【完結】害虫生存戦略 (エルゴ)
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Prologue

(ちゃんとした連載は)初投稿です。
のほほんさん要素はないです。


 

 失敗作として生み出され、使い捨ての道具として消費される命だった。

 そのことに疑問を持ったことはなかった。周りもそうだったし、それしか知らなかったから。

 毎日毎日毎日毎日よくこれだけの実験を思いつくなぁと考えながら、次々入れ替わる兄弟達を尻目に“何か”を埋め込まれた胸をさする。

 いつも通り、数えるのも面倒な量の薬を飲み、打たれ、その副作用でのたうち回った後。何度見たかわからない顔ぶれの監視員らと向かい合う。

 

「こいつも運がないよなぁ、よりによってこの実験を引いちまうなんてなぁ」

「それを言ったらここに生まれてきたこと自体が特大の不幸だろ?」

「違いねぇ、ははははは」

 

 この声も聞き飽きた。ガラス一枚を隔てた俺の境遇を、自身と比較して優越感に浸っている。そうやってひとしきりこちらを笑ってから本題に入る、この流れも毎度のことだ。さっさとチェックを済ませて部屋に戻りたいんだが。

 

「あの……」

「ん?」

「早くチェックしてもらえませんかね? 今日も疲れたんで」

 

 あまりに待たされるもので、つい声をかけてしまった。この流れも

 

「おい! モルモットの分際で誰に向かって」

「まあ待てよ、こいつの寿命なんてもう数えるぐらいのもんなんだ、これぐらい許してやろうぜ」

「チッ、じゃあ始めるぞ、先ずは──」

 

 何枚もの紙にペンを走らせながら幾つもの質問を飛ばす。その全てに包み隠さず正直に答える。どうせ隠したところで意味はない。一度適当に答えたときには再検査やら何やらでひどい目にあった。

 

「──よし、これで終わりだ、さっさと部屋に戻れ」

「……はい」

 

 今日も生き延びた。今朝よりも人数の減った部屋の中、数少ない娯楽である本を取る。ここにいる者は教育により最低限の知能は得ており、監視員の気まぐれで置かれた本ぐらいなら読める。正確には得られなかった者は廃棄されているだけだが。

 右手で本を捲り、適当な関節をぱきりと鳴らす。いつからか、ただなんとなく思考が変わる気がして染みついた俺の癖。

 しかしこの本も何度手に取ったことか。この施設にいると新しい何かが起こることはほとんどない。やれ誰かが脱走して処分されたとか、無事に帰ってきたと思ったやつが目の前で大量に体液を噴射して死んだとか、そんなことも月に数度起これば日常だ。

 とにかく俺はこんな日々に飽き飽きしていた。最も俺以外の失敗作は毎日怯えたり、脱走の計画を立てたりと退屈しなさそうだが。

 

 くだらない。そんなことが無理なことぐらい、とっくにわかっているだろうに。

 

 俺だって外に出たくないわけじゃない。実験に怯えたり、脱走も計画したこともある。でも駄目だった、駄目なんだ。鍵のかかった扉、分厚い壁、鉄格子の嵌められた窓、どこに隠されているのかも把握しきれない数の監視カメラ。今頃監視員はモニターの前であいつらを嘲笑っているだろう。

 一度だけ外を見る機会があった。周りは海に囲まれていて、飛び込んだところでヒラメやカレイとご対面、船が奪える程緩い警備でもなし、奪えたところで運転なんてできるわけがない。つまり俺たちは、ここに来た時点で詰んでいる。

 そもそもここを出てどうする? 戸籍もない俺たちがどこでどうやって生きられる? 寿命だって、散々弄り回されたこの体が、後どれだけ生きられるかわからない。

 無駄なんだ、余計な希望を持って処分されるぐらいなら、こうして実験と退屈な日々に耐えて大人しくした方が少ない寿命を無駄にしないで済むだろう。

 生きたところで、何も成せはしないけれど。

 

 だが、それでも。もし外の世界で生きられたなら、その時は──

 

 そこまで考えたところで、突如として起きた爆発に俺の意識は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 目覚めた瞬間、何かが焦げたような臭い、天井には大穴が空いて、辺り一面に瓦礫の山。馬鹿でもわかる異常事態だ。

 どれだけ気絶してた? 他のやつらは……いないな、置いてかれたか。周りに誰もいないことを感覚で察し、ならば自分もと避難を試みる。しかし体に力が入らない。腹に違和感も感じる。不思議に思い目をやれば、

 

「ああ、なるほど。これは無理だな」

 

 折れた鉄筋が深々と突き刺さっていた。赤黒い血が溢れ、衣服と床を染めている。これでは動けるはずもない。むしろ今意識があるだけで奇跡だろう。もし鉄筋を抜いたところで、更に出血して死ぬことは間違いない。

 当然助けは来ない。ここで死ぬ。そして何もなくなる。

 ああ、まさかこんな形で終わるとは、てっきり実験動物として、使い潰されると思っていた。それがこうなるとは夢にも思わなかった。死が近づいていることを知り、天井の大穴から空を見上げると、思わず言葉が溢れる。

 

「まだ、死にたくない、なぁ…」

 

 自分に、こんな想いがあったとは、自分でも気づいていなかった感情に、戸惑いを覚えながらも、口は動き続ける。

 

「外の世界を見たかった」

「海で泳ぎたかった」

「空を飛びたかった」

「色んな物を食べてみたかった」

「学校に行ってみたかった」

「友達がほしかった」

 

 黙っていれば幾分か生きながらえることができるとしても、言葉は止まらない。誰に聴かせるわけでもなく、与えられた知識から生まれた小さな願望が流れ出る。そしてそれらは、ただ一つの願いに集約された。

 

「もっと、生きたかった」

 

 少しづつ感覚が失われ、最期に空へ手を伸ばす。当然何も掴めはせず、力なく胸の上に落ちる。一瞬小さな鼓動を感じ、そのまま手の感覚も失った。

 そして、

 

「あ……」

 

 現実か、幻か。薄れゆく視界の中で、マゼンタの髪が揺れていた。

 

「おおーい、生きてるー?」

「へ?」

 

 唐突な問いかけに間抜けな声を上げ、再び意識は暗転した。

 

「あれれ、死んじゃった? まーいっか、拾っちゃお」

 

 

 

 

 聞き慣れない電子音。柔らかい何かに包まれた感触。腕には針が刺さっていて、視界の隅にある袋に繋がっている。ここはどこだ? 俺は死んだのか?

 状況を掴めずに目だけを動かし続ける。数分それを続けているうち、幻覚で見たマゼンタが近づいてきた。

 

「お、起きた起きた。気分はどーお?」

「こ、こ、は……? あ、なたは…何、者?」

「うーん。質問してるのはこっちなんだけど……しょーがないか」

 

 やれやれと呆れたような仕草をしながらも彼女は少し嬉しそうに、その場でくるくると回って、びしぃっ! と謎のポーズを決める。

 

「私は篠ノ之束、()()インフィニット・ストラトスを開発した天()! 細胞単位でオーバースペックな、天然の完成された人間であり、さっき死にかけの君を拾った大恩人さ!」

「……」

「驚いて声も出ないかー。そうでしょうそうでしょう。君みたいななり損いじゃ一生目にすることない存在だからねぇ!」

「いやあの……インフィニット・ストラトスって何ですか?

「はあ!?」

 

 驚愕の表情で大声を上げた彼女は俺が本当に知らないことを理解すると何やらぶつぶつと呟き始める。それよりも早くこの状況を説明してもらいたいのだが。

 

「何で知らないんだよ……所詮実験動物だからかな? やっぱ上が阿呆だと色々雑だな……拾ったの失敗だったかな……」

「あのーすいませn「何?」その、【拾った】ってところ、もう少し詳しく教えてもらっても……?」

「ああー、そうそう。今話すから」

 

 すっかりテンションの下がった彼女は面倒くさそうな様子を隠しもせずにここまであったことを話し始める。

 

「まず、君の居たところは【織斑計画】──ざっくり言うと“究極の人類の創造”を目的とした計画。それの残党が残ったデータと失敗作を利用し、別のアプローチで究極の人類を創ろうとしていた場所だよ」

「織斑計画、残党……」

「そう。で、そいつらがこの束さんに攻撃(ちょっかい)するもんだからサクッと潰してやったわけ」

「さくっと」

 

 何でもないことのように言っているが、あの場所を潰すなんてそう簡単なことじゃない。中にいた俺がよくわかっている。それをサクッとなどと言ってのける彼女は正しく『細胞単位でオーバースペック』なのだろう。

 

「で、生き残りがいないか見てみたら死にかけの君がいて、()()()()()()()()()()()()()拾ってきたってわけ!」

「えっ」

 

 ちょっと面白そうだったから? そんな理由で俺を拾ったのか。ますます目の前の彼女のことがわからなくなる。いやしかし、ほとんど死体だった俺を拾ってどうする気だ? さっきまで腹に穴も……あれ? 穴は?

 

「怪我なら全部塞いだよ? 臓器も()()()()()()()()()しね」

 

 代わり。それはきっと、いや間違いなく俺と同じ失敗作の物だろう。犠牲になった彼らは気の毒だが、そのおかげで生き延びることができたと思うと複雑な気分だ。

 

「ついでに変な薬に犯されてたとこも治してー、まあ()()()()()()()()()()は面白そうだったからそのままだけど、普通に生活する分にはほとんど人並みの寿命にはなったんじゃない?」

「人並みの、寿命……?」

 

 まさか、まさか、そんなことができるなんて、まだ生きられるという希望に感動が溢れてくる。

 でもまだ足りない。寿命が延びただけじゃ駄目だ。もっともっと確実に生きられる何かを───

 

「へっへーんすごいだろー。わかったら君は私の手となり足とな「なります!」は?」

「俺は! 貴方に! 従います! それでいいんですよね!?」

「……うん? えーと…よろしく」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 数年後。俺は束()と、俺と同じく彼女が拾ってきたクロエと共に暮らしていた。あれから色々あった。初めは束様の気まぐれに振り回されたり“おつかい”と言う名の命を賭けた命令に行かされたりと散々だったが、今ではそれも日常の一部。逆に退屈しない生活とも言える。

 

 顔と声は変えた。鏡を見る度、何か話す度にあの日々を思い出すのが嫌だったから。声はともかく、顔は整形しても面影が残っているのであまり意味はなかったが。ついでに、いつまでも君では呼びづらいので名前も頂いた。

 

(とおる)様、束様がお呼びです」

「ああ、すぐ行く」

 

 九十九 透(つづらとおる)。それが今の俺の名だ。どうしてこんな読みにくい苗字にしたのかは知らない。束様に詳しく聞いてみたところ目が泳ぎまくっていたので大した意味はないだろう。まあ名前すらなかったあのときに比べれば何倍もマシだ。

 

「束様、来ましたよー。何の御用で?」

「やあやあ待ってたよとーくん! 今日はねーちょっと触ってほしいものがあるんだ!」

 

 そう言って彼女が指さす先には、()の様な、それでいて()()()()の様な、どことなく()の様な意匠の何かが鎮座していた。

 

「『触ってほしいもの』って…これISじゃないですか、俺が触っても動かせませんよ」

 

 IS(インフィニット・ストラトス)。元は宇宙空間で活動するために作られたマルチフォーム・スーツ。しかしとある事件(自作自演)の結果それまでの兵器を遙かに超える性能が明らかとなり、その存在を危険視した各国の奮闘により現在では競技用のパワードスーツと化している。まあどこの国でも兵器としての運用を捨ててはいないが。

 しかしこれには重大な欠陥がある。それは『女性にしか動かせない』ということだ。この欠点により世界は混乱し、ISを動かせる女こそ優れた存在であり、動かせない男は劣った存在であるという『女尊男卑』の思想が広まっているらしい。世間に出てない俺には関係ないが。

 一体全体どうして女性にしか動かせないのかは束様にもわからないらしいが、とにかく俺が触れても意味がないものであるのは間違いない。

 

「まあまあまあまあ、とりあえず触ってみてよ! 大丈夫死にはしないってへーきへーき先っぽだけ!」

「先っぽて何ですか、じゃあ……はい」

 

 どうせいつもの気まぐれだろう。軽く触れて終わり。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が気になるが、見なかったことにしてそれに触れる。

 

 きぃんと、高い電子音が鳴って、頭に流れ込む情報の洪水。その全てが手に取るようにわかる。

 

 一瞬視界が白くなって、開けた視界と全身に何かを纏ったような不思議な感触。これはつまり、

 

「ISを、動かした……!?」

「うんうん、()()()()!」

「束様!? これは一体?」

「説明は後! 今から半年後、とーくんにはぁ……

 

 

 

IS学園に通ってもらいます!!」

 

「……はあああああああ!?」

 

 俺、学校デビュー決定。

 

 

 




 久々に長文書いたらすっげぇ疲れたゾ〜


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第1話「入学準備・初陣」

増税したので初投稿です。


 

 学生デビュー決定から約半年後、突如ISを起動できる男性が発見され、世界は大きく動いていた。

(表向きの)一人目は織斑一夏。俺が生み出された織斑計画の成功作、そのつがいとして創られた人外。つまり俺の兄弟とも言える存在だ。どっちが上かは知らないが。

 二人目(ホントは一人目)は俺。織斑一夏の存在が世界に発表された直後に束様が公共電波をジャックして発表した。なんとも迷惑な方法だが、あの天災が発表しただけあって疑う者はおらず、世界中が血眼となって捜索するも一切消息が掴めない存在と化している。実際は束様と一緒に飛び回ってただけだがな。

 

 そんな世間の情勢をガン無視して俺はIS学園(白塗りの高級そうな建物)の門の前に立っていた。目的? ただの入学準備だ。今度からここに通うわけだし色々やっておくことがあるんだろう。

 俺は何もかも初めてだから詳しくは知らないが、束様は「だいじょーぶだいじょーぶ! ちーちゃんに話つけといたから!」と言っていたが大丈夫だろうか。あの人のことだから一方的に事情説明している気がする。とかすかに不安を感じながら辺りを見渡す。本当に話がついているなら、織斑千冬という人がいるはずだが……あの黒髪の人か。

 

 織斑千冬。俺と織斑一夏を生み出した織斑計画の成功作にして、その計画を捨てて弟を取った姉。世間的にはISの世界大会である【モンド・グロッソ】の初代ブリュンヒルデ。今尚最強として一部では熱狂的なファンもいるらしい。

 ……しかし、一応は俺の姉にも当たる存在なわけだが、目の前にしても何も感じないな。これが初対面だというのもあるが、救われなかった側として何か感じるだろうと思っていた。まあこれからの生活を考えたら一々余計な感情を抱いても意味がないだろう。とにかく話しかけるか。

 

「すみませーん、貴女が織斑千冬さん…ですよね?」

「ああ、確かに私が織斑千冬だ、君が──っ!?」

「どうしました? 何かついてます?」

 

 気づかれたか? 整形したといっても若干面影が残っているからな。共通する何かを感じたのだろう。

 

「いや、何でもない。君が九十九透君だな?」

「ええ、俺が透です。今日は入学準備に来ました」

「束から話は聞いている。早速だが色々することがあるのでな、ついてきてくれ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 挨拶もそこそこに、門を通って学園を移動する。ちゃんと話はついているようだ。束様に感謝しておこう。

 

「それにしても、聞いていたよりずっとまともな様子で安心したよ」

「そうですか? 因みにあの人は何と?」

「ああ、要約するとちょっとマシな束だったな」

「は?」

 

 さすがに心外だ。俺自身あまり性格がいいとは思っていないが、あの人と一緒にされるのは絶対に嫌だ。

 ……これを知られたら怒られるな。

 

「気を悪くしたか? だが私は少し嬉しいんだ。あの対人スキルが壊滅的だったあいつが他人と関わることができているとわかったのだからな」

「はぁ……、そんなに酷かったんですか?」

「ああそうだな、例えば……おっと、話の途中だがここが目的地だ。」

 

 彼女が立ち止まったのは更衣室。ここで着替え? 制服でも仕立てるのか?

 

「早速中に入ってISスーツに着替えてくれ。……持ってきてるよな?」

「ええ。というかもう着てます。ISスーツってことは……戦闘ですか」

「それもあるが、とりあえず君がどれだけISを動かせるかの確認だな。一通り基本的な動作をしてもらった後、ここの試験官と軽く戦ってもらう。とはいえこちらも本気ではないし、勝とうが負けようが今後に影響することもないが……大丈夫か?」

「もちろん。幾らか訓練も受けてますから、何時でもいけますよ」

 

 そう言って俺は左足首に巻き付いたそれを指差す。このアンクレットがISの待機形態だ。

 基本的な動作なら問題ないだろう。ここへ来るまでの半年間、束様による無茶ぶりだらけの訓練で身につけている。となると戦闘だが……こちらは少し不安だな。無人機相手の訓練は何度かやったが対人経験は無い。このIS学園の教員ともなれば実力も確かだろうし、いくら手加減されていても俺では勝てないかもしれない。

 それでも、初戦ぐらいは篠ノ之束の名に恥じない戦いとしようじゃないか。

 

 さあ行こう。

 

「……そっちは試験官のピット、君のピットはこっちだ」

「あ、すみません」

 

 

 

 

 第2アリーナBピット。俺は上着を脱ぎISスーツ姿となって待機していた。さっき逆方向に「さあいこう」とやらかしたのが若干精神にダメージを与えているが気にしないこととする。

 そろそろ指示があってもいい頃だと思うが…

 

『──九十九君、聞こえるか? 準備ができたらISを展開してアリーナに入ってきてくれ、後は試験官が説明する』

「了解しました。今行きます」

 

 

 丁度アナウンスが入ったな。こっちはとっくに準備OK。待機形態(アンクレット)に意識を集中し、専用機の名を呼ぶ。

 

「行くぞ、【BugーHuman(蟲人)】」

 

 黒い光が全身を包む。手に、足に、胸に、背に。集まった粒子は装甲へと変化し、ISを形作る。光が消え展開が完了し、そこには一般的なそれよりも小柄な黒いISが立っていた。

 触角型のヘッドギア。人型に近い手と逆関節の脚には鉤爪の装甲。本体に対して更に小さいカスタム・ウィングには、効率的に配置されたスラスターが見られる。

 まさにこの虫と言える特徴はない。しかし一目見れば誰もが【虫】と形容するそれは、ゆっくりとゲートから飛び立った。

 アリーナに着地。辺りを見渡すと遮断シールドを挟んだ先に何人も人がいることが確認できる。観客席の格好を見るマスコミや政府の役人だろうか。やはり二番目の情報はどこも欲しているのだろう。それにしてもいきなり大人数に見られていると何というか……落ち着かない。

 そんなくだらないことを考えていると、反対側から和風の武者鎧を思わせるIS──【打鉄(うちがね)】を纏った女性が降りてきた。

 

「お待たせしました。えーと、貴女は?」

「私は榊原菜月。君を担当する試験官よ」

「榊原さんですか、ではよろしく」

「はいよろしく。じゃあ早速歩行から──」

 

 挨拶もそこそこに試験を開始する。まあこれぐらいならどうってことないが、少し動く度にあちこちから声が上がるのはどうにかしてほしい。珍しいのは自覚しているが赤ん坊じゃないんだから足を上げたぐらいで叫ぶないでもらいたい。

 

 喧しいギャラリーに耐えながらも一通り動作を終えて、残すは試合のみとなった。予想より簡単だったな。もっと高度な動きを要求されると思ったが、まあ他の新入生のレベルに合わせたと考えればこれが妥当か。

 

「最後は私と戦ってもらうけど大丈夫? 休憩挟む?」

「いえ、不要です。いつでもやれます」

「そう? だったら一旦離れて──始めましょう」

 

 空気が変わる。先ほどまではどこか軽い雰囲気だった試験官は、真剣な表情でこちらを見つめている。ギャラリーからの視線もハイパーセンサー越しに鋭く刺さっている。

 

『両者、試合を始めてください』

 

 ブザーと機械的なアナウンスが響く。これ織斑千冬の声だな。

 

「先攻は譲るわ、君のタイミングでいいわよ」

「いいんですか? なら──遠慮なく」

「は──っ!?」

 

 言うが早いか、即座に近接ブレード《No.1 Scorpion(スコーピオン)》を呼び出(コール)し、真っ直ぐ接近して斬りかかる。が、流石エリート校で教鞭を取っているだけあってこれは躱される。それでも油断していたらしく回避で手一杯のようだ。二撃三撃と繋げていく。

 

「中々手慣れてるわねっ!」

「厳しく鍛えられたんでね」

「ああそう、でもっ!」

 

 だが当然、いつまでも避け続ける気はないようで、あちらも近接ブレード《葵》を展開する。

 

近接(この距離)は私も得意なの」

「!? ぐっ!」

 

 試験官の反撃。俺の攻撃とは違い、一撃一撃が重く、まともに受けて吹っ飛ばされる。大きいダメージは……ない。セーフ。しかしこれが続くのは厳しい。ここは戦法を変えよう。

 

「《No.2 Hornet(ホーネット)》──食らえっ!」

 

 一度距離を取り、ニードルガンを呼び出し(コール)、そのまま発射。打鉄の防御力相手では大したダメージにはならないが、牽制なら十分だ。対応される前に、次の手だ。

 

「《No.4 Centipede(センチピード)》!」

 

 《No.4 Centipede(センチピード)》、蛇腹剣だ。この距離なら相手の攻撃は届かない。一気に削りきってやる。

 

「くっ、このっ! 鬱陶しい!」

「おわあ!?」

 

 後ろに引きながら《葵》を収納(クローズ)。アサルトライフル《焔備》を展開。お返しとばかりに連射する。回避は難しくはないが、これでは《Centipede》が振れないな。というか有効打が無い。

 ここは凌いで体勢を整えよう。先ずは盾だ。

 

「《No.7 Weevil(ウィーヴァル)》これで耐える」

「……沢山武器があるのね、博士の趣味かしら?」

「さあどうでしょう? まだまだありますよ!」

 

 こいつは小さいが耐久力は折り紙付きだ。量産型のアサルトライフルぐらい簡単に受けきれる。このまま隙を探して…

 

 絶え間ない銃撃。

 

 探して……

 

 絶え間ない銃撃。

 

 隙を……

 

「全然隙がねぇ!」

 

 いやマジで隙がねぇ。弾切れしても一瞬で再装填(リロード)しやがる。

 

「得意なのは近距離じゃないんですかぁ!?」

中距離(こっち)が苦手とは言ってないわ! どの距離もこなせるのがデキる女よ!」

「ああクソっそうでしたね!」

 

 これは本当に不味い。なんか二丁目の《焔備》を取り出してるし、そもそも手加減はどこいった?いくら盾が堅くても防ぎ続けるのには限界がある。

 ……あまり手を見せる気はなかったが、もう出し惜しみしている場合じゃないな、()()を使おう。隙がないなら作るまでだ。

 軽く首を傾け、ごきりと鳴らす。そして思考を切り替える。

 

「榊原さん、でしたっけ。ちょっとお尋ねしますが」

「どうぞ、何かしら?」

「虫は得意ですか?」

「はぁ? ──って、ええ!?」

 

「《No.11 Cockroach(コックローチ)》、飛んでけ!」

 

 展開と同時に手から飛び立つソレらは自律式追尾爆弾。目標を感知し、張り付いて自爆する。知る者なら誰もが嫌悪感を覚える、その黒光りするフォルムは。

 

「これって、ご、ご、」

「吹っ飛べ」

「ゴキブリィィィィ!!!!」

 

 爆発音と共に響き渡る悲鳴。さながら花火だ。音も絵面も汚いが。

 

「あっはははははは!!追撃いきますよ!」

「ちょっ、待っ」

「待たない! 《Centipede》!」

 

 すぐさま武器を持ち替えて滅多切り。もう逆転はさせない。今度こそ押し切る。

 

「これでぇ、獲ったぁっ!」

 

 とどめの一撃を振りかぶった瞬間、少し前に聴いた覚えのあるブザーが鳴り響く。

 

『試合終了。両者はピットに戻ってください』

「は?」

 

 初試合は、勝敗着かずの不完全燃焼で幕を下ろした。

 

 

 

 

 数分後、ピットに戻った俺と榊原さんは二人そろって正座していた。

 

「まず榊原先生」

「はい……」

「事前に伝えられていましたよね? ()()と」

「いやぁ、九十九君が思ったよりもやるもので、つい」

「ついで本気を出さないでください。怪我をしたらどうするんです?」

「それは……あはは……」

 

 やっぱ本気出してやがったのかこの人。ほんと一時はどうなるかと思ったぞ。それと織斑千冬怖え、怒られてない俺までビビってしまう。

 

「君もだ、九十九君」

「はい?」

 

 訂正。俺も怒られるわ。

 

「はい? じゃない。君にそのつもりはなかったかもしれんが、十分やり過ぎだ。榊原先生が大体悪いがな」

「いやこっちも必死だったので……すみません」

「ハァ……まあいい。後はいくつか聞き取りをして、書類に記入してもらう」

「はーい」

 

 若干納得のいかない部分もあるが、触れるだけ無駄だろう。さっさと帰って休みたいし後は大人しくしていよう。一旦荷物を取りに更衣室へ戻る。

 

 

「まったくあの試験官は……俺もやり過ぎたけど」

「そうねぇ、でも面白かったわよ?」

「外野は気楽でしょうねぇ、織斑千冬(あの人)ほんと怖かったんですから」

「わかるわー。私も時々叱られるもの」

「へぇーえ。で、貴女誰です?」

 

 背後から自然に独り言に紛れ込んだ謎の存在。その正体を確かめる為に振り向くと、そこには悪戯っぽさを含む笑みを湛えた、水色の髪に赤い目の女子が立っていた。手には扇子を持ち、余裕たっぷりの、しかしこちらを品定めするような視線をこちらに向けている。

 まさか敵か? いや、ここの制服を着ているのを見るに生徒か。しかしいきなり背後に回ってきたことを考えて警戒は緩めない。

 

「いやん、私はここの生徒。一応あなたの一つ先輩よ」

「じゃあ暫定先輩。俺なんかに何の様です?」

「うふふ、ただ顔が見たかっただけよ、すぐに出るわ」

「そーですか、ならさっさと出て行ってください」

「ええ、()()()()

 

 そう告げて彼女はあっさり更衣室から出て行った。一体何だったのか、というかまた後でってどういうことだ。

 

「おーい、九十九君。まだかかりそうか?」

「あ、はーい。すぐいきます」

 

 いっけね、待たせちまったか。ひとまず謎の先輩は頭の隅に追いやって準備をする。早く用事を済ませたいものだ。

 

 

 

 

 数時間後。

 

「よし、これで書類は終わりだ。ご苦労だったな」

「どーも。はー疲れた。今日はもう帰っていいんですか?」

「ん? 束に聞いてないのか?」

「え? 何がです?」

 

「今日から君は寮生活だぞ」

 

「……は? え? 寮?」

 

 どういうことだ、全く聞いてないぞ。束様のラボ(我が輩は猫である)を出るときだって──

 

『じゃあねー、()()()()()()()()()()

 

 あれそういうことかぁ!?

 

「もう(あいつ)から君の荷物も送られている。この手紙と一緒にな」

 

 そう言って織斑千冬が見せる一枚の便箋。腹立つシールと落書きでデコられた読みづらいことこの上ないそこには、

 

『とーくんの青春はここからはじまる! がんばれ!

 ついしん:箒ちゃんによろしく』

 

「……憶えてろよあのバカ!!」

 

 寮生活が決定した。

 

 

 

第1話「入学準備・初陣」

 

 

 




 書き溜めがあまりないのでそのうち間隔空くようになりますね


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第2話「同居人・敗北」

ISコミカライズの終了が決まったので初投稿です。
苦しい


 

「あのバカ博士め、今度会ったら文句言ってやる」

 

 一年生寮廊下。先ほど貰った自室の鍵を弄び、バカ博士(束様)に悪態をつきながら歩く。初めからそうするつもりなら言ってくれれば心の準備ぐらいしたというのに。クロエにも挨拶できなかったし。あの人はいつもいつも唐突な上に説明が足りない。俺はもう切れてるがクロエもいつか堪忍袋の緒が切れるぞ。

 それにしてもさっきの空気はきつかった。鍵を渡す時織斑先生──どうやら俺のクラスの担任になるらしいのでこう呼ぶ──には『君も苦労しているんだな……わかるよ』と言われたのは本当に涙が出そうだった。絶対にこのお返しはしてやろう。そう誓いを立てたところで目的地に到着する。

 

「1011、ここが俺の部屋か」

 

 鍵に記された番号と違いないことを確認し、鍵を開ける。荷物は既に運び込まれてるらしいが大丈夫だろうか。余計な物詰め込まれてたり逆にほとんど入ってない可能性がある。下着とかなかったら困るぞ。

 考えても仕方ない。早く入って今日は休もう。

 

「失礼しま……いや誰もいないよな」

 

「おかえりなさいませっ♡ ごしゅじんさまぁ♡♡」 

 

 扉を閉じる。何か見覚えのある髪色で聞き覚えのある声した女がメイド服着て立っていた気がするが幻覚だ。慣れないことが続いて疲れたのだろう。

 

「どうしたのかしら? もしもーし」

 

 これも幻聴だ。無視。もう一度開ければ消えているはずだ。

 

「あれは幻覚、幻聴……はっ!」

 

「おかえりなさいませっ♡ ごしゅじんさまぁ♡♡」

 

 幻覚じゃなかった。マジでメイド服着た不審な先輩(暫定)がいる。なんだこの空間。

 

「何やってんですか? 退学にでもなったんですかこの変態」

「こういうのは好みじゃない? あと変態はやめて傷つくわ」

「いや、自室にさっき話したばかりの名前も知らない人がメイド服着て立ってたらそれは変態しかいないでしょ」

「ぐうの音も出ないわね……通報するのやめなさい」

 

 何しに来たんだこの人。さっきといい今といい何故俺の前に現れる。俺のストーカーか何か?

 

「失礼なこと考えてるみたいだけど……今日から私もここに住むのよ。やだこれって同棲ね!」

「はぁ?」

「まあまあ、とりあえず入って入って。君の部屋でもあるんだから」

「入りますけども、その前に着替えてください」

「あら? 本当は興奮してたり?」

「早くしろ」

「はい」

 

 その格好気が散るんだ。似合っているのが少しむかつく。

 

 

 

 

「……で、あんたは何者なんです? やっぱり通報していいですか?」

「私は更識楯無。このIS学園の生徒会長を務めているわ。あと通報はやめてってば」

 

 生徒会長。ならこの学園ではそこそこ権力のある人なのだろう。

 

「生徒会長ね、じゃあその生徒会長サマが何で俺と同室に?」

「うーん、ホントは秘密なんだけど……隠しても無駄よね。まあ“二人目”であるあなたの護衛と監視、かな」

「護衛はともかく……監視ですか。犯罪者にでもなった気分ですね」

「機嫌損ねちゃったかしら? でもあなたもわかるでしょう? ()()()()()が」

「……そうですね、はい」

 

 確かに今の俺の価値は相当な物だろう。ISを動かせる男であるということだけでも十分だというのに、あの篠ノ之束と繋がりがある。俺を狙う存在なんて数え切れないほどいるだろう。同時に、俺を危険視する者も。

 実際俺を調べても無駄だけどな。俺と織斑一夏がISを動かせる理由は束様でもわからない。もし俺を攫って解剖しようとしても無駄だろう。どうせ何もわからないし、最悪束様に報復されて終わるだろう。あの人は自分が気に入ったモノにはえらく執着するからな。飽きたらポイだが。

 

「わかった? そういう訳でこれからよろしくね」

「……事情はわかりました。よろしくお願いします」

 

 正直まだ言いたいことはあるが……まあよしとしよう。()()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ同棲するに当たって、色々ルールでも決めましょうか!」

「ああそれなら()()()()()()()()()()()、ですね」

「あちらの……? ってまさか!?」

 

 俺が手で示す先の扉。厳密にはその一枚を隔てた先から漏れ出る怒りの波動。それをこの人も感じ取ったらしい。

 

「ちょっと! 通報しないでって言ったじゃない!」

「別に了承した覚えはありませーん。大人しくしろ変態」

「……もしかして怒ってる?」

「そこそこ」

 

 こっちはようやく休めると思ってたのを邪魔されて苛ついてたんだ。八つ当たりついでにあの説教を体験してもらおう。

 

「五秒以内に出てこい更識、今なら弁明ぐらい聞いてやる」

「ひぃっ!? ……このお返しはきっちりさせてもらうわよ」

「はいはい、逝ってらっしゃーい。」

「うううう……いざっ!」

 

 会長サマが部屋を出て(死地に向かって)数秒後、扉越しでも思わず震え上がる怒号が響き渡る。新生活のBGMにしては少々耳障りだが、今の内に部屋のチェックでもしておこう。

 まず台所。恐らく最新の設備で、調理器具も最低限は揃っている。ほとんど料理なんてしたことないが。次に机。二つある内の片方は既に参考書やらノートが置かれている、きっと会長サマの物だろう。となるとこの何も置かれていない方が俺のか。次はベッド。これも片方だけ使われた形跡がある。脱ぎ散らかされたメイド服とわざとらしく配置された下着は見なかったことにする。シャワールーム。これ曇りガラスか? これじゃシャワー浴びてる奴のシルエット丸見えじゃないのか。デザインしたやつはスケベだな。

 大体こんな物だろうか。盗聴器の一つや二つあるだろうと踏んでいたが杞憂だったかな。プライバシーぐらい尊重してくれたのだろうか。

 

 なおその夜、彼女が帰ってくることはなかった。

 

 

 

 次の日。慣れない環境だから寝付けないかと思ったらぐっすり快眠だった。ベッドから上体を起こし辺りを見渡す。会長サマはまだ帰っていないのだろうか。

 

「死んだかな?」

「ここにいるわよ……マジで死ぬかと思ったけど……」

 

 一瞬心配したが仕切りの向こう側からひょっこり顔を出した。なんだ生きてるじゃないか。束様も恐れるあの説教を耐えるとは、この人できる。

 

「ふーん、で今日は何するんです? ルール決めでもしますか?」

「それもいいけど、先にここの案内でもしましょうか、まだ色々見てない所もあるでしょう?」

「いいんですか? じゃあお願いします」

 

 これはありがたい。昨日も少し見て回ったとはいえ、まだまだ知らないところが沢山ある。地図を見ても迷路の様で、一人で行ったら確実に迷う気がしていた。

 

「やけに素直ね。どういう風の吹き回し?」

「いや、今日はまともな格好なんで」

「……行きましょうか」

 

 最初からその格好なら雑な扱いはしないというのに。

 それからしばらく二人で学園内を回った。事前に調べてはいたが、実際に見て回るとなんだか新鮮な発見ばかりであった。

 

 

「ここが食堂よ。ほとんどの生徒はここで食事をするわね。どのメニューもなかなかレベル高くて人気ね、私たちも食べていきましょうか」

「いいですねー、日替わり頼も」

 

 

「ここが校舎。昨日も来たからちょっとは知ってるかしら?」

「ええまあ、中はほとんど回ってないですが」

「じゃあ一緒に見ていきましょうか、まず生徒会室から──」

「せめて一階からにしませんか?」

 

 

「あっちがグラウンド、体育や罰として走るときとかに使うわ」

「罰食らったことあるんですか」

「昨日」

「あっ」

 

 

「ここが駅よ。生徒が遠出するときはここからモノレールに乗って行くわ」

「他にはないんですか?」

「港に船があるけど……貨物船ばっかりよ?」

 

 

「ここからアリーナに行けるわ。第一から第六まであるから、授業で移動するときは注意が必要ね」

「迷いそうっすね」

「四月の風物詩だそうよ」

 

 

「あっちが関係施設でー、更に奥にもう一つ駅があるわ」

「どっちの駅を使う人が多いんです?」

「今紹介した方が正門前ってことになってるけど……寮から近いしさっきの方が使われてるかな」

 

 

「……これで大体案内できたわね、他にも細かいところは色々あるけどしばらく過ごせば慣れると思うわ」

「ええ、十分です。ありがとうございました。後は自分で見て回ります」

 

 知りたかった場所はほとんど見れた。これで道に迷うことはないだろう。

 

「ならよかったわ。そ・れ・よ・り、どうだった? おねーさんとのデートは?」

 

 また人を揶揄う様な笑みを浮かべながら質問をする。こうしなければもっといい人と思えるのだが。

 

「デートなのかは知りませんが、楽しかったです。こういうの初めてなんで」

「……そ、そう? じゃあ今日は帰りましょうか、またお腹も空いてきたし!」

「? はーい」

 

 よくわからないが機嫌が良さそうだ、これで昨日のことも忘れてくれると嬉しいが。

 その日の昼飯は会長サマが作ってくれた。女性の手料理にはいい思い出がないのだが結構美味かった。そのうち習おうかな。

 

 

 

 

 また次の日。

 

「アリーナを使いたい?」

「はい、入学前に訓練したいんで」

「やる気があるのは感心だが、今日はどのアリーナも使用中だ。悪いが諦めてくれ」

 

 何てことだ。六つもあるアリーナがどれも使えないとは。しかしずっと使えないなんてことはないだろう。

 

「じゃあいつなら空いてますか? 予約ぐらいできるでしょう?」

「少し待て……あー、入学までは空いてないな。それ以降になるが構わないか?」

「うーん……しょうがないか。早めにお願いします」

 

 思ってたより期間が空くが妥協するしかないようだ。しかしこれでは入学までISが使えない。無断で使っては罰則があると口酸っぱく言われているし、どうしたものか。

 

「透くん? 職員室に用事でも?」

「ああ会長様。ちょっとアリーナを借りようと思いまして。生憎全部駄目でしたので大人しく生身でトレーニングでもしてますよ」

「そうだったの……なら、私と訓練なんてどう? 道場なら使えるはずだし、相手がいた方が捗るでしょう?」

 

 確かにその通りだ。一人じゃ退屈だし、相手がいれば組み手ができる。どうせこちらの実力を測るのが目的なんだろうが、知られたところで困りはしない。ありがたくお願いしよう。

 

「是非。御指導お願いします」

「決まりね。早速道場に行きま」

 

 

 

 畳道場。会長サマに言われるがままに白胴着に紺袴のブゲイシャ=スタイルとなった俺は同じくブゲイシャ=スタイルの彼女と向き合っている。

 何故こんなことになっているのか、どうせなら一回勝負してみようという話になり、だったら一つ賭けでもしようと会長サマが言い出したのだ。

 

 

「勝負の方法の確認ね、決着はどちらかが降参するか続行不能になるか。道具の使用は禁止。賭けの内容は──」

「貴女が勝ったら楯無先輩かたっちゃんと呼ぶ。俺が勝ったら明日のアリーナの使用許可を取ってきもらう。でいいんですね?」

「ええ、それじゃあいつでもどーぞ」

 

 どうやら会長サマと呼ばれるのは嫌だったらしい。敬意や親しみが感じられないとか何とか。実際微塵も込めていないが。対する俺の要求はアリーナの使用許可。生徒会長権限で大体のことはできると自慢してきたので適当に要求したらOKされてしまった。まあ勝てたら儲けものと考えよう。

 

 涼しげな笑みを浮かべたままこちらを待ち受ける会長サマ。余裕たっぷりに見える構えは隙がなく、疑いようのない実力の高さを感じさせる。

 

「それじゃあ…行きます」

 

 思い切り体勢を低くしてのタックル。足を掴んで極めてやろう。躱される可能性もあるが、ここは恐れず突っ込む───が。

 

「あら、意外とまっすぐ来るのね」

「ぅおっ、とぉ!?」

 

 躱さずに受けられ、()()()()()()()。一瞬思考が止まるもギリギリで受け身は取り、間合いから外れる。

 ……今、()()()()()。態々タックルを受け止め、更に投げ飛ばす。それでいて全く焦った様子もない。間違いなく、この人は俺よりも強い。舐めていたつもりはなかったが…認識が甘かったか。

 でも絶対に勝てない相手じゃないな、()()()()()()()()。気まぐれな天災。思いつきで『稽古』と称してボコボコにしてきたあの人に比べたら一撃で終わらないだけマシだ。

 べきっ。右手の中指が鳴る。

 

「考えごと? それとも()()()()のかしら?」

「さぁどうでしょう? 必殺技かもしれませんよ」

「挑発? でも──乗ってあげる。」

 

 一瞬足を止め、目の前に急接近。これは確か──そう『無拍子』。人間のリズムの空白を利用し、反応させずに動く技術。

 

「っ!!」

「そーれっ、ぽ、ぽ、ぽ、ぽんっ」

 

 各所への掌打。それ自体には何のダメージもないが、反射的に体が硬直。一切の行動が封じられる。こうして確実に攻撃をたたき込む気か。

 だがそれは()()()()()()

 

 両手で胸、その奥の肺への掌打。肺の空気が一気に排出され、視界が暗転しかける。

 

「でぇっもぉ……!!」

「なっ!?」

「お返しぃ!」

 

 関節が止められても、一撃もらえばその衝撃で動ける。

 掌打の勢いを利用して、無理矢理動いてカウンターの蹴り。向こうは体を引いている途中、すぐに回避には移れない。

 

「ぐうっ! このっ」

「まだまだぁ!」

 

 蹴りは受けられたが、動きが止まっている。今度はこちらの番だ。

 型とか技とか知ったことか。肺が痛くて堪らないが関係ない。とにかく反撃の余地がないぐらい徹底的に攻め立ててやる。

 

「やっぱりやるわね……で・も」

「あっ!?」

 

 ダメだ。最初はよかったがもう捌き切られている。このままでは──

 

「まだまだ隙があるわねぇ」

「クソッ!」

 

 突き出した拳を掴み、そのまま押し返す。不意な反撃に上体が崩れ、がら空きとなる。

 

「おねーさんちょーっと本気出しちゃう」

 

 右腕を畳に、それを軸として一回転。と同時に鋭い蹴りが炸裂する。

 

「カポエ、ラ、きっ、く……」

「あら?」

 

 そのままゆっくりと思考が薄れていき、視界が今度こそ暗転する。

 

「ちょっと強く蹴りすぎた? おーい」

(やっぱ、強い……)

 

 絶対に勝てないわけではないからといって、絶対に勝てるわけでもないと改めて思い知った。

 

 しばらくして、気絶から目が覚めた俺は賭けに従い、会長サマから楯無先輩と呼び方を変えることとなった。

 

「た、て無…先輩!」

「うーん、尊敬と親しみを込めてもう一回♡」

「ああもう! 楯無先輩! これでいいですか!?」

「どーしよっかなー、うふふ」

 

 満足げな笑みが余計に敗北感を強くさせる。

 いつか絶対にリベンジしてやろう。そう心に誓ったのであった。

 

 

 

 そして会長サ──楯無先輩と勉強したり、また学園の敷地を歩き回ったり、また訓練してはぼろ負けして数日を過ごし、ついに入学初日となった。

 

 

 

第2話「同居人・敗北」

 

 

 




楯無さんはもっと強いはずなんじゃ(原作を読みながら)


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第3話「初日・挨拶」

もう書き溜めが無くなったので初投稿です。
もうちょっと書いとくべきだった


 

(これは……思ってたよりずっときついぞ…)

 

 今日は四月X日。つまりは高校入学初日。受験を乗り越えて望んだ学び舎へと入学できた喜びや、反対に受験戦争に敗れた失意、束の間の休息が終わってしまった憂鬱など様々な感情が渦巻く日でもある。

 そんな日に、この織斑一夏が抱く感情は「焦り」であった。

 

(マジで俺と()()()()以外女子なんだな…)

 

 何故男子が二人しかいないのか? それはここが、()()女子校であるIS学園だからである。ひょんなことから(受験会場間違えた結果)彼はISを動かし、世界初の男子IS操縦者となった。また、直後に第二の男子IS操縦者である九十九透が現れた結果、その存在を欲する様々な勢力から守るため、もといデータを取るためにこの学園に入学させられたのである。

 それでも昨日まで彼は希望的観測を捨ててはいなかった。もう一人だけとはいえ男が自分一人ぼっちではない。初日に仲良くなって、共にこの学園生活を乗り切ろうと計画を立てていた。しかし、

 

(なんで俺が最前列のど真ん中で、あいつが最後列の窓際なんだ……?)

 

 嫌がらせかと思うほどの距離。これでは気軽に話しかけられない。そうこう考えている内にも多数のクラスメイトの視線を感じる。

 

(助けてくれ箒ぃ……)

「…………」

(無視かよ……)

 

 同じく最前列の窓際、僅かな救いを求め幼なじみである篠ノ之箒へと視線を向ける。が、あっさりと目を反らされる。なんてことだ。まさか六年ぶりに再会した幼なじみに見捨てられるとは。まさか忘れたんじゃないだろうな。

 

「……くん。織斑一夏くんっ」

「へぇっ!?」

 

 突然の指名におかしな声を上げる。周囲からちらほらと笑い声が聞こえ、ますます落ち着きを失ってしまう。

 

(今度こそ助けてくれ箒──お前まで笑ってんのかよ!?)

 

 再び助けを求めるも見事に裏切られる。既にここでやっていく自信がなくなってきたがそんなことを気にしている場合ではない。目の前にいる突然俺を呼んだ緑髪の副担任──山田真耶だったか、は一体何の用だ?

 

「あはは……えっと、ごめんね? 今席順で自己紹介してて、丁度織斑くんの番なの。だからえっと、自己紹介、してほしいなって……ごめんね?」

 

 普通に自己紹介だった。そういえばさっきまで何人かやっていた気もする。

 

「は、はい。わかりましたから謝らないで……」

「本当ですか!? じゃあ早速どうぞ!」

「え。あ、はいでは──」

 

 大丈夫だ。昨日のうちに内容は考えてある。あとはその通りに言うのみだ。

 立ち上がって後ろを振り向く。背中で感じていた視線を正面から受け止める。さっきよりもっときついが、これぐらい耐えられなければここで生きられない。跳ね上がった鼓動を無視し、自己紹介を始める。

 

「織斑一夏です。ISについてはわからないことだらけですが色々教えてくださると助かります。

……以上です!」

 

 盛大にずっこける女子数名。それを見て一瞬自分もやるべきか悩む箒。お前そんなノリよかったっけ?

 これは仕方のないことなのだ。しっかり覚えてきたつもりだったがこの緊張でほとんど吹き飛んだ。俺は悪くない。強引に紹介を終えた俺は一層強くなった視線を背に再び席に着いた。

 

(皆、俺もうダメかもしれない)

 

 今では別の高校へ進学した友人達の顔が、もう何年も会ってないかのように懐かしく思い出された。

 

 

 

(えっ短っ)

 

 何だあの自己紹介。名前以外全く情報がないじゃないか。話しかけるための参考にするつもりだったがこれではどうしようもない。大方考えてきた内容を忘れたとかそんなところだろうと思うが。

 姉の織斑千冬があれだけ堂々としていたのだからてっきり弟のあいつもそうだと思っていたが……姉弟でも中身まで似るとは限らないか。

 

(しっかし、思ってたより退屈だな)

 

 入学式からずっと大量の視線を向けられて来たが、誰一人話しかけてこなかった。別に束様の言う青春とやらを楽しむために来たつもりはないが、一人ぐらい話しかけて来たっていいと思うのだが。

 

(さっさと順番回ってこねーかな)

 

 織斑一夏の後も自己紹介は続き、委員長とか向いてそうな女子、イギリスの代表候補生だとか自慢げに語る女子、長いポニーテールの武士感のある……ああ、あれ束様の妹様だ。どれも半分聞き流しながら俺の番を待つ。

 思わずあくびが出そうになるが何とか噛み殺す。袖の長い女子──布仏本音だったかに見られ、くすくす笑われた。

 

「最後ですね、九十九透くん」

「はーい」

 

 順番が回ってきたらしい。席を立ってクラスを見渡す。先ほどまで織斑一夏に向かっていた視線が集中する。しかしこれぐらいどうということはない。早速、()()()()()自己紹介をするとしよう。

 

「九十九透です。漢字は九十九(つくも)ですがこれでつづらと読みます。あとは……えーっと……」

 

 ごくり。クラスメイトの喉が鳴る。今か今かと続きを待ち構えている。続き? 続きは───

 

「以上です!!」

 

 忘れました。待ち時間長すぎても逆に忘れることってあると思う。

 

「満足に挨拶もできんやつが二人もいるとはな」

 

 この凜とした声は、

 

「げえっ、関羽!」

「いや呂布!?」

「三国志で例えるな馬鹿共!」

 

 スコパァン! と連続で頭を強打する音と何者かに投げられた何かが直撃がした音が響く。足元にはボールペン。まさか入り口からここまで投げたのか、いやそれよりこの人は、

 

「「千冬姉!?/織斑先生?」」

 

 パァンッ! 今度は一回。見ると織斑一夏だけが頭を押さえている。今度の得物は……出席簿か。

 

「織斑先生、会議は終わったんですか?」

「ああ山田君。クラスの挨拶を押しつけてすまなかったな」

「いえいえ、副担任ですし。これくらい任せてください!」

 

 さっきまでの慌てた様子はどこへやら、副担任は憧れを含んだ目と熱っぽい声で応える。そのまま織斑先生の紹介が始まる。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち受精卵を一年で卵まで持っていき、ヒヨコか目玉焼きか選べるようにしてやるのが仕事だ。私の言うこと見せることを全て脳に刻みつけ理解しろ。やる気があろうとなかろうと関係ない。IS操縦者として最低限恥ずかしくないレベルまで伸ばしてやる。逆らってもかまわんが、すぐに無駄とわかるだろう。いいな」

 

 やべぇここブラック学校だ。これが織斑千冬か。

 しかしこの恐怖政治宣言に震える男子二人(俺たち)をよそに、教室は黄色い歓声で沸いた。

 

「キャ──────────! 来たわ! 本物の千冬様ぁ!」「生まれたときからファンですぅ!」「千冬様のご指導を受けられるなんて!」「私のご主人様になってください!」

 

 うるせぇ! よくもまあこれだけ騒げるものだ。何人かやばいやつが混じっているし。それも彼女の持つカリスマ性というやつなのか。しかし当の織斑先生(カリスマ)は鬱陶しそうな様子を隠しもせずにクラスを眺める。

 

「……何故毎年こんな馬鹿騒ぎになる?  私のクラス分けにだけ嫌がらせされているんじゃないだろうな?」

 

 なかなか辛辣だな。毎年続いてるのが本当なら同情するが。再び黄色い歓声が湧き起こるも耳を塞ぐ。

 

「それで? まともに挨拶もできんのか貴様ら」

「いやあ、考えてたのを忘れてしまいまして」

「そうそう千冬姉、俺も忘──んぐっ!」

「学校では織斑先生だ」

「……はい」

 

 また織斑一夏が叩かれている。卒業までに何センチ縮むかな。しかしこの発言でクラスがどよめく。こいつら二人が姉弟なの知らなかったのか。

 しばらくこの騒ぎは続きそうだな。正直姉弟がどうとか今の俺には関係のないことだ。こっそり席に着き、残りの話を聞き流す。織斑先生が睨んでいるが気にしない。一時間目まで少し寝よう。

 

 

 

 

 寝て起きて、一時間目のIS基礎理論を受けて休み時間、一つ感想が浮かんだ。

 

 簡単すぎる。これでエリート校か。

 

 そもそもISは歴史が浅い上に解明されていない部分が多いわけだし、入学初日に教わる内容としてはこれで十分かもしれない。が、それでもここへ来るまで開発者から直接授業を受けていた俺にとっては易しすぎる。教科書捲っても大体理解できたし。束様(あの人)どんだけ詰め込んでたんだ。うーん、この状態はどうにかならないものか。

 

 廊下に目を向けるとびっしり並んだ女子達。他クラスから上級生、教師も何人かいるな。こそこそ話している声も聞こえる。よっぽど俺たちが珍しいのだろう。動物園のパンダの気持ちだ。行ったことないが。

 しかしいつまでも座ってこの状況に耐え続けてもしょうがない。ここはひとつ二人へご挨拶といこう。そうして席を立とうとしたところ織斑一夏は妹様と一緒に教室を出てしまった。

 まああの二人は将来を誓った恋人でありながら、ある事情で六年も会えなかった(束様情報)そうだし、積もる話もあるだろう。切り替えてクラスメイトと交流してみようじゃないか。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「ん」

 

 ドリル、或いはコロネを思わせる金髪。ブルーの瞳に白い肌。外人か。確かこのお嬢様っぽい高慢な雰囲気の女子は──そう。

 

「君は……オルコットさんだっけ?」

「あら、HRでは上の空でしたがしっかり聞いていたようですわね」

 

 正直あやふやだったが何とか正解する。怒らせると面倒くさそうだし、ここは下手に刺激しない方向で行こう。

 

「そりゃね、イギリスの代表候補生なんでしょう? エリートって感じだな」

「! そう、わたくしはエリートなのですわ!」

 

 適当に褒めたらすごい嬉しそうだ。単純なのかな?

 

「男と思って少々見くびっていましたけど、少しは知的さもあるようですわね。そうでなくてはクラスメイトとして相応しくありませんもの」

 

 好き勝手言うなぁ。まあ機嫌が良さそうなことに越したことはない。さっさと用件聞いて席に戻っていただこう。

 

「光栄だな。それで、オルコットさんは俺に何の用だ?」

「ええ、それですが……あなた、わたくしにISについて師事を乞うつもりはございませんこと?」

 

 師事? なんで? 呆気に取られる俺を無視し、頼んでもいない自慢が続けられる。

 

「わたくしは優秀ですから、あなたのような凡人にも情けをかけようというのです。悪い話ではないでしょう? 何せわたくしは入試で唯一教官を倒したエリートなのですから」

 

 唯一ねぇ、それが本当ならすごいな。相手は誰なんだろうか。榊原先生(俺と同じ)ならこの自信も納得だが。でもまあ、態々こいつに教わる必要はないかな。

 

「あー……折角だけど、こういう勉強は自分でやるさ。人から教えられてばかりじゃ身につかないからな」

 

 これなら機嫌を損ねることはないだろう。なんで俺がこんな接待みたいな真似をしなければならないんだ。

 

「あら、でしたら仕方ありませんわね」

「まあどうしてもわからないことがあったら相談させて貰うさ、いいだろう?」

 

 これは本心だ。代表候補生となればある程度俺の知らないことも知っているだろう。たぶん。

 

「……ええ! お待ちしていますわ。それではまた」

「ああ、また」

 

 ……よし。何とか機嫌よく追い返せたな。いつの間にか織斑一夏も妹様も戻ってきている。二時間目も始まる頃だ。とりあえず退屈はしなかったが、なかなか面倒だった。後は楽に過ごせればいいのだが……。

 

 

 

 

 二時間目が終わり、再び休み時間。授業中織斑一夏が叩かれたり山田先生が妄想したり織斑先生がお説教したり山田先生がこけたりしたが全部どうでもよかったので無視した。

 廊下を見れば先ほどと変わらず生徒がびっしりと並んでいる。さて今度こそ織斑一夏と妹様のところへ行こう。

 

「やあ初めまして、織斑一夏君に篠ノ之箒さん」

「む……?」

「おお、えーっと君は九十九透だっけ?」

「そうだよ、ちょっとご挨拶でもと思ってな。折角二人しかいない男が一緒のクラスになれたんだ。仲良くしようじゃないか」

 

 猫を被ったが嘘ではない。今の内に親交を深めておけば何かと役に立つこともあるだろう。

 

「そうか、よろしくな! 俺のことは呼び捨てでいい」

「こちらこそよろしく一夏。俺のことも透でいいぞ」

「……よかったではないか一夏。同じお・と・こがいてな」

 

 なんか妹様が不機嫌になってしまった。一夏に放っておかれたのが不満だったのだろう。しかしこちらにも挨拶しておかねば。

 

「篠ノ之さんもよろしく。()()()()()()よろしくって頼まれてたんだ」

「姉さんが? お前姉さんとどういう関係だ!?」

 

 急に眼を釣り上げて大声を出す妹様。束様から姉妹仲がうまくいっていないと聞いていたがここまでとは。この様子じゃあ詳しく話すのは不味いか。適当にぼかしておこう。

 

「テレビで見なかった? 君のお姉さんにはここに来るまで色々お世話になっててな、それで頼まれたんだ。ほんとそれだけ」

「……そうか。いきなり声を荒立ててすまなかった。」

「大丈夫。じゃあ、挨拶も済んだしこの辺で」

「あっああ……」

「おう! またな!」

 

 一時はどうなるかと思ったが何とかなったな。一旦席に戻ったが席にまだ時間あるな、どうしようk「あなたっ、本気でおっしゃってますの!?」──どうやらオルコットがさっき同様一夏に絡んでいるらしい。無視して授業の準備でもするか。

 

 

 

 三時間目。また退屈な授業が始まるかと思いきや。

 

「授業を始める前に、再来週行われるクラス対抗戦の代表を決める」

 

 クラス対抗戦かぁ、模擬戦でもやるんだろうか。まあパスだな。面倒だし。

 

「クラス代表とはそのまま対抗戦以外にも生徒会や委員会などの会議への出席、諸々の雑務……要は学級委員だと思ってくれ。一度決まれば変更はない。クラス対抗戦は現時点での各クラスの実力を測るものだ」

 

 ざわざわとクラスが騒がしくなる。どうせ俺には関係ないことだ。こんな雑用なんて望んでやるものか。

 

「自薦他薦は問わん。誰かいないか?」

 

 おいおい、他薦アリってそれは──

 

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

「じゃあ私は九十九くんを!」

 

 やられた。さすがにこれは困る。先生に頼んで止めてもらおう。

 

「ちょっと待「待ってくれよ! 俺はそんなのやらな──」

「他薦された者に拒否権はない、選ばれた以上は覚悟するんだな。わかったら座れ。九十九、お前もだ」

「そんなぁ……」「……はい」

 

 抗議しようとした瞬間黙らされた。クソッやっぱり恐怖政治か。ここは何とかして一夏に押し付けるか。作戦を練ろうとしたその時、

 

「納得がいきませんわ!」

 

 先ほど聞いたばかりの甲高い大声が響き渡った。またオルコット(お前)か、どうやら今日はまだまだ面倒事が起こるらしい。

 

 

 

第3話「初日・挨拶」

 

 

 




今さらですが各キャラクターの設定が変わってたりします


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第4話「宣戦布告・一週間」

誤字報告のありがたみと申し訳なさで顔面がeasyになったので初投稿です
これからもよろしくお願いします……(他力本願)


 

 不満げなオルコットが勢いよく机を叩き、数秒前まで教室は俺と一夏のどちらをクラス代表とするか盛り上がっていた教室は見事に静まり返っていた。

 

「そのような選出は認められません! 代表とはクラスの象徴。その実力、振る舞いでこのクラス全体の“格”が決まります! それを物珍しいからという理由で極東の猿が務めるだなんて言語道断、わたくしはISの修練をするためにここへ来たのであって、サーカスをする気は毛頭ございません!」

 

 わあすごい罵倒。前半は同意だが、猿扱いはいかがなものか。今クラスの格を落としているのはお前じゃないか?

 

「よろしいですか? クラス代表は実力と品を兼ね備えた者、つまり私がなるべきですわ! 大体こんな何もかも後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体わたくしには耐えがたい苦痛だというのに──」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 あーあ言っちゃった。一瞬呆気に取られた表情になったセシリアは、みるみるその顔を怒りに染めていく。一夏もこれはうっかり口を滑らしていたようで、焦った表情を浮かべている。

 

「なっななん……なんですってぇ!? あなたわたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「先に言ったのはお前だろ? 猿とか後進的とか」

 

 まったくだ。しかしこの雰囲気はまずい。教室の雰囲気はどんどん悪くなっているし、織斑先生の眉間にもどんどん皺が寄っている。山田先生はもう泣きそうだ。また雷が落ちる前に止めておこう。

 

「まあちょっと落ち着けよ。特にオルコットさん、散々な言い様だったけど今の状況がわからない訳じゃないだろう?」

「っ! ……ええ、失礼いたしました」

 

 さすがに気づいてくれたか。あのまま言わせておいたら一生拗れたままになりそうだったぞ。

 

「一夏、お前も先に言われたからって返し方があるだろ」

「……ああ、俺も悪かった」

 

 よかった両方素直で。あのまま決闘とか言い出されたらたまったもんじゃない。山田先生の表情も明るくなっている。

 

「……気は済んだか? オルコットは自薦だな。それでは他はどうだ? いないのか?」

 

 気持ち眉間の皺が減った織斑先生が話を進める。しかし他に候補はいないようだし、俺たち三人で決めるのか? くじ引きかじゃんけん?

 

「……ではこの三人から代表を決める。決定方法はどうする?」

「じゃあじゃんけ「わたくしに一つ案が」」

「運任せはなしだ。ではオルコット、言ってみろ」

「はい……この三人で、決闘なんてどうでしょう?」

 

 ……は? ちょっと待て、おい!

 

「決闘か。実力で決めると」

「ええ、いかがです? 織斑さん、九十九さん」

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

「いやよくないで──うっ、ワカリマシタ」

 

 拒否しようとした瞬間、鋭い視線が突き刺さる。織斑先生(こいつ)……面倒くさいからこれで済ます気だ! それよりなんで一夏はすんなり受け入れてるんだ? 成功作は戦闘民族か?

 

「言っておきますけど、わざと負けたりなんてことがあればわたくしの小間使い──いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいないぜ」

「……オーケー。こっちも本気でやるよ」

「決まりですわね。イギリス代表候補生であるこのわたくしセシリア・オルコットの実力を見せて差し上げます」

 

 面倒事は嫌いだが、奴隷なんて御免だね。今度こそ実力を示す機会と考えよう。

 

「ハンデはどうする?」

「「は?」」

「だから、俺はどのくらいハンデをつければいい?」

 

 何を言っているんだこいつは。俺とオルコットは間抜けな声を上げ、一瞬の静寂の後にクラスからは爆笑が巻き起こる。

 

「織斑くん、それ本気で言ってるの?」

「男より女が強かったのは大昔の話だよ?」

「織斑くんや九十九くんがISを使えても、実力はオルコットさんの方がずっと上なんだよ」

 

 あちこちから飛び交う指摘と嘲笑。しかし悪気はなく、本気で、女が男を見下している。これが今の世界──ISが創り出した世界だ。

 性別による身体能力の差など関係ない。それを扱える存在がいればもし男女で戦争が起きようと女の勝利は目に見えている。強すぎた兵器、それこそがIS。そんなものが片側のみに渡ればこうなるのも必然か。ともかくこの世界での男はとっくに弱者なのだ。

 

「やめとけ一夏。代表候補は舐めて勝てるようなやつじゃない」

「……じゃあ、ハンデはいい」

「全くですわ。本来わたくしがハンデを付けるべきところを……日本の男はジョークセンスがあるのね」

 

 先ほどまでの怒りはどこへやら、オルコットは一気に機嫌がよくなっている。忙しいやつだな。

 

「ねー、ほんとにハンデいらないの? このままじゃ絶対無理だよ?」

「男が一度言い出したことは覆さねぇ。ハンデは必要ない」

 

 強情だなぁ。まあみっともなく頼み込むよりはずっと潔いけどな。

 

「話はまとまったな。勝負は一週間後の月曜放課後。場所は第三アリーナ、三人は準備をしておけ。以上授業を始める」

 

 それだけ伝えて手を打ち話を締める。オルコットは何か決意した様な顔で前を向き、一夏はどこか楽観的な表情を浮かべた後に難しそうな顔で教科書とにらめっこを始めた。

 決まってしまったものは仕方ない。気持ちを切り替えよう。手を組んで前に伸ばし、肘をぽきぽき鳴らしてから退屈な授業に戻った。

 

 

 

 

 

 放課後。一夏は机のぐったりとうなだれ、俺はその前に立っていた。

 

「全っ然意味がわからねぇ……ややこしすぎるだろ……」

「そうか? 予習しとけばある程度わかるレベルだと思うが」

「マジでぇ……?」

 

 俺が習い始めの時でももうちょっとできた物だが……指導者の違い? ……織斑先生にぶっ叩かれそうだな。

 

「参考書を捨てていなければ……くそう」

「それは自業自得だな。再発行まで頑張れ」

 

 聞けばこいつは入学前の参考書を古い電話帳と間違えて捨てたらしい。馬鹿だ。

 

「あ、織斑くん。教室にいたんですね。お知らせです」

「お知らせ?」

 

 後ろから声をかけられ、入り口へ振り返ると山田先生がいる。手には書類と……鍵を持っていた。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まったので、こちらが鍵です。相部屋なので注意してください」

 

 そう言って書類と鍵を渡す。しかし不思議そうな顔で受け取る一夏。ああ、これ俺の時と同じか。こいつも相部屋だし。

 

「あれ、俺の部屋はまだ決まってないから、しばらく自宅から通うって話じゃ」

「そのはずだったんですが、事情が事情なので無理矢理予定と部屋割りを変更したそうです。その様子だと……聞いてなかったみたいですね」

「いきなり今日から寮生活って言われても困るよなー。俺もそうだったから諦めろ」

「あうう……。すみません」

 

 共感で思わず口を挟んでしまった。山田先生は悪くないが、これは文句の一つも出るというものだ。

 

「事情はわかりましたけど俺の荷物はどうなってるんです? ほとんど家にあるはずなんで」

「それなら私が用意した。ありがたく思え」

「……アリガトウゴザイマス」

「生活必需品だけだがな。まあ十分だろう?」

 

 大雑把だな。束様も『ちーちゃんは雑』と言っていた。織斑先生睨まないで心読んでるんですか?

 

「細かい規則などはその書類で確認してください。男子は大浴場使えなかったり色々違いがあるので」

「え、何でですか?」

 

 いやダメだろ。

 

「何言ってんだお前は。女子と風呂に入る気か?」

「織斑くん!? いけませんよ!」

「いや入りたくないですっ!」

「女の子に興味がないんですか!?それはそれで問題が……」

 

 声がでけえ! そんな怪しい言動をするものだからクラスに残った女子が噂を始めている。一透(いちとお)透一(とおいち)もやめろ。

 

「えっと、では私たちは会議があるのでこれで。二人とも道草くっちゃダメですよ」

 

 危険な噂の種を残し教室から出て行く二人を見送り、同時にため息をつく。

 

「……寮行くか。お互いの部屋知っときたいし」

「……そうだな、俺のルームメイトも気になるし」

 

 それだけ言葉を交わして一緒に寮へ向かう。教室からのじっとりとした視線が辛かった。

 

 

 

 

 学生寮。あの視線と噂は一旦忘れ、お互いの部屋番号を共有すべくまず俺の部屋の前に来ていた。

 

「ここが俺の部屋な。ルームメイトは……まだ戻ってないっぽいな」

 

 扉を開けて中を確認したが、明かりは点いていない。先輩は生徒会長だし、忙しいのだろう。

 

「1011……わかった。にしても部屋が違うなんてなー、男同士の方が気楽でいいのに」

「俺が寮に入ったのはもう少し前だからな、一夏の部屋はどこなんだ?」

 

 本当なんで俺の方が先に入寮したんだか。

 

「えーと、俺の部屋は……1025室だからあっちだな」

「微妙に離れてんだな。じゃあ俺はこれで、また明日」

「ああ、また明日」

 

 お互い色々するべきことがあるため部屋番号の確認だけして別れる。入ったところで全部同じ内装だしな。一夏が見送って部屋に入る。

 

「ふう、疲れたなぁ」

 

 初めての学校生活だったが、濃い一日だったな。授業は退屈だが、今やっているのは座学だけ、いずれ実技に入れば幾分かマシになるだろう。

 

「やっと一人になれた……」

 

 一日中ずっと人目に晒されていたからなぁ。さすがにトイレまでは入ってこなかったが、出たら入り口に並んでて驚いた。女子用と間違えたかと思ったぞ。

 今は人目もないし、噂話も聞こえない。先輩が帰るまでの短い間だろうが一人の静けさを楽しむとし

 

ズドン! ……ズドン!

 

 ……謎の貫通音。何やら叫び声も聞こえるが無視する。これ以上面倒事に巻き込まれるのは御免だ。静かでは無くなってしまったが少し一人でのびのびとしていよ

 

 てれててててーん、てれてててーん。

 

 ……電話だ。俺の携帯に電話をかけてくるような人は二人しかいない。内クロエは滅多にかけてこない。となるとこれは束様(もう一人)だろう。

 

「もしもし、俺です」

『やっほー! 君のご主人束さんだよー!』

「うるさ、切りますね」

『わーごめん待って切らないで! お話したいことがあるの!』

 

 邪魔された苛つきと相変わらずのテンションで即切りしかけたが何とか堪える。一応話は聞いておかないとな。

 

『ふー、危なかったぜい』

「もうちょっと静かにできないんですか貴女は。ところで話って何です?」

『そうそう、見たよ聞いたよー。決闘するんだって?』

「見た聞いたって……ああ、カメラでも付けてたんですね」

 

 全く気づかなかったが、この人なら誰にも気づかれないようにカメラを設置するぐらい朝飯前だろう。例えどれだけ厳重な警備でも、遠く離れた場所からであっても。

 

『大事な大事な箒ちゃんの高校デビューだからね! ずっと置いとくとちーちゃんにバレちゃうからもう回収したけど』

「さいですか。で、わざわざ決闘の話を出したってことは?」

『うん! 災難な一日を過ごしたとーくんに束さんからのプレゼント! あの金髪といっくんの機体について教えちゃう!』

「ほう……」

 

 その情報はありがたい。オルコットの方は自分で調べられるが限度があるし、一夏に専用機が与えられることなんて初めて知った。間違いなく役に立つだろう。

 

『データはもう送っておいたから。じゃーまたそのうちかけるね! ばいばーい!』

「ありがとうございま……切れた」

 

 忙しい人だ。しかし相手のデータが得られたのは大きい。今日はこれで対策を立てるとしよう。

 もしこれを知られたら、あいつらは怒るだろうか。だとしてもこのデータを捨てるつもりは毛頭ないが。それに言わなければバレやしない。使える物は何でも利用してやる。それが俺だ。

 

「ただいまー!」

「お帰りなさい」

「今日も疲れちゃったー。透くんマッサージしてー」

「ははは、俺も疲れてるんで嫌でーす」

 

 先輩が帰ってきた。この人も賭けに勝って(あの時)から味を占めたのかこちらを揶揄うような言動ばかり。なんだか束様に似ている人だ。

 決闘対策はこの人がいないときにしよう。

 

「ねー透くんまだー?」

「だからやりませんって」

 

 

 

 

 翌日の放課後。これまで一夏のルームメイトが妹様で一悶着あったとか一夏に専用機が与えられたとか(昨日貰ったデータより)、妹様が束様のことを聞かれて怒ったとか色々あったが俺には関係なかったので割愛する。

 そして俺は今、剣道場でギャラリーに混じって一夏と妹様の試合を眺めていた。昼休みに妹様から強引に誘われ、一夏の助けを求める目が憐れすぎて来てしまった。丁度今試合が終わり、一夏が妹様に怒られている。どうやらブランクがあったらしい。

 

「もしかして、織斑くんて結構弱い?」

「ISほんとにうごかせるのかなー」

 

 ひそひそとギャラリーの落胆した声が聞こえる。いや妹様結構強そうだったしなぁ。剣道知らないけど。

 

「何をしている九十九。お前も来い、腕を見てやる」

「えー、俺ルール知らないんだけど」

「構わん。こちらも手加減はしてやる」

 

 拒否権はなさそうだ。ここは従っておくか、適当に流して終わりだな。

 

「じゃあよろしく、弱くても怒らないでな」

「ああ、防具の付け方は一夏に聞け」

 

 一夏に習って防具を装着し、竹刀を持って構える。

 

「いくぞ?」

「どーぞ」

 

 この後滅茶苦茶一本取られた。だから剣道は無理なんだって。

 その後の稽古は丁重にお断りした。一瞬不機嫌になったので慌てたが、一夏と二人きりになれることを念入りに強調したらすぐに顔が緩んでいた。将来変な人に騙されてそう。

 

 退屈な授業を受けたり、データを纏めて対策を練ったり、一夏に稽古に誘われた(助けを求められた)り。慌ただしい一週間が過ぎて。

 

「……ふぅ、やるか」

 

 月曜。決闘の日である。

 

 

 

第4話「宣戦布告・一週間」

 

 

 




個人的にここ要らなくね?ってなったところはTNPをよくするためにカットしてます


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第5話「決闘・宣戦布告②」

台風が怖いので初投稿です。
若干描写に違和感があったので修正しました。


 

 第三アリーナAピット。一夏と妹様含む俺たち三人は決闘の準備のため待機していた。

 

「──なあ、箒」

「なんだ、一夏」

「ISについて教えてくれる話はどうなったんだ?」

「……正直すまないと思っている」

「おい!?」

 

 何やら二人が揉めている。ISの特訓してこなかったのか。この一週間何してたんだ?

 

「まさかとは思うが、もしかしてずっと剣道やっていたのか?」

「仕方ないだろう、一夏のISが届かなかったのだから」

「そうだけどさぁ、知識とか基本的なこととかあっただろ?」

「…………」

「目を逸らすなっ」

 

 あー、妹様ISに詳しくなさそうだからなぁ。授業中も一夏ほどじゃないがついていくのに難儀してたし。これなら少しぐらい俺から教えてやればよかったか? いや面倒くさいな。

 

「にしても、いつになったら届くんだろうなぁ、俺のIS」

「そうだなぁ……」

「今日までに届くとか言ってたのになぁ……」

 

 そう、さっきも言っていたが一夏のISはまだ来ていない。どうやらゴタゴタがあったらしく──大方束様のせいだろうが──この時間ギリギリの状況でも名前すら知らされていない状況にある。まあ俺はデータもらったから全部知っているが。

 

「織斑くーん、九十九くーん!」

 

 俺たちの名を呼びながら危なっかしい足取りで駆け寄る山田先生。あ、こけた。

 

「いたた……」

「山田先生、もう少し落ち着いてください」

「す、すみません。あはは……」

 

 織斑先生もいた。ということは、専用機に関することだろうか。

 

「まず織斑くん、専用機ですが」

「届いたんですか!?」

「いえ、もう少し遅れるそうです」

「「「えぇ……」」」

 

 三人そろって落胆の声を漏らす。まだかかるのかよ。

 

「それでだ、先に九十九とオルコットの試合を行うことになった」

 

 なるほどね、一度試合をすれば十分届くだろうしな。どうせこっちの準備はできていることだし、いいだろう。

 

「俺はいいですけど、あっちの準備はできてるんですか?」

「とっくにできているそうだ。もうアリーナに入っているから準備でき次第入ってくれ」

「あ、そうですか」

 

 ならばこれ以上待たせるのも失礼だろう。怒らせる前に行ってくるか。

 

「え!? 透の専用機はもうあるのか?」

「ああ、言ってなかったっけ? ()()だよ」

 

 上着を脱ぎ捨てながら待機形態のアンクレットを見せる。普段見えない位置にあるから知らないのも無理はない。

 

「へぇ~、これが透のISか……」

「お前のもこんな感じになるぞ。展開するから離れてろ」

 

 そんなにサイズはないけど、巻き込んだら危ないしな。

 

「おう。どんな姿なんだ?」

「見てなって、いくぞ──【Bag-Human】」

 

 黒い光が全身を包む。一瞬の内に光は消え、我が身を包む装甲へと変わる。久しぶりの感覚だな。

 

「おお、何というか……」

「ああ、何というか……」

「「虫みたいだな」」

 

 予想通りの反応をする二人。織斑先生は二度目だが、山田先生が見るのは初めてな様で、一般的なそれとは大きく異なる見た目をした俺のISに興味を示している。

 

「もう行っちゃってもいいんですよね?」

「ああ、ピット・ゲートは向こうだ。すぐ開くから待っていろ」

「はーい」

 

 念のためもう一度確認をして進む。これでISでの対人戦は二度目になる。しかも今度の相手は入試で教員を下した国家代表候補生。態度には表さないが少し緊張する。

 

「透!」

「ん、どうした?」

 

 突然呼び止められ、ハイパーセンサー越しに一夏を見る。何か用だろうか。

 

「頑張れよ!」

「……ああ、勝ってくる」

 

 ゲートが開く。その先に、ISを纏ったオルコット()が見える。応援されてはみっともない姿は見せられない。緊張はここに置いていけ。対策は万全、後はその通りに動けば勝利は俺のものだ。

 さあ、あの喧しい高慢英国ドリル女にお灸を据えてやろう。

 ごきりと首を鳴らして、アリーナへ飛び立った。

 

「首鳴らすのは神経痛めるからやめた方がいいぞ」

「今それ言う必要ある?」

 

 

 

 アリーナ上空。先に準備を終え、入っていたオルコットに見下ろされる形で対峙する。

 観客席は決闘の噂を聞きつけた生徒達でほぼ満員。こちらに向けられる視線は二つの期待。男がISを動かす姿と、その男の無様な敗北。入学試験(あの時)とはまた違った雰囲気だ。

 

「あら、逃げずに来ましたのね」

 

 腰に手を当て、初対面と同じ調子で余裕を見せつけるオルコット。

 しかしその目は真っ直ぐに俺を見据え、いつでも打ち落としてやるという意志を感じる。

 彼女が纏うは鮮やかな青色──【ブルー・ティアーズ】。イギリスの第三世代機。BTビットとエネルギーライフルを主力武装とした中距離射撃型ISだ。データで何度もこのISについて分析を重ねたが、実際に目の当たりにするとどこか騎士のような気高さが感じられる。

 

「まあ、な。奴隷は嫌だし」

「そうでしたわね───では、最後のチャンスをあげますわ」

「チャンス?」

 

 静かにライフル──《スターライトmkⅢ》を展開、左手で保持。腰に当てていた右手をこちらに向ける。

 しかしチャンスとは。今更ハンデでもくれるというのか、対策が無駄になるからやめてほしいんだが。

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは必然。しかし、相手をボロボロに痛めつける趣味はございません。ですから今ここでを実力差を認めるであれば、なるべく綺麗な姿でピットに返してあげましょう」

 

 こちらを小馬鹿にする様な笑みを浮かべ、「チャンス」を提示するオルコット。左手ではライフルのグリップを握り直し、セーフティのロックを解除している。

 これはチャンスではない。ノブレス・オブリージュの意味を履き違えた、ただ自身のプライドを満たすだけの言葉だ。くだらない。しかしこのまま調子に乗らせておくのも腹が立つ、ならば。

 

「……代表候補生といってもこんなもんか、期待して損したな」

「……どういう意味ですの?」

「だってそうだろう?()()()()()()()()()()()()んだからな」

 

 思い切り挑発して、プライドで溺れさせてやる。

 

「つくづく日本の男子はジョークセンスがおありのようで、でしたら──」

 

 ──警告。敵IS射撃態勢に移行。……来るな。

 

「お別れですわね!」

 

 耳をつんざくような独特の発砲音。同時に走る閃光を身をよじって回避する。

 

「!?」

「決闘開始、だな?」

 

 不意打ち気味に放った初撃があっさりと躱され驚愕の表情を浮かべるオルコット。やはりこちらをただの素人と思い込んでいたか。そう振る舞っていたんだが。

 

「《No.4 Centipede(センチピード)》、そらっ!」

「っ!? ぐうっ!」

 

 振り抜かれる蛇腹剣。こちら同様回避を試みるも躱しきれず、左足の装甲にダメージが入る。

 

「ほらまだ行くぞ。《No.2 Hornet(ホーネット)》」

「きゃああ!?」

 

 体勢が崩れたところ追撃。だがこれも長くは続かない、推進器(スラスター)を噴かし、一気に《Hornet》の射程外まで逃げられる。

 

「逃げるなよ、当たらないだろ?」

「態々撃たれ続けると思いまして?それよりあなた…本当に九十九透ですの?」

「さーな、生き別れの兄だったりして。で?さっさと本気出せよ」

 

 ちょっと()が出てしまったか。まあいい。とにかく今は煽って本気を誘う。本気(そう)でなきゃ、こっちの作戦が始められないからな。

 

「……いいでしょう。ここまで見せる気はありませんでしたが、特別に──お行きなさい、《ブルー・ティアーズ》」

 

 肩部ユニットから飛び出したそれらは機体と同じ名称。否、()()()()()()()()()()()()()()()。つまりその機体を象徴する物と言うことだ。その詳細は操縦者の意志に従って自在に動くレーザー・ビット。俺を囲う様に、多角的な直線軌道で接近する。

 

「さあ、踊りなさい、わたくしセシリア・オルコットと、【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 全ての銃口が狙いを定め、目標()を穿たんとするレーザーが放たれる──が、

 

「なっ!?」

「ざぁんねん」

 

 そのレーザーが俺に当たることはなく、ビットの一つには深々とブレードが突き刺さり、黒煙を上げて撃墜されていた。

 観客がどよめく、期待していたそれとは違う流れに困惑、怒り、激励の声が上がる。

 

「《No.1 Scorpion(スコーピオン)》投剣バージョン、てとこか」

「なんですって!?」

「あんな動きで墜とされないとでも? 的でも用意したのかと思ったぜ」

 

 あのビットは自在に動かせるが、自動では動かない。一つ一つに意識を割きながら、機体制御と同時に行うのは至難の技だろう。ましてや煽られ、先に一撃を貰い頭に血が上ったこの状態では。

 

「……次は外しませんわ」

「次も当たらねぇよ」

 

 囲う様なビットの配置を止め、自身と共に上空へ移動。直ぐさま射撃の雨を降らせる。しかし数が減り、制御の甘いこの状況で、一方向からの攻撃は悪手だ。

 

「小雨だな。やる気ある?」

「くっ……!」

 

 もう攻撃を食らうことはない。冷静さを取り戻すことがあればまだわからないが、この様子では無理だろうな。

 

「無駄無駄。《Cockroach(コックローチ)》《Centipede》」

 

 爆弾(ゴキブリ)でビットをレーザーを迎撃・撹乱。射撃に集中して隙だらけになったそれを打ち墜としながら接近する。もう手が届きそうだ。

 

「気色の悪い!」

「そっちに気ぃ取られていいのか?俺はもう()()()()()()ぞ」

 

 ここまで近づけばライフルは使えない。エネルギービットも破壊した。詰みまで後もう少し。本体への一撃を振りかぶった瞬間。

 

「──かかりましたわ」

「ほーう?」

 

 焦りの表情から一転。ニヤリと笑顔に変わる。

 腰部からはスカート状のアーマーが展開。これは──

 

「《ブルー・ティアーズ》は「六機、あるんだろ?」え?」

 

 笑顔から更に一転、呆けた表情へ。しかし()()()()()()()は止まらず、強い光と爆発に包まれる。

 

「ハァ、ハァ……さすがに、この距離では避けられないはず…!?」

「そうだな、避け切るのは無理だった。だから──防がせてもらった」

 

 《No.9 Bagworm(バッグワーム)》。防弾かつ耐刃・耐熱性が高く、柔軟性に優れたマント。ミサイルが着弾する刹那これを展開し、爆風と衝撃を和らげた。だいぶ近づいていたから完全に防げなかったがな。

 

「ほぅらまだ俺はここにいるぞ、っと!」

「このっ《インターセプ「《No.3──」!?」

 

 ミサイルが通じず、ライフルも封じられたこの状況。やむなく近接武装を取り出そうとするオルコットだが、それを許す道理もなし。こちらも更に武装を展開して対応する。

 

「──Longicorn(ランヂコーン)》」

「これはっ!?」

 

 《No.3 Longicorn》。左腕に接続された、カミキリムシの顎をモデルとしたそれ。機能は──

 

「武器破壊、だ」

 

 出されたばかりのそれを顎で受け止め、閉じる。たったそれだけで、ブレード(最後の一手)はガキンと音を響かせて無残にへし折られた。

 

「ああっ……」

「どうした? お別れするんじゃないのか? ──ああ、お前が負けてお別れか」

「馬鹿にしてっ!」

 

 口ではまだ強がっているが、もうこいつに打つ手はない。残念だ。くだらないプライドなんて捨てて、始めから出し惜しみしなければもう少し違う試合運びになったというのに……。

 いや、どうせ勝つ試合にたらればは無意味だな。

 

「はははっ、そろそろ終わらせようか──《No.5 Grasshopper(グラスホッパー)》」

「──あ」

 

 《Grasshopper》、つまりバッタ。両脚部に展開され、ギリギリと力を溜めるような構えを取る。これで次の攻撃がわからないやつはいないだろう。

 そう。

 

「墜ちろ」

「待っ」

 

 至近距離、がら空きの胴へ叩き込まれる蹴り。それも十分に力を溜めたその一撃は残ったシールドエネルギーを容易に削りきる威力で。

 

『試合終了。勝者──九十九透』

 

 この決闘の終幕を告げるブザーが鳴り響く。

 

「惨めだなぁ? セシリア・オルコット」

「……っ!くうう……」

 

 観客の嘆きと罵声が心地よい。

 

 俺の勝ちだ。

 

 

「いやぁ勝った勝った。完全勝利だな」

「「…………」」

「うん? 二人ともどうした? もっと愛想のいい出迎えが欲しかったな」

 

 意気揚々とピットへ戻り、ISを解除する。早速勝利の喜びを分かち合おうと思っていたというのに、二人の反応はどこか冷たい。織斑先生も山田先生も、なんだか微妙な顔でこちらを見ている。

 これは……あれか、試合内容が気に入らなかったのかな?

 

「うーん、折角勝ったんだからさ、ちょっとぐらい盛り上がってくれてもいいんじゃないか?」

「いや、無理だろ」

「……不満げだな、何か文句でも?」

 

 こちらを非難するような目つきでこちらを睨む一夏。試合前は爽やかに送り出してくれたというのに。

 

「あるね。どうして最後にあんなことを言った? 途中の煽りは作戦の内としても、勝った後にまで……」

「あー……そのことか。心身共に確実で効率的な勝利を得るため、かな。ああいう高飛車なのは正直目障りだったんでな、お灸を据えたってやつ?」

 

 結構真面目そうだからな。不快に思われるのも無理はない、一般道徳的にも間違っているのは俺だ。改める気はないけど。

 

「だがルールは守ってる。あいつだってこちらを煽ってきたしお互い様だろ?」

「お互い様だとしても限度があるだろ。先週だって、そう言って俺を止めてくれたじゃないか」

「あんなの猫被ってただけさ。こっちが素。放っておいたらもっと面倒なことになりそうだったんでな」

 

 よく覚えているものだ。あんなやりとりに大した意味もないだろうに。

 

「とにかく、俺はあんな相手を侮辱する様な戦い方は嫌だ。いくら確実で、効率的でも、認めたくない」

 

 ……非は認めるが、好き勝手言われるのは気に入らないな。つい先週までろくに知識もなかったド素人のくせに。

 

「で? 認めたくないから何だよ。まともに戦ってもいないくせに随分偉そうじゃないか」

「……そうだな、まだ俺は見ていただけ。これじゃ口だけの我が儘だ。だから───」

 

 そう言いながら俺の右足を指さす一夏。そこには先ほど見せた待機形態。態々これに向かって言うってことは、まさかこいつ。

 

IS(それ)で決着を着けよう。正々堂々、俺のやり方でお前に勝つ」

「正気か? まだ最適化(フィッティング)も、一次移行(ファースト・シフト)も済んでないどころか、届いてもいない機体で、剣道ばかりしていたお前が勝つと?」

「そうだ。俺が勝ったら、セシリアに謝ってもらう」

「……へぇ」

 

 どうやら本気だ。間違いなく。まだ見てすらない機体で俺に勝つ気だ。

 ………面白い。乗ってやる。

 

「いいだろう。だがそちらだけ要求するんじゃ割に合わない、そうだろ?」

「ああ、お前の要求はなんだ?」

「そうだなぁ。じゃあ勝ったら、もう俺のやり方に口出ししないってことで」

「…わかった」

 

 これなら平等だろう。人のやり方に難癖つけたんだ。これぐらいは許されるはず。

 

「オーケイ。つまりこれは俺とお前の決闘ということだな。いいでしょう? 織斑先生?」

「好きにしろ。こちらからは何も言わん」

「織斑先生!?」

 

 山田先生は抗議しているが、直ぐ織斑先生に宥められている。ご迷惑をおかけします。

 

「じゃあ、俺は向こうに行ってるから、今更逃げるなよ?」

「お前こそ、手抜くなよ」

 

 改めて戦意の確認をして別れる。しかし奴隷回避の為に戦ったらこんなことになるとはな。ますます事態は面倒になってきたが、いい機会だ。実力差を理解さ(わから)せてやる。

 

「ぶっ潰す」

 

 ごきっ、ばきり。節々を鳴らし、頭の中で対策を確認しながら、反対側のピットへと足を進めた。

 

 

 

第5話「決闘・宣戦布告②」

 

 




急にキャラ変わったと思う方もいらっしゃるでしょうが透くんはこういうやつです


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第6話「決闘②・一次移行」

一夏アンチだと思われてたので初投稿です。

一夏が怒ったのは透くんの暴言に対してです。武器が気持ち悪いとかブレード折ったとかは何とも思ってません。
送り出すまではずっと「いいやつ」だと思っていたのにあの口の悪さでちょっと幻想が壊れたというか、まあ本気で怒ってたわけではないです。
高校生特有の勢い。


 

 見事完勝し喜ぶのも束の間。あれよあれよと一夏と決闘することになって移動しましたBピット。ぶっ潰すと言ったものの、この戦い自体はオルコットに勝つより数段楽だ。

 データによればあいつのISは近距離格闘型の機体。武装は近接ブレード一本のみ。特殊機能も無ければ出力も大したことはない。勿論これは初期設定の話で、一次移行すれば多少の変動はあるだろうが、劇的な強化は望めない。

 束様が手を加えていることが少々気がかりだが……それはこちらも同じ。問題にはならない。

 

 ……フラグっぽいから余計なことを考えるのはよそう。

 

「……何しに来ましたの?」

「あ、敗北者」

「~! あなたはっ、もう!」

 

 不意に声をかけられ辺りを見渡せば先ほど圧倒したばかりの金髪。そういえばこっちのピットにいるんだった、忘れてた。

 

「次は俺と一夏と決闘するんでな。お前こそ国へ帰ったのかと思ったぞ」

「このっ……わたくしはティアーズの整備待ちですわ、()()()()()ひどくやられたもので」

「お前が弱かっただけだろ」

 

 負けて苛ついてるかと思ったが、案外落ち着いてるな。皮肉を言う余裕まであるとは。

 

「どうした、意気消沈って感じだな」

「あなたわかって言ってるでしょう? あれだけ酷い負け方をすれば何が悪かったかぐらい理解できますわ」

「ふーん。後の祭りだな」

「……ハァ、もう怒る気にもなれませんわ。それで? 総当たりですしあなた方が戦うのはわかりますが、どうして決闘に?」

 

 そうだこいつこっちの決闘のことは知らないんだな。まあ経緯的に無関係というわけでもないし、説明ぐらいしてやるか。

 

「それがさぁ、一夏のやつ俺のやり方が気にくわないとか抜かしてな? じゃあISで白黒付けようって話になったのさ」

「ず、随分と急な話でしたのね……。わたくしの言えた話ではありませんが」

 

 先週の自分にも思うところはあったのか、若干困惑気味のオルコット。賭けの内容は説明するか……いいやしちゃえ。

 

「で、俺たちも賭けをしてな。何だと思う?」

「さぁ? まさか負けた方が奴隷なんてことは無いでしょう?」

「自分からネタにするのか……。まあ、俺が勝ったら俺のやり方に口出ししない。あいつが勝ったら……お前に謝れだとさ」

「え?」

 

 全く意味がわからんね。古い友人でもなく、たかが一週間の同じクラスで過ごしただけの、言い争いまでした相手に情を向けるとは。これも失敗作()成功作(あいつ)の違いだろうか。それとも教育の差か。

 

「織斑さんが……何故?」

「さあね。本人に聞いてみればいいさ。この後でな」

「言われなくとも、そのつもりですわ」

 

 そう言う彼女の目は僅かに残っていた敵意は消え、何かを確かめんとする興味が宿っていた。

 

「ま、もう少し待たないと始まらないがな。俺は補給しなきゃならないし、あいつのISまだ届いてないし」

「え? まだISがないのに決闘を?」

「馬鹿だよなぁ、無理に決まってるのに」

「……そう、ですわね……」

 

 それで会話は終わり、俺は消耗したエネルギーの補給へ、オルコットは考え事を始めた。さっさとISを届けてもらって、サクッと終わらせたいものだが。あの様子だともうしばらくかかるだろう。

 早く始まらないかなー。

 

 

 

 

「いや恥っずかしい殺してくれ」

「さっきまでの威勢はどうした? あれだけ啖呵切っていたではないか」

「あれはさすがに許せないと思ったからで……決闘とかはただの勢いというか……」

「今のお前最高に情けないぞ」

「ああああああああ殺せぇ!」

 

 本当にもうあの時はどうかしていた。いくら頭に来ていたからと言っても限度があるだろ! 完全にあいつ困惑してたし! 一応乗ってくれたけど「ぶっ潰す」とか言ってたし!

 マジでどうしよう。セシリアにすら勝てるか怪しかったのにらそのセシリアに圧勝した透に勝てるビジョンが見えない。そもそも俺の専用機はいつ届くんだ。このまま日を改めてとか絶対嫌だぞ! どういう顔で明日あいつに会えばいいんだよ!?

 

「織斑く~~~ん!!」

「山田先生!」

 

 山田先生本日二度目のダッシュ。今度はこけていない。

 

「はぁ、はぁ、織斑くん!」

「は、はいっ!?」

 

 走ってきたものだから息を切らしている。というか近い。年頃の男にとってこの距離で顔を赤らめ息を荒げた女性はなかなか破壊力が強い。

 

「来ました! 織斑くんの専用機!」

「本当ですか!?」

「本当です!」

 

 これで今日中に決着を着けられる。少なくとも訓練機で出ることにはならずに良かった。

 

「よし、では織斑。次の試合もある、ぶっつけ本番で何とかしろ」

「えっ」

「すみません、もうこちらに運ばれてるので……」

「ちょっ」

「この程度の障害、軽く乗り越えて見せろ一夏」

「おいっ」

 

 待て待て待て、まだ届いたばかりだろ? 心の準備ぐらい……。

 

「「「早く!!」」」

「はいわかりました!!」

 

 ごぉん、ごぉん、と鈍い音を響かせながら搬入口が開く。徐々に広がる扉の向こう側が晒される。

 

 ──そこには『白』がいた。

 白。飾り気はなく、僅かにくすんだ様な白いIS。それが装甲を開き、こちらを待ち構えたように座していた。

 

「これが俺の……」

「はい。これが織斑くんのIS。【白式(びゃくしき)】です。」

白式(びゃくしき)……」

 

 初めて見るはずなのに、それが自分の為に作られた、自分だけの物だと理解できる。専用機なのだから当然とも言えるが、理屈抜きにこれが俺のISなのだと心で感じていた。

 

「では私は、向こうに準備するよう伝えてきますね、後は織斑先生、お願いします」

「任された。──では織斑、時間がない。すぐに装着しろ。諸々の設定は戦いながらやれ」

「あ、ああ……」

 

 促されるまま。目の前の白に触れる。

 

「背中を預けるように──おい、聞いているのか?」

「うん──うん。大丈夫。もう理解し(わかっ)た」

「は?」

 

 説明は要らない。これは俺のIS。一度触れたら、後はただ身を任せればいい。

 

 白い装甲が繋がっていく。視界が開け、様々な情報が映し出される。

 

「……よし、装着は問題ないようだな。()()、気分は悪くないか?」

 

 呼び方が名前に戻っている。いつも通りに見えて、ちゃんと心配してくれてたんだな。

 

「大丈夫だよ千冬姉。いける」

「そうか……」

 

 ISでなければわからないほどの声のブレ。きっと安心したのだろう。それに気づかないふりをしながら、ハイパーセンサー越しに箒へ意識を向ける。

 何か言いたげな、しかし言うべきか迷っている、そんな顔。やっぱり素直じゃないな。

 

「箒」

「な、なんだ?」

「行ってくる。応援頼むよ」

「……! ああ、頑張れ一夏!」

 

 首肯で応え、ピットゲートへ進む。僅かな体を感知して白式はふわりと移動する。

 視界の隅で数えられないほどの情報が整理されている。きっとこれが初期化(フォーマット)。それが終われば最適化(フィッティング)一次移行(ファースト・シフト)と続くのだろう。しかしそれを待つ暇はない。今はただ、この向こうにいる()と戦うのみだ。

 

 開放まであと3,2,1──0。

 

 ゲートが完全に開け放たれる。そして、アリーナへと飛び立った。

 

 

 

 

「よう。さっきぶり」

「……ああ。そうだな」

 

 まだ機嫌が悪そうだな。しかしやる気は十分って感じだ。勝てる見込みでもあるのだろうか?いや無いだろう。だがこう睨み付けられてるのも癪だ。ちょっとおちょくってみるか。

 

「おいおい、まだ怒ってんのか? あのことは水に流してさ、仲良くやろうぜ」

「俺もそうしたいんだけどな。でもそれは…決着を着けてからだ」

 

 騙されないか。もう言葉で揺さぶりをかけるのは無理だな。思っていた以上に意志が強い。

 潰し甲斐がある。

 

「仕方ないな、じゃあ始めようか。賭けの内容は今更確認する必要もないだろ?」

「ああ、ちゃんと守れよ」

 

 ……全く、この自信はどこから来てんだか。俺からすれば意志が強かろうと関係ない。淡々と、確実に、一手ずつ詰めて行けば俺の勝ち揺るがない。まずは──

 

「先手はやるよ、かかってきな」

「わかった、じゃあ──行くぞ」

 

 一瞬あちらの手に粒子が集まり、近接ブレードが形成される。武装はそれ一本、軽く捌いてやれば完封できる──

 そこまで思考した瞬間、一瞬にして目の前に移動した一夏がブレードを振りかぶっていた。

 

「はああああ!」

「──っっぶねぇ!?」

 

 一閃。かろうじて躱す。いつの間に、いやどうやって? 警戒はしていたはずだ、これは楯無先輩の無拍子よりも早い。

 

「『零拍子』、だっ!!」

「零!? くそっ!」

 

 零拍子だと? なんだその技は、無拍子の発展か? まさかこいつがそんな高等技術を身につけているとは。だとしてもそれは生身での技術のはず、それをいきなりISで使うとは、こいつどんなセンスしてやがる。

 

「はっ! ぜああっ!」

「うっ、このっ!」

 

 生じた隙を見逃さず、最初の勢いのまま斬撃を繰り出す。今度は避けられず、少なくないダメージが通る。本気でやばい。このままでは完封どころか押し切られる!

 

「調子っ、乗るなぁ!」

「うわああああ!」

 

 大きく身を引き、《Centipede》を展開、薙ぎ払うように振り抜く。が、素早い機動で躱される。

 

「はぁ、はぁ……。さっきの余裕はどうしたよ、随分慌ててたみたいだったぜ?」

「っ!!」

 

 さっきまでとは逆の、一夏からの煽り。こいつ、意趣返しのつもりか?それとも天然か。どちらにしろ腹が立つ。

 一夏にじゃない、俺自身にだ。人から得たデータとたかが一週間で立てた対策に胡座をかいて、本番ではこの体たらく。それで「潰し甲斐がある」だと?自惚れも大概にしろと言うもの、自分の愚かさに怒りが込み上げる。

 

 ……いや、落ち着け。俺がこうして押されたのは、こいつの実力を機体性能だけで過小評価して、一夏自体の思考、技術を甘く見ていたから。つまりは俺の自滅だ。

 頭を冷やせ。こいつは強い。使えない対策なんて捨てろ。本当の敵は、慢心だ。

 

「悪いな一夏。俺はお前を舐めていた」

「そうみたいだな。それで?」

「ああ、だから……これからは本気でいく」

「!」

 

 《Centipede》を収納。懐まで高速接近。零拍子ほどじゃないが、限りなく模倣した動きだ。

 

「《No.6 Ant(アント)》」

「早っ!?」

「砕けろ」

 

 両腕に展開された(Ant)の拳。対応される前に無防備な腹へ叩き込む。加減はしない。どうせ絶対防御がある。肋骨でも折るつもりでやろう。

 

「がっは……」

「次だ、《No.8 Spider(スパイダー)》。そのまま止まれ」

「は!? 網ぃ!?」

 

 腕を抜き、《Ant》を消して《Spider(ネットランチャー)》を展開。何重にも包み込むように連射する。最初の数発以外は避けられたが、それでも至る所に絡みついている。

 

「出し惜しみはなしだ、《Centipede》」

「さっきの剣か! それならもう──」

 

 《Centipede(蛇腹剣)》の名を呼び出しながら、構えるは(ニードルガン)。これが意味することは、

 

(ブラフ)だよ」

「──くそっ!」

 

 針の弾丸。これなら折角の拘束を傷つけることなくダメージを与えられる。文字通り蜂の巣だ。

 

「こんなのっ……よし切れた! 「だろうな」!?」

「だったらこうだ、《Centipede》《Cockroach》」

「またブラフか!?」

「いいやマジさ」

 

 今度こそ蛇腹剣と、ついでに爆弾を展開。飛ばしつつ逆袈裟に切り上げる。もう隙は与えない。やるなら徹底的にだ。

 

「これで、トドメッ!」

「ぐっ、こ、のぉ…負けるかぁ!!」

 

 渾身の力を込めて振り下ろした一撃、一夏はそれを受け止め、ブレードが悲鳴を上げるのにも構わず弾き返す。しかし既に機体に張り付いていた《Cockroach(爆弾)》は止められない。

 

「爆ぜろ」

 

 かちり。

 小さな起動音。一拍遅れて、強烈な光と黒煙に白のISは包まれた。

 

 

 

「一夏っ!」

 

 モニターに映し出された戦い。優勢が崩され、爆発に飲み込まれた幼馴染を心配しながら見つめる箒。

 千冬も、真耶も、真剣な面持ちで画面を埋めた黒煙が晴れるのを待つ。

 

「──ふん。機体に救われたな、馬鹿者め」

 

 突如煙の中から光が漏れ、内側から弾けるように吹き飛ぶ。

 煙が失せた後に残るは純白の機体、【白式】。その真の姿。

 

 

 

 決まった。そう確信した瞬間奴がいたところから光が溢れ、新たな──いや、本当の姿へと変じた機体が現れる。

 

「一次移行かっ……!」

「ああ。これで本当に俺専用の機体になったらしい」

 

 くすんだような白と貧相にも見えた装甲は、より純粋な、輝くような白さを持った滑らかかつシャープなデザインへと変化。そのシルエットは中性の鎧を彷彿とさせる。

 

「俺は、世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 小さく笑みを浮かべ、新たな武装──日本刀型のブレードを構える。

 

「《雪片弐型》。これが白式の──俺の武器だ」

「そうかよ。それで?ただ姿形が変わっただけじゃないんだろ?」

 

 姿が変わるとは性能が変わったこと同義だ。日本刀の如きブレードと、大型化したウイング;スラスターは近接格闘型ISとして更に尖った性能へ進化した証。

 雪片の名も、かつて織斑千冬(ブリュンヒルデ)が振るっていた武装と同じ。

 

「勿論。何もかも、さっきまでとは一味違う。──遅れるなよ」

「っっ!!」

 

 疾い。さっきよりも格段に、こちらの性能では追いつくのが精一杯だ。

 だが、一次移行したところでシールドエネルギーが回復するわけではない。まだ勝ちは消えていない。

 

「勝つのは俺だ! 九十九透!」

「いいや返り討ちだ! 織斑一夏!!」

 

 理由はわからない。しかし()()()()()()()()()()()()()と心が叫んでいる。集中しろ、本気だけじゃ足りない。負けたら死ぬと思え。

 《雪片弐型》が割れ、強い光を放つエネルギーが刃を形作る。対する俺も確実に撃ち落とすため《Centipede》を構え直す。

 

「いくぞぉっ!!」

「来いっ!!」

 

 スラスターを全開。爆発的な加速力を得て突撃する白と、迎え撃つ黒。両者がぶつかり合い、互いの刃が首元へ食い込む。そして、

 

 

『試合終了。両者シールドエネルギー残量0(empty)。──引き分け』

 

 ブザーとアナウンスが決着を告げる。いや待て()()()()()()()()()()? ()()()()? え?

 

「「は?」」

 

 は?

 

 

 

第6話「決闘②・一次移行」

 

 

 




透くんも思春期なので情緒が不安定だぞ


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第7話「代表決定・✕✕✕✕」

キリがよくなったので初投稿です。
一夏と透くんはズッ友だヨ


 

「……」

「……」

 

 試合が終わり、俺たちはアナウンスで呼ばれるままにAピットへ戻っていた。紆余曲折あったが最終的には双方全力でぶつかり、こうして並んで立っている。しかし、その間に会話はない。それもそのはず、試合結果は──

 

「あれだけ大きなことを言って引き分けとはな、大馬鹿者共」

「「う゛っ!」」

 

 やめてくれその言葉は俺に効く。隣を見れば一夏も悶えている。もっとこう……お褒めの言葉とかないのか? ないですか。

 

「まず織斑、お前は自分の武器の特性を理解していないからこうなった。明日から暇さえあればISを起動し、訓練に励め」

「……はい」

「次に九十九、お前は調子に乗りすぎだ。しばらく反省しておけ」

「言われなくとも」

 

 この戦い、お互い十分に勝ち目はあった。一夏はもう少し自分のISに理解があれば、俺はもう少し冷静になっていれば、僅かな違いで結果は大きく異なっていただろう。

 ただ一つ気になることが最後の一撃だ。俺はまだそこそこのシールドエネルギーが残っていたはず。少なくとも、たった一度切られただけで戦闘不能になるとは思えない程度には。では何故か?

 

(やっぱり、()()だよなぁ)

 

 あの時《雪片弐型》が展開して放出したエネルギー。恐らくあれこそが俺の残エネルギーを刈り取ったものの正体だ。しかしどうしてそんな物が備わって──いや、やめよう。深く考えても仕方がない。結果は引き分け。これが事実。今は、この反省を次に生かせる様にしなければならない。

 

「次は少し時間を置いて、織斑とオルコットの試合を行う。山田先生」

「では織斑くんっ、一度エネルギーの補給と整備を行うので待機形態を預かりますね」

「あ、はい。どうぞ」

 

 そして一夏は右腕に着けられていたガントレット──どう見てもブレスレットだが【Bag-Human】はそう認識している──を差し出す。あれが白式の待機形態か。

 

「完了するまで少しかかる。今の内に体を休めておけ」

「はぁ」

 

 そう告げて奥に引っ込んでいく織斑先生。きっと報告とか色々あるのだろう。お忙しい人だ。

 残された俺たちはというと、再び沈黙していた。

 

「「………」」

「……なぁ、ちょっといいか?」

「? どうした箒?」

 

 沈黙に耐えかねたか、妹様が話を振る。

 

「いや、この試合の結果は引き分けだろう? 賭けの話はどうなるんだ?」

「「あっ」」

 

 忘れてた。何というか、思い切りぶつかった挙句の引き分けで全て吹き飛んでしまった。まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったし…どうしたものか。

 

「無かったことにするか?」

「それはダメだ。男が決めたことを覆すわけにはいかない」

「じゃあ別の方法で決めるか?」

「決闘までして他の方法かぁ」

 

 ああだこうだ話し合うがなかなか決まらない。あまり時間をかけるわけにもいかないし、両方納得のいく方法があるだろうか。

 

「……両方勝ち」

「「ん?」」

「あっいや、いっそ両方勝ちというのはどうだろうか? 実力が同等なのはわかったし、謝罪と口出ししないことは矛盾するわけじゃないだろう?」

 

 まあここらが落としどころだろうか。さっきはムキになっていたが、謝罪の一つぐらい軽いものだ。大したことはない。

 

「うーん、それもアリ……か?」

「じゃあ……そうするか」

 

 一夏も問題ない様だ。引き分けのせいでお互い頭が冷静になれたらしい。

 

「よし、ではさっそくセシリアの所に──」

「その必要はありませんわ」

 

 突如背後からかけられる透き通った声。この声は……。

 

「「セシリア!」」

「オルコット?」

「ええ……お二人の試合、しっかりと見させていただきました」

 

 見てた、か。ということは引き分けになったことも知っているだろう。賭けの内容は俺が教えたし、その事で用でもあるのだろうか。

 

「そうか、なら今話してた通り謝罪を──「必要ありません」え?」

「謝罪なんて必要ありません」

 

 必要ない? 確かに俺は負けたわけでは無いが勝ててもいない。かと言って無効なんて収まりがつかないぞ。

 

「いらないって、でもそれは」

「あの敗北はわたくしの慢心、心の弱さが招いた物、いわば自業自得ですわ。どんなやり方でも私は負けていたでしょう」

「えーいや……そうか?」

「そうなんです。ですから謝罪なんて必要ありません」

 

 強い拒絶の言葉を口にしたオルコット。その目にはさっきまでとは違う何かを感じる。俺たちの試合を見た影響だろうか。

 

「どうしても謝罪がしたいのであれば、アリーナの真ん中でジャパニーズ・ドゲザでも」

「わかった謝らないからそれは勘弁してくれ。……いいよな? 一夏、篠ノ之さん」

「あ、ああ」

「セシリアがそう言うなら……」

 

 となると俺のやり方に口を出さないというのはどうなる?このままだと一方的に罰ゲームを受ける形になる。

 

「それと、()()()()()()()()()のやり方に口出しはご自由に。どうなろうといずれ正面から打ち破るまでですので。あなたの様に」

「破られてねーよ、引き分けだ引き分け」

「そこ突っ込むなよ」

 

 いつの間にか呼び名が変わっているがそれは置いておこう。

 ……本当に変わったな。この短時間に、いや、これが本当のセシリア・オルコット、本物の誇り(プライド)か。

 

「……わかった。俺も好きに口出しさせてもらう。これでいいだろ?」

「となると……両方勝ちから両方負けということだな」

「ええ、それでこの話は終わりですわ」

 

 そして微笑むオルコット。憑き物が落ちた様な美しい笑顔だ。そこらの男なら惚れているだろう。俺? 好みじゃない。

 

「さて、後はわたくしと一夏さんの決闘ですわね」

「そうだな。本気で行くぞ?」

「はい。こちらも全力でお相手致します」

 

 そのまま話は次の試合へ、もう俺の出る幕はないな。バレないようにゆっくりと離れていく。

 

「あっおい透! どこ行くんだ?」

 

 気づかれたか。まあ理由を話せば納得してもらえるだろう。背を向けたまま説明をする。

 

「んー、もう機体整備して休もうと思ってな」

「試合は見ていかないのか?」

「どうせ記録取られてるだろ、それで見るさ。頑張れよ」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 まだ何かあるのか?本当に休みたいのだが。

 

()は俺が勝つからな!」

「……いや、勝つのは俺だよ。じゃあな」

「ああ、また明日!」

 

 軽く右手を振って答え、振り返ること無くピットを出る。

 観客への愉悦、オルコットへの侮蔑、一夏への不満、自身への怒り、引き分けの悔しさ。その全てが消えたわけではない。この戦い方を変えるつもりはないし、それでどう思われたって構わない。けれどこれからはもう少し、ほんの少しだけ真剣に相手と向き合おう。そう決めさせる何かが一夏との戦いにはあった。

 初めての感情がこみ上げてくる。昨日までの俺ならば一笑に付したであろうその感情が、不思議と心地よかった。

 

 

 

 翌朝。SHRにて、約一名にとっては想定外の発表が行われていた。

 

「では、一年一組の代表は織斑一夏くんに決定です。一繋がりでいい感じですね!」

「は?」

 

 嬉々としてとして話す山田先生。盛り上がるクラス。事態を飲み込めない一夏。

 

「先生質問です!」

「はい、織斑くん」

()()()()()()()()のになんで俺が代表になってるんでしょうか?」

 

 そう、こいつはあの後オルコットに負けた。初めから本気を出したオルコットの射撃に苦しめられながらも()()あの光の刃を発動し、その一撃を決めようとして()()エネルギー切れを起こして負けた。どうやらあれはかなりのリスクを伴うらしい。こっそり観ていたらしい楯無先輩から記録を貰って観たが正直笑ってしまった。

 

「あ、それは──」

「「俺/わたくしが辞退したからだ/ですわ!!」」

 

 示し合わせた様に立ち上がりポーズを決める。しかし何故俺達が辞退したか、それは昨晩まで遡る。

 

 

 あの夜。整備を終え、自室で先輩に散々揶揄われた後。俺は職員室を訪ねていた。目的はそう、クラス代表を押しつけるためだ。

 代表決定戦に嫌々ながらも参加したのは奴隷回避のため。結果的には一夏との決闘やら何やらがあったがそれはそれ、俺は代表なんかになりたくはない。色々台無しな気もするがこうして直談判に来たのだ。

 

「あら、透さん。こんばんは」

「よう、オルコットどうしてここに?」

 

 職員室に来てみればオルコットがいる。こいつも用があるのだろうか。今日の出来事を考えると──

 

「もしかして、()()()?」

「ということは、()()()()?」

「「…………」」

「「ヨシ!」」

 

 

「──と、いうわけだ」

「よくねーよ」

 

 一部端折りはしたが、大体この流れだ。二人で説得したら織斑先生も快く承諾してくれたよ。

 

「決闘で決めると言っても、誰も戦績で決めるとは言ってませんわ。それに、わたくしたちも反省しまして」

「お前にクラス代表を譲ろうってことになったのさ。ま、最下位に拒否権は無いってことで諦めてくれ、戦闘経験も積めるしさ」

「嘘だろ……」

 

 この世の終わりの様に暗い顔を浮かべる一夏。いやあ楽しい。

 

「そ、それでですね。わたくしが特別にコーチを──」

「座れ、馬鹿ども」

 

 急にモジモジし始めたオルコットへ織斑先生のインターセプト。やっぱこの人ブラコごめんなさい睨まないで。

 

「クラス代表は織斑一夏。これは決定事項だ。異存はないな」

 

 クラス全員(一夏除く)の元気な返事。これにて一件落着だな!

 見事撃沈した一夏を眺めながら、今日も授業が始まる。

 

 

 

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦の実演を見てもらう。織斑、九十九、オルコット。飛んでみせろ」

 

 四月下旬。学校生活にもだいぶ慣れてきたところ。俺はようやく座学ばかりの日々から解放され、実技授業を受けていた。

 

「遅いぞ、熟練したIS乗りならば一秒とかからん」

 

 俺とオルコットはすぐに展開できたが、一夏は一度集中するためか待機形態の白式に触れてから行っていた。懐かしい。俺も初めはそうしていたものだ。

 

「よし飛べ。上空で指示を出すまで適当に動いていろ」

 

 先んじてオルコット、続いて俺、遅れて一夏が上昇、空中で静止する。遅いな、決闘の時はもっと速かったはずだが。

 そのまましばらく上空を周り、軽く飛行技術について雑談をする。といっても一夏の質問にオルコットが答え、俺が補足といった形の授業の様な物だ。

 

「一夏さん、よろしければまた放課後に指導してさしあげますわ、今度は二人きりで──」

「三人とも降りてこい、急下降と完全停止の実演だ!」

 

 また織斑先生に妨害されてる。妹様は何かしようとしたのかアイアンクローを食らってもがいている。痛そう。

 

「目標は地表から十センチ、順番にやれ」

「ではお二人とも、お先に」

 

 すぐさま下降するオルコット。さすがは代表候補生といったところか、ピタリ成功らしい。

 

「じゃ次俺な」

 

 俺もさっさと下降、急停止。誤差は+二ミリ、まあこんなもんか。特別難しい動きでもないし、これならあいつも──

 

 ズドォォンッ!!!

 

 ……なんでだよ。

 

 

 

「次は武装の展開だ。織斑から順番に」

「は、はいっ」

 

 グラウンドに大穴開けた一夏と、勝手に言い争いを始めた妹様とオルコットが叱られた数分後。今度は武装の展開の実演だ。展開が遅い一夏と速くても構えが悪いオルコットが叱られている。

 

「近接武装も展開してみろ」

「えっ、あ、はいっ」

 

 銃を収納し、近接武装を展開……しようとして手の光はなかなか形にならない。そういえば、こいつ決闘の時も名前を呼んでいたな。

 

「ああっもう! 《インターセプター》!」

 

 お嬢様らしさの無いヤケクソじみた叫び。やっぱり苦手だったか。俺も名前を呼ぶことが多いが、別にそうしなくとも展開は余裕だ。呼ぶのは気分とかブラフのためだな。後者は一夏にしか使ったこと無いけど。

 

「次、九十九。適当に武装を切り替えてみろ」

「はーい」

 

 俺の番。実のところ切り替えは得意分野だったりする。腕の見せ所だな。

 

「ではでは──行きますよ」

 

 《Scorpion》、《Hornet》、《Longicorn》、《Centipede》、《Weevil》、《Spider》、《Bagworm》、エトセトラ。比較的軽めの武装を次々に展開、収納。束様の指導で何度もやらされたことだ。慣れたら意外と楽しくて時間を忘れてずっとやっていたこともある。

 

「もういい。十分だ、合格点をやろう」

「光栄でーす」

 

 他と比べたら結構上手いもんだと思ったんだが、厳しい評価だなぁ。鬼教官め。

 

「時間だな。今日の授業はここまで、織斑はグラウンドを片付けておくように」

「はい……」

 

 あの穴を埋めるのかー大変だなー。こっちに助けを求めんじゃねぇ自業自得だろ。結局、見かねた妹様の応援──手伝おうとしていたが罰だからと断ったらしい──を受けながらやり遂げていた。

 俺とオルコットは帰った。

 

 

 

 

「祝!! 織斑くんクラス代表決定記念パーティー!!!」

「「「いえ~い!!」」」

「い、いえーい……」

 

 パンパパパンパンパパパンパーン!! クラッカーがうるせぇ。その全てを向けられた一夏は紙テープで顔が見えなくなっている。

 ここは寮の食堂。夕食後の自由時間を利用し、一夏のクラス代表就任を祝っている、といっても各自好き勝手騒いでいるだけだが。

 俺? 一人でジュース飲んでる。いやあんな試合したら反感買うよな。一応このクラスの大半は嫌っているというよりどうせ接したらわからないといった感じだ。どの道避けられてることには変わらないけどな! 泣きそう。

 

「いやー。これでクラス対抗戦も盛り上がるね!」

「ねー」

「同じクラスになれて良かったよー」

「ほんとほんと!」

 

 盛り上がってるなぁ。他のクラスまで混じっているのが気になるが。

 

「ねーねー、つづらん」

「む?」

 

 この間延びしたのほほんとした声は。

 

「えーと、布仏さん。つづらんって俺?」

「そーそー。九十九(つづら)だからつづらん! いいでしょー」

「なるほど。まあ、いいんじゃないか」

 

 独特なネーミングだなぁ。しかしやっと声をかけられた。このまま誰とも会話せずにパーティーを終えるところだった。マジありがてぇ。

 

「それでーつづらんはお話しないのー?」

「いや、声かけにくくてな。あんな試合したし」

「あれはちょっとねー。本気で引いてる子いたし」

 

 やっぱりそうか。後悔は無いけどつらい。このまま一年過ごしたくはないし、どうにかしないとなぁ。

 

「でもーこれから仲良くなればいいんだよ、ね!」

「できる、といいなぁ……」

「だいじょーぶだって、私たちもともだちだし」

「えっマジ?」

 

 思わず大声が出てしまった。何人かが驚いた顔でこちらを見ている。

 

「まじまじ、ともだちー」

「そうかぁ、友達かぁ……」

 

 なんかこう……要らない思ってたけど嬉しいな。一人寂しくしていたものだから余計効く。

 

「おーい! 九十九くーん!」

「ん?」

「お?」

 

 向こうから俺を呼ぶ声。あれは……二年生かな?

 

「用事あるみたいだから行くわ、ありがとな」

「どういたしまして、あと──()()()()()()()によろしくね」

「え? あー、わかった」

 

 ……()()()()()()()

 

「おーい!」

「今行きまーす!」

 

 あの人の差金だったことは残念だが、まあ初めての女友達には変わりないということで良しとしよう。いい人っぽいし。

 

 

「新聞部の部長さんね。で、何の用です?」

「うんうん。次の新聞のに記事に君たちのことを載せたくってね、一言お願いしまーす!」

「ふーん、何でもいいんですか?」

「いいよぉ! まずかったら捏造するし!」

 

 いいのかそれは? 俺は構わないけども。しかし何言おうか……よーし。

 

「では……」

「バッチこい!」

 

「いつか会長ぶっ飛ばします」

 

 一瞬騒がしかった食堂が一瞬にして静まる。

 

「……それ本気?」

「ええ、本気です」

 

 負けっ放しは癪なんでな。いつか絶対勝ってやる。

 

「……あっはっはっは!! いいねぇ! これは売れる!」

「お気に召したなら何よりで」

「うんうん、じゃあ三人で写真撮ろっか! ほら並んで!」

「はーい」

 

 そのまま写真撮影。中央に一夏。両サイドに俺達。何やらオルコットが要求していたが軽くスルーされていた。

 

「それじゃあ撮るよー。35×51÷24は~?」

「え? えっと……2?」

「74.375」

「正解!」

 

 ぱしゃり。……何故か全員入っているな。妹様なんて俺と一夏の間に入って腕まで組んでいる。縮地でも使ったの?

 またオルコットが文句を言っているがどことなく楽しそうだ。あいつもクラスに馴染めたのだろう。

 

「さて、俺はもう帰るわ。疲れたしな」

「そうか? じゃあ俺も……」

「お前は主役だろ? もう少し残っとけ」

 

 女子の目もそう訴えかけているしな。よっ人気者。

 

「おお……そうか。じゃあな」

「おう」

 

 

 食堂から出て、部屋へ続く道を歩く。さて後は予習でもして──

 

 てれててててーん、てれてててーん。てれててててーん、てれてててーん。

 

 電話だ。

 

「もしもし?」

『やっほーおはこんばんちはー!』

 

 切るか。着信拒否設定はどうするんだっけ。

 

『わーごめん! 切らないで! ね!』

「いきなり大声出すのやめてくださいよほんと、次はマジで切りますからね?」

『あはは、ごめんね』

 

 本当この人はいつもいつも……。で今日は何の用だろう。

 

『今日はねー、まず()()()()と、君の近況でも聞こうかなって』

()()()()?」

『うんうん! 近々そっちに()()()()()かけるからよろしくね!』

「……はい。了解です」

 

 ()()()()()。まるで遊びの様だが勿論この人の場合はそんな軽い意味では無い。しかしどんな面倒事でも拒否権はない。

 

『で、近況報告だけど。どう? 初めての学園生活は。一言で!』

「一言? うーん…………」

 

 どうと言われても。まだ一月も経っていない。大した出来事も……あったわ。盛りだくさんだった。

 しかし一言でか……何と言おうか……これだ。

 

「楽しいです。そこそこ」

 

 本当に。ちょっと退屈だが、研究所でも束様の所とは違う楽しさがある。何故かはわからないけど。来てよかった。

 

『……』

「あの、どうしました?」

『……うん! ならよかった! 涙を飲んで送り出した甲斐があったね!』

「いや滅茶苦茶笑ってましたよ」

『あれー?』

 

 あのときの恨みは忘れてないからな。寮生活のことも含めて。

 

『じゃーまたよろしくね!ばいばーい!』

「はーい」

 

 騒がしい人だ。どうせまた悪巧みでもしているのだろう。

 

「さて、帰るか」

 

 再び部屋に向かって歩く。明日もその先も、この退屈ながらも楽しい日々は続くのだろうか。それともいつか呆気なく終わってしまうのだろうか。

 ……だがどうなろうと関係ない。全ては生きるために、束様の手足として従うまで。

 

 それが俺の『生存戦略』だ。

 

 

 

第7話「代表決定・生存戦略」

 

 

 




しばらく書き溜めします。具体的には一巻の残り全部書き終わるぐらい。


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第8話「二組・姉妹」

まだ十分に書き溜めできてないけど初投稿です。


 

「「転校生?」」

「そーそー。中国の代表候補生なんだって」

「ふーん」

 

 朝。教室にて一夏と雑談中、クラスメイトから噂を聞く。あのパーティー以来何人かの女子に話しかけられることが増えた。布仏さんのお陰だろうか。

 にしても転校生とは。この時期に来るなんて普通の学校でもなかなか無いだろう。知らないけど。

 

「あら、わたくしの存在を危ぶんでの──」

「それはないでしょ」

 

 またまたいつものポーズを決めるオルコット。一日二回は見てる気がする。

 

「隣のクラスの話だろう? それに、今のお前はそんなことを気にしている場合ではあるまい」

「確かに……今はクラス対抗戦だよなぁ」

 

 対抗戦は来月に迫っている。学年全体がここ数日その話題で持ちきりだ。

 

「まあ、やれるだけやってみるさ」

「やれるだけでは困ります! 代表として勝っていいただけませんと!」

「そうだぞ。男たるものいつだって勝利を目指せ」

「勝ったら学食デザートフリーパスなんだからね!」

 

 楽観的な言葉を口にした瞬間一斉に詰め寄られる一夏。好き勝手言われてるな。

 

「気ぃ抜けてんなぁ。こないだの威勢はどうした」

「いやあれは……テンションがこう、わかるだろ?」

「ちょっとはな、油断してると足下掬われるぞ、俺みたいに」

「その通りですわ! そこでこのわたくしと実践的な訓練などいかがでしょう。()()()()()で」

 

 二人っきりのところ強調するなぁ。俺は混ざる気ないし構わないが。

 

「織斑くん頑張って!」

「目指せ優勝&フリーパス!」

「でも専用機持ちって一組と四組だけらしいし、余裕かも」

 

「──その情報、古いよ」

 

 教室入り口から聞き慣れない女子の声。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう、この凰鈴音(ファンリンイン)がね!」

 

 なんだあのツインテ。腕組みしてドアにもたれかかっているが全く似合わない。

 

「鈴!? お前、鈴か?」

「そうよ。今日は宣戦布告に──」

「その格好付け方全然似合ってないぞ」

「なんで今言うのよアンタァ!?」

 

 一夏も俺と同意見らしい。いや本当に似合ってない。テイク2を推奨する。

 しかしこの気安い話し方。知り合いらしい。

 あ。

 

「おい」

「何よ!? って千冬さん!?」

 

 織斑先生の登場だ。怒られる前に席に着こう。

 

「もうSHRだ、さっさとクラスへ戻れ」

「失礼しましたっ! ……一夏、また来るから逃げないでよ!」

 

 すたこらさっさと退散する凰だったか。また騒がしそうな奴が来たものだ。

 

 ババシィン! 今日も出席簿の音が鳴る。ログインサービスって感じだ。頭を押さえる一夏と妹様とオルコット(いつも叩かれてる三人)を眺めながら、教科書を開いた。

 

 

 

 

 放課後。一夏の誘いを華麗にスルーしながら購入した間食のパンを持って廊下をぶらつく。目的地は整備室。【Bug】の整備がてらここの設備に慣れておこうとここ数日通っている。

 

「さーて今日はどこ弄るかなーっと」

 

 うぃーんと自動ドアが開き、適当な場所で整備を──おや、先客だ。リボンの色を見るに一年生かな。なんだか見覚えのある髪色をしている。

 

「…………」

「こんにちは」

 

 一応挨拶をしておく。こういうのは大事だとまともに挨拶できなさそうなあの人が言っていた。

 

「……どうも」

「ここ使っても?」

「……ご自由に」

 

 ……シャイなのかな。まあ普段から五月蠅い環境にいるし、これぐらいが丁度いい。

 

「よし、始めよう」

 

 黙々と作業を続ける隣で作業を開始する。ここは使いやすい設備ばかりで助かる。束様の所も色んな設備があるが。何世代先かわからなかったり原始的すぎたりと幅が広すぎるため混乱する。なんでろくろがあるんだ。

 

 機体を目の前に展開し、先ずは数値の点検……異常なし。続いて各部の点検、調整と移っていく。

 そのまま日が落ちるまで作業を続けていた。

 

 

「ふぅー、こんなもんかな」

 

 どこにも異常は無く、調整も済んだし。もう今日は帰ろう。

 

「あの……」

「ん?」

 

 お隣さんから声をかけられる。そういえば作業中にも何度かこちらを見ていた様な気もする。

 

「あなたって、()()九十九透?」 

「そんな有名人みたいになった気は無いけど、そうだよ」

 

 急にどうしたのだろう。まさか俺のファン? いやないか。そんなくだらないことを考えてるとがしっと手を掴まれ──掴まれ?

 

「私は更識簪。一度あなたと話してみたかった」

「はあ?」

 

 え、マジでファン?

 

 

「えーと、更識さんは楯無先輩の妹で、あの新聞の記事を見て俺に声をかけたと」

「そう、あと、簪でいい。名字で呼ばれるのは好きじゃない」

「じゃあ簪さん。あの記事ってそんな大したこと書いてあったっけ?俺は一言ぐらいしか載ってなかったような……」

 

 完成した新聞は俺も見たが……特に捏造も無かったし、『会長ぶっとばす』もバッチリそのままだった。妹さんなら寧ろ反感買いそうなものだが……まさか。

 

「その一言、感動した。この学園であんなこと言える人間そうそういないから」

 

 そう俺を見つめる目は本気で、嘘は言っていないようだ。変なの。

 

「それで、本気なの? あの言葉」

「もちろん本気だよ。俺は絶対に楯無先輩をぶっ飛ばす。……まあこれまでずっと負け通しなんだけど」

 

 ほんとあの人強え。何度も挑んでるがその度に転がされてる。生徒会長は最強の称号だとか言っていたがそれも納得だ。

 

「で、簪さんは? もしかして君も打倒会長とか──」

「その通り。私も、いつかあの人をぶっ飛ばすと決めている」

「お、おう……」

 

 意外と強そうな人だな。初めの気弱そうな雰囲気が嘘のようだ。

 

「ところでさ。俺は負けっ放しなのが気に入らないからだけど、簪さんはどうして先輩に勝ちたいんだ?」

「っ! ……それは」

「それは?」

 

 言い淀む簪さん。聞いたらまずいことだったのだろうか。気を悪くしないといいが──

 

「証明したいから。私を」

「え?」

 

 証明?声が小さくてよく聞き取れなかった。

 

「……何でもない。話せてよかった。さよなら」

「あっおう。さよなら」

 

 そう言い残して去って行く簪さん。何だったんだ?少なくとも、悪い奴じゃなさそうだが。

 ……先輩()に聞けばわかるか。帰ろう。

 

 

 

 

「ただいまでーす。突然ですけど妹さんに嫌われてるんですか?

「帰りが遅いと思ったら急に精神攻撃されてるんだけど何これ?」

 

 おっと、説明する前に質問してしまった。完全に面食らっている。

 

「すいません。さっき整備室で妹さんに会って、少し話したら先輩の話題も出たんですよ」

「ほんと!? 簪ちゃんは何て言ってたの?」

「ぶっ飛ばしたいそうです」

「」

 

 白目を向いて固まる先輩。そんなにショックだったのだろうか。放っておくのも面白そうだがこのまま死なれても困る。正気に戻してあげよう。

 

「起きてくださーい」

「はあっ!? 裸の簪ちゃんが服着て(ダンス)ってたわ……」

「そこは三途の川じゃないんですか?」

 

 さてはこの人もシスコンだな? そんなこと言ってるから嫌われたんじゃないだろうか。

 

「で? 嫌われてるんですか? 嫌われてるんですよね?」

「何で嬉しそうなの?」

 

 つい喜びを隠せなかった。やっとこの人を攻撃できるネタが見つかったんだ、全力で使っていくぞ。

 

「……そうよ。()()()()()()()()()()()ね、私はあの子に……嫌われてはっ、ないけどあまり……ほんの少し……小指の先くらいよく思われてはいないわね」

「現実逃避お疲れ様です」

「やめて」

 

 必死に事実を認めまいとしている先輩だが。少なくとも現状いい関係ではないことは間違いないな。詳しい事情は聞けなさそうだ。

 

「とりあえず、あなたの差し金とかじゃないならいいです。友達になれそうですし」

「えっほんと? あの子人見知りする方なのに」

「あの新聞でシンパシー感じたみたいですよ、やっぱ嫌われて「ないから!」

 

 面白いなぁ。普段はなかなか余裕を崩さないのに妹のことではこうもアタフタするなんて。このネタはしばらく使えそうだ。

 

「にしても俺より前から整備室にいたみたいですが、整備科志望なんですかね? 勉強熱心だなぁ」

「あー……。それが……」

「どうしたんです?」

 

 歯切れの悪い表情を浮かべる先輩。まさかこれにも何か事情があるのだろうか。

 

「あの子ね、日本の代表候補生なんだけど、専用機を持ってないのよ」

「はぁ」

 

 代表候補でも専用機がない。しかしこれだけなら特別おかしなことではない。一国が持てるコアの数には限りがあるし。研究・開発用や、量産機に回されている分を考えれば「候補」に過ぎない者に与えるコアがなくなることだってあるだろう。実際他の国ではそうなっているところが多い。

 

「正確には専用機はあるんだけど、未だに完成してないの。開発元が倉持技研っていう……織斑くんの白式と同じ所」

「なるほど、大方そっちに人員取られて開発がほったらかしになったと」

「そういうこと。もちろん織斑くんは悪くないんだけど……。で、待ってられなくなった簪ちゃんが未完成の機体を引き取ってここで開発を進めているの。一人で」

「一人で……それはなんともまあ、無謀な挑戦では」

 

 普通新しい専用機の開発は国や大きな企業の一大プロジェクトとされるものだ。たった一人で行うなんて聞いたことがない。それこそ束様の様な天災でもないと不可能だろう。

 

「実はねぇ……私に対抗してるみたいで、一人でやるって聞かないの」

「対抗って、まさか楯無先輩一人でIS作ったんですか?」

 

 だとしたらすごいことだ。この人も天災レベルなのか。

 

「違うわよ。私は機体(ガワ)だけ。それも一から組み上げたわけじゃなくて、既存の機体をカスタムしたの。アドバイスももらってね。システム(中身)は普通に協力して組んだわ。きっと誇張されて伝わったのね」

「あ、そうなんすね。じゃあそこまで対抗心燃やすことではないのでは……?」

「ええ。でも、あの子にとっては違うみたいで……」

「ふーん……」

 

 ますます謎が深まった。ちょっと前に起きた何かと専用機の開発。これらが二人の状況に関わっていることは間違いなさそうだが……。うーんわからん。

 

「とりあえず、簪ちゃんをお願い。無理にとは言わないけど、あの子友達少ないから……。でも私の名前は出さないでね」

「怒りそうですもんね」

「うん。できれば、毎日何話したとか写真とか送ってもらえると嬉しいわ。……だからって万が一にでも手出したりしたらどこまでも追いかけてケジメつけさせるからね」

「こわいこわい」

 

 一応、こちらからは仲良くしたいと思っているらしい。これはあちらから話を聞いた方がよさそうだ。

 あれ? また面倒ごとに首突っ込もうとしてないか俺。……気のせいだ。きっと。

 

 

 

 

 次の日。俺達は──正確には学年のほとんどが、生徒玄関前廊下に集合し、大きな張り紙に注目する。

 『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。注目の一回戦、一夏のお相手は凰鈴音。専用機持ち同士の対決となった。

 当の一夏はというと、俺の隣で複雑な顔をしている。

 

「……」

「どうした? 組み合わせに不満でも?」

「いや、実は昨日鈴を怒らせちゃってさ。たぶん俺が悪いんだけど」

 

 喧嘩でもしたのだろうか。よく見たら頬がうっすら赤い。ビンタでもされたらしい。

 

「じゃあさっさと謝ったらいいんじゃねーの?」

「ごもっともなんだけど……ほら」

「ほらって……ああ」

 

 手で示す先には凰。全身から黒いオーラじみた何かを発しており、周りも察してか少し離れている。こちらに気づいて……『近づくな』と言わんばかりに睨み付けてくる。

 

「ご立腹で会話もできんと」

「そうなんだよ、どうすりゃいいんだ……」

「知らーん、頑張れ」

「くそう……」

 

 悪いな一夏。さすがにまた巻き込まれるのはごめんなんだ。

 

 

 

 また放課後。昨日の話が気になる&一夏の訓練に付き合いたくないため今日も整備室へ向かう。

 

「失礼しまーす。お、簪さんいた」

「? 何か用……?」

 

 怪訝な顔でこちらを見る簪さん。俺HR(ホームルーム)終わってすぐ来たんだがもういるってことは授業出ているのだろうか。それか俺より足が速いのか。

 ともかく今は専用機の話でも聞いてみようか。昨日も弄ってたあの機体かな。

 

「いやあ、俺も簪さんとお話ししたくなってさ。()()()()()()()()とか」

「っ!? 誰に聞いたの?」

()()()()()()だよ。不本意ながら同室なんだ」

 

 悪いね楯無先輩。名前出すなって言ってたけど、まどろっこしいのは嫌いなんだ。隠したところでどうせバレるしな。

 

「それで? あの人の頼みで話にきたの?」

「頼まれはしたけどね。でもここへ来たのは俺の意志だよ。話がしたいのも本当」

 

 実際各国の代表候補生についても知りたかったとこだ。交友関係も広げたいし。

 それより、勢いで話しているが大丈夫だろうか。機嫌損ねて追い出されるのは勘弁願いたいんだが。

 

「……わかった。一応、信じる」

 

 セーフみたいだ。これで追い出されたら先輩に暗殺されかねない。

 

「じゃあ教えてくれるってことでいいのかな?」

「別に隠してるわけじゃないし、ご自由に。でも邪魔はしないで」

「わかってるって」

 

 許可は得られた。早速作業を始めた簪さんの後ろに座り。質問を投げかける。

 

「そのIS、なんて名前なの?」

「【打鉄弐式】。打鉄の発展型で、機動重視にカスタムされてる」

「ほうほう」

 

 そう言われるとどことなく面影のある見た目だ。しかしそれぞれの部位に注目してみれば、腕部装甲はスマートに、肩部ユニットはシールドから大型のウイング・スラスターと小型の補佐ジェットブースターが搭載され、より機動性を高められるようになっている。シルエットはなんとなく白式に通ずるものがある。

 

「あれ? もう機体はできてんの?」

「武装がまだ。あとシステムと、稼働データも……」

「そうか……ここまでは簪さんが?」

「設計とパーツの製造は……倉持がやってた。私は……組み立てただけ」

 

 驚いた。いくらパーツや設計図が揃っているとしても、ここまで組上げるのは並大抵のことではない。ISの組み立ては超難しいプラモデルの様なものと束様は言っていた。ほんの僅かなズレで鉄屑になるとも。それを一人でやったとは。しかもこのクオリティ、彼女の技術力の高さが窺える。

 

「すごいな……いや本当に。俺じゃ無理だ」

「そ、そう? 褒めても何も出ないよ……?」

「謙遜するなよ。誇っていいと思うぜ」

「もうっ」

 

 照れているのかそっぽ向かれてしまった。しかしコンソールを操作する手は止まらない。

 にしても本当にすごい。語彙力が馬鹿になるほどに。だからこそ、今まで放置されていたことが残念でならない。

 

「システムはどうなってるんだ?」

「最低限は組めてる。どちらかと言えば、実稼働データの不足が問題……」

 

 そこまでいけてるのか。やっぱ代表候補生は優秀なんだなぁ。俺? できるわけないだろ。

 

「武装は?」

「荷電粒子砲と……マルチ・ロックオン・システムによる高性能誘導ミサイル」

「ふーん……」

 

 これ以上は邪魔になりそうだったので質問をやめ、しばらく簪さんの作業を眺めていた。どの作業も丁寧で、何度も何度も状態をチェックしながらほんの少しずつ進められていた。しかしまぁ、なんという表情()で作業しているんだ。鬼気迫るとはまさにこのこと。束様はもっと楽しそうにやっていたものだが……比べるのもおかしいか。

 ……あれだな。こうも必死になっているところを見ると、本当は聞いてはいけないんだろうが()()()()が気になってしょうがない。……いいや。聞いてしまおう。

 

「なあ……」

「……何?」

「なんで、一人でやってるんだ? 手伝いでも呼んだ方が早くできるじゃないか」

「…………」

 

 手が止まり、顔を伏せて黙り込む。この反応を見るに、気づいてないわけじゃなさそうだ。

 

「……わかってる。でも、一人でやると決めてるの」

「先輩に対抗してるつもりか? でも先輩だって、一人でやり遂げたわけじゃないぜ」

「それも知ってる。だからこそ、私は一人でやらなきゃいけない」

「無理だな。この調子じゃいずれ破綻する」

 

 間違いない。顔を見ればろくに休んでいないことぐらいわかる。目には隈ができていたし、食事もちゃんと摂っているか怪しい。命でも削っているようだ。今は平気でも、このままでは……。

 

「そんなこと、やってみなくちゃわからない」

 

 ……意志は固い様だ。なら今は止めまい。どうせ後から嫌でもわかるだろう。今日のところは嫌われる前に帰るとしよう。

 

「悪い、邪魔になっちゃったな。また今度」

「……うん」

 

 再び作業に集中したことを確認して整備室を出る。このことは楯無先輩に伝えるべきか……悩むな。あの人が出てきても余計にこじれそうだ。今は話を聞きつつ距離を縮めて、説得できる様にした方がいいな。

 ……なんで俺こんなことしてるんだ? いつの間にか完全に面倒ごとへ足を突っ込んでいるじゃないか。遅すぎる後悔を感じながら、先輩の待つ寮へ戻るのだった。

 

 

 

第8話「二組・姉妹」

 

 

 




簪書くのクッソむずい


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第9話「日々・特訓」

適切な投稿ペースがわからないので初投稿です。


 

「せーので行くぞ?」

「いつでも」

 

 授業の終わった教室で男が二人。まるで果たし合いでも始めるかの様な面持ちで提示している。いや、果たし合いは間違いではない。これこそ正に誇りを賭けた決闘だ。

 互いに緊張で冷汗を流し、その手に持った得物を握りしめる。

 固唾を飲んで見守るクラスメイト。開始の瞬間を今か今かと待っている。

 

「「せぇーのっ!!」」

 

 始まった。こうなればもう誰にも止められない。双方が両手を前に突き出したのは全くの同時。得物が開かれ、そこに記された赤い字で記された数字が露わになる。

 

「45点!!」

「97点!!」

 

「負けたぁ!」

「勝ったぁ!」

 

「いや何してますの?」

 

 勝負内容。小テストの点数。

 

「くそっ紙一重か」

「倍でも足りねぇだろが辞書引いてこい」

「だから何してるんですの?」

 

 意味がわからないという顔でこちらを見てくるオルコット。何がおかしいのか。普通の学生はテストの点数を競うのだろう? 俺もそれに習ってやったまでだ。圧倒的すぎて勝負になっていないが。

 

「丁度よかった、セシリアは何点だった? IS基礎の小テスト」

「もちろん満点に決まってますわ。代表候補生ですもの。これぐらいは当然」

「それより一夏! お前さっきまで自信満々だったくせになんだその点数!?」

 

 このテストの平均75点だぞ。いくらここに来るまで何も知らなかったとしてもこれは酷い。勉強してないのか?

 

「マジで全然わからん助けてくれ」

「おお……もう……」

 

 大丈夫かこいつ。授業中も織斑先生にぶっ叩かれてばかりだし。もしやそれが原因で学力が……?

 

「情けないぞ一夏。そんな点数を取りおって」

「……箒は何点だったんだよ」

「58点だ」

「「お前も低いじゃねぇか」」

 

 やっぱり妹様もISの勉強はできないんだな。

 

「お前らなぁ……このままだと中間テストで補習だぞ?」

「う゛、それは困る……」

「つ、次いい点数を取ればよいのだ。次こそは……」

 

 無理そうだなぁ……。これまでろくに学んで来なかったであろう分野をいきなり勉強したところで厳しいだろう。どちらも体育会系っぽいし。

 

「見てられませんわっ!」

「「わああ!?」」

 

 オルコットが怒った! まあこの有様ではそれも仕方ないか。

 

「クラス代表とあろう者が補習予備軍なんてこのわたくしが許しません! 放課後みっちりと復習しますわよ!」

「げえっ!?」

「篠ノ之さんも!」

「何!?」

 

 代表決めの時もうるさかったしなぁ。しかしこの勢いでは高得点の俺にまでとばっちりが来そうだ。さっさと逃げよう。

 

 

 

「……とまぁ今日も俺はここへ来たのでした、まる」

「そうなんだ」

 

 あの日から一週間が経った。結局楯無先輩には適当に誤魔化し(写真はあげなかった)、ほぼ毎日俺は整備室に通っていた。ただ簪さんの作業を眺めたり、自分も整備したり。日によってやることはまちまちだがあの日と比べてなんとなく警戒心は薄れてきた気がする。少なくともこれぐらいの雑談はできる程度には。

 

「ところで、九十九くんはどこを間違えたの?」

「間違えたと言うか……裏まであると思わなかった

「あっ……」

 

 あれは焦った。表だけと思ってうとうとしていたものだから終える直前になって注意喚起されなかったら死んでいた。一問間に合ってないけど。これが束様に知られたらキレるか大爆笑だろう。どっちも嫌だ。

 

 

 かちゃかちゃ、かたかた。二人きりの空間で無機質な音が響く。クラス対抗戦が近づいていることを考えるともっと混んでいてもいいとは思うのだが、どうやら皆他の整備室に行っているらしい。

 

「……ねえ」

「ん?」

「どうして毎日ここに来るの?」

「どうしてって言われてもなぁ、そうしたいから来てるとしか。後はまあ、ここは落ち着くしな」

 

 本当にこれしか理由がない。ここは静かで、自分のやりたいことに集中できる。天国かな?

 

「しつれいしまーす……」

「あ、布仏さんだ。やっほー」

「や、やっほー……かんちゃんも」

 

 珍しく人が来たと思えばクラスメイトの布仏さんだ。最近は休み時間によく雑談する仲であり、俺の未だ数少ない友人である。いつもにこにことしている彼女だが、今目の前では暗い表情を浮かべている。

 それより「かんちゃん」か。いや、楯無先輩と面識があることは知っていたし、その妹である簪さんと親しいのは別におかしくはない。

 

「本音……来ないでって言ったでしょ」

「でもかんちゃん毎日帰り遅いし……ごはんも全然食べてないし、このままじゃ……」

「別に平気。それより早く出てって。あなたの手は借りない」

 

 画面から目をそらさず答える彼女の周りには、某十秒チャージゼリーやエナジードリンクの空き缶が転がっている。アニメにハマった時の束様がこんな生活をしていたな。

 

「そんなぁ……」

「限界攻めてるなぁ」

「これぐらいできなきゃ、あの人には勝てない……」

 

 泣きそうな目で困り果てる布仏さん。一方簪さんはもう話を聞く気はないと言わんばかりに作業を続けている。これはあれだ。いつか束様と見た、反抗期の息子と母親のドラマの様だ。まさか現実でも見れるとは。

 

「二人は仲いいの?」

「幼馴染で、同室なの」

「……別にそれだけ」

「ふーん」

 

 同室なのか。通りで帰りが遅いことを知っているわけだ。右往左往する布仏さんに無視を決め込む簪さん。なんというか……一方的に拒絶されている感じだ。

 

「えっと……じゃあね。これ置いておくからちゃんと食べてね」

「…………」

「じゃあなー」

 

 そう言って袋を置いて整備室を出ていく、おそらく食べ物でも入っているのだろう。返ってくる反応は素っ気ない。本当にドラマみたいだ。

 

「ちょっと冷たいんじゃないか? 泣きそうだったぞ」

「……後で謝る。でも、協力は要らない」

「強情だなぁ」

 

 よくこれだけ頑なになれるものだ。俺も一人でやってる方が気楽だが、効率を犠牲にしてまでやりたいとは思わない。それだけ、楯無先輩への反発が強いということだろう。では何故反発が生まれたか。それは俺達がいくら考えたところで、当事者から聞き出さないとわからない。だが簪からは無理そうだし、やっぱり楯無先輩からか。

 でもなー、今あの人どこかに行ってるんだよな。昨日帰ったら置き手紙で『ちょっと海外へ行ってきます。お土産期待しててください。簪ちゃんに手を出したら許しません』と達筆で書いてあった。

 

「俺も今日は帰るよ。()()()()ー」

「明日も来るの? いいけど……」

 

 

 

 

 また一週間後。クラス対抗戦を来週に控えた今日。俺は一夏達と共にアリーナへ向かっていた。正直今日も整備室へ行くつもりだったのだが、テスト勝負以来セシリアの特訓が激しさを増したらしく、一夏のあまりの必死さとそれを見かねた妹様の頼みを断り切れず参加している。

 とはいえ明日からアリーナは試合用の設定に調整されるらしく、試合前のISを使った訓練は今日で最後になる。

 

「今度こそお前には勝ってもらわなくてはな」

「わたくしが訓練に付き合っているんですもの、それぐらいは当然ですわ」

「ふん、中距離射撃型のお前が射撃武装のない一夏に教えてなんの意味がある」

 

 そう。一夏のIS【白式】には射撃武装がない。それどころか初期設定と同じく近接ブレードの《雪片弐型》以外の武装は何一つ備わっていないまま。また拡張領域(バススロット)に空きがまるでなく後付装備(イコライザ)を搭載できず、《雪片弐型》を他の武装と入れ替えることすらできない残念なことになっている。多くの武装を自由に扱える俺の【Bug-Human】とは対照的だ。

 

「篠ノ之さんの剣術訓練だって同じでしょう。ISを使わない訓練なんて時間の無駄ですわ」

「なんだとっ!」

「このっ!」

「おいどっちかフォローしてやれよ」

「これ毎日やってるからほっといていいぞ」

 

 えぇ……。まあどっちもまるで意味がないというわけではない。一般公開されている情報によれば、この先射撃武装のあるISと戦う可能性は高いので戦い方を知っておくのは有益だ。剣術訓練も、一夏のセンスならば零拍子の様に生身の技をISの機動に取り入れてもおかしくない。

 だが実際は両方とも『自分が教えたいから』やってるのだろうが。

 

「ほら喧嘩はやめろって、もう着いたぞ」

「「むうぅ……」」

 

 ふくれっ面の二人をあしらいながらピットのドアセンサーに触れる一夏。即座に認証が完了、使用許可が下りたドアが開く。ここでは大して珍しくもない型だが、毎度一夏は目を輝かせながら見ている。男のロマンというやつだろうか。

 あれ、誰かいる。

 

「待ってたわよ一夏!」

 

 中にいたのは凰だった。腕組みをしながら不適な笑みを浮かべている。やっぱり似合わないな。しかしついこの間はあれだけ怒っていたというのにどういう風の吹き回しだろう。

 

「貴様どこから入った?」

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

「はんっ、私は一夏関係者よ。だから問題なし」

 

 一夏関係者ってなんだよ。妹様とオルコットが静かに──いやそうでもなくキレている。丁度間に挟まれている一夏は冷汗ものだろう。

 

「で、一夏。反省した?」

「へ? 何が?」

 

 反省……結局詳しいことは聞いていないが、あれだけ怒っていたのだからよほどのことだったんだろう。

 

「だからぁ! 申し訳ないなー、仲直りしたいなーとかあるでしょう!?」

「避けられてたらどうにもできないだろ」

「だからって放置はないでしょ!?」

「えー」

 

 うーん。これはちょっと、どっちもどっちとしか。矛先を向けられたくないので黙ってるが。

 

「ああもうっ! 謝りなさいよ!」

「だから何でだよ! 約束覚えてただろ!?」

「意味が違うのよ意味が!」

 

 ここで口喧嘩を始めないでくれ。完全にどちらも意地になっている。売り言葉に買い言葉のまま、どんどんヒートアップしている。この流れはまずいな。

 

「この朴念仁! 間抜けアホ!」

「うるさい。貧乳」

 

 あっやば

 

 ッッドガァァンッ!!!

 

 ──爆発音。出所には右腕にISを展開した凰。その腕で壁を殴った──いや、壁と拳には距離があり、直接殴った様子ではない。まるで、衝撃だけ届いたかの様だ。

 怒りに震える右腕に紫電が走る。今すぐにでも飛びかかってきそうだ。

 

「す、すまん。今のは悪かった……」

「もういいわ。手加減しようと思ったけど、その必要はないわね。──全力で叩きのめす」

 

 燃えるような怒りを宿した視線を一夏に送り、ピットを出て行く。俺まで震え上がりそうだ。

 壁を見れば直径三十センチはあろうクレーターができている。ここの壁は頑丈で、軽く殴ったぐらいじゃこうはならない。少なくとも俺では無理だ。

 

「……パワータイプのIS。それも一夏さんと同じ近接格闘型……」

「しかも射撃武装か、それに近いものが搭載されてるな。どうする?  一夏……おい」

 

 話しかけても反応しない。固まってやがる。謝ることが増えたことについて後悔でもしているのだろうか。しかし、いつまでもこの調子じゃ来てやった意味がない。

 

「おいっ! さっさと始めるぞ!」

「うえっ!? あっおう」

 

 ま、自業自得とはいえこのままじゃ一方的な試合になりかねないし、せめてクラス代表として恥ずかしくない戦いができるようにしてやろう。

 

 

 

 

 ── 一時間後。

 

「ちょ、ちょっとストップ……」

「えぇ……」

 

 へ な ち ょ こ 。こいつ本当に俺と引き分けたのか?

 凰のISがどんな機体だろうと近づかなければどうにもならない。ならばいっそ近接戦闘とそれに持ち込むための動きに集中しよう。となったはいいものの……。

 

「まだ一回も成功してないぞー」

「くっそー。もう少しなんだけどなー」

 

 特に上手くいってないのは『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。スラスターから放出したエネルギーを一度内部に取り込み、圧縮して再び放出。それにより爆発的な加速力を得られる技能。近接戦闘に特化し、高出力のウイング・スラスターを持つ【白式】と相性がいいはずなのだが、いかんせん一夏の技術が追いついていない。

 

「そもそもお前、俺と試合したときに使ってただろうが、最後の一撃で」

「あの時はもう夢中で……どうやったか全然覚えてねぇ」

「先が思いやられますわね……」

「ううむ……」

 

 これは予想より厳しそうだ。いいところまでは来ているが、あともう少しという所で失敗を繰り返している。せめてあのときの感覚を思い出してくれればいけそうなんだが。

 

「しっかし、これができないとなると、あっちも使い物になるか怪しいぞ」

「あー……『零落白夜(れいらくびゃくや)』な。使えれば強いんだけどなー」

 

 『零落白夜』。俺と一夏が引き分けた原因の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)。効果はなんと『バリアー無効化攻撃』。相手のバリアー残量に関係なく、強制的に絶対防御を発動させる。ただし自身のシールドエネルギーを削るデメリット付きで。

 ワンオフは本来第二形態から発現する可能性があるというレベルなのだが、【白式】は第一形態で既に発現させている。もっとも使えたのはあの時だけだが。詳細を教えてくださった織斑先生曰く「まだお前もISも慣れてないから」らしい。束様ならすぐわかるだろう。

 だがこの能力も近づけなければ意味がない。だからこその『瞬時加速』なのだが……今日は無理そうだ。

 

「もう一旦瞬時加速の習得は諦めて、それ以外に戦闘に集中しようぜ。瞬時加速だけならグラウンドでもできるが、アリーナが使えるのは今日までだしな」

「仕方ないか……じゃあ相手頼む」

「任せろ、二人もそれでいいよな?」

「……はい」

「……ああ」

 

 「お前が仕切るのか」って顔だな。俺だってここまでする気はなかったが、二人の教え方があんまりだったものでつい口出ししてしまった。どちらも自分の考えを推すばかりで方針がイマイチ噛み合ってないのだ。今日までずっとこの二人に教えられていた一夏には同情する。

 

「うっし行くぞー」

「よっしゃ来い!」

 

 気合いは十分。後はこの訓練が身になってくれればいいのだが……それは俺達も頑張らないとな。

 俺今日だけしか参加しないけど。

 

 

 

第9話「日々・特訓」

 

 

 




透くんは特別頭いいわけじゃないです
約半年みっちり教え込まれたからIS関連はできるけど普通教科は理数系が得意でそれ以外は平均ちょい上
身体能力は一夏より下、平均ぐらい


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第10話「姉妹②・対抗戦」

近ごろ寒すぎなので初投稿です


 

 更に日は過ぎ。クラス対抗戦前日。今日も整備室で二人きり。

 

「そういえば、簪さんもクラス対抗戦に出るんだよな」

「一応……。でも、訓練機しかないし、正直時間の無駄……適当に済ませる」

 

 トーナメント表には簪さんの名前もあった。が、この様子だと優勝を狙う気はなさそうだ。今は開発に専念したいのだろう。

 まあその分一夏の負担が減るしいいか。あれ? 打鉄弐式の開発元って一夏の白式と同じ倉持だったんだよな。

 

「話は変わるが、一夏に恨みはないのか?」

「全くないわけじゃ……ない。でも彼が悪いわけじゃないことは、わかる」

「ふーん」

「それはそれとして一発殴らせてほしいとも思ってる」

「お、おう……」

 

 ほぼ八つ当たりとはいえ、やっぱ思うところはあるんだな。

 

「…………」

「なあ、まだ一人でやる気なのか?」

「当然。何度も言わせないで」

 

 しかしなあ。どうしてこうも意固地になっているんだか。そこまで『証明』とやらがそれほど重要なのだろうか。あるいは……ちょっと突いてみるか。

 

「楯無先輩が嫌いだからか?」

「……答える必要はない」

「本当に? 実は恨みとか抱えてるんじゃないか? あの人色々と勝手だし、これまで振り回されてばかりだったんだろ?」

 

 これでどうだ……?

 

「…………わかってない」

「ん?」

 

「お姉ちゃんは文武両道スタイル抜群美人にお洒落で人当たりがよくて明るく友達は多いし料理は美味しいし歌が上手でかわいいそしてしっかりしてて発想力が豊かだし頼りになるけどちょっと天然で毎日生徒会も家の仕事も頑張ってるしお肌すべすべ髪さらさらでいいにおいするしうなじと細い指がセクシー…エロいっ コスプレが本職かと思うほど似合ってるしかわいい実は恋愛クソ雑魚で編み物だけ苦手なところもかわいいそして……」

 

「わかった、俺が悪かった。もういいから」

 

 この間7秒、こわいわ。本気で嫌ってるとは思っちゃいなかったが、こんな洪水の様に語られるとは。シスコンなのは姉だけではなかったというのか。

 

「はっ!? ………………あ、あ、あの……」

「好きなんだなぁ」

「~~~!! 違うっ! 違うから忘れてっ!」

「ははは、無理だろ」

 

 こんなに慌ててるのは初めて見るな。なんだか新鮮だ。

 

「誰にも言わないでっ! お願いっ!」

「わかったわかった。言わないから、な?」

 

 先輩がこれ知ったら狂喜するんだろうなぁ。しかし、これだけいいところが挙げられるというのにどうして反発しているのだろう。やっぱり本人に聞かなきゃダメだろうな。

 

「ま、嫌ってるわけじゃないのはわかったよ」

「ううううう…………」

「そう睨まないでくれよ。悪かったって」

「…………ふんっ」

 

 機嫌を損ねてしまった様だ。うん、今日は帰ろう。面白い物も見れたしな。

 

「じゃーなー、簪さーん」

「…………」

 

 無視されてしまった。

 

 

 

 

 夕食を済ませて、自室への帰り道。満腹にちょっとした幸福を感じつつ、先ほどの簪さんの様子を思い出す。早口のことではない。あの顔色、ますます悪くなっている。ずっと眠そうにしているし目元には隈がくっきり。いよいよいつ倒れてもおかしくなくなってきた。

 先輩はもう帰っているだろうか。そろそろ話をしたいのだが……

 

「おかえりなさーい」

「あ、帰ってたんですね。ただいまです」

「さっきね。もうクタクタよ」

 

 見ればまだ荷解きの途中といった感じだ。しかも大荷物。一体どこへ行っていたのだろうか。

 

「はい、お土産どーぞ」

「ありがとうございます。で、ちょっとお話ししたいことが」

「? なぁに?」

 

 お土産──よくわからんお菓子とよくわからんキーホルダー、鉄板だな──を受け取り、軽くお礼を言って話を切り出す。

 

「妹さんのことですよ。知りたがってたでしょう?」

「そうね、是非とも教えてもらいたいわ」

 

 一瞬で目つきが変わる。やっぱりシスコンは怖いなぁ。

 

「勿論話しますとも。でも、条件があります」

「何? 言っておくけど私は簪ちゃんのためなら何でもするわよ」

 

 だから怖いって。この姉妹似てるなぁ。

 

「そんな大したことじゃないですよ。ただ、()()()()()()()()()()()を教えてもらいたいだけです」

「っ! ……」

 

 この反応。間違いなく知っている。何故簪さんがあれ程必死に専用機の開発をしているのか、自分に反発しているのか。

 

「教えるかどうかはこちらの話を聞いてからで構いません。いいですね?」

「……わかったわ」

 

 同意は得た、ならばまずこちらの話だ。簪の名誉のために早口モードは省いて説明する。落ち着いて聞いてくれるといいが……。

 

 

「……うん。やっぱりそうなってたのね……」

「意外と驚かないんですね」

「一応察しはついていたからね……本音ちゃんからも聞いていたし」

「あぁなるほど……」

 

 なら勿体ぶる必要もなかったかもな。まあ取り乱されなくてよかった。

 

「じゃ、次はそちらの話を」

「ええ、全部話すわ」

 

 そして、過去を語り始める先輩。これで全部わかるといいが……。

 

「昔はね、あんな感じじゃなかったの」

「でしょうね」

「元々活発なタイプじゃなかったけど、私とは仲良しだったの。いっつも後ろをついてきてお姉ちゃんお姉ちゃんってかわいかったなぁ……もちろん今の簪ちゃんも最高にかわいいわよ?」

「話進まないんでその辺にしてください」

 

 何言ってんだこの人は。誰が妹自慢しろと言った。

 

「えっと……まず私の家は、暗部というか、とにかく()()()()()()()()をする家柄なのよ。そして、私はそこの当主ってわけ」

「偉いんですね」

「うん。十五歳の時に継いでね」

 

 それは随分速い継承だ。それだけ先輩の実力が高いのか。しかしそれと不仲になんの関係が……?

 

「丁度その時、代表候補から昇進しないかってかって話が来てね」

「代表候補から昇進? 先輩国家代表なんですか?」

「そうよ。自由国籍権を使って、ロシアの代表になってるの。知らなかった?」

 

 まさかこんな近くに国家代表がいたとは。学生の身で当主で国家代表。マジでとんでもない実力者じゃないか。もっと調べておくべきだったな。

 

「それで、いきなり代表の仕事と家業を同時にこなそうとしたものだから、忙しさで気が立っちゃって。簪ちゃんに冷たくしちゃったの」

「冷たく?」

「うん。心配してくれたのに、『あなたには関係ない』って。それ以来こうなの」

「それはそれは……」

 

 悪気があって言ったことではないのだろう。過去を語る先輩の目と声色には、深い後悔が滲んでいる。

 

「謝ろうとしても避けられちゃってね。私、どうすればいいんだろ」

「…………」

「また昔みたいに仲良くしたいなぁ……」

 

 ますます暗い顔をして、今にも泣き出しそうだ。弱ったな。正直本気で姉妹仲をどうこうする気はなくて、適当に納めとけばいいと思っていた。だが同居人が困っているのを放置するのも後味が悪い。となれば。

 

「わかった。俺がなんとかしますよ」

「本当!?」

「ええ、乗りかかった舟ですし」

「~! ありがとう透くん! 大好きよ!」

「はいはい、上手くいかなくても怒らないでくださいよ」

 

 やっと笑ってくれたな。こっちのほうが彼女らしい。

 しかしこれでまた面倒ごとが増えたが、どうにかなると信じよう。

 ……恩も売れるしな!!

 

 

 

 

 そして次の日。クラス対抗戦(リーグマッチ)、開戦。

 

 第二アリーナAピット前。特訓に付き合ってやった仲として、俺は軽い激励をしていた。

 

「……まあ頑張れ。俺は観客席で見てる」

「え? ここで見ればいいじゃないか」

「いや、もう布仏さんと見る約束しててさ」

 

 本当は先生方がいるピットが気まずいし、もし束様の()()()()()が今日だったら困るだけだが。

 

「そっか。じゃあ、行ってくる」

「おう。ついでに謝っとけよ」

「嫌なこと思い出させないでくれ……」

 

 ぷしゅっ。扉が開き、型を墜とした一夏が中へ入るのを見届けて俺も移動する。

 しかし席あるかなぁ……。明らかにアリーナは満員。一応席は取ってくれるらしいが、ちょっと不安だ。

 

 

 

「来た来た~。もう始まるよー」

「席取りサンキュー。混んでるなぁ」

「注目の一戦だからねぇ。あっ出てきた!」

 

 一方のゲートを見れば緊張を残しながらも凜々しい顔つきの一夏が、反対側からは昨日の怒りが消えたかのような余裕の凰。逆に怖いな。

 観客が沸く。あちこちから二人を応援する声が聞こえる。比率だと僅かに一夏の方が多いか。まだ入場だというのにご苦労なことだ。

 

「あれが凰のISかぁ……」

 

 機体名は【甲龍(シェンロン)】。トゲ付きの非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的で、公開情報によれば近・中距離型。それに昨日見た()()()()()()()()()()()()武装もある。近距特化の白式では分が悪いか。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

 アナウンスに従って二人が動く。距離は五メートルといったところか。お、何か話してるな。あれは……凰の挑発、いや脅しか? やっぱりまだ怒ってたか。

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 ブザーが鳴り、切れる瞬間。両者が激突する。

 

「おお~」

 

 一夏の《雪片弐型》と凰の持つ二本の巨大な青竜刀──でいいのかあれは?──が一合、二合とぶつかり合う。

 ……また何か話してるな。気になるし、こっそり聞いてみようか。明らかに開放回線(オープン・チャネル)どころか口頭で会話してるし、こちらもISを使えば聞けるだろう。

 

「あ。校則違反だー。ワルだねー」

「しぃー、聞かせてやるから」

「わぁい」

 

 口止めをしながらISを起動。よし聞こえるな…………

 

『なかなかね! 特訓の成果ってワケ!?』

『そんなところだっ! 簡単に勝てると思うなよ!』

 

 声入ってるといいなぁ。臨場感が増す。布仏さんも目を輝かせて聞いている。

 

『飛ばすわよーっ!!』

『うおおっ!?』

 

 持ち手で青竜刀を連結。高速回転させながら斬りかかる。

 重みが増し自在に角度を変えながら襲いかかる猛攻に、一夏は捌くだけで精一杯だ。特化した機体で練習したとはいえあれはきつそうだな。俺ではパワー負けで捌ききれずに負けるだろう。

 距離を離せばどうにかなりそうだが──白式じゃ離れても打つ手がない。せいぜい『瞬時加速』の準備くらいだろう。

 

『当たりなさいよ!』

『! そこだっ!!』

『何っ!? くうっ!』

 

「ほほーう」

「おりむーすごーい!」

 

 焦れた凰が繰り出した大ぶりの一撃を躱し、カウンターの一撃が叩き込まれる。おそらく『零落白夜』ではない──が、いい感じに入ったな。

 

『この……はっ!』

『ちぃっ!』

 

 薙ぎ払うように青竜刀を振るい、強引に距離を空ける。まああの場面ならこれが正解か。当たりはしていないが、射程から逃げられた一夏が苛立ちを見せる。

 

 

「いけいけーー!!」

「やっちゃえ織斑くーーん!!」

「「フリーパス!!!!」」」

 

 うるせえ!!! 最後だけやたら多いし。試合より白熱してるぞこいつら。IS起動してなかったら鼓膜が逝きそうだ。

 あっ向こうで舞ってる紙は馬券ならぬIS券!? 一部の生徒が始めた賭けの道具だ! 織斑先生に潰されたはずだが生き残りがいたのか……。今待っているのは凰に賭けた方だな。まだ早くね?

 

『はっ……はっ……。ここまでやるとはね……』

『……まだまだこんなもんじゃないぞ』

『こっちの台詞よ。だから次は……ストレート』

『!?』

 

 甲龍の非固定浮遊部位が開き、中心が光る。次の瞬間、一夏は()()()()()()に殴り飛ばされた。

 

『ぐあっ!』

 

 続けて二発、三発、四発。避けきれずに被弾し。地表を転がる。完全に主導権を奪い返されたな。

 だがあれを初見で見切れと言うのが無理だろう。あの不可視の一撃の正体は───

 

「『衝撃砲』か」

「知っているのつづらん?」

「空間に圧力をかけて砲身を作り余剰分の衝撃を弾にして発射する武装……と聞いている」

 

 中国の第三世代型兵器。ほぼ完成してるみたいだな。

 今度は一夏にかけた券が舞う。だから投げるなって。後で殺されるぞ。

 

『鈴』

『なによ?』

『こっからは全力だ』

 

 どうやら仕掛ける気だな。先週はてんでダメだったが、ここまでの動きを見るに一夏は本番に強いタイプらしい。

 これなら瞬時加速も零落白夜も使いこなせるかもしれない。

 

『なっなっ……当たり前でしょ! とにかく来なさい! 格の違いを教えてあげるわ!』

 

 凰はなんで曖昧な顔してんだ? 気圧されたか?

 

『…………』

『…………』

 

 両者無言で、静かに構え直す。一夏は加速姿勢。凰は迎撃姿勢。

 《雪片弐型》が展開し、光の刃が顔を出す。同時にウイング・スラスターに光が集まる。やる気だ。が、これは一度きりの奇襲。躱されれば警戒され、直線的過ぎる軌道によって二度と当たらないだろう。消耗もするだろうしジワジワ削られて終わりだ。

 

『うおおおおおおおっ!!』

 

 爆発的な加速。間違いなく成功だ。零落白夜も発動し、凰の反応も追いついていない。いけるぞ──

 

 ──警告! 敵性反応高速接近。予想着地地点:アリーナ中央。

 

 は?

 

 ズドオオオオンッ!!!

 

 刃が届きそうになった瞬間。大きな衝撃がアリーナに走る。衝撃砲じゃない、これはもっと強力で厄介な、()()()()()()()()()()()だ。

 

 衝撃の中心。深い灰色の巨体。首がなく、異常に長く太い腕。何より珍しいのは全身を覆う装甲、『全身装甲(フル・スキン)』。

 

無人機(ゴーレム)……!」

 

 こんな物を作って送り込むことができるのはただ一人。つまりこれは──

 

「後で文句言わなきゃな……」

 

 ──束様の()()()()()だ。

 

 

 

第10話「姉妹②・対抗戦」

 

 

 




仮に試合が中断せず最後まで戦った場合一夏の勝ちです


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第11話「飛び入り・無人機」

まぐろフリスビー丼が美味しいので初投稿です


 

 未だ上がり続ける土煙。突然の衝撃に静まった観客。ほとんどが目の前に起こった事態に理解が追いついていない。

 

「何……これ……」

 

 震える指で中央を指す隣の彼女。その先には、たった今遮断シールドを貫いて侵入した謎の襲撃者が立っている。

 

「敵襲だなぁ。さっさと離れたほうがいい」

「う、うん……つづらんは?」

「ん? 俺も……」

 

 「一緒に逃げようかな」そう口にしようとした瞬間。起動したままのISから喧しく警告が鳴る。

 

 ──警告。敵IS射撃体勢に移行。ロックされています。

 

 お前も戦え、逃げたら撃つぞ。そう言いたげだ。もしここから一歩でも出口に向かえば観客ごとドカンだな。

 どうせ出口にはロックがかかっていることだろう。我先にと席を立って逃げたはずの女子が扉を叩いている。ほぼ間違いないが、これがあの人の工作だとしたら解除までしばらくかかるはずだ。

 

「……あっちで戦うよ」

「え!?」

「じゃ、転ばないように気をつけて」

「ちょっ、待って!?」

 

 手首を鳴らして制止を振り切り、出口とは逆方向にジャンプ。そして専用機の名を叫ぶ。

 

「【Bug-Human】!」

 

 黒い光が全身を──一々解説してられないので省略。席から動けていない生徒達がポカンと口を開けて見ているが気にせず飛び立つ。

 本来ここから内側には入れない。が今回は襲撃者(あいつ)によって特大の入り口が設けられている。

 天井だ。

 

「もう始まってる!」

 

 いざ入ろうとした瞬間。煙の中から熱線が放たれる。二人はどうにか躱したものの、解析でもしたらしく青ざめている。

 

「かなり出力高いな。直撃はアウトか」

 

 ISのシールドバリアと同等の耐久力の遮断シールドを突き破っている時点で察しは着いていたが、以前束様に「練習」と称して戦わされた時よりも明らかに強力だ。

 前が手加減していたのか、それとも今回が強すぎるのか。あの人は加減が下手だからよくわからない。

 どちらにせよ、消耗した二人で勝つのは無理だ。あちらもそれをお望みの様だし、撃墜される前に加勢しよう。

 

「おーーい! 助けに来た『織斑くん! 凰さん! 今すぐ離脱してください! 先生たちが制圧に──なんで九十九くんもいるんですか!?』

「え!? 透が!?」

「何しに来たのよアンタ!?」

「うん……、一応助けに来たんだ……」

 

 山田先生に割り込まれてダサい登場になったけど。ちょっと泣きそう。

 

『ダメですよ!? 早く戻ってください!』

「そうしたいんですがねぇ。こっちもロックされてまして、逃げたら死にそうなんすよ」

『~! なら先生たちが来るまで交戦は避けてください! 生徒さんにもしものことが──』

「切断、っと」

 

 先生には申し訳ないが通信は切らせていただく。避けろと言われても無理だし。そもそも学園のISだって今頃使えないようにされてるだろう。

 

「ということで俺も戦うことになった。よろしく」

「お、おう……」

「戦力が増えたのはありがたいけど……」

 

 今度は引かれている。なぜだ、もう少しありがたがってくれてもいいのでは? どうせ自分の命惜しさで来ただけとはいえ腑に落ちな──あっぶね!? またビーム飛ばしてきやがった!!

 

「……とにかく今はアレを倒そうぜ。やる気満々みたいだし」

「だな……」

「そうね、足引っ張んないでよ?」

 

 横並びになって得物を構える。あっこれヒーロー物の共闘シーンみたいでかっこよくない?

 

「アンタ、武装は揃ってんの? まさかブレードだけとは言わないわよ、ねっ?」

「ちょっと近接に偏ってるけどそれなりには。でもアレに通用しそうなのは大してっ、ないなっ!」

 

 話している途中もお構いなしにビームを発射しているゴーレムだが、奴の装甲は本当に硬い。俺の火力が控えめなのもあるが、少なくとも俺一人で削り切れたことはない。こちらも攻撃は躱し続けていたからほとんどサンドバッグのような扱いだったが、今回ばかりはそうもいかないだろう。

 

「……俺なら、俺の『零落白夜』ならやれる」

「え?」

「詳しく説明する暇はないけど。俺が一撃当てられれば、それでいける」

「こいつの言ってることはマジだぜ、さっきお前にもやろうとしてたからな」

 

 一応対戦相手に手の内をバラしちまうのもどうかと思うが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。確実に奴を仕留めるには零落白夜が必要。それを使うにも協力がいる。

 

「なるほどね……じゃああたしが後ろから衝撃砲で援護するから。一夏は前衛。武器それだけしかないんでしょ? あと……えーと」

「九十九透」

「じゃ透は危ない方に回るってことで」

 

 まあこれが最善策だろう。三人で近づいても意味ないしな。

 

「ところでお前ら、エネルギーはどれくらい残ってる?」

「あたしは七割ってとこね、まだまだいけるわ」

「四割弱……」

「「は?」」

 

 いや減りすぎだろ。いくら衝撃砲食らったり瞬時加速したり零落白夜使ったりしたからって……妥当か。ほんと燃費悪いなこいつの機体。

 これでは可能な限り節約してもらわないと一撃当てる以前の問題だ。

 

「あ~もう! 一夏はチャンスが来るまで回避に専念! 行くわよ!」

「ごめぇん!」

「さっさと前出ろ馬鹿!」

 

 不安すぎる状況。しかし他に策もなく、俺達は半ばヤケクソ気味に飛び出した。

 

 

 

 

「くっ……!」

「外してんじゃねぇよバァカ!」

「ちゃんと狙いなさいよ!」

「狙ってるっての!」

 

 どうにか作った隙を突いて攻撃するもあっさり回避。これでもう三回目。俺はともかくそろそろ凰にも余裕がなくなってきた。

 決して一夏の攻撃が悪いというわけではない。チャンスを見逃さず、()()()()()ならまず躱せないであろう速度も角度で斬撃を繰り出している。

 それでもここまで当てられないのは相手が普通でないから。全身に付いた高出力のスラスター、無人機だからこその情報処理能力。

 

「ほら離脱!」

「おっと!」

 

 加えてこの攻撃力。全身を回転させながらビームを撒き散らす。一応回転中はビームの射程が半減してるらしいが、こちらの攻撃を避ける度にやってくるため回避が難しい。因みにこの攻撃も今回が初めてだ、どんだけ弄ったんだあの人。

 

「クルクル回んなベ〇ブレード野郎!」

「ほんとめんどくさいわねコイツ!」

 

 こちらも一夏頼りにはならないように努めてはいるがかなり厳しい。俺の攻撃は直撃してもほとんどダメージが通らず、僅かに動きの邪魔をしているに過ぎない。凰の衝撃砲も、見えない衝撃をほぼ全て叩き落とし無力化している。当たっても大して効いている様子はないが。

 

「おい、どれくらい残ってる?」

「四割ないぐらいね、そろそろキツいわ」

「あと一回が限度だ!」

 

 不味いな。一夏の消耗が激しすぎる。あと一回というのもおそらく回避分を含めての数値、今こうして攻撃している間にも余裕はなくなっていく。

 

「ちょっと厳しくない? これからアイツのシールド削りきれる気しないんだけど」

「動きが速すぎるんだ、一瞬止めたところですぐ対応される」

 

 結局これだ。一夏が攻めようが俺達が攻めようが直ぐさま対応されている時点でどうにもならない。スペックが違いすぎる。

 

「……なあ、ちょっといいか?」

「あん?」

「何よ、今更逃げるなんて言わないわよね?」

 

 わざわざ話を遮ってまでするんだ、重要なことなんだろう。

 

「いやなんつーか、あいつの動き……機械っぽい。というか、人が乗ってない感じじゃないか?」

「はあ? 何を言って──」

「………………」

 

 ……気づいたか。確かにこいつは無人機、人なんて乗っていない。疑いを避けるため俺から話すことはできなかったが、これに乗っかれば別の作戦が見つかるかもしれない。

 

「そういえばアレ、あたしたちが話してる時は攻撃が緩いわね。まるで興味があるみたいに……」

「いや、本当に無人機かもしれんぞ」

「でも、ISは人が乗らないと動かない。無人機なんてあり得ないわ」

 

 確かに教科書にはそう書いてある。これは世界の常識で、一夏もそれぐらいは知っているだろう。ましてや代表候補生である凰なら無人機の存在なんて考えたことも無いだろう。

 現在公にされている最先端の研究では不可能とされている。しかし公でない本当の最先端なら。篠ノ之束ならそれを実現できる。

 

「仮に、仮にだぞ? ()()()()()()()()と言ったらどうする?」

「大きく出たな、本気か?」

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「全力で攻撃できる?」つまりこれまでは全力ではないと? いくら零落白夜の火力が危険だからといっても襲撃者にまで容赦していたというのか。なんてお人好しだ。

 

「全力も何も当たらないじゃない」

「次は当てるさ」

「言い切ったわね、ならアイツが無人機として……どうやって攻める気?」

 

 にやりと笑う凰。乗ってくれたか。それを見て一夏もにやりと笑っている。妹様と同じで凰も幼馴染だと言っていたし、何か通じ合うものがあるのだろうか。

 

「それで? どんな作戦だ?」

「ああ、ざっくり言うとさっきまでとそう変わらない。隙作って俺が斬る」

「えぇ……」

 

 全然変わってない。これではいくら一夏が全力を出そうにも躱されて終わりだろう。

 

「ちゃんと聞けって、まず、隙を作るのは()()()で頼む」

()()()? とんだ無茶ぶりだな」

「一瞬あればいいんだ、頼む」

「お前なぁ……簡単に言いやがって」

 

 こいつめ、さっきまで二人がかりでやっていたことを一人でやれと?

 

「でもできるんだろ?」

「……やってやんよ」

 

 ま、できるんだけど。さっきまでは一夏が前衛にいたから使えなかったが、確実に一瞬アレを止める方法はある。

 

「あたしは? どうしたらいい?」

「鈴は、合図したら全力で衝撃砲を撃ってくれ、()()()()()

「!?」

「はあ!? アンタ何のつもり──」

 

 何を言っているんだ。気でも触れたか? こいつの作戦聞いたのは失敗だったか。ほら凰も呆れて──ん?

 

「──わかった。信じる」

「……! ああ、任せた!」

 

 ……本当に、以心伝心って感じだな。少し、ほんの少しだけ羨ましい。妹様も今頃妬いているかもしれない。

 しかし凰も賛成なら、俺だけ反対というわけにはいかないな。どの道このままじゃジリ貧なんだ。やってやるよ。

 

『──ザ──おい、聞こ──か!?』

「なんだ通信?」

「切ったんじゃないのか?」

「また飛んできたみたいだ」

 

 あれ、 山田先生からの通信はしばらく無視してたら収まったんだが。誰だ?

 

『ちょっと篠ノ之さん!? 勝手に触っちゃダメですよぅ!』

『すみません山田先生! 一言だけですから!』

「……箒だ」

 

 一体何の用だ? 勝手に機器使ったら後で怒られるだろうに、そうまでして伝えたいことがあるのか。まさか本当に嫉妬したんじゃないよな。

 

『一夏! あと九十九と凰!』

「なんだ!?」

「「ついでか!?」」

『えっと……その程度の敵に負けるな! ズバババーンと決めてやれ!』

 

 『以上!』と締めくくられて謎のメッセージは切れた。今頃織斑先生にしばかれているだろう。南無。

 

「応援……よね今の?」

「多分な……」

 

 ズババーンて。そういえば一夏と特訓してた時も擬音だらけだったな。

 しかも「その程度」はちょっと甘く見過ぎじゃないですかね妹様。

 本当に……全く……。

 

「「「ふふふっ」」」

 

 今度は三人で、にやりと笑って。俺はこっそり首を鳴らして。

 

「よ-し、今度こそアレぶっ潰すぞ!」

「「応っ!!」」

 

 こちらを見る敵と決着をつけるべく動き出した。

 

 

 

 

「死ねっ!!」

 

 脳天に向かってブレードの一撃。勢いはあったが当然躱される。

 

「マジキッツ……なんだこの火力は。低火力IS相手に申し訳ないと思わないのかよ

「頭大丈夫か?」

 

 うるせーこれでも真面目にやってんだ。クルクル回る無人機から距離を取り直し、落ち着いたところで再び攻め込む。

 

「なかなか来ねぇっ、なっ!」

 

 パワー負けするため本来不利な至近距離。敢えてこれを選択したのは勿論策の内。リスクはあるが成功すれば確実にこいつを止められる。

 

「《Ant(アント)》! ハァッ!」

「…………」

「シカトかよオイ!」

 

 ダメージを与えることが目的ではない。俺の仕事は一夏が一発叩き込めるだけの隙を作ること。それには()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこうしてヘイトを稼ぎ続けている。

 機械相手に挑発なんて意味はないだろう。しかし、たとえ効かなくとも間近で攻撃され続けているとなれば無視は出来ないはず。

 

「よっ! こっち見ろホラ!」

「…………!」

 

 いいぞ。二人への警戒が弱まり、俺に集中している──が、まだ駄目。狙うは大振りの一発のみ。でなきゃ次に進めない。

 

「もっとだ! チマチマビームなんて撃ってんじゃねぇ!」

「……! …………!」

「! 今だっ!」

 

 待ちに待った右の大振り。それを真っ正面から受け止め、同時に隠し持った《Cockroach(コックローチ)》を腕の砲口に押し込む。まだ起爆はしない。骨が軋むのを感じながら、新たな武装を展開する。

 

「《No.10 Bonbardier(ボンバルディア)》。お返しだっ!」

 

 高圧ガス噴射&起爆機──ざっくり言えば、高圧の可燃性ガスを噴射、同時に起爆することによって大爆発を起こす武装。そのままでも高火力だが、《Cockroach》の誘爆と合わせればこの通り。

 

「!?!!???!?」

「やっと邪魔くせえ腕が取れたぜっ!」

 

 腕の一本ぐらい吹き飛ばすなんて簡単だ。突然の損傷に機械らしからぬ動揺を見せるゴーレム。処理落ちか? この僅かな隙を、より確実な一撃に繋げられるチャンスへ変える。

 

「《Spider(スパイダー)》。これで詰みだっ!」

 

 捕縛ネットを連射。さっきまでなら意にも介さなかっただろうが、片腕を失い処理の追いつかない今は破れない。終わりだ。

 

「一夏ぁ! これで十分かっ!?」

「ああ、やるぞ鈴!」

「なんとかなれ───っ!!!」

 

 準備万端の一夏が纏う白式の背に、最大出力の衝撃砲。それを後部スラスターが放出したエネルギーごと吸収・圧縮。そして再放出して爆発的な加速力に変換する。

 

「──オオオオッッ!!!!」

 

 《雪片弐型》が展開、『零落白夜』が発動する。俺との試合より遙かに出力を増した光の刃は、動きを封じられた奴を反応すら許さずに両断する。

 

「ぃやったあうおおおおああああ!!?!?」

 

 そしてその勢いのまま地面に突撃。激しくバウンドして停止。白式も解除される。生きてるかアレ?

 

「よしこれで──」

「いや、待て」

 

 喜ぶ凰を制止、上下に分けられた奴を見る。まだだ、まだ死んでない。

 

「……。…… ………!」

「くそ、やっぱりな!」

 

 再び動き出したゴーレム。残った左腕が生身の一夏に向けられ、光が集まる。道連れか。このままじゃ──

 

 ──()()()()()

 

「「……狙いは?」」

『完璧ですわ!』

 

 刹那。いくつもの蒼いレーザーが奴を射貫く。そして奴は完全に機能停止。もう二度と動かない。

 そう。一夏が突撃する直前、オルコットが天井に到着していた。独断か命令かは知らないが、その姿を見た一夏は瞬時に彼女を作戦に加えたのだ。俺も姿を見た瞬間に察していたため、こうしてトドメを任せることができた。

 

「タイミングバッチリじゃないかオルコット、打ち合わせなかったのに」

『当然ですわ。何せわたくしはセシリア・オルコット。誇り高きイギリス代表候補生なのですから!』

「サンキューセシリア、信じてたぜ!」

『えっ、そ、そうですの……』

 

 ストレートに褒められた為か照れるオルコット。凰がすごい顔している。

 

「鈴も、ありがとな」

「べっ別に、当然のことをしたまでよ!」

 

 よかったしっかりフォローが入っている。凰も口ではツンケンしているが表情は嬉しそうだ。

 

「透も! サンキュー!」

「……ああ、どういたしまして」

 

 俺もか。大したことはしてないが……うん。ちょっと嬉しい。

 さて。どうにか敵は倒せたことだし、後は戻って事後処理を……ん?

 

「一夏?」

「よーし、じゃ、戻る……ぞ……」

「「「一夏/さん!?」」」

 

 そう言って、電池が切れたように倒れ込む一夏。急いで駆け寄る俺達が顔色を見てみれば、

 

「……寝てやがる」

 

 土に汚れた無防備な寝顔を浮かべている。

 

「……戻るか」

「そうね……」

 

 眠った一夏を小脇に抱えて、呆れた顔の二人と共にピットへ帰還する。きっと織斑先生はカンカンだろう。山田先生も怒っているかもしれない。

 なんにせよ、()()()()()は乗り越えた。お仕事完了、てとこだろう。

 

「……これでいいんでしょう? 束様」

 

 

 

第11話「飛び入り・無人機」

 

 

 




束「36(満点50)、普通だな!」


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第12話「負傷・電話」

眠すぎてろくに書けないので初投稿です


 

 なんとかゴーレムとの戦いを終え、しこたま織斑先生に怒られた後。腕に痛みを覚えた俺とぶっ倒れた一夏は保健室に来ていた。

 

「左腕にひびねぇ。でもこれぐらいならすぐ治せるかな?」

「ほんとですか? 結構時間かかりそうですけど」

「普通ならね。でもここなら最新の医療設備があって……ほらこれ!」

 

 そして取り出される注射器。中には白い液体が入っている。これは見たことがあるな。

 

「ナノマシンですか」

「せいかーい。篠ノ之博士も使ってたのかしら?」

「そんなとこです。それより──」

 

 負傷した腕を差し出しながら、ずっと疑問に思っていたことを口にする。

 

「なんで楯無先輩がここに?」

「今さら?」

 

 そう。さっきから保健室に来た俺達を迎えたり診察したり、今も俺の腕に注射をしたりとごく自然に振る舞っていたが彼女は保健の先生ではない。生徒会長でルームメイトの楯無先輩だ。ついでに当然の様にナース服のコスプレをしている。

 

「だって透くん達()アレと戦ったって聞いたんだもの。しかも怪我までしたなんておねーさん心配で心配で」

 

 説明しながらもスムーズに針を抜いてくるくると包帯を巻いている。慣れてるなー。

 

「ふーん。ところで、『も』ってことは他のとこにも来たんですか?」

「うん。二年と三年の所にも来てたの。どっちも専用機持ちで破壊したわ」

「サラッと言いますね……。俺達結構苦戦したんすけど」

「そう? 経験積んだIS乗りならあれぐらいなんとかなるわよ。複数来てたら危なかったでしょうけど」

 

 あのゴーレムを『あれぐらい』か。さすが国家代表と言ったところか。確か専用機持ちは二年に二人、三年に一人だったか。まだ会ったことはないが三年生も相当の実力者らしい。

 

「はいっ、これでオーケー! ナノマシンが効いてきたら()()痛むけど、明日には普通に動かせるわ」

「ありがとうございます」

 

 少しと言っているが、実際は激痛ということを俺は知っている。早く治療するための副作用だとかなんとか。

 おっと、それよりもう一つ気になることがあるんだった。

 

「……一夏はどうなんですか?」

 

 運ばれてから今に至るまで一夏は目を覚ましていない。特に攻撃を受けていたわけではないが……。

 

「瞬時加速で地面に激突したときの衝撃で、軽い打撲と脳震盪を起こしたみたいね。でもナノマシンも使ったし、ちょっと寝ていれば大丈夫」

「なぁんだ。心配しなくてもよかったな」

 

 あれだけ勢いよくバウンドしてたらそうなるか。まあビーム直撃よりマシだろう。

 

「さっ帰りましょ! ()()()しちゃ悪いしね」

「お邪魔? ……ああ」

「うっ……」

 

 カーテンの向こうには人影が。あの髪型は妹様だな。うん、これは邪魔しちゃいけない。

 

「じゃ、()()()ねー」

「襲っちゃダメだぞー」

「なっ!? このっ!」

 

 ボンッ! と音がして、抗議の念を感じる。きっと向こうでは茹で蛸になっているのだろう。怒られる前に帰ろう。

 

 

「「あ」」

 

 保健室から出てすぐの道。先輩は事後処理があるそうなので先に戻ったところで、今度は凰がこちらへ歩いている。

 

「お前も見舞いか」

「あ、そうだけど?」

 

 うーん、今は妹様がいるからな、少し時間を空けさせるか。

 

「あいつはまだ寝てるよ、怪我はまあ、大したことはないってさ」

「よかった、全開で衝撃砲撃ったから心配で」

「作戦とはいえ、あれはなあ……」

「……うん……」

 

 衝撃砲を瞬時加速に利用するとはな、普通だったら絶対にやらないだろう。ほぼ素人ならではの作戦だろう。

 しかしやけにそわそわしている。すぐにでも一夏の元へ行きたいのだろう。

 

「お前さ、一夏のこと好きなの?」

「へぇっ!? あ、誰があんなヤツ!?」

 

 思わず聞いてしまったがやっぱり正解らしい。真っ赤だ。

 

「いや、隠せてないぞ。安心しろって誰にも言わないから」

「……そうよ! 悪い!?」

「怒んなって。ほら愛しの一夏が待ってる(かもしれない)ぞー」

「ッ~! アンタ覚えてなさいよ!」

 

 捨て台詞を吐いて駆けていく凰に手を振って見送る。後が怖いがなかなか面白かったな。

 一夏との喧嘩も、あいつが起きていれば多分話し合いでもして解決するだろう。

 さて、飯食って帰ろうかなーと歩き出した瞬間。

 

 ピロリロピロリロ………ピロリロピロリロ……。

 

 あの人のそれとは違う着信音。確かこれは……。

 

「もしもし、九十九です」

「私だ」

「ああ織斑先生。お疲れ様です」

 

 そうだ織斑先生だ。入学準備の時に連絡先を入れたんだったな。で、何の用だろうか。

 

「今話せるか? できれば、人に聞かれないようにしてもらいたいんだが」

「大丈夫ですよ。それで、お話とは?」

 

 わざわざ人に聞かれないようにしろと言うことは、間違いなく機密事項だろう。タイミングを考えれば、恐らく今日のことだ。

 

「単刀直入に聞こう。 お前は、()()()()()()()()()()()()()()な?」

「!」

 

 鋭いな。一応これまではあれについて何も知らない様に振る舞っていたつもりだが、この様子じゃバレている。それも疑問ではなく、確信で。

 となると……これ以上隠しても余計に不審を持たれるな。言ってしまおう。

 

「……アレの名は【ゴーレム】。篠ノ之束が作り出した、世界初の無人機ISです」

「やはりな。では今日あの試合で、その無人機が来ることは知っていたのか?」

「そこまでは知りませんよ。俺はただ、近いうちに()()()()()をかけると連絡されていただけですよ。むしろいきなり来て驚いたぐらいです」

()()()()()、か。あいつの言いそうなことだ」

 

 電話越しでも呆れた様子が伝わる。先生は束様と同級生らしいし、これまで何度も苦労させられてきたのだろう。まだまだ苦労すると思いますよ。

 

「それで? あいつの、いやお前らの目的は何だ? 世界征服とか言い出すんじゃないだろうな」

「まさか、あの人の目的なんて誰にもわかりませんよ。仮に教えられたって理解できるわけがない。あなたも知ってるでしょう?」

「…………」

「あと、俺にはそんな大それた目的なんてありません。強いて言うなら『生きる』ことですかね」

 

 それが全てだ。ここへ来たのもあの人の命令だから。学校生活はそれなりに楽しんではいるが、何も言われていなかったら来るわけがない。

 

「……まあいい。とにかく、お前が知っていたのは無人機の存在、束が何かしらのアクションを取ること。だな?」

「はい。他にはありませんよ」

 

 手足として動いていると言っても、知らされていることなんてこれぐらいだ。態度ではこちらを気に入っているように見せかけているが、実際の扱いはぞんざいだ。事実今日も下手すれば死んでいたし……うん。考えるのはよそう。

 

「話はそれだけですか? これ以上聞かれても大した情報ないですけど」

「ああすまん。最後に一つ」

「なんでしょう?」

 

 まだ何かあるのか。敢えて話せることを挙げるなら俺の出生についてぐらいだ。ん? この人にとっては衝撃かもしれない。

 

「次会ったら覚えとけよ」

「っ!?」

「と、束に伝えといてくれ。ではな」

 

 絶句するこちらを尻目に通話が切られる。俺に向けた言葉ではないとはいえ本当に怖かった。血の気が引いたぞ。

 

「……飯行くか」

 

 

 

 

「ただいまでー……誰もいないな」

 

 大分遅くなってしまったが、楯無先輩は帰っていない。さっき言っていた事後処理が大変なのだろう。だったら保健室なんて来ないで仕事していた方がよかったのでは……?

 

「暇だなぁ……」

 

 今日の騒動で対抗戦は中止。授業もなくなったため特に予習・復習も必要ない。トレーニングしようにも腕を痛めている今はできない。たった今飯は食ってきたし腹は空いていない……。

 うん、何もすることがないな。

 束様の所では暇になることなんてなかったからなぁ。基本うるさい天災がいたし、空いた時間にはクロエと話したりと何かしらすることがあった。

 この機会に趣味でも持とうか、そうだ、束様に拾われる前、研究所では本を読んでいたな、あの頃は他に娯楽も何もなかったからだが。

 

「どんな本がいいかな、ゲームもいいなぁ」

 

 誰かにお勧めの趣味を聞いてみるのもいいかもしれない。一夏とかいい感じの趣味知ってそうだ。

 こういうこと考えるのも結構楽しいな。これだけで暇が潰せそうだ。

 思い立ったが吉日。一夏ももう起きているだろうし、早速聞いて──

 

 てれててて

 

 今日は何かと電話する日なのだろうか。さっきのこともあって正直出たくないが、何度も鳴らされるのも癪なのでワンコールで出る。

 

「もしもし」

『いえーい!! 乗ってるかーい!?』

「さよなら」

 

 やっぱり今日はやめておこうか。きっと疲れているだろうし、妹様とか凰と話しているかもしれない。事情聴取もあるだろうし、そっとしておこう。

 思い立ったがとか言ったが、すぐ聞かないと死ぬわけでもない。よく考えたら俺も疲れが溜まっている気がしてきたぞ。よし今日は早く寝──

 

 てれててててーん、てれてててーん。てれててててーん、てれてててーん。

 

『ごめんなさい』

「はい」

 

 いい加減最初にふざけるのやめてほしい。毎度鼓膜が破れそうになるんだ。

 

「で? 今日は何の用です? またちょっかいとかやめてくださいよ」

『あははー違う違う! 今日の感想とか、近況報告とか色々お話したいだけ。これでも一応保護者だからね!』

「ほんとですかぁ? いいですけど……」

 

 急にそれっぽいことを言われれても信用ならない。しかしこちらに拒否権があるはずもなく、言われるがままに話すしかない。

 

『じゃ、今日のゴーレムはどうだった? そのままじゃつまらないと思ったから()()()()強くしてみたんだけど』

「アレをちょっととは言わんでしょう。俺ら死にかけたんですけど。骨にひびも入ったし」

『あはは! でも勝てたでしょ? ()()()()()()()()()()()

「俺一人が本気出したところで勝てるような性能じゃないですよ。どうせ零落白夜が見たかったとかでしょう?」

『だいせいかーい。花丸あげちゃう!』

 

 そんなとこだろうと思った。あの明らかに過剰な火力と耐久力、上級生はどうやって倒したのか知らないが、少なくともあの場では零落白夜以外に方法はなかった。もしそれが外れていれば、オルコットが来ていたとはいえ勝利は不可能だっただろう。

 

「とにかく、当分はこういうことやめてくださいよ。死ぬのはごめんですからね」

『考えとくそ・れ・で、どう? あれからの学校生活は?』

 

 ダメ元で言ってみたがこの様子では何も変わらないだろう。

 しかし学校生活ねぇ……そうだ、簪さんのことでも話してみるか。

 

「最近新しい友達? ができたんですよ。更識簪っていう子で」

『更識? ……ああ、倉持にほっとかれてた機体の』

「知ってたんですか?」

『半分は私のせいみたいなものだしね、申し訳ないとは思ってない』

 

 そうか。打鉄弐式の開発が中止になったのは白式に人員が取られたからで、人員が取られたのは一夏がISを動かしたから。それもこの人が何かしたであろうことは容易に想像できる。あれ、半分どころじゃなくね?

 

「あいつ、一人でIS組み上げようとしてるみたいですよ。ガワはもうできてて、後は武装と中身らしいです。調子は悪そうですけど」

『へえー。なかなか挑戦的じゃん。でもたぶん無理だね』

「無理ですか」

天災()の発明が、ちょっとできるだけの凡人一人に組み上げられるわけないじゃん。やる気だけは認めるけど』

 

 普段はふざけているが。こういう時は厳しくなるな。いつもこうだったらいいのに。

 

「ま、しばらくは適当に付き合っていきますよ」

『好きなの?』

 

 いきなりぶっ込んで来るのやめてくれよ……。確かに簪さんはいい奴だとは思うけども。

 

「お友達としては。それ以上は別に」

『そうだよねー、とーくんが好きなのは私だもんねー』

「冗談でもありえないですね」

 

 何を言っているんだ。頭おかしくなっちゃったのかな?

 

『そんな……男はみんなマザコンだって』

「いつから母親になったんですか?」

 

 立場上保護者だし感謝もしているがちょっかいで死にかけることしてくる人が母親とか絶対嫌だ。

 ショックを受けた様な声だがどうせ電話の向こうではニヤニヤしているんだろう。

 

『でもさー、せっかく学校行ってるんだし恋人でも作ってみたら? 楽しいかもよー?』

「あなたは作ったことあるんですか?」

『ない!』

 

 だろうな。この人が誰かを好きになるとか想像できない。少なくとも普通の人じゃ相手にされないだろうし、一生独身の可能性もあるな。

 

『そうそう、いっくんと箒ちゃんはどう? そろそろ告白とかしてた?』

「はい?」

 

 あれ? 確か二人は将来を誓い合った仲じゃなかったか? 束様が言ってたことだぞ。

 

「……離れ離れになる前から付き合ってるんじゃないんですか?」

『え? あの頃の箒ちゃんがそんな大胆なことできるはずが……あ』

 

 なんだ『あ』って。おいまさか……。

 

「嘘なんですね?」

『ごめん』

 

 絶対悪いと思ってないぞこれ。今までずーっと付き合ってること前提で接してたぞ。一々妹様の反応がおかしいのはそのせいか。

 束様はさぁ……どうしてこんな嘘をつくんだい?

 

『あははははっ。じゃまたね!』

「あ、ちょっと待ってください。伝言がありまして」

『なあに?』

 

 頼まれついでだ、揶揄われたお返しとして、伝言をちょっと誇張してやる。

 

「織斑先生からですね……」

『ちーちゃんが?』

『次会ったらその巫山戯た頭を握り潰してやる』だそうです」

『……じゃ、じゃーねー……』

 

 ……切れた。効果あり、やっぱり織斑先生は怖いみたいだな。

 さて、今度こそ寝てしまおうか──

 

「ただいまー!」

 

 ……もうしばらく起きていることになりそうだ。

 

 

 

第12話「負傷・電話」

 

 

 




また書きためますよ〜ためため


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第13話「噂・転校生」

短編出すより最終巻が欲しいので初投稿です。
ここから二巻のお話です。


 

「学年別個人トーナメントサボる方法ないですか?」

「ないわよ」

 

 六月頭。いつも通り授業を終え、自室に帰ってきた俺は楯無先輩に直談判していた。

 狙いは今月の最終週全て使って行われるIS対決トーナメント。全校生徒がISを駆り、競い合うことで能力を評価される。上級生の試合には企業や国のお偉いさんが見に来ることもあり、好成績を出せばスーパーエリートコースも夢じゃない素敵イベントである。(楯無先輩談)

 ではなぜ俺はサボろうとしているのか。それはもちろんめんどくさいから。つい先日無人機の相手して疲れたというのに、今度は強制参加のトーナメントなんてやってられるか。そもそもいくら俺が頑張ろうとも束様の下に着いている以上企業とか国なんて関係ない。寧ろ目を付けられるのは鬱陶しいのだ。かといってわざわざ低い成績を出すのも御免だ。馬鹿にされそうだし。

 

「いくら頼んでも無駄よ。諦めて真面目に出場しなさい」

「えー……」

 

 結果はこの通り。ダメ元だったがやはり無理か、こういうとここの学園理不尽だと思う。

 

「じゃあ観客全員ドン引く試合しますね」

「ルールは守ってね? いやマジで」

 

 このモヤモヤは試合で晴らそう。試してみたい武装もあるし、まだ見ぬ対戦相手には実験台になってもらおう。

 

「もう、ちょっとは一夏くんを見習ってほしいわ……」

「逆によくやる気ありますよねあいつ。体育会系かな」

「あなたがなさ過ぎるのよ」

 

 そうかな。そうかも。しっかしもっとこう、やる気になれる様なことはないだろうか。クラス対抗戦みたいに優賞景品があればいいのに。あれは潰れたけど。

 

「我が儘言わないの、また織斑先生に睨まれたくはないでしょう?」

「うぇ、それは嫌ですね……。真面目に出ますかぁ」

「そうそう、それでいいのよ」

「…………」

 

 近頃。楯無先輩が俺を揶揄うことが減り、こうして諭したり世話を焼くことが増えた……気がする。相手にされないから路線変更でもしたのだろうか。

 毎日の様にコスプレをしていたのもそこそこ滑稽だったが、こうして年上らしく振る舞っている方がいいな。最初からこんな調子だったら尊敬してたのに。

 

「なぁに?」

「いえ、何でも」

 

 しかしあれだ、どうしてこの人は引っ越ししないんだ? 妹様は空き部屋ができたとかでもう一夏の部屋から移ったというのに。第一この人二年生じゃん。いつまで一年生寮にいることを許す気なんだ織斑先生(寮長)

 

「忘れたの? 私の仕事は監視も含まれてるの。まだまだ君は学園に信用されてないってこと」

「ぷるぷる、ぼくわるいおとこじゃないよぅ」

「そういうところよ」

 

 まあ信用してないってのは正しいんだけどな。束様と繋がりがある時点でそう簡単に見逃すわけにはいかないだろう。俺自身は悪いことする気なんてないけど。

 

「でもそうねぇ。もしこの条件を飲んでくれるなら、引っ越ししてもいいわよ?」

「ほんとですか!? 条件とは?」

「私の生徒会で副会長に──」

「おやすみなさーい」

 

 結局監視目的じゃないか。束様だけでも苦労してるのにこれ以上上司が増えるのはごめんだ。

 

 

 

 

「ねえ、聞いた?」

「聞いた聞いた!」

「何の話?」

「女の子だけの話なんだけどね、今月の学年別トーナメントで──」

 

 月曜日、騒がしい朝の食堂。タイミングが被ったため同席していた俺達は丸く集まった十数名の生徒に目を向ける。

 

「何話してるんだろうな」

「さぁ? 俺達にはわからんだろ」

 

 ああやって集団で話し合う光景は珍しくない……が、今日の盛り上がりは普段のそれよりもずっと熱狂的で、誰かが一言発する度にどよめきが起こる。

 

「ええっ!? それマジ?」

「ガチなのですか?」

「マジでガチよ!」

 

 よっぽど嬉しいことでもあったのだろうか。楽しそうなのはいいがあんまり騒ぐと織斑先生が来るぞ。

 

「楽しそうだなぁ」

「今のお前爺みたいだな」

「鈴によく言われる」

 

 女子を年の離れた子供を見るような目で見てたらそう言われもするだろう。お前人生二週目か?

 

「あっ! 織斑くんと九十九くんだ!」

「ねえあの噂ってほんと──もがもが」

「──馬鹿! それは秘密だって言ったでしょ!」

「失礼しましたーっ!!」

 

 気づくが速いか一瞬で雪崩れ込み謎を残して去って行った。うっかり口走りそうになった彼女はこの後集団で叱られるのだろう。かわいそうに。

 

「噂って何だろうな」

「俺達に聞かれるとまずいってことはわかったな」

「女子だけの秘密かぁ……」

 

 一瞬不思議そうな顔をした後、すぐに箸を動かす。何度かこうして一緒に食事をしているが、二人の時はあまり話すことがない。話すことがないというか、食事中に話すのは行儀が悪いという考えが一致しているからだ。

 

「あ」

「あ」

「あ?」

 

 どうした急に、俺の後ろに何か──ああ。

 

「よ、よう。箒」

「な、なんだ一夏か、はは……」

「…………」

「…………」

「なんで黙ってんだ?」

 

 先月の妹様が一夏の部屋から移ったあの日から、二人はずっとこの有様だ。最初は一夏が何とか話をしようと箒に接触していたが、返ってくるのは生返事ばかり、今ではすっかり気まずそうにしている。

 

「喧嘩でもしたのか?」

「「いや違う」」

「じゃあ何があったんだよ」

「「別に何もっ!」」

「無理があるだろ」

 

 この揃いっぷりを見るに少なくとも喧嘩はしていないらしい。理由は一向に教えてくれないが。

 

「でっではな!」

「あっ……」

 

 居づらくなったのかお盆を持って逃げる妹様。その後ろ姿を残念そうに見つめる一夏。まるで恋する乙女の様だ。実際は逆だが。

 

「……さっさと食って行こうぜ」

「ああ……」

 

 そろそろ会って逃げられる度に落ち込むのやめてくれないかな……。

 

 

 

 

「やっぱりハヅキ社製よね!」

「そう? デザインだけって感じするけど。性能ならミューレイよ!」

「えー、でも高くない?」

 

 教室に入ってもわいわいと騒がしいクラスメイト達。手にはカタログ、贔屓のブランドの話でもしているらしい。

 

「二人のISスーツってどこの? 見たことない型だよね」

「特注品だってさ。男物なんてなかったから……イングリッド社のストレートアームモデルが元とか」

「俺のは束さ……んが仕立てたやつだな。肌触りにこだわったとか言ってた」

 

 おっと危うく「様」を付けるところだった。関わりがあることは隠しちゃいないが、さすがに様付けで呼ばれていることがバレると引かれそうだしな。

 

「そういえばISスーツって何で着るんだっけ。反応速度がどうとかは覚えてんだけど」

「説明されてないのか? あれは──」

「肌表面の微弱な電位差を検知し、操縦者の動きをダイレクトに各部位に伝達、ISはそこで必要な動きを行います。またISスーツは耐久性にも優れ、一般的な小口拳銃の銃弾程度なら完全に受け止めることができます。衝撃までは消えませんけどね」

 

 テストなら百点満点の解説をしながら登場した山田先生。

 解説の通り、ISスーツにはIS操縦者にとって役に立つ機能が盛りだくさんなのだ。最も、今では小口でもスーツを貫ける銃が使われることが増えているけどけどな。

 

「山ちゃん詳しい!」

「見直したよ山ぴー!!」

「えへん。私だって先生ですから……あれれ?」

 

 山田先生は自慢げにでかい胸を張ったが実際教師ってより友達みたいな扱いだ。あだ名も既に二桁に届くかといったところ。慕われてるというか、なめられてるというか……。きっと前者だと考えよう。

 

「ダメですよぅ。ちゃんと先生をつけましょうね、わかりましたか? わかりましたね?」

「「「はーい」」」

 

 一応返事が来ているが。どうせ言っているだけ。卒業する頃にはあだ名は三桁になっているだろう。でもちょっとかっこよくない?

 

「諸君、おはよう」

「「「おはようございます!」」」

 

 思い思いに騒いでいた教室が一瞬で礼儀正しい軍隊のように変わる。やっぱ織斑先生のカリスマはすげえや。おそらく夏物のスーツを着た姿をうんうんと頷きながら一夏が見ている。お前が出したのか。

 

「今日からは訓練機を使った本格的な実践訓練を開始する。まだ基礎とはいえISを使う授業となるので各自気を引き締めろ。それと、個人のISスーツが届くまでは学校指定の物を使うので忘れない様に。忘れた者は水着か、それもない場合は下着で受けてもらう」

 

 いや下着はやばい。男子(俺達)もいるんだから。といってもこんな注意が入るんだしそうそう忘れる者はいないだろう。

 

「山田先生は去年二回下着で授業をした」

「織斑先生!?」

 

 忘れ物には気をつけよう!

 

「では山田先生。ホームルームを」

「はい……」

 

 突如恥ずかしい秘密を暴露されて真っ赤になりながら進行する。去年で二回なら今年も一回ぐらいありそうだな。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二人です!」

「「「ええええっ!!??」」」

「なんと」

 

 クラスの驚きも当然だ。この時期に転校生? それも二人? おかしいだろ。普通分散させるもんだろうし、意図的にこうしてるとしか思えん。

 と、考えたところで戸が開く。

 

「失礼します」

「…………」

 

 ざわめきが止まる。それもそのはず。なぜなら──そのうちの一人が、男子の制服を着ていたのだから。

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

 転校生の一人、デュノアは人当たりの良さそうな顔で自己紹介をする。

 あっけにとられるクラス一同。まあわからなくもない。そりゃ転校生の一人が男装癖とは──

 

「お、?」

 

 ん?

 

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて転入を──」

 

 は? ほんとに男? どう見ても女だろう。服装とか口調はそれらしくしているが、それだけだ。()()()()行ったISのスキャンでも完全に女だと判断できる。織斑先生も、面倒くさそうな顔でデュノアを眺めている。あっ、勝手にIS使ってごめんなさい睨まないで。

 

「きゃ……」

「はい?」

 

 やべっ耳を……。

 

「きゃああああああーーーっっ!!!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」 

 

 うるせぇ! 空気が震えている。塞いでいるのに耳が痛い。防御に失敗した一夏は悲鳴をあげている。大声記録更新だ。

 

「男子! 男子よ! それも三人目!」

「美形、守ってあげたい!」

「もう私死んでもいい!」

「ちょっと、さ、あとで私の部屋においでよ……スケベしようや……」

 

 またやべーやつがいるが気にしないことにする。男を名乗るデュノアには頑張ってもらおう。大丈夫一夏も通った道だ。俺はお前らを生け贄にするから。

 

「あー騒ぐな。静かにしろ」

 

 ほんとに面倒くさそうだ。やはり十代女子のエネルギーは社会人女性には──なんでもない。

 

「皆さんお静かに! まだ自己紹介は終わってませんからっ!」

 

 その通り、転校生はもう一人いる。こちらも見た目はデュノアに劣らないインパクトを備えている。

 クロエによく似た、白に近い銀の長髪。特にお洒落ではなく、適当に下ろしている感じ。左目には眼帯、医療用ではなく、黒い厨二病のようなそれ。赤く冷たい目でクラスを眺めている。

 

「…………」

「……挨拶をしろ。ラウラ」

「はい。教官」

 

 教官? 確かに織斑先生が? ……ああ、あのことか。

 

「ここでは織斑先生だ。私はもう教官ではないし、お前も一般生徒なのだからな」

「了解しました」

 

 びしっと手を真横に着つけ、背筋を伸ばして返事をする銀髪。うん。こいつ軍人だな。

 束様に聞いた。織斑先生はかつてドイツの軍隊で教官として働いていたと。詳しい理由はぼかされたが、一年ぐらい勤めてからここに来たらしい。本人からは聞いていないが。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「「「…………」」」

 

 沈黙。続く言葉を待っているのだろう。あれなんかデジャブが。

 

「あの、以上ですか……?」

「以上だ」

 

 また山田先生が泣きそうになっている。全く、自己紹介はちゃんとしないとダメじゃないか。俺はどうだったかな(すっとぼけ)。

 

「! 貴様がっ!」

「うん?」

 

 一夏と目が合ったらしいボーデヴィッヒがつかつか歩み寄る。先ほどまで冷めた目には怒りが燃えている。なんだなんだ? そして右手を振り上げ──

 

 バシンッ!

 

 容赦なく一夏の頬を張った。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものかっ!」

「うぇ?」

 

 思い切りビンタされた一夏は間抜けな声を漏らしながら目を白黒させている。他の生徒も、目の前で起こった謎の事態について行けずにぽかんと口を開けている。

 当のボーデヴィッヒはというと、何事もなかったかのように一夏の前から去り、空いた席で目を閉じて不動の構えだ。

 

「ゴホン。ではHRを終わる。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドへ集合するように。解散!」

 

 さすがに放っておけなくなったのか、手を叩いて行動を促す。

 一夏はムッとした表情をしているがこのままでは女子と着替える羽目になるため渋々移動を開始する。

 俺も正直あの二人に何があったのかは非常に気になるが、さっさと移動せねば。早速空いてる更衣室へ行こう。

 

「ああ、二人にはデュノアの面倒を頼む。()()()()だからな」

「はーい」

「……はい」

 

 白々しい。どうせあなたもわかっているだろうに。一夏は気づいてなさそうだが……。

 

「君達が織斑君と九十九君かな? 初めまして、僕は──」

「いいから。とにかく移動しないと女子に混じることになるぞ」

「えっ?」

「さっさと動け、捕まるぞ」

「う、うん……」

 

 落ち着かない反応だな。自己紹介では堂々としていたのに。

 

「トイレか?」

「違うよ!?」

「生理だろ」

「っ! 違っ! そんなわけ」

「? 男に何言ってるんだ?」

 

 適当に言っただけなのに動揺しすぎだろ。これじゃ男装も長続きしないな。

 とりあえず全速力で階段を降り、空き更衣室への最短ルートを辿る。急げ。そろそろ──

 

「ああっ! 転校生発見!」

「二人も一緒だわ!」

「出会え出会えい!」

 

 HRが終わる。するとどうなるか。各学年各クラスからゾンビゲーのごとく生徒が押し寄せてくる。捕まればもみくちゃにされたあげく遅刻からの説教が待っている。一夏は二回捕まった。

 

「黒もいいけどパツキンもサイコーね!」

「エメラルド、じゃないアメジストの瞳もイケてる!」

「しかも見て! 織斑くんと手繋いでる!」

「こっそり九十九くんの袖も掴んでるわ!」

「ああ^〜たまりませんの」

 

 え? あ、ほんとだ。いつの間に。

 

「な、なに? なんでみんな騒いでるの?」

「男子が俺たちだけだからだろ!」

「……あ、そっか」

 

 ……こいつ隠す気あんのか? こんなんじゃ一夏ぐらいしか騙せないぞ。

 

「あっ! いたわ!」

「捕まえて!」

「匂い嗅がせてぇ!」

「一緒に気持ちよくなりましょう!」

 

 また出た。今度は数が多い上に囲まれている。しかもやばいやつが混じっている。絶対捕まりたくない。

 

「くそっ、このままじゃ遅刻だ!」

「ど、どうしよう!?」

「落ち着け、俺に考えがある」

「「本当!?」」

 

 ISを使えば脱出は容易だが、目立つように使えば先生に怒られることは確実。遅刻回避のために怒られるのでは意味がない。しかし生身となるとかなり厳しい。

 ではどうするか?答えは簡単。

 

「よっ……と」

「「え?」」

「囮になれ!!」

「「ええええええええ!!??」」

 

 二人には犠牲になってもらおう。部分展開した腕で襟を掴み、最低限のパワーアシストでゾンビ共の中に投げ入れる。誰も三人で助かろうなんて言ってない。俺の命が最優先だ。

 

「お前ぇーっ!!」

「わああああ!?」

「頑張ってくれ! お先ぃ!」

 

 二人へゾンビが群がったタイミングで素早く抜ける。何人かはこちらへ来ているがこの程度振り切るのは簡単。

 こうして俺は二人の悲鳴を背に更衣室へ逃げ延びたのだった。

 

 この後全部バレて叱られた。

 

 

 

第13話「噂・転校生」

 

 

 




例によってまだ書き貯めは足りていない。


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第14話「実習・姉妹③」

予約投稿忘れてたので初投稿です。


 

「惜しかったわね……」

「ええ、あと少しでしたわ……」

「ボッコボコだったぞ」

 

 二人が遅刻し、見捨てた俺ごと叱られて十分後。授業では山田先生がポンコツな登場をしたり凰とセシリアの二人を一人で倒したりと株が荒ぶっていた。

 

「セシリアが回避先を読まれなかったら……」

「鈴さんがあそこで衝撃砲を使わなかったら……」

「何よ!」

「こちらの台詞ですわ!」

「そこまでにしておけよ馬鹿ども」

 

 どちらも単騎ではそこそこの実力を持っているが、あまり仲がいいわけでもなく、タッグマッチの経験もほとんどない。それで即席チームで戦えというのが無茶だろう。

 まあ仮に仲良しでタッグマッチの経験があろうと勝てる実力差ではないが。

 ほら笑われてるぞお前ら。

 

「さて、教員の実力も理解できたところで実習を始める。専用機持ちの織斑、九十九、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰をリーダーとして六グループに分かれろ」

 

 織斑先生がそう言い終わらないうちに一夏とデュノアの元へ女子が殺到する。予想通り二人は人気者だな。

 俺の所? 二人の八分の一ぐらい。ぼっちじゃないからセーフ。

 

「この馬鹿者どもが……。出席番号順で一人ずつグループへ入れ! 順番はさっきの通り、次もたついたら今日の授業はグラウンド百周に変更だ!」

 

 罰は嫌なのか、二人に集中していた女子達はあっという間に移動。グループはすぐにできあがった。ありがとう俺の所に来てくれてた人達。

 

「最初からそうしろ、馬鹿者どもが」

 

 いやあお疲れ様です先生。まあ別れた後もこそこそお話してるけど。

 

「……やったぁ、織斑君と同じ班っ」

「九十九君かぁ、よろしくねー」

「セシリアー今度はいいとこみせてねー」

「デュ、デュノアくん……うふふ……」

「凰さんもねー」

「…………」

 

 好き勝手話す中、唯一ボーデヴィッヒのグループだけ静かだ。他と比べて異彩を放っている。

 何というか、威圧感がすごいんだよな。話しかけるなって感じ。一組の女子は自己紹介のビンタを見たのもあって余計気まずそうだ。

 

「いいですかー皆さん。これから訓練機を取りに来てください。【打鉄】か【ラファール・リヴァイヴ】かは早い者勝ちでーす。」

「俺取ってくるけど、どっちがいい?」

「「「「ラファール」」」」

「「「打鉄」」」

「………」

 

 一人無言がいたがまあいいや。多数決でラファールだな。

 

『各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。とりあえず午前中で全員動かすとこまでお願いします。何かあったらいつでも呼んでくださいね!』

「はーい」

 

 気持ち山田先生の声に自信がこもっている。さっきいいところ見せられたので取り戻したらしい。

 

「早速装着から始めよう。番号順でいいか」

「はーい、じゃ私から!」

 

 うんうんこのグループは真面目にやってくれそうだな。後ろでデュノアのグループがしばかれているが気にしない。

 装着、起動、歩行。よし問題ないな。おっかなびっくりではあるが十分動けている。さすがはエリート校と言うべきか。

 

「はい次ー」

「うん……あれっ」

「どうした? ……ああ」

 

 二人目が困っていると思えば、訓練機が立ったままで装着解除されている。俺ならよじ登ればいいが、女子にそれを強要させるのもアレか。どうしたものか。

 何か台でもないか……ん、一夏の方も同じ状態になっている。山田先生が近づいて……なるほど抱きかかえろと。

 

「仕方ないな、じゃあいくぞー」

「えっ!? あ、はい……優しくしてね?」

「何言ってんだ?」

 

 【Bug-Human】を展開、一応優しく、変なところを触らないように抱きかかえる。女子一人ぐらいならパワータイプではない俺のISでも軽々だ。落とさないようにしないとな。

 

「ゆっくり乗って。乗れたら少しずつ動いてくれ」

「う、うん……」

 

 視線が泳ぎまくりだ。このぐらい大した接触でもないと思うが……ここ女子校だしな。免疫ないんだろう。

 

 

「はい交代、座って装着解除を──」

「えい」

「おい」

 

 また立ったまま降りやがった。これじゃもう一度抱きかかえなきゃならん。一夏とデュノアのグループも同じ有様だ。

 

「ごめんねー。私だけいい思いしちゃ悪いから、ね?」

「全く……次、来い」

「はぁ-い!」

 

 ……まあ避けられてないだけマシか。

 

 

「次ー」

「は~い」

「次ー」

「はいよ!」

「次ー」

「はぁーい」

「次ー」

「はい!」

 

「最後、来ーい」

「…………」

「どうした、君の番だぞ」

 

 何度も女子を抱きかかえ、やっと最後の一人。しかし何故か反応がない。体調悪いのか?

 

「おーい」

「…………」

「お、来たな……て近い近い。これじゃ……あ?」

 

 依然無言のままつかつかと歩み寄って来たが近づきすぎだ。これじゃ抱えられない。そう言いかけたところで足下の違和感で言葉が止まる。

 違和感の正体。それは最後の女子が俺の足をぐりぐりと踏みつけていた。

 

「どうした? 虫でもいたか?」

()()()()()のよ。なかなか潰れないけど」

 

 言葉を交わしている内にもぐりぐり、ぐりぐり、と踏みつける力が増している。どうせ装甲越しじゃ痛みは感じない……が、不快感はある。

 

「あたしはアンタのこと、ううん。男が気に入らないのよ」

「直球だな。俺は嫌いじゃないけど」

「男なんてバカだし、フケツだし。下半身で物事を考えてるような奴ばかり。そんなのがこの学園に来ると迷惑なのよ」

「酷いなぁ……」

 

 随分酷い言い草だ。ここまでテンプレートな女尊男卑主義者は初めてだぞ。他のグループメンバーも引いているし、さっさとしてくれないかなぁ。

 

「ISを動かせる男だからって、ちやほやしちゃってバッカみたい。今の世の中、優れてるのは女よ」

「あっそ。ではどーぞ」

「やめて。アンタなんかに抱きかかえられたくないわ」

「えー……」

 

 面倒くさい女だなぁ。だったら一人で乗ってくれるというのだろうか。そっちの方が手間が省けるしいいんだけど。

 

「踏み台になりなさい。這いつくばって」

 

 違った。女王様かよコイツ。俺にそういう趣味はない。

 

「そういうのはお店行こうな? まだ年齢足りないけどさ」

「うるさいわね……さっさとしなさい」

「その必要はないぞ」

「ん?」

 

 背後から声をかけられ、振り向いた先には織斑先生。返事を待たずに俺を跳び越え、ラファールを装着する。ジャンプ力すっげぇ。

 

「よっ……と。これでいいな?」

「どうも」

「……はい」

 

 そのまま屈み、装着解除。これで踏み台になる必要はなくなったな。

 

「あまり一人に時間をかけるなよ。ではな」

「ありがとうございましたー」

 

 助け船を出してくれたのだろう。実際助かったし、感謝しておこう。踏みつけ女子は不満げだが、もうシカトだ。

 これ以降は特にトラブルもなく、午前の実習を終えるのだった。

 

 この後やたら一夏が三人で着替えたがっていたがデュノアがそれに乗れるはずもなく、仕方なしに二人で着替えた。

 なんでそんなに残念そうなんだ。こいつ本当にノーマルだよな? 大丈夫だよな?

 

 

 

 

「おひさー」

「…………」

「無視かぁ」

 

 転入生が来て四日経った放課後。対抗戦以来久々に足を運んだが、やっぱり簪さんはいる。

 

「今日はさぁ、転校生が来たんだよ。二人も」

「…………」

「しかも一人は男だってさ、あり得ないよな」

「…………」

 

 ずっと無視されている。前に揶揄ったことでまだ怒ってるのか? 誰にも言わなかったんだから許してくれ。

 

「……あっ、九十九くん……。いつ来たの?」

「はい?」

「え?」

 

 気づいてなかったのかよ。そんなに小さい声だったか? いや、これは違うな。

 

「簪さん、また無茶してるだろ」

「……関係ないでしょ」

「まーた徹夜したな? 飯もまともに食ってないだろ」

「……一昨日は寝たし、パンも食べた。私は平気」

「おいおい……」

 

 一夏みたいに健康オタクになったつもりはないが、その生活は不健康が過ぎる。どうせ寝たと言っても三時間かそこら、パン食ったからって栄養なんて足りるわけないだろ。

 

「マジで死ぬ気か? 人生RTAしてる?」

「これぐらい大したことない、アニメ四クール一気見に比べればっ……

「何と比べてんだよ」

「……なんでもない」

 

 アニメ好きなのか簪さん。今度お勧めでも教えてもらおうか、開発してる間は無理だろうけど。

 

「とにかくさ、そんな無茶してぶっ倒れられたら困るんだよ。楯無先輩が面倒くさい」

「…………」

 

 手を止めて静かに震える彼女。やっべ今度こそ怒らせたか?

 

「……足りないの」

「ん?」

「こんなんじゃ全然足りない! 力も、技術も、何もかも! 私は家族、ううん。妹として、お姉ちゃんの力になりたい。なのにお姉ちゃんは……私を“楯無”から遠ざけてる!」

 

 息を荒げながら先輩への想いを叫び出す。嫌ってるわけじゃないことは前に聞いたが、こういうことだったのか。

 

「確かにそうだろうよ、でもそれは……」

「優しさなのはわかってる。『関係ない』が本心じゃないことも。……でも、それじゃ私はお荷物と変わらない。支えてあげることなんてできないっ!」

 

 なるほどね、そもそも簪さんが怒ってるって前提が間違ってたと。そりゃ謝ろうとしたって意味ないわ。

 しかし『力になりたい』、『支えたい』ね。美しい姉妹愛だな。束様に見せてやりたいよ。

 

「そこで開発(これ)ってことか」

「一人で打鉄弐式を完成させれば、きっと私の実力を認めてくれる。……そして、()()()()()()()()()()()()()()()()

「ん? ああ……そうかい」

 

 少しばかり引っかかりを感じたが、彼女の行動理由はわかった。意志の固さも。

 しかしそれを見逃すわけにもいかない。が、今はどうしようもない。無理に止めて余計に意地にさせては終わりだからな。

 

「じゃー頑張れ。応援だけはしとくよ」

「言われなくとも。やってみせる……」

 

 さて、どうしたものかな……。

 

 

 

 

 寮へ帰って。先輩に今日の報告をする。今回ばかりは隠してもしょうがないのでそのままの情報を。

 

「そう、まさかそこまで……」

「もう謝ればどうにかなるとかの話じゃないですね。積み重なった不満的な」

 

 どちらかが悪いと言うことでもない。それでいて互いを想っての行動が裏目に出続けているだけに始末が悪い。

 そもそもこれはちゃんと話し合えすれば丸く収まるはずだったのだ。今更もしもの話をしても仕方ないけれども。

 

「そうだ、一つ気になったことがあるんですけど」

「なぁに?」

「『無能』がどうとか言ってましたけど。何のことですか?」

「……そうね。君には話さないといけないわね……」

 

 言葉の響きからしていい話ではなさそうだが、何かの手がかりになるかもしれない。見るからに話したくなさそうだが聞いてみよう。

 

「それはね、更識家の()使用人が言った言葉なの」

()ですか」

「ええ。三年前にね、使用人の間で変な噂が流れて。『私と簪ちゃんが後継者争いをしてる』って」

 

 それは……確かにおかしな噂だな。二人の話を聞く限りそんなことはあり得ないのに。

 

「もちろん出鱈目よ。その頃にはまだ継いではいなかったけど、ほぼ決まってたし」

「でしょうね」

「続けるわね。それで、その噂を信じた一部の使用人で派閥ができちゃって」

「先輩派と簪さん派ってことですか」

 

 噂一つでそこまでいくか。いやはや格が高い人の家はすごいな。

 

「すぐに先代──お父様がやめさせたんだけど、裏では続いてたのよね。そして、私派の一人が──」

「陰口言って、聞いちゃったと」

「そう。丁度私も一緒にいて、その使用人は即クビ。簪ちゃんも気にしてない素振りだったんだけど……」

「実際はあの通りと」

「うん……」

 

 そんな過去があったのか。確かにそれは引き摺るよな。彼女特にそういうの気にしそうだし。

 まあ謎は解けた。といっても手がかりになるかは……微妙だ。

 

「それよりもう体調も限界みたいだし、早く止めないと。でも無理に止めたら……」

「間違いなく反感買うでしょうね。今度こそ手遅れになりそう」

「確かに……。でも他にどうしたら……」

 

 止めるかぁ……。しかしあそこまで強情で、拗らせているとなると……。いや、待てよ。

 

「……一つ、考えがあります」

「えっ?」

「あくまで思いつきですが、上手くいけば説得できるかもしれないもしれません」

「聞かせて」

 

 食いついたな。納得してくれるかわからない危ない賭けだが、言ってみる価値はある。

 

「わかりました。ではまず──」

 

 

「──って感じです。どうしますか?」

「……わかった。それで行きましょう」

「いいんですか? 実は騙そうとしてるかもしれませんよ?」

 

 勿論騙す気なんてないが、所詮他人の思いつきだぞ?

 

「何もできないよりずっとマシよ。そもそも騙そうとしてる人間がそんな警告しないし。それに──」

「それに?」

 

「信じてみたいから、かな」

 

 ──こういうのは苦手だ。

 

「何より簪ちゃんのためよ!」

「知ってた」

 

 うん。この人はこういう人だ。

 

「わかりましたよ。やれるだけやってみます。失敗しても怒らないでくださいよ?」

「えー? どうしよっかなー?」

「勘弁してくださいって……」

 

 またいつもの顔に戻りやがった。こうなると面倒くさいんだ。

 

「簪さんのことはこれぐらいにして! も一つ聞きたいことがあるんですけど!」

「?」

 

 ついでだ。あのおフランス製男装転入生のことを聞いてみよう。

 

「今日うちのクラスに転入してきた、シャルル・デュノアってやつのことなんですけど」

「ああ、()()()()()()()()()ね」

「やっぱり知ってるんですね」

「あれだけお粗末な男装じゃあねぇ。むしろ隠す気がないんじゃないかってぐらい」

 

 確かにそうだ。今日日そこらのコスプレイヤーの方がマシな格好ができるだろう。

 

「知ってて転入を通したんですね」

「そうよ。あちらも訳アリって様子だったし、もし何か動きがあったらいつでも止められるようにしてあるわ」

 

 一応監視はあるらしい。あの調子で男装が長続きするとは思えないが、少なくともこちらに迷惑はかからなそうだ。

 

「ならいいんですけどね……一夏と同じ部屋ってのがなぁ……」

「妬いてるの?」

「違わい」

 

 ただあいつのことだからシャワー中に突撃とかやらかしそうだと思っただけだ。

 

「心配? やっさしーい」

「あーもうそれでいいですよ。じゃ、何かあったらお願いしますよ」

「はーい。うふふ……」

 

 本当にもう……切り替えの早い人だ。

 

 あいつは今頃、男と同室になれたとかで浮かれているのだろうか。『一緒に風呂!』とか『一緒に寝よう!』とか言ってないよな?

 ……心配するのアホらしくなってきた。寝よ。

 

 

 

第14話「実習・姉妹③」

 

 




都合のいい悪女


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第15話「仏独・姉妹④」

前回12分遅れたので今回はフライングの初投稿です。


 

 土曜日。半ドンの授業を終え、開放されたアリーナで訓練を行う。といっても今は一夏対デュノアの観戦を──あ、落ちた。

 

「だらしねーぞ一夏ぁー」

「いやシャルルめっちゃ強いんだって!」

「あはは……」

 

 こちらはぼんやりと眺めていただけだが、確かにデュノアは強い。多くの後付武装(イコライザ)を駆使し、常に有利な距離で相手を追い詰める。俺のスタイルに少し似ているがデュノアは火力も数も段違い。俺とやったら間違いなく蜂の巣になるだろう。

 

「たぶんだけど、それって……」

「ワンオフ・アビリティーっていうと……」

 

 現在二人は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の話に移っている。

 『零落白夜』、白式最大の攻撃能力。自身のシールドエネルギーを代償にあらゆるエネルギー性質の攻撃、防御を消滅させる諸刃の剣。

 一般的に第二形態から発現させられるかどうかなワンオフを第一形態で発現させた上、それが姉の能力と全く同じという常識を覆す仕様である。どうせこれも束様が何かやったんだろうが、今の俺が気にする必要はないな。

 

「そのまま一マガジン使い切っていいよ」

「おう、サンキュ」

 

 いつの間にか一夏はデュノアの銃を借りて射撃の練習をしている。命中率は……初めてならまあまあじゃないだろうか。指導を受けながらとはいえ、形も様になってる。時々かっこつけようとしては即修正されているのが面白い。

 

「そのISさ、一応ラファールなんだよな? 訓練機とはだいぶ違うように見えるんだが」

「僕のは専用機だからね。正式には【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】。基本装備(プリセット)をいくつか外して、拡張領域(バススロット)を倍にしてるよ。今量子変換してる武装は二十くらいかな」

「二十!? もはや火薬庫だな……。分けてほしいぐらいだ」

 

 二十は多いな。俺でもそんなに持ってないし、持ってても扱えない。他の代表候補生も大体同じだろう。それだけデュノアの技術が高いと言うことか。()()()()()()()()()()()

 

「透のISも結構多かったよな? 今まで見たのだと……」

「これまで使ったのが十一個、全部で十二個搭載してる」

「へぇー、じゃあ一個はまだ使ってないのか」

「秘密兵器なんでな。お楽しみだ」

「秘密……おお……」

 

 秘密兵器という言葉の響きに目を輝かせているが実際に見たらそんなことは言えないだろう。アレは気持ち悪すぎる。使うとしたら……いや、やめとこ。

 しかしこれでも普通の倍近くあるのだが二十と比べると見劣りするな。今度束様におねだりでもしようかなぁ……ゴーレムで働いた分のご褒美ってことで。

 

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソッ、ドイツの第三世代じゃん」

「黒光りしてて高級そう」

 

 丁度一マガジン分が撃ち切られた頃。急に辺りがざわめく。注目の的となっているのは……ピット・ゲートからこちらを見下ろす銀髪。転校初日に一夏に平手打ちを食らわせたラウラ・ボーデヴィッヒだ。

 

『おい』

「……なんだよ」

 

 さすがの一夏もアレには思うところがあるのか、返事は素っ気ない。それでも無視はしないあたり人がいい。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。私と戦え」

「理由がないから断る」

「こちらにはある。私は貴様を──教官の経歴に傷を付けた貴様の存在を許さない」

 

 やはりこいつは織斑先生の元教え子か。『傷』とやらが何なのかは知ったことではないが。よほど一夏が憎いのか、ギラギラした目で睨み付けている。

 

「トーナメントで当たるのでも期待しといてくれ、じゃあな」

「ふん。ならば──戦わざるを得ないようにしてやる!」

「!」

 

 こちらの主張を無視し、戦闘状態へシフト。左肩の実弾砲(リボルバーカノン)が火を噴いた。

 

 ゴガギィンッ!

 

「ナイスブロック」

「……こんな密集空間でいきなり戦闘開始だなんて、ドイツの人は随分好戦的だね。キャベツだけでなく頭も発酵しちゃったのかな?」

「貴様……」

 

 素早く割り込んだデュノアがシールドで弾を弾き、同時に構えたアサルトカノンをボーデヴィッヒに向ける。凄いな、俺じゃ防げない。反応速度はともかく、硬さが足りないから。

 

第二世代型(アンティーク)ごときが私の前に立ちふさがるか」

「品質保証もない第三世代型(ルーキー)よりは動けるからね」

 

 今度はこの二人の睨み合いだ。他の女子は完全に萎縮しているというのに、デュノアはなかなか肝が据わってるな。

 うん。このままここにいると面倒なことになりそうだし帰ろ。

 

『そこ! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

「やべっ! ってあれ透は?」

「あれ? さっきまで後ろに……」

「……ふん。今日は引こう」

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 今日も開発は進まない。ここ数日、何時間作業してもちっとも変わらない。この調子じゃ完成させる頃には卒業している。

 

「やっぱり、一人じゃ……、ううん。これは私だけでやらなきゃ……!」

 

 打鉄弐式。本来なら入学と同時に使えるはずだった私の専用機。一刻も早くこれを完成させることが今の私の目的。

 

「っ! うぅ……」

 

 だんだんと酷くなる頭痛。原因はわかっている。でもそれは認めたくない。認めては、私はただの……。

 

「違う。私は、私は……」

 

 『✕✕』なんかじゃない。

 

『なんで、一人でやってるんだ? 手伝いでも呼んだ方が早くできるじゃないか』

『この調子じゃいずれ破綻する』

 

 彼の言葉が頭に響く。うるさい。うるさい。私は平気だ。私だってできるんだ。

証明しなきいけないんだ。『✕✕✕✕✕』の為に。

 

 ぐぅぅ。

 

「……お腹すいた」

 

 そういえば最後に食べたのは何時だったか。確か昨晩は本音が持ってきたおにぎりを食べた気がする。あれ、一昨日だっけ?

 まあいい。丁度栄養ドリンクも切れたし。購買で買ってこよう。

 

『更識さんってさぁ、なんていうか、暗いよね』

『わかるわかる。話しかけても反応薄いし。授業にも来ないときあるよね』

「っ!?」

 

 扉の先から微かに聞こえる声。クラスメイトだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()は知らないが、たぶん私の噂をしている。それもよくない方の。

 さすがにこの状況では出て行けない。となると、彼女らが立ち去るまで話を聞き続けなければならない。

 

『専用機がないんだって、代表候補生なのに』

『えー! かわいそー』

 

 違う。私はかわいそうなんかじゃない。

 

『だから一人で完成させようとしてるらしいよ』

『一人で? 無謀じゃん!』

 

 そんなことない。

 

『お姉さんは生徒会長で、あんなに明るいのにねー』

 

 やめて。

 

『だよねー。お姉さんと比べたら──』

 

 嫌。やめて。やめて──

 

『無能だよね』

『無能』

『無能』

(あなた)は無能』

 

 ……ああ。(わたし)、は…………

 

 

 

「おーっす今日は……って簪さん?」

 

「あらら、間に合わなかったか」

 

「生きてる……な。セーフ? いやこれじゃアウトか。先輩になんて言おう……」

 

「とりあえず運ぶか……うわ軽。クロエより……今のなし」

 

「ん? あー ……いいか。後で後で」

 

 

 

「ん……?」

「おはよう」

「……!? え? あ、九十九、くん?」

「ああ俺だ。まだ寝てろよ」

 

 簪さんを保険室に運び込んでから数時間後。すっかり日も落ち、外は真っ暗。本来ならばとっくに寮へ戻っていなければいけない時間だが、織斑先生に理論武装(言い訳)をぶつけた結果ここに残ることを許されている。

 

「覚えてるか? 整備室の前でぶっ倒れてたんだぞ」

「う……」

「過労と栄養不足のコンボだってさ。保険の先生マジで怒ってたぞ」

「…………」

 

 俺まで怒られたからな。「どうして止めてやらなかったんだ」って。

 

「まったく、だから無謀だって言ったんだ。俺以外にもどれだけ迷惑かけたかわかってるか?」

「ごめん……なさい……」

 

 やけに素直だな。昨日までだったら一言ぐらい返してきそうなものだが。

 

「……かな」

「あん?」

「私には、やっぱり、できないのかな」

「……」

 

 今にも消えそうな声で、ぽつぽつと心境を語り始める。全て諦めてしまったような、暗い表情。

 俺はただ、黙って聞くのみ。

 

「勝手に意地張って、無茶をして……結果はこの有様」

「昔からそう。一人じゃ何もできない。足手まといだ」

「初めからわかってたのに認めたくなくて、必死に否定しようとして失敗ばかり」

「今だってそう。迷惑ばかりかけてる」

「本当は、私なんていない方がいいんだ。だって、私は──」

「無能だから?」

「……うん」

 

 一度倒れたからか、その前に何かあったのか。すっかり覇気がなくなっている。この調子じゃもう無茶することはないだろうが、明日にでも自殺しかねないな。

 ──まあある意味で、()()()()()()わけだが。

 

「で? やめるのか?」

「……え?」

「だから、もう楯無先輩に勝つのはやめるのか?」

 

 しかしまだ足りない。軽く煽っておこう。

 

「……うん」

「がっかりだな。折角先輩に対抗する仲間ができたと思ったんだが、この程度とは」

「っ! ……」

「これじゃあ、実力の証明どころか自分の無能さを示しただけだなぁ。いや、それが実力なんだから当然か」

 

 とにかく煽る。煽って煽って煽る。先ずは完全に折れるギリギリまで。そこからがスタートだ。

 

「…………」

「黙りかよ。それとも図星か? しょうもない意地張って自滅して、結局何も成せていない。正に無能だもんなぁ」

 

 策の内とはいえここまで罵倒するのは気が引けるなあ。いや本当に。

 

「……やめて」

「だったら何か言い返してみろよ、無能さん」

「ううぅ……」

 

 さて、どうなるかな。ここで少しでも気力が残っているならよし。もしなかったら? その時は……本当に無能だったってことだ。

 

「……じゃない」

「……聞こえないなぁ。それとも諦めた?」

「違うっ!」

 

 来た。

 

「私はっ! 無能なんかじゃない!」

「だったらこんな失敗でウジウジするなよ。『証明』したいんだろ? 無能じゃない『更識簪』を! ならやることは決まってるだろうよ!」

「……ならどうすればいいの? 私一人じゃ何もできない。専用機だって……」

「一人で一人でって小さい事にこだわりすぎなんだよ。一人がそんなに偉いか? お前の姉は孤独で寂しい女か? 違うだろ?」

「!!」

 

 そうだ。あの人だって一人で何でもできるわけじゃない。書類仕事に追われて逃げたり、ISも一人で組んだわけじゃない。今だって俺が協力してる。束様だって一見一人で何でもできそうだが、私生活は終わっている。あの設備がなければまともに生活することもできないだろう。

 

「そもそも姉を支えたいって奴が、誰の協力も必要ないって言うのがおかしいんだよ。専用機だってなんだって、一人でやるより誰かの手を借りてやった方が何倍もいい」

「……でもそれじゃ、私の実力には……」

「利用する事だって才能だ。文句言うやつなんて放っておけばいい。文句だけで何もしないクズと人の手を借り手でも何かをやり遂げるお前。どっちが上かは比べるべくもない」

「なら……私は……」

「ああ、誰の力を借りたっていい。お前は一人じゃない」

 

 彼女だっても一人ではどうにもならないことなんてわかっているはずなんだ。それでも意地で続けていた。そこをギリギリまで追い詰めて、新しい方法を提示する。

提示する。

 若干背中にブーメランが刺さる感覚を感じるが、間違ったことは言っていない……と思う。

 

「……本当に? そうすれば、お姉ちゃんを超えられる?」

「約束する──と言いたいところだが、そう簡単な話じゃない。集めた手を生かすも殺すもお前の実力にかかっている。何度も何度も失敗するかもしれない。ならばどうする?」

 

 さあどうだ。これで諦めるなら終わり。そうでなければ──

 

「……だったら、何度でも。挑んで、挑んで、挑み続けて──最後に勝つ。そうでしょう?」

「その通り! どれだけ失敗しようが死ぬわけじゃない。生きている限り挑み続けて、どんな形だろうと最後に勝ちさえすれば、誰もお前を無能だなんて呼ばないだろうさ」

 

 よしよし。それでいい。

 

「……わかった、もう諦めない。使えるものはなんでも利用する。だから力を貸して、九十九くん」

「透でいい。これからは協力者だ。仲良くしようぜ」

 

 ニヤリと笑って、右手を差し出す。簪さんは一瞬戸惑いながらも小さく笑い、その手を握る。友情の握手ってやつだ。

 

「じゃあ透。それと私も呼び捨てでいい。……ありがとう」

「……なあに俺もあの人にお返ししたいだけさ。それに、御礼は勝った後にしてくれよ、簪」

「うん……!」

 

 一先ず説得完了。本当に倒れたのは想定外だが、一先ず成功だ。これでもう、簪は大丈夫だろう。

 

「まあ、これからのあれこれは置いといて……だ」

「何?」

「こっちともお話しないとな!」

 

 先ほどまで背を向けていた窓を勢いよく開く。大きな音を立てて開き、潜んでいた存在は飛び上がりそうになりながらも逃走を図る。

 

「逃がすか!」

「きゃああ!?」

「え? え?」

 

 走り出す前に首根っこを掴み。動きを封じる。まだ抵抗はできるはずだが、観念したのか手足をだらりと下げる。本当に猫みたいだな。

 

「お姉……ちゃん……?」

「か、簪ちゃん……あはは……」

「まったくもう……」

 

 どうせいると思ったよ。まさか外に張り付いてくるとは思わなかったけど。

 

「そんなに心配なら、隠れて盗み聞きなんてしないで普通に入ってきたらよかったのに」

「いやその……邪魔かなって……」

「えぇ……」

 

 さて、もう俺の出番は終わり。後は──

 

「さあさ先輩、簪、後はお二人でどうぞ。俺は帰ります」

「え!?」

「えっ……」

 

 何をそんなに驚くことがある。元々これは二人の問題なんだ。力を貸すとは言ったが、これを飛ばしちゃあいけないな。

 

「そんな急に……」

「嫌ですか?」

「そうじゃなくて! えっと……」

「あ、あのっ!」

「は、はい!」

 

 心配しなくたっていいのに。だって二人は──

 

「お話、しよ?」

「! ……うん。うん……!」

 

 ──家族なんだから。

 

 邪魔にならないように、こっそり静かに退出する。戸を締める前に見えた二人は、

 

「お姉ちゃん……。おねえちゃあん……」

「うん……。うん……」

 

 離れていた時間を埋めるように、お互いの存在を確かめ合っていた。

 

「いいなぁ」

 

 それが少しだけ、羨ましかった。

 

 

 

 

第15話「仏独・姉妹④」

 

 

 




深夜に書くべきじゃない


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第16話「虫・ペア」

一瞬日刊乗ってて嬉しかったので初投稿です。


 

「それは本当ですの!?」

「ウソついてないでしょうね!?」

 

 月曜の朝。教室へ向かう途中、廊下まで聞こえた声に目をしばたたかせた。

 

「なんだ?」

「さぁ?」

「誰か死んだのかな?」

 

 登校メンバーは一夏、デュノア、俺の三人。デュノアが転校して来てからは基本これで登校している。時間が被っているだけだが。

 

「本当だってば! 月末の学年別トーナメントで優勝したら男子の誰かと交際でき──」

「男子がなんだって?」

「「「きゃああ!?」」」

 

 あっさり突っ込んでいくなぁ。俺一夏のそういうとこ凄いと思う。

 不意に話題の男子に話しかけられた女子達は一斉に取り乱して悲鳴を上げている。面白い。

 

「で、何の話なんだ? 俺達がどうしたって?」

「マジでグイグイ行くなお前……」

「え? え?」

 

 聞いたらまずいのか? って顔してんじゃない。明らかに聞いちゃいけない話だったろうに。

 

「じゃ、じゃああたし自分のクラスに戻るから!」

「わたくしも席に戻りませんと……」

 

 そそくさと場を離れていくオルコットと凰。流れに乗って他の女子もそれぞれのクラスと席に戻っていく。

 

「……また俺何かやっちまったか?」

「アホ」

「ははは……」

 

 かたり。

 

「……んんー?」

「どうした?」

「……いや、多分虫だろ」

「虫?」

 

 そう、小さな虫だ。

 

 休み時間。

 

「……由々しき事態ですわ」

「何が?」

 

 一点を見つめながら、危機感の籠もった声で呟くオルコット。どうせ何見て言ってるかはわかるけど。

 

「アレを見てください……」

「嫌でも見えてるよ。あの二人だろ」

 

 視線の先には一夏とデュノア。仲良く談笑する二人は、ここ数日クラスでよく見る光景だ。

 しかし今日に限っては、ほんの少し様子が違う。

 

「なーんか変だよなー。特にデュノア」

「そう! そうなんですわ! 距離がこう……近すぎませんこと!?」

「そうだなー」

 

 どうしたことか。やたら二人の距離が近い。先日までは常識的な、俺と話すときみたいな距離だったが、今日はやたら近い。それもデュノアから近づいている気もする。なんか顔赤いし、まるで恋する乙女のよう。

 一夏の様子もおかしい。同じ男(という設定)に話しかけているのに、なんとなく女子と話しているような、そんな感じだ。

 

「これは……」

「衆道……ですわね」

「は?」

「衆道ですわ」

「ああうん。もう一度言えってことじゃない」

 

 オルコットが壊れた。しかしあの二人の様子を見ればそんな感想も出るか。

 まあ、一夏がホモかどうかはさておき、これは男装がバレたとみていいだろう。俺には隠したままということはまだ男装は続ける気らしいが……一体何があったのか。まさか本当にシャワー中に突撃したのか、いやそれはないな!

 

「まずいですわまずいですわ。このままでは一夏さんが禁断に手を…………」

「なあ、俺も一つ聞いていいか?」

「何ですの?」

 

 この流れと全く関係はないが。さっきからずっと、それこそ二人の様子より気になっていたことがある。それは──

 

「何その髪型」

「ああ、これですの?」

 

 オルコットの髪型が凄い。いつものドリルはなく、天を貫こうかという高さで盛られている。

 

「ここの所雨が続いていたでしょう? 雨は嫌いではありませんが、実はわたくしの髪は湿気に弱く……先ほどまで酷い有様でしたの」

「それは見た。でっかい毛玉みたいだったぞ」

「おほん。そこで、相川さんと谷本さんが髪を整えてくださいまして……」

「この髪型になったと」

 

 そういうことか。まあ悪くはないんじゃないか。ちゃんとまとまってるし。しかしこのデコ感……何というか……。

 

「これこそ『うなじ美人』というものらしいですわ! どうです?」

「お水っp、いやなんでもない。とりあえず一夏に見せてきたらいいんじゃないか?」

「もちろん! これで一夏さんを虜にしてきますわ! おほほほほ…………」

 

 そして一夏の方へ近づいていくオルコット。まああいつなら、きっといい感じに褒めてくれるだろう。たぶん。

 相川さんと谷本さん(盛った本人)もそう願っているような気がする。

 

 

 放課後。一夏とデュノアの様子を報告しに一旦自室へ戻ったところ。

 

「うふふふふ。簪ちゃーん」

「お姉ちゃーん」

「うぜぇ……」

 

 そこには姉妹空間が形成されていた。ちなみに入ってから十分は経っているがずっとこんな調子だ。いくらずっと離れていたからって急にベタベタし過ぎでは?

 いや仲良くしているのはいいんだけど。いいんだけど何故ここでやる。生徒会室でやってくれ。

 

「あ、透くんおかえりなさーい」

「お邪魔、してる……」

「ああ……。もう体調はいいのか?」

「ちゃんと休んだから、もう平気。明日から授業にも出ていいって」

 

 あの後簪は一度倒れたこともあり、強制的に休みを取らされていた。肉体的にはもちろん精神的にも疲労していたからな、いい機会だ。

 

「そうかそうか、今度は無茶するなよ」

「うん……。もう、大丈夫」

 

 ……いい顔だな。以前までの焦りがない。きっとこれが本当の簪なんだろう。こんな表情もできたんだな。

 

「それで透くん、何か用事でもあったの?」

「ええ、後でもいいんですが。簪もいますし」

「うーん……でも……」

「私も知りたい」

 

 まあ、そう言うよな。元々先輩の助けになりたかったわけだし。また蚊帳の外にされてはたまったものではないだろう。

 

「……そうね! 今お願い」

「はいはい。でも一旦離れてくれません? 話に集中できないので」

「「はい……」」

 

 どうしてそんなに不満そうなんですかねぇ。まだ足りないってか。

 

「で、話なんですが、デュノアの男装が一夏にバレました」

「あらら、まあよく持った方ね」

「……男装」

「まだ隠すつもりのようですが……おそらく一夏が庇っているのかと」

「優しいのね。大騒ぎされなくてよかったけど」

 

 なぜ一夏は庇うのだろう。確かに性別を偽ってIS学園に来たことには事情があるのかもしれない。しかしそれに同情して、騙されでもしたらどうするつもりだ? 本当にあいつはお人好しだな。

 

「透くんも結構お人好しよ?」

「うんうん」

「えっ」

 

 そうかなぁ?

 

「それ以外に動きはない?」

「特にはないですね。なんか距離が近いとかでオルコットがやきもきしてましたが、ハニートラップの類いではなさそうです」

「なら泳がせたままで問題ないわね。最も、今月中にはどうにかするけどね」

「というと……?」

「どうするの?」

 

 現状あいつの目的ははっきりしていないが、ハニートラップの線が薄いなら俺達と専用機のデータでも取りに来たといったところか。どちらにせよいつまでも自由にしておくわけにもいかない。よくても拘束、或いは退学が妥当なところだ。

 

「それはあの子次第ね。大人しくするならこのまま学園に置いておけるけど……危害を加えるなら」

「退学、ですか」

「そういうこと。今は様子見だけどね」

「さっさと自首でもしてくれませんかねー」

「それが一番いいのよねぇ。何もしなければこちらも庇うことだってできるし」

 

 ま、どちらにせよ今月で片がつくなら問題ないか。

 

「じゃ、俺は特訓行きますね。一夏に誘われたんで」

「最近よく一緒に特訓してるわね。前は嫌がってたのに」

「誰かさんに『一人でやるな』なんて言っちゃいましたからねー。言い出しっぺが一人じゃ説得力ないですし」

「むぅ……」

 

 お手本みたいなもんだ。辛かったのは悪かったからむくれないでくれ。

 

「とにかく頑張ってね。いってらっしゃーい!」

「いってらっしゃーい……」

「はーい」

 

 帰っても二人の世界が形成されてたらどうするかなぁ。

 

 かさっ。

 

「……そろそろ鬱陶しいな」

 

 

 

 

「……………」

「……………」

「派手にやられたなぁ?」

「「ぐぬぬ……」」

 

 約1時間後。部屋から出てアリーナへ向かおうとしたところ、突然一夏から保健室へ来るように言われ、到着したところ凰とオルコットがこの有様。

 事情を聞けば二人はボーデヴィッヒに挑発され、馬鹿正直に乗ったところ見事に負けたらしい。危ないところに一夏が助けに入り、織斑先生の登場もあって大した怪我にはならなかったそうだが。

 

「別に助けてくれなくてよかったのに」

「あのまま続ければ勝っていましたわ」

「負け惜しみー」

「「なんですってぇっ……痛ぁっ!?」」

 

 息ピッタリじゃんボーデヴィッヒの前でやれよ。しかしこっぴどくやられてるな。シールドバリアの上からこの怪我なら、機体のダメージは深刻なことになっているんじゃないか。

 

「好きな人に格好悪いところを見られたから恥ずかしいんだよねー」

「ん?」

 

 デュノアが戻ってきたと思ったらいきなりぶっ込んできた。一夏は聞き取れていない様子だが、凰とオルコットは真っ赤になっている。こいつなかなかいい性格してんな。

 

「なななな何言ってんのかぜーんぜんわかんないわね! 変なこと言わないでくれなーい!?」

「わ、わたくしはっ! そそそそんなことありませんけどおおおお!?」

「どうしたどうした」

 

 バグってんなぁ。一夏は一遍耳鼻科にでも行ってこい。

 

 

「ま、先生も落ち着いたら帰ってもいいって言ってるし、しばらく休んだら───」

 

 ドドドドドドドッ…………。

 

「な、なんだ? この音は?」

 

 とても聞き覚えのある声。具体的にはデュノアとボーデヴィッヒが転校してきた日に聞いたあの音だ。

 

「織斑君!」「デュノアきゅん!」

 

 うるせぇ! 何度目だこれは。

 数十名の女子がドアを吹き飛ばし、広い保健室を埋め尽くす。男子を見つけるなり一斉に取り囲み、それぞれが手を伸ばす。ただし俺を除く。名前も呼ばれてないんですが。

 

「な、なんだなんだ!?」

「ど、どうしたのみんな? ……ちょ、ちょっと落ち着いて」

「「「これ!」」」

 

 事態の飲み込めない二人に何枚もの紙が差し出される。ちょっと俺にも見せてくれ……緊急告知文?

 

「どれどれ……」

「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。ペアができなかった場合は抽選により選ばれた生徒同士で組むものする。締め切りは──』」

「そこまででいいから! とにかくっ!」

 

 再び伸びる手。俺にはない。とてもかなしい。

 

「私と組もう! 織斑君!」

「デュノアきゅん! 私と組んでくださいっ!」

「え、あ、えっと……」

 

 ああ、デュノアは女子だから、一般生徒と組まれるとまずいな。何かの拍子にバレる可能性がある。ちらりと見れば困り果てた顔で一夏を見ている。一夏も気付いて目を合わせるが、すぐに逸らされてしまった。お前助けてほしいのかそうじゃないのかどっちなんだよ。

 

「悪い。俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 まあ、一夏ならそうするよな。一瞬にして保健室は静まりかえる。

 

「そういうことなら……」

「他の女子よりはマシかぁ……」

「やっぱり一×シャじゃないか(歓喜)」

 

 とりあえず納得したらしい。目当てが失われるとあっという間に女子は去って行き、廊下からはペア捜しの喧噪が聞こえる。

 

「ふう……」

「あ、あの、一夏──」

「一夏っ! ……あだだっ!」

「一夏さんっ! ……痛っ!」

 

 一夏が安堵のため息をついたところでデュノアが声をかけ、追って凰とオルコットがベッドから飛び出す。痛そう。

 

「あたしと組みなさいよ! 幼馴染でしょ!」

「いいえ、クラスメイトとしてわたくしと──」

「ダメです」

 

 謎理論を展開しようとしたところで山田先生の登場だ。普段と違ってキリッとした表情を浮かべている。

 

「検査の結果、お二人のISの状態はダメージレベルCを超えていました。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥に繋がります。ISを休ませる意味でも参加は許可できません」

「うぐぅ……わかりました……」

「不本意ですが……非常に不本意ですが! 勇気のを辞退いたします……」

 

 だろうな。寧ろCで済んだならよかった方だろう。二人も不満げながら納得したらしい。

 

「???」

「一夏、IS基礎理論の蓄積経験の注意事項三だよ」

「え、えーと……」

「骨折したとき安静にしてないと変形してくっつくみたいなアレだ」

「ああ!」

 

 なるほどって顔してるが先週授業でやってたからな? こいつの学力が心配だ。

 さて、まだ二人と一夏の話は続いているが興味ない。どうせラブコメしているのだろう。

 ……しかし理由は大体察せられるとはいえ、随分唐突なルール変更だ。女子が殺到した理由もわかった。が、なんで俺に来ないのかは謎のままだ。

 

「え? だって……九十九君は更識さんと組むんでしょ?

「えっ何その話」

「誰だそれ?」

 

 まだ保健室に残っていた女子が答える……が、その内容は寝耳に水。たった今ペアのことを知ったばかりなのに決まっている? そもそもなぜ簪のことが広まっているんだ。隠しているわけではないが、みんなに知られるような場所で話してないぞ。

 

「なんでそんなことになっているんだ?」

「いやー……だって……いいのかなぁ?」

「いいから、教えてくれ」

「うーん……、わかった。でも私が言い出したことじゃないからね?」

「あ、ああ……」

 

 やけに渋るな。そんなに話しづらいことか?

 

「九十九君と更識さんは付き合ってるんでしょ?」

「はぁ?」

 

 はぁ?

 

 

 

第16話「虫・ペア」

 

 

 




ちょっと展開だれてきましたね


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第17話「虫②・脅迫」

2019年が終わるまであと20日もないので初投稿です。


 

「おかしな噂が広まってるんですけど(半ギレ)」

「私も困ってるんだけど(半ギレ)」

「簪ちゃんは渡さないわよ(全ギレ)」

 

 何でこんなことになってんだよ(半ギレ)。あの後先生に怒られない程度の全速力で帰った俺は未だにイチャついていた二人に噂を説明していた。

 

「簪ちゃんは絶対渡さないわよ(全ギレ)」

「お姉ちゃんそれもういいから……」

 

 ここに修羅がいるぞ。だから噂なんだって。簪はいい奴だし綺麗だと思うが、だからって付き合いたいとかそういう感情はない。あくまで友人だ。

 

「同じく……」

「ほら、ね?」

「そう……」

「いきなり戻ったなぁ」

 

 テンションが安定しない先輩は置いといて、妙な噂が広まったものだ。さすが女子校といったところか。

 

「大して困るようなことでもないけど……ヒソヒソされるのは気分が悪い」

「うわさっき知ったばっかりだけどすっげえ嫌だなそれ」

「いくら生徒会(私たち)でもねぇ……噂までは止められないし」

 

 躍起になって否定するのも余計広がりそうで嫌なんだけどなぁ、何もしないで残り続けるのも面倒だ。ここは早い内に消しておきたい。

 

「やっぱり出所から潰すしかないか……」

「でも噂話の出所なんて簡単にわかるかしら? あまり大っぴらに聞き込みしたら怪しまれるし……」

「いや見当はついてるんですけど」

「? そうなの?」

 

 どうせあいつだろ。最近コソコソしてる虫。

 

「知ってるならいいんだけど、直接言ってどうにかなるかしら?」

「さあ……アレ性格悪そうですし、そもそもクラスしか知らないんですよね。一回しか話したことないですし」

「それ大丈夫……?」

「なんとかするしかない」

 

 他に方法は……先生に頼るとかあるけど無駄に借りを作りたくないしな。ちゃんと対応してくれるか微妙だし。

 

「えーと……じゃあ、任せても、いい……?」

「おう任せろ。簪は堂々としていればいい」

「うん……!」

「心配だわ……」

 

 どうにかなるだろ……多分。

 

 

 

 

 そして次の日。

 

「昨日ボーデヴィッヒにボコられた凰いるー?」

「ぶっ飛ばすわよアンタァ!」

 

 早速情報を集めるため、俺は二組へ来ていた。と言っても知り合いは凰しかいないためそこから聞くことになる。

 

「元気そうじゃん。で、聞きたいことがあるんだ」

「何? わざわざあたしのとこに来るなんて……」

「二組のことだからな。クラス代表のお前なら知ってるだろ。人探しなんだけど」

「誰を探してんのよ」

 

 特徴を言えばすぐわかると思うが、なるべくわかりやすく伝えるには……そうだな……。

 

「すっごーく性格が悪くて、全力で男を見下してる、目つきと性格の悪そうな女子知らない?」

「性格二回言ったわね」

 

 探してるのは先週、合同実習でゴチャゴチャ文句を言っていたあの面倒くさい女のことだ。おそらく噂を流したのはこいつ。根拠もあるが、ここでは言わないでおく。

 

「そんなのいるわけ……あ。一人いるわ」

「やっぱりな」

「ほらあそこ……角の席で本読んでる」

「お、あいつだあいつ。サンキュー」

 

 ここにいることだけ確認したかったんだ。軽く例を言いながら教室へ入り、困惑する他の女子を横目に近づいていく。あちらも気づいたのか、こちらを見て嫌そうな顔をしている。

 

「えっちょっ……何する気?」

「なに、ちょっと話すだけだよ」

 

 何もこんなところで喧嘩するつもりはない。軽い注意みたいなもんだ。あちらはどう出るか知らないが。

 

「やあ」

「…………」

「無視かぁ」

 

 傷つくなぁ。急ににこやかに対応されても気色悪いけど。

 

「じゃあ勝手に話すが……俺と簪が付き合ってるとかいう噂流したの、お前だろ」

「…………」

「そんな噂考えるのは、俺の周りウロチョロしてたお前しかいないもんなぁ」

「……だったら何?」

 

 パタンと本を閉じ、不快な態度を隠しもせずにこちらを睨み付ける。やっぱり目つき悪いな。

 

「何が目的だ? おかげでこっちは大迷惑なんだが」

「べっつに、ただの嫌がらせよ。調子に乗ってるアンタに制裁? みたいな」

「制裁って、簪を巻き込んでるのはいいのか? 同じ女子として」

「一緒にしないで。どうせアレも、男に媚び売ってる古い女でしょ」

 

 酷い言いようだ。先輩に聞かれたらどうなることやら。後でチクってみよう。

 しっかし酷い思想だな。男嫌いはわかっていたが、気に入らなければ女子でも敵と見なすのか。

 

「見たのよこの前。アンタがアレを抱えて歩いてたの」

「あー……そのことね。それは……」

「どうせいかがわしいことでもしてたんでしょ。汚いわね」

「いやだから……」

「男の話なんて聞きたくないわ」

 

 こいつ全然話聞かねえ。そして思いっきり間違っている。脳みそピンクかよ。

 とりあえず、撤回だけお願いしてみよう。頷いてくれるとは思えないが。

 

「……とにかくさ、大嘘広めるのはやめてくれないか? あと周り嗅ぎ回るのも」

「嫌よ」

 

 どういう神経してんだこいつ。一応こっちが被害者なんだけど罪悪感とかないのか?

 ……おかしいのはどう考えてもこいつだ。何だって俺が頼み込まなきゃいけない? もう十分我慢したよな?

 

 ばきっ。

 

「……ちょっぴり下手に出れば随分つけ上がるな、カス」

「何ですって!?」

「カスにカスといって何が悪い? 優しくしてりゃつけ上がりやがって。何様だよお前」

「なっなっなっ……何よ急に!」

 

 予想外の展開か、狼狽えるカス女(名前聞いてなかった)。そんなことはどうでもいい。最近ずっとらしくないことばかりでうんざりしてたんだ。ここらでささやかなストレス発散といこう。

 ……凰には申し訳ないが。

 

「本気で自分が優れてると思ってる? 代表候補生でもない、授業でしかISを触ったこともないお前が? 笑わせるな」

「……っ」

「やってることはバレバレのストーキングと下らないデマ流し、これのどこが優秀な人間のすることなんだ? 陰湿の間違いだろ」

「黙りなさいっ!」

 

 少し突っついただけでこれか。決闘挑んできた時のセシリアの方が遙かにマシだ。比べるのも失礼なほどに。

 

「おいおいムキになるなよ。男の話なんて聞き流せばいいだろう?」

「このっ……」

 

 ま、無理だろうけど。

 

「本当は勝てる気しないから陰でこそこそやってたんじゃないか? お前のちっぽけな自尊心ならそれで満足か?」

「うっ……」

「言い返せないか。図星か? だからお前はカスなんだ」

 

 正体見たり! って感じだな。つまんない奴。

 

「じゃあな。今度からはもう少し考えて行動しろ」

「待ちなさい! このっ!」

「待たないね、もう言いたいことは言った」

 

 罵倒を背に悠々と教室を出る。困惑と敵意の入り交じった視線が向けられるが全く気にならない。スッキリだ。

 

「どうすんのよこれ……」

「あ、悪いな凰。お騒がせした」

「もう遅いわよ!」

 

 

 

 

「……とまあ、こんなもんですよ」

「悪化しそうじゃない……?」

 

 さっそく報告。確かに悪化しそうな気もするが、きっと大丈夫だろう。あれだけ騒いでまだ広めようとするやつがいるとは思えないし。

 

「もう気にするだけ無駄だろ。すぐにみんなトーナメントのことで頭がいっぱいになるさ」

「そうかなぁ……」

 

 そうでなくとも、すぐに新しい話題で上書きされるだろう。噂とはそういうものだ。

 

「それよりさぁ。簪はトーナメントには出られるんだろ? まだペアが決まってなかったら俺と──」

「あっそれは……」

「私でぇ~す!!」

「わああ!?」

 

 びっくりした布仏さんかぁ。今まで隠れてたのか。

 

「私がかんちゃんと組みまぁ~す! いぇいいぇい」

「と、いうことで……」

「そうかぁ」

 

 二人は幼馴染だし、気が合うのだろう。しばらくまともに話せていなかったしな。

 

「ごめんね?」

「いや大丈夫。まだ期限まで日もあるし、最悪抽選でも決まるしさ」

「頑張ろー!」

 

 布仏さんは元気だなぁ。よっぽど一緒にいられるのが嬉しいのか、抱きついて喜びを表現している。簪も少し嬉しそうだ。

 うん。これは邪魔できない。

 

「それよりも、だ。先ずは専用機(こっち)を進めようぜ」

「うん……!」

「わぁ~い!」

 

 簪の体調も回復し、作業を開始する。今日はまだ三人だけだが、明日からはどんどん人手を増やしていくつもりだ。

 念のため簪に『どうやって集める?』と聞いたところ、ニヤリとした笑みと共に『お姉ちゃんの人脈を使う』と言っていた。強くなってくれて何よりだ。

 

「人手はどうにかなるとして、稼働データがまだ足りないんだよな」

「新型だからねー。たくさんデータがほしいなー」

「お姉ちゃんの機体のデータはあるけど、ちょっと足りない……訓練機のデータは定期的に初期化されるし」

「Bagのデータは合わないしなぁ……」

 

 幾らデータがあっても、全てが使えるわけじゃない。極端な例になるが、射撃特化機体の開発に近接特化機体の稼働データがあったところで大して使えないようなものだ。【打鉄弐式】と【Bug-Human】も同様に、こちらにクセがありすぎてイマイチ相性がよくなかった。

 

「他に使えそうなデータかぁ……」

「高機動の機体とか、武装の豊富な機体が望ましい……」

「う~ん……」

 

 両方を満たす機体は今のところ知らない。片方だけならどうか……うーん……。あっそうだ。

 

「ちょっと待ってろ、心当たりがある」

「本当!?」

「マジ!?」

「本当マジマジ。今話つけてくる」

 

 高機動と豊富な武装。それぞれを備えた機体ならついこの間見たばかりじゃないか。早速携帯を取り出し、電話をかける。

 

『もしもし九十九? どうした?』

「よう一夏。今話せるか?」

 

 まず一人目は一夏だ。こいつの【白式】なら高機動の稼働データを得られる。開発元も同じ倉持技研だし、きっと弐式にも合うだろう。マリアージュだマリアージュ。

 

『今か? 職員室に呼ばれてんだけど……』

「まあまあ、じゃあデュノアはいるか? 代わらなくていいから」

『シャルルか? 丁度一緒にいるけど……』

「よしよし」

 

 二人目はデュノア。こいつの【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】には大量の武装が搭載されている。本人の技量も相当なものだったし、いいデータが手に入るだろう。

 しかし一夏ならすぐデータをくれるだろうが、デュノアは難しい。下手すれば素性がバレる可能性もあるわけで、そう簡単に渡してはくれないだろう。まあ無理にでもぶん取るが。

 

「急で悪いんだが、第二整備室に来てくれ」

『え? だからこれから職員室に……』

「デュノア、男装」

『ッ!? ……何でそれを』

 

 そのためのネタならある。脅す様な真似をするのは心が痛むがこれも必要なこと。事情を説明すればわかってくれるはずだ。

 

「お前に質問する権利はねぇ。とにかく先生にチクられたくなかったら今すぐ第二整備室へ来い。二人でな」

『くそっ! ……今行くから待ってろ!』

 

 いやあ本当に心が痛む。本当に。

 

 

「透いるか!?」

「ここだよ」

「おわぁ!?」

 

 約五分後。全速力で走ってきましたと言わんばかりに息を荒げた一夏が飛び込んで来た。少し遅れてデュノア。こちらも息は上がっているが、顔色が悪い。

 

「お疲れー。結構早かったな」

「そんなことはいい。で、いきなりどういうつもりだ? 何で知っている?」

「そうカッカすんなよ、なあ?」

「ううっ……」

 

 すっかり警戒されてるなぁ。一夏も、デュノアを庇うように立ってこちらを睨み付けている。まるで騎士様だ。

 

「落ち着けって。電話じゃああ言ったけど、実際チクるかはお前ら次第だ」

「……何が望みだ」

 

 どうせとっくにバレてるしな。

 

「簡単なことだよ。お前らの稼働データよこせ」

「えっ」

「えっ」

 

 予想外といった表情の二人。

 

「データだよデータ。わかるだろ? さっさとよこせ」

「そっその前にいい?」

「何だよ」

 

 まさか渡し方知らないとか抜かすんじゃないよな? 一夏は知らなそうだけど。

 

「えっと、そんなのでいいの? もっと、ほら……」

「金でも出しますってか? それとも体?」

「からっ……違うよ!」

 

 まさかそんなもん要求するとでも思ってたのか? 失礼なやつらだな。

 

「安心しろ、データさえ寄越せば男装のことは先生に言わないし、もちろん悪用もしない。約束する」

「……わかった。でも一つ教えてくれ、これを何に使うつもりなんだ?」

 

 やっぱり気になるか。まあ悪いことしてるわけじゃないしな。話したっていいだろう。

 

「ああ、それは──」

 

 

 

「──ってことだ。これで満足か?」

「そんなことならすぐに渡したのに……」

「おいおい……要求した側が言うのもアレだが、専用機の稼働データなんてホイホイ渡す物じゃないぜ」

「えっそうなのか?」

 

 知らなかったのか……こいつにもっと危機管理能力を持たせろ織斑先生。

 

「そうだよ一夏。普通は厳重にプロテクトかけて保護する物なんだよ」

「マジか……」

 

 デュノア先生のわかりやすい授業が始まろうとしているがここではやめてくれ。さっさと終わらせたいんだ。

 

「理由は説明したし、もういいだろ? 使ったらすぐ消すから早くよこせ」

「あっああ……こうか?」

「そうそう。お前も早くしろ」

「うっうん……」

 

 ちゃんと来たな。ウイルスもない。OK、きっと役に立つだろう。

 

「よしもう帰っていいぞ。職員室行くんだろ?」

「えっ、あ、おう。……あれ、シャルル? どうした?」

「いや……なんていうか……。男子のデータ取って来いって命令されてるのに逆に取られてるこの状況がちょっとね……」

「ああ……」

 

 やっぱりそういうことだったのか。今となってはどうでもいいが。

 

「まあ、いつまで続けるかは知らんが頑張れ。手伝いはしないけどな」

「あ、うん……」

「それと一夏はもう少し腹芸を覚えた方がいいな。またこうやって利用されたくはないだろう?」

「……考えとく」

 

 電話でもしらばっくれるとかやりようはあったんだ。正直なのは美徳だが、これでは間抜けだ。

 

 

「じゃ、そういうことで」

「ああ……」

 

 さて目的の物は手に入った。これで開発を進められる。簪も喜ぶこと間違いなしだな!

 

 

 

「嬉しいけどこれバレたら織斑先生にしばかれるんじゃない?」

「しーっ」

 

 

 

第17話「虫②・脅迫」

 

 

 




言わない(もうバレてるから)


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第18話「一回戦・卵塊」

寒すぎてサムになったので初投稿です


 

 六月も最終週、学年別トーナメント開催当日の月曜日。学園全体が慌ただしくなり、一回戦が始まる直前のIS学園では、至る所で生徒と教員が慌ただしく動き回っている。

 一方の()()は待合室にて開始を待っていた。

 

「こりゃすげぇな、対抗戦の倍は来てる」

「……そうだな」

「一夏とデュノアは第一試合らしい。俺達は第二試合だから、あいつらが出てきたらすぐピットに移動だってさ」

「……ああ」

「……もうちょっと愛想よく返事してくれると嬉しいなぁ。せっかく一緒に戦うペアなんだし」

 

 隣に立つ相方。無愛想な、しかしどこか上の空な表情でモニターを見つめる彼女。

 

「篠ノ之さん」

「……すまない」

 

 そう、妹様だ。

 どうして俺達が組んでいるのか、それはペア決めの締め切り当日まで遡る。

 

 

 

「待て、九十九透」

「何かな、ボーデヴィッヒさん」

 

 昼休み、暇を持て余し、フラフラと校内を彷徨いていた俺に背後から声がかかる。

 振り返ればここしばらく一夏にビンタしたり専用機持ち二人を叩きのめしたり、授業を抜け出して寸胴にカレーを作ったりと事件ばかりの転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

「単刀直入に言う、月末の学年別トーナメント、私と組め」

「えー……」

 

 いきなりどうした。今まで俺に興味があるような素振りはなかったが、一体どういう風の吹き回しなんだ。

 

「一応理由を聞いても?」

「ふん、ただの消去法だ」

「消去法ねぇ……それで俺が残ったと?」

 

 専用機持ちは無理でも、探せば他にも相手はいただろう、組んでくれるかは別として。

 

「他は論外だ。意識も実力も低い、私は弱者と組む気はない」

「……否定はしないけどさ、なら俺のどこがいいんだ?」

「勘違いするなよ。他よりはマシというだけだ。ISをファッションと勘違いしている連中よりはな」

「ふーん」

 

 確かにこいつの言うことには一理ある。実際この学園にも、ISが本質を理解できていない者は多い。

 ……まあそれが悪いとは思わないけど。

 

「後は……織斑一夏の手の内を知っているからな。実力は当てにしていない」

「ひっどいなぁ」

「私が戦えば優勝は確実だ。貴様は邪魔にならないようにしていればいい。損はないだろう?」

 

 消去法とか言っていたが、まともな理由もあったのか。思いっきり見下されてるけど。

 でもまぁ、答えは決まっている。当然、

 

「お断りだな」

 

 嫌に決まってる。誰がこんなのと組むか。

 

「……何だと」

「俺がお前と組んだってなーんのメリットもない、他を当たれ」

「私の話を聞いていたのか? 勝ちたければ私と──」

「勿論勝ちたいさ。でもそれはお前とじゃない。俺が組むのは()()()だ」

 

 物陰から出たポニーテール。一瞬それが跳ねる。隠れてたつもりだろうか

 

「出てこいよ! 篠ノ之さん!」

「…………」

「貴様は……!」

「というわけで、俺と組んでくれない? 篠ノ之さん」

 

 本当は放課後にでも声をかけるつもりだったが丁度いい。今お願いしよう。

 

「理解できん。私の誘いを蹴ってまで選ぶ相手には見えんぞ」

「それはお前が節穴なのさ。わかったらどっか行け」

「……後悔するぞ」

「ボーデヴィッヒ様の今後の活躍を心よりお祈り申し上げます」

 

 捨て台詞を吐き、足早に去って行くボーデヴィッヒ。あいつ絶対抽選だな。

 さて後は、こっちと話をつけないと。

 

「何故だ? 専用機のない私より、奴の方がずっと──」

「専用機の有無なんてどうでもいいよ。勝てればな」

「だが私の実力はっ」

「自分では気づいてないだろうけど、近接戦闘に限っては篠ノ之さんの実力は一年でも上位だ。そりゃ総合的には専用機持ちには劣るけど」

 

 そもそも訓練機で一夏といい勝負できてるんだ。妹様は決して弱くはない。

 

「オルコットも凰も出場できないしなー。あれ、そう考えると俺も消去法で決めた様なもんか」

「おい」

「ごめんごめん。でも、ペアで戦うトーナメントなら、俺はボーデヴィッヒより篠ノ之さんが優れてると思ってる」

 

 まあ理由の半分くらいはあいつが気に入らないからなんだけど。

 

「そ、そうか……」

「どうせまだ組む相手いないんだろ? 友達少なそうだし

「このっ……いや、そうだが……」

 

 かなしいなぁ…………。

 

「じゃあ決まりで。よろしくな」

「あっああ。よろしく」

 

 

 

 ……ということがあったのだ。

 

「対戦相手がボーデヴィッヒだからってそんなに一夏が心配? 大丈夫だって安心しろよー」

「そう……だな。うん」

 

 先程発表された対戦表によれば、二人の対戦相手はボーデヴィッヒと知らない女子。やっぱり抽選で決められたらしい。

 俺達の対戦相手は知らない女子二人。多分余裕。

 

「おっ出てきた。ほら移動移動、始まっちゃうぞー」

「ちょっ待ってくれ!」

 

 ……篠ノ之さんのコンディションが気になるけど。

 

 

「失礼しまーす!」

「失礼します」

「来たな」

 

 織斑先生だ。どうやらこの人がこちらの担当らしい。

 

「篠ノ之が使う訓練機はもう用意されている。打鉄だったな?」

「ありがとうございます。それで一夏の試合は……」

「試合はあのモニターでも中継されている。観ながらでいいから準備しておけ」

「はいっ」

「乙女だなぁ」

 

 打鉄を装着しながらもモニターを凝視している。よっぽど心配なんだろう。

 

「しかし意外だな。お前らがペアを組むとは」

「色々あるんですよ、色々」

「ほう」

「…………」

 

 俺は既に準備オーケー。後は待つだけ。選手紹介のアナウンスも終わり、アリーナは試合への期待感で満ちている。

 

「ああそうだ篠ノ之さん。今は一夏とデュノアの動きだけ見てればいいよ」

「何? しかしそれではボーデヴィッヒが……」

「大丈夫、あいつは負けるから。始まるよ」

「……?」

 

 なぜならこれは、タッグマッチだから。

 ブザーが鳴って、試合が始まった。

 

 

 

 

 そして、試合が終わって。

 

「……これは」

「予想通りだなぁ」

 

 画面に映し出された、多くの予想を覆す結果。

 一夏とデュノアの圧勝だった。

 

「よかったね、一夏が勝ってさ」

「そうだな……。いやまて、なぜこれがわかった? 始まるまではこんな予想なんてできなかったぞ」

「それは俺達の試合の後で。ほら戻ってきたぞ」

 

 ゲートが開く。一夏と、追ってデュノアが戻ってくる。

 

「一回戦突破おめでとう! 俺は信じてたぞ!」

「あ、サンキュー……うーん」

「ありがとう……」

 

 二人とも圧勝してきたにしてはスッキリしない様子だ。あの試合内容ならそれも当然か。

 

 この試合、初めこそボーデヴィッヒが押していた。AIC─慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)─の停止結界とワイヤーを駆使した戦法で一夏を追い詰め、このまま決着かとも思われた。が、あっという間に訓練機の女子を下したデュノアが加勢し二対一に変わってからは形勢逆転。ワイヤーは全て切られ、リボルバーカノンは全て防がれるか回避、AICも二人同時では上手く発動できない。苛立ちで徐々に動きが悪くなり、焦って零落白夜を回避したところでパイルバンカーを叩き込まれて終わった。

 全くいいとこなし。予想していた俺も拍子抜けするほど呆気なかった。

 

 まあ、終わった試合をいつまでも考えていたところで意味はない。俺達の戦いに集中だ。

 

「そろそろだな、篠ノ之さん」

「ああ……」

「えっ透のペアって箒だったのか?」

 

 言ってなかったっけ。その必要もなかったしな。サプライズってことで。

 

「そういうことだ。俺達も一応優勝狙いなんで、なあ?」

「その通りだ。当たったときは覚悟しておけ」

「……ああ! 負けないぜ!」

「…………むぅ」

 

 妹様が不機嫌になった。きっと他の男と組んでいるのを嫉妬してほしかったとかそんなところだろう。どうでもいいけど。

 

『第二試合の選手は、アリーナに入場してください』

 

 入場のアナウンスと共に、ゲートが開き始める。その間から多くの観客が目に入った。

 

「さあ行こうぜ。サクッと圧勝してやろう」

「油断するなよ、九十九」

「頑張れよ二人とも!」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 少しばかりの緊張が走る。隣を見れば妹様も同じ様子。

 だが問題ない。余裕を持ち、しかし油断はしない。そうすれば間違いなく勝てる。

 

「さあ──お相手はどんな奴だ?」

 

 ゲートが開き、アリーナへと降り立った。

 

 

 

 

「待ってたわよ、九十九透」

「お前かよ」

 

 もういいんだよ性悪(お前)は。この前で決着はついただろ?

 ……いや、このトーナメントの組み合わせはクジだ。これはただの不運と割り切ろう。

 

「知り合いか?」

「熱い議論を交わしたカスだよ」

「……ふ、ふん。そんな煽りは通じないわよ」

 

 こめかみがピクピクしていることは黙っておこう。後ろでオロオロしている子がかわいそうだし。

 しかしこいつはよくペアを組めたな。抽選かもしれないけど。

 

『両ペアは位置についてください。試合開始まで、5、4──』

 

「あ、篠ノ之さんは奥の子お願いね」

「へぇっ!?」

 

『──1──試合開始』

 

 スタートと同時に展開される弾幕。全ての弾丸はこちらを狙い、妹様には一発も飛んでいない。

 撃っているのは性悪。これは完全に──

 

「やっぱり俺狙いか」

「そうよ! だってアンタは()()()()()()()()んでしょ?」

 

 困る、か。確かに俺のBagは耐久が低い、だから攻撃を受け続けるのは不利だ。基本は回避する必要があるし、これまでもそうしてきた。

 

「まあ、なー」

「対戦表が発表されたときっ、無理を言って装備を変えたたのよ!」

「ちょっとジャッジー」

 

 回避し損ねた弾が数発装甲を掠める。余計なこと許可しやがって、おかげで面倒くさい相手になったじゃないか。

 今も弾を吐き続けているアサルトライフルは弾切れまでもう少しかかりそうだ。

 ……しかしなかなか嫌な戦法だな。まあまあ上手いのも腹立つ。

 

「弾切れを待つ気なら無駄よ! 拡張領域には限界まで銃と弾を入れてるからっ!」

「ふーん、すごいすごい」

 

 それはいいことを聞いた。適当に凌ぐつもりだったが、銃ばかり持ってきたなら丁度いい。

 少々強引なやり方になるが偶にはいいだろう。

 

 ごきごきっ。

 

「強がりをっ!」

「もういいよお前、《Grasshopper(グラスホッパー)》《Ant(アント)》」

「え? ──ぶ」

 

 展開(コール)と同時に手足に装着、これで一気にパワーアップだ。精密さはなくなるけど。

 未だに止まない弾幕を()()して一直線に突撃。ぽかんと口を開けた間抜け面へ勢いを乗せた拳を振り抜く。

 

「あ、がっ──」

「次ぃっ!」

「ぉえっ!」

 

 のけぞった腹にかかと落とし。回避は不可。勢いよく地面へ叩きつけられ、蛙が潰れたような声を発する。吐くなよ。

 

「──ぁこ、のっ」

「三コンボ!」

「がぁっ」

 

 自分がどうなってるか認識できたか、文句でも言いたげに口を開く。

 でももう一発。バウンドして浮いた背に思い切り蹴り上げ。高く上空へ飛ばされ、ようやく抵抗したのか少し離れた位置に着地、というより落下する。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「お前さ、勘違いしてるよ」

「な、何を」

 

 まだわかってないか。もう一発いっとくか──いや、これでわかる頭ならそもそも気づけるか。

 

「俺が耐久不足なのは正解、弾幕張るのもな。でもなぁ、お前一人じゃ足りないよ」

「足りな、い……?」

「そう、威力も密度もね、威力はまあ、所詮学園で支給される物だから仕方ないとして、密度がダメだ」

 

 多少は練習してきたみたいだが、まだまだだ。この程度じゃ今みたいに突っ込んでも大したダメージにはならない。一発の威力を考えると、えーと……榊原先生ぐらいの技量がないとな。

 

「今まで回避ばかりだったのは回避より被弾する方がリスクが高かったから。オルコットの時は一発貰えば連鎖的に複数被弾の可能性があったし、先月の──アレは、一発貰ったら即終了だったからだ」

「……だったら、いま、のはっ」

「お前を殴るまでに食らうダメージなんか屁でもなかったってこと」

「そんな……」

 

 ショックを受けた様子だが、同情する気にはならないな。いい気味だ。

 

「でもノーダメじゃないのも事実だ。だから──その分はお返しする」

 

 《Grasshopper》《Ant》は解除、どうせもう攻撃はしないからな。

 代わりに展開するはバスケットボール大の白い球体。()()()()()()()()()、優しくそっと抱える。

 

「ひっ」

「安心しろ、もう殴ったりなんてしない」

「え……」

「けど……」

 

 一瞬安堵の表情を浮かべた性悪女へ、ゆっくりと球体を放り投げる。

 この武器の名は《No.12 Egg Sack(エッグ サック)》。ざっくり和訳すると卵塊。秘密兵器にして最悪の切り札。

 白く脆い球体はただの殻。着弾と同時に割れ、中に仕込まれた多種多様な虫型ロボットが溢れ出す。

 

「あ、ひあっ、ああああああ……」

「とびきりの苦痛は味わってもらう」

「いやあああああああああああっっっっっっ!!!!」

 

 解放された虫たちは全身を這い回り、絶叫が響く。

 バリエーションはクモ、サソリ、ムカデ、ヤスデ、ゲジ、ケムシ、コオロギ、シデムシ、ウデムシ、ヒヨケムシ……両手じゃ足りないな。

 こいつらに攻撃機能はない。もし生身にぶつけたってちょっとチクチクするぐらいだ。耐久力もISならば軽く叩けば破壊できる程度。一応発信器の機能はあるけれど、この場で意味はない。

 総じて、そこまで強力な武器ではない。ただ見た目の気持ち悪さを除いては。

 

「うーわ、やっぱり気持ちわりー」

 

 いくら嫌いな女相手でも、全身に虫(型ロボット)が這い回っているところを見るのは……いや、笑える。

 

「とって! これとってよぉ!!」

「やーだね、はい二個目」

「あああっ、やめて! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 必死の懇願を軽く流して追加を放り投げる。錯乱した状態で回避ができるはずもなく、あっさり着弾。更に大きな絶叫をあげる。

 どんな感覚なんだろう。今度一夏に使って感想聞こうかな。

 

「な、何をしている……」

「あ、篠ノ之さん。早いね」

「まあこれくらいは……じゃない。何だこれは?」

「あー……八つ当たり兼お仕置き?」

「ひぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁ……」

 

 日々の鬱憤と俺を舐めた罰……とでもしておくか。

 せっかくだし録画しておこう。さっきまでうんざりしていた顔もこうして見たらなかなか面白い。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだけど。

 それにしても妹様もなかなかやるね。まだ五分かそこらだろうけど、もう相手を伸している。

 しかし、ここまでやれば中断されるかと思ったけど、まだ続行していいんだな。好都合だが。

 

「さてそろそろ……」

「おい、今度は何を……」

「ずっとこのままでも可哀想だし、トドメ? ってとこかな」

 

 未だにのたうち回る性悪に近づき、首を……変な汁でべとべとだ。やっぱり腕を掴み、無理矢理体を起こさせる。

 

「ひっ、ひゃあ、あ?」

「ほうら見てみろ、みんなの顔を」

「あっ……あああ……」

 

 クラスメイト、同学年、先輩、教員。世界各国から集まった様々な企業、軍隊の要人達。

 アリーナにいる全ての人々がこちらを見つめている。

 

「これがお前の評価だ」

「あ……」

 

 ISならよく見えるバリアーのその先。こちらに向けられた顔にはいずれも嫌悪感が滲んでいる。この場でそんな顔を向けられた、ということはつまり自身がそれだけ無様な有様ということ。

 ……まあ半分ぐらいは、俺に向けられたものだろうけど。

 

「…………ぁ」

「はい、終わり」

 

 そのまま手を離し、支える物がなくなった体は再び倒れこむ。

 戦意はもうない。続行は不可能。よって──

 

『……試合終了。勝者──九十九・篠ノ之ペア』

 

 ──俺達の勝ちだ。

 

「これに懲りたら、二度と俺に近づくなよ。えーと……あー……」

 

「名前、何だっけ?」

 

 

 

第18話「一回戦・卵塊」

 

 

 




サムって誰だよ


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第19話「負け犬・二回戦」

年内最後の初投稿くれてやるよオラ!


 

 数分後、性悪とかわいそうな相方に完全勝利を収めた俺達はピットに残されていた。正座で。

 

「よくもまあ好き放題やってくれたな」

「申し訳ないと思ってます。反省はしてません」

「なんで私まで……」

 

 頭が痛そうな顔で説教する織斑先生。おかしいな、反省するようなことなどした覚えがない……。

 

「個人間のいざこざに関しては口出しする気はない。が、やり返すにしても時と場合を考えろ。いきなり拷問ショーを見せられた者の気持ちにもなれ」

「あれぐらいかわいいもんじゃないですか、ねえ篠ノ之さん」

「私に振るのやめろ」

「拳骨落とすぞ」

 

 それだけはやめてくれ本気で痛いから。

 

「はいはいすみませんでした。お望みならアリーナの中心で土下座します」

「そこまでやれとは言っとらん。もう少し考えて行動しろと言うことだ」

「へーい」

 

 バシンッ!

 

「わかったな?」

「反省します」

 

 痛過ぎる。校内暴力反対。

 しかしあの場でやるには少々過激だったことは事実だ。どうせもう《Egg Sack(アレ)》を使うことはないだろうし、次の試合からは大人しくしていよう。

 

「話は終わりだ。次が来るから出て行け」

「はっはい!」

「はーい」

 

 ま、次はそんな小細工が通じる相手じゃないけどな。一夏とデュノアだし。

 

「てことで観戦しようぜ」

「わかった。後でさっきの解説も頼む」

「さすがだぞ! 次の 相手を しっかり 警戒 しているんだな!」

「殴っていいか?」

 

 ……開始前に比べたらだいぶ砕けて話すことができてるんじゃないだろうか。進歩だな!

 

 

 

 

「う~自販機自販機!」

 

 今自販機を求めて全力疾走している俺はIS学園に通うごく一般的な男の子。強いて違うところをあげるとすれば究極の人類を創る計画の失敗作だったり心臓付近に謎の機械があるってとこかナ……名前は九十九透(つづらとおる)。そんなわけで廊下までやって来たのだ。何でかって? 妹様にじゃんけんで負けたからだよ。どう見ても最初にグー出すタイプだと思うじゃん。

 ふと見るとベンチに一人の若い女が座っていた。

 

「うわっ、ボーデヴィッヒじゃん」

「…………」

「お、無視」

 

 なんでこんな所に座ってんだこいつ。顔を見れば焦点の合わない目で何もない空間を見つめている。一夏に負けて放心状態にでもなったのだろうか。

 

「……ああ、九十九透か……私を笑いに来たのか……?」

「いや、飲み物買いに来ただけ」

「…………」

 

 わかったら通りづらい雰囲気出すのやめてもらえないかな。早く戻りたいんだ。

 

「……何故だ」

「あん?」

「何故私は負けた? 実力が劣っていたとは思えない。なのに、なのに私は負けた。何故だ。教えてくれ、九十九透」

「はあー?」

 

 相当参っているみたいだな。どうして負けたかはまだわかってないみたいだが。

 ……それにしても「教えてくれ」か。しおらしくなっちゃって……つまらん。

 

「だからお前はダメなんだ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「何をっ」

「黙って聞けよ、負け犬」

「っ! ……」

 

 よし黙った。正直シカトしたっていいが、今は気分がいい。どうせ後で妹様に解説するんだ。今話してもいいだろう。

 

「自分を過大評価し、相手は過少評価。このトーナメントがペアでの戦いということを忘れ、一人で全部倒そうとする。これじゃあ勝てるはずもない」

「ペアがどうした? 抽選で組まれた味方など、戦力には──」

「確かに弱いだろうさ、だが弱い駒は弱いなりに利用できたはずだ。囮なりサポートなりな」

「ぐっ……」

「だがお前はそうしなかった。ハナから戦力外と決めつけて放置。そんなんだから直ぐに二対一でボコられるんだ」

 

 あの試合、仮にボーデヴィッヒが相方をうまく使っていれば十分に勝機はあった。

 一年生の単独での戦力No. 1は間違いなくボーデヴィッヒだ。デュノアとでも一対一なら勝てた可能性が高い。相方を一夏にぶつけて足止めし、デュノアを処理してから一夏を仕留めればそれで勝てたんだ。

 しかし現実は、一夏にご執心の余りデュノアを放置し。その結果あっけなく敗北となった。

 

「他にも色々突っ込みどころはあるが……取り敢えず一番の問題はそこだよ。ここが駄目な時点でまず勝てない。一夏達は勿論、俺にもな」

「……」

 

 例えば、プラズマ手刀とワイヤーブレードをメインに戦ってたこととか、AICを過剰に信じすぎてることとか。これらはレールカノンをもっと積極的に使うなり、AICの使用はここぞという一瞬に留めておけばもう少しマシだった。とにかくそういう細かい粗が盛り沢山。

 

「なんて酷い戦いだ。軍人とは思えないないぜ。織斑先生も嘆いているんじゃないか? 教え子がこんなに馬鹿だったなんて」

「! ……違う」

「いや、怒ってるかもな。大勢が見てる前でこんな失態を犯されたんだ、恥みたいなもんだよなぁ」

「やめろっ! あの人はっ、教官はっ!」

 

 必死に否定しているが、明らかに狼狽している。このへんにしといてやるか。

 

「解説は終わりだ。よーく頭を冷やすんだな、負け犬」

「……違う、違う、私は……」

 

 その後も小さく何かを呟いていたが、聞こえないフリをした。

 もう関わりたくないしな。

 

 

 

 

「……と、言うことがあったので遅くなりました」

「そ、そうか……」

 

 結局戻ってくるまでに一試合終わってしまった。どうせ大した試合でもないんだろうけど、その内当たる可能性があるわけだし見ておきたかったな、と思いながらお茶を投げ渡す。

 

「言い訳ついでに解説もしちゃったわけだけど、まだわからないこととかある?」

「そうだな……。では、鈴とセシリアが負けたのはどういう理屈だ? いくら連携が取れていなかったとしても、あれ程の差がつくとは思えないんだが」

「あれは初見殺しが原因だよ。もしもう一回戦うことがあれば余裕で勝てるだろうな」

 

 実際に見てわけではないから断定はできないけども。後は挑発に乗せられて頭に血が上ったとかそんなところだろう。どちらにせよ、次はない。

 

「今日は後何試合だっけ?」

「ここでは四試合だな。もう始まるぞ」

 

 解説も済んだし、今日はもう観戦だけ。二回戦進出を決めた特権として、高みの見物と行こう。

 

「お、簪と布仏さんじゃーん」

「簪……知り合いか?」

「友達」

 

 がんばえー。

 

 

 

 

「お」

「あ」

 

 夜。何となく寮の廊下を彷徨いていたところ、共有スペースに人影を見る。

 次の対戦相手、一夏だ。

 

「よう」

「おう」

「……座れよ。ちょっと話そうぜ」

 

 誘われるままに、少し離れてベンチに座る。一夏は自販機でお茶を買い、こちらに差し出す。奢ってくれるらしい。

 

「サンキュ」

「ああ」

 

 キャップを開けて一口。一夏新しく買って飲んでいる。

 一息。無言。誘いに乗ったはいいが、特別話すことがない。えーと……。

 

「デュノアとはどこまで進んだんだ?」

「急に何言ってんだお前」

 

 いかん唐突過ぎた。凄い顔してこちらを見ている。

 今まで誤魔化していた対人経験の少なさがバレる。

 

「今のなし」

「おっおう」

「…………」

「…………」

 

 ……静かになってしまった。普段はくだらない話ができるが、こういうなんとなく真面目な雰囲気は慣れない。

 

「……見たよ、透の試合。()()はちょっとどうかと思ったけど、凄かった」

「そうか? お前はああいうの嫌いだと思ってたから以外だな」

 

 我ながら《Egg Sack(アレ)》は最低だからな。めちゃくちゃ楽しかったけど。

 

「いや、実は俺知ってたんだ。透の対戦相手のこと」

「へぇ」

「先月だったか、いきなり絡んできてさ。俺に色々まくし立てられたんだ」

「それはそれは」

 

 こいつも被害者だったのか。本当に男が嫌いだったんだな。

 

「だからまあ、あの試合は正直スッとした。シャルルはドン引きしてたけど」

「はははは。そういう武器だからな、SAN値判定狙い」

「……明日も使う気か?」

「さぁなぁ。状況によりけりだな」

「やめてくれよ……」

 

 こんな反応されると使いたくなるな。一個は入れとこう。

 

「お前の試合もよかったぞ。いい連携だったな」

「練習したからな。勝ててよかった」

「篠ノ之さんともあれぐらい連携できるといいんだけどなー。少し武士道重視しすぎてるとこあるよな」

「確かに……ってそうだ。なんで箒と組んでるんだ? 仲よかったっけ?」

「今更かよ」

 

 確かに言ってなかったけどさぁ。幼馴染なんだからもっと話しておけばよかったのに。

 いや、避けられてるんだったっけ。

 

「俺から頼んだんだよ、締め切りぎりぎりにな」

「本当か? 脅したりしてないか?

「ねえよ」

 

 こいつ俺を何だと思っていやこの間脅したばっかりだったごめん。

 

「相方の話はともかく……明日はよろしくな」

「ああ……よろしく」

「手抜くなよ」

「そっちこそ」

 

 それだけ交わしてベンチから立つ。なかなか楽しい話ができた。

 ……明日の試合、お互い不完全燃焼だった代表決定戦のリベンジがかかっている。負けられない。負けたくない。

 最初は適当に流すつもりだったが、今では俄然やる気が出ている。目指せ優勝俺が最強だ。

 

「……寝るか」

 

 

 

 

 翌日。再びBピットにて。

 

「さて、一応作戦の確認でもしておこうか」

「ああ、私が一夏、九十九がデュノアの相手をする。片方を倒したらもう片方に集中。でいいんだな?」

「そうそう」

 

 分断しての一対一。個人の戦力差と連携のレベルを考えての作戦だ。二対二では間違いなく歯が立たない。かと言って一方を放置しては後ろから撃たれるのがオチだ。妹様の性格を考えてもこれが一番適している。

 

「しかし、これではボーデヴィッヒと同じではないか?」

「あっちは連携放棄、こっちは作戦。ちょっと違うのさ」

「そうか……?」

 

 納得していない様子。まあ予想内だ。勿論ちゃんとした理由もあるけどな。

 

「まず向こうのコンビネーションは中々練られてる。俺達もいくらか練習したと言っても所詮は付け焼き刃。下手に挑めば速攻で崩される」

「むぅ……」

「その点、一対一かつ相性を考えてぶつかればそれなりに戦える。篠ノ之さんも一夏の動きはある程度知ってるだろ?」

「ああ。だが一夏には零落白夜が……」

「そこは問題ない。篠ノ之さんには使われないから」

 

 零落白夜は脅威だ。まともに当たれば一撃必殺。掠っただけでも大ダメージは免れない。近接タイプの妹様なら警戒するのも当然だろう。

 

「あれは確かに強いけどリスクがでかすぎ。下手に使えば相打ちどころか自滅する。たぶん負けるギリギリか、片方墜とすまでは取っておくと思うよ」

「ならお前はどうする気だ? デュノア相手では不利なのではないか?」

「おっ、篠ノ之さん冴えてんじゃん」

 

 この指摘は大正解だ。俺とデュノアに対して相性が悪い。火力も耐久も完全に負けてるからな。おそらく勝率は半分、いや三割もないだろう。

 

「でも篠ノ之さんじゃもっと不利になる。得意の近接は完全に封じられるからなー」

「この組み合わせが一番マシだと?」

「経験の差まで考えたらね。それに俺だって無策で突っ込む気はないし、いざとなれば()()()()()がある」

「あれ本当に使うのか……?」

 

 当然俺だって、時間稼ぎなり倒す方法なり戦う算段はついている。

 

「九十九くーん! 篠ノ之さーん! 準備お願いしまーす!」

「はーい!」

 

 山田先生の声だ。今日の担当はこっちらしい。

 

「さぁー出撃だ。大丈夫高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応すればいけるって

「要するに、行き当たりばったりということではないか?」

 

 へーきへーきなんとかなるって!

 ならなきゃ負けるだけだよ。

 

 ぼきっ。

 

 

 

 

 アリーナへ入れば、昨日よりも遙かに多い観客。誰しもが今か今かと試合開始を待ちわびている。

 数少ない男子三人と、あの天災の妹が戦うとなればそれも当然か。

 

「よお、調子はどうだ? 便所行ったか?」

「絶好調。そっちこそ漏らすなよ」

「あはは……。よろしくね篠ノ之さん?」

「……ああ」

 

『両ペアは位置についてください。試合開始まで、5、4──』

 

「作戦通りに、ね」

「わかっている!」

 

「頼むぜ、シャルル!」

「任せて!」

 

『──1──試合開始』

 

 開始のブザーと同時に一夏が瞬時加速。狙いは俺、しかし問題はない。なぜなら──

 

「篠ノ之さん!」

「はあっ!」

「箒!?」

 

 突撃する一夏を正面から受け止める妹様。このまま抑えといてくれるとありがたい。

 

「一夏っ!」

「行かせねえ、よっ!」

 

 カバーに入ろうとするデュノアへ銃撃。合流なんてさせない。させれば終わりだ。

 

「お前の相手は俺だ」

「……仕方ない!」

 

 互いにブレードを展開。正面からぶつかり合う。

 一先ず分断は成功。後はどちらかを倒すまでもう片方は耐え凌げばいい。

 

「やっぱり篠ノ之さんから狙いに言ったなぁ! 予想通りだぜ!」

「くっ! バレちゃってたか!」

 

 《Centipede(センチピード)》に持ち換え、相手のブレードが届かない位置から連撃。全ては通らないが、最初の数撃は当たった。この調子だ。

 

「負けないよっ!」

「うおっ!?」

 

 デュノアがアサルトライフルを展開。両手で構えた銃口が火を噴く。

 

「ちいいっ!」

「まだまだっ!」

 

 二丁のショットガンを展開。連射しつつ距離を詰められる。おそらく再びブレードを展開する用意もしてあるだろう。やばいな、このままじゃペースを握られる。

 これが『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』か。確かに厄介だ。

 

「け・れ・どっ……突破口はあるっ!」

「うわっ!?」

 

 《Grasshopper(グラスホッパー)》《Ant(アント)》を展開、装着しながら突撃。このまま至近距離(インファイト)に持ち込んでやる。

 

「それは昨日──」

「ああ見せた。だから今日も使うとは思わなかったよなぁ!」

 

 一瞬の隙を突いて一撃。慌てて装備を切り替えるまでにもう一撃。そして離脱する。

 

「っく。吃驚した。君って意外と大胆なんだね」

「まあな。縮こまってちゃー勝てない」

 

 いったん距離を取り、互いに呼吸を整える。

 軽く一夏と妹様の方を見れば、なかなかいい勝負している様だ。さすが、選んで正解だったな。

 だがこのままじゃジリ貧だ。長引けば長引くほど俺は不利になるし、いつ一夏が零落白夜を使うかもわからない。とっておきを使うなら──

 

「今だよ篠ノ之さん!」

「……了解! 一夏、悪く思うなよ!」

「はっ? ……うおおおおお!?」

 

 指示を受けた妹様が引き、俺が構えたのは白い球体。一夏と向かって投げられたそれは昨日の試合を見た者なら誰でもわかる。

 卵塊(Egg Sack)だ。

 

「透てめええええ!?」

「一夏ぁー!?」

「あっははははは! 隙ありぃ!」

 

 たちまち球体からあふれ出した虫まみれになる一夏。事前に情報があったところで、実際に食らえばそんなものは全て吹き飛ぶ。それが不快感全振り武器の強みだ。

 そうして生まれた特大の隙に妹様が切り込み、向こうに気を取られたデュノアに俺が一撃を加える。

 否、加えようとした瞬間。

 

 ッドォン!

 

「うおっ!?」

「今度はなんだぁっ!?」

「なっ!?」

「わあっ!?」

 

 背後に起きた爆発。誰かの武器が暴発した? いや違うらそんなはずはない。

 爆発の起きた地点、たった今外から突き破られたばかりの遮断シールドを見る。

 そこには、

 

「アア゛ア゛アアア゛ーッ!!!」

「何だよ、あれ……」

 

 身が裂けるような絶叫をあげるボーデヴィッヒと、その身を包む黒い粘土細工のような何かがあった。

 

 

 

第19話「負け犬・二回戦」

 

 

 




嘘ですもう一話あります


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第20話「一閃・✕」

年内最後の初投稿くれてやるよオラ!(弐撃決殺)


 

 ──戦うためだけに作られた存在が、戦いですら役に立たなければどうなる?

 

(負けた。負けた。負けた。無様に、惨めに、教官の見ている前で)

 

 『事故』でトップの座から転落し、出来損ないの烙印を押された私を救ってくれた光。

 教官がいればどんな訓練も、部隊員の疎みも苦にならなかった、ただ側にいられるだけで、その強さと凜々しさを感じられるだけで強くなれる気がした。

 

(私もこうなりたい。この人のように、強く)

 

 だが一つ。大きな不満があった。

 

「私には、弟がいる」

 

 時折見せる優しい笑みと、気恥ずかしそうな表情。それを浮かべるとき、教官は決まって弟の話をしていた。

 その笑顔を見るのが何よりも嫌だった。

 教官は私の憧れ、私の理想、私の全てだ。それを汚す存在を、私は絶対に認めない。

 

(だから、敗北させると決めていたのに)

 

 結果は私の敗北。完膚なきまでに叩き伏せられたのは私だった。

 

『織斑先生も嘆いているんじゃないか? 教え子がこんなに馬鹿だったなんて』

 

「──違うっ……」

 

『大勢が見てる前でこんな失態を犯されたんだ、恥みたいなもんだよなぁ』

 

「私は──あ」

 

 当てもなく、ふらふらと彷徨い歩いて辿り着いたのは整備室。昨日の戦いで大きなダメージを負った【シュヴァルツェア・レーゲン】が収められた場所。

 

 そこからは無意識だった。()()()()()()()()()()()()()()扉を開け、修理中のレーゲンの前に立つ。

 私の奥底で何かが蠢く。目の前のそれが語りかけてきた。

 

『──願うか。汝、自らの変革を、より強い力を欲するか……?』

 

 力が手に入る。なら答えは言うまでもなく。

 次の瞬間、この身は変形した装甲に包まれていた。

 

Damege Level ……D.

Mind Condition ……Uplift.

Certification ……Clear.

 

《Valkyrie Trace System》……boot.

 

 

 

 

「……で、何だよありゃあ」

「俺が知りてえよ……」

 

 爆発から数秒後、ピットから降り立ったそれは、のっぺらぼうの頭で静かの様子を窺っている。

 先ほど一瞬中身を見ていなければ、それがボーデヴィッヒだとは思わないだろう。

 

「まともな様子じゃないね。乱入してきてまともも何もないけど」

「そうだな……どうする? こうなっては応援を待つか?」

「そうしたいけど……でもなー」

 

 これは完全に非常事態。それを告げるアナウンスも流れているし、観客席の保護シャッターも降りている。直に教師部隊が送られるだろう。

 ──が、あちらはいつの間にか生成したブレードを構え、臨戦態勢を取っている。

 

「完全にやる気っぽいぜ。奴さん」

「あれは……」

 

 刹那。一夏の元に飛び込んだそれが剣を振るう。どこかで見た、しかしそれよりも遙かに洗練された一撃がかろうじて構えられた雪片弐型を弾き飛ばす。

 これは……織斑先生の動きか? 記録でしか見たことはないが酷似している。

 

「ぐうっ!」

 

 大きく体勢を崩す一夏。敵はすぐさま上段の構えに移る。このままじゃ真っ二つだ。

 

「一夏!」

「箒!? ……うわあっ!」

 

 またギリギリで箒がカバー。しかし完全には防げず、二人まとめて強烈な一撃をもらう。

 シールドエネルギーが底をついたか。白式が粒子となって消える。

 

「デュノア!」

「うんっ!」

 

 これで一夏は戦闘不能。妹様もまともに戦えない。なら俺達が時間を稼ぐしかない。

 

「理由はわからんが死ねっ!」

「物騒すぎない!?」

 

 どうしてこんな所に来ているのかは知らん。あの様子じゃきっと自我もないんだろう。

 だがそんなことは知ったこっちゃない。あいつは間違いなくこちらを殺しに来ている。ならばこちらも相応の力で対抗しなければ殺される。

 《Centipede》を振るう。しかしそれは容易くいなされ。再び構え直される。デュノアの銃撃も同じ。ほとんど効果がない。

 

「待ってくれ!」

「今度は何だ!?」

 

 もう一撃入れようとした瞬間、背後から一夏の声。何故呼び止める?

 

「そいつは、俺がやる」

「馬鹿言うな、お前はもうエネルギー切れだろうが」

「見ろ、あいつは俺を狙ってる。だから、俺がやらなきゃいけない」

「はぁ? ……あー、なるほど」

 

 言われてみれば確かにその通り。奴は一夏に攻撃した後はこちらに向かってくることはしていない、俺達が攻撃してもいなすだけだった。

 こちらが動きを止めた今も、飛びかかって来ることはない。静かに剣を構え、一夏を見ている。目ないけど。

 まるで『今度はお前から来い』と言わんばかりだ。口もないけど。

 

「確かにお前を狙ってるな」

「だろ?」

「だがお前が生身なのは変わらんぞ、第一ISも無しにどうする気だ?」

 

 そうだそうだ言ってやれ妹様。待っていれば教師部隊が来るんだ。後は任せればいい。

 

「っそれは──」

「無いなら持ってくればいいんだよ。ね?」

「シャルル……!」

 

 ふわりと側に降り立つデュノア。『持ってくる』? エネルギーを? 今補給する方法なんて──

 

「普通は無理なんだけどね。僕のリヴァイヴなら、コア・バイパスでエネルギーを移せる」

「……そーいうことね」

 

 なるほどな。そんな手があったか。確かにそうすれば満タンとまではいかずとも、一撃入れるぐらいにはなるだろう。

 だが……。

 

「待て待て! さっきはまともに反応もできなかったことを忘れたか? 今度は死ぬかもしれないんだぞ!?」

 

 だよな。チャンスがあってもそれを者にできるかは別。こんな危なすぎる賭けには賛同しかねる。

 

「負けないさ。ここで負けたら男じゃない。信じてくれ、箒」

「!」

 

 さっきまでの焦りの混じった表情が嘘のよう。真剣に、冷静な瞳で妹様を見つめる一夏。結果。

 

「わ、わかった……」

 

 妹様がデレた。もう少し食い下がってくれ。

 

「だがっ! 負けたら承知しないぞ! 女子の制服を着せてやる!」

「はぁ!?」

「いいね、僕も手伝うよ」

「おいおい……」

 

 酷い罰ゲームが課せられたが、張り詰めた雰囲気がほぐれている。あれ、反対してるの俺だけになった。

 

「わかったよ。危なくなったら助けてやる。昨日のお茶の分だ」

「じゃあ決まりだね。一夏、白式を出して」

「ああ。頼む」

 

 エネルギーの譲渡を開始する二人。作業は順調らしい。

 

「できた。一極限定なら、これで展開できるはずだよ」

「それで充分だ」

 

 右腕装甲と、雪片弐型のみを具現化。ゆっくりとボーデヴィッヒに歩み寄りながら、居合いの構えを取る。

 

「一夏っ!」

「ん?」

「死ぬなっ! 絶対、絶対に勝ってこい!」

「……行ってくる!」

 

 ……この応援に意味があるかは知らないが、一夏の集中力が格段に上がっている。これが青春パワーか。

 

「零落白夜」

 

 エネルギー刃を展開。必殺の威力を持つ刃は、普段の大きさから少しずつ小さく、鋭く変形し、日本刀に似た形へ集約される。

 

「……!」

 

 黒い刃が振り下ろされる。おそらくは、織斑先生と同じ技。常人なら何もできずに切り裂かれるだろう。

 だがしかし。

 

「猿真似だ」

「!?」

 

 横一閃。腰から抜き取られた白い刃がそれを弾く。

 そしてすぐさま上段に構え、縦に真っ直ぐ的を断ち切る。

 

「一閃二断、かーっこいい」

「じゃあな。偽物野郎」

「ぎ、ギィ……がッ……」

 

 紫電が走り、ぱっくりと敵が割れる。中からは無傷のボーデヴィッヒ。気を失う一瞬、赤い右目と眼帯が外れた露わになった金色の左目が見開かれる。

 

「……まぁ、このくらいにしといてやるよ」

 

 一夏はそのまま崩れ落ちるボーデヴィッヒを抱きかかえ、ひとりそう呟いた。

 

「女装は無しか」

「おい」

 

 ちょっと見たかったんだよ。

 

 

 

 

「『トーナメントは事故により中止。但し今後のデータ指標とするため全ての二回戦は行うものとする』……だとさ、俺達はもう終わった扱いらしい」

「ふーん。あ、七味取って」

「はいよ」

「ありがと」

「聞けよ」

 

 事情聴取から解放され、終了時刻ギリギリの食堂。シャッターの内側で何があったのか聞きに来た女子達を宥めてから俺達は食事中。

 重大な告知があると言われてテレビを見ると先ほどの内容。結局アレは事故で通すらしい。

 ……どう見ても何者のかの仕込みがあった気もするが。それは裏で処理がなされるのだろう。

 

「ごちそうさま。やっぱりここの料理はうまいなぁ」

「そうかそうか。で、あっちはどうする? おやつもらえなかった犬みたいな顔してるけど」

「犬……?」

 

 さっきまでこちらの話が聞けるのを今か今かと心待ちにしていた女子が、今では名探偵〇カチュウの様にしおしおの顔になっている。生きるのに疲れてそうだ。

 ……理由は大体察しがつくが。

 

「優勝……交際……」

「ペロペロ……クンカクンカ……」

「ご奉仕……」

「……うわああああああんっ!」

 

 バタバタと数十人の女子が走り去る。怒られるぞ。

 

「どうしたんだ?」

「さあ……?」

「ほっとけ」

 

 どうせ勝手に流れた噂だ。もう考えたって意味はない。無効になってるし。

 それよりも、残った一人を気にするべきだ。

 

「…………」

「あ、箒」

 

 FXで在り金全部溶かした様な顔になっているが、おそらくこちらも一夏に用があったのだろう。

 きっと優勝賞品(そんなものはない)の話か。

 

「じゃ、俺はこれで……」

「あっおう」

 

 これから起きることを察し、そそくさとこの場を離れる。別に気を利かせたわけじゃない、どうせろくなことにならないに決まっている。

 織斑一夏は朴念仁だ。

 

「──、────」

「──────」

「────。……!!」

「ぐはぁっ!!」

 

 ……ほらな。

 

「あ、九十九君。さっきはお疲れ様でした」

「山田先生もお疲れ様です。それで、何か用でも?」

「はいっ朗報です! なんと今日から男子の大浴場が解禁されます!」

「おおー。あれ? 来月からじゃありませんでしたっけ?」

「それがですねー。今日はもともとボイラー点検で使えない日だったんですけど、予想より早く終わりまして。なら男子に使って貰おうという計らいになったんです!」

 

 へー。一夏が聞いたら喜びそうだな。あいつ湯船に浸かりたいって毎日の如く言ってたし。

 俺? 別にどうでもいい。ぶっちゃけシャワー派だし今日は……ん? 男子に使わせる? てことはデュノアも入るのか?

 まずくね?

 

「……じゃあ二人には俺から伝えときますよ。鍵も預かります。あがってたら返しますね」

「いいんですか? じゃあ、お願いします! 肩まで浸かって百数えるんですよ?」

「はーい」

 

 すたすたと歩いていく山田先生を見送り、渡された鍵をくるくる回す。こっちはカードキーじゃないのか。

 

「……さーて、どうすっかなー」

 

 

 

 

「……で、鍵だけ二人に渡して戻ってきちゃったの?」

「そりゃそうでしょう、女子と風呂入れるわけないでしょう」

「でも一夏くんは生け贄にしたんでしょ?」

「はい」

 

 どうせあいつなら間違いは起こらないだろう。今頃全裸で背中合わせしながら会話とかしているよきっと。

 

「そうだ。そろそろ今月も終わりますけど、デュノアの男装の件はどうなったんです? 強制送還? それとも残留?」

「んー。それについては、明日のお楽しみってことで」

「……大体わかりました」

 

 この様子だと残留かな。てことはまた部屋替えするのか壊れるなあ。

 

「山田先生には頑張って欲しいわね……」

「……今度労ってあげよう」

 

 鬱病で休職だけは避けなければ。

 

「…………」

「…………」

 

 話題が途切れてしまった。正直俺に話すことはないのでもうシャワー浴びて寝てもいいんだが……。

 

「……、………」

 

 先輩はまだ何かある様だ。わかりやすくモジモジしながらこちらを見ている。

 仕方ない。こっちから聞こう。

 

「「あのっ」」

「「あ」」

「「そっちからで」」

「「……じゃあこっちからで」」

「「…………」」

 

 完全に被った。再び沈黙が部屋に満ちる。いつもなら雰囲気にはならないというのに。

 

「……話さないならもう寝ていいですか?」

「待って! 言う! 言うから!」

 

 慌てるぐらいならさっさと話してくれ。大したことはしてないけど疲れてるんだ。

 これでふざけたことだったら怒るぞ。

 

「……ありがとう。簪ちゃんのこととか、本当に。感謝してます」

 

 ……こういう時は素直だな。

 

「どういたしまして、じゃあ俺はシャワー浴びます」

「あっ……もしかして、照れてる?」

「ちーがーいーま-すー。疲れちゃっただけですー」

 

 本当に切り替えが早い人だ。素直に返したのは間違いだったかもしれない。

 

「やーだ透君かわいいー! お姉さんが背中流してあげよっか?」

「やってみろ織斑先生召喚するぞ」

「すいませんでしたっ!!」

 

 

 

 翌日。朝のホームルームが始まるも、クラスには一人足りない。デュノアとボーデヴィッヒだ。後者は負傷とかだろうが、前者は……何だろう。

 まさか強制送還? いやそれはないか。きっとこれから答え合わせなのだろう。

 

「今日は……転校生を紹介します……。でも紹介は済んでて……えーと……もう入ってきてください……」

 

 昨日はそこそこテンションが高かった山田先生がフラフラしている。

 クラスメイトも先生の苦労を察してか、茶化すような言動はなくなったが騒がしくなる。

 

「失礼します」

 

 この声は──ああ、そうなったか。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん改めてよろしくお願いします」

「デュノア君はデュノアさんでした! 終わり! 閉廷! 以上! これから寮の部屋割りを組立て直します!」

 

 山田先生は頑張ってくれ。いや本当に。

 

「え? は? 女?」

「美少女じゃなくて美少年だったのね!」

「逆だ逆」

「もう八割描き上げちゃったんだけどどうしてくれんのよ(逆ギレ)」

「そのまま出せ(懇願)」

 

 言いたい放題だな。しばらくこの喧騒は収まらなそうだ。

 授業の準備をしつつ、この後起きるであろう更なる騒ぎの為に耳栓を装着する。と同時に教室の扉が吹き飛ばされる。

 

「死ね!!!」

 

 耳栓を貫通する殺意を放つのは二組の凰。専用機はもう直ったのか、今にも衝撃砲を発射しようとしているけどおいまてこんな狭いとこで撃ったら俺も巻き込まれるだろやめ──

 

「……はっ、生きてる!」

 

 へっ雑魚が効かねぇんだよ! しかし何故無事なのか……と、前を見てみれば、いつの間にか凰と一夏の間に割って入っていたボーデヴィッヒ。

 その小さい体には専用機【シュヴァルツェア・レーゲン】。AICで衝撃砲を止めたか。昨日の件で大破したと思ったが、予備パーツで組み直したか。

 あ、キスした。ん、キス?

 

「!?!?!!!?」

「お前……嫁……ん!」

 

 耳栓してるから全然聞こえない。が、大体わかった。一夏が嫁入りするんだな!

 さて、予想を遙かに超える衝撃的な告白? を見たところで、衝撃砲どころでは済まない惨劇を予想し目を閉じる。

 

「もっといい耳栓、探すか……」

 

 三秒後、教室が揺れた。織斑先生はキレた。

 

 

 

 

「だから違うってばー。完璧で十全なこの私が……VTシステムだっけ? そんな不細工な物作らないよ」

 

「そーそー。あと、それ作ったとこはさっき潰しといたから。あれくらい朝飯前……って、私まだ朝食食べてないや」

 

「はーいちーちゃん。()()()()()()()()

 

「ダメって言われても行きまーす。ばいばーい」

 

「うふふ。あはは。あっはははははははっうえげほっ」

 

 ありとあらゆる機械部品で埋め尽くされた部屋。その中心で一人笑いちょっとむせる。

 確かにVTシステムなんて模倣しかできない物は作っていない。作ってはいない、が。利用はさせてもらった。

 ……思っていたのとは少し違った流れになったが、それもまた面白い。この天()の頭脳でも、人の心はわからないことがわかった。

 

「さぁーて、そろそろかな」

 

 キンキンキンキンキンキンキンキン! キンキンキンキンキ──

 

「きたきたぁ!」

 

 ピッタリ予想通りにかかってきた電話。酷すぎる着信音に設定していたことを忘れて一瞬びっくりしたが刹那で忘れる。

 この着信音が鳴るのは初めてのこと。しかし相手はわかっている。

 

「やあやあ箒ちゃん! ビックバンの前から待ってたよ!」

 

「……うんうん。皆まで言うな皆まで。勿論用意してあるよ。オンリーワンにて代用なきもの(オルタナティブ・ゼロ)最高性能(ハイエンド)にして規格外仕様(オーバースペック)。箒ちゃんのためだけの専用機。白と並び立つもの。その名は──」

 

 

 

 

「──【紅椿(あかつばき)】」

 

 

 

第20話「一閃・兎」

 

 

 




次回は来月半ばか、それ以降になると思います。
企画用の短編書いてるせいでこちらはまだ一文字も書いてないもので……


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第21話「臨海学校一日目・海」

メリークリスマスなので初投稿です。
嘘ですハッピーバレンタイン。


 

「うおぁぁぁぁ海だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 うるせぇ! 定期的に耳を破壊されている。トンネル抜けた途端にこれだよ。

 たかが海が見えたぐらいではしゃぎすぎだ。ちょっとは俺を見習って落ち着いて欲しいものだ。

 

「なぁ一夏?」

「バス内で浮き輪膨らましてるお前に言われたくはないな」

 

 そうだな。

 

 俺たちIS学園一年生は本日より二泊三日の臨海学校に来ている。目的は野外でのIS訓練とか専用機持ちはパッケージのテストなどだが、初日は完全に自由時間。外に広がる海で遊び放題だ。

 そりゃあ浮かれもする。意味もなく浮き輪を膨らまして織斑先生に殴られたりもするさ。

 

「さっさとしまえ馬鹿が」

「はい」

「なんでバナナ型なんて持ってきてるんだ……?」

 

 だって束様が海にはでっかい浮き輪持って行くものだって言ってたから、店で売ってた一番でかいやつを……。

 あ、騙されたなこれ。

 

「どうすんだよこれ」

「布仏さん、あげる」

「やったぁー!」

 

 はい解決。五千円は無駄にならずに済んだ。

 

「そろそろ目的地だ。全員大人しくしろ」

 

 織斑先生の一言により、一瞬で車内が静まる。さすが教官あっ睨まないで。

 

 そして数分後、目的地の旅館へ到着。四台のバスから出てきた俺たち一年生が整列する。

 

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、挨拶」

「「「よろしくおねがいしまーす」」」

「しまーす」

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気ですねぇ」

 

 この花月荘には毎年お世話になっているらしい。対応も手慣れている。

 大人の雰囲気を漂わせた女将は接客業らしい笑顔でこちらを見ている。

 

「今年は男子が入ったせいで浴場分けが難しくなって申し訳ありません。ほら、挨拶しろ馬鹿ども」

「馬鹿一号、九十九透です」

「え!? あ、馬鹿二号、織斑一夏です」

 

 ババシンッ!

 

「「よろしくお願いします!」」

「あらあら、ずいぶん厳しいんですねぇ」

「何時も手を焼かされています」

 

 うん事実だな。今もこの有様だし。ちょっと浮かれすぎてるな。

 

「それじゃあ皆さんお部屋へどうぞ、海へ行かれる方は別館の更衣室をご利用ください場所がわからなければ従業員に聞いてくださいまし」

 

 一同が返事をして移動を開始とりあえず荷物を置いてそれから海か。自由時間はたっぷりあることだし、部屋でのんびりする人もいるだろう。

 ところで、俺たちの部屋はどこだ?

 

「ね、ね、おりむー、つづらん。二人の部屋ってどこー? 遊びに行きたーい」

「ああ、のほほんさん。それが俺たちもわからないんだよ」

「……予想はついてるんだけどな」

「お前達はこっちだ。早くしろ」

 

 やっぱり。

 

 

 

 

「それじゃあ三日間よろしくお願いしますね!」

「はーい」

 

 結局俺は山田先生と同室。男子二人で固める話も出ていたらしいが、就寝時間を無視して女子が押しかけかねないということでそれぞれ教員と同室になった。

 一夏は織斑先生と同室だ、姉弟仲良くしてて欲しい。

 

「私たちはこれからお仕事なのでこの辺で、自由時間が終わるまでは遊んでていいですよ」

「了解です。じゃ、海にでも行きますかねー」

 

 事前に荷物は纏めてある。水着とタオルと替えの下着。束様に言われて買い込んだがたぶん騙されている浮き輪とオイル。特大のものがなくなった分空いたリュックを背負い部屋を飛び出す。

 さあ海だ!

 

 ……その前に更衣室だ。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「何してんの?」

 

 更衣室へ向かう途中の道。一夏と妹様が硬直して一点を見つめている。こんな道ばたに何かあるわけでもあるまいに、それとも虫でもいたか?

 

「いや、あれ」

「あれ……ああ」

 

 指さす先には兎の耳のような何か。本物は違い機械的な、何というかアニメや漫画に出てきそうなそれには『引っ張れ』と高圧的な張り紙までしてある。

 

「これは……」

「放っておけ。または燃やしておけ」

「えっそれは……」

「ろくなことにならんから放置に賛成」

「お前まで……」

 

 妹様も察しがついているようだ。こんな物を仕掛けているのは間違いなく。俺の保護者兼IS開発者の篠ノ之束様だろう。

 なぜこんな所にこんな仕掛けをしているのかは知らないが、どの道面倒ごとなのは間違いない。

 

「えーと……抜くぞ?」

「ご自由に」

 

 どうせ耳を抜いたが最後、上か下かは知らないが人参型のポッドで派手に登場することだろう。以前某国に撃墜されかけてからはそうしている。

 

「よいしょっ……と」

 

 すぽん。とあっさり耳が抜け、貼り付けられていた紙がひらひらと舞う。ふむ、今回は上か。

 

 キィィィィィン……。

 

 何かが高速で飛んでくる音。着弾の衝撃に巻き込まれないように後ずさる。

 

 ドカーーーーン!!!

 

「どわああああ!?」

「あっはっはっはっ!! 引っかかったねぇいっくん!」

 

 ぱかっと二つに割れた人参の()から高笑いを上げて登場する束様。ポッドの意味は?

 

「お、お久しぶりですね、束さん」

「お久しぶりでーす」

「やあやあ久しぶりだねいっくんとーくん元気してたかい!? ところで箒ちゃんはどこかな? さっきまで一緒だったけど……トイレ?」

「あの耳見たらどっか行きましたよ」

 

 それもものすごく嫌そうに。と蹴るのを我慢して妹様が去って行った方向を指さす。妹様に知られたら文句言われそうだがどうせすぐ見つかるのだから許して欲しい。

 

「おっけい! この箒ちゃん探知機V2ですぐに見つけちゃうぜい! じゃあ二人とも()()()()ねー!!」

 

 言うだけ行って返事すらせずに去って行く。何時見ても嵐のような人だ。いつの間にか開発している箒ちゃん探知機V2──前にも作ったことがあるのだろうか──は気になるところだが、()()()()と言うのならばまた来るのだろう。

 

「じゃあ行くか」

「お、おう……」

 

 一夏はまだ束様のテンションに慣れていないのかまだ戸惑っているような……いや、これは何かを聞きたそうな顔か。

 

「どうした? 何か気になることでも?」

「ああいや、何というか……束さんと仲がいいんだな」

「あー……そのことね」

 

 確かに一夏の目にはそう映ったのだろう。あの人の性格はかなり面倒くさい。気に入った人間以外にはまともに対応しないし、酷いときには罵声が飛ばす。正直性格だけ見れば社会不適合者だ。

 だが、ごく一部の例外。気に入った相手にだけは先ほどの通り親しげに、かなりうざったく接する。あだ名付きで。

 

「大した仲じゃないよ。俺はただのパシリみたいなもんだ。あのあだ名も、お気に入りのぬいぐるみに名前付けるような感覚だろうよ」

「そうか?」

「そうさ。お前らのことはどう思っているかは知らないけど」

「うーん……」

 

 考えるだけ無駄だ。あの人の真意なんて、今の俺たちにはわからない。

 

「それより海だ! さっさと着替えて準備運動してイルカボート持って行くぞ!!」

「いや、イルカボートは置いてけよ」

 

 えっ。

 

 

 

 

「うおぁぁぁぁ海だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 うるせぇ!でも今は許せる。だってここは砂浜。青い海はもう目の前! 俺にとっては初めての、夢だった海! テンションだって爆上がりだ!

 準備運動もしっかり済ませ、一夏を置いてダッシュで波打ち際へ。

 

「Foooooooooo!!!!!!」

「つづらんうるさっ」

「キャラ崩壊、してる……」

「あ……オッス簪、布仏さん」

 

 ガッツリはしゃいでいる姿に突っ込みを入れる二人。少し恥ずかしくなるがきっと海に飛び込めば洗い流してくれるだろう。

 

「布仏さんはともかく、簪も来てたんだな。てっきり部屋に籠もってるかと」

「うん……そのつもり、だったんだけど……」

「そんなの許しませーん! たてなっちゃんにも言われてるでしょー、『楽しんで来なさい』って」

「ははは、ならそうするべきだな。無視したら泣かれるぞ」

 

 それはそれでちょっと見てみたい気もするが。

 

「わかってる。だからこうして出てきたの」

「でも水着はちゃんと持ってきてるんだから、かんちゃんってば素直じゃないなー」

「もうっ……」

「ほーう」

 

 上下黒のフリルがあしらわれた水着。簪の白い肌によく映える。普段の大人しい性格を考えると攻めた水着にも感じる。

 布仏さんのは……もはや着ぐるみ。耳としっぽが付いた狐型の水着に全身包まれている。普通の水着と比べて明らかに面積が多く、違和感がするはずなのに彼女が着ると馴染みきっているのは何故だろうか。何時も着ぐるみ型の部屋着を着ているからか?

 

「いいね、よく似合ってんじゃん」

「そ、そう……?」

「褒められちゃったぁ~! いぇいいぇい」

 

 本心のままに賞賛すると、二人とも嬉しそうだ。こういうのは慣れてないから、不快にさせずに済んでよかったな。

 

「じゃあ俺は泳いでくる。よっしゃ飛び込み行きまーす!!」

「そんなに楽しみだったの……?」

「夢の一つだった!!」

 

 腹に大穴開けた時のな。

 

「Foooooooooo!!!!!!」

「うるさい……」

 

 

 

「泳ぐの楽しいなぁ!」

「おい透競争しようぜ!」

「あたしも!」

 

 

「鈴が溺れたぞ!」

「人工呼吸しろ一夏!!」

「……鈴さん? もう起きてますわよね?」

「ぎくっ」

 

 

「なんだこのタオルの塊」

「それラウラ。恥ずかしいんだって」

「この状態の方が恥ずかしくないか……」

 

 

「あれー? セシリア、あのドエロい水着は着ないの?」

「ななな何のことだかさっぱりわかりませんわねええええええ!!!!」

 

 

「ビーチバレーしようぜ!」

「よっしゃやろうぜ!」

 

 

「山田先生ヤッベ♡あの乳は固定資産税がかかりますわ」

「本当は脱税してんじゃないの? 正体見たり! って感じね」

「えぇ!? ちゃんと払ってますよう!」

「山田先生、そこじゃない」

 

 そして、楽しい楽しい自由時間は過ぎていくのだった。

 

「あれ? 箒は?」

「そういえばいないな。もう帰ったか?」

「うーん……」

 

 妹様は、最後まで姿を見せなかった。

 

 

 

 

「いやー遊んだ遊んだ! そして飯が美味い!」

 

 時刻は七時半。俺たちは大宴会場にて、俺たちは夕食を取っていた。

 刺身に小鍋、焼き物、和え物、味噌汁漬け物……豪勢なメニューだ。そしてどれも美味い。因みに刺身はカワハギらしい。向こうで一夏が語っていた。

 

「美味い美味い。これも美味い」

「九十九くんよく食べるねー」

「さすが男の子!」

「運動したから腹が減ってなあ。いくらでも入りそうだ」

 

 普段の飯が不味いわけじゃないが、ここのは格別に美味い。幸せだ。

 ん? 今俺普通に女子と会話できてたな。まあいいか。

 

「早く早く!」

「あーん!」

「あっちは騒がしいなあ……」

 

 一夏の方では女子が並んでひな鳥のように口を開けている。人気者だなぁ。

 

「あ、あーん……」

「やらないぞ」

「えー」

 

 俺にやってどうする。あんまりふざけていると──

 

「食事くらい静かにしろ」

 

 ほら、怒られた。

 

 

 

 バン! ババン! バン!

 

「ふぉ~~あっつー」

「牛乳! 牛乳! あっつー!」

「あ~はやく牛乳飲もうぜ~。おい、冷えてるか~?」

「んぁ、大丈夫。バッチェ冷えてる」

 

 食後の露天風呂を堪能した俺たちは上機嫌で部屋へ戻る。いやあ、いい湯だった。風呂上がりの牛乳もまた美味い。

 

「にしてもなぁ。俺たちの部屋が分けられてるの納得いかないよなぁ」

「しょうがねぇさ。夜中に押しかけられても困るだろ?」

「そうだけどさぁ……」

 

 温泉に入っているときからずっとこいつは部屋割りに文句を言っている。別に男二人で寝泊まりしたって寮生活と大した差はないだろうに。

 あ、デュノアが正式に女子として通い始めてから俺たちは同室になった。引っ越しの時、少しだけ先輩が寂しそうな顔をしていたのが気になるが……どうせ揶揄う相手がいなくなるとかそんな所だろう。

 

「ま、こうして露天風呂も入れたんだし妥協しようぜ。話は帰ったらすればいい」

「うーん、そうするかぁ……」

 

 教師と同室なのはこちらとしても不満があるけどな、プライバシーがない。

 

「じゃ、俺はこっち。お休みー」

「おう、お休みー」

 

 

 

「ただいま戻りましたー……って山田先生、何してるんですか?」

「つ、九十九くん!? いやこれは……えっと……」

 

 部屋へ戻れば山田先生が布団を敷いていた。俺の分まで敷いてくれたのはありがたい……ありがたい、が。

 

「なんで布団くっつけてるんですか」

「あ、あはは……いやー、ぼんやりしてたら、つい……」

「ついて」

 

 ()()でこれは頭ピンク過ぎでは……? いや、この人は普段の授業でも変な妄想していたな。殆どの場合織斑姉弟がトリガーになっているから無警戒だった。

 うん、気をつけよう。布団を離しながら警戒対象に入れておく。1メートル……いや限界まで離しておこう。朝になって密着とか勘弁願いたい。

 

「あっ……すみません」

「いえ」

 

 なんで残念そうなんだ……。

 

「そうそう、今日の海は楽しめましたか?」

「ええまあ。初めてだったもので、柄にもなくはしゃいじゃいました」

「すっごい叫んでましたね……」

「お恥ずかしい」

 

 いやほんと。先輩に見られたらずっと弄られるところだった。

 

「明日は自由時間なしで、最終日にはまた少し時間があるんですよね?」

「はい。といっても大した時間はないので、海で泳ぐのは難しいかもしれませんね」

「そっかぁ……」

 

 もう少し泳ぎたかったが、諦めるしかないか。休日に適当なプールでも行こうかな。先輩でも誘って……ん?

 なんで俺、先輩誘おうとしてるんだ?

 

「んー?」

「? どうしました?」

「いえ……では俺は寝ますね。お休みなさい」

「あっはい! お休みなさーい」

 

 山田先生はまだ少し仕事があるらしく、小さな荷物を持って部屋を出る。見回りか何かだろうか。

 そして俺は暗くなった部屋で一人、布団の中で目を閉じる。ゆっくりと眠りに落ちる思考の中で今日の思い出を整理。

 そういえば、結局今日は束様来なかったな、妹様は夕食には戻ってたし、二人で話していたのだろうか。

 

 ……先輩も海に来れたらよかったのに。

 

 あれ、また俺先輩のこと……。

 

 まあ、いいか……。

 

 

 

第21話「臨海学校一日目・海」

 

 

 




透くんがなぜこんなにはしゃいでいるかはプロローグ参照。
あとあけましておめでとうございます。


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第22話「臨海学校二日目・福音」

今日はセンター試験なので初投稿です。
ぼくは受験生じゃないのでニヤニヤしながらTwitter見てますね。


 

 臨海学校二日目。今日の予定は夜まで各種装備の試験運用とデータの採取だ。特に国家代表候補生達は大量の装備が届いており、休む暇はなさそうだ。

 勿論国家とはなんの関わりもない俺にはそんな物は届いていない。()()()()()()()()()()()を除いては。

 

「何ですかこれ?」

「【Bug-Human】の新装備! その名もっ《No.13 Lethocerus(レトケルス)》!!」

「はあ……」

 

 その箱を持ち自慢げに説明するは昨日も会った天災篠ノ之束様。つい先ほど本日の予定を通達され、いざ作業開始となった瞬間に現れたこの人は周囲の目線を気にすることなく堂々と振る舞っている。この肝の太さはどこで買えるのだろう。

 それにしてもLethocerus(タガメ)だったか。名前から大体機能は察せるな。

 

「なんとなんと! これはただの武装ではなぁい! 【Bug-Human】だけの機能特化専用パッケージ、『オートクチュール』なのだっ!!」

「へえ」

「反応うっす!!」

「いや、このタイミングで渡すんですからわかりますよ。どうせ水中機動用とかでしょ?」

「ぎくっ」

 

 なんでISで水中戦を想定しているのかは知らないが。

 

「ぶー、つまんないの。じゃあ量子変換(インストール)して試してみてよ、私は箒ちゃんのとこいくから!」

「はいはい。データはどうします?」

「今回はいっくんから取るからいいや! 後でレポートにでもしといて! じゃ!」

「了解で……早っ」

 

 返事も待たに飛んで行ってしまった。やっぱり妹様のことになると早いな。

 ……さて、あちらではまた騒ぎが起きているが知ったことではない。新装備のテストといこう。

 

「量子変換……完了。よし」

「なになに~?」

「オートクチュールとか聞こえたけど……?」

 

 簪と布仏さんが寄ってきた。自分の作業はどうした、あの騒ぎで進んでいないのだろうか。

 ……別に見られて困る物じゃないしいいか。

 

「水中機動特化パッケージらしい。俺も起動するのは初めてだ」

「見たい見たーい!」

「わ、私も……」

「オッケー、じゃあ見てな」

 

 【Bug-Human】を展開、と同時に問題なく量子変換されていることを確認。いつも通り装備の名を叫ぶ。

 

「《No.13 Lethocerus(レトケルス)》!」

 

 全身を黒い粒子が包む。普通の武器なら手元に集中するそれが全身に広がっているという点が大きな違いだろう。

 粒子が全身に追加装甲を形成。手には鎌を、背には羽を、口元には針を。Lethocerus(タガメ)の名の通り全身を形作る。

 

「これは……」

「なんというか……」

「「ダッサ」」

「何を言う!?」

 

 確かに奇抜なデザインだが、ダサくはないだろう? 昆虫──タガメ──のフォルムを取り入れたこのプロポーション。機能的と言ってくれ。

 

「シルエットがコロッケみたい」

「コロッ……!?」

 

 いきなり揚げ物扱いは酷すぎる。ちゃんとこの形にも意味があるはずなのに。

 

「大事なのは性能だ! さっさと海行くぞ海!!」

 

 背中に付いた羽を動かして海へ飛ぶ。なかなか楽しい……けど遅いなこれ。水中戦特化だけに他方面の性能は期待できなさそうだ。

 そんなことはどうでもいいんだ。早く水中へ!! 

 

 あくまでこれは試験運用とデータ取りだ、レポートも書かなきゃいけないしな。

 ……別に遊び足りなかったとかではない。ないったらない。

 

「Foooooooooo!!!!!!」

「うるさっ」

 

 この後めちゃくちゃ泳いだ(遊んだ)。とても気持ちよかった。

 

 

 

 

「水中での機動力は凄かったな……ちょっと早すぎて慣れるまで大変だった」

 

 勢い着けすぎて海底に激突するとはな。もっと深いところでテストすべきだった。そんなアクシデントはありつつも、とても楽し、有用な装備だと確認できた。お土産も見つけたし、束様に感謝だ。

 

「お陰で置いてかれたけどな!!」

 

 時刻は十二時、ついつい時間を忘れて二時間近く泳いでいた。戻ってみれば集合場所には誰もおらず、通知を切っていたメッセージファイルには大量の招集命令が貯まっている。

 ……やばい殺される。とにかく招集場所。旅館の意志何時へ急ぐ。

 

「ただいま戻りました……ん? 一夏と箒h」

「遅い!!」

「すいませんでしア゛ッ!!」

 

 やっぱり折檻を喰らった。俺の自業自得だがこれは痛い。

 と。そんな痛みは置いといて。招集場所に一夏と妹様がいない。いや妹様は専用機持ちではないし当然だが、こういう場にはいるものだと思っていたから不思議だ。一夏も、専用機持ちなのだからいて当然のはずだが……。

 

「篠ノ之は今日から専用機持ちとなった。詳しくは今送ったファイルを見ろ」

「へー……【紅椿(あかつばき)】、第四世代機か。もう完成させたんですね」

「驚かないんだな」

「あの人ならやるでしょう」

「……そうだな」

 

 今頃第十二世代機とか考えているだろう。流石にそれはないか。

 しかし、まだ二人がいないことの説明にはなっていない。

 

「それに関してはこれを見ろ」

「ふーーん……【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】、これを倒しに行ったと」

「そういうことだ」

 

 手渡された資料に目を通す。大雑把に纏めるとこうだ。

 アメリカ・イスラエル共同開発の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】が暴走。()()近くにいた専用機持ち(俺以外)が対処に当たろうとしたところ、束様によるゴリ押しプランにより一夏と妹様の二人で戦闘に行って今に至る。

 

「それで二人がいないんすね。で、この暗ーい雰囲気は何です? 誰か死にました?」

()()が墜とされた。今は二人とも帰還して、別室で治療を受けている」

「……なるほど」

 

 だから空気が終わっているわけか。織斑ではなく一夏と呼んでいることで織斑先生も動揺していることが感じ取れる。

 

「では今は待機と。部屋戻っていいですか?」

「ああ。状況が変わるまでは各自現状待機、今度はいつでも招集に応じられるようにしておけ」

「りょーかいですっと。ああそうだ、その一夏がいる別室ってどこです?」

「……そこを出て突き当たりを右だ」

「どうも」

 

 別に瀕死の一夏に用はない。用があるのは妹様の方だ。

 

 

 

「いたいた。うーわマジで瀕死じゃん」

「…………」

「篠ノ之さんもいるな。よしよし」

 

 幾つもの管が繋がれ、包帯でぐるぐる巻きの一夏が布団に横たわり、その側にリボンを外した妹様が項垂れている。

 その背には今の彼女の気持ちを表現しているようだ。

 

「やあ、君はピンピンしてるんだな」

「…………」

「どんな戦い方してこうなったんだ? 負傷のレベルが違いすぎるだろ」

「…………」

「だんまりか」

 

 折角距離が縮んだと思っていたんだがな、また離れてしまったかな。

 

「【紅椿】の乗り心地どうだった? 凄かったろ? 楽しかったろ? こんな事態を招くくらいだ」

「っ!」

「あ、慰めとか期待してた? 悪いけど、そういうのは期待しないでくれ」

 

 する意味もない。

 

「……私のせいだ、わたしが、一夏の役に立ちたくて、そのための力を望んで……」

束様(あの人)がそれをくれた。そして役に立つどころか大迷惑と」

 

 望んだ、ね。いきなり束様が来たのはそういうことか。福音の暴走もマッチポンプといったところか。

 この状況もあの人の計算内? またろくでもないことを考えているな。

 

「ま、死なないだけよかったじゃないか。 君も、一夏も」

「……何もよくない! こんな大怪我をしてっ……」

「そうかな? 重傷だろうが軽傷だろうが関係ない。生きていられるならそれで十分だろ」

 

 死んだら終わり。もう何も感じることはできず、ただ無になるのみ。

 それにこうして治療も受けられている。一夏の出自を考えれば恐らく治る。

 

「さて、俺はこれで失礼するよ。君はそこで自分の愚かさを後悔し続けているといい。一夏も心配して起きるかもしれないぜ?」

「……」

「言い返す気も無いか、じゃあね」

 

 さて、後は……。

 

 

「ああ凰、さっき篠ノ之さんに好き放題行ってきたからあとよろしくな」

「言われなくても行くけどさぁ! あんたねぇ!」

 

 ちょっとだけフォロー頼んどくか。一応な。

 

 

 

 

 数時間後。

 

「……さて、どうしてこうなったか教えてもらおうか」

「えー、なんのことだかわかりませーん」

「待機を命じた専用機持ちが勝手に出撃していることだっ!!」

 

 おお怖い怖い。元気戻ってるじゃないか。

 

「知りませんって、こっちはナチュラルにハブられてて泣きたいっていうのに」

「知らないはずがないだろう! お前が手引きしたのか!?」

「マジで知らなかったんですよねこれが、俺嫌われてるのかな」

「……すまん」

「謝んないでください」

 

 これに気づいたのは数分前、そろそろ話終わったかなーと待機用の部屋に戻ったら紙切れ一枚しか残されておらず、それには『私たちより強い奴と戦ってくる』の一文のみ。意味がわからなかった。

 自業自得の自覚はあるけど、なんか泣きそうだ。

 

「それより、あいつらはどうなんです? 出発した時間から考えたらそろそろ戦闘開始してんじゃないですか?」

「丁度今、接触したことを確認した。現在戦闘中だ」

「ふーん……俺はどうします? 出撃しますか?」

「いや、まだ待機だ。ここで全戦力を出し切るのはまずい」

 

 まあ、妥当な判断だろう。どうせ俺が行っても大した貢献はできない。

 フォロー頼んどいてあれだが、凰は何を言ったんだ? さっきまでしょぼくれていた妹様がまた出撃するなんて。てっきり『ISには乗らない』とか言い出しているものかと。

 

「女の友情か……」

「何の話だ……?」

 

 俺はどうするかな。どうせ待機なら作戦室(ここ)に留まっている必要もないか。整備の続きでも……。

 

「大変です!!」

「今度は何だ!?」

「織斑君がいません!」

「何!?」

「えっ」

 

 一夏がいない? まさかあいつまで出撃した? いくら何でも早すぎるだろ。いやそれより……

 

「また置いてかれてるじゃねぇかふざけんな!!」

「切れるとこそこじゃな待てどこに行く九十九!!」

「こんな所にいられるか! 俺も戦いに行く!!」

「待て馬鹿! そのハンバーグみたいな装備はなんだ! おい!!」

 

 また食い物扱いされてる……じゃなかった急げ! もう蚊帳の外はごめんだ!!

 

 

 

 

「一夏っ! 一夏なのだな!? 怪我はっ……」

「俺は大丈夫だ。だから、もう泣くな」

「なっ、泣いてなどいない!」

 

 強がりながらも涙を流す箒。やっと、何時もの調子に戻ってくれたな。しかし、リボンが焼かれてほどかれた髪がどうにも気になる。

 だから、これを。

 

「丁度よかった。ほら、これ」

「これは……リボン?」

「今日は七夕。お前の誕生日だ」

「あっ……」

「誕生日おめでとう。使ってくれ」

 

 すっかり忘れていた、といった表情の箒に誕生日プレゼントを贈る。何を買えば良いかわからないものだから、シャルに頼んで選ぶのを手伝ってもらったリボン。きっと似合うはずだ。

 

「じゃあ、俺は行くよ。──終わらせる」

 

 折角なら俺が着けてやりたいところだが……そうも言ってられない。こちらに向かう福音に《雪片弐型》を構える。

 

「さあ、リベンジマッチだ!」

『……!』

 

 こいつのスピードは剣一本じゃ捉えられない。それを補うのがこの左手だ。

 

「《雪羅(せつら)》っ!」

 

 第二形態移行(セカンド・シフト)と同時に新設された多用途武装。こいつのモードチェンジ機構を使い、指先から零落白夜のアンチ・エネルギー・ビームの刃を出力する。

 

「逃がさねえ!」

 

 五本の爪が福音の装甲を切り裂く。シールドエネルギーに纏おうが関係ない、零落白夜はそれを貫通する。

 

『敵機の情報を更新。攻撃レベルAへ移行』

 

 近接では分が悪いと判断したか。素早く距離を取り、大きく展開したエネルギー翼から掃射反撃を繰り出してきた。

 

「何度も食らうかよ!」

 

 もう避ける必要は無い。雪羅をシールドモードへ変形。これまで攻撃に使っていた零落白夜を防御へ転用。これが《霞衣(かすみごろも)》。実弾兵器のない福音相手には効果覿面だ。

 ……消耗は激しいが。

 

「うおりゃあああっ!」

 

 増設・強化されたウイング・スラスターを持つ【白式・雪羅】は二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション)──瞬時加速の瞬時加速を重ねた超加速技術──が使える。相手はどれだけ複雑な機動をしようとも、この速度なら追いつける!

 

『状況変化、対象急接近。《ショテル》を使用』

「なあっ!?」

 

 背中の翼から取り出した()()()()()()()()()()()()()を構え、こちらを迎撃する構えに入る。まずい、それは想定外だ!

 何がまずいって、霞衣じゃ実体兵器は防げない!

 

「一夏っ!」

 

 無防備な首筋に刃が迫り、今度こそ死を覚悟した瞬間──

 

「追いついたぁっ!!」

 

 ──全身茶色の、ダッサい装備を纏った男が海中から飛び出した。

 

 

 

 

「追いついたぁっ!!」

 

 いやー間に合った。これでもう終わってましたとか退学も視野に入るからな。

 丁度今ピンチだったらしいし、良いタイミングだ、ヨシ!

 

「あんたその叉焼(チャーシュー)みたいな装備は何?」

「スコーンでは?」

「エクレアじゃない?」

「芋だろう?」

「…い、いなりか?」

「カレーパンじゃないか?」

「打ち合わせしてたんじゃねえかお前らぁ!」

 

 何でだかっこいいだろ! 全員食い物で例えやがって許さんぞ!

 

「まあいい。来たんなら力を貸して貰うぞ、透!」

「了解した、でも後日この装備の良さを語り尽くしてやる」

「怖っ」

 

 絶対に認めさせてやるからな。

 

 

 

 

「ぜらああああっ!」

 

 零落白夜の一撃が翼を切り落とす。しかし追撃は躱され、その隙に再構築、強力な弾幕を張る。

 

「くっ! 浅いか!」

「あんたも攻撃しなさいよ!」

Lethocerus(これ)空中戦弱いんだよ!」

 

 さっきから上空でビュンビュンやられてはどうにもならない。これを装備してると他はほとんど使えないからだ。手が鎌になってるせいで。

 

「さっさと海面(こっち)まで追い込んでくれ! そうすりゃ俺が止めてやる!」

「そんなこと言われてもっ! こっちはもうエネルギーが……」

「……くそっ!!」

 

 もうガス欠、いくら俺が遅れてきたと言っても早すぎじゃ……そうか、第二形態(セカンド・フォーム)になってスラスターが増えているので嫌な予感はしていたが、やっぱり燃費はクソのままか!

 このままじゃ直に一夏は戦えなくなる。そうなりゃ俺たちに勝ち目はない。やばいぞ……!

 

「一夏! これをっ!」

「箒!? お前ダメージは!?」

「大丈夫だ! それよりも早くこれ手をっ!」

 

 金色の光を纏う妹様が一夏に触れる。その光が白式に流れ込んでいく。

 

「エネルギーが……回復!? これは……」

「説明は後だ。行くぞ一夏!」

「おう!」

「俺もいるぞ」

 

 微妙な疎外感を感じつつ、回復した二人と俺で戦闘を再開。これなら勝てる。

 

『最大攻撃力を使用。全門開放する』

「それはもう効かん!」

『!?』

 

 開店と同時に前進を覆った翼から嵐のような弾幕。だが効かない。エネルギーの回復した今、一夏にはこうかがないようだ!

 そして福音は近接ブレードを展開。さっきみたいに迎撃する気か。だが──

 

「箒!」

「任せろ!」

 

 ──こっちには妹様がいる。とっくに先回り済みだ。速すぎない?

 

「【紅椿】! 見せてみろ、お前の力を!」

「えっ」

「《穿千(うがち)》!」

 

 妹様の呼びかけに応じて肩部ユニットが変形、それはまるで巨大なクロスボウ。

 ……ちょっと待て、マジで何アレ。

 

「いきなり生えてきたが使えるからヨシ! 両腕もらったぞ!」

『!??!?』

 

 真紅のエネルギー・ビームが福音の両腕を捉え、その装甲を吹き飛ばす。凄い威力だ。

 その衝撃で落下する福音。もう滅茶苦茶だがこれはチャンスだ。態勢を立て直されるギリギリで水面から飛び出し。両腕の鎌で動きを封じる。

 

「今だっ一夏! 俺ごとやれっ!!」

「うおおおおおおおっっっ!!!!」

 

 全身にエネルギー弾を浴びながら取り押さえ、一夏へ合図。これで詰みだ!

 

「おりゃあああっ!!」

「ぐうっ……」

『っ?!?…!?!!??!?』

 

 互いにブースターを全開、突き立てた刃が抜けないように、更に深く食い込ませる。ただし搭乗者(中身)には気をつけて。

 押されながらも全力を出し続け、福音の抵抗が徐々に弱まり──

 

『……』

「やっ……た?」

「それフラグ。だが……俺たちの勝ちだ」

 

 その機能を停止させた。

 

 

 

 

「……なあ、どうして俺が全員運ばなきゃいけないんだ?」

「ちょっとセシリア、もうちょい詰めて」

「これ以上は無理ですわ。ボーデヴィッヒさんにお願いしてくださいまし」

「私も無理だな」

「聞けよ」

 

 激闘から数分後。俺は背に専用機持ちと福音の搭乗者を乗せながら宿へと引き返していた。

 《Lethocerus》で多少装甲が増えてはいるが、そもそも小型のISなため背中はかなり窮屈。そして重い。

 

「仕方ないじゃない。私たち全員のISがエネルギー切れなんだから」

「そうですわ。まだ余力を残しているのですから、これぐらいはやってもらいませんと」

「遅れてきたしねー」

「乗り心地は悪くないぞ」

 

 くそう。遅れたのはハブられたからなのに。というかさっき妹様はエネルギー回復とかしてたじゃないか。

 

「また試そうとしたらなんか使えなくなっていた。すまんな」

「畜生……」

 

 こういうときには役に立たないのかよ。

 

「……すまん」

「……いいよ」

 

 達成感からか、それともこれが友情か、不思議と背に感じる重さは不快ではない。

 

「ははははは……」

「何が可笑しいんだオイ!」

「いやすまん、なんだかおかしくなってな」

「……はぁ、ったく……」

 

 何だか吹っ切れた表情の妹様。こっちの気も知らないで……。

 でもまぁ、今はいいか。

 

「あっやべえ、俺もエネルギー切れそう」

「はぁ!?」

「ちょっと待って、宿まで後何キロ!?」

「こんな距離泳げませんわ!?」

「えっ僕たち死ぬの!?」

「いざとなれば嫁は私が!」

「うおおお沈む!?」

「……ん、ここは……?」

「うわぁ今起きるなややこしくなる!」

 

 そうして全員で宿まで泳ぐこと数キロ、何とか帰還することに成功したのだった。

 

 

 

第22話「臨海学校二日目・福音」

 

 

 




このタイミングでタガメの売買禁止は笑う
あとお気づきの方もいらっしゃるでしょうが三巻はほぼギャグ回かつ短めになります(今更)


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第23話「臨海学校三日目・土産」

寝落ちして予約投稿忘れてたので初投稿です。


 

「作戦完了──と言うとでも思ったか馬鹿どもが」

「「「……」」」

「お前達の行動は重大な違反だ。帰ったら相応の罰が待っているから、そのつもりでいろ」

「……はい」

チッうっせーな 反省してまーす」

 

 バシンッ!

 

「誠に申し訳ございませんでした」

「よろしい」

 

 帰還から数分後。数キロ泳いでへとへとな俺たちは大広間の堅い床で正座していた。この姿勢でかれこれ三十分。そろそろ足とオルコットの顔色が限界だ。信号機みたい。

 

「織斑先生、そろそろその辺で……。怪我人もいますから……」

「ふん……」

 

 山田先生が女神に見えるよ。さっきから救急箱やら水分やら運んでくれて助かる。

 

「では一度休憩してから診断しますね。ちゃんと上から下まで脱いで──も、もちろん男女別ですよ!? ここで脱いじゃダメですからね!?」

「誰も脱いでませんよ」

 

 自分で言って顔を手で覆わないで欲しい、指の隙間から見えてるし。

 

「うえー口の中切れてら」

「全身大やけどよりマシだろ?」

「比べることじゃねーだろ……」

「……」

「な、なんですか? 織斑先生」

 

 傷を確かめる俺たちを凝視する織斑先生。まさかあなたまで山田先生みたいなこと言い出さないよな?

 気まずさからか、一夏が口を開く。

 

「……しかしまあ、よくやったな。全員で無事で帰ってきた」

「お」

「え?」

 

 先生が褒めた? マジ? この人褒めるの?

 一瞬だけ照れくさそうな顔を浮かべるも、すぐに背を向けて隠される。写真撮って束様に渡したらご褒美がもらえそうだ。

 

「ちょっともう一回お顔見せてもらってもいいですか」

「殴るぞ」

「はい」

 

 ダメか。

 

 

 

 

「あっ」

「む……」

 

 全員の検査が終了した俺たちに一先ず自由が与えられた。しかしこれと言ってすることもなく廊下を彷徨い、妹様に出会った。

 

「……」

「……」

 

 ……気まずい。俺は妹様を好き勝手罵倒した負い目があり、妹様も色々とやらかした負い目がある。別に俺は本心をぶつけたまでだし、後悔もしてないが罪悪感はある。

 

「……じゃ」

 

 うん。無理に話す必要もないよね。関わらない方があちらも気が楽だろう。

 

「待ってくれ!」

「え」

 

 何故呼び止める。無難に別れようとしたのに。こうなると無視はできない。

 

「その……今日は、すまなかった。私の行動で、とんだ迷惑をかけた。申し訳ない」

「……うん」

 

 うわすごい適当な返事しちゃった。正直改まって謝罪されるとは思っていなかったからな。

 しかしこうして謝られたなら、こちらも返さなければならない。

 

「こっちこそ悪かったよ。少し言い過ぎた、許してくれ」

「なっ……いや、私はあれぐらい言われて当然のことをした。九十九が謝る必要はない」

「マジ? じゃあ今のなしで」

「おい!」

 

 冗談だ。あんまり真面目な雰囲気になってたんでな。

 

「悪い悪い。じゃあ、お互いごめんでこの話は終わりってことで」

「ああ! ……よかった。実はみんなに謝罪して回っていてな、お前で最後だったんだ」

「へぇ」

 

 今会ったのも偶然じゃなかったのか。

 

「さっきは鈴に謝ったんだがな、お仕置きと称して思い切り背中を張られたよ」

「それで背中痛そうにしてるのか」

「間違いなく真っ赤になってるな……」

 

 顔にしないのは優しさだろうか。単に痛そうなところを選んだだけの気もするが。

 

「これぐらいで許してくれるなら安い物だ。それはそれとしていつかお返しするが

「お、おう……」

 

 なんかキャラ変わってないか? 束様が見たら何というか……いや面白がるな。

 

「じゃ、明日からはいつも通りってことで、よろしくな」

「こちらこそよろしく。それと……ありがとう」

 

 ……変わったよ、本当に。

 

 

 

 

「~♪ ~♪」

「……ここにいたんですね」

「やあとーくん。待ってたよ」

 

 夜。傷口によく染みる飯を食った俺は、一人岬へ足を運ぶ。

 きっとここにいる人、束様に会うために。

 

「『待ってた』って、やっぱり予想通りでしたか。敵いませんね」

「まあね。それよりも、態々この私を探すなんて一体何の用かなー?」

 

 高さ三十メートルはあろう高さの柵に、怪しい笑みを浮かべたまま腰掛ける。怖いもの知らずだな。

 

「用というか、()()()()()でもしてもらおうかと」

「答え合わせ?」

「はい」

 

 わざとらしい『きょとん』とした表情。これも予想済みか。だから何だというか話だが。

 

「今日の事件。福音の暴走は、貴女が引き起こしたものですよね? 束様」

「そうだよ」

「即答ですか」

「いや、これでわからなかったら馬鹿でしょ」

 

 ……それもそうだな。妹様に専用機が渡った今日この日に福音が暴走。偶然近くを通ってなんて、都合が良すぎる。気づかない方がおかしい。

 第一相当警備が厳重な軍用機をハッキングするなんて、この人にしかできないだろう。

 

「まさかこれが答え合わせ? 束さんガッカリだなー」

「違いますよ。今のはただの確認。答え合わせはこれからです」

「へーえ」

 

 そう。知りたいのはここじゃない。この先だ。

 

「今回の目的、それは妹様と紅椿のお披露目──じゃ、ありませんね?

「……どうしてそう思ったのかな?」

「それは肯定ですか?」

「うん、正解。これはもっと別な目的がある」

 

 やはりか。どうにもおかしいと思ったんだ、この事件は。

 作戦会議の場にいなかったから詳細はあいつらに聞いただけだが、束様は不自然なまでに妹様を参加させることを勧めていた。それも、一夏と二人で戦わせることを。

 そもそも初めて戦わせる相手が暴走した軍用機なのもおかしい。あれほど溺愛する妹をこんな危険に晒す必要があるか?

 

「もしお披露目やデータ取りが目的なら、それこそ他の専用機持ちと模擬戦でもさせた方が手っ取り早いし危険も少ない」

「でもでもー、敵は強い方がいいって言うじゃない? それに関してはどう説明するの?」

 

 確かに、稼働率を引き上げることが目的なら強い相手が必要だろう。だがそれにはリスクが高すぎる。事実一夏が庇わなければ妹様は今頃重症か、最悪命まで失っている。

 

「そんなリスクを取ってまで福音と戦わせた理由、それはリスクこそが目的だったからだ」

「!」

「稼働率上昇も目的の内でしょうが……メインは妹様、或いは一夏が傷つくことで起こる何かを狙っていたんでしょう? それも恐らくは、第二形態移行なんてものじゃない。別の何かを」

「…………」

 

 答えは沈黙。つまりは正解か。最も今の俺には、これ以上わかることはないが。

 

「うん、正解。訂正も必要ないね。とーくんがこんなに賢くなってたなんて束さんびっくりだよ」

「どうも。ご褒美くれたっていいんですよ」

「それはお預けかなー」

 

 ケチくせー。どうせ期待してなかったけど。

 

「あはは、まあその内ね。それよりちーちゃんの気配がするなぁ。早く戻った方がいいんじゃない?」

「げ、やっば。じゃあ帰りますね」

 

 一応今は外出禁止だ。それを破ってこっそり来ている。バレたら死だ。先生が来るまでに戻らなければ。

 

「あ、そうだ。一つ聞いていい?」

「? 何です?」

 

 急いで去ろうとする俺を引き止める束様。いつもは適当に見送るのに珍しいな。

 

「いやぁ、大したことじゃないんだけどさ。一応聞いておかないとって」

「はぁ…それで?」

 

 勿体つけるな。こっちは急いでるのに。

 

「ねえ、とーくん。今の世界は楽しい?」

「──!」

 

 楽しい、か。この質問は久しぶりだ。前は確か四月。正確には学園生活はどうか聞かれたっけ。

 あの時は少し迷ったが、今は──

 

「楽しいです。とても」

「……そっか。じゃあ、またね」

「はい、また」

 

 あの時と同じ答え。でも今の言葉に迷いはない。本当に、この学園生活は楽しい。

 ……臨海学校(こんな時)じゃなきゃ言えねーけど。

 そして俺はバレない内に宿へ戻った。砂浜で何かが爆ぜる音が聞こえたのに気づかない振りをして。もう休ませてくれ。

 

 

 

 

 翌朝、臨海学校最終日。

 

「いつまで駄々こねてんだ! 観念しろ!」

「帰りたくない! あと一週間は泳ぐんだい!」

「お前一番泳いでただろ! さっさと乗れ!」

「やだぁー↑↑!!」

 

 撤収作業を終え、切らす別のバスに乗ろうという時、俺は全力で駄々をこねていた。

 だって海が楽しすぎたんだ。もうここに住みたい。

 

「……おい」

「ほら早くしろ! 殴られるぞ!!」

「ウッウッウッ……さよなら海……」

 

 さすがに頭を叩き割られるのはごめんだ。しぶしぶバスに乗り込み、海との別れを惜しみながらお土産を取り出す。

 

「……何だその箱?」

「ん? お土産。昨日海で取ったウニとかサザエとか……」

「それ密漁じゃない?」

 

 えっ。……あ。

 

「今すぐ返してこい」

「おっおう……そんなに厳しかったかお前?」

「いや、密漁って聞くとちょっとな……」

「?」

 

 後で聞いた話だが、一夏が撃墜されたのは密漁船を見捨てるかどうか妹様と揉めたのが原因らしい。そんなことがあった次の日にクラスメイトが密漁してたら複雑だよな。

 

「……返してくる」

「急げよー」

 

 おのれ漁業法め。生かしておくの大変だったのに。しかし法を犯してまでお土産なんて渡してもなぁ……。

 泣く泣く海へ戻り、集めたお土産を還す。こんな理由で海に入りたくなかった。

 

「いっそ海の中で食っちまうか? いやそれは超えちゃいけない一線か……」

 

 くだらない考えを巡らせながら最後の一匹を海底へ、これで大丈夫だろう。たぶん。

 

「さて戻るか……ん?」

 

 そしてバスへ戻ろうとした瞬間、視界の端で光る物が見えた。

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー……って、そちらは?」

「あら、君が九十九透?」

「はい、透は俺です」

 

 海から上がってバスへ帰還。と、いうところで見慣れぬ人影。

 

「私はナターシャ・ファイルス。昨日はありがとう」

「ああ、福音の! もう動いて平気なんですか?」

「多少はね。白いナイトくんにキスするくらいは」

「それでバスが騒がしいのか……」

 

 窓の向こうにペットボトルが飛んでいるのが見える。こわいなー。

 

「君もどう? 頬にちゅっと」

「はは、遠慮します」

 

 別に嫌なわけじゃないが、なんとなく。

 

「じゃあ俺はバス乗りますね、それでは」

「え、それじゃ」

「あ、そうだ一つだけ。どうせわかってるでしょうけど──」

 

 折角の臨海学校を邪魔したんだ。少しくらい教えたっていいですよね、束様?

 

「──福音(あれ)を暴走させたのは篠ノ之束です」

 

「!? やはり──」

「では今度こそ、さよなら」

「……さよなら」

 

 バスへ乗り込み、ペットボトルを投げつけられた跡が残る一夏の隣へ。窓の外にはナターシャさんの織斑先生。きっとまた福音の話でもしているのだろう。

 忠告か、アドバイスか。何れにしろ穏やかな話題ではなさそうだ。怖い顔しちゃって。

 

「どうした透? 外に何かあるのか?」

「……いや、何も」

「?」

 

 思わぬアクシデントに見舞われたが、中々楽しい三日間だった。初めての海。いつかまた、誰かと行きたいものだ。

 今度プールじゃなくて、海に先輩を誘ってみようか。なんて()()()()を眺めながら考えてる。

 

「楽しかったなー」

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 

「お帰りなさーい! 聞いたわよー大変だったみたいね?」

「本当ですよ。……で何でまた俺の部屋に? 別室になったでしょう?」

「いいじゃない。君と透くんの仲なんだから」

「どんな仲ですか、どんな」

 

 寮へ戻り、あー楽しい臨海学校終わっちゃったなーと言う間もなく楯無先輩のご登場だ。

 当然の様にこの人がいるのは何なんだろうか。合い鍵でも持ってんのか?

 

「えーと……この人は?」

「あ、一夏は知らないんだっけ、生徒会長だよ」

「えっ!? あ、初めまして!」

「はぁーい初めまして、生徒会長の更識楯無でーす」

 

 そういえば初対面だったな。紹介する必要も無かったから忘れてた。

 

「それで、目的は? 用もなく来ないでしょ?」

「……」

「無いんですか?」

「……臨海学校のお話とかキキタイナー」

 

 何も考えずに来たのかこの人。別にいいけどさ。

 

「大したことは無いですよ、簪か布仏さんにでも聞いたらいいんじゃないですか?」

「もちろん二人にも聞くわよ、でも今はあなたから聞きたいの」

「いいじゃん、話してやれよ」

「……はいはい」

「やったー!」

 

 とはいっても福音に関してはどうせ伝わっているだろうし、俺から話すことは無い。となると初日の話か……。

 

「ずっと叫んで泳いで狂ってましたね」

「なんで?」

「いや、マジで透はずっと叫んで泳いで狂ってました」

「えぇ……」

 

 今思うとどうしてあんなにテンション高かったのだろう。だんだん恥ずかしくなってきた。アレ見てたやつら全員始末しようかな。

 

「……まあ、楽しかったですよ。また行きたいくらいには」

「そう? ならよかったわ。やっぱり行事は楽しまないとね」

「今までの行事全部アクシデントありましたけどね」

「それは言っちゃダメよ」

 

 うん。大体束様が悪いんだけどさ。こうも潰されてばかりだと文句の一つも出る。

 ……どうせこれからも潰されるだろうけど。あの人は自粛という言葉を知らないからな。

 

「そうだ、お土産あるんだろ?」

「本当!?」

「おっと忘れるところだった。えーと……」

 

 確か鞄の中に……あった。

 

「はい、これがどこにでも売ってるご当地クッキー、これがサービスエリアに売ってるご当地キーホルダー、これが……」

「適当すぎないか?」

「お土産選びとかしたことないんだよ、あとこれが旅館で売ってた饅頭です」

 

 取り出したお土産をどさどさと渡す。どれもありがちな物だがまあいいだろう。少なくともはずれはないし。

 

「あ、ありがとう……随分買ったのね」

「本当は束さ、んにも渡すつもりだったんですけど……なんかむかつくので減らしました」

「そ、そう……」

 

 ちゃんとクロエに渡す分は残している、こんど会ったときにこっそり渡しておこう。

 ……これで全部かな?

 

()()は渡さないのか? ほら帰りに眺めてたあれ」

「あー……」

「何々? まだあるの?」

「えー、いやでもあれはあんまり喜ばれるような物じゃ……」

「いーじゃない。見せて?」

 

 うーん。拾ったときは良い物だと思ったけど……あれをお土産と称して渡すのは……。まあ一応見せてみるか。

 取り出した()()を渡して見せる。帰る前に拾った、種類も知らない、少し綺麗なだけの貝殻。

 

「はい。最終日に拾ったもんですけど……」

「これは……貝殻ね」

「実はウニとかサザエとかも捕まえてたんですけど、それは密漁になるってことで、そいつらを放してた時に見つけました。綺麗だったので、喜ぶかなって」

「……」

 

 うわーそんなに見ないでくれ恥ずかしい。貝殻をプレゼント! なんて小学生か。いっそ捨ててしまおうか。

 

「すいませんこんなガキっぽい拾いものを。嫌だったらこっちに……」

「ううん。これ欲しい。これじゃないと嫌!」

「え? でもそれは……」

「ダメ?」

「あ、えと、どうぞ」

 

 つい押しに負けて承諾してしまった。どこがいいんだろうか。

 

「だって、私のために選んでくれたんでしょ? だったらこれが一番嬉しいわ!」

「そう……ですかねぇ?」

「そうなの!」

 

 ううむ、ならこれでいい……のか? そういうことにしておくか。

 

「じゃあ、どうぞ。大事にしてくださいね?」

「うん!」

「……へー」

「なんだよ、ニヤニヤして」

 

 一夏が変な顔でこちらを見ている、何だこいつ。珍しい物を見る目しやがって。何故だかすごいブーメランを投げられている気がする。

 

「別に? にしてもあの透がなぁー?」

「?」

「うふふ……」

「??」

 

 何なんだ二人して? まあ喜んでるしいい……のか?

 

 

 帰るまでが臨海学校。色々あったが楽しい二泊三日も終わり、元の日常へ。

 そして八月。夏休みが始まる。

 

「……何時までいるんですか?」

「んー? ……えへへー」

「聞いてます? ……おーい」

「まあまあまあ、邪魔だったら出ようか?」

「何が邪魔なんだ、何が」

 

 

 

第23話「臨海学校三日目・土産」

 

 

 

 




例によって4巻の内容はまだ書いてないので2月になったら更新します。
すまんな


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第24話「レゾナンス・尾行」

皆さん、ご無沙汰しております。悶絶オリ主専属調教師のエルゴと申します。前回までの、害虫生存戦略はいかがでしたでしょうか? これまでの害虫生存戦略は、比較的オーソドックスな展開がたくさん盛り込まれていたかと思います。これからお見せする内容も、基本的な二次創作の展開をお見せしたいと思います。
今回調教する単行本はIS4巻っ。夏休みの日常と、特に原作とは絡まない透くん。まだ15歳のこの少年は、私の調教に耐える事が出来るでしょうか?それでは、初投稿です。


 

「ん~」

「あー……」

「んむむ……」

 

 ここは第二整備室。夏休みも始まったというのに俺たち三人はここで唸り続けていた。

 

「機体はできたけど……」

「やっぱり中身……」

「俺たちの稼働データだけじゃどうにもなぁ……」

 

 あれからも開発は続き、どうにか形はできあがった。しかし今だOSは完成していない。基本動作は問題ないが、戦闘用のプログラムが残っている。

 俺たちのデータをいくら流用しようとも、結局は打鉄弐式に最適化する必要があり、また独自のプログラムも開発しなければならない。例えば──

 

「『マルチ・ロックオン・システム』が足を引っ張ってる。でもこれがないと……」

「《山嵐》が使えない、と」

「主力武装が使えないのはちょっとねぇ……」

 

 打鉄弐式を第三世代機たらしめる特殊兵装、それがマルチ・ロックオン・システム。全四十八発の高性能誘導ミサイルの制御を行うプログラム。

 

「無くてもミサイルは撃てるんだろ? マニュアルとかで」

「それだと手間がかかりすぎる……今の私じゃ半分制御するので精一杯……」

「ミサイル撃つ度に一々やってたら頭が沸騰するわよ……」

「そうかぁ……」

 

 本来なら倉持技研が開発チームが組むはずだったもの、それを人手はあるとはいえ学生が組み上げるのは容易ではない。半ばお手上げ状態だ。

 

 ピピピッ、ピピピッ……

 

「あ」

「鳴っちゃった……」

「はい今日は終わりよー、片付けて片付けて」

「はーい……」

 

 今鳴ったアラームは簪が無理しないように楯無先輩が設定した物。鳴ったら作業は終わり。文句を言ってもお片付けだ。

 初めは簪も嫌がっていたが、こうでもしないとまた保健室行きになりかねなかったため仕方なく受け入れている。

 

「はぁー……」

「なんだため息なんか吐いて」

「えっと、また進まなくなっちゃったから心配で……」

「少しずつでも進んでるんだからいいのよ。また頑張りましょ」

「うん……」

 

 とは言っても進みが遅くなっているのは事実だ。あと一歩。しかしその一歩が遠い。簪もまた焦りが見え始めている。

 ……これはよくないな。どうしたものか……。

 

「遊びてぇ……」

「え」

「あら?」

「ん?」

 

 今なんて言った俺。完全に無意識で言葉が出ていた。

 

「遊びたいって」

「マジ?」

「ポロッと出てたわね」

「えぇー……」

 

 恥ずかしい。二人は真剣に話しているのに俺だけ夏休み気分とは。いや夏休みだしおかしくはないけど。

 

「……ふふっ。あはは……」

「うふふ。『遊びてぇ……』って……」

「え? 何ですか二人して」

 

 やめてくれ。羞恥で顔が熱くなる。しょうがないだろここ数日ずっと整備室に缶詰だったんだから!

 

「ごめん、でも透の言う通り息抜きしようかな」

「そうねぇ。じゃあ明日にでもどこか行く? お買い物とか」

 

 あれ? 意外と二人が乗り気だ。

 

「いいね。透も来るでしょ?」

「え? あ、うん。行くけど……いいのか?」

「「何が?」」

「……何でもない。じゃあ時間とか決めましょうか」

 

 唐突に決まってしまったが、いい息抜きの機会だ。思えばこれまで遊ぶために外出したこともなかったし、楽しむとしよう。

 

 

 

 

「……暇だ」

 

 次の日、集合場所。俺は待ち合わせ時刻の一時間前にここへ到着していた。遅れては失礼だと早く出発した結果早すぎる到着となってしまい、見事に暇を持て余している。

 というか何故学園外で待ち合わせなのか。どうせ全員寮住まいなのだから学園のどこかでよかったのでは?

 

「場所合ってるよな? ……心配になってきた」

 

 どうせ合っているというのに何度も場所を確認。皆こうなるのだろうか、それとも俺だけか。……挙動不審だと思われてないよな?

 

「透くん?」

「何してるの?」

「うぇっ? ああ、何だ二人か……おはよう」

「「おはよう」」

 

 そうこうしているうちに二人が到着。あれ?でも集合時間まではまだまだ……

 

「……なんか落ち着かなくて、来ちゃった」

「同じく……」

「俺と同じかぁ……」

 

 やっぱり皆同じなのかもしれない。

 

「全員揃いましたし買い物行きますか。『レゾナンス』でいいですか?」

「すぐそこだしね。簪ちゃんもそれでいい?」

「賛成……」

 

 駅前──というか駅と直通した大型ショッピングモール、『レゾナンス』一夏曰く「ここになければ市内にない」と言うほどの品揃えを誇るらしい。俺は初めて来たので知らん。

 

「どこから回る? かさばる物は後回しね」

「俺は全然わかんないんで、任せます」

「アニメショップ行きたい……」

「えーと……三階ね。行きましょ」

 

 最初は簪の希望で三階のアニメショップへ。特に目的があるわけじゃないが定期的に来たくなるらしい。

 

「よくわかんないんだけどさ、目的決めないで買い物行くのが普通なのか?」

「ショッピングってそういうものよ? 晩ご飯の買い出しじゃないんだし」

「掘り出し物を探す……!」

「ふーん……」

 

 そういうものか。ならしょうがないのか。うん。

 

「おおー……意外と広いんだな……」

「このお店は私も初めて来たけど、色々あるのね……」

「あれ? 簪は?」

「あら? 確かここに……」

 

 二人で内装に驚いていると簪がいない。行きたがった本人だしもう中に言ったのだろうか……。

 あ、ショートメッセージ。

 

「えーと……『しばらくここにいるから他回ってていいよ、具体的には二時間ぐらい』だそうです」

「……そ、そうなの?」

「はい」

 

 これぐらい直接言えばよかったのに。しかし二時間、今からだと昼までか。謎の時間設定だ。

 どうせ呼びに行っても無駄だろう。悪いことしているわけでもないし放置するか。

 

「じゃあ……俺たちも行きますか?」

「え゛っ!?」

「いや、簪もこう言ってますし……ここで二時間待つのも暇ですし……」

「……そ、そうね! いっ、行きましょうか!」

「? はい……」

 

 そんな驚くことか? 確かに急にこんなことになるとは思わなかったが……。

 まあ、後で合流できるならいいだろう。こちらはこちらで楽しむとしよう。

 

「簪ちゃんってば……そういうのはまだ早いのに……」

「楯無先輩、どこ行くんです?」

「応援してくれてるのかしら……でもでも……」

「あ、聞こえてねーなこれ。待ってくださーい」

 

 何やら呟きながら歩いて行く先輩。そっちは電気屋だ。絶対用無いだろ。

 

 

 

 

「と、いうわけで私たちは二人を尾行します」

「いきなり呼びつけて何してるのかんちゃん」

 

 透とお姉ちゃんの後方、柱の影に隠れた私は呼びつけた本音と合流していた。

 

「さっきメッセージで伝えたでしょ。今から二人を見守るの」

「ただのストーキングじゃない?」

「大丈夫本音、友達と姉が対象ならストーキングにならないの」

「かんちゃんこそ頭大丈夫ー?」

 

 失礼な。ただ私は二人がどんなデートするかじっくり眺めたいだけなのに。

 

「でも本音だって気になるでしょ? 最近あの二人怪しいし」

「えー? 確かにたてなっちゃんは意識してそうだけどー、つづらんはふつうじゃなーい?」

「いや、私の見立てなら透もお姉ちゃんを意識してる。だって明らかに他の人と対応が違うもの」

「そうかなぁ……」

 

 臨海学校以来、透は時々お姉ちゃんを目で追ったり整備中にお姉ちゃんが何してるかを気にするようになった。お姉ちゃんも、透から貰った貝殻を眺めてにやにやしたり、何気ない接触で過剰に反応している。

 ……どうしてそうなってるのかはお互い気づいてなさそうだけど。

 そこで、今日のお出かけで一気に距離を縮めてもらおうという訳だ。

 

「でもでもー、このストーキ、見守りって具体的に何するのー? まさか本当に見るだけ?」

「それに関しては考えがある……。これを見て」

 

 もちろんノープランではない。こっちにも考えはある。ポケットから紙を取り出して本音に見せる。

 

「何これ? 『おすすめデートスポット』?」

「そう、これに書いてある場所をデートスポットということを伏せて二人に教えてある。最初は買い物してても、二時間もあれば暇な時間ができる。そうなれば二人は自然にそこへ行くってわけ」

 

 ()()()()()()に行けば意外と鈍い透はともかくお姉ちゃんは確実に意識するはず。その勢いで自分の想いに気づいてくれたら完璧だ。

 なお、尾行中特にこちらからは何もしない。見守りに徹するのみだ。

 

「なるほど……お節介の極みだねかんちゃん!」

「……もしかして怒ってる?」

「早朝に叩き起こされた割に私必要ないんじゃないかとは思ってる」

「……ごめん」

 

 ……流石に一人で追っかけるのはどうかと思って。つい。

 

「あっ、動き始めたよ」

「! じゃあ行くよ、隠れて」

「……はーい」

 

 さあ、尾行(見守り)開始だ。

 

 

 

 

『ねぇ、最初はどこ行こっか?』

『そうですねぇ……服屋行きたいですね。秋物とかもう出てるでしょ』

『いいわね。でも荷物増えないかしら?』

『宅配サービスとかあるでしょ』

 

 移動すること数分。どうやら二人は服を買いに行くらしい。ここでお互いの服をコーディネートなんかしちゃったらいい雰囲気になるのでは……?

 因みに、会話内容は持ち出した打鉄弍式で盗ちょ、こっそり聴いている。まだ未完成とはいえ、これ程度の機能なら問題なく使える。

 

「う〜ん、大丈夫かなぁー?」

「何が?」

「なんでもな〜い」

「?」

 

 変なの。まあいいか。

 

『ねぇねぇこれなんかどう? 似合いそうじゃない?』

『……いいと思いますよ。その色先輩に合いますね。かわいいですよ』

『かわっ……あ、ありがと……』

『? ……あ、これも合いそうですね』

 

 くぅ〜! お姉ちゃんかわいい〜! 写真撮ろ。

 

「かんちゃんのキャラそんな感じだっけ……? でもいいなぁ、楽しそう」

「わかる? この良さ」

「ちょっとだけ」

 

 もうこれだけで十分。ずっとここでもいい。

 

『ねぇ透くん、これ着てみてよ』

『パーカー……いいですねちょっと試着してみます』

『あとこれとこれとこれも!』

『そんなに持ち込めません』

 

 あぁ〜理想的展開〜! 求めていたものがあそこにある!

 

「これかわいい〜。ちょっとレジ行ってくるね!」

「あ、うん」

 

 

 

『いっぱい買っちゃった。透くん大丈夫? 私が選んだやつばっかり買ってたけど』

『俺こういうのはわかんないんで、むしろ助かりましたよ』

『そう? えへへ……』

 

 買い物が終わったらしく再び移動。今度はどこへ行くのか。

 

『次どうします?』

『う〜ん、まだまだ時間はあるし……小物でも見ようかしら』

『雑貨屋は……二階ですね、行きましょう』

 

「行くよ本音!」

「かんちゃん待って〜」

 

 

 

 

『あっこれかわいい』

『何ですかそれ……』

『ファッショングラス。縁が猫みたいでかわいいでしょ?』

『んー? 本当だ。猫好きなんですか?』

『実家で飼ってるのよ』

 

 雑貨屋に移動して買い物の続き。未だ距離感はそこそこだが見ていて面白い。

 

「かんちゃんはーい」

「……何これ」

「変な帽子」

「……飽きてる?」

「うん」

 

 本音は完全に遊び始めているがまあいいや。見つからないようにしてもらえればいい。

 

『透くーん』

『はい? ……これは』

『うんうん似合うじゃない! 一緒に買いましょ?』

『……お揃いですか』

『……う、うん……』

 

 おッおッお!? なんて恋愛力だッッッ。これが見たかったッッ!

 

「良い感じだねー」

「写真写真……」

 

 これは永久保存版。きっちり保存して夜な夜な眺めなくては。

 

『つ、次行きましょうか……』

『? はい』

 

「っ行くよ!」

「これ買ってからいくねー」

「あ、うん」

 

 

 

『あ、先輩。ここ寄りませんか?』

『クレープ? お腹空いたの?』

『ちょっと小腹が。あとここ有名らしいんで』

『ふーん……まあお昼前だけどいいかもね』

 

「っしゃあ! あそこ行ったぁ!」

「かんちゃん声大きいよー」

「ごめん」

 

 ついに『おすすめデートスポット』の一つへ向かった。あそこはカップル割にカップル限定メニューなどサービスが豊富! ここでデートする人の八割が訪れると書いてあった!

 

「それどこ情報?」

「クラスメイトが持ってた雑誌」

 

 さあ二人が注文に入った。頼め! 限定メニューを!! 

 

『ストロベリーあずき一つ』

『私バナナチョコで』

 

 普通のメニューでした。

 

『おいしー』

『うまーい』

「……」

 

 なかなか思い通りに進まない。普通に楽しんでいるので十分ではあるけれど。

 

「あとで私も買ってくるねー、何がいいー?」

「抹茶スペシャル」

「あいあーい」

 

 そろそろ二時間が経過する。そうなれば私たちは合流しなければならない。尾行もこれで終わり。

 

「はいこれ」

「ありがと」

 

『そろそろ合流ですね、どこか行きたいところあります?』

『んー、これといって無いかなぁ。透くんは?』

『俺は……いや、無いですね。少し早いですけど戻りましょうか』

 

「あっやばい」

「早く戻らなきゃ……」

 

 そして私たちは急いでアニメショップへと戻ったのだった。

 

 

 

 

「あ、いたいた。……ってあれ? 布仏さんじゃん」

「や、やっほーつづらん! ……ふぅ」

「さっきそこで会ったの。偶然ね……ハァ……」

「そそ、偶然!」

「ふーん……」

 

 やけに疲れてんな。それも仕方ないか。ずっと俺たちを追った後に走って戻ったんだからな。二人とも体力自慢ではなさそうだし。

 ああ、勿論尾行には気づいている。普通に下手だったし楯無先輩も当然気づいていたが、お互いそこまで困ることは無かったので一旦放置することに決めた。会話が聞かれていそうだったので目配せでな。

 というか布仏さんの顔にクリームが付いているし簪から抹茶の香りがする。さっきまで同じ所にいたのが丸わかりだ。

 

「じゃあ飯行くか、俺たちは途中でクレープ食ったから軽めでな」

「あそこのハンバーガーショップにしましょ、二人もそこでいい?」

「うん……」

「はーい」

 

 

「たてなっちゃんはねー。昔オーダーが来ると思ってずっと座ってたんだよー」

「ちょっ!? 昔の話はやめなさい!」

「ナイフとフォーク探してたこともあった……」

「簪ちゃん!?」

「えぇ……」

 

 とんでもないお嬢様エピソードが飛び出す中昼食をとる。先輩弄りに参加している簪がピクルス抜きを注文していたのは触れないでおこう。

 

「ふふっ……」

「どうしたの?」

「いや、楽しいなって」

「……うん、よかった!」

 

 気づかぬうちに笑みがこぼれていた。それほど俺は楽しんでいたと言うことなのだろう。

 

「さあ行きますか。ゲーセンとかどうです?」

「賛成……、腕前を見せるとき……!」

「プリクラも撮りましょ!」

「クレーンゲームしよー」

「順番にですよ……?」

 

 最もまだまだ外出は終わらないけどな。今日一日、目一杯楽しむとしよう。

 

「あっそうだ、後でさっきの写真くれよ」

「バレてたの!?」

「ほらやっぱりー」

「ふふ、簪ちゃんもまだまだってことよ」

「もうやるなよー」

 

 それはそれとして、今後の為に釘は刺しておこう。

 

 

 

第24話「レゾナンス・尾行」

 

 

 




透くんは服とか褒めなさそう。


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第25話「帰省・お好み焼き」

毎日寒すぎて嫌になるので初投稿です。


 

「うおりゃああっ!!」

「ぐあっ!」

 

 アリーナに響く金属音とかけ声、俺と一夏が戦う音。

 夏休みも半ば、暇を持て余した俺たちは第二形態移行した白式のテストも兼ねて試合をしていた。

 

「あーもう速すぎだろクソが!」

「だろ? やっと慣れた所だ!!」

 

 肩へ一撃、続けて足へもう一撃。胴への攻撃は何とか躱してカウンター……はあっさり回避。

 完全に速度負けしている。零落白夜はまだ発動されていないとはいえダメージも大きい。これが第二形態、凄まじい強化だ。

 だが……。

 

「いつまでその動きができるかなぁっ!?」

「!?」

 

 一瞬攻撃が止まった隙に《Cockroach》を展開、射出・起爆して距離を空ける。

 こいつの弱点は既に察しが付いている。後はそこを突いてやるだけ。

 

「大型化したスラスター! 新しい装備! どれも強力で素晴らしいなぁ! だがっ!!」

「ぐうっ!?」

「燃費は悪いままだっ!!」

 

 確かに性能は爆発的に強化されている。だがその性能を発揮するためのエネルギーは以前にも増して大量に必要。それに零落白夜が乗せられれば燃費は最悪。

 

「もう攻勢は終わりかぁ!? ならこっちの番だ!」

「ちぃっ!!」

 

 距離を保って《Centipede》の連撃。基本の対応は第一形態と変わらない、一つ違う点は──。

 

「食らえっ! 避けたぁ!?」

「狙いが甘いんだよオラ!」

 

 左腕の新武装《雪羅》から放たれる荷電粒子砲。威力が高く、当たれば紙装甲の俺はただじゃすまない。が、当たらなければどうということはない。

 

「《Bonbardier》、はい終わり」

「なっ……」

「どかーん」

 

 高温の火柱が一夏を襲う。ただでさえ減少していたシールドエネルギーは底を尽き、決着を告げるブザーが鳴る。

 

「俺の勝ち! 何で負けたか明日まで考えとけ!」

「この野郎……!!」

 

 

 

「ぐおおお……また負けたぁ!」

「まだまだ追いつかれてたまるかよ! ……と言いたいが、結構実力つけてきたな。そろそろやべぇかも」

「そうか? 確かに勝ちは増えてきたけど」

 

 ロッカールームで着替えながら今日の反省。俺たちの戦績は大体2:1で俺の勝ちってとこか。少し前までは3:1ぐらいだったので差は縮まってきている。

 

「やっぱ燃費だよなー。出力調整しても厳しいぜ」

「それもあるけど、まずは荷電粒子砲の扱いだろ。なんだあのクソエイム」

「それが白式にはセンサーリンクがないんだよ。完全に目測で撃ってる」

「……どこまで格闘特化なんだ」

 

 普通どんな機体でもセンサーリンク──ハイパーセンサーと同期して射撃をサポートする機能──は備わっている。それがないと言うことは完全に格闘戦しか考えられていないということ。

 射撃武装が増えてもそれは変わっていないらしい。やっぱり欠陥機だな?

 

「目測しかないならひたすら練習するしかないな。デュノアか、オルコットにでも教えてもらったらどうだ?」

「そうするかぁ……」

 

 強化は入っても問題は山積み。一夏が俺に勝ち越すのは何時になるやら。

 

「……なあ、一ついいか?」

「何だ?」

「あのさ……あの揚げパンみたいな装備の魅力は何時教えてくれるんだ?

「あっ」

 

 完全に忘れてた。《Lethocerus》の魅力、そんな話もしていたっけ。

 しかし……うーむ。

 

「あれだけ気に入ってたんだからきっと凄い装備なんだよな? 教えてくれよ」

「えっとぉ……それがぁ……」

「ん?」

 

 やめろそんな純粋な瞳で俺を見るな。言いづらくなるだろ!

 

「あの……さ」

「うん」

「臨海学校から帰ったらクッソダサいし性能もピンポイントにも程があるなって思った」

「おい!」

「いやだってさぁ! 何だよあの茶色いクソスーツ! 開発者の神経を疑うわ!」

「作ったの束さんじゃないのか?」

 

 うん。

 

 

 

 

「あとは……あれか」

「何してるの?」

 

 帰って自室。いつも通り不法侵入している楯無先輩に見られながら荷物をまとめる。

 

「ただの荷造りですよ。……あった。これで全部だな」

「随分大荷物だけどどこか行くの?」

「ええ、実家? に帰ろうかと」

「え?」

 

 夏休みだからな。ついこの間会ったばかりの束様はともかく、クロエはもう半年近く会っていないし。たまには顔を出しておきたい。

 

「日帰りですがね。でも常に移動している拠点を実家と呼んでいいのか……いいか」

「待って待ってそれ篠ノ之博士の所? 会えるの?」

「? はい。身内ですし……」

 

 別におかしいことはないだろう。世間では消息不明でも身内なら別。連絡しておけば普通に会える。

 

「あ、でも俺以外はほぼ無理だと思いますよ。織斑先生と篠ノ之さんとかはわかりませんが」

「……もう考えるのはやめたわ」

「はぁ……」

 

 そんなに驚くようなことだったのか……。これからは他人に言わないでおこう。

 

「それで? いつ行くの?」

「今からです。ちゃんと外出許可は取ってるので」

「えぇ……」

 

 手続きしないと気軽に外出もできないのは窮屈だよな。そう何度も利用しないから困ることはないが。

 

「それでは荷物もまとまったことだし俺はこれで、ではまた」

「う、うん……」

 

 疲れたように見送る先輩を背に部屋から出る。扉を閉じて振り返れば。

 

「やあとーくん! 待ってたよ!」

「はいどーも。元気してました?」

「もっちろん! じゃあ帰ろっか! くーちゃんも会いたがってたよ!」

 

 我が主人の束様がいた。この人どこにでもいるな。

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、透さま」

「やあクロエ。料理は上手になったか?」

「はい。パン生地が膨らむようになりました」

「……うん、頑張れ!」

 

 拠点へ戻ってすぐにクロエの出迎え。これも久しぶりだな。これが実家に帰るという感覚だろうか。それよりまだ焼くとこまで行ってないのか?

 

「ふいー。改めてお帰りとーくん! 日帰りだけどまた会えて嬉しいよ!」

「はい。あとこれお土産です」

「わーい! どこにでもあるクッキー!!」

「こんなんでいいんですか……?」

 

 買ってきといて何だが喜びすぎでは? もっといいもの買ってきたらどうなるんだろう。

 

「クロエにもあるぞ、まんじゅうとキーホルダーとタオル」

「ありがとうございます」

「待ってくーちゃんの方が多くない?」

「何ででしょうねぇ。自分の胸に聞いてください」

 

 普段の行いでも考えて欲しい。

 

「まあいっか! 早速だけどやって欲しいことがたくさんあるんだ! 生体データに機体整備に……」

「わかってますって。順番に、ですよね?」

「うん!」

 

 先ずは生体データから。身体測定、体内スキャン、運動テスト……一つ一つこなしていく。

 

「ちょっと背伸びたねぇ。このまま2mになって?」

「まだ175cmもいってないんですが何年かかるんですかね」

 

 

「ん、異常なし。逆につまらないなー」

「健康なのが一番じゃないですか?」

「そうだけどさー、どうせなら角とか生やしてよ」

「無理に決まってんでしょ」

 

 

「うーんそこそこ! つまんない!」

「一応鍛えてるんですけど……もっと増やすか」

 

 

 数時間後。

 

「つまんない! もっと成長して!!」

「すみません……」

 

 検査結果は全て異常なし。何もなさ過ぎてつまらない始末。こちらとしては一安心だが。

 

「じゃあ次はIS見せてね。本命はこっちだし」

「はい、作業見ててもいいですか?」

「いいよ。でもなんで?」

「変なもん仕込まれないようにしたいので」

「そんなこと……しちゃおっかな」

「おい」

 

 油断も隙もありゃしない。しっかり監視させてもらおうか。

 

「んーやっぱりこちっちも不思議なフラグメントマップだねぇ。でも白式とは違う……同じ男子でもこんなに差が……」

「ほぉー」

 

 フラグメントマップとはISが発展していく道筋、人間で言えば遺伝子に近い。そもそも機体によって差が生じる物ではあるが、男の俺の機体ともなるとさらに違うのか。

 

「そもそも俺たちがISを動かせる理由ってのはわからないんですか?」

「それいっくんも聞いてたねー。まあわかんないんだけどね。正確には。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「? はぁ……」

 

 動かせる理由。それはきっと俺たちの出自、『織斑計画』が関わっていると見て良いだろう。それぐらいしか共通点がない。

 だからなんだという話でもあるが。

 

「一回バラバラにしたらわかるかもね、どう?」

「どうとは」

「やる?」

「やりません」

 

 絶対死ぬやつだろうそれは、それぐらいわかるぞ。

 

「にゃはは、まあやんないけどねー。わかんなくても構わないし。自己進化? ってことで」

「曖昧だぁ……」

 

 調べる気が無いから知らないってことか。この人らしい。どうせ俺が知ったところで何が変わるわけでもないがな。

 

 

 ……少し暇ができた。束様は検査結果をまとめるのに忙しそうだし。クロエも席を外している。

 何をしようか、どうせ手伝っても邪魔だし……ん?

 

「何だこれ、資料?」

 

 足下にはなにやら紙切れ。書いてある図面や殴り書きの文から察するに開発資料。

 書いてあるのは……【ゴーレムⅢ】? Ⅱはどうした。随分と物騒な性能だ。また何かちょっかいかける気だな? 最低でも予告はしてほしいものだ。

 

「とーくーん! ちょっと来てー!」

「はーい! 今行きまーす!」

 

 お呼びだ。軽く目を通した資料を放り投げて束様の元へ。

 ……にしても汚いなここ。いつか掃除するか。

 

 

「はいおっけー。これにて検査しゅうりょー!」

「お疲れ様でーす。後は何かあります?」

「ない! それよりお腹空いたからご飯行こ! くーちゃんもね!」

「はい。どこに行きましょうか?」

「そうだなぁ……束さんのお腹は──お好み焼き!!」

 

 

 

「いらっしゃいませー。何名様でしょうか?」

「三人です」

「「……」」

 

 そして数分後。束様のリクエストで俺たちはお好み焼き屋へと来ていた。おそらくチェーン店。夕食時とあってそこそこ混んでいる。

 

「注文決めますよ。何がいいですか? 束様はおしぼりで顔拭かないでください。クロエも真似しないように」

「私黒糖アイスと豚玉と明太チーズ玉とシーフードと塩焼きそばとじゃがバターとイカ焼き!!」

「えっと……この、海老玉で……」

「店員呼びますねー。すいませーん!!」

 

 呼べばすぐに来る。これが従業員教育が行き届いていると言うのだろうか。

 ちなみに俺たちは変装してここに来ている。全員色んな意味で目立つしな。束様の変装がスーツなの凄い違和感だが。

 

「ご注文をどうぞ!」

「はい、豚玉と明太チーズ玉、海老玉、シーフード玉全部一枚ずつ。それと塩焼きそば、じゃがバター、イカ焼きを一人前お願いします」

「かしこまりました!」

「黒糖アイス」

「え?」

「すいません以上で」

 

 デザートは後にしてくれ。人見知り高校生みたいな注文するな。

 

「クロエはともかく、束様はもういい大人なんですから自分で注文してくださいよ」

「……」

「黙らないでください。クロエも言ってやれ」

「……ごめんなさい」

「おい……」

 

 二人の人嫌いもいい加減直してもらわないといけないな。このままだと一生一人で飯食いに行けないぞ。

 

「お待たせしました!」

「おっ、来た来た」

 

 ……まあ、小言の続きは後にしてやろうか。食事中ぐらいは勘弁しないと、な。

 

 

 

「焼くよー! どんどん焼くよー!」

「全部一遍に載せないでください!」

「もう焼く場所がありません……」

 

 あーもう滅茶苦茶だよ。適当に焼いてるもんだからどれがどれかもわからない。不味くはならんだろうが……

 

「クロエ、混ぜすぎると美味くないらしいからその辺でやめとけ」

「そうなんですか? 束さまは腕が見えないぐらいのスピードで混ぜてましたが……」

「空気がどうとからしい。この人は頭いいけど馬鹿だから見本にするな」

「わかりました」

「おかしいな束さん尊敬されてない?」

 

 さあどうだか。

 

「あれ、とーくんの注文って何だっけ?」

「してませんよ」

「なんで? お腹空いてない?」

「もちろん腹ぺこですが、理由は十分もすればわかります」

「?」

 

 焼き上がりまであと数分。食べ始めればわかる。

 そして十分後。

 

「ね、ねーとーくん……?」

「はいなんでしょう。今クロエの海老玉返すのに集中してるんですが」

「すみません……」

 

 珍しく申し訳なさそうな顔で声をかけてくる束様。織斑先生でも見たことなさそうだ。

 正直ものすごく無視したいが、どうせ予想していたことなので素直に応える。

 

「これ半分食べてくれない?」

「でしょうね」

 

 最初から大量注文、そして絶妙に不味くなる焼き方、アホみたいにかけたソースとマヨネーズ。結果、束様のギブアップだ。

 

「だってぇ! ここのお好み焼き不味いんだもん!!」

「店内でなんてこと言うんですか! あんたの腕が悪いんですよ腕がぁ! あっすみませんなんでもないです」

 

 子どもか! どう考えても自分が悪いだろ! 店員に謝るの俺だぞ!

 全くこういう時に普段の器用さが消滅するのは何なんだ。

 

「ぐぬぬ……で、食べてくれる?」

「はいはい食べますよ。その為に注文しなかったんでね」

「さっすがとーくん! 束さんの右手中指!」

「ちっさ」

 

 いや、残したお好み焼き食ったぐらいで右腕とか言われても嫌だけど。

 

「透さまこれおいしいです!」

「はいはい」

「とーくん顔にソースついてる。写真撮ろー」

「写真はいいですけどさっき顔拭いたおしぼり近づけないでください」

「ごめん」

 

 潔癖症ではないがそういうのはやめてくれ。周りが見てる。

 

「じゃあデザート頼もうかな! 黒糖アイスと抹茶アイスとチョコレートサンデーと……」

「学習してください」

 

 また押しつけられてたまるか。

 

 

 

 

「いやぁー食べた食べた! 束さんお腹いっぱい!」

「そうですか……ウッ……」

 

 このアマ……! 結局半分以上俺が食べたぞ。小食のクロエには食わせられないし、無駄ない優しさを見せたのは間違いだった。腹の中で失敗作のお好み焼きがぐるぐるしている。

 

「クロエはどうだった? 楽しめたか?」

「はい……とても、気に入りました。今度挑戦してみますね」

「おう。束様に食わしてやれ」

「!?」

 

 今回の罰だ。実験台になれ。

 

「ぐぐぐ……そうだ、そろそろ帰る時間かな? 門限は大丈夫?」

「ん? あー……今から帰ればなんとかってとこか。ここでお別れですね」

「そっかー、次は何時かなー?」

「もう決めてるんでしょう? どうせ面倒事を持って」

「にゃはは、バレてる」

 

 本当に困ってるんだけどなぁ。やめてくれ。

 

「よし、ちーちゃんに怒られるのもかわいそーだしここでバイバイしよっか! ね、くーちゃん?」

「はい。透さま、お元気で」

「ああ。クロエも元気で、束様は……ちょっと落ち着いて」

「ひどい!!」

 

 二人に見送られながら駅へと歩く。初めての帰省。ずっとバタバタしていた気もするが、悪くはなかった。今度は冬か、もっと後か。今度はどこへ行こうか。

 数歩進んで振り返れば、そこには誰もいない。相変わらず消えるのも早い。

 

「……帰るか」

 

 

 

 

「……うんうん、全ての数値が異常なし。全てが予想通り。さすがは束さんだね」

 

「見たいのはここから。この平凡でつまらないデータが、どれほど異常で愉快な変化を示すのか。束さんはそれが知りたいのだよ」

 

「そうだなぁ……まずは、意思(こころ)のないコアがどう進化するのか、試させてもらおうかな」

 

 

 

「束さま、明日のお好み焼きは何玉がよろしいですか?」

「え゛、明日? ……えーと、イカで……」

 

 

 

第25話「帰省・お好み焼き」

 

 

 




束さんが外食する時は中途半端に反抗期の高校生みたいになりそう
母親に全部注文言わせる


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第26話「打鉄弐式・✕✕✕✕✕」

バレンタイン短編なんぞ用意してないので初投稿です。


 

 お盆が過ぎ、夏休みも終わりが見えてきた頃。他の専用機持ちは全員出払っている中、今日も俺たちは整備室に缶詰。

 しかし今日は意味も無くうなり声を上げるいつもとは違っていた。

 

「これで」

「やっと」

「打鉄弐式が……」

 

「「「完成!!」」」

 

「……マルチ・ロックオン・システム以外」

「うん」

 

 遂に簪の専用機、【打鉄弐式】が一部を除いて完成。これで堂々と専用機持ちとあのルことができるわけだ。その一部が重要なのには目を瞑る。

 

「長かったなぁ。誰かさんを説得したり説得したり説得したり」

「お世話になりました……」

「まだまだお世話するわよ!!」

 

 偶然ここで出会ったことに始まり、本当に、本当に面倒だった。

 しかしこれで喜んで終わりにはならない。これが

 

「で、ほぼ完成したけども。試運転は何時にする?」

「今日」

「え?」

「だから、今日」

「は?」

 

 早すぎやしないか? アリーナの使用許可だって必要だろう。それも貸し切りの。

 

「全開の作業で完成日は予想できていた……だから前もって借りておいた」

「さすかん*1ね……」

「いぇい」

「そのくせ体調管理できてなかったのか……」

「それは本当にごめん」

 

 ということで第三アリーナへ移動。

 

 

 

 

「じゃあ簪ちゃん、早速お披露目を」

「うん……おいで、【打鉄弐式】」

 

 簪の体が光に包まれ。浮遊しながら装甲を形作る。

 【打鉄】とは異なる水色のスマートな装甲。シールドから大型ウィングスラスターと前後に取り付けられたジェットブースターがその優れた機動性を示す。

 僅かに残された面影に気づかなければ、これが打鉄の後継・発展機とは思わないだろう。

 

「おぉ……」

「感動ね……」

「もう、大げさ」

 

 気まぐれで関わった事とはいえこうし見ると感慨深い。楯無先輩に至っては泣いている。

 

「早速動いて見せてくれよ俺たちは下で見てるからさ」

「うん……」

 

 きぃん、と音を立てて高度を上げ、そのまま上空を飛び回る。出力は60%、70、80……順調に上がっている。問題はなさそうだ。

 

「気分はどうだー?」

『良い感じ! 他の動きも試してみる!』

「……よかったですね、先ぱ……」

「うおおおぉぉぉんぉんおん……」

「うわ」

 

 泣き過ぎで顔が凄いことになっている。簪が降りてくるまでに拭いてくれよ。

 ……しかしまあ、ずっと気にかけていたものな。こうなるのも無理はないか。凄い顔だけど。

 

「よーし基本機動はそんなもんだろ! 一旦降りてこーい!」

『わかった!』

「さ、先輩、顔拭いてください」

「わ゛がっ゛た゛……うっ……」

「うわ」

 

 基本機動は終われば一度補給。軽く点検を挟み、異常が無ければ次にやることは一つ。

 戦闘試験だ。

 

 

「異常無し! バッチリね!」

「さて記念すべき初試合──と言っても軽くだが、俺と先輩どっちにする?」

「勿論。これも決めている……」

 

 大事な一戦。勝ち負け重要なわけでは無いが、初戦ぐらいいい勝負にしたいだろう。どちらを選ぶか。

 

「透で」

「おっけー」

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!??」

 

 いきなり悶絶する先輩。そんなに苦しむほど予想外だったのか。俺も自分が選ばれるとは思ってなかったけどな。

 

「一応聞くが、俺でいいのか? 先輩の方が色々やりやすいと思うぞ?」

「いいの。私がお姉ちゃんに挑むのは……本気で勝ちに行く時だから」

「!」

 

なるほど。未だに対抗心は消えていなかったか。あの時(出会った頃)ならば危うさから来る発言だが、今は違う。いいことだ。

 

「それならしょーがないわね! 今日は大人しく見守るわ!」

「切り替えはやっ」

 

 

 

 

「……来たな」

「お待た……ちょっと待って何でそのダサいやつ着てるの」

「この前脱ぎ忘れた」

 

 更に数分後。良い感じに待ち構えた俺(E:Lethocerus)。こんな間抜けな格好をしている原因は数日前に遡る。遡るが、長くなるので簡潔に説明する。

 

「臨海学校から帰ったら急にこの装備がダサく見えてな」

「うん」

「もしかしたらもう一度海へ行けばかっこよく見えるんじゃないかと思ったんだ。早速学園近海を使わせてもらえないかと先生に相談したんだよ」

「うん」

「怒られた」

「だろうね」

 

 そのショックで脱ぎ忘れて今に至る。あまりにも目立ちすぎるとか何とか。どうして……自由を奪われている。

 

『二人ともー! 準備はいいー?』

「はーい! ……とりあえず、これは解除しておく」

「あ、そんな適当でいいんだ……」

「陸上じゃ産廃だしな……」

 

 解除した《Lethocerus》は拡張領域の中へ。どうせ使わないだろ。一体どうしてこれがかっこいいと思っていたのか理解に苦しむね。皆が揃って食い物に例えるせいで今では俺までそう見えてしまう。

 

「……とまぁおふざけはここまで、一応手加減はするが……負けてやるつもりはないぞ?」

「上等。そうでなきゃあなたを選んだ意味が無い」

「……いいね」

 

 戦闘狂ではないが、俄然やる気が湧いてきた。簪と先輩には悪いが、初試合は黒星で飾ってもらおうか。

 久々の──ばきり。

 

 試合開始まで、3─2─1──開始。

 

「初勝利、もらうよっ!」

「残念、返り討ちだ」

 

 互いに近接武装を取り出して接近。俺は《Scorpion(ブレード)》、簪は《夢現(ゆめうつつ)》。リーチではあちらが上、しかし上手く捌ければこちらが有利。どちらに転ぶかは初手にかかっている。

 

「やあっ!」

「ぅおっ!?」

 

 初手の結果、俺の競り負け。パワー不足が痛い──というか簪がスペック以上のパワーを発揮してやがる。

 

「そこっ!」

「ぬぐっ! やるなぁ!?」

 

 《Scorpion》が届かない距離から連続の突き。こうなると近接を続けるのは厳しい。手を変えよう。

 

「《No.4 Centip──なぁっ!?」

「甘いっ!」

 

 《Centipede(蛇腹剣)》を展開、一旦距離を取ろう──としたところで右腕に衝撃。原因は簪が構える荷電粒子砲《春雷(しゅんらい)》。そいつでまだ完全に展開仕切っていない状態の《Centipede》を打ち抜いた。なんという精度と予測。って分析してる場合じゃない!

 

「反撃は、させない……!」

「強引だなぁクソッ!!」

 

 二門目の《春雷》を構えて連射。それも狙いは正確に、こちらの動きを封じるように手足を狙い撃っている。

 ……かなりきついな。下がれば抜けられるが、それは逃げの手、攻めには繋がらない。結局劣勢のままだ。なら……。

 

「《Bagworm》! 《Spider》!」

「なっ!?」

 

 《Bagworm(防弾マント)》で威力を軽減。完全には防げないが、これで動ける。同時に《Spider(捕縛ネット)》を射出。こちらは躱されるが攻撃は止まった。

 

「やっぱり、抜けてきた!」

「これぐらいは当然!」

 

 ここから反撃、今度はこちらが主導権を──

 

 ──ズドォオオオンッ!!!

 

 聞き覚えのある爆発音、空気を震わす振動。アリーナ中央には土煙。その中には二つの影。

 

「なに、あれ……?」

「──おいおい、聞いてねぇぞ……!」

 

 煙が晴れる。そして、二体の襲撃者が姿を現した。

 

 

 

 

 中央に並ぶ二体のIS──おそらく無人機。以前現れたゴーレムとは異なりシルエットは細く女性的、カラーリングは赤みがかっている。

 ゴーレム(前の)が鉄の巨人ならこいつらは鉄の乙女といったところか。乙女にしては随分と暴力的な見た目だが。

 

「……完全に敵だよね、あれ」

「あ、あれは──」

「二人とも大丈夫っ!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 なんで先輩が、確か一旦ピットに戻ったはずでは……。

 

「あれが墜ちてくると同時に閉じ込められそうになったから急いで飛び降りたわ」

「さすが」

「でももう戻れないわね。どこも完全に締め切られてる。あいつらが入ってきた穴も塞がれてるし、連絡もできない」

「でしょうね」

 

 とりあえず戦力が増えたのはありがたい。記憶が間違ってなければ、俺と簪だけで勝つのは不可能だったからな。

 しかし、先輩が来てもこいつらの相手は厳しい。少しでもマシにするにはこちらの情報を出さなければならない。

 どうしたものか……。

 

「どうする? 今は様子見してるみたいだけど、こっちから仕掛ける?」

「ダメよ。相手がどんな手を持っているかわからない。むやみに手を出すのは危ないわ」

「……そのことについて、聞いてもらえますか?」

「?」

 

 ええい話してしまえ。隠して死んだら一環の終わりなんだ。

 

「あれは束さ……んが作った無人機、名前は確か【ゴーレムⅢ】。クラス対抗戦に乱入してきたやつの発展機です」

「……このタイミングで話すってことは、詳しく知ってるのね?」

「はい。でも俺は資料をチラ見した程度です。知ってるのは名前と主要な機能ぐらいで、詳細なスペックまでは……」

「教えて」

「はい、まず武装は……おわぁ!?」

 

 もう撃ってきた。戦力分析は終わったか。とにかくここからは戦いばがら説明か……面倒だな。

 

「武装はっ! 丁度今撃ってきてる左腕のビームと右腕に構えたブレード、あと可変シールドユニットですっ! どれも特殊機能は付いてませんが、性能はハイレベルですっ!!」

「なるほどねっ! 他はっ!?」

「注意すべき点としてっ! 絶対防御システムのジャミングがあります!」

「はぁっ!?」

「それって! やばいんじゃ!?」

 

 そりゃもう滅茶苦茶やばい。絶対防御がなければ普段は耐えられる攻撃も致命傷になりかねない。もし今必死に躱しているビームが直撃すれば風穴が空くだろう。

 

「つまりこいつは対IS用IS! 完全にこちらを殺しに来てます!」

「殺っ……」

「なら持久戦は無理ね、長引けばこちらが被弾する確率が上がる……」

 

 こちらが取るべきは短期決戦。この攻撃を掻い潜り、可能な限り少ない手数で仕留める。

 

「仕留めるのは私がやるわ。二人はサポートをお願い」

「「了解!!」」

 

 確かに火力は先輩に担当してもらうのが一番か。俺に大した火力ないし。簪も、俺に《春雷》を連射した後では弾数に不安がある。

 せめて《山嵐》が使えたら少しは……いや、たらればはやめておこう。

 

「透くん!」

「っく、危ねぇっ!?」

 

 考え事してる場合じゃない、今は目の前の敵に集中しなければ。

 ……失敗すれば命はない、か。本当に厄介な物作りやがって。マジ今度会ったら覚えてろよ束様。

 

 

 

 

「そこっ!」

「やあっ!」

「死ねっ!!」

 

 予想外の戦闘。初めて連携するが、何とか形にはなっている。

 

「簪ちゃんは下がって! 透くんは援護射撃増やして!」

「りょ、了解!」

「了解!」

 

 それも先輩の支持のお陰か。以前一夏や凰と連携したときよりずっとやりやすい。ロシア代表、全生徒の長って肩書きは伊達じゃないんだな。

 

「『清き熱情(クリア・パッション)』!」

「!? ──!!?」

「うわすっげ……」

「さすおね*2……」

 

 爆発が【ゴーレムⅢ】を包む。俺が食らったら八割は持っていかれそうな火力だ。

 そんな攻撃を可能にしているのは先輩のIS【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】を包み込む《アクア・ナノマシン》によるもの。

 クリスタル状のビットから流れる攻防一体の水のヴェールが、一見装甲の少ない全身と刃渡りの短い武装をカバーしている。

 

「透くん合わせてっ!」

「了解! 《Centipede》!」

「簪ちゃん!」

「はいっ!」

 

 同時に相手していた打ちの一体を弾き飛ばし、先輩の持つ蛇腹剣《ラスティー・ネイル》と俺の《Centipede》をもう一体に叩きつけ、そこに《春雷》の砲撃。完璧に決まった……が。

 

「──」

「っこれでも無傷。固すぎじゃない?」

「もう一体まで削りきれるかな……?」

 

 見たところ、どちらもあまりダメージが無さそうだ。

 

「あうっ!」

「簪ちゃん!」

「っくそっ!」

 

 簪が被弾した。何とかシールドエネルギーと装甲で相殺仕切れているが、問題はそこだけじゃない。

 開始直後なら今の攻撃も避けられたはず、下手に被弾すれば即死の危険のある戦い。想像以上に気力を消耗するな。

 

「簪ちゃんはもう前に出ないで! その分は透くん頑張ってね!」

「うへあ、了解!」

「っ……うん」

 

 一度被弾した者はもう前に出せない、下げざるを得ないか。これでまた厳しくなる。

 

「そろそろキツいですねっ! どうします?」

「……手はあるわ」

「あるの!?」

 

 だったら早く──いや、出せなかったのか。

 

「……一応聞きます」

「私の持つアクア・ナノマシンを集中させて、最大火力の一撃で装甲を突き破るわ。上手くいけば倒せる」

「お姉ちゃん、それって……」

「絶対防御が封じられている今、防御を捨てて最大火力なんて使ったら反動で動けなくなる。もし動けても、ナノマシンは殆ど使い切るわ」

「……危ない手ですね」

 

 よくて相打ちの諸刃の剣。そう軽々しく使えるものじゃないか。

 

「それをやる気ですか、今」

「今しかないの。これ以上消耗したら使えなくなる。そうなれば負けは確実よ。成功率は……五分ってとこね」

「……きっついな」

 

 一発限りの大技。敵は二体。上手く同時に当てたところで100%の威力は発揮できない。倒し切れれば無問題だが、もし一方、或いは両方を仕留め損なったら……。

 

「待って」

「どうした? まだ何か?」

「私なら、確実に仕留められるようにできる」

「……本当?」

 

 簪にそんな手があったか? 追撃?拘束? 一体何を。

 

「マニュアルで《山嵐》を使う。それなら足りない火力を埋められる」

「確かに火力は足りるだろうが……」

「手間がかかるんじゃないの? それに半分ぐらいしか制御できないんじゃ……」

 

 全弾命中ならともかく、半分では足りるか怪しい。それに発射まで時間がかかり過ぎれば先輩に攻撃が間に合わない。時間稼ぎもお礼取りでやることになるし……。

 

「……マニュアルの誘導システムならもう搭載してる。精度は問題ない」

「いつの間に……いや、それでも時間は……?」

「それは……」

 

 両手足の装甲を量子変換、代わりに各手足に二枚、計八枚の球状(スフィア)キーボードを展開する。まさかこれ全部使う気か。

 

「これなら三十、いや二十秒でいける。私も初試合を邪魔されて頭に来てるの。……これでどう?」

「……いや、もう疑わねーよ。先輩もいいですよね?」

「……うん。任せるわ」

 

 据わった目で見られたら拒否できねーよ。これから簪のことは怒らせないようにしよう。

 それに目が怖いのはともかく、信じて良さそうだしな。

 

「でも無理だけはしないで。最悪二人で逃げることも考えなさい」

「そんなことできませんよ」

「えっ……」

 

 いやだって逃げろと言われても。

 

「全部封鎖されてるじゃないですか」

「あ、うん……」

「……やっぱり鈍い」

 

 

「よし、頼むぞ簪!」

「うん!」

 

 先ずは足止め。といっても大した時間ではないが……前衛は俺だけ。それで二体を相手するのはかなり厳しい。この後のことを考えると距離を離しすぎるのもよくない。二体を近づけて、後ろに抜けさせずに留める。一発も被弾せずに。

 

「──!」

「────! ──」

「無言で来んな! 死ね!」

 

 約二十秒。ISによって加速された思考の中では酷く長い時間に感じる。防御に徹してギリギリ持つかどうかだ。

 

「後何秒!?」

『十秒!!』

「まだ半分っ……だあクソッ! クソわよっ!!」

 

 左右から向けられるブレードを捌きながらビームを躱して一撃、目が回りそうだ。こうなるならもっと対複数の訓練でも積んでおくんだった。

 

「《No.8 Spider》! 《Spider》《Spider》!! 止まってろクソが!!!」

「「──!?」」

「ついでだ!! 《No.2 Hornet》《No.11 Cockroach》!!」

 

 躱しきれない至近距離でネット連射。ニードルガンの《Hornet》をありったけ撃って抜けるのを妨害、《Cockroach》はおまけだ。派手に爆発してくれ。後は……。

 

「簪!! 時間足りたかっ!?」

「完璧」

 

 肩部ウイングスラスターが展開。中から八連装ミサイルが六カ所の計四八発が顔を出す。

 

「もう、逃がさないっ……!

 

 《山嵐》っ!!」

 

 一斉に襲いかかるミサイル。その全てが完全にマニュアル制御され、複雑な軌道で接近する。

 

「────」

「無駄、だよっ……」

 

 拘束を解きながらシールドユニットを展開、同時に熱線を利用して迎撃を試みる【ゴーレムⅢ】。しかし一部のミサイルが計算され尽くした動きでその防御を吹き飛ばす。

 

「「──!??」」

「これで、丸裸!!」

 

 何とか拘束から抜け出し、回避を試みてももう遅い。残るミサイルが剥き出しの身体に直撃する。

 しかしそれでも完全破壊には至らず。あちこち損傷した機体で反撃に移ろうとする二体。しかしそれはもう無意味。なぜなら──

 

「お姉ちゃん! 今の内にっ!!」

「うん!」

 

 先輩が決めるからだ。最低限の防御以外のアクア・ナノマシンを穂先に集中。巨大な水の螺旋を纏わせて突撃する。

 そこに()()だ。

 

「楯無先輩! ()()を!!」

「! ありがとう、二人とも下がって!! これが【ミステリアス・レイディ】の最高火力──

 

 ──『ミストルテインの槍』、発動!!」

 

 そして、今日一番の爆発が敵を包んだ。

 

 

 

 

「お姉ちゃん!」

「待て!」

 

 楯無先輩の切り札が炸裂し、その爆風で煙が巻き上がる。衝撃でハイパーセンサーでもちゃんと見えない。復帰まで後数秒……見えた。

 

「倒し……てる?」

「い、いえーい……」

「お、先輩生きてるな、ヨシ!」

 

 完全にがらくたと化した機体。少し離れて倒れた先輩が弱々しく、しかし笑顔で親指を立てる。

 

「無事でよかった、お姉ちゃあん……」

()()のお陰ね。もしそのまま突っ込んでたらどうなってたか……」

「役に立って何よりです。うわボロボロ」

 

 先輩が敵に突撃する直前。土壇場で展開した《No.9 Bagworm》──防弾・防刃・耐熱性のマント──を投げ渡した。それでも完全には防げなかった様だが……ミンチになるのは防げたな。

 

「とにかく全員五体満足でよかったわ、これで終わり……よね?」

「うん、これで出られる……あれ?」

「シールドが、戻ってない?」

 

 それだけじゃない。奴らが入ってきた時に遮断された通信も回復していない。

 復旧が遅れている? そんなことがあるか? こいつらは束様が送り込んだ、それは間違いない。それが破壊されても通信を遮断し続けている? 一体何故?

 

「いやまて……おかしいぞ……」

「どうしたの?」

 

 背筋が凍る。嫌な予想が頭を駆け巡る。これが意図的な物だとしたら? 態と復旧させていないなら?

 大体今日の目的は何だ? 俺達のデータ取り? こんな殺意に満ちた機体で? 本当にそれだけか?

 目的は別にある? なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 

「ねえ、透。あれ……」

「何だ? あれは……」

 

 簪が指差す先。がらくたから転がる球体。全部で四つのそれらには確かに見覚えがある。

 

I()S()()()……!」

「え?」

「今すぐここから出るぞっ!! あれは──増援だ!!!」

 

 全部で四つのISコア。その全てが粒子を放出。溢れ出した粒子が形を成し、四機のISが展開され──

 

「嘘、でしょ……」

「だって今……そんな……」

「遅かったかっ……」

 

 ──絶望(ゴーレムⅢ)が現れた。

 

 

 

「……さぁここからだよ。死ぬ気で行ってみようか、とーくん?」

 

 

第26話「打鉄弐式・ゴーレムⅢ」

 

 

 

*1
さすが簪ちゃん

*2
さすがはお姉ちゃん




おかわり


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第27話「無謀・蛹」

やっぱり戦闘書くのは苦手なので初投稿です。


 

「……さて、どうしましょう?」

「どうしましょうって……」

 

 無人機を破壊した俺たちを嘲笑うように現れた増援。俺はとりあえず正面に立ち状況を確認する。

 二体でも大きなダメージを受け、楯無先輩は戦闘不能。その状態で今度は倍の数。

 

「もう戦って勝つのは無理ですね。逃げるのも……」

「無理ね。隔壁は閉じたままだし。穴ももう塞がってるし」

「《山嵐》ならぶち抜けないですかね?」

「火力は足りる……けど、あの数相手に発射準備が間に合うとは思えない」

 

 状況整理終わり……だが結果は詰み、これ終わったんじゃないか?

 

「……やっぱり、私を」

「置いて行きませんよ。そうしたって逃げられないですしね」

「でも、今戦えない私がいたら……」

「だからって見殺しにしろと? お断りですよ」

「うん……。ここは私たちに任せて……」

 

 任せて、か。それが無謀だと言うことは簪もわかっているはず。勝率はほぼ0。

 それでも戦う。いや、戦わなければ死ぬ。

 

「簪、《山嵐》はあと何回使える?」

「四八発を二回」

「きっついな……」

 

 仮に《山嵐》を全弾命中させても倒せるのは一体。複数同時に倒そうとしたら二回使う必要がある。

 俺の武装ではどうやっても一体倒すのが限界。それもそれなりにダメージを与えた状態からでないと攻撃は通らない。

 更に俺は《Hornet》が弾切れに《Bagworm》はもはやぼろ切れと化している。

 ……考えれば考えるほど戦力差がおかしいな。一体どういう目的でこんな数を送り込んだんだあの人は?

 

「──、──」

「────」

「……あっちも、もうやる気みたい」

「だな。とりあえず引き気味で攻めるぞ。先輩からは離れてな」

「了解……来る!」

 

 尽きない疑問は置いといて、まずは二体が動く。被弾率を少しでも下げつつ巻き込みを防ぐ戦い方を決める。

 第二ラウンド、開始。

 

 

 

「《Bonbardier》!」

「──! ──、────」

「っ効かねえかクソ……」

 

 先ずは牽制の一発。しかし全く効いていない。一応俺の持つ中では火力ある方なんだが……っとそれどころじゃない。すぐに反撃が来る。

 

「────!」

「────、──!」

「っ危ねえっ!」

 

 接近してきた一体の近接攻撃、その奥からビームの連射。即死級の威力で襲い来る全てをギリギリで躱して反撃。しかしそれもノーダメージ、全く嫌になるな。

 

「────」

「《Scorpi──」

 

 ぎっ……ばきん。

 

「っ! 折れたぁ!?」

 

 回避しきれなかった斬撃を《Scorpion》で受け止める……が、一瞬刃を止めただけであっさりと折れる。

 残武器数10。

 

「──! ──!」

「《Longicorn》!《Spider》!」

「──」

「っダメか……」

 

 武器破壊を主機能とした《Longicorn》。どうにかブレードを受け止めることは成功したが破壊には至らず。ほんの少し刃を欠けさせて砕ける。

 《Spider》の拘束もあっさりと破られ、残弾は0。

 残武器数8。

 

「──!」

「ぐぉっ!?」

 

 背後からの射撃。簪と戦っている奴からか。直撃こそ免れるが大きく体勢が崩れる。

 

「透!」

「気にすんなっ! そっちに集中しろっ!」

「───」

 

 そこへ振り下ろされる一太刀を《Weevil》で防御。両断は免れたが完全にひん曲がってしまった、もう使い物にはならないだろう。残武器数7。

 ……簪もかなり疲れてるな。安心したところに追加の敵。敵の数は倍で味方は一人減った状態。それも一番頼れる姉が倒れては動揺もする。

 限界が近い。

 

「ックソ! 《Cockroach》! 《Bonbardier》! ぶっ飛べぇっ!!」

「────っ」

 

 自立式爆弾と高圧ガス噴射の同時発射。以前ゴーレムⅠの右腕を吹き飛ばしたコンボ。あの時の数倍の《Cockroach》と《Bonbardier》の残りエネルギー全てをつぎ込んでの起爆。これで少しは──

 

「……──」

「これでもダメか……」

 

 煙が晴れ、そこにいたのは少々装甲が焦げた程度のゴーレムⅢ。俺の最大火力すら通じない。

 

 きぃん……。

 

 背後からの金属音。これは左手にチャージしている音。

 

「やっべ!」

 

 今の体勢では躱せない。当たれば風穴、もしくは蒸発。ここは……。

 

「盾になれ、《Lethocerus》!」

 

 通常なら機体の上から着込む《Lethocerus》を前方に遠隔展開。その直後ビームに焼かれ、見事に破壊される。が、どうにか防ぎきった。

 残武器数5。

 

「きゃああっ!」

「簪っ!」

 

 簪が被弾。致命傷は避けられたようだが……もうエネルギーは残っていないのか。フラフラと飛んで……地に落ちた。

 

「……ぅ」

「簪ちゃん!」

「……気絶したか。 後は俺だけ──」

 

 話す隙すら与えず攻撃。かっこつけぐらいさせてくれ。

 

「ちょっとは空気読めよこのっ……《Grasshopper》!《Ant》!」

 

 一対四。もう遠距離武装はない。ならば至近距離でビームを撃たせないよう攻め続けるしかない。

 しかし同時に殴り合いができるのは一体のみ。防御に専念しても二体が限界。当然残る二体は自由に動けるわけで──

 

「ぁ、がっ……」

「──」

「ぎっ……このっ……」

 

 まともな勝負になるはずもなく、じわじわと追い詰められることしかできない。

 

「はーっ、はーっ……」

「──……」

 

 既にボロボロな状態でもまだ倒れずに戦えているのは何故か。それはゴーレム共の挙動にある。

 

「《Centi……pede》!」

「! ……──」

「遊びやがって……!」

 

 《Grasshopper》を破壊した辺りから、急にゴーレムの攻撃が減った。こちらの弱い攻撃を受け止め、煽るよう武器を壊す。時々思い出したかのようにする攻撃は、こちらを馬鹿にしたような威力。

 僅かにエネルギーが減り、態勢が崩れる。もちろんこの状態でも攻撃は飛んでこない。早く立てと待ち構えている。

 

「上等だよ……だったら、満足するまで付き合ってやる……!」

 

 しかし背は向けられず、疲労で震える身体を奮い立たせて無謀な戦いを再開する。

 

 そして、

 

 がきっ……ばきん。

 

「ぐぁ……う……」

「透、くん……」

 

 遂に限界。武器は全て破壊され、装甲も直に消滅する。

 体中が痛い。手も足も、背も腹も、ありとあらゆるところが酷く痛む。

 

「ご、ぷっ……」

 

 喉を焼かれるような感覚、鼻に抜ける鉄臭さと目の前に広がる赤で自分が吐血したことを知る。内臓までダメージがいっていたか。

 

「ぐっ……あ……」

 

 呼吸の度に肺が締め付けられる感覚。胸の痛みからして、折れた肋が肺に刺さっているのか。

 かろうじて意識を保てているが、いつまで持つか。視界は暗くなり始め、末端は麻痺している。

 

「───」

「────、──」

 

 戦えない俺を見たゴーレムは、もう用は無いと言わんばかりに背を向ける。

 その先には、楯無先輩と簪。

 

「……っ…!」

「……」

 

 向こうで先輩が何か叫んでいる。心配しているのか、怯えているのか、助けを求めているのか。もう聴覚すら失われつつある俺にはわからないが。

 

 酷く眠い。血が足りなくなったか、それとも……。いや、もういい。十分戦った。二人には悪いけど、俺はここで眠らせて貰おう。

 

 これで終わりか。こんなところで死ぬのか。生きるために束さま(あの人)に付いて、まさかその本人に殺されるとはな。

 

 ゆっくりと閉じていく視界の中で、ゴーレムが二人に砲口を向ける。そこへ光が集まって──

 

「──?」

「……だぁっ、め、だっ……」

 

 気がつけば、俺はゴーレムを突き飛ばし、二人の前に立ちふさがる。

 

「っとおる、くん……?」

 

 驚き固まる先輩。驚いてるのはこっちもだ。どうして庇う真似なんか。こんなこと俺のキャラじゃないってのに、

 

「──相手、はっ、おれだ!!」

 

 こんな、馬鹿なことを。

 

「あああああぁっっ!!!」

 

 無我夢中で突撃。武器はなく、砕けた装甲を叩きつけるように手足を動かす。

 攻撃とも呼べぬ足掻き、もちろん効くはずはない。少し、ほんの少しでも時間を稼ぐんだ。そうすれば誰か応援が来るかもしれない、助かるかもしれない。あり得ない希望に縋るように、ひたすら戦いを続ける。

 

「っくそぉっ!」

「───!」

 

 思い切り身体を捻って繰り出した蹴り。僅かでも怯めば、効いてくれれば。

 その一撃が相手に届くことはなく。

 

「ぁ」

「──いやあああああああっっっ!!」

 

 切り飛ばされた左足が宙を舞う。膝から下が急に軽くなり、断面に触れた空気に一瞬冷たさを感じた後、焼けるような痛みが走る。

 そこで意識は途切れた。

 

 

 

 

 

「…………ん」

 

 何もない平面が続き、自分以外の存在は全く見受けられない謎の空間で目を覚ます。

 

「どこだ、ここ……?」

 

 上下左右全てが黒、黒、黒。わけもわからぬまま()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……立つ? 歩く?

 

「足が、ある」

 

 確かさっき切られて、それで……。ああ。

 

「これは夢」

『じゃないぞ』

「うおぁ!?」

 

 突然背後からの声。ここには誰もいないはずでは、いやそれよりこの声は何だ?

 

『そんなに驚くなよ、()

「……俺?」

 

 俺がいた。

 

「何だお前!?」

『だから俺は俺だよ、九十九透。お前と同じ、ISを動かせる二人目の男子さ』

「……随分ぶっ飛んだ夢だな」

 

 自分が目の前にいて語りかけてくるとは。中々、いやかなり不思議な体験だ。まるで鏡のようにそっくり、声もそのまま。一周回って不気味ですらある。

 

『……あくまで夢扱いか。まあ俺らしいな』

「悪いな。でその俺が……紛らわしいな、(2)(かっこに)で」

『じゃあお前は(1)(かっこいち)で』

 

 目の前の九十九透(2)は呆れたような表情を浮かべて(1)()を見る。他人から見た俺はこんな感じなのだろうか。

 

『もういいか?』

「あ、悪い。それで(2)が何の用だ?」

『そうそう、俺たちこのままじゃ死ぬから』

「……」

 

 まあ、わかってる。ここが夢の中なら、現実の俺は満身創痍で敵の前に横たわっている。攻撃されれば即死、放置されても出血多量で死ぬ。

 今夢を見ているのも走馬燈か何かだろう。

 

「……二人はどうなってる?」

『さあね。少なくとも今は死んでないが……まあ直ぐに殺されるだろうな』

「そうか……」

 

 先に死ぬのはたぶん俺。二人とは天国で再会か、それとも俺は地獄行きかな? あの二人ならきっと天国だろうが、俺は日頃の行いが悪いからなぁ。

 ……なんだかんだ人助けもしたし、俺も救われたりしないだろうか。

 

『おいおい、もう死ぬ前提の話か? そう簡単に受け入れないでくれよ』

「……いや、そんなこと言われてもなぁ……」

 

 さっきも言ったが俺は満身創痍。ISだってもう動かせない、どれだけ足掻いたってもう……。

 

『……俺ともあろう者が情けない。なら、これでどうだ?』

「は──っ!?」

 

 ぼきっ。聞き慣れた指の音が響く。同時に何も無かった景色が一変した。

 気絶する直前のアリーナ。切り取ったような景色はスローモーションの様に動いている。

 

()()の時間の流れは外と違うから、スローに見えているが……これが今俺たちの周りの景色そのままだ』

「……」

『景色だけじゃないぞ、ほら、足』

「え? ……痛っ!? は!?」

 

 周囲ばかり見ていて気がつかなかった。いつの間にか左足がなくなっていることに。

 足だけじゃない、全身の至る所が傷だらけ。理解した途端、現実とそっくり同じ痛みに襲われる。

 

「──ぅ、ぐっ……」

『耐えているとこ悪いが、話はまだ途中なんだ……聞いてるか?』

「ぃ、ぎぐっ……ああ、続け、ろ」

 

 意識が飛びそうな──飛んでるからここにいるのだが──痛みに耐えながら話を聞く構え。頭がおかしくなりそうだ。

 

『……向かって左側、見える?』

「ひだ、り? ……あ、せんぱ、い?」

『そう。たった今立ち上がって、俺たちと簪を守ろうとしてる』

「!?」

 

 なぜ、どうして。先輩はもう生身なのに。妹の簪はまだしも、赤の他人なんかを。

 スローな世界でもわかる。あんなにボロボロで、弱々しくて、勝てるわけ無いのに。

 

『そう、勝てるわけない。軽く突き飛ばされて、一撃で殺される。もってあと十秒かな』

「そんなこと──」

『嫌か? でもお前、さっき諦めてたよな?』

「っ!」

 

 ……そうだ。確かに俺は諦めた。もういいやと、死んだ後のことなんか考えて。

 先輩は、こんなにも必死に生きているのに。

 ああ、自分で自分に腹が立つ。

 

「……おい」

『んー?』

「わざわざこんな趣味の悪い生中継を見せてきたんだ。お前には、このクソみたいな現実をどうにかする方法があるんだろ?」

『あると言ったら?』

 

 俺ならわかっているだろうに、性格が悪いな。

 

「今すぐ教えろ。いややれ。それで助かるんだろ?」

『急に命令か? さっきは諦めてたくせに』

「知ったことか。使える物は何でも使う、何が何でも生き延びる。それが俺の生存戦略なんだよ」

『……ああ。それでいい。それが聞きたかった』

 

 再び指が鳴る。景色は元の真っ暗闇。(1)()(2)()の二人だけ。

 

『なら早速始めよう──の前に、一応これも聞いとかないと。形式的なやつでな』

「?」

『正直に答えてくれれば良い。いくぞ──』

 

 そう言って薄く笑った顔つきに変わった(2)は、わかりきった問いを投げかける。

 

『力を欲しますか? 何のために?』

「……欲する。生きる(死なない)ために……!」

『了解。俺たちは、二人で一つだ。先ずは欠けた物を取り戻して、足りない分はかき集めて、全部混ぜ合わせたら──

 

 ──逆襲の(とき)だ』

 

 どこかで、かちりと音がした。

 

 

 

 

「……いや。いや、透くん。死なないで……」

 

 目の前で嬲られ、切られ、倒れ伏した透くん。意識を失っているのか、いくら声をかけても反応はない。

 もう戦える者はいない。ゆっくりと迫る目の前の敵に、抗う術はない。

 

「──、──」

「こ、のっ……」

 

 無意味な足掻きとわかっていても、散らばった装甲の欠片を掴んで立ち上がる。私はどうなってもいい。それでも簪ちゃんと、透くんを守らなければいけないんだ。

 

「──!」

「ああっ!」

 

 欠片を振り上げて突撃。しかしまるで子どもを相手するように受け止め、突き飛ばされる。

 

「────」

 

 きぃん。

 

 無人機の左手に光が集まる。つまりは熱線の発射準備、抵抗の意志を見せた私から殺すつもりか。

 

「……ぁ、ああ……」

 

 覚悟していたはずなのに、身体が動かない。声が出ない。

 いやだ、死にたくない。今私が死んだら二人は──

 

がらん。

 

「──え」

 

 無人機の背後、少し離れた先に倒れる彼から、何かが崩れたような音が響く。彼自身は動いていないのに、独りでに崩れた? いや、そもそも彼の側には何も転がっていない。

 

「──?」

「────」

 

 無人機にもこの音は聞こえたか、攻撃を中断して彼に注目する。音の正体を探るためか、遠巻きに近づかずに眺めている。

 そして見つめる先、倒れた彼がそのままの姿勢で浮き上がり、そこへを中心に欠けた武装、砕けた装甲が集まっていく。

 

「……?」

 

 集まった破片が混ざり、まるで殻のように彼を包んでいく。その姿はまるで蛹のよう。

 

「何が起こってるの……?」

 

 蛹は膨張を続ける。最初に集めた分では足りないのか、アリーナの内壁と破壊された無人機二体を引き寄せ、取り込んでいく。

 

「あっ……」

 

 散らばった【ミステリアス・レイディ】のアクア・ナノマシン、《山嵐》の破片すらもかき集めて膨張。既に大きさは四倍近い。

 

「──!」

「っだめ!!」

 

 さすがにこれは止めるべきと判断したのか、一体がブレードを構え中身ごと両断しにかかる。が、

 

「────!?」

 

 突き刺したブレードが右腕ごと食われたように消滅する。

 裂け目からは黒い糸が飛び出し、困惑したような素振りを見せる無人機の全身を覆い尽くしながら飲み込んでいく。

 

「あれは、あんなものが『第二形態移行(セカンド・シフト)』?」

 

 味方が取り込まれたのを目の当たりにして動けない無人機。蛹はそれをまるで意に介さずに変異を続け、透き通った殻越しに中身が見える。

 蹲った身体を包む装甲は蛹の大きさに見合う規格(サイズ)。攻撃的なシルエットは成虫の証。

 変異が完了し、羽化を始めた蛹がもぞもぞと動き始める。私たちはただ見ていることしかできない。

 表面に亀裂が入る。そして、

 

「『うぅううん」』

 

 蛹が割れた。

 

 

 

第27話「無謀・蛹」

 

 

 




羽化


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第28話「羽化・終了」

見て! 作者が初投稿しているよ
前回予約投稿失敗した分遅く更新したのにね


 

「『やっと出てこれた。第二形態移行(セカンド・シフト)も手間がかかるもんだな」』

 

 形態移行(フォームシフト)が完了。先ほどまで自分を包んでいた、今は玉子の薄皮のようにペラペラとなった膜を押しのけて身体を起こす。

 

「『敵はーひぃふぅみぃ、一体減ってる……のは俺が取り込んだんだったっけ。二人は……ああ、生きてるな」』

 

 少し離れてこちらを窺う無人機を数えて、ついでに二人の無事……おそらく無事を確認。

 

「『んん? なんか声おかしくないか? ……まあいいか」』

「と、透くん? 大丈夫なの?」

「『あー……まあ()()大丈夫ってことで。そんなことより、先輩は簪と下がっててください」』

「え、いやちょっ」

「『後は俺が……片付け(殺し)ます」』

 

 先輩が止めようとしているがこれは無視。俺も今は動けているが、都合よく全快したわけじゃあないんでな。

 羽を伸ばすように、蛹の中では押し縮められていた装甲(身体)を広げながらデータを取得。これが【Bug(俺たち)】の第二形態(セカンド・フォーム)──

 

 ──【Bug-VenoMillion(バグ・ヴェノミリオン)】。

 

「『ほぉほぉふーん、なるほどね。大体理解した……」』

 

 片っ端から吸収した武装は統合され、第一形態より遙かに巨大化した装甲に変化。両腕に《Ant》、左手に《Longicorn》と《Hornet》、右手に《Bonbardier》、尾は《Centipede》と《Scorpion》、さらにさらに……多いな。もう使うときに確認しよう。

 

「───」

「……──」

「『ああ! 待たせて悪い。何時でも来いよ、もう確認は済んだからな」』

「──、………」

「『来ないのか? 随分消極的になったな。なら……」』

 

 ごきっ…ごきり。

 

「『こっちから、だっ!!」』

 

 思い切り踏み込んでの突進、両脚の《Grasshopper》と増設されたブースターによって得た《白式・雪羅》にも匹敵する加速度。

 もう追いつけない、追いつかせない。まだ俺が動ける内に、全て破壊()してやる。

 《Longicorn》の大顎で挟み込み、万力のごとく締め上げる。このままへし折ってやってもいいが、どうせならもっといいことしよう。

 

「ギッ……ギ……」

「『機械のくせに苦しそうな声出すじゃないか。潰しがいがあるよ」』

「ガガッ」

「『燃えちまえ」』

 

 瞬間、右腕の砲口から放たれた爆炎がゴーレムⅢを包む。予想以上の威力、対人では要調整だな。

 

「……ギ、」

「『まだ動け(生きて)るな? ちゃんと()してやるからっ!?」』

「……」

 

 脇腹に衝撃。まだ塞がってない傷口に響く。横に控えてる奴が撃ってきたか。

 

「『……邪魔するな、お前らがしていいのは順番待ちだよ」』

 

 どうせそう時間はかけられないんだ。一体あたり一分で。

 

「『死ね」』

「──ガッ!?」

 

 尾を伸ばして薙ぎ払い、追って背中から追尾爆弾(ゴキブリ)を飛ばして起爆。

 切れ味、スピード、火力。その全てが以前とは比較にならないほど強化されている。絶対防御無しで熱線を受け切れたことから防御力も同様。まだ試していない部分もそうだろう。

 

「『ッハハ、ハハハハハ! いい、いいぞこれは! 多彩さはそのままに、全ての性能がグレードアップ、理想以上の進化だ!」』

 

 楽しい。思う存分力を振るえるのが楽しくてたまらない。身体が万全ならずっと続けていたいぐらいだ。

 

「『ぶっ、潰れ、ろっ!!」』

「──!!?!?」

 

 ぐしゃっ。

 

 地表に落下した敵に垂直落下。飛蝗の脚と落下の加速の合わせ技。致命的な破損を与えたことが感触で伝わる。

 

「『次はお前だ」』

「!? ガッ!?」

 

 標的を変えて無傷のゴーレムへ、こいつはタコ殴りの刑だ。

 

「『ははははははは!!」』

「……ッ、……! ……」

 

 耳障りな破壊音が響く。拳が当たる度に装甲が歪み、砕け、破壊されていく。それでも攻撃は止めない。息の根止めるまで──

 

「『これで、死ねっ!」』

「──ッ!?」

 

 頭──厳密には頭だったひしゃげたものを掴んで叩きつけ、ついでに一蹴り。これで三体目、全部潰した。

 その証拠にアリーナの封鎖は解除され、内部障壁も収納されている。……ほとんど俺が取り込んじまったが、これ悪くないよな?

 

「あの無人機を、たった一人で……」

「『先輩、怪我はありませんか?」』

「う、うん……。ってそっちの怪我は!?」

「『これが終わったらちゃんと医務室行きますよ。簪は……大丈夫そうかな」』

 

 ──ザザッ

 

『九十九! 聞こえるか!? 何が起こっている!?』

「『……ああ先生。お疲れ様です」』

 

 通信も復旧。これ以上敵は来ないと言うことか。とりあえず安心だな。

 

「『ちょっとアクシデントで、襲撃がありました。全部倒しましたが怪我人が俺含め三人、用意お願いします。では」』

『あ、ああ……』

 

 なんか困惑しているな。スラスラ説明しすぎたか? 吃るよりはマシだろうしいいか。

 

「『連絡はしときました。少し待てば救護……が……あたた」』

「大丈夫!?」

「『ちょっとアバラが。本当は今すぐ寝たいんですけどね……まだやり残しがあるんで」』

「やり残し?」

 

 先輩の問には応えず、倒れた無人機へと歩き出す。

 

「『狸寝入りのつもりか? この程度で騙せると思ったなら心外だな」』

「……」

「───」

「……──」

「『ほら、制作者の性格が滲み出てるぞ」』

 

 これも聞かれているだろうが、この際だし好きに言わせてもらおうか。

 どうせまだ生きていようと関係ない。もうこいつらは、指一本触れずに殺せる。

 

「……ギ?」

「ガッ!? ──ギ─」

「……!? ─ガ──」

「『ははっ。殺虫剤かけたゴキブリみたいだ」』

 

 見透かされた途端動き出した無人機は飛び立つこともできず、ただ地べたで這いずるのみ。なぜ思うように動けないのかわかっていないようだ。

 束様の研究所でよく見た。退治役押しつけられてきたからなぁ。今度は逆に素手でやらせようか。

 

「『説明が欲しいか? 欲しそうだなぁ、教えてやるよ」』

 

 聞かれちゃいないが、勝手に話す。完全に死ぬまで時間もあるしな。

 

「『俺が全員に攻撃した時、尻尾で吹き飛ばしたやつな。あの瞬間、攻撃と一緒にナノマシンを植え付けておいた」』

 

 このナノマシンは【ミステリアス・レイディ】のアクア・ナノマシンを解析して得たもの。性能は全くの別物になったがな。

 

「『こいつが対象のエネルギーを少しずつ奪って、ハイパーセンサーやらその他の感知システムやらにジャミングをかけてる。生身のないお前ら無人機はそれがなきゃ何もできない」』

「…………」

「──」

「……──……─」

 

 有人機ならば、ハイパーセンサーが遮断されても生身の感覚である程度は補える。しかしこいつらは無人機。電子制御が効かなければ盲目失聴状態に等しい。まともに動くこともできないだろう。

 それでも生きているとはさすがのしぶとさ。二度と見たくないな。

 いい加減傷の痛みも我慢ならなくなってきたし、そろそろ終わらせよう。

 

「……ギガッ!? グ……」

「──キ、ヵ……」

「ガ……──」

「『そしてこれが単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)。名前はそう……

 『Venomic The End(暴毒命終)』てとこかな」』

 

 ジャミングを機動制御まで拡張、ついでに奪うエネルギー量を引き上げ、一気に削りきる。つまりはナノマシンの暴走。これで完全に動けない、目も触覚も手足も羽も捥がれた蝶と同じだ。

 

「『あとは──って、ん?」』

「────」

「──」

「─」

「『ああ、もう死んだか」』

 

 完全に沈黙したことを確認。ワンオフも解除。意外とあっけなかったな。

 

「九十九! 大丈夫か!」

「『助かった……か……」』

 

 やっと救援が来た。力が抜ける。ISも解除され、もう立つ気力も残っていない。

 

「あ、がふっ…」

「透くん!」

 

 気が抜けた瞬間、勢いよく吐血。手も足も内臓も千切れそうなほど──足は本当に千切れてるけど──痛い。どうやらこいつの力は、今の俺には大き過ぎたらしい。

 先輩の声、元気そうだ。身体張った甲斐があったな。

 これで安心して、寝られ……る……。

 

『じゃ、また後で』

 

 

 

 

 モニターに照らされた薄暗い部屋の中。機械部品で埋まった空間の真ん中で一人笑い転げる。

 笑う理由はもちろん、目の前のモニターに映し出された戦闘模様。

 

「あっははははははは!!! すごい、すごいよとーくん! 期待以上で最高だ!」

 

 可笑しくて可笑しくて堪らない。なんとなく拾ったちっぽけな失敗作が、これほど魅せてくれるとは。全く気まぐれも馬鹿にできない。

 

「ひーーーっ、ひーー……、ふぅー……。いやぁ。まさかの結果だねぇ。第二形態移行(セカンド・シフト)は予想通りだったけど、吸収とはねぇ」

 

 学習したデータを形態移行(フォーム・シフト)に反映させて新たな武装を構築するのは珍しい話ではない。いっくんの【白式・雪羅】もおフランスの武装を借りた経験から荷電粒子砲を生み出しているし、紅椿の無段階移行(シームレス・シフト)も同じ原理だ。

 しかし【Bug-Hu……今は【Bug-VenoMillion】は、データだけでなく取り込んだパーツと機体からも構築している。ナノマシンはあの水色、ジャミング機能はゴーレムⅢ。さらに本来の機能から大幅に変更して使いこなしている。

 この原因は何か、思い当たるのは……コアごとゴーレムを取り込んでいたこと? しかし送られてきた情報ではコアは一つのまま……。

 

「それよりも、もーっと気になるのはーー?」

 

 簡単な考察は置いといて、もう一つの疑問へ思考を向ける。

 

()()()()()()かぁ、何時生まれたのかなぁ、どんな子かなぁ。どこまで一緒なのかなぁ、覗いてみたいなぁ」

 

 搭乗者とコアの人格が同一なんて今まで起こりえなかった。空っぽのコアに人が触れたことなんて無かったのだから。

 好奇心が止めどなく溢れてくる。今すぐにでもコアに接続したい。隅から隅まで調べ尽くしたい。

「でも我慢我慢。一時の楽しみで計画をおじゃんにしてられない。やるなら然るべき時に、ね」

 

 だから私は動かない。いつかのその日を待って。

 

「束様、クロワッサンが焼けました。なぜか真っ黒ですが」

「わ、わーい……」

 

 どうしよう、今すぐ出発しようかな。

 

 

 

 

『はい』

「はいじゃないが」

 

 倒れてから体感で数秒後、再び黒一色の空間に俺はいた。

 目の前には俺(2)。どこかやりきったような表情でこちらを見ている。

 

「さっきぶりだな、俺」

『さっき? ……ああ。お前はそう思ってるのか』

「違うのか?」

『いや、何でもない』

 

 変なことを言うなぁ。何がおかしかったのだろう。

 

『とりあえず。第二形態移行おめでとう、俺』

「移行したのお前だろ? 俺──いや、【Bug-VenoMillion】」

『違和感あるなぁ。俺のことなのに』

「……否定しないんだな」

『隠してないからな』

 

 目の前の俺(2)。バレちゃったかとふざけた笑いを貼り付けた野郎は、俺でいて俺じゃない。

 たった今答え合わせしたこいつの正体は【Bug】のコア人格。コアの深層にはそれぞれ独立した意識があり、それが個性として機体の適正に反映されると聞くが……それがこいつか。

 確か一夏も第二形態移行の時にそれらしき存在と会ったと話していた。どこまで本当かは知らないが。

 

『じゃあ改めて自己紹介。俺は【Bug-Human】改め【Bug-VenoMillion】のコア人格。元々すっからかんだった深層意識に、お前の人格をコピーして生まれた』

「は? コピー?」

 

 俺のコピー? すっからかんの深層意識? 何を言っているんだこいつは。全てのISコアには意識があって、それで個性が……あ。

 

「また束様(あの人)か!」

『そういうこと。母さ、あの人の仕業だよ』

「待て今母さんって言いかけなかったか?」

『……仕方ないだろ。あれでもIS(俺たち)の生みの親なんだから』

「なるほど……いや、それでもやめてくれ。俺の顔でそう言われると寒気がする」

 

 現実でもないのに鳥肌が立ったぞ。あの人が聞いたら泣きそうだけど。

 

『わかってるよ。今だって言い直したろ』

「ああ、これからも絶対に言うなよ」

『はぁ……まぁいいさ。俺もそこまで好感持ってないからな』

 

 こいつも同じかぁ。そりゃこんな目に遭わされればな。いい加減愛想も尽きかけている。

 

「にしてもコア人格か……。もしかして、さっき俺の声が変だったのもお前のせいか?」

『ああ。丁度表に出られそうだったんでな。声が被っちまうのは仕様だ』

 

 そんなに軽く出て良いものなのか? 深層意識のくせに、その内何もなくても出てきそうだな。

 

『もう出てこれるぞ。経路(ルート)はもう確保してある。まあ基本は戦闘中ぐらいしか出るつもりはないし、出た分の仕事もするさ』

「出るのか……で、仕事とは?」

『そうだな、あまり干渉して周りにバレたくはないし……情報処理と、機体制御のサポートとか?』

「ほぉ……」

 

 悪くはない。というかかなりいい。正直形態移行したばかりで完全に機体をものにできてないし、ラーニングした情報だけでは限界がある。それをある程度補ってくれるのはありがたい。

 

「わかった。こちらからもお願いする」

『やったぜ。いやありがとう。俺も生まれたてでな、外の世界が見たいのさ』

「……そうか、じゃよろしく」

『任せとけ。それと……()()()

「ん? それって──」

 

 どういうことだ、と言いかけて瞬間、空間が歪み出す。立っていられない、いや寝ていられない? 自身の輪郭すらもあやふやになって──

 

「ん」

 

 ──目を覚ませば、自室のベッドに横たわっていた。

 

 

 

「……な、あ……?」

 

 相当な時間寝ていたのか、喉が渇いて声が出ない。その割には軽い身体を起こして辺りを見渡す。

 

「のみも、ん」

 

 すぐ側に用意してあった水のペットボトルを空け、一気に飲み干す。そこそこ冷えた水が喉を伝う。なんとか声は出せそうだ。

 

「──はぁ。……ん?」

 

 ボトルの合った場所に謎のボタンとメモ。どうやら書き置きらしい。

 

「『起きたら押して』……ナースコール的なあれか? はい」

 

 軽く押し込むが何も起きない。壊れてるのか? もう一度押してみるk

 

 ダダダダダダダッ!!! ピンポンピンポピンポピンピンポン!!!

 

「何だこれ怖い怖い怖い!」

『透くん!? 起きてるのね!?』

「起きてる起きてます! 怖い!」

 

 バァン!(大破)

 

「透くん!!!!!」

「わあああ!!?」

 

 ドアがべっこべこ! もう閉まらない!

 

「よかったぁ……、中々起きないから心配したのよ……?」

「あ、はい。すみません……」

 

 随分心配をかけたみたいだ……けど、目の前でドアぶっ壊された後だと少し怖い。

 

「全身ボロボロでっ! 何とか傷塞いでも起きないし! もうもう……わあぁぁぁん…」

「先輩わかったから落ち着いて……」

 

 そんなに酷い怪我だったのか。今は殆ど塞がってるし、あの全身を引き裂かれる様な痛みもない。ナノマシン様々だな。

 あれ? そういえば切り飛ばされた左足はどうなってる? シーツ越しで直接見えないが、()()()()()と言うことは繋がったのか?

 

「ひぐっ、それは……えっと、見た方が早いわね」

「はぁ……」

 

 そう言いながら布団を捲る。

 

「これは……義足?」

「うん。ISが解除されて、君が倒れたあと……これが残ってたの」

「ということは待機形態か。え、これが?」

「そう。一旦外して調べようにも、がっちり固定されてて、切られた足も繋げられなかった。今は冷凍保存してあるわ」

「えぇ……」

 

 どうしてこんなことに。いや欠損したまま形態移行したからか。なにも固定しなくたって……と考えるのは余計だろうか。

 

「でもこれで感覚があるのは変なんですよねぇ。生体同期型ってやつかな」

「……それ本当?」

「はい。気持ち悪いくらいに生身そのままです」

 

 こうして見ても全く違和感がない。ボディペイントしてると言われたら信じてしまいそうだ。

 

「うーん……それはいずれ調べるしかないわね。他におかしいところはない?」

「今のところは無い……ですけど、一つ質問いいですか?」

「? なぁに?」

「俺ってどれぐらい寝てました? 三日ぐらい?」

 

 まさか一日二日ってことは無いだろうし、三日ぐらいだろうか。もしかしたら四日五日、最悪一週間ぐらい経っているかもしれない。

 貴重な夏休みが減ったのは残念だが、少しでも残っていれば……。

 

「……二週間」

「え?」

「だから、二週間。新学期は始まってるわ」

「……は、は、はぁ?」

 

 俺の夏休み、終了。

 

 

 

第28話「羽化・終了」

 

 

 




ストックが無くなってしまったので、作者は初投稿をやめてしまいました
書き溜めが必要なせいです
あ〜あ


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第29話「新学期・聴取」

もう3月という事実を受け入れたくないので初投稿です。


 

 九月も初週が過ぎたころ。SHRが終わり皆が一限の準備を始める中、俺は机に突っ伏していた。

 

「返せっ……! 俺の夏休み返してくれよぉ!!」

「また言ってますわ……」

「もう諦めろって、こうして学園に来れてるだけよかったじゃないか」

「うおおおおおおん……」

 

 ゴーレムⅢとの戦いから二週間と少し。目を覚ましてからの強制休養を終えてようやくの登校。

 生きてここに通えているだけでも十分なのは百も承知だが、貴重な夏休みを寝て過ごしてしまったわけで、その失った物を考えるとどうしてもやる気が出ない。

 この件について、一夏と専用機持ちには真実を話してある。いつあいつらも同じ目に遭うかわからないし、どうせ隠したってバレることだからだ。

 ちなみに一般生徒にはアリーナの整備と胃腸炎と言うことにされている。もっといいカバーストーリーあっただろ。

 

「時間よー戻れっ!」

「戻るわけがなかろう」

「あぁぁぁぁぁぁ~~~……」

 

 こうして無意味な願望を口にしてしまうのも仕方ないことなのである。

 

「こんな所にいられるか! 俺は八月に戻らせてもらうぞ!!」

「あっおい! ……行っちまった」

「何をしている! 授業を始め……おい、九十九はどこ行った?」

「失った時を取り戻しに行きました」

「……五分間自習とする」

 

 五分後、ブチ切れた織斑先生に捕まった。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ~」

「おーい! 落ち込んでる暇あったらこっち手伝ってくれよ!」

「へいへい……」

 

 放課後。いつもは授業から解放された生徒は下校し、静かになる教室。しかし本日は教室に留まった生徒で騒がしい。

 それもそのはず。今月中頃、IS学園では学園祭が行われる。その出し物やら何やらで、準備であちこちがこんな状態になっているのだ。

 で、我が一年一組の出し物はというと。

 

「『ご奉仕喫茶』ねぇ……なんでこんな企画通したんだ?」

「女子のゴリ押しが凄かったんだよ……」

「押しに負けんなよ……」

 

 『ご奉仕喫茶』──要はメイド喫茶。俺たち男子は執事として働かされるらしい。なんともベターな企画、それはいい。コスプレさせられるのも……まあ学園祭だし、たまにはいいだろう。

 しかしメニューがおかしい。今手に持ったメニュー案に目を通すだけでも問題が多すぎる。

 

「『選べる男子とポッキーゲーム』『選べる男子とカップルドリンク』『選べる男子お持ち帰り』……ダメだダメだ。全部ボツ! ホストクラブか!」

「えー!?」

「千客万来間違い無しなのにー!」

「ポッキーゲームは企画段階でボツにしただろ!」

 

 メニューだけではない。この企画のあちこちに俺たち男子を商品化しようという意思が見える。正直今日までこいつらの相手してた一夏は尊敬するよ。

 

「わかるか? 毎日毎日入念なチェックで危険を排除している気持ちが……」

「いや本当、おつかれ」

「これが終わったら楯無さんと特訓でそれもまたキツくて……」

「は?????」

 

 は?????????????

 

 

 

 

「一夏が弱すぎるから特訓ですか」

「うん」

「ちょっと待て」

 

 それから一時間後。第四アリーナにて、先ほどの電撃発言──俺にとっての真意を聞きについて行ったところ。

 

「ここ数ヶ月、何かと事件続きじゃない? そこで専用機持ちの戦力強化が必要ってことになったの」

「でもそれって学園のセキュリティの問題では?」

「正論は時に人を殺すわ」

「は、はは……」

 

 まあどれだけセキュリティを強化したところで限界がある。そもそも今まで突破してきた相手が悪すぎるのだ。

 一応今までも俺たちが対処するまでもなかっただけで何度も学園は攻撃されていて、それらはきちんと防がれている。突破してくる一部の異常な存在(束様)がおかしいだけだ。

 

「学園外でも襲撃が無いとは言い切れないわ。臨海学校みたいにね。そんな時の為に、こうして特訓してるの」

「で、まずは最も狙われそうな一夏からと」

「そういうこと……もしかして、変な心配しちゃってたり?」

「……ノーコメで」

「? 何の話だ?」

 

 ……そんなんじゃない、少し気になっただけだ。そもそも朴念仁の一夏なら大丈夫だろ。何が大丈夫なのかは知らないが。

 だからこの安心感も気のせいだ、うん。

 

「へぇー? ま、最終的には全員でやるけどね。透くんも今日から参加してもらうわ」

「え゛」

 

 

 俺も参加か。嫌ではないし体調もいいが……問題はそこでは無い、機体にある。

 【Bug-VenoMillion】、第二形態移行した俺の機体。確かに性能は向上し、現行の機体全ての中でも相当のものだ。

 しかしその性能が問題、あまりに高い性能に俺の身体がついていけてない。それも反応速度や制御系といった処理能力ではなく、肉体的な方向で。

 たった数分全開で動かしただけであの反動。それまで受けていたダメージを考慮しても反動の方が大きかった。全快した今でも無視はできない。

 

「……そのことなんですが、ちょっといいですか」

「ん?」

「何?」

 

 これは説明の必要がある。知らせずに戦って再起不能とか勘弁願いたいしな。何か解決策も見つかるかもしれない。

 

「えっと、俺の機体がかくかくしかじかで──

 

 

 ──ってことなんですよ」

「なるほど……反動か……」

 

 説明終わり、理解していただけて助かるよ。当分気をつけなきゃ行いけないことだからな。

 

「鍛えてどうにかならないのか?」

「どうだか、軽減ぐらいはできるだろうが、いつまでかかるかな」

 

 確かに鍛えればある程度軽減できるのは間違いない。これの俺の身体能力が足りていないから起きていることだしな。

 しかしどれだけ足りていないのかはわからない。ちょっとやそっとでは足りないのは間違いないが、ボディビルダー並に鍛えても足りないかもしれん。

 

「出力調整は?」

「それならどうにか……でもどこまで耐えられるかしら調べないといけませんが」

「あまり低すぎても困るわね……」

 

 これも原因はわかっている。形態移行したとき蓄積経験にある。

 あの時のダメージレベルはD以上、普通なら大破扱いで起動禁止レベルだ。そんな状態で移行したものだからこんな問題が起きている。

 ……今更愚痴っても仕方ないが。

 

『調整なら俺も手伝うから任せろー』

 

 うるせぇ今出てくるな。

 

「と、いうわけで今日一杯は調整ということで」

「わかったわ。私たちも協力する」

「じゃあ俺も。先輩のISは修理中だし、相手がいた方がいいだろ?」

「ありがとう。じゃあ早速始めますか!」

 

 まずは20%から。低すぎる気もするが、これぐらいから始めないと不安で仕方ない。またあの痛みを食らうのはごめんだ。

 コンソールを閉じ、機体を展開。一瞬繭のような黒い粒子に包まれ、思い切りにそれを吹き飛ばして完了だ。

 

「うおっ……随分変わったなぁ……」

「『ああ。名前は【Bug-VenoMillion】」』

「…声おかしくね?」

「『気にするな。仕様だ!」』

 

 大型化した装甲は取り込んだあらゆるモノを混ぜ合わせて形成され、各部には以前の武装が組み合わさり、より強力になってナノマシン(猛毒)と共に搭載されている。

 Humanの面影はどこにもない。歪な角の生えた頭部から唯一露出した口元に気づかなければ、中に人間が入っているとは思わないだろう。

 まるで合成蟲(キメラ)。それが【Bug-VenoMillion(万毒蟲)】。

 

「『よし、いくぞ……!」』

「さあ来い!」

 

 お互い準備完了、模擬戦開始。

 

 

 

 

 数時間後。男子2人の更衣室。

 

「ハァ……無傷で使えそうなのは60%が限度。単一仕様能力は使えないラインか……」

「それで俺はボコボコにされたんだが?」

 

 調整の結果、どうにか反動無しに動かせる出力は掴めてきた。想像以上に低い数値になってしまったが、それでも他のISに比べればかなり高い。少なくとも一夏相手なら圧勝できるし、他の専用機持ち相手でも優位に立てるだろう。

 出力を抑える必要がある以上単一仕様能力が使えなくなるのは惜しいが……ナノマシン自体は機能している。そもそもワンオフなんぞ第二形態ですら発現しないケースがほとんどなんだ。いざとなれば使えるというだけで十分。

 

『俺がついてんだから大丈夫だって安心しろよー』

 

 ……制御系なら(2)が担当してくれる。時間はかかるだろうが、その内自在に操れるようになるはずだ。

 それにしても疲れた。明日は筋肉痛かな。

 

「……なぁ」

「ん?」

「足はどうなんだよ? その、痛みとか……」

「あぁ……それか」

 

 ゴーレムⅢに切り飛ばされたこの左足。今はBugの待機形態が義足となって地を踏みしめている。

 

「何度も言ったけどさ、全く痛みとか違和感はねーよ、見た目は目立つからちょっとばかし手は加えてるけど」

「よくできてるよなー、質感も本物そっくりだし」

「現代化学様々だな」

 

 義足としては問題なく機能している。その上どういう理屈か感覚まであるため今日まで違和感を覚えたことはない。

 しかし見た目は機械丸出し。制服の上からはわからないが、ISスーツでは隠し切れないため皮膚状の膜で偽装している。

 

「何というか……またこうして話せてよかったよ。皆と家にいたらいきなり連絡来て死にかけてるって、一時はどうなるものかと」

「そこまで情報遮断がしてたとはなぁ、あの人も徹底してるよ」

「恨んでないのか? 束さんのこと」

「……それは──」

 

 ピロリロピロリロ………ピロリロピロリロ……。

 

「俺の携帯だ。ちょっと待て」

「どっかで聞いた着信音だな……」

 

 この着信音は織斑先生だ。話を中断して通話を始める。

 

「もしもし、九十九です」

「私だ。今どこにいる?」

「更衣室です。一夏と一緒に」

 

 わざわざ場所を確認するということは探していたのか? 直接会って話す必要かあると見た。

 

「わかった。すまないが、これから言う場所に一人で来てくれ。特に持ち物はいらん」

「一人で? ……わかりました。どこでしょう?」

「ああ。まず南階段から地下一階まで降りてくれ。後はこちらから迎えに行く」

「南階段から地下一階ですね。じゃ失礼します」

 

 地下一階か……基本授業じゃ使わない、特別用事が無ければ滅多に生徒もいない場所。そこで何を話すつもりだ? あまり公にできないこと……この間の話か? しかしそれはとっくに聴取が終わってるはずだが。

 

「すまん、何か呼び出し食らっちまった」

「呼び出し? ……校則違反でもしたのか?」

「さあ? 心当たりないな」

 

 まあいい、行けばわかることだ。それより待たせてしまう方がまずい。さっさと移動しなければ。

 

「じゃあ行ってくるわ。さっきの話はその内な」

「ちゃんと謝っとけよ」

「違反前提で話すのやめてくれ」

 

 

 

 そして数分後。指定の場所へ移動した俺は織斑先生と合流。そのまま薄暗い個室で案内されていた。

 

「ケツ痛いんですけど」

「我慢しろ」

 

 クッションすら付いていない鉄の椅子。まだ何も始まっていないのに痛くてしょうが無い。教室と同じ椅子じゃないのは何故だ。

 

「普段は懲罰用の部屋だからな。そんな有情なものはない」

「えっマジで怒られるんですか」

「違う……」

 

 呆れて眉間にしわを寄せる。戻らなくなりますよ。

 

「余計なお世話だ……といかん、時間が無くなる」

「やっとですか」

「お前が言うのか……」

 

 ちょっとからかいすぎたな。あまり調子に乗ると鉄拳が飛んできそうだ。とりあえずケツの痛みは我慢して、聞く姿勢に切り替える。

 

「まずこれからの会話は録音され、学園内の一部で共有される。希望すれば共有される人員は教えるし、外部には決して出さない。ここまではいいか?」

「……続けてください」

「これは事情聴取だ。主に先日の件についてと、他にも幾つか質問する。黙秘権は与えられているが、場合によってはまたここに来てもらうことになる。それが嫌ならはっきり答えてくれ。いいな?」

「オーケーです。黙秘権は遠慮なく使いますが」

「……では始める」

 

 見えるようにレコーダーを取り出し、録音を始めたことを示して机に置く。わざわざ見せなくたっていいのに、どうせフェイクだろ?

 録音しているのはこの部屋自体だ。入った瞬間から、音だけでなく映像も撮られている。織斑先生はどこまで知っているのかな?

 

「まず、夏休みに来た無人機のことを知っていたのは本当か?」

「はい。あいつは【ゴーレムⅢ】。お盆辺りで合った時点では設計図だけでした。組み立てはその直後でしょうね」

「Ⅱはいないのか?」

「少なくとも俺は知りません。設計はしてても現存はしてないでしょうね」

 

 そのうち聞いてくるだろうとは思っていたがいきなりこれか。話すんだけど。

 

「次だ。この二回の襲撃……いや、これまでの事件全て、それが起こることを知っていたか?」

「うーん……」

 

 【ゴーレムⅠ】については以前電話で話した。だとすればこの質問は確認か。

 ……ぼかしても怪しまれるだけだな。また一から話そう。

 

「少しだけ知っていた、ってとこですかね」

「少しとは?」

「クラス対抗戦に関しては教えられました。といっても無人機が来るとまでは知りませんでしたが。タッグマッチトーナメントの件は全く知りません。そもそもあれはあの人の趣味じゃないですし、元からあったものを利用しただけじゃないですかね」

「続けてくれ」

「えーと……次は臨海学校か。これも来ることは知りませんでした。ただ、初日に顔を見せてきたので、何かやるだろうとは思いましたね。夏休みのアレは何も知りません。知ってたら死にかけてまで戦いませんから」

 

 これで全部、何も隠さずに話したつもりだが……満足したかな。

 正直思い出すとムカついてきたな。仮にも右手中指なのに全然教えられてないじゃねぇか。

 

「私が言うのも何だが……苦労しているな」

「わかってくれるならさっさと解放してくれませんかねぇ」

「まだだ、で、もしこれからも事前に知らされたとして、その情報をこちらに流す気は無いか?」

「無理ですね。そうしたら間違いなく予告とずらしてくるでしょうし、下手すりゃお仕置きと称して酷い目に遭わされます」

 

 そうなれば間違いなく対処できない。そもそも今までですらろくに教えられてないし、教えられてもアバウト過ぎる。どうせほぼ気まぐれでやっているのだろう。そのくせ用意周到なのだから腹が立つ。

 

「私が言うのも何だが、苦労しているな……」

「わかってくれるなら早く開放してください」

「だめだ」

 

 まだ続くのか。早く帰りたいな。

 

「我慢しろ。次の質問だが……」

 

 しかし聴取は続く。どれもこれも大した質問ではなく、隠す必要も無いことばかりだが……こう続くとうんざりしてきた。これなら普通の部屋でよかったのではないか。

 

「はぁ……」

「どうした?」

「いえ、何も」

 

 

「──よし、最後の質問だ」

「やっとですか……で、何です?」

 

 始まってから三十分は経っただろうか。そろそろケツの感覚は無くなってきた。これ以上椅子に座りたくない。

 さて最後だ。すぐ答えられるものだと助かるな。

 

「ではいくぞ。お前は私たちの味方か、あいつの味方か、どっちだ?

「……難しいこと聞きますね」

 

 面倒だな。これまでの振る舞いでは判断できないと思われてるのか。だとしたらこれで決まるか?

 そうだな、今のところは……。

 

「わかりません」

「……巫山戯ているのか?」

「まさか、俺自身どっちの味方なのかさっぱりなんですよ」

 

 束様の味方でもなく、学園の味方でもない。どちらに決めることなんてできない。

 

「束さ……もういいや面倒くさい、束様の敵にはなれません。どうなるかわかりませんし、そもそも俺のISはあの人が作った物ですしね」

「……」

「でも学園の敵にもなりたくない。俺だってそれなりにここを気に入ってるんですよ? 居心地がいいので」

「どちらの味方になったところでもう一方の敵になるわけでは……」

「なりますよ。今はそうでなくとも何時かは必ず。それが嫌なんですよ」

 

 何時までもあの人が大人しくしているわけがない。今までが大人しいというわけでもないが……いつかは明確に敵に回る。これは間違いない。

 

「とりあえず、今のところはどちらでもないということで。ある程度は協力しますよ。束様にも同様ですが」

「……わかった。今はそれでも構わん」

「ご理解が早くて助かります」

 

 無理矢理どっちか決めろなんて言われたらどうしようかと。そうなってたら……やめておこう、考えるだけ無駄だな。

 

「質問は以上だ。ご苦労だったな」

「はいはい。お疲れさまでしたー」

 

 レコーダーのスイッチが切られる。これで録音も終わりと言うことかだろう。部屋はどうなってるか、どっちでもいいか。

 

「恨んでないのか、あいつを」

「はい?」

 

 さあ帰るかとドアノブに手を掛けた瞬間、追加の質問が飛んでくる。さっきので終わりじゃなかったのか? それに録音も……いや、だからこそか。

 これは聴取とは無関係の質問。学園に知らせることのない、ただの個人的な興味。

 にしても恨みか……一夏も聞いてきたな。

 

「多少は、ぶっちゃけ次会ったらぶん殴ってやりたいくらいですかね。それ以上は別に」

 

 何とも思っていないと言えば嘘になる。いくら最初に命を救われたからって、それを帳消しにできるくらい何度も酷い目に遭わされているし、これからもきっとそう。不満だらけだ。

 

「……死にかけても、片足を失ってもか?」

「でも死んでませんから。より強い力が手に入りましたし」

「っ!」

 

 あの件の目的はもうわかっている、Bugの第二形態移行──一夏の例を参考にして、とりあえずギリギリまで追い詰めてみたってところか。危うく死ぬところだったが、成功する確信があったのだろう。事実成功して、格段に性能は増した。少々困ったことにもなっているが、これでそこらの相手に負けはしない。

 

「前にも言いましたがね、俺はとにかく死にたくないんですよ。できるものならずっとずっとずーっと、生きて生きて生きて……不老不死になりたいくらいに死にたくない。それは無理でも、可能な限り生き続けたいんです」

 

 しかし俺の存在を狙う者はいくらでもいる。何たってISを動かせるたった二人の男子の片割れなのだから。

 

「だからあの人も、学園も利用する。それが最善だから。貴女もご存じの通り、政府は信用できませんしね」

「……」

 

 死にかけようが片足を失おうが、死なずに済むなら安いもの。生きるためなら蝙蝠にだってなろう。

 

「今度こそ質問は終わりですね? それでは」

 

 沈黙に包まれた部屋を出る。呆れかえったか、それとも絶句か。どちらでもいいさ。

 それが()()()の本心だから、な。

 

 

 

 

 

第29話「新学期・聴取」

 

 

 




性能が高すぎるのでリミットが設けられたぞ!


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第30話「違和感・生徒会」

また予約忘れたので初投稿です。


 

「『あー……」』

 

 一点の曇りもない青空。アリーナのバリア一枚を隔てたそれを眺めて空中に浮かぶ。

 

「『お~お~……」』

 

 気の抜けた声を上げながらその場で回転なんかして、真下から飛んでくる妹様を煽ってみる。

 

「『こっこまでおっいでー」』

「ええい大人しく真っ二つになれ!!

「『こえーよ」』

 

 鬼気迫る表情で迫る紅椿。展開装甲は速度に特化した形態にチューニングされ、二振のブレードからは幾つものレーザーを乱射している。

 いくら狙いが甘くても、こちらの速度が上がっていても、それら全ては躱せない。ざっくりと弾いても残った分が直撃する。

 

「『でもまー、効かないんだよなぁ」』

 

 しかし装甲には傷一つ無く、シールドエネルギーの消耗も微々たるもの。この程度じゃ沈まない。

 

 がしゃん。左手の手甲がスライドし、鋭い針と二本の刃が現れる。

 

「『お返しいくぞ──そらっ!」』

「!?」

 

 驚く妹様は隙だらけ、遠慮無く反撃を叩き込もうか。

 (Ant)のパワーで鷲掴み、天牛(Longicorn)を食い込ませて脱出を封じ、(Hornet)の針を連打。

 

「っ離せ!」

「『そう言われて離す馬鹿は──いや、離そ」』

「は──ぐっ!?」

 

 言われるままに拘束を解き、雑に蹴って距離を空ける。

 望み通りの形となったが、別に言いなりになったわけではない。ただの実験だ。

 

「『続き行くぞー」』

 

 右腕の手甲は一度閉じ、次は左腕を展開。掌から砲口を伸ばし真っ直ぐ妹様へ向ける。

 

「『ファイア」』

「な──」

 

 ボン! と大きな破裂音。砲口(Bonbardier)から噴射されたガスが起爆して、目の前が灼熱に包まれる。

 

「『やべ、やりすぎ──」』

「──ぅげほっ」

「『あ、セーフ」』

 

 出力は落とした(約50%)つもりだったが、中々いいダメージが入ったらしい。装甲は煤で汚れ、ブレードは一本どこかへ行ってしまった。

 

「『じゃあ続きな、おら尻尾だ!」』

「何だこのっ……邪魔だっ!」

「『はい右、上、下──嘘だよ右!」』

「あっ!」

 

 尻尾(Centipede)を鞭の様にしならせ、自在に方向を変えて攻撃。不規則な軌道は対応を許さず、もう一本のブレードも弾き飛ばす。

 これはいい、以前の《Centipede》も気に入っていたが、尻尾になってもお世話になりそうだ。ついでに先端の《Scorpion》も、そのおまけも。

 

「『どうする? もうやめとくか?」』

「まだまだっ!」

「『そうこなくっちゃ」』

 

 しかし未だ戦意は衰えず。肩部ユニットをクロスボウに変形させる。

 確かあれは福音の腕を吹っ飛ばしたやつか。ならさっきみたいに適当に受けるのは無理だな。

 

「『でももう──」』

「その鬱陶しい尻尾から飛ばしてやるっ!」

「『当たらないんだよなぁ」』

「《穿t──外した!?」

 

 放たれた二本のビームは俺からあらぬ方向に飛んでいき、アリーナの内壁にぶち当たる。何故狙いが外れたか? 

 

「ナノマシンか!」

「『ご名答、でももう手遅れだっ!」』

 

 絡繰りがわかっても隙はできている。当然それを見逃す理由もなく、両脚(Grasshopper)に力を溜て急接近。一気に距離を詰め──

 

「『さぁ、どうする?」』

「はぁ……参った。降参だ」

 

 顔面スレスレで蹴りは止まり、勝敗が決した。

 

「『よーし。じゃ交代……次凰な」』

『げっ、あたし!?』

 

 

 

 

「だぁー! 勝てない! あんた強すぎ!」

「ははは、悔しかったらお前らも第二形態移行してみな!」

「ぐぬぬ……」

「子どもか」

 

 凰との試合も無事圧勝。休憩がてら俺も交代し、今は反省会だ。

 

「まだ本気出してないんでしょ? ほんっとインチキみたいな性能してるわね……」

「ナメプしてるわけじゃねーんだけどな。さっきのは二人とも55%ってとこか……ハァ……」

「あれで半分か……反動は平気か?」

「これぐらいなら……でも疲れた……」

 

 55%で二戦。たったそれだけでこの疲労、調子乗りすぎたか。筋肉痛にはならないといいが……。

 やはり第二形態(こいつ)は負担が大きい。一夏と調整したときはそこまででもなかったが、実戦だとかなりくるな。

 それに……。

 

「うーん。なんか、()()?」

「違うって、何がよ?」

「いやわからん。わからんが、今日戦ってみた感じは何か違う気がする」

「……圧勝された後に聞くと喧嘩売られてるみたいね。ただ慣れてないだけじゃないの?」

「そうかもな……」

 

 今日の二戦と一夏との一戦、この三戦を通して感じる僅かな違和感。第二形態移行した時のあの感覚とは違う、何かがズレているような……。

 まあ凰の言う通り、慣れてないというのが一番妥当な原因か。

 

「透くんはもう休みね、見学してて」

「はーい。ひぃー疲れた」

「お疲れー。はい飲み物」

「サンキュー」

 

 デュノアから投げ渡されたスポーツドリンクを開け、一気に飲み干す。健康オタクの一夏に見られたら小言を言われそうだが、今のあいつにそんな余裕はない。

 

「どうです? 二人の試合」

「簪ちゃんが押してるわ。あと2,3分で決まるんじゃないかしら?」

「意外と早いですね」

「一夏くんは慣れてない相手で苦戦してて、簪ちゃんはガッツリ対策してきたって感じの動き……さすがよ!」

「対策……ああ、なるほど」

 

 そういえば簪は一夏もライバル視してたな。楯無先輩と仲直りしたから完全に忘れてた。

 上空ではリズミカルに連射される《春雷》が一夏を寄せ付けず、強引に迫れば《夢現》が叩き落とす。延々とこれが繰り返されている。完全に嵌められてるなぁ。

 

「何をしている嫁! 貴様にも荷電粒子砲はあるだろうが!」

『そんなこと言われたって! おわっ!?』

『御命頂戴!!』

「殺すなよ?」

 

 確かにあいつにも荷電粒子砲を内蔵した武装《雪羅》はある。しかしまだ十分に使いこなせているとは言えず。こう追い詰められてしまうと構えることすらできないか。

 

『いっけぇ! 《山嵐》ぃっ!』

「あっ」

『ちょっそれは……ぬわーーーー!!』

「たーまやー」

『汚ぇ花火だ……』

 

 派手は爆発が上空に咲く。中心の一夏はフラフラと落ち、ぎりぎりで着地。あれはキツそうだな。

 

「簪ちゃん何やってるの! 《山嵐》は強すぎるからダメって言ったでしょ?」

「ごめんなさい……でもぶっ放すなら今しかなかったの……」

「うーんかわいいから許しちゃう!」

「おい」

「「「「「一夏ー!?」」」」」

 

 反則もあったがとりあえず簪の勝ち。今回は情報アドバンテージの差ってとこか。次戦えば一夏にも勝ち目はあるだろう。

 ……にしても専用機を完成させて一月であの戦いっぷり。うかうかしてたら追い越されるな。

 

「……さっさと強くならないとなぁ」

 

 当面の目標は60%の壁を越えること、技術もまだまだ磨かなきゃいけないし……道は長そうだ。

 

『うーん、そうじゃないんだよなー』

「え、何か間違ってたか?」

『ああ。まず……いや、それは自分で気づいた方がいいかな』

「? ふぅん……」

 

 急に出てきて疑問を増やすとは。今のどこにおかしいところがあった? 出力の壁、技術……考えてもわからない。

 

「透くーん! 片付けするわよー!」

「はーい!」

 

 もう時間か。さっさと片付けないと。アリーナの貸し出し時間が過ぎると面倒だからな。

 疑問の答えは……特訓しながら解いていこう。

 

『うんうん、それがいい』

 

 ……さっさと教えてくれたら早いんだがなぁ。

 

 

 

 

 

「外部用チケットか……」

 

 次の日。何とか筋肉痛を回避した身体で職員室から出た俺は、そこに呼ばれた理由である紙切れを手に廊下を彷徨く。

 

「誰誘うかなぁ」

 

 本来IS学園に一般人は入れない、しかし学園祭のようなイベントに限っては例外的に入ることができる。もちろんそのためには入場券が必要で、今回は生徒一人に一枚配られるチケットになっている。

 それを誰に使うか……思い当たるのは束様とクロエぐらいか。それ以外に知り合いはいないし、そのどちらかだな。正直どちらも渡す必要ない気がするけど。

 

「クロエでいいか、束様は渡さなくても来る」

 

 折角貰った物は有効活用しておきたい。あの人は今更だが、クロエにまで不法侵入はさせたくはないしな。

 問題はどうやってこれを渡すか……その辺に置いとけばその内回収されるだろ。そうと決まれば適当にポケットへ突っ込む。

 

「あら透くん。元気?」

「お、先輩。いつも通りですよ」

 

 曲がり角を過ぎたところで楯無先輩とばったり出くわす。最近訓練でしか顔を合わせていなかったからそれ以外で合うのは久しぶりだ。

 

「学園祭の準備はどう? 御奉仕喫茶だっけ」

「ぼちぼちって感じですね。今の所はあまり関わっていないので……」

「そう? 放っておいたらすごいことになってたりして」

「いや一夏もいますし……。そういえば、ここの学園祭って凄い気合い入ってるんですね」

 

 新学期が始まって以来、どこを歩いても学園祭の話で持ちきり。クラスごとの出し物もかなり気合い入っているが、部活動の出し物は異次元だ。年単位で進めた研究の発表だったり、芸能人を呼んだり、企業と提携しているところまである。普通の学校の場合は知らないが、それでもここの学園祭はレベルが違うことだけはわかる。

 

「部活動はみんな景品目当てよ、知らないの?」

「景品?」

 

 何だそれは全然聞いてないぞ。というか何故部活だけ?

 

「それは……これを見て」

「……『各部対抗男子争奪戦』? これって……」

 

 ぱんっと開いた扇子に書いてある文字を読み上げ、その意味を考える。

 部活動が、俺たちを、奪う合う? 学園祭で?

 

「学園祭では毎年投票で、各部活の催しに順位を出していたの。例年なら上位の部費に助成金を出していたんだけど……」

「今年は俺たちが景品と」

「そういうこと。いやぁお陰で大盛り上がr」「ああ、ここにいらしたんですね」

「!?」

 

 自身が景品扱いされていたこと驚く間もなく、廊下に響く声。どこかで聞いたような……いや誰だ?

 

「虚ちゃん!? どうしてここに!?」

「それはこちらの台詞です。十分休憩と言って消えたと思えば三十分経っても戻ってこないものですから……あら?」

「ど、どうも……」

 

 突然現れては楯無先輩に詰め寄る女生徒。リボンを見れば三年生らしい。しかし二年生の先輩には敬語、まさか生徒会メンバー?

 

「えーっと、まずは生徒会室行きましょうか?」

「かしこまりました」

「は、はあ……」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

「こ↑……ここが生徒会室よ」

「へぇ……初めて来た」

 

 やたら重く厚い扉が開き、きちんと整頓された内装が広がる。

 中心にはいかにも高そうなテーブルと、そこに伏せる女子が一人。

 

「ただいまー」

「おかえりぃ~……。あ、つづらんだぁ……やっほー」

「布仏さんじゃん、やっほー」

 

 伏せていたのは布仏さんだった。どうして生徒会室に……ああ、この人も生徒会なのか。

 しかし眠そうだ……あ、寝た。

 

「今お茶を出すわ。ほら本音、手伝いなさい」

「お姉ちゃ……かんべん……ねむ……」

 

 お姉ちゃん? それによく似た声と顔……なるほどな。

 

「姉妹ですか」

「ええ。私は布仏(うつほ)。本音の姉よ」

「姉妹で生徒会と更識家のお手伝いしてま-す。いぇい」

「へぇ……」

 

 そういえば簪と布仏さんも幼馴染と言っていたな。その姉である布仏先輩も楯無先輩と幼馴染というわけか。

 

「生徒会長には定員内でメンバーを自由に決められる権利が与えられるの。だから身内の二人をね」

「お嬢様に仕えるのが私どもの仕事ですので」

「みーとぅ」

「あん、お嬢様はやめてよ」

「失礼しました、つい癖で」

 

 話には聞いていたが、やっぱり先輩の家柄は相当なものと察せられる。

 カップにお茶を注ぐ布仏先輩の仕草も、何というかデキる女といった感じで絵になっている。

 

「はいどうぞ」

「あ、いただきます」

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを」

「はい! お任せください!」

 

 急に元気になったな……甘いもの好きなのか。それでも動きは緩慢で、布仏先輩とは対照的だ。

 どうにかケーキを運び終え、最初に自分の分を取り出す。

 

「ここのケーキはねぇ。ちょおちょおちょお~……おいしんだよ~」

「お、おう」

「やめなさい本音、布仏家の常識が」

「うまうま♪ ……あいたぁ!?」

「やめなさい」

 

 これまでも大分疑われるような振る舞いだったが、さすがにケーキのフィルムを舐めるのはだめだったらしい。

 勢いよく振るわれた拳が脳天に直撃する。

 

「仲いいんですね……えーと、布仏先輩」

「私のことは虚でいいわ、紛らわしいでしょ?」

「私も本音でいーよぉ~、呼び捨て!」

「わかりました」

「えっ私の時と対応違う……」

 

 初対面の時は完全に不審者だったからな……。こうして普通に話していればあんな対決なんてする必要も無かったのに。

 

「ぐぬ……そろそろ本題入っていいかしら?」

「あ、はい」

 

 改めて三人が俺に向き合う。本音を除いて真剣な表情だ。

 

「さっきの景品の話だけど、君たち男子が部活動に入らないから色々と苦情が来てるのよ。何時までも放っておくわけにもいかないし……」

「だから争奪戦と、迷惑ですねー」

「悪いとは思ってるわ。でもこうでもしないといつ実力行使になってもおかしくないからね」

 

 それはそれで困る。実力行使だろうと負ける気はしないが、続くようなら面倒だ。

 しかしどこかいい部活があるわけでもない。当然ながらどこも知らない女子ばかり、一夏なら剣道部と関わりがあるだろうが、俺にはそんなものはないし楽しく部活動なんて無理に決まってる。

 

「あ、生徒会に入ればその心配も無くなるわよ」

「……考えておきます」

「!?」

 

 何故か楯無先輩が驚いているが、一応生徒会入りも考えておくべきか。他の知らない部活に放り込まれるよりはマシだろう。

 

「うーん……」

 

 結局この日は答えを出すことはなかった。

 

「あっそうだ虚先輩。楯無先輩の苦手なことって何ですか?」

「急に何聞いてるのよ」

「編み物よ」

「ありがとうございまーす」

「虚ちゃん!?」

 

 ついでに楯無先輩の弱点? をゲットした。意味はない。

 

 

 

「……行った?」

「はい。もう声は聞こえないかと」

「帰っちゃったぁ~」

「はぁぁ~!」

 

 透くんが生徒会室を出て数分。もう声は届かないことを確認した私は、気の抜けた声を上げて資料の積まれた机に突っ伏す。

 

「今日も生徒会入ってくれなかったぁ!」

「普通に誘えばいいんですよ。変に不意打ちで誘うから警戒されるんです」

「だってぇ! 今更真面目になるの恥ずかしいんだもん!」

 

 彼の入学以来ずっと続けている勧誘。どうして最初にふざけた勧誘をしてしまったのか、自分でもわからない。お陰で今日も失敗だ。

 

「そもそも男子を生徒会に加えるのは賛成ですが、どうして九十九君ばかり誘うんです? 織斑君だっているでしょう?」

「たしかにー。今だって、()()()()()()()()()()()()()()()()んでしょー?」

「う゛」

 

 この従者は痛いところを突いてくる。幼馴染だからこその遠慮のなさ、勘弁して欲しい。

 

「一夏君も誘うけど、でも最初は……」

「へぇ……?」

「へー?」

「あ」

 

 余計なことを言ってしまった。

 

「まあお嬢様はそう言うなら? 私たちは従いますけど?」

「たてなっちゃんはつづらんが……もがーっ!?」

「黙ってなさい」

「やめて……!」

「うぅ……」

 

 この調子だと完全に見抜かれている。秘密のつもりだったのに!

 

「いつからなんですか?」

「……夏休みから……」

「おぉー!」

 

 直接言葉にはしなくとも、何を聞きたいのかはわかる。私のこの気持ちがいつからあるのか、どうしてできたのか。

 顔が熱い、胸がバクバクする。思考が彼一色に染まりかけて、このままじゃ全部聞き出されそう。

 

「この話はここまで! 仕事するわよ!」

「ふふ。承知しました」

「はぁ~い」

「もう……」

 

 強引に話を打ち切って、資料を手に取り仕事の姿勢へ。続いて二人もテーブルに向かう。

 しかし頭の中は彼の顔が、声がちらついていて。目を閉じればあの日(夏休み)の姿が浮かぶ。

 

(……次会うまでに落ち着けないと) 

 

 暫く鼓動は鳴り止まなかった。

 

 

 

第30話「違和感・生徒会」

 

 

 




言い忘れましたが機体設定を活動報告に載せました。
あまり詳細なものではないです。


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第31話「御奉仕喫茶・学園祭」

実家に帰省中なので初投稿です。


 

 ついに始まった学園祭当日。何日もかけて準備を続けてきた生徒たちは、これまでで一番と言うほどにテンションを上げていた。

 

「お金を払えば無料で男子の接客が受けられるですって!?」

「Hな接客してください!」

「ゲームに勝ったら写真撮れるの!? 個人撮影はどこでできますか?」

「帰りてぇ……」

 

 特に我が一年一組の『御奉仕喫茶』は大盛況。ご覧の通り開始から一時間経過した今でも地獄を形成している。

 クロエが来ないならとっくに逃げている。早く来い。

 

「いらっしゃいませぇお嬢様ー。はいお席はこちらでーす」

「九十九くんもっと愛想よく!」

「いえ! これが良いんです!!」

「はぁ……」

 

 半分作業のごとくお客様をご案内。ただやる気が無いだけだが、それが逆に受けているらしい。

 こんなことになるなら無理にでも裏方に行くべきだったか? いや、どうせ押し切られてたな。

 

「九十九くん! 二番テーブルご注文!」

「はいはい。お待たせ致し……なんだ簪か」

「お疲れ……」

 

 注文を取りに行った先には制服姿の簪がいた。

 

「……ふふっ、何それ……」

「言うな。似合ってないことは俺が一番わかってる」

「ごめっ……んふふ……」

 

 メニュー表で顔は顔は隠しても声が震えている。完全に笑ってやがるな。

 大体ノリで着てしまったこの燕尾服。一夏はまあまあ似合っているが俺には全く合っていない。恥ずかしくなってきたな、脱ぐか?

 

「ダメ! 脱がない!」

「はいはい……ってことだ。さっさと笑いを止めろ」

「うん……ふふっ……」

 

 店長(鷹月さん)の命令により燕尾服継続。早く休憩になれ。

 

「よかった、元気そうで」

「んー? ああ、まだ気にしてたのか」

(気絶し)てる間に()()()()()になってたら、気にするに決まってる……」

 

 そう言いながら伏せた視線の先には俺の左足。燕尾服と皮膜(スキン)に隠された鉄の足。

 あの時の戦いで、自分が先に倒れたこと。ずっと気にしてたのか。

 

「……あれは束さんが悪い。本来俺とあの人だけで済む戦いに巻き込まれちまっただけ。庇ったのは俺の勝手。それだけだよ」

「でも……」

「いいからいいから。申し訳ないと思うなら……今度整備手伝って」

「……うん!」

「この話はこれで終わり、ほら注文くれ」

 

 真面目な雰囲気を吹き飛ばす様にメニュー表を出す。これにはクラスメイトが何日も掛けて考案し、その殆どを俺たちで却下した残りが載っている。

 

「えーと……何このメニュー?」

「聞くな」

 

 どうしてかここのメニューはおかしな名前が多い。『執事orメイドにご褒美セット』なんてまだいい方で、『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』とか『深き森にて奏でよ愛の調べセット』なんかは意味がわからない。かと思えば『チャーハンDKSG』や『アイスティーと白い粉』という触れてはいけなそうな物もある。一生注文されないで欲しい。

 

「名前で何が来るのか全くわからない……とりあえず、『呼び覚まされた痛みと記憶』と……飲み物が『黎明と見る深淵の夜明け』で」

「かしこまりました……後悔するなよ」

「? うん」

 

 そして運ばれる目玉型の何かが添えられたケーキと箱に詰められたドリンク。

 

「あっ……」

「ごゆっくりどうぞー」

「ああああぁ…………」

 

 

 違う意味で震えだしたが一旦放置。次のお客様が待っているんだ、一人に構ってばかりいられない。

 

「透! こっち手伝ってくれ!」

「りょうかーい。はいお客様こちらへ──」

 

 

 その後も接客は続き、三十分が経過した頃。

 

「九十九くーん! またまたご指名でーす!」

「またか? 今度はどいつ……お」

「こんにちは、透さま」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、長い銀髪に閉じた両目白いゴスロリ風の福に身を包んだ少女──クロエ・クロニクルが立っていた。

 そうだ、俺が呼んだんだったな。まさかここまで来てくれるとは。

 

「やぁクロエ。よく来たなぁ」

「はい。折角ご招待されましたので。束さまも来てらっしゃいますよ、今は『ちーちゃんに会ってくる!』と別行動ですが」

「そのまま帰ってくれないかな」

 

 やっぱり来てるのか……絶対この格好見られたくないな。もしかするともう見られているかもしれないが。

 

「お知り合い?」

「ああ。何というか……家族? 同僚? そんなところだ」

「いつも透さまがお世話になっております……」

「様っ!? え!? そういう関係!?」

「やめろクロエ、ややこしくなる」

 

 完全に勘違いされてしまったじゃないか。どうして急にこんなことを……うんあの人のせいか、教育が悪い。

 

「え、えーと……知り合いなら一緒に学園祭回ったいいんじゃない? 休憩早めよっか?」

「はぁ……じゃあ頼む」

「はい九十九くん休憩でーす! ()()()()にー!」

 

 窮屈な燕尾服から制服に着替え、待たせていたクロエと移動開始。

 見送るクラスメイトは皆怪しい笑みで、どうせこれから噂するのだろう。このままバックレてやろうか、それはそれで変な噂が立ちそうだ。

 

「では行きましょう。私料理部に行きたいです」

「はいはい……」

 

 未だにクロエは料理に凝っているのか。正直なところ腕はイマイチ。というか悪い。しかし楽しそうに料理するのを止められず時々束様が苦しんでいたのをよく覚えている。

 

「聞くところによると日本料理を作っているとか。私も味を覚えて束さまを喜ばせたいのです」

「あっ……そうか! 頑張れよ!」

「? はい!」

 

 またあの人が苦しむ姿が浮かんだが、あえて止めないこととする。どうせ俺は食わないからな、左足の復讐ということで我慢して欲しい。

 

「ここだ、失礼しまーす」

「た、たのもーう!」

「クロエ、何か間違ってる」

「いらっしゃ……あ! 九十九くんだ!」

「隣の女子は一体!?」

 

 また騒がしくなってしまった。やっぱりクロエの存在は目立つらしい、一先ずノーコメントで通そう。

 

「沢山ありますね……」

「どうぞどうぞー!」

 

 ずらりと並んだ大皿料理。煮物焼き物和え物その他……。凄い量だな。

 

「肉じゃがの試食でーす!」

「どうも……あ、うまい」

「販売もやってるからいっぱい試食していっぱい買ってってね!」

「はい!」

 

 部活動にしているだけあってどれも食堂で出されるものに引けを取らない美味しい料理だ。俺はそう料理するタイプではないが、一夏なら作り方が気になっていることだろう。

 

「それは企業秘密! 知りたくば入部するのだ!」

「はは、遠慮しまーす」

 

 秘密は少々気になるが、勧誘はしっかり断っておく。料理部も俺たちを狙っているのだろうか、一夏だけにしてくれ。

 

「荷物になるから買うのは後にして次行くぞクロエ……早く飲み込んどけよ?」

「ふぁい……」

「また来てね!」

 

 

 数分後。二人でめぼしい出し物を求めて歩くと、やけに人の少ない部活が目に付く。

 

「何でしょう……?」

「『手芸部』……こんなのもあったのか」

「いらぁっしゃぁ~い」

「おわあ!?」

 

 急に背後から現れた手芸部員(仮)。不意打ちはやめてくれ。

 

「いいものいっぱいあるよぉ。入って入ってぇ」

「は、はい……」

 

 なんだこの独特な雰囲気は。ここオカルト研究部か? 促されるままに教室へ入る。

 

「でも透さま、中は普通ですよ?」

「本当だ、あの人が変なだけか」

「酷いなぁ。まあ色々あるから見てってよ。安くしとくよー?」

 

 これまた大量に並んだハンドメイドの品々。詳しくない俺が見てもクオリティは高く、値段も手頃。料理部より興味が出てきたな。

 

「いいな、この手袋買おう」

「私はこの編み物練習セットを……」

「わぁい。まいどありぃ」

 

 思わず目に付いたものを買ってしまった。別に大した荷物でもないしいいか。

 

「嬉しいなぁ。実は今日初めてのお客さんなんだよねぇ」

「そうなんですか? こんなにいいものばかりなのに……」

「……」

 

 完全にこの人の雰囲気で誤解されているとは言えない。

 

「他の部員はいないんですか?」

「あぁ、あんまりお客さん来ないから休憩出しちゃった。後でお客さん来てたって教えてあげよ」

「ははは……」

 

 その客が男子と知ったらどんな反応するんだろうか。俺なら大した反応じゃないかな。

 

「さて……ん」

 

 買い物はしたし長居する場所でもないので出ようとした瞬間、ある商品が視界に入る。

 そういえば、楯無先輩は編み物が苦手なんだっけ。……よし、買おう。

 

「すいません、これも買います」

「はぁい。割引しとくねぇ」

「ありがとうございます……後で宣伝しときますよ」

「ほんとぉ? やったぁ!」

 

 安くしてくれたお礼だ。休憩が終わった後にでも宣伝してみよう。一夏たちに教えてもいいな。

 

「ありがとうございましたぁ。よろしくねぇ!」

「はーい」

 

 話しかけられたときはどうなるかと思ったが、中々いいところだったな。もっと人気が出てほしいものだ。

 ……入部したいかと聞かれたら微妙だが。

 

「透さま、最後に何を買われたのですか?」

「……んー。秘密で」

「?」

 

「……あれは」

 

 

 また数分後。文化系が続いたので今度は運動系に移行かという流れになり、そういえば妹様は剣道部(幽霊)だったなぁと立ち寄ったところ。

 

「フンッ!!」

「甘いよっ!!」

 

 見覚えのある教師と、見覚えのある保護者が剣を交えていた。

 

「何してんですかねこれ」

「束さま!」

「あっ二人とも! やっほー!」

「待て束ぇ!」

「こわいよちーちゃん! 今日は何もしないってばぁ!」

 

 一体どうしてこんなことになっているのか。概ね察しは付くが……あの人が先生に見つかって、逃げてきた先がここだったのだろう。

 束様の格好は何時もの謎コスプレではなく、いかにも保護者感のあるスーツ姿に黒縁眼鏡。これなら彼女が篠ノ之束と見分けられる者は少ないだろうが……だからって人目を気にせず戦うのはどうかと思うが。

 

「ちーちゃんったら急に斬りかかってくるんだもん、ちょーっとおっぱい揉もうとしただけなのになー」

「いや、それは斬られて当然かと」

「そう?」

 

 もっと酷い理由だった。全く悪びれていないし……。

 

「そんことより! とーくんの調子はどーお?」

()()()()とーっても元気ですよ。左足なんか特に」

「あははー。じゃあもっとちょっかい出しちゃおっかな!」

「下手くそな皮肉言ってすいませんでした」

「おい……」

 

 そんな憐れむような目で見ないでください、逆らえないんです。

 

「はぁ……とにかく、騒ぎだけは起こすなよ。起こしたら縦に真っ二つにするぞ

「はいはい。どうせ今日はちーちゃんにも会えたし、後はくーちゃんと回るから!」

「そうですか……なら俺戻っていいですか?」

「だめー」

「えー」

 

 やっと解放されると思ったのに、いやクロエと回るのが嫌というわけではないが。でも束様とは嫌だな……言わないけど。

 

「じゃあ一カ所だけ付き合います。そしたら戻りますからね!」

「おっけー!」

「かしこまりました……」

「しっかり手綱握っておけよ九十九……!」

「無茶言わないでください」

 

 この人の制御なんてできるわけないだろ!

 

 束様を加えて歩き出した俺たち。しかし行き先を決めていない。

 

「ところで、どこ行きたいんです?」

「どこでもいーよ、話したかっただけだし」

「はぁ……?」

 

 だったら電話でも何でもよかったのでは……? お尋ね者である束様がわざわざ学園まで足を伸ばして、捕まるリスクを背負う必要は無かったはずだ。どうせ捕まえられるわけがないと踏んでのことだろうが。

 

「直接会って話さないとわからないこともあるんだよ? さ、時間もないし歩きながら話そっか」

「人目がありますよ」

「これだけ騒がしかったら聞こえないよ。対策もしてるしね」

「そうですか……」

 

 確かにこの賑わいで会話を普通の聞き取るのは困難だろう。対策が何かはわからないが、きっと監視カメラや盗聴器の妨害か何か、俺が心配することは全部問題ないな。

 

「とーくん()面白そうになったねぇ。今調べたらすっごい数字が出るんじゃない?」

「いや、それはないでしょう。俺がそんな生物じゃないってことぐらい知ってるでしょ」

「最初はね、でも今は違う。自分じゃ気づけないかな?」

 

 今は違う? まさか一度死にかけたぐらいでスーパーパワーに目覚めるとでも? アニメやライトノベルじゃあるまいし。

 

「ま、いーや。次の話、()()()()()()()()()は元気?」

「……知ってるんですね」

「私は親だよ? 親は子のことは何でも知ってるのさ」

 

 もう一人の俺、【Bug-VenoMillion】のコア人格、((1))コピー((2))

 あの黒い空間でも(2)は束様を母親と称していた。この人の手にかかれば、突如誕生した人格の存在を察知することぐらい朝飯前なのだろう。

 

「……と言っても、存在しかわかってないんだけどねー。何でか拒絶されちゃっててさ」

「拒絶? 俺は何もしてませんが」

「うん。とーくんは何もしてないね。でも遠隔でコアにアクセスしようとしたらエラーになってね、ママ部屋に入れてもらえないの」

 

 どういうことだ? この人の技術を以てしても中を見れない。そんなことは今まで無かった。

 セキュリティ設定は特に弄っていないし、その程度の小細工なら即突破されている。ということは……。

 

『俺のせいだよ。理由は胸に手当てて考えな』

「……だそうです」

「えー? ……うーん柔らかい、でもわかんない!」

 

 揉めとは言ってないんだがなぁ……そんなことより、やっぱり原因はこいつか。

 理由は束様にあるというのはまあ、よくわかるよ。なんと言っても俺だし、こいつも痛めつけられたのだから。

 

「くすん、ママ悲しい……」

「似合わない嘘泣きはやめて下さいよ」

「バレた? あっははー!」

 

 嘘泣きがバレた瞬間、何もなかったかのように笑い出す。こんな性格だから拒絶されているんじゃないか?

 

「あの、透さま。お時間は大丈夫ですか?」

「え? やっべもう休憩終わるじゃん」

「えーもう? もっとお話したかったのにー」

「ダメですよ。迷惑かかっちゃいますから。本音は戻りたくないですが」

「ふーん……」

 

 またあの衣装を着ると思うと気が滅入る。しかしここで逃げたら後が怖い。

 

「しょーがないなぁ。じゃあ最後に一言耳貸して~」

「何です?」

 

 他には聞こえないと言ったのに、どうして耳打ちなんかと考えながら耳を傾け。束様の口から発せられる言葉を待つ。

 

「これからもよろしくね」

「──っ!」

 

 何時もの巫山戯た態度はどこへやら、温度のないぞっとするような声が突き刺さる。

 なんてことないはずの言葉が、何よりも恐ろしい脅しに感じた。

 

「じゃーね! また今度! ばいばーい!」

「失礼します……」

「……」

 

 そう言って歩き去って行く二人。すぐそこの角を曲がれば、もう追いかけても消えているのだろう。

 

「はぁ……」

 

 たった一言であの威圧感。浮ついた気分が一瞬で吹き飛ばされてしまった。

 こんな確認なんていらなかったのに、織斑先生との聴取で腹は決まっている。いや、それを知っていて話したのか? 性格の悪い人だ。

 

「了解しました……っと、戻らなきゃ」

 

 嫌な気分は一旦忘れて、一組へ戻らねば。皆が待って……たぶん待ってる。

 手芸部の宣伝もしなきゃならないし、もう一頑張りしようかな。

 

 

 

第31話「御奉仕喫茶・学園祭」

 

 

 




そろそろ改変箇所が増えてきて、難しいねんな……。


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第32話「灰被り姫・脱出」

ワニの死因が気になり過ぎるので初投稿です。


 

「や、やあ……」

「? どうも……」

 

 休憩から帰って数十分後。ようやく行列が無くなり一息ついた頃。

 唐突に楯無先輩が現れた。

 

「……」

「……あの、何の用ですか? お客じゃなさそうですが」

「へぇっ!? あ、えっと……」

 

 なんだか先輩の態度がおかしい。これまでもよくわからない態度を取ることはあったが、今日は何というか、見てはいけない物を見てしまったような感じだ。

 

「えーと、実は、透くんと一夏くんに協力して欲しいことがあって……」

「協力?」

「俺もですか?」

 

 俺たち二人? 男手が必要と言うことだろうか。それも生徒会長直々に頼みに来るとはよっぽどのことなのだろうか。絶対面倒なやつだろ。

 

「生徒会の出し物でね? 観客参加型劇って言うんだけど」

「「観客参加型演劇?」」

「そう」

 

 劇……は思っていたより普通だが、その前の聞き慣れない単語に首を傾げる。観客が参加……ステージにでも立たせるのか?

 

「毎年アリーナ使って派手にやるのよ。そこで今年は男子二人にも参加して欲しいなーって」

「今は落ち着いてますけど、ここ放って行くのは……」

「俺たちもう休憩行きましたし……」

 

 俺はクロエと。一夏も妹様やオルコット、デュノアなんかと休憩に行ってしまっている。戻って一時間も経っていないこの状況で抜けるのは厳しい物がある。

 

「生徒会長権限! はい決定!」

「それ言えば何でもできると思ってません?」

 

 びしっと決めて言われても……。やっぱり拒否権はないのか。

 

「あの先輩? いくら何でも二人まとめては困るんですが……」

 

 そうだデュノア、このまま追い返してくれ。

 

「シャルロットちゃん、あなたも来る?」

「ふえ!?」

「きれいなドレスが着れるわよ~?」

「ド、ドレス……」

 

 おい、何だこの流れは。

 

「箒ちゃんとセシリアちゃんとラウラちゃんもいらっしゃい、鈴ちゃんも誘っちゃお。みーんなドレス着せたげる」

「それなら……」

「やぶさかでも……」

「仕方ないな……」

「お前ら……」

 

 全員あっさり落とされやがって。この調子じゃ凰も同じだろうな。これが生徒会長の話術か……?

 

「そういえば、演目は何なんです?」

「ふふん」

 

 一夏がまだ知らされていなかった演目を聞くと、戦敗が勢いよく扇子を開くそこには『迫劇*1』の二文字。

 

「シンデレラよ」

 

 

 

 

 

「……何だこの服」

「王子様、か?」

 

 第四アリーナ更衣室。参加するならまず着替えを、ということで放り込まれた俺たちは用意された衣装に着替えていた。

 しかしこの衣装。まるでおとぎ話の王子様のようだ。ご丁寧に王冠まで用意されている。ちなみに一夏と俺の衣装は色違いで、俺の方が色が濃い。

 

「お邪魔するわよー」

「着替え中ですよ」

「もう終わってるじゃない。ちゃんと王冠も着けてるわね、ヨシ!」

「そんなに重要なんですかこれ?」

 

 こんな飾りに何の意味があるのだろうか。わざわざ名前が振ってあるのを見ると怪しさ満点だが……。

 

「さて、そろそろ始まるわよ」

「えっ台本は?」

「大丈夫大丈夫、こっちからアナウンスするから。二人の台詞はアドリブで」

「適当だなぁ……」

 

 心配になってきた。隣の一夏も不安を隠せない表情になっている。

 

「お互い……頑張ろうな」

「おう……」

 

 互いの健闘を祈りながら舞台袖へ、楯無し戦費はさっさと壇上へ上がってしまった。

 

「さあ、幕開けよ!」

 

 ブザーが鳴り響き、証明が落ちる。幕が上がり、楯無先輩にスポットライトが当たる。

 

『昔々あるところに、シンデレラという少女がおりました』

 

 なんだ、普通の始まりじゃないか。まだ王子が二人とかドレス着る役多くないかという疑問は残っているが。

 

『否、それはもはや名前ではない。幾多の舞踏会で敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏いてなお進み続ける無敵の戦士達。彼女らに与えられし称号。その名も……『灰被り姫(シンデレラ)』!!』

「は?」

「え?」

 

 何て?

 

『今宵もまた、血に飢えた『灰被り姫』たちの夜が始まる。二人の王子様の冠に隠されし機密を狙い、舞踏会という死地に少女たちが舞い踊る!!』

「「はあぁっ!?」」

「もらったぁ!!!」

「おわあ!?」

 

 唐突な叫び声と共に鈴が登場。白いドレス姿に似合わぬ動きで襲い来る。どうにかそれを反射で躱す──が。

 

「それ寄越しなさいっ!」

「あっぶぇ!?」

「刃物投げんな!」

「安心しなさい、刃は潰してあるわ!」

「柱に刺さってんじゃねーか!」

 

 投げてきたのは中国の手裏剣・飛刀。刃は潰しているみたいだが、一夏が防御に使ったトレーには深々と突き刺さっている。

 冗談じゃないぞ、どうやら凰の目当ては一夏らしいが、いつ俺に飛び火するかわからん。ここは別れないと。

 

「一旦別行動だ! 健闘を祈る!」

「ちょっ、待って……おわーっ!?」

 

 今度は赤い光──おそらくスナイパーライフルのポインターに狙われる一夏を置いて逃走、あれはセシリアか。殺す気か?

 ……やっぱり面倒なやつじゃねーか! 後で覚えてろよ!!

 

 

 

「ここまで逃げればいいだろ……」

「果たしてそうかな?」

「ぎゃあっ!?」

 

 舞踏会エリアを抜け、謎の森エリアに潜んだ俺。ここなら安全だと思った瞬間に真横から声。

 

「……何だ簪か」

「いぇーい」

 

 隣に座っていたのは簪だった。淡い水色のドレスにガラスの靴。よく似合ってはいるが何とも乗り気でない声のトーンと表情。

 

「お前も参加してるのか」

「不本意ながら。代理って感じ」

「代理……?」

 

 代理とは一体。そもそも代理立ててまで参加するメリットは何があるんだ、優勝賞品でもあるってか?

 

「そんなとこ……。あと、代理は私だけじゃないから……」

「まだいるのか……」

 

 俺なんて誰も狙わないと思ったのに、これではずっと逃げ続ける羽目になりそうだ。

 

「じゃあ、そういうことで……」

「待て! せめて何が目的か教えてくれ!」

 

 とりあえず何が狙いかだけでも知らないとダメだ。それがどうでもいい物ならさっさと渡せばいいし、大事な物なら逃げ続ける。どっちかわからないで続行は勘弁だ。

 

「……頭の王冠」

「王冠? 何でこれが」

「それを手に入れた物は『一ヶ月同室券』を得ることができる……」

「マジかよ……」

 

 一ヶ月だと? 一夏と同じとはいえようゆく女子と別室になれたというのに、またなるってのか? 期間限定でも御免だぞ。

 ……あれ? じゃあ俺と同室になりたい奴って誰だよ。

 

「それは秘密。とりあえず今は……王冠頂戴!」

「やめろぉ!」

 

 どこからか取り出した薙刀──練習用のやつを振りかざし駆ける簪。同時に観客席からは声援と拍手が飛ぶ。……俺の応援じゃないけど。

 

「渡す物かっ! 俺は逃げるぞ!!」

「待てーっ!」

 

 

 

「……撒いたか? 撒いたな?」

 

 簪から逃げてセット裏。ここなら見つからない……はず。

 

「まだで~す」

「!? ……なんだ本音か」

 

 今度はドレス姿の本音。何時通りのにこやかな顔と独特ののほほんとした雰囲気で立っていた。

 

「お前も代理か?」

「そうだよ~誰のかは教えないけど」

「ですよねー」

 

 教えてもらえるとは思ってないけどさ。

 しかし本音もこの場に立っているというのなら、俺の王冠を狙っているのは間違いない。さっさと逃げないと。

 

「だめー」

「やっぱりな……って遅っ!?」

 

 右手に持った武器──何故かはえたたきを構えて飛びかかる。しかし動きは鈍く、本気で躱すまでもない。

 

「やる気あるのかこれ?」

「あんまり~」

「えぇ……」

 

 やっぱりやる気は無いのか。簪も不本意だと言ってたし本音もそうなのだろう。

 にしても、不本意でもやっているということは断れなかったということ。二人にそんな命令じみたことをができる奴は……。

 

「いやぁ? 普通に土下座して頼まれたよ?」

「プライド無いのかそいつ?」

 

 土下座って、どうしてそこまでして頼んでるのか。よっぽど俺と同室になりたいのか。

 

「おっとっと~喋り過ぎちゃったかなー?」

「後で怒られそう……」

「あっかんちゃーん!」

「追いつかれたか……」

 

 ここで簪が再び参戦。さすがに二対一はつらい。また逃げなくては。

 

「逃げても無駄……王冠が誰かの手に渡るまでこの劇は終わらない!」

「観念しろー」

「ふざけんなクソゲーかよ!?」

 

 おいそれは聞いてないぞ。王冠が取られるまで終わらない、さすがに学園祭終了までには終わるだろうが、そうなるとここで祭りを終える羽目になる。

 

「何とか平和に終える方法は無いのか……捨てるか?」

 

 外してどこかに捨てるなり隠せば誰の手にも渡らない。そして俺はここを抜け出せばいい、そう考えて王冠に手を掛けた瞬間。

 

『王子様にとって国とは全て。その機密が隠された王冠を失うことは死を意味する。要は外すと電流が流れます』

「は──あああああああ!?」

 

 注意を理解する前に手は動き、全身に電流が流れる。何とか手を離すが、所々からは煙が上がっている。

 

「あああああああ!?」

 

 どこかから一夏の声も聞こえる。あいつも引っかかったか。

 

『ああ、なんということでしょう! 王子様の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし私たちには見守ることしかできません! 頑張れ王子!』

「なあこれ俺たちを殺すために始まった企画じゃないよな?」

「さ、さすがに違うと思う……」

「今だー!」

「クッソ……!」

 

 もう一度電流は食らいたくない、捨てる作戦は失敗だ。ここまでだと他に作戦を考えようと対策されている可能性が高い。

 再び逃走開始、次の隠れ場所を探そう。

 

 ……もし同室になるのがあの人なら。

 

「……それはないか」

 

 

 

「はぁー……」

「おーい」

「どこー?」

 

 何とか二人を撒いて、アリーナの中央辺りに位置する巨大な城の陰に移動。いつの間にこんなもん建てたんだ。

 俺たちを探す声は遠く、すぐにこちらまでは来ないだろう。やっと落ち着けるかな。

 

「よー透。お前もここか……」

「……一夏か」

 

 そこで一夏がよろよろと登場。やはりこいつも電撃を食らっていたようで、今も煙が上がっている。

 

「疲れたぁ、何で皆こんな王冠が欲しいんだよ……」

「知らないのか? これゲットしたやつが俺たちと同室になれるんだってよ」

「はぁ!? マジかそれ……」

 

 こいつは教えられてないのか。まあ妹様達が素直に言うわけ無いよな。

 

「じゃああいつらは俺と同室になりたいのか? なんでまた……」

「……なんでだろーな」

 

 いや、お前はそろそろ気づいてくれ。

 

「一夏ー! どこにいる!?」

「嫁ー!?」

「やべ、もう来た!? じゃあもう行くから!」

「おーう、頑張れー……」

 

 この声は妹様とボーデヴィッヒか。追っ手が多いと大変だな。俺は二人だけで助かっ

 

 ドドドドド……。

 

 何だ? このとてつもなく嫌な予感のする地響きは? 

 

『さあ! ただいまよりフリーエントリー組の参加です! 皆さん王子様の王冠目指して頑張ってください!』

「!?」

 

 えっ何それは……。

 

「織斑くん! 大人しくしなさい!」

「透くん! 私と蜜月の時を過ごしましょう!」

「王子を捕まえろ!」

「同室券は山分けだ!」

「あああああああ!?」

 

 地響きの正体は無数のシンデレラ。現在進行形で次々と増えていき、ドレス姿ですらないものもいる。設定ぐらい守れ。

 しかしこれはやばすぎる。追っ手の数は一気に数十倍。捕まれば……考えたくもない。

 こんなことになるなら適当に渡しておけばよかったぁ!

 

「待てぇぇぇ!!」

「うおおおお!?」

 

 人海戦術を前に隠れるのは不可能。かといって逃げ続けても囲まれるのがオチ。ISで逃げるか? いや下手に暴れて大事故は不味い。

 ……詰んでない?

 

「見つけたぁ!」

「しまった!」

「待ってぇ!」

「王冠置いてけぇ!」

「くっ……」

 

 ゾンビのごとく群がる女子一同。まるでC級ホラーだな。

 こうなったらもうアリーナから出るしかない。とりあえず追っ手を振り切って、ゲートをぶち破る瞬間だけISを使おう。

 

「うおおおおっ……」

 

 ゲートまで全速力で走る。走る。走って──

 

 がこん。

 

「は?」

 

 突如まだ触れてもいないゲートが開き、隙間から伸びた小さな手に引きずり込まれた。

 

 

 

 

「どこへ行った!?」

「近くにいるはずよ! 探せ!」

「うへー、まだ探してるよ。出る瞬間見られなくてよかったな」

 

 どうにか脱出に成功し、中の喧噪を聞きながら扉にもたれ掛かる。まさかの形となったが、これで同室がどうのは回避できただろう。

 

「で、お前は誰だ?」

「……」

「あ、無視?」

 

 そして、そのまさかの原因となった目の前の少女。といっても顔はやたらと大きいマスクで隠され、長めの髪と小さい身体で判断しただけだが。

 

「──九十九透だな?」

「せいかーい。で、もう一度聞くけど……お前は誰だ?」

「では……ISを頂こう」

「また無視──うおっ!?」

 

 突如足下への射撃。つま先に当たりかけた弾丸を反射で躱す。砕けた床はそれが本物であることを意味していた。

 そしてISを頂くという言葉の意味──考えるまでも無い、こいつは敵だ。

 

「一度だけ言おう。貴様のISを渡せ。そうすれば命は取らん」

「……撃つ前に言えよ。あとやらん」

 

 いきなり撃ってきて信用できるわけ無いだろうが。そうでなくとも渡す気は無い。

 だってこれ取れないし。

 

「なら、死んでもらおう」

「はっ、やってみな」

 

 サブマシンガンを両手に構え、同時に連射。今度は本気、確実に殺すための攻撃。

 これは躱せない──ので。

 

「部分展開、【Bug-VenoMillion】!」』

「ほう……」

 

 ISを展開して受け止める。生身なら致命傷でも、装甲越しなら屁でもない。

 しかしここはアリーナの通路、他のISの数倍デカいVenoMillionでは狭すぎる。必要最低限の装甲しか展開できない。この銃だけならそれで良いのだが……。

 

「対象のIS展開を確認。実力行使に移る」

「『やっぱ持ってるよなー……」』

 

 ISが相手では分が悪い。

 相手もISを展開。蒼い装甲にライフルを構えたそれは、どこかで見た覚えのある出で立ち。何だっけな……。

 

「行くぞ?」

「『ちっ……」』

 

 今度はライフルの銃撃。サブマシンガンより遙かに威力と速度は増し、回避できずに被弾する。まだエネルギーは十分でも、このままでは反撃ができない。

 

『ならばどうする?』

 

 決まってる。

 

「『逃げる!!」』

「!?」

 

 展開されているブースターを全力で噴かし、一気に後退。一瞬驚きながらも敵は追いかけてくる。

 とにかく全力が出せないこの狭い空間で戦うのだけはダメだ。

 考えろ、少しでも広く、誰も巻き込まなそうで、追いつかれる前に突っ込めるところは──あそこだ!

 

「『よっし……!」』

 

 第四アリーナ(ここ)より南西方向。関係者施設を超えた先。そこなら学園祭で使われることはない、誰もいない。

 

「『そうと決まれば──行くぞ!」』

「待てっ!」

 

 ISで飛べば秒で着く距離。しかしこの追っ手を振り切れるか?

 

「『80%」』

 

 一瞬だけ出力を上昇。それに伴う加速の後、負荷がかからないところまで落とす。これで引き離せた。

 そして──

 

「『──着いたぁ!」』

 

 移動に成功。ここなら思い切り装甲(身体)を伸ばせる。反撃ができる。

 

「鬼ごっこは終わりか?」

 

 数秒の後敵が追いつき停止。あの大きなマスクは外れたが、上半分を覆うバイザーにより未だ素顔は見えない。見えないが、こいつ笑ってないか?

 ……まるでこれを待ってたみたいに。

 

「『ああ、もう逃げない。これで満足か?」』

 

 ふざけやがって。そっちが殺す気なら、俺()()も受けて立とう。

 

「そうか、では──」

「『じゃ──」』

 

 ばきっ……。

 

「殺す」

「『叩き潰す」』

 

 そして、戦いの火蓋が切られた。

 

 

 

第32話「灰被り姫・脱出」

 

 

 

*1
迫真の劇




クロエ 「束様! 今度蘇作ってもいいですか!?」
束「えっ」


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第33話「正解・王冠」

特に意味なく連続で初投稿です。


 

「『死ねっ!」』

「…………」

「『ちっ……」』

 

 飛び回る敵に振るわれた左腕はひらりと躱され、返しの射撃を受け止める。

 ここで戦闘を開始して早数分。未だこちらから有効打は与えられない膠着状態。

 

「ぬるいな」

「『抜かせ!」』

 

 終いにはこんな舐め腐った台詞を吐かれる始末。

 いや、事実俺たちの攻撃が手ぬるいからこんなことになっているのだろうが。

 

記録(ログ)の方がまだマシな動きだったな」

「『そうかい、だったらお前はどうなんだ?」』

 

 何故記録を知っているのかは置いといて、確かに今の俺は機体性能を全く引き出せていない。出力に制限が掛けられているのを抜きにしても、ゴーレムⅢと戦ったときに比べて動きが悪すぎる。

 これが(2)の言っていた、『そうじゃない』ということだろうか。

 

「次はこちらの番だ」

「『あ……?」』

 

 がしゃん。と非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)がスライドし、六基のビットが飛び出す。

 

 

「『ああ、そういうことか」』

 

 やけにこの機体に見覚えがあるわけだ。蒼くてビットを使うIS、【ブルー・ティアーズ】。そいつに似てたんだ。

 ビットの数を見るに後継機。イギリスのあるはずのそれがここにあると言うことは……

 

「『奪ったか」』

「その通り。【サイレント。ゼフィルス】……【ブルー・ティアーズ】試作第二号機だ」

「『やっぱり後継機かよ、そんないいやつ持ってんなら十分だろうに」』

 

 【サイレント。ゼフィルス】、俺も殆ど情報を持っていない。見たまま判断するなら中距離射撃型で間違いないだろうが、オルコットと同じと考えたら痛い目を見そうだ。

 

「行くぞ?」

「『来んなぁ!」』

 

 ビットが散開し、あらゆる方向から射撃が飛んでくる。こう比べると失礼だが、オルコットのそれとは明らかに質が違う。

 回避困難で威力も高い、さっきのライフルは加減してやがったか。

 

「『鬱陶しい!」』

「ふん……」

 

 ビットの包囲から強引に脱出、右腕の砲撃を準備しつつ複脚を起動、ネットを発射して拘束を──

 

『だから、違うって』

 

 ──は? また?

 ……いやそんなこと考えている場合じゃない、砲撃だ!

 

「『あっ!?」』

「この程度か?」

 

 しかしネットは躱され、砲撃は軽々と受け止められる。

 ()()()()()()()()()()によって。

 

「『何だそりゃ!?」』

「舐めるなよ、旧型とは違う」

「『そうらしい、なっ!」』

 

 すかさず打ち込まれる射撃。もう俺たちを包囲している。ビットの扱いも相当な物だ。

 それにたった今使用されたシールドビット。焦って半端な威力だったとはいえあの砲撃を受けきる防御力。こんな武装まで備えているとは。

 

「次だ」

「『……?」』

 

 更に包囲射撃。しかし今度は狙いが甘く、巨体の俺たちでも回避は楽。

 何だ? 何が狙いだ?

 

()()()

「『!? 曲がっ──痛!」』

 

 回避したはずのビームが弧を描いて曲がり、直撃。またエネルギーが削られる。

 今のは確か、BT兵器の高稼働時に可能になる──

 

「『偏向射撃(フレキシブル)」か!』

 

 この技術を使うのは高いBT適性が必要だと聞く。たしかオルコットのBT適性はAだから……こいつは少なくともそれ以上か?

 とにかくこの技はやばい。今の俺では対処不能、一方的に撃ち込まれることになる。

 

「『ぐっ……これでどうだ!」』

「ほう……」

 

 背中のハッチを展開、格納された害虫型爆弾を起動し、ロックオンして発射。敵が偏向射撃ならこちらはマルチロックオン害虫だ。

 

「無駄だ」

「『っ! 全部落とすか……」』

 

 しかし爆弾は敵に届かず、その全てが偏向射撃によって撃ち落とされる。かなり複雑な軌道で飛ばしたはずだが、表情一つ動かさずに落とされるとは思わなかった。

 

「この程度か?」

「『うるせぇ!」』

 

 思考の間も射撃は止まず、確実にこちらが追い詰められている。

 このままじゃだめだ、考えろ、この状況を打開する手は──

 

『そうじゃないって』

 

 またかよ!? だから何が違うのか──ああもう!

 

「もういいだろう、これで終わりだ」

 

 銃口に光が集まる。さっきまでとは違う本気の攻撃、今度こそ決めに来るか。

 偏向射撃で回避はできない。受け止めようにもこれ以上のダメージは不味い。なら、なら……。

 

「死ね」

「『──く、そっ……」』

 

 収束された光が放たれ、そして──

 

「『がああっっ!! ……ん?」』

「何っ!?」

 

 気づけばビームを弾き飛ばしていた、

 

『そうだ! ()()()()だ!』

「『……?」』

 

 何が『それ』だ? ただ俺は無我夢中で動いて、その結果攻撃を弾いただけ。()()()()()()()()()()

 

「『ああ、わかった」』

「何を言っている!」

 

 何だ、間違いってのはそういうことか。いくら考えてもわからないわけだ。

 

 ごぎっ。

 

「『こうすればよかったのか」』

「!?」

『大正解』

 

 再び充填されたビームが発射される。その全てが確実にこちらを狙い、回避しようとも偏向射撃で当てられるだろう。

 だが、もう回避は不要。ブースターを全開し最大まで加速、一直線に敵に突っ込んで──

 

「『その機体さあ、綺麗だよなぁ。まるで蝶みたいだ」』

「っ!?」

「『ちょっと心が痛むかな──グチャグチャに叩き潰すのは」』

「何──がぁっ!?」

 

 思い切り殴り飛ばした。

 

「き、さまっ……!」

「『まだだよ」』

「がっ!?」

 

 間髪入れずもう一発、もう一発、もう一発。何度も何度も何度も何度も殴り続ける。

 

「ふざけっ──」

「『無駄」』

「ごっ……」

 

 慌てて取り出したナイフも、俺たちと敵の間に挟まれたされたシールドビットも無視して殴り続ける。敵を潰すことだけに集中して。

 

「『礼を言うよ。お前のお陰で、やっとこいつの使い方がわかった」』

「何、をっ……?」

 

 一度吹っ飛ばすように殴りつけて距離を取る。まだ試さなきゃいけないことがあるからな。くたばられちゃ困る。

 

「『こいつはもう第二形態。今までと同じじゃない。だから乗り手である俺も、変わらなきゃいけなかった」』

 

 【Bug-Human】なら、低いスペックを武装の多彩さと精密さで補うために思考が必要だった。それも常に相手に合わせて武装を切り替えるためにより深い思考が。

 でも今は【Bug-VenoMillion】。出力を抑えても尚高いスペックを持ち、切り替えるまでもなく使える武装が全身に搭載された機体。深過ぎる思考は邪魔になる。

 

「『こいつの力は、単純に鋭敏に直感的に──そして何より、暴力的に振るうべきなんだ」』

「……!!」

 

 考えるまでも無く最低限の技術は身体に染みついている。細かい制御は(2)に任せればいい。

 さて、低出力の感覚はよくわかった。なら次のステージだ。

 

「『80%」』

 

 機体がうなりを上げ、俺自身をも破壊しかねない力で満ちる。

 さあ、限界まで行ってみようか。

 

「『じゃ、殺すから」』

「──っ、ぁ!?」

 

 先ほどとは比べものにならないスピードとパワー。それに圧倒的質量を絡めた破壊力でもって叩き潰す。

 全身に走る痛みなんて知ったことか。今はただ、目の前の敵を潰すことだけに集中しろ。

 

「『俺たちのISを奪おうってんだ。どうせ制限解除(リミットカット)してあるんだろ? まだ動けるよな?」』

「…………!」

 

 通常のISには兵器としての一面が強く出過ぎないようにシールドエネルギー量や武装の出力に制限が設けられている。当然敵はこれを解除して、100%性能を引き出せる状態にしてあるはずだ。

 そうなれば制限の付いたままの機体では対処は難しい、がそれは普通ならの話。圧倒的な暴力の前には無意味だ。

 

「『死ね」』

 

 複脚の拘束、右手の砲撃、左手の刺突、尾の斬撃。次々と武装を切り替えながら叩き込んでいく。

 ビットは潰され、ライフルは折れ、装甲が砕けていく。必死の回避も、苦し紛れの反撃も、何一つこの猛攻を止めることはできない。

 

「『さて、仕上げと行こうか」』

 

 背中のハッチを全開、内蔵された遠隔爆弾を起動。飛行速度、追尾性能、爆破威力全て最大(マックス)。ロックオン、完了。

 

「何をっ──まさか!」

「『もう遅い」』

 

 飛び立つ虫は瞬く間に敵を覆い尽くし、かちりと音を立て──

 

「『爆ぜろ」』

 

 一斉に起爆した。

 

「────!」

「『あっはははは、すげぇ音」』

 

 聴覚保護が無ければ鼓膜が破れそうな爆音、内臓まで響く衝撃波。その中心にいる奴はひとたまりも無いだろう。

 そして爆発は続き、十数秒後。

 

「ぁ──ぅ……」

「『こんがり焼けましたー、ってか?」』

 

 煙が晴れた先には、見るも無惨に破壊された【サイレント・ゼフィルス】と満身創痍の操縦者が横たわる。

 

「『単一(ワンオフ)使うまでもなかったな。まあ使い方はわかったし、収穫としちゃ十分か」』

「…………」

「『……そうそう、まだ面拝んでなかったな。見せてくれよ」』

「やめ、ろっ……!」

 

 日々の入ったバイザーを掴み、力任せに引っ張る。よほど素顔を見られたくないのか僅かに抵抗するが。強引に引き剥がした。

 

「『あ?」』

「うっ……」

 

 そこあったのは見慣れた顔立ち、正確にはそれを少し若返らせた様な。これではまるで──

 

「『織斑せんs」』

「クソガキィィーーーッ!!」

「『!?」』

「オータム!?」

 

 素顔の衝撃を吹き飛ばし様な大声と共に現れたのは蜘蛛型のIS。所々破損したそれを身に纏う女が叫びながら突撃してくる。

 

「『何だお前!? 敵か?」』

「貴様っ、なぜここに……」

「動くんじゃねぇ! 作戦は失敗だ、さっさと逃げるぞ!」

 

 あっと言う間に織斑先生似の少女を縛り上げ、米俵の様に抱える女。やばい、これ逃げられる。

 

「『待てコラ!」』

「うるせぇ! 今はてめぇに構ってる暇はねーんだよ!」

「『だからって見逃すわけ──あ痛ぁっ!?」』

 

 慌てて追いかけようにも身体は動かず、調子に乗ったツケが来たらしい。全身が張り裂けるような痛みに包まれ、あちこちから血が流れ出している。

 

「『こんな、時に……」』

「じゃあなガキ! 次は私が殺してやるよ!」

「『くっそムカつく……!」』

 

 そのまま飛び立つ敵を見上げ、腹が立つ捨て台詞を聞きながら落下していく。

 結局倒しきれなかったが、具現化解除までは追い込まれなかっただけまだマシか。

 

(……あと何回気絶(これ)繰り返すんだ?)

 

 そして意識は遠のき、地に落ちた。

 

 

 

 

「……ってわけなんですよ」

「そ、そう……」

 

 数時間後。保健室のベッドに横たわる俺は。楯無先輩に事情聴取と情報交換をしていた。主に戦闘開始までの流れや敵の詳細などを話す。

 とは言ってもこちらは全てを正確に話すつもりはない。織斑先生似のあいつのこととかは知らないフリだ。

 

「まだ何か隠してる?」

「いえ、何も」

 

 その隠し事も見透かされているみたいだが、どうせ拷問に掛けられるわけじゃないんだ。黙ってたっていいだろう。

 もし話すなら、詳しい事情を知ってそうな人──先生か束様かな。

 

「『亡国機業(ファントム・タスク)』か、今時そんな悪の組織がいたんですね」

「裏では結構有名な所よ。各国からISを強奪してる、かなり大きい勢力ね」

「ふーん……」

 

 今回俺たちを襲ったのは秘密結社『亡国機業』。俺と戦った方は名称不明、後から来た蜘蛛女はオータムと名乗ったらしい。楯無先輩と一夏が交戦したそうだ。

 あの二人が使っていたのIS【サイレント・ゼフィルス】と【アラクネ】はそれぞれイギリスとアメリカから奪った機体。どちらの国も国防の過失を隠すために公表していなかったらしい。馬鹿なことを。

 

「結局逃げられたんですね」

「もっと追いかけることもできたんだけど……まだ学園内に敵がいないとも限らなかったし、誰かさんが大怪我してたからね。学園敷地内から出た時点で諦めたわ」

「そうですか……」

 

 まあ、深追いは危険だよな。先輩が言うとおり中はもちろん、外に敵がいる可能性もある。

 ……俺の心配はいらないと思うけどな。

 

「ところで、この怪我にはいつナノマシン打ってくれるんですか?」

 

 普通に話してはいたが、今の俺は全身包帯でぐるぐる巻き。あちこち肉離れを起こしたように痛むし、確実に骨の二、三本は折れている。

 完全に重症患者だというのに処置は普通の病院と同じ。さっさと治療用ナノマシンで治して欲しいところ「打たないわよ」……え。

 

「えっ」

「透くんは最近怪我が多すぎるわ。今ナノマシンを撃てば確かに治りは早くなる、けどそれは無理矢理治癒能力を高めているから。それ相応の負担はかかっているの」

「そんな、ひどい……」

「酷くて結構よ。もしここで使ったら、これからも怪我を繰り返すでしょう?」

「うっ……」

 

 その通り、その通りだが、これは機体性能を引き出すために仕方無いことなんだ。リスクを恐れてチマチマ動いてたら逆に──

 

「そうじゃなくて、怪我しても簡単に治せると思ってることが問題なの!」

「っ……」

 

 痛いところを突かれた。確かにここの治療を当てにしていることは否めない。

 この人もその浅はかな考えに気づいてたんだろう。目には涙を浮かべて──やめろ泣くんじゃない!

 

「今は完治できても、()()取り返しの付かないような怪我なんてされたら私っ──」

「わかった、わかりましたから! ちゃんと治して、当分は大人しくしますから!」

「わかればよろしい」

「!?!?!!?」

 

 完全に騙された。少しでも焦ったこの気持ちを返してくれ。

 

「ごめんね? でも心配してるのは本当よ」

「はぁ……参りました」

「うん! それじゃあ全治二週間、ちゃんと大人しくしているように!」

「長いなぁ……」

 

 二週間か。さすがに丸々保健室で過ごすってことは無いだろうが……かなり退屈になりそうだ。

 まだ痛む右手で頭を掻くと、一つ忘れていたことを思い出した。

 

「そういえば、学園祭はどうなったんです?」

「学園祭はもう終わっちゃったわ。表向きには襲撃もなかったことにされて、今は片付け中よ」

「やっぱりか……」

 

 窓の外は真っ暗で、夜の静けさで満ちている。こんな時間ではとうに終わっていても仕方が無いか。

 何というか、少しだけ残念だ。あまり真面目に参加してはなかったが、それでも少しは楽しみにしていた面もあったわけで。

 

IS学園(ここ)って行事やる度にアクシデント起きすぎじゃないですか?」

「本当に済まないと思っているけど私たちにも限界があるのよっ……!」

「いや、責めてるわけじゃないですから」

 

 毎度こんなことばかり起きていては守る側の気苦労は絶えないんだろうな。殆どの場合相手が悪いんだが……。

 

「ま、起きちまったことはしょうがないか。残念だけど」

「うん……」

 

 別に全く楽しめなかったわけじゃない。色々問題だらけだったが、少しは思い出になった。収穫もあったしな。

 

「……あ、あのさ」

「はい?」

 

 急に落ち着きのない様子でこちらに声を掛ける先輩。また何かあるのか。

 

「今日……さ、一緒に回ってた子って……知り合い?」

「ああ、クロエですか」

 

 何だ、クロエのことか。別に隠していたわけじゃないが、今まで話したことなかったなぁ。

 というかあれ見てたのか。会話まで聞かれてたりしたんだろうか。

 

「そ、その子って……付き合ってたり、する?」

「はい?」

 

 何かと思えば付き合う? クロエが? 俺と?

 

「ないないない。あいつは妹みたいなものですよ。束さ、んのとこにいたときに一緒に暮らしてただけです」

「……本当? 禁断の愛とかないの?」

「ないですって。あっちもそんな感情持ってませんよ」

 

 そんなこと考えたことも無い。いくら容姿が整ってて、それなりに近くにいたからって……なぁ?

 

「本当の本当に? 神に誓って?」

「しつこいなぁ、誓いますけど……」

 

 どうしたんだ今日に限って。まるで俺が誰かと付き合ったら不味いみたいに。

 俺だってこんな立場だけど、恋愛感情がないわけじゃないんだ。いつかは誰かとなんて考えたことだって……。

 

「そっかぁ……」

「!?」

 

 ふにゃり、と笑いながら安堵の言葉を口にする先輩。その笑顔を見た瞬間、時が止まったような衝撃が走る。

 どうして先輩は安心した? この笑顔は何だ? 今俺はどんな感情を抱いている?

 ……この雰囲気はだめだ、こっちの調子まで狂ってしまいそう。話題を切り替えないと。

 

「そうだ! シンデレラ、王冠の行方はどうなったんですか?」

「うっ……」

 

 手にした者は一ヶ月同室の慣れる権利を得るというあの王冠。アレを巡って酷い目に遭ったんだ。

 結局誰にも取られないまま戦闘してしまったが、起きたときにはもう無かった。一応俺を狙う奴もいたわけだし、誰かが持っている可能性もある。

 

「アクシデントがあったし無効ですかね? でもそれだと一般生徒に説明するの面倒くさそう……」

「じ、実は……私が持ってたり?」

「え?」

 

 そう言って、どこかから取り出した王冠を見せる先輩、少し汚れているが裏面には確かに俺の名前。つまりこれは……。

 

「えっと……明日から同棲、お願いします!」

「え、えぇー……」

 

 そういうことになった。

 

 

 

第33話「正解・王冠」

 

 

 




例によって書き溜めが無いので次回は来月以降です
忙しくなるので遅くなるor不定期になるかもしれない


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第34話「副会長・奴」

部屋の中でスマホ落としたら画面バキバキになったので初投稿です。


 

「なんてことだ……」

「どうしたの?」

 

 九月某日。自室にてスマホを眺めながら唸る俺に、学園祭のシンデレラによって同室となった楯無先輩が声をかける。

 

「見てくださいよこれ」

「なになに……『九十九透とは何者? 出身校は? 彼女はいる? 織斑一夏との関係は? 調べてみた!』……よくあるブログじゃない」

「こんなのがよくあるんですか!?」

 

 なんて恐ろしい。こんな簡単に俺の情報を調べ上げられるやつがいたなんて。しかもそれが幾つもあるだと?

 

「早く消させなきゃ……」

「いや、放っておいていいわよ」

「?」

 

 何を言っているんだ。このままじゃ俺の情報が晒され続けてしまうじゃないか。一刻も早く止めるべきだ。

 

「いいから、まず読んでみなさい」

「はぁ……」

 

 そこまで言うなら……。早速サイトを読み込み、上から順に見ていくこととする。

 まずは名前か。『本名は九十九透で間違いなさそうです!』……まあそれが本名ってことになってるから当然だな。個体ナンバーは俺も知らないし。

 次は出身校。『調べてみても出身校はわかりませんでした!』……そもそもIS学園(ここ)以外の学校通ったことないからな。

 恋人、「調べてみましたが、恋人の有無はわかりませんでした!」……そりゃいないからな。

 SNSアカウント、『調べてみましたが本物のアカウントは存在しないようです!』……やってないからな。

 織斑一夏との関係、『わかりませんでした!』……うん。

 

「あれ??」

「わかったでしょ? こういう中身のないやつなの」

「なるほど……安易に検索した者をターゲットにしたものか……巧妙だな」

「透くんって時々馬鹿になるわね」

 

 こんな手口があるとは。インターネットって怖いなぁ。情報が空っぽで助かった。

 

「あっそうだ」

「今度は何?」

 

 一安心ついでに一つ思いついた。前から考えていたこと、今答えを出しておこう。

 

「生徒会に入れてもらえませんか?」

「え?」

 

 ぽかんと口を開けてこちらを見ている。

 

「い、今なんて?」

「だから、生徒会に入れてほしんですよ」

「誰を?」

「俺を」

「!?!???!!?」

 

 何を驚くことがあるのだろうか。これまで何度も誘って来たのを受け入れただけなのに。

 

「ちょちょちょちょっと待って! え、透くんが? 生徒会に?」

「はい。俺を生徒会に入れてください」

「ぃやっっっっっったぁぁぁぁ!!!!!!」

「!?」

 

 うるせぇ! 間近で叫ばれると耳が壊れる。今度は喜び過ぎではないか。

 

「じゃあ早速これとこれとこれとこれにサインを! あとこれにも!」

「はいはい、そんな急がなくたって書きますよ」

「ダメ! そう言って心変わりするんでしょ!」

「しませんって」

 

 あらぬ疑いを否定しながら、どさどさと積み上げられた書類にサインする。誓約書やら生徒会規約やら個人情報保護やら、目を通すのも面倒なくらい細かい字でびっしりと書かれている。

 

「……はい、全部書きましたよ。これでいいんですか?」

「えーと……うん、バッチリね! 今日から透くんも生徒会メンバーよ!」

「わぁい」

 

 予想外の反応だったが、何とか入ることができてよかったな。

 

「嬉しいなぁ。何回も誘った甲斐があったわ」

「……そうですか」

 

 もちろん俺が生徒会に入る理由は、単に誘われたからという馬鹿な理由じゃない。ちゃんとした目的があってのことだ。

 生徒会メンバーになるということは生徒会長の楯無先輩の下に付くと言うこと。生徒会長とは学園最強の証、それなりに頼れる後ろ盾になることだろう、生徒会長権限なるものもあるようだし。

 これから抱えることになる仕事は面倒だろうが、その代わりに得られる物のためなら軽い物。存分に利用させてもらう。

 

「にしても、こうなるんだったら演劇もやる必要なかったわね」

「? それはどういうことで」

「ああ、あの劇に参加するには投票券が必要ってことにしてたのよ。知っての通りあの人数が参加してくれたから、男子争奪戦は私たちの勝利ってわけ」

「てことは一夏も入るんですね。ひっでぇ出来レースだぁ」

「そうね、でもルール違反はしてないからセーフよ!」

 

 何だ、結局生徒会に入ることは決まってたのか。自分から言って損したな。

 いや、無理矢理入れられたってより、自ら入る方が印象はいいか? うーん……わからんな。

 

「じゃあ次は役職を決めないとね」

「どこが空いてるんです?」

「副会長と庶務ね。ぶっちゃけ君たちの場合どちらもやることは変わらないわ」

「ふーん、じゃ偉そうだし副会長で」

「おっけー」

 

 なんあ庶務って下っ端な響きがするからな。名前だけでも偉そうな所に収まりたい。ナンバー2ってやつだ。

 

「一夏くんと他の皆には明日発表しましょうか」

「荒れそうだなぁ」

「ちゃんと収める案もあるから平気よ」

 

 やる気を煽りに煽ってのこれでは納得も行かない部もあるだろう。それを納得させる案か……嫌な予感がするな。

 

「明日になればわかるわ。とりあえず……これからよろしくね!」

「……ええ。よろしく、会長」

「もう、今まで通り楯無先輩って呼んで!」

 

 まあ、今はいいか。

 

 次の日。

 

「……というわけで、生徒会が一位になったので男子争奪戦は私たちの勝ちです。救済措置として各部活動に派遣するものとします」

「は?」

「えぇっ!?」

 

 案ってこれかよ! 結局知らない女子と活動することには変わりなかった。

 相当不満が出そうなものだが、元々一位が絶望的だった部活もあったことでどの部にもチャンスが与えられるこの考え受けがよく、俺たち二人が酷使される形で学園祭は幕を閉じた。

 

 

 

 

「あ? 誕生日?」

「そうそう。昨日話題になってさー」

 

 生徒会入りから数日。学園内の熱も冷め、すっかり元の雰囲気に戻った校内を歩きながら一夏と会話の中で、誕生日の話が出た。

 

「そういえば話したことなかったな。何日なんだ?」

「九月二七日。日曜だな」

「へー」

 

 一夏は俺と同じ試験管ベイビー。つまり普通に生まれた日が誕生日となるわけではないのだが、そこは織斑先生辺りが決めたのだろうか。製造日でも流用したのかな?

 

「透は? 何月何日?」

「俺かぁ……」

 

 俺に誕生日は存在しない。例の研究所と共に記録は消滅して、束様の頭の中。教えられたことなんて無いし、知りたいとすら思ったことがない。

 こうなるなら偽装でも考えておくべきだったかな。今更遅いか。

 

「知らないな。束さんに聞けばわかるかな?」

「えぇ……。一度も祝われてないのか?」

「祝われるような環境じゃなかったしな。正直祝うって感覚もわからん」

「そ、そうか……」

 

 また俺何か言っちゃいました? な雰囲気になってしまった。俺自身言われなきゃ気にしてなかったんだがなぁ。

 

「お前は何かするのか? ほら、篠ノ之さんとかとさ」

「あ、ああ。中学の友達が祝ってくれるみたいでさ。俺の家に集まって誕生日会をな。透も来いよ!」

「いいのか? ならお言葉に甘えて、プレゼントも持って行くよ」

 

 特に断る理由もないし、まあ参加してもいいだろう。

 隅っこで一人寂しくしてる未来が見えたが気にしない物とする。プレゼントはまぁ、適当に決めれば良いや。

 

「じゃあ決まりだな! ま、当日のアレが終わったらなんだけど」

「アレ……ああ、『キャノンボール・ファスト』な」

 

 ISの高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』。本来は国際大会として行われるそれを市のイベントとして開催。俺たちIS学園の生徒が参加することとなっている。

 学園外のイベントのため、市のISアリーナ──なんであるんだそんなもの──の中で行うらしい。収容可能人数は二万人以上だとか。

 ちなみに公平を期すため、専用機持ちと一般生徒とは別の部門となっているそうだ。

 

「まあ、俺は出ないんだが」

「ひっでぇよなぁ。出場禁止なんて」

 

 つい先日のこと。市つまり大会の主催から俺と【Bug-VenoMillion】の出場を遠慮したいとの要請があった、色々と理由が書き並べてあったが……要は『お前の機体気持ち悪いから来んな』ということであった。

 集客用の広告には一夏と他の専用機持ちで十分、そこに俺が混じると見栄えが悪いと思ってるんだろう。俺もそう思う。

 

「どうせやる気も無かったがなー」

「おい」

「だってよ、全力出したら本体()が潰れるし、手抜いても面白くないだろ? だったら出ない方がマシなんだよ」

「それはまぁ……仕方ないか」

 

 元々【Bug-VenoMillion】は機動力に特化した機体ではない。専用のパッケージもないし、調整にも限度がある。それでレースなんて出ても優勝は難しい上に、調子に乗ればまた病室送り。やってられるかこんなクソゲー状態である。

 ちなみに訓練機で出場するという選択肢はない。だって弱いもん。

 

「だから俺は観客か、生徒会として運営にでも回るかな。ちょっとぐらい仕事あるだろ」

「そっか……ちょっと残念だな、勝負したかったのに」

「大人数のレースで勝負かよ……」

 

 勝負も悪くないが、それは俺が無傷で乗りこなせるようになってからかな。何年かかるんだろうか。

 

「でも今回は結構早く元気になってるじゃん。 全治二週間だったのにもう出歩いてるし」

「まだ完全じゃないけどな……大体一週間ぐらいでここまで回復するとは思ってなかった」

 

 確かに怪我の程度があったとはいえ、以前に比べて怪我の治りは早まっている。そこまで鍛えてるつもりはないんだが……身体が慣れたんだろうか? 何にせよこうして元気でいられるのはよいことだ。だからといってまた調子に乗って怪我するのは御免だが。

 

「皆心配してたんだからな。楯無さんなんて泣いてたぞ」

「……本当か? 俺の前だと嘘泣きだったんだが」

「照れ隠しじゃないか?」

「そうかぁ……?」

 

 本当にそうなんだろうか。あの人の考えることはよくわからないな。いっそ本人に直接聞いて……やっぱりやめておこう。

 

「ところで、お前の王冠は誰が取ったんだ? もう同室になってんのか?」

「皆が引っ張ったらバラバラになって一人五日になった。今はセシリア」

「えぇ……」

 

 

 

 

「はぁっ! ……はぁ……」

「精が出るねぇ」

 

 第三アリーナ。休日にも関わらず生徒達が懸命に練習する中、その一角で息を荒げるオルコットと、それを見ている俺。

 先ほどから何度もビットと連動した高速ロール射撃を行い。何が気にくわないのか、飛んでいくレーザーを眺めては落胆している。

 

「……なぁ、人を呼び出しといてさっきから何してんだ?」

「っ九十九さんいつの間に……ってもうこんな時間!?」

「気づいてなかったのかよ」

 

 俺がここでオルコットの特訓を眺めていた理由、それはこいつに呼び出されたから。来たときにも声は掛けたんだが……相当集中していたのか無視されて今に至る。

 

「申し訳ありません。すっかり夢中になってしまって……」

「いーよ。で、何の用だ?」

「はい、それが……」

 

 珍しく俺に話が、それも二人でというのだから余程重要な話なんだろう。恐らくは……一夏の誕生日プレゼントとか?

 

「学園祭で九十九さんが戦った、【サイレント・ゼフィルス】の操縦者についてお聞きしたいのです」

「あっうん」

 

 全然違った。

 

「あれは本国(イギリス)から奪われたIS。誰がどう使っているのか、わたくしには知る必要があります」

 

 必要ねぇ。知ってどうするんだか。自分が取り戻す気かな?

 俺と奴が戦った時間は短い。正確に計ってはいないが、僅か十分にも満たないだろう。しかしその短い時間でもわかったことは多い。

 例えば機体の性能差、操縦者の技術差、戦術、その他諸々といった感じで。

 話したところでこいつがどうこうできるとは思えんが、ここまで言うなら教えてやるか。

 

「いいよ、教えてやる。但し俺の主観だから、期待してるような情報じゃなくても怒るなよ」

「はいお願いしますわ」

 

 勿論本気でこいつが怒るなんて思っちゃいない。しかし甘い期待を持っているなら捨てて貰わないと困るんだ。

 なぜなら。

 

「最初に言っとくが、【サイレント・ゼフィルス】の操縦者──面倒だから奴とするか──は、今のお前より遙かに強い」

「っ、やはりそうでしたか」

 

 まあ、こういうことだ。

 

「まず機体性能が違う。どうせ国から伝えられてるだろうし詳細は言わんが、ビットの数も、種類も、出力も【ブルー・ティアーズ】とは比べものにならん。この時点でかなり差がついてる」

「……」

 

 通常のビームビットが六基にシールドビットが二基。ビームは俺の装甲でも止めきれずにダメージを与え、シールドは砲撃を防ぎきった。そのどちらも、オルコットとティアーズではできなかったことだ。

 

「次に技術。これに関してもかなりの差があるが……一番は」

「『偏向射撃(フレキシブル)』の有無、ですわね」

「そうだ」

 

 BT兵器の高稼働時に発現する曲がる射撃。一発一発が確実にこちらを捉え、追い詰めてくるあの感じ……今思い出しても感心する。直線の攻撃だったビームが曲線になるだけでああも嫌らしいものになるとは。まあ全部無視して突っ込めばよかったんだが。

 

「ここまで話せばわかるだろ? あらゆる面においてお前は奴に負けている。ちょっとやそっとじゃ覆らない程にな」

「……もしそれを覆らせるとしたら、何が必要でしょうか?」

「少なくとも一人で練習したぐらいじゃ無理だろうなぁ。向こうだってやってるだろうし」

 

 次戦うまでずーっと怠けていてくれるなら勝ち目もあるだろう。当然そんなことあるはずがないが。

 かといって全く打つ手がないわけでもない。たった一つだけ、奴には隙があった。

 

「お前でも突けるかもしれない隙、知りたいか?」

「!? 教えてください!」

「だめー。ヒントはやるから自分で考えな」

 

 別に難しいことではない。が、俺が全部言ったのでは意味が無い。少しぐらいは自分で考えて貰わないとな。

 

「……わかりましたわ」

「オーケー。一度しか言わないからよく聞けよ?」

 

「奴は、昔の──初めて会った頃のお前によく似ている」

 

「それ殆ど答え言ってませんこと?」

「マジ? まあ、後は自分でな」

「は、はぁ……」

 

 これぐらいでもわかってしまったか。まあいい。わかったところでどうするかはこいつ次第だ。

 このまま一人で練習を続けるもよし、誰かとするもよし、いつかくるその日でこのヒントが生かされていることを願おう。俺はもう何もしないけど。

 

「……とりあえず、今日の所は休みますわ。時間も時間ですし」

「それがいい。どうせ明日戦うわけじゃねーんだ」

 

 次に奴らが来るとしたら何時になるか……またイベントが潰されるとしたらキャノンボール・ファストか? 考えたくないな。

 

「さすがにそれはない……とは言い切れないのが悲しいですわね」

「ほんとだな……」

 

 ……無人機と福音に関しては束様(知り合い)のせいだということは黙っておこう

 

「そうだ、見ろよこのサイト。俺のこと調べたんだとよ」

「……何ですの? この無駄に長いくせに結局何もわかってない記事は」

「さあ?」

 

 

第34話「副会長・奴」

 

 

 




今月はいつも通りのペースで更新できそうです


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第35話「見学・不自然」

娯楽がなさ過ぎるので初投稿です。


 

「んぐぐ……」

 

 月曜放課後。俺はある部屋で、初めての作業に苦心していた。

 

「……できたぁ!」

「おめでとぉう。よくできたねぇ」

「はい! ありがとうございます」

 

 ここは手芸部部室。今日から始まった各部への男子貸し出しキャンペーンによってここに来たのだ。

 順番は全部活が参加したというビンゴ大会で決められ、各部ごとに数日貸し出されるそうだ。ちなみに一夏はテニス部へ行っている。

 

「編み物って結構難しいんですね」

「そぉ? 飲み込みはいいけどねぇ」

 

 今編んだのはコースター。何となく選んだ物だが、初めてだとこれが中々難しかった。部長さんに見てもらわなければ殆どできなかっただろう。

 

「それにしても嬉しいなぁ。あの時買ってくれたのを持ってきてくれるなんてねぇ」

「……いえ、どうせ一人じゃ使えなかったんで……」

 

 俺が使っているのは学園祭で手芸部の店に立ち寄ったときに買っていたキット。あの日以来、何度か取り出しては説明を読みながら挑戦していたものの結局何もわからず。また楯無先輩が同室になっているため中々作業もできずに今日に至っている。

 

「まぁまぁ。ここにいる内に色々覚えていけばいいよぉ。何でも聞いちゃってぇ」

「はい。……次何作ろっかな」

「そうだねぇ、マフラーとかどうかなぁ。冬に使えるよぉ」

「なるほど……うわ難しそう」

 

 適当に作り方を調べるとコースターより遥かに難しそうな工程が、まだまだ先は長い……冬までにできんのかこれ? 心配になってきた。

 

「そいえばさぁ、誰かにあげたりしないのぉ? ずいぶんかわいい色だけどさぁ」

「……いや、これは自分用ですよ? 色は練習だからです」

「えー?」

 

 だって、人にあげるものなら手作りするより既製品買った方がいいだろう。その方が時間もかからずクオリティも保証されている。

 これは楯無先輩か編み物苦手ということを聞いて、じゃあ俺はどうなのか試しているだけだ。完成したら思いっきり自慢する。

 後はまぁ、暫く忘れていた趣味探しの一環ってところか。

 

「なぁんだ、つまんないのー」

「でも毛糸はまだまだありますし、そのうち誰かにあげるのもありですね」

「そぉ? ならその時はまた教えてしんぜよう」

「本当ですか? ありがとうございます」

 

 まだ始めたばかりだが、そこそこ楽しいしな。生徒会もあるし入部する気はないが、このまま続けてみるのもいいだろう。

 

「部長ずるいです! 九十九くん独占してる!」

「なぁにおう? だったら君たちも教えてあげなさい」

「はぁい! さぁさぁ九十九くん私たちにも聞いちゃってぇ!」

「え、この人がいいんですけど」

「えっ」

 

 だってたった一回とはいえ面識ある人だし。部長なら一番上手そうだし。俺はさっさと上達したいんだ。

 

「まぁまぁ、折角だし皆ともお話してってよ。皆も上手だしさ」

「そういうことなら……よろしく」

「やったわ」

「共に愛……じゃなかった、手芸を語りましょう?」

 

 ……やっぱり帰りたいなぁ。

 

 

 

 

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 

 またあくる日、第六アリーナにて山田先生の声が響き渡る。

 

「この第六アリーナは中央タワーに繋がっていて、高速機動実習が可能になっています。早速専用機持ちの皆さんに実践してもらいましょう!」

 

 そう言いながら指し示す先にはISを展開した一夏とオルコット。それぞれが高速起動用に調整された機体に身を包んでいる。

 

「オルコットさんは高速機動パッケージ【ストライク・ガンナー】を装備しています。武装を機動力強化に回していますね!」

 

 【ストライク・ガンナー】……確か夏にも使っていたパッケージだったか。あの時は『Lethocerus(茶色いの)』の試験に夢中でまともに見ちゃいなかったな。

 通常サイド・バインダーに装備しているビームビットを腰部に連結、元々あったミサイルビットと合わせて推進力として運用しているのか。その代わりに射撃機能は封印されているらしい……ミサイルビットは推進力になるのか?

 

「織斑くんは通常装備ですが、スラスターなど機動系の出力を調整して高速機動型にしています。見た目は殆どそのままですね!」

 

 今の説明の通り、【白式・雪羅】の方は外見にほぼ変化はない。精々高速機動補助バイザーが付いているぐらいだ。いまいち使い方がわからないらしく、何だか挙動不審だ。オルコットに個人通信で聞いているのだろう。

 

「それでは二人とも、準備はいいですかー?」

『『はい!』』

「ではまずは一周お願いします。……3,2,1、ゴー!」

 

 フラッグと同時に二人が飛翔。一瞬にして音速の壁を突破し、あっという間にアリーナを飛び出して中央タワーへ。

 

「いいなー、たまには俺も飛びたい」

「残念だがお前は見学だ。授業で大怪我なんてされてはかなわんのでな」

「わかってますよ……はぁ」

 

 少し願望を口にすると、すかさず織斑先生からの注意が入る。いたのか……。

 元々積極的に授業に参加する質でもないんだが、いざ見学にされると……なんかなぁ。余計な負傷を防ぎたい先生の言い分も最もなんだが。

 これでも負荷は抑えられてきた方なんだ、まだ高出力は無理でも、60%程度なら筋肉痛も起こらない。怪我の治りも早まってきたし、この調子なら80%が使いこなせる日もそう遠くないと感じている。

 

「お、戻ってきた。やっぱり早いな」

「お疲れ様でした! 二人ともすっごく優秀でしたよ!」

 

 タワーの頂上から折り返してきた二人がアリーナへ到着。最後まで安定して飛んでいて、山田先生が褒めるのも納得だ。

 ……だからって子ども見たいに跳ねるのはどうかと思いますよ山田先生。一夏が目のやり場に困っている。

 そんな一夏を見てボーデヴィッヒが何やら話して……ああ、また面倒なことに。

 

「全員注目!」

「!」

「今年は異例の一年生参加だが、やる以上は各自結果を残すように。キャノンボール・ファストの経験はこの先必ず生きてくる。それでは訓練機組の選出を行う、各自割り振られた機体の乗り込め。……ぼやぼやするな開始だ!」

「「「は、はいっ!!」」」

 

 緩みかけた雰囲気を一喝。この流れは何度目か、さすがに手慣れたものだ。

 

「よーし、狙うは優勝、デザート無料券よ!」

「お姉様に良いところを見せて……げへへ」

「だが待ってほしい。ふがいない結果を出して涙を流すところで慰めてもらうのはどうだろう?」

「!」

「いや、真面目にやれよ」

 

 本来一般生徒は二年生から参加するものらしいが、今年は予期せぬ出来事(やたらイベントが潰れる)があったり専用機持ちが多かったりで一年生も参加するらしい。訓練機部門では景品──おそらくデザート無料券が付くらしい。食い物に釣られすぎでは?

 そんなわけで女子は燃え上がり、先生方も気合いが入っている。入りすぎなくらいに。

 

「……でも俺は出ないんだよな」

 

 頭ではわかっていても、疎外感を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

「はー……今日も疲れた」

「お疲れー」

 

 そして大会前日。アリーナ使用時間ギリギリまで練習していた一夏と、それに付き合いながら調整していた俺。

 実は明日の本番に出ない俺が態々付き合う必要も無かったのだが、今日に限っては共に練習をしていた。

 

「悪いな、俺のわがままに付き合って」

「いーよ。どうせ俺も退屈してたんだ」

 

 一夏には高速機動下でのでの戦闘経験が、俺にはISを十全に使いこなすための練習が必要だ。互いに必要な要素を満たすため、それに適した方法を実践していたのだ。

 

「お前が飛んで俺が撃ち墜とす……中々楽しかった」

「途中からお互い本気になってたな……」

 

 と言っても一夏が高速で飛び回り、俺は地上から攻撃。それを迎撃しつつ反撃し、またそれを迎撃して……を無限に繰り返していただけだが。

 始めはそれなりに加減していたはずが続けていく内に熱くなり、最終的には全力一歩手前になっていた。時間が来なければどちらかがエネルギー切れになるまで続けていたかもしれない。その前に俺が潰れていた可能性もあるが。楯無先輩に知られたら怒られるな。

 

「とりあえず一夏、荷電粒子砲は使うな。お前が使うと産廃になる」

「そこまで言うか……ちょっとは使えるようになったと思うんだけどなぁ……」

「至近距離でぶっ放すか遠距離で7割外すしかできないのを使えるとは言わん」

「ぐぬ……そういう透こそ、すぐ力押しするのはどうなんだ?」

「俺はあれでいーんだよ、そっちの方が今の機体に向いてる」

 

 自室へと歩きながら感想、もといアドバイスを語り合う。ほぼダメ出しになっているのは気にしない。

 

「でも良い経験になったんじゃないか? 明日に活かせそうだ」

「そうかい、俺はまぁ……ぼちぼちかな」

 

 今日の最高出力は67%。短時間の発動ではあるが、今のところ反動はない。明日にはどうなっているかが気になるところだ。

 70%が見えてきたのは大きな進歩といえる。単一使用能力を安定して発動できるラインは80%、もう少しだ。

 

「でもその少しが、難しいんだなぁ……」

「ははは……頑張れ」

 

 そんな調子で話していると部屋へ到着。まだ一夏とは別室なのでここで別れる。

 

「じゃ、俺はここで」

「おう、また明日」

 

 腹も減ったが、先にこの汗を流しておきたい。そうしたらすこし休んで──

 

「お帰りなさーい。今日は随分お楽しみだったみたいねぇ?」

「すいませんでしたぁ!」

 

 もうバレてる!

 

 

「反省した?」

「はい……」

 

 あれから約一時間後。言われるがままにベッドへ正座させられた俺はこってり叱られていた。

 

「別にね、絶対にISを使うなって言ってるわけじゃないの。いざというときに自分を守るには必要不可欠だし、授業だってあるし」

「でしょう? じゃあ」

「でもそれで自爆しちゃあ意味ないでしょ!」

「すいませんでしたぁ!」

 

 いや全くもってその通りなんだが、もう少しこう……俺を信じて欲しいな。

 確実に反動は減ってるし、今日だって無傷で終えることができている。治りも早まっている。

 

「そう思ってるならせめて事前に連絡して頂戴。必要なら私が監督するし、誰かに頼むことだってできるんだから」

「一夏は」

「一緒になって本気出すからダメよ」

「はい」

 

 完全に見抜かれている。今日の特訓も見てたんじゃないか? もしくは誰かが告げ口したか。

 

「とにかく、これから特訓するなら必ず連絡すること。それが守れないなら最悪禁止になるわよ」

「……はい」

 

 正直かなり嫌だが、諦めるしかないな。この人が言ってることは正しいし、許可さえもらえれば使えることに変わりは無いんだ。嫌々でも従っておこう。

 

「透くんは気づいてないかもしれないけど、今のあなたはかなり不自然な状態なのよ」

「不自然? どこが?」

 

 まさか頭がとでも言うつもりか? 

 

「あなたの身体が、反動に慣れるのが早過ぎるの」

「いいことじゃないですか」

「確かにね……でも考えてみて。ほんの一月前まで全身にヒビ、内臓までダメージが入っていたのが、この間は筋肉痛と少し骨が折れただけで済んでる。二次移行までに受けてた怪我を差し引いても、明らかに軽くなってる」

「それは……そうですね。大して鍛えられたわけでもないのに……」

 

 夏休み強制終了の怪我から復帰して、学園祭でまた気絶するまでは約一週間。その間でBugを動かしたのは片手で数えられるほど。生身の鍛錬だってあまりしていなかった。それなのにこれほどの差が出ているのはおかしい。

 

「傷が治るまでもそう。寝たきりで二週間かかってたのが動き回りながら一週間と少しでほとんど治ってるの。しかもナノマシンを使わずに」

「……普通一ヶ月は要りますよね」

「私がかなり早く見積もっても二週間は必要だった。学園(ここ)の医療設備が優秀なことを考えても早過ぎね」

 

 一応言っておくとまだ完治したわけではない。過度な運動は控えるように言われてるし(やった)。

 それならこの再生速度は何だ? 織斑計画で作られたから? しかし俺は失敗作、身体機能はただの人間と同等のはずだ。

 よーく思い出せ。この再生力はどこから来ている? 俺と他の常人の違いは何だ? ……ああ。

 

()()、か」

「? 何か言った?」

「いえ、何も」

 

 いけない。まだ先輩がいるのに、うっかり出自を話したりなんかしたら大変だ。これは後で考えよう。

 

「これがただの成長なら喜ぶべきことだけど……もしそうでない異変なら、今後どんな副作用が出るかわからない。安易に頼るべきではないのよ」

「副作用ねぇ……」

 

 そこまでは考えたこと無かったな。副作用……変な形で治ったりとかだろうか。骨折したときが怖いな。

 

「あくまで可能性の話よ、最低限頭に入れてほしいけど」

「……ま、まぁ、今度こそ注意して戦うことにしますよ。望んで怪我してるわけじゃないですし」

「そうね。出力は経過を見ながら上げていきましょう」

 

 結局はこれに尽きる。忠告はそこそこに受け止めて、思い当たった原因は……その内()()()()()()()()にでも聞いてみるか。

 

「……シャワー浴びてきます」

「あ、うん……背中流す?」

「叩き出しますよ」

 

 とりあえず、今は休息の時だ。

 明日はキャノンボール・ファスト本番。それなりに仕事もあるし、一応応援だってするつもり。

 願わくば、何事も起こらんことを。

 

 

 

第35話「見学・不自然」

 

 

 




書きながらずっと「楯無さんとは何?」って考えてました


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第36話「弾丸のように速く(キャノンボール・ファスト)・ハイ」

金だ金! お金がねぇから初投稿です。


 

 遂にキャノンボール・ファスト当日。天気は快晴、会場は超満員、空には花火が打ち上がっている。

 

「帰っていい?」

「だめー」

 

 鬱陶しい日差しを手で遮りながら、正直は想いを口にする。が、呆気なく却下される。

 九月の末とはいえこの天気に人混み、観客のテンションも相まってまるで真夏のような熱気に包まれている。

 

「あちーんだよここ。こんなところにずっといたら溶けるぜ。本音だってそう思うだろ?」

「そうだけどさー、これも私たちの仕事なんだよー? ちゃんとやらなきゃねー」

「普段は適当なくせにっ……」

「てぃーぴーおーってやつだよー」

 

 しかしこの熱気から逃げることは許されない。なぜならこれが……観客席を回りながら外敵に警戒することが俺たちの仕事だからだ。

 

「俺はともかくさぁ。本音まで見回りってどうなんだ? 敵来ても戦えないだろ」

「私は戦わないよー。もしもの時は注意喚起と避難誘導と各所に連絡、あとは──」

「あとは?」

「つづらんが逃げないか監視」

「……信用ねー」

 

 命じたのは楯無先輩だろうか。全く少しは俺を信じて欲しいものだ。そうしてくれたら逃げられたのに。

 

「二年生の部が終わったら交代なんだからさー。もーちょっとがんばろ?」

「はいはい……」

 

 本日はまず二年生のレースを行い、続いて一年生の専用機持ち(俺を除く)、一年生の訓練機組、最後に三年生のエキシビジョンというプログラムになっている。

 

「そろそろ決着かな? 人多すぎて見えねーけど」

「みんなの声も大きくなってきてるねー。全然見えないけどー」

 

 わああぁぁぁ……!

 

「おっ」

「んー?」

 

 ウワァァァァァァ……。マアァァァァァァ……。と盛大な歓声が会場に響き渡る。どうやら勝者が決まったらしい。まあ出てる人は誰も知らないため興味も無いのだが。

 

「じゃあ、戻るか」

「そだねー」

 

 となれば交代の時間だ。さっさと先輩と交代して、だらだらと冷たい飲み物でも飲みながら観戦しよう。

 

「そういえば、楯無先輩が出ないのもったいないよなー。いくら仕事があるとはいえ」

「いやぁ。たてなっちゃんが出たら優勝しちゃうからねー。つまんないでしょ」

「確かに……」

 

 先輩の実力は生徒全体で見ても抜きん出ている。それこそ二年生の中では圧倒的なほどに。機体こそレース向きではないが、もし出場すれば軽々優勝してしまう。

 ……それはそれで見てみたいと思ったが。

 

「透くーん! 本音ちゃーん! お疲れ様ー!」

「あ、いたいた。はーい!」

「わーい」

 

 話していた先輩が見えた。これで交代、後はゆっくりと観戦できる。

 

「次は一夏達が出るんだったか……ちょっとくらい応援してやらないとな」

「つづらーん! 早く席とろ!」

「おーう」

 

 さて、優勝は誰になるか……少し楽しみだ。

 

 

 

『それでは皆さん、一年生の専用機持ち組のレースを開催します!』

「おおー」

「始まるなぁ」

 

 大きなアナウンスが響き、専用機持ちがスタートラインに並ぶ。各々が高速起動用のハイパーセンサー・バイザーを下ろし、意識を集中している。

 

「かんちゃんがんばれー!」

「がんばれ一夏ー」

 

 シグナルランプが点灯、全員がスラスターを点火。

 スタートまで3……2……1……。

 

『ゴー!』

 

 合図と同時にロケットスタート。先頭はオルコット、少し遅れて一夏、あとは団子といったところか。

 

「やっぱ専用のパッケージあると違うな。動きも慣れてる」

「一杯練習してたからねー」

 

 戦闘を維持したまま第一コーナーを過ぎ、このレース最初の攻防が始まる。

 

「ねーねー、()()()みたいに声聞かせてよー」

「だめだ。今の人数じゃ聞いたってうるさいだけだぞ」

 

 現在は凰がオルコットに攻撃を仕掛け、その隙にデュノアとボーデヴィッヒが追い抜いたところ。

 一夏も負けじと加速し、妹様と簪も何やら仕込みがあるらしく、一定のペースを保ちながら後方に食らいついている。

 

「良い感じだねー」

「白熱してきたな」

 

 レースは二週目に突入し、会場の熱気は更に増していく。

 そんなタイミングで、異変は起きた。

 

『警告する。五秒後に一体、そして会場西にもう一体、敵が来る』

「────は?」

「んー?」

 

 突如(2)からの警告に理解が遅れ、気づいた時には。

 

 ──ドンッ!

 

 上空からの一撃がトップのデュノアとボーデヴィッヒを撃ち抜く。

 

「──本音、避難誘導は任せた」

「ふぇ? りょ、了解! ……つづらんは?」

「俺は──見逃したネズミを叩きに行く」

 

 逃げ惑う観客の流れに逆らうように移動。人が邪魔でIS使えないことに苛立ちながらながら進んでいく。

 徐々に人が減っていき、目的の西エリアに着く頃には、残っている者はただ一人。

 

「──見つけた」

「驚いた、もう気づかれるなんて」

 

 そこにいたのは、美しい金髪をなびかせた女性。見た目だけで判断するなら欧米の、二十台後半と言ったところか。整った顔立ちとスタイルに、赤いスーツがよく似合っている。こんな状況でなければ、どこかのセレブかと思うだろう。

 ……けど何だろうかこの違和感は、どこか普通の人間とは違う、親近感すら感じてしまうのは。

 

 

「お前も『亡国機業』だかの一員か?」

「知ってるの? 情報通ね」

「揶揄うなよ、侵入者が」

 

 サングラスを外しながら、と余裕たっぷりの声色で返答する。

 

「目的は何だ、パツキン悪女」

「言うわけ無いじゃない。あとその呼び方はやめなさい」

「そうかい、なら無理矢理聞き出すか」』

「できるかしら? 九十九透くん」

 

 ばきり。とISを展開し、真っ直ぐ的へ突っ込む。もう観客はいない、思う存分、死なない程度に暴れられる。

 

「『いきなりだが──吹き飛べ」』

「!」

 

 不意を突いての砲撃、これで死ぬわけはないが、先ずは小手調べ。どれぐらい通るか見極めを──

 

「──初対面の相手に随分失礼じゃない」

「『あ? ……あー、そういうタイプね」』

 

 敵の姿は金色の繭に包まれ。傷一つ付いてはいなかった。

 

「貴女と戦うのは目的ではないんだけど……仕方ないわね」

「『そうこなくっちゃ」』

 

 ISが完全展開(フルオープン)され、金色の装甲が露わになる。

 両腕に備え付けられた鞭が炎を放ちながら高速回転。炎のシールドを展開する。さっきのはこれか。

 こいつは明らかに実力者。下手に出力押さえてる場合じゃない──65%だ。

 

「こんがり焼いてあげる」

「『飛んで火に入る夏の虫……ってこと?」』

 

 戦闘開始。

 

 

 

 

「『熱っっっっっつ! 死ね!!」』

「うふふ……」

 

 数分後、見事に火だるまにされた俺と、ほぼ無傷のままの敵。威勢よく戦い始めたはいいものの、当てられた攻撃は最初の砲撃と数発掠らせただけ。ほとんど一方的に焼かれるばかりだ。

 

「この程度かしら? 興覚めね」

「『言ってろこのっ……あっつ!」』

 

 シールドエネルギーで俺は本体は保護されていても熱いものは熱い。口だけは強がりつつも、情けなく転がっていた。

 

『何やってんだ馬鹿! また逆戻りしやがって!』

「うるせぇ! 仕方ねーだろ!」

「急に独り言? 余裕のつもりかしら?」

「『お前には関係ねぇ!」』

「!?」

 

 やられっぱなしの原因は俺の戦い方にある。学園祭で得たはずの正解の動き、『鋭敏・直感的・暴力的』なスタイルが全く発揮できていない。

 それは余計な思考が抜けきってないからだ。まだ俺は、自ら思考を消していくことに慣れていない。学園祭以来まともに戦っていないとのだから、試す機会がなかったんだ。

 

「『あの状態に入れればっ……て考えるのが駄目なんだよなぁ……」』

「何のつもりか知らないけど、一気に決めさせてもらうわよ!」

 

 そんなことを考えていれば当然隙だらけになるわけで、そこを突かれるのは必然。さらに窮地に陥る。

 

「『っく!」』

 

 敵の腕から放たれた火球が次々と襲いかかり、シールドエネルギーが削られ始める。俺の装甲の上からダメージを通せるということは相当の火力を持つということ。

 掠らせたときに付けたナノマシンは焼かれて使い物にならないし……まずいな。打つ手がない。

 

「燃えなさい」

「『!」』

 

 そう言って、敵が構える火球は先ほどとは比べものにならない程大きく、強力な熱を蓄えている。

 直撃すればただじゃ済まない。強制解除か、病院送りか、最悪火葬か。急いで回避を──間に合わない!

 

「『やっべ、死──!?」』

 

『来た』

 

「躱した!?」

 

 頭の中で何かが弾けたと思ったら、次の瞬間回避に成功していた。

 なんだ今の、この感覚は。あの時と同じ、単純で鋭敏で直感的な……。そうか、『来た』ってこれのことか!

 

「ならもう一度っ!」

‪「『あ」』‬

 

 いやそんなことより次がやばい死ぬ──

 

「そこまでよっ!」

「『!?」』

「何っ!?」

 

 放たれた火球は水の壁に阻まれ、水蒸気を上げながら消えていく。これは、今の声は?

 

「透くん大丈夫っ!?」

「『先輩! どうしてここに?」』

「どうしてって、何回も柱上がってたんだから気づくに決まってるでしょ! 避難対応で遅れちゃったけど!」

「『ですよねー」』

 

 敵はともかく、俺も全く会場に気を遣って戦っていなかったからな。あちこち燃えて、ぶっ壊れている。そりゃ目立つよな。

 

「そんなことより……まさか貴女が出てくるとはね、『土砂降り(スコール)』」

「こちらこそ、貴女とも戦えるなんて思わなかったわ。更識楯無」

 

 どうやらこの敵はスコールと言うらしい。それが偽名か本名かは定かではないが。

 

「『とにかく助かりました。もうすこしで黒焦げだった……」』

「透君は下がってなさい、だいぶダメ-ジ入ってるでしょ」

「『いえ、そういうわけには。……折角()()()()()になりそうだったので」』

「は?」

「『まあ見ててくださいよ」』

 

 いきなりこんなこと言っても理解はしてもらえないか。明らかに劣勢だった者がやる気を出しても虚勢にしか見えないだろう。

 だが、その劣勢はこれで覆る……はず。

 ごきり。

 

「『……8()0()%」』

「!? そんなことしたらっ!」

「『いいんですよこれで、()()()()()」』

「……よくわからないけど、本気を出したってことかしら?」

「『ああ、そんなとこだ」』

 

 出力が格段に上がり。60%そこそこより遙かに強い負荷が全身にかかる。肉が潰され、骨が軋むのを感じる。これが欲しかったんだ。……マゾではない。

 

「『きたきたきたぁ……この感覚、()()()と一緒だぁ……!」』

 

 二次移行の時と同じだ。どんどん死が迫ってくるこの感じ。学園祭の時も、ついさっきも、この死が近づく感覚で正解に辿り着いた。

 まさか何より死を恐れてる俺が、自ら死に近づくことで全力を出すなんて、どんな皮肉だろうか。

 

「『殺すっ!」』

「!!」

 

 スラスターを全開、スコールへ急接近しながら左腕を叩きつける。小細工は不要だ、炎の防御も何もかも質量とパワーで押し切ればいい。

 

「さっきとはまれで違う動きっ……エムがやられたのはこれね!」

「『エムぅ? ああ、ゼフィルスの女か、てめぇも潰してやるよ!」』

「ちょっと透くん! 待ちなさい!」

 

 死から逃げるように敵に突っ込み、直感に従って攻撃を叩きつける。何と暴力的で、知性の欠片もない野蛮な戦法、束様が見たら何というだろうか。

 

「『炎でナノマシンが燃えちまうのが残念だなぁ。もっと面白くできたのによぉ!」』

「あ、あなた本当に九十九透なの?」

「『当たり前だろ、他の誰に見えるんだ?」』

 

 痛みと喜びで少しばかりハイになっているけど、俺は俺を保っている。

 

『その通り。さあ時間も残り少ない、決着をつけようか』

 

 自ら正解の動きを引き出せるようになったといっても、それが自滅を招くことには変わりない。どれだけいい調子でもいずれは死に追いつかれる。そうなる前に敵を()さねば。

 

「『終わりにしてやる」』

「ちょっ」

 

 敵の左腕を掴み、抵抗するのも構わず思いきり振り回す。地面に叩きつけるたびに装甲が砕け、装甲の根元がガタつき始める。そろそろ千切れるな。

 もう一度地面にめり込むまで強く叩きつけ、中身ごと踏み砕こうとした瞬間。

 

「くぅっ……」

「『あ? 何だそれ?」』

 

 スコールの左腕が()()、機械部分が露出する。

 

「秘密、バレちゃったわねっ……」

機械義肢(サイボーグ)ね。その面も作り物か?」

 

 失った四肢や器官を機械で代用または強化した存在。俺の左足も似たような物……あの妙は親近感はこれか。

 

「『……まぁいい、スクラップにしてや……っ!?」』

「だから、待ちなさいって!」

「『先輩!? ちょっと……ぅぶっ!?」』

 

 背後からアクア・ナノマシンによる拘束を受けて動きが停止。それと同時に反動による吐血、耐えきれない痛みが全身に走る。

 

「『あ痛ぁ!? ギブギブギブ!」』

「ごめん! でもこうしなきゃ止められなかったから……」

 

 痛みで全身が引きつるが、見事に固められているため指一本動かせない。結果逃げ場のない地獄のような感覚に陥る。

 

「……今の内にっ!」

「『おい待て逃げんな!」』

「だから動かないで!」

 

 半壊した機体で逃走を図るスコール。俺には追う余力は無く、先輩には俺を拘束するので精一杯。追う気もないようだが。

 あっという間に遠ざかる背を見つめながら脱力する。

 

「『ああ逃げていく……」』

「いいから! 今日は諦めて!」

「『どうしてですか! ここで捕まえなきゃまた……」』

「今自分の身体がどうなってるかわからないの!?」

「『は……え?」』

 

 そう言われて、とりあえず右腕に目を向けると。

 

「『げ」』

 

 既に具現化は解けていて、血まみれの肉がそこにあった。

 

「『あー……はい、わかりました」』

「本当に? 追わない? 追ったら爆破するわよ」

「『それは勘弁。……ほら、解除しましたよ」

 

 残る装甲も全て解除し、もう繊維がないことを示す。今爆破されたら本当に死んでしまう。

 

「もうっもう! なんで無茶ばかりするの!」

「ははは……行けるかと思って」

「無理に決まってるでしょ! こんなに怪我して……早く治療するわよ!」

「はいはい……すいません痛すぎて動けません」

「私が運ぶから!」

 

 特に重傷なのは右手だが、全身張り裂けそうだ。折れ……てるかはわからないが。所々火傷しているのもあって風すら痛い。

 いっそ意識を失ってれば……あれ、今日は気絶しないな。

 

「ちょっとは進歩したってことかな……いて」

「動けなくなっておいて何言ってるの? 後でお説教だからね!」

「それも勘弁願いた……あっ先輩、揺れると超痛いです!」

「急いでるんだから我慢して!」

 

 しかし今は治療が優先。先輩の腕に情けなく抱えられながら、この痛みに耐えるのだった。

 

 

 

第36話「弾丸のように速く(キャノンボール・ファスト)・ハイ」

 

 

 




コーロナコロナコーロナ\休み/
コーロナコロナ\低収入/


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第37話「パーティー・マドカ」

雨の中1時間歩いて帰宅したら更新するの忘れてたので初投稿です。


 

「あ、せーのっ」

「一夏、お誕生日おめでとーう!」

「おめでとー」

「めでたーい」

 

 デュノアの声を合図に、祝いの言葉と共に幾つものクラッカーが鳴る。遅れて言ったのは俺と本音だ。

 時刻は夕方五時頃、織斑邸にて俺たちは一夏の誕生日を祝うべく集まっている。

 

「お、おう。サンキュ……けど多すぎないかこの人数」

 

 今ここにいるメンバーを整理すると、まず一夏と俺、例の五人、簪、本音、虚先輩、楯無先輩、新聞部のなんとか先輩、一夏の友達が三人。合計十五人、多すぎるな! 織斑先生は後から来るらしい。

 

「よかったな人気者」

「あ、ああ……ってお前透か?」

「それ以外に誰に見えるんだ」

「俺の知ってる透は全身拘束されたミイラ男じゃないぞ」

「うん」

 

 今の俺の姿は一夏の言ったとおり、全身包帯でぐるぐる巻きのミイラ男が車椅子に拘束されたホラーチックな有様。今日がハロウィンだったらよくお似合いだろう。

 こんな状態になってしまったのは、当然ながら俺の治療のためである。スコールとの戦いによって(半分以上自爆)何度目かの全身重傷を負った俺は、とりあえず治療用ナノマシンによる活性化再生治療を受けた。本来ならばそのまま入院のはずだったが、ガチガチに拘束されることを条件にここへ来ることを許された。だって自分だけ蚊帳の外とか嫌だろう。

 

「相対的にわたくしの傷が浅く見えてますわ……」

「どこ張り合ってんだお前」

 

 いつの間にか隣に立っていたオルコット。彼女も右腕に包帯を巻き、入院を拒否して来ているそうだ。

 

「よう、機嫌良さそうじゃないか」

「ええ。お陰様で、祖国の意地を見せられましたので」

「そうかい、よかったな」

 

 聞けばこいつは【サイレント・ゼフィルス】の操縦者──エムといったか──相手に大立ち回りを演じ、『偏向射撃』まで発現させたらしい。ついこの間までと比べてたら相当な進歩だ。

 

「けれどまだまだですわ。わたくし一人では撃退できませんでしたし」

「さっすが、上昇志向が強い」

「もう慢心しないと決めているので」

 

 俺もこういう所は見習わないといけないな。見習いすぎるとまた怪我するんだが。

 

「ほら、俺と話してばっかいないで一夏のとこいってこいよ。またラブコメじてるぞあいつ」

「! そうでした。一夏さーん!」

 

 そしてオルコットはプレゼントらしき包みを持って、凰にラーメンを食わされている一夏の元へ歩み寄る。何してんだあいつら。

 俺は一人、隅っこでパーティの景色を眺める……あれ、この展開予想通りだな?

 

「とーおーるーくんっ!」

「? ……何だ先輩ですか」

「どう? 大人しくしてる?」

「そこは楽しんでるとかでは……いえ、何でも無いです」

 

 背後から現れた先輩の表情はいつもの笑顔。声の調子もいつも通りだが……何だろう。もの凄く怒ってる感じがする。

 やっぱり怪我(これ)のことだよな。あれほど口酸っぱく言われたというのにこの有様、場が場だけに免れてはいるが、帰ったらそれはもう恐ろしい説教が待っているだろう。

 ここは……うん。

 

「あの」

「なぁに?」

 

 怖すぎる。けど、説明はさせてほしい。

 

「これは、IS(こいつ)の性能を引き出すためには絶対に必要なことだったんです。どれだけ咎められようと、捨てるのはあり得ない」

「……その度に、死にかけるとしても?」

「完全に死ななければ、次があります」

 

 もしこの先、半端な力で敵と戦えば敗北は必至。負けた先に待つ物は……言うまでも無いだろう。

 

「それに、今日の怪我も思っていたほどではありませんでした。それがいいことかどうかはわかりませんけど」

 

 右腕粉砕骨折、全身に青あざとところどころに火傷。あとは内臓にほんの少しの傷。これが今日のダメージだ。その殆どが負荷による物だが、確実に軽減されている。

 この調子で身体を慣らしていけば、間違いなく最小限の負荷で使いこなせるはずなんだ。

 

「どうしてもやめる気は無いってわけね……」

「これも生きるためなんで。そのためなら何度死にかけたって構いません」

 

 ほんの僅かでも生存確率が上がるのならば、幾らでこんな痛みなんて屁でもない。

 

「はぁ……わかったわ」

「!」

「その前に!」

「!?」

 

 納得してくれた……と思ったら、まだ何かあるようだ。

 

「もう一つ言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」

「ああー……」

 

 そうだよな。忠告を無視して、心配かけて、挙句の果てに暴走を止めてもらったんだ。言い訳を並べる前に、これだけは伝えておかないといけなかった。

 

「ごめんなさい」

「ん、よろしい」

 

 精一杯の謝罪、全身ガチガチのため頭を下げることもできないけれど。

 その言葉を受けて優しく微笑む先輩。許してくれた……のかな?

 

「またあんなことになったら、何度だって私が止めてあげる」

「はは、頼もしいなぁ」

 

 またあの拘束を食らう羽目になるのか……そもそも暴走しなければいいんだが。

 

「それとどうしても無茶するって言うなら、無茶が無茶じゃなくなるまで鍛えてもらうわ」

「具体的には?」

「超スパルタ楯無ズブートキャンプよ!」

「えぇ……」

 

 いきなり会話の知能指数が下がった。なんだこのネーミングは。

 

「今までのメニューに加えて、とびっきり厳しい特訓で徹底的に鍛え上げるわよ」

「うげぇ、拒否権は」

「無いに決まってるでしょ。これは交換条件なんだから」

「交換条件……」

 

 俺の無茶を認める代わりに、さらなる特訓を重ねるのこと。これが先輩の考えか。正直言ってかなり嫌だが、きっとこれも役に立つ……はず。そうでなきゃ言い出さないだろうし。

 

「わかりました。その超スパルタ楯無ズブートキャンプ(笑)を受けますよ」

「なんか馬鹿にしてない?」

「気のせいですよ」

「? じゃあ決まりね! それが治り次第始めるから覚悟しなさい!」

「はいはい……はぁ」

 

 また面倒ごとが増えてしまったが、これも生存のため。注意を無視した罰と思って受けるとしよう。

 ぺき。無傷の左手を鳴らしながら、ため息をついた。

 

 

 

 

 その後も一夏の誕生日パーティーは続き、

 

「新聞部でーす、インタビューさせてくださーい!」

「え? 今の俺に?」

「うん、『九十九透、階段から落ちる!』って記事書くの」

「何でそう間抜けな嘘を……ああ」

「情報操作ってやつよ」

 

 

「やっほー」

「やっほー、簪が参加してたのは意外だな。プレゼントまで持ってくるとは」

「折角誘われたし……あの中身は果たし状」

「お、おう」

 

 

「つづらん見てあそこ」

「……? 虚先輩じゃん、あと一夏の友達だっけ」

「しーっ」

「……あの、連絡先、教えてもらっても……?」

「は、はい! どうぞ!」

「……ほーう」

「ほほーう」

 

 

「そうだ一夏、プレゼントが後ろのポケットに入ってるから取ってくれ」

「拘束されてるから届かないのか……これかな?」

「ああ、中は湯飲みだ。なんか四万ぐらいした」

「高っ!? え!? いいのか!?」

「いーよいーよ、どうせこんなことじゃないと使わないし」

 

 

 そして、そろそろお開きになろうかと言うとき。

 

「まだやってるか!?」

「千冬姉!?」

「織斑先生と呼……今は学園外だったか。すまない遅くなったっ、ハァ……」

 

 ここで織斑先生が登場。相当急いできたのか、珍しく息を切らしている。

 

「事後処理で遅くなってたんだったか。お疲れ様でーす」

「ああ、山田先生が送り出してくれてな……いや待てお前透か?」

「その下りさっきやりました」

 

 学園内ならともかく、市内でISによる戦闘が起こったとなれば相当面倒な処理があったことだろう。俺たちの取り調べももかなり面倒だった。さらっと山田先生が犠牲になってるし。

 

「ほら千冬姉」

「ん」

「はい」

「なんだこいつら……」

「「「…………」」」

 

 スムーズにに上着を受け取り、ハンガーに掛けていく様はまるで熟年夫婦のよう。皆もそう感じているのか微妙な顔で眺めている。

 

「ご飯は……今あるやつで、あとはえーと」

「誕生日の人間が動くな。私はいいから」

「なあ、いつもこうなのか?」

「小学生からこんな感じだぞ」

 

 昔から二人を知っている妹様が言うのだからそうなんだろう。姉弟ってのは皆こうなのか……いや、違うよなきっと。

 

「それよりほら、プレゼントだ」

「! ありがとう千冬姉!」

「なんて眩しい笑顔なんだ……」

 

 何を貰ったかは知らないが、間違いなく今日一番の笑顔が出た。もう織斑先生からなら何が貰えても嬉しいんじゃないか?

 

「ぐぬぬ……」

「くっ! 教官に負けた!」

「フフン」

 

 何の勝負だ……と言おうと思ったが、織斑先生の勝ち誇ったような笑みでその言葉を飲み込む。

 

「主役は最後に来ると言うことだ、小娘共」

「主役は一夏では?」

「忘れろ」

 

 織斑先生のボケによって、今度こそパーティーはお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

「……私、は」

 

 高層マンションの最上階。広く豪華絢爛な部屋に少女が一人、首を垂れていた。

 

『わたくしの切り札はまだありましてよ!』

「っ!」

 

 頭に響く幻聴。今日の失態を招いた原因の、【ブルー・ティアーズ】の操縦者の声。

 あそこまでは確かに優勢だった。あと少しで、あと一手で殺し切れたはずだった。

 それなのに。

 

「──違う! 私は、私は負けてなどいない!」

 

 あまりにも無様な逆転劇。直前まで格下の集まりと侮っていた。技術の足りない雑魚共と嗤っていた奴らに不意を突かれ、あっという間に離脱へと追い込まれた。

 

『まだお前の面を拝んでなかったな。見せてくれよ』

 

 あの時だってそうだ、追い詰めたはずの相手に圧倒される、どちらも、誰がどう見ても敗北なのは明らかだった。

 しかし自分では認められない。認めては、また()()()に逆戻り。

 

『愛されていない』

『未来はない』

『希望もない』

『あるのは、ただ──』

 

「黙れぇっ!」

 

 響き続ける幻聴かをかき消すように叫び、耳を塞ぐ。無駄だということはわかっているはずなのに。

 

「……うぅ、うぅぅぅぅ……」

 

 結局今は消えない幻聴に耐えながら、ただ蹲ることしかできなかった。

 

 

「……いいのかよ何も言わなくて、あいつ壊れちまうぞ?」

「私だって負けたようなものよ、声かけたって余計に刺激するだけ」

「そうか……」

 

 その様子を陰から見ているのは二人の女。亡国機業の実働部隊が一つ、『モノクローム・アバター』のスコールとオータムだ。

 

「心配なら貴女が行けばいいじゃない」

「やーだよ。柄じゃねぇ」

「心配なのは否定しないのね」

「ばっ……まぁ、そうだけどよ」

 

 片や冷酷なリーダー、片や粗野な一構成員だが、彼女らも血の通った──片方は機械義肢(サイボーグ)だが──人間。同僚に対する情ぐらいはある。

 

「私には何も言わないの? こんな身体を見ての感想は?」

「…………」

「がっかりした? それとも……?」

 

 続く言葉を遮るようにオータムは歩み寄り、露出した機械部分を優しく、割れ物に触れるように優しく撫でる。

 

「知ってたさ、このくらい。お前のことだから」

「あら……ふふっ」

 

 ほんの少し意外そうに驚きそれから少女の様に笑うスコール。そこには若干の自虐を含ませながら。

 

「無理すんなよ。本当は痛むんだろ?」

「…………」

「パーツはどこにある? 速いとこ治しちまおうぜ」

「そうね」

 

 恋人のスコールを思い、優しく言葉をかける。その優しさに甘えたくなる気持ちを堪え、突き放すような態度を取る。

 

「……少し遠いけど、行きましょうか。私と貴女の追加武装もあるわ」

「わかった、行こう」

 

 同意しながらも、オータムはスコールの隣に腰掛ける。

 それにスコールは何も言わず、オータムも何も言わない。

 

「ねえ」

 

 長い沈黙の後で、スコールが口を開いた。

 

「キス、しましょう?」

「ああ」

 

 寄り添う二人の距離が更に縮まり、恋人同士の口づけが交わされる瞬間──

 

「ほら見てくーちゃん、ちゅーだよちゅー」

「すっごく、すごいです……!」

「「!?」」

 

 この場にはひどく不釣り合いな二人が現れた。

 

 

 

「お茶くれる? 砂糖入れてね」

「私は紅茶を……」

「遠慮ってものがないのか?」

 

 数分後、当然の様にお茶を要求する束と便乗するクロエ。我が物顔で寛ぐ姿からは彼女らが天災科学者とその娘的な存在とは窺い知れないだろう。

 

「毒とか入ってない? どうせ効かないけどね!」

「私には効くので入れないでください!」

「入っていませんが……」

「わぁい……やべぇ熱っ!?」

「なんだこいつら……」

 

 毒が入っていないことを確認し、一気に飲んで舌を火傷するクロエ。何をしたいのか全くわからない。

 

「……それで、何のご用でしょうか、篠ノ之博士?」

「んー? ちょっとねー、お前らに手を貸してあげようかなーって」

「手を……? !?!!?!?!」

「は? は!? え゛!?」

 

 手を貸す。普通であれば大したことない、よくある話の一つ。しかし相手はかの天災篠ノ之束、あおの彼女が手を貸すなどそれこそ天変地異の前触れのような出来事だ。

 

「うるさいなぁ、帰るよ?」

「まっ待ってください! その、あまりに驚いてしまったもので……」

「何言ってんの、そのうち呼び出すつもりだったんでしょー? コソコソ嗅ぎ回ってたくせに」

「……気づいていましたか」

 

 確かに、最近の亡国機業では戦力強化のため彼女の力を得るべく捜索を続けていた。今日に至るまで手がかりは全くなかったが。

 

「別に見つかるまで待っててもよかったんだけどさー、それだと何年かかるかわからないし、こっちから来てやったわけ」

「そ、そうですか……」

「失礼いたしました。して、具体的には何をして頂けるので?」

 

 想定外の事態だが、願ってもないことなのは事実。ならば、何を得られるのかを確認する。

 

「そうだねぇ……新造IS」

「!」

「はやめといて、お前らが持ってるISのどれかでも強化しよっかな。嬉しいだろー」

「あ、ありがとうございます……」

 

 期待していた物とは違うが、戦力強化に繋がるのは間違いない。ご機嫌取りも兼ねた礼を述べておく。

 

「さてさて、どいつのISから弄っちゃおうかなーっと……?」

 

 そう言いながら席を立ち、ぐるりと部屋を見渡すと何かを見つける。視線の先には、一応同席させていた──といても隅で蹲っているだけだが──エムがいた。

 

「んんー?」

「? ……ぁ」

 

 興味深げに、じいっとエムの顔を見つめる束。自分を見つめる瞳の、その奥にある何かを見たエムは動けない。動けば何が起こるかもわからない。

 

「んふ、あはははははっ! そうか、()()()()()()()()()()!」

「……?」

 

 突然の笑い声と意味不明の言動に戸惑う。相当愉快なのか、文字通り腹を抱えて笑っている。

 

「ねぇ、君の名前は──いや、私が当てようか」

「…………」

「んふふ、えっとねぇ──織斑、マドカ」

「「「!?」」」

 

 スコール、オータム、エムの三人が同時に驚愕する。

 どうして知っているのか。それはこちらの握っている情報でも秘中の秘、関係者でないはずの彼女が知っているはずがないのに。

 

「当ったりぃ! よーし、最初に機体を弄るのは君にしよう! ねぇいいでしょ?」

「え」

 

 驚きを余所に勝手に話を進める束。断るつもりはないが、謎は増えていくばかり。

 

「どんな形にしようかなーっ。やっぱり近接、機動力は高めで──ほらほら()()()()も意見言って!」

「!? ?!?」

 

 機体の性能、妙な愛称。話のスピードについて行けないエム改めマドカ。対して束は新しいおもちゃを眺める子の様な笑顔を浮かべている。

 

「さあて君は、()()()()()()を超えられるかな?」

「? 今何か……」

「なんでもなーい!」

「……はぁ」

 

 おそらく、いや確実に何か呟いていたはずだが、否定されては追求できない。せっかくマドカを気に入った素振りを見せているのだ、機嫌を損ねられてはかなわない。

 

「とりあえずはまあ、ご飯でも食べよっか! スコー……なんとかの奢りで!」

「おいやりたい放題だぞこいつ」

「……ここは諦めましょう」

 

 だから今は、この無茶振りにも耐えるしかないのだ。

 

「ねぇ早く行こうよ、どっかおすすめ無いの?」

「束様、近くにおいしいラーメン屋の屋台があるそうです」

「いいねー! じゃあ先行って並んどいて!」

「……はい」

 

 ……耐えるしかないのだ。

 

 

 

 

 同時刻、織斑邸にて。

 

「ぶえっき痛ぇ! くしゃみが骨に響く!」

「おいおい……風邪か?」

「いや、何つーか……嫌な予感がする」

「?」

 

 突然の悪寒。根拠はないが、これが虫の知らせというやつだろうか?

 その悪い予感の正体は、すぐにわかることとなる。

 

 

 

第37話「パーティー・マドカ」

 

 

 




来月からはマジで不定期更新になります


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第38話「ぼっち・スパルタ」

ゴールデンウィークが終わったので初投稿です。


 

「専用機持ち限定タッグマッチトーンナメントサボる方法無いですか?」

「無いわよ」

 

 一夏の誕生日パーティーから数日。今日も自室にて楯無先輩と二人きり。

 久しぶりにイベントをサボろうとする俺を止める先輩の討論が始まろうとしていた。

 

「だっておかしいじゃないですか! キャノンボール・ファストは出るなって言われて、今度は一人で出ろ? どんだけ俺をハブにしたいんですか!?」

「それは本当にごめん! でもこれが学園の決定なの」

「決定って、会議でもしたんですか? バランス調整?」

「確かにそれもあるけど……主な原因はこれね」

「これ……ん?」

 

 差し出された紙切れを受け取り、底に書いてある文言を読む。汚い手書きだ、どれどれ……。

 

『IS学園諸君へ

 

 今度のタッグマッチトーナメントにはとーくん一人で出場させろ

 

 束さんより』

 

 ……ん?

 

「は?」

「会議当日にこれが届いてたの。会議室のど真ん中にね」

「それは……うん、本物の仕業ですね」

 

 そもそもこのトーナメント自体、キャノンボール・ファストの中止を受け専用機持ちの戦力強化のため急遽開催が決定した物。当然学園外に情報は出ているはずがない。なのにそれを知っていて、それなりにセキュリティの厳しい学園の一室にピンポイントにふざけたメッセージを送れる人物は一人しかいない。名前書いてるし。

 

「事情はわかりました。怒ってごめんなさい」

「いいのよ。先に理由を言わなかったこっちも悪いし……」

 

 とにかく、どうして俺が一人で出場しなければならないのかはわかった。同時にサボれない理由も。もしこれに背いたらどうなるか……いや、背かなくても何かする気だろこれ。

 

「何であの人はこんなことを……文句言ってやろうか」

「言って変わるの?」

「なーんにも変わりません」

「えぇ……」

 

 そのうち連絡は取ってみるつもりだが、どうせ何も教えてくれないだろう。これも『お仕事』の一環だろうが……どうして一人で出る必要があるんだろうか。パートナーがいると邪魔なのか? それとも……わからない。

 

「とにかく、一人で出るなら厳しい戦いになるのは間違いないわ。相応の実力が無いと何が起こるか」

「八百長で俺が負けるってのは」

「透君くんがそうしたいなら」

「……やめときます」

「でしょうね」

 

 俺だって無駄に黒星を増やしたくはないんだ。一般生徒も見ているんだし。

 

「そうだ、先輩は誰と組むんですk」

「簪ちゃんよ!!!」

「声がでかい!」

 

 部屋中に響く声。どんだけ嬉しかったんだ。

 

「だって簪ちゃんから私にお願いしてくれたのよ! もう嬉しくって小躍りしちゃうわ!」

「ここでは、いやどこでもやめてくださいよマジで。チクリますよ」

「やめて!」

 

 近所迷惑にも程があるだろ。もし本人に言ったらドン引きされるぞ。

 

「まああなたが組むとしたら簪か、他も……多分予想通りですかね」

「そうねー。これまでの演習やら訓練でお互いの相性はわかってきてるだろうし、すんなりペアは決まってるでしょうね」

「つまりあの人の干渉が無くても俺は……」

「あっ」

 

 うんわかってた。もし自由にペアが組めたところで俺は余るだろうなってことは。だって機体からしてそういうの向いてないもん。

 

「で、でもほら! 一夏くんなら同じ男の子同士がいいとか言って組んでくれかたかもしれないじゃない!」

「あいつはあれで結構考えてるんですよ、本気で勝ちに来てるならデュノアか篠ノ之さん辺りを誘うでしょうね」

「わ、私も簪ちゃんから誘われなかったら……」

「いや、そこまで庇わなくなって……」

 

 ちょっとふざけてみただけであまり気にしているわけではない。全く無いわけでもないけれど、正直今の俺がペアを組んでもそこまで強くなれるかと言われたら微妙な気がする。

 

「結局協力プレーより一人で力押しの方が強そうなんですよ。ここ最近がそうだったんで」

「でもそれは敵も単体か、複数でも同型機しかいない場合でしょ? 専用気持ち二人じゃどうなるかわからないわ」

「確かに……でもなぁ」

 

 そんなことを言われても、今から対専用気複数の練習なんてできるわけがない。本番前に作戦明かす馬鹿はいないからな。

 

「そこで楯無ズブートキャンプよ! 丁度怪我も治ってるし、トーナメント当日まで徹底的に鍛えるの!」

「ああ~……はい、そんな名前でしたね」

「?」

 

 そういえば、クッソダサいネーミングの特訓をするとか言ってたっけ。

 先日の怪我も大体……というかほぼ治ってしまった。この流れも三度目ともなると慣れてきたな。

 

「ふぁあ……すいません」

「あら、眠い?」

 

 そんな話をしていると、唐突にあくびが出てしまった。油断しきっていた姿を見られるのは少し恥ずかしい。

 

「もうこんな時間だものね。詳しくは明日話すから、今日はもう寝ましょうか」

「はい。じゃあ、お休みなさい」

「うん。お休み!」

 

 先輩は心なしか少し嬉しそうに微笑み、そのまま寝る態勢へ。そんなに嬉しいことがあったのか、簪と組めることとか?

 

「……うふふっ」

「?」

 

 よくわからないまま、その日は眠りについた。

 

 

 

 

 次の日の放課後。楯無ズブートキャンプのため第六アリーナに呼ばれた俺は、軽く伸びをしながら説明を要求する。

 

「で、何するんですか? 徹底的に鍛えるとか言ってましたが」

「うん、その前に……今の透くんの欠点って何だと思う?」

「欠点……ですか」

 

 いきなり言われてもなぁ、うーん……。

 

「愛想が悪い」

「…………」

「ごめんなさい」

「はい」

 

 ちょっとしたジョークのつもりだったんだが、今はそういう雰囲気じゃなかったか。一夏だったらもっと良い感じに言えたのかな。

 

「あなたの欠点は大きく分けて三つ。まず一つ目は自分でもよくわかってると思うけど、高出力の反動に耐え切れていないこと」

「そりゃもうばっちりわかってますとも。文字通り痛いほどに」

 

 それを克服するためにここへ来てるんだしな。

 解決策は単純に鍛えるか、低出力でも戦えるようにするか、負担を受けにくい動きを身につけるかってとこか。

 

「二つ目はその反動がないと本気を出せないこと。ぶっちゃけ一番の問題はこれね」

「あー……」

 

 死に近づき、死を感じ取り、死から逃れるために全力を発揮する。そうだよなぁ。先日の戦いでは丁度いいや〇気スイッチみたいな物と考えていたが、傍から見ればただの自殺行為。毎度やっていては身が持たない。

 しかしこれはやっと見つけた俺のスイッチであることも事実。何か代わりになる方法でもないだろうか。

 

「三つ目は一度本気を出すとブレーキが効かなくなること。つまり自滅するまで戦っちゃうことね」

「それもかぁ……」

 

 学園祭といいキャノンボール・ファストといい、本気になれた途端思考がぶっ飛んでしまった感じがあった。前者は動かなくなるまでダメージに気づかなくなってたし、後者も止めてもらわなければそうなっていた。確かに危ないな。

 

「欠点の確認はOKね。以上三点を踏まえて、今日の所は私と模擬戦してもらうわ。アリーナ使用時間が終わるまでずーっとね」

「はい?」

 

 俺が先輩と模擬戦だと? それも使用時間終了まで? そんなことをすればまた病室送りだぞ。

 

「なにも全力で戦うわけじゃないわ。透くんには出力に制限をつけて、それをオーバーするかどちらかのシールドエネルギーが6割切った時点で戦闘終了ね。上限をどのくらいにするかは今決めるけど」

「あー、なるほど。ギリギリで何度も戦って、上限を上げていこうってことですか」

「それと、ダメージ管理を身につけてもらうのもあるわ。比較的軽いダメージから意識させておくの」

 

 なぁんだよかった。てっきりまた死にかけなきゃならないのかと思った。先輩がそんなこと考えるわけ無いか。

 この方法なら、確かに出力上限を引き上げられる可能性が高く、自滅も防げる。相当キツい物にはなりそうだが。

 

「でも、この方法だと一つ目と三つ目は問題なさそうですけど、二つ目はどうするんですか?」

 

 いくら怪我無く戦えるようになっても、本気が出せないようなら意味が無い。寧ろ変に耐えられる上限が上がったせいで死の感覚が失われる可能性すらある。

 

「ああ、それなら問題ないわ。言ったでしょう? 時間が来るまでずーっとやり続けるって。つまり延々と戦い続ければ──死なんて何度も見えてくるわ」

「っ!! ……スパルタですね」

 

 刹那。ぞっとするような冷たい視線に貫かれる。その威力たるやはっきりとした説明がなくとも、俺に全てを理解させるには十分すぎるものだった。

 

「毎日やれる訳じゃないけどねー。アリーナが空いてない日だってあるし、私は簪ちゃんとも特訓しなきゃいけないし」

「そっか、先輩は簪と組んでるんですもんね」

「そうなの! もう簪ちゃんから持ちかけてくれたときは……」

「あ、それはもう聞きました」

 

 一瞬話が逸れると、そこには何時もの雰囲気で笑う先輩。この温度差、風邪引きそうだ。

 

「ごほん、早速始めましょうか。まずは今怪我しないギリギリの出力を教えてもらえる?」

「了解です。えーと……」

 

 ここで決めた上限がこの訓練で得られる結果に直結する。もし低すぎれば楽に終わるが何の意味も無く、高すぎれば訓練で大怪我する馬鹿になる。丁度いい所を見極めなければならない。

 確か前回の訓練では67%、80%ではまだ無理。その間で、今の感覚が示す値は……。

 

「……70%ぐらい?」

「本当に? サバ読んでない?」

「読んでません。……たぶん」

 

 何せ実際に動いてみない限りは全然わからないんだ。下手に試せないし、勘で決めるしかない。高すぎってことは無いと思うけど。

 

「……とりあえず、70%で一戦やりましょうか。その後調整しましょ」

「あ、はい」

 

 ISを展開しながら上限の設定。といってもそんな優しい機能は無いので、70%付近になったら警告するように設定しただけだが。

 

「そうだ! もしオーバーしたらペナルティでも与えましょうか。緊張感出るし」

「えっ」

「何がいいかな……とりあえずオーバーした%×5分間マッサージでもしてもらおうかしら!」

「ちょっ」

「はい、よーいスタート!」

 

 うおおおお!!!!

 

 

 

「はい、今日の特訓は終わり。お疲れさまでした」

「あ、ありがとうございました……」

 

 数時間後。涼しい顔で終了を告げる先輩と、地面に這いつくばってそれを受ける俺。

 本日の結果は見事全敗。総試合数は二桁に突入してからは数えていない。大体予想は付いていたが酷い結果だ。

 

「もう勝てる気しねぇ!」

「何度か危ない所もあったけどね、自分でも気づいたんじゃない?」

「あー……まあ、一応」

 

 戦いを繰り返す内、何度か例の状態と同じあるいは近い動きができた。どれもごく一瞬のことだったが、確かにあの何かが弾けるような感覚を覚えている。

 この調子で特訓を繰り返し、あの感覚を完全に身につけることができれば俺はもっと強くなれる。

 ……けど。

 

「戦ってるときの先輩超怖いんですけど、どうにかなりませんか?」

「えー?」

 

 そう、模擬戦の相手をしてもらっている間の先輩が怖すぎるのだ。表情というか雰囲気が。

 例えばアクア・ナノマシンによって爆破されたあの時。蛇腹剣で滅多切りにされた時。全ての水流を集めた槍を突き立てられたあの時。

 

「マジで殺されると思いましたもん、お陰で死は見えましたけど」

「何言ってるの、初日でへばってちゃこれから大変よ?」

「やっぱり続けるんですか、これ」

「当前よ。次からはもっと厳しくいくから、そのつもりで」

「うへぇ」

 

 そりゃあブートキャンプと銘打っているのだから一日やそこらで終わるとは思ってない……けど辛いなぁ。

 

「それに透くんだって怖かったわよ。何回叩き落としても突っ込んでくるし、とんでもないパワーで攻撃してくるし」

「いやぁ、そうするのが一番なんで……」

「というか、本当は私より透くんの方が強いんだからあれぐらいで丁度良いのよ。下手に手抜いたらこっちが負けちゃうわ」

「俺が先輩より? 冗談を」

 

 散々土を付けておいてお前の方が強いとは。生身でも勝てた試しがないし、買いかぶり過ぎだ。

 

「マジよ。忘れたの? 夏休みのこと」

「え? いやあれは……」

「たった二体でも透くんと簪ちゃんの助けを借りなきゃ倒せなかった無人機を、あなたは一人で四体、それも虫を潰すようにあっさりとね」

「……相性がよかったんですよ。現に今日は負けてますし」

「どうかしらね、案外あっという間に追い抜かれちゃうかも」

 

 まさか。他の連中に負ける気はしないが、さすがに楯無先輩は無理だ。まだまだ超えるべき壁であってもらいたいしな。

 

「そ・れ・よ・り! 今日のペナルティも忘れちゃダメよ。3%オーバーだから十五分マッサージね」

「げ」

 

 スタートは70%だったが、何度か調整して上限は72%に設定された。しかしいきなり上限を設けられても守るのは難しく、途中何度か熱くなった結果微妙にオーバーしてしまったわけだ。

 

「俺なんかがやっても効かないでしょうに……」

「いいの。帰ったら早速よろしくね?」

「……期待しないでくださいよ」

 

 このあと滅茶苦茶マッサージした。

 

「いったい! 今押したツボは何!?」

「だから下手って言ったでしょうが……」

 

 ……その内一夏にやり方聞いておこう。

 

 

 

 

「んんー……」

「何してるの?」

「ん、ちょっと編み物を」

 

 マッサージ(ペナルティ)に食事シャワー課題その他諸々を済ませ、後は寝るだけとなった夜。ここ数日触れていなかった編み物に手を着けていた。

 

「透くんがやってるのは初めて見るわね。前からやってたの?」

「いえ、これは学園祭の後からですね。何となく趣味にしようかなって」

 

 そういえば先輩の前、というか手芸部以外の人前でやるのは初めてだったか。自室にいるときは一人の時にこっそりやってたからな。

 ……そもそもこれ始めたの、先輩ができないからっていう不純な理由だったな。すっかり忘れていた。

 

「今は何を作ってるの?」

「一応マフラーのつもりです。苦戦中ですが」

「へぇ~……誰かに教わったの?」

「手芸部の部長さんに。ほら、部員の貸し出しで」

 

 半ば強制的に行かされたキャンペーンだったが、中々良い経験になったと思う。あれ以来足を運べていないのが惜しい。

 

「先輩もやりませんか? 意外とハマりますよ」

「……苦手と知ってて勧めるのはどうかと思うわ」

「そんな警戒しなくても……」

 

 少し前だったら揶揄いで誘っていただろうが、趣味となった今では純粋に仲間を増やしたいだけなんだけどなぁ。

 

「つっても、俺も人に教えられるような腕じゃないですからね。一緒にやれたら面白そうだと思ったんですが……」

「やるわ。糸を頂戴」

「!?」

 

 何だこの切り返しの速さ。まあ、仲間が増えてよかったと思おう。

 

「最初は何から始めるのがいいのかしら?」

「俺はコースターからでしたね。ほらこれ」

「ああ、このピンクのやつ! 女の子から貰ったんだと思ってた!」

「まっさかぁ」

 

 一夏じゃあるまいし、俺は女子に何かを貰えるような人気者じゃあない。そうなりたいとも思ってない。

 

「……よし! じゃあ私が作ったのは透くんにプレゼントしちゃおっかな?」

「えー、コースターは一つでいいんですけど」

「他の物だって作るもん! 見てなさい、すっごいの編んじゃうんだから!」

「はいはい、期待してますよー」

 

 数少ない苦手なことから真っ先に挙げられた編み物。何を渡すつもりなのかは知らないが、まともに完成させられるのは何時の話になるのやら。

 いつかその時が来たら、こちらからも何か送ろうかな。

 

「ぬぐぐ……」

「うぅ~ん?」

 

 こうして、初心者二人の深夜編み物部が結成されたのだった。

 

「あれ? あれれ?」

「先輩、そこ逆」

「????」

 

 

 

第38話「ぼっち・スパルタ」

 

 

 

 




前回の後書きにも書きましたが不定期更新になります。
できれば1〜2週間置き、遅くても一ヶ月以内には更新したいと思っているので見捨てないで……


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第39話「スイッチ・伝言」

公式から最終巻発売までのお茶濁し小説が出たので初投稿です。


 

「そこっ!」

「甘いわっ!」

「っぐあ……」

 

 楯無ズブートキャンプ(ダッセェ名前の特訓)開始から数日、今日も今日とて模擬戦の日々を送っていた。

 今は見ての通り俺が追い込まれた状況。いつも通り突撃して、避けられたところに機関銃。槍の一突きで態勢が崩され、そこに蛇腹剣の薙ぎ払いがあっやばい避けられねぇ──

 

「──参りました」

「……はい、じゃあ補給行きましょうか」

「へーい」

 

 負けが確定した瞬間にさっさと降参。まだエネルギーに余裕はあったが、スイッチの入っていない俺ではあの状況から返せない。みっともなく足掻いたところで勝てるわけでもなし、それくらいなら少しでも速く一戦終わらせて回数を増やした方が良い。

 問題は、その増やした試合数の中で一度も勝てていないということだ。全戦全敗。とっくに三桁は超えているだろう。

 

「動きは良くなってきてるけど……イマイチね。透くんはどう思う?」

「上限ギリギリでの動きは慣れたんですけど、どうしてもそこで止まってる感じですね。あの時の勢いがない」

 

 現在の上限は数日前から1%上がって73%。数字で見れば微々たる差だが確かな進歩だ。一つ目の課題は順調に解決へと進んでいると言える。

 しかしもう一つの課題である例の状態……単純、鋭敏、直感的、暴力的なそれには至れていない。

 

「やっぱりそうなのね。困ったなぁ」

「もう少しで入れそうなんですがね。何かこう、きっかけみたいなものが欲しい」

「きっかけかぁ……」

 

 死を感じ取ることに関してはかなり進んできた。進んでいるのだが……それだけ。感じ取った死が頭の中に溜まって、膨らんで、そのまま戦いが終わって萎むのくり返し。あの何かが弾ける感覚が無いのだ。

 結局何らかのトリガーがなければ全力は出せないままなのだ。以前までは大きなダメージを負うことがトリガーだった。しかしそれは使えない。

 

「何か無いのか……弾けさせる何か……」

「弾けるって……知らない人が聞いたら薬物でもやってるのかと思われるわよ、その表現」

「こっちは真面目なんですよ……もう」

 

 言われてみるとその通りだが。

 

「となると、何かスイッチみたいなものがあればいいんじゃない?」

「スイッチか……」

 

 確か決まった動作とか、習慣とかそんな感じの意味だったか。スポーツ選手とかがやる、集中力を高めるためにするようなやつ。

 集中力を高める所を置き換えれば良い感じのトリガーとして利用できる……のか?

 

「どんな動きにしましょうかね。いい感じの癖とかあったかなぁ……」

「それは追々見つけていきましょ。ほら補給終わったわよ」

「はーい」

 

 休憩は終わり。十分にエネルギーが回復していることを確かめ、再びアリーナへ。互いにISを展開し、いつでも始められる態勢を整える。

 それでは本日何戦目か、おそらく二桁超えた辺りの模擬戦開始だ。

 

「準備はいい?」

「『オーケーです。今度はこっちから──」』

 

 ()()()

 

「『行きますy「ちょっと待って!」!?」』

 

 急にどうした? 何か問題でもあったのだろうか。

 

「今の! 今のそれ何やったの!?」

「『え? これですか?」』

「それーーーっ!!!」

 

 凄い剣幕で詰め寄る先輩に困惑しながらもう一度指の骨を鳴らす。ぱきりと軽い音が響き、何とも表現しづらい感覚が走る。

 

「その指……というか関節を鳴らすの、よくやってるわよね? 何の意味があるの?」

「『いや別に何となく、思考が変わる気がして……ん?」』

 

 んんん?

 

「これだぁ!!」

 

 昔からの、それこそ束様に拾われる前からの癖。大した意味もなかったこの癖がこんなところで活用できるとは。

 

「喜ぶのはまだ早いわよ。ちゃんと使えるかは確定してないんだから」

「『そうでした。で、ここからどうすればいいんでしょう?」』

「さぁ? そもそも透くんのスイッチだから、私があれこれ口出ししてもどうにもならないのよね。結局自分でやってもらうしかないわ」

「『独学かぁ……」』

 

 その通りなんだけども。初めてのことだからできる自信が無い。

 だからといって、逃す手はないが。

 

「『まあ、手探りでもやれるだけやってみますか」』

「そうね。じゃあもう一回鳴らしてみて」

「『はい。えーと……」』

 

 思考の切り替え、何となくで行っていたそれを意識して行う。音と感触を死のイメージとリンクさせ、あの感覚を呼び覚ます。

 …………。

 

「どうしたの?」

「『いやその……いざ意識してやると、痛い奴みたいで恥ずかしいなって」』

「さっさとしなさい」

「『はい」』

 

 軽く叱られながらも今度こそ左手に力を込める。

 古くからの癖、あの時は何時も近くに死があった。過去と今。二つのイメージを思い起こして──ばきり。

 

「……どう?」

「『……わかりません。けど、悪くない感じです」』

 

 完全に入ったかと聞かれたら違う。しかしさっきまでと同じか言われればそれも違う。何というかとにかく不思議な感覚だ。

 

「ならこのまま一戦やってみましょうか。その後も毎回鳴らす感じで」

 

 「『了解です。……では、お願いします」』

 

 互いに構え直し、正面に浮かぶ相手を見据える。先輩は既に臨戦態勢に入っており、数日前よりいっそう冷たく鋭い眼差しをこちらに向けている。

 さっきまでなら怯んでいただろうが、今の俺は違う。

 

「『…………行きます!」』

「……!」

 

 何が変わったのか、本当に変わっているのか、今日一日で見極めてやる。

 

「『オラァ!」』

「っ、甘い!」

「『ちいっ!」』

 

 勢いに任せた右腕の大振り。当然躱され、返しの蛇腹剣を副脚で受け止める。

 

「『はあっ!」』

「無駄よっ!」

 

 今度は左足の蹴りと尻尾の同時攻撃。当然これも躱される。それを覚悟で放ったのだから。

 

「『まだまだぁっ!!」』

「何度来ても同じよ!」

「『んぐっ……」』

 

 左足、右腕、ネット、砲撃。全身の武器を余すことなく使い攻撃を仕掛ける。その全ては躱され、流され、返しの一撃を食らう。

 

「ほらどうしたの? 変わったのは気のせいだったのかしらっ!?」

「『っ……まさか」』

 

 シールドエネルギーの残量は71%。そろそろ強制終了のラインが見えてくるころだ。

 何十回も繰り返した模擬戦の中で、このパターンは何度もあった。こういうときは大体捌かれ続けて、少しずつダメージが蓄積。慌てて守りに入ったところで間に合わず終了。

 そう、今までは。

 

「『ここからですよ」』

 

 ハッチを展開、害虫爆弾を射出しながら先輩の周りをぐるぐる回る。ゼフィルスの操縦者相手にやった攻撃の応用、追尾機能任せでは簡単に振り払われてしまうが、発射台である俺自身が動けば全て捌かれることはない。

 予想通り機関銃によって大半は迎撃されているが、何割かは届いていた。

 

「これなら躱せないっ……けど!」

「『ナノマシンで吹き飛ばせる、でしょ?」』

 

 そこで先輩が繰り出す手はナノマシンの起爆。周囲に浮かしていた水が炸裂し、一面蒸気と黒煙に包まれる。

 通常ISはハイパーセンサーによってあらゆる感覚が強化・拡張されている。ただ煙や蒸気が撒かれた程度では、すぐに視覚補正機能が働いて、クリアな視界に戻される。

 そう、通常ならば。

 

「!? 見えなっ」

「『今だっ!」』

「なっ!?」

 

 攻撃を捌かれ続けた間、触れた瞬間に武器から機体に《VenoMillion(ナノマシン)》を移動させていた。それでも付着させられたのはごく僅かだが、それでも対IS用のジャミング機能によって一瞬視覚補正が止められる。

 当然こちらの視覚補正は何の問題も無く機能し、戸惑う先輩を鷲掴みにする。

 

「『捕まえた」』

「このっ……離しなさいっ……!」

「『だぁめです、よっ」』

 

 掴んでいるのは右腕。内蔵された《Bonbardier》を起動し、超超至近距離でも砲撃準備に入る

 ようやくの初勝利、派手にぶちかましてやる───

 

 ピーーーーーーーー

 

「あっ」

「『え?」』

 

 いざ発射、というところで突然のアラーム。どうしてだ、まだまだ俺のエネルギーは残ってるし先輩も同様だ。だとすれば……あああ!?

 

「出力オーバー、透くんの負け!」

「『あああああああああ!!!!!!」』

 

 視界の片隅に光る数字は74%。1%のオーバー、つまり俺の反則負け。

 

「反省会、しましょうか」

「『はい……うわあああああああとちょっとだったのにぃぃぃ!!!」』

 

 こうして、また黒星が増えた。ペナルティ(マッサージ)も確定した。

 

 

 

 

「……はい、今日の特訓終わり」

「オツカレサマデシター……」

 

 そして夕暮れ。あれから何度も骨を鳴らし何となく変わった状態で挑み続けたものの、いいところにまで行けたのは最初の一回だけ。それ以外は惨敗とまでは行かずとも特に有利に立てたわけでもなく終わってしまった。

 

「昨日までに比べたらかなりよくなってたわよ? 予想以上の効果ね」

「本当ですか? 結局負けっぱなしなんですけど……」

「本当本当。私も全力出しかけちゃったもの」

「まあ、いつもより強いなとは思ってましたけど……」

 

 この人の全力が出かけていたのなら確かに効果はあったのだろう。逆に今までずっと全力出すまでもなかったということになるが。

 

「うーん。今までが半分ぐらいで、今日は七割以上出してたって言ったら伝わる?」

「めっちゃ上がってますね」

「そうなのよ」

 

 想像以上の強化だ。まさかここまで上がっていたとは驚き、スイッチ様様だな。

 

「とりあえず、効果は確かめられたからこれからも続けていきましょうか。目標は自由にオンオフできるようにすることね」

「関節痛が怖いなぁ、一夏に突っ込まれそうだ……」

 

 何回繰り返せばできるようになるのやら。

 あの健康星人にバレたら確実に面倒なことになりそうだ。前にも一度咎められたっけ。

 

「今日の所は一戦ごとに鳴らしてたけど明日から何戦か間隔を空けるからね。そうすれば大丈夫でしょ」

「適当だなぁ……」

「あれだけ大怪我繰り返されたらこの程度どうでもよくなるわよ」

「……いやほんと、すいませんでした」

 

 何度も心配掛けてきただけに、それを言われると弱いんだよ。

 とにかく課題解決の方法は見つかった。それが有効であることもわかった。後は反復するだけだ。

 

「今日のペナルティも忘れないでねー」

「う゛……はーい」

 

 今日の出力オーバーは1%を二回、つまり十分間のマッサージだ。よくもまあ先輩も変なペナルティもを設けた物だ。毎日下手なマッサージを受けて何が楽しいのかわからんな。

 ……そもそもオーバーするなって話だが。調子が出てくると制御が甘くなってしまうんだ。

 

『変な制限つけやがって、そもそもこんな制御なんていらないんだよ。1や2超えたぐらいで大した怪我するわけでもあるまいし』

 

 (2)はこんな調子だし。もっとしっかりやって欲しいところだ……少しは同意するけどな。これも課題と言えば課題になるのかもしれない。

 

「透くーん? もう帰るわよー?」

「はーい……」

 

 少しずつ進んでいても、まだまだこの特訓は続きそうだ。

 

 

 

 

 

「ふんふーん、ふふっふーん」

「……随分とご機嫌だな」

「まあね!」

 

 スコールの金で借りられたスイートルームを魔改造した開発室で鼻歌を歌う束。傍らのマドカと会話しながらも、目の前のコンソールを弄る手は止めない。

 

「機体もほぼ完成したし、とーくんも良い感じになってきたし、面白くなってきたねー」

「そうか……いや待て、もうそこまで進んでいるのか?」

「? そだよー」

 

 平然と進捗を告げる束に驚くマドカ。いくら【サイレント・ゼフィルス】を改修する形を取っているとはいえ、今日までにかけた作業時間は精々一週間かそこら。そこらの開発ならば数ヶ月はかかる。

 

「あとは最終調整だけだね。それも一日あればできるけど」

「…………」

「流石は篠ノ之博士。仕事が早いことで」

「そうでしょー! もっと褒めろ!」

 

 今更驚くことも無くなったのか、適当に讃えておくスコール。その笑みには散々束に振り回された疲労が浮かんでいる。

 

「いやあ、作業始めたら結構乗っちゃってさー。原型無くなったけどいいよね?」

「えっ」

「へーきへーき。まどっちにはこの方が合うからさ!」

「本当に大丈夫か……?」

 

 不安になる情報をペラペラと語る束。いくら平気と言われても言う人間が彼女だけに余計不安が増す。

 

「そんなことよりさぁ、束さんとしてはまどっちの方が心配なんだけど。毎晩やたら魘されてるし」

「っ……貴様には関係の無いことだ」

「えー?」

 

 二度の敗北を経てから、マドカは毎日の様に幻聴に悩まされている。自身の弱さと()()()を想起させる幻聴は酷く耳障りで、まともに睡眠を取ることもできない。

 

「ねえ。幻聴(それ)止める方法、知りたくなーい?」

「何……?」

「ふふふ……」

「うっ……」

 

 怪しい笑顔で迫る束を前に言葉に詰まる。素直に聞くのか拒否するのか、どう答えるのが正解なのかわからない。

 

「……それは…………」

「ま、どちらにしても機体を完成が先だけどね! その時になったら教えてあげる」

「あっ、ああ……」

 

 そして再び作業に戻る束。こうなってしまうとしばらく手を止めることはない。

 

「なあ、やっぱり私たちには何もねーのかな。あんだけやりたい放題されてエムだけ強化とか割に合わねーぞ」

「しーっ、余計なこと言わないの。……確かにそうだけど」

 

 放置されたスコールとオータムが小声で愚痴る。今のところ、束が手をつけているのはマドカのISの改造のみ。宣言通りではあるが、部隊全体の戦力強化を狙っていた二人からすれば正直不満が残っている。

 何せ束が来てからというもの、毎日彼女の気まぐれによって大変苦労させられている。あまりの忙しさにスコールのもげた左手を直すまで三日もかかったぐらいだ。

 

「例え振り回されようと協力を得られただけで十分すぎるほどの利益よ。想定外が過ぎるけど」

「チッ、わかったよ」

 

 まだ不満は残っているが、取り敢えず納めておく。確かに、ここで催促して今の作業すら放って逃げられたらもっと大変だ。

 

「そのことについてお話が」

「おわぁ!?」

 

 そこで背後から声をかけたのは銀髪の少女。閉じたままの目を二人に向けている。

 

「……あなたは、篠ノ之博士の……」

「はい。束様の娘的存在、最近放置気味でちょっぴり暇なクロエ・クロニクルです」

「はぁ……」

 

 親的存在譲りの珍妙な自己紹介をするクロエ。放置気味なのはマドカに構うので忙しいからである。

 

「お二人の戦力強化について、束様に言伝を預かっています」

「言伝? そんなの直接言えばいいのに」

「束様は興味のない相手とは会話しませんので……」

「なんで誇らしげなんだこいつ」

 

 普通に考えればかなり社会に向いてない点の筈だが、クロエはまるで自慢のように語る。自分は興味を持たれている側の人間だからか。

 

「……じゃあ、内容を聞きましょうか」

「はい。えーっと…ん゛ん゛っ『はいはいー。えっとー、スコーンとビーダル? だっけ? がそろそろ不満を漏らす頃だと思って、やっさしーい束さんが特別に武装を用意してあげちゃいました!』」

「おい名前めちゃくちゃになってんぞ」

「注目するのそこじゃないわオータム」

 

 微妙過ぎる声真似と酷過ぎる名前の間違いは置いといて、まさかの武装提供。願ってもない話に驚きを隠せない。

 

「続けますね。『で・も! すぐにはあげませーん! 二人にはしばらくお預けー』」

「はぁ? じゃあいつなんだよ?」

「『じゃあいつとか言ってそうだから教えてあげまーす』」

「あ、はい……」

 

 完全にこちらの考えを見透かされている。何を言っても応答が用意されていそうだ。

 

「『あげるのはまどっちと新しい機体のお披露目の直前ね。うーん、来週ぐらい?』」

「来週……てことは、()()()()でやるつもりか」

「『そういうこと。細かいことはその時説明するから。それが嫌なら爆破するね、以上!』……だそうです」

「……わかったわ」

 

 さらりと脅しもかけられたが、大人しく待っていれば悪いようにはされないはず。次の作戦には使える様だし、当初の目的を達成できると考えれば文句はない。

 

「それでは私はこれで」

「ええ。博士によろしく」

 

 用が済めば話すことはなく、すぐに去っていくクロエ。また作業中の束の側で待ち続けるのだろう、健気なことだ。

 

「おい、大丈夫か?」

「……少し休むわ。はぁ……」

 

 一先ず望み通りに事が進められそうだが、今日までの無茶振りとこれからのそれに頭が痛む。彼女のと何年も行動を共にしていたらしい九十九透はどうやって過ごしていたのだろうか、尊敬すら覚える。

 

「おい」

「……どうしたの、エム? 見ての通り私は休みたいのだけれど」

「いやその……(アレ)からの伝言だ」

 

 またか。

 

「今度は何?」

「『夕食はカレーがいい』だそうだ」

「……オータム、お願い」

「おう、そこらで買ってくる」

 

 極々普通の内容に安心するが、動く気力は湧かず。おつかいを頼むので精一杯だった。

 

 

 

第39話「スイッチ・伝言」

 

 

 




もうここに書くことがないですね……


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第40話「調子・選別」

日付変わってから今日更新することに決めたのでこれは予約ミスではありませんよって初投稿です。


 

「はい今日の特訓終了ー。片付けするわよ」

「えっ? 早くないですか?」

 

 タッグマッチトーンナメントの開催が明後日に迫った放課後。明日は開催準備でアリーナが閉鎖されるため、本日で一旦特訓は終了となる。

 ならばより一層激しい特訓になるかと思いきや、アリーナが閉まるまでに一時間以上も残したまだ日も暮れていない時間に終わっている。

 

「言ってなかったっけ? 今日はこれから検査するのよ」

「何のですか」

「透くんのよ」

「えー」

 

 勿論全く聞いていない。というかわざと話さなかったな、知ってたら逃げてるけど。

 

「どうせやっても何もわかりませんってー。これまでもそうだったでしょう?」

「それはそうだけど……」

 

 俺がIS学園(ここ)に来て半年、当然その間何度も検査は行っている。普通の健康状態からIS適正、精神鑑定などなど。しかしその全てでわかったことは精々身長体重程度。他の検査は全てデタラメな数値やバグった画像が出力されている。

 原因は言うまでも無く束様。検査をする度に機器に細工でもしているのだろう。こちらとしても余計なことを知られずに済むので助かっているが。DNA鑑定なんてされたら出生がモロバレだからな。

 

「でも今回は、今回こそはわかるかもしれないじゃない?」

「ギャンブラーみたいな思考やめませんか?」

 

 何度調べたってわからない物はわからないんだ。俺だって気にならないわけじゃ無いが……束様にお願いすれば教えてくれるだろう。面倒事と引き替えに。

 

「とにかくやってみるの! ほら検査室行くわよ!」

「はいはい……」

 

 ということで検査室へ移動。仕方なく俺はスキャンフィールドに立ち、楯無先輩はコンソールでスキャンの準備を開始する。

 

「準備完了、透くんは?」

「いつでもオーケーです」

「はーい、ポチッとな」

 

 ピッ、と起動音が鳴り、スキャナーから緑色のレーザーが全身に当てられる。このまま数分じっとしていれば検査が終了し、結果が出力される……普通なら。

 

「ふう、どうでした?」

「身長が少し伸びてて、体重も義足分引いて考えても増えてる、たぶん筋肉付いたのね」

「……他は?」

「変な顔文字で埋め尽くされてるわ」

「おっ新しいパターン」

 

 今まではSNSのフォロワー数が少ない病み垢が流してそうな閲覧注意画像か、文字化けしてるだけだったりしたからな。このパターンは面白い。何もわかってないことには変わりないのだが。

 

「やっぱりダメじゃないですか」

「ぐぬぬぬ……もう一回! もう一回だけやらせて!」

「諦めが悪いなぁ……」

 

 この後ももう一回もう一回と繰り返し、六回目にカレーのレシピが出力されたところで先輩が折れて終了した。

 ちなみにレシピの作成者はクロエだった。絶対に作らないぞ。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 時刻は23時を回った頃。本日も深夜編み物部は活動中。そこそこ作業に慣れてきた俺たちは黙々と手を動かしていた。

 

「あっそうだ、ちょっと聞きたいんですけど」

「なあに?」

 

 静かに作業するのは好きだが、ずっと黙っているのもつまらない。軽く雑談でもしようかと、ちょっとした疑問を投げてみる。

 

「先輩は、どうして俺を気にかけてくれるんですか?」

「? 変な質問するわね?」

「いやほら。今思い返すとかなり気にかけてもらってるなーって」

 

 軽く挙げるだけでも学校の案内、特訓、体調管理……入学当初から色々とお世話になっている。初めは俺も鬱陶しいだけだと思っていたが、今となってはほとんど受け入れている。

 

「嫌なわけじゃないですよ? でもなんでかなーって」

「んー……なんでか、ねぇ……」

「答えづらいですか?」

「ううん、大丈夫」

 

 手は動かしたまま、少し考え込むような表情を浮かべる先輩。やっぱり変な質問だっただろうか、聞くべきじゃなかったかな。

 

「まぁ()()()ただの興味と、前にも言った通り監視よ。二人目の男の子がどんなのかなーとか、あの篠ノ之博士の関係者だし見張っとかないとなーって」

「……ですよね」

 

 知ってた。そりゃこの人の仕事考えたら当たり前だ。特訓だって怪我だって、死なれたら困るとかそんなところだろう。

 

「実を言うと、結構感謝してるんですよ」

「そう? 大したことしてないけど」

「俺ってあまり社交的じゃないんですよ。学園にもそこそこ馴染めてきたと思ってますけど。こうして気楽に話せたり、心配してくれるような間柄の人はほとんどいないんです」

「透くん……」

 

 友人がいないわけじゃない。簪に本音は間違いなくそうだと言えるし、一夏や篠ノ之さん、オルコットもそうだろう。デュノアとボーデヴィッヒは……そんなに好きじゃないけど、仲が悪いわけでもない。

 それでも楯無先輩といる時が一番落ち着くというか、楽しいんだ。どうしてかはわからないけど。

 

「それってもしかして」

「なんか小っ恥ずかしくなっちゃいましたね……あ、何か言いました?」

「……ううん、よかったってだけ」

「そうですか。じゃあえっと、そんなわけでこれからもよろしくお願いします」

「ふふっ。任せといて」

 

 改めて、色々とお世話になるであろうお願いして頭を下げる。先輩ひ優しい微笑みでそれを受けた。

 さて、他に何か話すことは……ん?

 

「そういえば、さっき()()()って言いませんでした? じゃあ今は……」

「あっ」

 

 あっとは。

 

「それはその、ほら、あれよ……あれ!」

「あれとは」

「あれはあれよ! えっと……私も透くんといるのが楽しいから!! はいこの話終わり!」

「あっはい」

 

 かなり強引に打ち切られてしまった。この慌て様は……まあいいか。先輩も嫌じゃないみたいだし。

 

「そっ、そんなことより! 体の調子はどう? スキャンでもわからなかったから教えて欲しいなっ!?」

「調子はいいと思いますよ。疲労も溜まってないし、痛みもない。トーナメントでもいい戦いができそうです」

「ならよかった。特訓付けた甲斐があったわ」

 

 現在の出力上限は77%。ブートキャンプ開始時点では72%だったので、たった一週間程で5%も上げられたことになる。無傷で一回死にかけた時と同じぐらい伸びているのはかなりいい調子だ。

 

「単純に耐久力が上がってるのもあるけど、一番大きいのは出力上昇による負荷を受けにくい動きができるようになってることね。それも筋肉一つ一つの動きを無意識で」

「やっぱりスイッチのおかげでしょうか。あれもかなり効果出てきましたし」

 

 あの状態に入るための、骨鳴らしのスイッチ。初めこそ入り具合にムラがあったが繰り返すごとに少しずつ安定し、今日なんかはほとんど完璧に入れていたと言っていい。オンオフもスムーズにできるようになってきた。

 いいところまで行けることも増えてきたし……結局一度も勝ててはいないんだが。

 

「ま、いけるとこまでいってみましょうか」

「あら、優勝狙わないの?」

「……いや、あなた一人に勝てない時点で無理では?」

「そんな弱気じゃダメよ。当たって砕けるつもりで」

「砕けてるじゃないか……」

 

 先輩と簪のペアは間違いなく優勝候補の一つ。いつ当たるかはわからないが、避けられない相手なのは間違いない。つまり優勝はかなり難しい。

 

「でも」

「?」

「やるからには本気でやりますよ、先輩」

「〜〜うん! ぶっ飛ばしてあげる!」

「ちょっと待って」

 

 てれててててーん、てれてててーん。てれててててーん、てれてててーん。

 

 折角いい雰囲気で纏まりそうなところで響く着信音。いつもこの人は変なタイミングでかけてくるな。

 

「あら」

「すいません俺です。ちょっと外しますね」

 

 さすがに内容を聞かれるのは不味い、急いで部屋から出てっと。

 

「もしもし」

『やあとーくん。 ご機嫌いかが?』

 

 ……何だ? 何時になくまともな感じ。いつもなら開口一番切りたくなるようなノリだったはずだ。

 

「まあまあですよ。用件はなんですか?」

『いやあ? ちょっとしたお願いだよ』

「うぇー……」

 

 このタイミングでのお願いは間違いなくろくでもないことだ。少なくともちょっとしたなんてことはあり得ない。

 

『最近調子よさそうだからね、しばらくやってなかったし』

「それ以外で大迷惑被ってるんですけど……まあいいや。で、俺は何をすれば?」

『うんうん。実は、とーくんたちに戦ってほしい子がいるんだよねぇ』

「はぁ……?」

 

 戦ってほしい、か。これまでのお願いで直接戦闘を指示したことはあっただろうか。大体ちょっかいだのお邪魔だのと誤魔化していたはず。

 更に態々俺たち──俺以外が誰かは知らないけど──を指定しているってことはそのメンバーが必要ってことか。

 

「ちなみに、その子が誰かってのは……」

『それを言っちゃあつまらないでしょ。会ってのお楽しみ』

 

 ダメ元で聞いてみたがやっぱり無理か。言い方からして束様のお気に入りで、多少なりとも俺が驚くような奴みたいだが……わからんな。

 クロエは戦闘向きじゃないはずだから違う、となると他に誰かいたかな?

 

『どうせわかってると思うけど、タッグマッチトーナメントだっけ? その日にやるから』

「えっ」

『んー?』

 

 そういえば、俺が一人で出場する羽目になったのはこの人の所為だったっけ。このためだったのか、特訓で忙しくて忘れていた。

 しかしトーナメント当日かぁ……。

 

「あの、延期とかってできませんか?」

は?

「っ!」

 

 思わず言ってしまった。通るはずがない、無駄な希望を。

 

「いや、何でも。了解しました」

『……ま、いーや。寛大な束さんは聞かなかった事にしてあげるよ』

「……ありがとうございます」

『わかってると思うけど、誰にも言わないように。じゃまたねー』

 

 釘を刺すように注意をして通話が切られる。危なかった、まさかこんな失言をする日が来ようとは。

 文句や要望なら何度も言ってきた。でもそれは向こうにある程度予測された上での発言であって、今回のそれとは訳が違う。反抗的と見なされたっておかしくなかった。

 

「……はぁ」

 

 ダメだ。最近弛んできてる、夏が終わった時に再確認したばかりだというのに。ただ生きることに集中していたあの頃俺が見たら嘆くぞ。

 俺の目的は生きること、そのためなら何だってする。忘れるな。

 なのに、この胸のモヤモヤは何だ。

 

「ただいまです……」

「おかえりー……ってどうしたの? 何かあった?」

「……いや、何でもないです。そろそろ寝ましょうか、日付変わりそうですし」

「え、うん。おやすみ?」

「……おやすみなさい」

 

 そのモヤモヤを鎮めるように、冴えたままの目で無理矢理床に就いた。

 

 

 

 

「ふぅーん、まさかとーくんがねぇ。情でも移っちゃったかな?」

 

 通話を切った携帯を投げ捨てながら、たった今告げられた予想外の台詞を分析する。危険視するほどじゃないけど、好ましくないあの態度。何だかんだ忠実だったとーくんも随分変わってしまったものだ。

 

「でも、あんな弱い考えじゃ困っちゃうね? くーちゃん、まどっち」

「はい」

「…………」

 

 肯定と無言。くーちゃんはそういうだろうと思ってたけど、まどっちはどうしたのだろう。何か言いたげで……あ、そっか。

 

「もしかして、耳のことでも聴きに来たのかな?」

「……ああ」

「いやぁ待ってたよ! もう機体は完成してる、いつでも教えてあげるから!」

 

 初めて会った時、まどっちは酷い幻聴に悩まされていたみたい。原因はバッチリ視てたから知ってるけどね。その幻聴の止め方を教えてあげようとしたんだっけ。

 

「教えろ、どうすればこの耳障りな声を消せる? 私は強者であれる? 千冬(姉さん)を超えられる?」

「そんな迫らなくたってちゃあんと教えてあげるからさ、ほら座って?」

「くっ……」

 

 余程追い詰められていたのか、必死の形相で詰め寄るまどっち。面白いなぁ、弱者はこんなにも余裕が無いんだ。

 

「消す方法自体はとーっても簡単! 明後日には達成できるよ、まどっち次第だけどね」

「本当か!?」

「原因は知っての通り、二度の敗北と自身の喪失。ならそれを吹き飛ばすような経験で上書きすればいい」

 

 胸元から取り出した小さな小さな結晶。なんの装飾もない、全てが吸い込まれそうな漆黒を放つそれを手渡す。

 

「それがまどっちの新しい力。(狩られる者)の姿を捨てて、生まれ変わった新しいIS」

「これが……私の」

「明後日の作戦で早速その力を振るってもらうよ、何をすべきか……言わなくてもわかるよね?」

 

 まどっちの敗北は彼から始まった。眼中に無かったはずの存在から、最も恨めしい敵へと変わった者。そいつを消せば、間違いなく幻聴は消え去るだろう。

 

「とーくん、殺しちゃって?」

「…………!!」

 

 

 

 

 数分後。スコー…スコーン? に呼ばれてまどっちが去っていった。先ほど追加武装の在処を伝えたから、それの回収と作戦の打ち合わせでもしているのだろう。

 部屋に残ったのはくーちゃんと私だけ。久しぶりの二人きりだ。

 

「よろしいのですか? 透さまを殺せなどと」

「んー? 心配しちゃった? くーちゃんは優しいなー」

「いえ。少々意外だったもので」

「そっかそっか。じゃあ教えてあげよう!」

 

 日頃から私が指として扱っていたとーくんを殺せということは、自分の指を潰せと言っているようなもの。理解できないのも仕方ないか。

 

「まず私自身は本気でとーくんを殺したいとか思ってないよ? 殺しかけたことは何回もあるけど」

「では何故……?」

「これはね、選別なんだ。私の計画に使えるだけの、より強く大きな存在のね」

「選、別……」

「必要なのは一人だけ。予備として取っておくのもいいけど、どうせならもっといい使い方をしようかなって」

 

 つまりは殺せと言ったのは本気にさせるための煽りみたいなものだ。生きるために殺されたくないとーくんと、前に進むため殺したいまどっちなら間違いなくやる気になってくれるだろう。別に一方が死んでも何の支障も無いが。

 ……今回はついでだけど、もし()()()()が覚醒してくれたなら最高だ。

 さて、私に相応しいのはどっちかな?

 

「……私も、いつか選別されるのでしょうか」

「くーちゃんが? どうして?」

「私には、透さまの様な力はありません、束さまがくださったものしか……」

「なぁんだそんな心配してたのかぁ」

 

 急に不安そうな顔をしていると思ったら、自分も選別にかけられると思ったのか。全くくーちゃんはかわいいなあ。

 

「大丈夫。とーくんとまどっちはどっちかだけでいいけど。くーちゃんは一人だけなんだから」

「束さま……!」

「最近寂しくさせちゃたから心配になっちゃったのかな? ごめんよう」

 

 優しくくーちゃんを抱きしめ、不安を落ち着かせるように囁く。くーちゃんは大事な大事な私の娘。代わりなんていない特別な鍵。箒ちゃんみたいにね。

 

「さっ、今日はもう寝よっか! この束さんが子守歌を歌ってあげよう!」

「あ、束さまの子守歌は眠れなくなるのでお気持ちだけでいいです」

「あれー?」

 

 

 

第40話「調子・選別」

 

 

 




ソシャゲと課題で書く時間がありません!!!


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第41話「開会式・蟷螂」

(にん◯んっていいなの替え歌で予約を忘れた旨を説明しようとしたが規約違反なので断念した)どうも初投稿です。


 

『またDか、千冬ならばAだったのだが……』

『処置も失敗ばかり、何も進展がない。本当に基準をクリアしているのか?』

『これではまるで、失敗作だ』

「──うるさい」

 

 頭の中で声がする。酷く耳障りな、思い出したくもない記憶の声。

 四六時中止むことのない幻聴に精神を擦り減らし、怒りと悔しさに身を焦がす日々。

 だが、それも今日で終わる。

 

『それがまどっちの新しい力。(狩られる者)の姿を捨てて、生まれ変わった新しいIS』

「これさえあれば……遂に、私が失敗作などではないと証明できる」

 

 あの女に渡された黒い結晶を握りしめる。掌から伝わる冷たく硬い感触が、自身の望む姿を表すようだ。

 

『──エム? そろそろ作戦開始よ』

「わかっている。邪魔はするなよ」

『ええ、それが博士の指示ですもの。存分に暴れなさい』

 

 あと少し、あと少しで、奴に会える。戦える。殺せるんだ。

 

「来い──【Insecta Rex(王殺蟲)】」

 

 その名を呼んだ瞬間。視界に黒が広がり、全身が飲み込まれた。

 

 闇の中。幻聴とは違う、何かの声が響く。

 

『──力ヲ欲シマスカ? 何ノタメニ?』

「……欲する。勝つ(殺す)ために」

 

 決まっている。だから私は生きているのだから。

 

『デハ、()()()()()()()()()()

「何……?」

 

 何を差し出すかだと? 代償が無ければ使えないとでもいうのか?

 ……いいだろう。

 

「勝利以外の全て、何もかもを差し出そう。……だから、私に力を寄越せ!」

『……イイデショウ。デハ──始メマショウ』

「!」

 

 黒い何かが私に流れ込む。余計なものが消え去り、欠けていたものが埋められるような、不思議で心地よい感覚が全身を駆け抜けていく。

 そして──

 

「──アハッ」

 

 私は力を得た。

 

 

 

 

 

 

「それでは更識楯無生徒会長より、開会の挨拶を行います」

 

 司会進行の虚先輩が下がり、替わって楯無先輩が前に出る。

 今日は専用機限定タッグマッチトーナメント当日。生徒会メンバーの俺たちは司会の後ろに整列している。

 

「ねむむ……ぐぅ……」

「寝るな寝るな、教頭先生見てるぞ」

「ぅぃー……」

 

 ふらふらと左右に揺れながら意識を保つ本音。朝からずっとこの調子だが、簪によれば昨夜の就寝時間は二十二時。別に寝不足でも何でも無くただ眠いだけらしい。教頭先生がおっかない顔で見てるので早くしゃんとして欲しいものだ。

 

「どうも皆さん、本日は専用機持ちのみの大会となりますが、試合内容は皆さんにとっても──」

「よう透、調子はどうだ?」

「まあまあだな。一夏、お前はどうなんだ? 篠ノ之さんと組んだんだろ?」

「俺もぼちぼちだな。精一杯やるさ」

 

 楯無先輩の挨拶を聞き流しながら一夏と小声で会話する。こいつのペアは妹様。零落白夜の消耗を絢爛舞踏でカバーできる。束様のデザインコンセプト通りの組み合わせだ。

 欠点を挙げるなら二人の技術面だろうか、それも最近は驚異的な速度で上達しているから侮れない。

 

「楯無さんと特訓してたんだろ?」

「ああ、お陰で随分鍛えられた……と思う」

「思うって……本当に大丈夫か?」

「先輩以外と戦って無いからな……本番だとどうだか」

 

 成長した実感はある。間違いなく強くはなれている。しかし相手は楯無先輩だけで、それも負け通し。今日の戦いでどれだけ活かせるかはちょっと自信が無い。

 

「では、対戦表を発表します! ご覧ください!」

「おっ」

「どれどれ……」

 

 先輩の背後に現れた空中投影型ディスプレイ。そこに表示された対戦表を見る。さて、最初の対戦相手はっと……。

 

「「あっ」」

 

 第一試合、九十九透 対 織斑一夏&篠ノ之箒。

 初戦から男子対決が決定した。

 

「当たっちまったなぁ……」

「初っ端男子を当てるとか何を……ああこれもか」

「? 何が?」

「なーんでも」

 

 普通に考えれば俺たち男子の試合は相当注目されるわけで、一回でも多く戦わせようとするだろう。しかし対戦表では一回戦第一試合で当たる、いきなり片方が脱落するわけだ。

 学園は興行的にもデータ収集から考えても、いきなり男子が脱落するのは望んでいないはず。つまり学園外からの干渉によるものと考えられる。

 間違いなく束様だけど。

 

「まさか最初からとはなー……」

 

 そして束様がこの組み合わせを指示したのだとしたら、一昨日の電話で告げられた襲撃は間違いなくそのタイミングで来る。試合中か、開始前か、それとも終わった後か。何れにしろこの大会が初戦で潰されることは確定した。

 

「それでは、選手は各ピットに移動してください」

「じゃあ、俺は行くぞ。また後でな!」

「おう。後で……はぁ」

 

 何も知らない一夏が張り切ってピットへ駆けて行った。その張り切りが無駄になると知ったらなんて言うだろうか。束様が悪いとはいえ申し訳ない気持ちになる。

 

「俺も移動しないと」

 

 完全にやる気を失ったが、試合開始までの時間は残り少ない。さっさと移動して、ISスーツの上に来た制服を脱いで、いつ襲撃がきてもいいように覚悟を決めないと。

 ……それにしてもだ。

 

「今日くらい行事を楽しみたかったなぁ……」

 

 

 

 

 

「ん?」

「お?」

「あん?」

 

 第四アリーナ通路。ピット入口のすぐ目の前で、初対面の女生徒二人とエンカウント。一方は 高い身長にうなじで束ねた金髪、露出の多く何というか、色気がある。もう一方は反対に背は低く、太い三つ編みを垂らした気怠げな雰囲気だ。

 この二人は誰だったか。確か前に名簿を見て、楯無先輩にも聞いたことがあったな。えーと……

 

「ダリル・ケイシー先輩とフォルテ・サファイア先輩、でしたっけ」

「正解! そういうお前は九十九透だな? 評判は聞いてるぜ」

「お初っスね。よろしくー」

「あ、こちらこそ……」

 

 この二人がまだ会っていなかった上級生の専用機持ち。対戦表ではペアを組んでいて、聞くところによると強力なコンビ技を持っているらしいりもし当たることがあったなら強敵になっていただろう。

 

「何か御用ですか?」

「いや、ちょっとした挨拶回りだよ。次に当たる相手は気になるだろ?」

「うちらはシードで、君たちの勝った方と戦うんス。さっき織斑一夏にも会って来たけど……先輩が変なことするから篠ノ之さんに追っ払われたんスよ」

「おいそれは言わないって約束だろ」

「何時したんスかそんな約束」

 

 何だ何だ、目の前で喧嘩か? ぶっちゃけ邪魔だから早く退いてほしい……ん?

「んんん?」

「どうした? オレの顔になんかついてるか? それとも惚れたか?」

「惚れたらダメっスよ。火傷するっス」

「いや違いますけど……気のせいか」

「「?」」

 

 なーんかダリル先輩の顔、見覚えある気がしたんだが……やっぱり気のせいか。金髪の知り合いなんてオルコットとデュノアしかいないし。

 

「っと、邪魔したな。んじゃ頑張れよ一年!」

「上で待ってるっスよー」

「はぁ……どうも」

 

 適当な激励を残して去って行く二人。変な人達だったな。

 多少時間は食われたが、これぐらいなら大丈夫だろう。

 

「さぁーてとっ」

 

 ピットへ入り、制服を脱ぎ捨ててISスーツ姿へ。入場まであと少し。軽く深呼吸して心を落ち着かせる。

 

「ふぅー……」

 

 身体も機体も好調。テンションは若干落ち気味だが支障はない。

 余計なことは考えるな。邪魔が入るまでのほんの少しの間でも、この戦いを集中しよう。

 

『試合開始まで残り一分です。選手は入場してください』

「『── 【VenoMillion】」』

 

 IS展開。ゲートが開き、光が差し込む。

 アリーナへと飛び込みながら、装甲を部分解除した左手を鳴らす。

 ばぎり。

 

「『──……」』

 

 独特の感触と音が死のイメージを呼び起こす。スイッチ・オン、これで準備は整った。

 

『両ペアは位置についてください。試合開始まで、5、4──』

 

「『……やるか、なぁ?」』

「「おうっ!」」

『──1──試合開』

「待テ」

「『「「!?」」」』

 

 そして、()が落ちて来た。

 

 

 

 

『全生徒は地下シェルターに避難を開始してください! 繰り返します、全生徒は──ザ─ひな───さ──』

 

 突然の襲撃者、明らかな異常事態の起きたアリーナに緊急警報が鳴り響く。

 にも関わらず防壁の展開は中途半端、避難を呼びかけていた放送は途切れ途切れになり、おそらく何かしらの妨害を受けていることが察せられる。

 だがそんなことよりも、問題なのは目の前のこいつだ。

 

「グぎッ、あアあアア……」

「『クソッ……」』

「何なのだこいつは!?」

「黒い……IS?」

 

 たった今落ちてきた、真っ黒な全身装甲(フルスキン)の機体に身を包む敵。生身は一片たりとも露出していないが、苦しむような唸り声で無人機ではないことがわかる。

 しかしこの……何だこの妙な感じ、また親近感か?

 

「『応援は……無理そうだな」』

「ああ、おそらく敵はこいつだけではない」

「誰とも連絡がつかない、俺たちでやるしかないな」

 

 ここから少し遠く、他のアリーナがある方角からも煙が昇っている。間違いなく敵は複数、それぞれ専用機持ちがいるところに散らばっていると考えるのが妥当か。

 これは間違いなく束様の仕業。電話で言ってたのはこいつのことだろう。いくら何でも初戦開始直後に送ってくるとは思わなかったが。

 しかし本当にこいつがアリーナのバリアを破ったのか? 確かにそこそこの大きさだが、手足は細くパワーに特化した機体には見えない。二本の捻れた角飾りかセンサーだろう。特に武装も出していないはずだが……。

 

「ァ──九十九、透」

「『あ? 俺がどうし──いぃっ!?」』

 

 不意に名を呼ばれ、問い返したその時。一瞬にして目の前に飛んできた敵の()()が迫る。いつの間に取り出した──ってそれどころじゃない!

 

「『っぶねぇ!!」』

「ガッ……」

 

 その刃が首に届こうかというギリギリで躱し、カウンターの蹴りをお見舞いする。危ない危ない。スイッチ入れてなかったら今のでお陀仏になるところだった。

 

「大丈夫か透!?」

「『平気だ! それより気をつけろ! こいつ強いぞ!」』

「九十九ッ、九十九透ゥゥ……」

「『また俺ぇっ!?」』

 

 今度は両手に大鎌を構え、とんでもないスピードで飛びかかる。たった今蹴られたばかりだってのに、どうしてまた俺に来るんだ。

 さっきは一本だけだったから何とか躱せたが、今度は二本。このスピードじゃ片方弾くので精一杯、やばい避けきれ──

 

「死ね」

「止めろぉっ!」

「グッ……」

「『っサンキュー一夏!」』

 

 割って入った一夏がもう一本を弾き、何とか直撃は避けられた。

 今度はこちらの番と攻勢に移ろうとした瞬間、エネルギー表示の変化に気づく。

 

「『チッ、掠ってたか……あ?」』

 

 僅かなエネルギーの減少。どうやら弾いたつもりで、ほんの少し掠っていたらしい。それだけなら大した問題じゃないが、おかしいのはそこじゃない。

 

「どうした九十九、異常か?」

「『ああ、とんでもねー異常だ。たった今掠ったとこ、その部分だけシールドバリアが削られていやがる」』

「何だと!?」

「きヒッ」

 

 シールドバリアに損傷アリ。修復不可。と、警告表示が映し出される。これってつまり、

 

『原理はわからんが、奴の攻撃が当たった部分だけシールドバリアが剥がされている。俺が試しても直せない。次同じとこに当たったら装甲で受け止めるか、絶対防御か、最悪中身ごとぶった斬られるな』

 

 マジかよ。しかし(2)が言うならその通りなんだろう。

 これが敵の単一仕様能力? それとも武器の仕様? どちらにせよ、かなりの脅威、警戒すべき能力なのは間違いない。

 戦いに最適化された頭で、必要な情報を纏め上げる。

 

「『一夏、篠ノ之さん! こいつに攻撃されると、そこだけシールドバリアが無くなる! なるべく攻撃されるな!」』

「そんなことが!?」

「『理屈は知らん! それと、こいつは俺にご執心みたいだ。引き離すのも厳しそうだし、まずは俺が前に出る。二人は援護してくれ!」』

「「了解!」」

 

 正面に俺、少し引いて一夏と妹様が構える。即席の三人組(スリーマンセル)だが、一人で挑むよりはマシだろう。

 

「ぎぃッ、殺す、殺スッ!」

「『うるせぇな、こっちがぶっ飛ばしてやる」』

「シぃッ!!」

 

 再び高速で飛びかかる敵。またこの直線的な動き、ならばもう一回カウンターだ!

 

「『単調なんだよっ──!?」』

「──ぃヒッ」

「『はぁっ!?」』

 

 刹那、確かに目の前にいたはずの敵が消えた。顔面へ叩き込むために繰り出した拳は空を切る。一体どこへ──

 

「後ロ」

「『何だとっ!?」』

「九十九っ!!」

 

 反射的に振り返れば、そこいたのは大鎌を振りかぶる敵の姿。

 馬鹿な、俺の高感度センサーすら振り切って移動したというのか? どんな化け物だ。

 

「『がはっ!」』

「ハハはははハ!!! 切れた! 切れた!」

「『野郎っ……!」』

 

 あまりのスピードに反応が追いつかず、袈裟斬りの一撃を食らう。そして通常のダメージに加え、シールドバリアが破損。一層苦しくなった。

 

「もウ一回」

「させるかっ!」

 

 追撃は一夏が叩き落とし、体勢を整える。また助けられてしまった。

 

「『ただのイカレかと思ったが、ここまでレベル高いとは」』

「作戦変えようぜ、俺も前に出る」

「『すまん。頼んだ」』

 

 まだまだエネルギーは残っているとはいえ、バリアに異常をきたし、現状相手の動きを捉えきれていない俺だけで前衛を張るのは無茶だ。様子見はやめて、一夏を前衛に加えよう。

 どうやらこいつはある程度動きを追えているらしいしな。

 

「私もできる限り援護する。回復が必要になったら教えてくれ」

「『……《絢爛舞踏》って自由に使えたっけ」』

「特訓した!!」

「『えぇ」』

 

 あの単一仕様能力って特訓で自由に使えるようなものなのか? だったら相当やばいことだと思うんだが。実質燃費効率を無視できるし。

 ……まあ、いくらエネルギーを回復しようが、敵の能力の前では分が悪いか。

 

「ムぐっ、ッッ……」

「うわっ!? ……羽根か??」

「『……なるほどな」』

 

 一度動きを止め、身を震わせる敵。背部の装甲が割れ、ドス黒い羽根が展開される。こいつであの異常な機動力を発揮していたのか。

 これで漸く初めの親近感の正体がわかった。両腕の大鎌、背中の羽根、黒い装甲と独特のシルエット。

 この機体は蟷螂、つまりは()と一緒なんだ。シルエットも性能も全然違うし、蟷螂には角なんぞ生えちゃいないがな。

 

「織斑、一夏っ! オ前は、後だっ!」

「こいつ、また透の方に!?」

「『だぁークソッ! 恨みでもあんのかっ!?」』

 

 一夏が前衛に入っても未だ目標は俺のまま。四方八方から滅茶苦茶な軌道で飛んでくる攻撃を捌きながら文句を叫ぶ。

 

「今だっ! ……これも避けたぁ!?」

「今度は私がっ……くそっ!!」

「ギヒ、あはハはハハ!!」

 

 こちらもタイミングを見計らって攻撃を仕掛けるが、馬鹿げたスピードによって全て躱される。こちらのダメージが蓄積していくばかりだ。

 

「『……足りねぇ」』

 

 今の出力は77%、つまり無傷で戦えるギリギリの値。それでも追いつけないってことは、敵の性能はもっと上だ。

 もっともっと、力がいる。

 

(おい、終わったら特大の筋肉痛で済むぐらいの、ギリギリ戦闘続行できる出力はどれくらいだ?)

『82%、それ以上は保証しない』

 

 上昇幅は5%。それで通用するかは一か八か、やるしかない。

 

「『すみません先輩、ちょっと無理します」』

「……九十九?」

「お前まさか!?」

「『ああ、そのまさかだ」』

 

 ……後で、また謝んないとな。

 

 出力強化、同調率規定ライン突破、単一仕様能力解放。

 機体と全身に力が満ちていくのと同時に、今日の試合用に設定していた警告音(アラート)が鳴り響く。

 さて次。この痛みと死の感覚をもって、鎮まりかけた闘争心を蘇らせよう。

 

「『82%……さあ、続きだ」』

 

 ば ぎ り 。

 

 

 

第41話「開会式・蟷螂」

 

 

 




ぼくは黒騎士が出るなんて言ってません
不定期投稿らしい投稿間隔になってきましたね


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第42話「各々・半身」

更新も不定期になったし試験的に更新時間も変えてみたので初投稿です。


 

「アンタが一夏が戦った蜘蛛のIS使いね」

「あぁそうだよ。亡国機業のオータムさんだ、覚えときな」

 

 初戦が始まると同時に襲撃してきた敵。その内の一人が目の前で名乗った。

 狭い通路の中、この場にいるのはあたしとセシリアだけ。通信は繋がらず、増援は期待できない。ということはあたしたちだけでコイツを倒さなきゃいけない。

 

「大人しくISを渡せば悪いようにはしねーよ。出さなきゃ奪い取るがな」

「一夏さんに負けて逃げ帰ったというのに、随分と自信ありげですのね」

「意外と楽勝だったりしてー?」

「何だとっ……と、その手には乗らねーよ」

「……そうですか。残念ですわ」

 

 一夏と楯無さんからは直情的で挑発に乗りやすいと聞いていたが、情報が間違っているのか敵も成長しているのか煽りになる様子はない。

 

「セシリア、アンタ通路(ここ)でどれくらい戦える?」

「場所など選びません……と言いたいですが、こうも狭いとまともに戦えませんわね。ビットも飛ばせませんし」

「じゃあ一旦引くしかないわね。外出るわよ」

 

 この狭い道で全力は出せない。それもあたし達二人で戦うのなら尚更。

 先ずは無理に戦わず、広い外へ脱出するしかない。学園祭の後ら透が話してくれた場面と一緒。

 

「ダメだね。お前らは私がここで潰す」

「! あれは……」

「聞いてない武器ね……!」

 

 敵の装甲脚が変形。一瞬先端がぐにゃりと溶けた後、マシンガンとブレードが混ぜられたような歪な武装が展開される。

 情報ではカタールとマシンガンは独立した武装だったはず。つまりは隠していたか、新しい武装か。当然性能も上がってるでしょうね。

 

「さぁて、逃げられるかなぁっ!?」

「来るわよっ! セシリアは脱出の最優先ね! 」

「了解! 鈴さんも足止めお願いしますわっ!」

 

 早速乱射された弾丸を叩き落としながら、全速力で出口へ進む。追いつかれるのが先か、脱出が先か。鬼ごっこの開始(スタート)だ。

 

 

 

 

「私達の相手は貴女ってことね、スコール」

「ええ。この間のリベンジをさせてもらおうと思って」

 

 アリーナ控え室。準備しながら透くんの試合を観戦しようとしていた私たちの前にスコールが立つ。

 

「お姉ちゃん、このクソババ、クソおばさんが前に透と戦った敵?」

「そうよ」

「言い直す気ないでしょう?」

 

 開幕簪ちゃんの煽りが入るが、口調に対し構えは冷静。静かに火球を纏い、臨戦態勢は整っている。

 

「期待してないけど聞いておくわ。目的は何?」

「なら逆に話してみようかしら。いつも通りISの強奪と、新兵器のお披露目と、ちょっとしたサプライズが二つよ」

「新兵器……」

 

 いつものはともかく新兵器というのは右手に持ったブレードと左手に取り付けられた銃口のことだろうか。それ以外には変化がないということはそうなんだろう。

 二つのサプライズが何なのかも気になるが、今は彼女を倒すことが先決だ。

 

「簪ちゃん、前に教えた情報は覚えてるわね?」

「ん。対策もばっちりだよ」

「OK。じゃあ……その通りに」

 

 私たちも準備完了。打鉄弐式には少々狭いかもしれないが、レイディのアクア・ナノマシンを使うには丁度いい環境だ。

 

「篠ノ之博士の作った武器。存分に試させてもらおうかし……らっ!」

「っ!? 簪ちゃん!」

「うん!」

 

 振るわれた右手に持ったブレードから圧縮された熱線が迸る。周囲のロッカーを溶断しながら襲いかかる炎の刃、なんとか回避できたが、当たれば相当のダメージになるのは間違いない。

 篠ノ之博士の名前が出ただけに、相当強力な武器なんだろう。

 

「お次は……これ」

「!」

 

 そう言って構えた左手の銃口の奥から覗く炎が、徐々に圧縮されて強い光を放つ。

 これはまさか、透くんのと同じ──

 

「吹き飛びなさい」

 

 直後、控え室に爆炎が巻き起こった。

 

 

 

 

 一通り避難の済んだ観客席。残る生徒は専用機持ちが4人。シャルロット()とラウラ、さっき挨拶したばかりのフォルテ先輩。そして──たった今、目の前で敵になったダリル先輩。

 

「何してんスか? どうして、うちらに武器(それ)向けてるんスか?」

「……説明してもらおうか」

「見ての通りだよ。オレはおまえらの敵で、たった今お前らのISを奪うように命じられた。それだけさ」

 

 へらへらと笑いながら、しかし真剣な眼差しで剣を向ける。

 何でもないような冷めた口調で、彼女の──亡国機業の目的が語られた。

 

「オレの本名はダリル・ケイシーじゃない。『レイン・ミューゼル』……炎の家系、ミューゼルの末席。そして亡国機業の下っ端だよ」

「レイン、ミューゼル……」

「くだらない運命に呪われた、哀れな家系だよ」

 

 もう隠す必要はないと素性を明かしていくダリル改めレイン先輩。しかしその笑みには自嘲が浮かんでいる。

 

「……挨拶と言って僕たちに近づいたのはこのためですか?」

「いやぁ? そいつはただの気まぐれだよ。まさか今裏切ることになるなんて思わなかったしな」

「ふん、どちらでもいい。いずれにしろ貴様は敵、そうだろう?」

「ああ、そうだよ」

 

 その気まぐれが本当か嘘かはわからないが、今標的にされているのは間違いなく僕たちだ。いつでも攻撃に対応できるよう、こちらも武器を構える。

 

「早速ISを頂く──とその前に、もうちょっとだけ話があるんだ」

「……何スか」

「フォルテ。おまえ、オレと一緒に来ないか?」

「「「!?」」」

 

 いつ仕掛けてくるかと思いきや、突如目の前で裏切りの勧誘を始まる。これも作戦? いや、この二人はペアを組んでいるぐらいだし、勧誘するぐらいには仲がよかったのかもしれない。

 

「オレはさ、ぶっちゃけこの学園なんかどうだってよかった。どうせいつかは裏切るし、適当に過ごせばいいと思ってた」

「……」

「でもおまえに会って、愛し合うようになってから、おまえと過ごす時間はとっても楽しかった。だから、おまえを失いたくない」

「……先輩」

 

 へらへらした笑みは消え、懐かしむような、それでいて少し悲しむような顔でフォルテ先輩に語りかける。

 ……僕には何となくだけどわかる、これは嘘じゃない、本心から出た言葉だ。

 

「今決めろ。おまえも学園を裏切ってオレと一緒に行くか、それともオレを捨てて敵になるかを」

「いきなりそんなこと、言われても……うちは……」

「……なら、諦めるさ。悪かったな」

「ッ!」

「へっ、さて──やるか」

 

 また自嘲するように笑って、今度こそ本気の眼差しで剣を構える。

 話は終わり。ここからの先輩は、完全に僕たちの敵だ。

 フォルテ先輩は激しく動揺している。すぐには戦えない。僕たちで何とかしなくちゃ。

 

「っ来るぞシャルロット!」

「ラウラ、気をつけて!」

 

 闘争心を表すように両肩の犬頭から炎が吹き出し、呼応するように両刃剣が赤熱する。

 

「【ヘル・ハウンド】──焼き尽くす」

 

 炎の猟犬との戦いが始まった。

 

 

 

 

「……うち、は」

 

 

 

 

 そして、再びアリーナへ。

 

「クソクソクそくそクソッ!! 早ク、死ねッ!!」

「『あぁうぜぇっ!!」』

 

 多少の無理を覚悟で82%へ引き上げてかれこれ十分。例のスイッチと特訓の成果もあって、圧倒とまではいかずとも互角以上の戦いを続けている。

 

「今だ箒!」

「よしきた!」

 

 しかしそれも一夏と妹様の協力があってのもの。俺一人ではこの出力でも一方的にやられていただろう。始めはガタついていた連携もそこそこスムーズになってきた。

 

「『動き鈍らせてこれか……またあの人は何てもん作ってんだ」』

「あの人って何だよ!?」

「『察しろ!」』

「私は大体察しついているぞ……」

 

 やっぱりバレてるじゃないか(諦め)。まあ妹さまなら気づけるだろう。そうでなくてもこんなめちゃくちゃなISを作れるのはあの人だけだ。

 

「ぁ」

「『っとあぶねぇ!」』

「油断するな!」

 

 危うく直撃しかけた一撃を回避。捉えられるといってもやはりこのスピードは驚異だ。

これでも何度か当てられた攻撃を介して付着させた《VenoMillion(対ISナノマシン)》でジャミングをかけている。多少は効き目があって助かったが、普通のISならとっくに機能停止させてるはずなんだがな。

 ついでに言うと出力こそ80%を超えているが、ナノマシンの量が少なすぎるため《暴毒命終》は発動できない。発動したところで完全に止められる気もしないけど。

 

「『お返しだオラッ!」』

「ッガ……無駄だァ!」

「『蟷螂のくせに硬いなぁもう!」』

 

 尾の一撃が加わり、ナノマシンを追加。これでさらに動きが鈍るはず。

 しかしそれはいいのだが、さっきからまるでダメージが通っている感じがしない。怯みこそするが、装甲に傷はほとんど無く、敵にもさほど応えている様子がない。

 82%でも足りないのか? これ以上は筋肉痛じゃ済まないんだが……くそ。

 

「透避けろっ!」

「『くそっ! また掠ったっ!」』

 

 そもそも俺の《Bug-VenoMillion》は回避に向いてない。普通の数倍のデカさとシールドエネルギーで強引に突破するISだ。シールドバリア自体を引っ剥がしてくる相手なんか想定外。一夏みたいに《零落白夜》の一撃に気をつければいいならともかく、全ての攻撃がこんな効果を持っているならなおさら。

 ……なーんか明らかにメタられている気がする。もしかして、あのも特訓見てたのか?

 

「下がれ九十九! 私が前に出る!」

「『──っ、すまん、頼んだ!」』

「邪魔だ、と言ってイる…!」

「やっぱり俺たちに興味はないってのかっ、なんで透ばかり狙うんだ!?」

「五月蠅いッ! そレが、私が生きる方法ダカラだっ!」

 

 俺が後ろに下がっても尚執拗に追いかける敵。理由を聞いても答えは滅茶苦茶で、いくら普段の行いがアレだからってここまでの恨み買うようなことは……まてよ。

 

「『ちょっとお前……その面見せろ!」』

「顔いったぁ!?」

「『ああーー、やぁっぱり」』

 

 わざと大鎌を受け止めながら、カウンターで顔面の装甲を攻撃する。目元のバイザーが僅かに砕け、見覚えのある片目が露出した。

 酷くノイズのかかった声と機体が変わったせいで気付かなかったが、この織斑先生にそっくりな目にはよーく見覚えがある。

 ……余計俺だけを狙う理由がわからなくなったが。一夏だって恨み買ってるだろたぶん。

 

「『お前、【サイレント・ゼフィルス】の女だったか。名前は……エムだったっけ?」』

「こいつがあの!?」

「全く面影が無いな……」

「ギ、そウダ……ダが、知っタ所で何も変ワらん」

 

 ゆらりと姿が揺れて、一瞬の内に姿を消す。

 

「ア ハ」

「『っ!? また速──」』

 

 反応すらできない速度で目の前に現れたエムが大鎌を振り上げる。何でいきなり速く──まだ全力を出していなかったのか!?

 

「『げっ」』

 

 ならば防御と前に出した尻尾は、糸を切る様に両断される。

 回避─無理。防御──どうやって? カバー──もう間に合わない。

 

「死ね」

「『っっぐあぁっ!!」』

「透!!」

 

 絶対防御が発動し、それでも相殺しきれなかった衝撃が走る。どうにか本体()の身は守られたが、シールドエネルギーが大幅に減少。装甲がX字に大きく切り裂かれた。

 いくらこっちのシールドエネルギー量が通常の数倍とはいえ、また絶対防御が発動すれば残りはあと僅か。このスピード相手では《絢爛舞踏》で回復することもできない。

 

「『ぅ……」』

「ハハハハッ! やっと、ヤッと殺せル!」

「『ぁークソ、ここまでか……」』

 

 

 

「『なぁんてな」』

「!?」

 

()()()()

()()()()

 

「『95%──死ぬのはお前だ」』

「───ッ!?」

「『ドーン」』

 

 ほんの一瞬目の前が光に包まれ、限界を遥かに超えて引き上げられた出力で放たれた砲撃が炸裂する。通常の数倍はあろうかという指向性の爆炎が敵の装甲を焦し、置き去りにされた爆発音が響く。

 

「ぃあ……何ヲ、した……?」

「『《Bonbardier(砲撃)》だよ、思いっきりぶっ放した。壊れるほどにな」』

 

 いくら爆破が指向性でも、反動は無になるわけじゃない。爆発音にかき消されつつも、確かに俺の耳には肉と骨が潰れる音が届いていた。

 一見何でもないような平然を装いつつも、もう右腕はズタボロ。装甲の隙間からは血が滴り、肘から先がミキサーにでもかけられた様な痛みで満たされている。

 今までで一番酷いダメージ、今すぐ叫びたいくらいだ。

 

「『構うものかよ」』

「ごぁッ!?」

 

 隙だらけとなった胴に続けて左腕を振るう。半壊した装甲へ《Hornet》の針と共に叩き込まれた拳はさっきよりも鋭く、重い一撃となる。同時に破砕音と腕の潰れる音が響いた。

 これで両手が使い物にならなくなった。ちゃんと治せるのか……というかこれはもう、お説教どころじゃ済まないのでは……?

 

「『だが──もう一発」』

「ッッァがっ!!」

 

 ダメ押しの蹴り。その衝撃は焦げた装甲を破壊し、操縦者(中身)まで伝わっていく。

 

「『──ぁークソ、やっぱ痛てぇな」』

 

 骨が砕けて、その破片一つ一つが肉に突き刺さる感覚。これで右脚も使えなくなった。エネルギーも残りわずか。高出力を維持することも出来ず、40%程まで低下する。

 

「グ、ぐぐ……ァ」

「『うわ、まだやれんのかよ。マジで硬いな」』

 

 装甲にも中身にも、確実に深手となるダメージは与えたはずだが……それでも倒れる気配はない。こっちは痛みで意識が飛びそうだってのにタフなやつだ。

 しかも予想外の攻撃を食らってかなり御立腹らしく、今にもまた飛びかかってきそうだ。

 

 

「貴様ァぁァァァッ!!」

「『じゃ、あとは任せた」』

「「応っ!!」」

「ギグッ……」

 

 激怒したエムが大鎌を振りかぶった瞬間。瞬時加速でぶっ飛んできた二人が突撃、全力の蹴りをお見舞いする。速度の乗ったIS二機からの蹴りは流石に堪えたのか、大きく距離を空けられた。

 

「透はっ、俺の仲間はやらせねぇぞ!!」

「よくもスルー連発してくれたなっ! 今度こそ私たちが相手だ!!」

「『お前ら……」』

 

 仲間だと思ってくれてたのか、そしてスルーされてたの気にしてたのか。という言葉を飲み込んで、絶体絶命の危機から救ってくれたことに感謝する。

 

「何度モ何度もっ……! ならバ、お望ミ通リ貴様ラから殺してヤルッ!!」

 

 漸く標的を変え、一夏に向かって上げた大鎌を振り下ろす。

 

「だからっ……殺させねーよっ!!」

「!?」

「そこだっ!」

 

 しかしその攻撃が決まることはなく、高速で振るわれた《雪片弐型》が弾き、《穿千》が吹き飛ばす。飛ばされた刃はくるくると回転し、遠くで地面に突き刺さった。

 

「何故透を狙うのかはもういい! でも、お前の思い通りにさせるわけにはいかない!」

「どうせお前からは聞かなくてはならん事が幾らでもある! 一つ増えたところで今更変わらんっ!」

「「だから──お前をぶっ飛ばして、とっ捕まえてやる!!」」

「『キャラまで変わってないかお前ら? ありがたいけど」』

 

 とにかく俺のピンチは脱した。狙いも代わり、二人の調子も良さそうだ。もう俺はまともに動けない。後は離れて爆弾でも飛ばそうか──と、思った瞬間。

 

 バキッ。
 
バキッ

 

「『あ?」』

「ん?」

「え?」

「ハ?」

 

 固い物が割れるような、俺が関節を鳴らすのとはまた違った無機質な音が響く。それも二重。

 音の出所は……目の前の白式と紅椿。

 

「ちょっ、え!?」

「何なのだこれは!?」

 

 白式の右半身、紅椿の左半身の装甲がバキバキと音を立て、内側から押されるようにして剥がれていく。剥がれた後には見たこともないような白と赤の装甲が残っていた。

 それはまるで脱皮のようで、しかし半身だけという不完全で歪な変化であった。

 

「『形態移行(フォームシフト)……? いや違う、紅椿は無段階移行(シームレスシフト)機のはずだ」』

「変わるならもう半分もやってくれっ……!」

「言ってる場合か!?」

 

 そうこうしている間にも変化は進み、白式の右半身はだいぶ小柄に、不完全故か余剰エネルギーの放出か、バチバチと紫電を放っている。

 対する紅椿の左半身はサイズにほとんど変化はなく、しかし装甲には鋭さが増し刺々しいシルエットになっている。

 

「止まった……けど何だこれ、名前が文字化けしてる」

「私もだ、何が何やらさっぱりわからん」

 

 そして、アンバランスな姿ながらも変化が落ち着く。

 しかし名前の文字化けか、変わったのは見た目だけじゃないというのか? 一応二人自身には変化は無い──いやまて。

 

「『おい、二人とも目の色おかしくないか?」』

「え……本当だ! 箒の左目が赤い!?」

「一夏こそ、右目が金色に!?」

 

 何故か二人揃って片目だけ色が変わっている。言われるまで気付いていなかったあたり、感覚に異常はないらしい……が、その変化が何を意味するのかがわからない。

 

「ナンダ、ソレは……っ!?」

「……知らん!」

「同じく!」

「『おいおい……」』

 

 未だ戸惑いは残っているが、少なくとも戦いに支障はないようだ。こんなタイミングで弱体化なんてたまったもんじゃないからな。

 

「えーっと……じゃあ、行くぞ箒っ!」

「ああっ!」

「『援護はまかせろー」』

 

 完全に空気が変わってしまったが、以前目の前にいるのが強敵であるということは変わらない。

 もう俺は前に出れないが、今は二人の援護に徹するとしよう。いつでも背の爆弾を発射できるように構える。

 

「『っ……ん?」』

 

 潰れたはずの右腕の感覚だけが、痛みから奇妙な疼きに変わるのを感じながら。

 

 

 

第42話「各々・半身」

 

 

 




特訓した=勝てるって図式現実だと全然そんなことないなーと思ったのでこうなりました


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第43話「引き揚げ・保留」

ちょっと更新時間変えてみようパート2の初投稿です。
大体2週間に一回更新が今の生活に合うのかなぁと思い始めました


 

「さっさと諦めさいよこのっ……おらっ!」

「こっちの台詞っ……だ!」

 

 もうどれだけ戦っただろうか。作戦通り屋外まで逃げることは成功し、そこで戦い始めたはいいものの……オータム(この女)聞いていた以上に強い。

 新しい武装の火力に押されつつも二人で反撃を重ね、どうにかここまで耐えている。

 

「クソ……粘りやがって……!」

「あらぁ? お疲れのようですわね? ……ふぅー」

「無理しない方がいいわよー? ……ひぃー」

「テメエらもだろうが……! ……はぁー」

 

 結果、三人揃って疲労困憊。もはや交互に攻撃・煽りを繰り返し続けるぐだぐだな戦いになっている。

 二人がかりでこの始末と言うべきか、それともよくもたせている方と言うべきか。とにかく今度からはもっと体力つけようと思ったわ。

 

「今度はこっちの……あ?」

「はい?」

「何?」

 

 突然動きを止めるオータム。誰かと通信? こんな時に?

 隙だらけではあるが、正直こっちから仕掛けられるだけのエネルギーは残ってない。セシリアも同じみたいだ。

 

「もう帰れ!? いくら何でも横暴だぞ……ハァ!? ISに爆弾!? おいちょっと待てわかった帰るから!! やめろ!!!」

「なんか揉めてますわね……」

「上司かしら?」

 

 声を聞くに帰還命令が出ているらしい、爆弾は……無視したら爆破されるのだろうか。一回逆らおうとしているのはどんな関係性なのか。

 

「おいガキ共! 勝負はお預けだ! 今度こそぶっ潰してやるから覚悟しとけ!」

「あらあら聞きました鈴さん?」

「小物丸出しね!」

「何だとこのっ……~~っ覚えてやがれ!!」

 

 追えない代わりに煽りをかまして、逃げ去るオータムを見送る。最後まで小物っぽさが消えないやつだったなぁ。

 

「さて、他の所に……って感じだけど」

「ええ、でも……」

「「疲れたぁ……!」」

 

 あたしもセシリアも疲れ切ってる。シールドエネルギーももうほとんどない。これじゃあどこへ行っても足手まといだ。

 通信のまだ復旧してないし、今はアリーナの整備室まで戻って千冬さんと合流しよう。

 

「「みんな/みなさん大丈夫かしら……」」

 

 

 

 

「……残念。どうやらここまでみたいだわ」

「そう、私たちはもっと続けてもよかったのに」

「無理ね。このままま続けても、あなたたちが勝つことはないわ」

 

 あちこち崩れ、焦げ後のついた控え室。黒煙が燻る中で、スコールは突然の離脱宣伝をした。

 前回より遥かに上がった熱量と攻撃の苛烈さに私たちは押されていた。まだ続けられるのは本当だけど、それはあくまで戦闘を継続できるということであって、勝てる見込みがあるわけではない。

 

「全く持って不本意だけど、上司……みたいなものからの命令なの」

「みたいなもの……?」

「中間管理職なのおば……あなた」

「ちょっと気にしてるから言わないで……おばさんの方じゃないわよ?」

「……ごめん」

 

 悪の組織でも中間管理職は存在するのか。そんなことを考えている暇じゃないけれど、ほんの少し同情する。

 

「はぁ……じゃあね、生徒会長とその妹さん。次会う時は決着をつけましょうか」

「ええ。今度こそ水浸しにしてやるわ」

「四八回爆破してやる」

「簪ちゃん!?」

 

 煙幕(スモーク)を撒き散らしながら姿を消すスコール。本来なら追うべきだが、敵は彼女だけじゃないはず。連絡も取れない今は、余力が残っている内に他がどうなっているか直接確認する必要がある。

 

「行くわよ簪ちゃん、まずは──」

「──透のとこでしょ? わかってるから」

「うん。間違いなくピンチだから助けてあげなくちゃ」

 

 透くん、もっと言えば一夏くんも含めた男性操縦者はこれまで何度も狙われてきた。今回もそうなっている可能性は非常に高い。そして透くんは絶対に無茶してる、いくら一夏くんと箒ちゃんがいてもどうなってるか……。

 早く行かないと!

 

 

 

 

「なっ!?」

「何っ!?」

 

 僕とラウラとの連携で戦いは有利に進み、とどめに繰り出した《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》を受け止める氷の壁。深々と杭が突き刺さりながらも、壁の先には届かない。

 こんなことができるのはこの場にただ一人。

 

「何のつもりですか? フォルテ先輩」

「…………」

「フォルテ……」

 

 いつの間にかダリル先輩の傍らにいたフォルテ先輩が、彼女の専用機を展開している。この氷壁は機体の能力か。

 けど、大事なのはそこじゃない。

 

「わかっているのか? その行為は私たち、いや、この学園への裏切りだぞ」

 

 敵に寝返った──正確には元より敵だったダリル先輩を守るということは、僕たちの敵になること。冗談やうっかりでは済まされない。

 

「……いいのかよ。誘っといて何だが、こっちはろくなことがねーぞ」

「……わかんないっスよ。裏切りとか、運命とか。でも、でも……」

 

「ウチは先輩が好きで、愛していて、だからっ……貴女といたいっ!」

 

 さっきまでまともに動くこともできないほど動揺していた彼女から、空間そのものが凍りつくような意思が溢れ出す。いや、これは!?

 

「くぅっ……!」

「どうした!?」

「これが、ウチの【コールド・ブラッド】の、『分子活動の凍結』っスよ……!」

 

 身動きが取れない。ほとんど損傷は無いはずなのに、文字通り凍りついたかのように動かせない。

 分子活動の凍結……氷壁を出したのはその力のほんの一端だったのか。

 

「今っスよ!」

「よしきたぁ!」

 

 慣れた様子の合図を受けたダリル先輩が、ダメージなんて無いかのように元気な動きで飛び出す。その両手には巨大な炎。

 

「この、動いてっ……」

「シャルロットッ!!」

「ラウラッ、うわあああーーっ!!」

 

 身動きの取れない状態ではもがく事も出来ず、ギリギリで間に入ったラウラもろとも炎に飲み込まれ、炎に隠された刃に切り刻まれる。

 

「う、うぅ……」

「くそっ……」

「悪ぃな一年。オレたちの勝ちだ」

「…………」

 

 攻撃による衝撃で解除されたのか、なんとか身動きは取れるようになった。しかしISは強制解除寸前。今更抵抗なんてできない。

 コアを奪うため、ダリル先輩の右手が伸びる。

 だめだ、このままじゃ奪われ──

 

「──ぁ? もう帰れ? いや今丁度コア奪るとこだったんだけど……」

「ん?」

「えっ?」

「はい?」

 

 不意の通信に応じる先輩。こんな時に何の連絡だろう。帰れとか何とか……え、帰るの?

 

「いいから早く帰れ? コアはいい? 何だよそれ……わかったわかったわかったよおばさん!!」

「せ、先輩? 何を……」

「……悪り! 今日は終わりだ! ボコって悪かったな!」

「はぁ??」

 

 まるでちょっとした喧嘩で謝るかのようにあっけらかんとした態度。さっきまでの真剣な雰囲気はどこへやら。

 一応フォルテ先輩が割って入らなければ負けてたって事忘れてないだろうか。

 

「皆によろしくな。次は誰と戦るか知らねーけどさ」

「ちょ、ちょっと!?」

「おい待てっ!?」

「待たねーよ! 行くぞフォルテ!!」

「ハイッス!!」

 

 氷と炎から作られた蒸気を撒き散らしながら飛んでいる二人。何故か助かってしまったが、多くの謎を残していった。

 二人の裏切り、目的、突然の離脱……考えてもキリがない。

 

「ラウラ、動ける?」

「無理だな……このまま待つしか無いだろう」

「そっかぁ……」

 

 ほんの一瞬、二人が連携しただけでこちらの優位が崩された。僅かな隙でこうも追い詰められたとは。

 僕たちの連携にだって自信があったのに。それでももっと上がいる。

 

「ラウラぁー……」

「今度はどうした?」

「もっとがんばろーね……」

「……あぁ」

 

 

 

 

「そこだっ!!」

「ギァッ……!」

 

 予想外のアクシデントからどれだけ経ったか。アンバランスな機体となった二人はその見た目とは裏腹に鋭く正確な起動を見せていた。

 

「織斑、イチかぁっ!!」

「私を忘れてもらっては困るぞっ!!」

「ぐガッ、おのれェ!!」

 

 見事なヒットアンドアウェイの連打。逆に敵にはさっきまでの勢いはなく、見事に戦局は逆転している。

 

「すげぇっ。変なことになったと思ったら、とんでもなく動きやすい!」

「形の変わった半身だけではない。もう半分も明らかに性能が変わっている!」

「『何だそりゃ……?」』

 

 機体は不調どころか絶好調らしい。実際動きを見てもそれは明らかで、変化する前より遥かに素早い動きをしている。一体どういう理屈なんだろう。

 

「クソ、くソ、クそクソ糞クソクソくそクソっ! 巫山戯るナぁぁ!!!」

「『っあれはヤバ──』」

「大丈夫だ!!」

「ナにっ!?」

 

 怒りを込めて振るわれる高速かつ高密度の斬撃。俺であれば確実に切り刻まれていたはずの、至近距離で放たれたそれら全てを一夏は躱しきっていた。

 

「全部見えるっ! なぁ箒!」

「当然……だっ!」

「ガァァッ!」

 

 さらに妹様がごく僅かな斬撃の隙間を通して射撃を決める。

 本当どうなっているんだ。性能が上がったのはまだ納得できる。しかし二人にはここまでの技量は無かったはずだ。もちろん二人が雑魚だとは思ってないが…いくら機体から補正がかけられてるといってもついていけるレベルだとは思えない。

 ならばその原因は……あの目か。

 

「『強化のよくばりセットかよ、羨ましいなぁ」』

 

 こっちは未だにボロボロになってるってのに……と、分析してる場合じゃなかった。俺は……いるかこれ? 今俺が動いても邪魔にしかならなそうだ。

 

「私は、私はァあぁァッ!!」

「こいつまだこんな力をっ……」

「だが効かん!」

 

 反撃のつもりかそれとも悪あがきか、残された大鎌をめちゃくちゃに振り回す。

 しかしその最後の抵抗も、強化された二人には通じない。

 

「《絢爛舞踏》……行ってこい一夏!」

「決めてやるっ……《零落白夜》ぁ!!」

 

 その隙に回復を完了させた一夏が、エネルギー無効化の刃を剥き出しにした《雪片弐型》を突き立てる。

 

「ガ、ぁぁ……」

「俺たちの勝ちだ……エムッ!」

 

 そして、

 

『そうだねぇ。でも、今日はそこまで』

「なっ!?」

「『この声はっ!?」』

 

 どこからか響く声。この人を小馬鹿にしたような何度も聞いた、正直今一番聞きたくなかった声は。

 

「姉さん!?」

『はろはろー、箒ちゃん元気ぃーー?』

 

 此度の、というか大体の元凶。束様だった。

 

「そこまでってどういうことですか!? 俺たちはこいつを捕まえないと……」

『そのまんまの意味さ。()()()()はまだ捕まえられちゃあ困るんだよねー』

「やっぱり貴女の差し金だったのか……」

『うん。馬鹿でもわかるよね』

 

 まるで悪びれる様子もなく肯定する束様。今更隠す気も無いってわけか。

 

『さあまどっち、帰っておいで。()()()()()()()()()

「まダ…まだ私ハ……」

『帰っておいで』

「ッ……わ、わカッタ」

『うんうん。素直でよろしい』

 

 さっきまでの暴走振りは嘘のように消え、大人しく声に従うエム。いつの間に従えていたんだろう。

 

「まだ話は終わって──」

「『やめとけ一夏!」』

「透まで!?」

 

 納得がいかない様子でエムを引き留めようとする一夏。気持ちはわかる。俺だってこいつは捕まえたいし、逃がすなんてもってのほかだ。

 でも今は止めなきゃ行けない。

 

「『()()()()」』

「上? ……あ」

「あ、あれは……」

 

 真上に空いた大穴。最初にエムが突入したまま閉じていない所から、幾つもの()が覗く。

 その目は全て無人機のもの。何機いるかも数えたくないほどの無人機がこちらを見ていた。

 

「『わかったな? アレが迎えだ」』

「……仕方あるまい。いくら何でも、あの数は」

「くそっ!」

 

 一夏と妹様は絶好調。俺がまともに動けないことを考えても、無人機の一体や二体なら十分勝てるはずだ。

 しかしあれは無理。前に戦った奴と同じ強さだとして、俺が万全の状態でやっとの数だ。

 今の俺たちじゃ、指を咥えて見ていることしかできない。

 

『賢い選択だね。今日の査定はギリギリプラマイ0にしてあげる』

「『そりゃどーも。早く帰ってください」』

『ふふふっ。じゃーね、()()()()()

「『……はい」』

 

 

 

 

 

「『……はぁ」』

 

 無人機に連れられたエムが見えなくなったところで警戒を解く。不用心にも感じるだろうが、さすがに連続で来るほどあの人も暇じゃないだろう。もし来たってどうにもできないし。

 

「おわぁっ!? えっちょっ」

「あわわわ……」

「『何だよ今度は……ん?」』

「「戻った」」

「『えぇ……」』

 

 半分だけ変形していた装甲が形を変え、もとの【白式】と【紅椿】に戻る。やはり形態変化ではなかったのか。だったら何なのだろう。

 

「……とりあえず一旦解除して、戻るか?」

「あ、ああ……九十九は大丈夫なのか?」

「『んーー、正直微妙。右腕の感覚が変」』

「おいそれって!?」

「透くーーーーーーん!!!」

 

 一夏の声を遮るように響く声。来ちゃったよ楯無先輩。

 傷だらけの、ところどころ煤のついた装甲を纏う姿、ついさっきまで本気で戦ってましたって感じだ。

 相当急いできたのか、遅れて簪も飛んできた。

 

「『どーも先輩。お怪我はないですか?」』

「それはこっちの台詞……やっぱりめちゃくちゃしてる!?」

「お姉ちゃん、落ち着いて……」

 

 すごい剣幕で迫ってくる先輩。勢いのあまり簪に抑えられている。

 というかやっぱりって、信用無いのか俺は……うん、今までの事考えたら信用されないわ。

 

「『……すみません。またやっちゃいました」』

「やっちゃいましたじゃない! 早く医務室!!」

「『いやぁそれがIS解けかかってて……あっやばいやば……え」

 

 エネルギー切れと同時にISが解け、負傷した手足が曝される。

 驚いたのはその状態。ぐちゃぐちゃになったはずの手足の傷はほとんど塞がり、汚れを落とせばもう歩けそうなほど痛みは薄れている。

 ……ただ一カ所を除いて。

 

「ひっ」

「嘘……」

「その手は……」

「何だこれ……?」

 

 ただ一つ。右腕だけが、歪な腕の形をした肉塊と化していた。

 

 

 

 

「いやぁ、今日は予想外の連続だったねぇ。まどっち?」

「ぅ……あ……」

「あらら、お疲れかな?」

 

 IS学園から引き揚げて、今は亡国機業の所有するアジトの一つにいる。高級ホテルやマンションに比べるとだいぶぼろっちいけど、IS学園から一番近いのがここだったから仕方ない。

 

「がふっ、うぅ……」

「やっぱり君も耐え切れないかぁ」

 

 運んできた彼女は満身創痍、今も血塗れで呻いている。

 

「全身打撲と一部骨折、内臓が少し傷ついたってとのかな? あの時のとーくんぐらいだね、五体満足だけど」

 

 原因は当然、【Insecta Rex】の負荷に耐え切れていないこと。正直予想はしていたけど、やはりこの体には過ぎた性能になっていたらしい。

 まあ半分出来損ないとはいえ、この子だって「織斑」なわけだしすぐ死ぬなんてことはないが。

 

「また、また私は──」

「ああ、負けがどうのってやつ? まあ、今回は予想外が過ぎたね。まさか両方とも()()()状態に変異するとは思わなかった」

 

 【白式】と【紅椿】。二つのISの覚醒し、真の姿を現す覚醒段階。精々どちらかが少し進めば良いと思ってたけど、一時的とはいえまさか両方とも半覚醒とは期待以上の成果だ。

 これなら完全覚醒もそう遠くないだろう。

 ……逆にとーくんは、ちょーっと期待外れかな。

 

()()()()()()()()()()とはいえ、まともに対応できるまであんなにかかっちゃうとは。あれじゃあ折角仕上がってきた出力が意味ないね」

 

 性能を見て、技術を見て、特訓を見て、それを完全に上回れるように【Insecta Rex】はデザインした。いっくんと箒ちゃんと三人で戦う相手として。結果としてはご覧の通り撃退まで追い込まれたし、途中からはよくなったけど、最初の無様な動きはいただけない。

 まあ、()()()()()()()()になりつつあるけど。

 

「君もだよ、まどっち。あれほどの覚悟を見せておきながらこの程度とはね。 君の憎しみはこんなもの?」

「! 違うっ……私は、必ず奴らをっ」

「なら今度こそ結果で示して。次はないよ」

「ううっ……」

 

 今はこれ以上話すことはない。まどっちに背を向けて、古びた部屋にドアを開ける。

 

「あっ……」

「くーちゃん何してるの?」

「いえその……」

 

 そこにいたのは娘のくーちゃん。ドア前にいたのは知ってたけど、聞き耳でも立てていたのだろうか。

 

「スコール様からご連絡です。今日の事について聞きたい事があると」

「あーうん、わかった。あとで聞いとく」

 

 どうせいきなり呼び戻したことの理由とかだろう。ぶっちゃけ十分なデータがとれたからで、まどっちの回収のついででしかない。武装の提供もうまく従わせるためだ。

 でもまあ、あんまり調子に乗られても邪魔だ。頃合いを見て()()しておこう。

 

「あの、束様」

「おっとごめん。まだ何かあるの?」

「その……結局、『選別』はどうなされたのですか?」

「あぁ、そのことね……ふぅーむ」

 

 当初の予定では今日の作戦でどっちかを切り捨てるつもりだった。残った一人で役目は十分だから。

 しかし今日の結果は途中で引き揚げ。そこまでの結果を考えてみても、今決めるのは早計だろう。

 場合によっては、計画の変更も考えなくては。

 

「うん、選別は保留だね。どっちもまだ使()()()

 

 いっくんと箒ちゃんの半覚醒もあったし、しばらく二人をキープしていた方がいい結果をもたらしてくれそうだ。使える物は使っておかないとね。

 

「そうですか……」

「安心した? とーくんが捨てられなくて」

「えっと……はい」

「んーくーちゃんはかわいいなぁ! お兄ちゃんが心配だったんだね!」

「いえ、透様はそういうのではないので」

「あっうん」

 

 最近くーちゃんから私への当たりがおかしい気がする。反抗期かな?

 

「ああそうだ。くーちゃん! 今度束さんと一緒にお出かけしよっか!」

「? 何か用事があるのですか?」

「いやぁ。ちょっとお届けものとか、色々あってね」

 

 「『画』も進んできた。今の内に片付けられる用事はさっさと済ませておこう。

 くーちゃんにも、そろそろ伝達以外のお仕事させたいしね。

 

「かしこまりました、場所はどこでしょうか?」

「うんうん。それはね──

 

 

 

 ──IS学園、地下特別区画。だよ」

 

 

 

 

第43話「引き揚げ・保留」

 

 

 




オータムさんはじめマドカ以外の戦闘描写がカットされまくってるのは原作リスペクトです(大嘘)


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第44話「×とは・100」

更新時間変えてみようその3なので初投稿です。
二週間がいいとか言ったくせに一週間も経ってねぇじゃねぇかお前オォン!?


 

「すいません。の並盛りに退院許可付きをお願いします」

「どっちもダメよ」

 

 あの襲撃事件から数日。もはやリスポーン地点のように慣れ親しんだ──もちろん親しみたくなんてなかった──医務室で、今日も俺はベッドに縛り付けられていた。

 

「いいじゃないですか。見ての通り俺はピンピンしてるし、骨折だって裂傷だってもう治ってたでしょう? こうして寝っぱなしの方が身体に悪いですよ」

「そうね、骨折も裂傷もない。じゃあその右手は何?

「……ごめんなさい」

「ん」

 

 怪我らしい怪我はその日のうちに……というかここに運び込まれた時にはもう完全に塞がっていた。このグロテスクに変形した右手を除いて。

 その治癒速度も大概だが、とにかくこの右腕に治り方は異常であるということでこんな状態になっているわけだ。

 

「……で、どうなの? その右腕の調子は」

「んー……痛みはないですね。変に膨らんだ肉がちょっと邪魔ですが、特別動かしづらい感じはしないですね、箸とかペンぐらいなら平気かな。天体観測…あーでも、編み物は」

「……そう」

「だからもう退院を「だめ」はい」

 

 そして楯無先輩はずっと俺を監視している。いや原因はわかりきっているし、全面的に俺が悪い。あれほど無茶するなと言われておいて、結局したあげくに目に見える後遺症を抱えられたのでは当然の処遇だ。

 しかし別に怒っているわけではないらしい。たっぷりお説教はされたのだが、前に怒らせたときのような威圧感はない。

 

「先輩、ちょっと水を……」

「はい! 大丈夫? 私が飲ませる?」

「いや、自分で飲めます……」

 

 なんというか過保護になったような感じだ。何をするにも積極的に介護しようとしてくる。まるで老人を相手にするような……というより、甘やかされてる?

 簪含む女子専用機持ち等は先輩の様子を見るなりすぐ帰ってしまったし、一夏はISに起きた異変について調べるだとかで忙しく全然顔を見せない。

 ぶっちゃけ居心地が悪いのだ。早いとこ許可を得てここを出たい。

 

「九十九……と更識姉、話がある」

「織斑先生?」

「なんでしょう?」

 

 外に思いを馳せていたところ、医務室の扉が開き織斑先生が入ってくる。今日もキチッと決めたスーツ姿だが、何となく疲れた雰囲気を漂わせている。連日の事後処理で忙しいのだろう。きっと山田先生は死にかけだ。

 先生方の心配はともかく、どうやら俺たちに用事があるらしい。また事情聴取だろうか。

 

「九十九の退院許可が下りた。()()()()検査結果は改竄されていたが、少なくともその右手以外に異常はなさそうなのでな」

「っしゃぁ!」

「えっ……」

 

 やっと許可が出た。これで部屋に戻れる、のんびりできる! 

 ずっとここにいるのは窮屈だったからな。早く部屋に戻って、自由な時間を過ごしたい。

 

「今すぐにでも戻って構わないそうだが……どうする?」

「はい戻ります! こんなところにいられるかっ!」

「……そう、ね。元気なんだものね……」

 

 なぜか凹んでいる先輩。そんなに俺の介護したかったのか……? これ以上はマジで一人じゃ何もできなくされそうだったから怖いんだが。

 

「じゃあ部屋に戻りましょっか、先輩」

「えっ?」

「はい?」

「ん?」

 

 何か変なことを言っただろうか。俺と先輩は同室なわけで、別に一緒に戻るのもおかしくはないと思うんだが。

 

「あー……九十九、忘れてないか?」

「? 何がです?」

「お前と更識姉同室期間は一ヶ月だぞ」

「えっ……あ゛」

 

 そういえばそうだ。あの同室生活は学園祭のカオス演劇『シンデレラ』による王冠争奪戦の結果、先輩が俺の王冠をゲットしたからだったっけ。

 壁に貼られたカレンダーを見れば、あの日から丁度一ヶ月が過ぎている。つまり今日からは一夏と同じ部屋ということだ。

 

「……えーと」

「だっ大丈夫よ! もう元気だって診断されたんだし! 私がいなくても……平気……うん」

「うぐぐ……」

 

 元の形に戻るだけなのにどうしてそんな悲しそうな顔をするんだ? まるで俺がこの人を捨てるみたいじゃないか!

 ……ああもう。男子だけの方が女に気を使わなくて過ごしやすいはずなのに、ずっとこっちを望んでたはずなのに。

 先輩がこんな顔してるのは見たくない。

 

「今日だけ! 今日だけここで寝泊まりします! 念のため!」

「……透くん? いいの?」

「いいんです! なんかお腹も痛い気がするし! 俺の身体のためですから! 先輩も付き添ってください……ね?」

「……うん! まっかせて!」

 

 さっきまでの沈んだ雰囲気はどこへやら、満面の笑みを浮かべる。やっぱりこの人は笑顔の方がいい……けど何か今の俺ツンデレみたいじゃなかったか? 男がやっても気持ち悪いだけだろう。

 

「ふっ、わかった。話は私が通しておこう」

「あ、すいません……」

「だがほどほどにしておけよ? くれぐれも不純異性交遊などしないように」

「うっ」

「しませんよ、もう」

 

 軽くこちらを揶揄って、そのまま退出する織斑先生。これからまた仕事だろうか。今日はわがまま聞いてもらったことだし、明日にはお礼言っておこう。

 

「えっへへへへ……あ、りんご食べる?」

「……いただきます」

「うん! ちょっと待っててねー……んへへへぇ……」

「……はぁ」

 

 すっかりご機嫌でりんごを剥く先輩。五分前の姿を見せてやりたい気分だ。

 全く、なんで俺なんかに構うのだろう。前に聞いたときは楽しいからとはぐらかされたが……本当は?

 もっと別の感情があるんじゃないのか? 例えば──

 

「はい、あーん」

「いや、自分で……」

「あーーーん」

「……あー」

 

 やめておこう。聞かれたくないからはぐらかしたのだろうし、本当に楽しいからってだけかもしれない。

 

「おいしい? もう一つ食べる?」

「はい、お願いします」

「はいあーん」

「あー」

 

 それに俺自身悪い気はしていないし。差し出されたりんごを頬張りながらそう思った。

 

 

 

 

 次の日。

 

「……ってことで今日からまた同室だな」

「お、おう……大丈夫か?」

「まあ先輩は嫌がってたけど、一ヶ月過ぎちまったらしょうがないだろ」

「いやそっちじゃなくて」

 

 ようやく医務室から出て、一夏と二人になった部屋で事情を話す。今朝こちらに移動してきたのだが……最後まで先輩は嫌そうな顔をしていた。口に出して反対はしなかったが、やはり心配してくれているのだろう。だからだってあの甘やかし方は無いと思うが。

 

「腕だよ腕。結局戻ってないんだろ?」

「あ、こっちか。……正直よくわからん。痛みとかはないけど、ちょっとばかし凸凹で動かしづらいかな。それも特に細かい作業でもなきゃ困らんぐらいだが」

「じゃあ、その黒いのは?」

「これはサポーター。ほら、見た目結構グロテスクだったろ? ずっと晒しとくわけにもいかんし、こうやって隠してる」

 

 一般生徒にこの腕を晒すのは周囲の精神衛生上よくないため、今俺の右腕は黒いサポーターと手袋で包まれている。あと単純に目立つのが嫌。

 流石に触られたら誤魔化せないだろうが、見た目だけならちょっとした違和感で済むだろう。つけている理由は適当に筋肉痛とかなんとか言っておけばいい。

 

「見た目は完全に厨二病になっちまったけど、今さら噂されたってどうでもいいしな。いつまでつけなきゃいけないのかは考えたくないけど」

「そうか……」

「だからそう気にするなって。理由はわかんねーけど、原因は俺が無茶したから、その罰みたいなもんだ。潰れたまま治らないよりはマシだよ」

「……ああ、わかった」

 

 それに、わからなくても予想はできてる。答え合わせのアテもあるしな。

 

「……はぁ」

「どうした、まだ何か心配でも?」

「いや、腕の話とは関係ないんだけどさ……」

「?」

 

 気にしないと決めても一夏表情は沈んだままで、どうやら気落ちしてる原因は俺だけじゃなかったらしい。思えばこいつがこうなっているのも珍しい気がする。ちょっと聞いてみようか。

 

「話してみろよ。俺から何か言えるかもしれないし」

「うーん……そうするか」

「よしきた」

「『愛』ってなんだと思う?」

「ちょっと待て」

 

 は? 何を聞いているんだ? 愛だと? こいつ(一夏)が?

 

「おいどうした、急に停止して」

「悪い悪い。予想外の単語が出てきてな」

「いやまあ、自分でも変なこと聞いたとは思うけど……そんなにか?」

「少なくとも俺がお前から聞くとは思ってなかったよ」

 

 いつもの五人(妹様以下略)がこの問いを聞いたらどうなるだろう。きっと全員驚いて……誰一人まともに答えられなそうだな。

 

「で、一体全体どうして愛に哲学的疑問を持ったんだ?」

「哲学的かは置いといて、透はダリル先輩とフォルテ先輩のことは知ってるか?」

「知ってる。亡国に寝返ったんだってな」

 

 事情聴取のついでに教えてもらった。確か最初に亡国のスパイだったダリル先輩──本名はレイン・ミューゼルで、スコールの親戚らしい──がデュノアとボーデヴィッヒのペアを襲って、なんだかんだあってフォルテ先輩も寝返ったらしい。

 

「二人の裏切りと愛がどうのの何が関係あるんだ?」

「それがさ、元々スパイだったダリル先輩はともかく……フォルテ先輩まで裏切ったのは『愛しているから』なんだってさ」

「……ほぉー」

 

 つまりあの二人は、女同士ながら恋人であったということか。ほぼ女子校のIS学園ならそんなこともあるだろうが……まさかそれが裏切りの理由になるとはな。

 

「フォルテ先輩にはさ、恋人のダリル先輩以外にも親しい人がいたと思うんだよ。学園の中にも外にも」

 

「亡国についていくってことは、そんな人たちの敵になることだ。きっと先輩もそのことはわかってたのに、それでも向こうへ行った」

 

「じゃあ、人にそこまでさせる『愛』ってなんなんだ? と俺は思ったんだ……透はどう思う?」

「長ぇし重いわ」

「おい」

「悪い、ちゃんと考えるから」

 

 ちょっと黙って聞いていたら思ったより長かったし重かった。てっきり色恋がどうのみたいな話に行くと思ってたのに、まさかこんな重い疑問が飛んでくるとは。

 しかし「愛」、愛することか。うーん……。

 

「ごめん何にもわからん」

「えぇ……」

「だって見てみろよ。俺がそこまで誰かを愛したことあるように見えるか? どこからどう見ても愛を知らずに育った悲しきモンスターだろ」

「それもなんかおかしくないか?」

 

 俺が聞き出しといてアレだが、この話は間違いなく俺が適任じゃない。というか学生がごときに答えが出せるのかすら怪しい。

 ……俺は愛されるような環境で育っちゃいないからな。強いてあげれば束様がいるが、あの人のは情愛じゃなくて道具への愛着に近いし。

 

「やっぱり透でもわかんないかー。千冬姉にでも聞くかなぁ……」

「……ああ、意外と答えられるかもしれないな。大人だし」

 

 そういえば、織斑先生も愛を理由に組織を裏切った過去があった。

 弟の一夏のため、織斑計画へ背を向けた。それ以外の全てを捨てて。

 あの人なら何か答えられるかもしれない……まあ、この場合は家族愛だが。

 

「でも千冬姉だって恋愛経験は無いんだけどな」

「殺されるぞお前」

 

 

 

 

「……さて、と。【Bug-VenoMillion】」

 

 また次の日の夕暮れ。織斑先生に無理を言って借りたアリーナの中心で専用機の名を呼ぶ。ここにいるのは俺だけ。一夏にも、楯無先輩に伝えていない。たった一人の静かな空間で【VenoMillion】がその巨体を現す。

 

「『センサー、制御系、駆動系異常なし、出力80%で安定……大丈夫だな」』

 

 目的は機体の検査。ある程度は整備室で行なったが、実際どれほどの変化が起こったのかはこうして身に纏い、動かさなければわからない。

 一応展開しただけでは異常はなし。右腕がこの有り様だから、少し心配だったが杞憂らしい。

 

「『出力上昇……85%。まだいけるな」』

 

 感覚で上昇させた出力は85%。前の俺ならキツめの筋肉痛になるレベル。だが今のところまるで負荷を感じない。むしろまだまだ上へ行けそうな感じだ。

 

「『一応聞いておくか。なぁ((2))、俺たちは今どこまでいけると思う?」』

『ノーリスクなら92%、少しの筋肉痛覚悟なら96ってとこか』

「『なら、100%なら?」』

『……おそらくは、そう大した怪我もなく──せいぜい打撲か、酷くてもヒビぐらいで使えるだろう』

「『……うん、俺もそんな気がしてた」』

 

 懲りずに繰り返した負傷と再生。そこに操作技術と機体の最適化が加わって、ついに100%を命を危険に曝すことなく扱えるだけの状態に達した。

 無論反動が消えたわけではないが、手足が潰れることに比べたら何の問題もない。治癒力も上がっていることだし。

 

「『……はぁ」』

 

 ぱきり。このスイッチでの切り替えも慣れてきた。あの時も途中押され気味でたったがこれで逆転したし、実戦で使えることは証明されたと言っていいだろう。

 形態移行してから約二ヶ月。ようやくこの機体に見合う力が揃おうとしていた。

 

「『楯無先輩の特訓を嫌がったのはこれが理由か?」』

『正解。あの人の言い分が間違ってるとは言わんが、それはあくまで自滅の回避だけを考えた場合だ。自滅しなくても、敵に殺されるなら意味がない』

「『……そうだな」』

 

 確かに先輩の言い分は間違ってない。毎度瀕死か大怪我をしていれば、自滅のリスクを重く見るのは当然のことだ。

 でも、俺を殺すのは俺だけじゃない。あの束様は俺の命を明らかに軽視してるし、けしかけられたであろうエムもそう。他の知らん奴らも含めれば数なんて把握しきれない。

 

『一度殺意を向けられたなら、後は殺すか殺されるかだ。加減なんてしちゃいられない』

「『大体同意する。けど、あの人の特訓が完全に無駄だったわけじゃないからな」』

『わかってるよ。あれがなきゃ今頃もっと酷かったろうからな。そこは認める』

 

 再生による上昇効率に比べれば、あの特訓の上昇効率は微々たるものだ。しかしそれが無ければまた入院生活か、そもそも本気出す前に死んでもおかしくなかった。

 何より、俺があの特訓を全部無駄だったとは思いたくない。

 

「『よしやめだ。今日は帰ろう」』

『……試してみないのか? 100%は』

「『馬鹿言え。今日はただの確認だって言ったろ? 実戦でもないのに、少しでもリスクが残っている力は使えねーよ。すぐ治るとしてもな」』

『そうか、なら実戦でのお披露目に期待だな』

「『やめてくれ、またすぐに敵が現れるみたいに……いや、来るなたぶん」』

 

 どんな形であれ、確実に何かと戦う日は来るだろう。力の出し惜しみができないような実力を持つ何かと。

 

「『ふぅ、解除」

 

 簡単なチェックは済んだことだし、ISを解除してゲートへ歩く。本当は飛んだり跳ねたりしたいところだが、時間も時間だしこの辺で終わりにしよう。これぐらいなら後で先輩にバレても怒られないだろうし。

 

「……で、これは何なんだろうなぁ」

『原因は明らかだけどな』

 

 右腕を包むサポーターの一部を剥がし、露出した肌を撫でる。正常な皮膚より少し硬く、かさついていて、肉が詰まったような感触。何とも気味が悪い。

 思い当たる原因は高速再生の失敗。腕の機能は復元できたが、見た目は大きく歪んでしまった。

 なら、その高速再生は何によって為されている?

 

心臓脇(ここ)の機械か。こんな機能だったとはな」

『それが埋められた時、まだ俺は存在もしていなかったが……確か束様(あの人)が面白そうだからって放置してたんだっけ?』

「ああ。どこまで知ってたのかはわからないけど」

 

 この再生力の強化だけがこいつの機能なのか、数ある内の一端なのか、または偶発的に発生した想定外の機能か。いずれにせよ、真実を知るのは束様だけだ。

 今度こそ、あの人から聞き出さなければならない。

 

「どんなリスクがあるかもわからない。ここまで生きているのもラッキーなだけかもしれないし」

(IS)のスキャンでも結果は隠されるからな。それほど隠したいことなんだろうが』

「……聞くの怖くなってきた」

『おい』

 

 冗談。流石に今度こそ聞き出してやるさ。突然機能が暴走して、内側から破裂して死ぬなんてことがあったら嫌だしな。

 次に話をする機会を考える。電話で聞いても誤魔化されるのが落ちだし、しかし直接聞くってのも……うーむ。

 

「おっと、今度こそ帰らないとな」

 

 考えるのに夢中で完全に足を止めていた。

 ただでさえ無理言って使わせてもらっているんだ、施錠担当は織斑先生だし、さっさと出て職員室へ行かないと。

 急いで出口に走り、サポーターを巻き直しながら退出する。

 

「織斑先生待ってるよな……悪いことをした」

「大丈夫よ。私が代わりにするから」

「ああそうでしたか、楯無先ぱ……い……」

「うん、じゃあ戻ろっか? 一緒に」

「……はい」

 

 この後めちゃくちゃ優しくお説教された。

 

 

 

 

第44話「愛とは・100」

 

 

 




前回分と同時にまた機体設定を活動報告にあげておきましたのでよかったらどうぞ。
読まなくても全く問題ありません。


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第45話「EOS・消灯」

17:00に更新したかったので初投稿です。


 

「倉持技研へ行く? お前が?」

「ああ、今度の週末に行くことになった。だからその日は授業休む」

 

 あの襲撃から一週間が経った夜。珍しく──これが普通のはずなんだが──一夏と二人きりの部屋で、突然週末に用事を告げられる。

 

「何でまた急に……繋がりなんてあったか?」

「いやほら、一応倉持は白式の開発元だろ?」

「そういえばそうだったな。簪の打鉄弐式のとことしか考えてなかった」

 

 簪と専用機の開発をしたのも5月から8月までだったか。結構早く時間は過ぎていくものだ。

 なお、倉持について簪は『特に恨みとかはないし縁を切ろうとも思ってないけど、必要がなければ関わりたくない』だそうだ。受けた扱いを考えれば正しいと思う。

 

「今まで一度もあっちで点検してないし、()()()()()があったなら一度見せてもらいたいって」

「調べたってどうせわかるもんじゃないと思うがな。それこそ束様(あの人)じゃないと」

 

 そもそも【白式】を開発したのだってほとんど束様だろう。ちょっとぐらいは作ってたかもしれないが。

 そんなところでいくら調べたって、出てくるのはよくわからないデータばかりだろう。

 

「だよなぁ。でも点検はしてほしいし、とりあえず行ってみるさ。断る理由もないからな」

「おう、行ってこい。俺には関係ないし」

「そう言うと思った」

 

 俺と倉持には直接的な関係はない。簪を経由すればあるが、少なくとも好意的な感情はこれっぽっちもない。

 

「そうだ、この前愛がどうとか話したろ? 千冬姉にも聞いてみたんだよ」

「は?」

 

 マジかこいつ。

 

「なんだよ、透だって賛成してたじゃんか」

「あぁー……そうだけどさ、まさか本当に聞くとは。でどうだった?」

「すっげぇ驚いてた。それからちょっと考え込んだような顔して……そういうのは同年代の女子に聞けって」

「ふーん」

 

 驚くのはともかく考え込んだ、か。やはり自分の過去を思い出したのだろう。上手く隠したみたいだが。

 

「聞くのか? 篠ノ之さんとかに」

「まさか。さすがに女子に聞くのはちょっとなぁ」

「お、おう」

 

 ここで聞きにいけばちょっとぐらい進展があるかもしれなかったんだが……まあそう勧める義理は無いしな。勝手に進展させてくれ。

 

「後は自分で考えるよ。もしくは、また会った時に」

「ああそうしとけ。その余裕があればな」

「やっぱりあの二人強そうだもんなぁ、シャルとラウラはやられてたし」

「たぶん今度は制限解除(リミッター・カット)してもっと強くなってるぞ」

「うっげぇ…」

 

 これも事情聴取で聞いた話だが、デュノアとボーデヴィッヒが負けた時、先輩二人が連携したのはほんの一瞬のこと。たったそれだけで優勢だったはずの戦況はひっくり返されたらしい。

 今度はその連携がずっと、さらに基本性能もアップした状態で来るわけだ。こっちも強くはなってるが正直相手にしたくないな。

 

「倉持でも何かアドバイス貰えないか聞いてみるか……」

「そうか。向こうで女引っかけてくんなよ? また面倒なことになるからな」

「なんだそれ……透こそまた怪我すんなよ。やめたフリしてこっそり編み物の練習してること楯無さんにチクるぞ

「!?」

 

 いや嘘ついてたわけじゃなくてちょっとこの手じゃ無理かなーと思いつつちょっと練習したらいけるんじゃないかと色々試してただけで……誰にも言ってないのになんで知ってるんだこいつ?

 

「バラすなよ!? 絶対バラすなよ!? おやすみ!」

「わかったわかったって、おやすみ」

 

 

 

 

 数日後。今日は一年生合同IS実習の日。

 グラウンドには一年生全員が整列し、織斑先生の指示を待っている。

 腕組みした織斑先生の後ろにはISが何機か入りそうなほどの大型コンテナ。しかし訓練機ならこんな保管方法ではないはず。一体何が入っているのだろう。

 

「織斑! 九十九! ……以下専用機持ち! 前へ出ろ!」

「「「「「「はい!」」」」」」

「全員呼ぶのめんどくさくなったんだな……」

「早く来い」

 

 専用機持ちも一年生だけで七人。合同実習となればその全員が揃うわけで、一々名前を呼んではいられないのだろう。なら最初からまとめて呼べばいいのに。

 

「先日の襲撃事件で、お前たちのISは深刻なダメージ負ったか要検査となった。……九十九は除く」

「速攻で予備パーツ届きましたからね。誰かさんから」

 

 一夏と妹様のISは例の異常によって検査にすることが決まり、他の専用機持ちはその損傷からオーバーホールと自己修復の両方を行うことになった。よって、今専用機を使えるのは俺だけ。

 当日の時点では俺のISもかなりのダメージを負っていたが、次の日には束様から予備パーツが届き、シールドバリアも元に戻っていたためすぐに修理が完了してしまった。

 

「……続けるぞ。当分ISの使用は禁じられたが、今日はその代わりとなるもので実習を行う。山田先生、お願いします」

「お任せください! オープン・セサミ!」

「古っ」

「やめて……やめて……」

 

 世代差に震えながら手元のスイッチを押す山田先生。同時に巨大なコンテナが展開し、中からはISより少し小型の装甲が現れる。

 

「これは……」

「えーっと……そうだ『EOS(イオス)』! 先週授業で言ってた!」

「ほう、よく覚えていたな織斑。出席簿(これ)を構えていたんだが」

「しまってください」

 

 しっかり授業内容を覚えていた一夏が出席簿アタックを回避。褒められているのかどうか怪しいところだが、ちゃんと勉強しているようで何よりだ。

 で、目の前に現れたこのEOS。確かこれは……。

 

「正式名称は『Extended(エクステンデッド) Operation(オペレーション) Seeker(シーカー)』災害時の救助活動、平和維持活動などを目的として作られた国連開発の外骨格攻性機動装甲だ」

「ふーん……今日はこれに乗れと」

「そういうことだ。こいつの実稼働データが必要だと上層部から通達があってな。要はレポートに協力してもらいたい」

「代わりとか後付けの理由じゃないんですか……? まあやりますけど」

「ああ……」

 

 どうせ拒否権もないし。俺を除いて専用機が使えないのは事実だし、先生に協力ぐらいはしておくか。

 後ろでは山田先生が一般生徒向けに指示を出している。どうせ全員がEOSを使えるだけの数も時間も無い。大方訓練機でも使って模擬戦でもとらいったところか。

 

「じゃあ……乗ってみるか?」

「ま、楽勝でしょ。だってあたしたち普段からIS使ってるんだし!」

「その通りですわ。代表候補生たるわたくしたちが、この程度の兵器使いこなせないわけがありません」

「それ、フラグ……」

「ど、どうかな……?」

 

 久しぶりに鈴とセシリアが調子に乗った発言をしている。簪とデュノアは感づいているが、この見るからに重そうな外骨格を装着したならば……。

 

 

「ぐえ……」

「うぐ、おおお……」

「いやーきついっす……」

 

 めちゃくちゃ動きづらいわけだ。

 

「ひぃーもう無理、脱ぐわ」

「ぼ、僕も……」

「全身インク塗れですわ……」

 

 手っ取り早くデータを取るため、EOSを装着しての模擬戦を行った俺たちは全員揃って(ただし俺とボーデヴィッヒは除く)倒れ伏していた。

 それもそのはず、見た目通り鉄の塊であるEOSには、ISと異なりPICもパワーアシストもない。補助駆動装置はあるがISに比べたら微々たるもの。しかも最新の大型バッテリー──これもめちゃくちゃ重い──を以てしても悪い燃費では最低限しか使えない。

 他にも動作性がカスだとかそもそも飛べないとか色々と違いはあるが……要するにISが凄すぎる。流石時代を先取りしすぎたマシンだ。

 

「でもお前は乗りこなしてたよな」

「ドイツ軍にも似たものが存在してな。主に装備の運用試験でしか使わなかったが」

「ほぉー、だから慣れてたと」

「ああ……というか、お前こそなんで平気なんだ。初めて使ったはずだろう」

「え、だって俺ほぼ動いてねーもん」

 

 模擬戦の内容をざっくり説明しよう。まず全員が動きながらチマチマと攻撃。しかし反動(リコイル)のせいで全く当てられず、近づけば少し触れただけでバランスを崩し転倒。中々起き上がらない内に連射を浴びるのを今倒れている人数分繰り返したという感じだ。途中某鳥類倶楽部のごときお見合いや、友情の裏切りなどしょうもないドラマもあったが割愛する。

 

「酷かったなー、ほらみろ顔面インクお化けがいるぞ」

「ぷ、ふふっ。やめろお前……はははは」

「これやったのラウラでしょお!?」

 

 裏切られた側のデュノアが抗議する。あの裏切りは酷かった。共闘面して後ろから引き倒すのは鬼だろ。

 因みに俺はほとんど動かず、最後にボーデヴィッヒに狙われるまで一発も撃ってない。だってこんな動きづらい装備でまともに動けるわけがないし。

 

「でも結果は時間切れだし? 負けじゃないけど勝ちでもないって感じだな」

「嘘つくなその顔は勝ち誇ってるぞ……!」

 

 誰か一人を決めるなら俺が勝者だろう。被弾数0、疲労最低限。ただし命中も0だが。

 

「それにしても、これが本当に使い物になるのでしょうか?」

「ここまで重いとな……」

「数に限りがなく、また性別も関係ないという点で、救助活動などでは大きなシェアを得るだろう。最も、『戦闘』に関して言えば例え千機あろうがIS一機にも及ばんがな」

 

 まあ、そうだろうな。ISを使える俺たちだから過剰に弱く見えているのかも知れない。性能の低さは数と目的の違いで補えば、それなりに優れたものとして見れるだろう。

 ……俺は一生使わなそうだけど。

 

「よし、では全員これを第二格納庫まで運べ。カートは元々乗っていたものを使うように」

「うえー、これを?」

「安心しろ、カートに積むのは山田先生がやる」

「カート押すのはあたしたちじゃないですか……」

 

 結局全員が指示通りに動き、重いカートを押してEOSが格納庫に運ばれる。

 そこからはいつも通り。訓練機を色々と動かして、今日の実習は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

「暇だなぁー……」

「暇だねぇー……」

 

 週末の放課後。久々の生徒会室で仕事中──なのだが、俺ができる仕事はほとんどない。

 こんな体になったもので俺の部活への貸し出しは一時休止。他にここでやってたことなんてちょっとした雑用ぐらいのもので、それがなければもう完全に暇になる。

 ……本音はやればやるほど仕事増えるから元々やってないけど。

 

「私は書類に押しつぶされそうなのに……うごご……」

「手伝いたいのは山々なんですがねー、会長印が必要なやつは無理ですよ」

「くぅぅ……」

 

 ほとんどは大した内容じゃなくとも、会長である楯無さんは全てに目を通し、その印を押さなければならない。その苦労はお察しするが……俺には手伝えないな。

 それでも半分以上はもう終わっているのだから、やはり楯無先輩の手腕はは相当なものだ。

 

「お茶が入りました、休憩にしましょう」

「ぃやったぁ虚ちゃん愛してる!」

「はいはい。ほら本音、適当なお茶請け持ってきて」

「はぁーい! 今日はクッキーの気分!」

 

 ほとんど仕事してない俺が休憩というのもアレだが、同じく仕事してない奴がノリノリだしまあいいだろう。部活へ貸し出しに行ってる一夏には申し訳ないが。今日は料理部らしい。

 

「このクッキーはねぇー、さっくさくでとっても軽くていくらでも食べられちゃうんだよ〜もぐ」

「へぇ……わあ高そう」

「経費で落としたわ」

 

 それはセーフなのか……また生徒会長権限とやらだろうか。一体どこまで無茶が効くのか気になりつつ、差し出された紅茶とクッキーに手をつける。うん、うまい。

 うまい紅茶を楽しみながら世間話に花を咲かせ、少し時間が過ぎていったところで一つ気になることを思い出した。

 

「そうだ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「気になること?」

「ほら、先日の襲撃でトーナメント中止になったじゃないですか。あれどうなるんですか?」

「あ、まだ知らなかったんだ」

 

 今の今まですっかり忘れていたからな。確かクラス対抗戦では、中止になっても一回戦だけはやってたから今回もそうだろうか。

 

「うん。大会としては中止だけど、全員のISの修復が終わり次第組み合わせをシャッフルして一回戦だけやることになってるわ。観客付きで」

「なんでシャッフル……ああ、対戦相手わかってたら対策するからか」

 

 流石にお互い完全に対策して試合に臨んでも観客は面白くないだろうからな。正しい措置だろう。

 

「そう、ただし……えーと」

「ただし?」

「透くんは出場停止です……」

「またですか」

「うん……」

 

 理由は聞かずともわかる。一般生徒を前にしてこの状態で戦わせるのはアウトという判定が下されたのだろう。何度も行事が中止になった一般生徒の気持ちを考えるとお前らは見るなとも言いにくい。

 

「アレですね。やる気なかったのにいざ出るなと言われるとちょっと悔しい」

「あうっ」

「熱心に特訓していたものね」

「元気出してつづらん、クッキーあげる」

「元々みんなで食うやつだろ」

 

 なんだかなぁ。キャノンボール・ファストといい、俺とイベントは縁が無いのかもしれない。

 

「まあ実戦はできたし、観戦するのも特訓の内と思って、ね?」

「そうしますよ、残念ですが」

 

 今のあいつらの動きをしっかり見ておくこともこれからにとって大事なことだ。最近ずっと楯無先輩と模擬戦してたし、どれだけ実力をつけたのか確認してやろう。

 

「さて、休憩はこのくらいにしてお仕事しましょうか」

「私片付けますね」

「手伝います、他にやることないし」

「もうちょっと食べる……うまうま」

 

 紅茶が空になり、そこそこ時間も経ったところでお仕事再開。と言っても俺と本音にはもう仕事はなく、やることは雑用の手伝いか休憩続行ぐらいだ。

 そこで──

 

「あと半分もないから完全に日が落ちる前に──」

「失礼します! 追加の書類をお持ちしました!」

「ああああああああ!!!!!!!!」

 

 ──追加の生徒会長しかできない仕事が追加され、残業確定の悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 そして日が経ち、週末が訪れた。

 

「あー……かったるい」

「ふふ、一夏がいないから?」

「んなぁっ!? 違うわよ何言ってんの!?」

「なんだなんだ……珍しい組み合わせだな」

「あ、九十九だ」

 

 合同授業が終わり、片付けを済ませて教室へ帰る途中で珍しい組み合わせを発見する。凰とデュノア……いつもはそれぞれオルコットとボーデヴィッヒといることが多い二人だ。

 確か今は専用機持ちは二人以上での行動が義務付けられていたんだっけ。俺は見ての通り一人で彷徨いてたけど。

 

「かったるいって話よ……てかあんた、一人で行動してていいの?」

「俺はセーフ。もうISの修復は終わってるからな」

「そっか、じゃあパーソナルロックモードも解除してるんだね」

「ああ、見ての通りな」

 

 傷ついたISの自己修復を促すため、俺と一夏、妹様以外の専用機持ちはそれぞれの専用機をパーソナルロックモードにして携帯している。普段のアクセサリー型の待機形態は極薄のシールのような状態で身体に貼り付けられている。凰だったら腕、デュノアだったら……うん、あの場所。

 俺はさっさと修復が終わったのでロックしていない。したらどうなるのかは気になるが……足一本丸ごとシールになったら困るな。

 

「盗まれないためとはいえ、これ結構困るのよねー。緊急保護が遅れるし、展開も遅いし」

「あと数日もあれば元に戻せるだろ。それまで我慢するんだな」

「くぅ〜自分は平気だからって……!」

「まあまあ落ち着いて……」

 

 ISが使えないからか、それとも一夏がいないからか、いつもより凰が荒れている。どうせ夜には帰ってくるのだから気長に待てばいいのに。

 

「……ったく一夏め、早く帰ってきなさいよね」

「うんうん、やっぱり鈴は心配なんだねー」

「ちょっ……だから違うって! あたしはただあいつが悪の組織に改造手術とか受けてないかとか……」

「それ結局心配してるのでは……?」

 

 やけに心配の内容が正義のヒーローっぽいがそこには突っ込まないでおこう。

 そして、優しく宥めるデュノアに凰が声を荒げようとしたその時──

 

 ばつん。

 

「は?」

「え?」

「ん?」

 

 ──廊下の、いや、全ての灯りが一斉に消えた。

 

 

 

第45話「EOS・消灯」

 

 

 




結局この時間だ! ってタイミングはよぐわがんにゃいままですがとりあえず17:00〜22:00ぐらいで更新するかなーと


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第46話「ハッキング・暗闇」

 お気持ちをしてしまったので初登校です。


 

 校舎内の全消灯から数秒経過。本来なら窓から射す日光は消灯に続くようにして降りた防御シャッターによって遮られ、校舎内は完全な暗闇に包まれた。

 突然の暗闇に戸惑う生徒達のどよめきがそこら中から聞こえる。

 

「……ねえ」

「わかってる。緊急電源どころか非常灯も点いてない。ただの停電じゃないね」

「第一停電ならシャッター降りるわけないからな。要は(いつもの)だ」

 

 凰とデュノアはローエネルギーモードでISを起動。暗視モードと各種センサーをセットして周囲の状況を探る。

 三人とも同じ事やっても仕方ないし、とりあえず俺は織斑先生と連絡でも──あ、もうきた。

 

「えー……『専用機持ちは至急指定した場所に集合。途中隔壁に遮られた場合はある程度の破壊を許可する』……だってさ」

「破壊許可? 織斑先生が?」

「相当やばいみたいね……」

 

 普段ならば学園設備を破壊したなんて知られた瞬間に処罰が確定する。今は例外とはいえ、それを推奨するのは異例といえるだろう。

 

「とにかく急いで移動しよう。道中の障害物は俺が壊す」

「いいの勝手に……」

「何か問題か? 別に今はいいって言われただろ」

「いや、楯無さんが……」

「一緒に言い訳してくれ」

 

 

 

 

 急いで指定場所に集合すると、一夏を除く他の専用機持ちは既に揃っていた。まさか俺たちが最後とは思わなかったが、若干遠かったし仕方ないか。

 

「全員揃ったな。状況を説明する」

 

 ざっくり先生の説明を要約しよう。現在この学園は何者かの電子的攻撃(ハッキング)を受けて全システムがダウンしている。幸い生徒への被害はなく、完全に閉じ込められたわけでもないらしい。トイレにも行けるとか。

 ちなみに今いるのは学園地下特別区画のオペレーションルーム。本来なら生徒が立ち入ることのない場所。なぜここだけ機器が稼働しているのかというと、ここだけ完全に独立した電源で動いているからだそうだ。ただし大体の設備は旧式である。

 

「独立したシステムで動いてるはずの学園がハッキングね……目的はなんでしょうね?」

「今はそこを気にしている場合ではない。現状への対処が先だ」

 

 確かにその通りだ。断定ではないが、どうせ犯人はわかっているようなものだし。

 そして状況説明が終わり、質問もなくなったところで話は作戦内容へ移行する。

 

「これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動し、ISコア・ネットワークを利用した電脳ダイブを行ってもらいます。更識簪さんはそのバックアップです」

「えっ」

「電脳ダイブですか?」

「あれ? みなさん授業で習いましたよね?」

「いえ、そういうことではなく……」

 

 電脳ダイブとはISの同調機能とナノマシンの信号伝達を使い、操縦者保護神経バイパスから電脳世界へ仮想可視化しての進入すること。まだ理論上という話だったと思うが……まだ表に出ていなかっただけか。

 確かアラスカ条約で規制されていたはずだが、今回は特例となるだろう。

 

「電脳ダイブ中は操縦者が無防備になるはずです。全員ではないとはいえ、一箇所にそんな状態の専用機持ちを集めるのは危険かと」

「残念だが異論は聞いていない。本作戦では電脳ダイブの実行を絶対とする。嫌ならば辞退してもらおう」

「「「「「「うっ……」」」」」」

「はっ」

 

 いつもの迫力で全員を了承させようとする先生。そこまでいうのならばそうしなくてはならない理由も当然あるはずだ。ここは納得して──おく前に、ちょっとぐらい聞き出してやる。

「ダイブしない俺が聞くのもなんですがね、ちょーっと説明足りないんじゃないですか? それじゃ全員納得はしませんよ」

「……これを見ろ」

「?」

 

 そう言って、旧式のディスプレイに表示した映像をこちらに見せる。薄暗い背景に五つの扉。それぞれのネームプレートには専用機持ち五人の名前。

 

「現在ハッキングされたシステムに干渉しようとすると、この画面が表示される。これは仮想現実、そこには扉とお前たちの名前が記されている」

「なるほどね、だから指名された五人を向かわせると」

 

 わざわざ電脳ダイブなんて手段を取る理由はわかった。でも敵の挑発じみた演出になってやる意味はない。普通ならそう考えたはずだ。

 しかし今日の犯人を考えれば、それに従わなかった時どうなるか……語る必要もないだろう。

 

「そういうことか……」

「うん、納得……」

「わかりました。口出ししてすみませんね」

「……構わん。では各自移動してくれ」

 

 今度こそ同意を得たところで作戦開始、指名された五人とバックアップの簪がアクセスルームへ移動する。

 そして残されたのは俺と楯無先輩、織斑先生と山田先生の四人だ。

 

「さて、お前たちには別の任務が与えられる」

「なんなりと」

「はい」

 

 普段のふざけ半分な態度はなく、静かにうなずく先輩。俺も同様に任務の説明を待つ。

 

「これからおそらく、システムダウンの原因とは別の勢力がここへやってくる。漁夫の利を狙ってな」

「どこかの軍隊、それも非公式の存在ですね」

「ああ、そこでお前たちに頼らせてもらう」

 

 現在この学園の戦力は激減している。システムダウンと隔壁の影響で使えるISは限られているし、専用機持ちもほとんど戦えない。そんな状況になれば、必ずどこかの国が目をつけて、学園の機密を狙いに介入を試みるだろう。

 

「……すまないな。先日の一件から日も空けずにこんなことをさせて」

 

 織斑先生に似合わず弱々しく、申し訳なさそうな調子だ。もっと堂々と指示してくれた方がらしさがあるのに。

 やはりこの人も教師か。たとえ任務でも、子供を戦場に立たせることをよしとしたくないのだろう。

 

「いいんですよ。私は生徒会長の更識楯無。学園を守るのが役目です」

「会長じゃないし役目でもないですが、俺だってこれぐらいは協力しますよ」

「……では、任せた」

 

 軽くお辞儀をして、オペレーションルームから持ち場へ向かう。ここは通じる(ルート)は全部で三つ。それぞれを俺、楯無先輩、先生方で守ることになる。

 

「じゃあ私はこっちね。そう強い敵は来ないでしょうけど、気をつけてね」

「はい。先輩こそ倒したと思った敵に撃たれて麻酔で眠らされて捕まったりしないでくださいよ」

「なんでそんな具体的なの……?」

 

 軽く冗談を言って別れ、自分の持ち場へ到着。先輩も無事に到着し、全校生徒の避難も完了したらしい。次に連絡するのは敵を片付けた後か、更なる緊急事態かになるだろう。

 今のところ敵の気配はなし。このまま来ないことを祈って、しばらくは待つとしよう。

 

 

 

 

「釣れねぇなぁ……」

 

 倉持技研に到着して約一時間。その近くの川で一夏()は釣りをしていた。

 今のところの釣果は無し。ただぼーっと水面の映る景色を眺めているだけだ。

 

「でもまぁ、たまにはこういうのも悪くないかぁ」

 

 倉持技研はなぜか山の中にあるため、その周辺は自然が多い。学園の喧騒に少々疲れていた今の俺には、風と水の音、植物が揺れる音に鳥の鳴き声に包まれるのはとても落ち着くのだ。

 

「意外とおじさんみたいなこというねぇ、少年」

「あれ? ヒカルノさん、いいんですかここに来て」

「いいのいいの、今私やることなくてさ専門がソフトウェアだから」

 

 この人は篝火ヒカルノ、倉持の第二研究所所長──つまり結構偉い人──で、千冬姉の同級生だったらしい。なぜか友達ではなかったことを強調していたが。

 ISに白衣という学園でも中々見ないスタイルで研究所に着いた俺を出迎え、なんだかんだと説明した後「どうせ君いてもわかんないから釣りでもしてて」と追い出してきた。それで素直に従う俺も今考えたらどうかと思うけど。

 

「ちなみに少年は、ISのソフトウェアについてはどれぐらい知ってるかな?」

「えーっと……『コアごとに設定され、非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)によって独自の進化を遂げる。また人に似た好みや感情のようなものが備わっている』……とか」

 

 確かそう授業では教わったはずだ。近ごろは勉強の甲斐もありそこそこ内容にもついていけるようになって、テストでも平均は超えられるようになった。

 ……透にはまだ勝ってないけど。

 

「うんうん、よく勉強しているね。ちなみに非限定情報集積とはコア・ネットワークの接続に用いられる特殊権限のことね」

「はぁ」

「じゃあ次の問題。コア・ネットワークとはなんでしょう?」

「えぇ? ……『宇宙活動を想定したISの星間通信プロトコル。全てのISが繋がる電脳世界のこと』……で合ってます?」

「うん正解。でもそれじゃあ半分。習ったそのままって感じだね」

「うっ……」

 

 そのままか……確かにその通りなんだけど。やっぱり授業外の内容にも触れておくべきだろうか、でもそれで逆効果とか嫌だな。

 

「ははは、でも学生でそこまで答えられたら十分だよ。私みたいにソフトウェア専攻するわけでもないならね」

「ど、どうも……」

「お、フィーッシュ!」

 

 しゅぱーん、と釣竿を引っ張り、見事な大きさの魚を釣り上げる。たぶんイワナ、焼いて食べたらうまそうだ。

 

「ちなみにさぁ、コア・ネットワークには情報交換やバックアップ機能も存在することはご存知?」

「? いや、初めて聞きました」

「学園じゃ習わないか。例えば……あれだ。君の【白式】が姉であるの専用機【暮桜】のワンオフを継いだり、あの白騎士の特殊機能を再現したりだとか」

「………」

 

 妖しい笑み、それも楯無先輩とはまた違う獲物を狙うような表情でこちらを見るヒカルノさん。俺はそれに何も返せず、ただ黙って聞くばかり。

 

「ISはガワにもかなりの謎が詰まっているけど、その中身にはさらに多くの謎が詰まっている。さっきの好みや感情に似たものの存在とか、多くのコア・ネットワークがニューロン、もっといえば宇宙の構造に似ているとか色々ね」

「……謎、ですか」

「ぶっちゃけ全部篠ノ之束は知ってるんだろうね。開発者だし」

「聞いても教えてくれないだろうなぁ……」

「間違いないね、友達じゃない私でもわかる。だから私たち凡人は、自力で解明するしかないのさ」

 

 どうしてこんなことを話すのか、単なる暇つぶし? それとも……疑いすぎか。

 まあいいか。今は釣りに集中しよう。……これ本来の目的じゃないんだけど。

 

『いちか』

「……? ヒカルノさん今呼びました?」

「いいや? 気のせいじゃないのかい?」

「そうかなぁ……あっかかった」

 

 

 

 

 

 

 暗く、長く、静かな廊下。裸眼では数メートル先を見るのが精一杯の暗闇で一人敵を待ち構える。

 ──いや。正確には待ち構えて「いた」か。

 

「来たな」

 

 森林地帯擬態服(ギリースーツ)によく似た光学迷彩を身に付けた敵影が六人。まだ目には見えないが、【Bug】のセンサーには確かにその姿を捉えている。

 

「いいもん着てますね、最新型かな?」

「…………」

「黙秘か。いやまぁ、応えてくれるとは思ってないけどさ」

 

 ぷしっ。消音器(サイレンサー)を通した銃撃音が微かに鳴る。おそらくは特殊合金製の弾丸、生身に当たればただじゃ済まないだろう。

 そう、生身なら。

 

「『残念、俺には効かねーよ」』

「!?」

 

 既に装甲を展開した俺には全く通じない。かきんかきんと軽い金属音を響かせて、潰れた弾丸が散らばる。

 この狭い空間では完全展開はできないので、軽く全身をカバーできる程度の装甲と、いくつかの武装だけの部分展開。あとは保護皮膜(スキンバリアー)で覆っておけばいい。

 

「『ミス! ダメージを与えられない!」』

 

 最近は防いでも大ダメージばかりだったし、こうして無傷で受け切れる相手ってのは新鮮だ。だからって油断する気はないが。

 遠くで爆発音がする。これは楯無先輩のアクア・ナノマシンが爆発した音。派手にやってるようだ。

 

向こう(先輩)はもう始めたらしい……なら俺も、やっていいよなぁ?」』

「ッ総員退──」

「『逃がすか」』

 

 いくつか展開した武装のうち一つ、《Bonbardier》。死なない程度に全員ぶっ飛ばせるまで威力を絞って、丁度退避しかけた敵に──ぼかん。

 

「「「ぐああーーーっっ!?」」」

「『うーん、雑魚って感じ」』

 

 炸裂した爆炎と衝撃波に吹き飛ばされる敵たち。死にはしないが、十分戦闘不能になるだけのダメージは与えられただろう。そうでないならもう一発だ。

 

「『さぁ次、早く来い」』

 

 まさかここに来たのがこいつら六人だけなんてことはないだろう。向こうはまだドンパチ……というかドカンドカン(一方的に爆破してる音)鳴ってるし、こっちにもすぐに増援が来るはずだ。

 予想通り、また光学迷彩に身を包んだ兵士が八人ほど姿を現す。

 

「貴様ぁ……!」

「『よし来た、またぶっ飛ばしてやる」』

 

 しかしやることは一緒。殺さないように全員まとめてぶっ放すだけ。虫でもできる簡単なお仕事だ。先生が気に病む必要もないほどに。

 

「『はい、どーん」』

「「があぁーーっ!?」」

「『はーっはっはっはっはっ……」』

 

 まるで一夏と遊んだ無双ゲーのようで、ほんの少しだけ爽快感がある光景だが……それだけ。現実で弱すぎる相手に圧勝してもなぁ。

 

「『……はぁ」』

「ぐぅ、ぐぐぐ……」

「『ああ、そういうのいいから」』

「ぐへぇっ!?」

 

 当たりどころが微妙だったのか、なんとか立ち上がろうとした兵士を小突いて気絶させる。これで増援含め全敵制圧完了。なんともつまらない任務だった。

 

「『拘束してっと……ふぅ」

 

 全員意識は失っているが、念のため《Spider》で拘束。これでもし意識を取り戻そうが、武器を隠し持っていようが反撃されることはない。

 そして周りに敵がもういないことも念入りに確認してISを解除。とりあえず先輩に連絡を取ろうとした瞬間。

 

「やあ、とーくん」

「──ッ!?」

 

 何もいない暗闇だったはずの場所、束様がそこにいた。

 

 

 

 

第46話「ハッキング・暗闇」

 

 

 




 夢の世界……? なんですそれ?


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第47話「身体・×××」

 なんと初投稿です。


 

「やあ、とーくん」

「──ッ!?」

 

 何もいなかった場所に突如現れた今日の黒幕。真っ暗闇の中、束様のいる場所だけがいつの間にか空いていた隔壁から射す光に包まれている。

 光の中心で、貼り付けたような笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「なんの、御用ですか……?」

 

 この人がアポ無しで突然現れるのは今に始まったことじゃない。それ自体には別にどうとも思っていない。

 ならこの全身に纏わりつく気味の悪い感覚はなんだ。ただそこにいるだけなのに、薄っぺらな笑顔を向けられているだけなのに、俺は動けない。

 

「色々なお話があってね。そう、とっても大事なお話がね」

「…………」

「疑ってる? それでもいいよ。勝手に話すから」

 

 今ここに来てやることがお話だと? そんなこと、わざわざ学園のシステムをダウンさせなくとも、直接会わずともどうにでもできるはずだ。もし他人に聞かれたくないからにしても、あまりに大掛かり過ぎる。

 

「ああ、ハッキングの目的は別にあるよ。そっちはくーちゃんがやってくれてる。会いに来たのはどうしても直接話したかっただけ」

「……そうですか、だったらまず変なプレッシャーかけるのやめてもらっても?」

「ごめんごめん。もう楽にしていいよ」

 

 ふっと全身に纏わりついていた不気味な感覚が消える。急に解放された違和感は残っているが、一応身体の自由は得られた。

 して問題は、話とやらがどれだけ重要なのかだ。

 

「まずはうん、褒めてあげようかな。【Bug-VenoMillion】の出力100%到達おめでとう」

「……まだ実践はしてませんよ。というかついこの間、『査定はプラマイ0』とか言ってたくせに」

「あれはあれ、これはこれ。褒めるべきところはきちっと褒めるんだよ私は」

「嘘くせぇー……」

 

 今までそんな褒め方したことないくせに。明らかに裏があるだろ。

 

「どうせ嫌にでも実践の時は来るよ。近いうちにね」

「あなたのせいで来るんでしょうねぇ、ええ」

「うん」

「そこは否定してほしかったですね」

 

 もう半ば諦めていることだけどさ。

 

「それにアベレージ90から100まで上げたってその差は10ポイント。確かに馬鹿にできない差じゃないですが、そんな褒められるほどの成長じゃないですよ」

 

 90%から100%、上限まで出せると言えば聞こえはいいが、実際はたかが1.1倍と少しの成長。60や70%から瞬間的に90%近くにしていた頃に比べれば、怪我もしない程度の差なんて大したことじゃない。

 

「あ、やっぱり気づいてないんだ」

「何がです? 間違ったことでも?」

「いや、その理屈は合ってるよ。確かに数値の差は10ポイントだし、約1.1倍になっただけ。今までみたいに逆転を狙えるほどじゃないね」

 

 やっぱりそうじゃないか。まあ強くなれるのは確かだし、使えるものは使っていくけれど。

 

「でも、差はそれだけじゃない」

「……!」

「100%と90%の差、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「大きな……差……」

「ま、それも実践すればわかるよ……完全に、ね」

 

 今はまだわからない。しかし必ずわかるようになる差。それは一体何だ? この言い方からして単純なパワーではないのは確か。ならば……いや……。

 

「ていうかさ、(2)くんから教えてあげたらいいのに」

「えっ? 知ってんの?」

『……ああ、知ってる。だけど言うつもりはない』

「あっちゃー、とーくん自分のコピーに隠し事されてるよ?」

『別に、ただギリギリまでアンタの思い通りにしたくないだけだよ』

 

 ……((2))が言いたくないなら聞かないことにする。

 

『ああ、その時になればわかる』

 

 いいよ。どうせすぐ来るみたいだし。

 だが、今度はそれを知ることが束様の思い通りになるって情報が出てきた。そしてそれに((2))が反発していることも。謎は増えていく。

 

「ただ褒めるつもりだったけど脱線しちゃった。じゃあ次いこうか」

「まだあるのかぁ……」

 

 もう大分話し込んでいる気がするけど、先輩や先生方には気づかれていないだろうか。束様のことだから探知には引っかからないと思うが、俺の挙動とかで怪しまれていそうだ。そこも含めて偽装工作してくれているのが一番なんだけど。

 

「最近のとーくんはさぁ、私に聞きたいことが沢山あるでしょう? いっそ直接答えてあげようと思ってさ」

「それはありがたいんですが……こんな状況じゃなければ」

「あはは、さて何から答えようか。明日の天気、株価、宝くじの当選番号……冗談だってば。とーくんが今一番知りたいことは──()()()()()()()()()()()()()()()()()、でしょ?」

 

「……知ってるんですね」

「あり? 驚かないんだ」

「知ってると思う方が自然でしょう。散々ちょっかい出してきたくせに」

「あは、そうだね」

 

 だからずっと聞こうとしていたんだ。まさかあったから出向いてくるとは思わなかったけど。

 とにかくこれでわかる。この右腕も、胸の装置も、そして──残りの命も。

 本当はもう一つ聞きたいところだが、優先すべきはこっちだ。

 

「じゃあ教えちゃおっか。とーくんの身体に何が起こってるのかね」

「はい。俺にでも理解できるように、わかりやすく頼みますよ」

 

 専門用語まみれで解説されても理解できないからな。

 

「大丈夫、本当に単純なことだからね。先に要約しちゃうと……その右腕も、再生速度も、ぜーんぶ胸の装置のせいだよ」

「やっぱりか」

 

 ようやくちゃんと動くようになった手で、奥にあるものを探るように胸に触れる。当然帰ってくるのはISスーツの感触と心臓の鼓動だけで、その他に何かがあるなんてわからない。

 

「知っての通りそれは織斑計画の残党が君に埋め込んだモノ。仰々しくてどうでもいいネーミングを無視して簡単に言うと、『後付超人化装置』だね」

「後付……超人化」

「そう。織斑計画の中、ただの健康で丈夫なだけの凡人として生まれた失敗作をアップグレードするために作られた馬鹿みたいな装置さ」

 

 そのストレートな名前をまたストレートに解釈するならば、この装置によって俺の身体は超人に作り変えられるということか。

 織斑計画が関わるのなら、おそらく一夏か織斑先生のような超人に。先生はともかく一夏は超人らしくないように思えるが、全身焼かれても復活したり文字通り目の色を変えるなんて常人にはできないだろう。

 

「ですが、見ての通り俺は超人になんてなってませんよ。再生力はあっても、こんな歪で不完全な代物です」

「だろうね。だってその装置も失敗作で、しかも壊れてるもん」

「不良品にもほどがある……」

 

 失敗作の俺には失敗作がちょうどいいとでもいうのだろうか。そんな不良品今すぐにでも投げ捨てたいんだが。俺じゃ取れないけど。

 

「覚えてる? 私が君を拾ったとき」

「忘れるわけないでしょう。面白そうだから埋めたままにしたとか言ってましたね」

「うん。あの時点でそれの解析はほとんどできててね。まあ何にも動いてなかったし、いつか使えるかもって放置したんだけど」

 

 あの時治療してくれたのは本気で感謝しているが、今思い返すととんでもないこと言ってたな。命が助かった衝撃で気にしてなかった。

 

「で、それが動き始めたのが……」

「あの第二形態移行の時、ですか」

「そうそう。目的は形態移行だけだったけど、まさかそれに連動して動き出すなんてね。この束さんもびっくりしたよ」

 

 今でも覚えている、初めて((2))と対話したあの時。どこからともなく聞こえた機械音の正体はこれだったのか。

 確かにあの後から、俺の身体に異常が起き始めていたな。

 

「とにかくあの時から失敗作の装置は異常な再生力の強化だけをとーくんに施した。……ただしブレーキが壊れてね」

「だからこの右腕ですか」

 

 この歪な右腕は暴走気味の再生力によって起こされたもの。徐々に再生速度が高まっていたのも装置なら、これからは大怪我する度にこうなるだろう。

 ……いつか全身なりそうで嫌だな。

 

「どこかに訴えたいぐらいですよ本当に」

「なら各国の馬鹿どもに……っと脱線。とまあそういうわけで、とーくんは失敗作の凡人から失敗作で中途半端な超人になったわけだよ」

「凡人の方がマシだったなぁ……」

「そうだったら夏に死んでるけどね」

「言ってみただけですよ」

 

 こんな歪な身体になっても、死ぬよりはマシ……なはず。うん、きっとそうだ。

 

「さてさてとーくんの身体について説明したわけだけど、ここで最高のお誘いと最悪な事実があるの。どっちから聞きたい?」

「うわ、それどっちも最悪のやつ」

 

 こんなときに出てくる選択肢なんてどちらが先でもいいことがない。この人が出してくるならなおさら。

 しかし聞きたくないなんて言えるはずもなく、せめてほんの少しでもマシな順番で聞いてみる。

 

「……最悪な事実から。上げて落とされるのは嫌いなので」

「とーくんらしいや。じゃあ、最悪からね」

「……?」

 

 変だ。『最悪な事実』と称するくらいだから、性根の捻じ曲がったこの人ならヘラヘラ笑いながら言いそうなものなのに、今は真顔になってる。

 まあいい、最悪も最高も適当に聞き流して楯無先輩や織斑先生にバレる前にお帰り頂こ──

 

「とーくんはあと二ヶ月で死ぬよ」

「……は?」

 

 今この人は何を言った? 死ぬ? 俺が?

 

「聞こえなかった? とーくんはあと二ヶ月で死ぬよ」

「いやそういうわけじゃ……でも二ヶ月って、え?」

 

 聞き違えはしていない。()()()()()()()()と、確かにそう言った。

 

「どうし、て? 拾った時(あの時)は、人並みだって……」

「忘れたの? あれは普通に暮らす分の話。そうじゃなくなった理由なんて自分でもわかるでしょ? 装置(ソレ)に決まってるじゃん」

「……はぁっ」

 

 呼吸が上手くできない、動悸が激しくなるのを感じる。膝に力は入らなくて、まるで大地震でも起きてるみたいだ。

 理由は胸の装置、ほんの一分前まで説明されていた再生力の暴走。死ぬよりはマシと思った直後に突きつけられた事実に目眩がする。

 

「……まだ次の話聞けるような状態じゃないし、補足でもしてあげよっか。それもまともに聞けなさそうだけど」

 

 当然話を聞く余裕なんてないが、自分のことに耳を塞ぐことができるわけもなく。無理やり耳に神経を注ぐ。

 

「さっき説明した通り原因は再生力の暴走。制御系の壊れた状態で異常に働いた強化が、とーくんの身体を潰そうとしてる」

「……暴走するからって、死ぬとは限らないでしょう? これから怪我さえしなければ……」

「あのさぁ、人間に新陳代謝があるんだよ? 古い細胞はどんどん新しいものに置き換えられる。再生力の強化はそれの応用。つまり再生力が異常になれば代謝も異常になって──」

「──逆に、命を奪うことになると」

「ざっつらいと」

 

 わかってる。せめてもの現実逃避で投げた否定はあっさり否定で返され、より死を意識させるだけだった。

 だったら、二ヶ月ってのはどうなんだ。

 

「暴走した再生力は怪我が無くとも強化され続ける。今までの成長速度と強化具合からこれからの速度を算出して、致命的な再生の暴走──脳や主要な臓器の腫瘍とか──に至るまでの期間を求めたまでだよ」

「……それが正しい保証は?」

篠ノ之束()の計算。それ以上の保証がある?」

「……クソッ」

 

 これがそこらの医者や機器だったなら、まだ疑いの余地があった。しかし目の前にいるのは篠ノ之束。俺の上司で、人間性以外完璧な天災。彼女の計算に間違いはない。当然、こんな時に嘘をつく人でもない。

 

「これでも延命されてるんだよ? あの水色──更識楯無だっけか、あの女が余計な特訓させなければ、寿命は半分以下だったかな」

「楯無先輩が……」

「まあ、これ以上の延命は不可能だけどね。もう高出力の反動は無いし、あとは縮むだけ」

 

 ここまで考えていたのかは知らないが、やはりあの特訓は無駄にはなっていなかったわけか。いや、それでも一ヶ月。あまりにも短すぎる。

 無茶をしなければもっと延命できた? いや、そんなことをすればあの場で死んでいた。もっと負担なく、安全に勝つことができた? できるわけがない。

 

「あああっ…………」

 

 結局、俺の命は詰んでいたんだ。夏休みのあの日からずっと。

 

 そしてここまで知っているということは、だ。

 

「……して」

「んー?」

「どうしてあなたは、()()()()()()()()?」

「……へぇ」

 

 この人は再生力の暴走もそのリスクも知っていて、それでも今まで俺に教えることなく、逆に俺を危険に晒すような事件を起こした。

 エムの襲撃がそう。あれは確実にこの人の差し金で、俺を殺せるように調整された敵。これは紛れもない殺意だ。

 

「ちょっと違うね。死ぬかもしれないことはわかってたけど、それは目的じゃない……『殺す気だったが、死んで欲しくはなかった』って言い換えればわかるかな?」

「……ほとんど同じでしょう。そんな言い換えに何の意味があるんですか」

「大有りさ。今詳しく話してる時間はないけど……っとまた脱線。そこで最高のお誘いだよ」

 

 そうだ、まだ最高の誘いがあるんだ。最高とはなんだ? 最悪と並べて出したぐらいだ。きっといいことだ。

 もしかしてその誘いに乗れば、今のこの最低最悪の心境を吹き飛ばしてくれたりするのか?

 命を、救ってくれたりするのか?

 

「耳、貸して? 今度は一度しか言わないから」

「……はい」

 

 藁にも縋るような気持ちで、絶対に聞き逃さないように、さっき以上に全神経を集中させて耳打ちされる言葉を待つ。

 

「いい? とーくんは、学園を裏切って

 『世界の敵』になってほしいの」

「──ぇ? 何を言って……」

「答えは今すぐじゃなくていいよ。考える時間も必要だから……次の機会で。誘いに乗るなら助けてあげる、乗らないのなら──殺すから」

 

 想像もしていなかった誘いの衝撃に思考が追いつかない。何のために、どうして俺が? 命が救われるかもしれないという希望は、溢れ出す疑問に押し流された。

 

「あっそうだ。後でくーちゃんとも話しといて、会いたがってたから」

「はは、は……」

「じゃあねー」

 

 いつの間にか去っていた束様は去っていて、開きっぱなしの隔壁から射す光を眺めながら、鈍くなった思考でも理解できた一つの事実を吐き出す。

 

「やっぱり、どっちも最悪だ……」

 

 

 

 

「あれ? ここだけ開いて……って透? 何してんだ!?」

「一夏か……」

 

 それからどれだけ時間が経ったのか。十分か、一時間か、意外と数分だったかもしれない。とにかく自分でもよくわからないぐらい、一人でぼんやり考え込んでいた。

 いつの間にか一夏が目の前にいる。確か今日は夜まで帰ってこないと言ってたし、今は昼間。用事は途中で放り出してきたのだろう。

 まあいい。まだハッキングが続いているようなら俺は今ここを動けないし、こいつにはオペレーションルームへ行ってもらおう。

 

「何か暗……うわよく見たら変な人めっちゃ倒れてる!? 生きてるのかこれ?」

「こいつらは侵入者だ、俺が気絶させただけだよ」

「お、おう。ってまた敵来たのか。戻って正解だった」

「ああ。事情を説明したいところだが、俺より他の人に聞いた方が早い。このポイントへ向かってくれ」

 

 いちいち事情も場所も説明するのは面倒だ。一旦場所だけ教えて、そこにいるであろう簪と先生方に説明させることとする。

 

「地下だな。わかったすぐに行く……けど、お前大丈夫か? なんかひどい顔してるぞ」

「気のせいだ。ここは暗いからな」

「そうか……無理すんなよ、じゃ」

「急げよ……はぁ」

 

 オペレーションルームへ向かう一夏が見えなくなるのを確認し、壁を背にして座り込む。

 まだ頭からさっきの言葉が離れない。俺の命が後二ヶ月で、あの人の言う通りにしなければ救われることがない。理解はしていても、本心だは信じたくないと思っている。

 

「乗るか、乗らないか。……生きるか、死ぬか」

 

 IS学園に入学する前。いや、織斑先生の聴取を受けた頃の俺だったら。こんな選択肢なんて迷うことはなかっただろう。ノータイムで誘いに乗って、あっさり問題解決して終わり。

 だが今の俺は、何よりも大切な自分の命がかかった選択ですらこうして迷っている。ただ一言、「乗ります」と言えばそれでよかったのに。

 

「……俺は、どうすればいい?」

 

 いくら暗闇に問いかけても、答えられるものはいない。

 なら誰かに相談? そんなことをすればどうなるか。 他の医療機関で装置を取り外す? レントゲンも何もできないし、そもそも束様以外に可能かも怪しいのに?

 

『最後に選べるのは(お前)だけ。たとえ((2))であっても、決断に口は挟めない』

「……わかってる」

 

 結局一人で考える他はなく、いつか来る決断の時は束様(あの人)次第。逃れることはできない。

 

「くそっ……」

 

 何よりも大切なはずの命か、それと同等までに大きくなってしまったものか、二つに一つだ。

 その時がいつであろうと、永遠に先延ばしにはできない。だから、今ここで決める。

 

 

「…………」

 

 

 静寂の中、少し考えて。

 

 

『……そうか、(お前)は……』

 

 

 そして、俺は。

 

 

 

 

第47話「身体・二ヶ月」

 

 

 




 めちゃくちゃどうでもいいことですが、プロローグ〜23話前半まで透くんの瞳にはハイライトがなく、23話後半〜今話まではハイライトがあります。
 そして次の話からは……ということです。


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第48話「幻覚・帰路」

 この時間の更新は久々なので初投稿です。
 更新早くねと思ったそこのあなた、後書きで説明します。


 

「鈴が死ぬ夢を見たんだ」

「お供え物は酢豚でいいのかな」

 

 一夏がオペレーションルームに向かって、俺が選択を済ませてから二時間と少し。

 向こうでは色々あったそうだが無事にシステムは復旧。まだ点検は残っているそうだが、一先ず俺たちの任務は終了した。

 今いるのは医務室で、その色々で眠っていた一夏が目覚めたところ。俺が無傷で医務室にいるというのは珍しい気がするな。

 

「恐ろしい夢だった……鈴が千冬姉にラ◯ダーキックをしていたんだ」

「確かに恐ろしいがもういいだろそれは」

 

 俺は直に見ていたわけではないので知らなかったのだが、この恐ろしい夢が本当にあったことと知るのは後日簪に教えられてからである。

 

「というかお前、結局倉持の用事はどうなったんだ。途中で放り出したんだろ?」

「やっべ!? ……あー、なんか大丈夫っぽい。メール来てた」

「本当か……?」

「さぁ。向こうが大丈夫って言うならそうなんだろ」

 

 倉持技研が一夏を呼んだのは本当に検査のためだったのかは知らないが、とにかくもうやることは済んだらしい。どうやら怪しげな改造手術も受けてなさそうだし、死んだ凰も安心するだろう。

 

「…………」

「……? なんだ、俺の顔に何かついてるか?」

「いや、そういうわけじゃなくて……もう大丈夫なのか?」

「何が大丈夫って……ああ、()()()()。大丈夫だよ、もう」

 

 こいつが心配しているのはきっと、さっき通路で別れる直前のことだろう。あの時の俺はひどい顔していたそうだからな。

 しかしもう大丈夫なのかと聞くってことは、少なくともさっきよりはマシな顔になっているらしい。選択を済ませたからか、ただ時間の経過か。とにかく他のやつに怪しまれない程度に戻ったならいい。

 

「大したことじゃないさ。ただ少しばかり嫌なことを考えていただけだ」

「……そう、か」

「だから、もう心配する必要はない」

 

 さっきまでのもやもやした感覚が嘘のように、自分でも驚くほど冷静な頭でそう応えた。

 

「みんなはどうしてるんだ?」

「全員部屋待機だよ。俺もそろそろ戻る」

「そうか……何かあったんなら、いつでも相談しろよ?」

「……()()()()()()()()()()()けど、その時はそうするよ」

 

 それだけを伝えて、振り返らずに医務室を出た。

 

「さて、クロエはどこかな」

 

 気を取り直して、どこかで待機しているらしいクロエを探す。そろそろ戻るとは言ったが、今すぐとはと言ってないからな。

 どこかに隠れているだろうが、あの人が会ってやれと言うのだからそう見つけるのは難しくなさそうだ。

 

「面倒だ。索敵(サーチ)で見つかるだろ」

 

 【VenoMillion】のセンサー起動。対称を人に限定して、広範囲設定で探知開始……それらしい人影を発見。だが妙だ、二人いる。

 いくら高感度センサーでも、あの距離では個人の認識までは難しい。そもそもここは屋内で、その二人がいるのは学園から少し離れたところ、臨海公園前のカフェだ。

 

「少し遠いな……」

 

 歩きで行くのは遅すぎる、交通機関はまだ使えない。ということで【VenoMillion】を最低限飛行できるだけ部分展開。校則違反だが、バレなければ問題はない。システム点検中なら大丈夫だろう。

 

「よし行こう」

 

 近くの窓を開け、バレないようにスラスターを噴かしたのだった。

 

 

 

 

「何をしている」

「げっ」

「透さま……」

 

 結局バレた。確かに目的地のカフェにはクロエがいたが、もう一人は織斑先生。もう言い逃れもできない。

 だけどまあ、開き直ればいいや。

 

「束様に言われて、クロエと話に来ました。俺を罰しますか?」

「……いや、やめておこう。ただし私も同席させろ」

「仕方ないですね。いいよな? クロエ」

「……はい」

 

 どうせ大して重要な話をするわけでもないだろう。あの人はクロエにそんな情報を握らせておくような人じゃない。

 それに俺が聞きたいことと先生が聞きたいことはどうせ同じ、此度のハッキングのことだ。すぐに聞くつもりはないけど。

 

「久しぶりだけど、元気そうで何よりだ。あんなことまでできるようになってるとは」

「束さまのご命令ですので。そのための力も与えていただきました」

「力だと……?」

「ええ、()()()()()

「!?」

 

 クロエがその両眼を開いた瞬間、周囲にあったテーブルやカップ、その他全ての風景が消え去り、上下左右どこまでも続く真っ白な空間が広がる。

 明らかに異常な光景だが、聴覚と触覚には何ら問題ない。つまりこれは視覚にのみ作用する幻覚だ。

 

「生体同期型ISか、そこまで開発しているとはな」

「ご存知でしたか、織斑千冬さま」

「IS学園で教鞭を取るものとして、これぐらいは当然だ」

 

 真っ白な空間から二人の声がする。仕掛けたクロエは当然として、まるで動じていないのは流石織斑先生といったところ。動じてないのは俺もだが。

 当たり前のようにカップを持ち、コーヒーを飲む音がする。この人本当に幻覚見せられてるのか?

 

「だがこの力はほんの一端。その気になれば視覚以外をも惑わし、電脳世界ならさらに自在……といったところか?」

「正解です」

「…………」

 

 全部言われてしまった。俺だって何もわかっていないわけじゃないぞ。この幻覚が大気成分を変質させていることで作り出しているとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことぐらいはわかる。

 そして、織斑先生にそんな攻撃は効かないことも。

 

「やめとけ、殺されるぞ」

「ッ!」

 

 俺の制止を聞いてくれたか、それとも無理を察したのかは知らないが、ナイフをしまってくれて助かった。だって、あのまま続けていれば──

 

「よかったな。あと1センチ手を動かしていれば両眼を抉るつもりだった」

「…………」

 

 これだよ。

 ここからクロエが勝つのは不可能。否応なく能力を解除したクロエの顔には恐怖が滲んでいた。

 全く無茶なことをする。そもそも殺せなんて命令されてないだろうに。

 

「とにかく座れ。一杯ぐらい奢ってやる。九十九、お前もだ」

「……俺はブラックでいいです。クロエにはカフェオレで」

「私もブラックでいいです」

「やめとけ、苦いぞ」

 

 これ以上苦い思いをしなくていいだろう。二重の意味で。

 織斑先生が注文し、しばし無言の時間。そしてそれぞれのコーヒーが届けられる。

 

「では目的を聞こうか、お前は何をしに来た?」

「……届け物ですよ。もうあなたも気付いているはず」

「ふん、余計な物を寄越しおって」

「なんですかそれ……ああ、教えてくれないやつですか。ならいいです」

「そうしておけ」

 

 せっかく同席してるんだし、何が届いたのか知りたかったが……明らかに『聞くな』という目線を送られたら諦めるしかない。少なくとも、俺に直接関係ある物ではなさそうだし。

 

「ならばあの六人が入ったという空間──仮に夢の世界としておこうか、あれは何のつもりだ」

 

 俺は実際に体験したわけでも詳しく聞いたわけでもないが、どうやらいつもの五人と一夏は夢の世界とやらに入り込んでいたらしい。簪の言葉を借りると、『妄想逞しい』空間だったとか。

 

「ああ、あれは戦力の分散と、ちょっとした調査と、個人的な興味です。中々面白いものが見れました」

「おい、九十九」

「たぶん本当ですよ。あまり気にする必要もないかと。なぁ?」

「はい。特に何かを残すためのものではございませんので、半分お遊びのようなものです」

「……はぁ、わかった」

 

 眉間に皺を寄せて、それをほぐすように手を当てる先生。本当にうちの上司と妹っぽいやつが迷惑をかけている。止める気はないんだが。

 しかし、クロエは人に対して興味とかお遊びとか口にするタイプだっただろうか。俺たちに対しては料理だ何だと話していたが、完全に他人の一夏たちに感情を向けるのは珍しい。これも成長かな。

 

「そういえば、お前の妹──ラウラには合わなくていいのか?」

「…………」

「なぁんだ、知ってたんですね」

「見た目で判断したまでだ。その反応だと当たりで間違いなさそうだがな」

 

 クロエの出自はボーデヴィッヒと同じ、ドイツのどこそこが造り出した遺伝子強化素体(アドヴァンスド)。鉄の子宮から生まれた遺伝子組み替え人間──の失敗作。つまりは織斑計画の後追いで、俺の同類。

 別に隠してもないが、やはり見る人が見ればわかるのだろう。だからという話でもある。

「必要ありません。今の私はクロエ・クロニクル。ラウラ・ボーデヴィッヒととは無関係の、ミステリアスな妹ポジションです。今さら姉設定は不要です」

「設定じゃなくて事実だろ」

「そうか……では私は戻る。勘定はここに置くから、後は好きにしろ」

 

 なんとも言えない空気のまま去っていく織斑先生。後は好きにしろと言われても、正直俺も聞くことがないんだけどな。

 しかしじゃあさよならも冷たい気がする。束様にも言われたし、ちょっと世間話ぐらいはしていくか。

 

「いえ、私もそろそろ。透さまの様子が見られたら十分でしたので……」

「あ、ああ。そうか。気をつけて帰れよ」

「はい……透さまも、お身体に気をつけて」

「お前も知ってんのかよ」

「ふふ、では……また」

 

 再び目を見開き、今度はクロエの姿だけが消え去る。センサーで追えば居場所はわかるだろうが、まあやる意味もないか。

 きっとこのまま束様と合流するのだろう。正直送ってやらなきゃいけないかもと考えていたので楽でいい。

 

「……戻ろ」

 

 そして勘定を済ませ、辺りが暗くなる前に急いで、しかしまた誰かにバレることのないようにこっそりと帰路につく──ことはなく。

 

「もう出てきていいですよ。楯無先輩」

「あ、あはは……バレてた?」

「ええ。クロエはどうだか知りませんが、織斑先生は間違いなく気づいてたでしょうね。無反応ってことは見逃してくれるんでしょうけど」

「はぁ、私もまだまだね」

 

 がさがさと植え込みをかき分けて登場した楯無先輩とは、作戦開始前に別れたきり会ってなかった。作戦終了後は先生に敵を引き渡し、簪と少し話してすぐに医務室へ向かっていたし、なんというか顔を合わせずらかったから。

 つまりこちらから避けていたことになる。

 

「今日はお疲れ様。透くんに怪我がなくてよかったわ」

「いつも怪我ばかりですいませんね。楯無先輩こそ無傷で何より」

「そりゃね、あの程度でやられてたら生徒会長失格よ」

 

 本当は怪我どころではないのだが、当然話せるわけがない。余計なことを言わないように、適当に返事をしながら歩く。

 

「ねぇ、何かあったの?」

「!」

 

 どうしてまた気づかれる。また変な顔してたか? いや、そんなことはないはずだ。もうあれから結構経っているんだから。

 

「一夏にも言われましたけど、何にもないですよ」

「嘘。だっていつもと違うもん、雰囲気が」

「雰囲気って、具体的にどこが?」

「……違うものは違うのよ」

「何だそりゃ」

 

 一応、完全に見抜かれてるわけじゃないらしい。あくまで疑っている、それでもよくはないが。

 これが女の勘というやつだろうか、侮れないな。

 

「大丈夫ですよ。本当に」

 

 その何かは、もう終わってるから。

 

「……そう、ね。私の勘違いかしら、ごめんね?」

「いいですよ。別に」

 

 うまく隠せたようだ。俺から何も言わなければ全てを知られることはないとは言え、あまり詮索されるのもよろしくない。さっさと話を打ち切るに限る。

 

「帰りましょっか。IS使いましょ、生徒会長権限で許可するわ」

「やったぜ」

「でも私の【ミステリアス・レイディ】はまだ万全じゃないから、透くんが運んでね」

「……はい」

 

 ここから徒歩なんてまっぴら御免だからな。先輩を運ぶ手間があってもこうして許可が出るのはありがたいことだ。人一人ぐらいなら大した苦でもない。

 先輩を傷つけないように危ないところ以外を部分展開し、両腕で抱えるような形をとる。

 

「どうぞ」

「ありがと」

 

 特に戸惑うこともなく先輩が両腕に収まり準備OK。背中に乗せるのも考えたが、安全面を考慮したらこっちの方がいいだろう。

 

「透くん」

「はい?」

「いつか、教えてね」

「……行きますよ」

 

 それから俺たちは学園へ戻り、寮に入るまで何も言葉を交わすことはなかった。

 しかし俺の頭には、ちゃんと消したはずのもやもやした感覚がいつまでも残り続けていたのだった。

 

 

 

 

「んふふふふっ、さぁーてどうなるかなー? どっちにするのかなぁー?」

 

 薄暗いラボの中、奇妙な椅子座りながらけたけたと笑う(わたし)。くるくる、くるくる、まるで運命のように回りながら。

 

「まあどーっちでもいいんだけどねぇ。結果は同じ、運命はとーくんを逃さない」

 

 机を正面にぴたりと回転を止める。そこにあるのは今日の届け物のついでにコピーしてきたばかりの機密資料。流し読みするようにパラパラと捲られる紙には、次にIS学園の起こす行動がこと細かに記されている。

 いくら厳重な警備システムに守られていようが、私の手にかかれば赤子の手を捻るより楽な作業だ。赤子の手なんて捻ったことないけど。

 

「まずはその力が本当に『  の 』にふさわしいか、最後の試験。答えを聞くのはその後だね」

 

 曖昧な答えは許さない。確固たる覚悟と行動で、彼の選択を示してもらおう。

 

「──ァ、ギ……」

「んー? 君も待ち遠しいかい、まどっち」

 

 ついこの間までひたすら苦しそうな呻き声を上げていたまどっちも仕上がってきた。とーくんと《Bug-VenoMillion》もほぼ完成したようだし、今度こそいい勝負ができるだろう。

 白式(いっくん)赤椿(箒ちゃん)も完成すれば、本格的な計画の実行まであと少しだ。

 

「ツッッ九っ十九と、ト透ゥゥ…!」

「そうそう、いいよーまどっち。その意気で、壊れるまで戦ってね?」

「ギィ、ギグ……」

 

 もうまどっちに人としての意識はあるのか、徹底的に弄り回した今となってはわからない。

 だがそれでも、自分だけの星を掴める(唯一無二の存在になれる)のなら本望だろう。私はその望みを利用させてもらうだけ。

 

「あぁ、楽しみだなぁ……」

 

 あと少し。もう少しで、世界を変えられる。

 

「待ってるよ、とーくん」

 

 

 

 

 

第48話「幻覚・帰路」

 

 

 

 




 リアルが忙しくて執筆ペースガタ落ちしそうなのでしばらく休みます。
 色々落ち着いてからある程度書き溜めして更新するので次回は8月中旬かなぁ……と考えてますのでお待ち下さい。


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第49話「欠席・二位」

 ギリギリ八月中旬なので初投稿です。
 なんと(プロローグ含めて)50話目らしいですよ。つまり50人ぐらい評価してくれてもおかしくありませんね(承認欲求)


 

「おい、織斑」

「……何でしょうか」

「九十九はどうした?」

「どこにもいませんでした」

「そう、か……」

 

 俺が倉持技研に検査へ行って、IS学園がハッキングを受けてから一週間が経過した授業中。幸いシステムの復旧は一日で終わり、何事もなかったかのように授業は再開され、こうしていつも通りの学園生活を送れている。

 ……ただ一点、あれから透が一度も登校していないことを除いては。

 

「部屋には戻ってるんだな?」

「えっと。ベッドで寝た形跡とか、放課後は部屋にいたりするんですけど……朝になるといなくなってます」

「来ない理由は聞いたか?」

「聞こうとしてるんですが、いざ話そうとするといつのまにかどこかへ……」

 

 少なくとも学園の敷地内にはいることは確認できている。なのに登校することはなく生徒会にも顔を出していない。また食堂やアリーナ、運動場など、人目につくようなところには姿を表さなくなった。

 それでもなんとか透を見かけた人が理由を聞いたり捕まえようとしたらしいが、結果はこの通り。何もわからないまま、一週間が経過したことになる。

 

「……わかった。もし何かわかったら教えろ。一週間程度では決まらないが、あまり休まれると留年の可能性もあるのでな」

「……はい」

「よし、では授業を始める。まずは教科書の──」

「…………はぁ」

 

 俺たちがこうして授業を受けている間、あいつはどこかで何をしているのだろう。

 あの日の顔といい、急に雰囲気が変わったことといい、明らかにおかしな変化が起きている。

 そして、ほんの少しだけ嫌な予感も。

 

「……り斑、織斑!」

「はいっ!?」

「ぼーっとするな。131ページ8行目から読め」

「すいません!」

 

 やっべ。透のことは心配だけど、あんまり物思いにふけっていると出席簿の一撃が飛んでくる。今は授業に集中する時だ。

 

「えーっと……あれ?」

「……逆さだ。馬鹿者」

「ぐはぁっ!」

 

 結局出席簿は食らった。

 

 

 

 

「透くん見つけた!」

「……あぁーあ、見つかった」

 

 IS学園倉庫。今日も授業をサボった俺は、適当なコンテナの上でただ寝転がっていた。

 すぐ目の前に海があるこの場所は気に入っている。静かで人気が少なく、こうしてコンテナの上に登ってしまえば探しにきた先生方に見つかることもない。

 ……たった今楯無先輩に見つかってるけどな。

 

「何してるのよこんなとこで。みんな心配してるわよ?」

「先輩こそなんでここに……あーやっぱいいです察しました」

 

 大方俺を探してこいとでも言われたか、もしくは生徒会長権限で勝手に探してるとかだろう。聞くまでもなかった。

 

「……別に、何となく行きたくないなーと思っちゃいまして」

「ご飯は食べてる? 食堂にも来てないみたいだけど」

「最低限は。あんまり食欲もないので」

 

 そういえば、あの日からろくな食事を取っていない。大体は部屋に置いていた携帯食料とか、誰もいないときに売店で買ったパンとかばかり。全く腹が減らないわけでもないが、何か食べたいという気が起きない。ただ腹が鳴るのも不快なので適当に口に入れているだけだった。

 

「何か悩みでもあるの? 私で良ければ聞くけど」

「いやぁ、悩むのはもう終わってますよ。今は、その先を考えてました」

「?」

 

 選択の先に待つ運命。頭では受け入れて、今さら変えるつもりも無いが……それでもきっぱり割り切るのは難しい。

 いくら心配されようと、誰にも話すこともできず……ただこうして海を眺めていた。

 

「……逆に、俺から先輩に聞きたいんですけど」

「え、何急に」

「大したことじゃないですよ。例え話というか、よくある心理テストみたいな、クラスメイトとの雑談で出るようなやつです」

「ならいいけど……」

 

 悩みはない、ないけれど。もし選択をするのが俺じゃなくて、他の誰かだったならどうしただろうか。それは少し気になっている。

 と言ってもこれはあくまで例え話だし、その例え方も適切かどうかもわからないんだが。

 

「目の前にボタンがあって、『押せば大切な人々が消える』、『押さなければ自分が消える』としたら、先輩ならどうします?」

 

 まあこんなところだろう。これならよくある話だし、間違った例えでもないはずだ。

 

「随分不思議というか、例え話ならではって感じの質問ね」

「そこ突っ込まないでくださいよ……ああ、壊すとかボタン作った人を殴るとかはやめてくださいね。押すか押さないかだけで」

「そんな捻くれた回答しないわよ。にしても……うーん……」

 

 うんうん唸りながら、真剣に考えている先輩。やっぱり意地悪な質問だよなぁ、一夏から見た俺もこんな感じだったのだろうか。

 

「押さない、かな」

「へぇ」

 

 正直予想はしていたが、やっぱりな。

 

「一応聞きますけど……理由は?」

「それはまあ、色々あるけど……もしボタンを押さないで、大切な人がみーんな消えちゃったら、生きてる意味ないなーって思ったの」

「……そうですか」

「あと簪ちゃん見殺しにするとかぜっっったい無理だわ」

「あっはい」

 

 言うと思った。この人シスコンだし、そっちがメインの理由だろ。

 もっともそれだけで決めたわけではないだろうし、簪を除外して質問しても結果は同じだったろうが……。

 

「それにね」

「ん?」

「もし私がいなくなっても、私が存在していた証は残る。そして消えなかった大切な誰かが、きっとそれを継いでくれると思うの」

「……そうですか。誰かが継ぐ、ね……」

 

 それは何かを残せる人の、それを誰かに託せる人の考えだ。何も残せない、誰にも託せない俺とは違う。

 

「ありがとうございました。だからって何も変わらないんですが」

「えー……残念」

「ま、明日からはちゃんと授業に出席しますよ。生徒会にもね」

「……うん、わかった」

 

 さすがにこれ以上休むのは本格的にまずいからな。そろそろ織斑先生が探しにきそうだし、そうなったら逃げ切れる自信がない。楯無先輩にすら見つかってるし。

 

「ああそうだ。専用機持ちは明日の放課後、地下特別区画のオペレーションルームに集合ですって」

「会議室? なんでまたあそこで……」

「極秘の作戦があるのよ。私はもう知ってるけどね」

「ふーん……」

「ちゃんと来なきゃダメよ。来なかったら織斑先生に殺されるから」

「おおこわいこわい」

 

 正直あそこに近づくのは先週の出来事を思い出すので嫌なのだが、たった今授業には出ると言っておいて作戦からは逃げるというのも難しい。

 にしても極秘の作戦ね……まぁ、あの人の言っていた、『次の機会』とやらに関係していることは間違いないだろう。

 つまりは俺の選択は、そこで答えることになる。

 

「了解です。ちゃんと行きますからご心配なく」

「よかった。もし逃げたら縛っていくしかなかったの」

「えぇ……もしかして、サボりに怒ってたりします?」

「まぁまぁ。せめて出たくないならそれだけでも言って欲しかったわ」

「……ごめんなさい」

 

 いつも通りの笑顔は崩していないが、それだけに妙な威圧感がある。明日からしばらくは真面目に学校生活を送ろう……いや本当に。

 それからぽつぽつと何でもない会話をして、放課後のそろそろ日も沈むかというところで俺たちは倉庫を後にした。自室に帰ると一夏が待ち構えていて、避けていた分たっぷりと質問攻めに合うのだった。

 

 

 

 

 次の日の放課後。

 

「『亡国機業掃討作戦』?」

「ああ。専用機持ちには全員参加してもらうことになっている。専用機の修復も全て完了しているしな」

「やられっぱなしのIS学園も、ついに攻勢をかけるってわけサ」

「にゃあ」

 

 指示通りオペレーションルームへ集合した俺たちは(登校したら思いっきり怒られた)、極秘の作戦について説明をされる。

 『亡国機業掃討作戦』。俺たちを何度も襲ってきた国際テロ組織『亡国機業』への攻撃。大きく出たな。

 

「これまでの調査と協力者からの情報によって、奴らのアジトはある程度絞られてきている。そこで敵地での戦いになるが、これ以上学園に被害を出さないためにもこちらから出撃することになった」

「作戦決行は一週間後。それまで心して準備して欲しいのサ」

「にゃおす」

「一週間後か……早いな」

「あまり時間をかけても敵に察知される可能性もあるからな。最低限の期間だろう」

 

 俺個人としてはもっと早くてもいいんだけどな。もう残り二ヶ月の寿命がすでに一週間減っていて、そこからさらに一週間はまだ猶予があるとは言え少し心配になる。

 とまあ決行日の話はどうでもよくはないが置いといて、もっと気になることが一つ。

 

「で、あんた誰ですか? あとその猫」

「…………あ、私?」

「少なくとも、俺の知ってる眼帯の女はボーデヴィッヒだけですよ。猫は知らん」

「え、私の認識それなのか?」

「フ、フフフ……」

 

 だって銀髪だとクロエと被るし……いや軍人とかレーゲンとか他の印象もあるからな?

 日本人女性の平均よりずっと高い長身に、着崩したスーツ姿。右目には刀の鍔を思わせるデザインの眼帯。胸元からは服装に似合わぬキセルが覗く。

 肩には白猫を乗せ、真っ赤な髪を揺らしながら女が笑う。

 

「ご紹介が遅れたネ。この子はシャイニィ、そして私はアリーシャ・ジョセスターフ。第一回モンド・グロッソ準優勝、第二回優勝者……ってら言えばわかるかい?」

「なぜ先に猫を……でアリーシャさんはえー……ああ、イタリアの」

「そうそう、気軽にアーリィって呼んでからでいいのサ」

 

 ISに関わる人間なら知らないわけがない──俺は気づかなかった──この人は、紹介の通りモンド・グロッソ準優勝・優勝経験者。通称『(テンペスタ)』のアーリィ、イタリアの国家代表だ。

 欧州組なんかガチガチに緊張している。タレントを目の前に固まる一般人みたいだ。

 

「私としちゃアンタに勝つまでは二位のつもりだけどネ、千冬?」

「…………」

 

 俺はそもそもモンド・グロッソに興味がないから知らないのだが、この二人には何か因縁があるらしい。織斑先生本人に聞いても……答えてはくれなそうだな。知らなくてもいいことだけど。

 

「こいつは情報提供者兼監督兼戦力としてこの作戦に参加してもらう。少しでも人手は多い方がいいんでな」

「祖国、もっといえば欧州も亡国機業には迷惑かけられてるからねぇ、代表ってことで参加を決めたのサ」

「戦力ねぇ、その身体でですか」

「ちょっと透!?」

「いいって、もっともな疑問だし」

 

 今まで誰も触れていなかったが、彼女の風貌には猫や眼帯なんて気にならないほどの特徴──欠損した右腕と、首元に見える火傷の跡がある。

 欠損なら俺の足だったそうだが、俺には待機形態でもある義足が付いている。欠損をそのままにしている彼女とは違う。

 

「こいつは【テンペスタⅡ】の機動実験でやらかしてネ。バトルに支障はないからご安心を」

「……そうですか。あと……えー、失礼しました」

「いいってば、律義だねぇ」

 

 ISによる事故は珍しいことではない。いくら絶対防御があると言っても過剰な衝撃や不具合でそれが機能しないこともあり得るし、特に開発中の新型機なら尚更起こりやすい。それで火傷を負い、右腕とおそらく眼帯で隠した右目も失っているのだろう。

 それはそれとして、こうもちゃんと答えられると聞いた俺の態度が申し訳なくなってきたので謝っておく。

 

「今日のところは概要を伝えるだけに留める。また詳細を説明するときはここに集合だ。いいな?」

「「「了解!」」」

「……りょーかい」

「よしでは各自準備を怠らないように、解散!」

 

 今概要だけなのはおそらく情報漏洩を防ぐため。特に俺から束様への漏洩を警戒してのことだろう。盗聴盗撮ハッキング……どこから漏れるかわかったもんじゃない。

 ……たぶん、いや間違いなくとっくにバレてるだろうけど。

 とにかく今日はこれで解散だ。寮へ帰る前にしばらく寄ってなかった生徒会に顔を出して──

 

「ヘイ少年。ちょっと面貸すのサ」

「はい?」

 

 ……今日も生徒会には顔を出せないかもしれない。

 

 

 

 

 生徒会には欠席の連絡を入れ、誘われるままに人気のない校舎裏へ移動。ここにいるのは、誘っておきながら何でもないようにキセルを吸う世界二位と警戒するおれだけだ。

 

「それで、わざわざこんなところで何をするんです?」

「いんやぁ? ただ二人目の男の子がどんな子か知りたかっただけサね」

「えぇー、一人目(一夏)の方が気になるでしょ普通」

「彼とはもう話したよ。君は知らないだろうけど、私は一昨日から来てたからね」

 

 確かにさっきは俺以外誰もこの人に突っ込んでいなかったっけ。あれは触れたくないんじゃなくて、もう知ってるからだったのか。やっぱりサボりはよくなかったな。

 

「ふんふーん。なるほどねぇ……キミも、相がよくないネぇ」

「相? そりゃ一夏ほどいい顔してませんけど……」

「違う違う。ちょっとした占いみたいなものサ、直感だけど」

「スピリチュアルは求めてませんよ」

「だから違うって」

 

 世界二位でも霊感商法に手を出すのかと思ってしまった。生憎俺は現代っ子なんでな、そういうのは信じてない。

 

「山あり谷あり……しかし谷が深すぎる。雨のち曇りのち、晴れかけて台風って顔に出てる」

「はいその通りです」

 

 今日から信じます。と冗談は置いといて、ここまで的確に当ててくるってことは──直接言ってるわけじゃないけど──、俺の事情を知っているのか?

 それとも本当にただの勘?

 いくら疑ってみても、目の前の余裕は崩れない。聞いてみたところではぐらかされそうだ。

 

「まあ一人目にも言ったことだけど、とにかく気をつけることサ」

「……覚えておきますよ、一応ね」

「うん、じゃあね。行くヨシャイニィ」

「なーん」

 

 どこかに隠れていた白猫を呼び出し、肩に乗せて去っていく。結局何が言いたかったのか。嘘が本当か、忠告か揶揄いたかっただけか……考えてもわからないな。

 意外と早く話も終わったことだ。欠席と連絡したが、ちょっとぐらい生徒会に顔を出す時間はあるだろう。再び校舎に入ろうとして、足を止める。

 

「『雨のち曇りのち、晴れかけて台風』……か」

 

 本当に上手く言ったものだと、そう思った。

 

 

 

 

「いよいよ明日か、例の作戦」

「そうだな。準備はできてるか?」

「バッチリだ。そっちは?」

「……まあまあ」

「なんだそりゃ」

 

 亡国機業掃討作戦の決行を明日に控えた夜。流石今日はトレーニングも控えめで、しっかり整備をこなして部屋に戻ってきた。

 

「まだ作戦の詳細は教えられないんだな」

「千冬姉聞いても『まだ教えられない』の一点張りだったしなぁ、このまま明日になるまで言わないのは勘弁してほしいけど」

「ありえなくもないな」

 

 初めてこちらから仕掛けるとあって、情報伝達はかなり慎重に行っているらしい。何せ実行する俺たちにするこんな状態なんだから。

 とはいえ、あの人には筒抜けなわけだが……。

 

「気楽に……はできないけど、連絡来るまで待つしかねーな」

「だなぁ……」

「「…………」」

「「暇だな」」

 

 待つとは言ったが、ただぼんやりと過ごすのは落ち着かない。しかし今から特別何かすることがあるわけでもないし、余計なことをして疲れたくもない。

 二人揃って微妙に潰しきれない暇を感じていた。

 

「「……なぁ」」

「「んっ?」」

「「どうぞ」」

「「えぇ……」」

 

 とりあえず適当な話題を振ってみるかと口を開けばタイミングが被り、では譲ろうかとすればまた被る。変なところで一体感が出た。

 

「じゃあ一夏(お前)からで、どうせ俺のは大した話じゃない」

「いや俺のも大したことじゃないけど……まあいいか」

 

 それからはお互い何でもないような雑談をして、連絡が来るまで時間を潰していた。俺がサボってる間にあったこととか、授業のここがわからないとか。普通の高校生っぽい話で。

 

「お前も相がどうこうって言われたのか?」

「ああ。『女難の相が見える』だってさ。よくわかんねぇな」

「あの人の本職占い師なんじゃないのか?」

「まさかぁ」

 

「えっ榊原先生また彼氏に振られたのか!?」

「そうなんだよ、丸一時間泣いててみんなで慰めた」

「かわいそう」

 

「お前サボってる間は倉庫にいたって聞いたけど、ずっとそこにいたわけじゃないんだろ? 他にはどこにいたんだ?」

「えー……校舎の中庭とか、時計塔のてっぺんで寝てたよ」

「中庭はともかく、時計塔ってあの高さで……?」

 

 そして、そろそろ話すネタも尽きてこようとしたところで、ISにメッセージが届く。

 差出人は織斑先生。ようやく作戦の詳細が伝えられるのか。

 

「来たな」

「読もうぜ」

 

 簡潔に必要な情報だけが記載された先生らしいメッセージを読み進める。時間、場所、主な動き……うん、だいたいわかった。

 

「何チームかに分かれて向かうのか。全員一緒は無理と」

「それとアリーシャさんと織斑先生が作戦指示と学園の防衛、緊急時の応援だってさ」

「俺と同じチームは……透と箒か、よろしくな!」

「ああ、うまくやろう」

 

 やはり戦力は分散させられるか。

 襲撃チームは全部で三つ、俺と一夏と妹様で一つ、楯無先輩と簪、山田先生で一つ、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒで一つ……どういう基準で割り振ったのかは知らないが相性は悪くないはず。

 山田先生は戦えるのか? 技術面での心配はないが、いかんせん普段の様子がなぁ……しかしこうして参加しているのだから間違いはないだろう。

 

「ちょっと不安だけど、一人じゃないなら心強いな」

「そうだな。何かあってもISならすぐに合流できる距離だし」

 

 多少の懸念はあるが、作戦内容に異論はない。

 結局やることは殴り込みだ。ごちゃごちゃ考えるより思い切り戦うほうがいい。大事なのはその後なんだから。

 

「この通りに進めばいいんだけどなぁ」

「大丈夫だろ……たぶん」

「なおこれまでのIS学園」

「やめろぉ!」

 

 不安なんだよな、すっごく。

 

 

 

 

第49話「欠席・二位」

 

 

 

 




 暑すぎてあつもりになったわ(持ってない)


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第50話「開始・決勝」

 八月も終わりそうなので初投稿です。
 なんと(プロローグ除いて)50話目らしいですよ。つまり50人ぐらい評価してくれてもおかしくありませんね(天丼)


 

「ここがあの国際テロ組織のハウスね」

「ハウス……?」

「せめてアジトって言えよ」

 

 作戦決行当日の朝。指定されたポイントへ到着した俺たちは一旦隠れながら織斑先生の指示を待っていた。

 

「本当にここで合っているのか?」

「地図じゃ間違いないなぁ、どう見ても廃墟だけど」

 

 目の前にあるのはボロボロの廃墟。何年も放置されていたことを示すように汚れて蔦の張った壁、窓はほとんど割れてるから外れていて風通しは良さそうだ。

 おおよそまともな人間が住むような場所には見えないが、国際テロリストの隠れ家には丁度いいのだろうか。

 

「今こっそりスキャンしたが、一応生体反応はあるぞ。ISの反応も」

「つまりここは当たりということだな。腕が鳴るぞ」

「好戦的だなぁ……そんなキャラだっけか」

「ふふん、最近調子が良くてな」

「そうか、存分に頼らせてもらうよ」

 

 どうやら妹様は絶好調らしい。役に立ってくれるなら何より、変に不調になってるよりはずっといい。

 それなりにメンタルも強くなってるし、臨海学校の二の舞にはならないだろう。

 

「油断するなよ。レーダーの類いは無いが、見つかってないという保証もないからな」

「わかってる。それより反応はいくつあるんだ?」

「……人間っぽいのが一人、ISは起動中のものが一機。未起動のものは……数え切れん」

「未起動のISも気になるけども、人間は一人だけ? 少な過ぎないか?」

「ああそうだ、だからおかしいんだ」

 

 今気になるのはこの警備の薄さだ。確かにボロい拠点だが、中には少人数で目の前に来ても見張りの一人すら立っていない。それほど重要度が低いのか? いや、それでも未起動のISを配置するならもっと厳重にするべきだ。となると考えられるのは……無人機か?

 

「また無人機かよ、考えたくないな……」

「一夏、九十九。今連絡が入った。全員ポイントに到着したらしい」

「そうか、開始時刻まではあとどれくらいだ?」

「二分半だ」

 

 バラバラに散ったメンバーもそれぞれの目的地に到着し、これでいつでも襲撃をかけられる。特に変更がないところから察するに、全て当たりだったようだ。学園の情報収集力も馬鹿にできないな。

 

「最終確認だ。突入したらまず上から俺が一撃かまし、そこから逃げるなり向かってくるなりした敵を下からお前らが叩く……でいいな?」

「「オーケー」」

「一夏はエネルギー残量に注意して、篠ノ之さんもいざってときは『絢爛舞踏』を発動できるようにな」

「任せておけ」

 

 まずは《Bonbardier》でてっぺんから隠れた敵のいる階層まで吹き飛ばす。そして出てきた敵を二人が叩き、あとは他の敵がいればそこに俺が、いなければ二人に加勢と状況に応じて対応だ。かなり雑な作戦に見えるが、見えている敵が少なくこちらが使える手を考えたらこれが一番確実だ。

 

「時間か、心の準備はいいな?」

「当然」

「バッチリだ」

「よし、では──開始する」

 

 ばぎり。

 指を鳴らすと同時にISを展開。素早く屋上の真上まで飛び上がり、同時に右腕にチャージしたエネルギーを解き放つ。

 

「アハ」

「『──ッ!?」』

 

 爆炎の中から、黒い機体が飛び出すのが見えた。

 

 

 

 

「そう、また貴女が相手なのね」

「今日こそ水浸しにしてやるわ、スコール!」

「四八回、爆破……!」

 

 ついに始まった亡国機業掃討作戦。特定されたアジトの一つで待っていたのは実動部隊『モノクローム・アバター』のリーダー、スコール。二度も辛酸を舐めさせられた相手だ。

 その実力の高さは疑いようもなく、苦戦は必至。だが、私たちは前回までとは違う。

 

「山田先生!」

「任せてくださいっ!」

 

 背後から飛び出した山田先生が、彼女が代表候補生時代に使用していた専用機【ラファール・リヴァイヴ・スペシャル 『幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)』】を身に纏う。

 

「数を増やしたところでっ、この私と【金色の夜明け(ゴールデン・ドーン)】は……」

「それだけじゃないわよ! ね、簪ちゃん?」

「うん!」

 

 山田先生の参戦は違いの一つ。もう一つ、いや二つの違いはここからだ。

 

「【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)・麗しきクリースナヤ】」

「【打鉄弐式・不動岩山(ふどうがんざん)】」

 

 ISの上から更に装着される専用ユニット、オートクチュール。今日という日のために用意した新兵器。

 それぞれが敵の防御をぶち破る高出力と、敵の攻撃を防ぎ切る耐久力を目的に調整されている。

 

「……なるほど、ハッタリではないようね」

「ええ。白旗振るなら今のうちよ」

「舐めないで頂戴。これぐらいで怖気付くような人間に、部隊のリーダーは務まらないの」

「……そう言うと思ったわ」

 

 一応投降を促してみたけれど、やっぱりそう簡単にはいかないか。

 これほどの戦力を前にしても尚戦意を失わないということは彼女にも相応の用意があるのだろう。

 

「でもピンチなのは間違いないんだけど……こうすればどうかしら?」

「何を──っ!?」

「これはっ……」

「無人機!?」

 

 ぱちん。と指を鳴らすと同時に、周囲から爆発と共に無人機が現れる。

 一、二、三……全部で四機。見た目はクラス対抗戦で乱入してきた黒くてデカイのと、夏休みで襲撃してきた細いのの中間といったところか。

 

「その余裕はこれね……」

「無人機はこちらで引き受けます! 二人はスコールを!」

「お願いします、山田先生! いくわよ簪ちゃん!」

「了解!」

 

 スコールを倒すには私たちの火力と防御が必要不可欠。複数の無人機は山田先生が引き受けてくれる。

 思わぬ伏兵がいたが、まだ不利になったわけじゃない。他の場所で戦うみんなと、守るべき学園のために、負けるわけにはいかないの。

 

「最初っから全開で行くわよ! 『ミストルテインの槍・ライト版』!」

「『ソリッド・フレア』!」

 

 水流と火炎がぶつかり合い、大きく爆ぜる。それが開戦の合図となった。

 

 

 

 

「そっち行ったよ!!」

「逃すな! 捕まえろ!!」

「逃げ場なんてありませんわよ!!」

「待ぁてぇぇぇぇ!!!」

「「「うおおおおお!?」」」

 

 嵐のように飛び交う銃弾、レーザー、衝撃砲。その先にいるのは亡国機業が一人【王蜘蛛(アラクネ)】のオータムと、亡国機業に寝返ったダリル・ケイシーもといレイン・ミューゼルとフォルテ・サファイア。

 

「どうすんだよオータム! めちゃくちゃやられてんぞ!!」

「さんをつけろクソガキ! いいから撃ち返せ!!」

「ちょっと何揉めないで……わぁぁ!」

 

 全霊を持って敵を撃破せんとするIS学園チームの四人と迎え撃つ亡国の三人。計七人の集団戦は仕掛けた側かつ人数的有利によってIS学園優勢に傾いている。

 

「調子乗ってんじゃねーぞクソガキ共が! こっちだってテメェらが来ることはわかってたんだよ!!」

「何ですって!?」

「スパイがいたんですの!?」

「またIS学園が裏切られてるのか……」

「それウチらが言えることじゃないッスよ」

 

 しかし亡国とてやられっぱなしではない。()()()から今日の襲撃の情報は得ていたし、その対策だって講じていた。

 ただほんの少し舐めていたのは、ここに来るIS学園メンバーの実力だった。

 

「今までの恨み、よーく味わえっ!」

「お釣りはいらないよっ!」

「クッソがあぁ!」

 

 個々の実力ではまだこちらが優っているが、思わぬ攻撃の苛烈さに追い詰められてゆく。

 

「おいガキ共! 一瞬だけ稼いでやるからさっさと例のアレ使え!」

「オッケーオータムさん! やるぞフォルテ!」

「は、はい!」

 

 この猛攻を凌ぐための防御策、【ヘル・ハウンド】と【コールド・ブラッド】によるとっておきの合わせ技の発動にはごく僅かであるが──主にキスとかするせいで──隙がある。だからその分をオータムが稼ぐ。

 

「粘糸生成──狙いは、テメェだっ!」

「なっ!?」

「鈴さん!」

 

 最も前線にいた鈴へ向けて粘糸を発射。急いで生成して飛ばしため、大した粘着力はなく、直ぐに拘束は破られてしまうだろうがそれで十分。

 

「ぐぅぅ……おらぁっっ!!!」

「え、ちょっ……きゃああああ!?」

「わあああああ!?」

「シャルロットー!!」

「鈴さーん!!」

 

 マニピュレータがミシミシと不快な音を立てるのを感じながら、六本の腕をフルパワーで拘束した鈴を持ち上げ、次に近かったシャルロットへ叩きつけた。

 ISそのものを利用した不意の一撃は流石にそう軽いものではなく、二人揃って吹き飛ばされる。

 

「お二人とも大丈夫ですの!?」

「いたた……だ、大丈夫……」

「見た目ほどダメージはないよ……うん」

 

 派手に叩きつけはしたが、鈴はギリギリでPICによる制御を行っていたし、シャルロットも最低限受け身は取っていた。そもそもIS相手に打撃は──それに特化しているか通常の数倍以上の馬鹿げたパワーを持っているならともかく──シールドバリアに相殺されて効き目は薄い。

 しかしそれでも、全員一瞬だけ止めることはできた。

 

「今だ!」

「はいっス!」

「「せーのっ、『凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)』!!」」

 

 炎を封じた氷の鎧が二人を包む。これは外側の氷が衝撃を吸収し、噴き出す内部の炎が威力を相殺する反発装甲(リアクティブ・アーマー)

 

「それが『イージス』の十八番ってワケね……」

「おい! 私にはねぇのかよ!」

「急いでんだからしょうがねーだろ! 下がってろオータム!!」

「さん外してんじゃねぇガキ!」

 

 悪態を吐きながら戦線交代。苛烈な弾幕に耐えうる用意ができたダリルとフォルテが立ち塞がる。

 

「あーもう短期決戦にしたかったのに!」

「悪いが泥沼決定だ! 今度はオレたちがたっぷりと仕返ししてやるぜ!」

「一年のターンはもう終わりッスよ!」

「上等ですわ、その鎧ごと蜂の巣にして差し上げます!!」

 

 お互い新しく恨みが積もったところで、この乱戦はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

「──そして、亡国へ情報を流していたのはこの私……てわけサ」

「ああそうだろうな。知っていたとも」

「おや、意外」

 

 時を同じくして、IS学園作戦本部。いつでも外敵に対応できるように、それでいて生徒は巻き込まないようにと校舎から少し離れた屋外に設置されたこの場所で、千冬に鉄の右腕を向けるアリーシャ。

 

「お前のことだ、大方私との決着を目当てに亡国に入ったのだろう? これで念願が叶うというわけだ」

「当たり、よくわかってるネ。あの子たちは知らないみたいだけど」

「これは私たちの問題、あいつらには関係ないことだ。実際お前も、あいつらに危害を加えることはしなかっただろう?」

「……まぁ、ネ」

 

 全ては第二回モンド・グロッソ、不戦勝という何よりも不名誉で、納得のいかない称号を手に入れてしまったあの日のため。

 だから学園の生徒が邪魔にならないよう、あえて本当の情報を与えて遠ざけた。今日までこの目的がバレないように亡国との繋がりを隠しながら。

 

「千冬。貴女が決して私から逃げたわけじゃないことは知っている。亡国に弟を拐われて、助け出すためには不戦敗を選んだことも、そのせいでドイツに恩を返す羽目になったことも。そして……もっと重大な理由で、現役を退いたことも」

「…………」

「それでも、私の脳内にはあの時の……私一人だけの決勝戦が離れない。家族のために投げ捨てられた優勝が酷く醜いものに思えて堪らない」

 

 だから彼女が現役を退こうと、この身が事故でボロボロになろうと、今日決着をつけるために生きてきた。

 たとえその原因を作り出した亡国に肩入れすることになろうとも。

 

「さあ、早くて決めて。私と戦うか、それとも──」

「ふふ、はははっ」

「……何がおかしい」

「いやすまない、馬鹿にするつもりはないんだ。ただなんというか、お前にもこんな一面があったとはな」

「……千冬にだけサね」

 

 軽くあしらわれたような気がして、ほんの少しムッとする。こちらは覚悟を決めて行動に移したのだから、相手にも相応の覚悟を見せて欲しいのだ。

 

「……だが、そこまで想われているのなら応えないわけにもいかんなぁ」

「っ!? ということは!」

「言っただろう? 知っていたと──その挑戦、受けて立つ」

「あぁ、あぁ……!」

 

 瞬間、全身に浴びせられる殺気。夢にまで見たこの感覚に歓喜で満ちる。

 

「奴の思惑に乗るのは癪だが、今の私が持てる全力で相手をしよう」

「……腕は、鈍っちゃいないよネ?」

「さぁどうだろうな。お前が直接確かめるといい」

「──【(テンペスタ)】ッ!!」

「【暮桜(くれざくら)】」

 

 互いの愛機を呼び出す声が開戦の合図。二人がぶつかり合った衝撃が周囲を揺らす。

 

「世界一なんてどうでもよかったがなっ、私もあの日のことはずっと心残りだったんだっ!」

「嬉しいネェッ! これこそ相思相愛ってやつなのサ!」

「そうだなぁ、果たし愛だっ!」

 

 二人の世界最強、あの日実現できなかった、今度こそ何者にも邪魔されない決勝戦が始まった。

 

 

 

 

 

 そして、場面は俺たちのところへ戻る。

 

「九十九ッ、九十九九十九九十九九十九透ゥゥゥゥ!!」

「『チッ、前より狂ってやがるなっ……と!」』

「グギッ、がァ、ああァアアア!!」

「『どうせ全部束様(あの人)に唆されてんだろうな……」』

 

 一階層丸ごと吹き飛ばすはずだった爆風をものともせずに飛び出してきたエム。前回同様狂ったように攻撃をしてくることは変わらないが、その口調はより狂ったものに感じる。

 

「殺スッ、死、死シシし、死ねぇっ!」

「『本当そればっかだなぁお前! 他にねーのかよ!」』

「グォォオアァ!!」

「『おっと慌てない、前がそれでダメだったんだから」』

 

 前回はシールド破壊能力とスピードに泡を食って、体勢整えるのに時間かかったからな。今日はその反省も込めて、冷静に対処していかないと。

 

「フヴゥゥゥッ!! 斬る、斬、ルるゥゥゥ」

「『勢いばっかで単純になってんだよっ……」』

 

 確かに強力な敵ではあるが、戦うのは二度目。ある程度動きは覚えているし、受け方さえ間違えなければシールド破壊能力も問題ない……はずなのに。

 

「『げ」』

「ギャギ、ギギギギギギギャアアア!!」

「『ぬぎっ……ぐああっ!」』

 

 受け止めた筈の刃は勢いを増し、危うく胴に届きかけたところで強引に押し返す。その勢いで俺は体ごと吹っ飛ばされた。

 

「『……あっぶねー、それだけじゃなかったな」』

「ア゛ははハはハハハ!」

「『よし。ちゃんと防げたし、受け身もできてる……けどダッセーな俺」』

 

 慌てるなと言ったそばからこれだ。危うく敵の戦力を見誤って死ぬところだったな。

 これもまた、束様が余計な調整でも施したのか……面倒なことを。

 

「透! 大丈夫か!?」

「『ああ平気……って、早くないか? 無人機はいなかったのか?」』

全部倒した! 念のため生き残りがいないか箒が調べて、すぐに上がってくる!」

「『わぁお」』

 

 本当に数えるのも嫌なぐらいいたんだが……まだ数分経ったぐらいだぞ? どんな早さで倒してきたんだ。

 これも特訓の成果、それとももっと別の変化か?

 

「おお織斑、一夏ァ! 九十九、透!!」

「またこいつか! 恨まれてるなぁ」

「『全くいい迷惑だな……気をつけろ、前より狂ってるが、前より強いぞ」』

「見りゃわかるよ。お前吹っ飛ばされてたもんな」

「『うるせ」』

 

 そんなことより、今の調子で戻ってもまた吹き飛ばされかねない。となると……そうだな、うん。

 出すか、100%(本気)

 

「『もう加減する必要も無いからな」』

「え……?」

 

 お待ちかね100%、あの人の言う通りならば、これで()()()は数値以上の力が手に入る──はず。

 息を吸って、すっかりこの身に染みついたスイッチを切り替える。

 ばきり。

 

 

 

 

第50話「開始・決勝」

 

 

 

 

 




 前回日間に載ることができました。高評価くれた皆様ありがとうございます。
 また載りてぇなぁ、明日とか(ホモはよくばり)


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第51話「「』・嵐」

 更新が遅れちゃったので初投稿です。
 またあらすじ変わってますが(そもそもあらすじまで読んでる人がどれだけいるのか知りませんが)、前までのがなんとなく気に入らなかっただけなので意味はないです。


 

 100%。不完全から完全へ。【Bug-VenoMillion】が出せる最大出力にして、この機体を制御しきったという証。

 

「『──お、おォ……ア」』

「おい! 何が起きてる!?」

「『大、丈夫ダ……うグ、ふゔヴ……」』

「え、どこが?」

 

 痛みは無い。全身がドロドロに溶けて、機体の隅々まで行き渡っていくような感覚。装甲が自らの肉となり、神経まで通ったかと錯覚する。

 

『……そうだ。そして精神(俺たち)も、一つになる』

「『全部、一ツに……」』

 

 ((1))((2))との境すら曖昧になり、二つの心が混ざり合う。一方が消えるのでもなく、また二つが同時に存在するわけでもない。新しい俺ができていく。

 なるほど。これは確かに数値などでは測れないものだ。

 

「ぅギ……ふぅ……』

「と、透? 本当に大丈夫なのか?」

「平気、だ。もう終わったから』

「終わったって……それにその声は……」

「ん、また変になってんな。まあいいか』

 

 声なんてどうだっていい。久々に、本当に気分がいいんだ。

 今の俺はそう、(1)+(2)だから九十九透()(3)……いや、「真・九十九透』とでもしようかな?

 

「ア゛ァァァァ……」

「待たせたな。じゃあ再開といこうか』

「……よくわかんねぇけど、調子がいいなら頼らせてもらうぞ」

「あぁ任せろ。それよりほら、来るぞ』

「切るルルるルル、ウヴァアア゛!!」

 

 払われた両手の大鎌から大小様々な斬撃が飛び出す。俺を目標にした刃は狂ったように回転しながら襲いかかる。

 前はこんな攻撃はしなかった。使わなかったのか、使えなかったのか。そんなことはどうでもいい。とにかく、間違いなく当たるわけにはいかない攻撃だ。

 

「だけど……うん、()()()()()

 

 出鱈目な速さ、出鱈目な軌道。角度、回転方向。これからどう動くか、当たればどうなるか。どうすれば躱せて、どうすれば弾けるか。

 俺はほんの一瞬目にしただけ。その一瞬で全てを解析し、最適の手を導き出す。まるで頭がスパコンになったよう。極力廃すべきであった思考も、ここまで加速すればプラスに働くのか。

 そしてその手を寸分の狂いもなく、反射以上のスピードで実行する。

 

「処理完了。ダメージ0……』

「何ダとッ!?」

「すっげぇ……」

 

 機体の完全制御。以前ならある程度の被弾は覚悟しなければならなかったというのに……防御一つ取ってもこうも変わるとは。

 これはいい。是非とも、攻撃で試したい。

 

「さて反撃──追いついてくれよ?』

「!」

 

 小手調べなんてするつもりはない。最初から最高の速さで、力で、軌道で突っ込むだけ。

 機動の衝撃で階層を破壊しながら接近して、敵を殴る。

 

「ァッ……ガ、ハァッ……」

「へぇ、こんな感じだったのか。ISがISを殴る時って』

 

 脇腹にめり込んだ右腕によって硬い装甲が砕け、柔らかな体が悲鳴をあげる感触が、今までとは比べ物にならないほどよく伝わる。

 人を殴る時の感触は不快だという話をよく聞くが、今はその逆。実に清々しいものだ。

 

「ギキッ貴様ァァぁぁァ!!」

「そうこなくっちゃ。なぁ一夏?』

「同意求められてもなぁ……」

 

 とはいえこれで一撃入れただけ。メキメキと音を鳴らしながら装甲が組み直され、余計にやる気を出しているように見える。

 だがまだまだやる気があるのはこちらも同じ。今まで不完全燃焼だった分と、直接関係ない八つ当たりを含めて存分に憂さ晴らしの相手になってもらおう。

 

「すまない! 遅くなっ……またこいつか」

「ん、来たか』

 

 確認を終えた妹様も合流し、戦力は出揃った。正直過剰な気がしないでもないが、エネルギーの心配が要らなくなったのはプラスか。

 

「悪いけど説明する暇も作戦もない。各自好きに動いて上手いこと合わせるぞ』

「ちょっ」

「何を──」

()すのさ』

 

 もう一度。今度は床を踏み抜くようにして急接近。さっきと同じ右腕を、さっきと全く同じ位置を狙って叩きつける。

 

「二度モ食らウモノかッ!」

「いいや食らわせるね』

「──グ、ッッア゛ア゛ッ!?」

 

 今度は防御を割り込ませたが、所詮この程度95%でもぶち破れていたものだ。いくら束様の調整込みでも、反応すらギリギリとなった100%の一撃を防げるわけがない。

 組み直されたばかりの装甲が砕けて、あとはさっきと同じだ。

 

「ここまで変わるなんてなぁ。こんなことならもっと早く──いや、それはないか』

「? 何言って「ガアァァッ!!」どわぁっ!?」

「気をつけろよ。俺が押してるからって別にこいつが弱いわけじゃないんだからな』

「す、すまん……」

 

 危うく被弾しそうになった一夏に注意しつつ、100%に到達する前の戦い方を思い出す。

 もうあんな痛い思いをせずとも性能を引き出せるのは嬉しいが、これも束様の思い通りなのだと考えるとせっかくのいい気分が台無しになりそうだ。

 

「フゥッ、フゥぅぅウ゛、九十九透ゥ……」

「そのうわ言も聞き飽きたよ。今日で終わりだけど』

「黙レェェ!!」

「一夏』

「おうッ!」

 

 いくら調子がよかろうと俺だけで相手する意味はない。折角過剰なくらいの戦力がそろったのだから、二人にもしっかり働いてもらわないとな。

 もう下で働いてきた? 知らんもっと働け。そりゃーもうたっぷりと。

 

「ついでにこれも──《Cockroach&Egg Sack(いつもの)》』

「グッ……」

「よし当たった……けど怯ませるのが限界か。これは出力関係ないからな……ってか変な感じ』

 

 害虫型爆弾もかなり自在に動かせるようになった。標的を感知して飛ぶだけだった、追尾はできても単純だったものが本物さながらの動きになっている。

 ただ何というか、指先のように動かせる分、指先が爆発した感じがするのはちょっとアレだ。痛くはないんだけど。

 

「……《穿千》セット完了、頭を下げろっ!」

「了解っ!」

「いっけぇぇっ!」

「──ギャァアアッ!」

 

 【紅椿】のブラスター・ライフルから放たれた熱線が敵のウイングを撃ち抜く。

 ズタボロになって飛行能力を失った羽根が、直ぐに機能を取り戻すため再構築を図る。

 しかし、

 

「そうは──」

「──させるかっ!』

「! クソォッ!」

 

 直りかけた羽根を一夏が切り飛ばし、俺が根元を破壊する。これでまず自動修復で直すのは無理だし、できても相当の時間がかかる。

 つまりこいつの機動力は半分失われた、というわけだ。

 

「つってまだ何かあるんだったら話は別なんだが……そんなことはないか』

「クソッ、コンナ、コンなァぁぁぁ……」

 

 攻撃は効かず、ろくに飛ぶこともできず、打つ手のなくなった敵は這いつくばるのみ。詰みだな。

 

「……透、最後は俺が」

「ああ。トドメは『零落白夜』で確実に……外すなよ』

「外さねーよ、これじゃあ」

 

 こんな状態の敵に攻撃するのは気が引けるのか、少し暗い表情でブレードを構える一夏。本当にお人好しだな。それでも確実に倒すため自分からこの役を買って出るあたりは割り切っているようだが。

 

「ぃ、ヒィあ、嫌、あぁぁ……」

「殺しはしない。だから、もう諦めてくれ」

 

 振り上げられた《雪片弐型》の刀身が展開し、白く光るブレードが現れる。もう何度も見た『零落白夜』の発動。シールドバリア無効化攻撃。

 この戦いを終わらせる一撃が振り下ろされる瞬間、敵が取った行動は。

 

「嫌だぁぁぁぁぁーーー!!!!!」

「なっ!?」

「逃げたぁ!?」

「っこいつぅ!』

 

 逃走であった。

 どこにそんな余力が残っていたのかもわからないほどの速さ。一夏の攻撃範囲から逃げるように、一直線にこの階層の中心へ進む。

 

「すまん! まさかあんな逃げ方とは」

「こっちも予想外だ! なんだって急に……』

 

 まさかここまで往生際が悪いとは──俺が言えた話ではないが──思わなかった。

 咄嗟の行動か、余力を隠していたのか……どちらにせよこれはまずい。あまりに驚いて反応が遅れた。もし逃げ切られたら作戦がパーになる!

 

「やつは中心に向かってる……ん? 中心?』

「おい、それって……」

「まさか!』

 

 この建物の中心には、俺が最初に砲撃でぶち空けた大穴がある。そこからなら簡単に下層まで降りていける。

 下層まで降りることができれば、そのまま逃げ切れるという算段か?

 

「アぁぁアァァーー!!」

「待てっ──」

「一夏ストップ!!』

「どわぁ!? 何すん──」

 

 敵を追って大穴に飛び込もうとする一夏を引き戻す。かなり雑に引っ張ったせいで少し痛そうにしているが、文句はアレを見て言ってもらおう。

 と、大穴へ視線を戻した瞬間。

 

 ズシャアァァ!!

 

「わかったか?』

「……うん」

 

 自然落下しながらばら撒いたと思しき斬撃が下から飛び出す。もし引き戻さなかったら、あのまま飛び込んでいたら。一夏ではまず間違いなく八つ裂きにされていただろう。俺でもきっとただでは済まない。

 

「よし今度こそ行くぞ……手遅れかもしれんが』

「諦めるな! まだ反応は下にあるから追いつける!」

 

 もし下層に行く理由が逃げるためだけなら、危険ではあるが追いつく方法はいくらでもある。

 ならば逆に、逃げるためではないなら? 下層には何かがあって、その何かで新たな行動を起こすつもりなら? 例えば……()()()()()()()()()()()()()()()()()とかで。

 

「全速力で降りるぞ!」

「ああ、気をつけろ!」

「……クソ、嫌な予感がする』

 

 全員で穴へ飛び込み、加速しながら最下層目がけて落下していく。底にはもう敵の姿はないが、妹様の言う通り、反応ではまだこの建物から出ていない。

 と、思考を巡らせたところで。

 

「やぁ」

「──は?』

 

 中間地点を少し過ぎたあたり。穴の縁で、見慣れたエプロンにうさ耳をつけた上司(束様)が手を振っていた。

 

「最後のおまけつけといたから、頑張ってねー」

「ちょっ待っ……あぁクソがっ!』

 

 慌てて止まろうとしても既に遅く。束様の姿は忽然と消えていて。

 大人しく下まで降りていくしかなかった。

 

 そして、最下層には。

 

「何だ……これ……?」

「えーと、なんというか……」

「……やっぱり』

 

 黒く、大きく、それでいて歪な『繭』があった。

 

 

 

 

「あっはははは! いい、私をここまで昂らせてくれるのは千冬だけサ!」

「そうだな、私も久々に……血が沸くっ!」

 

 世界最強(ブリュンヒルデ)同士の戦い。人も建物も無いのならばと周囲の被害などお構いなしに風と刃が踊り狂う。

 

「この速さ、それに精密さ。第一回(あの時)以上だな」

「〜〜! 千冬こそ、思わせぶりなこと言っといて技の冴えは衰えてないのサッ!」

 

 アリーシャは風を収束させた槍、千冬は【暮桜】の愛刀《雪片》で熱く火花を散らす。

 しかしこれはまだ序の口。未だ二人にダメージは一切なく、こうして互いを褒め称える余裕すらある。

 

「そろそろギア上げようかっ! それとも下げる?」

「馬鹿言え、倍速で来いっ!!」

「よしきたぁ!」

 

 まるで小学生のように軽々しくとんでもないことを言ってのけ、そしてやってのけるのがこの二人。要求通りアリーシャは倍速で動き出し、千冬はそれを捌き切っている。

 

「最っ高だよ! 第二回ならこれで全員倒してたのにっ!」

「ほほーう? やはり私が出ていれば優勝していたかもしれんなぁ?」

「ほざけっ……三倍速!!」

「いいぞ! もっと上げろ!!」

 

 三倍速。常人なら──いや常人でなくとも、何がなんだかわからなくなってくるスピードへ。

 しかしアリーシャは完璧に制御を続け、千冬は対応できている。

 これが世界中のIS操縦者の中で頂点を争った者たち、怪物級と称された者たちの実力。

 そして三倍速でしばし戦い続けたところ、ついに戦況が動いた。

 

「そこっ!」

「なんのっ……むっ」

「いただきっ!」

 

 あらゆる角度から飛び交う風の槍を斬り払った直後、斬ったはずの風が再び収束し、新たな槍となって千冬を狙う。

 そして──その装甲に傷をつけた。

 

「ふっ、やられたな」

「やっと、やっと一発入れてやったのサ!」

「ああ、誇っていいぞ。何せ第一回も第二回も、私に傷をつけたものはいないからな」

「……へへっ。照れちゃうネ」

 

 一回目は圧倒的実力でアリーシャ含む全員を無傷で斬り伏せた。二度目も、アリーシャを除く全ての対戦相手をやはり無傷で斬り伏せた。

 それほどの実力差のあった王者に今、自分の手で先手を取ったという事実に喜びで打ち震える。

 

「……よし、覚えた。もう食らわん」

「……そうこなくっちゃ」

 

 喜ぶのも束の間。この戦いはまだ始まったばかりで、一発で学習した千冬にアリーシャは新たな手で挑み続けなければならない。

 しかしその挑戦も、アリーシャにとっては何よりも望んでいたことだ。

 

「一発くれたお返しをせねばならんな。つまり今度は──私の番だ」

「──ッッ!!」

 

 斬り刻まれそうな威圧感に怯みかけた一瞬。ほんの僅か反応が遅れた隙で千冬の姿が消える。

 

「こっちだ」

「──ハァッ!」

「無駄だ」

「!? クゥッ!」

 

 次に姿を現したのは目と鼻の先。迫る攻撃を防ごうと風の盾を展開するも、刃はまるで無風かのようにその盾を通り抜け、アリーシャの腹部に浅く傷をつけた。

 

「……ギリギリで退いたか。流石の反応だな」

「何をっ……?」

 

 文字通り目にも留まらぬ、こちらを上回るスピード。そしてエネルギー無効化の『零落白夜』とは違う一撃に、アリーシャは驚きを隠せない。

 

「古武術というやつさ。確か零拍子とか言ったか……IS用に改良してあるがな」

「盾をすり抜けたのは?」

「それごと斬るつもりで振った。それだけだ」

「……やっぱりバケモンなのサ」

 

 つもりになるのは容易くとも実行するのはとんでもない技量が必要になるものだ。しかしさも当然のように千冬はやってのけた。

 それ以前に風の槍や盾なんてものを自在に操るアリーシャも大概おかしいのだが。

 

「……チマチマ上げていってもらちがあかんな。どうだ、そろそろ本気で戦るというのは」

「なんだ、もうお疲れかい?」

「勿体ぶるなよ。それとももう本気だったか?」

「……言ってくれるね」

 

 あまり時間をかけ過ぎるのも、折角遠ざけた専用機持ちが戻って来てしまうのでよくない。この戦いには何人たりとも水を差すことは許されないのだから。

 見え透いた挑発に乗るのはちょっびり癪だが、準備運動はここまで。真の本気を出す時が来た。

 

「──全力の嵐をお見せするのサ」

「……来たな、それがお前の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)……名前はそう」

「『疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)』──ついてこれるかい?」

 

 アリーシャの両腕を広げた瞬間。千冬の目の前には六人のアリーシャが槍を構えていた。

 内五体は風を集めた実体のある分身。しかしその全てが本物と遜色ないスピードと攻撃力を備えて、風故にどれだけ切り裂こうとも復活する。

 

「面白い。ならばこちらも……本気を見せねばなるまい」

「待ってました……!」

 

 世界二位の本気を前にしては、こちらも出し惜しみはしていられない。戦況の話ではなく、挑戦される者として。

 そして【暮桜】の愛刀《雪片》が光を放ち、一撃必殺の刃へと変わる。

 

「『零落白夜』──さぁ、全て切り捨てよう」

 

 過去との決着の時は近い。

 

 

 

 

第51話「「』・嵐」

 

 

 




出力100%は、
破壊力:A / スピード:B / 射程距離:C / 持続力:B / 精密動作性:C / 成長性:B
から
破壊力:A / スピード:A / 射程距離:C / 持続力:B / 精密動作性:A / 成長性:D
になったようなものだと考えてください。
最近ジョジョ熱が再燃したせいでこんな例えになってしまいました。


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第52話「業火・王蜘蛛」

 生活リズム崩壊太郎になったので初投稿です。
 先に言っておきますが今回長いです。


 

 爆ぜる。爆ぜる。先刻から現在に至るまで、数え切れないほどの爆発が辺りを包む。

 

「ちょっと火力が落ちてるんじゃないっ!? やっぱり歳かしら?」

「あなたこそ、喉が渇いて仕方がなさそうね? お化粧室はあっちよ!」

「なら一緒にいきましょうか? 厚化粧がボロボロ崩れてますよっ!」

「それはいいわね、焦げた髪を散髪してあげるわっ!」

 

 爆発を巻き起こしているのは楯無とスコールの二人。この煽り合いもそれ同様延々と続いている。

 

「お姉ちゃん下がって! また『来る』よ!」

「おっけい! 任せるわ!」

「っ……しぶとい!」

 

 楯無を支援するのは愛する妹である簪。オートクチュール『麗しきクリースナヤ』によって、赤く変色した高出力水流操作を行う楯無がスコールが展開する炎のベールを突破。さらにその隙をカバーするために簪は防御に特化させている。

 そしてこの通り、攻撃を仕掛けてくるタイミングで簪が前に出ることで、見事ここまで耐え切っている。

 

「山田先生、そっちはどうですか!?」

「あと一機です! すぐ終わらせますから!」

「お願いします! さぁもういっちょ行くわよ!」

「うん!」

 

 またスコールが呼び出した無人機は真耶によってほとんど倒されており、残る一機も時間の問題。四対一というかなり厳しい差を見事に打ち破った技量はさすが元日本代表候補にして、現IS学園の教員である。

 

「《山嵐(やまあらし)》!」

「『清き熱情(クリア・パッション)』!」

「またこの連鎖起爆……相当練習したようね」

「ええ! 貴女を吹き飛ばすためにね!」

 

 簪が高性能誘導ミサイル《山嵐》を発射し、着弾と同時にアクア・ナノマシンを巻き込むことによる連鎖起爆。それぞれの威力を掛け合わせたような激しさで炸裂する一撃は、着弾したミサイルの数だけ連鎖する。

 

「これ以上は、食らわないっ!」

「弾いた!?」

「そんな!」

 

 しかし炎のベールを展開して強引にミサイルを弾き出したスコール。こちらはかなりのダメージが蓄積しているが、まだ『切り札』を切るだけの余力はある。

 

「見せてあげるわ。本当の最大火力を……!」

「これは……」

「まだ底を見せてなかったってわけね……!」

 

 スコールのISが閃光を放ち、機体を包むように守る二つの巨大なリングを展開する。

 

「 これが私の切り札、【黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)業火熱輪(レッド・バーン)】!」

「貴女もパッケージを……!」

「何も国家の支援を受けているものだけが使えると決まったわけじゃないわ。非正規品だけどね」

「違法に強奪したISに違法製造したパッケージ……さすが国際テロリスト……」

「でも性能は違法だからこそのとびきりよ。さぁ……焼かれなさい」

 

 リングがチカチカと光った次の瞬間、全方位に向けて超高温の熱線(レーザー)が放たれる。

 熱線はその射線上全てを焼き払い、焦土に変える。

 

「さっきまでとは火力が違う……!」

「拡散するはずの熱量をあのリングで収束させてるのね……厄介だわ」

「あれは受け切れない……回避するか、致命傷は避けて逸らすか……」

「分析は終わったかしら? 次行くわよ」

 

 リングが高速回転を始め、熱線に代わり幾つもの炎弾が乱射される。

 高火力だが線で捉えることのできた熱線とは違い、一発の火力は落ちているが不規則にばら撒かれた炎弾は回避が難しい。特に──防御に重きを置いて機体の重みを増している者には。

 

「──あうっ!」

「簪ちゃん! あっつ!」

 

 まず機動力に劣る簪が被弾。その防御力でダメージは抑えているが、この弾幕で動きを止めればまた次の一発が直撃する。

 そして妹が傷つく姿を見た楯無も、その愛情ゆえに一瞬動きが鈍ってしまう。

 

「回避が甘くなった。やっぱりその子が大事なのね……ならもっと狙ってあげましょうか」

「くっ……!」

 

 追い討ちをかけるように、今度は片方のリングから熱線を、もう片方からは炎弾を発射する。当然狙いは簪だ。

 

「これで終わりよ、()()()()()の妹さん」

「──は?」

「あっ」

「『不動岩山』、部分解除」

「なっ──」

 

 瞬間。簪は【打鉄弐式】から切り捨てたパッケージの一部で炎弾を受け止め、瞬時加速(イグニッション・ブーストで)で熱線の攻撃範囲から脱出する。

 そして脱出した勢いのまま驚愕の表情を浮かべるスコールに接近し──

 

「確かそう、透ならこんな感じ──」

「ちょっ──」

「『ぶち抜く』っ!」

 

 左右に備えた荷電粒子砲《春雷》の、最大火力を撃ち込んだ。

 

「っ……!」

「『もう一発』」

「がはっ!」

 

 さらにもう一発撃ち込み、その衝撃でスコールが後退する。

 さすがに最大火力の連発は負担がかかったのか、《春雷》の砲身から放熱されている。

 

「……これでもまだ、足手まといって言える?」

「はぁーっ、はぁーっ……これは、見縊ってたようね……」

「凄いわ簪ちゃん……色々と……」

 

 妹の成長への喜び半分、誰かさんに変な影響受けているのではないかという気持ち半分で複雑な感情になる楯無。

 しかし今はそんなことを考えている場合ではない。かなりいいダメージが入ったとはいえスコールはまだ戦えるし、簪はパッケージを部分解除したせいで防御が落ちていることを考えると早急な決着が望ましい。

 

「こっちも切りましょうか、『切り札』ってやつを」

「! やるの? お姉ちゃん」

「ええ、でも──」

 

 その『切り札』のためにはもう一つ必要なものがある。ものというか人で、その人は絶賛無人機と格闘しているところなのだが──

 

「お待たせしましたっ! 無人機の全破壊完了ですっ!」

「──ちょうどよかった」

 

 全ての無人機を倒した真耶が合流し、これで三対一。『切り札』に必要な全てが揃った。

 

「早速ですが山田先生! 一気に決めますよっ!」

「お任せくださいっ! 即座に起立(スタンダップ・ハーリィ)ご覧あれ(イッツショウタイム)!」

 

 先ずは真耶が独特な掛け声とともに、自身の専用機【ラファール・リヴァイヴ・スペシャル 『幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)』】から巨大なシールドを四枚展開。まるで翼のように広がるそれらが向きを反対にしてスコールを囲み、同時に射出された有線接続操作の盾(ワイヤード・シールド)が隙間を埋めてゆく。

 それはまるで卵のように、しかしその殻は中身を守るためではなく閉じ込めるために配置されていた。

 

「こんなものっ……!」

「『すぐに抜け出せる』って感じですか? でも許しません!」

「!?」

「ここからがですっ!」

 

 僅かな隙間から二丁のサブマシンガンをねじ込み、中のスコールへ向け思い切りトリガーを引く。

 銃弾は内部で乱反射を繰り返し、徐々に装甲を破壊してゆく。

絶対制空領域(シャッタード・スカイ)』。かつて日本代表候補生であった真耶が、『銃央矛塵(キリング・シールド)と呼ばれるようになった(自分からそう呼ばせていた)所以の必殺技である。

 

「ぐっ、ああっ……」

「さぁ、次ですよ!」

「はいっ!」

 

 続いて楯無。しかし先ほどまで大量に纏っていた赤いヴェールは、槍に纏わせていたものを除いて消えている。

 いや消えたのではない。アクア・ナノマシンを含んだ水流が水蒸気となり、大気と混じり合って空間に溶け込んでいる。

 そしてこのアクア・ナノマシンを溶け込ませた空間そのものが、楯無の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)となる。

 

「動きがっ、鈍い……いや違う、動けない!? これは……!?」

「『沈む床(セックヴァベック)』。もう貴女は、指一本動かせない」

 

 超広範囲指定型空間拘束結界。それが楯無の単一仕様能力。大量に拡散させたアクア・ナノマシンが敵の動きを封じ込め、文字通り空間に沈ませる。

 時間はかかるが、発動さえしてしまえば脱出も回避も不可能。後は楯無の思うがままに、溺れさせるだけ。

 

「こんなもの、焼き尽くせば──」

「でもそれって何分かかるのかしら、一分? 十分? それとも一時間? いずれにせよもう終わりよ。ね、二人とも?」

「《山嵐》──そうだね、お姉ちゃん」

「ええ、お仕置きの時間です!」

 

 間髪入れず四十八基の《山嵐》を発射する簪と、おまけのグレネードを発射する真耶。

 しかしその全てがちょうどスコールに触れるか触れないかというギリギリで、『沈む床』によって絡め取られて停止する。そう、まるで機雷のように。

 

「これはっ!?」

「そう。さっきと同じ、連鎖起爆よ、ただし規模は数十倍……」

「あっ──」

 

 そして、残しておいた全てのアクア・ナノマシンを纏わせた《蒼流旋(そうりゅうせん)》が、起爆剤(スイッチ)としての準備を整えた。

 投げる『ミストルティンの槍』。楯無第三の必殺技、その名も──

 

「『投殺水槍(デス・オブ・バルドル)』──いっけぇーっ!」

 

 着弾、起爆。辺りを揺るがす爆風が駆け抜け──その後には、ISを強制解除されたスコールが残された。

 

 

 

「まさか生体同期型ISだったなんて、帰ったら精密検査ね」

「色々とあったのよ。『裏』でね……」

 

 黒焦げになった爆心地。僅かに残ったエネルギーで、満身創痍のスコールをスキャンする。すると驚くべきことに、【黄金の夜明け】のISコアはアクセサリではなく体内に仕込まれていた。つまり機体にあったそれらしきモノはダミーだったというわけだ。

 彼女の過去に何があったのか、生体同期型ISなんてものを持っているのか、なぜ亡国にいるのか、目的は何だったのか……疑問は尽きない。

 

「ふ、ふふふ。負けちゃったわね」

「何よ。余裕そうな顔して」

 

 ド派手に爆破されて全身ズタズタ、機械義肢もあちこちもぎ取れて、誰がどう見ても明確な敗北。しかしスコールは笑っていた。

 

「いえ、全力を出して負けたなんて、いつぶりかしらと思ってね」

「三十年ぶりぐらいですか?」

「簪ちゃんステイ」

 

 やっぱりあの野郎は一度シメるべきではないかと思いながら、改めてスコールを拘束して話を続けさせる。

 

「私は持てる全ての力を尽くして抗った。その結果がこれならもう文句はないわ。他のメンバーもきっと同じ」

「……そう」

「ただし。これで全て終わると思わないことね。所詮私たちは手駒、大きな世界の流れのほんの一部に過ぎないのだから」

「……………」

 

 意味ありげな笑みを浮かべるスコールと、無言で見つめる楯無。立場は違えど、同じ(リーダー)の間に不思議な空気が流れる。

 

「ま、詳しくは学園で聞くわ。山田先生、お願いします」

「お任せを──って今日の私、任されすぎじゃないですか?」

「気のせいですよ」

「頼れる先生だから……」

「た、頼れる? えへへ……照れちゃいますね」

 

 適当にヨイショされて照れる真耶には、戦闘中のキリリとした雰囲気は消え失せている。しかしまぁ、頼れる先生というのは嘘でもないが。

 

「増援に行ける状態じゃないし、一旦帰りましょう」

「そうですね、通信も繋がりませんし……」

「心配だけど、しょうがない、か」

 

 他の場所はどうなっているのか、学園は、『彼』は無事だろうか。勝利の余韻に浸る暇もないまま、スコールを連れて学園に戻るのであった。

 

 

 

 

「嘘だろ……」

「どうしたよオータムさんっ!?」

「ちょ、ボーッとしてないで応戦してくださいッス!」

「死ねぇ!!」

「観念しろ!!」

 

 未だ乱戦が続くこの戦場で、オータム一人が動きを止める。目の前の敵を気にする余裕すらない様子で、たった今知らされた衝撃のメッセージに打ちのめされる。

 内容は簡潔に、『ごめんなさい』の一言。差出人はスコール。これが意味することは……彼女が敗北したということ。

 

「スコールが、やられた……」

「はぁ!?」

「おばさんがぁ!? どうなってんだよ!?」

「……知らねーよ、そんなこと……」

「オータム……さん?」

 

 てっきり逆上するとでも思いきや、魂でも抜けた様に棒立ちで、力の無い言葉を返すオータム。まさか愛する者が負けたショックで思考停止したのか、このギリギリの状態でそれはまずい。

 

「隙ありっ!」

「いただきますわっ!」

「っやべ、おい!」

 

 ならば『とにかく動け、戦え』と、とりあえず正気に戻そうとレインが声をかけようとした瞬間、

 

「ゆるさねぇ」

「え」

「──は?」

 

 まるですれ抜けたかの様に壁へ激突するセシリアの放ったレーザーと鈴。

 その光景がオータムが高速で受け流したことによるものと気づくには、少し時間がかかった。

 

「あ……あの、オータムさん?」

「ああクソ、よくもスコールを……」

「な、なあ……どうしたんだよ……?」

「IS学園、IS学園……ぶっ潰してやるよ……」

 

 ブツブツと怨嗟を垂れ流すオータム。あの静けさは魂が抜けたのではない、怒りが一周回って冷えてしまっただけ。その憎しみはこうして漏れ続けている。

 

「おい。レイン、フォルテ」

「は、はい!」

「何だよ?」

「多少巻き込んでもいい、派手にやれ」

「それじゃあんたは……「行くぞ」っておい!」

 

 返答も聞かずに飛び出していくオータム。確かに今までレインとフォルテの二人はオータムを巻き込まないよう防御寄りで、あまり積極的に攻める姿勢は取っていなかった。彼女もそれを理解していたはずで、だというのに『巻き込んでもいい』とはどういうことか。

 

「ああもう文句言うなよ! やるぞフォルテ!」

「いいんスかね……」

 

 しかしそうしろと言われたなら仕方がない。直撃コースは避けつつも、多少巻き込むことは間違いないレベルの火力で攻撃を開始する。

 

「何を考えている!?」

「黙れ、ドイツのクソガキが」

「な──ぐぁっ!」

「ラウラッ!」

 

 そして、その攻撃を避ける素振りすら見せずにラウラへ近づき、所々が焼けるのも構わずに首を絞め上げる。

 

「私はなぁ、さっさとお前らをぶっ潰して、スコールを助けなきゃいけねぇんだ。だからさっさと墜ちてくれよ。なぁ」

「う……ぐ、けほっ」

「ラウラを離せっ!」

「邪魔すんな。お前もすぐにこうしてやるんだから……よっ!」

「え──わぁっ!?」

 

 助けようと近づいたシャルロットは、逆に投げ捨てられたラウラと激突して吹き飛ぶ。またラウラに付着させられていた糸が絡みつき、すぐには復帰できないだろう。

 

「いたた……急に動きが変わったわね……」

「速さもそうですが、明らかに技術が上がってますわ。一瞬で武術でも身につけたよう」

「オレたちを忘れんな!」

「忘れてないっての!」

「こっちも変わって鬱陶しい!」

 

 攻撃性を増した炎と冷気が二人を襲う。余波がオータムに届きそうだがそんなものはお構いなし。やれと言われたらやるのだ。

 

「っ……セシリア、二人を!」

「わかってますわ……ティアーズ!」

「わっ……ありがとう!」

「げほっ、助かった!」

「……チッ」

 

 ビットから放たれるレーザーによって糸が焼き切られ、二人が解放される。

 まだラウラは少し苦しそうだが、これで何とか立て直すことができた。

 

「あのまま大人しくしてりゃ放っておくつもりだったが……気が変わった。テメェら全員達磨にして捨ててやるよ」

「やってみなさいよ。こっちこそその気色悪い腕もぎ取ってやるわ、ねぇラウラ?」

「ああ、きっちりお返ししてやろう」

 

 愛する者の仇(八つ当たり)と、たった壁に突っ込まされ、首を絞められて転がされた恨み。やられた分は返さないと気がすまない。

 セシリアのレーザーは弾かれる可能性が高いことを考え、糸のリスクを考慮しても複数の近接戦に向いた組み合わせに切り替える。

 

「じゃあ僕たちはこっちで。ね、セシリア?」

「ええ、パートナー交代ですわ」

「……にゃろう」

「即席コンビじゃ勝てないッスよ……!」

「勝つつもりはないよ、この二人ではね」

 

 そしてシャルロットはセシリアとのタッグへ変更。

 火力を上げた分防御力は落ちている……と言っても未だ『凍てつく炎』は健在で、射撃は効きにくい。そこで距離を保ちつつ、鈴とラウラがオータムを倒すまで凌ぐ作戦を取ることとした。

 

「時間稼ぎならお前ら二人で足りるってか……上等だ!」

「ぬるーく粘って差し上げますわ!」

 

 火炎、氷塊、レーザー、実弾。四人の必死な形相に目を瞑ればいっそ綺麗にすら見えたであろう攻撃が飛び交う。

 互いの攻撃はほとんど相殺され、僅かに抜けたものが装甲を傷つける。疲労は徐々に蓄積し、シールドエネルギーは危険域に近づいていった。

 

「まだ……まだラウラと鈴が戦ってる」

「それまでは……絶対に行かせませんわ!」

「……クソ、しぶといなこいつら」

「…………」

「フォルテ?」

 

 フォルテの動きが止まる。シャルロットとセシリアも動きを止めているからいいものの、一体何があるというのか。

 

「……どうして、お友達のためにそこまでできるッスか? 恋人でもないのに」

「……はい?」

「しかもそのお友達は、同じ人を好きになったライバルなんでしょう? 助けたって何の得にもならないじゃないッスか」

「フォルテ……お前……」

 

 フォルテ・サファイアは、愛ゆえにIS学園を裏切った。家族、友人、立場……愛以外の全てを捨てて。

 だからフォルテには理解できない。たかが友人のために頑張れる者の気持ちが。

 

「……愚問ですわね。友達を助けるのに、深い理由なんてありませんわ!」

「そのとーり! それに友達を見捨てたら、一夏に嫌われちゃうからね!」

「あと鈴さんには貸してるものが多すぎますの。全部返してもらわずにいなくなられたら困りますわ」

「そこそこ理由あるじゃねーか」

「しかも結構打算的ッスね」

 

 真面目に聞いたつもりだったのだが変な空気になってしまった。しかし、これが二人の本心なのだろう……格好はつかないが。

 

「だったら比べてやろうぜ! オレたちの愛とこいつらの友情をなぁっ!」

「はいっ!」

「大感情バトルですわ!」

「怪獣みたいに言わないでっ!」

 

 

 一方そのころ、三人は。

 

「さっさとくたばりやがれ! 私はっ…私はぁ!」

「ぐっ! 一発が重い!」

「ここまでの格闘技術を持っていたとは……!」

 

 オータムの猛攻により、鈴とラウラはかなり圧されていた。

 【甲龍】の両肩に備えた衝撃砲《龍砲》は一つが破壊されもう一つも半壊。《双天牙月》は刃こぼれを起こし、【シュヴァルツェア・レーゲン】のレールカノンは砲身が中程で叩き折られている。

 

「死ねぇ!」

「! そこっ!」

「がはっ! クソが、ついてきやがって……」

「あたしたちだって一応軍人よ! これぐらい慣れるわ!」

 

 しかし二人はただやられるだけではない。少しずつオータムの動きに順応し、確実にダメージを与えていた。

 【アラクネ】の装甲脚は三本が折れ、今日のために後付けした武装も約半数が使い物にならなくなっている。

 

「ラウラ、あとどれくらい残ってる? あたし三割」

「同じくだ。そろそろ決めないとまずい……」

「そうね……ここらで一発、賭けに出ますか……!」

「了解した……!」

 

 細々と相談する暇はない。互いの動きと表情を見て、瞬時に自分がやるべきことを察する。直感に優れた鈴と、軍隊での経験が豊富なラウラならではの連携だ。

 

「まずは《双天牙月(これ)》で──」

「させるかよっ!」

「あっ──」

 

 連結させた《双天牙月》を構えて接近し、残った装甲脚を切り落とそうと振るう鈴。

 しかしオータムはそれを糸で絡め取り、逆に鈴の脳天目掛けて振り下ろす。

 ──が。

 

「──なんちゃって」

「テメェッ──ぐわぁっ!」

 

 もう一基の《龍砲》を頭と刃の間に滑り込ませて受け止める。

 既に半壊だった衝撃砲に重量級の刃が食い込み、限界を超えて──残ったエネルギーとともに爆発した。

 

「ッ……こんな目眩しにっ……」

「ええ、ただの目眩しよ。でもよく効いたでしょう?」

「私に気づかんぐらいにはなぁっ!」

「しまっ──」

「もう遅いっ! 『AIC』ッ!!」

 

 爆発の衝撃で一瞬乱されたセンサー。それはもう一人の存在を意識外へ飛ばすのには十分過ぎる隙で、ラウラは見事にその隙を突いて見せた。

 腕部から放出される慣性停止結界(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)のエネルギー波がオータムの身体を捉え、あらゆる動きを停止させる。

 

「放せっ……!」

「ふふん、そう言われて放す馬鹿はいない」

 

 もしも『AIC』と相性のいいエネルギー武装が残ったいれば、そうでなくともラウラの集中を乱せる何かがあれば抵抗はできただろう。

 しかし今のオータムに残されたのは半壊した【アラクネ】のみ。ただがむしゃらに、動かない手足に力を込めることだけしかできない。

 

「では鈴。あとは頼んだぞ……全員分な」

「任しときなさい。《崩拳(ほうけん)》解放──」

「クッソ、が、あ……」

「──ぶちかますわ」

 

 腕部衝撃砲《崩拳》を起動させた【甲龍】の拳と【アラクネ】の距離が近づき、そして零になる。

 拘束されたオータムの目には、その動きがまるでスローモーションのように見えた。

 

「──どぉりぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 拳のインパクトに合わせて《崩拳》を放ち、その反動で腕を引く。そして力任せに拳を叩きつけて《崩拳》を放つ──という無茶苦茶な動作を限界までループさせる。

 中途半端なところで止めれば抜けられて、もう二度とこんなチャンスは作れない。だから確実に、拳が砕けるか敵が倒れるまで続けるのだ。積もり積もった全員分の恨みを込めて。

 

「学園祭っ! キャノンボール・ファストッ!! タッグマッチトーナメント……は違って今日の分! そして一夏を誘拐した分っ!!!」

「がふっ! ぐあ、あ……」

「最後のこれがあたしたちのっ! 八つ当たりだぁぁーーーーーっっっっ!!!!!」

「!??!!? ……ぐぁぁぁぁーーーっ!!!!」

 

 とどめの一撃。ありったけのエネルギーを注ぎ込んだ最大の一撃が拳ごと装甲を破壊する。

 そしてその衝撃が、オータムの意識を刈り取った。

 

「ち、くしょ、う……」

「勝ったわ」

「ああ……やったな」

 

 

 

 

「あー、オータムさんもやられちまったかぁ……」

「どうします? かなりやばいッスけど」

「どうするってなぁ……」

「こちらもまだまだやれますわよ……、ふぅ……」

「降参するなら今のうち……。はぁー……」

 

 オータムが倒れ、残るはレインとフォルテの二人。完全に持久戦の構えに切り替えても尚この二人の連携は強力であり、虚勢を張りつつもセシリアとシャルロットの体力は限界に近づいていた。

 またそれはオータムを倒した鈴とラウラも同じ。すぐに駆けつけてはくれるだろうが、正直どうにかなるかは怪しいものがある。

 もしもまだ戦うと言うのなら……かなりピンチだ。

 

「うーん……じゃあ降参で」

「「えっ」」

「あ、そスか。じゃあウチも降参で」

「「……え゛え゛え゛っ!?」」

 

 突然の降参宣言。促してはいたが完全に予想外の行動に驚愕の叫びを上げる。

 ここは倒れた仲間の分までとかそういう展開ではないのか、いやありがたいのだが、しかし何故急に……と戸惑いを隠せない。

 

「え? ちょ、ちょ……え?」

「いいの? 捕まえちゃうよ?」

「さっさとやれって……ほらISも渡すから」

「早くしないと逃げるッスよ」

「か、確保ー!!」

 

 空き缶を捨てるように放り投げられたISの待機形態をキャッチし、そのまま両手を前に突き出した二人を確保。しっかりと拘束を済ませ、これで逃げられることはなくなった。

 その間まるで抵抗する様子は見せず、この突然の降参は嘘ではないと信じられた。

 

「オレは……オレたちはな、組織への忠誠なんざこれっぽっちもなくて、ただ二人でいたいだけ。その場所として組織に身を置くことを選んだだけで……その組織がこうなった時はおさらばするつもりだったんだよ」

「ウチなんて先輩に誘われて入っただけッスからね」

「おばさんとオータムさんへの命令と義理で今日も戦ったけど……二人がやられたらなぁ?」

「やってらんないッスよねぇ……ははは……」

「「…………」」

 

 散々手こずらせておいてこれかという怒りと、こんな理由で決着をつけられた呆れで声も出ない。

 なんとも言えない勝利に喜ぶこともできず、帰ったらなんと報告するべきかに頭を悩ませる。

 

「帰りましょうか……」

「うん……ラウラと鈴も連れてね……」

 

 とりあえず報告は四人で考えよう。そうしてセシリアとシャルロットは、鈴とラウラと合流しに行くのだった。

 

 

 

 

第52話「業火・王蜘蛛」

 

 

 

 




執筆開始ぼく「いや〜6500ぐらいかな?」
スコールパート書き終えたぼく「8000いかないぐらいかな……?」
執筆完了ぼく「きゅーせんろっぴゃく! あびゃびゃびゃびゃ!」


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第53話「最強・不全」

 地獄を見ているので初投稿です。


 

 最下層。黒く大きな繭を前に、俺たちは困惑していた。

 一夏と妹様が倒してきたはずの無人機。十機以上あったはずのその残骸は欠片一つ残っていない。

 

「一応聞いておくけど、倒した無人機はどう処理してきたんだ?』

「……全部粉々にしたかったが、数が多くて時間がかかりそうだったからコアだけ破壊してきた。一つ一つ確実に壊したから漏れはないはずだ」

「そうか。つまり無人機が勝手に動いて逃げたわけではないと……』

「てことはまあ……こいつだよなぁ……」

 

 残骸が綺麗さっぱりなくなっている原因。それは間違いなくこの繭のせい……恐らくは束様の言う『最後のおまけ』だろう。

 俺はこれによく似た現象を知っている──というか、俺自身が体験している。夏休みの襲撃のときやったアレだ。

 

「つまり残骸は、夏の俺みたいにぜーんぶこいつ()が取り込んじまったってわけだ。クソ面倒なことにな』

「透と同じ……ってことはこれも二次移行(セカンドシフト)の準備形態って感じか?」

「だろうな……正直俺もどんな感じだったかはおぼろげなんだが』

 

 あの時は、俺(2)との対話やら全身ボロボロで若干トンでたからな。今話しているのも後から(2)と楯無さんから見聞きした記録が中心だ。

 

「ならば今のうちに攻撃すべきではないか? 動かない内に仕留めた方がいいだろう」

「いや、今は刺激しない方がいい。反撃が飛んでくるかもしれん』

「こんな状態でか?」

「もし俺と同じなら、攻撃したやつを逆に取り込んじまうらしい……それは困るだろ?』

「う……それは、嫌だな……」

 

 もちろん完全に俺と同じとは限らない。適当に攻撃したらそれで終了という可能性も考えられる……が、こいつが取り込んだ無人機は十数機。俺の三機に比べたら最低でも四倍以上になるわけで、その分強力な反撃能力を持っている可能性が高い。

 非常にもどかしいが、今は余計な刺激を与えずに待つのが賢明だろう。

 

「今の内に出てきたらどうするか考えないとな」

「つってもどんなのが出てくるか……俺みたいに元とは全然毛色の違う機体が出てきそうだしな……』

「やはり『零落白夜』で決めるのが一番か。私と九十九はサポートで」

「要はさっきと同じじゃ……いや、結局それが最善か」

 

 やることは大体一緒。あとは相手の変化次第……頼むから、もっと速くなるとかはやめてくれよ?

 

「あっ」

「むっ」

「おぉ……』

 

 びき、びき、びしり。薄く固い殻のように変質した繭の表面に罅が入る。

 罅は徐々に繭全体に広がっていき、中身が完成したことを知らせる。

 

「出てくるぞ、構えろ』

「「了解!」」

 

 さて。大きいか小さいか、固いか柔いか、速いか遅いか……いずれにしろロクでもないものが出てくることは間違いない。

 何が出てこようと取り乱さないよう心を落ち着かせ、羽化に備える。

 割れた隙間から中身が覗く。出てきたものは。

 

 ばしゃり。

 

「は?』

 

 ドス黒い液体だった。

 

 

 

 

 とうに更地と化したIS学園の作戦本部。そこらのIS乗りなら近づくこともできない暴風が吹き荒れる。

 

「……なるほど、厄介だな分身(これ)は」

「半分千冬のために作った能力だからネッ!」

「ほほう? なら打ち破るのが礼儀だな」

「そんな礼儀はいらんのサ!!」

 

 千冬を取り囲む風の分身。どれだけ斬ってもアリーシャの指先一つで復活し、再び嵐のような激しさで攻撃を仕掛ける。

 

「風の実体に『零落白夜』は関係ない。そして複数展開することで本体狙いを難しくする……よく考えたものだ」

 

 『零落白夜』はあくまでエネルギー無効化攻撃。風──つまり空気の操作によって形成された分身にいくら当てようが本体のシールドエネルギーには何の影響も無い。

 再形成の手間と消費はあるが、それも完全に能力を制御したアリーシャからすれば微々たるものだ。

 そういうわけで、格好つけて発動した『零落白夜』は結局解除しているのが現状である。

 

「何回も分身かき消しといてよく言うのサ!」

「そりゃあこちらも全力だからな。すぐやられるわけにはいかんっ!」

「っまた……ああもう作り直し!」

 

 しかし彼女は織斑千冬。いくら対策(メタ)が張られていようと、その程度で屈する存在ではない。

 ただのブレードに戻った《雪片》で、自身を囲む分身を纏めて薙ぎ払う。

 

「斬り放題だ! 心が踊る!」

「……イカレてるって言われたこと無いカイ?」

「生まれる時代を間違えてるとは言われたなぁ!」

 

 学生時代。一般人から微妙に距離を取られていた頃を思い出しながら剣を振り続ける。普段の凛とした大人の姿とはまるで違う、まるで戦闘狂だ。

 だが、そんな戦闘狂に執着するアリーシャもまた同類と言えるだろう。

 

「そうらもっと速くだ! いけるだろ!」

「だったらお望みどおり、今度こそ最高速(マックススピード)サ!」

 

 そしてアリーシャの速度は限界へ達し、本体と分身の速度はISでも捉えきれない域へ。

 本体、風の分身、本体の残像、分身の残像。出鱈目なスピードが為せる四種のアリーシャが千冬に襲いかかる。

 無数の像に惑わされ、もはや回避は不可能。目に見えて【暮桜】の装甲に傷が増えてゆく。

 

「はははっ……目で追えん。ここまでとは──」

「もう落とす気はないよっ! これでどうだっ!」

「──なら、見るのは止めるか」

「は──ぐぁっ!?」

「よし当たった」

 

 『見るのは止める』と言う言葉がアリーシャの耳に入った瞬間。本体の装甲に深く斬撃が通る。

 目で追えず、残像の区別すらつかないはずのこの状況で、的確に本体。捉えたこの一撃。一体何をしたのか。

 

「目を、閉じてる……」

「む、止まった……気づいたな? まあそういうことだ」

「ほんっと、めちゃくちゃだネ……!」

「ふふん。達人っぽくていいだろう」

 

 目を閉じる。正確にはISの視覚関連の補助を全て断ち、それ以外の全ての感覚に頼るということ。

 心の目、心眼とも言うべきか。聴覚、嗅覚、触覚。さらに予測を交えてこの反撃を実現した。

 

「そんな漫画(コミック)みたいな解決法がっ……!」

「教え子に勧められて読んだのを思い出したんだが……意外と馬鹿にできないものだな」

「え、マジで漫画……?」

 

 当たり前だが、心眼なんて物はそう簡単なことではない。視覚を断った分それ以外の感覚が鋭くなるとはよく言われるが、一般人がいきなりそうしたからと言って得られる変化は微々たるもの。

 例えば特殊な訓練を受けていたり、生まれつき或いは幼い頃からそうしているなら常人離れした感覚を備えてもおかしくはない。しかし、この場で突然目を閉じたからといってここまで変わるなんてことはありえないのだ。

 ただしそれは普通なら。

 

「だったらこれならっ!」

「──ここだっ!」

「なっ、ぁぐっ!」

 

 だが千冬なら、人間を超えるために造られた織斑千冬ならそれができる。暴風に飲み込まれた本体の出す音と気配を感じ取ることが。

 

「ぅ……エネルギーが……」

「『零落白夜』を使った。刃が当たる瞬間だけな。……さぁどうする? お前の本気はこれで終わりか?」

「っ……」

 

 『零落白夜』によって強制的に絶対防御を発動し、大幅にシールドエネルギーが減らされたアリーシャ。今すぐ強制解除されるほどではないが、もしもう一度あのエネルギー無効化の斬撃が擦りでもすれば、即座に敗北が決定するだろう。

 

「……っぐ、ぅぅ……」

 

 ……だが敗北が見えているのは、相手も同じ。

 すれ違いざま。刃が触れて絶対防御が発動した瞬間。完全に攻撃の体勢となった千冬にアリーシャは、咄嗟に風のナイフを作れただけ刺していた。

 咄嗟ゆえ一本一本は小さく、攻撃力にも乏しい。しかしあれだけの数を一度に食らえば、堪らず膝をつくこともあるだろう。

 

「踏み込みが深すぎたか……いや、そこまで読んでいたか?」

「ヘヘッ、達人っぽくていいだろう?」

「こいつ……!」

 

 いくら解答を見つけられたからといって、そのままやられるわけにはいかない。何よりさっきの意趣返しをしておきたかった。

 

「でも……うん。そろそろ、だネ」

「ああ……残念ながら」

 

 意趣返しも済んだところで、二人きりの決勝戦も残りわずか。アリーシャの人生で最も幸福で、千冬の人生で最も血沸く時が終わる。

 

「千冬! 貴女に見せたい技がある。あの日──決勝戦で使うはずだった、とっておきの最強の技が!」

「随分と大きく出たじゃないか。ハッタリのつもりか?」

「そんなので臆すような女じゃないでしょう? これは最後の宣戦布告。私の最強をぶつけてやるっていうネ」

「……ふふ、いいだろう。受けて立つっ!」

 

 『世界最強(ブリュンヒルデ)』の名を背負う者として、この宣戦布告に応じない理由などない。

 

「さあいくよっ! これが正真正銘、最後で最強の(テンペスタ)だっ!!」

「……来いっ!」

 

 アリーシャ(挑戦者)の全力は、己の全力をもって斬り伏せる。

 《雪片》を握る右手に力が篭った。

 

 

「──『(calma)』」

「……?」

 

 

 アリーシャが鉄の右腕を掲げる。すると『疾駆する嵐』が解除され、一瞬にして辺りが無風となった。

 

「『そよ風(brezza)』」

「!」

 

 弱い、しかし明らかに自然のものではないそよ風が吹き始める。

 

「『突風(folata)』『旋風(turbine)』『竜巻(tornado)』──」

 

 そよ風は突風へ、突風は旋風へ。旋風は竜巻となって大気を巻き上げ、掲げられた右腕の先に集まっていく。

 

「──『(tempesta)』」

「……!!」

 

 そして竜巻は、嵐となった。

 

 

「『疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)龍槍無尽(ジャヴェロット・デル・ドラーゴ)』ッ!!」

 

 

 右腕を振り下ろす、と同時に解き放たれた大気が龍のごときうねりを起こして襲いかかる。

 

「っ──これは……」

「さぁどうだ! 超えられるものなら超えてみろ! 

 織斑千冬(世界最強)!!」

 

 凄まじい回転と出鱈目な軌道で迫る風の龍。その一つ一つが絶対防御の上から容易に風穴を開ける威力を持つ。

 

「──ははっ」

 

 そんなアリーシャの『最強』を前に、千冬は笑った。

 ただしその笑みは諦めではなく、この窮地の中に勝機を見出したが故だった。

 

「……ふぅ」

 

 《雪片》を納刀。柄に右手を、鞘に左手を添え、姿勢は低く。

 最後に余計な力と共に短く息を吐いて、構えが完成する。

 

「参る」

「──!」

 

 構えを維持したまま推進器(スラスター)を全開、放出したエネルギーを一度内部へ取り込んで圧縮・再放出。そうして得られた慣性エネルギーによって爆発的加速を行う。

 つまりは千冬の十八番、『瞬時加速』だ。

 

「直進だとっ!?」

 

 圧倒的加速度のまま千冬が突入したのは今なお荒れ狂う暴風の槍の発生源。

 中は嵐のように大気が吹き荒れる極限の場所。生身であれば──いやISを纏っていようとも、瞬時にバラバラにされることは必至。

 そのはずだった。

 

「……はぁぁぁぁっっ!!!」

「嘘っ!?」

 

 一瞬だった。全てを破壊するはずの嵐から飛び出した千冬は、全身ズタズタになりながらも固く握りしめた《雪片》を抜刀する。

 白く輝いた刀身が、アリーシャの瞳に映った。

 

「──あ……」

「『零落っ……白夜』っ!!!」

 

 一閃、そして。

 

 

 

 

 

「……負けちゃったのサ」

「勝ってしまったなぁ?」

「こいつ……!」

 

 全てのエネルギーを刈り取られ、生身で横たわるアリーシャと、その横で【暮桜】を纏ったまま立つ千冬。誰が見ても勝敗は明らかだ。

 ただしアリーシャは絶対防御と搭乗者保護によりほぼ無傷で、千冬は全身血塗れの傷だらけ、更に【暮桜】もスクラップと見分けがつかないほどボロボロだが。

 

「どうやって、アレを突破した? まず間違いなくバラバラにできる威力だったのに……」

「あぁ、確かにあの風は凄まじかった。だがほんの一点、ちょうど私が通り抜けられるかどうかという大きさの穴があった。その穴が消える前に全速力で突入して、そのまま抜けたんだ。それでもこの有様だがな」

「完璧だと思ったんだけどなぁ、詰めが甘かったか……」

 

 極々小さな、相手が千冬でなければ考える必要もないミス。その一点が勝敗を分けた。

 もしその穴に気付いていれば、いや気付いたところであれ以上の風を起こせたか……きっと無理だ。

 

「……ねぇ、もう一つ聞いていいかい」

「……何だ?」

 

 負けは認めた。それでも最後に一つ、これだけは聞いておかなければならない。そのために今日という日があったのだから。

 

「私は、強かった?」

「……あぁ、お前は強い。この世界最強(わたし)が保証する」

「……そっか、そっかぁ……!」

 

 好敵手に、憧れに、最強に認められた。それだけで全て報われた気がした。

 

「それとあれだ。全て終わったら、また挑みに来い」

「……いいのかい? 私を捕まえなくて」

「なんのことだか。たった今私たちはとんでもなく強い無人機と戦って、激戦の果てにうっかりそいつを消し飛ばしてしまっただけだろう?」

「無茶がないかい? ……ふふっ」

 

 また挑みに来いと言っておいてそれか。あまりにも雑な口裏合わせ(カバーストーリー)に困惑しつつ、思わぬ自由といつかの誘いに笑みが溢れる。

 

「……次こそ私が勝つ、首洗って待っとくのサ!」

「いつでも受けて立とう……あと片付け手伝え。あいつらが帰ってくる前に済ませないと誤魔化しきれんからな。今確認したら着信三桁来てた」

「えっ」

 

 

 

 

 

 廃墟の最下層に黒くドロドロしたものが広がっていく。繭から流れ出るそれは未だに途切れる様子はなく、床一面を覆い尽くそうとしていた。

 

「なんっだこの液体!?」

「九十九! お前の時もこんなのが出てきたのか!?」

「んなわけねーだろ! とにかく絶対触るなよ!』

 

 まだ解析の途中だが、結果を見るまでもなくこの液体がヤバイものであることは察しがつく。ついでにこれの正体も、生み出しているあいつがどうなっているのかも。

 

「っと解析完了……あー、やっぱりそうか』

 

 解析結果に目を通し、概ね予想が的中していたことを知る。全く嬉しくはないんだが。

 

「何かわかったのか?」

「ああ丸わかりだ。これにはあの大鎌についてたナノマシンと同じ機能──つまり、シールドバリアの強制破壊機能がついてる』

「……マジ?」

「マジ。あとこれ楯無先輩の水同様自在に動かせるらしい』

「おいそれってつまりうおわぁっ!?」

 

 説明した側から足元の液体が変形、針のような鋭さで襲いかかる。

 すんでのところで回避した一夏だが、既にこの液体は床一面に広がってしまった以上、安全地帯はないと言っていいだろう。

 そしておそらくは、床以外にも。

 

「な、なぁ。あちこちから変な音しないか……?」

「言われてみれば……もしかして」

「うわやっば』

 

 妹様が気づいたこの音、まるで圧力をかけて硬いものを押し潰すような音は気のせいではない。

 床から壁、天井に液体を行き渡らせ、この階層ごと俺たちを押し潰そうとしている。猶予は僅か、説明する時間は──ないな。

 

「一夏っ! 篠ノ之さんっ! ちょっと固まってくれ!』

「え? こ、こうか?」

「わわわっ」

「OK。それじゃあ……すまん!』

「「えっちょっとうわぁぁぁぁ!?」」

 

 別にそこまで言ってないのに密着した二人を引っ掴み、まだ液体が潜んでいない比較的脆そうな壁に向かって投げつける。

 ここが地下でなくてよかった。もし地下だったら詰んでいたな。

 

「何をする──って九十九! 上見ろ上!」

「大丈夫、わかってる』

 

 妹様が指差す先、俺の真上から垂れる黒い刃。もう天井まできてたか。一瞬遅れてたらアウトだったな。

 

「だからお前らを逃したんだ──ここをぶっ壊すためにな』

「! 伏せろ箒!」

「……《Bonbardier》、最大出力!』

 

 がちり。と真上に向けた右腕が音を立て、爆風が廃墟を突き抜ける。その衝撃は全ての壁と天井を破壊し、見事な瓦礫の山を築いた。

 

「これはまた派手にやったな……」

「と、透? 生きてるか?」

「生きてるよっ……けどやっぱり、これぐらいじゃダメかぁ……』

 

 真上に向けた狙い通り、俺に当たる瓦礫は最小限で済んだ。それもシールドバリアならほとんど消耗なく防げるレベルで、軽くセンサーが乱れたぐらい。

 しかし瓦礫の直撃が少ないのは敵も同じ。むしろこの衝撃で完全に繭が割れ、その変異した全体像を露わにしていた。

 

「う゛あ゛、ううう……」

「うっ……なんだアレは……」

「昔あんなやつ映画で見たな……」

 

 あちこちに泥のように液体がへばりついた醜い姿。とても形態移行をした後とは思えない。

 

「あーあ。やっぱり()()してたか……』

「失敗って?」

「言葉通りの意味だよ。こいつは形態移行に失敗した。ごちゃごちゃした理屈は省くが一言で表すなら……『器』じゃなかったってところだな』

 

 俺が二次移行した時は、病的なまでの生への執着と、ほんの少し──うん、ほんの少しだけ先輩と簪を助けたいという思いで一杯だった。

 生きるためにありったけかき集めて、この《Bug-VenoMillion》を生み出した。

 だがこいつはどうだ、俺たちへの殺意はほとんど束様によって植え付けられたもの。自我すらもあやふやで、形態移行の引き金(トリガー)はみっともなく逃げた先でまた束様によって強制的に取り込ませられた無人機の残骸。コアごと取り込んだかそうでないかも影響しているのかもしれないし、数が多すぎたことも無視はできない。

 だがやはり、最終的な原因は……『器』でなかったことに尽きるだろう。運命は意思の弱いものを選ばないのだ。

 

「ゔぁぁう……ギ、ぐグ……」

 

 苦悶の声を上げ、ぐねぐねと身をよじる姿はまるで芋虫のよう。羽化しても幼虫とは、本当に失敗らしい。

 

「あんな状態じゃいつまで動けるかな。きっと中身の負担は相当だろうに』

「ちょっと待て、それじゃあいつの命が危険ってことか!?」

「その通りだが? 何を今更心配するような言い方を』

「ダメだそんなのっ!」

 

 こいつは最初からずーっと敵だ。命を狙って、散々こちらに害を為してきた。かける情なんてないだろう。

 

「いくら敵でも、目の前で消えそうな命を放っておける訳ないだろ!」

「おいおい、本気で助ける気かよ……』

「……私も助ける。もう二度と、誰かを見捨てるわけにはいかないからな」

「篠ノ之さんまで……はぁ』

 

 二人揃って情の厚いことだ。ついさっき俺に助けられたこと忘れてんじゃないだろうな……。

 仕方ない。

 

「わかった協力する! これでいいんだろもう!』

「ありがとう透! 恩に着る!」

「勘違いすんな! そうしないと戦わねーだろお前ら! クソが!』

「それでもだ。ありがとう、九十九」

「……ちっ』

 

 別に俺だって、好き好んで殺したいとは思ってないしな。

 

「オ゛オ゛ウ゛ウ゛……グアアアァァァ!!!」

「じゃあどうすりゃいいか教えてやるよ! 本体避けながら攻撃してコアぶっこ抜け! 以上!』

「雑すぎないか!?」

「うるせぇ馬鹿! やるかやんねぇかどっちだ!』

「「やる!!」」

 

 全力で殺しにくる敵『を』、殺さないように助け出す。明らかに矛盾した人命救助(時間制限付き)が始まった。

 

 

 

 

 

第53話「最強・不全」

 

 

 

 




 ユウジョウ!


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第54話「救助・帰還」

 今月最後の初投稿です。
 そしてまーた長いわよ!


 

「ウア゛あ゛あ゛ア゛ア゛あ!!!」

「あっぶね!」

「ちっ……』

 

 あちこちから襲いくるドロドロの液体──めんどくさいから『泥』と呼ぼう──をひたすら躱しながら、本体を狙える隙を待つ。

 

「よし避けっ……ぅ、ああっ!」

「箒っ!?」

「問題ないっ、掠っただけだ……けど厳しいなこれは……ぅ」

「避けたと思っても油断するな。常に攻撃を意識するように』

「わ、わかった! ……!」

 

 今のところ変異する前に比べてかなり狙いは大雑把で、攻撃速度も落ちている。が、半流動体のため動きが読みにくく、また範囲が広いため回避に難儀する。近接主体の俺たちでは飛び散ってしまうため下手に迎撃することもできない。

 

「ギャァァアアッ!!」

「また激しくなった!?」

「苦しいんだろ。もはや俺たちのことすら認識できてるかどうか……』

「なら急がねばな。時間が経つほど激しくなるなら、一生届かない可能性もある」

 

 奴はずっと叫び続けている。苦しみを紛らわすように暴れ、手当たり次第に攻撃している。

 その対象は俺たちはもちろん偶然近くに来た小動物や鳥、そこらの木や瓦礫、果ては何もない空間にすら及ぶ。おそらく感知機能に障害が出て、何が何やら見分けがつかないのだろう。

 

「ぞっとするな。俺もああなっていた可能性があったなんて』

 

 『器』だ何だと語りはしたが、俺もその器が無ければ二次移行できていたかも怪しいわけで、あんな醜く暴れるだけになっていた可能性も否定できない。

 まあその場合は無人機に殺されて終わりだったわけだがな。

 

「それよりどうする? このまま近づけないんじゃ助け出すなんて夢のまた夢だぞ』

「ここからじゃコアの位置はわからないのか?」

「ちょっと遠すぎるな……かと言ってこれ以上近づくと調べる余裕がなくなる』

 

 奴を助けるまでの方法は単純だ。感知能力の高い俺があの泥の中にあるコアを探り当て、エネルギー無効化攻撃を持つ一夏が無力化しつつもぎ取る。たったそれだけの作業だが、見ての通りそう簡単にはいくわけがなかった。

 

「回避はそれで精一杯になるからダメ、迎撃は逆効果……被弾覚悟で突っ込むのは?」

「本体に届くまでに達磨になりたいならいいんじゃないか』

「ダメか……」

 

 シールドバリア破壊がなければ無視して突っ込めたのだが、解析の結果それもできないことがわかっている。

 もし無理やり近づこうとしたら……よくて絶対防御が発動してエネルギー切れか、最悪泥に包まれて死ぬかかな。

 

「っ、じゃあどうすればっ!」

「知るかっ! 俺も思いつかねーよ! ……とっ!』

「うぐ…………」

「どうした箒? 大丈夫か?」

 

 俺たちが必死に回避しながら何とか作戦に考えている最中、妹様の様子がおかしい。

 そういえば、さっき攻撃が掠った時も少し変だった気がする。作戦開始前は絶好調な雰囲気だったはずだが、何かあったのか。

 

「わからない……けど、奴を見てるとこう、苦しくなるんだ」

「苦しい……、痛いとかじゃなくてか?」

「いや違う。痛いとかじゃなくて、窮屈な服を着ているような……」

「何だそりゃ……』

 

 窮屈な服? ISを装着しておいて何を言っているのか。設定ミスか……いや、それなら『奴を見ていると』はおかしい。

 

「これは、この感じは……前にもあった……」

「お?おい箒? 不調なら下がった方が……」

「そうだ、思い出した……」

「思い出したって何を……っていいから下がれ!』

「アアアアァァ!!」

 

 ブツブツと独り言を呟いて動かない妹様。何かを思い出したようだが、今はそれどころじゃない。

 泥が大きく波打ち、こちらを飲み込まんと塊となって撃ち出された。

 

「そうだ。あの時と一緒なら、こうすればいいんだ!」

「まずい、巻き込まれて──』

「箒ぃっ!!」

「──はぁぁぁっっ!!」

 

 バキッ

 

 妹様の叫びとともに聞き覚えのある無機質な音が響き【紅椿】の装甲が真っ赤に光る。直撃するはずの泥は全て弾かれ──

 

「──スッキリした!」

 

 ──そこには赤く鋭い装甲を持ったISと、両の瞳が赤く変色した妹様が立っていた。

 

「……あれは」

「タッグマッチトーナメントでなったやつだな。今度は全身だが……』

「ああ、よくわからんができた」

「んなめちゃくちゃな……」

 

 あの時は確か半身だけの変異だったが、それでも圧倒的な性能を持っていた。直ぐに束様によって中断させられていたが、あのレベルが違う機動はよく覚えている。

 

「【◼︎天機(てんき)◼︎ 赤月(あかつき)】……また名前バグってんな』

「うーん……まだ不完全とかか?」

 

 しかし名前はまだ一部が伏せられている。名前を知ればどうなるという話でもないが、伏せられてところにはどんな意味を持つ字が入るのかは気になるところだ。

 ついでにもう一つ気になるのは、妹様だけの変異ってことだ。前回は一夏も一緒だったのだが……考えるだけ無駄か。

 

「おい一夏、お前もちょっとやってみろよ』

「いや無理だって!」

「ギュギューッとした感覚がしたらドバーンってやるとできるぞ」

 

 説明も下手すぎて理解できそうにないし。

 あとは半身に比べてどれくらい性能が上がったかだ。最低でもこの敵に対抗できる何かは欲しいところだな。

 

「安心しろ。一瞬でも心配かけた分は存分に働いてみせる」

「言うなぁ。じゃあ早速その力を見せてもらおうか』

「いいとも、まずは……こいつだっ!」

 

 がしゃんがしゃんと展開装甲がスライドし、肩部のユニットがパージされ、大型のビットが形成される。

 【紅椿】の肩部ユニットは《穿千》というブラスターライフルに変形していたが、ビットにまでなる機能はなかったはず。これが【赤月】の新たな武装の一つというわけか。

 

「いけっ!」

「ッッグァ、ァァァ!?」

「おお、すげー火力』

「ビットなんて初めてのはずなのにあんな精密な動き……セシリア並みだ」

 

 壊れた認識でも妹様の脅威度はわかったのか。泥を集中させて襲わせる敵。

 しかしその全てを軽々と避け、お返しのレーザーが泥を焼く。

 当然のようにビットの操作中も一切動きを止めることはない。

 

「まだまだぁっ!」

「でかくなった!?」

 

 さらには両手に構えた《雨月》《空裂》をエネルギーの刃によって巨大化、そのまま斬撃も繰り出していた。

 こんなにやりたい放題すればすぐにエネルギー切れを起こしそうなものだが、それも妹様の全身から溢れ出る金色の粒子──『絢爛舞踏』によって使った側から補充されているらしい。

 

「もうチートかよ……』

「ぼさっとするな九十九! 私は助け方をよくわかっていないんだ、このまま倒しちゃっていいのかっ!?」

「完全にはダメだ! 俺が奴のコアの位置を特定するから、それまで一夏と泥を引きつけといてくれ!』

「了解した!」

「おう!」

 

 既に泥は二割方焼かれて機能を停止させている。その分脅威は減ってはいるが、もしやりすぎて本体がくたばったら元も子もない。

 さっきまでなかなか実行できなかった作戦も、手数が多く火力のある戦力が増えたのなら話は別だ。俺がコアの位置を探る間も十分に泥への対応ができる。

 早速泥の少ないところから敵の本体は近づき、分析を開始する。

 

「信号が弱いな。泥の操作に全機能回してんのか?』

「グァ、ヤメ、ロ……」

「うるせぇな、助けてやるんだから大人しくしろっての……『Venomic The End(暴毒命終)』」

「ギ!? ……ガ……」

 

 分析と同時に指先から打ち込まれたナノマシンが敵の身体を蝕んでいく。

 全体は不可能でも、狭い範囲──本体とその周りの僅かな泥ぐらいなら俺の単一仕様能力で容易に止めることができる。

 

「よし見つけた』

 

 分析完了。とりあえず妙な場所に埋まってなくて助かった。もし脳内とか出たら殺すしかないからな。

 一度本体から距離を取り、締めを担当する一夏に合図を送る。

 

「よっしゃ、俺の出番だなっ!」

「位置は鳩尾の少し下、壊すなよっ!」

「任せろっ!」

 

 自慢のスピードを阻む泥は減り、目標は定まった。瞬時加速によって突撃する【白式】の左手、《雪羅》がクローモードに変形する。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

「うおおおおおおっっ!!!」

 

 白く光るクローがコアを守る僅かな装甲を突き破り、エネルギーを根こそぎ消滅させる。

 核を失った泥は一瞬動きを止めて、力なく崩れ、消えていく。

 

「ア……アア…………ア」

「やっぱり似てるなぁ……」

「ネエ、サン………」

「…………』

 

 敵の身を包む泥も消え去り、ようやく完全に素顔が拝める。そこにあるのは涙と汗でぐちゃぐちゃなことを除けば、俺たちがよく知る人物──織斑先生に似ていた。

 俺には大体原因はわかる。が、俺以外は知らない。だからここは黙っておこう。いずれ先生から説明されるだろうから。

 

「っと、これで作戦完了……だよな?」

「ああ、後は戻るだけだな……って、こいつお前にしがみついてないか?」

「本当だ。気絶してるのに……まあ攻撃されてるわけでもないしいいか」

「ああそう、コアは俺が持っておくよ。一緒にして何かあったらマズイからな』

「ん、じゃあ頼む」

 

 意識を失った敵を抱えた──妹様が変な顔で見てるが無視──一夏からエネルギーの抜けたコアを受け取り、拡張領域にしまっておく。これでもし奴が意識を取り戻しても安心だ。

 

「……すぅ」

「…………はぁ』

「どうした?」

「なーんでも』

 

 苦しみが消えたかのような寝息を立てる敵を見て、小さくため息を吐く。

 こいつは当分入院して、その後は独房生活だろうが、まず死ぬことはない。自身の目的は達することができなくても、誰かの思惑に乗せられて操られることもない。

 それが今の俺には、少しだけ羨ましく思えた。

 

「さあ急いで戻ろう。どうやら俺たちが一番最後らしいからな。連絡も来てる……あれ、篠ノ之さん?』

「う、うむ……」

 

 気を取り直して、たった今届いた()()のメッセージに目を通しながら二人に呼びかける。すると、またもや妹様の様子がおかしい。

 

「あっ」

「はぁっ!?」

 

 そして妹様が間抜けな声を発した瞬間、傷ひとつなかったはずの【赤月】は突然待機形態に戻り、生身となって宙に放り出される。

 

「わあああっ!?」

「せ、セーフ……」

「なんなんだマジで……』

 

 自由落下を開始しかけた妹様を一夏が掴み、間一髪落下死体の出来上がりは回避された。

 にしても強制解除とは、エネルギー切れなら気づくはずだし、突発的な変異のツケか? 何にせよ詳しく調べる必要がありそうだ。……束様から。

 

「篠ノ之さんは俺が抱えようか? 二人は持ちづらいだろ』

「うーん、じゃあそうす「私は一夏がいい」……いやそれは」

「一夏がいい」

「……よし帰ろう』

 

 勝利を喜び合いたいところだが、こんな状態ではハイタッチもできない。今までだってしたことないだろと言われたらまあその通りなんだけども。

 若干締まらない空気感のまま、俺たち三人と一人は皆の待つIS学園へと飛び立った。

 

 

 

 

 

「おかえりー」

「ただ今戻りまし……なんだこれ!?」

「ここ本当にIS学園か!?」

 

 戦いを終え、無事にIS学園に戻るとそこには荒地が広がっていた。

 座標に間違いはない。確か出発した時には簡易的に建てられた作戦本部やら機材やらが置いてあったはずなんだが、何故か周りの植物ごと吹き飛んでいる。

 いや、理由なんて聞くまでもないけど。

 

「……やったなぁ」

「やったんだ」

「やったのサ」

 

 織斑先生とアリーシャさん、待機のはずが妙にボロボロになっている二人がやり合ったとかそんなところだろう。報告書には適当な嘘でも書いてな。

 だがそんなことはどうでもいい。どんな決着だったかは知らないが、やけに晴れやかな顔が悪くない結果であったことを証明している。

 

「おかえりなさい。透くん」

「ただいまです。なんか髪焦げてませんか?」

「大変だったのよ……」

 

 出迎えてくれた楯無先輩からタオルとドリンクを受け取りつつ、若干髪が焦げていることに気づく。おそらく先輩の敵はスコールだったのだろう。あの火力ならこうなるのも頷ける。

 

「怪我はない? 私もうずうっと心配で……」

「はは……いつもすみません。今回は大丈夫でした」

「よかったぁ……!」

 

 何回も怪我してきたせいで心配されるのが当たり前になってるな。もう反動でやられることは無いんだけど。

 

「今日は盛大に打ち上げしましょう! 極秘だけど!」

「どっちなんですかねそれは……」

「だってうれしいんだもん! みんな無事だし、私が生徒会長の内に問題片付きそうだし!」

「……そうですか。それは……うん、よかったですね」

 

 興奮のあまり矛盾した発言が飛び出す先輩。こんなに喜んでいる姿を見るのは初めてかもしれない。

 それにしても片付きそう、か。なんというか……申し訳なくなってきたな。

 

「悪いが話は後にしてもらおう。まだ作戦は終わってないのでな」

「「は、はい!」」

「よし、では全員集まれ」

 

 このまま談笑を続けたかったところだが織斑先生の話が始まる。といっても今更新しく行動するわけでもなし、ただのまとめみたいなものだろう。

 それぞれ散らばって休んでいたメンバーがよろよろとこちらへ集まっていく。

 

「まずは全員、ご苦労だった。お前たちの尽力によりこの亡国機業掃討作戦を完遂することができた」

「「「…………」」」

「これにて一件落着……とはいかないが、亡国の戦力はかなり削ぐことができただろう。()()()()()

「もがー!!」

 

 話す先生の横にはばっちり拘束された亡国機業のメンバー。オータムだったかは気を失い、スコールは手足がもげているが、学園を裏切った先輩方は元気にこの待遇に抗議している。猿轡噛まされてて何言ってるのかわからないが。

 俺たちが戦った敵──エムも後ろで拘束されている。あの分だと意識を取り戻すのはいつになるやら。

 

「以降はこいつらからの情報を利用して対抗することができる。どれだけ聞き出せるかは尋問次第だがな」

「拷問の間違いでは?」

「……お前が思い浮かべてるようなことはしない」

 

 ドイツ軍直伝の拷問技術とかないのかなと思ったが、そこまで酷いことはしないらしい。

 

「本来ならば、私たち大人だけで何とかするべきだったのだがな……。お前たち生徒に任せてしまったことは本当に申し訳ないと思っている」

「いいんだよ千冬姉! 俺たちが通うIS学園のためだ。教師も生徒も関係ないって!」

「ありがとう一夏……それと、織斑先生だ」

「おぶっ!」

 

 せっかくいいこと言ったのに出席簿アタック(どこに隠してたのか)を食らう一夏。だがこれは叱責ではなく、照れ隠しのせいだろう。だって一夏って言っちゃってるし。

 

「いってぇ……」

「誰一人欠けることなく、無事に帰ってこれたことを嬉しく思う」

「先生……!」

「ではこの後メディカルチェック、詳細レポート、メンテナンスを経て作戦終了とする。以上!」

「うへぇ……」

 

 いい感じになった空気一瞬で吹き飛んだわ。他のメンバーもこの後のこと──特に詳細レポート──が嫌で嫌で仕方がないと言った表情をしている。

 ……まあ俺には、そんなもの関係ないが。

 

 さて。

 

「先生。敵から奪ったISコアなんですが……」

「ああ、今は私が預かっている。お前が持っている分も渡してくれ」

「了解です、今出しますね……と言いたいんですが」

「は?」

「え?」

 

 惚けた表情で俺を見る先生と一夏たち。きっとこれから起こることなんて予想すらしていなかっただろう。

 

 

 ぱきん。

 

 

「起きろ、『ゴーレムⅢ』」

「!? 全員逃げっ──」

「もう遅い」

 

 懐から取り出したのは休眠状態のコア四つ。間髪入れずに全て起動し、一瞬にして無人機四体が俺の周りに現れる。

 その内の一体が、ちょうど手の届く範囲で最も無防備な人間──妹様を掴んで人質にする。

 もう止まれない。これが俺の選択だから。

 

「ぁぐっ!?」

「箒っ!」

「さぁ、そのコア全部渡してもらいましょうか。先生?」

 

 IS学園を裏切って、『世界の敵』になる。

 

 

 

 

「貴様いつからっ……」

「さぁね。はじめからか、ついさっきか……どう思います?」

 

 『いつから』『裏切っていた』その問いにはこう答えざるを得ない。少なくともここに戻ってくるまでは学園の味方だったが、こうなることも決まっていた。いっそ俺が教えてほしいぐらいだ。

 

「どういうことだよ透!? 冗談だろ!?」

「マジなんだなぁこれが。全く最悪だよな」

「そんなっ……」

「嘘よ……」

 

 そんな希望を持たれても、悲観した目で見られても、俺が今こうして皆んなを脅していることは変わらない。大人しく受け入れて、敵と見做してくれ。

 ……そういう俺も、受け入れたくなんかなかったけど。

 

「俺の要求は二つ。まず一つ目はその亡国から回収したISコアを全て俺に渡してください」

 

 一つ目は簡単だ。織斑先生が持っているであろうコアを俺に渡して、それで終わり。すぐに終わらせられる要求だ。

 

「渡さなければ、どうなる……?」

「そうですねぇ。その場合は……おい」

「──、────」

「あうっ……」

 

 軽く無人機に指示を出すと、たった今捕らえた妹様を見せつけるように掲げる。

 傷はつかないようにしているが、それでも強い力で押さえ込まれた彼女が苦しみ、呻く。

 

「篠ノ之さんの顔面でも剥がしましょうか。これぐらいなら死なないでしょう」

「ひっ……」

「ふざけんな! こんなっ──」

「それ以上近づけば目を抉らせる。どれだけお前が速かろうと、片目ぐらいはできるぜ」

「っ! ……くそっ!」

 

 この人質は見栄や建前で確保したものじゃない。情の深いこいつらなら大丈夫だろうが、もしもの時は本気でやる。後で束様には怒られるだろうが知ったこっちゃない。

 自分じゃわからないけど、俺の雰囲気で本気ということを悟ったのか全員の動きが止まる。

 

「長引くのも何ですし、十秒待つごとに指を潰すことにしましょう。どうします?」

「ぐっ……わかった、渡す。だからっ……」

「懇願する前にコアを渡せ」

「……受け取れっ」

「っと、どうも」

 

 条件を上乗せ。これで考える時間は与えない。我ながら非道いやり方だと思うよ。

 無事に投げ渡されたケースを開き、中身を確認する。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、俺のと合わせて四。あと一つ足りないな……」

「それは……」

「誤魔化したわけじゃないんでしょ。知ってますよ……()()()でしょ?」

「があっ!?」

 

 無人機の一体が転がされていたスコールを引き寄せ、比較的傷のない腹に鋭く指を突き立てる。肉と鉄がかき混ぜられるような音を立て、目当てのものを探る。

 

「ぐふっ……ぁ、あ……」

「あったあった。手足がないと抵抗が無くて助かる……ああ、こいつはもう用済みなんで。急いで手当てすれば助かるんじゃないですか?」

 

 引き抜かれた手には血に濡れたISコア。生体同期型なのはスキャンした時にはわかっていたからな。取り出しやすい位置にあってよかった。こんなところで殺しはしたくないんでね。

 虫の息になったスコールを投げ捨て、これでやっと一つ目の要求が達成された。そして──

 

「もういいだろ! 箒を放せよ!」

「残念それも無理だ。だって二つ目は()()なんだから」

「え……?」

 

 二つ目はもう達成されている。本来はどうにか無力化してから捕まえる予定だったが、偶然勝手に無力化されていて、しかも近くにいたものだから実に都合がよかった。念のため俺の損傷は控えめにしていたが、もし全員とやり合うなんてことになったら間違いなく負けてるからな。

 

「さぁ篠ノ之さん。君にはちょっと寝ててもらうよ」

「やめろっ……う、ぅ……」

「アンタ何したの!?」

「即効性の麻酔だよ。ほんの数時間寝てもらうだけさ……じゃあ、そういうことで」

 

 目的を達すればもう長居する必要はない。すればするほど嫌になるから。

 温存しておいた分ほとんどダメージのない【VenoMillion】を展開し、妹様を抱えた無人機を連れて逃げる態勢に入る。

 

「待ってよ透くん! こんな、あっさり……」

「……すみません。でも、決めたことなんです」

 

 一線は超えた。今更やめることなんて出来やしない。

 例え何と言われようと、罪悪感で心が痛もうと。

 

「はぁ……最悪」

「だめっ、待って!」

「言っても無駄でしょうが、どうか抗わないで。……もう二度と会わないことを願ってます」

「いやっ……あああああーーーーっ!!!」

「さよなら」

 

 そして引き留める先輩を振り返ることなく、俺は学園を去った。

 深い後悔を残して。

 

 

 

 

 

「ふんふーん、ふふふーん」

「…………」

「お、来たねぇ」

 

 薄暗い部屋の中。鼻歌混じりに幾つものモニターを操作する一人の女、篠ノ之束(わたし)は入室してきた者の気配を感じて振り返る。

 

「まあ座りなよ。箒ちゃんはこっち乗せといて」

「……はい」

 

 彼が抱えた少女──箒ちゃんは適当に作った寝床へ乗せ、彼はこれまた適当に作った椅子に座らせた。

 

「まずはお疲れ様。要求通り……いやそれ以上だね。120点あげよう」

「……そうですか」

「もっと喜べばいいのに。私がここまで褒めることなんてそうないよ?」

「どうだっていいですよ。そんなことで喜べるような面に見えますか?」

「ふーん……まあいいや」

 

 つまらない返答が返ってきたことに心の中で減点しつつも、『ちょっと拗ねてるのだろう。思春期だし』という考察で納得する。

 それに私しても、彼が喜ぶか否かなんてどうだっていいことだ。

 

「君を拾って、育てて、ISを与えて、学園に送って……本当に長かった。けどこれでようやく、その手間と時間が報われたね」

「……保険(スペア)まで用意していたくせに、よく言いますよ」

「あはは、確かに。でもまぁ、結局あっちは期待外れだったなぁ……一応役には立ったけど。もったいない精神は大事だね」

 

 偶然見つけて、彼より元の出来は良さそうだったから使ってみたが……結果は見事に失敗。

 まさか形態移行すらできないなんて。ちょっとばかり多めに突っ込んでやっただけだというのに、まさに『器』でないという表現がピッタリだ。

 

「やっぱり君じゃなきゃ。君こそ世界の敵の器足りえる、唯一の存在だ」

「……敵だろうか味方だろうが、生きるためならなんだってやりますよ。全くもって不本意ですがね」

「賢い選択だね。そういうところは好きだよ」

 

 嘘じゃない。本当のこと。ただしこれは恋愛なんて薄っぺらな感情などではではなく、道具への愛着に過ぎない。

 濁った目でこちらを見据える彼に向き直り、今一度賞賛を込めた出迎えの言葉を告げる。

 

「──おかえりなさい。とーくん(私の右腕)

「……はい。束様」

 

 さあ、次の計画を進めよう──

 

「……ふふふっ」

 

 ──『正しい世界』のために。

 

 

 

 

第54話「救助・帰還」

 

 

 

 




 ここから『害虫生存戦略』です。
 たぶん。


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第55話「どこに・薬」

 連載一周年なので初投稿です。


 

 箒が攫われて、透がいなくなって、一週間が過ぎた。

 

「……それでは、帰りのHRを終わります。みなさんさようなら」

「「「さようならー!」」」

「…………」

 

 授業が始まったのは五日前。一般生徒には箒は日本政府からの聴取に、透は海外で研究に協力しに行ったことになっている。最初は俺以外の専用機持ちのISが全部修理に出ていることを疑われたり、二人はいつ帰って来るのかと聞かれたが、三日もすればそれも無くなった。

 二人がいないことを除けば、クラスに大きな変化は無い。

 

 

「一夏、一緒に帰ろ?」

「私も同行するぞ」

「……そうだな。シャル、ラウラ」

「うん」

「ああ」

 

 シャルとラウラは表面上、いつもと同じ調子で過ごしている。何も知らないやつから見たら薄情に思えるだろうが、きっとクラスメイトに悟られないように無理をしているのだと俺には思えた。

 

「セシリアは?」

「すぐ射撃場に向かったぞ。鈴も一人で帰るそうだ」

「そうか……」

 

 セシリアと鈴は逆に、一人で行動するようになった。毎日授業が終われば一人で練習し、夜になれば帰る。オーバーワークとまではいかないが、明らかに根を詰めている。

 まるで苛立ちをぶつけているかのように。何に苛立っているのかは……言うまでもない。

 

「……生徒会は今日も無し、か」

「心配だね、楯無さん」

「あの人が一番ショックを受けていたからな」

 

 生徒会はずっと休んだまま。正確には楯無さんだけが生徒会室に行き、一人で仕事をしている。一度手伝おうとしたら、扉も開けずに帰されてしまった。

 簪さんと虚さん、のほほんさんだけは出入りできているが、やはり何も手伝わされることなく帰されているそうだ。

 それでも虚さん曰く『仕事に支障は出ていない』らしいが……その顔にはいつもの事務的な表情はなかった。

 

「……じゃあ、僕たちはここで」

「また明日」

「ああ、また」

 

 それっきり大した会話もなく、部屋の前にて二人と別れる。1025室の扉を開け、暗い部屋に電気を点けた。

 

「……はぁ」

 

 雑に荷物を置き、制服にしわが付くのも構わずベッドへ寝転がる。小さくついたはずのため息がやけに大きく響いた。

 先週なら今頃何をしていただろうか。生徒会で仕事? みんなと特訓? 教室に残ったり、普通に帰って雑談。少なくとも、一人ではなかっただろう。

 

「あー……」

 

 シャルとラウラは表面上いつも通り。セシリアと鈴は特訓。楯無さんは仕事。簪さんたちはその様子見。千冬姉や山田先生もあんなことがあった分忙しそうだった。

 なら、俺は?

 

「何やってんだろ」

 

 みんなは俺を見ても何も言わない。世間話は振られても、心配されたことはない。ならばいつも通りに見えているのか。それとも。

 

「……どこにいるんだ」

 

 箒の居場所はどれだけ探しても見つからなかった。学園から少し離れた海上までは反応があったそうだが、ある地点から忽然と消えてしまった。

 千冬姉の考察によれば──正直よるまでもないが──、箒は束さんのところにいるらしい。世界中が探しても見つからないあの人のところなら、俺たちがいくら探しても無駄だろうとも。

 

「……無事かなぁ」

 

 心配だ。あれだけ妹を溺愛する素振りを見せていたあの人なら、そう酷いことはしない……と思ったが、すぐにそんな考えは捨てた。だって妹を攫う時点で酷すぎる。きっと普段のあれは、きっと道具の愛着と同じだったのだろう。

 

「あいつは……」

 

 透はどうしているんだろう。亡国のコアを奪って、箒を攫って、俺たちの前から消えて……きっと束さんのところへ行ったあいつは。

 

「…………」

 

 怒ってないわけじゃない。あいつのしたことは、俺たちへの裏切りだし、出した被害を考えれば同じ裏切りでもダリル先輩とフォルテ先輩とは比べ物にならない。そして何より、箒を攫ったのはあいつだ。

 けれど、それだけのことをされても何故か『許せない』という感情だけは湧かなかった。

 

「どうしてあんなことをしたんだ?」

 

 冷静なった頭で思い出すと、あの時透は『決めたこと』と言っていた。つまりは決める前段階、俺たちを裏切るか裏切らないかを選択していたわけで。その選択肢がいつ出たのか……そうだ。

 

「ハッキングの時だ……!」

 

 俺が倉持技研に呼ばれて、その間にIS学園がハッキングされて……戻ってきたときに少し様子がおかしくなってた。しばらくしたら戻ってたから触れないようにしていたが、あの時にあいつは。

 決める前か、それとも決めた後だったのか? 今となっては本人にしかわからない。けれど、何かしら悩んでいたことは間違いない。

 ならば、悩んでいたのは何故だ?

 

「……ああもう!」

 

 寝転がってちゃ考えが纏まらない。一旦何か行動を──と起き上がったところで、

 

 きぃん。

 

「……?」

 

 右手の【白式】が、僅かに光った気がした。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 ただひたすらに、黙々と目の前の紙にペンを走らせ、印を押していく。目の前に積まれた書類は作業を始めた時の三分の一程度だろうか。背後から感じる日の光で、始めてそう時間が経っていないことを察する。

 

「休憩しようかな。虚ちゃ……はもう帰したんだった」

 

 『一人で集中したいから』と従者を既に帰してしまったことを忘れて名前を呼びかける。今ここにいるのは私だけ。従者はおろか、一応部下である一夏くんも、心配して顔を出してくれた簪ちゃんもここにはいない。

 

「…………」

 

 無言でティーポットとカップを取り出し、適当に選んだ茶葉と適当な温度の湯で紅茶を淹れる。きっと大した香りも味もないものが出来上がるだろうが、どうせ飲むのは私一人だ。

 

「まずい」

 

 虚ちゃんに見られたら小言をもらいそうな紅茶を一口。最低評価を下して再び書類仕事に戻る。

 かりかり、ぺたん、ぺらり、かりかり。ひたすら同じ音が繰り返されるだけの空間。

 

「……おわり」

 

 程なくして全ての書類が片付き、少しだけ疲れた目を押さえて背もたれに体を預ける。空はまだ暗くない。

 こんなに集中して仕事をし続けたのは初めてだ。ここで働くときはいつも他に誰かがいて、何でもない話をしながらだらだらと進めていた。いつも終わる頃には日が暮れていたけれど、それを苦痛だとは思わなかったし、むしろ楽しかった。

 でも今は一人。仕事は早く終わっても、何の喜びもない。

 

「……はぁ」

 

 まだ書類の受け渡しと片付けが残っているというのに、やるべきことから目を逸らして、彼がいたはずの場所を眺める。

 九十九透。コアを奪って、箒ちゃんを攫ったお尋ね者。そして……私たちの仲間だった人。

 

「ほんの一週間前まで……あそこに」

 

 私の目の前、虚ちゃんの隣、本音ちゃんの前が指定席だった透くん。文句を言いながらも呼んだらすぐに来てくれて、また文句を言いながらも仕事は早かった透くん。早く帰りたいと言いながらも虚ちゃんのお茶を飲むまでは帰らなかった透くん。仕事をしてない本音ちゃんと一緒に私を煽ってきた透くん……後半は思い出さなくてよかった。

 同じ空間にいられることが嬉しくて、いつも何でもない話を振っていたっけ。

 でも、彼はもういない。私たちを裏切ったから。

 

「……ぅ、うぅ……」

 

 嘘だと思いたい。あのドアの向こうには悪趣味な看板を持った透くんが立っているんじゃないかとか、朝起きれば全部夢になるんじゃないかとか、そんなありえない妄想ばかりしている。

 

 どうして私たちを裏切ったのか。それは共に過ごしてきた半年間を捨てるほどのものだったのか。考えても考えてもわからない。

 じわりと視界が歪んで、机に滴が落ちた。

 集中したいなんて嘘。本当は、不意に出る涙を隠したかっただけ。

 

「会いたい……」

 

 居場所さえわかれば、ISさえ使えれば、今すぐここを飛び出して探しに行くのに。ロシア国家代表なんて肩書きがあっても、こうなってはそこらの学生と変わらない。

 

「…………」

 

 今頃は、地下にて身柄を拘束している亡国のメンバーに尋問でもしている頃だろうか。

 彼女らには聞くことが沢山ある。ISや武装の流出経路、今までの事件との関わり、亡国機業本来の計画……そして、篠ノ之束との繋がり。その全てを聞き出すことは容易ではないが、誰か一つでも分かれば大きな進展となるだろう。

 本当は私も同席したかったのだが、織斑先生に止められてしまった。だから今私にできるのは、その結果を待つことだけ。そんな自分の無力さが、悔しくて堪らない。

 

「しっかりしなきゃ」

 

 それでも私はIS学園生徒会長。人の上に立つもの、長として、こんな情けない姿をみんなに晒すわけにはいかない。泣いていいのは一人の時だけ。そのはずなのに。

 

「はぁ……」

 

 だけど今は、ひたすらに彼と会いたかった。

 

 

 

 

 

「やあ、篠ノ之さん」

「……何の用だ」

「何って、ただの様子見だよ。見張り番がてらにな」

 

 窓一つない鉄の壁に鉄の床。1人用のベッドに、固定された机と椅子。正に独房といった部屋に向けて、鉄格子のはまった扉からまるで登下校中に出会ったような挨拶をする。

 返ってくるのは明らかな疑いの目。当然だろう。だって彼女は囚われの身で、攫ったのは俺なんだから。

 

「まーたちょっと食って残してるな。そんなんじゃ持たないぞ?」

「ふん、私はダイエット中なのだ。最低限食えばこんな食事はいらん」

「作ってんの俺なんだけどなぁ……」

「!?」

 

 差し入れ口に置かれたほとんど手をつけられていない食事を取り、とりあえず適当に床へ置いておく。俺が作ったのは本当だが、別に残されたって心が痛んだりはしない。そういうフリだ。

 

「こういうのも女の子の憧れらしいな、どんな気分だ? 『囚われのお姫様』?」

「ベッドが固い、薄暗い、風呂の時間が決められているのが気にくわん。あと床は畳にしろ」

「不満多いなぁこいつ」

「め、飯は不味くなかったぞ……?」

「今更フォロー入らんわ」

 

 今の例えは撤回しよう。ここまで強気なお姫様がいてたまるか。

 

「……教えろ。ここはどこだ? なぜ私を攫った? あのラウラに似ている女は誰だ? 姉さんとはどういう繋がりがある?」

「質問が多いなぁ。別に教えたって構わないけど」

 

 この独房に来たのは今日が初めて。それまでは束様かクロエか、あるいは自動のシステムが世話をしていたはずだ。来なかった理由は……何となく顔合わせるのが嫌だったから。

 そして質問が四つ。一度に聞くには多過ぎるが、別に口止めされているわけでもなし、話したっていいだろう。逆にこの一週間二人とも話さなかったのかよ。

 

「順番に答えようか。ここは束様の大型移動式研究所(ラボ)

 『坊ちゃん(親譲りの無鉄砲)』だ。」

「各方面から怒られればいいのに」

「同意だな。で、現在はステルスモードでとある海域を漂っている。正確な位置は俺も知らない」

 

 ここの広さはどれくらいだったか。俺でも隅々まで知っているわけじゃないからな……少なくとも百や二百平方メートルなんて広さじゃじゃ効かないだろう。

 

「次、攫った理由……は知らん。やれと言われたからやった。やらないと俺が困るんでな」

「実行担当にすら秘密か。あの人らしいな」

「どうせ最悪な理由だ。なんせ篠ノ之さんを攫う前から準備してるらしいからな」

「ふん……」

「……」

 

 強がって入るが、やはり不安感はあるのだろう。手は固く握って視線も落としている。ま、年頃の女がこんな環境に置かれていたらこうもなるか。無駄に暴れて抵抗されるよりはいい。

 

「ボーデヴィッヒに似てる女だが、あいつはクロエ・クロニクル。一応束様の娘扱いで、俺の妹を主張してる。でも実際はボーデヴィッヒの姉みたいなものだ」

「こんがらがってきたな……」

「あの人の娘ってことだけ覚えればいい。箒おばさん」

「……」

「扉を殴ろうとするのやめろ」

 

 こんな時に揶揄ったのは悪かった。だからこんな硬い鉄の扉を殴って怪我なんかされたら俺が罰される。

 

「えーと最後が……束様との繋がりか。ぶっちゃけ主従関係だな」

「……それは予想してたよ。いきなり『様』までつけているからな」

「ああ。実はお前のことも裏では『妹様』って呼んでた」

「うわっ……二度とそれで呼ぶな。頭の中でもだ」

「めんどくせぇな……」

 

 そこまで拒否されるほど嫌なのか……? とにかく、以後は篠ノ之さんで固定しよう。統一した方が楽ではあるし。

 

「んで従う理由は……命の恩人だから、かな」

「恩人? あの人が? そんな慈善家だとは思えんな」

「実際慈善行為なんかじゃない。ただの気まぐれと、利益のためさ」

 

 俺の出自と余命に関しては言わないでおこう。今更知られて困ることじゃないが、話すと複雑になる。

 

「全部答えたな、これで質問タイムは終わりだ。俺も戻る」

「そうか。ではあの人に伝えておけ、『いつまでも思い通りにいくと思うなよ』とな」

「気丈だなぁ。ま、覚えてたら伝えておく」

 

 自分がどこにいるのかも、何をされるかも知らないくせに、口だけとはいえよくもまあここまで強気でいられるものだ。

 助けが来ることを信じているのか、それとも自力で脱出できるとでも思っているのか……さすがに後者に期待するほど馬鹿ではないか。

 

「さてと……様子見はこんなところで。くれぐれも妙な気は起こさないようにな」

「ふん。お前こそせいぜい用済みにならんようにな」

「……じゃ、また」

 

 話しすぎたか、どうにも調子が狂う。

 どうせ見張りなんて監視カメラで十分だというのに、全く──

 

「これで十分でしょう? 束様」

「うんうん。ごくろーさん」

 

 ──趣味が悪い。

 

「『様子見ついでのメンタルケア』……必要かどうかは置いといて、向いてないことするのは疲れますよ」

「でも私とくーちゃんじゃそういうのできないからさぁ。準備が整うまでは頼むよ」

「準備ねぇ、それっていつまでかかるんです?」

「もうすぐだよ。ペースは極めて順調、うきうきするね!」

「ふーん……」

 

 一週間も篭り続けて進めている『準備』。篠ノ之さんに関連するのか、次の『仕事』で使うのか……聞いても曖昧な答えしか返ってこず、まずろくでもないであろうことしかわからないモノ。

 だが今は、そんなものはどうでもいい。

 

「そろそろいいでしょう。束様」

「……なーにがいいのかなー? とーくん?」

「とぼけないでくださいよ」

 

 全て見透かしているくせに、わかっていないフリをして嗤う束様。そんなに俺の口から言わせたいのか、酷い上司だ。

 

「今回の……一週間前の報酬がまだです。そのために俺は誘いに乗ったんだ」

「報酬? 何かなー? お金かなー?」

「このっ……!」

「にゃははははっ、ごめんって。ついつい揶揄っちゃった」

「…………」

 

 今すぐぶん殴ってやりたいが、そんなことすれば俺の残り一ヶ月と少しの命が飛ぶ。そのなけなしの命を救ってもらうためにここにいるんだ。抑えろ、俺。

 

『チッ……』

 

 だから抑えろって。

 

「おおこわ。それじゃあえーっと……はいこれ」

「どこから出して……何ですかこれ」

 

 おもむろに──なぜか胸から──取り出した白い袋。差し出されるまま受け取り、そのまま開けると中にあったのは細く小さなアンプルがいくつか。さらにそのアンプルの中には透明な液体が入っている。

 

「とーくん用のお薬だよ。一日一回、一瓶ずつね」

「……これにどんな効果が?」

 

 俺が求めているのは延命だ。寿命が縮められているのはこの胸に埋め込まれた機械のせいで、直すにこれを取り外すなり機能停止させる必要があるはず。

 それがこんな風邪でも治すような薬でどうにかできるというのか?

 

「細かい成分とかは省くね。それは一度の服用で約二十四時間、治癒力を大幅に低下させる」

「!」

「とーくんの場合は元の治癒力が高すぎるから、ちょうど常人並みになるって感じかな……この意味、わかる?」

「……『首輪』ですか」

「そういうこと」

 

 治癒力の低下……確かに俺の抱える問題への回答となり得るものだ。生憎薬学の知識が無いためどんな成分が入っているかは知らないが、これさえあれば少なくとも自分に殺されることはないだろう。

 だが今渡された分はせいぜい五日分で、全て用法通りに服用しても延命できるのはたった五日。成分もわからないのでは複製は無理。それ以上を望むならまた束様から貰うしかない。

 『従えば生かしてやる、従わないならそのまま死ね』……なるほど、悔しいが、俺を縛りつけておくには一番効果があるやり方だ。

 

「そんなに信用できませんかね。これでも結構尽くしてきたつもりなんですが」

「でもそれは自分の命惜しさでしょ? もしここで君を治しちゃったら、ハイサヨナラー……なんてことになるかもしれない」

「……なりませんよ」

「どうだかねー。……とにかく、私にはまだ君の力が必要なの。だから最後まで付き合ってもらえる保証が欲しい」

 

 本当に面倒な人だ。どうせ逃げる気なんてこれっぽっちもないし、逃げたところで無駄なのに。

 

「とりあえずほら、飲んでみなよ。余計なものは入れてないからさ」

「……わかりました」

 

 信用されていないのはともかく、この薬はありがたくいただいておこう。無色透明な液体の入ったアンプルを開け、一気に飲み干す……すると、わざとらしい果物の香りと、妙な甘ったるさが喉に残る。

 

「まっずい苺味だ……うぇ」

「全四種類だよ。お楽しみに」

「めちゃくちゃ余計なもの入ってるじゃないですか……」

 

 いつだったか一夏と一緒に買って後悔した、古臭い派手な色の駄菓子みたいな味だ。喉の奥がイガイガする。しばらくこれを飲み続けると思うと憂鬱だ。

 

「ところでまだ君の力が必要とは言ったけども。何をさせられるかもわからないままじゃ不安だよね。というわけで……んしょ、はい」

「だからどこから出してん……もういいや」

 

 また胸元から取り出された紙束を受け取る。これに喜ぶ男もいるのだろうが、俺からすると生暖かい紙の感触は正直気持ち悪い。

 

「それに書いてあるのは私の『計画』。といっても、君に理解できるように簡潔にまとめてあるけどね」

「……へぇ」

「さ、読んでごらん」

 

 ずっと気になっていた『計画』。その全貌がこの書類に書いてあるのか。

 まっさらな表紙をを恐る恐るめくり、本文へと目を通す。

 

「──は、はぁ?」

「ふふふ、驚いてる」

 

 そこに書かれていたのはあまりに荒唐無稽で、正気を疑うような計画。

 人一人が持つには大きすぎる願望があった。

 

「本気ですか?」

「もちろん。その願いのために、これまでずーっと準備してきたんだ」

「…………」

「さてと、私は準備に戻ろうかな。終わったらまた呼ぶから、待っててねー」

「……はい」

 

 自動ドアがぷしゅう、と開いて、束様が通ってまた閉じる。今すぐ追いかけたところでそこにはもう誰もいないだろう。

 とんでもない計画だ。今時少し痛い中学生でも本気でこんなことを考えたりはしないだろう。

 だが束様なら、『天災』篠ノ之束ならば。

 

「やってやるよ」

 

 従う以外の選択肢は捨てた。『世界の敵』として最後まで付き合って──そして、生き延びてやる。

 

 

 

 

 

第55話「どこに・薬」

 

 

 

 

 




 せっかくだしいい感じのこと言おうとしたら特に思いつきませんでした。なので囚われの箒ちゃんが何してたのかを以下にまとめます。

6:00 特に目覚ましはないが自力で起きる。精神統一の後エア剣道。
7:00 壁が開くので朝風呂へ。
7:30 朝食。最低限食べる。
8:00 しばらく暇。学園のみんなは何してるのか考える。
12:00 昼食。最低限食べる。
12:30 暇。たまに来るクロエに話しかけるがシカトされる。束は追い返す。
15:00 おやつ。食べない。
16:00 エア剣道。
18:00 夕食。最低限食べる。
19:00 壁が開くので風呂へ。
19:30 暇。透くんのことを考えて少しイラつく。
21:00 やることがないので寝る。

 なんだかんだほぼ週一更新してましたがらさすがにこれからは間が空きそうです。二週間以内を目標とするのは変わりません。


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第56話「どこに②・悪夢」

 バイト先のトイレから初投稿です。


 

「もう話すことなんてないのに。毎日暇ねぇ」

「……そう見えるか」

 

 さらに三日が過ぎた。依然として九十九透、篠ノ之箒の両名の消息は掴めず。今日もこうしてあるかもわからない手がかりを求めて病室(ここ)へ来た。

 

「本当に、本当に何も知らないのか? 束と交流のあったお前でも」

「私たちは利用されていただけよ。少しでも知ってたなら、こんな無様な格好で寝てたりなんかしないわ」

 

 白いベッドに横たわる金髪の女──スコールは、不満気な態度を隠しもせずにそう言った。

 現在の彼女は生体同期していたコアを引き抜かれた影響か、機械義肢(サイボーグ)化した体を自力で動かすことがほとんどできなくなっている。最も、更識楯無らとの戦いでほとんど吹き飛んでいるのだが。

 

「何度も同じことを言ってるけど、私と篠ノ之博士との関係は最大限好意的に見ても使いっ走りの下請け。あの坊や──九十九透と通じていた事さえ教えられていなかったわ」

「だろうな。あいつが他人とそう簡単に協力するわけがない」

「それを承知で力を借りたつもりだったけど……まさか根こそぎ持っていかれるなんてね。大損だわ」

 

 ISの開発者である束の助力を得れば、確かに亡国機業の戦力は飛躍的に強化されただろう。実際我々IS学園の面々は何度も苦戦させられた。

 しかし束に裏切られた今ではこの通り、隊長のスコールは要介護同然。オータム・ダリル・フォルテは独房行き。一時的な協力者のアリーシャでさえ学園で軟禁中だ。

 

「オータムは元気? 暴れてないといいけど」

「残念ながら毎日大暴れだ。いつまでも取り調べが進まん」

「あらあら」

 

 いつもであれば『無駄口を叩くな』と一蹴していた質問だが、妙に取り調べに協力的なスコールから聞き出すことは束関連以外にはない。それすら知らないというのなら、もはやここにいる意味すらない。

 だから逆にこんな質問をされてもつい答えてしまう。一応、答える内容はよく考えているが。

 

「……じゃあ、エムは?」

「あいつは……まだ寝ている」

「そう……」

 

 エムと呼ばれた少女。三度学園を襲撃し、一夏達が打ち倒した敵。

 彼女はあれから一度も目を覚ましていない。命には別状ない程度とはいえ、甚大なダメージを負っていたことが原因か、もしくはこれも束のせいか。理由はいくつも考えられる。

 だが今は目を覚まさぬ理由はどうだっていい。問題は、私に似たこいつが存在していることだ。

 

「『プロジェクト・モザイカ』狂った考えだと思うわ。悪党の私が見てもね」

「! ……知っていたのか」

「ええ。全て、ではないけれど。あの子を拾ったのは私たちだしね」

 

 「この義肢もそこから派生した技術を使っているの」と僅かに残った指先を動かすスコール。そうか、確かに裏の人間ならば、知っていてもおかしくはない。

 

「あの子がまだ正気だった頃。いつもあなたの名前を呼んでいたわ。……どういう意味だったのかは知らないけど」

「……そうか」

「あら、もう行くの?」

「ああ、また来る。次こそ吐いてもらうぞ」

「だからもう……」

 

 スコールが言い切らないうちに病室を出る。まだ予定の時間ではないが、もう聞ける事はない。正確には、聞きたくない。

 重い足取りで廊下を歩き、そして次の目的地──エムが寝ている病室へ到着する。

 

「すぅ……」

「……まだ、目覚めんか」

 

 静かな寝顔で、穏やかに寝息を立てるエム。

 外傷は綺麗さっぱり消え、今はもう何の問題もないはずだ。しかし今日まで意識を取り戻すことはなかった。

 

「お前も、()()なのか?」

 

織斑計画(プロジェクト・モザイカ)』。究極の人類を想創造するなどという狂気の沙汰。私を生み、一夏を生み、束によって無意味と化したはずの計画。一夏にすら教えていない、最大の秘密。

 成功試作体は私と一夏の二つだけ。私の家族は、約束されていた何もかもを捨てて選んだ一夏だけ……のはずだった。

 では、目の前の彼女は。学生時代の私に瓜二つの顔を持つもの。その存在が意味することは。

 

「私は……」

 

 廃棄されたはずの何千もの失敗作か、それとも隠れて製造されていたのか。とにかく、計画の生き残りは二人だけではなかった。

 私は、救い損ねていた。

 

「すまない」

 

 救ったつもりで家族ごっこをしている間、彼女はどんな思いで生きていたのか。私の名を呼んでいたのなら、きっと恨んでいたのだろうか。

 話をしたい。でも、目を覚まさぬ今となってはそれもできない。

 できるのは、誰の耳にも届かない無意味な謝罪だけ。

 

「……すぅ……」

「ではな……っ!?」

 

 入った時と何も変わらない寝顔。叶うなら目覚めるまで側にいたいが、私にはまだやるべきことがある。

 そしてドアノブに手をかけた瞬間、脳内にある生徒の顔が浮かんだ。

 

「まさか……あいつも……?」

 

 九十九透。()()()()()()()()()()()()()()()()の、二人目の男性IS操縦者。

 なぜ奴もISを動かせるのか、どうせ束が何か仕込んだのだろうとずっと思ったいた。束が奴に目をかけている理由も考えないで。

 

「そう考えれば辻褄が合う。そうとしか考えられない!」

 

 目をかけられているのも、男なのにISを動かせるのも『織斑計画』の試作体だから。顔つきと声の違いは整形すればどうにでもなる。

 『命の恩人』と称していたのは拾われた時の話か、ならいつから共に行動していた?

 

「ずっと、ずっと見落としていたのか……!」

 

 初対面で違和感を覚えた時、何としてでも調べるべきだった。聴取を行った時も、何度データを採取しても全て改竄されていた時も。無理矢理問いただすべきだったのだ。

 見過ごしていたあらゆる情報が、疑問となって脳内を駆け巡る。

 

「……くそっ!」

 

 やるべきことは山積み。しかし今すぐ全てを処理することはできない。静かに、しかし素早く扉を閉め、校則違反を承知で廊下を駆ける。

 まずは篠ノ之の救出。疑問の答えはその後だ。

 

 

 

 

 

「……で、あたしらの専用機もほとんど修理完了したわけだけど」

「依然として待機命令ですわね……」

「仕方ないよ、何の手がかりもないんじゃあね」

「今も捜索中らしいがいつになるやら……」

「……うん」

 

 食堂の一角にて、円形のテーブルを囲んで座る専用機持ち女子の面々。ここしばらくは特に意識していたわけでもなくバラバラに行動していたが、偶然タイミングが重なり一同に介している。

 しかし会話は一般的なガールズトークとは程遠かった。

 

「みんなは一週間何してた……って、大体わかるか」

「わたくしと鈴さんは個人練習、シャルロットさんとラウラさんは情報収集ですわ」

「簪さんは何してたの?」

「お姉ちゃんと話そうとしたけど……全然出てこないからずっと整備してた」

 

 学園から出された命令は『待機』。つまり機体の修理が完了し、次の動きが決まるまでは完全に暇だった。

 その暇を利用して、それぞれがやるべきと判断したことをしていたのだが……。

 

「全員結果は芳しくなさそうね……」

「ええ、残念ながら」

 

 まず個人練習。『余計な感情を振り切るなら体を動かすのが一番』とISを使えないなりに始めたはいいものの、そう簡単に振り切れるはずもなく。大した集中できないままであった。

 

「相手が悪すぎるね。痕跡も何も見つからなかったよ」

「軍の衛星を使ってもな、私が怒られただけだった」

「また無断でやったの……?」

 

 次に情報収集。使える限りの手段は尽くしたが、それによって得られた収穫はゼロ。無理やり収穫を挙げるなら『一切の痕跡すら残さないステルス技術によって逃げた』ことぐらいだ。

 

「この一週間ろくに顔も合わせてない…… 普段は鬱陶しいぐらい会いに来るのに……」

「それは心配ね……」

 

 『一日一回は抱きつかないと禁断症状が出る』と豪語していた楯無も生徒会室に篭りっきり。稀に廊下で姿を見かけても声をかける前に何処かへ消えていき、メッセージも適当な返事ばかり。

 あからさまに好意を抱いていた相手がいなくなったのだ。相当堪えているのだろう。

 

「あの野郎次会ったらぶっ飛ばしてやる」

「ええ、あたしも五、六発ぶん殴りたいわね」

「野蛮ですわね。わたくしはスマートに風穴空けてやりますわ」

「じゃあ僕パイルバンカー」

「拘束は私に任せろ」

 

 自分を含めた皆を、特に簪は大事な大事な姉を裏切られた怒りに報復を誓う。さすがに元仲間のよしみで殺しはしないが、全員に土下座ぐらいはしてもらわないと気が済まない。

 

「と言っても、僕たちはあんまり透と仲良いわけじゃなかったけどね……」

「友達扱いされていたかも怪しいな」

「あっちから話しかけてきたことなんて数えるぐらいしかな「鈴さんは二組ですからね」表出なさい」

「そ、そうなんだ……」

 

 表面上は悪くない関係であったとは思う。しかし本心から、胸を張って彼を友人だと呼べるのか……それはきっと、この中では簪以外にはできないだろう。本心では嫌われていた可能性もある。

 

「わたくしは初対面が最悪でしたから仕方ないようなところもあるのですけど、まぁ……」

「セシリアはまだマシでしょ、私なんて厄介ごとに巻き込まれてあと放置とかあったわよ」

「鈴もギリギリセーフじゃない? 僕は……どちらかというと嫌われてたかなぁ、たぶん」

「私もそうだろうな、というかまともな会話した覚えがない」

 

 セシリアと鈴に対しては、会えば話せる、聞けば答える、呼べば来る程度の関係ではあった。そもそもセシリアとの最初の因縁は決闘擬きでほとんど解消され、鈴は直接悪印象を持たれるような関わりが無かったからだが。

 シャルロットとラウラの扱いは微妙に悪かった。片や【打鉄弐式】の開発中に呼び出されてはデータを脅し取られた──結局黙っててくれたのだから文句は言えない──し、もう一方は負けた後に追い討ちをかけられている。こっちも的外れではなかったので文句は言えない。

 

「……透のこと、嫌い……?」

「いや、それは無いですわ」

「変なやつだけど、仲間ではあったし」

「うん、良い人……と言い切れるかは怪しいけど……」

「よくわからんやつではあったが、私たちは嫌いではない」

「うん……うん……? よかった……?」

 

 なんかだんだん下がっているような気もするが、嫌いでないのならばそれでいい。皆にとってはともかく、簪にとっては数少ない友人であるのだから、嫌われ者にはなって欲しくない。

 

「ラウラの『よくわからんやつ』って例えが一番しっくり来るわね」

「全然自分の話しなかったもんね、僕たちに限らず」

「『篠ノ之束の関係者だから』と思っていたが、よく考えるとおかしいな?」

「今思えば隠していたってことなのでしょうね」

「うん……たぶんそう」

 

 結局のところ、『九十九透』という人物のことを本当に理解できている者はいなかった。簪は友人としての一面、四人は仲間の一人という一面、きっと箒も、一夏も、先生も別の一面しか知らなかっただろう。それらを共有してとしても、きっと『九十九透』の全てはわからない。

 

「でもさ、やっぱり……知りたいよね」

「ええ、このままじゃ納得できませんわ」

「何がなんでも聞き出してやらんとな」

「どうかな、簪さん?」

「……うん、今からでも遅くない。たぶん」

 

 それでも、わかりたいとは思うから。折角出会って、表面上であってもついこの間まで仲間として過ごしてきた。何も知らないままこの関係を終わらせたくないのだ。

 きっと一夏も、箒も、楯無もそう思っている。

 

「まあ全部知ってもぶん殴るのは一緒だけど」

「理由あっても許されることじゃありませんわ」

「今までのお返しをたっぷりとさせてもらわないとね」

「なら私たちは『九十九透ぶん殴り同盟』だな」

「えぇ……」

 

 

 

 

「っくしゅっ! あー……」

「大丈夫ですか?」

「噂でもされてるんじゃない?」

「かもしれませんね……あ、よう」

「……何だ」

 

 不意に出たくしゃみは置いといて、篠ノ之さんをほうりこんでいる独房の前に揃った俺たち三人。中の篠ノ之さんは不快そうな視線を主に束様へ向けている。

 

「準備ができたのさ。お待たせしましたってとこだな」

「随分とかかったじゃないか。遅すぎて3キロは痩せてしまったぞ」

「へいくーちゃん!」

「正確には2.2キロです」

「なぜわかる!?」

 

 それはここの床が計測機を兼ねているからだ。今日に至るまで、篠ノ之さんの身体データはあらゆる面から採取されている。『女の子のプライバシーは大事』らしく、俺は何も見せられていない。どの口が言うのか。

 

「さてさてさぁーて箒ちゃん、一応聞いておくけどさ……私たちの仲間になる気はない?」

「断る。なんと言われようがあなたの仲間には……いや、道具になんてなりたくない」

「…………」

「おっ」

 

 優しい勧誘に対して、明確な拒絶。これには束様の貼り付けた笑いも凍りつく。

 しかしまあ、仲間でなく道具を求めているってのはご明察だ。ただの姉嫌いだと思っていたが、ちゃんとわかってるじゃないか。

 

「断られちゃいましたね」

「……予想通りだよ。それでもちょっとダメージだけど」

「何を考えているか知らないが、諦めるんだな。あなたの思い通りには──」

「──いいや、なるよ」

「!」

 

 雰囲気が変わった。へらへらした雰囲気は消え失せ、思わずこちらが震えてしまいそうなほど冷徹な瞳で肉親である篠ノ之さんを見つめる。

 正直同情する。もし素直に道具となる道を選んでいれば、これからの恐ろしいことは経験しないで済むはずだったのだから。

 

「くーちゃん、()()()()()()

「かしこまりました……『解離世界(ワールド・パージ)』」

「な──ぁ──……」

「……ありがと」

 

 クロエのIS【黒鍵】の能力によって、篠ノ之さんの意識は幻に落ちる。知ってさえいれば抵抗できたであろうが、丸腰ではどうしようもない。

 電脳ダイブしたメンバーには理想的な夢、俺と織斑先生がかけられた時は真っ白な世界だった。今はどうかな。

 

「……箒ちゃんには甘い夢(そういうの)は効かないみたいだから、別の方向性でお願いしてるの」

「はい。今度は逆に、とびきりの……悪夢を」

「なるほどね……」

 

 聞けば篠ノ之さんが『ワールド・パージ』の中自力で覚醒できていたらしい。それを可能とするのは現実と理想を見極める精神力。

 だがそれは、最低の悪夢にも対抗できる力なのか? 優しさを振り切ることと、苦しみに耐え抜くことは違うのだから。

 

「でも意外ですね。いつもの溺愛っぷりなら、もう少し優しくいくと思ってました」

「箒ちゃんは好きだよ。でもそれとこれとは別なだけ」

「そうですか。別にどっちだって構いやしませんが……俺ここにいる必要あります? 正直見たくもないし、そろそろ薬の時間なんですけど」

 

 棒立ちのまま、目を閉じてうなされている篠ノ之さん。マニアなら喜んで見るのだろうが生憎俺の感性には合わない。

 呼ばれて来たもののすることがあるわけではなさそうだし、こんな胸糞悪い光景を見続けたくはないんだ。

 

「だめー。くーちゃん、もう一回」

「かしこまりました。……透さま、申し訳ありません」

「うっ──なんで俺も……いや、束様まで?」

 

 そして自室へ戻ろうとした瞬間、『ワールド・パージ』の幻に包まれる。前回とは違う真っ黒な世界。そこに俺と……何故か束様がくっきりと存在している。

 

「よくないなぁ。とーくんはもう共犯者なんだから、目を背けちゃダメだよ」

「……ほんっとに嫌な人だ」

 

 別にこんな幻に包まれたって焦ることはない。前回同様、感知系(センサー)で辺りを探ればいいだけのこと。

 しかしずっとそれが続くのはかなり鬱陶しい。そもそもこの人を前に感知してる余裕なんてないし、『見ろ』というのが命令なら俺に拒否権はない。

 

「ほら、あっちをご覧」

「? 何が──うわぁ」

 

 暗闇の中で束様が指差す先には、呆然とした様子で立ち尽くす篠ノ之さんと、すぐ側で倒れ伏す一夏。二人の手には赤い液体が付着した刀が握られ、こちらまで鉄のような臭いがする。

 

「ははぁ、これは確かに最悪ですね」

「でしょう? こっちまで苦しくなっちゃう」

 

 わかってる。これは幻覚で、本当にあそこにいるのは棒立ちで何も持っていない篠ノ之さんだけだ。タチの悪い夢だ。

 でも篠ノ之さんはそれを認識できてない。理由もわからず、体の自由もきかずに一夏と殺し合いをして、勝ってしまったことになっているのだろう。

 

「あ、ああ……いちか……」

「見てて、ほら」

「ん……げっ」

「ほ、ほう……きぃ……」

 

 正直これで十分な気もするが、まだまだこの悪夢は終わらないらしい。

 死んだはずの幻覚の一夏が起き上がり、再び刀を構える。血塗れた身体と焦点の合わない瞳はまるで動く死体(ゾンビ)のようだ。

 

「ああっ、うわあぁぁーーっ!!!」

「もういいよくーちゃん……ま、こんな感じだね。あとは箒ちゃんがいい感じに壊れるまで続けてもらう」

「ぅ──きついなぁ……」

 

 ふっ、と部屋の電気が切り替わったような感覚がして、元の空間に戻される。鉄の匂いは消え、篠ノ之さんの格好もきれいなままだ。

 裏切った身とはいえ、知り合い同士が殺し合いをする様を見せつけられるのは中々きついものがあった。正直あのまま続けられたらこっちが参ってしまう。

 あれを直接体験している篠ノ之さんは……まあ、長くは持たないな。

 

「壊れたら次は()()()の番。そして、次の作戦を始められる」

「ああ、【紅椿】……じゃなかった、【赤月】ですか」

「うん。じっくり進めた分、こっちはもう準備できてるから」

 

 束様が右手に取り出したのは赤いISコア。篠ノ之さんから取り上げて、ずっと弄っていたIS。

 篠ノ之さんの精神(こころ)を壊して、再び【赤月】を与えるところから次の作戦のスタートライン。

 

「これでおめかし(改造)はばっちり。後は王子様(いっくん)も呼んで、二つ揃えば────

 

 

 

 

 ────【双天機神】の完成だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

第56話「どこに②・悪夢」

 

 

 

 




 次の投稿遅れます!!!(進捗1400字)


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第57話「信号・台本(シナリオ)

 なんでまた一週間で初投稿できてるんだよ(逆ギレ)


 

「よし、全員集まったな」

「「「…………」」」

 

 あの日から二週間が経とうとする頃、もはや極秘の作戦ではお決まりとかした学園地下区画のオペレーションルームに専用機持ちが集められた。

 

「今日集まってもらったのは他でもない、篠ノ之と九十九の居場所についてだ」

「見つかったんですか!?」

「一体どこに……いやどうやって?」

「それは今から説明する。一夏(こいつ)がな」

「一夏さんが?」

 

 頭の中に疑問符を浮かべながら、千冬の隣に立つ一夏を見る専用機持ち。

 自分たちや学園の教員部隊がどれだけ探しても見つけられなかった二人の居場所。それをようやく発見できたのはいいが、一夏が説明する理由がわからない。

 

「まずはこれを見てくれ」

 

 一夏が右腕につけられた待機形態(ガントレット)に触れると、そこから空中投影ディスプレイが展開。どこかの地図らしき画像が映し出され、その中に赤点滅する光がある。

 

「みんなが招集される少し前、俺の【白式】にこの信号が送られてきた。太平洋上のこのポイントに、箒がいる」

「……本当に? 今リヴァイヴも同じポイントに合わせてみたけど、何も出てないよ」

「ああ、学園の調査でも何もなかった。衛星から見ても、そこにあるのは海水だけだ」

 

 各々のISが調べても、そこに広がるのはただの海面。まして衛星ですら同じ結果ならば、とてもこの信号が箒の居場所を示している確証など持てない。

 

「だが、それこそが逆に篠ノ之がいる証拠と考えられる」

「!」

「束は【紅椿】と【白式】、さらに言えば篠ノ之と織斑がセットであるということを強調していた。どうにかして二人を揃えたがっていること間違いない」

「ということは……」

「ああ、一夏(こいつ)を誘い出すために教えたと見るべきだな。だから【白式】にだけわかるようにしている……つまりは、罠だ」

 

 捕らえた獲物を使って、更なる目的を釣り出す。

 本来であれば無視するべきだ。敵の目的が二人を揃えることなら、一夏を行かせなければ達成されることはない。このまま待っていてもいつか来るだろうとはいえ、太平洋上というロクな支援も望まない場所に向かうよりはずっといい。

 

「罠でもいい。箒がそこにいるなら、俺は絶対に行く」

「……意気込みだけはあるようだが、一人でどうする気──」

「一人じゃありません。私も行きますから」

「楯無さん……!」

 

 一夏を止めようとする千冬を遮って、楯無が声を上げる。罠であると知りながら、自らも出るという決意。

 

「篠ノ之さんがいるってことは、透くんがいる可能性もあるでしょう? もし彼と戦うことになるのなら、彼をよく知る私も出るべきです」

「それはそうだが……」

「わ、私も出ます……! 現場でのサポートは必要かと……!」

「更識簪、お前まで……」

 

 続いて簪も参加を表明。確かに言い分は間違っていないが、実際どうにかついていくための方便であることは千冬には見抜けた。

 

「あたしも! あいつぶん殴ってやるから!」

「わたくしも! お二人にはそれぞれ借りがございますの」

「ぼくも! 黙って見てるなんてできないよ!」

「私もです! 欠片でも可能性があるのならば!」

「みんな……!」

 

 次々と名乗りを上げる専用機持ち。ついには全員が参加することとなった。

 それぞれ口にする理由は異なっても、箒を助け、透を殴りたい気持ちが伝わる。思わず一夏の目頭が熱くなった。

 

「「「「それに一夏放っておけないから!」」」」

「みんな……」

 

 そして一瞬で冷めた。そんなに自分は頼りなく見えるのだろうか、と一人若干ズレた不満を抱く。

 しかし、これでもう一人ではなくなった。

 

「……止めても無駄、か。いいだろう、ではこれより、篠ノ之箒救出作戦を開始する! 参加者は各自機体及び装備の点検を三十分後の出撃までに全て済ませろ!」

「「「はい!」」」

 

 決意した表情で号令をかける千冬と、威勢よく返事をする専用機持ち。戦いの時は刻一刻と迫る中、全員が慌ただしく準備を始める。

 

全て異常無し(オールグリーン)! いつでもOKです!」

「箒、今行くからな!」

「透くん……待ってなさい!」

「よし、各機発進!」

 

 救出、怒り、悲しみ、疑問。それぞれの想いを抱いて七人は飛び立つ。

 

 

「さぁお仕事の時間だよ。準備はいいかい? とーくん、【赤月】」

「いつでも」

『────』

「うんうん。それじゃあ……いってらっしゃい」

 

 その先に待つ出来事も知らずに。

 

 

 

 

 

「止まって!」

「どうした、異常か?」

「うん。姿は隠してあるけど、下に大きい何かがあって……誰かいる!」

「何だって!?」

 

 学園から目標ポイントまで半分を過ぎたというところ。見渡す限りの海の上で、簪が静止をかける。

 どう見てもただひたすらに青い海が広がっている中に、【打鉄弐式】のセンサーは巨大な影と、そこに立つ何者かを捉えている。

 

「さすが、いい探知機能を持っているじゃないか。なぁ、簪?」

「! この声は!?」

 

 一瞬。青い海の一点が揺らぎ、そこにいた何者かを覆う光学迷彩(ステルス)が解けていく。

 手が、足が、顔が、隠していた全身が目に見え、その正体を明かす。

 

「透……!」

「よう。元気してたか?」

 

 裏切り者、九十九透がいた。

 

「よく来た……いや、()()()来てくれたな。『抗うな』って言ったはずなんだが」

「そんなことを言われて大人しくしているわけがないでしょう?」

「箒を返してもらうよ!」

「はっ、やっぱりそんな理由か。仲間思いで……実に愚かだ」

「お前……っ」

 

 呆れた様子でため息を吐き、挑発するような言葉をかける。一瞬それに乗りかけた一夏だが、こんなところで怒っている場合ではないと頭を冷やす。

 

「今はお前に構っている暇はない。箒はこの先にいるんだろ? 通してもらう」

「せっかちなやつだ……まあ正解。篠ノ之さんはこの先だよ」

「なら……」

「おいおい、こうしてわざわざ姿を現したってのに、素直にお前たちを通すと思うか?」

「……でしょうね」

 

 当然、顔を見せたのはただ再開を喜ぶためではない。篠ノ之束の命令通り、全員とここで戦うためにいる。

 

「さぁ出てこい()()()。仕事の時間だ」

「──、────」

「──」

「下からっ!?」

「こいつ、どこかで……」

 

 透が軽く指を鳴らした瞬間、青い海が広がっていた彼の足元に真っ黒いフロートが出現。フロートにはあちらこちらに穴が開いており、そこからわらわらと無人機が漆で塗られたような黒い無人機が飛び出す。

 それはまるで外敵を察知した働き蟻のように。

 

「無人機かっ!」

「ああ、こいつらは【漆機蟻(しきあり)】。お前らも相手した【ゴーレム】シリーズの最新型にして、俺に与えられた駒だ」

「名前なんてどうだっていいわよ……それよりもこの数、いつの間に……!」

「だから蟻なんだよー。まあ、数の分個の性能は大したことないし、特殊機能もないが」

 

 【漆機蟻】を細かく見ていくと、武装は右腕のブレードと、左腕のにある小型の機関銃のみ。今までの無人機にあった高出力ビーム兵器は見当たらない。

 単体の脅威度は始めて戦った無人機にも劣る。この人数であれば、透込みでも何とか対処しきれるはず……と透を除く全員が思った、その瞬間。

 

「だけど、そうは問屋は卸さない」

「──何!? 出力がっ……」

「異常はなかった、どうして急に……」

 

 突然、専用機持ち()()の機体の出力が急速に低下。危うく落下する寸前で出力を上げ直してギリギリ留まる。しかし上限は下げられたままで、全開の六割以上に上がらない。

 出撃前は、急な準備だったとは言え完璧な状態にしていたはずだ。仮に整備不良があっても六人同時にその影響が出るなんて偶然はあり得ない。何か人為的な、別の力が働いている。

 

「《権能行使(コード): 后の赤(レッド)》……わかりやすく言えば、()()を除く効果範囲全機体の出力をダウンさせる裏コードだ。ちなみに例外は【Bug()】と、【漆機蟻(こいつら)】と……【白式(一夏)】だ」

「……ああ、そうみたいだな」

 

 学園側のISで唯一、コードの影響下に無いのは【白式】だけ。つまり一夏だけは全開で動くことができる。

 また、【Bug】と【漆機蟻】は束から特別に対象外となるためのプログラムをインストールされて無効化している。

 

「ちなみに使ってるのは俺じゃない。俺にそんな権限は無いからな……『レッド』で察しはつくだろう?」

「……箒さんですわね」

「正解。つまり発生源はこの先で、止めるならそこまでいくしかない……どうする? 帰るなら今のうちだぜ?」

「くそっ……」

 

 箒がいるのは透の後方数百キロ先。ISならば出力が低下していてもそう時間はかからないが、この無人機を振り切って行くのはかなり厳しい。

 では全て倒してから行くか、それも厳しいだろう。性能差というアドバンテージを失い、更に相手は全開。形成は一気に不利へと傾いた。

 なら、ここでするべき判断は一つ。

 

「一夏、先に行って!」

「シャル!?」

「これぐらい、わたくしたちでどうにかしますわ!」

「代表候補生舐めんじゃないわよ!」

「嫁は少しでも消耗を抑えるんだ、いいな!」

「みんな……」

 

 一夏がまだ全快のうちに、余計なダメージを負う前に、一刻も早く箒の元へ行かせること。

 この戦いの目的は無人機を破壊することでも、透を倒すことでもない。箒をを取り戻すことだ。全てできれば最高だが、最も重要なことを忘れてはならない。

 

「っ……すまん。ここは任せたっ!」

「──……」

「おい……行っちゃったか」

 

 素早く敵の間をすり抜けて先へ行く一夏。無人機はそれを追う素振りも見せず、透もまた何か言いかけるだけに留まった。

 

「透っ! あなたの相手は」

「私たちよっ!」

「……あーあ」

 

 透と対峙するのは簪と楯無。最も透の性格を知る二人が武器を構える。

 残りの四人は大量の無人機の相手を。数は圧倒的に負けているが、今日までつるんできた四人の連携でその差を埋める計算だ。

 

「知りませんよ、どうなっても……」

 

 黒い光が全身を包む。手に、足に、胸に、背に。集まった粒子は装甲へと変化し、ISを形作る。()()()()()()()()()光が消えて展開が完了。

 そこには全てを黒で染め上げ、『全身装甲(フルスキン)』と化したISが立っていた。

 

「……【Bug-VenoMillion(万毒蟲)】』

「──っ、行くわよっ!」

「叩き潰す』

 

 そして、戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

「ふっ!』

「きゃあっ!?」

「お姉ちゃんっ!」

「ははははっ。あなたでもデバフがかかればこんなもんですか、楯無先輩っ!』

 

 突き出された槍を弾き、尾の薙ぎ払いで返す。

 待ち構えたポイントに皆が来て、戦闘を開始して数分。戦況は極めて優勢だ。

 お互い実戦仕様(アンリミット)といえど、《権能行使(コード): 后の赤(レッド)》の影響下に置かれれば大きく差が開く。特訓ではあれだけ負け続けた楯無先輩相手でもこの通りだ。

 

「──!」

「ちょっ……こいつらっ!」

「見えてるのにっ、なんてことないはずなのに……!」

「動きが、ついてこない……」

 

 万全の状態なら余裕の敵ですらかなりの苦戦を強いられている。敵に回すと恐ろしいコードだ、味方の俺には嬉しいがな。

 とはいえ、あまりこの状況に胡座をかいてはいられない。なぜなら──

 

「──今っ!」

「うおっ……と、さすが、もう対応しつつある」

 

 蛇腹剣に持ち替えての斬撃を体を捩って躱す。危ない危ない。

 こんな具合に、その内慣れてくるからだ。このコードは出力を強制的にダウンさせる効果を持つ。逆にいえば、その影響は出力だけ。俺の『Venomic The End(暴毒命終)』のように機体制御まで影響を及ぼすことはない。

 つまり低出力に合わせた動きをすれば、ある程度はカバーできるというわけだ。

 

「それでも、すぐに全員が対応できるわけじゃないっ!』

「くううっ!」

「簪ちゃんっ……このっ!」

「無駄だっ!』

「っぐ!?」

 

 例えば簪。開始直後に比べれば幾分かマシだが、それでもいつもの調子には程遠い。だからこんな風に、正面からの一撃も避けきれなかった。

 それは他のメンバーも同様。代表と、代表候補の差が出てきたな。

 

「……教えて」

「ん? 何をです?』

「どうして私たちを裏切ったの!? 箒ちゃんを攫って、篠ノ之博士に従って、あなたたちは何をするつもりなのっ!?」

「……あー……』

 

 ここでその質問か。どうしたものか……どうせいつかはわかることだし、口止めもされていないかったな……うん、いいだろう。

 一夏も向こうに到着したころだ。まだ時間を稼ぐ必要はあるが、少し話をすれば十分。余計に動かせなければ出力低下に慣れることもない。

 ついでに()()()も振ってみるか。

 

「止め』

「────」

「え……?」

「止まっ……た?」

 

 どうせなら全員に聞いてもらおう。静止の命令をかけると、【漆機蟻】は速やかに動きを止める。忠実な機械だ。

 突然の戦闘中断に困惑している様子だが、話に付き合ってもらおう。

 

「さて、どこから話したものか……とりあえず束様(あの人)の目的からでいいか』

 

 そう。世界中で俺しか……いやひょっとしたら織斑先生あたりに言ってるかもしれないが、とにかくほんの数人しか知らない、篠ノ之束の最終目的。

 

「簡潔に言えば、あの人が目指しているのは『神話の創造』及び『世界平和』の実現だ』

「は……神話を、創造……?」

「それに世界平和って……何それ冗談?」

「まさか、本気に決まってるだろ? 言葉通りの世界平和だよ』

 

 疑うのも無理はない。俺だってそうだったから。神話に世界平和だなんて、今日日小学生でもこんな夢は持たない。

 あまりに巨大で、抽象的で、現実味のない目的。それでも、束様は本気だ。

 

「まあそれだけ聞かされても意味がわからないだろうし、補足説明もしてやるよ。全部は言わないが』

 

 例の紙束に記された数々の計画。創造される神話とその先に実現されるであろう世界平和の形を語る。少しでも理解してもらわないと、後の話もできないからな。

 

「順番が前後するけど、まずあの人が目指す『世界平和』とは『全世界のISによる管理』を指している。……この意味、わかる?』

「……国の運営をISにさせるってこと?」

「正確に言えば国家なんて物は形だけにして、別の区切りで管理するみたいですけど。政治、軍事、経済、その他諸々……今の穴だらけの体制を、全てISに担わせる。そしてISはあの人が統制するわけだから、実質世界征服も兼ねているわけか』

 

 人が運営する国家は、その中枢に立つ人間によって大きな影響を受ける。俺自身今の政治がどうだのと言うつもりはないが、その点は間違いないと思う。

 そしてその影響は、利益を産めば争いも産む。そうやって、歴史では何度も醜い争いを繰り返してきた。

 

「だがISを通したあの人の管理下ならば、そんな争いは起こらない。起こさせない。あの人とISならそれができる』

「でも、それは独裁と一緒じゃない!」

「さぁどうかな。そもそも独裁が悪だと言うのは、過去の歴史から学んだ今の人間の主観なわけで……実際にこの計画が実現されればどうなるかなんて、誰にもわからない』

 

 否定する気持ちはよくわかる。もしこれが篠ノ之束の発案でなく、駅前でメガホン持って騒ぐ怪しい団体であれば、今すぐ精神科を勧めている。

 さて、『世界平和』の形はこんな物でいいだろう。

 

「次は神話。と言ってもこれは計画の流れをそれっぽく言い換えただけで、人々に管理を受け入れ易くする以外に大した意味はないんだけど』

「…………」

「『突如現れた怪物よってもたらされた世界の危機。有象無象の天使(IS)では歯が立たない中、選ばれし二柱の(IS)が立ち向かい見事に撃退。その後は二度と世界が危険に晒されないよう、悪魔(今の頭)に代わって()が統治する』……要点だけ話すとかなり安っぽいな』

「……まるでクソ映画だね」

「俺もそう思う』

 

 これが映画館で上映されて、公開初日に見ていたらポップコーンを投げているところだ。最低のマッチポンプ、あの人にはそう言う才能はないのかもしれない。

 

「陳腐な台本(シナリオ)、だが何も知らないやつからすれば……だ』

 

 しかし、これが現実となれば、裏側を知らなければ? 信じて従う人間も、信じなくとも従う人間も数多くいるだろう。大衆とは馬鹿なのだから。

 

「ちなみに、有象無象の天使がそこらの雑魚IS。選ばれし二柱の神役が一夏と篠ノ之さん、怪物役が……俺だ。名演技しなきゃな』

「……随分軽く仰いますのね。世界中から憎まれるであろう存在になるというのに」

「今更なんでなぁ』

 

 大衆に好かれようなんてこれっぽっちも願っちゃいない。どれだけ憎まれて、蔑まれて、討たれるような台本(シナリオ)でも、生きることが最優先だ。

 

「ああそう、ISは例外除いて全機傀儡化しますよ。人の意思は邪魔だそうなので』

「……では操縦者は人柱ってことですの? 無人機だっているでしょうに、何人もの犠牲を出してまで世界平和だなんて……」

「そこは神話っぽく『依代』と言って欲しいなぁ。もしくは『大いなる礎』とか。……それに、無人機じゃダメだ。ISがその能力を発揮するには、どうしても人間が必要になる』

 

 あの人が言うには、人間の脳の構造がコアに与える影響がどうとか。本来女性しかISを起動できないのもそれがどうとか言っていたが、専門でもなければ直接関係もないので聞き流した知識だ。

 説明はこれくらいでいいか、次はこっちが聞く番だ。

 

「そこでだ、お前らに提案したい』

「提案?」

「勧誘さ。どうだ、お前ら全員、こっち側に来ないか?』

「あ……あんた何言ってんの!?」

 

 悪くない提案だと思うんだが。まあこれであっさり乗る例なんて見たことないけどな。

 ……もう少し攻めてみるか。

 

「このままじゃお前らも傀儡にされる。元とは言え仲間がそんなことになるのは悲しいことだ。でもこちら側に来れば、もしかすれば傀儡にならなくても済むかもしれない……』

「バッカじゃないの、結局言いなりにされるのは変わらないじゃない。誰が乗るもんですか」

「もう少しセールスの勉強したらどうです?」

「ちょっと……下手だね」

「そもそもお前が私にそんな情かけてなかっただろうが、アホめ」

「あー……確かに』

 

 言われてみれば、まあ少し仲良さげに振る舞っておくべきだったか……いや、あれ以上面倒事が増えてる生活とか絶対嫌だな。

 この四人はまあいい。それよりもまだ二人、答えを聞いていない。

 

「後は簪と楯無先輩、どうします?』

「行くわけないでしょ、第一こっちは透をしばいて連れて帰るんだから」

「……う、うん。行かないわ」

「……そうか、残念だ。』

 

 断られたか……本当に残念だが、仕方ないな。普通は受け入れるわけがない。

 これ以上の勧誘は無意味だが、あともう少し時間を稼いでおきたいな。

 

「待って!」

「……まだ何か?』

 

 戦闘を再開するために【漆機蟻】にかけていた待機命令を解除しようとしたその時。楯無先輩によって再び待ったがかけられる。

 あっちも時間稼ぎか? 別にこっちが消耗しないで済むのなら構わないがな。

 

「理解はできないけど、篠ノ之博士の目的はわかったわ。でも、透くんがそれに協力する理由がわからない。いくら命の恩人だとしても、今までのあなたなら絶対に拒否しているはずよ」

「あー……、そこまで気づかなくたっていいのに……』

 

 確かにそうだ。学園にいた頃の俺ならば、神話だの世界平和だのというものに手を貸すはずがなかった。実際理解者ぶって説明した今も100%賛同しているわけじゃないし、できることなら今すぐ抜けている。

 でもそれはできないんだ。だって、俺は。

 

「……もしも俺があの人の下を離れて、IS学園で仲良くやっていた場合……俺の寿命はあと一ヶ月だ』

「……え?」

「いっか……げつ? 透が?」

「……ああ、正確には数日ずれるだろうけど。大体そんなところだ』

 

 そりゃあ驚くだろう。だって元気に──少々欠損があるが──目の前にいるやつが、いきなり寿命が一ヶ月なんて言い出したのだから。

 だがこれは紛れもない事実なんだ。

 

「俺の右腕がどうなってるか知ってるだろ? 原因の説明は省くが、再生力が暴走して起きたことだ。そして暴走は止まってない』

「じゃあ、それで……」

「その通り。この前までは精々見た目の問題で収まったたけど、いずれは体内、心臓や肺とかの重要臓器に致命的な異常が発生する。その猶予が一月だ』

「嘘……」

「本当だよ。一番受け入れたくないのは俺だが』

 

 俺も嘘だと思いたかった。たちの悪い冗談だと。でもこれを計算したのは束様で、あの人はこんな嘘はつかない。

 

「今はあの人が作った薬で無理矢理再生力を抑えてるから、毎日飲み続けている限りは問題ない。逆に飲まなければ……ってわけ』

「説明は省くってことは、原因はわかってるんでしょう!? すぐに病院に行けばきっと……」

「無理ですよ。そう簡単な治療じゃない……そもそも俺を治せて、かつ信頼できる医療機関がどこにあります?』

「っ、それは……」

「でもあの人に従えば確実な治療を受けられる。俺はそう約束したし、それしか信じられない』

 

 日本中、いや世界中のどこを探しても、確実に信頼ができる機関なんてない。精々失敗したとか適当な理由をつけて、解体されて実験材料になるのがオチだ。そもそも胸の機械を取り外す技術があるのかも怪しい。

 だから俺はこちら側を選んだ。1%でも高い生存率に縋って。

 

「そんな……それじゃあ、私は……」

「同情でもしてます? いりませんよそんなの』

「透! そんな言い方……」

「じゃあ何だ、『わー俺ってばかわいそー』って態度でも取るか?』

「このっ……!」

 

 情なんてかけられたところで一秒も延命されない。無駄でしかない。

 ……話し過ぎた。今から向かえば()()()()いい具合だろう。

 

「……もういいでしょう。俺は行きます』

「ま、待ちなさい! 待って!」

「いいや待たない──やれ』

「──!」

 

 飛び去る俺と、追おうとした先輩の間に割り込む【漆機蟻】。ダラダラと話す間に用意しておいた追加も含めて一斉再起動だ。ここからはこいつらだけで足止めをしてもらう。

 ……所詮雑魚だし、慣れればすぐに倒されるだろうけど。

 

「待って透くん! このっ、どきなさいっ!」

「ふざけんなぁっ! あーもう邪魔っ!」

「……無駄を承知でもう一度言うけど、『追ってくるな』……じゃあな』

 

 これ以上構ってはいられない。もし遅れたりなんかしたら計画が台無しだ。

 後ろで叫ぶ声を無視して、目標へ飛び立つ。

 

 さあ、選ばれし神に会いに行こう。

 

 

 

 

 

第57話「信号・台本(シナリオ)

 

 

 

 

 

 




 赤ちゃんだから執筆ペースわかんなくなっちゃった(進捗300)


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第58話「奮起・赤白」

結局二週間もかからなかったので初投稿です。


 

「あーもう! さっさと追いかけなきゃいけないってのにっ!」

「敵が多過ぎるよ! 今ので何体目!?」

「ちょっとそういうこと言うと……キャーまた出ましたわ!」

 

 透を逃してしまってからどれほど経過しただろうか、残された専用機持ちは未だ大量の無人機【漆機蟻】の相手をさせられていた。

 決して強くはない敵。出力の低下にも慣れてきた。だと言うのに一向に数が減らない。

 

「やはり、元を断つ必要かあるな」

「あのでかいフロートね……」

 

 その原因は真下に浮かぶギガ・フロート。その天板のあちこちに開いた穴から次から次へと追加が出てきている。

 現在のペースは撃破≒追加。ギリギリ現状維持だが、このまま続けばエネルギー切れや追加ペースの変化で押し切られることは容易に予想できた。

 

「なら範囲攻撃が必要だね。それも高火力の」

「じゃあ私の《山嵐》で。あとは……」

「…………」

「お姉ちゃん?」

 

 中に潜む無人機ごとフロートを破壊するには広範囲を一気に、高い火力で吹き飛ばす必要がある。この低出力下でそれが可能なのは実体の火薬を用いている簪の《山嵐》と、内側から爆破できるアクア・ナノマシンを用いた楯無の『清き熱情』のみ。他のメンバーではごく一部を破壊するので手一杯だ。

 だが楯無は茫然とした表情。フラフラと応戦するばかりで話が耳に入っていない様子だった。

 

「ちょっと、聴いてる?」

「……透くんは連れ戻さなくちゃいけない、でも連れ戻せば一月で死んじゃう。そんなの……」

「っこの……お姉ちゃん!!

「えっ!? あ、何!?」

 

 呟くばかりで返事をしない楯無に痺れを切らした簪が声を荒げる。普段の彼女ならまずやらないことだが、今は非常時で、ここは戦場。ぼんやりしていられるのは困る。

 当の楯無はほとんど聞いたことのない妹の怒声に驚き、ようやく自分に話しかけられていたことに気づく。

 

「いつまでフラフラしてるの! そんなに透の話がショック? だからって適当な戦いしないで!」

「そ、そんなこと……えと……」

 

 『そんなことない』なんて言い切ろうとして、右手に構えた槍を握りしめた瞬間。脳裏に透の姿が浮かぶ。

 確かに、楯無は彼の話で動揺した。自分に語りかけた彼はまるで別人のようだったが、紛れもなく本人であった。

 そしてその彼が、日頃から何よりも大事にしていた命を失いかけているだなんて、考えもしなかった。

 

「透を連れて帰るんでしょう! そんな調子でできると思ってるのっ!」

「……でも! そうすれば透くんが死んじゃうのよ! 私は透くんに死んでほしくないの!」

「私たちだってそれは同じ! でも、()()()()()こうして本気で戦おうとしてるの!」

「っ!」

 

 死なないでほしい。生きていてほしい。一人の人間が、大切な存在に対してそう思うのは極々当たり前で自然なことだ。

 楯無もそう。誰よりも透のことを思っているからこそ、こんな情けない調子になっている。

 だからそこに、妹の簪が喝を入れなければならないのだ。

 

「お姉ちゃんが透のことを好きなのは知ってる! だからこんなに悩んで、困ってるでしょ?」

「えっちょっ……そうだけど!」

 

 確かにそうなのだが、誰にも直接話したことはないのになぜ知っているのか困惑する楯無。出所は虚か、本音か。実際は全員にバレバレだったということはまだ知らない。

 

「透の望み通り生きていたらそれでいいの? それが正しいことだとでも思ってるの? 違うでしょ!」

「うっ……」

「私だって透が死んじゃうのは嫌。 でも、このまま私たちの敵であり続けるのは、お姉ちゃんを悲しませるのはもっと嫌! だから意地でもこっちに引き戻す! そしてたっぷりお返しする! 治すのはその後考える!」

「!」

 

 雷でも落ちたような衝撃が走る。ついさっき()がそう言ったから、そのまま二つに一つと思い込んでいた。両立する方法はないか、どちらかを諦めるしかないのか、と。

 だが本当に、楯無が望んでいたのは──

 

「──はぁぁぁぁっ!!」

「えっ」

「ちょっと楯無さ──」

「『清き熱情(クリア・パッション)』ッ!!」

「──、──!!」

 

 楯無の叫びと共にアクア・ナノマシンが一瞬にして拡散。フロートの僅かな隙間に入り込み、一気に炸裂する。

 不調から一転してベストコンディション以上の出力を発揮した爆発は、巨大なフロートを内部に潜む【漆機蟻】ごと破壊した。

 

「い、威力……」

「一人で破壊しちゃったわね……」

「……!」

「ふぅ……」

 

 バラバラに大破したフロートの上で、一仕事やりきったかのように息を吐く楯無。唐突な変わりように、叱咤激励したばかりの簪ですら驚きを隠せない。

 

「だがこれで、無人機はもう増えない!」

「簪ちゃん!」

「……《山嵐》!」

 

 【打鉄弐式】の肩部ウイングスラスターが展開。六基の八連装ミサイルが同時に放たれ、簪の制御によって目標へ向かい──その全てが正確に着弾した。

 

「──! ガガ……ガ」

「はっ!」

「ギィ!? ──…………」

「……でも、爆発から逃れたやつらがまだ残ってるわね」

「だがこの程度ならやれる!」

 

 実戦仕様のミサイルの直撃によって【漆機蟻】はほぼ大破。無限にも思える数の敵機は大破しかけの十数機まで数を減らしている。増援もないならば、今の戦力ですぐに倒し切れるだろう。

 

「……ありがとう簪ちゃん。かっこ悪いところ見せちゃったわね」

「いいの。お姉ちゃんが困ってたら、助けるのが妹だもん」

「そっか……うん。成長したわね」

「まだまだだよ。すぐにお姉ちゃんを追い越しちゃうくらい成長するから」

 

 折れかけていた自分を奮い立たせてくれた簪。もう劣等感で捻くれていた彼女はいない。純粋に姉を思い、友人を思う、強い妹になった。こんな時だというのに、楯無にはそれがとても嬉しかった。

 

「よし、じゃあ早速残りを倒して追いかけなきゃ──」

「ううん。ここは私が引き受けるから、みんなは先に行ってて頂戴」

「何故ですの? まさか故障でも……!」

「いいえ、機体はまだまだ安全圏よ」

「じゃあなんで……?」

 

 急いで追いかけようとした時、楯無から急に別行動の申し出。機体に多少の消耗はあれど特に異常は無く、少しでも戦力が欲しいこの状況でわざわざ戻る理由とはなんなのか。五人の脳内に疑問符が浮かぶ。

 

「たった今、学園に置いてある『秘密兵器』の移送を頼んだの。本当はまだ試作段階なんだけど、今日この戦いで使うべきと判断したわ」

「大丈夫なんですか? 本当に役に立つのか……」

「役に立つかどうかなら今の私の方が怪しい。今の爆破でナノマシンもかなり減ったし、出力の落ちたまま向こうに行ってところで足手まといになりかねない」

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 確かに今の楯無では追いついたところで透や操られているであろう箒に対抗できるかはわからない。

 しかし僅かな戦力だろうと数が減るというのは痛手だ。もう雑魚散らしは完了し、範囲攻撃は必要ないとしても、これからを考えると少しでも数が欲しい。

 

「残りを倒して、その『秘密兵器』をインストールして……追いつくにも時間がかかりますよね?」

「そうね、追いつこうとしたら間に合わないかも。でもインストールにはそう時間もかからないし、私の『秘密兵器』は()()()()()()()()()

「……わかった。信じよう」

 

 わざわざここに残ってまで楯無が必要と考えた武装。それが本当にあるのなら確かに使えた方がいいだろう。一時的な戦力減少のデメリットを考えてみても。

 そもそもここで議論する暇があるなら早く追うべきだ。距離と時間を考えれば、既に透は二人に追いついている可能性が高いのだから。

 

「ありがとう。それじゃみんな……任せたわよ」

「「「はい!」」」

 

 そうと決まればすぐに動き出さなければならない。残る敵は楯無に任せ、専用機持ちは全速力で目標へ向かう。

 

「……、───」

「さぁ……来なさいっ!」

 

 一刻も早く専用機持ちを透たちの元へ行かせるため、『秘密兵器』が届くまでの時間を稼ぐために、楯無は【漆機蟻】へ槍を構えた。

 

 

 

 

 

 ──時は透が専用機持ちとの戦闘から離脱したところまで遡る。

 あのまま先を進んだ俺は、ついに目標地点──箒の居場所へと辿り着いた。

 

「やっぱりここにいたんだな……箒」

「…………」

「箒……?」

「ウ…ウウ……」

 

 ようやく再会できた幼なじみ。しかし彼女の様子がいつもと違う。

 呻くような声を発し、意識があるのかも定かではないこの様子には見覚えがある。今も学園で眠っている、亡国機業の一人にそっくりだ。

 

「イ、チカ」

「そうだ、俺だよ! お前の幼なじみだ!」

「イチカ……。おりムラ……イチカ……」

「お前を助けに来たんだ! ……くそ、やっぱり何かされたのか」

 

 こちらに気づいたかと思えばひたすら俺の名前を繰り返すだけ。その声色は何かに怯えているようで、明らかに普段の彼女とはかけ離れた雰囲気だ。

 

「……クナイ」

「え?」

「イチカ、を、殺シたくナイ」

「何を──ッッ!?」

「アあ、嫌ダッ……!」

 

 突如箒の姿がぶれ、一瞬にして目の前に移動。両手に構えたブレードが叩きつけるように振るわれる。

 予想外の動きに驚愕しつつも、どうにか攻撃を受け止めることに成功した。

 

「やめロ、私は、ワタしはッ……!」

「なんだこれは、強い……」

「ウウウッ……ワァぁぁっ!」

「ぐあっ!」

 

 普段の美しささえあった剣技は性能と勢いに任せた力押しのものに変わり、予想外の追撃に弾かれる。

 『殺したくない』と言いながら攻撃し、自分から仕掛けて『やめろ』と言う。言葉と大きく矛盾した行動に困惑を隠せない。

 

「どうしてこんな……何をされた?」

「……ゥ、ァアあアア……」

「答えられるわけないか……!」

 

 しかし弾かれた勢いで距離を開け、体勢を整えることには成功した。《雪片弐型》も正面に構え直し、不意の一撃に備える。

 

「近づクなっ! ヤメろッ! 私は、私はァッ!」

「くっ……太刀筋がめちゃくちゃだ。まるで何かを振り払ってるみたいに……待てよ」

 

 繰り出される出鱈目な斬撃を捌きながら、ある一点に気づく。

 『殺したくない』『やめろ』『近づくな』。これらの言葉とは矛盾する行動。逆に言えば、箒の認識は『殺しを』『やめられないから』『近づかせたくない』ということになる。

 

「殺しを強制されている……それも現実じゃなくて、意識の中……悪夢か!」

 

 悪夢──つまり『夢』。このワードには少し前に覚えがある。学園がハッキングされて、一年専用機持ちが夢の中に囚われかけて……色々と人には話せない体験をしたあの事件だ。

 あの時はいい夢──基準はよくわからなかったが──だった。なら今の箒が見せられているのは、こんな状態になるような悪夢だ。

 

「それがわかったところで、俺にやれることは一つだけかっ……」

「ああ、いちか。ワタシは、また……」

「……すぐにその夢から覚ましてやるからなっ!」

 

 【赤月】のビットと化した肩部ユニットが分離し、四方八方から《穿千》のビームが一夏を狙う。

 その全てが絶対防御を貫通するほどの威力を秘めたいることを感じ取り、掠ることも許さぬ機動で躱していく。

 

「こんな状況じゃ《雪羅》は当てられない。シールドとして使っても効率が悪すぎる……やっぱり、こちらから近づかないと」

 

 全快に近い状態でここまで辿り着いたとはいえ、【白式】には持久戦ができない。例え実戦仕様のエネルギー量で、さらに節約してもそこらの量産機程度の稼働時間しか確保できないからだ。

 ならば狙うべきはいつも通りの短期決戦。確実に攻撃を当てられる間合いまで近づいて、『零落白夜』の一撃を叩き込む。そのためには、今みたいに守りに追い込まれてちゃだめだ。こちらから攻めていかないと。

 

「……ああ、行カないで。死なナイで……」

「死なねぇよ!」

 

 やはり悪夢の中で殺されているのは俺らしい。前は相当強くされた俺が出てきたというのに、今度は弱体化でもされているのか。それも仕組んだ者に設定されたのだろう。

 そんなことを考えていると、不意に背中に妙な感覚が走る。少しくすぐったくて、()()な感覚。

 

「ぅぐ……こんな時にっ! ……ん?」

「……ッアぁぁあっ!」

「っぶね! ……この感触前にどこかで……いや俺じゃあなかった。確か……そうだ!」

 

 あれはそう、亡国機業との戦いの中、半分だけ機体が変わった瞬間。そして【紅椿】が【赤月】へと変わった瞬間と同じ予兆。

 最初は自分の意思とは関係なく、だが二度目の箒は気合で変化させた。ならば、俺にもできるはずだ!

 

「ぐぅぅぅ……っ!」

 

 急げ、集中しろ。これ以上待てば攻撃されるという限界ギリギリまで気合を溜めて、内側から古い装甲を押しのけるように──

 

 ……びしり。

 

 ──今だ!

 

「うおぉぉーーーっっ!!!」

 

 雄叫びと共に強い光が全身を包み、【白式・雪羅】の装甲が弾け飛ぶ。

 出力はそのままに小型化したカスタム・ウイング。腰から広がるアクティブ・スラスターはスカートというよりマントか。四肢の延長は最低限で、男性的なシルエットだ。

 まるで、男が白騎士を身につけたかのように。

 

「【双天機神──白騎士】、そういうことかよ」

 

 かつて束さんは、『【白式】と【紅椿】は対となるもの』と言った。そして『双天機神』の名を持つこのIS。恐らくは、目の前の箒が纏う【赤月】にもあるのだろう。

 なら、【赤月】と同じ《権能(コード)》とやらはどうだ。それらしきものがないか大量に頭に流れ込んでくる機体情報を漁る。

 

「あった! ……って、はぁっ!?」

 

 膨大な情報から見つけ出した《権能(コード)》。詳細を読み取り、その権能が持つ力に驚きの声をあげる。

 

「……でも、これなら!」

 

 少しでも使えるのならばと思ったが、まさかの大当たりだ。これを使えば間違いなく箒を助けられる。

 だが今すぐにとはいかない。『零落白夜』を使う時と同じだ。まずは発動するまでの隙を作らないと……。

 

「──いち、かァ……っ!」

「……いくぞ、箒!」

 

 幾分か細く、しかし鋭さを増した《雪片弐型》を握りしめ、降り注ぐ赤いビームの雨を突っ切る。半分の(あの)時と同じ、いやそれ以上の動き。まるで自分と機体が一つになったような、心地よささえ感じる。

 

「ぜぇぇりゃっ!」

「グッ、うぅっ!」

「──おらぁっ!」

 

 素早い斬撃を《雨月》と《空裂》が受け止める。一瞬だけ鍔迫り合いの形になるが、思い切り力を込めて振り抜き、その刀身をへし折った。

 箒への負担を最小限にするために、余計な抵抗の手段は摘まなければならない。だから、先ずは武器を壊す。

 

「来ルなぁっ! うぅ……」

「……!」

 

 ビットの《穿千》にエネルギーが収束する。またビームを降り注がせる合図だ。

 だがその攻撃はもう使わせない。たった今、その対策を理解した。

 理解した通りに左腕を振るい、八つの光弾を展開する。

 

「《月穿(つきうがち)多重展開(マルチオープン)……いけぇっ!」

 

 号令と同時に四つの光弾が飛び交い、全てのビームを相殺。残る半分はビットに直撃し、破壊する。

 《雪羅》の形こそ失われたものの、その性能はアップグレードされて機体に搭載されている。エネルギー効率も改善され、今のように『零落白夜』の荷電粒子砲を同時に複数放つことだって可能だ。……もはや荷電粒子砲じゃない気もするが。

 

「よっし!」

 

 とにかくこれでメインの武器は破壊できた。残るは展開装甲で構築されるもののみ。その程度なら脅威に数える必要もない。

 あとはいつも通り限界まで近づいて……この右手で触れるだけ。《雪片弐型》を収納し、右手を前に出す。

 

権能行使(コード):皇の白(ホワイト)……発動」

「あッ……」

 

 白い光が右手を包む。この光こそ《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》が発動した証。

 その能力は『消去(デリート)』。対象は触れたISのデータ、消去範囲は自由自在。エネルギーを無効化する『零落白夜』すら優しく見えるほどの強大な力。

 この力で、箒を苦しめるプログラムを消去する。

 

「……助けて、一夏……!」

「──箒ぃぃーーーーっっ!!!」

 

 

 

 やっと救える。そう思いながら、白い手で赤い装甲に触れようとしたその瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまで』

「──ッッ!?」

 

 

 

 突然割り込んだ黒い腕が、真正面から叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

第58話「奮起・赤白」

 

 

 

 




ここ数話で9000字連発してたのがおかしいのであって本来の目標はこれぐらいのボリュームなんですよ(逆ギレ)


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第59話「おやすみ・声」

 箒をかわいそうな目に合わせるとお気に入りが伸びたので初投稿です。
 前にやった時もそうだった


 

「ぐぅ、ぁ……」

「よう、さっきぶり』

「透……!」

 

 親が二人に追いつき、少し隠れて様子を窺って数分。狙い通り一夏も覚醒し、これで【双天機神】が揃ったことになる。

 一夏が篠ノ之さんに触れるギリギリで割り込ませた一撃はジャストタイミングで叩きつけられ、右手に集まっていた光は霧散した。

 

「悪いがまだ──いや一生、篠ノ之さんを正気に戻されるのは困るんだ。役目を果たせなくなる』

「っ……どけよ。何させる気か知らねーけど、そんな役目クソ食らえだ」

「どかない。こっちも命かかってんだ──大体察しはつくだろ?』

「……ああ。お前が裏切るとしたら、それしかないと思ってたよ」

 

 『計画』を完遂して、俺が救われるためには篠ノ之さんの救出は絶対に阻止しなければならない。そうでなきゃ、何のためにここまで苦労してきたかわからない。

 一夏も俺の行動原理は理解してくれているらしい。だからといって邪魔をしないわけではなさそうだが。

 

「だったらごちゃごちゃと対話する必要もないか』

「そうだな。今更話し合いは無益だ」

「ウぅ、いち、か……」

「……うるせぇな』

 

 篠ノ之さんにはこのままでいてもらわないと困るが、今から俺たちが始める戦いには邪魔だ。一々呻き声を聞かされるのも耳障りだし、()()()()()()()()か。

 

退がれ、静かにしてろ

「ア…! グ……──」

「箒!? ……お前何を!」

「ちょっと引っ込んでもらうだけさ。安心しろ、むしろ苦しみは減ってるよ』

 

 命令通りに海面スレスレに高度を下げ、ある程度距離を取った場所で沈黙する篠ノ之さん。苦しみに歪んでいた表情はまるで人形のように冷たく、何の表情も浮かべていない。

 

「てめぇ……!」

「これで邪魔は入らない……やろうか』

 

 鋭い目つきで一夏が剣を構える。その矛先は当然俺。学園での温い模擬戦とは比べ物にならない気迫が突きつけられる。

 

 びぎり。

 

「うおおおおっ!」

「はぁぁっ!』

 

 白と黒が激突し、一撃必殺と猛毒の刃が火花を散らす。

 【双天機神・白騎士】へと覚醒したこの機体の火力・機動力は100%の【Bug-VenoMillion】すら凌ぐ。さらには『零落白夜』と《権能》をも備えているとなれば一瞬の油断も許されない。

 だが、やりようがないわけじゃあない。

 

「……フンッ!』

「っ! このっ!」

「甘いんだよ!』

 

 《Longicorn(武器切り)》を剥き出しにした左手を避け、返しの斬撃を振るう一夏。

 その刃に直接触れないよう蹴り上げ、《Bonbardier(右掌)》を突き出す。

 

「しまっ──」

「吹っ飛べ』

「──うわぁぁっ!!」

 

 ほぼゼロ距離で放たれた爆風が一夏を吹き飛ばし、大きく距離が開く。読み通りだ。

 

「ごほっ、っ──《月穿》!」

「それも読めてる──《Cockroach》』

「なにっ!?」

 

 円形に配置された光弾を、発射と同時に予め出しておいた追尾爆弾で撃ち落とす。あの攻撃を撃たせると厄介なことになるんでな。

 

「お前の動きはよーく知ってるからなぁ。前のはもちろん、今のも』

「……隠れて見てたのか!」

「その通り』

 

 俺は一夏と篠ノ之さんとの戦いを隠れて見て、【白騎士】の動きを解析していた。新しい機能、【雪羅】との性能差、動きの変化……割り込むまでの短時間の全てを。

 だからこうして一夏の動きに遅れを取らない対応ができるわけだ。

 

「さぁ、続けていくぞっ!』

「……くそっ!」

 

 しかし俺が一夏の動きを解析したように、いずれは一夏も俺の動きを覚えるだろう。それも近いうちに。

 それにいつ専用機持ち(あいつら)が追いついてくるかもわからない以上、あまり時間はかけられない。少しでも有利が取れている今の内に型をつける。

 

「風穴開けてやる。《Hornet》!』

「──っ、当たるかよ!」

「まだまだ──《Spider》!』

「これはっ……ぜあっ!」

 

 左腕から打ち出される毒針は全弾叩き落とされ、捕縛ネットは切り裂かれる。やはりこの程度の攻撃はもう通用しないか。

 ……絡め手はやめだ。ストレートにいこう。

 

「おらぁっ!』

「──うぉっ!? ぐ、ぐぐ……」

「はぁぁぁぁ……っ!』

 

 突進した勢いのままに《Longicorn》を叩きつけ、ギリギリと力を込める。本来は相手の武装を破壊するための武装だが、その頑丈さをそのままぶつかるだけでも十分に使える。

 

「ん……ぎぎ……!」

「どうした? こんな近くに俺がいるんだ! この大チャンスこそ『アレ』でも使ってみろよ!』

「ぐぁっ!」

 

 さらに力を込め、防御を押し除けて一夏の胴に攻撃が入る。だが感覚から察するにギリギリで身を引いたか、手応えは弱い。

 

「できないんだよな? 『権能』を行使するには集中が足りないからなっ!』

「っ──だったらどうしたぁ!」

「あ? ──ちっ……」

 

 《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》。使いようによっては全ISの王にすらなり得る強大な力。ただしそれは無制限に扱えるものではない。そもそも直接触れる必要があり、また発動には強い集中がいる。今のように目の前の俺に気を取られていては使えない。

 ……しかし、ごく浅いものとはいえこの短時間で反撃を当てられた。さすがは俺とは違う成功作だ。

 

「やっと本気出したか、()()()

「目……? まさかまた変わってるのか?」

「気づいてないのかお前』

 

 その証拠が金色に光る双眸。クロエとボーデヴィッヒが持つ『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と同質の、ただし二人のような不具合の無い完全版。今の一夏には文字通り凡人とは違う世界が見えていることだろう……その自覚はないらしいが。

 とうに受け入れた筈の差を見せつけられるようで、全く嫌になる。

 

「教えてくれよ、その力を!』

「──見えるっ!」

「ちっ……』

 

 尻尾の横薙ぎ、右腕の《 Bonbardier(火砲)》、接近しての蹴り。ほんの少し前まではギリギリで躱すのが精一杯だった攻撃を弾き、逸らし、受け流す。

 もうここまで対応された。まだ『権能』は発動していないが、これ以上続けてもいずれは……。

 

「今度はこっちからだ!」

「……ああ。来いよ』

「すぅ……いくぞっ!」

 

 呼吸を整え、金色の瞳でこちらを睨みつけた瞬間。センサーでも追いきれない急加速、かつ複雑な軌道で迫る一夏。

 正面から繰り出される斬撃ですらまともに躱せず、済んでのところでダメージを最小限にするために右腕を差し出すのが精一杯だった。

 

「くっ……』

「これで砲撃は使えないなっ!」

「だが、こうすれば使えるぜっ!』

「無駄だっ!」

「!』

 

 深く切り込みが入り、火砲としての機能を失った右腕を鈍器として叩きつける。だがそれは空振りに終わり、一瞬で後ろに回り込んだ一夏が白く輝く《雪片弐型》を振りかぶっていた。

 

「──《Cockroach》!』

「《霞衣(かすみごろも)》っ……はっ!」

「っぐ……くそ……』

 

 『零落白夜』のシールドによって爆弾はエネルギーを失い不発。そのまま背に斬撃をくらい、絶対防御が発動する。

 もう一夏は追撃の用意をしている。見たところ次で決めるつもりか。確かに《Bug-VenoMillion》でもこれ以上は危険域……

 ……うん、頃合いだな。

 

 ぱきっ。

 

「これでっ、トドメだぁっ!」

「ははははっ……

 

 

 ()()()()()()

「うおおおおっ……は?」

「『解離世界(ワールド・パージ)』……おやすみなさい」

 

 目の鼻の先で全力の一撃を見舞おうとした一夏の真後ろに現れた銀髪少女──クロエが、そっと【白騎士】に手を触れる。

 一夏は間抜けな声を上げ、ろくに抵抗する暇もなく動きを止まる。それはクロエのIS【黒鍵】が持つ単一仕様能力『解離世界(ワールド・パージ)』の術中に堕ちたということ。

 

「ぁ──ぐ、──……」

「──完了しました。透さま」

「……ご苦労。助かったよ』

「いえ、ご命令ですので」

 

 物言わぬ人形と化した一夏。これで篠ノ之さんと合わせて【双天機神】の傀儡化が完了した。

 はじめからこの戦いの目的はこれにあった。篠ノ之さんを俺が操っているかのように見せかけ、ヘイトを集めたのもクロエの存在に気づかさないため。

 クロエが近づく隙を作るのには苦労したが、勝ちを確信した瞬間には油断が生まれやすいものだ。特に一夏がそうなりやすいのは、元友人としてよーく知っている。

 

「……しかし焦った。もし失敗してたら終わっていたな』

「見ているこちらがハラハラいたしました。あまり無茶はなさらないよう」

「悪いな。無意識に熱くなってたのかもしれない』

 

 油断を誘い出すためとはいえ、少しばかりマジになりすぎてしまったようだ。結果オーライといえばそうなのだが。

 

「──……」

「……やけに静かだが、一夏にはどんな夢を見せた?』

「それは──」

 

 篠ノ之さんの時は随分呻いてうるさかった気がするんだが、対する一夏は気味が悪いほど静かだ。聞いてどうということはないが、ほんの少しだけ興味がある。

 

「ただの日常を。過剰な幸福も苦しみもない。いつもと変わらない日々の夢です」

「へぇ、それはなんとも……よく効きそうだ』

「はい。織斑一夏には悪夢も甘い夢も効果が薄いと判断したので、いっそどちらでもない夢が適当と」

「そうか。いい判断だと思うぜ』

 

 クロエの言う通り一夏には妙なところで精神が強い。下手に幸福や苦しみを与えれば、それをきっかけに目覚めかねない。

 だがただの日常なら。ただ平穏に過ぎていく日常から脱しようとは思えるだろうか。

 ……俺なら、どうかな。考えるだけ無駄な仮定か。

 

「さて、目的を達したならもう用はない。帰ろうか、クロエ……』

「──いいえ。まだ帰らせない」

 

 傀儡の二人とクロエを連れ、束様の元へと向かおうとした瞬間、後ろから声がかけられる。

 この声はよく覚えている。少し前まだ戦っていた相手なのだから。

 

「何だ、また追いついたのか……簪』

「透……二人を返してもらう!」

「……そいつは、無理な相談だなぁ』

 

 IS学園専用機持ち、ついさっき置いてきたばかりの五人がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「──あれ、俺は何を……?」

 

 目を開くと学園の教室にいた。どうやら今は休み時間だろうか。

 確かさっきまで俺は、─を──るために─と───て……。ん? 結局何のことだ?

 ……いくら思い出そうと記憶はあっという間に薄れていく変な夢でも見ていたのかな。

 

「どうした一夏、ぼうっとして」

「箒か……何でもない。ちょっとうとうとしてたみたいだ」

「夜更かしでもしてらしたんですの? 健康に悪いですわよ」

「うーん、そうだったのかもしれない。気をつけるよセシリア」

 

 心配でもしてくれたのか、箒とセシリアに声をかけられる。昨日は何をしていたっけ、あんまり覚えてないな……そんなに夜更かしはしてなかったと思うけど。

 

『──おきて、いちか』

 

「うん? 誰か何か言ったか?」

「はぁ? 何も言ってないわよ。今声かけようとはしたけど」

「何だ鈴、来てたのか」

「来てたのかって何よ!」

 

 どこかから声が聞こえた気がして辺りを見渡すと、そばには箒とセシリア、後ろに鈴がいた。

 まさか後ろに立っていたとは思わず、少々適当すぎる言葉を投げかけられた鈴が抗議するように声を荒げる。

 

「いやごめん、いきなり出てきたもんだから……」

「あんたがぼーっとしてて声かけづらかったんでしょうがー!」

「まあまあ落ち着いて……それで、声ってどんなの? 僕には聞こえなかったけど……」

「私も聞こえなかったな。この教室の誰かか?」

 

 続いていつのまにか横に来ていたシャルとラウラが声について聞く。いつものことだが、この二人は不意にスッと出てくるな。

 そして声か。確かに聞こえたと思ったが、どうなのと聞かれると……。

 

「微妙だなぁ、聞き覚えがあるようなないような……そもそもすごく小さくて、なんて言ってたのかもよく覚えてない」

「何だそれは……やはり気のせいではないのか?」

「そうかなぁ……」

 

 

『──いちか、はやく、いちか──』

 

 

「……また!」

「ええっ?」

 

 もう一度、さっきとほとんど大きさは変わらないが、確かに俺のことを呼んでいた……気がする。たぶん。

 しかしその声の主はどこにも見当たらない。何だというのだろう。用があるならはっきり声をかけてもらいたいものだ。

 

「そうだ()()? 聞こえた……あれいない」

「……は?」

 

 俺の左斜め後方。窓際の席に向かって声をかけるもそこには誰もいない。もうあいつは帰ってしまったのだろうか。休み時間じゃなくて放課後だったのか?

 しかしみんなが変な目でこちらを見るのは何故だろう。そんなにおかしなことを言ったかな。

 

「透さんって誰ですの?」

「え?」

「そんなやつ一組にいた? 知らないけど」

「は? んんん?」

「僕も知らない……」

「私も知らんが」

「???」

 

 え? みんな知らない? だって─は俺と同じ一組の──で……あれ??

 ─って誰だ? 何言ってるんだ俺。俺と箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ。俺たちは大体この五人でつるんで、たまに簪さんや更識先輩と話すぐらいだったじゃないか。

 何も変なことはない。これ以上も以下もない、平和な日常……のはずだ。

 

「……ごめん、本当に夢でも見てたみたいだ……」

「だ、大丈夫か? 休んだ方がいいのでは……」

「いや心配ない、寝ぼけてただけだって。ほらアリーナ行こうぜ」

 

 それでも拭えない微かな違和感には蓋をすると、何となくうとうとする前の記憶が浮かんできた。たしかこの後は第四アリーナで模擬戦をやる予定だったはずだ。急いでいかないと全員とやる時間がなくなってしまう。

 

「今日は試したいことがありますの。実験台よろしくお願いしますわ、一夏さん?」

「じゃあ僕も新技見せてあげるね!」

「ははは、お手柔らかに……」

 

 ……今日は二人にボコボコにされてしまいそうだ。やっと代表候補生と対等か少し下ぐらいで戦えるようになってきたと思うのだが、やはり国に選ばれた者なだけあってすぐに差をつけられそうになる。俺ももっともっと頑張らないとな。

 

 

『──お願いいちか。みんなが──』

 

 

「……うん?」

「どうした?」

「何でもない。さぁ行くぞ競争だ!」

「競争って、子供じゃあるまいし……ビリは飲み物奢りなさいよ!」

 

 教室の外には放課後らしく談笑する生徒がちらほら。その中を我先にとアリーナへ駆け出していく。先生に見つかったら大目玉だが、この人数に奢るのは避けたい。

 

 

『いちか──』

「〜〜だから誰だっ!? ……え?」

 

 けれど、今度は後ろからかけられたような、少しだけ大きくなった声は妙に気にかかって──。

 声の正体に振り返った瞬間。そこにはどこまでも白い空間が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

「その内来るだろうとは思ってたが、意外と早かったじゃないか。あの数の【漆機蟻】は……お前たちなら攻略できるか』

「あからさまに『蟻』なんてついてたら誰だってわかるわ。舐めないで」

「ふぅん……』

 

 さっきはそれなりにショッキングなことを去り方をしたつもりだったが、思いの外堪えている様子がないな。簪以外の面々も同様……ん? 楯無先輩は?

 

「先輩はどうした、まさかあの程度でやられたか? いやそんなはずはないか……』

「さぁどうでしょうね」

 

 数は揃えたとはいえ【漆機蟻】軍団は所詮時間稼ぎ要員の雑魚。いくら《権能行使(コード): 后の赤(レッド)》の影響下といえど楯無先輩とあろうものがあの程度に遅れを取るとは思えない。

 では何故いないか。近くに隠れている? いや、【ミステリアス・レイディ】に俺の感知系(センサー)を欺く程のステルス機能はない。他に考えられる理由といえば……ああ、そういうことか。

 

「わかった。『置いてきた』な?』

「…………」

「沈黙が答え合わせか? なるほどなぁ』

 

 こいつらは全ての【漆機蟻】を倒してはいない。恐らくはほとんど殲滅はしたが、それでも倒しきれないやつがいた。それを先輩が引き受けてきたのだろう。通りで予想以上に早く来れたわけだ。

 

「殿と言えば格好つくが、用は雑魚の処理を押し付けられてるわけだ。そうだろ?』

「何とでも言えばいい……本気でそう思っているのなら」

「……はっ。なわけねーだろ』

 

 俺だって馬鹿じゃない。楯無先輩が自分からそれを引き受けて、こいつらを送り出したことぐらいはわかる。それも何かしらの理由があってのこと……念のため、いつ先輩が来てもいいように頭の片隅には入れておくか。

 ついでに挑発のつもりで放った言葉だが、もうこの程度で動じる精神ではなかったな。

 

「それで? またそんな話で時間を稼ぐつもり?」

「まぁな。もう目的は達成してるし、どうやってお前らを排除するか考えてた』

 

 全快ならいざ知らず、それなりに消耗したこいつら相手に戦って負ける気はしないが、俺には一夏と篠ノ之さんを連れて行く仕事が残っている。

 それまでに余計な邪魔が入るのはよろしくない。負けないまでも、帰るだけの余力を残すには……これだ。

 

「ようし。それじゃあ紹介がてら、お前らで試すとしよう……【双天機神】の力をな』

「──…─…」

「……─……」

「一夏、箒!」

「貴様っ……!」

 

 傀儡と化した二人は静かに俺と専用機持ちの間に入り、一夏は《雪片弐型》を構え、武装を破壊された篠ノ之さんは展開装甲を攻撃用に変形させる。

 どれだけ呼びかけようと無駄だ。夢に堕ちた二人には届きはしない。

 

「精々足掻いてみろよ──やれ』

「──やるしかない、みんな行くよっ!」

「「「……了解!」」」

 

 紅白二つと、色取り取りの機体が激突した。

 

 

 

 

 

第59話「おやすみ・声」

 

 

 

 

 

 

 




 章機能とか使ってみようかなーと思ったけどどこで区切ればいいのかわからなかったのでやめました


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第60話「白界・敗走」

 いくらなんでも寒すぎませんか? 地球温暖化とかなんかわるい組織の陰謀だろと思ったので初投稿です。


 

 

 

 

 

「えーと、どこだここ……?」

 

 上下左右どこをどこまで見渡しても真っ白い謎の空間。足元には影も無く、聞こえるのは自分から出た音だけ。

 

「みんなはどこだ? 俺だけしかいないのか? ……おーい」

 

 ついさっきまで目の前にいたはずの仲間たち。アリーナまで競走しようと駆け出していたその姿は影も形もない。

 あちこちに呼びかけてみても、返ってくるのは静寂だけだった。

 

「……あっち行ってみるか」

『待って』

 

 立ち止まっていても仕方がない。とりあえず適当に一歩踏み出そうとした時、背後から声がかかる。

 これはここに来る前に聞いたのと同じ声。今といいさっきといい、直接姿を見せないで話しかける癖でもあるのだろうか。

 

「……あ、君は!?」

『こんにちは』

 

 後ろにいたのは一人の少女。白い髪に白いワンピースを着た、かつて一度だけ見た彼女が立っていた。

 どうりで声に聞き覚えがあるような気がしたんだ。そう、あれは臨海学校の時。【銀の福音】に撃墜された後、砂浜と海が広がる不思議な空間で歌っていたあの子。

 

『久しぶり、一夏』

「ああ、久しぶり……ってほど関わったことあるっけ?」

()()()()()、一夏は知らないみたいだけど』

「?」

 

 不思議なことを言う。確か前に見た時は歌って歩いて、空を眺めていたのを見ていたぐらいだと言うのに。

 その後はいきなりこの子が消えて、千冬姉みたいな人と話してから目覚めて──ああ! 思い出したっ!

 

「俺はさっきまで戦ってた! そしてあと少しのところで、後ろから……」

『やっと思い出せたね』

 

 箒を助けるために透と戦って、やっとの思いでとどめの一撃を決められると思った瞬間。後ろから何かをされて俺は気を失った。つまりそれから見ていた学園での生活は夢ってことか?

 

『「たのしい学園生活」ならただの夢だよ。ほら、前にも似たようなことがみんなに起こってたでしょ?』

「……あれか、俺までかけられる側になるとは」

 

 専用機持ちを幸せな(基準は不明)夢に閉じ込め、今は箒を悪夢に捕らえている力。まさかあの一瞬で俺もかけられていたなんて。

 ……俺を捕らえた夢。今でこそ透がいないという違和感を感じるが、もしあの中にいたままだったら、きっとその違和感も気のせいで終わらせていたかもしれない。それ以外は何一ついつもの日常と変わらない……俺一人で抜け出せただろうか。

 

「君が助けてくれたんだな……ありがとう」

『んーん。一夏を助ける、それが私の()()だから』

「役目って?」

『今は考えなくていいよ』

「えーと……わかった」

 

 つまり夢の中で声をかけてくれたこの子は俺を助けてくれたわけだ。小さな小さな声で、必死に呼びかけてくれた……本当にありがたい。

 役目とやらも気になるが、それよりも先に現状を知らなければならない。さっきのが夢なら、ここはどこだ?

 

「じゃあ、こっちは?」

『ここは夢のようで夢じゃない場所。一夏と私の心が重なる場所』

「……?」

『そのうちわかるよ。とにかく着いてきて』

「あ、ああ……」

 

 そのまま方角も分からず歩き続けること……どれくらい経ったのだろう。なにせどれだけ歩こうが景色はまるで変わらず、足は疲れない。現実ではないからだろうか。

 

『着いた、ここだよ』

「着いたって……何もないじゃないか」

『あるの。ほらここ、ここに触れてみて』

「いや、そこには何も……」

 

 不意に歩みを止めた少女が空中に指を差す。しかしそこには何もなく、その先どれだけ延長しても先ほどと何も変わらない真っ白な空間があるばかり。

 もしかして俺は揶揄われているのだろうか、着いてきたのは間違いだったかと思いつつ、言われるがまま手を差し出す。

 

「っ、え!? 何かある!」

『そのまま、ぐぐーっと開いちゃって』

「お? お、おおお……」

 

 予想に反してぐにゃぐにゃした柔らかいものが触れる。それは指先を程度の小さな穴から少しずつ広がり、人一人が容易に通り抜けられるような裂け目に変わった。

 

「ここに入るのか?」

『頭だけね、ほら早く』

「うわっ!? わかったから押すな!」

 

 入って大丈夫なのかすら確認する暇もなく、強引に裂け目の中へと押し込まれる。

 頭を突っ込むとこことは対照的に真っ黒い空間が広がっていて、奥にはまた何かが見える。そのまま奥に目を凝らすと……そこには見知った少女がいた。

 

「箒!?」

「────」

「聞こえるかっ! 俺だ!」

「────」

「駄目か……!」

 

 どこまでも続く闇の中には刀を握る箒が立っていた。その刃と全身を赤く染めて。

 こちらの声は聞こえていないのかなんの反応も示さない。ただ虚空を見つめているばかりだ。

 

『足元見てごらん、ほら』

「あれは、俺の……死体? てことはやはり!」

『……ここは篠ノ之箒の心の世界。今は、強制的に一夏と殺し合いを繰り返す悪夢に染められてる』

「なんてことを……!」

 

 大体の想像はついていた。だからあんなに狂っていたのだろうと。けれどまさか、ここまでその通りになってるとは思いもしなかった。

 

「──! ァ──」

「──動き出した!?」

 

 ぐちゃぐちゃと肉と骨が蠢く音が響き、足元の死体が動き出す。人の形は戻った死体はどこからか刀を取り出した。

 それを見て一瞬怯えて逃げ出そうとした箒は、見えない力で強制的に構えを取らされる。

 何度もこうして繰り返したのだろうか、殺して、殺されて、ずっと、ずっと──

 

「くそっ! 箒っ! 離せよ!」

『駄目』

 

 許せない、止めてやらないと。そう思って全身を裂け目に突っ込もうとするが、上半身が入ったところで後ろから思い切り引っ張られてしまう。

 小柄な見た目からは考えられない力で全身を引き戻されると、裂け目は一瞬にして無に戻ってしまった。

 

「何で止めた? 見てるだけにしろってことか!」

『今は見ることしかできないの。声すら届かなかったでしょ? あのまま入っても触れることすらできないし、最悪戻れなくなる』

「じゃあどうすれば……」

『それを今から説明するの!』

「ご、ごめん……」

 

 こんな小さな女の子に叱られるなんて情けない。あまりに焦りすぎて思慮が足りなくなっていた。

 この空間は俺にはわからないことだらけ。素直に従っておくべきだったんだ。

 

『いい? 今一夏が見た篠ノ之箒の心は、言うなれば立体映像。それを見ている者は、何をしたって本体には干渉できないの』

「……なら、立体映像じゃない、本体が別に存在すると?」

『そう。でもそれはここからじゃ届かない。現実()から特別な力を使って初めて干渉できるようになる』

「《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》、みたいな?」

『うん』

 

 透の邪魔が入る前に俺が狙っていたこと、《権能(コード)》を利用したデータの消去……あの時は半分賭けであったが、この子の言うことを信じるならそれで正解だったわけか。

 

「けれど、今はどうすればいいんだ? 俺まで夢の中じゃどうしようもないのでは……」

『ううん。『これは夢』という自覚さえあれば、覚めることだけは簡単だよ。みんなのを見た経験のある一夏は特にね』

「だったら早く起きないと!」

『それもダメ。早く起きる必要があるのはそうだけど、それだけじゃ足りない』

 

 そう言いながら、くるりと後ろを向いた少女は再び何もない空間に指を当てる。

 指が触れたところから少しずつ、少しずつ何かが広がっていき、その何かは人の形を成していく。よく知る人物に似た風貌。白い装甲を身に纏い、どういうわけか鎖に繋がれ、磔のような形で拘束された女性。

 記憶の姿とはだいぶ異なるけれど、今度はすぐに思い出した。臨海学校のあの日、俺に力を欲するかと問うた──白い騎士だ。

 

『これは『前の』白騎士の残滓。私のベースで、【双天機神】たる証……この意味、わかる?』

「……この人が囚われているから、俺が起きても《権能》が使えないってことか?」

『うん。だから一夏は目覚める前に、この白騎士を解き放たなきゃいけないの』

 

 もし俺が今すぐ起きたとしよう。しかしこの人──『白騎士の残滓』は囚われたまま。俺が扱えるのはただスペックの高いISだけで、【双天機神】とやらの証たる《権能》は封じられたまま。そして、それは箒を助けられないことを示している。

 

「ならこっちも解放するまでだ! この鎖を外せばいいんだな?」

『そのはず……だけど気をつけて、この鎖は、きっと簡単には外せない』

「だろうな。まだ触れてもいないのに、すっごく嫌な感じがする……よし」

 

 白騎士を縛る鎖。棘も何も生えていない、ただ黒いだけの鎖は、見ているだけでも強烈な不快感を与えてくる。こんなものに触れればどうなってしまうのか。嫌な想像が幾つも頭に浮かぶ。

 しかしここにいるのは俺と少女だけ。ホームセンターじゃあるまいし便利なカッターもない。現実ならまず無理でも、夢の中なら素手ででも外せるものであってくれと思いながら、恐る恐る鎖に手をかける。

 

「痛っっっっ!? 何っだ、これ……?」

 

 鎖を握る手にほんの少しだけ力を込めた瞬間、全身を内側から八つ裂きにされるような痛みが走る。今まで味わったことのない激痛。慌てて手を離したものの、その余韻は未だに残っている。

 

『外されないためのプロテクトがかかってる。本当はそれも解除したいけど……』

「できないんだろ……」

『うん……今の私の処理能力じゃ、どれだけ急いでも数時間はかかる』

「そうか、わかった」

 

 これも束さんが組んだプログラムなんだろうか、それとも銀髪の少女のものか……どちらでもいい。今はそんなことを考えている暇じゃないんだ。

 ここは精神世界。この痛みはいわば概念。俺の心に直接当てられているもので、現実の身体は無傷のはずだ。だったら……耐えてやる。

 今度はどんな痛みが来ようと絶対に離さない。そう覚悟を決めて鎖を握る。

 

「っぐああああっっ!!」

『一夏! あ、ああ……』

 

 再び全身にとてつもない痛みが走る。その痛みは時間が経つごとに強くなり、精神世界で言うのもおかしいが、意識が飛びそうだ。

 痛い、苦しい、辛い。今すぐこの鎖を離して、楽になりたい。心配そうな表情で少女がこちらを見ている。

 だから、俺は。

 

「──大、丈夫だっ……!」

『!』

「箒の苦しみに比べたら、こんな痛み屁でもないっ。それに、この程度で諦めたら、今も戦ってるみんなに怒られちまうよなぁっ!」

 

 痛み以外の感覚は消え失せながら、それでも万力の力を込めて鎖を握り締める。

 もっと、もっと思いっきり、限界以上の力を絞り出せ──気合いだ!

 

『頑張って、一夏ぁっ!!』

「──うおおおおっっ!!!!」

 

 バキィン……!

 

「う、……あ……?」

『……わぁ』

 

 ふっ、と。全身から痛みが抜けて、手の内に何も感じなくなったことに気づき顔を上げる。

 そこにいたのはもう鎖に縛られていない、完全な白騎士の姿だった。

 

『……感謝します。一夏』

「なぁに、少しチクッとしただけだよ」

『あ、強がってる?』

 

 千冬姉に似た姿で感謝されるのは少し照れ臭くて、強がりを口にする。頼むから本音を見透かさないでくれ。

 

『事情は全て把握しています。私の力が必要なのですね』

「ああ……欲するぜ、白騎士(お前)の力を」

『……ええ、行きましょう』

 

 正直今すぐ六時間は寝たいところだがそうも言ってられない。必要な力は戻った。一刻も早く箒を──みんなを助けないと。

 ……その前に。

 

『? どうしたの一夏?』

「いや、改めて言っておかないとなって……ありがとな」

『……役目だからいいって言ったのに』

「うーん。それでもさ、俺は感謝したいから」

『そっか……うん、どういたしまして』

 

 少女にもう一度お礼を告げ、現実へと戻る段階へ移行する。

 目を閉じて、強く念じる。ここは夢だと、目を覚ませ。強く、強く。次第に身体が本物の夢から目覚める直前のような揺らぎに包まれ出し、現実への帰還が近づいていることがわかった。

 

「さぁ行こう【白騎士】。そして──【白式】!」

『了解』

『よーっし!』

 

 そして、揺らぎが最大になって──光に目を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……粘るなぁ、いい加減諦めたらどうだ?』

「っ──嫌に決まってんでしょ!」

「土下座されたって諦めるものですかっ……!」

「はぁ……」

 

 専用機持ちに追いつかれてから幾分か経過した。威勢よく【双天機神】に戦いを挑んだ彼女らは、圧倒的な性能差によって追い込まれていた。

 当然のことだ。素の性能、《権能》による弱体化、さらには仲間が本気で刃を向けてくる心理的なダメージ……まだまだ原因は出てくる。やる前からこの結果はわかりきっていた。

 ……だというのに、こいつらは。

 

「わからないな、これ以上抵抗して何になる。どれだけ足掻いても、最後は全員仲良く傀儡だってのに』

「もしその通りだとして、それを知った僕たちがはいわかりましたって降伏すると思う?」

「それもそうか、お前ら()馬鹿だもんな』

「ふん。貴様に言われたくはないな、大馬鹿め」

 

 全員馬鹿だ。こんな選択肢を選んだ俺も、無駄に足掻き続けるこいつらも。みんなみんな、馬鹿だ。

 

「いいだろう。なら手っ取り早く……終わらせる』

「何をする気!?」

「『最終手段』だよ。クロエ』

「かしこまりました」

 

 傀儡化した【白騎士】への干渉を強化。【双天機神】の、ISの神たる力を強制的に発現させる。

 

「《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》』

「──っ!!」

 

 一夏の右手が白く輝く。少し歪で、ゆらゆらと揺れる光には触れたISのデータを自在に消し去る恐ろしい効果が備わっている。

 これで全員、『消去(デリート)』だ。

 

「……やれ、【白騎士】!』

「──…………」

「……ん?』

「えっ?」

 

 どうした。既に光は集まっている。《権能》は発現している。だというのに何故【白騎士】は動かない。

 クロエも珍しく困惑した表情で命令を送り続けている。

 

「──違う」

「──まさかお前っ!?』

 

 小さな呟き。に戦慄が走る。

 まずい、離れなければ。そんな危機感が頭によぎった瞬間、【白騎士】は右手の光を握り潰すように消していて。

 

「俺は、『織斑一夏』だっ!!」

「!?!!?!』

「「「一夏っ!!!」」」

 

 その握り拳によって、俺の腹に強烈な一撃が叩き込まれていた。

 

「がっ、てめぇ……クロエっ!!』

「あ、【赤月】!」

 

 一夏が目覚めた。一体全体何をしたのかはわからないが、とにかくこれは緊急事態。込み上げる吐き気を堪えてクロエに指示を出す。

 目覚めたばかりなら全力は出せないはず、《権能》も途切れている。だったら武装のない【赤月】でも抑え込める……という甘い考えは、消えたはずの光に掻き消された。

 

「いつまでも筋書き通りに行くと思うな! 箒はもう二度と、操らせないっ!」

「もう再発動しているだとっ!? 待てっ!』

「──……」

「一夏危ないっ!」

 

 やめてくれ。こっちはどれだけ苦労したと思ってるんだ。それをただ触れるだけで終わらせるだなんて。ふざけるな。

 既に手が届きそうな位置まで移動した一夏。まだ間に合わないと決まったわけじゃない、せめて集中を乱すことさえできればと右腕を伸ばす。

 しかし、その右腕は。

 

『──《流穿水(ながれせんすい)

「っ、まさかっ!?』

蒼蒼破穹(そうそうはきゅう)》ッ!!』

「マズ──ぐあぁっ!』

 

 突如遠方から響く声と、ほぼ同時に襲いかかった水刃によって肘から吹き飛ばされ、誰にも触れることなく宙を舞った。

 

「腕、俺の腕がっ……クソッ! 誰だっ!?』

「やった!」

 

 すっぱりと見事に切られた断面から血が滴る。すぐさまISの搭乗者保護により止血されるが、落とされた右腕は海に飲み込まれて消えて行った。

 超遠距離から水の刃を飛ばす……そんな技は見たことがないが、それができうる人物とISを俺は知っている。

 

「よかった、間に合ったんだね──

「やってくれたな──

 

 ──お姉ちゃん/楯無先輩!」』

『痛ぁい……でも、やってやったわ……!』

 

 更識楯無と、その専用機【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】だ。ISの望遠機能を使わなければ見えない遥か遠くの彼女は、初めて見る大型ライフルを構えてこちらを睨みつけている。

 しくじった。先輩はやられたわけじゃないと、頭の片隅には入れておくと決めていたというのに、目の前の事態に気を取られてこのザマだ。

 義手でも用意すれば腕を失ったことぐらいどうにでもなるが、このタイミングで動きを止められてしまうなんて。お陰で一夏はもう──

 

「ぅ──い、一夏? 一夏だな?」

「ああ、箒。待たせてごめん」

「いいんだ。ありがとう、みんなも……」

「……ううん。仲間でしょ?」

 

 ──篠ノ之さんを救ってしまった。

 正気を取り戻した篠ノ之さんを抱き抱える一夏の姿はまるで本物の騎士。もし英雄(ヒーロー)とでも呼んだら、こいつは怒るのだろうか。

 簪除く専用機持ちも仲間の救出に喜んでいる。何となく、今回ばかりは譲ってやるかとでも言いたげな雰囲気が滲み出ているが。

 

「最悪だ……』

 

 だが俺はこれっぽっちも喜べない。傀儡化が解除されてしまった以上、このままでは計画を進めるどころか何もかも終わってしまう。

 今からもう一度『解離世界(ワールド・パージ)』にかける? この人数を相手にできるか? ……無理だ。

 

「よくも、よくもやってくれましたね楯無先輩。これのせいで俺がどうなるかはよくわかっているんでしょう?』

『ええ。全部理解した上でやったわ』

 

 作戦が台無しになった恨みを込めて遠くの先輩に通信をかける。

 開放回線(オープン・チャネル)越しに決意に満ちた力強い声色が聞こえる。さっきまでとは大違いだ。

 

『私は透くんが好き。好きだから、透くんを救いたいの』

「へぇーえ、その割には随分と荒っぽい──まるで殺す気みたいだ』

 

 思いには薄々気づいていた。でもそれを口にすることで何かが変わるのが嫌で、無理やりわからないフリをしていただけだ。そして、きっと俺も同じ気持ちだった。

 だがまさか、ここまで手荒な仕打ちを受けるとは。百年の恋に冷められてしまった……とかだろうか。

 

『そうよ。だから私は殺してでも止めて、絶対に生かしてみせる。そうしなきゃ、あなたを本当に救えないっ!』

「救う、ね。随分と簡単そうに言ってくれるな……』

 

 救いたいなら、ただ俺の言う通りにしていればよかったんだ。だが先輩は、皆はそれを選ばなかった。

 それでもまだ救う気でいるだと? 『殺してでも止めて、絶対に生かす』? 滅茶苦茶だ。

 

「やってみろよ。やれるものなら』

『……もちろん。首洗って待ってなさい』

「ふん……』

 

 もうどんな揺さぶりも先輩には効かないだろう。この距離でもそれがわかるほど、今の先輩の決意は固いことがわかる。

 ……本当に、励ました野郎は──たぶん女だけど──余計なことをしてくれたものだ。

 

「さて、お縄につく用意はできまして?」

「取り敢えず半殺しにしてやろう」

「チッ……』

 

 《権能行使(コード): 后の赤(レッド)》の効力が切れ、消耗はあれどもほぼ全開の出力を出せるようになった専用機持ち。仲間も救出し、このまま俺を捕らえようという考えだろう。

 状況は最悪。ここから二人をもう一度傀儡化させることは不可能。《VenoMillion(ナノマシン)》は全員に付着しているはずだから『暴毒命終』でなんとか……効く前に俺が落とされる可能性の方が高い。

 詰んだか? いいや、諦めてなるものか。

 

「俺は俺の思い通りに生きる……これ以上邪魔はさせない!』

「こいつはさっきの……」

「まだ残ってたの!?』

 

 隠し持っていたコアを投げ、六機の【漆機蟻】を召喚する。今日俺が持ってきたのはこれで最後。これ以上は出せない。

 まだ戦力が残っていたことに驚きつつも、出力制限のない現状では難なく応戦されるのは目に見えている。だが、最後の手持ちを消費してまでこいつらを呼び出したのは戦わせるためじゃない。

 

「弾けろ木偶ども! 役目を果たせ!』

「────!」

「っ、やっば──」

「避けろみんな!!」

 

 かちり。と六箇所から音が鳴り、全ての【漆機蟻】はその機体を縮めて蹲る。

 一瞬の間を置いて、危険を察知した専用機を巻き込むように光を放ち──一斉に起爆した。

 

「わあぁぁぁ!?」

「ぐぅ──いきなり自爆なんて!」

「落ち着け! ダメージは!?」

「だ、大丈夫!」

 

 ……どうやら全員生きているようだ。少し離れた位置にいたやつならともかく、近距離なら墜とせてもおかしくない威力なんだが。

 だがそれでも構わない。この一斉自爆は倒すためにやったわけじゃない──狙いは、この爆風と光だ。

 

「──はっ。透は!?」

「え……しまった! あいつ……!」

「…………』

 

 爆破による衝撃と光はほんの一瞬だけハイパーセンサーにも影響を与える。そして俺はその隙に機体の部分展開に切り替え、光学迷彩(ステルス)を起動して隠れることに成功した。

 篠ノ之束特製の光学迷彩。いくらハイパーセンサーが復旧しようと、そう簡単には見つけられない。楯無先輩には起動した瞬間を見られたかもしれないが、あの人は遠すぎて追いつけない。

 とにかく、これで撤退の用意は整った。

 

『……戻りましょう、透さま』

「ああ……けどその前に』

 

 こんな状況になった以上、戦いは続けられない。後は尻尾を巻いて逃げるしかないが、どうしても一つだけ、言っておきたいことがある。

 それは計画が台無しにされた仕返しか、それともただの気まぐれか……今の俺にはわからない。

 

「『織斑計画』。或いは、『プロジェクト・モザイカ』』

「っどこだ! いや、それは何のことだ!?」

「織斑先生に聞いてみな。お前が知りたいことの一つや二つはわかるだろうよ……じゃあな』

 

 これでいい。後はこいつらが戻った後でどうにかなるだろう。

 光学迷彩が見破られる前にクロエを連れ、その場を後にする。作戦失敗、敗北……何と束様に説明したものか。どうせ全部見てるんだろうけど。

 

「痛ってぇ……』

 

 すぐには治らない右腕が酷く痛んだ。

 

 

 

 

 

 

第60話「白界・敗走」

 

 

 

 

 




 もうしばらくはこんなペースで更新していきます


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第61話「反省・真実」

 ここ一週間鍋を食い続けているので初投稿です。


 

「っぐ、ぅ……戻りました』

「やあ、おかえり」

 

 止血のためにISも解除できず、痛む右腕を抑えながらの帰還。そんな俺を出迎えたのは珍しく不機嫌な様子の束様だった。

 普段なら傷を負った俺を見てもヘラヘラ笑っていただろうが、今回は笑いなど欠片も浮かべず、冷淡な目でこちらを見つめている。

 

「……とりあえず座りなよ。今処置するから部分展開も解いて」

「はい……痛たた」

 

 足の踏み場もないほどに物が散乱した部屋の中、適当な椅子らしき物に腰掛け右腕を差し出す。部分展開を解除すると、堰き止められていた血が溢れ出した。

 薬さえ飲んでいなければあの場ですぐに塞がっていただろうが、この程度のダメージで延命できるのならば我慢するしか無い。

 

「麻酔は無いけど、すぐに終わらせるから我慢して」

「は──う゛ぐあ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「はい、終わり」

「っ! ……っ!!」

 

 返事どころか覚悟を決める前に針と糸が通され、絶叫が終わる時には処置が完了していた。縫い跡すらわからない、まるで初めからそうだったかのような腕。使い終わった器具は適当に投げ捨てられ、部屋を埋め尽くす物の仲間に加えられる。何という荒い治療、相当苛立っているな。

 だがそれも俺の失敗のせい。治療はしてくれる限り殺す気は無さそうだが、相応の罰は覚悟している。

 

「言っとくけど、罰なんか与えないよ」

「え? ですが、俺は……」

「そりゃ失敗は失敗だよ。【白騎士】を手に入れるどころか【赤月】も奪還されて、おまけに君の腕が飛ばされた……ここまでうまくいかないとはね」

「……申し訳ない」

 

 改めて聞くととんでもない損害だ。何も得られず失うばかり……尚更俺に何の罰もないことが不思議でならない。

 まさかクロエに行ってることはないだろうし、やはり本当はありましたとか言われるんだろうか。

 

「でも、もし私があの場にいたとして、とーくんが【白騎士】を確保した直後に追いつかれたら、きっと同じ判断を下してた」

「同じ……あなたが?」

「うん。そして今と同じ結果になる。それくらいいっくんが目覚めることは私にとっても予想外で、起こり得ないはずの事象だった」

「まあ、確かに衝撃的でしたね。あれがきっかけで全てひっくり返された」

 

 一体全体外部からの干渉も無しにどうやって『解離世界』を打ち破ったのか。作戦失敗の元凶にもなったその方法は気になるが、今の俺が知る術はない。

 

「だから罰は無し。結果は失敗でも、とーくんの行動にミスはなかった。右腕はそれ自体が罰みたいなものだからノーカウントね」

「……そうですか」

「けど成功はしていない以上、報酬も与えられない。もう少し薬は飲んでもらうよ」

「ですよねー」

 

 どうせ失敗した身で報酬をねだる気は無かったが、まだあのまずい薬を飲み続けなければならないのには気が滅入る。

 だが束様は『もうしばらく』と言った。つまりチャンスはもう一度与えられる。自由に生きるチャンスが。

 

「【白騎士】と【赤月】はもう一度確保しなければいけませんよね」

「そうだね。でもあちら側に二機が揃ってしまった以上、半端な戦力じゃ取り返せない。『解離世界』も単独で破られるようじゃ洗脳も使えない……」

「もう温い手は使えませんね」

「うん。ここからは本気で潰す覚悟でいくよ。丁度()()()とーくんが撒いた布石もあるし……神話の始まりには野蛮すぎるけど」

 

 次の行動を決めた束様は椅子から立ち上がり、部屋中に転がるガラクタをかき分ける。何かを探しているのか、こんな時に何が必要なのか。

 

「はい、これ」

「あ、どうも」

 

 差し出されたのは黒い義手。ちょうど俺の失った右腕と同じぐらいの大きさで、見た目は地味だが高性能であることは伝わってくる。

 腕が飛んだのはついさっきのことだというのに、もう用意してくれていたのか。ならば出来立てだろうに、どうしてガラクタの中に埋もれていたのかは気になるが。

 処置したばかりの切断面に義手を押し当て、軽く調整を施して取り付けられる。ほんの一瞬痺れるような感覚の後、指先の感覚ができる。これで神経と接続されたらしい。

 

「すごいですね。こんなに細かく動かせるとは……ほんの少し重いですが」

「そりゃあこの束さん特製だからね。重さならすぐに慣れるよ。きっと腕がない時の感覚でバランス取ってるんだと思う」

「なるほど」

 

 確かに。無意識に右側が軽くなっていた状態に慣れていたせいで逆に戻った途端慣れなくなっているのだろう。なら明日には慣れるかな、今朝までは両腕揃っていたわけだし。

 

「じゃ、とーくんは部屋に戻って、今日はもう休んでいるといいよ。明日にはまた働いてもらうから」

「明日ですか、わかりました。それでは」

「ん」

 

 『戻れ』と言われたなら長居する理由はない。余計なことをして義手を作ってもらえなかったら大変だ。

 まだ慣れない義手の重みを確かめるようにさすりながら部屋を出る。

 

「……変える(救う)んだ。世界を、私が……」

 

 扉が閉まり切る直前に聞こえた束様の呟きは、まるで別人のようだった。

 

 

 

 

 

「なぁ、本当にもう大丈夫なのか?」

「問題ない。そもそも外傷はなかったからな。少し休めばこの通りだ」

「タフねぇ箒ちゃん。まさか私が一番重症とは思わなかったわ」

「両肩外れてたもんね」

 

 箒を取り返してから丸一日が経過した。俺たちは特に大きな怪我もなく──《流穿水蒼蒼破穹(なんかすごい名前のやつ)》を使って肩が外れた楯無さんを除いて──箒の元へ集まっていた。

 箒の身体は無理矢理動かされていた分の疲労があったものの、それ以外の外傷は無し。大事をとってすぐに医務室に運ばれていたが、今ではいつもの調子で元気そうにしている。

 

「でもさ、身体は平気でも心とかはその、何かあるだろ? あんな夢見させられてた訳だし」

「ああ、そのことか……もう平気だ。一夏が……みんなが助けてくれたからな」

「感謝しなさいよー。貸し一つだからね」

「わかっている。いつか必ず、全員分返してやるさ」

「よし、期待しているぞ?」

 

 もしも心に傷が残っていたらと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。本当によかった。

 箒も強くなった……なんて、俺なんかが言っても『何様だ』と返されてしまうかな。

 

「操られてた間のことは思い出せる?」

「生憎ほとんどは……。悪夢の内容とか、助けられる直前までは言えますけど、実際自分が何をしていたかは聞いた以上のことは……」

「じゃあ、操られる前は?」

「そこは完全に覚えてます……けど、直接使えそうな情報は無いかなと」

「……そっか」

 

 向こうでの情報、及び操られていた間は念入りに情報が遮断されていたらしく、大した手がかりは得られない。

 束さんの目的はみんなから聞いた。神話とか、世界平和とか、すぐには理解が追いつかないとんでもない計画だったけど、束さんは本気で実現しようとしている。実際その計画の一つを折った今でも、まだ諦めていないだろうことは間違いない。

 

「……透くんは?」

「残念ながら何も。何度か話す機会はありましたが、核心には触れられませんでした」

「そう……」

 

 そして透は、生きるために協力している。この理由はあいつらしいし、命が惜しいということは理解できるが、その方法を認めるわけにはいかない。

 仲間として、友達として。絶対に止めてみせる。

 

「あとはそうだな……夢の中の話になりますけど、小さい頃の私みたいな女の子を見ました」

「女の子? 夢の中で?」

「はい。消えたら現れたりしながら、すごく苦しそうな顔で、私を見てました」

「それってもしかして……」

 

 夢の中、女の子。この二つの単語で俺が思い出すのはあれしか無い。

 俺を助けてくれたあの子、憶測止まりではあるが、ほぼ間違いないその正体は──

 

「ISコア、【赤月】の人格だ」

「人格? 確かにISコアには自我があると習ったが……あんな人の形を取るものなのか?」

「ああ。見た目は違うけど、【白式】もとい【白騎士】の中にもいた。俺もその子に助けてもらったんだ」

 

 もしも【白式】と同じだというのなら、【赤月】の中に人格があったっておかしくない。さらに言えば、今世の中に存在する全てのISにも。

 

「あいつは俺を助けることが役目だと言った。きっと【赤月】もそうだったんじゃないか?」

「かもしれんな。ずっと心配そうな顔をしていたし、最後は安心したように笑っていたから……ありがとう」

「へー……、すごい体験だったのね」

 

 待機形態の【赤月】を撫でながら、静かにお礼を口にする箒。何もできなかったのかもしれないけれど、そのISはずっとずっと主の身を案じていた。真実はわからないが、きっとそうだと思っておこう。

 

「そうだ一夏。お前こそ何かあるんじゃないのか?」

「え?」

「惚けないでください、お顔に『迷ってます』と書いてありますわ」

「うんうん、今日はずーっとそんな感じ」

「えぇ……」

 

 前々から自分の考えを見透かされることは多かったが、そんなにわかりやすく顔に出ているのだろうか。きっとよく見てくれてるってことだろう、たぶん。

 

「……昨日の最後に、『織斑計画』って出ただろ? 透が言ってたやつ」

「あったね、そんな話」

「ああ。ちょっとそれが引っかかってさ……千冬姉に聞いてみようと思う」

 

 俺には知りたくても知れない事が幾つもあって、聞けば『一つや二つはわかる』とあいつは言った。

 だから、俺は聞かなければならない。例え何か思惑があるのだとしても、真実に近づけるなら。

 

「正直名前で察しはつくんだけどな」

「『織斑』だもんねぇ……」

「『モザイカ』なんてあからさま過ぎません?」

「ま、まあその辺り含めて確認ってことで……」

 

 字面で内容は予測できてしまうけど、どうせなら全貌を知っておかないと。近くに知る人がいるなら尚更。

 ……ただ、そこまでに少し問題がある。

 

「千冬姉教えてくれるかなぁ……?」

「あー……確かに」

 

 千冬姉は過去の話をしたがらない。俺が覚えてない幼い頃や、家族の話を聞いても適当にはぐらかされてばかりだった。今にして思えば()()()()()()だったんだろうけど。

 おそらく何も教えてくれない……というか、そうなるように話を逸らされるだろう。

 

「どちらにせよ聞かなくちゃ進まないんだ。当たって砕けるぞ!」

「砕けたらダメだろう」

「ははは、確かに……砕けないようにしよう」

 

 最悪砕かれるのは頭かもしれない。それくらいの覚悟はしておこうか。

 

「よっし! じゃあ早速聞きに行くか!」

「大丈夫? 僕たちも行こうか?」

「いや、いい。俺以外がいると余計話してくれなさそうだしさ」

「そっかぁ……うん、いってらっしゃい」

「行ってくる!」

 

 千冬姉の居場所は検討がついている。今ならきっとそこにいるはずだ。

 善は急げ、廊下に先生がいないことを確認して、目的地まで駆け出した。

 

 

 

 

「……なんかシャルロットにいいとこ持ってかれた感じしない?」

「なんだ、抜け駆けか?」

「え!? いやぁそんなつもりじゃ……えへへ」

「はい有罪」

 

 

 

 

 

「やっぱりここにいた、()()()

「学校では織斑先生だ……と言ってる場合でもなさそうだな、()()

「ああ。今は教師と生徒じゃなくて、家族として話がしたいんだ」

「…………」

 

 IS学園地下特別区画、オペレーションルーム……もう何度も足を運んだ場所。

 ここのところ千冬姉は他の用事がない限りずっとここで何かを調べている。一般生徒どころか、教員ですら一部しか入れない場所であれば、邪魔も入りにくいからだ。

 

「『織斑計画』『プロジェクト・モザイカ』。その二つについて千冬姉が知っていること全てを、教えてほしい」

「どこでそれを、いや、九十九の仕業か……」

「ああ。何であいつが知ってるのかはわからないけど」

「……そうか」

 

 手に持っていた書類を置き、こちらへ向き直る。隠していたはずのことを聞かれても、その顔に動揺は浮かんでいない。

 

「この世には知らない方がいいこともある。知ってしまえばもう戻れない……その覚悟が、お前にあるのか?」

「あるさ、だからここにいる」

 

 圧の込められた低い声も、拒絶するような鋭い視線も、今の俺には効きはしない。

 もう俺は、無知なままで生きるのは嫌なんだ。

 

「覚悟がないのは千冬姉の方だ。全てを知った俺が、その真実に耐えきれないと思ってる」

「……そうだな。お前はまだ子どもだ」

「違う。確かに俺はまだ大人じゃないけれど、もう守られてばかりの子どもじゃない。……だから、教えてくれよ」

「…………」

 

 沈黙。長い長い、ほんの数秒の無音が空間を支配する。

 何を考えているのか、ただ口を閉ざして俯く千冬姉は、昔初めて家族のことを質問した時の様子によく似ていた。

 

 

「なぁんだ。ちーちゃんが言わないのなら、私が言っちゃおうかな?」

 

「なっ!?」

 

 沈黙を破ったのは、聞き覚えのある、しかしこの場にいるはずのない声だった。

 篠ノ之束。あらゆるセキュリティを掻い潜り、声を発するまで誰にも気づかれることなく天災は現れた。

 

「貴様っ! どこから入った!?」

()()()()。何を驚くことがあるの? この私を相手に」

 

 さも当然に語る彼女の様子は全てを蔑むような冷徹さが滲んでいて、記憶にある巫山戯たものとは異なっていた。

 いつも通りの奇妙な装いなのに、まるで別人を見ているような強烈な違和感に混乱する。

 

「た、束さん……だよな……?」

「そうだよ……ああ、いっくんは()()()を見るの初めてなんだっけ。ちーちゃんも久しぶりでしょ」

「……そうだな。もう二度と、見ることはないと思っていたよ」

 

 とんでもないイメチェンをしたのかと思えば、どうやらこれが元の調子らしい。俺は知らず、千冬姉は知っているのならそれこそ一年や二年どころではないくらい前の様子なのだろう。

 

「何をしにきた、用がないなら出ていけ」

「用があるから来たんだよ。弟思いで何も話せないちーちゃんの代わりに、私がいっくんに真実を教えてあげちゃおうかなってね」

「っ……!」

「束さんが……?」

「そ、はいこれ」

 

 俺が求める真実。なぜこの人が知っているのか、どうしてわざわざここに来て話そうとしているのか。そんなところに疑問を抱きつつ、投げ渡された空中投影ディスプレイを受け取る。

 

「やめろっ、見せるなっ!」

「もう遅い。さぁごらん。それが君の姉が隠し続けてきた真実だ」

「こ、これが……」

 

 千冬姉の制止より早くディスプレイに情報が表示される。

 おそらく束さんがまとめたであろうレポート。『織斑計画第一・第二成功例』──そう書かれた資料には、二枚の写真が貼り付けられていた。

 こんな写真は見たことがある、たしか中学の理科や保健体育で習った受精卵だ。

 

「右がちーちゃん、左がいっくん。『織斑計画』、またの名を『プロジェクト・モザイカ』が掲げる究極の人類を創造するという狂った思想の元生み出された人工受精卵だ」

「人工……究極の人類って……マジかよ」

「さぁどんどん見てってよ。止まらなくなるよ? 深夜に開いたまとめサイトみたいに」

 

 次々と表示された情報が瞳に飛び込んでくる。『検証実験データ』『発展能力の分類』『繁殖を目的とした染色体操作』『ドイツ軍との共同応用実験』『黒髪の少女と赤子の写真』『篠ノ之束の発見』『成功例の脱走』『計画の中止』──全て、理解できた。今まで不思議だったこと、普通と違うと思っていたことを、理解してしまった。

 背筋に冷たいものが伝わる。今俺は、真っ直ぐ立てているのだろうか。

 

「君は造られた命だ。君に親なんていない。君は……ばけものだ」

「……違う。化け物でも、造られた命でも、俺と千冬姉はっ……家族だ」

「一夏っ……」

「へぇ。『覚悟してきた』っていうのは本当なんだね。養殖のばけもののくせに」

 

 動揺して、声を震わせながら、辛うじて反論をぶつける。真実がどうでも、誰に何と言われても、俺たちは家族だ。それだけは否定させない。

 

「なら、()()は覚悟できてるか?」

「……は?」

 

 ……再び、知っている声が部屋に響く。

 動揺と不意を突かれて反応が遅れ、声の出所に目を向けた時には。

 

「かっ……ぁ……?」

「千冬姉っ!?」

 

 千冬姉の胸から突き出す狂刃。背後から突き立てられたそれは、

 

「何してんだよ……透!」

 

 裏切り者(九十九透)が握っていた。

 

 

 

 

 生暖かく、ぬるりとした感覚が義手に伝う。溢れる血が床を赤く染めていく。

 

「つ、つづら……き、さま……」

「喋らない方がいい。肺を刺しました……世界最強(ブリュンヒルデ)も、隙ができればこんなものか」

「がふっ!」

 

 盛大に動揺して、ほんの少しだけ安堵して…… 平常時なら今頃返り討ちだったろうが、隙だらけの背を刺すのは簡単な仕事だった。

 きっと呼吸すら激痛だろうが、急いで然るべき処置をすれば治るだろう。どうせ殺すのは目的じゃない。ただ動けなくなってくれればそれでいい。

 

「続けるぞ、『織斑計画』の成功例は全部で三体。一人目、二人目はご存知お前ら姉弟。三人目がベッドで寝てるエム、もといマドカ。その資料にも載っていることだ」

 

 右肺を貫いた刃はそのまま、横たわる織斑先生の服の上から目当てのものを探りながら、更なる真実を語る。

 今更隠す必要もない。寧ろ、話してしまった方がスッキリするくらいだ。

 

「だが計画の中では多くの失敗作が生まれた。半分以上はすぐに死んだが、生き残りは別の研究に送られて有意義に消費される」

「その中の一人がとーくんってわけ。つまりとーくんはいっくんのお兄ちゃん、或いは弟になるね」

「最後貴女が言います? ……まあそういうわけだ。どっちが上かは知らん」

「どうだっていいんだよそんなこと! 今すぐ千冬姉から離れろ!」

「……タイミング間違えたか」

 

 もう少し驚いてもいいと思うんだが、先に織斑先生を刺したせいでインパクトが薄れたか?

 ……おっと。あまり長く探ってても一夏に止められてしまうな。

 

「見っけ。どうぞ束様」

「ありがと。……うん、確かに【暮桜】。やっぱりちーちゃんが持ってたか」

「千冬姉っ! お前いつから、どうしてこんなことを!」

「最初からいたよ。目的は……見ての通りだ」

 

 飛びかかる一夏を避け、目当ての物を束様に投げ渡す。

 一夏が織斑先生に接触する前。それこそ先生が一人で資料を読んでいる間も、俺はここにいた。いつバレるかもしれないとヒヤヒヤしながらな。

 その目的は【暮桜】の回収。本来の計画では必要なかったが、予定が変わったためこうして取りに来たわけだ。

 

「このためだったのかよ、あんなことを言ったのは!」

「いやぁ? あれは本当にただの捨て台詞のつもりだったよ。罠になったのは束様の発案だ」

「そういうこと。ま、どのみち私たちは来てたんだけど」

 

 単なる嫌がらせのつもりで吐いた言葉が、こんな結果に繋がるなんて。しかも嫌がらせ自体は全く機能していないし……どうなるかわからないものだ。

 

「待て!」

「おっといいのか俺に構って。いくら化け物だろうと、このまま放っておいたら死ぬぜ?」

「っ! くそっ……」

 

 目的を達すればもうここに用はない。束様もこれ以上留まるつもりは無いらしい。織斑先生すら欺いた隠密機能(ステルス)を起動させる。

 一夏は追えない。たった一人の家族が、大事で大事で仕方がないから。

 

「絶対許さねぇっ……透っ!」

「ああ、次こそ決着をつけようじゃないか……一夏」

 

 殺意にも近い、激しい怒りの籠った視線が突き刺さる。今度こそ、もう二度と、後戻りはできない。

 そして俺たちは、文字通り姿を消した。

 

 

 

 

 

 

第61話「反省・真実」

 

 

 

 




 前回告白入れたのに誰も突っ込まくてワロタ


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第62話「束・矛盾」

 今年も残すところ1ヶ月なので初投稿です。

 めど氏よりめちゃくちゃかっこいい表紙をいただきました。


【挿絵表示】


 ありがとう! フラーッシュ!


 

「……こっち」

「は、はい」

 

 義手にこびり付いた血も乾ききった頃、用事を済ませた俺たちは拠点に帰還した。

 学園からここに戻るまでまともな会話は無く、案内された通りに移動している。

 

「…………」

「…………」

 

 と言うのも、束様の様子がいつもと違うせいだ。昨日からあの人を小馬鹿にした態度は無くなっていたが、今目の前にいる彼女はさらに静かで、何と言うか暗い。

 学園での話が本当ならこれが素というわけだが、普段は演技だったというわけか?

 

「ん」

「……はい」

 

 そうして到着したのは整備室。何をされるかもわからず、指示されるがままに入室し、適当に腰を下ろす。

 ふぅ。と一息ついて、顔を上げた先には、

 

「……ぐすっ」

「!?」

 

 子供のように口元を歪め、ボロボロと涙を流す束様の顔があった。

 

「ちょ、泣いてるんですか?」

「そうだよっ……びずっ、私だって人間なんだから涙だって出る。悪い?」

「いや、そういうわけじゃないですが……」

 

 確かにそれ自体はおかしくない。しかし、篠ノ之束という存在が、こんな唐突に、人が見ているのも構わずに涙を流しているのはかなり衝撃的だ。

 どうして泣くのかもわからないし、そもそもいい年の大人が大号泣している光景なんて誰が見たって困惑する。

 

「私にだってさぁ、良心ぐらいあるんだよ。仮にも親友だった人を傷つけたら、後悔するぐらいには」

「……はい?」

 

 俺は何度もこの人に殺されかけた。当初は殺す予定であったそうだし、今も命を握られているに等しい状況だ。

 俺の存在を例外としても、この人は興味のない人間の命は明らかに軽視していた。望んで命を奪おうとはせずとも、結果的に奪われてしまうことには気にも留めない。それが篠ノ之束だ。

 そんな倫理感が壊れた人が、今更後悔の涙を流すものか?

 

「……うん。君といっくんからすれば、今の私はいつにも増して異常に見えるよね」

「失礼ながら。本当に本人なのか疑うレベルで」

「いーよ。実際そう見せかけてたわけだし」

 

 どこからか取り出した椅子に腰掛け、嫌な気分ごと吐き出すようにため息をつく。実は別人でしたと言われれば、きっと信じてしまうくらいに似合わない姿だ。

 

「IS展開して。調整し直すから」

「あ、はい」

 

 【Bug-VenoMillion】を展開。俺自身は乗ったままで、束様からの調整を受ける。ここの整備室はいい。こうして完全展開した状態で調整できるからな。学園では狭いせいで中々できなかった。

 無言の空間にかちゃりかちゃりと音が響く。

 

「一つ聞いても?』

「……何?」

「あなたは、何者ですか?』

 

 それはふと、口から出た疑問だった。無言に耐えきれなくなったのか、単に好奇心でも湧いたのか、どうして自分でも聞こうと思ったのかはわからない。

 まあいい。答えてくれるならそれでもいいし、嫌なら嫌で無視されるだけだろう。

 

「……ただ凡人より少し頭の良い、元人間好きの人嫌いだよ」

「『元』人間好き?』

「わかんないか、そりゃそうだ」

「いや、それはさすがに……!」

 

 珍しく自分の才を低く言っているが、頭が良いというのはその通り。人嫌いというのもまあわかる。だが……人間好きだと? 元とはいえ、数えられる程度の存在にしかまともな受け答えもしないこの人が?

 いくら何でも冗談だろう。その考えは束様の表情を一目見ただけで消えた。

 

「知りたい? どうしてこうなったか」

「……はい』

「ん、わかった」

 

 知りたい。命の恩人で、共に世界の脅威となるこの人のことを。

 きっと、一夏もこうだったのだろう。成功作と失敗作の違いはあっても、こういうところは似ているらしい。

 

「調整が終わるまでもうしばらくかかる。だから教えてあげるよ……私の全てを」

 

 それから束様は話し始めた。過去、思想、変化、計画、願望。いかにして今の束篠ノ之束が出来上がったのか、その全てを。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あぁーぅ』

『よしよし、いい子ね』

『かわいいなぁ……俺にも抱かせてくれ』

『うふふ。ほら束、お父さんですよー』

『うー……』

 

 最初の記憶は、母親に抱かれる赤子の頃。

 普通よ人間から普通に生まれた、まだ普通だった私は、確かに両親から愛されていた。

 話せないけれど、両親の言うことは理解できて、毎日注がれる愛情が嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

『ふんふーん……』

『束は賢いわねぇ。もうこんなに本が読めるなんて』

『そう? だって、すごく面白いから』

 

 幼稚園に通う頃。私にとって世界は、面白いことばかりだった。

 厳しくも優しい家庭。様々な知識を与えてくれる書物。世界を見せてくれる映像。毎日が楽しくて、寝食すら忘れて没頭していたこともある。

 賢いと褒められるのがちょっぴり恥ずかしくて、両親には素直に甘えられなくなったのもこの時だ。

 

『束、読書もいいが、父さんと一緒に剣道はどうだ?』

『んー、いいや』

『そうか……』

『……冗談、やろっか?』

 

 父に勧められた剣道はあまり好みじゃなかったけど、父と同じことをするのは嫌いではなかった。

 真に幸福だったと言えるであろう素晴らしき日々。私は、楽しみを作ってくれる人間が大好きだった。

 

 

 

 

『……はぁ』

 

 小学生になった頃。私は矛盾を知った。

 両親の助けを得ずとも、大人以上に情報をかき集められるようになった私は、本で、テレビで、インターネットで知れるだけの情報を得続けた。

 最初はよかった。知らないことを知れて、世界が広がったようだった。最初だけは。

 

『『殺人』『強盗』『暴行』『汚職』『戦争』……どうしてだろう』

 

 いつの間にか私は、子供が触れてはいけない世界を覗いてしまっていた。

 知識ばかり貯め込んだ無駄に純粋な頭脳は、この不完全で非効率な世界を嫌悪した。もっと美しい形があるはずなのに、それを知りながら目指さない人類が酷く醜いものに見えた。

 そんな私を見て、他の人は『考えすぎだ』と言った。『今だって捨てたものじゃない』とも。確かにその通りだったかもしれない。けれど私は、この苦しみを理解してほしかった。

 

 それでもまだ、私は人が好きだと思えた。

 

 

『すぅ……すぅ……』

『箒ちゃん……』

 

 箒ちゃん(いもうと)が生まれた。初めて増えた家族には久々に心が躍り、ずっと大切にしていきたいと思った。世界の汚れを見せたくないと。

 そしてもしかすれば、私の理解者になってくれるのではないかと。

 

 

『ま、ママ、ぱ』

『聞いた!? ママって言ったわよ!』

『……うん、よかったね……』

 

 初めて言葉を口にした瞬間、箒ちゃん(いもうと)が理解者にはなれないと理解した。箒ちゃんはごくごく普通の脳を持つ、ただの人間だった。

 そしてこの頃から、人の見分けがつかなくなってきた。私は誰かとの関わりを減らすため、他人を遠ざける仮面(キャラ)被り(演じ)始めた。皆の知る私はここから始まった。

 

 

 小学校も高学年になった。この時の私はもう、天才を通り越して異常とまで呼ばれるようになっていた。それは自分が勝手に被った仮面(キャラ)のせいでもあったけれど、他人を遠ざけたいという考えで見れば正解だったかもしれない。

 

『くだらない』

 

 私は人間の何もかもが嫌になっていた。毎日この世に生まれてしまったことを後悔し、一人で過ごすようなった。

 たかだか十やそこらの子どもが何を言うと思うかもしれないけれど、それは凡人の考えだ。

 

『…………』

 

 しかし人間を嫌う私もまた人間だということが堪らなく嫌で、実家の裏山に自分だけの場所を作り、そこに閉じこもるようになった。()()()方法で集めた金と材料を使って、毎日意味のないガラクタを作っていた。家族すらも近寄らせずに。

 そんな時だ。

 

『……っ誰だっ!』

『……お前こそ誰?』

 

 織斑千冬(ちーちゃん)と、織斑一夏(いっくん)に出会った。

 まだ小さな弟を抱いて私を睨むその姿は、一目で普通ではないとわかった私は彼女を匿うことにした。適当な家を用意して、そこに住まわせる代わりに事情を聞き出し、交流を始めた。懐柔ついでに始めた友人ごっこが思いの外楽しくて、いつの間にか本気になっちゃったけど。

 

『…………』

 

 ちーちゃんの語る事情は、私を完全に失望させるには十分すぎることだった。

 失望は怒りへと変化し、私は醜い世界を変えなければならないという結論を下した。これが計画の始まり。

 

 

『人は管理されるべきだ。善意とか、悪意とか、そんなあやふやなものを抱えているくらいなら』

 

 この世界が醜くなった原因は、人の持つ善性と悪性によるものだ。双方を持ち合わせるから人は、世界は不完全で、非効率で、醜くなっていく。

 だからISを作ることにした。善性も悪性もデータとして理解し、しかしそれらを持たない完全な存在(かみさま)を目指して。

 

『できた。これが新しい神様』

 

 まずは当時起きていた戦争のパワーバランスを崩すため、ISは女にしか動かせないようにした。まさかの例外(いっくんの存在)は驚いたけど、すぐに利用することに決めた。それから白騎士事件(マッチポンプ)を行い、その力を世界に認めさせる。そこまではうまくいった。

 問題が起きたのは第二回モンド・グロッソの直前。最初の計画で、『神』になってもらうはずの【暮桜】が拒絶を始めた。私の心は、ISに与えた自我にすら否定されてしまった。

 

『許さないよ』

 

 だから【暮桜(かみさま)】には眠ってもらうことにした。新しく【赤月】を作り、最も適合した箒ちゃんを使って封印させた。いっくんを『救世主』として運用するのに邪魔なちーちゃんごと。

 もちろんその事実は公表されてないし、箒ちゃんは顔を隠した上で洗脳状態だったから、ちーちゃんですら知らないだろうけど。

 

『……ごめんね』

 

 いつの間にか、私はかつて嫌悪した人間と同じことをしていた。

 

『あはははっ! あはは、は……あれ?』

 

 その矛盾を誤魔化すためにさらに深く仮面(キャラ)を被り続け、どちらが本当の私なのかもわからなくなっていった。

 

『違う、違う! 私は、私は……世界を救う(壊す)んだ』

 

 気づいたところでもう止まれなかった。

 

 修正した計画はしばらく邪魔が入らずに進んだけれど、一つ問題があった。『救世主』は作れたが、『世界の敵』を用意できていなかった。救世主の前には災厄が、創造の前には破壊が必要なのに。

 無人機で代用することも考えたが、どうしても人間を役に当てたくて、ずっと保留にしていた時。

 

『……残党?』

 

 織斑計画の生き残りがいることを知った。失敗作ではあっても、究極の人類を目指したものの残滓が。

 それから急いで特定した残党の研究所に襲撃をかけて、勝手に死んだ奴らの中から、偶然死にかけで留まっていた君を見つけたの。

 

()()()()()()()()()()()()()拾ってきたってわけ!』

『えっ』

 

 ちょっと面白そう。その第一印象は嘘じゃないけれど、それ以上に私の中にあったのは期待だった。

 醜い人間の欲望から生み落とされ、毎日を死と隣り合わせの環境で過ごし、織斑千冬(ちーちゃん)織斑一夏(いっくん)のように愛する家族もいない孤独な人間未満の存在。さらには男でありながらISを動かすこともできる。

 最後のピースが揃った瞬間だった。

 

『俺は! 貴方に! 従います! それでいいんですよね!?』

『……うん? えーと…よろしく』

 

 ……あまりにもあっさりと服従したのは逆に困っちゃったけど。

 

 それからは君も知っている通り。本当に役割を果たせる存在か調べるために色々と仕事を与え、詳細なデータを採り、調整をして……君の努力もあって期待以上の完成度に仕上がったよ。最終的な運用はだいぶ変わったけど。

 

 あとはまぁ、くーちゃんも拾ったり、裏から必死に手を回し続けたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を整え続けた。

 ここからもう、君が知っている通りだよ。

 

 

 

「これが、『天災・篠ノ之束の半生(愚か者の自分語り)』だけど……どう? 呆れた?」

「あー……何というか、うん』

 

 初めて聞かされた束様の過去。意外ではあったし、どうしてあんなぶっ飛んだ計画を立てたのかも少しは理解できた。だけどまぁ、そうだな。

 

「病気ですよ、あなた』

 

 その上で俺の頭に浮かんだ感想はこれだった。

 だってそうだろう? 勝手に好いて勝手に嫌って、勝手に抱いた希望を勝手に失望に変えて悩んでいる……何もかもが勝手だ。

 それが天才故の悩みなのかもしれないが、凡人の俺からすれば今すぐ精神科に行くことをお勧めしたい。

 

「あ……あぁー、そう言うだろうね、君は」

「怒りました? 撤回はしませんよ』

「いいよ、何も間違ってないから。狂った振りでもしないとやってられなかった。そして本当に狂った……ほんと、病気だね」

 

 特に大きなショックを受けた様子もなく、手を動かし続ける束様。

 よかった。まずないとは思っていたが、逆上されて調整打ち切りなんて御免被る。

 

「でもさ、病気の人間()ごときに正されるなら、それこそ世界が間違っている証拠だよね」

「暴論ですね」

 

 数学の証明感覚で世界を壊す気とは。この人が持っているのは間違ってる確信ではなく、間違っていてほしいという願望なのかもしれない。

 

「もっと早く、君みたいな人に出会っていれば……私はこんなことはしなかったかもね」

「俺如きでそんな変わりますか? ……まさか』

 

 買い被りすぎだ。いつ俺と出会っていようが、大して変わりはしないだろうに。

 

「中途半端な同情も、的外れな否定も、無駄に遠慮して黙りもせず、理解した上で正直な意見を返す……それができる人は意外と少ないんだよ。少なくとも、私のこれまでの人生では出会えなかった」

「へぇ。まぁあなたみたいに大きな存在相手じゃ、何も言えない人は多いでしょうね』

「ほらまた」

「もう癖ですねこれ』

 

 ……こういうことか。全く意識してなかったから、改めて指摘されると不思議と恥ずかしいものだ。

 別にこの人を恐れていないわけじゃない。今だっていつ気まぐれで殺されるかヒヤヒヤしている。けれど、それが嫌で自分を曲げるほどじゃない。

 

「やっぱり私と君は少し似ているよ。そうやって自己矛盾を抱えて生きているところなんて特にさ」

「自己矛盾ねぇ? あなたのはともかく、俺にもあると?』

「そうだよ。だって、本当に死にたくないなら私に媚び売ってるだけでいいのに、君はそうしない。死にたくないことは嘘じゃないけど、そのための生き方は徹底できていない。情のせいでね」

「……そう言われると自覚しちゃいますね』

 

 ……確かに。俺の生き方は矛盾だらけだ。認めるしかない。

 だがそれは束様もだ。人を嫌い、正しく変えようとするために嫌った人と同じことをする。これが矛盾でなくて何だというのか。

 そして、矛盾を抱えるのは俺たちだけじゃない。

 

「人間は皆矛盾だらけですよ。大多数の人はそれに気づかないか、目を逸らすか、あるいはうまく折り合いをつけているだけ』

「うん。それができない少数派が私たち。どっちが愚かだかわかりゃしないね」

 

 その愚かさに付き合わらせられる世界はとんだ迷惑だろうな。自分が世界に付き合わせる側だということを棚に上げてそう思った。

 

「でもそれに悩まされるのももう終わる。私が、この世界を変えるから」

「期待していますよ。俺が少しでも生きられる世界になることをね』

「うん。全てが終わったら、約束通り君を自由にするよ」

 

 そのためにやりたくもない罪を重ねてきたんだ。ここまできたら何がなんでも生き延びてやらないと。

 

「で? 結構話しましたけど、そろそろ終わるんじゃないですか」

「もう少し……はい、できた」

「どうも」

 

 話が一区切りついたところで調整完了。ISを解除して床に降り立つ。

 特に感覚は変わっていないところから、弄ったのは中身の方らしい。

 

「私の準備が終わるまではもう少しかかる。動き出すはその後。だからそれまではお休みだよ」

「休みと言われてもなぁ、……まぁしっかりやっといてくださいよ……また想定外の事態とか嫌ですから」

「どうだろうね、凡人はともかく、特別な人間は容易に想像を超えてくるから……」

 

 そりゃそうだ。俺たちがどれだけ策を弄しても、あいつらは必ずそれを乗り越えてきた。向こうからすればこちらが好き勝手しているように見えるだろうが、それができてたならどれだけよかったことか。

 だが次はない。これ以上、俺の生存の邪魔はさせない。

 

 べぎり。

 

 残った左手の指が音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

第62話「束・矛盾」

 

 

 

 




 一般に提唱される篠ノ之束解釈論とはだいぶ違う形になったのではないかなーと書きながら思いました。原作の彼女はたぶんこんなんじゃない。

 この先の展開じっくり練ってから書くので次回の更新は遅くなります。
 一応今月中が目標です。


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第63話「それぞれ・予告」

 何とか二週間以内に書けたので初投稿です。


 

「はい千冬姉、お茶」

「すまんな」

 

 IS学園特別治療室──重症人を放り込まれる一室で千冬姉は療養していた。

 身体あちこちに管が通され、仰々しい機械に囲まれている。

 原因は当然、数日前透に刺されたこと。

 

「……まだ痛む? それ」

「ああ。最初に比べればマシだがな」

 

 あの後、血溜まりに浸かって倒れる千冬姉は駆けつけた医療班によって緊急手術が行われ、何とか一命を取り留めた。

 右肺を貫いた刺し傷はさすがの千冬姉でもそう簡単には治せないものとなった。意識を取り戻しただけでも驚きだそうだ。

 

「『織斑計画』成功例としては、この程度の傷はとっくに治せているはずなんだがな。九十九……いや束のやつか、何か仕込んだらしい」

「治癒力を落とす何かか?」

「そうだな。数日続くことを考えると、恐らくナノマシンの類だ」

 

 ふぅ、と息を整えて俺が淹れたお茶を啜る。いつも通りの調子に見せかけているが、長く話すのはまだ辛いみたいだ。

 ……こんなに弱った千冬姉を見る日が来るなんてな」

 

「私とて人間でなくとも生物だ。弱りもするさ」

「えっあっ、声出てた?」

「完全にな。出さなくても顔でわかるが」

「ご、ごめん……」

「構わん。別に怒っちゃいない」

 

 うっかり本音が口に出ていた。半分呆れられたような気もするが、そこは弟としてたった一人の家族が心配だったと思ってほしい。

 ……俺たちが人間じゃなくても。

 

「やっぱりアレは本当なのか?」

「そうだ。憎らしいほどに真実しかない」

「……そっか」

 

 もしかしたらと意味のない期待はしていた。しかしあの時見た全ては真実だ。

 俺たちが非道な計画の果てに作られたこと、束さんがそれを終わらせたこと、千冬姉が赤子の俺を連れて逃げたこと……透はその失敗作であること。

 

「私がそれを話さなかったのはお前を子供扱いしていたと言うのは間違いない。だがな、お前には少しでも普通の人間らしく生きて欲しかったんだ」

「わかってる。だから学園に入るまでISから遠ざけてたんだろ? ……ISに近づくことは、束さんに近づくことでもあるから」

「束と接触すれば、いつ何を話すかわからんからな。案の定こうなったが」

 

 いくら遠ざけようとも、結局は束さんの仕込みによって俺はIS学園に入ることになっていたのだろう。……受験会場間違えたのもあの人の仕業なのか? だとしたらどれだけ手が込んでいるんだか。

 

「じゃあさ、透のことは知ってたのか? あと、エム──マドカってやつのことも」

「いいや、知らなかった。気づいたのは九十九が裏切った後。それまで私たち以外は廃棄されたものとばかりな」

 

 いなかったはずの『きょうだい』。計画の生き残り。兄か弟か、姉か妹かもわからない存在。

 千冬姉すら知らなかった成功例と失敗作。その二人は立場は違えど俺たちの敵になった。

 

「恨んでいるのだろうな。何も知らず、一夏一人しか助けられなかった無力な私を」

「そんなことっ! は、わからないけど……」

 

 未だ昏睡状態のマドカはともかく、透は何と言うだろう。あいつのことだ、どちらにせよ生きているなら気にしてないかもしれないし、逆に死ぬかもしれなかったと恨んでいるかもしれない。

 だが、どれだけ俺が考えてもそれは推測でしかない。救われた俺に、救われなかった者の気持ちはわからないのだから。

 

「恨んでようがいまいが、今のあいつがやろうとしていることは認められない。それも理屈じゃなくて感情で、俺は認めたくないんだ」

 

 今の世界を壊して、新しい世界を創る。綺麗な理想だけど、実際にできるのは少なくない犠牲で成り立つ暗黒郷(ディストピア)だ。

 あいつらはその犠牲を必要と断じた。だけど俺はそれを認めたくない。ただそれだけのちっぽけな倫理観と正義感で否定しようとしている。

 

「……これってさ、正しいのかな」

「…………」

 

 暗黒郷(ディストピア)なんて言い方をしたが、犠牲があろうと多数が生きられるならそっちを選ぶ人はいるんじゃないか? 管理は悪いことか? 本当は理想郷(ユートピア)なんじゃないか?

 ……もしかすると、世界の敵になるのは俺たちなのかもしれない。そう考えると、何をするべきかもわからなくなる。

 

「……おい、一夏」

「あっ……ごめん、何かあった?」

 

 また考え事をしてしまった。今は千冬姉の見舞いに来ているというのに。怪我人に余計な心配をかけてはいけないな。

 

「この茶は不味い」

「えっ!?」

 

 この人本当に怪我人か? さっきまでの無理してる感じはどこへいった。

 しかし茶が不味い……淹れ方が悪かったか? しかしここにある道具でできることはやったのだが……。

 

「悪いのは淹れ方ではない、悪いのはお前の精神(こころ)だ」

「!」

 

 ショックだった。心の乱れが茶に出るというのはどこかで聞いたような話だが、それを千冬姉に見抜かれる──この場合は()抜かれるってとこか──とは。そういえば茶道部の顧問だった。

 

「どちらが本当に正しいかなんて誰にもわからん。それでも自分の望みを貫き通したいのであれば勝つしかない。だから、今は迷うな」

「……わかった」

 

 何を考えていたんだ、俺は。怒ったり、憐れんだり迷ったり……例え百年考えたって、何も変わりはしないというのに。

 結局、俺が今のあいつにできることは一つだけ。

 

「この怒りも迷いも、全部全部剣に乗せてあいつにぶつけてやる。それまでは、迷わない」

 

 未熟な俺たちには、きっとそれしかできないのだろう。

 ……まさかお茶を通して学ぶとは思わなかった。

 

「ありがとう。ちょっと整理できた」

「ならいい。……ほら、おかわりを寄越せ」

「全部飲んではくれるのな……ちょっと待ってくれ、すぐ淹れ直してくるから」

 

 とりあえずは、今度こそ千冬姉に美味しいお茶を淹れてやろう。そして茶器セットに手を伸ばした瞬間──

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

「あ、いたいた。おーい」

 

 IS学園剣道場。校内改修を理由に臨時休校で人気のない中、()は一人自己鍛錬を行なっていた。

 基本的な所作の確認と素振り。まるで初心者のようなメニューを静かにこなし、そこそこの疲労を感じて休憩を決めた時、奥の入り口から呼びかけられる。

 

「鈴か、どうした?」

「大したことじゃない……と思う。今休憩? ちょっと来てほしいんだけど」

「? わかった。少し待っててくれ」

 

 声の主は鈴だった。何をする気かよくわからない誘いをした彼女は、いつか見たような正直あまり似合わない体勢で入口に寄りかかっている。

 

「んっ……よし。待たせた……なんだ、皆来てたのか」

「今来たところですの」

「お疲れ様ー、はい飲み物」

「あ、ありがとう……」

「よし、では行くか」

 

 急ぎ気味に着替えを済ませて来てみれば、待っていたのは四人に増えている。

 シャルロットから差し出されたスポーツドリンクを受け取り、目的地も知らされずに着いて行く。

 

「はい着いた」

「ここは……生徒会室か」

「そうそう、来るのは初めてだよね?」

「ああ、まあ……」

「あたしも。皆そうじゃない?」

 

 到着したのは生徒会室。ほとんどの生徒は存在を知りながら入ったことがない場所。

 男子二人は生徒会の仕事で頻繁に通っていたが、大抵仕事内容ばかりでどんな場所なのかは聞いていなかった。

 そんな場所に部外者の自分たちが入ってもいいものか、重厚な扉を前に尻込みする。

 

「じゃあ入りま──「はいいらっしゃい」ア゛ッ!?」

 

 意を決して鈴がノックしようとした瞬間、唐突に開かれた扉に額を強打。それももう少し顔面に当たっていれば鼻血を垂らしていたであろう勢いで。

 

「あっ!? ご、ごめんなさい」

「だ、大丈夫……いたた」

「うわー……」

「何やってんのお姉ちゃん」

 

 扉を開いたのは楯無さん。五人が来ることを知っていたのか、きっと待ち構えていたんだろう。お陰で鈴にダメージ入ったが。

 半開きの扉の向こうから簪の呆れた声が聞こえる。

 

「えーと……とりあえずどうぞ、ケーキあるわよ」

「……失礼します」

 

 若干気まずいまま部屋に入ると、いかにも生徒会といった雰囲気の内装が目に入る。中心に大きなテーブル、奥には『生徒会長』と書かれた机上札が置かれている。

 どうやら自分たち以外にいるのは簪と楯無さんのみ。他の生徒会メンバーはいないらしい。

 

「はい紅茶どうぞ」

「あ、いただきます……」

「虚ちゃんがいればもっと美味しいのが出せるんだけど、今日はお休みだからこれで勘弁して頂戴」

「いえそんな……とても美味しいですわ」

「そう? ありがと」

 

 謙遜しながら差し出された紅茶は緑茶派の私でも気に入る香りで、紅茶にうるさいセシリアでも合格点らしい。しかし虚さんとやらが淹れるとこれ以上美味しいのなら、また来てみようとまで思う。

 

「ところで、私たちはなぜ呼ばれたんだ? 個別に何かあるわけではなさそうだが」

「そうそう、メッセージじゃなくて直接呼ばれたし」

「あっそうだったのか」

「言ってなかったっけ? 直接呼んだのはメッセージだと見ないかもって」

 

 綺麗に七等分されたケーキが簪の運んだ皿に乗せて出される。奥にちらりと見えた箱からはそこらの洋菓子店とは違く明らかな高級感が漂っている。

 こんなものをしょっちゅう食べていたのかあいつらは、ずるいぞ。

 

「用はまあ、女子会でもしようかなって」

「えっなんで?」

 

 聞き違えかな? この状況で女子会とは、突然過ぎる提案に理解が追いつかない。

 そんな私たちを他所に楯無さんも席につき、早速ケーキにフォークを突き立てる。

 

「次の戦いに備えてとかじゃないんですか? てっきりそっちだと……」

「いいじゃないいいじゃない。私たちってあんまりそういうことしてなかったでしょ? やってみたかったの……おいし」

「えぇ……まぁ、確かに」

「構いませんが……」

「うむむ……いいだろう」

 

 本当にそれが目的……なのか? だとしてももう少しタイミングというものがあるのではないかと思うが、断る理由もないか。

 

「整備中断して呼ばれたのがこれ?」

「ご、ごめんなさい……」

「うーんいいよ」

 

 簪も目的が女子会とは知らなかったらしく、微妙な目で楯無さんを見ている。しかし秒で許すあたり嫌ではないようだ。半分冗談だったのだろう。

 

「……じゃあ最初は何話そっか?」

「そうだなぁ……うーん、()()はどう?」

「あれって?」

「ほら、この前の──」

「ああ! あの時の!」

 

 結局始まった女子会だが、最初の話題が見つかれば皆順応して会話を進めていく。結局はいつも教室で話していることと変わりはないが、簪と楯無さんという珍しい顔も混ざるとまた新しい楽しさがあった。

 

「はい!」

「わぁびっくりした」

 

 そして特に話題が途切れることなく時は経ち、そろそろ夕食時かというところで楯無さんが手を挙げた。

 

「ラスト楯無、相談があります!!」

「飲み会の一発芸みたいなノリね」

「ごめんみんな、お姉ちゃん時々ぽんこつになるの」

「ぽんっ……!? つ、続けます……」

 

 妹からのぽんこつ扱いにショックを受けながらも話は続けられる。わざわざ大トリに名乗りを挙げたのだからさぞかし女子会らしい相談なのだろう。

 

「私ってまだ透くんと脈あると思う?」

「解散ですわッッッ!!!」

「まってぇ!」

 

 やっぱりぽんこつだこの人。いや内容自体は女子会らしいが、何をそんなアホなことを聞いているのだ。椅子から落ちるかと思った。

 

「今更何気にしてるのお姉ちゃん……」

「数日経ってみたら不安になったの! 右腕吹き飛ばした後に告白する女は無理なんじゃないかって!」

「この前吹っ切ったはずでは……?」

 

 というか最初からこれの相談が目的だっただろう。されたこちらとてまともに告白できた試しが無いのだが。

 

「殺してでも連れ戻すけど嫌われたくはない……うう」

「改めて聞くととんでもない主張ね」

「最初に言った私でもやばいと思う」

 

 確かに、あの時は勢いで済まされていたが、今になって考えるととんでもないことを言っているな。九十九でなくともドン引きしている可能性すらある。

 緩んでいた雰囲気は凹んだ楯無さんによって一気にお通夜状態になった。

 

「……お開きにしましょう」

「うん……」

「はい」

 

 そして突発的女子会は終了となり、片付けを済ませた全員が撤収しようとしたその時──

 

 

『あーージッ──あ、ああ。よし』

「!?」

 

 突如強制展開された投影ディスプレイ。一瞬ノイズがかった後、映し出されたのはとある人物の姿。

 

『世界の汚点の皆さん、こんにちは』

 

 今まさに話題にされた男、九十九透だった。

 

 

 

 

 

「僕は九十九透。世界で二番目の男性IS操縦者で、先日IS学園を裏切りました」

 

 まずは自己紹介から。俺だって一応有名人であるが、これからの話をする上で俺という存在はきっちり印象に残してもらわねば困る。

 何せ全世界生中継だ。失敗はできない。

 

「この世界に住む人は(ごみ)のようです」

 

 用意されたカメラの前で、即興で考え出した言葉を告げる。自分が生きる上では至極どうでもいいことを、本気で憂いているかのように。

 どこに流すかは聞いてないが、きっとあちこちに、無差別に配信されているのだろう。神話のためのマッチポンプとして。

 

「人の悪意は止まる事を知らず、人同士が無意味に憎み、無意味に争い、無意味に傷つけ合う……万物の霊長という肩書きに恥じる行いばかり」

 

 だったら何だ。悪意があったら、傲慢だったら? 死にさえしないなら気にすることもないだろうに。普通の人はそうなのに。

 

「『私は違う』と思った方もいるでしょう。ですがそれは本当ですか? 自分はただの一度も、悪意で人に触れたことがないと言い切れますか? ……そんな人間は赤ん坊くらいのものです」

 

 俺だってゼロではない。ぶっちゃけ憎んだ記憶は無いが、どれだけ争い、傷つけたかなんて数え切れないほど。

 そうやって世界は回っているのだ。そして俺たちが何もしなければ、ずーっと先も同じように繰り返す。

 

「──、──────」

 

 心にもない言葉に、偽りの感情ばかりを込めて語り続ける。長ったらしく、めちゃくちゃな論理で。

 共感を得ようとする必要はない。今俺が演じるべき姿は、そこらの路上でデモでもしているような、革命家気取りの異常者なのだから。

 

「美しかった世界は人によって壊され、汚され、少しずつ、しかし確実に醜くなっていく。そんなことが許されるのでしょうか? ……僕は許せません」

 

 許すも許さないも気にしてなんかいない。生きていけるなら美しかろうが醜くなろうが構わない。

 

「だから、僕は」

 

 だけど、俺は。

 

「この世界を壊します」

 

 世界の敵として、全てを破壊する(作り直す)のだ。

 

「これが冗談でないことはお分かりでしょう。汚点中の汚点である、上の人々なら」

 

 俺が『織斑計画』の失敗作であることはもう政府に知られているだろう。いずれ一般にも情報が行き渡るはずだ。そうなるように束様が仕組んでいる。

 どうせならば()()本気で世界を憎んでいると、復讐されるとでも勘違いしていると助かる。

 

「始まりは三日後。そこから全てを終わらせます」

 

 三日。それで俺たちの準備は完了する。……といっても、その間動くのは束様だけなんだが。

 

「ですが、一方的に破壊されたところで納得できない人もいるでしょう。なので、()()()()()にだけ抵抗のチャンスを与えます」

 

 もちろんチャンスなんかじゃない。神話を成り立たせるために必要な役者を集めるため。救世主とその仲間という役を。

 レンズの向こうのさらに遠く、この生中継を見ているであろうあいつらを指名するように、正面を指差す。

 

「──止めてみな」

 

 最後に中指を立てて、台本通りの挑発は完了した。

 

 

 

 

「お疲れ様、大根役者くん」

「頭の悪い台本書いておいて何を言いますか。あーあ俺が馬鹿だと思われる」

「どうだろうね、意外と支持されたりして」

「……これっぽっちも嬉しくない」

 

 思い出すのも嫌な演技で支持なんか得たくもない。そもそもさっきの話を真に受けるような者だって束様に言わせれば愚かな存在だろう。

 ……そいつらと同類扱いされるのは嫌だなぁ。

 

「それよりもだ、あいつらにはちゃんと伝わったんでしょうね? こんな恥を晒して気づかれないとか最悪なんですけど」

「大丈夫だよ。上層部はもちろん全ISに強制表示させたし、IS学園の映像機器にも片っ端から送ってあるから」

「うーわ最悪」

 

 つまり学園の人は全員見たってことか。生徒会、諸先輩方、同級生、教員その他諸々……これだけでも数え切れないな。

 知り合いならまだ理解してくれるだろうからまだしも、顔も知らないやつらに見られて勘違いされかねない。もう戻れない。

 

「まぁ、戻るつもりもありませんがね」

「そうだね。残りは三日、その後は学園も必要なくなる」

「本当に三日で済むんでしょうね。準備とやらは」

「ちゃんとやってるから安心しなよ、減ってしまった数の確保も、君の戦力補強も、()()()()()()()()も」

「……なら、いいですけど」

 

 新しい神話のメインは戦いだ。最初の予定と比べ随分とねじ曲がってしまったが、悪役を救世主役が倒して、神様役が上手くまとめる。

 当然その通りにいくと俺がやられてしまうから、その辺りは誤魔化しながら都合よく進めていく。

 

「そうだそうだ、戦力補強といえば……はい」

「これは……ああ、なるほど」

 

 唐突に差し出された()つの結晶。一瞬何かわからなかったがら記憶を辿ればすぐに見当はついた。

 その使い方も、俺に渡す意味も。

 

()()()使()()()()

「……ええ。ありがたく」

 

 全ての結晶を量子変換して収納。使うべき時がくれば……いや、きっと使うことになるだろう。それだけの強さをあいつらは持っている。

 

「次で本当に最後。全てが終われば、君の命は君だけのものになる」

「……そういう約束ですからね」

「ん。じゃあ作業に戻るから」

 

 そう言って、また部屋に戻っていく束様。恐らくはまた一日二日は籠りからだろう。

 最後の作戦開始までのたった数日が、ひどく長いものに感じる。

 

「はぁ……」

 

 誰も俺を殺さない、もう死に怯えなくて済む世界。それがあと少しで掴めそうなところまで来ている。

 悪いがあいつらにはその為の犠牲になってもらう。

 

 これが俺の望む選択だ。そのためだけに生きてきた。

 なのに、何故。

 

「ッ……!」

 

 どうして胸が痛むのか、それだけがわからなかった。

 

 

 

 

 

 

第63話「それぞれ・予告」

 

 

 

 




 最近寒すぎて家では八割布団の中にいます。
 だから執筆中に寝落ちするのは仕方ないことなんですね。


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第64話「案内・開戦」

 今年のクリスマスも独りなので初投稿です。


 

「……よし、と」

 

 透による挑発の生放送から、あっという間に三日が経過した。

 IS学園外部発進用ゲート前にて、選ばれた者たちはそれぞれの専用機を身に纏い集合していた。

 

「みんな、整備はできたか?」

「バッチリ。整備班が過労死する勢いでやってくれたから」

「この前はそこまで損傷もしなかったからね」

 

 与えられた三日という猶予はほとんど機体の整備に当てられていた。イレギュラーな形態移行、一つ一つは小さいとはいえ専用機持ち全員分の損傷。

 朝から次の朝まで人員入れ替わりで作業が続けられた結果、こうして万全な状態で当日を迎えられた。

 

「一応参加は自由だったんだけどな。やっぱり全員来たか」

「当然ですわ。あんな放送でわたくしたちが怖気付くとでも?」

「あいつにはきっちりとオトシマエをつけてもらわねばな」

「言い方……ま、僕も同じ気持ちだけどね」

「ああ、そうだな。今度こそ、きっちりお返ししてやらないと」

 

 入院中ながらも指示を出す千冬姉は、『参加したい者のみ集まれ』と言った。これから始まるのは世界の命運をかけての戦いだが、千冬姉から言わせれば生徒達の命がかかっている戦いでもある。

 

「世界のため、命のためと言われても、俺たちにだって譲れないものがある。これまでの罪と、これからの犠牲は見逃せる事じゃない」

「それ全部まとめて色々ムカつく罪で袋叩きの刑ね」

「賛成」

「せっかく一夏くんが真面目に言ったのに……」

「……まあやることは一緒なんだけども」

 

 ……しかし、俺たちからすればこの戦いは世界や命なんて大層なものをかけたものではなく、裏切った元友人に仕返しをする程度のことである。

 もちろん危険性や責任については理解している。それ以上に重いものがあるだけのこと。

 

「機体も身体も万全。気合も十分。悪役ぶった透くんを私たちでコテンパンにしちゃいましょう!」

「「「はい!」」」

 

 改めてカタパルトの上に並び、後は出撃するだけ。管制室から、ゲート展開のアナウンスが流れる。

 これが最後の出撃。微かに感じる震えは怯えでなく、きっと武者震い。

 開き出したゲートの隙間から光が差し込んで──

 

「……いやちょっと待て」

「えっ」

「ちょっ」

 

 箒の声によって止められた。完全に出撃の構えを取っていた全員がずっこけそうになりながら、静止した箒を見る。

 

「どうしたんだよ。忘れ物か?」

「別に忘れ物ではなく……いや確かに忘れているのかもしれんが……」

 

 その様子は何かを思い出したような、それに疑問を抱いたような顔だ。

 機体や装備は確認済み。今になって忘れることなんて他にあっただろうかと首を傾げる。

 

「私たちはどこに行くんだ?」

「えっ? そりゃあ透のとこに……」

「では九十九はどこにいる?」

「あっ」

「「「あっ」」」

 

 忘れていたのは場所だった。正確には、場所がわからないのを忘れていた。

 今までは出撃前に指示されるか、向こうから信号が送られていたせいで今回もわかっているつもりだったが、考えてみればどちらでもない。

 

「ど、どうする!? 今から探す?」

「探すってどうやってよ? 当てもなく飛んでいく気?」

「衛星か何かに接続すれば……でも時間がかかりそう」

「なんで三日前に言わないのよアイツ!」

 

 居場所がわからねば戦うこともできない。このままでは出撃以前の問題だ。

 勇ましい出撃体勢から一転、慌てて情報をかき集めようとした時、

 

「こんにちは。皆さまお揃いで」

「──っ!?」

 

 何もない空間から、銀髪の少女が現れた。

 

 

「だ、誰だ!?」

「はじめまして……いや、お二人は三日ぶりですね。私はクロエ・クロニクルと申します」

「クロエ……てことはあの時の!」

「はい、先日箒さまと一夏さまを洗脳したのは私です」

 

 特徴的なゴスロリ衣装を摘んでお辞儀をした少女の自己紹介を聞いて、俺は先日の記憶を思い出す。

 あと一歩のところで隙を突かれ、抵抗する暇もなく術中に閉じ込められた。結果として抜け出せたからいいものの、危うく一生夢の中にいるところ。思わず警戒を強めてしまう。

 

「先月学園(ここ)をハッキングしたときに幻覚を見せたのも私です」

「あれもか!?」

「あれってそういうことだったんだ。だからあんなすごい夢を……」

「内容は個人の願望を反映させていましたが」

「えっ」

 

 ついでに明かされた接点。俺が電脳ダイブで何人もの夢の中を出入りしたあの事件でこのクロエと名乗る少女は関わっていたらしい。

 しれっと夢の内容が個人の願望と断言されたが、今は気にしないでおく。

 

「えーと、クロエは何のつもりでここに来た? もし戦うつもりなら……」

「いいえ、私はただの遣いです。束さまより全員へ道案内するようにと命令されております」

「そ、そうなのか……ありがたい? のか?」

 

 このために場所を伝えなかったのか、それとも伝え忘れたから来たのかはわからないが、とにかく道案内をしてくれるのなら願ってもないことだ。

 しかし問題は、現状敵である彼女の言葉を信じてもいいのか、ということだ。

 

「大丈夫じゃない? 少なくとも戦意があるようには見えないし」

「それに、もし戦る気なら姿を表さずとも全員幻覚に嵌めればいいだけ……」

「うーん……それもそうか」

 

 確かにまだ警戒してない状態だったとはいえ、完全に何もないと思っていた場所から現れた彼女の隠密能力はとてつもない。あのまま攻撃されていたら、自分の番が来るまで気づかなかったかもしれないほどに。

 しかしそうはなっていない。ということは逆に、案内することに関しては信じてもいい理由になるはず。たぶん。

 

「答えは決まりましたか?」

「……わかった、頼む。反対はいるか?」

「異議なし」

「他に方法もないからね」

 

 結局はそれだ。もしここで断ったとして、自力で探し当てるのは不可能に近い。その間に何をされるかもわからないし。

 ただ、全てを完全に信じるわけじゃない。

 

「少しでも怪しい動きをすればすぐに拘束する。いいな」

「かしこまりました……とその前に、透様に連絡をさせていただきたいのですが」

「……今やってくれ。手短にな」

「ありがとうございます。あちらもそれなりの時間待っておりますので」

 

 もし幻覚に落とされたとしても、俺なら抜け出せる。根拠はないが、きっとできるであろう自信がある。一度やられた分の抗体的な何かで。

 連絡は今だけ許可しよう。無駄に厳しく禁じて不都合が起きるのは嫌だが、途中で変なことをされても困る。

 

「では行きましょう。……ああ、どなたか抱えてくださいますか? 私機動力は無いもので」

「なら俺が「私が抱えよう」……」

「わっ……お願いします」

 

 

 

 

 

「『IS学園より案内開始、到着は約五分後を予定』……了解。あいつらが考えなしに捕まえるような阿呆じゃなくてよかったな』

 

 薄暗い曇り空の下。IS学園から遠く、某国の領海スレスレの位置で()()()()()()()()()()()、たった読み上げたメッセージを閉じる。

 クロエは束様の指令通り学園メンバーを誘導を開始。あいつらが案内通りに動けば直にここへ到着するだろう。

 

「最終確認……は、するまでもないか』

 

 機体整備はあの人がやった。であれば不備などあり得るはずもない。渡されたモノもあるし、体調も問題なし。気分は……まあ、普通。

 

「どれ、あとは準備運動でも……ん?』

 

 あいつらが到着すれば、そう話す間も無く戦闘に入るだろう。戦う覚悟はできているが、僅かでもパフォーマンスが落ちる可能性は減らしておきたい。

 たかが数分ではストレッチにもならないが、と腰を上げたところで何者かからの通信が入る。

 

『──! ─────!』

「何語かわからんな……まあいい』

 

 聞こえるのは知らない言語。学園や束様のところで見聞きしたことがあってもネイティブな発音ではよくわからない。

 だが言葉がわかるかなんてどうでもいい。気にするべきは、通信をかけてきたであろう本人──いや本隊が、こちらに武器を向けていることだ。

 ステルス戦闘機が四機、量産型らしいISが二機。恐らくは近場の某国か、あの放送を見ることができたどこかの軍隊だろう。居場所を特定できたのは偶然か、それとも張り込みでもしていたのかな?

 

「丁度いい、準備運動代わりだ』

 

 武器を向けたということは攻撃する意思を見せたということ。だったら思いきり抵抗されることくらいは承知しているんだろうな?

 たかが戦闘機や雑魚IS如きでどうにかなると思うなよ。

 

 ごきっ。

 

「精々踊ってくれよ。数分だけな』

『────!』

 

 【Bug-VenoMillion】を展開。手始めに背部のハッチを開き、四方八方に遠隔爆弾を飛ばす。

 へばりついた害虫型の機械が全身を這い回られ、必死に振り払おうとする姿はいつ見ても憐れだ。

 

『……ッ、グッ!!』

「そう睨むなよ。ちゃんと全部取ってやるからさ……起爆し(こうやっ)て』

 

 かちり。と音があちこちから響いた直後。一斉に遠隔爆弾が起爆。戦闘機もISも全てが爆発に包まれる。

 ISはまだ耐えているが、戦闘機はあっさりと撃墜。どうにか無事だった脱出装置を使ってこの場から離脱している。……といっても離脱できたのは偶然じゃなく、そうなるように狙って爆破しただけだが。

 

「安心しろよ。お前らを殺す気はないからさ……準備運動くらいで殺意なんか出してられるか』

『貴様……!』

「なんだ、日本語使えたのかよ』

 

 だったら最初から使え……いや、お互い対話する気なんてなかったか。

 ……さて、あまり時間はかけていられないし、遠隔爆弾ばかりでは準備運動には物足りないな。やはり、直接いくのが一番だ。

 

「まずは一機……!』

『しまっ──』

「墜ちろ羽虫』

 

 《Ant(両腕)》のパワーアシスト起動。一瞬だけ全開で推進器(スラスター)を噴かせて急接近。間抜け面に拳を叩き込む。

 装甲越しに鼻骨が砕けた感触が伝わる腕を振り抜けば、勢いのままに相手は海面に叩きつけられた。

 

「二機目だっ!』

『ちょっ』

「逃げんな……よっと!』

『──ガッ!!』

「お前も、墜ちなぁっ!』

 

 月に《Grasshopper(両脚)》を起動。仲間があっさり墜とされるところを見て怖気付いたのか、逃走を図ろうとする先へ回り込んで回し蹴り。痛みに蹲った背中を踏みつける様にして叩き墜とす。

 これでどこかの軍隊は全滅。伏兵もなし……準備運動は終わりだ。当然の結果ではあるが、少し物足りない。

 

「はぁー……ああ、こいつら邪魔だから遠くに捨ててこい』

『──ギッ』

 

 水面から浮上した【漆機蟻】は命令し、たった今落とした二人を運ばせる。別に俺個人としてはこのまま放っておいて溺死されようが構わないが、余計な死体が増えて束様に文句を言われては敵わない。

 今頃は軍隊の本部にでも連絡が入っているだろう。適当な安全圏で捨てておけば拾われるはずだ。

 

「……来たな』

 

 高速で接近する熱源反応が九つ。内一つはクロエで、残り八つは……言うまでもないか。時刻は予定通り。きっちり五分経過している。

 振り返ればやつらはもうすぐそこまで来ていて、俺の前で停止した。

 

「よう、全員お揃いで』

「呼びつけたのはお前だろ。場所も言わないで」

案内役(クロエ)つけたんだからいいだろが……そうだクロエ、もうここでやることないし行っていいぞ』

「はい、透さま。……ご武運を」

「ん、気をつけて』

 

 ボーデヴィッヒに抱き抱えられたクロエはするりと抜け出し、空間に溶け込むようにその姿を消す。これでもう俺のレーダーにすら映らずに移動ができる。あいつは遅いから少し時間はかかるが、道中の心配はいらないな。

 

「…………」

「なんだ、もっとキレてると思ったんだけどな。大事な姉が刺されてるんだからさ、いきなり斬りかかってみたらどうだ?』

「キレてるよ。キレてるけど、それに乗ったらお前らの思う壺なんだろ?」

「正解。少しは賢くなったな』

 

 あの時は確かに殺意にまで到達した怒りを抱いていた一夏が、今は静かな怒りを持ってこちらを睨みつけている。

 きっと織斑先生あたりにでも諭されたのだろう。もっと意識を取り戻さないくらい念入りに痛めつければよかったか。

 

「お前らも気合十分ってとこか。やっぱり時間空けるとこうなるよな……』

「言っとくけど、あんたの下手くそな演説が始まる前には全員こうだったからね。三日待ちなんて関係無いわよ」

「あれ録画してるから。全部終わったら上映会ね」

「心から勘弁してほしいがそれは不可能だ。どうせお前ら全員傀儡行きになるんだからな』

 

 俺たちも準備が必要だったとはいえ、流石に時間をかけ過ぎた。これじゃあ前回必死にやった意味がまるで無い……今更考えても仕方ないけども。

 

「……透くん」

「ああ先輩。この前のはかなり効きましたよ……やっと新しい腕にも慣れたところです』

「残念ね。今日で壊れちゃうのに」

「……チッ』

 

 こっちもダメか。人の部位(パーツ)吹っ飛ばしたんだから少しくらい負い目に感じてくれたっていいだろうに……いや、簪が変な目で見てるから向こうで一悶着あったらしい。

 

「他は……話すまでもないか』

「長々と引き伸ばすつもりはないでしょう? お互いに」

「だな」

 

 もう時間稼ぎをする必要はない。今俺がやるべきことは、目の前の相手と思いきり戦って、叩き潰すことだけ。

 ばぎり。残った左手を鳴らして、【Bug-VenoMillion】を完全展開。黒い光が装甲となって全身を包む。

 

「さぁ、生存競争を始めよう。お前らは不完全な(古い)世界の英雄(勝者)か、完全な(新しい)世界の救世主(敗者)か……どちらかな?』

「ッ……いくぞっ!!」

 

 一直線に突撃するのは《雪片弐型》を構えた一夏。勿論これは思考停止で取った行動でないことは俺にもわかる。

 半端な攻撃は俺の装甲には通らない。であれば『零落白夜』による確実なダメージを狙ったのだろう。真っ直ぐ突っ込んでくるのも俺が防御や回避策を取る前に最速で近づくため。

 確かにそれが最善だ。俺だってそうする。でも残念だ。

 

「盾』

『──ガガッ!』

「何っ!?」

 

 俺と一夏の間に滑り込んだ【漆機蟻】が物理盾を使って刃を受け止める。深々と盾に食い込んだバリアー無効化の切先は俺には届かず、最善の初手は無意味に終わった。

 もうこの盾は使い物にならないが、何の問題もない。代わりはちゃんと用意している。

 

「相手は俺だけかと思ったか? 悪いがまた無人機(友達)と一緒だよ』

「天丼はもうお腹いっぱいよ。さっさと片付けてやるわ」

「そう言うなよ。()()とは言ったが、今日のこいつらは一味違うぜ?』

『キ──ガギギ』

「らしいな……!」

 

 前回は数に物を言わせた時間稼ぎが目的で、どれだけ倒されようと、一人も倒せなかろうとその場に留められればよかった。しかし今回は逆。数を絞った分個々の性能を底上げして撃破を狙う。

 つまり下っぱ戦闘員からエリート戦闘員へのクラスチェンジだというわけだ。絞ったと言っても軽く数十体は用意しているがな。

 

「そんなことより……そこはもう、俺の間合いだぜ?』

「はっ──ぐあっ!」

「はははははっ、初撃はもらった』

 

 そして近づいたということは俺の間合いに入ったということ。ブレードを受け止められた一夏に尻尾の一撃が突き刺さる。律儀に説明なんか聞くからだ。

 

「一夏っ、こんのぉっ!」

「加勢するよっ!」

「おおっと、そいつは困る』

 

 数の差はできたとしても、その数をどう振るかは重要だ。一夏と無人機をぶつければすぐに防御手段がなくなるし、一夏以外全員を相手させてもそれは同じ。以上の分析とこれまでの経験から考えられる最適な配分……こうだ。

 

『──ピピッ』

「ちょっ、こいつらいきなり──きゃああっ!?」

「鈴さん!」

「よしよし。使える人形共だ、なっ!』

「うわぁっ!」

 

 命令(コマンド)を受信した無人機は即座に動きを変え、割り振られた相手に攻撃を仕掛けていく。後は上手く無人機同士で連携してくれるだろう。この賢さが前とは違うところだ。

 ……しかし今回は『権能』によるデバフがない以上、長くは持たないだろうけど。

 

「〜ええい鬱陶しい! 皆躱してくれ!」

「おっけい! 派手にやっちゃって!」

「はぁぁぁぁっ、《穿千(うがち)・六連》っ!」

『ジッ! ビ──……』

「あーあ、もうこんなに……』

 

 懸念は即的中し、数の多さに耐えかねた篠ノ之さんによってあっさりと焼き払われる。流石は《双天機神》の片割れと言ったところか、今の一瞬で三分の一はやられてしまった。この調子では残り三分の二も時間の問題か。

 

「さぁてどこまで持つかなぁ!?』

「ぐっ、速い!」

「100%に加えて篠ノ之束(開発者)直々の調整だ。今までと同じと思うなよ!』

 

 だがそれも想定内だ。そもそもこの戦いで無人機が生き残れるなんて思っちゃいない。こいつらは俺が十分に暴れるための囮、程々に生き残って少しでも削ってくれ……仕込みが終わるまで。

 

「行きなさいっ、ティアーズ!」

「《Hornet》+、《Spider》!』

 

「《山嵐》ぃっ!」

「《Bonbardier》ァ!』

 

 飛び交うレーザー・針・ネット。更にはミサイル・爆炎。何度も相手を切り替えながら、少しずつダメージを蓄積させていく。

 その間にも無人機はみるみる数を減らして行き、十体、五体、三体、一体……そして。

 

「これでっ……最後!」

「そうですね……()()()()

 

 最後の一体が機能を停止させる直前。ちょうど完了した仕込みを一斉に作動させる。

 制御系に侵入して機能不全を引き起こす対IS用・寄生型ナノマシン。その暴走。

 

「あっ──ぐ、ぁ──」

「『Venomic The End(暴毒命終)』──さて、這いつくばれ』

 

 これで全員大幅に動きが制限される。ただ出力が下げられるだけじゃない。感知系、命令伝達速度、可動域、動きの滑らかさ──全てが絶不調のそれになる。更にはシールドエネルギーへのスリップダメージ付き。普通ならこれでゲームセットだ。

 そう、()()()()

 

 ──バチチッ。電撃の様な音が響き、苦しみ蹲っていたはずの一夏が立ち上がる。その瞳は金色に輝き、右手には()()()が宿っていた。

 

「まだまだ──」

「あーあ、お前ってやつは本当に……』

「──ここからだっ!」

「……イラつくぜ』

 

 《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》、発動。

 

 

 

 

 

 

 

第64話「案内・開戦」

 

 

 

 

 

 




 "密"を避けてるだけだから(号泣)


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第65話「      」

 ゼロ泣きしたので初投稿です。
 あとこれが今年最後の更新です。


 

「どうだ透、まだ動けるぞ……っ!」

「一夏!?」

「あんたどうやって……?」

「…………』

 

 制御系も、感知系も滅茶苦茶にかき乱され、まともに立つことすらままならない状態であったはずの一夏。しかし今目の前にいるこいつは何の支障もなく直立し、こちらを見据えている。

 瞳に金色を浮かべ、右手には白を纏わせながら。

 

「《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》による無効化……意外と早く辿りついたな』

 

 『Venomic The End(暴毒命終)』は俺が相手に接触した際に擦りつけた《VenoMillion(ナノマシン)》を通して発動させている単一仕様能力。それ自体のプログラムを消去されては効果がない。

 が、それは言うほど簡単なことじゃない。『権能』の発動にはとてつもない集中力が必要だ。特大のジャミングによって最悪のコンディションとなったあの状態からそこまでの集中を引き出せるとは化け物じみた精神力だな。

 

「或いは、その()のお陰かな?』

「知らねぇよ。ただ少し調子悪くなっただけで動けなくなった俺自身に喝入れただけだ」

「ははは、精神論かよ』

 

 精神論は好みじゃないが、頭ごなしに否定することはできない。いつだったか束様も言っていた。『心がISを強くする』と。

 それも【白騎士】と『織斑一夏』の組み合わせとなれば、これくらいはやってのけるだろう。まるで物語の主人公の様に。

 

「だがお前一人だけが満足に動けたところで勝ちが決まるわけじゃない! わかってるよなぁっ!!』

「──ぐぅっ!」

 

 まだ攻撃態勢に移る前に右腕を叩きつける。『権能』が発動してしまったのは確かに恐ろしいが、味方の光に触れなければどうということはない。そして俺から攻めることで再びナノマシンを付着させ、それを消すためにまた『権能』を使わせて──これの繰り返し。

 右手の火砲。背後からの爆撃、回転の勢いを乗せた尾の一太刀。反撃の隙を与えない様、絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。

 

「このっ……重い!」

「どうした? まだまだ動けるんじゃなかったのかっ!?』

「ぎっ、く……!」

 

 『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』の原型となったその双眸の力か、俺の繰り出す攻撃は全て防がれる。しかし回避や受け流すのならともかく、まともに受け止めるのは自殺行為だ。なぜなら単純な力比べはこちらに分があり、接触時間が増えればそれだけナノマシンを押し付けられる。

 

「『神』の名を冠そうと所詮はこの程度。怪物()には勝てないんだよっ!』

「なっ──ぐあっ!」

 

 しかしどれだけこちらが優勢でも、一夏にはまだ一発逆転の目が残されている。その術だけはどう足掻いても潰せないし、絶対に気づかれてはならない。

 だから押せ、切れ、叩け、攻め続けろ。思考の隙を与えるな。

 

「《月穿》多重展開──」

「《Bonbardier》……と、《Scorpion》』

 

 周囲に浮かべられた『零落白夜』の光弾は即座に相殺。と同時に爆風を突き破った刃を腹に突き刺す。

 これでまたナノマシンを追加され、単一仕様能力の条件が満たされた。

 

「『Venomic The End』……二度目だ』

「ちっ──《権能行使:皇の白》っ!」

解除(そう)するよな──そこが隙だっ!』

「がふっ!?」

 

 右手がその身に触れようかとう瞬間に《Grasshopper》で強化された蹴りを叩き込む。まだまだ、まだまだ。こんなもんじゃ済まさない。徹底的に痛めつけて、詰ませてやる。

 

「はは、はははははっ!』

 

 久しぶりだ。敵を痛ぶって悦びを感じるのは。俺の中のちっぽけな善意が、薄汚い悪意で塗り潰されていく。

 ……ああ束様。貴女からすれば、俺も世界の汚れなのでしょう。

 

「ごほっ、か、はぁっ」

「苦しいか、苦しいよなぁ? もっと苦しめてやる』

 

 諸に蹴りを食らったダメージは大きいようで、一夏は呼吸すらままならない。

 当然こんな隙を見逃すわけがない。今度は殴るついでに《Hornet()》でもくれてやろうか。左腕の《Ant》に力が込められる。

 

「うっ、ぐぅぅぅぅ……『行けっ』!」

「っと。……なんだ、まだ動くか』

 

 不意に背中に感じる衝撃。位置と声からするに、【甲龍】の《衝撃砲》……威力はかなり弱くなっているが。

 

「もう我々は眼中に無いとでも? 調子に乗るなよ!」

「機体が動かなくても、攻撃はできる!」

「わたくしだって……風穴空けてやりますわ!」

「あ゛ー……鬱陶しい』

 

 その一撃を皮切りに次々飛んでくる攻撃。だがいずれも与えられるダメージはほんの僅かで、シールドエネルギーの数値にして二桁にすら届いていない。

 まともに動けないなら退場すればいいのに。無駄な抵抗なんてやめて、大人しく敗北を受け入れれば、余計な苦しみなんて無いのだから。

 

「そんなに痛い目に遭いたけりゃっ……望み通りにしてやるよっ!』

「!」

 

 再び背部のハッチを展開し、遠隔爆弾を飛ばして一斉爆撃の態勢に移る。

 威力は最大。回避は不可。纏めて墜としてやる。

 

「──きた」

「は?』

 

 いつまでも諦めないあいつらに苛立ったのか、それともただ勝ちを急いだだけなのか。どちらにせよ後の祭りだが、俺が取ったのはとびきりの最悪手だ。

 

「──『個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)』ッ!

「……!』

 

 0.1秒にも満たない一瞬。目の前にいた一夏の姿が消え、気づいた時にはもう手遅れ。一夏は全く違う場所へ移動し、遠隔爆弾は全て撃ち落とされていた。

 『個別連続瞬時加速』……全身に備えられたスラスターを次々切り替えながらの加速と方向転換する、失敗すれば即ミンチの高等技術。それを、計七回。

 

「……成功!」

「出鱈目な……!』

 

 確かイーリス・コーリングの十八番だったか。成功率は約40%、他にそれが可能な人間とISの組み合わせは存在しないため、実質的な専用技術だとも聞いている。

 何故それを、というのは愚問か。こいつはきっと高等技術なんて知らない。独立可動するスラスターと極めて高い同調率による機体制御。実現できるだけの条件は揃っていたからやっただけ。

 

「どうだ皆! 動けるな!』

「えっ……本当だ!」

「ジャミングが解除されてる、まさかあの一瞬で……?」

「やった! これならいけるよ!」

 

 一夏があの一瞬でしていたことは三つ。一つ目は知っての通り個別連続瞬時加速。二つ目は爆弾の破壊。三つ目は動けない専用機持ちに右手で触れること。

 ……ナノマシンの反応は全て消失した。つまりほとんど振り出しに戻されたようなもの。与えたダメージも【漆機蟻】を失った分で相殺……いやもっと悪いかもしれない。

 

「最悪だ……またこうなるのか。一夏、お前のせいで』

 

 最悪なんて言ったが、世界中どこを探したって、それこそ織斑千冬だってあんな状態から全員解除するなんてできやしない。一夏だ、一夏にしかできない事。

 前回も、今回も、俺が苦労して積み上げた盤面があっという間にひっくり返される。クソゲーだ。

 

「なぁ、教えてくれよ成功例。どうしてそんなに英雄的(ヒロイック)なんだ? 失敗作で悪役(ヴィラン)の俺は苛ついてしょうがねぇんだ』

「……さぁな。お天道様が見てるんじゃねぇの」

 

 ああ腹が立つ、腹が立つ。脳髄が沸騰して、臓腑が煮え滾るようだ。何が冷静に、何が作戦通りにだ、全部全部無駄になるんじゃないか。

 

「透くん。もう……」

「勝ったつもりですか? 調子に乗るなっ!』

「っ!」

 

 もういい。相手が滅茶苦茶にしてくるなら、こっちから滅茶苦茶になってやるよ。それ以外どうしろってんだ。

 

単一(ワンオフ)が消されたから? だったら力で捩じ伏せるまで! 無人機なんかいなくたって、俺はっ!』

「……はぁぁぁっ!」

「がっ!』

 

 楯無先輩に向けて振り下ろした拳は、流れるような槍捌きで受け流されて空振りに終わった。返しに放たれた機関銃(ガトリング)からは回避することもできずに弾丸を浴びる。

 

「こんな豆鉄砲なんて……!』

「『動くな』っ!」

「っ、しまっ……』

 

 薙ぎ払いで弾幕を抜け出そうとした瞬間、見えない何かに絡められてように五体の身動きが取れなくなる。

 これはボーデヴィッヒの慣性停止結界(A I C)。弾丸に気を取られ、背後から投げられたエネルギー波に気づくのが遅れてしまった。

 

「ぐ、動けねぇ……』

「今だシャルロット!」

「任せてっ……痛いのいくよ! 『盾殺し(シールド・ピアース)』」

「がぼっ!? ……おぇ』

 

 無防備となった腹部へ捩じ込まれたパイルバンカーが内蔵されたリボルバー機構により二度、三度と衝撃を与える。

 苦痛で顔が歪む、吐き気がする。そんな俺の状態と連動するように、【Bug-VenoMillion】のシールドエネルギーは急速に減っていく。

 

「いっ……てぇな、くそ、がぁっ!』

「させるかっ!」

「っ受け止め──!?』

「るだけじゃないのよ、ね?」

「ええ、こちらはチームですので」

 

 どうにか停止結界から解放されるが、苦し紛れに放った尾の刃は割り込んだ凰に容易く止められた。そしてその驚きごと、四方八方から不規則な軌道で飛び交うレーザーによって射抜かれる。

 

「──《山嵐》」

「はっ! ……ちぃぃっ!』

 

 間髪入れずに発射される四十八の誘導ミサイル。慌てて飛ばした爆弾は必要数の半分にも満たず、迎撃を抜けた大半が直撃して吹っ飛ばされる。

 何だこれは。あれだけ消耗していた筈なのに、ただジャミングを解除されただけでこんなに動けるものなのか? いや違う、それだけじゃない。()()()()()()()()()()()()

 

「──《権能行使(コード):妃の赤(レッド)+(プラス) 『絢爛舞踏』」

「篠、ののさぁん……』

 

 全身から金と赤の粒子を迸らせた篠ノ之さんが、やつらの後ろに控えている。

 金の粒子は『絢爛舞踏』。これで全員の消耗を回復させた。そして赤は『権能』。効果は出力の低下……今の対象は俺だ。篠ノ之さんの自我があるいまでは、束様の設定も意味を成さないらしい。

 

「ああくそ、ふざけるな、どうして……』

 

 なんて酷い転落だ。ほんの数分前までの優勢はどこへやら。俺はもう碌に反撃も、逃げることもできず、ただリンチされるだけの哀れな害虫に成り下がってしまった。

 

「──透」

「あ、く……』

 

 一夏が近づいてくる。もうまともに動けないのを知っているのか、さっきの勢いはなく、ただ静かに、確実に追い詰めるような動きがとても恐ろしいものに感じた。

 

 だから俺は、

 

 

「……はぁ』

 

 

 本当の切り札を切ることにした。

 

 

 

 

 

 

「ははは、あーははははは…………』

「……?」

 

 無人機を破壊し、皆を単一仕様能力から解放し、残す透の無力化だけ。

 右手が届くまでは約五十メートル。一秒あれば余裕で近づける距離。そこまで追い詰められて、奴は笑った。

 

「何がおかしい、それも演技か?」

「演技なんかじゃないさ、俺はもう痛くて苦しくて腹が立って……一周回って笑っちまうんだ』

「お前……いや、違うな」

 

 嘘じゃない。けど、明らかにわざとらしい。こいつはそんなに軽く諦めるような奴じゃない。

 きっと何かを企んでいる。実行される前に潰せ。そう勘が告げる通りに、近づこうとした瞬間。

 

「『これ』覚えてるか?』

「っそれは──」

 

 奴が懐から取り出した六つの結晶に目を奪われる。赤と青。橙に金。黒に桜色。色も形もバラバラな結晶はよく見覚えがあった。

 

「ISコアか!」

「どうしてあなたが……篠ノ之博士の仕業?」

「大正解。猿でもわかるよな』

 

 忘れたくても忘れられないあの日。透が裏切り、箒と一緒に持ち去られた亡国機業の五つ。そして千冬姉を刺して奪った一つ。

 トロフィーのごとく掲げられた戦利品は、決して無意味に取り出されたわけじゃない。あれは……ドーピングだ。

 

「素材、経験値、そして同調率。必要な物は全て揃ってる、あとは……』

「っ待てっ!」

「いいや、待たないね! はああぁっ!!』

 

 どうしてすぐに止められなかったのか。ほんの一瞬でも早く動けていれば、余計な分析さえしなければ。今更必死に手を伸ばしても、奴には届かない。

 ぐちゅり、と生々しい音と共に、六つのコアが透の──【Bug-VenoMillion】の胸に吸い込まれていく。

 

「う゛がぁ、は。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!』

「透! くそ、何だこれ……!?」

「風……? 違う、斥力……?」

「! 見て!」

 

 無理矢理にでも中断させようと接近を試みるが、急に発生した強烈な斥力に押し返される。その場に留まることすらままならない中、簪さんが指差す先には斥力に逆らって引き寄せられていく何かの破片が見える。

 これが素材。戦闘機や無人機の残骸、武装の破片。マドカと同じ様に、周囲のものを片っぱしからかき集めて、その身に変えようとしている。

 

「うぅう、ぐあ゛あ゛っギぃァ……そウ、これだ。最初からこうシていればよカッた!!』

「まずいわ! ()()()()()!」

「蛹……ってアレのことか!」

 

 残骸は細かい粒子へと砕かれて渦を巻く。さらに粒子は少しずつ透を覆い、どす黒い殻の様なものを形成していた。

 夏休み明けに楯無さんが、亡国機業殲滅作戦の時に透が言っていた。蛹には触れるものを取り込む防衛機能があったと。つまりあれが完成すれば、もう形態移行を止めることはできないということを。

 

「まだだ! 完全に覆われる前に、ありったけ撃ち込めば……!」

「駄目! 下手に攻撃しても取り込まれるだけよ!」

「そんな……なら、私たちはどうすれば……」

「打つ手がない……」

 

 奴がいつからこれを狙っていたのかはわからない。けれど最初から実行できる用意はしてあって、俺たちは気付かぬうちにコントロールされていた。

 殻が広がる、隙間が無くなる。全ての残骸は取り込まれ、俺たちを遠ざける斥力は少しずつ収まっていく。

 

「……やられた」

 

 そして俺たちは、見ていることしかできなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「っっ。う、がぁ、あ゛ぎぎぎ……』

 

 閉じ籠った殻の中、暗闇で地獄の様な苦しみに呻く。

 何も見えない、息が詰まる。ドロドロに溶けた装甲が触れる場所は火傷した様にひりつき、頭蓋は内側から砕かれる様に痛む。

 

『どうして』『嫌だ』『やめろ』『許さない』『死ね』『諦めろ』

 

 何より不快なのはこの声だ。耳からは何も聞こえないのに、直接脳内に響いてくるせいで気持ちが悪い。

 初めて聞く声が六人分。しかし俺は全ての声の主を知っている。【冷血(コールド・ブラッド)】、【地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)】、【王蜘蛛(アラクネ)】、【黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)】、【王殺蟲(Insecta Rex)】、【暮桜(くれざくら)】。ついさっき俺が取り込んだISコアの人格だ。

 それぞれが戸惑い、哀しみ、否定し、そして怒り、怨嗟の言葉を投げかける。

 

『危険』『不可能だ』『どうせ無駄』『何も変わらない』『諦めろ』『今なら戻れる』

「あああああぁぁぁ──…………』

 

 五月蝿い。

 

 『危険』? 何を今更。

 『不可能だ』? これは二度目だ。

 『どうせ無駄』? そんなことわからない。

 『何も変わらない』? 変わってるさ、だからこうして蛹になってるんだろ。

 『諦めろ』? 死ねってか?

 『今なら戻れる』? ……黙れ。俺にはもう、後戻りなんて選択肢は無いんだよ。

 

「人の頭ん中でっ……ゴチャゴチャ喚いてんじゃねぇ!』

 

 お前らはとっくに負けてるんだ。大人しく取り込まれて、俺たちの力になれ。

 

「ふう゛ぅーーーっ、う、はあ゛ぁ゛ーーっ……』

 

 絶対に落ちてなるものか。ここで意識を手放せば、俺は織斑マドカ(あの負け犬)と同じ道を辿ることになる。

 思考を絶やすな、イメージしろ。あいつらを全員叩きのめせる、比類なき強さの形を。

 

「単純な強化じゃ足りない。全く別の形になるんだ』

 

 設計と破棄を繰り返し、気が遠くなる回数の試行から最適解を探し求める。

 取り込んだ質量をそのまま使うのは的がでかくなり、スピードも落ちる。しかし小さく纏まれば今度はパワーが落ちてしまう。

 

「違う、違う……もっと強く、もっと恐ろしく……そう、化け物のように』

 

 俺はこの世界を破壊する害虫。必要なのは力だけ。英雄の様な格好良さも、神の様な威厳も俺には塵と同じ。

 ……ああ。単純に考えたら楽になった。つまり俺は、

 

「もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと──壊れればいい』

 

 

 そうだ。いっその事、命以外の何もかも、

 

 

 

 

 

"Break Down.(壊れてしまえ)"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あは』

 

 

 

 

 

 

 

 

第65話「Break Down」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 去年からこのネタやりたかったので今日ゼロ泣きしてきたのとは関係ないんです! 信じてください!


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第66話「黒片・歪曲」

 ISアニメ10周年らしいので初投稿です。
 予約忘れたのは内緒だよ


 

「うぅぅぅん』

「……!」

 

 透が蛹になってからどれほどの時間が経過しただろうか。五分な、十分か、はたまたそれ以上か。とにかくその長い間、俺たちは一切の手出しも出来ずに傍観することしか許されなかった。

 そして今。沈黙と共に蛹が破れ、その身を羽化させようとしている。

 

「あ゛、ああああぁぁぁ──…………』

「何か出てきた!」

「黒い、欠片?」

 

 広がる裂け目から溢れ出したのは黒い欠片。それもただでさえ巨大な蛹から、その体積を遥かに超えた量を出し続けている。

 遠目から見たその光景は、世界そのものを包み込もうとする黒煙の様に映った。

 

「あぁ、苦しかった』

 

 人影が欠片に紛れて浮かび上がる。その姿は予想に反してかなり小柄で、ほとんど人間大の【Bug-Human(第一形態)】によく似ている。

 唯一はっきりと分かる違いはその頭部。三本の大きく捻れた角が絡み合ったようなヘッドギアの形はまるで、王冠の様だった。

 

「随分待たせたじゃないか、()()()()は済んだのか?」

()()()()、見守りありがとう』

「…………」

 

 受け応えには何の異常も無し。意識は正常に保たれている……つまり、以前見たと()()とは違うということ。

 形態移行(フォーム・シフト)は完遂された、されてしまった。

 

「織斑マドカは失敗した。けれど正解には近づいていた』

「……正解?」

「ああ。そして、その答えがこれだ』

「! 欠片が……」

 

 不規則に舞っていた黒片は一斉に透の元へ集まっていき、かちかちとパズルの様に組み合わせられていく。

 一つ一つは小さな欠片。しかしそれらが組み合わされば少しずつ大きな部品へと変わり、遂には巨大な装甲を形成して透を本体を覆い隠した。

 

「まずは紹介から。この欠片はCatastroFear(カタストロフィア)。そしてこのISはBug-CatastroFear(災恐蟲)。……【Bug】シリーズの『第三形態(サード・フォーム)』だ』

「『第三形態』……!」

「なるほどな。確かに、失敗ではなさそうだな……けど」

 

 《CatastroFear(災恐)》。名は災いと恐怖から取られているのだろうか。なるほど怪物を自称するだけはある。

 マドカとは違い、ドロドロに液状化することも無く完全に制御できている。いつの間にか抜け殻までも分解されているし、取り込んだ物を全てが変換されているのだろう。が、それは失敗でないだけのこと。正解とは何なのか、まだわからない。

 

「どれだけ形が変わろうとも、それがISであるのならば、《権能》という絶対的な有効打が存在する。……忘れたわけじゃ無いよな?」

「あぁ、そりゃあ──』

 

 黒片の一部がざわめき、装甲は鋭く攻撃的な剣型の武装へと変じる。数度メトロノームのように振れた剣はこちらに矛先を向けた状態で静止し、次の瞬間。

 

「──これから確かめな』

 

 弾丸の様な速度で射出された。

 

「《CatastroFear:Scorpion()》』

「っ速い!」

「ちょっ!?」

「きゃぁっ!」

 

 危うく直撃コースだった黒剣を反射的に《雪片》で弾く。なんて速く重い一撃。皆も何とか防ぐことに成功したようだが、驚きの表情を浮かべている。

 しかし、攻撃はまだ終わっていない。確かに今までは違う攻撃だが、この程度で俺たちに勝てるわけじゃないはずだ。現にこうして防がれている以上、何かがあるはず──

 

「《CatastroFear:Legion(黒軍)》』

()()()っ!?」

 

 透の声と同時に剣が砕け、そのままの形で襲いかかる。バラバラになった分一つ一つの威力は大したことないが速さは変わらず、その上数が多い。これではさっきのように防ぎ切ることは難しい。

 

「ぐ、くぅ──え?」

 

 細かく刻まれるようにシールドエネルギーが減少する。まだまだ戦いに支障はないが、決して無視はできないダメージだ。

 そんな中で俺たちは見た。黒片の形が一つ一つ違うことと、その悍ましさを。

 

「うわぁっ!?」

「お、見たか』

「見たってあんた、これ──」

 

 例えば薄暗い床下、埃っぽいタンスの裏、カビた窓枠、寂れた公園、何年も忘れていた虫かご、煙の立ち上る火葬場で、こんなものを目にしたことはないだろうか。

 甲殻、羽、爪、牙、指、頭蓋、肋骨、背骨……つまり、バラバラになった虫と人骨。俺たちを襲う全ての黒片がその形をしている。

 

「面白い形してるだろ。俺が設計したんだ』

「通りで悪趣味な訳だな、本当に……!」

「くくくっ、酷いなぁ……否定はしないけど』

 

 ストレートな否定に対しても気にする素振りはない。それどころか小さく笑みを浮かべる始末。まるで挑発、余裕を見せつけているかのようだ。

 

「さて、もう少しウォームアップに付き合ってもらう』

「戻っ──!」

 

 黒片が回収され、新しい武装を形成していく。今度は大きく、何でも両断してしまいそうな大鎌。

 

「《CatastroFear:Mantis(蟷螂)》』

「これはマドカの──うわっぶね!?」

「一夏くんこんなのと戦ってたの!?」

「そうですけど──スケールが違う!」

 

 これは嫌というほど見た形。しかし記憶にあるそれは、こんなに大きくも数もない、そして何より回転なんかしない。

 違いは更に一つ。真っ直ぐ飛んでくるだけの剣とは違い、何度弾いても躱してもまた戻ってくること。その度に威力と速度を増しながら。

 

「うっくっ……しつこいですわ!」

「自動照準じゃこんな軌道はできない……全部直接操作してる? でもその負担は尋常じゃないはず!」

「この程度大したことじゃないさ。少しだけ()()()()()けど、な?』

 

 簪さんの問いに応えながら大鎌を戻し、黒片に覆われた右腕を露わにする透。そこにあった義手は大きく形を変えており、掌には鈍い光が見える。

 光の正体は歪な結晶。取り込み同化させたISコアが、それぞれの色を狂ったように光らせている。

 

「そのコアに処理を押し付けてるのか!」

「そういうこと。いい使い方だろ』

 

 推測だが、透自身が行なっている操作はイメージ程度。そのイメージを具体的な形に変え、細かく命令を出しているのはコアが担当している。

 ISの、それもコアとなれば処理機能はそこらのスパコンとは比較にならないほど高い。それをいくつも同時に使っているのならば尚更。だから膨大な数の黒片をこんなにも自在に、苦もなく操ることができているわけだ。

 だけど、それを説明することは弱点を晒すことにだってなる。

 

「ならば、その自慢の右腕を切り落とせばいいわけだな?」

 

 操作をコアに頼っているなら、そのコアを分離すれば実質的に無力化できる。それは俺たちの火力と、位置情報が揃っていれば決してできないことじゃない。

 

「間違ってはいないがな。とりあえずやってみればいいさ、できるものなら』

「今度は何!?」

 

 黒片がざわめき、透の全身を飲み込んでいく。顔も、手も、足も、コアの光どころか、全てが黒一色に蝕まれる。

 

「試運転は終わりだ。ここからが本番……!』

「ちょっとちょっと……待ってよ」

 

 それは個にして群。虫けらのように小さく、しかし山のように巨大な、全てを破滅へ導く『世界の敵』に相応しい怪物の姿。

 

「《CatastroFear:──Abaddon(奈落)》』

 

「冗談でしょ……?」

「これは、でか過ぎる……!」

 

 本当の『災い』は、ここから始まる。

 

 

 

 

 

 

「《ブルー・ティアーズ》ッ!!」

「──はは』

 

 青いビットからレーザーが飛んできた。小さな小さな穴が空いて、右腕を振り挙げたら無くなった。

 

「掻っ捌いて引き摺り出してやるわ!」

「はははっ』

 

 繋げた青龍刀が巨体の腹へ突き立てられた。しかしそこには何もなく、身を震わせれば凰諸共抜けた。

 

砲撃(これ)ならどうだっ!」

「少しでも拡散させるっ!」

「ははははははははっ』

 

 何発かの砲弾と、沢山の銃弾が撃ち込まれた。ほんの少し黒片が散ったが、右腕を振り下ろしたら直ぐに止んだ。

 

「『清き熱情』ッ! ……だめ、効いてない」

「《春雷》! 《山あら」

「あははははははははははははははははははっ』

 

 左腕の表面が爆発された。右足がミサイルに狙われた。更に黒片が散ったが本体()には掠りもせず、瞬きする間に元に戻った。

 

「一夏、合わせろっ!」

「応っ!」

「はははは──うざいんだよ』

 

 赤と白が息を合わせて切り込んだ。……蚊を潰すように、両手で挟んでやった。

 

 あっという間に一周した。何も怖くなかった。

 

 

 

「ぁ……う……」

「こんなの、どうしろってのよ……」

「さぁ? 俺にもわからん』

 

 こいつらが選択した行動は間違っていない。俺の弱点はさっき見せた合成コア。しかしそこを叩くには黒片が邪魔で、それを無視して一気に特攻するか、攻撃を広げて散らすのが有効だ。

 けどこれは学校のテストとは違う。戦いに、間違っていなければ通る道理なんてない。

 

「足りないんだよ。火力も、手数も……だから容易に退けられる』

 

 まず無数の黒片に身を隠せた時点で難易度は跳ね上がっている。『25mプールいっぱいの砂の中からたった数cmの石を探せ。ただし石は自由に動き回る』とでも例えれば少しくらいその困難さが伝わるだろうか。

 一点突破をしたければ、本体()の位置を把握した上で一夏が二十人。散らしたければ楯無先輩が五十人は必要だ。そしてそれと同等の戦力は、有象無象のISを何体掻き集めたって揃いはしない。

 

「どんな気分だ? 理不尽な逆転劇を喰らうのは』

「最悪っ、だな……」

「そうだろうそうだろう、()()()()

 

 積み上げてきた経験が、考え抜いた作戦が、確実にとったはずの有利が、たった一つの予想外で崩壊していく。

 やられる方は堪ったもんじゃないだろうが、それは俺が何度も何度も味わった感覚だ。

 

「だからお前らも、もっと味わえ』

「……また変形っ!?」

 

 再び攻撃態勢へ移行。全身を包む黒片を組み合わせて次の武装を作り出す。

 その源は害意。どうすれば躱せないか、どうすれば防げないか、どうすれば壊せるかを追求する。本当に必要なのはそれだけだ。

 

「《CatastroFear:Arachne(王蜘蛛)×Ant()×Centipede(百足)×Longicorn(髪切)×Hornet(雀蜂)》』

「────ッ!!」

 

 【王蜘蛛(アラクネ)】の装甲脚をベースに、内部機構を改変してパワーを向上。格闘用ブレードや機関銃はオミットし、新たに蛇腹剣に大顎、針を再現。

 勿論、サイズは再現元から十倍や百倍どころではない。

 

「殺す気で行くが、死ぬなよ?』

「来るぞみん──」

 

 ずがぁん。と金属同士が衝突する音が響いて、一夏が吹き飛んでいく。『みんな避けろ』とでも警告したかったのだろか。まずは自分から避けるべきだろうに。どうせ全員狙われているのだから。

 

「一夏っ! 今助けに……」

「待って箒ちゃん!」

「ですが!」

「まだ一夏くんは墜ちてない! 追いかけたら逆に後ろから墜とされるわよっ!」

 

 飛ばされた一夏を追おうとした篠ノ之さんを楯無先輩が引き止める。確かにまだ一夏──【白騎士】の反応は消えていない。直ぐにこちらへ戻ってくるだろう。

 それよりも、思いの外先輩が冷静を保っている。吹っ切れたせいか経験の差か、そう簡単には取り乱さないか。

 この人がいる限り余計なチームワークを発揮される可能性がある……うん。

 

「なら次はあなたから──』

「狙いがこっちに!?」

 

 ばらけさせていた狙いを集中。前後上下左右から同時に先輩を潰しにかかる。

 【霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)】は純粋な力押しは不得手。つまりこの攻撃を真っ向から受け止める術はない。

 

「……はぁっ!」

 

 この巨体の前では、自慢の槍もまるで爪楊枝。しかしそのサイズ比ですらアクア・ナノマシンの操作によって全ての攻撃を弾き、逸らし、流している。

 

「流石の捌きだ。だがそれも──長くは続かないっ!』

「速さが増したっ!?」

 

 ならばギアを上げていこう。黒片の連動性を強化、更に速く、重く、反応すら困難な勢いへと更新していく。

 まだ直撃には至らないものの、少しずつ攻撃が掠り出し、エネルギーを削っていく。

 

「お姉ちゃんばかり……狙うなっ!」

「我々はまだやれるっ!」

「たかが一周分防がれたくらいで諦めませんわっ!」

「チッ、無駄な真似を……あ』

 

 しかしここでミサイルとレーザーが装甲脚にヒット。さっき同様この程度の攻撃にダメージなんて喰らわないが、直撃した部分は別だ。その衝撃によって結合が外れれば武器の形は保てず、再結合する時にはもう先輩には距離を取られている。

 ……なるほど、今のは攻撃じゃなくて迎撃だったか。切り替えが早いな。

 

「やはり一人ずつは邪魔が入りやすいな……ならそれができないように、だ』

「! 全員退がって!」

「はああぁぁっ!』

 

 全体の約一割。表面の黒片を振動させ、全方位に向けて一気に射出する。

 回避するなら距離を取るしかない。そして距離を取るということは、自然と全員の位置がバラけてしまう。

 

「そうすれば、連携は取れないよなぁ?』

「くっ……」

「カバー急いで!」

「間に、合わないっ!」

 

 孤立し、回避で体勢が崩れた先輩にはもう一度この攻撃を防ぎ切る余裕は無い。再構築した装甲脚を、今度こそ直撃コースで襲わせる……はずだった。

 

「させるかぁーーーっっ!!!」

 

 割って入ったのは遥か遠くからすっ飛んできた一夏。自身を遥かに上回るサイズの武器を受け止めた《雪片弐型》はギリギリと悲鳴を上げる。

 

「ぐっぬぅ……おらぁぁーーっ!!!」

「折っ……!?」

「やば……」

 

 叫びとともに振り抜かれ、見事に装甲脚がへし折れる。

 力では確実にこちらが上回っているはずなのに。どんな馬鹿力で──いや、『神』のISなら当然引き出せるか。

 

「よくもあんな遠くにぶっ飛ばしてくれたなぁ! おい!」

「そのまま戻って来るなってことだよ! 馬鹿が!』

 

 そしてこのタイミングで一夏はキレキレだ。ぶん殴られたショックで調子を取り戻したのか、その双眸は、金色の輝きを増している。

 

「お前はでかくて力が強い! しかも手数があって速い! わかってる弱点はコアだけで、それも動き回るせいで場所が不明だ!」

「急にどうしたっ! 今から負ける言い訳か!?』

「違ぇよっ!」

 

 何やら叫びながら、連続して繰り出される攻撃を切り落としていく一夏。さっきのように不意を突かなければクリーンヒットは難しい。

 しかしこいつは何を言っている? 今になって特徴の確認なんてする必要はないだろう。油断でも誘っているつもりか?

 

「どれだけ形が変わろうと、複数コアを取り込もうと、それがISであることには変わりないっ! なら《権能(この光)》はよく効くはずだよなぁっ!?」

「!!』

 

 ガギィンッ! 今度弾かれたのは俺の攻撃。全ての装甲脚が回転しながらの斬撃であらぬ方向へ向けられる。

 ああ、そうだ。どれだけ姿が変わろうと、化け物になろうと、確かに【Bug-CatastroFear(災恐蟲)】はISのまま。ただ本体と繋がる場所へ触れるだけでデータを消去してしまうこの光に対しては無力。

 

「《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》ッッ!!」

 

 散らばったままの黒片では突撃する一夏は止め切れない。止められるだけの量を集めて再構築するのは間に合わない。黒片から出れば他に狙われる。

 

「っっやめろっ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なんて、そう簡単にいくと思うか?』

 

「……え?」

 

 ぱしゅん。と、あと数ミリで俺に触れようとしていた光が一瞬にして霧散する。一夏は集中を切らしてなんかいないし、【白騎士】が消したわけでもない。

 ただ一つの異常は、【Bug-CatastroFear】から放たれる黒い瘴気。それが、《権能》の光を打ち消している。

 これが『正解』。神をも殺す破滅への力。

 

「《権能歪曲(Code):災厄の黒(Black)》』

 

 怪物は、神の領域へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

第66話「黒片・歪曲」

 

 

 

 




 流行り病より寒さで死にそうなんですけど


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第67話「嫌い・進化」

 大学入試共通テスト二日目なので初投稿です。
 ぼくは受験生ではないので「受験に疲れたホモへ」を無限に再生しています。


 

 

 死ぬのは怖い。死ねば何も見えない、聞こえない、触れられない、感じない。死んだ後に行くところは虚無だ。

 

 俺にとって、死はいつも身近にあった。少し遅めの痛い妄想などではなく、本当に。

 『織斑計画』の失敗作として施設にいた頃は言うまでもないが、束様に拾われてから今日に至るまでも、死が見えなくなることはなかった。

 

 研究者が、とある軍隊が、とある秘密結社が、束様が、見知らぬ誰かが、俺を殺しにきた。銃だったり刃物だったり、戦車だったりISだったり。実験のため、防衛のため、興味本位で、訳もわからず。ずっとそれの繰り返し。

 それでも俺は死ななかった。傷は治され、敵は排除され、庇護下に置かれ。どうにか命を繋ぐことができている。

 

 俺は絶対に死にたくない。最低でも平均寿命くらいは全うしたいし、できるものなら不老不死だってアリだ。普通の人間なら誰だってそう考えるだろう。自ら死にたいなんて考えるのは余程追い詰められた者かただの馬鹿だ。

 

 だから俺は生きるためだけに自分を矯正した。施設では従順な被検体(モルモット)、束様の元では使える道具、学園ではそれなりに良き友人。自分を偽り、他人を偽ることに何も感じなかったと言えば嘘になるが、変えようとは思わなかった。それが正しいと信じていたから。

 

 

 つまり『九十九透』という生物の生涯は、死から逃げ続けているというわけだ。残念ながら、未だ逃げ切ることはできていないが。

 失敗もあった。身体は傷つき、心は痛んだ。けれど俺はまだ生きている。だからそれでいい。死ななければ、俺という存在が終わることはない。

 

 九十九透は前に進まない。

 

 

 そして俺は、織斑一夏が嫌いだ。

 過去を思い出させる顔が、多くの人を惹きつける在り方が、どれだけ傷つこうとも折れない意思の力が、逆境を跳ね返す強さが大嫌いだ。

 奴の面を見れば見るほど、その正しさと俺の醜さを比べて反吐が出そうになる。

 

 

 篠ノ之箒が嫌いだ。

 凛とした立ち振る舞いが、たった一人の男を信じ続けられる一途さが、姉の支配から抜け出した精神が、コンプレックスの塊から強く成長した姿が大嫌いだ。

 どうしてあの姉に勝とうだなんて考えるんだ。頭がおかしいのか。

 

 

 セシリア・オルコットが嫌いだ。

 貴族としての気高さが、才能に甘えず努力する姿が、呆気なく死んだ両親を尊敬する想いが、敗北をバネとする強さが大嫌いだ。

 どうして驕りを捨てられた。ノブレス・オブリージュは命より優先できることなのか。

 

 

 凰鈴音が嫌いだ。

 考えるより先に動ける行動力が、自分の主張をはっきりと言える性格が、くよくよ悩まない明るさが、努力で才能に食らいつく執念が大嫌いだ。

 どうして敗北しても諦めない。その努力が無駄になるとは考えないのか。

 

 

 シャルロット・デュノアが嫌いだ。

 何事もそつなくこなす器用さが、偽った素性を明かしても直ぐに打ち解けられる人当たりの良さが、本心を隠しながら上手く人と付き合う能力が、それでいて時に大胆となる強かさが大嫌いだ。

 妾の子が何だ、救おうとしてくれる人が沢山いて羨ましいよ。

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが嫌いだ。

 才能をへし折られても再び力を手にする向上心が、戦いの道具から人間に戻れた経緯が、部下に尊敬される人望が、自らを正しいと信じられる自信が大嫌いだ。

 同じ試験管から生まれた被検体(モルモット)だっていうのに、俺とお前の差は何なんだ。

 

 

 更識簪が嫌いだ。

 内気に見えて秘めた芯の強さが、専用機を放置されようが一人でも作り上げようとする覚悟が、優秀な姉と並び立とうとする気概が、それを大言壮語で終わらせない努力が大嫌いだ。

 お前みたいな優秀なやつ、助けなきゃよかったんだ。

 

 

 ……更識楯無が嫌いだ。

 ふわりとした水色の髪が、ルビーのような瞳が、好き勝手に人を振り回しておきながら憎まれることのないカリスマ性が、『人たらし』とも呼ぶべき人心掌握能力が、ふざけた態度で幾つもの考えを巡らせる思慮深さが、時折見せる優しい表情が大嫌いだ。

 あなたさえいなければ俺は迷わなかった。もっと上手くやれたんだ。頼むから、俺の心に入って来ないでくれ。

 

 

 皆、みんな、大嫌いだ。

 希望を抱いて前に進むその姿が、絶望から後退りしている俺には眩しすぎるから。

 

 

 

 

 

 

「は、え……?」

「光が、消えた……?」

「《権能歪曲(Code):災厄の黒(Black)》。見ての通り、『(お前ら)』の力を封殺させてもらった』

 

 必殺の一撃、最後の切り札である《権能行使(コード):皇の白(ホワイト)》の光を一瞬にして掻き消された一夏は呆然として俺に突き立てた右腕を見る。

 神だ何だと言われようが、結局《権能》もプログラムの一種。黒片に含まれるナノマシンを介してコードを歪め、捻じ曲げ、正常な機能を失わせれば容易く無効化できる。故に歪曲。『Venomic The End(単一仕様能力)』を基盤に改()した対権能悪性プログラムだ。

 

「これが『正解』の形。……で、いつまで呆けているつもりだ?』

「はっ──抜けない!? 」

「隙だらけだったからな。絡み付かせてもらったよ……こうすれば、躱せないよな?』

「ッッ───!!」

 

 右腕に黒片を食い込ませて拘束し、身動きが取れなかなったところで無数の黒片を浴びせる。

 《権能》の無効化を確かめられた今、もう至近距離のこいつを恐れる理由はない。ここで仕留める。

 

「がっ、う、ぐぐぐぐ……」

「離れろっ!」

「おっ……と』

 

 あと一息で殺せるというところで、不可視の弾丸──《衝撃砲》が俺達の間に炸裂する。余波で黒片が散り、一夏の拘束が解ける。

 

「一夏、大丈夫!?」

「いてて……はい、まだやれます」

「チッ、割り込みするなよ、お前ら全員忘れずにやるからさ』

 

 そのまま落下していった一夏はデュノアがキャッチ。さすがに指を咥えて見ているだけではないか。

 まあいい。先程のと合わせて相当量のダメージは入ったし、やることは変わらない。

 

「刻んで、叩いて、押し潰す……それだけだ』

 

「《CatastroFear:Arachne(王蜘蛛)×Arachne×Arachne×Golden Dawn(黄金の夜明け)×Ant()》』

「はぁっ!?」

「重複までできるのか……」

 

 八本の途中から八本、また更に八本と枝分かれさせ、【黄金の夜明け(ゴールデン・ドーン)】の大型テールクローを模した機構に引き続き《Ant()》のパワーアシストを加えた。これで合計五百十二本の装甲脚──いや、これはもう腕だな。

 この数ともなると流石に一本は細くなったが、それでも【黄金の夜明け(再現元)】と同等以上のサイズだ。

 

「一人当たり六十四本……今度は捌けるかな?』

「ろくじゅっ……ハッタリでは、なさそうだな」

「確かめるのも億劫になる……」

「もう降参は無しだ。じゃ、いけ』

 

 命令を受けた黒い掌が一斉に襲いかかる。それらに注ぎ込まれた黒片は約六割、到底八人で対処できるような物量ではない。

 白、赤、青、桃、橙、黒、水、碧。色とりどりのISが黒一色に覆われていく。黒い塊の中からほんの一瞬だけ抵抗するような声と音が聞こえたが、すぐさま黒片が立てる雑音で消えていった。

 

「……はぁ』

 

 ばきばき、めきめき、ごりごり、がしゃり。敵だけじゃなく、何か大事なものまで粉々に壊れていくような、ひどく耳障りな音。

 その音が止むまでは目を瞑ることにした。何も考えないようにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……終わったか』

 

 どれだけ経ったのか、数多の腕は動きを止め、不快な音がしなくなった。

 目を開けばそこに見る影も無くズタズタに破損した専用機が浮いている。誤って中身を殺さないように設定したが、意識は残っているかな。

 これはダメージレベルE、搭乗者の生命維持機能を最低限作動させられるレベルの損傷だ。辛うじて残った装甲も小指で突けば粒子に還るか剥がれ落ちるだろう。

 

「……お前らは強かった。比較対象なんていないけど、心からそう思う』

 

 国家代表一人、代表候補生五人、『神』が二人。それでもまだ俺には及ばない。

 きっと今の俺を倒せるのは全盛期の織斑先生(世界最強)くらいのものだろう。寧ろそれ以外でここまで持ったのが不思議なくらいだ。

 

「…………」

「今から三日前の宣言通り、この世界を破壊し尽くす。まずはIS学園、次に各国の軍事施設、そして市街地……それが俺の最後の役割だ』

 

 全ての国へ念入りに、念入りに。無闇に死人は出さず、程よく都市機能が失われる程度で。気は乗らないが、やり遂げなければ解放されないから。

 

「直に束様が来る。そうしたら全員傀儡化されて、生体パーツとして一生を終えることになるだろう。……でも仕方ないよな? 抵抗を選んだのはお前らなんだ』

「…………」

「聞こえてない、か』

 

 徹底的に痛めつけたんだ、まともに会話する余力なんてあるわけがない。

 元より返事を期待して話したわけでもないんだ、後始末は任せて次へ向かうために背を向けた瞬間。

 

 がしゃん、こつ。

 

「……!』

 

 背後で何かが動き、固いものが投げつけられたのを感じて振り返る。

 

「お前……まだ動けたのか!?』

「動けるも何もっ、元気いっぱいだが……?」

 

 そこにいたのはボロボロの【白騎士】を纏う一夏。投げられたのは残った装甲の破片だろうか。

 加減が過ぎたか、それともただの強がりか、その目からはまだ戦意は失われていない。

 

「役割とか言ったな……それが終われば、お前は自由になれるのか?」

「……そうだ。寿命の問題は解決され、世界は変わり、もう誰も俺を殺そうとはしない。これ以上ない理想の形となるんだ」

「はっ……ですってよ、()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「先輩、あなたまで……』

 

 続いて楯無先輩が声を上げる。一夏と同等、いや元の装甲が薄い分それ以上のダメージを負っているはずなのに、どうして動ける。

 いいやそんなことより、看過できない言葉がある。

 

「『クソみたいな理想』とは聞き捨てなりませんね。苦し紛れの挑発でしょうが、軽々しく人の理想を否定するな』

「そっちこそ軽々しくなんて失礼じゃない。私は本気で言ったのに」

「このっ……!』

 

 怒りで頭に血が昇るのを感じる。耳を貸すだけ無駄だと分かっているのに、何故だか引き下がることができない。

 

「確かに世界が変われば、誰も透くんを殺さないかもしれない。けどそれは、透くんに関わる人がいなくなるから。そんな理想は、ただの孤独よ」

「孤独の何が悪い! 一番大事なのは自分の命だ、他人なんてクソだっ!』

「だったら最初から、私たち全員殺しちゃえばよかったじゃない!」

「っ!!』

 

 やめろ。もういい。

 

「それは、殺すなって命令だったからで……』

「命令は一夏くんと箒ちゃんだけでしょう?」

「っ……そうだ傀儡化! 部品(パーツ)として人形になってもらうには生きててもらわないといけないんだ!』

「私たちじゃなきゃいけない理由は? いくら専用機持ちでも代わりくらいいる、なら反抗的な私たちはさっさと殺した方が効率的よ!」

「……! っ……』

 

 やめてくれ。

 

「嫌なんでしょう。本当は」

「違うっ! 俺は、俺はっ……!』

「違わない。だって──」

 

 振り切ったんだ。振り切ったつもりだったんだ。なのに、どうして当たり前のように突きつけてくるんだ。

 

「──透くんは、私たちのことが好きなのよ」

「ぅっ……うううう───』

「お前に孤独は向いてない。だから戻ってこい。今は敵でも、最初から打算の付き合いだったとしても。俺たちは……友達だ」

「黙れぇっ!!!」

 

 耳を塞いで絶叫しても、二人の言葉が突き刺さるのは止められない。右腕が焼けるように痛い。心が破れそうだ。

 やめさせろ。これ以上喋らせるな。もう二度と口を開けないような、絶望を与えて。

 

「──寄越せっ!』

「あっ……《雪片》っ!」

 

 短絡的な衝動に身を任せて、《雪片弐型》を奪い取る。あれほどの攻撃を受けて未だ形を保ったそれは、容易く一夏の手を離れた。

 これさえなければ誰も俺に通じる攻撃は出せない。どれだけ諦めなかろうと、残されるのは口だけと同じだ。

 

「へし折ってやる……勝ち筋も、希望も!!』

「っやめ──いや、()()()()()

「はっ……?』

「そうね。折らせちゃいましょうか」

「──っ!?』

 

 しかし慌てることはなく、寧ろ折らせることを推奨するような態度の二人。

 どうして奪い返そうとしない。脅しだとでも思っているのか?何を考えているのかさっぱりわからない。

 

「二人して馬鹿にするのも大概にしろよ……!』

 

 万力のような力を込められた《雪片》が悲鳴をあげる。いくら丈夫な剣でも、絶対に壊れないようなものじゃない。今の俺なら、こうして思い切り力を込めるだけで破壊できる。

 刀身に入った亀裂が広がる音がする。それでもまだ、俺を止めようとはしない。そして、

 

「これで、終わりだっ!!』

「…………」

 

 ばきぃん。と大きな音を響かせて、最強の名を継ぐ刃は呆気なくへし折れた。

 

「どうだ一夏! これでもう俺を傷つける術はない! 完全なる詰みだ!』

「……ああ、そうかもな」

「知ってるぜ、《雪片》はお前の誇り! 織斑千冬を超えると誓いを立てた剣だ! それを折られて、まだ強がれるのか?』

「いいや? 強がるも何も、平気だからな」

「平気……だと?』

 

 そんなわけがないだろう。俺が知ってる一夏はもっと直情的で、誇り(姉絡み)を傷つけられることに関してはそれが顕著に出ていた。だからこの手を選んだんだ。

 

「そうだな……ちょうど透が裏切る、ほんの少し前の俺なら激昂して飛びかかってたかも。けどな、俺の誇りはもうそれだけじゃない」

「成長したとでも言いたいのか? 嘘だ、人の本質はそう簡単に変わらない!』

「変わったというか、増えたってところかな。誇るものが」

「自分の命しか守ろうとしない君には理解できないかしら?」

「ぐ、……っ!』

 

 二人の言葉を、心を否定したいのに、何も言い返すことができない。それもそのはず、『自分の命にしか興味のない』『理解できないか』……どちらも図星だから。

 

「だが誇りだけじゃどうにもならない! 所詮は負け犬の遠吠えだ! それを今から証明──え……?』

「……きた!」

 

 今度こそ、物理的に二人を黙らせようと差し向けた黒片が突如動きを止める。否、止まったのは黒片じゃない、この右腕だ。

 命令の中枢たる合成コア。()()()()が俺の意思に反発するように停止し、強い光を発している。

 

「力を貸してくれっ! 【()()】ぁっ!!」

『────!』

「嘘だろ、どうして今になって反発する……?』

 

 一夏の呼びかけに応えるように【暮桜】のコアが分離を始める。取り戻された自我は偽りの主を拒絶し、真実の担い手へと向かっていく。

 

「他のコアなら、何度呼びかけたって応えないだろうさ! だがこいつは違う。最初に自らの意思で束さん(あの人)に抗ったこのコアだからこそ、俺の思いに応えてくれるっ!」

「ふざけるな、そんな理屈がっ……クソッ! 戻れ、戻れよ!!』

「それに応えてくれるのは【暮桜】だけじゃない! なぁ、皆!」

「「「その通りっ!」」」

「っ!? お前らまで……』

 

 待ってましたと言わんばかりに全員が声を上げ、こちらは向き直る。

 さっきまで、いや今も死に体だと言うのに何故立てる? どうして、どうして。

 

「忘れたのなら教えてやるよ!」

 

 一夏が勢いよく右手を振り上げ、合わせて専用機持ちが並び立つ。

 

「何度でも立ち上がるのが強さの証!」

「一度や二度の負けはノーカンですわ!」

「告白失敗に比べたら屁でもないっての!」

「これぐらいで折れたら女の子やってられないよ!」

「そう、私たちは諦めが悪い!」

「ねぇちょっとズレてきてない?」

「おいめちゃくちゃじゃねぇか」

「あ、あはは……」

 

 わざわざ並んでまで口にした台詞はてんでバラバラ、しかし恥じる様子はなく、いっそ誇らしげにすら見えた。

 ……ああ、腹立たしい。

 

「ま、そういうことだ。お前がどれだけ強かろうと、痛めつけてこようとも、俺たちは折れない。負けない。絶対にな」

「たかがコア一つ取り返しぐらいで調子に乗るなよ。折れないならば砕くまでだ!』

「忘れたのか? ほら、『素材、経験値、そして同調率』……お前が言ったことだ」

「! まさか、お前も!?』

「素材はまあまあ、経験値はそこそこ、同調率(やる気)は限界突破中! 見せてやる。今、ここで! いくぞ【白騎士】──いや、【白式】っ!」

「私もいくぞっ……【紅椿】!」

 

 【暮桜】から伸びた光は一夏と篠ノ之さんに接続。旧き『神』から新しい『神』へ。光を介して与えられた力が漲り、【双天機神】は新たな姿へと形を変えていく。

 

 

「透! お前は『羽化』して強くなった……だが俺たちは違う! 俺たちは──

 

 

 

 

 

 ──『進化』する!」

 

 

 

 

 

 

 

第67話「嫌い・進化」

 

 

 

 

 




 
 九十九透(メンタルが弱っている)
 更識楯無(↑を理解しているので冷静)
 更識簪(素面)
 その他(殴られすぎて頭がおかしくなっている)

 久しぶりにギャグ書けて涙が出た


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第68話「真価・白黒」

 来月か再来月には完ケツさせるので初投稿です。
 書く前のぼく「今回は6500字くらいやな」
 8000字書いたぼく「二度と文字数予想するなボケカス」


 

「うおおおおぉぉ……!」

「はあああぁぁぁ……!」

「馬鹿なっ、本気でやるつもりか!?』

 

 【暮桜】【白騎士】【赤月】という繋がることのないISの接続。そして更なる形態移行。俺は本来あり得ないはずの変化を目の当たりにしていた。

 

「完成された存在だからこそ『神』と称されるんだ! これ以上の変化なんて起こるはずがない!』

「『神』だの何だの、そんな理屈は知らねぇな! そんなに嫌なら止めてみろ!」

「くそっ、再構築が間に合わない……』

 

 勿論今すぐにでも妨害したい。が、合成コアが強制的に分離された影響で一時的にシステムがダウンし、急いで復旧させようにも時間が必要だ。

 丁度目の前で行われている形態移行が完遂されてしまうくらいには。

 

「きたきたきた……これが俺たちの!」

「私たちの!」

「「進化だぁーーーっっ!!」」

「ぐっ、眩しい……!』

 

 雷のような激しい閃光が叫びとともに辺りを包み込む。

 一体どうなった? 成功したのか、失敗したのか、それを確かめるために眩しさを堪えて目を開く。

 

「ほらな、できたぞ」

「やってみるものだな」

「マジかよ……』

 

 そこには、紅と白がいた。

 今までの全てを洗練し、凝縮して詰め込まれたようなその姿は正に真の完全。

 これ以上を表現する言葉を、俺は持ち合わせていない。

 

「チッ、仕方ない。こちらの理屈が間違っていたことを認めよう』

「そりゃよかった、ついでに負けも認めないか?」

「いいや無理だな。たかが二人の姿が変わったくらいで俺の優位は覆らない。しかし……』

 

 たった今合成コアの再構築とシステムの復旧が完了し、若干処理能力は落ちたが黒片の操作は可能になった。

 敵数は形態移行した二人と、満身創痍の六人で計八人。前の二人の強さは未知数となったが、後の六人はもはや戦力に数える必要もないほどのダメージを与えている。先程のように無理やり立ち上がるだけで限界のはず。

 だが、それは今の話だ。

 

「確かに()()()()()()()()()まだ勝てないかもしれない。だったら……」

()()()()()()()()()()()()()()()()、だな」

「やはり【赤月】──今は【紅椿】か』

「進化した私の力をお見せしよう──それっ!」

 

 篠ノ之さんを中心に黄金の粒子が拡散され、専用機持ちたちに触れていく。これは『絢爛舞踏』か? ……違うな。いくらシールドエネルギーの回復が強力だろうと、物理的なダメージの蓄積したISを戦えるようにすることはできない。廃車にガソリンを入れても動かないのと同じだ。

 しかし彼女は『進化した』と言った。つまり俺の予想が正しければ、この粒子はエネルギー回復だけでなく……

 

「すごい、傷が塞がっていく……」

「しかもこれ、出力が上がってる……全快時と同等、いやそれ以上?」

「そこまでやるか……!』

 

 粒子は黄金からそれぞれのISに合わせた色へと変わり、砕けた装甲に折れた武器、歪んだ内部に至るまでを埋め尽くして修復させた。出力上昇のおまけ付きで。

 最悪の予想が当たってしまった。

 

「見たか、これが私の──【紅椿・繚乱】の新しい力。

発展仕様能力(ネクスト・アビリティー):百花繚乱』だ」

「っ……!』

 

 発展仕様能力(ネクスト・アビリティー)。名前から察するに、単一仕様能力を拡張・発展させた力。つまり《権能》ではなく、俺の《権能歪曲》の干渉は受けない。

 回復と修復。さらには強化。たった一つの能力がここまでの効果を発揮するのか。

 

「ふふん。これで私は、サゲマンからアゲマンになったわけだな!」

「ちょっと感謝するのやめるわ」

「お前だけ対象外にするぞ」

 

 何やらごちゃごちゃと語っているがそんなことはどうでもいい。今気にしなければならないのは復活した敵戦力の再分析だ。

 

「お前にも『有る』のか、一夏』

「……ああ。それもとびきり凄いやつをな」

 

 今度は一夏を中心に虹色の光が揺らめく。そのオーロラの様な輝きこそ【白式】の発展仕様能力。未だ全貌の読めない脅威。

 『百花繚乱』と比べ光の拡散する範囲は狭く、他機に触れさせるような素振りもなく、わざと一夏の周辺に止めているのだろう。これならまず強化(バフ)はない。元となる『零落白夜』からして攻撃型の能力か。

 

「どの道使う前に潰すまでだっ!』

「!」

 

 もしもまた予想が当たっているのなら、下手に攻撃を受けるわけにはいかない。一刻も早く片付けるべきだ。

 復旧の済んだ合成コアから命令を下し、黒片をあらゆる角度から一斉に襲わせる。

 

「──しっ」

「何っ……?』

 

 0.1秒にすら満たない一瞬。その僅かな間に確実に一夏を捉えていたはずの黒片群はその全てを叩き落とされた。

 他の誰かが介入した形跡は無い。しかし単独でやったのならばそれも不自然だ。何故なら奴は、()()()()()()()()()()()()

 

「《雪型弐型(かたな)》は確かに俺がへし折った。荷電粒子砲では追いつけない……何を使った?』

「当ててみろよ。解析はお前の得意分野だろ?」

「一々煽るな……いいだろう、お望み通り暴き尽くすか』

「そうこなくちゃ……たーだーし」

「私たちも忘れないで、ね?」

 

 完全に修復された機体を身に纏った楯無先輩が武器を構える。他の全員も同様で、戦意は微塵も萎えていない。

 さてどうしたものか。もう一度512本の装甲腕で押し潰してやりたいが、こちらの処理能力が低下し相手の性能が未知数となった今、それを同じレベルで実行できるかは怪しい。

 

「仕方ない……《CatastroFear:Arachne(王蜘蛛)×Arachne×Arachne×Hornet(雀蜂)×Centipede(百足)》』

「銃に剣か……」

 

 数はそのまま、形をクローからニードルガンと蛇腹剣に再構築し、残りは防御へ。パワーアシストも無くなったが、大雑把にコントロールするならこちらの方が使いやすい。

 

「蜂の巣にしてから引き裂いてやるよ!』

 

 高速の針とうねる刃。不規則な軌道で襲いかかる二種類の攻撃を回避することは困難を極めるが、決して防ぎ切れないような激しさではない。

 しかしこれは仕留めるための攻撃ではなく、相手の手の内を明かすためのもの。被害を最小限に抑えるための迎撃、それを武器を持たずに行える絡繰を見つけるのだ。

 

「一発は軽くなったけど、射撃が混じってるせいで鬱陶しさが増してる!」

「だろ? そして防御が薄くなったところが狙いだ!』

「はっ!?」

 

 さっきは目にも留まらぬ速さで攻撃を防がれた。しかしこれほどの密度で攻めれば、数発落としておしまいとはいかない。必ずどこかで武装の正体は見られるに違いない。

 オルコットと簪に向けていた《Centipede》を二本分、追加で一夏に叩きつける。

 

「っ……はあぁっ!!」

「……見えた。それがお前の武器だな』

「あ、もうバレたか」

 

 直撃コースだった蛇腹剣を弾いたのは光の剣。オーロラの代わって中に浮かぶ色鮮やかなそれが八本。ついでに白く他と比べて少し長いものを一夏が握っていた。

 

()()()()()、漂わせたオーロラ(エネルギー)(おさ)めて剣と為す。何本でも、何度でも……。それが【白式・至斂(しれん)】の発展仕様能力、『極光(きょっこう)至斂(しれん)』だ」

「なるほどな、無手で防いだように見えたのは一瞬で収束を解いていたからか』

 

 【白騎士】の時点でエネルギー操作の技術はある程度身につけていた。そこから形を剣に絞り、また素材となる光を機体の内側から外側に放出させたのがこの能力。

 そして『絢爛舞踏』から派生した『百花繚乱』と同様に、『極光至斂』の剣も『零落白夜』と同質のエネルギーから構成されていると見るのが妥当だ。下手に触れられることは敗北を意味する。

 

「厄介な能力が揃ったな、だが……それだけで俺を墜とせはしない』

「わかっているとも。私たちが復活して、進化して、お前が弱体化して……それでやっと釣り合うかどうか」

 

「「本当の勝負はここからだっ!!』」

 

 俺たちの声を合図に戦闘再開。同時に針を射出し、蛇腹剣で薙ぎ払う。専用機持ちは一斉に散開して回避する。

 

「先ずはこの物量をどうにかしなくちゃね!」

「枝分かれしている部分を狙え! 一箇所潰せば八分の一減らせる!」

「了解っ……そこですわっ!」

 

 オルコットの狙撃によって、《Arachne》の分岐点の一つが破壊される。どうせ本体()には何のダメージは入らず、数秒で再構築される部分だが、その数秒間は隙となる。

 

「今だっ!」

「速いな……《Scorpion》!』

 

 黒片の隙間を縫って飛び込んできた一夏の光剣を、急いで手元に生成した《Scorpion()》で受け止める。そのまま一合、二合と斬り結ぶ。

 

「ふっ──ぜぇぁっ!」

「チッ……!』

 

 辛うじて防御できているが、少しずつ押されている。そこらの相手ならいざ知らず、近接に特化し性能の上がった【白式】に剣で勝るのは無理があるな。

 

「今のうちに援護を……」

「《Weevil(象鼻虫)》っ……吹き飛べっ!』

「ちょっ!? ……ぶねー!」

「突っ込みすぎちゃダメよ一夏くん!」

 

 援護射撃は再構築した《Weevil()》で止め、防御に回していた黒片で強引に一夏を遠ざける。

 全員の伸び幅が思った以上に大きい。でなければ一部が破壊されようが懐に飛び込まれることはなく、今の攻防は成立しなかったはずだ。

 

「よし、次──」

「させるかっ!』

「うわぁぁっ!?」

 

 再び分岐点を狙われるのを牽制しつつ体勢を整える。

 半永久的なエネルギーの供給に機体の修復、シールド無効化斬撃の複数展開と操作。確かに強力だ。全員が復活したのも響いてる。しかしどうしようも無いわけじゃない。

 どれだけ強い力も、使うのは人間なのだから。

 

「機体が直ろうが時間は戻っていない! その気力と体力はいつまで持つかなぁっ!?』

「ぐあっ!」

 

 直っているのは機体だけ。散々俺に殴られ、切られ、潰された身体そのものは治っちゃいない。そんなことができるのは、生体蘇生機能を持つ【白式】だけだ。

 必要なのはより激しい消耗、中まで響く攻撃。傷を抉るような害意を形へ変えろ。

 

「《CatastroFear:Arachne×Ant×Centipede×Mantis(蟷螂)》……+《Legion(黒軍)》!』

「何通り組み合わせあるの……?」

「無限だよっ!』

 

 精度を高めるために本数を最小限に留めつつ、パワーアシストを復活。複雑な軌道の攻めは有効と判断して蛇腹剣は続投し、先端に大鎌を取り付けて攻撃力を高める。余りは隙間を通して襲わせる。

 

「しゃあっっ!!』

「さっきより速──うわっ!」

「! 気をつけろ! 目立つ大鎌だけじゃないぞ!」

「よく見えてるな……』

「いい目があるもんで!」

 

 数さえ減らせばそう簡単に捉えられることはない。パワーアシストの乗った火力と加速度ならば受け止めることも難しいだろう。

 しかし一夏にはもうこの攻撃の狙いが悟られている。先端が当たれば大ダメージ、そちらを注視すれば剣と黒片の餌食……って考えだったんだがな。

 

「だが全員同じ目を持っているわけじゃあるまい! 八つ裂きにしてやるよ!』

「くぅ、あああっ!」

「まだ、押し負ける……!」

 

 まだ俺の攻撃は奴らに通る。攻め手を枯らさない限り連携と反撃はできない。つまり俺がやるべきことは何も変わらない、倒れるまで攻撃を続ける。

 

「どうした、進化したんだろう!? 強くなったんだろう!? さっきの威勢をもう一度見せてみろよ!」

「言われなくても……くそっ!」

「はは、はははははは!!』

 

 一夏でさえもこの猛攻は受け切れない。少しずつ傷つき、直され、また傷つきの繰り返し。凄まじい勢いで疲労が溜まっていくのが手に取るようにわかる。

 精神論は嫌いだが、ISの性能を引き出すには心の強さが必要だ。つまり身体につられて心まで弱るようなことがあれば、その力は最低になる。

 

「進化も再生も、何もかも俺には通じない! その無駄な抵抗はいつまで続ける気だ!?』

「そんなのっ……私たちが勝つまでに決まってるでしょうがーっ!!!」

「!?』

 

 ──ただし心さえ弱らなければ、引き出される性能は落ちない。裏を返せば、心を強く持つことで……。

 

 

 

「ふっ──はぁぁっ!!」

 

 最初に動きが変わったのは楯無先輩。

 武器を《ラスティー・ネイル(水の蛇腹剣)》に切り替え、眼下に広がる海水を吸い上げて巨大化。質量・体積共に同等まで押し上げた上で振るうことで《Centipede×Mantis(蛇腹大鎌)》を弾き返した。

 

「お姉ちゃんがやったんだから、()()()()()にできないわけがない!!」

 

 続いて簪。

 《夢現(ゆめうつつ)》の刃を延長し、節目に当てることで受け止めることなく切断。そのまま《春雷》の射撃で粉砕した。

 

「見えた、そこだぁっ!」

「動きのパターン、読めてきましたわ!」

「目で追えないなら勘でやるまでよ!」

「僕たちだって!」

「負けていられんなっ!」

 

 篠ノ之さんが、オルコットが、凰が、デュノアが、ボーデヴィッヒが。まるで競い合うように専用機持ちの動きが激しさを増す。

 鋭い一閃で、正確な射撃で、衝撃砲と青龍刀の波状攻撃で、パイルバンカーの連打で、AICと砲撃の合わせ技で、有効な攻め手だった筈の蛇腹大鎌が破壊されていく。

 

「どこまで性能が上がるんだ! いくら発展仕様能力といえど、たった一機のISから受ける効果でこれほどの上昇率は異常だ!!』

「異常なんかじゃないさ。だってこの力は、発展仕様能力だけじゃないんだからっ!」

「がぁっ!?』

 

 阻む物が無くなり、一夏の斬撃をもろに食らう。分析通りバリア無効化攻撃の影響で絶対防御が発動し、大幅にシールドエネルギーが削られてしまった。

 一体何が起きている。『百花繚乱』の効果だけではない強化。それも皆一斉に、()()()()かのような……まさかこれは!

 

「『共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)』かっ!』

「大正解! 流石はテストほぼ満点だな!」

 

 ISとISとが激しく共鳴することで起こる現象。一説には、搭乗者の感情の高まりが引き金となるとされている──その影響は、未知数。

 世界でも例は少なく、狙って起こせた者は存在しない。八人全員が同時に引き起こしたそれは、正に奇跡と呼べるだろう。

 今の俺には、決して至れない領域。

 

「軽々しく奇跡なんか起こしやがって……ふざけるな!』

「いいやふざけるね! くだらない意地張って、一人で戦ってるお前には丁度いい!」

「黙れぇっ!!!』

 

 苦し紛れに放った黒片群は苦もなく躱され、カウンターの形で振るわれた刃が突き刺さる。

 もう何度目かもわからない形勢逆転。数で負け、単体性能でも押し負け、ここから俺が逆転する方法なんて……いいや、するんだよ。だって俺は勝たなくてはならない。

 勝たなければ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……やはりお前を倒さなければ、俺が勝つ(生きる)ことはできないようだなぁ、織斑一夏っ!』

「いいや勝つのは俺たちだ、そしてお前も死なせない! 九十九透っ!」

 

 俺に残されたシールドエネルギーは残り少なく、持久戦は不可能。しかし奴らの『共鳴現象』も、回復も無限に続くわけじゃない。どちらかが切れたらこの戦いは終わり。

 ……けれど、そんな決着は望んじゃいない。絶対的な力の差を持って相手を叩き潰すことこそ、自分の正しさを証明する方法だ。それはお互いよく理解している。

 

「今ここでっ! 確実に、永遠に終わらせてやるっ!』

「……皆、力を貸してくれっ!」

「「「了解っ!!」」」

「よっし来た……終わるのは、お前の過ちだ!」

 

 全ての黒片を集結させ、何の模倣でもない新たな形を組み上げていく。目指すは最低最悪の絶望と破滅。俺という生物の象徴。

 対する一夏は専用機持ちから受け取った光を自身の極光(オーロラ)と混ぜ込んで、奴自身の象徴を作り出す。

 

「斂めて至れ、不撓の一……!」

「恐れよ害為せ、九十九の災禍……!』

 

 白く輝く一振りの刃。黒く醜い九十九の爪。双方合わせて百の想いが相対する。

 

 

「『絶刀《(ハク)》』ッッ!!!」

「《CatastroFear:Death(黒死爪)》ッッ!!!』

 

 

 

 瞬間。想像を絶する衝撃が駆け抜ける。ほんの僅かでも気を抜けば遥か彼方へ飛ばされてしまうだろう。

 右の義手が悲鳴を上げている。身体がバラバラになりそうだ。

 

「……ぐぅぅぅぅおおおおお!!!』

「っっ、うううううううう…………!」

 

 だが、これしきのことで力を緩めるわけがない。ここは絶対に引くわけにはいかない、負ければ全てが無に帰すのだから。

 均衡は崩れ、徐々に俺が押していく。

 

「ぜあああああっっっ!!!」

「ぁぐぅっ!? ……があああああっっ!!!』

 

 今度は一夏が出力を上げ、崩れた均衡を押し戻す。

 さっきの衝撃でエネルギー供給バイパスは切れている。つまりはお互い、ここでぶつけ合う力が全てだ。

 

「うおおおおぉぉぉっっっっ!!!!!」
 
「はああああぁぁぁっっっっ!!!!!』

 

 聞こえるのは俺たちの絶叫だけ。それもぴったり重なって、どちらが何を叫んだのかもわからない。

 そして、何時間にも引き伸ばされたような一秒が過ぎ、

 

「おらああぁぁっ!!!」

「ぐっ……うぅっ!?』

 

 《Death(黒死爪)》の半分が粉々に砕け散った。当然九十九の物量で保たれていた均衡は再び崩れ、今度は俺が押し込まれていく。

 

「何故だ、どうしてこちらが先に砕けている! 互角だったはずなのにっ!!」

「それが一人の限界だっ!!」

「一人の限界……ああ、ああああぁっ!!』

 

 理解してしまった。納得してしまった。目の前にできた差が、今まで俺が切り捨ててきたものによって作り出されたことを。自分がそれを後悔してしまったことを。

 こうしている間にも、残された《Death》は次々失われていく。

 一つ壊される度に後悔が脳裏に浮かぶ。それは過ちを肯定すること、そして信じた正しさを否定すること。

 あっという間に、九十八本が失われた。

 

「そうか、俺は、俺は……』

「……いいんだ。もう、終わりにしよう」

「あぁ…………』

 

 極大の刃が最後の一つを断ち切っていく。俺は救いを求める様に、両手を広げてそれを受け入れる。

 

 

「うおおおおぉぉぉっっっ!!!!!」

 

「……ごめん。ありがとう』

 

 

 そして、白と黒とが爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第68話「真価・白黒」

 

 

 

 




 
 やっぱり織斑一夏なんだよなぁ
 
 次回からお気に入りユーザー限定公開にするので読みたい人がいたら活動報告でコメントしといてください。


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第69話「継承・群咲」

 こっそり修正初投稿です。
 明日はふんどしの日なのにチョコの話題多すぎませんか? ふんどしチョコ作れよ


 

「……う」

 

 波の音が聞こえる。目を開けば曇り空が広がっていて、手足には濡れたような感触と背中に異物感。どうやら海面に浮かんだ何かの上に乗っかっているらしい。ついでに全身が痛い。

 

「…………」

「あー……」

 

 俺を取り囲むように専用機持ち等が並ぶ。起きるまで待ってたのか、それとも死亡確認でもしにきたのか……まず俺はどれくらい寝ていたのだろう。

 

「…………」

「…………」

「なんか言ってくれよ」

「そっちから話すのかなと」

 

 とりあえず黙ってみたら突っ込まれてしまった。何というか、久しぶりの感覚だ。ほんの一月前まで同じノリで話していたというのに。

 とにかく、勝者(こいつら)が対話を求めるなら敗者()は応えるしかないな。俺から聞きたいこともある。

 

「……どうして殺さなかった。俺は敵で、お前ら八人どころか何百人も死体同然に変えようとした男だぞ」

「それは今止めたろ。結局お前は誰も殺してない。だから、俺たちもお前を殺さない」

「『殺してでも止める』とか言ってたのにか?」

「ばっ……それは言葉の綾ってやつだろ!」

「冗談。わかってるよ……はは」

 

 慌てる一夏を見て自然と笑い声が漏れる。何だか張り詰めた糸が切れたみたいだ。……こっちの方が気楽かな。

 こいつらは最初からずーっと俺を止めるために戦っていた。言葉では色々と言っていたが、最後まで殺意が向けられることはなかった。ハリボテの殺意を必死に見せつけていた俺とは大違いだ。

 

「俺の寿命が残り少ないことは知ってるよな?」

「もちろん」

「じゃあこの状況が俺の生存にとって非常にまずいことだってことも知ってるよな?」

「ああ」

「今更聞くまでもないでしょう?」

 

 ま、話したのは俺だしな。覚えてるに決まってるか。

 世界か俺か。二つに一つの選択肢を見せられて、その上で両方を取ると決めた。俺も知らない第三の選択肢。

 

「本気でできると思ってるのか? 最悪世界も俺も失うことになるってのに」

「いいやできるね。()()()()()()()()。……博打だけど」

「……マジ?」

「えっそれ共有されてないんだけど」

「おい!」

 

 自信たっぷりに答えたかと思えば、不安になるような情報が出てきたんだが。本当に任せて大丈夫か……あ。

 俺、もう()に任せてみようって思ってる。

 

「ふふ、はははははっ、くくくく……」

「だ、大丈夫!? 頭打った!?」

「ちげーよ……ただ、色々とわかった気がしてな」

 

 どうして俺が負けたのか、どうして皆が強くなれたのか。一人では勝てない理由をやっと理解できたのかもしれない。

 この結果は必然だったというわけだ。少なくとも俺の中では完敗だ。

 

「つーことで降参。お前らの勝ち。負けでいいでーす」

「なんか言い方ムカつくわね」

「最後から負け惜しみ感滲み出てる……」

「一発いっとく?」

「やめてくれマジで無理」

 

 もう十分だ、文字通り骨身に沁みたからな。これ以上食らったら今度こそ死んでしまう。

 

「なあ、透はこれからどうするんだ?」

「どうするって……とりあえず動けるようになるまで待って、それから学園にでも出頭するさ。()()()()じゃもう戦えないからな」

「……悪い、やり過ぎたか?」

「謝らなくていい。俺は馬鹿だからなぁ、これぐらいしてもらわないと間違いを認められなかったのさ」

 

 合成コアは消滅。腹部の(メイン)コアにも罅が入り、右腕と左足の義肢もほとんど壊れかけ。それが今の俺だ。

 非常に残念だが、これからの戦いにはついて行けそうにない。ここでリタイアするしかないだろう。

 

「まあ心配することはない。幸い移動できるくらいのエネルギーはもらったみたいだしな。篠ノ之さんに」

「ガス欠で沈まれても困るのでな。最低限の修復もしておいたぞ」

「いつの間に……わかった、気をつけて行けよ」

「お前らこそ気をつけろよ、あの人ならとっくに気づいてるだろうからな」

「だよなぁ……」

 

 今頃は俺の敗北を察知して、何かしらのアクションを起こしているからだろうか。……いや、()()()()()()の間違いだったな。

 これ以上引き留めるのは良くない。向こうから来る可能性だってあるわけだし、まだ勢いのある内に攻めて行った方がいいだろう。

 

「じゃあ行ってくる。また──」

「──いや、楯無先輩ちょっと待って」

「えっ?」

「これ、()()()()ください」

 

 前言撤回して差し出したのは、なけなしの黒片を組み上げた剣。さっきまで振るっていたような切れ味も大きさも無く、その辺の量産品と同等か少し劣るくらいの出来だ。

 

「ぶっちゃけ二、三回振ったら壊れるようななまくらです。無いよりはマシだと思いますが……まあ適当に投げといてもいいです」

「……うん、持って……じゃなくて、()()()()()

「覚えてたんですね、それ」

「君もね」

「「「?」」」

 

 皆何の話かわからないって顔をしているな。気にしないでくれ、これは俺と先輩だけの話だから。

 託して、継いで、繰り返し。あの時先輩が言ったこと、俺にはできないと思っていたこと。……本当はこんなにも簡単だった。

 

「行ってこい、応援してる」

「……ああ! 任せとけ!」

 

 今度こそ全員が飛び立ち、みるみる機械の翼が遠ざかっていく。あの分だと束様がいる地点までは数分で着くか。

 ……もうこちらの様子はわからないかな。少なくとも肉眼では見えないし、もういいだろう。()()()()()()()()()()()()()ところだ。

 

「う゛っ……が、げほっ……」

 

 激痛に身体を丸めて吐血する。この血は消化器官か呼吸器、あるいは両方から出たものか、全身痛過ぎてどちらかわからない。

 無茶ばかりしていた時に味わった、骨折や肉が潰れる感覚、それを何倍にも増幅したような痛み。心当たりなんて一つしかない。

 

「不思議とは思ってたんだ……『治癒力を抑える薬』なんて……都合が良すぎる物があるのかって……」

 

 今はっきりした。あの薬は薬品じゃない、ナノマシンだ。治癒力を抑えていたのは本当だろうが、それだけじゃない。

 俺が裏切った時、またはしくじった場合に暴走させて始末する予定だったか。形と説明に惑わされて、体内に爆弾を仕込まれていたってわけだ。

 

「ふぅー……ぅ、痛、あ゛ー」

 

 感覚からして、暴走させられたのは一瞬だけ。既にナノマシンの機能は元の治癒力低下に戻っているだろう。致命傷を与えつつ、再生は防ぐか……これでは学園に戻ることもできない。

 

「やばい……目ぇ、霞む……」

 

 全く起き上がれない。痛くて、寒くて、視界が暗くなってきた。

 

 ああ、駄目だ。俺にはまだ──……

 

 

 

『よう』

「は?」

 

 瞬きした瞬間、どこまでも続く平面に俺はいた。吐いたばかりの血は見当たらず、全身の痛みも感じない。欠けていた手足も戻っている。

 暗闇ではない、しかし黒い謎の空間。そして背後からかかる声……思い出した。ここはISコアの内側だ。

 

「久しぶりだな、俺(2)」

『そうだな。二ヶ月ぶりか? 俺(1)』

 

 後ろにいたのは俺とそっくり同じの見た目で笑う《Bug》のコア人格。その名も九十九透(2)だった。

 

『派手に負けたなぁ、だからこそ分かれて話すことができるわけだが』

「100%に到達してからは、特に分かれる意味もなかったからな……」

 

 100%、過ちを繰り返した結果に得た力。目先の生存を優先していたとはいえ、随分と愚行を重ねた物だ。

 目の前の俺(2)もそれに気づけているらしい。

 

本物(オリジナル)複製品(コピー)、人と機械の違いはあれど、俺たちはどちらも九十九透だった。つまり二人して同じ間違いをしていたわけだ」

『全くだ。捻くれすぎだぞ搭乗者(マスター)?』

「勝手にコピーしたのはお前だろう」

「『…………』」

「『どっちも馬鹿だったな』」

 

 結局何言っても自分に返ってくるだけだな。

 

「で? わざわざ呼び出してするのが反省会か? 本体(俺たち)死にかけなんだぞ」

『そうだな。事態は一刻を争う──その上で話さなきゃいけないわけだが』

「……だろうな」

 

 俺の専用機であるのなら、今がどういう状況かはよくわかっている。その上で話すべきことなんてある程度の予想がつく。

 

『わかってると思うが、今の本体は生体維持機能で補えないほど傷ついてる。本体の治癒力が相殺された今の俺たちじゃ、どう頑張っても耐え切れない』

「この調子じゃ戻る前に死ぬし、そもそも治療できる人がいるのかも怪しい……詰んでね?」

『なら諦めるか?』

「いいや、諦めるものか」

 

 負けたって、可能性が低くたって、思考放棄して死ぬなんてことはありえない。いつだって生きるために、それが俺の信念だ。

 第一ここで死んだら、何のために戦ってたのかわからないしな。

 ……けれども、信念だけで生きれたら苦労はしない。

 

「詰みかけなのはマジなんだよなぁ、うーん……」

『確かにな。だがそれは、『今の俺たち』の話だ』

「はっ!? 何をして……」

『治癒力が相殺されたなら、上乗せしてやればいい。上乗せする(生体再生)機能がないなら作ればいい……わかる?』

 

 突如目の前に立つ俺(2)の姿が、爪先から少しずつ黒い粒子に変換されていく。何かの異常か? それとも……

 

『生体再生機能は【白騎士】コアに内蔵された特権だが、その気になれば普通のISに後付けできないわけじゃない。今どの国もやっていないのは、再現する技術力と他機能と両立できるだけの容量がないからだ』

「それは『最強の兵器』たるISの搭乗者が、ここまで傷つく想定なんてしていないだろうから……待て、それとお前が消えることに何の関係がある?」

『まあ続きを聞けよ。逆を言えば、その二つが揃っていれば使える。そして今の俺には束様(あの人)から受け取ったものと【白騎士】を解析したデータを持っている……あと必要なのは容量だ』

 

 解析データさえあれば完全ではなくとも、それに近いものは作れる。どれほどの性能に仕上がるかは不明だが、今よりは遥かにマシだ。

 だが、容量は? こればかりはどうにもならない。ただ一つの方法を除いて。

 

「……だからお前が消えるのか。足りない容量を確保するために」

『そうだ。必要なデータを入れるために、不要なデータを削除する……当然のことだろ?』

 

 理屈はわかる。『九十九透』という一人の人間を模倣した人格データ、消えれば相当の容量が空くだろう。確かに他に取れる手段はないし、仕方のないことかもしれない。だがそれでも、目の前にいるのは『俺』なんだ。

 こうしている間にも変換は進み、下半身はもう消えている。俺は、何を言えばいいのだろう。

 

『勘違いするなよ。元より俺の存在理由なんて本体(お前)を生かすことだ。そのためならこうして消えることに何の恐れもないし、納得してる』

「でも、俺は……」

『いいから。ほら、もう忘れたのか? これも『託す・継ぐ』ってやつだよ』

「……あー。そうか、そうだったなぁ……」

『自分に託す、自分から継ぐ。これも悪くないだろ?』

 

 俺はまだまだ馬鹿だったらしい、さっき気づいたばかりなのにな。

 託されてしまったのなら、俺はもう止めない。余計なことは言わないでこの想いを継いでいくだけだ。

 もう胸元まで消えた。残された時間はあと僅かだ。

 

『いいか、この生体再生機能は所詮紛い物、無いよりマシな延命措置に過ぎない。くたばる前に何としてでも希望を掴み取れ』

「了解。猶予さえあれば何とかしてみせるさ。……実は『仕込み』もあったりして」

『流石は本物だ。用意がいい』

 

 首元まで消えた。……もう、お別れだ。

 

『死ぬ気で生きろよ。お前の生存戦略で』

「……ああ。じゃあな!」

 

 全てを変換した粒子が俺の中へ入ってくる。温かくて、少し寂しくて、それ以上に心強い不思議な感覚。

 そして、俺は。

 

 

 ばきり。

 

 

 

 

 

 

 透と分かれてから数分。レーダーに映る紫色の点を目指して到着したところには、宙に浮かぶ人影が一人。

 篠ノ之束だ。

 

「見つけた! 束さん!」

「待ってたよ。来てほしくはなかったけど」

 

 返された態度は拒絶。かつて興味の対象だった俺は、怪しい笑顔を向けられたことは数あれど、ここまで不機嫌な表情を直接向けられたことはない。その対象以外には日常茶飯事だったけれども。

 当たり前と言えばそうだが、明らかに俺たちが来ることを、もっと言えば俺たちが透に勝ったことを知っていたらしい。

 

「正直なところ結構驚いてるんだよ。私は十中八九とーくんが勝つだろうと踏んでいたから。そう思えるくらい力の差があった」

「一対一なら何度戦っても勝てなかったでしょう。けど俺たちは八人で、透は一人だった」

「そうだね。結束と共鳴の力を甘く見過ぎていた……私も、とーくんも」

「貴女にしては随分あっさりと認めますね、姉さん」

「真に間違っていたことを意地張って否定するほど私は馬鹿じゃないよ、箒ちゃん」

 

 本当に別人のようだが、これが素の束さんなのだろう。今までのふざけた態度の裏に隠していた本当の表情と声。透もこの姿を見ていたのかな。

 

「久しぶりに会ったところだけど、無駄話で時間を潰すつもりはないよ。()()()はほとんど準備できてる」

()()……? って、いつの間に!?」

「最初からだよ。隠してただけ」

 

 ぱちり。束さんが指を鳴らすと、背後に巨大な紫の花々が咲いた。その花こそが束さんの専用機。世界、そしてを救うために戦わなければならない俺たちにとって最後の敵。

 

「これが最後の仕上げっ──」

「何だあれ……同化してるのか!」

「う、ああ、あ……」

 

 一際大きな花の中心から伸びる緑の触手が束さんに絡み付き、飲み込んでいく。その光景はどこか美しく、そしてグロテスクだ。

 下半身が花の中へ取り込まれ、上半身のみが外に出ている。どうやら透とは違い、あくまで本体と機体の接続が目的の同化らしい。

 

総天機神(そうてんきしん) 群咲(むらさき)──さあ始めようか、全てを賭けた最終決戦を」

「──やるぞ皆っ!!」

「「「了解っ!!」」」

「…………はぁ」

 

 始まった。まず溜息と共に襲いかかるのは束さんに絡み付いたものによく似た触手。花と一緒に生えていることと、刺々しい見た目からするに茨と呼ぶべきか。

 単純なパワーで叩いてくるのか、それとも物量で押してくるのか、直に触れたらアウトなパターンも考えられる。

 

「だがどれも経験済みだっ!」

 

 パワー、物量、接触禁止、俺たちにとっては初見の攻撃じゃない。現状の戦力で十分に対応できる。

 

「……『網』」

「──セシリア、シャル!」

「お任せください!」

「迎撃するよっ!」

 

 俺たちを包囲するように展開された茨を二人が撃っていく。耐久力はそこそこ止まりなのか、完全破壊には至らずとも包囲網は容易く穴だらけになった。

 

「箒! 鈴! 楯無さん!」

「「「はああぁぁっ!!」」」

「『盾』」

「硬った!?」

 

 穴を縫って飛び出した三人の斬撃は茨を集めて作られた盾が塞ぐ。その表面には深く傷がつけられたものの、シールドバリアに届いた様子はない。

 

「『槍』」

「うわあっ!?」

「カバー行くぞ!」

「「了解!」」

 

 三人に向けられた攻撃は俺とラウラ、簪さんで止める。

 鋭く重い茨の槍、直撃すればただでは済まないだろうが、特別恐ろしい威力ではない。その証拠に俺は弾き返し、ラウラは『AIC』で止め、簪さんは受け流している。

 

「へぇ……うん。とーくんを倒しただけはある」

「余裕ですね。それともこの程度で終わりですか?」

「まさか。今のは肩慣らしだよ。私がISに乗って(こうやって)戦うのは今日が初めてだから」

「開発者なのに……?」

 

 初めてでこれほどの操作技術。逆に考えれば、ここから慣れていくことで更に精度は上がっていく可能性が高い。そして『天災』と呼称される彼女なら、その考えは軽く超えてくるに違いない。

 それも、遥か斜め上の方向で。

 

「『()()』」

「……せ、せん?」

 

 唐突に出た大きすぎる単位に理解が遅れた瞬間、目の前に広がったのは緑の壁。正確には壁ではなく、茨が絡み合って形作られた幾つもの手だ。

 数えるのも嫌になる数だが、『千手』と束さんが言ったからにはその通りだろう。手一つに使われている茨の本数を考えると万に到達するかもしれない。

 

「数はこれで限界か。とーくんの倍は用意したけど……足りるといいな」

「いやいやいや、足りるとかそういう次元じゃない!」

「そっか。ならいけるね」

「──ッッ!!」

 

 夥しい数の手が一瞬で周囲を覆い尽くす。どうにか通り抜けられそうな隙間は──無い。

 

「うっ、ちょっと! 多過ぎるんだけど!」

「一つ一つは透くんのより弱いわっ! とにかく捕まらないことに集中してっ!」

「はいっ! ……あれ、捌ける」

「『百花繚乱(パワーアップ)』のお陰だな!」

 

 確かにとてつもない量だ、多少透に劣るとはいえパワーもある。けれど『百花繚乱』のバックアップがあれば捌き切れる。

 幸い箒の精神が続く限りエネルギーは半永久的に持続する。このまま粘り続けて、僅かな隙に反撃を捻じ込めれば……。

 

「すごいね、『発展仕様能力(ネクスト・アビリティー)』。自分が設計してない力がこうも活躍するのは腹が立つな」

「首洗って待っててくださいよ! その腹立つ力にあなたは負けるんですからっ!」

「負ける? 何を言っているのかなぁ……だって、()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

「ほら、ごらん」

 

 言葉と共に眼前に差し出された掌。その中心には紫色の花が咲き、ほんの一瞬だけその鮮やかさに気を取られる。

 

「《権能行使(コード):束の紫(ヴァイオレット)》」

「しまっ──」

 

 暗転。

 

 

 

 

「あ゛……え゛……?」

「な、んで」

 

 謎の暗転が終わり、激痛と意識の混濁を堪えて目を開く。何が起きた。何をされた? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「共鳴現象が解けてる、『百花繚乱』も、『極光至斂』も発動してない……」

「私は瞬きすらしていなかった。何も感じずにここまでやられるわけがないっ!」

 

 そうだ。あの瞬間俺は瞬き一つしていていなかった。きっと皆もそう、油断なんてしていない。

 まるで時間が飛ばされたような感覚。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「……気づいてたと思うけどさ、私と【群咲】はとーくんと【Bug-CatastroFear】に比べたら数段弱い。あり得ないことだけど、正面からぶつかったら間違いなく押し潰されてる」

 

 気づいてはいた。この茨だって相当の脅威だが、あの黒片に比べるとまだ何とかできる武装で、事実さっきまでは対応できていたはず。

 

「とーくんに勝った君たちなら負ける理由なんて無かった。それでも私は『勝てる』という確信があって、事実こうして追い詰めている……何でか、わかる?」

「《権能》があるから、でしょう……う゛っ」

 

 他でもない開発者を相手取るのだから、きっと何かあるだろうとは思っていた。だがまさかここまでとは思わなかった。

 《権能》の力で暗転させられたとして、花がきっかけになっていることは間違いない。このダメージは明らかに直接攻撃によるもの、茨で殴られたのか。つまり暗転とダメージに直接の関係は無い……。

 

「洗脳……いや、支配か」

「正解。『ISの強制支配』、それが【総天機神 群咲】の《権能行使:束の紫》の力だよ」

「まためちゃくちゃな……!」

「君には言われたくないかな」

 

 飛んでいたのは時間ではなく意識。情報が遮断されてしまったのを誤認していただけ。支配をかけた側からすれば、無抵抗の相手を甚振っていた様なものか。

 

「『強制』でも『無制限』なわけじゃない。トリガーとして花を認識させることが必要だったり、機体のコンディションだったり、搭乗者の意識レベル、対象の数……今は解除されているのもそのためだよ」

「解説どうもっ……はっ!?」

「まあ、目覚めたなら繰り返せばいいんだけど」

 

 暗転、覚醒、暗転、覚醒。何度も意識を奪われ、その度に茨が襲う。元々『百花繚乱』の力で強引に戦闘を継続させていた分、それが切れると一気に戦力が落ち、このループから抜け出すのが困難になる。

 目を閉じればいいのかと思ったが変化はなし。きっと認識させることとは視覚だけではないのだろう。五感を潰せばいけるか? ……結局戦えなくなるだけだ。

 

「本当は、《皇の白(ホワイト)》と《后の赤(レッド)》と合わせて使うはずだったんだけどね。467ものコアを一気に支配するためにはそれくらいじゃないと」

「残念でした、協力なんてしませんよ……!」

「……違うね、君がするのは服従だっ!」

「あ゛っ! ……ぐ、ふぅ……」

 

 ガラ空きの腹に茨がめり込む。反撃しようにも動きを封じられ、エネルギー切れで剣も作れず、形態移行もできない今の俺にはどうすることもできない。

 そう、俺には。

 

「やあっ!」

「!」

 

 楯無先輩が何かを投げる。隠し持っていた武器か、軌道は束さん目掛けて一直線。しかし束さんは一瞬反応しただけで、慌てる様子もなく破壊した。

 

「これは……とーくんの剣か」

「そうよ。私たちが継いだ、透くんの心」

 

 砕かれた破片を見れば、透から託された『なまくら』だ。元々楯無さんの武装でないそれは量子化されておらず、暗転中の攻撃にも当たらなかったらしい。

 

「本当に『ただのなまくら』。何の意味もないゴミを託すなんて、そんな愚かな真似をするとはね」

「……それは違うわ」

「ああ、大違いですよ」

 

 性能や形は重要じゃない。大事なのは込められた意志の強さだ。託していた時はわからなかったけど、意味なんていらないし、愚かかどうかなんて関係ない。

 

「神様気取りのあなたにはわからないでしょうね! 凡人の理解が足りないんじゃないですかっ!?」

「だけど現に壊れているっ! 私に傷の一つもつけられず、粉々にっ……こなごな、に?」

「そう、()()()()()()()()()わね」

「あーあ」

 

 よく似た光景をさっき見た。それは束さんも見ていたはずだ。

 さて、その後はどうなったっけ?

 

「眠れっ!《権能行使(コード):束の(ヴァイオレ)──」

 

 慌てた様子で蕾が展開される。これが開いた瞬間また暗転するのだろう。そうすればもう目覚めることはないのかもしれない。

 最後の開花が始まって、そして……何も起こらない。

 

「来たな……!」

「──遅かったか!」

「はーーーーっっはぁっっっ!!!」

 

 支配に失敗したことで反応が遅れ、その隙に乱入した黒い影が茨を斬り刻む。

 突然の加勢、その影の正体は──

 

「俺! 大・復・活っ!!!」

 

 ──元裏切り者の九十九透だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第69話「継承・群咲」

 

 

 




 ドシリアスパートは終わりました


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第70話「害虫・虹色」

 実はこの作品を書く上で一つの縛りを設けてまして、それが『1話に10000字以上書かない』でした。
 なんで急にこんなこと語ったかと言いますと、今回10000超えてるからです。
 というわけで初投稿です。
 


 

 

「やあやあさっきぶりですねぇ束様ぁ! 随分イラついてるご様子じゃあないですか!」

「とーくん……!」

 

 少々テンション高めでな俺を束様が睨みつける。さすがにあの傷で戻ってくるとは思っていなかったか、綺麗に乱入を決められた。

 

「遅いぞ透! 危うく俺たちだけで勝っちゃうところだっただろ!」

「馬鹿お前、どう見てもボコボコにされてんじゃねーか」

「こっから逆転するんだよ! なぁみんな?」

「あったりまえよ!」

「えぇ……」

 

 強がりもここまで来ると清々しいな。こいつららしいっちゃらしいか。

 実際俺は遅れたわけではなく、タイミングを見計らっていただけなのだが……具体的には千本も手が生えた辺りから潜伏していた。無策に飛び出しても即死するからな。

 

「よくも、私の《権能(コード)》をっ……!」

「ふふふふふ、まぁあなたならどうして使えないかわかりますよね。だが説明はさせていただくっ!」

 

 手段を問わず花を認識させることで対象を完全に支配する脅威の力、《権能行使(コード):束の紫(ヴァイオレット)》。多少の制限こそあれどその力は『神』に相応しいと言えるだろう。

 だが俺の切り札は、『神』すら殺す『災厄』だ。

 

権能歪曲(Code):災厄の黒(Black)》! あなたの《権能》を無効化させてもらった! もう『支配』はできません」

「知ってるよ、全部見てたんだから! 発動に必要な条件もねっ!」

「ええ、それはあなた自身の手で達成されたわけですが」

 

 《権能歪曲》の発動条件は一つ。【Bug】に搭載された対IS用ナノマシンを一定以上付着させること。一夏にかけた時は俺の直接攻撃で達成したが、まだ一度も攻撃していない束様にはどうやったのか?

 

「ちょっとちょっと、私たちだって頑張ったんだけど?」

「わかってますよ楯無先輩。いい芝居でしたよ、お陰でばっちり乱入決められましたし」

「でっしょー!」

 

 その答えはあの黒剣。楯無先輩に託したアレだ。ヤケクソのように先輩が投げ、容易く破壊された『なまくら』だが、その中にはたっぷりとナノマシンを仕込んでいた。

 『適当に投げて』……時間がなかったのもあるが、回りくどい言い方をせずに伝えたのがよかったかな。もしも海に捨てられていたら詰んでいた。

 

「茨を切るついでにも付着させておきました。もう簡単には解除できませんよ」

「そう……ここまで読んでたってわけ?」

「考える限りの最悪を想定したまでですよ、これくらいはやるだろうってね」

 

 ISの開発者たる束様が反逆を想定してないわけがない。単純な武力以外で制御する方法があると見るのが妥当だった。そうくれば最も警戒すべきなのは《権能》、あとはその対策を立てるだけ。

 何年部下やってたと思ってる。いくら天災相手だろうとほんの少しくらいは理解できるさ。

 

「今度は私を裏切るなんてね、蝙蝠のISなんて作った覚えは無いんだけど?」

「いやいやいや、()()ですから。強い光(希望)に向かって飛んでいっちまうんですよ、なぁ?」

「……そうだな、お前はそういうやつだ」

 

 裏切り上等。何せ生きなければならない理由が増えたばかりなんでな、生き汚く行かせてもらおうか。

 他でもない俺のために。

 

「というわけでだ、是非とも俺を仲間に入れて欲しいんだが……ダメかな?」

「ダメなわけないだろう、そもそも来なかったらキレてやるつもりだったからな」

「「「うんうん」」」

「えっ怖……」

 

 来てよかったマジで。

 

「言っとくが今の俺は雑魚だぞ。黒片はギリギリ使えるものをかき集めただけだし、その制御系も大幅に劣化してる。さっきみたいな物量も多彩さもないからな」

 

 合成コアと《CatastroFear》の大半を喪失した上に(2)まで消えた今、俺と【Bug】のスペックはその辺の量産機より多少マシなレベルにまで落ち込んでいる。

 持ってこれた武装は僅かに三種類。使い慣れてて火力のある《Centipede(蛇腹剣)》、単純に生成コストが低かっただけの《Weevil(黒盾)》、そして隠し球が一つ。貧弱だ。

 

「はぁー? 見てみなさいよ私たちのダメージ。あんたの方が何倍も元気じゃない」

「まだまだいけそうね! 引き続き妨害よろしく!」

「過労死しそう」

 

 ……やっぱり来てよかった。いや、脅されているのは関係無く、こんなにも簡単に受け入れてくれるのだから。

 

「『百花繚乱』! これで全員復活だ!」

「『極光至斂』……改めて行くぞっ!」

「「「応っ!!」」」

 

 そして戦闘再開。復活を遂げた八人が最前線で、俺は一歩引いた位置から茨を迎撃する。

 俺は一瞬たりとも妨害が途切れないように努めつつ分析。他は俺に攻撃が行かないように相手を押さえ込む……要は姫プレイだ。何だか情けない気もするが、気にしている場合じゃないな。

 

「『支配』の根源は俺が断ってみせる! お前らそれまで耐えてくれよ!」

「頼んだ! はあぁっ!」

「無駄だよ、私の《権能》は破れない。せいぜい君の紛い物の《権能》で抑え込むのが限界だっ!」

「本当にそうかな、やってみなくちゃわからないっ!」

 

《権能歪曲》はナノマシンを介してプログラムを改竄し、機能不全を起こさせる。しかし向こうも修正という抵抗をするわけで、実際無効化中は改竄と修正の繰り返しだ。

 その繰り返しの中で俺は分析をしているわけだが、ほんの少しだけ引っかかる点がある。

 

 この人はどうやって、《権能》を維持している?

 

 強力かつ複雑なプログラムにはそれ相応の処理能力が必要だ。『自由に指定した対象の支配』なんて『単体を対象としたデータ消去』や『例外を除いて一括弱体化』に比べてもずっと複雑だろうに、どうして平然と扱えるのか。

 いくら束様といえど茨の操作と機体の制御、《権能》の常時発動と修正なんて単独でこなせるのだろうか。仮にできるのだしても、わざわざ自分の負担を大きくするとは思えない。

 そして何より、『支配』という二文字が引っかかる。

 

「もう少し、もう少しで掴める……」

「舐められたものだね、考え事とはっ!」

「やばっ、《Weevil》!」

「大丈夫!?」

「平気、逸らした!」

 

 思考が分析に傾きかけた瞬間、そこを狙って突き出された茨を《Weevil》で弾いて逸らす。危うく直撃するところだった。いくら機体が修復されているからって、まともに入れば一発KOなことは変わらない。

 一瞬の油断が命取り、こんな状況で分析に頭を回すのはかなりきつい。

 

「もう少しでわかりそうなんだがっ……ああもう面倒くせえなクソがっ!」

「おい! 本当に大丈夫か!?」

 

 思考、迎撃、改竄、凄まじいマルチタスクで脳が沸騰しそうだ。今までどれほどもう一人の処理能力に頼っていたかわかるな。

 

「……ん?」

 

 もう一人、もう一人……ああ、理解した。そういう仕組みだったのか。

 

「根源は大輪()の中かっ!」

「っ!?」

 

 わかってみれば至極単純。単独で処理しきれないのなら、単独でやらなければいいだけのこと。そして協力者は本体のすぐ近くにいる。

 答え合わせは反応を見れば十分。あとは実行だ。

 

『全員聞いてくれ。今から俺が突っ込んで、《権能》の完全に無効化する。その間俺に向かってくる攻撃を引き受けてほしい』

『引き受けるのはいいけど、突っ込むのはお前だけでいいのか?』

『正直もう一人欲しいが、二人も近づける隙ができるとは思えない。俺だけで行く』

『……わかった。 タイミングは任せるわよ!』

『はい!』

 

 作戦を共有して準備を整える。仕組みを看破された束様の迎撃はきっと凄まじいものになるだろう。しかしそれを潜り抜けなければ俺たちに勝利はない。

 隙を見つけろ。仲間を信じて突っ込むんだ。

 

「まだだ、まだまだ……」

「これ以上余計な真似はさせない! 蝿のように叩き落としてやるっ!」

「──今っ!!」

「「「了解っ!」」」

「何っ!?」

 

 四方から俺をはたき落とすような軌道で接近する茨。その間にできた小さな隙間を目指して瞬時加速する。最速最短でいこう、割り込む邪魔は仲間が防いでくれる。

 目標は、束様が下半身を取り込ませたあの大輪。その中にあいつがいる。

 

「うおおおおっっ!!」

「このっ……ひっつくなっ!」

「直ぐに離れますとも。こいつを引っ張り出してからねっ……《Centipede》!!」

 

 抵抗する本体には目もくれずに《Centipede》を振るう。硬い花弁を二枚、三枚と切り裂いて、()()の中身が見えた。

 

「見つけたぞ、クロエ!」

「透さま……!」

 

 大輪の中身、協力者の正体は束様の娘にして自称俺の妹のクロエ・クロニクル。もっと早く気づくべきだったんだ、この戦いにクロエが参加していないことに。一夏を俺のところまで案内した後からずっとここにいたんだから。

 

「『解離世界(ワールドパージ)』を使うお前なら《権能》の膨大な情報量を処理できるだろう、用は後付けCPUか」

「くっ……」

 

 ISとその操縦者を夢の世界へ堕とし、操ることができる単一仕様能力『解離世界』、そして『支配』の力を持つ《権能行使:束の紫》。似ているとは思わないか?

 それはきっと意図的なもの。クロエをこうして使うために近い能力を与えていたのだろう。

 

「それじゃあレッツ親離れタイムだ。お兄ちゃんが手伝ってやるよ!」

「やめなさいっ! 私は、束さまのためにっ!」

「ぐぅぅぅ……くーちゃんから手を離せっ!」

「邪魔はっ!」

「させないよっ!」

 

 だがその協力もここまで。その場から動けないでいるクロエを掴み、あちこちに繋がっている配線から強引に引き剥がしていく。

 束様から入る邪魔は全て簪とデュノアが撃ち落としてくれる。

 

「ぐぬぬぬぬっ……おらぁぁぁっっ!!!」

「あっ……! ぐうぅっ!?」

「捕まえ──「返せっ!!」──よし離脱っ!」

 

 全ての配線を引きちぎり、完全に分離させた。もうこれで《権能》と茨を併用することはできない。

 そうなればこれ以上止まる理由はない。取り返される前にすぐさま距離を取った。

 

「よくも裏切りましたね、束様は命の恩人だということをお忘れですか!?」

「忘れるわけねーだろ。その倍は殺されかけたことも含めてな……けど、それとこれとは別。俺は俺が正しいと思うように生きることにした、だからこうする」

「何を馬鹿なことをっ」

「いつか教えてやるよ、今は……寝てな」

「あっ!? ……ぅ」

 

 どうにか束様の元へ戻ろうとするクロエ。せっかく捕まえたのに逃すわけにはいかないため、優しく小突いて気絶させる。わざわざ花の中に隠していた時点で、こいつに戦う力がないことはわかっていた。こうすればただの人間と変わらない。

 

「ボーデヴィッヒと篠ノ之さん! あとよろしく!」

「え? あー、わかった!」

「拘束と保護だな?」

「そうそう」

 

 この二人ならワイヤーで縛りつつ、展開装甲の応用で守ってやれるだろう。というかもう篠ノ之さんが背負う形でやってくれた。

 

「やっと全力が出せるぜ……!」

「もうサポートはいらないか?」

「ああ。世話かけたな」

 

 ここからは分析と《権能歪曲》に割いていたリソースの全てを戦いに回すことができる。()()()()まで、思いっ切りやろう。

 

「よっしゃあ! もっともっとギア上げていくぞ、できるよなお前らぁっ!」

「こっちの台詞だ! 中々本気出さないからこっちは待ちくたびれてんだ!」

「全員スーパーハイテンションッ! 今ならいける!」

「もう一度、今度は九人でっ!!」

「「「『共鳴現象(レゾナンス・エフェクト)』ッ!」」」

 

 全員の叫びと同時に光が溢れ出し、限界を超えた力が漲っていく。これが『共鳴現象』、響き合う心が与える未知数の力。

 なんていい気分だろう。不可能なんて毛程も感じない、今なら何だってできそうだ。

 

「『支配』できないなら正面から叩き潰すまで! 所詮は有象無象、無駄な足掻きだってことを思い知らせてあげるっ!」

「それはどうかなぁっ!」

「無駄かどうかは、これからですっ!」

「何っ!?」

 

 最初に力を示したのは一夏と篠ノ之さんだった。本来のスペックからさらに上乗せされた速さの前に、捉える術など存在しない。先程まで一本ずつ破壊するので精一杯だった茨を、次々と輝く刃で薙ぎ払っていく。設計以上のベストパートナーだな。

 

「次はわたくしの番ですわっ!」

「あ・た・し・も・でしょっ!!」

 

 次はオルコットと凰。数え切れない茨には数え切れないレーザー、レーザーで貫けない壁には衝撃砲で破壊する。手数と火力、長所と短所を補い合えるのは、日頃の衝突でお互いのことを知り尽くしていたからこそだろうか。

 

「合わせろ、シャルロット!」

「オッケーラウラ! 何でもいけるよ!」

 

 デュノアとボーデヴィッヒが続く。実弾とレーザーが織り交ぜられた弾幕の中を飛び回り、AICが止めたところからプラズマ手刀が斬り裂く。ほんの少しでもずれれば同士討ちになりかねないこの動きを容易く行える連携は凄まじい。

 

「透くん! 簪ちゃん! 私たちもっ!」

「三人で!? ……いいね、やろう!」

夏休み(あの時)振りですねぇっ!」

 

 そしては俺、いや俺たちの攻撃。《ラスティー・ネイル》でこじ開け、《山嵐》で吹き飛ばし、《Centipede》で斬りつける。三人でやるからには二人の連携に負けてはいられない。全員最強、守られるだけの足手まといなんてもういない。

 もはや競走じみた勢いで茨を刈る。刈って、刈って、刈り続けて──ついに生成と破壊の天秤が釣り合った時、花の奥に光るものを見た。

 

「! そこだぁっ!!」

「しまっ──くうぅっ!!」

「チィッ! 外した!」

 

 目標を切り替えて向かわせた刃は即座に弾かれたが、その反応は確信を得るには十分なものだった。

 通常のものより大きいが間違いない。あの結晶こそが核にして最大の弱点、【総天機神 群咲】のコアだ。

 

「一夏、見えたな?」

「バッチリ。あれさえ壊せば──!?」

「剥き出しのままにするわけないでしょう? こっちだって再生持ちなんだから……!」

「そりゃそうだ、どうしようか──う゛う゛っ!?」

 

 しかしコアはすぐさま花弁の奥に隠され、分厚い茨の壁で補強されてしまった。もう一度引っ剥がして、超強力な一撃を叩き込むしかないか──と思考を巡らせたところで、耐え難い痛みが身体に走る。

 

「ごぽっ、あ、う゛えっ……」

「透くん!?」

「あー……さっき口切ったのが開いちゃいました。奥の方だったんで、ドバッとね」

「……本当に? 大丈夫なのね?」

「本当ですよ。心配症だなぁ」

 

 もちろん嘘に決まっている。これは口どころか傷付いてはいけない内臓、それも複数からの出血。紛い物の生体再生機能が限界を迎えている証拠だ。残り時間はあと僅か。

 けど余計な心配はかけられない。こんなことで士気が落ちて『共鳴現象』が解けようものなら全てが水泡に帰す。せめて時間切れまでは隠し通そう。

 

『透、お前……』

『別にお前らの攻撃が効いてこうなったわけじゃない……だから気にするな。今は戦いに集中しろ』

『……わかった』

『よし、それでいい』

 

 残念ながら一夏にはバレてしまったが、秘匿回線(プライベート・チャネル)で確認してくる辺り空気が読めているな。もし直接喋ろうとしたらぶん殴って黙らせなきゃいけないところだった。

 実際こうなったのは束様の仕業だからな。そこに至るまでの過程がどうという考えもあるんだろうが、少なくとも俺は気にしちゃいない。

 さて、まだ喋る余裕はあるな。

 

「あなたは言いました、『世界は醜く、人間とは不完全な存在である。だからこそ変わらなければならない』と」

「……何、また否定するつもり?」

「いいや、それは正しいと思います」

「はぁ?」

 

 だって、そうだろう? 別に共感しているわけじゃないが、この人が見続けてきた世界の汚点は紛れもなく存在する現実なわけで、そのほとんどは人によって生み出されたものだ。そもそも俺の存在自体がそうやって作られたようなものでもある。

 

「確かに変革は必要です。けれど、誰かに強いられて行うことじゃない。それで変わるのは表面だけ、本質は変わりません」

「…………」

「世界が、人々が自ら選び取ってこそ真の変革。何度も間違いながら、少しずつ正しい道へ……その選択の果てできっと、『理想の世界』は実現する。それが、この世の醜さから生まれた俺が思う答えです」

 

 ほんの一時間前の俺ならば絶対に辿り着けなかった。皆と戦って、もう一人の自分が消えて、やっと得た答えだ。束様には届くだろうか?

 

「……認めない。認めない認めない認めない! 『自ら選び取る』? それを繰り返してできたのが今の世界だ!! 正しさなんて選べない、何千、何万、永遠に愚行を積み重ねたところで理想なんて生まれないんだっ!!」

「いいですよ認めなくたって、それも選択の一つだ……けど、こっちも引き下がる気はありませんがね」

 

 結局のところ、どちらの考えも単なるエゴに過ぎない。世界のため、人のため、自分の正しいと思う方法を押し付けているだけ。

 一人が変える、皆で変わる。どちらも一長一短で、理屈で優劣を判定できない。ならばどうする?

 

「戦うっきゃないでしょう。お互いのエゴで殴り合って、勝った方が最強! 採用! シンプルでしょう?」

「つまり、やることは何一つ変わらないってわけね?」

「はい」

 

 どうせ議論を続けても平行線なんだ。口よりはまず腕で、力の理解さ(わから)せ合戦しかないだろう。心から認めてもらうのはその後でいい。

 

「あなたの土俵だ。受けてくれますよね?」

「上等だよ、後悔させてあげる……!」

 

 再生と増殖。全てのリソースを使った幾千もの茨が、捻れて絡み合い形を成す。束様の怒りと悲しみ、そして絶望という負の感情の体現。それが今、俺たち倒すためから殺すために牙を剥こうとしている。

 なんて恐ろしいんだろう。あんなものに攻撃されたら死んでしまう。

 

「やろうか」

「ああ」

 

 だが俺たちは恐れない。前へ進む。それが正しい選択だと信じて。

 長ったらしい作戦会議は不要、互いに一言交わせればそれだけで十分。あのコアをぶっ壊すのは俺たちだ。

 

「私たちは、二人に力を!」

「ありったけ持っていきなさい!」

「これで元気百億倍ね!」

「負けたら今度こそ女子の制服だね?」

「勝っても着てくれないか?」

「上に同じ……あ、頑張って」

「後半!? ……えーっと、信じてる!」

 

「なぁ」

「言うな」

 

 ……それは皆もわかってくれているようだ。相変わらず揃わない激励と共に手をかざし、回復と共鳴を繰り返して膨れ上がったエネルギーが光となって流れ込む。

 

「「うおおおぉぉぉぉっっ!!」」

 

 二人の器には収まりきらない幾万の光は背を割り、虹色の翼となって飛び出す。この輝きこそ愛、勇気、友情、そして希望という正の感情の体現。負を打ち消す証。

 さぁ名乗りを上げよう。

 

「織斑一夏。守りたいものを守る!」

「九十九透。死に物狂いで生き延びる!」

「「「女子一同。頑張る男の子を応援する!」」」

 

「篠ノ之束。今を終わらせて未来を創る!」

 

 名乗りを合図に最後の攻防が始まった。先に仕掛けたのは束様。夥しい数の茨が、まとめて俺たち二人に向けられる。

 

「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

 白と黒。重ね合わせた二つの刃を真正面から叩きつける。回避はしない、全速力で突き進む。

 

「これならどうっ!?」

「散った!?」

 

 続いて茨が散り、あらゆる角度から襲いかかる。最も攻撃の密度が大きいのは進行方向の正面。それ以外は然程でもない……なら!

 

「俺は正面をやる!」

「側面は任せろ!」

「何っ!?」

「「ぃよっしゃぁ!!」」

 

 俺は《Weevil》で、一夏は分割した光剣で茨を打ち払う。何も驚くことはない、この攻撃はさっきの俺がやったこと。使用者と経験者ならこれくらいできて当然だ。

 ……残念ながら《Weevil》は壊れてしまったが、まだ失速することなく距離を縮められる。

 

「させないっ!! これ以上近づかせてたまるかっ!!」

「あの軌道はっ……」

 

 今度は密度を落とした代わりに複雑な軌道で攻撃が迫る。盾が無い以上受けることはできず、分割した光剣は躱されるだろう。

 ならばこうしよう。

 

「俺がやる!!」

「わ、わかった!」

「ぶった斬れ、《Centipede》ッ!!!」

 

 ギリギリまで延長させた蛇腹剣が片っ端から斬り裂いていく。複雑な軌道なら慣れっこ、寧ろ十八番と言ってもいいくらいだ。だが……

 

「ちっ……!」

 

 びし、ばきん。限界を迎えた《Centipede》が、音を立てて砕け散った。お気に入りだったんだけどな……役に立ってくれた。

 

「一気に行くぞ!!」

「おうっ……!?」

 

 目標まではあと数十メートル。ISならば一秒もかからないような距離、あと少し、あと少し……そこで、背後に気配を感じた。

 それが何なのか、何をするつもりなのかは振り返るまでもなく理解できた。俺が何をするべきかも。

 

「っ一夏ぁっ!!」

「ぐあっ……何、を……!?」

 

 ほとんど反射のような勢いで俺は一夏を突き飛ばした。コアを破壊するには一夏の力が必要だ、失うわけにはいかない。

 気配の正体は細い茨。太い方の内側に隠されていたのか、完全に破壊したもんだとばかり……

 

「ぁ、……ぐ……ぅぅ」

「お前……!」

「透くん!!」

「ごぶっ……っ」

「……とーくん」

 

 おかげで穴が増えてしまった。ただでさえ限界の来ている生体蘇生機能ではこれ以上の傷は塞げない。『死』が急速に近づいているのを感じる……でも、守れた。

 そんな心配そうな顔で見るなよ。よそ見している暇なんてない、あとちょっと届くんだ。ほら……

 

「っ……!」

「いっけぇぇぇーー!!!」

「……うおおぉぉぉーーーっっ!!」

 

 ついに到達した目標。《群咲》のコア。絶叫と共に輝きを増した刃が突き立てられる。もうこれ以上茨が追加されることはない。が、

 

「こんなものっ!!!」

「ぐうぁっ!!」

「一夏っ!?」

 

 しかしそこで身を乗り出した束様の直接攻撃が入る。コアに意識を集中させていた一夏の手は、半分ほど刀身を突き刺したところで離れてしまった。

 絶体絶命? ……いや、まだだ。

 

「止めた……勝った!!!」

「よーし、来い!!」

「!?」

 

 俺はまだ『諦める』なんて一言も言っちゃいない。()()()()()()はここからだ!

 

「透ーーっ!!!」

「《Grasshopper(・・・・・・・・・・・)》ッッ!!!」

「っ!?」

 

 勝ちを確信した一瞬。束様でさえも油断するその隙を突き、一夏が残した光剣目掛けて全力の蹴りを放つ。

 穴が空いたくらいで脱落(リタイア)するとでも思ったか? もう『死』からは逃げない。俺は今、『死』を蹴っ飛ばすためここにいる!

 

「おおぉぉぉぉっっっ!!!」

「こんな蹴り、また墜としてっ……嘘っ!?」

 

 全身が痛い、気を抜けば身体が引き裂かれそうだ。けれどこの勢いは緩めない。最後まで、全力で、貫くんだ。

 虹色の翼が、皆の想いが俺を押してくれる。もう誰にも止められない。

 

「なんで、どうして止められない!?」

「知りませんね。けど、これだけは言える」

「「「いっけぇぇぇーー!!!」」」

 

 皆の声が響く。短く息を吸って、告げた。

 

「──俺たちの、勝ちだ」

「ぐぅ、う、ううううう………」

 

 宣言と同時に、光剣が深々と突き刺さり、貫通。貫かれたコアは砕け、光を放ちながら崩壊を始めていく。

 眩しさに目を閉じながら聞こえたのは──

 

 

「──うえぇぇぇぇんっ……!」

 

 ──まるで、子供のような泣き声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「……勝っ、た?」

 

 

 戦いは終わった。束さんと《総天機神 群咲》の敗北、俺たちの勝利という結果で。

 目の前には束さんが気絶し、機体の残骸が浮かんでいる。

 

「っ透くんは!?」

「あちらですっ!!」

 

 だが俺たちに勝利を喜ぶ暇はない。あいつは相当のダメージを負った状態で戦い、さらに重傷を重ねていた。無事なわけがないのだから。

 束さんから少し離れた位置に浮かぶ透の元へ駆け寄った。

 

「酷い怪我……急いで手当てしないと!」

「ど、どうやって!?」

 

 どうやら意識を失っているらしい透の身体は、検査(スキャン)するまでもなく瀕死の状態だとわかった。まだ息はあるが、それもいつまで持つかわからない。

 しかし俺たちは医療器具なんて持っていない。まずは最速で学園まで運ぶしか無いだろう。

 

「学園なら、治せるの?」

「っ、それは……」

 

 確かにIS学園には最新の医療設備がある。その辺の病院に連れていくよりは百倍マシだ。けれど、今の透は傷つきすぎている。学園の医師が手術したくらいで治せるかも怪しいほどに。胸に埋め込まれた機械の問題もあるわけで、その両方を解決できるのは……

 

「束さんを起こして、束さんにやってもらおう」

「えっ!?」

「ちょっと、それって……」

 

 驚くのも無理はない。俺だってめちゃくちゃなことを言っているのはわかっている。けど、この際方法は選んでられないんだ。

 

「今俺たちが知る限り、これほどの傷を手術でどうにかできるのは束さんだけだ。そして本人は目の前に生きて──気絶はしてるけど──いる。手段にカウントするには十分じゃないか?」

「なるほど……」

「うん、確かにアリね。問題は……」

「素直にやってくれるか、だね」

「ああ……」

 

 束さんからしてみれば、たった今負かされた相手に『あなたを裏切ったやつが死にそうだから治してください!』と頼まれるわけで、『はいやります』なんて言えるわけがない。拒絶されるのはまだマシで、最悪は……考えたくない。

 やっぱり他の人を探すか? ……いや、そんな時間はない。やはりこれ一択だ。

 

「とりあえず説得するか、首根っこ掴んでやらせるか、最悪土下座でもしようか」

「勝ったのに土下座って変な感じ……」

「とにかく、二人とも連れていかなきゃ、諸々は途中でやりま──え?」

 

 学園まで運ぶため、楯無さんが透を抱きかかえようとしたその時。気絶していた筈の透が動き出して、束さんの下へ歩み寄った。

 動いたと言っても傷だらけなことは変わらず、至る所から流れ出した血が足跡のように残る。

 

「透くん!? 傷が開いちゃう!」

「動いちゃダメだ! 今俺たちが学園までっ……」

「ごめん、それはできない」

「え?」

 

 申し訳なさそうな表情で、こちらの提案を拒絶する透。どうしてだ? 確かに躊躇されるのはわかるが、今は一刻を争う状況なのに。

 

「俺は、俺たちは犯罪者だ。学園の周りには沢山待ち伏せがいて、近づけば即座に捕縛される。今の俺たちじゃそれに抵抗もできない」

「あ、そうか……」

「もし捕まれば、束様(この人)の治療は受けられずに死ぬ。……だから、俺たちは学園には行けない」

 

 忘れていた。いくら透が味方になったと言っても、世間はそんなこと知るわけもなく。今も二人は世界の敵だ。……そう簡単に許されはしない。

 

「じゃあ私が透くんについて行く! それなら……」

「それも駄目なんですよ。ほら、皆は()()()()()だから」

「あっ……」

 

 企業や国が管理しているISには盗難防止用の発信機能がある。これがある限りどこへ逃げても居場所はバレてしまう。無効化はそう難しくはないが、今すぐにできるようなことでもない。本来安全のためにある機能だが、今はただの足枷と同じだ。

 ……楯無さんも、本当はわかっているはずなのに。

 

「がふっ……もう、行かなきゃ」

「そんなっ、折角仲間に戻れたのに、さよならなんて……」

「さよなら、じゃないですよ……また逢えますから」

「……うん!」

 

 『また逢える』。今にも泣きそうな楯無さんを宥めるように透が言った。涙を止めるには、それで十分だった。

 

「おい、透!」

「一夏……」

「絶対、生きろよ」

「……ああ、またな!」

 

 黒い機虫が飛んでいく。傷ついてもIS、あっという間に肉眼では見えない距離まで行ってしまった。

 どこまで行くつもりなのだろうか。確かあいつの機体は隠密(ステルス)機能に優れていたから、そう簡単には見つからないと思う。

 

「帰りましょうか、俺たちにもやることがある」

「うん。早く済ませて、透くんを待ちましょう!」

「……はい!」

 

 事情聴取に事後処理、その他諸々。俺たちも、きっとこの世界も当分忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どわぁっ!?」

 

 某国某州。森の奥深くに、ガラクタ同然の機体が間抜けな叫び声を上げながら不時着する。

 派手な音を立ててしまったが、幸い近くに人が住むような場所はない。

 

「痛てて。あー、セーフ」

「…………」

 

 不時着の衝撃で束様が傷ついてないかを確認。元々頑丈な人だが、今は気絶してるしな。とりあえず無事のようだ。

 

「【Bug】は……ダメか」

 

 ここまで俺たちを運んでくれたISはもう起動しない。単なるエネルギー切れではなさそうだ。相当無茶させてきたからな。最後まで、よく動いてくれた。お前がいなきゃここまでこれなかったよ。

 

「ありがとう……ごほっ」

「ぅ……ここ、は?」

「あ、起きましたね」

「とー、くん……?」

 

 感謝の言葉を口にしたところで束様が目覚めた。丁度よかった、そろそろ本格的に身体が動かなくなってきてたし、起こす手間が省けたな。

 頭のいい人だ。説明なんかしなくても、どうしてこんな場所にいるのかはわかるだろう。

 

「どうして私を殺さなかったの?」

「あいつらが俺を見逃したのと同じですよ。『まだ誰も殺してない、だから俺たちも殺さない』……それだけです」

「……そっか」

 

 俺とこの人が行ってきたことは、そう簡単に許されるようなものじゃない。法に則って裁くなら死刑が妥当だろう。でもあいつらは『殺すことはない』と決めた。だから俺もそうする。

 

「そんなことより、起きたんなら俺の治療をお願いしたいんですがね。見てくださいよこの血の量」

「……治せと言われてやると思う? この私が、裏切り者の君を。トドメを刺したっていいんだよ」

「はっ、やってくれなきゃどの道終わりですよ……その代わり、あいつらが黙ってないですけど」

「…………」

 

 もう起き上がっているのも苦痛だ。仰向けに寝転がって治療を依頼する。正直やってくれるかどうかはわからない。他にできる人がいないから頼んでいるだけ、断られれば死が確定する。

 

「わからない。どうして簡単に人を信じられるの? この醜い世界で……教えてよ!」

「さぁ? 信じたくなったから信じた……他に理由なんてありませんよ。きっと、あいつらも」

 

 理屈を述べようとすればいくらでも続けられるだろう。しかし結局『信じたいから信じる』、これに集約されるんじゃないだろうか。少なくとも俺はそう思うことにした。

 

「でも、私は……」

「何も全人類を信じる必要はありませんよ、そんなこと誰にもできやしない。何人かを信じて、またそれぞれにも信じる人がいて……そうして世界は繋がっている」

「私にも、その繋がりができると?」

「その気になれば、ですけど」

 

 あくまでこれは俺の考えで、それも今日の戦いを経て気づいたことだ。世間ではどうとかなんて知らない。

 納得してくれるかな……うーん。

 

「じゃあこうしましょう。束様、俺を信じてください」

「……はぁ?」

「まずは俺を信じて、次に俺を信じる人を信じて……どんどん繋いでいけば、いつかわかるでしょう?」

「そんなこと言って、助かりたいだけじゃないの?」

「助かりたいことは否定しませんがね、それだけじゃないですよ。……まぁ、乗るかどうかはあなた次第です」

 

 かなり怪しいことを言ってるのはわかってる。今の束様には難しいことだとも。けど、信じてくれれば何かが変わるかもしれない。

 

「がぶっ!?」

「とーくん!?」

「……あー、そろそろダメですね」

「ぁ、ああ……」

 

 痛みはほとんど感じない。けど寒い、そして眠い。頭がぼーっとして、世界のピントがずれていく。

 外の世界……は見た、海で泳いだ、空も飛んだ、色んな物を食べて、学校にも行って……友達ができた。願いはほとんど叶っていた。あとは一つだけだ。

 

 ……ああそうだ、先にこれを伝えなきゃ。

 

「俺はあなたを信じます。だから、あなた……も……」

「っ!!」

 

 参ったなぁ。もう、声が出ない。

 

「このっ……最後まで言えっ!!」

 

 がちゃがちゃと機械音が鳴る。どうやら何か展開したらしい。この音は確か、《吾輩は猫である(名前はまだない)》……だっけ?

 

「死んだら許さないからなっ!!」

「はは、は……」

 

 薄れゆく視界の中で、マゼンタの髪が揺れていた。

 

 その光景が、とても懐かしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第70話「害虫・虹色」

 

 

 

 




 次回完結です。三月中旬までには出したいと思ってます。(出すとは言ってない)


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Epilogue

 
 中旬とか言ってましたが余裕で書き上がりました。今回はエピローグなのでとても短い話(相対的に)となっております……が、その前に一つ謝罪しなければならないことがございます。
 私エルゴは約70話の連載中毎度「初投稿」などという虚言を前書きに記載しておりました。本当に初投稿だと思っていた読者の皆様には大変申し訳なく思っております。
 反省の意を込めて、初投稿です。
 


 

 程よく晴れて、程よく風が吹く昼下がりのこと。

 

「あれ、お茶っ葉はどこに……ああ、ここか」

 

 あの世界を賭けた戦いから月日は経ち、IS学園は春休みとなっていた。学生寮からは少しだけ人気が減り、俺も来週には自宅へ帰って、空気の入れ替えでもしようかと考えている。

 

「皆は明日帰って来るんだっけ」

 

 ほとんどの専用機持ちは、春休みが始まった直後から学園を離れている。何でもそれぞれのやりたいことがあるんだとか。出発するまでは教えてくれなかったが、それぞれの手紙やメールである程度把握できている。

 お茶用のお湯が沸くのを待ちながら、送られてきた手紙の束を読むことにした。

 

 

『姉さんが来たら速達で送ってくれ。 箒』

 

 箒は『重要人物保護プログラム』によって離れ離れになった両親に会いに行った。学園に来るまでや、その後のことを話すために。最初に許可を得ようとした時政府は難色を示したが、本人曰く『凄み』でどうにかしたらしい。

 届いた手紙に添付された写真には両親と並んだ箒の姿が写っていた。右側に置かれた謎の置物(兎風)は束さんのつもりだろうか?

 

 

『やりましたわ。 あなたのセシリア』

 

 セシリアは両親のお墓に報告をする……と言っていたのだが、いつの間にか衛星軌道上に存在する対IS用高エネルギー収束砲術兵器【エクスカリバー】を相手に死闘を繰り広げていた。

 実は俺たちも出撃しようとしていたのだが、その前に解決していたという驚きの事件。写真にいた女の子については帰った時に説明するらしい。

 

 

『祝・復縁! 鈴』

 

 鈴は両親に離婚の原因を聞くために飛び出していた。メールによると原因は親父さんが癌に罹り、死を待たせるくらいなら別れてしまおうと考えたから。それを知った鈴とお袋さんは大激怒し、強引に復縁させてしまったそうだ。

 写真には両頬にドデカい紅葉を作った親父さんと、涙の跡をつけて笑う鈴とお袋さんが。いい医者も見つけたらしいし、治せるといいな。

 

 

『社長令嬢になったよ。 シャルロット』

 

 シャルはデュノア社との決着をつけるため……だったのだが、フランスに着くなり衝撃の真実──長くなるらしくメールには書いていなかった──を告げられ、正式な娘として迎えられることになったらしい。

 正直全然納得できないのだが、顔面に青あざのついた社長と、怖いくらい満面の笑みを浮かべたシャルと本妻らしき人を見たら突っ込めなかった。

 

 

『私が姉だ。 お前の婿』

『不服ですが妹です。 あなたの小姑』

 

 ……ラウラの前に、クロエの説明もいるな。束さんと透と一緒に行動していた少女。本来学園で拘束されるはずだったが、特に抵抗する手段も意志も見せなかったので、千冬姉の独断でラウラが監視することになった。意外とノリが合うのか、ドイツ帰りにも素直に同行していた。

 写真は『どちらが姉か決める決闘』の一場面。片や『教官に近づくため』、片や『妹キャラは飽きた』というなんとも言えない理由の戦い。壮絶なクロスカウンターの結果は……メッセージの通りだ。

 

 ここまで五+一人分の手紙とメールは全て昨日届いたものだ。学園に戻ってくる日もそこに。『予定より早めたから絶対学園にいろ』とも書いてあったのは何故だろうか。俺以外で唯一残った簪さんがそれを見て、

 

『シンクロニシティ』

 

 と呟いていた。

 

 簪さんは毎日のように整備室に通ってはのほほんさんに引き摺られて出て行くのを見た。色々な問題が片付いたため、再び楯無さん超えを目指して新兵器を開発中だそうだ。完成した暁には実験台になってほしいとストレートすぎるお願いが来ている。正直嫌な予感はしていたというのに、彼女の煽りスキルを前にあっさり乗せられてしまったことに激しく後悔した。

 

 

 あとは楯無さんか。あの人は春休みが始まるのを待たずに学園を飛び出してしまった。急に出て行ったものだから皆驚いていたが、出席日数は足りているから問題無いらしく、生徒会の仕事もリモートでこなしている。

 目的は未だ戻らない透を探すため。『いつまでも待つのは性に合わない』と生徒会室の机に書き置きがあった。ほとんど毎日のように簪さん宛てに荷物が届き、その大半をいらなそうな顔で開封されている。

 

 

「もう三ヶ月も経ってるんだよな」

 

 時が経つのは早いものだ。目を閉じればあの戦いを鮮明に思い出せる。攻撃の感覚も、交わした言葉も……まるで昨日のことのように。

 ちなみにあの戦いを通して世界がどうなったのかだが、結論から言って大して変わらなかった。報道でも最初の頃は毎日特番が組まれていたが、二週間もすれば知らない芸能人のスキャンダルが中心となり、今では思い出したかのように話題になる程度だ。俺たちに来ていた取材も三日前を最後に無くなった。お陰で帰れるんだが、つくづく大衆は飽きっぽいと思う。

 しかしそれは表面上の話。千冬姉曰く水面下では幾度となく議論が交わされ、方針転換が行われていたそうだ。理想の世界にはまだまだ遠いけれど、確実に良い方向には進めている。

 

「はぁ……」

 

 そして、ほとぼりが冷めた今も世界と楯無さんが探し続けている透は何しているのかというと……

 

「あぁっ! また休載してる!?」

 

 ……俺の部屋で漫画読んでる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 

 IS学園地下、特別医務室。沢山の点滴と機械に囲まれ、ずっと寝たきりのエム──マドカを前に、織斑千冬()が座っている。自身の負傷が治ってからというもの、私は毎日のようにここへ来ていた。

 何をするわけでもなく、ただ待っている。いつか目を覚ます瞬間を見逃さないために。

 

「また、何もできなかった」

 

 教え子が戦っている間、自分はただ病室で寝ていた。いくら傷を治す為とはいえ、何と情けないことか。

 

「私は、無力だな……」

 

 昔からそうだ。大事な大事な弟を助けたつもりで多くの弟妹を見逃したり、友人の心の内も理解できなかったり、教育者面をして生徒一人に出し抜かれたり……これが大人かの姿か? 教師か? 私がなりたかったものなのか?

 何年経とうが、私は何一つ変われていない。私は世界に取り残されている。

 ……けれど私はまだ、前に進みたい。

 

「もし目覚めたら、お前を……」

「…………」

 

 『妹と呼んでいいか?』とは続けられなかった。自分を、弟を、生徒を殺そうとした相手を受け入れるなんて、馬鹿な考えなのはわかっている。でも私は、これ以上誰かを見逃すようなことはしたくない。どれだけ憎まれようとも。

 しかし、何を考えようが相手に届かないなら意味はない。結局独り言ですらないのだ。

 

「んぅ……?」

「!?」

 

 だが、届くようになったのなら話は別だ。

 静かに寝息をたてていた状態から一転。薄く目を開き、か細い声を上げるマドカ。長い昏睡から覚醒したのだ。まさか今このタイミングとは、思ってもみなかった展開に動揺する。

 

「ぁ……うぅ……」

「起きっ……! 大丈夫か!? すぐに医者を……」

「あなたは、誰ですか? それに、こ、ここは……?」

「え……?」

 

 困惑を滲ませる瞳、別人のような言動。それらが演技ではないことはすぐにわかった。記憶喪失、長い眠りから覚めたマドカは、自身のことを忘れてしまったのだ。

 原因は思い付かないわけではないが、今重要なのはそこではない。私は彼女に何と言えばいい? 他人として振る舞うべきか? それとも全てを話すべきなのか? 正解は誰も教えてくれない。

 

「あの……」

「はっ!? な、何だ!?」

「ひえっ……ご、ごめんなさい……」

「いっ、いや。こちらこそすまん!」

 

 考え込んでしまったところに声がかけられ、思わず大きい声で返してしまう。いかん、怯えさせてしまった。

 いまいち接し方がわからない。そもそも記憶を失う前から一度も話したことが無いんだった……どうしよう。

 

「その……聞いても?」

「あ、ああ。何でも聞いてくれ!」

「は、はい! えっと……」

 

 『何でも聞いてくれ?』だと? 今の私に何を答えられるんだ。さっさと他の人を呼んで、説明を任せた方がいいに決まってる。そうだ一夏を呼ぼう。あいつならきっと上手く──

 

「もしかしてあなたは、わたしの家族ですか?」

「うっ……」

「あれ、違いましたか? てっきり()()()()()かなと」

「そうだ……あ゛」

「?」

 

 いや、思いっきり即答してるじゃないか私。数分前の葛藤はどこへ行った。これは嘘になるのか? 一応血縁的なものはあるからセーフなのか? ……本当にどうすればいいんだこれは。

 

「じゃあ……お姉ちゃんの名前は?」

「織斑千冬だ。そしてお前は織斑円夏(マドカ)。それともう一人兄弟がいて、一夏という」

「そんなんですか、へぇー……」

 

 ええい、一夏に文句を言われるかもしれないし、すぐに記憶を取り戻すかもしれない。だがその時はその時だ。今はもう……どうにでもなれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の知らないところでとんでもないことが起きた気がするのは置いといて、お茶が入った。適当な和菓子もいくつかお盆に乗せて運ぶ。

 

「お茶だ……ぞ……?」

「おい! ハメ技は禁止ってルールでしょう!!」

「うるせ〜! 知らね〜! 勝てば官軍!!」

「うん」

 

 いつの間にか読書からゲーム──俺の部屋にはなかったやつ──に移行し、しかももう一人のお尋ね者(篠ノ之束)が増えている。どこから、どうやって入ったと問い詰めたいが、まずは頭の整理ついでに足りなくなったお茶を淹れ直そう。

 

 数分後。

 

「……で、何しに来たんですか二人とも?」

「生存報告」

「付き添いとついでにちょっと」

「えぇ……」

 

 理由を答えてくれたのはいいが、答え方があまりにも適当すぎる。いや確かに生存報告は嬉しいが、もうちょっと何かないのか。

 そしてついでにちょっとが何か不安で仕方がない。爆弾とか仕掛けたんじゃないだろうな。

 

「まあ生存報告と言っても、『この通り生きてましたー、いぇい』で終わりなんだけどな」

「いやもっとあるだろ! 三ヶ月もどこにいたとか! 何してたとか! どうして連絡しなかったとか!」

「だらだら治療しながら世界中旅行してた。連絡は完治したらするつもりだったけどタイミングわからなくて逃しちまった、以上」

「最悪過ぎないか?」

 

 皆が聞いたら大激怒しそうな事実に頭を抱える。あの時の心配を返してくれ。本当は生きていただけでも喜ぶべきなんだろうけども……けども!!

 

「一応言っとくが、世界旅行は遊ぶためだけじゃないからな? この元神様気取りの天災無職にもう一度じっくり世界を見てもらおうって目的があったんだよ」

「あっ、そうなのか。そりゃそうか……」

「お陰で認識が変わったよ。まだまだ世界は汚れてて、人は愚かだけど、希望もあった。だから、私はもう少し人を信じようと思う」

「束さん……」

 

 そう語る束さんの表情は穏やかで、憑き物が落ちたようだった。これが俺たちの戦いで起きた変化だというのなら、それだけでも意味があったと言えるだろう。

 

「ちなみに真面目と遊びの比率は?」

「2:8ってとこか」

「マジで一発殴らせてくれないか?」

 

 それはそれとして遊びすぎだろ。

 

「ああそうだ、寿命問題は全部解決したぞ。あの後胸の機械も外してくれてな、人並みの寿命に戻った」

「……だから、そこを詳しく話してくれよ」

「体重一キロ減ったぜ」

「そういうことじゃねぇよ」

 

 どうしてこいつは大事なことを適当に話すんだろう。前もこんなやつだったっけ……何度も死にかけるとこうなるのか?

 

「とーくんは素直じゃないなー。あんまり喜ばれると照れくさくなっちゃうからって、こんなあっさり言わなくたっていいのに」

「ばっ……やめてください!」

「……へーえ?」

「何だその顔は! ああそうだよちょっと照れくさかったんだよ!! はいはい次束さまの話!!」

「はいはーい」

 

 顔を赤らめながら強引に話を変える透。照れくさいとはまた以前ならまず出さなかった感情を見せてくれる。本当に変わったんだな……この場合はいい意味で。皆にチクるのは勘弁してやるか。

 それに束さんの目的も気になるところだ。いくら改心したとはいえ予測不能な人であることには変わりないし。

 

「いっくんは疑り深くなったねぇ。本当に大したことじゃないよ、ちょっとスコールとオータムに会ってきただけ」

「あぁ〜あの2人に会ってきたんですか……は?」

 

 俺の聞き間違いでなければ、今スコールとオータムって言ったか? どうしていきなり学園に捕まってる亡国機業の二人が出てくる。

 

「いやぁ、あの二人には結構迷惑かけちゃったからね。ほら、お詫び的な? ISは流石に無理だけど、スコールの義肢を届けたんだよ」

「それIS学園に大大大迷惑かけてません?」

「あっ……ち、ちーちゃんなら許してくれるっしょ」

「……なんつーか、すまん一夏」

「何でそこは謝るっ……!」

 

 思想が変わろうとやることが無茶苦茶なのは変わっていないらしい。千冬姉は間違いなくキレるだろう。

 ……で、二人の反応は如何に。

 

「『施しは受けない』って言われちゃった。まぁそれ聞くより先に取付けしちゃったんだけど」

「おい透、本当に改心したのかこの人?」

「人間滅ぼすとか言わないだけマシだろ」

「あと鍵全部開けてきちゃった」

「脱走の手引きまで!?」

 

 畳みかけるように驚愕の情報が出される。鍵全開放って、今から追いかけて捕まえられるか? ……いや、もうとっくに敷地外か。この人はIS学園の警備を何だと思っているんだ。

 

「ISも無いんじゃちょっかいのかけようもないと思うけどねー。それに、二人にも思うところがあったみたいだし」

「だといいんですけど……はぁ、もういいや」

 

 十分にも満たない会話なのにどっと疲れた。この脱走が知られた後を考えると頭が痛い。

 

「ところで、キャラクター戻したんですね。あっちが素とか言ってたのに」

「長年続けてたからかなぁ、こっちの方がしっくりくるんだ。……こういうのは、きらい?」

「いーえ、あなたらしいですよ」

「そう? ……ふふっ」

「……んん?」

 

 キャラクターがどうとかは置いといて、なんか二人の雰囲気変じゃないか? 前は主従に近いものを感じたが、今は何というか、家族というか……恋あ

 

 バァンッッッ!!!!

 

「うわぁーッ!!?!??」

「すぅーーっ……」

 

 突如爆音と共に弾け飛ぶドア。昨日掃除したばかりの部屋が、一瞬にして破片まみれの惨状と化す。何があった、誰がやった?

 ……煙の中で揺れる水色ですぐにわかった。

 

「愛しの簪ちゃんに会いに来てみれば……亡国の二人が脱走してるし、警備システムは全部停止してるし、この部屋に変な反応があるし……!」

「あ、あなたは……!」

「どういうことかしらねぇっ! 透くんっ!?」

「楯無先輩!!」

 

 そこにいたのは楯無さん。ドアを吹き飛ばした彼女は、誰がどう見てもド怒りモード。赤い瞳が燃えるようだ。

 

「説明して頂戴。何してたの? どこにいたの? どうして連絡してくれなかったの? そして妙に距離が近い篠ノ之博士は何なの?」

「さ、三番目までは一夏が知ってます……」

「世界中で遊び歩いてたらしいです」

「キサマァーーッッ!!!!」

 

 だって八割本当のことだろう。こっちはまたドア修理の申請出さなきゃいけないんだ、これくらい我慢しろ。

 

「ふーん……ねぇ、最後は?」

「知りません! 急にこうなってました!」

「出たな女狐! とーくんは渡さないぞう!」

「いだだだだ首絞まってる!!」

「ア゛ーーッッ!?」

 

 少しだけ落ち着いた、しかし未だ恐ろしいオーラを纏った楯無さんが透に詰め寄る。が、束さんが割って入り、思いっきり透を抱きしめた。

 汚い絶叫が響く、何が起きているんだ。

 

「九十九くん……?」

「苗字やめてください! いや本当に知らないんですって、ただの主従だったはずなのにっ……!」

 

 確かにこの関係の進み方はちょっと不思議だ。完全に束さんから一方的に感情が向いているようだし、透自身よくわかっていなかったらしい。

 

「だってとーくんたら、『俺を信じて』とか『あなたを信じます』とかかっこいいこと言うんだもん! 恋愛経験ゼロの私はもうイチコロだよ!」

「言いましたけども! え、その台詞!?」

「それにとーくんの顔って私の好みで作ってあるし……」

「嘘だろ……?」

 

 透自身気付かぬ内に口説いていたというのか、意外と罪な男だったんだな……なぜか殺意を感じる。具体的には五人分。

 そして明かされる衝撃の事実。あまりにも予想外な理由に透は驚きを隠せていない。いや、これで驚かないやつはいないか。

 

「おい一夏、助けてくれ」

「嫌だ……」

 

 そういうのは、もっといいシチュエーションで聞きたかったよ。

 

「ちくしょう俺は逃げるぞ! ここにいたらまた死にかねないっ!!」

「待ちなさい透くん! まだ話は終わってないわよ!」

「とーくん待ってぇ!」

「うおぉーーーーっ!?!!?」

「窓が!!」

 

 睨み合いの雰囲気に耐えかねたのか逃走を図る透。今度は窓が破壊され、風通しのいい部屋になってしまった。もちろんそのまま見逃すわけもなく、すぐさま二人も追いかけていく。

 

「あー……」

 

 荒れ果てた部屋に一人残されたところで、まだまだ聞きたいことがあったことを思い出す。昔のこととか、学園に戻る気はないのかとか、逃げる時に展開した黒いISは何だとか……気づいた時にはもう点にしか見えない。

 

「まぁ、いいか」

 

 追いかけようかと思いかけて、まず部屋の片付けをすることにした。どうせ今から出たって追いつけないし、追いついたところで二人の争いに巻き込まれるのは御免だ。

 それに俺たちにはまだ命がある。未来がある。だから、きっとまた逢える。

 

「あの空で──なんてな」

 

 俺たちの生存戦略は、今日も続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

生存戦略

________________

Infinite Stratos Fun Fiction

 

 

 

 

 

 

 

「いい天気ねー……」

 

「そうですか。取り押さえられてなきゃ俺にも見えるんでしょうがね」

 

「あっごめん。だって透くんが逃げようとするから……篠ノ之博士はどこ行っちゃったんだろ」

 

「そのうち出てきますよ……お、本当にいい天気」

 

「……ねぇ、私の名前教えてあげよっか。楯無(通名)じゃなくて本当の名前」

 

「楯無は襲名する名でしたっけ……で、どうして急に?」

 

「べっつにー、ただ教えたくなっただけ」

 

「ふーん……ならこっちから聞きましょうか。『あなたの名前は?』」

 

「うん、私の名前は──刀奈(かたな)よ。更識刀奈」

 

「かたな、刀奈か……いい名前ですね。楯無より似合ってるんじゃないですか?」

 

「そう? ……えへへ、にやけちゃう」

 

「何照れてんですか……じゃ、改めてよろしくお願いしますよ。刀奈さん」

 

「……うん!」

 

 

 

 

THE END.

 

 

 

 




 
 これにて完結です。また数日中に活動報告で後書き的なものを載せる予定なので、よろしければそちらも見ていってください。
 今まで本当にありがとうございました。


 ちなみに途中のかっこいいタイトル風特殊タグはあの(皆さんご存知)めど氏からいただきました。いいだろー。


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