このカレイドの魔法少女に祝福を! (猿野ただすみ)
しおりを挟む

この聖杯(魔法)少女に転生を!

プリズマ☆イリヤは、2wei最終決戦のifルートとなります。


≪イリヤside≫

……アレ? ここは? わたしは一体…。

気がついたらわたし、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、薄暗い場所で椅子に座っていた。

そう言えば衣装が、転身前に戻ってる?

 

「お待ちしていました、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンさん」

 

いきなり声をかけられて慌てて前を向くと、そこには、背中に白い大きな翼を生やした綺麗なお姉さんがいた。

 

「……天使?」

「はい、その通りです」

 

わたしのつぶやきを肯定するお姉さん。…って、この状況って!?

 

「これってもしかして、わたし死んじゃったの!? ここってまさか、死後の世界!?」

「はい。貴女は先程お亡くなりになりました。理解が早くて助かります」

 

いやいやいや! こんなこと、理解したくも無かったんですけど!

 

「ち、ちょっと待って。まさか間違って死なせちゃったとか…?」

「いいえ。ほんの僅かですが、あの場面で死ぬ可能性は存在していました。貴女は、その可能性を引き当ててしまった貴女なのです」

 

天使さんの説明にショックを受けたけど、同時に納得もしている。

身体を酷使したツヴァイフォーム。8枚目のカードの英霊が放った攻撃。命を落とす要因は充分にある。

 

「あの、戦いはどうなったんですか?」

 

わたしは、わたしが死んだ瞬間のことは憶えてない。

みんなは、どうなったんだろう。ミユは助け出せたの? わたしと痛覚共有している、クロは無事なの? リンさんは、ルヴィアさんは、バゼットさんは…。

 

「貴女が放った攻撃であの英霊は倒れ、美遊さんは解放されました。しかし貴女の魔術回路はその負荷に耐えきれず、貴女は意識を失い、そのまま息を引き取られたのです」

 

そっか。うん。かなりムチャしちゃったもんね。

わたしは、泣きたくなる気持ちを抑えこんた。まだ、聞かなくちゃなんないことがあるんだから。

 

「クロは、どうなったの?」

「クロエさんは生きてますよ。彼女にかけられていた呪い、『死痛の隷属』は、死を伝えるほど強力なものではありませんから。

あとのお三方も、目立った怪我などはしていないようですね」

 

……リンさんの、死を伝えるって話、嘘だったの!? いや、お陰でクロも、しばらくの間は大人しかったんだけど。

……って、今は関係ないよね。

 

「……うん。でも、みんなが無事でよかった」

 

わたしの一言に、だけど天使さんが表情を曇らせる。

 

「美遊さんは、捕まってしまいました」

「……え?」

「あの英霊の宝具によって空間に亀裂が入り、美遊さんがいた世界から刺客がやって来たのです」

 

---並行世界のお姫様

 

あの、英霊の子が言ってた言葉。並行世界からやって来たミユは、わたしと同じように、生きた聖杯として生まれてきた。

それなら、聖杯(それ)をつけ狙う人たちだっていたはずだ。

 

「貴女を失った美遊さんは、抵抗する気力もなくあっさりと捕まり、その後に起きた時空の揺り返しによって、あの場にいた皆さんが美遊さんの世界へと飛ばされたようです」

 

そんな! そんなのって…!!

 

「み、みんなを助けたい…!」

「それは出来ません。天界規約によって、貴女の世界での死者の蘇生は許されていません」

 

そんなの、言われなくったって判ってる。それがあの世界での常識だから。でも、それでも…!

 

「……ですが、方法はあります」

「……え」

「そもそもここは、若くして命を落とした者を導くところ。本来その責にあった女神は訳あってここにはいませんが、今は私が代行しています。

ここでは、生まれ変わって赤ん坊からやり直すか、天国に行ってぼうっと暮らすかを選んでもらっていました」

 

て、天国って、つまんないとこだったんだ。

 

「そして、ここからが本題ですが。

最近ではひとつ力を与えて、魔王が猛威を振るう世界に転生してもらう、という選択肢が増えました」

「ええっ!? それって所謂、特典付けて神様転生ってヤツ!?」

「はい。本当に理解が早くて助かります」

 

今時の、サブカルに精通したオタクをなめないで欲しい。

……ミミみたいなのは、専門外だけど。

 

「それで、もし魔王を倒したあかつきには、その功績を称え、どのような願いでも叶えて差し上げられます」

「どんな願いでも!?」

「はい」

 

そうか。天使さんが言ってた方法って、このことだったんだ。

 

「だったらもちろん、わたしを転生させて!

魔王を倒して、わたしはみんなのところに帰るんだ!!」

 

みんなのところに帰って、一緒にミユを助ける。たとえどんなに僅かな可能性でも、わたしは絶対にあきらめない!

 

「わかりました。それでは特典を選んでください」

 

そう言われて渡されたカタログに、わたしは目を通す。

カタログにはそれこそ、「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」や「草薙の剣(天叢雲剣)」みたいな伝説の武器から、「斬鉄剣」や「スタンド能力」みたいな、アニメやマンガの武器や能力なんかもある。

 

「うーん、どうしよう?」

『これだけあると、なかなか決めかねますねー』

「そうだねー…」

 

……………………。

 

「って、ルビー!?」

「な、何ですか!? 一体いつの間に!?」

 

天使さんも驚いてる。それじゃあ天使さんは関係ないんだ。だったら一体…!?

 

『イリヤさんと一緒に、ずっといましたよー? まあ、髪の毛の中に隠れてましたけど』

「ですが、どうやってここに!?」

『いやー、推測の域を出ませんが、時空の揺り戻し現象に巻き込まれたときに、ここへ引っ張られていったイリヤさんの魂に私も引っ張られたみたいですねー。

おそらくは、イリヤさんとの契約が原因じゃないんですかー? 限定的とはいえ、第二魔法が使えることも関係しているかもしてません』

「第二魔法…、並行世界の運用ですか」

 

並行世界の運用? よく分かんないけど、ルビーには並行世界に関わる力があって、そのお陰でここに来ることが出来たってこと?

 

『運用と言ってもくそジジイじゃありませんから、並行世界から使用者の可能性を引き出す程度のものですけど。まあ、今回のは完全にイレギュラーですね』

 

うーん、よくわかんないなぁ。とにかくルビーは、偶然ここに来たって事でいいんだよね?なら。

 

「あの、質問ですけど。ルビーを一緒に連れていくのは、特典になるんですか?」

「え、それは…。少々お待ちください」

 

そう言うと天使さんはどこかに行ってしまった。多分偉い人、じゃなくて神様に聞きに行ったんだ。

しばらく待つと天使さんが戻ってきた。

 

「ええと、今回はイレギュラーということもあり、貴女の持ち物として特典には含まないそうです」

 

そうなんだ。だったら、やっぱり。

 

「それなら特典は、わたしたちが持ってた7枚のクラスカードでお願い、出来ますか…?」

 

言いながら、カタログに無いけど大丈夫なのかなって思って、心配になってきた。

 

「そうですね。貴女が持っていた3枚のカードは取り寄せることが可能ですが…。

アーチャーのカードはクロエさんの核となっていますし、バゼットさんの所持するカードも、取り寄せたら騒ぎになるでしょう」

「アー、ソーデスヨネー」

 

そっかー。言われてみたら確かに…。

 

「なので残りの4枚は、こちらで同じ物を用意いたします」

「えっ! そんなこと出来るの!?」

「ええ。もちろん貴女が、魔王を打ち倒し元の世界に戻るという願いを叶えた場合は、その4枚は回収させていただきますが」

「それで充分だよ!」

『さすがは神、といったトコですねー。どんなに複雑な術式で編まれた礼装でも、所詮人間の魔術師が作製した物など、簡単に再現できるんですから』

 

わたしには魔術のことはよく分かんないけど、多分神様と比べちゃいけないと思う。

 

「それでは貴女を、異世界へと送ります。文字や言葉は、転送の際に覚え込ませますので安心してください。失敗すると、パーになりますが

「今、不穏な言葉が聞こえた気がするんだけどッ!?」

 

言ってる間にも、わたしの足下に現れた魔法陣が光を放って。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンさん。願わくば、数多の勇者候補の中から、貴女が魔王を打ち倒すことを祈っています。

……さあ、旅立ちなさい!」

「無視したッ!?」

 

このツッコミを最後に、わたしは異世界へと飛ばされた。




書いてる作品多いのに、また新作を書いてしまいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この盗賊少女と邂逅を!

≪イリヤside≫

気がつくとそこには、中世の様な町並が広がっていた。

 

『イリヤさん。中世なんて、知ってて言ってるんですかー?』

「ちょっとルビー! モノローグに突っ込まないでよ!

そうだよ、知らないよ? でも、ファンタジーじゃ定番の表現じゃない!」

『嘆かわしいですねー。カレイドの魔法少女がテンプレートな発言に頼るだなんて』

「いやいやいや! ルビーだってわたしに、魔法少女のテンプレ行動やらせようとしてたじゃない!」

「魔法少女は斯く在るべきですから」

「ルビー!?」

 

わたしは思わず声を張りあげ、そうして気がついた。ここは街中だってことを。

子供だなぁ、という視線はまだいい。わたしは子供だから。でも、もうお飯事って歳でも無いでしょうにって視線はさすがに辛い。辛いので取り敢えず。

 

逃げた!

 

『いやー、相変わらず切羽詰まると、逃げの一手ですかー』

 

逃げたっていいじゃない! 逃げるが勝ちって言葉もあるんだから!

 

『イリヤさん、その格言もこのタイミングで言うと、ダメ人間の戯言(たわごと)ですよ?』

「だから、モノローグに突っ込まないでッ!」

 

わたしはルビーと言い争いながら、路地裏へと入り込んだ。

 

「……だ、誰も、追いかけて、来ない、よね?」

 

息を切らせて言うわたしに、だけど。

 

「うん。アタシ以外はね」

「え…?」

 

その声にふり返ると、そこには銀髪ショートで右頬に傷跡のある、14~5歳くらいのお姉さんがいた。

 

「え、えと…?」

「アハハ、驚かせちゃったみたいだね。

アタシはクリス。盗賊職の冒険者だよ!」

「冒険、者?」

「アレ? てっきり冒険者になるために、この街に来たのかと思ったんだけど。

ここ、アクセルは『駆け出し冒険者の街』だからね」

 

……あ、そうか。RPGとかでよくある、あの冒険者だ!

 

「そ、そうなんです! わたし、冒険者になりに来たんです!

でも、初めて来た街なうえに、お金も無くって…」

 

わたしは咄嗟に話を合わせる。

 

『(よくもまあ、あること無いこと…)』

「(ルビー、静かにして! それにわたし、嘘は言ってないよ!)」

 

そう。わたしは嘘なんて言ってない。

魔王を倒すにしても、まずは冒険者になんなきゃいけないみたいだし、ここは初めて来た街。そして、お金は少しはあるけど、こっちのお金は持ってない。

ほら、嘘なんかついてないよ?

 

『(ああ、なんだかイリヤさんが擦れてしまって、ルビーちゃん悲しいです)』

 

わたしが擦れてしまったのなら、それはきっとルビーのせいだ。

そんなわたしたちのやり取りに気づきもしないで、クリスさんは頷きながら言った。

 

「そうかー、キミも大変な思いをしてるんだね。

よぉし、お姉さんが一肌脱ごうじゃないか」

 

ああ、クリスさんが優しい人でよかった。

 

「あの変なオモチャもね!」

「えっ!?」

 

わたしはギョッとしてクリスさんを見た。

 

「いやぁ、さっきはオモチャと会話する変わった子だと思ったんだけどね。まさか本当にお喋りするとは思わなかったよ」

 

前言撤回、わたしたちの会話はしっかりと聞かれていました。

 

『ヤレヤレ、バレてしまっては仕方がないですね』

「ルビー!?」

『イリヤさん。知られてしまった以上は、下手に隠し立てしても無意味ですよ?』

「そうそう」

「むう…」

 

確かに、そうかもしんないけどさー…。

 

『それに、この方にバレるのは、ある意味仕方が無いことですし』

「ん? どゆこと?」

『上手く隠しているようですが、クリスさんから感じ取れるのは間違いなく神気。即ち、この方は神様、ということです』

「「……え?」」

 

わたしとクリスさんの声がハモり、そして。

 

「ちょちょ、ちょっと待ってよ! アタシが神様なんて、そんなわけないよー!」

 

クリスさんは慌てて否定してるけど、むしろ怪しく感じるのはなんでだろう。

 

『私たちとの会話も、なんかチュートリアルみたいな感じがしましたし』

 

……思い返してみると、確かに。

 

「いや、アタシは本当に気になっただけだから!」

 

やっぱり否定してるけど、いちど芽生えた疑念は払拭できない。うーん…、あ。

 

「そう言えば天使さんが、死んだ人を導く女神が今はいないって言ってたよね。もしかしてその女神が…」

「いや、それはアクア先輩の事だから!

……あ」

 

アクア先輩? どうやらクリスさん、墓穴を掘ったみたい。

 

『私たちですら知らない女神の名前を知っているうえに、その方を先輩呼ばわり。これはもう、確定ですね-』

 

ふぅ…

 

ルビーが煽り気味に言うと、クリスさんはひとつ、ため息を吐いた。

 

「……仕方が、ないですね。

その通りです。私はこの世界担当の女神、エリスと言います」

 

クリスさんの雰囲気が急に変わったかと思ったら、口調まで変わってエリスって名乗った。

 

『エリスと言うと[黄金の林檎]で有名な、ギリシャ神話の[不和と争いの女神]と同じ名前ですね?』

 

あ、それ知ってる! [名探偵コ●ン]の[ゴールデンアップル]の回で説明してたやつだ!

 

「いえ、貴女方の世界の神とは違います。私は幸運の女神です」

「へぇ、そうなんですか。でも、女神さまの頬に傷痕って…」

 

私がそう言うと、クリ…、エリスさまがクスリと笑った。

 

「この姿は、この世界にいる間の仮のモノです。

原則として、神が人間の世界に介入するのは禁止されているので。だから。

……この姿の時は人間の冒険者、盗賊のクリスだよっ!」

 

いきなり元の口調に戻るエリスさま。あ、いや、クリスさん? なんだかややこしいなぁ。

 

『わかりました。それでは人間として扱っていくことにしましょう』

「ありがとう。ええと…」

『ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。

私は最高位の魔術礼装、カレイドステッキのマジカルルビーちゃんです』

「あっ、ええと、わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです」

 

ルビーが自己紹介を始めたので、私も慌ててあとに続く。

 

「よろしく。ええっと、呼び方は『ルビー』と『イリヤ』でいいのかな?」

『ええ、それでいいですよー』

「私もそれでかまいません」

「うん、わかった。……でも」

 

ぐにっ

 

「うえぇぇ!?」

 

クリスさんが左右から、私のほっぺたを引っ張った。って何? 何ごと!?

 

「イリヤはちょっと、畏まりすぎだよ。キミってホントは、そんなしゃべり方じゃないでしょ?」

ら、らっれ、クリスさんはろしうえれすから(だ、だって、クリスさんは年上ですから)…」

「そっかー」

 

私の答えに、クリスさんはうんうんとうなずいて。

 

「なに言ってるかわかんない!」

「だあぁぁぁっ! クリスさんがほっぺた引っ張ってるからでしょっ!?」

 

私が両手を振り上げたとたん、クリスさんは手を離して一歩下がったので、ここぞとばかりに文句を言う。

 

「よし! ようやく砕けた口調になったね」

 

……はえ?

 

「イリヤ。キミはまだ子供なんだから、そこまで気にする必要はないと思うよ? もちろん、最低限の礼節は必要だけどね」

 

そっか。クリスさん、それが言いたくてあんなこと。……ほっぺた痛かったけど。

 

「うん、わかった。ありがとう、クリスさん」

 

私がお礼を言うと、クリスさんはテレながら、右の人差し指で頬を掻いた。なんかかわいらしい。

 

「そ、それじゃあ行こうか」

「え? 行くって?」

『全くもー、忘れたんですかー? イリヤさんは冒険者になるんでしょう?』

 

あ、そうだった。冒険者になって魔王を倒して、早くみんなのところに戻らないと!

 

「忘れるとこだったよ。ありがと、ルビー。

それじゃお願いします、クリスさん」

「了解。じゃあアタシのあとに付いてきて」

 

そう言って歩き出したクリスさんのあとを、私はついていった。

 

 

 

 

≪クリスside≫

なんだか、今回の転生者は、結構愉快な子みたいだね。人格を持った魔道具っていうのもなかなか面白いし。

……でも、冒険者になるにはちょっと幼い気がするんだよね。モンスターとはいえ、生き物を殺す覚悟があるかどうか…。

とにかく、最初のクエストまでは面倒を見てあげた方がいいかな? それ次第では、彼に引き合わせるのもアリかも、ね。




クリスのモノローグは悩みましたが、クリスとしての思考ということで、この様になりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この魔法少女に職業を!

今回は後半重めです。


≪イリヤside≫

クリスさんに連れられてやって来たのは、[冒険者ギルド]と呼ばれるとこだった。うん、RPGでもおなじみだね。

中には食堂というか酒場というか、そういう施設があるのもゲームではよくある光景だ。

クリスさんに促されて、ギルドの奥のカウンター窓口の前に立つ。

 

「冒険者ギルドへようこそ……!?」

 

受付のお姉さんの語尾が上がる。多分、わたしがまだ幼いから驚いたんだろうなぁ。

 

「ええと、……クリスさん?」

 

受付のお姉さんはクリスさんに視線を向けた。

 

「この子…、イリヤが冒険者になりたいんだって。

あ、安心して。登録料はアタシが払うし、最初のクエストにはついてって、冒険者稼業が続けられそうかアタシが様子を見てるから」

 

えっ、クリスさん、そこまで考えててくれたの?

 

『(クリスさん、結構お人好しみたいですねー)』

「(うん。正体抜きにしても、すごく面倒見のいい人だと思うよ)」

 

ホント、異世界で最初にお知り合いになったのが、優しい女神さまでよかったよ。

 

クシュン!

 

わたしのすぐそばで、クリスさんがクシャミした。わぁ、うわさ話でホントにクシャミする人、初めて見たよ。女神さまだけど。

 

「そう、ですね。クリスさんがそう仰るのでしたら。

それでは改めまして、冒険者ギルドへようこそ。

これから冒険者について、軽く説明させていただきます」

 

そう言って、受付のお姉さんが説明してくれたことによると、冒険者は人に害をなす生き物、いわゆるモンスターを退治する職業の総称だってことだ。

職業にはレベルがあって、生き物を食べたり倒したり、……つまり、とどめを刺すことで、経験値を獲得してレベルがアップするらしい。そしてスキルポイントっていうものが得られて、それを振り分けてスキルを覚えていく、ってまんまゲームみたいだね。

 

「……ではこちらの書類に、身長、体重、年齢、身体的特徴等の記入をお願いします」

 

受付のお姉さんがわたしに書類を差し出した。わたしはそれに記入していく。

えっと、身長は133㎝、体重29㎏、年齢11歳。銀髪に赤い瞳…。

 

「えっと、それじゃこれで」

「はい、結構です。ではこちらのカードに触れてください。それで貴女のステータスがわかりますので、その数値に応じてなりたい職業を選んでくださいね」

 

いよいよだね。これからわたしの冒険者生活が始まるんだ!

わたしは恐る恐るカードに触れる。

 

「……はい、ありがとうございます。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンさん、ですね。……あの、名前が先なんですか?」

「え? そうですけど…?」

 

それがどうしたんだろう?

 

「ああ、いえ、姓が後に来るのが珍しかったもので。

ええと、筋力は低め、……年齢の割には高いんでしょうか? 生命力は普通、器用度と敏捷性はやや高め、魔力と知力はそこそこ高いですね。後は…、あれ? 幸運値が非常に高いですね。カズマさんには少し及びませんが…」

 

カズマ? ん、だれ? というか、名前からするとわたしと同じ転生者?

 

「そうですね。これで出来る職業でしたら、ぎりぎりアークウィザードやアークプリーストといった上級職、後は筋力をそれほど必要としない一般職といったところ…、あら?」

 

なに、どうしたの? なんかマズいことでもあったの!?

 

「何でしょう。見慣れない職業が…。『メイガス』?」

「メイガス?」

 

おもわずお姉さんと同じことを言うわたし。するとルビーが、わたしにそっと囁いた。

 

『(イリヤさん、メイガスは魔術師のことですよ)』

 

魔術師!? 驚いたわたしは、おもわずクリスさんに視線を移す。クリスさんはわたしの耳許に口を寄せて言った。

 

「(多分、キミをここに送った天使の計らいじゃないかな?)」

 

ああ、そうか。天使さん、気を遣ってくれたんだね。

それにわざわざこの職業を用意してくれたってことは、わたしの特典とも関係あるんだと思うし。

 

「えっと、それじゃあ『メイガス』でお願いします」

「え、よろしいんですか?」

「はい!」

 

念を押すお姉さんに、わたしは力強く応える。

 

「わかりました。ではメイガス、と…。

それではイリヤスフィール・フォン・アインツベルン様、スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」

 

 

 

 

 

わたしたちは一旦テーブルに着くと、冒険者カードをいじってスキルを習得していく。

 

「『魔術回路開放』、『解析』、『強化』、『ガンド』…」

『魔術師としては基礎レベルのスキルですねー。もっとも、ポチッとするだけで習得出来るんじゃ、凛さんたちが嘆きそうですけど』

「あはは…、あれ?」

 

スキルポイントを振っていると、気になる項目が出てきた。

 

「『インストール』…」

『おやまあ…』

 

そうか。このスキルのための職業だったんだ。

当然このスキルも習得してさらに進めていくと、もっと気になる項目が現れた。

 

「『■■■■(ほにゃらら)増設』、『■■■(ほにゃらら)EX』?」

『完全に文字化けしてますねー』

「え? ちょっと見せてよ」

 

そう言ってクリスさんもカードを覗き込む。

 

「……ホントだ。こんなの、今まで聞いたこともないよ」

 

そうなんだ。一体どうしちゃったんだろう。

 

『それでイリヤさんは、このスキルも習得するんですか?』

「……うん。天使さんが関係してるんだから、そんなひどいことにはなんないと思うし」

『まあ、そうですかねー』

 

ルビーは少し歯切れが悪いけど、わたしは構わずに、この謎のスキルにポイントを振り込んだ。

 

 

 

 

 

スキルの振り分けが終わったわたしは、早速クエストの張り出された掲示板の前までやってきた。

 

「……とはいっても、今は初心者向けのクエストが無いんだよねー」

 

初心者向けのが無い?

 

『クリスさん、どういうことなんですかー?』

「……最近、この近くの廃城に魔王軍の幹部が越してきたらしいんだ。そのせいで弱いモンスターたちが、なりを潜めちゃったんだよ」

 

魔王軍幹部!? ここって、駆け出し冒険者の街じゃなかったっけ!?

 

「うーん、この中で一番弱いモンスターってなると…、この『一撃熊の討伐』クエストかな」

 

一撃熊…。めちゃくちゃ強そうな名前ですね?

 

「どうする? このクエストを受けるかどうか…、決めるのはイリヤだよ?」

 

そうだ。クエストを受けるのはわたしなんだ。クリスさんは、わたしに付き合ってくれてるだけなんだよね。

……うん、決めた。

 

「わたし、このクエストを受けるよ!」

 

わたしがそう言うと、クリスさんが頬を掻きながら言った。

 

「ええと、アタシが選ばせておいてなんだけど、本当にこのクエスト受ける気?

一撃熊の攻撃はその名のとおり、一撃で命を刈り取れるほど強力だよ?」

 

なんか、ホントに今更だね? というか、そういう事は決意する前に言って欲しいんだけど。

……うん、でも。

 

「わたし、もう決めたから。

それにね? こう見えてもわたし、戦いには馴れてるから!」

「……え?」

 

クリスさんが素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

わたしとクリスさんは、張り紙に書いてあった一撃熊の出現する畑へと向かってた。

 

「イリヤ、もう少しで目的の場所に着くよ?」

 

クリスさんの言葉に、わたしはこくりと頷いて立ち止まる。

 

「ルビー!」

『はいはーい、それではいきますよ? この世界で初めてのっ!

コンパクトフルオープン!

鏡界回廊最大展開!!』

 

わたしの姿が普段着から、魔法少女のそれへと変わる!

 

『魔法少女カレイドルビー・プリズマ☆イリヤ推参!』

 

わたしは変なポーズをとらされ、ルビーが変な決め文句を入れた。って!

 

「ちょっとルビー、ここぞとばかりに変なことさせないでよっ!」

『なに言ってるんですか。戦う魔法少女の変身シーンなら、決めポーズに決めゼリフは当然じゃないですかー!』

 

確かにアニメじゃお約束だけどっ!

 

「なんか、ルビーってすごい魔道具だったんだね」

『言ったじゃないですかー。私は最高位の魔術礼装だって』

 

いやー、普段のルビー見てると、とてもそうは思えないからね?

 

「いや、ホントにごめん。

……さてと、どうやらいるみたいだよ。さっきからアタシの敵感知に引っかかってる」

 

敵感知。ここに来る道すがら、クリスさんから聞いた盗賊のスキルのひとつだ。

わたしたちが注意しながら進んでいくと、それはそこにいた。

大人の男の人よりもでっかい熊が、畑の作物を荒らしている。あれが一撃熊…。

すると、わたしたちに気がついた一撃熊は、一声あげてわたしたちに襲いかかってきた!

一撃熊の右手の一振りがわたしを襲うが、わたしは軽く後ろに下がって容易く躱す。……あれ? 全然たいしたことないんだけど。

 

『うーん…、比較するのも何ですが、黒化英霊と比べたらてんで弱いですね』

 

あ、そういうことか。黒化英霊やクロ、バゼットさんと戦ってきたお陰で、このくらいの相手なら全然問題ないくらいに強くなってたんだ。

 

ブン!

ブオッ!

 

それでもこの攻撃の中、一撃熊の懐に入り込むのは難しい。だったら極大斬擊(マクスィマール・シュナイデン)で…。

ううん、ダメだ!

わたしは首を横に振る。

 

「ルビー、刃を編んで!」

『え、イリヤさん?』

「……お願い」

『わ、わかりました』

 

ルビーが応えると、ステッキ(ルビー)の先端に刃が現れる。それを確認したわたしは、熊へと突っ込んだ!

 

「イリヤ!?」

 

クリスさんが声を上げる!

わたしを切り裂こうと繰り出される、一撃熊の右手!

 

「ルビー、物理保護8、筋力2!!」

 

ガァッ!

 

左脇に決まった一撃に吹き飛ばされないよう踏ん張り、何とか耐えてみせる。

わたしはそのままルビー()を突き出し。

 

ざす!

 

それは一撃熊の心臓を正確に貫く。手に伝わる、イヤな感触。わたしは一撃熊を、殺したんだ。

刃を引き抜くと、一撃熊はゆっくりと崩れ落ちた。

 

「すごいよイリヤ! レベル1で一撃熊をあっさりと倒すなんて!

……イリヤ?」

 

わたしはぺたりと地面に座り込み。

 

「……ごめん。ごめんね…」

 

謝って謝って、唯々泣くしかなかった。




今回少し長めなのは、別に書いてるこのすば作品の長さと勘違いしたから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このいざこざに横やりを!

≪クリスside≫

命を落とした一撃熊の前で、泣き崩れるイリヤを見て思った。

やっぱりこの子に冒険者はまだ早い、って。

害のある生物を退治し間引く、なんていう風に割り切って考えるには、まだ幼すぎるんだ。

……そう、思ってた。だけど。

ようやく泣き止んで立ち上がり、こちらを向いたそのときにドキリとした。イリヤの瞳のその奥に、強い決意の色が浮かんでいたからだ。

 

「え、えっと、イリヤ…?」

「クリスさん、心配かけてごめんなさい」

 

イリヤはとってもしっかりした口調で謝った。

 

「覚悟はしてたけど、やっぱり命って重いなぁ」

 

困ったような笑顔を浮かべるイリヤ。

 

『イリヤさん、わかっていたなら、なんであんな戦い方を…』

「え、ルビー? それってどういうこと?」

 

ルビーの発言からすると、イリヤには他の戦い方もあったってことになるけど…。

 

『イリヤさんはわたしを使って、魔力の斬擊を飛ばすことができます。それを最大出力で放てば、一撃熊を倒すことは可能だったはずです。

もちろん、命を奪うことには変わりありませんが、それでも多少は、心へのダメージは少なかったはずですよ?』

「だからだよ」

 

イリヤは間髪を入れずに言う。

 

「わたしはこれからも、モンスターたちを倒していかなきゃならないんだよ? 何十頭、何百頭って。

前にテレビで言ってたけど、人間って馴れる生き物なんだって。だったらわたしもきっと、こういうことに馴れちゃうんだと思う。

でも、命の重さは忘れちゃいけないことだから、だから、この身体と心にしっかりと刻みつけておきたかったんだ」

『イリヤさん…』

「イリヤ…」

 

この子は、なんて優しくて強い子なんだろう。

きっと何かやるべき事があって転生を選んだのだろうってことは、あの強い意志のこもった目を見ればわかる。それでもなお、奪わなくてはならない命の重さを知り、それを背負っていこうとする優しさと強さも持っている。

でも、だからこそ。このままじゃいけないと思う。

このままじゃいずれ、心が押し潰されてしまう。そうはならなくても、正しい成長の妨げになってしまうのは目に見えてる。

だったらやっぱり、彼と引き合わせた方が良いのかもしれない。……諸刃の剣ではあるけど。

 

「……あの、クリスさん? あんまり見つめられると、恥ずかしいんだけど」

「あっ、ゴメンゴメン!

さあ、遅くなったし、急いで帰ろうか」

 

アタシは慌てて話を逸らした。今のは、イリヤ本人に言ってもしょうがない話だしね。

 

「……あ、それなら」

「……え?」

 

 

 

 

 

ま、まだ、心臓がバクバクいってるよ。

ここは、アクセルの街の外、正門の近く。壁伝いに少し行った、人目のつかないところ。

イリヤはアタシを抱えて、ここに()()()()()

 

「えーっと、女神さまって、空飛べないんですか?」

「いや、自力で飛ぶのと誰かに抱えられて飛ぶのとじゃ、勝手が違うからっ! 結構スピードも出てたしっ!!」

 

そんなアタシの意見に、変身を解いたイリヤはキョトンとして見てる。

 

「そういうもんなの?」

『まあ、こっちにはどう考えても、ジェットコースターの様なアトラクションはありませんからねー』

 

よくわかんないけど、イリヤの世界にはこんなのを楽しむ習慣があるの!? 地球ってどんなとこなの?

……今度、もう少し調べてみよう。

 

「もういいから、早く街ん中入ろう」

 

アタシはイリヤに促した。

 

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしたちは門を通り抜けて、大通り…、多分だけど、そこをギルド目指して歩いて行く。

なんかさっきから、クリスさんがチロチロわたしのこと見てるんだけど。

 

「……ねえ、イリヤ」

 

ついに我慢できなくなったんだろう、クリスさんがわたしに声をかける。

 

「キミはまだ、この街に詳しくないんだよね?

アタシが先にギルドに行って、クエストの達成を伝えてくるから、キミはしばらく街の観光でもしてなよ」

「え?」

「ほら、冒険者カード渡して。それに討伐記録が残されてるから」

「あ、はい」

 

勢いに押されて、クリスさんに冒険者カードを渡してしまう。

 

「はいこれ。三千エリス入ってるから、これで適当に飲み食いでもしててよ。

じゃあギルドで待ってるから!」

 

言うだけ言うと、クリスさんは走り去ってしまった。一体何だったんだろう。

 

『……どうやら、気を遣ってくれたみたいですねー』

 

気を遣うって…。

 

「わたし、そんなに落ち込んで見える?」

『いえ、ぱっと見は普段と変わりませんよ?

ただ、見る人が見れば、落ち込んでるってわかります。私にだってわかりますから』

 

そうなんだ。

……うん、確かにわたしはまだ、さっきのことを引きずってる。大分落ち着いたとはいえ、簡単に割り切れるわけがない。

心配、かけたくなかったんだけどなぁ。

 

『まあ、せっかくの気遣いですから、しっかり楽しみましょう!』

「ルビー…、うん、そうだ、ね…?」

 

ガラガラガラガラ…

 

ざわっ…、ざわざわ…

 

遠くから、テレビとかでたまに聞く荷馬車とかが移動する音が近づいてくると共に、街の人たちがざわつき始める。そして、私は見た!

馬に曳かれた荷車の上に、綺麗な水色ロングヘアの美人なお姉さんが、大きな檻に入れられて移動しているのを!

ドナドナを口ずさんでいるのが、またなんとも…。

 

『これはまた、随分とシュールな絵面ですねー』

「そ、そだね。……うん?」

 

ふと、檻に駆け寄っていく、鎧姿のお兄さんが視界に入る。そのお兄さんは、開口一番こう言った。

 

「女神様、女神様じゃないですか!」

 

と。

そして檻の格子を掴むと、ぐにゃりと曲げてこじ開けた!?

え、ちょっと、どうなってんの!? アレ、めちゃくちゃ頑丈そうなんだけど!?

なんか、お姉さんを運んでた人たちと鎧のお兄さんとの間で、言い争いが起きてるみたいだけど…。

すると突然、檻の中のお姉さんがバッと立ちあがって。

 

「ああ、女神! そう、そうよ。女神よ私は!」

 

うあ、イタい人だ! ……っていつもなら思うとこだけど、今回はちがう。だって天使さんが、いるはずの女神がいないって言ってたし、クリスさんの発言でそれも補強されてる。

それにあのお兄さんも女神さまって言ってたし、あの人も転生者だって考えれば辻褄も合う。

つまりあの人は、実は女神のアクアさまだ!

……全然それっぽく見えないけど。

何だか気になったわたしは、あの人たちのとこまで近寄ってく。

それでわかったのは、アクアさま(仮)は茶髪で顔だちは悪くないけど冴えない感じのお兄さん、ブレストプレートを着た金髪で長身のお姉さん、黒いマントととんがり帽子を身に着けた、わたしより少し背の高いお姉さんの三人と同じパーティーらしいってこと。

一方の鎧のお兄さんは、可愛いけど今イチ印象に残らない二人のお姉さんとのパーティーみたいだ。

話を聞いてると、アクアさま(仮)はあの仕打ちに文句はないみたいだけど、鎧のお兄さんは納得いってないみたい。というか、ちゃんと話を聞かないタイプ?

挙げ句の果てには。

 

「なら、ボクと勝負しないか? アクア様を持ってこられる『者』として指定したんだろう?

僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら何でも一つ、言うことを聞こうじゃないか」

 

などと(のたま)った。何だろう。何故か、あの鎧のお兄さんは好きになれないんだけど。

どう見ても、冴えないお兄さんよりも強そうなのに、平気で勝負を持ちかけるってのが、どうもいけ好かない。

……なんて思ってたら。

 

「『スティール』!!」

 

アレってたしか、盗賊のスキル!?

いつの間にか、冴えないお兄さんの手に鎧のお兄さんの剣が握られていて。

すこーんと、反対側の手に握られていた短い剣で頭を強打されて、鎧のお兄さんは気絶してしまった。

 

『何と言いましょうか、おもいきり小物感丸出しの負けっぷりですね…』

 

さすがにルビーも呆れ気味だ。

 

「この卑怯者!」

 

鎧のお兄さんと一緒にいたお姉さんたちが、突然わめき出す。

たしかに、始めの合図も待たずに仕掛けたのは、卑怯といえば卑怯だ。でも、その後の勝利の仕方は見事だと、わたしは思う。

お兄さんは、鎧のお兄さんの剣を戦利品として持っていこうとする。でもその剣は、鎧のお兄さん専用だとか何とか。

 

『おそらく特典は、その転生者専用なんでしょうねー。他の人では使えないか、能力を引き出しきれないってトコでしょう』

 

うん、確かに転生チートって、そういう設定のがあるよね。

それでもお兄さんはその剣を持っていこうとして、あのお姉さんたちが文句を言う。たしかにちょと、やり過ぎな気がするけど、だけど…。

 

『イリヤさん!?』

 

わたしは居ても立ってもいられず、思わず飛び出した。

 

「このお兄さんは悪くないよ!」

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

鎧のお兄さんを除くみんなが驚きの声を上げて、わたしのことを見た。……うん、早まったかもしんない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このソードマスターと対決を!

≪カズマside≫

「このお兄さんは悪くないよ!」

 

その少女は言った。一瞬、意味が分からなかったが、どうやら俺の擁護をしてくれてるようだ。

綺麗な銀の髪の毛に赤い瞳。まるで西洋人形のようなその少女を、一瞬紅魔族かと思ってしまったことは、非常にすまないと思う。

 

「ちょっと、その男は不意討ちなんて卑怯な手段を使ったのよ!」

「そんな男を庇うつもり!?」

「たしかにそこは、卑怯だと思うけど…」

 

おいっ!?

 

「だけどそのお兄さん、結構強い人だよね?」

「そうね。そのイタい人、ソードマスターでレベル37とか言ってたわね。ソードマスターはソードマンの上級職だったはずよ」

 

少女の質問にアクアが答えた。そういやそいつ、アクアに向かってそんなこと言ってたな。

 

「それでお兄さんは、そんなに強くないよね?」

 

ちょっとぉ、そこ、ハッキリ言いますか!?

 

「ああ、カズマは最弱職の冒険者で、レベルも6だったはずだ」

「おいダクネス、そこはせめて基本職と言ってくれ!」

 

自分で言うのはいいが、他人(ひと)から言われると虚しくなるからっ!

 

「あ、ごめんなさい」

 

しまった! 少女に謝らせてしまった!

 

「ええと、職業クラスもレベルもそんなに差があって、決闘を申し込んでくる方がよっぽど卑怯だと思うんだけど?」

 

あ、この子、俺が思ってたことを…。少女の言葉にミツルギの取り巻き二人も、返す言葉が見つからずに言い淀んでいる。

 

「で、でも、その剣はキョウヤの…」

「たしかに、カズマさん、だっけ? 少し大人気(おとなげ)がないと思うけど」

 

……この子、さっきからチクチクと責めてくんのはわざとなのか?

 

「そのお兄さん、キョウヤさん? が言ったんだよ。負けたら何でも言うことを聞くって」

 

それはさっき、俺も言ったことだが、子供の素直な意見じゃ強く言い返すことも出来ないようだ。

 

「それにしてもあの少女、えらくカズマの肩を持ちますね」

 

たしかにめぐみんが言うとおり、あの子は俺の擁護をやめる素振りもない。

 

『きっとイリヤさんは、お兄さんに自分を重ねてるんだと思いますよー?』

「ふーん、あの子、イリヤっていう、の…」

 

……………………。

 

「うわあぁ! なんだお前は!?」

 

俺に話しかけてきたのは、宙を漂う、掌サイズの丸い輪っかの左右に鳥の羽のような装飾、輪っかの中には星形の飾りをはめ込んだナニカだった。

 

「あっ、ルビー!?」

 

少女、イリヤが振り返る。

 

『いやー、お兄さん、カズマさんでしたか? なかなか見事な驚きっぷりですねー』

「ちょっとルビー! 何やってるの!?」

 

駆け寄って右手でそれを鷲掴みにするイリヤ。

 

『何って、弱体化したイリヤさんが色々工夫をしながら戦いを切り抜けていったという思いを、このカズマさんに投影してたってことをお教えしようかと…』

「って、たった今バラしてるよっ!?」

 

すごい剣幕でツッコミを入れるイリヤ。恥ずかしいからか、それとも怒っているのか、顔を真っ赤にしている。いや、気持ちはわかるんだが、ルビーって呼ばれるそれとは、何だか気が合うような気がする。

 

『ところで、カズマさんが手にしているその剣、かなりの一品と思われるのですが?』

「無視したっ!?」

 

ちょっとイリヤが可哀想な気もするが、敢えてここはルビーの話に乗ることにする。

 

「ああ。魔剣グラムって言うらしい」

『ほう…』

 

ルビーは一度、軽く前に傾く。相づちを打ったってことか?

 

『魔剣グラムといえば、邪竜ファフニールを伐った伝説の剣で、ドラゴンスレイヤー・ジークフリートの剣バルムンクのモデルになったとも言われている物ですね』

 

……RPGにも登場する有名な剣だけど、そんな謂われがあるとは思わなかったな。というか、そんなことを知ってるルビーと言い、イリヤが着ている服装と言い、この二人、……二人? って俺とおんなじ転生者か?

 

『でも、これで彼、キョウヤさんがヘタレなのにも納得がいきましたよー』

「キョウヤがヘタレ!?」

「何言ってるのよ、この…! この、なに?」

 

ミツルギの取り巻きがルビーの発言に食いついた。最後の「なに?」は、まあ、そうとしか言いようがないか。

 

『いえ、職種やレベルでは、まあ中級者と言っていいでしょう。ですが戦い方がなってません。おそらく魔剣の能力(ちから)に頼りっきりだったんでしょうねー。

ハッキリ言って、イリヤさんの方がよっぽど強いですよ?』

「ええっ、そこでわたしに振るッ!?」

 

おいおい、ちょっとムチャぶり過ぎやしないか?

 

「そんなに言うなら、今度はあなたがキョウヤと勝負しなさいよ!」

『ええ、もちろん受けてやりますともー!』

「ちょっと、ルビイィィィ!!?」

 

少女(イリヤ)の絶叫が木霊した。

 

 

 

 

 

「どーしてこうなったのーっ!?」

 

ミツルギが目を覚ました後、通りじゃ迷惑になるからと近くの広場に移動をした俺たち。馬と荷車、檻は、ダクネスがギルドまで移動してくれている。

俺が、そんなのアクアにやらせたらいいって言ったら、アクアにやらせたらまた何かやらかしかねないからと言っていた。……こういう時は常識人なのな。

と、それはともかく。イリヤとミツルギが広場の中央で合い対し、イリヤが先程のセリフを叫んだ、というわけである。

 

「いや、それは僕も言いたいよ」

 

あー、これに関して()()は、ミツルギに同情する。気を失ってる間に、勝手に話が進んでいったからな。

 

『さあさあイリヤさん。ここは腹を括っていきましょー』

「ハァ…、ルビーが原因なんだけどね?」

 

そうは言いつつ、イリヤは右手をルビーに向かって伸ばす。するとルビーに柄が現れて、それをイリヤが握りしめる。……って、まさかアレって、魔法のステッキか!?

 

『コンパクトフルオープン!

鏡界回廊最大展開!!』

 

ルビーが呪文のようなものを唱えると、一瞬イリヤの身体が光り、次の瞬間には袖なしのピンクの衣装にフワッとしたミニスカート、長手袋にロングブーツの姿に換わっていた。

 

「な、何ですか、今のは!? 何だかものすごくカッコいいです!」

 

さすが紅魔族、と言いたいとこだが、今回は俺もカッコいいと思ってしまった。やっぱ紅魔族の厨二とはワケが違う。

 

「カズマ、何か言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」

 

いえいえ、格好つけたがりの紅魔族とはやっぱり違うな、なんて思っちゃいませんよ?

 

「……それがキミの特典かい」

「あー、いえ。……向こうじゃ成り行きで、魔法少女してました」

 

ミツルギが尋ねると、イリヤはそう答えた。

 

「……おい。そこの駄女神」

「誰が駄女神よ! この引きニート!」

 

いつもならここで否定するところだが、あの二人の対決が始まろうってのに、あまり脱線してる暇はない。

 

「イリヤって、地球出身だよな?」

「うん、そうみたいね」

「地球に魔法ってあるのか?」

「魔法があるって言うより、どの世界でも人間は魔法の力を持ってるの。地球の人間は、それを忘れちゃってるのよ。

最も、秘密裏に伝承されてる場合もあるみたいだけど」

 

なるほど。それならイリヤが、元の世界で魔法少女をやってたとしてもおかしくない…のか?

 

「さて、乗り気はしないけど、そろそろ始めようか」

 

ミツルギが、アクアの説明が終わるのを待っていたかのように剣を構える。もしかして、本当に待っていたのか?

ちなみに、この勝負のために魔剣は一旦返してある。もし持ち逃げしようものなら、再び俺のスティールが炸裂するまでだ。

 

「……ええっと、キョウヤさん? 始めに言っておくけどわたし、魔力砲とかは使わないから」

「使わない? なんでだい?」

「わたし、勝負するのはイヤだけど、ルビーが言ったことはわたしも思ってたことだから」

 

何だって? それじゃあイリヤの方が、ミツルギよりも強いっていうのか?

 

「だから、わたしが使うのはこれだよ!」

 

そう言って取り出したのは一枚のカード。それをステッキの先端に当てて。

 

「クラスカード『セイバー』、限定展開(インクルード)!」

 

その呪文を唱えた瞬間、ステッキは一振りの剣に変わった。

 

「ルビー、筋力強化! ただし剣が振るえる程度まで」

『了解です』

 

ルビーのヤツ、姿が変わってもしゃべれるのか。でも、剣が振るえる程度までって、それ以上にも出来るってことじゃないのか? なんでわざわざ…。

 

「イリヤさんはどうやら、正々堂々の勝負がしたいようですね」

「まあ、カズマがあんな戦い方した後じゃねえ」

 

めぐみんと、癪だがアクアの言うことには納得がいくところもある。だが。

 

「……それだけの理由なのか?」

 

ルビーは、俺にイリヤ自身を重ねてたって言っていた。だったら、そこまで正々堂々にこだわる必要は無いはずだ。だけどイリヤは、わざと力を抑えてるってことになる。

力が無ければ策を弄すればいい。力があるなら圧倒すればいい。そのどちらでも無い戦い方をするって事は、きっと何か考えがあってのことだ。

間違っても、何も考えてないとか、カッコいいからだとか、甚振(いたぶ)られたいだとか、そんな考えじゃ無いだろう。というか、無いと言ってください。こいつら以上の問題児は勘弁してください、お願いします。




イリヤのSっ気出してたら、決着まで行かなかった。もう少しつまんで書くべきだったか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この揉め事に決着を!

今回は長めです。


≪ダクネスside≫

冒険者ギルドへ馬と荷車、そして檻を返した私は、急いで広場へと向かっていた。あのソードマスターと年端もいかない少女の戦いを見届けるためだ。

それにクルセイダーとして、もしも行き過ぎた状況になれば、身を挺してでも止めに入る覚悟だ。

決して、止めに入った瞬間、双方の攻撃が私の身体を蹂躙し、鎧は砕かれ、その姿を目の当たりにしたソードマスターが劣情を抱いてわたしを組み敷き…、などとは思っていない。ああ、断じて思っていないとも。

 

 

 

 

 

私が広場に到着すると、ソードマスターと少女が剣を構えて向き合っているところだった。

……いつの間にか少女の衣装が変わっている。これはどういうことだろうと思っていると。

 

「おっ、間に合ったか」

 

カズマが声をかけてきた。

 

「カズマ。あの少女の姿は一体…」

「そいつは後だ。もう始まるぞ」

 

言われて視線を移した瞬間、二人は同時に動いた。

ソードマスター…、ミツツキだったか? 彼が上段から剣を振り下ろし、少女…、イリヤと呼ばれてたな。彼女が下から切り上げる形で剣を振るう。

 

キィィ……ン

 

剣のぶつかり合いとは思えないほど、澄んだ音を響かせる。しかしこれは。

ミツツキは恐らく手を抜いてるのだろう。でなければイリヤは剣を受け止めきれなかったはずだ。だが、瞠目すべきはそこではない。

ミツツキの剣は、鉄をも切り裂く魔剣と聞いている。ならば、それを受けても刃こぼれひとつしないイリヤの剣も、それに劣らぬ魔剣・聖剣の類いということだ。

…………。

 

「今、あの剣を受けてみたいとか思っただろ」

「思ってない」

 

……ミツツキとイリヤが離れる。ミツツキの方は少し驚いた顔をしている。だが、すぐに表情を引き締め、イリヤの間合いに踏み込むと剣を横に薙いだ。

イリヤは一歩後ろに下がり躱すが、ミツツキも一歩踏み込みながら剣を上段に構え振り下ろす。

それも左へと避けるが、振り下ろされた剣が跳ね上がり、イリヤの右脇腹へと向かっていく。イリヤは右手を刀身の平らな部分に当て、それを受け止めた。

ミツツキが寸止めをしようと思ったためだろう、イリヤは吹き飛ばされることなく、その場でこらえている。するとイリヤは身を沈め、左手で握った柄の部分を支点にして、今度は身体を跳ね上げるようにしながら右手で剣を押し上げる。

剣を弾かれ、のけ反るような形になったミツツキの右脇腹に向け、再び両手持ちにした剣を振るう。けれど筋力故か、その振りに切れはない。

ミツツキは後ろに飛び退く。が、イリヤは剣を振り抜かずに、切っ先をミツツキに向けて踏み込んだ。

まさか。イリヤはこれを狙って、わざと剣の振りを抑えたのか!?

だが、マズい! 胸に向けて突かれたこの剣撃、彼女の筋力では当てずに止めるのは無理だ!

 

接続解除(アンインクルード)!!」

 

イリヤが叫ぶと一瞬にして剣が、先端に輪っかの付いたステッキに変わる。

 

コン!

 

ステッキの先端がミツツキの鎧の胸の部分に当たった。

 

「わたしの勝ちだね、キョウヤさん」

「……そのようだね」

 

言ってミツツキは深く息を吐く。

ハッキリ言って、試合自体はそれ程長いものではなかった。カズマと闘ったとき程ではないにしても、あっという間と言って差し支えないだろう。

 

「そんな、キョウヤが負けるなんて…」

『だから言ったじゃないですかー。イリヤさんの方が強いって』

 

あのステッキは、さっきの喋る魔道具だったようだ。確かに、先端の輪っかのデザインが同じだな。

 

「す、すげー…。魔法少女の上にソードマスターかよ」

 

確かに一見、カズマが言うようにソードマスターのようにも見える。だが、イリヤには、その職業に就くための筋力が足らないように見えるのだが。

その疑問に答えるように、彼女は言った。

 

「ん? わたし、ソードマスターじゃないよ?」

 

と。

 

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「どういうことですか!? ソードマスターでもないのにソードマスターに剣技で勝つなんて…!」

 

とんがり帽子のお姉さんが息巻いて尋ねてきた。さらに。

 

「ソードマスターじゃないってんなら、何の職業なんだ?」

 

カズマさんも疑問をぶつけ。

 

「そもそも、ソードマスターでないのなら、何でこんな闘いを選んだのだ?」

 

ブレストプレートのお姉さんが質問を締め括った。

 

「ええっと、まずわたしの職業だけど、メイガス…、魔術師です」

「「「魔術師?」」」

 

カズマさんとお姉さんふたりが、素っ頓狂な声を上げた。

 

「カズマさんの故郷での、魔法の呼称が魔術なの。もう少し突っ込むと、魔術と魔法は別物で、こっちでの魔法は殆どが魔術扱いみたいよ?」

 

アクアさまが説明してくれる。やっぱり女神さまだけあって、こういうことにも詳しいんだね。

 

「……カズマは、知らなかったのですか?」

「俺は、魔法には疎かったんだよ!」

 

あー、そりゃそうだよね。リンさんも、「魔術は秘匿するもの」とか言ってた気がするし。

 

「ま、まあ、それは置いといて…」

 

わたしは話の流れを修正する。

 

「次に、わたしがキョウヤさんに勝った理由と、どうしてこんな闘い方したか、だけど…」

 

言って、元の世界のことを思い出して。

 

「……わたしの周り、強い人、いっぱいいたから…」

 

この時のわたしの表情は、きっと、とても情けないものだったに違いない。

初めて(無理矢理)転身させられたときにはリンさんに負け、ライダーの英霊にはミユが現れなければ負けていて、キャスターの英霊には一度負けて、セイバーとアサシンの英霊はわたしの中のクロが目覚めてなければ負けてたし、そのクロだって策略を練ってようやく捕まえたんだし、バゼットさんは総掛かりでようやく引き分け、二枚目のアーチャーは何とか倒せたけど、わたし死んじゃったし。

……アレ? わたしってまともな勝利、殆ど無くない?

 

「あの、何やら落ち込んでるところ済みませんが、貴女が彼と剣技で闘った理由を伺ってないのですが」

「あっ、ごめんなさい!」

 

そうだ、今は説明の途中だった。

 

「えっと、わたしが剣で闘ったのは、そんな人たちと比べてキョウヤさんがとても弱かったから」

「ちょっといいかい?」

 

わたしの説明に、キョウヤさんが口を挟んできた。

 

「実際僕は負けたんだから、キミより弱いのは認めるよ。だけど、キミなら本来の闘い方で僕を圧倒することも出来たんじゃないのか? 僕に合わせた闘いをしたその意図は何だったんだ?」

「うん、実はいくつかの理由があるんだけど…」

 

少し言葉を濁してから。

 

「魔術防御、物理保護、筋力強化、その上で魔術を使って勝っても、きっとまたあのお姉さんたちが、言いがかりをつけそうな気がして…」

「う…」

「それは…」

 

あ、やっぱり言いがかりつける気満々だった。

 

「そうか。この決闘は、そういうことだったんだね?」

 

どうやらこの決闘の経緯に気づいたみたい。まあ、火に油を注いだのはルビーだけどね?

 

「言っておくけど、僕は彼との決闘の結果に文句は無いよ。

確かにあの奇襲は、決闘のセオリーには反していると思うけど、対応するのが遅れたのは僕の落ち度だからね。それに、窃盗スキルを使って武器を奪うのだって、盗賊がよく使う手だ。彼が冒険者なら、そういったスキルを警戒するべきだったんだ」

 

……。

ごめんなさい、キョウヤさん!

この人は思い込みが激しかったり、人の話を聞かなかったりするけど、基本的にはとてもいい人でしたっ!

 

「それで、他の理由とは何なのだ?」

 

ブレストプレートのお姉さんが説明の続きを促した。

 

「あの…。これはちょっと失礼なことなんだけど、ふたつ目の理由は、キョウヤさんに自分の弱さを理解してもらいたかったの。

キョウヤさんの強さって、魔剣グラムの力に頼ったものだと思うから。だから職業レベルが上がってスキルを覚えても、それがホントの意味で身に付いてないんだよ」

『要するに、キョウヤさんは免許取り立ての初心者ドライバーと変わらないということです。いくら運転の仕方を覚えても、自在に乗りこなす、という訳にはいかないでしょう? でも、スピードだけならいくらでも出せる。つまりは、そういうことです』

 

ルビーが私の言いたいことを、例えで説明してくれた。でも、こっちの人たちには、意味が分かんないだろうなぁ。

 

「それからみっつ目だけど…、それを言う前に、カズマさん」

「えっ、俺?」

 

カズマさんが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でわたしを見る。

 

「カズマさんは、戦利品のグラムをどうするの?」

「えっ? あ、ああ、俺には使いこなせないから、あとで売っぱらおうかと思ってた」

 

うあ、ヒドっ!

 

「ちょっと待ってくれ! たった今注意を受けたばかりだけど、さすがにこの剣が無いとこっちが困る。

虫がいい話だけど、僕がお金を払うからこの剣を返してはくれないか?」

「うーん、それは…」

 

カズマさんはまだ、わだかまりがあるみたい。うん、だからこそ、だね。

 

「……ふたりには、きちんと話し合ってもらいたい。

言ってはなんだけど、キョウヤさんには人の話を聞かないところがあると思うから」

「……確かに昔、学校の先生に注意されたことがあるよ」

 

やっぱり。カズマさんも納得したって表情で見てるし。……でも。

 

「それにカズマさんも、あまりヒドい言い方しない方がいいんじゃないかな? それでキョウヤさん、まともに話を聞こうとしなかったっていうのもあると思うよ?」

 

カズマさん、アクアさまに対して、ちょっと言い回しがキツい気がする。それに時々、煽ってるんじゃないのかっていう言葉づかいもあるし。

 

「もしかして、話を聞いてもらう切っ掛けとして、極力対等な闘いをしていたのですか?」

「うん。大きな理由はそうなるのかな。キョウヤさんも納得がいく負け方をすれば、ちゃんと話を聞いてくれると思ったから」

 

わたしはカズマさんとキョウヤさんを交互に見て言った。

 

「カズマさん、キョウヤさん。ふたりには認識にズレがある気がするの。だから、冷静になって話し合ってください。

そうすれば、キョウヤさんがカズマさんを見る目も変わってくるだろうし、カズマさんだって、キョウヤさんが結構いい人なのは、さっきの会話で気づいてるでしょ?」

「それは、そうかもしれないけど」

「……まあ、気に食わないのは変わらねーけど、な」

 

ふたりとも、跋が悪そうにしてるけど、嫌がってるわけじゃないみたい。

 

ふう…

はぁ…

 

ふたりがため息を吐いた。そしてふたりは視線を交わし、カズマさんがもう一度ため息を吐いてから口を開く。

 

「わかったよ。子供の意見を無下には出来ないしな。

……ただし、ひとつだけ条件がある」

 

ファ? 条件?

 

 

 

 

 

≪クリスside≫

「え? えっ? どういうこと?

何でイリヤとカズマくんたちが一緒にいるのさ!?」

 

ギルドの食堂でイリヤ待ってたアタシは、思わず声を上げていた。何しろ、精神的に危なっかしいイリヤと、そんな彼女に引き合わせたかったカズマくんが一緒にいるんだ。おまけに、勇者候補(転生者)の御剣響夜迄いるし。

 

「なんだ? クリスとイリヤは知り合いなのか?」

 

……アタシがいない間に何があったんだろ?

 

「クリスさん。わたし、カズマさんとキョウヤさんの話し合いに同行することになって…」

 

……ホントに何があったの!?

 

「イリヤちゃん、僕たちは先に行ってるよ」

「あ、はい。……クリスさん、詳しい話はあとでね?」

 

結構、込み入った話みたいだね。

 

「わかったよ。じゃあ取り敢えず、預かってた冒険者カード。後はこれ、クエスト報酬」

 

そう言ってイリヤに、カードと報酬の入った袋を渡す。

 

「わあ、ありがとう。……ってこれ、報酬全額入ってない?」

「ああ、アタシはあくまで付き添っただけだし、依頼に関しては、アタシ何もやってないから。

あ、付添料くらいは適当に貰っといたから」

 

ホントはタダでもいいんだけど、イリヤの場合気にしちゃいそうだからね。

 

「んー…。ん、わかった。ありがとう、クリスさん」

「どういたしまして。

……あ、そうだ。イリヤはさすがに、馬小屋に寝泊まりはやだよね?」

「え?うん、それはちょっと…」

 

まあ、いい大人だって、あまり厄介にはなりたくないし。

 

「アタシが安い宿を押さえといたよ。ルナさん…、受付のお姉さんに伝えとくから、あとで聞いておきなよ」

「わっ、ありがと!」

 

イリヤが笑顔でお礼を言った。

 

「えと、それじゃあわたし、行くね?」

「うん。それじゃあまたね」

 

アタシは小さく手を振る。するとイリヤも軽く手を振ってから、小走りでふたりが待つ奥の席へと向かっていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この魔法少女をパーティーに!

原作だと同じ日ですが、カズマとキョウヤの話し合いを入れたため、こちらでは一日経ってから、という設定にしました。


≪イリヤside≫

朝、目が覚めると、見慣れない天井があった。

……やっぱり、夢じゃなかったんだ。

わたしは身体を起こすと、両足をベッドの外へやり、淵に腰をかける。

 

『イリヤさん、お目覚めですかー? 気分は、……まあ、よろしくはなさそうですね』

「まあね」

 

ルビーに気のない返事を返すわたし。正直な話、夢だったらよかったのにって気持ちが強い。今の状況って、以前リンさんに答えた「元の生活」からはほど遠いものだ。気持ちが沈んできたってしょうがない。

……とはいえ、落ち込んだままじゃいらんない。わたしがみんなのトコに戻るには、ここでがんばって魔王を倒すしかないんだから。

 

『どうやら、気持ちを持ち直したようですね』

「うん。……ルビー、心配かけちゃった?」

『いえいえ。今のイリヤさんなら、すぐに立ち直ってくれると思ってましたからー』

 

すぐにつけあがるからゼッタイに言わないけど、こういうときに結構気を遣ってくれるルビーには、感謝の気持ちでいっぱいだ。これで普段のアレがなければ、もっとよかったんだけどね。

 

「……さて、と」

『おや、いつもは布団の虫のイリヤさんが、もう起きるんですか?』

「い、いつもじゃないでしょ! たまにだよッ!」

 

た、確かによく、セラやリズお姉ちゃん、たまにお兄ちゃんに起こしてもらうけどッ! よくある「あと5分~」みたいなのは、ホントにたまにしかないんだからねッ!!

 

『まあ、それはいいんですけど。それにしたって冒険者なんて自由業なんですから、もっとぐだぐだしてるもんだと思ってましたよ』

 

まあ、確かにそんな気持ちもあるんだけど。

 

「今日はやることがいっぱいあるから。

まず、わたしが取ったスキルの確認と練習もしたいし、昨日出来なかった街の探索もしたいでしょ。そのついでに、その、下着も買っておきたい…」

『……あー、それは確かに切実ですね』

 

さすがに精神(こころ)は女性なだけあって、ここで変な茶々を入れたりはしなかった。

 

「え、えーと、あと、クリスさんに会えたら、今後の方針について相談もしたいなーって」

『そうですねー。いつまでも厄介になるわけに行きませんから、今のうちに色々と相談した方がいいでしょうねー。

……判りました。今日はその方針で行きましょう』

 

 

 

 

 

特訓前の腹ごしらえ、ってほどじゃないけど、朝ごはんを食べるためにギルドへ行くと、ばったりクリスさんに出会った。うん、まあ、いるかもしれないなーとは思ってたけど。

 

「やあ、イリヤ。待ってたよ」

 

どうやらクリスさんも、わたしのことを待ってたみたい。

わたしはクリスさんと同じテーブルに着くと、軽い朝食のセットを頼んだ。

 

『それで、イリヤさんを待ってたってことは、何か用事があるって事ですよね?』

 

ウェイターさんが離れたのを見計らって、ルビーがクリスさんに尋ねる。……どうでもいいけど、昨日みんなの前に姿を現して、今更隠れる意味ってあるのかな?

 

「うん。イリヤの、今後の身の振り方についてなんだけど。

ただ、アタシはこれから、()()()の用事があるんだ」

 

あっち、って天界? の用事でいいのかな。

 

「だから詳しいことは、カズマくんに聞いてくれないかな?」

「カズマ、さん?」

 

思わずつられて、「カズマくん」って言いそうになっちゃった。危うく赤っ恥をかくとこだったよ。

 

「うん。カズマくんに全部話してあるから」

 

カズマさん、随分と信用されてるなぁ。それとも、他に何か理由でもあるのかな。

 

「それじゃ、アタシはこれで。ホント、用事の合間を縫ってきたから」

 

用事、天界のお仕事が大変なのかな。一瞬だけど、疲れた表情が浮かんでた。そんなクリスさんに、わたしは。

 

「あの、昨日はいろいろと、ありがとうございました」

「アハハ、別に構わないよ。アタシが好きでやったことだからね」

 

ホントに、クリスさんがいい人でよかったよ。

 

『そんなクリスさんの隠された本性を知るのは、もっと、ずっと後のことだったのです』

 

ちょっとルビー! 変なナレーション入れないでッ!!

 

 

 

 

 

食事が済んだわたしは、正門を出てから壁沿いに進んでいき、昨日クリスさんと降り立った場所までやってきた。ここには大きな岩とかがいくつかあって、魔術の訓練にはぴったりな場所だった。

 

『まー、新技開発でお風呂の給湯器を破壊したり、斬擊で草刈りをしようとして校舎の窓ガラス割ることを考えれば、とても妥当な選択ですねー』

「や、やめてっ! わたしの黒歴史をこれ以上掘り返さないでッ!!」

 

特に草刈りのときはタイガをメチャクチャ怒らせて、とんでもない量と、独り身女性の生々しい内容の宿題が出されて、ヒドい目に遭ったんだから!

 

『さて、それではまず、魔術師としての基本中の基本、魔術回路の開放からいきましょうか』

「放置プレイ!?」

 

こうしてルビーの指導のもと、わたしの魔術訓練が始まった。

 

 

 

 

≪カズマside≫

俺がギルドで遅い朝食、……ってより昼飯を食ってると、入り口からイリヤが入ってきた。片手に紙袋を下げている。

 

「よっ、イリヤ。ようやくのお出ましか」

 

軽い口調で言うとイリヤがこっちへやって来た。

 

『何言ってるんですかねー、この人は。

イリヤさんなら、ここで朝食を食べてから魔術の訓練、その後、街を散策しながら買い物を済ませたところですよ』

「なっ…」

 

ルビーの説明に俺は言葉を詰まらせる。

 

「カズマなんて朝からぐだぐだしてて、ようやく朝ごはん食べてるとこなのよー」

「うるさい黙れ! 間違ってねーが、お前には言われたくねーわ! このクソビッチ!!」

「何よ! ホントのこと言って何が悪いのよ! この引きニート!!」

「誰が引きニートだ!」

「やろうっての!? 女神の力、思い知らせてあげるわよ!」

 

俺とアクアの舌戦が切って落とされようとした、その時。

 

「いい加減にしないか、ふたりとも」

「イリヤがふたりを見て、オロオロしてますよ」

 

ダクネスとめぐみんに窘められてイリヤを見ると、なるほど確かに、どうしたらいいのか分からずにオタオタと落ち着きをなくしている。

 

「すまないイリヤ。ほら、もうケンカはおしまいだ!」

「ふふん、カズマさんは負けをみむぐぅ!」

 

まだ何かを言おうとするアクアの口を、ダクネスが後ろから塞いだ。ナイス、ダクネス!

俺はサムズアップでダクネスに応えた。

 

「……あの、カズマさんはアクアさまと、いつもこんな感じなの?」

「まー、大体こんな…、アクアさま?」

 

何だ? イリヤは何でわざわざ、アクアを様付けになんか。……あ、コイツ女神だっけか。

 

「何? 今、ものすごくバカにされたような気がしたんですけど」

 

バカになんかしてませんよー。忘れてただけですよー。

 

「あの…」

「ああ、ごめんごめん。

ええと、クリスの件だろ?」

 

俺が言うと、イリヤはコクリと頷いた。

 

「えっと、わたしの身の振り方について、カズマさんに話してあるって…」

 

丸投げかよ。まあ、しばらく用事で忙しいとか言ってたからな。

 

「……あー、何だ。まあ、その、単刀直入に言うとだな。

イリヤ。俺たちのパーティーに入らないか?」

 

これが、クリスが俺に頼んだことだった。

イリヤは強さと優しさを兼ね備えた子だけど、このままひとりで冒険者を続けたら、いずれ潰れてしまうか、そうでなくても歪んでしまう。

だから、俺たちみたいな、騒がしくて愉快なパーティーに入れてあげてほしいと言われた。

俺が、別方向で歪むかもしれない、って言ったら、

 

「それは諸刃の剣だけど、箱に入れて守ってあげる、ってのは違うと思うから」

 

と返された。なんかよく分からない言い回しだったけど、言いたいことは伝わったので、俺はその申し出を承けることにしたのだ。

 

「……あの、いいの?」

「ああ。イリヤが嫌じゃなきゃな」

 

もちろん、イリヤにはまだ、理由は話さないように言われている。そりゃそうだ。そんなこと話したら、イリヤが気を遣うのは目に見えてるからな。

 

「……イヤじゃない。むしろうれしいよ!

……でも、どうして?」

 

ホラきた。だが、理由はすでに考えてある。というか、かなり本気でもある。

 

「実は俺のパーティー、かなり問題があってな?

アークプリーストは使えない子だし、アークウィザードは爆裂魔法しか覚えてないうえに一発撃ったらガス欠だし、クルセイダーは防御だけで剣が当たらないうえにドMときたもんだ。斯く言う俺も最弱職…」

 

……って、マズい! 本当のこと言い過ぎた!?

 

「ちょっとカズマ、使えないって何よ!?」

「文句があるなら聞こうじゃないか」

「さ、さすがカズマ。なかなかの言葉責め…、ゴホン! いや、何でもない」

 

お前らは今言ったとおりだよ! それよりもイリヤは…?

……え、何? その達観したような眼差しは?

 

「そっか。カズマさんも苦労してるんだね」

 

まさかの憐れみ!? ……ん? も?

 

「わたしもねー、ルビーはこうだし、リンさんとルヴィアさんはケンカばかり、クロは元々わたしの命を狙ってたでしょ? ミユはいい子だけどわたしに対しての想いが時々おかしい気がする。

学校の友達だって、タツコは残念だし、ナナキはソフトS、スズカは腐女子で、ミミは腐女子になっちゃった」

「お、おう…」

 

なんだかイリヤも苦労してた。

 

「……だから、カズマさんの苦労はよくわかるよ。

わたしなんかで役に立つのかはわからないけど、これからよろしくお願いします」

 

そう言ってお辞儀をするイリヤ。

俺は思わず泣きそうになる。イリヤ、なんていい子なんだっ!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「それじゃ、改めて自己紹介だ。

俺は佐藤和真。最弱職の冒険者だが、一応このパーティーのリーダーだ」

 

カズマさんの自己紹介に、わたしは黙ってうなずいた。せっかくの日本人同士なんだし、後で漢字でどう書くのかも教えてもらおう。

 

『(だからイリヤさんはハーフでしょう?)』

 

細かいことは気にしない! あと、モノローグに突っ込むのはやめて。

 

「わたしはアクア。アークプリーストとは世を忍ぶ仮の姿。その正体は、アクシズ教の御神体、女神アクアよ!」

「アクア。自分を女神だと思い込むのは勝手ですが、それを吹聴するのはどうかと思いますよ?」

「うむ。アクシズ教の信者も気分を害すると思うぞ?」

「どうしてふたりとも、信じてくれないのよぉ」

 

アクアさまは、女神さまだって信じてもらえないみたい。まあ、ぱっと見、ただのきれいなお姉さんだもんね。

 

「コホン。

我が名はめぐみん! 紅魔族随一のアークウィザードにして、爆裂魔法を操りし者!!」

 

……えーと。

 

「あー、アレだ。紅魔族は厨二病な一族で、名前のセンスもおかしい連中なんだ」

「なにおう! カズマ、いい度胸ですねっ!」

 

り、了解。取り敢えず、めぐみんさんはめぐみんさんでいいって事で…。

 

「私はダクネス。クルセイダーを生業としているが、不器用すぎて攻撃は当たらない。だが、防御力には自信があるので、いつでも盾代わりにしてもらって構わない。いや、むしろ盾代わりにしてくれっ!」

「こらダクネス! 子供相手に自分の性癖見せてんじゃねぇ!!」

「いいぞカズマ! もっと私を罵るがいいッ!!」

 

……確かにカズマさんの苦労、半端ないなぁ。

 

「えっと、それじゃ私の番だね。

わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。愛称はイリヤ。カズマさんと同じ国の出身です。

職業はメイガス。昨日冒険者になったばかりだけど、訳あって戦いにはある程度馴れてます」

「確かに、昨日の試合は素晴らしかった」

 

ダクネスさんが真剣な表情で言った。どうでもいいけど、この人も振り幅が広いなあ。

 

「とにかくイリヤ。これからよろしくな」

 

そう言ってカズマさんが右手を差し出す。

 

「……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

わたしは差し出された右手を握り返して、そう応えた。

……と、次の瞬間。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいッッッ!』

 

突然、ルナさんの声でアナウンスが入る。カズマさんはまたか、という顔をしてる。だけど。

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってください!

……特に、冒険者サトウカズマさんとその一行は、大至急でお願いします!』

 

もう一度流れたアナウンスは、カズマさんたちパーティーを名指ししていた。

……でも、何で?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この冒険者たちに死を!

≪イリヤside≫

アナウンスを聞いたわたしたちが慌てて正門の前まで駆けつけると、その先には首の無い馬に跨がった、左手で自分の頭を抱えた首の無い騎士、いわゆるデュラハンがそこにいた。

デュラハンの後ろには多くの騎士、……うん、直視はしたくない。直視したらきっと吐く。今だって、わざと焦点合わせてないくらいだし。

その騎士たちは、多分アンデッドだ。デュラハンなら、そういうの引き連れててもおかしくないし。

 

「お、やっぱりな。またあいつか」

 

……ん? また?

そしてこっちを、というかカズマさんたちを見つけたデュラハンが、叫ぶように言った。

 

「何故城に来ないのだ、この人でなしどもがぁぁぁぁ!」

 

デュラハンは、それはもうお怒りでした。

 

「えっと、何故城に来ないって、何で行かなきゃなんないんだ? もう爆裂魔法を撃ち込んでもないのに、何そんなに怒ってるんだよ」

「爆裂魔法を撃ち込んでないだと!? 何を抜かす、白々しいっ! そこの頭のおかしい紅魔の娘が、毎日欠かさず通っておるわ!」

 

爆裂魔法? 紅魔の娘って、めぐみんさんの事だよね?

 

「お前、行ったのか? もう行くなって言ったのに、また行ったのか!」

 

カズマさんがめぐみんさんのほっぺたを引っ張る。あー、昨日クリスさんに引っ張られたの思い出すなぁ。

 

「ひたたたた。違うのです、聞いてくださいカズマ!

今までなら、何もない荒野に魔法を放つだけで我慢できていたのですが、城への魔法攻撃の魅力を覚えて以来、大きくて硬いモノじゃないと我慢できない身体に…」

「よぉし、ちょっと黙ろうか!

子供がすぐ傍にいるのに、モジモジしながら何口走ってやがるっ!」

 

え? わたしがいるのにって…。

 

『大きくて硬いモノだなんて、めぐみんさんってば、イヤラシーですねー』

 

大きくて? 硬、い……!!!!

 

『おや、イリヤさん。顔を真っ赤にして、どうしたんですかー?』

 

ううううるさい! 判ってて聞かないでよっ!

 

「いやまてよ。お前、魔法撃ったら動けなくなるよな? って事は、一緒に行った共犯がいるはずだ! 一体誰と…、ってお前かあぁぁぁ!!」

 

スッと視線を逸らすアクアさまを見て、カズマさんが怒鳴りつける。

 

「だってだって、あのデュラハンのせいでろくなクエストが請けられない、その腹いせがしたかったんだもの!」

 

デュラハンのせいでクエストが請けられない?

あれ? そういえばクリスさんが、魔王軍幹部のせいで初心者向けのクエストが無いって…。

 

『どうやらあのデュラハンが、クリスさんの言っていた魔王軍の幹部みたいですね』

「ええっ!? 転生二日目で中ボスなんて、ゲームバランスおかしすぎない!?」

 

もちろん、世の中ゲームのような流れで物事が進んでいくとは思ってないけど、これは、あんまりと言えばあんまりだ。

そんなわたしの困惑を余所に、デュラハンが話を続けた。

 

「俺が頭にきているのは爆裂魔法の件だけではない!

貴様らには仲間を助けようという気はないのか!?」

 

仲間を助ける? それってどういうこと? なんか呪いがどうとか言ってるけど、このデュラハンとカズマさんたちとの間で、何かあったのかな?

と、そこへ、鎧をガチャガチャさせてようやく追いついたダクネスさんがやって来た。

 

「や、やあ…」

「……あ、あれえーーーーっ!?」

 

あれ? この反応って、ダクネスさんがデュラハンに呪いをかけられてたって事?

 

「ダクネスに呪いを掛けて一週間経ったのに、ピンピンしてるから驚いてるの? このデュラハン、私たちが呪いを解くために城に来るはずだと思って、ずっと待ち続けてたの? 私があっさり呪い解いちゃったのも知らずに?

プークスクス! ちょーうけるんですけど!」

 

あー、そーいう…。うん、女神さまなら、デュラハンの強力な呪いでも解けるだろうなぁ。

でも、煽るのはやめて? デュラハンから怒りのオーラが出てるのが、駆け出し冒険者のわたしでも判るくらいなんですけど。

 

「……おい、貴様。俺がその気になれば、この街の冒険者をひとり残らず斬り捨て、住人どもを皆殺しにすることだって出来るのだぞ。いつまでも見逃してもらえると思うなよ」

「見逃してあげる理由がないのはこっちの方よ!

アンデッドのくせにこんな注目を集めて生意気よ!」

 

ジャイ●ニズム!? なんかアクアさまが、言いがかりで難癖つけてるチンピラみたいなんですけどッ!!

 

「『ターンアンデッド』!」

 

アクアさまが放った魔術…、魔法? が、デュラハンに直撃する。

 

「魔王の幹部が、プリースト対策も無しに戦場に立つと思っているのか?

俺を筆頭に、このアンデッドナイト軍団は魔王様の加護により、神聖魔法に対して強い抵抗をぎゃあああああああっ!!」

 

あ、効いた。

 

「ねえカズマ! 変よ、効いてないわ!」

 

いえ、何とか持ちこたえてるみたいだけど、効いてると思います。

 

「……話は最後まで聞くものだ。

俺はベルディア。魔王軍幹部が一人、デュラハンのベルディアだ!

魔王様の特別な加護を受けたこの鎧と俺の力により、そこら辺のプリーストのターンアンデッドなど効かぬ! 効かぬのだが…。

なあお前。本当に駆け出しか?」

 

なんでだろう。デュラハン…、ベルディアの威厳が空回りして、まるでコントみたいなんだけど…?

 

「……まあいい。本来は、この街周辺に強い光が落ちてきたと占い師が騒ぐから調査に来たのだが、面倒だ。この街ごと無くしてしまえばいいか」

 

ちょっと、ジャイ●ニズムにジャイ●ニズムをぶつけるのはやめてーーーッ!?

 

「さあ、お前たち。俺をコケにしたこの連中に、地獄を見せてやるがいい!」

 

ベルディアが、振り上げた手を下ろ…。

 

「あっ、あいつ、アクアの魔法が意外に効いてビビったんだぜ、きっと!」

「ちち、違うわっ! 魔王軍の幹部がそんなわけがなかろう!

いきなりボスが戦ってどうする!? まず雑魚を片づけてからボスの前に立つ。コレが昔からの伝統と…」

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!!」

「ひあああああああああっ!!」

 

ベルディアの足下に浮かんだ魔法陣から光が立ち上がり、その光を受けたベルディアが、ゴロゴロと地面を転がり回ってる。

 

「どうしようカズマ、やっぱりおかしいわ!

あいつ、私の魔法がちっとも効かないの!!」

 

いえいえ、さっきよりも断然効いてますよ!?

 

「この…っ、セリフはちゃんと言わせるものだ!

……ええい、もういい! おい、お前ら」

 

立ち上がったベルディアは右手を掲げて。

 

「街の連中を、皆殺しにせよ!」

 

命令と共に、その手を振り下ろした!

 

 

 

 

 

ベルディアの命令で、アンデッドナイトたちが冒険者たちに襲いかかっていく。……って、いけない! アンデッドナイトが街の方に!

そう思った瞬間、ベルディアの更に向こうから向かって駆けてくる影が。……あれは!

その人物はベルディアに斬りかかったけど、気がついたベルディアは素早く身を躱した。

それを気にせず通り過ぎ、街の入り口へと駆けて行き。

 

ザシュッ!

ズバッ!

 

まさに街へ入り込もうとするアンデッドナイトを斬り倒したのは。

 

「すまない。クエストからの帰りに知って、僕だけ先行して来たんだけど、どうやら間に合ったみたいだね」

「キョウヤさん!」

 

そう、キョウヤさんがグラムを手に立っていた。

 

「クエストの帰りって、どうやってこの危機を知ったのですか?」

 

めぐみんさんが尋ねると、アンデッドナイトを倒しながらキョウヤさんが答える。

 

「僕たちの所に盗賊の女の子がやって来て、知らせてくれたんだ」

「おそらくクリスだな」

 

ダクネスさんの意見には同意できる。でもクリスさん、天界の仕事が忙しいはずなのに、わざわざキョウヤさんに知らせに行ってくれたんだね。

 

『イリヤさん』

「うん。わたしたちも!」

 

わたしはステッキになったルビーの柄を掴む。

 

多元転身(プリズムトランス)!』

 

演出無しの転身をしたわたしは、すぐにカードを取り出して。

 

「クラスカード『キャスター』、夢幻召喚(インストール)!」

 

その瞬間、わたしの頭の中に『キャスター』の記憶の一部が流れ込んでくる。

そうか。この英霊は、コルキスの裏切りの魔女メディア。けれどそれは、女神の呪いによって人生の歯車を狂わされた、悲しい物語だった。

わたしはその記憶を受け止めつつも、今やることに意識を集中する。

 

「『紫光弾(ユピテル・ロッド)』!」

 

五つの魔力弾を連射した。この一発分でも、今のわたしの砲撃(フォイア)より威力が高い。うう、落ち込むなぁ。

因みに宝具は使わない。神官魔術式・灰の花嫁(ヘカテック・グライアー)っていうビーム技らしいんだけど、そんなの使ったら、冒険者の皆さんにまで迷惑がかかっちゃうから。

それにしても、アンデッドナイトの数が多い。街への侵入は何とか防いでいるけど。

と、そこへ。

 

「わあああん、カズマさーん! カズマさーん!」

 

アクアさまがアンデッドナイトの大群を引き連れて、こちらにやって来た!

 

「このバカ、こっち来んな! 向こうへ行ったら今日の晩飯奢ってやるから!」

「私が奢るから何とかしてえ! このアンデッドたちおかしいの! ターンアンデッドでも消し去れないの!」

 

わあ、酷いなすりつけ合いだぁ。……と思ったら、めぐみんさんに何か言ったかと思うと、カズマさんはアクアさまに追いかけられる形で走り出した。

 

『……イリヤさん、何だかアクアさんが引き連れているアンデッドの数、増えてませんかー?』

「うん。……って言うか、周りのアンデッドたちも引き寄せてる?」

 

そして、すべてのアンデッドたちを引きつけてカズマさんが叫んだ。

 

「めぐみん、やれーっ!」

「何という絶好のシチュエーション! 感謝しますよカズマ!」

 

そう言ってめぐみんさんは杖を構え。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者! 魔王の幹部、ベルディアよ! 我が力、見るがいい!

『エクスプロージョン』ッ!!!」

 

その、あまりにも強力な術が、アンデッドナイトたちを一瞬で吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

正門の前には巨大なクレーターが出来てる。アンデッドナイトたちは、……すべて吹き飛んだみたいだ。そして。

 

「我が爆裂魔法の威力に、誰一人として声も出せないようですね…。ふああ…、口上といい、凄く…、気持ちよかったです」

 

めぐみんさんは、悦に入った表情で言った。地面に倒れた状態で。

……って、大丈夫なの!?

 

「おんぶはいるか?」

「あ、お願いします」

 

ふたりの会話からすると、どうやらいつものことらしい。そういえばさっき、一発撃ってガス欠とか言ってたっけ。

めぐみんさんの活躍に、他の冒険者さんたちも大騒ぎしてる。

でも待って。倒したのはアンデッドナイトたちだけだよ? まだ安心できる状況じゃないんだよ?

この状況で緊張を解いてないのは、わたしの他にはキョウヤさんとダクネスさんくらいだ。

そして。

 

「クハハハ! 面白い! この駆け出しの街で、本当に配下を全滅させられるとは思わなかったぞ!

……では約束どおり、俺自ら貴様らの相手をしてやろう!」

 

ベルディアが大きな剣を構えて、こっちへやって来る!

だけど街の冒険者さんたちが、その前に立ち塞がった。

ベルディアは報償金のことを口に出して、それを聞いた冒険者さんたちが色めき立つ。

そして、冒険者さんのひとりが言った。

 

「どんなに強くても、後ろに目は付いちゃいねえ! 囲んで同時に襲いかかるぞ!」

 

それダメ!? 死亡フラグ!!

カズマさんも、キョウヤさんまで、表情がそう語ってる。

 

「相手は魔王軍の幹部だぞ! そんな手で簡単に倒せるわけねーだろ!!」

「みんな、冷静になるんだ!」

 

カズマさんとキョウヤさんが静止の声をかける。キョウヤさんの場合はブーメランな気もするけど。

 

「ミツルギにばかり任せてられるか! 俺たちだって、この街の冒険者なんだ!

おい、お前ら! 一度にかかれば死角が出来る! 四方からやっちまえ!」

 

その叫びと共に襲いかかろうとする、冒険者さんたち。その時ベルディアは、自分の首を上空へ放り投げた。

その瞬間、イヤな予感が奔る。

 

「行っちゃダメ…!?」

 

そう言って駆け出そうとしたわたしの手を、キョウヤさんが掴み。

 

「ムリだっ、もう間に合わないっ!」

 

キョウヤさんはわたしを引き寄せて、自分を壁にベルディアが見えないようにして、わたしを抱きしめる。

次の瞬間。重いモノが倒れる複数の音。

わかって、しまった。それは人の命が奪われた、絶望の音なんだ、って。




大変お待たせしました。
途中で内容がダレてしまい、しばらく放置してました。
結局途中から展開を少し変えて仕上げましたが、話の流れは変わってません。

紫光弾(ユピテル・ロッド)は、格闘ゲーム【Fate/Unlimited Codes】のキャスター(メディア)の技のひとつです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この魔法少女と共闘を!

≪カズマside≫

「すまねぇ、ミツルギ」

 

ミツルギの近くに駆け寄った俺は言った。お陰で、イリヤにあんな凄惨なシーンを見せずにすんだ。

本当なら俺がやるべきだったんだろうが、めぐみんを背負った状態では、そこまで素早く駆け寄ることは出来なかったのだ。

 

「いいや、構わないよ。考えてることは同じさ」

 

そう、だよな。イリヤは確かに強いけど、地球から転生してきたばかりの小学生。まだ、子供なんだ。

 

「ほう…」

 

ベルディアが感嘆の声を漏らす。

 

「幼い少女を庇うか。それに先程の冒険者のセリフ…。貴様が魔剣の勇者ミツルギか」

 

さすがチート持ち、魔王軍にも名前が知れ渡ってやがる。

 

「どうだ。この俺と勝負をしないか?

魔王軍の幹部とはいえ、元は騎士。強敵相手に、一対一で剣を交えてみたいというものだ」

 

兜に隠された口元には、笑みが浮かんでいるんだろう。高揚感を感じさせる声でベルディアは言った。

 

「なになに? 私たちにビビってアンデッドナイトをけしかけたデュラハンが、何ほざいてるのかしら? ヘタレが粋がって、ちょーうけるんですけど! プークスクス」

「ええい、うるさいわっ!」

「アクアお前、ちょっとは空気読めねーのか!?」

 

ホント、空気ぶち壊してんじゃねぇよ!

そんな状況を正すべく、ミツルギは軽く咳払いをする。

 

「……昨日までの僕なら、その申し出を受けていただろうね。でも、今の僕には受けることは出来ない。

……だって僕は、昨日負けたばかりだからね」

 

俺は、少しだけミツルギのことを見直した。ちゃんとイリヤに負けたことを受け入れていたんだから。

するとミツルギはこちらへ視線を移し。

 

「サトウ君とイリヤちゃんには、僕に足りないものを色々と教わったよ」

 

え? 俺も頭数に入ってんの? いや、確かに俺も勝ったけど、まさか評価されてるとは思わなかった。

 

「……え? あれ、ホントにあのイタい人? なんだか正統派主人公みたいなんですけど?」

 

アクアのセリフに、若干顔を引きつらせるミツルギ。うん、まあ、がんばれー。少しは評価、上がってるみたいだぞー。

 

ふう…

 

ベルディアがため息を洩らす。

 

「自分の弱さを認め辞退するのは、なかなかの潔さではあるが…。しかしせっかく盛り上がった俺の思い、誰が晴らしてくれるのだ?」

 

いや、アンタが勝手に盛り上がってただけだろ!?

そう突っ込みそうになる俺の前に躍り出る人影。

 

「なら、相手はこの私がしよう!」

「ダクネス!?」

 

何言ってんだ、アイツ! 剣が当たらないのに、戦いにならねえっての!

その時、ミツルギの腕の中にいるイリヤが、もぞもぞと動く。

 

「イリヤちゃん?」

「……キョウヤさん。もう、大丈夫だから」

「いや、でも…」

「……おねがい」

 

そう言われたミツルギは、躊躇いながらもイリヤを解放する。

イリヤは、ベルディアの周りに倒れている数人の冒険者を見て、体を小刻みに震わせているが、目を逸らしたりはしない。そして視線を、攻撃が当たらないダクネスに落胆しながら相手をするベルディアへ移す。その時にはすでに、イリヤの震えは治まっていた。

その様子を見た俺は、ようやくクリスの言っていた意味を理解した。

イリヤは、目の前の現実を全て背負(しょ)い込もうとしているように見える。だけどそんなことをしてたら、クリスが言うとおりその重圧に押し潰されるか、歪んだ成長をしてしまう。そんな危険性を感じさせるのだ。

だから俺はイリヤに近づくと、ポンとイリヤの頭に手を置いた。

 

「ふぇっ、カ、カズマさん!?」

「イリヤ。自分ひとりで背負(しょ)い込もうとしなくていいんだ。これは、俺たち全員が背負(せお)うべき結果なんだからさ」

 

自分でもちょっとばかし、キザったらしいセリフだとは思う。だがイリヤの肩から、無駄な力が抜けたのがわかった。どうやらこれで正解だったようだ。

 

「カズマさん、ありがと。

……でもわたし、戦うから!」

「ああ、それを止める気はねーよ」

 

本当なら止めたいとこだ。だけど、俺にはわからないが、戦おうとする理由はおそらくイリヤが転生してきた理由と深く関わってるんだろう。そういう決意じみたものを確かに感じる。

箱に入れて守るのは違う、か。確かにクリスが言ったとおりだ。そんなことしたら、イリヤの決意すら踏みにじってるようなもんだからな。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

カズマさんのお陰で、心の中に重くのし掛かっていたものが、スッと軽くなっていくのがわかった。もちろん、綺麗さっぱり無くなったわけじゃないけど、さっきまでとは雲泥の差だ。

 

『イリヤさん、行けますか?』

「もちろん」

 

答えて私は、カードホルダーから一枚のカードを取り出し。

 

「クラスカード『アーチャー』、上書き夢幻召喚(オーバーライトインストール)!」

 

夢幻召喚の上書きをする。

……?

この時、僅かな違和感を感じた。……そうだ。[キャスター]のカードの時と違って、記憶が流れてこないんだ。ただ一瞬、荒れ果てた丘に突き刺さる無数の剣と、赤焼けの空に浮かぶ巨大な歯車が、ゆっくりと回転している。そんな風景が脳裏に浮かんだだけ。

……ううん、そんなことは後回しだ。今はダクネスさんに加勢しないと! ちなみにルビーは、わたしが羽織ってる赤い外套になってる。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

わたしはクロがしていたのと同じように、黒と白の中華剣、干将・莫耶を投影する。

 

「フッ!」

 

気合いと共に干将で斬りかかると、ベルディアは大きな剣でそれを受け止めた。わたしは生まれた隙へ莫耶で斬りつけたけど、ベルディアも干将を受け止めてる剣で強引に押し返す。

そこへダクネスさんが上段から剣を振り下ろすけど、どうせ当たらないと思ったのかベルディアは避けようともしない。だけど。

 

「ハアァッ!」

 

剣を振り下ろしたダクネスさんの後ろから、ジャンプして斬りかかってくるキョウヤさん。不意を突かれたものの、慌てて身を躱すベルディア。

 

「ええい、ちょこまかと鬱陶しい! 貴様ら、一週間後に死ね! 死の宣告!!」

 

えっ? ベルディアのかけ声と共に、わたし達三人に黒い何かが襲いかかった。

 

『イリヤさん、これは死の呪いです! おそらくは宣言の通り、一週間後に死を与えるものと思われます!』

 

呪い!? ……なら!

 

投影開始(トレースオン)破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)!」

 

投影した歪な剣を、自分に突き立てながら真名開放すると、わたしの体から黒い何かが霧散した。

 

「なに!?」

 

驚愕するベルディアを後目に、わたしは続けて、ダクネスさんとキョウヤさんにも剣を突き立てながら真名開放して、死の呪いを解除する。

それにしても、どうしてこの英霊の投影品の中に、キャスターの[破壊すべき全ての符]があったんだろ?

 

 

 

 

 

あっさりと呪いを解かれたベルディアはだけど、すぐに気を取り直して、再びわたし達に襲いかかろうとする。そこへ。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

カズマさんが水の魔法を放つ! ベルディアは大きく一歩後退して水を躱し。

 

「……からの『フリーズ』!」

 

さらにカズマさんは、氷結魔法でベルディアの足下を凍らせる。そうか、ベルディアの足止め!

 

「食らいやがれ! 『スティール』!」

 

そして放たれた窃盗のスキル。だけど。

 

「悪くはない手だったな。それなりに自信はあったのだろうが、俺は仮にも魔王軍の幹部。レベル差というヤツだ」

 

そう。ベルディアからは何も奪うことが出来なかった。

ベルディアはゆっくりとカズマさんを指差す。慌ててわたしは、[破壊すべき全ての符]を投影しようとして。

 

『全く、何を格好つけてるんでしょうかねー、このデュラハンは。自分の弱点さらけ出しといて、よくもまあ…』

「なっ!?」

 

ルビーの発言に動揺するベルディア。……って、弱点!?

 

「おいルビー、弱点なんてあるのか!?」

『いやですねー、あからさまだったじゃないですか。

このデュラハン(ひと)、水の魔術を大袈裟に避けてましたよね? デュラハンはアンデッド。そしてアンデッドと言えば…』

 

……あ。

 

「ヴァンパイア! ヴァンパイアの弱点は、……流れる水だぁっ!!」

「『クリエイト・ウォーター』!」

「『クリエイト・ウォーター』!」

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

カズマさんが叫ぶのと同時に、待機していたウィザードの人達が水の魔法を放ちだした。

 

『……まあ、あくまで創作(ものがたり)では、ですけどねー』

「ん? 何か言った?」

『いいえ、こちらの話です』

「?」

 

まあ、いいや。ダクネスさんとキョウヤさんも、ベルディアに逃げられないように立ち回ってるんだ。わたしだって。

投影した弓に、同じく投影した剣を矢に変換して番える。

 

赤原猟犬(フルンディング)!」

 

放った矢は、狙い違わずベルディアに向かう。

 

「小賢しいわっ!」

 

飛び交う水を躱し、キョウヤさんの攻撃を躱し、その上でわたしが放った矢を剣で弾く。さすが中ボス、一筋縄じゃいかない。……でも。

 

「なにっ!?」

 

再び襲いかかる矢を、慌てて躱すベルディア。しかし矢は軌道を変えてまたもやベルディアを襲う。

わたしが放ったのは、命中するまで相手を追いかけ続ける、自動追尾の矢。簡単には逃がさないんだから!

 

 

 

 

 

……なんて気負った時期もありました。

ちょっと、どうしてどの攻撃も当たらないの!? さっきから器用に避けまくってるんだけど!

わたしとキョウヤさんも攻撃してるし、ダクネスさんは剣での攻撃を捨てて体当たりをしてるのに、剣撃は避けられ、あるいはいなされて、体当たりにはビクともしない。その上で水の魔法や[赤原猟犬]も避けきってる。

……体当たりしてるダクネスさんが嬉々とした表情をしてる気がするけど、うん、きっと気のせいだ。

 

『さすが、腐っても魔王軍の幹部ですね。アンデッドだけに』

「上手いこと言ってる場合じゃないよぉ!」

 

と言うか、この状況でおふざけは要らない!

……不意に。いやな予感が奔る。

ベルディア…、じゃない。振り返ったわたし達が目にしたのは、呪文を唱えるアクアさまの姿。

 

『詠唱からすると、水に関する魔術のようですが…』

 

冗談じゃない! [メイガス]になったお陰か、ある程度の魔力の流れは認識できるようになったけど、今、アクアさまが使おうとしている魔法の魔力量がトンデモナイことまでわかってしまった。

ここは逃げたいとこだけど、同じくいやな予感を感じたんだろうベルディアも逃げようとしていた。でも、そんなことはさせない!

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

「ぐおぉ!?」

 

ベルディアに向かう矢を爆発させて足止めをする。うっかりダクネスさんも巻き込んじゃったけど、なんだか喜んでるみたいだし、いいよね?

そして次の瞬間。

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

 

アクアさまの魔法が発動した!




ルビーの創作云々のセリフは、型月世界の死徒(吸血鬼)にはそういう設定が見受けられないことを言ってます。某真祖様は某ファンタズムで、平気で海に潜ってましたからね。

追記
型月世界にも流水に弱いという設定があるとのご指摘を受けました。なのでルビーのセリフの意味を「あちらの世界では例外もいる」という含みで言ったことにします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このパーティーに借金を!

ようやくここまで来た。


≪アクアside≫

「流れる水だぁっ!!」

 

カズマが叫ぶと同時に、みんながデュラハンに向かって水の初級魔法を放ち始めた。一体何遊んでるのかしら、なんて思ってたら、なんとあのデュラハンの弱点が水らしい。イリヤやダクネス、イタい人が攻撃してるのも、水を躱せないようにするためだって。でも、成果は上がってないわよね?

 

「お前、仮にも水の女神なんだろうが! それともやっぱり、お前はなんちゃって女神なの? 水のひとつも出せないのかよ!?」

 

ムカッ

 

「あんた、そろそろ罰の一つも当てるわよ! 私、正真正銘の水の女神ですから!

あんたの出す貧弱なものじゃなく、洪水クラスの水だって出せますから!」

 

いくら私が弱体化してるって言っても、私は本当に女神だし、自分の権能をバカにするのは許さないんだから!

 

「出せるんならさっさと出せよ、この駄女神が!」

「わああああーっ! 今、駄女神って言った!

見てなさいよ! 女神の本気を見せてやるから!」

 

私はこの世界に在る眷属達へと語りかけた。魔力を対価に眷属達の力が集約する!

見てなさい、カズマ! これが女神(わたし)の本気よっ!

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

 

私が生み出した水が、辺り一帯を押し流…、って私まで!?

一瞬、私を非難するようなカズマの顔が見えた。ち、違うわよ! 私は悪くなんてないわっ! これも全て、水を出せって言ったカズマが悪いんだからねっ!!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

うぇえ、酷い目にあったよぅ。まさかアクアさまが、洪水クラスの水を召喚するなんて思ってもいなかった。オマケにわたしはアーチャーを夢幻召喚してたせいで、空へ逃げることも出来なかったし。

 

『こういうのも、神罰って言うんですかねー?』

 

ううん、違うと思う。

 

ガチャリ

 

そんな音がして。

 

「な、なにを考えているのだ、貴様…。バカなのか? 大バカなのか、貴様は!?」

 

ベルディアが、文句を言いながら立ち上がった。いけない! 早く何か手を打たないと!

 

「今がチャンスよ! 私のすごい活躍で弱ってる、この絶好な機会に何とかなさい、カズマ!」

 

ってアクアさま!? せっかくの不意討ちのチャンスを!?

カズマさんは苦い顔をしながら、ベルディアに向かって右手を突き出し。

 

「今度こそお前の武器を奪ってやるよ!」

「やってみろ! 弱体化したとは言え、駆け出し冒険者ごときのスティールで、俺の武器を盗らせはせぬわ!」

 

……場違いなのはわかってるけど、一瞬、カッコいいと思ってしまった。虚勢を張ってるのはわかる。だって、カズマさんの足は震えてるから。でも、それだからこそ。

強い相手にも、いざとなったら立ち向かう勇気を出せる、そんなカズマさんがカッコよく見えたんだ。

 

「『スティール』ッッッ!」

 

カズマさんが叫ぶ。そしてベルディアの手から剣が、……消えることはなかった。

冒険者さん達に広がる、絶望。……だけど。

 

「……あ、あの。…………首、返してもらえませんかね?」

 

カズマさんが両手で持っていたモノ。それは、ベルディアの頭だった。……カズマさんが、悪い顔で(わら)ってる。

 

「お前ら、サッカーしようぜ! サッカーってのはなぁ、手を使わず足だけでボールを扱う遊びだよぉぉ!」

 

そう言って、冒険者さん達の前にボー…、ベルディアの頭を蹴り出すカズマさん。うわぁ、鬼畜だなぁ。こんなこと、普通は考えつかな…、いや、クロならやるかも。

それにしても、冒険者さん達もノリノリだ。みんな楽しそうにボー…、ベルディアの頭を蹴ってる。それだけ鬱憤もたまってたのかな。

カズマさんは、ベルディア(身体の方)が落とした剣を拾ってダクネスさんに渡す。

 

「ダクネス、一太刀食らわせたいんだろ?」

「……ああ。だが…」

 

ダクネスさんがわたしを見た。

 

「その役目はイリヤに託したい」

「ええっ、わたし!?」

 

な、なんで!?

 

「イリヤは幼いながらも、彼らの死を真っ直ぐに受け止めてくれた。だからこそ、ベルディアへ一太刀与えるのは、イリヤが相応しいと思ったんだ」

 

そんな風に、思ってくれたんだ…。

 

「……うん、わかった」

 

わたしは頷いてから、体をベルディアの方へ向けた。

 

投影開始(トレースオン)

 

わたしはベルディアに近づきながら、一振りの剣を投影する。

 

「え…、グラム!?」

 

キョウヤさんが驚きの声をあげる。そう、わたしが投影したのは、キョウヤさんが持つ魔剣グラム。ただ、伝承にあるものとは違って神様が与えた、いわば準神造兵器。かなり性能を落として無理矢理投影したけど、それでも充分攻撃は通るはず。

わたしはベルディアの本体へ、グラムを振り下ろす!

 

「ぐはあっ!」

 

冒険者さん達に蹴られているベルディアの頭が、呻き声を上げた。

ベルディアは言ってた。特別な加護を受けた鎧って。その鎧が打ち砕かれた今なら…!

 

「アクア、頼む!」

「任されたわ!」

 

アクアさまがカズマさんに応えて。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

 

ベルディアに強力な浄化魔法が炸裂する。

 

「ぎゃあああああー!」

 

本体にダメージを受けたベルディアの頭が絶叫を上げて、そして本体もろとも消滅していった。

 

 

 

 

 

「ダクネス、何をしているのですか?」

 

ベルディアが消滅した所の前で片膝をつき、祈りを捧げているダクネスさんに、めぐみんさんが尋ねた。

 

「……デュラハンは、不条理な処刑で首を落とされた騎士が、恨みでアンデッド化したモンスターだ。だからせめて祈りぐらいはな…」

 

ダクネスさん…。

 

「腕相撲で私に負けた腹いせに、鎧の中はガチムキの筋肉だと大嘘を流したセドル。

暑いからその剣で扇いでくれ。なんなら当ててもいいぞ、当たるんならな、とバカ笑いしてからかったヘインズ。

そして、一日だけパーティーに入れて貰ったときに、なんでモンスターの群れに突っ込んでいくんだ、と泣き叫んでいたガリル。

皆、ベルディアに斬られた連中だ。今思えば、私は彼らを嫌ってはいなかったらしい」

『今まで当たり前だったものが失われて、ようやく大事だったものに気づく…、よくある話です』

 

確かにルビーの言うとおりだ。わたしだってこういう状況になって、あっちの世界での生活が如何にかけがえの無いものだったかが、ようやくわかった気がするから。

 

「一度くらい、一緒に酒でも飲みたかったな…」

「「「お、おう…」」」

 

……………………ゑ?

声のした方を向くと、そこには斬り殺されたはずの、三人の冒険者さん達が…?

冒険者さん達は口々にダクネスさんに謝っていって、そんな状況が恥ずかしくなったのか、ダクネスさんは顔を赤くして震えてる。……って、なんで? どうして!?

 

「私ぐらいになれば、死にたてホヤホヤの死体なんてちょちょいと蘇生よ! 良かったわね。これで一緒にお酒が飲めるじゃない!」

 

えっ、アクアさま!? 死者の蘇生なんて出来るの!?

……あ、考えてみたら、地球出身の転生者を送ってたのってアクアさまなんだっけ。それなら蘇生が出来てもおかしくない、のかな?

……って、それよりも!

 

「ルビー、気づいてたでしょ!?」

『いえ、せっかくのダクネスさんの想い、(面白そうなので)黙っていてあげた方がよろしいかと思いまして』

 

いや、本音が漏れてますよー!?

 

「こ、これは、私の好きな羞恥責めとは違うから…ッ!」

 

ルビーの発言に、両手で顔を覆いイヤイヤしながら言うダクネスさん。うん、なんか最後はぐだぐだになったけど。

でも。冒険者さん達が助かって、ホントによかった。わたしは心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

翌日。わたしは報奨金を受け取るために冒険者ギルドへやって来た。扉を開けると、中では宴会で盛り上がってる。

パーティーのメンバーは…、カズマさん以外はもう揃ってた。

 

「来ましたね、イリヤ」

「あとはカズマだけね」

「おや? 新しい服だな、イリヤ」

 

三人がわたしに声をかけてくれる。というか、わたしが服を新調したことに気づいたの、ダクネスさんだけ?

 

『下着も新調したのに、反応薄いですよねー、みんな』

「それ、わざわざここで言う事じゃないから! あと、モノローグを読むの、いい加減やめてよね!?」

 

全くもう、ルビーってば…。

えっと、ベルディアとの闘いが終わったあと、ルナさんに預けていた衣類の入った袋を受け取ってから大衆浴場へ行って、体を綺麗にして新しい服に着替えた。着てた衣類は、街中で出会ったシスターさんから貰った、飲めるっていう洗剤で洗って、宿屋の部屋の中に干してある。

……って、わたしの衣類のことはいいから!

 

「えっと、みんなはもう、報奨金は貰ったの?」

「私はもう貰ったけど、めぐみんとダクネスはまだよ?」

 

それを聞いてわたしは、ふたりを見る。

 

「どうせならカズマと一緒に貰おうと、ダクネスと話したんですよ」

 

めぐみんさんの言葉に、ダクネスさんも黙って頷いた。でもそうか。確かにカズマさんと一緒の方がいいよね。

 

「それじゃあ、わたしも一緒に待つことにするよ」

 

そう言って、ふたりと一緒にカズマさんを待つことにした。

 

 

 

 

 

それから30分ほどして、ようやくカズマさんがやって来た。ダクネスさんがまず声をかける。次いで声をかけためぐみんさんが、ダクネスさんにお酒を止められたと愚痴ってたりするけど、地球、というか日本育ちのわたしとしては、ダクネスさんの意見に賛成だ。

そしてわたしは。

 

「カズマさん、行こ?」

「……ああ、そうだな」

 

そう言うと、カズマさんは軽く頷いてくれた。

わたしち達はルナさんの前に並ぶ。

 

「その…、サトウカズマさん、ですね? お待ちしておりました」

 

……あれ? なんだか、ルナさんの様子がおかしい気がするんだけど。

 

「あの、まずはそちらのお三方に報酬です」

 

そう言って、わたしとダクネスさん、めぐみんさんに小さな袋を渡すルナさん。……カズマさんの分は?

 

「あの、ですね。実は、カズマさんのパーティーには、特別報酬が出ています」

 

特別報酬!? そうか、だからリーダーのカズマさんは後回しにしたんだ。

 

『(……うーん。なんか特別報酬って言ってる割には、随分と冴えない表情をしてますねー?)』

 

ルビーが囁いた。うん、言われてみれば、確かにそうだよね?

 

「サトウカズマさんのパーティーには、魔王軍幹部ベルディアを見事に討ち倒した功績を称えて、ここに、金三億エリスを与えます」

「「「「「さっ!?」」」」」

 

なんか、トンデモナイ数字が出たんですけどッ!?

………でも、だからこそ余計に、ルビーが言った事が気になってくる。

ギルドにいる冒険者さん達は盛り上がってるし、カズマさんは「冒険の回数を減らす」なんて言ってるけど、こういう時にストンと落とされるのは、ある意味お約束だ。

ルナさんがカズマさんに、一枚の紙を渡す。酔っ払ったアクアさまと一緒に覗き見ると、紙にはゼロがたくさん書かれていた。小切手? ……じゃないよね。なんか不穏なものを感じるし。

 

「その、アクアさんが召喚した大量の水により、街の入り口付近の家々に洪水被害が出ておりまして…。魔王軍幹部を倒した功績もあるので全てとは言いませんが、一部だけでも払ってくれ…と……」

 

これ、請求書だッ!!

めぐみんさんが逃げようとして、わたしを見て思い止まる。そして、本気で逃げようとするアクアさまの襟首を掴み、逃がさないようにするカズマさん。

そんなカズマさんは、わたしを見て口を開いた。

 

「イリヤ。パーティー脱けたいなら、脱けたって構わないぞ。お前はまだ子供なんだし、昨日入ったばかりなんだ。わざわざ借金背負う必要はねぇよ。なんなら、ミツルギのパーティーに入れてもらえば…」

 

カズマさん…。

 

「……うん、そう言ってくれるのはうれしいよ? でも、わたしはもう決めたんだ。

カズマさん。一度関わったことは無かったことには出来ないんだよ。わたしは、関わった人や仲間を見捨てて、前になんか進めない!」

 

これは、かつてわたしが誓った言葉。それは今も変わらない。

 

「……ありがとう。すまないな、イリヤ」

 

そう言ってカズマさんは、わたしの頭を優しく撫でてくれた。

 

 

 

 

≪カズマside≫

全く、我ながら自分らしくないのはわかってる。わざわざイリヤに、パーティーを脱けるように勧めるなんてな。

めぐみんやダクネスとは違う。アイツらは色々と問題があるから、こういうときじゃなきゃ、脱けてもらっても一向に構わない。だがイリヤは、冗談抜きで戦力になる。パーティー脱けるって言われても引き止めたい。

だけど、まだ子供のイリヤに、こんな厄介事を背負わせてしまっても良いのだろうか? そんなことが頭をよぎってしまった。

若干Sっ気があるものの、基本的に素直で良い子なイリヤ。だからこそ、柄にも無いことを言ってしまったのだろう。そんな自覚がある。

……言っとくが、決してロリコンなんかじゃねーからな?

まあ、そんなわけで、イリヤが残ってくれるとわかった時、心から感謝の言葉が出てしまったんだが。

 

「それじゃあ改めて。カズマさん、これからもよろしくお願いします」

 

イリヤは俺に向かってお辞儀をし、引き続き。

 

「それからダクネスさん、めぐみんさん、アクアさんもお願いします」

 

そう言って再びお辞儀を、……ん? なんか今、違和感を感じたんだが?

すると、襟首を掴まれジタバタしていたアクアの動きがピタリと止まり、ゆっくりと振り返る。

 

「え、えっと、イリヤ…? 今、私に、なんて言ったのかしら…?」

 

するとイリヤはニッコリと微笑み。

 

「お願いしますって言ったんだよ、アクアさん!」

「え…、あの、さっきまで『アクアさま』って…」

「え? なんですか、アクアさん!」

「………………いえ、何でもないです……」

 

イリヤ、怖え。……そっかぁ、イリヤも結構怒ってたんだな。うん、よし。イリヤは極力怒らせないことにしよう。俺はそう、硬く心に誓った。




ようやく原作一巻分が終わった。ベルディア一回目よりあとから始まってるのに、10話までで結構時間がかかってしまいました。まあ、連載作品増やしすぎて自分の首を絞めてるだけなんですが。

補足ですが、グラムは伝承によって出自が違います。北欧神話だとレギン(ファフニールの弟、ドワーフ)によって作られましたが、ヴォルスンガ・サガではオーディンから与えられたそうです(Wiki調べ)。一応北欧神話のものを基準にして、神が特典として与えたという事実によって準神造兵器となった、としました。ちょっと型月っぽい言い訳ですが。

次回は短編を入れるか、原作の話に進むか、まだ考えてません。多分、短編の方に行くとは思うんですが、そうするとカズマ達が出ないんですよねー。一応大事な話なんですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この幸運(なハズ)の女神に安らぎを!

もしくは[がんばれ! エリス様!!]


≪エリス/クリス side≫

ある日のことでした。いつものごとく、私の担当する世界の死者を導く仕事をしていたときです。

 

「エリス様ぁ!」

 

私の名前を叫びながら、一人の天使が飛び込んできました。

 

「ええと、あの、どうしたのですか?」

 

取り乱し気味の彼女に、出来るだけ優しく尋ねます。

 

「実は私、アクア様の代わりに日本の死者を導く仕事をしていたのですが…」

「ちょっと待ってください。アクア先輩の代わりにって、先輩はいらっしゃらないのですか?」

「は、はい。アクア様は、その、重要な用事が出来まして…」

 

何か、歯切れが悪いですね。……まあ、先輩の事です。きっと何かを仕出かしたのでしょう。

 

「わかりました。話の腰を折ってすみませんでしたね。

……それで、仕事をしていて何かあったのですか?」

「あ…、あの。先程、一人の少女をエリス様が担当する世界へ転生させたのですが」

「転生…、勇者候補の方ですね」

 

……私が担当する世界は今、魔王の脅威によって、生まれ変わりを拒否する者が増えています。そこで他の世界から、若くして亡くなった者に特典をひとつ与え、記憶と生前の肉体をそのままに、こちらの世界へ転生させて、出来たら魔王討伐もお願いしているのです。

 

「私、その少女に、転生者の死亡原因や死亡率等の説明をするのを忘れていたんです!」

「……はあ」

「今まではきちんと説明を行っていたのに、今回説明を怠ったことで、その少女の選択肢を奪ってしまったんです!」

「……」

 

どうやら彼女は、とても生真面目な性格をしているようですね。こちらにやって来る人の死を悼む気持ちは大事なことですが、もう少し気持ちを楽にしていた方が良いように思います。さすがに、先輩のような振る舞いはどうかと思いますが。

とはいえ、こんなに思い詰めている彼女を、このままにするわけにもいきませんね。

 

「落ち着いてください。わかりました、私がその少女の様子を伺ってきます。今から選択のやり直しは出来ませんが、せめて彼女の進む道を指し示す役くらいはしましょう。

貴女はその少女にひとつだけ、少しばかりの手助けになることをしてください。但し、貴女のミスを補う程度に留めてくださいね」

「は、はい!」

 

彼女はこくりと頷き、すがるような眼差しを私に向けた。

 

 

 

 

 

アタシが地上に降りて直ぐに、目的の少女は見つかった。見た目は黒っぽい髪や瞳じゃないけど、ニホンからの転生者が着ている服がこちらのものとは違うから、直ぐにわかる。

と、突然その少女は顔を真っ赤にして、その場から逃げ出した。アタシは慌ててそのあとを追う。……って、めちゃくちゃ速い!?

その少女はしばらく走ったあと、細い路地へと入っていく。アタシもその路地へ入ると。

 

「……だ、誰も、追いかけて、来ない、よね?」

 

息を切らせながら、少女は言った。それに応えるように、アタシはこう返した。

 

「うん。アタシ以外はね」

 

って。

 

 

 

 

 

『---即ち、この方は神様、ということです』

 

ええっ! いきなりバレた!? アタシは少女と、「冒険者について」を少しばかり話しただけなのに…。何なのさ、この魔道具は!?

い、いや、落ち着け、クリス。とにかく今は、誤魔化すしかない!

アタシは彼女達に向かって、色々と言い訳をした。だけど。

 

「そう言えば天使さんが、死んだ人を導く女神が今はいないって言ってたよね。もしかしてその女神が…」

「いや、それはアクア先輩の事だから!

……あ」

 

さっきあの子から聞いたばかりなので、つい口から出た言葉。結局はそれが決定打となって、アタシは自分の正体を明かすことになってしまった。

 

 

 

 

 

それからアタシは彼女達、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、愛称イリヤとその魔道具、本人が言うには最高位の魔術礼装、マジカルルビーを連れて冒険者ギルドへとやって来た。

イリヤが冒険者カードを作ると、見慣れない職業名が挙がった。[メイガス]というそれは、おそらくあの天使が用意したものだろう。アタシが言ったことを早速実行したみたいだ。

イリヤは[メイガス]を選び、スキルポイントを振り分けたあと、アタシと一緒に初クエストを受ける。

 

[一撃熊の討伐]

 

本来、レベル1の冒険者が受けるべきではないこのクエストを、イリヤは見事に達成する。だけど同時に、この子の優しさと脆さ、そして強さと危うさを目の当たりにした。

 

 

 

 

 

アクセルの街に戻ったアタシは、一撃熊を殺したショックを隠してるイリヤにお金を渡して、街を見学するように言って別れた。

アタシは冒険者ギルドに行くと、イリヤから預かった冒険者カードをギルドの職員に提示して、クエスト終了の確認を取る。報酬を受け取ったアタシは併設された酒場のテーブルに着き、イリヤを待つことにした。

それから約一時間後。イリヤは何故か、カズマくんと一緒にやって来た。勇者候補の一人、御剣響夜も一緒だ。

三人がお店の奥で何か話し合ったあと、イリヤが掻い摘まんで説明してくれた。曰く。

 

・カズマくんとミツルギくんが、アクア先輩の事で勝負する羽目になった。

・カズマくんは、不意討ちと[窃盗スキル]でミツルギくんに勝利。

・ミツルギくんのパーティーメンバーからの苦情に、イリヤが割って入り、カズマくんを擁護。

・ルビーのせいで、イリヤとミツルギくんが戦う羽目に。

・勝利したイリヤが、カズマくんとミツルギくんとの話し合いを提示。

 

で、現在に至る、と。いやいや、転生者で高レベルのソードマスターに勝つ、魔法使い系職業のメイガス、しかもレベル3って何なのさ!?

それに、なんで先輩が(いさか)いの元になったんだろう。……そういえば、カズマくんと一緒にいるアークプリースト、先輩にそっくりで、名前もアクアって。いやいやいや、まさか、いくら何でもそれはない! ない、よね?

内心でのそんな葛藤を知るよしもないイリヤは、ルナさんのところへ宿のことを聞きに行き、帰り際にアタシに挨拶をして去っていった。

アタシは酒場に残っていたカズマくんを捕まえ、イリヤの今後をを託す事にした。イリヤと同郷で、案外面倒見の良さそうな彼ならきっと、イリヤの心の支えになってくれると思ったからだ。……まあ、性格に悪影響が出ないか、ちょっと心配だけど。

 

 

 

 

 

私が天界に戻ると、そこにはあの天使がいた。

彼女は私を見ると目を潤ませて、猛烈な勢いで抱きついてくる。

 

「ああっ、私のせいであの少女は、受けなくてもいい心の傷を受けてしまいましたっ!」

 

……ええっとぉ。

 

「べ、別に貴女のせいではありませんよ。イリヤさんならおそらく、貴女から適切な説明を受けていても、きっとあの世界への転生を望んでいたはずですから」

 

これは慰めでも何でもなく、イリヤさんと一緒に行動した私の、率直な感想です。彼女の望みは、転生後のリスクをも上回るものだと感じたから。

 

「で、ですが…!」

 

……何だか、面倒くさい方ですね。どうも彼女、自分のミスを許せずに、連鎖的に起こった事象まで自分の責任にしてしまうようです。

これは、彼女のケアには時間がかかりそうですね。

仕方がない、乗りかかった船です。しばらくは彼女に、トコトン付き合うこととしましょう。

 

 

 

 

 

翌日のアクセル。ギルドで軽い食事を取っていると、イリヤがやって来た。アタシはイリヤに、今後の身の振り方をカズマくんに聞くように言って立ち上がる。

 

「それじゃ、アタシはこれで。ホント、用事の合間を縫ってきたから」

 

実は、あの子のカウンセリングを一旦切り上げて、イリヤにこの事を伝えに来たのだ。

 

「あの、昨日はいろいろと、ありがとうございました」

「アハハ、別に構わないよ。アタシが好きでやったことだからね」

 

アタシのこの言葉に嘘はない。確かに最初は、あの天使のためにイリヤの様子を伺いに来ただけだったけど、今はただ、イリヤを放っておけなくなっている。

ホント、こういう子こそ幸せになってほしいと、心から思う。

 

『そんなクリスさんの隠された本性を知るのは、もっと、ずっと後のことだったのです』

 

ちょっとルビー! アタシの隠された本性って何なのさ!?

 

 

 

 

 

天界に戻ると、私は再びカウンセリングを始めた。その甲斐あってか、彼女は徐々に落ち着きを取り戻してきました。この分なら、直ぐにでも仕事に復帰できるでしょう。

……そう思った矢先。例の廃城から、魔王軍幹部のデュラハンがアクセルの街に向かって出撃しました。おそらく、ダクネスが呪いを受けてから一週間経っても誰もやって来なかったことにたいして、憤慨したのでしょう。アンデッドの癖に律儀なことです。

それはともかく、駆け出し冒険者の街に魔王軍の幹部は、さすがにまずいですね。仕方がありません。私は応援を呼ぶために地上へ降り立ちました。

 

 

 

 

 

アタシは、彼らが向かってくる数百メートル手前に降り立ち、走り出す。そして彼らの姿が見えると。

 

「ミ、ミツルギくん、だよね…!」

 

息を切らす演技をして、彼、ミツルギくんに声をかけた。

 

「キミは、昨日ギルドで見かけた…」

「アタシのことはいいよ! それよりも今、魔王軍の幹部がアクセルに向かってるんだ!」

「何だって!?」

 

驚愕の声をあげるミツルギくん。

 

「ミツルギくん、アクセルのみんなを助けてあげて!」

「もちろんだよ!

フィオ、クレメア、そう言うわけで、僕は先にアクセルの街に向かうことにする」

「キョウヤ…」

「気をつけてね、キョウヤ」

 

心配するふたりの少女に軽く頷いてから、彼はアクセルに向けて走り出していった。

 

「キョウヤ、大丈夫かな」

「大丈夫に決まってるじゃない! キョウヤは強いんだから!」

 

そう言う彼女も、そう言い聞かせてるんだろう。不安そうな表情は隠し切れてない。

 

「……あれ、あの盗賊の子は?」

 

槍使いの少女が、アタシがいないことに気づいて、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「どこかに行っちゃったのかなぁ?」

 

盗賊の少女が呟く。ううん、アタシはここにいるよ?

アタシは潜伏スキルを使って、木の蔭に隠れて覗き見てるのだ。本来、ここでアタシが潜伏スキルを使う必要など無いので、盗賊の少女も想像すらしなかったんだろうね。アタシはスキルを発動させたまま、静かにふたりから離れていく。

……うん。ここまで来れば大丈夫でしょ。

辺りを確認したアタシは、天界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

私が戻った途端。

 

「ああああああ! 私のせいで! 私のせいでええ!!」

 

な、何だか、悪化してませんか? ハッ!? カウンセリングの途中で再び精神負荷が与えられて、逆に悪化してしまったのでは?

 

「デュラハンがぁ、魔王の幹部があぁ!」

「い、いえ、貴女のせいではありませんから…」

 

そう宥め賺しますが、全く聞く耳を持ってくれません。

更に追い撃ちをかけるように、三名の冒険者の方がデュラハンに殺されてしまい、その対応をしなくてはならなくなりました。

 

「ようこそ、死後の世界へ。私は女神エリス。セドルさん、ヘインズさん、ガリルさん。誠に残念ですが、貴方方は先程、お亡くなりになりました」

 

そう対応をしたところ、三人は私を見てぽけーっとしています。おそらくまだ、状況を理解していないのでしょう。こちらに来る、特に男性の方には、よく見られる光景ですから。

しばらくその対応をしていたところ、三人の体が輝きだした。

 

「どうやら貴方方には、『リザレクション』がかけられたようですね。

お三方とも、あの世界への蘇生を許可します。但し、蘇生の恩恵は一度きり。二度目はないので、気をつけてくださいね?」

「「「はいっ!」」」

 

三人は爽やかな笑顔で返事をした。そこまであの世界を好きでいてくれる彼らに、私はとても嬉しくなって笑顔を返しました。

 

 

 

 

 

そして。

 

「私のせいでえぇぇぇ! 死者までえぇぇぇぇぇぇ!!」

「ええっ!? い、いえ、彼らが亡くなったのは本当に関係ありませんから!」

 

むしろ大元の原因は、めぐみんさんですから。……って、全く聞いてません。すでに人格崩壊してますし、これは骨が折れそうですね。

……あれ、私って何の女神でしたっけ? どうしてこんなに、厄介事が舞い込んでくるのでしょうか?

いえ、今さえ乗り切ればきっと、いつもの日常が戻ってくるはずです。それまで頑張ることとしましょう!

私は気合いを入れ直して、目の前の事に取り組むことにしました。

……まさか近いうちに、更に厄介なことに巻き込まれるとも知らずに。




天使が説明し忘れたのは、イリヤが物分かりが良すぎたことに加え、イレギュラーでルビーが介入したドタバタのせい。
それがエリス様に飛び火したわけですが、元はと言えば、アクアがやらかして特典に任命されたことが遠因。
つまりエリス様の不運はアクアが原因。

カズマ「やっぱりお前かあぁぁぁっ!」
アクア「なんでよおぉぉぉ!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間・この弓兵の少女に出会いを!

今回は【プリズマ☆イリヤ3rei ifルート】の話です。


≪クロエside≫

冬木市にそびえる円蔵山の中腹、深いけもの道を進んでいった先。本来ならそこに洞窟の入り口があって、その最奥にある大空洞という広い場所には大聖杯があったという。

……もっともこれは、わたしが本来いた世界の話。こちらの世界でその役目を担っていたのは、生きた聖杯である美遊だったに違いない。

もちろん憶測でしかないけど、聖杯戦争っていう共通項のみを見て結論付ければ、きっとそういうことなんだろう。

現在そこに洞窟は無く、数十メートル四方のクレーターがあるだけだ。

その原因はわたしたちが元いた世界で、二枚目のアーチャーの英霊が色々やらかした挙げ句、イリヤと英霊の渾身の一撃がぶつかり合ったため。

元々こちらの世界と空間ごと入れ替わってたらしくて、時空の揺り戻しと共にわたしたちは、こちらの世界に跳ばされた、ということらしい。

 

 

 

 

 

「……やっぱり、変化は無し、か」

 

クレーターの淵に立ったわたしは、ポツリと呟いた。

この世界に跳ばされてから数日。わたしは毎日ここへやってきた。目的は、イリヤ。

倒れたイリヤに駆けつけたリンが首を横に振ってたけど、わたしが直接確認したわけじゃない。だから、ちゃんと確認が取れるまで、わたしはそれを信じないことにしたのだ。

この世界にやってくるタイミングはズレがあるみたいで、実際合流できたバゼットとは、半日ほど出現のタイミングが違っていた。

だから。毎日ここへ確認に来てるのだけど、いつも空振りに終わっている。

……今日も無駄足だったみたいね。

そう思って踵を返そうとした、その時。目前の景色が歪む!

やがて、倒れた人影を確認したわたしは、慌ててそこへ向かって駆けだした。

 

「イリヤッ!」

 

顔の判別なんて関係ない。あの服装は、わたし達が家を抜け出したときにイリヤが着ていたものだから。わたしは大声で叫んだけれど、イリヤはピクリとも反応しない。

駆け寄ったわたしは、イリヤを見下ろす。イリヤはまるで眠っているようだ。その口元まで手を伸ばして。

……!!

 

「息、してない…」

 

慌ててイリヤの頬に触れる。

 

「冷たい…」

 

それじゃ、やっぱりイリヤは…。

わたしはその場でペタリと座り込む。わき上がる想いが抑えられない。ああ、わたしはいつの間に、こんなに弱くなってしまったんだろうか。

わたしは、イリヤに縋りつきながら、唯々泣くしかなかった。

 

 

 

 

 

あー、恥ずかしい。我ながら、なかなかに女々しかったと思うわ。誰かに見られなくてホントによかった。

 

「さて、と」

 

わたしは四苦八苦しながらイリヤを背負う。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

投影した拘束帯を使って、イリヤがずり落ちないように巻きつけた。

イリヤをこんなところに放ってはおけない。全てに片をつけて元の世界に帰ってから葬ってあげないと、ママたちの心の整理もつかないだろう。

イリヤを背負ったわたしは、山を下っていった。

街中を歩いていて、ふと気がつく。わたしの今の拠点、穂群原小学校とは別の道を歩いていることに。そして、ある場所まで来て立ち止まる。

そこには有刺鉄線で囲まれた、倒壊し(つぶれ)た家。元の世界で、わたしたちが暮らしていた場所だ。

こちらに跳ばされた日以来、足を運んだことはなかったんだけど、どうやら思った以上にショックが大きかったらしい。無意識に足が向いたようだ。

……あーもう、何ウジウジしてんのよっ。イリヤじゃあるまいしっ! こういうときは!!

 

「……っざけんな、コノヤロー!!」

 

わたしは大きな声で叫んだ。ふう…、これで少しはスッキリと…。

 

「はややっ」

 

なに!?

突然の声に振り返ると、[田中]という文字が目の前に迫っていた。わたしは慌てて避け。

 

ズッシャアアアアア!

ごいぃん!

 

()()は激しくすっ転び、盛大に滑っていき、突き当たりの家の塀にぶつかってようやく止まった。

 

「ふいー、急にでっかい声出すからコケちゃったですよ。

発声練習ですか?」

 

立ち上がったそれは、()()()()()()()この地に、体操服にブルマという出で立ちのお姉さん(ヘンジン)だった。

 

 

 

 

 

「まーた会ったなァ!」

 

全く、こっちはこのタイミングで会いたくはなかったわよ!

目の前に立つゴスロリ女に、わたしは内心で毒づいた。

さっき出会った人、「田中」は、どうやら記憶喪失らしい。仕方がないので、取りあえず保護して一緒に拠点に向かっていたところで、こいつに出会ってしまった。

名前は知らない。わかってるのは、ミユを連れ去った二人組の片割れだって事と、使っているクラスカードが、おそらく[雷神トール]だっていう事だ。

 

「……あーん? 背中に背負(しょ)ってるのは、あんたの妹かァ?」

「……だったら、何だって言うのよ」

 

ゴスロリ女の問いに苛立ちを覚えながら、わたしは聞き返す。

 

「べーつにー? ただ、死人なんか背負って、バッカらしーって思っただけよン♡」

 

コイツッ!!!

 

投影開始(トレースオン)ッ!!」

「!! チッ! 限定展開(インクルード)!」

 

わたしが投影して落下させた複数の刀剣類を、彼女は限定展開した右手を振って弾き飛ばす。

 

「おいおい、この程度であたしはァ、……って逃げた!?」

 

当然! 三十六計逃げるにしかず、ってね。もちろん、普段ならもう少しやり合うところだけど、イリヤを背負ったままそんなことするわけにもいかない。

オマケに田中もいるんだ。今のわたしには、逃げるしか…。

 

ドガシャアアア!

 

そんなわたし達の前に自動車が降ってきて、その進路に立ち塞がった。そんなことをしたのは、もちろんあのゴスロリ女。

 

「せっかく会えたってのに、簡単に逃がすと思ってんのかァ?」

 

チィッ! こうなったら不本意だけど、一戦交えるしか…、え?

 

「田中…?」

 

わたしの前に出て、ゴスロリ女に対峙する田中。一体…?

 

「あの…、わたしは誰ですかー!?」

「知るかァーッ!!」

「アホかァーッ!!」

 

ゴスロリ女とわたしは思いっきり突っ込む。

 

「それじゃあ、あなたは誰ですか?」

「……まァいいわ。聞かれたからにはメイドギフトってやつ?

あたしはベアトリス・フラワーチャイルド!! エインズワースの超絶美少女ドールズよ!!」

 

エインズワース…、それがミユをさらった奴らの名前!

 

 

 

 

 

田中…。この子は一体何なの?

ベアトリスが振るった電柱の一撃を受け、それでも擦り傷程度で立ち上がった彼女。魔術で強化したのかとも一瞬思ったりもしたが、記憶喪失という事実を差っ引いても、魔術師らしいところは全くと言っていいほど無い。

その後ベアトリスは、夢幻召喚しようとしたものの誰かとの会話…、おそらく念話をしたのかと思うと、その場から去っていった。

そして田中は言った。

 

「エインズワース家を滅ぼす。それが田中の役目です」

 

って。

 

 

 

 

 

「食い逃げとは、舐められたものだ」

 

ちょっと! この人、ただのラーメン屋じゃないの!? 何だかとんでもない殺気なんですけど!?

いや、ただのラーメン屋にしては筋骨隆々で、変な威圧感は放ってたけどッ!

……わたしが拠点に帰りもせず、ラーメン屋(こんなとこ)にいるワケ。それは、田中のせいである。

気がつけば田中は空腹のあまり、まさしく行き倒れた。そこに通りかかったその男に連れられて、わたし達はその男が経営するラーメン屋「麻[まー]」に来た。

……そして、思い出したくもない、僅かな麺の上に超激辛麻婆の餡かけが大量に乗った殺人料理を、有無を言わさず食べさせられたのだ。リンが[あかいあくま]なら、こっちは[あかいあくむ]と言ったところか。

そしてすべてを食べ終わった後、きっちりと料金を請求された。麻婆ラーメン二杯で三千二百円為り。

そしてお金の持ち合わせがないとわかった店主は、先程のセリフを吐いたわけである。

 

「心臓よりも、肝臓や腎臓の方が高く売れると知っているか?」

 

知るかァーッ!!

内心で、さっきのベアトリスと同じツッコミを入れるわたし。

マズい。このままじゃわたしと田中、それにイリヤの身体が、本当の意味での対価にされてしまう。……わたしの体は使い物になるのかとか、田中に刃物が通るのか、なんていうのはこの際問題じゃない。

いざとなったら徹底抗戦するしかないか。そう思っていると。

 

「おじさん、やってるー?」

 

入り口の戸を開けて入ってきたのは、八枚目のカードの少年だった。

 

 

 

 

 

「せっかく立て替えてあげたのに、なんだってのさ」

 

お店を出たわたしに言うそいつ。

 

「随分とおかしな顔で睨んでくるね?」

「人の顔をおかしいとか言うな!

……ついこの間まで命のやり取りしてた相手に、お金を立て替えられたのよ? 警戒するべきか、感謝するべきか、悩むのが普通でしょうが!」

「それは、難儀だね」

 

まるで些細なことだ、とでも言うように軽く流す。なんかむかつくわね。

 

「まあそこは、君が背負っている彼女が僕に勝利したって事でお終い、でいいんじゃないかな?

僕は黒い方の僕の意思を尊重しただけだし、君と敵対する気はないよ」

 

そいつがイリヤに視線を移したとき、一瞬敬意の隠った表情を浮かべた。全面的に信用するわけにはいかないけど、どうやら嘘はついてないみたい、ね。

 

「……わかった。今の所は信用してあげるわ」

「ははは、手厳しいなぁ。

……ところで、そちらのお姉さんは?」

 

話の矛先が、田中に向けられる。

 

「田中です! あなたは誰ですか? 何する人ですか?」

 

ホントにこの子は、記憶喪失って言うより、小さな子供ね。まったく。

 

「そうだなぁ、僕のことは『ギル』って呼んでください。とりあえず今は、現世の生を謳歌しているところです」

 

ギル、か。もしかしてコイツの真名って…。

 

「召喚時に、この時代やエインズワース家まわりの知識は入ってきたけど、田中さんのことはわからないなぁ」

「なっ、ちょっと! エインズワース家の事、知ってるの!?」

「知ってるも何も、僕はそいつらが作ったカードから呼び出されたんだもの。

エインズワース家がこの世界で[聖杯戦争]を起こしたんだ。美遊という聖杯を据えてね」

 

!? それじゃあまるで、エインズワースはアインツベルンの…。

 

「それで? それを知って君はどうす…」

「滅ぼします。

田中はエインズワース家を滅ぼすためにいます」

 

わたしに言ったのと同じことを言う田中。謎は多いけど、その想いは本当らしい。

 

「なるほど、ね。……で? 君はどうなんだい?」

 

ギルは試すような眼差しでこちらを見る。わたしは深く息を吐いてから、ギルを見返し口を開いた。

 

「わたしはエインズワースからミユを取り戻す。例えそれが困難だとしても!

……でも」

「でも?」

「でも、まずは拠点に戻らないと。イリヤを背負ったまま、エインズワースの拠点に攻め込むわけにもいかないからね」

 

わたしが背負ったイリヤを見ると、ギルが覗き込んできて。

 

「ふぅん。なかなか面白いことになってるみたいだね」

 

面白いことと言われて一瞬カチンときたけど、どうやら興味深いって意味で言ったみたいだから、とりあえず言葉は飲み込んだ。とはいえ腹の虫が治まったワケじゃない。後で困らせてやる。

 

 

 

 

 

拠点に戻ると、田中を見てバゼットが戸惑い、ギルを見て困惑した。とりあえずはベッドのある保健室へと向かいながら、報告を兼ねて帰ってくるまでのことを説明する。

保健室に着いたわたしは拘束帯を解いて、イリヤをベッドに降ろし、眠るような体勢へと整えてあげる。

 

「イリヤスフィール…。やはり亡くなっていたのですね…」

 

どうやらバゼットも、イリヤが死んだことを俄には信じられなかったらしい。

 

「バゼット。執行者の貴女が、随分とイリヤを評価してるみたいね?」

 

皮肉を込めて言うとバゼットは、横に小さく首を振ってから口を開いた。

 

「いえ…、ただ、手加減していたとはいえ、わたしと引き分けた貴女達です。少しは贔屓したくもなります」

 

封印指定執行者としては随分と甘い理由ね。でも、そこがイリヤのすごいトコなんだろう。イリヤの、誰とでも仲良くなる能力(ちから)の。

わたしはイリヤに向き直ると、そっと頬に手を当てる。

 

「イリヤ…」

 

そっとつぶやく。もちろん、イリヤからの返事はない。それが、無性に悲しくなる。

 

---……ヤ……

 

……何? 今、何か聞こえたような?

 

---……ヤスフィ…

 

ううん、確かに聞こえた! そして。

 

---イリヤスフィール!

 

ハッキリと、わたしの本当の名前を呼ばれる声が聞こえた瞬間、わたしの意識は昏い空間へと引きずり込まれた。




前々回のあとがきで書いた、カズマ達が一切出ない話です。当初は前回投稿するつもりでしたが、エリス(クリス)が忙しかった理由を書くならこのタイミングだと思い、差し替えた次第です。

プリヤ読者の為の補足
クロエは美遊が囚われてる場所に目星をつけていたため、美遊云々を口にせず、田中の「美遊はエインズワースに……」という発言も無くなったため、クロエの中で田中は、謎の知識を持つ不思議ちゃんポジでは(今の所)ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この雪原で絶望を!

≪イリヤside≫

「金が欲しい!」

 

冒険者ギルドの酒場で、カズマさんが言った。うん、そうだね。お金欲しいよね。

でも、そんなカズマさんがお金を欲しがる理由を、全く理解してない人がひとり。

 

「そんなの、誰だって欲しいに決まってるじゃないの」

 

誰あろう、水の女神さま事アクアさん。

因みに今のわたしは、アクアさんの事を様付けで呼ぼうとは思ってない。どんなに格の高い神さまでも、敬うことが出来ない相手を様付けでなんて呼べやしない。

 

『(イリヤさんにそこまで低評価を受けるアクアさんも、大概ですねー)』

 

相変わらずモノローグを読んでくるルビーは、とりあえず無視!

 

「女神であるこの私を、毎日毎日馬小屋なんかに泊めて、恥ずかしいと思わないの? 分かったら、もっと私を贅沢させて。もっと私を甘やかして!」

「お前は、俺がどうして金を欲しがっているのかが…」

「……アクアさん。子供のわたしでもわかることが、わからないの?」

「「ハッ!?」」

 

カズマさんとアクアさんが、引きつった顔でこっちを見る。あれ、おかしいな。わたし、笑顔で言ったつもりなのに。

 

『今のイリヤさん、Sっ気ダダ漏れですよー?』

 

Sっ気って、失礼な。そう思ったけど、ふたりが勢いよく首を縦に振っている。何だか納得がいかない。

 

『これほどイリヤさんの怒りを買うアクアさんって、ある意味凄いですよねー』

「ちょっと、何で私が怒りを買わなきゃならないのよ!」

「ほぅ? 何で俺達が借金を背負う羽目になったのか、お前とはトコトン話し合う必要がありそうだな。ああ?」

 

カズマさんのセリフに、アクアさんの顔色が変わる。でも、アクアさんもただ黙ってはいない。

 

「しょうがないじゃない。あの時の私の超凄い活躍がなかったら、この街は滅ぼされてたかも知れないのよ? 感謝こそされ、借金を背負わされる謂われは…、えっと、イリヤ? そんな冷めた眼差しで、私を見ないでほしいんだけど。……あのー、イリヤ、さん?」

「……ねえ、カズマさん。いっそのこと、全部アクアさんの手柄って事でいいんじゃないかな?」

「そうだな。良かったな、アクア。これで報酬も借金も、全てお前のもんだ。頑張って借金を返すんだぞ!」

「わああああ! 調子に乗ったのは謝るから、二人とも見捨てないでぇ!」

 

アクアさんが、わたしとカズマさんの足に縋りつく。この虚しさはなんだろう。

 

「ところでイリヤは、寝泊まりはどうしてるんだ?」

「ちょっとカズマ!?」

 

カズマさんが話を変えて、わたしに振ってきた。

 

「わたしは、クリスさんに紹介された宿屋に泊まってるよ。ルナさんの助言で、一月分のお金を前払いしてあるから、しばらくは大丈夫だけど」

「イリヤまで!?」

 

でも、今の状態だと契約の更新は難しいと思う。因みに一撃熊の討伐報酬は、カズマさんのパーティーに入る前のものだったから、借金の対象にならずに済んだ。とは言っても、宿代とか衣装代とか、そのほか諸々の出費で、結構心許なくなってきてるんだけど。

 

「全く、朝から何騒いでいるのだ」

「三人とも、早いですね。何かいい仕事は見つかりましたか?」

 

ダクネスさんとめぐみんさんが、声をかけながらこっちへやって来た。

 

「仕事はまだ探してないよ。というか、この状況じゃ急いで捜さなくても大丈夫だと思ってさ」

 

うん、そう。他の冒険者さん達は、ベルディア討伐の参加報酬でクエストを受ける必要がなくなった。それに冬の間は、初心者向きの弱いモンスターはなりを潜め、危険なモンスターばかりになってしまう。

わたしは、一撃熊くらいまでなら倒すことは出来るけど、パーティーで上手く立ち回れる自信はない。

わたしはカレイドの魔法少女として、ミユやクロと一緒に戦えるけど、冒険者のパーティーとしては初心者だ。

 

「おい、イリヤ。クエストの確認にいくぞ」

 

だからカズマさんにそう言われても。

 

「それはみんなで決めて。わたしはそれについて行くから」

 

今はまだ、みんなに合わせたクエストの方がいい。

……この時はそう思ってた。だけど、もし。みんなと一緒にクエストを選んでいたら。もしかしたらあんな思いをしなかったのかも知れない。

 

 

 

 

 

わたし達がやって来たのは、街から離れた、雪が積もる平原。まだ冬になったばかりなのに、もうこんなに積もってる。

わたし達はみんな防寒着を着ているけど、約一名、ダクネスさんは黒いシャツに同色のタイトスカートっていう普段着姿。理由は、知りたくないなぁ…。

……ええっと、気を取り直して。カズマさん達が受けたクエストの内容は、雪精の討伐。雪精は一匹倒すごとに、春が来るのが半日早くなるらしい。そんな雪精討伐は一匹につき十万エリスの報酬が出る。

つまり、多くの雪精を倒せば冬を乗り切るのが楽になる上に、それだけ借金の返済に充てられるんだ。ここは頑張らないと!

 

『う~ん…』

「ん? どうしたの、ルビー?」

 

そう言えば、ギルドでクエストの内容を聞いてから、なんか様子がおかしかったような。

 

『いえ、雪精は初心者でも簡単に倒せるモンスターなんですよね? それが一匹十万って、割が良すぎるとは思いませんか?』

「……そう言えば」

『私達は受けていませんが、カズマさん達が受けた[ジャイアントトード五匹の討伐]は報酬十万エリス、一匹あたりの引き取り額が5,000エリスだったそうですよ?』

 

つまり、五匹全部引き取ってもらったとしても、一匹あたり二万五千エリスだ。そう考えると、このクエストがいかに破格か、よくわかる。何だか、ちょっと不安になってきたよ。

 

 

 

 

 

それでもすでに、雪精の発生場所まで来ていたわたし達は、討伐クエストを開始した。

雪精は白いお饅頭のような姿に、つぶらな目が着いた精霊だ。お饅頭…、どっちかって言うと雪●だいふくかな? 雪だし。

 

「よくわからんけど、今イリヤから、オヤジっぽい電波が飛んできた気が…」

『おや、カズマさん。中々勘が鋭いですねー』

「わたしのことはいいからッ!!」

 

うう~、余計なこと考えてないで、さっさと討伐始めよっ!

わたしは右手の人差し指を立てて、その指先を雪精に向ける。……ゴメンねっ!

 

「ガンドッ!!」

 

指先から黒い魔力の塊が飛び出し、狙っていた雪精に直撃。雪精は霧散して消えた。

 

「スゲッ! まるで浦飯幽助の『霊丸(レイガン)』じゃないか!」

『えー? 空気ピストル使ってるのび太君じゃないんですかー?』

 

ルビー、のび太君って…。い、いいもん。のび太君は銃の腕前は天才的なんだから!

 

「こりゃ、うかうかしてらんねえな!」

 

そう言ってカズマさんは、手に持った剣を振り回し始めた。

ここで周りの状況を見てみると。

止まっている相手にも当たらないダクネスさんの剣は、素早く回避する雪精を捉えることは出来なかった。……お願いだから、両手剣スキルを取って。

めぐみんさんは杖を振り回し、たった今一匹目を仕留めることに成功した。……ダクネスさん、アークウィザードに負けてますよ?

アクアさんは持ってきた網を使って、雪精を捕獲している。もっともアクアさんは、モノを冷やす目的で雪精を捕まえてるので、討伐数には含まれないけど。

そうこうしてるうちにも、わたしもガンドで次々と雪精を討伐していく。カズマさんも数匹ほど倒した頃。

 

「カズマ、爆裂魔法で辺り一面ぶっ飛ばしてもいいですか?」

 

めぐみんさんの意見にO.K.を出すカズマさん。めぐみんさんは喜々として。

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

 

爆裂魔法を解き放つ。うん、いつ見ても凄いなぁ。その代わり、魔力を使い切っためぐみんさんは雪にうつ伏せに倒れてたけど。

 

「八匹、八匹やりましたよ! レベルも一つ上がりました!」

 

それを聞いたわたしは、自分はどうなのか気になって冒険者カードを取り出して見る。そこには、先日まで3だったレベルが5に上がっているという事実が。これは、結構テンション上がるかも!?

……あれ? あの文字化けしてる所、少し変化してる?

小■■EXに、■術■■増設? 文字が少し開放されてるけど、まだ意味がわかんないなぁ。

そんな考えに耽っていた、その時。

 

「……出たな!」

 

それは、突然現れた。

ダクネスさんはそれに向けて剣を構え、めぐみんさんはあのまま死んだふりをしている。わたしとカズマさんはワケがわからない。そしてアクアさんは。

 

「カズマ、イリヤ。何故冬になると、冒険者達がクエストを受けなくなるか。その理由を教えてあげるわ」

 

そんなわたし達に説明を始めた。

 

「あなた達も日本に住んでたんだし、天気予報やニュースで名前くらいは聞いたことあるでしょう?」

 

天気予報…。その言葉を聞いて、あれの姿を重ね合わせたとき、あれの正体に思い至った。

 

「雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている、……そう。冬将軍の到来よっ」

「バカッ! この世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだっ!!」

 

カズマさんの、心からの叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

冬将軍は、剣を構えたダクネスさんに斬りかかった。ダクネスさんは、慌てて剣でその斬擊を防ごうとする。だけど。

 

キイィン!

 

「ああっ! 私の剣が!」

 

ダクネスさんの剣は、あっさりとたたき折られてしまう。

 

「冬将軍。国から高額賞金をかけられている、特別指定モンスターよ。

精霊は元々、決まった実体を持たないわ。出会った人達の想い描く思念を受け、その姿へと実体化するの。でも、危険なモンスターが蔓延る冬は冒険者達ですら出歩かないから、冬の精霊に出会うこと自体稀だったのよ。日本から来た、チート持ち以外はね」

 

アクアさんが説明する中、わたしは転身してカズマさんと共に、ダクネスさんの元へ駆け寄ってフォローに入る。

 

「つまりこいつは、日本から来たどっかのアホが、冬と言えば冬将軍みたいな乗りで連想したから生まれたのか?」

「うう、せめて春ちゃんも連想して生まれてくれれば、もう少し大人しかったかも知れないのに」

『イリヤさん。どこぞの、よく国営と間違われる放送局のお天気キャラを言われても、ちょっと違う気がしますよー?』

 

うん、わかってるんだけどね。単なる愚痴だから。

 

「おいルビー、何でハッキリ言わないんだ?」

『嫌ですねー、カズマさん。いわゆるTPOと言うやつですよー』

 

ルビーから、TPOなんて言葉が出るとは思わなかったな。

 

「なにくだらないこと言ってるのよ。いいから聞きなさい!

冬将軍は寛大よ! きちんと礼を尽くして謝れば見逃してくれるわ!」

 

ビンの中の雪精を解き放ったアクアさんは、雪の上なのも関係なくひれ伏す。

 

「DOGEZAよ! ほら、みんなも武器を捨てて謝って! カズマとイリヤも、早く謝って!」

 

すごい! 日本人もビックリの、綺麗な土下座だ!

そして冬将軍は、確かにアクアさんには目もくれなくなった。

わたしは転身を解いてルビーを手放し、急いで土下座をする。カズマさんも当然、と思ってチラリと見たら、未だに立っていたダクネスさんを無理矢理雪に押しつけてるとこだった。

ダクネスさんはこんな時でも、カズマさんの仕打ちに頬を染めハアハア言ってる。ハッキリ言って、めちゃくちゃ引いてます。

でも、これでひとまず安心…。

 

「カズマ、武器武器! 早く手に持っている剣を捨てて!」

 

え、あ…。カズマさんの右手には、まだ剣が握られたままだった。気づいたカズマさんは慌てて剣を手放し、だけどその時、頭を上げてしまって。

冬将軍が刀に手をかけたと思った、一瞬ののち。凶刃が目にも止まらぬ速さで、カズマさんの胴と頸とを両断した。

わたしの目の前が赤に染まり、かつてない絶望に触れた時。

かちり、と---。

わたしの中で何かが外れる音がした。

何が起きたのか、よくわからなかった。

ただ、怖くて、悲しくて、どうしようもなくて、何が起きようとしているのかもわからなかった。

---それは、()()()と同じ感覚。だけど、()()()と違うのは。

それがわたしの意思だということ---。




伏線の回収、始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この冬将軍と戦いを!

≪めぐみんside≫

「いやあああああああああっ!」

 

イリヤの叫び声と共に、途轍もない濃密な魔力の風が吹き荒れる。思わず死んだふりをやめて顔を上げると、膝を折り、自らの腕を抱えて項垂れるイリヤの姿が映った。その近くには呆然とした表情のダクネス。そして…、まさ…か、あれは…!?

真っ白な雪を真っ赤に染めて倒れる、人の姿。この角度ではわかりづらいけど、本来あるべきものが体に着いていない様な気が…。そんな、うそ。嘘だと言って…。

 

『めぐみんさん!』

 

あ…、ルビー…?

 

『めぐみんさん、お辛いでしょうが、正気を保っていて下さい。今から貴女に魔力供給を行いますから、私を使って防御結界を張ってほしいのです』

「防御結界、ですか?」

『はい。今のイリヤさんには、誰の声も届きません。おそらく冬将軍と激しい戦闘を繰り広げるでしょう。その余波からみんなを守ってほしいんです』

 

戦闘を繰り広げるって。

 

「そんなの無茶です! 冬将軍の強さは、おそらくはベルディア以上! 私の爆裂魔法でも、一撃で倒すのは不可能なんですよ!?」

『その、ハズなんですけどねー』

 

ルビーは翼の飾りで頭(?)を掻き、話を続ける。

 

『私は、この状態のイリヤさんを知っているんです。その圧倒的な強さも。ただ、本来はもう、こんな状態になるはずはないんですが…』

 

ルビーは困ったように言う。私は、ハァ…と息を吐き、ルビーに言った。

 

「仕方がありませんね。貴女が真面目に話してるという事は、それだけ切羽詰まった状況なのでしょうから」

『ご理解いただき、ありがとうございます。では、私の柄の部分を握って下さい』

「こうですか?」

 

私は精一杯の力で腕を伸ばし、ルビーの柄を握りしめる。その瞬間、私の体は光に包まれ…。

 

『アハー! カレイドルビー・マジカル☆めぐみんの誕生です!』

「な、こ、これは…!」

 

私の衣装は、白い襟付きの袖無しシャツに袖無しの紅い燕尾服、白いミニのフレアスカート。燕尾服と同色の長手袋にロングブーツ。紅い大きな蝶ネクタイの中央に星形の飾り。マントは何故か、いつもと同じデザインのもの。髪は両サイドアップになっていて、触った感じ、イリヤの羽根飾りと同じデザインでさらに大きめの物が着いているようだ。

 

『いやー、スミマセン。転身した方が魔力供給がスムーズに行えるので』

 

ルビーは反省の色のない声で謝っているが、そういうことじゃない!

 

「違います! どうしてイリヤの時のような、呪文からの変身をしないのですか! どう考えても、あっちの方がカッコいいじゃないですかッ!!」

『……あー、そっちですか。ええと、……済みませんでした』

「何ですか。文句があるなら聞こうじゃないか」

 

ルビーの冷めた声に、私は反発する。

 

『いやまあ、いつもだったらそれも一興ですが、せっかくイリヤさんに当てられて冬将軍が行動停止しているんです。さっさとやるべき事をやりましょう』

 

くっ、いきなり正論を!

 

「……仕方ありませんね」

 

そもそも、そのために私は力を貸したわけですし。

 

「……すまない、私も頼む」

「ダクネ…、ひっ!?」

 

私は思わず、小さな悲鳴を上げてしまう。ダクネスは、首の無いカズマの体を背負い、右腕で(あたま)を抱えてやって来たのだ。その身体を血に染めながら。

 

「……アクアなら、カズマを生き返らせることが出来るかも知れないからな」

 

あ…、そうだ。アクアなら…!

私が振り向きアクアを見ると、今まで黙っていたアクアがサムズアップを返し言った。

 

「任されたわ!」

 

と。

 

 

 

 

 

私がダクネスとアクア、そしてカズマの遺体を守るために防御結界を展開した直後。

 

「……赦さない」

 

突然イリヤが呟くように言った。

 

「赦さない! 赦さない! 赦さない! 赦さない! 赦さない! ……アレを(たお)す!!」

 

呪詛にも似た言葉が雪原に響き渡る。

 

「方法? 手段? そんなの決まってる。わたしはもう、知ってるから」

 

そう言ってポケットからカードを取り出し、前へと突き出す。しかし、イリヤの敵意が膨れ上がったのがわかったのか、冬将軍が再び剣の(つか)に手をかけ…。

 

夢幻召喚(インストール)!」

 

冬将軍の手元がぶれ。

 

キイィン!

 

金属がぶつかる澄んだ音。跳ね上げられた、冬将軍の片刃の剣。そしてイリヤの両手には、砕かれた白と黒の二振りの剣。

冬将軍は左手も柄に添え、両手持ちに変えて振り下ろす。

 

ギキィ!

 

その斬擊は、いつの間にか握られていた、先程と全く同じ白と黒の剣によっていなされる。そこからイリヤは左足を一歩踏み込みながら、左手の黒い剣を水平に振り抜く。

冬将軍は一歩後ろに下がり、その斬擊を躱し…、さらに一歩下がる冬将軍の眼前を、イリヤの白い剣が通り過ぎた。もう一歩踏み込んだイリヤが、右手の剣を振り抜いたのだ。

下から掬い上げるような斬擊を後ろに躱しながら、イリヤは二本の剣を冬将軍に投げつける。その剣が弾かれているうちに、イリヤは冬将軍との距離をとった。

 

「な、何だ、この攻防は。ミ…、ミクルギ? と闘ったときの比ではないぞ!?」

 

確かに。今は離れて見ているから何とか目で追えているけど、あの場にいたら、何か行動をすることすら出来ずに切り伏せられてるだろう。

あと、ミクルギでは無くミツラギだ。ダクネスには後で言って聞かせよう。

 

『……うーん、やっぱりそういうことなんですかねー?』

「? 何がやっぱり何ですか?」

 

私が尋ねると、ルビーは再び頭を掻き言った。

 

『詳しいことは言えませんが、イリヤさんにはちょっとばかし秘密がありまして。それに少しばかり変化が起きたのかも知れません』

「そ、それは、イリヤに悪影響はないのですか?」

『今はまだ何とも…。むしろ』

 

むしろ?

 

『今のイリヤさんの精神状態の方が問題ですね。もしこのまま冬将軍を倒したりしたら、正気に戻ったイリヤさんの心にどんな影響があるか…』

 

た、確かに。私はイリヤに視線を戻す。

イリヤは、再び手にした二振りの剣をまたもや冬将軍に投げるが、それもまた、剣によって弾かれる。さらに二振りの剣を手に、冬将軍に向かって突っ込んでいく。

 

「ダメだ、イリヤ! 不用意に近づいてはッ!!」

 

ダクネスが叫ぶが、イリヤはすでに冬将軍の間合いの中。冬将軍は腰だめに構えていた剣を水平に薙ぎ…!?

突然イリヤが消えたかと思えば、同じく突然に冬将軍の背後に現れた!

 

「鶴翼三連!」

 

気がつけば、弾かれたはずの二対の剣とイリヤの剣撃が、冬将軍を襲っていた。さらにイリヤは、冬将軍に三対の剣を突き立てたまま距離を取り。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

そのかけ声と共に、三対の剣が爆発する。爆煙が晴れたそこには、剣で付けられたもの以外にも身体中に傷を負いながら、それでも悠然と(たたず)む冬将軍の姿。

イリヤは手に、黒塗りの弓と複数の飾り気のない矢を出現させ、番えて弓を引き、解き放つ。冬将軍は剣で弾くものの全てを弾く事は出来ずに、討ち漏らしたうちの何発かをその身に受ける。それでも大したダメージになるような傷は負ってないのは、さすがとしか言いようが無い。

一方こちらへは、イリヤが放った矢の流れ弾が襲いかかってくる。防御結界を張ってなければ危なかっただろう。

 

『アクアさん、カズマさんの蘇生はまだですか?』

「急かさないでよ! 首を繋いだのはいいけれど、少し間が空いたせいで血液が足らないの。最低限の増血が終わらないと、蘇生は出来ないわ!」

 

こちらは、アクアに任せるしかない。とはいえ、もどかしいのも確かだ。

……ルビーが急かす理由も予想はついている。カズマなら、今のイリヤを止めることが出来るかも知れないからだ。……アクア、頼みましたよ。

 

 

 

 

≪カズマside≫

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」

 

気がつくと俺は、白い空間で椅子に座っていた。目の前には、長い銀糸の髪の、美しい少女がいた。見た目の年齢は、俺より少し下だろうか。

エリスと名乗ったその少女の、哀しみが隠った眼差しを受け、俺は気がついた。

……ああ、そうか。俺はまた死んだのか。

気がつくと、俺の頬を涙が伝っていく。俺は思っていたより、あの世界が気に入っていたらしい。

そして俺は、自分が殺されたときのことを思い出す。

 

「あの、落ち着かれましたか?」

「……情けないところを見せちゃいましたね」

 

視線を逸らしながら言う俺に、しかしエリスは首を振り。

 

「何も恥じることなどありません。大切な命を失ってしまったのですから」

 

……ああ、この女神さまは、なんて優しいんだ。

 

「あの、聞いてもいいですかね? 俺を殺したあのモンスター、あの後どうなったかわかりますか?」

 

俺が尋ねると、エリスは急に視線を逸らした。

 

「え、えーと、あの…?」

「異世界から来られた勇敢な人。せめて私の力で、次は平和な日本で…」

「ちょおおおおおっと待てい!!

今、明らかに話を逸らしましたよね!?」

 

どうした? あいつらに、一体何があったんだ!?

だがその答えは、意外なところからもたらされた。

 

『さあ帰ってきなさいカズマ! 今こっちじゃ、大変なことになってんのよ!』

 

こ、この声はアクア!? いや、それより、大変なことって何だ!?

 

「この声は、アクア先輩!? それじゃあ、あのプリーストは本物の!?」

 

エリスも何か驚いてるが、こちらはそれどころではない。

 

『カズマ、聞こえる? アンタの身体に「リザレクション」って魔法をかけたから、こっちに帰ってこられるわ! ……今、イリヤが暴走して、冬将軍と戦ってるのよ!』

「何だって!? わかった! 直ぐに帰る!!」

「ダッ、ダメです! あなたはすでに一度生き返ってますから、天界規定でこれ以上の蘇生は出来ません!

……こうなると思ったから、話を逸らしてたのに

 

エリスが最後、何かを呟いていたが、それは聞き取ることが出来なかった。いや、それより。

 

「エリス、……いや、エリス様! お願いします! 俺をあの世界へ帰してください!

……俺、クリスっていう盗賊の子に、イリヤの事を頼まれたんです。だから…」

「! ……カズマ、さん」

 

エリス様が少し戸惑った表情を見せる。しかし、それをぶち壊すように。

 

『ちょっと、そこにエリスがいるの? ……全く、どうせあの子のことだから、また融通の利かないことでも言ってるんでしょ。

いいわ、カズマ。エリスがこれ以上ゴタゴタ言うようなら、その胸パッドを取り上げて…』

「わ、分かりましたっ! 特例で認めますから!」

 

すみません、エリス様。別にごねてもいないのに、うちの駄女神がバカなことを。

 

「全く、こんな事普通はないんですよ?」

 

そう言いつつも、少しさっぱりした顔をしているエリス様。

 

「……カズマさん」

「あっ、はいっ!」

 

突然名前を呼ばれ、俺は慌てて返事をする。

エリス様は困ったように、ポリポリと頬を掻いてから。

 

「この事は、内緒ですよ?」

 

片目を瞑り、俺に向かって囁いた。まるでいたずらっ子の様な微笑を湛えながら。

 

 

 

 

 

意識が浮上して直ぐ、俺は身を起こし。

 

ごっ!

 

「ふぎゃっ!?」

「あだッ!」

 

俺の脳天に何かが当たる。頭を抑えながら振り向くと、顎に手を当てゴロゴロと転がるアクアがいた。

 

「カズマ、生き返ったのか!」

 

ダクネスが、申し訳なさと安堵が合わさった、なんとも言えない表情で俺に言った。全く、そんな表情するくらいなら、変なプライドなんか持たずにさっさと土下座していれば良かったものを。いや、そんなこと、今は後回しだ。

俺は立ち上がろうとして、激しい目眩に襲われる。

 

「無茶をするな。アクアが血を増やしてはくれたが、それでも生きていられる程度しか回復していないのだから」

 

そ、そうか。だが、そうのんびりもしていられない。俺は視線を彷徨わせ、イリヤを捜す。

……いたっ! いつの間にか女性マジシャンの様なカッコをしているめぐみんの向こう、こちらに背を向けた冬将軍のさらに向こうに、捻れた矢を弓に番えたイリヤの姿があった。……ってまさか、とどめを刺すつもりか!

ダメだ! 怒りにまかせて命を奪ったら! それじゃあクリスが言ってた、歪んだ成長をしてしまう。

俺はイリヤを止めるため、声を……!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしは神秘の薄い矢を射る中、[赤原猟犬(フルンディング)]を織り交ぜていた。魔力はそれほど込めてないからスピードは遅いけど、それが数を増していけば、その処理に追われていくことになる。

[赤原猟犬]の数が八つ目を数えたところで、冬将軍はその対応にしか手が回らなくなっていた。

その機を逃さず、わたしは捻れた剣を投影する。

 

---この…

 

何か聞こえた気がするけど、そんなのは構ってらんない。

 

「---I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

捻れた剣を矢に変形させ、弓に番えて冬将軍を狙い…。

 

---(たわ)けが!!

 

わたしを罵る、誰かの声。そして次の瞬間、わたしの意識は昏い世界へと引きずり込まれていった。




めぐみんの魔法少女姿は、【怪盗セイントテール】の衣装の紅バージョンにいつもの黒マント、転身したイリヤの様な両サイドアップに髪飾りです。
色が[赤]ではなく[紅]なのは、[紅伝説]に因んで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この弓兵の少女と再会を!

≪イリヤside≫

気がつくとそこは、剣が突き立つ荒れた大地だった。……この光景は、知ってる。ベルディア戦の時に[アーチャー]のカードを夢幻召喚(インストール)して、一瞬だけ見えた光景だ。つまり、ここってもしかして、[アーチャー]の英霊の心の世界…?

でも、どうして? 元の世界でクロと分離す(わかれ)る前に二度、こっちではベルディア戦の時に二度、今回で一度夢幻召喚してるけど、こんなのは今回が初めてだ。ミユも[ライダー]を夢幻召喚した時、特になんともなかったみたいだし。

……考えられるのは、[アーチャー]のカードが天使さんが用意したものだって事。何かが、本来のクラスカードとは違うのかも知んない。

 

「……まったく、何ぼーっと突っ立ってんのよ?」

 

後ろから聞こえたその声に、わたしはびくりとする。その声はとても懐かしくて、でも、そんなことありえるはずがなくって。

わたしは恐る恐る振り返って、声の主を確認する。そして。その姿を確認したわたしの目から、涙があふれ出す。

 

「クロっ!」

 

その名前を呼んでわたしは駆け出し、そのままクロに…。

 

「……っの、バカイリヤッ!!」

 

ズガッ!

 

「痛ッ!?」

 

抱きつこうとしたわたしの頭に、クロは鋭いチョップを叩き込んだ!

 

「あなたが怒りに任せて戦ってどーすんのよ! あなたのいいところは敵とだって仲良くなれる、そのお人好しで能天気なところでしょうが!」

「それ、褒めてる? ってええっ!?」

 

クロはいきなり、わたしを抱きしめた。

 

「ホント、バカなんだから…」

「クロ…」

 

ああ、ミユもそうだけど、クロも不器用だなぁ。でも不器用だけど、暴走したわたしを心配してくれるその優しさが、ここにいるのが本物のクロだって感じさせてくれる。

……ん?

 

「ちょ、ちょっとクロ!?」

 

わたしはクロを引き離し尋ねる。

 

「何でわたしが暴走したの、知ってんの!?」

「……ああ、それ? だってわたし、見たから」

 

……はい?

 

「イリヤより先にこの空間に引っ張り込まれて、その直後にイリヤが体験したことが、直接イメージとして伝わってきたのよ」

 

ええっ!?

 

「それでその後、雪原に着いた辺りからは、イリヤの視覚を通してリアルタイムにね」

「うあっ、恥ずかしっ!」

 

わたしは頭を抱えてうずくまる。

 

「あなたねぇ…。忘れてるかもしんないけど、わたしがあなたと別れる前は、いつも同じことを体験してたんだからね?」

 

あう、そうでした。

 

「……イリヤ。あなたの絶望は、少しはわかるわ。わたしにとってはイリヤがそうだから。だけど、怒りに飲み込まれたら駄目。わたしは、そしてきっとミユも、イリヤのその優しさを失って欲しくはないから」

 

……わたしの、優しさ?

 

「わたしは、優しくなんかないよ。すぐに怒るし、妬んだり、場合によっては手が出ることだってあるし」

 

お兄ちゃんとクロが同じベッドにいたときだって、クロが勝手に入り込んだだけなのに、八つ当たりでお兄ちゃんを引っぱたいちゃったし。

 

「ま、それは否定しないけどねー?

……でもあなたは、基本的には誰も傷ついてはほしくないと思ってるし、目的と手段、両方を選ぼうとする。その意思を忘れないで居て欲しいの。あなたは、[正義の味方]じゃないんだから」

 

最後のひと言の意味はわかんないけど、わたしはクロの言葉を胸に刻み込んだ。きっとまだ、本当の意味で理解してないんだと思うけど、おそらくそれは、とても大事なことだと思うから。

 

「……イリヤ?」

 

わたしが黙ったままなのが気になったのか、クロが声をかける。

 

「……クロのそれ、姉っぽい!」

「はあっ!? このタイミングで姉の座争い!?」

 

呆れたように返すクロに、わたしは話を続ける。

 

「だってクロってば、さっきから説教じみたことばっかり言ってー…」

「それはイリヤがまた、イジイジしてたからでしょ!」

 

声を荒げるクロに、わたしはニッコリと笑って。

 

「うん、そうだね。ありがと、()()()()()!」

「!!」

 

一瞬にして顔を真っ赤にするクロ。そして目を逸らし。

 

「……イリヤ、いつの間にそんな高等テクを!?」

 

そう言い返したクロはやっぱり、わたしがからかった事に気がついたみたいだ。

 

「普段クロがからかうから、たまにはやり返したいって前から思ってたんだ。……うん、でも」

 

わたしは一旦言葉を区切り、クロの瞳を見つめながら続きを口にする。

 

「感謝の言葉は本当だよ? だから何度だって言える。ありがとう、クロ」

「……あ~、もういいわよ! 照れ臭くってしょうがないじゃないの!」

 

そう言ったクロは、羞恥の中に嬉しさを交えた、そんな表情をしていた。

 

 

 

 

 

「……それにしてもイリヤ、思ったよりも落ち着いてるわね?」

 

それこそようやく落ち着いたクロは、そう話を切り出してきた。わたしは軽く頷く。

 

「実を言うと、わたし自身そう思ってたんだ。冬将軍への怒りはまだあるんだけど、それが爆発するような感覚は、今はないよ」

「ふぅん」

 

クロは軽く頷いたあと、思案顔で少し考え込んで、ようやく次の言葉を口にする。

 

「もしかしたら、ここに召喚された際に感情の一部が切り離されたのかも。わたしと、冷静に会話させるために」

「ええっ! 一体誰が、……って。考えてみたら、このカードの英霊しかいないよね」

 

わたしは胸に手を当てながら言う。おそらく意識だけここに来ているのだろうわたし達に、果たしてカードが夢幻召喚されているのかはわかんないけど、今のわたしの姿は[アーチャー]を夢幻召喚した時のまま。だから胸に手を当てただけで、クロには充分通じると思った。

 

「ホント、とんだお節介焼きの英霊もいたもんね」

 

クロも呆れた口調で同意する。

 

「……でも、どうしてわたしとクロはこの世界にいるんだろう。ここって多分、[アーチャー]の心の世界だよね?」

「……固有結界、って訳でもなさそうだし」

「固有、結界?」

「あー、そっかぁ。そこから説明しないと駄目か」

 

クロは頭を掻き、面倒くさそうに説明した。

 

「固有結界ってのは、現実世界を心象世界で塗りつぶした世界。それを形作る結界で、魔法に最も近いとされているうちのひとつ。大魔術よ」

「へえ…」

 

と、感心して頷いたものの、実はわたし、魔術と魔法の区別はついてない。……まあ、それはともかく、固有結界ってのが何なのかはわかった。

 

「それで、固有結界じゃ無いっていうのは?」

「これって、現実世界に張られた結界ってワケじゃないでしょ? わたし達の意識が、この世界に引っ張って来られただけみたいだし。

……そうね。どちらかと言えば、[英霊の座]に近いんじゃないかしら?」

 

[英霊の…座]? あれ、どこかで聞いたことあるような? ……あっ!

 

「それって前にルビーとサファイアが説明してた…、偉業を為した英雄が死んだ後に行く場所、だったっけ?」

「あら、よく覚えてたわね。エラいエラい」

 

そう言って頭を撫でようとする、クロの手を躱すわたし。これ以上妹扱いされたくはない。反抗的な妹っぽい行動のような気もするけど、わたしにだって譲れないものがある。

 

「それで一番の疑問だけど。どうしてわたしとクロ、別々の世界にいるわたし達が一緒にここにいるのか。……クロは予想がついてるの?」

 

クロがまた余計なことを言う前に、わたしは疑問を投げかける。

 

「そうね。推測と憶測でしかないけど、一応は。

ひとつめは、わたしとイリヤ、ふたりとも[アーチャー]のカードを使用している状態だってこと。

ふたつめに、わたしとイリヤには魔術的な繋がりがあるってこと」

 

魔術的な繋がり? ……あ。

 

「もしかして、[死痛の隷属(痛覚共有)]?」

「正解」

 

そう言って服の裾をぴらっとめくる。そこには、おへそを囲むようなデザインの紋章が描かれていた。

それは以前、クロがわたしの命を狙っていたときのこと。リンさんが捕らえたクロに、抑止力としてこの呪いをかけたんだ。

 

「ま、これも世界をまたいで効果を発揮することはないみたいだけど、それでもわたしとイリヤを繋ぐ役割はあったみたいね」

 

そっか…。呪いってのがちょっとアレだけど、それでもリンさんには感謝だね。

 

「……で、よ。[アーチャー]の英霊は、[死痛の隷属]を利用してわたしとイリヤにアクセス、カードを通してこの世界に引っ張って来た。

……そもそもクラスカードは、[英霊の座]へアクセスするための魔術礼装だからね」

「つまり、[座]に繋いで英霊を自分の身体に降ろす、そのカードの機能を逆に利用したってこと?」

「そういうこと。まあ、まだ疑問が残ってるんだけど」

 

そう言うとクロはバッと振り返り、大きな声で叫ぶ。

 

「というわけで、そろそろ出てきたらどうなのっ!」

 

するとその声に応えるように、わたし達の目の前にひとりの男の人が現れた。

その人は背が高く、白髪色黒の男性で、今のわたしが着ている衣装に似たコスチュームを身に纏ってる。

誰か、なんて考えるまでもない。この人こそわたし達をこの世界に呼んだ、[アーチャー]のカードの英霊。それと同時に、夢幻召喚しても真名がわからない謎の英雄…。

彼はフゥ…、とため息を漏らす。

 

「イリヤスフィール、私は君たちの会話を邪魔しないよう、気を遣っていたつもりだったのだがね」

 

うん? わたし? ……あ、そうか。クロも[イリヤスフィール(わたし)]だった。

 

「……クロエよ。どっちもイリヤじゃ、ややこしいでしょ」

「ならクロエ、改めて問おう。何故わざわざ私に声をかけたりしたのだ?」

 

すると今度は、クロがため息を吐いた。

 

「あのねぇ。わたしは今、この状況についての謎解きをしたの。そうしたら当然、答え合わせもしたくなるってもんでしょ? だったらついでに、こんなことした本人に出てきてもらって、ご説明願おうと思ったってわけ」

 

クロってば、英霊相手にも物怖じしないなぁ。相手は有名無名関わらず、英雄と呼ばれた存在なのに。

 

「やれやれ…。君たちの語らいのために、場を提供した。……それだけでは不満かね?」

「不満だから声かけたんじゃない」

「ふむ…、なるほど。確かにその意見には納得がいく。だが、もし私がその声を無視していたらどうする?」

「アラ、暴走したイリヤをわざわざこの空間に召喚するようなお節介焼きが、わたしの呼びかけに応えないわけないじゃない」

「君は何か、勘違いしているようだな。イリヤスフィールは曲がり形にも、私を召喚し扱う、いわばマスターの様なもの。そのマスターが、あの様な醜態をさらしながら私の力を使うのが我慢ならなかっただけだ」

「それならわたしまで呼んで、お説教させる必要も無いじゃない」

「なに、単に私は、面倒事を君に押しつけただけなんだが」

「あなたねぇ…!」

ストーップッ!!

 

わたしはふたりの間に割って入った。

 

「クロ、話逸らされてるよ」

「う…」

 

思わず言葉に詰まってるけど、クロがいいように(あしら)われるのは珍しいと思う。

 

「それから、……アーチャーさん。悪人ぶるのはやめてください」

「悪人ぶる? 私はありのままを口にしただけだが?」

 

やっぱりアーチャーさんは、聞く耳を持たないって感じだ。……でも。

 

「それも、嘘ですよね?」

「ふ…、何を根拠に…」

「だって、アーチャーさんがお人好しで優しい人なのは知ってるから」

 

わたしは断言した。

 

「感情論か。そんなものはアテにも…」

「ちゃんと証拠ならあるよ」

「何?」

 

アーチャーさんが初めて、ほんの僅かだけど動揺を見せた。

 

「お人好しで優しい英霊がいたから、クロはクロとして存在してるんだよね? クロは、[アーチャー]のカードを核にして存在してるんだから」

「あ…」

「む…」

 

クロはどうして身体(からだ)を得たのか。

地脈の逆流で魔力が溢れてたから? それともあそこに、聖杯が眠ってたから?うん、どっちもありそう。

でもそれは、理由であっても原因じゃ無いと思う。だって魔力と願いを叶える力があっても、実際クロに身体を与えているのは[アーチャー]のカードなんだから。

 

「……まあ、君がそう思いたいのなら思っていればいいさ」

 

アーチャーさんは根負けしたって表情で言ってるけど、さっきより語気が柔らかいような気がする。……気のせいかもしんないけど。

 

「それじゃあ改めて聞くけど、クロの推理って合ってたの?」

「ああ、概ね合っているな。クロエにかけられた呪いと二枚のカードを通して、私はここ、英霊の座へと導いた。イリヤスフィールの感情の一部を切り離したというのも事実だ」

 

アーチャーさんの説明を聞いてクロを見ると、ドヤ顔でこっちを見返してくる。うあ、なんかむかつく。

 

「説明は以上だ。他に話すことも無いなら帰るがいい。

ここは過去も未来も無い、英霊の座だ。私が導いた直後の瞬間に戻ることが出来るだろう」

「うわあ、言う事言ったらさっさと追い返す気? ナイワー。ショウジキナイワー」

「ク、クロ! これ以上煽らないでッ!」

 

わたしは恐る恐るアーチャーさんを見たけど、特別機嫌を悪くはしてないみたい。相変わらずの仏頂面だけど。

 

「ま、ここはイリヤに免じて、大人しく引き下がってあげるわ」

「ああ、それは有難いことだ」

 

アーチャーさんはクロに向かってニヤリと笑った。うう、精神体なのに何だか胃が痛くなりそう。

 

「アンタ、本当にムカつくわね? ……まあ、いいわ。それで、帰るってどうすればいいのよ」

「何、簡単だよ。ここから数歩離れれば、自然と意識は器へと戻る」

「あっそ」

 

素っ気ない返事を返してから、クロはわたしを見る。

 

「イリヤ、あんまり待たせるんじゃないわよ?」

 

あ…。

 

「うん! 必ず、必ず戻るから!」

 

わたしは改めて心から誓い、声に出して応えた。

 

「じゃ、またね、イリヤ」

「クロ、またね!」

 

再会を誓い合うと、クロは背中を向けて歩き出す。そして数歩進んだところで、クロの姿は忽然と消えた。




今回、書いたり消したりが多くて、遅くなりました。紆余曲折の末に、アーチャーの出番が予定より早まりましたが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この最弱な冒険者に男気を!

≪イリヤside≫

「イリヤスフィール。何故君は、まだここにいるのだね?」

 

アーチャーさんが尋ねる。そう、クロを見送ったわたしは、まだ向こうに戻っていない。

わたしはアーチャーさんに向き直ってから口を開く。

 

「せっかくカードの英霊が目の前にいるんだから、今のうちに聞いておこうと思って」

 

わたしは右手を胸に当てる。

 

「アーチャーさん。天使さんから貰った分のクラスカードって、わたし達が集めたものとは何か違うんじゃないの?」

 

それを聞いたアーチャーさんが、興味深げにわたしを見る。

 

「何故そう思ったのか、聞いてもいいかね?」

「うん。ベルディアと戦ったとき思ったんだけど、[キャスター]…、メディアさんのカードを夢幻召喚(インストール)した時に流れ込んだ記憶にはノイズがかかってたけど、アーチャーさんのカードの時にはここの映像で、ほんの一瞬、だけどすごく鮮明だったの。情報は少ないけど、これって明らかに違うと思う。

それじゃあ原因は何だろうってなったら、カードの出所くらいかなって」

 

説明を聞いたアーチャーさんは少しだけ俯き、顎に手を当てる。

 

「君の意見は推測どころか、憶測の域も出ていないな。……だが、その観察力は賞賛に価する」

「それじゃあ…」

「ああ。二種類のカードには明らかな違いがある」

 

アーチャーさんが、鷹のような鋭い眼差しを向けた。わたしは思わず背筋が伸びる。

 

「君は仮初めとはいえ、私のマスターだ。知って然るべきだろう。

君達が集めたカードは、君の友人がいた世界の魔術師、エインズワースが作製した物。君も見ただろう黒い泥を使い、英霊の意思を塗り潰し、ようやく利用できるように仕上げたものだ。

対して神によって創り出された四枚のカードは、フィルターをかけ、[座]から必要以上の力や情報が流れ込まないよう制作されている。神故に、呪いに類するものは使用したくはなかったのだろう。

最もそのために、こちらから無理矢理干渉することも出来る様になったのだが」

「え? それって結構危険なんじゃ…」

 

つまりそれって、やろうと思えばカードの使用者を操ることも出来るってことだよね?

 

「そのとおりだ。だが、こちらから干渉するにはかなり無理をしなければならない。

しかも使用者の体を奪ったとしても、フィルターの影響と絶対的な魔力の不足によって、精々数分維持できればいいところだ。

正直に言って余程の事情でも無い限り、そこまでして我々が干渉する意味は無いのだよ」

 

それを聞いて安心すると共に、疑問も浮かぶ。

 

「あれ? それじゃあ今回のは?」

「理由は先程説明しただろう? それに表側に干渉したのは一瞬だけだからな。

ああ、因みにクロエの方はカードが汚染されているので、君達を繋ぐ呪いを活用させてもらった。アレが無ければ、彼女をここに呼ぶのは難しかっただろうな」

 

結果論だけど、リンさんホントにいい仕事してるよね!?

 

「……さあ、疑問が解消したのなら行きたまえ。時間の概念が無いとはいえ、何時までもここにいる訳には行くまい」

 

そう、だね。そうだけど、戻ったときに私の感情がどうなるのか、そう考えるとなかなか一歩が踏み出せない。

と。アーチャーさんの大きな手が、わたしの頭の上に優しく乗せられる。

 

「心配するな」

 

そう元気づけられて顔を上げると、アーチャーさんがとても優しい笑顔をわたしに向けていた。どこかで見たことのあるその笑顔は、わたしを優しく包んでくれるみたいで…。

 

「さあ、行くんだ」

 

その言葉にわたしは頷いて、アーチャーさんに背を向け一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

意識が現実に戻った瞬間、わたしの中にとてつもない怒りが込み上げてくる。

わたしは、冬将軍を…!

 

やめろおおおおっ!!

 

…………え?

その声を聞いた瞬間、わたしは冷静さを取り戻していく。

声がした方を見れば、顔色が悪いものの確かに生きて、カズマさんがいる。その近くでは、ルビーを構えためぐみんさんが魔力障壁を張ってみんなを守っていた。

そして気がついた。わたしは何を放とうとしてるの?

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)

クロが使ってた[偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)]よりも強力な、アーチャーさんが使うものと遜色のない()()()()

ここから冬将軍目がけて放ったら、その後ろにいるみんなも危険なんじゃ…。それじゃああの時と、[アサシン]のカードの英霊と戦ったときにわたしがやった、魔力での殲滅の時と変わらないじゃない! あの時はミユのお陰で事無きを得たけど、今度も無事にすむ保証なんて無い!

でも、もう指が矢を放とうとしてる。今から投影の破棄をしたり、方向を変えたりなんて出来ない。……だったら!

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

矢を放つのと同時に光の盾(ロー・アイアス)を展開する。冬将軍の目の前に張られた、五枚の光の花弁のような盾が偽・螺旋剣を押し止める。けど直ぐに、そのうちの一枚が砕け散る。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

ドグワァァ…ン!

 

一か八か、偽・螺旋剣を爆破させたけど、その爆風がわたしを後ろに吹っ飛ばす。体が痛いのを我慢し体を起こして冬将軍を見ると、辛うじて一枚だけ残った光の盾が冬将軍を、そしてみんなを守っていた。

よかった。わたしは続けて[熾天覆う七つの円環]、そして冬将軍を襲っている[赤原猟犬(フルンディング)]を破棄する。すると冬将軍が、わたしに向かって歩き始めた。まずい! 急いで土下座を…!

そう思った、その時。

 

「待て! まってくれ、冬将軍!」

 

フラフラとした足取りで、それでも冬将軍に近づいていくカズマさん。冬将軍はカズマさんへと向きを変えて、……? 何も、しない?

もしかして、一回殺されたことで罪が償われたから? それに、今のカズマさんは武器を持ってない。だから冬将軍は、カズマさんを攻撃しないの?

 

---冬将軍は寛大よ

 

そっか。アクアさんが言ったとおり、冬将軍は寛大な精霊なんだ。

 

「ええと、イリヤを赦してやっちゃくれないか? イリヤは俺が殺されたことに怒ってただけなんだ」

ちょっとカズマ、いくら冬将軍が寛大だからって何言っちゃってるの? そんなことして、逆鱗に触れたらどうするのよ!

 

アクアさんが小声で言ってるけど、もう少しハッキリ言ったらどうかな? それこそ寛大な冬将軍は、それくらい見逃してくれると思うけど?

 

「冬将軍、アンタならわかるはずだ。アンタだって、雪精が退治されてるのを知って怒ってたんだろ? イリヤもそういう気持ちだったんだよ」

 

カズマさん…。

 

「だから…!」

 

カズマさんが正座をして両手を地面…、雪面? につけた。

 

「このパーティーのリーダーである、俺が代わりに謝る! 済まなかった! だから、イリヤを赦してやってくれっ!!」

 

カズマさんが土下座をする。この、わたしの代わりに。

突然。冬将軍を中心に強烈な風が吹いて雪を巻き上げて。気がつけば、冬将軍の姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 

「っっっっはああぁぁぁ…!」

 

カズマさんが大きく息を吐いた。

 

「すっっっげえ緊張したぁ!」

 

そう言って、ごろんと仰向けに転がる。

 

「プークスクス。カズマってばカッコいいこと言って、最後は土下座って超みっともないんですけど?」

 

なっ!

 

「ちょっ…」

「アクア、さすがにそれは聞き捨てならないぞ!」

 

えっ、ダクネスさん!?

 

「え、ダクネス? 何怒って…」

「カズマはリーダーとして、仲間を庇って頭を下げた。それのどこがみっともないと言うんだ?」

「ちょっと、あなただって騎士がどうのとか言って、土下座しなかったじゃないの」

「ああ、そのとおりだ。だから」

 

ダクネスさんは振り返り、寝転がるカズマさんの隣に跪き。

 

「カズマ、済まなかった。私が意地になったせいで、カズマを死なせる切っ掛けを作ってしまった。本当に、本当に済まなかった」

 

頭を下げて謝るダクネスさん。そして顔を上げると、今度はわたしを見る。

 

「イリヤも済まなかった。私のせいで、イリヤには嫌な思いをさせてしまった」

 

そう言って再び頭を下げた。

 

「ったく、もういいよ。ダクネスには後で、色々と文句を言ってやろうと思ってたんだけどな」

 

カズマさんは本当にしょうがないといった表情で、愚痴混じりに言う。

 

「……うん、わたしもいいよ。わたしも言いたいことはあったけど、ダクネスさんは反省してるみたいだから」

 

ホント言うと、まだ少しもやっとするものはあるけど、文句を言う気が無くなったのも事実だ。

 

「二人とも、ありがとう」

 

……こうしてると、立派な騎士様って感じなんだけどなぁ。

そしてスッと顔の向きを変えるダクネスさん。その先には、アクアさん。

 

「アクア」

「うっ、わ、わかったわよ。えーと、カズマ。からかってゴメンね?」

 

うわぁ、随分と軽いなぁ。でも、ま、一応謝ったんだから、いいかな? 後はカズマさん次第だし。

じゃあ、わたしもカズマさんの元へ…。

 

ぐらり

 

……え?

 

「イリヤ!?」

 

ダクネスさんがわたしの名前を呼ぶのが聞こえたところで、わたしの意識は途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

……ん? あれ?

上下に揺れる感覚の中、わたしは目を覚ます。

 

『あ、イリヤさん! 気がつかれましたか!?』

「え…、ルビー?」

 

わたしの頭の後ろから聞こえた声に、まだ寝ぼけた感じのわたしは応えた。

 

「お、イリヤ。目が覚めたみたいだな」

「あ…、カズマさ…………んん!?」

 

わたしの意識は、一気に覚醒する。わたしは今、カズマさんに背負われて、つまりおんぶされていたのだ!

 

「なななな…、どどどどど!?」

「落ち着けよ、イリヤ。魔力の使いすぎでぶっ倒れたお前を、俺が背負ってるってだけなんだからさ」

「でででも、さっきまでフラフラして…」

 

顔色だって悪かったし、きっと血が足らないんじゃ…?

 

「大丈夫だって。アクアにもう少し増血してもらったから、これくらいは問題ないさ」

「……そうなの?」

『ええ。(まあ、ちょっと見栄を張って無茶してますが、確かに問題ないレベルですよ?)』

 

ルビーは途中から小声になって、わたしの耳許で囁いた。そして更に。

 

『(……イリヤさん。カズマさんとアクアさんのお二人に、イリヤさんの事を話されてはいかがでしょうか?)』

 

え?

 

『(まずはイリヤさんを転生者と知るお二人に話されてから、よく相談をして、めぐみんさんとダクネスさんに当たり障りの無いところを説明してはいかがかと。

……説明は、必要かと思いますよ?)』

 

……そうだよね。あんな闘い見せちゃったんだもんね。

 

「(うん、わかった。)……あの、カズマさん」

「ん? どうした?」

「後でアクアさんと一緒に、わたしの部屋に来て下さい」

 

そう言うと、カズマさんは少し黙ってからわたしに尋ねた。

 

「……さっきのことか?」

「はい」

 

わたしの返事に、また少し黙るカズマさん。

 

「聞いてもいいのか?」

「……はい!」

「……わかった。それじゃあギルドで夕飯食ったら、アクアと一緒に宿まで送るって形にするか」

「はい、それでいいです」

 

わたしは小さく頷いた。

 

 

 

 

≪クロエside≫

わたしの意識は浮上し、目の前には硬く目を閉ざしたイリヤの姿。どうやら現実に戻ってきたみたいね。

 

「お姉さん、何があったんだい?」

 

その声に振り向けば、そこにはしたり顔をしたギルがいた。

 

「……イリヤに会ったわ」

 

わたしのひと言に戸惑うバゼット。今起きたことを掻い摘まんで説明する。

 

「……俄には信じ難いことです」

「でも、本当のことよ?」

 

そう返してからギルを見て。

 

「あなたは気づいてたんじゃないの?」

 

そんな疑問を口にすると、ギルは笑顔で答えた。

 

「まさか。僕が気づいたのは、お姉さんの意識が刹那の瞬間途切れたって事だよ。

……ああ、いや、もうひとつ。彼女の、イリヤさんの体が保存状態にあることにも気づいてたね」

 

は? こいつ、今なんて…?

 

「おかしいとは思わないのかい? 彼女が死んでから、世界を跳び越える間を除いても、数時間は経ってるはずだよ? なのに死後硬直は、兆候すら無いんだ」

 

あ…。

 

「つまり何者か、さっきの話が本当なら天使、もしくは神が、彼女が戻るための体を保護しているって考えられる」

 

ギルの表情が、少し皮肉めいたものになった。まあ、彼の正体がわたしの想像通りなら、彼にも思うところがあるんだろう。

 

「さて、そこで提案なんだけど」

「提案?」

 

ギルの口から予想外の言葉が出た。

 

「彼女の体、僕が預かろうか?」

「どういうことですか?」

 

警戒を高めながらバゼットが尋ねる。

 

「いえ、異世界とはいえ本当に魔王を倒したのなら、彼女は立派な英雄だ。そんな英雄様の体を、より安全な僕の宝物庫で保管してあげよう、ということです」

「……ふぅん。()()は、随分とお優しいのね?」

「いやぁ、評価に見合った褒美を与えるのも、王の務めだからねぇ」

 

皮肉も皮肉にならないでやんの。……でも、まあ、どうやら彼の正体が予想通りみたいなのがわかっただけマシか。

 

「……それで? あんたまだ、何か隠してんじゃないでしょうね?」

「うーん、まあ、隠してるって言うか、ちょっとした配慮かな。どちらかというと、イリヤさんのための、ね」

 

イリヤの?

 

「それってどういう…」

「それはその時のお楽しみって事で」

 

こいつムカつくっ!

 

「それで、どうする?」

「~~~! お願い、するわ。癪だけど、それが一番安全だと思うから」

 

わたしの返答に、満足そうな笑みを浮かべるギル。

……イリヤ。あなたの体は安全な場所に保管するわ。だから、早く戻ってきなさいよ?




うちのカズマ、イリヤに対しては結構男前。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この魔法少女の追憶を!

冒険者カードの文字化け、開放。


≪カズマside≫

アクセルの街に帰ってきた俺達は、ギルドの受付でクエストの報告を済ませる。

雪精の討伐数は二十三匹。その内訳は、俺が三匹、めぐみんが九匹、イリヤが十一匹。本当ならイリヤを褒めてやりたいところだが、内半数近くは暴走して冬将軍と闘っていた時の巻き添えらしい。さすがにこれで褒められても心苦しいだろうと思い、俺はただ事実だけを伝えることにした。もちろんダクネスとめぐみんも、あのルビーでさえ、その辺は空気を読んでいたのだ。

……だが! 寄りにもよって借金女神が、イリヤを褒めちぎりやがった。案の定イリヤは微妙な笑顔を浮かべていた。まったく、余計な事しかしねえ。

気を利かせためぐみんが料理を注文してくれなけりゃ、重い空気のまま解散、なんてことになっていただろう。ありがとう、めぐみん。さすが知力の高い紅魔族!

そのあとは和気藹々(あいあい)とした中、食事も終わり解散となる。

ギルドを出たところで俺は口を開いた。

 

「俺、イリヤを送ってくわ」

「ど、どうしたのですか、カズマ!? 一度死んで、人格が変わってしまったのですか!?」

「おいこら、めぐみん。どういう意味だ!?」

「だって、クズマはカズマじゃないですか!」

「それ逆! あと、それ広めたのホントに誰!?」

 

いつの間にか俺には、クズマだのカスマだのゲスマだの…、あとぱんつ脱がせ魔だの、謂われのないあだ名が浸透している。イリヤが誤解したらどうするんだ。

 

「まあ、それを置いておくとしてもだ。カズマは一度死んで、血だって足りていないのだろう? さすがに心配にもなるぞ」

 

さすがに原因の一端を担っているだけに、ダクネスは俺のことを気にしているみたいだ。だがお陰で、話をスムーズに運ぶことが出来る。

 

「それだったら、アクアも一緒に連れてくよ。どうせ帰る場所は同じなんだし」

 

そう。これでアクアも自然な形で…。

 

「ええっ!? 私、早く帰ってさっさと寝たいんですけどー?」

 

テメッ、コイツ! せっかくいい流れで来てるってのに! いや、待て。冷静になれ。要はアクアが断りにくい状況を作ればいいんだ。

 

「ハァ、仕方がないか。所詮は自称女神。本当の女神様なら暗い夜道を子供一人で帰して、平気でいられるはずがないからなー」

「なぁっ、カズマってば何言っちゃってるの! 私は自称じゃなくって、本当に女神よ!」

「ははは、無理することないぞー。アクアだっていつまでも、アクシズ教の御神体を騙るわけにもいかないしなー」

「だから女神だって言ってるでしょ!

……上等じゃない、付いてってあげるわ。この水の女神アクア様が同行するのよ、敬いなさい!」

 

よし! 俺は心の中でガッツポーズを取る。

 

「……カズマはやっぱりカズマでしたね」

「ああ」

 

外野二人、うるさい。

 

 

 

 

 

俺達が宿屋に向かって歩き出すと、今まで黙っていたイリヤが声をかけてきた。

 

「あの、カズマさん。アクアさんに説明はしなかったの?」

「……アクアに説明してみろ。きっと、もっと面倒くさいことになってたぞ?」

「……アー、ソーデスネ」

 

目のハイライトが消え、呟くように言うイリヤ。

 

「ちょっとカズマ。説明って何の事よ?」

 

まあ、ここまで来たら説明しても大丈夫だろう。

 

「イリヤが転生の事を知ってる俺達に、さっきの暴走について説明したいんだってさ」

「……ああ、アレね。確かにあれは異常だったわ。何かの封印が解放されたみたいだったけど」

 

それを聞いて、イリヤが驚いた顔をしている。どうやらアクアの推察は合ってるみたいだ。さすが腐っても女神なだけはある。

 

『まあ、その辺りも引っくるめて、宿の方で説明します』

 

そう言うルビーの口調が至って真面目なことが、結構シリアスな内容だという事を物語っている気がした。

 

 

 

 

 

そして宿に着いた俺達だったが、しばらくは扉の向こう側へ行くことが出来なかった。ルビー曰く。

 

『女の子には、色々とやることがあるんですよー』

 

ということらしい。

 

「お待たせー、入っていいよ?」

 

と、扉を開けてイリヤが言った。それじゃあ遠慮なく、と声をかけて中に入ると、そこはちょっとした小物があるくらいの、殺風景な部屋。まあ、いつまで居られるかもわからないのに、あまり荷物を増やすわけにもいかないんだろう。

……とは言え、このくらいの歳の女の子としては、もっと内装を弄ったりしたいはず。それが出来ないってのも、なんか可哀想な気がする。

もっとも、そういう感情は相手に失礼だって話も聞いたことがあるので、大人なカズマさんは口に出して言ったりはしない。

 

「なんか殺風景ねー?」

 

だから言うなよ!

 

 

 

 

 

俺とアクアは勧められた椅子に座り、イリヤはベッドに腰掛けその隣り、イリヤの顔の右側にルビーが浮かんでいる。

 

『それでは、イリヤさんの秘密を暴露していきましょうかー。イリヤさん、どうぞ!』

「どうぞって、いきなり振られてもっ! えっとぉ、何から話したら…。

うん、とりあえず大前提として、わたしは聖杯戦争の関係者です」

「聖杯戦争?」

 

何だかゲームに出てきそうなワードだな。……ん?

 

「どうしたアクア。顔色が悪いぞ?」

「……聖杯戦争ってまさか」

 

は?

 

「あの、[冬木]の[聖杯戦争]?」

 

何だ? アクアが偉くシリアスなんだが?

 

「アクアさん、聖杯戦争の事知ってるの!?」

「……ええ、知っているわ」

 

なんか、普段の駄女神っぷりを一切感じさせないアクアを見てると、ものすっごく不安になってくるんだが。

 

「おい、聖杯戦争って何だよ?」

「聖杯戦争はね、魔術による儀式よ」

 

魔術の儀式!?

 

「七人のマスターが七騎の英霊をサーヴァントとして呼び出して戦わせ、勝者が降臨した聖杯、あらゆる願いを叶える万能の釜を手にする。

神の領域に手を出そうとした魔術師(にんげん)が創り上げた、醜い儀式よ。神々(わたしたち)の間でも、かなり忌避されているわ」

 

アンデッドや悪魔以外で、こんなに拒絶反応を示すアクアも珍しいな。

 

『アクアさんは随分と[聖杯戦争]を嫌ってるようですねー?』

「まあね。アレは自分のエゴを叶えるための殺し合い。そこには、正義も愛も有りはしないわ。……それに」

「まだ何かあんのか?」

 

何だかこの先は聞かない方がいいような気もするんだが、やっぱり好奇心には敵わない。

 

「聖杯戦争の聖杯は、メインとなる大聖杯とは別に、敗れた英霊の魂を大聖杯にくべるための小聖杯が存在するんだけど、それはその為に調整された人間を使うの。

小聖杯に英霊の魂が納まる毎にその人間の機能は失われ、やがては小聖杯が現れて消滅してしまう。つまりその人は、大聖杯を完成させるために犠牲となるのよ」

 

それは、酷い話だ。その魔術師って連中はろくでなしだな!

ん? 今度はイリヤの顔色が悪いな?

 

「どうした、イリヤ?」

「……ううん、今はいいの。……今はまだ」

「そうか?」

 

今は? 何だかすげえ気になるんだが。

 

「……それに、大聖杯の方にも大きな問題があってね」

「おぉい、もうお腹いっぱいなんですけど!?」

「いいから聞きなさいな。

大聖杯は三回目に行われた聖杯戦争の時に、召喚された悪神[この世全ての悪(アンリ・マユ)]の紛いものが混ざり込んだせいで汚染されているの。だから聖杯を手にした人がどのような願いごとをしても、その願いは歪められ、人類を滅ぼす方向で叶えられてしまうのよ」

「そんな聖杯壊してしまえっ!!」

 

魔術師ってバカなのか!? いや、バカだろ!

 

『いやしかし、よくもまあ、そこまで詳しく知っていましたね?』

 

言われてみれば、確かにルビーの言うとおりだ。アクアの知力は最低ランクだったはずなのに。

 

「これは、本来は並行世界に関与しない神々が、他の世界線で起きた聖杯戦争を注視していたからなの。何しろ、地球の人類存亡に関わる事案だから。実際、こちらでは起きなかった四回目の聖杯戦争では、聖杯からあふれ出した泥のせいで、冬木の大火災と呼ばれる災害も起きたそうよ。

そして私は地球担当の女神。散々これらのレクチャーも受けたし、私自身も危険視してたからね」

 

なるほど。さしもの駄女神様も、自分の担当地域の人類が滅んだりしたら、さすがに困るもんな。……おや、ちょっと待てよ?

 

「なあ、俺達のいた世界線じゃあ四回目の聖杯戦争ってのは無かったんだよな? それじゃあ、何でイリヤは聖杯戦争の関係者何だ?」

「え? あれ? そう言えば…」

 

俺とアクアがイリヤを見ると、イリヤは冴えない笑顔を浮かべて語りだす。

 

「わたしは、聖杯戦争の(かぎ)となるために生まれたの」

 

……え?

 

「わたしには、ある程度の範囲で『望んだことを叶える力』がある。……あった」

 

おい、それってまさか。

 

「ママは[聖杯]の話はしたけど、[小聖杯]の事は言わなかった。でも、アクアさんの今の話でわかった。わたしは聖杯戦争の[小聖杯]で、使い捨てられるために生まれたんだって」

 

さっき顔色が悪かったのはそのせいか! アクアに顔を向けると、自分の発言でイリヤが傷ついたんだと気づきアタフタしている。

するとルビーが。

 

『大丈夫ですよ、イリヤさん。貴女のご両親はそれを阻止するために、聖杯戦争を未然に終わらせたわけですから』

「……うん、そうだね」

 

ふう…、どうやらイリヤは気持ちを持ち直したようだ。

 

「……えっとイリヤ、続きは大丈夫か?」

「うん」

 

思ったよりもしっかりとした返事を返すイリヤ。

 

「それに多分、ミユの方が酷い目に遭ってたと思うから」

「「ミユ?」」

「うん。美遊(ミユ)・エーデルフェルト。わたしの親友だよ」

 

そういやイリヤを勧誘したときに、そんな名前言ってた気がするな。

 

「……そうだね。わたしの事知ってもらうんなら、ルビーと出会って魔法少女になったトコから話した方がいいかな?」

 

何がそうなのかはわからないが、俺は頷いて見せ、アクアも慌てて頷いた。

 

「えっと、あれは…」

 

そう言って語り始めたのは、ルビーに詐欺同然に魔法少女にされ、それが原因で前の持ち主の魔術師から七枚の[クラスカード]…、イリヤが使ってるあのカードを回収するように命じられた顛末。

カードを回収するには劣化した英霊を倒さなくてはいけない。その闘いの中出会ったのが、もう一人の魔法少女ミユ。彼女は魔法少女を楽しむイリヤに反発していた。だけど徐々に心の距離が縮まっていく二人。

しかしあるカード回収の時、イリヤは自分の中の力を暴発させ、ミユ達に怪我をさせてしまう。

自分が普通じゃないと知ったイリヤは、みんなを傷付けてしまったことと、その力に恐怖して魔法少女を辞めようとする。

けれどその晩、母親に背中を押され、最後のカード回収に赴き、ミユのピンチを救い二人でカード回収を成し遂げた。

……だが、事件はそれでは終わらなかった。

それから一月ほどして、地脈の正常化を命じられたイリヤとミユが言われるまま、魔力を地脈に送り込んだら魔力が逆流。何やかんやあって気がついたら、イリヤが分離していた。

 

「って分離!?」

 

さすがに突っ込まずにいられなかった。

 

『はい。その時イリヤさんが夢幻召喚(インストール)した[アーチャー]のカードを核として、おそらくは溢れ出した魔力とイリヤさんの[小聖杯]の力で顕界したんでしょう』

「もうひとりのわたし…、今はクロエ・フォン・アインツベルンって名乗ってるけど、クロはわたしが赤ん坊の時に封印された記憶と人格だから」

 

いや、重い! 重いって! 何で封印なんてされてんの!?

 

「えっと、話、続けるよ?」

 

イリヤは以外と、冷静なのであった。

 

もう一人のイリヤ、クロエがイリヤの命を狙ったり、それを捕まえたり、はたまた学校へ通わせたりと、およそマンガやラノベで在りがちな展開をしていき、ああだこうだのうちに母親登場。イリヤの秘密、……さっきアクアが言ってた[小聖杯]の事を聞かされる。

そしてこの件は落着、したのも束の間、カード回収の前任者が現れて、イリヤ達からカードを奪うために襲いかかってきた。何とか引き分けに持ち込めたものの、もう一枚、八枚目のカードの存在が明らかになる。

夏休みも終わりに近づいた頃、遂にカードの回収が始まった。

その英霊は、とても規格外だったらしい。渾身の一撃はあっさりと防がれ、数多の刀剣類を射出する。そんな英霊が欲していたのは[聖杯]で、手に入れたのはミユだった。

その英霊が言うには、ミユは並行世界からやって来た少女で、その世界の完成された[聖杯]として生まれてきたらしい。

イリヤはミユを助けるために戦い、その英霊を倒すために限界まで魔力を使った。そしてイリヤは英霊を倒し、しかし自分も力の行使に耐えきれずに死んでしまったそうだ。

 

「……そして天使さんに会って、みんながミユの世界に飛ばされて戦ってるって聞いて、わたしはみんなのとこに行くために魔王の討伐を決意したんだ」

 

そうか。イリヤの決意の強さには、そんな理由があったんだな。

 

『さて、ここで本題に戻りますが、イリヤさんは分離したクロさんに聖杯、そして魔力の三分の二を持っていかれてしまいました』

 

それは災難…、ん?

 

「イリヤはそんな状態で冬将軍と戦ったのか?」

「ちょっと待って。イリヤのあの時の魔力量は、めぐみんすら凌いでたわよ?」

 

何だ? 妙に話が噛み合ってないぞ?

 

『やっぱり疑問に思いますよねー? ……ところでイリヤさん。冒険者カードを提示してはもらえませんか?』

「え? い、いいけど」

 

イリヤは冒険者カードを取り出し、俺達にも見えるように差し出した。

 

『……ああ、やっぱり。ここを見てください。文字化けしていた二つのスキルが開放されています』

「ええっ!?」

 

文字化けの事は知らないが、イリヤは大変驚いている。俺とアクアは、ルビーが翼の先で指し示した文字を見て固まる。

 

「[小聖杯EX]に、[魔術回路増設]…」

 

イリヤが呟いたあと、俺達の間にしばらく沈黙が訪れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この聖杯少女に悪知恵を!

今回も長めです。


≪イリヤside≫

判明した、正体不明のスキル、[小聖杯EX]と[魔術回路増設]…。わたしは沈黙を破り、ルビーに確認をとった。

 

「えっと、[魔術回路増設]ってのは多分、クロに奪われた魔力の源、つまりわたしからクロに移った魔術回路を復活させたって事だよね?」

『まあ、おそらくは』

「すまない。魔術回路って何だ?」

 

そうだった。カズマさんにはその説明はしてなかった。……とは言っても、わたしも詳しいことは、こっち来てからルビーに教わったんだけど。

 

『そうですねー、魔力の生成と発動に必要な器官とでも思ってもらえればいいかと』

 

本来この世界では、魔術、というか魔法を使うのに魔術回路は必要ないらしい。だけど多分、[メイガス]という元の世界の魔術師を表す職業が、向こうの世界での魔術のシステムを再現しているんだろう。……ってのがルビーの意見だった。

 

『ちなみに魔術回路は、生まれつき本数が決まってるものなんですが…。冒険者スキルってチートですよー?』

 

確かにポチッとするだけでガンド覚えられたし、実は[宝石魔術]なんて項目もあったけど、さすがにリンさんやルヴィアさんに悪い気がしたので取ってない。

 

「話戻すけど、ルビー、[小聖杯EX]の[EX]ってなんで付いてると思う?」

『それはもちろん、バージョンアップ版だからじゃないんですかー?』

「バージョンアップ…、してるの?」

 

うーん、今イチ実感がわかないなぁ。

 

『……先程、気を失っていたイリヤさんに魔力供給していたときに気づいたんですが、私が供給する魔力が、イリヤさん自身の他に別枠があって、そこへも流れ込んでいるのが確認されました。これは、クロさんと分離する前には感じられなかった事です』

「つまり[小聖杯]に、魔力供給によるチャージ機能が追加されたって事か?」

『ああ、カズマさんのその表現がわかりやすいですねー。

おそらく以前は自然界にある魔力、いわゆるマナを少しずつ貯め込んでいく仕様だったんでしょう』

 

それって、ミユの中の聖杯も同じ仕組みだったのかな。

 

『それと…。イリヤさん、夢幻召喚(インストール)せずに投影魔術を使ってみてもらえませんか?』

「ええっ!? そんなの無理だよ!」

『お願いします』

 

ルビーがあまりにも真剣だから、わたしは頷いて投影を試してみる。とりあえずわたしは、アーチャーさんがよく使ってる…気がする、陰陽の剣の片割れ、干将をイメージして魔力を操り。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

クロと同じセリフを言う。……と!?

 

「え…、成功、した?」

 

わたしの右手には、黒い中華剣が握られていた。だけど。

 

「あら、消えちゃった」

 

アクアさんが言うとおり、わたしの創っ(投影し)た剣はすぐに消えてなくなってしまった。

 

『いえいえ、充分ですよ。投影魔術なんて本来そういうもの、世界からの修正で消えてしまうような不安定なものですから。これで確認したかったことは、むしろ別にあります』

「どういうことだ?」

 

カズマさんが尋ねると、ルビーは恭しく頷いて話を続ける。

 

『イリヤさんが、修得してもいない投影魔術を使えたことと、普通では投影するのも難しい[宝具]クラスの武器を投影したことです』

「あ、そういうことか」

「ちょっと、どういうことよ」

 

カズマさんはすぐに気づいたけど、アクアさんにはわからなかったみたいだ。

 

「つまり、わたしが覚えてない投影魔術で、普通じゃ投影出来ないような武器を投影出来たのは、わたしが[小聖杯]の力を使ってたからって事だよね?」

『そのとおりです!』

 

わたしの説明にルビーが、我が意を得たりといった勢いで同意する。

 

『かつては危機的状況や感情が振り切れた時に発動していた[小聖杯]の力ですが、今のは明らかにイリヤさんの意思による発動です。つまり現在の[聖杯]は、イリヤさん自身が制御しているとみて間違いないでしょう』

「え、ちょっと。それってつまり、イリヤが望めば私の願いも叶うって事よね? それだったら、私を天界に帰してよっ!」

 

真剣な表情でわたしに迫るアクアさん。鬼気迫っていて、ハッキリ言って怖い。でも。

 

ごいん!

 

「いったあぁ…!」

 

カズマさんのゲンコツがアクアさんに飛ぶ。

 

「やめんか! イリヤが怖がってるだろ! そもそもお前、[聖杯戦争]をあんなに否定してたじゃねぇか!」

「だって、だってぇ…」

 

アクアさんを叱るカズマさん。でも、わたしもみんなの所に戻りたいので、アクアさんの気持ちはわかる。わかるけど。

 

「えっと、言いにくいんだけど、その願いは多分叶わないんじゃないかな? ……というか、アクアさんがそう願ったときに叶えられる気がしなかったから」

『それじゃあおそらく無理でしょうねー。聖杯に魔力が貯まっていないのを差っ引いても、その願いに反応しないのならそれは、聖杯が叶えられる範囲を逸脱しているという事でしょうから』

 

そう。ママが言ってたのは、「ある程度の範囲で願いを叶える力」だ。[EX]が付いてるし、もしかしたら能力が上がってるかもしんないけど、それでもスキルの表記は[小聖杯]で、[聖杯]や[大聖杯]じゃない。叶えられる願いの限界も[大聖杯]…、ううん、完成された[聖杯]のミユよりも低いんだと思う。

 

「そもそも? それで何でも願いが叶うんだったら、神様なんていらねーじゃん。イリヤだって聖杯に魔力を貯めて、元の世界…、いや、ミユの世界か? そこへ行くように願えばいいんだしさ」

「そ、そうだけどぉ」

 

うん、ホントそうだけど、それ言っちゃったら身も蓋もないよ?

 

『カズマさんは、聖杯に懸ける願いはないんですか?』

「あるに決まってんだろ!」

 

うわっ、アクアさんを諭そうとしたセリフが台無しだぁ!?

 

「俺だって人の子ですし? 人並みにいろんな欲望だってありますよ? 今はこの駄女神が作った借金だって返したいし、贅沢は言わねえからもっとまともな場所で暮らしたいです、はい」

 

うう、それは、同じパーティーとして身につまされる願いだね…。

 

「……だが、それはやっちゃいけないことだろ? そりゃ、普通にチートアイテムで[聖杯]なんて物がありゃあ願いを叶えまくってただろうけど、[聖杯戦争]の事やイリヤに起きた事を聞いておいて、イリヤの能力(ちから)で自分の欲望を叶えようだなんて恥ずかしい事、出来るわけないじゃねえか」

 

カズマさんが頭のうしろをボリボリと掻いて、跋の悪い顔をしてる。

 

「ちょっと、どうしちゃったの? めぐみんじゃないけど、いつものカズマらしくないわよ?」

「うるさいわい。そんなの俺だってわかってるわ!

……ただ、なんて言うか、イリヤの事は守ってやらなきゃって気がすんだよ」

「……ロリコン?」

「違うわっ! イリヤは妹みたいなもんだ! あとクリスからも、よろしく頼まれてるからな」

 

妹と言われた瞬間、わたしは何だか嬉しい気分になって、そして気がついた。わたし、カズマさんとお兄ちゃんを重ねてたんだって。

 

『イリヤさん?』

「あ、何でもないの! ただ、妹って言われて、お兄ちゃんの事を思い出しちゃっただけ」

 

わたしが言うと、カズマさんとアクアさんが少しだけ驚いた顔をした。

 

「イリヤって、お兄さんがいるの?」

『そーなんですよー!』

 

それに反応したのは、やっぱりルビー。

 

『イリヤさんには「衛宮士郎」さんっていう、義理のお兄さんがいるんです!』

「そこんとこ詳しく」

 

カズマさん!?

 

『士郎さんはイリヤさんのお父さん、切嗣さんが孤児だった彼を引き取って養子にしたんですよ。因みにイリヤさんと苗字(ファミリーネーム)が違うのは、切嗣さんとイリヤさんのお母さん、アイリスフィールさんが籍を入れてないからですねー』

「意外と複雑な家庭!?」

 

いや、そんなに深く考えないでッッ!

 

『士郎さんはいろんな女性とフラグを立てまくってます。まず、私の前の持ち主である凛さん。私の妹サファイアちゃんの前の持ち主ルヴィアさん。そして我らがイリヤさんにクロさん、お友達の美遊さん。さらに士郎さんの学校の知り合いの女子数名に、アインツベルンのメイド、セラさん…』

「ちょっと待ってルビー! セラ!? セラってお兄ちゃんの事、好きなの!? わたし初耳なんだけど!?」

『嫌ですねー、イリヤさん。あれってどう見てもツンデレ対応じゃないですかー』

 

た、確かに、そう見えなくもないけどッ!

 

「何だそのハーレム状態は! まるでエロゲの主人公じゃねえかッ!」

 

ちょ、カズマさん!? エロゲって…!

 

『イヤー、鋭いですねー。プリヤは魔法少女ものですけど、原典はエロゲでしたからー』

「ルビー!? プリヤって何? 原典てなんのコトーッ!?」

 

ルビーがワケのわかんないことを言うのはいつものことだけど、今日のは一段とわけわかんないよーっ!?

 

『さて、メタ発言はここまでにして、話を元に戻しましょうか』

「「放置プレイ(かよっ)!?」」

 

わたしとカズマさんのツッコミがキレイにハモりました。

 

 

 

 

 

『改めまして、イリヤさんの秘密暴露は済みましたので』

「ルビー、もう少し言い方ってない?」

『ここからはダクネスさんとめぐみんさんに、どの内容をどこまで伝えるか、ですね』

「無視したッ!?」

 

ルビーってばヒドい。一応わたしが主人公なのに。……主人公? わたし何言ってんだろ?

 

「ねー、面倒だから二人にも全部ぶっちゃけちゃえば?」

 

アクアさんも無視っ!? それに他人事(ひとごと)だからって、面倒は無いんじゃないかな。

 

「さすがに全部は不味いんじゃないか? 別にアイツらが信用できないってワケじゃないけど、もし情報が漏れたらイリヤの身に危険が迫る可能性だってあるし、それなら正確な情報を知ってる人は、出来るだけ少ない方がいいだろ?」

 

カズマさん…。

 

『そうなると、イリヤさんに累が及ばないような情報操作が必要になりますねー』

「それじゃあ、わたしが[小聖杯]って事は伏せといた方がいいよね?」

 

この世界に聖杯の伝承があるかはわかんないけど、転生者は知ってる人もいるだろうし、そこから知識を得てる人もいるかも、だからね。

 

「聖杯戦争の事はどうするの? それも伏せといた方がいいのかしら?」

『そうですねー。やはり聖杯に関わることは、極力避けた方が無難だと思いますよー?』

 

やっぱりそうなるよね。でも、ダクネスさんとめぐみんさんに隠し事ばかりなのも、ちょっとやだなぁ。

 

「……なあ、別に隠す必要はないんじゃないか?」

「はあ? 何言ってるのよカズマ? 情報が漏れたら困るって言ったのはあんたよ?」

「確かにそう言ったさ。でも要は、[小聖杯]の能力を誤魔化せりゃいいんだろ?」

 

能力を、誤魔化す?

 

 

 

 

 

そして翌日の冒険者ギルド。わたしはダクネスさんとめぐみんさんに事情を説明した。

 

「……なるほど。話をまとめると、イリヤは勝利者の願いを叶えるという[大聖杯]の(かぎ)としてその身に魔力が貯め込まれていて、危機的状況や感情が爆発するとその魔力が開放される。昨日の暴走は、まさにそれだったという訳ですか。

しかも現在は、それをコントロール出来るようになったと」

「そしてその聖杯をめぐる争い、聖杯戦争も危険視したイリヤの御両親が未然に止め、二度と起きないように手を打ち、イリヤをその運命から解放した、か…」

「うん」

 

わたしが話した内容を確認するふたりに、こくりと頷いて肯定する。

わたしは、わたしの中にある[小聖杯]の能力、[ある程度の範囲で願いを叶える力]というのを隠してふたりに説明をした。すると、何ということでしょう。[小聖杯]の能力が、[大聖杯]を起動するための魔力タンクのように聞こえるではありませんか。

そう。これがカズマさんの作戦だった。

確かに元の世界なら、高い魔力だけでも利用価値があって狙われるかも知れない。だけどこっちなら、紅魔族みたいに高い魔力を持つ種族だっているし、アクアさんはそれを越える魔力を持ってるけど、悪用しようと考える人は今のところいないらしい。

カズマさんがこの作戦を口にしたときに言ったのは、

 

「嘘はつかなくても真実全てを語る必要なんてないし、わざと誤解するように誘導してやればいい」

 

って事だった。ルビーなんて「素晴らしい!」って褒め称えてたくらいだ。

 

「ありがとうございます、イリヤ。私達に貴女の秘密を打ち明けてくれて」

 

う、それでも隠し事がある分、心がチクチクと痛い。

 

「しかし、この様な年端もいかない子供を巻き込むとは、その聖杯戦争という儀式もかなり罪深いもののようだな」

 

ダクネスさんが憤慨してる。

 

「おそらく敗れた者は捕虜となり、抵抗虚しく蹂躙され、恥辱の限りを尽くされるのだろう…! くはぁ、たまらん! 聖杯戦争、私も参加したかったぞっ!!」

『ダクネスさんはブレませんねー』

ハイ。ダクネスサン ハ、ヘイジョウウンテン デシタ。

 

「……さて、話も聞き終えましたし、そろそろ行きましょうか」

「う、うむ。そうだったな」

「……ん? どこか行くの?」

 

わたしが尋ねると。

 

「爆裂散歩ですよ」

 

と、めぐみんさんが答えた。

 

「カズマが安静にしていなければならないので、しばらくは冒険に出られません」

「だから私が、カズマの代わりについて行くことになったんだ」

 

なるほど。…………。

 

「えっと、わたしも暇だし、ついてってもいいかな?」

 

そう聞くと、ふたりは優しい笑顔をわたしに向け、そして。

 

「いいでしょう! イリヤに我が爆裂魔法の神髄をご覧頂きましょう!!」

 

めぐみんさんが声高らかに宣言した。そして再び、わたしに向けてニッコリと笑う。

 

『(めぐみんさん、気を使ってくれたみたいですねー)』

 

うん。どうやらカズマさんが殺されたときのことを引きずってるのに、気がついてたみたい。

 

「さあ、行こう。帰りが遅くなっても困るだろう?」

「うん」

「そうですね」

 

ダクネスさんに促されたわたし達は、冒険者ギルドを後にした。

 

 

 

 

 

「……ところでイリヤ。またルビーを借りることは出来ませんか? 魔力供給さえ受け続ければ、爆裂魔法を撃ち放題…!」

「んー、ルビーが構わないならいいけど、それってルビーのロリ認定受け入れるって事だよ?」

「な、それは、……うぅん」

 

めぐみんさんは爆裂ポイントに着くまで悩み続けてました。




「嘘はつかなくても…」の(くだり)は、Web版のカズマが読んでいただろう小説の、ある登場人物がよく使うやり口です。それは誰かといえば、今はまだ、秘密です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この真っ当なパーティーとクエストを!

お久しぶりです。本当は後編も書き終わってから投稿しようと思ったのですが、おめでたいので緊急で投稿します。


≪イリヤside≫

「大喜びで代わってやるよおおおおおおっ!!」

 

カズマさんは、それはそれは大きな声で絶叫してました。

 

 

 

 

 

それは雪精退治から数日後のこと。カズマさんもようやく、荷物持ちみたいな簡単な仕事を受けられるくらいに回復して、ギルドの掲示板をチェックしていた。

そんなカズマさんに酔っ払いのお兄さんが絡んできた。上級職ばかりのパーティーで荷物持ちの仕事を探してるカズマさんに、イチャモンをつけてきたんだ。

そのお兄さんの心ない言葉にカズマさんは耐えていたし、ベルディアの時のことを知ってる人達はその発言をしかめっ面で聞いてる。わたし達もカズマさんを庇うように声をかけた。

……だけど、このお兄さんの次の一言で、カズマさんの堪忍袋の緒が切れた。

 

「上級職におんぶに抱っこで楽しやがって。苦労知らずで羨ましいぜ! おい、俺と代わってくれよ兄ちゃんよ?」

 

そしてカズマさんは、さっきの絶叫をあげたのでした。……あれ? これってわたしも入ってるの?

 

「代わってやるって言ったんだ!」

「えっと、カズマさん?」

「確かに俺は最弱職だ!」

「あのぅ…」

「お前、その後なんつった!」

 

……うん、完全に頭に血が上ってて聞こえてないや。

 

「いい女! ハーレム!! おいお前、その顔にくっついてるのは目玉じゃなくてビー玉かなんかか? どこにいい女がいるんだよ!」

 

カハァ! ……うう、そりゃあ確かに、わたしはまだいい女って言われるような歳じゃないけど…。因みにアクアさん達も、「あれっ!?」とか言いながら、それぞれ自分を指差してる。

 

「てめー、この俺が羨ましいって言ったな!」

「あ…あのう……」

 

お兄さんの胸ぐらを掴んでるカズマさんに、今度はアクアさんが代表して声をかけたけど、やっぱりカズマさんは聞く耳を持たないでいる。

 

「ご、ごめん…。俺も酔った勢いで言い過ぎた。でもあれだ!隣の芝生は青く見えるって言うが、お前さんは確かに恵まれてる境遇なんだよ! 代わってくれるって言ったよな? なら、一日だけ代わってくれよ?

おい、お前らもいいよな?」

 

お兄さんがパーティーのメンバーにそう声をかける。

 

「俺は別にいいけどよお…。今日のクエストはゴブリン狩りだし」

「あたしもいいよ。でもダスト、居心地がいいからこっちのパーティーには帰ってこないとか言わないでよ?」

「俺も構わんぞ。ひよっこ一人増えたってゴブリンくらいどうにでもなる」

 

お兄さん、……ダストさんのパーティーからも許可が下りた。

 

「ねえ、カズマ。勝手に話が進んでるけど、私達の意見は通らないの?」

 

アクアさんの意見にカズマさんは。

 

「通らない」

 

デスヨネー…。

話がまとまるとダストさんは、アクアさん達と一緒に掲示板に向かっていった。……あれ? わたしは?

 

「……フッ」

 

はえっ!? カズマさん?

 

「あいつめ、せっかくうちのパーティーの良心を残しておいたのに、無視して行っちまいやがった。この憐れなチンピラに敬礼を!」

 

言ってカズマさんは、警察官みたいにビシッと敬礼をした。と言うか、それってつまり。

 

「わたしは、カズマさんと一緒でいいの?」

「当たり前だろ? 俺はあのチンピラに、チャンスを与えただけだ。あいつはそのチャンスを掴み損ねたのさ。

あいつ、絶対苦労するぞ?」

『(カズマさん、悪い顔ですねー)』

 

ルビーが耳許で、こっそりと呟いた。

 

 

 

 

 

「俺はテイラー。片手剣が得物の[クルセイダー]だ。このパーティーのリーダーみたいなもんさ」

 

そう自己紹介をするテイラーさん。カズマさんが、自分が指示を出してたことを言うととっても驚いてた。

 

「あたしはリーン。見ての通り[ウィザード]よ。中級魔法まで使えるわ」

 

そう言うリーンさんはだけど、羽織ってる青いマント以外は向こうの世界の衣装に近い。女子中高生の普段着みたいだ。

でも、それよりも気になるのは、お尻から伸びた縞模様の、太くて長い尻尾。あれってホンモノ? アライグマのようなそれを見てると、何だかモフモフしたくなる。……ってそうじゃなくって、リーンさんっていわゆる獣人さんなのかな? 尻尾以外はそれっぽくないけど。

 

「俺はキース。[アーチャー]だ。狙撃には自信がある」

 

キースさん、アーチャーなんだ。何だか軽い感じだけど、ダストさんよりマシかな?

 

「じゃあ、改めてよろしく。俺はカズマ。クラスは[冒険者]だ」

「えっ、あ、わたしはイリヤスフィール。イリヤって呼んでください。クラスは[メイガス]です」

 

カズマさんに続いて、わたしも慌てて自己紹介をした。

 

「[メイガス]? 初めて聞くクラスだな」

 

テイラーさんがそう言ったけど、なんて答えたらいいんだろう? すると。

 

『フッフッフ! [メイガス]とは、イリヤさんにのみ与えられた奇跡のクラスなのですよー!』

 

そう言いながら、わたしの髪の中からルビーが飛び出した。というか、神秘の秘匿はどうしたのー!?

 

「ちょっと、何これ!?」

「喋る魔道具…?」

 

リーンさんとキースさんが驚いてる。テイラーさんは声を上げないけど、やっぱり目を丸くしてるし。

 

『私はカレイドステッキのマジカルルビー。イリヤさんのパートナーで、最高位の魔術礼装…、こちらで言う魔道具です。

私のことは、ルビーちゃんって呼んでね!』

「お前は宇宙一の天才科学者かっ!?」

 

よくわかんないけど、ルビーのセリフはなんかのパロディらしい。

 

「ま、まあ、よくわからんが…。

ともかく、ゴブリンの討伐なんて美味しい仕事が転がり込んできた。というわけで今日は、山道に住みついたゴブリンの討伐だ」

 

気を取り直したテイラーさんが、依頼の説明をしてくれた。なんかこの人も気苦労が絶えなさそう。とりあえず、ルビーが迷惑かけてスイマセン。

 

 

 

 

 

「しかし、なんでこんな所に住みつくのかな、ゴブリンは。まあおかげで、ゴブリン討伐なんて滅多に無い、美味しい仕事が出来たわけだけどさ!」

 

討伐地点に向かう中、リーンさんがぼやき混じりで言った。その後ろを、みんなの荷物を持って着いていく、わたしとカズマさん。因みにカズマさんが殆どの荷物を持ってくれてる。

 

「ねえ、カズマさん。リーンさんが言ったのって突き詰めたら、『どうして魚は水の中にいるの?』ってのと同じだよね?」

 

確かにリーンさんが言うように、こんな木々の生えない岩だらけの場所にいる理由なんてわかんないけど。

 

「うん、まあ、そうなんだが…」

 

……うん? なんだろ? 随分歯切れが悪いけど。

 

「この際だから、教えてやる。いいか、この世界ではな、サンマは畑で採れて、バナナは川を泳ぎ、キャベツは空を飛ぶんだ」

 

……………………は?

 

『ちょっとカズマさん、からかうのも大概にしてくださいよー』

「お前に言われたくねーよ! 言っとくが、冗談でもなんでもないぞ。俺も何度ツッコミを入れたことか!」

 

そう言ったカズマさんは、どうも嘘を吐いてるようには見えない。でもだからって、そんな話、俄には信じられない。だからわたしは、確認することにした。

 

「ねえ、リーンさん。わたし、カズマさんと同じトコ出身だからコッチのことに疎いんだけど、サンマって畑で採れるの?」

「え? うん、養殖物のサンマは畑で採れるよ?」

 

うわっ、本当だった!? 異世界、恐るべしっ!

 

「まあ、イリヤちゃんはまだ幼いから、常識に疎くても仕方ないだろ?」

 

キースさんがフォローしてくれたけど、向こうの常識はもう少し知ってるからね?

そんな中、テイラーさんは立ち止まり地図を確認し始めた。

 

「ゴブリンが目撃されたのは、この山道をてっぺんまで登りちょっと下った所らしい」

 

テイラーさんが気を引き締めるようにと注意する。……うん。わたしって気持ちの切り替えが下手だからなー。気をつけないと。

そして更に山道を進んで行くと、カズマさんが突然ぴくりと反応する。

 

「何かこっちに向かってくるぞ。敵感知に引っかかった。一体だけだが」

 

敵感知って、クリスさんが使ってた…。

 

「お前、敵感知なんて持ってるのか? と言うか一体だと? それはゴブリンじゃないな。そこの茂みに隠れたところで、すぐに見つかっちまうだろう。迎え撃つか?」

「いや、多分見つからないと思うぞ。俺、潜伏スキル持ってるから。このスキルは使用者に触れてるメンバーにも効果がある」

 

潜伏スキルを持ってると言ったカズマさんに、テイラーさん達が目を丸くしてる。

 

「わたしもひとり用だけど、潜伏に似たスキルが使えるから」

 

続けて言うわたしに、更に驚いてみせるテイラーさん達。わたしはクラスカードを取り出して。

 

「クラスカード[アサシン]、夢幻召喚(インストール)!」

 

夢幻召喚と同時にわたしの衣装が、ホットパンツ風の袖無しフード付きワンピになった。

カズマさんを含めた四人は潜伏を使って茂みに、わたしは気配を遮断して木の枝に飛び移る。そうして息を潜めていると進行方向から、以前絵で見たことある、大昔に滅んだっていうサーベルタイガーに似た、全身真っ黒な大型生物が現れた。

その生物はしばらく辺りを嗅ぎ回ったあと、わたし達がやって来た方へと消えていった。

 

「こここ、怖かったぁ! 初心者殺し! 初心者殺しだよっ!」

 

初心者殺し? なんか物騒な名前なんだけど。

 

「あれだ、ゴブリンがこんな街に近い山道に移り住んでるのは、初心者殺しに追われたからだぜ」

「しかし厄介だな。よりにもよって、帰り道の方に向かっていったぞ」

 

キースさんとテイラーさんも、口々に言ってくる。わたしは気配遮断を弱めて、みんなの傍に降り立つ。

 

「あの、テイラーさん。初心者殺しってそんなに危険なんですか?」

「ああ。あいつはゴブリンやコボルトといった、駆け出し冒険者にとって美味しい、比較的弱いモンスターの近くをうろついて、弱い冒険者を狩るんだよ。つまりゴブリンをエサに、冒険者を釣るんだ。

しかもゴブリンが定住しないように、ゴブリンの群れを定期的に追いやり狩り場を変える、狡猾で危険度の高いモンスターだ」

「「なにそれ怖い」」

 

テイラーさんの説明に、わたしとカズマさんが思わずハモった。

 

「とりあえず、ゴブリン討伐を済ませるか?」

 

そう提案したテイラーさんによると、初心者殺しは普段、冒険者をおびき寄せるエサとなるゴブリンを守ってるので、ゴブリンを退治すればその血の臭いを嗅ぎつけてやって来るに違いない。だから途中の茂みに隠れてやり過ごそうって事らしい。

 

『まどろっこしいですねー。イリヤさんならあんな…』

「(しーっ! わたしは無駄な戦いはしたくないよ。冒険者として命を奪う覚悟は出来てるけど、だからって無駄に命を奪う気なんてないから)」

 

わたしがそう小声で言うと、翼で頭を掻く仕草をしてからルビーは言った。

 

『まったく、甘っちょろいですねー。でも、ま、そこがイリヤさんらしいっちゃらしいですけど。それに血生臭いのなんて、魔法少女らしくないですからね』

 

いや、モンスター討伐してる段階で、充分血生臭いと思うけど。

なんてちょっとした会話をしているうちに、テイラーさんの意見で行くことに決まってた。まあ、わたしもそっちのがよかったから、全然問題ないんだけど。

と、リーンさんがわたしが背負ってる荷物を手に取り。

 

「……イリヤ、荷物渡して。もし初心者殺しに会って逃げるとき、イリヤも身軽な方が良いからね」

 

うわぁ、リーンさん、いい人だぁ。

するとテイラーさんとキースさんが顔を見合わせて。

 

「お、おいカズマ。荷物をこっちに渡せ」

「俺の荷物は俺が持つから」

 

なんて言ってくる。

 

「「お、俺達は別に、カズマのスキルを頼ってる訳じゃないからな?」」

 

……あー、そう言うことかぁ。わたしとカズマさんは思わず見つめ合い、ふたりで同時に笑ってしまった。




久々の続きです
やっとリーンげふんげふん! ダストが出せた。カズマの悪友ですからね。アニメのようなストーリーカットは出来ません。
そしてリーンには、凛の代わりにお姉さんポジになって欲しいです。決して名前が似ているからではありません。
クリスは、まあ、ちょっと枠が違う予定なので。

さて、遂に新作アニメ化決定しましたね。実にめでたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この愚か者に憐れみを!

今回のあとがきは、読み飛ばしていただいて結構です。


≪カズマside≫

俺達が山道を登っていくと、地図のとおり下り坂になる地点に出た。ゴブリンが目撃されたのはこの辺りらしい。

 

「カズマ、敵感知に反応はあるか?」

 

テイラーが聞いてくる。俺は頷き。

 

「ここを下った先の角を曲がると、いっぱいいるな。初心者殺しの気配は、今のところ無いよ」

「いっぱいいるのならゴブリンだな。ゴブリンは群れるもんだ」

 

俺の返答に気楽に言うテイラー。だが、それにしても数が多い気がする。

 

「俺はゴブリンと戦ったことないから知らないが、普通こんなに多いもんなのか? 探知出来てるだけでも、ちょっと数えきれないんだが」

「え…」

「そ、そんなにいるの? ねえ、カズマがこう言ってるんだし、何匹いるのか様子をうかがって…」

 

俺の発言にイリヤが言葉を失い、リーンが怖じ気づいたのか慎重な意見を述べるが。

 

「大丈夫大丈夫! カズマにばかり活動されちゃたまんねえからな!」

 

そう言ったキースが、下り坂の角に飛び出した。そしてテイラーもそれに続いて飛び出し。

 

「「ちょ、多っ!!」」

 

叫んだ二人。俺達も角を曲がると、そこには三十を下らない数のゴブリンの群れがあった。

 

『これは見事に、フラグを回収しましたねー』

「そんなのんきに構えてる場合じゃないよ、ルビー!」

「だから言ったじゃん! あたし、こっそり数を数えた方がいいって言ったじゃん!!」

 

イリヤとリーンがわめいているが、今となっては後の祭りだ。

 

「ちくしょう! このまま引き返しても、初心者殺しと挟み撃ちになる可能性が高い! やるぞ!」

 

気持ちを奮い立たせるように言うテイラー。やけっぱちとも言う。

坂道を駆け上がってくるゴブリン達。さらに。

 

「痛えっ! ちくしょう、矢を食らったッ!」

 

どうやら弓を装備したゴブリンもいるらしく、テイラーが腕に矢を受けてしまった。リーンは風の防御魔法を唱えてるらしいが、キース曰く間に合わない。

俺は「ウインドブレス」を唱えようとした。が、それよりも早く。

 

「[アーチャー]、上書き夢幻召喚(オーバーライド・インストール)!」

 

イリヤがアサシンを解除せずに、アーチャーをインストールする。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

冬将軍の時に使っていた、五枚の花弁のような光の盾を展開して、俺達を矢から守ってくれた。……ギルドでのルビーのセリフがあったせいで、ふと思ったけど、あの盾って【天地無用!】の光鷹翼(こうおうよく)に似てるよな?

なんてくだらんこと考えてる場合じゃねえな。でも、まあ、とりあえず。

 

「よくやった、イリヤ」

 

そう言ってイリヤの頭に手を置く。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

その直後、リーンが発動させた魔法の風が、俺達を守るように渦巻いた。

 

「……なんかあたしの魔法、いらなくない?」

 

[ロー・アイアス]を見て、リーンが若干いじけてる。

 

「……ううん、ありがとうリーンさん。これでわたしも戦えるから」

「ちょっと待て、イリヤ。戦えるって、いいのか?」

 

イリヤがモンスター討伐に躊躇いがあるのは、クリスを通して知ってるし、実際雪精の討伐の時も、始めは躊躇っているのは見て取れた。

 

「……ありがと、カズマさん。でも、闘う覚悟は出来てるから」

 

イリヤが力強い眼差しで俺を見る。

 

「……そうか。なら、兄貴代わりの俺が、イリヤの手助けをしないとな!」

「え?」

 

疑問を浮かべるイリヤは無視して、俺は呪文を唱え。

 

「これでどうだ! 『クリエイト・ウォーター』!」

 

ゴブリン達を防ぐテイラー達の、その前の坂道に水をぶちまける。

 

「あ、もしかして…」

 

イリヤが小さく呟く。

 

「『フリーズ』!」

 

続けて放った凍結魔法が、坂道を凍りつかせた。

あるゴブリンは、水と一緒に足が凍りついて身動きが取れなくなり、またあるゴブリンは、氷に足を取られ坂道を滑り落ちてゆく。そしてなんとか踏ん張り登ってくるゴブリンもいるが。喜々としたテイラーが、ざん! と切り捨てる。

……なんて言うか、仲間に入ったのが俺ひとりだったら、きっと高揚しながら加勢してたんだろうと思ってる。だがイリヤがいるせいか、妙に冷静な自分がいる。そして、冷静に見て思う。なんか俺達の方が悪者っぽくね? イリヤも若干引いてるし。

とはいえ、せっかくの討伐のチャンスだ。

 

「やるぞ、イリヤ。気は引けるが、これは討伐クエストなんだ」

「! そうだね」

 

返事をしたイリヤは一旦目を瞑り、再び開いたその瞳の奥には決意の色が浮かんでいた。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

投影した数本の矢を、同じく投影した弓に番える。

 

「フッ!」

 

短く息を吐くと共に、矢を解き放つ。複数の矢はそれぞれのゴブリンの急所を突き、一撃でその命を刈り取った。

 

「な!? すげえ! こりゃ俺も負けてられないぜ!」

 

本家アーチャー職のキースが、イリヤの曲芸レベルの技術に触発されてやる気を出す。

今回は荷物持ちとはいえ、もちろん俺も、パーティーのリーダーとして黙って見てるわけにはいかない。俺は剣を抜き、テイラーと同じように登ってきたゴブリンを斬り伏せていく。

 

「ちょっと、あたしだっているんだからねっ! 『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

リーンも風の刃を飛ばして、ゴブリン達を倒していった。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

それからしばらく経って、ゴブリンを倒したわたし達はアクセルへの帰路についていた。

 

「くっくっ、あんな魔法の使い方、聞いたこともねえよ!」

「あたし魔法学院じゃ、初級魔法なんて取るだけポイントの無駄だって教わったのに!」

「こんな楽なゴブリン討伐は初めてだぜ!」

 

なんて、テイラーさん達が異常なテンションで話してる。でも…。

 

『イリヤさん、どうかしましたか?』

「あ、うん…」

 

わたしは一瞬躊躇いつつも口を開く。

 

「モンスターとはいえ、あんなにたくさんの命を奪ったのに、なんでそれを楽しそうに話してるんだろって」

 

いい人そうなリーンさんまであんなだし。

 

「冒険者にとって、それが当たり前なんじゃねえか?」

「カズマさん」

「冒険者ってのは、モンスターを倒して生計を立ててる奴らだ。そんな奴らが討伐の度に、イチイチ気に病むと思うか?」

「そう、だけど…」

 

カズマさんの言うことはわかる。でも、頭ではわかってても、心は納得いってない。……と、カズマさんの手が、わたしの頭の上に乗せられる。

 

「……え?」

「でも、ま、イリヤはそのままでいいんじゃないか? 白状すると、イリヤがいなけりゃ俺も、アイツらと一緒にはしゃいでたと思うし」

『カズマさんもお調子者ですからねー』

「てめーに言われたくねえよ!」

 

ルビーに言い返した後、カズマさんがわたしに視線を戻して。

 

「イリヤには、その優しさを忘れないでいて欲しいからな」

 

あ…、クロと似たことを…。

 

「その代わり、辛いことがあったら溜め込まずに言ってくれ。俺は兄貴代わりだからな。愚痴くらいは聞いてやるぞ?」

「カズマさん…、ありがとう」

 

カズマさんの優しさに、わたしは心から感謝した。

 

「ちょっとー、ふたりで何話してんのー?」

「お前達は今回の主役なんだからな!」

 

リーンさんとキースさんがわたし達に言う。というか、わたしも入ってるの?

 

『そりゃあ、あれだけ活躍すればですねー?』

「だからモノローグに…、いや、もういいや」

 

さすがに今は、ツッコミ入れるのも面倒くさいし。

 

「つっ…! いてて…」

 

あっ、テイラーさん!

顔をしかめたテイラーさんが、刺さったままだった矢を抜いた。

 

「大丈夫ですか、テイラーさん? わたし、あまり得意じゃないけど、回復魔術が使えるよ?」

「「「え?」」

 

テイラーさん達が驚きの声を上げる。けど、カズマさんが待ったをかけた。

 

「いや待て、イリヤ。街に帰ってから手当てした方がいい。随分時間も経ってるし、消毒できないとマズいだろ?

……というかイリヤ、回復魔術なんて覚えてたのか?」

「うん。この間のカズマさんのアレがあってから、スキル習得したんだ」

 

こっちの「ヒール」の様に素早く回復、とはいかないけど、大ケガした人がアクアさんに回復してもらうまでの、繋ぎみたいなことは出来るかな、と思ったんだ。

 

「そうか。ありがとな、イリヤ」

 

カズマさんにお礼を言われて、わたしは少し嬉しくなる。

 

「ふーん? 機転が利いて、面倒見もいい、か」

「ああ。何故、最弱職のカズマが上級職ばかりのパーティーでリーダーなのか、良くわかったよ」

 

リーンさんが呟くように言うと、テイラーさんがひとつ頷いてからそう評価した。わたしも同じ意見だけど、カズマさん自身は納得いってないみたい。……まあ、あの人達の相手をするのも大変だもんね?

 

 

 

 

 

わたし達が街へ向かうため、草原に足を踏み入れて少し。

 

「おい、何か向かってきてないか?」

 

キースさんがそう言った直後、カズマさんもピクリと反応して。

 

「初心者殺しだ!」

 

………………っあああああああ! 忘れてたぁ!!

わたしは心の中で絶叫して、みんなと一緒に街へ向かって駆け出した。

全力で逃げるわたし達。だけど、初心者殺しはその後ろをピッタリとついてくる。

 

『うーん、どうやらわざと追いつかずに、疲れるのを待っているようですねー?』

「「なにそれ、怖っ!」」

 

わたしとカズマさんが同時に声をあげる。

とは言え、わたし達の逃げ足も徐々に落ちてきて、初心者殺しはすぐ後ろへと少しずつ迫ってきていた。

 

「リーン! このままじゃ追いつかれる! 俺とキースが足止めをするから、お前はカズマとイリヤを連れて街へ逃げろ!」

 

え…。

 

「わ、わかっ…」

「そんなのダメだよ!」

 

返事を返そうとするリーンさんに被せて、わたしは言う。

 

「わたしは、仲間を見捨てて、前になんか進めないよ!」

 

それを聞いたカズマさんは少し困った顔をした後、髪の毛を軽く掻きむしって。

 

「ああもう、しょうがねえなあっ!」

 

そう言ったかと思うと、わたしを見て尋ねた。

 

「イリヤ、少し時間稼ぎ出来るか?」

 

そう聞いたって事は、きっと何か考えがあるに違いない。それならわたしも、それに応えてみせる!

 

「任せて、カズマさん!」

 

わたしは立ち止まると、取り出したカードを前に突き出し。

 

「クラスカード[バーサーカー]、夢幻召喚(インストール)!」

 

[バーサーカー]を夢幻召喚して、みんなの前に一歩踏み出した。

がっ! っとわたしに跳びかかる初心者殺し。前足の鋭い爪が、わたしを襲う。

 

「「「イリヤ!?」」」

 

テイラーさん達が悲鳴混じりの声をあげた。だけど。その爪はわたしに、傷ひとつ負わせることが出来なかった。

 

「今のわたしは、ダクネスさんに負けないくらい頑丈だよっ!」

 

わたしは両手を広げて、通せんぼの格好をする。その様子を初心者殺しは、距離をとって警戒している。

少しして痺れを切らしたのか、初心者殺しが再びわたしに襲いかかろうと飛び跳ねた。今度はわたしの首に、その牙を突き立てようとしている様だったけど。

 

「『ウインドブレス』ッ!」

 

いつの間にかわたしの後ろに立っていたカズマさんが、風の初級魔法を唱えた。

 

「ギャウン!?」

 

初心者殺しが悲鳴を上げてうずくまる。……え? 何が起きたの!?

 

「よし! 今の内にずらかれええええ!!」

「えええええっ!?」

 

わたしは意味が良くわからないまま駆け出しました。

 

 

 

 

 

なんだか逃げている間に意識がモーローとしてきて、ルビーに『急いで接続解除(アンインストール)してくださいっ!』って言われたから慌ててカードを解除したけど、これって一体何だったんだろ?

 

 

 

 

 

カードを解除してすぐ、わたし達は立ち止まる。初心者殺しは追いかけてこない。

テイラーさん達が、誰とはなく笑い出した。

 

「なんだよ、お前ら。イリヤが守ってカズマが頭脳戦って、普通逆だろ!?」

「冒険者が魔法使って、メイガス? 魔法使いみたいな職業がいろんなスキルで戦うって、どうなってやがんだよ!」

 

いや、そうは言われましても。カレイドの魔法少女は、色々複雑なんです。

 

「大体、『クリエイト・アース』で生み出した土を『ウインドブレス』で目潰しに使うって、どっからその発想が出てくるのよ」

 

あ、さっきのってそういう事だったんだ。

 

「ちょっと、ふたりの冒険者カード見せてよー」

 

うええっ!? わたしは慌てて、カードの[小聖杯EX]の欄に認識阻害の魔術を施してからリーンさんに手渡した。

 

「……あれ? ふたりとも、知力はそれ程でもないんだね? イリヤはあたしより少し高い程度だし、カズマなんて普通だし」

 

え? わたし、リーンさんよりも知力高いの!?

 

『(まあ、さっきの戦略程度でびっくりしてる辺り、お察しですけどねー)』

『(ルビー、それはさすがに失礼だよ?)』

 

リーンさんにも、戦略立てたカズマさんにも。

 

「えっ!? イリヤの魔力、紅魔族並みじゃん!」

 

……そう。わたしは魔術回路増設の恩恵で、魔力量が一気に跳ね上がった。[小聖杯]は別枠なのか、ステータスには反映されてないけど。

 

「それにふたりの幸運値もかなり…って、カズマの幸運値、異常に高いんだけど!? それに追随するイリヤも、とんでもないしっ!」

 

リーンさんがあまりにも驚いているので、テイラーさんとキースさんも覗き込んでくる。

 

「うおっ、なんじゃコリャ!?」

「今回こんなに都合よくいったのは、二人の幸運のお陰じゃないのか? お前ら、拝んどけ!」

「……なんでさ」

 

あまりにも真剣に言う三人に、わたしは思わず、お兄ちゃんの口癖を呟いてしまった。

 

 

 

 

 

わたし達がアクセルに到着したとき、もう既に真夜中になっていた。もしかしたら、0時回ってるかも知れない。

 

『ルビーちゃん時計だと、0時18分頃ですかねー』

「……」

『突っ込んでくれないと、ルビーちゃん悲しいです』

 

……疲れてるし眠いんだから、勘弁して。

 

「そういやイリヤ、さっきは言い忘れてたけど、初心者殺しの時のアレはさすがに肝を冷やしたぞ?」

「初心者殺しの時のって、……あ、アレかぁ。ごめんなさい、カズマさん」

 

わたしが謝ると、カズマさんはいや、と言って続けた。

 

「別に謝る必要はねえよ。時間稼ぎを頼んだのは俺だしな」

 

うーん、でも、心配かけちゃったのは事実なんだよね? だけどこれ以上どうこう言っても、カズマさんを困らせちゃうかも知んないし、ここは素直に言葉に甘えることにしよう。

そんな事考えてるうちに、冒険者ギルドの前までやって来た。リーンさんが。

 

「着いたああああ! 今日は大冒険した気分だよー!」

 

なんて大層なことを言う。とはいえ、わたしもそんな気分なんだけど。

ギイ…、とカズマさんが扉を開けると。

 

「ぐす…。あ…、ガ、ガズマあああ」

 

泣きじゃくっているアクアさんがカズマさんを見つけたところで、当のカズマさんがそっと扉を閉める。……って!

 

「ちょっとカズマさん!?」

「おい! 気持ちはよーく分かるが、ドアを閉めないでくれっ!」

「ほら、ダストさんも言ってるし」

「しょうがねえな…」

 

カズマさんはわたしの時とは違って、本当に嫌そうに言うと扉を開けた。

ダストさんの説明はこうだ。

ダストさんが皆にどんなスキルを持ってるかを聞いたら、めぐみんさんが爆裂魔法が使えると言い、それをダストさんが誉めた。するとめぐみんさんが、何も無い草原で爆裂魔法を使い戦力外に。そしてそれに引き寄せられたのか、初心者殺しがやって来て、そこに鎧の無いダクネスさんが突っ込んで行ったそうだ。

 

「 ── それで、挙げ句の果てに…」

「皆、初心者殺しの報告はコイツがしたみたいだし、まずは飯でも食おうぜ。新しいパーティー結成に乾杯だ!」

「「「おおおおお!」」」

 

カズマさんは聞く耳を持たずに、テイラーさん達とふざけてそんな冗談を言っている。

 

「待ってくれ! 俺が悪かった! 謝るから、元のパーティーに返してくれっ!」

 

本気で謝るダストさんに、カズマさんは優しい眼差しを送り。

 

「これから、新しいパーティーで頑張ってくれ」

「俺が悪かったからっ! 今朝のことは謝るから、許して下さいっ!!」

 

……冗談、だよね?




よくこの回の話に対して、「主人公を引き立てるために周りが無能にされる」と言われてるので、自分なりのいい捉え方の解釈を。但しあくまで前述に対しての、なので、自分に思うところが無いわけじゃないと理解してください。
彼らの戦略的能力の低さですが、アクセルはあくまで「駆け出し冒険者の街」だという事。そして能力の高い者はあのサービスに囚われていない限り、王都などへ拠点を移してしまう。
よってアクセルには、一部の高レベル冒険者とアクセル程度で生計を立てるしか無い冒険者、あとは駆け出ししかいない、というアンバランスな構図になっている、……んじゃないかなーと思ってます。
なお、「戦闘員」の方のトップ連中の無能さは、今のところ擁護できませんw。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編・この生物(ナマモノ)狂(あるいは凶)宴(カーニバル)を!

10年に一度の宴。これはその、あったかも知れない物語である(笑)。


≪カズマside≫

テイラー達とのクエストの翌日。昼近くに起きた俺は、空腹を満たすため、宿を出てギルドへと向かっていた。

 

「あれ、カズマさん?」

 

後ろから声をかけられ、俺は振り返る。

 

「よう、イリヤ」

 

右手を軽く挙げ、銀髪赤眼の少女に挨拶をした。

 

「カズマさん、これからギルド?」

「ああ。昨日は遅かったからな。そう言うイリヤは…」

『実はイリヤさんもこれからなんですよー。起きたのだって、ついさっき…』

「ルビー、余計なこと言わないでッ!!」

 

なんだ、イリヤも同じか。

 

「まあまあ、そんなに恥ずかしがることないって。昨日はクエスト完了まで時間がかかったし、その後打ち上げで、お開きになったのは深夜を回ってたからな。疲れも溜まってただろうし、仕方がないさ」

「そ、そうだよね!?」

 

縋るように言うイリヤ。女の子としては、昼近くまで惰眠をむさぼってたのが余程恥ずかしかったらしい。うん。どこぞの駄女神にも見習ってほしいものだ。

 

『まあ、いいですけどー。イリヤさんはこれがクセにならないように、気をつけてくださいよー?』

「あう!? うん、気をつける…」

 

なんか、俺の耳にも痛いんだが。

 

「じ、じゃあギルド行って、ブランチといくか?」

「あ、うん、そうだね」

 

話を逸らす俺に、乗っかるイリヤ。跋の悪い話はこれくらいにした方が、お互いのためだ。

気持ちを切り換えた俺が歩き出そうとしたとき、視界の隅に、何か違和感のある物が映り込む。そちらに視線を向けた俺は、思わず体が固まってしまった。

 

「……ん? どうしたの、カズマさん?」

「……あれ、なんだと思う?」

 

俺が指差した方を見たイリヤが、やっぱり固まる。

 

「あれ、ケット・シーか?」

「猫の獣人さん?」

 

そう。そこにいたのは、身長60センチくらいで2~2.5頭身程の、ネコ耳と尻尾を生やした謎生物だった。

 

『あれはまさか…』

「えっ、なに? ルビーはなにか知ってるの!?」

『いけません! このままアレを放置していたら、世界観が崩壊してしまいますっ!』

 

なんだって!?

 

「おい、ルビー! 世界観が崩壊するって、……え、()()()?」

「世界じゃなくて?」

『世界観です。我々からすればあまりにもおかしい、この世界の常識すら覆してしまうでしょう!』

 

おいおい、冗談じゃねえぞ。サンマ畑や空飛ぶキャベツ以上のおかしな世界になるってのか?

 

「そんなの、黙って見過ごせ…」

「なんだニャ。あちしのはにゃしですかい、お兄さん方」

「「『!?』」」

 

いつの間にか、俺達のすぐ傍にまで来ていた()()

 

「おや。よく見たら、そこな銀髪幼女はロリブルマじゃにゃいですかい」

「ロリブルマッ!? なに? その謂われの無い誹謗中傷!?」

 

ううむ、イリヤの体操服姿は似合うと思うが、さすがにロリブルマは如何なものだろう?

 

「おや、お嬢さん。とぼけるのも大概にするニャ。タイガー道場や『こっちが本当! 次回予告!』でタイガーとわちゃわちゃしてたのを、忘れたとは言わせにゃいニャ?」

「忘れたも何も、そんな事は!?

…………タイガーってもしかして、藤村先生の事?」

 

ん? イリヤには心当たりがあるのか?

 

「そーだニャ! アンタはタイガーの弟子一号、ロリブルマニャ! その証拠にアンタは、藤村大河の事を知っていたニャ! ……うーん、見事にQED(証明終了)だニャ!」

 

いや、それ穴だらけだろ? ……おや、イリヤ?

 

「弟子、一号…。言われてみれば、そんな気も…?」

『イリヤさん! なに言いくるめられそうになってるんですか! あなたは【プリヤ(プリズマ☆イリヤ)】のイリヤさんであって、【ステナイ(stay night)】のイリヤさんではありませんよっ!』

「前も聞いたけど、プリヤって何!? ステナイってなんなのよっ!?」

 

ルビーがまた、ワケのわからないことを曰って、イリヤがツッコミを入れている。まあ、お陰でイリヤも、正気を取り戻したみたいだが。

 

「ニャニャ? よく見たら、割烹着の悪魔的人工天然精霊のステッキじゃにゃいかい!?」

『そうです! この私は、直接お目にかかったのは初めてですが、貴女のことはよぉく存じ上げてますよ! 型月世界の謎生物(ナマモノ)、その名もネコアルク!』

 

何だ、このシュールな絵面は。と言うか、型月世界って何だよ?

 

「ねえ、ルビー。ネコアルクってなんなの?」

『詳細は私にもわかりません。知っているのは、[グレートキャッツビレッジ]と言う空間が出身で、周りの状況をしっちゃかめっちゃかにしてしまう、ということです!』

 

……ん?

 

「それって、ルビーと一緒って事じゃないか?」

「あ、ホントだ」

『カハァ!? まさか、身内から攻撃を受けるとはッ!!』

 

いや、だからそういうトコだって。

 

「にゃはは。仲間割れとは片腹痛いニャ!」

「いや、割れちゃあいない」

「ツッコミ入れただけだし」

 

俺とイリヤはそれ、……ネコアルクだっけか? そいつにもツッコミを入れた。

 

『コホン。えーと、それはひとまず置いておきましょう』

 

コイツ、逃げやがったな?

 

『カズマさん、うるさいです』

 

コイツ、ついに俺のモノローグまで読みやがった!?

 

『単刀直入に伺います。貴女はどうやって、なんのためにこの世界へとやって来たのですか?』

 

この世界。そうだ。話が噛み合わないとはいえ、イリヤとルビーを知ってるネコアルク。そしてルビーは、そのネコアルクを知っていた。つまりこの生物…、いや、ナマモノは、元の世界かその並行世界に関係してるって事だ。

 

「にゃふふふ、そりはモチロン、この世界を第二の[グレートキャッツビレッジ]にするためだニャ!!」

「「ええっ!?」」

 

まさかの世界征服だと!? いや、しかし。

 

「世界征服が目的としても、どうやってこの世界に来たんだ? 世界なんて、そう簡単に移動できるもんじゃないだろ?」

 

そう。イリヤの[小聖杯EX]だって、異世界転移どころかアクアを天界に帰すことも出来なかったんだ。

 

「知りたいかニャ? ……そう。それはあちしが、盗んだパソコンで走り出した時のこと」

 

なんか回想が始まった!? と言うか、パソコン盗むんじゃねえよ! いや、それ以前に、「走り出した」って意味不明だし!

 

「気がついたら、2032年の電子虚構世界ムーンセルの中にいたニャ」

 

2032年!? 電子虚構世界!?

 

「そこで出会った、クラスで二番目くらいにかわいい少女はくのん。パンツ履かないメガネっ娘ラニⅧ。そして何故かいた、ツインテの[あかいあくま]遠坂凛」

「リンさん!?」

 

遠坂凛? 確かイリヤの知り合いだったか?

 

「はくのんはNPCタイガーの無茶なお願いを聞きつつ、ムーンセル()の聖杯戦争を勝ち進んでいったニャ」

「「聖杯戦争!?」」

 

つい最近聞いたばかりの、パワーワードじゃねえか!

 

「まあ、あちしにはカンケーにゃいんだけどニャ?」

「関係ないのかよっ!!」

 

紛らわしい話、してんじゃねえっ!

 

「タイガーのお願いで回収してきた、願いが叶う[虎の魔法瓶]、たいころ風に言うと[虎聖杯]を失敬して、あちしはこの世界へとやって来たのニャ」

 

そう言ってどこからともなく取り出したのは、デフォルメされた虎の顔がプリントされた、まごう事無き魔法瓶。だが、ナマモノの証言が本当なら、見てくれはどうあれ本物の聖杯に違いない。……ということは!

 

「アレを手に入れれば、願いが叶え放題!!」

「カズマさん!?」

『急に欲望に忠実になりましたねー、この男は』

「うるさいわい! よく考えてみろ? あの化け猫はアレを使ってこの世界へ来たんだ。逆に言えば、アレを使えば…」

 

俺の説明に、ハッとするイリヤ。

 

「元の…ううん、ミユの世界に行けるかも知れない?」

「そういうこった」

 

イリヤをその世界に送ったあとは、聖杯を使ってあんな事やこんな事を…。うん。実に悪くない展開だ。

 

「というわけで、虎聖杯戦争の始まりだあああ!」

「えっと、ネコアルクさん。恨みは無いけどその聖杯、戴きます!」

『いきますよ。多元転身(プリズムトランス)!』

 

イリヤもやる気を出して、魔法少女に変身する。

 

「フッ、あちしと戦う気かニャ? わかったニャ、どこからでもかかってくるが…」

砲撃(フォイア)

 

ぼふん!

 

「ぐはあぁっ!」

「「『弱っ!?』」」

 

俺が見てもわかるくらい力を抜いたイリヤの魔力弾を受けて、吹っ飛ぶネコアルク。ハッキリ言って予想外の弱さだ。

いや、今はともかく、虎聖杯を回収して…!?

 

「フフフ、油断したゼ、ロリブルマさんよぉ」

「ロリブルマって言わないでよっ!」

 

口許を拭いながら、むっくりと立ち上がるネコアルク。イリヤは盛大にツッコミを入れる。

 

「じゃあ略してロリマニャ」

「「ロリマじゃない(ねえ)から!!」」

 

思わず俺も突っ込んだ。普段からカスマだクズマだゲスマだと言われてるせいで、なんか俺のこと言われてる気がしたんだが…。うん、言われないように気をつけなければ。

 

「へへっ、いいモノ貰っちまったからニャあ、お礼をしにゃきゃ気が済まねぇ。

喰らえ! 目から怪光線ニャー!!」

「どぅわあっ!?」

「うええええっ!?」

 

ネコアルクのヤツ、マジで目からビーム出しやがった! テメーはゲー○ーズの看板キャラかよっ!? ……ん?

 

「目がっ! 目がああああ!!」

 

目を押さえたネコアルクが、七転八倒のたうちまわってる。ひょっとして、自分で出した光線が眩しかったのか?

いや待て、これはチャンスじゃないか? 俺は右手を突き出して。

 

「『スティール』ッ!」

 

窃盗スキルを発動させた。右手にかかる重量感。その感触はフワッと…、フワ?

 

「まさかあちしを捕まえるとは、なかなかやるじゃにゃいですか、お兄さん?」

 

俺が掴んでいたのは、ネコアルクの頭だった。

 

「うわああああ!?」

 

思わず俺は、それを放り出す。

一体何が起こった? 窃盗スキルを使って、なんで本人ごと盗み出してんだ!?

 

「にゃはははは! 名残惜しいけど、そろそろ決着をつけるときが来た様だニャ!」

「いや、まだそれほど時間は経ってないんだが?」

 

イリヤもとなりで頷いている。

 

「まあ、文字数のカンケーもあるから、仕方ないのニャ」

『ああ、それはわかります』

「ルビー!?」

 

だからイリヤを、と言うか、俺達を困らせるようなこと言ってんじゃねえよ!

 

「と言うわけで、来たれ! 『猫二十七キャット』ッ!!」

 

右手を掲げ、声高らかに叫ぶ! ……が、何も起きる気配がない。

 

「コラ! さっさと来るニャ!」

 

ネコアルクが怒鳴ると、空間にぽっかりと穴があき、ひらりと一枚の紙切れが落ちてきた。気になった俺とイリヤは、紙切れを拾い上げたネコアルクに近づき、その紙を覗き込む。

 

『異世界までいくのめんどいからパス!ニャ』

 

紙切れには日本語で、そう書かれていた。流れる、気まずい空気。しかしネコアルクは突然バックステップで距離を取り、「フフフ…」と笑い出す。

 

「これはきっと、NECOゴッドがあちしに与えた試練! ならばその試練、見事に乗り越えて見せようニャ!」

 

猫ゴッドってなんだよ!? などと内心でツッコミを入れてると、ネコアルクに異変が! ネコアルクの足から物凄い勢いで、ジェット機の様に噴出する!

 

「喰らうニャ! NECOロケット・ボディ・アターック!

名前は適当ニャー! 」

 

ネコアルクが両腕を突き出し、こちらに向かって突っ込んでくる! 名前は適当かよっ!? って、やべえ! 反撃が間に合わ…、え!?

 

「物理保護・錐形(ピュラミーデ)!」

 

イリヤが間に入り、星型の魔力の盾の中心点を前方に引き伸ばした錐形に展開する。ネコアルクは、その側面を滑るように軌道を変え。

 

ドギュワシャッ!!

 

「のぎょわあ!?」

 

路地へと突っ込んで行き、盛大な音と悲鳴が聞こえた。

俺達が中へ駆け込むと、すっかり伸びているネコアルクの姿があった。

 

「……へへっ……こんな所で会えるたぁ思わなかったゼ……、さっちんよぉ……」

 

なんかうわごとを言ってるが…、さっちんって誰だ?

なんて思ってると、コロコロと転がってくるものが。アレは!

 

「「虎聖杯!」」

 

俺とイリヤのセリフが被る。俺が慌てて手を伸ばすと、その前を影が横切り虎聖杯をかっ攫っていく。

 

「誰!?」

 

イリヤが声をかけ、俺は影が移動した先へと視線を向ける。そこには、ネコアルクとよく似た、スカートを履いてはいるが、おそらく雄のナマモノがいた。

 

「吾輩はネコアルク・カオス。そこにいるネコアルクの同胞であるな」

 

タバコを噴かしながらニヒルに言う。俺から見たらただのギャグだが。

 

「クソッ! 仲間がいたのかっ!」

 

俺が歯噛みをしていると、ネコアルク・カオス…めんどくさいからネコ・カオスが、ゆっくりとタバコの煙を吐き出して言った。

 

「案ずるな。吾輩に闘う意志などない」

「闘う意志が、ない?」

「うむ」

 

ネコ・カオスは頷き、話を続ける。

 

「吾輩は、そこで気持ち良さそうに眠っている哀れなNECOと、虎聖杯を回収しにきただけだからな」

 

気持ち良さそうに…って、コイツマジで眠ってやがる! なんか、スゲえムカつくんだけどっ!

 

「……まあ、ぶっちゃけ? 世界征服なんて出来るワケないし? やるだけムダってヤツ?」

 

急に砕けた口調に変わり、そんなことを言い出すネコ・カオス。どうやら、虎聖杯に願うという発想はないようだ。

 

「でもだとしたら、お前はどうやってここに来たんだ? もうひとつ聖杯があるわけでもないんだろ?」

「フッ。我が[グレートキャッツビレッジ]の技術を舐めないでもらいたい。我らが科学力を持ってすれば、次元の壁を越えることなど造作もないことだ」

 

えっ? 向こうの人間、こんなナマモノに科学力で負けてるの?

 

『さらっと、第二魔法の定義を無視するのがムカつきますねー』

 

ルビーが何に怒っているのかは、さっぱりわからん。

 

「ではこのNECOと虎聖杯は、責任を持って回収しよう。なに、案ずることはない。月の聖杯戦争の監督役とはメル友だからな。間違いなくムーンセルへ送り届けよう。

では、さらばだ」

 

そう言ってネコアルクを引きずり、ネコ・カオスは立ち去っていった。

 

「……結局、虎聖杯は手に入らなかったね」

「ああ。まあ、アイツが言ってたことが本当なら、悪事に使われないだけマシ、って思うしかねえな」

 

もちろんただの負け惜しみだ。

 

『でも、まあ、あの生物(ナマモノ)を追っ払えただけでも御の字ですよ』

 

うん、まあ、それもそうか。確かにあれは、世界観を崩壊させかねない危うさがあったからな。

 

 

 

 

 

翌日。冒険者ギルドにて。

 

「……サトウカズマさんにイリヤスフィールさん。昨日街中で、戦闘を行われたそうですね?」

「「あ」」

 

受け付けのお姉さんの、少しばかり怒気を含んだ声に、俺とイリヤは同時に固まる。

 

「住人から苦情の声が寄せられて、困っているのですが?」

「「済みませんでしたあっ!!」」

 

俺達は、瞬時にDOGEZAして謝ったのだった。




本日2021年10月13日はFate/Grand Carnival 2nd
seasonの発売日。というわけで、グラカニならぬカニファンネタでした。いや、AATMかも。
ちなみにネコアルクの声のイメージは、アルクェイドの先代声優・柚木さんでお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この魔道具店で出会いを!

あの貧乏店主登場。ついでにオリキャラも登場。


≪イリヤside≫

雪精討伐から一週間。突然暇になってしまったわたしは、冒険者ギルドでお昼ご飯を食べていた。

 

『その表現は正しくありませんねー。正確には、イリヤさんを除いたカズマさんパーティーがダンジョン探索に行ってしまい手持ち無沙汰になった、と言うべきですよ?』

「だからモノローグ読むのはやめてって。あと、外された理由が『子供だから』ってのが結構きてるから、そこには触れないで」

 

そう。アクセルからダンジョンまでが約半日。そこへカズマさんが単身で潜るらしい。つまり他のメンバーは、外で一晩過ごさなければならない。

一応冒険者用の小屋もあるらしいけど、子供にはキツいだろうっていうカズマさんの意見に、みんなが納得してしまったのだ。

うう、わたしも行きたかったなぁ。

 

『おや、結構やる気があったみたいですね? ちょっと意外です』

 

……今のはセリフからの返しなのか、それともモノローグを読んだのか。まあ、いいや。

 

「ほら、カズマさんは潜伏スキルと千里眼を利用して、極力戦闘を避けるつもりだったみたいだし、わたしも[アサシン]を夢幻召喚(インストール)すれば、似たことが出来るでしょ? それならカズマさんと二人で、戦闘全回避でダンジョン踏破も夢じゃないかも、なんて思ったんだけど」

『なるほど。それは確かに興味深いですねー』

 

どうやらルビーも共感してくれたみたいだ。

 

『まあ、その検証はいずれまた、ですかね』

「そうだね」

 

どうせ今回は待機組にされちゃったし。せっかくだからこのあと、街の散策でもしてみよう。何だかんだで、転生二日目の買い物の時に少し散策した程度だし、今日はトコトン見て回ろう!

 

 

 

 

 

あれからおよそ三時間。わたしは完全に、道に迷いました。

 

『イリヤさんってば本当に期待を裏切りませんよねー?』

「別にルビーの為にやってるわけじゃ、ないんだけどね?」

 

わたしはルビーに軽く返す。

実はわたしは、特別慌てたりはしていない。だっていざとなれば、ルビーで転身して空を飛べばいいんだから。

……そーいや今のわたし、転身するの、それ程恥ずかしくないなあ。わたしが図太くなったのか、それとも周りの環境のせいなのか。

そんな事考えながら歩いていると、一件のお店の前に出た。

 

「[ウィズ…、魔道具店]?」

『いわゆる、マジックアイテムショップですね』

 

へー、こんなお店があったんだ。魔道具って事は、こっちの世界の魔術礼装って事だよね?ちょっと興味あり、かな?

 

「よし、このお店に寄ってみよう!」

『うーん、別にいいですけど、お金はもう心許ないのでは?』

 

う…、確かにそうだけど。

 

「ま、まあ取りあえず、どんな商品があるか見るだけでもいいんじゃないかな?」

『迷惑な客のいい例ですねー』

 

ぐぬぬ、まさかルビーに正論を突かれるとは!

 

『まあ、私も興味はありますし、いいんじゃないですかー?』

「だったら文句言わないでよっ!」

 

ルビーってば、まったくもう。

わたしはモヤモヤした気分を残したまま、お店の扉を開けた。カラン、とベルが店内に鳴り響く。お店の中では二人の女性が楽しそうに談笑していたけど、ベルの音で同時にこちらを向いた。

 

「あ、[ウィズ魔道具店]へようこそ!」

 

カウンターの向こうにいたひとりが、わたしに声をかける。その人は濃い紫色のローブを着た、緩いウェーブのかかった茶色いロン毛の、二十歳くらいの女性。

もうひとりは白を基調とした袴着姿で、ロングでストレートの黒髪に黒い瞳の、二十歳には少し足りないくらいの女性。って、この人って多分…。

 

「……あの、わたしの顔がどうかしたの?」

「ああ!? いえ、何でもありませんっ!」

 

あうぅ、思わず見つめちゃったよ。

 

『イリヤさん、何してるんですか。どんな品があるか確認しに来たんでしょう?』

「わっ、ちょ、ルビー!?」

 

髪の中から飛び出したルビーに、慌てるわたし。

 

「え…」

「あら、喋る魔道具ですか? 珍しいですね」

 

驚く黒髪のお姉さんに、興味津々の茶髪のお姉さん。そんな二人にルビーは、胸を張るようなポーズをとり。

 

『ふっふっふ。私はそんじょそこらの魔術礼装とは、一味も二味も違いますよー』

 

などと自慢した。まあ、いつものことだけど。

 

「魔術、礼装…」

 

黒髪のお姉さんが呟く。……魔術礼装を知ってる? それじゃあもしかして。

 

「あの、お姉さんはもしかして、魔術師の方ですか?」

「!?」

 

お姉さんに緊張が走ったのを感じる。わたしは慌てて話を続けた。

 

「あ。わたしは、見た目はこんなだけど、日本からやって来ました。お姉さんも多分、日本の人でしょ?」

 

これを聞いたお姉さんは、目を丸くする。私は更に言葉を紡ぐ。

 

「わたしは日本の冬木って街に暮らしてた、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていいます」

 

わたしの自己紹介に、お姉さんは更に目を見開いた。

 

「……わたしも、冬木市の出身だよ?」

「え?」

 

今度はわたしが驚く番だった。

 

「わたしは黒神神名(かな)。十歳の時にこっちへ来たから、今年で九年目になるのかな」

「えっ! クロカミって、[黒神(クロカミ)めだか]の、あのクロカミ!?」

「え、黒神、めだか…って?」

 

うーん、ザンネン。【めだかボックス】は知らなかったか。でも九年前からって、わたしにとって大先輩だ。

 

「あ、それから、わたしは魔術師じゃなくて陰陽師だよ」

陰陽師(オンミョウジ)って、式神使ったり悪霊退治したり占いしたりしてた、安倍晴明(アベノセイメイ)の、あの?」

 

捲したてるわたしに、カナさんは若干引いてる。

 

「……えっと、詳しいね?」

『イリヤさんにとって人類史に於ける至高の文化は、お風呂とジャパニメーションらしいですから』

 

ああっ、わたしの中の、黒歴史的発言を!?

 

「……その2つが同列っていうのも、どうなんだろ?」

『ですよねー?』

「もうこれ以上、蒸し返さないでええ!」

 

ああ、もう、恥ずかしいなぁ!

 

「えっと、よくわかりませんけど、お二人は同じ国の同じ街が出身なんですね」

 

……あ。この人のこと、忘れてた。

 

「あ、ええと…」

「ああ、私はこのお店の店主をしている、ウィズと言います」

 

そう言ってウィズさんがニッコリと微笑んだ。何だか、すごく優しそうな人だなあ。

 

『そんなウィズさんの隠された本性を知るのは、もっと、ずっと後のことだったのです』

「いや、初めて出会った人にそれって、かなり失礼だよ!? と言うか、以前クリスさんにも同じこと言ったよねっ!」

 

しかもクリスさんの正体は、幸運の女神エリスさま。そんな人にあんなこと言うルビーは、かなり凄いと思う。悪い意味で。

 

『いやー、なんとなくインスピレーションでビビッときたんですよねー。まあ、この方の正体が正体ですから』

 

ルビーがそう言った瞬間、お店の中に緊張感が走る。

 

「あの、私の正体って、なんのことでしょう?」

 

そう言うウィズさんの笑顔は、だけど引きつっていた。

 

『えー、だってウィズさん、アンデッドじゃないですかー』

「ええっ! アンデッド!?」

 

つまり、魔王軍幹部のベルディアと同じ…?

 

「なっ、そ、そんな! 私がアンデッドだなんて、ましてや死者の王(ノーライフ・キング)のリッチーなんて事、あるはずないじゃないですかー!?」

 

今一瞬、憐れみを感じたわたしは、おかしくないと思う。

 

「ウィズさん、リッチーだったの?」

「あっ、いえ、今のは言葉のあやでしてっ!!」

 

……ぷっ

 

「「え?」」

 

思わず吹き出したわたしに、ウィズさんとカナさんが呆気にとられてる。

 

「ご、ごめんなさい。何だか必死になってるウィズさん見てたら、笑いが込み上げてきて」

「……あの、自分で言うのもなんですが、怖くはないんですか?」

 

ウィズさんの疑問にちょっとだけ考えて。

 

「リッチーは怖いけど、ウィズさんは怖くない、かな? だってウィズさん、優しそうな目してるから」

 

そう答える。すると。

 

「ありがとうございますう!」

 

ウィズさんはカウンターから飛び出し、わたしに抱きつきながらそう言った。触れる肌がひんやりして、本当にアンデッドなんだと認識する。

 

『もう、イリヤさんってば甘々ですねー。すごく善人に見えて実は極悪人なんて、現実でも、イリヤさんが好きなジャパニメーションでも、よくある展開じゃないですかー』

「うん。それはわかってるよ。でも、わたしはこの勘を信じたいんだ。それに…」

 

わたしはカナさんに視線を向ける。

 

「確か陰陽師って、怪異の専門家でしょ? そんなカナさんが、ウィズさんのこと気づかないはずないよね? それなのに仲が良さそうだから、きっと大丈夫だと思ったんだ 」

 

そんなわたしの説明を聞いたルビーが、ぽかんとしてる。

 

「ルビー?」

『イリヤさん、どうしたんですかっ!? 何だか今日は、異常に冴えてるじゃないですかーっ!?』

「ルビー、ヒドいッ!?」

 

そりゃあわたしは優柔不断で、即断即決が苦手なのは認めるけどもっ!

そんなわたし達のやり取りを見て、今度はカナさんがくすりと笑った。

 

「二人とも、仲が良いんだね?」

『そりゃあそうですよ。イリヤさんは私の大事な(おも)…、マスターなんですから』

「今、おもちゃって言おうとしたよねっ!?」

『さー? イリヤさんの聞き違いじゃないんですかー?』

「ルビー!?」

 

この掛け合いで、顔を逸らしたカナさんが肩を震わせて笑いを堪えている。もう、恥ずかしいなあ。

 

 

 

 

 

ようやく落ち着いたわたし達。カナさんが真剣な顔をして語り始める。

 

「イリヤちゃんが言うとおり、わたしはウィズさんの正体を知ってる。

それはわたしが、ここへ来たばかりの頃…」

 

そう言って語ってくれたのは、カナさんとウィズさんの出会いのお話。

カナさんがこちらへ来た時、お金の類いは一切持ってなくて、身の振り方も定まらない状態だったらしい。

宿にも泊まれず、路地裏で野宿をしていたカナさんは、二日間何も食べていなかったそうだ。

そこでたまたま通りかかったのが、ウィズさんだった。

カナさんはひと目で、ウィズさんがアンデッドだと気がついた。カナさんは慌てて魔力を起動して、そこで気を失ってしまう。ルビーが言うには、限界状態でいきなり魔力を発動させたのが原因らしい。

カナさんが目を覚ましたのは、ここのベッドの上だった。

最初は警戒していたけど、ウィズさんが献身的に介抱してくれて、カナさんも徐々に心を開いていった。

その後、冒険者の登録やクエストを手助けしてもらって、やがて独り立ちして、今は王都に拠点を置いて、たまにアクセルに戻ってくるって生活をしてるそうだ。

 

 

 

 

 

「……カナさん、凄い苦労してたんだね。わたしなんか、こっち来てすぐにクリスさんと出会えたし、そのあともクリスさんの口利きで、今のパーティーに入れてもらえたから」

 

こうして考えると、わたしは凄く恵まれてるんだと思う。

 

── 与えられた日常を甘受してるだけのくせに。

 

前にクロに言われた言葉。確かにわたしは、周りから与えられてばかりで、それが当たり前だと思ってたのかも知れない。

同じ様な状況だったはずなのに、カナさんと違ってわたしの場合は、大した苦労もしていない。そう思ったら、クロがどんな気持ちであんなセリフを言ったのか、ほんの少しだけわかった気がする。

 

「……イリヤちゃん?」

「あ、なんでもないです」

 

いけない、気持ちを切り換えなきゃ。

 

「そういえばカナさんは、どうしてアクセルに? たまに戻ってくるって言ってたけど 、何か用事でもあるの?」

 

わたしが尋ねると、一瞬だけ厳しい表情を浮かべる。

 

「……うん。わたしの個人的な用事でね。今回は別件だけど」

「別件?」

「魔王軍の幹部が倒されたって聞いて、興味が湧いたんだ」

 

え…。

 

「イリヤさん、どうかなさいましたか?」

 

やっぱり態度に出ちゃったんだろう、ウィズさんが尋ねてきた。……街の人達も知ってるし、別に隠す必要のないことだよね?

 

「えっと、ベルディア倒したの、わたし達のパーティーです…」

「「ええっ!?」」

 

さすがに二人が驚いた。

 

「それではイリヤさんは、カズマさんパーティーのメンバーなんですか?」

『おや、ウィズさんはカズマさん達をご存知でしたか』

「はい。あの…、私のことを知って、それでも見逃してくれた方達ですので。……アークプリーストの方は、不承不承でしたが」

 

あー、アクアさんは女神だし、仕方ないかな? って、これはお口にチャックだね。

 

「その、カズマって…」

「うん。わたし達と同じ、日本から来た人。優しくて面倒見のいい人だよ」

 

ホントに、辛いときにわたしの心を軽くしてくれる人。たまにお兄ちゃんと重ねてしまうときもある。

……だけど。

 

『イリヤさん、いい事ばかり並べ立てるのはいけませんよー』

 

この意見はルビーには不評のようだ。うん、まあ、贔屓にしちゃってるのは認めるけど。

 

『街の噂では、カスマ・クズマ・ゲスマ・ぱんつ脱がせ魔なんて呼ばれてる、自称真の男女平等主義者の、最弱職である[冒険者]の男です。本質は善人だと思いますけど狡賢く、誘惑に弱くてかなりスケベな普通の人ですねー』

 

ルビー、容赦ないねっ!? 確かにベルディアやダストさんにした仕打ちは、ゲスマって感じだったけどね!?

って言うか、[ぱんつ脱がせ魔]は初耳なんだけどっ! カズマさん、そんな風に呼ばれてるの!?

 

「……一体、どういう人なの!?」

『まあ、実際には見てもらった方が早いんですけど、今日は生憎と不在ですので。ただひとつ、男女を問わずに人を惹きつける魅力を持った人、……であるのは確かですね』

 

あ、それはわかるかな? そういうトコがなんとなく、お兄ちゃんに似てるんだと思う。

 

「そうなんだ。残念だけど、今日中に王都に帰らなくちゃならないんだ」

「そっかぁ…、え? 今日中?」

 

王都がどこにあるのかは知んないけど、一日で辿り着けないだろうってのはさすがにわかる。

 

「わたし、冒険者の職業はアークウィザードで、『テレポート』の魔法持ってるから」

 

テレポート! そんな魔法もあるんだ!?

 

「テレポート屋もあるから、お金を払って送ってもらうことも出来るよ」

 

……異世界、侮り難し!

 

 

 

 

 

ウィズさんのお店を出て、しばらく歩いたあと。

 

「あ。魔道具見るの、忘れてた」

『そういえば、そうでしたねー。まあ、あのお二方に会えただけでも、充分収穫ですよ』

「まあね」

 

リッチーの魔道具店店主、ウィズさん。そしてわたしと同じ日本の…、というか冬木の住民だったカナさん。ふたりに出会えて、本当によかったって思う。

 

「カナさんとまた会えるかな?」

『さあ? 人の出会いは一期一会、それはわかりません。ま、縁があれば会えるんじゃないですかー?』

「そうか。……うん、そうだね」

 

そんな話をしながらわたしは、宿への道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

翌日。

 

「聞いてよイリヤ! カズマってば私を、ダンジョンの奥に置き去りにしたのよっ!」

「黙れ駄女神! 元はといえばお前が、アンデッドに好かれやすい体質してるのがいけないんだろ! そもそも勝手についてくるのが悪い!!」

「あーっ、駄女神って言ったあ! 引きニートが駄女神って言ったあああ!!」

「引きニートじゃねえから!」

 

……わたし、ホントにこの人達と魔王軍幹部(ベルディア)を倒したんだよね?

そんな疑問が頭を(よぎ)った、わたしでした。




キールはリストラされました(笑)。
黒神神名。自分の別作品に登場するオリキャラです。そっちの原作はプリヤですが、死なずに済んだ世界です。
あと、【このすば!】の世界と日本、この作品だと【プリズマ☆イリヤ】の世界では、数年の時流のギャップがあります。とあるYouTubeチャンネルでの説を取り入れて、【このすば!】世界が地球より約9倍速く進んでいることにしました。つまり本来なら、イリヤと神名は同い年です。

内容補足。ウィズは神名のために、(金銭面で)結構無理してました。なお、ウィズは何も言いませんでしたが、神名はちゃんと耳を揃えてお金を返してます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この幽霊屋敷への(いざな)いを!

めっちゃお久しぶりです。


≪イリヤside≫

「確保ーーー!!」

 

[ウィズ魔道具店]の中、アクアさんがウィズさんを取り押さえる場面を、わたしは唖然としながら眺めていた。

 

事の発端は、ダンジョン探索から数日後。カズマさんが、わたしとアクアさんを連れてウィズさんのお店を訪れたことから。

お店に入るなり、アクアさんがウィズさんを襲おうとしたり、アクアさんが自ら女神である事をバラしたり。ウィズさんが怯えてた理由が女神である事より、アクシズ教の御神体だからってのが、ピントがずれてるっていうか。……ウィズさんが怖がるアクシズ教って、どんななんだろ?

そして知らされた、衝撃の事実! ウィズさんはなんと、魔王軍の幹部のひとりだったのです!

 

『まあ、有りがちっちゃ有りがちな設定ですけどねー?』

 

いや、まあ、実は敵方なんて設定は、マンガやゲームでもありふれてるけどね? というか、いい加減モノローグ読むのはやめて欲しいんだけど。

……話がそれちゃった。とにかくそんな訳で、アクアさんがウィズさんに飛びかかって取り押さえたってわけだ。

 

「あの、アクアさん。ウィズさんはアンデッドだけど、いい人だよ?」

「そうだぞ、理由くらい聞いてやれよ」

 

というわけで、わたし達はウィズさんに事情を聴くことにした。

それによるとウィズさんは、魔王城の結界を維持するだけのなんちゃって幹部だそうだ。幹部は、倒したベルディアを含めて全部で八人。アクアさんなら残り三人くらいになれば、結界を破ることも可能らしい。ならせめて、結界が破れるようになるまでは生かしておいて欲しいと。

 

『アンデッドなのに生かしておいてとは、これいかに』

「ルビー、変な茶々入れないでッ!」

「……ええっと、まあ、いいんじゃないか? どうせ今浄化したって、結界をどうにか出来るわけじゃないんだろ? 」

 

うん、その通りだ。それにわたしは、ウィズさんに消えて欲しくない。……せめて、この世界に思い残すことが無くなるまでは。

 

「でもいいのか? 幹部連中は一応、ウィズの知り合いなんだろ? ベルディアを倒した恨みとかはないのか?」

 

あ、確かに言われてみれば。だけどウィズさんは。

 

「ベルディアさんとは、特に仲が良かったとかはないですね。私が歩いていると、足元に自分の首を転がしてきて、スカートの中を覗こうとする人でした」

『いかにも騎士といった風格でしたが、堂々と犯罪行為をする様な人だったんですねー』

「ルビー、それブーメランだからね?」

 

 

 

 

 

さて。カズマさんがここに来た理由。それはウィズさんの持つ、リッチーのスキルを教えてもらうためだった。前にウィズさんから聞いた、リッチーだと知って、それでも見逃してくれた事へのお礼という事だ。

 

「えっと、それでは私のスキルをお見せしますから、好きなものを覚えていって下さい」

 

そう言って、だけど急にオロオロとし始めた。どうしたんだろ?

 

「私のスキルは、誰かいないと使えないものばかりなのですが…」

 

要するに、カズマさんにスキルを使ってみせるために、誰かにスキルを使わなくちゃならないって事みたい。

因みに使おうと思ってたのは、ドレインタッチっていう、魔力や体力を奪ったり与えたり出来るスキルらしい。はっきり言って、ゲームに出てくるエナジードレインより、よっぽど使い勝手がいいんじゃないかな?

 

「それならわたしに使って見せてよ。魔力なら結構自信あるから」

 

わたしがそう言うと、カズマさんがアクアさんを肘で小突き。

 

「お前、仮にも女神が、こんな幼い子の殊勝な申し出を見て、なんとも思わないのか?」

「仮にじゃなくて、私は本物の女神よ! ……ちょっと、何よ、その疑いの眼差しは!? わ、わかったわよ! 私がイリヤの代わりに吸われてあげるわよっ!」

 

うーん。別に構わなかったんだけど、代わってくれるんならお願いしちゃおう。

 

『イリヤさんってよく物怖じするくせに、変なところで肝が据わってますよねー?』

 

ルビー、それ誉めてる?

 

 

 

 

 

アクアさんが途中で色々とイヤガラセをしてたけど、カズマさんは無事にスキル「ドレインタッチ」を習得できた。……出来たんだけど。

 

「あの、アクア様。もう手を離していただいても大丈夫ですよ? というか、何だか手がピリピリするので、そろそろ離して欲しいのですが…」

 

アクアさんがまた何かしているらしい。

 

「ア、アクア様? あの、手が熱いんですが。……というか、痛いんですが! アクア様、消えちゃう! 私、消えちゃいます!」

 

…………。

 

「ルビー」

『はいは~い!』

「一撃卒倒ハリセンモード・濃口!!」

 

すっぱあああああん!!

 

ステッキ状態のルビーの先端にハリセンが生えて、わたしはそれでアクアさんを、思いっきり引っ叩いた! だけどさすが女神さま、リンさんやルヴィアさんの意識を刈り取ったこの一撃を受けても、気を失うことはなかった。

 

「いったあぁい! イリヤ、何すんのよ!」

「アクアさんこそ何してるんですか?」

 

にこっ。

 

「……だって相手はリッチーなのよ!?」

「…………呼び方、駄女神さまに格下げしますよ?」

 

にっこり。

 

「ごめんなさい!」

 

アクアさんは、それは見事なDOGEZAをして謝った。

 

『イリヤさん、少しえげつないですよ?』

「だから、イリヤを怒らせるなっちゅうに」

 

あれ、おかしいな。わたしはただ、思ったことを言っただけなのに。

そんな事を考えていると、ドアベルが鳴り響き。

 

「ごめんください。ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

30~40代くらいの男の人がやって来た。

 

 

 

 

 

その人は不動産屋さんで、ある空き物件に幽霊が大量に棲みついて困っているそうだ。祓ってもすぐに棲み着いて、売るどころじゃないらしい。

それで、高名な魔法使いだったウィズさんに頼みに来たって事みたい。特にアンデッドに関してはエキスパートだとか、そんな説明をしてくれる不動産屋さん。……って、そりゃリッチーだから当たり前なんだけどね。

だけど。

 

「……ウィズさんは今日は、調子が悪そうですね。いつも蒼白い顔をしてますが、今日は特にひどいですよ? なんて言うか、今にも消えてしまいそうな…」

 

というか、さっきのアクアさんのせいで、本当に透けてるんですが。不動産屋さんは目の錯覚と思ってるのかも知れないけど。

 

「大丈夫ですよ、任せてください。()()屋敷に迷い込んだ悪霊()()()どうにかすればいいんですね?」

 

……例の? 悪霊()()

そんな事を気にしてると、ウィズさんがスッと立ち上がり、そしてよろけてしまう。

 

「ああっ、ウィズさん! 具合が悪いなら結構です!」

 

そう言ってウィズさんを支えてあげる不動産屋さん。わたしは原因を作ったアクアさんに視線を移す。するとちょうど跋が悪そうに、ウィズさんから視線を逸らす所だった。

わたしとカズマさんは、アクアさんをジイッと見つめる。

 

「……わ、私がやります」

 

根負けしたアクアさんは、小さな声で言った。

 

 

 

 

 

「ほえええ~」

 

思わず、どっかの魔法少女の様な声をあげてしまうわたし。だけどそれも仕方がない。なぜなら、わたしの目の前には、立派なお屋敷が建っているのだから。

少しばかり古くて、ルヴィアさんのお屋敷より少し小さいけど、ルヴィアさんのお屋敷はセカンドハウス、ここは別荘だから、造りが違うのは当たり前、……ってルビーが言ってた。それにわたしから見れば、ここだって充分に広くて大きいと思う。

そんなお屋敷の前でアクアさんが。

 

「悪くないわ! この私が住むのに相応しいんじゃないかしら!」

 

ちょっと興奮しながらそんな事を言う。

そう。なんとわたし達は、悪霊を追い払った後、このお屋敷で暮らせることになったのだ。

不動産屋さんが言うには、悪霊を追い払っても噂が広まった今の状態じゃ、なかなか買い手がつかない。だから悪評が消えるまで、タダで住んでいいって言ってくれたのだ。……幽霊はちょっと怖いけど、アクアさんがいればなんとかなるよね?

 

『今更、何言ってんですかねー。イリヤさんなら魔力をわざと暴発させただけで、大概のゴーストは消滅するか逃げていきますよ』

「それ、カズマさん達も危険だから! てか屋敷ごと吹っ飛んじゃうよ! それと、モノローグ読むのやめてってば!」

 

アサシンのカード回収の時のことが、頭を過ってしまう。

 

「何だか物騒な話をしているな?」

「あ、ダクネスさん! いや、さすがにルビーが言ったようなことはしないからね? ……クロだったらやりかねないけど

「ん?」

「あああ! 何でもないですッ!」

 

うう、あぶない。危うく身内の恥をさらすとこだった。

 

「……そうか? まあ、いいだろう。

それよりも、本当に除霊が出来るのか? この街では今、祓っても祓っても霊が集まって来るという話じゃないか」

 

……あう。そ、それも、アクアさんがなんとか、してくれる、よね?

 

「……それにこのお屋敷、長いこと人が住んでいない感じなのですが? もしかしたら、今回の幽霊騒動が起きる前から問題のある、訳あり物件なのでは?」

 

めぐみんさんまで! しかもそれ、ウィズさんの「例の屋敷」や「悪霊だけを」って言葉に符合しちゃうんですけどーーー!?

 

『いやー、なかなか面白おかしい表情で愉しませてくれますねー、イリヤさん?』

「人の顔をおかしいとか言わないでーーーッ!!」

「……ああ、いや、そこの二人(?)は置いといて、だ」

「置いとかないでぇッ!」

「俺達には対アンデッド用の秘密兵器、アクアがいる。たとえ問題物件だったとしても問題ないはずだ」

 

……!! カズマさんに改めて言われて、わたしの心は少しだけ落ち着きを取り戻す。取り戻してないのはルビーの分だ。アクアさんも「任せなさいな!」と、頼もしげに言ってくれる。そして。

 

「見える。見えるわ。このお屋敷には、貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間に出来た子供、隠し子が幽閉されてたようね。

やがて体の弱かった貴族の男は病死、母親のメイドも行方知れず。一人残された少女は、若くして父親と同じ病に伏して、両親の顔も知らず一人寂しく死んでいったのよ」

『ほうほう、それは痛ましいことですねー』

「名前はアンナ=フィランテ=エステロイド。好きな物はぬいぐるみや人形、そして冒険のお話。

でも安心して。この子は悪い霊ではないわ。あ、でも子供ながらに、ちょっぴり大人ぶったことが好きみたいね。甘いお酒を飲んでたみたいよ」

『それはまあ、随分とおしゃまさんですねー』

 

…………。

 

「なあ。何でそんな余計な設定やら名前まで分かるんだって、ツッコみたいんだが。ルビーが話を合わせてるせいで、余計に胡散臭く感じるし。

……これ、本当に大丈夫なのか? 俺、安請け合いしちまったんじゃないだろうな?」

「「「………」」」

 

カズマさんのこの質問に、答えられる人はいませんでした。




続きを待ってくれている人がいて、自分もいい加減書かなきゃなー、と思っていたところだったので、時間がかかりましたが書きあげました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この幽霊少女とお話を!

久しぶりに更新です。


≪イリヤside≫

お屋敷に入ったわたし達は、それぞれ自分の部屋を選んでから掃除をする。とはいえ、めぐみんさんが「長いこと住んでいない」とか言ってたけど、お屋敷の中はそれほど汚れてない。きっと、定期的に掃除…というかそれを含めたお手入れはしてたんだと思う。

 

『その推測は正しいと思いますよ? 曲がり形にも元は貴族の持ち家で、決して安い物件ではありません。それが手入れされずに傷んでしまっては、その価値を大きく下げて、不動産屋も損害を受けてしまいますよ。なら、それくらいの作業費は必要経費の範囲内でしょう』

「なるほど。……って、またモノローグ読んでっ!」

『アハー』

 

まったく、ルビーってば。

 

「……まあ、それは置いといて。ルビーにしてはこういう事を熱く語るの、珍しくない?」

『いやー、わたしの中の割烹着の悪魔的なモノが、何やら騒ぎ立てましてー。掃除が得意なのは、洗脳探偵的な妹さんの方ですが』

 

ナニ、それ?

 

『まあ、リメイク版プレイヤーには、意味がわからないと思いますけど』

「いや、ルビーがよくわかんないから」

『因みに、アニメ版の割烹着の悪魔は凛さんですねー』

「本当にワケがわかんないんですけどッ!?」

 

きっとこれは、ルビーが時々口にするメタ発言に違いない! いや、何がメタなのかはわかんないけどっ!

 

「おい、イリヤ。何かあったのか?」

「あ、カズマさん! いえ、例によってルビーがワケのわからないこと言ってて…」

「ああ、ツッコミ入れてたのか」

 

様子を見に来たカズマさんは、わたしの説明をすぐに理解してくれた。持つべきものはツッコミ仲間である。

 

『いや、イリヤさんはボケ要員でもありますよー?』

「だからっ! モノローグを読まないでってばっ!!」

「……うん。ツッコミも程々にな?」

 

あう。カズマさんからツッコミを入れられてしまった。

 

『ほら。やっぱりボケじゃないですかー』

 

いや。今のはボケに対するツッコミじゃない、と声を大にして言いたいです。

 

 

 

 

 

掃除も終わり、荷物を片してくつろいだ頃には日も沈んでいた。

 

『さあ、そろそろ幽霊達が活発になり始める頃ですねー』

「う…。わかってるけど、そういう事言わないでよ」

『何言ってるんですか。わたし達は幽霊退治に来たんですよー?』

「その辺は、アクアさんとダクネスさんに丸投げするつもりだから」

 

アクアさんは女神さまだし、クルセイダーのダクネスさんも、聖属性があるから幽霊に対抗できるって話だもんね。

 

『嘆かわしいですねー。これが正義の魔法少女の言う事ですか?』

「ルビーは魔法少女に、理想を求めすぎだと思う」

『わたしは魔法のステッキです。魔法少女に理想を求めるのは当然だと思いますが?』

 

う、確かに正論だけど。

 

『それにイリヤさん。そんな態度は、ある意味フラグですよー? 怪奇現象に真っ先に襲われかねません』

「そりゃあ物語じゃよくあるパターンだけど。例えば、そこに置いてある人形が突然襲いかかってきた、り…」

『あー、確かに定番ですねー。人形が…人形?』

 

わたしとルビーは押し黙り、視線が隅のテーブルの上に釘付けになる。

 

「わたし、人形なんて持ってなかったんだけど」

『え、ええと、きっと元々置いてあったんじゃないんでしょうかねー?』

「そ、そうだね? そうだよね?」

 

そうだそうだ、そういうことにしよう!

そんな感じで、わたしとルビーが現実逃避をしていると。

 

「あああああああっ!!」

 

突然聞こえてきた叫び声に、思わずびくりとなる。って、アクアさん?

私達が慌てて駆けつけると、既にカズマさんがいて。

 

「どうした! 何があった!?」

「うう、カズマあああ」

 

声をかけるカズマさんに、お酒のビンを抱きしめて泣いてるアクアさん。

 

「えっと、何があった? てか、酒瓶抱いて何してんだ?」

「これは大事に取っておいた高級酒なの。お風呂からあがったらちびちび大事に飲もうと思ってたのに、部屋に帰ってきたら空になってたのよおおおお!」

 

……ああ、そういう。わたしはきっと今、物凄く醒めた眼差しでアクアさんを見ていることだろう。

 

「これは悪霊の仕業よ! この屋敷に集まってる野良幽霊か、貴族の隠し子の地縛霊の仕業に違いないわ! 部屋の中を探索して、目につく霊をしばき回してくるっ!」

「そうか。頑張れよー」

「アクアさん、ファイト!」

『期待し過ぎず期待してますねー』

 

アクアさんの熱い想いに応援(エール)を送ったわたし達は、くるりと背を向けて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

深夜。わたしはふと目を覚ます。うーん、なんだか胸の辺りが重いような?

気になってわたしが目を開くと、ばっちりと視線が合ってしまった。一瞬、思考が止まる。そして。

 

「わひゃああああああッ!?」

『うん? イリヤさん? どうかなさ…人形!?』

 

わたしの叫びで起きたルビーが、わたしの胸の上にあるものに気づいた。そう。アクアさんの騒ぎですっかり忘れていた、あの人形だ!

 

「あ…、あ…」

『イリヤさ、んんんッ!?』

「悪霊退散ーーー!!!」

 

携帯モードのままのルビーを引っ掴んで、わたしは思いっきり人形に叩きつけた。人形は一瞬怯んで宙に浮かぶ。その隙にベッドから飛び降りて、扉に向かってダッシュ、部屋を出て素早く扉を閉める。

 

『イリヤさーん、ひどいじゃないですかー』

「ご、ごめん。わたしも咄嗟のことでつい…」

 

さすがに今回は素直に謝った。

……と。なんだか視線を感じた気がする。恐る恐るそちらへと視線を移すと。廊下の奥、突き当たった角から覗き見る、沢山の人形の姿があった。

 

「……ルビー」

『……今回はイリヤさんの主義に賛同しましょう』

 

うん。ルビーも同意してくれたことだし。

 

「戦略的撤退いいいいッ!!」

 

わたし達は逃げ出したッ!

 

 

 

 

 

気がつけばわたし達は、お屋敷の台所(キッチン)にいた。気が動転してたとはいえ、どうしてここに逃げ込んだかなぁ。行くんだったら、アクアさんの部屋の方が絶対にいいのに。

 

『包丁でも武器にするとか?』

「またモノローグを…って、流石に今は突っ込む気にはなんないや。それに武器なら、ルビーがいれば充分だし」

 

ただの刃物より、高位の魔術礼装の方が役に立つことくらいは、正規に魔術を習ってないわたしにだってわかることだ。

 

『おや、嬉しいこと言ってくれま…』

 

うん? ルビー? 気になってわたしは、ルビーが見ているだろう方向に顔を向ける。するとそこには。

 

「……金髪の女の子?」

 

わたしより小さな子が、お酒の瓶を持って立っていた。

 

『え、イリヤさん? 幽霊の姿が見えるんですか? わたしには酒瓶が宙に浮いてるようにしか見えないんですが?』

 

えっ、そうなの!? いや、さすがにわたしだって、この子が幽霊だろうとは思ってたけど!

 

『……お姉ちゃん、わたしの姿が見えるの?』

 

……!!!

 

「ね、ねえ。もう一度わたしの事、呼んでくれないかな?」

『? お姉ちゃん?』

 

はうあぁっ! な、何という破壊力!

 

『……ちょろインですねー』

「ちょろインとか呼ばないでッ!?」

『というか、声まで聞こえるんですか。どうやらアストラル同調率が30%を超えるようですねー』

 

……アストラル同調率?

 

『わからないって顔してますね。簡単に言えば、精神的波長が合っているという事です』

 

ああ、なるほど。

 

『お姉ちゃん?』

「あ、ごめんね!」

『うーん。しかしこれでは、状況が把握できませんねー。イリヤさん。ここは一丁、魔法少女に変身といきましょう!』

「はい!?」

 

何故なにWHY?

 

『転身すれば、わたしとイリヤさんとのラインが強化されて、わたしにも幽霊さんを見聞き出来るようになるはずです』

「ほああ、なるほど」

 

思わず感心してしまった。それに、今更恥ずかしいとも思わないし。

というわけで、わたしはルビーの柄を握り。

 

多元転身(プリズム・トランス)!』

 

演出無しの転身を済ませる。うん? 幽霊の子が目をキラキラさせてる?

 

『す…、すごい! すごいすごーい!!』

 

ああ。これは魔法少女に憧れる女の子の目だ!

 

『もういっかい見せて! もういっかい!』

『なるほど、この子が先程からイリヤさんが視ている幽霊ですか。しかしこうもねだられては、やらないわけにはいけませんねー』

「ええっ!?」

 

何を、と思う間もなく、ルビーは転身を解いてしまった。

 

『それでは今度は、しっかり演出を入れていきましょう!

コンパクト・フルオープン!

鏡界回廊最大展開!!』

 

そう言って、今度は羽根エフェクトいっぱい、魔法少女アニメもかくやという変身シーンを展開させた。

 

『魔法少女カレイド・ルビー、プリズマ☆イリヤ推参です!』

『わああああ♡』

 

う…。この子のこんな笑顔を見せられたら、さすがに文句も言えない。

 

『いやぁ、ここまで喜んでもらえると、魔法のステッキ冥利に尽きますねー』

 

……うん。ルビーも喜んでるし、深く考えるのはよそう。だけど、それはそれとして。

 

「ルビー、嬉しいのはわかるけど落ち着いて。まだ、自己紹介も済んでないんだよ?」

『ああっと、そうでした。これはわたしとしたことが。というわけで、わたしは最高位の魔術礼装、カレイドステッキのマジカルルビーです。気軽にルビーちゃんと呼んでくださいねー?』

 

ああっ! わたしが主役なのにッ! って、主役って何?

 

『まじゅ…?』

『まあ、とぉっても凄い魔道具と思っていただければよろしいかと』

 

とっても凄いって、自分で言うかなぁ。まあ、ルビーだし、らしいかな?

 

「それじゃあわたしの番だね。わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。みんなからはイリヤって呼ばれてるわ。このステッキに騙されて、魔法少女にさせられちゃったの」

『騙すだなんて人聞きが悪いですねー。嘘は言ってませんし、承諾を得ずに魔法少女にしただけじゃないですかー』

「充分ヒドいんだけどッ!?」

 

ルビーのあまりにもな発言に思わず突っ込むと、幽霊の子がコロコロと笑う。もう、恥ずかしいなぁ。

 

「え、ええとそれで、あなたのお名前は?」

『私はアンナ。アンナ=フィランテ=エステロイド』

「そうか、アンナちゃんか。……ん? アンナ?」

 

どこかで聞いたような?

 

『アクアさんが仰っていた、ここの貴族の隠し子さんですね』

 

あっ、そうだった!

 

「えっ? ということは、アクアさんが言ってた事って…」

『どうやら全て、真実のようですね。アクアさんも、甘いお酒が好きと仰ってましたし』

 

あ、だからアンナちゃん、お酒の瓶なんか持ってるのか。というか。

 

「もしかしてアンナちゃん、アクアさんの…、青い髪のお姉さんのお酒、勝手に飲んだりした?」

『うん』

 

やっぱりかぁ。

 

『アンナさん。あの方は大の酒好きの上、かなり高度な術を扱うアークプリーストです。このままだと下手したら、キレイさっぱり浄化されちゃいますよー?』

『ええっ、やだ! まだまだここにいたいよ!』

 

うん。だよね?

 

「ねえ、アンナちゃん。それじゃあそのお姉さんに謝りにいこうか。わたしも一緒に着いてってあげるから」

『そうですね。アンデッドは浄化する気満々のアクアさんですが、結構話のわかる方でもありますしね』

 

そうだよね。ウィズさんのことも、あーだこーだ言いながらも見逃してくれてるし。

 

『……うん』

 

少し怯えた表情で頷くアンナちゃん。いざって時は、わたしが守ってあげないと!

 

 

 

 

 

「ふーん、なるほどねー。……うん、充分反省してるみたいだし、悪霊化する気配も無いから、偉大な女神である私は許してあげるわ。ただし! これからは私のお酒には手を出さないこと! いい?」

『うん!』

 

なんか、思ったよりもすんなりと話はまとまった。わたしの意気込みは何だったんだろう。

因みに、アクアさんを手伝っていたダクネスさん以外にも、ゲンナリとした表情のカズマさんとめぐみんさんがいたりする。一体何が…とはさすがに言わない。おそらく、わたしと同じ体験をしたんだろう。わたしの場合は運良く、アンナちゃんの様なお友達感覚の幽霊と出会えただけだと思うし。

 

「しかし俺達には見えないけど、アクアが言ってたことは本当だったんだな」

「アンナ、でしたか。しかし彼女は別としても、どうしてこの屋敷には、これほどの霊が集まってくるのでしょうか」

 

あ。言われてみたら確かに。

 

『えっとね。ひとりでいると淋しいから、たまにお屋敷にお招きするの』

 

原因はアンナちゃんでした。

 

『だけど最近、墓地に結界が張られて追い出されちゃったって言って、たくさん来るようになったんだ』

 

え? 結界?

 

「? どうしたんだ、アクア。急に顔色が悪くなったが」

 

ダクネスさんが声をかける様子を見てアクアさんを見ると、想像以上に酷い顔をしていた。

 

「イリヤ、アンナはなんと言っているのですか?」

「あ、ええと、幽霊はアンナちゃん自身が呼び込んでるらしいんだけど、最近は墓地に結界が張られて、そこの霊が流れ込んでるみたい」

 

わたしが答えると、急にカズマさんの表情が険しくなる。

 

「……時にアクア、聞きたいことがあるんだが。お前、ウィズに頼まれてた定期的に共同墓地の除霊をするって話、どうなった?」

 

カズマさんに訊ねられたアクアさんは、びくりと肩を震わせてから、恐る恐ると語りだした。

 

「あの、ですね? しょっちゅう墓場に行くのは面倒臭いじゃないですか。それならいっそ、霊の住処を無くしてしまえばよいと思いました」

 

……ああ。そういう事か。

 

「っこのポンコツ女神がああああっ!!」

 

カズマさんが盛大に叫び、わたしは。

 

「……駄女神さま」

「お願いよ、イリヤあああああっ! その呼び方だけはやめてえええええっ!!」

 

アクアさんはわたしに縋りつき、盛大に泣きながら懇願するのだった。

 

 

 

 

そのあと。お屋敷の悪霊退治を済ませてから、ギルドと不動産屋へ顔を出したわたし達。今回の騒動の原因を伝えて謝罪をすることになったのだ。

ギルドからは、わざとではない、事故だったという判断で、注意されるだけで済んだ。

一方の不動産屋さんも、快く許してくれた。そして当初の約束通り、あのお屋敷で暮らせることにもなった。

ただし、条件が二つ付けられて。

ひとつ目。冒険が終わったら夕食の時にでもその話に花を咲かせて欲しい。

ふたつ目。お屋敷の庭の隅にある小さなお墓を、手入れしてあげること。

 

「(ねえ、ルビー。もしかして…)」

『(ええ。どうやらこの方は、アンナさんの事に気づいておられるようですね)』

 

わたし達は小声でそんな事を話す。もしかしたらわたし達が冒険者だったから、こんな待遇をしてくれたのかな? アンナちゃん、冒険の話が好きだって事だし。

 

『(イリヤさん。今度、向こうでの出来事でもお話されてはいかがですか?)』

「(うん。そうだね)」

 

わたしの話を楽しそうに聞くアンナちゃんを思い浮かべながら、ルビーとそんな会話をするのでした。




因みにアンナのイメージは、(いびつ)じゃないエリカ・エインズワース(プリズマ☆イリヤ3rei)です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。