ありふれた……は?料理人ですけど何か?(威圧 (黒姫凛)
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プロローグ
ーーーピコンッ、ピコンッ。
気付いたら真っ暗闇。そして目の前には突然出てきた枠で囲まれた『はい』と『いいえ』の文字。青と赤の色文字で宙に浮いており、まるでゲームみたいだと何となくそう思った。
ーーーピッ。
まるでキーボードで文字を打つかのように、今まで見た事ない文字が現れては変換され日本語に変わっていく。
もはや、ここはどこかとかそういう考えを持たせてはくれないのだろうか。
てんせいをのぞみますか?。|
現れた文字はこうであった。
てんせい。天性?天聖?………天声?天からのお告げって事か?
意味が分からないが、取り敢えずこの状況を聞きたいので、『はい』を押してみる。
瞬間、目の前が真っ白に変わったーーー。
煙が立つほど炙られた鉄製のフライパンに油をぶちまけ、油を慣らす。油が滑らかな状態になったら油缶に油を切り、再び少量の油を入れて下味を付けた野菜をぶち込む。野菜はシャキッとした食感を出したい為に高温で一気に火を入れる。
全体に均等に火が入るように何度かひっくり返し、塩と合わせておいた合わせ調味料を野菜と一緒に混ぜてグルグルかき混ぜる。
フライパンを持ち上げ、事前に用意したお皿に盛り付け、供え物として遊び心で作った鳥の形をした人参を端っこに寄せる。
「ーーーホイ、冷蔵庫のギリギリ食べれそうなもので作った野菜炒めだ。この人参の鳥さんは食べても食べなくてもいいぞ」
そうして出されたのは、湯気立つ彩りな野菜炒めであった。ツヤだった野菜達が食欲を引き立たせ、使われたスパイスがより香りを醸し出してくる。
「……凄い、としか言えないわね。なんだか、女として負けた気分だわ……」
「勝負なんてしてないだろ。大体俺は男。それに、生まれて此方十数年。物心着いた頃から握っていたのは玩具でなく子供用の包丁と食材だった俺にとっちゃ、これぐらい普通なんですが?」
「……子供用の包丁って。そこは普通に包丁って言い切っても良いと思うけど……」
「細けえ事はいいの。さぁharryharry」
机に出された野菜炒めとお茶碗に盛られた白米。この白米も今まで見た中で1番と言っていいほど艶だっている。一体何をすればここまで艶立つのか不思議な程だ。
「……まぁ今に始まった事でもないし、取り敢えず頂きます」
「あ、待って味見するわ」
「なんでこのタイミング!?」
ちょちょいとお皿の野菜炒めを箸で摘み、パクリと1口。もしゃもしゃと口全体で動かすのは癖だ。物を口に含む場合は味を知るために必ずそうする。
「……んー、少し野菜が大きかったかな。火は通ってるけど完璧じゃないな。あと数十秒待てば良かったかも。あ、鍋振るいすぎたか。味付けも多分よし……。おけ、毒味完了だ」
「毒味!?貴方なにを入れたのよ!?」
ピシッと親指を立ててくる姿にイラつくも、いつもの事かと気を沈め、箸を手に取る。
教えて貰った作法で箸をとり、炒めた人参を掴む。
今日のは幅5mmだと作る前に聞いた。確かに薄い。定規を持ってきて測りたくなる衝動を抑えて、ホクホクとした人参を口に含む。
シャキッとした食感。それでいて人参特有の甘さと少し香ばしい香りが口の中に広がった。丁度いい塩加減がより甘味を引き出し、噛む度に病みつきになる食感は堪らない。
素直に言う。美味しいと。反則的だと。こんなものをよく作ってくれたなと少し怒り気味に説教してやりたい。
「感想は?……まぁ、その顔見たら中々いい所まで行ったんではないでしょうか?」
「……貴方は私をどこまで堕としたいの?正直言って、また貴方以外が作った料理で食べたいとは思わないリストに一つ増えたわ」
「何じゃそのリスト。どんだけ載ってんだよ」
「今まで作った料理は全部載ってるわ。見てみる?もう少しで一冊無くなるのだけれど」
「げぇぇー、そんなに作ってたか?しかも全部って……。ちなみに、いっちばん最初に作った料理は?」
「私と貴方の家族で行ったピクニックの時のおにぎりよ。その次がサンドイッチで、その次がハンバーグで、その次がーーー」
「いやもういいです分かりました。長くなるだろそれ……」
多分止めなく淡々と語られるであろう話を早急に打ち切り、食べる事に集中させる。
塩で味付けしたものは温度変化で味が変わるので、アッツアツの状態が前提で作ったものはアッツアツのうちに食べて欲しいのが作った本人の正直な気持ちだ。それは多分分かっているとは思うが、やはり一度火がつくと止められない。
無意識だが作った本人以上に作った料理に対する気持ちは一番と言っていいほど持っているようだ。
「……モグモグ、っんぐ。はぁー……、美味しいわ。そう言えば、貴方留学するって?」
「んお?なんで知ってる?」
「ウチの親が言ってきたのよ。場所までは分からないって言ってたけど」
「あー、やっぱり俺んとこの親が言っちゃったか。口が軽いのは母さんだから多分母さん経由かな。確かに俺は留学するよ。と言っても、どっかの店に住み込みになるかもだけど」
「料理の専門学校とかじゃなくてお店に住み込み?それ留学なの?」
「さぁ?分かんね。けど、何年間かは絶対こっちを離れる気でいるから」
「……そう。もう、決めちゃったのね」
自然と動かす箸が止まり、しんみりとした雰囲気になってしまった。
日常的だと思っていた2人の関係は、もうすぐ終わる。そう思うと、ぽっかりと胸に虚空感を覚える。
「何しんみりしてんだよ侍ガール」
ピンッとおでこにデコピン。突然の痛みに顔を上げる。
目の前にはいつもと変わらないニコニコした顔があった。
「泣くなよな。何も会えなくなる訳じゃないんだからさ。また戻ってきたら飯作ってやるよ。だから、お前も頑張れ」
「……何よ、何よ何よ。頑張るって言ったって、何を頑張れば……」
「取り敢えず剣道で明日から全試合全勝で全国制覇とか?あと、家事スキルを磨くとか。お前、これから剣道一筋で生きてくって訳でも無いだろ?もしかしたら結婚して子供拵えるかもしれないぜ?そうしたらお前、家事何も出来なくて愛想尽かされて未亡人確定とかなったら笑えないからな」
「何私が家事出来ない女だと思ってるのよ!!家事ぐらい面打ちするより簡単よ!!」
「お前は絶対面打ちの方が簡単だよ……。けど、色々と頑張ることだって見えて来るんだ。再会したら彼氏のひとりやふたりぐらい紹介しろよな」
「なんで彼氏が複数なのよ……。でもいいわ、絶対今よりも色々と凄くなってやるわ。……だから、もし再会した時に私に彼氏とかいなかったら、貰ってくれる?」
「何言ってんだよ。俺はーーー」
これは、数年後再会するであろう男女の他愛も無い会話であり、幸せな一時の閑話である。
そしてこれを機に、物語は歯車を動かしていく。
「ーーーじゃあな、『雫』」
「ーーーうん、バイバイ『蓮』」
プロローグでの2人は中学生です
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プロローグ2
『男を堕とすには胃袋を掴む』。
在り来りな言葉だが、私にとってこの言葉はある種の思い出深い格言となっている。私が思った言葉とは多少何処と無く違うが、これは確かに成程と理解出来る。
『男は母性に弱い』。
母性、つまり包容力。1種の癒し、心の片隅に潜む逆らえない何か。言っちゃえばパイ乙。多少のふくよかな身体、甘えさせてくれる第2者。
男はこれがあればほぼ間違いなく心を許す。心惹かれる。
同級生の男子が、胸が大きい女子に突っかかって行くのは、そこにふくよかなものがあるから。理想郷が見えるからである。
中学生となれば2次元に定着し始めるものが出てくるが、どうしても異性を視線の中に入れ、その中で思春期特有のピンクピンクした妄想劇を頭の中で喜劇のように幕を上げているのだろう。
私自身も見られる側であるので辞めて欲しい気持ちはある。というかその妄想劇に断固拒否したい。
が、やはり相手はふと目線が言ってしまう思春期という耐え難い時期の人達。相手の気持ちに余裕を持てる筈は無いと、私の幼馴染は言う。じゃあ貴方はどうなの?って聞くと、いや別にと素っ気なく返してくる。
そりゃ彼も男である以上ピンクピンクした出来事を妄想して何時か現実にしたいと思っているかもしれないが私としては理解の意志を持ちたいがやはり異性の壁は越えられないかと言って完全に否定はしたくないし肯定もしたくは無いやはり異性という越えられないものがある限り私達は苦難していくのだろうと思いながらもふと隣をチラ見してみる彼はいつもの如く料理雑誌を読んでそこに何かを書き込んでいる私はいつも思うがほんとに彼は異性に興味があるのだろうか彼は暇さえあれば包丁の柄かフライパンか菜箸かボウルか食材を持っているからもはやそれが彼であると認識していたが彼が料理の専門学校事以外にしているのを見たことが無い授業中も料理本を読んでいるしお昼休みも私の前で堂々と料理本を読んでるし帰る時はメモ帳に何かを毎日書いてるし私の剣道の稽古が休みの時は必ず呼んで料理の試食係として呼ばれし彼と料理以外の会話なんでしたことあったのだろうかとふと思うそりゃ年頃の男子異性の前で恥ずかしい事なんて言えないだろうが一時期ジビエ料理がどうとかで鳥の睾丸は美味いのかなんて聴いてきた時は思わず頬を叩きたくなった私は悪くないはずだしかもいきなりパソコンの前に連れていかれ鳥の睾丸の料理の解説を淡々と語って来て心がまるで黒ずんで行くようだったし鹿のな、ナニヅノを買ってきてどうこれ?って目の前に突き出してきた時は背筋が凍ったわまさか人生初のお、お、ォォグフンっを見たのがまさかの鹿のなんて一生忘れないわ………意外と大きかったかな……って何を言ってるの私は!!大体女にそんなもの見せないでよ!!私だって乙女なんだから!!例え他の男子と女子に最初は女だって分かられてなかった私だって乙女なんだから!!はぁ?私は女だ(怒)!!あーもぉーなんかいらいらしてきた!!この前なんかうずらを丸々買ってきて羽根ちぎって捌いてたのを横で見てたら内臓から虫が出てきて叫んだらめちゃくちゃ近付けて来たんだからあの男!!私があれだけ虫嫌いって知っておきながらあの仕打ち!!何よ!!私みたいな女が叫んじゃってごめんなさいね!!色気もない女で悪かったわね!!………えっ、お前は可愛い女だって?………っ、ふんっ。別に機嫌直ってないしそうやってご機嫌取りして来たって私は許さないから………えっ?好きな物食べさせてくれる?………パンケーキが、食べたい、かな?生クリームとフルーツのったやつ…………ーーー。
ーーー尚、無事に機嫌は治っていた模様。
ってこんなこと話してる場合じゃないの!!
……ゴホンッ、話を戻しましょう。
まぁ早い話、何を言いたいのかと言うと。
ーーー彼に少しでも意識して貰うためにはどうしたらいいですか?
尚無慈悲な天使は別用で他の男子に心惹かれてそれどころでは無かった模様。
まだ彼が日本にいた頃の話。
それは剣道の稽古が終わり、シャワーで汗を流してベッドでコロコロと転がっていた時の話。
ーーーピピピッピ、ピピピッピ
充電中の携帯がプルプルと震え着信を鳴らしていた。寝転がったまま携帯を手に取り、画面を覗く。
表示されていたのは幼馴染の彼。私はすぐさま電話に出る。
「も、もしもし?」
思わず裏返った声。顔がかぁっと赤くなっていくのを感じながら枕を胸の中でギュッと抱き締める。聞こえていないようにと願いながら返答を待つ。
『……どした変な声出して』
聞こえていたァ。更に赤くなる顔をよそに思わず悶える。
「なななななんでもないから!!……そ、それで?いきなり電話なんてどうしたの?」
恥ずかしさのあまり誤字の如くなを連呼。だが同時に冷静さをなんとか取り戻す。
『あーいやな?そろそろ稽古終わったのかなーって思ってさ。今どこにいる?』
「稽古は1時間前ぐらいに終わって、今は自分の部屋よ。何かあるの?」
身体を起こしてベッドの縁に腰を下ろす。普段は束ねている髪は今は解いているため、首筋に掠るためこそばゆい。無意識だが髪を掴んで枝毛が無いか弄り始める。
『先週ぐらいに買ったものが届いたからさ、一緒に食べないかなーって思って。なんか予定とかあったか?』
「えっ、……いいえ。予定は何も無いけど、貴方今回は何買ったのよ」
彼はいつも突拍子も無いものを買う。それが食材であったなら呼びに来るか私の家で振舞ってくれる。調理道具ならそれを生かした料理を作ってくれる。どれも美味しいのは事実だし、私としても迷惑とかそんなことは無いので苦でもなんでもないのだが、彼はいつも私を驚かせる。
この前は包丁を買ったかなんかで私を家に呼んだ。行ってみたら物凄く光り輝く包丁が……包丁立て?か何かに置かれていて思わず目をつぶってしまった。聞くと、本焼のオーダーメイドで作って貰った包丁らしく、お値段は諭吉さんが50人以上居なくなった程らしい。
思わずは?って首を傾げてしまった。本焼と言えば言わば刀。刃が付きにくいし刃こぼれしやすいものだがその切れ味はそこら辺の包丁と比べるまでもないほどの切れ味。柳包丁のようで、刺身の盛り合わせを食べさせて貰ったが、前食べたものよりも舌触りが全く違った。
思わず空いた口が塞がらなかった。本焼の包丁を中学生の身で買うのも驚きだが、50人以上の諭吉さんを使える彼の財力に私は驚きを隠せない。……あなたその前は大量にフォワグラ買ってなかった?いつも作ってくれるお弁当にフォワグラらしきものが入っていたのを私は覚えているんだからね?あの後の教室は私達のお弁当の匂いで満たされてみんなお腹鳴らしてたんだから。
ともかく、彼はそんな思いがけない事を色々としてくるので私の(主に心は)毎週毎週ビックリして寿命が縮みそうよ。
『……なんだよ、なんかお前今日は冷たいな』
「……そりゃ、毎回毎回驚かされてるんだもの。少しはこっちの身になって見なさいよ」
『大丈夫だって。今回はそんなに値が張るものでないし、最近言ってだろ?パスタ食べたいって』
「まぁ言ったけど……。なに?パスタでも打ってくれるの?」
『この前買った自動パスタ打ち機が再び火を噴くぜぇ!!……まぁ今回はパスタがメインと言うより、ソースがメインなんですけどね』
「何よ、一体何を買ったのよ?」
『オマール海老』
「……オマール海老?何よそれ」
オマール海老、と検索してみる。どうやら西洋料理で多く使われる巨大な海老のことらしい。
今回はどうやら普通らしいわね。何故だか緊張していた自分が馬鹿らしくなり息を吐いた。
『オマール海老。ヨーロッパとアメリカ辺りで取れるエビの事だよ。伊勢海老よりも弾力とかあって海老界の中でもトップクラスの海老だぞ。ソースにしてもよし、カツレツにしてもよしなんでもござれの海老さんだぞ?食べたいだろ?』
「ええ。パスタを作ってくれるって言うなら食べに行くわ。今日は親が出かけてるから」
少し話を逸らすが、この時私は知らなかった。これが親の優しさだとは。毎週決まってお呼ばれする私を見て、この日は好きにさせてあげようと両親なりの気遣いがあったのだと。剣道の才能があった私は親やお爺様の期待を背負って剣道に励んでいたため、自由が無いに等しかった。でも彼が私に料理を振るってくれるようになってからある一定の日は何も言ってこない。全く気が付いていなかったが、彼が私の親に何かを言ったらしく、決まった日だけはやる事やれば自由にさせてくれたのだ。この話を知ったのはもっと後になるのだけれども。
『リョーかいった。今ソース仕込んでるからなるべく早く来いよ。稽古終わって腹減ってるだろ?』
「ええ、勿論。楽しみに待ってるわ」
一言二言言った後、通話を切り立ち上がる。
クローゼットを空け、服を取り出そうとする……が、ピタッと手が止まってしまった。
……何を着ていこうかと。
私はいつもここで踏みとどまってしまう。
私はオシャレというものに物凄く疎い。というかほぼジャージしか持っていない。中学校の体操服を普段着こなしているが、同級生がオシャレしている姿を見ると私もそうしたいと思ってしまう。だけど、私は剣道があるのだから、と心に言い聞かせて何時も納得させている。
彼が異性に余り興味がないのは知っているし、私がジャージだけしか着ていない事にもお前はお前だと言ってくれたが、やっぱり気にしてしまう。今度香織に服を見繕って貰おうかと考えるが、全然言い出せない。単に恥ずかしいのもある。が、私には似合わないと思ってしまう。
……今回もジャージでいいかとジャージを手に取る。
が、再び手が止まった。何故か。それは、手に取ったのが体のラインがハッキリとしたピチピチのジャージだったからだ。別にこれを選んだわけではなく、無意識にとったのだ。そう、無意識に取ってしまった。だから私は悪くない。そう、胸が強調されてタイツ型の足が細く見える上が白下が黒のジャージなんて好きで選んだ訳ではない。
でも少し心の中で期待してしまう。
私を意識してくれる彼の事を。少し恥ずかしそうに私と会話する彼の事を。
そう思うと、自然と心が晴れる。期待は裏切られると言われるが、きっと彼はそんなことはないだろう(フラグ)。そう思いながら、シャワーを浴びてから着ている色気のない黒地のタンクトップの上から羽織って無意識にスキップしながら家を飛び出す私であった。
数十分後。
「お邪魔します」
「おう、待ってたぜ……って、なんて格好してんだよ!!」
「(やった!!これで勝つる)えっ?何か変かしら?」
「今日は赤いソースでパスタなのに白いジャージ着てきてどうするんだよ。飛び跳ねてシミになっても知らないぞ」
「………エエ、ソウネソウダッタワネ」
「取り敢えず脱げ。下はTシャツかなんかだろうからそれにしとけ」
「……………コレデイイワ」
尚無理矢理脱がされて拳をぶち込む模様。
さて、どうやって原作と絡めていこうか……。
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プロローグ3
俺は何故か人生をやり直している。今2回目の人生を謳歌中だ。
まぁ、だからなんだって話だが、何故俺は人生をやり直しているのか理由が知りたい。
突然飛ばし飛ばしで赤ちゃんに戻され、精神年齢約四十何歳の身であるにも関わらず大泣きしてしまった。まぁ赤ちゃんだから許してくれ。
やり直しの前はまだ健康的な日々を過ごしていたはずなんだがなぁ。やり直しって事は死んだって事だろ?なんで死んだんだ?全く分からぬ。
まぁ、どっち道前の人生には戻れないのでどうでもいいと割り切ったし、今は前世の記憶を元に更に高みに登りたいと思っている。
何で?勿論、料理でだよ。
俺は前世で料理人であった。某高級ホテルの総料理長を務めていた爺ちゃん、高級フレンチレストランを開いていた親父、ワインソムリエの母ちゃんの姿を見て極々自然に俺も料理界に足を踏み入れていた。
包丁を握り、何度も指に傷付いたり、火傷したり、色々とあったが、今ではいい思い出だ。どうすれば怪我をしないのか。どうすれば失敗しなくて済むか。毎日のように考え、それを実践していく。職場では失敗するのは構わないがそこで考えるのを辞めるやつは同じ失敗を繰り返す、と口酸っぱく爺ちゃんが言っていた。爺ちゃんは40年間も料理界に携わっている人でそれまでに何人もの人を見て成功する人と失敗する人が分かるようになったらしい。
ーーー失敗したら成長すると考えろ。何か言われたらメモを取れ。同じ作業をする場合でも慢心せず動作を復習してから取り掛かれ。同じ事をやって失敗しなくなれば初めて信頼を得られる。最初から信頼されていると思うな。常に上の者は何が出来て何が出来ないか見ている。出来るならそれを信頼し、出来ないならそれを信頼しない。これを心に刻んどけ。
厳しいようで、当たり前のような事を言っているのだと今になって思う。
料理をする人、特に独立を考えている人は店を出た後は1人で自分の店を立てていかなければならない。最初から二人でやる人もいるだろうが、それでも限界がある。
その独立を成功させるためには他人が必要だ。高級レストランなどだと、何処ぞの社長さんが来ているかもしれないし、官僚が取引目的で訪れるかもしれない。そんな時、その人達とお近付きになれば物凄い後押しになってくれる。汚い話、資金を貸してくれるかもしれない。
もしかしたら土地を譲ってくれるかもしれない。雇ってくれるかもしれない。
その、もしもを起こす為に信頼を得なければならない。料理の味も大事、見た目も大事、店の雰囲気も大事。だけど、一番重要な事は、上の人から信頼を得ることである。これは、人生で成功する人が起こす1つの道である。
だから俺は信頼を得る為に努力した。手短に友人からの信頼を。親からの信頼を。爺ちゃん婆ちゃんからの信頼を。他人からの信頼を。
考えて考えて人と接し、自分のコミュニケーションを磨いた。
その結果、いつの間にか友人達はいつでも俺に手を差し伸べてくるようになった。爺ちゃん婆ちゃん、両親からも子供として世話をする以上に親密な家庭を築けた。他の人達からも人目置かれる存在となれた。
それは自身の進路についても大きく影響を与えてくれて、国内最大級の料理学校に2年間通わせて貰えるようになったし、就職も行きたいところにすんなり行けた。
そして修行を終えて、俺は独立を果たす。就職先のシェフの紹介で知り合った大手企業の社長さんの協力のおかけで、大きな店を建てることができ、いつしか予約が一年以上先まで入る有名店になった。
正直有名店になったからってどうということは無い。いつの間にか3年。いつの間にか5年。いつの間にか……を繰り返し、気付いたらもう10年も続いていたと言うだけでそこまで深く考えていなかった。
日々思うのは人からの信頼。上の人にも下の人にも、尊敬の念を込めて日々対面する。
そして高みを目指す。自分だけのフルコースを作る。世界に名を残す。それを俺は大きな夢として掲げていた。
まぁ今では人生やり直しで今まで築き上げてきたものがおじゃんとなり、また最初からやり直し。
………すまんなんかさっき割り切ったと言っときながらなんかイライラしてきたんだが(怒)
取り敢えず信頼を勝ち取る為に2回目でも色々とやっている。
が、ちょっと気になるヤツがいる為に、前よりも周りの信頼性が取れていない。
気になっていると言っても、LOVE的なものでは無い。
ハッキリ言うと、上司の無茶振りに疲れた同僚を労う同じ職場の奴、みたいな感じだ。
プライバシーがあるから事細かに説明はしないが、その子は苦労人なのである。いつも見かけるとストレスMAXで目元のクマが酷い。ナチュラルメイクで頑張って隠しているようだが俺の目は誤魔化せんぞ。
正直見ていられない。貴方ほんとに子供かよと言ってやりたいぐらい酷い。
だから俺は料理を作った。親に頼んで一緒に出かけられるよう計らい、お弁当を作り、週何回か家に呼び出し飯を食べさせ、食べたいものをリクエストして健康面に配慮したモノを作る。
専門学校卒業したと同時に栄養士の資格も取れたので栄養に関しても俺は自信がある。
取り敢えず俺がその子に目指して貰うのは剣道で全国を取る事だ。そして、可愛いフリフリの服を着させて男共からの熱い視線を得る事。
前者は彼女に伝えた。後者は伝えてない。伝えたら拗ねるから。
乙女心なんぞ知らんがな……。
ともかく俺は、2回目の人生での目的が出来た。無論前の人生の夢も諦めるつもりは無いが、やはり俺も男の端くれ。辛そうな女の子を放っておけないのが男のサガよ。
今日も今日とて、彼女ーーー八重樫雫のストレスを解消する為に、腕によりを掛けて料理を作るのだ。
それはある梅雨の時期。
雨雲が広がる灰色の空。湿気が多く、雨も降っているため憂鬱な気持ちが込み上げる。
何気無しに窓から外を眺め、今日何度目かの欠伸を噛み締める。
「ーーー雫さーんやーい」
声の主は一人しかいない。ソファーにもたれかかっている私とは違い、リビングの床にゴロンと転がり料理本を読む彼。
流石に彼も今日はテンションが低い。仕方が無い、この雨だもの。
体も若干重いし、気分もダルい。正直返事もダルいのだが、彼のように横たわると若干楽になったと感じる。
「なーによー」
今日は剣道の稽古が休みであった為、親に言って彼の家にやって来た。親も彼の家に行く事には反対はないようなので、息苦しい実家から逃げるための避難場所として彼の家にお邪魔している。
「なんか食べるー?」
「あんまり食欲ないかもー」
梅雨の時期は食欲が湧かない。運動をやっている身としては体を休める時でも食べる事に関しては手を抜いては行けない。
まぁ私には彼という専門のアドバイザーがいるので何も困らないのだが。
「体重落ちるぞー」
「……ここは普通落ちて欲しいと思う所だけど、私の場合は落ちて欲しくもないのが現実……」
「俺は気にしないんだけどなぁー」
「私が気にするのー。それよりも、どうせならあっさりしたものが食べたいわー」
「あっさりねぇー。
「……やめてよ、気分重いのにイライラまで来たらストレスになる……」
まぁアサリなら大丈夫かと、ボーッと考えながらベチッと彼の足を叩く。
「アサリならそれで構わないわー。なんだかアサリ食べたくなってきた」
「ん、了解。じゃあ君に、エアコンの前に寝転がれる称号を与えよう」
ちょうど彼が寝転がっていた所が冷房の当たる所だ。彼の家なのでそういう姿を見せられても私は特に気にしないのだが、私の家に来た時もそうやったので思わずガムテープでグルグル巻にしてしまった。
「アサリメインだけど何がいい?キノコと一緒に炒めてパスタで絡ませるか?」
「んー、それでいいわ。あ、カナッペない?この前のスモークサーモンのカナッペがなんか癖になっちゃって」
「サーモンは無いけど、チーズあるぞ」
「じゃあそれで」
「あいよぉー」
本を閉じ、のそっと立ち上がる彼。軽く身体を動かした後、やる気に満ちた目に変わる。
彼が料理する時は決まってこうなる。彼にとって料理はもう一人の自分。心の中で切り替えというかなんというか、とにかく彼は料理をするときは普段とは違う雰囲気を出す。
「そう言えばさ、今度駅前のデパ地下で食べ物祭りってのがあるらしいんだけど、暇なら行く?」
冷蔵庫を開けながら彼がそう言ってきた。
食べ物祭り。もし昔のままずっと剣道一筋で生きてきた私だったら、今の話は即刻断るだろう。だが、食の楽しさを知った今の私には断りづらく、物凄く私を悩ませるものになった。
「どんなものがあるの?」
「確か冷甘フェスタとか言うやつだった気がする。梅雨に負けるなスイーツ男女達、とかいうキャッチフレーズを見たぞ」
「スイーツ、最高ね。でも私お金なんてないわよ?」
「いやお金なんて俺が出すから。お前に出させる気なんてないぞ」
私お金無い→じゃあ辞めるか、の流れで行って欲しかったのに、まさかの全額負担とは……。彼の財力は一体どうなっているのか……。
毎週毎週5千円超のモノを買っているのに彼からは『金欠』と言う言葉を聞いたことが無い。彼の家は私の家よりは一般家庭だから、親のポケットマネーでもないだろうし。宝くじでも当たったのだろうか?
「……毎回毎回思うのだけど、貴方お金はどうしてるの?それだけお金使ってるのに使い切らないの?」
「ん?別に俺のお金を使ってるだけだよ。雫が剣道やってる間、俺はお手伝いみたいな事してるんだよ。結果お金が入ってくるんだ」
「お手伝い?親のお手伝いかしら?」
「ちゃうちゃう。親父の知り合いに料理店やってる所あって、紹介で入らせてもらった。なんか腕を認められて普通のバイトと同じ額払われてる」
「……流石、としか言いようがないわね」
寸胴鍋にパスタを入れながらあっけらかんと言う彼に、私は呆気に取られる。そりゃ料理の腕は凄いと思うが、そんな事になっているとは。なんだか、彼だけ凄くなって行ってるのに私だけとり残されたような気分だ。少し寂しさを感じる。
「雫ちゃーん、そんな顔しないでよ。眉間にシワよってるぞ」
「……えっ?あ、そう……」
やっぱり気分が乗らない。むしろマイナスにグングン進んでいる。
彼だけが凄くなっていく。でも私は彼のように凄いと言えるものがない。ずっと一緒に居たのに、誰かに自慢出来るものが私には何一つない。
もう少しで彼は海外へ飛ぶ。更に彼は凄くなる。それに比べて私は……。
「ーーー雫」
ペち、と後ろから伸びるてが頬に触れてきた。 上を見上げると、案の定彼の顔が広がっている。
若干顔に熱が出るが気にしない。彼の瞳が私を映している。目の離せない惹き込まれるような瞳。何を言うまでもなく、彼の瞳はずっと私に語りかけているように感じる。
ーーーまたそんな顔して。ーーー大丈夫大丈夫。ーーー何が不安?ーーー笑顔にならなきゃ。
その後彼はあどけない笑みを見せた。
「雫、あんま思い詰めるな。お前は1人じゃない、俺がいるんだ。いつでも愚痴聴いてやるから、いつもの笑顔で俺の料理を待っててくれ」
ずるい。ずるいずるい。本当にずるい。
真っ直ぐに私の目を見て言ってくるなんて。そんなの、心に響かない訳ないじゃない。
「……そうね。ごめんなさい、また変なスイッチ入ってたわ」
「全くだよ。要らん気を使ってさぁ、そんなんだからオカンって言われるんだ」
「余計なお世話よ。それに私がオカンなら、そのオカンに甘えられる貴方はお爺ちゃんよ?」
「あながち間違ってないんだけどねぇ……、まぁ歳上としては可愛い可愛い後輩を甘やかせるのも1種の楽しみだから」
「?貴方と私は同い歳でしょ?」
「同い歳だけど気にすんな。ほい、出来たぞ。アサリとシャンピニオンのパスタだ」
机に置かれたお皿に意識が向けられる。殻付きのアサリとマッシュルームや一口サイズに切ったエリンギなどのキノコが白いソースと絡められて湯気を上げている。
「さぁ、Buon appetito」
発音のいいイタリア語。優しい笑みを浮かべた彼に、私は表情筋を緩めた。
「グラッチェ」
彼に習ったイタリア語で、私はそう返した。
そろそろ原作行きます
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トータスに召喚
ーーー雫。また眉間にシワ寄せてる。
ーーーなんかおばさんみたい笑
ーーーぶっ叩かれたいの?
ーーーちょ、冗談だって。その竹刀しまってよ銃刀法違反だぞ。
ーーー家の敷地内だから大丈夫よ。さぁ、覚悟しなさい。
ーーー鬼!!畜生!!オカン!!
ーーーオカン言うな!!
あぁ、懐かしい夢だ。小学生の時の思い出だ。
彼と出会って数年ぐらい経って、香織達よりも腐れ縁になってしまった彼との関係。楽しかったし、イライラした時もあったけど、私は多分その日常が好きだった。いいえ、多分じゃなくて絶対と言ってもいいかもしれない。
今、彼が居なくなって思う事は寂しさと虚しさ。彼が居ないと私はもうダメなんだって痛感した。
彼のいない寂しさを紛らわすように剣道に打ち込み、彼との念願の全国制覇を果たし、今では『可憐な風雲児』なんて渾名が付いているほど有名になった。……渾名に関してはもう何も言わない。呼ばれる自分は馴れたから……。
彼に目標達成した事を伝えたいけど、彼が今どこにいるのか分からない。だから私は彼に自慢出来るような事を言えるようにもっと頑張らなければならない。
だって彼は私の憧れで、世界で一番惚れている相手なのだから。
好きな人に振り向いて欲しいのは誰でも当たり前。剣道にしか能が無い私でもそう思うのだ。
早く会いたい。だけど、まだもう少しだけ会いにこないでほしい。
私の誇れるものがまだまだ足りないのだからーーー。
「ーーーちゃーん。雫ちゃーん?起きてー」
ハッと目が覚める。目を開けると幼馴染の白崎香織が目の前一杯に広がっていた。心配そうにじっと見つめている。
「………香織?どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。凄く疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
「……えぇ、大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね」
「そう?昨日は日曜日だったけど、雫ちゃんは昨日も剣道の稽古だったんでしょ?少しはお休み貰わなきゃ」
「休める時に休んでるわ。それに、私には目標があるから止まれないのよ……」
「いつも言ってる
「……そっくり貴方に返すわ。未だに成就しないなんて可哀想ね」
「ブーメランって言葉、知ってる?」
彼女、白崎香織も私と同じように恋する乙女である。意中の相手は、正直私もなんとも言えないほど微妙……。別にオタクが悪いとかそういう訳では無いのだけど……。彼も料理オタみたいな所あったし。
私自身、香織から出会いまでを聞かされて納得はしなかった。その時の香織の顔はまさに恋する乙女顔であった。
「今日もお弁当作ってきたの?流石女子力の塊ね」
「今日こそは一緒に食べてもらうんだ。雫ちゃんも一緒にどう?雫ちゃんにも評価をして欲しいんだけど……」
「構わないわ。約十年で肥えた私の味覚に震え悶えるのね」
「……ちょっと厨二臭いよ雫ちゃん。私が教え過ぎたせいかな……」
時刻は昼。授業が一段落し、一気にクラス内が騒がしくなった。
私は鞄から小さいお弁当袋を取り出し、席から立ち上がる。
香織と一緒に食べるために向かおうとするが、香織が席にはいなかった。ふと後ろを見ると、一人の男子生徒に押し気味にお弁当を突き出す香織の姿を見つける。どうやら、やっと意中の相手を捕まえたらしい。
「南雲くん、今日は珍しいね教室にいるなんて。私これからお昼なんだけど、雫ちゃんを加えて3人でお昼ご飯食べない?ね?良いでしょ?私お弁当作ってきたんだ。良かったら一緒に食べましょ?」
「うぇぇぇ、ちょ、ちょっと落ち着いて白崎さんっ」
「なーにやってんのよ、香織」
思わず手刀を頭に食らわせる。ふぎゅっと可愛らしい悲鳴が聞こえ、男子生徒から引き剥がす。
助かった、と言わんばかりに安堵の溜息を零す男子生徒。
「ごめんなさいね、
「……あ~、それには驚いたけど、気にしないで八重樫さん」
彼、南雲ハジメくんは、香織の意中の相手だ。いかにもオタクですと言わんばかりに伸ばす前髪と少し根暗感のある雰囲気の彼。しかし実際話してみればなんのことはない普通の男子生徒だ。優しい所もあるし、もう少しやる気を出せば少し第一印象も変わるかもしれない。
「もう、痛いよ雫ちゃん。旋毛にクリーンヒットだよぉ」
「貴方がグイグイ行って彼が困ってたからでしょ?自業自得よ、反省しなさい」
「あはは……、大丈夫だよ、僕は気にしてないから」
苦笑いを浮かべる南雲くん。まぁ苦笑いしか出来ないわよね。学校で二大天使と呼ばれる香織の普段とは違った一面を目の辺りにしたのだもの。彼からしたら言葉が見つからないわ。
「それで南雲くん。私達とお昼ご飯一緒に食べましょ?」
「あ~、実はもうお昼はーーー」
「ーーー香織、雫。こっちで食べようぜ?南雲はさっき昼ごはん食べてたからさ。それに南雲はあんまり2人と食べたくないように感じる。そんな奴の前で2人が作ったお弁当を披露するなんて勿体無いよ。何より、俺が許さない」
突然の横からの爽快な声に私は頭を痛める。
こちらにやってきたのは女子に人気のある王道的な存在、天之河光輝とその親友である坂上龍太郎だ。2人とも香織が南雲くんに絡むとやたらと絡んでくる。まぁ私と香織、そしてその2人は幼馴染関係にあるので、よく話しかけてくるのは普通と言えば普通なのだが……。
「えっ?なんで光輝君の許しがいるの?私は好きで南雲くんにお弁当を作ってきたのに」
「ブフッ!!」
「お、お弁当を作ってきたァ!?」
思わず吹いてしまった。お茶を飲んでいなくて良かった。南雲くんも香織の言葉に驚いている様子。顔を赤く染めている。
光輝も、今の言葉に困惑している。あれよこれよと香織に言っているが、香織には光輝の言葉は響かない。響くはずも無い。逆に今香織はちょっと怒っている。せっかくのチャンスを潰され、あまつさえ『俺が許さないぜ(キリッ』発言でイラッとしている。まぁ私も光輝の為に作った訳でも無いのでイラッとしているのだけど。
ホントにもう、もう少し平穏に過ごせないのかしら。ストレスマッハで溜まって肌が荒れるのだけど。最近香織に頼んで美容にも気を遣い始めたのにこれじゃあ一向に良くならないじゃない。
はぁ、昔みたいにたまには自然の中を歩いてリフレッシュしたいわ。……確か、香織が南雲くんを知るためって言ってライトノベル?って本を買ってそれの絵にあったような
それこそ、彼にお弁当を作って貰ってーーー。
瞬間、凍りついた。
私の目の前、光輝の足元を中心に純白に輝く紋章が教室中を覆う。突然の現象に戸惑うも、紋章が足元を覆った瞬間に固まった生徒達が一斉に教室から飛び出す。
それと同時に、紋章は一気に輝きを増し、教室中の生徒を光で覆い尽くした。
どれくらい時間が経ったか。純白に輝く紋章は既になく、あれだけ騒がしかった教室は一瞬で音1つない無人の教室へと変わった。
これが、白昼の高校で起きた集団神隠しだとニュースに報道されるのは、さほど時間は掛からなかった。
だいぶ視界が慣れてきた。ゆっくりと目を開いていく。
既に目を開けて状況を理解出来ていない生徒達が騒いでいた。
ふと上を見上げる。そこに広がるのは巨大な壁画。でかでかと飾られた壁画には、光を背に長い髪を靡かせ微笑む中性的な人物が描かれている。
背景には大自然をイメージしたかのように木々や草原、川や湖に山などが描かれ、それを包むようにその人物は腕を広げている。美しいと思った。
実際には見た事ないが、美術館で展示されるゴッホやミケランジェロと言った名のある有名な画家が描いた歴史あるものに感じる。
私達はどうやら巨大な広場のような所にいるらしい。床には教室に現れた紋章と似たものが描かれている。
そして私は周りを見渡した。祈りを捧げるかのように跪く白い装束を着た人達が私達を囲んでいた。
その中に1人、周りとは違う豪奢で煌びやかな格好の老人が手を広げて近づいてきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位についております、イシュタル・ランゴバルドと申します。以後、よろしくお願い致しますぞ」
そう言って、イシュタルと名乗った老人は、まるで孫に向けるお爺ちゃんのような親しみやすい笑顔を見せた。
……少し、イラッとしたのはご自愛願いたい。
「まずは場所を変えましょう。あちらに大広間がございますのでそこで」
「ちょっと待ってください」
私はイシュタルと名乗った老人の言葉を遮り呼び止めた。
「如何なされた?」
「如何なされたって、貴方本気で言ってるの?私達は突然の事で何が何だか分かってないの。それに、いきなり出てきた貴方達にホイホイと着いていくほど馬鹿じゃない。答えなさい、ここはどこで貴方達は何者なの!!」
「……それをあちらで、と思いましたが確かに。突然の事で困惑しているのも事実。では、申し訳ありませんが、この場でお話するとしましょう」
イシュタルは黙々と話を始める。まるで香織に借りたライトノベルの話のように感じる。
要約するとこうだ。
この世界はトータスと呼ばれており、トータスには大きくわけて3つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。
その中でも人間族と魔人族は何百年もの間、戦争を繰り広げているらしい。
人間族は力は弱いが数で対抗。逆に魔人族は数は少ないものの圧倒的な力を奮っており人間族はジリ貧を迫られているそうな。
最近では魔人族の動きが変わり、魔物を使役してくるらしい。魔物とは野生の動物が魔力を取り入れて変質したものらしい。
これにより、数で勝っていた人間族側は苦戦を強いられ、死者が後を絶たないとか。
「皆様を召喚したのは『エヒト様』です。我ら人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創造した至上の神。『エヒト様』のお導きにより、皆様は魔人族に対抗すべく召喚された。召喚されたものは強力な力を与えられ召喚される。どうか皆様方、何卒その力を我ら人間族の為に発揮し、人間族を救って頂きたい」
言ってしまえば身勝手な話である。突然呼ばれて魔人族を殺せと言ってくるなんて、性根が腐ってるとしか言いようがない。
私の心を読んだかのように、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。
「ふざけないでください!!何故生徒を戦争に参加させなくてはならないのですか!!突然呼び出されたと思えばそんな危ないところに生徒達を向かわせなくてはならないなんて!そんなの私は許しません!ええ、先生は許しませんよ!申し訳ありませんが、私達は無関係です!!早く元の世界に返してください!!」
我らが担任の愛子先生だ。
身長のせいかあまり威厳は保ててないが、生徒を大切にするという気持ちはとても伝わってくる。私を含め何人かの生徒は少し安堵の息を漏らす。
「お気持ちはお察しします。しかし、我々には皆様方を帰還させる方法は持ち合わせておりません。よって、元の世界にお戻しすることは不可能です」
不可能。その言葉に誰もが唖然とした。
愛子先生ですら空いた口が塞がっていたいのだから。
「……ふざ、巫山戯るなよ!!勝手に呼んどいてなんだよそれ!!」
「どうしてよ!早く帰してよ!!」
「嘘だろ……」
パニックになる生徒達。
私自身、内心かなりヤバい。こんなの勝手すぎる。正直荒れたいが、周りを見たらそれも自然と薄れていく。
ライトノベルのような現実。作品の中では主人公はウハウハで冒険していたが、いざ戦争ーーーつまり殺し合いをしなくてはならない現実を目の当たりにすると、とてつもなく嫌気が刺してくる。
ふとイシュタルを見た。その表情は少し歪んでいる。生徒の誰かがエヒト様とやらを蔑んだからだろうか。それとも、至上の神であるエヒトに選ばれたのになんだそれはと、信仰心がある彼だからこそ思える感情があるのだろうか。
ともかく、私はこの場から物凄く逃げたい気分だ。何だか少し嫌な予感がする。
「ーーー皆、今イシュタルさんに文句を言っても仕方ないだろ。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、戦う。誰かが困ってるって言うなら、俺はそれを見過ごせない。それにもし、戦争を終わらせることが出来たら、元の世界に帰れるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」
「必ず、とは言えませんが、エヒト様も救世主様の願いを無下にはしないかと」
「なら俺はやりますよ。それに、俺達には強力な力があるんですよね?ここに来てから力がみなぎってるんです」
「元の世界の数倍から数十倍の力を今皆様は持っていると考えていただいて構いません」
「なら尚更、俺はやる。俺の力がどんなものか分からないが、必ずこの世界と皆を救ってみせる!!」
ギュッと拳を握り、天に突き出す光輝。
その光景に、今まで不安がっていた生徒達は顔色を良くしていく。その表情はまさに希望を見つけたという感じだ。女子生徒の何人かは熱っぽい視線を送っている。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。…俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
立ち上がった龍太郎は光輝と固い握手を交わす。
光輝がなにかする度、龍太郎はその隣に立つ。昔からのお約束だ。2人で力を合わせれば敵無しなのは事実だし、頼りになるといえば頼りになる。
が、やっぱり私は不安だ。
「……雫ちゃんは、どうするの?」
「……まだ、分からないわ。実際まだ現実を受け止めれてない。あの二人があんな感じなのはいつもの事だからほっとくけど、あんまり悠長に考えてる時間もないわね……」
「私は雫ちゃんと一緒にいるよ。……勿論、南雲くんもだけどね!」
「なんで僕まで!?」
明らかなアピールに対して顔を赤くする南雲くん。……何だか香織のアピールが露骨になったのは気のせいかしら?
「雫、香織。2人はどうするんだ?後、香織は早く南雲から離れなよ」
「私は直ぐには言えないわ。もう少し考えさせて」
「私は雫ちゃんと一緒だから。後、南雲くんにくっついてるのは好きでやってるから光輝くんは気にしないで」
……もう放っておこう。何だか変な争いに巻き込まれそうだ。
「皆様方、一先ず今日のところはおやすみください。訓練などは明日から行うつもりですので。さぁ、皆様方をお連れしなさい」
イシュタルの後ろに控えていたメイド服を着た女性達が生徒1人ずつに付き従う形で案内する。私や香織、南雲くんの元にもやってきた。
続々と広間を抜ける生徒達に続き、私達も歩き始める。
ともかく、今日は色々考えなければ、と思った時、イシュタルや残ったメイドが首を傾げながら愛子先生と話しているのを耳にした。
「おや?召喚された方が2人ほどいないようですが、申し訳ありませんがどちらに?」
「え?クラスの生徒は全員確認しましたが……」
瞬間、私達が立っていた紋章が再び光出した。広間を出ようとしていた生徒達も足を止める。
刹那の光と共に2つの影が現れる。
向かい合った椅子に腰をかけ、足を組んで優雅にティーカップを持ち上げで飲んでいる男女の姿。
このクラスのものでは無い。女性の方はすらっとした足を大胆に広げ、青いドレスを見に纏い、金色に輝く長い髪を2つに結んで流した、10人中10人が美人だと言う美貌の持ち主。
そして男の方。黒い短い髪にラフなTシャツとジーパンという女性の方と全く釣り合ってない格好。キリッとした表情と着込んでいる服の差が激し過ぎて違和感を覚える。
「ねぇ、
「うおー、すげーよソフィア。俺たちいつの間にか転移なんて魔法使ってたみたいよ」
「ほぇー、これが転移ですの?確かに一瞬で場所が変わりましたが、少々お目目に負荷がかかりますわ」
「そうかいそうかい。それよかソフィアさんや。英国淑女はそんなに紅茶を音立てて飲まないぞ。ジャムでもぶち込もうか?」
「ロシアの風習をぶち込まないで頂けますか?私は誇り高き英国淑女、ソフィア・オールドレーズンですわ。馬鹿にしないで頂きたいですわ」
「けどさぁ、口の周りにそんだけ食べかす付けてたら英国淑女(笑)ってなるよ」
「よしゃ決闘ですわ。生憎手袋は持ち合わせておりませんので、平手打ちで果たし状ですわぁ!!」
「あっぶねお前っ、それやったら戦争だろうが!!」
「黙らっしゃいっ。今日こそその表情を泣きっ面に変えて差し上げますわ!!」
「ハッ、ブーメランにして返してやるよ!!」
何やら騒々しくなった2人の雰囲気。
私はその片方、男の方をずっと見つめていた。
間違える筈がない。あの目と変わらない髪型。そして圧倒的なファッションセンスの無さ。間違いなくこの場にいるはずもない
「
私はそう叫ぶ。
こっちに気付いたのか、彼は私を見つけると目を見開いて紅茶を飲んだ。
「え?なんで居んの?」
私は、彼の姿に今日一番の安心を感じだ様な気がした。
今作のかおりんは雫ちゃんと共に押しどが強化されております。
よって、原作よりも南雲くんにグイグイ行ってハジメくんの精神をゴリゴリ削っております。
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再開
ーーー唐突の再会。感動の再会。偶然の再会。
ドラマチックかつ、まるで創作物のストーリーに準えて作られたもののように。
情熱的な場面が、彼らの目の前で起こっていた。
長身の男と、その男の胸にすっぽり埋まる身長の女。
言わずもがな蓮と雫である。
離さないと言わんばかりにギュッと抱き締め、お互いの体温を全身で感じ合う。
まるで天からの祝福と言わんばかりに、上から差し込む光が二人を照らし、より尊く涙溢れるような感動的なシーンを再現していた。
これがストーリーを一から説明されていたらどれ程の涙腺崩壊を呼んだだろうか。
最も、今の段階でもギャラリーとかしている周りの数人は目尻からツゥーッと涙を零している者もいる。
そんな事はいざ知らず、蓮に包み込まれていた雫は顔を上げると、蓮の顔をじっと見つめるのだった。
何秒、何十秒、何分と見つめただろうか。お互いの瞳を見つめ、それぞれ頬を緩めて仄かに笑い合う。
「ーーー」
雫が口を開いて何かを呟いた。しかし、なんと言ったかは分からないような一瞬。それに呼応するかのように、蓮はそっと雫の頬に手を添えて顔を近付けていく。
雫もその行為を分かってか、ゆっくりと目を瞑り、やってくる彼に身を委ねた。
『ーーーッ!?』
ギャラリーもその行為を理解し、情熱的な場面をこれでもかと言わんばかりに目を凝らして凝視する。恥ずかしがってか目を覆って見ないようにしている者もいるが、指の隙間を少し開けながらチラ見している。
ゆっくりと近付いていく二人の距離。まるでカウントダウンかのように、一刻一刻を刻むかのように一瞬一瞬が止まって見える。
後少しーーー、後少しーー、後少しー、後少しっ。
そしてーーー今。
「ーーーちょっと待ってくれ!!」
何処からともなく現れた空気の読めない男が、道場破りかのように2人を引き剥がした。
「ーーー説明してもらおうか。君は、何者なんだ?」
今日という日ほど、私は光輝を殺したいと思った日はないかもしれない。
もう少しでお互いに一つになれたと思ったのに、彼奴が間に割り込んで私と蓮を引き剥がしてきた。事もあろうに、私を抱き寄せてきて「もう大丈夫だ」なんて耳元で吐いてくるんですけど!?
○っ殺してやりたい。これ程までに殺意が湧いたのなんて、光輝に近付きたい女達が私に三人がかりで勝負を挑んできた時ぐらいよ。
あれは流石に雰囲気をぶち壊しとかそういうレベルじゃない。空気読めないただの屑。生きてる価値のないただのゴミ。
なんなの?なんなのなんなの!?絶対彼処で割り込んでくるとか常識的に可笑しいでしょ!?あんなのドラマのシーンで言うラストシーンよ!?そんな丸く収まる為にやってるラストシーンをぶち壊しに来るシナリオあると思ってんの!?そんなのただのクソドラマクソストーリーよ!!
「何者、とは?」
「しらばっくれるな!!君が雫とどういう関係で何故ここにいるかと聞いているんだ!!」
「……んー、雫ちゃんとは幼馴染かな?なんでここにいるかは知らん」
「嘘をつくな!!雫にお前みたいな幼馴染はいない。雫の幼馴染は俺と龍太郎と香織だけだ。友達ならいざ知らず、そんな嘘を突き通せると思うなよ!!」
「……マジなんなのお前。ちょっと雫ちゃん?こいつどうにかしてくれない?」
「……ゴメンなさい、今は無理よ。今、殺意を抑えるのに必死だから……」
「おぉう、なんかむっちゃ怒ってるじゃん雫ちゃん」
「それ以上雫の名を口にするな!!貴様が無理やりしたせいで雫がトラウマになったらどうするんだ!!」
いやそれお前ぇー!!!
私は今内心で光輝を袋叩きにしている。殴り○す感じで一発一発全力入拳。
あぁっ、○ねっ!!○んじまえぇ!!
「じゃあ聞くけどさ、お前は俺に何をして欲しいわけ?」
「決まっているだろ。雫への謝罪と二度と近付かないという約束だ」
「それは無理。雫ちゃんは爆弾持ちだから俺がケアしてあげないといけない。雫ちゃんの命に関わる事だからな」
「爆弾持ちだと?そんな事あるわけないだろ!!雫は普通の女の子なんだぞ!!」
「話通じねぇー」
助けを求めるかのように私を見つめてくる蓮。ごめんホントに待って。ほんとに待ってほしい。今冷静を欠くと本当に此奴を○○してしまいそうになる。
お願いだから耐えて。もういっその事私を奪い返してどっかに連れてって。
「お前が雫にこれからも近付くと言うなら、ここで俺と勝負しろ。俺が勝ったら雫に金輪際近付くな。お前が勝てば、雫に近付くのを見逃してやる」
「いやお前マジ何様?いい加減にしてくれよ。話の通じない訳でも無いのに、態とこっちの話をあやふやにしてんのか?」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!!行くぞーーーー」
ーーーバンッ!!
撃鉄音と共に、天井にあったステンドグラスの破片が落ちてきた。誰が打ったのか、そんな事を思い周りを見渡そうとすると目の前に誰かがいた。
青いドレスを身に纏った女目線で見ても完璧だと言えるスタイルを持った美少女。そんな美少女が、光輝に腕を伸ばしていた。
いや違う。ただ腕を伸ばしているんじゃない。手に何か持っている。それを光輝に向けているんだ。
私はそっと身体から腕に視線をゆっくりずらしーーー。
「ーーーそこまでだソフィア。仕舞え」
拳銃。一般人が普通は持ち歩いてはいないであろうソレを、ソフィアと呼ばれた美少女は、冷徹な瞳で光輝に銃口を向けていた。私は思わず固唾を飲む。
「……お言葉ですが、この男は貴方に対して多少なりと殺意があった。クライアントの指示通り、殺意を向けられたら問答無用で殺すという事を実行しようとしただけですが?むしろ、一発威嚇射撃にまわした私の配慮に感謝してもらわなくてわ」
「残念ながら此奴は俺の同郷だ。昔の俺みたいに、血生臭い世界とは程遠い世界に十何年と浸ってた奴らだ。向こうとは違う事を理解して欲しい」
「あらそうなのですか?てっきり私は貴方もこの男に対して殺意を抱いていたかと思ったのですが。あれ程までの魅力的なシーンで横入り、あら滑稽な事オホホホホッ」
「なんだ○ッチ。お前みたいな女じゃ男共もすぐ逃げて行くだろうな」
「なんですのヘタレ。折角覚悟を決めたら邪魔が入ってお預け。まるでイヌのようですわね。オホホホホッ」
「「あ?」」
……なんか違う争いが生まれちゃったんですけど!?
ちょっと待って蓮。その人拳銃持ってるから!!絶対○すウーマンだから!!
「……っ、なぁ君。それは本物か?」
「?当たり前じゃありませんの。持っていて当然の品物でしてよ?」
「そんなものを君が持っていては危険だ。俺に預けてくれないか?」
「?面白いことを言いますわね。ではあれですの?貴方はこの拳銃を私よりも上手く使いこなせると?」
「拳銃は使ったことはないが、君よりは上手く使いこなせるはずだ。それよりも、君のような女性が拳銃を持っているなんて俺は我慢出来ない。早く俺に渡してくれ」
「……私が、華奢な乙女に見えると?」
「ああ、だから早くその拳銃をーーー」
「ーーーよくもそのような事を言ってくれましたわね!!」
ーーーバシンッ!!
美少女の回し蹴りが光輝の顔面を捉え、後方までぶっ飛ばした。
綺麗な回し蹴りだ。素人目でも分かる完全に意識を刈り取ったであろう一撃。
私は全く影響がないまま、光輝だけを吹っ飛ばした。
「……うわー、やり過ぎー」
「こんな程度で気絶するなんて、余っ程あの男の方が華奢ですわ」
「……取り敢えず、拳銃仕舞ってくれ。みんな怯えているから」
「あら失礼。ドレスで回し蹴りなどどうぞ中を見てくださいと言っているようなものですわね」
「……だから○ッチなんだよ経験無しの似非○ッチが」
「聞こえてますわよチェリーボーイ。キスですら真面に出来ないチェリーに言われても何も響きませんわ。それに、私が迫っても顔を紅くしてやっと出来たと思ったらキスとか、ホントに貴方にはついてますの?」
「うううううっさいわ!!お前だってしどろもどろになって緊張しまくってた癖に」
「アナタノクニノゲンゴ、トテモムズカシイデスネ」
「はっ、大体お前はーーー」
ーーーチョットマッテ、キスッテナニ??
次は何時になるだろうか。
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料理人は半端な事に苛立ちを感じてる
ーーーガキンッ!!
何かが激突した。火花散らばる光景に、あるのは拳銃と光の刀剣。
馬鹿正直に眺めていた生徒達含め、周りにいる全員がその激突に唖然とした。
拳銃を握るのはソフィア。対する光の刀剣は雫。
拳銃を扱っているソフィアは所持していたからどうやって抜いたかはさておき、手元にあるのは分かる。が、雫が握る刀剣は説明が出来ない。
無意識に抜刀、その後躊躇いもなく振り抜く。それと合わせて拳銃を敢えて軌道を逸らす為に接触させて回避。
当事者だけが見えた世界。一瞬、刹那の時。殺気が満ちる2人は、誰もが手を出せない空間を作っていた。
「ーーーふぅん。その手に握る得物、それがカタナというものですか。存外、脆そうな外見ですわね」
ソフィアは雫の握る刀剣に目を向け鼻で笑う。その言葉に苛立ちを覚え雫は眉間に皺を寄せ、刀剣の握る手に力が籠る。
「……確かに刀は脆いわ。武器ではあるがすぐ鈍になる代物。でも、刃の切れ味と美しさはどんな武器にも負けない」
「悲しい武器ですわね。使い手がどうであれ、すぐにボロボロになるなんて。まるで、誰かさん見たいですわ」
「………何?私みたいだって言いたいの?」
「あら?あらあらあら??誰も貴方とは言っておりませんわ。まさか、自覚しておられるのでーーー」
瞬間、光の軌跡が目の前を横切る。咄嗟の勘で後ろに飛んだソフィアは、続く光の軌跡に対して受身を取れる状態で躱していく。
一定距離を離れ、相手の間合いから抜け出す。拳銃を握り直し、銃口を雫に向け発砲。数発の撃鉄音と共に光の軌跡がひたすらに描かれた。
「……銃弾を切った。そんな芸当、初めて見ましたわ」
「ーーーシネ」
全体重をかけた心臓部を狙った刀剣の突き。それをさも当然かのように受け流し、懐に潜り込むソフィア。それに対処しようとする雫は体を反転、後ろから斬り込む形で刀剣握り直した。
「ーーーっ」
どちらの呼吸か。荒々しくされた呼吸が聞こえた刹那、ソフィアと雫の視線が交差する。
「ーーーふっ」
雫が刀剣を振り抜くと同時に、ソフィアは胸元からバタフライナイフを引き抜き刀剣を受け止める。
「ーーーなっ」
「ーーー油断しましまわね」
受け止められた事に唖然とし、雫は一瞬気を緩めた。そこを一気に畳み掛けるように、ソフィアは腕を交差させて拳銃を突き出し、引き金を引く。
「ーーーっ!!」
雫は無意識に眼に力を入れていた。それは銃弾を見切ろうとしたのか、負けると無意識に思い涙を堪えたのか。定かではないが、雫はこの無意識の行動に、更に無意識に集中していた。
見える弾丸。飛び出したのは3発。今の位置からだと当たる場所は眉間と右頬と鼻辺り。斬ることは、不可能ーーー。
ならばと、雫は次に全身に最速で指令を出した。ほぼ空中を舞う雫の頭の中では、何百通りの回避行動が浮かび上がる。思考が完全に容量オーバーしているが、今の雫には気にする余裕すら残っていない。
(ーーー蓮は、私のものだ!!!)
ひたすらに思うのは蓮への思い。好きな表情、好きな所、好きな料理、好きな時間。甘く蕩けるような蓮との思いが紙に殴り書きするかのようにつらつらと思考を駆け巡り、雫の思考の大動脈として押し上げていく。
そして閃いた思考。臆せず雫は全身を動かす。
交差するバタフライナイフを押し、反動で後ろに下がる。続いて背筋で上体を起こし海老反り。刀剣を前に翳し、命中する弾丸を受け止めた。
「ーーーっ、貴方、人間辞めてますわね」
思わずそう口にしたソフィア。雫はひと睨みすると、海老反りから体勢を立て直して着地。そのまま刀剣を下段の形からーーー。
「ーーーいやストップストップ!!」
突然の停止コールに雫は動きを止めた。対するソフィアも動きを止める。
間に入って来たのは、他でもない蓮であった。
「……なんで止めるの!?私は、貴方の事をーーー」
「ーーーあら、盗まれたから奪い返そうと?私から言わせてみれば、貴方の方が私から盗もうとしたーーー」
「ーーーいいから黙れ!!」
蓮の怒声が2人の言葉を止める。雫ですら聞いた事のない彼の怒った声。思わず目尻に涙を浮かべ座り込んでしまう。
「……雫、一体どうした?お前がそんなにも暴力を振り回すなんて信じられない」
雫に歩み寄った蓮は、座り込んだ雫と目を合わせる為に膝をおる。
「……っ、あ……っ、ご、ごめん……なさい……」
「雫、大丈夫。だから、落ち着いてくれ」
「………ごめん、ごめんなさい……。蓮……嫌いに、ならないで………」
「俺は雫の事、嫌いにならないから。だから、話してくれないか?」
そっと、雫を包み込む。背中に手を当てて、ゆっくりと撫で下ろす。
「……蓮が、あの女にっ、とられる……かと、思って……。どっかに……っ、行っちゃうかと思ってっ…………」
涙を零し、鼻声でゆっくりと言葉を吐く。蓮はそれに対ししっかりとした聞く耳を持って聞く。
「心配しなくても、俺はどこにも行かないよ。折角逢えたんだから、ずっと雫ちゃんの傍にいるから」
「……ほんとに居なくならない?もう私の前から……、居なくなったりしないで」
「大丈夫だから、約束するよ」
「……うん、ありがと」
腕の中で落ち着いた雫を宥め、蓮はチラリとソフィアに目を向ける。
何だか腑に落ちない表情を浮かべ、拳銃とバタフライナイフをしまうソフィア。2人の間には既に会話を必要としない阿吽の呼吸が存在していた。
「……甘過ぎますわ。そんな事だから貴方は……」
「残念だけど、これが俺だから。それに、いきなり俺の知り合いがドンパチし合うのを黙って見てられる程、2人に無関心じゃないから」
「……フフっ、貴方にそう言われるのなら、悪い気はしませんわ……少しだけですが」
「ほんと素直じゃないな全く。……さて、この空気どうしたらいいですか、皆さん?」
ーーー『えっ、ここで振るの?』
突然の振りに全員がそう心の中でツッコんだ。
「ーーーでは、改めて。まずは身体を休めましょう。今茶菓子を運ばせております」
雫と美少女ソフィアの戦闘が終わり、全員は巨大な机が広がる一室に案内された。一人一人が席に着く中、雫は蓮の膝に座り猫のようにじゃれついていた。最早、今の雫に誰もツッコむ事が出来ず、放置という形で場に留まっていた。
暫くして、ドアからカートを引いたメイド達がやってきた。白生地にフリフリの装飾を附けた生メイド。思わず男子達はスタンディング。それぞれにメイドが付き、ティーカップとを置くと紅茶を注ぎ会釈を一つ。それにも思わず男子達は目を輝かせた。
が、それは大半の男子生徒達の話で、まず香織に腕をずっと絡まれているハジメは頭を固定され、香織しか見る事が出来ないようにされており、蓮も蓮で雫に構えと苦笑いでそれどころではなかった。最も、蓮にとってはどの子も娘のような存在なので、単純な可愛いなとしか思えないのだが。
「ありがとう」
自然と出た感謝の言葉。更に本人は気付いて無いだろうが笑顔がプラス。顔の整った異性が自分にだけ笑顔を向けるというのは心掴まれるものであり、そのメイドも思わず赤面してしまう。それを面白くないと思った雫は更にべったりと身体を密着させた。まるで、自分の物だと言わんばかりに。
「……全く、馬鹿な人だ事」
ソフィアはチラリと雫に目配せすると紅茶を1口。が、現役英国淑女にこの紅茶は口に合わなかったらしく、つい顔に皺を寄せて渋ってしまった。
「口に合わなかったのか?」
「……えぇ、注ぐのがド素人ですわ。茶葉を浸しすぎて渋味が強くなって、とても飲めるものじゃありませんわ」
「どれ……、確かにこれは何とも……。飲み慣れてる人からしたら邪道かもな」
失礼と、蓮は席を立つ。雫は一旦席に座らせる。
「……ねぇ、どこ行くの?」
「すぐ終わるから待ってて」
蓮は近くにあったカートの上にあるティーポットを開け、中を確認。あららと、困ったような表情をする。
「……どうかなさいましたか?」
突然の事に給仕をしたメイドが問い掛けてくる。
「いやね、少し紅茶の入れ方をレクチャーしようかなと」
そう言うと、カートに常備されたティーポットを掴むと、蓋を開けて中に茶葉を入れ始める。蓋を占め、軽くティーポットを譲りそっと動きを止めた。
「ここにいるメイドさん達は余り給仕をした事がないらしいね」
その言葉にイシュタルは眉を顰め、反論する。
「……どういう意味ですかな?」
「言葉通りの意味ですよ。普通、お客さんに飲み物を出す時は道具を使って正しくティーカップに注ぐのが基本。でもここにいるメイドさん達は道具を上手く扱えてない。しかも、熱湯の量ですら分かってない。これで、慣れてるなんて言わせないで下さいよ?」
鋭い視線がイシュタルを突き刺す。その目は冷たく、全てを凍らせる絶対零度。イシュタルの表情は至って変わらないが、脂汗を滲み出していた。
しかし、ソフィアを抜いた全員は何故蓮がここまでイシュタルを睨みつけているのか理解出来ていなかった。
「……お、おい。あんた、何そんなに怒ってんだよ……?」
全員を代表して、龍太郎が蓮に恐る恐ると言った感じで問う。
ソフィアは呆れの篭ったため息を吐き、その姿を見た蓮はやれやれと言った感じでソフィアの心情に同情する。
「俺達は突然ここに飛ばされた。そしてさっきの話を聞いた限り、戻る手段は今の所はない。そうだよな?」
「あ、ああ。イシュタルの爺さんがそう言ったから……」
「そうだ。俺達は勝手に呼び出されて人間種の為に戦ってくれと言われた。帰るという選択肢を消し、戦う事を半ば強制しようとして」
「ちょっと待ってくれ!!イシュタルさんは強制しようなんてーーー」
「ーーー強制しようとしたのはあんただよ。聞いた話だと、相手の情報も分からずに感情に任されて全員の心を揺れ動かした。まぁ俺の言い方が悪いが別にそれに対してが悪いとは思ってない。そういう選択肢もあったって言うだけの話だ。で、今全員の心には戦うしかないという気持ちが強い人が多いはずだ」
その言葉に全員が顔を見合わせる。確かに、男子の大半と女子の一部では戦う事を決心しようとしていた生徒が多く見られている。
が、これとさっきの紅茶の話は全く関係無いと全員が首を傾げた。
「まぁ言うなれば俺達は強い力を持った人間だ。これから俺達は戦士か兵士か、それとも勇者になるのかは知らんが、俺達は状況はどうであれ、招かれた人間だ。強さに関係無く、外部から呼ばれた客人だ」
「だから、一体なんのーーー」
「ーーー気付かないのか?俺達が馬鹿にされている事に」
その言葉に全員の表情が唖然に変わる。
生徒の中で誰一人とてその言葉を理解出来ているものはいなかった。
「いいか?まず、客人に飲み物を出す。これは相手に対して『遠い所から御足労』『まずは一息つけましょう』と外部の者をもてなすに当たっての最低限のマナーだ。これがこの世界でも共通してるかは分からないが、俺は飲み物が出されたから敢えてそう考えよう。そして、今俺たちに出された紅茶は失敗作だ。こんなもの、よくも客前に出せたなと投げ付けていいぐらいのな」
咄嗟に全員が紅茶に口をつける。確かに思っていたよりも苦い。紅茶自体も何だか濁っているように思える。が、それはあくまでこの世界の物がこの出来だと考えるのが普通ではないのかと、全員がまた疑問に思う。
「たとえその出来だとしても、それがたとえ高級品だとしてもだ。普通は異世界から来るんだから口に合いそうに無いものは出さないだろ。そういう気遣いがそちら側にはないのかって言いたいんだ」
「……それは、ただの妄言でーーー」
「ーーーそれと、なんでこんなにも美形で距離の近いメイドが用意されてる?大方ハニトラ目的で男子を悩殺させてこの世界に縛るなりなんなりしようとしたんだろ?まるでこの程度でコロッと行くと思われてる事に俺は馬鹿にされてるとしか考えられない」
蓮は茶漉を手に取りティーポットを傾けて紅茶をティーカップに注ぐ。モワモワした湯気と茶葉の心地良い香りが部屋中を包み込む。
「……ほら、こんなにも色の薄い紅茶が出来ました。さぁ、御賞味あれ」
ソフィアと雫、そして蓮の給仕をしたメイドにティーカップを渡す。先程のものと見比べてみると違いは明らか。ソフィアと雫は迷うこと無く1口。次いでメイドも恐る恐る口元にティーカップを近付けた。
穏やかな香りが鼻からすぅーっと入り込み、身体が自然とリラックス。次いで口の中に広がる香りと程よい液体の温度がそっと、身体を温めていく。
「……お、美味しい」
「フフっ、流石ですわね」
「……ふぅ」
それぞれが満足気な表情で紅茶を飲み干し、そっと、ティーカップを置いた。蓮はその表情を見るや満足気に笑みを浮かべるとすぐにイシュタルに目を向けた。
「……どうやら、俺の妄言ではなかった見たいですね。さぁ、俺達をコケにした事、どう落し前つけますか?」
鋭い眼光で、蓮はイシュタルを睨みつけた。
次は何時になるだろうか。
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束の間の休息は何処
「………いやはや、少しばかり神経質になっておられる。しかし、気分を害されたというなればこちらに非がある。深く謝罪をさせて頂きたい」
ペコッとイシュタルは頭を下げる。それに続いて周りのメイド達も慌てて頭を下げるのだった。
ピリピリとした雰囲気の中、取り残されている生徒達は黙って行く末を見守るしか出来ない。
「……まぁ謝罪は受け取りますけど、そうやって無責任な行動は謹んで頂きたい。ましてやこちらは完全な被害者。受け取った力で貴方の寝首を狩るかもしれないので、金輪際しないで頂きたいな」
「……肝に銘じておきましょう。では、教養のあるものに入れさせますので、一度下げさせていただきます」
パンパンと手を叩くと、メイド達はカートを引いて退出して行く。まるで分かっていたかのような一連の動きに疑問を感じながらも、蓮はスタスタと元の席に戻っていく。表情は納得出来ていないようではある。
「……それでは改めまして、まずこの世界についてのお話は先程した通りでございます。皆様にはどうかそのお力を奮って頂きたいと言う次第。先程仰られたように、この争いに勝利すれば帰還できる手段も見つかるのは十分に考えられます。どうか前向きな御検討を」
白々しいと言えばそれ迄だが、確証も保証も出来ないこの状況。何が正しくて何が間違いなのか誰一人として分かるはずもない。
前向きな検討等と言っているが、実質選択肢等1つしかないに等しい。生徒達の表情に影を指す。
だがそんな中でも、誰よりも前向きに考える生徒が居た。
「……さっきの言葉通りです。俺は戦います!誰かが困っているなら、力を持っている俺達が手を差し伸べるべきだ!!」
「光輝の言う通りだぜ。俺も戦ってやるよ」
そう言うのはクラス一の正義感溢れるイケメン天之河光輝と、クラス一ガタイのいい親友坂上龍太郎であった。それぞれやる気に満ちた表情が輝いて見え、他の生徒達の心を揺さぶっていく。
「おぉ、有り難きお言葉。何故貴方方が勇者様として召喚された理由を理解しましたぞ。そのお心、大変広く雄大で在られる。さぞ他の方からの信頼もお熱いでしょう」
イシュタルは満足気にそう呟いた。
確かにと、生徒達は光輝が常に前に立って引っ張って行ってくれる事を何度も体験している。彼の考え方は兎も角、リーダーシップを取れる誰かは今この瞬間には必要。生徒達の心は光輝に次第に惹かれていった。
「ちょっと待ってください天之河君、坂上君!!私は反対です!!」
異を唱えるのは担任の教師である愛子先生だ。広間でも、彼女は争い事に生徒を巻き込むなと反論したのは彼女だけだった。ぷりぷりと怒るその見た目とのギャップが可愛らしさを強めているが今はそこは問題ではない。
思わず机から乗り出して落っこちそうになる。
「……先生。困っている人がいるんですよ?俺達には力がある。それを役立てなくてどうするんですか!」
「人助けどうこうはこの際構いません。私は、争いだとか戦争だとかに生徒達が関わって欲しくないだけです!もう一度考えて、今じゃなくともまた後で答えを出せばもっと冷静に考えられます!」
「それじゃあ困っている人達が救われない!早く答えを出して多くの人を助けられるようにしないと、俺達の居る意味が無いでしょ!」
言い合いはヒートアップしていく。生徒達からすると、異世界に来たというのは今や憧れの1つと言っても過言では無い。アニメやゲーム等にのめり込んでいるオタクならその気持ちは強い。自分がカッコよくなりたいからと、自身の欲望のみを強めた思春期特有の感情が、今の光輝の頭の中をぐるぐると回っているのは目に見えている。最も、光輝の頭の中には更に拍車をかける何かがあるようだがこの場合は自愛する。
対する愛子先生からすると、生徒達は親御さんから預かっている大事な子供だ。教育、生活、そしてこれからの社会に進出する為の知識を教える為に、学校という枠組みでの信頼と信用を受けて預かっている生徒達だ。職業柄生徒達を大切にするとは考えているが、愛子先生は自身の気持ちでしっかりと生徒達を守りたいという意志を感じる。
「貴方達はまだ子供なんです!!そんな危ない事、させられるわけないじゃないですか!!」
「今は子供だのなんだの関係ありません!!イシュタルさんっ、俺は戦います!必ずっ、人々を救ってみせます!!」
「やめてください天之河君!!命に関わる事なんですよ!?もし命に関わる大怪我をしてしまったらどうするつもりですか!!」
「そうならないようにこれから訓練するんだ!!そんなに戦いたくなかったらっ、大人しくしていてください!!」
声を張り上げて、光輝は愛子先生にそう言った。最早愛子先生では彼の心には 声を届ける事は出来ないらしい。
力無く椅子に座り込む愛子先生。それを誰も慰める事も無く、光輝に対して反論する生徒もいない。静寂だけが部屋の中を支配する。
「………お話はお済みな様子。ではこれからお部屋にご案内致します。明日朝食にお呼びしますのでそれまではご自由にお寛ぎ下さい」
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長い話が終わり、全員に割り振られた部屋に案内された生徒達は泥のように眠りについた。今日だけでも濃い1日であったのは言うまでもなく、これからの不安感と恐怖がまだ成長しきれていない生徒達の心に負荷をかけている。せめてもの救いで身体が睡眠という手段に入ってくれた事はきっと幸いなのだろう。
そんな中、一部の者で起きている者がいる。雫もその1人である。
雫は1人、窓から覗く真ん丸の月を憂鬱そうな瞳で眺めていた。不安や恐怖と言うよりも、怒りの色がとても強い。ブスッとした不貞腐顔で肘をついている。
「………雫ちゃん?眠れないの?」
ベッドの上でゴロゴロ転がっていた香織が上半身を起こして雫にそう尋ねる。
「……それは香織も同じでしょ?さっきからゴロゴロ転がってるけど。何か気になる事でもあるんじゃない?」
「んー、確かにあるけど、仕方ないかなーって割り切ってはいるよ?男女だと周りが五月蝿そうだしね」
「……案外、勇者様同士の子供は世界を救う存在になるかもね」
「えっ、それはいい事聞いたかも。早速行ってくる!!」
「ちょっ、待ちなさい!!冗談っ、冗談だから!!」
頭のネジが外れた香織を必死に抑える雫。普段よりもハイテンションな香織を見て、香織も香織なりに考えたくない事があるのだろうと雫はそう納得する。
が、それは雫も同じ事。嫌な自分の一面から、必死に顔を背けようとつい何かで気を紛らわせたくなる。
考えるのは昼間の一件。衝突する光輝と愛子先生の姿。崩れ落ちる愛子先生に声をかけることが出来ず、最後まで黙って見ているしか無かった。最も、隣に座る蓮とソフィアは何食わぬ顔で紅茶を飲んでいたが、見知った人があれだけ情緒を変えていたのだ。どんな印象であれ、頭の中から離れる事はないだろう。
「……なんだか、怖いな。これから、どうなっちゃうんだろう……」
「……大丈夫よ、香織。いざとなれば、何処かに永久居住よ」
「そう、だよね。いざとなれば、南雲くんと家庭を築けばそれで……」
「ゴールインしか見えてないのね。……私には敵が現れたって言うのに……」
「あの美人な人だよね?私の目から見てもすっごい美人さんだなって思ったよ。スタイル良いし、蓮くんだっけ?お互いに距離近かったし」
「……許せないわ、あの泥棒猫。私の蓮に色目使いやがってくそビッチ……」
「雫ちゃん。言葉汚いよ」
あら失敬、と口元を抑える。
雫の脳裏にはソフィアと一戦交えた光景がフラッシュバックしている。どこからともなく現れた刀を振るい、実弾の入った拳銃とバタフライナイフと一般人では持ち合わせることが絶対無いであろう凶器をソフィアは扱っていた。そしてその熟練度。並の 大抵ではあの技量は培えないであろう技術。そして判断力の高さと無駄の無い動き。ドレスという動きに制限がかかる服装で彼処まで出来るのは最早常人の域ではないだろうか。
「……今すぐにでも蓮の部屋に行きたい」
「寝てるかもしれないよ?」
「あの女狐と一緒に居るのよ?どんな事されてるか考えただけでも恐ろしい……」
「……されてる前提なんだね」
「当たり前じゃない。蓮は魅力的なのよ?私の将来の旦那様なのよ?そこらの男と一緒にされたら困るわ」
「……私も大概だけど雫ちゃんも大概だね」
「貴方、自覚あったの?」
「割と」
お互いに自身のヤバさを再認識した2人。すると、コンコンコンと扉が叩く音が聞こえる。月が見えるとはいえ、感覚的には19時前後。雫も蓮の部屋に侵入しようとしていたので誰かが部屋にお邪魔しようとする事には驚かないが、誰がこの部屋に用があるのかと考えた時、嫌な予感が浮び上がる。
「……誰だろう。はーもぐぅっ」
「静かにしなさい。誰かも分からないのに不用意に開けてはダメ。これがもし光輝だったらどうするつもり?」
「え?しばく」
「それは同感。……それはともかく、この部屋には私達2人で女子よ。この世界に来て男子に色仕掛けを使ってきたとなれば……」
「っ、そっか。次は私達女子に……」
「そう考えるしかないわ。だから私達は寝ているという事でやり過ごした方がーーー」
「ーーーゴメンな雫。起きてるか?」
「うんっ、起きてる!!」
「雫ちゃん!?」
意中の相手には勝てなかった模様。
「こんな時間に悪いな。あの後ちょっと探索しててさ」
「……探索?蓮にしては珍しい行動ね。あれだけ料理脳だったのに」
「まぁこの状況なら色々と知っときたい事があるんだ…………けど、取り敢えず雫ちゃん。なんでそんなに怒ってる?」
ブスーと頬を膨らませ、私不機嫌ですと表情で表す雫。蓮の隣にはベッタリと女狐こと、ソフィアが何食わぬ顔で座っているのが原因だと言うことは、お教えしなくてもご理解出来る事だろう。
その姿を見たソフィアは負け犬がと鼻で笑い、瞬間雫の表情に殺意が強く滲み出す。
「……なーに、負け犬。そんなに隣がよかった?」
「……喋らないで女狐。今殺意を抑えるので必死なのよ……」
「誰に殺意を向けてるのかしら?私には弱々しい犬風情が屈服しているようにしか見えないわ」
「女狐の分際で。貴方だって蓮に腰を振るしか能が無いように見えるのは気の所為かしら?あら、万年発情期でいやらしい小物だ事」
「ふふふっ、彼の性癖を理解できてないなんてそれでも本当に好意を抱いているのかしら?これは清楚よりビッチの方が好印象なのよ」
「は、はぁっ!?そそそそそんなわけ無いじゃない!!昔蓮がビッチは嫌いだって言ってたの覚えてるんだから!!」
「いつの話をしているの?人は歳をとり大人になるのよ?これの抑えられない性欲で自身の癖がねじ曲がってしまった結果、性という欲望に忠実なビッチなる存在に歩みを寄せた。そんな彼の隣に私がいるのは必然よ」
「ぐぬぬぬぬっ、何よっ!女狐!あんたなんてなんでも出来ちゃいそうですぐ蓮に愛想つかれて捨てられちゃいそうな見た目してるのがとっても可哀想ね!!」
「……はぁ?愛想つかれそう?何を言ってますの?負け犬よりもなんでも出来るこの私を捨てるなど有り得るわけないじゃない」
「蓮は面倒みがいいのよ!私みたいに手のかかる女じゃないと蓮にすぐに捨てられちゃうんだから!!」
「雫お前言ってて恥ずかしくないの?ていうか俺の性癖どうこう言うのやめてくれない?」
「成程、やっぱり好きな人の性癖はしっとかなきゃ駄目なんだね」
色々とカオスな光景になってしまったこの状況。誰が止める訳もなく、蓮の羞恥を刺激する無駄な時間が過ぎるのであった。
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「………落ち着いたところで、改めて自己紹介いいかな?俺は川崎蓮。一応雫ちゃんの幼なじみになるのかな」
「あ、御丁寧にどうも。私は白崎香織です。雫ちゃんの1番の親友やらせて頂いてます。あ、後幼なじみです」
「いっつもウチの雫ちゃんがお世話になってるみたいで。ほら、よくポンコツになるでしょ?自分でストレス抱えて爆発しちゃって、色々と苦労かけさせちゃってるよね?」
「いえいえ、それを含めて雫ちゃんですから。私も、雫ちゃんとは同じ目的の元、切磋琢磨させて頂いてます」
「同じ目的?じゃあ君も剣道を?見かけによらず熱い女性だね」
「えっ?」
「え?」
「……2人とも、ちょっとこの女狐と置き去りにしないで」
「同感ですわ。早く飼い主の元に戻って行きなさいこの駄犬」
「……なに?私の事言ってるの?」
「あら?反応するという事は自覚があるので?」
「調子こくなよクソ女狐が」
「言ってなさい能無しの駄犬風情が」
「戻るから仲直りしてくれない?さっきから悪口しか言い合ってないんですけど」
「ごめんね雫ちゃん。雰囲気作っちゃって」
「ねぇ?香織?それは煽りなの?香織だけに煽りなの?今この状況でよくもまあその言葉を言えたわね」
「きゃー、今度は私にヘイトが集中しちゃったよー」
「……おたく随分と楽しんでますね」
修羅場によるカオスは、よりカオスになっていく。
蓮と香織の挨拶も終わり、雫はくぅんくぅんと犬の如く蓮の胸の中で頬擦りに呈す。負け犬だの駄犬だの言われておきながら、犬の真似をするのは如何なものか。
「……それで、その。こちらの美人さんはどなたですか?」
「あら貴方、見所があるじゃない。面と向かってそう言ってくれる人、私的には好印象よ。この男の愛人として認めます」
「あはは……。私、今好きな人がいるから……」
「玉砕したら教えなさい。この男のものになれば将来安泰よ」
「おい、何が愛人だ馬鹿。だいたい、正妻もいないのになんで外から埋められなきゃならんのだ」
「あら?彼女が愛人になる事に否定はしないのね。この獣」
「は?どういう事よ蓮!!私を捨てて香織にうつつを抜かそうとしてるんじゃないでしょうね!?」
「ないないないないっ、誤解だって!今本人も言ったじゃん好きな人がいるって!そんな人に態々言う必要ないだろう!」
「焦らさないで。……後、正妻はこの私よ」
「は?犬が人と対等に並べるわけないでしょう?犬は犬らしくペットでいいですわ」
「は?女狐こそ、動物なんだからペットじゃない」
「私は一言も正妻を名乗った覚えはなくてよ。第一、この男と私はそのような関係ではありませんの」
「……何よ、なんか言い方が変ね」
しかと聞け、ソフィアは立ち上がると堂々とした態度で胸を張る。雫よりも大きい双丘がぶるんと揺れる。
「私は英国陸上要人護衛部隊が1人、ソフィア・オールドレーズン。政府より正式に任に着いたMr.川崎の護衛ですわ」
「……護衛?しかも政府?つまり国から軍隊に依頼されて護衛してるの?」
「あら?足りない頭でよく考えられましたね褒めてあげましょうよく頑張りました」
「……癪に障る。けど、蓮ってフランスに留学じゃなかったの?」
「ちょっと事情があってね。留学の更に留学というか、なんというか……。まぁ、言えないけど今は英国にいたんだ」
「私と同い年で留学か〜。凄いなぁ〜」
「留学と言っても、学校に行ってる訳じゃないよ。学生の身分としては留学の形を取らないと色々とやってくれないんだ」
「でも学校に行ってないと帰ってこいって言われないの?」
「あくまでプラスとなる事をしてるからいいんじゃない?って勝手に理解して過ごしてたからそんなに気にしなかったけど。まぁそんな事は今どーでもいいし」
「随分とあっけらかんね……。で?なんで護衛が必要な程重要視されてるの?」
年端もいかない子供に護衛など、相当な理由がなければ出来ないだろう。雫の知らない間に蓮はどこか違う存在になってしまったと感じ、顔を顰めてしまう。
「そんな顔するなって。大丈夫だから。俺はもうどこにも行かないよ」
そんな表情を見た蓮は、優しく雫の頬を撫でる。
「……うん。ごめんね」
「気にしなくていい……。で、護衛が必要な理由なんだけど、まぁこれがまた複雑でね。俺は最初フランスで星付きのお店にいたんだけど、英国のお偉いさんのお眼鏡にかかっちゃってね。なんやかんやあって英国のトップクラスのお店で働くことになったんだけど、これがまたお偉いさんが俺の事を気に入る気に入る。いつの間にか動物園のパンダ状態になっちゃってさ。お偉いさんがそれぞれ外掘りを埋めていく過程で女性の護衛を寄越すようになってさ。ソフィアもそのうちの一人って訳」
「私と彼は年が近かったのと、そのお偉いさんの中に私の血縁者がいらっしゃった事もあって、私は特にこの男と過ごす羽目になってしまったわ」
「そんなに気に入られたの?……なんかした?」
「俺にも身に覚えがない。オーナーとかシェフに聞いても、『強く生きろよ』なんて言われたらはてなマークしか浮かばねぇよ」
「……なんか、すっごく怖いね。ほんとに留学してたの?」
「怖いのなんの。血が流れるなんて日常茶飯事で恐ろしい事この上なかったさ。俺なんでここにいるんだ?って毎日思ってた」
「……苦労したのね。さ、慰めてあげる。私に甘えて?」
「抱き締めてるだけでも十分に慰めてもらってるよ。雫ちゃんこそ、あんまり貯めちゃダメだからな」
「キュンキュンしちゃうっ。わたし、蓮キュンだいちゅき……」
「うわぁ……、雫ちゃんが幼女思考になっちゃった……」
「チョロすぎやしません?護衛の中でもこれ程までにチョロかった女性はいませんでしたわ」
「これが雫ちゃんなんですよ。恋愛クソザコナメクジな、可愛い可愛い雫ちゃんです」
「成程、やっぱりこの女は駄犬で合ってるわね。よりしっくり来たわ」
その後、香織の話が始まり、雫の可愛かった話や恥ずかしい話を暴露していき、恥ずかしがる雫とそれに便乗して話し出す蓮。雫を最後の最後まで煽りに煽っていくソフィアが雫といがみ合うという、昼間の状況とは打って変わって楽しい一時を過ごすのであった。
だいたい自分の性癖が分かってきた。
真面目な苦労人や誰かに気を使って自分を押し殺しているおにゃの子をデレッデレに甘やかして甘えさせてペットにしたいと!!
次は何時になるのやら……
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