どう見ても隣にいるM14だが明らかに装備が違う、ライフルには銃剣をつけているしヘルメットを被り冬季迷彩だ。

 

「いえいえ、何言ってるんですか、仕事はこれからですよ。

 あのクソッタレな賊共を地獄の果てまで追いかけまわしてぶち殺すんですから」

 

「楽しそうな仕事だな」

 

「私達の仕事はこれで終わりですから」

 

「正義と権利と国家の為戦うのが我らが海兵隊、正義と権利を侵すものがいれば世界中どこへでも戦いに赴きますから。

 ところでそちらは…」

 

 3人仲良く話しているとM14が後ろのグリフィンの人形の事を聞いた。

 

「ああ、S地区の人形たちだ、G36、イングラム、M14、FNCだ。」

 

「初めまして、M14です。よろしくお願いしますね」

 

 SVDが紹介すると自己紹介した。

 そして代表してグリフィンからG36が歩み寄る。

 

「初めまして、G36と申します、以後お見知りおきを」

 

「固い挨拶は抜きにしてください、同じ戦場を戦った友人なんですから」

 

「はぁ」

 

 フレンドリーに接する彼女に戸惑う。

 彼女はG36の手を取り肩を叩く。

 

「折角ですから写真を撮りましょうよ、明日の世界中の一面記事を飾る写真を。

 誰かカメラ持ってます?」

 

「スマホならあるが」

 

「十分ですよ」

 

 M14が提案するとSVDがスマホを取り出す。

 そしてG36と握手しポーズを取る。

 

「じゃあ、はいチーズ」

 

 スマホのシャッター音が鳴る。

 この写真は三日後、世界中の新聞の一面を飾った。

 二つの世界の本格的な出会いを象徴する写真となった。

 

 

 

 この日から一週間後の3月13日、国連軍は神々の怒り作戦の作戦終了を宣言した。

 損害は負傷者24名、戦車中破4両、人形損傷3体のみ。

 対する鉄血の損害は推定自律人形1万3000体、その他兵器1200台とされた。

 

 




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第三部:PAX
第26話


第3章!内政編!新キャラ登場!


Fiat iustitia,(正義はなされよ、)et pereat mundus(よしや世界が滅ぶとも)

     ――フェルディナンド1世(神聖ローマ皇帝)

 

 

「民主主義、自由、権利、経済、安全、インフラ、衛生、通貨、市場、産業、全部です。

 全部を一から作るのです。いわば新たなフロティア、新たな西部開拓時代の幕開けですよ」

     ――ジェームズ・ニコラス(アメリカ合衆国内務省特別代表。ニューヨーク・タイムズの独占取材にて)

 

 

 

 

 

 

 

 神々の怒り作戦から一か月ほど経った4月、春になる段々暖かくなり道は雪から泥、さらに花園に変わりつつある中、S地区全体では新たな動きが起きていた。

 完全武装の警察官とそれを支援する軍部隊、グリフィンやG&Kの人形や人が車列を作り全速力で走っていた。

 

 

 

 

 

 そこから少し離れたところ、スラム街の外れにある一角では人でにぎわっていた。

 この一角は所謂闇市、並んでいるのは普通の食べ物や衣類、日用品だけでなく違法な火器類、弾薬、麻薬、偽札、化学物質、人、人形、そして放射性物質。

 暗黒社会の一角たるこの地区では人の死や殺し合いは日常茶飯事、それは人形にも当てはまった。

 

「う…」

 

「あ…」

 

 ある建物の地下、体中が汚され衣類も殆ど剥ぎ取られ裸同然の3体の戦術人形、M1ガーランド、SuperSASS、Stg44が鎖に繋がれていた。

 彼女らの指揮官に売り飛ばされこの館、所謂娼館に買われ、囚われてからというもの犯され汚され殴られ蹴られ等々想像を絶する日々を過ごしてもなお彼女らは皮肉な事に人形として能力たる高度な演算能力を有し、今が何月の何日の何時何分何秒かまで正確に分かっていた。

 だがそんなことが何の慰めにもならないのは明らかだった。

 

 

 

 

 

「へい、旦那。見ない顔だな?」

 

 地上では闇市の出入り口近い店の親父がショットガンを持ち白いスーツにボルサリーノを被った見慣れない男に声をかけた。

 その男はタバコを咥えたまま聞いた。

 

「ああ。最近越してきたんだ、親父さん、一つ聞きたいがこの市場ってアレか?」

 

「言わなくてもわかるだろ」

 

「ああ、そうだったな」

 

 次の瞬間、ショットガンを上に向け発砲した。

 

「動くな!国連軍だ!」

 

 それを合図に全ての屋根から通りから兵士と警官、人形が現れる。

 

「逃げろ!」

 

「ママ!ママ!」

 

「こっちよ!」

 

 闇市の商人、客は我先にと逃げるがそもそも全ての出入り口を一瞬で封鎖されたため逃げることもできず群集は慌てふためいていた。

 そんな中で一部の人間は警察や兵士に発砲する。

 

「死ね!」

 

 ある店の店先で男が古いアサルトライフルを警察に乱射する。

 警察官や兵士達は隠れる、だが次の瞬間、男が押し倒される。

 

「ぐわ!」

 

「あら?ごめんなさいね、下がよく見えなくて」

 

 振り返ると背中に銃口を突きつけた戦術人形のイサカがいた。

 だが格好はいつもの露出の多い格好ではなくスーツ姿だった。

 

「く…人形風情が…!」

 

「おっと、俺の大事な相棒を風情と言うとはな。

 マリア様に同じこと言いな」

 

 ついさっき、摘発の合法を放った男がその男の頭に持っているショットガン、彼女と同じイサカを突きつける。

 次の瞬間、男の頭はスイカのように破裂した。

 そしてその様子を店の奥から見ていた店主に話しかける。

 

「よう、旦那」

 

「な、なんだお前ら!」

 

「俺らか?国連軍だ。最近になってこの街を統治することになった連中さ。」

 

「し、知るか!さっさと出ていけ!こ、この店を摘発するり、理由はなんだ!」

 

「理由?そうだな…」

 

 男はそう言うと店の奥を歩き、さらに壁をノックする。

 そしてショットガンを構え壁に連射する、すると壁だと思われたものは壁ではなかった。

 木で出来た隠し扉だった。

 隠し扉が破壊されると奥にあったのは綺麗に並べられた銃器、人形、そして麻薬だった。

 

「武器、人形、それにヤクだ。」

 

 2062年4月、国連軍はS地区全体で大規模な浄化作戦、ローマ神話の平和の神の名を取り「パークス作戦」と題された作戦を開始した。

 動員されたのは国連軍合計10万の内の4万と警察組織1万だった、警察組織には全米各地から集められた警官1400人、DBI、FBI、DEA、ATFが各150人、シークレットサービスとTSAが各100人、そしてフランスのジャンダルムリ、イタリアのカラビニエリ、スペインのグアルディア・シビル、ポルトガルの国家警備隊などの各国国家憲兵や準軍事組織合計約8000人。

 支配地域全体の総人口が推定25万、五人に一人の割合というとんでもない比率になってしまった。

 この圧倒的な数にさらに彼らを見くびっていた犯罪組織の方から情報を提供するところもあり僅か一日の摘発で5000人以上の犯罪者が捕らえられた。

 

 こうなったのは神々の怒り作戦後、グリフィンと協定が結ばれS地区の統治はグリフィンからさらに国連軍へと移管されたのだ。

 そしてグリフィンは水面下で開始された政府と国連軍の交渉仲介を担うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「スタン、無茶苦茶だな」

 

「そんなもんさ。飲むか?ドクターペッパー」

 

「俺は苦手なんだ。」

 

 摘発作戦終了後、闇市で一番立派だった娼館の一階で先程のショットガンの男、DBI捜査官のゲイリー・スタンフォード、通称スタンと指揮官が話していた。

 二人の足元には彼らの仲間に撃たれた娼館の主の血がこびりついていた。

 そんな中でもスタンは悠々とドクターペッパーを飲んでいた。

 

「そうか?んー銃撃戦のスリルの後のこいつは最高だ。

 生きているって実感できる」

 

「ハハ、そうだな…俺の部下は無事でよかったが。」

 

「指揮官、掃討終わりましたー」

 

 話していると奥から作戦に参加していたAR-15が現れた。

 彼女も戦闘の後とは思えない程元気そうであった。

 

「お疲れ様。」

 

「ねえスタン!ちょっとこれ見て!」

 

 するとAR-15がいた部屋の奥からイサカがスタンを呼んだ。

 スタンはすぐに反応する。

 

「イサカ、何かあったか?」

 

「ええ、これ見て」

 

 やってきたイサカは3つの銃を持っていた。

 

「Stg44にガーランド、SuperSASS?」

 

「ええ。しかも烙印加工済み。他の連中がAKとか東側装備の中でこれだけ西側よ」

 

 イサカの話にスタンの目つきが鋭くなる。

 持っているのは極めて珍しい「烙印システム加工済みの銃」だ。

 戦術人形が持つ銃には当たり前にされている烙印システムだが、普通この加工がされた銃は人形とセットで運用されるか売買される、というのもこの加工がされた銃は大概簡単に足がつくのだ、だから裏市場には滅多に出回らない、だって足がつくのだから。

 この事が意味するのはたった一つ。

 

「イサカ、今回救出された人形の中にガーランド、Stg、SASSの人形は?」

 

「いないわ。M1カービンならいたわ」

 

「今すぐ全員集めろ!まだどこかにいるはずだ!」

 

 スタンが大声で叫ぶ。まだこの建物内に誰かいるのだ、それが被害者か犯人か客かは別として。

 その声に建物内で捜査していた捜査官や軍人が急いで集結する。

 

「この建物内にまだ誰かがいるはずだ!捜せ!

 隠し扉か隠し部屋があるはずだ!その中にいるはずだ!」

 

「は!」

 

「チャーリーの班は上から虱潰しで捜せ、タンス、家具の裏、屋根裏、壁、とにかく全部ひっくり返せ。

 残りは一階から上に向かってだ」

 

「「は!」」

 

 スタンがDBIの捜査官の班に上から捜すよう指示を出し残りは一階から捜させる。

 すぐに分かれて上から下へ、下から上へと探し始める。

 タンスをひっくり返し床を引っぺがそうとし壁を叩く。

 しかし一向に見つからない、苛立った指揮官はスタンに言う。

 

「本当見つかるのか?」

 

「絶対に何処かにあるはずだ…ん?」

 

 するとスタンがあることに気がついた。

 

「イサカ!この裏の部屋はどうなってる?」

 

 壁の一面を指して大声で聞いた。

 

「その裏?確か帳簿部屋よ。」

 

「サイズと扉の位置は?」

 

「10フィート×10フィートで向こうのドアが一番端…まさか!」

 

 この裏にある部屋のサイズとドアと角までの長さを思い出した。

 

「ドアからこの角までは18フィートだ!

 集合!この裏だ!帳簿部屋の壁を探せ!」

 

 サイズが合わないのだ。

 18フィート、およそ5m40cmあるが中の部屋のサイズは10フィート、約3m、差の2m40cm分に隠し部屋があると考えられる。

 壁の厚さなどを差し引いても少なくとも2m程度は空間があるはずだ。

 この事実に気がつくと彼は人を集め帳簿部屋に入る。

 中の壁は高い書類ラックで隠されていた。

 

「一番奥の壁のラックだ!それを外せ!」

 

 スタンが命令すると屈強な職員が二つのラックを動かそうとする、だが片方のラックが何かに固定されているようで全く動かない。

 

「スタン!これ動かないぞ!」

 

「この裏だ、恐らく壁と一体になって作られてる。

 一回押してみろ!」

 

 二人の捜査官がスタンに言われた通りに押してみる、すると後ろから金属がぶつかる音がするが動かない。

 

「鍵だ!裏に鍵があるぞ」

 

「右端の書類を全部出せ!」

 

 スタンと捜査官、そしてイサカは急いで丁番のあるであろう左側、ではなく右端の書類を棚から出していく。

 すると上から3段目、高さで言えば1m60センチほどの高さの棚の奥から鍵穴らしきものが現れた。

 

「スタン!ここだ!鍵穴だ!」

 

「イサカ!」

 

「了解!」

 

 イサカが棚に登るとM37を鍵穴に当て撃つ。

 すると鍵が外れたのかゆっくりと回転していった。

 裏からは隠し部屋が見つかった、だがそのサイズは2m×2m程度の狭い部屋だ。

 

「これだけ?」

 

「いや、イサカ、棚を動かせ。」

 

 イサカが棚から降りて棚を動かす、すると回転して90度ほどしか動いた棚の裏に階段があった。

 

「階段だわ」

 

「この奥だ。行くぞ」

 

 スタンはフラッシュライトをつけ拳銃を持ちゆっくりと降りていく、その後ろにイサカ、AR小隊、指揮官、そして捜査官たちが続く。

 




・ゲイリー・スタンフィールド
 人形捜査局捜査官。通称スタン
 カリフォルニア出身。
 DBI創設時からいるベテラン捜査官で元DEA捜査官、45歳。
 両親を麻薬で失いDEAに入りその後DBI創設時に移動となった。
 とかく頭が切れる上に戦闘能力もかなり高い。
 優秀だが孤独を抱え酒と煙草に溺れてる、趣味はゲーム全般。
 相棒のイサカが唯一の心の支え。馬鹿にすると本当にキレる、イサカしか止められないぐらいキレる。
 ドクターペッパー派。
 愛銃はノーマルのイサカM37とS&W M&Pの9ミリパラベラムモデル。
 見た目はレオンのスタン。

・イサカM37
 人形捜査局所属人形。
 スタンと同じく元DEA、過去に訳アリ。
 スタンの女房役にして相棒。実質彼を止められる最後の砦。
 スタンと同棲してほぼ夫婦だが結婚する気はないしそもそも付き合ってすらいない。
 人形らしく身体能力は抜群、近接戦闘能力も高い。
 愛銃のイサカはソードオフ化され近接戦闘特化。
 サブでS&W M52、かなり古い品で製造から100年近く経ち状態もよくその上初期モデルという事から売ればかなりの値段になるらしいが売る気はない。
 実は相当な違法改造が重ねられて本来人形に製造段階から組み込まれてるセーフティが意図的に外されてる他一部に異常な程の酷使の形跡があった(修理済み)



新キャラ、ここから暫く内政やって特異点(をぶっ潰す)
スタン×イサカは唯一のシリアスコンビ。


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第27話

コラボしたい…


「暗いな…足元に気をつけろ」

 

 左手にフラッシュライトを、右手にS&W M&Pを構えながらスタンが一歩ずつゆっくりと降りていく。

 地面は石造りで冷たく天井には埃と蜘蛛の巣が張り巡らされていた。

 

「気味が悪いわね」

 

「ああ。あんな隠し部屋を作るんだ、相当ヤバい代物が隠されてるに違いない」

 

 階段を下っていくと突き当りにぶつかる。

 階段の終点の様だ。

 スタンが手で合図する。

 

「イサカ、確認してくれ」

 

「任せなさい」

 

 イサカはゆっくりと階段の出口に向かう、そして出ようとした瞬間、右側から銃弾が飛び出入り口や床に跳ねる。

 

「く」

 

「大丈夫か!?」

 

 スタンが聞くとイサカは平気な顔で答える。

 

「ええ。バカが一人いるわ。AKを持ってるわよ」

 

「黙らせられるか?」

 

「朝飯前よ」

 

 そう言うと銃声がやんだタイミングで階段から飛び出し銃撃する、数秒後にはうめき声と金属が床に落ちる音が響いた。

 

「もう少し楽しませなさいよ」

 

「始末したな、クソッタレが。

 よし、捜せ。まだ他にもいるかもしれないから最大限注意しろ」

 

 撃っていた男が死んだのを確認すると後続に指示を出す。

 捜査官たちは部屋の捜索を始める。

 部屋は広くさらにいくつかの部屋に繋がる扉があった。

 

「スタン」

 

「ああ。」

 

 イサカとスタンは部屋の奥にあるまるで警察署の留置場のような一角に気がついた。

 二人は銃を構えてゆっくりと近づく、そして留置場の一部屋をライトで照らした。

 

「ん…ん…」

 

「や…いや…!」

 

「…ゆ…許してください…!」

 

 そこには汚れみすぼらしい姿になったSuperSASS、Stg44、M1ガーランドの戦術人形がいた。

 

「怪我人だ!怪我人がいるぞ!人形だ!」

 

「大丈夫よ、すぐにそこから出してあげるわ」

 

 スタンが大声で仲間を呼ぶ、その間にイサカは銃で檻のカギを吹き飛ばす。

 

「あ…貴方たち…は…?」

 

 今にも消えそうな声でSASSが聞いた。

 するとイサカは彼女の頭を撫でながら答える。

 

「私達は国連軍よ、私はイサカ、所属は合衆国人形捜査局。

 彼は私の相棒のスタン、同じく捜査局の捜査官よ」

 

「国…連…軍…?」

 

「だ…誰です…の?」

 

 3人にイサカが話しているとスタンがイサカの後ろに来る。

 

「詳しい話は後だ。まずは鎖を壊さないとな」

 

「ええ。」

 

 スタンはショットガンで三人の手と壁を繋いでいた鎖を破壊する。

 

「立てるかしら?」

 

「は、はい…」

 

「だ、大丈夫、おっとっとっと…」

 

「足を…壊されて…」

 

 Stg44は自力で立ち上がれるようだったがSASSはふらつき自力で立てず、ガーランドに至っては足を壊されていた。

 

「酷いわね。誰か来て頂戴、SASSさんは私が肩を貸します。

 AR-15、丁度いいところに来たわね、ガーランドさんを背負ってあげて」

 

「分かったわ」

 

 イサカがSASSに肩を貸し、後からきたAR-15がガーランドを背負う。

 すると部屋の反対側から大声で誰かが叫んだ。

 

「チャーリーだ!チャーリーがある!」

 

「何!?」

 

 チャーリーという単語にイサカもAR-15もスタンを驚く。

 

「全員退避!全員退避だ!!急げ!!」

 

「スタン、AR-15!退避だ!」

 

「ああ。急げ!」

 

 やってきた指揮官の指示にスタンは急いで4人を連れて部屋を出る。

 チャーリー、それは史上最も危険な物質と言われる崩壊液、その略称であった。

 

 

 

 

 

 

 1時間後、娼館だった建物には軍のNBC防護部隊が集まり建物の中から崩壊液のアンプルが一つずつ運び出され崩壊液中和剤によって無力化されていた。

 

「貴方たち、大丈夫?」

 

「は、はい…ありがとうございます…」

 

 近くに置かれたワンボックスカーの中で憔悴しきっている3人にイサカが聞いた。

 代表してガーランドが答えると聞いた。

 

「あの、聞いてもいいでしょうか」

 

「何かしら?」

 

「あなた達は一体?」

 

「さっきも言ったわよ、DBIの捜査官よ」

 

「で、でもDBIなんて組織ないですよ?」

 

 SASSが聞く。

 

「そりゃあそうよ、だって異世界の組織よ?

 あなた達が何があったかはこれから聞きたいけど恐らくだけどあなた達があの中にいた頃に私達はこっちにやってきた。

 そして今はこのS地区の治安維持が仕事、だから話して、一体なんであそこにいて、何があって、何をされたの?」

 

 イサカが優しくなぜあそこにいたのか聞いた。

 そして意を決してガーランドが事のあらましを話した。

 話し終わるとイサカは優しく抱きしめ背中をさする。

 

「大変だったわね、でももう大丈夫よ、貴方たちは自由よ。」

 

 イサカの優しさにガーランドは静かに泣き出した。

 そしてさらにもう一つ聞いた。

 

「あの…M1カービンは…」

 

「M1カービン?」

 

 イサカは首をかしげる、するとStg44が説明した。

 

「私達と一緒に指揮官に売られた戦術人形ですわ。

 一人だけ他の所に…」

 

「多分大丈夫よ。解放した人形の中にいたはずよ。

 でも再会の前に貴方たちをちゃんと直さないとね。」

 

 イサカはとびきりの笑顔で3人を安心させると車から降りた。

 その頃、外ではスタンがタバコをふかしながら指揮官、そして崩壊液が見つかったと連絡を受け飛んできたコーシャと話していた。

 

「まさか崩壊液が見つかるとはな」

 

「ああ、想定外すぎる。崩壊液は危険すぎる物質だ。

 アレを闇で売りさばいていたんだ、もはや警察どころの騒ぎじゃない」

 

「安全保障の領分に入るからな」

 

「ミスタースタンフィールド、崩壊液の入手元と売買先を出来る限り調べてくれ。

 どんなに些細な手がかりでも構わない、最優先で頼む」

 

「分かってるよ。人類の為にもね」

 

 コーシャの依頼に二つ返事でスタンは了承した。

 その答えを聞くとコーシャは近くに停めた車に向かう。

 

「ならいい。俺は司令部に戻る。」

 

「コーシャ、そっちも忙しいのか?」

 

「ああ、何せ武力を掌握しなくちゃならないからな。」

 

「暴力の独占って奴か。

 軍の連中も忙しいねえ」

 

 コーシャの仕事を察したスタンが言う。

 コーシャの今の仕事は「暴力の独占体制の構築」であった。

 20世紀前半のドイツの政治学者マックス・ヴェーバーが唱えた国家の定義の一つ、それが軍や警察といった権力を独占する「暴力の独占」である。

 これに失敗する事は本質的に国家としての機能を失っていることを意味する、つまるところ暴力の独占は国家に与えらえた特権であり義務であった。

 

 そして無秩序と化していたこのS地区のあらゆる「暴力装置」を「国連軍の統制下に置くか壊滅させる」というのが目下のところの軍の仕事であった。

 

「だが失敗すればそれは国家じゃない。

 じゃあな」

 

 そう言うとコーシャは車に乗り行った。

 コーシャの乗った車が行くとずっと待っていたイサカにスタンが話しかける。

 

「イサカ、彼女達の様子は?」

 

「落ち着いているわ。

 どうも彼女達の指揮官に売られたそうよ」

 

「売られたか、ってことは元の基地に戻すのは絶対にありえないな」

 

 二人は話しながら彼女らを売り飛ばした下劣な指揮官に対する怒りがこみ上げる。

 長年人形関連犯罪と戦ってきた二人には最低最悪のクソッタレとしか思えないのだ。

 二人共表情にも口にも出さないが怒り狂っていた。

 

「それと、後一緒に売られた子も一人いるわ。M1カービンよ」

 

「あの子か。先に基地に修理と点検で送ったぞ。

 再会は基地だな。」

 

 イサカがもう一人、M1カービンの事を伝える。

 彼女の事は別の建物で商品として売られそうになっていた所を保護され先に基地に送られていた。

 しかし彼にはまだ懸案はある、性的虐待を受けた女性がその後PTSDなどを発症する可能性というのは非常に高い、そしてこれは人形にも当てはまるのだ。

 性的暴行の被害者へのアフターケアの重要性は強調してもしきれないほど重要だ、その事をスタンはよく理解している。

 仕事柄そういう事件を何度も見てきたのだ。

 

「イサカ、しばらく忙しくなるぞ」

 

「ええ。むしろいい事よ?

 貴方、忙しくならないとすぐ酒に溺れるでしょう?」

 

 スタンはフィルターまで吸った煙草を地面に捨て靴で踏み潰す。

 

 

 

 パークス作戦全体で押収された物資は以下の様であった。

・違法な小火器2097丁

・弾薬95トン

・人形213体

・麻薬130トン

・放射性物質27トン

・崩壊液0.9トン

 このうちの最後の記録に国連軍は驚愕した、崩壊液という史上最も危険な物質が大量に市井に流れているという事実に。

 




暴力の独占ってそもそも国家の定義だからやらないと。
S地区の他のグリフィン基地も全部国連軍の指揮系統に組み込まないと…ここにコラボの可能性が…


ブラックマーケットで大量に崩壊液取引されててどう考えてもヤバかったからこの話になってる。
ブラックマーケット実装でまさかの通貨体制自体が崩壊してたからこれ国連軍がドル持ち込んだらヤバいんじゃねえか…悪貨は良貨を駆逐するし史実でもまるっきり通貨体制が違う世界に違う通貨持ち込んだらインフレ起きた事よくあるし(幕末日本など)


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第28話

 自律人形の修理はどちらかというとパソコンなどの電子機器の修理によく似ている。

 当たり前だが見た目は人と言えど中身は機械である。

 だがしかし、その構造は複雑で電子機器のワイヤー、ケーブル、骨組みの金属パーツ等々が組み込まれている。

 そのため修理には専門の技術者が必要である。

 

 基地に運ばれ、修理の為スリープ状態に落とされたガーランドが次に気がついた時に見えたのは病院のような天井であった。

 周りを見ると隣のベッドには同じようにSASSとStg44が寝ていた。

 壁を見れば一面白色、まるで病院だ。

 

「…ここは…?」

 

「気がついたか?」

 

「ひ!」

 

 突如現れた左に立つ無精ひげの男、即ちスタンが現れた途端得体のしれない恐怖に覆われる。

 腕の力で体を持ち上げるとベッドから急いで離れようとして床に落下するが気にせず這い出ると逃げようとするが逃げようとしたのは壁の方であり部屋の角にうずくまると泣き叫ぶ。

 

「来ないで!来ないで!!来ないで!!!」

 

「こりゃ駄目だな。イサカ、カリーナ、ワルサー、頼む」

 

 完全に駄目だと理解したスタンは代わりに相棒のイサカ、そしてG&Kの後方幕僚のカリーナ、指揮官の秘書役のワルサーに任せると部屋を出て行った。

 

「ガーランド?」

 

「えっと、大丈夫ですか?」

 

「落ち着きなさい、深呼吸して」

 

「いやだ!いやだ!!いやだ!!!来ないで!!触らないで!!」

 

 パニックになったガーランドは落ち着かせようとするワルサーの手を払いのける。

 パニックで周りが見えなくなりとにかく追い払おうとする。

 するとイサカが強引に両手でガーランドの頬を掴む。

 

「追いつきなさい!私よ!イサカよ!」

 

「あ…イサカ…さん…?」

 

「そうよ、怖かったわね、もう大丈夫よ」

 

 優しくイサカはガーランドの頭を撫でて落ち着かせる。

 泣きわめく子供あやすように言い聞かせると段々落ち着いて行った。

 

「落ち着いた?」

 

「は、はい。その、すいません」

 

「いいのよ。むしろ今のは正常な事よ」

 

 ガーランドをイサカは責めない、むしろ今のが正常な反応なのだ。

 人形は人間に似せようと努力しすぎた結果としてパニック障害を起こせるようになってしまっていた。

 それはどうも共通だったようだ。

 

「それじゃあ、落ち着いたことだし紹介するわ。

 こちらはG&Kセキュリティミューロック特別支局後方幕僚のカリーナさん、そちらは同じくG&Kセキュリティミューロック特別支局副局長の個人秘書のワルサーWA2000さんよ」

 

「カリーナって言います、ぜひカリンって呼んでください」

 

「私はWA2000よ。よろしく。」

 

「M1ガーランドです」

 

 二人はかがんでガーランドに目線を合わせて自己紹介する。

 二人に対してはスタンの時のようなパニックを起こさなかった。

 

「それじゃあ立ち上がれますか?

 こんなところじゃ話もできないですし」

 

「は、はい」

 

 カリーナとワルサーに支えられてガーランドは立ち上がり生まれたての小鹿のような足取りでベッドに戻る。

 そんな彼女に横から声がかけられる。

 

「ガーランド、大丈夫?」

 

「気分が悪いようでしたら無理しなくてもいいのですよ?」

 

「SASS、大丈夫よ」

 

 ベッドに寝ていたが騒ぎで気がついたSASSとStg44が声をかけた。

 ガーランドは精一杯の笑顔で大丈夫なふりをしてベッドに寝かされる。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ、怪我人ですから」

 

「そうよ、パニック障害なら仕方ないけど。

 こればかりは心療内科案件ね」

 

「それじゃあ早速だけどいいニュースと悪いニュース、どっちが聞きたい?」

 

 寝かされるとイサカはガーランドに聞いた。

 

「それじゃあ、いいニュースから。」

 

「あなたを売り飛ばした指揮官、今もいるわ。

 しかもいる場所は現在我々の管理下の地域。」

 

「それって…」

 

「逮捕できるんですか?」

 

 ガーランドたちを売り飛ばしたクソッタレはまだ指揮官をやっていた。

 そしてその男は未だ指揮官をやっていた、その上S地区のであった。

 つまり国連軍はその男に逮捕権を行使できるのだ。

 

「だけど、悪いニュースは逮捕できない」

 

「え!?」

 

「どうしてですか?」

 

 逮捕できない、その事に二人が驚いた。

 

「法の不遡及の原則よ」

 

「「法の不遡及?」」

 

「簡単に説明しますと、法律によって違法とされるのは法律が効力を発揮して以降のみなのでそれ以前の行為は罪には問えないっていう近代法の原則です」

 

 二人にカリーナが説明する。

 要は法治国家であるが故に逮捕できない、法治国家であるため合衆国法が適応される以前のこの地域での犯罪行為は彼らは追及できないのだ。

 

「あなた達が売り飛ばされたのは押収した記録からして約1年前、本来なら不法な人形売買でオコンネル法と人形虐待・強姦でフィッツジェラルド法で逮捕できるけどこれらの法律がこの地域に適応されたのは3週間前、だから罪には問えないの、残念だけど」

 

「そんな…」

 

 ガーランドが悔しそうに俯く。

 彼女達、そしてその仲間たちの受けた仕打ちの法的責任を問えないという事に絶望する。

 SASSもStg44も同じような気持ちであった。そしてポツリとSASSが呟いた。

 

「だったら、いっそ殺して…」

 

「それも無理よ」

 

 ワルサーがきっぱりと言う。

 その言葉にSASSが怒りがこもった声で聞き返す。

 

「どうして、ですか?」

 

「どうしてって、汝殺すべからずよ。

 言っておくけど人を殺せば殺人罪よ?しかも憲法で自律人形も刑事的責任を問えるの。

 あんた達は被害者よ、加害者になんてならないで。」

 

「さんざん道具扱いしてきて今度は人扱いですか?」

 

 ガーランドの言葉には怒りと軽蔑のこもっていた。

 今までさんざん道具扱いしてきて突如として人扱いだ、汝殺すな?敵討ちもできないのか?

 

「支配者が変わったのよ、今ここは異世界のアメリカよ。

 法的にはアメリカ合衆国カリフォルニア州ミューロック特別行政区で連邦法とカリフォルニア州法が適応されるの。」

 

「別に復讐をしたければ一応は止めるわよ。

 それでもやりたければやればいいわよ、その代わりに貴方たち全員を逮捕するだけよ」

 

 イサカが言い切る。

 彼女達の無念はよく分かっていた。

 だが犯罪者にするわけにはいかないのだ。

 

「ま、辛気臭い話はここまでにしましょ!」

 

 そう言ってイサカは手を叩く。

 

「そういえば忘れていたけれど貴方たちに会いたいって子がいるわ」

 

「「私達に会いたい?」」

 

「ええ。外に待たせてるの、呼んでくるわ」

 

 イサカは部屋の外に行くと銀髪の眼鏡をかけた少女を連れてきた。

 その少女はガーランドたちの顔を見るや否や明るくなりガーランドたちも驚いていた。

 

「ガーランドちゃん!」

 

「M1カービン!」

 

「カービンさん!」

 

「カービンちゃん!」

 

 少女はガーランドに駆け寄ると力いっぱい抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

「しかし、大変なものを見つけましたね」

 

 オッドアイの女が書類を確認しながら呟く。

 彼女の周りには大量の書類が置かれ一つずつ丁寧に確認作業がされていた。

 

「あの、大変な物って何ですか?」

 

「ああ。ただの娼館の帳簿だろこれ」

 

 彼女の呟きに指揮官とソフィアが言う、すると彼女は首を横に振る。

 

「ただの帳簿じゃないですね。

 電子データは外から盗まれる可能性があるのでわざと紙の形で記録を残していたんですよ。」

 

「じゃあ何が書かれてるんだ?その大量の帳簿には」

 

「色々ですね、今の所見つかったのはマネーロンダリング」

 

「ふーん」

 

「売春」

 

「ま、まあ娼館ですし」

 

「それに、違法な武器・人形・薬物売買。

 それと…」

 

 そう言うと彼女は一つの書類を見せる。

 

「崩壊液売買」

 

「記録が残ってたのか?」

 

 その言葉に表情が変わる。

 

「はい、律儀な悪党だったんでしょうね、全部残ってましたよ。

 少なくともこの一月だけでも24キロは取引されてました。」

 

「一月で24キロも?」

 

「一体どこの誰に売った」

 

 部屋の中で一人だけ黙っていたコーシャが口を開いた。

 

「それがPとしか書かれてないですね」

 

「P?じゃあ誰が納品した」

 

「それがどうも…」

 

「どうした?」

 

 突如言い渋った。

 そして意を決して言った。

 

「グリフィンから流れてるようです」

 

「なんだと?」

 

「グリフィンです。詳細は不明ですがどうもグリフィンの基地が回収した崩壊液をどこかの基地が纏めて売っているようです。」

 

「分かった、この件は最大限内密にしてくれ。

 俺は親父たちに言ってくる」

 

「分かった」

 

 コーシャがドアを開けて出て行くと指揮官が聞いた。

 

「で、なんで俺達に話した?

 コーシャは一応士官だ、理解できる。

 だが俺は民間人、こいつは敵かもしれないんだぞ?」

 

「大丈夫ですよ、M16達から信用できる人物と聞いてますから。

 それに…」

 

「それに?」

 

「大統領と比較的親しい民主党員であるイシザキ議員の息子、となれば怪しい要素はありませんから」

 

「シークレットサービスらしい判断基準だな」

 

「それはどうも」

 

 そう言うと女は再び書類の解読に移った。

 女の名はRO635、AR小隊最後の一人だ。




・RO635
AR小隊最後の一人。
唯一陸軍に入らずDEA、FBI、シークレットサービスと渡り歩いた人物。
シークレットサービスでは大統領の護衛ではなく犯罪調査担当。
情報の管理が得意。
薬物関連事案だけでなくFBIのような連邦犯罪、シークレットサービスの金融犯罪案件にも対処できるので送られた。
AR小隊の一員ではあるがほぼ別行動。たまに連絡を取る程度。

・M1カービン
ガーランドたちと一緒に売られた子。
一人だけ娼館に売られず他の所に売られたが救出される。



M1カービンとガーランドの百合はいいと思うんですよ(気の狂ったような笑顔で)

後裏設定でバチカンの教皇に関する設定だと32年、48年、58年に教皇が変わってます。
32年にアメリカ人が、48年にイタリア人、58年にスペイン人が教皇になってる。
後カトリック保守派と反人形勢力が教皇を暗殺して人権失ってます。


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第29話

 グリフィン本社の一室、そこではカーン文民代表が政府当局と交渉を行っていた。

 

「なぜこんなくだらない条項に拘るのです?

 たかが人形ですよ?」

 

「たかが?今たかがと言いましたか?

 我々にとって人形とは国民です、同胞です。

 その同胞をイスラム保守派でさえ認めている女性の権利さえ認めないような場所に送れますか?」

 

 その交渉は軍事活動に始まり、人道支援、経済活動、通商関係、産業支援と多岐にわたるが暗礁に乗り上げていた。

 その議題とは「人形の権利」だった。

 

「あんたらは人形に支配させたいのか」

 

「人形に支配?素晴らしいジョークですね。

 人形を奴隷からプレイヤーにするだけですよ?」

 

「それを認めれられないから言っているのだ」

 

「今や我々は世界中どの企業も組織も人形を職員として雇っています。

 クーリエとしても多くの人形が雇われています、いや今やクーリエの大半は人形です。

 もしも人形を人と認めないならば貴方方は彼女らをウィーン条約の対象外とみなしますよね?

 しかし我々は彼女らをウィーン条約の対象とみなしています、その他の条約でもです。

 貴方方が外交問題を起こしたいのですか?折角の友好を失いたいのですか?」

 

 基本的価値観の違いから激しい対立を生み出し口角泡を飛ばす議論が続いていた。

 

「これを認められないならば我々はもう一つの方法を取りますがいいですか?」

 

「では、そのもう一つの方法とやらを取ってくださいよ。」

 

「ええ。では治外法権を認めるという方向で」

 

 カーンの一言に政府担当者は目を見開き立ち上がる。

 

「なんですか?貴方方、我々の国民に与えられた基本的人権を認めないと言っておきながら我々が国民の生命を守るための対策を講じようとすれば拒否する。

 何をやりたいのですか?外交交渉をお流れにしたいのですか?

 貴国には外交的信義という物はおありで?」

 

 カーンの言葉に政府担当者は押し黙るしかなかった。

 

 

 

 

 

 神々の怒り作戦後、グリフィンと協定を結んだ国連軍はS地区内のグリフィン基地の一部を租借できるようになった。

 その中でもソフィアが指揮していたS-09地区基地は国連軍司令部と文民代表事務所、国連難民高等弁務官事務所や国際崩壊液管理委員会、ミューロック特別裁判所などが入居し基地の規模が急拡大、それ以前の面積比で3倍、勤務人員で言えば実に50倍にまで増大した。

 

 増大した人員と施設に対応するため国連軍は現地の難民や貧困層の人間を大量に雇い、更に本国から大量の重機と資材を持ち込んで絶賛大規模工事中であった。

 この工事は国連軍の経済政策を兼ねていた、即ち貧困層や難民に食い扶持を与え尚且つ犯罪に走らない程度の給料と米国から大量に持ち込んでいる物資を与えてスラムを無くし新たな中産階級に育てるという狙いがあった。

 勿論最終的な目標が達成されるのには最低でも数年はかかるがそれでも犯罪の温床たるスラムを無くせるのはかなり大きい、もう一つの理由としてはドルが滅茶苦茶強く現地通貨が異常なほど弱いので一人当たりの人件費がカリフォルニア州の最低賃金レベル(毎時21ドル)がこの世界の中産階級の月収程度になる程である。

 ついでに雇用されている労働者は軍の食堂で食事を摂れる上に酒保での買い物も可能、希望者には住居の提供までされるといういたせり尽くせりの仕事に想定以上の応募者が殺到、本来なら順次行う予定だったゲート基地~S-09の鉄道路線やS-09に設置予定の大規模物資集積所、そこから各地の基地に繋がる道路網、電話網、水道ガス電気の基本インフラの再整備、鉄血基地の跡片付けと再整備を同時に行えるようになるほどだった。

 

 そしてその工事の間国連軍司令部に供されている臨時司令部のプレハブ小屋の中でアーチポフ大将がグッドイナフとヴェンクに息子から聞いた話を伝えていた。

 

「その話を知っているのは?」

 

「アルカード指揮官、イシザキ指揮官、それと捜査員の一部だけ」

 

 グッドイナフの問いにアーチポフが小声で答える。

 押収した資料から判明した一部の指揮官が犯罪組織と結託しているという事実は治安をカリフォルニア州の平均レベルまで下げたい国連軍には衝撃的であった。

 仲間内に内通者がいるのだ、だから国連軍はこの情報を慎重に扱っていた。

 

「グッドイナフ大将、こいつはかなりの大事だ。

 私も大統領に連絡する。」

 

「部隊の配置も変更しなければな。

 可能性が高いのは?」

 

 ヴェンクが呟くするとグッドイナフはテーブルの上に置かれたS地区全体の地図を眺める。

 

「S-07地区だ。あそこの人形が闇ルートで数体売られていたのを保護した」

 

「予定だとベルギー軍だったが交代だ、代わりにフォルゴーレ任務部隊を配置してくれ。

 グリフィンの反乱の可能性も考慮して部隊配置を変更しないとな。」

 

 ヴェンクはS-07に配備予定の部隊を弱体なベルギー軍から強力なイタリア軍部隊へと変更する。

 そしてグッドイナフはテーブルの上に置かれた電話を取ると電話をかけた。

 

「国防長官、グッドイナフです。

 グリフィンへの諜報活動をCIAに要請したい」

 

 国連軍はこの時点からグリフィンを潜在的脅威とみなし始める、だが彼らが争うことになるかは神のみぞ知るのであった。

 

 

 

 

 

 

「それで私達はこれからどうなるんですか?」

 

 SASSが聞く。

 その気持ちは隣のベッドにいる二人、そしてガーランドの手を握るM1カービンも同じだった。

 

「それに関しては大丈夫よ。

 本来なら元のオーナーに返すのが筋だろうけどあなた達の場合は別、今回は我々が保護した後民間に委託って形にする予定よ」

 

「で、その受け入れ先が私達G&Kセキュリティです」

 

「ただ一つ心配なのがあって、ガーランドの男性恐怖症をどうにかしないとね。

 人形は多いけど管理職や後方要員は男性が多いしこの部屋の外の職員は8割方男よ」

 

 イサカが懸念するのはガーランドのPTSD、SASSやStg44、M1カービンは発症していない中で彼女だけというのも気になるが軍というのは男社会であり警察も男社会だ。

 民間の経済活動が軍関連以外許可されていない現状では大半が男なのだ。

 

「だ、大丈夫です、多分…さっきのは突然現れたから、驚いただけで多分大丈夫だから…」

 

「無理しなくていいのよ?」

 

「そうだよ、ガーランドちゃん。」

 

 ワルサーとM1カービンは強がるガーランドを気遣う。

 強がるガーランドを見てイサカは溜息をつく。

 

「はぁ、カリーナさん」

 

「分かってます、ヘリアンさんから特別に部屋を用意してもらってますし指揮官も分かってますよ。

 男性との接触は出来る限り避けさせます」

 

「お願いするわ。何かあれば呼んでください」

 

「はい、分かってます」

 

 そう言うとイサカは部屋から出て行く。

 そしてスタンと合流する。

 

「イサカ、ちょっと事態が動いたぞ」

 

「何があったの?」

 

 スタンは付き合いの長いイサカでも驚くほど気が立っているようだった。

 

「崩壊液の流出経路が分かった。」

 

「何処から?」

 

 するとスタンはイサカに顔を近づけ耳打ちする。

 

「グリフィンだ。詳細は機密だがS地区のグリフィン基地のどこかから漏れてる。」

 

「それは言えないわね。」

 

「ああ。俺はあいつが怪しい」

 

「サーラシ・アンドラーシュ、S-07地区指揮官。」

 

「ガーランドたちを売った男だ」

 

 二人が被疑者として睨んでいる男、S-09の東にあるS-07地区指揮官のハンガリー人の名を出す。

 

「探りを入れる?」

 

「いや、下手に動けば俺達が消される。

 虎の尾は慎重に踏まないとな」

 

 スタンはニヤリと笑った。

 

 




・サーラシ・アンドラーシュ
S-07地区指揮官。ハンガリー人。
名前のモデルは第二次世界大戦中ブダペストで虐殺行為に手を染めた矢十字党指導者で聖職者のクン・アンドラーシュと矢十字党党首でハンガリー首相のサーラシ・フェレンツ。


サーラシ・アンドラーシュはハンガリー人なので名前表記はマジャール語方式(姓名)。欧米式(名姓)にするとアンドラーシュ・サーラシ

どうでもいいネタだけどS-09地区基地は国連軍との共用になったので国連軍によって一応名前が付けられてキャンプ・コシチュシコ。


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第30話

感想をください


 翌日、ガーランドたちはM14と共に基地を歩いていた。

 

「あちらが国連難民高等弁務官仮事務所、向こうが国連国際崩壊液管理委員会仮事務所、その裏にあるのが大食堂です。

 で、私達の事務所はI3Cの事務所の隣の建物です」

 

「はぁ」

 

 コンテナハウスやプレハブ小屋だらけの中で4人は頷くだけだった。

 周りには多数の軍人や労務者、文民職員が行きかい誰も気にしていない様子だった。

 一方4人は修理後服もボロボロだったので廃棄され代わりに余っていた服を与えられた結果全員カジュアルな服装になってしまい微妙に目立っていた。

 

「色々あるんですわね」

 

「ええまあ。一応元はS-09地区基地だったんですけど移転してきたんで仮設ばかりですけど。

 今は隣で本格的なのを作ってる最中ですよ。」

 

 M14がStg44に説明していると向かいから海兵隊の将官とイタリア陸軍の将校が来るのを捉える。

 するとM14は直立不動になり敬礼する。

 軍人の一団がすれ違うとSASSが聞いた。

 

「あの今のは?」

 

「国連軍総司令官のグッドイナフ大将とあれは確かイタリア陸軍騎兵連隊サヴォイア騎兵連隊長のアルベルト・ディ・クロッラランツァ中佐だったはずです。

 それにしても何でディ・クロッラランツァ中佐が来ているんでしょうか?」

 

「あの、誰ですか?クロッラランツァ中佐って…」

 

「ああ気にしないでください、大したことのない話ですから。

 それじゃあ案内を続けましょうか」

 

 カービンに言われM14の疑問はそれ以上考えなかった。

 一方すれ違ったグッドイナフとディ・クロッラランツァは話しながら話していた。

 

「クロッラランツァ中佐」

 

「さっき子が例の子たちですか?」

 

「そう聞いている」

 

「中々いい子そうな子たちですね」

 

 流暢な、それこそイタリア人である事を感じさせない程綺麗なクイーンズイングリッシュでディ・クロッラランツァが言う。

 恐らく派遣部隊の中では最も伝統ある、1692年にサヴォイア家がまだサヴォイア公だった時代に生まれその後のポーランド継承戦争、オーストリア継承戦争、フランス革命戦争、ナポレオン戦争、イタリア統一戦争を経てイタリア王国となった後も一次大戦を戦い、第二次世界大戦では史上最後となる騎兵部隊によるサーベル突撃、イブシェンスキの突撃を行ったことで戦史に名を記したイタリア陸軍騎兵連隊“サヴォイア騎兵”連隊長がこの男、アルベルト・ディ・クロッラランツァ中佐であった。

 南部バーリの名門貴族家クロッラランツァ家出身で伝統的なイタリア保守派らしく信仰心に篤く紳士的で共和国に忠誠を誓った優秀な軍人であり教養にあふれ将来のイタリア陸軍のトップと渇望される程の人物である。

 

「だから君の部隊を動かす。

 イタリア陸軍の精鋭フォルゴーレ空挺旅団からの分遣部隊だ、期待しているよ」

 

「了解です。エル・アラメインで奮戦したフォルゴーレと伝統あるサヴォイア騎兵の名を受け継いだ部隊として恥ずかしくない働きをしましょう。

 それに婦女子の暴行など一人のキリスト教徒としても怒りに震えていますから」

 

「頼もしいな。では」

 

「では。」

 

 二人はたがいに敬礼すると反対方向に歩いて行った。

 クロッラランツァはヘリポートに歩いて行くと待っていた人物と合流する。

 

「よ、イタリア人」

 

「待ってたわよ」

 

 そこにいたのはスタンとイサカであった。

 するとクロッラランツァに待っていた戦術人形のM1014がイタリア語で耳打ちする。

 

「本当に良かったんですか?」

 

「別に構わんさ。ベネリはいつも心配性すぎる」

 

「坊っちゃんがお気楽すぎるだけです」

 

 クロッラランツァに注意するM1014を適当にあしらうとヘリに乗り込み離陸する。

 目的地はS-07地区。

 

 

 

 

 

 

「ここが基地か?」

 

「ああ。連絡していたから迎えが来ているはずだ。

 そろそろのはずだよな?」

 

 1時間後、S-07地区の基地の前でイタリア軍の装甲車の中でスタンとクロッラランツァが話す。

 時間通りに基地の門の前まで来ていたが固く閉じられていた。

 

「遅刻かしら?」

 

「こっちが遅刻したんじゃないか?」

 

「イタリア人全員が時間にルーズなわけではないぞ。」

 

「ええ。南部の人はルーズな人が多いですけど」

 

「ベネリ、クロッラランツァ家はバーリの貴族家だが?」

 

 M1014は目を逸らす。

 そうこう話していると前の門がゆっくりと開いていった。

 

「開いた。」

 

「入りなさいってことかな?とりあえず入ろうか」

 

 装甲車はゆっくりと基地に入る、そして司令部棟らしき建物の前に赤い服を着た男を見つける。

 その前で止まりドアを開けると男が出迎えた。

 

「ようこそ、S-07地区へ。

 私はこの基地の指揮官のサーラシ・アンドラーシュです。」

 

「ミスターアンドラーシュ、私はイタリア軍のクロッラランツァ中佐、彼女は私の部下のM1014、一応准尉だ。

 そしてこちらは」

 

「DBI捜査官のスタンフィールド、こっちは同じくイサカだ。

 よろしく」

 

 サーラシに自己紹介する。

 スタンがDBI捜査官を名乗った時、一瞬サーラシは表情が硬くなるがすぐに戻りスタンに尋ねる。

 

「なぜDBI捜査官がこちらに?」

 

「ああ、この間の摘発の件で2、3個程確認したいことがあってな。

 たまたまクロッラランツァ中佐が向かうと聞いて便乗しただけだ」

 

「そうなんですか?」

 

 サーラシがスタンを警戒しクロッラランツァに確認する、それに彼は口裏を合わせる。

 

「ああ。司令部で会議があってその帰りにばったりと。」

 

「お知り合いで?」

 

「大学の先輩後輩さ、ケンブリッジ留学時代の」

 

「まあとは言っても20年近く会ってなかったが」

 

「ケンブリッジ卒ですか、私もこう見えてもオックスフォードでして。」

 

「オックスブリッジですか、ではライバルですね。」

 

「異世界のライバル校というのも気になりますね、では行きましょう」

 

 彼らは咄嗟に嘘をつき誤魔化す。

 それに納得したサーラシは二人を連れて基地の中に入る。

 するとM1014が英語でスタンに尋ねた。

 

「スタンフィールド捜査官、坊っちゃんとはお知り合いなのですか?」

 

「な訳ないだろ?イギリスには留学したことはあるがセント・アンドルーズ大学だ。

 後、アメリカ人だからってイタリア語は出来ないと思うなよ?」(イタリア語)

 

 スタンは訛りこそあれど流暢なイタリア語で返した。

 突然の事に彼女は驚くが付き合いの長いイサカは動じない。

 

「彼を甘く見ない方がいいわよ?

 彼は見た目よりも切れ者よ、スペイン、ロシア、中国、日本、フランス語も話せるわよ。」

 

「驚きました」

 

「フフ、彼は表紙がイエローペーパーの聖書のふりをしたスーパーコンピューターよ。

 見た目は悪くて古臭いふりをしてるけど、中身は誰よりも賢い。」(イタリア語)

 

 イサカが笑ってこちらも流暢なイタリア語で言う、二人そろっての高スペックに彼女は茫然とした。

 

 

 

 

「では、幾つか確認したい点があると?」

 

「ああ。相手を撃った場所、理由、何発撃ったかなどをだ。」

 

「既に書類は上げましたよ?」

 

 目の前のソファに見た目に反して礼儀正しい態度で座るスタン、その隣で代用コーヒーを飲み顔をしかめるクロッラランツァの二人、その後ろに立つM1014とM37にサーラシは不満げに言う。

 

「不十分だったんだ、それに書類上で確認しても実際現場を見ない事にはね?」

 

「本国でもそのように?」

 

「一応そういうのを調査する人はいるのだけれどここは人手不足で彼が代わりにすることになったの」

 

 イサカも説明するがサーラシの不満そうな態度は変わらず敵意とも思える眼差しを彼女に向ける。

 その態度は上手い事隠してはいるが何かを隠しているとも取れる。

 そして明らかに軽蔑した口調で訊ねた。

 

「なぜそのような事を?悪人ですよ?」

 

「悪人かどうかは司法が決める。それに悪人だからといって殺してはいけない。

 全ての人間には生きて司法の下で裁かれる権利がある、殺すのは最終手段に過ぎない」

 

「面倒くさい、司法なんて貧乏人豚箱に放り込むか金持ちを無罪放免にするしか能のない連中じゃないか。

 だったらさっさとぶち殺した方が楽だ。

 第一そんなこと言っても本当はコレが欲しいんだろ?」

 

 サーラシは軽蔑した口調で暗に賄賂の事を言った。

 その言葉にどれほどこの世界が腐っていたかがよく理解できた。

 そしてスタンはこの侮辱的な発言にやり返す。

 

「ハハ、だが今やここはアメリカだ。

 アメリカは民主主義国家、共和制国家だ。

 法治主義で文章主義、面倒くさいがそれが民主主義だ。

 従ってもらうよ?後、俺は公定レートで一ドル25000クレジットのトイレットペーパーみたいな金で賄賂を貰うほど落ちぶれてないよ?」

 

「これは失礼した、では参加した人形を連れて来ますのでお待ちください」

 

 敵対的な雰囲気の中、サーラシは逃げるように人を呼びに行った。




・アルベルト・ディ・クロッラランツァ
イタリア陸軍中佐。騎兵連隊“サヴォイア騎兵”連隊長。37歳。
南イタリア、バーリの名門貴族家クロッラランツァ家出身でバーリの発展に尽くしたファシストのアラルド・ディ・クロッラランツァの子孫。先祖はガチガチのファシストだが彼は保守派ではあるがファシストじゃない。
文字通りの名門貴族家であり母親がバイエルン公家子女と結婚したスペイン貴族家出身であるためバイエルン王家経由でジャコバイトの王位継承権も持っている。
バーリの貴族家出身だが生まれと育ちはトリノ。
父親は投資家、ローマ大学やケンブリッジ大学で学んだ後イタリア陸軍の士官候補生となり軍人となる。
伝統的イタリア貴族家(ただし教皇党系ではなく両シチリア系貴族家)らしく敬虔なカトリック教徒であり洗礼を当時のトリノ大司教(後の教皇)にしてもらったほど。
紳士的で英語が得意。貴族らしく物腰が柔らかな人物。
士官学校の成績は大して良くないが人心掌握に長けている。
よく一緒にいるM1014は私物なのだが書類上の部下(准尉)でもある。父親が大昔に民間仕様を購入、その後私費で軍用仕様に改造されたタイプ。なお敬虔なカトリック教徒。
名前はファシスト政権期のイタリアの公共大臣アラルド・ディ・クロッラランツァから。

・M1014
クロッラランツァの私物の人形だったのだがイタリア軍曹長(兵科は騎兵)で騎兵連隊サヴォイア騎兵司令部付き将校。
なお階級自体は正規の士官教育を受けていないので下士官。
アメリカ軍のMナンバーだが製造はイタリアの会社で英語は基本プログラムに入ってる程度(日常会話レベル)しかできないし訛りも酷い。基本クロッラランツァに通訳してもらってる。
クロッラランツァの事を坊っちゃんと呼ぶ。一方クロラランツァはベネリと呼ぶ。
心配性気味で考えすぎてやらかすタイプ。
気質としては北部イタリア気質(真面目)

一応M1014はイタリアのベネリM4スーペル90なんでイタリア銃です(ただし特殊部隊装備なので騎兵部隊には配備されない)
分かりにくいネタだけどジャコバイトの王位継承権はスチュアート家からイタリアのサヴォイア=ブレス家、オーストリア=エステ家を経てバイエルン公ヴィッテルスバッハ家、更に将来的にはリヒテンシュタイン公国のリヒテンシュタイン家に移る予定(この世界の時点だとリヒテンシュタイン家が継承権持ってる)

どうでもいい話だけど某ナガンおばあちゃんの基地とコラボしたい…というか話が思い付きそうというアレ…


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第31話

なんかヤバいことになった。

感想ください


「君は例の摘発に参加したのだね?」

 

「は、はい。」

 

 ベレッタM38は怯えていた。

 突如として彼女の指揮官が呼ぶと幾つか厳命するとこの二人の事情聴取を受けるように指示した。

 もしも、彼の命令を拒めばどうなるかは彼女も知っていた。数か月前、仲間の何人かが突如として行方不明となった、その何人かは全員あの男に反抗的だった人形たちだった。

 

「そんなに怯えなくていいわよ?

 私はイサカ、彼はDBI捜査官のスタン」

 

「今日は幾つか君に確認したいことがあって来た」

 

 スタンと名乗った男とその男の相棒らしき戦術人形が自己紹介する。

 密室の中3人だけだった。

 

「はい、なんでしょうか」

 

「色々と確認したいだけだ、まずこの男についてだが…」

 

 それから数十分、スタンとイサカは彼女に書類の内容を細かく確認した。

 それこそ彼女からすれば異常と思える程細かいところまで。

 

「えっと、ここは…」

 

「分かった。」

 

 スタンはそう言うと指でイサカを呼ぶ、そして小声で話す。

 

「イサカ、どう思う?」

 

「正直に言ってかなり怯えてるわね、何かあるに違いないわ。」

 

「俺もだ、意図的にある話題から離れようとしてる。」

 

「あの…何かおかしなことでも?」

 

「いや、何でもない。」

 

 ベレッタに聞かれ適当にごまかす、そしてイサカに合図すると本題を切り出した。

 

「君はM1ガーランドの戦術人形を知っているかね?」

 

「え!?」

 

 ガーランドの事を切り出すと明らかに知っているような反応を見せた。

 更にスタンは話を続ける。

 

「先日、違法な売春宿を摘発した際SuperSASS、Stg44、M1カービンと共に保護された。」

 

「今は私達の基地にいるわ」

 

 ガーランドたちの事を伝えた。

 するとベレッタは静かに泣き始めた。

 

「よかった…よかった…」

 

「心配していたのね」

 

「だから色々と教えてもらいたい、この基地の指揮官の正体を」

 

 スタンが聞いた。

 

「指揮官は…極悪人です。」

 

「極悪人?」

 

「はい、表向きはこの地域全体に善政を敷くいい人です。

 でも裏では私達を道具として使って反抗的な人形は使い捨てにするか懇意にしている業者に売り飛ばしてるんです。

 それに…」

 

「それに?」

 

 ベレッタが一瞬躊躇う、そして思い切って言った。

 

「地区内の建物や施設が犯罪者たちの倉庫や工場や拠点に使われてます。

 そこで麻薬を作ったり…」

 

「場所は分かるかしら?」

 

「はい、何度か物資輸送とか護衛とかで行ったことのある場所なら」

 

「地図で教えてくれ」

 

 スタンはタブレットで地区の地図を出す。

 ベレッタは地図で数か所をマークする。

 

「ここと、ここ、それに多分この辺りに」

 

「成程な」

 

「教えてくれてありがとう」

 

 二人マークされた場所を見ながら考える。

 するとベレッタが言った。

 

「お願いです、指揮官を逮捕してください」

 

「分かってるよ、絶対に逮捕して、罪を償わせてやるさ」

 

 ベレッタの請願にスタンは強気の口調で言うとベレッタの頭を撫でた。

 ベレッタは感謝の言葉を返すだけだった。

 

 

 

 

 

 数十分後、スタンたちは行と同じく装甲車に乗っていた。

 事情聴取で部屋の外にいたクロッラランツァが聞いた。

 

「それで情報は?」

 

「この地区内に少なくとも三か所、犯罪組織のアジトがあるのが分かった。」

 

「この地区内なら情報が揃えば今晩にでも襲撃できるが、令状は?」

 

「緊急案件なら令状なしで行ける。

 上は崩壊液関連は緊急案件の認識だ、一応確認だけ取って突入だ」

 

 緊急ならば例外的に捜索差押令状なしで突入できる、そして国連軍は崩壊液関連を緊急案件とみなしていた。

 クロッラランツァも事態がどれほど危険かを理解していたからかなり積極的だった。

 

「分かった、私だ。

 今すぐ次に言う拠点を偵察と突入作戦を立案してくれ。」

 

 クロッラランツァは即座に無線機を取り任務部隊本部に連絡する。

 だがその動きに彼の中で何か直感めいた不安がよぎる。

 

「イサカ、なんだか嫌な予感がするんだ」

 

「嫌な予感?」

 

「ああ。なんだろう、こう上手く行きすぎてる。

 嫌な事にならないといいが…」

 

 彼にできるのは不安が現実にならないよう神に祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 数十分後、S-07地区上空を数機のUAVが飛行する。

 その機に取り付けられたカメラの映像はそこから10キロも離れていないフォルゴーレ任務部隊司令部に送られていた。

 

「ここが連中の拠点か?」

 

「見たところただの倉庫だが」

 

 クロッラランツァに参謀将校の一人が南部訛りのイタリア語で言う。

 

「ミリ波パッシブに切り替えてくれ、何かわかるかもしれない」

 

「は」

 

 クロッラランツァに言われ操作担当の空軍将校がカメラから搭載されているミリ波パッシブ撮像装置に切り替える。

 この装置はかつては空港警備に使われていた代物だったが技術発展によりUAVに搭載できるほど小型でありながら高度の制限こそあるが地上の建物を透過して調査できる優れた機械だった。

 この機械を使えばただの倉庫に見えた建物の中には銃を持った男が多数、麻薬の製造設備らしきものも多数置かれ明らかに普通の倉庫ではない事が一目瞭然だった。

 更に別の機が同じく犯罪組織の拠点とされた建物を映す、こちらもミリ波パッシブ撮像装置で確認すると倉庫の様であり、更に同じく別の建物の方も映せばこちらも倉庫か少なくとも明らかに異常ともいえる設備の建物の様だった。

 

「情報通りだな。

 建物の構造も分かるな」

 

「すぐに構造を図面に起こしてくれ。」

 

 参謀将校が突入作戦の準備を指示する。

 クロッラランツァは決断した。

 

「この三つの建物にそれぞれコードネームを付与、今晩0200時に突入する」

 

「了解しました、コードネームはそれぞれカイーナ、アンテノーラ、トロメーアと呼称。

 至急各部隊から突入班を編成」

 

 イタリア人ならば誰もが一度は学ぶダンテから裏切り者の地獄の名を取る。

 他の将校たちも急いで動き始める、イタリア人は一般に思われる程怠惰ではないのだ。

 

 

 

 

 

 夜、フォルゴーレ旅団が駐屯する基地では突入部隊の兵士と戦術人形が集まって祈っていた。

 

「主よ、わたしたちの罪をお許しください。

 わたしたちも人を許します。

 わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。

 アーメン」

 

「「アーメン」」

 

 従軍神父の祈りに続き祈る。

 その中にはクロッラランツァの姿もあった。

 宗教というものが死んだこの世界では奇特とも言える光景だが彼らの世界では宗教はまだ生きているのだ。

 神に祈ることでこれから行われる“罪”と折り合いをつけるのだ。

 

「各隊整列!」

 

 部隊長が叫ぶ。

 祈りが終わると兵士達はそれぞれ乗り込むヘリの前に整列する。

 

「中佐、各隊整列しました」

 

「うむ、君らには急で悪いが緊急案件で出動してもらう。

 相手は闇で崩壊液だけでなくあらゆる悪行を行っている悪党、その手先だ。

 長々としたスピーチはいいだろう、君らに神のご加護があらんことを」

 

 クロッラランツァはそれだけ言うと敬礼する兵士達の顔を眺める。

 そして返礼し兵士達はヘリに乗り込み離陸した。

 

「神よ、我が罪を許したまえ。

 彼らに神のご加護があらんことを」

 

 離陸するヘリを眺めながら呟いた。

 良くも悪くも伝統的イタリア貴族らしい言葉だった。

 

 

 

 

 30分後、フォルゴーレ旅団司令部

 

『こちらステッラ、目標へ侵攻中』

 

『ネンボゥ、ホールディングエリア2到達。』

 

『こちらピピストレッロ、目標視認』

 

「了解、ベルギー軍部隊は?」

 

『こちらワロン23、目標地点手前待機ポイント到着。それと大尉がコールサインどうにかしろって』

 

「了解した、なおコールサインだが代わりはワッフルだ」

 

『ぶち殺すぞパスタ野郎』

 

 突入部隊を乗せたそれぞれ2機編隊のヘリ部隊と地上から支援するベルギー軍部隊がネットワークシステムを使い連携していた。

 司令部の壁につけられた巨大なスクリーンには各部隊の兵士のヘルメットにつけられたカメラの映像や各部隊の位置などが映し出され一目で状況を把握できるようになっていた。

 

「流石軍ね、動きが素早いわ」

 

「警察と違い即応作戦となると軍に一日の長がある。

 俺達が出しゃばらなくて良かったな」

 

 ()()として扱われていたスタンたちはイタリア軍とベルギー軍の動きに感嘆していた。

 彼ら警察と軍とでは練度に大きな差がある、その差をまざまざと見せつけられていた。

 

「ところでクロッラランツァ中佐は前線に出ないのか?」(イタリア語)

 

「坊ちゃんは出ません。

 いたずらに上にいるものが現場に出てはいけませんから」(イタリア語)

 

「ベネリ、コーヒー」

 

「はい、かしこまりました!それでは失礼します」(イタリア語)

 

 スタンと話していたM1014はクロッラランツァに呼ばれ離れる。

 腕時計を見ると深夜二時になろうとしていた。

 

「時間だ、全部隊、状況を開始せよ」

 

 時間を確認したクロッラランツァが無線で作戦開始を指示した。

 すると画面上のヘリ部隊は片方が目標地点の傍の空き地に着陸すると一斉に兵士達が降り建物に接近する。

 もう一機は上空を旋回しながら援護していた。

 

『こちらネンボゥ、これよりカイーナに突入する』

 

『ステッラ、ブリーチ!』

 

『よし!やれ!』

 

 各部隊の兵士達の映像では目標の建物の入り口に到達するとショットガンや爆薬でドアを吹き飛ばし突入する。

 

『行け!行け!行け!』

 

『国連軍だ!武器を捨てて投降しろ!』

 

『動くな!』

 

 各隊突入する、だが何故かどの建物も中はもぬけの殻、人っ子一人いなかった。

 

『ネンボゥ、誰もいません』

 

『こちらステッラ、同じです』

 

『ピピストレッロも同じです』

 

 警戒しながら各部隊指揮官が報告する。

 クロッラランツァは頭をかく。

 

「一体どういうことだ?なぜ誰もいないんだ?」

 

「まさか、罠…な訳ないで…」

 

 コーヒーを持って来たベネリが呟いた。

 彼女の呟きを聞いて咄嗟に叫んだ。

 

「総員退避!罠だ!今すぐ退避だ!」

 

『え?』

 

 叫んだ次の瞬間、突入部隊のカメラが一瞬光ると爆音とともに消えた。

 それも3つ同時に。

 そして外から撮影していたヘリとベルギー軍部隊からの映像には建物があった場所から真珠湾攻撃の有名な写真のような大爆発が映し出されていた。

 何が起きたかは明らかだった。

 

「サバノビッチ」

 

 爆発の映像に呆然とする中、スタンが一言呟いた。




各部隊のコールサインはそれぞれ
ステッラ:イタリア語で星
ネンボゥ:イタリア語で青、またイタリア軍の空挺部隊の名前でもある
ピピストレッロ:イタリア語でコウモリ



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第32話

イタリアブチギレ案件


 その日、国連軍全体の空気は重かった。

 エドワーズ空軍基地と繋がる基地では45の棺が並べられその全てがイタリア国旗に覆われていた。

 その棺に向かい合うように国連軍の各部隊指揮官、司令部、関係者たちが正装で並び、傍には米空軍の儀仗隊が整列していた。

 並んだ兵士達の中からは同じ部隊の兵士達のすすり泣く声が所々から聞こえる。

 儀仗兵たちが弔銃を放ち兵士達は敬礼し国連軍初の戦死者たちを悼んだ。

 

 

 

 

「マッテオッティ首相、先日戦死した45名のイタリア軍将兵の件についてアメリカ国民を代表して哀悼の意を表します。」

 

「大統領閣下、ありがとうございます。」

 

 急遽訪米したイタリア首相マリア・マッテオッティはこの日ホワイトハウスにてアメリカ大統領ピーター・カークマンと会談していた。

 イタリア世論はこの数日で激変していた。

 

 数日前イタリア中を駆け巡った『フォルゴーレ旅団の将兵45名が摘発任務中に爆破テロによって殺害』というニュースは文字通りイタリア世論に激震を与え怒りを齎した。

 教会では戦死者を悼むミサが行われ、街という街の広場では報復を訴えるデモが繰り広げられ、若者の多くが陸軍や空軍、カラビニエリなどに志願し始めた。

 何せこの規模のイタリア人が絡むテロというのはそれこそ前世紀のボローニャ駅の爆破や赤い旅団の時代以来だ。

 遺族たちにはイタリア中から寄付金が集められ、大手航空会社はアメリカへの渡航費用を免除すると表明。

 イタリアだけでなくイタリア系の多いアメリカでも多くの人が支援を申し出遺族たちはアメリカへと向かい、今こうして首相と大統領が会談している頃にカリフォルニア州では変わり果てた姿の家族と再会し悲しみに暮れていた。

 格納庫に並べられた45の棺の前で悲しみに暮れる遺族たちを撮った写真は世界中の新聞やニュースの一面を飾っていた。

 『この攻撃はイタリア市民への攻撃である、アルディアーネの時と同じように!』あるイタリアの政治家は自らのSNSにこう書き込んだ。

 先の大戦中、多くのレジスタンスやユダヤ人が殺害されたアルディアーネの虐殺を引き合いに出したこの発言を筆頭にイタリア世論は報復へと傾き政府に更なる部隊の派遣を要求した。

 

「わが国民は貴国の悲しみと共にあります。

 我が国にできることがあれば協力は惜しみません」

 

「大統領閣下、ありがとうございます。

 我が国ではご存知でしょうが世論は報復を訴えています。

 彼らを殺害した者達の厳正なる処罰をお願いします、またイタリア軍を増員させていただけますか?」

 

「増員?貴国は既に一個旅団を派遣していますが?」

 

「更なる部隊を送らなければ国民は納得しません。

 既に陸軍海軍空軍カラビニエリそれぞれが増員する部隊を出し合い新たな部隊を編成準備中です。」

 

 マッテオッティはイタリアを代表して現地へのイタリア軍の増員を要求した。

 イタリアでは既に見切り発車的に派遣部隊の編成準備が開始されていた。

 その部隊はまさにイタリアを怒らせたとしか形容のしようがない程の部隊であった。

 何せ国境を守る最精鋭のアルピーニ部隊に始まり、伝統の狙撃兵ベルサリエリ、虎の子の戦車部隊、イタリア海軍の切り札サン・マルコ連隊等々という大部隊だ。

 

「貴国には最大限敬意を払いたい、だが性急な動きはやめていただけませんか?

 我が国にも事情があります故」

 

「我が国の世論は報復です、この事件はアメリカにとっての真珠湾や911に匹敵します。

 貴国は真珠湾の後日本に宣戦布告し、911ではアフガンからタリバンを追い出したのでは?

 ただ同じことをイタリアはしようとしているだけです」

 

 カークマンは動きを止めようとするがイタリア世論はもはや政府にコントロールできない状態であり政府もまた報復をアメリカに要求する状態だった。

 

「分かりました、最大限善処しましょう。

 ですが、必ずしも要求全てが通るとは思わないでください」

 

「分かってます、我々の要求はただ一つ報復です。

 45人の同胞を殺した報いを受けさせる、それだけです」

 

 イタリアはこの事件で暴走し始めていた。

 報復だけならば良かったかもしれないが既に国内では一部の市民が「45人が死んだのはベルギー人が見殺しにしたからだ」というデマが流れ始めそこに元からあった反EU勢力が乗っかり反EUデモやベルギー系企業の襲撃事件が起きていた。

 

 

 

 

 

「何か見つかったか?」

 

「そうだな…奴の説明が嘘八百だっていう証拠なら山ほど」

 

 数日前までグリフィン名義の倉庫だった瓦礫の中でスタンが答える。

 建物は木っ端微塵に吹き飛ばされていたが建物の中の物を完全に滅却できてはいなかった、かなりの数の残骸が残っていたのだ。

 その残骸はあの男が爆破の原因を「犯罪者の待ち伏せか警備システムの誤作動」と説明したがその説明が大嘘だという事の証拠だった。

 

「意外と残ってるものなのか?」

 

「ああ、意外と残ってたよ」

 

「ATFの推計によると地下室でアマトール5トンを同時に爆破したようです。」

 

 コーシャとスタンに補足するようにスタンに協力して捜査していたROが爆破の状況を説明する。

 使用されたのは低感度爆薬のアマトール5トン、かなりの量であり同時に珍しかった。

 

「アマトール?なんでそんな骨董品みたいな爆薬を?」

 

 アマトールはとっくの昔、100年以上前にコンポジション爆薬に取って代わられた爆薬だ。

 そのコンポジション爆薬も現在では新開発の爆薬に取って代わられている。

 

「恐らく製造のしやすさだろうな、アンホよりは強力でTNTと同等の破壊力を持つ。

 その上製造も簡単な爆薬だ、下手に軍用規格の爆薬を使えば疑われるとか考えたんだろうな、だからアマトールを使ってドカンってしたわけだと思う。

 ついでに爆破すれば証拠隠滅になるし大概こんな風に木っ端微塵にぶっ飛ばせばある程度捜査したらそのまま放置して元の所有者に戻すだろ?

 捜査当局が全部片づける訳がないって算段だ」

 

 スタンはこう推測した。

 アマトールはあのTNTよりもさらに製造が楽な爆薬だ。

 今ではすっかり作ることは無くなったが湯煎で溶かしたTNTに硝酸アンモニウムを混ぜるだけで作れその上TNTが6割含まれていれば威力も殆ど変わらない、軍用爆薬を大量に使えば軍用爆薬を大量に有しているグリフィンにすぐに疑いの目が向くという事を見越してアマトールが選択されたのだろう。

 さらに木っ端微塵に破壊すれば証拠隠滅になるし例え残ってもここまで完全に建物を破壊すればある程度捜査してすぐに引き渡されるだろうという見込みもあったのだろう。

 彼の推理には説得力があった。

 

「成程な、賢いじゃないか」

 

「ですが、あの男は我々を見くびってますよ。」

 

「?」

 

 首をかしげるコーシャにROは画像を見せた。

それは爆破後に軍がUAVに積んだミリ波パッシブ撮像装置の画像だった。

 そこには瓦礫の下に小さな空洞が見て取れた。

 

「軍が撮影したミリ波パッシブ撮像装置の画像によれば爆破されたのは地下一階、ですがその下に空間があります。

 恐らく運び出せなかった重要物資はここに放り込んだんでしょうね、爆弾の真下ですからそう簡単に探せないと考えたんでしょう」

 

「今イサカが指揮して瓦礫を掘ってる。

 遅くとも2、3日以内には地下一階の床までたどり着く、そこで証拠が見つかればあの男を捕まえる。

 現時点で違法人形売買、人形虐待、違法薬物製造、崩壊液売買、米国に対するテロ、ざっと見積もって終身刑は確定だ」

 

「ロシアなら逮捕される前に消してるレベルだな」

 

 あの男の罪状を列挙する、現時点で5つの連邦犯罪が成立していた。

 その罪状を考えれば終身刑はくだらなかった、何せイタリア兵45名の殺害は米国内で起きた過去20年で一度に殺害された人数では最多だ、戦術人形の普及で重大犯罪が急激に減ったためかつてのような銃乱射事件など発生しなくなったからだ。

 

 




イタリアが怒り狂ってます。


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第33話

突然のほのぼの


 国連軍の基地には色々と設備がある。

 その中の一つが大食堂だ。

 軍隊というのは伝統的に食事に五月蠅い、何せ軍隊が反乱を起こす理由の最多の理由は飯だ。有名なポチョムキンも飯がクソ不味かったから水兵が反乱を起こした。

 基本的に大食堂は二つ、ここともう一つハラール食堂が用意されそちらは主にイスラム教徒が利用しこちらはそれ以外の人が主に使っていた。

 

「なあタバスコくれ」

 

「あいよ」

 

 ピザを食べているスペインから派遣された兵士に向かいの席で本を読んでいた米兵が持っていたタバスコを渡す、多国籍軍らしくこんな光景が日常だった。

 さらに言うとこの食堂を利用するのは何も軍だけではなかった。

 

「へぇードイツ出身なんですか」

 

「そうさ、ハンブルグ出身で親がIOPの工場で働いてた。

 その縁で人形の整備士になったんだ」

 

「ねえねえ!ドイツってどんなお菓子があるの!?」

 

 ある席ではドイツ連邦軍の人形整備士がグリフィンの人形のM14とFACと一緒に色々話していた。

 上層部ではグリフィンが潜在的脅威と認識され始めてる一方で現場はかなり融和的で国連軍司令部のソフィアの基地の人形は基地の施設を使うより国連軍の施設を借りる方が何もかもがいいので大挙して使っていた。

 国連軍の現場も「四六時中7割男だから少しでも女が欲しい」で女に飢えていた、お上の与り知らぬところで利害が一致したのだ。

 そして利用していたのは軍、グリフィンだけでなく国連軍契約企業の姿もあった。

 

『先程入ってきたニュースです、現地時間4月23日午前5時ごろ、紅海とインド洋の間にありますジブチとイエメンの間の海峡、バブ・エル・マンデブ海峡でジブチからアレクサンドリアに向かっていたオランダ海軍の練習艦デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンがエクソンモービルのタンカージョン・ロックフェラーと衝突したとのことです。

 詳細は不明ですがジョン・ロックフェラーでは火災が発生、デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェンは漂流中との情報があります。』

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

「オランダ海軍大変だな」

 

 前の席で米海軍建設工兵の将校たちの話し声を横目にガーランドは昼食を食べながら一人食堂でニュースを眺めていた。

 ニュースから流れるのは殆ど聞き覚えのない地名の場所で起きた船舶事故のニュース、テレビには事故が起きた場所の地図も映るがどんな場所かなどさっぱり知らない。

 

「隣いいか?」

 

「!」

 

 ぼうっと眺めていたら突然声をかけられて驚く。

 振り返るとどこかアジア人っぽい顔つきのアメリカ人が連れて立っていた。

 

「ど、どうぞ…」

 

「どうも」

 

 この数日の間に自律人形の元々のプログラムが効き始めたのか男性恐怖症も落ち着いてきた彼女だがやはり相応に苦手意識があった。

 だから否が応でも意識せざるを得なかった。

 

(ううん…早くどっかに行ってくれませんかね…)

 

 顔を出来る限り逸らしながらパパっと食べ終わって立ち去ろうとするがそんな彼女の前に缶のコーヒーが置かれた。

 

「いるか?」

 

「え?」

 

 ガーランドは素っ頓狂な声を出す、突然の事に驚きが隠せなかった。

 

「いや、コーヒー。」

 

「どうして私に?」

 

「ここ数日頑張ってるからな、そのちょっとしたご褒美だよ。

 言い忘れてたな、G&Kセキュリティのジェームズ・イシザキ、よろしくな、ガーランド」

 

 ガーランドに指揮官が名乗り右手を出す。

 彼女は遅れてゆっくりと手を出し握手した。

 

「よろしく、お願いします」

 

「ああ、君の事は色々聞いてるよ。

 敢えて聞くつもりはない、誰にだって聞かれたくない過去の事は一つか二つあるさ」

 

「そういうもの、なんでしょうか…」

 

「そんなものさ。他の子がもう他の軍人たちと仲良くなってる中君だけ孤立気味だろ?

 だから助けてくれないか?って言われてな、ついでに君とはちゃんとした挨拶もしてないし。」

 

 そう言って指揮官が笑う。

 釣られ彼女も笑った。

 

「そうでしたね」

 

「俺の話はこのぐらいで君の話を聞きたい、いいだろ?」

 

「え、つまらない話ばかりですけどいいですか?」

 

「構わんさ、あのタンカー事故よりは面白い。」

 

 意気投合したように二人は話し始めた。

 その様子を少し離れたところから見ている人たちがいた。

 

「ふぅ、よかったぁ…」

 

「カービンちゃん、心配してたもんね」

 

「あの指揮官がガーランドと気が合って良かったですわね」

 

「あいつ、気が合えば結構モテるタイプよ。

 話し上手で聞き上手、まあPMCだとあんまりいらないスキルだけど」

 

「そうですよね~軍事知識がある分いいですけど指揮を執れるかといえば私が指揮した方が1万倍マシレベルですし。

 平時の管理職がふさわしいですよね」

 

 見ていたのはM1カービンたちガーランドの仲間と指揮官と付き合いの長いワルサーとM14。

 カービンたちはガーランドが、M14達は指揮官がやらかさないか不安で見に来ていた。

 

「中々厳しい事言いますわね、指揮官なのですわよね?」

 

「指揮官って言っても雇われで軍経験なしって人ですよ?

 本来は管理職として入社したのに気がついたら指揮官やってたらしいですから」

 

 すっかり安心し本人が聞いてないのをいい事に色々と悪口を言っていた。

 ただ彼女らは失念していた、ガーランドはこれまで殆ど人から優しくされたことが無いという事を…

 

 

 

 

「それで連中言ったんですよ、人形様が偉そうにするなって」

 

「そりゃ酷いな」

 

「どこが酷いんですか?」

 

「人形は人間と全く同じ扱いを受けてる、人形だからって差別するのは人種差別に該当する。

 で、M4、それで?」

 

「殴りかかってきたんで取り押さえて警察に引き渡しましたよ。

 捕まえたグアルディア・シビルの人曰くこれで今月に入って200人目だって」

 

「拘置所足りてんのか?」

 

「足りてないからカリフォルニアとかネバダの刑務所に送っているらしいです。

 大変ですねぇ」

 

 数日後、オフィスでは指揮官とM4が世間話をしていた、ガーランドと一緒に。

 まるで昔からの知り合いのようにふるまう二人にM4が聞いた。

 

「ところで、何時から二人共仲良くなったんですか?」

 

「ここ数日だよ。お互い気が合った。」

 

「それに指揮官と一緒にいるとなぜか安心できるんです」

 

「そういう事ですか、フフ」

 

 何かを察したM4が微笑んだ。その意図が分からずガーランドは首をかしげる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「何でもありませんよ。

 指揮官、女の子を泣かせないようにしてくださいね?」

 

「そのぐらい分かってるよ。

 ワルサーにも同じこと言われたさ」

 

「分かってるなら…」

 

「まずは自覚してもらうのが先じゃないかな?

 全くモテる男はつらいぜ」

 

「あの、お二人何の話をしてるんですか?」

 

「なに、大したことじゃないよ。

 そうだ、そろそろ昼飯だが一緒に食うか?」

 

 ガーランドに聞かれると適当に話を誤魔化すと話を逸らす。

 時計を見ると正午を指していた。

 

「ご一緒してもいいですか?」

 

「いいぞ、M4は?」

 

「私は遠慮しておきます」

 

 国連軍による平和は長く続きそうだった。




特異点?MOD?10章?ハハ!俺には関係ねえ!

人形と人間の権利は全く同じでしかも法律は連邦法とカリフォルニア州法が適応されるから滅茶苦茶厳しいのでアホみたいな数が犯罪やらかして毎日捕まってます。
お陰で拘置所足りないので空のトラックに積んでカリフォルニアに送ってます。





某ポンコツ指揮官はフリー素材らしいので勝手にコラボしようかな…


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第34話

感想ください


 S-07地区、イタリア軍駐屯地

 この日、この駐屯地に8千人規模の大部隊が到着し整列していた。

 その部隊は特徴的な帽子と装備のアルピーニ、伝統の黒い羽をつけたベルサリエリ、最新鋭戦車を多数装備した戦車部隊、毛並みの違う軍服のサン・マルコ海兵旅団、まさに大部隊だった。

 

「大佐、全部隊到着しました。」

 

「分かった」

 

 この部隊を率いる女性の大佐が部下の陸軍少佐の報告に答える。

 そして振り返るとクロッラランツァに命令した。

 

「現時点でクロッラランツァ任務部隊は我が任務部隊エウジェニオ・ディ・サヴォイアの指揮下に入ってもらう」

 

「了解であります、グラツィアーニ大佐」

 

 クロッラランツァに命令した女の名はアンジェリカ・グラツィアーニ、かのリビアの屠殺者の親族でもある女だ。

 イタリア軍内部でも血気盛んな軍人であり有能な戦略家、机上演習でイタリア全土を3日で制圧した程の有能な軍人だ。

 そんな彼女に近くにいた将校が話しかけた。

 

「壮観な眺めですな、グラツィアーニ大佐」

 

「ここにいる兵士達は皆イタリアの盾であり矛です。

 正義の鉄槌を下すべくやってきた部隊だ」

 

「V部隊の異名に恥じない部隊のようだ」

 

 眺めていたのはコーシャ、国連軍司令部将校として状況の確認に来ていた。

 彼の言ったV部隊はこの部隊の異名である。

 Vが意味するのはヴィンチェレ(勝利)、ヴェンデッタ(復讐)、クソッタレのジェスチャー、イタリアが送り込んだ復讐の為の部隊だった。

 

「イタリア国民の願いは復讐と勝利です。

 我が国の誇りを傷つけた不逞の輩を神の名の下に成敗しなければ」

 

 非常に強い言葉で彼女は主張する。

 イタリア人である彼女も又例の事件に怒りを感じていた者の一人であった。

 すると、コーシャはある重要な情報を彼女に伝えた。

 

「ならばその復讐の機会は早々にやってきますよ。

 実は――」

 

 

 

 

 その数日前

 例の爆破された建物の捜索は佳境を迎えていた。

 

「気を付けて!そう、ゆっくりよ!」

 

「了解!」

 

 慎重に瓦礫を掘り進める重機にイサカが指示を出す。

 指示の通りに瓦礫を持ち上げると下からコンクリートの床が現れた。

 

「ビンゴ。スタン!」

 

「出たか!?」

 

「ビンゴよ!」

 

 イサカがすぐにスタンを呼ぶ。

 イサカの下にすぐ来たスタンは状況を確認すると人を集めた。

 そして作業員と捜査官の前で訓示を出した。

 

「よし、ここから掘り広げろ。

 どこかに扉か何かあるはずだ、見つけた奴には私が後でビールを奢ろう」

 

「それじゃあ、仕事開始よ!」

 

「「了解!」」

 

 イサカが手を叩くと作業を始める。

 それにイサカやスタンも交じりシャベルやツルハシ片手に瓦礫を掘り進める。

 作業はそれから数時間に及び日が落ちると作業用の照明を持ち出し照らしながら進める。

 数時間も作業を続ければ疲労という概念が薄い(一応連続使用制限はあるがそれでも最近は丸3、4日ぶっ通しで使わない限りは引っかからない)人形は兎も角成人男性でも体が堪え、現場の傍に建てられたテントの中で何人かがグロッキー状態になっていた。

 現場の疲労がピークに達し殆ど全員が眠気と疲労に苦しんでいた真夜中の少し前、ある捜査官がシャベルを入れた時、カキーンと金属がぶつかる音がした。

 

「ん?下に何かあるのか?」

 

 金属の残骸だと思い瓦礫を掘ると現れたのは金属製の大きなハンドルだった。

 その正体はすぐに思い至った。

 

「スタン!あったぞ!」

 

 捜査官が大声で叫ぶ、すると全員が作業を止めそちらを見た。

 

「何があった!ジョン!」

 

「ハンドルだ!下にハッチのような物もある!」

 

「分かった!お前ら!この周りだ!見てないで全員手伝え!」

 

 俄かにゴール地点が見えるとグロッキー状態だった捜査官もへとへとになっていた捜査官もやる気が出てきた。

 さっきまでの疲れは何処へやらとハンドルの周りを一斉に掘り始める。

 そして一時間かけて直径1m程のハッチを掘り出した。

 

「やっとだ。

 それじゃあ回すぞ」

 

 スタンの指示で数人の捜査官がハンドルを無理やり回す。

 金属が擦れる不快な音が響きロックが外れると数十キロもするであろうハッチをバールでこじ開け、懐中電灯で中を照らす。

 

「おい、見ろよ」

 

「ええ。宝の山ね」

 

 中にあったのは大量の麻薬と違法火器の数々だった。

 その量は見えるだけでも元DEA捜査官のスタンでさえ数回、それも全部カルテルのアジトを摘発した時ぐらいしかお目にかかれない程の量だった。

 

「ヤクだ。覚醒剤かヘロインか。

 どう思う?」

 

「そうね、これ全部売れば三回は一生遊んで暮らせるぐらいにはなるわ。」

 

「そうか。おい、DEAを呼んできてくれ。

 大量の麻薬が見つかった」

 

 本来人形関連犯罪を担当する彼にはこの量は対処不能だった。

 何せ推定で数トンはくだらない、その上ここにいる捜査官はDBIかFBI、どちらも麻薬犯罪はやらない事もないが専門外だ。

 そしてそこに更にいいニュースを持ってあるFBI捜査官がやってきた。

 

「スタン」

 

「どうした?」

 

「さっきクアンティコから瓦礫から回収した爆弾の破片の解析結果が届いた。」

 

「何?」

 

 捜査官が持って来たのは現場から早期に回収され精密検査の為米本土にあるFBIの研究所に送られた爆弾の破片の情報だった。

 彼はパソコンに届いた情報を見せる。

 それはグリフィンの関与を示唆する内容だった。

 

「ん?爆破装置はグリフィンが使ってる旧型の遠隔爆破装置?

 無線式で誤爆を防ぐためグリフィンのネットワークと連携している。」

 

「ああ、グリフィンのアルカード指揮官にこの爆破装置の事を聞いたら無線式爆破装置のハッキングを昔されたことがあったらしくそれ以来グリフィンのネットワークとリンクさせた無線式爆破装置しか使用しない取り決めになったらしい。

 それ以外の爆破装置も使えない事はないが他の無線式はセキュリティに問題があるから使わないそうだ。」

 

 FBIは事件後早期に現場から幾つかの爆弾の破片を発見、更に犠牲者の遺体や破壊され捻じ曲がった金属の隙間などに挟まっていた微細な爆弾の部品の破片と思しきものも回収され全てFBIの研究所に送られ解析された。

 その中でも注目されたのがいくつかの電子基板の破片、全て大きさは爪の半分かそれ以下という小さな破片だが誰が爆弾を作ったかという重大な証拠になる、多くの場合爆弾製造者は誰が爆弾を作ったか分かるように作っていると言われている。

 その基盤の破片をFBIは彼らが持つ膨大な量の世界中で発見された爆弾のデータベースと比較したが同一のものは一切見つからずCIAなどにも協力を要請してもなお見つからなかった。

 

 そこでFBIは非公式にグリフィンにグリフィンが持つ爆弾の情報を求めた。

 グリフィンは彼らが求める情報を提供、そしてその中に目当ての基盤があった。

 それがグリフィンが一般的に使用している旧式軍用無線式爆破装置だった。

 この爆破装置はグリフィンのシステムと接続されて初めて使用可能になるというかなり特殊だが同時にハッキングやジャミングに対して非常に強い爆破装置だった。

 

「今グリフィンに事件当夜のネットワークの通信記録を提出させてる。

 この記録がグリフィン本部での一括管理だから良かったよ。」

 

「そうか」

 

 スタンはにやりと笑った。

 だがその様子を眺めているドローンには気がつかなかった。

 

 

 

 

「クソ」

 

「で、どうしますか?ボス」

 

「妨害してブツを取り返せ。

 どんな手を使っても構わない、ただし足のつかない方法でな」

 

「分かりました」

 

 その頃、S-07地区の基地内で一人の男が映像を見ながら背後に座るスキンヘッドの男に指示を出す。

 すると男は闇の中へと消えて行った。

 指示を出した男の袖にはグリフィンのマークが付けられていた。




・アンジェリカ・グラツィアーニ
イタリア陸軍大佐。
有能なのだが軍内部でも最も血気盛んな軍人の一人。
グラツィアーニ将軍の親族


設定上人形には疲労という概念が薄いです。
連続使用時間制限って形で疲労はあるけどそれでも数日ぶっ通しで殆ど性能の低下が無く使える。
ついでにその利点として人形に重い対戦車ミサイルやロケット、予備弾役、医薬品、無線機を持たせて歩兵部隊に随伴運用する運用法もある。


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第35話

感想くれ


 コーシャとグラツィアーニが話し合っていた頃、爆破現場ではDEAの捜査官たちが集まり地下室から大量の麻薬を軍用トラックに積み替えていた。

 爆破現場は小さな街の外れであり片側と裏側は建物だったが正面ともう片側は空き地が広がっていた、そのため重機やトラックを簡単に持ち込めたのだ。

 

「ゆっくりだ、落とすなよ」

 

「スタン、こいつぁ久しぶりの大捕り物だな」

 

「ウィリー・プロも見るのは久しぶりか?」

 

「この量となると一昨年のプエルトリコ以来だ」

 

「あの事件か、アレクサンドリアでも話題になったよ。」

 

 スタンの隣に立っているのはDEAを率いるDEAの捜査官ウィリアム・プロヴェンザノ、通称ウィリー・プロ。

 スタンとはDEA時代からの知り合いというベテラン捜査官だ。

 

「だがこいつぁすげぇぞ。

 高品質のヘロインとメタンフェタミン、アンフェタミン、それにデソモルヒネ。

 あの悪名高いクロコダイルまであるぜ、いやぁ恐ろしい恐ろしい。」

 

 見つかった麻薬は一般的なヘロインや覚醒剤だけでなく恐ろしいデソモルヒネまで大量にあった。

 末端価格で天文学的数字になるのは確実な程の量だ。

 

「それで、あの男の逮捕は?」

 

「既にDEAから規制薬物法違反の容疑で逮捕状を請求した。

 明日の朝までにも正式に出される予定だ。

 ついでにFBIもさっき第一級殺人の容疑で逮捕状を請求したよ。

 DBIは?」

 

「人形の違法売買の記録の写しが見つかったが全部統治下に入る前の物ばかりだ。

 どうやら俺達の出番はないらしい。」

 

 スタンが言い切った。

 次の瞬間、開けた側からロケット弾の特徴的な蜂のような音が飛んでくると作業が終わり止められていた重機の傍に着弾し爆発した。

 そして銃撃が始まった。

 

「全員伏せろ!」

 

「クソ!」

 

 捜査官たちはすぐに重機やトラック、瓦礫の穴の中に隠れる。

 スタンとプロは拳銃を取り出し反撃するが全く届かない。

 その代わり警備のイタリア兵たちがアサルトライフルや軽機関銃で反撃し銃撃が弱まる。

 

「スタン!」

 

「イサカ!」

 

「プロ!」

 

「SPR、無事だったか」

 

 その間にイサカがDEA所属の戦術人形のSPRA3Gがやってきた。

 

「スタン、一体何が起きてるの?」

 

「さあな?多分あの男が雇ったクズ共だ。

 ロケット弾まで持ってるんだ相当ヤバい連中だぞ」

 

「プロ何やらかした」

 

「俺は何もしてねえぞ。お前の方じゃないか?」

 

「まあいい、連中に落とし前はつけさせるさ」

 

 SPRはトラックの陰から銃撃があった方を覗く、すると叫んだ。

 

「不味い!伏せろ!RPGだ!」

 

 彼女の叫びにスタンたちが一斉に伏せる。

 次の瞬間背後のトラックにロケット弾が直撃して爆発、積荷の麻薬の粉が小麦粉のようにぶちまけられる。

 

「ペッ!ペッ!おい、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないみたいだ。

 破片が頭を切った、全く痛みを感じないどころか妙に気分がいいが」

 

 ヘロインと覚醒剤とデソモルヒネの粉まみれになったスタンが聞くと隣にいたプロは頭を破片で切っていた。

 だが全く痛みを感じないどころか幸福感に溢れていた。

 

「大量の麻薬をぶちまけたんだ、俺もお前もラリるさ。

 SPR、イサカ、どうだ?」

 

「私は無事だ。奇跡的に無傷だ。」

 

「無事って言いたいけど、背中に破片が刺さったらしいわ。

 どう?」

 

 SPRとイサカの方を見るとSPRは無事だったがイサカはトラックの破片が背中に刺さっていた。

 イサカはスタンに背中を見せて傷を確認させた。

 

「ああ、大丈夫そうだ。

 皮膚パーツの下のケブラーで止まってる。」

 

「大丈夫か?嬢ちゃん?」

 

「女の子の裸を見たいのかしら?」

 

「あっち行け、プロ。」

 

「分かってる」

 

 プロを追い払うとスタンは背中に刺さった破片を強引に抜く。

 戦術人形の体はこの世界と違いイサカたちの世界では表面の生体皮膚パーツの下にポリエチレン繊維とセラミックによる防弾構造になっており人間と違い内部に防弾構造を仕込めるためライフル弾にも耐えられる程の防弾になっている。

 そのためトラックの破片程度ではさしたる損害は出ないのだ。

 

「一体どこの差し金だ?」

 

「あの男じゃないかしら?で、どうする?

 護衛のイタリア軍に任せる?」

 

「いや、いつも通りでやろう」

 

「了解」

 

 拳銃を構えるスタンにイサカは何をしたいか理解した。

 二人はイタリア兵たちに叫んだ。

 

「援護できるか!?」(イタリア語)

 

「前進するのか!?」(イタリア語)

 

「ああ!」(イタリア語)

 

「分かった、連中を火力で制圧する!

 俺の指示で前進しな!」(イタリア語)

 

 イタリア兵を率いる准尉はイタリア語で兵士達に指示を出す。

 するとある兵士が離れると無反動砲を持って来た。

 

「撃て!」

 

 無反動砲をぶっ放す、砲弾は襲撃者のいるあたりに着弾する。

 そこにイタリア兵たちは火力を集中、更に面食らったものの体勢を立て直したDBI、FBI、DEA捜査官たちも急いで装備のアサルトライフルを持ってくるとイタリア兵たちを援護する。

 突然の猛烈な反撃に敵は狼狽する。

 

「よし、今だ!前進!」

 

 その隙にイタリア兵たちが遮蔽物から飛び出し銃撃しながら前進する。

 それに続いてスタンとイサカも進む。

 突然のこの行動に敵は遂に崩壊し一部は武器を捨てて逃げ始める。

 

「逃げるな!」

 

「動くな!武器を捨てろ!」

 

 ヤリギン拳銃を取り出して逃げようとする男を撃とうとした男にスタンが拳銃を突きつける。

 そして銃を向けようとし、次の瞬間スタンが撃ち片手を吹き飛ばす。

 

「く」

 

「さあ、俺に従え。頭を吹き飛ばされたくなかったらな」

 

 拳銃を突きつけて脅す。

 周りの男たちも次々とイタリア兵と捜査官に銃を突きつけられて武器を捨て投降した。

 イタリア軍と連邦捜査機関はこの日13名の捕虜と25丁の未登録のアサルトライフル、5丁の拳銃、3丁のショットガン、5個のRPG、35個の手榴弾を捕獲した。

 

 

 

 

「それで、俺をどうするつもりだ?」

 

「どうするか?決まってるだろ?取り調べて、裁判所が訴追して、裁判やってムショだ。」

 

 数時間後、スタンが撃った男――襲撃した民兵たちのリーダー格らしい男――をスタンは基地内の取調室で取り調べていた。

 彼の容疑は人形及び連邦職員に対する第一級殺人未遂、即ち計画性を持ち他の犯罪の過程として人を故意に殺害しようとした容疑であった。

 

「拷問とかしねえのか?」

 

「はっ、拷問?俺達はアメリカ人だ、野蛮人じゃないぜ?

 アメリカって国は法治主義だ、さっき見せたミランダ警告もそうだ、何事も法律の範囲内でやる、それだけだ」

 

 スタンが返すと男は面食らったようだった。

 

「なら、政府にも…」

 

「犯罪人引き渡し条約が無いから引き渡さないさ。

 その代わりにこっち(アメリカ)の刑務所に服役してもらうが」

 

「なら、全部話そう。あんたらに恨みはないからな」

 

 向こうの政府に引き渡されず、そして拷問もされないと確認した男は突然素直になり自供を始めた。

 

「俺がお前らを襲撃したのはあそこに保管されてた麻薬を取り返すか滅却するよう指示を出されたからな」

 

「誰から?」

 

「直接じゃないがS-07のアンドラーシュって男だ。

 サーラシ・アンドラーシュ、知ってるだろ?」

 

「ああ」

 

「あいつから何とかして取り返すか全部破壊しろって、あの男の後方幕僚のオーレリアン・バタノイユって男が俺達を雇った。」

 

「オーレリアン・バタノイユ?」

 

 ある男の名前を出した。

 その名前に聞き覚えはなかった。

 

「後方幕僚のルーマニア人だ。スキンヘッドの男で日取りルーマニア訛りの英語を話す。

 こういう裏稼業は大体あいつが仕切ってる」

 

「そうか、ありがとう。

 だがいいのか?こんなに全部話して」

 

「どうせいいさ。あいつらはここにいる限り俺を殺せないだろ?」

 

「そうだ」

 

「なら恐れる物はないさ、アメリカに行けば俺は消えたも同然だし」

 

「そうか」

 

 それだけ言うと事情聴取は終わった。

 聴取室から出るとスタンはFBIに連絡した。

 

「アトウッド、俺だ。

 至急オーレリアン・バタノイユの逮捕状を請求してくれ。

 罪状は連邦職員及び人形に対する第一級殺人未遂。

 え?明日?分かった」

 

 そう言うと電話を切った。




・ウィリアム・プロヴェンザノ
DEA捜査官。通称ウィリー・プロ。
ベテランでスタンとは旧知の仲。
相棒はSPRA3G。
名前のモデルはジェノヴェーゼ一家の幹部だったアントニー・“トニー・プロ”・プロヴェンザノ

・オーレリアン・バタノイユ
S-07地区後方幕僚。スキンヘッド
ルーマニア人


真面目に人形って機械なんだから多少の防弾装備は内蔵できるよね?
外側防水にしたら中にケブラー仕込めるしケブラーとかポリエチレン繊維程度でも拳銃弾とかナイフぐらいなら防げるし。
次ぐらいでこの章終わる


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第36話

めっちゃ長くなった。


焔薙様の「それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!」からヤークトフントチームを勝手に借りました、申し訳ございません。(なお活躍しない)


「諸君、我々の同胞を殺害した連中に正義の鉄槌を下す時が来た」

 

 4月29日深夜、イタリア軍基地ではグラツィアーニが兵士達に語っていた。

 

「同胞を殺した連中に明日、我々は正義の鉄槌を下す。

 FBI、DEA、DBIの摘発に協力し基地の外側にピケットラインを作り逃げだそうとすれば我々が捕らえる。

 我々は支援役だ、だが正義はなされなければならない、例え世界が滅びようとも。

 正義は我らと共にあり、神は我らと共にある、恐れる物は何もない!

 相手は卑劣なテロリスト、容赦も恐れる物もない!」

 

 彼女の弁舌に兵士達の士気はうなぎのぼりだった。

 そんな中で誰かが呟いた。

 

Una mattina mi son svegliata(ある朝私は目覚めた)

 

「「 o bella, ciao!(さらば恋人よ ) bella,ciao!(さらば恋人よ ) bella,ciao!(さらば恋人よ ) ciao,ciao,ciao! (さらば、さらば、さらば)」」

 

 誰かが120年近く前のイタリアのパルチザンの歌、さらば恋人よの一節を呟くと兵士達は大合唱を始めた。

 

「「Una mattina mi son svegliata,(ある朝私は目覚めた)e ho trovato l'invasor.(そして侵略者を目にした)」」

 

 

 

 

 

O partigiano,(ああパルチザンよ) portami via,(私を連れて行ってくれ)

  o bella, ciao!(さらば恋人よ ) bella,ciao!(さらば恋人よ ) bella,ciao!(さらば恋人よ ) ciao,ciao,ciao! (さらば、さらば、さらば)

 

「スタン?何その歌?」

 

「イタリアの古い軍歌、さらば恋人よ、だ」

 

「不吉な名前ね」

 

「恋人と別れてパルチザンとして自由の為に戦いに向かう歌だよ。」

 

『こちら本部、各部隊状況を報告』

 

「こちらアレクサンドリア、正面ゲートでアーリントンと共に待機完了、いつでも突入可能」

 

 イサカと話していたスタンが無線のグラツィアーニに返事をする。

 二人は防弾チョッキをつけその後ろには完全装備のDBIの特殊部隊員、更に前には同じく完全装備のDEA特殊部隊員とウィリー・プロがいた。

 翌4月30日深夜、アンドラーシュの摘発作戦が開始された。

 作戦名は「ファントム・メナス」、見えざる脅威の意である。

 

 作戦はFBI、DEA、DBIだけでなくイタリア軍、米軍、グリフィンまで参加する作戦だった。

 イタリア軍としては復讐という目的が、米軍としても自国領域内での大規模な組織犯罪は看過できる事態ではなく、グリフィンに至っては配下勢力が暴走し国連軍を攻撃したのでその失点を補いたいという多分に政治的要素が絡んでいた。

 

 作戦は簡単であった、作戦開始としてグリフィン本部がS-07の基地の管理権を全て作戦開始と同時に作戦を指揮するイタリア軍司令部、コールサイン「ローマ」に移しセキュリティの解除と指揮権の剥奪、そして電気系統の遮断を行う、そこにDBI、DEAの合同部隊がサヴォイア竜騎兵連隊の火力支援の下正面ゲートを、裏口からはFBIが突入、更に屋上からフォルゴーレ旅団と派遣されるというグリフィン部隊がヘリボーン強襲を行い上階を制圧、下から来る警察部隊と共同で容疑者を確保する。

 また逃がした場合にはその外側にサンマルコ旅団とアルピーニ、ベルサリエリ部隊がピケットラインを作り確実に逮捕する、逮捕後は速やかにヘリに乗せられて本部のある基地を経由せず直接エドワーズに送られるとされた。

 だが…

 

 

 

 

『アーリントン、展開完了』

 

『フーヴァー1、射撃位置に展開完了、いつでもいけるよ』

 

『フーヴァー2、準備完了』

 

『サジッタリオ1、ポイントブラボー3まで4マイル』

 

『サジッタリオ2、同じくポイントブラボー3まで4マイル』

 

 作戦を指揮するイタリア軍司令部にDEA突入部隊コールサイン「アーリントン」、FBIの突入部隊コールサイン「フーヴァー1」、FBIの狙撃支援部隊「フーヴァー2」、屋上から突入するフォルゴーレ旅団コールサイン「サジッタリオ1」、「サジッタリオ2」の兵士達が報告する。

 グラツィアーニは最後にグリフィン部隊の動向を聞いた。

 

「グリフィンのクソッタレ共は?」

 

「それが…フライトプランが提出されずトランスポンダも切られてて離陸さえ確認できてないようです」

 

 連絡将校の米空軍将校が答える。

 グリフィン部隊コールサイン「ヤークトフント」の動向を確認しようとしたがそもそも現在管制空域に入ってるかどうかさえ把握できていなかった。

 その上フライトプランも提出されず管制承認も離陸連絡も受けていないためそもそも来ているかさえ不明だった。

 

「現在、ミューロックレイクタワーに今問い合わせ…」

 

 すると電話が鳴り空軍将校が電話を取る。

 

「はい、え?分かった、ウェイポイントエックスレイの北3マイルに低空飛行中の高速物体を一機、ミューロックレイクタワーがレーダーで捕捉、今スクランブルが出てます」

 

 連絡は管制センターから、レーダー上で低空を高速飛行する未確認の飛行物体を発見したという連絡だった。

 空軍はすぐにスクランブル発進し要撃していた。

 グラツィアーニはすると連絡要員として来ていたコーシャに聞いた。

 

「アーチポフ少佐は元パイロットだったな?

 なら航空規則については?」

 

「勿論知ってます、アメリカのもです。

 現在S地区は連邦航空局の制限空域、民間航空機は事前のフライトプラン提出とミューロックレイク管制空域の指示に従い特定の高度、ルートを特定周波数を使用してトランスポンダを常時起動した上で飛行するのが義務化されています。」

 

 S地区全体の航空行政は連邦航空法が施行され更にそこに連邦航空局(FAA)が安全上の理由から制限空域とされ民間機は飛行前のフライトプラン提出と指定の高度、指定の周波数、指定の航空路のみを使用することが義務化されていた。

 そしてグリフィンの機材は全て軍用登録ではなく民間登録とされていた。

 さらにFAAはグリフィンの機材の大半を整備不良として飛行停止命令を下していた。

 つまるところこの時点で連邦航空法違反である。

 

「ならば連邦航空法違反だ。

 グリフィンの駄犬の到着前に叩き潰せ、法も守れないバカ共の手助けなど不要だ」

 

「了解」

 

「作戦第一段階、開始。」

 

 グラツィアーニが作戦開始の号令を下す。

 すぐにコンソールを兵士達が操作する。

 

「基地のセキュリティ解除、指揮権剥奪、人形区画ドア閉鎖。」

 

「監視カメラ映像出ます」

 

 作戦室の大画面に基地内の全監視カメラの映像が映る。

 廊下、玄関、談話室、機械室、作戦室、ゲート、中庭、倉庫、あらゆる部分が映っていた。

 そしてそれなりの数のグリフィン所属ではない人間が映っていた。

 

「この連中は?」

 

「恐らく民兵と思われます。敵です」

 

 グラツィアーニにクロッラランツァが答える。

 民兵らしき人間は全員AKやAR-15系の武器を持ちそれなりの装備だった。

 

「分かった。出来る限り位置をマークしろ。

 情報は即座に突入部隊に連絡、連絡は密にしろ、同士討ちとなれば洒落にならない。

 これ以上の犠牲は世論が許さない」

 

「了解」

 

 データリンクシステムを使い兵士達は得られた情報を急いで各部隊に送り始める。

 

「情報送信完了」

 

「了解、では全部隊突入態勢。

 電気系統遮断」

 

 情報の送信が終わると電気系統の遮断を命じる。

 次の瞬間、基地の一切の電気系統が落とされた。

 

 

 

 

 

「なんだ!?」

 

 突然停電となりアンドラーシュは驚いていた。

 すぐに予備システムを動かそうとコンソールを動かすが表示されたのは「あなたにはアクセス権がありません」という文だけだった。

 

「クソ!何が起きてやがる!」

 

 コンソールを叩くがうんともすんとも言わないし画面が変わる訳でもなかった。

 そして突如ヘリの音がし始めた。

 急いで部屋を出て廊下の窓から外を見る、そこには二機のヘリが猛スピードで接近して来ていた。

 そして次の瞬間、正面ゲートが爆発した。

 

 

 

 

 

『目標破壊!』

 

 イタリア軍の装甲車がゲートを破壊する。

 そして戦闘が始まった。

 建物からは激しい銃撃が浴びせられDEAとDBIの突入部隊は正面ゲートの瓦礫を盾に銃撃戦になった。

 

「クソ!援護を求む!」

 

『こちらサジッタリオ2、了解。

 掃射する』

 

 釘付けになり動けないスタンは無線で援護を要請すると上空を旋回するヘリが降下すると搭載されたドアガンで一掃する。

 射撃が止むと大声で叫んだ。

 

「今だ!前進!」

 

 瓦礫から突入班は瓦礫を乗り越え建物に殺到、正面玄関を蹴破りエントランスから階段という階段で上に上がりドアを蹴破る。

 

「DBIだ!誰もいない!次!」

 

 誰もいないと分かると次の部屋へ

 

「DBIだ!」

 

 そしてまた次の部屋

 

「DBIだ!」

 

「ひ!」

 

「大丈夫だ、助けに来た。

 一名保護!」

 

 部屋の中にいた人形を助けるとその次の部屋へ

 

「DBIだ!」

 

「クソ!」

 

 部屋の中にいた男が銃を向けるが次の瞬間には穴だらけになった。

 一瞬の間に突入班は中にいた男が目的の男でない事を確認し射殺したのだ。

 

「次だ!」

 

 そして全く気にせず次の部屋へと取り掛かる。

 

 

 

 上階の階段を完全武装のイタリア兵が駆け降りる。

 そして階段から警戒して廊下に入ろうとした瞬間、弾がドアを掠める。

 

「クソ!」

 

 撃ったのはアンドラーシュ、持っていた拳銃で撃ったのだ。

 彼は逃げようともう片方の階段に急ぐが角から大勢の同じく完全武装のイタリア兵が現れる。

 

「動くな!イタリア軍だ!」

 

「こちらサジッタリオ1、目標発見!4階北西向き廊下」

 

「武器を降ろせ!」

 

 イタリア軍に対する返答は銃声と銃弾であり一発が一人のイタリア兵を倒しアンドラーシュは逃げる。

 

「クソ!上は何をやってる!」

 

 銃撃しながら執務室に入ると毒づいた。

 庇ってくれると思っていた上層部は何をやっているのか、拳銃をリロードしながら考える。

 だが誰もこのクソを庇う気などなくもはや破滅は目前であった。

 リロードが終わればドアから身を乗り出し両側のイタリア兵に発砲し手榴弾を投げる。

 

「グレネード!」

 

 イタリア兵は手榴弾に退避するか投げ返す。

 数秒後爆発し廊下の窓は全て割れガラスの破片で覆われた。

 

 

 

「なんだ!?」

 

「爆発だ!」

 

 下にいたスタンとイサカ、そして突入班の兵士数人が爆発に驚いた瞬間、背後のドアが開き男が飛び出した。

 

「な、動くな!」

 

 一瞬あっけにとられるがすぐに銃を向け追いかけると逆には撃ってきた。

 撃って来たのはスキンヘッドの男、例の後方幕僚に違いなかった。

 

「イサカ!あのハゲだ!」

 

「了解!」

 

 確認したスタンはイサカに任せる、イサカは飛び出すとバタノイユに向かって全力で走る。

 バタノイユはイサカに向かって撃つが効く様子はなくそして至近距離でショットガンで撃たれ、次の瞬間体中に電撃が走り倒れた。

 その隙にイサカは男の両手に手錠をかける。

 

「オーレリアン・バタノイユね?連邦職員及び人形に対する第一級殺人未遂の容疑で逮捕するわ。

 1、貴方には黙秘権があるわ、2、供述は裁判で不利な証拠として使われることもあるわ、3、貴方には弁護士を呼ぶ権利がある、4、もし自力で弁護士を雇えないなら公選弁護人をつけてもらう権利がある、いいわね?

 それじゃあ立ちなさいハゲ」

 

 バタノイユにイサカはミランダ警告を伝えると立たせ捜査官に身柄を預けた。

 

「お願いね」

 

「分かってます、ほら歩け。裁判所が待ってるぞ」

 

「クソ、ビッチが」

 

「黙れ、歩け」

 

 捜査官はバタノイユを黙らせ連行していった。

 

 

 

 

 

 上階では未だ銃撃戦が続いていた。

 アンドラーシュはアサルトライフルや手榴弾や拳銃で抵抗し一方のイタリア軍は逮捕が目的であるため迂闊に撃てなかった。

 かといって接近してスタングレネードを使おうにも近づけず膠着状態に陥りイタリア軍指揮官はFBIに援護を要請した。

 

「こちらサジッタリオ2、フーヴァー2応答せよ」

 

『はいはーい、こちらフーヴァー2。何かな?』

 

 FBIのM21がとぼけた口調で返事する。普段ならイラっと来るが状況が状況だけに誰も気にも留めない。

 

「そこからアンドラーシュの手を狙撃できるか?」

 

『難しいオーダーだねぇ、ま、出来ると思うよ』

 

「なら頼むよ」

 

『了解!』

 

 数秒後、部屋の中にいたアンドラーシュの叫び声と銃声が聞こえると数人の兵士が壁沿いに進み部屋の中に数発のスタングレネードを投げ込んだ。

 数秒後炸裂すると部屋の中に雪崩れ込み、耳と目がおかしくなりながらも抵抗しようとするアンドラーシュを押し倒した。

 

「アンドラーシュだな!貴様を崩壊液管理法違反等6つの連邦法違反と12の第一級殺人の容疑で逮捕する」

 

「く…」

 

 将校が逮捕を宣告した。

 

 

 

 

 

「くーっ、一仕事終わった後のドクターペッパーは最高だ」

 

「相変わらずね、スタン」

 

 一仕事が終わりスタンはドクターペッパーを飲む。

 銃撃戦が止み、人形たちは保護され捜査官たちが基地の家宅捜索を行う様子を眺めながら呟いた。

 

「これで終わりって訳じゃないが警告にはなるだろうな。

 これからはここはアメリカであり厳格な法が運用されるってことにな」

 

「上とか政治家たちにとっては遺恨が残って政治的にも不味い結果になったけど」

 

「そういうのは政治家の仕事さ。

 俺達は連邦法に違反した犯罪者たちを片っ端から捕まえて裁判所に送るのが仕事、正義はなされよ、よしや世界が滅ぶとも、だ」

 

「あー、終わっちゃった?」

 

「んあ?」

 

 突然後ろから声をかけられスタンとイサカは振り返る、そこには赤い出火時のデフォルト衣装を着たM21やイングラムなど数人の戦術人形がいた。

 

「あんたはFBIの…って訳じゃなさそうだな。

 どこの誰だ?グリフィンからの派遣か?」

 

 スタンは右手をホルスターにかけ警戒する。

 イサカも愛銃に手をかける。

 

「まあそんなところですよ、本当なら2時間前に到着したかったんですがねお宅の空軍が邪魔をして遅れたんですよ」

 

 イングラムが答える。

 

「連邦航空法無視して飛んだ方が悪いんだよ。

 残念ながら君らが望んだ仕事は終わったよ?今頃捜査官と鑑識が上から下までひっくり返してるさ。

 さあ帰れ帰れ、お前らに捜査権はないんだ、これ以上立ち入るなら不法侵入で逮捕するぞ」

 

 スタンの言葉に彼女達は引き下がった。

 二人の背後からは朝日が昇り始めていた。

 

 




・M21
FBIのSWATチーム所属戦術人形。
狙撃の腕は天才レベルでジョーク好き。
軍上がりではなくFBI一筋。


ヤークトフントチームを勝手に出すも連邦航空法違反をやらかし参加できず。
空は自由ではないんです、極めて厳格なルールと運用規則の下管理されているんです。
ついでに国連軍グリフィンを一切信用してない。

なおコールサインの由来は
フーヴァー:FBI初代長官J・E・フーヴァー
アーリントン:DEA本部の場所
アレクサンドリア:DBI本部の(設定上の)場所
サジッタリオ:サジタリウス(いて座)のイタリア語読み

政治的にグリフィンの立場が相当不味くなってます、国連や米国世論はこの後「グリフィンの影響力排除」を強く求める一方、政府側はグリフィンに「国連軍統治地域での影響力の維持拡大」を要求、国連軍自体は「グリフィンの影響力を可能ならば排除したいが現状そのような事をすればアフガンやイラクのような混乱を引き起こす可能性が高いのでまずは完全な統制の下に置き軍事的圧力をかける」って戦略を選択します。


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番外:День победы:勝利の日
スローターハウス5


勝手に本格的にP基地と絡む。なので番外
番外の題名はロシア軍歌「勝利の日」から
題名もカート・ヴォネガットのSF小説から


 グリフィン本部のある会議室で戦術人形の416が周囲を警戒する。

 

「で、そっちはどう?」

 

「まあ、いい感じよ?

 こんなザルなセキュリティじゃ泥棒さんが入りますよ~」

 

 会議室にはもう一人、グレーの髪の女性指揮官がパソコンをグリフィンのシステムに繋げて捜査していた。

 画面にはグリフィンの内部情報、特に人事ファイルや基地の構造図面、資金状況、治安状況、本部の人事査定等々が映し出される。

 

「ほーう、宝の山ね。それじゃあ、根こそぎ持っていきましょうか。

 あんた達に恨みはないけどこっちもこれで飯食ってるからね~」

 

 彼女はキーボードを叩く、すると画面には「ファイルをダウンロードしますか?」という表示が現れ迷いなく「Yes」を選択する。

 画面がダウンロード画面に代わりダウンロードが始まり、20秒ほどで全てダウンロードされるとすぐにパソコンの電源を落として画面を倒す。

 

「怪盗参上っとお宅のお宝は全部盗んでいきましたよ~っと」

 

「それじゃあ」

 

「そ、さっさとトンずらして帰るわよ416」

 

「了解、アーシア・ポトマック指揮官」

 

 二人は部屋から出ると何事もなくセキュリティチェックをすり抜け本部を後にする。

 グリフィンの誰も、彼女らがアメリカ政府と国連の要請でCIAが動かした404小隊だとは疑いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁああ…暇、ですわね。」

 

 Stg44が大きく欠伸をする。

 国連軍司令部のある基地の正面ゲートで弾を7.62×33クルツから5.56ミリNATO弾に替える改造に始まり、ピカティニーレールの追加、光学サイトの追加、ハンドガードの追加、材質変更等々の大改造でもはや原型が怪しいレベルの愛銃を肩から掛けながら彼女は仕事の警備に就いていたがとにかく暇だった。

 

「だねぇ…」

 

 彼女のボヤキに隣にいたSASSも同調する。

 戦闘もなければ事件もなく毎日2時間ごとに軍の兵士や仲間の人形と交代でこうやって警備任務に就くが暇だった。

 

「暇がいいのでしょうけど…」

 

「何か物足りないですよね~これ本当に私達の仕事なんでしょうか?」

 

 グリフィンとの大きな仕事の違いに戸惑っていた。

 何せ彼らの仕事は戦闘でもなければ治安維持でもない警備だ。

 毎日毎日同じ時間にこうして立っているのとたまにある身辺警護などが仕事なのだ。

 

「新入り!時間だぞ!」

 

「二人共時間よ、残業代が欲しいならそこにいてもいいけどね」

 

 背後から人を小ばかにしたような声と落ち着いた女性の声が聞こえた。

 振り返ると交代のG&KのXM8とPx4が来ていた。

 

「ああ、もう交代の時間ですの?」

 

「そっか、もう3時か」

 

 SASSが腕時計を見ると5月8日の午後3時を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の基地の空気感はいつもとは少し違っていた。

 なぜか廊下にはオレンジと黒のリボンが飾り付けられ兵士達、特に東欧各国や中央アジア各国から来た兵士達や人形はウキウキしていた。

 その様子を見てコーシャはあの季節が来たことを実感していた。

 

「ああ、もう勝利の日か」

 

「ご主人様、お忘れでしたか?

 それはロシア軍人として如何なものでしょうか?」

 

 隣を歩くG36が訊ねる。

 

「中々痛烈な皮肉だね、君の祖国を灰にした戦争の勝利だからすごく微妙な感情は分かるよ。

 だけどこの日を忘れるわけないさ、軍人として以上に一ロシア人としてね」

 

「ご主人様、私の祖国は今はロシアです。

 ですので遠慮は結構です」

 

「そうだったね、明日は祝うべき日、勝利の日だ。

 久しぶりに二人で飲もうじゃないか」

 

「ご主人様、それでは翌日の勤務に支障が生じます」

 

「大丈夫だよ、明日は一日休暇にしてある。

 だから…」

 

 G36に一緒に飲もうと言いかけたが続きはかき消された。

 

「アーチポフ少佐!」

 

「なんだ?」

 

 突然司令部付きのアイルランド軍の将校が呼び止めたのだ。

 いいところを邪魔されたコーシャは不満に思いながらも用件を聞く。

 

「大将がお呼びです」

 

「分かった」

 

 さっきまで浮かれ気分を仕事のモードに切り替えるとアイルランド軍将校と一緒に作戦室へと向かった。

 そして十分後、帰ってきた時面倒な事を頼まれたような顔をしていた。

 

「はぁ、面倒な事押し付けやがって」

 

「ご主人様?」

 

「いや、何でもない。兎に角、ジムに連絡して人を集めてほしい。

 スローターハウス5の抜き打ち監査だ」

 

 G36に頼むと頭を掻きながらタブレットで書類を確認しながら歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

「おい、それは早く言えよ、たく。

 こっちだって事情ってのがあるんだ、人が欲しけりゃ一週間前に言ってもらわないと」

 

 コーヒーを飲みながら指揮官は目の前の仲のいいロシア空軍少佐を睨みつける。

 口の中に広がる大好物のコナコーヒーで作ったカフェオレの味も彼の不満を鎮めるには不十分だった。

 

「俺だって30分前に指示されたんだ。

 とにかく腕利きの人形多数と連邦政府の法執行官とジムを連れて明日の1000時にスローターハウス5の抜き打ち監査をしろが上からの命令だ。

 明日は折角の勝利の日で休暇だったんだ」

 

 それ以上に不満をぶちまけていたのは普段は温厚で冷静なコーシャだった。

 彼の怒りはシンプルに休暇を潰されたことだった。

 明日はロシアだけでなく東欧諸国、中央アジア諸国にとっては建国記念日やクリスマスに次ぐ大事な日、勝利の日、正確に言えば対独戦勝記念日である。

 その日に合わせて彼は休暇を取り、そして潰されたのだ、怒り狂って当然だ。

 

「ハハ、それが世の中さ。

 カリーナ、明日動かせる奴っているか?」

 

 後ろにいたカリーナに聞く。

 彼女は持っているタブレットで全員のスケジュールを確認する。

 

「えーと、明日非番なのはAR小隊、SVD、SV-98、M1ガーランド、M1カービンですね。

 あとM14さんは自由に動かせますし」

 

「ってことは戦闘要員は9人?」

 

「数合わせでワルサーさんも」

 

 非番だった人形全員を集めれば十分な数が用意できた。

 ジムはコーシャに確認する。

 

「それでいい、これでいいか?」

 

「十分だ。いざとなれば自衛できるだけの人員がいる。」

 

「なら大丈夫だ、元レンジャーにフォースリーコン、空挺軍だぞ」

 

「質は十分だな」

 

 コーシャは十分な人員を確保できたと確信していた。

 しかしながら指揮官にはある疑問が生まれる。

 

「しかし、そのスローターハウス5ってのはどんなグリフィンの基地だ?

 こんな大層な装備がいる基地なんて聞いたことがない」

 

 第5屠畜場なる基地は聞いたこともなかった、一応全ての基地に識別コードとして色々な名前が振られゲート基地のケッセルやS-07基地のサンタンジェロ、この基地にもコルサントの名前が振られている。

 コーシャはもったいぶった口調で説明する。

 

「まあ、一言で説明するならいつの間にか首元に突き付けられていたナイフだ。

 つい先日まで書類上はグリフィンが有する一施設だった、だが最近になりその実態が分かった。

 極めて強力かつ大規模な兵力を有し極めて優秀な指揮官と人形からなる基地だ。

 しかも不思議な事に書類上の扱いはただのレーダー施設、これがどれだけ重要な事か分かるか?」

 

 首元にいつの間にか突き付けられていたナイフ、それがその基地だった。

 グリフィンから渡された書類上はただのレーダー基地、そしてその書類通りの施設だと思われていたがつい最近になりその実態が分かった、それはまさに喉元に突き付けられたナイフだった。

 

「グリフィンが我々を欺いて大兵力を展開できる体制を整えていた、ってところか?」

 

「そういう事だ。その上場所は南西に25キロ行ったところにあるガーデン近郊だ。

 あの町は重要な街道が通り別の街道が合流するチョークポイント、もしもガーデンを抑えられれば大変だ。

 その上25キロという距離は…」

 

「重砲やロケットで狙う事が可能。ヘリによる強襲も簡単だ」

 

「そういう事だ。

 首元にナイフを押し付けられているのと同じだ」

 

 最も重要な要素は位置だった。

 位置は南西に僅か25キロ、今時の重砲どころか2世代前の火砲でも簡単に狙える距離だ。

 その上近隣にあるガーデンという町は交通の要衝、なぜこんな警戒する要素しかない基地を今まで見逃してきたか不思議なレベルだった。

 

「なるほどそれでその基地を抜き打ち監査するのか」

 

「ああ、()()()()ただのレーダー基地だ。下手な事は出来ない。

 一応協定で管理下に置けるのは人員が配置された通常の基地のみ、共同管理は各種物資集積所だけ。

 レーダー基地はあくまで指定の7か所のみ共同管理、それ以外は定期的な監査と毎月の報告だけ。

 相当ザルだが政治的妥協だ、その妥協で苦労するのは現場だが」

 

 不満を漏らす、政治に縛られるためある程度の軍事的脅威を黙認しなければならない軍人たちを代表するような言葉に指揮官も同情する。

 

「軍は政治に隷属するからなぁ、肩身が狭いねぇ。俺は民間人だが」

 

「そうだな、それじゃあそろそろ行くよ。」

 

 壁掛け時計を確認したコーシャがコーヒーを一気飲みすると立ち上がり手を伸ばし握手する。

 

「邪魔したな、今度一杯奢るぞ」

 

「なに、仕事だからな。

 その代わりにおたくらにきっちり料金は請求させていただきますぜ」

 

「シャイロック気取りか?」

 

「商売人はみんなシャイロックさ」

 

 指揮官の言葉に二人共笑うとコーシャは出て行った。

 そして渡されたスローターハウス5の資料を指揮官は読み始めた。

 

「ふーん、スローターハウス5、正式名グリフィン&クルーガー社S09地区P基地。

 責任者、ユノ・ヴァルター、女性、17歳?ガキか?なんでガキが戦争なんかやってるんだ。

 戦争は大人の仕事だぞ」

 

 




・XM8
G&Kの人形。工場直送なので軍隊経験はない

・Px4
G&Kの人形。こちらは元イタリア財務警察所属。

一応指揮官の装備はM27IARにストーガー・クーガー(9ミリパラベラムモデル)だけどあんまり使わないし射撃も苦手なので普段は小型拳銃のベレッタM950(.22LR弾モデル)を持ち歩いてる。


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軍人と日溜まり

のほほん能天気指揮官
   VS
名門軍人一家出身エリート軍事官僚ロシア空軍軍人&大手PMCの政治センスは抜群な幹部&AR小隊最後のメンバーにして堅物警察官僚


 翌日、コーシャらは数台のロシア軍の装甲車に分乗してガーデン近郊の道路を進みP基地の正面ゲート前に到着した。

 

「ここがスローターハウス5?」

 

「ああ、全員警戒しろ」

 

 コーシャが一言言う。

 一行の構成はコーシャとG&K社の他にロシア軍のドライバー、そして連邦政府の代表者としてRoもいた。

 

「それじゃあ行きましょうか、少佐殿」

 

「そうだな、ジム、頼んだぞ」

 

 Roが隣に座るコーシャに話しかけコーシャが後ろの席に座る指揮官に言う。

 そして指揮官が今度は隣に座るM14に言う。

 

「それじゃあお仕事の時間だ、頼んだよ」

 

「了解です!こちらバリー・フォージ、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、バンカーヒル各隊展開」

 

 指揮官の指示に後ろに座るM14が無線で指示を出し車から降りる。

 同時の他の車からも人形たちが降り周囲を警戒する。

 それに遠巻きで様子を見ていた人形たちが反応し警戒しながら近づいてくるのが見えた。

 その様子を見てからコーシャとRoが降りる。

 

「おい!誰かいるか!」

 

「何の用かしら?」

 

「名乗ってくれませんと通すわけにはいきません。

 それと、AR小隊がなぜあなた達の一緒に?」

 

 警備の人形らしいOts-14グローザとM950が現れ訊ねるとコーシャは軍服の胸のポケットから一枚の書類を取り出しRoもIDカードを取り出した。

 

「私はシークレットサービスの捜査官のRo635だ。

 これよりエドワーズ合意に基づく基地の監査を行う」

 

「私は国連軍司令部付きのロシア空軍少佐のアーチポフだ。

 これよりこの基地を監査する、これが書類だ。

 今すぐゲートを開け責任者を出せ」

 

「もし、いやだと言ったらどうなるのかしら?」

 

「その場合我々は国連憲章第51条を行使する。

 君らが国連憲章を知っているかどうかは知らないが」

 

 グローザの質問にコーシャは国連憲章のある条を持ち出した。

 第51条に書かれているのは国家による個別的自衛権及び集団的自衛権の権利、つまり自衛権に基づく武力行使を示唆した。

 だが軍人や政治家ならある程度は知っているこの章を彼女らが知る訳がない。

 

「あの、もう少しわかりやすく言ってくれませんか?」

 

「そうだな、分かりやすく言えば自衛権を行使し安全保障上許される最低限度の武力行使を行う。

 だから今すぐ責任者と面会し監査を行わなければ君らは我々に対して攻撃しようとしていると判断する」

 

 分かりやすい言葉で脅しをかける。

 あえて脅しをかけることで今後の話し合いを上手く行かせようと考えていた。

 

「分かったわ、まずは指揮官に確認してみるわ。

 見てて頂戴」

 

「分かりました」

 

 グローザは指揮官に問い合わせるため少し離れる。

 その代わりにM590がショットガンを持ち睨みつける。

 その様子にコーシャも警戒し腰の拳銃――いつものマカロフではなくロシア製の極めて強力な至近距離ならボディーアーマーをぶち抜けるリボルバーOts-20グノム――に手をかけ、Roも同じく腰のグロック26のホルスターに手を置く。

 一触即発のこの状況はグローザが戻ってくるまで続いた。

 

「指揮官が通すようにって、今ゲートを開けるから待ってくれるかしら」

 

「それはそれは、ありがたい」

 

 コーシャが礼を言いゲートが開けられた。

 

 

 

 

 

「一体監査とは何なんじゃ?」

 

「どんな人が来るんだろ…」

 

 基地の玄関で指揮官のユノと副官のナガン、そして専属メイドのG36は心配そうに待っていた。

 そこへ数台のロシアングリーンの車が現れ停車した。

 ドアが開き青い軍服を着た男が降りてきた。

 

「君がヴァルター指揮官だね?」

 

 やや訛りのある英語で訊ねた。

 

「は、はい!ユノ・ヴァルターです」

 

「ズドラーストヴィーチェ、私はロシア連邦空軍所属国連軍司令部付きのコンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフ少佐だ。

 今日はよろしく頼む」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

 握手している間に同じ車からさらにもう一人ワイシャツの上から防弾チョッキと装備をつけ肩からM27をかけた男と見慣れたはずの人物が現れる。

 

「Ro?なぜそなたそこにいるんじゃ?」

 

「恐らく別の人形ですよ、私はシークレットサービスの捜査官のRo635です。

 今日は連邦政府の法執行官として来ました。」

 

「そちらの方は?」

 

「俺はG&Kセキュリティミューロックレイク特別支局副支局長のジェームズ・イシザキだ。

 今回はアーチポフ少佐の警護で来た」

 

 Roと指揮官がそれぞれ自己紹介した。

 だが一方のユノはどうも緊張している様子だった。

 

「どうした?テロリストも名前を聞くだけで逃げ出すこわーいロシア空軍の軍人さんが現れて緊張してるのか?」

 

「い、いえ…そういうわけでは」

 

「ふーん、まあいい。

 ヴァルター指揮官、俺の部下も来ているんだが部下に警護の為基地内を探索させてもよろしいか?」

 

「なぜ必要なんじゃ?」

 

 ナガンが聞き返す。

 明らかに警戒した口調だった。

 

「警備の都合だ、警備の。

 こちらとしても何かあって客に死なれたら困るんですよ、分かります?

 どの業界も商売ってのは信用ですからね。」

 

「なら構いませんよ」

 

「ありがとうございますね、よーし、各隊仕事の時間だ」

 

 ユノが許可を出すと車から部下の人形たちが降りてきた。

 ユノの注意がそちらにそれる。

 

「どうかしたか?俺の部下に何か?」

 

「い、いえ…なんだか全然違う気がして。」

 

 ユノの言葉に指揮官は首をかしげる。

 そのやり取りを気にせず離れたところでM14が各隊割り振っていた。

 

「ではバンカーヒルは指揮官たちの護衛、レキシントンが外周を右回り、サラトガが外周左回り、ヨークタウンとバリーフォージがその他建物と中庭。

 いいですね?」

 

「「了解」」

 

「では、見逃しのないようにお願いしますね」

 

 各隊バラバラに行動を始めた。

 

 

 

 

 

「本日は協力感謝する、ミスヴァルター。」

 

 数十分後、基地の一室でコーシャ、RO、指揮官、ワルサー、ガーランド、ユノ、ナガン、コーシャの持っている方のG36姉妹とP基地のG36が話し合いを始めた。

 

「最初に私達についてどのように聞いてますか?」

 

「えっと、違う世界の人たちで国連軍?って組織の人たちでこれからはグリフィンに変わって統治するって聞きました」

 

「その通りだ、正確には米国政府の委託を受けた国連軍であって法的にはアメリカ合衆国カリフォルニア州ミューロックレイク特別行政区だ。

 なのでこの地域には米国の連邦法とカリフォルニア州法の両方が適応される。

 こう理解して欲しい」

 

 コーシャは丁寧にジェスチャーを交え訛りのある英語で事情を説明する。

 彼女もその説明を理解しているようだった。

 聞いていたナガンも説明を聞いて納得し目的にも思い至った。

 

「成程な、それで法的要件とかを」

 

「そういう事です。

 ですので収支報告書、保有している又は管理している全火器のリスト、全人員のリスト、基地の簡単な図面、航空機を保有又は管理している場合はその航空日誌を提出してただけないでしょうか?」

 

「収支報告書?航空日誌?火器のリスト?」

 

 ユノは大混乱していた。

 ROが早口で各種用語をまくしたて久しぶりにオーバフローしかけていた。

 

「ええ、収支報告書は脱税やマネーロンダリング、その他金融犯罪の可能性の調査、火器に関しては現在この地域では連邦法に基づく銃規制とカリフォルニア州法に基づく銃規制がなされている。

 そのためアサルトウェポン法やNFA規制火器、銃安全法などがあるので」

 

 コーシャが事情を説明する、カリフォルニア州はアメリカの中でも銃規制のやや強い州だ、だからその規制があるのだ。

 その上つい先日基地が犯罪組織と結託し各種金融犯罪に手を染めていたことも発覚している、少なくともアメリカ世論はこの件からグリフィンに対して厳しい目で見ていた。

 

「一応もし違反すればユノさんも責任者として訴追されます」

 

「訴追?」

 

「裁判にかけられるってことだ」

 

 ジムが分かりやすく説明した途端、驚き立ち上がった。

 

「さ、裁判!?」

 

「お嬢様を、ですか!?」

 

「まあ少なくとも君はまだ17だろ?

 刑務所には入らないだろうが少年院送りになる、もちろん、犯罪を犯していたらね?」

 

「それとだが、一応訴追されるのは今年の4月以降の犯罪だけだぞ。

 法の不遡及って原則だ」

 

 何とかコーシャとジムがなだめる。

 パニックになっていたユノも落ち着き始める。

 

「そうだよね、犯罪を犯してなかったら…どうしようおばあちゃん!」

 

「落ち着くんじゃ、まずはその言ったものを提出すればいいんじゃろ?」

 

 ナガンに泣きつくが一方のナガンは冷静だった。

 

「そうです、それをここで調査した上で問題が無ければそれで終わり、火器類はまずは登録です。」

 

「航空機に関しても当面は飛行禁止ですが整備状態の調査で問題が起きなければFAAが登録するはずです。

 いつになるかは言えませんがそれほどかからないと思いますよ?」

 

「分かった、今すぐ持ってこさせよう」

 

「助かります」

 

 コーシャは含みのある笑顔で微笑んだ。




アサルトウェポン法とNFA規制火器は実際にある法律だけど銃安全法はオリジナルの連邦法。
「銃を安全に扱うため」の法律で基準未満の安全装置しかない銃の取り扱いや流通を規制する他低品質弾薬や銃を市場や市井から排除する法律として制定、表向き「より銃を安全に扱い、尚且つ安全な銃のみを市場に流通させる」を目的としているせいでNRAも強く言い出せない(言ったらそれはそれで銃の安全性を蔑ろにするつもりかってなる)法律。


コールサインは二人一組で
M14・カービン組:バリーフォージ(独立戦争中の大陸軍の本営のあった場所)
M4・AR-15組:レキシントン(独立戦争最初の戦いのレキシントン・コンコードの戦い)
SOP・M16組:サラトガ(サラトガの戦いから)
SVD・SV-98組:ヨークタウン(ヨークタウンの戦いから)
ガーランド・ワルサー組:バンカーヒル(バンカーヒルの戦いから)

当作世界のMODは「外部メーカーのサードパティによる改造」と「IOPまたは製造メーカーによる最新生産型のパーツのレトロフィット」のどちらか。
一応ドルフロ世界レベルのMOD3相当改修なら「ナガンで2000ドル、LWMMGなら6000ドルから。なお一部は保険適応又は製造メーカーのサービス改修、ローン払い可」からやれます。(つまりちょっと愛があるオーナーなら車のチューニングの如く弄れる)
というかそもそも素でMODより技術力の差で性能がいい

叛逆小隊は一応ロシアの国家親衛隊所属の大統領直属対テロ人形部隊。ウロボロスもいる。
製造メーカーも一応カラシニコフ系の会社製で量産品。所属してるのはその中でも優秀だった個体。


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ドッペルゲンガー

エイブラムスとか今の世界で最先端の兵器ってこの時代だと全部骨董品だよな


「航空日誌は…飛行時間がトータル1312時間、整備状態は良好。

 収支報告は?」

 

「そうですね…読んだ感じ問題はないですね。」

 

 コーシャとRoは航空日誌と収支報告書を読み込みながら確認していた、今の所は何も問題はなくこのままならば完全なシロである。

 その隣で指揮官は火器リストを確認する。

 

「火器リストだが、なんでエイブラムスが?

 撃って楽しむのか?時々戦車持ってる民間人いるが」

 

「その…戦闘用です」

 

 指揮官が火器のリストに載っているエイブラムス戦車の事を聞きユノが答える。

 

「劣化ウラン製の棺桶?」

 

「もうちょっと他に言い方あるでしょ」

 

「リフォージャーに参加してた戦車だぞ?」

 

「骨董品じゃない」

 

 当たり前だがエイブラムスはこの時代なら本来は骨董品の様な戦車だ、何せ菱形戦車で湾岸戦争に参加するのと同じようなものだ。

 それほど古いのだ。そしてそれを実戦で使うなどまさに棺桶でしかない。

 

「リフォージャー?」

 

「知らないのか?安全保障にかかわるんだから少しは勉強したらどうだ?」

 

「冷戦期にNATOがドイツでやっていた大規模演習よ。

 "from REturn of FORces to GERmany(ドイツへの軍の帰還)のアクロニムでREFORGER」

 

 リフォージャー演習を知らないユノに二人が解説する。

 

「知りませんでした」

 

「歴史と戦史は勉強しておいた方がいい、戦争は古代のトロイ戦争から今まで本質は何一つ変わってない。

 ザマとカンネーのハンニバルとスキピオは今でも有効だ」

 

 書類を確認しながらコーシャがアドバイスする、彼はこの中では唯一の職業軍人であり高度な軍事作戦の教育を受けているからこそ過去を知ることの重要性を知っていた。

 

 

 

 

 

 

「本当に何もないわね、これやる意味あったのかしら?」

 

「念には念をですよ、石橋は叩きすぎる方がいいんですよ」

 

「分かってるわよそのぐらい、臆病も一つの才能だって」

 

 AR-15とM4は基地の外周を回っていたが特に何もなく平和そのものだった。

 

「それにしても何で農地が?」

 

「ラバウルの日本軍でしょうか?」

 

「随分古い例を引き合いに出すわね、ここってコロラドだったかしら。」

 

「カリフォルニア、かどうかも怪しい」

 

「その先は入らないでください!」

 

 隣に広がる農地を眺めながら歩いていると大声で注意された。

 

「え?ああ、畑ね」

 

「すいません」

 

「その先は休耕地ですので気を付けてください。

 えっと、AR小隊…ではないですよね?」

 

「半分当たってるわ。異世界のAR小隊よ。

 AR-15とM4よ」

 

「P‐38です、よろしくお願いしますね。

 一応スリーピースって言うグループでアイドル活動もしているのでぜひ今度聞きに来てください」

 

「機会があったら行ってみるわ、よろしく」

 

 注意してきた人形のP‐38とM4が握手すると畑の事を聞いた。

 

「この畑は貴方たちが?」

 

「はい、私達みんなで育ててるんです!」

 

「へぇ、何育ててるの?」

 

「小麦とか野菜とかお米とかですね」

 

「この世界だと食料事情厳しいものね。

 こっちの世界じゃ農業技術が進みすぎて世界中で供給過多になり価格崩壊起こしてるし」

 

「やはり、違うんですね」

 

「ええ、農業の知識はあまりないですけどね」

 

 M4達の世界では一時期農業生産技術が需要を超過してしまい世界中で穀物を筆頭に農作物の供給過多、それから始まる価格崩壊、穀物メジャーが次々と倒産する異常事態が起きていた。

 世界中のインフラ自体も一緒に進化したためもはや飢饉なんてものは過去の遺物となったのだが逆に世界中で人口を抑えていたキャップが外れ発展途上国、特に新興国を中心に人口爆発が始まりつつあったがそれでもまだ世界的に食料が余っていた、その量は推計でアメリカ国民全員を一年養える程の量である。

 そのため農業界は食料の放出先を求め、一方のこちらの世界では食料は常に不足、ここに目をつけた農業界はアメリカ政府に対して早急に在庫穀物等の売却を要求しロビー活動が始まっていた。

 

「20年前は小麦1ブッシェル6ドルだったらしいけど今や小麦1ブッシェル2ドル半でこんなに下落したら先物取引で儲けられない~ってうちの後方幕僚のカリーナって言うのが愚痴ってたわよ。」

 

「カリーナさんもいるんですか?」

 

 AR-15はつい最近まで小麦の先物取引に悩まされていた後方幕僚の話を出した。

 その名前をP‐38は知っていた。

 

「いますよ、ここにもいるんですか?」

 

「はい、色々手伝ってもらってます」

 

「私達のところのカリーナさんはまあ、投資家?なんですかね?」

 

「拝金主義者だと思うわよ、あいつ」

 

「まあ、そんな人です」

 

「そこは変わらないんですね」

 

 この世界のカリーナも守銭奴の拝金主義者だというところには変化がなかった。

 

 

 

 

 

「全く、勝利の日だっていうのになぜ仕事なんだ」

 

「全くですよね、海軍時代なら海の上でもどんちゃん騒ぎしたんですけど」

 

「空挺軍は基地内でも大騒ぎだ」

 

「8月2日を基地内で再現してるんですか?」

 

「そんなに嫌いか?あの日」

 

「その日にウラジオストクに上陸してて海軍兵と空挺兵の乱闘に巻き込まれたことがあるんですよ。

 何で毎年毎年酔った空挺兵が所かまわず噴水に飛び込んで大暴れしてるんですか」

 

 98がSVDに毎年毎年大暴れして全ロシアの全警察官を憂鬱にさせる日である8月2日の空挺軍の日の事を愚痴りながら基地内を歩いていた。

 二人共ロシア出身、5月9日を派手に祝うタイプの人形でついでにSVDは8月2日も派手に祝う空挺軍出身だ。

 

「そんなこと言われてもなぁ、ん?」

 

 ふと、何故か質素ながら協会があることに気がついた。

 

「教会ですね、宗派はどこなのでしょうか?」

 

「まあ覗いてみるか、正教会なら一回祈ればいい。

 それ以外なら見学だけだ」

 

 そこにどんな危険人物がいるかなど考えず二人は教会のドアを開いた。

 覗けば真ん中に祭壇のある極普通の、手入れが行き届いている割にはやや質素な教会だった。

 

「教会だな」

 

「ですね」

 

 二人は中に入り見回す。

 

「宗派はどこなんだろうか?

 イコンと至聖所が無いから正教会じゃないのは確かだが」

 

「司祭に聞いてみれば?」

 

「それがいいな」

 

 二人は正教会で特徴的なイコンや至聖所を探したらそれらしきものはなく全体的にはカトリックやプロテスタントの様式、華美な装飾もなくどちらかといえばプロテスタント系の様式に近かった。

 

「どちら様ですか?」

 

「ここの教会の人か?」

 

 突然入り口の方から呼ばれ振り返ると戦術人形のG3がいた。

 

「はい、管理してますG3と申します。見慣れない顔ですが…」

 

「仕事でこの基地に来た。ひとつ聞きたいがこの教会の宗派は?」

 

「宗派?神に祈るのに宗派など必要ですか?」

 

「必要も何も元からあるじゃないか、な」

 

「正教会、カトリック、プロテスタント、再洗礼派、東方典礼教会、非カルケドン派、ネストリウス派、ルーテル教会、福音派、クェーカー、カルバン派、国教会、色々ありますよ?」

 

「なんの話でしょうか?それはこの教会の神ではありませんよ。

 お二人は信者ではありませんね?」

 

「そもそもどこの教会だ?正教会ではないのは確かだし私たちは正教徒だ。」

 

 なぜか二人共話がかみ合わない、一方は一般的なキリスト教の話なのは分かるがもう一方は明らかに様子がおかしかった。

 

「つまり異教徒ですね?」

 

「異教徒って…十字軍の頃じゃないんですから、ね?」

 

「もう21世紀に入って60年だからな。

 あんまりこのことで揉めるのも癪だ、邪魔したね」

 

 話を切り上げて教会から出て行こうとする、するとG3が98の肩を叩く。

 

「聞かないのですか?」

 

「な、何をですか?」

 

(ユノ)のすばらしさを」

 

「い、一応今仕事中なので失礼します!」

 

 この瞬間、二人はこの戦術人形が人形どうこう以前に本能的な恐怖を感じ、慌てて走って逃げだした。

 

「あら、行ってしまいましたね」

 

 なぜかG3は残念そうな表情をする。

 一方の逃げ出した二人は少し離れてから教会を見た。

 

「恐ろしいな…」

 

「はい…真冬のベーリング海より怖いのがありましたよ…」

 

「私もだ…高度一万メートルから降下するより怖かった」

 

「あの、お二人何サボってるんですか?」

 

 恐怖に震えていると偶々通りかかったM14に声をかけられた。

 

「M14!?サボってなんかない、あの教会の人にカルトに勧誘されかけた」

 

「それで逃げたんです」

 

「はぁ?」

 

「そんなことあるんですか?」

 

「本当だ、ところでそっちこそどうなんだ?仕事は」

 

 必死で二人に事情を説明する。

 二人とも半信半疑だが人形は嘘をつかないし二人の事はよく知っている以上恐らく本当なのだろう。

 SVDはM14の方の状況も聞く。

 

「一通り回りましたけど問題なし、一度生意気な人形たちに絡まれましたけど全員叩き潰しましたよ?

 マリンコ相手に喧嘩を売るなんて身の程知らずですよ。」

 

 サラッと中々重要な事を言う。

 この少し前、射撃場を通りかかった二人に生意気にも訓練中の人形数体が挑発、射撃競争になったのだが圧勝した、そしてそのまま今度は腕っぷし勝負になり30秒で全員を叩きのめしたのだ、それも一人で。

 

「可哀そうに…」

 

 心の中で喧嘩を売ったバカに祈りをささげる。君らに恨みはないがこの人形は可愛い犬のぬいぐるみの皮を被った狼なのだ喧嘩を売った時点で君らの命運は尽きたのだ、恨むなら自らのバカさ加減を恨んでくれ、と。

 




KLINとかCZ75とかがM14に喧嘩を売り自爆してます。
M14は今作では個人戦闘技術では最強なんだ、ARも404も反逆も絶対に勝てないんだ悪かったな。

G3、明らかなカルトでキリスト教徒人形を恐怖させる(ロシア軍では武器に従軍司祭が洗礼することがよくあるのでその延長)

農業技術が需要を超えて進化したせいで農業市場が価格崩壊を起こしてます。
なのでドルフロ世界はいわば過剰生産した農作物を放出できるいい市場。



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ロシア人の怒り

 書類調査が終わり、コーシャは格納庫で保有しているティルトローター機とシングルローターのヘリの周りをまわりながら

 

「これが例の機ですか?」

 

「はい、ウィンダムとシュバルヴェです」

 

 コーシャは腐ってもパイロットだ、空軍士官学校から空軍のヘリコプター操縦士学校を経てヘリ部隊に移り大型の輸送ヘリを飛ばしその後モスクワのミハイル・フルンゼ名称記念軍事アカデミーを経て空軍参謀本部勤務を経て国連軍司令部付きとなったエリートでもある。

 だから航空機にもある程度精通している、ヘリも飛行機も基本的な理論は同じだし安全規則も同じだ。

 そんな彼に説明するのはパイロットの八一式だ。

 

「一応FAAから仮レジ番号でN649XG、N650XGが与えられる予定だ。」

 

「レジ番号?」

 

 コーシャはユノのこの機たちは今後FAAが機材を登録すると教えるがその用語を知らなかった。

 航空の素人なら仕方ないと説明する。

 

「エアクラフトレジストレーション、全ての民間航空機に与えられる国籍記号と登録記号を組み合わせて与えられるいわば飛行機のナンバープレートだ。

 この機は法的にはアメリカの民間登録になるからN、それに数字として649と650、そして最後に試作機・実験機のコードのXにグリフィンのGだ。

 一応グリフィン登録機は末尾の文字をすべてGにするっていうのがFAAの方針だ」

 

「あの、FAAとはなんですか?」

 

「連邦航空局、アメリカの航空行政機関。

 知らないのか?」

 

「知りませんでした…ほら、空ってそういうのはないと…」

 

 ユノは空にはルールが無いと思っていた、しかしそれは大間違いだ。

 空のルールというのは地上と同じかそれ以上に厳格だ、高度や速度やルートだけでなく整備やパイロットの訓練、休息、運用事業者の経済状況まで考慮されて制限されるのだ。

 そうして初めて航空機という地球上で最も安全な乗り物の安全が担保される。

 

「空にもルールってものはある。

 トランスポンダとTCASの設置は?」

 

「なんですか?そのトランス何とかとティーキャスって?」

 

 コーシャはユノの無知っぷりに頭を抱える、近代航空機ならどの機でも積んでる装置であるトランスポンダとそれと連動して使用される空中衝突回避システムを知らないのだ。

 

「二次レーダーで使う応答装置とそれと連動して使われる空中衝突警告装置だ。

 どちらも設置と使用が義務化されてる。

 パイロットの訓練記録は?」

 

「あったかな…おばあちゃん」

 

「なかったような気がするが…」

 

「ブラックボックスとクイックアクセスレコーダーは?」

 

「QARなら搭載してますがブラックボックスは搭載していた記憶はございません」

 

「この基地のデシジョンハイトは?」

 

「デシジョンハイト?」

 

「決心高度、着陸時を決断する時の最低高度。

 ミストアプローチは?」

 

「ミストアプローチ?」

 

「着陸復行後の指定高度。

 ミニマムディセントアルティテュードは?」

 

「ミニマムディセンドアルティチュード?」

 

「ミニマムディセンドアルティテュード、最低降下高度。

 滑走路を視認できるまで降下できない最低高度。

 こういった指定は?」

 

「…知りません」

 

「管理者は君のはずだが?

 チャートは?」

 

「チャート?」

 

「航空路図だ、まさかとは思うがチャートを用意していないとかないよな?」

 

「…」

 

 安全な運航に必要な物を羅列し問い詰める、だが答えは全て「知らない」だ。

 その言葉に彼の中の何かが切れる音がした。

 

「スーカ、今までいったいどうやって着陸してたんだ!?

 今まで事故が起きなかったのが奇跡だ!

 君は一体部下の命をなんだと思ってるんだ!?」

 

「ご主人様、落ち着いてください。」

 

 突然の罵倒と叱責にユノは怯えて固まる。

 激しい怒りを見せる彼にG36は落ち着かせようとするが全く意味がなかった。

 

「G36、俺は空軍軍人だし参謀将校だが一応はパイロットの端くれだし一時は空軍の事故調査局にいたからよくわかる。

 だからこそこの現状の危険性がよくわかる、いつか絶対に事故が起きる、それほど危険な状態だ。

 その事故は、近くの街に落ちるかもしれないし満員のヘリかもしれないんだぞ!

 見殺しにしろとでも!?

 ユノ指揮官!」

 

「は、はい!」

 

 コーシャの大声で呼ばれ我に返り、そして極めて強権的な命令を出した。

 

「現時刻よりこの基地の全航空機を全面的に飛行禁止にする。

 同時に安全が保障されるまでこの基地への離着陸は一切禁止だ」

 

「え!?」

 

「現状では君らは航空機を運用できる体制になっていないと判断した。

 悪く思わないでくれ、安全は何事にも代えがたいのだよ。

 君らは誰が死んでから初めて動くつもりか?え?」

 

「そ、そういうわけでもないのじゃ、それにユノはまだ子供…」

 

 人嫌いが完全に治っていないユノはすっかり委縮し、怯え、黙り込む。

 代わりにナガンが説明しようとするが

 

「これは言い訳で済む問題じゃない!

 子供や大人、そんなのは関係ない、今あるのは君らの粗雑な運用のせいで大惨事が起きるかもしれなかったという事だ!

 今までの君らの行いはスパスカヤ塔の上でコサックダンスを踊っているような行為だぞ!

 今まで碌な監査機関も調査も行われず堕落しきっていたようだがここはもうアメリカだ!

 君は、もしも満員のヘリが市街地のど真ん中に落ちて100人が死んで、その原因が君らの危険な運用だと分かった時、その責任を取れるかね?」

 

 コーシャは止めに現実を持ち出す、もしも事故で100人が死ねば?その責任は誰が取る?

 現実としてあり得るからこそコーシャは恐れ、そして叱責していた。

 

「今まではただ暢気に戦っているだけでよかったと思ってないか?

 実際は、君らは常に、常に!周辺の人々を危険に晒していたんだ!

 君らは軍じゃない!民間だ!これからそれを自覚しろ、我々は民間人だろうが子供だろうが女だろうが容赦はしない。

 もし、誰かが死ねば、それは()()()()だ」

 

 ユノの胸を指で小突く、目の前に立つ軍人はもはやさっきまで温厚で優しそうな男ではなく冷徹で冷酷で誰よりも恐ろしく見えた。

 

「分かったね?」

 

「は、はい」

 

 ここまで言われれば彼女の返事はハイかYesかしかなかった。

 

「よろしい、君が聞き分けのいい子で良かった」

 

「ご主人様、話が一段落したのではっきり申し上げますが小さい女の子に怒り散らすとは大人げないですよ?」(ロシア語)

 

「お姉さんの言う通りですわ、すっかり怯えてますよ。」

 

 話し終わると今度はG36姉妹がコーシャに物申し始めた。

 

「すまん、ついカッとなって」(ロシア語)

 

「気持ちは分かりますが気を付けてくださいね」(ロシア語)

 

「ご主人様の言い分は最もですがもう少し他に言い方があるのでは?

 アーチポフ家の次男坊がそのような言葉遣いをするとはお父上がお聞きになれば怒るのでは?」(ロシア語)

 

「あ、それはない。親父は昔モスクヴィッチとバーで殴り合った事もあるぞ。

 その辺りだいたい全員コサックの末裔らしく荒っぽいぞ」(ロシア語)

 

「全く、どうしてこの家は…」(ロシア語)

 

「でもその家に嫁いだのを決めたのは君だろ?俺は姉妹で買っただけ。

 プロポーズを決めたのは君じゃないか」(ロシア語)

 

「まぁ、そうですが…」(ロシア語)

 

「君のドイツ訛りのあるロシア語は愛嬌があって好きだよ。」(ロシア語)

 

「お二人さん、お熱いのは他の所でやってくださいね」(ロシア語)

 

「あのー何をしゃべってるんですか?」

 

 3人でロシア語で盛り上がるがロシア語の一切できないユノには何が何やらさっぱりだった。

 だがロシア語の分かるナガンは遠い目で眺めていた。

 

「おばあちゃん、なんて言ってるか分かるの?」

 

「まあな、お二人さんは夫婦なのか?」

 

「ええ、最近では珍しくない人形と人間の夫婦ですよ。」

 

 ナガンが聞くと笑顔で答える。

 その言葉を聞いてユノは改めて彼に親近感を持つ。

 

「なら私達と一緒ですね!」

 

「え?」

 

「実は私も結婚してまして…」

 

 ユノはクリミナの事をコーシャに話すが彼が心の中で物凄い嫌悪感を抱いている事には気がつかなかった。

 ロシアという国は伝統的に同性愛に対して拒否感が強い国なのだ、今でこそ減ってはいるが比較的保守派に属するコーシャは同性愛に対して否定的で拒否感を抱くタイプだった。

 

 

 

 

 

 

「暇だな」

 

「暇ですね」

 

「何か面白い話無いの?」

 

「コーヒーのお代わり持ってきましょうか?」

 

「あ、お構いなく」

 

 その頃、指揮官とRo達とG36はコーシャと別れ基地内に併設されていたカフェで待機していた。

 ここにいる全員航空機に関してはズブの素人だ。下手に行っても邪魔するだけだった。

 

「コーヒーでも飲んで待っとけって言われてもなぁ」

 

「コーヒーって言っても豆の質が悪すぎてこれじゃあ幾ら腕が良くても泥水よ。

 一番安いインスタントの方が100倍マシよ」

 

 マスターのスプリングフィールド――一応別の名前でイベリスなんて名前を持っているらしいが英語圏出身者からすればスプリングフィールドは普通に姓として一般的にあるし地名としても腐る程あるのでそっちの方が慣れていた――の作ったコーヒーを酷評する。

 何せ豆がゴミとしか言いようがない程悪いのだ、そもそもポストアポカリプスな世界に豆の品質を求めること自体が酷なのだが。

 

「あんまり言うな、ここのマスターの心へし折るぞ」

 

「ボスも同じこと言うわよ?腕は100点満点中95点ぐらいだけど豆が-300点ぐらいだもの」

 

「それは言えてる、豆がゴミだからコーヒーも酷い味だ。泥水といっても差し支えないレベルさ」

 

「ねぇ、あんた達さっきから黙って聞いてたけど言いたい放題じゃない?

 イベリスが必死になって手に入れた豆とコーヒーをそんな風に言うなんて」

 

 散々酷評していた怖いもの知らず二人に突っかかる女が現れた。




よく考えたらコーシャ達以外来てるの全員英語圏出身者だからスプリングフィールドって本当にどこにでもある地名だしそんなに多くないけど普通にある姓なんだよな。



コーシャの親父(つまりハリトーン・アーチポフ大将)はロシア空軍の戦闘攻撃機閥のボスで爆撃機屋とは年がら年中政治的抗争を繰り広げてます。
ついでにルースキィ・ヴィーチャズィ、ストリージ、ソーコルィ・ロッスィーイの3つの曲技飛行隊を渡り歩いた腕利き。


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食事は人を凶暴にする

ハイエンドを一方的にノックアウトできる星3ライフル人形がいるらしい


「こっちじゃこの品質だとダイム(10セント)どころかペニー(1セント)程の価値もない。

 豆として売るより肥料として売った方が価値があるぐらいだ。」

 

「流石にこの二人は言い過ぎですがまぁ…その…貨幣価値も何もかも違いますから…

 こっちの世界は10ドルあれば一年遊んで暮らせますし…

 とにかく、喧嘩はしないでくださいね?一応連邦政府職員なんですから、私」

 

 現れた女性――ヴァニラというの名前だが一行は誰も知らない――と指揮官たちが一触即発になりそうな空気にRoは間に立って二人を制する。

 

「そうだったな、文句は色々あるがこっちは喧嘩をしに来たわけじゃない。

 すいませんでしたね」

 

「その一言で終わらせるつもり?」

 

「まあまあ、喧嘩はやめましょうね?事を荒立てたくないんですからこちらも。」

 

 今にも殴り合いの喧嘩になりそうな空気をRoはなだめる。

 そこへカフェのドアが開き更なる客がやってきた。

 

「マスターコーヒー一つって、何が起きてるんです!?」

 

「何しようとしてんだおめえら!」

 

「イベリスさん、何が起きてるんですか?」

 

 入ってきたのはノアとクフェアとFMG-9、片方はユノの妹、もう片方はヴァニラの相棒だが一行は知らない。

 

「見ての通りさ、喧嘩寸前だよ!

 たく、全員シラフだって言うのにサタデーナイトフィーバーは勘弁だ」

 

「そっちが喧嘩を仕掛けてきたって言うのにそれ!?一発やる?」

 

「こちらとしては挑発の意図は一切ございません。

 ただクソ不味いものをクソ不味いといい、彼女の腕は褒めましたが豆がゴミだといいました、以上。

 これが事実だ、ファクトだ。」

 

「言っておくけど、こっちに喧嘩をやるなんて意思はないわよ?

 人形って言っても私はもう6年ぐらいまともに銃は撃ってないしそっちのガーランドは酷い腕よ?」

 

「いや、この銃改造されて戻ってきたの先週ですよ?」

 

「まあ、M14がいれば全員この場でノックアウトできるが幸いいないだけ幸運だよ。」

 

「ムカつくー!一発このバカ殴らないと気が済まないわ!」

 

「ヴァニラさん、落ち着いて」

 

「落ち着きましょうよ、ヴァニラ」

 

「落ち着けるわけないでしょ!あんたの事バカにされたんだから!」

 

 ヴァニラはFMG-9に羽交い絞めにされイベリスが落ち着くよう言っても聞こえていないようだった。

 

「おい、イベリスの事を馬鹿にしたのか?」

 

「嬢ちゃん、まあ、バカにしたと受け取られる表現があったのは事実だ」

 

「表現の問題だけどね、その辺りは反省しているわよ」

 

 次の瞬間、指揮官の顔面にストレートがぶち込まれ椅子から転げ落ちる。

 

「おい、イベリスの事を馬鹿にするな」

 

「嬢ちゃん、暴力はいけないよ?何事もスマート且つエレガントに。

 賢く思われたければそうしな」

 

 殴られた頬を触りながら指揮官は反省せず御託を並べる。

 

「あんたを賢いなんて一度も思ったことないけど」

 

「右に同じ」

 

「少なくとも賢くはないですよね」

 

「一応大卒だぞ、ハワイ大学の歴史学科だが」

 

「歴史学科って…何で微妙な学科…」

 

「食えない学部じゃないですか」

 

「いつも思ってたけどなんで歴史学科行ったのよ」

 

「なんでそんな言われるの」

 

「バカだからでしょ」

 

 なぜか身内からフルボッコに言われていた。

 指揮官はふと何故か関係者なのに一人優雅にチーズケーキを口に運ぶワルサーを睨む。

 

「というか最初に言ったのお前じゃねえか!

 なんでこっちは殴られてお前はそこで優雅にチーズケーキ食ってるんだ!」

 

「あら、レディに暴力をふるうのは紳士じゃ…ぶへ!」

 

「お前も馬鹿にしたんだな?」

 

 次の瞬間、ノアの鉄拳がワルサーに襲い掛かり同じようにひっくり返る。

 

「あーあ、やられちゃったね」

 

「殺す、こいつ殺す。頭蓋骨かち割って脳味噌ミルクセーキにしてやる!」

 

 ワルサーがキレた。そしてノアの顔面に一発殴る。

 そしてそのまま乱闘となった。

 

「やったなてめえ!」

 

「ワルサー落ち着け!ごふ!」

 

「落ち着いて!こら!やめなさい!やめ…うわ!誰今椅子投げたの!

 うわ!」

 

「伏せないと巻き込まれますよ!」

 

 止めようとしたRoの頭上を椅子が飛び背後の机を吹き飛ばす。

 ガーランドがRoを引っ張り地面に押し倒し二人で机の下に隠れた。

 

「てめえぶち殺してやる!」

 

「落ち着け!な!」

 

 ノアの襟ぐりを掴み頭突きを食らわす、ノアも負けじと止めようとする指揮官ごと二人を投げ飛ばしカフェの壁に投げつける。

 

「ああ…何で無傷なんだ…」

 

「あんた無駄に頑丈なのよ」

 

 ひっくり返りながら愚痴る。

 すると騒ぎに気がついてM14達が入ってきた。

 

「何が起きてるんですか指揮官?」

 

「M14…見ての通りだ…気がついたら乱闘になった」

 

「乱闘ですか?酒飲んだんですか?」

 

「飲んではいないよ、飲んでは。コーヒーは飲んだが」

 

「コーヒーが原因の乱闘なんて聞いたことないですよ」

 

「バカか?」

 

 M14達は飽きれて頭を抱える。

 するとカフェからノアが出てきた。

 

「ああん?おめえらもこいつらの仲間か?」

 

「そうだが…」

 

「まあまあ、落ち着きましょう。これじゃあ話し合いもできないですよ」

 

 落ち着くように言う、だがその返事はパンチだった。

 しかし、パンチは届くことなくM14が左手で掴んでいた。

 

「言いましたよね?落ち着きましょうって」

 

「イベリスの事を馬鹿にしたんだ、アイツの事を庇うんだな」

 

「はぁ、こりゃ駄目ですね、ただのバカですよ。」

 

「嬢ちゃん、悪い事は言わない、そいつが落ち着いてる間にやめろ、な?」

 

 この先何が起きるかを予測したSVDが落ち着くよう言うが全くいう事を聞かなかった。

 次の瞬間、ノアの体に重い衝撃と息苦しさが襲う。

 続けて左足を引っかけられ床に倒れると左手を背中に回され頭を掴まれると叩きつけられる。

 

「私は言いましたよ?落ち着きましょうって?」

 

 ノアの後頭部に冷たいものが突き付けられる。

 M14が左手で右腕を抑え、右手に拳銃を持って地面に押さえつけていた。

 一応は鉄血のハイエンドであるはずの彼女が一方的に倒されたのだ。

 

「痛いの一発食らえば頭が冷えるでしょ?

 次はどうします?頭蓋骨に穴開けて直接真水をぶち込んでもいいんですよ?」

 

「な、痛い目に遭う前にやめとけって言っただろ?」

 

「く…」

 

 ノアに言う。

 これで一旦乱闘は収まったがそれ以上になぜかM14に注目が集まった。

 

「す、すごいわね、彼女」

 

「ノアさんを一撃で…」

 

「一応彼女ハイエンドですよね」

 

「ノア!大丈夫!?」

 

 冷静になったヴァニラやイベリスやクフェアたちがM14を見る。

 一方の彼女はというとノアの体を身体検査して何もないと分かると解放した。

 

「問題ないですね。」

 

「なんでこんな目に…」

 

「警告に従わなかったからですよ。

 事情は兎も角、指揮官とバカフン族は真面目に反省してくださいね?」

 

「「はい」」

 

 M14が覇気を出しながら指揮官とワルサーを見る。

 そしてカフェのカウンター席にSVD達を連れて座った。

 

「マスター、ここの修理費はあのバカにつけといてください。

 それと、コーラ一つ、勿論アトランタの方で、SVDさんたちはどうしますか?」

 

「紅茶がいいが茶葉の質が悪いことぐらいわかってる。

 それよりアーチポフ少佐殿が来るまで待った方がいい、サモワール持参してるからな」

 

「ええ。ロスでラプサン・スーチョン手に入れたらしいですし」

 

「?分かりました。」

 

 イベリスはM14にコーラを出した。

 一方SVDたちは大人しく座る。

 

「それで指揮官、この後何するか聞いてます?」

 

「さあ?とりあえず人形数人に話聞くんじゃないか?」

 

「一応そう聞いてますけど本当にやるかはあの少佐殿次第ですね」

 

 M14がコーラを飲みながら乱闘の残骸を片付けさせられる指揮官とそれを監視するRoに質問し答える。

 二人ともある程度の話は聞いていたが実際に予定通りなるかはコーシャ次第だった。

 

「どうせ今日は泊まりだ。というかそう聞いてる。

 アイツの嫁と義理の妹が着替え持参したって聞いて急いでこっちも着替え準備したよ。」

 

「そうか、マスター酒はあるか?」

 

「はぁ、ありますが」

 

「ならあるだけ全部くれ。」

 

「何をおっぱじめるつもりだ?」

 

「指揮官、知らないのか?ロシアにはこんな言葉がある、酒は人を正直にする。」

 

「それって飲みたいだけですよね」

 

 SVDにM14がツッコんだ。

 

 

 




今作最強人形M14、純粋なパワー以上に訓練と実戦経験から得られたテクニックと勘があるのでハイエンドも圧倒できる。ついでに口調は丁寧なのに所々荒っぽい海兵隊語が混じる。
ノアちゃんごめんな、君は噛ませ犬なんだ。

以外と沸点の低いわーちゃん


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ジェネレーションギャップ

P基地ってSVD、SV-98、M14、M1カービンいたっけ(500何話もあると誰いて誰いないか分からない)


 さて、M4達は自称アイドルらしい農家と交流し、M14達はバカな上司に呆れていたその頃、唯一蚊帳の外とも言うべきM16・SOP組は基地内のラボにいた。

 

「ほーう、掃除ロボットか。」

 

「そんなに珍しいの?」

 

 ラボの主、鉄血ハイエンドモデルのはずのアーキテクトの前でM16は掃除ロボットを眺めていた。

 

「いや、20年前にオランダのフィーテン社が出してたフィーテンRS225に似てたから気になってな。」

 

「フィーテン?」

 

「ああ、オランダの電機メーカーで12、3年前にパッカード・エレクトロニクスに買収されて消えた会社だ。

 最初に買った家電が中古のフィーテンの掃除ロボットだったから懐かしくてな」

 

 昔使っていたオランダ製の家電に似ていたらしい、そんな彼女達の様子を見ているとアーキテクトの中の技術屋らしい好奇心が疼いた。

 

「ところでさ、君たちの世界ってどんな技術があるの?」

 

「え?技術?」

 

「私も気になります」

 

「俺も気になる」

 

 アーキテクトの質問にラボの手伝いの88式とキャロルも乗っかった。

 

「うーん、そうだな。

 大前提だが崩壊液なんて世界中にばら撒かれなかったし第三次世界大戦も起きなかったから基本的に技術的後退の要素が無い。

 だから技術格差としては20年ぐらいあるんじゃないか?」

 

「「20年!?」」

 

 M16の言った20年の技術格差に驚く。

 それなりに技術格差はあるとは思っていたがまさか20年もとは思っていなかったのだ。

 

「崩壊液関連は別だと思うが。

 I3C結成以降遺跡からの技術に頼るのはかつて植民地にされたアジアやアフリカの人々のように成りかねない、そうなれば恐ろしい結果が待ち受けるかもしれないって考えが支配的になってな。

 だから遺跡関連の技術より崩壊液の平和的利用法の方が重要だよ、崩壊液発電なんてのもあるしな」

 

「なんだかつまらなさそうな技術だね。もうちょっと楽しそうなのあるじゃん」

 

 崩壊液発電に対して感想を漏らす、エキセントリックな発明家――言い方を変えればただのマッドサイエンティスト――である彼女には発電に使うなんてとてつもなく退屈な技術だ。

 

「崩壊液に物質、本当に何でもいいんだがそれを崩壊させて生まれる莫大なエネルギーを電力に変換するって発電方式だ。

 ゴミは殆ど生まれないし崩壊液も再利用可能、事故が起きても即座に中和剤を流し込めば安全な技術だからかなり有望だぞ。

 まだ世界でも片手の指で数えられるほどしかないが」

 

 退屈そうな名前と裏腹に崩壊液発電の有効性は素晴らしい。

 何せ原子力発電や核融合炉以上の高効率でその上ゴミもあまり出ないという素晴らしい技術だ。

 その上崩壊させるのは何でもいいのだ、水でも酸素でも二酸化炭素でも。

 だから危険ではあるが対処をした上で現在世界中で少しずつ実用化に向けて動いていた。

 

「人形技術だと色々あるがまず完全防弾構造にコアとメンタルモデルのブラックボックス化、耐衝撃性の向上とかだな。

 一応設計上5000G程度は耐えられるし銃弾だとキャリバー50をぶち込んでも耐えれるそうだ。

 火災だと1500度で40分、水圧だと水深6000メートル程度までなら大丈夫らしい」

 

「…え?なんでそこまで頑丈なんだ?」

 

「そんな需要が…まさか…」

 

 M16の話した人形の耐久性にキャロルは疑問を持ち88式はとんでもない想像をしてしまった。

 もしかしたらそんな任務に平然と使われているのかも知れないと。

 

「防弾性に関しては軍用規格がそのまま民間に回されたって事情がある。

 それ以外に関してはまぁ…何でだろうな?衝撃とか火災は分かるけど水圧はいらないと思う。」

 

「確かに」

 

 謎の耐久性の高さにM16でさえ首をかしげる。

 それほど無駄な耐久性なのだ。

 

「他には?」

 

「そうだねー、ダミー技術が無いかなぁ」

 

 続いてSOPがかなり重要な事を言った。

 この世界の人形には標準装備のダミー技術が無いのだ。

 

「え?無いの?」

 

「いや、あることはあるが殆ど使われてない。

 むしろその技術を元にした統合型コントロールシステムの方がよく使われているな。

 この技術はダミーの代わりにいわゆるUAVとか各種無人兵器をコントロールするシステムだ。」

 

 驚くアーキテクトにM16が説明する。

 元々ダミー技術そのものが大してコストパフォーマンスが良くない、ならばUAVや無人兵器をコントロールできるようにした方がいいのでは?という至極当然の意見からオミットされ代わりにそのコントロールシステムが搭載された。

 とは言っても軍用モデルのみで民生用には使われていない、後付けは出来るが。

 

「へぇ、変わってるね~」

 

「そもそも戦争の形態が違うからな。

 我々の戦争はネットワーク中心型戦争をより強化した戦争だからな。

 厚い皮より速い足、それ以上に情報と判断速度を重視ってスタイルさ」

 

 戦争の形態が違うからそもそも兵器体系をも違い技術も違うのだ。

 その後もしばらくの間、彼女達は技術の話で盛り上がったのだった。

 

 

 

 

 

 数時間後、夕食の時間になった頃P基地の食堂の一角でコーシャ達は夕食を摂っていた。

 

「では、偉大なる勝利に!」(ロシア語)

 

「戦火に斃れた全ての者に!」(ロシア語)

 

「斃れた者達が作り上げ、それを守り続けた全ての人々に!」(ロシア語)

 

「「万歳!!」」(ロシア語)

 

 コーシャとSVD、SV-98、G36、G36Cはウォッカで乾杯し一気に飲む。

 

「今日は祝いの日だ、偉大なる勝利の日だ。

 いつもなら赤の広場を行進していたが今年は仕事だ。」(ロシア語)

 

「ご主人様、気を付けてくださいね?」(ロシア語)

 

「お姉さんの言う通りですよ?

 またモスクワ川に落ちるなんてことしないでくださいね?」(ロシア語)

 

「今日は祝いの日だ、今日ぐらいはいいじゃないか」(ロシア語)

 

 酒を飲み過ぎないようG36が釘を刺す。

 だが全く聞くそぶりを見せない。

 

「喜びと感謝の日ですよ、私達への。」(ロシア語)

 

「そうとも!45年のあの5月の朝の勝利、それ以来守り続けたのは俺達ロシア軍だ。

 アフガン、チェチェン、オセチア、アブハジア、シリア、マンチュリア、中国、その全てに俺達はいた!

 祖国ロシアと国民を守るためにな!」(ロシア語)

 

 他のメンバーは話しながらだがそれでもそれなりに静かなのにコーシャ達は酒を飲みながら話していた。

 大騒ぎする彼らを眺めながら他の人形も噂していた。

 

「アレがお客さん?なんか大騒ぎしているけど」

 

「お姉さんも私も全然違いますね」

 

 ネゲヴとG36C(P基地)が噂する。

 また別の人形たちは

 

「ねえ、ノアを一撃で倒したってホント?」

 

「ホントですよ、目の前で見ましたもん」

 

 ワルサーWA2000とFMG-9が噂する。

 ノアを筆頭にこの基地の腕っぷしの強い人形を片っ端から倒したM14の話は既に広まっていた。

 

「あれが国連軍…」

 

「ロシア連邦やアメリカなどを自称して表向きは友好関係を築いているけど…」

 

「一体何をしでかすか分からない不気味な沈黙を保ち、同時に圧倒的な経済力で食いつぶされかねない存在。

 そのおかげで街には物が溢れかえってるんだけどね」

 

 TAC-50、AUG、Px4も噂する。

 最後のpx4の言った通り、S地区全体で大量の米国製品が流入、同時に大量のドルも流れ込みこれまで以上に物で溢れていた。

 

「お母さんたち大丈夫かな…」

 

「さっきあの男の人がお母さんに怒鳴ってるの聞いた!ホントだよ!」

 

「え、じゃ」

 

 シャフトやP7、TMPたちはユノの事を心配していた、特にP7はダミーの一人が格納庫でキレていたコーシャの会話を聞いていたのだ。

 結果としてコーシャはなぜか危険人物扱いされていた、実際(いざという時には基地を制圧しユノの殺害さえ許可されているという点では)危険なのだが。

 

「「Полюшко-поле(草原よ、草原よ)~♪

  Полюшко, зелёно поле(草原よ、緑の草原よ)~♪

  Едут по полю герои(草原を英雄たちが駆けて行く)~♪

  Эх-да Красной армии герои(そう!赤軍の英雄たちが!)~♪」」

 

 酔っ払いコーシャとSVDとSV-98は周りを気にせず肩を組んで歌っていた。

 その騒ぎにユノとナガンが近づいてきた。

 

「お主ら一体何を騒いでおるのじゃ?」

 

「何って勝利の日じゃないか!さあ、飲もうじゃないか同志」(ロシア語)

 

 SVDが返事と共にウォッカの瓶を出しユノは困惑する。

 

「えっと…」

 

「今日は祝うべき日だ。なぜ祝わない?偉大なる勝利の日だぞ?

 君らには申し訳ないがロシア軍人としてこの日ぐらいは盛大に祝いたい、誕生日と新年にに次いでな」

 

 英語でコーシャがどんなに大切な日か力説する、だが次のユノの言葉で盛大に打ち砕かれる。

 

「あの、勝利の日って、なんですか?」




歌ってるのは比較的知られたソ連軍歌「ポーリュシカ・ポーレ」の10番。
なお赤軍時代の歌なのでソ連軍でもなく赤軍表記(ソビエト軍になったのは47年、それまでは労農赤色軍。この曲は33年に発表されたレフ・クニッペルの交響曲第4番「コムソモール戦士の詩」ヘ短調の第1楽章第二主題を独立させたもの)

ユノの音楽への知識とか興味薄いのにコーシャ達はロシア人だから音楽は何でも大好き。


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День Победы(勝利の日)

コラボ最終回


「あの、勝利の日って、何ですか?」

 

 ユノの言葉にロシア勢全員が固まり軍事知識のある指揮官以下もありえない物を見るようにユノを見る。

 

「「勝利の日を知らないだって!?」」(ロシア語)

 

 ロシア勢全員が大声でロシア語で叫んだ。

 

「ちょっと待て、それ冗談で言ってるのか?」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

 あまりにも常識が無い事に指揮官が慌てて聞くが疑問さえ持たず答える。

 どうやら本当に知らないらしい。

 

「マジかよ、ある程度軍事に携わって戦記か歴史をかじった人間ならV-Eデイぐらい知ってるだろ?

 それのロシア版さ、時差で一日ズレただけのな」

 

「V-Eデイ?」

 

 とりあえず歴史教育で誰もが知っているはずの単語、V-Eデイについて聞くがそれも知らないのだ。

 とうとうナガンに文句をつける。

 

「おい、これの教育どうなってんだ?」

 

「すまん、歴史教育は忘れておった」

 

 ナガンが平謝りする。

 本当に教えていなかったようだ、なんてことだ。

 溜息をつきながらも指揮官が説明する。

 

「まず、第二次世界大戦って知ってる?」

 

「えーと、第三次世界大戦の百年ぐらい前にあった大きな戦争ですよね?」

 

 ユノの説明は雑過ぎる物だった、だいたいあってるがそれで説明とは言えない。

 

「なんだその雑な説明は。

 1939年9月1日から1945年9月2日まで続いた世界中を巻き込んだ大戦争、それが第二次世界大戦。

 参戦したのは枢軸側にドイツ、イタリア、日本、フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、ブルガリア、クロアチア、連合軍側にイギリス、フランス、アメリカ、ソ連、中国、ギリシャ、ユーゴスラビア、オランダ、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、オーストラリア、カナダ、ブラジル、ポーランド。

 詳細は省くが最終的にドイツ以下枢軸側が連合軍に叩き潰されて負けた。

 その中でドイツが降伏してヨーロッパの大戦が事実上終結した日がV-Eデイこと5月8日だ。」

 

 第二次世界大戦についてちゃんと説明する。

 詳細に説明すればそれこそ朝早くから始めて夜中まで続くことは確実なので物凄く簡素に、そしてさっきの説明よりは情報量を多く説明した。だがここで疑問が生まれる。

 

「でも、今日って5月9日ですよね?」

 

 今日は5月の9日、だが降伏したのは8日だ。

 なぜ一日ズレる?

 

「時差の問題だ。ドイツが降伏したのはドイツ時間の5月8日の深夜だったんだがそれはモスクワ時間だと5月9日のことになった。

 だからロシアやウクライナ、ベラルーシなど旧ソ連圏では5月9日だ。」

 

 第二次世界大戦でドイツが降伏した時間、つまり西ヨーロッパ夏時間5月8日午後11時過ぎはモスクワ夏時間では5月9日の午前二時だった。

 だから旧ソ連圏では一日ズレたのだ。

 この説明にユノは納得するが同時に更に疑問が生まれた、それはロシア勢の騒ぎっぷりからの疑問だ。

 

「でも、だからってそこまで祝う必要があるんですか?」

 

「世界大戦でソ連は一体何人の犠牲を出したと思う?」

 

 コーシャが問いかける。

 ユノは少しうなって考える。

 

「うーん、10万とか?」

 

「違う、2700万だ。

 当時のソ連の20代の男性の95%が戦死、人口の14%が死んだ。

 それがどれだけの数か分かるか?」

 

「さぁ…」

 

「ほとんどのロシア人の家は必ずだれか一人を失ったんだ。

 父だったり母だったり兄弟姉妹、祖父母、子供、孫、従兄弟、叔父叔母、甥姪、必ずだれか一人は戦争に行って帰ってこられなかった。

 我が家もそうだ。」

 

 第二次世界大戦でソ連が失った人名はおよそ2700万かそれ以上。

 家族の誰か一人は必ず死んだのがこの戦争なのだ、その傷は終わってから120年近く経ってもロシア人の文化や心に残っていた。

 

「もはやあの戦争を生きた全員が死んだ今、我々子孫はただ父祖たちの功績をこうやって祝い、語り、忘れない事でしか大祖国戦争を残せない。

 だから祝い、語っているんだ。

 君らは知らないと思うがね」

 

 ユノに言う。

 それほどあの戦争はロシア人たちにとって重要なのだ。

 もはや戦争を知る者がいなくなった今、更に重要性は増していた。

 話が一段落するとコーシャはウォッカをあおり笑顔で言う。

 

「だから、盛大に祝わせてもらうよ。

 ユノ指揮官、君は歌は好きかね?」

 

「歌?」

 

 コーシャが訊ねる。

 ロシア人というのは歌が大好きだ、その例に漏れずコーシャも歌うのは大好きな人間だ。

 

「そうだ、歌だ。

 いつの時代もロシア人は歌うのが大好きだ、だろ?」

 

「ああ、鼻歌だろうが街中で大声で国歌を歌う酔っ払いの歌も好きさ」

 

「海の上では歌とご飯と寝ること以外に何が楽しみがあると思ってるんですか」

 

 SVDとSV-98が当然の如く言う。

 この二人も、特にSV-98は元ロシア海軍の駆逐艦(正確にはフリゲートのポドヴィージュヌイ)に乗っていた彼女にとって歌とは航海中の数少ない楽しみなのだ。

 キャビンのギターで流行りの歌からクラシックから懐かしいソビエト時代の歌まで弾ける曲をすべて奏でながら酷暑の南太平洋から極寒の風が吹きすさび数十メートルの大波に巨大な軍艦でさえ小舟のように揺れるベーリング海まで任務を遂行したのだ。

 

「うーん、あんまり好きじゃないですね。」

 

「そのな、ユノには特殊な事情があってな、人が苦手なのじゃ。

 人形なら大丈夫なのじゃが」

 

 ユノの特殊事情、例の目のせいで昔は人形の方が人間に見え、人間が人形に見えるという事情があった、勿論そんな事彼らは知らない。

 そのせいで音楽という文化、いや恐らくだが映画や絵画、文学などおおよそ彼らが子供の内に経験したり見て人格形成に大きな影響を与える文化と言う物自体に触れずに育ったのだ。

 勿論そんな事情を知る訳がない、色々特殊と聞いていても彼らからすればどうせ年齢の事だろうと考えていた。

 

「俺は大好きだ。クラシックも何でもね。

 グリンカの『栄光あれ』とか、アレはいい。

 『皇帝に捧し命』は一番好きなオペラだ。

 ロシア音楽という歴史を切り開いたグリンカの作った純ロシア産の最初のオペラだ」

 

 そんな事を考えず、というより酔っ払って思考力がロシア人らしく落ちているコーシャは全く気にせず自分の好きな音楽の話をする。

 彼の出したオペラの話にユノは付いて行けない、この世界、オペラはあるようだが上流階級の文化になっているようだ。

 ロシアでは少なくともオペラは一般教養なのだが。何せあの国はなんだかんだでクラシック音楽がかなり強い。特に古都ピーチェルの連中はモスクワの連中にマウントを取るためにオペラの知識を貯めこんでるとか。

 

「栄光あれ?」

 

「知らないのか?

 Славься,(栄光あれ、)Славься,(栄光あれ、)ты Русь моя!(我がルーシよ!)

 Славься,(栄光あれ、)ты русская наша земля!(我がロシアの大地よ!)

 聞いたことぐらいあるだろ?この詩を書いたのはあのジュコーフスキーだぞ」

 

 栄光あれの最も有名なフレーズを出す。

 栄光あれはグリンカのオペラ「皇帝に捧し命」のラストに合唱で歌われる曲でありその歌詞は有名な詩人で翻訳家のヴァシリー・ジュコーフスキーが書いている。

 だが結局のところ知らないので苦笑いするしかできない。

 

「君はもう少し勉強した方がいいぞ?

 人の上に立つには教養ってのは大事だ。

 いざという時にシェイクスピアを引用しろとは言わないけどね。」

 

「はぁ」

 

「ご主人様の言う事は話半分で聞いてください」

 

「話半分とは酷いなぁ、ためになる話だよ?」

 

「酒の席でそのような事を申しても意味はありませんよ?」

 

 G36がユノに補足する。

 酒の席の発言など信用に足る場合の方が稀だ。

 

「ユノ指揮官」

 

「はい」

 

 すると今度はRoが声をかけた。

 

「仕事の話に戻りますが今日の監査で特に問題はありませんでしたので恐らくこのまま我々の指揮系統に置かれ後方における治安維持及び輸送路警備任務に回されると思われます。」

 

「それってつまり?」

 

「鉄血と正面切って殴り合う事が無くなる以外現状維持です。

 戦争は軍のお仕事ですから」

 

「まあ、後は貴方の部下の話を聞いて信用に足る人物かを調査する、のが仕事ですが…」

 

 Roは周りの人形たちの様子を見る。

 皆思い思いに楽しそうに食事を摂ったり話したり、リラックスしていた。

 

「どうやら十分信用に足る人物の様ですね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「礼は結構ですよ、仕事ですから」

 

 Roがカッコつけて言う。

 すると彼女の頭を乱雑にM16が撫でた。

 

「ハハ、何カッコつけてるんだ?」

 

「別にいいじゃないですか、って!酒臭いですよ!仕事中ですよ!?」

 

「ロシア人たちはとっくの昔に飲んでるんだからいいじゃないか、な?」

 

「そういう問題じゃありませんよ!

 なんでこんな不真面目な奴が陸軍レンジャーだったんですか…」

 

「フフ」

 

 ユノがクスリと笑う。

 隣にいたナガンは不思議に思う。

 

「何が面白いんじゃ?」

 

「おばあちゃん、変わらないね。人形も人も」

 

「そうじゃな、世界が変わって歴史が変わっても何も変わらないようじゃ」

 

 二人はしみじみと何かに気がついて集まってきた基地のロシア銃たちと大騒ぎするコーシャ達やその隣で白い目で見ながら他の人形と色々話す指揮官たちを眺めていた。

 彼女達の耳にはコーシャ達の歌も聞こえてきた。

 

「「День Победы,(勝利の日、)как он был от нас далёк(それは何と遠い存在だっただろうか)~♪

  Как в костре (燃え尽きた)потухшем таял уголёк(炭のようだった)~♪

  Были вёрсты, обгорелые, в пыли(焼き壊れ、埃にまみれた道のりに)~♪

  Этот день (この日を)мы приближали как могли(我々は出来る限り近づけたのだ!)~♪」」

 

 この歌はナガンもよく知っていた。

 

Этот День Победы (この勝利の日には)~♪

 Порохом пропах (火薬の匂いが染み込んでる)~♪

 Это праздник(それがこの祝日!)~♪

 С сединою на висках(こめかみに白髪を蓄えて)~♪

 Это радость(そしてこの喜び!)~♪

 Со слезами на глазах(瞳を濡らす涙と共に)~♪」

 

「「Это праздник!!(それがこの祝日!)」」

 

「知ってるの?おばあちゃん」

 

「うむ、有名な曲じゃよ。」

 

 続きの歌詞を寸分たがわず歌ったナガンにユノは驚く。

 この歌はこの時期になれば誰もが歌っていた曲、「День Победы(勝利の日)」。

 古い歌だが、その歌詞は、歌は色褪せていなかった。

 

「「День Победы!(勝利の日!)」」

 

「「День Победы!!(勝利の日!!)」」

 

「「День Победы!!!(勝利の日!!!)」」

 

 叫びにも近い大声と共にグラスが掲げられた。

 今日は祝うべき日、勝利の日だ。




Q、ピーチェルってどこ?
A、サンクトペテルブルク。ロシア語の口語だとピーチェル。
そもそもサンクトペテルブルクってロシア語じゃなくてドイツ語。


コーシャ、酔っ払って典型的なメンドクサイ酔っ払いと化す。

少なくとも勝利の日はロシアではかなりメジャーな(それでも相当古い季節の懐メロに近いけど)曲。
勝利を祝う喜びに満ちながらも戦火に斃れた者達も追悼するいい曲ですよ、ええ


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第四部:ルビコン
第37話


特異点編になる。
カーターにつくか政府につくか、ある種究極の選択を迫られる国連軍。
国連軍として平和のために貢献するか、彼らの世界の権利を代表するものとして反乱を煽動し利権を掠め取るか…

章の名前のルビコンとはイタリアにあるルビコン川のことで古事成語の「ルビコン川を渡る」の由来になった川で後戻りできない場所という意味


「したがって戦争とは、我々の意思の実現へ向けて敵を阻止するための暴力の行使である。」

     ――カール・フォン・クラウゼヴィッツ(戦争論第一章より)

 

 

 

 

 

 

「それで、アイアンフィストの結果は?」

 

「そうですね、それなりに歯ごたえはありましたが好みの味付けではなかったと」

 

 2062年7月8日、独立記念日の4日後。

 国連軍司令部で独立記念日ついでに久しぶりの長期休暇を終え司令部に戻ってきたグッドイナフは参謀長のヴェンクと話し合っていた。

 議題は数日前、ワシントン州のヤキマ演習場で行われた国連軍と正規軍の初の合同軍事演習「アイアンフィスト62」のレポートだった。

 

「ふむ、防御力や単純な火力に関しては我々と同等かそれ以上の能力を有するが電子作戦能力が脆弱、また機動力に関しても不整地突破能力は極めて高いが全体的に最高速や加速性、旋回性能に劣る。

 人形に関しても戦闘特化であり高度な情報共有システムを有さず汎用性に欠ける、か。

 君の言う通り、我々の好みの味付けではないな」

 

「帰ってきた時の連中の顔は見ものでしたよ。

 ああ、久しぶりに大笑いしましたよ」

 

「休暇でなければさぞ楽しかっただろうな」

 

 その内容は散々なものだった。

 

 例えば彼らが自慢げに胸を張りながら持ち込んだ戦術人形のサイクロプスやアイギスは悉く演習で対戦車ミサイルや無反動砲、酷いと対物ライフルに滅多打ちにされその上機動性も低すぎたせいで戦闘能力を失うレベルまでには至らなくとも機関銃やらアサルトライフルやらで滅多打ちにされていた。

 

 他にも地雷を仕掛けるダクティルは逆に「いや、目の前で地雷仕掛けても一回止まってから処理するし地雷処理システムって最近は携帯式もあるんですよね」、ケリュニティスは「ニーマムのバージョン違い」、ハイドラは「雑魚」、テュポーンに至っては「何このクソデカくて重くて生残性に問題あるしとにかくクソデカくて的じゃないですか。装甲と火力はそこそこっぽいけどさ」とばかりに5キロ先から戦車に一撃爆散され喜色満面の笑みでやってきた正規軍士官兵士一同は帰る頃には全員顔面蒼白、生気を失っていた。

 

 さらに言えばこの連中は彼らの世界では最も優遇された部隊だったのだが、この世界では予備役部隊や一般部隊と大して待遇は変わらずそれどころか彼らの世界では特権階級しか無理な数々の代物や食事がこの世界では毎日のように食べられるという状況に相当なカルチャーショックも受けたようで食事の時間になれば自軍の用意した配給には目もくれずその隣で社交辞令も兼ねて多めに持って来た米軍や自衛隊やカナダ軍などのキッチンカーに殺到する事態になった。

 

 他にも民間用人形を改造しただけのIOP製が普通に使われ男所帯でむさくるしい兵士達が人形だという事も気にせず尻を追いかけるわ酒保の物品を毎日大量に買いまくり演習期間中だけ急遽アルバイトの店員と西海岸中の倉庫から集めた商品を積み上げていた。

 

 それどころか基地からヤキマまで持っていくだけでも相当な大騒動になり、テュポーンはサイズが大きすぎて飛行機はおろか貨物列車の規格にすら合わず結局全車分解して運ばれ、その他の装備は空輸だったがこれもまた規格外の貨物な上に重いわ連中の持ち込んだマニュアルがロシア語でさっぱり読めず向こうのロードマスターに代わりにさせたら離陸直後に固定のストラップが切れて緊急着陸する騒動を起こしていた。

 

「これで連中、我々を攻撃するなんて言う連中が減ってくれればいいんですがね。

 最近は第二ゲートが出来て輸送量と運用部隊数に余裕も出ましたし、対立は百害あって一利なしですよ。」

 

 この2か月、彼らはこのS地区を中心に色々としていた。

 民政面では大規模な投資と物資の投入により徐々に生活環境や治安が向上、特に食料に関しては元々大量に余っていたため在庫一掃セールとばかりに大量投入しそれがS地区外にも流れていた。

 

 他にもエドワーズ空軍基地のゲートが手狭になったとして新たに6月にエドワーズ基地の北西20キロにあるモハーベ航空宇宙港の一部を借り上げもう一つのゲートを建設。

 二回目という事で僅か一か月で開通に成功、こちらは開いた先が飛行場ではなかったが地盤調査などから飛行場の建設も可能と判断されており空港建設までの間は主にトラックによる物資輸送と部隊展開が開始され第一陣に空軍部隊しか送れなかった中欧東欧北欧軍を中心とする第二陣が展開し始めていた。

 

「ポーランド軍やルーマニア軍、ブルガリア軍にハンガリー軍は大隊から連隊規模部隊を、ノルウェー軍やデンマーク軍も中隊程度ながら派遣、フィンランド軍は一個大隊、スウェーデン軍は予備役部隊だが一個連隊とは張り切ってるな。」

 

「かなり張り切ってますよ。まあ予備役部隊ですから後方警備や補助程度ですがそういった任務に強力なポーランド軍やハンガリー軍、ルーマニア軍を回さなくていいのはいいですね」

 

「何事も人手が多い方がいい」

 

「除染もかなり効率が上がってこの調子ならば1年以内に欧州域は終わる予定ですよ」

 

 また除染に関してもソ連政府に崩壊液中和剤のサンプル提供や乗員訓練、中古ながら中和剤そのものも提供し空中給油機から散布し効果を挙げていた。

 そしてこの結果として、ソ連政府は対ELID部隊や予算を減らしその余力を鉄血や安定しない国内情勢に回せるようにもなっていた。

 

「除染もいいが、少しは初めからの敵に目を向ける必要があるな。

 大統領からのお達しだ」

 

 グッドイナフの口調が変わる。

 休暇帰りの暢気な口調から軍人らしい冷徹且つ真面目な仕事人の話し方に変わる。

 

「米国は腰を上げると?」

 

「レインハート大統領補佐官が。

 遅くともクリスマスまでに」

 

 それは鉄血との紛争を終結させる作戦の話だった。

 既に国連軍は作戦計画自体は有している、だがそれを実行するには国連の許可だけでなく関係各国の協力や事前準備、何より兵力が必要だった。

 そして、アメリカは遂にクリスマスまでに終わらせるという意思を見せたのだ。

 その内示にヴェンクは色めきだつ。

 

「ロシアは?」

 

「感触はいいらしい。プーシキナ首相も乗り気だそうだ。

 来週、ロサンゼルスでソ連代表団と国連代表による国際会議が行われる、それに出席する際に各国代表と話を詰めるそうだ。」

 

「安保理はどうです?彼らが腰をあげなければ」

 

「ロシアとアメリカが賛成だ、イギリスとフランスのどちらかが賛成に回れば」

 

「賛成するならフランスでしょうね。

 あの国は自国にため込んだ小麦を是が非でも放出したい」

 

「アフリカとアジアを食わしてもそれでも余るんだ、この世界の食糧市場が喉から手が出るほど欲しいのはどの農業国も同じだ。」

 

 その他の安全保障理事会の常任理事国も乗り気だった。

 特にロシアとフランスは農業産業が強い国だ、自国内には過剰生産でため込んだ大量の小麦があった。

 過剰生産の穀物の放出先を求める彼らにはかの世界は非常に有望な市場だった。

 戦争を終わらせれば現状米国が実質独占している農作物の取引に割り込めるのだ。

 

「それで向こうの様子は?」

 

「それがですね、妙な風の吹きまわしですよ」

 

「妙な?」

 

 正規軍の様子を尋ねると、ヴェンクが妙な事になっていると言う。

 

「先月まであまり乗り気でなかった軍が最近になって協力を打診してきました。

 まだ非公式ですが明後日、正規軍の士官が非公式の交渉の為に来ます」

 

「演習の結果か?」

 

「演習もありますが余力が出たのもあるのでしょうが…」

 

 それは正規軍の面々が非公式ながら内密に鉄血掃討での協力を打診してきたのだ。

 これまで散々鉄血はPMCと国連軍の仕事というスタンスを崩さなかった彼らが突然崩したことに驚きを隠せなかった。

 更に妙な事も起きていた。

 

「どうした?」

 

「連中、どうも最精鋭の特殊部隊を送り込むつもりの様です」

 

「それは妙だな。正規軍の戦力ならば通常部隊でも十分だ。

 特殊部隊は切り札として温存するのが普通だ」

 

 なぜか送り込もうとしている部隊が精鋭の特殊部隊なのだ。

 鉄血と正規軍の戦力差というのはまあ、比べるのも可哀想なレベルの絶望的な程の差だ。

 実際参謀部の将校は比較した図を見た瞬間「ダヴィデとゴリアテというよりアリとゴリアテじゃないか」とつぶやいたという。

 

「だから妙なんです。」

 

「だが、この件は渡りに船だな」

 

「ええ。鬼が出るか蛇が出るか知りませんが軍のお墨付きを得れるならインヴィジブル・ハンドに弾みがつきます。

 ファイブ・グッド・エンペラーもです」

 

 この件は同時に非常に有望だった。

 それは、彼らが内密に進める鉄血殲滅作戦「インヴィジブル・ハンド(見えざる手)」作戦と「ファイブ・グッド・エンペラー(五賢帝)」作戦のキーでもあるのだ。

 

 もはや、鉄血との戦争は秒読みとなる、誰もがそう思っていた。

 だが、国連軍の望む終わり方と、正規軍の望む終わり方が全く違うとは誰も思っていなかった。




共産主義の連中に見えざる手作戦とか当てつけ以外の何でもない(見えざる手は経済学の自由放任主義の用語)


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第38話

この章、話の都合で主人公はコーシャになる。
基本軍目線の大作戦


 突如ドアがノックされ、部屋の主たるコンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフロシア空軍“中佐”はパソコンを弄る手を止める。

 

「はい、開いてるぞ」

 

「よー出世したなー」

 

「ジム、ハワイ帰りか?」

 

「ああ、今朝返ってきたばかりだ」

 

 入ってきたのは休暇から帰ってきた指揮官だった。

 およそ二か月間、彼は休暇中だった。

 一方の彼は毎日毎日仕事であった。

 何せ司令部付きの将校というのは暇を持て余しているような人材ではなく司令部の手の回らない部分を行う雑用係でありグリフィン部隊の統制に始まり訓練、補給、人材交流、更には法的事務というPMC関連業務だけでなく正規軍との折半や住民の陳情など多種多様な仕事があった。

 

「お前はいいよな、休暇で二か月もハワイなんだから。

 こっちはこの二か月ロスにすら行ってないんだぞ。」

 

「大変だねぇ、はい、出世祝いのコーヒーだ」

 

「俺が紅茶党だからってバカにしてるのか?」

 

 机に脚を乗せながらコーシャは話す。

 この二か月の間に少佐から中佐に出世し先週には司令部付きから司令部内に新たに設けられた外部軍事支援局という部署の部長に出世していた。

 

「ハハ、それもあるが上司をいびりたいだけさ」

 

「もう仕事を増やすのは勘弁してくれ。

 部下が大量に増えたのはありがたいが俺の仕事はPMCの指揮管理と正規軍との協力体制構築と折半なんだぞ」

 

 外部軍事支援局の仕事は鉄血との戦争に従事する各PMCや正規軍らと国連軍の窓口業務と契約下で働くPMCの指揮管理であった。

 部下も増えていたがそれ以上に仕事も増えていた。

 

「部下に仕事を回せばいいじゃないか」

 

「それでも足りないんだよ、最近正規軍が鉄血との戦争に乗り気になってな、近いうちに向こうのボスがこっちに来るんだ。

 その事前準備とかいろいろあるからな」

 

「はぁ、軍人さんも大変だねぇ。

 こっちは契約以上の事は何もしないから楽だよ、受注した契約を履行して代金だけ頂けば終わりさ。

 ダラス条約で戦争は軍のお仕事だしね」

 

 仕事の多さを愚痴っているとドアがノックされた。

 

「開いてるぞ」

 

「コチェットコフです」

 

 入ってきたのは銀髪のガタイの良い最近派遣されたエストニア陸軍所属のロシア系エストニア人の将校、エゴール・コチェットコフエストニア陸軍大尉だった。

 

「コチェットコフ大尉、どうした?」

 

「先方が来週、非公式ながら会談したいとの要請です」

 

「はぁ、分かった、とりあえずグッドイナフ大将に聞いてみる。」

 

「了解しました」

 

 深いため息をつく。

 仕事が増えた事に頭を抱えていた。

 そして出て行こうとするコチェットコフに一つ指示を追加する。

 

「大尉、それとこのアメリカ人を。

 もうお帰りだそうだ」

 

「了解しました、こちらです」

 

 指揮官を帰らせようとする。

 彼は立ち上がりコーシャと握手する。

 

「あいよ、まあ久しぶりに話せてよかった。

 嫁さんと仲良くな」

 

「言われなくても分かってるよ、お前の方も部下は大事にしろよ?

 そこの大尉殿は独身だから女を取られるなよ?」

 

「大丈夫さ、先客がいるからな」

 

 最後に笑うとコチェットコフに連れられて出て行った。

 

 

 

 

「ただいま、帰ったぞ」

 

「お帰りなさい指揮官」

 

「やっとこの仕事から解放されるんですね~」

 

 数分後、G&Kセキュリティのオフィスに指揮官が入る。

 それに指揮官代行だったカリーナと補佐役をやっていたM14が返事をする。

 

「予定通りだから文句を言うな。

 次の休暇はお前の番だぞ、カリーナ」

 

「分かってますよ!明日から休暇で3週間バカンスですよ。

 どこ行きましょうかねー」

 

「ルーマニアに帰るってのはどうだ?」

 

「嫌ですよあんな肥溜め。というか私の故郷はもうシアトルです。

 ルーマニアなんかじゃないですよ」

 

 楽しそうに二人は雑談する。

 現状この辺りは交代で休暇を取れる程安定しているのだ。

 

「ハハ。ところでワルサーとガーランドは?」

 

「二人なら土産物をアルカードさんの所に持って行ってますよ」

 

「アルカードは最近どうしてた?」

 

「ちゃんと仕事してますよ、グリフィンとG&Kの架け橋としても頑張ってくれてますよ」

 

 一緒に仕事しているグリフィンのアルカードも最近は慣れて主にグリフィンとG&Kの横方向の繋がりを作る架け橋として頑張っていた。

 状況はある種の小康状態なのだ。

 

「ならよかった。で、今日の仕事は?」

 

「今日の分の仕事ならもう終わらせましたよ。後は定時までのんびりしておいてくださいね」

 

「あいよ」

 

 カリーナに返事をすると彼女は満足そうに出て行った。

 彼女が出て行くと机に脚を乗せM14に言う。

 

「M14、暇だな」

 

「暇でいいじゃないですか。暇で」

 

「そうだな、ハワイの話でも聞くか?」

 

「いいですよ」

 

 M14と指揮官は雑談を始める、それほど暇だった。

 

 

 

 

 

『グリッドエックスレイ34に鉄血部隊約一個中隊。

 動き変わらずアンバールート5で接近中』

 

 画面に上空の無人偵察機が撮影している接近する鉄血部隊の様子が映し出される。

 それを見てこの司令部の司令官がポーランド語で指示を出す。

 

「射撃開始」

 

「了解、各部隊射撃開始」

 

 指揮官が指示を出す、数秒後砲撃の振動と音が聞こえ、更に数秒後に鉄血部隊のど真ん中に砲弾が着弾した。

 

「命中、修正の必要はないようです」

 

「このまま押し込め」

 

 副官の言葉にマイクを取り指示を出す。

 ここは前線、国連軍の組織改編で西部作戦群と呼称されている戦線左翼に展開しているポーランド陸軍第21ポドハレ・ライフル旅団の司令部だ。

 指示を出していたのは旅団長アンジェイ・プロターシューク大佐だ。

 

「相変わらず、鉄血は雑魚ですね」

 

「油断するな、相手を侮ることは何よりも危険だ。」

 

 楽観的な事を言う副官に口数少なく忠告する。

 物静かな男だがプロの軍人である彼の言葉に言い返す者はこの司令部には誰もいない。

 

「鉄血の僅かな動きも見逃すな。

 見つけ次第叩き潰せ」

 

 プロターシュークの命令は国連軍の前線全体での緊張感に繋がっていた。

 

 

 

 

 時間が飛び翌週、エドワーズ空軍基地と繋がるゲート基地には多数の兵士やメディア、そして国連軍幹部や合衆国国務長官が来てとあるとても重要な来客を出迎えていた。

 

「ソ連政府代表団に敬礼!」

 

 グッドイナフが号令を取ると将軍たちが駐機する旅客機のドアから降りるソ連政府高官らに敬礼する。

 その客とはロサンゼルスで開催される初の国際会議に出席する代表団であった。

 

「ミスタートルストイ、お待ちしておりました。」

 

「ミスターファニッツ、お会いできて光栄です」

 

 国務長官のマーヴィン・ファニッツと代表団のリーダーのトルストイ外務大臣が握手する。

 その光景を狙って記者達が一斉にフラッシュを焚いた。

 

「それにしても随分マスコミが多いですね」

 

「ええ。歴史的な国際会議ですから当然です。

 世界中が注目してますので」

 

 記者の数を気にかけるがファニッツ長官からすれば当然、いやむしろこの歴史的重要性を勘案すればこれでも少なすぎる程の記者の数だった。

 

「国務長官!一言お願いします!」

 

「そうですね、この会議の重要性は勿論すること自体ですが、最も重要なのは今後の経済的関係の構築や安全保障に関することです。

 こういった点で何かしらのいい結果が生まれることを願ってます」

 

「トルストイ大臣も一言!」

 

「彼の言う通り、貿易や安全保障の面で互いに満足する合意を導き出したいところです」

 

「ソ連政府としては国連軍の行動をどう思いますか?」

 

「当政府としては我が国の不安定な地域情勢の安定化や現在進行形で行われている除染などで大きな成果を上げている彼らを大変心強く思っています。

 ですので彼らの行動を阻害するのではなくより深く強固な関係を築けたらと願っております」

 

「国連軍との関係強化で欧州連合との外交交渉に影響は?」

 

「ないと断言しましょう。これとそれとは話が別ですので」

 

「国務長官、現在イスラエルのパールマン首相がイスラエル軍の派遣を求めているようですが派遣はありえますか?」

 

「それについてはお答えできません」

 

 

 記者らの質問に二人は的確に、当たり障りのない返答をしていった。

 

 

 

 

 

 代表団とマスコミ、そして政府高官らがエドワーズ空軍基地、更にロサンゼルスに移った頃、司令部ではとある人物と国連軍の幹部の話し合いが始まっていた。

 

「まさか代表団の来る日に話し合いを行うとは…我々も人間ですよ?」

 

「分かっていますとも。

 ですが多くの人の注意が代表団に向けられるからこういった話し合いがしやすいのですよ。

 それに、貴方は元特殊部隊員。この程度造作もない事では?」

 

「ほう、我々の事をちゃんとお調べになったようですね、カーター将軍」

 

「ええ、グッドイナフ海兵隊大将。

 これから交渉する相手の事を調べるのは交渉の基本ですよ、それに我々も馬鹿ではないので」

 

 正規軍特殊部隊KSSOを指揮するカーター将軍が答えた。




・エゴール・コチェットコフ
指揮官全員の敵エゴール大尉のこちらの世界版。まさかのエストニア人。
エストニア北東部国境の町ナルヴァ出身のロシア系エストニア人。
ロシア系エストニア人では珍しい3世代前にエストニアに帰化した正真正銘エストニア人。
エストニア人らしく4カ国語(エストニア語、ロシア語、ドイツ語、英語)が得意(エストニアでは4つの言語をマスターして初めて教養のある人物とみなされる)
大学から数年民間企業で働いた後軍に入った変わり者。
コーシャより2歳年上。
謹厳実直な性格で命令されたことを命令された通りにこなせるタイプ。
エストニア陸軍大尉で歩兵科出身。
独身。顔が良く鍛え上げられた肉体を誇るイケメンなので裏では女子(ついでにアッチ系からも)大人気。こっちに送られた理由の一つがエストニアで痴情の縺れによる騒動があったらしい。
なお典型的な鈍感タイプ+実はこっちに来て好きな人が出来たらしくアプローチ中の噂あり。
交渉のやり方が上手いのでかなり便利屋扱いされがち。
徳物はシグザウエルP239DAKカスタム


・アンジェイ・プロターシューク
ポーランド陸軍第21ポドハレ・ライフル旅団旅団長
大佐。
寡黙だが有能な指揮官。
慎重で堅実なタイプで一歩一歩着実に追い詰めるのが得意なタイプ。


・マーヴィン・ファニッツ
アメリカ合衆国国務長官。
サウスカロライナ州出身。


エゴール君普通のロシア軍人なら面白くねえから西側の武器使わせたくてロシア系エストニア人にした。


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第39話

「ほう、では私の経歴も?」

 

「勿論。

 レナード・グッドイナフ、2005年12月4日ミネソタ州インターナショナル・フォールズ出身。

 マカレスタ―大学卒業後海兵隊に入隊、フォース・リーコンなどに所属し中国内戦にも従軍しシルバースターを受勲。

 45で大佐、48で少将、53で中将となり55で大将となり特殊作戦軍司令官に就任。

 素晴らしい経歴ですな」

 

 カーターがグッドイナフの経歴を言いあげる。

 その内容は彼についてよく調べ上げられて、感嘆に値した。

 

「その経歴をご存知なら私がどのような人間だという事もご存知でしょう。

 私は相手の腹を探り合う政治家タイプではありません、なので単刀直入に聞きましょう、要件は?」

 

 面倒な腹の探り合いをする前に一方的に切り出した。

 カーターの返事は短い文であった。

 

「鉄血の殲滅に協力したい」

 

「成程、では理由は?モーセのように神から天啓を受けたわけではないでしょう?

 ハヤブサがハトを理由もなく襲うとでも?ハトは理由もなく空を飛ぶとでも?」

 

 カーターに聞き返す。

 彼らの意思はある程度知っていた、だから理由が知りたいのだ。

 

「エリザをご存知ですかな?」

 

「鉄血の中枢システムと聞いているが我々はたいして興味を持っていない」

 

 エリザ、鉄血の中枢システムの話を出す。

 エリザの正体については既に国連軍は相当な情報を得ていた、というのも初期に回収した鉄血のファイルの中にエリザに関する情報があったのだ。

 

「そのシステムは元々オガスというシステムでして、鉄血にその研究開発を依頼していたのですがそれが暴走しましてそれを取り戻したいのです」

 

「オガス?」

 

「ええ。詳細は軍事機密故話せませんが兵器に関するシステムと理解していただければ」

 

 グッドイナフはわざと知らないふりをするが彼らは既にエリザとオガスが同じものだと知っていた。

 というのも回収した情報をロシア側が分析したところ、かつてソ連時代に開発した兵器システム“オガス”と殆ど同一のものだったのだ。

 このシステムは旧ソ連末期に経済的理由から実戦テストのみで開発中止となりミンスクの遺跡に封印、その後崩壊後の混乱で情報が散逸、再発見されたのは2030年代前半の遺跡管理見直しの際にベラルーシ政府から問い合わせを受けた時であった。

 その後ロシア政府とベラルーシ政府の合同調査と散逸した各種資料の再収集を行いまとめた後解体、全部スクラップとして溶かされたシステムだ。

 そのシステムの情報は2050年代に改めてこれをたたき台に新たなシステム開発をロシア政府が行おうとしたが蝶事件で開発担当だった鉄血が破産しそれどころか鉄血に預けていた資料が流出したためロシアは諦め世界中に公開していた。

 

 つまるところ、国連軍は正体どころかどのようなシステムかというところまで知っていた。

 だから彼らは何の興味も持たなかった、だって全部知っているのだから。

 

「つまり預け主を殺した飼い犬を取り返したいのですな」

 

「そうです、そう理解していただければ話は早い。

 エリザ捕獲に協力していただけますかな?」

 

「確かに、魅力的な提案です」

 

「でしょう、そちらも鉄血問題を早期に解決したいのは同じでしょう」

 

「ですが、それに関する我々の利益は?

 預け主の不注意か元の飼い主の不始末か躾のせいで暴れた狂犬をリスク覚悟で捕獲するメリットは?

 狂犬病の犬は見つけ次第殺処分が常識ですよ」

 

 だから、カーターのエリザ捕獲という提案は何の魅力も感じなかった。

 彼らとしては下手にリスクのある作戦を行い死体を積み上げれば、世論は絶対に許さない。

 民主主義体制下の軍事作戦とはいつの時代、どの国もどうしても国民感情と世論が関与する。

 歴史上こういった物のせいで軍事作戦に悪影響が出た結果敗北した例は枚挙にいとまがない、ベトナム戦争や朝鮮戦争等々だ。

 だからグッドイナフは拒絶した。

 

「捕獲はしないと?」

 

「ええ。破壊します。エリザなどに我々は興味はないのですよ。

 我々の興味はただ鉄血を殲滅し地域情勢を安定化し、崩壊液を除染することだけです。」

 

 カーターの顔色は一転不安に覆われる、そこにグッドイナフは最後の止めを刺す。

 

「それに、この間のアイアンフィスト演習の事をお忘れですかな?

 貴軍の能力不足、訓練不足を盛大に曝け出したあの演習をです。

 あの演習以来、国連軍内部だけでなく米国政府内においても貴軍の能力を疑う声が出ています。

 そのような連中にあれこれ指図される筋合いはないのですよ」

 

 既にアイアンフィスト演習で国連軍内部だけでなく各国上層部にさえ正規軍の能力を疑う声が出ていた。

 「我々に比べ能力で劣る連中にあれこれ言われたくない」という主張は政府や軍の主流でありこと鉄血作戦に関しては国連軍が主導的立場でなければならないというのは暗黙の了解であった。

 自らがこの場で不利な立場だと理解したカーターは苦し紛れにある点を突く。

 

「あなた達はこの世界ではただの部外者だとお忘れですかな?」

 

 ソ連政府がもし国連軍を侵略者として攻撃すれば、彼らは撤退する以外に選択肢はない、そこを突いた。

 だがそれもまたグッドイナフは織り込み済みだった。

 

「忘れてはおりません、ですが、貴方には何の権限があって言っているのですか?

 これはあくまで非公式の会談、私は現場の実務者レベルの話し合いだと理解している。

 正式な話し合いは今、ロサンゼルスで行われている貴国の外務大臣と我が国の国務長官との会談です。

 ここで何かを決めるというわけではなく、ただの互いの目的や理由や考えを交換する場だと考えている。

 あくまで決定をサポートする情報を互いに交換し、決定後の相互理解を円滑にするためだけの場ですよ。」

 

 グッドイナフに正規軍との正式な協力による軍事作戦を行う決定権はなかった。

 彼は現場の実務者であり上層部の決裁者ではないのだ。

 そこをそもそもカーターは見誤っていた、そしてもう一つ彼は大きなミスを犯した。

 彼らは民主主義体制国家の軍人なのだ。

 

「あなたはあの能無し共に任せるつもりですか?」

 

「能無しとは酷いですな。彼らは民衆の意思によって選ばれた存在ですよ?

 我々は貴国と違って本物の民主主義体制下の軍人です。

 あくまで我々は大統領の命令のみに従い動くだけの存在です、政府という頭脳の指示以外では動かない手足です」

 

 皮肉を込めて返す。

 大抵共産主義体制では民主主義はお飾りのシステムだ、それを彼らはよく理解している。

 そして共産主義とその親戚たちは地球上で最もロクでもない結果しか齎さなかった政治体制だという事も。

 

「あんな民主主義のどこがいい、所詮は衆愚政治じゃないか」

 

「衆愚でも最良の独裁者よりはずっといい。

 何故なら、その衆愚を生み出した責任は国民自身にあるのだから。

 民主主義は最悪の政治体制だ、それ以外を除いてとはチャーチルの言葉だ。まさか忘れた訳じゃないだろう?

 古代ギリシャの哲学者の言葉じゃない、これ以上言うつもりならそれは我が国への冒涜とみなすが、よろしいかね?」

 

 グッドイナフの言葉にカーターは押し黙った。もはやこの会談の主導権は彼にあった。

 

「将軍、こんなことに時間を費やすよりもっと建設的でアグレッシブな話がしたい。それはあなたも同じでしょう?」

 

「ええ…」

 

「ところで正規軍はエリザ、ひいては鉄血の最上層部に関してどこまで情報を?」

 

 カーターに正規軍の持つ情報を訊ねる。

 細かい情報は得られないだろうがどの程度知っているか探りたかった。

 

「司令部とエリザの中枢システムの位置を特定しました。

 そちらは?」

 

「確定ではないですがある程度絞り込んではいます。」

 

 そう言うとテーブルの上に置かれていたリモコンを操作する。

 すると部屋が暗くなり天井から液晶画面が降りてきた。

 画面には鉄血支配地域の地図が映し出された。

 

「グリフィンから提供してもらった鉄血支配地域の電力システム網、各種交通網、戦前の鉄血の所有不動産の地図です。

 それを合わせた上でシギントを行ったところ、この工場周辺が妙に通信量が多かった、よって我々はこの周辺3キロ圏内と推定している。」

 

「我々と見解は一緒だな。」

 

 地図上に電力システムや交通網、鉄血の各種施設等が重ね合わされ、更にそこに国連軍の電子偵察部隊が受信した通信量のデータを合わせる、すると一部、ただの工場らしき一ヶ所だけ異常なほど通信量が多かった。

 

「場所としては我々の戦線の左翼側、最も近いのは南に59キロ付近で展開するルーマニア軍第238歩兵連隊、それに第34戦車大隊だ。

 地形的に急峻な山岳地帯の谷間に位置し攻め難く守り易いいやらしい地形だ。

 その上高低差も大きく航空部隊の支援も限定的とならざるを得ない。

 交通の便はそれなりにいいので補給等に関しては困らないだろうが、地形的に大部隊の展開が制限される。

 さらに複雑で敵がどこに戦力を隠避しているか把握するのが難しい。」

 

 地形を分析し述べる。

 急峻な山岳地帯で高低差が激しく複雑な地形、その上部隊を展開する広さもない、まさに守り易く攻め難い地形であった。

 古来戦争において地形というのは最も重要な要素だ、平野では大部隊同士がぶつかり合い純粋な彼我の戦力差能力差で勝敗が決するが山岳地帯となればその要素は相殺される。

 

「入口になる谷間に一度に投入できるのは広さとしては一個大隊程度が限度だろう」

 

「それは同意見だ。

 この地形を考えれば下手に力押しすれば大損害を被る。

 彼我の戦力差を殆ど相殺できるいやらしい地形だよ」

 

「ではどのように?」

 

「電力網を完全に寸断し孤立させ、戦線を押し上げ包囲する。

 後はゆっくりと締め上げるだけだ。

 時間はかかるが、確実だ。相手は降伏などしないだろうから最後に破れかぶれの突破を図ったところで叩き潰すもよし、徹底的に消耗させたところに空から襲い掛かるもよし、相手の考えられないところを突いて山岳部隊に山を越えさせるもよし、調理法は自由だ。」

 

「ねちっこいいやらしい作戦だ。

 私ならそんな作戦を迎え撃つなど御免願いたいね」

 

 グッドイナフの策にカーターは内心震えあがる。

 鉄血の相対する相手は力押ししか能のない彼の部下とは違う、剛柔併せ持つ柔軟な作戦を行う男だという事に。

 




この世界にもオガスあるけどまあ、かなり酷い扱い。
予算不足で実戦テストで終了、その後行方不明になってしかも資料も散逸、40年後にベラルーシがロシアに問い合わせて発見されるとそのまま調査後バラされた。

国連軍最大の弱点は実は死体を積み上げられたら非常に困る事。
良くも悪くも政治に隷属し、政治は国民の意思によって動くという事情。

インターナショナル・フォールズって本当にある町(ミネソタの北の端のど田舎だけど)


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第40話

Internet ExplorerからMicrosoft Edge経由してGoogleChromeに乗り換えた。


『続いてのニュースです。

 本日現地時間午前12時過ぎ、ベルギー議会においてレオン・フェルホフスタット首相の不信任決議案がベルギーの両院議会において全会一致で可決されました。

 これは先月発覚したフェルホフスタット首相の汚職と特別背任、EU貿易法違反に関連するもので…』

 

「フェルホフスタットやっとクビか」

 

「遅いですよね」

 

「ああ、KCMにベルギー軍の旧式兵器と中国で武装解除した武器を横流ししていたんだからな。

 普通とっくの昔にムショだろ」

 

 ケーブルテレビのニュースから流れるベルギー首相の不信任決議案の話をしながらコーシャとコチェットコフは昼食のハンバーガーとポテトを食べる。

 カーターとグッドイナフの会談が行われているのと同時進行であった。

 

「カタンガの鉱山が魅力的なのは分かるがコンゴに首を突っ込むとか時代錯誤過ぎるだろ。」

 

「ええ、全く百年前の事を忘れたんでしょうか」

 

 ニュースから流れるベルギー首相の汚職事件の話をしながら食べているとコーシャの肩が叩かれた。

 

「ん?」

 

「ご主人様」

 

「G36か、どうした?」

 

 肩を叩いたのはG36だった。

 コーシャの質問にG36は食堂の出入り口に立つ正規軍の将校を指さした。

 

「ご主人様に会いたいという正規軍の将校が」

 

「分かった。連れてこい、ただしこっちは休憩中だからな」

 

「分かりました」

 

 G36は離れるとその正規軍将校を連れて戻って来るとその将校が敬礼する。

 だがその顔にコーシャとコチェットコフ、そしてその挨拶した将校さえ固まった。

 

「KSSOのエゴール大尉でありま…す」

 

「あ、ああ。国連軍外部軍事支援局局長コンスタンティン・ハリトノーヴィチ・アーチポフ、ロシア連邦空軍中佐だ。

 そっちはエゴール・コチェットコフ、エストニア陸軍大尉だ」

 

「よ、よろしく」

 

 エゴール大尉と名乗った将校とコーシャ、コチェットコフは握手する。

 だがエゴールの顔はコーシャの隣に座るコチェットコフと瓜二つだった。

 

「コチェットコフ、双子の兄弟がいるのか?」

 

「いませんよ、姉貴分の人形はいましたが」

 

「君に幼い頃に生き別れになった双子の兄弟は?」

 

「おりませんが、中佐殿」

 

あまりにも二人はそっくりで一応確認するが二人共兄弟はいない、コチェットコフは実家に姉貴分の人形がいるがそれ以外に兄弟姉妹はいない。

 つまるところ、異世界の同位体とも言うべき存在なのだろう。

 

「ところで、お二人は何を見ていたのですか?」

 

「ケーブルのニュースだ。

 見ての通りベルギーの話だよ、先月ベルギーの首相のレオン・フェルホフスタットがコンゴのカタンガ・コッパー・マインとその配下の民兵団にベルギー軍の余剰武器と中国内戦で押収してその後倉庫に死蔵されていた兵器類をスクラップ名目で密輸したのをAFPがスクープして世界的スキャンダルになったんだ。

 それで今日やっとベルギー議会がフェルホフスタットの不信任決議案を採決したとさ」

 

 エゴールがニュースの内容を聞きコーシャが答える。

 ニュースは先月発覚したベルギー首相のコンゴへの武器密輸事件であった。

 

「まあ、ここから揉めそうですけどね」

 

「?」

 

「知らないのか?ベルギーはフラマン人とワロン人とドイツ人、それにフランス人がいる国だぞ。

 それに南北対立も重なって毎回政権交代時には相当揉めるんだぞ」

 

 ベルギーは南北対立や言語間対立などから政権交代のたびに大規模な混乱が起きる国だ。

 それこそ世界史上最も長い間戦乱や中央政府消失以外の理由で正式な政権が存在しなかった国という記録も持っている国なのだ。

 だから今回も揉めるのは確実に思えるのだ。

 

「フェルホフスタットはフラームス系左派でベルギーの現政権はフランス・フラマンの両左派政権だからな。

 次の政権は揉めるぞ」

 

「下らない民主主義ですね」

 

「下らないとは失礼だね、面倒だしこういうこともあるが、それが民主主義さ。

 俺たちはそれも勘案して使ってるもんさ」

 

 民主主義を蔑む発言をするエゴールに注意する。

 

「それは失礼しました」

 

「エゴール大尉、君は軍人だ、軍人ならその一挙一投足がそのまま外交問題に発展することもあるってことを理解したほうが君のためだよ?」

 

「了解しました。」

 

 エゴールにコーシャは忠告した。

 軍人の振る舞いが時として政治的な問題を引き起こす例は枚挙にいとまがない。

 だから振る舞いには気をつけなければならないのだ。

 

「ところで、正規軍は鉄血との戦争をどう終わらせたいんだ?」

 

「それを話すと思いますか?」

 

「君個人の意見でいい。

 意見を持ってはいけないとか言うなよ?」

 

 エゴールに尋ねた。

 彼は少し考えると答える。

 

「さあ、分かりかねます。私は一大尉です。

 そのようなことを知る立場にないので」

 

「無難な回答だな。

 それを言えばこっちだってただの中佐と大尉さ。

 俺たちのボスが一体何考えてるかなんて知ったこっちゃないし、どうするかを決めるのは政治家さ。」

 

 無難な回答をするエゴールにコーシャが言う。

 

「まあ、正式に決まるかどうかはさておき、これからはあんたらと長い付き合いになるのは確かだ。

 色々驚くことも多いだろうが、よろしくな」

 

「ええ、よろしくおねがいしますアーチポフ中佐」

 

 エゴールとコーシャはそう言うと握手した。

 

 

 

 

 

「つまり、貴国との合同軍事作戦ですか?」

 

「ええ。対鉄血方面でも貴方方と協力できないかと思いまして」

 

 数時間後のロサンゼルス、国際会議の会場となっているロサンゼルスのホテルでトルストイ外務大臣と会談しているカークマンが彼に提案した。

 カークマン政権の狙いは早期、それもこの年の11月に行われる中間選挙までに鉄血との戦争を終結させることとソ連政府との強固な関係を築くことだった。これが成功すれば中間選挙での共和党に追い風となるのだ。

 彼の提案にトルストイは安堵した。

 

「実を言います、我が国も同じことを提案しようとしていたのです。

 これは大統領に一本取られましたな」

 

 彼の国も同じことを提案しようとしていた。

 ここではカークマンに先を越されてしまったが互いに同じことを考えていたことに安堵していた。

 

「そんなことはないです。

 結局の所は我々は同じゴールを目指したい、違いますか?」

 

「そのとおりです。共通のゴールである鉄血の殲滅とELIDの駆除、これを行いたいのです。」

 

「では、正式な作戦協力を?」

 

「行いましょう」

 

「感謝します」

 

 トルストイは了承する。

 翌日、正式な作戦協力を行う合意、通称ロサンゼルス合意が締結された。

 これにより正規軍と国連軍の合同作戦が決定された。

 

 

 

 

 

 数日後、国連軍司令部は大忙しであった。

 

「大変だぞ全く」

 

「ご主人さま、紅茶です」

 

「ありがとう。G36、これからは大変だぞ。」

 

 合同作戦決定ということに作戦部では電子作戦のインヴィジブル・ハンドと攻勢作戦のファイブ・グッド・エンペラーの作戦内容が大幅修正が必要になり正規軍の作戦参謀が来るのを待っている一方、外部軍事支援局はと言うと正規軍との仲立ちで中心的な役割を担うことが確定したため増員が決定され大変な事になっていた。

 

「連絡将校とかそういうのを大幅増員だ。

 これからは接待とかもしなくちゃならない、俺は軍人だぞ」

 

「ハハ、お坊ちゃんにはいい試練じゃないか」

 

「ええ。空軍将校なんですから少しは陸軍将校の苦労を感じてはいかがでしょうか」

 

「誰がお坊ちゃんだ」

 

 突然後ろから声をかけられ振り返る、するとそこには黒髪の一人の女性将校と銀髪のやや小柄で冷たい印象を与える人形が腕を組んで壁にもたれかかっていた。

 

「なんでここにいるんだ、リーナ、アーニャ。

 お前らモスクワじゃなかったのか?」

 

「正規軍との連携が決まっただろ?それでモスクワからこっちに送り込まれた。」

 

「コーシャ、私の場合チェルケスからだが」

 

「そうかい、お前らと組むのはいつ以来だ?」

 

「フルンゼ以来になるな」

 

「リーナとコーシャと一緒になるの初めてだが」

 

 コーシャと二人が親しく話していると彼の方に冷たい手が置かれた。

 

「ご・主・人・様、そのお二人について詳しく説明してもらえますか?」

 

 いい顔をしたG36だった。

 突如「最愛の人」と親しい女性が二人も現れ目の前で親しくされたらこうなるだろう。

 

「G36、別に大した関係じゃない。フルンゼの同級生さ。

 リーナことアンジェリカとアーニャことAN-94だ。

 どっちも所属は陸軍だ」

 

 二人はフルンゼ名称記念軍事アカデミー時代の同級生だった。

 ウズベキスタンの高麗人出身でロシア軍に志願して士官となったアンジェリカと戦術人形のAN-94だ。

 

「よろしくな、これがあんたの嫁さんか?」

 

「ああ。最愛の人さ」

 

「妬けるねぇ、私と寝た夜のこと忘れたのかい?」

 

「お前みたいなのと寝るぐらいならゴリラと寝たほうがマシだ。」

 

「私とはどうなんだ?」

 

「火に油を注ごうとするな、嫁に殺される」

 

「いつの時代もロシアの男は嫁には頭が上がらないんだな」

 

「女に上がらないんだ。人形と結婚したがるのもチェーシャがいないからな」

 

「ご主人様、仕事中ですので身内の話はそこまでにしてくださいね?」

 

 親しげに話す3人にG36が嫉妬して割り込んだ。

 そこへさらに人がやってくる。

 

「アーチポフ中佐」

 

「ん?この間の将校か」

 

 やってきたのは正規軍のエゴール大尉だった。

 

「本日付で連絡将校として派遣されました」

 

「よろしく、まあ連絡将校と言っても人手が足りないときは容赦なく使うからな」

 

「了解です」

 

 彼も連絡将校として派遣されたのだった。




・アンジェリカ
ウズベキスタン共和国タシュケント出身のロシア陸軍将校
ロシア軍は一応志願なら世界中あらゆる国から入隊できるシステム、CIS諸国ならなおさら。
スペツナズ出身将校で男勝りな性格で姉御肌で意外とモテるがコーシャにはタイプではない。
フルンゼ名称記念軍事アカデミーの同級生。
相性はリーナ

・AN-94
コーシャと知り合いのAN-94。
アンジェリカが所属していたスペツナズにもいるが別個体。
AK-12キチではない。
山岳兵出身で趣味はチェスと登山。エルブルス山やマッターホルン、モンブランに登頂経験がある。チェスに関しても全ロ人形チェス大会でチャンピオンになる腕前。
前の配備先はコーカサス地方のカラチャイ・チェルケス共和国。
相性はアーニャ


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第41話

日常回
簡単に言えばグリフィンの部隊とドイツ陸軍の話


 国連軍が対鉄血の主軸となった今、ある組織の仕事が大きく変わってしまった。

 それはグリフィン&クルーガー、元々対鉄血の主軸であったPMCだが今では国連軍の下請け警備会社の一社に過ぎなくなっていた。

 

「はぁ、暇ね」

 

 それなりに整備された道路を走るグリフィンが提供したトラックをドイツ連邦軍の整備部隊が破壊した鉄血の兵器から剥ぎ取った装甲板を溶接したガントラックの荷台でネゲヴがため息をつく。

 ネゲヴ小隊というグリフィンのある精鋭部隊を率いるネゲヴには今の状況が不満であった。

 

「ええやないか、こういう楽な仕事ばっかりになってさ、ネゲヴ」

 

「それは、そうだけど…」

 

「血肉湧き踊るような任務が久しぶりに欲しいってことですわよね?」

 

 彼女にとって不満だったのが最近の仕事は殆どがこのような輸送路の警備や護衛であり必ず軍部隊と合同で行われるというものだった。

 彼女から言わせればこんな退屈な任務はもう懲り懲りだった。

 

「そうよ、タボール。戦いたい!戦いたい!鉄血のクズどもに鉛玉ぶち込みたい!」

 

「嬢ちゃんたち、おらのトラックで騒がねえでくれるかい?」

 

「わかったわよ」

 

 騒いでいると運転席から現地で国連軍に雇われたドライバーが注意してきた。

 普通なら人形にはキツく当たるタイプの人間が多い中、国連軍に雇われた人は大概優しく当たっている、彼女たちは知らないが人形にキツく当たった人間は大概が即日首を切られているのだ。

 

「とにかく、戦いたい!

 あんなお荷物連れて行かずにさ!」

 

 ネゲヴはその後ろを走る軍用車を指差す。

 車内には一般グリフィン部隊が乗っていた。

 国連軍は個人の能力よりも数を重視するきらいがあり、そのため通常なら一個小隊の5人でする任務を国連軍のオーダーの場合最低でも25人は要求してきていた。

 国連軍の場合はそもそも5人で遂行可能な任務などないと考えていた。

 

 一方、指を刺された人形たち、とある基地所属のスコーピオン、スプリングフィールド、ブレン、リー・エンフィールド、ヴェクターたちも色々と話していた。

 

「あら、前の車の人たち私達のことを指差して色々と話しているようですわね」

 

「一体何を話してるんだろうか?」

 

 スプリングフィールドがリー・エンフィールドと前の車で暴れる(彼女たち視点)ネゲヴたちのことを噂する。

 

「きっと最近は楽な任務が増えたし色んなものくれるし暮らしやすくなったよね~みたいな話だよ」

 

「私達はどうせただの商品なのに変な人達が増えたよね」

 

「全く、少しは任務に集中したらどうだ」

 

 能天気なことを言うスコーピオンに国連軍の彼女たちへの態度が不満なヴェクターが反発する。

 一方武人気質のブレンは全く任務に集中しない仲間たちに不安だった。

 

「ところでお嬢さん方、少しラジオを付けていいかな?」

 

 突然黙って聞いていたドイツ人のドライバーが話しかけた。

 

「別に構わないが、なぜだ?」

 

 リー・エンフィールドが代表して聞いた。

 

「いや、今日はワールドカップの準決勝だぞ」

 

 ラジオを調整しながら返した。

 

 

 

 

 

 

 それから2時間後、ネゲヴたちに護衛された輸送隊は前線にある目的地、ドイツ連邦陸軍第11装甲旅団の補給デポに近づいた。

 近づくとベレー帽を被った憲兵が少しイライラしたような口調や態度で指示を出す。

 

「積荷を載せたトラックは全部左手の補給所に行け!

 護衛は右手の休憩所だ!

 早くしろ!」

 

「わかったわよ!」

 

 ネゲヴが大声で返事をする。

 彼女たちは憲兵の言われたとおりに二手に分かれて休憩所に向かう、だがどうも基地全体がピリピリしていた。

 殆どの勤務中勤務外の兵士問わずラジオやテレビやスマホに釘付けになっていた。

 

「なんか妙な感じやな」

 

「何かあるのでしょうかね?」

 

「さあ、積荷の下ろしが終わるまで休憩所で待機しておきましょ」

 

 ドイツ兵の態度を気にせず彼女たちは休憩所に入った。

 だが、休憩所は外以上にピリピリしていた。

 

「行け!行け!」(ドイツ語)

 

「ハーマン!そこだ!ああ!」(ドイツ語)

 

「なんの騒ぎかしら?」

 

「なんだかすごいことになってるな」

 

「ここは前線じゃないのか」

 

 何故かドイツ兵、それも上は大佐、下は二等兵、男女人形問わず壁にかけられた大画面のテレビにピザやポテトやカリーブルスト、ビールまで出して齧りついて大声で応援していた。

 その様子に入ってきた人形たちはドン引きする。

 

「ねえ、一体何やってるの?」

 

 意を決してネゲヴが応援していた一人の人形、HMG21に声をかけた。

 

「何って…ドイツ代表を応援しちゃだめなの?」

 

「そうだぜ!ドイツは俺達の国だぞ!そうだろ!」

 

「リューポルト、うるさい。あんたの従兄弟がキーパーなんでしょ。」

 

「いや、一体なんの応援をしているかって聞いてるんだ」

 

 勤務中のはずなのだがビールを飲んでる士官とHMG21の説明はさっぱり理解できず再度リー・エンフィールドが聞いた。

 

「何って、知らないの?今日サッカーワールドカップポーランド大会の準決勝だよ?」

 

「ああ。イタリア対ドイツ、まだ前半15分だけどな!」

 

 応援していたのはポーランドのポズナンで行われているサッカーワールドカップの準決勝、イタリア対ドイツであった。

 この年のワールドカップは奇跡の快進撃を遂げるイタリア代表対王者ドイツ代表、順当な試合であるアルゼンチン対ブラジルが準決勝でありサッカーが事実上国技のドイツにとっては大事な大事な試合である。

 そのため彼ら軍人でさえ仕事をほっぽりだして試合に釘付けだった。ましてやこの片方の士官のエドゥアルド・リューポルト中尉の従兄弟はこのドイツ代表のキーパーだった。

 

「サッカーなんかでこんなに盛り上がるんだね」

 

「ここは前線じゃないか、こんな気楽でいいのか」

 

 ヴェクターとブレンが冷めたようなことを言う。

 彼女たちからすればここは前線、こんな気楽な空気でいいのか、ましてや人形なんてただの道具だ。

 

「はあ?何言ってるの?前線だけど楽しんで悪い?

 というかここじゃ数少ない娯楽だよ、これ」

 

「ああ。戦闘だけじゃ心が病む。

 士気にも関わるしね」

 

「それにサッカーってドイツの国技だから」

 

 一方のドイツ軍の場合は前線のガス抜きという目的があった、それ以上にドイツ人はだいたいみんなサッカーファンだからという理由もあるが。

 このような、仕事以外の時間を楽しむことに使うという概念が薄いグリフィンの人形と人形も人間も同じように仕事をして仕事以外の時間を楽しいことに使う国連軍の人形という図が所々で起きていた。

 

「だからこうやって楽しんで…」

 

「ダメダメダメダメ!!!!!」

 

「リューポルト!止めろ!!」

 

「リューティガー早くしろ!早く早く早く!」

 

「え!どうした!」

 

 リューポルトとHMG21が話していると応援していた兵士たちが急に騒がしくなる。

 振り返ってテレビを見るとイタリア代表の選手がドイツの守備をついてコートを疾走していた。

 

「あああああ!!!!」

 

「早く止めろ!」

 

「ケーニヒ!そこだ!いや!そうじゃない!」

 

「リューポルト!リューポルト!」

 

 突然のピンチにドイツ人は他のあらゆる音声がかき消されるほどの大声で応援する。

 だがその応援は画面の向こうのピッチの選手には届かなかった。

 

『コンテ!ケーニヒを躱す!見事なドリブルだ!

 そして、シュート!!!

 ボールはリューポルトの頭上をかすめゴールネットに一直線!

 イタリアのチーターコンテ!さすがは青い矢の異名を誇るチームだ!

 世界最強ドイツ代表の一瞬の隙をついての神速のカウンターだ!』

 

「「あああ…!」」

 

 ドイツ人たちの祈りは届かず、イタリア代表が先制点を取ってしまっていた。

 さっきまでの応援に変わって落ち込む声と興奮するテレビの実況しか聞こえなくなった。

 

「まだだ、あんなパスタ野郎なんかに負けるか。

 ドイツのサッカーは世界一だ」

 

「ああ、たった一点だ。まだ取り返せる。」

 

 誰かがつぶやいた。

 そうだ、まだ前半20分ですらない。まだ取り返せるはずだ。

 

「なんだか、楽しそうねあんたたち」

 

「あんたらも見るといい。楽しいぞ」

 

 呆れるネゲヴにリューポルトが言う。

 サッカーはルールがわからなくとも見ているだけで楽しいスポーツだ。

 ましてや放映技術が進化した今ならルールが一切わからなくとも何がすごいか、そういうのもちゃんと分かるのだ。

 特にすることもないグリフィンの人形たちは彼らドイツ軍人に混じってサッカーの試合を見ることにした。

 

「どうぞ、フロイライン」

 

「フフ、ありがとうございます」

 

「いえいえ、お嬢さんに席を譲るぐらい紳士として当然ですので」

 

 スプリングフィールドに一人の兵士が席を譲った。

 珍しいことに驚きながらも彼女は席に座った。

 すると席を譲った兵士に周りの兵士が冷やかした。

 

「誰が紳士だって?」

 

「一番のスケベ野郎じゃねえか!」

 

「こいつのベッドの下、グラビアしかないぞ!」

 

「お前ら黙れ!」

 

 冷やかしをその兵士が一喝して黙らせる。

 スプリングフィールドはその光景に微笑みながら隣の席に座る兵士に挨拶する。

 

「フフ、よろしくおねがいしますね」

 

「ああ、サッカーのルールぐらいなら教えてあげるぜ」

 

「おい見ろよ!ハンスが口説いてるぜ!」

 

「お前ボンでもモテなかったのにな!」

 

「うるせえ!あっち行け!サッカー見てろ!またさっきみたいにあっという間に点を取られるぞ!」

 

「はいはい」

 

 同じように兵士たちが冷やかした。

 その側でリー・エンフィールドとブレンが冷めて目で見ていた。

 

「全く、こんなことをしていていいのか」

 

「全くだ」

 

「二回戦でドイツ代表がイングランド代表を叩き潰してイギリス人はご不満なんですか?」

 

 冷めた目で見ているとドイツ陸軍所属のMG4が現れた。

 だがその格好はドイツ代表のユニフォームになぜかドルトムントのタオルを持っていた。

 

「そういうわけじゃない。

 ここは最前線だと言うのに弛んでる。それにたかがサッカーじゃないか」

 

 ブレンが言い切る。MG4はそんな彼女たちに反論する。

 

「たかがじゃありません、4年に一度のサッカーの祭典ですよ。

 私達サッカーファンなら誰でも大騒ぎですよ。

 というか最前線だと言うのならあなた達のその格好の方をどうにかしたほうがいいのでは?

 ここはワーテルローでもバラクラヴァでもないんですよ?

 幸いここはまだ後方で私達は少なくとも今日は敵が出てくるようなところには出ないからこんな格好ですけどあなた達は任務終わりですよね?」

 

 リー・エンフィールドとブレンの19世紀のイギリス兵を思わせるレッドコートを皮肉る。

 その格好はまるでナポレオン戦争のワーテルローの戦いやクリミア戦争のバラクラヴァの戦いのようでふざけてるとしか言いようがなかった。

 

「そこのネゲヴやタボールもですよ。

 あんな格好、真冬でもなければ目立って目立ってしょうがないですよ。」

 

 さらに近くでテーブルの上のカリーブルストを齧るネゲヴ小隊さえも皮肉った。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「…どうする…?」

 

「大尉、済まないが今日は仕事をする気が起きないんだ」

 

「酒をくれ、あるだけ全部」

 

「Ohne Worte…」

 

「…こんなの嘘だ…」

 

「リューポルト…まだ三位決定戦があるじゃん…」

 

 1時間半後、そこにはイタリア代表に10対1という歴史的大敗北を喫し悲しみに打ちひしがれるドイツ人たちの姿があった。

 




・エドゥアルド・リューポルト
ドイツ陸軍中尉
従兄弟がサッカードイツ代表のキーパー

・HMG21
ドイツ陸軍所属の戦術人形
根暗系だがサッカーファン
リューポルトと仲がいい

・MG4
ドイツ陸軍所属の戦術人形
口数は多い方ではないが割と毒舌家
ドルトムントファン



ドイツ代表に恨みはないがボロ負けしてもらった。
カザンの恥の再来、ポズナンの惨劇とか言われるんだろうなぁ


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第42話

何故か戦闘回


 真夜中になればどの基地も同じように兵士たちの殆どは勤務から外れ思い思いに過ごすものだ。

 国連軍司令部のあるS-09基地も同じようにこの日もまた深夜0時前になれば殆どの兵士は寝るか、あるものは最近できた近くの街の歓楽街や少し離れてはいるが規模で言えば最寄りもやや大きいガーデンと言う街に飲みに行っている。

 

「まだかな…」

 

 それは外部軍事支援局所属のコチェットコフも同じだった。

 誰かと待ち合わせてるのかしきりに腕時計やスマホで時間を確認していた。

 スマホの画面を操作して電話をかけようとし、ふと顔を上げると相手がいたようで手を振った。

 

「こっちだ!」

 

「ああ、コチェットコフ大尉!探しましたよ!」

 

「済まない、わかりにくかったかな?Ro」

 

「いえ、仕事が少し長引いてしまって」

 

「構わないさ。俺も今日仕事が一つ一段落したところさ。

 それじゃあいこうか」

 

 待っていた相手は黒い髪に白いメッシュが特徴的でスタイルのいい女性、Roだった。

 二人は何やら親しげに話しながら飲み屋街へと向かって歩き始めた。

 この日は金曜ということで街は仕事終わりの人で賑わい、飲み屋街の通りの角を曲がれば所狭しと仕事終わりに飲みに来た兵士や労働者で溢れていた。

 この通りは数ヶ月前まで闇市だった通りだ。

 

「うわ、すっかり賑わってますね」

 

「おおう、そうだな。数ヶ月前まで闇市だったとは信じられないぐらいだ。」

 

 人混みに圧倒されながら二人は歩いている、すると後ろから来た誰かとRoの肩が当たり彼女がふらつき倒れかけた。

 

「うわ!」

 

「ああ、大丈夫ですか」

 

 咄嗟にコチェットコフは彼女を支える、すると抱きかかえるような体制にになってしまった。

 二人の顔と顔が数センチの距離にまで近づきRoは顔を赤くする。

 

「だ、大丈夫です」

 

「そうか、なら良かった」

 

「ええ。第一私は人形で…ん?」

 

 言葉を続けようとしたが彼女はポッケの中に何か知らないものが入ってるのに気がついた。

 

「どうした?」

 

「何かポッケに…」

 

 取り出すとそれは手紙だった。

 

「手紙?」

 

「えっと…何々…

 『カーターはアーノルドだ。ウェストポイントがイギリスに渡らないようにしろ。LSZH19901114』

 どういう意味でしょうか?」

 

「さあ?」

 

 この謎の手紙に二人は首をかしげる。

 その二人から少し離れたところでは

 

「アンジェリカ、任務完了よ。

 ええ、それじゃあ戻るわね。

 行くわよ、94」

 

「了解だ、AK-12」

 

 銀髪で目を閉じた女と銀髪で少し小柄な女が動いていた。

 

 

 

 

 

 

 コチェットコフとRoが謎の手紙を受け取っていた頃、司令部の作戦室の画面にはある鉄血の基地が映し出され、別の画面には地図が映し出され緊張感が漂っていた。

 

『こちらスカウト1、目標異常なし。接近には気がついてない模様』

 

「了解。カーター将軍、そちらの部隊は?」

 

 ある部隊からの報告を聞いたグッドイナフは隣の画面に映るカーターに状況を聞いた。

 

『既に所定の位置についている。

 そちらの状況は?』

 

「予定通りだ。突入部隊はホールディングエリア1に到達。

 敵も気がついてない。一気にやる」

 

『了解だ、では予定通りだな』

 

「そうだ。鷲の巣より各隊、鷲は舞い降りた、繰り返す鷲は舞い降りた」

 

 カーターとの会話が終わると無線で命令を出した。

 すぐに各部隊から返事が届いた。

 

『こちらイーグル、鷲は舞い降りた、了解』

 

「一気に押せ、捕虜に傷一つつけさせるな」

 

『わかってます』

 

 ヘリに乗った米陸軍特殊部隊からの返事は力強く自身に満ち溢れていた。

 国連軍と正規軍の初の合同軍事作戦、高い城の女作戦の開始であった。

 

 

 

 

 コールサインイーグル、米陸軍特殊部隊を載せた数機のヘリはレーダーを回避するため山岳地帯の山肌スレスレを超低空で高速飛行しながら進んでいた。

 その機内で特殊部隊の隊長は隊内無線を使う。

 

「予定通りだ!行くぞ!」

 

「「了解!!」」

 

 各自の元気のいい返事に安心する。

 コックピット越しに前方を見ると少し先を高速でロシア軍の戦闘ヘリが編隊を組んでいた。

 

「隊長殿、そろそろ時間だ、音楽をかけても?」

 

「そのつもりじゃなかったのか?」

 

 ヘリの機長でヘリ部隊の隊長のパイロットが振り返って聞いた。

 隊長が返事をするとスイッチを入れ、音楽が外から聞こえ始めた。

 その音楽は誰もが知っていた。

 

「ワルキューレの騎行とは、時代錯誤じゃないか?」

 

「73イースティングでも第1騎兵師団は宣伝部隊のハンヴィーに流させてたらしいぜ。

 ついでにこれなら士気は上がるだろ?」

 

「全くそうだな。バレないか?」

 

「大丈夫さ、今頃オリョール隊が襲い始めた頃さ」

 

 パイロットの言葉の直後、遠くから遠雷のような音が響き始めた。

 音の先にあった小さな盆地の中にあった基地は爆発が繰り返し、夜の闇を切り裂いてロケット弾と曳光弾が飛び交い火災の炎と共に昼間のような明るさになっていた。

 その上を数機のロシア軍の戦闘ヘリが飛び地上を逃げ惑う鉄血を攻撃していた。

 

『オリョール2、西側クリア』

 

『オリョール4、北側クリア』

 

『オリョール6、南西方向クリア。

 突入可能』

 

「こちらイーグル。了解、これより突入する。

 ご搭乗の皆様、座席を元の位置に戻しシートベルトをお締めください」

 

 先行するロシア機からの連絡を受けた機長が特殊部隊に命令する。

 北は鋭く右に旋回すると炎上する鉄血の基地とそれを空から襲うドラゴンのような戦闘ヘリが現れた。

 下から反撃はあるようだが奇襲でしかも闇夜、実質的には蟷螂の斧であった。

 機内では両側のドアが開けられ乗員がドアガンのガトリング砲を構える。

 そして基地に接近すると両側から一斉に地上の鉄血に向けて撃ち始める。

 

「撃て!撃て!撃て!」

 

「左舷!鉄血集団!」

 

 ヘリは降下しながらドアガンを乱射する。

 着陸しようとする場所にいた鉄血は彼らが来る前にロシア機によってスクラップになり近づいてくる連中もドアガンの乱射で尽く破壊されていた。

 

「着陸するぞ、戦闘用意!」

 

 高度計の自動音声読み上げが鳴るコックピット内でパイロットが振り返って言う。

 数秒後ドスンという衝撃が走ると兵士たちはヘリから飛び降りる。

 周りでは同じように他のヘリも着陸し中から多数の兵士が飛び降りて走っていた。

 

「動け!動け!動け!撃たれたくなかったら動け!」

 

「援護しろ!」

 

 兵士たちはヘリの支援を受けながら遮蔽物に隠れ近づいてくる鉄血を攻撃、航空支援もあり圧倒していた。

 鉄血はみるみるうちに後退していき基地の中央部にあった司令部まで退く。

 

「よし、あそこだ!

 チャーリー、援護しろ!」

 

「了解!援護だ!」

 

 司令部までたどり着いた兵士たちの一団が援護を受けて司令部の壁に取り付く。

 そしてドアに爆薬を仕掛け爆破すると突入した。

 

「行くぞ!」

 

 内部に侵入すると電気が落とされ真っ暗な司令部内を進む。

 突然目の前に動くものが現れるが即座にそれを鉄血と判断し撃ち倒す。

 

「クリア」

 

 倒した鉄血人形を確認すると更に先に進む。

 そして目当ての場所に到達した。

 

「こちらブラボー、目標地点に到達。

 モスバーグ、ぶっ飛ばせ」

 

「私に任せて~」

 

 目当ての場所にあったドアの鍵を戦術人形のM500が吹き飛ばす。

 そして蹴破ると中には牢獄があった。

 

「ひっ…」

 

「やっぱりな、こちらブラボー、イナゴを発見した。

 ヴィランは確認できず」

 

 中には捕らえられたグリフィンの人形たちがいた。

 

「大丈夫だ、俺達は国連軍だ。君たちを助けに来た。

 もうしばらくそこで待っていてくれ」

 

 隊長の兵士が言う。

 そしてハンドサインで部下に指示を出した。

 

 

 

 

 

 

「我々の情報の通りだな」

 

 グッドイナフは現場からリアルタイムで送られる映像を確認しながら呟く。

 この高い城の女作戦の狙いは鉄血に囚われた人形たちの解放であった。

 鉄血に対して国連軍はシギント、即ち通信傍受とNSC主導でコンピューターウイルスの拡散で情報収集を行っていた。

 特に後者は通信を行うだけで次々と感染させ各種情報を勝手に吐き出される特殊なコンピューターウイルス、通称「ムーンシャイン」というウイルスを拡散させたためかなり正確な情報が毎日大量に送られていた。

 もはや鉄血は丸裸であった。

 

「イーグル、アルケミストは確認できたか?」

 

『まだです、現在捜索中です。

 ここにいない可能性もあるのでは?』

 

「その可能性は低い、ムーンシャイン情報によれば攻撃開始直前までそこにいることを確認できた。

 警戒しろ」

 

『了解』

 

 この基地を管理しているという鉄血のハイエンド、アルケミストは情報ではまだこの基地にいるはずであった。

 技術格差が3世代ほどあってもハイエンドモデルは接近戦では危険な存在であった。

 

 

 

 

 

 目標の人形たちを救出後もまだ基地では激しい戦闘が続いていた。

 上空のヘリ部隊の火力支援、さらに第二波として5機のティルトローター機が現れ増援部隊を派遣しただけでなく上空から今度は戦闘攻撃機の空襲も開始され益々不利になっていた。

 

「いいぞ!もうひと押しだ!」

 

 小隊長が叫ぶ。

 航空支援というアドヴァンテージで鉄血は圧倒されもはや総崩れに近かった。

 鉄血を追い立てる戦闘では特殊部隊の人形と兵士たちが鉄血と撃ち合っていた。

 だがどちらも爆炎と闇夜でよく見えず半分盲撃ち状態であった。

 

「ブレイザー!なにか見えるか?」

 

 先頭の兵士が無線で上空のヘリに乗っているライフルの戦術人形ブレイザーR93に連絡する。

 

『そうね、ん?気をつけて!』

 

 突然R93が叫ぶ。

 次の瞬間、爆発が起き煙の中から人影が現れた。

 

「お前ら、楽に死ねると思うなよ?

 グリフィンの人形ばかりで退屈していたところだ」

 

「アルケミストだ!火力支援!」

 

 その長い白い髪の女を見た瞬間、兵士が叫んだ。

 それは鉄血のハイエンド、アルケミストだった。

 そして彼女を先頭に残存の鉄血部隊の逆襲が始まる…

 

 

 

 

 はずだった。

 

 次の瞬間、先程の爆発以上の大爆発が起き、土煙に覆われる。

 さらに攻撃ヘリの30ミリ機関砲、それも単発火力が高く発射速度の高いロシア軍独特の航空機関砲のガスト式の絶え間ない連射とありったけのナパーム弾のロケット、対戦車ミサイル、ドアガンが撃ち込まれた。

 

「ペ!クソ、空軍の連中敵と50メートルも離れてねえっていうのに2000ポンドぶち込みやがった…」

 

『ハッフ!大丈夫!?』

 

「ブレイザー、なんとか生きてる…基地に帰ったら連中に一発食らわせてやる…」

 

 アルケミストの逆襲は航空支援の機の砲火に30秒で潰えた。

 最後の残存戦力の最後の抵抗はこうして潰え、高い城の女作戦のフェーズ1は終了。

 夜が明ける前に正規軍のヘリ部隊と国連軍各軍の輸送ヘリとVTOL輸送機が到着、捕虜の人形と特殊部隊員を載せ脱出、夜が明けた頃には基地に残ったのは燃えて捻じ曲がった金属の破片、溶けたアルミニウム、焼け焦げたケーブル、燃料の鼻をつんざく匂いと硝煙の煙だけであった。




・ブレイザーR93
米陸軍特殊部隊所属のマークスマンライフル人形。(なお本来は競技用)



高い城の女作戦の由来はもちろん名作高い城の男
捕虜の人形をイナゴって言ったのは作中のキーアイテム「イナゴ身重く横たえる」

コチェットコフの気になる相手はまさかのRO


さー、これからどうなるんでしょうねー



Qところでアルケミストどうなった?
A3発の2000ポンド航空爆弾と数十発のロケット弾と数え切れないほどの機関砲の弾でスクラップになった。


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第43話

スパイの話になった。


 高い城の女作戦、そしてコチェットコフとROがあの不審な手紙を受け取った翌日、彼はそれをコーシャに渡して話していた。

 

「で、これをどうしろって?」

 

 面倒くさそうな表情をして自分のデスクのオフィスのデスクの前に立つコチェットコフをコーシャは睨む。

 

「わからないんですが内容が内容ですから調べてもらえませんか?」

 

 彼は丁重にお願いする。

 なにせ内容はカーターが不審な動きを計画しているという告発文とも取れる内容だからだ。

 だが、それは外交問題となる可能性が非常に高い告発であり、そもそもあまりに抽象的でイタズラかもしれない代物だった。

 

「内容が内容なのはわかる。

 このアーノルドってのはおそらくベネディクト・アーノルドだろうな。

 独立戦争中にウェストポイント砦を英軍に引き渡そうとした独立戦争時のアメリカ最大の裏切り者。

 そう解釈してこの文を読むと『カーターは国連軍に対して裏切り行為を働こうとしている。未然に防げ』って意味になるんだろうが生憎俺たちは探偵でも刑事でもない、軍人だ。

 軍人が最もしてはいけない行為の一つは確固たる信頼に足る情報なく推測と主観的な観察に基づいて動くことだ。

 大尉ならわかるだろ?それにカーターが俺たちに裏切り行為をしたところで、どこに利益が?

 鉄血の前で我々を攻撃などすれば前線が崩壊だ、歴史的大敗北になるだけだ」

 

 コーシャはこの手紙を訝しんでいた。

 なにせ内容が内容というのもあるが純軍事的に考えた場合、カーターがもし作戦中に裏切れば、その瞬間前線が崩壊する、そうなれば敗北は必至だ。

 そんなことを考えながらG36の淹れた紅茶を飲み頭をかく。

 すると同じように頭をかいたコチェットコフが再度主張する。

 

「しかし、これは…」

 

「あーあー、言いたいことはわかる、俺もあのバカ共を信用してないし信頼に足る連中とすら思ってない。

 彼奴等が同じロシア軍人だということを認めることすら拒絶したいぐらいだ。

 あんなスヴォーロフを、クトゥーゾフを、バグラチオンを、トハチェフスキーを、ジューコフを忘れたような連中がその後継者だとは思いたくもない。

 だけどな、こいつは事によっては外交問題化するんだぞ。推論で動きたくないんだ」

 

 彼もまた正規軍を信用していない、だがだからと言って告発分を鵜呑みにする訳にはいかないのだ。

 分別をわきまえた人間ならば誰もがそうするだろう。

 

「推論推論って、中佐殿はこの手紙をどうお考えですか?」

 

「どうせイタズラか何かだろうな。

 カーターの足を引っ張りたい反国連軍派か何かが適当な文章をでっち上げたんだ、軍人として考えるなら」

 

 コーシャの“客観的な一軍人としての認識”はイタズラか何かだと思っていた。

 だがその結論の最後に一言濁した。

 それは同じ疑念を抱いているキーワードだ。

 

「では軍人としての直感は?」

 

「火のない所に煙は立たない。

 これが煙なら、放っていたらとんでもない山火事になる。」

 

 落ち着いた声で言い切った。

 可能性だけならばどうとでも言える、だがこの内容が真実なら、彼らは安全保障上極めて危険である。

 特に彼らの最大のウィークポイントとも言える「犠牲を出せない」という観点からは。

 

「ではどうするべきですか?」

 

「まずエゴールに渡すな、絶対に。話も流すな。

 この話は俺とお前と受け取った女の間だけの話だ。

 2つ目、協力者が必要だ。俺とお前の権限だけじゃ何もできない、違うか?」

 

 事の重大性を勘案し強く言う。

 この二人では殆ど無力なのだ、なにせただの中佐と大尉だからだ。

 

「ええ。ですが協力者って?」

 

「そこが問題だ、この手の話に明るく信頼に足る奴…親父にでも相談するか」

 

「大将閣下に?」

 

 自分の父親を巻き込もうとするコーシャに驚いて聞き返す。

 

「親父はなんだかんだで顔が利く。

 違うか?」

 

「あら、何面白そうな話ししてるの?あんた達ホモだっけ?

 うぉっと」

 

 突然ドアの方からアンジェリカの声が聞こえドアの方を見ればいつの間にか彼女がドアの縁にもたれかかっていた。

 コーシャは咄嗟に手元にあった分厚い英語の辞書を力一杯投げる。

 アンジェリカはギリギリのところでそれを躱す。

 コーシャは苦虫を潰したような表情だった。

 

「帰れ、お前が来ると碌な事にならない。」

 

「あら、一応私国連軍司令部の保安部所属よ?

 外部軍事支援局にいるのは情報保全のため、一応出向扱い。

 で、どうする?」

 

 さらに渋面になるコーシャ。

 

「クソ、この手紙のコピーを渡す。

 元本はコチェットコフが管理しろ、コピーを二枚刷って一枚は俺から親父に上げる。」

 

 半分ヤケクソになりながら彼は立ち上がりその紙を部屋の隅にあるコピー機で印刷した。

 

「ほらよ、これで満足か?」

 

「大満足よ、それじゃあね~コーシャ、今度奢るわよ、いい店見つけたから」

 

「そう言ってモスクワで一番辛いインド料理屋で3日寝込む羽目になったカレー食わされた件は忘れてねえぞ」

 

「ハハ、懐かしい話するわね~、じゃあね」

 

 そう言って彼女は笑いながらコピーを持って出ていった。

 コチェットコフは昔二人の間に何があったか気になって聞いてみた。

 

「中佐、彼女と昔何が?」

 

「ウォッカを大量に飲まされた後にインド料理屋に連れて行かれてブート・ジョロキアとかキャロライン・リーパーとかドラゴンズ・ブレスとかペッパーXが20本ぐらい入って真っ赤になったカレーを食わされて3日寝込んだ、というかそれから半月ぐらい体調崩した」

 

「ええ…」

 

 世界一辛い唐辛子が大量に入ったカレーを騙されて食わされたと聞いてドン引きするしかなかった。

 

 

 

 

 

「彼奴らは?」

 

 同じ基地内、その中でも最もセキュリティレベルが高くつい先週完成した本格的な司令部施設の入った棟の中に保安部は入っていた。

 名称こそ保安部という防諜部門的名称だが実際はこの名称はカモフラージュでありこの地で活動する各国諜報機関を統括する組織でありそのトップの名を取り「キャラウェイ機関」と呼ばれていた。

 そのトップこそがスコットランド訛りの英語を話すイギリス人でスコットランド貴族のサー・レイモンド・キャラウェイ大佐だった。

 

「おそらく気がついてないね。

 アジトも特定済み、後はどうする?私が動いてもいいけどもっといい方法もあるよ?」

 

「DBIを動かすのも悪くはない、普通の警察活動に偽装できる。」

 

 キャラウェイに二人のドイツ人が報告する、片方はドイツ憲法擁護庁職員のフォン・デム・エーベルバッハ、もう片方はドイツ連邦情報局のMP7だった。

 3人はテーブルの上に置かれたある不審人物たちの写真や資料を見ながら話していた。

 それはあの昨日、ROたちに接触した女性たちだった。

 

「だが彼奴等の狙いが分からなければ、彼奴らはプロだ。

 少なくともシギントに引っかかってないからな。

 それと、そろそろ帰って来る時間じゃないかな?」

 

 キャラウェイがそう言うとドアが開けられアンジェリカが入ってきた。

 

「キャラウェイ、手に入れたわよ。例の物」

 

「そうか」

 

 アンジェリカはキャラウェイにその手紙を渡した。

 彼は鼻の下の方にかけた老眼鏡を通し手紙を観察する。

 

「こいつは原本か?」

 

「残念だけどコピーよ」

 

「原本ならこの20倍は情報がある。」

 

「強奪しようか?キャラウェイ」

 

「構わん、これでも十分な情報があるさ」

 

 MP7の提案を却下して手紙を観察する。

 そして葉巻をくわえて火を付ける。

 

「ふむ、これが本当なら正規軍の連中の一部が何かやらかそうとしているってことだな」

 

「何かって?」

 

 MP7が聞いた。

 

「それを調べるのが我々の仕事だ。

 まずはこの手紙を渡した人物を押さえろ。

 エーベルバッハ」

 

「なんでしょうか?」

 

 口から葉巻の煙を吐き出しながらエーベルバッハを呼ぶ。

 

「アジトは抑えてるな?」

 

「ええ」

 

「今夜中にこの二人の身柄を拘束しろ、密入国でDBIにしょっぴかせろ。

 スパイかどうかは…」

 

「分かってます、スパイなら吐かせます」

 

 キャラウェイの指示を彼は心得ていた。

 それに満足するとMP7にも指示を出す。

 

「よろしい、MP7はこのLSZH19901114を404と一緒に押さえろ」

 

「LSZH19901114って誰かわかるの?」

 

 MP7が聞く、キャラウェイはそれに自信げに答える。

 

「ああ、LSZHはIATAの空港コードでチューリッヒ国際空港だ。

 そして19901114は1990年11月14日、アリタリア航空のDC-9がチューリッヒ国際空港に進入中に墜落した日だ。

 その便名が404だ。」

 

 アルファベットと数字が表していたのはチューリッヒ国際空港1990年11月14日、乗員乗客全員が死亡したアリタリア航空404便墜落事故が起きた日だ。

 

「それって…成程ね。

 こっちの404を404と一緒に押さえる。面白いじゃない」

 

「そうだ、分かったね?」

 

 キャラウェイが確認する、二人が頷くと満足そうに葉巻を吸った。

 

「老いた狐といえど若い狼には負けないよ」

 

 

 

 

 

「動くな!DBIよ!」

 

「貴様らを入管法違反で逮捕する!立て!」

 

 数時間後、近くの町のある建物の一室でスタンとイサカが二人の女性に銃を向けイサカが床に押さえつけている銀髪の女性、戦術人形のAK-12とその側でイサカを倒そうとしてスタンに壁に押さえつけられた銀髪の女性、AN-94はどちらも不意打ちでまともに戦うことなく制圧された。

 

「く…」

 

「AK-12…」

 

「さあ立て!」

 

 二人は手錠をさせた二人を乱暴に立たせて建物の前に置かれたワンボックスカーに放り込んだ。

 

「これでいいのか?」

 

「ああ、十分だ」

 

「言っておくが俺は何も知らない、ただ密入国者を摘発しただけだぞ」

 

「それでいい」

 

 助手席に座ったドイツ人と会話すると車は発進した。

 

 




・サー・レイモンド・キャラウェイ
イギリス人、国連軍の諜報活動統括機関「キャラウェイ機関」責任者にしてトップ。56歳。老眼が進み老眼鏡が手放せないお年頃
スコットランド、ハイランド地方のマクドナルド氏族の血を引くキャラウェイ伯爵家の当主。
専門は情報分析、磨き上げられた観察眼と膨大な知識量は他を圧倒する。
デスクワーク中心の人間だが決して格闘戦能力が貧弱ではない。
コードネームはシュペーア

・ハンス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハ
ドイツ人、予備役のドイツ海軍大尉でドイツ憲法擁護庁の職員。
防諜の専門家で長くドイツ国内とEU域内で活動する各国スパイやテロリスト、反政府活動家、共産主義者、ネオナチなどと暗闘を繰り広げたベテラン中のベテラン。
一方で共産主義とナチズム研究でボン大学の博士号を持つインテリ。
博士論文の「東西冷戦下における西ドイツ国内のネオナチズムと東西ドイツ諜報機関」は絶賛されドイツの政治学・現代史学において高い評価を受けている。
なお本人は根っからの反共主義者。
国連軍の防諜部門のトップでコードネームはハイドリヒ
名前はエロイカより愛をこめてのエーベルバッハ少佐

・MP7
ブルクハーゲンの部下の人形。ドイツ陸軍所属でBND(連邦情報局)職員。
専門はヒューミントで割と手段を選ばないタイプだがハニートラップだけは絶対にしない、したくない。妙に純情。
ハニートラップをしたくないのでハニートラップを命じられたら即日亡命するつもり。シンプルに抱かれたくないだけで一緒に酒を飲むぐらいなら普通にできる。
飴好きだが30秒だけしか美味しくないものすごく酸っぱい飴が好き。




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第44話

ヘリアンさんと結婚したい


 防諜というのは一言で片付けられる言葉ではない。

 日夜世界中のスパイ、テロリスト、犯罪者等々から国と国民を守るために戦っているのだ。

 

「何か話したか?」

 

「全く、片方はのらりくらりと躱しもう片方はAK-12は?の一点張り。

 今のところは紳士的にやってますがね」

 

 目を閉じた人形の尋問の様子をマジックミラー越しに眺めながらキャラウェイとエーベルバッハが話す。

 つい数時間前DBIが密入国で逮捕した二人の人形の尋問は遅々として進まなかった、片方はのらりくらりと躱し、もう片方はもう一人のことしか話さないのだ。

 

「夜明けまでに吐かなかったら頭を開けて記憶モジュールを取り出せ」

 

「了解」

 

 キャラウェイは腕時計を確認しエーベルバッハに言う。

 人形の短所はあらゆる記憶をモジュールとして保存していることでありモジュールを取り出してそれを解析すれば尋問せずとも必要な情報は得れる。

 本来なら違法だがこのような仕事ではよくあることだ。

 

 

 

 

 

 グリフィン本部近くの寂れた町ではMP7と404小隊が動いていた。

 

「また私達が彼奴等を押さえるわけ?」

 

「またって前何があったわけ?」

 

 とある建物を監視しながらUMP45がMP7に愚痴る。

 また彼奴等と関わらなければならないことに内心懲り懲りしていた。

 

「色々よ、色々」

 

「ふーん、飴食べる?」

 

「頂くわ、うわ、酸っぱい」

 

 MP7がポッケから出した飴を一つ口の中に放り込むと顔を歪ませる。

 だが彼女はそれを少しも気にしない。

 

「そういう飴だからね。あと30秒ぐらいで味がなくなるから気をつけて」

 

「アイスブレーカーズキャンディね、ドイツにもあるの?」

 

「ハーシーのを輸入したのがね。

 まあ一個10ユーロはするんだけど」

 

「こっちじゃ2ドルよ?」

 

「アメリカに移住しようかな」

 

「やめといた方がいいわよ、社会保障が意外と適当よ?」

 

「それ言ったらドイツだって個人主義過ぎて簡単に機能不全起こしてるわよ。」

 

 無駄話に花を咲かせるが油断しているわけでも慢心しているわけでもなかった。

 二人は話しながら注意深く観察していた。

 

「9、そっちはどんな感じ?」

 

『大丈夫だよ45姉。』

 

 無線で裏口を監視するUMP9と416に連絡するとそちらも準備万端だった。

 

「寝坊助とできた妹は?」

 

『なに…45…ふぁぁ…』

 

『寝ないでくださいよ、G11』

 

「G28、そのバカが寝たらケツに花火刺していいわよ」

 

 近くの屋上にいるG11とG28にも連絡する。

 G11は相変わらず眠そうだった。

 

「それじゃあ、お仕事の時間よ。」

 

「了解」

 

『了解、45姉』

 

『了解』

 

『OK~ふぁあぁ…』

 

『了解です』

 

 UMP45が作戦開始を合図する。

 二人は一気に走ってアジトの入り口の両側に立ち中を伺う。

 

「クリア」

 

「クリア」

 

『裏口クリア』

 

「了解、3、2、1で」

 

『了解』

 

 無線で裏口のUMP9達と連絡を取り合う。

 

「それじゃあ、3、2、1」

 

「国連軍だ!動くな!」

 

『国連軍よ!』

 

 MP7が先頭に立ち突入する。

 裏口から入った416たちと同時にドアを蹴破るとそこにはUMP45が腕を組んで立っていた。

 周りを見れば同じように待っていた404小隊がいた。

 

「あら、意外と早かったのね。」

 

()()()()?ああ、成程ね。

 これが始めっから狙いだったわけ?」

 

 一瞬嵌められたと感じがすぐに理解した。

 これこそが目的だったと。

 

「誰だか知らないけどビンゴよ。

 私はUMP45、404小隊の小隊長、そっちの45とは久しぶりね」

 

「5ヶ月ぶりよ」

 

 旧知の仲である二人が挨拶するとMP7は自己紹介する。

 

「私はMP7、連邦情報局所属よ」

 

「ご丁寧にどうも」

 

「それで、今回のあんた達の仕事は?」

 

「うちの雇い主とのメッセンジャーよ。」

 

「雇い主って誰かしら?」

 

「国家保安局の人とだけ」

 

「悪名高いKGBの末裔の?

 FSBの方がよっぽどマシね、それと盗み聞きとは趣味が悪いわよ?

 チェキスト」

 

「あんなヘナチョコと比べられるとは心外だね。

 どうして分かった」

 

 突如背後から片手片足が義手義足の傷だらけの女が現れた。

 女の英語はロシア訛り、明らかにロシア人かロシア語話者であり体型や404の話を勘案すればおそらくはチェキスト、つまりソ連の諜報・防諜関係者なのは明らかだった。

 

「あら、人形を舐められたら困るわね。

 人形は人間じゃないのよ、例えばミリ波パッシブ撮像装置を搭載したりサーモグラフィックカメラモードにオートで切り替えることだって可能よ?

 技術で三世代負けてるんだから」

 

「ハハ、こりゃまいった。一本取られたわね。降参よ」

 

 女は首を横に振り手を挙げる。

 CIAの404はCIAということで世界最高水準の人形搭載型ミリ波パッシブ撮像装置やサーモグラフィックを搭載している、その能力を使えば例えば隣の部屋の中に隠れていたって簡単に見つけ出せる。

 所詮は小手先程度の誤魔化しは聞かないのだ。

 

「そりゃどうも、で、御用は何かしら?

 チェキストの方から接触してくるなんて異常事態よ?」

 

 UMP45が女に聞いた。

 その声は冷静で仕事人というべきものだ。

 

「ああ、簡単だ。カーターを潰したい」

 

 彼女の返事は簡潔だった。

 だが内容が内容だった。

 彼女達の上、即ち国連とアメリカは建前上内政不干渉の原則があるのだ、実際守っているかどうかはさておき建前としてはあるのだ。

 

「内政不干渉の原則って知ってる?」

 

「その言葉が通用しない世界じゃないか」

 

 一方で謀略の世界はそんな原則は一切通用しない世界だ。

 女は言い切る。

 

「そうだけど国連軍は決してコミュニストの権力争いには関与しないわ。

 できればコミュニストは根絶やしだけどね」

 

「あら、そんなこと言えばこれよ?」

 

 女は彼女の首に手刀を当てる。

 

「ここは自由の国アメリカ、誰がどんな意見を言うのも自由な世界よ。

 あんたらみたいなクソッタレのコミーとは大違い、自由がないからコミーは冷戦で負けたのに」

 

 売り言葉に買い言葉、彼女は一応は反共主義者だ。

 中国で共産主義者が暴走して第三次世界大戦寸前に陥ったことは17年経っても誰もが覚えていた。

 そしてそれ以来共産主義というものはこの世で最も碌でもない政治思想の狂信者だと誰もが感じ、その流れから未だ共産主義を標榜する南中国やベトナム、ラオスといった国へ厳しい目が向けられていた。

 

「そうね、ローマではローマ人らしく、ここはアメリカだったわね。」

 

「えっと、あんたもしかしてアンジェリカ?」

 

 突如MP7があることに気がついた、容姿こそ若干違えど同僚とそっくりだということに。

 

「あら、私の名前も知られているわけ?」

 

「いや、同僚に似たようなロシア人がいるんだ。

 タシュケント出身の高麗人だけど」

 

「不思議な話ね。」

 

「そんな話より、例の手紙の内容よ、カーターは何を狙って何を企んでるわけ?」

 

 UMP45が脱線しかけた話を元に戻す。

 

「ヤツの狙いはエリザ、正確にはエリザに使われてるオガスが欲しい。

 そして目標はクーデター、今の親欧州連合親国連軍な政府を倒し国連軍を追い出し欧州連合と対立したい。」

 

 アンジェリカの語るカーターの企みはオガスを強奪し、それを使ってクーデターを起こし国連軍を追い出すというのだ。

 クーデターを計画する時点で安全保障上の重大事案だと言うのに更に国連軍との戦争さえ計画しているというのだ、緊急事態と言っていい。

 下手をすれば異世界間での戦争になりかねない、そうなれば地力で劣る国連軍の敗北は必至だ。

 

「証拠は?」

 

「奴は頭が切れる男だ。

 シギントに引っかかることもよく分かってる。

 知ってる?今あなたたちの司令部にいるエゴールって男はカーターへ通常の通信やメール以外にあの基地内に公使館があるのを利用して国連軍内部の情報を外交行嚢に詰めて毎日空輸してるって」

 

 アンジェリカが言うには国連軍との連絡将校のエゴールが基地内にあるソ連の公使館の外交文書を入れる外交行囊に入れて毎日往復している連絡機に乗せて送っているというのだ。

 外交行囊は外交特権として検査されない決まりになっている点を突いた行為だった。

 

「クーリエ便を?」

 

「ええ。外交行嚢を開ければすぐに分かるわよ」

 

「成程ね、こちら404。

 シュペーア、聞こえる?」

 

 アンジェリカの情報を聞いたUMP45は無線で司令部と連絡を取る。

 

『こちらシュペーア、どうぞ』

 

「ヨークヨークとヨークピーターにマイクの伝書鳩は?」

 

『毎日搭載されてる』

 

 彼女は司令部のキャラウェイに毎日2便運行されている連絡機に軍人が書類を載せてるか聞き、その答えは是だった。

 

「あんたの言う通り、エゴールは毎日外交行嚢に軍事書類を混ぜて輸送しているのは確実ね」

 

「言ったとおりでしょ?」

 

「ある程度は信頼して良さそうね。」

 

 彼女は手を出す。

 アンジェリカは握手した。

 

「これで交渉成立かな」

 

「ええ、それとあなたの部下だと思うけどスパイの容疑で2名人形を拘束中よ。

 解放して欲しい?」

 

「できればな」

 

 UMP45はAK-12とAN-94の話を最後にした。




細かいネタだけどヨークヨークとヨークピーターはそれぞれ第2次世界大戦中の陸軍・海軍フォネティックコードからでそれぞれYY,YPの意味。

クーリエは外交文章を大使館・公使館と本国などとを輸送する仕事のこと


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第45話

 404がアンジェリカ(ソ連)と接触した数時間後の翌朝5時過ぎ、外部軍事支援局局長のコーシャは朝から宿舎で叩き起こされ不機嫌そうにしていた。

 

「クーリエ便?」

 

「そうだ、こちらも情報はあるけど細部はあんた達の方が知ってるでしょ?」

 

 叩き起こされた理由はソ連政府が運行するクーリエ便の話だった。

 そんなことで叩き起こされ彼は更に不機嫌になる。

 

「朝5時に叩き起こしてその話かよ」

 

「ご主人様、コーヒーでございます」

 

 不満たらたらで寝間着のままの彼に同じく寝起きながらいつものメイド服をバッチリ着こなすG36がコーヒーを出す。

 一口飲むと話を始めた。

 

「うん、ありがと。

 クーリエ便は毎日往復2便。0730到着1100出発のクーリエ701、702便と1700到着2100発のクーリエ693、694だ。

 機材はセスナサイテーションCJ6、両機ともアメリカのチェイポ・アンド・バーク・エアクラフト・リース・イン・オハイオの機材をドライリースしてる。

 まあかなり評判悪いけどな」

 

 クーリエ便はなぜかソ連側がこのような任務に使いやすい小型ジェット輸送機、つまるところビジネスジェットを保有していないという事情があったため急遽国連軍がアメリカの航空機リースの会社から借りた若干古いセスナサイテーションを使っていた。

 だがかなり評判が悪かった。

 それが彼女、アンジェリカには疑問だった。

 

「なんで悪いんだ?」

 

「英語能力。乗ってるパイロットが大体ソ連空軍のパイロットだが英語が不得意で指示を守らない、指示を聞いてない、指示を理解してないが多すぎて管制官から山のような文句が来てる。

 その上他のパイロットたちもいつか事故起こすんじゃないかってみんな言ってるよ。」

 

 一応はパイロットの端くれで空軍士官のコーシャは問題をよく認識していた。

 正規軍特有の全体的な練度の低さ、さらに問題となったのは東西冷戦が終わりこちらの東側ではもう問題とすらなっていない東側圏のパイロットたちの英語能力やパイロット文化の問題がこちらではまだ残っていたのだ。

 英語の試験には合格こそしているがその能力は不十分で管制官や他のパイロットたちは皆いつか事故が起きかねないと感じていた。

 なにせ実際に東西冷戦直後には東側パイロットの英語のコミュニケーション能力不足による事故というのは何件も起きているのだ。

 

「操縦とかに問題は?」

 

「特には聞いてないな。文句はだいたい英語能力の方に来てて指示をちゃんと理解していたら割と守ってくれるらしい。

 それ以外だと整備士が連中の扱いが雑すぎてよく変なところが壊れてると」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ。

 だがとにかくコミュニケーションが不安でな、俺もこの間向こうの担当者に『パイロットの英語技能に問題がありいつか事故が起きるかもしれない』って伝えたばかりだ」

 

 アンジェリカに愚痴る。

 それほど危険を感じていたのだ。

 一通り知りたい情報を聞いたアンジェリカは立ち上がる。

 

「ありがとう、それじゃあな」

 

「おい、朝から叩き起こしてそれだけか!?」

 

「これだけだ、今度ウォッカでもプレゼントするよ」

 

「お、おい!」

 

 抗議するコーシャを置いて出ていった。

 

 

 

 

 

 

「ふぁあ、リーナの奴なんで朝から私にこんな仕事を押し付けたんだ」

 

 AN-94は朝から面倒な仕事を同僚に押し付けられ一人愚痴っていた。

 仕事先が場所が場所なのでと腰に拳銃こそ吊るしているが左手には新聞が、右手にはさっき買ったばかりのコーヒーの入ったカップを持っていた。

 そんな彼女にある入口の前に立つMPが声をかけた。

 

「IDを」

 

「はい」

 

 首からかけたIDカードを読み取り機にかざす。

 MPはそれを確認すると彼女を通した。

 

「アーニャ少佐ですね。

 リーナから話は聞いてます」

 

「なら話が早い。

 例の二人を」

 

「了解です」

 

 MPは鍵を持ち案内する。

 案内された先は監房ブロックだった。

 そしてある二部屋の前に止まるとMPが鍵を渡した。

 

「この二部屋です、鍵はこれとこれ」

 

「分かった」

 

 MPは鍵の説明をして敬礼すると戻って行った。

 AN-94はコーヒーを飲みため息を付くと片方の部屋を開けた。

 

「出ろ、釈放だ。」

 

「ええ、分かった…AN-94?」

 

 中に入っていた女、戦術人形のAK-12はAN-94の姿を見て驚いていた。

 なにせよく見知った人間が見知らぬ軍服を着ていれば誰だって驚く。

 だが、彼女は気にせずコーヒーを飲みながら隣の部屋の鍵を開ける。

 

「えっと、次はこっちだな。

 釈放だ、出ろ。」

 

 隣の部屋の鍵を開けるとAN-94と全く同じ姿顔をした人形がいた。

 彼女はAN-94の姿を見てAK-12と同じように驚いていた。

 

「えっと、あなたは何者?」

 

 AK-12が尋ねた。

 

「私はロシア連邦陸軍所属のAN-94、階級は少佐。

 気にせずアーニャって言ってくれ」

 

「ロシア連邦陸軍ってことは国連軍の人形ってことかしら?」

 

 アーニャにAK-12が確認する。

 

「そうだ、本来なら同僚がする仕事なんだがその同僚が忙しくて代わりに呼ばれたんだ。

 まああんまり気にしないでくれ。」

 

「それで、私達をどうするつもり?」

 

 今後のことを尋ねた。

 これからどうなるのか、それが一番気がかりだった。

 

「本来ならこのまま町まで連れて行って解放するんだがどういうわけか保安部に連れてこいと。」

 

「保安部?というと国連軍の防諜部門か」

 

「そうだが、君等一体何をやったんだ?保安部のお世話になるなんて」

 

 AN-94に呆れたように言う。

 保安部に睨まれるようなことをするなんて一体何やったんだ、事情を全く知らない彼女はそんなことを思っていた。

 

「それじゃあこの後私達は保安部に連れて行かれるってわけ?」

 

「そうだ、そこから先は何も知らないが。

 毎回毎回確認しないとダメか?パイロットじゃないんだ」

 

 アーニャがAK-12に言った。

 毎回毎回確認してくる彼女に少し苛ついていた。

 その口調に何故かAN-94が厳しい目を向けるが一切気がついていたなかった。

 

「それじゃあ行くわよ、ついて来なかったらもう一晩留置所よ」

 

 

 

 

 

 

 数分後

 

「では」

 

「身柄は預かりました、では」

 

 反逆小隊の二人はアーニャから保安部の将校に預けられた。

 アーニャと保安部の将校が敬礼しあった後、二人はある部屋に案内された。

 

「レイ、例の二人を連れてきました」

 

「おお、やっと来たかね。待ちくたびれていたよ。」

 

 そこにいたのは好々爺とも言うべきクラシカルなねずみ色のスーツにネクタイを締め、明らかに高そうな場違いとも思えるほど高そうな革靴を履いた白髪交じりの髪と時代錯誤のような口髭を生やした老人がいた。

 彼は二人を見ると持っていた紅茶カップをテーブルに置いた。

 

「さ、座り給え。君たちは客人だからね?」

 

 なぜか紳士的に促す。話される綺麗なクイーンズイングリッシュや身のこなし、身につけている物の数々を一瞥するだけでこの老人はイギリス人、それも上流階級の人物であると分かる。

 そして彼女たちの知る限り、保安部関係で初老の上流階級出身者は一人しかいなかった。

 

「お会いできて光栄ですわ、サー・レイモンド・キャラウェイ伯爵殿」

 

「こちらこそお会いできて光栄だ、レディ・AK-12、AN-94。

 紅茶は如何かね?」

 

 この男がキャラウェイだった。

 彼は二人に紅茶を勧める。

 

「いただこうかしら」

 

「それは嬉しいね。いつでもどこでもレディと共に紅茶を飲むのは楽しい事だ。」

 

 キャラウェイは立ち上がり机の上に置かれた二つのティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「ロシアでは紅茶はサモワールに淹れてジャムを舐めながら飲むらしいがイギリス式は違うのはご存知ですかな?」

 

「もちろん」

 

「そうなのか?AK-12」

 

 この手のことに疎いAN-94はAK-12に尋ねる。

 するとキャラウェイは驚いたようだった。

 

「君は知らないのか?ではこの機会に覚えたまえ。

 イギリスの紅茶はミルクティーが基本だ、ただミルクを先に入れるか、紅茶を先に入れるかは個人の好みだが。

 はい、どうぞ」

 

 二人に紅茶を出した。

 二人は互いに見合うと警戒しながらゆっくりと紅茶を飲む。

 

「…美味しいわね」

 

「…なんだか変な味がする」

 

「ハハ、紅茶に飲み慣れてない人はそう言うさ。

 今日の茶葉はラプサン・スーチョン。年200トンしか輸出されない世界で最も希少で高い紅茶だ。」

 

「ラ、ラプサン・スーチョン!?」

 

「知ってるのか?AK-12」

 

 キャラウェイが出した紅茶はただの紅茶ではなかった。

 ラプサン・スーチョン、中国の最高級茶葉にしてこの世界では世界で最も高級な紅茶だ。

 中国という地域自体が消えた彼女らの世界と違っても経済制裁で殆ど市場には出回らない極めて高価な茶葉だ。

 キャラウェイは年甲斐もなく仕掛けたイタズラに上手いこと引っかかった二人を楽しんでいた。

 

「驚くのも無理はないだろう。この世界ではとっくの昔に消え去り、こちらの世界でも戦争と経済制裁で極めて入手が困難な中国茶だ。

 ところで、レディ・アンジェリカ、彼女たちがこんな風に驚く姿は初めて見るかね?」

 

『ええ、キャラウェイ伯爵殿。特にAK-12の驚き具合とか』

 

「え!?」

 

「アンジェリカ?」

 

 突如見知った人の声が聞こえ二人が驚く。

 すると会議室の真ん中に置かれたテレビ画面が写った。

 

「ハハ。それは結構。驚かせて悪かったね。

 実は君の上司とこうして話し合ってた最中でね、ちょっとしたドッキリさ。

 イギリス人は常にユーモアを忘れない事を美徳としているのでね。」

 

 キャラウェイが楽しそうに種明かしをした。




(オリジナルメカ)
・セスナサイテーションCJ6
皆さんご存知(な訳ないだろ)セスナ社のビジネスジェットセスナ・サイテーションの中でも小型のシリーズのCJのタイプの一つ。
生産時期は2030〜2046年。
現行の生産モデルの2つ前の生産型で初めて機体構造を全て炭素素材に、ウィングレットの改良、従来の翼形を捨て新型翼を採用、ウィングレットをCJシリーズで初めてオプションではなくデフォルト装備にしたタイプ。
これによりビジネスジェットの中では最小クラスの機体ながら航続性能や飛行性能は一回り大きいリアジェットと遜色ないほどに。
一方で従来型と翼を変えさらには構造まで違うためこれ以前のCJ型がCJクラシック、これ以降がCJネクストジェネレーションと呼称され操縦ライセンスも別物。
飛行特性は若干難しいが比較的素直。一方狭いコックピットに計器類を詰め込んだので一応は一人で飛ばされるが扱いづらい。


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第46話

自動車学校始まって更新遅れる


「それで、連中の持ち込んでる書類の輸送は?」

 

『これよ、正規軍が機密書類輸送に使用している特殊なアタッシェケース。

 登録された人の指紋とパスワードの二段階認証になってる特殊なケースで開けるのに指紋とパスワードがいる。

 耐久性も相当なもので基本全面防弾、耐火性も1200度で1時間耐えられるし耐衝撃性も相当なものだ。

 その上カーターは中に書類ではなくメモリを入れている。』

 

 暫くして、キャラウェイとアンジェリカは真面目な話し合いをしていた。

 彼女が説明しているのはカーターがエゴールに送っている情報を入れているアタッシェケースと輸送方法だった。

 頭がキレる男らしく情報は極めて頑丈な特殊なケースに入れしかもメモリに仕込むというものだった。

 

「メモリなら情報をパソコンから直接入れて運べるからな。」

 

『それでだ、そっちのエゴールの使っているパソコンにウイルスを仕込んでもらいたい。

 できるか?』

 

「可能だ。だが少し時間がかかる。

 ついでに言えばそれでも不完全だ」

 

『だが、背は腹に変えられないだろ?』

 

「そうだ」

 

 アンジェリカのオーダーは電子作戦に長けた国連軍にウイルスを仕込んでもらいたいというものだった。

 だが、そのウイルス以上の方法で情報をすぐに得れるとは誰も思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 国連軍の登場と治安の安定化、そして比べ物にならないほどの質と量の食料が大量に流入したS地区では現在レストランへの投機が流行っていた。

 というのも国連軍将兵はおよそ30万近くその契約人形や下請けの人々も含めれば50万近い。

 その上彼らは国連軍が大量に持ち込んだドルで支払いを行っていた、経済とは時として国家や主体、時には当の経済人たちでさえ想定していないような動きを見せることがある。

 

「親父、なんで急に一緒に食事をしようなんて言ったんだ?」

 

「いいじゃないか、久しぶりに家族水入らずでくつろぎたいからな」

 

 この世界、ひいてはS地区でさえ僅か数件しかない高級レストラン――アメリカでも有名な三ツ星レストランが開いた最新店――の店内でコーシャ一家即ちアーチポフ大将、コーシャ、G36、G36Cがテーブルを囲んでいた。

 

「そうですわよ、コーシャさん。こうやってお義父さんと一緒にご飯なんていつぶりでしょうか」

 

「モスクワにいた頃でしたから、もう8ヶ月ぶりぐらいですね。」

 

「そんなに?いつも同じ場所で仕事してるのにか」

 

「ハハ、そんなものさ」

 

 雑談をしているとウェイターがやって来た。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「Tボーンステーキ、ウェルダンで」

 

「ヒレステーキ、レア」

 

「牛ヒレ肉のロッシーニ風をお願いします」

 

「サーロインステーキをウェルダンでお願いいたしますわ」

 

「畏まりました」

 

 ウェイターは注文を取ると離れていった。

 彼が離れるとアーチポフがコーシャに周囲を確認する。

 

「コーシャ」

 

「何だ、親父」

 

「正規軍の反乱の件だ」

 

「それでこのレストランか」

 

 アーチポフがこのレストランを選んだのはシンプルなものだった。

 こういったレストランに共通するのは「客の会話、素性は一切他に明かさない」という不文律がある。

 つまりは他人に漏れてはいけない話をするのだと理解した。

 

「で、どんな話?」

 

「エゴールを泳がせ」

 

「知ってる」

 

「ならいい、グッドイナフ大将もこの事態を危険視している。

 保安部がチェキストと連携も始めた。」

 

「保安部が?」

 

「ああ。キャラウェイ曰く、確度は高いそうだ。」

 

「だが、なぜ正規軍が反乱を?」

 

 コーシャがそもそもの疑問を口にする。

 なぜ反乱を起こす?利害は一致しているのでは?としか考えられない、常識的に考えれば、局所的な見地で見てもそうだ。

 だが、それは大局的な見方では違うのだ。

 

「ロクサット主義とやらに反対するためだそうだ」

 

 ロクサット主義、彼らの世界に存在しない政治思想であり欧州連合の主軸の思想だというものだ。

 だがそれは彼らからすれば「劇薬」どころか「アナーキストやポルポト、毛沢東並の夢物語」であった。

 

「あの共産主義の異母兄弟か。

 共産主義者となら最低限話し合いはできるが彼奴等は…」

 

「ああ。何が世界の輝きを更新せよ、だ。」

 

「まともな話し合いができるとは思えないな」

 

 そもそも共産主義となら付き合い方は知っているしいい面も悪い面もロシア人は身を以て嫌というほど学んでいる、だがロクサットは話が別だ。

 そもそも初めて遭遇するからどうやって付き合えばいいのかさえわからない。

 

「あの思想の根本は慢性的物資不足、一方こっちは常に物が余ってる、そしてそれを売る。

 資本主義とあの思想は根っこが違うからな」

 

「まだまともな接触なんて一回もないが、って痛!」

 

 慢性的物資不足から思想と一方は大量生産大量消費こそが本質とも言える資本主義、共産主義とさえ折り合いの悪いのだから上手くいくわけがないのだ。

 そんな男二人に食前酒のワインを飲んでいたG36が痺れを切らしてテーブルの下で思いっきりコーシャの足を踏んづけた。

 

「はぁ、ご主人様。

 食事のときぐらいは仕事の話はやめませんか?」

 

 いつも以上に鋭い目つきでワインで顔を赤らめながら言った。

 それに、向かいに座るG36Cも同調した。

 

「お義父さんもですよ、今ぐらいは仕事のことは忘れましょう、ね」

 

「そのとおりだな、G36」

 

「そうだな、酒も肉も不味くなる」

 

 G36の言う通り、食事の時ぐらいは仕事を忘れたいものだ。

 近くの窓から外を見れば大雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

「酷い雨ですね」

 

「そうだな、止まないかな」

 

 基地の廊下でコチェットコフとROが話しながら歩いていた。

 窓の外は季節外れの豪雨になっていた。

 

「天気予報では一晩中降る予定でらしいですよ」

 

「嫌な天気だね。この季節にしては珍しいよ」

 

「ああ、ヨーロッパは夏あんまり雨降らないですからね」

 

 ヨーロッパの夏は基本的に湿度が低く雨は殆ど降らない日が多い、だから季節外れの豪雨だった。

 アメリカ在住のROと違いエストニア出身のコチェットコフとしてもこの時期のこの大雨は珍しかった。

 

「アメリカは?」

 

「夏もそれなりに降りますよ。フロリダほどではないですけど」

 

 アメリカは夏でもそれなりに降る。

 フロリダなどは毎年ハリケーンが直撃するぐらいにはなるが。

 

「何も起きないといいけどな…」

 

「土砂崩れとか、そういうのが起きたら大変ですね…」

 

 ふと口から漏れる。

 この天気なら心配して当然だろう。

 

 

 

 

「なあ、アンジェリカ。なんかあった?」

 

「ある程度動きは分かったけど情報を抜くのは難しいな」

 

 アンジェリカとMP7が駄弁る。

 ここは基地近くの空港の職員用休憩室、クーリエ便の張り込みで空港にいた二人は飛行機の件で話していた。

 

「パイロットか整備士が常にいるからバレずに近づくなんて無理に近いな。」

 

「天才の私でもあれは無理だよ」

 

「天才でも無理、か」

 

「天才でも目に見えなくなるのは無理だから」

 

 天才を自称するMP7でも近づくのは無理そうだった。

 

「何か打開策でもあればなぁ」

 

「はぁ、全くなんて日だよ」

 

 ふと休憩に来た管制官がアンジェリカの後ろでぼやいた。

 振り返った彼女がなんの気もなく聞いた。

 

「何かあったのか?」

 

「聞いてくれよ、昨日から地上レーダーが定期メンテナンスで使えないんだ。その上この天気だろ?だから大変なんだよ。

 滑走路も一本はまだ設備の工事が終わってなくて離陸にしか使えないしさ」

 

 管制官が二人に愚痴をこぼし始めた。

 

「地上レーダー?」

 

「地上で使うレーダーだよ。

 それがないから指示とか出すのが大変で、事故が起きないかヒヤヒヤしてるよ」

 

「大変だな」

 

 MP7も目の前の若いアメリカ人の管制官に同情する。

 心なしか顔色も疲れているように見えていた。

 

「全くだよ。しかも今日はこの雨で益々大変だ。

 どの便も遅延して大変だよ、パイロットはどこの機でも遅延とか欠航とか嫌うからさ」

 

「管制官も大変なんだな」

 

「知らないのか、管制官はこの世の職業で最もストレスが多いんだぞ。」

 

 管制官がアンジェリカに言った。

 その時、空港中に爆発音が響いた。

 

 

 

 

 

 午後11時過ぎ、レストランでアーチポフ家はフルコースが終わりお会計に入ろうとしていた。

 

「美味しかったですね」

 

「ああ。久しぶりに食堂とG36の手料理以外の物を食べた気がするよ」

 

「私も外食は久しぶりですね。」

 

「仕事付き合いの食事ばっかりだったからこういう家族団欒は久しぶりだよ」

 

 皆酒が入って顔色が赤くなりながら話していると電話が鳴った。

 それはコーシャとアーチポフの携帯のようだった。

 

「ん?」

 

「誰だ?」

 

 電話を受け取ると同時に叫んだ。

 

「「何!?クーリエ便が空港で貨物機と地上衝突して大破炎上!?」」

 

 二人は大声で叫んだ。



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第47話

メーデー風の回。
ドルフロ要素ほぼゼロ


 時刻は約20分前に遡る。

 

 

 エドワーズB空軍基地(ゲート基地)を30分前に離陸したアメリカの貨物航空会社インターコンチネンタル・エア・カーゴ218便、中古のボーイング787-8を改造した787-8BCF(ボーイング・コンバーティッド・フレイター)はこのフライトの最高高度、4500フィートに到達した。

 フライト時間が30分程度で目的地に向かう時間より着陸待ちの時間のほうが長い路線に787のような大型機を使っているのは単に地上の交通網が未だ不完全で不安定なため確実で手っ取り早い航空機の方が良かったのだ。

 そして国連軍はこの物資輸送に世界中の貨物航空会社と契約して当たらせていた。

 その一社がアメリカのヒューストンをハブとするインターコンチネンタル・エア・カーゴであった。

 機長の元ブラジル空軍パイロットでベテランのジャクソン・ジェンキンスは無線で空港の進入管制に連絡する。

 

「アプローチ、こんばんわ。こちらインターコンチネンタル218、ウェイポイント“オリスカニー”通過。高度4500、270ノット」

 

『インターコンチネンタル218こんばんわ。

 高度3000に降下し現進路を維持せよ』

 

「了解、インターコンチネンタル218は3000に降下する」

 

 管制官の指示を復唱する。

 すると隣の副操縦士でこちらも他社で長く経験を積んで最近入社したジェーン・ペティットがオートパイロットを操作する。

 

「了解、降下3000。着陸準備します?」

 

「そろそろ始めようか」

 

 ジェーンの提案に二人はプロらしく着陸準備を始めた。

 窓の外は大雨であった。

 

「こりゃ雷雨もありそうだな」

 

「ありますよ、10時の方向に小さな積乱雲が」

 

 ふと天気の心配をすると副操縦士が気象レーダーで近くに雷雲があると伝える。

 

「やっぱりな、こりゃ揺れるぞ」

 

 気象レーダーには右側に小さな雷雲が写っていた。

 

 

 

 

 

「ズヴェズダ909、誘導路ノベンバー1滑走路手前についたら報告」

 

『ズヴェズダ909、ノベンバー1滑走路手前についたら報告します』

 

 管制塔では管制官たちが大雨の中着陸しようとする軍用機と民間機を捌いていた。

 ロシア空軍の輸送機に移動の指示を出すと更にその後ろに遅延で2時間遅れているクーリエ便を続かせた。

 

「クーリエ694、ズヴェズダツポレフTu-106の後ろに続いてノベンバー1に向かえ」

 

『クーリエ694、了解』

 

 クーリエ便からの返事が聞こえると管制官はすぐに別の機、着陸進入に入ろうとしているインターコンチネンタル218とその前を飛ぶ爆撃任務を終え着陸使用する2機のドイツ空軍の戦闘機だ。

 

「インターコンチネンタル218、方位009に右旋回、降下してILSを受信せよ」

 

『インターコンチネンタル218了解、右旋回009、降下してILSを受信』

 

「イェーガー21、着陸許可滑走路01右」

 

『着陸許可01右、イェーガー21』

 

 ドイツ空軍機と貨物機に指示を出したところで息をつく暇もなくロシア空軍輸送機が連絡した。

 

『こちらズヴェズダ909、ノベンバー1滑走路01右手前に到着』

 

「ズヴェズダ909、スタンバイ追って指示する。」

 

『クーリエ694、ズヴェズダ909の後ろ滑走路01右手前で待機中』

 

「スタンバイ、ズヴェズダ909は待機、イェーガー21が到着後滑走路を横断し01左末端で転回して待機、指示を待て」

 

『ズヴェズダ909、了解』

 

「クーリエ694はズヴェズダ909横断後停止線まで進み待機。

 インターコンチネンタル機が到着後進入し転回してホールド。」

 

『クーリエ694了解』

 

 2機に指示を出す。

 その間に窓の外では雨の中かろうじてドイツ空軍機が着陸する様子が見えていた。

 

 

 

 

 

 その頃、上空1400フィート付近まで降下した787の機内で機長と副操縦士が慌ただしく着陸準備をしていたがそろそろ終わりそうであった。

 

「フラップ」

 

「15、セット」

 

 機長がチェックリストを読み上げ副操縦士が操作する。

 機体は自動操縦でゆっくりと降下しながら同時に速度も落ち悪天候にも関わらず理想的な飛び方であった。

 

「着陸灯、ウォ」

 

「うわ、オン」

 

「ヒーハー、頑張れカウガール。

 ギア」

 

 突然の乱気流に思わず声が出る。

 だがプロの彼らは慌てずいつものようにチェックリストを終わらせる。

 

「ダウン、着陸前チェックリスト完了。」

 

「完了、1400フィート。アウターマーカー通過」

 

 終わった頃には機体は計器着陸装置のマーカーを通過、1400フィート付近を通過して降下していた。

 窓の外には飛行場のライトがぼんやりと見えてはいたがはっきりとは見えていなかった。

 機長は計器類に目線を移す、一方副操縦士は操縦に集中する。

 

「1300通過、速度180。着陸速度はどうする?」

 

「154ぐらいで」

 

「了解、154ノット。セット。

 ステーブル」

 

 機長が着陸速度の目安を設定する、これは通常の着陸時にはどの機もする作業である。

 そして運行規定に基づき安定していると口にする。

 そうこうしていると管制塔から待望の許可が来た。

 

『インターコンチネンタル218、着陸許可滑走路01右。』

 

「インターコンチネンタル218、着陸許可滑走路01右」

 

「了解」

 

 着陸許可を復唱する。

 副操縦士は両手で操縦桿と二人の間にあるスロットルレバーを持ち乱気流に抗いながらゆっくりと降下していく。

 その間にコックピットには無機質な高度計の自動音声が聞こえる。

 

『500』

 

「500フィート、対気速度160」

 

「チェック」

 

 500フィート、高度150メートルを通過する。

 速度と降下率は理想的な角度、雨でよく見えないが滑走路も見えていた。

 

『200』

 

「200フィート」

 

「ランディング」

 

 高度60メートル付近を通過、滑走路の端が見え、機首が接地のため上がる。

 数秒後、鈍い衝撃が走り車輪が地面を掴む。

 だが次の瞬間、機長は滑走路の上に何かがあることに気が付き叫んだ。

 

「出力最大!何なんだ!」

 

『インターコンチネンタル!ゴーアラウンド!』

 

 機長と同時に管制官も大声で叫んだ。

 彼は強引にスロットルと操縦桿を奪い機首を上げて上昇を試みる。

 機体後部が滑走路にぶつかり激しい衝撃が走るが気にしないで大声で叫ぶ。

 

「上がれ!上がれ!上がれ!!」

 

「早く!早く!早く!!」

 

 上昇しようと必死でもがくクルー、だが現実は非情であった。

 前の物体に覆いかぶさるように機体はぶつかり機首が下がる、コックピットの真下で爆発と炎を噴き上げ金属が擦れる音が大音響で響き渡る。

 もはや彼らにはどうしようもなかった、時速200キロで100トンの金属の塊が部品と炎をばら撒きながら滑走路を右に逸れ草地に入る、片方の足が折れ右に傾きながら止まった。

 

 

 

 

 

 滑走路で787が爆発、燃えながら進んでいく姿は雨で視界の悪い管制塔やターミナルからでもよく見えていた。

 一部始終を見ていた管制官たちは電話の受話器を取ると大声で叫ぶ。

 

「全緊急部隊出動!滑走路01右!」

 

「滑走路を閉鎖!繰り返す滑走路を閉鎖する!

 アプローチに入った便も含めて着陸街は全部上空待機だ!高度に注意しろ!」

 

「短距離便はエドワーズに回せ!急げ!」

 

 後続の機が事故を起こさないためにもスーパーバイザーが滑走路の閉鎖を命じる。

 呆然としていた管制官は彼の言葉に我に返り急いで着陸しようとする航空機を捌き始めた。

 

「ウラルカーゴ341、ゴーアラウンド、ギムリ―で待機。」

 

『ウラルカーゴ341、上昇3000、ギムリ―で待機』

 

「ロメオタンゴ1456、進入中止、滑走路を閉鎖、左旋回350。

 高度4000まで上昇して待機」

 

『ロメオタンゴ1456、了解』

 

『アルテミス233、指示を求む』

 

「アルテミス233、スタンバイ」

 

『了解、アルテミス233』

 

「ダイナスティカーゴ5698、待機経路ケベックで待機。高度5000まで上昇」

 

『ダイナスティカーゴ5968、待機経路ケベックで待機。レベル05まで上昇』

 

 必死になって空港の周りの数十機の大小、軍民問わない各種航空機を処理していく。

 するとそこに消防隊からの連絡が鳴った。

 

「はい、管制塔」

 

『こちらレスキュー3、01右にサイテーションの残骸がある。

 ここには2機あるんだ』

 

 消防隊の連絡は恐ろしい可能性を示唆した。

 管制官が最も恐れる悪夢の一つ、滑走路上での地上衝突だ。

 その連絡が届いたとき、全員がスーパーバイザーの方を見た。

 

「サイテーションだ、クーリエ便は?」

 

「クーリエ694、こちら管制塔。応答せよ」

 

 管制官がクーリエ便のサイテーションに呼びかける、だが返事はなかった。

 

「クーリエ694、無線チェック願います」

 

 無線を確認するよう言っても返事はない。

 最悪の可能性を示唆することだ。

 

「スーパーバイザー…」

 

「…少し休め。ペトロ、代わりを頼む」

 

 絶望の底を見たような表情の管制官を席から離し代わりに別の管制官に交代させた。

 国連軍初にして最大の航空機事故が発生したのだ。

 

 インターコンチネンタル機の乗員は機長が頭部を陥没骨折、副操縦士が重症を負うも無事であった。

 だがクーリエ便の乗員乗客4名は全員死亡、機体は787に押し潰されぺちゃんこになっていた。




(オリジナル組織)
・インターコンチネンタル・エア・カーゴ
ヒューストンを拠点とする長距離国際線専門貨物航空会社の一社。
元々米軍のパトリオットエクスプレスで付き合いがあったので国連軍と契約した。
主な機材は中古の787や747を改造した貨物機中心。

・ウラルカーゴ
ロシアの貨物航空会社で本拠地はペルミ
国連軍との契約で物資輸送を行っている。

(オリジナル機材)
・ボーイング787-8BCF
旧式化したボーイング787を貨物機にボーイングが改造した機体。
性能は767貨物機よりはいい


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第48話

 翌日、空港には2機の残骸が未だ燻り雨も降り続いていた。

 

「酷いな…これが787とサイテーションだったとは思えないな…」

 

 コーシャはハンカチを鼻に当て呟いた。

 目の前には機首の数メートルと尾部と両翼の先端を除いて完全に焼け落ちた787とその下でプレス機にかけられてさらに超高温で炙られ溶けて捻じ曲がったサイテーションの残骸があった。

 現場にはジェット燃料の化学薬品臭、焦げた煙の匂い、そして微かに人が焼けたような匂いも漂っていた。

 

「中佐殿、状況は?」

 

「エゴールか、見ての通りだ。

 とにかく今はブラックボックスと遺体の捜索回収と現場保全が最優先って感じだ。」

 

 やってきたエゴールは顔色一つ変えず現場を眺めながら聞いていた。

 こんな悲惨な光景は幾ら軍人といえど普通は尻込みするぐらいの状態だった。

 

「燃え残ったサイテーションの残骸はどうするつもりですか?」

 

「NTSBが回収して調査後スクラップだろうな。

 こんなんじゃ全部完全には残ってないゴミだよ」

 

 ぺちゃんこになったサイテーションの残骸のことを聞いたがコーシャに答えられるのは然るべき調査の後全部こちらで処分になるだろうということだけだ。

 だがエゴールにはそれが不満であった。

 

「なぜそんなことを?事故原因調査など後回しにしてこの残骸を片付けるのが先では。

 悪いのは787に決まっているのですから」

 

 残骸を見ながら吐き捨てた。

 だがそれはコーシャの逆鱗に触れた。

 

「エゴール大尉、それはこの160年かけて人類が幾多の犠牲を積み上げて築いた航空機の安全に対する冒涜かね?

 民間機も軍用機もマニュアルは血によって書かれてる、事故が起きて血が流れる度にその血でマニュアルは書き加えられる。

 一度事故が起これば原因を調査して再発防止につなげる、そんなことも理解できないのかね?

 君等の軍ではバカでも大尉になれるのか?」

 

 事故調査を軽視し民間人さえも軽んじる発言は見逃せなかった。

 一歩間違えば、もしもこの787が貨物機ではなく満席の旅客機や輸送機ならば?100人以上の死傷者が出かねなかったのは言うまでもない。

 

「もしも、サイテーションが悪いなら君らの軍に責任があることになるからな」

 

「…分かりました、そのように伝えます」

 

 コーシャが警告するとエゴールは引き下がりターミナルへ戻っていった。

 そして彼と入れ替わりで黄色い4文字のアルファベットが書かれたジャンパーとベースボールキャップを被った一団がやってきた。

 その集団の正体はすぐにわかる。この場にいて当然の集団だ。

 

「やっと来たか、待ってましたよNTSBの皆さん。

 私は現場の責任者のコンスタンティン・アーチポフ中佐だ」

 

 彼らの正体はアメリカ国家運輸安全委員会、NTSBだ。

 運輸省傘下の一機関であり航空安全の世界的権威でもある世界最高の航空機事故調査機関だ。

 コーシャはその責任者の髭を生やした中年の小太りの男性と握手する。

 

「どうもアーチポフ中佐、NTSBのビル・ホルムバーグだ。

 早速だが現場の状況は?」

 

 男の名はNTSBの事故調査官ビル・ホルムバーグだった。

 ビルにコーシャは現場を説明する。

 

「アレが残骸、向こうに100メートルほど行ったところに右エンジン、その50メートル先に右主脚。

 サイテーションと787の残骸はノベンバーの交差点からここまで続いてる。

 両機とも四隅は発見されてる」

 

 破片は衝突したらしい交差点から事故現場までの1000メートル近い距離に散乱していた。

 手前には翼からもぎ取られた右エンジンや右主脚も落ちていた。

 さらに翼の両端や胴体の先端と尾部も回収されこれが意味するところは唯一つ、交差点で衝突するまで機体は完全であったことだ。

 だがそれ以上にビルには気になる事があった。

 

「ブラックボックスは?」

 

「787は回収済み、ただサイテーションは787の下だ。

 787の残骸のせいでまだ回収できてない」

 

 ブラックボックス、全ての大型機とビジネスジェットの多くに搭載が義務化されているフライトデータレコーダー(FDR)とコックピットボイスレコーダー(CVR)のことだ。

 そのうち787の下のサイテーションは未だ回収できていなかったが787はとっくの昔に回収されていた。

 

「787のブラックボックスの状態は?」

 

「専門家じゃないからわからないが状態はいいと思う。

 一応12番格納庫が調査用に使われる予定で先に片付けられた残骸の一部とかはそこに保管してある」

 

「パイロットたちは?」

 

「病院だ、二人共重傷で入院中。

 幸い命に別条はないらしい」

 

 パイロットの状態も聞いた。

 パイロットは二人共重傷で入院中であった。

 幸い命に別状はないため聞き取り調査は可能だった。

 

「分かった、これからは我々が現場を引き継ぐ」

 

「了解した、現時刻を持って現場の管理権限を渡す。

 それと、サイテーションの機内からアタッシェケースが出たら保安部に渡して欲しい」

 

 現場を引き渡す前にコーシャは一つ、条件をつけた。

 その条件にビルは首をかしげる。

 

「なぜだ?」

 

「安全保障上の問題だ。

 このことは他言無用だ、事によってはとてつもない量の血が流れることになる」

 

 周囲を確認してから言った言葉に何かしらの重大な事案があることを示唆した。

 安全保障上のことだ。

 

「…分かった。回収したら連絡する」

 

「頼むよ、このことは一切記録に残さないで欲しい」

 

「分かりました」

 

 最後に一言念押しする。

 

 

 

 

 

 数日後、保安部にまっ黒焦げになったアタッシェケースが運び込まれた。

 

「これが?」

 

「状態は悪そうだが…」

 

「中身があれば無問題でしょ?」

 

 キャラウェイ、エーベルバッハ、MP7は眺めながら言う。

 状態は真っ黒でNTSBの専門家が言うには1200度以上の高温に最低2時間は炙られたらしい。

 だが彼らにとって重要なのはNTSBと同じく中身だ、中にあるというエゴールが盗んだ国連軍の情報やカーターの狙いだ。

 

「そうだな、それじゃあ早速開けるか」

 

 アンジェリカが言う。

 この丸焦げのアタッシェケースがこの先、国連軍の作戦行動を決める事になると誰もが分かっていた。

 

 

 

 

 

 メリーランド州キャトクティン山岳公園にアメリカ海軍サーモント支援施設が存在する。

 なぜメリーランドの山の中に海軍の基地が?と思う人も多いだろう。

 だがサーモント支援施設は別の名前で呼ばれることが大半だ。

 その名前とはCamp David(キャンプ・デービッド)。大統領の別荘だ。

 ある夏の日曜日の午後、大統領は世間やワシントンDCの喧騒を忘れ愛娘のような存在のLWMMGと共に余暇を過ごしていた。

 そこへ人影が現れた。

 

Mr. President(大統領閣下)

 

「レインハート、どうした?」

 

 深刻そうな表情のレインハート安全保障問題担当大統領補佐官になにか重大なことが起きたと察した。

 先程までの休みの日に年頃の娘と遊んでいた父親の顔から打って変わって冷静な世界最強最高の国のトップの顔へと変わった。

 

「国連軍からの情報です。

 ソ連政府軍の一部がクーデターを計画、その計画の一部で我が国と国連軍へ攻撃を行うつもりのようです」

 

「なんだと?」

 

「レインハートさん、それって…」

 

「我が国への挑戦です、閣下。」

 

 レインハートは声を絞り出す。

 どうやら反乱の詳細を掴んでいるようであった。

 

「そうか、直ちに安全保障閣僚会議を。」

 

「は」

 

 ことの重大性を理解した大統領は即座に行動を起こす。

 その様子にLWMMGは不安を感じる。

 

「パパ…」

 

「大丈夫だよ、リンダ。

 何があっても私が守る」

 

 不安そうな表情のLWMMGを強く抱きしめる。

 

「分かってるよ、パパ。大統領だもん」

 

「晩御飯までには終わらせるよう頑張るよ、じゃあ」

 

 彼女の額にキスをすると会議室へと向かった。

 




・ビル・ホルムバーグ
NTSB事故調査官
専門はヒューマンファクター


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第49話

仮免ゲットP90なんていない


『グッドイナフ大将、つまり彼らの計画ではその崩壊液兵器を起動させ、そのシステムの中枢がオガスであり鉄血のエリザだと?』

 

 大統領はグッドイナフから報告された内容に驚いていた。

 画面に映る彼に彼以上に深刻な表情のグッドイナフが答える。

 

「はい、大統領閣下。

 彼らの狙いはエリザを捕獲し、そのシステムで崩壊液兵器、カマスを起動させるつもりです。

 もしこれが使用されると、甚大では済まない歴史的な悲劇になります」

 国連軍はこれを重大なる懸念と判断します。ですが彼らは武力行使を行っておらず表向きは協力関係です。」

 

 グッドイナフが報告する。

 だがいくら安全保障上の重大事でも実際にそれを排除などできない、なにせ国際法で軍事行動は極めて制限されている。

 

『そうだ、どうすればいいと思う?』

 

 元々安全保障問題は不得手な大統領はグッドイナフに意見を求める。

 状況は複雑で恐ろしいものだった。

 なぜか?それは国連軍が回収したアタッシェケースの情報からカーターの反乱の情報は確定しさらなる情報を求めると、極めて細かい部分まで調べられた作戦計画要項が送られたのだ。

 どうやらカーターの派閥内にスパイがいるようでその情報らしいがその計画は悪魔の計画であった。

 なにせ崩壊液兵器を使うつもりなのだ、それがどれだけ恐ろしいことか。

 例えるならば911を世界最大の都市トップ20で同時に核爆弾を使って行うようなものだ。

 だが、一方でそれを計画している連中は表向きは協力関係で今も最前線では肩を並べて戦っている、もしも現状のまま性急に武装解除や摘発を行えば前線が崩壊する。極めて軍事的政治的に微妙な状況だ。

 

「五賢帝を使います」

 

『五賢帝作戦を?』

 

「ええ。策はこちらで詰めますが五賢帝作戦でクーデター勢力の正規軍を一箇所に集めます。

 大規模な攻勢なら戦力の集中や予備兵力の展開を行っても不自然ではありません、それに支援名目で大隊規模の部隊を組み込むこともできます。」

 

 グッドイナフの策、それは五賢帝作戦を利用して正規軍を一網打尽にする計画だった。

 表向きは攻勢として正規軍周囲に国連軍主力部隊を配置できるなどかなり良い策に思えた。

 

『ふむ…いいだろう。時期はいつ頃に?』

 

「既に敵に対する事前攻撃は進んでいます。

 物資の貯蓄も十分、作戦開始は来月1日を予定していましたがこれで若干修正して11日に」

 

9月11日(September 11)か」

 

「ええ。因縁めいた日ですが」

 

 必要な時間も10日程度の遅延、だが結果として作戦開始は9月11日、合衆国にとっては因縁めいた日になった。

 後問題なのは外交上の話し合いだけだがそれも解決できそうであった。

 

『そのまま進めたまえ、国務省にはソ連政府との交渉で軍事行動の許可を取らせる。

 安保理もだ』

 

「感謝します大統領閣下」

 

『絶対にしくじるな、しくじれば終わりだ』

 

「分かってます、大統領閣下」

 

 グッドイナフは敬礼すると画面が消えた。

 大統領がいなくなると同じ部屋の隅で息を殺して待っていたアーチポフとヴェンク、そしてキャラウェイを見る。

 

「と、いうことだ。

 五賢帝作戦を修正した作戦だ。

 作戦立案は?」

 

「それなりに、ただ状況が複合的で複雑だから参謀たちは9つのパターンに分けて対処を立案している。」

 

 ヴェンクが作戦立案の状況を答える。

 彼の部下たち、世界中の軍の最精鋭の作戦参謀達は現状の複雑な状況を考えいくつかのパターンに分けて立案を進めていた。

 

「完了までにはどれぐらい?」

 

「3日で終わらせる、関係各部隊への作戦書類送付と打ち合わせも合わせれば準備に二週間」

 

「作戦開始まであと一月だ。五賢帝作戦の準備もある。

 絶対に奴らに漏らすな」

 

 ヴェンクに念押しする。

 もしも作戦が流出すればその時点で終わりだ、だから注意する必要があった。

 その上同時並行で五賢帝作戦の作戦準備も必要だった。

 

「分かってます、キャラウェイ伯爵が最大限努力しています」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。各警察組織の協力の下防諜作戦を実施中です。」

 

 キャラウェイ達も警察組織を総動員していた。

 裏ではスパイ狩りが進んではいるが実際のところそもそもカーター派のスパイは国連軍内部に侵入していないのでどちらかと言えば市中の小物スパイたちばかりだった。

 それでも常に出血を強い続ければいつか失血死するのは確実だ。

 

「ならいい、アーチポフ大将、空軍は?」

 

「鉄血への空襲作戦が続行中。

 敵の工業生産能力は3割まで低下したと推計されてる、物資も同じく既に4割が焼失した。」

 

 空軍の状況を聞けばこちらも上出来、制空権を抑えた彼らは鉄血相手に爆弾を落とし続けていた。

 工業施設や物資集積所を破壊し戦力補充さえままならない状況に追い詰める、空軍の本質と言うべき作戦だ。

 

「上出来だな」

 

「後は五賢帝作戦フェーズ1ネルウァ作戦で発電所と送電網及びインフラの破壊だ」

 

 残りは作戦開始時に破壊する各所の発電施設やインフラである。

 これらを破壊すれば敵は機動に大きな制限を伴うだけでなく情報の入手にさえ支障を生じさせる。

 再度グッドイナフがヴェンクに尋ねる。

 

「物資の集積は?」

 

「予定量の140%、想定より物資の消耗が少なく補給も順調だ。

 唯一、ソ連向け食料の輸出のせいで最近若干遅れが生じ始めている程度だ」

 

 物資の貯蓄も十分、補給路が貧弱で最大のウィークポイントである国連軍は予め大量の物資を貯蓄する必要があったがその貯蓄は十分、その上ソ連向けの食料輸出まで行われているほどだ。

 この輸出のおかげで通商関係ではソ連とアメリカは非常に良い関係であり破産寸前だった穀物メジャーたちは息を吹き返しつつあった。

 

「ならいい」

 

「ところで、この作戦に作戦名はつけないのか?」

 

 アーチポフがヴェンクに聞いた。

 現状はただ修正案と呼ばれているだけだがそれでは言いにくい。

 なんだかんだで名前がついている方がいい。

 

「ああ、言われてみれば忘れていたな。

 で、どうする?」

 

 ヴェンクが聞くが誰もいい案を持っていなかった。

 

「どんな作戦名にする?変な作戦名なら逆に注意を引きかねないぞ」

 

「角砂糖とかは?」

 

 キャラウェイが紅茶をかき混ぜながら提案するがヴェンクが即却下する。

 

「命名法則から外れる上にそういう単語は逆に注意を惹くぞ」

 

「ヴァルキリーとかファントムとかはどうだ?」

 

 グッドイナフの提案にアーチポフはもう少し頭を使えと言う。

 

「もうちょっと脳みそ使ったらどうだ?

 相手をフールズ・メイトに持ち込むのがこの作戦だぞ。」

 

「それで良くないか?フールズ・メイト」

 

 アーチポフが言ったフールズ・メイトという単語で良くないか?ヴェンクが言った。

 フールズ・メイトはチェスの用語で簡単に言えば馬鹿詰みのことだ。

 素人同士のゲームでも滅多に無いことだが時々起こることだ。

 そしてこの作戦はカーターを自爆させる言わばバカ詰みさせる作戦だ。

 

「確かに、オペレーション・フールズ・メイト、悪くない響きだ」

 

「それで決定だな。フールズ・メイト作戦の作戦準備を進めたまえ、紳士諸君」

 

 キャラウェイも賛成に回り作戦名はフールズ・メイトに決定された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、分かった。じゃあな」

 

 コーシャは電話を切った。

 相手は父親だった。

 

「はぁ、ついに始めるのか」

 

「中佐?」

 

「ご主人様?」

 

「コーシャ?」

 

 紅茶を出したG36とコチェットコフ、そしてコチェットコフとチェスをしていたAN-94が心配する。

 3人に彼は頬杖をつきながら言う。

 

「始めるつもりだ。とうとうな。

 カーターを叩き潰す」

 

「やはり始めるつもりですか」

 

「ああ、来週のブリーフィングの際に作戦参謀だけで説明会をするそうだ。

 作戦名はフールズ・メイト」

 

「馬鹿詰み作戦、か」

 

「チェックメイトよりはいい。

 失敗すればこっちがチェックメイトだが」

 

 コーシャが愚痴る。

 内容こそまだ決まってはいないがこの先面倒な事に巻き込まれるのだけは確実だった。

 

「はぁ、インターコンチネンタル機を片付けたと思ったら今度は軍事作戦かよ。

 俺の休暇はいつになるんだ」

 

 G36の淹れた紅茶の水面には陰鬱そうなロシア人の姿があった。

 

 




運をP90に吸われなくて良かった


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第50話

 8月12日、国連軍司令部は来月11日に迫った大攻勢「五賢帝」の第一回ブリーフィングのため参加各国軍部隊の指揮官が集まっていた。

 この時点で国連軍は

 

(東部作戦群)

・イギリス陸軍ウォリック任務部隊

・フランス陸軍第2外人歩兵連隊

・陸上自衛隊第26普通科連隊

・ドイツ陸軍第11装甲旅団

・イタリア陸軍任務部隊“エウジェニオ・ディ・サヴォイア”

・スペイン陸軍第2外人部隊旅団”レイ・アルフォンソ13世“

 

(中央作戦群)

・アメリカ海兵隊第1海兵師団

・アメリカ陸軍第101空挺師団”スクリーミング・イーグルス“

・ロシア連邦陸軍第138独立親衛自動車化狙撃兵旅団”クラスノセリスカヤ“

・ロシア空挺軍第31独立親衛空挺旅団

 

(西部作戦群)

・ポーランド陸軍第21ポドハレ・ライフル旅団

・ルーマニア陸軍任務部隊”アントネスク“(連隊規模戦闘団)

・フィンランド陸軍第1砲兵大隊

・アメリカ陸軍第10山岳師団

・ブルガリア陸軍任務部隊”ストイチコフ“(連隊規模戦闘団)

・ハンガリー陸軍任務部隊”バルトーク“(連隊規模戦闘団)

・任務部隊”アンザック“(オーストラリア陸軍及びニュージーランド陸軍部隊)

 

(予備部隊)

・任務部隊”ブルンス“(ベルギー・オランダ・オーストリア・デンマーク・アイルランド軍連合部隊

          指揮官:ヨハン・ブルンス大佐(オーストリア陸軍)

・任務部隊”コールサー“(チェコ・スロバキア・クロアチア・スロベニア軍連合部隊

           指揮官:ラスティスラフ・コールサー中佐(スロバキア陸軍)

・任務部隊”グリウバウスカス“(エストニア・ラトビア・リトアニア軍連合部隊

              指揮官:ロランダス・グリウバウスカス大佐(リトアニア陸軍)

・ポルトガル陸軍第1歩兵大隊

・スウェーデン陸軍第26郷土大隊

・アメリカ海軍第38建設工兵大隊

・カナダ統合軍第31歩兵連隊

・南アフリカ陸軍任務部隊”スプリングボック“

・アルゼンチン陸軍第20機械化歩兵連隊”ロス・アンデス猟兵“

・ブラジル陸軍第14自動車化歩兵旅団戦闘団(連隊規模戦闘団)

・チリ陸軍第9増強連隊”アラウコ“

・セルビア陸軍任務部隊”ネレトヴァ“

 

 という部隊編成であった。

 陸戦部隊の編成はまさに多国籍軍で一番小さい物では中隊規模、大きいものでは師団単位で3個師団で潤沢な予備兵力まであった。

 これらの前では鉄血など所詮蟷螂の斧である。

 比べるのも野暮だ。

 

 そこに正規軍部隊およそ一個師団が入るのだが質という面では国連軍に劣りその上連携面でも不安があった。

 

「一体上は何を考えてるんだ。彼らの質の問題は理解している筈だ」

 

「伊丹一佐の言うとおりだ。我々も同じ危惧を抱いてる」

 

 その不満をぶちまけるのは陸上自衛隊第26普通科連隊長伊丹憲久一佐、同意するのはフランス陸軍第2外人歩兵連隊長のシャルル・ブイアール大佐だ。

 二人共正規軍を信用していない国連軍内部の一派に属し政治的事情はある程度は理解してはいるが介護などしたくなかった。

 その二人に背後からドイツ訛りの英語で話しかけられた。

 話しかけたのは第11装甲旅団旅団長エルヴィン・テッタウ大佐だ。

 

「作戦要項は読んだか?

 幸い俺たち東部はアイツラの介護をしなくていいそうだ。」

 

「ああ、西部の中央よりの右翼に展開だろ?

 位置的には右隣がルーマニア軍、左翼がポーランド軍」

 

「ルーマニア軍とポーランド軍が介護するんだ。

 可哀想だ。せめて第10山岳師団にやらせればいいものを」

 

 作戦要項には正規軍の一個師団が西部作戦群の最右翼のルーマニア軍とポーランド軍の間に配され増強でブルンス、コールサー、グリバウスカスの3個任務部隊とアルゼンチン、ブラジル、チリの部隊が戦術上指揮下に入れられる事になっていた。

 この編成は予備部隊を抽出して配する事になり国連軍としても正規軍の介護で苦労しているようにも見えるものだった。

 

「上もこんな苦労する必要があるなら参加を拒否すれば…」

 

「全くだ。この兵力を他のところに回せるのにな」

 

「見ろ、あの無能共。何食わぬ顔でブリーフィングに参加してやがる」

 

 ブイアールが指差す方向には迷彩服の多い国連軍に混じって一人だけ濃緑色の軍服を着て目立っていたカーターがいた。

 カーター達正規軍に対する目はこの会場内では厳しいものだった。

 

「あの無能が」

 

「彼奴等の介護なんて御免だね」

 

「そうだな。戦争を舐めてるのか?」

 

 小声で士官たちは正規軍に対する陰口を言い合う。

 それほど信用もなければ信頼もなかった。

 

「将軍」

 

「分かってる」

 

 エゴールにカーターが言うがその内心は怒りに震えていた。

 よく見れば握りこぶしを力強く握っていた。

 こちらの世界の事情も知らず長年ELIDと戦ってきたというのに彼らはそんなこと一切考慮しないどころか今まで積み上げた膨大なる犠牲を科学の力で一瞬にして帳消しにしていた。

 これでは今まで死んだ者たちはまるで無駄死にのようであった。

 

「我々が積み上げてきたものを全てコケにしやがって…」

 

 小声で呟く。

 国連軍と正規軍、そこには目には見えない大きな溝があった。

 片や頑固で無能な集団、片や自分達の労苦を無駄だと言い切った連中。

 溝が埋まるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

「で、これがフールズ・メイト作戦の作戦要項になります。

 何か質問は?」

 

 その頃、基地の別の部屋で各部隊の作戦参謀が集められてフールズ・メイト作戦の説明が一通り終わり担当のカナダ陸軍の作戦参謀のアーノルド・ヒューイット大佐が質問を聞いた。

 

「この作戦、各部隊長の了承は得てるのか?」

 

 任務部隊“ブルンス”参謀のオランダ陸軍のファン・タイン中佐が聞く。

 この作戦要項によれば彼の部隊はその正規軍に戦術上組み込まれ作戦時には正規軍部隊の武装解除を行うか直接各部隊の司令部を攻撃する任務を帯びていた。

 だがこんなハイリスクな任務をなぜ自分達が受け入れるのか?

 そもそもうちのボスは承諾しているのか?

 

「既に各部隊の指揮官、副指揮官、参謀長には伝達済みであり了承も受けている。」

 

「ならば小官に異存はありません」

 

 タインは納得した。

 上が了承しているのなら仕方ない。

 

「他には?」

 

「ヒューイット大佐、もしもだが明らかに勝ち目がなく全滅が不可避になった場合、又は事前に作戦情報が漏洩し先手を打たれた場合、どうすれば?」

 

 任務部隊“グリバウスカス”の作戦参謀のラトビア人カールリス・ベールジンシュ中佐だ。

 最悪の場合の対処について尋ねたのだ。

 

「大人しく適切な処理の後降伏して構わない。

 確認したが彼の国はジュネーブ条約やハーグ陸戦条約に調印加盟している、一番は救出されることだが不可能な場合は指揮官の責任でそのような選択肢を取っても構わない。

 まさか捕虜の虐殺などという馬鹿なことはしないだろうしな」

 

「確かに、今どきそのようなことをするのはテロリストぐらいだな」

 

 ヒューイットの意見に任務部隊“コールサー”のチェコ陸軍中佐ヴァーツラフ・カールノキが同調する。

 文明国ならば捕虜の虐殺などしないに決まっている、それは彼らの大前提だ。

 

 まさかその大前提が大外れすることなど、彼らは少しも考えていなかった。

 

 

 

 

 

 正規軍部隊に配備される部隊は予備部隊のEU諸国軍からなる3つの任務部隊だ。

 その一つ、任務部隊“ブルンス”、EUの中でも低地諸国とオーストリア、アイルランドからなるこの部隊の各部隊が整列していた。

 作戦会議から数日後、ついに前線への移動が開始されるのだ。

 

「AUG、聞いたか?」

 

「ええ、前線への移動ですわよね?」

 

「ああ。やっと戦えるぜ!」

 

「ヴィリ、戦場は軽率な気持ちで行くべき場所ではないですわよ」

 

 この話に兵士たちの反応は様々、このヴィリという兵士は興奮しながら同じ中隊の戦術人形のAUGに話す。

 だが、彼女は荷物を纏めながら冷淡だった。

 

「いや、まあそうだけどさ…AUGはどうだったんだ?

 コンゴでのミッションの時は」

 

「そうですわね、興奮と恐怖が入り混じった不思議な気持ちでしたわね。

 ただ、喜ぶべきことではないですわよ」

 

 コンゴでの平和維持活動でオーストリア軍の一員として従事したことのある彼女の言葉は重かった。

 

「誰かがこの先死ぬかもしれない、そう考えればどれだけ恐ろしい事か…」

 

「でも人形は死なないでしょ?」

 

「ええ、“人形は”。

 死なない、死ねないから目の前で仲間に死なれた瞬間を見て、永遠に苦しむのですよ。

 今もコンゴでジークが死んだ瞬間を昨日のことのように思い出しますわ」

 

 何気なく呟いた言葉にAUGは遠い目をして嘆いていた。

 その事に首を傾げる。

 

「ジーク?」

 

「おい、ヴィリ。」

 

 すると離れたところで話を聞いていたAUGと付き合いの長い曹長が呼び耳打ちする。

 

「ジークの話は絶対にするな、二度と。いいな?」

 

「は、はあ。ジークって?」

 

「はぁ、彼女の恋人だった同僚の軍曹だよ。

 コンゴでの平和維持活動中に現地住民への支援中に現地武装勢力の攻撃で戦死した。

 それも彼女の目の前でな。彼女も重傷を負ったが撃退するまで戦った。

 あの時俺は伍長でよく覚えてる。その後の彼女の嘆き様もな。

 だから、絶対に奴の話はするな。」

 

「分かりました…」

 

 曹長の有無を言わせない圧に首を縦に振った。

 




・伊丹憲久
陸上自衛隊第26普通科連隊長
英語に堪能な人物で元駐アイルランド大使館付き武官なので喋る英語は若干アイルランド訛り

・シャルル・ブイアール
フランス陸軍第2外人歩兵連隊長
外人部隊指揮官、あんまりまばたきしない。
英語に堪能だが訛りアリ

・エルヴィン・テッタウ
ドイツ陸軍第11装甲旅団旅団長
英語に堪能な装甲部隊指揮官。
NATO最優秀装甲部隊指揮官の異名を持つ。
元々はユンカーの家系で高祖父の祖父はドイツ陸軍の将軍だった。

・アーノルド・ヒューイット
参謀将校
カナダ陸軍所属で出身はウィニペグ
味覚がおかしい。作戦立案に関与して説明を担当した。

・ファン・タイン
オランダ陸軍所属の参謀将校
カリブ海のキュラソー島出身者。

・カールリス・ベールジンシュ
ラトビア陸軍の参謀将校

・ヴァーツラフ・カールノキ
チェコ陸軍の参謀将校

・ヴィリ
オーストリア陸軍の二等兵
経験が浅くこれが初実戦

・AUG
オーストリア陸軍所属の戦術人形
かつてコンゴでの平和維持活動に参加し戦友を目の前で失った経験がありそれに苦しめられている。
なお一応階級は准尉。

・ジーク
AUGの恋人だったオーストリア陸軍の下士官
コンゴでのPKOで彼女の目の前で殺害された。

・曹長
ベテランの下士官
AUGと同じくコンゴでのPKO任務の経験あり。
AUGとジークのことをよく知っていて気にかけている。



「忘れるというのは神が人に与え給うた素敵な能力だと思うんだけどね」
      ――小野田公顕(相棒 -劇場版- 絶体絶命!42.195kmから)

自分で忘れることができず、事実上永遠に生きれる人形という存在だからこその苦しみ。
人なら忘れたり死ぬことで終わらせられる苦しみも人形なら永遠に


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第51話

甘々な話が書きたかった


 時は流れ約1ヶ月後、2062年9月9日、作戦開始2日前。

 

「作戦開始まであと2日だな」

 

「はい、閣下」

 

 正規軍の司令部では連携の問題で尉官クラスでは差し支えがあるということで佐官クラスの別の士官と交代したエゴールとカーターが紅茶を飲みながら司令部のテントの中に立てられた地図を見ていた。

 

「ここだ、ここにエリザがある」

 

「はい」

 

 地図の一点を叩く。

 そこにはエリザと書かれた点があった。彼らの狙いだ。

 

「エリザさえ、エリザさえ手に入れれば…祖国は戦える。

 このままでは祖国はアメリカの植民地となる、そのような屈辱を祖国に味あわせてはいけない、絶対に。」

 

 彼らがエリザを狙う理由、それは反欧州連合以上の反アメリカ、反国連、そしてその根底の愛国心だ。

 純粋な愛国者として危機感を抱き、行動していた。

 その行動の是非は別として。

 

「ええ。このままでは彼の国の経済圏に取り込まれ、気がつけばただの奴隷になります」

 

「君も見ただろ?あの物量、技術力、繁栄っぷりを。

 初めはただ利用するつもりで近づいたが、このままでは祖国が利用される。

 それだけは絶対に避けなければ」

 

 アメリカの繁栄と資本主義はそのうち祖国を呑み込む、祖国だけじゃない、ソ連の次は欧州、その次はアフリカ、アジア、アメリカ、気がつけば世界を呑み込むに決まっている。

 今も彼らの頭の上を飛び交う国連軍所属の空中給油機がそうだ、彼らにはできない崩壊液の完全なる無害化をいとも簡単にやってのけるのだ。

 気がつけば広い範囲で崩壊液の汚染はなくなり生活圏は少しずつ広がっていた。

 

「我々の労苦を無に帰しおって。

 だが、エリザを手に入れれば、我々の絶対的勝利だ。カマスを起動させれば、奴らはひれ伏す」

 

 エリザこそが彼らにはこのゲームを全てひっくり返すジョーカーだった。

 

 

 

 

 

 

 そこから数千キロ離れたニューヨーク、国連安全保障理事会では極秘理事会が開催されていた。

 

「ソ連政府軍の一部が国連軍に対する軍事行動を計画中、これは本当かね?」

 

「はい、本当です議長。

 ソ連政府の情報機関及び我が国の情報機関が入手した情報によればですが」

 

 議長のトルクメニスタン大使の言葉にハンフォード大使が説明する。

 この理事会は国連軍によるソ連政府軍への先制的自衛権行使を行うかどうかのために開催されていた。

 

「なんてことだ、彼らは我々を救世主だと思ってないのか?」

 

「どうやら一部は厄介者だと思っているらしい」

 

 ルーマニア大使が思わず口にするとフランス大使が吐き捨てた。

 この事実は国連や彼らからすれば顔に唾を吐き捨てるが如き所業である。

 この場にいた全員が我々の寛大なる施しに中指を立てるとはけしからん、そのようなことを思っただろう。

 そこでハンフォードはある提案をする。

 

「我が国はソ連政府軍への先制的自衛権行使を行いたい」

 

「ロシア政府も同じです」

 

「フランスもです」

 

「イギリスも」

 

 それにこの場にいた大部隊を派遣している常任理事国3カ国が同調する。

 さらに非常任理事国のルーマニアも声を上げる。

 

「ルーマニアとしては反対する余地はありません。

 ルーマニア政府は国連軍に部隊を派遣しています」

 

「我が政府としても依存はありません。

 そもそも北中国は参加しておりませんし」

 

 常任理事国で唯一派遣していない北中国も同調した。

 さらに去就を明確にしていない北マケドニア、エジプト、コートジボワールも態度を明確にした。

 

「北マケドニアはアメリカを支持します」

 

「北マケドニア同様我が国も同じです」

 

「我が国もです。全くけしからん話ですよ」

 

 この三カ国は事前にアメリカとフランスが根回しし部隊派遣の確約との取引で賛成に回った。

 残るレソトはというと

 

「我が国も賛成します」

 

 レソトも賛成に回った。

 もはや反対はなかった。

 

「ではここに、国連軍のソ連政府軍反乱勢力への先制的自衛権行使を容認します」

 

 トルクメニスタン大使の言葉にカーター達の命運は決まった。

 

 

 

 

 

 

 国連軍司令部

 

「国連決議が出たか」

 

「ホワイトハウス、クレムリン、エリゼ宮、ナンバー10の許可も出ました。

 期は熟した、舞台の幕を開ける時間です」

 

 グッドイナフが呟くと隣のアーチポフがもったいぶった口調で言う。

 後は実行だけだ。

 彼にグッドイナフももったいぶった言葉で返す。

 

「そうだな、台本はあるがアドリブしかない劇の開始だ。」

 

「最高の舞台にしよう。

 演者は皆一流、脚本も完璧、演出家も素晴らしい人揃いだが、成功するかは幕を開けなければわからない」

 

「演出家としての腕は良いとは思うんだがね、ブロードウェイも雇えばいいのに」

 

 アーチポフにジョークを飛ばす。

 作戦開始直前だと言うのに妙に気の抜けた雰囲気が漂っているが良い士官たる者ユーモアを解せなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 コーシャは仕事が終わるとある場所に呼び出された。

 それは基地の外にあるバーだった。

 誰かの指示通りに9時前にそのバーに着きドアを開ける、するとそこには見慣れた後ろ姿があった。

 

「どうしたんだ?珍しいね、君から呼び出してくるなんて」

 

 カウンターに座っていたのはG36だった。

 彼がバーテンダーにカクテルを頼むと飲んでいたカクテルをテーブルに置いて真っ直ぐ彼の顔を見つめる。

 

「ご主人様、明日はなんの日かお忘れですか?」

 

「ふ、忘れるわけ無いだろ。

 結婚記念日だよ、もう3年か」

 

 明日9月10日は彼の結婚記念日だった。

 大作戦直前ということで忙しくお祝いの言葉もプレゼントも用意できていなかった。

 二人は結婚してからの3年間の日々を思い出す。

 

「たった3年です、夫婦になって。

 この3年色々ありましたね」

 

「ああ。毎日今まで以上に楽しくて素晴らしい3年だった。

 軍人としての責務も増えたけど愛する人を守る為ならば少しも苦じゃないさ。」

 

 楽しい結婚生活を思い出すと自然と笑みが溢れる。

 そこには人形も人も違いはなかった。

 

「ご主人様…愛しております」

 

「僕もだよ。愛してる世界の誰よりも」

 

 二人共互いに愛の言葉を言う。

 するとG36は強めの口調で言い始めた。

 

「だから、結婚した時の約束を守ってください。

 人形は死にません、そして忘れません、だから約束した筈です私達二人の間では一切の隠し事をしないって」

 

「そうだったね」

 

「だから答えてください、一体何を企んでるんですか?」

 

 G36の青い瞳が真っ直ぐコーシャの茶色の瞳を見つめる。

 隠し事は一切許さない、その思いがはっきり現れたような目線だった。

 

「何も企んでないさ」

 

「ご主人様、私は嘘を見抜けないほどバカではありません。

 ご主人様の事はご主人様以上に理解しております。

 だから正直に話してください、それとも…話せないほど危険で重要な話ですか?」

 

 コーシャは何も答えない。だが彼女にはその答えで十分だった。

 彼の手を握ると顔を近づける。

 

「ご主人様、沈黙は金でも時としては話さないことより雄弁です。

 それはもうすぐ終わるのですか?始まるのですか?」

 

「もうルビコン川の河岸に着いた。渡るしかない」

 

「なるほど、分かりました。」

 

 迂遠な言い回しで彼の言いたいことは理解できたようだ。

 すると彼女は突如わざと大袈裟に夏物のワイシャツの一番上のボタンを外して手で顔を仰ぐと目配せする。

 

「ご主人様、今日は少し飲み過ぎてしまったようです。」

 

 G36は妹に劣ってはいるが出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいるモデル体型、しかも服装は夏物の半袖ワイシャツに彼女の美しい脚線美をはっきり見せるタイトなジーンズ、コーシャはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「このダメなメイドを部屋まで連れて行ってくださいますか?」

 

 色っぽく上目遣いで言う。

 コーシャは何とか答えを絞り出す。

 

「もちろん」

 

「では…」

 

 G36はコーシャに近づき耳打ちした。

 

「私はあなたの子供が欲しいです。」

 

「それは…」

 

 驚き彼女の顔を見ると子供のような笑みを浮かべていた。

 

「ふふ、半分冗談です愛しのご主人様」

 

「…残りの半分は?」

 

「フフ、どうでしょうか?」

 

 彼女の真意はわからない、だが彼はG36が珍しくからかうほど酔ったのだと思いこむことにした。

 

「ご主人様、今絶対酔っているだけだと思っていませんか?」

 

「んー、それはどうかな」

 

 そう言ってウォッカ・マティーニを流し込んだ。

 




ドルフロ世界じゃないって前提のストーリーだから行ける甘々な話


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第52話

やっと正規軍崩壊が始まる。


「~♪今日が終われば俺の仕事も終わりだ。あばよアメリカンスキー」

 

 9月10日夕刻、国連軍への連絡将校のセルゲイ・バクーニン大佐はオフィスで鼻歌を歌いながら荷物を纏めていた。

 明日から始まる五賢帝作戦が終わればこの仕事も終わり、そう考えていた。

 

 すると突然ドアがノックされた。

 

「誰だ?開いてるぞ」

 

 どうせ飲みに誘ってくる同僚の各国軍士官だと思い気にしない。

 だがドアが開くとそれが間違いだと分かった。

 なにせ入ってきたのはスーツ姿で戦術人形や屈強な軍人やFBI職員を引き連れたFBIだったからだ。

 

「セルゲイ・バクーニンだな?貴様をスパイとテロの計画の容疑で逮捕する」

 

 礼状を見せつけてFBI捜査官ジェームズ・カールストロムはバクーニンの手に手錠をかけ職員に連れられて連行された。

 

「私だ、ネズミは捕まえた」

 

 カールストロムはバクーニンの背中を見ながら電話した。

 

 

 

 

「バクーニンの捕縛成功、フェーズ1完了です。」

 

「閣下」

 

「グッドイナフ大将」

 

 同時刻、司令部ではフールズ・メイト作戦が開始された。

 カールストロムからの連絡を受け将校たちが慌ただしく動いていた。

 フェーズ1の完了の連絡を受けアーチポフとヴェンクは再度作戦室の真ん中に座るグッドイナフを見る。

 グッドイナフは手を組んだまま指示を出した。

 

「フェーズ2に以降、各部隊に作戦符丁送信」

 

 グッドイナフの指示に全員が息を呑む。

 それはもう後戻りのできない指示だからだ。

 この時点でもまだ内心では正規軍との戦闘を行うことを忌避する気持ちは皆にあった。

 これは今までの受動的な戦闘ではなく初の先制的自衛権の行使だからだ。

 

「了解、作戦符丁“パン屋の12”送信」

 

 一瞬の静寂の後、我に返った通信将校が暗号コードを送信した。

 もう後戻りはできない。

 

「これが我々のルビコン川だ」

 

 アーチポフが呟いた。

 もう後戻りはできない、かつてローマ内戦で元老院に反旗を翻したカエサルがルビコン川を渡ったように彼らは決定的な一歩を踏み出したのだ。

 

 

 

 

 

 暗号符丁は即座に展開していた全国連軍部隊に送られた。

 戦術上は正規軍部隊に属している任務部隊“ブルンス”の司令部にも通信は送られていた。

 

「大佐、パン屋の12です」

 

「本気でやるつもりか…」

 

 通信参謀に伝えられた暗号符丁にブルンス大佐はため息をついた。

 

「大変なことになるな。

 参謀長、今日の2300より全部隊を予定通りに展開しろ」

 

「了解」

 

 参謀長のファン・タイン中佐に伝える。

 司令部の緊張感が高まり将校たちはブルンスを見る。

 

「紳士淑女諸君、聞いての通りだ。

 正規軍と戦だ!!」

 

 ブルンスが音頭を取り叫んだ。

 彼の叫びに司令部は俄に活気だった。

 

「全員予定通りだ。

 第一中隊はここの物資集積所を、第二中隊はこの交差点を戦車一個小隊とともに押さえろ。

 第四中隊は司令部防御、残りはここの拠点の部隊を武装解除しルーマニア軍部隊と合流して転回、司令部に西から圧力をかけろ。」

 

「第一中隊と第二中隊は制圧後コールサーとの連絡を確保し北側との連絡回廊を確保する。

 アルゼンチン・チリ・ブラジル軍部隊は南側に展開しているので第五中隊が連絡回廊受け入れを準備。」

 

 ブルンスとファン・タインがそれぞれ指示を出す。

 そして喝を入れた。

 

「我々が決壊すればルーマニア軍側に連中は雪崩込むだけでなくコールサーが孤立する。

 そうなれば大変なことになる、分かったな」

 

「「は!」」

 

 将校たちが答える。

 EUとNATOの代表として派遣された彼らには正規軍とは互角に戦える、その自負があった。

 それは決して思い上がりなどではなく訓練と技量に裏打ちされた自信だ。

 

「各員死力を尽くせ、我々の働き次第で歴史が決まる。

 歴史を動かせるまたとない機会だ、男として燃えるだろ?」

 

「そうだ、俺たち軍人は槍働きで歴史を動かしてきた今も昔もな」

 

 ブルンスにファン・タインが答えた。

 二人共長く祖国に仕えた職業軍人だ。

 

 

 

 

 

 

「何?バクーニンが逮捕された?」

 

「はい、先程FBIが逮捕したようです」

 

「罪状は?どうなってるんだ?」

 

「なんとも言えませんが計画通りに作戦開始を行う暗号符丁も予定通り来てますので決行では?」

 

 一方正規軍司令部ではカーターが部下の連絡将校が何故か逮捕された事に混乱していた。

 だがエゴールの言う通り彼らに「五賢帝作戦の最終決行決定暗号符丁」とされた「パン屋の12」が来ていたので国連軍は予定通りに行うものと思っていた。

 

「そうだと思いたいな。一応全部隊に警戒態勢を上げさせろ。

 なんだか嫌な予感がする」

 

「私もです」

 

 長年の軍人としての勘が彼に警告を与えていた。

 なんだかよくわからないが嫌な予感がする。だがなんだ?

 予め対抗策を講じていれば何かがあっても対応できるはずだ、思考がそう動くのは当然だった。

 

「エゴール、君は中隊を率いてこの補給デポを押さえてくれ。

 この補給デポは南北方向の連絡路を兼ねてる」

 

「了解しました」

 

 カーターが直属の部下たるエゴールに指示した地点、それはブルンスが制圧しようとしていた補給デポだった。

 カーターはついでにエゴールにきつく言いつけた。

 

「各部隊はそれぞれ鉄血と国連軍部隊の行動に気をつけろ。

 一体何をしでかすか分からない、ただしこちらからの攻撃はなしだ。絶対にな」

 

「もしも攻撃を受けた場合は?」

 

 エゴールが尋ねる。最悪の場合、即ち軍事衝突の場合はどうするべきか?

 

「その時はその時だ。反撃しろ。

 鉄血と同じやり方で構わない」

 

「は」

 

 カーターは鉄血と同じように戦えばいいと言うが別の意味でも解釈できる余地のある言い方だとは気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 日が落ちると国連軍の全ての飛行場では戦闘機・攻撃機・爆撃機、更には戦闘ヘリに輸送ヘリなどなどが全力出撃のため大騒ぎになっていた。

 

「早く1000ポンド持って来い!」

 

「12-4405の給油完了、次は12-4406に入れろ!」

 

 ハンガーやエプロンでは並べられた戦闘機に兵装士官と兵装担当要員が急いで爆弾を搭載し給油担当たちは翼の燃料タンクに燃料を入れる。

 側では出撃を待つパイロットたちがやきもきしながら待っている。

 一方隣では出撃準備が完了した巨大な4発ジェット輸送機がトーイングカーに押されてバックを開始していた。

 輸送機の左側面には見た目にそぐわない物騒な代物が突き出し翼の下には緑色の円筒形の物体即ち爆弾が吊るされていた。

 

『グラウンドよりグリフィンドール、プッシュバックを許可。

 オスカー、フォックストロット、ロメオ経由で01左に向かえ』

 

「こちらグリフィンドール、了解。

 オスカー、フォックストロット、ロメオ経由で01左に向かいます」

 

 副操縦士の戦術人形のグリズリーが無線に答える。

 隣を見ると機長のフランク・ホーガン大佐はティラーを操作しながらゆっくりとバックさせる。

 

「了解。

 そんなに緊張するな、やることは訓練と何も変わらんさ。

 訓練通りにやりゃあいい」

 

「いや、分かってますけど…」

 

 初の事態で鉄血相手に実戦経験があるとは言え緊張するグリズリーにベテランのホーガンは安心させるように言う。

 

「離陸準備はしっかりやっとけよ?

 5万ポンドの燃料と1万ポンドの爆弾抱えてるんだからな」

 

「分かってますよ、与圧設定、オート。

 油圧、4系統オールグリーン。エンジンオイル温度正常」

 

 二人は動きながら離陸準備をする。

 この機は輸送機を改造したAC-130の後継機のガンシップAC-37ブギーマン、側面に105ミリ榴弾砲一門、30ミリのチェーンガンや25ミリのガトリング砲を数門左側に搭載し更には爆撃能力やミサイル運用能力を持たせた贅沢な対地攻撃機だ。

 制空権をとっくの昔に奪い碌な対空兵器を持たない鉄血にとってはこのお化けは悪魔に相応しい機だ。

 

 前後を進む戦闘機や攻撃機が小さく見える巨体はゆっくり動きながら滑走路にたどり着いた。

 離陸準備が終わり管制官からの許可を得ると一瞬パイロットウォッチをホーガンは見る。

 時刻は11時を少し過ぎた頃だった。

 

「さあ、出発だ。推力セット」

 

 彼は力一杯スロットルレバーを押し込んだ。

 巨大な攻撃機は夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

「なんでオーストリア軍が?」

 

「知りませんよ」

 

 補給デポでは突如やってきたオーストリア軍と正規軍が言い争っていた。

 状況が理解できないデポの司令官の補給部隊の少佐は頭をかく。

 補給部隊まで優秀な人物が揃う国連軍と違い正規軍は最優秀の部隊でも後方は疎かにされ多くの場合このような場所の責任者は能力が足りない物が多く彼もまた少佐という階級章の割にはつい数週間前に26になったばっかりの青二才でそこそこの学力があっただけで士官になれたというべき人物だ。

 

「軍曹、なんで俺たちここにいるんですか?」

 

「上からの命令だよ。よく分からないがこの補給デポに展開しろって」

 

「ただ、あれは止めたほうがよろしいのでは?」

 

 一方のオーストリア軍の方もジークとAUG、そして軍曹が状況をどうすればいいのかさっぱり理解できていなかった。

 

「だから!こっちは上からの命令なの!理解しろ!」

 

「そんなこと言ったってこっちは何も知らねえんだ!さっさと帰りやがれドイツ人!」

 

「俺達はオーストリア人だ!オーストリアとドイツの違いも分からねえのかスラブ人!」

 

 彼らの目線の先ではロシア人とオーストリア人が言い争っていた。

 そんな時、補給デポのゲートが開いてトラックの一団が入ってきた。

 それに気がついた一人の正規軍士官が先頭のトラックに近づいた。

 

「誰だ!」

 

「補給車列2345Mですよ!グリフィン部隊も!」

 

「分かった!だが今取り込み中だ!とりあえずあっちの駐車場に行ってくれ!」

 

「分かった!」

 

 士官はグリフィンと補給トラックの車列を近くの駐車場に回す。

 トラックの中には水色の髪や色とりどりの髪が特徴的なグリフィンの人形の姿も見えた。

 そして10数台のトラックの車列が入りゲートを閉めようとした兵士は車列の後ろから別の車列が近づいてくるのが見えた。

 

「ん?まだ続きがいるのか?

 少尉!まだありました?」

 

「いや聞いてないぞ、何だろ?」

 

 訝しみながら見ているとそれは正規軍部隊の隊列だった。

 流石に走行速度の遅いハイドラやその他重装甲の装備はないがトラックと装甲者の隊列だ。

 隊列は先頭の車両が近づくと窓を開けた。

 

「エゴールだ、将軍からの命令でこちらに展開するようにと」

 

「分かった!少佐に連絡する!」

 

 エゴールに敬礼すると少尉はデポの司令官に連絡する。

 その横で隊列はデポに入った。

 時刻は午後の11時30分、上空からはジェット機特有の甲高い音が聞こえつつあった。

 

 

 

 

 その20数分後の11時52分、国連軍司令部は緊急の記者会見を開いた。

 記者の大半が明日に備えて早めに寝ようとした時のことであり大慌てで記者会見室に集まっていた。

 そして国連軍の報道官はある声明を読み上げた。

 

「本日、国連軍は正規軍の連絡将校一名を反スパイ法違反の容疑で逮捕しました。

 その調査の過程で正規軍一部の国連軍に対する軍事行動の情報を入手しました。

 これにより国連軍は当時刻を以て正規軍に対して先制的自衛権を行使し、断固とした措置を講じます」

 

 その言葉に記者たちはざわめき一人の記者が手を上げた。

 

「それって…正規軍に対して軍事行動を開始すると?」

 

「そうです、ですがまずは対話です。

 軍事行動を行いますがまずは冷静に秩序ある武装解除を求めます」

 

 報道官が答えた。

 この少し前、国連軍司令部から正規軍司令部に対して一通の命令が送付されていた。

 

 

 

 

 

「『よって、貴官らの行動は明確な反逆行為であり、同時に平和に対する罪である。

  しかしながらこれを理由に無益な血が流れるのは互いにとって好ましいことではない。

  互いの良識と名誉のためにも良い結果を齎す事は決してない。

  よって、国連軍監視のもと武装解除することを切に希望する。

  拒否された場合、悲しいことであるが多数の血が流れるだろう。

  血が流れる前に止めることが理想であり互いの益となるだろう。』

 ふざけるな!」

 

 カーターが吼える。

 国連軍から送られた文章は実質降伏勧告だ。

 戦わずして剣を折るなど軍人としてのプライドが許さない、許すわけない。

 一発も、一滴の血も流れる前に軍門に下る訳にはいかない。

 

「しかし、国連軍は圧倒的です。

 勝機なんてアリが象に勝つレベルですよ」

 

 将校が助言する。

 彼の意見も最もだ、制空権も何もかもが国連軍の手中にあり後ろにも中にも両隣も国連軍だ。

 勝てるかどうかで言えば万に一つの可能性もないと言ってもいいレベルだ。

 

「それで、どうします?」

 

NUTS(クソッタレ)

 

「え?」

 

NUTS(クソッタレ)だ!戦わずして降伏などするものか!

 全部隊に下令!全ての国連軍と交戦し徹底抗戦せよ!

 誰が降伏などするか!容赦するな!」

 

 カーターが命令を出した。

 折しも国連軍が記者会見を発表していた頃だった。




カッコいい軍人さんは嫌いですか?(なお本来敵)


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第53話

戦闘だ〜戦闘だ〜


 国連軍の記者会見の最中、例の補給デポではオーストリア軍の中隊長が正規軍の責任者の少佐に武装解除を伝えていた。

 

「少佐、先程国連軍司令部より連絡がありました。

 これより当部隊はこのデポを武装解除します、よろしいですね?」

 

「は?武装解除?どういうことだ?」

 

 互いに状況をよく理解していないのでどういう事かさっぱり分かっていなかった。

 

「貴官らが我々に対して軍事行動を画策しているとのことです。

 よくは知りませんが無益な戦は避けたいでしょ?」

 

「ああ。君の言うとおりだがもしも無罪放免となったら?」

 

「まあ釈放されるんでは?警察の任意同行的なものだと思いますし」

 

 中隊長が見込みで言う。

 実際互いにどうせ警察の任意同行レベルのもので無関係だとわかれば2、3日で釈放され元のようになると思っていた。

 その程度なら態々争って事を荒立てるつもりは毛頭なかった。

 

「それもそうだな、全員とりあえずオーストリア軍の指示に従え。

 こんなところで争っても意味はないぞ」

 

 少佐は補給デポ内の内線放送のスイッチを入れると指示を出した。

 

「総員、これよりオーストリア軍の指示に従って武装解除を行う。」

 

「感謝します」

 

「はい、俺の拳銃だ」

 

 少佐は腰から吊るしていた拳銃を中隊長に渡した。

 次の瞬間、外から銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「うわ!」

 

「伏せて!」

 

 補給デポの兵士たちの武装解除を開始しようとした瞬間、突如オーストリア軍めがけて銃弾が飛んできた。

 兵士たちは咄嗟に伏せるか遮蔽物に隠れ数人が怪我をした以外は無事だったが武装解除を受けようとしていた正規軍兵士数人が撃たれていた。

 オーストリア兵は銃を構えて銃撃があったほうを見ると完全武装の正規軍兵士が現れた。

 それに一人の兵士が手を上げて大声で叫んだ。

 

「おい!撃つな!我々の指示に…」

 

 次の瞬間、その兵士は頭を撃ち抜かれ動かなくなった。

 状況は明らかだ。

 

「シャイセ!撃て!抵抗するつもりだ!」

 

 最先任の下士官が指示を出す。

 兵士たちは急いで撃ち始め暗闇のど真ん中で伏せて動けない兵士たちを支援する。

 

「ジーク!」

 

「AUG!一体全体何がどうなってるんだ!?」

 

 AUGは整備中のハイドラの影に隠れて撃っていたがそこにジークが転がり込んだ。

 もう彼も一体全体何が起きているかさっぱり分かっていなかった。

 

「分からないわ、ただ…」

 

 敵の方を見ると数人のオーストリア兵が足を撃たれ動けなくなっていた。

 現状オーストリア軍側を見れば突然の卑怯な奇襲で指揮系統も何もかもが無茶苦茶であり中隊長は斜め向かいのプレハブ小屋の中の司令部の中で身動きが取れず横を見ればオーストリア兵達は少しずつ後退していた。

 そのオーストリア兵の間には巻き込まれた投降するつもりだった正規軍兵士も紛れていた。

 

「もう無茶苦茶だ」

 

 もう滅茶苦茶で混乱していると突如背後から物音がして振り返って銃を向ける。

 するといつの間にか後ろにいた彼女は両手を上げた。

 

「撃たないで」

 

「はぁ、人形か…」

 

「敵かと思いましたわ」

 

 後ろにいたのはドライヤーのような巨大な物を持った水色の髪の戦術人形だった。

 彼女は無表情でドライな口調だった。

 

「俺はジーク、こっちはAUG、どっちもオーストリア軍所属、どうも」

 

「サンダーです、グリフィンの人形です。よろしく」

 

 互いに自己紹介をするとすぐに向きを変えて戦闘に戻る。

 何とかオーストリア兵は数人を倒しているようだがやはり圧倒的で間には撃たれて動けない兵士も数人いた。

 

「AUG、航空支援は?」

 

「出せますけどこの距離では誤爆の危険性が。

 それに中隊長はあそこですよ」

 

 ジークが航空支援を聞いたが混乱でどこに味方がいるのかさっぱり分からなくなっていた。

 そうなると航空支援は難しかった。

 すると例のプレハブ小屋から白い布を持った一人の男が現れた。

 

「あれって、中隊長!?」

 

「そういうことですわね」

 

 中隊長は右手に白い布、おそらくカーテンかシーツか何かを持っていた。

 それはハーグ陸戦条約における軍使を表すサインだ。

 

「おい!撃つな!」

 

 中隊長は必死に旗を振り攻撃を止めようとする。

 だが次の瞬間、全身に銃撃を浴び倒れた。

 

「…え…」

 

「連中はどうやら蛮族のようですわね」

 

 軍使を射殺する、これは戦時国際法違反に当たる。

 そして何より部下の前で中隊長が射殺される、しかも白旗を持った状態で、というのは衝撃的でショックは計り知れなかった。

 あっという間にオーストリア軍の士気は地に落ちた。

 すぐにオーストリア兵は下がり始めた。

 

「お!おい!逃げるな!」

 

「もう無理ですわよ。

 撤退しましょう、サンダーさん、来ますか?」

 

「はい」

 

 3人は即座に他の兵士とともに撤退を決めた。

 オーストリア兵たちは少しずつ撤退を始める。

 だが夜間のため、多くない数の兵士が落伍し、そして動けない負傷兵は放置された。

 

 

 

 

 

 2時間後、補給デポから少し離れた道路上に撤退してきたオーストリア兵と捕虜、そして逃げてきた民間人の運転手や労働者、グリフィンの人形が集まった。

 

「う…いてて…」

 

「ここは、こうした方がいい。」

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、少しはマシになった」

 

 負傷兵や怪我をした民間人、捕虜たちは司令部から派遣された医療スタッフや衛生兵、ドライバーの中にいた元医療関係者や捕虜の中にいた衛生兵達によって看護されていた。

 

「何とか逃げてきたのはこれだけか…」

 

「はい、確認できたのは105名のみ。

 その他に正規軍捕虜108人とグリフィン人形12体です」

 

 今や最先任となった軍曹は集まった兵士を数えて落胆する。

 そこにいたオーストリア兵は100人ほど、元々いた160人の内60人が行方不明となっていた。

 その中にはAUG達もいた。

 

「グリフィンの人形も二人が行方不明、捕虜の方も30人ほどが行方知らずとは…

 大失敗だ、司令部は今すぐ戻ってこいと」

 

「負傷者は?」

 

「とりあえずヘリを送って負傷者は回収。

 動けるのは車に乗って司令部だ」

 

 話していると背後からエンジン音が聞こえ増援部隊がやってきた。

 

 

 

 

 

 突然の正規軍の猛烈な反撃は各地で大混乱を引き起こした。

 初期の段階で制圧予定だった拠点の大半は押さえることに成功、敵部隊を各地で寸断させることに成功したのだがこれが逆に互いが中隊規模、酷いところでは中隊対大隊規模で交戦し、各個撃破される危険性が生じ始めたのだ。

 その中でも特に危険な拠点となってしまったのが任務部隊“コールサー”司令部だった。

 

 司令部は近隣に有力な正規軍部隊が一個連隊存在していたせいで初期から猛烈な攻撃を受け、最初の敵の攻撃で無線施設に損害を食らい傘下部隊との連絡が困難となっていた。

 唯一の救いとも言えるのは司令部ということで直卒の戦車部隊や砲兵部隊がいたためある程度は対抗できていたがそれでもジリ貧で何とか守っているだけに過ぎなかった、実際砲兵部隊も大砲の半分が攻撃と弾薬不足で放棄され半数は既にただの歩兵だった。

 

「伏せろ!」

 

「クソ!ぶっ飛ばせ!」

 

 兵士の叫びに司令部の半地下の司令部施設内の兵士たちは伏せる。

 次の瞬間地面が揺れ近くに砲弾が着弾したことがわかる。

 コールサー大佐はこの中で勇敢に指示を出しながら戦っていた。

 兵士たちは塹壕に籠もり対戦車ミサイルやロケット砲、そして貴重な戦車と大砲を駆使して圧倒的多数の装甲部隊相手に善戦していた。

 そんな中で通信兵が司令部からの無線を受け取った。

 

「大佐!司令部から無線です」

 

「こんなクソ忙しいときに無線だって!?

 航空支援はまだか!」

 

「後5分だそうです」

 

 航空支援を尋ねても芳しくない答えに苛立ちながら無線を受け取る。

 

「5分も待てるか!

 司令部!」

 

『コールサー大佐、状況を報告してもらいたい』

 

 無線の先から聞こえるグッドイナフの声にコールサーは怒りながら話す。

 

「状況だって?状況もクソもあるか!

 敵の砲撃が無線施設を破壊して短距離無線が使用不能で傘下部隊の状況把握が困難!

 司令部自体が敵の装甲部隊の強襲を受けてる!

 既に敵の装甲車両を30台撃破した、まだまだ来る!

 今すぐクソ航空支援を寄越せ!おい聞いてるか!横で優雅に紅茶飲んでるクソロシア野郎!今すぐてめえご自慢のクソ空軍にクソ爆弾落とさせろ!」

 

『分かってる大佐、すぐに航空支援を行う。』

 

「3分以内に始まらなかったらお前の家にレンガ投げ込んでやる!」

 

 大声で罵りながら電話を切った。

 その様子に司令部の全員が苦笑いする。

 

「大佐、言い過ぎでは…」

 

「知るか、これが言論の自由だ」

 

「ハハ…」

 

 死にかけている状況ならばもう礼儀もクソもなかった。

 そんな中で外にいた兵士が叫んだ。

 

「敵戦車多数接近!数15以上!」

 

「また来たかアホどもが」

 

 タバコに火をつけながら呟いた。

 外でも敵の大部隊が接近しているのは見えていた。

 暗闇の中でも正規軍より優れた夜間装備を持つチェコ軍やスロバキア軍やスロベニア軍、クロアチア軍はミサイルを構えてゆっくり接近するテュポーンを狙う。

 

「奴さん、また来ましたね。俺たちのミサイルがそんだけ美味しかったってことですかね」

 

「そうだろうな、俺の腕はヨーロッパ一だからな。恋しくなったんだろ?」

 

「ヤン、この戦い生き残ったら俺、スコピにプロポーズしようと思うんだ」

 

「やめとけやめとけ、馬鹿を嫁にしたら苦労するぞ。

 俺がそうだからな」

 

 戦闘の中だというのにあるチェコ軍のミサイルチームは妙に抜けた話をしていた。

 その間にもテュポーンは接近してきた。

 

「距離1200、1150で」

 

「了解」

 

 ミサイルの装填を確認し、次の瞬間発射した。

 ミサイルは暗闇の中を切り裂いて真っ直ぐ飛び、碌なミサイル迎撃装備を持たないテュポーンを直撃する。

 だが、当たりどころが悪かったのか爆炎と共に傾いて動かなくなっただけでゆっくりと砲塔が回転していた。

 

「クソ!もう一発!」

 

「分かってる!」

 

 急いでもう一発用意しようとする、だがその間にもテュポーンの砲塔はゆっくりと動き照準を合わせる。

 次の瞬間発砲する、そう思ったその時、テュポーンが大爆発を起こした。

 見上げると低空を巨大な影が通って行った。

 

「やった!空軍だ!」

 

 見上げて兵士達が叫んだ。

 司令部でも

 

「やったぞ!騎兵隊の到着だ!」

 

『こちらグリフィンドール、遅れてすまない。

 これからありったけの出前を配達するぞ』

 

 無線からは上空の攻撃機パイロットからの無線が響いていた。



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第54話

逆襲の国連軍、崩壊する正規軍、不気味な沈黙を続ける鉄血(瀕死)


 テュポーンが吹き飛んだ。

 その攻撃の正体は上空を旋回するガンシップだった。

 

「撃て!撃て!撃て!」

 

「バンク角注意」

 

 ホーガン大佐が叫ぶ横でグリズリーはバンク角を注意する。

 左旋回しながらガンシップから放たれる持続的な制圧射撃の前に碌な対空装備を持たない正規軍は無力な存在であり殺虫剤から逃げようとする害虫でしかなかった。

 

「分かってる。とにかく撃ちまくれ、逃げるのは敵だ!逃げないのはよく訓練された敵だ!」

 

『了解!撃て!』

 

 機内通話で下の兵装士官に指示を出す。

 機体は105ミリ砲の振動と乱気流に揺られながら攻撃を続けていた。

 初手で猛烈な反撃を行った正規軍だがその奇襲は航空部隊が本格的に反撃を開始した1時間後までだった。

 夜闇の中では元々部隊を動かすこと自体が難しいのにその上で制空権を握った国連軍の猛烈な航空攻撃に殆どの部隊は目立つ装備を放棄して逃げるだけだった。

 

 

 

 

 

「動かないで!アルゼンチン軍よ!

 武器を捨てなさい!」

 

 FALが銃を構え逃げた正規軍兵士の一団に向け叫ぶ。

 彼らはゆっくりと両手を上げて投降する。

 

「う、撃たないでくれ~」

 

「ほら、行きなさい!」

 

 怯える捕虜のケツを蹴り飛ばしながら歩かせる。

 周りには警戒心をむき出しにしたアルゼンチン兵が山程いた。

 その合間を誘導されて彼らは用意された正規軍から捕獲してアルゼンチン軍が使っているトラックの荷台に放り込まれた。

 その合間にFALの部下の一人が指示を求めた。

 

「大尉、次は」

 

「今ここよね?それじゃあ、このまま西進してポーランド軍と合流。

 ポーランド軍は?」

 

 地図で状況を確認する。

 現在地点は正規軍担当区域後方のやや西寄り、東西に縦断する道路上だった。

 この道路を西に進めば東進している予定のポーランド軍部隊と合流できる手筈だ。

 アルゼンチン軍は上空から米軍だけでなくマルビナスの件で未だ気に食わないところがあるがこういう時は頼りになるイギリス軍の支援を受けながら順調に進んでいた。

 

「先程E-3498の交差点を制圧したようです」

 

「ならもうそろそろ見える頃ね、一旦ここで小休止するわよ。

 各自15分交代で休憩よ」

 

「「了解、マム」」

 

 FALは彼女の中隊に小休止を命じる。

 時刻は深夜2時過ぎ、普段なら皆寝ている時間であり疲れも出てくる時間だ。

 見張り以外の兵士はそれぞれ地面に横になり暫くすると寝息も聞こえてきた。

 

「寝るのはいいけどちゃんと起きれるのかしら」

 

「寝ないんですか?」

 

「戦術人形に睡眠は不要、ナポレオンだって戦場では3時間しか寝なかったのよ。

 指揮官が寝れるわけ無いでしょ?」

 

「ですね、しかし最初の反撃には驚きましたけどその後はさっぱりですね」

 

「あの勢いは何だったのかしらね、敵は弱い事に越したことはないけど満身は禁物よ」

 

「分かってます」

 

 水筒に入った紅茶を飲みながらFALは地図を見る。

 地図によればこの北にはつい先程オーストリア軍が奪取に失敗したデポがあった。

 

「この北側に例のデポよね?」

 

「ええ」

 

「落伍兵がこっちに来てる可能性があるわね。」

 

「夜間ですから無いことは無いですね」

 

「上にデポの情報を問い合わせるわ。

 ベルグラーノから司令部、補給デポタンゴ3の情報は?

 分かった、了解」

 

 素早く司令部に連絡し情報を問い合わせる。

 国連軍と正規軍最大の違いであり強みの一つが一番下から一番上までの強固な連携と高い情報収集能力だ、彼らは大量のドローンを持ち込みこの地域一帯に極めて濃密な索敵網を作り上げていた。さらにそれを強化するのがドローンのセンサーシステムと直結でき場合によってコントロールシステムにまで直結できる人形の存在だった。使い捨ての兵士として扱う正規軍と違い国連軍は人形をドローンや各種電子作戦システム、通信網のデバイスの一つとして扱っていた。

 このような高度なシステムこそが国連軍最大の強みでありこのような夜戦という現代のテクノロジーを駆使してもなお難しい戦場では戦闘効率や索敵、情報収集、移動などあらゆる面で有利だった。

 

「それで、情報は?」

 

「敵の有力な一個中隊が展開中だが我々には気がついてない。

 ただオーストリア兵を捕虜に取っているのが確認されたそうよ」

 

 情報によれば例のデポにはオーストリア軍を撃退したエゴール中隊がまだいた。

 そしていくらかのオーストリア兵を捕虜に取った事を確認できていた。

 

「救出に?」

 

「行きたいのは山々だけど先にポーランド軍との合流を優先しろって」

 

「分かりました」

 

 行きたいが現状彼らにはその戦力はなかった。

 国連軍はまずアルゼンチン軍とポーランド軍を合流させた後、夜明けと共に南北から挟撃する手筈に切り替えていた。

 

「夜明けにでも挟撃するつもりかしら」

 

 紅茶を飲みながら彼女は思案した。

 すると彼女は何かの気配を感じ、右手を上げた。

 それに数人の兵士が気がついた。

 

「何か、いるわ」

 

 FALは拳銃を取り出し数人の部下を連れて進み、叫んだ。

 

「動くな!アルゼンチン軍だ!武器を捨てろ!」

 

 すると木の陰から二人の戦術人形と一人のオーストリア兵が現れた。

 

「う、撃つな…アルゼンチン人」

 

「オーストリア軍よ」

 

「グリフィンです」

 

 現れたのは行方不明になっていたオーストリア兵のジークとAUG、そしてグリフィンのサンダーだった。

 居たのが敵ではなく道に迷った味方だと知ったFALはため息をついた。

 

「はあ、オーストリア軍の落伍兵ね。良かったわね、合流できて。

 フリアン、3人に紅茶、カルロは他にいないか見てきて」

 

「了解しました」

 

「了解」

 

 スペイン語で部下に指示を出す。

 一人には紅茶を、一人は周囲の捜索を命じる。

 だが周りには他には何もないようだった。

 

「何もないようです」

 

「それならいいわ。そろそろ出発するつもりだったけど計画変更よ。

 司令部、こちらベルグラーノ、落語したオーストリア兵とグリフィン関係者を保護。」

 

 FALは上に連絡する。

 一方アルゼンチン兵に保護された3人はまだ緊張しながらアルゼンチン兵が休憩する道路の端に座る。

 

「紅茶だ」

 

「ありがとうございますわ」

 

「ダンケ」

 

「ありがとうございます」

 

 オーストリア兵が3人に紅茶の入った水筒を回し飲みさせる。

 すると緊張が和らいだのかジークは脱力して倒れ込んだ。

 

「はぁ…生きてる…生き残った…」

 

「ええ、生き残ったのですよ。幸運にも」

 

「君が幸運のお守りに見えてきた」

 

「なんで、生き残ったのでしょうか…」

 

 ふとサンダーが呟いた。

 それはなかなか意味深な言葉だった。

 

「あら、その口調だと生き残りたくなかったのかしら?」

 

「それは…生きていても苦しいことばかりですから、今までもこれからも。

 違いますか?」

 

「貴方、過去に何かあったのかしら?」

 

「ええ、まあ」

 

 AUGの追求に彼女は多くは答えなかった。

 

「誰にでも秘密はある、別に深く聞くつもりは無いわ。」

 

「そうですか」

 

「ええ、でもまずは帰ってシャワーでも浴びましょうか」

 

「賛成だ、寝たいしな。」

 

 3人はすっかり緊張がほぐれたようだった。

 

 

 

 

 

 

「第3大隊第2中隊通信途絶!」

 

「第4大隊司令部現在ブラジル軍による圧迫を受けつつある模様!」

 

「E-3498交差点、ポーランド軍が制圧!」

 

「R-378交差点をルーマニア軍が通過中!」

 

「閣下、先程第1大隊長が降伏許可を求めてます」

 

「クソ…クソ、クソ、クソ!クソ!クソ!」

 

 一方正規軍司令部ではカーターは各所からの悲鳴のような戦況報告に呪詛の言葉を吐きながらテーブルを叩き続けるしかなかった。

 崩壊を目前にして彼にできることは多くないと悟ったのだ。もう勝利の可能性など無いのだ。

 あるのは名誉の戦死か犯罪者として捕らえられるかのどちらか、どちらに転んでも結局は家族も含めて悲惨なことになるのは確実だ。

 

「どうしてこうなった、私は一体どこで何を間違えた」

 

「閣下、もう無理です。全軍に降伏許可を…」

 

 参謀が今にも消えそうな掠れた声を振り絞り進言した。

 だがその言葉はカーターには信じられないような目で答えた。

 

「何?」

 

「もう無理です。これ以上戦っても無益な血を流すだけです。

 今すぐ降伏しましょう、まだ戦争捕虜として扱われ…」

 

 次の瞬間、参謀の襟首をカーターが掴んで持ち上げる。

 

「貴様は負けを認めろというのか!?」

 

「そうです!このままじゃ全員死にます!」

 

「この売国奴が!非国民が!」

 

「売国奴でも何でも言えばいい!だが今このなんの意味もない戦いに従事して死んでいっている兵士に何と言えばいい!

 止められた無益な戦を始めたのお前だ!」

 

「そうか…」

 

 次の瞬間、参謀を放すと拳銃を取り出した。

 

「狂ったか」

 

「この売国奴が!」

 

 カーターは参謀を射殺した。

 そしてそのまま怯える参謀たちに指示を出した。

 

「おい!」

 

「は、はい!」

 

「今すぐエゴール中隊を戻せ」

 

「わ、分かりました!」

 

「捕虜は適当に処分しろ。今すぐ戻れ」

 

 参謀は急いで連絡した。

 だがその指示は最悪の結果を齎した。

 

 

 

 

 

 翌朝、アルゼンチン軍、ポーランド軍、そして任務部隊ブルンスの3つの部隊が例のデポを強襲し奪取した。

 だがデポに入った彼らが見たのは見るも恐ろしい光景だった。

 

「お、おい…何だこれは…」

 

「嘘だろ…」

 

「クルヴァ、ナチスか彼奴等…」

 

「ジーザス・クライスト」

 

 目の前に広がっていたのは全員が後頭部を撃たれ死んだオーストリア兵と戦術人形だった。

 その光景にオーストリア兵だけでなくポーランド兵やアルゼンチン兵も吐き気を催した。

 

「うっ…」

 

「おお、マリア…」

 

「これは…最悪ね」

 

 吐く部下達を尻目にFALはどこか冷静に見えた。

 だが実のところ、血が出る程拳を強く握りしめていた。

 目の前に広がる光景は明らかだ、「正規軍による捕虜の組織的殺害」明らかなる戦争犯罪だ。




・FAL
アルゼンチン陸軍大尉
歩兵部隊士官で指揮官としての責任感ある人物。
よくできた歩兵部隊指揮官。
スペイン語話者



FALって自分の中でイギリスとアルゼンチンなんだよな


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第55話

コミケ中止ですね、関係ないけど


 戦時国際法とは戦争におけるルールである。

 その内容は民間人の保護や負傷兵、医療従事者の保護など比較的知られているが同時に守られているとは必ずしも言えない規定や国際法上の交戦権そのものに関する規定など非常に多岐に渡る。

 その中でも比較的重要視され、同時に破った場合の報復措置が最も激しい規定が「捕虜の保護」である。

 捕虜となった兵士は必ず戦時国際法に基づき人道的に扱わなければならない、これは殆ど常識と言っていい。

 そしてもしもこの規定を破った場合、捕虜の非人道的な拷問や扱い、更には殺害などを行えば相手国の怒りを買う事になる。それどころか現場の兵士さえ怒り狂う。

 つまるところ百害あって一利無しな結果になる規定だ。

 だが少なからずこの規定は破られていた、第2次世界大戦時のソ連やドイツ、日本、朝鮮戦争やベトナム戦争のベトナム・北朝鮮はこの最たる例だ、その全てで彼らは相手側から怒りを買った。

 

 

 

 

「捕虜の虐殺…だと?」

 

「はい、閣下。」

 

 参謀からもたらされた捕虜虐殺の連絡を受けたグッドイナフは徹夜して耳がおかしくなったのかと疑いを持つほど驚いていた。

 まさかこの21世紀に捕虜の組織的虐殺など、たった一晩で起きるとは思えなかったからだ。

 20世紀ならばマルメディの虐殺や日本のヘルシップや人体解剖実験、ラコニア号事件、ビハール号事件、ファン・イムホフ号事件などがあるがまさかこんな時代に、である。

 

「この映像が証拠だが、信じられない…

 今は21世紀だぞ?」

 

「なんてことだ…」

 

 現場でリアルタイムで撮影されている映像を見ながら隣のアーチポフもヴェンクも絶句していた。

 そこには見るも無残な姿になった兵士たちの姿があった。

 

「この非人道的な野蛮な行為を行った者、そしてそれを命じた者に法的な落とし前をつけなければなりませんね」

 

 事態急変を受けやってきた上級文民代表のカーンは冷静な口調で喋っているが片手で顔を覆って動揺している事が見て取れた。

 

「カーターを捕らえる理由が増えた。

 各部隊に連絡、カーターを絶対に生きて捕らえろ。

 奴に法の裁きを与えてやる、あのクソ野郎を絶対に生きて処刑台に連れて行ってやる。

 よりにもよってこのSep11にやりやがったファッキンコミー共のクソケツの穴をぶっ壊れるまで掘ってやる」

 

 グッドイナフの声は怒りと決意に満ちた声だった。

 

 

 

 

 

 

 午前7時、イシザキは呆然としていた。

 それはテレビから流れるニュースの内容だった。

 

「お伝えしていますように1時間ほど前、国連軍は正規軍部隊が国連軍兵士を虐殺したと発表しました。

 詳細は現在調査中とのことですが大統領は先程『我々は野蛮なこの行為を最大限強い言葉で非難する。我々はテロリストには屈しない。今も昔も』と声明を発表しました。」

 

 朝食のトーストを手に持ったまま彼は固まっていた、そして隣のM14も口にスプーンを突っ込んだまま固まっていた。

 そんな二人の目の前でガーランドは手をふる。

 

「あのー指揮官?M14さん?」

 

「は、ガーランドか。

 どうした?」

 

「どうしたじゃありませんよ、さっきからニュース見ながら固まって」

 

「どうしたもクソもあるかよ。朝起きたら味方が敵になってしかも戦争始めて捕虜虐殺してどうやらここ戦場のど真ん中らしい。

 どういうことだ?」

 

「朝起きたら戦場のど真ん中で味方が敵になって戦争始めて捕虜虐殺してるのでは?言ってる事が自分でも理解できないですけど」

 

 蚊帳の外にいた民間人たちにはもはや朝起きたら訳がわからない事になっているも同然だった。

 

 

 

 

 

 同時刻、例のデポの南ではポーランド軍の第二陣が正規軍部隊と遭遇戦に突入していた。

 

「撃て!撃て!撃て!撃ちまくれ!」

 

 指揮するポーランド軍の大尉が叫ぶ。

 その叫びをかき消すかのように周りでは戦車数台、装甲車、そして歩兵たちが一斉に撃ちまくっていた。

 一方撃たれている正規軍部隊は移動中の部隊だったようで反撃もせず逃げ惑うだけで一方的に打ち据えられていた。

 その部隊というのが先程、国連軍が発見した捕虜殺害の実行犯、エゴール中隊だった。

 速やかに司令部に戻るよう命令された彼らは捕虜を殺害すると南下し司令部へと向かったがその途中で司令部を北側から攻撃しようと迂回していたポーランド軍の戦車部隊と遭遇してしまったのだ。

 

「く…損害報告!」

 

「第一小隊半分がやられました!」

 

「第二小隊は残り14名!」

 

「第三小隊残り7割」

 

 部下に状況を聞けばどの小隊も手痛い損害を被っていた。

 彼自身砲弾の破片で負傷していたが応急手当だけで何とか戦っていた。

 このままでは圧倒的優勢のポーランド軍に磨り潰されるだけだと直感した彼は決断した。

 

「私は先に司令部に行く!後は任せられるか?」

 

 中隊を率いて司令部に向かうのは不可能だ、だが彼一人だけなら何とか行けるかもしれない、しかしそうなると部下を見捨てる事になる。

 

「はい!何とか!」

 

「分かった!済まない!」

 

 エゴールは部下を置いて先に司令部へと向かった。

 彼の中隊の抵抗にポーランド軍は15分後、航空支援を要請、ロシア空軍の戦闘機の爆撃後生き残った僅かな兵士は投降したが彼がそれを知ったのは数時間後のことだ。

 エゴールは一人獣道を走り森を抜け、小川を横切り、走り続けた。

 

 

 

 

 一方エゴールが向かっていた司令部はというと、この頃には完全に包囲され始めていた。

 内部で各国軍の攻撃でズタズタにされた正規軍の前にルーマニア軍が襲いかかり、更には南からも予備部隊のカナダ軍部隊が攻撃を開始し後方の予備兵力と後方部隊が粉砕され丸裸となった。

 

「カナダ軍、我々の4キロ南の地点まで到達」

 

「ルーマニア軍の現在地、東8キロ、ポーランド軍北3キロ、チリ軍、西9キロ。

 包囲されるのは時間の問題です」

 

「将軍はエゴール中隊が来ればどうにかなる、と思ってるが…どうにもならないよな…」

 

「時間の問題じゃない、もう包囲されたも同じだ。

 次々部隊は降伏してる、もう終わりだ」

 

 参謀たちは悲鳴のような状況報告を総合してどこか達観していた。

 勝ち目どころか捕虜虐殺の件が報じられもはや彼らはテロリストだ。

 

「だが…将軍に言ってみろ、殺されるのがオチだ」

 

「ああ、止めれるのはもうエゴール大尉だけだ」

 

「そうだな。彼の中隊からの報告だと先に一人でこっちに来てるそうだ」

 

「無事に来れたらいいが」

 

「そうだな、後はもうどうやって生き残るかだけ考えるしか無い」

 

 参謀たちは強かにも生き残る方策だけを考えていた。

 そのような密談をしている最中、司令部のドアが開き傷だらけの軍人が一人入ってきた。

 

「エゴール大尉!」

 

「おお!大尉!待っていたよ!」

 

 それはエゴールだった、参謀たちは笑顔になるとエゴールに集る。

 エゴールは参謀の歓迎を他所に司令部を見渡す、すると床に残った血のシミが目に止まった。

 

「あのシミは?」

 

「ああ、将軍が参謀長を射殺した」

 

「え?」

 

「本当だ、降伏を進言したら売国奴だ!って言ってな。

 現状を冷静に考えればそれが最善策だ、そうだろ?」

 

「だから、何とか将軍を説得できないか?頼む、君だけが頼りだ」

 

「そうだ。もう我々では止めようがない。助けてくれ」

 

 参謀たちは藁にもすがる思いでエゴールを頼った。

 だが肝心のカーターはどこにもいない。

 

「将軍は?」

 

「奥の作戦室だ。

 君を待ってる。」

 

「分かりました」

 

 エゴールは生唾を呑み込むと司令部の奥にある作戦室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 一方、そこから離れたカナダ軍部隊はというと司令部手前の最後の正規軍の抵抗ラインにぶつかっていた。

 

「伏せろ!」

 

 兵士が叫んだ次の瞬間、生き残った僅かなテュポーンの砲撃が着弾する。

 だが次の瞬間テュポーンにカナダ軍を支援する戦闘ヘリのミサイルと機関砲弾が襲いかかり爆発しチーズのように穴だらけとなった。

 顔を上げると戦術人形のTAC-50はライフルを構える。

 そしてスコープを覗きテュポーンの側の車の残骸の影に隠れる指揮官らしき男に照準する。

 TAC-50は最初からドローンと連携してこういった遮蔽物の背後にいる重要人物の盲目狙撃を行える人形として設計され、彼女もまたそのための訓練を積んできた。

 次の瞬間、銃とは思えない爆音が響き遮蔽物を貫いて反対側を赤く染めた。

 

「目標排除完了」

 

「いい子だタック」

 

 隣りにいた上官が彼女の頭を撫でる、そして彼は立ち上がると叫ぶ。

 

「銃剣用意!突撃!突撃!突撃!」

 

 突撃と連呼する。

 その言葉にカナダ兵たちは銃剣をライフルにつけると立ち上がり真っ直ぐ敵陣へと突撃する。

 一方の正規軍はまさかの突然の銃剣突撃に指揮官を失った事も相まって恐慌状態に陥った。

 殆ど撃つこともせず彼らは武器を捨て逃げるか両手を上げた。

 

「武器を捨てろ!両手を上げろ!ほら早く!」

 

 怯える敵兵の武器を捨てさせ兵士たちは手荒に連行していく。

 中には捕虜を殴る者や蹴り飛ばす者までいた。

 

「バーバリアンが!」

 

「ぶ!」

 

 ある若い兵士が一人の正規軍士官を殴っていた。

 その士官はもうボロボロで歯が折れ口から血を吐き顔は腫れていた。

 すると一人の下士官が止めた。

 

「やめろ、この馬鹿を連れて行け」

 

「軍曹!なんで止めるんだ!」

 

「こいつらは捕虜だ。」

 

「捕虜だって!?オーストリア兵を虐殺してジムを怪我させたこいつらが?」

 

「そうだ、規則だからな。これ以上やるなら憲兵に引き渡すぞ」

 

 下士官は怒りながら兵士を止めると動けない士官に肩を貸して連れて行った。

 それを横目にTAC-50と指揮官は地図を見る。

 

「この先は司令部だ。

 次は大将首だ」

 

 地図を見ながら呟いた。

 




・TAC-50
カナダ統合軍の人形
設計コンセプトとしては始めからドローンとパッケージにされた人形。
ドローンとのリンクによる盲目狙撃などが可能。




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第56話

戦闘実質これで終わり


「とにかく敗残兵でも何でもいいから集めるんだ!」

 

「は」

 

 もはや絶望感漂う正規軍司令部で唯一人戦意が衰えていなかったのはカーターだった。

 参謀たちも通信兵も警備の兵士も皆確実に負けることだけは理解していた。

 全員今すぐ武器を捨てれば生き残れると理解していた。

 

「エゴール大尉が到着しました」

 

「おお、エゴール!」

 

 兵士がエゴールが着いた事を伝えるとカーターの表情は明るくなった。

 そしてエゴールが作戦室に入ると意気揚々と指示を伝えた。

 

「エゴール、早速だが君の中隊を率いてこことここを奪還して主力部隊の撤退を支援してもらいたい。」

 

「閣下、私の中隊はもうありません」

 

 エゴールはカーターに絞り出すように伝えた。

 その言葉にカーターの顔は一瞬で絶望したような表情に変わった。

 

「何?」

 

「向かう途中でポーランド軍に遭遇し私だけが脱出しました。

 今頃降伏したか壊滅しているでしょう」

 

 正直に中隊はポーランド軍に包囲、殲滅されたと伝える。

 部屋は静まりかえっていた。

 

「それじゃあ今の戦力は?」

 

「私だけです。この司令部の銃を持てる人員を集めても精々1個中隊。

 南から来てるカナダ軍も北のポーランド軍も全て大隊かそれ以上です、この司令部も一時間以内に包囲されるでしょう。」

 

 エゴールは冷静に状況を見ていた。

 もはや手持ちの戦力は一個中隊しかないと、東西南北全方向から国連軍が迫り包囲は時間の問題だと。

 改めて現状を伝えると彼は絶望的な返事をする。

 

「分かってる。今兵士を集めてる」

 

「兵士を集めてどうするんです?逃げるんですか?」

 

「違う、ここで死ぬ。一人でも多くの敵を道連れにしてやる」

 

「閣下、そんな事をしても誰も従いません」

 

 カーターは玉砕するつもりであり兵士は誰もそんな事を望んでもいないし士気はどん底だと理解していた。

 そんな事を実際に言えば、恐らくこの将軍は部下に吊るされるだろう。

 その事実に激昂する。

 

「貴様も言うのか!」

 

「この戦いは我々の負けです。

 今すぐ武器を捨てましょう。彼らは戦時国際法に基づき作戦行動をしています、法的責任は問われるでしょうが殺される可能性は少ないです!」

 

「そんなことは分かってる!分かってる…」

 

 エゴールの反論にカーターは力なく椅子に崩れ落ちた。

 その姿は死にかけの老人のようであった。

 絶望に浸り、希望は一切ない、そしてもうどうしようもないと。

 そして掠れた声で尋ねた。

 

「教えてくれ、エゴール。私は一体どこで何を間違えた?

 これは祖国のため、だよな?」

 

「…さぁ、私には分かりません」

 

 エゴールは敬愛していた上官の見るも無残な姿に目を逸らす。

 そこにいたのは叩き上げの軍人ではなく夢破れ死を目前にした老人だ。

 

「そうか…なら命令だ。

 好きにしろ、降伏するなり戦うなり好きにしろ。私は好きにした」

 

「分かりました」

 

 カーターは最後の命令を出した。

 その言葉を聞いて参謀たちは慌てて外に出て掌握している全ての部隊に指示を出す。

 作戦室にはエゴールとカーターの二人が残った。

 カーターは聞いた。

 

「なぜ行かない」

 

「閣下はどうするおつもりですか?」

 

 聞き返した。カーターは返事に笑い始めた。

 

「ふ、フハハハ!どうするつもり、か!

 どうするつもりもないさ」

 

 そう言うと徐に腕時計を外しエゴールの前に置いた。

 

「これを娘に。妻に愛していたと伝えてくれ」

 

 それだけで察した。

 エゴールは受け取ると敬礼し去っていった。

 一人作戦室に残されたカーターは立ち上がると部屋の隅に置かれたサモワールに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 一方、最も司令部に接近していたカナダ軍は司令部の将兵の集団投降を受け入れていた。

 

「こっちだ!」

 

 突然の集団投降に兵士たちは大混乱に陥り武器を捨てさせ、一人ひとり並べて名前と所属と階級を聞く作業を行うのだがカナダ軍の兵士の内ロシア語ができるのは極わずかなのに捕虜はどんどんどんどん増えていく一方、司令部の将兵だけだったのが段々近隣部隊の兵士なども投降し始め身動きが取れなくなり始めた。

 

「名前と階級は?」

 

「セルゲイ・ボトカチョフ、上級中尉」

 

「階級だよ階級!リフテナントとかカーネルとか!」

 

 ロシア語ができないカナダ兵と殆ど英語ができないのが多い正規軍兵士のコミュニケーションに四苦八苦する。

 もはや前進どこではない。

 

「司令部、こちらオンタリオ、捕虜の対処で手一杯だ。

 助けてくれ」

 

『オンタリオ了解。だがどこも同じような感じだ。』

 

「おい、嘘だろ…」

 

 指揮官が司令部に問い合わせればどこも集団投降の対処で手一杯とのことだった。

 それに彼は頭を抱えため息を付く。

 

「はぁ、タック」

 

「なんですか?」

 

「ちょっと手伝ってやれ」

 

「分かりました」

 

 TAC-50に支援に向かわせる。

 すると入れ替わりで別の兵士が報告しに来た。

 

「大尉!」

 

「何だ、ベン」

 

「カーターが司令部で一人でいるようです」

 

「何?」

 

 カーターの所在の情報だった。

 

 

 

 

 

「カーターの所在が分かりました!」

 

「どこだ!」

 

 1分後にはカーターの所在の情報は最高司令部に伝わっていた。

 その情報にグッドイナフ以下は大騒ぎとなっていた。

 

「司令部です!ここ!グリッドE32です!」

 

「今すぐ部隊を送るか?」

 

 ヴェンクが尋ねるがアーチポフは首を降る。

 

「陸路は兵士の投降で難しい。どの部隊も動けない。

 即応特殊部隊を空路で送るのが最善だ」

 

「同感だ、出動を許可する。

 ただし絶対に生きて捕らえろ」

 

 特殊部隊を空路から投入する決断を下した。

 即座に国連軍司令部直卒部隊であるロシアから派遣されていたOMONが出発した。

 

 

 

 

 数十分後、OMONを乗せたヘリは司令部近くのヘリポートに着陸した。

 捕虜からの情報で残っているのはカーター唯一人であると聞いていた。

 

「クリア」

 

「クリア」

 

 ヘリからOMON所属の戦術人形のグローザと9A-91が最初に降りて周囲を警戒する。

 そして残りに合図すると二人を先頭に完全武装の特殊部隊員達が降りて司令部へと向かい各入り口に取り付く。

 

「用意」

 

 グローザは持っていたスタングレネードを用意するとピンを抜き突入する。

 それは他の入り口と同様だった。

 

「動くな!国連軍よ!武器を捨てなさい!」

 

 叫びながら進むが人っ子一人いなかった。

 ただ作戦室のドアが閉められていた。

 作戦室の前で合流した各班はこの中にカーターがいると確信した。

 

「この中ね」

 

「どうしますか?」

 

「合図したら突入よ」

 

「了解」

 

 グローザの指示で改めて準備し息を潜める。

 そして合図した。

 

「今よ!」

 

 屈強な特殊部隊員がドアを蹴飛ばし突入する。

 すると中からは音楽が聞こえていた。

 

『That's life, that's what all the people say~♪』

 

「You're ridin' high in April, shot down in May~♪

 But I know I'm gonna change that tune~♪

 やっと来たかね」

 

「カーター将軍、貴方を逮捕します」

 

『When I'm back on top, back on top in June~♪』

 

 カーターは古いフランク・シナトラのレコードを掛けながらひざ掛け椅子に腰掛けていた。

 ご丁寧にもテーブルの上には紅茶が置かれていた。

 

「そうか」

 

『I said that's life, and as funny as it may seem~♪』

 

「ご同行いただけないなら手荒な行動をとってもよろしいのですよ」

 

 シナトラの「That's life」が流れる中カーターは妙に落ち着き払っていた。

 余裕ぶった態度の彼にグローザは苛立つ。

 

『Some people get their kicks stompin' on a dream~♪』

 

「分かってるよ。」

 

『But I don't let it, let it get me down~♪』

 

「その前に紅茶を一杯頂いても?」

 

「ええ構いませんよ」

 

 そう言うとカーターはテーブルの上の紅茶に口をつけた。

 一気に飲み干し、立ち上がると、そのまま大きな音を立てて床に倒れた。

 

「な!クソ!衛生兵!」

 

「フフ…」

 

 慌てた兵士たちは急いでどうにかしようとする。

 そんな彼らを見て毒が回って意識が朦朧とする中不気味に笑っていた。

 

「一体なんてことをしてくれたの!」

 

「ハハ、I've been a puppet, a pauper, a pirate, a poet, a pawn and a king…

 That's Life、これが人生…お前らの好きにさせるものか、俺も…この国も…世界も…」

 

 口から泡を吐きながらカーターはグローザに捨て台詞を吐く。

 

「クソ!」

 

「覚えておけ…全てがお前達の…思う通り行くと…思うな…」

 

 そう言うと動かなくなった。




・グローザ
OMON所属の人形
一応指揮官

・9A-91
グローザの部下の人形、信頼できる副官


カーターは悪役


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第57話

この章終わり!
次の章はサクッと鉄血を消し飛ばしてサイドストーリー
連鎖分裂とか来るまであんまり進むつもり無い


 カーター自決

 

 このニュースはすぐに国連軍司令部に伝えられた。

 

「サノバビッチ」

 

「してやられたな」

 

 自殺を止められなかったという事実は彼を犯罪者として裁く機会を永遠に失った事を意味する。

 それは彼の部下の戦犯達の裁判がどこか腑抜けた感になる事を意味する。

 そのため将軍たちは皆罵声を口にする。

 

「オーストリア兵殺害の法的責任を問えないとはな…」

 

「ああ。そもそも鉄血攻撃を後回しにして背後の憂いを断ったが軍事的には正しくとも政治的には問題がある。」

 

 アーチポフが言う。

 彼の言う通りフールズメイト作戦は軍事的には正しいと言える作戦だが政治的には微妙な作戦だ。

 軍事的な安全保障の懸念という強迫観念から実行したが冷静になればその意義は薄く実際には正規軍の一部を壊滅させただけというある種同士討ちのような結末となったのだ。

 

「これで、この先はやりにくくなると思うか?」

 

「大いに思いますね。正規軍内部には確実に我々を実際に敵だと認識する連中が生まれるでしょう。

 今のところはその上が味方なのでカーターのネガティブキャンペーンを張って相殺できそうですが何かしらの外交関係のトラブルがあれば確実に拗れます。」

 

 ヴェンクの意見は正しいと言える。

 現状何とかメディアを使って「反逆しようとしたカーターを先に潰した」と主張することで正当性をアピールしているが実際のところはある種騙し討ちだ。

 その上カーターは自殺、派閥の大多数は捕虜か戦死であり感情的にもしこりを残す結果だ。

 今のところは国連とソ連は食料輸出などで有効的だが今後貿易摩擦などで外交関係が悪化し始めた時にこの件を持ち出される可能性は高い。

 

「結局、この作戦で誰が一番得した?鉄血か?」

 

「ソ連内部の親欧州派と欧州連合、ですかね」

 

「欧州連合、か。ロクサット主義とかいう資本主義と共産主義の悪魔合体のような連中にのみ利のある結果だな。」

 

「ソ連との関係は良いとして、次は…」

 

「欧州、ヨーロッパ。我々の古巣ですよ。」

 

「鉄血との戦争はどうせ感謝祭前に終る、崩壊液に関してはクリスマスまでにはソ連領内は5割が除染できる、だがその外側から常に汚染される可能性があると終わりがないぞ」

 

「そのためにも政治家たちには頑張ってもらいましょう。

 次の春までにもね」

 

 鉄血との戦いも終わりが見えている今、最大の懸念は崩壊液汚染でありそのためには世界規模での協調行動は不可避だ。

 そうなると政治思想的に相性が悪いとしか言いようがない欧州との関係をどうにかする必要がある、それはある種新たな懸案の誕生だ。

 

 

 

 

 

「終わった、か…」

 

「終わりました」

 

「終わったわ」

 

 外部軍事支援局ではコーシャ、コチェットコフ、そしてAN-94が全てが終わったと聞いていた。

 一仕事終わった筈なのだが彼らの心の内は何処か晴れない。

 

「本質は全て避けられたはずの戦いだからか…どこか晴々しくないな…」

 

「ああ。それに本当に悪い奴はいつもこうだ。

 生き残ったのは実行しただけで指示した決断した者じゃない」

 

「悪い奴ほどよく眠る、か」

 

「なんですか?」

 

 コーシャはふと古い日本の名作映画の題名を呟いた。

 だがその映画を知らないコチェットコフは聞き返した。

 

「黒澤明の映画の本国題さ。

 なんでも本当に悪い人間は決して表に出ることはなく人目のつかないところでのうのうと寝ているって意味だそうだ。」

 

「まるで今回の作戦ですね」

 

「ああ。安全保障上の問題と言って自衛権を行使したが何だろうか、まるで誰かに裏から操られてるような感じがする。」

 

「言われてみれば…そもそもカーターの狙いは我々の目的と矛盾するし我々主導の作戦ならばカーターが目的を果たす前に潰せば終わる話です」

 

 冷静に考えればグッドイナフ達幹部と同じくまるで国連軍を使ってカーターたちを蹴落としたような感は否めなかった。

 だがそれ以上の追求は避けた、なぜか?その先は彼らの領分じゃない外交と政治の領分だ。彼らの領分は国防と安全保障だ。

 

「政治的な事は政治家と官僚に任せるが、安全保障は我々の領分だ。

 正規軍とはしこりができるし能力のデモンストレーションには有用だがそれが態度の硬化を招けば本末転倒。

 どちみち仕事がやりにくくなるのは必然だよ。」

 

「法的な残務処理もあるからわね、裁判はきっとどこかで起きるわ」

 

「アーニャの言うとおりさ、法律事務は法律家に任せたいが確実に揉めるしな」

 

 この先確実に揉めるだろうということに実務担当の彼らはため息をつきたい気持ちだった。

 暗澹たる気持ちの彼らだがそんな中に甘い香りが漂ってきた。

 振り向けばG36が紅茶を持って立っていた。

 

「ご主人様、紅茶はいかがでしょうか?

 皆様の分もご用意いたしました」

 

「頂くよ」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

 各自ティーカップを取り紅茶に口をつける。

 するとコーシャはため息をつく。

 

「はぁ、G36、益々忙しくなると思う」

 

「結構なことです、ご主人様。

 命とあらばいつでもどこでもご一緒いたします」

 

「そうか。いい加減モスクワに帰りたい…

 いい加減ママに会いたいよ…」

 

 コーシャは珍しく泣き言を言った。

 暫くは家に帰れそうはなさそうだ。

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 彼もまたため息をついていた。

 地獄の戦火から生き残ったジークは殺された仲間の棺が並ぶ格納庫の隅に座っていた。

 最終的に国連軍は戦死205名、負傷者398名、行方不明者2名という被害を出した。

 そのうちの45名はオーストリア兵で参加国の中では最大の被害を出した。

 

「何で俺だけ生き残ったんだ…」

 

 無事生き残って万々歳、と思っていたのが数日前、こうして仲間の棺が並んだのを見た瞬間、彼の中に罪悪感が芽生えた。

 なぜ自分は生き残ったのか、と。

 そんな彼をAUGは黙って背中をさすった。

 

「AUG…」

 

「…」

 

 彼女は何も言わず黙っていた。

 それだけで十分だった。

 AUGに抱きつくと静かに泣き始めた。

 

 

 

 

「この作戦は、軍事的にも政治的にも失敗と言える」

 

「大統領閣下」

 

 ホワイトハウスでは数日経ったある日、カークマンがそう呟いた。

 この作戦とはフールズ・メイト作戦のことだ。

 その言葉に驚いたのはレインハート安全保障問題担当補佐官だ。

 

「そう思わないか?レインハート君。

 DCのソ連大使館には民主運動家やら虐殺に抗議する人々が毎日抗議してるじゃないか。

 その件で今朝大使が来たが『これがアメリカです』としか返せなかった。」

 

 大統領は今朝、愛娘との数少ない家族団欒の時間たる朝食の時間にやってきた大使の事を話す。

 それは連日行われる大使館前の抗議運動への抗議だがこれがアメリカだ、合衆国憲法にも「連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、 ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、こ れを制定してはならない。」とあるように集会の自由がある。

 だが不快であり外交上の問題となるのは同じだ、この作戦は不必要な対立を生んだことになる。

 

「カーターを逮捕すればそれで終わった話が気がつけば全面戦闘、これが合衆国の益となるかどうかで言えば多少はなる程度だ。

 損は無いが投資の割には旨味が少なすぎる。

 カーターは我々の通商の利益にはならなかったが損にもならなかった、この件で誰が得した?ソ連、それも親欧州派だよ。」

 

「我々はどうやら一杯食わされたようです。

 連中を無為無策の結果自爆して滅ぶしかできない連中と見ていましたがこの件でよく分かりました。

 奴らもまた我々と同じく老練なる策士だと」

 

 二人は頷いた。世界最強の王者たるアメリカがソ連の連中の手のひらの上で踊らされた、その事実に踊り終わった後に気がついた。

 では次はどうするか?

 

「次のゲームはどうするつもりかね?レインハート選手」

 

「欧州の選手との親善試合は如何ですか?」

 

「ヨーロッパのプレイヤーの腕を見てみようじゃないか、それでどこでするつもりかね?」

 

「フィッシャーとスパスキーの再試合を再現するのはどうでしょうか?」

 

「セルビアを使うか」

 

「バルカンは火薬庫で魔境です。」

 

「あの半島は常にトランプタワーのようなバランスで動いてる。

 フッっと息を吹きかけるだけで全てが崩壊する、いいじゃないか」

 

 二人の政治家達は今度は我々を嵌めた連中を嵌める策を練り始めた。

 DC、この街では数百万の人々の運命を変える決断がディナーのメニューのサラダのように決まる。




実はソ連の手先によっていいように踊らされてたというアレ


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第五部:テンペスト―驚きの島々―
第58話:END of WAR


日常やサイドストーリー中心章
まずはサクッと鉄血を滅ぼす

ちなみに回はサブタイトル付

ちなみに章の名前はシェイクスピアの「テンペスト」から


「こわがることはないよ、この島はいつも音で一杯だ、音楽や気持ちの良い歌の調べが聞こえてきて、それが俺たちを浮き浮きさせてくれる、何ともありはしない、時には数え切れないほどの楽器が一度に揺れ動くように鳴り出して でも、それが耳の傍でかすかに響くだけだ、時には歌声がまじる、それを聴いていると、長いことぐっすり眠った後でも、またぞろ眠くなってくる、そうして、夢を見る、雲が二つに割れて、そこから宝物がどっさり落ちてきそうな気になって、そこで目が醒めてしまい、もう一度夢が見たくて泣いたこともあったっけ。」

  ――シェイクスピア作「テンペスト」より

 

 

 

 

 

 2062年10月13日

 

 

 遠くから遠雷のような爆発音が聞こえる中、エージェントは僅かな部下のハイエンドモデル数体と敬愛するご主人様、エリザを連れて廃墟の中を走っていた。

 数時間前始まった国連軍の総攻撃は数ヶ月に渡る空襲と砲撃と包囲で疲弊しきった鉄血を赤子の手を捻るが如く捻り潰した。

 もはや彼女が把握する戦力は今目に見える範囲にあるもののみだ、それ以外は全くわからない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 息苦しさを感じながらも必死で走る。

 だが突如、止まり手を上げて制した。

 彼女の目の隅に何かを捉えたからだ。

 

「何者ですか?そこにいるのは分かってます」

 

「クックックッ、腐っても私と同じハイエンドだな」

 

 その声に彼女たちは聞き覚えがあった。

 廃墟の暗闇から迷彩服にヘルメットなど完全装備の集団が現れ全員が彼女たちに銃を向けていた。

 

「Здравствуйте、反逆者たち。

 今日は君らに死と正義の鉄槌を下しに来た、安心したまえ、苦しまずに逝かせてやる」

 

「ウロボロス…」

 

 それは鉄血が生み出したはずの最強の戦術人形の一角、ウロボロスだった。

 だが彼女はロシア連邦軍の装備をつけ、そしてロシア軍の特殊部隊を引き連れていた。

 

「おお!私の名を知っているとはな!そうとも!我が名はウロボロス!

 鉄血が生み出した究極の戦闘用戦術人形にしてロシア連邦軍アルファ部隊分遣チームレヴィアタ隊長だ。

 リヴァイアサンの如く君らを食い散らかしてあげよう!」

 

 このウロボロスは彼女達の知っている者ではなかった、ロシア連邦軍内部でも最強と謳われている大統領直卒の特殊部隊アルファ部隊の分遣チーム「レヴィアタ」であった。

 海を支配する悪魔の名を持つ彼らの今日の任務は逃亡する鉄血首脳部の捕捉と完全なる殲滅だった。

 エージェントはエリザの前に立ちスカートの下の武器を向ける。

 

「エリザ様には指一本触れさせません、人間ごときにも貴方にも」

 

「よろしい、Hunt for ELISAの終わりなのだからそうこなくてはな!」

 

 一方のウロボロスは意気揚々と楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 僅か10分後、そこには鼻歌を歌いながらスクラップとなった鉄血の人形たちだったものに腰をかけたウロボロスがいた。

 

Эй! И в поход, и в поход!(いざ、航海へ!航海へ!)

 Нас волна(海の波が) морская ждёт не дождётся.(我らを待ちわび)~♪

 Нас зовёт морская даль(海の彼方が、寄せ来る波が)~♪

 И прибой!(我らを呼んでいる!)~♪」

 

 周囲を警戒する部下を尻目に一人大声で歌っていた。

 一見すれば自殺行為のような行動だがこれが彼女だ、名実ともに世界最強の王者の余裕だ。

 そんな彼女の歌を無線が邪魔をする。

 

『レヴィアタ、状況を報告せよ』

 

「こちらウロボロス。敵は全て始末した。」

 

 さも当然のように答える。

 彼女達は先程、5分足らずで鉄血首脳部を完全に殲滅した。

 一方の損害はゼロ、圧勝だ。

 ほぼ同時刻、米空軍の戦略爆撃機B-21が新型地中貫通爆弾MOPⅣを中央官制コンピュータに投下、完全に破壊した。

 こうして鉄血は壊滅した。

 

 

 

 

 

 

『大統領として本日、国民の皆様に嬉しいお知らせがあります。

 先程、国連軍は鉄血の完全殲滅に成功しました。

 つまり勝利です。

 ですがこの勝利は終わりではありません、始まりの終わりに過ぎません。

 まだ我々がすべき事は山積みです。』

 

「合衆国の勝利を祝って!」

 

「「乾杯!!」」

 

 テレビから大統領の演説が流れる中、基地は文字通りお祭り騒ぎとなっていた。

 G&Kセキュリティでも同じくどんちゃん騒ぎであった。

 皆で酒の入ったグラスを酌み交わす。

 

「指揮官、もっと酒をくれ!」

 

「M16、飲みすぎるなよ?」

 

 ウィスキーをボトル単位で飲むM16に指揮官は心配になる。

 少なくとも数回は彼女は酔って拘置所に放り込まれてる事を知っている指揮官は不安になる。

 だが彼女はそんな不安を少しも感じていないのか酔って馬鹿になってるかのどちらかのような返事をする。

 

「分かってるさ!ちゃんと節制するつもりだ」

 

「そう言っていつも完全に酔いつぶれてるのはどこの誰ですか?」

 

「う」

 

 そこにバドワイザーを飲みながらM4が痛い一言を言う。

 

「ええ。いつも二人でお守りしてるのよ?」

 

「う」

 

「お酒臭いお姉ちゃん嫌い」

 

「う…やめてくれ…それ以上は…」

 

 AR-15とSOPも追い討ちをかけ心をへし折った。

 そんな光景に笑っていると突如肩に手を置かれ目の前に酒の入ったグラスが出された。

 

「指揮官、それ、飲め飲め」

 

「もっと飲みましょ飲みましょ!」

 

「二人共やめろ!誰かこの飲んだくれを止めろ!」

 

 それは酔っ払ったSVDとSV-98だった。

 二人共いつものように酔っていた。元来酒に強い人形で一緒に飲めば確実に酔い潰される。

 

「はて、飲んだくれとは誰だろうな?」

 

「さあ?私達まだウォッカ3本しか開けてませんよ?」

 

「指揮官~一緒に飲もうぜ!」

 

「マスターも一緒にどう?」

 

「おい!この愉悦部もだ!」

 

 さらに基地内の愉悦部として名高いXM8やケチのPx4も絡み始めた。

 益々面倒になったと判断すると即座に逃亡を始めた。

 

「酔っぱらい達も大変ねぇ」

 

「は、はぁ…」

 

「全く、はしたないですわね」

 

「アハハ、大変だね」

 

「大丈夫かな、指揮官」

 

 その様子を宴会場の隅でワルサー、Stg44、SuperSASS、M1カービンとガーランドが酒を傾けながら呆れて見ていた。

 ふとワルサーはワインのグラスを持ったままガーランドの肩を叩いた。

 

「ん?なんですか、ワルサーさん」

 

「ちょっと」

 

 手招きして少し離れるとワルサーが切り出した。

 

「これからはあんたがあいつのお守りしてよね」

 

「え、どこか行くんですか?」

 

 ワルサーの突然の話にガーランドは驚く。

 彼女は続けて説明した。

 

「ホノルルに戻るのよ。働いてるホテルの改修が終わって11月15日から通常営業開始なの。

 ここの仕事はただレイオフ期間中のバイトよ」

 

「そうだったんですか、知りませんでした」

 

 ワルサーの本業は一応ホノルルのホテルのスタッフだ、ここにいるのは単にそのホテルが約一年改装工事で閉鎖されている間のレイオフ期間を利用したバイトなのだ。

 そのホテルが感謝祭連休に合わせて工事が終了して再開するので彼女は戻るのだ。

 

「ホノルルに来たらサービスしてあげるわよ。

 でもホノルルに戻る前に一回はっきりさせたいことがあってね」

 

「なんでしょうか?」

 

「気持ちの整理はついたの?」

 

「…」

 

 ワルサーがガーランドの恋の話を切り出した。

 彼女は黙るが気にせず相手の方の事を言う。

 

「あいつは本気よ?

 悪いやつじゃないし、独身で彼女の一つもいないの気にしてる質だし。」

 

「その、いいんでしょうか?私みたいなのと一緒になんて…」

 

 こちらの世界観で未だ凝り固まっているところのある彼女はまだ尻込みしていた。

 ワルサーはそんな彼女を後押ししたいのだ。

 

「無いよりはマシでしょ?

 人形にも幸福追求権はあるの、あいつとは15の時からの付き合いだから私は恋愛感情持てないしどうしても親目線になるの。隣に立つつもりなんて無いわ。

 でも、あんたは立てるわよ、美男美女、とは言えないけど中々悪くないと思うわ」

 

「でも…」

 

 それでもまだ決心できない彼女に更に押しをかけた。

 

「ああもう!動かないと取られるわよ?それでいいの?」

 

「よ、良くないです!」

 

「なら動きなさい、GO FOR BROKEよ。

 それに噂をすれば…」

 

 二人話しているとそこへ酔っ払いの絡み酒から逃げてきた

 

「ああ、ワルサー、ガーランド、助けてくれ~酔っ払いが絡んでくるんだ。」

 

「災難ね。」

 

「全くだよ、酔っぱらいの相手なんて公聴会の次に不愉快極まりないぞ。

 そう思うだろ?ガーランド」

 

 二人に愚痴をぶちまける。

 するとガーランドは持っていたビール瓶のビールを一気飲みした。

 

「お、おいどうした?」

 

「指揮官」

 

 アルコールで顔を真っ赤にして焦点の合わない目でガーランドは指揮官に迫った。

 だが急な行動に彼は混乱するばかりだ。

 

「な、何だ?誰か水を持ってきてくれ」

 

「水なんていりません」

 

 指揮官を遮って深呼吸するとガーランドは意を決して言った。

 

「好きです、愛してます誰よりも。

 人形なんかでいいのなら私も愛してください」

 

 そう言うと、彼女は崩れ落ちるように倒れた。

 

「お、おい!」

 

 指揮官が支えると彼女は幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

「…んん…は!」

 

 翌朝、ガーランドは自分の知らない部屋で目が覚めた。

 見回せばそこは極々普通の寝室だ。

 そして気がついた、昨日の夜何をやったかを。

 

「あああ!!!私!!!」

 

 恥ずかしさ顔を真っ赤にして手で顔を覆う。

 

「なんてことを…すぐに指揮官に謝りに行かないと…」

 

 そんな事を言ってるとドアが開けられた。

 

「お、起きたか?」

 

「し、指揮官!?え!?じゃ?」

 

 入ってきたのは私服のTシャツにジーンズ姿の指揮官だった。

 そしてそこで始めてここが彼の部屋だと気がついた。

 

「俺の部屋だぞ、ここ。

 そんなに慌てなくてもいいんだぞ?朝食作ったから一緒にどうだ?」

 

「そんな構わなくても!すぐに部屋に帰りますから!」

 

「何言ってるんだ?今日からここがお前の家だぞ。

 言ったじゃないか、愛してくださいって」

 

「え?え?え?ええええええ!!!!」

 

 彼女はまた気を失った。

 

「ショックが強すぎたのか?」

 

「さあ?」

 

 その様子を見ながら指揮官とワルサーは呟いた。




テンペストは彼らによって起こされた各種の騒動を、驚きの島々は彼らの世界の意味もある



・ウロボロス
始めて明確に鉄血キャラ登場
鉄血が作り出したロシアの技術の粋を集めた究極の戦闘用戦術人形。
そのお値段1体でロシア海軍の主力駆逐艦一隻買えるほど。
あまりにも高性能すぎるのだが同時にコストも財務官僚が憤死するレベルだったので1体が試作されただけで終わったがその技術は今の戦術人形の技術に活かされている。
傲慢とも思えるほどの自信家だがそれは能力に裏打ちされた自身に過ぎない。
部下に対する面倒見もいい。音楽が好きで戦闘中も鼻歌を歌うほど。
その能力が飛び抜けすぎているのでロシア軍は新たにアルファ部隊内に専用の特殊部隊としてレヴィアタ(リヴァイアサンの意)という特殊部隊を新設、文字通りの精鋭の兵士と人形のみが入隊を許されたロシア大統領直属の特殊部隊。ロシア版SEALS Team6。


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第59話:名誉と勲章

番外シリーズ第一弾
米国での人形権利運動の一幕にして頂点となったイベント

もしも自分より英雄として相応しい行いをした人物の存在を抹消し自分を英雄として祭り上げ始めたらどうしますか?その相応しい行いをした場所がもしも、戦場という極限空間ならば


「メダル、星およびリボンを贈る目的は、功績のある者に誇りと喜びを与えることだ。」

  ――ウィンストン・チャーチル

 

 

 

「…ン!…ビン!…ケビン!」

 

 聞き慣れた声が呼ぶ声がする。

 キーンという耳鳴りが収まり始めぼやけた視界も少しずつ戻ってきた。

 すると背中に燃えるような激痛が走りその痛みで意識がはっきりした。

 

「は!ティリー!大丈夫か!?」

 

「ああ、何とか。だけど右足が変な方向向いてる!」

 

 隣りに座っていたはずの戦友を見ればめちゃくちゃな体勢で右足は明らかに違う方向を向いていた。

 後二人いるはずの戦友はどこにいる、すると前からうめき声が聞こえた。

 

「ティリー!ケビン!どこにいるんだ!」

 

「ボー!」

 

「ケビン!どこだ!何も見えない!」

 

 ドライバーのボーだ。

 おちゃらけていつでもフザケたことを言う気のいいアラバマ出身の黒人だがその声は聞いたことないほど恐怖に震えていた。

 

「俺はここだ!お前の後ろだ!

 チックは!?」

 

「チック!チック!あった!チックの手だ!」

 

「チック!ああ!チック!」

 

「包帯を!」

 

 最後の一人、チックのいる方を見ると体中から血を流しぐったりとしていた。

 外からは銃声が聞こえる、そうだパトロール中に爆発があって…

 

「とにかく早くここから出ないと!」

 

「出るって!?俺は右足が明らかにおかしいしチックはこの通り、ボーに至っては見えないんだぞ!」

 

 そうだ、この場で動けるのは俺だけだ。

 俺も辛うじて動けるだけでこの3人を連れて出るなんて到底…

 

「ケビン!ボー!チック!ティリー!助けに来たわよ!」

 

 突如頭の上が明るくなる、見上げれば天井の銃座のハッチが開けられ見上げれば同じ部隊の彼女がいた。

 

  ――2045年5月29日、戦没者追悼記念日ワシントン・ポスト紙手記「消された英雄」より

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ軍史上初の名誉勲章受勲人形は中国内戦中、負傷した戦友がヘリで救出されるまでの約12時間単独で戦闘を行い救出を支援したフォース・リーコン所属のM14であるが、これは受勲の対象となった戦闘の時期を基準とした場合最初の例ではない。

 その場合最初の例となるのは2049年から遡ること5年前、マリにおける治安維持活動中に現地武装勢力の襲撃を受けた米陸軍第一歩兵師団の戦術人形UMP45だ。

 

 彼女は先頭にいた装甲車がIEDに吹き飛ばされ横転、それを合図に四方八方から敵の猛烈な砲火を浴びる中同じ部隊のジョー・マイク・タウンゼント二等兵と共に安全な車内を飛び出し砲火の中を抜け、装甲車にたどり着き社内に入るとシートベルトに縛り付けられ重傷を負って動けなくなっていた4人の戦友に冷静に応急処置を行い二人がかりで4人を仲間の車両に運び入れたが4人目を運び入れた際に背後から襲いかかった敵兵の銃撃を受け機能停止状態となったのだ。

 その勇気と行動は過去250年近いアメリカ陸軍の歴史の中でも燦然と輝く英雄的行為であり、実際一緒に救助したジョー・タウンゼント二等兵は名誉勲章の受勲が決定していた。

 しかしUMP45にはなんの名誉も称賛の声も与えられなかった。

 

 この仕打に最も激怒したのは他ならないこの時戦場にいた兵士たちだった。

 名誉勲章に推薦した将校だけでなく他の部隊や第一歩兵師団長さえも激怒したのだ。

 そしてこれが後にタウンゼント二等兵の前代未聞の名誉勲章の受勲拒否、そして負傷した4名の兵士のパープルハート受勲拒否、更にこの戦闘を理由とする一切の勲章の授与を拒否する事態となった。

 後に「ビッグ・レッド・ワンの反乱」と呼ばれる米陸軍、そして米国史においては公民権運動以来となる大規模な権利運動の引き金となったのだ。

 

 

 

 

 

 2044年10月3日、ジョー・タウンゼント二等兵の名誉勲章受勲が決定された翌日、突如第1歩兵師団の将兵の半分、即ち5469人の兵士・将校・戦術人形がその日一切の命令を拒否した。

 その中には師団長のライリー・マウス少将の姿もあった。

 陸軍参謀本部とペンタゴンは即日マウス少将を解任し新たな師団長を着任させMPを動員して抗命した兵士たちを逮捕しようとするも副師団長、更には現地のMPのトップさえ拒否した。

 そして同日、彼らはネット上にある声明文を発表した。

 それは

 

「名誉勲章受勲者タウンゼント二等兵の英雄的行為の影にはある一人の戦術人形の勇敢なる行動があった、だがその行為を陸軍の上層部や議会は存在すら認めようとせず黙殺している。

 彼女はあの戦闘で破壊されメンタルマップは復活し今も勤務している、しかし彼女に英雄として相応しい名誉を与えられない限り我々は一切の受勲と命令を拒否する。」

 

 というものだった。

 ネット上に上げられたこの声明文にメディアは大きく反応し陸軍は釈明に追われるが抗命騒動は第1歩兵師団に留まらず他の陸軍部隊にも広がり始めた。

 韓国では在韓米軍部隊が抗命運動を開始、ウェストポイントの士官学校生と教官達も支持を明言、前陸軍長官や参謀総長達も陸軍やペンタゴンに苦言を呈し始めた。

 

 運動は瞬く間に陸軍だけでなく他兵科の米軍や市民へと広がり始め、最終的に11月11日の退役軍人の日に退役軍人協会と人形権利協会、更にはその他退役軍人支援協会を主催とする大規模なデモがワシントンDC、ニューヨークなどで行われた。

 そのデモはワシントン大行進以来とも言えるほどの人が集まりナショナル・モールを埋め尽くしリンカーン記念堂の前で演説した。

 その演説の中でかつてのキング牧師の演説や公民権運動、ローザ・パークスを人形権利運動やUMP45に準えていた。

 

 これほどまでに抗議の声が拡大した理由は陸軍の姿勢がかつての人種差別を行っていたような時代の黒人や黄色人種たちへの態度と瓜二つだったからだ。

 「義務は果たせ、だが権利も称賛も名誉も話は別だ」そのような態度に右も左も完全に怒り狂った。

 その声の一例は当時ハワイ州選出の下院議員だったジャクソン・ミネタ議員が議会で

「人形たちの多くは軍の使い捨てになることを望んでいます。それはそれだけだ彼女達にとってこの合衆国への忠誠と愛国心を示す唯一の方法だからです。

 彼女らの愛国心や忠誠心はこの場にいる全ての議員たちの愛国心や合衆国への忠誠心とどこが違うのですか?

 100年前、私達日系人は第二次世界大戦で収容所に入れられ祖国からこう言われた『お前は敵国民だ』と。それに対して我々は銃を執り戦場に赴いて血を流して祖国に我々の愛国心と忠誠心を示した。

 黒人たちは人扱いされない状況にキング牧師を先頭に通りに出て叫んだ『我々も合衆国民だ!』と、それに祖国は暴力と警官隊で答えた。

 もしも彼女達に対するあらゆる不正義や障害を取り除かなければ、我々は合衆国の恥となる。

 自らをキング牧師が、我々日系人が、今まで流した血を踏みにじり自らを黒人たちのデモ隊に猛犬をけしかけた白人至上主義の警官たちに貶める」

 という演説に現れていた。

 アメリカは多民族国家でありそれを良しとしてきた国である。

 そのため民族や出身国を超えて一つになる証の一つが自由と権利を守る軍であり軍人は常に敬意の対象だ。

 彼らの名誉を軍自らが穢しているこの状況は軍人たちの怒りを買い、ベトナム戦争期以来とも思えるほど軍の支持は下がった。

 

 もはや合衆国中を覆ったこの抗議に米陸軍、そしてペンタゴンは折れ2045年1月、新たな勲章制度及び軍内部の待遇制度を改善し人形と人の権利を同等とした。

 だがその代償としてUMP45やタウンゼント、マウス少将らは陸軍を不名誉除隊処分とされた。

 

 彼らの功績と名誉が回復されるには3年後の憲法改正、そして4年後のM14の名誉勲章受勲まで待たなければならなかった。

 2062年現在ビッグ・レッド・ワンの反乱は人形権利運動におけるモントゴメリー・バス・ボイコット事件に相当する歴史的事件として記憶されている。




人形を差別した結果ペンタゴンが全国民から怒りを買った。


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第60話:彼女と彼女

「それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!」からアナことAN-94借りました。
元は同じはずの人形が全く違う進化を遂げていた話です。


「家人が急病で倒れた時に番犬を買い増しする人はいない」

  ――アンドレイ・シーゾフ(ロシア連邦財務大臣)

 

 

「どんなに素晴らしい代物でも欲しい人が手の届く値段で必要な数必要な場所になければそれはガラクタに過ぎない」

  ――グスタフ・フェルケルザム(鉄血工造CEO、後にIOP系ロシア企業ロスドール会長)

 

 

 

 AN-94という戦術人形が存在する。

 銀髪で165センチほどの背丈、スレンダーな体型だが人形らしく屈強な軍人でさえ投げ飛ばせるほどの力を持つ。

 だがそれでも実は彼女は最も優秀というわけではない。

 彼女は電子作戦能力がオミットされた言わば廉価モデル、ハイローのうちのローに相当するモデルでハイには姉妹モデルであるAK-12が存在する。

 そんな彼女たちは2062年現在ロシア連邦陸軍の数的主力戦術人形だった。

 

 確かにローに相当するなら数的主力なのは当然だが実はそれは当のロシア軍の望んだ形ではなかった。

 本来ロシア軍はAN-94という戦術人形はあくまで電子作戦能力を必要としない又は制限されても問題無い後方部隊や空軍警備部隊、憲兵部隊用、そして大本命のAK-12に使用する各種技術の叩き台としてロシアの人形メーカーロスドールが開発した人形だった。

 

 そもそもAN-94とAK-12という人形の開発プロジェクトが発足したのは実に12年前の2050年に遡る。

 この年、中国内戦の戦訓などからロシア軍は統一新型戦術人形開発計画を始動させた。

 計画名は「ストレリツィ」、ロシア語で射手を意味するだけでなく自動車化狙撃兵の兵科名でもある名称だ。

 この計画を始動させた理由は当時のロシア軍の人形事情にあった。

 

 当時ロシア軍が人形の主力としたのはAK-47、SVD、SV-98、PKP、PKの5種、さらに国内軍やFSBなどではOts-14、Ots-12、As-Val、9A-91、A-91、ヴィーフリ、PP-19、PP-90などが使用されていた。

 対テロや国内の治安維持目的の国内軍・警察は現状の運用体制に満足していたが陸軍は中国で大きな問題に直面していた。

 それは歩兵の小火器と弾薬共通化できて歩兵と直協できる人形がいないという問題だった。

 当時歩兵部隊、特に分隊クラスに配備されていた人形はAK-47かSVD、部隊によってはSV-98やPKPとPKがという状況だったのだがこの内一般歩兵が使用する5.45×39ミリ弾を使用するのは存在せず全て7.62×54R弾か7.62×39ミリ弾であった。

 平時や戦前ロシア軍が想定していた紛争地域への派遣ならば問題ない編成だったのだが問題は派遣されたのが主力火器の弾薬がロシア軍ともNATOとも全く違う中国だった事だった。

 想定では現地での弾薬の調達も考慮に入れたものだったがいざ実戦になるとAK-47は弾薬不足に陥り急遽ロシア政府がアメリカから弾を大量輸入する事態になった。また他の人形も人形で中長距離戦なら問題はなかったのだが市街地や交戦距離が200以下になるとSVDは取り回しが悪く扱い辛い、PKやPKPは重く嵩張るため市街地戦向きではなかった。

 結果として前線では人形の近接支援無しでリスク覚悟で戦闘を行うか取り回しの悪さを妥協してPKやSVDを投入するかのどちらかになった。

 そのため前線からは5.45ミリを使用する新型人形が切望された。

 

 また既存人形自体もそれ以外の各種問題が発生したためこれらの改修・改良・新型素体への変更も行う必要が出たのでこれらの要望と合わせて策定されたのがストレリツィ計画だった。

 

 そしてもう一つこの計画に影響を与えたのが10年前の2040年に開始されたパーンツィリ計画という計画だった。

 

 この計画は「各層部隊の電子作戦能力の付与強化によって戦闘能力の強化・効率化を狙う」という計画であり10年以上前に始まり少なくとも中国内戦の開始時には進捗率が4割程度で一部部隊が完全更新が完了した時期だった。

 

 だがパーンツィリ計画は少なくともこの時点で半分破綻していた。

 実はパーンツィリ計画自体電子作戦要員の教育訓練を半ば無視していた計画で増強自体も計画内に入っていたがそれはあくまで補助的なものでメインは「新型電子作戦システムは素人の前線歩兵も訓練すれば十分使用可能な装備」であるとして歩兵の訓練で賄うつもりだった。

 だが実際はここでも軍の縦割り行政を発揮して歩兵の訓練は一切行われず装備と部隊数だけが肥大化、その上要員不足で折角配備された新型システムは2/3のみが使用され残りは倉庫に死蔵されていた。

 また同時期に全軍で10年単位の装備更新計画キンジャールが予算を食ったため予算不足もあり遅々として進まなかった。

 

 2050年になると内戦は一段落し軍事予算やその他部署にも余裕ができ始めた、またキンジャール計画が内戦で予定では2050年に終了するはずだったが予定より2年早く全部隊の装備更新が完了したためキンジャール計画の影響を受けていた計画が戦訓を取り入れて再始動し始めた。

 

 

 このパーンツィリ計画の影響を受けたストレリツィ計画は二本立ての計画だった。

 片方がストレリツィM計画、こちらは既存人形の改修・改良・新型コンポーネントへの移行計画。

 もう一つが新型コンポーネントと新たな設計概念に基づいた新型人形開発計画、ストレリツィN計画だった。

 

 このストレリツィN計画の中で開発されたのがAK-12とAN-94だった。

 ロシア軍は本命のAK-12に各種新技術をそのまま入れるのではなくその前にAN-94をテストベッドとして開発、これを実際に運用した上で改良点をフィードバックさせAK-12を完成させる計画だった。

 

 この計画は大方想定通り進み2052年にAN-94が、3年後の2055年にAK-12が完成、試験の後正式採用された。

 それぞれ価格はAN-94が一体2万3000ドル、AK-12が5万6000ドルだった。

 AK-12の量産体制が整うとAN-94は軍向け生産を中止し民間向け生産に切り替える予定であった。

 ロシア軍はこの二種を2060年までに合計3万体から5万体する…筈だった。

 

 想定から外れたのが2055年に発生した穀物の供給過多に始まる農業不景気、そしてそれが引き金となり発生したロシアの金融危機だった。

 そのためロシア政府は急遽この導入計画を延期又は縮小し浮いた予算を金融機関の再建と大規模金融緩和、市場への資金注入に投じた。

 この結果ロシア軍内部でこの計画の一時凍結論が浮上し導入計画が大きく狂ったのだ。

 

 次に問題となったのが運用側からの悲鳴だった。

 簡単に言うと「俺達はただパンが欲しかったのにピザを持ってきた」というべき状態だった。

 確かに運用上の問題は全て解決できた、だが最前線の歩兵レベルでは電子作戦能力は必要なかった。

 彼らからすれば逆にこの電子作戦能力が手入れは面倒だしかと言っていつ使うのかさっぱりわからない、ついでに専門的な知識もない、そんな状態だった。

 

 要はAK-12は色々盛ってしまった結果誰も必要としない人形となってしまった。

 更に財務側からもAK-12の高価さが問題視され始めた。

 

 こうなるとロシア軍はAK-12の導入縮小を決断せざる負えなかった。

 改めて現場から出された要求というのはシンプルで「電子作戦能力のないAK-12」だった。

 しかしAK-12のシステムや構造は電子作戦能力ありきという設計でオミットするとなると大幅な再設計が必要だった。

 そうなれば導入時期はおよそ2年延びると試算された、この2年というのもあくまで順調に開発が進んだ場合でありこの頃から人形自体が複雑化しどこの国でも開発遅延が常態化していた。

 そんなロシア軍の前に生産側からある提案がなされたのはこの頃だった。

 

「AN-94の電子作戦能力をオミットしたモデルを生産すればいいのでは?」

 

 AN-94の電子作戦能力はそもそもが限定的なものとして生産されAK-12の量産開始後は軍用は段階的に生産を削減し最終的には電子作戦能力やその他軍用システムをオミットした民生用モデルに切り替え予定だった。

 なので初めからオミットしたモデルを生産可能で元々改良の余地も多い設計でより要求に特化した改良にメーカーの想定では早ければ10ヶ月、遅くとも一年半後には可能とのことだった。

 

 

 かくして2056年3月、ロシア軍はAK-12の導入を縮小、代わりにAN-94の改良モデルAN-94(M)の導入拡大を決定した。

 AN-94(M)はカタログ価格一体3万2000ドル、AK-12よりもずっと安かった。

 その後金融危機からの回復で軍事予算にも余裕ができ始めたがその頃には導入された人形の2/3がAN-94だった。

 

 

 一方、こちらの世界ではAN-94とAK-12に関する情勢は全く違っていた。

 AK-12のコンセプトの失敗作がAN-94、その程度だった。

 

 

 

 アーニャはふと自分が生まれることになった複雑怪奇で官僚的で下らない開発経緯を思い出しながらなんで自分は妙に異世界の自分と絡む機会が多いんだろうかなどと考える。

 

「神様が気まぐれなのか?」

 

「どうした?」

 

「いや、なんでもない」

 

 少なくとも自分と全く同じ姿をしているのにどこの極東の島国のロボットアニメなのか?少なくともそういったものを見すぎじゃないか?そう思えるような装備――なにせ腕が変形して銃をぶっ放す――を見ながら内心ものすごい疲れを感じていた。

 今彼女の目の前にいるのはS-09地区P基地所属のAN-94、通称アナというらしいのだが一体どこのマッドサイエンティストが狂ったかエゲツない魔改造が施され半分恐怖を感じていた。

 

「ところで、アーニャは改造とかされていないのか?」

 

「してないし、少なくともその改造を施した天才にはかかりたくない。」

 

 アナに答える。

 彼女からすれば得体のしれないレベルの大改造など受けたくないし考えたくもない、第一軍にいる以上改造するには許可がいる。

 彼女は紅茶に口をつけながら今日の仕事を思い返す、今日は同期の中佐の使いでP基地近くの街でグリフィンの担当者と話し合いをした後P基地と国連軍の協力体制の確認を兼ねてカフェでサンドイッチと紅茶を注文していると自分と瓜二つの人形が話しかけてきた、そんなんだったはずだ。

 

「見た目よりは悪くないと思うんだが」

 

「見た目とかそういうレベルの問題じゃない」

 

 なんだかどっと疲れが出てきた。

 紅茶を飲んで気を紛らわせようかとカップを見れば中身は空だ。

 

「はぁ、そろそろ行くか」

 

「もう行くのか?」

 

 アーニャが荷物を纏めて立ち上がるとアナが聞いた。

 

「十分休憩したからな、君もパトロールに戻ったらどうだ?」

 

「そうだな、じゃあ」

 

「ああ」

 

 二人は挨拶するとアナは立ち上がって雑踏の中へ消えていった。

 アーニャは伝票をレジで店員に渡す。

 

「えっと、合計10ドル20セントです。」

 

「はい」

 

「どうもありがとうございましたー」

 

 現金を渡し店の外に出る。

 すると肌寒い風が吹いてきた。

 

「うう、もうすぐ冬か。」

 

 気がつけば10月も末、冬と年末が見え始める頃だった。




アーニャとアナが少しだけ絡む話という

平時の軍最大の敵は平和の配当を理由に何かにつけて予算を削ろうとする財務官僚


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第61話:〇〇だったはず操縦

第47・48話の続編になる回。
某番組で言うところの調査パート


「過去を思い起こし得ない者は、それを繰り返す運命にある」

  ――ジョージ・サンタヤーナ(アメリカの哲学者)

 

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか、待ってましたよNTSBの皆さん。

 私は現場の責任者のコンスタンティン・アーチポフ中佐だ」

 

「どうもアーチポフ中佐、NTSBのビル・ホルムバーグだ。

 早速だが現場の状況は?」

 

 インターコンチネンタル・エア・カーゴ218便がクーリエ694便と衝突した翌日、滑走路01右と01左の間で燻る残骸の前でNTSB事故調査官ビル・ホルムバーグは現場の責任者だったロシア空軍中佐コンスタンティン・アーチポフ中佐に挨拶する。

 彼の後ろには十数人のNTSBのスタッフがいた。

 ビル・ホルムバーグはNTSBのベテラン事故調査官、過去に数件の重大事故を扱った経験があったが複数の機が絡む死亡事故は始めてだった。

 またアーチポフの後ろの残骸の周りには空軍の兵士が救助隊員が残骸の中を歩き回っていた。

 

「アレが残骸、向こうに100メートルほど行ったところに右エンジン、その50メートル先に右主脚。

 サイテーションと787の残骸はノベンバーの交差点からここまで続いてる。

 両機とも四隅は発見されてる」

 

「ブラックボックスは?」

 

「787は回収済み、ただサイテーションは787の下だ。

 787の残骸のせいでまだ回収できてない」

 

「787のブラックボックスの状態は?」

 

「専門家じゃないからわからないが状態はいいと思う。

 一応12番格納庫が調査用に使われる予定で先に片付けられた残骸の一部とかはそこに保管してある」

 

「パイロットたちは?」

 

「病院だ、二人共重傷で入院中。

 幸い命に別条はないらしい」

 

「分かった、これからは我々が現場を引き継ぐ」

 

「了解した、現時刻を持って現場の管理権限を渡す。

 それと、サイテーションの機内からアタッシェケースが出たら保安部に渡して欲しい」

 

「なぜだ?」

 

「安全保障上の問題だ。

 このことは他言無用だ、事によってはとてつもない量の血が流れることになる」

 

「…分かった。回収したら連絡する」

 

「頼むよ、このことは一切記録に残さないで欲しい」

 

「分かりました」

 

 ビルはアーチポフ中佐から状況の説明と注意を受ける、そして彼から現場を引き継いだ。

 彼が背中を向けて歩くのを見て彼はスタッフに指示を出した。

 

「さてと、仕事だ。

 最初に記録だ、ショーティ頼むぞ」

 

「了解」

 

 記録担当の戦術人形のスーパーショーティことショーティに記録を頼むと早速残骸を調査し始めた。

 NTSBにはある焦りがあった、というのも国連軍関連では初の事故というだけでなく長く安全記録を持っていた787としては20年ぶりの死亡事故、滑走路進入の事故としては凡そ40年ぶりだった。

 

 滑走路上で他の飛行機と衝突するという事故は昔から起きており最も有名な事故は1977年のテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故、テネリフェ島の空港で滑走路を走行していたパンアメリカン航空1736便にKLMオランダ航空4805便が衝突し両機の合計583名が死亡する民間航空史上最悪の事故である。

 また1990年にはデトロイトで霧の中で道に迷ったノースウェスト航空のDC-9が誤って滑走路に侵入し離陸滑走中の同じくノースウェストの727が衝突しDC-9の8人が死亡。

 その翌年にはロサンゼルス国際空港でUSエアー1493便ボーイング737が離陸待機中だったスカイウェスト航空5569便フェアチャイルド・メトロライナーと衝突し両機の34名が死亡。

 2001年にはミラノのリナーテ空港でスカンジナビア航空のMD-80が道に迷ったセスナサイテーションと衝突し両機と地上の人を合わせて118名が死亡。

 他にも1971年にはシドニーでCPエアのDC-8とトランス・オーストラリア航空の727が衝突、マドリードのバラハス空港では1983年にイベリア航空の727とアビアコ航空のDC-9が衝突両機の93名が死亡している。

 

 このように多くの事故が発生しNTSBやFAAは各種の対策を講じていた。

 例えば滑走路状態表示灯システムはこのような事故を防ぐために50年以上前の2000年代から2010年代にかけてアメリカ各地の空港に導入され今やほとんどの空港に設置されこの空港にも設置されていた。

 また目視に頼らず地上の機体や車両の位置を確認できる地上レーダーなどもこのような事故を防ぐための装置のはずだ。

 

「地上レーダーと滑走路状態表示灯システムはどうなってたんだ?」

 

「確認します」

 

 ビルは部下に地上レーダーと滑走路状態表示灯システムの確認に向かわせた。

 その一方で現場では事故調査官達が現場をグリッド状に区切って残骸の回収作業を開始する。

 これは航空機事故調査では日常的に行われている回収法で効率的かつシステマチックに行え記録も取りやすいというメリットがあった。

 

「これは大変だぞ。

 先に滑走路の衝突地点を見たい。ショーティ、来い」

 

 区切ったとはいえ時間がかかりそうな回収作業より先にビルは滑走路上の衝突地点へと向かった。

 

 

 

 

 両機が衝突した滑走路のN1誘導路との交差点付近に来ていた。

 そこにはまだサイテーションの尾翼や天井の部品と787の機首底部と前脚の部品が散乱していた。

 

「ここが衝突地点だな。」

 

「そうみたいだね。ほら、あれ」

 

 ショーティは滑走路上に落ちていた大きな残骸を指差した。

 それは白色で半円状の分厚い金属の構造物で後ろ半分にはグレーの塗料がついていた。

 

「サイテーションの垂直尾翼上部だ。」

 

「このグレーの塗料は787かな?」

 

「多分な。」

 

 その塗料の付着から二人は2機の衝突時の様子を推察する。

 それは787がサイテーションを押し潰したという事になる。

 

「て、事は787がサイテーションを押し潰した?」

 

「そういう事になる。

 だが、なぜ滑走路にいた、どっちが使用許可を得てた?」

 

 この事実はどちらが滑走路の使用許可を得ていたか、という疑問に繋がった。

 

 

 

 

 

 その頃、管制塔ではNTSB調査官のロン・ファイスと戦術人形のBARが管制官たちに事情聴取していた。

 BARが尋ねる。

 

「では事故当夜の状況を教えてくれませんか?」

 

「はい、昨日は酷い大雨でサイテーションはロシア空軍のIl-106の後ろに従かせてエプロンからオスカー、フォックストロット、ノベンバーを経由して滑走路01左手前で待機させてそこに218便を着陸、その後進入させて転回、隣の01右からIl-106を離陸させてから離陸させる予定でした。

 ですがどういう訳かIl-106の直後に続いて進入して転回してホールドしたようです」

 

 管制官は管制塔の地図を指し示して状況を説明する。

 だがファイスは疑問に思った。

 

「地上レーダーや滑走路状態表示灯システムは機能していたんですか?」

 

「地上レーダーは今日まで整備のため休止中です。

 表示灯システムは地上レーダーと連動してるんで止まってると使えないんです」

 

 二人は驚いた。

 よりにもよってこういった事故を防ぐための装置が点検のため止められていた日に事故が起きたのだ。

 

「ところで大雨ということですが視程はどのぐらいあったんです?」

 

「報告によればえーっと、800メートル」

 

 管制官はBARの質問にテーブルの上にあった昨日の気象通報を確認する。

 天気というのはあらゆる事故において何かしらの影響を与えるものだ。なので天気について調べるのは調査官なら最初に確認することの一つである。

 

「管制塔からノベンバーと01左の誘導路の距離はどのぐらい?」

 

「凡そ790です、なのでここからは当日ギリギリ見える程度です」

 

 管制塔から衝突地点までは約790メートル、事故時の天候では非常に見にくかった。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございました」

 

 二人が礼を言い管制官が去っていった。

 

 

 

 

 

 続いてファイスとBARが向かったのは病院だった。

 重傷を負いながらも脱出した乗員二人は病院で手当を受けていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です。ご心配どうも」

 

「私達も一体何が何やら」

 

 二人共ショックを受けていた。

 航空機事故に遭遇するというのは滅多にないことでありショックが大きい出来事だ。

 なので多くの場合パイロットは生き残っても詳細を正確に覚えていることは少ない。

 ちゃんとした証言を得ようとBARは優しく問いかけた。

 

「無理しなくてもいいんですよ?ちゃんと思い出してくださいね」

 

「はい、確か01左に着陸して数秒してからです。

 突然目の前に何かが現れて回避しようとスロットルを押し込んで機首を上げたらぶつかって、そこからはなされるがままでした」

 

「何かそれ以外に異常は?」

 

「何もありませんでした。

 滑走路上に他の機がいた以外は」

 

「ご協力ありがとうございました」

 

 二人の証言は少なかったがこれである程度衝突時の状況は理解できた。

 そんな時、BARの電話が鳴った。

 

「はい、BARです。」

 

「?」

 

「え?サイテーションのレコーダーが見つかった!?分かりました」

 

「見つかったのか?」

 

「はい、すぐにワシントンに送ったそうですけど」

 

 それは重大な発見だった。

 2機のレコーダーが見つかった、特に生存者のいないサイテーションの場合は重要な発見だ。

 

 

 

 

 

 

 こういった滑走路誤進入による事故の調査では調査官がよく行う調査方法がある。

 それは管制塔の録音と衝突機のボイスレコーダーの音声をシンクロさせて時系列ごとに各機の動きを空港の地図上の飛行機のおもちゃを動かして再現するという方法だ。

 そしてこの事故でもその調査方法が行われていた。

 

「それじゃあ始めてくれ」

 

『ズヴェズダ909、誘導路ノベンバー1滑走路手前についたら報告』

 

 ビルが言うとファイスが管制塔から回収した当日の録音を流す。

 その録音に合わせてビルは地図上で模型の飛行機を動かす。

 

『ズヴェズダ909、ノベンバー1滑走路手前についたら報告します』

 

『クーリエ694、ズヴェズダツポレフTu-106の後ろに続いてノベンバー1に向かえ』

 

『クーリエ694、了解』

 

「よし、ここまではいい。

 クーリエ694は前方のズヴェズダ909に続いて誘導路ノベンバー1を走行して滑走路手前に到着した。

 じゃあクーリエのボイスレコーダーの方を」

 

 次にサイテーションの録音を流すようBARに言う。

 

『クーリエ694、了解。』

 

 管制塔と交信していたのは副操縦士のルステム・メドベージェフ大尉32歳、ソ連空軍のパイロットで飛行経験は2000時間以上あった。

 

『それでどこだって?』(ロシア語)

 

 機長はロディオン・アラベ―デー少佐45歳。同じくソ連空軍のパイロットで飛行時間は5000時間以上あり教官も務めていたベテランだった。

 だが二人ともサイテーションの乗務は短くどちらも500時間未満だった。

 

『前の機に続いて滑走路まで向かえだそうです』(ロシア語)

 

「おい、何言ってるんだ?ロシア語か?」

 

「ロシア語っぽいですね。

 最初に機長がそれどこだって?、って聞いて、副操縦士が前の機に続いて滑走路まで向かえ、って答えてます」

 

 ロシア語ができるBARが翻訳するにどうも機長は英語ができないようでかなり怪しい物だった。

 

「二人の英語能力が気になるな。

 続けて」

 

『了解。あのデカブツに続け、ね』

 

『ええ。離陸前のチェックはやります?』

 

 聞いているとパイロットたちは離陸前のチェックリストを開始していた。

 それによれば機長が計器類を操作し副操縦士が読み上げていた。

 

『ああ。最初はなんだっけ?』

 

『パーキングブレーキです。』

 

『インターコンチネンタル218、方位009に右旋回、降下してILSを受信せよ』

 

『えーっと、セット』

 

『インターコンチネンタル218了解、右旋回009、降下してILSを受信』

 

『スロットル』

 

『イェーガー21、着陸許可滑走路01右』

 

『アイドル、管制が煩いな』

 

『着陸許可01右、イェーガー21』

 

『エレベータートリム』

 

『離陸にセット、これでいいか?』

 

『多分、フラップ』

 

『えっと、15』

 

『こちらズヴェズダ909、ノベンバー1滑走路01右手前に到着』

 

『スポイラー』

 

『格納状態だな、うん』

 

『飛行計器、エンジン計器』

 

『ズヴェズダ909、スタンバイ追って指示する。』

 

『チェック、チェック。

 もう着いたのか。』

 

 どうやら機長はチェックリストの読み上げに忙しい副操縦士より先に指示された地点まで到着した事に気がついたようだった。

 

『クーリエ694、ズヴェズダ909の後ろ滑走路01右手前で待機中。

 離陸前データ確認』

 

『スタンバイ、ズヴェズダ909は待機、イェーガー21が到着後滑走路を横断し01左末端で転回して待機、指示を待て』

 

『えーっと、重量は?』

 

『ズヴェズダ909、了解。』

 

『えっと、確かさっき計算してそこに…アレ?』

 

『はぁ、やり直しか。』

 

『すいません』

 

『えっと、重量が…』

 

「止めろ、一体何をやってるんだ。

 V1の計算はずっと前にやっているはずだ」

 

 ビルはこのクルーが何故か滑走路の前でチェックリストをやりながらV1、VR、V2の設定のための重量計算をやっている事に驚き呆れていた。

 この計算は本来こんな時ではなくずっと前にやっているべき事であり、全くありえないことだった。

 

「続けろ」

 

『クーリエ694はズヴェズダ909横断後停止線まで進み待機。

 インターコンチネンタル機が到着後進入し転回してホールド。』

 

『クーリエ694了解。

 それで、燃料が2.534トン、人数が二人。積荷がえっと…』

 

『523キロだ』

 

『ってことは2534+160+523で…電卓は?』

 

『今やる。3217。最大離陸重量は?』

 

『3967だったから問題なし。』

 

『V1はえっと…120、VRが140でV2が170』

 

『了解、セット。

 ナビゲーション』

 

『オスカー、アルファ、タンゴ、デルタ、セット。

 おい、前の奴が行っちまったぞ。指示はなんだって?』

 

『えーっと確か、滑走路に進入して転回、ホールドだったはず』

 

『そうか、それじゃあ進んでいいんだな』

 

『そのはずです』

 

「止めろ。」

 

 ビルが止める。

 それは恐ろしい内容だった。

 サイテーションのパイロットは計算という作業に没頭している時に流れてきた重要な無線を聞きそびれていたのだ。

 しかもその聞きそびれた無線の指示の一部だけ覚えてそれを伝えたのだ。

 

「こいつら一体何をやってるんだ。

 滑走路に入っていいかどうかの指示をあやふやな理解で勝手に入るなんて」

 

「なんて恥知らずなパイロットだ」

 

「こんな奴らが操縦室で操縦桿を握ってるなんて信じられない」

 

「ここまで酷いパイロットがいるなんて…」

 

 そのあまりにも酷い会話の内容にビルもファイスもショーティもBARも呆れていた。

 

「続けて」

 

『これで離陸位置に着いたな。

 チェックリストの続きは?』

 

『えーっと、着陸灯』

 

『えーっと、オン。』

 

『インターコンチネンタル!ゴーアラウンド!』

 

『ストロボ灯…』

 

 副操縦士が次の確認項目、ストロボ灯の確認を読み上げた直後マイクから聞こえたのは衝突音と金属が潰れる音。

 そして録音は終わった。

 一連の音声を聞いて調査官たちの表情は暗かった。

 誰だってそうだ、人が死んでいく様の音声を聞けば幾ら仕事と言えど辛く悲しいものなのだ。

 

「ふぅ、パイロット達の人事ファイルがいる。

 なぜ彼らはこんな単純なミスをしたんだ、それも沢山」

 

 この事故の原因がサイテーションの乗員にあるのは明らかだった。

 

 

 

 

 数日後、調査員達にソ連から送られた乗務員の人事記録が届いた。

 

「どんな感じだ?ロン、BAR」

 

「機長のファイルだが中々酷いぞ」

 

「こっちも相当ねぇ…」

 

 読んでいたファイスはその内容の酷さにファイルをビルとショーティに渡した。

 そして内容を読んで驚いた。

 

「機長は英語の試験に2度も落ちてるのか。」

 

「ああ。3回目でやっと合格だがそれでも赤点ギリギリだ。

 まだある、計器飛行訓練に1度失敗、習熟度テスト、不合格、技量試験、不合格、定期試験、不合格。

 コメントによれば機長はチェックリストの正確な使用と管制官とのコミュニケーションに対する意識が欠けると」

 

「一体どれだけ落ちてるんだ。めちゃくちゃじゃないか」

 

 機長の人事ファイルによればその経歴は酷いものであった。

 英語の試験に2回目落ちただけでなく計器飛行訓練、習熟度テスト、技量試験、定期試験の落ちた経験があるというのだ。

 つまりこの機長の経歴は長いだけで誇れるものではなかったのだ。

 

「ああ。どうしてこんなパイロットが操縦桿を握れたのかが謎だ。」

 

 あまりの酷さにビルはもはやなぜソ連空軍がこんな人材を放逐しなかったのか謎に思い始めるぐらいだった。

 

「副操縦士の方はどうなの?」

 

「英語の試験に一応合格はしてるけどこちらもギリギリって感じですね。

 最初の技量試験に落ちてる他幾つかの試験に落ちてます。

 コメントによるとチェックリスト遂行時に周囲の状況確認が疎かになるところがある、って」

 

 ショーティがBARが読んでいる副操縦士の方を聞けばこちらも相当酷い経歴だった。

 こちらも幾つかの試験に落ちていた上にチェックリスト実行時には周囲確認が疎かになりがちという癖があったらしいのだ。

 

 これが事故の全てだった。

 たまたま地上レーダーや滑走路状態表示灯システムなどの安全装置が使えない視程がギリギリの悪天候の日に、英語が不得意で操縦技能が並以下のパイロットが操縦する機体が幾つかのチェックリストを飛ばし、その上実行中に重要な管制塔からの無線に適当に返事した結果指示を誤解して滑走路に進入して着陸してきた787と衝突したのだ。

 事故というのはこのような偶然に偶然が重なった連鎖的な出来事の結果として起きるものなのだ。

 

 

 

 

 翌2063年1月、数ヶ月に渡る調査の末NTSBは事故原因を「サイテーションの乗員が管制官の指示を誤解して無許可で滑走路に進入したこと」として結論を出した。

 報告書内ではソ連空軍のパイロットの質の問題や英語能力の問題を指摘し訓練の抜本的改革と強化を要請、又FAAには地上レーダー停止時の地上レーダー連動型滑走路状態表示灯システムをマニュアル操作が可能なタイプへの改修を要請した。

 こうして空の安全は又一歩進化したのである。

 

 あらゆる航空規則というのは血で書かれている、それは航空機の歴史即ち航空機事故の歴史の中で多くの人達が犠牲となって流れた血を糧に残された者達が書き足してきたからだ。

 だからこれからもきっと悲しい事に事故が起こる度、誰かが再発を防ぐための何かを書き足していくだろう。

 だから我々は犠牲を忘れてはいけない、忘れた時次の犠牲となるのは我々だからだ。




・ロン・ファイス
NTSBの事故調査官
実は航空心理学者
名前のモデルは実在のNTSB調査官のロン・シュリードとグレッグ・ファイス

・スーパーショーティ
NTSB所属の戦術人形
一応事故調査官で主に記録担当。機体構造の専門家

・BAR
NTSB所属の人形
事故調査官。人的要因に関する専門家。
温和で優しいので聴取担当


某番組風にやって某番組風に締める。
最後の文は本音で個人的なメッセージです。


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第62話:人形業界チュートリアル

人形産業そのもののお話
自由競争やったら人口が無茶苦茶になる産業


「かの世界の人形にとって最大の悲劇とは、ハマーシュマルクを殺した事だ」

   ――アラン・デュボア(トリノ大学人形哲学教授。コリエレ・デラ・セラ紙の社説より)

 

 

 

「中身が機械であること以外全てが人間と同じ機械と中身が人間であること以外殆ど機械となった人間、どちらがより人間らしいのか?

 どちらが人間と言えるのか?この問題が議論され解決されなければ人類が生み出すのは友人ではなく奴隷だ。」

   ――フリッツ・フォン・ハマーシュマルク

 

 

 

「人であって人でない者たちの為に」

   ――国際人形連合の標語

 

 

 

 

 人形産業という産業がある。

 これは文字通り人形関連のあらゆる産業を指しその規模は2062年には全世界で60兆ドル、雇用者は1億人になると推計される程の巨大な産業だ。

 この巨大な世界規模の産業を管理統括するのが国際人形連合、IDUだ。

 

 IDUは2037年設立で今年で25周年を迎える国連の専門機関、本部はベルギーのブリュッセルに存在し現在の事務局長は元IOP社長のレイモンド・ハーヴェル、組織の構造や運営は世界最古の国際機関の国際電気通信連合を参考に世界各国200の国と地域が加盟し300の企業がセクターメンバーとして参加している。

 

 この連合の目的は世界的な人形工業の規格統一と規制の確立、権利問題の解決というものだ。

 人形は友人であって奴隷ではない、だが機械である、この矛盾は事実上奴隷状態の人形を生み出し社会問題を作り出すことになった。

 この社会問題解決と規格統一がこの組織の使命だ。

 

 

 

 この国際機関の存在に参加者でありながら当惑する者がいた、それは新たにセクターメンバーとなったIOPの副社長ハーヴェルだ。

 

「うむ…」

 

「お困りですかな?ミスターハーヴェル」

 

 ブリュッセルの本部のラウンジで一人悩んでる彼に後ろから声がかけられた。

 振り返ればそこには自分と瓜二つな、だが腰は曲がらず杖もつかず自分よりもやや若く見える老人がいた。

 

「いえいえ、事務総長自ら声をかけていただくとは光栄です」

 

「我々の新たなメンバー、それも異世界からですから。歓迎したいのですよ。」

 

 声をかけたのは事務総長のレイモンド・ハーヴェルだった。

 自分と瓜二つの姿に内心驚いてはいるが冷静に振る舞う。

 

「それはありがたいですな」

 

「何か困り事が有れば何でも尋ねて結構ですよ」

 

「では、この世界では人形の生産はIOPだけではないのですか?」

 

「ええ。現在世界には大手人形製造会社が6社あります。

 私の出身企業のIOPとその傘下にあるIOP・ユナイテッド、ドイツと中欧東欧北欧諸国の出資で設立されたヨーロッピアン・ドールズ・テクノロジーと資本提携しているイタリア・イギリス・スイス・オーストリア・セルビア・スペイン・ポルトガル出資のミッド・ドールズ・インダストリー、中国の北方精密工業公司傘下の東北人形工業公司と北方精密工業公司を買収して実質傘下に置いたOA・ドールズ・エレクトロニクス・インターナショナルの6社3連合体制です」

 

 ハーヴェルの世界と違い人形業界はこの時点で6社世界に存在した。

 

 まず自律人形開発の始まりであるIOP、この会社はブリュッセルを本社とする会社で初期はアメリカ、ドイツ、ベルギー、オランダ、フランスなどが出資していたが途中でアメリカが自前の製造企業を設立するため離脱、更にドイツも別企業立ち上げのため離脱しその後は新たにブラジルと南アフリカが出資、結果としてラインナップはベルギー・フランス・ブラジル・南アフリカなどの銃が中心となっている。

 

 次にIOPへの出資から離脱したアメリカが自国内の小規模ベンチャーなどを纏めて作ったのがデトロイトに本社があったユナイテッド・ドールズ(UD)。

 この会社はアメリカ政府の他アメリカの自動車会社BIG4やコルト、ウィンチェスターなどの出資を受けてアメリカ製の銃を中心としたラインナップで設立された2040年以降販売構成を強めたが、2050年代の不景気で元々小規模メーカーの寄り合い所帯だったUDは財務体質が弱くまた同時期にIOPのアメリカ子会社IOP・USAが販売攻勢を強めたため2056年にチャプター11を申請、最終的にベルギー政府とアメリカ政府が合意し翌年IOP・USAとUDは合併、IOPユナイテッドが誕生した。

 

 一方同じくIOPへの出資から離脱したドイツはポーランド、チェコ、スウェーデン、フィンランド、ハンガリーなど中央北欧東欧諸国政府と手を組みワルシャワを本社に設立されたのがヨーロッピアン・ドールズ・テクノロジー(EDT)社。

 ドイツ・チェコ・ハンガリー・フィンランドなどの銃が主力のラインナップでIOPに匹敵する財務力とドイツを中心とした高品質のイメージ作り、天才的な人形デザイナーによる名作人形の数々の成果で世界第2位の人形メーカーの地位を確固たる物にした会社だ。

 

 これらの動きに危機感を持ち気がつけば乗り遅れた国があった、イタリアだ。

 特に元々仲の悪いドイツだけでなくフランスがIOPに出資しているため相対的にイタリアは不利な立場にあった。

 そして同じような危機感を抱いていたのがイギリスとスペインだった。

 イギリスは元々独自路線を取りたく様子見をしていたら、スペインはカタルーニャ独立問題とバスク問題の再燃でその対処に躍起になっていたら乗り遅れた形になっていた。

 そこでイタリアはこの2カ国を誘い更に乗り遅れたクロアチアやセルビア、トルコやポルトガルも誘い、更にEDTの出資を巡ってドイツと対立したスイスとオーストリアも参加して地中海地域中心の人形メーカーミッド・ドールズ・インダストリー(MDI)を立ち上げた。ちなみに本社は揉めたようで最終的に妥協案でスイスのバーゼルとなった。

 メインはイタリア銃だがその他各国銃もある国際色豊かなラインナップとなったのだが、これが仇となり元々余り物同士の寄り合いという側面が強かったせいで慢性的な赤字垂れ流し体質と高コスト体質で設立から数年で最初の経営危機を起こしその後も断続的に破産寸前まで行ったりギリギリ回避するを繰り返す問題企業であった。

 最終的に2057年に経営破綻、業界再編の一環でEDTが買収し現在EDT傘下の企業として再建に取り組んでいる。

 

 一方アジアではIOPタイプの人形を製造する会社として北方精密工業公司という国営企業傘下に新たに東北人形製造公司が設立された。本社は中国東北部の瀋陽、内戦後は天津。

 国営企業らしく中国銃のみのラインナップで中国の武器輸出に乗っかり世界各地に輸出していたが内戦で真っ先にロシアに占領された東北部を地盤とする企業だったため内戦中は経営面で大打撃を受け内戦後本拠地を北京周辺に移し親会社の北方精密工業公司共々民営化されたのだが急激な民営化が行われた多くの企業と同じように、いや元々内戦後という景気最悪の時期ということもあり紐なしバンジーのような勢いで経営は悪化、翌年には親会社共々破産した。

 

 この東北人形製造公司と時を同じくして日本・韓国・インド・オーストラリア・台湾などの連合で設立されたのがOA(オセアニア・アジア)・ドールズ・エレクトロニクス・インターナショナル(OADEI)だ。本社は東京だ。

 この会社はアジアの西側人形メーカーという立ち位置で日本や韓国、台湾、オーストラリアなどの銃を中心とするラインナップと日本的な手厚いバックアップ体制、インドの大量生産能力、台湾の経営力、韓国の営業力という各国の長所を上手く活かした経営戦略で成長、中国内戦で多少の打撃を受けるもすぐに克服。

 戦後は業界再編の先駆けとなる破産した北方精密工業公司の再建スポンサーになり最終的に2055年北方精密工業公司を買収して東北人形製造公司を傘下に収めた。

 

 これが大手人形製造会社、通称BIG7だ。

 最後の7番目というのが最下位だった鉄血なのだが鉄血は昨年破産倒産して現在会社清算作業中だ。

 

「はぁ、それより疑問と言いますか承服できない規定もありまして」

 

「何ですかな?」

 

「月間及び年間の生産数制限です。我々に潰れろと?」

 

「人形製造は人口問題や労働問題も絡む複雑な物、社会情勢や需給の問題を調整するため全ての企業は一定の製造枠内で人形製造をしているのですよ。」

 

 この世界では人形は生産数にも規制があった。

 正確には生産数ではなく生産販売枠という枠でこれは販売が許されている全ての国が製造メーカーに割り当てている一か月間での自国内での生産販売が可能な最大数を決めた枠のことだ。

 また先進国の多くでは他国や他地域から人形を輸入する際国によって差はあるが平均で700から1000%の関税を課せられる事も多い。

 なので先進国の多くでは各国に人形製造工場を置いている場合もある。

 この傘下工場も含めてその国での一定期間でも生産販売数を決めているのだ。

 このような規制がかけられているのは人形がただの機械ではなく直接的にその国の人口を増大させる要素を孕んでいて下手に大量生産による価格競争が始まると競争の舞台となった国の人口バランスが崩壊しかねない、実際2050年代には日本で人形を大量生産市場に大量に出回った結果人口バランスが激変し急激な出生数の増加が発生している、同じように労働人口のバランスも崩壊して結果産業自体を窮地に追いやる可能性がある、それは絶対に避けなければならずその一方で需要が常に増大している状況ではある程度は常に生産しておきたいという事情もあった、そこで国家が国際的に強制的に販売可能数を規制するという策を取っている。

 

 だがこれらの行動は一般には資本主義の基本理念の自由競争の原理に反し後発企業の進出を阻害するとしか思えない、ハーヴェルはその点を尋ねた。

 

「だがこれでは自由競争の原理に反するのでは」

 

「ええ、反しますよ。

 ですがこのような強力な規制がないと大変な事になるのです、それをご理解願いたい。

 そも人形売買は一種の人身売買です、人身売買が違法なのは誰だって知ってます」

 

「人形は人ではないが?」

 

「この世界では人形は人なのですよ。

 このIDUの標語は人であって人でない者のため、人形の権利保護と社会問題の解決は産業振興と同じぐらい重要です。

 ご理解いただけますかな?」

 

 事務総長の言うとおりだ、その産業から生まれる問題はその産業が解決する努力をするべきというのは企業の社会的責任だ。

 かの世界ではとっくに潰えたコンプライアンスなどの概念はこの世界ではまだまだ生きていた。

 それに納得した。

 

「分かりましたよ」

 

「それはありがたいですな。

 ところで、貴社の人形は来ていないのですか?」

 

「なぜ連れてくる必要が?」

 

「IDUは定期的に世界中で国際展示会を開催しているのですが来年1月に日本の大阪で開催される大阪国際人形展示会に是非ブースを出展していただきたいのですよ。

 できれば貴社の技術者や人形も連れて。」

 

 事務総長はハーヴェルに展示会への参加を提案した。

 彼は腕を組みじっくり考える。

 

「ふむ…展示会への出展は悪くはないが…

 許可が出るかどうか」

 

「許可ならご安心を、IDUが全面的にバックアップすると保証しましょう」

 

 事務総長自らの後押しにハーヴェルは決断した。

 

「ならば、いいだろう。参加しよう。

 技術者は連れてこれるが人形に関してはどうなるか…」

 

 副社長の独断専行だがこの世界の人形産業のトップ自らが後押ししてしかも便宜まで図ってくれるのだ、断れば不利になるのは確実だ。

 ハーヴェルの返事に彼は笑顔になった。

 

「構いませんよ。

 いやぁ、ブースを先にこちらで押さえていたので当日空きスペースにならなくてよかった。

 詳細は後で担当者が説明しますのでご確認を、では」

 

「では」

 

 事務総長は別れの挨拶をすると椅子から立ち上がり去っていった。

 一人になったハーヴェルはそこからラウンジを観察する。

 よく見れば人に混じって人形たちもいるだけじゃない、議論や会話に参加し仕事も共同でこなしている。

 

「人形と人との共生、か」

 

 ふとそんな事を呟いた。




・レイモンド・ハーヴェル
異世界のIOP副社長ハーヴェル。カナダ出身
違うのはこっちは経営畑出身で元は畑違いの航空会社の財務担当だったがEDTやUD設立で財務状況が悪化したIOP再建にその手腕を買われてヘッドハンティングされた。
経営者としての腕は本物でUD保護のためIOPのアメリカ進出は絶望的と思われていたのにウルトラCな技を使ってIOPのアメリカ子会社を設立したり鉄血がその政治力を最大限使ってIOP系企業の進出を阻んでいたロシア市場に鉄血と対立していたロステックと組んで進出、当時制限されていた民間向け人形生産を第二世代登場と同時に前年比+229%の生産数を世界的に認めさせて2044年から45年にかけて生産数を20倍にし、同時に価格自体を下落させて普及を後押ししたなど優秀な経営者。
2057年からはIOP会長兼IDU副事務局長、61年に会長を退任してIDU事務総長に就任。
健康状態もよく腰は曲がってないし見た目も若々しい。



人形業界自体のお話
企業間の競争や業界再編を経て7社が拮抗してのだが蝶事件で鉄血が潰れて脱落した。


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第63話:人形家族

前回が人形を制度・経済面から語ったけど今回は人形を庶民・家庭・社会構造面から語る回。
その性質上ほぼ日常。


「現在我が国の個人の人形普及率は凡そ67%。

 殆どの家に必ず一体は人形がいることになるがその人形たちは必ずしも幸せではないし手放す人も多い、企業へ就職している一方で個人所有の物としては売却されフリーとなった人形も多いのです。

 その中でまた個人の所有となりたい人形たちに同じく中古でもいいから人形が欲しい人や企業を紹介する人形用ハローワークが人形紹介所だ。」

  ――大葉優第5代人形担当大臣(2062年参議院予算委員会にて)

 

 

 

「自律式人形の爆発的普及によって国内の刑事事件発生率が急減しただけでなく2050年以降爆発的に出生率が改善している。

 これは自律式人形による恩恵であり人形が経済活動の一部を負担することで経済的余裕や精神的余裕、子育てなどでの余裕を確保できるようになったからだと推定される。」

  ――2059年4月発行厚生労働省「人口白書」より

 

 

 

「人形という存在は家族構成をこれまで以上に多様化させた。

 今では人形が孤児を引き取るということさえ一般化、人形と結婚し、人形が子供を産み、人形が育てる、というSFのような事は今では極々普通の事だ。

 かくいう私も隣の家の奥さんは人形だし我が家にも人形がいる。

 もしも私が2001年にタイムトラベルして60年後こうなっている、と言っても誰も信じないだろう。カーツワイルが、ゲイツが、ジョブスが夢見た未来を超越している。」

  ――大林武久京都大学社会学教授(毎朝新報2061年4月11日12ページ社説より)

 

 

 

 

 

 日本国大阪府と兵庫県に跨る大阪国際空港は日本の空の玄関口として100年以上前からこの場所にあった。

 その地理的要因から中国内戦中は南側の攻撃対象の一つとなってしまった事があり2047年には大規模なミサイル攻撃を受け周囲の住宅街やターミナルが破壊された。

 だが戦後すぐに日本政府はこの空港の再整備を開始した。

 結果エプロンが拡大されたり周辺の住宅街の一部が立ち退きに合意したことで用地を拡大、更に騒音抑制技術の向上で発着枠や時間制限自体が拡大し羽田と同じく2055年には再国際化され主に中国・朝鮮半島・ロシア・台湾を中心とする短距離国際線と国内線が発着する空港となった。

 国内線に関しても東京路線がリニア新幹線でかつては東海道新幹線と大手3社が血で血を洗う交通戦争を繰り広げた面影は無くなり今や1日往復各社4便程度しか無くなった。

 この大幅減便した国内線枠だがそこに参入したのが周辺国の各社で伊丹空港は地理的に大阪市内に非常に近い、ビジネス客を狙うなら遠く離れた泉佐野・田辺・泉南に跨る関西国際空港よりもずっといい。

 結果気がつけば2026年には国内線と国際線の割合は5:5の国際空港、参入会社は日本の大手3社にLCC4社、周辺国の大手7社にLCC10社の合計21社が週3500便も飛ばす空港になったのだ。

 

 そんな空港の展望デッキで一人の青年が飛行機を眺めていた。

 

「あれがアエロフロートのA350-2000、向こうがコリアンジェットのボーイング797、中距離用機でここ経由でグアムに飛ぶ」

 

「よくご存じですね。知りませんでした」

 

「知らなくていいよ。ただのオタクの話だし」

 

 その青年と話す銀髪の女性、雰囲気は深窓の令嬢で着ている白いワンピースも似合う清純そうな空気を醸し出す彼女は人間ではない、人形だ。

 今や各家庭に一体はあるほど普及している人形、その中の一人G36Cだ。

 オーナーは一緒に話す男子大学生で今や極々普通とも言える光景だ。

 

 

 

 

 

 一般人が人形を手に入れる方法というのは最も簡単な方法は人形屋で購入することだ。

 人形はその特性上非常に強い国の統制がある。

 製造メーカーだけでなく製造モデル・製造数・値段・販売網・改修・改造そして売買。

 ある種の人身売買でもあるからこそ各国はこれらを直接管理していた。

 多くの場合自由競争が図られる業界の中で人形業界だけは戦時統制のようなガチガチの規制と規則で縛られた業界となっていた。

 が、これらはある問題も起こしていた、例えば日本では人形売買は人形専売公社という国営公社が担当しているがどうしても競争が無い分値段が高止まりしがちなのだ。

 人形の改造や修理は規制こそあるが売買よりは自由度が高いのでそれなりの競争があるのだが売買だけはどうしても国が直接管理しなければならないのだ。

 

 では、もしも人形は欲しいのだが新品を買う資金が無い、又は新品を買おうにも欲しいモデルが売り切れ(製造数自体が各モデル常に制限されているので時と場合によってはそのモデルが数カ月先までの生産分まで予約済みという自体があり得る)の場合はどうすればいいのか?

 また諸事情で購入された企業や個人が手放したり手放さざるを得なくなった場合、自由意志で企業や個人から離れた場合は?

 そこで多くの国では「人形紹介所」というシステムを設立した。

 これは言わば人形用ハローワーク、ただし紹介されるのは仕事ではなく人形を資産又は家族として欲している企業や個人。

 まず個人や企業から手放された人形の中でまた個人や企業の所有となることを望む人形はこの紹介所に登録され紹介所はその情報をネットワークに登録、その間人形は自由所属、極々普通の人の一人暮らしと同じ状態になり過ごす、その間失業保険などは適応できるが多くの場合すぐに仕事を見つけてその仕事をしながら紹介されるのを待つか欲している企業や個人を探す。

 そして紹介所で人形を欲している人や企業が見つかるとまず互いに面談を行い相性を確認、互いに受け入れる準備があるかどうかなどを確認した上で最終的にどちらか(多くの場合企業か個人が)紹介状に紹介手数料(ちなみに両方に支払い能力が無いと判断された場合は免除される)を支払って身請けするというシステムになっている。

 

 

 

 そしてこの中で後者の「人形紹介所」を経て人形を入手したのが彼だった。

 東京出身の彼は大学進学で大阪の大学に進学、その際一人暮らしを心配した両親や人形が紹介所で人形を探して見つけたのが彼女G36Cだった。

 

「そろそろ帰る?」

 

「ええ、そうですわね。でも途中で何か食べて帰りましょうか」

 

 二人は展望テラスで旅客機撮影というまだ残ってる趣味に没頭するスポッター達を後目に二人は階下へと降りていった。

 一見すればカップルのような微笑ましい光景だ。

 一方展望テラスにいるスポッターの中にも人形はいた。

 

「なあ、さっきのJA9087AN撮れた?」

 

「うーん、あんまりね。」

 

 スポッターの一人が隣のブロンドの戦術人形モシン・ナガンと撮影した旅客機の写真の事を話す。

 このモシン・ナガンは誰かの所有物、というわけでもなくフリーの人形であり趣味が旅客機撮影で単に趣味の仲間と話しているだけだ。

 

 

 

 

 

「豚骨ラーメン、並盛で餃子」

 

「醤油ラーメン、トッピングは野菜マシマシでお願いします」

 

「あいよ!豚骨餃子醤油野菜マシマシ一丁!」

 

 展望テラス下には空港のレストラン街にあるラーメン店ではさっきの青年とG36Cがラーメンを注文する。

 店内は空港からどこかへ向かう旅行客や中には空港職員らしき人や航空機の乗務員らしき人も大勢いた。

 

「Ah...Tonkotu 3 pleas.」

 

 その中にはアメリカの名門航空会社で地球儀のマークを合併した航空会社から受け継いだ会社のパイロットと戦術人形のウェルロッドらしい乗務員もいた。

 最年長っぽい髭を生やしたクルーが店員の同じく戦術人形の100式に注文する。

 

「OK、豚骨三人前です!」

 

「あいよ!」

 

「やっぱり国際空港だな」

 

「?」

 

 その様子をみながらふと呟いた。

 G36Cは首をかしげる。

 

「いや、あれ、ユナイテッドのパイロットがいるから。

 本当に伊丹が羽田と同じく再国際化されたんだって思っただけ」

 

「そうですか?私にとっては伊丹は国際空港ですけど」

 

「21世紀初頭から騒音問題と発着枠のせいで国際線は就航できない時期があってな。

 そもそも国内線だけでも大変な事になってたんだけど」

 

「へぇ」

 

「まあ、その国内線がリニアで東京方面路線が急減して中国内戦の攻撃で伊丹空港周辺が丸ごと焼かれて拡張できたって事情があったりな。」

 

 伊丹空港が再国際化した事情を話す。

 それについでふとあることも思い出した。

 

「そう言えば、こんどユナイテッドとデルタとアメリカンがアエロフロートとS7と組んで合弁の航空会社作るって話聞いたな。

 聞いた時驚いたけど」

 

「なんですかそれ?」

 

 それは数日前報じられた航空関連ニュース、アメリカの大手航空会社3社とロシアのアエロフロートとS7航空が組んで航空会社を作るというニュースだ。

 このニュースは航空業界では大きな驚きを持って迎え入れられた。

 というのもアエロフロートとデルタは航空アライアンススカイチーム加盟なのだがS7とアメリカンはワンワールドでありユナイテッドに至ってはロシア系企業が一社もないスターアライアンス加盟で通常航空会社が手を組んでも同じアライアンス傘下同士か非加盟社が多い中で全て加盟している会社5社、それもロシアとアメリカの最大手同士が組むという一歩間違えば反トラスト法食らいかねない案だったからだ。

 

「ああ、ほら、ゲートの向こうの世界で飛行機を飛ばすらしい。」

 

「大丈夫なんでしょうか…異世界は戦争終わったばっかりで不安定と聞きますし」

 

「だよな、イベントリスクのある国際線でもそんな事やるんだからやっぱり米露の国策かな」

 

 この連合航空会社はすでに世間一般では米露両政府が組んで異世界での民間航空輸送を一手に担う会社だと思われ実際そうだった。

 というのも現在向こうにいるのは主に貨物航空会社が中心でそれも当初は各国軍が個別に契約していたせいで20社近い会社が2、3機動かしてるという状態をそのまま国連軍が受け継いたせいで整備などの効率が悪くなっていた、特に事故で一機全損したインターコンチネンタル・エアカーゴに至っては経営が悪化し始め撤退を決定していた。

 そこで国連は民間航空輸送を一手に担う会社を求めたが場所が異世界で場合によっては機材を捨てる必要がある、しかも常にハンドリング等に制限があるという場所なのでどの会社も消極的だった。

 それに米政府とロシア政府は自国内の大手航空会社に出資させ独自の新会社を設立して運行させる案を提案、それが受け入れられて準備が始まった。

 

 現状まだ発表されたばかりだがすでに新会社の骨子はできていて同じ時間アメリカで新会社の社名がトランスアエロ・ワールドワイドに決定していることも裏ではアメリカ政府がストアされていた中古の旅客機をかき集めている事も、両国が整備士と運行要員、そしてパイロットたちを集めてモハーベ空港をハブ空港化し始めている事を知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 一方、そのレストラン街の下の階には出発ゲートがあり多くの客が飛行機に乗る手続きをしている。

 その中には一家らしき姿もあった。

 

「時間大丈夫か?」

 

「多分大丈夫じゃないかな。

 でも暇だよねー、もう30分も並んでさ」

 

 一家唯一人の高校生らしい少年が腕時計で時間を確認すると隣でキャリーバッグにもたれ掛かる赤いメッシュの入った髪の戦術人形M21が返事する。

 すると後ろでリュックサックを背負ったM14が笑顔で言う。

 

「でも、こうやって家族みんなで旅行って久しぶりだよね~」

 

「うん。楽しみだよね、ガーランドちゃん」

 

 末っ子のようなM1カービンが返事する、そんな子供のような二人に長女のようなガーランドが注意する。

 

「あんまりはしゃがないでくださいね、姉さんも」

 

「はいはい、分かってますよ。」

 

 ガーランドに釘を差されたスプリングフィールドはまるで母親のようであった。

 このまるでスプリングフィールドが母でガーランドが長女、少年が長男、M14次女、M21三女、M1カービン四女のような一家は今では珍しくもなんとも無い光景だ。

 この一家は今から札幌へ旅行に行くようだ。

 

 

 

 

 

 

 このように人形の登場は家族のあり方というものそのものを世界的に一変させた。

 そして人々はそれを好ましいものとして受け入れたのだ。

 多様性の中の発展を遂げたのだ。




・G36C
中古の人形で何人かのオーナーを渡り歩いた後とある大学生の物となる。
温和で心優しい性格、飛行機オタクのオーナーに苦労気味

・モシン・ナガン
フリーの人形。趣味は飛行機写真撮影

・スプリングフィールド一家
とある戦災孤児を引き取って育てた人形一家。
今では極々普通の家族。



番外なのでこんな世界観丸出しの話も少し。
航空会社の話は実際にこんな柔軟に機材運用ができない条件下で数十社が数機ずつ出して動かしてたら効率最悪だよね、だったら新会社作って全面的に任せればいいよねって話。
社名は今はなきロシアのトランスアエロ航空とアメリカの悪名高い貨物航空会社エメリー・ワールドワイドから


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第64話:戦争が終わって…

戦争が終わっても対立って無くならなよねって話です。


敢えて同じ人形、違う立場のお話


「人種差別とは人間性の一部であり、それが根絶されることはないだろう。あなたが出来ることは、それをチェックし続けようとすることだけだ。」

  ――ロン・ストールワース(黒人初のコロラドスプリングス警察官)

 

 

 

 

「善と悪との闘争は絶えず至る所に支配している。

 善悪の彼岸は存在せず、ただ多いか少ないかである。」

  ――カール・ヒルティ(スイスの哲学者)

 

 

 

 

 

「ああ!暇!すっごく暇!」

 

 国連軍支配下、モハーベゲート近くの街でMP7が叫ぶ。

 その声に隣を歩くM590がたしなめる。

 

「MP7、そんな事言わないの。

 せっかく戦争が終わったんですから喜んだ方がいいですよ」

 

「そりゃ嬉しいけど…今まで戦う以外に何もしたこと無いから何をすればいいのかさっぱり。

 天才なのは戦闘だけだから戦闘があれば嬉しいのに。

 あんたも思うでしょ?」

 

「…確かにそう感じる事も無いことはないですね。」

 

「それにあの国連軍?とかいう連中とか最近増えてきた向こうの連中が気に食わないんだよね。

 私達を人間扱いするのはいいけど“民間人なので”戦わせないとかふざけてるわよ。

 私達は戦術人形、戦うのが仕事なのに戦うなってどういうことよ」

 

「全くです。戦闘こそが私達の本領です。」

 

「だよねだよね、美味しいところ全部アイツラが持ってってるし私達の仕事も毎日毎日同じ時間にこうやって同じ場所を銃を持って回るだけ。

 一体何なのよ」

 

 二人は歩きながら不満を言いまくっていた。

 街はそれなりに活況を呈していた。

 というのもモハーベゲートは国連軍は軍用ではなく民間用ゲートという立ち位置にしていたため主に民間の旅客やビジネスマンはこのゲートを通過する、結果としてこの街は軍事・政治の中心がS-09地区のグリフィン基地周辺部ならこちらは経済の中心地になりつつあった。

 

「それに、ほら見てよ」

 

 MP7はふと通りを歩く人を指差した。

 そこには同じM590がいるが銃はガンケースに入れて装甲板もつけていない姿だった。

 

「舐めてるのかしら?」

 

「それは言い過ぎでは?」

 

「戦術人形ってのは戦うのが本分だってのにアレじゃメイド人形よ。

 銃も撃てないヘタレ野郎、そう思わない?」

 

 MP7は異世界の戦術人形を嘲笑う。

 戦うという事を全くしない人形は彼女達から見れば軟弱者に見えていた。

 

「言い過ぎですよ、それは」

 

「でも実際そうじゃん、一度も戦場で銃を撃ったことも銃弾が飛び交うスリルも何も経験したことのなさそうな奴らが偉そうな顔してうろついてるんだよ?」

 

 軟弱者の人形たちがまるで人間と同じ立場にあるような顔して彷徨いているのが彼女には気に食わない。

 人形は人間だ?それは向こうが押し付けてきた価値観だなぜ従う必要がある?そんなところだ。

 

「でも、彼らが来たおかげでこうして賑やかになったじゃないですか。

 いろいろな飴も簡単に手に入るようになったでしょ?」

 

「まあ、そうだけどさ。

 使い捨てられる事もなくなったのは嬉しいけど」

 

 一方で経済的恩恵や法的地位の向上の恩恵があるのも又事実、その事にMP7は複雑な思いがあった。

 これまでのような扱いがなくなったのは事実だし世間の目も差別的態度もぐっと減ったのは事実だ、それに街には考えられないほどの物が溢れ彼らの世界の繁栄が垣間見えるほどだ。

 

「それに、街に美味しい料理屋が増えたのは嬉しいですよね。

 毎週火曜日にこの広場でやっているホットドッグとかも美味しいですよ」

 

「意外と食い意地張ってるよね」

 

「そうですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 そこから数十キロ離れたS地区と隣接地区との境界線は事実上アメリカとソ連の国境であった。

 そのため全ての道路にはアメリカとメキシコやカナダと同じように検問所が設置、不完全な部分はあるがアメリカ国境警備隊が派遣され国連主導で再編された警察組織や米政府と契約したグリフィンが補助して国境警備業務と税関業務に当たっていた。

 

「次!入国の目的は?」

 

「えっと…」

 

 その一箇所ではトラックの運転手が不慣れな英語で何とか入国審査を受けていた。

 半分パニックになりながら話そうとするのはよくあることで審査官は特に気に留めないがその間に警備隊の人形と職員がトラックの調査を行うのはいつもの風景で見慣れたものだ。

 大抵車の中に如何わしい品や禁制品などないがこうやって疑うのが仕事なのだ。

 

 だが、この車は違うようだった。

 審査官が話していると電話がなり受話器を取る。

 

「はい、12番ゲート。」

 

『そのトラックを止めろ。

 なにかあるぞ』

 

「了解。すいませんが少しよろしいですか?」

 

 各ゲートにあるスキャナーがこの男のトラックの中に怪しい影を見つけたと連絡してきた。

 審査官は男を連れて行く。

 

「すいませんが中身を確認したい」

 

「は、はい!」

 

 男を国境警備隊員と人形が取り囲む。

 男は怯えながらドアの鍵を開けた。

 

「それじゃあ、開けるわよ、そーれ」

 

 人形のMP7がそう言うと他の屈強な隊員と共に観音開きのドアを開けた。

 中にあったのはダンボール詰めされた物ばかりだった。

 

「も、もういいでしょうか?ほら、見ての通りなにもないでしょ?」

 

「いいえ、ちゃんと中身を確認しないと。」

 

 何とか通ろうと狼狽えるドライバーを他所にM590は段ボール箱の一つを取り出しナイフで開けた。

 

「あら?これは…チャーリーよ!下がって!」

 

 M590が叫ぶ。

 チャーリーという言葉を聞いて警備隊員たちは一斉に退避を始めた。

 

「下がって!下がって!」

 

 隊員が後続の車の人を降ろしさらに審査中の人も全て退避させる。

 さらに検問所の所長は全てが見下ろせる指揮所から電話を取り連絡する。

 

「チャーリーが出た、NBC班を今すぐ!」

 

『了解、今すぐヘリで送る。

 今から誰も入れるな』

 

「現時刻を持って完全封鎖だ。

 誰も通すな」

 

「了解」

 

 所長が命じるとすぐに電話で各所に連絡する。

 一方下では部外者を退避させる横でドライバーに職員が手錠をかけていた。

 

「貴様を崩壊液管理法違反の容疑で逮捕する。連れて行け!」

 

「うう…」

 

 ドライバーは職員に連行される。罪状は崩壊液管理法違反、トラックに積んで密輸しようとしたのはアメリカでは核物質並の禁制品崩壊液だった。

 一方退避した隊員達と人形は10メートル程離れてトラックを取り巻いていた。

 MP7はその中で最初に崩壊液を見つけたM590の肩を叩く。

 

「いやあ、助かったよバーグ」

 

「崩壊液センサー内蔵していて良かったわ。

 もしも通してたら大変なことになりましたね、セブン」

 

 二人共崩壊液を見つけてその上で一通り対処して安堵していた。

 崩壊液なんて代物、彼女達が前勤務していたメキシコ国境では10年に一回見つかるかどうか、毎日のように見つかる麻薬なんかよりずっと危険な代物が見つかったがそれを通さなかった事に意味があった。

 

「もしもグリフィンの連中がやってたらきっと通してただろうな」

 

「全くです。彼女達は自分達が何をしているかっていう自覚も責任感もない」

 

「だよな。国境警備も安全保障の一部だってのにあいつら金のことしか考えてない。

 多少キツく言われたらビビって通しそうでヒヤヒヤしてるよ。

 賄賂で通すなんて事もありそうだしさ」

 

「そもそもPMCなんて連中に任せる事自体ありえませんよ」

 

 ふと補助業務に当たらせているグリフィンの人形たちにやらせていたらと考えて二人はゾッとする。

 彼らが来る前はそのグリフィンがやっていたのだからなおさらだ。

 二人共グリフィンの人形たちの意識の低さに不満があった。なにせこの世界の人間はどうにも人形を見下している節があり人形の方もそれを当然と考えている節がある、結果人間のほうが強く動けば人形は従うだけという最悪の状態が稀によくあったのだ。

 

「出入国管理は国家国民生命私有財産に関わる仕事、テロリストが入らないように、犯罪者が出ないように、危険物を持ち込ませず持ち出させず、持ち出すものには正当な手続きを強制、この仕事がどれだけ重要か」

 

「私達が誇りを持って国に仕えてやっている仕事に泥を塗りかねませんからね」

 

 二人共国境警備隊という仕事に誇りを持っていた。

 

 

 

 

 

「あー、二人だけど席ある?」

 

 MP7が聞くとその店の店員はギョロッと二人を睨んだ。

 そしてあからさまに不愉快そうな表情で空いてる座席を指差した。

 

「チッ、人形風情が」

 

 すれ違いざまに店員は舌打ちした。

 ここは国連軍司令部近くのレストラン街、国連軍展開前からあったあるレストランにこの日保安部のMP7は国連軍で知り合った人形と一緒に来たのだがあからさまに店員も他の客も白い目で見てきた。

 歓迎されていない事を感じながらMP7は席に座った。

 

「MP7、本当に大丈夫なんですか?この店」

 

「大丈夫、なにかあったら潰せばいい。」

 

 向かいに座って心配するのはアメリカ国務省の外交保安局から派遣されたM590だ。

 彼女の仕事は米国務省の職員らの警護と在外公館等の警備などでつい2ヶ月ほど前に派遣されたばかりなのだ。

 なので少なくなったとは言えこのような人形に対して嫌悪感を顕にした態度に不安を感じる。

 

「潰すって…」

 

「こっちは裏稼業だからね。

 ちょっと前よりはマシだけどね」

 

「半年前は酷かったそうですね」

 

「まあね。反人形デモの警備に軍と警察が出動したら無関係な人形を襲おうとして止めたらそのまま暴動になって大変な事になったからね。」

 

 半年前は今よりも酷く反人形勢力からすれば人形を人として扱い法的に同等の扱いをする国連軍は敵だった。

 そんな中でデモをしたのだがそのデモで一部の参加者が無関係の人形を襲おうとして警備の兵士が止めたところ激昂、その兵士に襲いかかりそのまま暴動となった事件まであった。

 MP7はふと半年前を思い出す、半年前の5月、国連軍後方で最大の騒動となった5月20日のある事件を。




・M590&MP7(グリフィン)
グリフィンの人形
二人共国連軍の施策に不満を持っている。
ただ経済的恩恵や法的な保護に関しては認めているので複雑な感情を持つ。

・M590&MP7(国境警備隊)
アメリカ国境警備隊所属の人形。
二人共国境警備隊の仕事を誇るプロ。
なんだかんだで甘く適当で押しに弱いグリフィンに対して批判的。

・M590(外交保安局)
アメリカ国務省の外交保安局所属の人形
保安部のMP7とは知り合って意気投合、互いに情報交換を兼ねて付き合いがある。
ちなみに前の勤務地はアゼルバイジャンのアメリカ大使館なのでロシア語ができる。


次は途中で思いついた暴動と反人形運動の話


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第65話:愚者の権利の防衛(上)

暴動と反人形運動回。
冒頭は本編の背景になった事件から。


題名は兵法書の名作「愚者の渡しの防衛」から


「人種差別は人間にとって最も深刻な脅威である。最小の理由による最大の憎悪だ。」

  ――アブラハム・ヨシュア・ヘッシェル(ポーランドの哲学者)

 

 

 

「争いは憎しみから生まれ、憎しみは差別から生まれ、差別は無知と愛の欠如から生まれる。

 差別を無くすことは争いを無くすこと、差別を無くすとは隣人を愛することである。」

  ――インノケンティウス14世(2058年11月11日、ヴェルダンでの第一次世界大戦戦没者追悼記念ミサにおける最後の説教にて)

 

 

 

 

 

 反人形運動、これはいつの時代にも存在する「新しい技術や存在への拒否反応」だ。

 古くは産業革命時のラダイト運動、19世紀半ばからの黄禍論なども背景にある中国系移民の増大を考えればその亜種に属すると言ってもいい。

 新たなテクノロジーが生まれた時、多くの場合このような激しい反発がある。

 それは人形も例外ではなかった。

 

 

 

 2058年11月11日、第一次世界大戦最大の激戦地にしてその犠牲の象徴と言える場所、フランス、ヴェルダン。

 4年に渡って続いた人類最初の世界大戦の最大の激戦地でこの場所だけで70万を超える人が死傷した。

 この日、その世界大戦が終わって140年という節目の年、ローマ教皇インノケンティウス14世は居並ぶフランスやベルギーの高官、そしてフランス各都市の司教や宗教家達と共に平和の祈りを捧げていた。

 演台で十字を切り祈りの言葉を述べようとした時、雷のような音が響いた。

 

「銃声だ!」

 

「伏せろ!」

 

 警護隊員達が叫び参列者に伏せるよう命じる、だが遅かった。教皇を見ると、血を流して倒れていた。

 

「猊下!ああ!」

 

 駆け寄ろうとしたパリ大司教が撃たれ倒れる。

 銃声は止まず警備のスイス傭兵隊とジャンダルムリが撃ち合っていた。

 

「大臣!こちらです!」

 

「わかった!」

 

 銃撃戦の中取り残された人を助けようとスーツ姿の身辺警護隊員がフランスの外務大臣を連れて脱出させようとする、だがその大臣は逃げようと体を上げた瞬間、頭に流れ弾を受け倒れる。

 

「大臣!メルド!」

 

「おお!神よ!この惨劇を終わらせ給え!終わらせ給え!」

 

 もはや会場はパニック、端では数人の聖職者が必死で神に祈り数人は撃たれ動けなくなり、教皇は血塗れで動いていなかった。

 2058年11月11日、反人形運動家の中でも過激な勢力は人形融和派のトップとも言える人物であったローマ教皇インノケンティウス14世を襲撃した。

 だが教皇はまだ生きていた、凶弾に倒れ血を流していたがまだ息はあった。

 襲撃者が皆倒されるのに時間は要らなかった、5分後には全員が射殺された。

 

「猊下!猊下!」

 

「猊下!衛生兵!衛生兵を!」

 

 スイス傭兵と傭兵隊の戦術人形K31が駆け寄る。

 教皇は朦朧とした意識の中呼びかけに応じる。

 

「…私は…大丈夫だ…それよりも他の人を…アンリ司教は…」

 

「猊下…早く猊下を!」

 

「猊下!今助けます!」

 

 スイス傭兵達は血塗れの教皇の傷口を押さえながら他の人を早くと言う教皇を担架に乗せて運ぼうと担架を探す。

 すると生き残った聖職者が駆け寄ってきた。

 

「早く猊下を!」

 

「おお!猊下!」

 

「リール大司教!」

 

「ロシュラン…司教…」

 

 それはリール大司教だった。

 皆パニック状態だった次の瞬間、一瞬キラリと光ると叫び声が響いた。

 

「ゴガッ!ガハッ!」

 

「神の怒りだ!」

 

「な!」

 

 リール大司教が瀕死の教皇の胸にナイフを突き刺す姿があった。

 もはや誰もが一瞬目の前の光景を疑った、教皇からの信望も篤いリール大司教が教皇を刺しているのだ。

 K31は咄嗟に大司教を押し倒した。

 

「貴方一体何をしてるの!」

 

「ハハハ!何を!?貴様らのような悪魔から教会を守るためだ!ハーハハハ!!」

 

 大司教は狂ったように笑った。

 この日、ローマ教皇インノケンティウス14世は殺害された、パリ大司教アンリ、フランスの外務大臣ロベール・マルコットらも殺害された。

 カトリック教会史上最悪の悲劇となったこの事件は反人形運動の最高潮であり、同時に崩壊の始まりだった。

 この日を境に誰も反人形運動を真っ当な政治運動の一つと見なくなった、この日から彼らは「テロリスト」となった。

 

 

 

 

 

 

 だから、今目の前にいる元々は街の大物だったらしい男の意見に彼、スペインのグアルディア・シビルから派遣されS-02地区というS-09地区近郊のある街を任されたホセ・アントニオ・テヘーロ中佐とその上官で派遣スペイン軍司令官のサンティアゴ・アルマーダ・イ・コミン大佐、テヘーロの部下のフェリペ・デル・ボッシュ少佐は呆れていた。

 

「と、言うわけで人形は我々の仕事を奪いあらゆる物を奪う略奪者なんです、だから我々は人形から守って…」

 

¿Por qué no te callas?(黙ったらどうかね?)

 

 あまりにも呆れた主張にテヘーロは50年近く前に流行った流行語を言う。

 その主張は大まかにいえば「人形は仕事奪う悪人だから今すぐ減らして街から追い出すのに協力しろ、代わりに俺たちを雇え」だった。

 まあ、まともな教育を受けている人が代わりに入ればいいのだが問題はこいつらは大半が良くて文字が読めて計算ができる程度、典型的な無学な貧困層だ。恐らくこの目の前のバカに焚きつけられて参加してるだけのバカだ。

 

「我々の返事はとうの昔に決まっています」

 

「ほう、では…」

 

 イ・コミンは男に期待させるような言い方をする。

 男は一瞬期待するが彼は立ち上がると男達を指差して怒鳴った。

 

「このバカ共を今すぐ外に叩き出せ!」

 

「な!」

 

 男達は鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。

 そんなバカ達を待機していたスペイン兵と戦術人形は両腕を掴んで無理矢理立たせた。

 

「テロリストに協力すると思ったら大間違いだクソッタレが!」

 

「次ここに来る時は逮捕された時だと思え!」

 

「見てるだけで腹が立つ!叩き出せ!」

 

 イ・コミン、テヘーロ、デル・ボッシュがそれぞれ罵倒すると彼らは外に無理矢理連れて行かれた。

 

「離せ!」

 

「人形の横暴だ!人形が俺達を襲ってる!」

 

「人形如きが触るな!」

 

 男たちは大声で叫んで喚くが体格のしっかりとした現役の兵士や見た目以上の体力のある人形たちの前では無力であった。

 

「覚えてろ!お前ら全員殺してやる!」

 

「そいつらを外に叩き出したら外に塩撒いとけ!」

 

 捨て台詞を吐きながら元大物は連行されて行った。

 集団は引きずられるように暴れながら元ホテルの司令部のエントラスの階段を引きずり降ろされる。

 

「離せ!離せ!」

 

「俺達が何をした!」

 

「ぶち殺してやる!」

 

 大声で喚き散らしながらロビーのスペイン兵と人形たちから白い目で見られながら引きずられホテル玄関から全員外に放り出された。

 

「わ!」

 

「うわ!」

 

「ブフ!」

 

「…この!」

 

 男たちはゴミのように外に放り出された。

 

「Gilipollas!」

 

「Marica!」

 

 放り出したスペイン兵と人形が最後にスペイン語で罵倒しツバを吐いた。

 どれほど彼らの主張が彼らの怒りを買ったかよくわかった。

 

 

 

 

 

 数日後、街の中心部にある司令部前の広場に人が多数集まっていた。

 プレートを持ったり横断幕を持ったり何故かピッツフォークや鋤、鍬まで持った人までいた。

 

「正義を!」

 

「「示せ!!」」

 

「正義を!」

 

「「示せ!!」」

 

「人形を!」

 

「「追い出せ!!」」

 

 数日前叩き出された大物がアジって大声で叫んでいる。

 その様子をスペイン兵と人形は遠巻きに問題を起こさないならと監視したり野次馬を追いやる程度だった。

 だが突然の事であるに変わりはなくデル・ボッシュは玄関でデモの様子を呆然と見ていた。

 

「奴らは一体何を」

 

「分かりかねます、少佐」

 

 ボッシュに部下のグアルディア・シビルの兵士は答える。

 彼は一応準備の段階から見ていたのだがとにかく意味不明だった。

 ボッシュは不味い事態だと直感した。

 深くグアルディア・シビルの三角帽を被り直しながら指示を出す。

 

「私はテヘ―ロ中佐とイ・コミン大佐のところに行く。

 お前達は奴らを監視しておけ、なにか問題を起こしそうになったら全力で止めろ。

 ただし武力行使は何があっても禁止だ」

 

「了解です」

 

 現場を部下に任せ彼は増援の兵士とすれ違いながら回転扉を通って司令室に走る。

 階段を駆け上がり二階の司令室のドアを叩く。

 

「デル・ボッシュです」

 

 返事を待たずに入るとイ・コミン大佐とテヘ―ロ中佐は広場の見える窓枠に腰掛けていた。

 

「ボッシュか」

 

「報告はわかってる。」

 

 テヘ―ロとイ・コミンがつまらなさそうに言う。

 ボッシュは指示を仰ごうとする。

 

「では…」

 

「どうしようもない、俺達にできるのは静観と警備だけだ。

 デモをする権利は万人に認められた権利だからな」

 

 テヘ―ロがタバコを吸いながら言う。

 彼の言う通り一応アメリカである以上憲法修正第1条の「連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。」の通り集会を強制的に解散させる権利はないのだ。

 

「わかりました。

 警備と静観に徹するよう部下に周知徹底させます」

 

「頼むよ、明日のニューヨーク・タイムズの表紙を飾りたくない」

 

「わかってます大佐」

 

 デル・ボッシュは敬礼して出ていく。

 誰だって暴動騒ぎになって新聞の一面を飾りたくない。

 さらにイ・コミンはテーブルの上の電話を取り部下に連絡した。

 

「私だ。直ちに総員配置。

 対暴動鎮圧用装備を準備して集結、非番の奴は今すぐ呼び戻せ。

 グリフィンも警察も総動員だ、テヘ―ロ、司令部に連絡」

 

「は」

 

 事態の進展に備え先に総動員体制をとらせる。

 更に司令部にも連絡させる。

 窓の外を見るとデモ隊は少しずつだが増えているようだった。

 

「不味いな、増えてるぞ」

 

「ですね。」

 

 二人は一抹の不安を覚える。

 この先何も起きないように心のなかで祈るしかなかった。




・インノケンティウス14世
第269代ローマ教皇
イタリア人で前職はトリノ大司教
人形融和派で2053年には公会議を100年ぶりに開催し人形の改宗を認める勅令を発した。
だがそれに反発するカトリック保守強硬派の一部が反人形勢力と結託、2058年11月11日、ヴェルダンで行われた第一次世界大戦戦没者追悼記念式典で襲撃を受け殺害された。
死後異例のスピードで福者となり2062年現在聖人認定の審査中。

・パリ大司教アンリ
パリ大司教区を管轄する大司教
インノケンティウス14世と親しい人物で保守派ではあるが人形に対しては融和的な人物だった。

・リール大司教ロシュラン
リール大司教区を管轄する大司教
カトリック保守強硬派でこの事件の首謀者の一人。
事件後教皇やパリ大司教、外務大臣殺害の罪により教会から追放処分、裁判で終身刑を宣告され服役中

・K31
スイス傭兵隊所属の人形
敬虔なカトリック

・サンティアゴ・アルマーダ・イ・コミン
派遣スペイン軍総司令官で所属は陸軍
名門軍人一家出身。
名前のモデルは23-Fの首謀者の一人陸軍副参謀総長アルフォンソ・アルマーダ・イ・コミン中将

・ホセ・アントニオ・テヘーロ
派遣グアルディア・シビル隊長
名前のモデルは23-F首謀者の一人で実行者のグアルディア・シビルのアントニオ・テヘーロ中佐

・フェリペ・デル・ボッシュ
テヘーロの部下のグアルディア・シビル隊員
名前のモデルは23-F首謀者の一人第3軍管区長ハイメ・ミランデス・デル・ボッシュ陸軍中将


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第66話:愚者の権利の防衛(下)

 

「しかし私には、正義の殿堂の温かな入り口に立つ同胞たちに対して言わなければならないことがある。

 正当な居場所を確保する過程で、われわれは不正な行為を犯してはならない。

 われわれは、敵意と憎悪の杯を干すことによって、自由への渇きをいやそうとしないようにしよう。

 われわれは、絶えず尊厳と規律の高い次元での闘争を展開していかなければならない。

 われわれの創造的な抗議を、肉体的暴力へ堕落させてはならない。

 われわれは、肉体的な力に魂の力で対抗するという荘厳な高みに、何度も繰り返し上がらなければならない。

 信じがたい新たな闘志が黒人社会全体を包み込んでいるが、それがすべての白人に対する不信につながることがあってはならない。

 なぜなら、われわれの白人の兄弟の多くは、今日彼らがここにいることからも証明されるように、彼らの運命がわれわれ の運命と結び付いていることを認識するようになったからである。

 また、彼らの自由がわれわれの自由と分かち難く結びついていることを認識するようになったからである。われわれは、たった一人で歩くことはできない。

 

 そして、歩くからには、前進あるのみということを心に誓わなければならない。

 引き返すことはできないのである。

 公民権運動に献身する人々に対して、「あなたはいつになったら満足するのか」と聞く人たちもいる。

 われわれは、黒人が警察の言語に絶する恐ろしい残虐行為の犠牲者である限りは、決して満足することはできない。

 われわれは、旅に疲れた重い体を、道路沿いのモーテルや町のホテルで休めることを許されない限り、決して満足することはできない。

 われわれは、黒人の基本的な移動の範囲が、小さなゲットーから大きなゲットーまでである限り、満足することはできない。

 われわれは、われわれの子どもたちが、「白人専用」という標識によって、人格をはぎとられ尊厳を奪われている限り、決して満足することはできない。

 ミシシッピ州の黒人が投票できず、ニューヨー ク州の黒人が投票に値する対象はないと考えている限り、われわれは決して満足することはできない。

 そうだ、決して、われわれは満足することはできないのだ。

 そして、正義が河水のように流れ下り、公正が力強い急流となって流れ落ちるまで、われわれは決して満足することはないだろう。」

  ――キング牧師(1963年)

 

 

 

 

 その頃下では兵士たちが急いで体勢を整えていた。

 

「非常線は手前30メートルに設定しろ。」

 

「了解」

 

「前の通りは通行可能にしておけ。

 野次馬は追い返せ!」

 

 デル・ボッシュが陣頭指揮を取りデモ隊に対処しようとしていた。

 

「ほら、行った!行った!」

 

「これより前には立ち入るな!」

 

「この線より先での抗議活動は許可されてません!」

 

 兵士と人形がメガホンやスピーカーで野次馬を追い払いデモ隊を制御しようとする。

 だが馬鹿な群衆の一部が兵士たちに食って掛かった。

 

「ああん!?誰がお前らの指示なんかに従うか!」

 

「仕事泥棒!!」

 

「侵略者!」

 

 罵声を浴びせ石を投げる者も現れる始末で更には野次馬達も同じように罵声を浴びせるほどだった。

 だがスペイン兵と人形はあくまで注意と非常線を張るだけでそれ以上は何もする様子はなかった。

 その間にスペイン軍は兵士や装備を集めていた。

 

「少佐、どうします?」

 

「どうもこうもあるか、勝手に向こうが落ち着くのを待つしか無い。

 対暴動用装備もないんだ、今は人が集まるまで待つしかない。」

 

「了解」

 

 彼の言う通り、この時点で司令部にいたのは警備と司令部要員の合わせて200人ほど、一方デモ隊は増え続け目算で500人近く、野次馬もほぼ同数にまで増えていた。

 その中で突如クラクションが鳴り響きデモ隊の横を猛スピードでスペイン軍の車両がすり抜けてきた。

 するとデモ隊や野次馬が罵声を浴びせながら石を投げつけ始めた。

 

「やっと来たか、おーい!こっちだ!こっち!」

 

 ボッシュは三角帽を脱いで車列に振る。

 車列は何とかデモ隊をすり抜けて司令部の前で止まった。

 

「ボッシュ少佐、状況は!

 石投げつけられるなんてバルセロナ以来ですよ」

 

「こっちだってバルセロナ以来だよガベイラス中尉。

 君は何人連れてきた」

 

 降りてきた指揮官のフアン=カルロス・ガベイラス中尉にボッシュが増援を尋ねる。

 

「何とか45人。武器なんて全員とりあえずアサルトライフルと拳銃だけ持ち出してきただけで弾倉は一人2つか3つだけだ。

 部下には準備できた奴らから送り出せって言ってきてます、車の準備もまだで場合によっては歩いて来いって命令してます」

 

「それでいい。とにかく今は人手がいる。

 見ての通りのデモだよ、言っておくが絶対にこちらから手出しはするな」

 

「了解」

 

 ガベイラスが連れてきた45人の状態を聞き何とか少し余裕が出た。

 車両から兵士たちが降りると車は出ていき兵士たちが警備に参加する。

 

「これで一息つける…」

 

 何とかひと息つけるとボッシュは胸をなでおろす。

 だがデモ隊は増え続け、1時間後には広場の司令部前の道路すべてが埋まり増員は迂回して送らなければならないほどにまで増えてしまった。

 

「人形を追い出せ!」

 

「人形を破壊しろ!」

 

「侵略者は出ていけ!」

 

「殺せ!」

 

 大声で過激な事を言いまくる群衆にスペイン軍もこれは短時間での自然消滅は無理だと感じ始めた。

 

「不味いな」

 

「不味いですよ。もうこれ1000人超えてますよ。

 野次馬合わせたら多分2000人はいるんじゃないですか」

 

 司令室から状況を見ていたイ・コミンとテヘ―ロも状況が相当不味い事に気が付き始めた。

 何とか兵士と人形をかき集めて近くに放水車と装甲車を用意したが益々不味い事態になっている、おそらく何かの理由で火がつけばそのまま暴動になるのは避けられない。

 

「こりゃ、大事になるぞ…」

 

 先頭に立って対処していたデル・ボッシュは呟いた。

 

 

 

 

 

「S-02でデモ?」

 

「はい、反人形運動のようです」

 

 司令部ではグッドイナフが廊下を歩きながら部下から報告を受けていた。

 突然のことで彼らも混乱はしていたがまずは情報収集が最優先であった。

 

「裏になにかいるのか?」

 

「現在保安部に問い合わせ中です」

 

「とにかく今は情報がいる。

 私は司令室にいる、新しい情報が入り次第報告しろ」

 

「は」

 

 部下にそう言うと作戦室に入った。

 入ると部下が敬礼し返礼するといつもの席に座って情報を確認する。

 

「デモか、現在の状況は」

 

「画面のような状態です。

 段々増えてますね」

 

「わかった。暴動に備えろ」

 

「了解」

 

 司令部のテレビ画面で状況を確認すると指示を出す。

 するとそこへ保安部のMP7がやってきた。

 

「閣下、MP7です」

 

「保安部のか、情報は?」

 

 敬礼すると聞く。

 今は背後関係も含めて情報が少しでも欲しいのだ。

 そして保安部はグリフィンと協力でS地区内の犯罪組織や反社会的勢力の情報収集も仕事としていた。

 背後関係になにかあるなら保安部がなにか情報があると踏んでいた。

 

「そうですねぇ、ある程度背後関係は。

 レポートがこちらに」

 

 MP7は持っていたファイルを彼に渡す。

 ファイルから書類を取り出し読み始めた。

 

「ふむ、外部の組織犯罪などとの繋がりの可能性はなし。

 主催者と思われる人物は元は街の名士であったがグリフィンの存在により影響力が低下し反人形運動を煽った上でグリフィンと裏取引していた、か。

 ありがとう」

 

「では、失礼します」

 

 彼女は敬礼し退出した。

 情報が正しければこのデモを画策したのはあの主催の男なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「人形を追い払え!」

 

「壊せ!」

 

「侵略者を殺せ!」

 

 

 デモが始まり数時間、昼過ぎになってもまだデモ隊は声を上げていたし野次馬も増えていた。

 さらにデモ隊は非常線まで進んで兵士や警官、人形と睨み合いになる一幕もあった。

 

「飽きないのか、連中は」

 

「よほど憎たらしいんですよ。馬鹿なんですから」

 

 イ・コミンとテヘーロは遅い昼飯のパンを齧りながら半ば呆れていた。

 下の兵士たちは交代で昼食を取りながら警備と静観を続けていた。

 だがそれでも手は足りないので中には最前線で口に携行食を咥えながら警備をしている人もいた。

 一方急遽駆り出されたグリフィンに人形達は食事も摂らず警備に当たっていて兵士や人形の中には気を利かせて携行食を渡す物もいた。

 その中に1人、スペイン軍のMG4は携行食のチョコバーを幾つか持って警備に当たるグリフィンの人形達のところに行った。

 

「お疲れ様です。これどうぞ」

 

「おお、気が利くのう」

 

「え、も、もらってもいいんですか…?」

 

「ええ。大変なのはお互い様ですから」

 

 彼女は警備中のグリフィンのナガンと88式にチョコバーを渡した。

 だがそれに近くにいたデモ隊の男が反応した。

 

「何で人形ごときがチョコなんか食ってるんだ!」

 

 激昂した男は二人に掴みかかり倒れ込んだ。

 それを見て回りの群衆がこの二人を殴ろうと殺到し始めた。

 

「テメえ!」

 

「殺せ!」

 

 群衆は水に落ちた犬は棒で叩けとばかりに殺到し殴り蹴り始める。

 3人は何とか逃げようとするが興奮した群衆は止められようもなかった。

 その様子を見、周りのスペイン兵が3人を助けようと殺到する。

 

「どけ!」

 

「離れろ!」

 

「このクソが!」

 

 非常線の一角が崩れたことで群衆を押しのけながら兵士たちは進む。

 一人の兵士が殺到する群衆の一人を押し倒した。

 すると隣りにいた男がその兵士を殴った。

 

「この!」

 

「ブフ!」

 

 それに周りの兵士と群衆が反応し兵士は殴った男を逮捕しようと、群衆は兵士を殺そうと殺到する。

 そのまま一帯は兵士と群衆の大乱闘に陥った。

 すぐに一帯は叫び声と雄叫びと興奮して我を忘れた群衆の暴動状態になった。

 

「クソ!催涙弾用意!

 放水車もだ!」

 

 一角が崩れスペイン兵と群衆の大乱闘になったことに気がついたデル・ボッシュは即座に部下に指示を出した。

 屋内に待機していたショットガンを持った兵士が飛び出ると乱闘になっている一帯に急いで催涙弾を撃ち込み始めた。

 さらに司令部の裏口に待機していた放水車もやってくると群衆に放水を開始した。

 

「不味いぞ!こりゃ大変だ!」

 

「畜生!司令部に連絡!暴動だ!」

 

 テヘ―ロとイ・コミンも気がついた。

 もはや自然収拾は不可能になった。

 暴動だ。

 

「ゴホ!ゴホ!」

 

「この侵略者が!」

 

「救出次第撤収だ!」

 

 撃ち込まれた一帯では催涙ガスの煙の中で兵士たちは捕まえた男と救出した仲間を連れて撤退しようとするが群衆は倒れた兵士や人形を滅多打ちにしたり引きずりながら引き下がる。

 血塗れになった兵士や人形、群衆は仲間や兵士に抱えられて何とか司令部内に運び込まれた。

 すぐに軍医達が彼ら彼女らの治療に当たり始めた。

 一方暴徒達はというと近隣の店舗を襲い始める者や車に火をつけ始める始末、中には兵士や人形を引きずり回す者も、特に後者は気がついた兵士たちの怒りを買っていた。

 状況は最悪の状態となった。

 

 

 

 

 情報は即座に司令部の画面でもすぐに把握された。

 

「サノバビッチ!暴動になったか」

 

「どうしますか?」

 

 部下が尋ねる。

 

「どうもこうもあるか、今すぐ送れるだけの全ての治安部隊を送り込んで対処する以外ない。

 もうこうなれば数日掛かりで抑え込むしか無い。」

 

「了解」

 

 対処はとにかく警察も軍も総動員して抑え込むしかなかった。

 幸い警察システムは国連軍傘下で管理されており最初から暴動に備えた訓練や装備が用意されていた。

 それを総動員すれば対処は可能と彼は考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 暴動は日が沈んだ後も続いた。

 通りの店は殆どが窓を割られ落書きされ車は燃え夜空を照らし催涙ガスと煙が不気味にあたりを包み込んでいた。

 その中で兵士と警官と暴徒の罵声と叫びが木霊していた。

 

「オカマ野郎が!」

 

「大人しくしろ!」

 

「離せ!侵略者!殺人者!」

 

「俺達の仕事を返せ!」

 

 捕まえた暴徒二人を兵士たちが銃を向けながら取り押さえる。

 そしてそのまま二人はやってきたトラックに手荒に放り込まれる、中には御同輩が大勢いた。

 彼らを見送ると兵士たちは改めてまだ騒いでいる暴徒たちに催涙弾を撃ち込み警棒と盾を持ち突撃する。ここまでくれば国連軍は徹底的にやるつもりだった。

 この日だけで人形3体が大破、メンタルモデルだけを新品の素体に移す程の損害を受けその他30体以上が修理可能な損傷、人も341人が重軽傷を負う事態になった。

 特にスペイン軍は重軽傷者32人を出し内3名は暴徒に捕らえられリンチに遭った結果だった。

 この3名の怪我は特に酷く救助されるとすぐに応急手当を受けてヘリで司令部ではなくエドワーズに直接空輸され米本土のロサンゼルス陸軍高度医療センターに救急搬送されるほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、司令部前の広場では各種メディアのリポーターたちが中継を行っていた。

 

「こちらが昨日暴動の発端となった司令部前の広場です。

 ご覧の通り暴徒たちが残した血痕や靴などがそこら中にまだ残っています。」

 

 CNNの女性リポーターが一夜明けた現場の惨状を伝える。

 彼女の後ろの広場には血痕や暴徒の靴や服がまだ残っていた。

 

「この暴動で現在確認されているだけでスペイン兵人形合わせて50人以上が負傷、市民達は推定350人が重軽傷を負ったと思われます。」

 

 その隣ではBBCの記者が現在のところ確認、又は推定されている負傷者数を伝える。

 BBCの隣ではNHKの記者がニュース番組の収録をする。

 

「はい、公式な発表によりますと今朝5時の時点で532人が拘束されているとのことです。」

 

 一方CNNの隣でCBCのリポーターもカメラに向かって話していた。

 

「拘束されている市民の罪状は主に暴行・窃盗・強盗・放火・強姦とのことです。」

 

 CBCは拘束された人の罪状を伝える。

 

「司令部関係者によるとデモだったがデモ隊がグリフィンの人形を襲撃しようとしそれが切っ掛けとなり暴動に発展したとのことです。デモの趣旨は反人形運動とのことです」

 

 ABCニュースのリポーターは若干嫌悪感を出した表情で原因となったデモのことを伝えた。

 その横ではスペイン語で冷静な口調ながらも怒りを感じる口調でスペイン語で報じるリポーターがいた。

 

「負傷したスペイン兵の内数名は暴徒によってリンチにされ現在ロサンゼルスの陸軍高度医療センターで治療を受けているとのことです。

 また暴徒に対して最初に催涙弾を撃ち込んだ理由はリンチに遭っていた味方人形を救出するためだったそうです」

 

 一番の被害を受けていたスペイン、テレビシオン・エスパニョーラの記者が言う。

 彼らゲートの向こうの世界のメディアの基本的な論調はこのようにデモ運動の弾圧ではなくただの反政府的な暴動であるというのが主流だった。

 極々初期、昨日の夕方ぐらいまでにはスペイン軍や国連軍の対処に問題があったとする論客もいたが夜が明けて正確な情勢状況が分かると一転して国連軍の対処に問題は無くむしろ反政府的な組織が暴動を煽動して暴力で自らの目的を果たそうとしているという論調に変わった。

 だがこれはあくまで()()()()()()()論調。

 こちらの世界の論調は微妙に違っていた。

 

「ご覧の通り未だ広場には昨日の事件の跡が残っています。

 国連軍はデモ隊に対して突如催涙弾を発砲し無防備なデモ隊に殺到して彼らを追い払おうとし衝突したとのことです。」

 

 真逆の「国連軍やグリフィンへの抗議を彼らが弾圧した」という世論を作り出そうとする低レベルなマスゴミと言うべき連中が跳梁跋扈していた。

 公権力の監視という役割を受けながら同時に市民からの監視と取捨選択という圧力に晒されてきたメディアと政府の言いなりとなる分野と好き放題報道し無責任に伝え世論をコントロールする事で利益を生み出してきたメディアの対立という構図が生まれていた。

 

 

 

 

 

 最終的に死者5名、内スペイン兵4名、重軽傷者929人、逮捕者1400人以上を出す一大事件であった。

 その直後、このような一幕があった。

 最終的に全てが終わった後、終結宣言をイ・コミン大佐が行った時のことである。

 一通り発表が終わり質疑の時間に入った時、現地メディアの記者がこんな事を聞いた。

 

「そもそも最初にあなた方が彼らの意見を呑めばこのような事態にならなかったのでは?

 それに一部の逮捕者は人形を殴った程度の事で暴行罪として拘束されています、これは違法では?」

 

 その質問にイ・コミンはこう答えた。

 

「我々は市民の一部の権利を制限するような要求を絶対に呑まない。

 彼らは反政府勢力です、人形と人間の関係を破壊することで秩序を破壊し我々の安全と平和を乱そうとする不逞の輩です。

 その結果がこれだ、我々は4人もの兵士を失った、その4人全員があの叛徒共に捕らえられて丸一晩リンチに遭って殺されたのだ。その4人全員、私もよく知っていた部下だ。

 その中の一人、今年で25歳になるはずだったペトロ・ホアキン・ガルシア軍曹は私と同じカナリア諸島のテネリフェ島出身で彼の両親のレストランは私の実家から2ブロックと離れてないところにあった。

 彼の両親は中南米の内戦から命からがらスペインに逃げてカナリア諸島に安住の地を得た、そこで育った彼は軍に入った。

 彼は両親譲りの腕のいいコックでもあった、軍に入ってお金を稼いだらスペインの料理学校に行って両親のレストランを継ぐつもりだった。私も彼の手料理を何回か食べたことがある。

 誰に対しても別け隔てなく親切で心優しい下士官で部下からも上官からも慕われたいいヤツだった。

 そんな未来ある若者を殺人者だの侵略者等と言ってリンチにして殺したんだ。

 君等は殺人者の言うことを呑めと?巫山戯るのもいい加減にしろ。

 反人形運動とは殺人者と同義だ、人形に対する暴行は暴行だ。そこに何の違いがある」

 

 力強い言葉でリンチにされて殺されたあるスペイン兵のことを引き合いに出して非難した。

 その記者には周りの記者からの冷たい目線が浴びせられた。

 

 

 

 

 

 

 この事件以降表立って人形を差別した人間は改めて次々と逮捕された。

 

「離せ!離せ!俺が何したってんだ!!」

 

 男がレストランのカウンターに押さえつけられて喚く。

 その男を押さえるのはDBIのイサカとスタンのコンビだった。

 

「何をって、人形を差別したのよ。

 人種隔離は違法よ?アメリカではね」

 

「お前さんみたいな御同輩は今月だけで500人はいるから安心しな」

 

「はん!何が人種だ、テメエなんか所詮は作り物のセックスドールじゃねえか、お前らなんかに食わせる飯なんてねーよ」

 

 二人が男の耳元でわざとらしく言うと男は暴れる。

 だが屈強なスタンと見た目以上の怪力のイサカの前では何の抵抗にもならず手錠をかけられて連行されようと立ち上がらさせられる、

 

「はいはい、それ以上のことは拘置所と裁判所でたっっっぷり裁判官と陪審員が聞いてあげるわよ。

 行きましょ、スタン」

 

「イサカ、その馬鹿少し貸せ」

 

「はぁ、いいわよ。やりすぎないでね」

 

「分かってる」

 

 イサカは男をスタンに渡す。

 するとスタンはこの男を殴り始めた。

 

「グハ!ガハ!ゲフ!グフ!ブフ!」

 

「ふう、俺のイサカを馬鹿にした報いだ。」

 

「良かったわね、いつもなら半殺しにされてるのよ。

 感謝しなさい」

 

 一方的に何発も何発も殴られた男は改めてイサカに引きずり回されるように連行された。




・フアン=カルロス・ガベイラス
グアルディア・シビル中尉
過去にバルセロナでの暴動鎮圧に参加した。

・MG4
スペイン陸軍の戦術人形


切っ掛けそのものがアホ過ぎる理由だしその後も無茶苦茶な案件。
まあ見ての通りアホな報道するソ連メディアに部下殺されたスペイン軍はマジギレしてますわ。


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第67話:S地区情勢白書

割と真面目にネタ切れ

今回は一旦S地区の情勢そのものの再整理回。


「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。

 民主制が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。

 実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。

 これまでに試みられてきた民主制以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」

  ――ウィンストン・チャーチル(1947年)

 

 

「民主制国家の基礎は自由である。」

  ――アリストテレス

 

 

「人民を害する権利は、人民自身にしかないからです。

 言いかえますと、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウム、またそれよりはるかに小者ながらヨブ・トリューニヒトなどを政権につけたのは、たしかに人民自身の責任です。

 他人を責めようがありません。

 まさに肝腎なのはその点であって、専制政治の罪とは、人民が政治の害悪を他人のせいにできるという点につきるのです。その罪の大きさにくらべれば、一〇〇人の名君の善政の功も小さなものです」

  ――ヤン・ウェンリー(銀河英雄伝説)

 

 

 

 

 

 民主主義、この四文字熟語は多くの場合好意的な意味で使用される。

 チャーチルの有名な言葉の通り「民主主義は最悪の政治体制」である、ただそれはそれまで試みられた全ての政治体制を除けば、最悪ではあるが最もマシな政治体制だ。

 

 実際欠点を論えばキリがない、複雑な手続き、迅速さとは程遠い決定システム、面倒で形式的とも言える諸種の事務や会議、無知な大衆による衆愚政治、議会を複数の少数政党が支配する体制、それとは逆に無能で少数の複数の野党と相対的に有能に見える強い与党、そして時としてその国民自らが民主主義にとどめを刺す、これらの欠点はその一つ一つが時として歴史において致命的な弱点として民主主義国家を滅ぼし又は大打撃を与え続けてきた。

 暴力とメディアと恐怖を煽り政権を奪ったナチスは当時最も民主的な国を史上最悪の独裁体制の一つに改造、また戦前日本はその責任者なき民主主義が戦略なき拡大政策に繋がり国を焼いた、イタリアは無能な政府に呆れファシストを選んだ、そして戦後は毎年のように政権が変わり汚職が蔓延した。

 世界最強の民主主義国家アメリカでさえ選挙に不正は付きものであり1960年の大統領選では裏でマフィアが暗躍してケネディを大統領にした。

 これだけ書けば民主主義など最悪であると思う。

 

 だが一方で民主主義以外の政治体制は?

 その悪さは民主主義以上だ。

 絶対王政は時としてルイ14世のように自らの栄華のために国民に重税を強い百年後の王朝の崩壊を齎した王もいれば散財に走り国の財政を壊滅的に悪化させ帝国を衰退させた皇帝、統治機構を権力を集めるために官僚層を破壊し国を弱体化させた成り上がり者、カリスマ性の無さから支持を得られず領土の大半を失った王、オオカミが来たを繰り返し本当にオオカミが来た時誰も来なかった王、学問の殿堂を快楽の場に変えた王、狩猟に耽った皇帝などなど、無能な皇帝・王を数えればキリがない。

 

 共産主義は?最悪だ。

 ソ連にはあらゆる自由が存在せずいくつも民族を滅ぼした、中国は自らの数千年の歴史と文化を破壊して2000万人を殺した。

 カンボジアに至っては人類が思いつく限り最悪の蛮行が行われた。

 

 イスラム?昔は良かったかもしれないがどちみちボロが出るのは必然だ。

 ナチス?論外だ、彼奴等が何をしたか知らない人はいないだろ?

 ファシズム?相対的に20世紀のイタリア史で一番マトモな政治体制に見えるのはなぜだ、どちみち民主主義と比較すれば最悪なのだが。

 アナーキズム?何かのコメディじゃないか?

 その他独裁体制?開発独裁は少しぐらいいいかもしれないが20世紀だけで一体何カ国やらかした。

 

 

 

 

 

 と、まあ民主主義は最悪ではあるが最良なのだ。

 そして国連軍はこの民主主義体制、正確に言うならば米国政府の統治システムへの組み込み作業言わば民政移管作業を検討する段階に来たのだ。

 2062年12月、国連軍は米国内務省やカリフォルニア州政府、ソ連政府の代表者との最初のS地区の民政移管に関する検討会議が開催されたのだが…

 

「教育体制やその他諸々を考えても民政移管は時期尚早すぎる!」

 

「ソ連への返還が筋だろ!」

 

「カリフォルニア州はこんなお荷物抱えたくない!

 スタローン知事もそう主張してるじゃないか!連邦政府が責任を持つべきだ!」

 

「民生移管プロセスを何でもいいから始めないと国連軍は叩かれるんだ!」

 

 検討会議は会議という名の口論となっていた。

 何せ国連軍は何でもいいからポーズでもいいから移管プロセスを始めないとメディアから叩かれ、実際一部左派系新聞が叩き始めてるからプロセスを始めたい、一方連邦政府は真逆で治安も教育体制もインフラもまだ修復や再建がされているのはごく一部でこの状態で移管なんて出来ないと主張、隣接地域で場合によっては丸ごと連邦政府が投げようとしたカリフォルニア州はお荷物を抱えるなど断固反対連邦政府が責任を持て面倒見ろと言い張り、ソ連政府に至っては国連軍の手柄丸ごと奪う気満々で返還要求という無茶苦茶であった。

 まさに八方塞がりであり実際に移管が可能な時期に関する予想でも連邦政府とソ連政府は対立

 

「連邦政府は最低でも5年後、正直に言うなら10年から15年は今の体制を維持しないと内戦に逆戻りすると予想している」

 

「できる限り早期の、可能ならば即時の返還。治安やインフラの再建に関しては我々にそれをどうにかする余力はないので国連軍やアメリカに任せたい」

 

 と、まあグチャグチャである。

 ソ連は完全に上手い所だけ食おうとする気マンマンで一方連邦政府の見立ては国連軍がアフガン以上の長期間になると言ってるような物。

 この中で一番マトモな意見は連邦政府の物であり次にカリフォルニア州、一番論外がソ連だった。

 実際ソ連に関してはその後の会議ではほぼ出ているだけという状態になるのだが。

 

 と、まあこのように民政移管の話し合いの初回は決裂に終わったのだった。

 

 

 

 

 さて、ここで改めてこの地区の経済・治安・インフラの状況に関して一通り説明しよう。

 会議の翌月即ち2063年1月現在のS地区は全体としては安定していた。

 それも国連軍による大規模な浄化作戦が連続して、特に鉄血殲滅後の10月以降はほぼ2、3ヶ月連続で犯罪組織の回復力を超えた摘発を行うことで大打撃を与え組織犯罪の件数は急激に低下していた。

 が、一方でそれとは関係のない犯罪、個人レベルの窃盗や強盗や殺人や麻薬売買や詐欺などなどは減ってはいるものの犯罪率は現状全米最悪。

 2062年全米大都市犯罪率ランキング10年連続堂々ワースト1位であるカリフォルニア州サクラメントの10倍の犯罪率でわずか8ヶ月で逮捕された人が合計1万を超える有様。多すぎて拘置所と刑務所などが足りず適当な建物を急遽借り上げて臨時の拘置所にしたり本土の施設に移送するほどだった。

 この犯罪率はかなりムラがあり国連軍の多い都市部は比較的低いのだがその外は高く特にグリフィンの基地と基地の間の空白地帯は酷かった。

 一方治安がいいのは主に司令部のある街、次にモハーベゲートのある街、そしてその周辺部とガーデンという感じであった。

 ちなみに現状逮捕者の割合は59%が人形に対する暴行・殺人・強盗・窃盗などで残りが人間に対する犯罪だった。

 

 一方インフラや物資の状況はと言うと実はそんなによろしくない。

 軍の物資優先という事情もあるがそれ以上に問題だったのがゲートの向こう側の体制だった。

 現状ゲートは二つ、モハーベとエドワーズなのだが実はこの二つの先にある空港はどちらも「大量の物資輸送に対応できる施設が無い」のである。

 

 そもそもエドワーズは空軍やNASAの実験用基地の趣が強い基地でそもそもの施設が無く臨時で航空貨物取扱所を突貫工事で作り上げた12月に使用が開始された始末。

 モハーベも民間空港で数は少ないが定期便はあるしいくつか民間航空会社が設備を置いている、のだが元々モハーベ空港というのは民間宇宙開発企業のベースと退役した飛行機の墓場(ボロ飛行機の砂漠送り用飛行場)で航空関連の設備はあるが航空貨物取扱設備は限られた程度しかないのですぐにパンクし臨時の掘立て小屋のような設備を作って対処していた。

 もちろんこんな小手先の対処すぐにパンクしているし当の送った先もそもそも二つとも寂れた空軍基地か何かを無理矢理改修して使ってる状態なのでそもそもの設備があまり良く無いし広さもそんなに無い為処理できる物資には限りがあった。

 

 そこで現在アメリカ政府は新たなゲートの建設を検討していた。

 

 建設先はエドワーズから東に80キロほど離れたカリフォルニア州バーストー、元々海兵隊の兵站基地のある街なのだがここはアメリカの物流の大動脈大陸横断鉄道の一つが通り操車場もあるのだ。

 

 アメリカではほぼ航空機とバスに旅客の輸送を奪われた鉄道だが未だ地上の貨物輸送では大活躍している、何せ鉄道というのは輸送効率だけで言えば他の公共交通機関を圧倒している。通勤電車一本で数千人を運べるのは世界中の大都市の朝の日常、高速鉄道ならば時速500キロで一回3000人は運べてしまう。

 飛行機がどんなに頑張ってもせいぜい800人が限度、というかそれ以上乗せると安全性に問題がある。

 貨物でも同じでありそれを考えればどこかで大きな鉄道路線と接続するゲートが必要だった。

 その白羽の矢が立ったのがエドワーズやモハーベの近く(アメリカ基準)にあるバーストーの鉄道操車場。2回もゲートを作れば慣れた物で地質調査や安全性確保が確認されると早速建設工事が開始されていた。

 

 またその補助のためモハーベの南、丁度地図ではガーデンの郊外に対応する場所にあるカリフォルニア州パームデールとモハーベの西北西にあるベーカーズフィールド、エドワーズの南東60キロ付近のビクタービルにも新たなゲート建設が持ち上がっておりこちらは鉄道ではなくパームスプリングス空港とベーカーズフィールド市内、ビクタービルのサザンカリフォルニアロジスティクス空港に接続する計画だ。

 

 パームデールはカリフォルニア州の中でも比較的大都市で人口18万を抱えモハーベ砂漠地域最大の都市、各種の施設も整っているしインフラに関してもカリフォルニア高速鉄道やロサンゼルスの通勤路線と接続しているし高速道路も整備済み、そこでパームデールスゲートを人の移動用ゲートにし、モハーベを民間航空貨物専門にして効率化を目指す、と計画していた。

 少なくとも鉄道がなければど田舎のバーストーや試験用施設とボロ飛行機の解体設備しかなかったエドワーズやモハーベよりはずっといい、というか国連軍の方がモハーベの航空宇宙事業者からクレームをつけられてる状態なので一部機能を移転させたい事情があった。

 

 またベーカーズフィールドはモハーベの西北西約90キロにある街で人口は凡そ35万、カリフォルニア州でも特に農業生産が盛んで穀物不景気の影響を脆に受けた地域でもあった。

 ベーカーズフィールドゲートは元々医療施設が集中していた街でもありロサンゼルス近辺から移ってきた工場や小規模な精油所もある場所、特に農業に関しては常に食料品が不足している向こうの世界に対してこちらは常に供給過多の状態であるため直送できるのは都合が良かった。

 

 ビクタービルの方もそもそもビクタービルの空港自体が南カリフォルニア物流センターに隣接、元々南カリフォルニアの航空物流のハブとして運用されている空港なので物資輸送や取り扱いに関しては支障も少ない、モハーベの航空物流の一部をこちらに回してモハーベの負担軽減を狙っていた。

 

 と、まあゲート数を無理矢理増やして物流状況の改善を目指しているのだがこのような計画を建てたもう一つの理由がこちら側のインフラ事情だった。

 というのも失業者やら難民やらを大量に雇って道路整備などのインフラ再建に回しているのだが足りない、全然足りない。

 工兵隊も総動員しているのだが全然足りない。

 難民キャンプを潰して代わりに米本土から大量のトレーラーハウスやプレハブの仮設住宅を難民用に持ってきたのでこれの整備もあるし水道管の交換から電線電話線の再敷設にガス管新設交換、道路工事と並行して鉄道路線の復旧、空港の拡張整備、周辺施設の拡充、そして軍駐屯地に学校に発電所に変電所に水道施設の建設も、とにかく作らなきゃいけないものは大量にあるのだが重機が足りない重機を扱う人も足りない物資も足りない専門職が足りないで大変な状態だった。

 

 なのでたとえ空港に持ち込んでもそこからどうやって運ぶかが問題だった。

 道路事情はさほど良くないしトラックもそもそも足りない、結果貨物機を使ってたった30キロとか50キロの距離を直送する始末。

 控えめに言って効率が最悪だった。

 

 輸送能力そのものを増強・効率化することでインフラに投じれる物資と人員を増やしインフラの整備を効率化して再建することが可能になる。

 実際これらのゲートは63年の3月までには周辺インフラ含めて建設が完了しインフラへの投資額と物資を増やし63年中にはS地区の交通インフラの85%、医療インフラの60%、水道電気ガスインフラの90%、教育インフラの50%を施設だけならば再建できると推計していた。

 そうなると問題は特殊技能者だが電気技術者やガス技術者などの一部は難民の教化で賄えるがそれでも不足しているのには変わりなく国連軍はアメリカなどで専門技術者や技能者をかき集めてどうにかしようとしていた。それでも不足すると考えられたため奥の手として戦術人形に特殊技能チップを組み込んだ特殊技能職型戦術人形の大量発注又は雇用を検討し始めていた。

 

 ここまで輸送・インフラ・物資の状態と中期的な見通しを論じたが問題は経済だ。

 まずアメリカ側、というか南カリフォルニアの経済状況だが一種の特需状態だ。

 世界中から数十万の人が集まってるので彼らへのサービスや後方支援だけで毎日凄まじい額がこの一帯、特に今まで大した経済的恩恵を受けてこなかったサンガブリエル山脈の向こう側、アンテロープ・バレー一帯に多大な経済的恩恵を与えていた。

 ゲートの増設工事が始まればさらなる経済的な利益が出るのは確実でありアンテロープ・バレー一帯の主要都市の政治家や南カリフォルニア選出の政治家達はさらなる利益を求めてロビー運動に勤しむ程だ。

 

 次にS地区側、こちらも同じく好景気に沸いていた。

 何せ国連軍の掃討作戦で治安状態は急激に改善し安定したため投資額が増大、物資も増えたし何よりドルという物があった。

 現状ドルはあの世界では最強の通貨であっという間に現地の通貨を駆逐してしまった、何せ悪貨より良貨の供給量が多いのだ。

 一時はハイパーインフレが発生したもののすぐに収まり今ではドルを通貨とする体制で物価はカリフォルニア州と比べて9/16ほど、良性インフレが発生し平均賃金もカリフォルニア州の3/4程度、一応ソ連のクレジットとドルは固定相場制なのだが実際のところはクレジットの信用は皆無でほぼ全ての店がドル建て決済しか認めなくなっていた。

 また今まで超富裕層と貧困層しか無かった社会に国連軍の政策の関係で中間層が誕生しつつあり今まで道具だった人形もまた消費者になることで需要そのものも増大、銀行も主に出てきたのが南カリフォルニアの地方銀行などで既存の信用のない銀行を駆逐して顧客を取り込み投資、市場へのドル供給を支える存在となった。

 流石にバブルにならないように慎重に投資はしているのだがやはり全体としては空前の好景気だった。

 

 経済状況としてまさにどちらも好景気。

 特に互いの利益が一致していた食料品関連は絶好調、毎年米国民全員を養えるほどの穀物を筆頭に生産能力が向上しすぎて値崩れを起こしかけて米政府が大量に買い上げる必要のあった食料品の輸出先を見つけたということで格安で大量に持ち込んで売りまくって大儲けという状態であった。

 

 激動の2062年はこのように終えようとしていた。

 




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第68話:見本市

ネタが浮かばない(マジ)
とりあえずまた勝手にどっかに介入しようかな…
というかネタをください。


「テクノロジーは常に進化し続ける。

 20年前最初に人形が登場した時、我々の誰もがこれほどまでに進化するとは夢にも思わなかっただろう。

 この20年でもはや人形は我々には欠かせない物になった。

 そして20年後、どうなるかなんて誰にもわからない」

  ――オットー・シュナウファー(ヨーロピアン・ドールズ・テクノロジーCEO)

 

 

「そこでグリフィンは『古くて旧式な人形を大切に末永く使いましょう計画』を、IOPは『古い人形を末永く大切に使えるようにしよう計画』発動したのです。」

  ――某動画投稿サイト解説動画「名人形で行こう:異世界人形レビュー:グリフィン&クルーガー社とIOP」より

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛!!やっと着いた…

 遠い…」

 

 2063年1月某日、大阪府南部にある関西国際空港の到着ゲートで一人の女性、不思議なことにケモミミを生やした不健康そうに見えるほど白い肌の女が女性が出してはいけないような声を出しながら英語で話していた。

 彼女の名はペルシカリア、通称ペルシカだ。

 IOPの主席研究員で第2世代戦術人形の産みの親と言っていい天才技術者なのだが今回、大阪で開かれる東アジア国際人形技術見本市にIOP(ソ連)が招待されたので主席研究員たる彼女も招待された、のだが大阪は遠かった。

 なんせまず彼女が普段根城にして引きこもってる研究所から引きずり出しヘリに放り込んで近くの飛行場に連行し、そこから特別に手配されたビジネスジェットで1時間かけてモハーベゲートに連れて行かれ、そこで米国への入国審査と各種手続きと日本政府の特別ビザの発給手続きを行い米国に入国、モハーベから車で揺られること1時間半でロサンゼルスに到着しそこで一晩を明かして翌日、ロサンゼルスから東京へと向かう旅客機に乗り十数時間飛行機に閉じ込められ、日本に到着、羽田で飛行機から降りるとそのまま関空行きの飛行機に乗り継ぎ1時間、移動だけで合計30時間近い旅を経てやっと到着したのだ。

 何が辛いか、この女超絶インドア人間であり生きているのが不思議なレベルの偏食生活に運動しない人間、かなり辛い。

 

「ペルシカ、まだ何も始まってないぞ?」

 

「そうだ。仕事はこれからだぞ」

 

 その後ろから来たのはグリフィンのヘリアンとクルーガー、2人も同じくグリフィン&クルーガー社として見本市ということで取引も兼ねてやってきたのだ。

 人形関連技術に関しては圧倒的に劣っており大規模な人形のアップグレードをする必要があったのだ。

 彼らの言う通り、まだ本格的な仕事は何も始まってないのだ。

 

 

 

 

 

「最新モデルでは従来型の3倍の精度での運用が可能です」

 

「調達価格は?」

 

「予定では1万ドルです。」

 

 

「凄いな…」

 

「ですね…」

 

 数日後、大阪市内の展示場で開催された東アジア国際人形技術見本市の会場内は熱気に包まれメディアやバイヤーでごった返しその熱気にクルーガーとヘリアンは圧倒されていた。

 至るところにブースがありその中では人形に関連する技術や製品が展示されていた。

 二人はその中の一角、EDTと書かれたブースに入った。

 

「戦術人形のメーカーのようだな。」

 

「ええ。G36やXM8、Kar98kなどのメーカーのようですね」

 

「弊社の製品をお探しですか?」

 

 このブースの会社の社員らしい男性がドイツ訛りの英語で話しかけてきた。

 

「いや、どんなものかと見てみようと」

 

「そうですか、では紹介しましょう。」

 

 すると彼は二人に側にあったテレビ画面を見せる。

 テレビ画面にはPVが流れていた。

 

「弊社は2040年創業の人形製造企業では第3位の老舗です。

 御存知の通り弊社の人形製品の特徴はまず元々優れたドイツ製を筆頭とした優秀で高性能な銃器を装備、そしてG36を筆頭に優れたデザイナーたちによる上品で高貴な人形デザイン、特にデザインという観点では弊社は世界一と自負しています。

 その証拠にニューヨーカー誌が選出した最も美しい見た目の戦術人形のランキングでは弊社のKar98kが一位、二位にはG36とこのデザインの優美さは世界的に評価されております。」

 

 社員はEDTの人形技術の長所を力説する。

 元々優れたドイツ製銃器、というだけでなくこの会社の強みは人形デザインであった。

 市場、特に全体的な性能より見た目を重視する民間市場ではこの強みはEDTの武器だった。

 

「御存知の通り、個人が人形を購入する際の決めてになる最大の要素はデザイン、即ち見た目です。

 汚い言い方をすれば股間で選ぶのですよ。

 その点では弊社は他を圧倒しています」

 

 人形市場というのは9割民間向けなのだ。

 官公庁向けの市場も一応あるのだが規模としてはやはり民間向けが圧倒的、民間市場では消費者は人形を選ぶ際に見た目で選ぶことが多いのだ。

 

 

「だが、性能は?」

 

「性能ですか、珍しいですね、多くの場合人形はデザインと性格で選びますから。

 一応全て世界最高レベルの性能です、ああもちろん民間市場向けで。

 特に今回初出品した戦術人形『VP70-300』は従来型のVP70に対して無補給稼働時間では20%の向上、全体的なパフォーマンスでは30%の向上を図ってますが値段は15%の伸び率で抑えて一体1万5000ドルです。

 また現在開発中の『G36ネクスト・ジェネレーション』と『G36Cネクスト・ジェネレーション』は従来型のパフォーマンスより最大45%向上させたモデルとなります。

 また既存人形をネクスト・ジェネレーション相当に改修する改造パッケージ『EDT・ネクスト・ジェネレーションアップグレードパッケージ』を今回ローンチを発表しました。

 実際の販売開始は65年を見込んで今回から予約発注を開始してます」

 

「アップグレートパッケージ?」

 

「ええ、既存の人形を改造するパッケージですよ。

 ほぼ部品とっかえひっかえなんてレベルもありますがね」

 

 聞き慣れないアップグレートパッケージについて質問する。

 人形なんて半分使い捨てとも言える彼らと違いこの世界は人形は基本旧式でも段階的にアップグレードすることで長く使い続けるのだ。

 ふとクルーガーが尋ねた。

 

「ふむ、ところでソ連のIOP向け、のようなものはあるのかね?」

 

「ああ、あのIOPのモンキーモデルですか?

 もしやソ連の人?言っておきますがここで作ってるアップグレードモデルは全部純正品ですよ、欲しかったらモンキーモデル製造メーカーかIDIにでも頼んだらどうです?」

 

 担当者は半分小馬鹿にしたように言う。

 彼の言う通り、ソ連のIOPの人形の質は彼らからすれば「モンキーモデル」程度だった。

 だがそれはその「モンキーモデル」が標準で最高品質と考えていた二人には衝撃だった。

 

「そんなに性能差があったのか?」

 

「ええ、知らないんです?

 エネルギー効率も、運動性能も、防御性能、品質、エレクトロニクス、光学機器、音響機器、全部が全部20年前のレベルですよ。

 はっきり言ってスクラップか骨董品ですよ。

 アップグレードするよりメンタルモデルだけ取り出して新品の素体に移した方が安いぐらいです。

 そのための素体ぐらいなら提供可能ですよ?」

 

 担当者の提案に二人は驚きへリアンが確認する。

 

「規格は合うのか?」

 

「一応そのあたりは大丈夫です。

 実際弊社の研究所がメンタルモデルの移行テストをしましたが問題はありませんでした。

 数については特別発注生産枠を使って生産可能です」

 

 クルーガーはその提案を興味深く聞いていた。

 

「ふむ、価格は?」

 

「カタログ価格で素体一体が凡そ9000ユーロ、移行費用も合わせれば一体1万2千ユーロから1万5千ユーロ。

 もちろん数が増えれば増えるほどこの一体あたりの価格は下がりますよ?」

 

「対応している機種は?」

 

「弊社のカタログに乗っている人形全てに決まってるでしょう?

 これがカタログです」

 

 担当者は二人に分厚いEDTのカタログを一部渡した。

 すぐに二人はその中身の対応している人形の数に驚くのだった。

 

 

 

 

 

 一方IOP(ソ連)のブースはというと文字通り閑古鳥が鳴いていた。

 一応どんなものかと客が一通り見るのだが787やA350が並ぶ航空ショーに707を持ってくるようなレベルの代物であるため誰もが「ふーん」で終わっていた。

 一応副社長のハーヴェルには各社の社長がやって来てはいるのだが全員揃いも揃って「IOPを現地での提携企業として共同出資したい」という実質IOPの買収提案を持ち出す始末だった。

 現状のこの会社の価値は「向こうの世界での取引窓口」ぐらいの価値しか無かった。

 だがそれ以上に傷ついていたのがペルシカだった。

 

「はぁ…所詮私の技術はここじゃ三流か…」

 

 一応当代一の人形技術者と自負していた彼女だがここでは全ての面で遅れていた。

 何せあらゆる技術、今彼女が手に持っている休憩所の自販機で売っているコーラ一つとってもレベルが違うのだ。

 

「どうすればいいんだろうなぁ…」

 

 半分鬱になりながら自棄になってコーラを飲む。

 何を飲んでもいいのならコーラなんかじゃなく呑めないのに酒のほうがいい。

 

「ここがIOPねぇ…」

 

「やはり技術レベルは段違いだな。全てこっちでは枯れたどころか化石の技術だよ」

 

「化石は言いすぎかもしれないが枯れた技術は使いやすいよ?

 枯れた技術の水平思考ってのは電子機器開発の基礎みたいなものじゃないか」

 

「任天堂か?」

 

「信頼性の高い製品を作る時は大体任天堂と同じ思考になるさ」

 

 ブースに入ってきた二人の男女、その声にペルシカは聞き覚えがあった。

 顔を上げれば身なりが整ってケモミミもない自分そっくりな女と死んだはずの昔の仲間がいた。

 

「しかし、噂じゃこのレベルに持ち込むのに一人の技術者が完成させたらしい」

 

「これを一人で?ハッ、ダ・ヴィンチかアインシュタインじゃないんだから。

 私もあんたと同じで当代一の人形屋を自負してるけど技術は一人の天才じゃなくて数百人の凡人が作るもんだよ。人形の歴史だってそうだろ?」

 

「そのアインシュタインは意外と近くにいたりするもんだよ?」

 

 話していた二人に後ろから話しかけた、二人は驚いて振り返り男が尋ねた。

 

「君がこれを作ったのかい?」

 

「まあ正確にはダミーリンクやエッチング技術だけどね。」

 

「あの2つを?

 すごい。ダミーリンクはこっちじゃDARPAの資金提供でIOPの技術者と米軍が共同開発、エッチング技術はポズナン工業大学のアンジェイ・カチンスキ博士の功績だよ」

 

 女がその2つの技術の開発者の話をする。

 どちらもこの世界ではそれぞれ別の、ダミーリンクはIOPの技術者達が、エッチング技術に至ってはIOPとは一切無関係なポーランドの化学者が開発に成功していた。

 特に後者はその後ノーベル化学賞の受賞対象となった程だ。

 二人共当代一の人形技術者だと自負しているが新技術を開発するほどではなくむしろ技術の発展向上に注力しているタイプだ。

 だから二人共新技術を一から開発となると驚くほかなかった。

 この世界の人形開発は一人の天才ではなく数百人の凡人たちの努力によって作られたものだ。

 

「凄いな君は、私はIOP技術研究所のアントニー・リコリス、よろしく」

 

「IOP技研の主席研究員のフレデリカ・ペルシカリアだ。よろしく、私のそっくりさん」

 

「どうも、私はペルシカリア、よろしくね。

 ところで君たちは猫が好きかい?」

 

 彼女は二人にいつものような人を小馬鹿にしたような自信気な表情で笑った。

 その後彼女がIOP技術研究所に一時派遣され最先端技術を学びIOPなどから引き抜きが舞い込み始めるのはそう遠くない未来のことだった。




・アントニー・リコリス
この世界のリコリス
元鉄血社員で破産前にIOPに引き抜かれた。
専門はAI研究。
ちなみにイギリス人

・フレデリカ・ペルシカリア
この世界のペルシカ
生え抜きのIOP技術者。
専門は人形の構造工学、基本的な構造デザイン担当
ちなみにこっちはドイツ人



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第69話:キャピタリズム・インヴェイジョン

ユノちゃんまた出る(巻き込まれた可哀想な凡人として)


 

「一個人がいかに富んでいても、社会全体が貧乏であったら、その人の幸福は保証されない。

 その事業が個人を利するだけでなく、多数社会を利してゆくのでなければ、決して正しい商売とはいえない。」

  ――渋沢栄一

 

 

 

「年200万ブッシェルで貴国民全員の腹を満たせられると思ってるのか!

 アメリカ国民は一年で平均140キロの小麦を食う!

 君等は35万人しか養うつもりはないのか!だったら今すぐ国家なんて看板を捨てろ!

 国家政府を一体何だと考えてるんだ!」

  ――アレックス・デ・クレスフィニー(アメリカ合衆国農務長官。63年2月にDCで行われたソ連・アメリカ通商会議の席にて)

 

 

 

 

「今日、この記念すべき式典に参列できたことを心から光栄に思います。

 これによってこの世界と我々の世界の繋がりと友情がより強固に築かれることになるでしょう。

 より簡単により沢山の人が行き来することで繁栄を齎すのです」

 

 2063年3月、ガーデン郊外では新たに建設されたゲートの開通式典が行われ招待されたカリフォルニア州知事エディー・スタローン知事が記念の挨拶をする。

 後ろにはテープが貼られたゲートがあり演台の上で長々と英語でスピーチするが一部の式典の参列者はこの手の式典でよくあるように辟易していた。

 

「あのジジイの話しいつまで続くんだよ」

 

「いつになったら終わるんだろうね、お婆ちゃん」

 

「きっともうすぐ終わるじゃろ」

 

 P基地から招待されたノア、ユノ、ナガンの3人は明らかに退屈していた。

 州知事の長い話が終わると変わってグッドイナフが演台に上がって演説する。

 

「今日、国連軍の代表としてここに新たなゲートが同時に3つも開通できた事に大きな喜びと感謝を感じている。

 昼夜分かたぬ工事を三ヶ月行いこの立派なゲートとそこからつながる道路や鉄道を作り上げた全ての作業員、技術者、設計者、技師、オペレーター、材料を運んだドライバー、そして材料を作った者たちの努力と素晴らしい仕事に対する尊敬と感謝の念は絶えない。

 この立派なゲートは今後数十年数百年に渡り我々の揺るぎない友情と信頼と繁栄の確固たる証となるだろうしそうなることを私は心の底から願う。

 『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』とはダンテの言葉だ。それは地獄の門の上に書かれた言葉だ。

 だが、これは地獄の門ではない、自由と繁栄の架け橋なのだ。

 この門に相応しい言葉はこの門をくぐる者は一切の恐れから解放されよ、である。

 排水溝の詰まった洗面所のように恐怖という水が貯まるしか無かったこの世界が門という掃除道具と我々国連軍という水道業者によって排水溝も詰まりを解消し、恐怖を洗い流すのである。」

 

 こちらも長々なと演説を始める。

 この日、国連軍は新たにベーカーズフィールド、パームデール、バーストーの新たな3つのゲートを開設した。

 同時開設という一大事であり同時にバーストーからの鉄道路線もS地区全体に引かれS-09~バーストーの鉄道路線開設も同時に行われていた。

 

 

 と、こう書けば政治的にも経済的にも極めて重要でとてつもなく大事なことなのだが参列者の中にはこの重要性をとんと理解していない者もいるのだ。

 

「何だあのオッサン」

 

「つまり、どういう事お婆ちゃん?」

 

「…まあ、色々と小難しい話じゃ。二人にはちと早すぎたかのぅ…」

 

 

「では、神がアメリカを護らんことを」

 

 最後にグッドイナフが演説を締めくくる。

 彼が演台から降りると実際に開通の式典が始まった。

 軍楽隊がファンファーレを鳴らし州知事や国連軍総司令官らお偉方がテープの向こう側に並びハサミを持つ。

 そして記者たちが集まり歴史的瞬間を撮影しようと集まる。

 

「では、テープカットを」

 

「それじゃあやりましょうか、州知事殿。」

 

「ええ、では」

 

 司会者の言葉に言われグッドイナフとスタローン知事がハサミを持ってテープに刃をかける。

 

「では、3、2、1」

 

 テープを切り落とす。

 それと同時に背後からは花火が打ち上がり軍楽隊が国歌を演奏し始めた。

 

「開通です!」

 

 満場の拍手とともにゲートが開通した。

 この計画に携わった者達への敬意と今後への期待に満ちた拍手だった。

 

 

 

 

 

 数時間後、この会場にいた人々の大半は国連軍主催のレセプションパーティーに参列していた。

 

「しかし、実際に国連軍の活動をこうして間近で見ると素晴らしい仕事ぶりですな。」

 

「ええ、最初は我々は煙たがってましたが実際に見ると意見が変わりましたよ。

 これからはカリフォルニア州を上げて支援いたしましょう」

 

「私もカリフォルニアの財界を上げて支援しましょう。

 ここにはビジネスチャンスもあるようですから」

 

「それはありがたいですな、スタローン知事、シャバク議長、オヘア会頭」

 

 場所は国連軍司令部、パーティーの参列者は出席していた国連軍幹部だけでなくカリフォルニア州知事、カリフォルニア州議会議長、カリフォルニア州商工会議所会頭などのカリフォルニア州政府の高官達。

 

「我社としてもこの地域での事業に参入したいですね」

 

「ですがエミリー・コナー社長…」

 

「分かってます。もちろん現地企業に配慮した進出計画を立案しますから。

 ご心配なく、ですが、同業他社がどう動いているか…」

 

 カリフォルニア州の企業の社長ら、

 

「この世界での旅客機の販売需要はある、とお考えですか?

 あると考えるならば理由も聞かせてくれませんか?」

 

「私としてはこの世界では弊社の取り扱っている中古の旅客機の需要は多いと見込んでいる。

 というのも冷戦崩壊後、航空産業では東側の航空会社が機材更新のため多数の機材を発注しましたからそれと類似の出来事が起きる可能性は高いと考えている」

 

 更には記者達や

 

「つまり、我々と手を組みたいと?」

 

「ええ、現地での協力企業というのはどの産業でも不可欠です。

 ましてや弊社は食料品、日持ちはしません。

 ですので貴社の資本力を見込んで合弁で事業を展開する、というのは如何ですかな?」

 

「それは傾聴に値する提案ですな。

 いいでしょう、乗った」

 

 地元の有力者たちも集まっていた。

 この会場にいる人達の年間所得を合わせれば小さな国の国家予算に匹敵する程の金持ち達やカリフォルニアの政治経済を動かす人たちが集まってこの世界での利益を享受しようと水面下の争いを繰り広げていた。

 そんな魑魅魍魎な世界からはただ今の立場に偶然担がれただけの凡人は距離を取るのが唯一の防衛策だった。

 

「ここだけで凄い額が動くんだろうな」

 

「どのぐらい動くんですかね…」

 

 イシザキにアルカードが尋ねる。

 二人共招待された現地有力者であり国連軍関係の高官なのでいたのだがどちらもこんな恐ろしい世界に踏み入れたくなかった、踏み入れたら多分一生分の金を身ぐるみごと剥ぎ取られる。

 

「まあ、俺達の生涯年収ぐらいはポンっと動いてんだろうな」

 

「ヒェッ…怖い世界…」

 

「俺達凡人はあんなのから離れた方がいい。だろ?ガーランド」

 

「ええ一生かけても返せない借金背負わされるなんてまっぴら御免ですよ。」

 

 シックなドレス姿のガーランドが言う。

 凡人には近づきたくない世界だ。

 だが一方で、仕事でもその中に身を投じなければならない者も、よく分からずそんな世界に迷い込んだ可哀想な子鹿もいるものだ。

 

「現在の治安状況はなんとも言えませんが安定し始めてはいます。

 ここは50年前のアフガンよりは安全ですよ、ターリバーンもISISもいませんから」

 

「君等には期待してるよ、この地域が安定して更に世界も安定化出来たなら我々の前には巨大なパイが生まれるのだからね」

 

「そのパイ生地の用意は大変ですな」

 

「パイを作るのはどんなパイでも大変さ。

 アップルパイでもレモンパイでも、もちろんキドニーパイでも」

 

「でも市場というパイを作るのは…」

 

「コツをつかめば簡単だが大抵の人はそのコツを掴む前に自分がパイになる」

 

 コーシャはG36を連れてロシアから来た穀物会社の社長と話していた。

 この会社はこの世界に穀物を輸出することで利益を得ようと目論んでいた。

 現状穀物価格は若干の右肩上がりではあったのだがこの上昇はあくまでこの世界への穀物輸出規制の緩和と輸送状況の好転による輸出量増大を見越し各国の穀物会社が先物買いを始めた事にあった。

 

「そこでだ、アーチポフ中佐殿。

 我々はより大きなパイを得れる見通しはあるのかね?」

 

「そればかりはなんとも。

 私はあくまで軍人、輸出規制は通商部門の担当ですよ。

 ですが、ソ連軍からの情報によりますと、ソ連政府は最近貨物列車用の機関車をこのあたりに集めているようです。

 貨車も集めているようですが不思議なことにその大半が穀物輸送用と冷蔵貨物車らしいです。」

 

「ほう、それは…」

 

「まあ、これがどういうことなのかは私には理解できかねますがね」

 

 コーシャは何も知らないフリををしてこの社長にソ連政府の動向をリークする。

 これが意味するところは唯一つ、近いうちにソ連政府は大規模な穀物及び食料品の買付か輸入を解禁する可能性があるということだ。

 もちろん彼はバカではない、それどころかエリートだ。ソ連政府の動向も分かっている。

 

 一方、この魔境に迷い込む者も少なからずいた。

 

「ヘイ、そこの彼女!君はグリフィンの人間かね?」

 

「は、はい」

 

 ユノに突然声がかけられた。

 彼女は声のした方に振り返るとシャンパングラスを持った中年の男性が近づいた。

 

「若いのにグリフィンに務めるとは君は優秀な人間のようだね。

 素晴らしい、君のような未来ある有能な人は、私は大好きだ」

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

 ユノの服装を見てその中年の男は彼女を褒めちぎる。

 突然の事に警戒していると彼は名乗った。

 

「私はアルバート・ストックスティル。

 気軽にアルと呼んでくれて構わない、君の名前は?」

 

「ユノ・ヴァルターです、アルさん」

 

「よろしく、ユノ。」

 

 自己紹介して握手する。

 ここまでは普通のことだ。ふとユノは尋ねる。

 

「アルさんのお仕事は一体…」

 

「ああ、私はこういう者だ」

 

「えーっと、パシフィックサウスウェストキャピタル副頭取?」

 

 ユノが渡された名刺に書かれた肩書を読み上げる。

 そこには銀行の副頭取であるような事が書かれていた。

 

「ああ。カリフォルニアの地方銀行の副頭取、まあ副社長みたいな者だ。

 一応パシフィックサウスウェストキャピタルはアレゲニー銀行とバンクオブピードモント、投資銀行のオールアメリカン・クレジットなどと一緒にUSバンクグループを構成している。」

 

 アル・ストックスティル、彼はアメリカの大手銀行グループを構成するカリフォルニアの地方銀行の副頭取であった。

 そんな彼が突然声をかけた事にナガンが聞く。

 

「その銀行グループが何のようじゃ?」

 

「有能で若い人材を見つけて声をかける、それだけだ。

 まあ、そのうちもしかしたら我が銀行の警備業務を発注するかもしれないがその時銀行にとっては命より大事な信用と顧客の資産を任せられるかどうかという下見もあるがね。」

 

 パシフィックサウスウェストキャピタルはS地区への進出を検討していた。

 だが銀行業というのはその仕事柄犯罪のターゲットになりやすい、また同時に最も重要視されるのは信用でありそのためにも進出には警備業務を信頼でき且つきめ細やかな対処ができる業者に外注する必要がある、そこでこの銀行グループはグリフィンに目をつけていた。

 アメリカ側のPMCに発注してもいいがグリフィン側の方がドルレートの関係で大幅に外注コストを減らせるという見込みもあった。

 するとストックスティルはふと近くのテーブルの上に置かれたシャンパングラスを見つけ聞く。

 

「君、お酒は飲めるかね?」

 

「いえ…まだ17歳です」

 

「17!?ハッ、君は高校にいるべきじゃないか!

 私にも同じぐらいの娘がいるが…全く信じられん。

 私は年齢で人を差別しない主義だが、PMCなんていう仕事に17の子供を投じるなんて、全くありえない、親の心を考えたことはないのか。

 君の両親は反対しなかったのか!?私なら何が何でも反対するぞ、子供を戦争に連れて行くなど正気の沙汰じゃない」

 

 彼は一人の良識ある人間として驚いていた。

 銀行員というのは高い倫理性も求められるため17で戦争に行くなど狂気の沙汰としか思えない。

 

「色々と複雑な事情があるのじゃ」

 

「そうか、では。

 縁があればまた会おう」

 

 そう言うと彼は去っていった。

 




・エディー・スタローン
カリフォルニア州知事。
民主党員で元々は国連軍に反対していたが経済効果を見て180度方針転換した。

・アルバート・ストックスティル
カリフォルニア州の地方銀行パシフィックサウスウェストキャピタル副頭取。



しょうもないネタだけどパシフィックサウスウェストキャピタル含めたUSバンクグループはモデルあるんですよね、かつてアメリカにあった大手航空会社USエアウェイズなんだけど。
USエアウェイズは元々オールアメリカンエアウェイズでそれがアレゲニー航空になってピードモント航空と合併、さらにパシフィックサウスウェストと合併してのし上がった会社


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第70話:とある新たな敵の序章?

大学始まって書く時間無い

パラデウス登場するのでこっちでも動かす(まだ書きたい部分あるから予告程度の回)


「われわれも宗教を欲するが、それは、最も神にふさわしく、最もわれわれのためにつくられた宗教である。

 一言にしていえば、われわれは神と人間に仕えたいのである。」

 ――ヴォルテール

 

 

「人間は聖書から残虐性や強奪、殺人を学んだ。

 残虐な神への信仰は、残虐な人間を創る。」

 ――トマス・ペイン

 

 

「宗教のために行われる罪でなければ、人間はあれほど完全に楽しそうに悪事を行わない」

 ――ブレーズ・パスカル

 

 

「宗教があろうとなかろうと、善い人は善い行いを、悪い人は悪い行いをする。

 しかし宗教によって善い人も悪い行いをする」

 ――スティーブン・ワインバーグ

 

 

 

 

「クソ!どれもこれも“アイツら”のせいで…

 俺の研究が!!」

 

 その男は暗い部屋の中で怒り狂っていた。

 彼の前のテーブルの上には彼の“研究”に関する書類が散乱していた。

 だが、その書類には「ELID」、「崩壊液」などと物騒な言葉が並ぶ。

 

「密輸ルートは次々と閉められ採集しようにも除染でアンプル確保も不可能、クソ!

 奴らを実力で止めるしかない…」

 

 その男はある物騒な策に思い至った。

 

 

 

 

 2063年2月、ソ連領ソ連空軍スモレンスク北飛行場の滑走路から一機のグレーの大型機が離陸した。

 

「ギアアップ」

 

「ギアアップ、ポジティブクライム、ポジティブレート確保。」

 

「オートパイロットオン、高度350にセット。

 フラップ格納、離陸後チェックリスト完了」

 

 パイロット達はアラビア語訛りの英語で離陸後のチェックリストを実行する。

 この機はカタール空軍が派遣したカタール空軍の空中給油機エアバスA350MRTT、コールサインリマーエコー880だった。

 登録記号は民間機で所属も国営航空会社のカタール航空所属だが空軍がリースという形で運用している機材だ。

 この機が離陸したスモレンスク北飛行場は軍用空港であり本来はソ連空軍の基地で国連軍は展開しないのだがフールズメイト作戦での反乱未遂後ソ連軍はほぼ自分達の過失を国連軍に尻拭いしてもらった事とそれ以後の関係の悪化を食い止めるため無償で各地の基地を貸与し、その貸与された基地の一つがロシア中部のスモレンスクの北にあるこの基地だった。

 国連軍はこの基地を拠点の一つとして「ドゥルーグ作戦」を続けていた。

 ドゥルーグ作戦は他の任務と違い空中給油機とそれを支援する要員さえいれば行える作戦ということでアラブ諸国のような冬季作戦なんて出来ない軍隊や大部隊を送れる程体力のない中小国は積極的に参加していた。

 その一カ国がカタールで空中給油機3機とその運用要員を派遣し各地で崩壊液除染任務に従事していた。

 

「ああ、雪だな」

 

「ですね。」

 

「こんなところでコイツを飛ばすなんて少し前じゃ考えられないよ」

 

 二人は外を舞う小雪を見ながら喋る。

 二人ともカタール人であり当然の如くカタールは雪なんて物と無縁の国だ。

 この日の任務は昨日と同じ、エストニアの方に飛び崩壊液中和剤を空中散布する、それだけだ。

 難しいことなど殆どない、精々雪の中での離着陸ぐらいだが二人は軍人である前にプロのパイロット、雪の中での離着陸などよくあることだ。

 だが次の瞬間、突如爆発音が響き警報が鳴り響いた。

 

「何だ!?」

 

「なにか爆発したぞ!?」

 

 機体は突如危険なほど右に傾き機首が下がり始めた。

 二人のパイロットは必死になってエアバス社特有のサイドスティックを引いて立て直そうとする。

 

「クソ!イーカムアクション!」

 

「ヨーダンパー下側損傷!右12度で固定!

 右水平尾翼損傷!ラダートリム-2度で固定!

 油圧装置損傷!」

 

「アッラーフの他に神はなし、ムハンマドは神の使徒なり。御慈悲を!」

 

 副操縦士が電子モニターに映るエラーを伝える。

 そこには機体後方の操縦系統が次々と損傷していく様子があった。

 機長はサイドスティックを引きながら必死で祈りの言葉を口にする。

 一体何が起きたかはさっぱり分からないが緊急事態であることは確かだ。

 

「メーデーメーデーメーデー!リマーエコー880!

 爆発が発生し損傷!空港に引き返す!」

 

『リマーエコー了解!

 方位076に右旋回!』

 

「了解!076」

 

 機体は一旦機首が持ち上がり右に40度近く傾きながら体勢を立て直す。

 機長は必死に補助翼を使い水平に戻そうと戦う。

 

『リマーエコー880、先程何かがそちらに向かって飛翔し爆発したと報告があった。』

 

「了解、クソ、ミサイルだ。」

 

 一体何が起きたか管制塔からの報告で分かった。

 地対空ミサイルで狙われたのだ。

 爆発音も全てが合点がいった。

 

「機長、スロットルは?」

 

「右を上げろ、速度を上げて右を持ち上げる!」

 

 副操縦士が右のスロットルを上げて水平に戻そうとする。

 機体はゆっくりと水平に戻った。

 

「ふぅ、ふぅ、高度は」

 

「6000です」

 

 深呼吸しながら機長が副操縦士に高度を聞く。

 機体は気がつけば危険なほど低空を飛行していた。

 

「戻りますか?」

 

「ああ、だが…」

 

「南は?」

 

「滑走路が足りるか?」

 

「…全然、足りないでしょうね…」

 

 戻ることには納得していたが撃墜されかけた空港に引き返すのは危険だが他の飛行場では滑走路が足りない。

 何せ離陸直後、燃料も中和剤も大量に載せたまま、最大着陸重量を超過している。

 どうすればいいのか思案しているとまた爆発がした。

 

「畜生!」

 

「右エンジン損傷!火災発生!」

 

 副操縦士が叫ぶ。

 今度は操縦系統だけじゃない、エンジンも破壊された。

 機体は急激に右へと傾き始め警報が鳴り響く

 

「「バンクアングル!バンクアングル!バンクアングル!」」

 

「「テレイン!テレイン!プルアップ!テレイン!テレイン!プルアップ!」」

 

「上がれ!上がれ!頼むから上がってくれえええええ!!!!」

 

「ぁああああああ!!!!アッラーフ・アクバル!!!アッラーフ・アクバル!!!!」

 

「もうダメだ!!!うぁあああああああ!!!!!」

 

 機内では機体が危険なほど傾いてると伝える警告と今すぐ上昇しろを意味する警告が鳴り響く。

 二人のパイロットは叫び祈りの言葉を口にし、必死で上昇させようと操縦桿を引き戦うが、無駄だった。

 数秒後、スモレンスクの北東19キロ付近の丘に墜落し粉砕された。

 

 

 

 

 

 

 カタール空軍機撃墜の報告は即座に司令部に伝えられた。

 

「撃墜だと?墜落じゃないのか?」

 

「現地の管制官がミサイルらしきものを目撃してます。

 恐らくミサイルです」

 

「携帯式地対空ミサイルだろうな。

 そんなのに狙われたら殆ど自衛装備のない空中給油機じゃどうしようもない」

 

 現地からの報告にグッドイナフとアーチポフは二人揃って驚いていた。

 何せ「撃墜」だ、墜落とは訳が違う。

 

「誰が撃った」

 

「現在、ソ連軍が調査中です」

 

「これは犯罪行為だぞ!

 しかも我々に対する!攻撃と言ってもいい!」

 

 アーチポフが机を叩きながら激昂する。

 軍用機の撃墜となれば国際問題どころではない、一歩間違えれば戦争に発展する自体だ。

 

「一体どこの誰が撃ち込んだ。

 全力で調べて、責任者を見つけ出して、法の裁きを与えろ。

 決して逃すな、テロリストは例え一匹でも悪さをする。全員見つけ出して、全員牢に繋ぐか神に挨拶させろ」

 

 グッドイナフが強い口調で命令する。

 

 

 

 

「閣下」

 

「長官、ざっと今集まっている情報をくれ」

 

 その頃、ホワイトハウス地下、危機管理ルームでは経済関連のミーティング中に呼び出され大統領が集まった軍幹部や各省庁の長官たちを前に軍人の敬礼も待たずにCIA長官に情報を聞いた。

 

「は、事件が起きたのは現地時間の午前10時30分から40分頃。

 まず34分に最初のミサイルがスモレンスク近郊のスモレンスク北を離陸したカタール空軍の空中給油機に北飛行場の西北西10キロ付近で地対空ミサイルを発射し着弾、機体は急降下しパイロットは飛行場に機体を戻そうと格闘している最中の39分頃、空港の北西18キロにある丘に墜落。

 生存者はいません。死者は5名。全員がカタール空軍軍人です」

 

「分かった。まずカタールのハリーファ首長に哀悼の意を表すと共に合衆国はこの攻撃に対する刑事事件の調査を全力で行うと伝える。

 国務省は至急この事件の調査にFBIとCIAが参加できるようソ連政府と交渉してくれ」

 

「了解しました」

 

 CIA長官の説明に即座に国務長官に指示を出す。

 彼は即座に電話を取り国務省に伝える。

 

「FBIは即座に犯罪捜査を開始してもらいたい。

 これはテロ事件だ」

 

「分かっております。

 現在NTSBと共に捜査チームを組織しています」

 

 FBIにも捜査を行うよう伝える。

 これは場合によっては米国への攻撃として解釈できる案件だからだ。

 そして再度CIA長官へと変わる。

 

「ケンネック長官」

 

「は」

 

「撃墜を行った可能性のあるテロ集団は分かっているのか?」

 

「現状ソ連領内におけるテロ活動に関する情報は不足しています。

 ですがある程度目星はあります」

 

 CIA長官のケンネックは既にある程度目星をつけていた。

 

「どのような目星だ?」

 

「昨年よりミューロックレイク地区では崩壊液の密輸事案などが少なくとも報告されただけで134件発生しています。

 この崩壊液ですがその発注元や購入者に関する調査の結果、Pという組織が共通していることが分かりました。」

 

「P?」

 

「ええ。撃墜されたカタール空軍機は崩壊液除染任務についていた機で予定ではタリン周辺部での除染に当たる予定でした。」

 

「そのPとやらは一体全体なんだ?」

 

「逮捕した取引関係者によるといわゆるカルトでこう呼ばれているそうです

 

 

 …パラデウス、と。」

 

 ケンネック長官が伝えた新興宗教、と書けば聞こえがいいが実態は単なるカルトと言っていい組織「パラデウス」。

 この組織がその後どのような影響与えるか、本当に彼らが手を下したのか、それはまだ誰にもわからない。

 ただ、危険なことだけは分かっている。危険なことだけは

 

 




・ケンネック
本名ホランド・ケンネック
CIA長官



パラデウスにとっちゃ「崩壊液?とにかく除染して徹底管理だ!無許可で扱ったり輸入すれば漏れなくブタ箱をプレゼント!」なスタンスの国連軍・アメリカは敵なんてレベルじゃない敵だろうな。


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第71話:女の出会い

DBI捜査官ゲイリー・スタンフィールドと相棒のイサカの出会いに関する話。


「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているからだよ」

  ――サン・テグ・ジュペリ「星の王子さま」より

 

 

 

 

 

 ゲイリー・スタンフィールド、通称スタン。

 DBI創設以来のベテラン捜査官で元DEA捜査官。

 DEA時代には全米でもトップクラスの捜査官としての腕を誇り、2048年には当時カリフォルニア州南部で拡大していたカルテルとマフィアを同時に潰したほどの腕を誇る。

 単にキレるだけでなく射撃の名手で特に早撃ちの名人で格闘戦でも強いことで知られる。

 

 ここまで書けば有能な捜査官のようだが実際は独断専行当たり前、暴力的な手段は日常茶飯事、仕事が無くなると酒とゲームに溺れる仕事人間、そもそも殆ど自活能力無しの問題児。

 友人と言えるような人もおらずDBIの中でも有名な一匹狼だ。

 

 

 その一匹狼の後ろには常に一人の戦術人形がいることでも知られてる。

 その名はイサカM37。グラマラスな体型でそれなりに人気のある機種だが彼と一緒にいる個体は少し変わっていた。

 記録上ではDBI所属以前は一時DEA“押収物”としての記録がありそれ以前がカリフォルニア州サクラメントのロイ・リポという男が2046年に買ったとだけ。そのロイ・リポはというと買ったおよそ半年後にサンフランシスコで殺害されて警察が彼の車や家を押収したがその際の記録には残っておらず警察は行方不明として処理していた。

 

 つまるところ、この二人は片方は有能な問題児、片や記録を確認する限り怪しい要素しか無い人形という厄介者コンビなのだ。

 

 

 

 

 ある日、この日もいつものように大規模な摘発が行われ人形の密売組織が一つ丸ごと潰されていた。

 摘発が一段落した後、テキサスレンジャーから派遣された捜査官ジョン・バケットはタバコを吹かしていたスタンに声をかけた。

 

「よ、お疲れさん」

 

「どうも、バケット」

 

 手を上げて返事をすると彼は隣にやってきた。

 

「全く面倒な連中だよ。」

 

「ああ。人形どころかヤクまでやってたからな」

 

「ドラッグスイーパーはやっぱりお怒りかな?」

 

「全く、DEA時代の古いあだ名を持ち出すな」

 

「ずっと気になってたんだが何でDEAからDBIに移ったんだ?」

 

 バケットはスタンに聞いた。

 スタンは無言で不快感を顕にして睨んだ。

 

「睨むなよ、答えたくなけりゃ答えなくていいさ」

 

「ジョン、何油売ってるの?さっさとあのバカ共連れて帰るわよ」

 

 そこへバケットの相棒の57がやってくると彼は行ってしまった。

 一人になると彼はタバコを地面に捨て靴で踏み消す。

 

「もう15年か」

 

「何しみじみしてるの?スタン」

 

 感慨に耽けようとすると後ろからイサカが現れ声をかけた。

 

「いや、何でも無いさ。

 もう15年だな」

 

「まだ15年よ。あのとき赤ん坊の子がまだ中学校を卒業するぐらいよ」

 

 二人は15年前の出会いを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 2063年から遡ること15年前、即ち2048年はそれなりに忙しない年だった。

 国際情勢で言えば中国では内戦が続き国連軍が南側と激しい戦闘を繰り広げ各地でテロが頻発するなど大変な状況であった。

 

 テロの首謀者は南側の中国だったりまだしぶとく生き残っていたイスラム過激派だったり最近伸張し始めた中南米の麻薬カルテルなど様々。変わったところでは南中国勢力下の泉州でイスラム過激派が政権を攻撃するようなテロも起きている。

 この年だけで内戦では両者合わせて正規軍人だけで3万人以上が死傷している、民間人を含めればもっとだ。

 更にはコロンビアでは当時の上院議長が麻薬カルテルによって暗殺、ブラジルでは北部の都市ベレンで麻薬カルテルの抗争の激化で無政府状態になり当時のベレン市議会議員全員が殺害される事件が発生、コスタリカでは麻薬組織の密輸飛行機がパナマの旅客機と衝突し100人以上が死亡、パナマでは先の墜落事件が切っ掛けとなり国民が激昂、麻薬組織への大規模な迫害が始まり数百人近い薬物中毒者や売人やカルテル関係者がパナマ運河に浮かぶ事件が起きるなどラテンアメリカ情勢も悪化していた。

 南アジアでは弱体化し始めたパキスタンと中国の隙を見てインドがカシミール地方で大攻勢を仕掛けアクサイチンとカラコルム回廊から中国を追い出しギルギット・バルティスタン州を東側から圧迫し始めた。

 またアクサイチンとカラコルム回廊を足がかりとしてインドは新疆の反中勢力への支援を強化し始めた。

 

 米国内では11月の大統領選を巡り民主党の現職副大統領のフックスラテンとウェルズのコンビが共和党はミシシッピ州前知事のコニー・ロックウェルと現職上院議員のチャック・カリッタが選挙戦で激しい論戦を繰り広げていた。

 また憲法修正第30条、人形の権利に関する条文が制定され効力を持ったのはこの年の7月にノースカロライナ州議会が批准してからだった。

 人形権利問題も修正第30条の制定により一応の終結を見、人形権利問題の一時代が終わったとされた。

 

 このような情勢の中、カリフォルニア州など南部ではある問題が激化していた。

 それは麻薬組織の浸透であった。

 彼らは長大なメキシコ国境から麻薬を持ち込み米国の安全保障が中国に向いている間に南部に浸透したのだ。

 そんな彼らと現在進行形で最前線で戦っているのはアメリカ政府直卒の法執行機関、麻薬取締局通称DEAだった。

 

「こちらスタン、配置完了」

 

 当時DEAに入って数年、同期の中では頭一つ抜けて出世していた中堅捜査官だったスタンは拳銃を構えてビバリーヒルズのとある豪邸の裏口近くで待機していた。

 ヘルメット内蔵の無線からは他の場所で待機している仲間たちの声も聞こえてきた。

 

『こちらポール、スタンバイ完了』

 

『マリア、いつでも行けます』

 

 前を見ると豪邸からはパーティーの音が聞こえ女と男達の快楽に浸る声が聞こえる。

 この豪邸の登記上のオーナーはメキシコから唐辛子の缶詰を輸入する会社の社長の物、とされているがその社長は実のところはメキシコの麻薬カルテルと提携しているマフィアのボスでありこのマフィアはカリフォルニアを中心として西海岸一帯で麻薬の密売を手掛けていた。

 今日はこのボスの娘の結婚式で豪邸には彼らの仲間が大勢集まっていた。

 すると突如ヒュー!という甲高い音がなると爆発音が聞こえ始めた。

 

「花火まで打ち上げてやがる」

 

 見上げると花火を打ち上げていた。

 全く近所迷惑たらありゃしない。

 

『確認した。連中に気付いている気配はない。チャンスだ、突入!』

 

 ボスの命令が下るとスタンは部下に前進のハンドサインを送る。

 部下の最近導入された戦術人形のM500がドアの鍵を破壊するとスタンが蹴り飛ばす。

 

「動くな!DEAだ!武器を捨てろ!」

 

 ドアからスタンを先頭にDEAと戦術人形がなだれ込んだ。

 豪邸の裏口から入るとそこには酔いつぶれて寝ていた参加者、隠れて盛っていたバカなカップル等等がいたが彼らは揃いも揃って突如現れたDEAに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして手を挙げるだけだった。

 部下たちがこのバカ達を壁際に立たせている間にスタン達はメイン会場へと向かった。

 

 そして次の瞬間、銃声が鳴り響き銃撃戦が始まった。

 

 

 

 一方、正面玄関では

 

「ブリーチ!」

 

 班長の合図で戦術人形がドアの鍵を吹き飛ばす。

 その後に続いてDEA捜査官達が突入する。

 

「動け!動け!動け!」

 

 玄関前に駐車している十数台の高級車を乗り越えて進み、裏庭のパーティー会場に突入した。

 そこでは塀をぶち抜いて突入した班とマフィアが銃撃戦を繰り広げていた。

 

 塀をぶち抜いた班の隊員たちは破壊した塀やパーティー会場のビートボックスを盾にして銃撃戦を行っていた。

 

「分かってるわね!殺したら全部パーよ!」

 

「無茶言わないでくださいよ!」

 

「最新鋭の人形なんでしょ!そのぐらい出来なきゃクビよ!」

 

 MP5が班長の女性に苦言を呈するが彼女は全く意に介さない。

 そこへ横から正面玄関から来た班とスタン達が合流した。

 

「キャアあああああ!!!」

 

「撃て!撃て!」

 

「カルロ!時間を稼げ!

 ボス早く!」

 

「分かってる、ホセ!奴も持ってこい!

 あの女はまだ使いみちがある!」

 

「ヘイ!」

 

 会場から建物内に逃げ込んだボスたちは部下の構成員たちを使って必死に建物の中で溜め込んだ麻薬やら武器やら金やらを集めて逃げようとしていた。

 

「おい!これに商品を入れれるだけ入れろ!」

 

「そうじゃない!こうやって入れろ!」

 

「待ってくれ!後これにいれたら逃げる!」

 

 彼らマフィアのボス達は実に滑稽なことにバッグやらカートやらポケットに金やら麻薬やらをねじ込めるだけねじ込んで丸々太った躯体で逃げ惑う。

 そこへ正面玄関のドアがぶち破られて捜査官達が雪崩込む。

 

「動くな!武器を捨てろ!」

 

 慌てたボスは捜査官に拳銃を撃ちながらドラッグと金がたっぷりはいったバッグを持って上階に駆け上がる。

 一階では前からも後ろからも捜査官が来て無関係な人達は我先にと逃げようとする。

 

「早くどいて!こんな所いられないわ!死んじゃうわよ!」

 

「早くどけ!」

 

「落ち着いて!背を低く!誘導します!」

 

 パニックになる群衆を諌めながら彼らは逃げる人々を建物の外に出して駆り集める。

 だがその間銃撃戦は庭から建物の中へと移り建物中で銃声が続いていた。

 スタンもマフィアを追いかけて建物の中へと進んでいた。

 白を基調とした趣味の悪いリビングを抜けて吹き抜けの階段へと進むがそこでは上から銃撃を受け誰も進めなくなっていた。

 スタンは階段近くの冷蔵庫を盾に様子を伺う。

 銃撃は丁度彼らの頭の真上から来ていた。

 

「クソ!上からか」

 

「ここは私に任せて~スタン~」

 

 他の班にいた戦術人形のRFBがなにかを彼に言おうとすると彼は彼女のRFBを奪い天井を撃った。

 すると上から叫び声が聞こえ吹き抜けに人が落ちてきた。

 RFBの7.62ミリNATO弾ならばこの程度の家の天井ぐらいは余裕でぶち抜ける。

 戦術人形は人間以上の火器管制システムを内蔵しているので誤射の可能性が低く多くの法執行機関では人形に敢えて貫通力や威力の高い弾を用意させる運用をするところもありDEAもそういった機関の一つだった。

 

「ありがと」

 

 そっけなく言うと他の誰よりも先に落ちてきてうめき声を上げる男を踏みつけ螺旋階段を駆け抜ける。

 2階に上がると数人の構成員が撃とうとしたがその前に射殺する。

 2階の廊下を見れば奥の部屋に数人の男が慌てて逃げ込むのが見えた。

 スタンは男を追って逃げ込んだ部屋へと向かいゆっくり静かにドアを開けた。

 

「いやよ!放して!」

 

「騒ぐな!お前は大人しく俺達に従ってればいいんだ!このクソビッチが!

 ボスのお気に入りだからいるだけで所詮は機械じゃねえか!」

 

 薄暗い部屋の奥からは何か男と女が騒ぐ声が聞こえるが暗く、カーテンや家具でよく見えない。

 ゆっくりと奥に進むと窓からの月明かりに照らされて人影が見えた。

 

「動くな!武器を捨てろ!」

 

 左手でフラッシュライトを取り出して拳銃を構えて照らす。

 一瞬、男が拳銃のようなものを持っているのを確認すると次の瞬間、スタンは容赦なく発砲した。

 

「ガハ!」

 

「ブフ!」

 

 女の両側にいた二人の男を一瞬で無力化した。

 そしてゆっくり、警戒しながら女の方へと近づいた。

 

「動くな、武器を捨てろ、両手を上げろ」

 

「誰?助けに来た白馬の王子様じゃないのはわかるわよ?

 どこの組?もうあんた達クズ共に振り回されるのは御免よ。

 さっさと撃ってこのゴミみたいな人形人生終わらせて頂戴」

 

 そこにいたのはグラマラスな体型の女だった。

 




・ジョン・バケット
テキサスレンジャーから派遣された捜査官。テキサス州出身
テキサス訛りの英語を話す50過ぎの田舎者。
その割にはかなり元気で射撃の腕は一流、馬術も得意。
愛銃は珍しくFN Five-seveNで相棒も57。
見た目はウディ・ハレルソン


麻薬カルテルってバカにできないんすよね(下手な軍より充実した装備で暴れてるラテンアメリカの麻薬カルテル見ながら)


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第72話:女の秘密

これやったら崩壊液設定やって次の章やろうかな


「弱いものは赦すことができません。赦しとは強いものの性質なのです。」

  ――マハトマ・ガンジー

 

 

 

 

 

 

「動くな、武器を捨てろ、両手を上げろ」

 

「誰?助けに来た白馬の王子様じゃないのはわかるわよ?

 どこの組?もうあんた達クズ共に振り回されるのは御免よ。

 さっさと撃ってこのゴミみたいな人形人生終わらせて頂戴」

 

 女にライトを向けながらスタンはゆっくりと近づく。

 女は遠目からでもわかるほどグラマラスな体型だったがどこか達観したような口調で喋る。

 口調は流暢なアナウンサーが喋るような英語で彼の警戒心を益々強くした。

 

「DEAだ。武器を捨てて両手を上げろ」

 

「前にそう言って来た奴がいたわよ。そいつにここに攫われたのよ。

 もう二度とそんな手には乗らないわよ!」

 

 スタンの手が彼女の肩に触れようとしたその時、彼女は彼の手を払うとスタンの腹に鋭いストレートを打ち込んだ。

 スタンは怯み倒れかけるがお返しに頭突きを彼女に見舞った。

 だが彼女は怯むことはなかった。むしろスタンのほうが鼻の骨が折れたような音がし鼻血を流す。

 

「何だこの石頭!」

 

「人形舐めないで!放しなさい!」

 

 スタンは鼻血を流しながら逃げようとする女を必死で捕まえていた。

 するとそこへ騒ぎに気がついた仲間がやって来た。

 

「スタン!そっちはどう!」

 

「このバカを拘束しろ!」

 

「了解!」

 

 やって来たRFBが加勢して女を二人がかりで無理矢理組み伏せた。

 RFBが女の両手を手錠で拘束してスタンはその間に少し離れて左手で鼻血を拭いながら拳銃を向ける。

 

「ふう、あんまり暴れるとDOT食らうよ~」

 

「一体何様のつもりよ!」

 

 手錠をされてもなお暴れる彼女に二人が呆れていると窓の方から大きな音がした。

 拳銃を向けると大きな人影が現れ、更に外からは罵声も聞こえた。

 

「逃げるな!観念しろ!」

 

「誰がお前らなんかに捕まるか!」

 

 外で銃撃のマズルブラッシュが見えた。

 そして窓が開けられそこにいたのはDEAが追っていたボスだった。

 

「動くな!DEAだ!」

 

 スタンは咄嗟に銃を向ける。

 ボスは一瞬驚くが床に女が両手を手錠で繋がれて組み伏せられているのを見ると表情が変わった。

 

「俺の人形に手を出しやがって!」

 

 容赦なく撃ち始めた。

 スタンはすぐにハンドサインでRFBに女を任せて撤退させ撃ちながら後退りする。

 そして物陰に隠れた。

 

「クソ、なんであのサノバビッチがあの女見たら怒り狂ってるんだ」

 

「そりゃあ、あのイ○ポ野郎は私にお熱なのよ」

 

「言葉使い考えないとBANされるよ?」

 

 物陰の中でスタンが愚痴ると女も愚痴った。

 その間にもボスは持っていた拳銃を撃ちまくり弾けた破片が散乱していた。

 

「あんた達、本当にDEA?」

 

「そうだ!今更なんだよ!」

 

 突然女が聞いたのでスタンも苛立つ。

 

「ならあのクソ野郎は任せて」

 

「任せられるか!RFB!こいつを見張ってろ!」

 

「あら、私意外と強いのよ?」

 

 そう言うと彼女はいつの間にか引き千切った手錠をRFBに渡した。

 RFBもスタンも驚いた。

 

「Wow!」

 

「あんた一体何者だ?」

 

「何者?私はイサカ、戦術人形よ。

 元の所有者殺されてあのデブの女にさせられてたのよ。

 ようやく、自由になれるのね」

 

「こんな状況で名乗るとか脳味噌ヤクで逝ってるんじゃないか?」

 

「だよね、スタン。私もそう思う」

 

 RFBとスタンはイサカの名乗りに互いに顔を見合わせてキチガイなんじゃないかという。

 二人共仕事柄ヤクで頭のイカれた奴らは毎日飽きるほど見ている。

 それなんじゃないかと思っているとイサカはスタンに近づくと持っていた拳銃に手をかけた。

 

「私はイカれてなんか無いわよ。

 拳銃借りるわよ」

 

「お、おい待て!」

 

 イサカはスタンの手からサッと拳銃を抜いた。

 あまりの手際の良さにスタンも呆然とするとそのまま物陰から出てボスの前に立ちはだかった。

 

「はーい、ハニー」

 

「おお、イサカ無事だ…」

 

 次の瞬間銃声が響いた。

 

「悪魔とシャブでもやってなさい、ホモ野郎」

 

 イサカは眉間をぶち抜かれた男の死体を見下ろした。

 静かになったのでスタンがそっと顔を出した。

 

「おい、殺すなよ?」

 

「もう遅いわよ。あの世に行っちゃったわ」

 

「…」

 

「スタン…やったね24時間ゲームし放題だよ」

 

 イサカの返事にスタンは呆然とする。

 被疑者に銃を奪われてそのまま犯罪者とはいえ別の男を殺したのだから普通なら即日クビだ。

 DEAから放逐されるという恐ろしい可能性に茫然自失となった。

 

 

 

 

 

 数日後、DEAロサンゼルス支局の一室にスタンは呼ばれた。

 数日前の件でスタンは即日謹慎処分として勤務を外されていた。

 そしてスタンは数日家に籠もっていたがこの日、上司に呼ばれたのだ。

 スタンが連れてこられたのはDEAのロサンゼルス市局長室でありオフィスの後ろはガラス張りで前のテーブルにはいろいろなメモやら書類やらが置かれデジタル化とは一体何だったのかレベルでグチャグチャだった。

 

「相変わらずゴミ箱みたいな部屋だな」

 

 無精髭を生やして寝癖がついたままのスタンは部屋の中を見回してボソリとつぶやく。

 なお彼の部屋もこのような「ゴミ箱のような部屋」だと申し添えておく。

 するとそのゴミ箱のような部屋のガラス張りのドアが開く音がして振り返った。

 

「スタン、待たせたな」

 

「ジョー、お手やらわかに頼むよ」

 

 入ってきたのは中年の男、支局長ジョー・トムソンだった。

 彼は何やら書類を抱えて慌ただしく入ってくるとその書類を別の書類の山の上に叩きつけるとオフィスのテーブルの向こうのゲーミングチェアに座った。

 

「さてと、待ったかな?」

 

「そうでもないさ。相変わらずゴミ箱みたいな部屋だと思ってた」

 

 スタンが返す。するとタイミングよくさっき書類を叩きつけた山が崩れた。

 

「後一週間は頭を冷やす時間が必要だな」

 

「それだけありゃこの部屋を掃除できる」

 

「お前の部屋も似たような感じじゃないか」

 

 二人共軽口を言い合う。

 上司と部下という関係だが関係は良好だった。

 

「さてと、本題に入ろう。

 数日前の摘発で我々はエチェベリファミリーを摘発したがボスのルイス・エチェベリの逮捕には失敗、それどころか被疑者に銃を奪われてその銃で殺された、何か申し開きは?」

 

「特に無い。首にするならさっさとしてくれ。

 13時から散髪なんだ」

 

 処分される原因となった不祥事について読み上げる。

 形式的な物でありさっさと終わらせようとするが彼が続けた言葉は全く違った。

 

「そうだな、ならさっさと済ませよう。

 DEA捜査官ゲイリー・スタンフィールド、君を本日から2ヶ月の謹慎処分とする。

 以上」

 

「は?おいおい、冗談か?首じゃないのか?」

 

 処分は「二ヶ月の謹慎」。明らかに軽すぎるのだ。

 驚き目を見開いてトムソンを見る。

 

「首が良かったのか?珍しいな。」

 

「違う違う、一体どういう風の吹き回しだ。普通首じゃないのか?」

 

 詳しい事情を尋ねるとトムソンが上の意向を語る。

 

「普通なら首だ。だがお前は別だ、スタン。

 お前はロサンゼルス支局内だけじゃなく全米でも指折りの優秀な捜査官だ。

 IQテストの点数知ってるか?」

 

「123だろ?所詮はただの数字じゃないか」

 

「まあそうだが上はお前を飼い殺しにしたいんだよ。

 お前は社会不適合者だが同時に最も優秀な奴だ。

 優秀な猛犬は野に放つより番犬として飼いならすほうがいい」

 

 スタンという問題児だが有能な捜査官を野に放ちDEAの内部情報を不用意に他の犯罪組織に渡るような事になりかねない状態にするよりも上層部は増えつつある麻薬関連犯罪に対処するためにもスタンをDEAに閉じ込めようとしたのだ。

 国家の安全に置いては時に規程や法が無視される好例ともいえることだ。

 そんな事情に知ったこっちゃないとスタンは悪態をつく。

 

「俺はその猛犬か?」

 

「ああ。それで上はこれでお前の首にリードを付けた。

 次はリードを握りコントロールできる奴が必要だ」

 

「お前がその飼い主だろ?」

 

「俺は男のケツを見る趣味はないさ。

 お前だって男とSMプレイをしたいのか?そういう奴だったのか?」

 

 トムソンは笑った。

 スタンという有能な問題児を直接管理できる奴が必要だがトムソンはゴメンだ。

 

「違うな。それで、その飼い主とやらは決まったのか?

 下手な奴を合わせるならそいつごとお前の息子を噛みちぎるぞ」

 

「大丈夫さ、新入りのいいヤツを見つけた。

 入ってきてくれ」

 

 トムソンが呼ぶとスーツ姿の一人の女性が入ってきた。

 その顔や体型には見覚えがあった。

 

「ハーイ、久しぶりね。」

 

「紹介しよう、この度DEAロサンゼルス支局に配属された戦術人形のイサカM37捜査官だ。

 これからは君と一緒に行動してもらう。」

 

「…ジョー、なんで俺が5日前に逮捕した女がいるんだ?」

 

 それは数日前に彼が逮捕したはずの人物、イサカM37だった。

 普通なら逮捕した人間をDEAに入れるなどありえないことだ、一体全体何が起きたかトムソンに聞いた。

 

「その件だが、彼女は麻薬組織に関する極めて重大な情報を多数持っていた。

 そのため口封じのため襲われる可能性があった。

 だが知ってるだろ?まだ証人保護プログラムは人形には適応されない。

 適応されるのはあと2つの州の議会が修正案を可決するまでだ」

 

 戦術人形の彼女には証人保護プログラムは()()適応されないのだ。

 証人保護プログラムは重大な組織犯罪などで証言を行う者が報復を受けないように政府によって保護されるシステムである、適応されるには現在連邦議会での採決が終わり、各州で採決が行われている憲法修正第30条の可決が全ての州の3/4が可決しないと効力持たずまだそれだけの州が可決していなかった。

 そのためまだ彼女には適応できないのだ、だが一方で彼女は各種の麻薬組織やマフィアの犯罪に関する多数の情報を有しておりDEAやFBIなど関連犯罪を捜査している捜査機関にとってはその情報は喉から手が出るほど欲しいのだ。

 

「それで、証人保護プログラムを使えないならいっそのことDEAの備品にしてしまえってことか?」

 

「そういうことだ。

 君の任務はそのレディを奴ら全員をムショにぶち込むまで守ることだ、いいね?」

 

「分かったよ、それじゃあ2ヶ月どうするんだ?」

 

「君のアパートで匿ってくれ」

 

「は?」

 

 トムソンの言葉に聞き返すが彼は一切を無視して返事を待たずに続けた。

 

「君は同じ年の捜査官よりも給料をもらってるだろ?

 女一人ぐらい居候しても問題ないだろ?

 それに君のそのゴミ箱みたいな部屋をどうにかするチャンスじゃないか。

 話は以上だ、さあ帰ってくれ」

 

 反論する隙きを与えずトムソンはオフィスから二人を追い出した。

 

 

 

 

 

「あのクソ上司」

 

「あら、いい上司じゃない。

 そんなに嫌なの?」

 

「ああ嫌だとも、ましてやこんなクソみたいなヤクの売人の元締めの女と何かとな!」

 

 DEA支局から追い出されるようにスタンとイサカはロスの市内を歩きながらスタンは愚痴を言いまくっていた。

 

「そんな口調じゃ女の子にモテないわよ?」

 

「はん、ビッチなんかにモテても嬉しくないね。

 どうせこの先付き合いが長くなるんだ、先に言っておくが俺はお前みたいなヤクの売人とヤクをやってる連中は全員嫌いだ!」

 

 スタンが大声で叫んだ。

 周りの人間はカップルの痴話喧嘩だと思い誰も気にしないか遠巻きに見るだけだ。

 

「一体何があったのよ?」

 

「何があった?俺は3歳の時に実の両親は離婚した。

 実の親父は俺が5歳の時にヤク中で死んだ、俺はおふくろに引き取られて義理の父と6歳の時に出会った、その義理の父は国立公園警察の職員だった。

 だけどな、17の時、買い物に行った時、二人はヤク中の男が乱射した銃に撃たれて死んだ。

 俺はその時、撃った男の50フィート後ろにいた。

 それだけで言いたいことは分かるだろ?」

 

 半分キレ気味にスタンは自分の過去、なぜDEAで勤務して麻薬を憎んでいるかを簡潔明瞭に語った。

 幼い頃に実の両親は離婚、実の父親は薬物中毒で死亡、その後再婚した母も義父ともどもヤク中の男に殺された、DEAに入って薬物犯罪者を憎んで当然だ。

 その言葉を聞いてイサカはどこか安心した。

 

「そ、あなたも大変な目にあったのね。

 私も似たようなものよ?4年前に製造されて、最初のオーナーはヤクの売人でヤクをパクったから上に消されてそれを目撃した私は捕まって拷問されて強姦されて、あのマカロニ野郎に気に入られて愛人にさせられて、私の目の前で何人も殺して一体何人にドラッグを売っていたか。

 逃げようとするたびに捕らえられて、犯されて、真っ暗な部屋に一週間閉じ込められたこともあったわ。

 でも残念ながら人形だから普通の人なら発狂する状態になっても正気を保ってしまったのよ。

 お互い被害者なのは一緒よね?」

 

 彼女も彼女で常人ならとっくの昔に発狂するような出来事に遭遇していた。

 そのすさまじい体験にスタンは閉口した。

 

「そうなるわね。私はどっちが酷い目にあったかなんて不毛な事で張り合うつもりは無いわよ。」

 

「…そうだな。さっきはすまなかった」

 

「別にいいわよ、これから仲良くやりましょ?」

 

「そうだな、否が応でも付き合いは長くなる。」

 

 仲直りすると二人はまた歩き始めた。

 この先、十年来の付き合いになるとはまだ誰も予想はしてなかった。




・ジョー・トムソン
麻薬取締局(DEA)ロサンゼル支局長(2048年)
部屋が汚い


イサカの過去が中々のガチで過酷な奴
偶々制度上のギャップの隙間に落ちてしまったのでDEA所属というアレ


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第73話:崩壊液

崩壊液のお話。


「遺跡からが多くの情報らしきものを確認したがその発掘や解析を行うには王立海軍の全ての艦艇をドレッドノートにする程の資金と資源が必要であり現状投資はすべきであるが優先度は極めて低い」

  ――ジャック・メイベリー教授(1907年大英帝国内閣府向け報告書にて)

 

 

 

 

「遺跡から発掘された技術の多くはあまりにも高度でありこれらの0.01%を解析し実用化するには最低でも20年の時間と世界の技術を根底からひっくり返す発明が必要である。

 現状、危険度も高いこのような技術に人員や資源を投ずるべきではなく現在開発中の兵器計画などに集中すべきである。」

  ――ハインリヒ・ルスト博士(1943年5月26日ドイツ軍需大臣アルベルト・シュペーア宛公式極秘書簡より。この後ナチスドイツは一切の遺跡研究を取りやめ封印、資源や人員をV兵器や新型兵器開発に集中する)

 

 

 

 

「遺跡研究は我が偉大なる祖国に多大なる恩恵を与えたと言えるのか?

 答えはニェットだ。あれだけの投資をしておいて結局残ったのはなんだ?

 あの出来損ないの兵器と数え切れないほどの有能な人材の損失だけだ。

 ある程度の無害化研究は進んだと言えるがそれだけだ。

 我々は毎年それだけでソ連国民全員にパンを毎日与えられるだけの予算と24時間ダンスパーティーができるエネルギーを投じて結果はこのザマだ。

 遺跡研究は祖国を滅ぼす原因の一つとなった。」

  ――アレクサンドル・ニコラエヴィチ・ヤコブレフ(1991年大統領評議会の席上にて)

 

 

 

 

「遺跡とはパンドラの箱、というよりもむしろ貧乏神に近い存在であった。

 なぜなら莫大な予算とエネルギーを必要とする割に出てくるものは大概高度すぎて理解できないか数十年かけて自分達で開発した技術ばかりだからだ。

 その上極めて危険ということもありどの国も開発研究には積極的ではなかった。

 何せ使い方もわからない」

  ――フィリッポ・マンテガッツァ(初代国際崩壊液管理委員会委員長ギリシャの物理学者。2040年)

 

 

 

 

 崩壊液というもの、正確に言うならばそれを含めた遺跡などが見つかったのは実に1905年のことであった。

 2063年現在もう160年近い歴史があるという事になる。

 現在ではある程度研究も進み崩壊液の持つ膨大なエネルギーは恒星間航行やワープなどを実現しうる存在と見なされている。

 だが当時の列強はそれに対して大した関心を払わなかった。

 

 

 

 なぜか?一つは中の遺跡の技術があまりにも高度すぎて理解できなかったことがある。

 もう一つ、というかこちらの方が大きな要因であるが「よくわからないものに莫大な予算と資源を注ぎ込むなんてバカな事をしたくない」という理由だ。

 

 それは当時の世界情勢が関わっていた。

 というのも1905年というのはその年に日露戦争が終わり極東に新たな列強が登場、各国は世界各地で植民地開発に邁進、翌年にはイギリスで世界のパワーバランスを一気に変える新型戦艦ドレッドノートが就役している。

 さらに最初に発見されたロシアは丁度日露戦争でツァーリご自慢の艦隊が文字通り消滅し、国内ではポチョムキン号の反乱や血の日曜日事件が発生、いわゆるロシア第一革命の勃発である。

 ロシアの財務事情は敗戦と革命によって急激に悪化、国民には重税がのしかかり各地でデモやストや騒乱が発生、政府要人の暗殺も横行し左派政党の暗殺者によって1902年には内務大臣のシピャーギンが、1904年には後任の内務大臣プレーヴェ、同じ年にはフィンランド総督ボブリコフが暗殺、総督・知事・市長だけで8人も暗殺されている。

 最終的に情勢が安定するのは1907年のストルイピンによるクーデタによってだがそれでも彼らには資金力も資源も無かった。

 それよりも先に崩壊しつつある帝国の軍と国内情勢の立て直しが優先された。

 ちなみにその後も革命勢力の活動は続き1911年にはストルイピン自身が皇帝の前で暗殺されている。

 世界中殆どの国はこのような海の物とも山の物ともつかぬ代物に金を注ぎ込むならむしろドレッドノートに匹敵する戦艦の建造計画や植民地開発に資源と予算を注ぎ込みたいのだ。

 結果、遺跡研究は第一次世界大戦後までは全くと言っていいほど進まなかった。

 

 

 

 

 では第一次世界大戦後、研究が進んだのか?と言われればそれも違う。

 どうしてか?まずドイツやフランス、ロシア、イタリアなどはというと戦争の戦火の爪痕からの回復や争乱で手一杯でそんな物にかまっている暇などない。

 それ以外の新興独立国の大半は調査や研究が行えるほどの技術力もなかった。

 次にイギリス、この国もまた戦争後の経済の混乱や損害に実際に戦場になった国ほどとはいえ被っていた。

 また同時にインドでは独立運動が盛んとなるなど頭を抱える事案も多く実際に研究が進むのは1920年代も半ばになってからだ。

 アメリカ日本はというと日本はそもそも資金力がないので研究すら覚束ないし中国の騒乱に首を突っ込んでいてそれどころではない。

 アメリカは資金力もあり研究が進んだがそれでもやはり「まったくもって理解不能」(当時の研究に携わった物理学者)というほどであった。

 またこの頃中国でいくつかの遺跡が発見されているのだが色々あって中国での研究は21世紀に入るまで殆ど進んでいなかった、詳細は後述するが。

 一方で崩壊液の発見やその危険性の発見もこの時期であり最終的に世界大恐慌の余波や欧州情勢の激化に伴いフランス・イタリアでは1936年に、イギリスは1938年に打ち切り、アメリカもマンハッタン計画と機材や人員が被るため1940年には研究を停止、1941年頃まで研究を進めたのはせいぜいソ連とドイツだけであった。

 遺跡研究の大半は殆どが大戦直前には打ち切られていたのだ。

 

 

 

 

 ところで、第2次世界大戦中研究を行っていたドイツとソ連はどうだったか?

 まずドイツだったがチェコスロバキアの地下遺跡調査の際に大規模なELIDバイオハザード事故を1942年に起こしてしまった。

 その被害は甚大であり研究を管轄していたSSは最終的に全ての遺跡に通ずる坑道を無理矢理閉じると坑道内部に陸軍が要塞破壊に使用する特殊ガス兵器を使用して無理矢理内部を滅却することで被害の拡大を防いだのだがこの事故で少なくとも500人以上が死亡しており当時の価格で「略奪したユダヤ人資産の1/3がまるごと消し飛ぶほどの額」の経済的損失を被っていた。

 あまりにも危険で同時にその割に利益の少ないこの研究に関する疑問もあり1943年には資源と人員の集中のため完全に停止され全ての遺跡が先の事故対処の時と同じ様に滅却された上で坑道を爆破処理して封印した。

 

 一方ソ連だがこちらもそれなりに研究が進んだが大祖国戦争開戦後はそれどころではなく殆ど停止状態になり再開したのは結局戦後8年もたった1953年のことだった。

 ここまで遅れたのは一つがソ連の甚大な経済的損失、次に原子爆弾開発への注力、最後にヴェノナ計画で判明した西側の遺跡研究の程度であった。

 これらの理由から最終的に水爆開発が一段落するまでは殆ど停止状態になったのだ。

 

 

 

 そして冷戦時代、遺跡研究はかなり進んだ。

 冷戦期東西両陣営は互いに追いつき追い越せとばかりに莫大な予算と資源を集中、特に西側は核兵器開発が一段落し、ベトナム戦争も終わった1970年代から80年代にかけてかなりの研究を行っていた。

 特にコンピューターの開発と理論物理学の進化は大きな助けとなった。

 ソ連では崩壊液兵器バラクーダの開発とオガスの開発に成功してソ連の極秘の切り札として用意された。

 だが一方で東西両陣営で問題となったのはELIDへの対処、不治の病であり非常に危険でゾンビとなるこの病気の解決策がなければ誰も研究を進めたがらなかった。

 結果として東西両陣営共に崩壊液無力化研究のほうが1980年代以降は重視された。

 だが一方でこの研究には「原子爆弾開発が可愛く見える」程度の資金が「毎年」必要であった。

 西側は各国が資金と研究者を出し合い共同研究をすることで資金と人員を用意できたがソ連は自国一カ国負担であった。

 その経費は70年代以降、ソ連の財務状況悪化、経済の低迷などの悪影響をソ連に齎した。

 結果、ソ連は91年に崩壊するがその原因の一つとなった財務状況の壊滅的悪化の原因となったのだ。

 

 

 

 80年代、崩壊液無力化研究、というより崩壊液のコントロールに関する研究はそれなりに進み東側では科学薬品を使用した無害化が、西側では遺伝子工学を利用した崩壊液に耐えられる生物の実験が行われていた。

 皮肉なことに、崩壊液研究で非人道的研究を繰り返していたり多数の人員の損失を被っていたソ連は「崩壊液を科学的に無害化する」という方向に舵を切った一方、西側は「生物学的に崩壊液に耐性を持つ生き物を作る」という倫理観のかけらも無い方向に進んだのだ。

 そして西側は冷戦終結後、耐性を持つマウスを遺伝子組み換えで作り出したがこの時点で凄まじい額を投じていた事と冷戦終結後のこういった研究等の予算削減の煽りや東側の科学的無害化研究の情報によりそちらへの方針転換で打ち切られた。

 

 

 

 さて、中国はどうしていたか?

 最初の遺跡が発見されたのは1910年代後半なのだがこの時期中国は辛亥革命に端を発する動乱の真っ最中であり大規模な研究調査など出来やしなかった。

 続いて1920年代に比較的情勢が安定していた上海周辺でも発見されるが直後、満州事変、更に第一次上海事変が発生。

 そのまま中国情勢は悪化の一途をたどり最終的に1937年の日中戦争勃発へと至りそのまま多くの遺跡は戦争と終結後の国共内戦、中華人民共和国成立前後のゴタゴタと文化大革命の混乱、冷戦期を通しての中国の近代化の中で忘れ去られていった。

 これらの遺跡が再発見されるのは実に21世紀に入ってから、中国はこの分野では殆ど何の基礎研究も行っていなかったため研究にはロシアやアメリカなどが参加し研究が進んだが10年代後半の米中対立の中でアメリカは離脱、コロナによる中国経済低迷や世界中での対中感情の悪化に伴う外交関係悪化などより危険な要素が次々と発生したため20年代半ばにはまた殆ど停止状態になった。

 その中で白蘭島事件が起こり、中国は危険性の排除だけでなく他国の研究情報の入手や制限も目論んで崩壊液管理条約制定に動いた。

 

 

 

 さて、2030年の崩壊液管理条約通称上海条約はこの崩壊液研究開発の大きな転換点となった。

 この条約で今まで明文化されていなかった研究開発の優先度合いや統一された安全管理規則や設備が決まり世界中全ての研究機関が新たに設立された国際崩壊液管理委員会通称I3C傘下となった。

 

 I3Cはジュネーブに本部を持つ国際機関であり組織としてはWHOなどと殆ど同じだが委員長をトップとして各国代表が集まる委員総会、その参加に安全管理を行う部門や研究施設を管理する部門、研究施設などが存在する組織構造であった。

 基本的な仕事は全ての遺跡・崩壊液研究・崩壊液の管理、安全規則等の設置、安全性監査、統一した規則の制定などである。

 初代理事長はギリシャ人物理学者フィリッポ・マンテガッツァであった。

 

 崩壊液や遺跡の研究は国連が直接管理するという極めて特殊な形態となったのだ。

 そして崩壊液中和剤の開発成功に伴い崩壊液の実際の利用という方向に研究は進んだ。

 

 なぜ中和剤開発までその方向に研究を進めなかったのか?

 それは安全第一という鉄則によるものだった。

 崩壊液は原子力以上に周囲への危険があるのでそれに対する抜本的対処が出来なければ実際に使えなかったのだ。

 

 

 では、その実際の利用研究はどのような物があるかというと最初に検討されたのは発電であった。

 崩壊液は物質を崩壊させる、その時の崩壊熱は同じ崩壊熱を利用して発電する原子力発電よりもさらに強力なものだ、何せ形が違うとは言え実質的には核融合に近い。

 そこでこの膨大なエネルギーを取り出して、発電に使えないか?と彼らは考えたのだ。

 この研究は主にアメリカで行われ2045年にはネバダ州でエネルギー省管理のネバダ核実験場に最初の実験型崩壊液発電所が建設開始、5年後には実際に試験的な発電に成功している。

 その後もこのネバダの実験炉を使用して実証実験が続けられ、2055年には遅れてロシアもロシア最北部の都市ノリリスク郊外の閉山したニッケル鉱山を利用して実験炉が建設された。

 これらの実験炉のデータやノウハウから2061年、遂に初の実用型崩壊液発電所の建設計画がユタ州で立案されている。

 

 次に計画されたのが「極めて高いエネルギーを必要とする研究」であった。

 つまるところ、ワープ航法やワームホールである。

 これらを行う計画、即ちシュヴァルツシルト計画とバルカン計画が誕生したのは実に2050年の事、前者は主にエネルギー省と国防総省が中心となって行っているワームホール計画、後者はNASAが中心となって行っているワープ航法の計画である。

 この崩壊液発電に関してはある程度皆想像できることだったのだがこの2つとなるとどちらも最近までまさにSFの世界の話であり世界中から集められた物理学者による極めて慎重な計算と実験が繰り返された。

 本命とされたのはシュワルツシルト計画であった。

 

 何故か?後者の計画の問題は「そもそも宇宙空間までどうやって持っていきゃええねん…てか宇宙に持ってくだけでもエラい額かかるじゃねえか…月面開発進んで次火星なのに…」というNASAの資金不足であった。

 ぶっちゃけNASAがやる気なかったのである。

 政府の方も立ち上げた後で「流石に同時に2個やるのは無茶じゃね?」ということに気がついたようで後者の研究はまだ基礎研究段階をダラダラと続けていた。

 

 そしてシュワルツシルト計画は2062年、遂に成功した。

 それはまさに人類が宇宙へ行き、月面を歩いたのに匹敵する人類の輝かしき成功であった。

 

 

 開いた先が地獄だったという点以外は。




(ざっと分かる崩壊液研究の歴史)
1905年
ロシア「革命騒ぎと戦争で遺跡どころじゃねえ」
英国「ドレッドノート作るぜぇえええええ!!!」
ドイツ「英国に匹敵する大艦隊作るぜぇえええええ!!!」
フランス「植民地で手一杯ンゴ」
アメリカ「遺跡?なにそれ食えるの?とりあえずフィリピンとチャイナどうにかしてからでいい?」

1925年
ロシア「革命と内戦で遺跡どころじゃねえ」
英国・フランス・イタリア・ドイツ他「戦争でムリポ」
アメリカ「なんかよーわからんが100万ドルポン☆って出すぜ!!」
日本「遺跡金かかりすぎだろ…こんなん無理や…」
中国(爆発中)

1945年
ソ連「大祖国戦争で遺跡どころじゃねえ」
英国・フランス・イタリア他「戦争でムリポ」
アメリカ「色々ヤバいってことが分かったからとりあえず追加で100億ドルポン☆って出すぜ」
ドイツ「やらかして全部消した」
日本「東京が灰になった」
中国(炎上中)

1965年
ソ連「とりあえず100億ルーブル出すぞ」
英国(ry「単独じゃムリポ」
アメリカ「とりあえず追加で100億ドルみんなでポン☆って出そうぜ」
中国「遺跡?なにそれ食えるの?反革命的?」

1985年
ソ連(家計大炎上)
アメリカ「やべえなこれ無力化研究やっとるがコスパ悪すぎだろ」
中国「遺跡?なにそれ食えるの?」

1995年
ロシア「ソ連崩壊で遺跡どころじゃねえ」
アメリカ「ソ連の研究すげえなこっちに方針転換な」
中国「これ遺跡?おもろそうやな」

2025年
中国(国際関係で炎上)

2035年
I3C「で、俺が生まれたってわけ」


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第六部:Deus vult(神がそれを望まれる)
第74話


新シーズン
ざっくり説明するとパラデウスが除染作業の妨害をしてテロリスト認定受けてフルボッコにされて全員グアンタナモでCIAのおじさんとOHANASHIする話です(酷い)

裏テーマはテロと宗教


「さる先日、スモレンスクでシャリーアの国の勇者を殺したものを死刑とする。

 これはアッラーの意思である」

  ――アル・ハンジュル(カタールファトワー評議会議長。2063年2月のファトワー)

 

 

 

 

「もし神が悪を妨げる意思はあっても力が無いなら全能ではない。

 力はあるが意思が無いなら邪神である。力も意思もあるなら悪はどこから来るのだろう。

 力も意思もないなら、なぜ神と呼べるのだろう」

  ――エピクロス

 

 

 

 

「宗教のことを一般人は真実とみなしており、賢者は偽りとみなしており、支配者は便利とみなしている」

  ――エドワード・ギボン

 

 

 

 

 

 

 カタール空軍機撃墜事件から一ヶ月後の3月10日、国連軍司令部のあるS-09地区では雪が残る中で神々の怒り作戦から一周年を祝う記念式典が行われていた。

 綺麗に整列した軍楽隊と各国軍将兵、更にはグリフィンの人形や指揮官達が街の中心の広場で整列していた。

 一帯は緊張感が漂い装備と服装が整い一目で高い練度と規律正しさが見て取れる軍に対して、グリフィンはバラバラの服装で背格好もバラバラ、練度や規律の乱れが見て取れた。

 一方、彼らの前には演台が作られそこにはグッドイナフら国連軍の幹部たち、クルーガーやハーヴェルなどのグリフィン・IOP等の関係者、正規軍幹部が居並んでいた。

 

『受閲部隊、分列行進開始』

 

 アナウンスが響くと軍楽隊が勇壮な軍歌を演奏し始めた。

 それを皮切りに国連軍旗と参加各国軍旗を持った兵士が鼓笛隊と共に行進し始めた。

 それに演台の将官たちは一斉に敬礼を向けた。

 行進は見るからに高い練度を見せつける装備の整った国連軍とバラバラ感の否めないグリフィンの非対称な光景となった。

 

 

 

 

 一方全く同じ時刻、S地区では動きがあった。

 FBI、DBI、DEA、ATF、更には軍の一部部隊がお祝いムードの各町の通りを抜けてある建物の前に集まっていた。

 FBIと背中に黄色い文字で書かれたジャンパーを着た男がその建物のドアをノックした。

 するとドアの奥から声が聞こえた。

 

「はいはい、今行きます。」

 

 ドアが開けられて一人の老人が現れるとFBIの男が一枚の書類を突きつけた。

 

「何でございましょうか?」

 

「FBIだ。崩壊液管理法、薬物管理法、組織犯罪規制法、銃器の不法所持、3件の暴行、2件の第一級殺人の容疑で家宅捜索を行う。

 かかれ!」

 

 捜査官が突きつけたのは裁判所から出された家宅捜索許可証であった。

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情をする老人を押しのけて防護服姿の兵士達が入って来た。

 

「一体何なんですか、我々はただの教会で…」

 

 慌てる老人だが兵士や捜査官は一切を無視する。

 そこへ遮るように先に入った兵士が報告した

 

「反応あり、チャーリー、活性状態です」

 

「了解、崩壊液管理法違反の容疑で現行犯逮捕する」

 

 兵士から崩壊液の反応を確認したと言われると即座にその老人の手に捜査官は手錠をかけた。

 続いて防護服を着て携帯式の水圧洗浄機のような物を持った兵士がやってくると建物内に噴霧し始める。

 これは崩壊液中和剤であった。

 彼らは建物中に中和剤をばら撒きながら建物中をひっくり返して捜索を開始した。

 

「キャー!!何するの!」

 

「FBIだ。家宅捜索だ」

 

「何も絶対に触るな!全員我々の指示に従ってもらう」

 

 他の人々もFBIは屋外に連れ出すと建物中をひっくり返していく。

 外に連れ出された人々は通りの反対側に集められて不安そうに建物を見ていた。

 屋内では捜索が続き屋根裏や地下室にまで捜索の手が伸びる。

 すると次々と色々なものが見つかってきた。

 

「見つけました!銃です!フルオートで発砲可能なAKです!」

 

 ある部屋からはフルオートで発砲可能な多数の銃が。

 これらの銃はアメリカでは規制対象だ。

 また別の部屋ではある捜査官がタンスを開けると中から袋詰された怪しい白い粉が見つかった。

 その粉を同僚の人形のUMP40が少し取って口に含んだ。

 

「うーん、これ多分ヘロインかなー」

 

「罪状追加だな」

 

 中身は薬物のヘロインだった。

 勿論2063年現在でもヘロインは規制薬物であり取締は続いているし押収量でも比較的多い方の薬物だ。

 見つかったものはそれだけでなかった。

 一階では隠し扉を発見し捜査官がその中を開けるとそこには怪しく緑色に光るアンプルが大量に置かれていた。

 

「チャーリーだ!」

 

 捜査官は即座に叫んだ。

 すぐに高圧洗浄機を持った兵士が捜査官と交代して隠し部屋内に中和剤を散布した。

 見つかったのは違法な薬物・銃器・崩壊液だけではなかった。

 2階ではある部屋に置かれていたパソコンの中の情報を確認した捜査官があるメッセージに気がついた。

 それは匿名性が高いメッセージソフトで比較的一般的な物だったが彼らはよく犯罪者がこういうソフトを使用して情報交換していることをよく知っている、何せFBIは組織犯罪相手が仕事だ。

 そのメッセージを確認しているとそこにはロシア語で恐ろしい記述があった。

 

「ジーザス・クライスト」

 

「狂ってる…こんなキチガイが我々の足元にいたとは…」

 

 その内容にベテランの捜査官ですら驚き、信じられないようだった。

 この日の摘発は国連軍内部では「オペレーション・フューリングフェスト(春祭)」と題されていた。

 春の幕開けは物騒な摘発からだった。

 

 

 

 

 

 

 数日後、司法省の記者会見室は大変な賑わいを見せていた。

 

「ラングドン長官!」

 

「例の件は事実なのですか!?」

 

「宗教弾圧を隠す体の良い隠れ蓑ではないのですか!?」

 

「フェイクなのでは!?」

 

「ラングドン長官!一言お願いします!」

 

 記者会見室に集まった記者たちはやって来たラングドンにものすごい量の質問を浴びせカメラのフラッシュを炊く。

 彼らが集まったのは今朝のニュースであった。

 この日の早朝、ロサンゼルの日刊紙ロサンゼルス・スター紙が朝刊で「国連軍が宗教団体を摘発!宗教団体が崩壊液の人体実験を実施!カタール空軍機撃墜にも関与か!」という一面記事を出したのだ。

 このニュースに世界中の報道機関はひっくり返って大騒ぎであった。

 特にロサンゼルスが地元のロサンゼルス・タイムズなどは格下のスター紙に記事を取られて逆襲を図ろうとしていた。

 

「落ち着いてください!」

 

 騒ぐ記者を秘書のSAT8が袖から制する。

 すると演台に立ったラングドンも続けて言う。

 

「そうだよ、うちの娘が言ってるじゃないか。」

 

「だから娘じゃありませんって!」

 

 ラングドンのジョークとSAT8のツッコミに会場はどっと笑いに包まれた。

 会場が静になるとラングドンは記者会見を始めた。

 

「えー、まあ細かい説明はいいだろう。

 今朝、ロサンゼルス・スター紙が報道したミューロックレイク特別行政区に存在した宗教団体が崩壊液の人体実験を行い、そしてカタール空軍機撃墜に関与した、という報道であるが、去る3月10日FBI、DEA、ATF、DBI、国連軍が合同で宗教団体パラデウスの関係施設24施設を家宅捜索したのは事実である。

 その際、崩壊液12トン他違法薬物3トン、違法な火器89丁が押収されこれらの容疑で関係者198名を拘束している。これらは適切な司法手続きの元実施されている。

 詳細については現在捜査中であるため、公表は差し控えたい。」

 

 ラングドンはユタ訛りの英語で慎重に言葉を選んで数日前の摘発を公表した。

 だが記者たちは皆それが全てだとは一ミリも思っていない。

 

「この摘発作戦のカタール空軍機撃墜との関連性は!?」

 

「詳細についてはコメントできない」

 

「テロ組織認定の見通しはありますか!?」

 

「現在検討中だ」

 

「鉄血の次はパラデウスと戦争ですか?」

 

「この先の見通しは不明だ」

 

「人体実験の報道は事実でしょうか!?」

 

「目下調査中だ。一体どこからそんなニュースが」

 

 記者たちの質問にラングドンは一つ一つ的確にそして政治家らしく言を濁しながら話していた。

 とかくその情報はありえないことばかりでありメディアも世論も大いに混乱していた。

 その真実を知るものは目下司法関係者と政治家と軍人だけだ。




・UMP40
DDで死んだのとは一切関係ない
FBIの人形。FBI用なので改造されて舌が内蔵式麻薬検知装置になってる。

人形なんだからこーいう高精度な機械を内蔵できたら便利だよね!って考えて積んでみた
実際デカイパソコンぐらいの大きさの機械が人形とセットで人間の舌ぐらいのサイズだったら便利だと思う。


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第75話

パラデウスに関する断片的情報から色々と積み上げた。


「リークは成功したな」

 

「ええ。協力ありがとう」

 

「いえ、伯爵の人脈とネットワークは我々の武器ですから」

 

 世界中がリークで大騒ぎになっていた頃、その震源ではこの案件の主任捜査官のマイケル・イングリッシュとキャラウェイは情報の分析に勤しんでいた。

 

「しかし、これだけの情報。

 まさに宝箱ですね」

 

「全くだ。あの異端達はどうやら宗教団体を傘に着ているからこのような自体になるとは思っても見なかったのだろうね。

 全く愚かなことだよ」

 

 二人の前には押収したパソコンから解析された情報が並べられていた。

 その情報はパラデウスが密かに崩壊液を買い漁りどこかに送っている情報や崩壊液除染作業の妨害を指示する命令書らしきもの、スモレンスクの一件に関する物、麻薬や銃器に関する物等等まさに宝箱だった。

 

「2月2日、我々を妨害する国連軍に打撃を与えよ。

 2月13日、スモレンスクで同志たちが成功した、これを狼煙としさらなる打撃を与えよう。

 2月28日、新たな一撃のため情報を集めよ、次はさらなる打撃を与え血を流させる。

 言い訳出来ないほど確実な証拠ですな」

 

「これを送ったのが恐らく一連のテロの首謀者だ。

 このWという人物が重要だ」

 

 メッセージは全て国連軍に対する攻撃を示唆するものばかり。

 パラデウスがこれらの攻撃を実行した証拠だ。

 そしてその首謀者というのはWというイニシャルの人物だ。

 

「しかし、これだけでは情報がなさすぎるぞ」

 

「確かに。奴らは崩壊液を神聖視しているカルトだから攻撃する動機はある。

 だがこれは…」

 

 キャラウェイは別に分けられていた資料に目を落とす。

 その資料こそ最も衝撃的な資料だった。

 

「崩壊液の人体実験、難民を集めて崩壊液を浴びせて…

 無茶苦茶だな」

 

「ああ。こんな事を考えるのはサイコパスだ。

 正気じゃない」

 

 資料の中には彼らが行っていた"人体実験"に関する資料が幾つかあった。

 その大半は断片的なもので最も有益と考えられたのは"被験者の集め方"と題された書類であった。

 その内容は特定の地域に難民を集めそこで崩壊液を浴びせてELID化させるという正気を疑う資料だった。

 当たり前だがこんな実験、キャラウェイやイングリッシュの常識ではありえない事だ。

 彼らの世界でも人体実験はあったがその大半は100年以上前のソ連やナチスによる物かあくまでマウスなどで安全性が確認され細心の注意を払って同意した人に対してのみである。

 しかし、この記述には少し気になる点があった、それをイングリッシュは指摘した。

 

「しかし気になるのはこの実験を行っている場所だ。

 難民を集めるならそれなりの土地が必要じゃないか?」

 

 一年もこちらの世界にいるとある程度社会情勢や安全保障情勢が分かるがその中でもELID対策は安全保障の喫緊の課題でどの国も最大限注意を払っている。

 その状況下で軍や政府に感知されずそのような実験が行える場所が必要だ。

 その上崩壊液のレベルが上昇しても対して気にも留めない場所でだ、そのような場所は限られる。

 

「そうだ、核はそこだ。一体どこにその土地があるかだ。

 難民を集められるだけ広くて、周りに人がいない土地だ。

 一方でこういった活動が可能レベルにまで崩壊液のレベルが低い土地。

 空軍に崩壊液のレベルが比較的低い地域をくまなく偵察させよう」

 

 二人はその場所を探し出すことこそ首謀者の特定の鍵だと考える。

 恐らく一連の陰謀の策源地はその実験場だ。

 

「お願いします。できればソ連政府にも」

 

「分かってる。上に進言しよう。

 FBIよりかはこちらのほうが通りがいい。

 それにソ連政府には私にもツテがある。」

 

 キャラウェイにイングリッシュは丁重にお願いした。

 それを彼は了承した。

 

 

 

 

 

 数日後、キャラウェイはある人物と会談していた。

 その人物はスキンヘッドで髭を生やした中年の男、壮年の英国紳士を体現したような空気を醸し出すキャラウェイとは対極のような男である。

 

「ミスターゼリンスキー、我々は連中が貴国又は貴国の勢力圏のどこかに潜んでいると考えている。

 また、パラデウスがこのような国家の安全を揺るがす行為を行っていた事どこまで把握していたのかね?

 率直に伺いたい、一応言っておくが返答次第によっては貴国をテロ支援国家と認定する事を理解してほしい。

 所詮我々は同じ職業だ、仕える相手が違うだけで、私は我らが国王陛下とユニオンジャックに、君が書記長殿と赤旗にね」

 

「その点は同意します、伯爵」

 

 その相手とはソ連の国家保安局局長のゼリンスキーだった。

 彼の伝手とはインテリジェンス組織同士の繋がりだ。

 

「同意していただけるのは結構ですな。」

 

「伯爵、ミスターゼリンスキー、紅茶です」

 

「ありがとう」

 

「では」

 

 そこへキャラウェイが個人保有している人形のEM-2が紅茶を持ってきて二人の間にカップを置くと立ち去った。

 キャラウェイはその紅茶を飲む。

 

「うーむ、やはり紅茶は高い物に限る。

 中国茶はラプサンスーチョンが限られるがキームンは比較的手に入りやすい。

 一口如何ですかな?貴方方の世界では絶滅した味ですよ?

 我々の世界では高くなってもそれなりに手に入りますがね」

 

「では頂きましょう」

 

「ところでだ、なぜ貴国はパラデウスの危険性を我々に伝えなかった?」

 

 ゼリンスキーが口をつけようとした瞬間、キャラウェイが問いかけた。

 これ程の事を行う集団の事を一切知らなかったわけがない、キャラウェイたちが掴んでいなかったカーター達の企みを伝えるぐらいだ、知らない方がおかしい。

 

「伝える義務はなかったはずだが」

 

「そうだ、義務はない。

 だが、なぜカーターの時は伝えてパラデウスは伝えなかった?

 それ以前にも我々は少なくとも去年の7月と9月、それに今年の1月にも崩壊液の密輸を行っていた組織に関する情報を要求していたがそれに関する返答は…」

 

 話を逸らそうとするゼリンスキーにさらに強く問い詰める。

 キャラウェイは彼らが何かを掴んでいる事を態度から見抜いた。

 

「それについては調査中であり安全保障にかかわる」

 

「本当かね?我々は独自調査で半年で掴んだ。

 独力でだ、貴国が何も知らないとはこれっぽっちも思っていない。

 我々を舐めないで貰えるかね?」

 

「それは…」

 

「大英帝国の末裔を舐めないで貰おう。

 今でこそ落日の帝国だ、だが、貴様ら共産主義者如きには負けない自信があるよ。

 さあ、答え給え、何処まで掴んでる?一体何を掴んだ?何者だ?」

 

 キャラウェイが冷酷な目で見つめる。

 するとゼリンスキーは右手を動かそうとする。

 

「ああ、君。その胸の中に仕込んでる銃の事はとっくの昔に見抜いているよ。

 それと、もしも少しでもおかしな動きをすれば射殺するよう部下の人形に命じてる。

 嘘だと思うなら、彼のティーカップを撃ちぬいてくれ」

 

 キャラウェイが言った直後、窓ガラスの一枚に小さな穴が開きテーブルの上にあったゼリンスキーのティーカップが割れた。

 そのように彼は平然と紅茶を飲んでいた。

 

「パーフェクトだ、リー。」

 

「伯爵、戻ったら上に報告します」

 

「知らぬな、私は。」

 

 ゼリンスキーは苦虫を潰したような顔でキャラウェイを睨む。

 彼はそれに素知らぬ顔だ。

 彼はしばらく考えると語り始めた。

 

「伯爵、いいでしょう。

 これは内密にお願いします。

 カーターの件は覚えているな?」

 

「ああ勿論。」

 

「その背後か不明だが少なくともカーターの反乱にパラデウスは関わっている可能性がある」

 

「なんだと?」

 

 カーターの一件にパラデウスの関与している疑いがあったという事実にキャラウェイは驚く。

 あのクーデター未遂に関与しているという情報は寝耳に水だ、そのような情報を彼らは入手していなかった。

 

「このパラデウスを率いているのはウィリアムという科学者で彼は崩壊液に関する研究を行っていた、だが、彼は所謂倫理観の欠片もない、それどころか国家にさえ害を成しかねないマッドサイエンティスト、それで学会から放逐、その後は独自で研究を行っていた。

 その研究の一つが、崩壊液に耐性を持つ人類の研究だ」

 

 ゼリンスキーの情報はパラデウスがなぜ崩壊液を集めているかという答えだった。

 マッドサイエンティストという連中はいつの時代も世間に大きな影響を与える。

 だが、このような間違った研究を進めるマッドサイエンティストはただのサイコパスだ。

 

「崩壊液に耐性を持つ人類?

 そんな研究、90年代には終わった研究だ。」

 

「90年代に終わった?」

 

「ああ、その手の生物学的に崩壊液に対処する考えは90年代に化学的な方向で対処しようとしたソ連の研究が西側に流れたことで完全に終わった。

 今では科学的対処が基本だよ。で、その気の狂ったような研究がどうしたと?」

 

「その研究の中で彼はパラデウスを起こした。

 そして宗教の名の下に人を集め、崩壊液を集め…というわけだ。

 しかも一部の人はサイボーグにされて兵器にされているという話さえある」

 

「本当かね?」

 

「ああ。かなり確度の高い情報だ。」

 

 あまりにも信じられない情報に彼は驚愕した。

 ここまで気の狂った集団だったとは、想定外だった。

 もはや早急に叩き潰さなくては国連軍だけでなくソ連にさえ害をなしかねない。

 

「奴らの策源地は?」

 

「…恐らく、エストニア」

 

「エストニア?」

 

「そうだ、明確な情報はない。

 だが、エストニア方面に妙に崩壊液濃度が増減する地帯がある。

 その周辺部なのは確かだ。それに…」

 

 エストニアと伝えると突然言を濁した。

 何か伝えるか迷っているようだ。

 

「それに?」

 

「エストニアにはパルディスキがある。」

 

「パルディスキ?タリンの西40キロにあるかつてのソ連海軍の潜水艦基地のあった街だな。

 それがどうしたのかね?」

 

 パルディスキはエストニアの首都、タリンの西40キロ付近にある港町でかつてはソ連海軍の潜水艦基地のあった軍港だった街だ。

 彼らの世界ではとうの昔になくなり今ではタリンに次ぐエストニアの貿易港、貿易額ならばバルト海沿岸地域でも下から数えた方が早いぐらいには小さな街だ。

 

「パルディスキにはカマスの中枢がある。

 カマスは制御装置だけ外された状態であそこに有るんだ。」

 

「成程な」

 

 カマス、かつてソ連が開発したが金がかかりすぎてソ連崩壊とともに打ち捨てられ今ではミンスクの博物館の目玉展示品とかしてるあの兵器がこの世界ではエストニアに配置されているのだ。

 しかも制御装置だったオガスだけが外されて。

 この情報でキャラウェイの脳内でカーターとパラデウス、ウィリアム、そして国連軍への攻撃が繋がった。

 するとゼリンスキーが尋ねた。

 

「それで、この情報をどうするつもりだ?」

 

「どうする?決まってるだろう。

 策源地さえわかればいい。後は、エストニア中を虱潰しに捜して、最後に叩き潰す。

 テロリストにはそれ相応の報いを、これが我々だ。

 だが、そのためにはそちらからその情報をちゃんとした書類で欲しい。」

 

 キャラウェイは堂々と言い切り、最後に一つお願いした。

 

「我々に益はあるのか?」

 

「我々が尋問で得たカーター派閥の情報を提供するのは?

 インテリジェンスはディールだろ?」

 

「なら、契約成立だな」

 

 二人は握手した。




・マイケル・イングリッシュ
FBI捜査官
カタール空軍機撃墜の担当捜査官

・EM-2
キャラウェイが個人保有している人形の一体

・リー・エンフィールド
キャラウェイが個人保有している人形の一体


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第76話

感想ください


ここ数週間でこの作品の出来事の斜め上をいく事が世界中で起きててめまいがしてくる


 さて、パラデウスが摘発され、さらにその二週間後の3月半ばにはリークされた情報が実際に行われていたと公表、時を同じくしてソ連政府も正式な発表を行ったその頃、ミンスクは比較的平穏であった。

 

 ミンスクという街はかつてはベラルーシの首都であった。

 今ではソ連領ベラルーシの中核を成す都市であり、同時に国連軍も大きな拠点を置く都市であった。

 スモレンスクの一件以降、国連軍は除染作業を行う航空戦力の大半をベラルーシに移転していた。

 その中でも最も大きな拠点がミンスクのミンスク国際空港でありミンスクだった。

 

 ドゥルーグ作戦司令部はソ連政府との協力の関係上元の基地からミンスク中心部のホテルを借り受け移転、新たに選任の指揮官として台湾空軍から派遣された王猛洋少将が派遣、参謀長としても航空自衛隊小沢慶彦一等空佐が任命され傘下には各国から派遣された空中給油機43機、運用人員700人以上を有する航空集団とソ連軍から派遣された空中給油機13機と200人の要員を統括する指揮系統が形作られていた。

 

 その結果、必然的にその運用拠点はベラルーシ内でもミンスク周辺に集中していた。

 そのため少し前まで閑古鳥が鳴いていたミンスク国際空港は毎日空中給油機とそれらへの物資を輸送する国連軍輸送機や旅客機を裁くため久しぶりに2本の滑走路をフルで使って大盛況だった。

 それは春になり雪解けが始まったこの4月上旬の夕刻も同じだった。

 西に見える綺麗な夕焼けは雪に映え空港は夕闇に照らされて不思議な雰囲気を醸し出していた。

 その中の滑走路の一本の端で1機のボーイング797が離陸待機していた。

 それはつい2ヶ月前始動した米露合弁の航空会社トランスアエロ・ワールドワイドの旅客機だった。

 

「トランスアエロ334、管制承認を求める」

 

『トランスアエロ334、出発後フライトレベル340に上昇し右旋回方位204、バブルイスク、マズィル、ジトーミル、チェルノフツィVORを経由しシエラナイナーVORに』

 

「トランスアエロ334、了解。出発後340に上昇し右旋回方位204、バブルイスク、マズィル、ジトーミル、チェルノフツィVORを経由しシエラナイナーVORに。

 離陸準備完了まで待機願う」

 

『トランスアエロ334、了解した。完了後報告せよ』

 

 飛行ルートの許可を得ると彼らは離陸準備を進める。

 この前に離陸するはずだったベトナム空軍の空中給油機が離陸直前にトラブルが発生し引き返したため急遽彼らが離陸順位一位となったのだが離陸準備がまだ終わっていなかったのだ。

 

「フラップ」

 

「15、セット」

 

「重心」

 

「8、確認」

 

「アンチスキッド」

 

「オフ」

 

「アンチアイス」

 

「オン」

 

 コックピットの二人は的確に準備を進めていた。

 この先何が起きるかも知らずに。

 

 

 

 

 

 一方、そこから数キロ離れたミンスク空港に向かう幹線道路を3台の国連軍車両が走っていた。

 国連軍車両と言っても2台は軍用の乗用車、残りは日本製のごくごく普通の黒塗りのスポーツセダンだ。

 

「しかし一佐、ミンスクは落ち着いてるな」

 

「ええ。やはりシエラナイナーは大変ですか大佐?」

 

「大変なら可愛いモノだよ。

 上から下まで大騒ぎさ、アーチポフ中佐は毎日ソ連との調整で胃潰瘍で病院送りだぞ」

 

 車に乗っているのは参謀長の小沢一佐とS9地区から来ていた韓国空軍のイ・ヨンチョル大佐、そして二人の部下の64式自動小銃とK5が助手席と運転席に座っていた。

 二人は珍しく流暢な日本語で話していた。

 二人の話題は最近の上層部の動きだった。

 

「ソ連からの情報で敵の拠点がエストニアにあると聞いてソ連空軍と国連軍の合同作戦の計画中だ。

 作戦名はポラリスだと」

 

「北極星作戦ですか。具体的には?」

 

「まずは航空偵察で敵の拠点を炙り出すのが先だろうな。

 米本土の偵察UAV部隊が駆り出される予定って話だ。

 ソ連軍の方も偵察機の準備を進めているそうだ、忙しいのは発見後の対処だろうな」

 

「やはりソ連領域での軍事作戦ですからね。

 外交上の問題も」

 

「それだよな、今回のミンスク出張の仕事は王少将に内密な書類とこちらの現状把握だからな。

 エストニアでの我々主導の軍事作戦だ、いい顔はしないだろう」

 

「ドゥルーグ作戦すら連中は『なぜ貧民如きの為にする必要があるんだ』とばかりな態度と聞いてる。

 ソ連政府の思考回路は理解不能だよ」

 

「こっちもソ連政府との折半は大変か?」

 

「ああ。大変だよ。いい加減日本に戻りたい。」

 

「俺もだよ、夏コミ行けるかな」

 

「冬コミも去年の夏コミも行けなかったからな…

 今年こそはちゃんとした夏休みを取りたいよ…こんな仕事してるのが言うのもなんだがな」

 

 二人は愚痴りながらふと右側の席に座っていたイは外を見る。

 ミンスク空港に向かう幹線道路だが窓の外は長閑な田園風景が広がっていた。

 空港の周りが大概市街地な韓国では珍しい光景に大陸国家の広さを感じながら眺めているとふと田舎道に一台のバンが止まっているのが目についた。

 それだけならば大して珍しくもない光景だ、だがその周りの人影に何か違和感を感じた。

 

「ん?」

 

 次の瞬間、二人の頭の上を旅客機が通過した。直後、バンのすぐ傍から何かが空めがけて飛翔した。

 ミサイルだ。

 

「クソ!3時の方向!バンだ!」

 

 イは右手でホルスターの拳銃を取り出すと運転手の64式自に命じる。

 数秒後大きな爆発音が聞こえ火の玉が振ってくるのが見える。

 何が起きたかは明らかだ。

 

「え!?何てことを!」

 

 驚いた彼女だったが振り返って窓越しに見えた火の玉と爆発音で全てを察した。

 彼女はハンドルを右に切って一気に幹線道路から無理矢理下道に出た。

 降りた先の田舎の農道をアクセル全開の全速力で突っ走る。

 イとK5は窓を開けて拳銃を構える。

 一方小沢は運転席の座席に手をかけて様子を伺う。

 右手にはしっかりと拳銃が握られていた。

 

「おい!動くな!国連軍だ!」

 

 イは大声で叫んだ。

 彼らの乗る車の後ろには鈍重な装甲車二台が全速力で田舎道を突っ走っていた。

 バンの周りにいた人影は慌てて車を出して逃げだした。

 

「クソ!逃がさないわよ!」

 

 64式自はエンジンを駆り立てさらに車載無線に手を伸ばす。

 

「こちらコマンド3、ミンスク空港北3キロ不審車両発見!現在追跡中至急応援求む!」

 

『コマンド3了解した、至急ヘリを送る』

 

「了解!」

 

「64式自!奴を逃がすな!」

 

「言われなくても分かってるわよ!

 舌噛まないよう気をつけなさい!!」

 

 小沢の叫びに彼女は更にスピードを上げる。

 バンは農道を走り続け、少し幅が広くなった田舎道に出ると右に曲がり北へ全速力でかっ飛ばし始めた。

 路上に出ればいくら乗用車とはいえ大きく鈍重なバンと軽快で品質でも性能でもこの世界では最上級車よりさらに上なスポーツセダンでは相手にならずあっという間にすぐ後ろにまで追いついた。その後ろにはいつの間にか置いて行かれた装甲車2台が50メートル程遅れて追跡する。

 確実に狙える距離にまで届くとK5とイは拳銃を撃ち始めた。

 バンに当たり跳ねかえった弾の閃光が光、何発かは穴を開け始めた。

 だがすぐに、弾が切れリロードするため銃撃をやめる。

 

「弾切れだ!」

 

「こっちもよ」

 

 するとバンの後ろのドアが開いた。

 開くと黒い、腰から巨大な機関砲のようなものをぶら下げた人影があった。

 その人影がこちらを狙っていることに気がついた64式自は一気にアクセルを踏み込み左にハンドルを切った。車があったところには巨大な土煙が上がった。

 さらに流れ弾が一発装甲車に直撃しフロントバンパーを吹き飛ばした。

 

「今のはなんだ!?」

 

「ありゃ一体なんだ!?」

 

 装甲車のフロントバンパーを吹き飛ばした攻撃にイと小沢は驚いて顔を見合わせる。

 

「分からないわよ!彼奴何!?機関砲ぶっ放したわよ!

 プレデターでもミニガンよ!」

 

「どうやら私達はとんでもない相手と戦う事になるのね。

 ツイてないわね」

 

 すると車にドン!という衝撃が走る。

 横を見ればバンが体当たりしてきた。

 

「小癪な…K5、前に出るからドライバーぶっ殺して」

 

 そこへ無線が割り込む。

 

『コマンド3、射撃開始する退避せよ』

 

 それは追いかけている装甲車からの指示だった。

 64式自はハンドルを切ってバンから離れる。

 それを見た追いかけていた装甲車は一斉に搭載しているM2とミニガンを撃ち始めた。

 50口径の飛行機すら破壊する銃撃と7.62ミリの弾幕は正確にバンを制圧する。

 だが銃撃を一旦止めるとバンは穴だらけのはずなのに普通に動き、しかも人影は撃ち返してきた。

 そして一発が一台の装甲車のフロントガラスを直撃した。

 装甲車はよろめいて道路から外れスタックした。

 

「一体何なんだあれは!」

 

「キャリバー50も効かないって…」

 

 一部始終を見ていた小沢とK5は驚き恐怖する。

 歩兵用火器としては最強の50口径弾と制圧射撃では右に出る者はいないミニガンが効かないのだ。

 何とか撃たれないように並走しながら横から拳銃を撃ち続けるが全く効きそうにない。

 そこへ力強いプロペラの音が聞こえてきた。

 その音にイが叫んだ。

 

「は!騎兵隊の到着だ!」

 

 車の上を高速で二機の戦闘ヘリが通過した。

 一機には拡声器が付けられているようだった。

 

『高速走行中のバンに警告する、直ちに停車し武装解除せよ、繰り返す武装解除せよ。

 指示に従わない場合攻撃する、繰り返す攻撃を行う』

 

 ヘリから警告の音声が聞こえる。車は停車せず全速力で走る。

 すると二機のヘリは一斉にバルカン砲を発射した。

 バンは数秒で穴だらけになり停止した。




・小沢慶彦
航空自衛隊の一等空佐
参謀将校で防衛大学校卒。オタク

・イ・ヨンチョル
韓国空軍大佐
小沢一佐とは旧知の間柄。オタク

・64式自
航空自衛隊の戦術人形
小沢一佐の専属ドライバー

・K5
イ大佐の部下の人形、韓国空軍所属。



この作品じゃ第三次世界大戦擬きは中国が香港でやらかすのがきっかけだからな、それ今やらかされたら困るわ

どーでもいいけどこの世界ではポリコレは2020年代初めにBLMでやらかしすぎて死にました
「映画・書籍内の全ての表現を理由として流通販売出版の制限を行う事を禁止する行為」は独占禁止法に相当するという判例も出て、それを確実化するための法律もできて表現の自由は厳しく守られます。
後韓国は米韓合作映画がアチョン法に引っかかりハリウッドの大物監督やスター、プロデューサー、更には韓国映画界との中継役だった元駐韓大使達が逮捕され米韓関係が急激に悪化して最終的に米国主導で韓国軍がクーデター起こして親米保守政権化。
ちなみに財閥は中国内戦後、北朝鮮抱えたせいで大不景気が襲い掛かって結果的には弱体化して中小企業や非財閥系大手企業が一杯生まれてます。


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第77話

大学で遺伝学を齧ったのでその知識使えるぜ


「酷いな…」

 

 翌朝、王少将はミンスク空港の北僅か5キロ付近に墜落して5メートルのクレーターとなった旅客機だったものを見て顔を真っ青にしながら呟いた。

 この機には乗員乗客合わせて58人が乗っていた。

 その中にはミンスクからS9に向かって現地でベラルーシ方面向けの穀物輸送を行うはずだったソ連の通商担当者や出張に向かうビジネスマン、帰国のためS9に向かっていた国連軍兵士や人形などがいた。

 その全員が今や燃え尽きた炭と灰になり、遺体の断片すらまだ見つかっていなかった。

 周囲はまだ煙と炎が残り、ジェット燃料と人が燃えた匂いで異様な雰囲気が漂っていた。

 

「58人、全員死亡です。

 実行者は今回即座に特定して対処できたのは幸運でしたが」

 

 王の後ろで小沢は燃え残った皮の財布を拾った。

 その中には現金や身分証明書だけでなく家族写真も入っていた。

 

「恐らくご遺体は殆ど見つからないでしょうね。

 人形は設計段階で5000Gと1200度の炎に耐えれる設計ですから残骸を漁れば見つかると思います」

 

「そう願うしかない。

 それで、あのバンからは何か見つかったか?」

 

 小沢に聞いた。

 あのバンで殺された連中が実行犯で調べれば何かしらの情報を得られるはずだと彼らは確信していた。

 

「現在FBIが捜査中です」

 

「犯人の遺体は?」

 

 現在、ミンスク大学の司法解剖室で司法解剖中の犯人の遺体を聞く。

 彼は例の遺体の事を伝える。

 

「今、司法解剖中ですが一体だけ妙な遺体が」

 

「妙な?」

 

「簡単に言えばサイボーグです。」

 

 その遺体とは例の機関砲を振り回していた人影であった。

 破壊後、遺体を回収した国連軍だったがその異様な風体と装備にサイボーグと結論を出していた。

 だが、この世界でもサイボーグは未だSFの存在だ。

 

「サイボーグ?SFか?」

 

「いえ、現実です。午前中にでも司法解剖の結果は上がってくると思います。」

 

「そうか、徹底的に調べておけ」

 

「分かってます」

 

 王は命じるとミンスク市街地の司令部に戻った。

 

 

 

 

 

 ビデオ通話越しに白衣を着て髭も髪もボサボサで黒縁メガネを妙に鼻の下の方に掛けた斜視の不潔な中年の学者がキツイアラスカ訛りの英語で特徴的な口調で早口で喋る。

 

「ミスター、コイツァどエライシロモノ持ってきましたなぁ。

 こいつ一個で一本論文書けますぜ」

 

『死体の見過ぎでとうとう脳味噌逝かれたかドク』

 

「いやぁ、脳味噌がイカれてるのは10年前からですぜミスター。」

 

 マッドサイエンティスト感漂うこの男はFBIの法医学者ケント・“ドク”・ブラウン、壊滅的に人格が破綻しているのだが法医人類学においては全米で最も優れた学者なのだ。

 問題は壊滅的に人格が破綻しエキセントリックな口調といわゆるサヴァン症候群患者からかなのか人一倍拘りが強いのだ。治療でコミュニケーション能力自体は一応あるのだが相当酷い。

 ただ天才肌なのか妙に周りの人から慕われる部分があるようだ。

 そんな彼はFBI捜査官のイングリッシュとビデオ通話で司法解剖の結果を伝えていた。

 

『で、どういう奴なんだ?仏さんは』

 

 イングリッシュはドクが死体の件を訊ねるといつもの酷いアラスカ訛りで捲し立てる。

 

「端的に言ってサイボーグだ。

 両手両足は機械にされて脳にも色々埋め込まれていたようだ。

 解剖すると体内から爆薬が見つかっておそらく自爆処理するための準備だろう。

 脳に埋め込まれていたマイクロチップから蝶ウイルスが検出された。

 また、色々と異常な部分もあった。

 まず体内の崩壊液濃度が高かった、活性状態で13マイクロシーベルト検出された。

 次に胃の内容物がなかった。何も食べてない、いや食べた形跡すら認められなかった。

 また排泄物も見つからず異常極まりない。

 最後に、というかこれだけでおそらく論分が書けるんだが、染色体に異常が見つかった。

 しかも今まで発見されたことの無い異常、つまりだこいつは未知の遺伝子疾患を持っているか、新たな人間かだ。」

 

 凄まじい早口で、しかも専門用語で喋るのでイングリッシュには半分程度しか理解できなかった。

 

『わかるように説明してくれ』

 

「バカのためにわかりやすく説明するとだな身元の調査のため遺伝子をゲノム解析に回したんだがこいつの遺伝子のうち99.999%は正常で我々と何一つ変わりなかった。

 だが最後の0.0001%に違いがあった。配列が違う。

 通常、A、T、A、C、C、G、Gの配列の部位がG、T、G、A、A、T、Tになっている。

 コイツァ通常全く有り得ない配列だ。こんな異常は報告もされてない」

 

『つまりなんだ?ブラウン症候群の名前がもらえるからって喜んでるのか?』

 

「そんなチンケなぁ話じゃねえですよ。

 ヒトゲノム研究が今どこまでいってるかご存知?

 今や配列のどこのどれをどう改変すればどのような影響が出るかって研究がかなり進んでましてね、その中でこの配列の部位はある重要な役割があるんですよ。

 人体の対放射線体質ですよ。

 つまり、この遺伝子配列を持つ此奴は崩壊液に耐性を持つ可能性の高い遺伝子を持っているんですよ」

 

 ドクの言を理解するならばこの人体は崩壊液に耐性を持つ人体を持っている可能性が高いのだ。

 それは驚くべきことだ。

 

『何?』

 

「後遺伝子情報を調べたら面白い情報が手に入りましてねぇ、この遺伝子の系図を探ってみたところどういうわけか日本人の遺伝子が入ってるんですよ。

 しかも恐らく直系で。」

 

『日本人?』

 

「ベラルーシで日本人ですぜ、興味深いでしょ?」

 

 遺伝子情報を更に解析すれば日本人系の遺伝子が含まれている。

 ここはベラルーシである、日本人など数える程しかいないはずだ。

 

『分かった、それ以外には?』

 

「今、回収したマイクロチップの解析を行っている。

 何か情報が出ればそっちから連絡が行くはずだ」

 

『ありがとうドク。』

 

「じゃあなイングリッシュ」

 

 ドクは通話を切った。

 すると、コーヒーカップを持ったピンク髪の人影がパソコンの画面に反射した。

 

「ここに」

 

「はい」

 

 ドクが個人保有している戦術人形のM82A1だった。

 彼女はテーブルの上にコーヒーカップを置いた。

 

「全くこの世界は狂ってる」

 

「どうか、しましたか?」

 

 M82を見てドクは呟いた。

 

「人形なんかを神だという連中がいれば、崩壊液を神と崇める連中もいる。

 神など、必要な時に必ずいない無能じゃないか」

 

「ドクは、神を信じないのですか?」

 

 無神論的な事を言うドクに首をかしげる。

 彼の返事は実にシンプルだった。

 

「人間死ねば全員同じ俺にバラされて墓穴に放り込まれる。

 死後の世界など信じる気にもなれん。

 神を散々利用した連中の神など」

 

「それを私に言うのですか?」

 

 なぜ彼女に言うか、彼女は実のところドクたちの世界で製造された人形ではない。

 元々はこちらの世界の人形だ、そしてかつてはどういうわけかあるカルトで神格化されていたとのことだ。

 そのカルトは勝手に空中分解したようだが。

 

「神の話は神にした方が早い。

 死人も神も普通は返事をしないがな。残りのホトケさんはどうなってる」

 

「準備は出来ております」

 

「そ」

 

 次の解剖の準備をしながら彼はコーヒーを飲んだ。

 死体を見る前にコーヒーを飲むのは彼の日課だ。

 

 

 

 

「G36、この仕事今年度いっぱいでやめようかな…」

 

「ご主人様、弱音を吐かないでください。」

 

「俺は奴隷じゃないんだぞ。

 胃潰瘍で入院してるときにこんな大事持ってきやがって」

 

 本来国連軍とソ連軍、グリフィンとの折半を担当するコーシャは入院していた。

 理由は簡単だ、パラデウス対策でソ連軍・グリフィンとの仕事が激増した結果ストレスで胃潰瘍を発症した。

 そんな状況でのトランスアエロ機撃墜のニュースはまさに最悪だった。

 

「はぁ、部下を少しは信頼したらどうですか?」

 

「信頼ならしてる。

 だが、責任者出せと言われた時に入院中です、はなぁ。」

 

 責任感のある彼はこのまさに安全保障上の重大事案に直面しているときに入院していては体面が悪いと考えていた。

 責任者が有事の時に病院にいては問題だという彼の主張にG36は内心呆れていた。

 

「お医者様からは来週には退院予定と言っているのですからそれまで我慢してください。

 いいですね?」

 

「分かってるよ」

 

 釘を指せばすんなりと従う。

 伊達に夫婦ではないのだ。

 G36は着替えをベッドの横の箪笥に仕舞い、洗濯物を纏めて袋に入れる。

 

「それとベッドの下とタンスの中にウォッカを隠していたようですので回収しておきます」

 

「なっ」

 

「蓋は開けてないようですので退院まで代わりに楽しんでおきます。

 では」

 

 珍しくにっこりと笑うと彼女は荷物を持って病室を出て行った。

 

 

 

 

 

 




・ケント・“ドク”・ブラウン博士
FBIの法医学者。
アラスカ出身で法医学の権威でもある人物。
サヴァン症候群患者で全体的にはエキセントリックな変人。
ただその能力は本物の天才
無神論者。

・M82A1
ドクがその過去に興味を持って保有している人形
過去が色々と面倒くさい


ネイトの血筋が天才法医学者によってバラされる


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第78話

感想ください


 いつの時代も情報とは最も重要な物である。

 そしてそれはIT時代に突入した21世紀以降更に重要になっていた。

 今やこの地球上のあらゆるデバイスに何かしらの電子機器が組み込まれている時代、意外なものに意外な情報が含まれているのも珍しくない。

 例えば「殺害されたサイボーグの脳内に埋め込まれていたマイクロチップ内に停止以前までの約6か月分の位置情報に関するデータ」が含まれていたり…

 

 

 

 例の襲撃から4日、S9地区国連軍司令部でイングリッシュがこの4日間に集めた全ての情報を報告していた。

 

「位置情報?」

 

 アーチポフが聞き返す。

 彼らはこの時点で回収された死体の内、一体がサイボーグでしかも遺伝子が人間と一部異なる特殊なDNAが存在するという報告を受けている。

 そしてその死体から位置情報のデータが出たというのだ。

 

「はい、死体から回収したマイクロチップに位置情報のデータがありました。

 出して」

 

「了解!」

 

 イングリッシュの指示でFBIのサイバー担当でもあるMDRが画面に位置情報を映し出した。

 それは正確な緯度経度を表す物ではなくこれまでの約半年間の移動を現したグリッドであった。

 

「これは?」

 

「これが中から出てきたデータだよ。

 この点が1時間毎に何処かに送っていた位置情報。

 どこかを起点としてそこからのグリッドを送っていたみたい。

 慣性航法装置に類似した位置情報だね。

 不定期にGPSか何かで位置情報を補正しているみたいだし。

 あと距離の単位が最大で1000キロ単位で出発点から始まってるみたい。」

 

 慣性航法装置とは基準とする地点からどの方向に時速何キロでどれだけ移動したかを計算することで基準地点からの推測される位置を弾き出す航法装置である。

 全ての情報を自己内で完結できるメリットがあるがその性質上どうしても誤差が生じることが多くかつては無線航路標識、現代ではGPSでデータを補正して使っていた。

 それらしきデータがそのマイクロチップにはあったのだ。

 しかも出発点のデータまで入っていた。

 

「MDR、そのデータを重ね合わせて」

 

「了解」

 

 MDRがパソコンを操作してその位置データを地図上に合わせて示した。

 始まりは分からなくとも最後の数分の動きと終了地点は分かっていた。

 それを重ね合わせた図が画面に映し出される。

 

「出発点のデータです。

 敵の策源地は恐らくここ、エストニアです」

 

 その図でのデータの始まりはエストニアのタリン北東部であった。

 もはや敵の位置は丸裸だ。

 この明確な情報を突きつけたイングリッシュはアーチポフ、ヴェンク、そして総大将たるグッドイナフを見つめた。

 

「閣下、即座にエストニア方面に偵察機を出してください。

 お願いします、次の犠牲が出る前に」

 

 イングリッシュの頼みに黙っていたグッドイナフが答えた。

 

「いいだろう。すぐにUAV部隊に連絡、エストニア、タリンの東側を徹底的に調べさせろ。」

 

「了解しました」

 

 傍に控えていた副官に命じる。

 副官は傍の連絡用受話器を取ると口頭で命令を出した。

 

「第665偵察飛行隊を直ちにエストニアタリン東方に航空偵察に向かわせろ。」

 

 副官が電話口で部隊に伝える。

 

 

 

 

「了解しました、詳細な範囲は1時間以内に。

 先に上げておきます、では。」

 

 電話をガチャリと切った。

 偵察UAVハンガーでは米空軍第665偵察飛行隊隊長シャーリー・イェーガーがグッドイナフの命令を受け取っていた。

 彼女は電話を切ると緊急アラートを鳴らし放送マイクを掴んだ。

 

「スクランブル!スクランブル!場所、エストニアタリン東方詳細な範囲は追って指示!

 ラビット1、2スタンバイ」

 

 彼女が放送すると兵士達は急いでハンガー内に置かれた大きな三角定規のようなグレーの全翼機を動かし始めた。大きさが半分になったB-21レイダーほどもある機体だ。

 この機は米空軍の最新鋭長距離ステルス偵察UAVであるRQ-290サイレントホークだ。航続距離は1万キロ以上で超高高度を飛行してそのステルス性能と合わせてどんな厳重なレーダー網も掻い潜り偵察する偵察機だ。

 高性能なカメラだけでなく世界最新最高のミリ波パッシブ装置が搭載されて高度によるが高度8000メートルからならば地下5メートルまでの情報を探る事が可能であった。

 この高性能なUAVは人形とセットの運用が行われており人形のダミー技術を活かして人形とリンクしたコントロール系を有している。

 そんな機体を整備士たちはトーイングカーで引っ張り出した。

 

「オーライ!オーライ!ストップ!」

 

「燃料チェック、外部チェックよし。」

 

 整備兵が燃料や目視点検を行うと整備主任がハンガーの電話を取る。

 

「こちらハンガー、準備完了。いつでもどうぞ」

 

 UAVのコントロールセンターに連絡すると整備士はUAVから離れる。

 数分後エンジンが始動してゆっくりと滑走路を目指して動き出した。

 数時間後、エストニアの上空で想像されているよりもずっと巨大で複雑で危険な物の存在を伝えることになることになる。

 

 

 

 

 数時間後、ホワイトハウス地下のシチュエーションルームでは偵察機の映像を固唾をカークマン大統領と側近たちが見ていた。

 この部屋ではかつてウサーマ・ビン・ラーディン殺害作戦(ネプチューンの槍作戦)やISILのトップバグダディ殺害作戦の様子を時の大統領たちが固唾をのんでみていた。

 その時の光景がまたここでは繰り返されていた。

 

「大統領、ここが敵の策源地です」

 

「ああ。そうらしいな。」

 

 空軍長官のジェシー・ジーグラーがカークマンに目標地点付近に到着したと伝える。

 画面には低めの雲が点在するがその隙間から荒野が見えた。

 

「何も無いように見えるが」

 

「高度3万5千フィートだからな。

 旅客機の中からテキサスを見下ろすようなものだ」

 

 副大統領のオズワルド・ジャクソンがジーグラー長官に何も見えないと言うと向かいに座る統合参謀本部議長のテリー・パットマン提督がそれが当然だと言う。

 

「映像をアップにできない?

 これじゃジェネラル・フォードがいても見つからないわよ」

 

「向こうが調整するはずだ。こちらから文句をつけるのか?」

 

 海軍長官のステファニー・ロットンに陸軍長官のエリオット・バーンスタインが返す。

 バーンスタインの言葉の通り少しずつ画面に映る映像が拡大された。

 かの世界ではありえない程の高解像度の映像が少しずつ拡大される。

 ぼんやりとした荒野は段々とはっきりし地上の建物、道路、車、そして未確認の兵器群、兵士達がはっきりと映し出された。

 

 

 

 

 

 

 国連軍の航空偵察の結果は非常に衝撃的であった。

 司令部だけでなくペンタゴン、ホワイトハウスとクレムリン、10番街やエリゼ宮、霞が関等々各国の中枢に衝撃を与え、即日国連軍に対してパラデウス追討を命じた。

 そしてこれはソ連政府にとっても失態としか言いようがなかった。

 

「貴国はこの情報についてどのような申し開きを述べますかな?」

 

「エストニアはソ連の領域です、その点では我々は合意しています。

 ですが、そこに反国連軍勢力がこのような大規模な基地を建設している、この点を考えるならば…

 後はお分かりですね?」

 

 キエフのある高級ホテルで行われたカーン文民代表とコーシャとソ連政府側の代表者の秘密会談でもはやソ連側はカーンとコーシャ二人の叱責に頷く事しかできなかった。

 

「かつて、911の時アメリカはアルカイダの施設があったアフガニスタンを『テロ支援国家』として攻撃したのは忘れておりませんね?

 インドとロシアは違いますがアメリカはやる時はやる国です。

 かの国の強さは知っているでしょう?一か国で世界中全てを敵に回しても勝てる国ですよ。」

 

「この調子ならば、来月予定されている穀物輸出は見直さなければならないかもしれない、とホワイトハウスの関係者は考えているそうだ。

 今月末の輸出予定穀物も同様だそうだ」

 

「そ、それは…!」

 

 この情報に各国はソ連への穀物輸出を見直すという外交カードを切った。

 食糧事情が逼迫しているソ連ではこのカードは最強の札だ。

 その言葉を聞いた瞬間、担当者の顔色が変わる。

 慌てる担当者にカーンはいつものインド訛りの英語で畳みかける。

 

「では貴国は具体的にパラデウス対策をしているのかね?

 していない、これからもするつもりが無いなら分かってるね?」

 

「分かってます、既に書記長がパラデウスと繋がりのあった関係者の処分を秘密警察に命じております。

 徹底的なパラデウス摘発も指示しております」

 

 必死で現在モスクワを中心に行われている大規模粛清の話を出す。

 モスクワなど国連軍と連携することの多い中央部におけるパラデウス派又は繋がりのある政治家、官僚、軍人が一気に解任や逮捕、左遷という目に見える形で飛ばされている。

 だがそれだけでは国連軍からすれば不十分としか言いようがない。

 彼らは既に民間人を殺されているのだ、粛清でお茶を濁して納得できるほど馬鹿ではない。

 

「それだけではねぇ、目に見える形でやってもらえるかな?」

 

「我々は血を流した、貴国にも血を流せとは言わないが汗ぐらいはかいてもらわないと」

 

「…ならば…」

 

 その程度でお茶を濁して許すつもりは毛頭ない。

 二人は暗に実力を見せろと言う、もはやソ連には選択肢はなかった。

 

「…ソ連軍は全力で以て国連軍を支援しましょう」

 

「その言葉を聞けるとは心強い。心より感謝します」

 

「貴国が参加してくれるならば百人力でしょう」

 

 ソ連の返事に二人は心から喜んだ。




・MDR
FBIのサイバー担当
有能だがクソオタク

・シャーリー・イェーガー
アメリカ空軍大佐。
偵察UAV部隊指揮官。
親族にかのチャック・イェーガーがいるらしい。

・ジェシー・ジーグラー
空軍長官
空軍大将
UAV部隊元指揮官
サウスカロライナ出身

・オズワルド・ジャクソン
副大統領
元上院議員(テネシー州選出)、元テネシー州議会議員
共和党員で共和党でも穏健派に属する。
議会操縦が上手い。

・テリー・パットン
統合参謀本部議長
陸軍大将
オレゴン州出身
戦車兵科出身者

・エリオット・バーンスタイン
陸軍長官
陸軍大将
ケンタッキー州出身
歩兵科出身

・ステファニー・ロットン
海軍長官
海軍大将
生粋の海の女で水雷屋
フロリダ州出身


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第79話

感想ください

久しぶりにユノ指揮官が出る、というか初めての事に困惑するグリフィン担当者っていう役回りに向きすぎてる。


 ヴェンク達参謀部の将校は情報収集と並行して作戦立案に当たっていた。

 そして最初の発見から3週間もかけて立案された。

 その頃にはもう時は春から初夏の5月も半ばに差し掛かっていた。

 

「お配りしている資料は作戦の簡単な説明書です」

 

「ポラリス作戦の名前は変わらないのだな。」

 

 ブリーフィングルームでヴェンクの部下の人形が居並ぶ各国軍将官に作戦書類を配る。

 その作戦名にアーチポフが訊ねた。

 

「ですが、作戦は大幅に変更しています。

 3つのフェーズからなる作戦です。

 作戦の目的はただ一つ、連中の策源地の完全なる制圧。その一点に尽きます。

 航空攻撃と除染だけでは完全制圧は不可能、そこで後詰めとして空挺部隊を投入し空から強襲空挺降下を行い制圧します。」

 

 攻撃作戦は時間をかけた分、より攻撃的な作戦に変化していた。

 空襲だけから除染と空挺部隊による制圧という要素が追加され確実な殲滅を狙った作戦となった。

 

「フェーズ1、航空攻撃です。

 偵察の結果、策源地周辺には難民キャンプ、謎の花畑、格納庫・倉庫群、各種建物多数、未確認の白い二足歩行ロボットのような物多数、防空陣地、滑走路とヘリポートらしきものなどが確認されました。」

 

 作戦の説明が始まると画面には航空偵察と更にシギントで判明した敵施設の情報が航空写真上に写される。

 写真偵察の情報だけでも各種施設が発見されていたが更にシギントで発見した防空レーダーなどの隠蔽された施設の情報、航空機搭載型ミリ波パッシブ撮像装置の画像から判断された隠蔽施設、地下施設の情報も正確に映し出されていた。

 その数は膨大であり地上施設だけでざっと200は存在していた。

 更に地下施設も多数存在し近隣には謎の花畑や難民キャンプもあった。

 

「このうち攻撃対象とするのは難民キャンプ以外全てです。

 この花畑はソ連政府に問い合わせたところ崩壊液を取り込む性質があるという事、危険なので最初のフェーズでナパームで焼き払います。

 ベトナムでやった手です。

 残りは巡航ミサイルで破壊、破壊後第一フェーズ第二段階として戦爆連合による直接空襲を行います。

 これで破壊を免れた施設群及びロボット群を撃破します。」

 

 第一段階はこれらの施設の内、難民キャンプを除く全てを破壊することであった。

 それも第一波の巡航ミサイル攻撃に始まり第二波では絨毯爆撃を敢行するという徹底ぶりだ。

 第二波ではさらに地中貫通爆弾による地下施設破壊も含まれていた。

 崩壊液も全て焼き尽くしてしまおうという算段だ。

 

「フェーズ2は除染。

 戦爆連合による空襲後除染航空部隊が中和剤を空中散布。

 さらに除染爆弾を使用します。」

 

 第二段階は空中給油機と戦闘地域における崩壊液除染作戦の為開発されその後は一定数生産されているが演習以外では倉庫に死蔵されていた中和剤を詰めた除染爆弾を使用するのだ。

 総力を結集しての除染作業である。

 勿論これは第三波の空挺兵の安全確保という重要な目的だからだ。

 

「除染範囲は施設群の周囲半径20キロ圏全域。

 徹底して除染します」

 

 空挺兵の空挺地域や事故などで逸れた際に備えて除染範囲は周囲40キロ1256平方キロメートルの範囲を除染するのだ。

 とにかく兵士の安全が優先であった。

 

「除染中に敵の対空攻撃があった場合、即座に中止し再度空襲を実施します。

 除染中に敵の動きを発見した場合も同様です」

 

 さらに除染時の敵の反撃に対しては即座に除染を中止して再度空襲を行うという

 

「最後のフェーズ3、空挺部隊による空挺降下。

 降下ポイントは主要目標の南の平原地帯です。

 直線距離で約5キロ付近、南から航空支援の下強襲します。

 また空挺戦車部隊、装甲車部隊も投入し直接火力支援を行います」

 

 降下させるのは空挺兵だけでなく戦車、装甲車、更に大砲も降下予定であった。

 画面には降下地点と各部隊の降下予定地点が明記され投入部隊一覧が映し出された。

 

「主力は米陸軍第82空挺師団オールアメリカンが担いますが支援としてフランス軍、ドイツ軍、ロシア軍が参加します。

 降下後は敵施設群の3つのセクションを制圧、飛行場を制圧し難民の脱出を行い脱出後空路で撤退します。

 空輸には各国軍が参加します。」

 

 降下後は敵の陣地を三つのセクションに分類しそれぞれ制圧、制圧後難民を空輸して救出するというのだ。

 するとグッドイナフが質問した。

 

「ところで、降下支援や事前偵察を行うのか?」

 

「勿論、現場は危険地帯ですので投入するのは人形ですが。

 AR小隊は陸軍予備役、404も投入可能ですよね?

 グリフィンとも可能なら兵員を出させます」

 

 空挺作戦では事前の敵情をより詳しく知ることが重要である。

 そこでヴェンクは人形部隊を事前に空挺降下させるという策を使うつもりだ。

 ただこのような任務を人形のみに遂行させるというのは大きな問題があった、それは人形の運用方法だ。

 特殊部隊であっても人形は基本的に人間とミックスしての運用であり割合は大きくても50%前後が殆どであった。

 そのためグリフィンからも人形を融通して頭数を合わせる必要があった。

 

「この兵員の脱出はそのように?」

 

「作戦失敗した場合は南東のペイプス湖方面に逃走させます。

 作戦に成功した場合は地上でミサイルと爆撃機の終末誘導支援を実施、その後空挺部隊の降下地点制圧を行います。後はポラリス作戦と同様に」

 

「分かった、こちらのは作戦名があるのか?」

 

「ええ、仮名称としてサザンクロス作戦と」

 

「ポラリス作戦とサザンクロス作戦の両方の作戦を承認しよう。

 今後、国連安保理とホワイトハウスの許可を得次第作戦準備を開始せよ」

 

「了解しました。」

 

 事前偵察と攻撃支援を兼ねた作戦、サザンクロス作戦とポラリス作戦が承認された。

 ヴェンクはグッドイナフに敬礼する。

 ここにパラデウス追討の作戦が用意された。

 

 

 

 

 

 

 空挺降下にはいくつか種類が存在している。

 そもそも空挺降下自体が特殊技能であるがその中でも更に特殊なものがいくつか存在している。

 主に知られているのが高高度降下低高度解傘通称HALOと高高度降下高高度解傘通称HOHOである。

 どちらも危険極まりなくその上特殊装備が必要だが特殊作戦や潜入作戦ではよく使用されている、そのためこういった作戦に従事する兵士達はこの訓練が必要不可欠だった。

 S地区の国連軍演習場近くを飛行するC-77グレートディッパーの今日の目的もHALO降下訓練の為だった。

 機体下部のキャビンではAR小隊がHALO降下の装備を身に着けて座っていた。

 AR-15が降下用の手袋を嵌めながら呟く。

 

「久しぶりの空挺降下ね」

 

「皆さん、装備チェックはちゃんとお願いしますね」

 

「りょーかーい!」

 

「酸素マスクも準備OKだ」

 

 手際よく降下の為の装備や安全装備を確認するAR小隊だが向かいに座るグリフィンの方のAR小隊は緊張して慣れない手つきで注意深く装備を確認する。

 

「えっと、酸素マスク、よし」

 

「手袋と後ゴーグル」

 

 M4とAR-15が慣れない手つきで手袋とゴーグル、そして酸素マスクを確認する。

 高度1万数千メートルから降下するとなると生身では非常に危険だ、なので人形でも、というよりは人間用の規定を新たに規定を設けると煩雑になると理由でそのまま人形に当てはめているのでこういった装備が必要だった。

 

「パラシュートはちゃんと繋がってるよね?RO」

 

「繋がってますよ、SOP」

 

「足に発煙筒付けたか?」

 

 パラシュートや発煙筒といった装備も確認する。

 暫くすると周りにいた乗組員が酸素マスクを着用し始めた。

 それを見てAR小隊も酸素マスクをつけて手袋をはめてゴーグルをつける。

 AR小隊も酸素マスクをつけてゴーグルをつけた事を確認した乗員が親指を立てて合図をすると一人が機内電話を取る。

 それから一分ほどした後、機内にブザーが鳴り響いた。

 そしてゆっくりと後部の扉が開いて雲海と紺碧の空が覗いた。

 AR小隊は立ち上がると二列に並ぶ。

 そしてもう一度ブザーが鳴り響いた。

 次の瞬間、AR小隊は機体の外へと飛び出した。

 

 

 

 

 地上の演習場ではグリフィンとG&K関係者に演習支援の人員が不安そうに空を見上げていた。

 

「大丈夫かな…」

 

「お主は心配し過ぎじゃ、きっと大丈夫に決まっておろう」

 

 AR小隊が現在配備されているS-09P基地のユノとナガンが不安そうに見上げていると横で空挺軍出身者であるG&KのSVDが双眼鏡で空を見ながら言った。

 

「ところで、HALOの降下時の最大速度は300キロとも言われてるらしいぞ」

 

「さ、300!?」

 

「空挺軍出身とはいえHALOはやったことないがかなり危険な降下だ。

 その分色々とメリットもあるんだが」

 

 SVDがユノを怖がらせる。

 その横では数人の将校たちが無線機に噛り付いて状況を確認していた。

 

「ゴスホークより連絡、降下完了とのこと」

 

「了解した、そろそろ見えてくるはずだぞ」

 

 通信手からの連絡に空を見上げる。

 空には小さく輸送機が見えるがそれ以外は何も見えない。

 しかし数秒後、小さな赤い煙が現れ、それが段々近づく。

 

「アレだ、1時の方向」

 

「大丈夫そうだな」

 

 将校とSVDが双眼鏡で様子を確認する。

 そして更に暫くして黒い四角形のパラシュートが開いた。

 パラシュートは段々近づいてくると傍にあった着地予定の広場に次々と着地していった。

 降下したAR小隊は即座にパラシュートを切り離して降下装備を脱ぎ下に着こんでいた歩兵戦闘装備を身に着けて銃を構える。

 

「左クリア!」

 

「右クリア!」

 

「前方クリア!」

 

「後方クリア、各自異常なし、前進します」

 

 膝立ち姿勢で周囲を確認したAR小隊4人はM4のハンドサインで予定された遮蔽物へと向かう。

 一方グリフィンの方のAR小隊は…

 

「うわああ!!飛ばされる!」

 

「M4!待て!」

 

 着地したM4は風に飛ばされM16が慌てて追いかける。

 その横ではROにパラシュートの紐が絡まり縛り付けられたようになっていた。

 

「SOP!これ一体どうなってるんですか!?」

 

「私もこれどうなってるの!?」

 

 ROが助けを呼んだSOPもSOPで腕にロープが絡んでいた。

 一方AR-15は降下地点からやや逸れて近くの森の中に降下して木から降りようと絡まったパラシュートと悪戦苦闘していた。

 

「この…!外れなさい…!キャ!」

 

「あんまり暴れるなよ!今降ろしてやる!」

 

 AR-15を助けようと数人の兵士が木に登る。

 このようにグリフィンの方は経験が不足していたが米軍の支援による訓練が行われ練度は急激に向上し、作戦投入が可能な段階まで向上した。

 

 作戦開始の期日は近づきつつあった。




作戦名は北極星と南十字星、ご存知の通りどちらも昔から方位や位置を知るのによく使われた星座。
北極星は北の星だが南十字星は南の星なので北方の作戦をカモフラージュするのに向いてる…と言いつつ原作の作戦名が角砂糖とかキューブとかクソダサい作戦名ばっかでこういう詩的でカッコいい作戦名用意しろよというアンチテーゼ

パラデウス、初っ端で2回焼かれて冷やされた後更に焼かれる事確定


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第80話

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パラデウス死す、デュエルスタンバイ!


 高度1万2000m、民間航空で使用されるフライトレベルに直せばFL400という高度からの光景というのは絶景である。

 例えロシア方面からエストニア方面に軍事作戦の為領空侵犯を実行している最中でも。

 

「綺麗な夕陽だな。」

 

「ですね、機長」

 

 機長と副操縦士はサングラスをかけていたが前方の夕陽を眺める。

 二人は航法機器で現在位置を確認した。

 

「現在位置は…そろそろぺイプスですね」

 

「だな。予定通り降下準備だ。酸素マスク用意。」

 

 現在地はエストニアの南東にあるぺイプス湖上空、コックピットクルーは酸素マスクを取り出しつける。

 これは万が一空挺降下の為後部ハッチを開けた際に上部気密区画の与圧が不完全だった場合の安全措置である。

 副操縦士はさらにオーバーヘッドパネルのスイッチを一つ入れる。

 それは貨物室へこれから減圧作業を行うため酸素マスクの用意を指示する警告だった。

 少しして機内電話を取り暫くすると機内電話が鳴り貨物室から連絡が行われた。

 

「了解、貨物室準備完了」

 

「了解、貨物室減圧作業開始。

 チェックリスト」

 

 機長が減圧作業を指示する。

 この作業を行わなければ機体が後部貨物扉を開けた瞬間、空気の力による壊滅的なダメージを受ける可能性がある、実際飛行中に後部貨物室扉が吹き飛び操縦系統を損傷して不時着した事故(オペレーション・ベビーリフト)が起きている。

 副操縦士はチェックリストを取り出すとリストを読み上げてチェックする。

 

「えー、貨物室空調、オフ」

 

「オフ」

 

「貨物室流量制御弁、マニュアル」

 

「マニュアル切り替え」

 

「圧力制御弁、マニュアルカットオフ」

 

「マニュアル、セット、カットオフ切り替え」

 

 空調と与圧装置を切り替えていくと主警報装置がけたたましく鳴り響いた。

 

「貨物室高度警報確認」

 

「チェック、正常に減圧確認した」

 

 通常ならば危険な警告だが今回は正しく減圧できているかという確認であった。

 そして減圧が終わるとチャイムが鳴った、今度は航法装置だ。

 

「降下地点3分前、アラーム」

 

「アラーム、セット。

 後部貨物室扉解放?」

 

「コンファーム」

 

 副操縦士はハンドルを操作して貨物室扉のロックを外し、更に扉を開くレバーを動かした。

 その数分後、機内電話が鳴り副操縦士が受け取る。

 

「はい、了解、機長降下完了です」

 

「了解、後部貨物室扉閉鎖」

 

「了解、貨物室扉閉鎖、閉鎖確認ロックレバーロックポジション」

 

「チェック、与圧作業開始」

 

 降下完了の連絡を受け二人は貨物室扉の閉鎖と与圧を指示する。

 二人でチェックリストを行い一通り終わると機長は無線で報告した。

 

「グリーンシューズ4904からゴールデンアイ、散布完了これより帰投する。」

 

『ゴールデンアイ了解、方位170に旋回、ウェイポイントベルベットに直行せよ』

 

「了解方位170に旋回、ウェイポイントベルベットに直行、4904」

 

 輸送機は左旋回で南に向かった。

 パラシュートを残して。

 

 

 

 

 6月15日、国連軍はポラリス作戦の準備が最終段階に達していた。

 テレビではFOXニュースのリポーターが国連軍の情勢を伝えていた。

 

『国連軍は今月に入り航空部隊の大規模な増強が行われています。

 その大半が戦闘爆撃機部隊であり、その中にはB-52やB-21なども含まれています。

 国連軍は公式発表を行っていませんが現地では近日中にも大規模な軍事作戦を発動するとみられて緊張が高まっています。』

 

『ありがとうございます、ここで軍事アナリストのユージーン・コイズミ氏に聞きましょう。

 国連軍の動きをどのように見ますか?』

 

 画面が変わるとスタジオでアナウンサーが日系人の軍事アナリストに聞いた。

 軍事アナリストは話し始めた。

 

『確かに国連軍の戦力増強を考えるに大規模な軍事行動が予定されていると見るべきでしょう。

 問題はその軍事力の向かう先です、既に鉄血は殲滅されています。

 またソ連政府筋の情報では最近空軍と戦略ロケット軍の動きが活発になりつつあるとの事です。

 恐らく国連軍はソ連軍と合同で軍事作戦を行うつもりです』

 

『しかし、鉄血が殲滅されている今その戦力をどちらに?』

 

『考えられるのはパラデウス又は欧州連合でしょう。

 どちらもソ連との関係は良好とは言い難く、前者は既にテロ組織扱いです。

 後者は一応は国家であり今だ国交を結べていません、また現在ソ連政府と欧州連合はデタント状態になりつつあり全く無いと言っていいでしょう。

 恐らく、国連軍はパラデウスに対して何かしらの軍事的アクションを取るものと考えます』

 

『何かしらの?』

 

『はい、集まっている兵力は全て戦略級の兵器です。

 これは明らかに対テロ作戦としては過剰です。

 国連軍の真意は我々は推測するのみです』

 

『ありがとうございます』

 

 テレビの画面が変わり別のニュースになった。

 

『ここで速報です。

 先ほど香港共和国中心部の…』

 

 そのテレビ画面は国連軍食堂にあった。

 その前でG&KのSV-98とM14は昼食中だった。

 

「やはり戦争になるんでしょうか…」

 

「まあ、なったらなったでその時です。

 今回は宗教戦争ですからかなり面倒な戦争になりそうですね」

 

 歴戦の雄たるM14はどこか暢気だ。

 一方、戦争前夜という状況に不安を隠せないSV-98、正常な反応はどう考えても後者だ。

 

「宗教戦争って一番面倒くさい戦争じゃないですか…」

 

「まあ、そうですね。

 後方でのテロに警戒しましょうって指揮官も言ってるじゃないですか」

 

「警戒しましょう、で済めばいいんですけどね…」

 

 二人は不安がるが一方司令部では着々と作戦準備が進んでいた。

 

「各部隊の状態は?」

 

 グッドイナフが聞く。

 作戦室には東欧地域全体を映した巨大な地図が置かれ各地の空軍基地がマークされていた。

 

「ミンスクには空中給油機隊が待機、モスクワにはソ連空軍の2個防空飛行隊がスクランブル待機中です。

 サンクトペテルブルクに戦闘爆撃機が3個飛行隊、ヴィーツェプスクに4個戦闘爆撃機隊、内3つが米空軍、一つがロシア空軍、ホメリにドイツ空軍とフランス空軍が1個飛行隊ずつ、ルニネツにオランダとベルギー、エストニアの合同飛行隊が待機、キエフにB-52が2個飛行隊、シエラナイナーにB-21が1個飛行隊、ジュコーフスキーにTu-95が2個飛行隊、RAFがポラツクに待機しています。

 その他ISAFがボロヴィツク、カナダがプリヴィツキに待機しています。

 作戦可能機数が現時点で258機、整備中12機です。」

 

 戦術人形のセルジュコフが報告する。

 アーチポフ大将は作戦の欺瞞の為息子やヴェンク達と共に別の場所にいた。

 

「準備は問題ないな?」

 

「はい、抜かりありません。」

 

「よろしい、全く欺瞞とはいえこんな時にオペラを行くことが出来るとは羨ましい限りだ」

 

 グッドイナフは欺瞞とはいえオペラ観劇にいる部下たちを妬んだ。

 

 

 

 S地区の劇場は満員御礼状態であった。

 この度、アメリカの最新の音響技術を基に大規模な改修が行われそのこけら落とし公演であった。

 この日の演目はビゼーのオペラ「カルメン」、演奏はロサンゼルスフィルハーモニック、演者は名だたるオペラ歌手をそろえたが異世界らしくフラスキータ役は戦術人形のOts-14であった。

 改修はS地区の文芸復興の目玉でありPRも兼ねて大々的に報じられテレビ、ネット、更にはラジオまで放送していた。

 更には国連軍幹部、メディア、地元有力者、グリフィン関係者も多数招待されその中にはクルーガー、へリアン、各基地の指揮官と人形もいた。

 その彼ら彼女らの前で北アメリカ大陸最高のバリトンが闘牛士の歌を歌う。

 

Votre toast, je peux vous le rendre,(あなたがた兵士に乾杯しよう)

 Senor, senors, car avec les soldats(セニョール、セニョール、なぜなら兵士は)

 Pour plaisirs, pour plaisirs,(われわれ闘牛士とわかりあえる)

 Ils ont les combats!(どちらも望んで戦いに赴くのだから!)

 

「全く、本当にオペラを見ていいのか?」(ロシア語)

 

「これも仕事だからな、親父」(ロシア語)

 

 来賓用のボックスシート最前列でアーチポフは隣の息子のコーシャに囁く。

 二人は欺瞞のために参列していた。

 

「そうなんだがな、ゆっくり見られないよ。

 折角のカルメンなんだが」(ロシア語)

 

「何かあればすぐに司令部に向かえるよう手配はしているからご安心くださいませ、義父様」(ロシア語)

 

「ありがとう、流石メイド長だ」(ロシア語)

 

 後ろからG36が声をかけて何とか安心する。

 舞台に目をやればバリトンがコーラスと共に歌っていた。

 

「「Toreador, en garde!(闘牛士、気を引き締めろ!)Toreador, Toreador!(闘牛士、闘牛士!)~♪」」

 

Et songe bien, oui, songe en combattant(そして戦いのなかでも覚えているのだ、)~♪

 Qu'un oeil noir te regarde,(黒い目がおまえを見ていることを)~♪

 Et que l'amour t'attend,(そして恋が待っていることを)~♪

 Toreador, L'amour t'attend!(闘牛士、恋がおまえを待っている!)~♪」

 

 

 

 

 

「こちらトリアドール、合流地点に到達。

 給油を開始する」

 

 その頃、ベラルーシ上空ではフランス空軍の空中給油機コールサイン「トリアドール」がエストニアに向かう戦闘爆撃機編隊に合流していた。

 夜間の空中給油という危険な行為を熟練のパイロット達は限られた明かりの中で行おうとしていた。

 

「しかし、すごい数の飛行機ですね。」

 

「ああ、右も左も上も下も飛行機と空中給油機ばかりだ」

 

 コックピットの二人は窓から外を見回して呟く。

 外には上も下も左右も飛行機のライトだらけであった。

 

「まるでクリスマスのシャンゼリゼだ」

 

「これが全部空襲するんですからパラデウスもたまったもんじゃないですよね。」

 

「ああ、可哀想な連中だよ」

 

 その数と彼らが抱いている爆薬の量と威力を知っている彼らは勝利を確信していた。

 

 

 

 その頃、エストニアの穴倉には数人の人形が監視していた。

 それはCIAの404小隊だった。

 

「状況は?」

 

「敵さんはいつも通り、次の交代は20分後ね」

 

 双眼鏡を覗く416に45が聞く。

 45は手持ちのパソコンに情報を打ち込み他の班に連絡する。

 すると他の地域を担当するグリフィンの404とAR、そして米陸軍のAR小隊全てがすぐに返事した。

 どれも異常なしとのことだ。

 

「問題はなさそうね」

 

「そう、何か連絡は?」

 

「司令部から今来たわ。」

 

「なんて?」

 

 司令部からの連絡を聞けば45が416に送られたメッセージを読み上げた。

 

「『火は御前を進み周りの敵を焼き滅ぼす』」

 

「稲妻は世界を照らし出し地はそれを見て、身もだえし山々は蝋のように溶ける、作戦決行ね」

 

 それは聖書の詩編の一節であった。

 この一節の意味するものはただ一つ、作戦は予定通り決行だという事だ。




・セルジュコフ
ロシア空軍の戦術人形
アーチポフ大将の副官


やめて!パラデウスの基地を世界最強の航空部隊の百機以上の爆撃機とミサイルで攻撃したらパラデウスが燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでパラデウス!あんたらがここで倒れたらウィリアムの野望はどうなっちゃうの!この攻撃を耐えれば、野望は続く(続くとは言ってない)んだから!
次回、パラデウス死す!デュエルスタンバイ!


一人暮らし開始したら忙しくて時間が無い


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第81話

感想ください


 三日月の明かりに照らされた雲海の上、そこを赤と緑のライトがいくつものダイヤモンドやエシュロン隊形を組んで飛行していた。

 甲高いジェットエンジンの音は静かな夜に似つかわしくなかった。

 ジェットエンジンに続いてもう一つ、静寂を切り裂いた。

 

『ゴールドリーダーより各隊、攻撃用意!』

 

 ベラルーシ上空の戦爆連合隊の無線から隊長の指示が聞こえた。

 英語の指示に隊のパイロット達は返事をする。

 

『プライヴェティア、ラジャー』

 

『バッカニア、ラジャー』

 

『パイレーツ、ラジャー』

 

『バーバリー、ラジャー』

 

『ゼーゴイセン、ラジャー』

 

 彼らは指示を受けると操縦桿についたスイッチを操作し、胴体下面のウェポンベイを開き、細長い鉛筆のようなものを次々と投下した。

 一瞬落下したそれは火がついて真っ直ぐ戦闘機よりも速い速度で飛び去った。

 それは巡航ミサイルであった。

 

『プライヴェティア、全弾発射完了。』

 

『バッカニア、これで最後だ』

 

 この隊から発射された巡航ミサイルだけでも多数に上るが、左右を見渡せば遠く離れたところからも闇夜だからこそ似たような光景が繰り広げられているのが見えた。

 

 

 

 

 司令部では敵地上空を飛ぶUAVの映像などと合わせて作戦推移状況が映し出されて作戦指揮が実行されていた。

 

「第一波、巡航ミサイル発射完了。」

 

「次だ、ソ連軍戦略ロケット軍は」

 

 ヴェンクがいないのでヴェンクの代役として参謀次長のバート・キッティンジャー・ジュニアオーストラリア陸軍少将が作戦指揮を執る。

 ヴェンクは作戦指揮の時は椅子に座って落ち着いて指揮を執るが彼は異なりオーバーなジェスチャーを交えて立ったり動いたり座ったりまた立ったりとせわしなく動き回る。

 

「全弾道ミサイル発射準備完了、34分後に開始です」

 

「分かった、予定通りだ。ヴェンク中将とアーチポフ大将に連絡はしておけ」

 

「了解」

 

 参謀将校が電話を取った。

 

 

 

 

 

 劇場のVIP用の部屋ではコーシャ達の後ろに立っていたエゴールとアンジェリカが二人に耳打ちした。

 

「閣下、始まりました」

 

「分かった」

 

「始まったか?」

 

「はい、5分ほど前だそうです」

 

 コーシャがエゴールに聞いて答える。

 返事をするとアーチポフは実の息子の方を見ていた。

 

「予定通りだな、コーシャ。

 上演終了次第向かう、車止めに車の準備を」

 

「了解、車と護衛を車止めに。」

 

 アンジェリカは少し下がって出入り口付近で車の用意を下の護衛に指示する。

 すると彼女は拳銃を取り出した。

 エゴールも見れば銃の用意をしていた。

 

「物騒だな」

 

「ええ、奴らの残党が暴発するやもしれませんので」

 

「成程な、コーシャ。銃は?」

 

 コーシャに聞くと彼は無言で燕尾服のジャケットの下から拳銃を取り出した。

 それを受け取ると弾と銃を手慣れた様子で確認した。

 

「持つべきは有能な息子だな」

 

「兄の方が優れてるのに?」

 

「ワーニャなら此処でセルジュコフを持ってくるさ。

 どこぞアメリカ製の安物じゃない」

 

 彼の手の中にあったのはスタームルガーLC9、一方コーシャの手にはいつものマカロフがあった。

 

 

 

 ソ連領内、人里離れた森林地帯では十台ほどの特長的な長い車両がロケットを立てて動いていた。

 その車両を指揮する指揮車内では要員たちがヘッドフォンとマイクをつけてコンソールを操作する。

 

「INS、コースプロット完了」

 

「安全要員以外の退避はどうした」

 

「は、既に6号機までは安全確認発射準備が完了し退避完了、現在7号機以降も退避中です」

 

「INS最終コース確認、最高到達高度120キロ、方位285、飛距離1298キロ」

 

「チェック、チェック、チェック、1から3号機問題なし」

 

 発射指揮官の指示にルートや設定の最終確認を繰り返す。

 

「全機問題なし」

 

「全車退避完了、発射準備完了」

 

 準備が完了すると指揮官が腕時計を確認した。

 

「少々早いな。

 まあいい」

 

 予定よりも少し早く発射準備が完了した事を確認する。

 そして予定された時刻に腕時計の秒針が近づいてくると左手をあげる。

 

「発射」

 

 短く呟いた。数秒後爆音が聞こえ夜空を次々とロケットロードを残して消えて行った。

 

 

 

 

 

 通常、巡航ミサイルの終末誘導に使用されるのは地形照査方式である、誘導装置内にある地形データを映像と照合して目標に接近、破壊する方式である。

 この誘導装置の精度は2060年代には3メートルにまで高まっていた。

 だが、この世界では使えなかった。

 それはシンプルに地形データが無いからという物である。

 ソ連政府の地形データ自体が古いものが多くその上データベースにアップするのにも時間がかかる。

 そのため今回の作戦にはレーザー終末誘導方式を使用せざるを得なかった。

 

「こちら目標照準完了」

 

『了解、弾着まで5分だ。

 間違ってもしくじるなよ』

 

 レーザー誘導装置をつけた愛銃を構えてUMP45は無線で連絡した。

 彼女が照準しているのは恐らく食糧庫らしき外郭にある倉庫だった。

 同じように隣にいる9は近くの別の兵舎、G11はレーダーサイト、416はSAM陣地を狙っていた。

 グリフィンの404、ARも別の場所で同じく蛸壺の中から倉庫や兵舎やSAM陣地やレーダーを狙って構えていた。

 

「なんだかすごくムカつく作戦ね」

 

「いいじゃん、これだけであとは全部勝手にやってくれるんだよ?」

 

 416(グリフィン)の愚痴にG11が答える。

 何せこの作戦ほぼ彼女らの仕事は偵察と終末誘導、その終末誘導も穴から見える建物だけ。

 内部の建物は基本的に上空にいるUAVが照準するのだ。

 

「UAVの方も準備万端の様です。」

 

「一機の欠けも何もないようね。

 行けるわね」

 

 司令部設備を照準しているM4が言う。

 人形のネットワークでは無線もだが何もしなくても情報が勝手に入ってくる。

 M4の脳内には今上空を飛び交う20数機のステルスUAVの動き、そして接近するミサイルの様子が正確に映し出されていた。

 これがM4達AR小隊の破格の能力であった。

 通常の人形ではこんな芸当は不可能だ。

 一応口に出すのは安全のためそうやって口に出すように訓練されてきたからだ。

 そうこうしているうちにミサイルはどんどん近づいてきた。

 

『第一波、リンナハル通過、弾着10秒前!』

 

 無線から連絡が来た。

 リンナハルはタリン港にあったコンサートホールだ。

 昔はアクション映画にも使われて有名となったホールだがここでは目安として使われていた。

 

 

 

 

 彼女達の人間よりも優れた耳が最初に捕らえたのは微かな空気を切る音、その音は360度色々な方向から近づき、どんどんと大きく、そして不快になっていった。

 そしてM4(グリフィン)が上を見上げた時、黒いミサイルの影が突っ切った。

 

 そのミサイルは外郭施設の倉庫を吹き飛ばした。その音と光に彼女達は怯えてはいなかった。日常だからだ。

 それを皮切りに彼女達の真上を次々とミサイルが通って行く。日常になったので大して興味はなかった。

 ミサイルは海からも、大陸からも来て次々と建物を破壊していった。その光景に彼女達はどこか美しさを感じていた。

 命中しては爆発して、火災を起こし、建物が歪み、崩れてゆく、そしてその前にもう一発ミサイルが当たり爆発する。えげつないがこれが連合軍だともう慣れていた。

 月と星の光だけだった敵基地はもはや月も星も見えず見えるのは爆発と炎の地獄の猛火、あらゆる罪人を焼くが如き地獄の炎、そしてこの基地にいる連中は全て罪人だ。容赦はいらない。

 また一発、また一発とミサイルは建物を破壊する。

 そこに更に弾道ミサイルも襲い掛かる。

 横からだけでなく真上からも襲い掛かるミサイルにミサイル数発程度では破壊しつくせない巨大な構造物も次々と燃えて行った。

 そんな中、一瞬小さな爆発が起きた、それはミサイルとは違うタイプの爆発だ。

 小さな煙、色が変わった煙、が上がった。

 炎と闇で見えにくいが人形たちは人間とは違う、その煙を見逃さなかった。

 

「不味い!」

 

 M4は即座にそれが何か理解した。

 火薬だ。

 

「伏せて!」

 

 叫ぶ、次に起きることなど容易に想像できた。

 その声は不思議と爆音と叫び声で五月蠅い戦場で透き通って聞こえた。

 AR小隊が伏せる、その数秒後一瞬視界の端に光が見えると体が揺さぶられた。

 地面も揺さぶられた、そして猛烈な風が頭の上を掠め、穴の中に大量の土をまき散らす。

 そして最後に聴覚センサーを破壊するが如き爆音。

 

 

 

 

 

「ペッ!やりやがったわね!」

 

 穴倉から慎重に頭を出した45が呟く。

 彼女は頭の上から下まで土だらけ、銃も足元で半分土に埋まっている。

 靴の中には土が一杯つまり隣の穴の9は1/3程生き埋めになっている、幸い人形は生き埋めになっても大丈夫なようにできている。孤独は別だが。

 目の前には()()()()()()()が跡形もなくなっていた。




・バート・キッティンジャーjr
オーストラリア陸軍少将
国連軍参謀次長
国連軍の中ではナンバー4の人物
オーストリア系オーストラリア人というややこしい出自



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第82話

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実はちょっとエロいの書き始めてる


 司令部の画面が一瞬全て真っ白になった。

 そして元に戻ると原爆のようなキノコ雲が映し出され映像を撮影していたUAVが大きく揺れた。

 

「よし!やったぞ!」

 

「弾薬庫破壊成功!」

 

 映し出された残骸に将校たちから歓声が上がる。

 破壊されたのは中心部にあった倉庫、それは事前偵察で弾薬庫と思われ分析の結果、地下にもありそれが地下で周囲の弾薬庫の幾つかと連結した大規模な弾薬庫と判明した。

 そこで国連軍は第一波でこの弾薬庫の破壊を狙い、成功した。

 唯一誤算だったのはそこに集積されていた火薬の量を見誤った事である。

 それに気がついたのはインド軍から来た工兵科の参謀将校であった。

 

「待て、なんだか…」

 

「ん?あ…まさかとは思うが火薬の推定量を間違えたか?」

 

 そう、彼らはこの弾薬庫の推定貯蔵弾薬の量を過少に計算していたのだ。

 僻地なので最低限の量しか備蓄していないという先入観により全体で精々100トン程度と見積もっていたが実際はどう見てもその30倍近くはありそうな爆発であった。

 何せ倉庫のあった場所が爆炎が晴れると200メートル近いクレーターが出来ているのだから。

 よく見れば倉庫の周辺の建物は根こそぎ吹き飛ばされており少なくともこの爆発だけで基地の施設の3割は完全に跡形もなくなり残りも半分は確実に全壊判定であった。

 

「少々やり過ぎたようだな、さてどうするかな?

 第二波に目標が残ってるだろうか」

 

 キッティンジャーは頭を掻きながら言った。

 どう見てもこれはやりすぎだった。

 

 

 

 

 イヤホンをつけたアンジェリカが何か連絡を受ける。

 

「了解」

 

 オペラの第一幕が終わるとホールの廊下を護衛に連れられてアーチポフ父子たちが走っていた。

 彼女は二人に最新の情報を与えた。

 

「第一波攻撃で敵の弾薬庫の破壊に成功したそうです」

 

「やったな」

 

「しかし、備蓄していた火薬の量が想定以上だったらしく基地がほぼ壊滅したそうです」

 

「ベイルートかハリファックスのようになったのか?」

 

「そのようです。専門家曰く備蓄していた火薬量は概算で3000トンから4000トン程度との事」

 

「やり過ぎだ。」

 

「ええ。なんでもタリンは火山のようになっているそうです」

 

 アンジェリカの報告に二人は現地の惨状を察した。

 恐らく現場は悲惨な状態だと。

 話している間に車止めに到着すると用意された黒塗りの高級車に乗り込んだ。

 

「出してくれ」

 

 全員が乗り込むと急いで発進する。

 前後にはすぐに特殊部隊員を乗せた乗用車とパトカーが追随した。

 

 

 

 

 

「こちらハリファックス、目標まで5分」

 

『了解、作戦を続行せよ』

 

「了解」

 

 戦闘爆撃機隊の隊長が返答する。

 第二波となる重爆撃機と戦闘爆撃機の編隊は闇夜の中でもはっきりとわかるキノコ雲に向かって飛行していた。

 数分後、編隊は目標付近に到達するが彼らは暗視装置で目標を探すが

 

「こちらハリファックス、目標が殆ど破壊されている。

 繰り返す、殆ど破壊されている」

 

『了解した、ならば残骸を爆撃せよ』

 

「了解、各機、残骸をぶっ飛ばせ」

 

 数秒後、各機から爆弾が投下され燃え盛る残骸を次々と吹き飛ばした。

 また数発のナパームは近くの花畑に着弾し焼き払う。

 続けて重爆編隊がやってくると腹に抱えた合計数百トンの爆弾が一斉に投下され地面を焼き尽くす。

 更にはその中に中和剤を詰めたものも多数存在しそれらも地上から離れた空中で一斉に炸裂した。

 

「こちらハリファックス、任務完了。

 敵基地は火山みたいだ」

 

『了解、帰還せよ』

 

 燃え盛る地上を見ながらパイロットは無線で呟いた。

 地上はさながら地獄か火山のように赤く不気味に照らし出されていた。

 

 

 

 

 

 これらの爆撃編隊は実に夜明けまでに更に2回訪れた。

 夜明け頃、もはや完全に破壊しつくされたエストニアの上空に空中給油機の編隊が現れ中和剤を散布した後、比較的低空を輸送機の編隊が現れた。

 

「降下まであと五分!

 装具を確認!」

 

 輸送機の機内で降下作戦を指揮する米陸軍のトム・ウォーキンレック大佐が叫ぶ。

 輸送機内で隊列を組んでいる部下の空挺兵たちが互いの装備を確認する。

 一度輸送機から出ればこれが命綱である。

 

「確認し終わったな!それが無いと神の御許に直送だ!」

 

 そして機体側面のドアが開けられた。

 眼下には湖、ぺイプス湖が見えた。

 

「全く、戦争なんてありゃしねえみたいだ」

 

 朝日に輝く湖を見ているとすぐに綺麗な水面から醜い地面へと変わった。

 タイミングが近いという事だ。

 

「よーし!降下用意!」

 

 叫ぶと、ドアの取っ手を掴んで構える。

 そして数秒目を閉じる、ベテラン空挺兵の彼の降下前のルーティンだ。

 

「降下!」

 

 ドアから飛び出した。

 彼に続けて数百人の空挺兵も後に続く、数秒してパラシュートを広げて見上げれば後ろには小さくなった輸送機たちとそこから飛び降りる数百のパラシュートと人影。

 下を見ればスラム、廃墟のタリン、眼下で燻り続けている建物がある。

 煙の匂いと人が焼ける匂いはここまで漂ってくる。

 たっぷり一分間その空気を堪能すると地面に転がる。

 即座にパラシュートを切り離して武器を取り出して周りを見る。

 降りた場所は予定通りの荒野であり周りには降下した仲間が次々と地面に降り立ちパラシュートを切り離していた。

 

「お前ら!そのデカいケツを上げろ!各隊整列!

 モタモタするな!俺がボケるまでここにいるつもりか!

 SCWはどこだ!」

 

 早速大声で叫ぶ。

 風に舞って膨らむパラシュートの森の中、空挺兵たちはグループを作っていく。

 彼の元にも部下が合間を縫って集まる。

 SCWも無線機を背負って走ってやってきた。

 

「はい、大佐」

 

「司令部に連絡、鷲は舞い降りた。

 これより静かの海の捜索を開始する」

 

「了解」

 

 彼女は無線機で司令部に連絡する。

 手際よく動く部下たちを見て彼は疑問を口にした。

 

「おい!敵はどこだ!?」

 

「破壊されたものなら発見できてますが」

 

 部下の大尉が答える。

 

「空襲だけで全部が死んだわけじゃないだろ、害虫駆除してもゴキブリが出てくるんだ。

 どっかに生き残りか何かがいるはずだ!探せ!」

 

「探してどうするんですか?」

 

「見つけ次第破壊しろ、連中にはあのキエフで俺達を襲ったサイボーグもいるんだ。

 最大限注意して始末しろ」

 

「はっ」

 

 大尉は敬礼するとすぐに部下の隊長たちに伝令しに向かうと彼は思い出したかのように呼び止めた。

 

「待て」

 

「はっ」

 

「司令部にできそうな場所を探せ、ここじゃ七面鳥と同じだ」

 

「了解しました」

 

 司令部に使えそうな場所を探させて彼は首から下げていた双眼鏡で周囲を見回した。

 

 

 

 

 

「酷いわね」

 

「何も残ってないね、私達がやり過ぎたのよ」

 

「敵を叩き潰すのにやり過ぎって言葉はないと思うわよ?」

 

 廃墟の中、UMP45と416は空挺部隊との合流の為周囲を警戒しながら進む。

 とは言っても警戒しようにも警戒する物は全て吹き飛んだ瓦礫である。

 一応残りは他の場所で警戒態勢で待機としてもしも何か見つければ連絡するように伝えてはいるが今の所他に何も見つかってはいない。

 

「これって、敵兵よね?」

 

「ええ、その宇宙飛行士みたいなの」

 

 二人の足元には吹き飛んだ敵兵の死体があった。

 それはまるで宇宙飛行士のような装具を身に着けた奇妙な兵士だった。

 

「いつも気になっていたけれどこの兵士の正体は何なのかしら?」

 

 416はうつ伏せで死んでいる敵兵を蹴り上げて表を向かせる、そして驚いて引き下がった。

 

「これって…!」

 

「ELID…」

 

 それは人間のELIDだった。

 死んでいるので害はないがこの基地にいた兵士やガンダムのような何かや宇宙人のような何かもまさか…という考えが頭を過る。

 ELIDとのガチの戦闘など彼ら彼女らは何一つ想定していない。

 何せそんなのは攻撃前に中和剤で死に絶えている前提だ。

 だが、もしも遭遇したならば…

 

「もしも遭遇したら…」

 

「一巻の終わりで済めばマシな方ね。

 幸いなのはほぼ空襲で駆除出来たところが精々ね」

 

 二人はその死体をその場に放置して先へと進んだ。

 死体には人間のように蠅が寄り付く気配はなかった。

 

 

 

 

「よし、スラムの制圧が完了したな。

 飛行場は?」

 

「既に制圧済み、0830に第一便が来る予定です」

 

『こちらシェルビー、敵基地の東側制圧完了。

 戦闘無し、確認死体39』

 

「了解、引き続き制圧を続けろ。」

 

 それからしばらくして、空挺部隊は順調に制圧していた。

 司令部は破壊された敵SAM陣地の一つを臨時司令部とし、破壊されたSAMに無線アンテナを括り付けて作戦指揮を執っていた。

 今の所事前空襲で殆どの施設が吹き飛び、殆どが死んでいるようで戦闘らしい戦闘は何一つ起きていない。

 

「どうやら楽な任務になりそうだね、大佐」

 

 SCWがレーションのチョコバーを差し出しながら言う。

 だがウォーキンレックの表情は険しい。

 

「ああ、そうなることを神に祈ってるよ。

 答えてくれるかは知らんが」

 

 チョコバーを齧る。

 彼からすれば今の所作戦が()()()()()()()()()()

 あまりにも首尾が良すぎると感じていた。

 普通、ただA地点からB地点に移動するだけでも何かしら問題が起きたりイレギュラーが起きるのにそれが今回は殆どない。

 

「何事もなさ過ぎて不気味、気色悪い感覚だ」

 

「?」

 

「まるで、一年で宝くじに当たって、スーパーボウルの席を手に入れて、メジャーで地元チームが優勝しているみたいな感覚だ。

 なんだかツキが良すぎて気味が悪い。」

 

 その得体のしれない不安に彼は呑まれていた。その不安が杞憂になることも願っていた。

 そして大概、こういう不安は嫌な形で実現してしまうとも考えていた。

 

 

 

 

 

「こちらチャッピー、西部地区制圧開始。

 AR小隊と合流成功」

 

 破壊された基地の西側では空挺部隊がAR小隊と合流して制圧行動を開始していた。

 彼らの後ろには支援の空挺戦車が付き適時火力支援が可能な体制を整えていた。

 瓦礫の中を上や下や右や左を確認しながら慎重に進む。

 かつてスターリングラードではこのがれきの下にソ連兵は潜り込んでいた、それを忘れてはおらず彼らは慎重だった。

 その彼らの目の前で瓦礫の向こうで何かが動いた。

 

「ん?」

 

 最初に気がついたのはM4だった。

 彼女はハンドサインで何かがいると伝える。

 それを見た空挺兵は即座に持って来た小型偵察UAVを離陸させ、数秒後発砲音と共に空中で爆散した。

 

「敵襲!」

 

「手榴弾!瓦礫の向こうに!」

 

 分隊長が叫び即座に数人の兵士が手榴弾を瓦礫の反対側に投げる。

 それを皮切りに突如瓦礫の陰から白い兵士とそれを従える黒い女が現れ、攻撃が開始された。

 

「お父様がくださった私達の花園を踏みにじるのは許さない」

 

 黒い影は瓦礫の上から空挺兵を見下ろして呟いた。

 

 

 




Q、なんで見誤ったの?
A、キッティンジャー「まさかあんなところにあれだけの火薬を持ち込めるとは思わなかった」
ヴェンク「まさか一ヶ所に周辺の火薬庫の安全設備を吹き飛ばすだけの火薬があるとは思わなかった」

・トム・ウォーキンレック
第101空挺師団の大佐
現場指揮官で現場主義の男

・SCW
第101空挺師団所属の人形
兵科は通信


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第83話

感想ください


パラデウスが死にます(全部じゃないけど)


「クソ!」

 

 AR-15は瓦礫を盾に背中をつけて寝そべりながらリロードして悪態をつく。

 空襲を生き残った敵兵は数少ない全戦力をこちらに向けて、結果局地的に数的優勢を生み出していた。

 

「そーれ、ポーン!」

 

 その横でSOPがいつものような感じでグレネードランチャーを発射して敵兵を吹き飛ばしていた。

 空挺兵たちは空挺戦車と瓦礫を利用して敵兵と交戦していた。

 

「目標3時の方向、撃て!」

 

 空挺戦車の車内で車長が命じると主砲の30ミリ機関砲が火を噴いて白い敵兵やバックパックを背負った敵兵をなぎ倒す。

 中には遮蔽物の瓦礫を貫いて吹き飛ばすほどだ。

 敵も攻撃してくるが銃撃や機関砲程度では撃ち抜けない。

 だが、それでも死兵のような連中は数で押し潰そうと一歩も退かずそれどころかまるで機械のように全身を続けていた。

 

「こちらチャーリー!火力支援要請!」

 

『了解、状況を確認した』

 

 無線で支援を要請した数秒後、上空の戦闘機が爆弾を投下して敵兵を数メーター上空高く上げるがその土煙を抜けてまだ突撃してくる。

 土煙を抜けたところで空挺兵が分隊支援火器や軽機関銃で一斉に銃撃を浴びせて薙ぎ倒してもなお進む。

 もはやその様子は不気味なものがあった。

 

「とにかく撃ちまくれ!」

 

 M16が瓦礫の上で膝立ちで撃ちまくる。

 その横では空挺兵たちが伏せたりしながら銃撃を浴びせる。

 そこへ支援部隊の戦術人形が現れると背負っている対戦車ロケットを撃ち込み吹き飛ばす。

 だが、それでもなお進み続ける敵兵、もはや異様である。

 30ミリ機関砲弾を食らって肉片になっても、機関銃の弾でミンチになっても、爆弾で空高く吹き飛ばされても機械的に進み続ける敵兵の攻撃はたった15分の交戦が1時間に感じる程だった。

 

「制圧射撃だ!早く制圧しろ!」

 

「ボス!連中銃撃なんてお構いなしに突っ込んできてるんですよ!」

 

 大尉が叫ぶが敵は迎撃などお構いなしに突っ込んでくる。

 すると頭上を甲高い空気を切り裂く音が聞こえると空中で爆発した。

 砲兵の砲撃だ。

 

 

 

 

「距離1500、ファイアー!!!」

 

 砲列指揮官の指示と共に兵士達は耳栓をして砲撃を開始する。

 緊急で設置された砲兵陣地で空挺砲兵大隊の大砲、たった5門程度であるが155ミリ榴弾砲が一斉に火を噴いた。

 

「次弾装填急げ!!」

 

「モタモタするな!!!俺達の一秒の遅れが兵士の生死を決めるんだ!!」

 

 砲列指揮官だけでなくボスのオーキンレックまでやってきて劇を飛ばす。

 オーキンレックは即座に全火力を攻撃者に向ける指示を出していた。

 だが兵力の集中には多少時間がかかる、何せ徒歩でも数百メートルの距離瓦礫の中を進むのは時間がかかる。

 彼はその時間稼ぎの為あらゆる支援火器、即ち砲兵、爆撃機、攻撃機、UAVをぶつけるという手に出た。

 

「撃て!」

 

 装填が完了すると号令し砲撃する。

 兵士達は訓練された通りに行動し、火力を提供し続ける。

 

 

 

 激しい砲撃が開始され一時的なフリーハンドを得た部隊は即座に再編のため陣地転換を開始していた。

 

「負傷者は後方だ!

 先鋒を一旦撤退させろ!」

 

 瓦礫の中に作られた指揮所で戦闘の騒音にかき消されないように大声で無線で指示を出す。

 部下と行進しているとそこに別の無線が割り込んだ。

 

『こちらジュリエット!!チャーリー応答せよ!!』

 

「こちらチャーリー、状況は!?」

 

 それは背後に回り込んでいるはずの味方だ。

 

『連中の背後についた、いつでも強襲できる。」

 

「敵は残りはどのぐらい確認できる?」

 

 回り込めたという連絡に敵方の残存戦力について聞く。

 するとすぐに答えが返ってきた、

 

『ざっと見積もって2個中隊、それにガンダムみたいなのが5機。

 黒い服の女も何人かいる』

 

「了解、出来れば今すぐ攻撃できないか?」

 

『了解、ちょっと待ってくれ。

 

 

 

 

 行ける。3分後に開始する』

 

 攻撃要請には少し間が開いて返事が行われた。

 それを聞くと部下に対して指示を出す。

 

「3分後だな、了解。

 さっきの命令は取り消しだ!!

 3分後にジュリエットが背後から強襲する!!

 3分後だ!3分後に反撃だ!!」

 

 命令を取り消し、反撃の準備を指示した。

 その連絡にM4達はすぐに構える。

 

「3分後に反撃です、いいですね?」

 

「了解です」

 

 傍の空挺兵が答える。

 返事を聞いて敵の方を見る、砲撃の土煙で何も見えないが時折空高く敵兵だったものが吹き飛ばされているのが見える。

 

 

 

 

「目標、ガンダム。攻撃用意」

 

 その頃敵背後では回り込んだ部隊が瓦礫に隠れて対戦車ミサイルを用意していた。

 この部隊は404と合流し、さらに空港制圧部隊も合流しつつあった。

 

「照準完了」

 

 折れた鉄筋に先端を乗せて構える兵士が答える。

 そしてタイミングを計ると班長が命じる。

 

「撃て」

 

 合図と共に肩に構えたミサイルが発射される。

 鈍い音と共に出ると少し離れてブースターに点火する。

 同じタイミングでさらに40mほど間隔を開けて同じようなものが発射される。

 ミサイルは寸分たがわずガンダムのような巨大ロボを直撃した。

 ミサイルの弾頭に仕込まれた本来複合装甲をぶち抜いて内部を破壊するメタルジェットはガンダムの装甲を食い破り、脚付という構造的に弱いそれはあっという間に行動不能、擱座した。

 これを合図に一斉に銃火が放たれた。

 瓦礫の合間に隠れた兵士達が一斉に銃撃する。

 曳光弾の雨が背後から襲い次々と敵は斃れていく。

 空挺兵はすぐに次の行動を起こす、瓦礫から出ると支援を受けながら遮蔽物に沿い前進し始めた。

 

「援護!」

 

 45が瓦礫の陰から前進する9と空挺兵を援護するべく弾幕を作る。

 前進する9は瓦礫から出ると別の瓦礫の陰へ、そして敵を銃撃。

 戦術人形特有の射撃精度で敵兵をいともたやすく数人射殺する。

 

「こっちよ!」

 

 対戦車ミサイルチームがいた瓦礫の上で416は火力班の移動を支援する。

 重装備の火力班は最初の一撃を食らわせると陣地転換するべく移動する。

 その彼らを狙う敵を排除し、移動を援護するため彼女はG11と共に見える敵兵を片っ端から銃撃する。

 有難い事に敵兵は真っ白であり味方との識別は用意だった。

 G11も瓦礫の上に上がってきた敵兵数体を纏めて黙って殺す。

 その間に火力班の兵士達は遮蔽物を通って移動する。

 416は火力班に先んじて瓦礫の中を横方向に進む、そしてG11は火力班の殿を務める。

 空挺兵の強襲に敵は大混乱に陥った。

 

 

 

 

 

 強襲が始まり敵の攻撃が落ち着き始めた。

 

「援護!!」

 

 砲撃が治まるとM4は立ち上がり瓦礫の山を駆け降りる。

 背後から軽機関銃とアサルトライフルの制圧射撃を受けながら前進する。

 続けて数人の兵士が後に続いて行く。

 銃弾が頭の上を掠めながら砲弾のクレーターに潜り込む。

 そして周囲を確認すると後ろの仲間に手で合図する。

 

「SOP!M16!」

 

「了解!」

 

「そーれ!」

 

 AR-15、M16、SOPが飛び出し、前進。

 それに続けて数人の兵士も続いて行く。

 彼らも同じようにクレーターに滑り込んだ。

 潜り込んだ彼らにM4は手でM16とSOPに左から敵の側面に回り込むように指示を出す。

 そしてAR-15には自分と一緒に前に進むよう、合図した。

 それを了承すると瓦礫から頭を覗かせてタイミングを計る。

 

「援護!」

 

 タイミングを計って飛び出した。

 兵士達の援護を受けて前に進み別のクレーターに潜り込む。

 敵兵が飛び出してくる瓦礫の尾根に辿り着いた。

 二人の頭の上を銃弾が掠めて飛び出してきた敵兵が尾根に落ちていくのが見える。

 二人は手榴弾を取り出した。

 そして同時にピンを抜くと数秒待って同時に放り投げる。耳を塞ぐと爆発が起きる。

 二人は立ち上がると銃を構えて瓦礫を乗り越える。

 そこには敵の死体やまだ銃を構えようとする敵がいたが片っ端から射殺する。

 M4の背中をAR-15がカバーしながら二人は進む。

 背後に敵らしきものが現れるとAR-15が射殺、目の前に敵兵が現れればM4が殺す。

 何発か撃っていると弾が切れリロードする。

 そのタイミングで敵兵が現れると咄嗟に拳銃を取り出して射殺する。

 射殺してから構えなおしてリロード、更に進み続けると違う物を発見した。

 それは黒い人影だった。

 一瞬M4は迷った、味方か?敵か?

 だが次の瞬間、人影は逃げた。

 

「あっ!クソ!」

 

 M4はその人影に向け銃を撃つが空しく外れる。

 

「15!追うわよ!」

 

「え!?」

 

 後ろを見ていたAR-15は人影に気がついていなかった。

 驚く彼女を連れてM4は人影を追いかけた。

 M4は瓦礫を超えると一瞬黒い布が吹き飛んだ屋根の瓦礫の向こうに消えるのが見えた。

 それをAR-15と一緒に追いかけて瓦礫に辿り着くと更に別の瓦礫の向こうにひらひらと目立つ黒い布が。

 そこに辿り着くと更に別の人影が迷路のような瓦礫の中に。

 

「クソ!ウロチョロと!」

 

「待って!M4!」

 

 追いかけるM4にAR-15は追いつくのが精いっぱいだった。

 そして何とか二人はとうとう追いついた。

 そこは吹き飛んだ兵舎らしき瓦礫の中だった。

 追い詰めた先にいたのは不自然なほど白い肌の機械のような印象すら受ける黒い服の少女だった。

 

「武器を捨てろ、両手は頭の上、跪け」

 

 

「10数えるまでに捨てないと撃つわよ。

 10!」

 

 銃を構えて命じる。5m程距離を開けていた。

 その命令に少女は妖艶などこか怖い笑みを浮かべた。

 

「なぜ、同族なのに戦うの?」

 

 突如意味不明な事を言った。

 その言葉にM4は更に警戒する。

 

「同族?武器を捨てて跪け」

 

「忘れたのかしら?貴方も私もお父様は同じはずよ。

 なぜ私達に武器を向けるの?なぜ私達のお庭を焼いたの?」

 

 さらに理解不能な言葉を並べ立てる。

 もはや気味が悪かった。

 

「直ちに、武器を捨てて、両手を上げて跪け!」

 

「従わなければ撃つわよ!」

 

 二人が再度命じた。

 すると少女は笑みを浮かべるだけだ。

 

「そう、なら仕方ないわ」

 

 そう言うと右手をM4に向けた。

 手はなくそこには機械の爪があった。

 そして次の瞬間その爪が向かってきた。

 

「なっ!!!」

 

 M4は咄嗟に後退りしてその爪を銃撃する。

 だが弾は弾き返される。

 

「M4!」

 

 次の瞬間、M4の体が掴まれる。

 そして女の下に引き寄せられた。

 

「忘れたの?ルシニア。

 貴方が何者か」

 

「ルシニア?人違いよ。」

 

「そんなわけないわ。

 貴方はルシニアのはずよ、お父様が言っていたわ」

 

「お父様?誰の事かしら?」

 

「お父様はお父様よ、私達の、そしてあなたの」

 

「人違いね、サイボーグ」

 

「あなたはグリフィンを襲撃して死んだはずよ、そしてM4になったの、そうよね?お父様」

 

「あなたの言うお父様とやらは私達の会話は聞こえてるのかしら?

 なら言ってあげるわ、人違いでこんな羽目に合わせる無礼者は死ね!」

 

 M4はそういうと右手にトマホークを持ち脇腹に叩きつけた。

 

「ああああああ!!!!」

 

 腹を半分抉るほどの一撃を食らわせ絶叫する。

 一瞬力が抜けたその瞬間、M4はかぎ爪を振りほどいて離れた。

 

「この…!!」

 

 腹を半分抉られてもまだ立っていた。

 背中を曲げながらも殺意に満ちた眼光を見せる。

 次の瞬間、拳銃を取り出したM4と距離を取っていたAR-15に撃たれた。

 それも確実に殺すために二人はマガジンが切れるまで全弾撃ち込んだ。

 

「はぁ…はぁ…クリア」

 

 ミンチとなった人間のような肉塊と金属を見ながら呟いた。

 

「災難ね」

 

「ええ、一体何なのかしらこれは」

 

 二人は足元の肉塊を見下ろした。

 

 




ガンダム即死

パラデウス君はこれからも絡むんですがね


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第84話

感想ください

章おしまい!


 接近戦の末、黒い服の女は死んだ。

 M4はため息交じりに死体を検分する。

 下半身、腕は機械でまさにサイボーグ、例のキエフで死んだ死体と似たような特徴を持っているどころではなく瓜二つ。まるで自分達人形のようにそっくりな姿だった。

 その姿にふと女の言った言葉を思い出した。

 

「お父様…ルシニア…」

 

 突然の呟きにAR-15が聞き返した。

 

「何?」

 

「あの黒い奴が言っていたのよ。

 私の事をルシニア、お父様が作ってくださったって」

 

 M4に言うが彼女はちんぷんかんぷんだった。

 少なくとも二人共ルシニアなんていう人名は知らない。

 

「何それ?」

 

「もしかしたら…この世界のM4が…」

 

 ふと思いついた仮説を口にする。

 その仮説は彼女にとってはある意味ではとてつもなく恐ろしく、そして世界の闇とも言うべき暗黒のシナリオだ。

 

「ん?分かるように言いなさい」

 

「陰謀論よりも根拠のない話だけど――」

 

 常識的に考えて有り得ないが可能性はある彼女の推論、それを述べる。

 その可能性をAR-15は一笑に付した。

 

「まさかね、そんな倫理観の欠片もないようなことが出来るのかしら。

 何より非現実的よ」

 

「そうよね。」

 

 AR-15の言う通りだ。彼女の考えた恐ろしい推論など陰謀論ほども根拠がないのだ、そう思うことにする。

 そう言うと二人の頭の上を巨大な輸送機が轟音を立てて通過した。

 

「輸送機ね」

 

「一番機ね」

 

 それは予定より30分遅れて到着した撤収一番機だった。

 輸送機は戦地の瓦礫の上を低空で通過する。

 

「フォーー!!」

 

「イェーーイ!!」

 

 地上では空挺兵たちが輸送機の姿を見て帽子やヘルメットを振ったり手を振って歓迎していた。

 その頭上を輸送機は通過して空襲で唯一破壊されなかった滑走路に着陸する。

 ある程度整備されているようだがそれでも凸凹している滑走路で盛大に土煙を上げながら高速で着陸した。

 

「制圧完了、難民の収容も完了、情報を搔き集めて死体を処分したらおしまいね」

 

「ええ。片付けだけですよ残りは」

 

「地味だけど辛い仕事よね」

 

 二人は死体に背中を向けた。

 一方飛行場では空挺兵たちが仕事中であった。

 兵士達は難民たちを集めて必死で並ばせる。

 

「はいはい!並んで!並んで!」

 

 言語の壁や教育レベルの差という問題のせいで作業は芳しくない。

 仕方ないので兵士達は銃剣をライフルにさして背負って指示を出す。

 するとすんなり従い始めた。

 難民たちが列らしきものを作ると傍にいた兵士が横を歩いて不審物がないかチェックする。

 

「早く並べ!たく、臭いったらありゃしねえ」

 

 難民たちの異臭に兵士が英語で悪態をつく。

 彼らとて人間、愚痴の一つや二つ吐きたくなる。

 それは一人ずつ名前と年齢を聞かれて記録作業が行われた後乗り込む輸送機の乗員も同じだった。

 ある乗員が貨物室の状況を確認するとコックピットに入ってきて離陸準備をする機長に話しかけた。

 

「いやぁ、下は酷いですよ?」

 

「どんなに酷いんだ?ジェフ」

 

 副操縦士が笑って聞き返す。

 乗員は笑って答えた。

 

「匂いと人混みで酷い空間だぜ?

 まるで牛舎だよ」

 

「入った事あるのかよ」

 

 副操縦士がツッコみを返す。

 

「ねえけど、牛糞みたいな匂いだよ」

 

「メリーの奴、今頃無理に付いて来て後悔してるぜ?」

 

「ああ、湿気と獣臭で悲壮な空間になるって先に言ったんだがな。」

 

 機長と副操縦士は他の乗員の話も出す。

 

「まあ、それより下はいつまでもたついてるんだか」

 

 機長は腕時計を確認して時間が遅れていることを気に揉んでいた。

 するとコックピット側面の窓を開けて頭を出すと、そばを歩いていた人形に声をかけた。

 

「おい!いつになったら離陸できるんだ!!」

 

「私達!グリフィンの人形だから分かりません!!」

 

 返事をしたのはグリフィンのM4だった。

 すると機長が返した。

 

「だったら適当な陸軍の奴捕まえて聞いてくれ!!」

 

 そう言うと窓を閉める。

 滑走路と狭い飛行場には次々と輸送機が着陸し、輸送機の列を作っていく。

 戦闘は終わってもまだ作戦は半分しか達成されていない。

 

 

 

 

 

 一方某所ではある男が大笑いしていた。

 

「ふふ…フハハハハハ!!!!

 イヒーヒヒヒヒヒヒ!!!」

 

 それは彼にとって敗北を意味するはずの事実だ。

 だが彼にとってはそれは愉快な出来事だった。

 

「傑作だ!傑作だよ!」

 

 彼が莫大な資金と人を犠牲にして作り上げた根城の()()が完全に吹き飛ばされたというのに興奮し、何より歓喜していた。

 それは彼は破壊された姿、そしてその実力と科学技術を見て彼の夢の実現に繋がると確信したからに他ならない。

 

「我々よりも優れた技術だ!奴らはそれを持ってるんだ!

 奴らなら私の夢を達成できるに違いない!」

 

「そうだとも!私の夢だ!奴らこそ私の夢だ!

 私の技術と研究の集大成こそあれなのだ!」

 

 まるでオペラの狂信的な悪役の如き振舞い。

 狂人にふさわしい姿だ。

 

「さて、私の子供たち、新たな仕事だ。

 我がネイト達、私の夢を叶えておくれ」

 

「私の手足と耳たちよ、奴らのスキを見つけ、取り入るチャンスを探せ」

 

「愚かな人類共を駆逐し新たな世界を切り開く、我が夢よ!」

 

 彼のパソコン画面にはタリンで、キエフで死んだ女と瓜二つの女たちがリスト化されていた。

 その姿はまるでクローンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワシントンDC

 パラデウスの追討が終わった頃、アメリカ政府はとある計画を立案しそれを当事者たちに伝えていた。

 それはソ連・欧州連合・国連による3者会談。

 それもただの会談ではなかった。

 

「本当に出席メンバーはこれで確定なのだな?」

 

「ええ国務長官。

 大統領を筆頭に我が国の通商代表団として商務長官、通商代表、国務省次官、中小企業庁事務次官らが参加します。

 その他にEU代表、ロシア、日本、カナダ、オーストラリア、イギリスなどG8各国の外相、インドから外務次官、バチカン特別使節団、中国も臨時大使が出席します。」

 

 国務長官の手元の書類にあるのは名だたる列強各国の出席者の一覧である。

 なぜこうなったか、それは皆欧州に食い込みたいのである。

 ソ連は先んじてアメリカが大半を抑えてしまった、なので他国は今の所あまり食い込めていない。

 事実上兵力だけ出してるだけなのだ。

 外交関係もソ連と少しずつ結び始めた程度で大使館は各国ロサンゼルスの公使館との兼任が大半。

 人の動きもアメリカを除けば民間人は精々数百人程度という小規模な物。

 そこで彼らが狙ったのは欧州、ソ連はアメリカ以外では言語と民族が同じロシアが食い込む余地はあるが欧州ならまだ未開であり食い込む余地はあると考えたのだ。

 特にEUは熱心であった、食い込めなかった悔しさもあるが各国の思惑もあった。

 フランスとポーランドは余剰穀物の放出先を求めていた。

 ソ連との食糧支援協定締結後、米国内の穀物価格は急騰し、一時は10数年ぶりの高水準を叩きだし今年の予想収益でも穀物メジャー各社は前年比プラス50%前後の増収を見込みその結果株式が高騰する程になっていた。

 これをアメリカとは異なり穀物価格が低いままの欧州各国も狙ったのだ、そしてその筆頭が農業国フランスとポーランドだった。

 ドイツは経済的利益以上に民族的アイデンティティの問題があった。

 その他EU諸国も経済的利益が欲しかった。

 イギリスはイギリスで英連邦を率いて独自ルートでの介入を欲し、バチカンは宗教的動機、即ちカトリックによる再布教を求めていた。

 

「まるでG20だ」

 

 その陣容に国務長官が呟く。

 既に先方とは話がつき、会場と時期も決まっていた。

 

「まあ、パンノニア作戦が順調に進めばいいのだが」

 

 この会談に備え、国連軍は並行して除染作戦を開始していた。

 その名もパンノニア、古代ローマにおいてセルビアなどを管轄した行政区域であり現在もパンノニア平原にその名を遺す言葉だ。

 この作戦が順調に進めば、会談は8月後半に行われる予定だった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、ホワイトハウスの車止めでは大統領と娘のLWMMGが並んで待っていた。

 周りには記者達も大勢集まっている。

 そして大統領も心なしか嬉しそうな表情だった。

 

「嬉しそうな顔ですね」

 

 一人の記者が声をかけた。

 するといつもの民主党員ですら人たらしと呼ぶ天性の笑顔で答える。

 

「ああ、私の一番優秀だった教え子と久しぶりに会えるからね」

 

「誰です?」

 

「まあ、会えば分かるさ。」

 

「ピコプルン大統領、到着しました!」

 

 スタッフの声に記者達やスタッフは一気に和やかな空気から仕事モードに切り替わった。

 そして車止めにバイクに護衛されたリムジンが到着した。

 リムジンのドアが海兵隊員によって開けられ、車止めの両側に並ぶ隊員が敬礼する。

 中から降りて来た大統領と同じぐらいの歳の男性、ドイツ連邦大統領オットー・ピコプルンが返礼する。

 

「ようこそホワイトハウスへ!お待ちしておりましたピコプルン大統領」

 

「我が家へようこそ、ピコプルン大統領閣下」

 

 大統領がフレンドリーにピコプルンを迎え入れる。

 通訳は大統領の歓迎のあいさつを翻訳する。

 

「大統領閣下自らお出迎えとは、感謝します」(ドイツ語)

 

「いえいえ、長年祖国に尽くしてきた大統領閣下のお出迎えですから、苦ではありませんよ」

 

 ピコプルンに大統領は親しく手を握って挨拶をする。

 ここまではただのお世辞のようなものだ。

 

「まあ、君が本当に会いたいのは彼女だろ?」(ドイツ語)

 

「フフ、大統領にバレてしまうとは。大統領7年目でもどうやら私はまだまだの様ですね」

 

 ピコプルンが目配せすると、そこには40代前後の女性がいた。

 彼女は流暢な英語で話した。

 

「お久しぶりですね、教授。

 今は大統領と呼ぶのが正しいようですが」

 

「ああ、13年前の妻の葬儀以来だったね。

 ルシニア・フォン・オーバーシュタイン君」

 

 ピコプルンに向けたのと異なる笑顔を彼はルシニアと呼んだ女性に向けた。

 彼女はにこやかに笑った。

 

「今はルシニア・ゲルトルート・フェルステイン・ツー・レーヴェンシュタイン・ヴェルトハイム・ローゼンベルクですよ、それに今はドイツ連邦外務大臣です」

 

「結婚したのか、お祝いの言葉一つ送れなかったな、おめでとう」

 

「ご結婚、おめでとうございますね」

 

「あなたがリンダさんね、教授の娘さんとは聞いていたけれど。

 教授らしい子ですね」

 

「私の自慢の娘だからね」

 

 大統領が珍しく自慢げな笑顔を見せる。

 彼女、ドイツ連邦外務大臣ルシニア・ゲルトルート・フェルステイン・ツー・レーヴェンシュタイン・ヴェルトハイム・ローゼンベルクは嘗て大統領がスタンフォード大学で政治学の教鞭を執っていた時、スタンフォード大学に准教授として雇用され大統領になるために辞めるまでの25年間で最も優秀な学生として彼の灰色の脳細胞に刻み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

「こちら西ゲート、パンの配達とかいって10歳ぐらいの女の子が来てますがどうしますか?

 お嬢ちゃん、ちょっとここで待っててもらえるかな?」

 

 S地区にあるとある国連軍基地、その西ゲートでは10歳ぐらいの少女がパン籠を持ってゲート詰所の^で止められていた。

 一方ゲートの兵士は電話で上に問い合わせていた。

 20秒ほどすると問い合わせ先から連絡が来たようだ。

 

「え?そんな連絡はない?

 分かりました、お嬢ちゃん、うちはパンの配達なんか頼んでないそうだ。

 きっと住所を間違えてるんだもう一回確認してきなさい」

 

 兵士は丁寧な口調で間違っているから確認してきなさいと言う。

 次の瞬間建物の窓口から身を乗り出して話していた兵士の顔面をナイフが切り裂いた。

 

「うゎああああ!!」

 

 顎から真一文字に縦に顔を切り裂かれ、派手に出血する。

 兵士は咄嗟に傍の非常ボタンを押した。

 次の瞬間基地中にけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

「緊急事態発生!緊急事態発生!西ゲートでナイフを持った少女が暴れてる!!」

 

「武器を捨てなさい!」

 

 警備の人形がショットガンを向けるがナイフを持って襲い掛かる。

 次の瞬間、発砲音と共に血しぶきが飛び少女の頭が吹き飛ばされた。




・ルシニア・ゲルトルート・フェルステイン・ツー・レーヴェンシュタイン・ヴェルトハイム・ローゼンベルク
ドイツ連邦外務大臣
ドイツ社会民主党議員
与党社会民主党の議員でありドイツの名門貴族家レーヴェンシュタイン・ヴェルトハイム・ローゼンベルク家(プファルツ選帝侯フリードリヒ1世を始祖とする侯爵家)当主オスカー・ツェーザル・フュルスト・ツー・レーヴェンシュタイン・ヴェルトハイム・ローゼンベルクの妻でツェツィーリエとディートマーという二人の子を持つという異例の人物であり若くして外務大臣を務める人物。
アメリカ大統領ピーター・カークマンのスタンフォード時代での教え子であり彼曰く「出会って来た中で最も優れた人物の一人。彼女以上に優れた学生に出会ったことはないしこれからもないだろう。哲学の分野でも政治学の分野でも突出した功績を残せるに違いない人物」
ザールブリュッケン出身
父親は高名なコンピュータ技術者であったユンカー系貴族家
弟のヴィルヘルム・ゲルハルト・フライヘア・フォン・オーバーシュタインはヨーロッパ随一の分子生物学者でありゲノム解析による生物の崩壊液耐性に関する先駆的研究で2061年にノーベル医学生理学賞を受賞している。
人形権利問題の火元となった「人間とは何か」を著した哲学者フリッツ・フォン・ハマーシュマルクは彼女の叔父に当たり幼いころから彼の薫陶を受けていたため政治思想学の分野で博士号を持っている
ちなみに彼女の属しているオッペルン・ブロニコフスキー内閣は首班のフレデリカ・フォン・オッペルン・ブロニコフスキー首相含めて内閣構成者の1/3が貴族出身者で固められていることから貴族内閣と呼ばれている。

・オットー・ピコプルン
ドイツ連邦大統領
ドイツ社会民主党所属

(名前は出てきてて設定の根幹に関わる人物)
・フリッツ・フォン・ハマーシュマルク(1989〜)
ドイツの哲学者
ハマーシュマルクの問題と呼ばれるようになる哲学命題を生み出して人形開発の思想的哲学的受容に貢献した人物。
彼から始まったハマーシュマルク学派は人形の社会的受容や神学における受容に論理的裏付けを与えている。
著作は「神の機械」「人間とは何か」「神に帰依する機械」「未来派的機械論」「機械は人を従えられるのか」など



ウィリアムの独語読みはヴィルヘルムです


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第七部:多様性の中の統一
第85話


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Viribus Unitis(力を合わせて)

  ――ラテン語の格言 オーストリア=ハンガリー皇帝フランツ・ヨーゼフ1世のモットー

 

Est Europa nunc unita(今、欧州は一つになった)

 et unita maneat;(そして一つであり続ける)

 una in diversitate (多様性の中の統一は)

 pacem mundi augeat.(世界の平和に貢献するのだ)

  ――欧州の歌 ラテン語歌詞より

 

 

 

 

 リンガ・フランカという言葉がある。

 ラテン語の言葉で直訳すればフランクの言葉、即ち10世紀に西欧世界を統一したフランク王国の言葉であるラテン語の事でありそこから転じて複数の異文化地域の共通語を指す言葉になっている。

 だが、この事実は裏を返せば領域としては同じ時代ユーラシアの反対側で栄華を極めながらヨーロッパより広い領域を支配した中国とは真逆の統一された文化が存在していない事実を表している。

 ヨーロッパが最後に一つの国家、一つの文明として動いていた時代はいつだったか、答えは存在しない。

 ヨーロッパははるか昔、地中海の畔の砂漠で大工の嫁から神の子が生まれる数百年前、アテネの路上で偏屈な哲学者が路上でムキムキの哲学者とレスバトルを繰り返し、ギリシャの広場で原子や地動説の端緒となる思想が生まれた頃よりさらに前、とある頭だけはいい男が街中の油絞り機を買い占めてオリーブの収穫時期に貸し出して大儲けした時でさえヨーロッパは一つではなかった。

 古代ローマ帝国でさえ支配できたのは地中海沿岸部とそこから伸びた内陸部だけでありドイツの支配はゲルマン人によって阻まれた。

 

 ヨーロッパというのは歴史上一度として一つになった事はない。

 だが一方で民族という概念、更には民族による国家という概念そのものは比較的新しい物だ。

 少なくとも現在の民族意識という物が成立したのは中世であり、その民族による国家という新たな概念が誕生したのは実にフランス革命の頃である。

 そしてこの民族と国民国家という概念は歴史上最も人を殺す口実として使われた概念だった。

 エスニッククレンジングという歴史上幾度となく繰り返された忌まわしき虐殺の一形態を表す語はその残酷さに反して盛大に行われたのは近代以降ともいえるし語句が誕生したのは更に後、20世紀と言われている。

 ただ行為そのものは大昔から行われてきている。

 例としては世界史上最も狂っていた時代の一つ、20世紀を除けば最も残虐な時代とも称される五胡十六国時代の僅か二年で滅び十六国に入ってすらいない冉魏の冉閔はその二年間で国内で胡と呼ばれた北方の騎馬民族を盛大に大虐殺している。

 1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見後19世紀の終わりに北アメリカを耕しつくすまで行われたインディアンだかネイティブアメリカンだかの大虐殺移住大戦争もそうと言える。

 

 そしてその人類暗黒の歴史は20世紀に花開いた。

 開幕早々、ドイツ人はナミビアで現地民を虐殺、一次大戦中にトルコ人がアルメニア人を殺しまくり、その後はついでにギリシャと一緒に互いを殺しまくる、バルカン半島でも起きた。

 大戦間からWW2の頃はナチスがユダヤ人を消そうとし、おまけでスラブ人も殺しつくそうとし、一方スラブ人はとりあえず反抗的な山岳民族騎馬民族を皆殺し、バルカン半島はいつも通り。

 戦後はバルカンが少し大人しくなったが今度はアジアアフリカで大量発生。

 冷戦終わればまたバルカンが平常運転である。

 

 

 

 

 

 

 そんな人類負の歴史の煮詰まった半島と言えるのがバルカン半島でありその半島を東西に横断し途中から北へと曲がって流れる川がドナウ川である。

 そのドナウ川を遡上している曳船とパージの目的地はドナウ川沿いの街、ベオグラードだった。

 

「1時方向、右舷、タンカー接近」

 

 ブリッジの見張り員が叫ぶ。

 船長が双眼鏡で見ると対向から来る船が見える。タンカーだ。

 

「タンカーだな。」

 

「船名が…マティアス・コルヴィヌス。

 我々が傭船している船です」

 

 船長の横で軍服姿の将校が答えた。

 マティアス・コルヴィヌスはハンガリー王マーチャーシュ1世の事だ。

 

「お仲間ですな、大尉」

 

「ええ、警戒する必要はないでしょう」

 

 アメリカ海軍大尉オズワルド・クリーブランドが助言した。

 彼の任務はこの曳船ヴォイヴォディナに乗船して積載している数千トンの物資を無事ベオグラードまで運ぶことにあった。

 積載しているのはベオグラードに送られる戦車、大砲、対空兵器、医療物資、食料、弾薬等々。

 マストにはB旗がはためいている。

 

 

 

 

 一方対向のタンカーマティアス・コルヴィヌスでは

 

「右舷対右舷の行き違いだ。距離は十分に取れ」

 

「イェッサー!」

 

 長閑なドナウ川を南下するマティアス・コルヴィヌスのハンガリー人の船長が命じると操舵手が威勢の良い返事をする。

 河川用とはいえ1500トンもするタンカーと合計すれば巨大貨物船に匹敵する物資を積載している艀と曳船の行き違い、幅の広いドナウ川でも気を抜かない。

 

「ヴォイヴォディナですね」

 

「ああ、危険物を運搬中か」

 

「何事もなければいいですね」

 

 この船に乗っているイギリス海軍士官と船長が会話する。

 二隻は何事もなく行き違いをし、数時間後マティアス・コルヴィヌスはルーマニアガラツ港に入港した。

 ここで船は休息を取り、荷物を載せてまたベオグラードに向かう。

 

 

 

 

 2063年春以降、ドナウ川流域の舟運は活況を呈していた。

 それは国連軍という上客の参入であった。

 彼らはドナウ川沿いの舟運業者を片っ端から雇い入れ物資をルーマニアのガラツからベオグラードに運ばせていた。

 

 それは来たる8月に予定されている欧州連合とソ連、アメリカ、EU、バチカン、日本、イギリス、英連邦、ロシアとの会談の警備と事前準備の現地への人道支援のための人と物資の輸送であった。

 通常なら鉄道か飛行機を使うべき所、彼らは船を選択した。

 

 それは色々な事情があった。

 まず鉄道、鉄道は陸上輸送ならば圧倒的効率を有している。

 だがなぜ鉄道が選択されなかったのか、それはソ連側が標準軌と広軌で共用できる機関車と貨物列車を十分な数用意できていない、物資の積み下ろしを行う鉄道操車場が現在ソ連側への輸出と国連軍全体への物資輸送で余裕がないという事情があった。

 何せ操車場は一ヶ所のみでここから民需も軍需も両方輸出しているためどうしても処理能力に限界がある。

 そのため新たなゲートの建設や拡張が検討されているがそれらが実現するのは未定である。

 

 では飛行機なら?

 確かにベオグラードには空港があるし楽そうだがこちらの方が問題が多い。

 それは効率の悪さと輸送機不足だった。

 輸送機の一部がエストニアに回され、さらにゲートの建設で域内航空輸送の需要が低下したと判断されたため段階的に軍用輸送機は減らされていた。

 今では民間旅客機も多く貨物機も民間委託の機が減ってトランスアエロ・ワールドワイドの貨物航空部門に移っていた。

 そしてこれらはソ連向け民需輸送と各地の空軍基地への輸送で手一杯であった。

 

 そのため国連軍は鉄道でルーマニアのガラツまで物資を輸送、そこから艀や貨物船やタンカーに乗せてベオグラードまで輸送するという方法を使用した。

 水運というのは陸運と比べて格段の効率を有している。

 ましてやドナウ川の水運は古代より欧州を結ぶ通商路であり交易路、利用しない手はない。

 また護衛の為ソ連政府との小麦のバーター取引で400トンの河川用貨物船と作戦指揮を統括する1000トンクラス客船を購入して改造を行いアメリカ海軍ドナウ小艦隊が結成されソ連海軍が派遣した河川用哨戒艦2隻と掃海艇3隻、本国から追加派遣された河川強襲艇5隻で編成された国連軍ドナウ艦隊が編成されドナウ川流域の哨戒任務と護衛を任されていた。

 

 さらにパラデウスの一件以降、現地勢力は信用できないという意識がまた再燃してしまっていた。

 その結果として警備要員装備等が増やされる事態になっていた。

 その上、つい先日パラデウスの物と思われる基地襲撃事件が発生してさらに緊張は高まった。

 その事件では幸い死者は出なかったが少女一人で突如襲い掛かり警備兵の顔を縦に切り裂くという事件はそのまま基地への自爆攻撃や更なる襲撃に繋がる案件だった。

 犯人は即座に射殺されたがその死体のDNAを解析したところ以前のキエフ、タリンでの一件で見つかった死体とほぼ同一であった。

 これら一連の事件での件から国連軍上層部はこのDNAこそパラデウスのカギと認識、その調査を開始した。

 

 

 

 

 

 ところ変わってイギリスのケンブリッジにあるMRC分子生物学研究所、ここである人物が接触を受けていた。

 

「教授は分子生物学、特にELIDの遺伝的耐性に関する研究の第一人者ですね?」

 

 研究所の実験室でスーツ姿の女性が話す。

 それにコーヒーカップを持った白衣の中年男性がドイツ訛りの英語で答える。

 その男の名はヴィルヘルム・フォン・オーバーシュタイン教授であった。

 彼と話しているのはキャラウェイ伯爵のリーエンフィールドだ。

 

「ええ。それで何の用ですか?

 私もあまり暇ではないんですよ、幾ら伯爵の使いでも」

 

「実はとある遺伝子データの研究をお願いしたい」

 

「詳しい話を聞かなければ受けるも何も決められない」

 

 オーバーシュタイン教授は言う。

 とにかく関わりたくないようだった。

 それにリーエンフィールドは食いつくであろう詳細を伝えた。

 

「なら言い方を変えましょう、国連軍の最高機密でありイギリス政府の国家機密の遺伝子です。

 貴方の研究にも大いにかかわりのある物です」

 

「具体的には?」

 

「ELID耐性の高いヒトの遺伝子」

 

 女の発したその言葉にコーヒーカップを持った手が止まる。

 そして疑いと驚きが混じった言葉を投げかける。

 

「本当か?」

 

「ええ、本当です。

 まだ詳細は研究されていませんが教授ならば興味を持っていただけ、そして何よりこの事を研究するのに最もふさわしい人物であると考えますが。如何でしょうか?」

 

 並の俗物、はたまた学識のある彼ならば興味を持つはず、彼女のオーナーでこのオーバーシュタイン教授を良く知っているキャラウェイはそう踏んでいた。

 だが現実はまだ彼は動きそうにない、その様子にリーエンフィールドはもう一つ聞いていた切れ者過ぎて慎重なタイプという評を思い出した。

 

「それだけではまだまだだね、私は君たち程暇じゃない。」

 

「分かりました、ではこれを」

 

 彼女は一枚の絵画の写真を見せた。

 

「これは、ドーラ・キャリントン?伯爵がザザビーズで落札したあの?」

 

「ええ。彼女の真筆作品です。

 教授は伯爵と同じブルームズベリー・グループのコレクターですから」

 

 それは20世紀初頭のイギリスの女流画家ドーラ・キャリントンが描いた人物画。

 数年前、キャラウェイが落札した貴重な品だ。ブルームズベリー・グループのコレクターの彼にとっては喉から手が出る程欲しい品だ。

 

「…いいだろう。だが費用は全てそちらで」

 

 ドーラ・キャリントンの絵というのは彼にとって十分魅力的だったようだ。

 研究費は出すという条件で呑んだ。

 

「MI6が出します」

 

「契約書には?」

 

「私は人形です。私の記憶データそのものが契約書です」

 

「交渉成立だな。」

 

 オーバーシュタイン教授はリーエンフィールドと契約締結の握手をする。




・ヴィルヘルム・フォン・オーバーシュタイン
ユンカー系貴族家オーバーシュタイン家当主でドイツ出身の分子生物学者
ELIDに関する遺伝子的研究に関する専門家でノーベル医学生理学賞受賞者(2061年)
姉は現ドイツ外務大臣
分子生物学者の一面の他に熱心なブルームズベリー・グループの収集家でもあり彼の持つ作品の中でも性的絵画のコレクションはオーバーシュタインコレクションとして評価が高く彼自身そのコレクションを度々各地の美術館などに貸し出している。なお当人曰く「性は人類の始まりでありそれを描く事は神聖で同時にその画家は決して腕を誤魔化すことのできない真の画家の腕を見ることが出来る題材」とのこと。

ドナウ川の河川舟運に関する論文読んだらパージと曳船の輸送効率がかなり良かった(一船団で1万トンぐらい行けるらしい)のでパージに
河川舟運は洋上輸送とは勝手が違うので論文読まなきゃ

綺麗なウィリアム君、普通の学者だけど趣味がブルームズベリー・グループ(20世紀初頭にイギリスに存在した芸術家グループ。ケインズが所属していたなど知名度の割に実は歴史上への影響度がかなり高い集団)の収集家

オリジナル兵器
・タイガー級補助巡洋艦
アメリカ海軍で約150年ぶりに復活した艦種第一号
武装はソ連から供与された100ミリ連装砲搭2基と23ミリ機関砲4基など。
サイズに比して防御力火力共に圧倒的に脆弱で追加でブッシュマスター機関砲の搭載が検討されている。
一方現地では埒が明かないのでM2や重迫撃砲、無反動砲などを搭載した結果120ミリ重迫撃砲4門が前後に搭載されている。
(各艦)
・タイガー
・ピューマ

・カトマイ級作戦指揮艦
アメリカ海軍がソ連から購入した大型クルーズ客船を改造した作戦指揮艦
最新鋭の指揮システムを搭載した動く司令部だが武装が自衛用の25ミリ機関砲4門とM2重機関銃、ミニガン、搭載している各種携行型火器のみ
(各艦)
・カトマイ(アラスカ州の火山カトマイ火山から)


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第86話

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 ベオグラードでの国際会議のため国連軍は事前準備として現地情勢の安定化及びELID駆除に乗り出していた。

 その一環としてスラム街とその近辺に赤十字・国連難民高等弁務官事務所・国連世界食糧計画などによる大規模医療・食糧・生活支援が行われた。

 その一環として設置されたアメリカ赤十字社の診察所では医者のマーク・ハミルトンが体調の悪い子供を診察していた。

 その症状を確認するとタブレットに症状を打ち込んで送信した。

 

「軽度のELID症状と栄養失調ですね。

 中和剤を投与しますので安静にしてください」

 

「ありがとうございます」

 

 貧しい母親が頭を下げて感謝する。

 彼女らにとってこのような医療サービスを受けられるなど夢のまた夢だったのだ。

 それこそ最近めっきり話を聞かなくなった宗教団体に助けてもらわなければならない程酷い有様だった。

 だが彼らが来ると医療・食料・生活必需品だけでなく仕事や教育まで彼らは与えてくれたのだ。

 診療所の洗濯夫でも薬の配達でも仕事があり、しかもその支払いはドルでちゃんと日給を支払い、一緒に設けられた店で買い物もできる。これ以上の環境などここにはなかった。

 

「点滴の用意が出来ましたよ」

 

 診療所の奥から看護師が呼ぶと二人は奥へと消えていった。

 これが日常になり早数か月、ベオグラードの治安は急激に安定しELID患者や怪しい集団も急激に減っていた。

 そしてこの状況を快く思わない物もいた。

 

「どれもこれも…」

 

「お姉さま」

 

「ええ。お父様の為にも作戦は必ず成功させなければ」

 

 黒い喪服のような服を着た女たちがそんなことを言いながら病院を見ていた。

 

 

 

 

 一方、ベオグラード中心部、サヴァ川の対岸のノヴィ・ベオグラード地区にある高級ホテル。

 そこは現在国連軍ベオグラード駐屯部隊司令部として使用されていた。

 その総司令官はロシア軍のイヴァン・ウラジミロヴィチ・ウスチノフ陸軍少将であった。

 彼は長年ロシア陸軍でも閑職をたらい回しにされた冴えない将軍であった。

 一応現場上がりで中国内戦でも部隊を指揮した男なのだが50過ぎでレンズの大きな古臭い老眼鏡をかけて白髪交じりのソフトモヒカン、年齢相応に老けた顔、今時珍しい口髭を生やした細身の貧相なおっさん、それが彼の印象である。

 

「全く、なんでこんなのと相手しなくちゃならんのだ。」

 

 全く似合っていない高級カーペットが敷かれ、高級家具と椅子が置かれた執務室で彼は司令部からの機密書類を見てやる気なさそうに椅子を回転させていた。

 その姿はベオグラードの1個セルビア軍連隊、1個イスラエル軍大隊、1個インド軍大隊、1個ロシア軍連隊を指揮する将軍とは思えない姿だった。

 

「少将、いじけられては困ります」

 

 ウスチノフにセルビア軍を率いるトミスラブ・ポポヴィッチ大佐の苦言する。

 彼からすれば貧乏くじもいいところの仕事だった。

 

「なんでこんなバケモノだかなんだかとやり合わなくちゃいかんのか。

 実戦経験なんて満州で一か月だけだぞ、それももう18年前だ。

 あの頃の俺はただの少佐で歩兵大隊の副大隊長だっただけだぞ」

 

「閣下は優秀と聞きましたが?」

 

 ロシア軍とは恐らく最も関わりの薄いイスラエル軍から派遣されたエフード・アイデルバーグ少佐が訊ねる。

 

「一体どこから出た噂だ?

 優秀なわけないだろ?俺の同期知ってるか?ヤナーエフは陸軍参謀本部参謀次長やってるんだぞ?

 全く、いやな仕事だ。」

 

「それで、どうするんです?」

 

 インド軍のラクシュミー・ヤーララガッタ中佐が聞いた。

 こんな愚痴を言いまくる奴も一応彼らのトップなのだ。

 

「どうもこうもないさ、とりあえずこいつら叩き潰すしかないだろう。

 まあ、市街から追い出されば十分だろう。」

 

 彼の手元にはパラデウスの完全追討を命じる司令部発の命令書があった。

 ウスチノフはそう言うとヤーララガッタとアイデルバーグとポポヴィッチの後ろのソファに横柄にも座っている銀髪のミステリアスそうな女に半分呆れたような目で言う。

 

「てなわけだ、お前にもいい加減馬車馬の如く働いてもらうぞ」

 

「いやよ、仕事が少ないから満州志願したのになんでこうなるのよ」

 

「そこらの兵卒よりいい給与貰っていい飯食ってるんだ少しはその贅肉落としてもらうぞ」

 

 このガワだけはミステリアスな美女のAK-12にウスチノフは嫌味を言う。

 この人形らしからぬ怠け者は満州からの長い付き合いだが一応最新鋭人形なのだ、まあ計画が頓挫して使いにくくてありゃしないという評版だが。

 

 

 

 

 2063年7月、一本の研究論文が学会に発表された。

 それは「かの地にて発見された特殊なELID耐性を持つヒトゲノム遺伝子の解析及び特性」と題された論文だった。

 発表者はヴィルヘルム・フォン・オーバーシュタイン教授。

 その内容に学会は驚嘆した。

 彼らにとって夢物語又は危険すぎ尚且つ人為的に作るには倫理に反する遺伝子が存在したのだ。

 そしてそのニュースは統合されたばかりのソ連学術界に大きな衝撃を与えた。

 そしてある男にも。

 その男はこのニュースを伝えるネットニュースに驚きパソコンの画面を掴んでいた。

 

「な、なんだと…!」

 

 そう、ウィリアムである。

 彼が何年もかけて探していた情報をこの男は発見したのだ。

 その上その姿は自分そっくりであった。

 だが印象も態度も何もかもが真逆であった。

 中年であるがさわやかな好印象を持つ科学者、ノーベル医学生理学賞を受賞しこの分野で世界のトップを走る科学者という地位と名誉、その上絵画コレクターという側面を持った文化に通じた紳士という評版。

 まさにカルト教団を裏から動かし、倫理観もへったくれもない性格、研究に邁進するが少しも芽の出ない研究とまさに真逆。その事は彼の心に黒い感情を灯した。

 そしてもう一つ、その感情を間接的に火に油を注ぐ存在が。

 それはそのニュースの関連記事にあった。

 関連記事の名は「新ドイツ外務大臣にオーバーシュタイン博士の姉就任」

 クリックして開ければそこには今から1年半ほど前のドイツの新内閣成立の際の人事に関するニュースが、そのトップ画像には新外務大臣のルシニア・ツー・レーヴェンシュタイン・ヴェルトハイム・ローゼンベルクの画像があった。

 

「…潰す」

 

「絶対に潰してやる」

 

「私のルシニアを!!取り返してやる!!」

 

「絶対に許さない!!」

 

 全く関係のないところで、国連軍はウィリアムに喧嘩を売っていたのだ。

 

 

 

 

 数日後、ベオグラード郊外のスラム街の一角。

 国連軍の除染で今ではすっかり邪魔者扱いされている防護壁の傍の建物のドアが荒っぽく叩かれた。

 

「はいはい、何でございましょうか?」

 

 中から男が出てくると外に立っていたソ連軍人が書類を見せた。

 

「お前たちを国家反逆罪で逮捕する。」

 

 男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。

 そのまま軍人たちは建物に入っていく。

 

「キャー!!」

 

「放せ!お前らなんだ!俺が何をしたって言うんだ!!」

 

「おら!連れてけ!」

 

 荒っぽく人々は部屋から連行される。

 この日、一斉にこんなことが行われた。

 これらは全てソ連政府によるものだった。

 目的は簡単、パラデウス排除。

 国連軍からパラデウスの完全排除を求められたソ連政府は大規模粛清と人事異動、摘発に動いていた。

 その動きは中央が中心で中枢にいたパラデウスと繋がりのあった将官士官の多数が退役や地方へ左遷されるという大規模人事異動が行われる傍ら地方のベオグラードでは今回の大規模摘発が行われた。

 その動きは流石はソ連の名を受け継ぐ国らしく乱暴で素早くそして過激であった。

 ウスチノフはその派手で乱暴で無茶苦茶な摘発に苦笑いしながらソ連軍ベオグラード司令部で様子を見ていた。

 

「乱暴だなぁ」

 

「お宅の要請なんですがねえ」

 

 ウスチノフの漏らした感想に横にいたソ連軍の士官が嫌味が混じったような口調で言う。

 それに彼は頭髪が後退した頭を撫でながら

 

「はは、まあ文句をつけれる立場じゃねえからねぇ俺達。

 こういう派手な事は後々恨みを買わねえか心配だよ。」

 

 どことなく部外者的な立ち位置からの事を言う。

 そしてその心配が心配で終わることを祈っていた。

 この摘発でパラデウスは表向きベオグラードでは壊滅した。

 こうして当面の敵は去ったように、思えた。

 あの男の執念はこの程度の障害を簡単に乗り越えるとは…

 

 

 

 

 

 

「あいつら…大きな顔して我が物顔で歩きやがって」

 

 古参の少佐がしかめっ面で眼下の街を歩くセルビア兵を睨む。

 今や無用の長物と化し世界三大バカの新たな代名詞とまで裏で揶揄されているベオグラードの巨大防護壁の一角の屋外喫煙所、そこで将校たちが燻っていた。

 皆不満の矛先は国連軍と国連軍に弱気な中央政府に向いていた。

 

「全くだ。部外者の癖に上から目線であれしろこれしろ!

 ガキじゃねえんだよガキじゃ」

 

「俺達が今までバケモノと戦ってたのにあいつらが来れば一瞬で片が付いて俺達のこの壁をさっさと片付けろ、ふざけんじゃねえ。俺達の犠牲は一体何だったんだ。

 助けるんだったらもっと早く来やがれってんだ。」

 

 それに同じく古参の中佐二人も同調する。

 今までの苦労を一瞬で解決した国連軍、そしてそれに対して今までご苦労様とか言わずに上から目線であれしろこれしろ壁をどけろなどと言ってくるあいつらの態度は彼らにとって軍人としてのプライドを大いに傷つけるものだった。

 

「司令官のウスチノフのジジイも下っ端の兵士もみんな人形侍らせやがって。

 俺達が必死に戦ってる間あいつらは人形相手にセックスしてたに決まってる!!

 戦場を舐め腐ったクソ共が!!」

 

「あれがロシア人だって!?あんな腑抜けた腰抜け共が!?

 バケモノが来たらどうせちびって赤ちゃんみたいに泣きわめくに決まってる連中がいちいち戦略だの防衛だの上から目線で!!」

 

 ここの国連軍司令官のウスチノフに対しても不満があった。

 何せ今までむさっ苦しい男どもの巣窟に対して国連軍は後方業務では女性も多いし人形の割合も非常に高い、その上みんな美女というのに嫉妬と舐め腐っていると勘違いされていた。

 その上人形を人として扱っているという気持ち悪い感覚は彼らにとって虫唾が走る物だった。

 

「そんな連中にへ―こらへーこらおべっか使ってるモスクワもだ!!

 あんな連中に弱気になってどうなんだよ全く、俺達のソ連はそんな弱い国じゃない」

 

「その上連中の言う事に従って色んな奴を軍から追放だ。

 去年はカーター将軍が死んでこの間もプーゴ将軍を追放したのも国連軍の命令だとさ」

 

「部外者におべっか使ってる政府と人々の為に尽くしてたパラデウス、どっちが売国奴だ反逆者だ。」

 

 将校たちは皆口々に言う。

 国連軍による急速な改革や戦闘や変化、更には駐屯と交流は市民からは生活の向上という面で大いに喜ばれたが今まで国連軍と同じことを担っていたソ連軍将兵にとってはいらぬ軋轢が産まれていた。

 彼らにとっては上から目線で物を言い無用の長物と言い切り勝手な都合で人事を捻じ曲げたりあらゆるものに介入する国連軍、そんな連中に唯々諾々と従っている政府と人々の為に尽くしている(と思われている)のに国家反逆罪という汚名を着せ反逆者・売国奴・テロリストとして弾圧されるパラデウス、どちらが反逆者売国奴侵略者か彼らにとっては国連軍こそが侵略者のように見えていた。

 ベオグラード駐屯軍、その内部では国連軍に対する不満が大いに高まっていた。




・マーク・ハミルトン
アメリカ赤十字社勤務の医師
専門は小児科

・イヴァン・ウラジミロヴィチ・ウスチノフ
ベオグラード駐屯国連軍総司令官
ロシア陸軍少将
出世街道から離れた50代の将官。
同期の中には陸軍参謀本部次長がいるが当人の前職は満州勤務。
名前のモデルはソ連国防相ドミトリー・ウスチノフ

・トミスラブ・ポポヴィッチ
セルビア軍司令官
実はスプルスカ出身

・エフード・アイデルバーグ
イスラエル軍司令官
歩兵科出身でユダヤ人の中でもアメリカ系ユダヤ人に属する。
とは言っても世俗派
名前のモデルは軍人・学者のヨセフ・アイデルバーグ

・ラクシュミー・ヤーララガッタ
インド軍司令官
砲兵科将校
名前のモデルは映画プロデューサーのショーブ・ヤーララガッタ

・AK-12
ロシア軍の人形
クソ怠惰な人形で嫌味を言われるぐらい酷い
ウスチノフ曰く「猫が言葉をしゃべるようになったらAK-12になる」「こいつの量産計画が頓挫してくれて心の底から感謝してる。部下がこいつだらけになったら俺はすぐに軍を辞めてシベリアの鉱山で働く」


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第87話

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「大統領は秦檜をご存知ですかな?」

 

「確か宋代の宰相でしたな」

 

「ええ。靖康の変で開封を追放された宋が金と和睦する紹興の和議を主導して岳飛を処刑、20年に渡る専横を行った中国4000年の歴史における代表的な売国奴です。」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「大統領はわが父が祖国で何と呼ばれてるかご存知ですか?」

 

「なんですか?」

 

「今秦檜。中華を己の実の可愛さ故に欧米列強に売り渡した売国奴ですよ」

 

 ホワイトハウスの窓からそう物悲しげにカークマンに言う30過ぎ程の若い男、彼の名は鄭青林、北中国政府とも呼ばれる中華共和国の外務大臣で前大統領の鄭成功の長男だ。

 彼の言葉には北中国政府の実情が現れていた。

 中国が南北に分かれて18年、法的に正当性のある中国政府は北中国政府である。

 しかし、民衆にとっては北中国政府は全く人気のない政府である。

 外圧に屈して欧米と講和し国を二つに割り外国勢力の大規模介入を招き中国の栄華と繁栄を一瞬にして消し飛ばした。

 アジアのシリコンバレーと呼ばれた華南は戦争で破壊され泥沼の内戦で国内工業も大きなダメージを受けている。

 その元凶は鄭成功の起こした党内クーデターだ。

 その男が外国勢力の支援で動かす国、支持できる要素など何一つないのである。

 

「しかし、君の父は祖国に奉仕したではないですか。

 内戦から15年ほど経ちますが中国の復興には目覚ましいものが…」

 

「その大半が外国資本ではないですか。

 21世紀前半、我が中国とその資本は世界の工場であり世界中に投資をしていた。

 アメリカに次ぐGDPを誇る巨大国家だった。だが今はこの通りだ。」

 

 彼の言う言葉の通り、中国の復興は外国資本が中心だった。

 彼の父はつい数年前まで大統領だったがその権力を維持できたのは欧米の支援あっての物。

 事実上北中国は欧米の食い物であった。

 

「大統領、かの世界も同じようにするつもりですか?」

 

「何のことですかな?」

 

 カークマンはとぼける。

 彼の言うのは現在巷に流れているある言葉を示唆していた。

 それは「かの地の経営の唯一の要訣は、陽に平和維持活動の仮面を装い、陰に百般の施設を実行するにあり」

 数か月前、元駐米日本大使で衆議院外務委員長の後藤正治が彼の先祖後藤新平が南満州鉄道創設の際に言った言葉「戦後満洲経営唯一ノ要訣ハ、陽ニ鉄道経営ノ仮面ヲ装イ、陰ニ百般ノ施設ヲ実行スルニアリ」を捩ったこの言葉をある議員に向かって言い、そのまま日本政府内から海外へと広がった言葉であった。

 つまり事実上国連によって植民地化し始めている事を皮肉った言葉だ。

 

「貴方方の食い物に」

 

「人聞きの悪い事を、今回は貴方方にも取り分は与えるつもりですよ?」

 

 カークマンがそう言うと鄭は内心恥知らずな白人と思いながら返答する。

 現在事実上向こうの世界の権益はアメリカが独占していた。

 そこでこの年の7月1日、アメリカとその他25か国が向こうの世界との交易に関する経済協定を締結していた。

 この協定は締結を主導した日本の外務大臣室賀大翔の名前から室賀協定又は締結交渉が行われた場所の名前を取って有馬協定とも称されていた。

 ただこれはまさに傲慢とも言うべきものだった。

 何せ向こうの権益をこちらの事情で分配するのだから。そしてその協定の参加国の中に中国もいた。

 

「我が家の冷蔵庫を食い漁った野犬が隣の家から肉を持ってくるようなものだ」

 

「頂かないのですかな?」

 

「政治は義では動かない、利で動く、か。

 これ程今の仕事を恨めしく思うことはない」

 

「ふふ、それは似たようなものですよ。

 アメリカ大統領はあの2020年に学んで国内の弱者を阻害すれば次は議事堂が燃えると学んだのですから」

 

 鄭とカークマンの会談は欧米人の傲慢が多分に含まれていた。

 

 

 

 

 

「ココツェフが来る」

 

「は?え?」

 

「君のところの人間だ、知ってるだろ?ココツェフ」

 

「ええ。この世で休日の仕事の電話に次いで嫌いな奴です」

 

 アーチポフ中将はグッドイナフにそう返す。

 彼の言うココツェフ、それはロシア国防次官でロシア海軍大将、前ロシア太平洋艦隊司令長官にして中国内戦のロシア海軍最高の英雄、ロシアという国の海軍の負の連鎖を遂に断ち切った男と名高いヨシフ・ヴラディミロヴィチ・ココツェフであった。

 そしてこの男、ロシア海軍の航空分野における棟梁であり海軍の航空戦力強化派閥のボスである。

 そのため空軍中将で名門軍人一家出身のアーチポフとは非常に仲が悪い。

 その上このココツェフはアーチポフとは真逆の両親は単なる労働者、己の才覚のみで成り上がった男という立場の違いもあった。

 更に二人の関係についてややこしくしている存在もあった。

 

「うちの息子の直属の上官ですがね」

 

 それは彼の長男イヴァン・ハリトノーヴィチ・アーチポフ空軍大佐の存在であった。

 現在の彼の職務は国防省国防次官補佐官。つまりココツェフの部下である。

 

「そんなに嫌いなのか?」

 

「ええ。うちの最新鋭戦闘機とその艦載機型の生産を巡って一時期内紛になりましたから。」

 

 彼は8年ほど前の最新鋭戦闘機を巡る政治的騒動を思い起こす。

 その件で当時アーチポフの上司だった将軍はカムチャツカに左遷された。

 

「何処の軍も同じか、そういうところは」

 

「ええ。ですがココツェフの野郎が面倒なのはそこだけじゃない」

 

「文字通りの英雄なのだろ?」

 

「ええ。親衛空母プリモーリエの初代艦長、東シナ海のクラーケンとかいう大仰な渾名を頂いてやがる」

 

 ココツェフの厄介な点は文字通り英雄な所だ。

 かつて中国との内戦でロシア海軍の最新鋭空母プリモーリエの艦長として中国海軍と戦い大戦果を挙げロシアという国の持つ海軍の負の歴史を断ち切った男という名声があった。

 

「そこまで君が嫌うのなら逆に気になるよ。」

 

 グッドイナフはなんだかんだで一年以上一緒に仕事をして人となりをよく知っているこの男がこれほど嫌う男に興味を持った。

 

 

 

 

 

 その頃、情報部では優雅に部下に作らせた昼食を摂る貴族がいた。

 姿振る舞い食事の仕草はまさに完璧な英国紳士にして古の特権階級たる名門貴族の振る舞い、ハイランドの名門氏族の末裔にして古くはスコットランド王国以来王家に仕えたキャラウェイ伯爵家当主らしい所作であった。

 そしてその部屋に入ってくる者が。

 

「ただいま戻りました、伯爵」

 

 入ってきたリーエンフィールドが敬礼すると伯爵は返礼し訊ねた。

 

「お帰り、リー。久しぶりのイギリスはどうだった?

 うちの息子のバカ嫁は相変わらずか?」

 

「ええ。相変わらずの浪費癖です。

 ジョンも尻に敷かれているようで」

 

「あのバカ嫁、何とか我が家の家計はこの仕事と息子の仕事の給与で回っている事を分かってないのか。

 場合によっては次はフランクだな。」

 

「フランクのところは娘しかいませんが?」

 

 イギリスから戻って来たので本国に残した家族の話を少しする。

 

「大したことない。今時女伯爵は珍しくない。

 ところでヤツはアレに食いついたか?」

 

「ええ。かなり」

 

「ザザビーズで98万ポンドまで競ったからな。

 ところでこれを読んで感想を聞きたい」

 

 突然伯爵は手元に置いていたクリアファイルをオークで出来たアンティークの机を滑らせた。

 ファイルは寸分たがわずリーエンフィールドの前に滑って行った。

 

「はい、ベオグラードですか?」

 

「ああ。座ってくれ。」

 

 促されるままに座って書類を読む。

 十分ほどかけて一通り読んだ彼女は書類をファイルに戻す。

 食事を終えた伯爵はナプキンで口元を拭きながら聞いた。

 

「感想は?」

 

「不味い事が起きる可能性がないとは言えませんね」

 

 その内容は実に不穏なものだった。

 ソ連軍の不満分子、パラデウスの主戦力がまだ維持されている事、ベオグラード駐屯軍内部の不和、中央政府に対する不信、カーター事件の余波による過激化等々だ。

 

「ああ。ありえない事が起きるのがここだ。

 私もその内容に関して少し懸念を抱いている。」

 

「他の方は?」

 

「ヴェンク中将は心配し過ぎではないか?と疑っていたね。

 少なくとも、パラデウスに余力はないと見ているようだ。」

 

 だが行動を行える余力の有無については意見が分かれているようだ。

 リーエンフィールドは更に畳みかける。

 

「伯爵は余力があると考えていますか?」

 

「私はあると考えている。

 少なくとも製造法に関してまだ何もわかってない。材料だけ分かっている状態だからな。

 ここには我々が使用できる偵察衛星も何もない、最大限の警戒を行うしかあるまい。」

 

「それで、伯爵は何を警戒しているのです?」

 

 リーエンフィールドが伯爵の考えている最も恐ろしい可能性を訊ねる。

 

「ソ連軍の反国連軍勢力がパラデウスと結びついて反乱」

 

「またですか?」

 

「ああ。まただ。どの国にも憂国の士とやらを気取るバカはいる物だ。

 だが、今回はカーターより面倒だぞ」

 

「どうして?」

 

「ソ連中枢部に対する純粋な不満が地方で溜まってる。

 国連軍に対する反乱ではなく、彼らの反乱の向きはソ連政府だ」

 

「それは、不味いですね」

 

 カーターの事件との違いはカーターの場合は小規模、且つ正面からの軍事作戦になることを想定していない物だった。

 しかし今回の場合は最初から向こうが反乱を起こす前提で動いている可能性があるのだ。

 更に補完する情報を得たいところだが直接的物証はない。

 

「ああ。その上エストニアの敵基地は完全に破壊されてる。

 あそこから情報を得るのは難しい、となるとこの間押収したベオグラードの情報を漁るかシギントしかない」

 

「シギントで何か情報は?」

 

 現物ではなくともネットワークや通信ではいくらか収穫はあった。

 

「ない事もない。CIAの優秀なハッカーがパラデウスのネットワークに侵入することに成功した。

 セキュリティの程度は、まあ我々と比べて圧倒的に劣るそうだ。

 そこで、連中のスパイに関する情報を幾らか得たそうだ。」

 

「それをCIAは?」

 

「小出しにしてきている。

 少なくとも今わかっている情報だけで言えば、連中の施設の一部か大半はまだ絶賛稼働中という事、そして東ドイツと欧州連合の中枢の情報が洩れている可能性が高い」

 

「それは…」

 

「私が懸念を抱くだけある情報だろ?

 便宜上、CIAはスパイは少なくとも東ドイツに一名、欧州に一名だ。

 それぞれ牛、枢機卿と呼んでいるそうだ」

 

「変わったコードネームですね。」

 

「集めた情報を東ドイツ、欧州連合内部の情報と照らし合わせるとそれぞれ医療系を中心とした情報の範囲と政府中枢を中心とした情報の範囲があったそうだ。」

 

「それで(聖ルカ)枢機卿(カーディナル・オブ・ブリュッセル)ですか。

 アメリカ人らしいですね」

 

 先方の欧州側中枢にスパイがいる可能性。

 CIAのハッキングチームが手に入れた情報を分析して得られた結果だ。

 

「警備関連の情報は欧州連合側と共有していますからね。

 最悪の可能性が」

 

「会談会場の襲撃、パラデウスは情報を持っているし、武器も戦力もまだ維持している。

 その上現地には上手く焚きつけられる不満分子も。」

 

「中止か延期を提案しましょう」

 

「もうしたよ。答えは今更止められないだそうだ。」

 

「危険があるのにですか?」

 

「『この一世一代の会談を延期中止するとなると一体どれだけの関係者が関わるのか。それはもう我々で関与できる域を超えている』だそうだ。まあ一理はある。」

 

 中止か延期を提言してもあまりにも多くの人が関与しているこの会談を中止したり延期をするのは殆ど不可能だった。

 

「我々情報機関の手に余る出来事ですからね」

 

「そうなれば早急に排除だ。」

 

 そこでキャラウェイは別の策を選んだ。

 それはソ連軍の反対勢力中枢の人間の殺害。

 思い切った策にリーエンフィールドは驚き聞き返す。

 

「排除ですか。誰を?」

 

「ベオグラード駐屯軍参謀将校、フィリトフ大佐。

 反中央政府を焚きつけている憂国の士を気取っている男だよ。

 その上、パラデウスと接触している。

 上の許可が下りた。

 勿論ソ連政府には伝えていない、現地軍もだ」

 

「誰が?」

 

「GRUのスカルプハンターがやってくれるそうだ。

 我々はランプライター」

 

「イングリッシュはセルビアでは目立ちますね」

 

「スラブ人の方が都合がいいってことだ」

 

「そう言う事だ」

 

 キャラウェイはリーエンフィールドに頷いた。




・鄭青林
中華共和国外務大臣
前大統領鄭成功の息子だが政府自体が欧米の支援を受けなければならない程人気がないので本人も人気がない。
そしてその現状を憂いているが同時にどうしようもないと理解している。

・室賀大翔
日本国外務大臣
現在の日本政府である安室内閣の大臣。
選挙区が兵庫県であったため外交協定交渉の場として地元有馬温泉を提供して外交交渉を主導した。
名前は室賀正武から

・後藤正治
日本国衆議院外務委員会委員長
古参議員で先祖は後藤新平。
経済協定を主導した国家でありながら内部では半分侮蔑の目線を向けている日本の立場を代弁した。
名前は後藤新平から

・ヨシフ・ココツェフ
ロシア国防次官
海軍大将
ロシア海軍の英雄で成り上がった人物。
中国内戦で最新鋭空母プリモーリエ(沿海州)の艦長として海戦に参加、第二次大戦以降最大の海戦となった中国東海艦隊との艦隊決戦で大戦果を挙げついでに寧波を破壊した戦果から
名前はロシア帝国大蔵大臣ウラディミール・ココツェフから

スパイの牛と枢機卿の由来はそれぞれ聖ルカとクレムリンの枢機卿
国連軍の姿が気がつけば利権を担保する存在に変質していると皮肉ってる。


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第88話

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 ベオグラード、8月初旬の夜中。

 ベオグラード旧市街の高級住宅街の一室で裸の男と女がキングサイズのベッドで寝ていた。

 どうやら男女の仲の様だ。片方はソ連軍の高級将校、もう片方は所謂娼婦なのかもしれない。

 

「全く、あの国連軍とかいう連中本当に嫌だわ。

 なんであんなみすぼらしい連中ばっかり助けるの」

 

「全くだよサーニャ。俺達の事もここでのことも何一つ分かってないお坊ちゃんばっかりだから分かってないんだよ。」

 

「あら、あなたみたいな?」

 

「俺はお坊ちゃんじゃないぜ、ハハハ!」

 

 二人しっぽりしているとドアがノックされた音がした。

 

「なんだ?」

 

「はーい!」

 

「司令部からです!ここにフィリトフ大佐がいると聞きました!」

 

 ドアの向こうから流暢なロシア語、それも兵隊らしい声で返事が聞こえた。

 女はすぐに隣の男に言う。

 

「ほら、あなたの部下よ。」

 

「はぁ、急に何だよ。

 分かった!準備するから少し待て!」

 

「分かりました!」

 

 兵士が返事をすると男は立ち上がり急いで軍服に着替える。

 数分後に着替え終わるとドアを開けた。

 

「すまない、待ったか?」

 

「ええ。下に車を待たせてます。

 急いでください」

 

 ドアの向こうにいた兵士が敬礼するとそう言って追い立てる。

 二人は慌ててアパートの廊下と会談を駆け降りる。

 その途上フィリトフが聞いた。

 

「緊急呼集か?」

 

「まあ、そんなところです」

 

「そうか。」

 

 二人がアパートの玄関を出た瞬間、玄関前に止まっていたSUVのドアが開き同時に玄関両脇に隠れていた人影がフィリトフの両腕を掴んだ。

 

「なっ!なにをっ…!!んご!」

 

 声を出す前に口に綿を詰められたフィリトフはそのまま車ドアの空いた車に押し込まれた。

 

 

 

 

 翌朝、ベオグラード市内のどこかにある建物の地下、無機質なコンクリートの床と天井と壁を飾る金属のパイプ群と配線、その隙間から見える煉瓦造りの壁という部屋で下着姿の男が椅子に縛り上げられていた。

 

「ん――――!!!ん――――!!!」

 

「ええ。少し縛り上げたら全部吐きましたよ。

 それでは、予定通りに」

 

 暴れる縛り上げられたフィリトフを横目に男はどこかに電話する。

 電話を切ると手を首に当てるジェスチャーをした。

 するとフィリトフの首に縄がかけられた。

 

「んぐっ!?」

 

「ごめんなさいね」

 

 後ろから来た青い髪のツァスタバM21はそう言って縄を引っ張り首を絞める。

 乱暴な絞殺に暴れて抵抗したフィリトフだったが少しすると気を失い両手が力なく落ちた。

 

 

 

 

 

 

 数日後ベオグラードの隣町、パンチェボで死体がドナウ川引き上げられた。

 パンチェボにやってきたウスチノフが死体を確認した顔見知りのソ連軍士官が警察署の安置室から出てきたところで声をかけた。

 

「それで、どうだ?」

 

「フィリトフ大佐だ。間違いない」

 

 彼は言葉数少なく答えた。

 驚きと怒りのこもった声だった。

 

「それは、心中お察しいたします。

 それで死因は?」

 

「分からないが恐らく殺人だ。

 全く、一体全体どうしてだ」

 

「ああ。彼はいい奴だったからな。

 私も悲しいよ」

 

 何も知らないウスチノフは悲しんでいる士官の肩を叩く。

 

 

 

 一方その頃、ベオグラードの某所で反国連軍・ソ連政府側の将校たちが密談をしていた。

 

「フィリトフが殺された。」

 

「なんだと?本当か?数日前から行方不明だが」

 

 将校の言葉に別の将校が驚く。

 

「本当だ。今朝パンチェボで上がったそうだ。」

 

「一体誰が?」

 

 更に別の中佐が尋ねる。

 

「大佐を誘拐した手口、アレはギャングなんかじゃないな。」

 

「ああ。秘密警察か?」

 

 一緒に見て来た砲兵少佐が同調する。

 そして見て来た参謀大佐が秘密警察ではないと考える。

 

「奴らならやるかもしれないが…」

 

「が?」

 

「冷静になって考えろ、大佐を消して誰が一番得するのかって。

 大佐は国連軍を嫌って彼奴らと手を組もうとしていた」

 

「国連軍は嫌っていたな」

 

「ああ。それでどうする?」

 

「大佐の為にも一矢報いるべきだ」

 

「奴らを追い出すんだ」

 

「そうだな、大佐の進めていたことを続けよう」

 

 皮肉なことにフィリトフの抹殺は更なる団結を齎してしまった。

 

 

 

 

 

「我々と組むと?」

 

「そうだ。我々は国連軍に反逆する。

 君らもそうしたいのだろ?」

 

「その通りだ」

 

「だから手を組みたい。悪い話じゃない」

 

 反国連軍将校の筆頭だった参謀大佐は数日後、市内某所である集団と密会していた。

 相手の無機質で無表情な黒い服に身を包んだ女は大佐の話を聞いていた。

 

「分かった、いいだろう。

 ただし我々の目的が優先だ」

 

「いいだろう。こちらも手に入れた摘発情報を流そう」

 

 交渉は成立、最悪の関係が結ばれてしまった。

 

 

 

 

 

 それから二週間後の8月半ばの8月17日、S地区は厳戒態勢に入っていた。

 

『こちら管制塔、異常なし』

 

『こちらAターミナル屋上、異常なし』

 

「了解、厳戒態勢を厳となせ。

 少しでもミスれば俺達全員明日からどうなるか」

 

 エドワーズ空軍基地と繋がる飛行場、そこでは一機の青と白で塗られた旅客機がゲートを抜けて入ってきた。

 そしてその機体に国連軍幹部たちは総出で出迎えて敬礼を向けていた。

 機体が指定の駐機場に止まるとタラップが横付けされる。

 そして中から誰もが知っている顔が出てきた。

 

「大統領に敬礼!」

 

 グッドイナフの号令と共に出迎えの士官たちが一斉に敬礼する。

 やってきたのは大統領カークマンだ。

 彼はタラップの上で返礼すると駆け降りるようにタラップを降りてグッドイナフ達に駆け寄る。

 

「いつも異世界で平和維持活動をしてくれてどうもありがとう。

 君たちの事は心から感謝している。」

 

「はっ、ありがとうございます。

 その言葉を聞けば我々の将兵の士気も上がります」

 

「君たちの手腕に期待しているよ。

 それにまだ出迎えは沢山必要だよ?」

 

「ええ。分かってますとも」

 

 二人の親しげな会話が終わるとグッドイナフは居並ぶ軍人たち一人一人に声をかけて敬礼しながら厳戒態勢のこじんまりとしたターミナルの傍で待機していた緑色のマリーンワンに乗り込んだ。

 輸送機からヘリの方を向いてグッドイナフ達は敬礼するとヘリは飛び立った。

 

「ふう、大統領が来たな。

 次は誰だ?」

 

 グッドイナフが副官に尋ねた。

 

「次は、イギリスのウィリアム・ジェームズ・ホーキンス外務大臣です。

 それから日本の室賀外相とカナダのエッフィンガム外相とロシアのココツェフ提督とゴレムイキン外相です」

 

「全く大忙しだ。」

 

「そうですね」

 

 グッドイナフに副官も同調した。

 政府高官たちが来るルートはこれだけではなかった。

 司令部のある街のゲートからも半分が来訪する予定だ。

 その中にはドイツ外相もいた。

 

 

 

 

「素晴らしいですな」(スロバキア語)

 

「ドイツ連邦軍総司令部にも劣らない素晴らしい司令部ですね」

 

「ありがとうございます。

 この司令部を中心に現在、国連軍合計75万が活動しております。

 その中には代表の祖国、スロバキア軍の姿やドイツ軍もありますよ」

 

 その頃、司令部ではEU特別代表のイオン・トゥラネク氏とルシニア外相が訪問し、アーチポフ中将とコーシャやイシザキなどのPMC関係者などと見学と会談を行っていた。

 

「そう聞き及んでおります。去年のカーター事件では活躍したとも」(スロバキア語)

 

「ええ。彼らの働きは素晴らしい物でした。

 司令部を強襲されながらも優勢な装甲部隊相手に一歩も退かず抵抗した、勇敢なる兵士達です」

 

「我が祖国の兵士を褒められるとは誇らしい事です。

 コールサー大佐も素晴らしい指揮官であり我が国は小国と言えど決して他国に劣ることはないと確信を持てました、と大統領も申していました。

 しかし、その能力を十全に発揮できたのはこの素晴らしい司令部とスタッフあっての物だと実感しました。

 これからもEUはこの活動を全面的にバックアップするでしょう、そしてその後ろ盾で平和と繁栄を与えることが出来ると確信した」

 

「それは我がドイツも同じです。

 ドイツ政府も最大限バックアップするでしょうし、何よりこちらのドイツ国民の為にも」

 

「心強いお言葉です。

 我々も平和と繁栄の為、全力を尽くします。」

 

 二人のお世辞と賛辞に塗れた言葉にアーチポフが謙遜する。

 一種のパフォーマンスともいえるかもしれないが外交や政治ではこのような公の場での言質は重要だ。

 これで国連軍の活動はEUとドイツの後ろ盾があるというアピールになる。

 これは大きな収穫だ。

 何せ異世界と言えど後ろには同じ言葉を話す民族がいるというのは現地民、特に未だ影響力の無い中欧・西欧方面には重要だ。

 

「では次は駐屯部隊を紹介しましょう」

 

 アーチポフはお偉方を連れて司令室を後にした。

 

 

 

 

 一方ベオグラードでは

 

「不審な動きはまだ?」

 

「ええ。フィリトフを消してもなかなか減りません。むしろ過激化している節が」

 

 ベオグラード市街の国連軍諜報部のスパイたちはベオグラード駐屯部隊の反国連軍側勢力について注意を払っていた。

 だが現実は非情であった。

 折角のフィリトフ暗殺もあまり効果はなかった。

 

「ここ最近パラデウスの摘発率が低下しています。

 さらに危険なのが一部幹部がパラデウスと接触している可能性が」

 

「それは不味いな。」

 

「上も察知しています。

 ですが目標を図りあぐねているかと」

 

「それで警備部隊増強か」

 

 情報を分析し、何か起こす可能性があると判断していたがそれが皆目見当がついていない。

 今更会談を中止にすることもできないので国連軍はベオグラード駐屯部隊の増強とドナウ川部隊の増強で対処していた。

 

 

 

 

 

「パンチェボにアメリカ海兵隊とロシア海軍歩兵、アメリカ海軍特殊作戦コマンド。

 Mk7特殊任務艇6艇にSOC-Rが1コマンド、更に新型のCB-90Mも4隻配備。」

 

「その上アメリカ海軍の補助巡洋艦を3隻追加だ。」

 

 ベオグラードの司令部でソ連軍の指揮官とウスチノフが現状のベオグラード周辺部の駐屯部隊を見る。

 ベオグラード周辺は元々のウスチノフの部隊の二倍近い部隊が追加配備されていた。

 まずベオグラードの隣町パンチェボにアメリカ海軍の河川用舟艇が多数配備、その中には最新鋭の河川襲撃艇CB-90Mがあった。

 スウェーデン製のCB-90を抜本的に改良発展させたCB-90Mはかなり図体のデカい船なのだがわざわざ国連軍は陸揚げして列車に積載してドナウ川まで持ち込んだのだ。

 

「更に海兵隊と海軍歩兵はAAV10とBMP-5装備だからな。

 何かあれば川を渡ってくる。

 これで東の守りは万全だし予備兵力になる」

 

 ウスチノフが地図に手を置いて示す。

 

「そして南の守りか」

 

「ベオグラードを攻めるなら川を超えるか南から攻めるしかない。

 南にはイスラエル軍とインド軍、セルビア軍にドイツ連邦軍、アンザック戦闘団だ。」

 

「ドイツ軍は戦車部隊だったな。」

 

「何かあれば防壁外で機動防御を実施する腹積もりだよ。」

 

「西の守りはロシア軍とカナダ軍とイギリス軍?」

 

「ああ。飛行場が最重要拠点だ。

 ここを取られたら全滅だよ」

 

 防衛は南側に主力を置きロシア軍とカナダ軍とイギリス軍を西の空港防衛に配置するという物であった。

 するとソ連軍の指揮官が尋ねた。

 

「市街に部隊は置かないのか?」

 

「一応置くつもりだよ。

 予備兵力はフランス軍、ポーランド軍、自衛隊に北中国軍だ。」

 

 ベオグラード防衛部隊は非常に多数の部隊が派遣されていた。

 何故なら各国の代表を確実に守りたい各国はそれぞれの国の軍隊をベオグラードに配するようアメリカに圧力をかけたのだ。

 アメリカもS地区の情勢が安定し今まで治安維持を担っていた部隊が段階的に警察や州軍に代替されて行っているのでヨーロッパや中南米、アジア諸国軍は余っていた。

 そこで彼らを送り込んだのだ。

 幸い、輸送機などの輸送事情は改善しソ連政府も多数の河川用船舶を提供、列車なども都合をつけたので何とか送り込める用意がついたのだ。

 その結果、余っていたイギリス軍のウォリック任務部隊、フランス外人部隊、カナダ軍にアンザック、ポーランド軍のポドハレ連隊等々が集まっていた。

 そしてこれらを市街からその外に至るまで緻密に配していた。

 しかしここで指揮系統の問題が生まれていた。

 

「しかし、指揮系統は大丈夫なんだろうか」

 

 これらの派遣部隊はウスチノフ傘下にねじ込む形で派遣された。

 結果指揮能力がパンクしかけるという事態が発生、急いで指揮設備の増強と指揮系統の再編を要請、後者は彼らが新たな司令部とした作戦指揮艦カトマイが派遣され、指揮系統も新たに西部ベオグラード防衛部隊、南部ベオグラード防衛部隊、東部ベオグラード防衛部隊、ベオグラード市街防衛部隊の4つに再編しそれぞれに独自の作戦指揮を命じ彼の司令部が統括するという乱暴な方法で何とかしていた。

 そのため編成は

・南部ベオグラード防衛部隊

 ・イスラエル軍第432歩兵大隊"ツァバル"

 ・ドイツ連邦軍第11装甲旅団

 ・インド軍第3歩兵連隊

 ・セルビア軍ネレトヴァ戦闘団

 ・アンザック戦闘団

・西部ベオグラード防衛部隊

 ・ロシア軍第465自動車化狙撃兵連隊

 ・カナダ統合軍第31連隊

 ・イギリス軍ウォリック任務部隊

・東部ベオグラード防衛部隊

 ・アメリカ海兵隊第1海兵師団第7海兵連隊

 ・ロシア海軍第39海兵連隊

 ・アメリカ海軍特殊作戦コマンド

 という立派なものになっていた。

 さらにここにベオグラード防衛のソ連軍部隊約一個師団も付随するのである。

 これだけあればパラデウスも手出しはしない、手出ししても即座に撃破か大統領や外相が逃げ出す時間を稼ぐことが出来る、そう確信できるほどだった。

 

「戦争に絶対はないからな、大丈夫であることを祈るしかない」

 

 ウスチノフの言う通り、この付け焼刃の編成、司令部から遠く離れた孤立した場所という条件、与えられた条件を考えるならば何事もなく会議が終わり、何事もなく全員が帰路に就く事を祈るのが最善だった。




・ウィリアム・ジェームズ・ホーキンス
イギリス外務大臣
現ジャーヴィス政権外務大臣、保守党
名前はホーキンス級重巡ホーキンスから

・レニー・エッフィンガム
カナダ外務大臣
現フロビッシャー政権外務大臣
名前はホーキンス級重巡エッフィンガムから

・イオン・トゥラネク
EU特別代表、EU議会議員
スロバキア人
名前はスロバキア軍快速師団師団長ヨーゼフ・トゥラネク中佐から

・ニコライ・ゴレムイキン
ロシア外務大臣
名前のモデルはロシア帝国大臣会議議長イワン・ゴレムイキンから

(各国内閣と与党とベクトル)
アメリカ:カークマン政権(共和党・中道右派)
カナダ:フロビッシャー政権(自由党・中道左派)
ロシア:ケレンスキー政権(ロシア自由社会党・左派)
イギリス:ジャーヴィス政権(保守党・右派)
フランス:ド・ヴィリア政権(フランス社会民主連合党・中道左派)
ドイツ:オッペルン=ブロニコフスキー政権(SPD・中道左派)
日本:安室内閣(民主労働党・中道左派)
中国(北):金政権(社会党・左派)
オーストラリア:キャヴェンディッシュ政権(オーストラリア自由党・中道右派)
イタリア:マリア・マッテオッティ政権(イタリア前進!・右派)



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第89話

諜報機関って各国で癖が違うんですよね
旧東側の諜報機関は任務達成を優先するからか暗殺や工作を自分達の手で行おうとする節がある一方でそのカモフラージュや隠蔽や陽動、欺瞞、手法がかなり雑(例ロシアの元スパイの数々の暗殺事件)
一方西側は相手に悟られないように直接やるかどうかで言えばかなり控えめ。
現地のギャングやマフィアやテロリスト、他国諜報機関や軍を使って暗殺とかするから失敗も多い。カストロ暗殺の大多数が失敗したのもそういうアレ。
というか間に挟むので金が要る→その金の流れで色々バレて大騒ぎが多い(ヴァチカンスキャンダルやイラン・コントラ事件)
なお両者の長所を持ってるのがモサド


「大統領、やはりパラデウス対策ですか?」

 

「ええ。オーキンレック外相。

 我々にとって喫緊の課題はパラデウスの殲滅です」

 

「この間の攻撃で赫々たる戦果を挙げたと言っておりますがそれでもまだ壊滅には程遠いと?」

 

「そうです。何せ相手は宗教集団の仮面を被っていた恐ろしい連中です。

 現在、あの手この手で関係者を逮捕していますが何分地下に潜られた者も多い」

 

 カークマン大統領は訪問一日目の予定であるオーストラリア外相オーキンレックと日本の外相室賀と日米豪の3者会談が実施されていた。

 これは珍しい事に報道陣に公開された会談でありソ連のメディアも取材していた。

 

「日本政府は全てのテロに対して断固とした処置を取るというのが基本です。

 勿論パラデウスに対してもです。なので我々も積極的に支援を行いたいと考えております」

 

「オーストラリア政府も同じです。

 この世界の治安の安定化こそが成長のカギであることは火を見るよりも明らか。」

 

「我々も今月より軍の編成を見直しより適した部隊と段階的に交代し現地警察組織や軍組織の再編を支援していきます。

 物資等も我々が与えるつもりです」

 

 表現こそ三者三様だが基本的にはパラデウスに対する強硬策を口にする。

 パラデウス及びソ連政府に対する日米豪の団結を示していた。

 

 

 

 

 訪問一日目、S地区最大の高級ホテルには要人が多数集まっていた。

 それは会談参加者に対する公式レセプションパーティが開催されていたからである。

 周囲は紛争地らしく軍と警察とPMCががっちり防御していた。

 そしてその中では今や完全に存在感が空気と化しているグリフィン関係者もいた。

 一方で軍幹部は違っていた。

 

「貴方がグッドイナフ大将ですね?」

 

 流暢な英語で話しかけられたグッドイナフ、振り向けばロシア海軍大将の軍服を着た大男がロシア空軍大佐の軍服を着た若い将校を連れて立っていた。

 その正体はすぐに理解した。

 

「ええいかにも。貴方はロシア連邦国防次官のココツェフ提督とお見受けするが」

 

「そうですよ、将軍殿」

 

「階級では同格だが地位では貴官の方が上だ。遜った態度は困ります」

 

「そういう物ですかね。まあいいでしょう。

 この2年、この混沌とした世界に秩序を取り戻そうと尽力した貴官の功績はよく聞いている。

 是非一度会って話をしたいと思ったのですよ」

 

「そう思われるとは恐悦至極に存じますな。

 あのロシアの英雄にそのように思われるとは」

 

「畑違いの貴方にも知られているとは。」

 

「東シナ海で中国東海艦隊との艦隊決戦での見事な指揮は戦史に残っているのですから知っていて当然でしょう。

 もうあの戦争は20年近く前なのですし」

 

「貴方もあの戦争に?」

 

「私は残念ながら本土でしたが後半に沖縄に」

 

「そうですか。」

 

 話していると二人に割って入る人がいた。

 

「ココツェフ提督、お久しぶりですな。」

 

「アーチポフ中将、お元気そうで。」

 

 アーチポフが横から割り込む。

 表面上は和やかだが裏では互いにバチバチに対立している。

 片や海軍の英雄にして海軍航空部隊のプリンス、片や空軍の重鎮、対立しない要素がない。

 それらから離れたところにいたのが

 

「社長」

 

「へリアン君、やはりなんだか居心地が悪いな」

 

 クルーガーとへリアンはなんだか居心地の悪いと感じていた。

 S地区を担当する指揮官数名も参加しているようだが同じような居心地の悪さを感じていた。

 だからか、会場の隅で集まっていた。

 

「ミスタークルーガー、久しぶりですね。

 ミスへリアントスも」

 

「お久しぶりですな、アーチポフ中佐」

 

「お久しぶりです中佐」

 

 へリアンとクルーガーに軍服を着たアーチポフがシックなドレスを着たG36を連れて声をかける。

 

「楽しんでいただけていますかな?」

 

「まあ、それなりにはな」

 

 クルーガーが答える。

 それに笑顔で彼は答えた。

 

「それはよかった。

 大統領や各国外務大臣、官僚たちが集まっています。

 是非、人脈でも作ってはいかがですかな?」

 

「そう言っておりますと、丁度良いお方が」

 

 アーチポフが話しているとG36が近くにやってきた人物を示した。

 そこにはスーツを着た60代の男がいた。

 

「マイク・マクドネル、大統領顧問です。

 投資ファンドマクドネル・ロングターム・キャピタルの創業者ですよ。

 MLCはここに積極的に投資していますからね、関係を持ってもいいのでは?」

 

 大統領顧問の一人、マイク・マクドネル。

 ニューヨークの大手投資ファンドの創設者でありこの世界にも積極的に投資していた。

 この会談には欧州との通商交渉を行う交渉団も同伴しており、それらは商務長官をトップとする実業関係者が多かった。

 

「そうですな、では」

 

 クルーガーはマクドネルに挨拶しに行った。

 

「貴方がミスターマクドネル?」

 

「そうだが、君は?」

 

 マクドネルが肯定するとクルーガーは自己紹介する。

 

「グリフィン&クルーガー社社長、クルーガーです」

 

「そうか、君がクルーガー社長かね。

 君の会社のうわさはかねがね聞き及んでいる。

 このS地区の治安を助ける職務を委託していると」

 

 グリフィンの事を知っていたのかかなり親しげな対応だ。

 更にある程度知っていたようだ。業務の事も知っていて話題に出している。

 話だけならば彼はグリフィンに好印象を持っているようにも見える。

 

「ええ、概ねその通りですね」

 

「結構な事だ。

 治安は大事だ、投資においても不安定な治安はそれ自体がリスクになる。

 治安が安定すれば投資がしやすくなり、投資が入れば町は発展する。」

 

「歴史の方程式ですね」

 

 治安が良いだけで投資が集まりやすいというのは当然だ。

 治安が悪いというのはそれだけでリスクだからだ。

 だからこそグリフィンの仕事は重要だ、現状どんどん価値が低落して今や警察や軍や他PMCの補助任務程度しか回されていないが。

 

「その通りだよ。しかし、投資家的観点から言わせてもらえればグリフィンはあまり魅力的とは言えないね」

 

「…どうしてです?」

 

 マクドネルの言葉にクルーガーが反応する。

 マクドネルは投資家だ、だから彼はグリフィンの価値を見抜いていた。

 

「PMCはそれなりに投資価値のある企業はある。

 G&Kセキュリティがその最たる例だ。

 だが、グリフィンは違う。

 規模はそれなりにあり施設や人員も多いようだが、能力では我々のPMCに劣る数だけ立派な連中と聞き及んでいる。

 現在の任務は殆ど警察や軍の補助業務ばかり、監獄の看守や留置場の警備、犯罪者の移送支援に裁判所警備業務の請負、どれもこれも小粒で大したことない事ばかり。」

 

 マクドネルの辛口の批評にクルーガーは反論できない。

 実際最近の仕事はとても小粒で小さな事ばかり。

 以前の仕事の大半は警察や軍に取られて楽ではあるがあまり成長性の期待できるようなものではない。

 一応S地区の外でもソ連政府から仕事は請負っているがそれでもやはり成長性がある訳じゃない。

 そのような点を見抜かれていた。

 一方コーシャとG36はグリフィン関係者と話を続けていた。

 

「あのP基地の指揮官はいないのかね?」

 

「多分どこかにいると思いますよ」

 

「彼女は若いのに優秀だからな。

 是非然るべき教育機関に送るべきだと思うよ」

 

「コーシャ、久しぶりだな」

 

 コーシャが振り返ると見知った顔がいた。

 

「久しぶりだな、兄貴」

 

「まあな。中々帰ってこないからな。」

 

 それは兄のイヴァン・ハリトノーヴィチ・アーチポフ空軍大佐であった。

 空軍参謀本部から国防次官付副官というエリート街道を進みモスクワ勤務の彼とはなかなか顔を合わせられなかった。

 二人は久方ぶりの再会を喜び抱き合う。

 

「コーシャ、G36とはうまくやってるかい?」

 

「ああ。兄貴こそいい加減結婚したらどうだ?」

 

「一人の方が気楽で楽だよ。

 毎晩有り余る金使ってキャバレーで大騒ぎしても誰も文句を言わないからな」

 

「いつか刺されるぞ」

 

「国の為以外に命を失うのは困る」

 

 二人は久方ぶりの再会を祝った。

 

 

 

 

 その頃、ベオグラードの南方では警戒監視の為飛んでいたUAVのオペレーターが何かに気がついていた。

 

「ん?なんだこれ?」

 

「どうした?」

 

「これ、見ろよ」

 

 彼は隣の仲間に画面に映っている轍を見せる。

 

「ん?ただの轍だろ?

 別に珍しい物じゃないさ」

 

「に、しては数が多いと思わないか?」

 

「そんなもんだろ。これだけ広いんだからトラクターも沢山必要なんだろうな」

 

 地方出身の彼は違和感を覚えるが都会出身のもう片方は特に気にも留めていなかった。

 

 

 

 

「はぁ?下水道に変な集団がいるぅ?」

 

 それは下水道職員からの連絡だった。

 ポポヴィッチに伝えられたその報告に彼は電話口で聞き返した。

 

『はい。下水道職員によりますと、どうにも変な集団が地下で何かをやっているようだとのことです』

 

「どうせ鼠かこの間の雨でゴミが流れて来たとかそういうのだろ。」

 

 大したことではないと思い相手にしないポポヴィッチ。

 だが部下は下水道職員の報告を伝える。

 

『いや、それがどうにも大人数が明らかに直近に通った後や鼠が一匹もいないとかで。』

 

「誰かが殺鼠剤でも撒いたんだろ。

 というか数か月前に衛生環境改善策の一環で鼠用の毒餌撒いてなかったか?」

 

『それでもいなさすぎると』

 

「気のせいだと言って追い返しておけ。」

 

 ポポヴィッチはそれだけ言うと電話を切ってしまった。

 

 

 

 

 

 数日後

 

「汎ヨーロッパ連合、ウルリカ代表搭乗の特別列車、最終閉塞区間通過。

 予定通りベオグラード駅に到着します」

 

「さてと、お前ら、これからが本番だぞ。

 気合い入れろよ、粗相が少しでもあれば俺の首が飛ぶ」

 

 8月18日、ベオグラード要塞内に作られた警備司令部でオペレーターが欧州連合のウルリカ女史を乗せた列車の到着をアナウンスする。

 その報告を聞いてウスチノフが気合いを入れろと声をかけるがすぐにジョークで返事された。

 

「少将の首は飛ぶほど価値があるとは思えないが?」

 

「それもそうだな、ハハハ!」

 

 返事をした士官の返事に大笑いするウスチノフ。

 世界中の要人が集まる一世一代の大行事に緊張に包まれていた。

 

 

 

 

 

「エアフォース・ワン、着陸を許可。滑走路は30R」

 

『了解滑走路は30R』

 

「地上の各機は移動停止を維持、繰り返す移動停止を維持」

 

 ベオグラード市街西方、バタイニッツァ空軍基地のソ連軍の管制官が指示を出す。

 着陸しようとしている飛行機はアメリカ大統領を乗せた要人輸送機エアフォース・ワン。

 そのため一帯は緊張感に包まれていた。

 何せ何かが起きれば首が吹き飛ぶでは済まない。

 更にはエアフォース・ワンの後ろにはさらに十機以上の各国要人を乗せた輸送機、ビジネスジェット、旅客機が並んでいる。

 皆バタイニッツァ基地か近隣のベオグラード空港に向かう機体だ。

 一世一代の外交ショーの時間が近づいていた。




・オーキンレック
オーストラリアの外相


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第90話

感想ください


「安室さんと言いますとやはり馬主ですな」

 

「そんなに有名です?私」

 

「去年のキングジョージ6世&クイーンエリザベス2世記念ステークス勝ち馬のクァクァウティンと凱旋門賞同着優勝オセロメーの馬主ですからな。」

 

「あのレースで私のモンマスは8馬身千切られましたよ。」

 

「それはすいません、ホーキンス大臣。」

 

「私の馬は去年ニエル賞ぐらいですからな」

 

「いえいえ。ラヴィアンローズの活躍は伝説じゃないですか。

 ジュトゥヴーもいい馬ですよ、ニエル賞勝って凱旋門賞乗り込んだじゃないですか」

 

 会議が行われる国際会議場の一角、全員が揃うまでの間、部屋の一角では日本の室賀外相とイギリスのホーキンス外相、更にフランスのアズナブール外相は歓談していた。

 内容は3人揃って馬主としても著名であったという事で競馬だった。

 安室外相は日本の馬として史上初の凱旋門賞とキングジョージを勝ち、ホーキンスの馬はその馬に千切り捨てられアズナブールの馬は凱旋門賞の前哨戦は勝ったが凱旋門賞は千切り捨てられていた。

 

「ギルダ・ウルリッヒ女史、入ります!」

 

 職員の誰かが叫んだ。

 ドアが開き、護衛と秘書を連れた欧州連合のウルリッヒ女史が入ってきた。

 

「そろそろだな」

 

 3人は無駄話を止めて、ウルリッヒの方へ向かった。

 

「お待ちしておりました、ミスウルリッヒ。

 トム・カークマンです」

 

「これはどうも、カークマン大統領。

 ウルリッヒと申します」

 

 代表してカークマンが向か入れ握手する。

 その瞬間を狙って記者が一斉にフラッシュを焚いた。

 

「記者の皆様にお付き合いください。」

 

「ええ。構いませんよ」

 

 暫く笑顔で握手し続けてポーズを取る二人。

 記者の撮影が一通り終わると会議の席について会談が始まった。

 

 

 

 

 ベオグラード南方のある幹線道路の交差点近くの廃工場の陰に装甲車が隠れていた。

 

「こちらモンジュー、異常なし。レイルリンク、どうぞ」

 

『レイルリンク了解した。引き続き哨戒せよ』

 

 装甲車隊の隊長車のアラブ系の通信手が司令部に連絡する。

 司令部の返事を聞いた彼は応答すると愚痴った。

 

「了解。なんでこんな変なコールサインなんだよ、この部隊は」

 

「文句言うなよアリー。

 凱旋門賞勝ち馬からコールサインを決めたんだとよ。」

 

 傍のハッチから外を監視していた隊長は中を覗き込みながら言った。

 

「競馬じゃねえか。貴族様共の遊びの名前かよ」

 

「それでも世界最高を決める凱旋門賞を勝ったんだからある意味俺達にふさわしいかもな」

 

 彼らはドイツ連邦軍の第11装甲旅団の装甲車部隊であった。

 隊長車の周辺には30ミリ機関砲を搭載した8輪装甲車二台と8輪装甲兵員輸送車1台、二両の120ミリ砲搭載の8輪戦闘車がやや起伏のある平地の藪の中や建物の陰にそれぞれ隠れて戦闘陣形を組んでいた。

 

「パラデウスは真っ白だからな、正規軍共よりは見つけやすい。

 この辺りなら」

 

「都市部に入ったら大変ですからね」

 

「案外市街地じゃ白は目立たない物だよ。

 全く大変だよ。」

 

「そうですね」

 

 するとそこへ離れた場所から偵察用ドローンを投射して偵察を実施していた仲間の人形から連絡が来た。

 

『こちらアルバトロス、南西方向より不審な勢力接近中?

 とにかく怪しい集団が来てます』

 

「了解、こっちにも映像が来た。

 これは、パラデウスだな。

 それも戦車とか引き連れてる。

 至急司令部に連絡、戦闘用意。威力偵察を行う」

 

「了解。

 こちらモンジュー、パラデウス勢力接近中。規模不明なれど多数。

 戦車等装備、接近速度時速15キロ程度と見込む。

 これより威力偵察を実施する。」

 

『モンジュー了解した。

 直ちにエリシオを派遣する。

 エリシオ到着まで時間を稼げ』

 

「了解」

 

「ケッ、無茶言いやがる。

 各車、接近中の連中を始末する。

 幸い奴らは遅い、機動力なら上だ。

 各自威力偵察の用意だ」

 

『ヴァンツェ1了解』

 

『ヴァンツェ4了解』

 

『ヴァンツェ2了解した』

 

『ヴァンツェ5ウィルコ』

 

『ヴァンツェ6了解』

 

 各車から了解の返事が聞こえると戦闘準備を開始する。

 速度の遅いパラデウスに備えて兵士達は藪に隠れ対戦車ミサイルや無反動砲を待ち伏せの為構える。

 さらに機関砲や大砲も念入りに偽装して準備を整える。

 火力こそあれど路外機動性や防御力に劣る装甲車隊にとって鍵となるとのは最初の一撃だけだ。

 それから10分もしない間にパラデウスたちはやってきた。

 

「連中周囲を念入りに気にしてるみたいだな。

 各車、念入りに近づけて仕留めろ。セオリー通りだ」

 

 共有された映像から敵の動きを読み取った隊長が指示する。

 そして彼らが交差点にまで辿り着いたところで120ミリ砲が火を噴いた。

 一斉に2発放たれた砲弾は先頭のウーランを破壊、続けて後ろにいたウーランも破壊する。

 

『ヴァンツェ6一両撃破』

 

『ヴァンツェ4目標命中、次弾用意、撃て!』

 

「ヴァンツェ5、2攻撃開始、援護だ」

 

『ヴァンツェ5ウィルコ』

 

 それを開始の号砲として一斉に隠れていた装甲車の30ミリ機関砲が連射されると後ろにいたドッペルゾルトナーも瞬時に穴だらけとなり、後続の兵士も次々討ち取られる。

 

『ヴァンツェ2、攻撃中、給弾支援』

 

『5了解、援護する。スモーク』

 

 30ミリ機関砲弾を撃ち切った仲間の車両を援護するためスモークを発射して援護する。

 パラデウスは煙幕をもろともせず反撃する。

 そのうちの一発が一両に命中する。

 

『ヴァンツェ5被弾損傷、被害は軽微』

 

「ヴァンツェ5了解」

 

 機関銃の弾が当たっているような軽い音をBGMに報告する仲間に返事をする。

 そこへ敵被害状況の確認要請が来る。

 

『ヴァンツェ6、目標被害状況確認』

 

「確認した。敵被害は戦車9、ガンダム2、その他歩兵多数。

 よし、もう十分だ。撤退だ。ヴァンツェ1は兵員回収後退避、援護しろ。」

 

 指揮車のモニターから各社からの映像、歩兵からの映像を繋ぎ合わせて敵被害を確認し、十分な打撃を与えたと判断、撤退を号令した。

 

 

 

 パラデウスと交戦の連絡はすぐに司令部に伝えられた。

 ウスチノフは司令部の画面を頬杖をつきながら見つめて情報を聞いていた。

 

「第11装甲旅団第16装甲偵察大隊がパラデウスの軍勢を発見し交戦を開始した模様です」

 

「場所は?」

 

「ベオグラード南方のここです。」

 

 画面上の地図に交戦地点がマークされる。

 その状況にヤーララガッタが意見する。

 

「パラデウスは一匹いれば100匹いる連中です。

 至急偵察機を出して周辺地域の敵戦力を確認すべきです」

 

「ええ。ヤーララガッタ大佐の言う通りです。

 経験上彼らはELIDの多いか多かった地域では放置していると無限に湧いてきます。

 至急全戦力で叩き潰すべきです。」

 

 ヤーララガッタに在ベオグラードソ連軍作戦参謀のウラソフ大佐が同調する。

 このウラソフはつい先日何者かに殺されたフィリトフ大佐と仲の良い人物だ。

 

「ポポフ少将のご意見を伺いたい。

 ベオグラードなら君が知っているだろう」

 

「概ねウラソフ大佐と同意見だ。」

 

 ソ連軍の総司令官のポポフ少将に意見を伺うと彼はウラソフに同調する。

 ウスチノフは知らないがポポフはつい数か月前にカーター派と付き合いがあったとして中央から左遷された人物でありこの辺りの情勢には大して詳しくなく殆ど部下の将校たちに任せている。

 その上この場ではウスチノフの方が上席として扱われていた。

 

「そうか。まずは偵察機を飛ばして敵戦力を見極めろ。

 その間にアンザックとツァハルは戦闘準備を行い第11装甲旅団の援護準備だ。

 ソ連軍部隊は市内警備を行え。

 アラートを発令して会議を中断、要人の方々には脱出の準備を」

 

「「了解」」

 

 ウスチノフが全面的な指示を出す。

 それにポポフが難色を示した。

 

「しかし、この程度のパラデウスの進出は何度かありました。

 大抵小競り合いで済んでいます。過剰では」

 

「過剰で済めば万々歳だよ。

 下手にやって俺の首を飛ばしたくない。

 野犬と狼を見間違う少年は狼を捕まえられないハンターよりは役に立つ」

 

 ウスチノフはそう返した。

 

 

 

 

 

 司令部で戦乱の匂いを感じ取っていた頃、会談会場では会議が始まったばっかりであり会場の外の関係者控室では同行していた政府関係者やプレス関係などが話し合ったり取材しあったり慌ただしくしていた。

 その中で妙齢の女性が一人右往左往していた。

 

「えっと…どっちでしょう…」

 

「どうかなされましたか?」

 

 その姿に気がついたイヴァンが声をかける。

 

「はい、ウルリッヒ代表秘書官の控室はどちらでしょうか?」

 

「それなら右手の奥から3番目の部屋だ。

 プレス関係者は立ち入れないぞ」

 

 案内すると同時にこのどことなく危険な香りのする女に釘をさす。

 すると彼女はきっぱりと否定した。

 

「いえ、ウルリッヒ代表の秘書のモリドーといいます」

 

「秘書でしたか、これは失礼を」

 

 秘書と聞いてイヴァンは失礼を詫びた。

 

「いえいえ。では失礼しますね」

 

 モリドーは笑顔で手を振ると秘書の控室に向かった。

 そしてそれと入れ違いで電話が鳴った。

 

「私だ」

 

『イヴァン・ハリトノーヴィチ大佐ですね?ベオグラード防衛司令部のエッカルト少佐と申します。

 至急の要件です、ベオグラード南方にパラデウスの大群が出現、警戒態勢を上げて会談を中断、要人たちの避難準備を』

 

「了解した」

 

 司令部からの緊急連絡だった。

 それと同時にロシア軍の参謀将校が息を切らして会談会場に入っていった。

 

 

 

 

 

「ですから、我が国としましては欧州全体に…」

 

 始まったばかりの会議ではアメリカの通商代表レントン・ダグラスがアメリカ政府による欧州への経済支援の詳細に関する提案報告を行っていた。

 そこにドアが開いて軍人がやってくると秘書たちに小声で伝えていた。

 

「合計50億ドルの借款と金融支援を行う用意があります。

 また我が国は欧州全体の国々への崩壊液除染支援の予算としてそれとは別個に約70億ドル分の信用供与を行うことをウォール街の主要銀行及び欧州アジアの主要銀行25行と妥結し…」

 

「おい、それは本当か?」

 

「はい、ですから直ちに中断を」

 

「分かった。大統領に伝えてくる」

 

「私達も外相に」

 

「成るべく早く頼む」

 

 秘書たちは軍人たちの報告に驚きながらもそれぞれの主たちの下へと駆ける。

 

「というわけで、欧州全体への金融のみに絞った支援だけでも合計150億ドルを予定し…

 ん?なんだ?」

 

「代表、軍からパラデウスが接近しているので会議を中断して退避の準備をして欲しいと」

 

「なんだと!?わかった。

 会議は中断!パラデウスが接近してるそうだ!」

 

 ダグラスの言葉にざわめく会議室。

 即座に各自の秘書たちに本当かどうか聞く出席者。

 そして慌ただしく会議の中断と退避の準備を行うべく軍人たちが入ってきた。

 

「ロシア軍です!大統領たちは直ちにセーフティーエリアにお連れしてください!

 記者達も退避の準備をお願いします!」

 

「大統領閣下はこちらに」

 

 シークレットサービスも同時に入ってきて大統領を誘拐同然に連れ出す。

 会場の残された資料も秘書や軍人が慌てて回収していく。

 これが混乱の幕開けだった。

 




・アズナブール
フランスの外相
室賀、ホーキンス共々同じように馬主。
馬名にはフランスのシャンソンの題名をつける。
室賀は主に非ヨーロッパ文明の単語
ホーキンスはイギリス史から


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