ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画 (鹿倉 零)
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提督が鎮守府に着任しました

静まり返る執務室。

そこには六人の女性が集まっており、それぞれが顔に恐怖と絶望を浮かべている。

嘘であってほしい。質の悪い冗談であってほしい。

そんな小さな思いから、一人の女性が声を出す。

「スミマセン…大淀、もう一度、もう一度、だけ、言って…くださいませんカ…?」

「…新しい提督が、明日、この鎮守府に…着任…するそうです。」

消え入りそうな声で大淀と呼ばれた女性は呟いた。

「ソウ…デスカ…」

僅な希望すら打ち砕かれた彼女は、それだけ言うと目を伏せる。

「明日から、忙しくなりますよ」

拳は固く握りしめられており、顔こそ必死に繕っているものの、震える声と足がその心境を切に語っていた。

窓の外には暗雲が立ち込め、今にも雨が降りだしそうである。

 

「…手の込んだ嫌がらせだぜ…はぁ…」

車に揺られること数時間。

足場が悪く、曲がりくねった山道を越え、今にも崩れそうなトンネルをくぐり、耐えきれずに俺、葛原 司は愚痴を吐く。

車にはまるで引っ越しでもするかのように大量の荷物が…否、まるで、というか、実質引っ越しなのだが。

今日から俺は、"提督"として鎮守府を運営していくこととなった。

尤も、その鎮守府は地図でも確認できないような場所にあり、いってみれば地方の湿気た場所に軟禁されるというのが実情なのだが。

「はぁぁ…」

噂によればその鎮守府は元ブラック鎮守府、施設は目を背けたくなるほどボロボロで、目の前にあったとしても鎮守府と言われるまでわからないほどの場所らしい。

そもそも何故そんな所に提督が着任するんだ?

…答えは簡単、上の厄介払い兼嫌がらせである。

ある事件をきっかけにお偉いさんに目をつけられた俺は、海軍学校を卒業するなり提督に抜擢された。

…そこだけ聞けば名誉なことだが、残念ながら良い意味で目をつけられた訳ではない。

断ってやろうかとも考えたのだが、どうやら俺に拒否権はないらしく、上に用意されたシナリオ通りに話が進んだ。

…まぁ、それが気にくわなかったので派手な置き土産は残してきたのだが。

糞ほど長いトンネルを抜けると一気に視界が晴れる。

昨日の雨はまるで嘘のように空は澄み、絵にかいたような青色の空が。

山道の右手側は崖となっており、そこから海が一望できた。

下方に目を向けると街も見える。

今日からここで生活していくのか、と思うと、小さい街ながら愛着が沸いた。

「よさげな街だな。」

あぁ、その良さげな街の端に一際大きい廃墟があるのは気のせいだろうか。

まさかあれが鎮守府とは言わないよな、と思いながらアクセルを踏んだ。

 

「…だよなぁ…」

街の人々に話を聞きながら着いた先は先程目にした廃墟であった。

いや、まぁ、知ってたよ。

街に鎮守府より大きい廃墟があるとかあり得ない。

だがな、期待したって良いだろ…

門の前には眼鏡をかけた一人の女性が立っており、顔を見るなり深々と頭を下げながら本人確認を取られた。

…何その信じられない様なものを見たような顔。

「…事前に決めてた時間通りだよな…?」

「はい!!お手を煩わせてしまい申し訳ございません!!本当に申し訳ございません!!!!」

「お、おぅ…」

怯えたようになんども申し訳ございませんと頭を下げる女性に、思わず数歩下がってしまった。

いや、まぁ、事前に取り決めていた時間通りで一応軍服は着ているものの、パンパンに膨らんだリュックサックにスーツケース、いくつもの鞄を持ってたら怪しさ全開だ。

そもそも万が一にでも一般人が鎮守府に入り込むなどあってはならない訳で。というよりはどちらかといえば常識的な行動だった訳で。

別にそこまで恐縮して謝る必要はないだろうに…

「んー…一先ずさ、中、入っていいか?」

先ずはこの大量の荷物をどうにかしたい。

「…あ、申し訳ございません。お荷物お持ちいたします。」

「やめろやめろ、触るな。大丈夫だ。」

再び申し訳ございませんと頭を下げる女性を尻目に、俺は頬を掻いた。

 

「汚っ…」

中に入って第一声がこれは少し酷いだろうか、だが、あまりの惨状にそう呟かざるを得なかった。

「申し訳ございません…」

「お前はそれしか言えないのか…」

眉間を押さえ、ため息を吐く。

廊下は歩くだけでミシミシと音が鳴り、クモの巣や煤、血の跡の様なものが沢山あった。

「…まぁ良い、俺の自室は…」

「あっはい。申し訳ございません。此方です」

スタスタと歩く女性を追いかけながら、どこか血生臭い廊下を歩く。

ひとまず部屋にこの大量の荷物を置きたい。

…話はそれからだ。

 

案内された廊下を突き進み、部屋に入ると、思わず乾いた笑いが出た。

廊下からは想像がつかないほど小綺麗で、パッと見た感じは悪くない…どころか、どこかの高級ホテルの一室のようだ。

…パッと見た感じは。

壁には、上手く上から塗り潰したつもりだろうが"死ね"という殴り書きのような文字の痕がうっすらと残っていたり、ごめんなさいという文字が床一面に書かれていて、(絨毯で上手く隠されていたが)捲って後悔した。

「呪われそう…」

そんな虚しい呟きは独りだけの部屋に吸い込まれていき、俺は再び深くため息を吐く。

 

ノックの音が響き、ドアを開けると、先程の女性がビクビクとした様子で此方を見ていた。

「申し訳ございません。お部屋は…お気に召しましたでしょうか…?」

召す訳ねーだろ、俺はオカルト好きでもなんでもないぞ。という言葉が喉の先まで出かかったがなんとか飲み込み、言葉を濁す。

「…俺からは何も言わねーよ…」

「そうですか…申し訳ございません」

何故こいつは何をするにしても申し訳ございませんと言うのだろうか。

そのような呪いにでもかかっているのだろうか

「…そういえば、名前は?」

「…あっ、はい。私は、大淀、と申します。申し訳ございません。」

「そうか。とりあえず…この鎮守府にいる全員を集めてくれ。挨拶だけ済ます。」

「畏まりました。申し訳ございません」

もう申し訳ございません症候群には極力触れないことにして、命令だけする。

「そうだな…今から一時間後、食堂にでも集合させてくれ。」

全員集めれば多少は話せる奴も居るだろう。

…居るよな?

 

時間通り食堂に向かう。

俺はさっそく心の底から後悔した。

扉の向こうから聞こえるのはすすり泣く音、落ち着いて、深呼吸よ、という声、嫌だ嫌だとなんども繰り返し呟いている声。

…扉越しに、彼女達が感じている恐怖と絶望を感じ取った。

だが、集めたからには行くしかない。

意を決し、深呼吸をして扉を一気に開けると、そのまま壇上に上がり、回りを見渡した。

…うん。怖い。何だコイツら。

ドアを開けたときに真っ先に思ったのは、さっきまでしていた"音"が一切消えたということ。

もしかしてさっきまでの声や音は幻聴かと錯覚するほどに、まるでドアを開けるとミュートモードにでもなったかのように、一瞬で静かになっていた。

全員が光を一切感じさせない目で此方を見ている。

ピクリとも動かずに、だ。

…俺が思っていたより闇が深いな。

「…大本営は何をしているんだ…」

聞こえないようにぼやいてから、マイクの電源をいれる。

…さて、俺は俺のやり方でやらせて貰おう。

 

「…どーも初めまして。今日からここに着任することになった葛原司だ。そのままで良いから聞いてくれ。」

尤もそのままで、というか、さっきから死んだような目で此方を見上げながら微動だにしない。まるで人形かなにかのように。

「あー…何だろうな、堅っ苦しい挨拶は苦手だ。聞くのもするのもな。だから簡潔に要点だけ言わせて貰う。まず一つ、お前たちがこれまでどういう扱いを受けていたかは一応それとなく知っているつもりだ。んでまぁ、そういうことは二度と起こさない。少なくとも俺は何もしない、と、今ここで宣言させてもらおう」

だが、瞳に光は灯らない。

そりゃあそうだ。今までなんどもそういった期待を裏切られてきた彼女たちは、恐らくもう期待することに疲れたのだろう。

だが、これでこの話が終わりだと思ってもらっては困る。

「次に、俺はお前たちに"興味がない"。だからお互い必要以上に馴れ合わない、関わらないでおこう。というのが二つ目だ。」

続けた言葉に、何人かの少女が改めて此方を見る。

そして同時に、とても、とても安心したような、納得したような表情を浮かべた。

そう、今更何を言われても、期待できる筈がないんだ。

何もしない。なんて言葉を、信用できる筈がないんだ。

だからこそ、興味がない、という言葉は、きっとその辺に転がっているありきたりな優しい言葉より、ずっと信用できるものだったのだろう。

興味がないから、余計なことはされない。

理由があるなら、信用ができる。

地獄を見てきた少女達にとって、一番困惑するのは、困るのは、善意から来る無償の優しさだ。

いつか裏切られるのではないか、何故この人は優しくするのか、そんなことばかり考えて、相手の無い裏を読もうとし、空振ってはまた気を張りつめる。

そうして、精神を擦り減らしながら向かう先には、緩やかなる破滅だけ。

きっと、落ち着くまで関わらないのが最善なのだ。

少なくともどいつがどんなトラウマを抱え、何をされたのかすら理解しないうちに、無遠慮に、無神経に足を踏み入れる。

これこそが一番やってはいけない事なのだ。

だからこその俺の提案。

どうやらそれは俺が考えていたより有効だったようで、彼女たちの、不安という名の鉄仮面が少しずつ剥がれていっているのを感じながらも、俺は話を続けた。

「最後…の前に。そこのお前、名前は」

ピンクの髪を持つまだ幼い少女が、ビクッと肩を震わせた。

「はっ…あの…えっと…あの…」

「…知っても意味もないし言わなくて良い

…その腕は何だ?」

目についたのはその少女の細い腕だ。

片腕に何かの破片のようなものが刺さっており、血も滴っている。明らかに重症だ。

「…さ、先程の…戦闘で…」

少女の顔がみるみる青ざめていく。

「何故ここに来たんだ?」

「しゅっ…召集が…かかったので…」

「…怪我の具合は。」

少し苛立つ自分を出してしまい焦る。

案の定、少女は青いを通り越し白い顔で、ガクガクと震え始めた。

…すると、驚いたことに、その少女の近くにいた少女が声をあげる。

「この子はまだ戦えます。大丈夫です。」

茶色のショートボブ、頬に絆創膏が貼られた少女が、頭を下げてそれだけ呟いた。

「…何なら私を解体してこの子を入渠させてあげてください」

紫色の髪に鈴をつけた少女が、一歩前に出る。

「あっ…曙ちゃんっ!?あの、それは駄目ですけど…その…私からも。お願いします…お願いします…っ!」

そして、先程からずっと誰かに隠れるようにしていた少女が震える声で懇願し始めた。

「…ほう」

感心から思わず声が漏れる。

…というかコイツら、何か勘違いをしていないか?

解体とか妙な単語が聞こえたが。

…だが、それにしても、仲間を守ろうとするその気概は素晴らしい。

コイツらにとって、恐らく何よりも怖いのであろう提督に対して、仲間の為に、必死に立ち向かうその勇気に少しだけ感動した。

…その瞬間、だ。

「…黙れッ!!」

静かな室内に大きな叫び声が反響する。

その叫び声の主が目の前のピンク髪の少女だということを理解するのに、そう時間はかからなかった。

「…漣っ…」

「…何よ。いきなり大声だして。」

「…漣ちゃん…?」

俺の推測が正しければこの少女たちは彼女を守ったはずだ。

…何故ここで三人に噛みつく?

眉を顰めながら事のなり行きを見つめる。

「提督の決定に口を出すなッ!!揃いも揃って…余計なことをするな…ッ!!」

鬼気迫る形相で睨み付けながらそう叫ぶピンク髪の少女。

思わずため息を吐きながら突っ込んだ。

「俺の決定?何時誰が何を決めた。」

「「「「ぇ…?」」」」

小さく呟きまじまじと此方を見つめる四人。

「怪我の具合を聞いただけだ。入渠しなくて大丈夫なのか、と聞いているんだ。」

「駆逐艦如きが入渠できる筈がありません」

不思議そうに呟くピンク髪の少女を尻目に、回りを見渡すと、なるほど確かに、怪我をしていたり血に濡れている奴がちらほら居るが、それらは全て幼い少女だ。

「そうか。なら1つ目の命令だ。少しでも怪我をしている者は全員今すぐに入渠しろ。これは駆逐艦、戦艦問わずだ。」

「何を…ッ!?」

「提督の決定に口を出すな…だったか?」

「ッ…」

驚きの声を上げるピンク頭を遮り、睨み付けると怯えたように数歩下がる。

対照に俺は数歩前に出て、目の前で相変わらず呆けているピンク頭を乱暴に撫でた。

「わっ…わ、わ…!?へ…?」

「見てられねーんだよ。」

聞こえないように小さく呟き、きつい目で見下ろす。

「勘違いするなよ。"駆逐艦如き"を修復する資材すら無いと思われたらたまったものじゃないからな。」

ざわめき始めた全員を見渡しながら一際大きな声で命じる。

「最後の話だ。良いか、お前らは今日から俺の艦となった。俺は貧乏性だ、自分の物が無くなるのは大嫌いだ。よって損害は許すが損失は許さん。話は以上。損傷が激しいやつから入渠して来い!」

…さぁ、忙しくなるぞ。

1つ目の命令を下し、俺は早々に部屋を出た。




初めましてっ!!
艦これSS大好き人間が、自分も書いてみようぜ!と、完全にノリで書いてしまった駄作でありますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです!
何かを書く、というのは初めての体験でありまして、拙い文章で、分かりにくいところ、誤字脱字などあるかも知れません。
そこはどうか生暖かい目で見てやって下さい…。
やってみて初めて日頃ニヤニヤしながら読ませていただいている小説を書いている人の凄さを理解することができました…
本当小説書いている人は凄いですよね…!!
(何をどうやったら面白い小説なんて書けるようになるんでしょう…)
もし宜しければ評価やアドバイスなど下さるととてもとてもありがたいです…っ!
不安定なスタートを切った彼らでは御座いますが!最後まで優しく見守っていただけるととても嬉しいです!


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漣に揺れる心

 

提督、という恐怖の権化が部屋から去り、私達はようやくほっと息を吐いた。

「…漣…大丈夫…?」

「頭に何か付けられてない?違和感はないの?」

「…漣ちゃん…良かったぁ……」

駆け寄ってきた三人の大切な仲間に微笑み返しながらも、私の心は先程の提督、あの男に向いていた。

頭にはまだあの温もりが残っている。

一見乱暴に頭を撫でたようにも見えたが、まるでガラス細工を扱うかのように、非常に気を遣った、それでいて優しい撫で方。

「…見てられねーんだよ」

何より彼は、誰にも聞こえないようにそう呟いた。

人一倍耳が良い私だからこそ聞こえた、ひっそりと隠された非常に小さな声。

その真意が知りたくて、暫く彼が出ていった扉を見つめていた。

「…漣?」

顔を覗き込まれ、正気に返る。

「いやー、しかし三人とも、提督に意見しちゃダメだにゃ~…どうなることかと思ったぞい?」

おどけた様子で明るく振る舞うと、三人はどこか安心したような、それでいて、困ったような笑みを浮かべた。

「アンタこそあんな大きな声を出すとはね…」

「ビックリしたよ…」

「提督もちょっと驚いてたよね~…」

「およよ?なんの事ですかね~?」

ピューピューと口笛を吹きながら考える。

そうだ、そこにどんな意味があったって良い

私には関係がないんだ。

私と、私の仲間に危害を加えないなら、あの人が何を考えていようがどうでもいい。

必要以上に馴れ合わない、それが彼の望んでいることだろうから。

 

「それでは、入渠施設へ案内するので、入渠の必要性がある皆さんは集合してください。」

大淀や、一部の戦艦が主体となって、怪我をした艦娘達を誘導する。

「漣、私も小破してるから一緒に。」

「…じゃあ、私たちは部屋で待ってるわ。」

「二人とも…行ってらっしゃい?」

私たちは二手に分かれ、曙と潮は自室へ、私と朧は入渠ドックへ向かった。

 

「…ふーん。」

意味深な声を出しながらジト目で此方を見つめる朧に、私は首をかしげて見せた。

「どしたの~?漣ちゃんの可愛さに見とれてるとかかにゃー?照れますなぁ~」

「…頭、洗わないの?」

「へぁっ?!」

「のぼせた?顔真っ赤だけど…」

「あははは!!!あはははははは!!!!そう!そんな感じ!!です!!!」

「…ふーん。」

言われてみれば風呂場にいるにも関わらず頭だけあからさまに乾いている。

私は自分でも変に感じる笑い声を出しながらも、

頭の温もりごとシャワーの水で洗い流した。

 

「あ…」

「え?」

部屋に帰る際、大量の何かを運ぶ彼の姿が。

「あ…」

私の視線を追いかけ気づいたのだろう、朧も同じような声をあげた。

すれ違ったので、思わず挨拶をする。

「おっ…おはようございますッ!!」

「おはようございますッ!!」

釣られるようにして朧も大きな声で敬礼をする。

彼は面倒くさそうに此方を一瞥すると、「おう。」と小さく片手を上げて応じた。

「…挨拶でも言ったがな…堅っ苦しいのは苦手だ。するのもさせるのも、だ。そこまでしなくて良い。」

「いえ、そういう訳には。」

「はい、そういう訳には。」

「はぁぁぁぁ…ここは真面目の巣窟か…?!」

まただ、また聞こえないように呟いた。

「…って…あぁ、あの時のピンク頭か。」

…ピンク頭って…なんだその呼び方は。

「…はい。」

表情には出さず、返事だけ返す。

すると彼は、朧を一瞥してから言った。

「ピンク頭。お前に聞いときたいことがある。"本心"で答えろ」

「本心…ですか?」

「建前は要らん。此所で何を言われても、どんな答えが返ってこようとも、俺は何も聞いてなかったことにする。…そこの茶髪、少し席を外してくれるか。」

「…ご命令であれば。」

ほんの刹那、抵抗するような顔を見せてから、朧は敬礼をして廊下を曲がっていく。

「お前は、あのとき、何故あの三人に噛みついた?」

「…へ?」

「アイツらは…お前の事を庇ったように見えた。

何故お前はその三人に対してあんな目を向けた」

「提督の決定に口を出したと判断したからです」

淀み無く言えた。無難な回答だろう。

「…それがお前の"本心"なんだな。」

だが、見上げると、そこにあったのは侮蔑と期待外れの眼差し。

…この男は何を求めているんだ?

しかも、どこか意味深な反応を返された。

もしかしなくてもこれ、バレてるんじゃないか?

「…話は以上だ。引き留めて悪かったな。」

再び歩き始める男。

「…待ってください」

「…」

男は無言で足を止める。

「私が、叫んだ理由は、私の大切な仲間に、生きてほしかったから…です」

「ほう?」

興味深げに振り向く男。

もういい。彼の何も聞かなかったことにする、という言葉を信用するわけでは無いが、直感的にありのままを告げた方が良いと判断した。

「もし、提督の判断に歯向かえば、どうなるか分かりません。私は、どうせ、解体されるのに…それを庇ったために、あの子達まで、解体されてほしく、無かったから…です」

「…」

頭を下げながら震える声で告げる。

男から返事はなく、私の身体は震えていた。

「フハッ…そうか…。そうか…。」

顔を上げる。

男は、とても優しい瞳で、笑っていた。

この下らない考えを嗤わずに、笑っていたのだ。

「ハッハッハ…成程な。そうか。"そっち"か。ふむ。そうかぁ…フッフッ…」

「あ、あの…?」

何がそんなに可笑しいのだろうか。

「…良い仲間だ。」

それだけ呟くと、いかにも機嫌がよさそうに彼は歩いていく。

私はポカンとその後ろ姿を眺めていた。

その後、曲がり角で聞き耳をたてていた朧に提督に対して何馬鹿正直に言ってるんだとポカポカ叩かれたのは言うまでもない。

 

「…」

「…」

「…」

「…」

何故私は部屋で正座をしているんだろう。

何故三人に囲まれているのだろう。

「でね、頭洗わないの?って聞いたらあからさまに変な笑い方で慌てて洗い始めて…」

「…ふーん。入渠でそんな事が…。」

「…漣ちゃん…?」

やめい。ボーノ。そんな目で私を見るな。

潮も…心配されると逆に恥ずかしい…。

「いや、あのね?違うんですよ…ほんと。」

私の頼りない言い訳が通じるはずもなく、

三人は確信したような顔で同時に言い放った。

「やっぱり頭に何かつけられたんだね…」

「やっぱり提督が気になるんだよね…?」

「もしかして提督のこと好きなん…でもない」

朧は昔からこういうときに少しズレてる。

そして潮は何だかんだで鋭い。

曙は…真っ赤な顔をして顔を背けてしまった。

「ボーノはあれだね…思春期真っ盛りだねぇ?」

「うっさいバカ!!!ボーノって呼ぶな!」

「…で、何をつけられたの?」

そう言いながら私の髪をわしわしとまさぐる朧

「ボーロは昔からそういうところあるよねぇ…」

「朧ちゃん…」

されるがまま苦笑し、今度こそ笑みを浮かべた。

もう頭にあの感触と熱は残っていない。

そう、気にすることはないんだ。

 

「ま、気にすることはないですよ。

これはホント。一時の気の迷いだったから!」

 

必要以上に馴れ合わない。関わらない。

それが私達にとって一番幸せな距離感だろうから

 

 

 

 

 

 

 

…じゃあ何故彼は、たまに、

その距離感を壊そうとしてくるのだろうか。




はい!!一話に比べてみじけーよ!と!!
はい!わかってるんですはいっ!!
提督を出すと楽なんですが…艦娘同士で絡ませるのって思ってたよりも難しいんですね…!?
こう、提督には見せない艦娘同士の一面とか…あるんだろうなぁと思っててもなかなかそれを表現できないですね…。
やっぱりこういうのを上手く書けてる人は凄いなぁとしか思えません…!
あ、今回は漣が主役回となっております!
提督、艦娘の誰か、提督…の順でやっていこうかとも思ってたのですが…これは提督目線が多くなってしまいそうですね…。
何にせよ、こんな駄文ではございますが楽しんでいただけたら幸いですっ!
誤字脱字も未熟な文構成も多々あるとは思いますが!どうか見守ってやっていただけると幸いです。


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新しい風

俺は部屋で電話を済ませると、真っ先に倉庫へと向かった。

「…ふむ、これと…これもか?」

近くにあった机を軽く水拭きし、近くにあった空の段ボールにホイホイといろんな道具を入れていく。

最低限必要そうなものを集めただけで、段ボールはパンパンになった。

「申し訳ございません。入渠の指示が終わったので一応ご報告にきました。」

深々と頭を下げる大淀を軽くスルーして、俺は大淀に質問をした。

「…なぁ、この中で一番幼いのはやはり駆逐艦か?」

 

やってしまった。

やってしまった。

これは…質問のしかたがあまりにも悪い。

だから大淀、"この人そういう趣味だったかぁ…"

みたいな顔を今すぐにやめろ。顔に出てるぞ。

「…勘違いするなよ…?お前達に興味はない」

「あっはい。申し訳ございません。えっと…駆逐艦もそうですが、海防艦かと。」

「そうか、つまりこいつは海防艦ってことで良いのか…?」

勘違いされないように、急いで俺の服の裾を掴みブラブラと揺れ、キャッキャと笑う小人を指差す。

「…よっ…妖精さんッ!?!?」

大淀の悲鳴が木霊した。

 

「だよなぁ…」

「え、何故…?え…?」

妖精さんと呼ばれた少女は「なにー?」などと呑気に小首を傾げている。

少しかわいいと思ってしまった自分がいて、スッと顔を背けた。

"妖精"…彼女達を一言で表すなら、良く分からないものである。

唯一わかっていることと言えば、彼女達は鎮守府…それも"ある程度設備が整った"鎮守府にいつの間にやら現れ、建造や改修、あらゆる分野でお世話になる、手のひらサイズの少女であり…正体も好きなものも、何故手伝ってくれるのかすらも不明な、謎だらけの生命体である。

「こんな汚い所に?!」

「おうお前自分の鎮守府に対してずいぶん言うじゃねぇかお前。」

申し訳ありませんと最早土下座でも始める勢いで謝り始めた大淀を無視し、いつの間に手の甲に乗っている妖精の頬を挟む。

「ふにゅ…」

おぉ。プニプニだ。

団子のような触感を楽しみつつ、思考を巡らせる

そう。おかしいのだ。

大淀の言っていることはムカつくが正論で、

こんな汚い施設に妖精が来るとは到底思えない。

「こんな汚いところに良く来たなぁお前…」

「きれいなところあるー」

そういって少女が指差したのは、俺が倉庫に入ったときに軽く整理した机の上。

「そこにも湧くのか…」

俺は苦笑しながら呟いた。

 

「けんぞうをしましょう!」

「あん?」

廊下を歩いていると、

手元の段ボールの中から声をかけられる。

「ひまです」

「…」

「なので、けんぞうをしましょう」

「日本語を話せ」

「けんぞうしたいー!!」

「俺にはやることがあるんだ」

「やだやだやだー!!!!」

ジタバタと駄々をこねる妖精を無視し続けると、

諦めたのか静かになった。

そっと段ボールを盗み見ると、

ポロポロと涙をこぼし座り込んでいる。

「そこまでか?!」

「ていとくさんはきちくです」

「勘弁してくれ…」

新しい艦娘が増えるのはあまり望ましくない。

この鎮守府に来て馴染めるかが不安すぎるし、

それなら来た瞬間に転属届けでも出してやった方がまだ良心的だろう。

「やりたいです」

「新しく来た奴の事も考えてやれよ…」

「ようせいさんのこともかんがえてやれよー」

「ああ言えばこう言うなお前…」

ぼやいていると手足をバタバタさせながら叫ぶ

「おねがいー!!」

「断る」

「いまならおまけもつけるからー!!!」

「…ほう?」

どうやら泣き落としでは通用しないと買収にかかったらしい。

だが、それは俺にとっても好都合だ。

要求次第では乗ってやっても良い。

なので、少しだけ話を聞く姿勢を見せた。

「れあなかんむすけんぞうするからー!!」

「帰れ」

速攻で却下する。

だからその艦娘が要らないと言っているだろ…

「きちく…おに…」

「聞こえてるぞ」

「なら…ならー…ちんじゅふ…きれいにする」

「乗った!!!!」

手の平で妖精…否、妖精様を掬い上げ天に掲げる

あぁ、こいつが神か。

「ようせいさんにおまかせあれー!!」

誇らしげに仁王立ちで胸を張る妖精様。

俺達は鉄の契りを交わした。

 

そのまま廊下を歩くこと数分。

二人の艦娘とすれ違う。

「おっ…おはようございますッ!!」

「おはようございますッ!!」

道の端に避け、一糸乱れぬ動きで

敬礼をするその姿はまさに軍人そのものだ。

俺は鬱陶しげに手を上げて答えると、

無駄だと思いつつも声をかける。

「…挨拶でも言ったがな…堅苦しいのは苦手だ。するのもさせるのも、だ。そこまでしなくても良い」

返ってきたのは予想通りの言葉。

「いえ、そういう訳には。」

「はい、そういう訳には。」

「はぁぁぁぁ…此処は真面目の巣窟か…?!」

大淀にしろコイツらにしろ、ずっと上官として、恐縮され、こんなに息苦しい扱いを受けるのならいっそ憎まれて無視された方が数倍はやり易いし気が楽だ。

そんな思いから聞こえないように呟くと、

まだ幼い二人の少女を改めて見た。

…というか、良く見れば片方のピンク頭は先程食堂で声をかけた艦娘じゃないか。

「…って…あぁ、あの時のピンク頭か。」

また何か言われると思ったのだろうか。

少しだけ表情を曇らせ、返事をする少女。

…となればもう一人は…やはり。

一番最初にこのピンク頭を庇った奴だ。

先の光景がフラッシュバックする。

勘違いとはいえ、自分を守るために、

身を呈して前に出た三人に怒鳴るピンク頭。

あのとき、何故あんな行動をとったのか、

問いただしておく必要がある。

…返答によっては"見切り"も必要だろうな。

「ピンク頭。お前に聞いときたいことがある。"本心"で答えろ」

「本心…ですか?」

唐突な質問。怪訝そうな顔で呟く少女。

茶髪に席を外すよう頼むと、心配なのだろう、

一瞬だけ迷うよな素振りを見せたものの、

ビシッと敬礼をすると、廊下を曲がっていった。

「お前は、あのとき、何故あの三人に噛みついた?」

「…へ?」

訳がわからない、といった様子で声をあげる少女。

「アイツらは…お前の事を庇ったように見えた。

何故お前はその三人に対してあんな目を向けた」

「提督の決定に口を出したと判断したからです」

間髪入れず、さも当然のように口にする少女を眺め、俺は心底目の前の機械の事を蔑んだ。

つまり、コレは自分を守るために身を呈してまで出てきた仲間すら、命令に背けば許さないのだろう。

或いは仲間を売り従順な姿勢を見せることで媚でもうろうとしているのか?

…否、どちらでも良いな。

「…それがお前の"本心"なんだな。」

…期待外れだ。他を当たろう。

あの三人は浮かばれないな。

等と考えながらぶっきらぼうに告げる。

「…話は以上だ。引き留めて悪かったな。」

無駄な時間を使ってしまったことを若干後悔しつつも、先に進もうとした矢先だった。

「…待ってください」

「…」

足を止める。まだ何かあるのか。

面倒くさいが一応話だけは聞く姿勢を見せると、少女は数回、大きく息を吸い込んでから言った。

「私が、叫んだ理由は、私の大切な仲間に、生きてほしかったから…です」

「ほう?」

再び振り向き、改めて目の前のピンク頭を見る。

足や声は震え、額からは汗が滲み、皺になるほどスカートを握りしめていたが、その強い瞳に少しだけ引き込まれそうになった。

「…」

少女は頭を下げ、震えながら言う。

庇ったのは仲間のためだと。

解体され行く自分を庇って解体されるより

一分一秒でも長く生きてほしかったからだと

…それを俺に言うのに、相当な覚悟と勇気を振り絞ったのだろう。

「フハッ…そうか…。そうか…。」

たまらず笑いが込み上げる。

あぁ、三人がコイツを庇うと同時に、コイツもコイツなりに三人を庇っていたのか。

あの叫び声は、提督の判断に逆らった者への叱咤ではなく、共に死のうとした仲間への、文字通り死に物狂いの懇願だったのか。

「ハッハッハ…成程な。そうか。"そっち"か。ふむ。そうかぁ…フッフッ…」

少なくとも、少なくともコイツは提督の命令だからと何も考えず、盲信する訳でも、仲間を売ってでも従順を演じて提督にすり寄ろうとしていたわけでもない。

それどころか、自分の大切な仲間に、庇われ庇う、とても良い関係を築けていたのだ。

「あ、あの…?」

「…良い仲間だ。」

本心からそう告げると、背を向けて歩き始める。

曲がり角で、恐らく心配でずっと聞き耳を立てていたのだろう。茶髪が隠れていることに気付き、余計に可笑しくなって、笑いを溢しながら廊下を歩いた。

 

「ごきげんー?」

「クックッ…いや、まともな奴が居たからな」

勘違いされていたとはいえ、あの四人の絆を見れたのは嬉しい誤算だ。

この腐りきった場所でもちゃんとした奴は居るのだと、ほんの少しだけ希望を持てた。

すると、唐突に妖精が尋ねてくる。

「…まじめなひとはにがてなのー?」

「…ん?あぁ、あのときの小言か?聞こえてたのか…そうだな、真面目は…というより、命令を黙々と遂行するような奴は嫌いだ」

与えられた仕事を只こなすだけの奴は要らない。

何故なら与えられたもの以上の働きを期待できないからだ。

此方の出したものを吟味し、新しい案を提出する。

仮にそれが使えたとしても使えなかったとしても、提出することに意味があるのだ。

現場が一番現場の事を知っている。

俺には考え付かないような作戦が出てくるかもしれないし、採用できない作戦だったとしてもその失敗は成長の糧となる。なによりその姿勢自体が大事なのだ。

うんうんと一人頷いていると妖精さんはずっとぶつくさ呟いていた。

「なるほど…なるほど…」

「真面目が嫌いと言うかな、宿題を出されたらやるのは当たり前だ。変に真面目な奴は出された宿題しかやらねぇ。重要なのは、そこで自分から予習でも復習でも良いから、何か動いてみる奴だ。」

「わかんなーい」

「俺も無茶なお願いをしているって理解してるんだ…だからこれは最終的な理想だな。兎に角ただ命令を受けとるだけの機械なら要らん。」

「…?」

妖精さんには難しかったか。

「わかんないけどまじめなのはいやなの?」

「まぁ、それで良いか…」

妖精さんは何やらにこにこしている。

何だか熱く語って恥ずかしくなった俺は、建造ドックへと足を進めた。

 

「わたしがきた!!」

誰もいない部屋に妖精の叫び声が響く。

こっちが恥ずかしくて思わず睨み付けた。

「なにつくるー?なにつくるー??」

「駆逐艦で頼む。資材に余裕はない。」

一応宛はあるが、大量の資材は期待できない。

だからこそ、開発も運用も少量で済む駆逐艦を注文した。

「まかせろーっ!!」

250/30/200/30 と、文字が表示される。

資材が機械のなかに入れられて行き、中から音がし始めた。

「いまならなんと!!こうそくで!!」

妖精さんは目を輝かせながら何処からか取り出したバーナーで上から内部を炙る。

おいおいおい。何してんだこいつ。

そりゃ部外者が口を出すのはあれだがあんなんで良いのか。

「もやせもやせもやせー!!!」

…駄目な気がする。

そんな俺の心配通りに、チーン…というレンジのような音が鳴った。

「御臨終…か…。」

手を合わせる。

ごめんな、こんなほっぺた団子に任せて。

対する妖精さんはご機嫌そうに言った。

「しんぱいなさらずとも!おいのりなさらずとも!!いまだけ!!ていとくさんに!!ていとくさんのすきな!!しかもれあなかんむす!ぷれぜんとー!!」

こいつは何を言っているんだ?

首を傾げると、ガコンと音がして、扉が開く。

煙と共に出てきたのは中々にクレイジーな格好をした幼い少女だった。

「駆逐艦島風です!スピードなら誰にも負けません!速きこと、島風の如し、です!」

『…まじめなひとはにがてなのー?』

そんな妖精野郎の言葉が脳裏に思い浮かぶ。

これ以上ないくらいのどや顔を浮かべる妖精。

「なんかやべぇやつが来たんだが!?」

俺の叫び声が、新たな客人が来た部屋に響いた。




妖精さんって凄く可愛くないですか?
めっちゃ可愛いと思うんです!!
ドーナツとか食べ物あげて撫で撫でしたいなって…
ともあれ三話目でございます!
こんな駄文でも楽しんでいただけたら良いのですが…
これからも、彼らの生活をどうか優しい目で見守ってやっていただけると幸いです!!

追記
同じような台詞ばかりが続くので、少し台詞を変えてみました…が…提督目線になっただけで全く同じ展開なんですよね…本当実力不足で申し訳ないです…。


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新しい風とそれぞれの想い(前編)

目のやり所に困り、兎に角凄い格好をした少女から視線を反らすと、いまだに胸を張る妖精を睨み付ける。

「このやろぉ…ほっぺた団子ぉ…!!」

「ほめろ!あがめろ!!たてまつれー!!!」

「確かに俺は真面目は…あぁもうっ!!」

頬っぺたを鷲掴みにしてプニプニとする。

「てめこのッ!こいつかッ!!こいつかッ!!」

当の本人は褒められてると思っているのかとても満足そうな表情を浮かべ、心なしかキラキラし始めた。

「ねーねーていとくぅー!」

そしてそんなこともお構いなしに俺の服の裾を引っ張る少女。

「うるさい!お前は服を着ろ!!!」

「着てるよ?!」

クワッ!と顔を向けるがこいつ全然怯まない。

ねーねーと何度も服を引っ張る少女と、

妖精の頬をプニプニしまくる俺と、

嬉しそうに悲鳴をあげる妖精と。

そんな混沌とした時間が続いた後、妖精が唐突に、糸が切れたように倒れ込んだ。

「…どうした?おい?大丈夫か?」

よく見ると痙攣しているので、息はある様だ。

「…ぜんしんきんにくつうです」

手のひらで仰向けに倒れたままそう言う妖精。

「全身筋肉痛だ…?」

「ほんとはみんなでやるんだけど、みんないないからー…ひとりでつくるのはじめてなのー!」

「…」

妖精の身体を軽く触ってみた。

「あばばばばばば」

少しだけ目を閉じる。

こいつはこいつなりに俺のためを思っての行動だったのだろう。

それも、本来大人数でやる作業を、たった一人で…無茶をしてでも俺のために頑張ってくれた。

「…んなこと言われたら怒るに怒れねーよ!!

なんだお前!!!!…あーもー!!お前ッ!!」

何とも言えない気分になり、足を踏み鳴らすとゆっくりと少女の方を向く。

「…島風とか言ったな………歓迎するぞ」

俺は苦虫を噛み潰したような顔をしながら呟いた

 

「ねーねー!何処いくのー?」

「…掃除だ掃除。」

「かけっこしようよー」

「却下。」

「…ねーねー!!」

「なんで付いてくるのお前?!」

痺れている妖精を運びながら、さっきから俺の周りをぐるぐる回る少女に言う。

…目のやり所に困るから視界に入らないでくれ。

こんなのを連れ回していたら通報される。

歩くスピードを上げたにも関わらず少女はまだついてきて俺の周りを回った。

「だってー!来たばっかりだもーん!」

「知らねーよ…大淀とか言う眼鏡が居るからそいつに案内を頼め」

「大淀って人は何処にいるの?」

「…何処だろうな」

「かけっこしよー?」

「だぁぁぁぁ!!!!!」

最早若干小走りになりながら廊下を歩く。

「おぅ?おぅ?かけっこー?」

「頼むから離れろ!!!」

「やだー!!!!」

「テメェガチで面倒臭い奴呼びやがってェッ!」

手のひらの上の頬っぺた団子を睨み付ける。

「めいれいきかないでしょー?」

「俺が求めてたのはそうじゃなくてな?!」

そんな言い合いを続けていると、島風がスッと足を止めた。

「…島風…要らない子?」

目には少しだけ涙が溜まっている。

「なかせたー」

「お前ほんと筋肉痛治ったら覚えてろ?

絶対その頬っぺた握りつぶすからな?」

言いながら手のひらの上で転がしてやる。

「きんにくつうです。ころがさないで。いたいからころがさnあばばばばばば…」

確かに島風にはあんまりな態度を取りすぎているのは事実。

彼女の服装があまりにも目のやり所に困る格好なのも事実。

「…はぁぁ…。悪かったよ。」

「ぉぅっ?!」

白い軍服を被せる。

「ただな、その格好で男の周りをうろつくのは些か問題なんだ。だからこれでも着てろ」

「…でもコレが制服だよ?」

「え?」

「え?」

当然のような反応をする島風。

…ん?待てよ?

「お前…島風…だよな?」

「今?!」

確か…海軍学校の頃に聞いたことがある。

駆逐艦の中でもトップクラスの性能を誇り、意思を持つ特殊な艤装を扱う兎の形を模した艦娘がいると。

確かその艦娘の名はー

「島風…」

「はーいっ!!」

元気のよい返事を聞き、俺は全力で叫んだ。

「島風ぇぇぇぇぇぇぇ?!?!?!」

「えっ?!駄目なの?!」

「は?!え?!いや確かに、凄まじい見た目だとは聞いたが…そっちの意味で?!」

「何がっ?!」

「…お前が島風…」

「…変な提督…」

「じょうちょふあんていというのです」

「また転がされたいのか?」

妖精とあれこれ言い合っていると、島風は寂しげな瞳で笑った。

「で、提督…私って、邪魔かな…?」

「…そんなことねーよ。」

頭の上に軽く手を置き、撫でる。

「さっきは悪かった。この鎮守府は少し特殊でな、お前が馴染めるか不安だったんだ。だが…来たならもうお前は俺の艦だ。邪魔なんかじゃないし、お前と会えて嬉しいぞ。これから宜しくな。島風。」

 

「…で、まだ着いてくるのか」

「だって暇だもーん!」

そりゃあ、あのままかっこよく歩き去らせてくれる奴じゃないというのは何となく分かっていた。

だが、あまり俺にくっついていてはそれこそこの鎮守府で孤立してしまうだろう。

「此処はそこそこ艦娘も揃ってる。お前の顔見知りだって居ると思うぞ。探してこい」

「島風、姉妹艦居ないから…」

…あぁ、そういや量産は出来なかったっけな。

「まぁ、そうだとしてもな…」

「…」

あぁ糞。そんな寂しげな目をするなよ。

「…良いか島風、よく聞け。」

肩を掴んで屈み込み、目を合わせる。

子供相手にはこの方法が一番だ。

「此処は俺の鎮守府だ。俺の城だ。そして、お前らは姉妹艦だのどうのこうのである前に、この城に住む家族みたいなもんだと…俺だけは思ってる。」

「提督だけは…?」

「言ったろ、此処は複雑なんだ。あぁ、俺はこう思うからお前らもこう思え、と言うつもりも無い。家族ってもんは両者がそう思ってようやく家族って訳でもないし。まぁいつか認めてもらえればな、と思わなくもないが…話が脱線したな。兎も角、俺はそう言うもんだと思ってる。だからな、姉妹艦やそういったものに拘る必要はないんだ。」

少しだけ少女の目が見開かれた。

少し照れ臭くなり、頬を掻く。

「あー…何て言うかな。俺の艦になった時点で、お前らは皆同等で、同胞だ。」

「…」

「…島風?」

返事がない。

少し心配になり顔を覗き込むと、真っ赤な顔をして固まっていた。

「…?大丈夫か?お前も全身筋肉痛か?」

肩を揺さぶると、ハッとしたように瞬きをして、唐突に走り始める。

「なんでもなーい!!!」

暫く行くと、くるっと振り向き笑った。

「…これから宜しくねっ!提督っ!!」

…良い顔できるじゃねぇか。

 

「…いや結局付いてくるのかよ!?」

「家族なら良いですよねーっ!」

「わたしがつまですね」

「お前はペット枠じゃね?」

「つまりはみだれたかんけいですね」

「転がってろ」

「あばばばばばば」

そんな下らない話をしながら付いたのは艦娘寮

「此処は…?」

「ぼろぼろですね」

「見るも無惨だな。艦娘寮らしい。」

「島風此処で生活するのーっ?!」

「安心しろ島風。今から此処を生活できる程度には掃除する。俺と、お前と、妖精でな。」

「えー!かけっこしたいー!!」

「島風は一生汚い部屋で過ごしたいらしい」

「頑張りまーす…」

「わたしはぜんしんきんにくつうです」

「悪いが約束は守ってもらう。コイツらにこんな場所で寝かせるわけにもいかん。」

「ぉぅっ?!」

軽く頭を撫で、段ボールから掃除用具を取り出す

「…さて、島風、貴様にもこれを渡しておこう」

「雑巾だーっ!!」

「どこからおそうじするのー?」

「優先順位は決めてある。駆逐艦、若しくは海防艦達がいる寮が最優先だ」

戦艦などを軽んじる訳ではない。

ただ大人はやはり耐性もあるだろう。

駆逐艦は今まで入渠も許されなかった状態だ。

それで寮の修理も最後では報われない。

海防艦は大淀が一番幼いと言っていた。

こんな場所で生活するにはあまりに酷だろう。

…あと、こんなことを言ってしまえば提督としては失格なのだろうが…

「…駆逐艦には、ある奴らが居てな。」

苦笑しながら呟いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「漣、何考えてるの?」

部屋で空を見上げながら、ぼうっとしていると、

朧が顔を覗き込んできた。

「はにゃー?」

「何か考えてる…ってよりはなにも考えてない顔じゃない?」

やれやれと肩を竦める曙と、

その後ろから心配そうに此方を見る潮。

「何も考えてない…というか…考えないようにしてる…?気がする…」

「そんな事無いよぅ…?!」

うーん、なんで君たちはそんなに私のことを心配するんだろうか…。

そんな風に私が考えているうちに、

いつの間に、三人はある話で盛り上がっていた。

無論ある話、とは、新しい提督の事である。

「…どうせ糞でしょ?期待するだけ無駄よ無駄」

ボーノ。お願いだから提督の前で言わないでね。

流石に言えないと思うけど。

「変な人だったなー。いきなり笑ってたし。」

ボーロに変な人呼ばわりされるのは相当だよ…

とはいえ確かに良くわからない人だけども。

「…凄く目が、怖かったなぁ…」

潮は思い出したのか少し震えている。

わかる。睨み付けられたときの恐怖は凄い。

「…で?アンタはどう見る訳?」

「…へ?」

「そこは漣の流れだよー?!」

「やっぱり心此処にあらずって感じだよね…」

口々に呟く三人をよそに、少しだけ考えてみた。

…私はどう見るのか。

興味がないと私たちを一蹴したあの人を。

頭を乱暴に優しく撫でてくれたあの人を。

酷く冷たい、蔑んだ目で見てきたあの人を。

良い仲間だ、と歩き去っていったあの人を。

「…私は…」

コンコン。

その瞬間、ノックの音が響く。

「…誰?」

曙が呟き、部屋を開けに行った。

どの部屋もボロボロで家具一つ無く、どの部屋に集まろうが関係がない。

まして連日の出撃で帰れば疲れきっており、寝るしかやることが、できることがなく、他の艦娘の部屋に来る物好きなどいる訳が…

「ひっ…」

曙の悲鳴を聞くと同時に即座に扉へ駆け寄る。

そこには、先の話題の中心人物

…提督が立っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ひっ…」

扉をノックすると、鈴の付いた少女が扉を開け、俺の姿をみて小さく悲鳴を漏らした。

ガタッ!と凄い音を出しながら出てきたのはピンク頭と茶髪。

黒髪はいつの間にやら鈴の付いた少女を庇うように後ろへ引き込んでいた。

「…なっ提督!?」

「…えっ?!へっ!?」

「よぉ、ピンク頭。さっきぶりだな。」

驚愕の声をあげる二人を無視し、ピンク頭に片手をあげて挨拶をする。

「…どうも」

またこいつかと言わんばかりの不服そうな顔。

だから、俺は後ろに隠れてる奴に声をかけた。

「…何隠れてるんだ島風。」

「隠れてないもん!」

「なら出てこい」

「島風はすっごく早いんだよ!!」

「知らんわ!出てこい!!」

「おっそーい!!」

話にならん。

少し待っててくれと頼むと廊下の角で頭だけだしている阿呆の襟首を掴んで連れて行く。

おぉ、相手も目が真ん丸だな。

「離してよー!!!」

「コミュ症かお前は!!」

襟を離すと俺の脚にひしとしがみつき、ピンク頭を睨み付けている。

「…あぁもう…悪いなピンク頭。コイツは…島風、今日此処に着任した艦娘…駆逐艦だ。仲良くしてやってくれ。」

島風の頭をポンと叩きながら言った。

「はい?!」

「挨拶は後でやらせるが…その前にお前らには見せときたくてな。色々と教えてやってくれ。」

俺の目的は二つ。

一つはコイツらの部屋を清掃すること。

そしてもう一つ、島風の頼れる相手を作ること。

それも、信頼できる奴じゃないといけない。

無論この短期間でコイツらを信頼している訳ではないが、其処らの奴よりはよっぽど俺が"期待"している奴らだ。

きっと島風ともうまくやっていくだろう。

いまだ困惑したような表情を浮かべるピンク頭に、俺は笑顔で言ってのけた。

「…まぁ、それは置いといて…外に出てくれ」




今回もご覧いただきありがとうございます…!
もしも私が島風ならかなり傷ついていますね…
もう少し彼には反省していただきたいものです。
はい!二部に分けてしまいましたごめんなさい!!
というのもあまりの長さにこれは駄目だなと思った次第でありまして…ほんと、文字数が一話毎に大きく増減してしまって申し訳ありません…
さらに!オリ主のタグをつけ忘れてしまっていたようで本当に本当に申し訳ありません…!
報告いただいた方、対応していただいた運営様、本当に本当にありがとうございますそして申し訳ありませんでした…っ!!
ダメダメな私ではございますがどうか彼等の事をこれからも温かく見守っていただけると幸いです…!!


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新しい風とそれぞれの想い(後編)

 

「…おい待て!?」

最後に部屋を出ていった鈴付きに声をかける。

「ひっ!?」

「あぁ…すまん。…あー…」

提督にトラウマを持っている奴も居るだろう。

興味がないともいったのだ、考えなくては。

若干緩まりつつある自分の意識に喝を入れていると、茶髪がスッと前に出てきた。

「何かございましたでしょうか」

「あー。えっとだな、俺は持ち物は運び出してくれと言ったのだが…」

「はい。全て運び出し完了致しました。」

…嘘だろ?

ほぼ手ぶら同然なのだが。

「…私物はないのか?」

「…何が言いた…いえ、何が目的なのですか?」

茶髪が鋭い目を此方に向ける。

それもそうだ。突然部屋に来て、私物を全て持ち出し外で待て、なんて言われて喜ぶ奴は居ない。

「いいからもちだしなさーい」

「…え?」

だが、次の瞬間、手のひらで寝転がったまま声を出す妖精を見て、四人は目を丸くした。

「…おい、いきなり言われてはいそうですかって納得する奴はいねーよ。」

「おそうじするからはやくしてー」

「…これ、もしかして妖精さんなんじゃ…」

「…?おう。全身筋肉痛の妖精さんだ。」

「あばばばばばば…」

「出ていくのおっそーい…」

「声小さいなお前…どうした…あと離れろ」

何故かポカンと此方を見てくる四人を放置し、俺は部屋の扉を閉めた。

 

「…ん?」

扉を開ける。

「おい、ピンク頭、ちょっと良いか?」

「はい」

なかに呼び込み、文字通り何もない部屋を指差す。

「タンスとかはないのか?」

「無いです。」

「テレビは」

「無いです。」

「ゲームは」

「無いです。」

「本棚は、漫画は!」

「無いです。」

「お前らここで何してんの?!」

「寝ていますが…」

「ベッドは!!」

「無いです。」

こいつらどんな生活してんの?!

「あの…馬鹿にして…?」

「何でだよ…!!」

「あの、駆逐艦の部屋にそんなものがあるわけがありませんし、寝るのなら床で問題はありません。漫画やテレビなどの娯楽など戦場には不要です。」

「………」

言葉に詰まる。

コイツらはずっとこんな生活をしているのか。

「…あぁ糞。待ってろ!」

倉庫へ行き、大量の木材と工具、俺の部屋から人一人が丸々入る程のスーツケースを引っ張り出す。

「提督ーっ!なにそれ?なにそれ?速い?」

「速いというか強い、だな。核爆弾がここに落ちようとこのスーツケースだけは原型を保ってるだろうよ。」

「何それ?!」

驚く島風を無視して、敷き詰められた宝物の中から適当な玩具を選んだ。

「ピンク頭。受けとれ。」

「わっ…え?」

咄嗟に投げられたものを掴む辺り流石である。

「何ですかこれ」

「ハンドスピナーだ。」

「何それ?!速いの?!」

「お前は黙ろうな。」

頭を撫で黙らせる。

「これは…何かの武器でしょうか」

怪訝そうな顔で呟くピンク頭。

「こんな小さいものが武器に見えるか?!」

「…ならば何でしょうか。」

「玩具だ。」

「は…?」

「玩具だ。」

少女は相変わらず眉をひそめ、手元のハンドスピナーと俺を交互に見た。

「何故それを…?」

「待ってる間手持ち無沙汰だろう。遊んでろ。」

「どうやって遊ぶのでしょうか」

「まず中央を持ち、回す」

「はい。」

「以上だ。」

「…は?」

「それだけなのー?」

「つまんなーい!!速い方がいいよね?ね?!」

「うるせぇ!!楽しいんだからな?!」

人数分のハンドスピナーを渡し、

俺は部屋の扉を閉めた。

 

「…さて、妖精、出番だが…」

「きれいにするやくそく。まもるー!」

「島風は何したらいいのーっ?」

張り切る二人だが、俺は若干後悔していた。

部屋に充満するのは血の香り。

足元を見ると、床が所々黒くなっている。

血、というのはそう簡単には落ちない。

時が経てば経つほど、どんどん落ちなくなる。

「…厄介だな。」

そう呟いたときだった。

「ようせいさんのすぷれー!!」

ガコン、と音がして、部屋のすみに霧吹きのような物が転がった。

それを手に取ると、妖精は胸を張る。

「これでどんなよごれもおちるよー!」

「…血も?」

「かんぺきー!いいにおいもするのー!」

再び妖精を持ち上げる。

「お前が神か。」

「どやぁ…」

雑巾に霧吹きを吹き掛け、試しに軽く拭いてみると、面白いくらい綺麗に落ちた。

「…ふむ、島風。」

「おぅっ!?」

「これで雑巾がけを頼む。」

「はーい!!しまかぜ、出撃しまーす!!」

手を出すと、奪い取るように雑巾を手に取り、雑巾がけを始める島風。

「…ていとくさんはどうするのですか?」

首をかしげる妖精に向かい、俺は木材とノコギリを持ってニヤリと笑った。

「俺にはやることが出来た。」

 

「…舐めてたわ。」

「はやい!!!!」

二段ベッドの製作に取り掛かろうと、木材を切っていると、妖精にひがくれますと煽られ、木材を渡すよう命令される。

しゃーなしに渡し、企業秘密だから目を反らしてくださいと言われ目を反らすこと一分、俺の目の前には部品に加工された木材が転がっていた。

「くみたてたかっあばばばばばば…」

「お前…最高だよ。後は任せろ。」

指先で、床に倒れ痺れている妖精の頭を撫で

俺は二段ベッドを組み立て始める。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「おい…」

「…」

「おーい…」

「…」

「おい!!!!」

「…」

「…おーい!!!!!!!」

「なっあっ!!」

慌てて立ち上がる。

どうやら他の三人も手元のふざけた玩具…ハンドスピナーだったか、に夢中になっていたようで、恥ずかしさからか顔を少しだけ赤らめていた。

「部屋に戻ってくれて良いぞ。悪かったな」

「…いえ。」

一体彼はこの何もない部屋で何をしていたのか

答えはどうであれ、用事が終わったならば良い。

手元の玩具を返そうとすると、

スッと手を前に出された。

「要らん。今日の詫びだ。お前らが持ってろ」

「いえ。そういう訳には。」

「コイツらも俺のようにコレクトされて眺められるより、そうやって夢中になって遊んでもらえる方が嬉しいだろうよ。」

「っ…」

顔が赤くなる。

「あれは…っ!その…」

「俺はまだ寄るところがあるから、お前らはもう部屋に戻れ。お疲れさん。」

「そういうわけにはいきません。あしたにはわたしがうごけるようになるので、ていとくさんは、あしたまでまっていてください」

「…いや、それは…」

「それいじょう、けがをされてはこまります」

「…あぁもう。分かったからこいつらの前でそれ以上言うな…。…じゃあな、ピンク頭」

ヒラヒラと振る彼の手が少しだけ腫れていて、薄い包帯が巻かれていることに気付く。

「…?」

首をかしげながら部屋に戻ると、部屋から血の匂いや汚れは綺麗一切無くなっており、代わりに二つの、少しだけ歪だが二段ベッドが置かれていた。

「…は?」

「…え。」

「…なっ」

それぞれ違う反応を見せた仲間達であったが、

私は、先程見えた指を思い出して、思わず無言で外へ飛び出した。

「提督ー…指…大丈夫…?」

「大丈夫に決まってんだろ。

掃除してくれてありがとな。島風。」

「えへへぇー!」

視線の先にあったのは、くしゃり、と髪を撫でられ幸せそうに笑う少女。

私は無表情のまま、そっと自分の頭に手を置いた

「…漣?」

あとを追いかけてきた朧が顔を覗き込んでくる。

「…なんでもないよ?!なんでもない!!」

そんな朧の背中をぐいぐいと押しながら、私は顔を見られないように部屋へ戻る。

あぁ、私にとってあの人はー

…あの人は、嫌うべき存在だ。

 




「…申し訳ございません。失礼致します。」
大淀、という名の女性は執務室に入る。
「なにー?」
机の上にちょこんと座り、可愛らしく子首をかしげる妖精がいた。
時間にして丑三つ時、草木も眠る、とはよく言ったもので、執務室を照らすのは月明かり、室内には妖精と女性の二人きりしか居ない。
「…聞きたいことが、あります」
「…どうしたのー?」
ごくりと、唾をのみ込み、女性、否、大淀は声を発する。
「貴女は…"何者ですか"?」
「ようせいさんです」
不思議そうに妖精は返す。
「…言い方を変えましょう。
…"何を企んでいるんですか"?」
「…」
「私は知っています。妖精は、"狙って艦娘を呼び出すことはできない"…或いはしないだけかもしれませんがね」
月を雲が隠しはじめ、執務室から少しずつ光が消えていく。
「妖精さん、いえ、貴女が"何者"であれ、そのような行動をする理由がある筈です。貴女の全身筋肉痛は、本当なんですか?もし狙ってあの島風を呼んだのなら、貴女のそれは筋肉痛などではなく…」
無表情のまま、妖精さん、否、机の上の、小人の首が、ほぼ直角に、コテンと右に折れた。
「わたしはしってるよー。あのひとはたくさんかんむすをすくうのー」
そして次の瞬間、小人の首が左にコテンと倒れる。
「わたしはしってるよー。あのひとはみんなにきぼうをあたえるのー」
大淀は眉をひそめる。
この女性は、今までの経験上、自分の身に火の粉が降り注ぐ前兆を感じることが出来た。
そして、この女性は、他人に意識されないように、存在感を薄くしながら距離をとる術を身に付けていた。
「わたしはしってるよー。あのひとはいろんなかくめいをおこすのー」
「わたしはしってるよー。あのひとはすごくかんむすにすかれるのー」
行ける。直感で感じた。
ドアまであと数歩。
手を伸ばし、ドアノブを捻り、走って逃げよう。
「(…あと少し…!)」
「………。」
小人は、否、ソレは、笑みを浮かべながら言う
「わたしはこのちんじゅふがだいきらいー」
「わたしはこのちんじゅふをつぶしたいー」
「わたしはこのちんじゅふをこわしたいー」
ーガチャ、ドアノブが、鍵でもかかっているかのように、途中で回らなくなる音がした。
「(…鍵?!いや、私は閉めてないはずー)」
「わたしはしってるよー。あのひとは、ていとくは、このちんじゅふを、かんむすめごと、あとかたもなくけしちゃうのー」
「…それを私に何故教えるのですか?」
逃げられない。否、逃がされない。
額に汗をかきながら、絞り出すように尋ねる
ソレは大淀を見上げながら嗤った。
「これから"消す"からー、なにはなしてもかんけいないよー?」
その口はまるで三日月のように細く、端は耳辺りまで伸びている。
「(…!!)」
大淀は知っている。否、提督だって知っていたのだ。
"こんな汚い場所に妖精が来る筈が無い"と


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話し方

「失礼致します。」

ノックの音が響き、扉を開けるとそこには、大淀の姿があった。

「…おーお前か。はよー…。」

欠伸をしながら、グッと身体を伸ばす。

「全員、食堂へ召集が完了致しました。」

「…ん。じゃあ俺も向かうかね…島風はー…」

「待合室の机の下に潜り込み、提督が来るまでは絶対に動かないと…。」

「…何やってんだアイツは…」

頭をボリボリと掻き、部屋から出る。

「では私も食堂へ向かわせていただきます。失礼致しました。」

「おー。」

食堂へ向かう大淀。

俺はスッと目を細め、再び大きく欠伸をした。

 

島風の所へ向かい、話をした後、食堂へ向かう。

相変わらず、ドアを開けた瞬間に一切の音が無くなった。

「…あー。呼び出して悪いな。今日はここに来た新しい仲間を紹介する。島風。」

「ぉぅっ…」

「見ての通り、オットセイが擬人化したものだ」

「違うよ!!!違うもん!!!!」

「ならばちゃんと挨拶をしろ。」

「うぅぅぅぅ…」

俺の服を掴んで隠れるようにして、

中々前に出ていかない。

絶対お前コミュ障だろ…。

救いを求めるように俺はチラッと例の四人衆に視線を送ってみたが、茶髪…朧は気付かず、鈴付き…曙は無視。

黒髪…潮は肩を震わせ、ピンク頭…漣に至ってはフイ、と顔を背けられた。

嘘だろお前ら。コイツは昨日お前らの部屋を掃除してくれたんだぞ!?

「…島風です。」

いや、聞こえねーよ…

涙目でふるふる震える島風に対して内心ツッコミを入れた。

「…マイク、貸してやる。」

「提督…ありがと…えっと…島風です…あの…お願いします…」

お前キャラ変わりすぎだろ。どうした。

「まぁ、あれだ。コイツはコミュ障でな…良かったらどんどん話しかけてやってくれ。」

「ぅぅぅぅぅ…」

まぁ、怖いのは凄く分かる。

一切表情を変えず、微動だにせず、沼のような暗い瞳で此方を見ているのだから。

「…そして、この鎮守府の活動方針を決めた!」

全員が命令か、と姿勢を堅くする。

だから、ニヤリと笑いながら言った。

「…今日から一週間、鎮守府の掃除だ」

 

「…一つ宜しいでしょうか」

ざわめく艦娘達。一人がスッと手をあげた。

髪を一つに束ねた、

非常に冷淡そうな印象を抱かせる女性だ。

「…あー…お前はー…」

「加賀、と申します。以後お見知りおきを。」

それだけ言うと、静かに一礼する。

たったそれだけの動作だが、非常に精練された、美しい動きだった。

「先程、掃除、と仰りましたが、その間の哨戒や執務についてはどうなさるおつもりでしょうか」

「それについては問題ない。元帥が取り計らってくれるので哨戒の必要性はなくなった。猶予は…せいぜい一週間だがな。」

「…聞きたいことが増えましたが…それに執務の答えはいただいておりません。秘書官はどうなさるのですか?」

「…それについても問題ないとだけ言っておこう」

「そのような説明で納得ができると…」

他の艦娘が声をあげたが、それを制し、加賀は無表情のまま頭を下げた。

「……そうですか」

「なっ…」

「ですが…もしも執務が滞るならば…」

「分かっている。」

鋭い視線に苦笑で返す。

「掃除場所の分担は、戦艦は工廠、空母は食堂、重巡は倉庫、軽巡は入渠ドック、駆逐艦は艦娘寮、その他は廊下の窓拭きだ。只し、昼頃にまた召集をかけるので、その時には何処まで進んでいようと集まるように。」

全員が同時に、無言で敬礼をした。

 

「…さて、やるか。」

「おーっ!!」

俺が気合いをいれるために呟いた独り言に、

拳を振り上げ明るく返事をする島風を睨み付ける

「俺は駆逐艦は艦娘寮と言ったが…」

「提督を手伝うもん!!」

「…言っておくが、一番しんどいぞ?」

「……………提督を手伝うもん!」

今ちょっと考えやがったなコイツ。

デコピンを食らわせ、大きく息を吸った。

「いや、お前が来るなら話が早い。予定にはなかったが先に…面倒事を片付けるか。」

 

執務室に、ノックの音が響く。

「御呼びでしょうか、提督。」

深々と頭を下げながら、大淀が入ってきた。

「来たか、大淀。すまん…少し面倒事を片付けるのを手伝ってくれないか」

「面倒事…ですか?」

「詳しくは街へ行く道すがら話す。」

外出用の服に着替え、外に出る。

鎮守府が見えなくなるほど、砂浜をひたすら街へ向かって進んだ。

車で向かうならすぐだが、歩きながら、それも、砂浜から向かうとなるとかなりの距離だ。

島風は無言でザクザクと砂を踏み鳴らしながら進み、大淀は波の音を聴きながら静かに歩く。

ちょうど、崖付近にある、自然に出来た洞窟の前に差し掛かった辺りで、中々話を始めない俺に痺れを切らせたのか。

「それで、お話、とは」

大淀が恐る恐る尋ねてきた。

「…お前、ムカつくな。」

だからこそ、全面に不快感を漂わせ言う。

「…え?」

「もう一度言ってやろうか?お前ムカつくわ」

「…そ、それはどういう…」

突然そんなことを言われ、戸惑っているのだろう。

大淀は助けを求めるように視線を泳がせた。

「島風」

「…はーい。」

大淀の隣を歩く島風が、大淀に砲を向ける。

そこでようやく命の危機を悟ったのだろう。

大淀は此方を睨み付けながら言った。

「どう言うことでしょうか」

「お前誰だ?」

「…はい?」

不思議そうに眉をしかめるその態度に腹が立つ

イライラを隠すこともせず、頭をかきむしりながら怒鳴った。

「分かってるんだよ。お前は大淀じゃない」

「いえ?!私は大淀で…」

「確かに、確かにお前は大淀だ。だが、"俺の"大淀じゃないだろ?」

「何を…っ!」

"偽物"の叫び声が響く。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

男は物を大切にする。

周りの人間が呆れるほどに。

男は物を何よりも尊ぶ。

近くの人間などどうでも良くなるほどに。

男は物を心から愛する。

…物を傷付けた"敵"を絶対に許さないほどに。

 

「なぁ?自分が何をしてるかわかってるか?」

憎悪では言い表せないほどの敵意。

その矛先が向けられていない筈の島風が、装備をガチガチと鳴らした。

…彼を慕う筈の彼女が、他でもない彼から発されるその圧に、震えているのだ。

だが、それすら意に介さず男は続ける。

「大淀はこの鎮守府に在籍している。つまり俺の艦だ。わかるか?なぁ?わかるよなぁ?それを傷付ける、俺の物の名を騙る、これがどう言うことかわかってるのか?」

「…ぁ…」

男から発される殺意は最早人間のソレではなく、近しいものを挙げるとするならば…彼女たちが知っている限りでは、深海棲艦のそれに近い。

それだけの害意が一人の人間から発され、丸腰である自分に向けられている。

女性が声を出せないのは仕方がないことだ。

「確かに傷付けてる確証はない。だが、お前が大淀でないのは事実だ。じゃ、本 物 は 何 処 へ 行 っ た ?

俺は朝からそればかり考えていた。資材の量が不自然に増えていないかを確認し、何処かへ出掛けた痕跡はないか調べて。

なぁ、今ならまだ間に合うかもだろ?だからとっとと吐いて欲しいんだわ。下らねー茶番に付き合う暇はねぇからよ。」

「提督…私は…っ!本当にっ!!」

「お前に一つ、アドバイスしてやるよ。俺もお前が本物か偽物か、確証はなかったんだ。だからさっき…一か八か、賭けに出た。…それで疑問は確信に変わったんだがな。精々俺の大事な艦を傷付けて"申し訳ございません"でした。ってよ、土下座でもしてみればどうだ?少しは俺の気分も良くなるかもな。」

きっとこの言葉の意味は彼にしか分からない。

怪訝そうな顔をした大淀を睨み付け、冷たい顔で彼は命令を下した。

「もういい、島風、撃ー」

「…そこまでです」

男から大淀を庇うように、必死な面持ちで立ちはだかる妖精。

「…お前か」

その妖精がずっと影で話を聞いていたなど知るよしもない男は、唐突な妖精の乱入に困惑した。

「…なにをしているのですか」

「こいつは大淀じゃない。」

「いえ、おおよどでー」

「俺の艦じゃねぇ!!!」

空気がビリビリと震える。

「良いか?大事なのはこいつが大淀って名前を持っていることじゃなく、俺の艦に何かをして、成り済ましたということなんだよ。」

「ようせいのかんがつげています。

まちがいなく、これはあなたのおおよどです」

「俺の勘が叫んでるんだ。

こいつは絶対に俺の艦じゃねぇ。」

両者譲らないにらみ合いが続く。

長い時間が経った後、先に目を反らしたのは、他でもない 男の方だった。

「…おい、大淀、お前は本当に…今までの大淀なんだな?」

「…はい……。」

「…妖精…お前の勘は、信じていいんだな」

「とうぜんです。ようせいさんにおまかせ!」

「…そうか。…そうか…大淀、本当に…、本当に…すまなかった。」

「…。」

「謝って許されることではないだろう。だが、俺の目にはどうしてもお前が大淀に見えなかったんだ」

深く頭を下げ謝罪する男。

先程の憎悪は霧散しており、そこにいたのは只の一般人だった。

「ひとさわがせなていとくー。なんでおおよどじゃないっておもったのー?」

「話し方…口癖がそう簡単に変わるかとの疑問もあったが…一番は、もっと根本的な…目、というか…上手く伝えられないな。勘だ。」

「…ふーん。」

妖精は男に気付かれないようスッと目を細める。

「…大淀、立てるか?」

「…こ、腰が抜けて…」

「…悪い、運ぶぞ。」

「へぁっ!?」

彼はひょいと大淀を抱えあげると、真っ赤になった彼女と、肩に乗った妖精、ホッと一息ついた島風を連れて鎮守府へ歩き出し始めた。

 

誰もいなくなった洞窟で、奥から女の声がする

「フーン。面白イネェ?…アレハ?」

「…そういえば、言っていませんでしたね…"うち"に新しく着任した提督です。」

「…中々ドウシテ、惜シカッタネェ~。マ、最後ハ上手ク丸メコマレチャッタ訳ダケド。」

「…というと?」

「アレハ大淀ジャナイネェ~。外側ハ大淀ダケド、中身ハ大淀ジャナイ。私ジャ漠然ト何カガ欠ケテイル…イヤ、何カヲ抜キトラレタ、ッテコトシカ分カンナイケドネ。」

「…どうしますか?」

「ドウモシナクテ良インジャナイ?出ル杭ハ打タレルダケダヨ~。怖イヒトニ目ヲ付ケラレタクナイシ~。コウイウノニ深入リハ禁物ダヨ~」

「分かりました…私もそろそろ帰らないと…」

「ア、待ッテ?私アイツト"オ話"シテミタイナ」

「…あんな汚らわしい男と話す必要はありません」

「エ~…オ願イダヨ~…ネェ~」

「…くっ、分かりました…分かりましたよ…」

「エヘヘ~。アリガト~…。アノ妖精…イヤ…

"妖精モドキ"ニ見ツカラナイヨウニネ。」

「…へぇ…気を付けます。」

「後、提督ヲ連レテクルトキ殺シチャダメダヨ?」

「………善処します」

「ダメダヨ??」

「…くっ…」

「…マ、半殺シナラ構ワナイケドネ~。」

ケラケラと笑う声の主。

もう一人は洞窟から出ていき、彼等より先に鎮守府に着くために、足早に近道へ向かう。

そんな会話は、二人の他に誰も知る由がない。

光の差さぬ洞窟で行われた秘密の会話は、今日も真っ暗な洞窟の闇に吸い込まれていった。




私は!!漣ちゃんとか!!!島風ちゃんとの!!イチャイチャが!!!!書きたかった!!!!←
はい…。取り乱しましたごめんなさい。おはようございますこんにちはこんばんわ。今回もご覧いただきありがとうございます…っ!
書けよってね!書けよって思いますよね!!
書きたかったんですよぉ…っ!
しかし提督をガチギレさせてしまいました。
あの提督は物を異常なほど大切に思うがあまり、その物を傷付ける輩は絶対に許せないのです。
皆さんは何をされたら一番腹が立ちますか?
私はクリスマスに遊ぶ予定をしていた友達が彼氏とデートとか言ってドタキャンしやがったときに、寒空の下震えながらあいつだけは絶対許さないと誓いました。
さて、今回冷や汗をかき続けた妖精さん、そして洞窟に潜む第三勢力(?)の登場。
果たして提督はどうなってしまうのでしょうか!
彼等の今後をどうか見守って頂けると幸いです…!


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飯にしようぜ!!

「…あの糞提督。艦娘寮が幾つあると…」

「居ない場所では強気だけどいざ本人を目の前にするとビビっちゃうボーノhshs」

「死ねっ!!!」

「…ま、駆逐艦なんてそんなもんだよねー」

「仕方ないよ…うん…。」

曙、漣、朧、潮の四人は話しながら寮の扉を開ける。

そこには、外からは想像もつかないほど、まるで新築のような、綺麗で清潔な光景が広がっていた。

「ついに私達は幻覚が見えるようになったみたい」

「…私…初めて駆逐艦でよかったって思った」

「…何よ。あの糞提督。やることないじゃない」

「やっぱり駆逐艦は最高だぜ!!!」

「あ、いたー。」

妖精がふよふよと彼女らに近づき、告げる

「そとにさいていげんだけど、かぐがあるからー。くちくかんみんなで、べっどとたんす、らんぷくらいはぜんぶのへやにおいといてねー」

「ついに私たちは幻聴がするようになったみたい」

「…私…来世は戦艦が良いなぁ…」

「あの糞提督!それ駆逐艦にやらせること?!」

「(´・ω・`)」

「いそがしいひとたちですねぇ~」

妖精は口に手を当てクスクスと笑う。

「ではわたしはほかのくちくかんたちにもつたえてきますのでー!」

ふよふよと飛びながら外へ向かう妖精を見て、朧はポツリと呟いた。

「妖精さんって結構謎だよね…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…」

窓を拭いていると、後ろから唐突に声をかけられた

「…なぁ」

「きっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

「うっええええええええええええ?!?!」

「なっえっしっ司令官…!?」

「生きてた…生きてた俺の鼓膜…」

呟き胸を撫で下ろすのはやはり司令官。

先日この鎮守府に着任したばかりの、

…個人的にちょっと、いや、物凄く怖い人だ。

「のっなっあっえっうっ」

「落ち着けー、落ち着けー?深呼吸だ。深呼吸

もう一度アレを食らえば間違いなく俺の鼓膜は」

両手を広げながらじりじりと距離を離していく司令官。

そして、その後ろから突然少女が現れた。

「ていとくーっ!おっそーい!!!」

「きっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「くっ…!!!!ぐわぁッ!!!!」

「ぉぅっ!?」

身体をくの字に曲げる二人。

やってしまったと思いながら頭を下げた。

「もっっ…申し訳ございません…っ!」

「構わん、構わんぞぉ…俺の鼓膜ってこんなにも頑丈だっだってことが知れたんだからな…」

それはそれでどうなんだろうか。

「ねーねーていとくー。はやくいこうよー」

「待ってろ…確証は無いんだ。」

何の話だろうか。首を傾げていると、司令官は手元のバケツに目を向けた。

「…冷たい水だな」

「…え?」

「夏場とはいえずっとこれに手を浸していると冷たいだろ。手は大丈夫なのか?」

「あっ…えっ…?」

そりゃあ、バケツの中に満たされているのは氷水のような冷たさの水で、夏場ではあるがずっと手をつけていると指先の感覚は無くなってくる。

…だが、分からない。

何故この人は私のことを心配するような目を向け、

私のことを心配するような事を言うんだろう

「…せめてもう少し温い水にしようぜ」

頭に手を置かれ、苦笑される。

「…そんな事していい筈が…」

「…?この俺が許してるのに誰が許さないんだ」

「てーいーとーくーっ!」

「あぁ待てコラ。おい服を引っ張るなコラ。」

少女に手を引かれ、

司令官の手が私の頭から離れた。

「あっ…」

「?」

「っ…なんでもないです。」

そうか、と言うと服を引っ張り早く早くとせがむ少女の相手をする司令官。

というかあの子は何でこんな態度をとれるの…

その人、ここの一番の権力者なんだけど…。

「あー…糞、参ったな。時間がねぇ…」

「…?」

「悪いな、一刻も早く白黒つけないといけない問題があるんだわ。とりあえず…スプレーは他の奴等に渡しちまったし…」

「借りてくる!」

「ん?」

「え?」

バヒュン!と少女はみるみるうちに何処かへ消え、司令官はボリボリと頭を掻いた。

「…まぁ良いか。」

「…」

「兎に角、もうちょっと自分を大事にしようぜ」

「そんな事、出来る筈が」

「俺が許す。文句言う奴はぶっ飛ばしてやる」

ニヤッと笑う司令官。

「………」

「自分が大切にできなくて、誰かを大切に出来るかよ…お前はー…えーっと」

「伊168です。」

「そうか。伊168、お前の服装だってそうだ。」

…唐突に話が見えなくなった。

服装…服装…??

「なんだその顔は。島風にしかりお前にしかり。どうしちゃったんだよ海軍は。」

「…???」

「あれか。特殊な性癖じゃないと上に行けないのか?此所は?…確かに元帥とか性癖の塊みたいな雰囲気あるもんな…」

何処か遠い目をしながらぼやく司令官。

すると、ドタドタと音を立てながら廊下を走ってくる少女の姿があった。

「借りてきたー!」

スプレーを片手に司令官に抱きつく島風。

頭を撫でられ、御機嫌そうに笑いながら私をちらっと盗み見た。

「…ねーねー、なんで水着着てるのー?」

「格好がアレなお前が言う?」

「アレっ!?」

「これが正装なので…」

「…海軍は特殊性癖者の集まりか…?!」

呆れたような呟きが廊下に響いた。

 

その後、スプレーを吹き掛けた雑巾を手渡され、なんでもどんな汚れだろうと落ちる、と言う説明を聞き、人数分渡される。

「皆に配ってやってくれ。」

皆に配るのは無駄だとは思いつつも、命令に背くわけにもいかないので、配り歩いた。

「何っしゅかこれ…?」

「司令官が、手が冷たいだろうって。」

「ほわー!提督さんって優しいんっしゅかね?」

何人かは簡単に受け取ってくれる。

…何人かは。

「いらないでち」

「…でも」

「仮に今が冬場でも、ゴーヤの選択は変わらないでち。あんな奴の施しなんて受けないでち。」

なら自分だけ受け取らなければ良いのに。

わざわざ周りに睨みを聞かせながら、大きい声で言うのだから、そこから誰も受け取ろうとはしない。

私はため息をつきながら、スプレーを吹き掛けられた雑巾で窓を拭き始めた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ていとくー。何するのー?」

大淀との一件を終わらせ、俺は食堂へ向かう。

「…うーむ…」

「ていとくー?」

「む…」

「ねーぇー…てーいーとーくー」

「…引っ掛かるんだよなぁ…」

「…えい」

島風が体当たりをして来た。

「…お?どうした?」

「ていとくー、考えすぎ。」

「…俺が俺の物に関する勘を外すとは…」

「とりゃぁ」

「だからさっきから体当たりをして来るな…」

「何にもなかったんだから良いじゃん!」

妖精は俺なんかよりずっと艦娘の事を知っている

そんな妖精が保証したのだ。

俺がなにか勘繰る必要はない。…ない、筈だ

「…そうだな。そうだよな。」

俺は考えることを放棄した。

「それで、何の話だったか?」

「今から何するのー?」

「まずは…食堂だ。」

笑いながら扉を開けると、

中にいた艦娘が一斉にこちらを向いた。

「…何の用かしら。見張らなくてもサボるつもりは無いのだけれど。」

代表して加賀がこちらへ歩いてくる。

「そりゃそうだ。俺は俺でやることが…いや、お前らにも手伝ってもらうか…?」

「?」

丁度その瞬間、バン、と扉が開き、

大淀が息を切らせながら現れた。

「持って…きましたけど…っ!こっ…これ…なんなんですか…!」

彼女が運んできたのは大量の鉄で出来た部品。

加賀が眉を潜めた。

「…なにかしら。これは。」

「聞いて驚け、組立式の巨大鍋だ。」

「意味がわからないのだけれど」

「机を一度別の部屋に持ち出してくれるか」

はぁ、とため息をつくと、彼女は全員に命令した

「…聞いた通り、今から机を移動させます。

全員手伝い、すぐに終わらせなさい。」

 

椅子は部屋の端に避け、広々とした中央で巨大な鍋を組み立てる。

「何処でこんなの買ってきたんですか…」

大淀が呆れたようにぼやいた。

「なにこれー!!」

「島風、中に入るなよ。」

「ドラム缶より大きいー!」

鍋の回りをくるくる回りながら、キラキラした瞳で鍋を眺める島風。

大淀から、追加で持ってきて貰ったホースを受けとると、水道に繋いで、その鍋に水を入れた。

「…一応聞きたいのだけれど、何をしようとしているのかしら。」

睨みながら詰め寄る加賀に、俺は笑って答える

「…ラーメンって知ってるか?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

呼び出しがかかり、食堂へ向かうと全員が食堂前でたむろしていた。

「…何で皆入らないんだろ?」

「さぁ…?」

「…呼び出しといて何よ。あの糞提督」

「ボーノ…滅茶苦茶小さい声で言うくらいなら言わない方がいいんじゃない?」

軽口を叩きながら人混みのなかを進むと、壁にもたれ掛かるようにして加賀さんが立っていた。

「加賀さん…?」

「あれ?空母って食堂の掃除担当じゃ…」

朧と潮は顔を見合わせ、曙はスッと加賀さんに近寄っていく。

「…どうしたんですか?」

彼女は曙の疑問には答えず、

少しだけ顔を上げると再び下を向く。

「…提督ですか?」

私が思わず聞いてみると、加賀さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「マジで何考えてんだよアイツ…」

「加賀さん?!?!」

今この人とんでもない口調してなかった?!

後ろの三人を振り返ると、三人とも唖然とした表情をしている。

「…ごめんなさい。取り乱したわ。」

そういう次元じゃ無かった気がするけど!

…なんて突っ込めるわけがなく、黙っていると、加賀さんは腕を組んだまま続けた。

「…腕が痛い」

「…え?」

「腕が痛いのよ。というか、疲れた。そっとしておいてくれないかしら?」

イライラを隠すことなく言う加賀さんを見て、私たちはただ引き下がることしか出来なかった

「あんなイライラしてる加賀さん初めて見たんだけど…」

「ど、どうしたんだろ…?」

「…あの糞、加賀さんに何かしたんじゃ…!」

怒りからだろうか、フルフルと震える曙を見て、私は内心首をかしげた。

あの人は、確かによく分からないけど、少なくとも、私達が傷つくことはしない筈だ。

じゃあ、何故あの人はあんなに怒って…

「…」

目を閉じて、耳を済ます。

私は、人よりも少しだけ耳が良い。

意識を集中すると、

食堂の中の声が少しだけ聞こえてきた。

「フハハハハ!!!島風!!もっとだ!!もっと走れ!!!!!」

「おっそーい!!!!!」

「まだだ!!!足りん足りん足りん!!」

「アハハハハハ!!!!!!」

…本当に何をしているんだ?!?!

 

数分後、食堂の扉を開け、顔だけだした提督が全員中に入るよう促す。

中に入って真っ先に思ったことは"暑い"だった

机は全て撤去されており、中央には馬鹿みたいに大きい鍋がある。

その鍋を囲むようにして乱雑に椅子が並べられていて、鍋からはもくもくと湯気が出ていた。

「何これ」

朧が全員の気持ちを代弁して呟く。

空母の人たちがお椀とお箸を手渡してきた

「え…あ…え?」

「あ、ありがとうございます…?」

「…??」

「…えと…?」

全員にお椀が行き渡ったのを確認してから、提督がスッと前に出た。

「…俺は、今朝、疑問に思ったんだよな。お前ら…飯食ってねぇだろ。」

そりゃあそうだ。

私達は補給さえあれば最低限生きて行ける。

「何人かは当然だ…って顔をしてるが、俺はそうは思わねぇ。だから、俺の着任祝いって訳でもないが…こういう形で一度全員で飯を食うってのも悪くねぇなと思って、これを用意させて貰った。」

全員が鍋に目を向ける。

私も目が釘付けになった。

「ラーメンって言うんだが…あー、駄目だ。長々話すと申し訳ねーな。簡潔に、ルールを説明する。」

「ひとつ!危ないから走ったり押し合うな。

焦る気持ちはわかるが、飯は逃げねぇし人数分より多目に用意してるからな。無くなる心配はねぇ。

ひとつ!鍋には触らないように気を付けろ。

火傷するかもしれないからな。もしも触ってしまったり何かあれば、近くの空母にすぐに伝えること。

ひとつ!飯は分け合って食うこと。

折角集まったんだ。変な遠慮は要らないから食えるだけ…でも多少は配慮しながら食え!」

話を遮るように、島風が手をあげた。

「はーい!!

私は"駆逐艦だけど"食べて良いんですかー?」

その質問を受け、男はニヤッと笑う。

「当然だ。お前らは俺の艦だ。これ以上でもそれ以下でもねぇ。俺の艦である以上、お前らは全員同等であり、同胞だ。」

喉が鳴る。

駆逐艦も食べて良いのか?

「これを食う権利は全員にある。だから、全員、好きな場所で、好きに話しながら食え。」

それだけ言うと彼はスッと鍋から離れる。

「おたまが沢山鍋の縁に掛かっているから、先頭に居るやつから自分の椀に好きなだけ入れて、次のやつに回せ。全員が一杯ずつ食べてからはおかわりも各自自由だ。」

もう、話など聞く余裕は無かった。

椅子からスッと立ち上がる。

回りを見れば、全員が同じような状況だった。

「全員好きに食え。話は以上!飯にしようぜ!!」




今回もご覧いただきありがとうございます…っ!
皆で大きい鍋から分け合いながら取っていく、ってなんだか面白そうですよね…!
今回は比較的仲良し!って感じのお話にできて個人的には良かったです…ほんと…
ずっとこのまま平和だったら良いのになぁ…
少しずつ鎮守府の風向きが変わっています!
彼等は果たして鎮守府の風向きを変えることが出来るのでしょうか!拙い文章ではございますが、これからもどうかどうかよろしくお願いします…!


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必要の定義と広がる輪

流石、と言ったところだろうか。

我先にと駆け出すわけでもこれといった問題を起こすわけでもなく、きちんと数列に並び、おたまを回す姿を見て、俺はそっと部屋から抜け出す。

「…あら、何処へ行くのかしら。」

そんな声が背後から掛けられ、足を止めた。

「…加賀か。どうした?飯は食わんのか?」

笑いながら尋ねる。

「…一人、逃げるようにこそこそと抜け出した人がいれば気になるのは当然です。」

「ハッ。」

「…貴方は本当に分からない人ね。」

「俺なんて分かりやすい方だろ。最初から最後まで、俺は俺の物を大切にしたいだけだ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ラーメンって知ってるか?」

そんな質問の返答は、掴まれた胸ぐらだった。

「…ふざけているのかしら?」

「俺は至極真剣だが」

「なら尚更ね。そんなもので私達が簡単に懐柔出来ると思わないで。」

整った顔を不愉快げに歪め、吐き捨てる。

「これでも私は貴方の挨拶を好意的に受け取っていたのだけれど。お互い必要以上に干渉しない。これ程ありがたい申し出は無いわ。だから、言ったことには責任を持ちなさい。不必要に此方に歩み寄らないでくれるかしら。不愉快よ。」

「あぁ奇遇だな。俺も必要以上の接触は望んでいない。だが、これは必要なことだ」

いたって平常な俺と、慌てる周りに少しだけ冷静さを取り戻したようで、服を離す加賀。

「…どういうことかしら?」

「だってお前ら、飯は食いたいだろ」

「私達は補給さえあれば生きていけます」

「質問の答えになってないな。俺は出来るかどうかを聞いてるんじゃねぇぞ?」

「…不要です」

俺は全員を見渡すが、誰もが目を伏せた。

「…そうか。島風は食べたいか?」

「島風よく分かんなーい…でも食べたい!!」

頭に手を置く。

「…だそうだ。」

「…それがどうしたのですか」

「お前が言い始めたんだろ?お前らがやりたいと望んでいるんだからこれは"必要なこと"だ。そして、それを提供するのが俺の役目だろ。」

「詭弁です」

「かもな。だが、嘘よりましだ。お前らだって、本当に食いたく無いなら掃除中に冷蔵庫ばっかりチラ見したり、ラーメンと聞いて息を飲んだりしねーよ」

笑いながら言ってやると、彼女達は少しだけ顔を赤らめ、目を伏せた。

「…食いたくなかったとしても島風は食いたいらしい。他のやつらだって食いたいかもだからな、最悪食わなくても良いから手伝ってくれ。」

苦笑しながらそう呟いた。

 

「何故…私が…こんなことを…」

自分の身長ほどある棒で鍋をかき混ぜながら加賀がぼやいている。

これだけの量をかき混ぜると言うのは彼女たちの力をもってしても厳しいらしく、初めのうちはきちんとかき混ぜていたのに今や形だけの物となっていた。

「オイオイ、表面だけ混ぜちゃ意味ねーだろ?」

「分かって…いるわよ…っ!…五航戦の子なんかと一緒にしないで」

「はいぃ?!」

同じく鍋をかき混ぜながら、遠くで大きな声をあげるアイツが五航戦なのだろう。

「…お前が五航戦か…?っておぉ、分かってんじゃん。そうそうちゃんと混ぜれてるな」

「あっ…はい!ありがとうございます!」

「確かにこれは一緒に出来ねぇな…」

「頭に来ました」

「…おい乱暴に混ぜすぎだボケッ!!!鍋がひっくり返ったらどうする!?」

コイツ絶対…もしかしなくても不器用じゃん…

「…ぷっ」

「提督、今この五航戦、笑ったのだけれど」

「…ふっ」

「…」

…やっべやりすぎた。下を向いてしまった加賀は、腕が疲れたから代わりなさい。と言い、他の女性に棒を渡すと部屋から出ていこうとする。

「待て待て待て!!!俺が悪かったって!」

「…動いたらお腹が空いてきたわ。…期待しても良いんでしょうね。」

此方を見ることもなく呟いた加賀に、笑いながら返事を返した。

「任せろ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…そうね。貴方はこれが"必要なこと"だからと言った。…でも、本当にそれだけ?」

「…勘の良い奴だ」

苦笑し、上を見上げた。

「お前も出遅れないうちに向かった方がいい。」

「…出遅れる?」

「お前たちは口を開けば駆逐艦なのに、駆逐艦だから、…駆逐艦じゃなくても私如きがって言うよな。

…俺はそれが気に入らねぇ。」

「気に入らない…?」

「確かにアイツらは攻撃力も、装甲もねぇ。

だが、駆逐艦に出来ることは戦艦にも出来るのか?アイツらにしか出来ないことは無いのか?」

「…」

「それは断じて違う。向き不向きってのは、必ずあるんだよ。駆逐艦が、軽巡が、重巡が。それぞれが自分の得意分野を生かさねぇと、この戦いは勝てねぇ。

その為には、駆逐艦なんて、私如きが、なんて艦種差別してる場合じゃなく…寧ろ、周りとの違いを誇れるようにならないといけねぇ。俺達は違うから強いんだ。その違いが"アイツら"との決定的な差となる。」

「それと今回のアレになんの関係が…」

「同じ釜の飯を食うという言葉がある。

俺達は不思議なもんで、同じ皿から分かち合った飯を食うだけでまるでそいつが兄弟になったような錯覚に陥るんだ。実際にやりゃあ分かる。あの感覚は…言葉にすることができねぇからな。

どんな下らない話だって良い。愚痴だって良い。幸いにも話題には困らねぇ。新しく来たいけ好かん上司に、新しく増えた妖精、命じられた掃除に…って具合にな。仲間と駄弁って分けあった飯ってのは最高に旨いし、旨いものを分けあった奴はかけがえのない仲間に成る。

…下らないきっかけから気付くんだ。尊敬していた目の前の奴は、実は自分とそんなに変わらないことも、見下していた目の前の奴が、実は自分なんかよりずっと凄い奴だってことにもな。」

「…」

「今アイツらは、必死に前任が作った壁を取っ払ってる最中だ。無論、全員が飯を一緒にしたくらいで仲良くなれるとは思ってねぇ。だが、少なくとも、マシにはなる筈だ、駆逐艦、戦艦、じゃなく、仲間として仲間の事を見れるかも知れない。…問題だって起こるだろう。今まであった壁がなくなるというのは、可能性が生まれると同時に危険も伴う。…だが、その問題を解決するのは俺の役目だ。」

「…貴方は…」

「お前だって実はラーメン食いたいだろ?行け。

新しい輪に入れなくなっても知らんぞ?」

手で追いやるようにシッシとやると、力無く加賀は呟いた。

「…私は…貴方の事が本当に分からない…。」

「言ったろ。俺は俺の物を大切にしたいだけだ

さっきも言ったがお前らは俺の艦なんだよ。

俺の艦である限りは、同等で、同胞だ。」

「そもそも、貴方が一番参加するべきじゃ」

「冗談だろ?俺が参加したら全員萎縮するぞ。

好きに駄弁って楽しく飯を食い交わすからこそ意味が出る。俺がそこに入るわけにはいかねーよ

お前もいったように必要以上に干渉すると不快に思うやつも居る。

提督という存在がトラウマな奴だって居るだろう」

「…それはっ」

「嫌味じゃない。…それで良いんだ。」

「…」

「あぁ、島風の事、頼むわ。多分今、俺がいなくて泣きべそかいてるかもしれないからな。お前にならアイツも頼めそうだし。」

再び歩き始めた俺を、加賀は止めなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…」

扉を開けると、一瞬全員が此方に視線を向けたが

私だと分かるとすぐに好きに話し始めた。

「…一つ貰えるかしら。」

「分かったわ!もーっと私に頼って良いのよ?」

鍋の周りに立ち、ラーメンを入れては皆に配っている駆逐艦に頼んでみると、満面の笑みで答えられた。

…今までの地獄の中で、そんな笑顔を維持できていた人がいたのか

少しだけその笑みに目を奪われる。

彼女は台の上に立ち、いそいそと椀にラーメンをいれると、振り向きながら渡してきた。

「はい!おまちどうさまっ!加賀さんは一杯食べるから特盛よ?」

渡された椀を眺める。

光沢のあるスープと、これでもかと乗せられたチャーシュー、玉子だって沢山のせられていた。

「…貴女は食べたのかしら?」

「私は良いのよ!駆逐艦が食べるわけには…」

「提督の話を聞いていたの?」

「…でも、私はこんな形でしか…鎮守府の皆に貢献できないから。だから大丈夫よ!」

あぁ、何故そんな眩しい笑顔を保てたのだろう

何故、そんな笑顔で哀しいことを言うのだろう

『な?駆逐艦ってのは、強いだろ?』

そんな声が聞こえた気がした。

「…お腹は空いていないの?」

「……空いていないわ!」

「そう。その割には物欲しそうな目だけれど。

貴女は充分頑張ったわ。だから食べなさい。

自分が食べたいのを抑えて皆のためにここまで頑張ったんだもの。誰も文句は言わないわ。」

「…そうかしら」

「ほら、これは貴女の分で良いから。」

彼女の手元の空のお椀と交換し、手早く自分の分を入れると、適当な場所を探して歩き出す。

「あの!ありがとう!優しいのね!加賀さん!」

後ろからそんな声をかけられ、唇を噛み締めた

 

「赤城さん、隣、良いかしら?」

「…」

必死に麺をすする彼女は私の存在に気がつかない

鬼気迫る形相でひたすらに箸を動かしていた。

そういえば彼女は前は結構な食いしん坊だった。

あまり邪魔するのも悪いと他に空いているところを探していると、服の袖を引っ張られる。

「…何かしら。漣。」

桃色の髪を持つ少女が、じっと此方を見ていた。

「あの…さっき…提督を…?」

どうやら追いかけて行ったのを見られていたらしい

「…よく見ているのね。」

「なっえっいや別に私は…」

他意はなく、感心からそう言うと、真っ赤な顔で否定するので少しだけ笑ってしまった。

「…そうね、少しだけ話をしたわ。」

「…」

「気になる、って顔ね。」

「…私は、あの人の事が、よく分かりません」

「…奇遇ね。私もよ。」

お互いに空白の時間が続き、私はポツリと呟いた

「…でも、あの人が作ったこの光景は、見ていて悪い気はしないわ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…でも、あの人が作ったこの光景は、見ていて悪い気はしないわ。」

私の隣に座っている人は、そう言うと、まだ湯気を出しているスープを啜った。

改めて皆の方を見てみる。

ひたすらにご飯を食べている人、姉妹艦と肩を寄せあい

食べる人。

…姉妹艦じゃなくても、一緒に笑い、語り合いながら食べている人達も居た。

「貴女達は私が思っていたよりずっと強いのね」

「…え?」

思わず隣を見る。

加賀さんは、此方を見ずに続けた。

「あの中の、笑ったり、周りの艦娘達に声をかけて回っているのは殆どが駆逐艦よ。」

言われてみればその通りかもしれない。

…だが、それと強さは関係ないだろう。

「…良く分かりません」

「そう。ならそれで良いわ。」

「…」

「…」

再び視線を戻し、ラーメンを啜る。

見ていると、駆逐艦達に囲まれて戸惑っている島風の姿があった。

「島風って言うのね!レディな名前じゃない!」

「なのです!可愛いのです!」

「そうだね。良い名前だと思うな。」

「良い名前ね!困ったら私に頼って良いのよ?」

「島風ちゃんずっと提督と居たから…心配で…」

「何かされたら叫びなさい。戦艦が来てくれるかもしれないから。」

「ぁぅぁぅ…て…てーとく…たすけ…っ」

…自然と口が動いていた。

「…私は、提督が嫌いです」

今度は加賀さんが此方を見る。

私は何故、島風から視線を反らせ無いのだろう。

「…私は、提督が…嫌いです。」

再び繰り返すと、燻り始めた黒い感情に蓋をするように、一気に残りのスープを飲み込むと、私は席を立つ。

「…なんて。冗談です!…ま、なんか変な人だなぁとは思うんですけどね!」

私はうまく笑えたのだろう。

加賀さんは安心したような目をして笑った。




いやはや…まさか熱で倒れてしまうとはぁ…
不覚でした…ほんとに不覚でした…!!
投稿も返信も遅れてしまって申し訳ございません!
多分誤字脱字があるかもしれませんし少しおかしい部分があるかもですけど多目にみてください…
頭がぼうっとして働かなくて…
もしかしたら後にちゃんと書き直すかもです

加賀さんです!はい!!可愛いです…
クールで冷徹…って感じのイメージですが、彼の鎮守府の加賀さんはどちらかと言えば不器用で負けず嫌い、優しいけど恥ずかしさからかポーカーフェイスで誤魔化している、みたいな人ですね!
もっと冷たくしてみたかったんですけどこんな加賀さんが居てもいいかな…?と…。

暫く投稿返信が遅れるかもしれません…
本当に申し訳ございません…!!
今回もご覧いただきありがとうございましたっ!

追記
誤字が沢山あったので訂正しました!!
報告してくれた方々、本当に本当にありがとうございましたっ!
すっっっごく助かりました…っ!!


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第六駆逐隊、出撃ス!!

「あー。あー。テステス。」

そんな提督の声が聞こえ、反射的に全員は体を震わせ、顔を上げた。

うたた寝していようと、話していようと、食べていようと、すぐにその行動を辞め、話を聞く姿勢になる。

「…聞こえてんのかなぁ…まぁ良いか。お前ら、飯はちゃんと食ってるかー?」

当然だ。鍋に残された拉麺は残り少なくなっており、ほぼ全員が既に腹を満たしている。

提督は未だだるそうな声で放送した。

「意地でも食わんような奴は…もう口に無理矢理突っ込んでやれ。腹が減っては戦はできぬ。これからみっちり働いてもらうんだからな。そんなんじゃこの先やっていけねーぞ。」

みっちり働いてもらう、という言葉に、数人が体を震わせる。

「…兎に角だ、食べ終わったら各自自由行動!

鎮守府の外に出すことはできんし、危ないところには入ってはいけないが他の部屋を彷徨くのも自分の部屋で寝るのも構わん。好きにしてくれ。」

それだけ言うとブツリと放送が切れ、食堂を静寂が支配した。

「…え?」

「え?え?だって…掃除は…?」

ちらほらとそんな声をあげる人も居たが、文句などある筈もなく、唐突に与えられた空白の時間をどう過ごすか各々考えているようだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「…あのぉ…」

「何かしら。」

振り向くと、そこに立っていたのは島風だった。

提督は彼女の事を大分心配していたようだが、彼女はなんだかんだ駆逐艦に受け入れられており、言うほど心配をする必要性がないように思う。

「ラーメンって…まだ残ってますか…?」

「あるけれど。…食べたいのなら食べなさい。

何も遠慮する必要はないわ。」

すると彼女はふるふると首を横に振り、続けた

「あのね…提督…多分、何も食べてないの」

眉を顰める。

「…一日目はずっと一緒にいたけど食べてないし、今日もスープの味見以外は一度も口にしてないの」

「…何を考えているのかしら…あの人は…」

「だから持っていこうと思って…」

「良いんじゃないかしら。…私も同行するわ」

最悪口に無理矢理突っ込んでやろうと心に決め、椀を片手に執務室へ向かう島風に着いていった。

 

「ていとくー?あけていーい?!」

言うと同時に開けると意味がないんじゃないかと思うが、とても明るい声でドアを開く島風。

文字通り大量の書類に埋もれていた男は、慌てるようにして、その山の陰に一つの小瓶を隠した。

「おっそーい!!!」

「今何をしていたのかしら」

「…。おう、島風に加賀か。ちょっとは仲良くなったか?」

「今指を舐めていたように見えたけれど」

「島風…他の奴と仲良くなれたんだろうなぁ?」

「できたもん!」

「あの」

「そうかそうか。」

男は島風の頭をわしゃわしゃと撫で、島風は満足そうな笑みを浮かべる。

「…頭に来ました」

身を乗り出すと提督は慌てたように弁解した。

「…こうすると書類が捲りやすいんだよ。」

「汚くない?!」

「それな。昔プリント配るときに唾めっちゃつける先生がいてスゲェ嫌われてたわ…。」

そんな話を聞きながら、隠した瓶を取り上げた

「あっ…おいコラ!!!」

慌てて大声をあげたがもう遅い。

…塩。そこにはそう書かれていた。

 

ばつが悪そうな顔をする提督に、瓶を突きつける

「これは何かしら」

「…塩だ」

「…なんで執務室に塩があるのかしら」

「最新の兵器なんだ。触るな。返せ。」

奪い取ろうとする男を抑え、ため息をついた。

「何故塩を舐めていたの?」

「…」

「答えるまでは返せません」

「…腹減ってたんだよ。」

「ここは無人島か何かなのっ?!」

島風の突っ込みが響く。

「貴方はそれで満足なのかしら?」

「人は塩と水だけでも2ヶ月は生活できる」

「あら、質問の答えになってないわね。」

うっぐ、と苦虫を噛み潰したような顔をする男

「…一先ずこれは没収です」

「それは困る。水だけじゃキツい。塩分は…」

「普通のご飯を食べなさい。」

「食堂行くわけにはいかないだろ…」

拗ねるように下を向いてぶつぶつと呟く男に、若干呆れつつ溜め息を吐いた。

「何故私達が拉麺を食べている中貴方は塩を舐めるのよ。普通逆でしょう。」

今までとは全くの逆だ。

否、こちらは舐める塩すら無かったが。

「違うな。お前らは前線で戦うんだからしっかり食って働いてもらわにゃ困る」

「提督も食べようよっ!?」

「貴方が倒れる方が困るのだけれど」

私達に代わりは幾らでも居るのだから。

と、続けようとしたがその前に、島風が机の上に持ってきたラーメンをドンと置く。

「ほら!提督っ!!食べて!」

「武士は食わねど高楊枝と言ってな…」

「提督は武士じゃないよっ?!」

何故この男はこんなに渋るのだろうか…

「ほら、ここの艦娘は今まで食ったことがなかったんだろ?俺が食う分を他のやつに回してやれ」

「皆、そこそこお腹は膨れたようで各自自由行動に移っているわ。」

「…満足はしてくれたか。そうか…」

少なくともまだ一人、取り憑かれたようにラーメンを啜っている赤い人は居るだろうけれど。

「ええ、だから寧ろ食べてもらわないと処理に困るわね。」

「…ぐっ。……チッ…ありがとな。二人とも」

とてもお礼を言う顔ではないが、そう言うと、男はようやく目の前の食材に口をつけた。

「…旨いな。これ…。」

「それで…この書類は何かしら」

指を指すと彼はズゾゾゾ、と音を響かせながらスープを飲み干し、何でもないことのように言う。

「そりゃ仕事に決まってるだろ。引き継ぎに報告にエトセトラ、やってもやっても減らねぇわ」

「…秘書艦は」

「要らん。お前らの仕事は海で戦うことだ。んで、俺の仕事はお前らの指揮とコレ。」

ポン、と書類の上に手を置く。

「胃を痛めるのは俺だけで良い。何、海に出る方が過酷なんだから俺だってこれくらいはしねぇとな」

「勘違いしているようだけれど私達はそれが役目なのであって…」

「お前らの役目がそれだと言うなら俺の役目は

お前らが海で全力で戦えるようサポートする事。

少なくとも今のお前らに提督と密室で執務をする余裕はねぇし、させようとも思わねぇよ。」

これでも俺はこういうのが得意なんだぜ、と笑う彼を見ながら、身を削りながら働くとはこの事を言うのだろうとくだらないことを考えた。

 

…身を削ったところで、全て削り取られ棄てられるのがオチだと言うのに。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…作戦を確認するわ!」

静かな部屋にまだ幼く、明るい声が響いた。

「電と暁が司令官の気を引いているうちに、私が島風ちゃんを救出する!もし私が見つかっても庇っちゃダメよ?共犯になってしまうわ!私は私で何とかするから!約束よ?」

「レ、レディは別に怖くなんてないけど、ひっ…響も連れていった方が良いと思うわ…」

震える声で暁と呼ばれた少女が呟く。

「私は降りるよ。彼女は自分の意思で彼の周りに居るように思う。」

対して、響と呼ばれた白髪の少女は手をヒラヒラと振り、我関せず、といった態度を取った。

「そんな訳無いじゃない!私達が助けないと島風ちゃんはずっと提督に捕らえられたままだわ」

「それに、もし本心なら尚更私達は島風ちゃんの誤解を解いてあげないといけないのです」

二人は非常に意気込んでおり、響きの言葉を強く否定したが、暁と呼ばれた少女は涙目で項垂れる

「う、ううぅぅ…」

「暁、無理はしない方がいいわよ?」

「暁ちゃん…私達だけでも大丈夫なのです。」

心配そうに二人は声をかけるが、寧ろそういう声をかけるせいで余計に暁が降りることができなくなっているのを彼女達は知らないのだ。

「レ、レディは怖くなんてないんだからぁ…」

えいえいおー、と手を合わせる三人組。

小さな子供達の島風救出作戦が始動した

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

広い執務室。二人しか居ない静かなこの部屋で

執務をしていると、扉が二度ノックされ、まだ幼い少女が顔を出す。

「…?」

「…あ…あのっ、あのっ!」

「…」

「司令官さん…っ!!」

「え、俺か?…入って良いぞ」

そう声をかけるが全く中に入ろうとせず、

何故だか入り口付近でずっとうろうろしている。

「…?」

一先ず廊下に出ることにした。

 

廊下に出てわかったのは、少女が二人居ること

片一方は先程顔を出してきた茶色い髪を後頭部で束ねた幼い少女。そして、もう片一方は彼女を盾にするかのように縮まっている帽子を被った紫色の髪を持つ…これもまた幼い少女だった。

「あのっ!あの…」

茶髪はニ三度口をパクパクさせると、叫ぶような大きな声で言う。

「い、良い天気なのです!!」

「…そうだな、良い天気だな。」

だからどうしたと思わないこともない。

というのも今俺の後ろの部屋では、大量の書類達が今か今かと俺のことを待ち構えており、正直なところ、そういう会話をしている余裕はあまり無い。

が、そういうことをこんな幼い少女に、それも、折角コミュニケーションを取ろうと努力している彼女に言うほど大人げなくは無かった。

「…あ、あのっ!」

お?まだ何かあるのか?

急かさず、笑みを浮かべながら次の言葉を待つ

「あのあのあのあの…」

おい、だんだん頭から湯気が出てきてないか?

みるみるうちに顔は赤くなってきており、心なしかその瞳が渦を巻いているようにも思う。

「あのあのあのあのあのあの…」

「大丈夫だ。ほら、深呼吸な。深呼吸。」

肩を優しく掴んで、膝をつき、視線を合わせる

「吸ってー。吐いてー。…落ち着いたか?

自分のペースで話してくれ。急がなくて良い」

「あ、あぅ…」

「大丈夫か?ほら、ゆっくりな、ゆっくり」

「な、なのです…」

駄目だな、少女の顔はどんどん赤くなるばかり

これは少し時間がかかるかと、執務室の中に居る島風に声をかけるために、扉を開けて言った。

「島風?俺は少し席を外すからー」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

「ぉぅっ?」

中にいた茶色い髪のショートカットの少女が、

しまったと言う顔をしていた。

 

「し、司令官…!」

「司令官さん!違うのですよ!!あのっ!!」

「あ、暁が悪いの!司令官!!」

「暁…?!違うわ司令官!私の独断よ!」

「ていとくー?」

何やらワチャワチャとしていたが、

正直今の俺にはそれに構っている余裕はなかった

ツカツカと歩み寄り、島風の手を引っ張ったまま固まる茶色い髪の少女を見つめる。

「お前、名前は」

「い、雷です…!」

「司令官!違うのよ!!司令官!」

「司令官さん!誤解なのですよっ!あのっ!」

二人がかりで俺の両腕を引っ張ってきたが、気にせず続ける。

「そうか、雷…雷か。成程。第六駆逐隊か!」

「わ、私の独断なんです!

第六駆逐隊は関係ありません!」

「島風…お前…良かったなぁぁぁぁ!!!!」

「お゛ぅ゛っ …」

頭を全力でグリグリとしてやると島風はなんとも形容しがたい声を上げた。

「いや、納得がいった。良かったな島風」

機嫌良く何度も頭をポンポンとしているうちに、違和感を感じ取ったのだろう。

雷は怪訝そうな、電は心配そうな、暁は不安そうな顔をしていた。

「ほら、雷が遊びに来てくれたぞ島風。遊んで来たらどうだそうか遊び道具がないかなら俺の部屋から何か持ってくるか任せろ!」

「提督っ?!これ迄になくご機嫌だね!?」

「雷は遊びに来た訳じゃ…」

ご機嫌にもなる。

俺が一番危惧していたことは島風がこの鎮守府で浮いてしまうこと。

だが、全然そんなことないじゃないか。

コイツらが居たじゃないか。

そしてしかも、その間俺は自由じゃないか。

「さぁ!行ってこい!」

扉を開けて外を指差す。

「やだ」

室内が水を打ったように静かになった。

「…行こうぜ、島風。こんな所までコミュ症発揮してる場合じゃねぇよ…」

「やだもん。」

「やだもんじゃない。ほら、行ってこい。」

「…提督は私が居ない方が嬉しい…?」

コイツ涙目になれば俺が言うこと聞くと…

しばらく沈黙するが、最終的には俺が折れる。

「……はぁ、わかったよ…」

「やったー!!」

島風はぴょんぴょんと跳び跳ね俺に抱きついた

「ちょっ、島風ちゃん?!」

「なのです?!」

「ひ、響の言った通りだわ…」

俺は雷の頭を撫でながら笑った。

「折角声をかけてくれたのにすまんな。今日はそんな気分じゃないらしいが…これに懲りず島風のこと、これからも頼めるか?」

「…あ、あぇっ」

真っ赤な顔でわたわたと手を動かす雷。

「…?」

「えっあのっ…ふぇ?!」

頭から湯気が出始めたので慌てて手を離す。

「あっ…」

駆逐艦はどうしてもつい撫でてしまうが、これがトラウマになっている艦だって居る筈だ。

やはり俺はまだまだ気が緩んでいるな。

なんて自戒していると、最終確認、と言ったようにおずおずと茶色い髪の毛を後ろで束ねた幼い少女が声をかけた。

「あの、島風ちゃんは…ほんとに…それで良いのですか…?」

「そうだぞ島風。他の艦との交遊は大切だ」

「じゃあ島風がコレ預かるなら良いよー」

そういい塩を俺の手から取り上げる島風。

「おい!!」

「晩御飯もこれにするつもりでしょ!」

「…良いだろ別に?!お前らにはちゃんと食わせてるじゃねぇかよ…!!」

そんな言い合いを続けていると、

「そっ…そんなんじゃダメよ!?!?」

 

大きな声が狭い執務室に響いた。




ようやく体調も戻ってきました!
本当に返信投稿遅れてしまって申し訳ございません!
第六駆逐隊の四人は本当に本当に可愛くて大好きで…やっと出てきてくれたぁっ…←
はい!皆のお母さん雷の安心感は凄まじいですよね…
あの可愛さで何人の提督を骨抜きに…というかダメ人間にしてきたのでしょうか
あの提督もダメ人間にされないと良いのですがね…
これからもどうかどうか!彼等のことを暖かい目で見守っていただけると幸いです…!
今回も拙い文章ですが読んでくださってありがとうございました!


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手伝い

「…あっ、あのっ、あのっ!」

司令官の気を引く、とは言ったものの、どうやって引けば良いのかが分からない。

入り口から声をかけると、中に入れ、と言われ、なおのこと頭が真っ白になる。

「あわ…あわ…」

私の後ろで震える暁ちゃん。

覚悟を決めようとしたときに、男は椅子から立ち上がり、此方へと歩いてきた。

「…っ!」

慌てて数歩下がる。

此処からが勝負所だ。

もし私達が失敗すれば、雷ちゃんはきっと酷い目に遭わされるだろう。

だから、彼女を守るためにも、私がしっかりしないといけないのだ。

震える身体を奮い立たせ、部屋から出てきた男と向き合う。

「い、良い天気なのです!!」

私の口から出たのは、そんな言葉だった。

 

「…そうだな、良い天気だな。」

沈黙が流れる。

不味い。会話が途切れてしまった。

雷は既に室内に入ってしまっている。

私がなんとしても止めないといけないのに、止めないと大変なことになるのに、焦れば焦るほど脳はどんどん真っ白になって行く。

「あのっ!あの…」

何とかして会話をしようとするが、

何一つとして言葉が出てこない。

最早泣きそうになりながら、必死に言葉を探していると、救いの手を差し伸べてきたのは他でもない彼自身だった。

「大丈夫だ。ほら、深呼吸な。深呼吸。」

肩を捕まれ、悲鳴を上げそうになるが必死にこらえて、深呼吸ってなんだったっけ、そうだ、ひっひっふー…ひっひ…あれ?

「自分のペースで話してくれ。急がなくて良い」

…そんな言葉で、改めて目の前の男の瞳を覗く

「あ、あぅ…」

口から情けない声が零れた。

自分でも顔が赤くなってきているのを感じる。

それも、初めとは違う理由で。

「な、なのです…」

時間稼ぎじゃなく、普通にお話をしてみたい。

なにか話すことはないだろうか。

必死で模索していると、彼は唐突に扉を開け…

「島風?俺は少し席を外すからー」

「あっ」

「あっ」

「あっ」

私達三人の声が重なる。

あぁ…終わった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

汚い執務室だ。

電と暁が司令官の気を引いている内に、執務室に入って思ったのはそれだった。

机の上には大量の書類が所狭しと乱雑に置かれており、床だってボロボロ、椅子もギシギシ音を立てるような…言ってしまえば、汚部屋だった。

「私達にあちこち掃除をさせる前に自分の場所を掃除させるべきじゃないかしら…」

呟いてから、部屋の中に居た島風を手招きする。

「…?」

可哀想に。きっと助けが来るなんて思ってもいなかったのだろう。

首を傾げるとトコトコと島風は側によって来た

「…島風ちゃん、私よ。覚えてる?」

「…ぉぅ?雷…?」

どうやらお昼に一度話していたことは覚えていたようで、私は笑みを浮かべた。

「そう!雷よっ!助けに来たわ!」

「…??」

未だ首を傾げる少女。

とはいえあまりもたついてはいられない。

「話は後よ。今は兎に角ここからー」

「島風、俺は少し席を外すからー」

慌てて振り向くと、此方を見る男と目が合った。

 

目の前の男と島風の会話を聞く。

おかしな事に、会話の内容から察すると島風は彼の側に侍らされている所か、寧ろ彼は引き剥がそうとしており…

「やったー!!」

抱きつく島風。

彼女は本当に、本当に、自分の意思で彼の側に居ようとしているように思えた。

「ちょっ…島風ちゃん?!」

だが、抱きつくのは不味い。

駆逐艦が司令官に対してそんな事をするなど言語道断であり、私は次に起こるであろう光景を想像して、目を瞑る。

だが、私の予想とは裏腹に、男はそのまま島風をポンポンと撫でたあと、優しい声色で、優しい瞳で、私の頭をそっと撫でた。

「折角声をかけてくれたのにすまんな。」

何故私なんかにそんな声をかけるのだろう。

「島風のこと、これからも頼めるか?」

…その声で、私の何かが動いた気がした。

「…あ、あぇっ」

顔が自然と赤くなってしまい、慌てて片手で隠しながら、もう片手で手を動かす。

これからも頼めるか?という言葉が、ずっと頭のなかで反響していて、それを振り払うように手をブンブンと振った。

そんなことをしてる内に、彼はスッと手を離す。

「あっ…」

我ながら情けない声だ。

微妙に背後から刺々しい視線を感じ、そっと後ろを盗み見ると島風と電が此方をじっと睨んでいた。

いや、島風はともかく電は何でなのよ。

貴女あの一瞬で何があったの。

島風がいたずらっ子の様な笑みを浮かべ、塩だろうか?白い粉の入った瓶を持ち上げた。

「おい!!」

男は珍しく怒りの声を上げたが、島風は構ってもらえて嬉しいのだろう。

ご機嫌そうにくるくる回りながら、笑って言う

「晩御飯もこれにするつもりでしょ!」

待って、今あの子は何と言った?晩御飯も?

瓶に目が釘付けになる。

これが晩御飯?しかも、も、ということは昼もこれだったのではないだろうか。

お昼に食べたラーメンを思い出す。

私達があれを食べている中、彼はこの汚い執務室で一人、あんなものを食べていたのか?

「そっ…そんなんじゃダメよ!?!?」

…気がついてみれば、

私は自分を抑えることが出来なくなっていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

雷、と名乗るその少女は、島風の手から塩の小瓶を奪い取ると窓から思いっきり投げる。

「あ゛━━━━━━ ッ!!!!!」

窓から身を乗り出し、叫んだ。

俺の飯が。

俺の唯一の晩飯が。

当の本人はというと、腰に手を当てて、咎めるような瞳でこちらを見ていた。

「ご飯はきちんと食べないとダメよ!」

「くっ…そういうお前はきちんと食べたのか」

「食べたわ!…というかこの書類は…」

チラッと机の上に山ほど置かれた書類達を見る。

「…仕事だが。」

嫌な予感がした。

そしてそれはすぐに現実となる。

「私も手伝うわ!頼って良いのよ!!」

胸を反らす少女。

「い、電も手伝うのです!!」

すると張り合うかのように茶色い髪の毛を後ろで束ねた少女も声を出した。

おう…お前もか…。

「えっちょっ…」

慌てたような声を出す帽子を被った少女

「暁は部屋に戻っていて良いわ!」

「暁ちゃんは部屋に戻るのです!!」

「暁だって執務くらい出来るわ?!」

おい待て、何故張り合うんだお前も。

「島風が一番なんだよっ!だって速いもん!」

神様は心底俺の事が嫌いなんだろう。

上を見上げ、日頃信じてない神を呪った。

 

「出来たわ!司令官!!」

満面の笑みを浮かべ、紙を持ってくる雷。

「ありがとうな、助かるぞ。」

受け取り、頭を撫でたあと、ご機嫌そうに喉をならす雷の隙を見てそのまま引き出しへ直行させる。

俺が渡したのは白紙の紙、若しくは不必要な紙。

向かいの机の上では、まだその紙にクレヨンで何かを書く、暁と電の姿があった。

「で、出来たのです!」

次の紙を受け取り、スキップで戻る雷と入れ替わるようにして紙を持ってきたのは電。

白い紙に清々しいほど大きく、幼い文字で

"なのです"と書かれていた。

一文字ごとに別々の色が使われているな…まるで幼稚園の先生にでもなった気分だ。

「うん。凄いな、電。やるじゃないか。」

「なのです!!」

再び頭を撫で、隙を見て引き出しに入れた。

…娘ができたときの父親というのはこんな気分なのだろうか。

なんておっさん臭い事を考えながら、未だ涙目で必死に紙に文字を書く暁を見る。

「あ、暁だって出来るんだからぁ…」

因みに島風は速攻で五枚程書いたあと、

「…なんかつまんない」などとほざきやがり

某猫型ロボットアニメの少年も驚くほどの速度で寝たので部屋の隅に移動させ、俺の上着をかけている

「…ぐすっ」

あぁ糞。泣くな泣くな。

立ち上がって暁の紙を覗き込んだ。

「…ほう。」

雷、電、暁、もう一人はわからないが、兎に角そのような、四人の何かの絵が書かれていた。

「し、司令官…!」

「…遅くても良い。その分お前の絵には心がこもってるんだから。…良い絵じゃないか。」

「あ、ありがと…ござ…ます…」

片言でお礼を言ってくる暁。

「司令官!これはどうかしら!」

「雷も本当にありがとな。凄く助かるぞ」

何故か慌てるように持ってくる雷の頭を撫でる。

「あ、できた…」

その時、後ろで暁が心底嬉しそうな声で呟いた。

「…できたか?」

「はっ…はい!」

完成した絵を受け取り、親指を立てる。

「流石は一番艦だな。相応しく素晴らしい絵だ」

「…!」

目を輝かせる暁に、そっと絵を渡す。

「…え、」

「これは受けとれん。」

再び泣きそうな顔をした暁を手で制すと、スーツケースから金色の額縁を取り出した。

「…うん、これで良いか。」

額縁に絵を入れ、見せる。

「…別のが良いか?なんか…ダサいな額縁が」

誰だよこれを買って来た奴は。…俺か。

「…司令官…?」

「これはお前達の部屋に飾るべきだろ?」

帽子の上から頭を撫で、額縁付きの絵を返した

お世辞抜きで、皆に対する愛情が沢山染み込んだ、とても良い絵だ。

椅子に座り執務を再開すると、暁は放心したかのように此方を、雷電は頬を膨らませるようにして此方を見つめてくる。

…執務が進まねぇ!誰か助けてくれ…!!

そんな俺の心の叫びが誰かに届くことはなかった

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…このメッセージを聞いている方へ」

暗い部屋で、大淀の声が響く。

ある女性が握りしめたその録音機から、

淡々とした声が流れていた。

「これを聞いている人が、提督様、若しくは各艦種代表者であることを願います…その他の人でも良い。どうか、このメッセージを聞いた人は、より多くの人に伝えてください」

「…恐らく、あの妖精は私達の知る妖精ではありません。理由は沢山ありますが…今は割愛させていただきます。兎に角私は、一度妖精さんの元に、話を伺いに行きます。これはあくまで私の推測なので。それでもし、私の身に何かあったら…あったから、このメッセージを貴女が聞いているのでしょうけど。兎に角、貴女が、鎮守府の危機をより沢山の人に伝えてください。」

ザザ、とノイズがはしり、場面が切り替わる

「貴女は…"何者ですか"?」

「ようせいさんです」

「…言い方を変えましょう。

…"何を企んでいるんですか"?」

「…」

「私は知っています。妖精は…」

光の差さない暗い部屋で、彼女は黙ったまま音声を聞いていた。

「これから"消す"からー、なにはなしてもかんけいないよー?」

録音機から出る音はそこでブツリと途切れる。

その女性は録音機を握りしめ、笑いながら呟いた

「…ほう。成る程な。」




今回も読んでくださって本当に本当にありがとうございます…っ!!
だんだん一話毎の文字数の増減が落ち着いてきたものの、やはり艦娘視点って難しいですよね…
本当これを上手くかける人って凄いなぁって…!!!
さてさて、この前消されてしまった大淀さんですが、只でやられた訳ではございませんでした!
提督が執務室で幼女とてんやわんやしている中、暗い部屋で一人、大淀の残した録音音声を聞く艦娘!
彼女の正体はいったい誰なのでしょうか!
また、彼女はこれからどうするのでしょうか!

どうかこれからも!彼等の行く末を暖かく見守っていただけると嬉しいです…!!

追記
誤字を修正させて頂きました…!
本当に本当にありがとうございます…っ!!


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晩御飯と妖精

「…お陰で執務も終わったよ。ありがとな」

三人を撫でてやると、各々満足げに笑った。

「もーっと私に頼って良いのよ!」

「えへへぇ…頑張ったのです!」

「こ、これくらい当然なんだから!」

無論、俺の机の上にはまだまだ大量の書類が乗っているが、見ないものとする。

何故ここで切り上げたのかと言うと、そろそろ一人でやらないと不味いというのもそうだが、晩御飯の準備があるからだ。

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

…まるで当然のように部屋を出る俺の後をてくてくとついてくる島風+三人。

足を止めれば奴等も止まり、足を早めれば奴等も加速した。

「だぁぁぁっ!!!ついてくるなよ!!」

振り向き、大きな声を出す。

「だって~雷~」

後ろを向いてさも当然のように言う島風。

「だそうよ?電」

そして雷も同じく後ろを向いて言う。

「だそうなのです暁ちゃん!」

そしてそして電も同じく言う。

「ふ…ふぇっ?!」

暁は回りを見渡して涙目になった。

…なんのコントをしているんだこいつらは。

「全・員・だ・よ!」

島風、雷、電に軽くデコピンを決める。

すると妙にむくれながら島風が言った。

「だって提督、落ちた塩探して食べそうだもん」

「流石にそこまでしねーよ!!」

コイツは俺をなんだと思ってるんだ

「そ、そんなんじゃダメよ!!!」

「だからやらねぇよ!!!!」

「流石にそれはちょっと…なのです…」

「レディはそんな事見過ごせないわ…」

何故俺の話を聞かないんだろうか。

頭を掻いていると、電が首をかしげた。

「それで…何処に行くのですか?」

「何処って…そろそろ晩御飯を作らねぇとな」

「今度はなにつくるのー?」

「何にしようかねぇ…量が量だからな…」

そう、全員が全員沢山食べるともかぎらないから、自分の意思で好きな分量を調整できるようなものが好ましい。

それも、ステーキのようなものだと途方もない時間がかかるだろうから、一度に大量に作れるようなものじゃないと駄目だ。

「…司令官さんが作るのですか?」

と、突然不思議そうに尋ねてくる電。

「何言ってんだ…昼も俺が…いや、空母と島風が作ったな…ありゃあ…」

「えっ…?空母の人たちが用意したんじゃ」

雷が驚いたような顔を見せた。

「そうだぞ?」

「作ろうって空母の人たちを説得したのは提督じゃん!!」

「だからお前らは精々空母に感謝s…島風ェ!!」

恩を売るような真似はしたくないと言うのに

気がつけば島風が拉麺を作るように至るまでの経緯を事細やかに説明している。

「そ、そうだったのね…」

「な、なのです…」

「へ、へぇー…」

三人が英雄でも見るような目を向けてきて、俺は妙にむず痒くなった。

そして厨房への扉を開ける。

暗い厨房の明かりをつけると、涙を流しながら立つ女性の姿があった。

「…へ?」

 

「ま、間宮さん…っ!?」

駆け寄る暁。

間宮と呼ばれたその女性は涙を拭うと、何でもないのよ、と笑い、その後ろに立つ俺の姿をみてぎょっとしたような顔を浮かべた。

「…どうも。最近ここに配属されたー」

「葛原司提督ですね。把握しております。」

「それでー」

「それで、その提督様がこんな所へ何のご用でしょうか、ここに来ても良いものは何もありませんよ。では、私はこれで」

こちらが話す暇もなく捲し立て、早々に出ていこうとする彼女の腕を掴んだ。

「ひっ…」

「悪いがそのまま行かせるわけには行かねーわ」

「…離してください」

心底嫌そうに言われたので、手だけは離す。

「…何の御用でしょうか」

捕まれた部分を擦りながら言う彼女の目からは、隠す気もない敵意が溢れており、何時その辺にある包丁で襲いかかってきてもおかしくないほどの殺気を孕んでいた。

自然と俺を庇うように前に出る島風と雷

「安心して?司令官、私が居るじゃない!」

「提督に何かするなら許しませんよーっ!」

暁と電は何もせずとも、咎めるような瞳を間宮に向け、彼女は驚いたように少し目を見開いた。

「…貴女達…」

「皆、ありがとな。気持ちは嬉しいが…大丈夫だ」

「…」

「そうなの?ほんとに大丈夫…?」

「本当なのです…?」

「間宮さん…司令官は悪い人じゃないわ…っ!」

別々な反応を見せたが、各自分かってくれたようで、一先ずピリピリした空気だけは去ってくれた。

「…」

「…」

気まずい沈黙が流れる。

…仕方ないよな。

先に沈黙を破ったのは、俺の方からだった。

「まずは、いきなり腕を掴んだこと、済まなかった。お前がもし…いや当然、提督に少なからず嫌な思いを抱いている筈だ。万一にトラウマになっていたりしたらと思うと…今の行動はあまりにも軽率で…思慮に欠けていた。だから…それは、謝らせてくれ」

頭を下げる。

間宮と呼ばれた女性は慌てて顔を上げさせた。

「提督と言うのはそう簡単に頭を下げて良いものではございません!」

「簡単に下げた訳じゃない。今回の俺の行動はあまりにも悪い。」

「…そんな!」

「そして、二つ目。泣いている理由を聞かせてくれないか。何もないと言うのは無理があるぞ。」

「…何で…」

「泣いてるのが目に入ってしまったらな、話を聞くのが提督の仕事なんだ。」

目を合わせると、彼女は拒絶するように目を背けた

「…何か不都合でもあったか?だとしたらそれは俺の責任でもあるし、できる限り何とかしてみるが…」

「…」

「…まぁ、話せないなら今は良い…さっきお前は何をしに…と聞いてきたが…これから全員の晩御飯の準備をするところだ。…手伝ってくれ。」

 

「…ほう、手際が良いな。」

感心から呟くと、雷が胸を張りながら言った

「当然よ!間宮さんは昔、皆の料理を作っていたんだから!!」

「…そうなのか?」

「…前任の提督に艦娘の料理を作るのは禁止されましたがね。」

一切手を止めず、ぶっきらぼうに言う間宮と、肩を落とす雷。

「…そうか。」

必要以上に踏み込まないように気を付けよう。

次こそ心に決めたその時だった。

「…貴方は…」

「?」

しばらく黙り、意を決したように、顔をあげると、憎々しげに溢す。

「…お昼に、拉麺が出されました。」

「そうだな。」

話が見えない。

相槌を打ち、続きを促すと、ダン、と包丁をまな板に置き言われた。

「あれは、貴方が作ったものですよね」

「…そうだ」

肯定すると同時に、少し苛立たしげに髪を掻き言われる。

「…何故料理するときに私に声をかけてくださらなかったのですか?」

「いや、それは…」

「私たちは数年間なにも飲まず食わずだったんです。わかりますか?突然拉麺なんて重いものを食べたらどうなるか、予想できないんですか?」

慌てて四人を見る。

「お前ら、不調はっ!」

「…大丈夫です。食後に全員に確認を取りましたが、これと言って体調を崩している人は居ませんでした」

「…そうか」

そっと胸を撫で下ろし、近寄ってきた電を撫でた

「司令官さん…?」

嬉しそうに、だが、少し心配そうに此方を見る電をみて、自分がいかに馬鹿だったか痛感する。

「…間宮、だったか。ありがとう。」

「へ…?」

「次からはちゃんと相談することにする」

頭を下げると、間宮は何故か、小さな声でごめんなさい。と言い、顔を背けた。

 

晩御飯を食べる全員を背に、執務室に戻ると、妖精が机に座り、不思議と何処か大人びた笑みを浮かべる。

「おやおや、ていとくさん、ひどいかおですね」

「…少しな、俺は浮かれているらしい。」

「そうですかね?」

「…あぁ。」

頬を叩き、気合いを入れ直した。

「俺がしっかりしないといけないんだ。」

「…そうですか」

妖精はそれだけ言うと、とことこと歩み寄る

「そんなあなたにろうほうです!!!」

「…」

どぅるるるる…等という下手くそな効果音と共に、俺の机の引き出しがひとりでに開き、中から大量の妖精が飛び出した。

「…はっ?」

「こんなばかなていとくなのー…」

だいじょうぶー?と何やらよくわからない確認を取ると、彼女達は口々に話し始めた。

「もちろんさー!」

「ささえがいがありますねぇー!」

「めつきわるいねー!」

「うおおおおー!!!!」

「…」

何人か余計なお世話なことを言いやがったが、突っ込む与力もなく、後ずさる。

そんな俺を振り向き、にやっと笑うと、妖精一号は俺に言った。

「ようせい、ななじゅうさんにん?ただいまをもって、ちんじゅふにちゃくにんしましたー!!」

「「「しましたー!!!!!!」」」

…ハハハ。これは何の冗談だ。

 

手のひらの上で美味しそうに、自分の身体ほどのキャラメルを食べる妖精一号。

「…んふー!はたらいたあとのめしはうまいぜ」

「…お前の分しか用意してなかったわ…」

「あのていとくはけちだぁー!!」

「えこひいきだーー!!!」

「おうぼうだー!いんぼうだー!!」

背中にはそれが不満とポカポカ殴ったり体当たりをしてくる妖精達。ハハハ、効かねぇよバーカ。

「ようせいじるしのどりるー!」

「どんなものでもつらぬきます!!」

「このばかにかざあなをあけてやれー!!」

「じごくでこうかいしろー」

…俺が悪かった。頼むからそれだけはやめてくれ。

キャラメルをすべて食べ終わったのだろう。

自分の手のひらを数度ペロペロとなめると、妖精一号は立ち上がった。

「おいしかったです!!」

「そうか…。お前らも折角来てくれたのにすまんな。明日用意しておくから…あ、角砂糖ならあるぞ」

机の上に転がすと凄まじい速度で食べ始めた。

そんなに飢えてたんかコイツら。どうしたよ。

若干引いているとクイと服の裾を引っ張る一号。

「どうした?」

「ていとくさんー、むりはよくないからね?」

…心底心配そう、といった瞳で此方をみる妖精から目を反らし、誤魔化すように呟いた。

「…お前の名前を決めねーとな」

「…へ?」

「一番最初に来た妖精だ。…イチ、とかどうだ。」

生憎とネーミングセンスには自信がない。

そのままな名前を言うと、妖精は心底おかしそうに笑った。

「わたしたちになまえをつけてもとくなんてありませんよー!…あと、いちばんさいしょにきた ようせい はあのこだよー?」

一号が指差した先に居る妖精は、こちらに気がつくと手を振ってくる。

「…?」

どういう意味だ?この鎮守府に最初に来たのはお前じゃなかったのか…??

考えるがよくわからず、思考を中断させた。

「…得があるか無いかじゃねぇ。俺がお前に名前をつけたいだけだ。…めんどくせぇ。タマでいいか?」

「!!!」

冗談だ、と言おうとして視線を落とすと、心底嬉しそうな顔を浮かべる妖精。

「…え?」

「…たま…たま……ふふ。たまですか。」

「え?気に入ったの?」

嘘だろ?たまだぞ?

「もういちど、およびください!」

「…タマ…」

「はいです!!!」

心底元気そうに返事をすると、妖精、否、タマは、今まで見せたことがないような…まるで、向日葵のような笑みを浮かべ言った。

「これからよろしくおねがいしますねっ!!」




執務をしていると、男は急激な眠気に襲われる。
「がっ…」
抗い難い眠気だ。だが、寝るわけにはいかない。
必死に抵抗していたが、ついには眠ってしまった。
寝息が響く執務室に、そっと降り立つ妖精…タマが居た。
「まったく…しかたのないひとです」
彼女が指をならすと、男の身体は操り人形のように歪な動きで立ち上がり、自室の部屋のベッドに入った。
再び寝息を立て始めた男の側で、横になり、両頬に手を当てながらタマは蠱惑的に笑う。
「かわいいねがおですねー…」
男の寝顔を眺め、優しい笑みを浮かべる。
何秒、何分、何時間経ったろう。
一瞬か、はたまた永遠のような時間が続き、気がつけば、タマはそっと彼の頭を撫でていた
「まったく…しんぱいかけないでください」
貴方には役目があるんですから、と、歪な笑みを浮かべたあと、妖精は再び柔らかい笑みに戻し言う
「いまはゆっくりおやすみなさい。わたしのだいすきな、ていとくさん?」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
明らかに筆が今回乗ってませんよねごめんなさいっ!?
いや、ほんと、書きたいシーンが出来ちゃうとそこに至るまでの経緯が書けなくなっちゃうんですね…無駄に先を見据えるべきじゃありませんでした…
次回はそれなりにシリアスとなるかもです…?
どうかどうか!!これからも彼等のことを生暖かく見守っていただけるとありがたいです…っ!!!


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間宮の憂鬱と不穏の朝

部屋に入り、目の前が真っ暗になった。

部屋に充満するのは強い拉麺の香り。

男の"有り難い御言葉"なんて一切耳に入らず、私はただその料理を凝視していた。

『…お前らゴミに与える飯など無い。』

『お前のような化け物の作る料理なんて食えるか』

『何度作るなと言えばわかるんだ?』

頭の中で言葉が木霊する。

それは私の役目だったはずなのに。

作るなと言われたから、作らなかったのに。

「美味しいね!」

そう言い合って笑う彼女達をみたのは何時ぶりか

気がつけば、仲間が再び笑っている。その喜びよりも、自分があの笑みを取り戻させてあげられなかったことに対する言い様のない悔しさが勝っている…"化け物"と呼ばれるに相応しい自分が居た。

私は厨房で、光が一切浮かばない瞳で、涙を流しながらずっと自分の手元を見ている。

口にまだ残る"味"がただただ煩わしかった。

その味に何処かで喜んでいる自分が。

感謝よりも憎むことを優先している自分が。

途方もなく、何より憎い。

 

だから、そこに現れた提督に酷い態度を取ったのは、自分のイライラをぶつけただけであり、今まで通り逆上して手をあげてくれたら、いっそのことこんな私なんて解体してくれたら、どれ程気が楽になっただろうか。

「…済まなかった」

だが、男は、私にたいして頭を下げ。

「…っ!!!」

そこから、私の地獄が始まった。

なにかしら、尤もらしい理由をつけては彼のことを責め、言葉の端々に刺を込めた言い方をする私に、彼は気づいていないのだろうが…彼の後ろに立つ他の四人は眉を潜めて私を見る。

その度に私の胸が痛んだ。

…痛んだが、やめることができない。

自分の醜い傷跡をさらすかのように、彼に酷い言葉をかけ続けた。

…そうして出来上がった料理を皆は美味しいと言いながら食べる。

私のお陰だと、晩御飯を作ってくれてありがとうと笑顔でお礼を言いに来る。

…四人は今、どんな目で私を見ているのだろう。

確認することができず、お礼を言われる度に、何故か私は今にも消えて無くなりたい衝動に駆られた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…んぁ…」

目を覚ますとベッドの中。

「俺は何をしてんだ…?!」

叫び、慌ててベッドから降りて、部屋を見渡す

何一つかわりない俺の部屋だ。

…早く執務室に戻らなければ。

部屋から出た俺の前には、何故か電の姿があった。

「司令官さん…っ!!!!」

ここまで走ってきたのだろうか、息は切れており、顔を真っ赤にしている。

膝に手をつきながら肩で息をする彼女をみて、とても…とてつもなく、嫌な予感がした。

「し、島風ちゃんが…っ!!!!」

目の前が真っ白になる。

島風に何かあったのか?

慌てる電を落ち着かせ、話を聞く。

「島風ちゃんが…っ!駆逐艦寮で…!!長波ちゃんと掴み合ってて…!今お姉ちゃん達が止めてて…っ!!」

聞くと同時に駆け出していた。

あの馬鹿は何をしているんだ…!!!!

 

「離して!!!!!離してよ!!!!」

近付けば近付く程に島風の悲痛な叫び声が響く。

集まっている人混みを掻き分け、何とか輪の中心に向かうと、雷と…もう一人、白髪の少女に抑えられている島風の姿があった。

恐らく、その向かいに居るのが長波…長い黒髪を持ち、こちらは暁に止められているが、取り押さえられる島風を冷たい瞳で見ていた。

「島風!!どうしたんだお前…!!」

駆け寄ると、雷は安心した表情を浮かべる。

二人の手が緩んだ瞬間、島風は再び長波に掴みかかろうとし、俺が慌てて彼女を羽交い締めにした。

「…っ!!提督!!!離して…っ!!!!!」

「今のお前を離せると思うのか?」

「ーっ!!!」

返事はしない。だが、納得もしていないのだろう。

未だ暴れる島風を必至に抑えながら、何があったのかを問うと、暁が教えてくれた。

「…その、長波ちゃんにいきなり島風ちゃんが掴みかかって…」

「だって!!この人提督を馬鹿にしたもん!!」

鬼のような形相で睨み付け、叫ぶ島風。

…は?今なんつった?

「俺を…なんだって?」

「聞こえてんだろ?趣味悪ぃな。文句垂れてたアタシに掴みかかって来たんだよ。」

「…島風…何してんだほんとお前は…」

全身で息をする島風に言い聞かせる。

「ここで何があったか、分かっているよな?

提督と言う存在に嫌な思いを抱いているのは当然の事だし、俺自身だって承知もしている。」

「分かってないねぇ。アタシは"提督"じゃなく"アンタ"が嫌いなんだって。」

「何も知らないくせに…!!」

「知らないのはアンタだろ?島風。散々興味ないだのなんだの言って安心させておいて、いざ見てみれば駆逐艦侍らせて鼻の下伸ばす糞野郎なんー」

そこから先の言葉は紡がれなかった。

「 黙 っ て 」

彼女の頬をつかむ島風。

ギリギリという嫌な音が、生半可じゃない力を加えていることを証明していた。

「島風!!」

怒鳴る。手を出すなと強く訴える。

だが、まったく聞き耳を持たない彼女は未だその手の力を緩めない。

雷と俺で再び島風を引き剥がすと、長波は吐き捨てるように呟いた。

「痛いねー…。はぁ、結局糞に付き従う馬鹿も糞と同類ってことか…」

「…あ゛?」

…今度は俺の番だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

場を支配するのは憎悪。

男と対峙する長波はおろか、周りの少女達も、今の今まで頭に血が上っていた島風すら、身体を震わせ、怯えたような瞳で男を見る。

「…ハハハ。冗談キツいな…長波だったか?」

乾いた笑みと、全く笑っていない瞳が、彼女達の恐怖を余計に掻き立てた。

「…」

計算違いだ、と少女は考える。

実のところ、島風を煽ったのは提督を呼び出すためであり、目の前で彼自身の悪口を言うことで、彼の本性を暴き出し、島風の目を覚まさせようとしていたのだ。

無論、自分がそれをしたことでどうなるかは容易に想像がついていた。

死ぬかもしれない。だが、それでも良い。

そんな想いで此所に立っているのだ。

立っていた、筈なのだ。

膝は情けないほどに笑い、

汗は絶え間なく流れ落ちる。

今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られたが…少女を囲むようにしてギャラリーが居た。

逃げるには、集まってきた少女達が邪魔なのだ。

到底、逃げることなどできない。

…ゴクリ、と唾を飲み込んだ。

無論、少女達は今の今まで何度も何度も"悪意"に晒されてきた。

だが、彼との決定的な違いは、前任達は別に艦娘が憎くてそういう行動を取ったわけではないということだ。

生まれてはじめて、人の本当の"憎悪"…悪意というよりは最早害意に近いものに触れ、恐らく全員が、その恐怖に身を震わせた。

「オーイ?返事できるよなー?」

ダァン!と、音がして、全員の身体が跳ねる。

彼が乱暴に床を踏みつけたのだ。

「おいおいおい、だんまりか?嘘だろ?さっきまでの威勢はどうした長 波 さ ん よ ! ! ! 」

その大きな声で誰かが泣き始める。

それでも、恐らく彼の耳には届いていない。

不満を全身で表すように、何度も何度も床を踏みつけた。

「何だオイ?俺だけなら兎も角?俺のものを馬鹿にするのか、そうかそうかそうか…ハハハハハハハ!!そうかぁ…お前、その癖ずっっっと喋らないな。さっきまでの減らず口は何処に落としてきた?今からでも探しに行くか?手伝うぞ?」

雷も、電も、暁も。

彼のこんな姿なんて見たことがない。

というより、駆逐艦全員が、内心彼のことを少しだけ、ほんの少しだけ侮っていた節があった。

前任よりも若く、島風に何をされても優しげな笑みを崩さない。

無論それを信じている訳じゃなかった。

でも、まさか"ここまで"とは誰も予想だにしていなかったのだ。

ぐいっと長波の顎を上げ、目を合わせる男。

「なぁ、喋れんだろ?何とか言おうぜ?」

その暗い瞳に、彼女の意識が少しだけ遠くなった瞬間だった。

「そこまでです。ていとくさん。」

ピタリ、と彼の動きが止まる。

男がゆっくりと後ろを振り向くと、

腕を組む妖精の姿があった。

「…何だ、タマ。俺は忙しいんだ。」

「としはもいかないくちくかんをいじめるのに、ですか?」

彼はハッとしたように目の前の少女を見る。

涙を浮かべ、ガクガクと震える長波を見て、少し冷静さを取り戻したのか、突き放すように手を離した。

腰が抜け座り込む長波を冷たい瞳で見下す。

「なぁ、この際だから言っておくがな、俺は俺の物を馬鹿にされるのが一番嫌いだ。」

二度と俺の目の前で艦娘を馬鹿にするな、と吐き捨てると、男は背を向けた。

「…まちなさい、ていとくさん。」

妖精の声で足を止める男。

「まだなんかあんのか?俺は今…最っ高に虫の居所が悪いんだが…」

「このままではらちもあかないでしょう。しまかぜだって、まんぞくしたわけじゃありません。ほおっておいたらまたけんかになります。」

「…」

「…だから、」

妖精がどんな笑みを浮かべているか、提督に確認する余裕はなかった。

「だから、"えんしゅう"でしろくろつけましょう」




今回もご覧いただきありがとうございます…っ!!
はい!再び提督のガチギレですね。
今回は島風もおこでしたが。
お互い自分は許せても自分の大切な人をバカにされると許せないんですね…
提督の異常なまでの"自分の物"に対する執着は何なんでしょうか…
駆逐艦みんなドン引きしてるというのに…
さぁ、妖精に言われるがままに演習をすることになった彼等ですが、果たしてどうするのでしょうか。
これからもどうかどうか、彼等の行く末を見守っていただけると幸いです…!!


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二人の戦い方

部屋でぼうっとしていると、潮と朧が慌てたように帰って来た。

「遅かったわね…というか、外、なんか騒がしくなかった?」

ベッドに寝転がりながら尋ねる曙。

…だが、返事がない。

怪訝に思い、顔をやると、二人はドサリと音を立て、その場に座り込んでいた。

「どしたの?!」

「ちょっ…?!」

曙と二人、慌てて駆け寄る。

二人はガクガクと震え、息を吐く様に潮が呟いた

「こっ…こわかったぁぁぁぁぁ…」

…提督だ。

直感で理解すると、曙も此方に目をやり、頷く。

「何があったか、説明できる?何もされてない?」

潮の肩に手を置き、心配そうに尋ねる曙と、

朧の肩に手を回し、そっと立ち上がらせる私。

朧が、腰抜けちゃって…と、恥ずかしそうに笑うと、真剣な顔で事の顛末を話し始めた。

「…長波が島風と掴み合いの大喧嘩になって…提督が止めに入ったんだけど…その…長波が島風を貶した瞬間に、提督の空気が変わって…」

思い出すのも恐ろしい、といった様子で肩を震わせる潮と朧。

「提督さんが、すっごく怒ったの…長波ちゃんは当然、周りにいた私達も…ううん、島風ちゃん本人すら気圧されるくらい…」

「今までの提督が可愛く見えるレベルだよ…

例を上げるなら深海棲艦。それもヤバイ奴。」

…今までの提督が可愛く見える、

という台詞に眉を潜める私達。

とてもではないが、あの人にそれほどの物があるようには思えない。

「ってか!そんなのどうでもよくて…!!」

「「長波(ちゃん)と島風(ちゃん)が演習するの」」

二人の声が重なった。

 

「…アンタはどう見るの?」

気疲れしたのだろう。ベッドに入り早々に二度寝を始めた二人を背に、曙が小声で訊ねてくる。

「…長波ちゃんに1票かにゃー…賭ける?」

…尤も、賭けるものなんて初めからないのだが

「賭けになんないわよ。当然長波の圧勝でしょ」

「というか…あの提督様には練度という概念が無いのかなぁ~…」

そう、私達艦娘には"練度"というものがある。

提督の目に見える特殊な数値で、簡単に言えば今までの全ての経験が値化されたものらしい。

「戦場は経験が物を言う。こんなの常識よ。あの地獄を生きていた長波と最近建造さればかりで戦いも知らない島風じゃ、話にもならないわよね。」

曙の言うことは厳しいが真理だ。

戦いなど所詮殺し合い、新米がどれだけ綿密な作戦を組もうと、どれだけ机上で論議をしようと、歴戦の猛者の経験の前では小手先でしかない。

…とはいえ、彼がそれを理解していないとは思えないのだが。

「負けた方が言うことを聞くんでしょ?馬鹿よね。これであの提督ともおさらばと思うと清々するわ」

そう、朧曰く、演習を提案したのは妖精で、負けた方が言うことを聞く、という条件らしい。

長波が何を願うかは私には分からない。

曙は長波が提督をこの鎮守府から追い出すと思っているらしく、少しだけ機嫌良さげに笑った。

だが、私は、あの提督は今までの提督と比べると幾分かましに思える。幾分か、だが。

状況がもっと酷くなるリスクを長波が選ぶとは思えない。恐らく、彼女は別の願い事をする筈。

…例えば、彼女が妙に入れ込んでいる島風と、

提督である彼の接触を禁じる、など。

「ま、演習が楽しみね。」

「…そうだね。楽しみ。」

…本当に、楽しみだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

バン!とドアが激しく開けられ、

顔を赤くした加賀が歩み寄ってきた。

「…やはり此所にいたのね。」

ここは演習場。

先から水の上では、島風が真剣な瞳で水の上を滑っており、後ろをきゅうきゅうと鳴きながら連装砲、と呼ばれる艤装がついて回っていた。

「おー、加賀か。」

視線を動かさず声を上げると、胸ぐらを掴まれる

…こいつ俺の胸ぐら掴むの好きだな…。

「どういうつもりかしら。」

怒りからだろうか、その身体は少し震えており、

敵意が籠った瞳が俺の目を射ぬく。

「はて?何のことだ?」

「聞いたわ。長波と演習…?ふざけているの?

私達はそんなに安くみられていたのかしら。」

無言で続きを促す。

「長波はあれでも何度も出撃しているわ。

わかる?戦闘経験に丸っきり差があるのよ。

一日や数日練習した程度で、

私達を越えられると思っているの?」

加賀の言うことは尤もであり、否定する気もさらさらない。苦笑し手を振り肯定した。

「…ならっ!このふざけた演習を今すぐ中止ー」

俺の笑みを見て、加賀は言葉を止める。

だから、俺は加賀にそっと語りかけた。

「…長波と島風には違いがある。何だか分かるか」

「…だから、戦闘経験…」

「それもそうだ、だが、もっと決定的な違いがある。"指揮官"の有無だ。」

今度は加賀が無言で続きを促した。

「なぁ、野良の艦娘と深海棲艦に、戦闘能力の違いが殆ど見られないのを知っているか?」

「は…?」

「"指揮官"、提督の存在が無くなるだけで、お前たち艦娘は、深海棲艦とほぼ同じレベルまで運動能力が落ちる。お前らは知らないんだろうがな」

苦笑すると、加賀は面食らったような顔をした

「艦娘には"練度"という概念がある。簡単に言えば、今までの経験の積み重ね、そいつがどれだけ努力してきたかの集大成だ。だが、皮肉なことにな、それは提督の指示がないときちんと機能しない。お前らは指揮官の下でないと"万全"を発揮することはできないんだ。」

だから各鎮守府には提督が置かれるのだ。

だからこんな前線にまで、何の自衛手段も持たない俺達提督が派遣されるのだ。

艦娘だけで深海棲艦に勝てるのなら、俺達人間は内地に引きこもり、無線でもなんでも指示だけ出して、鎮守府の運営は全て艦娘に任せればいい。

それが出来ないのは、皮肉にも、人間は艦娘の、艦娘は人間の力を借りなければ、アイツ等に太刀打ちできないからなのだ。

「…つまり…」

「無論、長波自体は弱くねぇ。知識は力だ。活かしきれないとはいえ、これまでの経験から来る動きは島風より何枚も上手だろう。…だが、アイツには俺がいて、俺にはアイツがいる。」

全く勝ち目がない訳じゃないんだよ。

と、笑いながら言うと、加賀は手を離した。

「…だとしても…」

「あぁ。分は悪い賭けになる。…だが、俺も島風も、自分の相棒貶されて黙ってられねぇんだわ」

水の上では相変わらず島風が、一生懸命に水の上を走っている。

 

日は高く登り、波は静かに揺らめく。

演習の話は思ったよりも広まっていたらしく、さまざまな艦娘が集まっていた。

…とはいえ、集まったのはせいぜい全体の三割、といったところだろうが。

向かいで姉妹艦らしき少女達と軽く会話する長波を観察していると、いつもの三人…雷、電、暁の三人が俺の元に集まってくる。

「司令官…大丈夫なの?」

「な、なのです…?」

「だ、大丈夫よっ!…大丈夫…なのかしら…」

心底心配そうにこちらを見上げる三人を撫でると、島風に向き合った。

「…行ってこいや。島風。」

「うんっ!」

お互いにニヤッと笑い、拳を付き合わす。

水上を滑り、開始位置に向かう島風の背を見て、俺は誰にも聞こえないように呟いた。

「さて、どこまで足掻くかね…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

両者が定位置で向き合ったことを確認すると、

妖精は一際大きな声でルールを叫んだ。

「るーるのさいしゅうかくにんです!

どちらかがたいはしたじてんでえんしゅうはしゅうりょう、はいしゃはしょうしゃのいうことをなんでもひとつききます!」

長波は笑いながら言った。

「今のうちに諦めてくれたら、私としても必要以上に痛め付けなくて済むんだケド…その顔じゃ、ヤル気満々って感じだねぇ~」

「…提督を馬鹿にして御免なさいって、絶対謝らせてあげる。長波。」

「…仕方ないから、この長波様が目を覚まさせてあげるよ。島風。」

双方の艤装は既に展開されている。

妖精が笛を吹き、運命の演習が始まった。

 

「島風!!」

笛が鳴るのと同時に、男が声を出す。

彼女は声を聞くとほぼ同時に砲撃を開始した。

轟音が響き、水飛沫と共に巨大な水柱が立つ。

…だが、

「ハズレー。」

やはり、まだ艤装に慣れてないのだろう。

勢いよく撃った弾は彼女の手前で落ち、巨大な水柱を立てるだけに終わった。

自らの勝利を確信し、笑う。

だが、次の瞬間、自分の読みが甘いと理解した

「くっ…」

彼女を貫いたのは水柱の下から現れた三本の魚雷

恐らく砲撃は外したのではなく、わざと自分の手前に落としたのだ。

油断を誘い、水柱で視界を遮るために。

「なかなかやるじゃん…!」

水柱が収まると同時に、右方向から三連の砲撃音が

目をやると、少し離れた位置に三本の水柱が立っていた。

「…ってぇーい!」

島風の姿が見えないことから、その水柱に姿を隠しているであろうことは容易に推測がついた。

狙うは真ん中の一際大きな水柱。

長波の弾は一直線に、吸い込まれるように水柱へと飛んだ。

「ハズレーっ!」

そんな声が響き、右側の水柱から砲撃が飛ぶ。

慌てて回避を行い、再び体勢を立て直すと、今度の水柱は一本だった。

すると不思議なことに、その水柱から分裂するように二つの水柱が、まるで海を割るかのようにして、次々と立っていく。

一つだけなら、島風が砲撃を自分の足元に撃ち、身を隠しながら走っているのだろうと分かるが…奇妙なことに、二つ水柱はそれぞれ全く逆方向に向かい、連続で立っていた。

「…?!」

自分を囲むように、左右から水柱が弧を描くようにして連続で立つ。

一先ず右手側の水柱の先頭付近に砲撃を行うと、背を向けていた左の水柱からの砲撃で姿勢を崩してしまった。

「…どうやって!?」

顔を上げ、振り向くと同時に島風が非常に至近距離まで接近していることに気付く。

「くっ…!!」

苦し紛れに出した砲撃をかわすと、お返しとばかりに数本の魚雷が飛んできた。

なんとかかわした先に砲撃が飛んできて…流石にこれはかわせない。数発被弾する。

「いったいなー…!!」

顔を上げた頃には島風はかなり距離をとっていた

「…。」

「…あんまり調子に乗ってんなよ!」

威嚇するように数発砲撃し、つかの間の休息の後、此方へ向かってくる数本の魚雷を発見し慌てて回避する。

今度は余裕で間に合ったが…

「油断も隙も無い…ほんと…不味いね…」

自分の認識の甘さを痛感した。

 

「し、司令官さん…」

驚愕の表情を浮かべる電に、男は笑いかけた。

「…作戦通りってな。焦ってる焦ってる。」

「ど、どういうこと…?島風は分身できるの?」

首を傾げる暁に、さぁ、どうだろうな?

と返すと提督は側に居た加賀に語りかける。

「…ここからが勝負所だ。このカラクリを見破られる前にカタがつくかどうか…。ま、なんにせよ、アイツを"俺達"の土俵に引きずり出すことは出来た。後は与えられた沢山の情報に混乱しているうちに…さっさと決めるに限るな」

「…貴方は…」

「長波は良くも悪くも格上だ。俺は、相手と正面切って戦うなんて怖くてとてもできやしねぇ。アイツには悪いが…これが俺の戦い方ってやつだ。」

ニヤリと、不敵な笑みを浮かべる男。

目線の先では、島風が再び自分の足元に水柱を立てるところだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…なんてザマ…」

情けなくて笑いが出る。

島風はほぼ無傷で、対する私はもう大破寸前。

二つの水柱のうち、私が攻撃した反対から必ず砲撃が飛んでくる。

テレポートでもしているのだろうか、それとも島風は二人いるのだろうか。

あるいは…

「とことん神サマとやらに嫌われてるのかもね」

どんな運だ、と苦笑し、砲を構えた。

後ろから心配そうな顔で必死に大声を上げている姉妹艦達がいる。

私が負けたら間違いなく提督に解体されるだろう

だから、皆声を枯らして、負けるなと。頑張れと。一生懸命に応援してくれている。

…でも、まぁ、もうそろそろ良いかな。

「疲れちまったな…」

崩れそうになる膝。

私は何故立っているのだろう。

もうここで降参した方が私のためなのに。

何故私はその一言を叫ぶことができないんだろう

「…もう終わり?」

島風の声がする。

あぁ、終わりだ。

もう私は疲れた。勝手にしてくれ。

彼女が砲を向け、止めの一撃を撃つ。

「島風!!!右に避けろ!!!!!」

男の大声と共に横に避ける島風。

気がつけば、私はあり得ない動きで砲撃を回避し、彼女に打ち返していた。

「…っ!やられるのも遅いのね!」

「…」

何故私は今避けたんだろう。

当たれば、当たればきっと楽になったのに。

後ろから色んな人たちの歓声が聞こえる。

それらは全て、私を案じているものだ。

あぁ、確かに、あんなに応援されて、諦める訳にはいかないだろう。

でも、それ以上に。

「これなら…っ!!」

至近距離で撒き散らされる魚雷。

全てを丁寧に回避し、打ち返した一本の魚雷に初めて島風が被弾した。

「島風!!!」

「…っ!?」

…それ以上に。

「アタシがここで消えちまったら、アンタはきっと、騙されたままだからさぁ!!」

不思議と、全身から力がみなぎる。

だから、私は負けてあげるわけにはいかないんだ

何としても、アンタの目を覚ますために。

「距離を取れ!!島風!!!!」

慌てて距離をとろうとする島風の行く先を砲撃し、水柱で退路を塞ぐ。

「っ!」

彼女は装甲が薄い。だから彼女は、必要以上に水柱を立て、その後ろに身を隠すことによって被弾率を少しでも下げていたのだろう。

二つの水柱のカラクリは分からないが、分からないなら本体が見えている間に叩けば良い。

おそらく、彼女は接近戦には馴れていない。

砲撃の腕も、回避する動きも完璧だが、遠くからチクチク撃つだけで、決め手に欠けていた。

そのくせ、一度も自分から近付くことはしない。

そして今の、魚雷を回避しなかったというよりは、できなかったという動きだ。

恐らく、遠距離から撃たれた物を回避することはできても近くから撃たれた物を回避することはできないのだろう。

だから相手に近づかれることを嫌って、水柱を立てるという戦法を取ったのだ。

…なら、嫌がることをしてやれば良い。

幸いにも私は、痛みも戦闘にも慣れている。

至近距離戦なら、軍配が上がるのは、私だ。

 

一方で、提督は苛立ちを隠しもせず膝を叩いた

「馬鹿!調子に乗りすぎだ…!!」

島風の戦い方はほぼ綱渡りに等しい。

ほんの少しのきっかけで、彼女はすぐに不利に立たされる。

だから、長波の足掻き次第では島風はいつでも逆転負けしたのだ。

だから、男は彼女の足掻きがどの程度かを最後の最後まで危惧していたのだ。

なのに、気を緩めた島風が、早々に終わらせるためにわざわざ近づいて隙をさらす。

それが提督にとって、唯一の誤算だった。

 

長波は直感で感じた。

ーこれは勝てる。

あせる島風は提督からの指示を待っており、その隙をついて更に距離を縮めることが出来た。

どんな速度だろうが、ここまで接近すればもうみすみす逃さない。

…加速して、更に距離を詰める私の背後から、

「きゅいっ!」という鳴き声がした。

ーあぁ、なるほど

先から、離れた二つの箇所で同時に水しぶきが上がったのは、まるで島風が二人いるような錯覚に陥ったのは、コイツのせいか。

「ごめんね…?これが私の戦い方だから」

…前に目をやると、此方に砲を向けている島風。

「…行けると思ったんだけどな」

背後と前の両方から、二人の砲撃が私に直撃した

 

「しまかぜのしょうりー!!!」

妖精が島風の勝利を告げる。

情けないことに、結局私は彼女を救うことができなかった。

「…アタシの負けだ。島風。」

最後に握手くらいはしてくれるだろうか。

笑いながら手を差し出すと、怪訝そうな顔で、だが、確かに手を伸ばす島風。

…次の瞬間、私の視界が真っ赤に染まる。

 

握手を求めた長波に応じる島風を見て、提督は満足そうに目を細める。

一瞬危なかったが、背後に連装砲を待機させておいて正解だった。

何にしても、これから島風と長波は良いライバルになるんじゃないだろうか。

そんなことを考えていた矢先に、長波の立っていた場所に巨大な水柱が立った。




※誤字を訂正させていただきました…っ!
報告本当に本当にありがとうございますっ!!
すっっっごく助かります…!!!


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予期せぬ乱入者

「…ぁ」

気がつけば、島風に庇われるようにして私は立っていた。

至近距離で爆発が起こる。

恐らくだが、お得意の水柱を作りその影に身を隠したのだろう。

隠れながらも冷静に砲撃をしてきた"敵"のいる方角を睨み付ける島風に、掠れる声で御礼を言った。

「あ…ありが…」

「…勘違いしないで。」

そんな声と同時に私の無線が音を出す。

「長波!!!!平気か?!」

「て、提督…?」

「無事か、良かった…」

本当に安心したかのような声が漏れてくる。

思わず、訊ねていた。

「な、なんで…アタシなんか…」

なんで、心配した様な声を出すんだろう。

なんで、安堵した様な声を出すんだろう。

だって、私は貴方にー

「あん?勘違いするな、お前も俺の艦だろーが」

そんな、優しげな声で、足に力が入らなくなる。

「て…ていと…」

「安心しろよ。俺は損失は絶対に許さない。死んでも沈めると思うな?帰ったら島風を馬鹿にしたツケ、ちゃんと払ってもらうんだからな」

笑い声と共にそんな声が聞こえる。

やがて…"敵"は意外にも簡単に姿を見せた。

「あれー?沈んでなかったっぽい?

確実に当てたと思ったんだけど~…

というか、当たってたよね?なんで~??」

無邪気な声で、首を傾げながら静かに揺れる波の上に立つのは。

「ゆ…夕立…」

「ずっと見てたけど、もう我慢の限界っぽい!

だから、さっさと沈んでほしいな~?」

 

亜麻色の髪を持つ、赤目の少女は、

その緋色の瞳をスッと細めて笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ゆ…夕立…」

そんな長波の声が無線機から洩れると、

雷が思いっきり叫んだ。

「夕立?!?!?!?!」

「ど、どうした雷…知り合いか?」

「ま、不味いわ…それがもし本当なら…」

「た、大変なのです!!!!」

三人の焦り具合を見て、非常に不味い状況だということを把握する。

「おい、なぁ、夕立って…ん?タマ?」

気がつけば、タマが俺の手のひらの上に居た。

寝転がってピクピクと痙攣しているが…

というか、前もこんな姿になってたなお前。

「タマ、お前なんで此所に…」

確か、コイツは沖で審判として笛吹いてた筈だ。

「あばばばば…全身筋肉痛でばばば…」

「いやまたかよ!!!知らねーよ!!!」

なんでまた全身筋肉痛になってんのお前?!

ていうかどうやって戻ってきたんだよ。

戻ってくるならアイツら連れてこいよ。

そうこうしているあいだにも雷達はあわあわと鍋を頭に被ったり肩を揺さぶったり…パニックになりすぎだろ、どうしたんだコイツら。

「一先ず落ち着け。夕立ってなんなんだ。

そんな名前の深海棲艦聞いたことも…」

「夕立は艦娘よ。」

加賀の声が俺の頭に響き、頭が真っ白になる。

「…それも、比較的新しく来た長波とは比べ物にならないほど…昔からこの地獄に居た古参の一人、この鎮守府の駆逐艦の中でもほぼ上位の実力を誇っている…それが駆逐艦夕立よ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「提督さんとお話がしたいっぽい!良いよね?」

島風は無言で頷くと、私の無線機を投げる。

彼女は無邪気な笑顔のまま片手でキャッチすると無線機で提督に呼び掛けた。

「あーあー、聞こえまーすかー!」

「…夕立とか言ったな。」

「はい!白露型駆逐艦四番艦、夕立よ!」

「今なんで長波を撃った?」

無線越しでも分かるピリピリとした殺気。

私は何故かその殺気で喜びと安心を感じた。

夕立はその殺気すらものともせず返事をする

「存在されてると…結構"困る"からっぽい!」

「困るだ?」

「迷惑って言い換えても良いっぽい!」

明るい声とは裏腹に、機械のような、真っ暗な瞳で、無表情のまま此方を見る夕立。

「つまりあれか、お前はそんな理由で俺の艦を沈めようとしたと…」

「さっきの戦いを見ていて、提督さんにも言っておきたいことがあるっぽい。」

提督の言葉を遮り、夕立は低い声を出した。

「あんなふざけた"手品"で勝てるんだ、なんて思われたら困るの。」

「なっ…」

島風が声を上げる。

だが、夕立は無視してそのまま続けた。

「横から見てたけど、茶番にもほどがあると思わない?くるくる回ってつまらない方法で撹乱、隙を見つけては今だ!ドーン!…まるでお遊戯みたいね!」

クスクスと、心底可笑しそうに笑い、暗い瞳で私を見つめる。

「ほんと、なんでこんな茶番で、しかも負けちゃうかなぁ…貴女のような人が一人いるだけで、駆逐艦全体のレベルが下がるっぽい。ここの駆逐艦全員がこんな雑魚だと思われたら困るっぽい」

「…っ」

その少女は心底憎々しげに駆逐艦の面汚し、と、呟いて、再び明るい声に戻した。

「だからね!夕立考えたっぽい!今から始めるのはにかいせーん!!勝利条件はどちらかが沈むまで!どう?とっっっても素敵だと思わない?」

「ふざけないでよ!!私はもう戦って弾薬も…」

「はぁ??深海棲艦に弾薬使いきりましたーって言い訳が通用すると思うっぽい?」

首を傾げる夕立と、唇を噛む島風。

すると、無線機からは意外な答えが返ってきた

「…受けてやるよ」

「提督…?」

「ハァ?!アンタ何言って…!!」

「…長波、まだ動けるか」

「あ、あぁ…そりゃ…」

「できるだけ早急に帰ってこい。島風、時間…稼げるな?」

「…うん!まっかせてー!!」

…そうか、私のせいで受けざるを得ないんだ。

きっと断れば、その瞬間狙われるのは私だから。

「…ごめんっ」

唇を噛みしめる。

「…長波。最後の追い上げ、凄かったぜ。」

「…へ?」

「下手打ちゃあのまま島風の負けだ。…中々に危なかった。焦ったぞ。」

何が言いたいのだろう。

「…だからまぁ、何て言うかな、お前は決して弱くなかった。そうだろ?島風。」

無線からの声と反して、つーんと顔を背ける島風

「…何か言うのは提督に謝ってからだもん」

「お前結構根に持つんだなぁ…っ!?」

「長波、動くのおっそーい!私は大丈夫だから、早く入渠してきて謝ってよね」

「長波、早く帰ってこい。お前だって俺の艦だ。それを馬鹿にされたら、俺は許せねぇわ。」

ギラつくような笑みと共に、二人の声が重なる。

 

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体を引きずるようにして撤退していくのを見てもなにも言わないのは、恐らく、それだけの時間があれば島風を容易に沈められるという自負の表れだろう。

「島風、弾薬は…」

「ほぼ無い。…使いすぎちゃったね」

だろうな、この戦法の弱いところは、種を見破られたら終わりという点だけではなく、弾薬や魚雷の消費量が著しい点だ。

正直、長波があと少し持ちこたえていたならば、島風の弾薬が尽き、勝負は早々についただろう。

連戦や長期戦には滅法不利なのだ。

「…島風」

「そんな不安そうな声出さないでよっ!提督!

だって島風は速いんだよ?」

「相手はこの鎮守府でも上位の実力を誇る夕立だ

…油断するな、極力被害を減らせ。長波が撤退し次第、一目散に逃げろ。」

「…逃がしてくれるかな」

島風の苦笑。

「まーだぁー?」

「…そうだな、だが、お前なら逃げきれるだろ?」

二人の声が重なり、望まぬ演習が始まる。

「さぁ!素敵なパーティーしましょ?」

「島風!思う存分駆け回ってこい!!」

 

笑い声がする。

「あんな下らない戦いで、あんなつまらない小手先で、私の、私達の、今まで積み上げてきたものに勝てると思わないで欲しいっぽい!」

「…」

「沈めてあげる!」

夕立が巨大化する。

否、巨大化したわけではない。

海を蹴り、凄まじい速度で島風に接近したのだ。

そのあまりの速度に、島風の瞳からはまるで夕立がどんどん巨大化しているように見える。

…だが、

「真っ直ぐ来るなら好機!魚雷一本距離を取れ!」

その声で、直線上に魚雷を一つだけ置き、そのまま後ろに飛び下がる。

案の定勢い余った夕立は魚雷にそのままぶつかり、巨大な水柱の中に吸い込まれた。

「…右に跳べ!!」

少しだけ反応が遅れる。

水柱を裂くようにして、中から夕立が現れ…あろうことか、噛み付いてきた。

「っ!?」

幸いにも噛み付いたのは彼女の長い髪だ。

それらがブチ、と音を立て、切られた髪が数本、ヒラヒラと海に落ちた。

「どんな顎の力してっ?!」

「狂犬が…」

「外したっぽいぃ…」

ゆらり、と此方に向き直る夕立。

「…不味いかな」

島風は足元の連装砲にも聞こえないように呟いた

 

第三次ソロモン海戦という戦いがある。

度重なるスコールに、激しく荒れる海、陣形が崩壊した日本軍を発見したのは米艦隊だった。

まさに絶体絶命の状況の中、夕立と春雨はあろうことか、七隻もの米艦隊に突撃したそうだ。

元々指揮が上手く通達されてなかった米軍艦隊はこれにより更に混乱、駆逐艦二隻の突進を避けるため、大きく陣形を崩すこととなる。

やがて混沌となった夜が支配する戦場で、比叡が指し示す光を頼りに魚雷を片っ端から発射し、主砲を震わた夕立は、軽巡・駆逐艦各1隻を撃沈させ、駆逐艦2隻を大破、重巡・軽巡を撃破するという駆逐艦の名に似合わないずば抜けた戦果を上げたそうだ。

「アッハハハ!!」

艦歴の通り、その動きはまさに疾風迅雷、幾数もの魚雷を発射しながら、狂ったように笑う夕立を前に、島風はただただ圧されていた。

「っ!」

魚雷が当たらなくとも、その主砲により外した魚雷を撃ち抜き、爆風で攻撃、その隙をついて肉弾してくる。

「島風、まだやれそうか…?」

「…」

無論、彼女も被害を受けていないわけではない。

だが、連装砲の砲撃も、島風の出す魚雷も、彼女の猛攻を止めるには至らない。

「これが夕立かよ…」

男の苦しい呟きが、やけに大きく響いた。

「…んー、もう、終わりっぽい?」

「は?」

「…」

疑問の声をあげる俺と、黙ったままの島風。

「…おい、島風?」

「…ごめん、提督」

「燃料切れ、御愁傷様っぽい~」

夕立はゆっくりと島風に標準を合わせると

何の躊躇いもなく砲撃を行った。



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予期せぬ援軍

轟音が響く。

放たれた砲弾は、彼女の手前で爆発していた

「ぇ…」

驚愕の声を上げる島風の前に立つのは、菫色の髪をポニーテールにした、扇子を持った少女。

「見てられんのぅ…そこまでじゃ。駄犬が。」

彼女はパチリと扇子を閉じると、目を細め、

目の前の少女を睨み付けた。

 

「…あら、私が出る幕もないわね」

加賀が笑う。

「何笑ってんだお前?!」

掴みかかろうとすると、彼女はスッと指を指した

「どうやら貴方、彼女に気に入られたみたい」

つられるようにして男は海を見る。

島風の前に立つ少女を見ると、

暁、雷、電は驚愕から目を見開いた。

下唇を噛みながら、憎々しげに呟く夕立。

「…初春…ッ!!」

「世話のやける犬っころじゃのぉ…。

そんなに遊んでほしいのならば、

妾が遊び相手になってろうかえ?」

「な、なんで邪魔するの!」

「"困る"のじゃよ。駆逐艦が御主の様な輩ばかりだと思われてはな。」

「…ッ!!!!」

初春の無線機から、困惑しきった男の声がする。

「お前は…」

こここ、と、その少女は笑うと、扇を口元に持って行き、妖艶な笑みを浮かべた。

「ふむ、直接話すのは初めましてじゃのぉ。

妾が初春じゃ。宜しく頼みますぞ。提督。」

 

「だが…あの夕立に勝てるのか…?」

そんな俺の心配を、加賀は笑い飛ばす。

「彼女の名前は初春。

確かに彼女は、砲撃も雷撃も夕立に劣っているわ

…でも、"ある理由"で、彼女は絶対に負けない。」

「初春さんは、この鎮守府のどんな駆逐艦にだって…戦艦にだって負けないのです!」

「…は?」

海上に目を向ける。

あんな小さな少女が、それも、駆逐艦が、戦艦にすら勝つとはとても思えない。

思えないが、夕立の焦り具合は、どう考えても異常だった。

 

「なんでその男の肩を持つっぽい。」

完全に戦闘体勢に入りながらも、夕立は訊ねる

彼女は理解できなかった。

何故目の前の少女が自分の前に立ちはだかるのか

「肩を持つ…というよりは、お主に反対しとるだけじゃがな。」

何でもないことのように言う初春に、夕立は更に苛立ちを募らせた。

「…はぁ?!」

「手品…と、申したな。どうやら妾と御主では価値観が全く合わんらしい。妾は…中々に、面白い"策"じゃと思ったがのぅ?」

「あんなの策にもなってないっぽい!!」

海面を荒々しく踏み鳴らす夕立。

「私は、私達はッ!!!今までたくさんの痛みと、死と、悲しみと、苦しみと!!…兎に角!沢山の物の中で成長してきたんだッ!!沈んでいった皆だって!!解体された皆だって!!!全部全部私たちが成長する"糧"になった!!!その私が、私達が!!あんな…っ!あんな、戦い始めたばかりの艦に!!あんなふざけた戦い方に負けるなんて沈んでいった皆への!!今までの私たちの努力への冒涜なの!!!!」

「…夕立や」

「沈む方が悪いっぽい。私達は兵器で、ここは戦場!弱ければ沈むだけ、戦えなければ淘汰されるだけ!あんな下らない手品に負ける長波も!!!あんな戦い方しか出来ない島風も!!!全部全部私が沈めてあげる!!!」

「…御主は古いんじゃよ。」

何でコイツは憐れむような瞳を向ける。

古いとは一体どういう意味だ。

私は間違っていない。私は間違っていないんだ。

「確かにそうじゃな、ここは戦場。弱き者が淘汰され、戦えぬ者など直ぐに解体されるか沈められた。それこそ、あんな"小手先"など考えもせずに、単純な実力だけが全て"じゃった"。」

されどーと、初春は言葉を紡ぐ。

「のぉ、果たして今も、そうなのかのぉ?弱い艦は沈むしかないのか?では、弱かった筈の島風が、強かった筈の長波に勝ったのは、どうしてかのぅ」

「そんなの!!長波が弱かったからに…」

叫ぶ夕立を遮るように、初春は強く言う。

「あの地獄を経験しても、建造されたての艦娘と全く変わらないのであれば、あの地獄、もたかが知れるということじゃろう?…それこそ、沈んでいった皆への冒涜じゃぞ?」

その鋭い眼光に、夕立は少しだけ怯んだ。

「…ッ!!!!」

「妾ら駆逐艦は使い捨てじゃ。だから、何度も何度も沈んでは新しい艦となった。一部を残す駆逐艦の殆どが、地獄を経験した年数が浅い艦ばかりじゃ。…分かるか?変わっていくのなら、駆逐艦からであるべきなのじゃよ」

「何を…!」

初春を纏う空気が変わる。

恐らく、"お話"はこれまでだ、という事だろう

「この鎮守府の駆逐艦代表として、これ以上の暴挙は、この鎮守府に吹いた"新しい風"を止めようなどとは、とても妾には見過ごせん。これ以上過去に固執し、自らの眼で今を確認することもせず、自分がこうであったから、等とあの地獄を他者に押し付けようとするのであれば…ここで沈め!」

「私は兵器だ!ソロモンの悪夢だ!!これ以上邪魔をするなら…私達の過去を侮辱した奴を匿うのなら…まずはお前から沈めてやる!!!」

 

夕立の放った弾丸は、初春の横を掠め、少し離れた場所に水柱を立てるだけに終わった。

「~ッ!!!!」

悔しげに歯を噛み締め、何度も何度も砲撃を行う夕立だが、それらは全て初春には当たらない。

初春は涼しそうな顔で、その場から一歩も動かず、扇子で自分を扇いでいるだけにも関わらずだ。

「…わざと外してるのか?」

呟いた提督に、加賀が言葉を足す。

「あれがうちの初春の強さよ。私達の誰もが、彼女に傷を付けることが叶わない。弾が逸れるの。」

「だから、初春さんは私達の鎮守府では最強って呼ばれているし、駆逐艦の代表者なのよ!」

はぁ?と声をあげ、提督は初春を見た。

「…何じゃ、何ぞ…恥ずかしいのぅ。」

無線から声がし、初春は提督に手を振る。

「…舐めるなぁッ!!」

噛みつく夕立。

だが、その口に砲口を突っ込み、彼女を止めると、初春は冷たい瞳で言った。

「御主が沈む前に、考えが変わることを祈っておるぞ。…先ずは一発目じゃ。」

轟音が響く。

 

「…ふむ、しかしまぁ、妾が勝手に戦っておっては意味がないかのぅ…?」

何度も砲撃や雷撃が行われる中、とても戦闘中とは思えないのんびりとした声で初春は呟いた。

「…何なんだお前は…」

無線から聞こえる困惑しきったかのような声。

初春はスッと目を細めて笑った。

「ふーむ、これは御主のように、絡繰りがあり、自分の力で起こす物ではないからのぅ…」

「そうかい…。…何で俺に手を貸した?」

今だ警戒するような声色の無線からの声。

だが、それすらも嬉しそうに、少女は笑った。

「ふむ、御主らの努力…に免じて、じゃな」

「努力…?」

「面白いものを見せてもらった礼じゃよ。」

夕立は初春と距離を詰める。

「…これならッ!!」

ここまで近付けば逸れまい。

放たれた砲弾は、油断していた初春を容易く貫く

驚いた表情を浮かべる彼女に肉弾し、

沈めるのにそう時間はかからなかった。

…などとなることもなく、ガチン、と音が鳴り、

そもそも砲撃を行うことすら叶わない。

「弾詰まり…ッ!!」

「無駄じゃと分かっておろうに…」

ため息をつく初春に掴みかかる夕立だが、そこまでは初春が許さない。

「今度は妾の番じゃろう?ほれ。二発目」

吹き飛ぶ夕立。

ボロボロになりながらも立ち上がり、憎々しげな瞳で初春を睨み付けた。

「…ッ!!」

「…意思は変わらんか。もう良い。沈め。」

彼女はゆっくりと夕立に近付き、

その頭に砲口を当てる。

「…下がれッ!!初春!!!!」

だが、その声で、反射的に初春は跳びずさった。

瞬間、夕立の立っていた場所で爆発が起こる。

 

「っ…!!…覚えて…ろ…」

ビチャリと音を立てて倒れ伏す少女。

初春は少女がまだ息をしていることを確認すると、ほう、とため息をついた。

「…自爆、か。…しかし提督よ、そんなに心配せずとも何人たりとも妾に傷をつけることなどー」

「嘘だな。今の攻撃は当たったんじゃないか?」

その声で、彼女は目を見開いた。

「…ほう?」

「原理は分からんが法則は何となく理解したつもりだ…俺の思い違いなら謝るがな。」

「どうやら御主、妾の想像以上らしいの…」

「…やはり当たってたか。怪我がなくて良かった」

さて、と初春は夕立の頭に砲を向ける。

「…何をする気だ?」

「決まっておろう。この駄犬はここで沈めておかんと後に不味いことになる。」

「…それは俺が許さない、と言ったら?」

「悪いことは言わんから沈めさせてくれんかのぅ

禍根を残せば後に問題となるのは必至じゃ。

その問題でどれ程の被害が出るか分かるか?

…後に悔いるから後悔、なのじゃよ。」

強い口調で言い、その眼は全く揺るがない。

だが、男がそれで引き下がるわけがなかった。

「…もう一度言うぞ。それは俺が許さない。」

「威勢は良いが、御主に何ができる?」

カチャリ、と音がして、初春の後頭部に砲口が向けられた。

「…こんなのはどう?」

ニヤリと笑う島風。

だが、初春は落ち着き払った様子で、

…少し、呆れるように呟いた。

「分からぬのか?妾には当たらん。」

「…」

「じゃが、分かった、分かった。」

降参するように両手を上げると、

初春は夕立に背を向ける。

「…これ以上手は出さん。じゃが、島風はそちらに送り届けるが、夕立は知らんぞ。」

「…」

黙る提督と島風。

その時、遠方から息を切らせながらセミロングの黒髪を持つ、一人の少女が駆けてきた。

「ゆ、夕立…っ!!」

倒れ伏す夕立を見て、驚愕の表情を浮かべ、心配そうに駆け寄った少女を、初春は見下すように笑う。

「…ふっ、手綱をわざと離したのは誰じゃ」

「……何のことかな?」

睨み合いが続いた後、初春は目を反らすと、島風の手を引くようにして鎮守府へと戻って行く。

「…その甘さが不幸を呼ばなければよいがの…」

ポツリと、溢すように少女は呟いた。




今回も御覧頂き本当にありがとうございますっ!!
…いや、余韻というか…あとがき書く流れじゃないよなぁという話が数話続き、漸く書けてませんでしたが…漸く少し落ち着いた感じですかねっ!
さてさて!夕立の前に立ちはだかった初春が、圧倒的な力で夕立を退けますが…もはや立ち位置が雪風のそれですね…一体彼女は何によって護られているのか…
とはいえあの鎮守府の駆逐艦最強と接触できたのは彼にとって良い方向に転ぶでしょう。
これからもどうかどうか…彼等の行く先を見守っていっていただけると幸いです…っ!!


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時雨という少女

暁、電、雷の三人は、大破した長波に連れ添い、入渠施設へと向かった。

そこから遅れてやってきた初春、島風、夕立と、彼女を運ぶもう一人の少女に歩み寄ると、タマが手の平で、痺れながら初春に言った。

「…ずいぶんようせいにすかれてたんですね」

「…どういう意味かのぉ」

タマがこんなに誰かを睨むことなんてなかった

心配になり、初春とタマを交互に見る。

「…いえ。なんでも。」

やがて、ふい、と横を向くと、ふよふよと頼りない動きで何処かへ飛んでいった妖精。

何だアイツ…。大丈夫なのか…。

彼女らに目を戻すと、島風が飛び掛かってきた。

「ていとくーっ!!!!」

「おうお疲れさん。お前も入渠してこい。」

抱き止めると、頭を撫でて入渠ドックへ促す。

暫く手に頭を擦り付けるようにスリスリとしていた島風だったが、やがて元気な返事をすると入渠ドックへ向かった。

「妾も少し疲れたのぅ…自室で休ませてもらうぞ」

此方を一瞥もせず、パチリと扇子を閉じ、艦娘寮へと向かう初春。

取り残された俺はこの気まずい空気を何とか払拭しようと、もう一人の少女に声をかけた。

「…お前はー…」

「白露型駆逐艦二番艦、時雨だよ。」

夕立を海から引き上げながら、此方を一瞥もせずにそう言う時雨。

「…そうか…。…まぁ、なんだ、夕立の事、ありがとうな。」

「提督がお礼を言う必要はないと思うよ。全部夕立の為なんだからね。」

「だとしても、お前が来てくれなかったら夕立はどうなってたか判らんからな…助かった」

島風は燃料が尽きており、初春に夕立を救う気はなかった。

あのままでは俺たちにできることなどなく、きっと夕立を助けられなかったろうから。

…だが、少女はその言葉を聞くと、若干いらだたしげに呟いた。

「…僕も夕立も、君の艦のつもりはないけどね」

「クハハ。…それでも良いさ。俺が勝手にそう考え、勝手に好きなようにやってるだけだ。」

「…ふーん。」

意識を失っているので、艤装を解除することが出来ない夕立をよいしょ、と抱え上げると、時雨は重そうに運ぶ。

「おーい、誰か手伝ってやれ!」

そんな声をかけたが、観戦者の誰もが目を反らした

「…あん?聞こえてないの…」

「やめなよ。無駄さ。夕立は正面切って君の決定に背いた。それと仲良くすると自分にも被害が及ぶかもしれないだろう?」

淡々と説明する時雨。

その表情は、機械のように平淡だった。

「…いや、俺は別にそんなつもりはないが」

「君にそんなつもりがなくても、リスクを負ってまで組むに値しなくないということだ。そういうものだよ。ここの艦娘は。あの初春と敵対した、というのも理由の一つなんだろうけどね。」

「…」

「あら、一緒にされては困るのだけれど。」

黙った俺の後ろから、加賀が歩み寄ると、ひょいと夕立を担ぎ上げ、入渠ドックへ向かう。

「…君はっ!」

「きちんと自分の眼で見て、初めて理解することもある、ということよ。時雨。」

私がそうであったようにね、と、加賀は続け、俺の方を振り返った。

「…それと、提督?勿論ついてくるわよね?」

「俺か?!執務あるんだが」

「ついてくるわよね?」

「ハイハイっと…」

頭をボリボリ掻きながら、彼女の後を追う。

時雨はそんな姿を見て、少しだけ男を睨み付けてから、加賀の後をついていった。

 

「…私はここまでね。時雨、夕立と入渠ドックへ入ってあげなさい。」

「うん。」

「…ここが入渠ドックねぇ…」

鼻をつく血の匂い。

壁にも床にも血痕が飛び散っており、ホラーゲームにでも出てきそうな感じを抱かせた。

「…島風と長波は一人でここに入ったのか?」

「当たり前よ。夕立は気絶しているから特別。」

「島風泣いてないか?!これ?!クッソ怖いが」

数秒目を閉じて、加賀はフッと笑った。

「鼻で笑いやがったこいつ!!」

「これで怖いだなんて、随分怖がりな提督ね」

「とはいうがな…なんかこう、夜とかさ、夜とかにここ通ると床から伸びた白い腕がー」

口を塞がれる。

「怖くはないわ。でもやめなさい。」

「…そうだな。」

この血痕は夕立が言っていた、"皆"の生きた証だ

それを怖がり、こんな風に言うのは間違っている

「今のは俺が間違っていた。本当に悪かった。」

「そうよ。私は只でさえこの入渠ドックを利用して、なおかつ長時間いるから深夜までいることなんてざらなのに…」

「…ん?」

なんか返答がおかしな気がしたが、まぁ良いか。

「私も自室に戻らせてもらうわ。」

俺の一言で機嫌が悪くなってしまったのだろう

背を向けてそそくさと歩き出す加賀に、俺は後ろから声をかけた。

「…なぁ、初春が"駆逐艦"最強ってことは…」

「御察しの通り、軽巡、重巡、戦艦、空母、潜水艦、様々な分野での最強が居るわ。そして、彼女達は、皆他と比べても突出した実力の持ち主よ。…そして、初春はこの鎮守府最強とは言い難い。なぜなら…彼女は"あの力"があっても、"実力"が伴っていないから。」

「…」

「簡単に言うと、他の最強格は彼女と同じだと思わないことね。彼女はまだマシな方なのよ」

それだけ言うと、背を向けたまま手をサッと振り

歩いていく加賀。

「…マジか。」

取り残された俺は一人、呟いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

ドックを出ると、廊下を何度も何度も往復する

変質sy…提督がいた。

「て、提督…?」

「…あ?長波か!!良かった。もう大丈夫か?」

駆け寄って心配そうに此方を見る男。

「だ、だから…アタシはアンタに酷いことを…」

「関係あるかよ。何度でも言ってやる。

お前は俺の艦だ。怪我をしたら心配になるだろ」

頭をワシワシと撫でながら、ニッと笑う提督。

気がつけば顔がボン、と赤くなっていた。

「…ん?どうした?やっぱりまだ体調が悪いんじゃないかお前?顔がめちゃくちゃ赤いが…」

「う、うるせぇっ!!」

パシリと手を払い、赤い顔を隠す。

「なんでこの長波サマが…」

「ぐっふ…」

変な声がしたので慌てて前を見ると、島風に飛び付かれた提督が脇腹辺りを抑えていた。

「…オイコラしまかぜェ…加減はしようぜ…」

「えへへーっ!」

全く聞く耳を持たず、スリスリと頬を擦り付ける島風を見て、彼はため息をつきつつも、そっと彼女を撫で返す。

「…」

なんか今私、凄くモヤッとしたな。

何でだろう。これまでは島風が心配でずっとモヤモヤしてたのに、今はどちらかと言えば…

「聞いてねぇのかお前…今日は…何だかんだ頑張ったから勘弁してやるが次やったr何?!」

島風の反対側からギュッと抱き締めた。

「…理由なんかないけどね」

「…。」

男は暫く怪訝そうな顔をしていたが、そっと私の頭に手を乗せると、

「頑張ったな。長波。」

そういって笑った。

 

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謎に両者睨み合いが続いた後、二人してちょっと話がある、などと何処かへ行ったアイツらを見送り、暫く待っていると夕立を連れた時雨が出てきた。

「…やっぱり待ってるよね。うん。」

「まだ目を覚まさないのか…?!」

「気にしなくて良いよ。元々だ。」

ぶっきらぼうにそれだけ言うと、

何処かへ歩いていく時雨。

「オイオイ…何処に行くんだ?」

「救護室に艤装を強制解除させる注射があったはずだからね。取りに行くんだよ。」

「そういうことなら…俺が背負う。貸せ。」

だが、必要ないよ、と言い、夕立を背負ったまま時雨はフラフラと数歩歩くと…

「くっ…」

倒れ込みそうになる。

「…ったく…大丈夫か?」

慌てて支えると、再び夕立を渡すよう促す。

今度は渋々だが、ちゃんと渡してくれた。

 

「…うん、これで大丈夫かな。」

数度頷き、ベッドに寝かせた夕立の頭をそっと撫でると、時雨は俺に向き合った。

「…じゃあ、話をしようか。」

俺が何かを言う前に、時雨は背中を向けたまま呟く

「…ここじゃ何だ。誰もいない所に行こう。

"お互い"にとって…その方が都合が良いだろう?」

そのまま後をついていき、隣の部屋に入った。

椅子に座る時雨を見て、長くなるぞ、と、

棚にあったケトルで湯を沸かし、コーヒーを入れる

「悪いね。」

彼女はふふ、と笑うとコーヒーを啜った。

 

「で?話って何だ。」

話を切り出したのは此方から。

彼女はまるで、何でもないことのように言った。

「分かっているよね?夕立の処遇についてだよ」

「…俺は何かの罰を科すつもりはない」

その言葉を聞いて、可笑しそうに笑う時雨。

「もう、良いからさ、"そういうの"。」

「…あん?」

「綺麗事はうんざりだ。希望なんてもう捨てた。

夢だの愛だの、吐き気を催すと思わないかい?」

「…お前…」

「ねぇ、君だって"そうだろう"?話は手早く済ませよう。君が皆の前で綺麗なままでいたいなら、僕は何も言わないよ。だから…早く」

焦るように捲し立てる少女。

俺が眉を潜めていると、彼女は言った。

「彼女の罪を減刑してくれるなら、僕は、僕にできることなら何でもやるよ。…"何でも"ね。」

「…時雨。」

「これが僕の交渉…いや、商談かな?

さぁ、早く始めよう。誰かが来ると困る。

あの夕立の分も殴れば良い。拷問でも何でも、

君のやりたいことをやってくれれば良いよ。」

俺はため息をつくと立ち上がり、時雨のスカートに手を伸ばす。

そして、諦めたように笑う時雨のポケットから、

黒い端末を取り出した。

 

「…へぇ」

「録音機…と、成程。賢いな。ここで俺が何かをすれば、そのままこれが鎮守府全体に、或いは大本営にばら蒔かれることになる。」

笑う俺と時雨。

「…君のように周りの目を気にする、綺麗事が大好きな提督は、時たまに来たんだ。でも皆、こうやって、それを鎮守府にばら蒔くと言うだけで、容易にコントロール出来たのになぁ。」

「…はぁ。下らん茶番だ。」

「全くだね。さて、もう録音機はない。つまり僕は対抗する手段を失ったと言うわけだ。」

両手を上げる時雨。

「…さぁ、どうする?」

「何度も言うが、罪を科すつもりはない。」

「本当にもう録音機は無いよ。警戒しなくて良い」

「無いのは知っている。」

そう言うと、時雨は眉を潜めた。

「…どういう意味かな」

「お前自覚ないんだろうが、震えてるぞ。

無理するなよ。」

「…ッ!!」

スッと背を向け、二杯目のコーヒーを入れる。

「…無理なんて」

「…もう良い。もう良いんだ。時雨。」

「何も良くないよ。僕は君の事を信用しない。」

「夕立に罪は科さない。アイツは何もしてない」

「夕立のしたことは罪だ。命令違反何て愚問だ」

「だからもう、そんなことするな。」

「だからもう、期待させないで。」

「もう休め。もう良いんだ。」

「君たちはそうやって、何度裏切るんだい?」

「…これまで頑張ったんだな。時雨。」

彼女から声が返ってこない。

振り返り、彼女の方を見ると、ポロポロと涙を溢しながら座っていた。

「…」

「…もう良いんだ。」

もう一度そういって、頭にそっと手を置く。

泣きながら抱きついてくる時雨を優しく抱き締め、泣き止むまでずっと背中をさすり続けた。




今回も御覧頂き本当にありがとうございますっ!
やさぐれた時雨です。はい。
陰で夕立のために、ひいては鎮守府のために、自分を餌にして釣り上げた馬鹿な提督を何度も利用し尽くしてきた時雨ですが、彼女自身、ずっと一人で頑張るのは辛かったのでしょう。
因みに長波と島風は仲が悪いわけではございませんよっ!?あくまでもライバルですから!!
これからも彼等がどう建て直していくのか、暖かい目で見守っていただけると幸いです…っ!


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変化

「…」

眠る夕立の隣に座る提督。

その瞳は、本当に大切なものを見る目だ。

「…提督、見惚れすぎじゃないかな?」

「そんなんじゃねーよッ!!」

ほんの少しだけ、彼女が羨ましくなった。

…あぁ、駄目だなぁ。

もう、誰にも期待しないと決めたのに。

もう、夕立だけを大切にしようと決めたのに。

「ほら、提督。こっちに座りなよ。

お茶でも入れよう。お菓子もあるよ。」

そんなのは、彼に見てもらう口実に過ぎないけど

「…ありがとな。」

笑う彼の顔を見て、頬が熱くなる自分がいた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「おい、大丈夫なのか?」

暫く寝ていた夕立だが、やがて唸り声を上げるようになった。

苦しそうに顔をしかめ、しきりに色んな名前を呟き、額には大量の汗をかいている。

「大丈夫だよ。」

「…」

「僕も夕立も古参。それは、同時に"お別れ"してきた回数も多いってことだ。僕はある程度割りきれたけど、彼女は今でも夢を見る。寝ているとこうなるんだ。いつものことさ。」

「…バーカ。いつもならなお悪いだろ」

コン、と頭に拳を当て、タオルで額の汗を拭う

「…辛いんだな。お前も。」

そっと額を撫でると、夕立の表情が心なしか柔らかくなった。

「…」

「…」

「…提督、夕立にあんまりベタベタ触らない方がいい。」

慌てて手を離す。

「何だよ、焼きもちか?」

冗談めかして言うと、笑いながら返された。

「それもあるけど、夕立は提督って存在に拒絶反応を抱いてる。意識があったら反射的に殴られるよ」

「…悪い。控えるようにする。」

だが、手を離した瞬間に、凄く唸り始める夕立

「…お、おい…大丈夫か?!」

「…珍しいな、こんなになるなんて…」

思わず夕立の手を握ると、彼女はふっ、と、幸せそうな笑みになった。

「…ごめんね提督。暫くそうしてて貰えないかな」

「こんなので良ければいつでも。」

相変わらず苦しそうな表情を浮かべる少女の手を、俺はずっと握り続けていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ッ!!」

慌てて起き上がると、私の横には提督が居た。

「ひっ…」

悲鳴を漏らし、ベッドから降りる私に、

椅子に座っていた時雨と初春は気付く。

「あ、起きたんだね。夕立。」

「寝坊助じゃのぅ…とはいえ、そこで寝とる阿呆も同じか…。」

「初春…ッ!!」

「そう構えるな。提督が起きるじゃろうが」

小声で男を指差す初春。

同時に、時雨がスタスタと男のところへ向かい、

その身体をそっとベッドへ横たえた。

「時雨?!何して…?!」

「しっ…夕立、起こさないであげて。」

「いやいやいや…」

意味がわからない。

なんでこんな奴に優しくするんだ。

「時雨には説明したがの…短く言うと、其奴は昨晩からずっと一人で執務をしていてのぅ。妾が呆れて先に寝たが…おそらく、睡眠時間は三時間もないじゃろうな。」

「って時雨!!!何してるっぽい!!!」

そのままの勢いで同じ布団に潜り込む時雨。

私はもはや言葉にならない悲鳴をあげた。

「…時雨、何をしておるんじゃ御主…。」

「良いね、これ。うん…暖かい…」

トロンとした瞳の時雨を、

初春と二人で布団から引きずり下ろす。

「何をするんだ二人とも!!」

「寧ろ何をしてるの時雨!?」

「普通は妾が先じゃろう…。」

「そう言う話じゃないっぽい!!

いやほんと!!ほんと二人共どうしたの?!」

二人の肩を掴んで揺さぶっていると、

男はゆっくりと起き上がった。

「…ぅぁ…何だ…」

「おはよう、提督。うるさくてごめんね」

「ふむ、ようやくお目覚めか、提督よ。」

「…!!」

時雨を庇うように前に立ったが、それより先に、

男は私の姿を見ると、目を見開いて言った。

「夕立か!!無事だったかお前!!!」

「黙れ…!それの何が悪いっぽい!」

「こらこら、そんな言い方ないじゃないか」

「ほんと時雨は何があったの?本物?!」

もしかして、時雨を沈めて新しい時雨を作ったんじゃないだろうか。

そんな考えが浮かぶと同時に、

私は反射的に提督に掴みかかろうとした。

「あ、今夕立が考えている様なことはないから」

襟首を掴み、ぐいっと引き寄せられる。

とても笑顔だったが、ソレには凄まじい圧があった

間違いない。これは今までの時雨だ。

と、同時に、じゃあ何故その時雨がこんなにもこの男を庇うのだろうと不思議に思う。

「やれやれ…きちんと寝ておけ。提督ともあろうものが、自己の体調管理すら出来なくてどうするのじゃ。昨晩も夜遅くまで執務をしよって」

ため息をつきながら、

扇子でビシッと男を指差す初春。

「…お前、何故それを…」

「妾はこれでも駆逐艦代表じゃからのぅ…雷達が何か企んでおるようじゃったから、着いていってたんじゃよ。全て見ておったぞ。御主の努力も、優しさも。…じゃから、あのとき御主に手を貸したのじゃ。」

「…初春」

「御主のその頑張りに、優しさに、そして、あの戦いぶりに免じて、今宣言してやる。妾、この初春は、これから御主が必要とする限り、御主に力を貸してやろう。」

そう宣言すると、初春はニヤリと笑った。

彼女は唖然とする男の頭を、背伸びしながら撫でると、とても優しげな声色で言う。

「のぅ、頑張ったの、提督。じゃが、なにか辛いことがあったら、ちゃんと妾らにも頼らんか」

「…ありがとな、初春。」

こここ、と初春は笑うと、

そのまま部屋から出ていく。

「…」

「…」

「…」

静寂が響き、これ以上この場にいられずに、

私は時雨の手を握ると部屋から飛び出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

執務室で執務をする。

目の前では相変わらず暁、雷、電の三人が

一生懸命にクレヨンで絵を描いていた。

「司令官!出来た…っ!!」

「お、良いじゃねぇか!」

暁に笑いかけていると、コンコン、

と、控えめに二度、扉がノックされる。

「…ぉぅ?」

首を傾げた島風が扉を開けると、

そこにいたのは時雨だった。

「提督…ってえっ?!雷?!」

「あら?時雨じゃない!どうしたの?」

中に居る三人を見て、時雨は目を白黒させた

「て、提督…?一体何をして…」

「あぁ、執務を手伝ってもらっているんだ」

チラッと机の上のクレヨンと絵を見る時雨。

やめるんだその目を。やめろ。

「はい司令官!」

満面の、向日葵が咲いたような笑みで、じゃがいものような…これ軍帽か?つまり俺か?マジか。君の目には俺がこう映っているのか。

「え、え…?雷…これh」

苦笑いで時雨がなにかを言おうとする。

「時雨。時雨?」

慌てて肩を掴んで引き寄せた。

「ちょっ…なっ、て、提督…?!」

「お前が言おうとしていることはわかる。わかるが…言うな!ほんと頼むから…。」

聞かれないよう、

耳元でできるだけ小さな声で頼み込む。

「ひゃぅっ?!」

「えっ何」

「あのっ…提督…!!顔が近っ…そのっ!」

真っ赤な顔で口をパクパクさせる時雨。

何を言っているのかが全く聞き取れない。

と、同時に、雷、電、島風の三人が凄まじい勢いで俺と時雨の間に割って入った。

因みに暁は一生懸命に次の絵を描いている。

…いや、雷に電に島風。なんだその顔は。

「司令官!私がいるじゃない!!」

「何がだ?」

「司令官さん、誰かと間違えてないですか?」

「あぁ…?」

「ぉぅぉぅ…ぉぅぉぅぉぅっ!!」

「何語だ?」

好き勝手言いながらギュゥとへばりついてくるので、一人一人引き剥がしながら時雨と向き合う俺

「…何て言うか…好かれてるんだね」

「好かれてるのかこれは…で、なした?用事か?

できる限りでなら力になるが。」

俺がそう尋ねると、時雨は笑ってこう言った。

「むしろ力になるのは僕の方さ。

…秘書艦だよ。執務を手伝おうと思ってね。」

 

チラと一生懸命に絵を描いている暁に目をやる。

「…?……。…いや違うよ!!!!

君は僕をなんだと思っているんだい?!」

手をわたわたと動かしながら慌てる時雨。

「時雨も手伝うのねっ!」

「あ、いや、雷。あのね?」

「水色のクレヨンがあまり残ってないのです」

「電…そうじゃなくて…」

「あ、提督の膝は私の特等席だもーん!」

「聞き捨てならないな」

いや、なんでそこに食いついたし。

しかも島風、俺はそれ初耳だぞ。

時雨に睨まれた島風は、

ニヒッと笑うと座った俺の膝によじ登った。

「…降りろ」

「やだー!!」

俺は首に手を回す島風にため息をつくと、再び書類を整理しようとしてー

「…島風。降りた方がいいんじゃないかな」

「はい」

時雨が島風の肩を軽く掴み笑うと、

島風は驚くほど素直に引き下がった。

普段からその良い子であってくれ。

そして、少し詰めて貰うよ、と、

時雨は俺の隣に椅子を持ってきて座った。

「…」

「…これでも秘書艦の経験だってある。

力にはなれると思うな。」

「…要らん。俺一人でできる。」

「また徹夜でかい?初春から聞いたよ。」

「ぐっ…」

笑う時雨に押し負ける形で、書類を三枚渡した。

「いや少ないよ!!!」

そう叫ぶと机の上の書類の束が七:三、無論彼女が七になるよう、自分の所に持っていく時雨。

だから俺は八:二、俺が八になるように奪った

「ちょっと」

「これは俺の仕事だ。」

「全く…なんで君はそう頑固なのかな…!!」

山を動かす時雨、取り返す俺。

そうやって取り合っていると、

暁が自慢げに絵を持ってくる。

「また出来たわ!司令官!!」

沢山のハートが書かれている可愛い絵だ。

「よしよし。偉いな暁は。助かるぞ。」

喉をならす暁を撫でている最中、

時雨は山を動かしてその上におもりを置いて言った

「今から書類を動かした人の負けだからね。」

「おい!!!!」

 

俺と時雨で六:四、という条約を交わす。

不本意だが仕方ない…本当に不本意だが…。

頬を膨らませながら執務をしていると、時雨が隣でクスクスと笑った。

「…んだよ。」

「君は…以外と子供っぽいんだね」

若干ムカッと来て、言い返す。

「うるせー…八対二でも譲歩してんのによ…」

「交渉は僕の方が上手だった、という訳さ」

「お前ほんと覚えてろよ…」

「執務を手伝っているのにこんなに不機嫌になる提督も珍しいよね。」

「…」

「ほら、手を動かさないと。僕が早めに終わったら君の分から取っていくからね?」

慌てて執務を再開した。

 

…やがて、机に山ほどあった書類の山が消える。

「…ふぅ、お疲れさま。提督。」

肩を動かしながらそう笑う時雨に、

一応お礼は言わねばと、ぶっきらぼうに呟いた。

「…ありがとな」

「まだへそを曲げているのかい?!」

「うるへー…」

頭をボリボリと掻く。

すると、クイクイ、と俺の服の裾を引っ張って時雨が、上目遣いで尋ねてきた。

「…僕には何もないのかい?」

「何が?!」

「…雷や暁、電に島風は撫でるじゃないか」

「いやお前…お前は別に要らないだろ?!」

「これでも執務、頑張ったのにな…?」

言葉に詰まる。

…あぁその目をやめろくそったれ。わかったから

「…お疲れさん。」

「…ふふ、ふふふ。くすぐったいんだね」

掌に擦り付けるように、ハートマークでも出てるんじゃないかと錯覚する程に幸せそうな顔をする時雨。

駄目だこいつマジで。俺の調子が狂う。

手を引こうとすると、ガシッと手を捕まれた

「…おい」

「もう少しだけ、良いじゃないか」

やがて、痺れを切らした暁、雷、電、島風の四人に止められるまで、時雨はずっとそうしていた。




今回も御覧頂き本当にありがとうございますっ!
時雨って時たま駆逐艦とは思えないほど大人びているときがありますよね…
そして、この提督は時雨の変わりように困惑すると同時に距離感を計りかねているようです。
しかし島風、雷、時雨と、グイグイこられるのにめっぽう弱いとはこのヘタレ提督め…っ!←
何はともあれ、これからも彼等のことを暖かい目で見守っていただけると幸いです…っ!!


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夕立という少女

「………。」

扉の隙間から執務室を覗き込む。

中では、時雨が提督の執務を手伝おうとしているところだった。

「……」

何であの人たち書類の山を取り合ってるんだろう

というか、雷達は何をしているんだろう。

暫く眺めていると、取り合いも決着がついたのか

物凄く渋い顔で時雨に山を分ける男。

時雨はその顔を盗み見て、幸せそうに笑うと、

書類仕事を進め始めた。

『君が提督のことを気に入らなくてもいい。

無理に好きになるなんて、きっと彼も望まないだろうからさ。でも、一度自分の目で確かめてみたらどうかな、前任と同じなのか、違うのか。

それで何も感じなかったら僕も何も言わないさ』

時雨の声が蘇る。

「人間なんて皆同じっぽい。

…夕立は騙されないんだから。」

男を睨み付けながら、一人、呟いた。

 

「なーにをしておるんじゃ御主は…」

後ろから声をかけられ、

思わず大きな声を出しそうになる。

慌てて背後を見ると、

怪訝そうな瞳で此方を見る初春が。

「…提督の監視っぽい。」

答えると、彼女はやれやれ、

といった様子でため息をつき、ついてこい、といったジェスチャーをした。

言われるがままについていくと、

やがて執務室の隣の部屋、会議室に入っていく。

「…何してるっぽい?」

「ふんぬぅ…まぁ…見ておれ…!!」

ズズズ、と本棚を動かす初春を見ていると、

その後ろから黒いガラスが現れた。

執務室が丸見えだ。

…というか時雨、執務中にチラチラ提督を見ては涎っぽいのを垂らすの辞めなさい。

「無論、此方側は向こうからは見えん。昔ここにいた妖精の特殊加工じゃ。これなら監視もしやすかろうて」

初春はそのまま会議室から去っていく。

「…ありがと。」

「クク、これで少しは変わると良いがの」

立ち止まらずに出ていく初春の背中を見送り、

再び…相変わらずブスッとした顔で執務を続けては、雷達の子守りをする男の方へ目をやった。

 

特に問題もなく執務は進む。

時おり暁が涙目になり、必死で提督が慰めていたが、本当に問題もないまま夜になった。

そろそろ御飯時だ。

渋る駆逐艦たちを部屋から半ば強引に追い出した男は、何度も廊下に誰もいないことを確認し始める。

「………」

何をする気だ?

ずっと見ていると、

…男はとんでもない行動に出た。

 

男が引き出しから出したのは大量の書類の山。

まるで無限に入っているかのように、

山単位の書類が何度も出てくる。

あっという間に綺麗になった机全てを書類が埋め尽くすと、男はふぅ、と息をつき、頬を叩いた。

「…」

時雨が手伝ったんじゃないのか。

なんだあの量の書類は。

そこで、男はポケットから"白い粉"を取り出す

「…ッ!?」

一瞬"その手の粉"かと思ったが、ラベルにはご丁寧に塩、と大きく書かれており、男はソレを指で掬い、ペロペロと舐めると満足そうな表情を浮かべた。

いや、なんだその幸せそうな顔は。

そんなに塩が好きなのか…?

まぁ、好きでやっているのなら、と思った瞬間

彼のお腹がぐーぐーと鳴る。

「…弁えろ馬鹿。アイツらに聞かれたらどうするつもりだお前は…」

はぁ、とため息をつくと執務に取りかかる男

「…。」

「……えーっと、これはこうで…」

「……。」

「…大本営は何で不要な連絡の中に極たまに大事な連絡を挟むんだよ…ッ!!!」

「………。」

「…あぁだめだ。糞眠…」

バァン!!!!

扉が勢いよく蹴り開けられる音が響く。

 

ビクッと肩を震わせた男は、私の姿をみると目を見開き、驚いたような声を上げた。

「ゆ、夕立…?!」

「それ、何。」

「…へ?」

「そ!!れ!!」

苛立ちを隠そうともせず、書類を指差す。

「…あぁ、これか。…俺へのファンレターのようなものだな。おう。人気者は辛いぜ」

「つくならもっとマシな嘘をつけっぽい。」

「来るかもだろーがッ!!!!」

即座に切り捨てる私と、叫ぶ男。

ズイと男の前へ歩み寄ると、鋭い瞳で睨み付けた

「…時雨が手伝っていたはずっぽい」

「あぁ、手伝ってくれたな。本当に助かったし…無理させたことは申し訳なく思ってる」

…そういうことを言いたいんじゃないのに。

「…で?それは何」

「………ファンレターだ。」

「じゃあ、時雨に教えてあげるっぽい」

背を向けた私の肩を、ガッと掴む男。

「…俺が悪かった…勘弁してくれ…」

「…それで良し。」

気がつけば私は、

苦い表情を浮かべる彼に笑いかけていた。

 

仕方がない。と、手を出す。

「…ん。」

「あん?」

男が怪訝そうな顔を浮かべたので、再び手を出す

「…ん!!!」

「…??」

あろうことか首を傾げながら塩を渡してきたので

窓から思いっきり外に放り投げた。

「あ゛━━━━━━ ッ!!!!!」

窓から身を乗り出す男。

私はパンパンと手を払った。

「書類!!!まだあるんでしょ!!!!」

「…はぁ?」

つくづく察しの悪い提督だ。

いや、これはわざとなんじゃないか?!

「手伝うって言ってるの!!!」

「言ってなかっただろうが…ッ!」

「早く貸すっぽい!!」

「いや自分でできる!!そんなことより俺の塩は何故投げられたんだよ…ッ!!!」

「そんなの知らないっぽい!!」

もう良い、と、書類の山を勝手に取ろうとしたが、ブロックされる。

「いや良いから!!落ち着け夕立!!!」

「手伝うっていってるっぽい!!離せ!!」

「いやほんと!!ほんとに良いから!!!」

「なんでそんなに強情なの?!」

怒鳴ると、私を引っ張っていた力が緩んだ。

「…だから、自分で出来るからだよ」

「それでも私たちが手伝った方が早いっぽい」

前任にはたくさんの種類の人間がいた。

中には執務を全部やらせてた提督もいるくらいだ

こうまでして執務をやりたがる提督なんていない

「…良いんだよ。」

「…?」

「お前らの今までを考えてみろ。

これでもまだまだお釣りが来るくらいだろ。

散々辛い思いをしたんだ。何でそんなやつに執務を、嫌いなやつと密室で二人きりとかいう拷問をつけてまでやらせないといけないんだ。」

彼は少しだけ遠い目をした。

「辛かったんだろう。苦しかったんだろう。

でも、俺はお前らのソレを理解してやれねぇ。

話を聞こうが、どれだけ理解しようが、

所詮想像は想像でしかないからだ。

…だが、これだけは言える。もう良い。

今は、今だけは、お前らは俺に任せてろ。

言ってみりゃ、今は休養期間だ。

執務なんかする暇があるならゆっくり休め。」

そっと私に手を伸ばす男。

思わず身体が強張る。

すると男は、そのまま手を引き、少しだけ、

寂しそうな笑みで笑った。

「…ほら、飯でも行ってこい。間宮の料理は上手いだろ?冷めないうちに、な。」

だから、私はー

 

「ゴッフ…」

男の腹部に思いっきりパンチを決め込んだ。

「痛ぇぇ…っ!?」

うずくまる男に、吐き捨てる。

「…余計なお世話っぽい。私達は提督さんが思うほど弱くなんてないっぽい。…私達が、平気って言ったら、平気なの。…それで倒れられる方が、困るんだから」

最後の方だけは聞こえないように呟く。

相変わらずお腹を押さえているので、若干申し訳なく思いながらも、笑いながら言った。

「ほら、早く貸して。…駆逐艦夕立、出撃よ!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…」

「…ごめんなさいっぽい」

「…助かったよ」

「その苦笑いをやめるっぽい!!!ぽい!!!」

ポカポカと俺を叩いてくる夕立。

眼下には清々しいほどに訂正まみれの書類達が

今か今かと訂正を待ち構えている。

はじめは夕立の、時雨を容易に凌ぐ執務のスピードに恐れおののいたが、一枚をチェックしてみると、間違いが出てくるわ出てくるわ。

結局俺が全て確認することになり…これ、半端に埋められてる分ミスを探すのが辛いな。まぁ、結局二度手間となったのである。

「うぅ…。」

分かりやすく肩を落とす夕立。

きっと彼女なりに頑張ってくれたのだろう。

…だから、腰を落とし、目を合わせて言った。

「夕立。焦らなくていい。ゆっくりでいい。だから、あと一枚だけ…頼めるか?」

そう訊ねると、夕立は一瞬パァっと目を輝かせたあと、フイ、と横を向いてさも不満そうに呟く。

「…仕方がない提督さんっぽい。」

「…そうか」

「笑うなっぽい!」

 

…心配も不要だったようで、落ち着いてみれば、

充分にきれいな書類を作り上げると、それを掲げながら自慢げに持ってくる夕立。

…何だかんだこいつも駆逐艦なんだよなぁ

「…うん。完璧だな。やりゃぁできるじゃん」

手を伸ばし、震えた夕立を見て引っ込める。

「…悪ぃ。」

「…別に。」

…俺たちの間にはまだ、見えない壁がある。

だから、彼女がいつか、慣れるまで。

俺はその日まで、ずっと待ち続けよう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

食事を終え、執務室に戻ると、

…時雨が差し入れたのだろうか?

携帯食料を頬張っていた。

「…夕立か」

「手伝いにきたっぽい。」

嫌そうな顔をする男の隣に座り、書類を整理する

…彼は私が思っているより優秀なようで。

あれほどあった書類はかなり少なくなっていた

「…あと、ご飯もちゃんと食べろっぽい」

「へいへーい…」

軽く返事をする男を睨み付け、執務再開。

時雨は知らないだろう彼の秘密を知っていて

彼女が手伝えなかった仕事を手伝っている。

その事に何故か、ほんの少し優越感を感じた。

「…」

「?何ニヤニヤしてるんだ?」

「うるさい黙って仕事をするっぽい!!」

 

「…」

「…」

ひたすらに筆を走らせる音が響く。

「…」

「…」

気がつけば、男がうつらうつらと、頭を前後に揺らしていた。

「…」

「…ねぇ。」

「…ぁ?」

「…はぁ。」

「…悪い。寝かけてたか」

再び筆を走らせるが、

数分と立たずに男は再びうつらうつらし始める

「……。」

「…はぁぁぁぁ!!!」

私は大きなため息をつくと、完全に寝てしまった男を背負い、彼の自室へと向かっていた。

 

「…ぐぅ」

「うざいっぽい」

そもそも、そんなに眠いのならば無理に執務をせずに私達に押し付ければ良いのに。

運ぶ側の苦労も考えてほしい。

あぁうざい。首元にかかる息が本当にうざい。

…そんなことを考えていると、声が聞こえた。

『…なんで運んでるの?』

「…」

他でもない、私の声だ。

『貴女も覚えているでしょ?今までの前任を。

沢山酷い言葉をかけられて、沢山酷い事をされて

ねぇ、人間なんて、提督なんて皆同じだよ。

覚えてないの?今まで沈んでいった人達のー』

手に力が入らなくなる。

男は私の背中からゆっくりとずり落ちていき…

「…なら、 これで良いっぽい。」

手を引っ張って、ズルズルと引きずった。

「う゛…」

呻き声を上げているが、知ったこっちゃない。

「…貴方にはこれがお似合いっぽい」

『…今までの!』

「…それは"今まで"の提督っぽい。」

聞こえない、もう一つの声に向かって言う

「…だから、夕立も、"今は"何もしないっぽい」

それでもし、彼も前任と同じなのなら…

その時は、私がー。

 

ベッドに男を放り投げ、ため息をつく。

ここまでしても起きないんだから相当疲れていたんだろう。

というか、駆逐艦が掃除している艦娘寮よりも汚い部屋だ。沢山の荷物と、玩具、ガラクタに囲まれた、暗い部屋。

「…埃っぽくないのかしら」

呟いて、執務室に戻ろうとする。

「…」

「…」

ドアノブに手をかけ、ゆっくりと振り向いた。

『そういえばさ、夕立、今日はよく眠れたんじゃないかな?……だよね。うん。いや?僕はなにもしてないけど。提督が君の手を握っている間は、君は随分ぐっすりだったよ。』

こっそり時雨が教えてくれた私が今日、不思議と寝付けた理由を思い出す。

「………。」

いや、まさか。そんな。

『良いね、これ。うん…暖かい…』

「……………。」

そ、そういえば、時雨は、あのとき、随分…気持ち良さそうだったな…

唾をのみ込む。

「そ、そんなに良いもの…っぽい?」

提督なんて大嫌いで、添い寝なんて真っ平だ。

だが、自分もかなり眠いのも事実。

そして、出来れば…あの"夢"は、見たくない。

…男は寝ている。

「………試す、だけ。試すだけだから…」

だから、その布団に、そっと身体を滑り込ませた

 

「…んぁー…」

「……。(……。)」

「…ぐぅ…」

「……。(寝れないッ!!!!)」

時雨は何であんなに自然体でいられたの?!

彼の僅かな吐息で身体が跳ね、

拒絶するように硬直しっぱなしだ。

熱くなる顔、額から溢れる汗。

今更、ベッドから出るにも身体が固まってしまい

中々起き上がることができなかった。

「(やるんじゃなかったーッ!!)」

心の底から後悔する。

こんなんじゃ寝れないじゃないか!

寝れるわけ無いじゃないか!!

最近は唸り声と寝相の悪さから、時雨とは離れて寝ていたけど…あの子の隣の方がよっぽど良い!

そもそも、何で私がこんなことをしないといけないんだ!!!

なんて考えているうちに、

男がゆっくりと身体を起こす。

「んぁ…ん?は?」

あぁ、その時に離れれば良いのに。

私は反射的に目を閉じ、狸寝入りをした。

「え?何処…俺の…部屋、か。」

次の瞬間、ドスン、という音が聞こえる。

恐らくベッドから落ちたのだろう。

「…夕立?!は?何が?!どう?!はぁ?!」

あぁうるさいうるさい!気の迷いだ!

「ちょっ…な、これ、コイツ大丈夫か…?!

ど、しよ、しぐ、時雨か…?!

只でさえ提督嫌がってんのにこんな…!」

…男の口から出たのは、私を心配する声

「…自分の意思っぽい。心配するなっぽい」

そんな小さな声が、パニックを起こしている彼に聞こえるはずもなく。

薄目を開けると男は何度も部屋をうろうろしながら狼狽えていた。

あまりの狼狽ぶりに、思わず笑ってしまう。

「…いや、待て、そうなると誰が俺を運んだんだってなるよな…?」

暫く考え込んだあと、男は呟いた。

「…夕立、か…?」

男の手がそっと私の方に伸ばされる。

思わず身体が震えてしまったが、

男は前髪の先に触れただけで、

慌てたように手を引っ込めた。

「…駄目だな…何で俺はつい撫でる癖が…」

本当にその通りだ。

直ぐに撫でようとしてくるんだから。

…不思議と軽くさわられただけの筈の髪がムズムズと痒くなってくる。

「…俺を運んだまでは良いが、眠くなってそのまま、ということ…か…?」

近くにあった鞄からメモを取りだし、スラスラと何かを書くと、机の上で何やらごそごそする男。

暫くすると、パン、と頬を叩き、俺がしっかりしねぇとな、と呟いて、部屋から出ていった。

足音が離れていくのを確認して、

ベッドから身を起こす。

「…」

何故か無性に痒くなった前髪を触りながら、

目をやると、机の上にはドーナツとメモが。

「………。」

無駄に達筆で、それでいて丁寧な字だ。

部屋に運んでくれた御礼から始まり、本来は妖精用だが、ドーナツを用意したからよければ食べてほしい、何度も迷惑をかけてすまない、執務を任せてすまない、お前が言っていたように、沈んでいったお前達の仲間を愚弄するつもりはなく、あのような小手先で勝てるとも思ってないが、勘違いをさせてすまない。など、ひたすら謝り倒す文面をみて、頭が痛くなる。

「…別に私は…」

やがて、最後の文面を見て、

頭が真っ白になった。

 

もう俺からは極力関わらないから安心してくれ

今日は本当にすまなかった。

 

「………」

さっきから、前髪にのこる微妙な熱が煩わしい

「う゛…」

手紙をくしゃりと握り締めて、部屋を出た。

「う゛ぁ゛ぁ゛…」

…無性にイライラする。何なんだアイツは。

心の中のイライラをうまく言葉に出来ず、

なんとも言えない声を出しながら廊下を走る私

男はさほど部屋から離れておらず、

響く足音を聞き振り返り…驚きで目を見開いた

「ちょっ夕立…」

「ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

「待て待て一度止まらないとぶつかrオッフ…」

吹き飛ぶ提督と私。

「いっつ…夕立?!大丈夫か?!」

私が床に押し倒すような形になり、

男は恐らく背中と後頭部を打っている。

…にもかかわらず私の心配をするのだから、

本当に…本当に、どうしようもない提督だ。

こんなに提督という存在と近付いたのは久しぶりで、嫌悪感と恐怖感から身体は震え、硬直する

私たちの間にはまだ、不可視の厚い壁がある。

…でも。

「まず一つ!!!!!あそこまでいって寸止めとか本当にあり得ないっぽい!!!!!!!」

…でも。

私は、もう一度。もう一度だけなら、

その壁の向こう側に、

…貴方の側に、歩み寄ってみたいとも思う。




今回も御覧頂き本当に本当にありがとうございます…っ!!
はい!夕立ちゃんです!!
ここの夕立ちゃんはデレデレぽいぽいじゃなく、ちょっとツンツンが入ったぽいぽいですね!
早くぽーい!と叫びながら鎮守府を駆け回ってほしいものです!
…そしてやっぱり一話毎の文字数が凄く変わり始めてしまう…
どうしたものでしょうかこれ…やっぱりちゃんとある程度同じ文字数でやってる人って凄いですよね…
これからもどうかどうか!彼等の行く末を見守っていただけると嬉しいですっ!!


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不死鳥との会遇

ドドドドド、と凄まじい足音が響いたかと思えば、夕立が懐へ飛び込んでくる。

「オッフ…」

鳩尾に入ったなぁ…と思いながら、俺は後頭部から床に激突した。

「まず一つ!!!!!あそこまでいって寸止めとか本当にあり得ないっぽい!!!!!!!」

夕立は、唖然とする俺の手を掴むと、意を決したように自分の頭の上に乗せた。

「ほら!出来るもん!!…大丈夫なんだからっ」

「…無理するなよ…震えてるぞ…」

心配になりそう言うと、再びガッと懐に飛び込まれた。

「オッフ…」

「ほら!抱きつくこともできるっぽい!」

「それはタックルだな。おう。タックルだな…」

物凄く苦しそうに唸りながら無理やり顔をすり付けてくる夕立の頭をポンと叩き、なるだけ優しく言い聞かせた。

「…今はそんなに無理しないでいい。」

「う゛か゛ぁ゛ぁ゛!!!」

なになになに。怖い怖い。

スタッと立ち上がると、今だ困惑している俺を半ば無理やり立ち上がらせ、睨み付けた

「大丈夫って言ったっぽい!!!!」

「いやだがなぁ…」

「うるさいうるさいっ!大丈夫だもん!!」

どう見ても無理をしているようにしか思えない

「…はぁ。」

だが、目を閉じてプルプル震えながら、完全に待ちの姿勢になっている夕立にそんなこと言えるはずもなく、ため息をつくとそっと手を伸ばした。

ゆっくりとその手が彼女の髪へと伸び、やがて、その少し艶のあるさらさらの前髪へとその指先が触れー…

「…ふぁっ」

速攻で手を離す。

「ちょっ…!なんで手を離すっぽい!」

「うるせぇ!!変な声出すな!!!」

しばらく怒鳴り合い、みつめあうと、笑った。

「痒いところに手が届いただけっぽい」

「お前俺を孫の手かなんかだと…?!」

もういい、知らんぞ、と、わしわしと髪を撫でると、彼女の柔らかな髪はボサボサになる。

「…ふふ」

「これで満足か」

「…うん。もう充分満足っぽい!!!

ね、大丈夫だっていったでしょ?」

立ち上がり、振り返ると笑う夕立。

足が震えていることを言うのは野暮だろう。

俺は廊下に尻をつくと、呆れたように笑った

「…そうだな。その通りだよ。」

 

そのまま廊下を歩いていると、暁、雷、電、そして白銀の…不思議と大人びた少女と出会う。

「お、いつもの。ちゃんと飯は食ったか?」

「と、当然よ!」

「お腹いっぱいなのです」

「司令官こそちゃんと食べたの?塩じゃダメよ」

「…やぁ司令官。会うのは二度目だね。」

二度目、という言葉に一瞬耳を疑った。

「…いや、よく考えれば…」

暁の絵には、三人に加え、白いクレヨンを存分に使ったもう一人の少女が常に描かれていた。

それだけじゃない、確か…島風が暴れた際に、彼女を取り押さえていたのは雷と…

「…改めて自己紹介でもしようか。響だよ。

その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ。

いつも私の姉妹がお世話になっているようだね」

雰囲気は時雨に似ている。

他の三人とは違い、落ち着いた…悪く言えば、何を考えているかよく分からない少女だった。

「…世話なんてしてるつもりはないぞ。

コイツらにはずっと執務を手伝ってもらってる」

「暁が部屋に持ってきた物を見れば分かるさ」

呆れたように肩を竦めて見せる響。

「…お前…何というか…」

間違いなくこの四人のなかで一番最初にサンタの正体に気付くタイプだな。

もっとこう…コイツらの姉妹なら、ぽわぽわした奴をイメージしていたが…。

「こんな姉妹だからね、私だけでもしっかりしないとダメなのさ。特に"こんな所"では、ね」

まるで俺の心を見透かしたように呟く響は、

雷と暁にやんやんと文句を言われ、

やれやれ、といった様子で二人を宥めていた

…マジでお姉ちゃんだな。

感心しながら彼女らを眺めていると、響はてくてくと此方へ歩み寄り、そっと、手を差し出す

「…?」

受けとると、そこにはクッキーがあった。

「有り合わせの物で作ってみたんだ。日持ちしないから、明日には食べられないだろうけど。今日中に、夜食としてでも食べてもらえると嬉しい。いつも姉妹がお世話になっているお礼のようなものだよ。」

笑顔でそう言った響は、再び、いつの間に作ったのかと…今度は電にも責められている…大変だな、子守りってのは…

「…ありがとよ。」

ポケットに入れ、彼女たちに背を向けた。

ひとまず執務に戻らなければ。

 

ご飯の時間も過ぎ、食堂にはあまり人が居なくなっていた。好都合だ。

こっそり厨房に忍び込み、塩を一瓶拝借する。

「…はぁぁ…。」

ため息をついて後ろを見ると、満面の笑みを浮かべる島風の姿があった。

「うっわっびっくりした…島風…何を」

「とぅっ!!!」

素早い動きで俺の手から瓶を奪い取ると、窓から投げ捨てる島風。

「あ゛━━━━━━ ッ!!!!!」

叫ぶ俺の目の前で、パンパンと手を払うと、ニヒッと笑みを浮かべた。

「おっそーい!」

「島風テメェこの野郎…」

震える声で睨み付ける。

「おーい、しまかぜー?何して…って、提督!」

彼女の背後から、長波が顔を覗かせた。

…やはりなんだかんだ相性は良いらしく、

仲は良さげで安心だ。

「長波ぃ…」

「なんでそんなトコに座り込んでんだ?おーい」

しゃがみこんで顔を覗き込む長波。

「うるへぇ…でも、仲よさげで良かった」

俺の言葉で、長波は笑顔を浮かべる。

島風はそんな俺を左右から交互に覗き込み、構って構って、と、服を引っ張った。

仕方がないので撫でて大人しくさせる。

すると、不思議なことに長波が物欲しげな瞳でこちらを見て、呟いた。

「ア、アタシは撫でないのによ…」

…時雨も夕立も、そしてこの長波も。

なんだかんだ駆逐艦で、撫でられる、という行為はそれなりにお気に入りなのだろう。

ふっ、と短く笑うと、長波の頭に手を置いた

「あっ…へへ…んー…」

満足そうに笑い、目を閉じる長波。

と、島風が腹に飛び込み、その頭が見事に鳩尾にクリーンヒットした。

「ゴファ…」

倒れ伏しながら、凄い勢いでスリスリとしてくる島風を撫でる。

ん?おい、長波?なんだその覚悟を決めた顔は

「アタシだってできるんだからな…!」

「おいまておまえまさゴッフ…」

あぁ、俺の身体はこの鎮守府を建て直すまで持つだろうか…。




今回も御覧頂き本当に本当にありがとうございますっ!!
はい、短いよと、なんか短すぎないか今回と。
そうなんです、凄く短いんですよ…!
というのもですね、これから少し短めに、投稿頻度も少しだけ落としてみようかと思いまして…!
と、いうのも、沢山書いてクオリティが低いだけだと、読んでて疲れさせてしまうだけじゃないかと思ったわけでございまして…!
これからは、多少短く!(おそらくまた一部分は異様に長くなるんでしょうが)、出来るだけちゃんとした文で!(とはいえ作者は圧倒的スキル不足なので本当にちゃんとしたのができるかは別として…)
兎に角沢山の文を連日投稿しちゃえ!というスタイルはあまりにもあまりなので変更させていただこうと思います…!!
響との会話、
そして多少風通しがよくなった鎮守府
これから彼がどう建て直していくのか、
是非是非、これからも御覧いただけると幸いです…っ!!


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笑顔

「…おい」

医務室のベッドに寝転がったまま…

否、くくりつけられたまま俺は声を上げた。

「なんですかー?」

俺の周りを取り巻くのは様々な妖精。

執務室に戻るなり、とらえろー!という叫び声と共に全員が飛びかかってきて、あっという間に俺は拉致、そのままくくりつけられてしまった。

「…お前らの分のドーナツを夕立にやったのは謝る…だが、俺は執務をしなきゃならんから…」

「ちがいます!!!」

声を揃えて叫ぶ妖精たち。

「…だったら…」

だったらなんだというんだこの暴挙は。

妖精は凄く気分屋と言われているが…あれか。今日は提督を縛りたいデーだったのか

「ていとくさんははたらきすぎです!!」

「そーだそーだ!!」

「てやんでい!!」

「やんややんや!!!」

タマの言葉に全員が賛同のヤジを飛ばす

というかヤジの飛ばし方間違ってないか

「われわれようせいどうめいはていとくをむりやりにでもやすませることにしました!!」

「うごけるとおもうなよー!!!」

「どやぁーっ!!!!」

「そうは言うがなお前ら?!俺が執務しないとこの鎮守府は回らなくなってだな」

「あなたがやっているのはいままでぜんにんたちがためにためたしごと!!やらなくてももんだいはないです!!!」

「…」

意外と物知りだなコイツら。

ただの食い意地張ったポンコツだと思ってたぞ…

そう、実はあの溜まりに溜まっている書類は前任の糞共が残した書類で、俺が代わりにやってやる義理はない。

…だが

「アイツらの残した仕事なんざこんな所に置いときたくねーよ…。」

俺は最終的に、前任が居た"証"を一つ残らず消し去りたいと思っている。

そもそも終えてない仕事があるなど、将来的に…上に攻撃される格好の的だ。

嫌な思い出と、弱味は消してしまうに限る。

…だが、

「だめでーす」

コイツらが納得してくれるはずもなかった。

「このお団子共ォ…!!!」

「きゃー!!」

「くどくのはまだはやいですよぉ…」

「うぇへへへ~」

なんでコイツら喜んでるんだ。

「みんなくいしんぼうです。おだんごはおいしい、すてきなもの。つまり、ほめことばです」

何故か少しふくれっつらで此方を見るタマ

成程。お前はさっさと胸から降りろ。

「…お前だろ。このお団子共を煽動したの」

「ごめいとう!!!」

キュピーンとポーズを取るタマとの会話は諦め、

他の妖精に声をかけた。

「…なぁ、お前ら、お腹すいてないか?」

全員がザッと此方を振り向く。

そう、妖精の気分は変わりやすい。

「あーあ。やろうと思った"とっておき"があるんだがなぁーこの手じゃなぁー…」

わざと聞こえるように大きく呟く。

「はずせはずせはずせー!!!」

「こんなひどいことみとめられません!!」

「わたしたちはやさしいからー」

…この野郎。

一瞬で俺を縛っていたロープをほどくと、早く早くとせがむ妖精たち。

俺は早速スーツケースから乾パンを取り出した。

「ほら、とっておきだ。」

え、なにその顔。

なにその滅茶苦茶悲しそうな顔。

「…どうした?カンパンだぞ?」

「だめだこのひと」

「きたいしてそんです」

「いみがわからんですー」

各自ふよふよと解散していく。

え、なんでだよ。美味しいだろカンパン。

カンパンだぞ。何でだよ。最高だろ。

「っておいコラソコォ!!!それは響がくれたクッキーでお前らにはやらん!!!!」

いそいそとクッキーの入った袋をぶら下げ飛んでいく妖精が、ギクリ、と振り向き、逃げる。

「…ばれたーっ!!!」

慌てて追いかけようとしたが、

とんでもない速度で飛び去っていった。

あの妖精…顔は覚えたからな…!!

拳を握りしめていると、

ツンツンとタマが頬をつついてくる。

「…なんだ。」

「むりはよくないですからね」

「…お互い、な」

心配そうに此方を見るタマに笑いかけると、

驚いたような目をされた。

「な、なにを」

「…昼の演習、考えてみたが…長波は下手したら、

夕立の砲撃で、沈んでたんじゃないか?」

返事はない。無言はきっと、肯定だ。

「大破で、アイツの砲撃を食らって耐えるとは思えねぇ。そうならなかったのは…お前のお陰だろ?だからあのとき、痺れてたんだな」

「…さて、わたしは"めがみさま"でないので。わかりませんねぇ」

「…ありがとな。タマ。」

拳をつき出す。

彼女は暫くキョトンとした目でその拳を見ていたが、やがて、柔らかく笑うと、その小さな拳をつき合わせた。

 

「…」

「や、やぁ、提督、奇遇だね。」

「奇遇か?これは奇遇なのか?」

執務室に行く際に、何やら俺の部屋からゴソゴソ物音がしたので入ってみると、何故か俺の布団の中に時雨がいた。

「…え、何そんな当然のように布団被ってんの」

「いや、勘違いしないでほしい。僕は無実だよ」

「何を言ってんだお前」

布団を剥ぐと、もう一人。

…スヤスヤと寝息を立てる夕立が出てきた。

「…」

「いや、ね、ほら、夕立がいつもうなされているのは知っているだろう?それでね、君が手を握っていたときは平気だったじゃないか」

やけに饒舌に、早口に捲し立てる時雨。

「で、その、君の部屋で待っていたんだけど中々帰ってこないから、夕立がこの際もう提督の布団に入って待とうなんてとか言い始めてそんなの羨まs…僕としては見過ごせなかったからね。うん。僕が入ることで夕立を押し出そうとしてたのさ。お礼は要らないよ。」

「…」

「…ほんとだよ?ほんとにあの、ほんとだよ」

「…」

「…」

「…」

「…ごめんなさい」

「よし」

シュン、とアホ毛のような何かを垂らしながら謝る時雨の頭を撫でると、布団を剥がれた事に気づいたのだろう、夕立が唸り始める。

仕方なく布団をかけ直すと、ぎゅぅと抱き締めながらえへへーと笑っていた。

「…何でだよ」

「僕も知りたいよ…」

何で俺が安眠の鍵になってるんだろうか。

「ともあれ…起こすのも悪いな…今日だけだぞ」

「!!」

パァァ、と顔を輝かせた時雨は、何故か頬を赤らめ、おずおずと布団を持ち上げる。

「じゃあ…ど、どうぞ…」

「…?」

「まさか床で寝るなんて言わないだろう?ちょっと狭いけど…詰めれば平気さ。」

「あー、悪い、俺はちょっとやることがあってな。今はそっちにいけないから先に寝てろ。」

「…そうなのかい?」

「あぁ。結構時間がかかるからな…」

そそくさと部屋を出る。

流石に仕事を切り上げる頃には寝ているだろう

アイツだって駆逐艦だ。

今日は医務室で寝るかね、と、ため息をついた

 

「…む」

目を覚ますと、机の上だった。

どうやら、執務中に、ほんと少しだけ寝てしまっていたようだ。

「…やっべ…書類に涎とか垂れてねーよな…」

慌てて書類を確認すると同時に、すぐ近くで白髪の…響が、驚いたような、信じられないものをみたような、恐ろしいものを見るような目で此方を見る。

「…響か」

「やぁ、司令官。」

笑みを浮かべながら挨拶をするその姿は平然そのものだ。

…だが、俺は響に目線を向け、距離を取ると、鋭い目で睨み付けながら言った。

「…なぁ、今、後ろに隠したものはなんだ?」

「…何の事かな」

小首を傾げて見せる少女。

「言葉にした方がいいか。何でお前、"ナイフを持っている"?」

数秒の空白の後、その少女はスッと笑って、

その刃物を正面に持ってくる。

「どうやら私のクッキーは食べてもらえなかったようだね。…残念だよ。」

あまり表情を出さない、無表情な瞳を、悲しげに歪ませ、少女は呟いた。



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背負うということ

「………。」

身構え、包丁を持った小さな少女と対峙する男

少女は、スッと目を細めたまま、

刃先を男に向けていた。

「素直に食べてくれるとは思っていなかったさ

…出来ればあまり苦しませたくない。

だから、抵抗しないでもらいたいな。」

「生憎とそういう訳にもいかないんでな」

男は苦笑し、ジリジリと後ずさる。

互いの距離は変わらず、

やがて男の背が壁に当たった。

「…怪我をさせたくなかったんだが…」

呆れたような、覚悟を決めたような呟きに、

響は眉を潜める。

「恐怖でおかしくなったのかい?

どう考えても怪我をするのは…」

「此所が"海"ならお前の勝ちだよ。

だが、生憎とお前は艤装も展開しておらず、

此所は"陸"…俺のテリトリーなんだな。」

そっと、腰に下げた軍刀に手をかける。

「もう一度だけ聞くぞ。怪我したくねーなら、その危なっかしいもんを仕舞え。お前にゃ似合わん」

睨み合う両者。

ビリビリとした緊張感が場を支配する。

…先に動いたのは男だった。

「…なんてな。」

軍刀を放り投げ、ドカッと座り込む。

「…」

「お前も俺の艦だ。…出来ねーよなぁ…。」

あーあ、と、上を見上げ、ため息をつく男。

響は相変わらず、刃を向けたままだ。

「…で、刃を下ろすつもりは無いんだな。」

「私はもう後には引けないんだ。」

「いや、それは違うな。今ならまだ間に合う」

笑う提督を睨み付ける少女。

「戯れ言は聞き飽きたよ。

…言いたいことはそれだけかい?」

「…戻れなくなるぞ」

その声には、不思議と重みがあった。

まるで一時停止ボタンでも押されたかのように固まる響に、男は優しく語りかける。

「お前は何も分かってねぇ。

何かを"奪う""殺す"覚悟と、重みを分かってない」

「そんなもの、君達人間が無理矢理立たせた戦場で幾らでも理解させられて…」

遮るように。

まるで彼は、彼女よりも何処か別の、何かを見ているような目で、独り言のように語りかける。

「自分の手で殺しちまったらな、

"背負わなきゃ"いけなくなるんだよ。

ソイツが歩く筈だった道も、生き方も、未来も

全部背負って、歩いていかなくちゃいけない」

「………」

少女と向き合う男。

それは、自分を殺そうとしている相手に向ける目ではない、とても、とても優しく、心配そうな瞳。

「なぁ、お前が今何を背負ってるのかは

知らねーが、今ですら押し潰されそうなお前に、

これ以上何かを背負うことができるのか?」

彼女の心を表すかのように、切っ先が揺れた。

「殺して生きるってのはな、辛いぞ。重いぞ。

一度殺しちまったら、もう取り返せなくなる。

どれだけ後悔しても、懺悔しても、

ふとした瞬間に相手の顔が浮かぶんだ。

許さない…って具合の、恨み言と共にな」

「ま、るで…」

少女は、恐る恐る、呟く。

「まるで…君が…誰かを、"殺したことがある"みたいじゃないか…?」

男は、スッとその瞳を細め、笑った。

「さて?どう思う?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

私の脳内に、何度も聞いた姉妹の言葉が浮かぶ。

「私に任せて…最期くらい、頼って良いのよ!」

「…お姉ちゃんにだって、出来るんだから!!」

「響ちゃん、次に生まれてくる時は、幸せにー」

嫌だ。嫌だよ。折角、また会えたのに。

また、私は、置いていかれるのだろうか。

伸ばした手は空を切り、

いつも大切な人は目の前で沈んでしまう。

何度だって入れ替わるように新しい姉妹が来て、

何度だって同じ様に、誰かを庇って沈んでいく。

実際私だって、何度も沈んでいるのだろう。

でも、優先して残されたのは、護られたのは。

ー何時だって、私だった。

 

ギリッと歯を噛み締める。

「━━私はッ!!!!」

その大声で、男が驚いたように此方を見た。

「そんな戯れ言に耳は貸さない…!!

私は姉妹を守るんだ。"今度"は私がッ!!」

緊張と、恐怖で視界が霞む。

それでも、震える手でしっかりと切っ先を向けた

「…響」

「…君がなんと言おうと、私は姉妹を守るよ

その為なら、どんな重いものだって、

どんな辛いことだって喜んで背負えるんだ」

震える私の姿が滑稽だったのか、男は笑う。

「…響。」

「うるさいッ!!それ以上、

言葉なんて聞きたくない…!!

思わせぶりな言葉で、勝手に想像させて煙に巻く

君のやり口は分かっているんだ…!!」

「響!!!」

その大声で、肩が震える。

「…お前は、何を背負ってんだ。」

「………。」

「重いなら重いって言わねーとな、

誰も分かんねーし気付かねーよ。

…潰される前に、背負ってるもんを俺に貸せ」

「何を…ッ!!」

歩み寄ってくる男。

あり得ない。私が何を向けてるか忘れたのか?

…だが、向こうから来るなら好都合。

このまま刺し殺してやる。

「…っ!」

だが、そんな意思とは裏腹に、後ずさってしまう

なんで、なんで。

「私が…っ!!私が守らないと…」

「…」

「今度は私の番なんだ…ッ!!」

「……」

「暁も、雷も、電も、もう誰も…私の姉妹は…

…だから…私が…守らないと…っ!!!」

守らないと、いけないのに。

気がつけば壁に背中がぶつかり、

慌てた拍子にナイフを取り落としてしまう。

カラン、という音が響くと同時に、男は素早く距離を詰めてきた。

…不味い。

「…っ!!」

慌ててナイフを拾い上げに行く。

同じく、男も手を伸ばす。

その時私には、全ての情景が、

まるでスローモーションのように見えた。

ここで私がナイフを取り上げられたら、

本当に私は何もせずに終わってしまう。

誰も守れず、また誰かが沈んでしまう。

…もう迷わない。これを拾い上げ、すぐに刺す。

私がナイフを拾い上げるのと、

…男が、私を抱き締めるとは同時だった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

目を見開く響。

「…辛いよな。」

その小さな体躯に、

一体どれ程の物を背負っていたのだろうか。

男は、少女をそっと抱き締めると、

子供をあやすかのように背中を叩いた。

腕の中の小さな温もり。

強く抱き締めれば、折れてしまうような儚さと

弱さで、彼は自然と、力を弱めていた。

「…っ」

肩が、暖かい液体で濡れていくのを感じる。

「…一人で背負うな。お前一人で重いなら、

一緒に背負うのが、俺の役目だ。」

そんな男の声を皮切りに、

彼女は大きな声をあげて泣き始めた。

 

「…」

腕の中の、小さな少女の、小さな頭を撫でていると、ポツリポツリ、絞り出すように話し始める

「私が、守ろうと…思ったんだ」

「…そうか。」

深くは聞かない。

誰から、なんて分かりきったことだ。

だから、しゃくりあげる少女を撫で続ける

「…今までの、提督とは、違うから…だから、

私は、"危ない"と…思ったんだ」

「………」

「暁も、雷も、電も。司令官の事を慕っていた。

期待していた。信じていた。

…だから、私だって、私だって、信じたいと…

本当に、そう思った。思っていたんだ。」

でも、と、彼女は続ける。

「でも、もし、彼も同じだったら。

そう考えると、私は恐ろしい焦燥に駆られた。

だって、信じていたんだ。三人は。

それで、もし裏切られでもしたら…

きっと、三人は、壊れてしまう。」

「………」

「私は焦った。彼を見極めようと思った。

…でも、駄目だった。

どんなに観察しても、演技じゃないだろうか。

人間なんて皆同じだ。そんな感情が沸き上がる」

震えながら、自嘲気味に笑う響。

「結局のところ…

私は、貴方を、"信頼"できなかったんだ。

勝手な憶測で決めつけて、疑って。

あまつさえ、裏切られる前に、

私が、殺そうとして。

…きっと、もしそうしていたら…文字通り

"取り返しがつかなく"なっていたんだろうね」

震える少女。

男は、少しだけ、抱き締める力を強めた。

「私は馬鹿だ…勝手に決めつけて、勝手に…」

「でも、お前は止まった。」

男の声が重なる。

「止まれたんだから、セーフだ。

言ったろ?まだ間に合うって。

間に合ったんだから、大丈夫なんだよ。」

…それにな、と。男は笑いながら続けた。

「誰かを守るために、自分の手を汚すなんて、並大抵の覚悟じゃ出来ねーよ。お前はやろうとした。その心意気だけでも、充分立派だ。」

再び泣き出す響の頭を撫でながら、

男はあることに気付き、立ち上がる。

「…不味いぞ?!あのクッキー、妖精共が持っていったんだ…!!もしあの中に毒があるなら」

「大丈夫だよ。あくまで混ぜたのは睡眠薬さ

寝ている間にブスリ、そのまま海にでも捨てようと考えていたからね」

サラッと恐ろしいことを言うなコイツ。

「…だから、もう少しだけ…このまま」

再び俺の胸に顔を埋める響を見て、

彼は大きくため息をつくと彼女が満足するまで

ずっとそうしていた。



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手を繋ごう

「…」

「…」

「…」

「どうしてこうなった。」

俺の呟きに反応して、響が顔を上げた。

「どうしたんだい?」

「…手を繋ぐ必要はなくないか?」

自分でも分かるブスッとした顔を浮かべ、

顔をあげた響を睨み付ける。

駆逐艦寮に送るだけとはいえ、誰かに見られ、

誤解でもされたら大変だ。

そりゃあコイツには姉妹艦が居る。

孤立する危険性はないんだろうが…

だとしても、見られて都合が良いことなどない。

「…手を繋ぐ必要はないだろ」

強く繰り返す。

島風とは違い、きちんということを聞く響は、

そっと手を離した。

…とても、とても悲しげな瞳で。

「…嫌だったかな。…ごめんなさい」

そして、気まずい静寂が続く。

「…」

「…」

「…だぁぁぁっ!!!!!」

頭を掻きむしりながら叫び、

ぐいっと手を引っ張った。

「…!!」

驚いたように目を見開く少女。

「…その顔やめろ…反則だろ…」

上を見上げる彼は、彼女が計算通り。

という笑みを浮かべていることに気付かない。

「…♪」

少女は気付かれないように、

その、大きな手を強く握り返した。

 

廊下で、後ろからドドドドと凄い音がして、

一瞬だけ、嫌な予感がよぎる。

「てーとくぅぅぅぅ!!!!」

「ゴフッ…」

島風のタックルがもろに鳩尾に入り、呻いた。

「島風テメェこの野郎…」

「おっそーい!!!!」

「おーい島風…ってん、提督?何してんだ?」

後から走ってきた長波が、チラリ、

と響を見て首を傾げた。

「…俺だって知りてぇよ…」

「部屋まで送って貰っている所さ」

「じゃあ私はこっちー!」

響と反対の手にしがみつく島風。

「あっ…」

「イッツ…」

響が声をあげる。

同時に俺の腕に激痛が走り、顔をしかめた。

俺の声で異変を感じ取ったのか、

彼女はスッと離れ、恐る恐る顔を覗き込む。

「…てーとく…?」

「…悪いな、左腕は勘弁してくれ…」

腕に巻いた包帯を見せると、響は顔を曇らせた

彼女を抱きしめたときに、刃が軽く刺さったのだ

別に痛むわけでもないが、あまり動かしたり、

衝撃を与えると少しだけ痛い。

「…それ、どうしたんだよ。」

長波が、少しだけ鋭い目で俺を睨み付けた。

「ちょっとな。転んだだけだ。」

「ほーん…んで?一体何をどう転んだら包帯に血が滲む程の怪我をするんだい?」

「持ってた塩の瓶が割れたんだよ…」

「あぁなるほど…」

納得したように、呆れたように呟く長波。

何でそれには納得するんだよお前…。

一方、島風はじゃあお腹に抱きつくね?

と、俺の返事も聞かず、左から手を回してきた

「歩きにくい…やめろ…」

「えへへー!」

「………」

ほんと話聞かねぇなコイツ。

「…あ、う…」

「お前も来るか?長波。」

羨ましげに此方を見る長波に笑いかけ、

顔を輝かせた彼女も引き連れ廊下を進む。

…三人の内、誰も気が付かなかった。

島風が、明るい声を上げながら、一切の表情が抜け落ちた顔で、響を見つめていることに。

 

「提督、それは酷いんじゃないかな」

「時雨…」

更に暫く歩いていると、

満面の笑みを浮かべる時雨が居た。

何故だろう。清々しいほどの笑顔の筈なのに、

とてつもなく怖い。

なんだこの威圧感は。将来有望だな。

感心していると、後ろから凄まじい衝撃が加わる

「…何だ何だ…」

「ぽい」

「お前か…」

「…どういうことか説明してもらえるかな提督」

「時雨、待って。提督…どうしたの?」

夕立が時雨を止め、

俺の近くで鼻をすんすんさせる。

やめろやめろなんだ怖い怖い…

「…怪我してるの?」

「何者だよお前は…ッ!!!」

諦め、左腕を見せると、

時雨が驚いたように駆け寄ってきた。

「ちょっ…どうしたんだい?!」

「血の臭いがしたっぽい。…大丈夫?」

「転んだだけだ。気にするな。」

「もう…!もしかしたら君を直接攻撃してくる艦娘だっているかもしれないんだから、心配かけないでね…?」

「ふーん…」

胸を撫で下ろす時雨と、不満げに呟く夕立。

「…何で全身から響の臭いがするのか…あとで説明してくれるわよね?」

夕立が俺におぶさったまま、耳元で囁いた。

「…夕立、私が悪いんだ」

咄嗟に響が小声で弁解するが、彼女は全く聞く耳を持たず…暫く臭いを嗅ぎ、眉を潜める。

「………?…これ…鉄の臭い…?…ん…何となく想像ができたっぽい。…まぁ、提督さんが許したなら夕立はなにも言わないっぽい。」

「…ありがとう」

「さっきから夕立は何を話してるんだい?」

「時雨には関係ないっぽい!大丈夫!!」

コイツは何者なんだよ本当に。

「…というか降りろ。臭いを嗅ぐな。」

「………」

返事はない。

先程とはうって変わって静かになった。

「おっコイツだんまりか…!!」

「ていとくーおっそーい!」

「…何だよ…ドンドン囲まれやがって…」

「提督、よく分からないけど僕も同行するよ。響は僕の手を握ればどうかな、僕が提督の手を握るから」

「…私はこのままで良いよ。」

「いやいや遠慮しないで良い。退いて?」

「断る、と返さざるを得ないね。」

島風は早く早くとせがみ、長波は一歩離れたところで何やらぼやいている。夕立は背中から降りる気配などないし、時雨と響は何故か睨みあっている。

「………はぁぁぁぁ」

大きなため息をつき、やけくそ気味に、

上を見上げて叫んだ。

「もう全員で手を繋ぐぞ!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「にんきものはたいへんですねぇ~」

ワイワイと、廊下を歩く彼らを見て、

タマはそう呟き、眩しそうに目を細める。

「…でも、そうですねぇ。

…けがまでさせるのは…やりすぎです~

これは"おきゅうをすえる"ひつようが

ありますよねぇ~…。」

彼女の瞳は沼より暗く、

見たものがまるで引き込まれるような、

様々な色が混ざったような黒。

「すこし"いたいめ"をみないとわからないようなので…しかたがないですねぇ…」

男の右手を握りしめる、白髪の少女を見つめながら、妖精は一人、そう呟いた。




今回もご覧いただきありがとうございます…っ!!
はい!提督の周りにも段々艦娘(しかし駆逐艦のみ)が集まって参りました!はい!!
このままの勢いで全員と仲良くなるのか!はたまた…?
響はちょっと計算高いイメージなのです!!
自分がどう動けば、相手がどう動いてくれるかを熟知している、だからこそ、提督はこれから何かにつけては涙目になられ、渋々言うこと聞かされそうですねぇ…ヘタレ提督めっ!←
そして島風に異変が、同時に妖精も何かを企んでいるようですし…彼はどうするのでしょう。
これからもどうかどうか!彼等の事を暖かい目で見守っていっていただけると幸いです…っ!!!


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水面下の交渉

…朝。

清々しいほど空は青く澄み渡り、

カモメたちが群れとなって空を飛ぶ。

窓を開け、潮風に身体を撫でられながら伸びをする男…もとい、提督。

書類にまみれた執務室の扉がドンドンとノックされ、青い顔をした大淀が飛び込んできた。

「て…提督っ!!!」

 

「…お、やっとか。」

目の前で、次々に運び込まれていく資材を見て、

男は欠伸をする。

だが、大淀はそんな彼の肩を揺さぶりながら

大きな声をあげた。

「なんなんですかこの資材?!」

「…うーむ、何処から持ってきたかは言えんが…

まぁ、簡潔に言うと…頼んでた。

…ぶっちゃけちまえば…他鎮守府からの資材の横流しだな。」

「何をしてるんですか…!!」

地面に膝をつく大淀。

「こんな量…一体何を交換条件に…

まさか貴方…っ!ここの艦娘を…!!」

「交換条件も糞も…持ってこいって言っただけだ

条件も糞もねーんだが。」

「訳が分からないんですが?!」

彼女はまだ運び込まれ続ける資材を指差して叫ぶ

「タダで送ってきたにしては量が多すぎます!」

「そうだな。無駄に多いな。これなら暫くはあまり資材の事を考えず入渠させられそうだ」

「そういう意味じゃなく…ッ!!」

「こんなのは良いから執務の量を減らしてくれってーの…ふぁぁ…眠ぃ」

せっせと運ばれる資材を背に、男は再び眠そうに大きく欠伸をすると、執務室に引っ込んでいく。

「何処に…!!」

「仕事だよ…。今日はやることが多いからな」

「…一応言っておきますが!提督ともあろうものが資材の横流しなど…大本営に露見すれば…」

「…俺にとって大事なのは"俺の物"でな?

その為なら、見栄も、プライドも、金も、他人も、…俺自身だって、どうなろうと構わんし、幾らでも手を汚す。…それが俺だ。」

一瞬だけ足を止め、大淀を一瞥もせずにそう言うと、男は歩き去った。

 

「さて、と。軽巡洋艦、集まったな?」

食堂に入ってきた女性達を一瞥もせずに、

男は冷めた声を出す。

「なんの御用でしょうか。」

「…掃除の件についてだ」

その言葉で、全員が顔をひきつらせた。

「…進んでいるか?」

「まぁ、それなりには進んで…」

「ほーん。」

男が紙切れを投げる。

机の上を滑ってきたそれは、

入渠施設を写した写真だった。

「じゃあ、何処を掃除したのか教えてくれ」

「…盗撮ですよ~?」

「まるで人間のようなことを言うんだな」

乾いた笑い声を出す男と、黙りこくる女性たち。

空気の重さに、顔を伏せた彼女らに

男は机を叩きながら怒鳴った

「そんなに無茶なことを頼んだか?俺は。

あのな、努力した痕跡があるなら何も言わねぇ

それどころか謝ろうと思っていた。

妖精のスプレーがあるとはいえ大変だろう

無理なお願いをしてしまってすまないってな。

…だがな、やる気がないだろお前ら。

今朝、島風と俺で一時間ほど軽く入り口だけ拭いてみたが、さほど時間もかからず綺麗になった。

…他の奴等はちゃんとやってるぞ?

お前らだけなんだよ。サボってんのは。」

何も答えない彼女らに、

男は更に苛立ちを募らせる。

「なにか理由があるなら教えてくれ。

ただ…ただ漠然とサボりたいだけなら転属届けでもなんでも俺が書いてやる。もういい。」

何人かが目を見開いた。

「命令されても出来ないほどやる気がない艦を運用する気はねぇ。望みの鎮守府に飛ばしてやるから此処から出ていけ。」

「なっ…」

大淀が掠れたような声を出した。

「…一応言っておくがな、俺は"善人"じゃねぇ。

伸び代のないやつは見捨てるし、見切る。

もう一度言うぞ。"やる気のない奴を運用できる程

俺は自分の能力を過信していない"。

すぐに転属届けを書いてやるから失せろ。」

ギリッと、誰かが歯を噛み締めた。

「悔しいか?だがな、皆が鎮守府の為に努力している間お前らは何をしていたんだ?…それを知ったときの頑張っていたやつらの方が悔しいんー」

「いい加減にしろよテメェ!!!」

片目に眼帯を付けた女が腰の刀に手を伸ばし、

ダン、と音を立てながら男を睨み付けた。

「黙っていりゃあ好き勝手ギャーギャー抜かしやがって…ッ!!調子に乗ってんじゃー」

「乗ってるのは誰だよ。

お前ら、俺を"優しい"とか勘違いしてねーか?

あと、吠えるのは良いが目を見て言おうな」

目を合わせた瞬間、彼女の身体は硬直する

「ぁ…っぐ…」

「まぁなにも言えねーわな。"提督"に対して初めからそんな口が聞けるなら、前任だってあそこまで調子には乗らなかっただろうしな…ようはあれだろ?俺は"舐められてる"って訳だ。」

彼は再び椅子に座り、女性達を再び睨み付けた

「…別にそこに不満はねーよ?ただな、言われたこともこなせないほど舐められてちゃぁ提督としてはやっていけなくなるわけよ。」

「て…提督…」

「大淀、お前も同類だぞ?まさかお前が気付いてない筈はねーんだもんな。」

「…っ!」

「優しくすれば付け上がる…なら、厳しくすりゃぁ良いのかね?お前らには。」

ブルッと、ほぼ全員が身体を震わせた。

だが、震えてない女性が一人。

「その辺にして貰えないかしら~」

「…ほう」

「初めましてぇ~。龍田です~。

…天龍ちゃんが先程は失礼いたしました~」

間延びした、何処か気の抜ける声で、

龍田と名乗る女性はお辞儀をする。

「…」

「あの~、先程、理由があるなら、と仰いましたが~。それを言えば許されるんですか~?」

「そりゃな。俺が納得するに値するなら、だが」

肩をすくめる男。

眼帯の、天龍と呼ばれた女性が怒鳴った

「オイ龍田…!!」

「天龍ちゃん、大丈夫よ~。」

「だが…!」

「入渠ドッグを掃除しない理由~?

…嫌だからに決まってるじゃない。」

低く、暗い声で。

目を薄く開け、女はそう呟いた。

 

「…確かに、あの血痕はお前らが生きた、

…頑張ってきた証だ。…だがな?それー」

「貴方は優しいのね~?

わざと悪ぶって、遠ざけて、誤解させて、

自分一人で解決しようと努力しているようだけど

優しさ…甘さが透けてるのよね~。

私は貴方のそういうところ、

昔の"誰かさん"みたいで嫌いじゃないわよ~?

…でも、そんな理由な訳無いじゃない?

"あんなやつら"の生きた証?そんなもの、

どれ程消してやりたいと思ったか…。」

その笑みは冷たく、何よりも暗い。

「ねぇ、何で今まで私達を心の何処かで見下して、此方を見向きもせず、怪我をしてもすぐに入渠できて補給も改装も受けることができた"あんなやつら"の為に、施設を綺麗にしないといけないわけ~?他の場所なら、それこそ駆逐艦寮ならいざ知らず、あそこは戦艦、空母、重巡の為の施設じゃない~。」

「お前…」

「駆逐艦も軽巡も、あいつらにとっては盾か弾除けでしかないのよ~。…分かるかしら?

今来たばかりの誰かさんには

わからなかったんだろうけどね~?

アイツらを庇って、いえ、"庇わされて"。

姉妹艦が沈んだ子なんて駆逐艦にも、

勿論、私たちの中にもいるわ~?

でも、それを見て、まるでそれが当然のように、

眉一つ動かさなかったのが戦艦であり、空母であり、重巡。

私達、あいつらのために働くほど優しくも、

あいつらのことを仲間だと思ってもいないわ?」

目を見開く男。

淡々と、されど残酷に、今までの過去は、そんな簡単には消えないとばかりに現実を見せつけてくる龍田は、彼の顔を覗き込むと目を合わせた。

「何か言いましょう~?

私達が掃除を放棄する理由が分かったか分からないのか、それくらい言っても良いじゃない?」

「……じゃあ言わせてもらおうかー」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…何か用?」

連装砲を磨きながら、

島風は振り向きもせずに問う。

男により、タマ、と名付けられた妖精が、

ひょこっと顔を出した。

「なにやらいらだってますねぇ~」

「………」

「わかりますよぉ~。そのきもち。」

腕を組ながら、うんうんと頷く妖精を、

島風は鋭い目で睨み付けた。

「…用事がないなら帰って」

「ふふふ~…にてきましたねぇ」

「…何の話?」

稀に艦娘、というのは、提督の影響をよく受ける

ということを彼女は知っている。

提督の性格に影響されたかのように、

化学反応でも起きたかのように、

普通の性格からは考えられないほど、

ガラッと違った性格の艦娘が時折観測される。

例えば、乱暴な性格の提督に引っ張られるように

同じく乱暴になる少女。

或いは、そんな提督の性格と反比例するように

驚くほど大人しくなる少女。

…そして。

「ていとくさんがきずつけられて、いらいらしてるんでしょ~?…ゆるせないんでしょ~?」

「………」

島風は、まるで男の性格に引っ張られるかの様に

"提督"…という存在に対して、異常なまでの執着を見せるようになっていた。

それはちょうど、病的なまでに"自分の物"に拘る、彼のように。

「…」

未だ警戒するように、此方を睨み付ける島風

そんな彼女に、

タマと名付けられた妖精は甘い毒を垂らし込む

「ねぇ、わたしもおなじきもちなんですよ~

あのこはやりすぎた。そうでしょう?」

ふよふよと飛び、少女と目を合わせる。

提督には、絶対に見せない、普段の無邪気で、無垢な笑みとは、正反対の笑みを浮かべながら。

 

「わたしといっしょにくんで、すこし"おしおき"

…いえ、いっそのこと、しずめませんか?」



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深く大きな溝

「じゃあ言わせてもらおうか…」

男は、大きく息を吸うと、

蔑むような笑みを浮かべた。

「餓鬼かよ」

その言葉で、誰もが彼を睨み付ける。

「この際、遠慮なく言うが駆逐艦以下だぞ?

お前らの言うことが本当だとして、同じ境遇の駆逐艦は文句も言わず戦艦の部屋を掃除してる。

一方のお前らは何なんだ?」

「餓鬼…ねぇ…」

「あぁ餓鬼だ。ようはあれだろ?私達はアイツらに見下され、無視され、姉妹艦はあんなやつらのために殺された。だからアイツらのためになるようなことをやりたくない。と。過去にあったことをズルズル引きずっていつまでも戦艦空母を恨んでいる。…違うか?」

「テメェが知ったような口聞いてんじゃねぇ!」

怒鳴る天龍に呼応するかのように、

男の声も大きくなっていく。

「あぁそうだ!その通りだよ!お前らの苦悩なんて俺には分かりっこない!!お前らの苦悩は"お前らの物"だからな!!だがな!!!それを言うなら戦艦空母の苦悩を知ったようにお前らが語ってんじゃねぇよ!!!!!」

女性達は、その怒声で肩を震わせる。

「アイツらは私達を見下していたぁ?誰が聞いたんだ誰が確認したんだ!!良いか?お前らにお前らの苦悩があるように、残された奴には、庇われた奴には、置いていかれた奴にはそいつなりの苦悩があんだよ!!!それを知ったかのように語って勝手に恨んでんじゃねぇ!!」

脳裏を掠めるのは、白い髪の、

今度は自分が守る番だと、

今度は私が庇う番だと。

包丁を手に立ち向かってきた少女。

「ふふふふふ…」

…だが、相対する龍田は下を向いて笑った。

「昔、私が可愛がっていた駆逐艦が居たわ。」

話の意図が理解できず、無言になる男。

「彼女はある日、ある戦艦を庇って沈んだの。

ボロボロになりながら進軍させられて、玉砕覚悟で敵に突っ込んで、最後には、撤退する際に狙われた戦艦を庇って轟沈したわ。駆逐艦ながら、それはそれは勇敢な最後だったそうよ。」

「…それがどうしたんだよ」

「ある日、私はその戦艦に駆逐艦の名前を出して

あの子は、最後に役に立てたのかどうか訊ねたの

責めるつもりなんて無い。

彼女は駆逐艦としての役割を全うしたもの。

それで戦艦をとやかく責めるなんて、

彼女の覚悟への冒涜だから」

ポタポタと、机に水滴が垂れる。

それはきっと、彼女が流したもので。

その身体は、凍えているかのように震えていた

「たった一言。たった一言だけ。

彼女は役に立ったと。

その死は無駄にならなかったと。

その一言が聞けたら…それだけで、

それだけでよかった。それだけでよかったのよ」

彼女は自虐気味に笑い、目の前の男を睨み付けた

「その戦艦は、暫く吟味するように彼女の名前を口の中で転がしたあと、思い出したかのように手を叩いてこう言ったわ。

『あぁ、昨日の駆逐艦の事か?』って。

言葉を失った私に、彼女はこうもつけ加えた。

『駆逐艦に名前なんて要らないだろうに…。

軽巡洋艦、そもそも質問の意図がわからないな

"ソレ"がお前らの役割で、存在意義だろう?』

…と、首を傾げながら言われたわ。」

男は言葉を失う。

「ねぇ、彼女は役に立ったと思う?

貴方にも、答えて欲しいわね~?

身を呈して守っても、どれだけ尽くしても、

一緒になって戦っても、只の"駆逐艦"…

いいえ?"盾"としてしか見られずに。

なんの感謝もされずに沈んでいった彼女の死に

意味はあると思う?」

答えない、否、答えられない男の頬をゆっくりと撫で、龍田は背を向けた。

「…同じような経験をした子達ばかりよ。

ここに揃っているのは。貴方が集めたのは。

ねぇ?貴方の考えはとっても素敵だと思うわ?

でも、過去は過去と綺麗さっぱり割り切れる程

私たちと戦艦の溝は浅くないの~。」

貴方だって、自分の名前すら言えない人達と仲良くする気は沸かないんじゃないかしら?と笑う。

「確かに私達は前に進まないといけない。

確かに過去は過去と割りきらなければいけない。

でもね、理性が許しても感情は許さないの。

あんなやつらに協力するなら、

それこそ沈んだ方が、解体された方がマシよ」

「…じゃあなんで…出ていかないんだ…?」

絞り出したかのような問いに、

龍田は容易く答えた。

「出ていくのは私達じゃない、と言っているのよ

貴方は家にゴキブリがいるから引っ越すの~?

…違うわよねぇ~?

鬱陶しいのなら、そのゴキブリを殺しきるだけ。

この話には続きがあるの~。その戦艦は、ある日

"不慮の事故"で沈んだそうよ~?」

天罰でも下ったのかしら、と、可笑しそうに笑う

「本当、沈むその時まで、全く名前を言えないんだもの。面白いわよねぇ~?」

その瞳は、彼を見ているようで、見ていない。

思い出すかの様に、何処か遠くの情景を見ていた

「…お前、まさか」

顔をあげる男。

彼の目の前にいる女性は、優雅に、それでいて何処か冷たい様子で、お辞儀をする。

「改めまして自己紹介~。

軽巡洋艦代表、現最強格の龍田よ~?

半端な戦艦程度なら容易に沈めてあげるから~」

龍の名を冠する、何よりも、誰よりも駆逐艦を愛していた女性は、そう言って寂しげに笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…私が手伝うなら、条件を呑んで」

島風の言葉に、妖精は首を傾げた。

「わかってないんですかぁ~…?

わたしはあなたをてつだうたちばであって、じょうけんなんてあなたがだせるわけが…」

「今、提督を一番憎んでる艦娘を教えて。」

「…」

黙る妖精。

島風は、じっと自分の手を見つめたまま呟く。

「もうあの人を傷付けさせない。

もう辛い思いなんてさせない。

ソイツが提督を傷付ける前に…私が殺すんだ」

ニヤリ、と、妖精は笑みを浮かべた。

「はぁ…しかたがありませんねぇ。

…とくべつに、ひとりだけおしえてあげます。

わたしとしても、かれのてきがへるのはこうつごうですから。」

思ったより、ずっとこの島風は馬鹿で扱いやすい

妖精は、密かにほくそ笑むと、わざとらしく咳払いをして、その艦娘の名前を告げる。

 

「…そのかんむすのなまえは━━━」




今回もご覧いただき本当に本当にありがとうございます…っ!!
さてさて、なんだかハードな内容になって参りました
暗躍する妖精と、引きずり込まれる島風。
その裏では、提督が過去の鎮守府での、戦艦と駆逐艦達に作られた溝という現実を突きつけられていました。
憎むべきは前任であり、戦艦の意識を変えてしまったのは前任だ。アイツが全ての諸悪の根元だ。
きっと彼女だって分かっているのでしょう。
それでも、それでも尚。
いつも笑顔で自分を慕い、
健気に一生懸命に生きてきた彼女達が
一人また一人と沈んでいくのは悲しみで、
その彼女達をなんとも思っていないような、
あの発言は彼女にとって
到底許せるものではなかったのでしょう
復讐心で塗り固められたその心は、
きっと対象を殺しきるまで止まらない。
でも、全てを殺しきったその先に、
果たして何があるのでしょうね。
これからもどうかどうか、彼等の事を見守っていただけると幸いです。


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毒の使い方

男は、唾を飲み込み、

正面から彼女を見据えてニヤリと笑った。

「…お前の質問に答えてやるよ。

無駄死にか、否か。」

ハッとしたように振り向く龍田。

男は、覚悟を決めたような顔で言い放った。

「無駄死にも無駄死にだろ。アホか。」

ビュン、と音がして、

彼の頬に薙刀が突き付けられる。

「…理由を聞かせてもらえるかしら?」

「どんな死に方とか関係ねーよ。その犠牲で海域が攻略できたのなら未しも、撤退途中で轟沈だろ?盾としてしか役にも立たず…死んだ意味ねーじゃん。」

震える彼女の薙刀。

それは、恐れというより、怒りだ。

「…駆逐艦達はね、どんな艦よりも、"本質を読み取る"のが得意なの。だから貴方は多少マシだと思っていたけれど…気のせいのようねぇ~…」

「そりゃな。俺はお前らが期待するような善人でも、正義の味方でもねぇ。」

彼は薙刀を突きつけられても眉すら動かさず、

両手を上にあげ、呆れたように頭を振った。

「もういい。下らねぇ不幸自慢には飽き飽きだ。

そんな体験、どんな艦だってしてるんだよ。

…した上で、乗り越えようとしてるんだ。

過去をいつまでも引きずるならそうすれば良い。

お前の好きな駆逐艦が先に進むなか、

一人、過去に囚われ取り残されれば良い。」

歯を噛み締める龍田の背後に立つ、

軽巡洋艦達に語りかける。

「お前らも同類だよ。

理由に納得は行かねぇが、そんなにやりたくないのならもう良い。俺が入渠ドッグを掃除する」

彼女達は彼を睨み付けたままだ。

だが、そこには確かに安堵の色が見えた。

「何ホッとした面してんだ?阿呆だな。

俺が入渠ドッグを掃除して…例えば、そこに俺がカメラを、録画状態のまま"忘れて"しまってもお前らは文句を言えねぇぞ?

…そして当然、今後は軽巡戦艦関係なく、被害を受けた艦は問答無用で入渠してもらう。どれだけ嫌がろうと、抵抗しようと、絶対に、無理矢理にでもぶち込むからな?」

さぁっと、彼女らの顔が青ざめた。

「さてと、じゃあ俺は掃除でもするかな」

「ちょっー」

「もう良い!!俺が殺す!」

天龍が、彼の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。

「離せよ。俺は"お前らが投げ出した掃除"を

しに行かねぇといけねぇんだよ。」

「そんな事してみろ。絶対に許さねぇ。

片っ端から全てのカメラをぶっ壊してやる」

「ハハハ!!勇ましいが…そうだな、仮に俺が忘れなかったとしても、もしお前らが俺の忘れ物を見つけたとしても、お前らはずっと怯え続けるんだろうな、本当にこれで全部なのか?何処かに隠されているんじゃないか?ってな。」

言葉に詰まった天龍と、

下衆びた笑みを浮かべる男。

「一生そうやって怯えてれば良い。

一生そうやって恨んでいれば良い。

前に進むことを諦めたやつに用なんてねぇよ」

「ッ!!!!」

拳を振りかぶる天龍を諌めたのは、龍田だった

「…天龍ちゃん、入渠施設の掃除、任せて良いかしら~?後ですぐに追い付くわ~?」

「龍田…」

「ほーん、他の軽巡は?文句ねーの?掃除だぞ」

誰も首を横に振らない。

ただ、恨みがましい目で男を睨み付けたまま、

ぞろぞろと部屋を後にしていく。

「龍田はどうすんだよ。」

「私はこの提督と~…少し、"オハナシ"があるからぁ~…。」

「…チッ。分かったよ。…程々にな。

こんなんでも、電達が気に入ってる。」

「分かってるわよ~。…特に島風。あの子は…もう絶対に沈めさせない。決めてるから~」

バタン、と音を立て、扉が閉められる。

薄く目を開ける龍田を見て、

提督は相変わらず下衆な笑いを浮かべた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…?司令官は…居ないようだね…。」

「なのです」

「残念ねぇ…何処に行ったのかしら?」

「あ、暁は寂しくなんてないんだから…」

第六駆逐隊の四人は、執務室の前で各々声を出す

一番分かりやすく肩を落とした響を見て、

雷は首を傾げた。

「そういえば響、司令官に送ってもらってたわね…というか、そんなに仲が良かったかしら…?」

「ふふ、色々あるんだよ」

「な、な、なんで頬を赤らめるの響?!」

「その意味深な言葉はなんなのです?!」

「ちょっと!大人みたいな台詞使わないでっ!」

執務室は、彼が居なくても賑やかだ。

その折に、執務室の隅で、もくもくとお菓子を頬張る小さな妖精が居た。

「あ、妖精さんなのです」

「なにー?」

電の声に反応して、可愛らしく小首を傾げる妖精

「司令官さんの居場所、知りませんか?」

「んー…あのこ…たまがしってるとおもうー」

「ありがとうなのです!」

ふりふりと手を振る妖精を背に、

電は他の三人の元へ駆ける。

「タマさんを探すのです!!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

トスッ、と音を立ててソファーに座る龍田。

男は、苦笑いを浮かべながら訊ねた。

「どうした?"オハナシ"…するんだろ?」

「そんなに怖がらなくても良いわ~?

本当に、私がしたいのはただのお話だもの~」

口に手を当て、クスクスと笑う女性。

男は少しだけ眉を動かした。

「貴方、生粋の"詐欺師"なのねぇ~」

「…あ?」

顔を歪め、不愉快そうな声を出す男。

だが、龍田は全く動じない。

「あの場でああ言うことで、自分にヘイトを向けて、少しでも戦艦空母への憎悪を減らす。

それと同時に、そのヘイトを稼いだ自分が掃除をしようと言い始め、不安感を煽ることで、命令により無理矢理やらせるわけでも、他の艦がやるわけでもなく、他でもない私たち全員が自分と、駆逐艦のために自分から掃除をする…いえ、せざるを得ない、といった方が正しいかしら。」

淡々と解説していく龍田と、顔をしかめた提督

「なかなかどうして、ずいぶん頭が回るな」

「ふふふ~。頭の艤装も回るのよ~?」

「…?」

「…」

首を傾げた俺。

龍田は小さく頬を膨らませ、赤い顔でうつむく

…え?何?これは俺が悪いのか?

「…そ、そもそも~そんなに見え透いた煽りだと、かえって冷静になってしまうわねぇ~?」

「…あー…頭の艤装が?何て…?」

ギン、と音がして、頬に薙刀が突き付けられた

「俺が悪かったって…」

「…気に入らないわぁ~…」

ククク、と笑う男と、不満そうな顔をする龍田。

「…なんだよ、案外、普通だな。」

「……島風ちゃんは、泣かせないでね~?」

先から、彼女はやけに島風に拘る。

同時に、"もう"絶対に沈ませない。と言った。

…それが意味するのは、恐らく。

「…その沈んだ駆逐艦ってのは…」

「ふふ、貴方の想像通りよ~。…もしも、再びあの子に何かがあったのなら…私は全てを犠牲にしてでも、報復をするわよ~?」

その瞳は揺るがない。

男は呆れたようにため息をつき、言った。

「俺は少し用事がある…話はそれだけか?」

「そうねぇ~、強いて言うなら、嘘とは言え無駄死に発言は控えて欲しい、と言った所です~」

「…別に嘘なつもりはねぇよ。」

「悪ぶらなくて良いと思うわ~?

貴方は昔の天龍ちゃんに良く似ている。

わざと嫌われて、遠ざけて、

それでいて全てを自分一人で背負おうとする。

同時に、昔の私にも似ているわ。

本当に騙したいのなら、無駄死にって言った時に

あんな顔を浮かべるべきじゃないわね~。」

相も変わらず柔らかく笑う女性の側を通り過ぎるときに、男はボソッと言った。

「このままじゃ、本当に"無駄死に"になるぞ」

「…」

ドアを開け、少しだけ足を止めて、続ける。

「包丁ってのは、人を殺すことも、

死ぬほどうまい料理を作ることもできる。

今のお前を蝕んでいるのは只の"毒"だ。

過去の呪縛だ。それに殺されるか、

昇華させるかは、お前次第なんだぜ。」

「随分知ったような口をきくじゃない~」

「今のお前を胸張ってソイツに見せられるか?

ソイツは今のお前を見て、喜べるのか?

…自分の死が足枷になってるなんて、

俺なら…死んでも死にきれねぇよ。」

バタン、と扉を閉めると、

男は天井を見上げ、一人呟く。

「…人に言うのは、簡単なんだがなぁ…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「響ちゃん、だよね?」

声をかけられ、振り向くと、島風が居た。

「島風か。司令官は一緒じゃないのかい?」

「んー…場所を教えてあげても良いけど…

その前に…ちょっと付き合ってくれる…?」

チラリ、と、他の三人を見て、笑顔で頷かれ、

快く承諾の返事をする響。

「やったー!はやくはやくー!おっそーい!!」

島風は彼女の手を取り、ズンズンと先に進む。

その顔に、無機質な、その声とは全く対照的な

表情が浮かんでいることを、誰も知らない。



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破滅への行進

「………」

ダン、と、誰もいない部屋で、

私、漣はベッドを憎々しげに叩いた。

艤装を展開していない状態では、

流石に壊れるはずがない。

手に鈍い痛みが走るが、

そんな事などまるで気にならなかった。

「……………」

何度も何度もベッドを殴り付ける。

木で作られた、何処か不格好なソレは、

びくともしない。

「なんで…ッ!!」

情けないことに、目から涙が零れた。

脳裏に浮かぶのは、一人の男。

何人もの駆逐艦に囲まれ、

あまつさえ鼻の下を伸ばす糞野郎だ。

駆逐艦寮の廊下のど真ん中で、馬鹿みたいに、

皆で手を繋ぐぞ、なんて気持ち悪い命令をする

糞野郎だ。

"信じていたのに"と言えば嘘になる。

でも、"やはり"、と言うには、

私は彼に期待しすぎていた。

「………ッ!」

触られた頭がただただ気持ち悪く、掻きむしる

「なんで…なんで期待させるの…貴方達は…」

床にへたり込み、虚空を見上げる。

「馬鹿だなぁ…私は…」

あぁ、何時だって、私は只の道化だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「朝潮…姉さん…?どうか、したの…?」

部屋の隅で縮こまる霰が、

部屋から出ようとする朝潮を見て首を傾げた。

「何でもないわ。少し…。」

「少し…?」

「…気にしなくて良いわ。少し戻ってくるまでに時間がかかると思うけど…。」

「ん、なら、待ってる。」

そういい、再び目を閉じた霰を愛しそうに眺め、

そっと頭を撫でると、朝潮は部屋を後にした。

その手には、一通の手紙が握り締められている。

…彼女は、その手紙をくしゃりと握り潰し

憎々しげに顔をしかめると、足を早めた。

"約束の時間"に間に合うように。

「私が…守るから。どうなっても…」

少女は街へ向かう。

提督にも、姉妹艦にも、誰にも告げずに。

その背は、何よりも小さく、

その足は、小さく震えている。

それでも彼女は、足を進めた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「島風、何処に行くんだい…?」

手を引っ張られたまま、響は訊ねる。

島風は後ろを振り向きもせず、

倉庫ー!とだけ言った。

「倉庫…?」

何かを持って来るよう頼まれたのだろうか。

或いは、倉庫自体に用事があるのか。

理由はわからないが、何処か焦っているような

島風の様子を見て、響は不審に思う。

そもそも、来たばかりの島風が、

迷いもせず倉庫までの道をズンズン進むのが

…何か、可笑しいのだ。

ほんの少しでも迷うそぶりや、

道を思い出すような素振りを見せるなら兎も角

まるで"一度来たことがあるように"

ズンズンと先に進んでいく。

「…島風?」

「んー?」

「良く道を知っているね…ここは少し入り組んでいるから、迷うかと思ったよ。」

「うんー。道を覚えるのに苦労したよっ」

「?」

そんな会話をしているうちに、倉庫につく。

「じゃあ、中に入ろっか?」

振り向いて笑う島風。

響は、自身の疑念を振り払うかのように

大きく息を吐くと、行こうか。と、

足を踏み出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…おっせーよ、龍田!」

「ふふふ~。ごめんなさい?」

入渠施設に姿を現した女性を見て、

安心したように駆け寄る天龍。

「あの糞野郎はどうだった?」

「そうねぇ~…。…なんとも言えないわ~」

「……。なぁ、龍田。」

「何かしら~?」

「俺が、今からあいつを殺すって言えば…

…お前は、止めるか?」

ピタリと、龍田の動きが止まった。

「…俺はもう我慢できねぇ。

刺し違えてでもアイツだけは殺してやる。

皆の死を"無駄死に"扱いしやがって…!

電達も、そのうち目を覚ますだろ。

裏切られて傷つけられる前に、俺が…!!」

「天龍ちゃん~?」

彼女は天龍の言葉を遮り、笑う。

「一人でやる"なら"止めるわ~?」

「…いつも悪いな。」

天龍は笑い、提督を探し、駆け出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…おっ、時間どーりじゃん」

ケラケラと笑う金髪の男。

彼を睨み付け、朝潮は無愛想に言った。

「荒潮は…無事なんですね?」

「あー、そんな名前なん?ま、どうでも良いわ」

そう言い彼が手をぶらぶらさせると、

男達が集まってきた。

「…で?約束の女は?」

「………。」

彼女の元に届いた一通の手紙。

内容は、至極単純で。

それでいて、虫酸が走るものだった。

大破状態の艦娘を保護している。

返して欲しければ、女を一人寄越せ。

簡潔に言えば、そういう内容だ。

「いやいや、睨んでないで、な?」

「…腐ってもこの朝潮、

仲間を売るような真似はしません。」

彼等を鋭い眼で睨み付けながら言い切る朝潮

対する男達は、一切怯えてなどいなかった。

「じゃぁどーすんの?無理矢理奪い返すん?」

「………」

「出来ねーよなぁー?!正義の艦娘様だもんな!

一般人を艦娘が殴れば、あの鎮守府がどうなるか

誰にだって想像はできるもんなぁ!!」

ギャハハと、品のない笑い声を上げる男の頭を小突き、サングラスの男が朝潮の肩に手を置いた。

「連れてこなかったのなら仕方ない。

返すことはできないな…。」

「…」

「そんな顔するな。俺達はこのご時世で、少し…少し寂しくてな。可愛いお姉さんと、お茶でもしたいだけなんだ。」

「………」

「まぁでも、あんまり遅いとな…俺達も…艦娘をずっと置いておく訳にもいかないし、殺すしかないからなぁ…」

いかにも残念そうに頭を振る男。

朝潮はきつく手を握りしめた。

「ただお茶をするだけだよ。お前が気に病むことは何もない。…そうだろ?」

「………」

「…俺達だって優しい。三回までは待とう。

つまり、あと二回だ。

…逆に、二度以上失敗したならその時は、な?」

男はトントン、と少女の肩を叩き背を向けた。

「お前ら、今日は解散だ。次に期待しようぜ」

「………すか」

「ん?」

小さな声が聞き取れず、思わず男は振り向く。

「私じゃ…駄目ですか」

スカートの裾を、きつく握りしめ、

その小さな身体を震わせながら、少女は言った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ははは。」

艤装を展開させ、水上を滑りながら響は笑う。

二匹の連装砲が、彼女の後を追った。

「…っ!!」

砲撃音が耳を打つと同時に、

その場から跳びずさる。

「あなたって、遅いのね!」

着地地点の魚雷を回避しきれず、被弾する響。

「っ…一体どういうつもりかな、島風。」

ニヤニヤと笑う島風の手元の連装砲の背後から

タマ、と呼ばれる妖精が顔を出す。

 

倉庫の扉を開け、可笑しいと感じた。

頬を打つのは潮風。

沢山の物があるはずのそこは、

何故か、海に繋がっていた。

「…これは…?」

まるでなにかに引き寄せられるように、

思わず、艤装を展開させ、水上に降り立つ。

間違いない。海だ。

何故か、私達の倉庫が、海に繋がったのだ。

背後の島風は大丈夫かと振り向き…固まる

「………」

「何故、此方に砲口を向けているのかな」

「分からないの?」

先程までの扉はない。

まるでテレポートでもさせられたかのように、

私達は広い大海原に放り出されていた。

そして、恐らくこれは…

「…何のトリックかはわからないけど、

君の仕業かな。島風。」

「…出来れば早く沈んでね?

まぁ、邪魔も来ないから、別に良いんだけど」

彼女の砲が火を吹くのと、

私が回避行動を取るのは同時だった。

 

「ねー、何でこんなことになったか、分かる?」

水上の鬼ごっこを制すのは勿論島風だ。

息を切らせ走る響の後を追いながら、

自分は息一つ切らせずに島風は尋ねた。

「…さて、ねっ!」

砲撃は回避される。

「提督を刺したの、貴女でしょ?」

「………。」

その一言で、理解した。

…あぁ、そうか。これは。

「…報復かな。らしくないね。」

 

ー誰も信じきれず、ただ傷付けた私に

     神様が用意した、天罰なんだろうー




今回は胸糞ですね。はい。
死ぬほど胸糞です。
作者があれこれいうのもあれかな?ってことで!
次から、次回予告とかそういうのにここを使った方が良いのかなぁ、と。

というわけで次回!!

…あぁ、ここまで事が上手く運ぶとは。
島風を見ながら、妖精は笑みを浮かべた。
「…じゃあ、そろそろ終わろっか!」
響は目を閉じ、最後に、姉妹の顔を思い浮かべる

「…自分が何を言ってるか、分かってるな?」
「…はい。」
朝潮は、震えたまま頷く。
「そうか。泣ける仲間愛だな。よし、連れてけ」
男の無慈悲な声が響いた。

次回『馬鹿な艦娘と狂った人間』

これからどうなっていくのか!
是非是非予測してみてください!!
…やりたかったけど次回予告のやり方が全くわからずただ次回のタイトルいっただけなの本当にごめんなさいごめんなさい!!
もしよろしければ、次回も彼等の行く末を暖かく見守っていただけると幸いです…!!


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馬鹿な艦娘と狂った人間(前編)

島風と戦いながら、響の脳裏には、

"あの時"の光景が浮かんでいた。

 

「駆逐艦雷!大破です!!」

『駆逐艦の被害報告は要らん。進め。』

「はっ!」

旗艦が報告をする中、私は雷に駆け寄った。

「雷…!!」

「だ、大丈夫よ。心配しないで?」

血に濡れながら、片目を瞑って見せ、

心配かけないようにと明るく振る舞う雷。

だが、その意識は恐らくもう朦朧としており、

立っているのがやっと、という状態だ。

「っ…!撤退しないと…」

「無理よ。私は大丈夫だから!」

それは、戦場で出すにはあまりにも明るい笑顔

その笑顔に背中を押され、

私は、彼女と次の海域に向かった。

 

「くっ…!」

駆逐艦二人では、流石に全てを庇いきれない

私の背後で、攻撃を受け、

少しだけ声を漏らした戦艦が居た。

「……」

思えば、それが間違いだったのだ。

私が、あの時に、違う行動をとれば、きっと。

結果は、違っていたかもしれないのに

「(もしかして)」

やめて、お願い。

「(もしかして)」

それ以上は、取り返しがー

「(もしかして)」

過去の私に、必死に声をかける。

その考えが浮かぶ前に。

過ちを犯すその前に。

だが、当然のように、声は届かない。

当然だ。あのとき、それをしたから、

今の私が、居るのだ。

 

「(この戦艦が大破すれば、撤退できる…?)」

 

ー過去は変わらない。罪は消えない。

         現実は、どこまでも残酷だー

 

そこからの行動は簡単だった。

戦艦に、主砲を向ける深海棲艦。

わざと、反応が遅れたフリをして、狙わせる。

攻撃を食らう戦艦。そのまま撤退。

…そうなる筈だった。

そうなる筈だったんだ。

「…響?皆…?どこ…?あれ?」

「なん…で…? 」

小さく呟き、震える手を伸ばす。

「…あぁ。そう。仕方無いわね。」

何かを理解した雷は、寂しげな笑みを浮かべると

静かに、海の底へ沈んでいく。

「…待って!!!雷!!!!」

「ごめんね。もう声が聞こえないわ…。

…でも、そう、ね。泣かないで。響。

貴女のせいじゃ、無いわ?だから、貴女はー」

必死に、海を走り、駆け寄る。

なんで、庇ったんだ。

なんで、戦艦を。

もう、大破だったじゃないか。

そのまま狙わせれば、帰れたじゃないか。

私の伸ばした手は空を切り、雷は沈んだ。

 

戻ってきた私の顔を見た二人は、

帰ってこない雷を疑問に思うこともなく。

静かに、私を、抱き締めた。

「ごめんなさい…響…」

ごめんなさい。ごめんなさい。

「響ちゃんは、悪くないのです」

違う。私が悪いんだよ。

  「「大丈夫(です)よ…響(ちゃん)」」

二人の声が重なり、私はその場に崩れ落ちた。

 

その数日後、結局電と暁も沈み、

私の元には新しい姉妹が現れる。

「ひ、響ちゃんなのです!」

「ね、ねぇ!司令官…凄く怖くない…?

ま、まぁ?暁は別に怖くないんだけど…」

「響!!よかった、先に居たのね!」

…だが。

「………」

「響ちゃん…?」

「…五月蝿い。」

肩に手をおいた電の手を、乱暴に払った。

私の姉妹は、彼女達だけだ。

同じ声で。同じ顔で。

お前達が私に話し掛けるだけで、寒気がする。

 

結局姉妹艦の中でも浮いてしまった私。

だが、不思議と清々しい気持ちもあった。

ひそひそと、何を話しているのかは知らないが

きっと私か司令官の悪口だろう。

「……」

もう、私には、君達と話す権利もないから。

憎んでほしい。恨んでほしい。

もう二度と、私なんて庇おうと思わないほどに。

 

そう思っていたのに。

 

「…撤退ッ!!!」

旗艦が声を出す。

あまりにも遅い撤退命令だ。

眼前には数えるのも億劫な程の深海棲艦。

この量から、逃げ切れるなんて夢のまた夢だ。

それこそ、誰かが囮にならないと。

「…さて、今日は何人生き残るかな。」

小さくそう呟いた、その時だった。

『駆逐艦は残って戦え。』

無線機から、命令が飛ぶ。

成程。どうやら同じ考えなようだ。

まぁ良いさ。ここで沈むなら、それも一興。

呆れたようにため息をつき、

主砲を構えた、次の瞬間だった。

「「「嫌(なのです)よ!」」」

三人の声が重なる。

まぁ、そうだろうな。

こんなところで沈みたがる艦じゃない。

君達はもっと生きるべきだから。

仕方がない。私一人で時間を稼ごうか。

男に進言をしようと、無線のスイッチを入れる

…そして、次の瞬間、私は耳を疑った。

「響には撤退してもらうわ!」

「残って戦ってあげても良いわよ?

…でも、響が撤退するなら、ね。」

「此方の要求を飲まないのならば、

私達は逃げます。付き合いきれないのです!」

『「 は…? 」』

男と、私の声が重なる。

『お前ら、何言ってんだ?』

「此方の台詞なのです。色々と遅すぎなのです」

「今更逃げ切れるわけないじゃない。

ここで沈めってことよね?」

「私の大事な妹を、沈めさせる訳ないわよ!」

口々に文句を垂れる姉妹達。

「何を…」

声が震える。

彼女達は何を言っているんだ。

「さぁ、選ぶのです!」

「ここで皆仲良く沈むか、響も生かすか。」

「早く決めてよね!時間がないんだから!!」

「待って!!!なんで…っ!皆」

『…チッ。駆逐艦響を連れ撤退。

残る三者は沈むまで時間を稼げ。』

空母に抱えられ、皆がどんどん遠くなっていく

「なんで…?!」

その、心の底からの声に、三人は振り向き、とても眩しい…"姉"の笑みで笑った。

「貴女の身に何があったかなんて、

すぐに想像がついたわ?」

「立派なレディなのよ。

これくらいわかるんだから!」

「例え、貴女にとってのお姉ちゃんは一人で、

私たちをお姉ちゃんと思えなくても」

 

「「「貴女は私の妹よ(なのです!)」」」

 

視界がぼやける。

嗚呼、どれだけ心で否定しようとも。

やっぱりこの人達は、私のお姉ちゃんだったのに

「酷い態度を取ってごめんなさい」

「気にしてないわ!」

「沢山無視してごめんなさい」

「大丈夫よ!レディだもの!」

「私も、一緒に…!」

「それは許さないのです。」

必死で暴れるが、空母の力に勝てる筈がない。

何度も叫びながら、腕や足を振り回す。

なんで、貴女達は、いつも私をー

「私に任せて…最期くらい、頼って良いのよ!」

「…お姉ちゃんにだって、出来るんだから!!」

「響ちゃん、次に生まれてくる時は、幸せにー」

何でいつも、私を置いていくんだ。

 

…やがて、再び新しく来た姉達に、

私は笑みを浮かべながら言った。

「…ようこそ。この地獄に…響だよ。

     もう、絶対に沈ませないから。」

次は私が守るんだ。

 

「おっそーい!!!」

そんな声で、正気に返る。

眼前に迫っていた砲弾をかわし、

慌てて体勢を立て直す。

…危なかった。死ぬ直前に見るとかいう

走馬灯…とかいうものだろうか?

最初の魚雷から一撃も貰っていないとはいえ、

流石に息も切れてくる。視界もぼやけてきた。

「…っ!!」

「戦いの最中に呆けるって、どうなのー?」

高い声が耳に触る。

「…ごめんね。」

「…?」

私は、死ぬわけにはいかないらしい。

「…君がその気なら、私は迎え撃つよ。島風」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「荒潮っ!!!」

私が怒鳴り声を上げると、

彼女は困ったように眉を下げ、謝った。

「ごめんなさぁ~い?」

ボロボロの身体を見て、ため息をつく。

「いつも無茶をし過ぎなの…貴女は…」

眉間を押さえながら呟くと、

荒潮は笑顔で言う。

「でも、また皆を守れたわぁ~」

「貴女が怪我をしては意味がないでしょう」

コツン、と頭を小突き、

二人で顔を見合わせて笑った。

 

こんな鎮守府だ。

助け合わずにやってはいけない。

そんな信念の元、私達駆逐艦のある程度の古株は

新しい駆逐艦を守る事にしていた。

だからだろうか、私達の後ろをついてくる駆逐艦は、一人増え、二人増え、色んな駆逐艦と繋がりを持つことができる。

戦艦や空母が"個"としての強さを求めたなら。

私達は結束の、"繋がり"の強さを求めたのだ。

「ご、ごめんなさい…」

目の前で、頭を下げる五月雨。

確か、一昨日入ってきた子だったか。

「気にしなくて良いわよぉ~?無事でよかった」

「貴女は少し気にするべきですよ、荒潮」

「もう…朝潮姉さんは手厳しいわぁ…」

まだ申し訳なさそうにもじもじとする少女の頭に、コツンと自分の額を合わせ、荒潮は笑う。

「…誰も沈まないで済むなら、

きっと、そっちの方がいいじゃない?」

「…」

「そんな顔しないの。ね?」

「ありがとう…ございます…」

あぁもう。姉馬鹿と言われるかもしれないが。

…本当に。自慢の妹だ。

 

夜、窓から外を見る荒潮に声をかけた。

「何か気になるものでもあった?」

「あらあら~…ふふ、今夜は月が綺麗よ~?」

つられて上を見上げる。

手を伸ばせば届きそうなほど大きな月が、

少し眩しく感じるほどの光を放っていた。

「…一人月を見て黄昏てたの?」

くすり、と笑うと。

彼女にしては真剣な瞳で、私の方を見た。

「ねぇ、朝潮姉さん?」

「何かしら」

「…私が沈んでも、泣かないでねぇ~」

それだけ言うと、月を見上げる。

きっと、彼女自身理解しているのだ。

もう身体はボロボロで、次の出撃で、

例え次じゃなくても、その次か。

少なくとも、近々自分が沈むことを。

「…お互い様に、ね?」

だが、それは彼女に限った話ではない。

私も月を見上げ、そう言った。

 

朝潮は、月に見惚れ、隣の少女が、

悲しげな表情で此方を見ていることに気付かない

 

「…そう。」

荒潮が沈んだ、という話を聞いたのは翌日だった

…何か虫の知らせでもあったのだろうか。

撤退時の殿となり、勇猛果敢に戦ったらしい

「…貴方は、興味もないのでしょうね」

取って付けたような、ありふれた最期の言葉。

勇猛果敢、など、

見てもない男が言える台詞ではない。

というより、どんな艦娘の最期にも、

自分で囮を命じた癖に、

勇猛果敢に戦ったと伝えているのだから。

きっと、彼女がどうなったか想像もできないのだ

彼女の艤装はもうボロボロで。

最期まで戦うことなんて、出来る筈がない。

それでも、それでも、殿を務められたのは。

きっとその身で、その身体で。

"餌"となって、皆を守りきったのだろう。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

涙を流しながら土下座をする駆逐艦を立たせた

「頭を上げなさい。気にしてないわ。」

「でっ…でも!」

「…大丈夫よ。そんな事より、次を考えなさい」

そう言った次の瞬間、頬に痛みが走った。

「そんな事って…っ!!何なんですか!!」

「…」

「もっと恨んでくださいよ!!なんで…っ!

私のせいで…!私のせいで沈んだのに…!!

なんで笑えるんですか?!許せるんですか?!」

ー貴女はそれでも姉なんですかー

そんな言葉か、私の身体を貫いた。

 

「ふぅ…。」

部屋に戻り、頬をそっと撫でる。

「あらあら~酷い顔ねぇ…」

そんな声が聞こえた気がして、後ろを向いた

無論、誰もいない。

当然だ。彼女は沈んだのだから。

その声も、その温もりも、失われたのだから

でも、それでも尚。

諦めきれず、泣かないように、唇を噛み締め。

彼女の唯一残した、紙を拾い上げる。

私が沈んだときに読んでね、と。

渡されたその手紙には、沢山の。

本当に沢山の事が、書かれていたが。

 

私は貴女が。駆逐艦朝潮が姉さんで、良かった

自分の事でも精一杯なのに。

他の子を守って、気にして、励まして。

弱い人にも迷わず手を差し出せる貴女の強さが

優しさが、正しさが、とても眩しくて。

私も、そうありたいと、強く思えたの。

そんな貴女が、私の誇りであり、動力源であり、

…そんな、私のお姉ちゃんが、大好きよ。

 

「ばかぁ…っ!」

約束をさせておいて、

自分から破らせようとする馬鹿がいるか。

部屋の隅で、一人。泣きながら。

私は、手紙を強く握りしめた。

 

「私じゃ…駄目ですか」

だから、私は。

彼女を守るためなら、自分がどうなろうと。

必ず、助け出してみせる。




はい!!私に次回予告は無理でした本当に本当にごめんなさいっ!!
過去話は意地でも手を抜きたくなかったので…出来るだけ一生懸命かいてたらもう一話分の文字数じゃん!!!と…
ごめんなさいぃ次回こそ次回予告通りになるんで…
ほんとすいませんでしたぁっ!!!
格好良かったんです上手に次回予告書いてる人がぁぁ…
出来心だったんですやってみたかったんです皆様ほんとどうやって書いてるのぉ…!!
何はともあれ、次回も彼等の事を見守っていただけるとありがたいですっ!!


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馬鹿な艦娘と狂った人間(後編)

島風は理解した。

響の目の色が変わったことを。

恐らく、ここからが正念場だろう。

笑みを深めて、水の上を走る。

全ては彼のために。

全ては彼のために。

全ては彼のために。

 

ーアイツを沈めるチャンスは、今しかないー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「自分の手で殺しちまったらな、

"背負わなきゃ"いけなくなるんだよ。

ソイツが歩く筈だった道も、生き方も、未来も

全部背負って、歩いていかなくちゃいけない」

男の言葉が、脳裏に甦る。

きっと彼は優しいから、

私が沈めたとは言わないだろう。

でも、姉を沈めたのは、他でもない私だ。

私は、彼女達を、

今までの姉達の生きた証を背負っている。

「私は、まだ、歩きたいッ!!」

今までずっと、呪いだと思っていた、

罪だと思い、背負い続けていた。

でも、違う。今は違う。

他でもない彼が、司令官が、

一緒に背負ってくれる。

私はまだ、彼と共に、

姉の生きた証を背負い、生きていきたい。

それがどれだけ苦しくても、辛くても。

彼と共になら、歩いていけると、

背負っていけると、そう感じたから。

 

飛び交う砲弾。

水柱が次々に立ち、水飛沫が跳ぶ。

悔しいが、島風の才能は本物だ。

この戦いの中でもどんどん動きは良くなって、

今や、実力はほぼ拮抗していた。

攻撃を避け、打ち返す。

避けられて、打ち返される。

何か、ほんの些細な切っ掛けで、

どちらかの攻撃は当たるだろう。

そして、そのまま押しきられることは必須。

響の頬を、汗が伝った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「私じゃ…駄目ですか」

サングラスの男が、ヒュウ、と口笛を吹いた。

「見上げた友情だねぇ。だが、断る。」

「なっ…」

「お前じゃ幼すぎる。流石になぁ…」

下唇を噛んで、地面を見つめる朝潮。

他の人を犠牲に出来る筈がない。

もう、どうしようもないじゃないか。

…そんな折だった。

「良いんじゃないですか?」

人混みを掻き分け、一人の男が声を上げる。

「お前なぁ…」

「そ、も、そ、も。私が拾ったんですよ~?

私は別に、いやぁ…むしろこっちの方が…」

少し肥満型の男は、気持ちの悪い笑みを浮かべ

じゅるりと音を立てた。

「はぁぁ…。お前だって察してるとは思うが…本当に良いんだな?」

「……」

朝潮は、彼らを睨み付けながら言い放った。

「私が、代わりになります」

男は、念を押すように言った。

「…自分が何を言ってるか、分かってるな?」

「…はい。」

朝潮は、震えたまま頷く。

「そうか。泣ける仲間愛だな。よし、連れてけ」

男の無慈悲な声が響いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…!!」

打ち出した魚雷の一つに、島風が被弾した。

些細な切っ掛けで、戦線は崩壊する。

「ぐっ…!」

苦しそうな声をあげ、

動きを止めた少女に必死に肉弾。

「隙ありだ!」

「…っ」

終わりだ。

勝利を確信した響。

だが、島風は吠える。

まるで、自身を鼓舞するかのように。

「私がっ!!私が守るんだ…ッ!!!!

提督を傷つけるやつは…私が許さないッ!!」

「………」

思わず、響は足を止める。

あまりにも、過去の自分に似ていたから。

まるでこれは、彼にナイフを向けたときのー

急に動きを止めたことを疑問に思ったのだろう。

そっと首を傾げる島風。

「…私の、負けで良いかな。」

やがて響は、どこか疲れたように、

少しだけ寂しげに笑った。

 

「…弾薬でも切れたの?」

恐る恐る、といったように尋ねる少女。

「そんな筈ないじゃないか。」

響は首を振り、苦笑した。

じゃあ、何故、と、彼女が問う前に

響は真っ直ぐに彼女を見つめ、言う。

「人を殺せば、その人の死を背負うことになる」

「………。」

「そこまで君が私を沈めたいなら、もう良いさ」

だけど、私の死が、いつか、

君の凶行を止める切っ掛けになれば。

あの司令官に、

この異常事態を気付かせるサインになれば。

私は喜んで、血となり、糧となろう。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

…あぁ、ここまで事が上手く運ぶとは。

島風を見ながら、妖精は笑みを浮かべた。

「…じゃあ、そろそろ終わろっか!」

響は目を閉じ、最後に、姉妹の顔を思い浮かべ

ドン、という砲撃音が、彼女の身体を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来る筈の痛みを感じず、恐る恐る目を開ける響

「どういうつもりですか?」

やけに静かな海に、妖精の、タマの声が響いた

「もう、こんな"茶番は終わり"」

良く見ると、島風は、タマに砲を向けている。

「ここで沈むのは貴女だよ。タマさん。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

唖然とする響に、傷つけてごめんね。

と、ひとこと謝ると、島風はタマに向き合う。

「…まさか、あなた。」

「確かに私は響ちゃんを憎んでるよ。

確かに私は傷付けたことを許せないよ。

でも、だからって…この子を沈めたら、

他でもない提督が一番悲しむから。」

響を庇うように立ち、言い切る島風。

「だ、だからってわたしをしずめるりゆうは」

「…何を企んでるの?」

「はい?」

妖精は首をかしげた。

この女はいったい何を…

「言い方を変えよっか。大淀に何をしたの?」

瞬間、島風の背後に一人の男の姿が見え、

妖精はギリッと、歯を噛み締めた。

彼女の憎しみは本物だった。

演技なんかではなかった。

だからこそ妖精は釣られたのだ。

完璧に、上手く誘導できたと思っていたのに。

…恐らく、初めから、読まれていたのだ。

誰にかなど、考えるまでもない。

「妖精は、基本的には沈まない。でも、例えば、妖精が憑いている艤装が沈んだとき…艦娘が轟沈したときに、一緒に沈むことが確認されてる。

そして貴女は不思議と、どんな艤装も扱うことが、憑く事ができた。」

逃げようとする連装砲の眼前に砲弾を撃ち込まれ、その巨大な水柱が動きを遮る。

「でも、私は違う。連装砲ちゃんが一人沈んじゃうのは悲しいけど、これなら。今の貴女なら、犠牲を出さずに沈めることが出来る。」

視界の端に、こちらに向かってくる影が一つ

脳裏に、彼の顔が映った。

馬鹿な。まさか、そんな。あり得ない。

直接来るリスクを理解することができないのか?

近海とはいえ、流石にここまで自分で来る筈が。

そう考えると同時に、妖精の頭には、

自分の物を守るためならどんなリスクでも犯す

男の生きざまがありありと思い出されていた。

「反撃開始だよ、タマさん。

そもそも、私があんなに弾を外した時点で、

可笑しいとは思わなかった?」

吹き荒ぶ風、揺れる波。

ニヤリ、と、島風が笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

スカートをギュッと握り、瞳を閉じる朝潮。

小太りの男は、いやらしい笑みを浮かべ、

その手をゆっくりと伸ばしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんか怪しいと思ったんだよなぁ…

流石の俺もドン引きだわ。」

地面に顔を打ち付ける小太りの男。

朝潮が目を開けると、彼女を庇うように立ち、

その長い足で男を蹴り飛ばした、異様なほど目付きが悪く、純白の軍服に身を包む、提督が、ゆっくりと、相手の顎先を上に蹴りあげた足を戻すところであった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

唖然とする両者。

静かになった空間で一人、

何事もなかったかのように頭をボリボリと掻く男

「コソコソ動く奴が居るから後をつけてみれば…

面白そうなことやってんなぁ。俺も混ぜろよ。」

「し、しれいかん…?」

その声で正気に返った男達が、大声で怒鳴った。

「テメェ!こんなことしてただで済むとー」

グチャリ、と凄まじい音が出る。

それは、男が未だ横たわった人間の後頭部に一切の容赦も手加減もなく足を踏みおろした音だ。

「あー…?今何か言ったか?」

鼻血が出たのだろうか、

コンクリートが赤色に染まる。

靴の裏についた血を嫌そうに眺めた後、

笑いながら尋ねる男に、

返す言葉など持ち合わせてはいなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「提督かと思ったかい?残念、長波サマだぜ!」

「長波おっそーい!!」

「これでも充分早いだろっ?!」

笑い合う二人、妖精は震える声で呟いた。

「あの人の…指示では…?」

「違うよ。これは私の独断。」

そんな筈がない。

だって、コイツは大淀と会ってすらない筈だ。

何故、そんな奴が、偽物だと断言できる。

「じゃあ、何故、大淀が偽物だと…」

「あの人がすり替えられたことは分かるよ。

だって、提督が偽物だと思ったんだもん。

そして、それを庇った貴女は怪しすぎる。」

言葉を失う妖精。

それは、信頼と呼ぶにはあまりに危険な信頼

まさに盲信と言っても過言ではないほどの信頼だけを頼りに、彼女はこんな作戦を打ち立てたのだ。

「その台詞、やっぱり貴女の仕業なんだ。

…まぁ、餌を撒いたらこんなにすぐ食い付いてくれるとは思わなかったけど。妖精さんって皆食いしん坊なんだね。というか…そもそも貴女が妖精かすら怪しいけどね 。響ちゃんを沈めるように仕向けて、何を企んでいたのかな。」

この少女は、思っていたより、

もっと、ずっと、馬鹿で、愚かだったのだ。

妖精は歯を噛み締めながら、自身の甘さを悔いた

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「てか、俺の物が勝手に出歩いてんじゃねぇ

外出許可証なんざ貰った覚えがないんだがな。」

「そ、れは…」

固まる男達を気にもせず、落ちた軍帽を拾い手で土を払いながら、朝潮の元に歩いていく提督。

「言い訳は要らん。軽巡は一週間以内だから、今から掃除を間に合わせればそれでよかったが、お前は別だ。もう外に出てしまった。俺になにも言わず、軍規を破って外出した。そこにどんな理由があろうと、ルール違反はルール違反だ。」

「ひっ…」

「流石に許容範囲を超えた。罰だな。」

後ずさる朝潮。

やがてその背中が壁にぶつかり、目を固く閉じた朝潮の頭に、男はボスッと軍帽を被せた。

「へっ…?」

「その荒潮ってのは茶髪だな。ここに来るまででそこの病棟の窓から似たような奴を見かけた。

…恐らく四階だ。今すぐ助け出せ。

それで罰としよう。」

…この男は何を言っているのだろう。

朝潮は思わず、帽子を両手で押さえたまま、上目遣いで恐る恐る男の顔を覗き込んでいた。

「追加で命令だ。これより、お前とお前の姉妹に危害を加えようとする人間は容赦なく殴れ。艤装を展開しても良い。俺が許可を出す。全責任も俺が取る。だから…好きに暴れてやれ。」

「そっ…そんなの?!一般人を…!」

「自分自身と、お前の姉妹を傷つける糞共と、どっちが大切なのか、頭冷やして考え直せよ。」

帽子ごと、わしわしと乱暴に頭を撫でられる。

「早く行け。大事な姉妹艦が待ってんだろ。」

男は朝潮に背を向けた。

駆け出す朝潮の後を追おうと、駆け出した一人のまだ若い男の首根っこを掴むと、地面に叩きつけ、何度も何度も顔を踏みつける男。

地面が赤く染まろうと、男がビクビクと痙攣を始めようと、一切の容赦も、慈悲もない。

「お、おい…やめろよ…」

「し、死んじまうぞ…!」

そんな震え声に反応し、ゆらりと此方を振り向くと、ギラギラと光る目で笑った。

「安心しろ、お前ら全員皆殺しだ」

「そ、そんな事してただで済むと…」

「どうでも良いな。俺はただ、俺の物を守りたいだけだ。…無論、傷つける奴は絶対に許さねぇ」

その狂気が宿った眼光に、男達は後ずさる。

…コイツは、どこか、狂っている。

誰もがそう感じた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「餓鬼…それも女を泣かせてんじゃねーよ」

身体に狂気を纏ったまま、

ズン、と一歩踏み出す男。

 

「貴女が何を企んでいようが、関係ないよ」

あまりに真っ直ぐすぎる瞳で、

島風は妖精と対峙する。

 

「俺の物に手は出させねぇ!

今の俺にあるのは、それだけだ!」

「私の鎮守府に手は出させない!

あの人のためにも、私が守るんだ!」

ー遠く離れた二つの場所で、

二人の声が青い、青い空に共鳴するー




作者です!!はい!!遅れてしまってごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!
携帯がっ!!!携帯が壊れたというか小爆発した?というかっ?!
パスワード忘れてしまって中のデータ取り戻すのにえらく時間がかかってしまいこのような事態に…大変申し訳ございませんお久しぶりですただいまですぅ…
前編からえらく時間かかった後編で申し訳ございません!!
楽しんでいただければ幸いです!それと暫く端末の復旧からのデータの修復などに追われててあまり直ぐには続きを書けないかもです!ごめんなさい!!!ではでは!!この辺で!


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エゴイスト

「…やはり、"けいかく"にないことなどするものではありませんね。」

諦めた様に笑う妖精から、不穏な気配が漂う

「…計画?」

島風は響を庇うように手を広げ、目を細めた。

「くちくかんひびきをしずませて、

いったいなにをたくらんでいるのか?

うぬぼれないで下さい。

いちくちくかんなどどうでもいいそんざい。

しずめるも、しずめないも。どうでもいい」

「…大淀は?」

「さぁ?どうでしたかね。」

あくまでも、余裕一杯にクスクスと笑う妖精に

長波はゆっくりと砲を向けた。

「アタシは、初めは眉唾だったんだ。

だってそうだろ?大淀さんはいつも通りだったし、妖精が何かをするとは思えない。

…でも、今のアンタなら…大淀に何かしたって言われても、全く信じられない訳じゃない」

「…それで?それがどうしたのですか?」

「その余裕に腹が立つね。

どっちが優位か、分かってんのかい?」

「どうでもいい響ちゃんは…何で狙われたの」

島風がそう訊ねた瞬間、

連装砲が足元に砲撃を行い、

巨大な水柱が彼女らの視界を遮る。

「"それ"があなたたちのはいいんです。

こうきしんはねこをもころす。

かんたんにじぶんたちがゆういだとおもいこみ

すこしでもじょうほうをあつめようと、

わたしにみすみすじかんをあたえる。

…だから、こうなるんですよ。」

水柱が消え去ったとき、

妖精と一匹の連装砲の姿は見えず、

そのたどたどしい声だけが聞こえた。

「…!!」

最初にその異変に気付いたのは、

他でもなく、一番後ろにいた響だ。

「この反応…深海棲艦…?

それも、十、いや、二十…一体何匹…ッ?!」

自分達を囲むようにして、

四方八方から、まるで包囲するように。

大量の深海棲艦が迫っていることに気が付く。

「…!?」

慌てたように辺りを見渡す島風。

遠くの海で、数えるのも億劫になるほどの量の

深海棲艦が蠢いているのが見えた。

「…少なくともハ級以上はいないのが救いだけど…こりゃあ長波サマでもキツいかも…」

「あなたたちはのこしておくつもりでしたが…

もういいです。けいかくへんこうです。

うみのもくずとなりなさい。」

荒れ始めた海に、冷たい声が響く。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ま、待て!」

そんな大声で、男は足を止めた。

「わ、分かった。分かった!

お前の物に手を出したことは謝る…!!」

地面に手をつく男を冷たい目で見つめる提督。

男は、ヘラヘラと笑いながら上を見上げ、

その冷たい、狂気が宿った顔を覗き込んだ。

「…買う、買うから。買わせてくれ。

幾らでも用意する。だから、正式に、取引だ

交渉をしよう。あんなに居るんだ、

一匹くらい売ってくれても良いだろ?!」

「…………………良い………た?」

「…え?」

小さな声が聞き取れず、間抜けな声を上げる男

「…誰が………て……………た?」

提督は、高く、高く足をあげ、

容赦なくその顔に踵を振り下ろす。

「ギャッ…!!」

ドチャリと倒れ伏した男。

「誰が顔をあげて良いと言った?」

その胸ぐらを掴み上げ、乱暴に壁に叩きつけた

「たっ…助け…!」

「…今更誰かに助けを求めるには、

俺達は"汚れすぎてる"と思わねぇか?」

狂喜を纏ったまま、寂しげに笑うと、

彼は相手の頭に全力で額をぶつけた。

「さて、どーした?かかってこねーの?

言っとくが、さっきのやつみたいな舐めた

交渉なんざ通じないってわかってるよな。」

痙攣する男を放り投げ、

ケラケラと高笑いをする男。

サングラスの男が、増援を呼べと一人に命令し、

次の瞬間、その他の全員が一斉に提督に向かう。

「そうだ。俺らに和解の道はねぇ。

どっちかが死ぬまで止まらないんだろ?」

狂気的な笑みを浮かべ、男も駆け出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…響ちゃん、やれそう?」

艤装を構えながら、小さく訊ねる島風に、

響は一言だけ言った。

「…ごめんね。」

「…何が?」

「提督を、傷付けて…ごめん。」

下を向き、苦しそうな顔をする響のおでこに、コツンと自分の額を当てて、島風は笑った。

「帰ったら、ちゃんと謝ってね。」

「…あぁ、必ず。」

瞳にまだ強い光を宿したまま、響は力強く頷いた

「アタシもまだ提督に酷いこと言ったの、

謝れてないからな…一緒に謝りに行こうぜ!」

「あ、じゃあ長波も嫌い。」

「なんでだよ!!今は連携すべきだから!!!

トキトバ!!トキトバ弁えようぜ!?」

ツーンとそっぽを向く島風と、

慌てたように突っ込む長波。

…全く、昔では考えられないくらい賑やかだ。

「沈めない理由が…どんどん増えてくるよ」

誰にも聞かれないように、そっと呟き、

彼女も同じく主砲を構えた。

 

海は荒れる。

波が高く揺れ、複雑な波の動きに慣れていない島風は得意の機動力を発揮することができない。

それでも尚。

「まだまだッ!!!!」

敵に揉まれながら、高い声で叫ぶ。

そんな彼女に容赦なく砲口が向けられー

「油断してんなよッ!」

いち早くそれを察知した長波が先に砲撃を撃ち込み、動きを止める。

長波の無理な体勢からの砲撃による隙は、

すぐさま響がフォロー。

長波が立て直すと同時に離脱し、

再び数減らしを始める響を庇うため、

さらに目立つ行動を取り、島風は敵の注意を引きつつ回避に専念する。

「…へぇ…。」

妖精は目を細め、感心した。

なかなかどうして見事な連携だ。

…だが。

「…ホントに減ってんのかよ!」

「…きりがない」

「…っ!!」

焦りを見せ始める三者。

そう、人数の差、というのは

戦いの上でとても重要だ。

このまま消耗戦に持ち込み、

じわじわとなぶり殺してやる。

妖精は、口角を高く上げ、にやりと笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「がッ…!」

「多分だが俺らに救われる"権利"は無ぇ。

苦しみ悶えながら死ぬのが"悪役"だ。」

振り抜かれた拳を容易くかわし、

カウンター気味にがら空きになった鳩尾に

自分の拳を叩き込む男。

「もう俺たちに残された"希望"は無い。

この先にあるのは"絶望"だ。」

狂気的な程に真っ直ぐで、

危険なその拳が振り抜かれる度に、

男がバタバタと倒れていった。

「俺達は"期待"なんてされていない。

死んだ方がよっぽど喜ばれるんだろう」

されど、数は力だ。

空いた彼の頬にパンチが叩き込まれていく。

「俺には、"守る"力は残されていない。

"奪って"、"傷つける"のが俺の本性だ。」

されど、男は何でもないように受け、

すぐに殴り返すと言葉を紡ぎ続ける。

「分かるか?コレは"正義"じゃないんだよ」

下衆びた笑みを浮かべ、

人混みに揉まれながら男は叫んだ。

「これが俺の"エゴ"だッ!!」

ビリビリと空気が震え、数人が後ずさる。

顔を何度も殴られ、何度も身体を蹴られ、

圧倒的な人数差を相手にしながら男は嗤った。

「俺の目が黒いうちは、

アイツらに手なんて出させねぇ。

アイツらは俺が守るんだよ。

たとえ望まれなくても、

恨まれることになったとしても…

苦しみ悶えながら死ぬその時まで、俺がー」

「もう正気じゃないな。」

サングラスをかけた男が前に出る。

「…もういい。雑魚が集まっても同じだ。

アイツは俺が殺る。」

 

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「不味いね。」

響がボソリと呟いた。

「…弾薬?」

「あぁ、まだ尽きてはいないが…そろそろ。」

「そっか。私も。燃料がヤバイかも。」

ピンチにも関わらず、二人は柔らかく笑う。

「喋る余裕を戦いに回せよ!?」

長波は突っ込むが、彼女の身体もボロボロで、

足がガクガクと震えている。

「…島風。」

響の声が、砲撃音や轟音が響く戦場で、

やけに大きく響いた。

「君は、逃げろ。」

 

目を大きく見開き、固まる島風。

「…何を」

「ここで三人沈むのはナンセンスだ。

この事実を司令官に伝える役が必要なんだ。

少なくとも、司令官にあの化物の事を知らせないと、彼は騙されたままになってしまう。下手をしたら、いつか彼だって…!」

「それはっ!」

拒絶するように顔を上げ、叫んだ島風に対して、どこか吹っ切れたように笑う長波。

「あー、それ良いな、提督に、酷いこと言ってごめんなって、謝っといてくれよ」

「長波?!」

「私もだ。信じきれず、傷つけて、ごめんなさい、と。後できれば私のお姉ちゃん達にも、司令官を支えてくれと伝えてくれれば、これ以上思い残すことはないね。」

「響ちゃんッ!!!」

「彼の事、よろしく頼むよ。あの化け物が何を企んでいるのかは知らないけど…君が、アイツから、司令官を守るんだ」

「…はぁ?」

パン!と、手を叩く音が一度だけ聞こえ、全ての深海棲艦が消滅する。

瞬きをしただけなのに、その一瞬で、あれだけいた深海棲艦の全ての一切が消え去っていた。

「 は ぁ ぁ ぁ ? ! 」

再び聞こえる先程より大きな声。

そこにいたのは一匹の連装砲と妖精だ。

その妖精の瞳が暗く濁っており、目を合わせた全員が、まるで底無し沼のような、その闇に引き込まれる思いがした。



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それぞれの正義

ー時は少し巻き戻るー

左腕を押さえ、身体を引きずるようにして、

医務室に入る男が一人。

中に一人の少女がいたが、彼と目が合うと、

ヒッ、と、悲鳴を漏らして、

すぐに執務室から出ていった。

『あっちょっ…!』

バタン、と閉められた扉を見てため息をつく男

…もとい、提督。

『包帯はどこかくらい…教えてくれよ…』

響に刺された左腕からはまだ少し血が滲んでいる

男はソファーに倒れ込むと、上を見上げ、

少しだけ疲れたようにぼやいた。

 

妖精が通りかかった時、

彼はちょうど棚から包帯を引っ張りだし、

腕に巻き付けている所だった。

口で片側を押さえ、乱暴に巻き付けるものだから

必要以上に圧迫され包帯が

どんどんと赤色に染まって行く。

慌てて妖精は駆け寄った。

『な、なにをして…これは?!』

『…タマか、大したことねぇよ』

『なにをいってるんですか!!』

そっと包帯に触れる妖精。

男は痛みから少しだけ顔をしかめた。

『あっ、ご、ごめんなさ…』

慌てて手を引く妖精の頭を撫で、

男は澄んだ瞳で笑う。

『心配してくれて、ありがとな、タマ。』

『…』

彼女は笑い返さない。返せるはずがない。

ただ、その包帯と、血の痕を眺め。

憎々しげに顔を歪ませ、ポツリと。溢した。

『だれに、されたの、ですか』

『転んだだけだ。気にするな。』

『…うそですよね?』

『………気に病むな。大して気にもならん。』

…嘘だ。あまりにも分かりやすすぎる嘘だ。

だって、貴方は、今。

とても、辛そうな顔をしているから。

まるで世界全員が敵になって、

独りぼっちになってしまったような。

そんな目をしているから。

お願いだから、そんな顔で、笑わないで。

『ていとくさんッ!!!!』

涙に濡れたその瞳をみて、男は目を見開く。

『だれにッ!!されたのですかッ!!!

こんなッ!!!こんなことって…!!』

『タマ…』

『ゆるせない…ゆるさない…ッ!!』

『タマ!!』

咎めるように。諭すように。

大きな声で私の声は遮られた。

…何故恨み言すら吐かせてくれないんだろう。

…何故貴方はいつも一人で抱え込むんだろう。

『ありがとな。でも、俺は、大丈夫だ。』

そっと抱き寄せられる妖精。

『…はなしてください』

『…お、おう。』

彼の知る妖精らしからぬ冷たい声に、

男は思わずそっと手を離した。

『もうわかりました。あなたは、そこまでしてあのかんむすたちをたいせつにするのですね』

『…あぁ。それが俺の生き方だ。』

『…じゃあ、いったいだれがあなたをたいせつにしてくれるんですかね。』

その言葉で、反射的に固まる男。

妖精はフイ、と顔を反らし、

すぐに部屋から飛び去っていった。

『…俺は、大丈夫なんだよ…タマ。』

男の虚しい呟きは、一人きりの部屋に溶ける。

 

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「 は ぁ ぁ ぁ ? ! 」

空気がビリビリと震え、

彼女ら三人は身体を硬直させた。

その小さな体躯から出るのは凄まじい殺気。

怒り、悪意、悲しみ、憎悪、憎しみ、

あらゆる負の感情を混ぜ合わせたような圧に、

思わず彼女たちはたじろいだ。

「まもる?だれを?だれから?おまえたちが…?

…ふざけるなッ!!!!!」

大きな怒声が響き渡り、

かつて無いほどの眼光で艦娘を睨み付ける妖精

「きずつけていたのはおまえらだ!!!

くるしめているのはおまえらだ!!!

もういい!もういい!!これいじょうおまえたちのかおをみたくない。こえもききたくない。

いますぐに、このわたしがじきじきにおまえたちをしずめてやる!!!」

身体を震わせるような轟音と共に、

連装砲から砲撃が出される。

島風の近くに落ちたそれは、

その圧倒的な威力で水をえぐり、

近くの島風を軽く吹き飛ばした。

「きゃっ…!?」

「島風っ!!!!」

「この威力…まるで…戦艦じゃないか…!?」

「ははははははは!!!!!」

連装砲の小ささで、島風ほどの速度で。

戦艦ほどの圧倒的なまでの攻撃を放つ。

「そんなの無茶苦茶だよ…っ!」

思わず、島風の口から、弱音が溢れた。

「さぁ、つづきをはじめましょう。

あなたたちはさいごに、

なんといってしずむのでしょうね。」

迫るのは絶望。

荒れ狂う波の中、三人の小さな艦娘達は、

疲れた身体にムチを打ち、再び海原を駆ける。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ようやくボスのお出ましか?」

提督が笑うと、男も小さく鼻で笑い返した。

「お互い、敵が多い身らしいな。」

「…あん?」

「左腕はどうした?」

不意に男の左腕を掴み、自分の方に寄せる男。

捲られた袖から、

じわじわと赤く濡れていく包帯が見えた。

「…チッ!!」

提督が振った腕をひらりとかわし、

クックックと心底おかしそうに男は嗤う。

「提督様ともあろうものがこんな怪我をするとは思えない。…艦娘にでも刺されたか?」

「…」

「図星か。憐れだな。そこまでして何故守る?」

「お前にゃ関係ねーよ!」

繰り出された拳を避けながら、

男は提督の腹に膝を食い込ませた。

「ガッ…」

「下らない正義だのなんだのにとりつかれるお前じゃないだろう。先ほどエゴだのなんだのと言っていたのだからな。だから、そんなお前に一つだけ教えておきたいことがある。…俺達は正しいことをしている。俺たちの行動は正義だ。」

「面白い冗談だな。年端もいねぇ餓鬼を

糞に引き渡すことが正義だってのか?」

「お前は何も知らないだけだ。

…艦娘ってのは、富豪には高く売れる。」

「それがどうしたッ!」

叫ぶ提督の蹴りを受け止め、蹴り返す。

「グッ…!!」

「この街にはな、孤児院があるんだよ。

親に捨てられたり、虐待されたり…そういった子供を無償で引き取り、育てているのがあの施設だ。」

丘の上の、小さな建物を指差す男。

「ところがこのご時世だ。

慈善活動なんざ誰もしてくれない。

途端に経営難になった孤児院は、

潰れるしかなくなってしまった。」

「だから艦娘を売らせろってか?」

「…アイツらにはストックがあるんだろう?

そもそも、路頭に迷えばあの餓鬼共に待っているのは"死"だけだ。

…だが、売られたところで、死ぬ訳じゃない。

むしろ、戦線から撤退できる上に、

気に入られれば最高の暮らしが保証される。

替えの効く一人の化物の暮らしと、

替えの効かない大勢の人間の命、

どちらを優先すべきかは分かる筈だろう?

というか第一、お前たちが何年も何年もこの戦争を長引かせ、中々終わらせないせいでこの様なことが起こるんじゃないのか?」

最早足元が覚束なくなっている提督の胸ぐらを掴み、殴り飛ばす男。

「国から高い金を貰い、ぬくぬくと暮らす提督様には分からない話かもな。」

「………」

「俺はあの場所に恩がある。

俺はアイツらに兄と呼ばれている。

あの場所と、あの餓鬼達を守るためなら

どんな方法だって取るさ。

ここに揃っている連中は、そういう奴らだ。

恥ずかしい話、中には邪な考えで参加している人間がいることは…否定できないがな。」

壁に叩きつけられ、ずるずると座り込む提督の側に歩み寄り、男は手を伸ばす。

「なぁ、あんな奴等、守る必要なんてあるか?

お前は、刺されたんだろう?

減った分は作り直せば良い。

というか、そもそも、売られた先にあるのが不幸と決まった訳じゃない。

…なぁ、俺らに協力をしてはくれないか?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あなたにはしんそこげんめつしました。」

島風が、身体を硬直させる。

「あなたはそうやって、

ずっとゆるしつづけるのでしょう。

あのひとがゆるしたから。

あのひとがきにしてないから。

そうやって、あのひとがすりきれて、すりきれて

いつのひか、かんぜんにきえてしまっても、

あなたはかれにちゅうじつにしたがうのでしょう

なくなったあのひとは、

こんなことをしてもよろこばない。と。」

憎々しげに、島風を睨み付け、妖精は吼える。

「すべてをゆるすことが、

かならずしもただしいとおもうな!!

ゆるすのがあなたのおもうせいぎなら、

ゆるさないことこそが、わたしのせいぎだ!!」

 

「散々殴ったことは謝る。

俺たちがこんなことをいってお金を騙しとろうとしてると思うのなら、お前が代わりに金をあそこの孤児院に届けてくれたって良い。」

優しい声色で、そっと手を差しのべる男。

「手を取れ。提督。

俺たちには、俺たちの正義があるんだ。

きっと、お前と俺達は、上手くやっていける」



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譲れないモノ

提督は、震える手で、

差し伸べられた男の腕に手を伸ばして行きー

「断る」

手をパシン、と払うと、ニヤリと笑った。

「そうか。残念だ。」

吹き飛ばされる提督。

転がり、噎せる彼の肩を掴み、無理矢理立たせると、その頭を大きく後ろに引き、勢いのままに彼の頭にぶつけた。

ガチン、という鈍い音が響き、提督はそのまま力なく仰け反っていく。

「俺とお前では分かり合えない。

それがただただ、残念でならないな。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「島風ッ!!!」

長波の叫び声で、ハッと正気に返る島風。

気がつけば眼前に迫っていた砲撃を、身をよじってかわせたのは最早奇跡と呼んでも過言ではないだろう

「呆けている場合じゃないよ。島風。」

軽く窘める響。

軽く視線を落とす島風を見て、

長波は安心させるように笑った。

「あんな奴の言うことなんて真に受けることねーって!…それとも、後悔してるのかい?アタシ達を…許しちまったこと。」

「…君が望むのなら、私は沈んでも良いよ」

「頼むからもうちょい生存意欲出そうぜ?!」

死を前にして、笑う二人に手を引かれるように

島風は真っ直ぐに前を見据える。

「後悔なんて、してない。する訳がない。

何て言われても、私は提督を、皆を、守るよ」

彼女の周りの連装砲が、彼女の覚悟を受け取ったように、キュイ!と、小さく鳴いた。

 

「…そうか。強いな…君は。」

柔らかな笑みを浮かべる響。

私では、守りきれなかった。

自分のせいで、二度も姉を殺してしまった。

ーだが、彼女にならー

彼女になら、もしかしたら、出来るかもしれない

私が成し得なかったこと。

心の奥底で、ずっと願っていたこと。

どうか、どうか、もうこれ以上はー

「もう、誰一人、沈ませない。

きっと、誰も傷つく必要なんてないんだ」

武器を真っ直ぐ妖精に向け、

自分を奮い立たせるように、強く言い切った。

 

「良いじゃない!寄せ集め軍団最高!!!」

腕を高く上げ、明るい笑みを浮かべる長波。

実のところ、もう視界はぼやけてきている。

気を抜けば、今にも倒れてしまいそうなほど、

足は震え、身体はボロボロになっていた。

ーだが、それでもー

「アンタと、アイツの為なら、

アタシは何だってできる気がするんだよな!」

心の奥底から溢れ出るのは笑み。

強い瞳を持つ、無二の親友を誇りとし、

その誇りで以て海上に立った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

倒れていく提督。

ー確実に決まった。

もう立てないだろうと、気を抜いた彼は、

提督の口角がつり上がっている事に気付く。

「…お前」

「…ぉらよッ!!!」

その腹筋で、まるで弾かれたバネが元に戻るように、一瞬で体を起こし、そのままの勢いで額同士をぶつける提督。

「ガッ…!?」

サングラスがひしゃげて吹き飛び、男が倒れた

「…ゴチャゴチャうるせーなァ…」

額から血を流しながら、首をゴキゴキと鳴らす

それは、返り血だけでなく、彼自身の額が割れ

流れ出た血でもあるだろう。

「…つくづく…ッ!!正気じゃないな…!」

血が出ている頭を押さえながら立ち上がる男

「当たり前だろうが、ボケ」

「何故分からないッ!!何故守るッ!!

刺されたんじゃないのか?!

人間が大事なんじゃないのか?!」

吠える男に対し、耳を塞ぎながら男は笑った

「俺は心底人間が嫌いだ。

俺にとって大事なもんは俺の物だけだ。

…だがな、そもそもお前、間違ってんだよ。

そんな汚い金で助けられた餓鬼が、

本当に喜ぶとでも思ってんのか?

今後お前は、その餓鬼共の兄として、

胸張ってソイツらと向き合えんのかよ?」

「お前らが!!!!恵まれてるからそんな

"綺麗事"が言えるんだよッ!!!!!!!」

提督の胸ぐらを掴む男。

「汚い金だから何だ?!

まだ幼い女を売った金だから何だ?!

金は金だ!!!もう俺はッ!!俺達は!!

間違っていたとしても!!

恨まれることになったとしても!!!

こうするしか無いんだよッ!!!!」

その言葉で、男は満足そうにニヤリと笑う。

「良い顔になったじゃねーか。

さっきよりずっと好感度高いぜ?

正義だのなんだのって、

自分を誤魔化すのはやめろよ。

俺達人間が正義なんて"御立派なもん"

持ち合わせてる筈がねーんだからな。

互いに譲れん物がある。

その為なら、手段は問わん。手だって汚す。

…それだけで良いじゃねーか。」

「お前は…」

顔は腫れ上がり、あちこちから血が出ている。

だが、血化粧に彩られた彼の目だけは。

何よりも力強く、光に満ちていた。

「ここから先が本番だ。

お前の想いは良く分かったが、はいそうですかと引き下がるほど俺は"正しく"ねぇ。

言っとくがな、俺は強いぞ。

ここから先は、単なる意地のぶつけ合いだ。

下らねェ建前は良いから殴り合おうぜ」

「お望みならやってやる…後悔するなよッ!」

拳が交差され、二人は同時に吹き飛ぶ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ひとつだけ、いいことをおしえてあげます」

妖精は淡々と言葉を紡ぐ。

「わたしは、あなたたちのいう"ようせい"です」

その言葉で、全員が一瞬、足を止めた。

「…とてもそうは見えないね。」

「妖精にしちゃ邪悪すぎっつーの」

「…妖精だとしても、何かを企んでるのは事実で、提督を悲しませるなら私はー」

「もっとも、あなたたちがふだんいっている

"ようせい"とはすこしだけ、

ちがうのかもしれませんが。」

世界にノイズが走る。

砂嵐のような、その音を聴き、

三人は辺りを見渡した。

「…たくさんのていとくをみてきました。

たくさんのせかいをわたりあるいてきました。」

地震が起こる。

否、水面が揺れているのだ。

酷く不規則に、酷く不安定に。

「わたしのこえはだれにもとどかない。

わたしのすがたはだれにもみえない。

せかいをひとりきりでおよぎつづけ、

いつしか、"ぼうかんしゃ"では

ものたりなくなったのです。」

「今度は何だよ?!」

「…これは…」

「…下ッ!!」

島風の声がする。

「わたしのすがたがみえたものは、

おこったり、らくたんしたり、

いふしたり、ぜつぼうしたり。

…わたしがすがたをみせたじてんで、

あなたたちにきぼうはないのですよ。」

大きな波音が立ったかと思えば、

海の中から、白く、巨大な"手"が現れた。

「…ハァ?!」

「なに…あれ?」

「…はは、もう…無茶苦茶じゃないか」

視界が揺れ、海面が歪む。

世界にノイズがかかり、空に亀裂が走った。

「おろかなかんむすどもが。

せかいのはざまにひきずりこんでやる。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「もう…一丁ッ!!!」

立ち上がり、駆け出す提督は、

再び壁に叩き付けられる。

「…お前…はぁ…っ!しつこいにも…程が…」

「その程度か?!」

血にまみれながら、再び向かってくる男。

対峙する男が、最早目の前の人間は

死んでいるんじゃないかと、

ゾンビなんじゃないかと、

馬鹿な考えをしてしまう程に。

「…チィッ!これで…!」

額の中心に拳が叩き付けられる。

しかし、男は倒れない。

不適な笑みを浮かべたまま、

その額で以て男の拳を受け止めて見せた。

「ある餓鬼達が居た。

自分達ですら精一杯なのに、初対面の相手に迷いなく手を差し伸べるお人好し達が居た。」

一歩下がる男の懐に踏み込むと、

その腹に拳を打ち込む。

「ある餓鬼が居た。

騙されている仲間を救うために、わざと相手の恨みを買い、目を覚まさせようとする馬鹿が居た。」

「ガッ…!」

容赦のない追撃。

呻く男の腹に、更に一撃を。

「ある餓鬼が居た。

消えた自分の仲間の想いを受け継ぎ、ただ強さにこだわり続ける阿呆が居た。」

もう一撃、もう一撃、何度も拳を打ち付ける男。

「ある餓鬼達が居た。

形は違えど仲間を守る為、自分の身を省みず、自身を犠牲にして仲間を救おうとするバカが居た。」

カウンター気味に出された相手の拳。

男は身体を深く沈め、その拳をよけると、

相手の顎先に向けその"左拳"を振り抜いた。

「ある餓鬼が居た。

アイツは馬鹿で、コミュ症で、すぐ調子に乗る問題児だが…なによりも目が真っ直ぐで、澄んだ、向日葵のような笑顔を持っていた。」

「グッ…ぁ…」

血が出る。

左腕に激痛が走る。

それでも男は、迷いなく最後まで拳を振り抜いた

「まだ俺は、全員と分かり合えた訳じゃねぇ

それでも、いや、だからこそ、

ここで負けるわけにはいかねーんだわ」

「俺…も……だよ…糞………やろ…」

倒れる男。

気絶したのか、力を使い果たしたのか。

動かなくなった男を眺め、提督は、笑った

「まぁ、弱くは無かったんじゃねーかな。

俺には到底届いてなかったがな。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

深海から伸びる白い腕が、

彼女たちを引きずり込もうと掴みかかる。

「ッ!!!」

それを辛うじて避わした響は、

執拗に自分が狙われていることに気付いた。

「…それもそうか。」

彼を傷つけたのは自分なのだから。

この対立の元凶は全て私なのだから。

…少し前の自分なら、沈んでいたんだろう

"死"という選択肢に、逃げていたんだろう。

「…でも、今も同じと思わないことだ。」

自分が狙われるなら、彼女たちがより動ける

島風に目をやると、彼女の足元、水面下に、

"手"が伸びていることに気が付いた。

「"うで"がいっぽんだなんて、

だれもいってませんよ?」

「島風ッ!!!」

彼女の叫び声が響くのと、

手が島風に伸びるのは同時だった。



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決意

男の足元には沢山の男達が転がっていた。

肩で息をしながら、血に濡れた男は、

背後から二つの足音が

近付いていることに気が付く。

「…来た…か。」

ゆっくりと振り向く男。

視線の先には、驚愕から目を見開く朝潮と、

恐怖から歯をガチガチと鳴らす荒潮が居た。

「し、司令官…!!一体これは…」

「………」

返事をせず、ゆっくりと、

一歩一歩地を踏みしめるように近づく提督。

思わず身構えた二人。逃げようかとも思った。

相手は手負いだ。その気になれば逃げきれる。

…だか、恐怖からか、足がすくんで動かない。

「……………」

男はどんどん近づいてくる。

「………ご、」

恐怖に耐えかね、荒潮が震えながら呟き始めた

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

それでも男は止まらない。

恐怖は伝染する。

手を繋いでいた朝潮が、

喉の奥で小さく悲鳴を漏らした。

残り数メートル。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

どんどん距離は近づいてくる。

「ごめんなさいごめんなさい…」

やがて、二人の目の前まで来た男は、

まるで倒れ込むように、二人の少女を抱き寄せた

「…無事か。馬鹿共が。」

反射的に固まる二人の少女。

でも、何故だろう。

こんなに胸が満たされるのは。

突き飛ばそうと思えないのは。

「…本当に…無事で…良かった…」

鼻につく血と汗の匂い。

恐怖の権化である提督に、抱き締められている

なのに、気がつけば、二人は男の背に手を回し

わんわんと大きな声で泣き叫んでいた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「島風ッ!!」

叫び声が響き、島風の足元から"手"が現れる。

「きゃっ?!」

その手が彼女を掴む直前。

「キュイ!」

連装砲が、彼女を突き飛ばし、代わりに掴まれ

そのまま海の底に引きずり込まれていった。

「連装砲ちゃんっ?!なんで…っ!?」

水面下を覗き込む島風。

暗い海の底が見えることはない。

その上から差し迫る手を長波が撃ち抜き、

島風を強引に立たせた。

「馬鹿!!座り込む暇なんてないだろ!」

「だ、だって連装砲ちゃんが…!」

「島風!!」

響が彼女の顔を挟み、目を合わせる。

「連装砲の思いを無駄にする気か君は!!」

その珍しく感情を露にした怒声で、

ハッとしたように目を見開いた。

「…そう、だよね。そうだよね。」

海を滑り、下を向きながら呟く島風。

「貴女がどんな思いを持ってようと関係ない

私は、提督を、皆を守るんだっ!」

「おまえにそんなちからなんてない」

「分かってるよ!私は貴女みたいに賢くないし、不思議な力も持ってない。

提督みたいに強くないし、頭も良くない。」

「おまえにまもるけんりなんてない」

「そうかもね。許せた私より、許せなかった貴女の方が、よっぽど提督の事を好きなの"かも"」

「おまえにはなにもできない」

「できないって分かってたとしても、

しない理由にはならないよねっ!!!」

島風はどんどんスピードを上げながら吼える。

対する妖精も、砲撃とその"腕"で

彼女を掴まえようと迎撃を始める。

対峙する二人。

決着の時は近い。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

涙も声も枯れ、二人を引き離すと、

何故か物寂しげな、或いは物欲しそうな

顔でこちらを見つめる二人。

なんだそのなんとも言えない目は。

…だが、生憎と、時間はない。

男は、二人の少女の頭をそっと撫でて告げた。

「俺は少し野暮用が残ってる。

先に帰っててくれるか?」

不思議そうな顔を浮かべる荒潮と、

キリッとした顔で敬礼をする朝潮。

彼女たちが提督の命令に逆らうはずもなく、

素直に、手を繋ぎながら帰る二人の背中を見届け

男は後ろを向いて笑う。

「…」

無言で、此方に近づいてくる男達。

「増援…ねぇ…。

さて、もう一踏ん張り、できるかね…」

彼はボリボリと頭を掻いて、

再び狂気の面を被る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ちょこまかと…!!」

唸る妖精。

『良いか、島風。』

島風の脳裏に浮かんでいたのは、

長波と戦う前の、提督の言葉だった。

『俺達は弱い。これだけは頭に入れていろ。』

風が吹く演習場で、男は島風を見ながら言う。

『弱い…?』

『経験ってのは力だ。俺達はアイツらほど、

場数も、性能も、経験もない。』

ゆっくりと島風の頭に手が伸ばされた。

『ぉぅっ?』

『だが、それが俺達の"強み"になる。』

ニヤリと、不敵な男の笑顔に見惚れていると

彼は、淡々と語りだした。

 

「どれだけあがこうがむだです。」

『力量の差ってのは余裕を生む。

余裕はいつか油断となり、

油断はいつか隙になる。』

幾つもの腕が海面から伸び、

それら全てが島風へと伸びた。

「…っ!」

『短期間でアイツらを上回ることはできない

実力も、経験も、培ってきたものが根から違う

だが、だからと言って、

"弱者"が必ずしも負けるとは限らない』

全てを辛うじて回避し、

上を見上げれば第二波が迫っていた。

『"弱さ"は"強さ"だ。相手の油断を誘え。

自身を脅威に見せるな。相手に余裕を与えろ。

そうすればいつかは隙ができる。』

『…やられっぱなしでいろってこと?』

『調子に乗らせておけば良いんだ。

どうとでも言わせておけば良いんだ。

最期に喉笛を噛み千切り、嗤ってやれば良い

最後に勝てればそれで良い。

結局のところ、いつだって最後に勝つのは

最期まで勝つことを諦めなかった奴だ』

「これでおわりです」

迫る手を長波と響が撃ち落とした。

「島風!ぼうっとしている場合じゃ…」

声は途切れる。

島風が大きく海を蹴り、

妖精に向かって肉弾したのだ。

「ばっ…!!」

「おろかですね。」

確かに近づけば、

"手"からは逃れられるかもしれない。

だが、連装砲の砲撃から逃れられる筈がない。

向けられた砲口から轟音と共に砲撃が出されー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が練習していたのは、海を滑る練習でも

まして砲撃をより正確に当てる練習でもない。

高跳びの要領で、相手の砲弾をスルリとかわし

空中で妖精に砲口を向ける。

「…なっ」

目を見開く妖精。

彼女が長波と戦う直前に練習していたのは、

この、相手に一直線に接近し、

迎撃してきた砲弾をかわしながら撃ち返す練習

『泥臭くても良い。惨めでも良い。

諦めない限り、一%は勝機がある。』

一回限りの、油断し、何の考えもない

真っ直ぐな砲撃をかわして撃ち返すだけの、

簡単でいて、とても難しい攻撃方法。

『ーソレが"弱者"なりの戦い方だ』

「ーこれが"私"なりの戦い方だよ」

ニヒッと歯を見せて笑う島風。

今度は彼女の砲口が火を吹いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「どーしたよ?!ビビって声も出ねぇか?!」

白い服を赤く染め、笑う男を見て、

男達は言葉を失った。

「あ、兄貴…」

彼のすぐそばに倒れている男を見て、

誰かが声を漏らす。

そして、次の瞬間、全員が怒りから、

咆哮を上げながら男へ突撃した。

「…はは、さすがにキツいか。」

彼の小さな呟き声は、

男達の咆哮に掻き消される

 

「オイオイ!怒る権利がお前らにあんのか?」

笑い声は、蹴りにより遮られる。

「黙れよ…死に損ないがッ!」

「………。」

瞬間、彼の動きが止まった。

「そうだな。その通りだ。」

誰もが背筋を凍らせる。

悲しげに、狂気的に。

彼は、そんな笑みを浮かべ、

目の前の男の腕の肉を噛み千切った。

「俺は死に損なっちまった。

きっと、俺が死ぬべきだったのにな。」

吐き捨てながらどこか遠くを見て呟く男を見て

狂人め、と沢山の"正義"の殺意は濃くなる

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『挫折や失敗ってのは誰にでもある。』

妖精の立っていた場所に水柱が立ったが、

島風は距離を取ることもなく

何度も攻撃を繰り返す。

『だが、格下に足元を掬われた場合、

大抵の奴が動揺する。混乱する。』

「これで…ッ!!!」

『不意をついた後、建て直す隙を与えるな。

一度喰らい付いたなら、絶対に離すな。

一気に畳み掛けろ。勝負をつけろ。』

水柱が消え去ったとき、

何十もの"手"がドーム状に覆い被さっている

奇妙な塊が現れた。

手がポロポロと海に落ちて行き、

中から妖精が出てくる。

「…ゆだんしました。」

「っ…!!」

 

『これは相手が油断しているからこそだ。

警戒されるようになったら…何も通用しない』

 

ー男の、最後の言葉が、脳裏に浮かぶー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…ぜっ…はぁ…」

何人もの男に取り押さえられ、

狂人は地面に顔を押し付けられた。

「この…っ!!暴れんな!!」

「俺を取り押さえたところでどうなる?

アイツらはもう逃げた。無駄なんだよ!!

ざまぁみやがれ!!!クハハハ!!!」

心底嬉しそうに笑う男。

金属バットを持った男が、彼の前に立った。

「お前に選ばせてやる」

「あん?」

「ここで死にたいか?」

瞬間、真顔になり、黙る提督。

「………。」

「死にたくないなら、今すぐ艦娘を連れてこい

…お前なら、容易だろう?」

「断る。」

即答する男。

「…そうかよ。じゃあ死ね。」

不敵に笑う男の顔に、

勢いよくバットが振り下ろされる。




次回でようやく…
提督も島風もケリをつけるでしょう…
いやぁ…長々だらだらと申し訳ないです…
ほんと文才というか…文章能力がある人ってどんな訓練してどんな生活してたらあんな面白い文章を書けるんでしょうか…
どうかどうか!ダメダメな作者ではございますが
これからも彼等の事を見守っていただけるとありがたいです…っ!!


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終演、そしてー

「グハッ…?!」

金属バットが地に落ちるカランという音。

男の声と、吹き飛ぶ音を聞き、

提督は腫れ上がった顔を上げる。

「そこまでにしてくれるかしらぁ~?」

「死んだら何にもならねぇぞバカ野郎…ッ!

だが…お前の覚悟は伝わったぜ」

「龍田…天龍…?」

心底不思議そうに呟く提督を庇うようにして立つ

2対の、人の形を模した"竜"が居た。

 

「立たなくて良い。寝てろよ。

ったく…一人で格好付けやがって…」

ため息をつく天龍。

「天龍ちゃん、涙声よ~?」

「うるせぇよッ!!!」

茶化されて顔を真っ赤にするが、

提督はそんなこと気にする余裕はない。

「なんで、お前ら、此所に…」

「なんだ?!お前ら?!」

提督の呟きを遮り、一人の男が大声を出した

「天龍型一番艦、天龍」

「天龍型二番艦、龍田」

 

「これ以上"俺の"提督を傷付けるなら、

先ずはこの俺様が相手だ!!」

「"私の"提督が随分とお世話になったのね~?

…これは御返ししないといけないわぁ~」

 

刀と、薙刀が、

まるで提督を守るかのように交差された。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「まったく…ゆだんもすきもありませんね」

パタパタと埃を払うような仕草をする妖精。

だが、彼女が言葉を失った理由は他にある。

「………」

此方に主砲を向ける、"二匹目"の連装砲。

「はそんもしていますし、のりかえました」

「…アッハ。何でもありだね。ホント。」

「わたしはあなたたちとはすこしだけ、

ちがいますから。たしょうの"むちゃ"が

きくんですよ。」

今まで蓄積されたダメージが零になった。

それだけじゃない。

最早、強者特有の"余裕"は消え失せた。

唾を飲む島風。

「…島風。」

「アタシらのこと、忘れてないかい?」

肩に置かれる手。

慌てて振り向くと、

二人は呆れたような笑みを浮かべていた。

「一人で戦っている訳じゃない。

私達にも、もう少し頼ってほしいね」

「一人で突っ込むのも良いけどさ

戦場では協調も必要なんだけどなー?」

「でも…」

どれだけダメージを与えても、

乗り換えられるなら意味がない。

足元の連装砲を見る。

もし乗り換えられるのが連装砲だけでなければ?

もし魚雷に乗り換えられたら?

もし彼女等の艤装に乗り換えられたら?

「…さぁて、ここいらで

先輩としての威厳を見せないとなー」

「…君の弱点は見破った。

反撃の時間だ。妖精…いや、タマさん。」

 

響の言葉に、島風は目を見開く。

同時に、妖精も眉を動かした。

「…じゃくてん?」

「島風!彼女から目を離すな!!」

その声で、妖精に視線を戻す島風。

対する妖精は、苦々しそうに歯を噛み締めた。

「君が"力"を行使する前兆は必ずあったんだ

砲撃によって立てられた水柱。

その直後に、君の姿が消え、

大量の深海棲艦が現れた。

手を叩き、私達の注意が反れた瞬間、

あれだけいた深海棲艦が跡形もなく消滅し、

戦艦顔負けの破壊力をもつ連装砲が現れた。

私達がノイズの音で、辺りを見渡した後に、

その不思議な"腕"が現れた。」

後ずさるように、下がる連装砲。

「不思議だね?

私達が君から目を離したり、

君に注意を向けていなかった後には、

必ず"不思議な事"が起こったんだ。」

距離を詰めるように、淡々と言葉を紡ぐ響。

「ここから導き出される答えはただ一つ。」

 

「君は、誰かに目撃されている状態では、

その"力"を行使することができない。」

 

『企業秘密だから"目を反らしてください"』

ー部屋を掃除した際の、

妖精の言葉が思い返されるー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ひ、卑怯だぞ!!」

吼える男と、笑う龍田。

「ふぅん?自分は沢山のお友だちと虐めるのに

二人増援が来るだけで卑怯になるの~?」

「お、お前らは化け物だろうが!!」

「人間一人にも数人で襲いかかってたわよね~」

言葉に詰まる男。

天龍がニヤリと笑いながら言う。

「安心しろよ。俺達は艤装なんか展開しねぇ。

これなら一般人より少し力が強い程度だ。」

そうだ。彼女らは、艤装を展開しなければ、

ただの一般人とは何ら変わりない。

…だが。その筈なのに。

「お前らなんか艤装を展開する価値もねぇよ。

さっさと終わらせるぞ!龍田ぁ!!!」

「ふふふふふ~死にたい人から順番に

前に出てきてくださ~い?」

その威圧感は、歴戦の猛者のそれだった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ずに、のるなァッ!!!!」

手が一直線に響へと伸びる。

それらを撃ち落とした響と、

入れ替わるように長波が連装砲へ肉弾した。

「近距離戦なら、島風より私の方が強いぜ!」

「君は接近戦が弱いわけではないが、

遠距離と比べれば近距離の方が勝機がある。」

「ッ!!!!」

伸びる手を掻い潜り、

ニヤリと笑う長波の主砲が火を吹く。

「島風!回り込め!絶対に視線を反らすな!」

響が島風と対になるように動きながら叫んだ。

その速度を活かし、直ぐに回り込む島風。

「…っ!」

そちらに"腕"を伸ばす余裕はない。

油断している今なら引きずり込むのは

容易だろうが、目の前の艦娘が邪魔だ。

何度も舌打ちをしながら、

目の前の艦娘を憎々しげに睨み付ける妖精。

 

姉妹艦を二度も失った響は、

ひたすらにある技能を磨いていた。

砲撃でもなく、雷撃でもない。

改装も補給もされない使い捨ての艦が

そんなものを磨いた所で何もできない。

ならば、何を磨くか。

何をすれば、姉を守ることができるのか。

彼女が辿り着いた結論は、

"指揮"と"観察"だった。

「どれだけ私が足掻こうと、私の自慢の姉はきっと私を庇ってしまう。なら、いっそのこと、後方で的確な指示を出した方が生存率は上がる。」

今回も彼女はそうだった。

島風に庇われ、長波に護られながら

ひたすらに相手を観察し、分析していたのだ

「これが、あの地獄で、私が辿り着いた答えだ」

 

「どれだけあがこうが、

おまえたちのさきにあるのはぜつぼうだ!」

「アンタさぁ、アタシらのこと舐めすぎ。」

言葉に詰まる妖精。

「まぁそうだよな。攻略法が分かったとは言え

状況は最悪、お世辞にも好転したとは言えない」

だが、長波はこれ以上無いほど嬉しそうに笑う

「でもな、あの地獄を体験した私達にとっちゃ

"これ以上状況が悪くならない"ってのはさ、

これ以上無く安心できるんだよ。」

毎日貶され、罵られ、怯えながら暮らしていた

殴られたことだって何度もあった。

自分達に明日はあるのか、

明日はもっと悪くなっているんじゃないか。

何度だって、明日が来なければ良いと願った。

だから、今の状況は。

二人の仲間と共に、

海に立っていると言うこの状況は。

「生ぬるい絶望だねぇ…。

そんなもんでこの長波サマが

折れるとでも思ってんのかい?」

呆れるように、誇らしげに、笑みを浮かべた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「悪かった。もっと早く助けりゃ良かったんだ」

天龍が、下唇を噛むようにして言う。

「それどころか

殺そうとしていたわけだしねぇ~」

龍田のそんな言葉で、提督はふっと笑った。

「…成程な。つけられていたのは俺も、か。」

「悪かったよ…馬鹿な考えだった。

こんなこと考えたのは俺だ。罰なら俺が…」

「そんな事は良い。

それに、お前らが強く望むなら俺はー」

男の言葉は、口に当てられた指で遮られた。

「今の発言はナンセンスねぇ~…。

好感度があるならだだ下がりよ~?」

「龍田…」

「バーカ。お前が死んだら泣く奴が居るんだろ

…そんな簡単に自分を殺すんじゃねぇ。」

「天龍…」

走ってくる男の腕を捻り上げ、

間接部分に攻撃を加える龍田。

「ぐぁぁぁっ…!!」

「泣かないの~。骨が折れただけでしょう?」

男達は悲鳴を漏らしながら下がった。

「俺達の剣はお前なんかのためにあるんじゃねぇ

お前ら全員半殺しだッ!!!!」

天龍の咆哮により、糸が切れたように、

男達は半狂乱になりながら襲いかかってくる。

「貴方はそこで寝転がっててねぇ~。

すぐに終わらせるわぁ~。」

「ふふ、怖いか?だがな、

朝潮はもっと怖かったろうなッ!!」

 

艤装を展開していないとはいえ、

普段から戦いの中に居る艦娘と

平和ボケした一般人ではその差は歴然だ。

あっという間に制圧され、

彼等は地面に寝転がされていた。

それらを冷たい目で見つめる龍田。

やがて騒ぎを聞き付けたのか、

町の人間達が走り寄ってきた。

「な…何てことを…」

呟く男。その背後では、

沢山の人々が驚愕の瞳で此方を見つめている。

「…弁解はしねーが、先に手を出したのは…」

だが、何故か頭をかく提督の脇をすり抜け、

今も気絶している男を蹴り飛ばす男。

「何てことをしてくれたんだよ…お前…ッ!」

その光景を見て、提督はスッと目を細める。

「そ、その怪我…すぐに手当てを!」

駆け寄ってくる他の人間を嫌そうに眺め、

男はため息を吐き怒鳴った。

「黙れよ。不愉快だ。」

「そ…それは…」

「俺は"そういう奴"が一番嫌いだ。

自分じゃ動かねぇ。動けねぇ癖に、

敗者が決まると大きな声でそいつを糾弾する。

お前らが何をしたんだ?

施設にいる子供の何人かは、

お前らが捨てた餓鬼なんじゃねぇのか?

こんな寂れた街に外部から餓鬼を預けに来る奴が居る訳ねーだろ。

助けもせず、ただ傍観して、…そんなだからコイツらがこんな行動を取らざるを得なかったんじゃねーのか?

俺はな、お前らみたいなタイプの人間よりは

間違ってたとしても、曲がってたとしても

誰かのために、自分の信念のために向かってくる奴の方が好きだよ。」

転がっている男を見ながら言い切ると、黙り込む町の人々に背を向けた。

「今回の件は不問とする。

だからな、コイツらに手を出したら許さん」

歩き出す男の背を追いかける龍田達。

「…何でこんなスムーズに

誤解が解けたのかしらねぇ…?」

龍田の呟きは、風にのって消えた。



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妖精というもの

「…はぁ。」

町を見渡せる高台で、

女は歩き去る男を見てため息をつく。

「…終わったのかしら?"青葉"」

「………はい。」

背後からかけられるそんな言葉に反応し、

彼女は無表情のまま振り向く。

「ですが、あの男。折角盗聴器で街の人間を扇動したにも関わらず、敵を作ったようです。」

くしゃりと、手元の盗聴器を握りつぶす青葉。

街の人々が倒れ伏す男を見て驚かなかった理由は

彼女が盗聴器をスピーカー状態にして、町の人間の元へ匿名で送り届けていたからである。

そこから垂れ流される音声だけを頼りに町の人々は一人また一人と、提督と対峙する身内の不始末を片付けるために、探し回っていたのだ。

「場所の特定に苦戦していたようなので、次回からは地図も添付しておきます。…もし次回があるならば、ですが。」

「…それで。…駆逐艦は?」

「二名とも無事です。軽巡洋艦が男を見張っていた為、救助はしておりません。」

「…そう。これだから駆逐艦は…。

本当。手の掛かる子供ね。」

眼鏡を外し、目頭を抑える女性に、

相変わらず無機質な表情で語りかける青葉。

「…不機嫌そうですね。"霧島"さん。」

「私は計画に無いことをされるのが一番嫌いなの

…あの男にしろ、軽巡洋艦にしろ。不愉快よ」

「駆逐艦が手の掛かる、というのには同意です。

個人的にはいちいち自分達が動かずに済んで良かったですがね。」

肩を竦めるように言う青葉。

霧島と呼ばれた女性も、はぁ、とため息をつき、

同意するように頷いた。

「…それもそうね。…街の人間に顔はー」

「見られていません。」

「なら、早く帰りましょうか。

他の戦艦達にも報告が必要でしょうしね」

歩き出す霧島。

青葉は一瞬だけ振り返り、

光の無い、冷たい瞳で男を見つめると、

霧島の後をついて歩き出し始めた。

 

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「…司令官っ!!」

「……!!」

暫く歩くと、走り寄ってくる二人の少女。

「お前ら…先に帰れって言っただろ…」

抱き止めると、鼻をすする音が聞こえた。

「私が残らせたのよ~。下手に二人だけで行動させるより、貴方を回収して皆で帰った方が安全だと思うしねぇ~。」

「…そうか…。」

「オイオイ、もっと他に言うべき事が

あるんじゃねーの?」

ニシシ、と笑う天龍。

「あー…無事でよかった。本当。」

そう言うと同時に、ベシッと後頭部を叩かれる。

「そりゃもう聞いたろ。

"心配かけてごめんなさい"

"もう一人で無茶はしません"だよ馬鹿。」

「あのな?!上官だからな俺?!」

「知らねーよ。…それともあれか?

上官様には逆らうな~ってか?

お前がそう言うなら敬語で話してもいいぜ?」

ため息をつく俺と笑う天龍。

コイツ分かってて言ってやがる。

「こっちのがお前らしくて良いな…。」

言いながら顔をしかめると、

朝潮が服の裾を握り締めながら言った。

「上官に対する態度は改めるべきです…!」

「その上官の服の裾を握り締めるのかー」

「こ、これは…その…ご、護衛ですっ!」

顔を赤くする朝潮と悪戯っぽく笑う天龍。

そんな二人を眺め、笑うと。

俺の視界は一瞬で暗くなった。

 

「ぇ…?」

朝潮が小さく声を漏らす。

ドサリと音を立て、倒れた提督に駆け寄る天龍が必死に肩を揺らそうとするが、龍田が慌てて止めた。

「揺らさないで!…息は…あるみたいね…」

「糞ッ…!初めからあの怪我で立ってれたのが可笑しかったんだ…!!今からでも病院にー」

「ここからなら鎮守府の方が近いわ。

街には敵も多いし…得策とは思えないわね」

先程の元気は嘘のように。

ぐったりとした男は天龍に背負われる。

「…どうして…?」

そんな彼に、荒潮は疑問を投げ掛けた。

どうして。そこまでして。

「私なんかを…」

ピクリとも動かない腕から返事はない。

「司令官?!司令官っ!!」

目に涙を浮かべながら、

何度も何度も呼び掛ける朝潮。

歯を噛み締め、細心の注意を払いながら、

足早に鎮守府へと向かう天龍。

うつむき、ひたすらに前を進む龍田。

青かった空にはいつの間にか黒い雲がかかり、

今にも雨が降りだしそうである。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…これが艦娘とやらの"可能性"ですか…?」

俯きがちに言う妖精。

「なんだ…ちゃんと喋れんじゃん」

肩で息をしながら長波がぼやき、

「…君は、何者なんだ…?」

響が目を大きく見開きながら呟く。

「…これが、これが…"この程度"が…?」

戦況は、妖精に大きく傾いていた。

 

「私は沢山の世界を渡り歩いてきました。

歴戦の艦娘の戦い方、様々な提督の指示。

…そして、それらの破滅まで。」

だから、彼女等のステータスは熟知している。

何処まで動けて、どの様に考えるか。

どう動くのが得意で、どの様に戦うのか。

それだけじゃない。

何年も、何十年も、気が遠くなる程提督達を眺めてきた妖精は、彼女たちよりよほど戦術にしろ、戦い方にしろ、知識がある。

「ですが、私は同時に期待していたんです。

貴女達ならば期待を越えるのではないか。

何か、私の予想を裏切ってくるのではないか。

限界を超えた"人の意思"があるのではないかと」

だが、と、妖精は言葉を続ける。

「…貴女達でも無理なのですね。

やはり、艦娘という枠は越えられないのですね」

期待外れだ。と。

瞬間、彼女達の視界が大きく歪む。

…否、世界が歪んでいく。

「目は!目は離すな!!」

そんな響の大声と共に、小さな声がした。

「一時期は人の為に何かしようとしたんですよ

でも、どれだけ私が尽くしても、働いても。

帰ってきたのは罵声や憎しみでした。

私は何もしていないのに。

私は力になりたかっただけなのに。

決めつけて、なにも知らない人間たちは

私のせいだと憎んで恨む。

何時からか私の身体は"そういう感情"

で構成されていました。

妖精の枠からはみ出てしまったのです。」

砲撃も、腕が伸びてくることもない。

なのに、彼女等の脳が警鐘を鳴らす。

「妖精は、現れれば喜ばれるものでしょう?

こんな"汚い感情"を抱くこともないのでしょう?

では、世界に拒絶された私は。

人間の"悪意"に堕ちた私は。

私は…いったい、何者なのでしょうか。」

この場から離れないと、と。

この状況は危険だ、と。

だが、視線は反らせない。

「話が脱線しましたね。

貴女は先程言いました。

"提督はそんな事望まない"、"きっと悲しむ"

…果たして本当にそうでしょうか?」

「何を…っ!」

島風が、その空気に耐えきれず大声を出した。

「こういう所は本当に人間に似ている…

"彼が望まない"んじゃない。

貴女が望んでいないだけでしょう?

"彼が悲しむ"んじゃない。

貴女に手を汚す覚悟がないだけでしょう?

尤もらしい理由をつけて、綺麗事を並べ立てて

自分も他者も騙して、騙して騙して騙して騙して

嘘を吐いて、吐いて吐いて吐いて吐いて。

…突き詰めてみれば、全て自分の為なんでしょう

その醜さを誤魔化すために、目を反らすために。

知らない振りを繰り返し、

やがては本当に忘れてしまう。」

「違うもんっ!!私はっ!!」

「…違う?本当に?

貴女が彼の何を知っているんですか?

悲しむという確信でもあるんですか?

許さないよりも許す方が楽だからでしょう?

或いは彼がどうなろうとどうでも良いからー」

「違うッ!!!!」

「では、本人に聞いてみましょうか」

妖精は、口に人差し指を当てて笑う。

数歩後ずさる島風。

目を反らさなければ大丈夫だ。

大丈夫な筈なんだ。

響の頬を、汗が伝う。

 

「…雷…?」

「…ゆ、夕雲姉…?!」

そんな声が左右から上がった。

それでも島風は視線を反らさない。

…反らせない。

なのに何故だろうか。

妖精の立っていた場所に男が立っているのは。

「雷!私はー」

「ち、違うんだよ…アタシはただ…」

「…島風。…何をしてんだ?」

男の声が、静かに響いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ていとく…」

小さな声に、彼は一切の反応を見せない。

ただ、強い声でもう一度。

「…何をしてるんだ?」

「わ、私は…」

「…俺に黙って勝手に動いたんだな。

…俺に黙って勝手に許したんだな。」

「それはっ!」

「…許すのはお前じゃない。

…お前にそんな権利はない。

…それは俺が決めることなんだよ。」

足が震える。

「…俺の物にそこまでの権限を与えた覚えはない。

…勝手に動くような奴は、俺の物じゃねぇよな」

「提督…?」

「…自分を撃て。…そのまま沈め。」

目を見開く。

今、この人はなんてー

「…出来ないか?…出来ないよな。

…だってお前は結局自分の為に動くんだから。

…俺の為っていうなら今ここで沈め。

…俺はお前が沈むことを望んでるよ。」

手が震える。

艤装がカチャカチャと音を鳴らしていた。

それでも、その手は。

砲口は、ゆっくりと自分に向いていく。

「…へぇ、撃てんのかよ?…お前に?」

「提督、最後に、一つだけ。良い?」

眉を動かす男に、笑いかけながら、一言

「私は、提督が、大好きだったよ。」

「俺は誰にも愛されない。望まれない。

…物の癖に好きだの何だの、虫酸が走るな。」

その言葉を最期とし、彼女は瞳を閉じてー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつけば、三人は倉庫に倒れていた。

「…え?」

「なっ…」

「へ…?」

辺りを見渡すと、

此方に凄い速度で飛んでくる妖精が。

「…ッ!?」

思わず目を閉じた三者。

だが、妖精はそんな三人の横をすり抜け

真っ先に手口へと向かう。

「ま、待って!何が…!!」

「うるさい!!もうわたしのまけでいい!!!」

そう叫び、飛び去っていく妖精を見て、

三人は顔を見合わせた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

門をくぐると、文字通り妖精が飛んできた。

「ていとくさんっ?!」

息を確認すると、

凄まじい形相で此方を睨み付ける彼女。

「…おまえらがやったのか?」

その圧に、戦場に立ち慣れている筈の

天龍ですら、僅かに怯んだ。

…だが、怯まない者もいる。

「邪魔よ。退きなさい。

貴女に構っている暇はないの。」

薙刀を突きつける龍田。

「…なるほど。」

暫く睨み合いが続いたが、

先に視線を反らしたのは妖精だった。

「天龍ちゃん、早く医務室に。」

「お、おう…!」

「て、提督ッ?!?!」

妖精のさらに後ろから大きな声がする。

「島風…ちゃん…」

掠れた声が、龍田の口から漏れた。

 

駆け寄る島風。

龍田はその右から迫り来る拳を受け止めた。

「どういうつもりかしらぁ~?響ちゃん?」

拳を受け止められた響は、

ぶつぶつと何かを呟く。

「…私にそんな権利はないことは知っているさ

…でも、でも…そうか、この感情が君の…」

「何をぶつぶつと…」

「私は知っている。今朝、軽巡洋艦と提督が揉めたことを。駆逐艦が怯えていたからね。

そして、鎮守府の外に出た君達二人を長波が目撃しているんだ。つまり…"そういう事"だろう?」

「降ろせよ。天龍さん。

アンタに私達の提督を背負う権利は無いね。」

「長波…お前…」

立ちはだかる長波と響。

「少し面倒ねぇ~…」

「時間がないから退け!話なら後でいくらでも」

「ふたりとも、さがりなさい。」

「っ…」

「…タマさん」

「なにやらごたごたしてきましたが…

ゆうせんすべきは"かれ"です。」

未だに意識を取り戻さない男の頬を軽く撫でると

苦しそうな顔を浮かべながら妖精は呟いた。



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敗者の処遇

「タマさん、なんとかなる…よね?」

ベッドで横になる男を見て、

心底心配そうに呟く島風。

だが、妖精は返事をしない。

「…タマさん?」

再び呼び掛けた島風を睨み付けると、

彼女は叫ぶかのように言った。

「にんげんはゆうきぶつです。わかりますか?

ものじゃないんですよ。

…かんむすのようにはいきません。

かれらは、けがをすればなかなかなおりませんし

もろく、すぐにしんでしまうんですよ。」

「そんなっ…!」

立ち上がって叫ぶ朝潮。

だが、それを遮るように妖精が続けた。

「"けがのかんち"にはじかんがかかります。

ですが、いまはすいみんぶそくやえいようしっちょう、そのたもろもろでたおれているだけです」

胸を撫で下ろす一同。

「…でも、きけんなことにかわりはありません

めんかいしゃぜつです。でていってください。」

「で、でも…」

手を握ったまま、荒潮が呟く。

「良いよ。行こうか。」

最初に席を立ったのは、響だった。

「君達とは話があるからね。

…ここじゃあれだ。席を外そうか。」

「…だねぇ。…ついて来るよな?」

「………提督…。」

敵意を隠そうともしないまま、部屋から出ていく

響、長波、島風の三者。

壁にもたれ掛かっていた龍田が溜め息をつき、

追いかける彼女につられるようにして、

ゾロゾロと全員が部屋から出ていく。

バタンと扉を閉めると、妖精は男に向きった。

ちょうど唸り声を上げながら起き上がる提督を泣き笑いのような表情で見つめ、語りかける。

 

「ん…ぁ?何処だ…ここ?」

呂律があまり回っておらず、声も掠れていた。

「おはようございます。」

そんな彼を見て笑みを浮かべる妖精。

だが、男はあまり状況が把握出来ていないようで

「タマ…?」

「はい。」

目をぱちぱちさせる彼を見て溜め息をつく。

人がどれだけ心配したと思っているのだ。

「いっつつ…」

「からだはうごかさないでください。

まったく…なにをしているんですか。」

「あぁ…そうか…俺は…」

手を天井に向けゆっくりと伸ばす男。

「そうか、今度は守れたのか。」

妖精は眉をひそめた。

「…なにを…いっているんですか?」

「俺は、守れた、守りきれたんだ…

ははは!!こりゃあ、良いな。あぁ…そうー」

「なにをいっているんですかッ!!」

珍しく大きな怒声を聞き、提督は動きを止めた

「…タマ…」

「こんなにぼろぼろになって!

なにがまもれたですか!!

あなたはほんとうになにもわかっていない。

わかっていない!!!

あなたは!あなたはわたしのたいせつなー」

「俺の物はな、俺が守るさ。」

その言葉で、動きを止める妖精。

「アイツらはもう十分苦しんだ。

守りたくもない人間の屑すらも

身体を張って守り続けた。

…今度はコチラの番だ。

これ以上は泣かせない。

これ以上は苦しめない。

俺の全てで以て、アイツらは俺が守るんだ」

その、強い瞳を見て、妖精は呟く。

「…それが、あなたのこたえですか。」

「そうだ。アイツらは俺が守る。

例え何があっても、俺がどうなったとしてもな」

「…わかりました。わかりましたよ…。

………はぁ。わたしの、まけですね。」

クスリと、寂しそうに笑う妖精。

「…?」

男が不思議そうに妖精を見つめていると、彼女は男の身体をそっとベッドに横たえた。

「…タマ?」

「いまはゆっくりおやすみなさい。」

不思議と、深い眠りに引き込まれる男は、ゆっくりと瞼を閉じていく。

 

妖精はふう、と溜め息をつくと、意を決したように

ふよふよと部屋から出ていった。

「タマさん。」

後ろからかけられた、島風の声を聞き、彼女はゆっくりと振り返っていく。

「…なにかごよう…

…いえ、ちゃばんはふようですね。」

諦めたような笑いを浮かべ、

三人の艦娘と向き合う妖精。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ふっざけんな!!!!」

部屋から出ていき、一部始終を聞き終わった

長波は机を乱暴に叩いて立ち上がった。

「それって…つまりあれだろ?!

アンタは、アンタらは提督があんなになるまで"傍観してた"ってことだよな?!」

「長波ちゃん…」

島風が諫めるような声を出す。

だが、それでも彼女は止まらない。

「あんなっ…あんなボロボロになるまで…

提督は一人で頑張ったのかよ…!!

んで…それをただただ眺めてたのかよ!!」

涙目になりながら部屋から出ていく長波。

それを見送ったあと、天龍はまるで自虐するかのように笑い、残った二人に尋ねた。

「お前らは良いのかよ?」

「…貴女達が助けてくれなかったら、提督はきっともっと酷いことになってたから。」

ふるふると首をふった島風だが、

天龍はそれを鼻で笑うと続ける。

「もっと早く助けたら良かったんだ。

もっと早く手を差し伸べれば良かったんだ。

こいつは本当に信用に足りるのか、

これも実は演技なんじゃないか。

疑い始めたらキリがなくなっちまって…

でも、もしあそこであぁなる前に俺達が…!」

「その感情はわからなくもないからね。

…いや、もしかしたら、

直接危害を加えた私の方が酷いかもしれない」

顔を伏せた響と対称的に、

真っ直ぐに前を見つめる島風。

「…私達は"やらないといけないこと"があるの

だから、この話は一旦おしまい。

…長波ちゃんは、私たちに任せて。」

後を追いかける二人。

天龍と龍田は深く息を吐いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「さきほどのつづきですか」

世界に再びノイズが走り、

辺りをピリピリとした空気が支配する。

そんな中、島風は妖精に向かって手を差し伸べた

「…どういうつもりですか?」

伸ばされた手を見て、

困惑したように此方をみる妖精。

「…あんなことしておいてあれだけど…

もしかしてタマさん、

本当に大淀に何もしてないの…?」

島風の声に、妖精は言葉を失った。

 

「そもそもが可笑しいんだ。

私が提督を傷付けて彼処まで怒る君が、簡単に艦娘に、彼の物に手を出すとは思えない。」

「さっき大淀と話してきたよ。

…あれは間違いなく大淀だった。

私達…そこそこの古参しか知らないような情報も知ってたからね。」

響と長波の言葉を聞いて、妖精は苦笑する。

「でも、わたしがおおよどになにかしたと

ほのめかすりゆうがないじゃないですか?

なにもしていないなら、ひていすればいい」

「これは私の予想だけど…。

響ちゃんと…私達と戦うためにわざとあんな態度を取ったんじゃないの…?」

黙る妖精。

「アタシ達が何か勘違いをしていた様だから

あえてそこに乗った…ってことだろ?

そうすれば、お互い遠慮なく戦うことができる」

「無言は、その態度は、肯定と同じだよ。」

だが、彼女の目は緩まない。

目の前の三人を睨み付けながら、小さく言った。

「…なにがいいたいのですか?」

「貴女が大淀に何もしていないなら、

私たちの戦う理由は一つ減るよね。」

「………」

「タマさん、私達は、君と戦う理由がない」

「こちらにはある…といえば?」

ノイズがだんだんと大きくなっていく。

それでも島風は怯まない。

「そう、貴女が私たちを襲うなら、

戦う理由ができてしまう。

…だから、交渉だよ」

「…こうしょう?」

「今回の響ちゃんの事、許してあげて。

そうすれば、私達も提督に貴女の事を言わない。それに、貴女とも敵対しない。」

その言葉で、独り言のように、妖精は呟いた。

「そうすれば、わたしたちは、

たたかわずにすむと?」

「………。」

「ふざけるな。おまえたちにたたかうりゆうがなくても、わたしにはたたかうりゆうがある。

おまえたちだっておこっていただろう。

おまえたちだってせめていただろう。」

段々と声が大きくなっていく。

ゾワゾワと彼女たちの毛が逆立っていく。

ノイズが割れんばかりに大きくなっていきー

やがて、プツリとそれが途絶え、妖精は笑った

「…と、いうとでもおもいましたか?」

「へ?」

「……こんかいだけです。

こんかいだけは、みのがしてあげましょう。」

島風の手を取り、言って見せる妖精を見て、

島風たちは目を見開いた。

「勘違いでも、傷付けてごめんね。

沈めようともしちゃったし。」

「だいじょうぶです。

それよりも、わたしは"やること"があるので」

背を向ける妖精の背中に、響は言葉を投げ掛けた

「提督が本当に好きなんだね…君は…」

「…ふふ、そうですね。だいすきですよ。」

一瞬だけ止まり、それだけ言うと、

妖精はふよふよと何処かへ飛んでいく。

島風達は、気づかない。

「だいすきです。そうにきまっています。

だって、かれはわたしの、たいせつなー」

"お人形さん"なのですから。

その小さな声に。

ニタニタと、気味の悪い笑みを浮かべていることに

誰一人として、気付かない。

『勘違いでも、傷つけてごめんね。』

「だいじょうぶです。

だいじょうぶなんですよ。」

勘違いなどではないのだから。

何一つとして、間違っていないのだから。

「かのじょはほんとうにゆうどうしやすい…

ばかなのはたまにきずですが…

りようするかちはじゅうぶんにあります。

…しかしあせりました。

かのじょへのひょうかは…すこしあらためるひつようがありますね。」

本当に、危なかったと妖精は嗤う。

あまりの愚かさに一瞬してやられたが、

 

…所詮愚者は愚者に過ぎないのだから。




夜も更けた頃。
「ふぅむ…。これが"けいたいてれび"か…!」
初春はキラキラとした瞳でそれを眺める。
「すごいのぅ、すごいのぅ!」
「お前は俺を看病に来たのか?
それとも俺のオモチャで遊びに来たのか?」
重症の提督を見た時雨と夕立が発狂したり、
電雷暁に包帯で全身をぐるぐる巻きにされたり
紆余曲折、様々な事はあったものの、
一日交代で提督の看病をすることになった。
響、雷、電、暁、島風、朝潮、荒潮、時雨、そして何処からかやってきて面白半分に参加し始めた初春からなる初日の看病じゃんけんに勝利したのは、まさかの初春という結果に終わったのだ。
「見よ提督!妾は知っとるぞ!
これはにゅぅすというんじゃろう?!」
「ニュースな。ニュース。」
「にゅぅす」
「言えてねぇー…全然言えてねぇー…!」
「なんじゃ、うるさいのぅ。
…あまり細かな男は嫌われるぞ!」
「おいやめろ。扇子でペシペシするな。
痛ぇ…なんだおい地味に痛いなやめろ」
笑う彼らは、ニュースの内容に耳を傾けない。

…本日未明、一人の男性がトラックと接触、
意識不明の重体となりました。
サングラスをかけたその男性は、
孤児院に向かう途中、
何やら叫びながら道路へと飛び出し、
そのままトラックに跳ねられた模様です。
警察は麻薬などの疑いもあると見て、
捜査を進めております。

彼がニュースを見ていたなら、
それが昼に会った人間であると分かっただろう
テレビでは、たくさんの子供に囲まれ、
白いベッドに横たわる男の姿が映されていた。












その端に一瞬だけ、
満足そうにニヤニヤと笑う小さな"小人"が映っていたことにも。
誰一人として気付かなかった。


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回り出す歯車

「すやぁ…」

目が覚めると、隣にはまだ幼い少女が寝ていた

おかしいなと思い、目を擦る。

「…にゅぅ…」

帽子を被ったその少女は、

"暁"と呼ばれる駆逐艦だった。

 

「可笑しいな…初春が…」

「おや、お目覚めか。寝坊助じゃのぅ。」

ドアを開け、現れた初春の手元には、

まだ湯気が出ているお粥があった。

「…コイツはどうしたんだ」

「仕方なかろう。昨晩夜遅くに来たかと思えば一緒に寝たいだのなんだのとぴーぴーぴーぴー…」

コト、と机にトレイを置き、

此方に粥を持ってくる初春。

「ほれ、食えるか?」

「要らん。塩だ。塩を持ってこい。

そもそもお粥って何だよ風邪じゃねぇぞ…」

「ほーう…要らんじゃとー。"電"。」

「…は?」

中に入って来たのは、

目を潤ませながら此方を見てくる電。

「おい、初春、まさか、お前、」

「可哀想にのぅ。」

「ご…ごめんなさいなのです…」

「いや!!食いたい!!食いたいなぁ!!!

お粥をありがとうな!!!ピッタリだわ!」

消え入りそうな声で謝るものだから、

此方としてもお粥を掻き込むしかない。

「ぐっ…」

「水じゃ。」

渡された水を喉に流し込む。

「死ぬ…かと…思っ……」

「そんなに急ぐな。粥は逃げんぞ。」

こっこっこと笑う少女を恨めしげに眺め、

入ってきた響達を見て首を傾げた。

「…いつもの四人組じゃねぇか。どうした?」

「どうしたって…看病に来たのよ!」

「司令官。失礼するよ。」

スッと俺の額に自分の額を当てる響。

「…ふむ、熱はないようだ」

「熱じゃねぇよ!!」

「やってみたかったのさ」

何故かは分からないが頬を染めながら言う響。

そこでようやく初春が状況を説明した。

「こやつらが言うにはな、一日交代で看病とは言ったが、その手伝いをしてはいけない、部屋に来てはいけない等というルールはなかったと」

「司令官!頼っていいのよ!」

「な、なのです!」

「暁は布団から出ようね。」

「ぐっ…?!ぐー…ぐー…」

何故か怖さがある笑顔を浮かべる響と、

わざとらしい寝息を立て始める暁。

お前起きてたのかよ。じゃあ退けよ…。

「暁。降りろ。十秒数えるから降りないと撃つ」

「響は何があったのよっ!!」

「日に日に司令官好きが

悪化している気がするのです…」

「司令官?司令官?!頼っていいのよ?!」

ガバッと起き上がる暁と、溜め息をつく電

雷はいい子だから人の服を引っ張るな…

賑やかになった救護室で俺は溜め息をついた。

 

「それじゃあ、妾は帰ろうかの?」

「はっ?!コイツらを置いていくと?!」

「なんじゃ御主、

そんなに妾に看病されたかったのか?」

テシ、と扇子で頬を叩かれる。

「そうじゃないが…」

「気になることがあってのぅ…

妾の分は終わりじゃ。後は頼んだぞ。」

そういい部屋をあとにする初春。

「「「「司令官(さん)!」」」」

四人の声が重なる。

 

「…司令官、そんなんじゃだめよ!」

「うるへぇ…もう食えるか…」

腰に手を当てて頬を膨らませる雷。

だがお前な、もう俺は米を三合くらい食ったわ。

俺は少食なんだぞ。そろそろ戻すからな。

胃が返品しようか本気で迷い始めてるんだからな

「司令官、肩でも揉もうか」

「いや大丈夫だ」

「…硬くて…ん…良いね。悪くない。」

「話聞いてる?」

だからなんで頬を染めるんだ頬を。

本当に響はどうしたんだろうか。

何故か俺の知らないところで

好感度が上がってる気がするのは気のせいか?

「あの…あのあのあのあの…」

「焦らなくて良い。」

電はまだ"提督"という存在がトラウマなのか、

あとのの二文字を交互に繰り返すだけの

壊れたラジオのようになってしまっている。

「あ、暁に出来ることはないのかしら…?!」

ただうろうろと俺の回りを彷徨いては

涙目で辺りを見渡し、何か出来ることを探す暁

お前が一番助かるよ。

だから頼むからそのまま何もしないでくれ。

「だぁぁぁぁ…誰か助けてくれ…」

俺の小さな呟きは、

賑やかな執務室には響かなかった。

 

「…失礼するわ。」

ガチャリとドアを開け、加賀が入ってくる。

「加賀か。」

「どうしたのかしら?」

雷を見て溜め息をつくと、加賀は冷たく言い放つ

「邪魔なら邪魔と言うべきね。」

「じゃあお前が言えよ」

「貴女達、提督は疲れているんだから…」

「ふぇ…」

「な、なのです…」

涙目になる暁と電を見つめ、固まる加賀。

「どうした?言わないのか?」

ニタニタと笑みを浮かべてやると、

ベシッと背中を叩かれた。

「おま…っ!怪我人だぞこちとら!!」

「よく考えてみれば、

もう少し介護が必要なようね。

…もっと手伝ってあげて」

「おいお前何を」

「頼って良いのよっ!!」

「電の本気を見るのです!!」

「レディにはそれくらい余裕なんだから!」

「あぁ。任せてくれ。」

顔を覆う。それは反則だろ…。

「で、何の用だ。」

「あら、用がなければ来ては駄目なのかしら」

シレッと言う加賀を見る。

「…冗談よ。そんな顔しないでもらえるかしら」

お前はずっと真顔だからわかんねーんだよ…

不満そうな顔を浮かべた俺と対照的に、

相変わらず澄ました顔で淡々と報告をする加賀

「良い知らせと悪い知らせ。

どちらから聞くのがお好み?」

「良い知らせから頼む。」

「そう。じゃあ良い知らせよ。

朝潮、荒潮のお陰で、駆逐艦で貴方を傷付けるような艦はもう居ないと思うわ。

軽巡洋艦も同様。広くパイプを持っていたり、リーダー格の艦娘から接触を図ったのは正しいと言えるわね」

「別にそんな打算があるわけじゃねぇよ」

「知っているわ。貴方はそんなに器用じゃない。

それにね、ある意味駆逐艦の方が、

人の"下心"…というのかしら、

そういう感情に鋭いの。

…尤も、この鎮守府の全員が全員そう考えているわけでは無いけれど。」

「それで悪い知らせってのは…」

加賀はスッと目を細めて言った。

 

「大本営から入電よ。

そちらから電話を寄越せ。

用件については分かっているな。と」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

部屋が凍りつく。

「ま、待って。だって先に手を出したのは…」

震える声で弁護する響。

加賀は溜め息をついて返す。

「まだその話と決まった訳じゃないわ。

尤も、十中八九それについてだろうけれど。

それに、そんな事を私に言われても困るわね。

どんな事情があろうと、軍人が一般人に手を出すのは大問題よ。厳罰は免れないでしょうね。」

「し、司令官は悪くないのです!」

「そうよ!!そんなの可笑しいじゃない!」

「司令官…大丈夫…なの?」

部屋を不穏な空気が満たしたが、

提督は何でもないことのように笑った。

「多分大丈夫だ。」

「…それはどうして?」

「電話があった時刻は11時11分。

女が連絡を寄越してきた…そうだろ?」

目を見開く加賀。

「…そうだけれど。どうして…」

「"アイツ"から連絡がある時は必ずその時間だ

…そんな顔するなよ。俺の…あー…

…まぁ、うん。俺と"同族"の奴からだ。」

「提督、と言うことかしら?」

「そういう意味じゃない。残念ながらな。

…艦娘と違って人間ってのは途方もなく数が多い

そんな人間の中から、数百人に一人くらい

…"イレギュラー"な奴が排出される。

…俺はアイツ以上に

"厄介な存在"を見たことがねぇよ」

「どういう意味かしら。」

「神様は休ませてくれないって事だ。

…だが、好機だな。アイツを上手く利用できれば…"前任"に一撃与えられるか…?」

ぶつぶつと呟く提督を、

ポカンとした瞳で見つめる四人組。

加賀は呆れ顔で、用事も終わったし帰るわ。

と、部屋から出ていく。

「…提督、一つだけ言っておくけれど、彼ら…

"前任"は、貴方が考えているような相手じゃない

…あまり余計なことは考えないことね。

貴方だって、死にたい訳じゃないでしょう?」

パタン、と閉じられた扉を見て、提督は笑った

 

「それでもな、いつか一発この手で

ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇんだわ。」




「ふーむ、此処かのぅ?」
電気もつけず、ゴソゴソと部屋を漁る初春。
暫く部屋を探索した後、
彼女はようやくお目当ての物を見つける。
その手に握られていたのは、まるで辞書を何冊か連ねたかのような、とても分厚い本。
これまで沈んできた艦娘の名前と沈み方が記されてきたその本には、沈んだ際の提督の名前も記載されていた。
初春はその、歴代の前任の名前が書かれた部分だけを、一つ一つ、黒のマーカーで塗り潰しながら、暗い室内で笑う。
「さてさて、困ったのぅ。
…これは非常に困ったことになった。」
機械的に、同じテンポで線を引く音だけが、
暗い室内に響く。


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"秘書艦"と"人のミカタ"(前編)

「ふざけんなっぽい」

執務室に集められた何人かの艦娘達。

その中で、一人の艦娘が笑顔で言った。

「…だがな、夕立…」

腕を組む提督は姿勢を崩さない。

「何を企んでるのかは知らないけど、

見られて不味いことをするつもりなら、

他でもないこの私が許さないっぽい。

…自分の信用の無さを理解してないのかしら?」

「夕立…」

咎めるような声を出す時雨。

「失礼な!司令官がその様なことをする筈が!」

朝潮が彼女の発言に噛みつき、

笑顔だが、表情を少しだけひきつらせた荒潮が、

夕立を睨み付ける。

「つまんなーい…」

呟いた島風を第六駆逐隊の面々が宥め、

加賀と初春が溜め息をついた。

ー今から鎮守府に客人を招くことになったー

-その間、艦娘が誰一人として

寮から出ないように取り計らって欲しい-

提督の要求はすんなり通る筈もなく、

意見は真っ向から別れていた。

 

「…そもそもの話、上官を疑うとは何事ですか!

命じられた事を遂行するのが私たち艦娘のー」

立ち上がり、大きな声を出す朝潮。

「悪いけど、私は反対だよ。

司令官、君は今薄氷の上に立っている状態だ

勿論、私は提督を信じているが、

他の…君を知らない艦娘はそうじゃない。

今、信用を無くすような行為は避けるべきだ」

それに対し、椅子に座ったまま淡々と言う響

「じゃあ誰も出ないように

こっそり仕向ければ良いんじゃないかしら!」

「そんな簡単に行くかのぅ…」

目を輝かせながら手を叩く雷と、

扇子を広げ呆れ声を出す初春。

「で、でもでも、私達に聞かせられない話だって

あると思うのです…!」

「それが問題なんだよ。電。

隠す、と言うことは同時に要らぬ誤解を招く

只でさえ提督に不信感を抱いている艦娘が、

いつ不安を爆発させるかも分からないだろう?」

「ご、ごめんなさいなのです…」

「えぇっ?!なんで涙目…?!

って皆何その目!?これ僕が悪いのかい?!」

涙目になる電を時雨が必死に宥め、

荒潮がポツリと呟いた。

「…皆、私は信じているけど、

なんてスタンスを取っているけどぉ~…。

結局、司令官を信じきれてないだけでしょう?」

「あら、私は提督を"信用"しているけれど

"信頼"まではしてないわよ?

だから、艦娘に聞かせられない話、

なんて言われれば当然疑うし怪しむわ。」

「………」

澄まし顔の加賀を睨み付ける荒潮。

ピリピリとした空気の中、

暁が元気よく手を挙げた。

「…どうしたの?暁?」

島風が問うと、暁はモジモジとしながら訊ねる

「あの…その…なんで司令官はその人を私達から遠ざけたがるのかなって…」

「………。」

今まで黙っていた提督が、

溜め息と共に、ゆっくりと口を開く。

 

「恐らく…"アイツ"はお前達の天敵だ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「どういう意味かしら。」

呟く加賀。

提督は目頭を押さえたまま言う。

「アイツは…何て言おうか…一言で表すなら、

"人のミカタ"だ。どうしようもない程にな。」

全員が首を傾げた。

「響は俺が薄氷の上に立っていると言ったな。

それは同時に、お前たちも立っているという事だ

この不安定な、まだ建て直している最中の時期に

"アイツ"と接触させるのは非常に不味い。」

「そんなに怖い人なの…?」

暁が怯えながら言う。

「…"人"に対してはこの上なく優しい

力もあるし、心強い味方にはなるだろう。

だが、それ以外に対しては、な。

アイツは…とことん"人間"なんだよ。

自分の意思が、正義がある。そしてそれは、

"人のミカタ"であり続けることだ。

無用な対立は不利益だろうから、

自分から危害を加えることはないが…

同時に"人"の利益を守るためなら、

何でもする…文字通り、何でもな。

同じ"人"なら兎も角、

その他に対しては一切の容赦も慈悲もない。」

加賀が溜め息をついた。

「だから誰も会わせないと…?眉唾ね。」

「何か勘違いしているようだから言うが、

これは"お願い"じゃない。"命令"だ。

アイツと艦娘を会わせる訳にはいかん。」

強い口調で言い切る提督に、

夕立は肩を竦めると言った。

「じゃあこうしましょう?

…"秘書艦以外の外出を禁じる"。

監視役代わりに秘書艦を置くの。

そうすれば、まだ皆の溜飲は下がるっぽいし

不安なら、秘書艦の子に聞けばいい話。

その上、提督の要求でもある、

艦娘との接触も最低限に抑えられるっぽい」

名案とばかりに何人かが頷いた。

「…だがそれは。」

「私は最古参っぽい。

提督や人間の"そういうの"には慣れてるっぽい。

…だから、仕方がないから私がー」

「駄目だ!!!」

大声で、"ほぼ"全員が肩を竦めた。

まだ前任の恐怖は身体が覚えている。

…だが。

「…ほう。」

提督は興味深げに呟き、

目の前の少女を見つめた。

「朝潮。良くビビらなかったな。」

「はっ!」

敬礼をする朝潮。

彼女だけが、身体を硬直させたものの、

唯一目に見えて大きな動きをしなかったのだ。

「彼女は駆逐艦に広いパイプがある。

それに、彼女なら姉妹艦もいるし、提督に買収されたと考えられることも無いわね。」

加賀が提督の背中を押すように呟いた。

「駆逐艦朝潮…。…頼めるか。」

無理矢理絞り出したような提督の声。

「はっ…はい!!!

この朝潮、必ずや秘書艦の任を遂行し、

司令官の御期待に応えてみせる所存です!!」

背筋を伸ばし、ハキハキとした声で、

真っ直ぐな瞳を持つ少女はハッキリと言い切った

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…はぁぁぁぁ」

頭を抱える提督。

そんなに呼びたくないならば、

無理に呼ぶ必要は無いのではないかと朝潮は思う

だが、そうもいかないのが"軍"なのだろう。

「珈琲でもご用意しましょうか?」

「あぁ…頼む…」

湯沸し器でお湯を沸かす。

静かな部屋に、カップに珈琲を入れる音が響いた

小気味のよい音が、

彼等の緊張を少しだけ和らげる。

やがて、白い煙を吐くそれを、

ゆっくり、慎重に執務机に運ぶ朝潮。

「砂糖やミルクは…」

「大丈夫だ。ありがとうな。朝潮。」

「んっ…」

頭を撫でられる。

実のところ、朝潮が身体を硬直させなかったのは

別に人間が怖くないだとか、

耐性があるなどと言う理由ではない。

「(やはり、この御方が私達を傷つける筈がない

だって、こんなにも優しくて…格好…)」

そこまで考え、ボフッと顔を赤く染める朝潮。

そう、単に彼女は、提督の事をあの中の誰よりも

ー信じて、信頼していたのだー

「っと…悪いな。なんで俺は撫でる癖が…」

スッと離された手に、

思わず残念そうな声が漏れるのは仕方がない。

そう、仕方がないのだ!

キリッと前を見る朝潮。

対する提督は、ズズッと珈琲を啜る。

「…わたしも…」

提督と同じ、何も入れないままの珈琲を飲み、

そのあまりの苦さに顔をしかめた。

二人で静かな執務室で、珈琲を啜る。

自然と頬が綻び、必死に顔を取り繕うが、

それでも抑えきれない喜びが彼女を襲った。

「そういえば…司令官!

不服という訳では御座いませんが、

何故掃除の担当をああ分けたのですか?」

自分を誤魔化すため、訊ねる朝潮。

「あぁ、駆逐艦には少し仕事量が多いよな。

正直俺も迷ったんだが…堪えて貰うしか…」

「いえそんな!!今までを考えると、

寧ろ楽過ぎて恐ろしくなるくらいです!

あの本当に!!そういう意味でなく、

何かお考えがあるのではないかと…」

慌てて否定する朝潮を見て、

提督は笑うと話を続ける。

「戦艦が工廠ってのはあれだ。

彼処が一番物が多くて、重い物もあるからな。

戦艦なら古参も多いだろうし、

まぁ…お前らより一部分では優遇されてたんだ

こういう時こそ働いて貰わねぇとな…と。

 

加えて軽巡洋艦だが、アイツらは今数が少ない

流石に艦娘寮のようなだだっ広い場所を

アイツらだけに掃除させるのはもっての他だ。

かといって食堂の器具などを任せるには、

新しい艦も多いだろうから心許ない。

…大事な器具や、誰かにとって思い出深い道具をゴミと間違えられて棄てられるかもだしな。

あとは何より…これから暫くは戦艦や重巡より

軽巡、駆逐艦を重点的に使うことになるだろう

将来的に自分達が一番使うようになるんだ。

なら、今の内から掃除させておこうと思ってな

 

次に…軽巡洋艦でチラッと言ったが、

食堂や倉庫には大事なものも多い。

入れ替わりの多かった駆逐艦や軽巡洋艦では

不便なこともあるかもしれないからな。

倉庫と食堂の違いはあまり無いんだが。

まぁ、空母は良く食うし。食堂で良いかと。

 

で、最後にお前達駆逐艦だが…

別に消去法で決まったわけじゃない。

駆逐艦には寮をやらせようと決めていた。

理由は"数"とお前達の"強さ"にある。

数は言わずもがな、なんだが…

もう一つ、お前達の強さ、強みなんだ。

一人でもある程度は戦える、

戦艦、重巡、空母と違って、

駆逐艦は一人じゃ何もできない。

じゃあ、どう戦えば良いのかって言うと、

仲間と連携を取り、協力して戦うんだ。

一人じゃ動かせないようなベッドでも、

協力して皆でやれば持ち上げられるだろ?

協力する大切さと、息の合わせ方を学べて、

普段話さないようなやつと話す良い機会にもなる

だからこそ、駆逐艦以外に、

艦娘寮に荷物を運び込む適任者が居なかったんだ

尤も、苦労はかけてるとは思ってる。

本当に、その件に関してはすまない。」

言い終えた提督は、朝潮が此方を見て、

呆けていることに気付く。

「…どうした?」

「司令官は…いつもそれほどまでに…

私達の事を考えて下さっているのですか…?」

「考えてるってほどでもないだろ…」

頬を掻く提督。

「というかそれより…朝潮、

ブラックで良いのか?苦くないか?」

尋ねる提督に、朝潮は苦笑して答えた。

「…苦いですね。」

「無理するなよ、砂糖を取ってくるぞ?」

「いえ、大丈夫です。これで…いえ、

これが、良いんです。」

手元のカップを何故か幸せそうに眺める朝潮

「…そうか?」

 

きっと、可笑しな奴だと思っているのだろう

怪訝そうな顔をする提督。

確かに、私が、艦娘が。

こんな感情を抱くのは、きっと間違っている。

それは、苦い珈琲を無理矢理飲むのと同じ位、

可笑しく、理にかなっていない事なんだろう。

「…それでも、私は…」

「ま、良いんじゃね?

俺も変わり者って良く言われるしな。

お前がそれでいいと望むなら、

…きっとそれで良いんだろう。」

「…!」

珈琲の事なのだろう。

でも…それでも、私は、

その言葉で思わず頬が紅くなった。

静かな執務室に、二人。

この時間がずっと続けば良いのに、なんて。

身の丈に合わないことを考えた瞬間だった。

 

ーバン!!

凄まじい音と共に、扉が蹴り開かれる。

「なっ…!?」

「…ぁ?」

「動くな!憲兵だ!!!

一般人に対する暴行の件で貴様を拘束する!」

そこには、提督を示す白とはまた違う色の軍服に身を包む、"憲兵"と呼ばれる存在が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください!司令官は何も…!」

「何だ?艦娘。お前に発言件は無い。」

「…ッ!!」

その鋭い眼光に怯む。

だが、彼を守るように、

二本の足で立ちはだかり、両手を広げた。

「…させません!」

「なんだ?その態度は!

反逆罪で貴様も営倉にぶち込んでやろうか?」

声はまだ若い女性だ。

だが、そのあまりの圧に、

朝潮が気圧されそうになったその瞬間。

「なぁ、この建物も俺の物だからな?

…どういうつもりでやったか…

1から教えてもらおうか、…"玲"」

「…え?」

思わず振り返る。

「そうカッカしないでよ…冗談じゃん?

相も変わらず"モノ"が大好きだねぇ~。司クン?

…いや、今は提督さん、かな?」

人差し指で軍帽をクイと上げ、

レイ、と呼ばれた少女はニヤリと笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「いやはや、ビックリしたよ~?

君から"商談"を持ち掛けてくるんだもん。

何々?どうしたの?海軍でも潰す?」

笑いながらソファーに座る女性。

何でもない事のように恐ろしい事を言う女性に、

朝潮は思わず面食らう。

提督という職業の男に、

冗談でもそのようなことを言ってのけるなど

今すぐに取り押さえられても可笑しくない。

…だが、朝潮は男の次の台詞に耳を疑った。

「…"高くつくからな"。遠慮しておく。」

「知ってるよ~冗談冗談。

顧客の懐事情くらいはある程度理解していないと商売なんてやっていけないって!

…ま、君が私の旦那さんになってくれるなら?

私は貸す力なんて惜しまないんだけどなぁ…」

「それも遠慮しておく。

俺はお前と違って心底人間が嫌いなんでな」

「あ~ぁ。振られちゃったか~!って、

商談前に取引先の機嫌を損ねるってどうなの?!

もっと上手く世渡りして行こうよっ!」

「貴女は…何を…」

呟く朝潮の方を見ると、

女性は首を傾げて言った。

「あり?もしかして私の事、

…なんにも知らない感じ?」

「は、はい…」

「朝潮、このご時世、特に戦時中に於いて

一番力を持つ物は何だと思う。」

提督に問われ、首を傾げる。

「軍…でしょうか。」

「違うな。」

「では政府?」

「ハズレ。」

「……財閥?」

「マスメディアだよ」

見かねたのか、横から口を挟む女性。

「"国民主権"のこの御時世、

国民の意思…所謂世論が大きな鍵になる。

軍が動くのも、政府が政治をするのも、

国民の合意が無いと何もできないからね。

そしてその世論に最も影響を与えやすいのが、

…私たち、"マスメディア"なの。」

「紹介が遅れたな、コイツは笹倉 玲。

…国民的アイドルだろうが、政治家だろうが、

どれだけ武功を立てた軍人であろうが。

コイツの手に掛かれば

文字通り一瞬でその座から引き摺り下ろされる

まさに"世論"の体現者…

メディアを裏で牛耳る"化け物"だ。」

ヒラヒラと手を振りながら、笑う女。

朝潮は毛が逆立つのを感じた。

 

「あり得ません!!」

思わず声を出す朝潮。

「1メディアが何をいったところで、

世論はそう簡単に…!!」

「有力なメディアには全部コイツの息がかかっている。もし、誰がテレビをつけても、どんなチャンネルでも同じ様なニュースが流れるとしたら?世論はどうなると思う?」

「だ、だとしても…!!メディアに流されず、

自分の手で調べる人達だって…!」

「うんうん。居るねぇ~"極々少数"が。

でもさ?そういう人の声って、

愚蒙な大衆の声にすぐかき消されるの。

正義感に囚われた馬鹿っていうのは、

自分を信じて疑わない。考える事を放棄するの」

クスクスと笑う女性を見て、

朝潮は驚愕を隠し得ない。

この女は危険だと、ろくな人間じゃないと。

身体の全てが拒絶反応を起こす。

「というか?なんで艦娘が此処に居るの?

折角の再会だし、私、君と二人が良かったな?」

「生憎と俺は信用されてなくてな。

密会なんかした日にゃ、完全に信頼を無くす

朝潮は…秘書艦兼…見張りみたいなもんだ」

「ふーん。」

暗い目で此方を見つめる女と目が合い、

思わず身体が震えた。

「朝潮、とりあえずコイツに茶でもー」

「はっ…はい!」

「あー、要らない要らない。

艦娘の出したお茶"なんて"飲めないって。

万一にでもほら、石油とか入ってたら嫌だし?」

ケラケラと笑う女。

提督は深く溜め息をついた。

「お前は相変わらずだな。本当。」

「そうだね。私は今も昔も変わらない。

何処まで行っても、どうしようもなく、

"人のミカタ"なんだよ?」

 

朝潮の胸を、複雑な感情が支配していた。

「離れろ。近い。」

「えー何~?照れてるの?」

ボディータッチがあまりに多い。

ベタベタと提督に張り付き、

嫌がる提督を笑顔のままからかう女性を見て、

…気がつけば朝潮は行動に移していた。

「昔から君は~…ってきゃっ?!」

服の襟首を掴んで引き剥がす。

そして、二人の間に割り込み、

彼を守るように両手を広げた。

考えてみれば当たり前だったのだ。

もしこの女がそんな権力を持っているなら、

彼が本当は嫌がっていたとしても、

強く言えないのは。

こんな小さな鎮守府、

潰すのは造作もないことだろうから。

きっと彼は、自分の身を犠牲にしても、

この鎮守府を、私達を、守っているのだ。

…あの時のように。

「…何?いきなり?」

もう、守られるだけの自分でいたくない。

「司令官が嫌がっています。」

「…何?艦娘が人間様に楯突こうって?」

もう、ボロボロになった彼を見て後悔したくない

「………その辺にしておけ。」

だが、彼が制したのは。

「…なぁ、朝潮。その辺にしておけよ。」

他でもない、私の、方だった。

「ほらほら、ね?良い子だから邪魔しないで?」

「………。」

「んー?聞こえなかったのかな?」

「…朝潮?」

それでも、私は動かない。

「司令官の御命令であろうと、私は動きません

これは私の独断ですが、

司令官は非常に嫌がっているように思います。

だとするなら、それを遠ざけるのは、

秘書艦である私の、

貴方に救われた私の、

貴方の艦娘である私の義務ですから。」

相対する女性の目の光がみるみる内に消える。

「…はぁぁぁぁぁ。」

女の深い溜め息が、静かな執務室に響いた。



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"秘書艦"と"人のミカタ"(後編)

「…成程ねぇ。それが貴女の"選択"なんだ?」

無言で、ゆっくりと頷く朝潮。

「独断が良い行為だとでも勘違いしてるのかな?

艦娘の癖に、人間にも容赦なく楯突いて、

その上提督の命令を素直に聞くこともない。

…不良品かな?交換の余地があるんじゃない?

この艦娘は"人間"に害を為す。

なら…此所で消しちゃおっか?」

彼女の身体を突き刺すのは強い悪意。

深海棲艦の殺意にすら勝るとも劣らないそれは

朝潮を威圧するには充分すぎた。

『俺の同類だ。』

脳裏に司令官の言葉が思い返される。

喉がゴクリと鳴った、その瞬間だった。

「…言っておくが、コイツは俺の物だからな?」

ギュッと抱き寄せられる朝潮。

慌てて上を見上げると、

庇うように朝潮を抱き抱える提督が、

その威圧感で以て、彼女の敵意を打ち消していた

「何?邪魔するの?」

両者のにらみ合いは続く。

戦場で死の恐怖を味わってきた朝潮の足が震えるほどの害意のぶつかり合い。

たかが人間が、それも二人も、

こんな殺意をふりまけるのかと、

朝潮は心底恐ろしく思う。

やがて、提督は視線を反らすこともなく呟いた。

「…もう充分だろうが。

いつからお前はそんなに性格が悪くなった?」

「え?」

瞬間、女性からの圧の一切が消え失せる。

「やーん、だって可愛いもん!

ちょっとだけからかいたくなっちゃって?」

「…で?お眼鏡にはかなったか?」

にゅふふ、と変な笑いを浮かべ、

朝潮と改めて向き合った女性は、

真っ直ぐに彼女の瞳を見て言った。

「合格だよ。合格。

さっきの酷い態度を謝らせて。

…ごめんね?」

「…へ?…へぇっ?!?!」

状況が読み込めない朝潮に、

提督は苦笑しながら説明をする。

「改めて紹介だ…コイツは笹倉 玲。

俺の同期で…あー…」

「彼女?」

「死ぬか?」

間髪いれずに突っ込む提督。

こんな彼を見たのは初めてだ。

「君は、そしてこの馬鹿提督は、

君たちが思っているよりも

きっと、もっとずっと危険で、不安定な存在。

私が"人間"という種を重視するならば、

或いは私が"人間のミカタ"であったならば、

君達は私の敵になるんだろうけどね。

生憎と私は、"人のミカタ"なんだ。」

「何を…?」

「貴女は、人間の象徴って何だと思う?」

答えなど初めから期待していなかったのだろう。

朝潮が何かを言う前に、女性は言葉を続ける。

「私はね、"無駄"だと思うんだ。

他の動物と人間との違いは、無駄があるかどうか

だって、他の生き物って、食べて寝て、

必要最低限の生きる努力をするだけでしょ?

"私とは何か"とか、"生きる意味は何か"とか

生存の効率化でも何でもないじゃん。

それで私たちが生きやすくなるわけでもなく、

別にそんなことを考えなくても

充分快適に生きていけるのにね?

これは、種の生存という観点から見れば、

一種の"無駄"になるわけ。

それでも、人間は無意識に、或いは意識的に、

ソレを追い求める…何でだろうね。」

話があまり理解できず、首をかしげる朝潮

「要点だけ話せよ…

話が長いのはお前の悪い癖だ。」

提督がため息と共に言い、女は笑った。

「"ヒト"と、"人間"と、私の言う"人"の三種類。

これらは似ているようで、全然違うってこと。

貴女は人だよ。

提督と私がベタベタしても、逆らう必要はない

でも貴女は逆らった。これは一種の"無駄"。

ただ生きることを求めるんじゃなく、

生きていく上で問題にはならない不必要なことも

追求していく姿勢を見せた。

そして貴女は、自分がどうなろうと、

誰かを護ろうとする"強い意思"を一貫した。

何に変えても貫こうとする、強い自分の意思を。

つまり、貴女は私の思う"人"そのものなんだよ」

目を見開く。

「艦娘なんて糞食らえって思ってたんだけど…

君と提督に免じて、

この鎮守府は私の庇護下に置いてあげる。」

ニヒヒ、と笑う女性と、

緊張が解け、座り込む朝潮。

「ありがとな、朝潮。

…お前を秘書艦にして、良かったわ」

そんな声で、朝潮はひとこと呟いた。

「あさじおは…おやぐにたでまじだか…?」

「あぁ。お前が居てくれてよかっ…

えっ…どうした?!」

泣き出す朝潮。

手をわたわたと動かす提督の背中を叩き、

「こういうときはギュッ!て抱き締めるの!」

笑いながら言われ、困ったように頬を掻いた後

提督はそっと朝潮を抱き寄せた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「何でですか?!」

「え?」

朝潮の大声で、女性は首を傾げる。

「なんで距離感はそのままなんですか?!」

「そりゃ、あれはお試しもあったけど…私と司クンっていつもこんな距離感だし?」

男の首に手を回したまま笑う女性と、

ポカポカとその女性を叩く朝潮。

「司令官もっ!何か言いましょうよ!」

「早く商談を始めたいんだが」

「何でですかっ!!!」

「私、好きな人には尽くす派なのっ!」

「聞いてませんよ!!!」

「いやぁ…ツッコミがいると捗るよねぇ~」

朝潮は大きくため息をついた。

「というか…商談、とは?」

瞬間、ふざけていた女性の空気が一変、

目を細く薄め、笑いながら言う。

「私が取り扱っているのは"情報"

政治家や大統領の秘密から、

愛しの旦那の浮気まで、

いろはにほへと、ありとあらゆる

情報を金で売っているの。

無論前者のような大きい情報は、

ソレなりに値も張るし、

基本口止め料は貰ってる。

私自身の信用や沽券に関わるから

そう易々とは売れないけれど。」

「情…報…?」

「そう。例えば、この提督が、

此処に左遷されたときに、

元帥を私から買った情報で脅して

資材を横流しさせたこと…とかね?」

「なっ…?!」

目を見開く朝潮。

男は悪びれずに頬を掻いて言う。

「バレてるだろうな…

それなりに上手く隠させたつもりなんだが。

それで?俺の置き土産は

気に入ってもらえたのかね?」

「うん、喜びからか顔を真っ赤にして、

今すぐにでも此方に呼び出して二人きりで"お話"と"お礼"をしたいくらいには気に入ってるよ」

「クハハハ!!!そいつは嬉しいな。」

機嫌良さそうに笑う提督と対照に、

どんどん顔を青ざめさせていく朝潮。

「本当に…なんて事を…」

「大丈夫大丈夫。飛ぶのは俺の首だけだ」

「そういう問題じゃありませんっ!」

朝潮は机を叩き、

女性は空気を切り替えるように手を叩いた。

「ソレについては大丈夫。一応私も居るしね。

それより…商談を始めよっか?」

空気が変わる。

「…漸く"お前"と話せる」

「普段の態度が嘘という訳じゃないんだけど?」

「どうだか…俺の買いたい情報は二つ。

前任が今どうしているのかと、

今、何処に住んでいるのかだ。」

女はスッと目を細めて笑う。

「…骨が折れる作業。

何人かは隠居しているし、

軍部の上の人間に探りをいれるのは

流石の私でも色々と気苦労が多い。」

「だが、お前なら出来るだろ?」

睨み合う両者。

「…高く設定させてもらうから。

500…いや、600で調べてあげる。どう?」

「ソイツは困るな。

生憎と俺はそんなに手持ちがない。」

「貴女が私のものになってくれるなら、

いつでも0円にしてあげるんだけど?」

ぐいっと顔を近付ける女性。

「冗談だろ?生憎と俺にそんな価値はない。」

「残念。これも一応は本心なのにな?」

「思い通りにならないから、

欲しがってるだけだろ?…どうしたら良い」

苦笑する二人の人間。

「…私は"人のミカタ"だから、

"仕事"としてじゃなく、"趣味"としてなら、

仕事の合間にでも、少しずつ調べてあげる。

何時になるかは保証しないけどね。」

「あぁ。それで良い。頼む。」

椅子に座り直した女性は、

はぁ、とため息をついて言った。

「街で派手に暴れた件は、

私が何とかしたけど、無茶はダメだよ?」

「…色々と苦労をかけるな」

「ホントだよ…人の口を塞ぐのは、

水を塞き止めるよりもずっと難しいんだから」

ぼやき、女性は少しだけ鋭い目をして言った。

「それと、君と殴り合った主犯の男はー」

「アイツに手出しはするな。」

強く言い切る提督と、黙る女性。

「アイツは"人"だ。俺と同類だ。

それに、アイツは"使える"。

絶対に手は出すな。寧ろ出されたら俺が困ー」

「…それなんだけどさ。」

ドサリ、と女性は机に紙をバラ撒いた。

「は?」

「人のミカタとして、これは見過ごせないから

…誰かは知らないけど、絶対に裁く。」

 

何かをわめきながら、道路に飛び出し、

車に跳ねられた男の記事。

ソレを見て、朝潮は口を押さえた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…何だこれは」

「一応聞くけど、その人、"薬"は…」

「あれはやってる奴の強さじゃねぇ。」

資料に目を通しながら、言いきる男。

「だろうね。医者もその類いの反応は

見られないって言ってたから。

…じゃあ、彼が"見たモノ"は、或いは…

"見せられたモノ"は一体何なんだろうね?」

立ち上がる提督を女性は座らせる。

「今行ってどうするの。」

「だが…」

「大丈夫だよ。落ち着いて?

この件は私にとって許せる案件じゃない

"人のミカタ"の名誉にかけて、

この犯人は必ず私が潰す。」

その瞳に光はなく。

朝潮は、"こっち"が素顔かと肝を冷やす。

「それとね、面白い情報を入手したの」

女性がニヤリと笑い、

ポケットから黒い機械を取り出した。

「おや、おきゃくさまですか?」

たどたどしい声を聞き、全員が振り向く。

窓辺で、タマと呼ばれる妖精が、

首をかしげながら訊ねるところだった。



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人のミカタと妖精

「初めまして~!ってやーん?!可愛い!

何々?!これが妖精?!超可愛いじゃんっ!」

妖精を抱き締める女性は、笑顔で聞いた。

「ねぇねぇ!私の名前当ててみて?!」

「しりませんよ…。

ていとくさん、なんですかこのひとは…。

そして、なんのはなしをしていたんですか?

というかこのしりょうは…?」

机に放り出された紙を触ろうとする妖精。

瞬間、彼女は女に押さえ付けられ、

銃口を向けられていた。

「おい!!!」

大声を出す提督。

だが、女性は笑顔を浮かべたまま、訊ねる。

「ねぇ、なんで嘘つくのかな?」

「なんのこと…ですか…!いきなり…!」

苦しげな声を出す妖精だが、

女性は力を一切緩めない。

「私って昔から視線には敏感でさ、

気配、消してたつもりだろうけど、

君がずっと部屋の隅で

私たちを見てたことは知ってるよ?

これでも女の子って視線には鋭いんだからね?

この話を始めたときに、

まるで"焦ったかのように"会話に参加してくる。

さっきからずっと話を盗み聞いてたくせに、

知らないフリまでして。」

「なにを…」

「私はこの事故は仕組まれたものだと思ってるの

同時に、司クンと深く関係があるとも。

だって、あまりにもタイムリー過ぎるもんね?

まぁ、決め手はそれだけじゃないけど。

…それで?なんで嘘ついたのかな?」

目だけで笑う女性。

だが、その手を提督は掴んだ。

「やめてやれ。力を入れすぎだ。」

「なに?また邪魔するの?」

怒りからか、顔をほんのりと赤く染め、

男を睨み付ける女性。

「そうカッカすんなよ。悪い癖だぞ?」

「うるさいな…私は"人のミカタ"であって…

…はぁ。もういいよ…司クンが甘々なのは

今に始まったことでもないし、証拠も不十分。

ごめんね酷いことして?」

パッと手を離す女性と、咳き込む妖精。

「ていとくさん…なんなんですかこのひとは」

「"人のミカタ"…笹倉玲、俺の同期だ。」

 

「この"事件"の犯人は、思ったより頭が回らない

んーん、油断しがち、といった方がいいのかな」

玲の言葉で、提督が眉を動かした。

「あの男が殺されかけたのにか?」

「多分、その"犯人"は男を殺すつもりだった。

どうせ死ぬ…殺すから、ペラペラと何か、

話したんだろうね。でも、それが裏目に出る。」

コトリ、と、黒い機械を机に置く女性。

彼女がスイッチを入れると、

砂嵐と共に、掠れたような男の声が流れる。

『提督…伝え…媚び…気をつ…』

砂嵐と、掠れる声のせいで、

そこしか聞き取れない。

「これが私が司クン関連だと思った二つ目の理由

媚び、が何かは分からないけど。

でも、それでも。彼は最後に、提督に。

貴方に、何かを伝えようとしたんだ。

ねぇ、最近貴方に媚を売ってきた人はいない?」

「…」

唸る提督。

「全く心当たりがないな…。」

「そっか…残念。

でも、"犯人"は思い違いをしていた。

私達、人はそんな簡単には死なない。

この一件で、君に関連している"誰か"

が犯人って手がかりを残してしまった。

それに、死ぬ人間にペラペラと何かを話す程には

危機感というか、注意力が足りない。

まぁ、それは同時に、自分への強い

自尊心、自信の表れとも取れるけどね」

「あ、あの!」

「ん?」

声を出した朝潮。

女性が首をかしげると、少しずつ語り出した。

「あの、えっと、

それはニュースになったのですよね?

…もし犯人が生きていることに気付けば、

真っ先にとどめをさしにくると思うんですけど」

「それも大丈夫。

というか、あれは私の"撒きエサ"だよ。

彼の身柄は私が既に預かって、移動させてる。

場所は…君達にも言えないけどね。

逆に彼の病室に来た…"ソレ"がなんであろうと、

即座に取り押さえられるよ。」

ニヤリ、と笑みを浮かべ、

女性は席を立つ。

「名残惜しいけど、この辺かな。

でも、まさか前任の事を聞いてくるなんてね。

私はてっきり、艦娘の過去とか、された事でも

聞きに来るのかと思ったよ。」

「…誰にも話したくない、

知られたくない過去は誰にでもある。

勝手に調べあげられる訳がないだろ」

「君は相変わらず甘いね。うん。

そういうところも大好きだぜ?!」

抱きつく玲は、噛み締めるように、

スリスリと顔を動かして笑った。

「…貴方は貴方が思っているよりも、

ずっと危険な場所に、不安定な場所に

立たされている。…頑張ってね?」

「ゲームはハードモードの方が面白いだろ?」

「そんな貴方に、"情報屋"として一つアドバイス

貴方は今、逃げちゃった羊たちを集めている。

大きな川の向こう岸にいる羊ちゃん達は、

川の向こうからずっと此方を窺っているの。

君は優しいから、

羊が自分達から此方に跳び渡ってくるまで

ずっと待ってるけどさ、

それで跳び移ってくれる羊もいれば、

自分じゃ川を飛び越えられない羊もいるんだよ?

というかそもそもその川って、

君が思ってるほど深いものなのかな。

手を入れて、渡ってみて初めて川の深さに気づくんじゃないかなって、私はそう思うよ。」

「お前の例えはいつも良く分からん…。」

「ニシシ、顧客がちゃんとしてくれないと、

此方としても搾り取れませんから!

簡単に言うと、

貴方からも歩み寄る必要があるかもね。

…頑張ってね、ってこと。」

立ち上がり、ぐぐ、と伸びをすると、

女性は朝潮を眺め、笑った。

「提督のこと、宜しくね、朝潮ちゃん?」

「ハッ!!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あ、お見送りはここまででいいよ?

…小さな可愛い妖精さん?」

玄関で、足を止め、振り向かずに笑う女性。

タマは彼女を睨み付けながら、

そっと姿を現した。

「…あなたはなにものですか?」

「それは此方の台詞。貴女って何なの?

こそこそ私の後をつけて…

一体どうするつもりだったのかな~?」

お互いに無言の時間が続いた。

「貴女は、どこか人間を侮っている節がある。

…下に見ている節がある。

動きの端々に、ソレが透けて見えるの。

あんまり油断してるとさ、足元…掬われるよ?」

「………。」

女は笑い、歩き去る。

「貴女が思っているほど、

人間は弱くない。

…馬鹿でもない。

中にはこんな嫌らしいやつもいるってこと、

覚えておいた方が身の為だよ。」

車へと向かう彼女を止める手段を、

妖精は持ち合わせてはいなかった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

嵐が去った執務室では、

男が唸りながら机に突っ伏していた。

「お疲れさまです。」

コトリ、と、机に珈琲が置かれる。

「朝潮もな…」

深くため息をつく男は、珈琲を揺らした。

そんな彼を見て、朝潮は小さく漏らす

「掴み所のないというか…なんというか…」

「だろ?キャラがブレブレというかな…

だが、頼りになるのも事実だ。

…出来ればなるだけ会いたくないがな。」

疲れたような目をする提督。

その首に手を回し、朝潮は引っ付いた。

「…?どうした?」

「なんでもありません」

彼女の脳裏に浮かぶのは、

同じく手を回していた女性の姿。

「…なんでも、ありません。」

頬を膨らませ、腕の力を強める朝潮に、

提督はただ首をかしげていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

バタン、と車の扉を閉め、女性は椅子に倒れ伏す

枕に顔を埋め、叫ぶ女性を尻目に、

運転席の黒服は声をかけた。

「御苦労様でした。お嬢様。

それで…葛原様はお元気でしたか?」

その声で、女性は足をバタバタさせるのをやめ、

顔をあげて小さく呟いた。

「かっこよかったぁ…」

「お嬢様、答えになっておりません」

「だってかっこよかったんだもん…

はぁぁぁ…軍服似合ってたなぁ…」

枕を抱き締め、呟く女性と、ため息をつく黒服

「その様子だと、お元気そうですね。

…大怪我と聞いていたので、どうなることかと」

「うん。よかった。本当に…良かった。」

ほう、と息を吐き、目を細めて呟く女性。

唯一彼女の"本当の顔"を知る黒服は、

その姿を見て、思わず吹き出した。

「普段からキャラを無理に作るから、

彼にも警戒されるのでは?」

「だっ…ぅ…恥ずかしいもん…

というか…今更態度なんて戻せないし…」

顔を赤らめ、俯く女性。

まぁそうだろうな、と、黒服は話を反らす。

「"例の人物"についてはどうでしたか?」

「目星はついたよ。だから、種を蒔いてきた。」

クスクスと可笑しそうに笑う女性。

彼女は男性を病室から移動なんてさせていない。

無論、念のため、病室を見張らせてこそいるが。

だが、もしも"あの場にいた誰か"が犯人なら、

あの病室は、世界で一番安全な場所となるだろう

仮に犯人があの場所に居なかったとして、

迂闊に情報を喋っている以上、

犯人が男を狙うのは必然。

そこを取り押さえられれば行幸だ。

逆に、今後も病室に動きがないと言うことは、

あの病室には男が居ないと、

徒労で終わると知っている誰か。

つまるところ、…犯人はあの中の"誰か"

の確率が非常に高くなる。

…これである程度は追い詰められるだろう。

女性は蛇のような笑みを浮かべる。

しかし、思い出したかのように苦い顔を浮かべ、

再び枕に顔を埋め叫び始めた。

「にしても…ぅぁぁぁ…艦娘がぁ…

そりゃそうだよね…あぁなるよね…」

脳裏に浮かぶのは朝潮と呼ばれる駆逐艦の姿。

男の横に佇む姿は"娘"そのもの。

だが、その目の色が何を意味するかは、

他でもない玲自身が一番知っている。

自分と同じ目を浮かべているのだから。

思わず大人気もなく意地悪をしてしまった程だ

…随分と妬いていたように見えたが

《此方の方がずっと羨ましいわっ!》

という心の叫びはかき消せない。

「抱き締められてたし…あぅ…」

少し意地になって意地悪をしすぎた。

確実に好感度が減ったよなぁと頭を抱える玲。

"人のミカタ"だなんて嘘だ。

今も昔も、

私はどうしようもなく"彼"のミカタなのだから。

「他にも何人か居ると見て良いよね…?

ぅーぁー!会う回数増やすべき?!

いや無理…!私忙しいもん…っ!!!!

どうしよぉ…うぁぁぁぁん…」

「ライバルが増えましたねぇ」

呑気に笑う黒服の椅子をゲシッと蹴飛ばし、

女性は深く息を吐く。

「というか相変わらず何の反応もなかった…

ちょっとさ?!ちょっとくらい…

顔を赤くするとかさ…私だって頑張ってるのに…

なんていうかぁ…ぁぅぁー…」

下を向いてなにやらぶつぶつと呟く彼女を見て

黒服が笑っていると、

彼女はグイッと彼に顔を近付けた。

「この距離だよ?!この距離!!」

車が蛇行する。

急ブレーキを踏む危険な音がし、

女性は顔を離すと、再びぶつぶつと呟きはじめる

「ほら…普通なら照れるか嫌がるよね…」

「気軽に距離を詰めないで下さい」

「私がこんなことするのは

司くんと貴方だけだよ…?」

「………もう少しご自身の可愛さを理解しておいてください。人によっては勘違いされます。」

「はーい…」

頬を膨らませながら足を投げ出す玲。

「おっかしいなぁ…がちこいきょり…?

らしいのになぁ…うむむむむ…」

「何ですかそれは」

「私も分かんない。

まぁ、免疫のない男ってとりあえず距離詰めて積極的に話しかけると良いんだってっ!」

「その認識は絶対に間違っている、

とだけ伝えておきます。」

「そんなぁ?!」

衝撃を受けたような顔をして、

椅子に座り直す玲は上を見上げた。

「というかホント…厄介な鎮守府に…」

「心配ですか?」

「私、これでも色んな感情に敏感だからさ。

入った瞬間に、嫌な空気が全身を覆ったよ。

…あの鎮守府は一枚岩じゃない。

色んな想いや信念が交差して、複雑に絡み合って

ぐちゃぐちゃに腐ってる。

色々混ざり合いすぎて黒くなった鎮守府。

あそこはそんな場所だよ。

はぁ…なんなら無理矢理異動させようと思ってたのになぁ…なんで気に入っちゃってるのさ…」

「あの人はそういう人でしょう」

そんな言葉で、二人は苦笑する。

「だねー…さて、私たちは司くんが好き勝手できるように、水面下で尻拭いと準備に徹そうか」

「私もですか?」

「当たり前でしょ…。

あ、司くんに何かあったら即刻クビだからね?」

「ブラックですねぇ…」

人のミカタとその従者は、

誰にも見せない顔で幸せそうに笑う。

「さて、お仕事お仕事。」

「キャラ作りも大変ですね。」

「仕方ないよ…はぁぁ…しんど…」

そうぼやき、彼女は今日も今日とて役を演じる

 

「こっっんにちわー!

人のミカタの玲ちゃんです!

さぁ、商談を進めましょう?」



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キノコ提督

「ぁん…?」

重さを感じ、瞳を開けると、

何故だか眼前には白いお腹があった。

「…?」

なぞるように、視線を上にやる。

風の名を冠する、兎耳のようなリボンをつけた

金髪の少女が、何故か自分の上に跨がっていた。

「起きるのおっそーい!」

ニヒッと笑みを浮かべる島風。

俺は頭を抱えた。

 

「そうだった…!!今日はこいつの…!!」

暁ら四人組はどうとでもできる。

まだまだ餓鬼だ。何とかなるだろう。

朝潮や時雨は割と大人だ。

最低限の良識くらいは弁えているだろう。

おおよそ、一番厄介なのは…

「今日は私が看病するもーん!

おっおー!おっおっおっおー!!」

…どう考えてもコイツなんだよなぁ…ッ!!

てか看病するなら俺の上でピョンピョンするな

呆れるように溜め息をつき、

何気なくベッドに手をつくと、

ふにっとした柔らかい感触が手を包む。

「なっ」

「やっ」

「えっ」

"三人"の声が重なり、

俺がゆっくり、恐る恐る目をやると、

赤い顔をした長波が気まずそうに頬を掻いていた

「お、おはよー…提督…」

だから俺は、笑顔で島風を抱き上げ、

そっと俺の上から退かすと、

ゆっくりとベッドから降り、膝をついてー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「司令官!!看病に来たわっ!」

大きな音を立てドアを開ける雷。

「………。」

「げっ…」

「あっ…。」

こちらを振り向きもせず土下座をする提督。

まずったという顔でこちらを見る長波と島風。

あまりの光景に固まっていると、

背後から電が不思議そうな顔で室内を覗き込み

困惑しきったような声を漏らす。

「あ…あの…?」

彼女の、そんな、心底不思議そうな声を皮切りに

とても大きな男の声が彼の部屋に響いた。

「すいませんでしたッ!!!!」

 

「いやだからアタシは別に…」

「悪かったわざとじゃないんだ違う」

「聞け?!アタシの話を聞け?!?!」

「すまんかった本当にすまんかった」

そういいながら震える手で紙を取り出す提督

「違うんだ許してくれいやいっそ許さなくていいかすまない許されると言う行為自体烏滸がましかったな存在しててごめんなさいすぐに俺も」

「いや何とりだし…辞表っ?!?!」

長波が紙に書かれた文字を読み上げた瞬間、

全員の顔が青ざめる。

「ていとくっ?!」

「司令官!?」

島風と雷が目を白黒させ、

「何してるのですか?!」

「と、取り押さえるんだ!!!」

電と響が大声をあげる。

「…ふにゃー…皆どうしたのよ?

レディはそんなに慌ててはいけないのよ?」

まだ眠い目を擦りながら遅れて入ってきた暁。

長波、島風、雷、電、響の

五人に押さえ付けられた提督は暴れた。

「後生だお前ら良いから離せッ!!

こんな糞提督存在しない方が良かったんだ!」

「だからアタシは気にしてないって!!」

「それは流石にあんまりだよ?!」

声をかける島風と長波だが、提督には届かない

「何があったかは分からないけどダメよ?!」

「力が強いのです!?はにゃー?!?!」

ブンブンと振り回され始める雷と電。

響が耐えかね、暁に声をかける。

「くっ…暁!何をぼうっと見ているんだ!

司令官が辞めても良いって言うのかい?!」

「ふぇっ?!」

「その辞表を奪い取るんだ!!

…クッ…何て力を…!

艤装を展開してないとはいえ艦娘を…!」

「辞表?!?!?!」

それを聞き、慌てて取り上げる暁。

提督の身体から力が抜けたのを確認し、

島風たちはそっと手を離した。

「こんな糞提督なんて…」

両手両膝をつき、提督は下を向きながら呟く。

「だから気にしてないって…

勝手に潜り込んだのはアタシなんだし…

別にその…むしろ嬉しいというか何というk」

「は?」

「島風顔!!顔が怖いって!!!」

四人が首を傾げていると、

島風に詰め寄られた長波が大声で訊ねる。

「って!てか!!そう!

響達はどうしたんだい?何で提督の部屋に?」

「看病に来たのよっ!」

「今日は島風達の番だよっ?!」

「おや?手伝ってはダメだ、

というルールを聞いた覚えはないね。」

「なのです!!!」

「えぇー…そんなのズルじゃんか…」

「暁もこれはあんまりよくないと思うわ…」

暁がぼやき、響は空気を入れ換えるように

パン、手を叩いて言う。

「何はともあれ、そこでキノコを生やしている

提督を何とかしようか…」

視線の先では、部屋の隅で膝を抱え

しくしくと座る男の姿があった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「な、なんて負のオーラなのです…」

思わず呟く電。

辺りにはどんよりとした空気が漂い、

床にキノコが生えるんじゃないかと思うほど

ジメジメとした空気を出している。

「そうだよな…俺の存在が負だよな…」

「そんなこと一言も言ってないのです?!」

電の鋭い突っ込みも届かず、

暗い瞳でハハハと乾いた笑いを出す提督。

「いや、本当…どうしたらいいんだ」

「お腹でも空いちゃったのかしら?」

「かけっこすれば治るかな?」

「別に気にしてねーのに…」

ぼやく四人を背に、暁が提督の前にしゃがみ込む

「司令官…?大丈夫?」

「暁か、どうしたこんな糞司令官に話しかけて」

スッと暁の手が提督の頭に伸びる。

「司令官は私の自慢の司令官よ!レディね!」

「レディではないと思うわ!」

「ははは…暁は優しいなぁ…」

「ふにゃぁ…」

撫でられて幸せそうな声を出す暁。

「司令官、私も。」

響がずいと頭を差し出す。

「提督ー!私もお願いしまーすっ!!」

「司令官!雷も撫でて欲しいわ!」

「い、電も…なのです!」

「ちょっ皆?!」

わいわいわらわらと集まってくる少女たち。

部屋の隅でその光景を見ていた小さな妖精が、

クスクスと小さく笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

その後、なんとか回復した提督は、

執務室で書類を整理する。

「提督、こっちは終わったぜ。」

「…おう。…ありがとう」

「………。」

「………?」

「…ちゃんとこっちを見ろよっ!!!!」

両頬を挟み、ぐいっとこちらを向かせる長波

顔を固定されているにも関わらず、

意地でも視線を反らそうとする提督と、

ズイッと顔を近づけていく長波。

「…ぐっ…」

「あっこら!目ぇ瞑りやがって!」

「長波。顔が近いと思うな。」

響が一瞥をすることもなく、

クレヨンで絵を描きながら言う。

「頭の側面に目でも付いてるの?!」

「だ、だってさぁ…っ!」

思わず突っ込む島風と赤い顔でたじろぐ長波

「だって…傷付くだろ…

好きな人にそんな態度とられ…。…ッ?!」

そこまで言って、

長波は手をわたわたと動かした。

「違う!!違うから!!今の無し!!!」

「…無しだよな…違うよな…」

「だぁぁッ!!!なんなんだよっ!このっ…」

ヘッと自虐的に笑う提督を見て、

頭をかきむしった後に、

赤い顔で、目を反らしながら、

今にも消えそうな小さい声で、ボソリと呟いた

「まぁ…好き…だよ。提督…。」

「あら?どうしたの?何か言った?」

絵に夢中だったのだろう。

雷が、顔をあげて訊ねる。

「好きだよ提督しか聞こえなかったのです!」

「電ァァ!!!」

「はにゃー?!?!」

長波に肩をつかみ揺らされ、

ぶんぶんと上下に振られる電。

いつにもまして賑やかな執務室。

提督もつられて静かに笑った。

 

「…ありがとうな。お世辞でも嬉しいよ」

「何でそうなるんだよ!!!」



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ある雨の日

「…雨か。」

窓を叩く雨音を聞き、小さく呟く。

ベッドから身を起こし、

ぐっと背伸びをすると、横から声が掛けられた

「おはよう提督。良い雨だね。」

隣には目を細め、幸せそうに笑う時雨が居る。

「なんでお前らは俺のベッドに潜り込むんだ?」

俺は頭を抱え、心の底から呟いた。

 

今後誰かが勝手に潜り込むことがないように

昨晩、俺は部屋にしっかりと鍵をかけた筈だ。

扉に目をやると、

扉があったはずの場所にはなにもない。

ただ、何故か扉のような、まるでつい先程まで

"扉だったかのような"木の板が、

そっと立て掛けられているだけだった。

「…一応聞くがな、時雨。」

「壊したのは僕じゃないよ?!

流石の僕でもそんな事する訳無いじゃないか」

…じゃあ誰だと言うんだ。

まさかと思いながら反対側を見ると、

まだスヤスヤと寝息を立てる夕立がいた。

「………」

「夕立が部屋に戻ってこないから来てみれば、

もう既にこの状態だったのさ。

そうなったら、布団に入ってしまうのは

仕方のないことなんだよ。提督。

そう、つまり僕は悪くない。悪くないんだ。」

何故か自慢げに、

頭のアホ毛の様なものをピコピコさせながら

どや顔で言ってのける時雨。

「言いたいことは多々あるがもういい…

おい、夕立。起きろ。」

彼女を揺すると唸り声を上げながら寝返りをうつ

「夕ー立ー」

「うぅぅぅ…何…何か用事…?」

「この部屋の惨状は一体どういうことなのか…

勿論説明できるよな?いや、してもらうぞ。」

返事はない。

「幸せそうな寝息立てやがって…!!」

「夕立は朝には滅法弱いからね。」

「起きろ。おいこら。扉を返せ。」

「ぽぃぃぃぃ…」

強く揺らすが、ガクンガクンと揺れながらも、

意地でも起き上がらない夕立。

やがて暫くして、ペシンと俺の手を払うと、

再びベッドに顔を埋めスリスリとし始めた。

「…すぅ…すぅ…」

「……」

ベッドから降り、鞄を漁る。

「…夕立ィィィィ!!!!!!」

俺はそう叫ぶと、

ガンガンガン!!!!

と、取り出したフライパンとおたまを合わせた。

「…何?!何なの?!」

飛び上がる夕立。

「てめぇ!!やっと起きたなこの野郎!」

「うっわ最悪!寝起きでこんな奴の顔なんて

絶対見たくなかったっぽい!」

「んだと貴様ァ!!!」

叫んで睨み合う。

すると、時雨が夕立の顔を鷲掴みにした。

「じゃあ潜り込むなよ。」

「し、時雨…?!」

「時雨?じゃないよ。部屋に戻ってこないからどうしたのかと探し回ったら、扉を壊してまで侵入するってどういう事かな。君には失望したよ。」

「違うっぽい!誤解っぽい!!」

「とりあえずやめてやれ時雨…」

ギリギリと、若干聞くに耐えない凄い音が

鳴り出したので手を掴んで止める。

「なっ…う、お、女の子の手をいきなり掴むのは…

ど、どうか、とおも、思う、な。」

「あぁそれは普通にすまん…

すぐに離ー…せよ。オイコラ時雨離せ。」

何故顔を赤らめながら握り返すのだろう。

離れようとしているのは此方になってしまった

「ま、まぁ、僕は別に良いんだけどさ。」

コイツ力強ぇなオイ。

無理やり手を頭の上に乗せられ、

彼女自信が頭を左右に回転させることで

実質撫でているような感じになった。

「…っぽい!」

「なんで俺が殴られるんだよ!!」

 

時雨の前で正座をさせられている夕立曰く。

「歩いてたら提督の部屋から凄い物音がしたの

だから慌てて部屋に駆けつけると

もう扉が壊されていたっぽい。

一応中と外も確認したけど、

犯人は見つけられなかったっぽい。

提督は無事だったから、とりあえず護衛として、

そう、仕方なく!本当に仕方なく!護衛として!

…その、添い寝を…した…っぽい?」

後半苦笑いで首まで傾げてるぞ。オイ。

「嘘つけ。」

俺の言葉を聞き時雨は笑顔で言い放つ。

「よし、ギルティ。」

「本当だもん!!」

涙目になりながら叫ぶ夕立。

「お前以外に誰が入ってくるんだ…」

時雨とか言う例外は確認できるが、

艦とはいえ駆逐艦。

五人がかりですら俺一人押さえ込めないような奴等が、部屋の扉を壊すとは思えない。

そもそも壊したところデメリットがない。

あるとするならー

「じゃああれかい?君は提督が誰かに

狙われていたとでも言うのかい?」

時雨も俺と同じ考えらしい。

もしも、もしも夕立の言葉が本当だとするなら、

扉を容易く破壊し、

その後駆けつけた夕立に気付かれない様現場を去る

恐らくは駆逐艦以上の力を持っているであろう

…軽巡洋艦以上の誰か。となる。

そして、そうなった場合、

友好的かどうか、と問われた場合。

答えは否の可能性が非常に高い。

無論、龍田や天龍、加賀などの例外はいるが…

「…夕立。それは本当なんだな?

本当にそうなら警戒レベルを上げー」

「…本当っぽい。」

なんで目を反らすの?どっちなの?

「夕立?どっちなのかな?ハッキリしようよ」

時雨もその笑顔を浮かべるのをやめてやれ。

「だ…だってぇ…」

「時雨は少しココアでも淹れてきてくれるか」

「…分かったよ。」

ため息をつく時雨。

そのまま彼女が部屋から出ていくのを確認し

俺は腰を下ろして夕立に向き合う。

「…どっちなんだ?」

「自信がないっぽい…」

「自信?」

「これでも私は、

自分の実力に結構自信があるっぽい。

この鎮守府でハッキリと私より上な人は、

本当…ひぃふぅみぃ…えっと、多分結構いるけど

それでもあんなにすぐに駆けつけたのに、

犯人どころか証拠も見つけられなかったのは、

その、少しおかしいっぽい。

…もしかしたら、私の夢なのかも…?」

なるほどつまり、あまりの犯人の手際に、

最早夢ではないかと疑ってしまうのか。

「だが扉は壊されているぞ」

「えっと…寝ぼけて扉を壊したって言われれば…えっと…なんか…そんな記憶も…」

「なんじゃそりゃ!!!」

…なんじゃそりゃ!!!

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「というか、そういえば雷達は今日は来ないな」

ふと呟けば、時雨が此方を振り返り笑う。

「あぁ、そういえば、何やら屁理屈を

並び立てていたようだったね。

まぁ、彼女達には僕から言っておいたよ。」

成る程。時雨が睨みを利かせたのか。

駆逐艦の力関係が少しだけ見えた気がして

思わず吹き出した。

「拗ねてないといいんだがな。」

「提督は優しすぎるのさ。

甘やかし過ぎるとつけあがるだけだよ。」

「ハハ。一理あるが…どうしても、な。

それに、萎縮されるよりは今の方がいい。」

堅苦しい挨拶や規則に囚われるくらいなら、

俺に対する無礼も我が儘も、憎悪だって許せる

「恨んでても、我が儘でも、無礼でも良いから

ありのままで居て欲しいのさ。俺は。」

「…ふうん。本当に、変な提督だね。」

ため息と共にそう言われ、思わず時雨の方を見る

目が合うと彼女は、ふふ、と幸せそうに笑った。

 

「そういえば、夕立は看病してくれないのか」

執務をしながら、ふと手を止め、呟く。

「あの子はまだ素直になれないからね

提督なんて嫌いだって顔をして、

実は滅茶苦茶大好きなのさ。僕と同じくらい。

君が怪我をしたって聞いたときも、

僕以上にずっと心配していたんだよ?」

「素直になれない、というよりは、

単に提督を嫌っているだけだと思うがな…

というか後半のそれはなんだ。

全くイメージが湧かないぞ…」

まぁでも、親友である時雨が言うなら、

案外そうなのかもしれないが。

ふぁ、と欠伸を洩らす。

「提督は…雨は好きかい?」

「うんにゃ、気分が滅入る。」

「むぅ、そうなのか。」

「時雨は雨が好きなのか?」

「…どうなんだろうね。好きとか嫌いとか、

今まで考える余裕もなかったからさ。

作戦の時に雨が降っていると辛いから、

ただ"迷惑なモノ"でしかなかったんだけど…

…でも、窓を叩くこの音は…うん、良いよね」

瞳を閉じ、雨音に耳を傾ける。

「…あぁ、確かに悪くないな。」

「ふふ、だろう?」

柔らかく笑う時雨。

「お前が好きな雨なんだ、

俺も多少は好きになれる気がするよ。」

しとしとと降る雨、

窓の外に目をやり、そう呟いた。

返事がないのを訝しげに思い、視線を戻す。

「提督は…そういうところがあるよね…」

何故か時雨が赤い顔で、目を反らしながら呟いた

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「っぽい。」

日も落ち、首をゴキゴキと鳴らしていると、

部屋の隅からそんな声がする。

ふと視線をやると、膝を抱え、

何故か此方を睨み付ける夕立の姿があった。

「…夕立?こんな夜遅くにどうし…」

彼女は返事をすることもなく、

つかつかと此方に歩み寄り、

無言のまま腕をぐいと掴むと、

無理やり提督を立たせる。

「お、おい夕立?! 」

「………。」

提督の声に反応することもなく、

ズンズンと廊下を進んでいく夕立は、

彼の部屋にたどり着くと、部屋に彼を押し込み、

そのベッドに彼を投げ込んだ。

「うぉっ?!」

押し倒される様な形になり、額どうしがぶつかる

驚きの声を上げた提督と裏腹に、

彼女は不愉快そうに顔をしかめ、

小さく、ぶっきらぼうに呟いた。

「ちゃんと休め。馬鹿。」

「は…?」

困惑したような男の声。

彼女はそのままそっと身体を滑り込ませ、

彼の隣に横になり布団を被ると、背を向ける。

「おいお前!一体…」

「ちゃんと!」

提督の声を遮るように大きな声をだし、

対照的に、まるで今にも消えてしまいそうな、

か細く、小さな声で。

「ちゃんと、休めっぽい。」

その声の中に、ほんの僅か、

涙が混じっていることに気付き、

彼は言葉を飲み込んだ。

「勝手に私達を助けて…!

勝手にボロボロになって!

勝手に運び込まれて!!

私達が…私がっ!どれだけ…心配…っ!」

「夕立…。」

「もう無茶なんてしないで。

私達には、私には、貴方しか…っ!

やっと…信じたくなる人と出逢えて…

それなのに、そんな簡単に、自分をっー」

「ありがとな。」

優しい声で、男は、

小さな少女の背中から手を回す。

「誰も抱き締めろなんていってないっぽい」

「…そうだな。俺がしたくなっただけだ。」

「…横暴な提督様っぽい」

振り向きもせずそれだけ言うと、

すやすやと寝息を立て始める夕立。

「…本当に、ありがとな。」

そういい、男もゆっくりと目を閉じた。



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取り残された者

【side.提督】

 

「司令官!失礼致します!!

朝潮です!看病に参りました!!」

扉を開け、敬礼をする朝潮。

「ぉー…。…ん?朝潮?」

「はっ!」

「なんか…多くないか?」

朝潮、荒潮は知っている。

その後ろから姿を現した二人の少女を見て

俺は首をかしげながら訊ねた。

「はっ!僭越ながら、看病は

今も生存している朝潮型、

全員で行うことになりました!」

大きな声ではきはきと返事をする朝潮。

敬礼の姿勢は動かない。

まるで時が止まっていようだ。

「いや、そんなに堅くならなくても…」

「司令官のお怪我は私達のせいです!

それを償うためならば、私はどんなことでもー」

「朝潮?朝潮ー?!」

俺の呼び掛けを無視して熱く語る朝潮。

どうしちまったんだコイツは。

「あの~…朝潮姉さん?先に二人の

紹介をした方が良いんじゃないかしらぁ~」

荒潮の助け船で、ハッと正気に返り、

朝潮はハキハキとした声で報告を始める。

「此方は、私の姉妹艦で、朝潮型駆逐艦の、

霰と満潮です!!以後お見知りおきを!!」

「朝潮型九番艦、霰、です。

えと…あの…よろしくお願いします」

「…朝潮型三番艦、満潮です。」

同じく敬礼をする二名。

流石は朝潮型というか、

動きの一つ一つにキレがあり、

…此方が緊張するほどにガチガチだ。

「あー、まぁ、…そうか。そうだな。

そんなに…固くならないように…な?」

軽くそう言うが、敬礼を辞めようとはしない。

「…」

「…」

「…」

「…」

執務を始めても、微動だにせず、

ただじっとこちらを見つめてくる三者。

…何だこの地獄は。

「…朝潮?何してるんだ?」

「ハッ!提督の護衛でございます!」

「別にそんなに見る必要はないと思うんだが」

「いえ!!何かあってからでは遅いのです!

目を離した隙に何かあるやもしれませんから!」

「うーん、そうか。そうかぁ…。」

キリッとした、至って真面目な顔でそう言われると

此方としても強くはいえない訳で。

苦笑いを浮かべながら執務を再開しようとすると

荒潮が再び助け船を出してくれた。

「…ねぇ?朝潮姉さん?

固まってても仕方ないんじゃないかしら~…?

ほら、そんなに見てたら提督も

仕事をしにくいでしょうしねぇ~…?」

…お前ほんといい奴だよ。ほんと。最高。

「司令官!これは御迷惑でしょうか!!」

「そんなわけないだろ朝潮ォ!!!」

…畜生!!!畜生!!!!

反射的に叫んだ俺を恨みながら、

クスクスと口に手を当てて笑う荒潮を睨みつつ

俺は今日もペンを走らせた。

 

「…だぁぁぁぁぁ!!!!」

昼になり、俺は立ち上がりペンを放り投げる。

「司令官?!」

駆け寄る朝潮を抱き上げ、大きな声で叫んだ

「もういい!!わかった!!今日は遊ぶぞ!」

「で、ですが司令官!執務は…」

こんな状況で集中出来るかッ!!!!

なんて言えるはずもなく、

笑顔で大丈夫だ。と伝えると、首を鳴らす。

「たまには休まないとな…おう。」

ぐぐっと背筋を伸ばしながら言う男を見て、

朝潮はとても嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「…ど、どう、ぞ。」

震える手で珈琲を持ってきたのは、

満潮と呼ばれる少女だった。

「お、気が利くな。ありがとう。」

受け取り、それを飲み干す。

「…ゲホッ!!」

甘っ…?!なにこれ甘…?!?!

恐らくミルクと砂糖を沢山入れたのだろう。

砂糖水のような甘さに、思わず噎せた。

「悪い…ちょっと甘いわこれ…」

苦笑しながらカップを返そうとすると、

満潮は何故かガクガクと震え始める。

「ご…」

「んぁ?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

震えながら何度も何度も呟く少女。

「お、おい、満潮?」

恐る恐る近づくと、肩を跳ねさせ、

小さく悲鳴を漏らすと部屋から逃げようとした

…だが、

「大丈夫よ。満潮。落ち着きなさい。」

朝潮が肩をつかんで優しく語りかける。

過呼吸じみていた彼女の呼吸が、

少しずつ落ち着いてくる。

「…何が…」

呟いた俺の耳元で、荒潮が小さく囁いた。

「満潮ちゃんは…その…提督にトラウマがあるの

…その、満潮ちゃんはちょっと口が悪くて…

前任には特に厳しく"教育"されたの…それで」

「あぁ…もう良い。」

目頭を抑えてそこで止めさせる。

「朝潮。少し良いか。」

「はっ!」

俺は朝潮の手を引き、執務室を後にした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…なんで満潮を連れてきた。」

精一杯の低い声で言った。

が、朝潮は首をかしげながら答える。

「はっ!彼女にはこの機会に、

提督への恐怖心を払拭してもらうと!」

「それは!!!!」

大きな声で遮り、思わず壁を叩いてしまう。

「それはお前が決めることじゃないだろ…ッ!」

「…司令官?」

「良いか朝潮、それは本人が決めることであって、お前が決めて良いことじゃない。あんな状態なのに連れてくるべきじゃないだろ。」

肩を掴んで強く言う。

確かに恐怖感を払拭する必要はあるかもしれない

だが、それをするべきかどうか、

また、いつするのかは、

他でもない満潮本人が決めることじゃないのか。

未だにピンと来ていないような顔を浮かべる朝潮に若干の苛立ちが募る。

…だが、突然、横からその手を捕まれ、

俺の意識はいつの間にか隣にいた少女に向いた。

「…でも、それは、

貴方が決めることでも…ない。」

「…?!」

隣を見ると、霰と呼ばれた少女の姿が。

「確かにそう…朝潮姉さんは焦りすぎ。

でも、そこは貴方が判断することじゃない。

本当にダメなら、満潮姉さんは断っている。

それをしなかったのは、

それなりに思うところがあるから。

貴方に、期待…しているから。」

黙る俺に、霰は言葉を付け足した。

「朝潮姉さんを助けてくれて、

ありがとう…ございました。

…そして…今の貴方を見て、

貴方がどんな人か…大体は、掴めた…から」

気がつけば、グイッと顔を抱き寄せられていた

「…良い子、良い子。」

そのまま頭を撫でられる。

「…!?」

引き剥がそうとする前に、ヒラリとかわす少女

「…んちゃ。」

彼女はそういい、相変わらず無表情のまま、

ヒラヒラと手を振って部屋を後にした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「あらあら~。帰ってきたのね~。」

「何だったんだ…」

僅かに赤い頬を掻きながら、執務室に戻る。

隣で俺の手を握ったまま、

何故か頬を膨らませる朝潮を見て、

荒潮は何かを察したように笑った。

「…ん、霰は居ないのか」

「そうねぇ~。何故か帰っちゃった。

提督、何か知っているのかしら~?」

「…さてな。朝潮は知っているか?」

「…知りません。」

さっきから何をむくれているんだお前は。

頭をボリボリと掻いて、椅子に座り直す。

「…朝潮型ねぇ…」

誰にも聞かれないように、俺は小さく呟いた。

 

九隻中生き残りは四隻。

第六駆逐隊の響がそうであったように、

彼女らも沢山の"別れ"を経験してきたのだろう

それを思うと、胸が痛くなった。

「…あの、」

そんな声で顔をあげる。

「先程はすみませんでした…これ…」

頭を下げ、珈琲を差し出したのは満潮。

「…お前…。」

「ご、ごめんなさい…」

「いや…」

受け取り、珈琲を啜る。

やべぇわ。此方も甘いじゃん。

さっきよりはましだけど甘いじゃん。

だか、我慢できる。

「…美味しいよ。ありがとな。」

笑顔を浮かべ、そっと頭を撫でた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

「提督~?」

夜も更け、月が高く昇る。

虫やカモメの鳴く音がする中、

そんな声を出しながら執務室を覗きに来たのは

荒潮と呼ばれる少女だった。

「…荒潮か、どうした?何か用事か?」

彼女は問いかけには答えず、

ただ無言で男の膝の上に座ると、手を握る。

「どうしたどうした…」

ため息と共にそう訊ねられ、

少女は小さく、か細い声で一言呟いた。

「どうして…」

「んぁ?」

「どうして助けてくれたの…?」

「…」

提督は答えない。

質問の真意を測りかねているかのように、

ただ眉を動かした。

「貴方も知っているでしょう?

私達は、私は、朝潮型の生き残り。

…"取り残された者"。

今更、私たちだけ救われる権利なんて無い。

貴方が、あんなボロボロになってまで庇う必要も

価値も、私には…無いのよ。」

「………。」

「どうして?どうして私なんて…」

言葉の続きは紡がれなかった。

男が少女を半ば強引に抱き寄せたからだ。

「…提督?」

「それ以上は言うな。…言わなくて良い。」

「…優しいのね。」

「勘違いするな。たとえ本人でも、

俺の物を悪く言われるのが気に食わないだけだ」

「…そう。」

それだけ言うと、顔を埋める荒潮。

「…お前は俺の物だ。

守る理由なんて、それだけで充分だろ。」

優しげな男の声が、二人だけの執務室に響く。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.妖精】

 

「…どういうことですか?」

「…え?」

部屋に居るのは二名。

島風と、タマと呼ばれる妖精である。

「…だから、提督のドアを壊すのは良いけど…

その、直してくれないと、危ないかなって」

島風が繰り返す。

彼女はこう言いたいわけだ。

妖精、つまりタマがわざと扉を破壊し、

夕立と添い寝する機会を作ったと。

彼が安心して休めるように取り計らったと。

「…まずひとつ。それはわたしじゃありません」

妖精は続ける。

そんな馬鹿な真似をするほど愚かではないと。

ドアなど壊せば、男に害を為そうと企む艦娘に

狙われる危険性は格段に増す。

ましてそれがなくとも、

何故わざわざ彼と艦娘などが添い寝をする環境

を提供しなければならないのだ。

「…つまり」

「かれにめいかくなてきいをもっている

かんむすのかくりつがひじょうにたかいです」

聞き終わるや否や部屋を飛び出す島風。

「はなしはまだおわって…」

妖精の声は虚しく廊下に響いた。

…全く、犯人に心当たりでもあるのだろうか。

そういえば、以前、彼に敵意を持つ

艦娘の一人を教えていたが…。

「もんだいなのはそこじゃないんですよ?」

もしも彼女が"ソレ"を頼りに走ったのなら

きっと空振りに終わるだろう。

何故なら、"彼女"にそんな力はないから。

「わたしがにんしきできなかった。

…それが、いちばんのもんだいです。」

警戒していた筈の私の目を掻い潜り、

そんな行動に出たとするのなら、

相手は相応の"実力"の持ち主だと推測される。

ましてソレが彼に敵意を抱いているのなら…

「…まずいですね。」

空には黒い雲がかかり、

薄く照らす月をすっぽりと覆い隠してしまった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

「…こんな朝早くから、一体何の用ですか?」

「…話があるの。」

翌朝、空はまだ暗い。

そんな中、堤防で向き合う二名の艦娘がいた。

片方は、連装砲という武器を従え、

目の前の艦娘を睨みながら、

一挙一動も見逃すまいと神経を張り済ます

"島風"と呼ばれる少女が。

そしてその眼前には、

まるで対照的に、

警戒など欠片もしていない様子で、

軽薄な笑みを浮かべる、桃色の髪を持つ少女。

"漣"の姿があった。




はい!!どうもお久しぶりですごめんなさい少し色々とバタバタしておりました遅れてごめんなさい申し訳ないです…
と!!いうことで…!
今回から【】によるside、
所謂誰目線かを書くことにしましたーっ!!
助言をくれた方ありがとうございますっ!
とはいえ目線があってもちょっと分かりにくいのは文章能力なんでしょうね…申し訳ないですなんとか精進していきますぅ…
本当にダメダメな作者ではございますが、どうかどうか、彼らのことを見守り、(本当になんか色々と時おり凄い推理力を発揮しなさる御方がいらっしゃるんですが)予想をたててみたり、筆者の文章能力に若干イライラしながらも生暖かい目で見守っていっていただけるとありがたいですっ!!


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好きと嫌いの狭間で

【side.漣】

 

「私は貴女と話すことなんてないですけど?」

肩を竦めて笑い、歩いていこうとする。

すれ違う私の肩をつかみ、

彼女は大きな声を出した。

「貴女は、提督が嫌いなの?」

思わず、ピタリと動きを止める。

少しだけ目を見開き、軽く息を吸うと、

再び笑顔を浮かべて言った。

「こんな朝早くから…話はそれだけ?」

「大事な話だよ。…大事な、話。」

真剣な島風の声と瞳。

緩まない肩にかけられた力。

私は考える。

この艦娘は一体何を考えているんだろうか。

そんな質問をされて、素直にはいと答える人が居るとでも、本当に思っているのだろうかと。

だとするなら、とんだ間抜けだ。

笑い顔を作り、島風と向き合う。

質問の意図はわからないが、騙せば良いだけだ

幸いにも、"そういうこと"には慣れている。

「質問の意味が分からないけどー」

だが、私の口から出たコトバは、

まるで正反対の言葉だった。

「ー嫌いに決まってるじゃん?」

 

「…だろうね」

諦めたように笑う島風。

私は困惑した。

何故こんなことを口走ったのか。

何故私は、まだ言葉を吐き続けるのか。

「好きって何?好くわけ無いじゃん。

人のことを物としてしか見てなくて?

馴れ合わないで良いって言った癖に

色んな駆逐艦を侍らせて良い気になってる

あんな糞みたいな提督を?

誰が?私が?好くわけないでしょ?」

「提督はいい気になんてなってないよ。

あの人の側にいるのは私達本人の意思でー」

「なってるでしょ?偽善を押し付けて、

自分を正当化して優しい自分って素敵!って

貴女は知らないかもだけど、今までだって

何人かそんな提督は来てたよ?

…ま、所詮大事なのは自分だけ。

大好きなのは自分だけ。

初めの方こそ綺麗事を吐いていたけど、

暫くしたら行方不明になって、

…そのままだったけど」

肩を竦めて笑う。

提督なんてそんなものだ。

人間なんてそんなものだ。

期待するだけ、努力するだけ無駄なんだから。

「…良い気になってない」

馬鹿は下を向いたままもう一度繰り返す。

「分かってないなぁ」

「わかってないのは貴女だよっ!!!」

そんな大きな声が、私の声を掻き消した。

「遠目から見てただけの貴女に何が分かるの?!

話もせずに、自分の目で確認もせずに、

今まてがこうだったんだからきっとこうだって

勝手に決めつけて!勝手に諦めて!」

「近づいたら傷つけられる。

信じたら裏切られる。

それが人間であって、

…そもそも、提督から言ってきたんでしょ?

"不要な馴れ合いは控える"って」

「私達が望むなら、

あの人は幾らだって向き合ってくれる。

…受け止めてくれる。

貴女がその言葉を言い訳にして、

ただ逃げているだけじゃん!!!!」

「誰が逃げているんですか?!何から?!

新しく来て何も知らない人がいちいちいちいち

私達の鎮守府を土足で引っ掻き回すなッ!!」

二人の叫び声はどんどん大きくなっていく。

やがて島風は疲れたかのように、

…一言だけ言った。

「もう…それでも良いから…

これ以上提督を傷付けないでよ…」

「は?」

この艦娘は何を言っているんだ?

思わず間抜けな声が出る。

「提督の自室の扉を壊したのは貴女でしょ?

何をする気かは知らないけど、

もうこれ以上、提督を傷付けないー」

ーあぁ、なんだ。

「フフッ…」

私以外にも、彼を嫌いな人は居るんじゃないか。

「アハハハハハッ!!!!」

私は、間違ってなかった。

私は、間違ってなかったんだ。

嬉しそうに笑う私を、怯えたように見つめる島風

「す、すみません…笑いすぎて涙が…

まず一つ…それは私じゃありません。

本当…あの人って、嫌われているんですね」

「………。」

「怪我をさせるつもりなんてなかったけど…

私が手を下すまでも無いんですね。そっか。

あはっ。ふふふふ…そっかぁ…」

目の前で、艤装が展開される。

「…どういうつもりですか?」

「それ以上喋らないで。」

「もしかして長波と良い勝負出来て、

ちょっと調子に乗っちゃってるんですかね?」

同じく艤装を展開し、睨み合う。

「貴女がそのつもりなら、もういい。

犯人じゃないなら、放っておこうと思ったけど

…放置してても危ないから。ここで沈めるよ」

「随分と血の気が多いんですね~」

「…もう、傷付けさせるわけには行かないの」

光のない瞳で、此方を睨み付ける島風。

私は彼女を誘うように海に出た。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

海を滑る島風。

漣は笑って、話を持ち掛ける。

「じゃあ、ここから背中合わせに

十歩歩いた瞬間からスタート…ってことで」

返事はしないが、頷きはする島風。

漣はふぅ、とため息をつき、背中を合わせた

「1…」

「…2」

カウントはどんどんと進んでいく。

それを掻き消すかのように

ゴウゴウと風が哭き、海がさざ波立つ。

「10!!」

振り向いた島風は目を見開いた。

「馬鹿正直なんですね。島風ちゃんって。」

とっくに振り向き、此方に砲を向ける漣

「騙し…っ!」

「綺麗なままで居られる事が、羨ましい」

轟音が響く。

 

「ぐっ…」

吹き飛び、慌てて体勢を立て直す島風。

対する漣は笑みを浮かべている。

「(深追いしてこない…?…違う!)」

慌てて横に飛び下がると、

目と鼻の先を魚雷が掠めて通っていった。

「(だとするなら次はッ!!)」

息をつく暇もなく、ほぼ確認もせず

漣から打ち出された砲撃を撃ち落とす島風。

「へぇ…。」

漣は目を細めた。

「舐めないでよねっ!!」

島風の打ち出した砲撃をかわし、

彼女の事を冷静に分析する。

「(弱点があるなら、長期戦と接近戦の弱さだ

薄い装甲は私の砲撃でも削れるし、

接近すれば連装砲はあまり動けない)」

そもそも、勝敗なんて初めから決していたのだ

長波との戦いを見せた時点で、

島風に勝率はない。

種が分かっている簡単なトリックで、

漣は倒せない。倒せるはずがない。

長波との戦闘で浮かれてしまったのだろう。

私を倒せると思っていたのだろう。

 

彼女は、勘違いをしていたのだ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

撃ち合いの間際、

痺れを切らしたのか半ば強引に肉弾する島風。

「………」

あまりに真っ直ぐな動きに、漣は目を細める

一直線に突っ込んでくるその動きは、

速く、疾いが、あまりに単純だ。

すぐに砲撃を行いー…目を見張る。

「なっ…」

直感で分かった。"誘われた"という感覚。

それは間違いなどではなく、

身体を一瞬沈めると、文字通り"跳ぶ"島風。

「何を…っ!」

彼女が唯一の切り札として持つ"背面跳び"

艦娘として生きてきた漣は、

人間の動きを取り入れたこの動きを知らない。

ましてー

「ぐっ…?!」

「…"捉えた"」

するりと避けて、空中から打ち出された砲撃。

それに怯み、思わず動きが止まった隙に、

まるで歯車が一段階切り替わったかのように、

先とはまるで違う動きで距離を詰める島風。

「なん…っ!!」

「艤装にも大分慣れたよ。もう離さない。」

島風の脳裏を過るのは、

タマと呼ばれる妖精との対峙。

その過去が、絶対的な死を前にした経験が。

今、彼女の中に確かに"生きて"いることを、

漣は知らなかったのだ。

「…ッ!!!」

迫る猛撃。

反撃はおろか、

抵抗する隙も、考える隙も与えない連撃。

雨のように降り注ぐ砲弾の前に、

漣は為す術がなかった。

だが、突然島風は砲撃をやめると、呟く。

「…おかしいよ。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.漣】

 

「…は?」

この艦娘は何を言っているんだ?

何か意味があるのかと、気を張り詰める。

あのままやっていれば確実に沈んでいたのは私

何故わざわざ攻撃の手を緩め、

そんなことを口走っているのだろうか。

「おかしい?何がですか?」

両手を広げ、笑ってみせた。が。

下手を打てばあのまま沈んでいたのだと思うと

心底ゾッとし、手が震える。

「…おかしいんだよ。貴女は"強すぎる"」

島風の言葉の意味が理解できず、

私は嘲笑うように言う。

「あー、もしかして長波ちゃんと私が同じ戦闘力だとでも思ってるんですかー?」

「違うよ。貴女の強さは、あの時の長波ちゃんの強さというより…響ちゃんのソレに近い」

余計に訳がわからなくなり、眉をひそめる。

「ねぇ、貴女、もしかして…

本当は、提督の事、信じてるんじゃないの…?」

 

その言葉で、私の中の何かが決壊する。

私の目の前が、真っ暗になった気がした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「はぁ…?」

〔ソノトオリダロ?〕

頭の中に、誰かの声が響く。

「艦娘は、提督との信頼関係があって初めて

本来の力を発揮できる。

だから艤装に慣れてない私が互角に戦えた。

でも、艤装に慣れた今の私と対等に戦えてる

貴女は"強すぎる"んだよ。」

…心臓が、跳ねた気がした。

「…何を言っているのかわかりません。」

〔ホントウハリカイシテイタンダロ?〕

「提督は此所の全ての艦娘を、

自分の艦だと思ってる。

だから、後は、私達の問題なんだよ。」

遮るように、大きな声で叫ぶ。

「分からないって言ってるじゃないですか!」

〔オマエハワカッテイタンダ〕

「本当に分からないの?!」

「………」

〔ワカラナイフリヲシテイタダケ〕

頭の中の声はどんどんと大きくなる。

〔ジブンニ"ウソ"ヲツイテイタダケ〕

「貴女は本当にそれで良いの?!」

頭が痛い。割れそうなほどに痛い。

〔ドレダケワタシヲダマソウト、

ゴマカシツヅケルニモゲンドガアル。〕

「もしこのままなら、

私は貴女を沈めないといけなくなるの!!」

…あぁ、そうか、この声の主は。

〔…何時まで私に嘘を吐くんですか?〕

ー他でもない、私自身だ。

「うるさいッ!!!!!!!!!!」

だから私は、二つの声を掻き消すために、

自分でも驚くほど大きな叫び声を出していた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」

頭を掻きむしり、声を枯らしながら叫ぶ漣。

彼女の突然の狂乱ぶりに、

島風は思わず数歩後ずさった。

「嫌いだ!!嫌いなんだっ!!!」

島風は考える。

何故こんなにも頑なに認めないのだろう。

何故こんなにも提督を憎もうとするのだろう。

「あの無駄で不器用な優しさが嫌いだ!

あの乱暴に見えた優しい撫で方が嫌いだ!

あの頭に残った温もりが嫌いだ!

あの私だけが聞き取れる小さな声が嫌いだ!

全部全部大っ嫌いなんだ!!!」

漣は、声を大きく張り上げ、

目に涙を溜めながら島風を睨み付ける。

「だってそうでしょ?!

"綺麗な"貴女なんかには分かりませんよっ!!

どれだけ私が好こうと、あの人を見ていようと

あの人の目線の中にきっと私は映らない!!

私はもう汚れてるから仕方ないって…!

嫌わないとって…諦めてたのに…!!」

「そんなこと…」

「なんで私はダメで他の艦娘はッ!!!」

響や夕立を指しているのだろうか。

漣は、何かが決壊したように叫び続ける。

「こんな思いをするのなら!

"心"なんて要らなかった!!!

私は兵器だ!!!!

提督の指示に従い、提督を憎む存在で!!

ずっとそのままで良かったのに…ッ!!」

こんな、地獄と呼ぶに相応しい場所で。

心を取り戻してしまった兵器は叫ぶ。

「分からなくて良かった!!

知らないままで良かった!!

こんな場所で心なんて取り戻さない方が、

ずっとずっと幸せだったんだ!!!!」

「そんな事無いもん!!!」

だが、島風は耐えかね、叫び返す。

「綺麗とか汚いとか分かんないよ!!

少なくとも、提督は気になんてしてない!!

貴女と響ちゃん達との違いなんて、

そんなに無かったんだ!!そしてそれは、

少しの勇気で簡単に埋められた筈なんだよ!」

ただ一歩踏み出せば。

ただ此方から歩み寄れば。

間違いなく彼は、どんな艦娘の手でも握る。

…たとえ彼自身が危険な目に遭うとしても。

「うるさい!!!!!」

「嫌われるのが怖くて歩き出せなかったんだ!

ただ傍観して、それで何かを求めるのなんて

絶対おかしいよ!言わないとわかんないよ!」

その言葉で、漣がピタリと動きを止めた。

「………」

「伝えなきゃ伝わらない。言わないと分からない

そんなの…当たり前じゃん。」

ゆっくりと、漣は肩を揺らした。

「漣ちゃん…?」

「もう良い。何も聞きたくない…沈め!」

「分かんないならもう良いよ。

…私も本気で沈めに行くから。」

風が吹き、空を覆う黒雲が二つに割れた。



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道化の戦い方

【side. 】

 

「…そこまでだ。」

…そんな声が聞こえた気がした。

島風も漣も、驚愕から目を見開く。

「この馬鹿共が…

…いや、今回馬鹿だったのは俺、だな。」

二人の無線から同時に、よく知る男の声がした。

 

「まさか…ッ!!」

島風を睨み付ける漣だが、

その島風すら驚き、慌てたような態度を取る。

次に無線機から流れるのは、

拙く幼い、妖精の声。

「まったく…わたしがまけをみとめたのですから

むだにはしてほしくないものです。

かってにむせんをつなげさせていただきました

…もちろんもんくなんてありませんよね?」

「タ、タマちゃん…?!」

島風の声が、静かな海にやけに響いた。

「ほかでもないあなたが"そう"なって、

いったいどうするというのですか。

あなたがえらんだんです。

"ゆるす"というせんたくを。

けわしくくるしいいばらのみちを。

ならば、それがどれだけつらくても、

どれだけがまんならなくても。

いまさらまげることなんて、

ほかでもないわたしがゆるしません。」

その"声"で、少しずつ島風の瞳に光が灯る。

「あと、ていとくさんがごりっぷくですよ」

「えっ」

「島風…後で話がある…」

「ご…ごめんなさいっ!?」

「駄目だ。頭を冷やしてやるからな。」

「うぅ…」

項垂れる島風。

「とはいえ…それは俺にも言えることか。

…玲の奴に言われた通りだな…笑えねぇ。」

「………」

先程から声すら出ない漣に、

提督はようやく声をかけた。

「…悪かった。漣。…辛い思いをさせたな。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「………何を」

「お前の思いを知らなかった俺が悪い。

本当に申し訳なかった。」

「…………。」

「全てお前の言うとおりだよ。

否定する気にもなれん。

俺は糞野郎だし、好かれる権利も無い。

ましてお前らに好いて貰おうなど思わん。

嫌いなら嫌いで良い。憎んでくれても良い。」

「だから…私は…っ!」

「だが、お前がそう思ってなくても、

…お前は俺の艦だよ。漣。」

目から涙が溢れる。

「違うんです…私は…」

ただ、自分を見て欲しかっただけ。

ただ、あの輪に入れて欲しかっただけ。

「…私は…っ!」

声は続かない。

耳を塞ぎたくなるような爆音。

漣の視界の端で、

文字通り空を飛ぶ島風の姿が映った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

異様なほどの滞空時間を経て、

島風は海面に叩き付けられる。

「何が…?!」

漣が慌てて周囲を見渡すと、

此方に砲を構えている深海棲艦が居た。

「…っ?!」

「おい、どうした!?」

無線機から大きな声がする。

「…深海棲艦!!」

「恐らく軽巡ホ級です。

一匹だけのようですが…」

返答はない。

訝しげに思い、無線の音声をあげると、

とても小さな声が聞こえていた。

「深海棲艦…深海棲艦か…そうか…

ようやく…俺は…ここまで…」

「…あの?」

漣の声で正気に返ったのか、

提督からの無線が入る。

「おそらく撃ち漏らしだろう。

トドメを刺してやれ。」

その指示を聞き、島風は立ち上がる。

「島風、やれるな?」

「…やれます!」

「漣。お前にも頼みたいことがある。」

「…はい」

満身創痍の島風、暗い表情の漣。

まるで開始の合図のように、

深海棲艦が再び砲撃を行った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

島風がその速度で以て敵を翻弄し、

その隙を見て漣が魚雷や砲撃を放つ。

だが、問題となるのは、

両者、"相手に合わせようとしない"ことだ。

「ちょっ…」

「…!!」

島風は長波との演習でも、妖精との戦いでも、

"他人に合わせる"という動きをしなかった。

その為、戦闘中に相手の動きだけでなく、

味方の動きを確認し、

随時合わせるということが出来ない。

長波は以前の島風の戦い方を知っていた。

細かな動きなどは違うものの、

限界や得意な動きなどは知り尽くしている。

そして響も、持ち前の観察眼でなんとか

島風の動きに合わせていただけなのだ。

だが、漣は違う。

「もう少し合わせてくださいよ!」

「だって遅いもん!」

連携とは、本来お互いが合わせて行うものだ。

一方的な、悪く言えば独り善がりな戦い方をする艦娘など、駆逐艦には居ない。

居たとしても、協調が出来なくては沈むだけだ

だから彼女にとって、

島風のその動きは"異物"そのものであり、

到底認められるものではなかった。

「このっ…!」

対する軽巡は、手負いの為、動きが鈍い。

…だが、手負いな故に、動きは慎重であった。

それが島風を焦らせ、漣を苛立たせる。

はっきり言って、彼女らの連携は最悪だ。

「…!!」

だから、それが訪れるのも早かった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

漣の艤装から、カチリ、という音がする。

「弾切れ…?!」

「…漣、もういい。一度戻れ。」

魚雷という牙を失った漣は、

砲撃を行いながら少しずつ戦線から離脱していく

「島風、頼むぞ!」

「はいっ!」

時間を稼ぐ島風だが、

深海棲艦がその隙を見逃す筈がなかった。

今までの慎重且つ堅実な立ち回りから一転、

素早く、攻撃も意に介さず漣に突起するその姿は

まさに文字通りの"特攻"。

「…っ?!」

弱った相手に致命的な損害を与えるため、

自身の被害すら考えずに、沈むのを意に介さず、

ただ突撃する相手の動きを、

島風は予測できなかった。

何故ならそれは、人ではなく。

最早、兵器としての動きだから。

「…漣ちゃん!!!」

島風の大きな声がする。

深海棲艦の顔が嫌らしく歪んだ気がした。

…だが、

「…かかったな。"本命"はこっちだ。」

「…決めて!!!」

二人の声が重なる。

漣はゆっくりと頷き、油断たっぷりの相手に、

魚雷という名の牙を突き立てた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

声を上げて沈む軽巡を見ながら、

漣は肩で息をする。

「…っはぁ…」

「両者良くやった。

周囲に気を配りながら戻ってこい。」

ぶつりと途切れる無線を確認してから、

漣は島風に問いかけた。

「…何処から知っていたんですか」

提督から頼まれていたことは二点。

島風にはあまり合わせないこと。

そしてー

「魚雷がなくなったフリをしろ。

絶対に敵は突っ込んでくる筈だ。」

「深海棲艦に知性などありません。

それに、私に敵を騙せと?」

「欺くのがお前の戦い方だろ?」

だから彼女は騙していたのだ。

島風も、深海棲艦も。

「…別に知ってたわけじゃないよ。

ただ、提督が魚雷の弾数がなくなったときに

あまりにも慌ててなかったから。」

自分じゃなく、あの人を見ていたのかと

漣は納得すると同時に、少し顔をしかめた。

「それより…」

「…?」

「合わせられなくてごめんなさい」

島風の言葉に、顔をあげる漣。

「…手遅れになってたら、危なかったから」

あぁ、本当に。

この艦は嫌いだと漣はため息をつく。

「…私もすみませんでした」

「……え?」

「…謝らないとですね。」

ふいっとそっぽを向いたまま、

ぶっきらぼうに呟く漣。

…彼女と向き合っていれば、

汚い自分が浮き彫りになり、本当に惨めになる。

だが、目を反らし、ずっと甘んじているのは、

…今日限りで卒業だ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「提督ーっ!!!」

「怒ってる奴に飛び付いて来んな?!」

鎮守府に近付くにつれ、島風の速度が上がり、

堤防に立つ提督の姿を認めたときには、

最早全力疾走で彼の元へと飛びかかっていた。

「んー…」

スリスリと顔を擦る島風。

ため息をつきながら彼女を撫でる提督を見て、

私はまた少しだけ表情を曇らせた。

が、今度はいつもとは違う。

「ほれ、漣も。お疲れさん。」

「あっ…」

ぐいっと手を引かれ、頭を撫でられる。

暫く撫でたあと、提督が心配そうに顔を覗く

「…え、なにその嫌そうな顔。」

「いや、別に嫌じゃないですけど」

「めっちゃ嫌そうなんだけど」

「はぁ…?」

声をあげ、ため息をつく。

「何回も言わせないでください

…嫌じゃ、ないです」

「そうかよ。」

グリグリと頭に力が込められる。

私は提督に気付かれないよう、少しだけ微笑んだ

 

この翌日、提督は鎮守府から姿を消すことになる



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存在しない誰か

【side.妖精】

 

「…やられましたね」

もぬけの殻になった彼の部屋で、

妖精は一人呟く。

鎮守府から彼の反応が無くなった。

歯を噛み締め、虚空を睨み付ける。

警戒していた自分の目を掻い潜るとは、

中々どうして、面白い艦も居たものだ。

「どうか、ごぶじで…」

まだ彼に退場されては困る。

祈るようにそう呟き、彼女は部屋を後にする。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.長波】

 

「はぁぁっ?!」

思わず大声を出してしまった。

慌てて口を抑えると、目の前の小さな妖精が

やれやれといったように肩を竦める。

「しずかにしてください。」

「でっ…でも!」

「とにかく、

ていとくさんをさがすのをてつだってください

わたしのよそくがただしければー」

「…ふむ?どうかしたのか?」

私が目を横にやると、

キョトンとした顔で此方を見る、

時雨と初春の二人が居た。

 

「…いや、出掛けることくらいあると思うよ」

時雨は妖精の言葉を笑い飛ばす。

「自分の意思で出ていったんじゃないかな?

別にそんなに大騒ぎするほどのことじゃー」

「わざわざまよなかのうちに、

わたしのめをかいくぐりながら

いったいどこへいくというのでしょう。」

「それは…」

時雨が言葉に詰まった。

「じゃが、それより不味いこともあるぞ?」

初春がそこに追い討ちをかけるように言う。

「…提督は言っていたのう。

"猶予は一週間程度"と。

…今日から妾らは哨戒もしなければならん」

目の端で、妖精が分かりやすく頭を抱えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.島風】

 

「島風、落ち着いて聞けよ。」

長波に何度も念を押され、

"その言葉"を耳にした瞬間、

私の身体は自然と動いていた。

「どこにいくのですか?」

行く手を遮るのは妖精。もといタマさん。

「提督を探しに行くのっ!!」

駆け出そうとするが、その腕を長波に掴まれる

「離してよっ!」

「心当たりでもあんのかい?!」

「な、無いけど…!でも…!!」

「やみくもにさがすひまなんてありません。

いまからしょうかいにあたってください。」

「はぁっ?!」

そんな事をする余裕がある筈がない。

当然だ。もしかしたら、

今も彼は危険な目に遭っているかもしれないのだ

「それに、私達は提督の指示があって初めて実力を発揮できるんだよ?!」

「それは…」

そんな状態で海に出ていいのか。

妖精に詰め寄ると、彼女は珍しくたじろいだ。

…彼女もそれだけ焦っているのだろう。

「連れてきました!!!」

息を切らせて駆けてくる朝潮を見る。

その背後から、女性が顔を出した。

「…何かしら」

 

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【side.朝潮】

 

「…ぇ?」

加賀の言葉を聞き、

時雨と初春の二名は顔をひきつらせる。

「確かに昨日の夜、会ったけれど。」

 

「…あら、何か用事?」

「…お?加賀か。寝なくて良いのか?」

「大丈夫よ。それより貴方は?」

「…少し、"北上"とやらに会いにな」

「そう。」

確かにそんな会話を交わしたと。

 

「絶対に"北上"と言ったんだね?」

「ええ。」

一気に表情を曇らせる初春と時雨。

耐えきれなくなり、私は訊ねた。

「…どうしたんですか?」

 

「北上は数年前に"沈んでいる"」

「この鎮守府に北上は"居らんぞ"」

 

ー背筋が凍ってゆくのを感じた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

「…誰に会いに?!」

叫ぶ島風。

彼女は提督が絡むと冷静さを欠く節がある。

だからこそ、そこを熟知している長波が諫めた

「それは調べないと何も分かんないって…

ひとまず落ち着きなよ。

焦ってたら大事なもんも見落とすよ。」

「あれは嘘という感じでは無かったわよ?」

「それはお主の主観じゃろ?

実は何か用事があったのでは…無い、のぉ」

今も此処に居ない理由がないと、

初春は顔を伏せる。

もしそうなら、

事前にこうなると分かっていたことならば

事前連絡でも置き手紙でも残しているだろう。

"北上に会いに行ってくる"

の真意は不明だが、その時点では、

長引く用事だとは認識していなかった筈だ。

つまるところ、彼の身に少なくとも

何らかのトラブルが起こっている

可能性が非常に高くなる。

「ええい…次から次へと厄介事が…!」

唸る初春。

妖精は腕を組んだまま呟いた。

「…そうだとしてもおかしいです」

彼女は考える。

何故自分の目を盗んだのだろうか。

加賀の証言で、

彼が自分で何処かへと向かったのは証明された

では、その際に鎮守府から出たにしろ、

その後に何者かによって消されたにしろ、

彼の意思で妖精の目を掻い潜る理由がない

というよりは、只の人間に

そのような芸当が出来るとは到底思えない。

「だれかがてびきした…?」

考えども謎は深まるばかり。

仕方なく妖精はそこで思考を中断させる。

 

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【side.龍田】

 

「…あらあら~…」

島風の表情が暗い。

それどころか、

彼と関わりのある殆どの艦娘が

どこか浮かない顔をしていた。

それだけで、彼の仕業だと分かる。

「どうしたの~?島風ちゃん?」

だから訊ねた。

「…北上さんって…知ってる…?」

瞬間、目の前が暗転した。

 

「…何処でそれを?」

何故彼女があの人の名前を知っているのだろう

思わず疑問に思い、問いかけた。

「………何か知ってるの?」

向けられるのは、疑惑の瞳。

知っているも何も、

軽巡駆逐の古参で彼女の名前を知らない艦娘など

この鎮守府には一人として存在しない。

「…元、軽巡洋艦最強格…

いえ、きっと、この鎮守府最強だった艦よ」

 

この言葉には語弊がある。

彼女より強い艦娘は居たし、

何度かは彼女自身も敗北を経験している。

だから最強かと問われれば、

何人かは疑問から首を捻るだろう。

だが、龍田は自信を持って言えた。

"彼女より強い艦を見たことがない"と。

 

「…そんなに強いの?」

呟く島風。

「勿論、誰にでも勝てる訳じゃないわぁ~

…でも、あの子は最強よ。」

「…?」

「あの子には"才能"があるのよ。」

彼女は一度も本気を出すことはなかった。

彼女は一度も努力することがなかった。

それでも尚、彼女は本能で、

戦闘において常に最適解を出す。

考えるよりも先に、

最も正しい行動を身体が選択するのだ。

無論、戦艦や空母には勝てない。

だが、彼女たちのそれは艦種故の強さだ。

仮に彼女が同程度の肉体能力を持つとしたら、

否、彼女が少しでも勝つ努力をしたならば、

…きっと、勝負にすらならないだろう。

そう断言できるほどに、

彼女は天才で、規格外だったのだ。

「でも…沈んだんだよね。」

「…そうよ。あの子は沈んでしまったの。」

最期の言葉を思い返す。

 

『あー…ごめんね。もう疲れたや。』

 

寂しげに笑い、仲間を庇う為、

一人で敵陣に突撃した彼女の最後を。

努力すれば勝てていた。

努力すれば生き残れた。

だが、きっと彼女は、

そこに意義を見出だせなかったのだろう。

「それで?どうして北上ちゃんの話が

出てきたのかしら~?」

何やら考え込む島風に、笑いかけながら問う。

「もしその人が、生きてたとしたら?」

「あり得ないわ。」

即座に否定する。

その際、沈む瞬間を確認されているからだ。

「…じゃあ、

北上さんを名乗るような人は居ない?」

島風のその質問に、私は目を細めた。

「名乗る意味が無いわね。

彼女のことを覚えているのは軽巡、駆逐。

その古参となれば相当数が限られるわ。

そして、その中にそんなことをする艦は居ない」

「………。」

再び考え込む島風。

私は肩を竦める。

「ほら、島風ちゃん。

今はちゃんと戦闘に集中しなさい~?」

目の前では、イ級が此方に砲を向けていた。

「この状態でも戦えるのかな…」

「アタシらは大丈夫だったんだから、

大丈夫だって!島風!」

長波が励ますように笑う。



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死んだ艦娘(前編)

【side.提督】

 

「クハッ…いつぞやの洞窟か。」

彼の目の前に広がる、先の見えない暗闇。

かつて大淀を厳しく詰問したこの場所を、

その奥底を眺めながら、

俺は静かに嗤った。

「それで?一体何の用だ…?"大井"」

「黙って奥に進みなさい。」

その背後から、冷たく、

一切の好感を込めない声がかけられ、

肩を竦めて歩を進める。

岩でできたトンネルには人の手も入っておらず、

俗に言う"おあつらえ向き"を体現したかのようだ

「死体の遺棄にはピッタリだな?」

「…貴方を殺すかは私が決めることじゃないわ」

完全に信じているわけではないが、

嘘を言っている様子もないので一先ず息をつく

どうやら殺されるわけではないらしい。

尤も、今後の身の振り方で決まるらしいが。

「"北上"との話、ねぇ。」

鼻で笑いながら続けた。

「朝潮達を見て、多少は考えたんだ。

今も沈んでいる艦の名前だけは覚えておこうと

…地雷である可能性が高いし、

せめてもの餞というか…なんというかな。」

「それで命乞いのつもり?

俺は前任とは違う、とでも言いたー」

「"北上"は死んでいる。」

無言。

俺の言葉に返答がないので、

再び俺は強く繰り返した。

「もう一度言う。北上は死んでいるんだ。」

「…それを知っていて、

何故貴方は此処に来たのかしら?」

「呼ばれたら行くのが提督ってもんだろ」

それが誰であろうと。

…例え北上で無いと知っていたとしても。

自分の艦の可能性が一%でもあるならば、

向かうのが道理であり、義務だ。

「…私"は"貴方と話したくはないんですがね」

何度目か分からないその言葉に、目を細めた。

大井、彼女の話を信じるならば、

この奥に、北上の名を騙る誰かが居る。

 

お互い、無言のまま歩を進めた。

地面はゴツゴツとした岩でできており、

濡れている上、一寸先も見えないほど暗いため、

下手をすれば足を滑らせてそのまま御陀仏だ。

だからこそ、下を向きながら慎重に歩く。

短い洞窟が、それなりに長く感じた。

「へェ、連れてきてくれたんだ?」

やがて暗闇から声が聞こえ、俺は顔を上げる。

「…はい、"北上さん"」

「それで?妖精もどきにハ…」

「見られてません。」

「そっかー、ありがとね。

…さてさて、自己紹介から始めよっか?

アタシは北上、まァよろしく~。」

 

暗闇に目が馴れ、少しずつ景色も見えてくる

青く目を輝かせながら、

大井と同じ制服を着た、

黒髪を編んだ少女が岩に座っていた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

「…時雨?」

「なんでそうなるかなァ…?」

キョトンとしたような俺の呟きと、

えぇーと言ったような、呆れたような少女の呟き

二つは洞窟のなかで静かに反響し、

やがては暗闇に溶けていった。

「いやまぁ、冗談だがな?

…いやでも…ううむ…頑張れば…?」

「駆逐艦と一緒にしてほしくないねェ」

ピクリと男のこめかみが動いたが、それだけだ

「…それで?お前は北上…なんだな?」

続く質問を聞き、少女はニヤリと笑みを浮かべる

「…さァ?どう思う?」

からかっているようなその声に、

男は不愉快げに目を細めると、言った。

「…容姿は北上のそれだな。だがお前はー」

「ウンウン。入り口で話してたとおりだよ~

つまり今、沈んだはずの艦娘が…幽霊が、

提督である貴方の前に現れたワケだけど。

…さて、じゃァ、どうする?」

男の雰囲気が変わった。

「幽霊か…」

「…?」

「お前が幽霊だったら嬉しいんだがな…」

ぼやいた提督を見て、

変な男だ。と笑う北上。

「怖くないんだ?」

「怖くはないが、分からないな。お前は一体…」

「…長くなるけど、良いかナ?」

青紫の瞳を細め、少女は自嘲気味に笑った。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「何があったか説明する前に…

幾つか聞きたいことがあるんだよねェ」

首をかしげる提督。

「貴方は、"応急修理要員"について

…何処まで知ってるのカナ?」

「…俺が知っているのは、

轟沈した艦娘を復活させる…ってことだが」

心底不思議そうに呟いた男をしばらく眺め、

寂しげな瞳で北上は続けた。

「ソウ、正解。

アレは艦娘を一度だけ蘇らせてくれる。

例え四肢がバラバラになってようと、

首が吹き飛んでいようと、

どんな状態からデモ…その場で復活させる」

何故か後ろの大井が、歯を噛み締めた。

「"その場で"復活させてくれるの。

例えそこに何があろうとネ。」

「何が言いたい?」

真意を掴みかね、男は不愉快げに訊ねた。

質問には答えず、

ただニヤニヤと笑みを浮かべたまま、

言葉を続ける北上。

「…ところでサ、提督、

私ノ話し方に違和感を感じなかっタ?」

「…北上さんは、昔、確かに轟沈しました」

耐えきれなくなったのか、

ポツリポツリと言葉を紡ぐ大井。

「この紫の瞳ハ、"私の物ジャナイ"」

「そして、北上さんが沈んだ場所には、

不幸にも、レ級…深海棲艦が居たんです」

「モウ一度言ウヨ。

…応急修理要員ハ、

"ソコニ何ガアロウトソノ場デ復活サセル"」

「私が見つけた時には既に、北上さんは、

北上さんじゃありませんでした。」

 

「改メテ自己紹介シヨッカ。

北上サマダヨ。半分ハネ。」

キシシ、と、奇妙な笑みを溢す。

男には、まるでそれが警戒音のように聞こえた

肩を竦め、男の目を見つめる北上。

洞窟の中を吹く風がゴウゴウと唸る。



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死んだ艦娘(後編)

【side.北上】

 

「…え、…で?」

「…ェ?」

男の心底不思議そうな声で、

私は思わず、反射的に声を漏らしていた。

「え?いや、…おう、としか言えねぇし俺…」

「エット…分かってル?話分かってル?」

この男は何を言っているんだろうか。

深海棲艦だぞ。

目の前に、半分だが、深海棲艦が居るんだぞ。

「うーむ、えー、何を求めてるんだ」

「イヤ、マァ…求めてるって訳ジャ…」

無いけど。無いけどさ。

それにしたってあまりに反応が薄い。

彼の後ろに立つ大井っちが、

"信じられないコイツ…"という目で

目の前の男のことを見ているのが少し面白かった

「うーむ…じゃあ…に、憎き深海棲艦め…」

棒読みにもほどがある。

「…状況を理解してますか?」

大井っちが確かめるようにおずおずと尋ねる

「ここは洞窟。貴方は一人。

目の前には深海棲艦と提督を憎む艦娘。

…本当に自分のおかれた状況を…」

「ふむ…。」

男は頷き、つかつかと私の傍に歩み寄ると、

笑顔を浮かべて頭を撫でた。

「関係ねーよ。コイツは俺の艦だ。」

顔に体温が戻ってくる。

 

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【side. 】

 

「アノ、エト…」

「なんだ、まだ何かあるのか。」

ため息をつき、男は続きを促す。

「イヤ…」

「言いたいことがあるならさっさと言え」

「………。」

うつむき、黙ってしまう

北上の顔を覗き込もうとしー

「…ッ!?下がりなさいッ!!!」

「ぐぇっ…」

襟首を掴まれ、無理やり引っ張られた。

「おい!いきなり…」

文句を言おうとした男は、目を見開く。

北上と提督の間に立つ大井。

だが、彼女の背は此方に向けられており、

彼女が庇ったのは北上ではなくー

「キシ、キシシシ、

提督?、ていとく?、テイトク?

…キシシッ」

そこに居たのは、北上ではなかった。

 

「成程な。確かにコイツは…」

紫の目が、暗闇に蒼く爛々と光る。

その特徴的な笑い声が反響し、

やけに大きく、重なって聞こえた。

「…逃げなさい。」

大井が小さく後ろに声をかける。

「ふむ?」

「……良いから逃げなさい。

狙われているのは貴方よ。」

「………。」

男は答えない。

ただ目を閉じると、息を吐いた。

「茶番だな。」

 

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【side.提督】

 

「…え?」

大井の声が響く。

相変わらず奇妙な笑みを浮かべる北上に、

俺はゆっくりと近付いた。

「ちょっ…貴方!」

慌てて声を出す大井だが、

俺にはそれすら滑稽に見えた。

「…一応いっておくが、

俺は人間が嫌いだ。大嫌いだ。

そしてな、それ以上に深海棲艦は大嫌いなんだよ

その態度を貫くなら、

深海棲艦として対処するぞ、"北上"」

「…ウーン、バレチャッタ?」

「大井が提督のために命を張るわけ無いだろ

それに…"本物"は纏う空気が違う。

もっと邪悪で、冷たい。底が見えない。

理解できない。それが深海棲艦だ。」

「ヘーェ。試すような真似をしたことハ謝ルヨ

…ゴメンネ?」

「構わん。それで…はぁ…

此処からどうするかね」

疲れたような提督の呟き。

北上の瞳の輝きがゆらりと揺らめいた。

 

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【side.北上】

 

「…フーン。」

気がつけば洞窟の向こうに朝日が差し込んでいた

私はそんな生返事を返し、会話を途切れさせる

夜通し続く彼の話は様々だった。

そのどれもが、他愛の無い日常で。

そのどれもが、私が失ってしまったもので。

一方的に、押し付けるように。

永遠に続くような、気遣いとは程遠い話。

私がもうそこに戻れないと言うことを、

本当にコイツは理解しているのだろうか。

…でも、そんな平穏な、下らない話の中に、

彼の不器用で、少しだけ曲がった

彼なりの"優しさ"が隠されている様な気がした

「…もう朝か。」

私の思ったことと、一言一句違わず、

彼が同じことを言う。

「…ってんぁ?大井は…」

「長話に付き合う気はないって、帰ったヨ?」

「はぁッ?!」

叫ぶ彼に、思わず柔らかな笑いを溢してしまい

慌てて両手でそれを隠す。

幸いにも彼はソレを悟らなかったようで、

頭をボリボリと乱暴に掻くと、立ち上がった。

「それでお前はー…」

「?」

首をかしげると、

彼は一瞬伸ばしかけた手を引っ込める。

「…いや。あー…お前は…

普段は何をしてるんだ?」

「別ニー?寝たいときに寝テ、

起きたいときに起きテ、

尤も、深海棲艦は睡眠も不要みたいで、

眠れるのは私の名残なんだろうケド…

だからまァ、大抵はゴロゴロしてるヨー。」

「…暇じゃないのか?」

「ん?ソーダネ。」

ここは曖昧に誤魔化した。

いつも、いつかの情景を思い出して、

今も生きてるか分からない姉妹を想って、

涙を流している、なんて、

とてもじゃないが言えない。言いたくはない。

「…ほれ。」

不意に彼から投げられた何かを反射的に受けとる

「…ナニコレ?」

「ルービックキューブっつってな…」

つかつかと此方に歩いてくる男。

「…ってうぉッ?!」

足を滑らせた彼を、

岩から飛び降り、慌てて支えた。

…瞬間、頭に電流のような、強い意思が走る。

「あっぶねぇー…ありがとな…北kー」

「逃げテ。」

それだけ言うと、私の意識は黒く染まった。

 

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【side. 】

 

「ハハハハッ!!!!」

洞窟に笑い声が響く。

「あーぁ…あー糞…糞が糞が糞が糞がッ!!

運が良かったなぁ?!

お前の半身が俺の艦じゃなけりゃ、

此処で徹底的に潰してるんだがなぁッ!」

洞窟に響くのは男の叫び声。

やがて、ガラガラと音を立て、洞窟が陥落した

 

「…ゥ…ん、アレ…?」

目を覚ました北上は、

すぐ目の前に男の顔を確認し、

慌てて起き上がろうとする。

「へァっ?!」

「んぁ、起きたか。」

俗に言う膝枕の状態で、

反射的に顔を上げたせいで、

顔を覗き込んでいた彼と額をぶつけてしまった

「アイタッ?!」

「落ち着け…大丈夫かよ…」

「エ、なんで…何ガ…」

ぶつけた箇所を擦りながら辺りを見渡す北上。

へこんだり、崩れていたり、削れていたり、

圧倒的な"力"が行使された痕が

痛々しいほどに残っておりー

「エ、何デ生きてるノ?!」

「お前は俺に死ねと?!」

この力の嵐の中、

何故この人間が生き残っているのか、

とてつもなく疑問に、恐ろしく思った。

「…まぁ、だが…死ぬのも時間の問題だな」

男が指差す方向をつられるようにして眺め、

北上は驚愕から目を見開く。

沢山の大きな岩や土砂が、

洞窟の入り口を塞いでしまっていた。

「コレは…」

「お前は補給がなくても大丈夫だろうが…俺はなぁ…塩ならあるんだが…水なぁ…」

ポケットから塩を取り出す男。

北上は何故コイツは塩を持っているのか訊ねてみたくなったが、それよりも聞くべき事がある。

「…提督ハサ、本当に人間?」

今度は男がニヤリと笑って訊ねた。

「さぁ、どう思う?」

 

「…」

唖然とする北上に、

慌てて訂正するように男は付け足す。

「そもそもの話というのがな、

お前らの認識から間違ってるんだよ。」

「…ェ?」

「提督に支給されるこの刀は…

唯一、人間が使える艤装のようなものだ。

ようは、あー、早い話、

この刀は唯一、人間が扱えて、尚且つ艦娘に、深海棲艦にダメージを与えうる武器なんだ」

「それは理由にならないヨ」

そう、そんな細い刀一本で何ができる。

圧倒的な力を持ち、

人のサイズに凝縮された"力"が打ち出す

砲撃も魚雷も何もかも、

人間を殺すには充分すぎる程だ。

刀では銃に勝てない。

攻撃ができるからと言って、勝てる訳じゃー

「嘆かわしいことにな。人は強い。」

「…?」

「俺は人間なんて大嫌いだし今すぐにでも全滅すればいいと思ってるんだが…こう、人、特に"提督"の武器はこの刀だけじゃない。」

自然と、彼の腰の刀に目を落とす。

「人間は誰しも"刀"を持っているんだ。

誰もが認識できている訳じゃない。

誰もが振るえる訳じゃない。

だが、あるときにその刀の存在に気が付く。」

「…それはー」

「人間はソレを"正義"と名付けた。

絶対的に正しい物として、

自分と共にある"刀"を信じ、

自身が動く原動力とする。

 

或いはソレを"心"と名付けた。

自分達が従うべき物として、

自分の中にある"刀"と向き合い、

他者と接する上での大切なものとする。

 

或いはソレを"エゴ"と名付けた。

押し付けがましい間違ったものとして、

自分が産み出した"刀"を抑え、

他者を傷付けるものとして抑圧する。」

そこまで言って、男はニヤリと笑った。

「昔は、刀を腰に下げた人間も居たらしい

今や提督や、一部の人間のみ所持を許されてー

長くなるな、要は…あー、"刀狩り"って奴だ。

俺達は刀を奪われたんだよ。」

そして、トントン、と胸を叩く。

「だが、どんな人間も、ここの刀は奪えない

同時に何より恐ろしく強いのは、この刀だ。

俺達がそれを認識し、振るう意思を見せた時

その人間の為だけの刀は真価を発揮する。」

 

「そして、誰もが振るえるこの武器が、

俺達の魂であり、何より強く、貴いものだ」

 

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【side.北上】

 

「…答えになってナイ」

私の不満そうな声を察したのか、

提督は苦笑しながら手を広げた。

「確かに艦娘も深海棲艦も、

俺達が持っていない武器がある、強さもある。

だが、だからって人間が艦娘より弱い訳じゃない

まして、深海棲艦より弱いという訳でもな。」

「元から、人間ハ深海棲艦ヨリ強いッテ?」

「あぁ、俺達は強い。

いや、強い弱いも自分が決めるものだがな。

どこから強いでどこから弱いなんて、

明確な線引きがなされている訳じゃない。

だが…少なくとも、人間は、

んー、なんだ、説明は苦手なんだ…

正しい武器の使い方を、

刀の在処を知った人間は、間違いなく強いし、

誰もがその可能性を持っている。

その気になれば誰にだって、

どんな相手にも勝ちうる可能性はあるんだよ」

納得なんてできるはずがない。

だが、それ以上彼は語ろうとはしなかった。

何よりー

「…どーやって出たもんかね…これ…」

怖い

「…ソダネー…砲撃でぶち抜こうカ?」

…怖い

「いや、ここが崩れなかっただけ幸運だ。

次の衝撃で、この洞窟全部が崩れるかもだぞ」

私の心の中で、もう一人の私が叫ぶ。

「ソッカ…」

怖い、逃げたい、離れたい。

それは恐怖。

それも、生半可なものではなく、

圧倒的なまでの恐怖。

「…どうした?」

首をかしげる男。

「何でも無いヨ」

いったい何をどうすれば、

只の人間がここまで深海棲艦を脅かせるのだろう

「誰もガ持つ刀ねェ…」

私は岩の割れ目を探る男を見ながら、

誰にも聞かれないように小さく呟いた。



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閉ざされた帰路で

【side. 】

 

「困ったな…うーむ?」

岩を眺め首を捻る男を見て、

北上は笑って訊ねた。

「随分余裕そうだネ?」

「そうでもないぞ?」

平然と答える男だが、

それにしてはあまりに落ち着いている。

もっと取り乱しても良い筈だろうに。

「死ぬときゃしゃーないからな。

…まぁ、そうなるとアイツらも困るだろうから

一応生きようとはするが…

まぁ、騒いだところでどうともならんからな。」

「フーン…」

「ま、大井が何とかしてくれるだろ。

それまで…ほれ、何か話しとこうぜ?」

トントンと自分の隣を叩き、笑う提督。

北上は若干顔を赤らめると、

僅かに不満そうに顔を歪め、背けながらも

トスンと彼のとなりに腰を下ろした。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.提督】

 

「ウーン…来る気配がないねェ…」

「遅いな…」

朝俺がいなければ、

何人かが騒ぐと思っていたのだが。

否、むしろ提督が居なくなって

せいせいされているのだろうか。

「…うーむ」

「てィっ」

額を弾かれる。

「…何だ?」

「変なこと考えたでショ。」

無言で額を擦る。

「…モット自分の艦のこと、

信じてあげても、良いんじゃナイ?」

笑う北上。

「…そうかよ」

俺はぶっきらぼうに呟き、上を見上げた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「さて、いつまでもこのままって訳にもな」

ため息をつき、壁に手を当てる。

「…そうだネ。

提督ニハ帰るところがあるんダカラ。」

その言葉で、少しだけ顔をしかめた。

「…北上、もしー」

「何よこれぇっ?!」

瞬間、岩の向かいから大声が聞こえる。

「北上さん?!北上さーん?!」

「おーい!」

「それは私の名前?それとも呼び掛け?

というか貴方が返事をしないで!

北上さんは何処なのよ!」

早口で捲し立てる声に、

思わず笑みを溢してしまった。

「お前元気だな…」

「…大井ッチー、助けてー!

提督ニ襲われルー!!キャー!!!」

「洒落になんねぇからやめて?!?!?!」

肩を掴んで揺さぶる俺と、

にやにやと笑う北上。

「…と、兎に角砲撃で…!」

「やめろ!衝撃で洞窟ごと崩れかねん!」

「それで困るのは貴方だけよ」

「確かに…!?」

それもそうだ。

北上が艤装を展開すれば、

陥落したとしても耐えきれるはず。

「それなら別にー」

「私、艤装ハ展開出来ないヨ?」

「…え?」

「…そうでしたね…ごめんなさい」

「いや待てよ、艤装がー」

「大井っち。何デそんなに焦ってるノ?」

どうやら俺の声に答える気はないらしく、

若干冷たい声で大井に尋ねる北上。

「…それは…その…」

「大井っち?」

 

「…現在、深海棲艦の大群を発見、

戦艦などの主力艦が対処しておりますがー

…少しずつ、抑え込まれ始めています。」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

「はぁぁぁぁぁ?!?!?!」

男の叫び声が洞窟に響く。

「叫ばないでくださいうるさいです」

「待て!どういうことだ!元帥はー」

「調べていますが、移動してきた様です。

故意に見逃された、というよりは、

今日にこの海域に移動してきたのかと。」

鈍い音がする。

恐らくは岩を全力で殴り付けたのだろう。

北上の、血が…!という小さな悲鳴が聞こえた

「おい、大井。」

「何でしょう?」

「この岩に砲撃しろ」

「…御断りします」

「こんなところで時間を食ってられん。

今すぐにでも俺が戻らないとー」

「私にとって大事なのは北上さんですので」

「北上は艤装を展開できるだろ!?」

男の叫び声が暗闇に反響する。

 

「…提督。」

「レ級は艤装を展開してきたぞ?!

何で北上だけ展開できないんだよ!」

「………。」

「冗談だよな?嘘だろ?

なぁ、出来るならさっさとやってくれないとー」

「…ゴメンネ。」

か細い、小さな声が、男の心を揺らした

「糞が…ッ!!」

再び、拳を岩に打ち付ける音が響く。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.夕立】

 

「…チッ」

軽く攻撃を被弾し、舌打ちをしながら距離を取る

「夕立!!」

駆け寄ってくる時雨。

自分の持ち場はどうした、だなんて聞かない。

「そっちは…」

「駄目だね。金剛さんが抑えてるけど、

押しきられるのも時間の問題だ。」

「あぁもう…アイツは何処に行ったのよ!」

アイツ、何てただ一人だ。

何人かは逃げたと思っているらしいが、

私は、私達はそうは思ってはいなかった。

「彼の身に問題が起きてるのもわかるけど…

こっちのことも考えてほしいね…

とはいえ、彼が全員を入渠させていなかったら

今頃全員海の底だろうから、

そういう意味では助かってるんだけど…」

少し遠くでは、新人の島風が苦戦していた。

足取りは重く、表情は苦い。

「…動きが悪いっぽい。」

「仕方無いんじゃねーですかね?

私達って、提督がいないと万全は発揮できないそうですしおすし」

横から声をかけてきたのは漣。

何故彼女がそんなことを知っているのか、

確信を持っているようだがそれは本当なのか、

聞きたいことは沢山あったがー

「何で此処にいるっぽい。」

「駆逐艦は全員集合だそうで。

このままじゃ埒が空かないから、

駆逐艦全員で一丸となり突撃、

敵の指揮官を討ち取れ、だそーです!」

馬鹿にしたかのように笑う漣。

それもそうだ。

確実にその作戦が成功するはずがない。

命令の裏にあるのは、

もう邪魔だから時間を稼ぎ沈めということだろう

その間に戦艦達は逃げるのか、

それとも入渠するのかは分からないが。

「却って怒りを買うって思わないのかしら」

「やらないよりはいーんじゃない、

ってことでしょうね?」

それもそうだ。

生き残る道はそれしかない。

無謀でも突撃し、指揮官を討ち取り、

敵がそこで撤退してくれるという希望的…

悪く言えば、楽観的な道にすがるしかないのだ。

「それで?何を沈めれば良いっぽい?」

「敵の指揮権を握っているであろう艦は五匹、

どれもflagship級で、ここだけの話、

敵はどうやら連合軍…みたい、ですね」

それを聞き、眉をひそめた時雨。

だが、何倍もの軍勢の中に居るであろう五匹のflagshipを駆逐艦のみで沈めろと言う無理難題に顔をしかめたわけではない。

「…それは偶然なのかな。それとも…」

群れるだけの"知性"を身に付けている。

もしそうだとしたら、大きな問題だ。

ーだが、

「それを考えるのは私達の仕事じゃねーです」

肩を竦める漣。

この情報を然るべき所に報告し、

色々と考えるのは戦艦空母重巡の仕事だ。

駆逐艦は精々ー

「使い捨ての時間稼ぎ要員ってことよ」

何故か後ろから現れた曙が自嘲気味に笑う。

そこで私は疑問に思った。

「…漣に曙に朧…集合の連絡に三人も必要?」

漣一人が来る時点で可笑しいのだ。

これだけなら無線で連絡すればよい。

にも関わらず、三人が集まっているのは

明らかに、異様であった。

「…勘が良いのね。」

曙は肩を竦め、漣は笑った。

「逃げるんですよ。付き合ってられません」

「そう。頑張れっぽい。」

予測していた解答だったので、即座に返す。

無論逃げるのは軍規違反で問題である。

敵前逃亡なんて言い訳のしようもない。

見つかれば只では済まないだろう。

だが、戦艦達はきっと、

駆逐艦全員が居なくなりでもしない限りは、

逃走したことにすら気付かないだろうから。

だから、この混乱に乗じて逃げることは可能だ。

「止めないんだ…」

という朧の呟きが聞こえた。

「生き残れると、逃げ切れると

本気で思ってるなら止めるっぽい。」

答えない漣達。

そう、彼女達は理解しているのだ。

例えここで逃げたとしても、

弾薬も燃料も使いきり死ぬだけだと。

このご時世に、

野良の艦娘を拾うような提督は居ないと。

「使い捨てとなって沈むくらいなら、

足掻いてから死にますよ。私は。」

漣は決意に満ちた目で此方を見る。

少し前の彼女はこんな目をしていなかった。

きっと"何か"が、"誰か"が彼女を変えたのだ。

「…アンタは逃げないの?夕立。」

「夕立ちゃんが来てくれるなら心強いなって」

曙と朧が声をかけて来る。

「私は断るっぽい。」

「僕もかな。夕立が残るなら残るよ。」

今まで沢山の艦を看取ってきた。

目の前で沈んだ子、囮となった子、

解体された子、素材となった子。

そんな沢山の仲間達を見てきた私達古参が、

自分の番が来たからと逃げる訳にはいかない。

それではあの子達に顔向けが出来ない。

それが私達の生き方でー死に方だ。

例え無謀だとしても、不可能だとしても、

一人でも多く道連れにし、

一秒でも多く時間を稼ぐ。

私達だけでもそれに従事しないと、

今までの仲間たちが浮かばれないから。

その死が意味のないものになってしまうから。

 

「…どうせ生き残れないだろうけど、

死んでほしいって訳じゃないから、

"さよなら"って言っとくっぽい。」

「…私達は潮を回収してさっさと逃げるわ。

どうせすぐに会うことになるだろうから、

"またね"とだけ言っておくわよ。」

夕立と曙は軽く握手をして、

お互い逆方向へ歩き始めた。



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死にに行く者

【side. 】

 

「司令官司令官司令官司令官…」

ぶつぶつと呟く朝潮。

彼女は朝からずっとこんな感じだ。

「朝潮姉さんはもう少し落ち着きましょう?」

苦笑いを浮かべ、窘める荒潮。

「…逃げた?」

霰の呟きに反応し、朝潮はぐいっと顔を向けた

「そんな訳無いでしょっ?!」

「知ってる…冗談。本気にしないで。」

彼の"自分の物"に対する、

"艦娘"に対する異様なまでの執着心を知る者は

どうしても彼が逃げたとは到底思えないのだ

 

「…何か…あったのでしょうね」

そう分かっているからこそ、朝潮は歯痒く思う

彼が辛いなら傍で支えたい。

彼がピンチなら隣で守りたい。

かつて彼がそうしてくれたように。

かつて彼が守ってくれたように。

自分にもう少し力があれば。

自分がもう少ししっかりしていれば。

だが、後悔してももう遅い。

だからこそ祈る。

「司令官、この朝潮は、

どうなろうと貴方の側に居ます。

ですから、どうか、御武運を。」

 

「無事だと良いのだけれど…」

荒潮は水平線を覆い尽くす深海棲艦を眺め、

目を細めながらため息をついた。

今でも彼に抱き締められた夜を覚えている。

あの温もりを、あの安心を。

彼を守るためなら、文字通りなんでも出来る

最近彼を見ると頬が赤くなるのは、

彼女だけのささやかな秘密だったりもした。

「何にせよ、早く戻ってきてよねぇ~?」

自分達が沈む前に、という意味ではない。

早く元気な姿で鎮守府に戻ってきてほしいと

そんな意味を込めて荒潮は呟く。

 

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【side.龍田】

 

「…皆、集まってきたわねぇ~…」

これから死にに行くというのに、

誰一人として浮かべる表情は暗くない。

当然だ。彼女らにとってそれが"常識"なのだから

これから死ぬことに疑問を感じている艦など、

誰一人としていなかった。

ーだからこそ。

『龍田さん、お世話になりました』

生き残る為に、

逃げていった四人の艦娘を思い出す。

「…無事だと良いけれど」

漣、彼女はいつから"生"に

固執できるようになったのだろうか。

命令があれば異を唱えることもなく、

それが当然として自分の命すら投げ出す私達と

僅かな可能性にかけ、命令に背き、

全てを捨てて逃げ出した彼女達と。

「一体どちらが人間らしいのかしらね~」

自虐的な笑みを浮かべ、呟いた。

「…龍田。そろそろ。」

隣で声をかけて来る自慢の姉妹。

「天龍ちゃんは残っても良いのよ~?」

「バーカ。死ぬときゃ一緒だろ。」

彼女は刀に手を当て、

屈託のない笑顔で笑った。

 

「…全員揃ったのか?」

「だからそう言ったじゃない~?」

目の前の戦艦を睨み付ける。

彼女は駆逐艦達を一瞥し、鼻で笑うと続けた

「そうか。本当にこれで全員なら良い。」

そうして戦艦は命令を下す。

「総員!!敵軍に突撃!

相討ちとなってでも敵の指揮官を討ち取れ!」

 

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【side.漣】

 

「…っ!」

深く息を吸う。

自分の眼前で、巨大な水柱が立った。

「漣…っ!!」

曙の声が聞こえるが、返事をする余裕はない。

魚雷を打ち出すと、

反撃とばかりにその数倍の魚雷が向かってきた

「朧!」

此方が叫ぶより先に彼女は砲撃を開始している

だが、それで対処しきれる筈がない。

「やっぱりやんない方が良かったわよっ!」

曙が後悔するように吐き捨てた。

 

何故こんな敵に囲まれているのかの答えは一つ

只逃げたわけでなく、

砲撃し、魚雷を打ち込みながら

少しずつ撤退しているからだ。

気付かれないように逃げるだけなら可能だった

…だが。

「これが私達にできる最後の事だから」

相手が固まっている場合、

戦線を突破して、

本陣に突撃することすら難しいだろう。

敵の指揮官を討ち取れるとは思えないが、

それでも、薄くなった戦線を突破する方が、

生き残る確率は高くなる。

絶望よりは、最悪な状態の方がマシだ。

…だからこそ、漣達は

存分に敵の気を引きつけ、逃げる。

これにより相手の戦力は多少分散されるだろう

追っ手に向ける戦力の分、

鎮守府にいる彼女達、かつての仲間達が

包囲網を突破できる確率は上がるのだ。

「もう少し気を引いてから逃げる!

…只で逃げたりなんてしないからっ!!!」

残った者達のために、一匹でも、

少しでも多くの深海棲艦を引き付けるのだ。

 

やがて、ある程度逃げたところで

追っ手が引き返していくことに気がつく。

恐らくは攻撃が開始され、

呼び戻されているのだろう。

全員の無事を祈りつつ、

自分達の損傷を確認する曙ら四人。

「…はぁ。じゃ、行きましょう。」

「さてさて…何処に向かったものですかねぇ」

「えっと…あの…決めてなかったの…?!」

「宛のない旅も悪くないよね~」

 

誰も知らない彼女らの活躍により、

夕立ら鎮守府組は誰一人欠けること無く

敵の本陣、中心部に到達することができた。

慌てて呼び戻す深海棲艦だが、

既に彼女らは内部に侵食し、

敵の指揮官を討つべく行動を開始し始めている

もう手遅れだ。

ー尤も、それは同時に、

彼女らの退路が断たれたということなのだがー

 

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【side.響】

 

「…司令官。」

小さな呟きは誰の物だろうか。

前方の三人の姉を眺めながら、

すばやく敵の群れを見渡す。

これだけの数の中から指揮官、

flagship級だけを見つけ出すなど到底不可能だ

とはいえやらなければ死ぬだけでありー

「お先は真っ暗だね。全く。」

あまりの状況に苦笑する。

ここから無事に生還するなど、

どんな手を使っても無理だ。

「響ー!」

手を振る長波。

軽く手を振り返すと、駆け寄ってくる。

「何か策とかさ、無いのかい?」

「逆に聞きたいよ、あると思っているのかな?」

「だーよなー…」

彼女は諦めたように笑い、上を見上げた。

つられるようにして上を見上げる響。

青い、青い空が広がっている。

「結局、謝れてないんだよな。私達。」

「…そうだね。」

誰に、なんて問う必要もなかった。

「今何処で、何をしてんのかね…」

「…そうだね。」

分かっていたら、今すぐにでも飛んでいくのに。

「………。」

「………。」

なんとも言えない空気が流れる。

「…呆けてる暇なんてあるのかな?」

時雨のそんな声で正気に返る二人組。

そうだ。ここは戦場。周りには深海棲艦。

余計なことなど考えていると、沈むだけだ。

「今は兎に角生き残ることだけ考えるんだ

じゃないと、生き残れるものも生き残れないよ」

時雨の声で弾かれる様にして動き出す長波と響

 

「…なんて言うだけなら簡単だけど、

この状況になった時点で詰みなんだよね」

時雨が誰にも聞かれないように自嘲気味に笑う。

 

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【side.初春】

 

「さてさて、どうしたものかのぅ。」

隣の戦艦に語りかける初春。

「残念だが、

貴様に参加して貰うわけにはいかない。

その"力"が何なのか解明できるまでは、

万一にでも沈んでもらったら困るからな。」

長門、と呼ばれる戦艦は腕を組み、

彼女を一瞥もせずに言う。

「ほう、他の駆逐艦は沈んでも良いと?」

長門の険しい表情は一切動かず、

無言だが、それを是とする空気があった。

「分からぬのぅ。」

「…だろうな。私達は分かり合えない。」

「そうじゃないぞ?

御主の口から言われないと分からぬ、

と言っておるのじゃて。」

意地の悪い笑みを浮かべる初春。

「…狐が」

吐き捨てるように呟かれた言葉。

傍観者はそれをこここと笑い流す

「妾は中立者じゃ。傍観者じゃ。

されど、それでは満足せぬ輩もおるらしいの」

「…どういう意味だ?」

「どういうつもりですか。」

二人の後ろから、一匹の妖精が姿を見せた。

 

「…どういうつもりですか?」

妖精が再び問う。

長門は無言で続きを促した。

「くちくかんとすうめいのけいじゅんで、

あれがとめられるわけがないでしょう。」

「…そうだな。」

「では、なぜあんな

むぼうなしじをだしたんですか?」

戦艦を睨む妖精。

ピリピリとした空気が流れた。

「…ふむ。」

だが、長門はそれを容易く受け流す。

「では逆に問わせてくれ。

他に手段はあったのか?」

「…は?」

「あぁそうだな。駆逐艦じゃ止められない。

だが殆どの主力艦が最早大破状態だ。

そんな状態で戦い続けたらどうなるか、

そんなことすらわからないのか?」

妖精は答えない。

確かにそうだ。

彼処で駆逐艦がうって出ずとも、

戦艦空母が沈めば、

その後待っているのは緩やかな破滅。

「だからこそ駆逐艦に一度本陣まで突撃させ

此方から意識をそらす必要があった。

そうでもして時間を稼いでもらえないと

我々の入渠する時間もない。」

「せめてくちくかんのなかにもせんかんやじゅうじゅんをまぜるなど…!」

駆逐艦だけなら勝算は皆無。

であるならせめて数名でも強い艦を同行させないと本当にただの無駄死にになってしまうだろう。

だが、長門は肩を竦め続けた。

「混ぜてどうするんだ。

戦艦と駆逐艦では速度が違う。

駆逐艦や軽巡などの

速度の早い艦が突撃するから奇襲になるんだぞ?

それならば駆逐艦だけに行かせ、

我々は全快した状態で混乱している敵軍を叩き潰す方が効率的ではないか?」

「………。」

妖精に言い返すことはできない。

包囲網を掻い潜り、

敵の陣形の中から掻き回すのは

駆逐艦にしかできない。

そしてその後、

崩れた陣形から回復させた主力を投入、

多祥なり消耗し、混乱しているであろう敵を叩くのは戦術としては有効だ。

…駆逐艦の被害に目を瞑れば。

ーそして、それ以上に。

混ぜたところで死ぬ確率の方が高い。

彼女は暗に告げているのだ。

自殺の付き添いに回せるほど戦力に余裕はないと

「批判するのは勝手だ。

だが、それに伴う代案を用意しろ。

憎くて沈めている訳じゃない。

まして沈んで欲しいと言うわけでもな。

他の案…ある程度現実的な案さえ

用意してくれるなら、我々は喜んで乗るぞ?」

「…でも!…あれはあまりにもむぼうじゃ…」

「そうだな。駆逐艦が突撃したところで問題の先送りにしかならん。…だがー」

「重巡、入渠完了致しました!」

駆け寄り大声を張り上げる一人の女性。

「次は空母だ!重巡は直ぐに持ち場に戻れ!

一分一秒の無駄でアイツらの犠牲が無駄となることを理解しろ!バケツは惜しむな!使い切ってしまえ!」

逃げ出した男の変わりに、指揮官は指示を出す

「これしか無いんだよ。もう一度言うぞ。

他に手段があるなら教えてくれ。

だが、無いのなら従って貰おう。

そもそも貴様らが崇拝する男は逃げたのだぞ?

今は私が指揮官だ。」

「ーっ!!」

妖精は部屋から出ていく。

「…余計なことをしなければ良いが…」

「大丈夫じゃろうて。」

「…何か知っているのか?」

彼女は扇子を広げ、笑いながら言う。

「何か?そうじゃな…あれには何もできない

ということなら知っておる。」

「…そうか。」

腕を組んだまま目を瞑る長門。

「恨むなら恨め。初春。」

「ここ、そんなことすれば、

御主が楽になってしまうではないか。」

「…ふん。性格が悪いのは相変わらずか。」

「せめてもの仕返しじゃよ…御主も辛いの」

初春の声を背中に受け、

彼女は入渠施設へと向かう。




※誤字修正いたしましたっ!
教えてくださった方本当にありがとうございました…!


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狂化

【side.夕立】

 

「…。」

背後の仲間を盗み見て、不味いと直感した。

士気が、それも大幅に下がっている。

しかし、自分に何をすることができようか。

自分の役目は只ひたすらに、

目の前に現れる深海棲艦を薙ぎ倒すことだけだ

「(アイツがいたなら…ッ!)」

彼女らを、叱咤することも笑うことも出来ない

この数日という短い期間、寄り添うように、

ずっとそこに居てくれた一人の男の不在。

たったそれだけのことなのに、

自分の中の何かがぽっかりと欠けたような、

そんな寂しさを感じていたからだ。

彼がいたなら、一体どうしたのだろう。

力に満ち溢れた演説で戦意を向上させるのか

こんな弱い心など、笑い飛ばしてくれるのか

「(…そもそも突撃を命じないっぽい?)」

するであろう行動など想像もつかないし、

仮に知ったとしてどうなるのだ。

自分に彼の代わりをつとめることなどできない

こんな無駄なこと考える余裕などある筈がー

「っ…!」

相手の砲弾が脇を掠め、背後で爆発が起こる。

「舐めるなっぽい!!」

反撃を行うが、返ってくるのは数倍の砲弾

落としきれず自分の後ろで数発爆発が起こり

何人かが小さく苦痛の呻きを漏らした。

幸運なのは、敵は統率がとれていることだ。

そうでなければ、こんな小さな部隊など迷うこともなく砲撃を四方から撃ち込まれて終わる。

そうならないのは、仲間に当たることを警戒し

無茶な、数や力によるごり押しをしないから。

「(ならー)」

「夕立!!!使ってくれ!!!!!」

遠くで時雨の叫び声がする。

「…分かってるっぽい。」

言われなくとも、と笑い、意識を手放す。

視界がどんどん赤く染まる中で、

少女が最期に考えるのはー

「(…あぁ、本当にあの馬鹿はどこにー)」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

異変は直ぐに訪れた。

「グルルルル…」

ゆっくりと身体を前に倒し、

口から獣のような唸り声を漏らす夕立。

何人かの駆逐艦が慌てて距離を取った。

先程彼女が立っていた場所に、

もう"夕立"は存在しない。

「ガァァァァッ!!!」

ーそこにいたのはソロモンの悪夢。

両手両足を海面につけ、姿勢を低くする、

"赤目の獣"がそこには居た。

 

「あれって…?!」

「あぁ、島風は知らなかったよね。」

目を見開く島風。

夕立はまるで何かに取り憑かれたように、

唸りながら見境無く敵に襲いかかる。

殴り、噛み千切り、引っ掻き、吼える。

そこに理性を感じることは出来ない。

「僕たちは"狂化"と呼んでいるよ。

夕立だけが使える、奥の手だ。

身体能力やその他諸々が大幅に上昇。

だけど、理性も知性も完全に失う。」

バタバタと深海棲艦を薙ぎ倒す夕立に、

敵陣に混乱が広がり、砲撃が行われた。

「ギィ…ッ!!」

歯を噛み締め、呻きを漏らした彼女を見て

慌てて援護を行おうとする島風だが、

時雨に手を引かれて止まった。

「辞めておいた方がいい。

今の彼女に敵味方の区別はない。

視界に入れば即襲われるよ。

なるべく大きな音も立てないでくれ。」

見れば、他の駆逐艦達は、縮まるようにして

彼女から少しでも距離を取っている。

「…でも!」

「大丈夫だよ。あの状態の夕立は、

この程度の艦にやられるほど雑魚じゃない。」

砲撃をかわし、懐に潜り込んだ。

噛み付き、千切り、蹴り飛ばし、唸る。

動物のような俊敏な動きで敵陣を駆け抜け、

その度に深海棲艦の何匹かが海に沈んだ。

やがてそろそろかな、と呟いた時雨は

手慣れた動きで夕立の背後に立つと、

首筋に手刀を入れる。

「ガッ…」

倒れる夕立を受け止め、歩を進める時雨。

「さて、行こうか。」

「えっ…?!」

「大丈夫。気を失っているだけだ。

こうなれば、気絶するまで止まらないからね」

周囲にはまだ敵が居る。

余裕がない島風は、

それ以上深く突っ込むこともできない。

ただ後ろをついていきながら、小さく呟いた

「そんな戦い方で…良いのかな…提督…」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.夕立】

 

「…夕立!!!」

呼び声で目を冷ます。

「さっきはー」

「謝らなくて良いっぽい」

私がこれを使うとき、何度繰り返しただろう

手で制しつつ、辺りを見渡した。

目を引いたのは一際強者の風格を放つホ級

一目で分かる。アレが指揮官だ。

短期間でこの軍勢の中から見事にflagship、

指揮官を見つけ出した自らの姉妹を

誇りに思うと同時に、

誰一人欠けていないことを確認し、

胸を撫で下ろす。

されどー

「………」

彼女の身体はボロボロだ。それだけじゃない。

周りの艦娘で傷のない艦はいなかった。

それほどまでに戦いが熾烈で、

苦戦しているであろう事が目に見えて分かる。

だからこそ直ぐに戦闘体勢を取りー

「…ここまでね。」

龍田の呟きが、やけに大きく響いた。

 

「…龍田さん!」

咎めるように、声の主の名を叫ぶ雷。

だが、龍田は下を向いたまま続けた。

「どうしろって言うの~?

これに、勝てる筈がないじゃない~。」

思わず眉をひそめてしまう。

なぜ戦闘中にそんなことを言うのか。

自軍の士気が下がることが分からないほど、

彼女は馬鹿ではないはずだ。

そんな疑問は直ぐに解消された。

「だからねぇ~?

駆逐艦は逃げるべきだと思うの~」

その瞳に映るのは絶望ではない。

生きて欲しいと、

死んで欲しくないという、上に立つ者の嘆願だ

「…!」

それを察した何人かが、ハッと顔をあげた。

「ねぇ、死ぬことはないんじゃないかしら~?

貴女達にだって"希望"はある。"未来"はある。

それを奪うなんて誰にもできないわ~。」

「そうは言うけどね…此処まで来たんだ。

一体どうやって逃げるのさ?」

「何人かが、囮になれば良いのよ~。」

その囮は誰がやるか。

手をあげようとしたその瞬間だった。

「夕立ちゃんや時雨ちゃんには逃げて貰うわ~

逃げる側にも戦力を割いておかないと、

その後、生き残れなくなるもの~。」

暗に自分が残れば良いとだけ言われ、

歯を噛み締める。

「じゃ、じゃあ私も…!」

島風が声を出したが、それを直ぐに止める龍田

「囮になるのは強い艦じゃないと。

それこそ、追手に回す余裕がないほど強い艦

はっきり言って、今の貴女が残っても無駄よ」

島風は口をパクパクとさせた後、下を向いた

確かにそうだ。

彼女は提督を失ったブランクから、

実力を、彼女の持つ全力を発揮できていない

「それで、どうかしら?夕立ちゃん。

"皆"を守るためにも…

なにより"あの男"を殴る役も必要なのよ~。

そしてそれは、貴女が一番向いてるわ~?

私としては良い策だと思うのだけれど~。」

その場合、残る彼女は、貴女はどうなるかなど

訊ねるまでもなく誰もが分かっているだろう。

それでもー

「(私には義務がある。

せめて生き残った皆は守らないといけないし、

アイツが返ってきたら一発殴ることも

…義務?)」

そこまで考え、私は吠えた。

「…逃げる訳がない!!

私は夕立だ!ソロモンの悪夢だ!!!

この私が、アイツの艦が、

他の艦を見捨てて逃げる筈がない!!」

"損害は許すが損失は許さん"

彼の言葉が脳裏に浮かぶ。

この場で彼女らを捨てて逃げれば、

絶対に彼は私を許さないだろう。

いや、他でもない私が私を許せない。

それになによりー

「(私にはアイツがどうするのかは分からない

…でも、"今"なにをするのかは分かる)」

きっとこの場に彼がいたなら、

迷うこともなく、この場に残って戦うだろう。

自分がどうなろうと、他者を守るために。

身体から血は流れている。

痛みは全く癒えていない。

それでも、そうだとしても。

その二本の足で海上に立ち、

全身から闘気を迸らせ、

彼女は眼前の敵に向かって走り出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…!」

声のない悲鳴を上げる深海棲艦

砲撃、命中。それもクリーンヒットだ。

されど喜ぶ暇はない。

慌てて飛び下がると、

その場に巨大な水柱が立った。

眼前には三匹の深海棲艦。

…否、

「っぽい!!!」

背後ににじり寄るもう一匹に威嚇射撃をする

「………。」

深海棲艦で人語を介するのはほんの一握り。

故に、声が無い。

彼らの意思を読むことはできないが

恐らくは感心しているであろう事が読み取れた

同時に、攻撃を行い、此方を観察する"余裕"

それが彼女を苛立たせる。

先から標的は直接戦闘には参加せず、

数匹の深海棲艦の後ろで此方を眺めるだけだ

そこまでの距離はもう残り少ない。

その壁は薄くー

「…駆逐艦電!大破!!」

ー堅い。こいつらは只の深海棲艦じゃない。

考えてみれば当然だが、指揮官の回りは

それなりの"精鋭"が警護しているようだ。

さらに背後からの大破報告を聞き、

思わず無意識のうちに顔をしかめてしまう。

駆逐艦は使い捨てだ。

故に、実践経験が深い艦はあまり居ない。

電は御世辞にも古参とは呼べないが、

姉妹である響の働きもあり、

比較的場数は踏んでいる艦だ。

他の駆逐艦なら幾らでも大破してしまえ、

とまで言うつもりはないが、

それでも彼女の大破はかなりの問題となる。

現にー

「電!後ろに下がれ!!」

「で、でも…!」

「私は大丈夫よ!頼って良いのよ?」

「暁だってまだまだやれるんだから…!」

「雷!暁!電の分は私がカバーする!

指示に若干遅れが生じるから

自分でも判断してくれ!!」

声だけ聞けば勇ましいが、

その中には、隠しきれない疲労と苦痛が窺える

このままでは恐らく彼女たちはー

そこまで考えたとき、

視界が朱色に染まった。

「ぐっ…!!」

油断していたわけではないが、

魚雷の一本に被弾してしまったようだ。

「…。」

先程からの観察するような視線が煩わしい。

「深海棲艦は深海棲艦らしく…!!

何も考えずに突撃してれば良いっぽい!!」

魚雷を打ち出したであろう一匹に迫る

報復とばかりに周りから打ち出された砲撃

「ー!!!」

を、歯を噛み締めて受ける。

「これでッ!!!!」

魚雷による追撃、からの砲撃。

意表を突かれた敵は為す術もなく沈む

が、直ぐにその穴を埋めるように

他の深海棲艦が現れた。

「あぁもう…!」

「………!!」

深海棲艦の目が少しだけ光る。

夕立の目にはそれが、

まるで怒っているように感じた。

「…化け物の癖にーっ!!」

化け物の化け物らしからぬ姿に驚愕する

と、同時に、警戒を一段階引き上げた。

明らかに知性を持ち始めている。

これは不味い。

いや、不味いという言葉では足りない。

そしてそれ以上に、

「軽巡洋艦、天龍、龍田、共に大破です!」

「あら~?私はまだやれるわよ~?」

「ハハハ!!大破がどうしたッ!!」

…此所で睨み合ってもじり貧だ。

無謀だとしても、無茶だとしても、

早急に指揮官を討ち取る必要がある。

ー私だけでも、行く。

その決意が伝わったのか、

深海棲艦が警戒するように一歩下がった。

そこを好機とし、彼女は踏み込む。

「あぁぁぁぁ!!!!」

夕立は叫びながら砲撃を行う。

反撃とばかりに反撃が飛ぶ。

慌てた駆逐艦の何人かが付いてくる。

それらを手で制し、ひたすら前へ。

砲撃を行い、深海棲艦が大破する。

反撃が飛び、背後から圧し殺した呻きが零れる

砲撃を行い、深海棲艦が沈む。

反撃が飛び、脚に当たり小さな爆発を起こす。

砲撃を行い、再び深海棲艦を倒す。

反撃が飛び、意識が一瞬だけ暗転する。

夕立は怖かった。

この中にいる誰よりも恐怖に晒されていた。

死ぬとどうなるかなど興味もない。

死ぬ覚悟をして此所に立っている。

数で負け、戦局も悪く、此処の力は大差なし。

そんな状況で勝てると思う輩がいる筈がない。

だから分かっていた。

こうなれば自分が沈むことくらい分かっていた。

それでも尚、いざ死が目の前に迫ると、

とてつもない恐怖を感じる。

「夕立」

脳裏に浮かぶのは一人の男の声。

涙が溢れそうになり、必死に拭う。

視界がぼやけていては困るからだ。

あぁ、本当に情けない。

夕立は逃げたかった。

もし叶うのならば、

全てを捨てて、背を向けて逃げたかった。

でも、彼女がそれを出来る筈がない。

目を閉じれば浮かぶのは、かつての仲間達。

この恐怖を乗り越え、沈んでいった仲間達。

彼女等を見送り、

彼女らと共に過ごした自分が、

真っ先に逃げることなど出来よう筈がない。

最古参が逃げることなどあってはならないのだ

 

―人はそれをなんと呼ぶだろうか。

 

ある者はきっと、"呪い"だと言うだろう。

死んだ仲間に取り憑かれ、

過去に縛られたまま死ぬ、憐れな者だと。

 

ある者はきっと、"決意"だと言うだろう。

死んだ仲間の想いを、生き方を受け継ぎ、

そのバトンを繋ぐことに、従事した者だと。

 

夕立は、自分を奮い立たせるために、

大声を張り上げ、吼える。

だが、口から零れるのは、

空気が抜けるような音だけ。

最早喉は枯れ果て、潰れてしまっている。

血が視界を染め、世界が赤色に濡れる。

足は震え今にも崩れ落ちそうで、

手は最早力無く垂れ下がり、

ヒュー、ヒュー、という力無い音が煩わしい

「(あぁ…五月蝿い…いや、私っぽい?)」

最早意識が混濁としてきた。

何処か遠くで、誰かが何かを叫んでいる。

「(五月蝿いっぽい)」

彼女はもう疲れたのだ。

脳も身体も精神も、休息を求めている。

「(もう、良いっぽい?)」

何故だろうか。誰かの声がする。

これは、一体誰のー

「(あぁ、白露、村雨、皆、ずっと此所にー)」

敵の指揮官が動く。

魚雷が自分に向かってくるのを感じる。

アレを受ければ、確実に沈むー

でも、避けることができない。

脚が動かない。頭が働かない。

脳がガンガンと警鐘を鳴らす。

怖い。痛い。辛い。

「(…やっぱり、こわい、ていとー)」

 

ーそうして、夕立は轟沈した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが、そう思っていた。

だが、彼女の耳を打つのは、あり得ない声。

聞ける筈の無かった声。

「死にたくなけりゃ右に飛べ!!夕立ッ!!」

気がつけば身体が動いていた。

その声で、只一人の男の声で、

眼前まで迫っていた魚雷を回避する。

言いたいことは沢山ある。

喜び、安心、怒り、様々な感情が渦巻き、

胸がいっぱいになり―苦しい。

だから、夕立は笑みを浮かべながら言った。

 

「お帰りなさい!!

…というか、遅すぎっぽい!

この馬鹿提督ッ!」




いやほんとすいません最近勉強のため色んな艦これSS読んでましたら楽しすぎてほんとなんで皆そんなお上手なんですかね夢中になって読み漁ってましたごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!


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天罰

【side.提督】

 

「…ごめんね。」

その後に続く言葉は、

何故か俺ではなく大井に向けられていた。

「大井ッチ。」

「北上さん?!」

岩の向こうから、

非難するような、心配するような声が掛けられる

「私ハ大丈夫だからサ。

思いっきりやっちゃってヨ。」

「で、ですが…!」

「良いカラ。…早く!!」

「っ…!」

岩を隔てて、艤装を展開する音が聞こえた。

「お、おい待て、何がー」

「…離れていてくださいね。」

言うと同時に凄まじい衝撃が洞窟を襲う。

いや、早ぇよ。

もう少し待ってくれよ。

そんな、あまりに場違いなことを考えた刹那、

俺の頭上に、巨大な岩が降ってくる。

「…チッ!!」

…避けきれない。

反射的にそう判断し、

頭を守り蹲る俺の背後から、

「…お別れダネ。提督。…楽しかったヨ」

やけに寂しげな北上の呟きが聞こえた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…?」

痛みはない。

恐る恐る顔を上げると、俺の頭上には、

艤装を展開し、親鳥が雛を庇うように、

抱き抱えるように、俺を庇う北上の姿が。

「北上、お前ー!」

「イテテ…あー、無事?良かっタ。」

身体を起こす北上。

瞬間、俺の視線は彼女に釘付けになった。

「…お前…」

「…そんなに見ないでよ…エッチ」

北上は、そう言うと寂しげに笑う

彼女の艤装は普通でなかった。

否、艤装だけでない。

彼女の身体が普通でなかったのだ。

脇腹当たりから、

もう一対の白い手が突き出ていて、

それらは今も虚空を掴むように動き続けている

膝の当たりからも脚が突き出ており、

首の辺りには、顔―恐らくレ級―が浮かび、

ニタニタと君の悪い笑みを浮かべながら

此方を見つめている。

文字通りの"異形"

深海棲艦と混ざりあったような形の彼女が

そこには立っていた。

「…北上さん。」

岩を乗り越え、此方に向かってくる大井。

「ゴメンネ、辛い役、任せちゃって。」

「…いえ…そんな…」

「北上、これはー」

俺の言葉を遮るように、

俺に背を向けた北上は言葉を発した。

「言ったでショ?

応急修理要員は、ソコに何があっても

問答無用で、その場で復活させる。

そして私は、レ級と混ざり合った怪物ダッテ。

分かっているでショ?

誰ガなんと言おうと、これが私ダヨ。

艤装を展開していないナラ何とか誤魔化せる

でも、ヒトタビ展開するとこの通リ。

…マサニ"化物"ッテ感ジノ見タ目ダヨネェ」

自虐的に笑い、北上は洞窟の入り口を指差す

「…行きナヨ。提督。

皆ヲ助ケナイトデショ?」

そうだ。俺は俺の物を助ける義務がある。

だから俺はー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side. 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何ヲシテイルノカナ?」

男は手を伸ばす。

それは敵意からではなく、友好的に。

その手を睨み付け、北上は嗤った。

「…モウ一回聞クヨ?何ヲシテイルノ?」

「俺と来い。北上。」

ほんの一瞬、彼女の瞳が大きく見開かれー

…閉じる。

「…馬鹿ナコトヲ言ウ暇ガアルノカナァ?」

「…馬鹿な事、か。」

「ソウダヨ。私ハ怪物デ、化物。

貴方ト一緒二イル義理モ、権利モナイ。」

「…お前は化物じゃー」

「化物ナンダヨッ!!!!」

怒声が洞窟内に虚しく響く。

「私ハッ!!!化物ダヨ!!怪物ダヨ!!

例エ誰ガナント言オウト私ハ!!」

「北上、俺はー」

「コレハサ、"天罰"ナンダヨ。」

彼女は眉を動かす彼を鼻で笑いながら、

ポツポツと言葉を紡ぐ。

「ソモソモサ、"オカシイ"ト思ワナイノ?

本当二私ノ話ヲ聞イテイタノナラ、

アノ鎮守府ニツイテ理解シテイタナラ、

絶対二"オカシナ点"ガ現レテクル。」

「…それは、」

「提督ダッテ気付イテルヨネ。

気付イテテ、気付カナイフリヲシテイル。

…優シイネ、提督ハ。」

この話には理解できない点が1つだけある。

きっと彼女の話を聞いた誰もが、

不可思議に思うこと。疑問に思うこと。

彼は知った上で目を反らした。

その反らした真実を、彼女は押し付ける。

まるで自傷するかのように。

自分の醜い部分を見せ付けるように。

 

「…ネェ、提督。ナンデ私ハ、

応急修理要員ヲ持ッテタンダロウネ?」

出た言葉は戻らない。

他でもない彼女自身の口から、

触れてはいけなかった部分が紡がれ始めた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「オカシイト思ワナイ?"ソンナ物"

タカガ軽巡洋艦程度ニ持タセルト思ウ?」

「…北上。」

「仮ニ持タセテタトシテモ、

ジャア、ナンデ私ハココニ居ルノカナ?

提督ノ意思デ持タセテタノナラ、

私ガ沈ンダコトニナッテイルノガ

可笑シイト思ワナイ?」

男から言葉は出ない。

そう、彼女の前提条件、

"応急修理要員のせいで"レ級と混ざった

ここから可笑しいのだ。

そもそも前任が軽巡洋艦にそれを持たせるほど

軽巡洋艦の事を重視していたのか。

仮に北上が特別に持たされていたとしても、

それならば何故記録では

沈んだことになっているのだろうか。

持たせるほど特別な艦が、

洞窟に暮らしているのは何故なのだろうか。

応急修理要員を彼女が持っていた理由、

最もあり得るとするならばー

「答エハ簡単ダヨネ。"盗ンダ"ンダヨ。

…ソシテ、逃ゲヨウトシタ。

アノ鎮守府ノ、皆ヲ見捨テテネ?」

分かりやすく、それでいて残酷な答えを

彼女は男に教えた。

 

「…。」

「沈ンダ艦ニ興味ヲ持ツ提督ジャナイカラネ

無線ヲ壊シテ、後ハ誰カノ目ノ前デ沈メバ、

見事ニ"沈ンダ艦"ガ出来上ガルッテ訳。」

そう言うと北上は空を見上げ嗤う。

「コレハ天罰ナンダヨ。

仲間モ、姉妹モ、

何モカモ見捨テテ逃ゲヨウトシタ私ヘノ、

神様カラノ天誅、報イナンダロウネ。

今ダッテソウ。

コノ姿ヲ見セタクナカッタダケ、

コノ姿ヲ見ラレタクナカッタダケデ、

嘘ヲ吐イテ自分ヲ守ロウトスル。

今コノ瞬間モ命ノ危険ニ晒サレテル

姉妹モ、仲間モ、皆無視シテサ。」

きっとそんな奴だから、

こんな姿になったのだと北上は嗤いー

「…くだらん自虐は終わったか?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

顔をあげる北上。

「良いか?化物だろうが何だろうが、

お前は俺の艦だ。

俺にとってはそれが全てだ。

お前が艦娘であろうが、化物であろうが、

他の何であろうが、

そんな事はクッッソほど"どうでも良い"

お前は俺の艦だ。俺の物だ。

これだけは確実だろうが。」

「イ、イヤ、本当ニ話聞イテタ…?!」

「天罰だの天誅だのも至極どうでも良いし

神がお前を許さんのなら、

俺がその神とやらをぶん殴ってやる。

逃げようとした?見捨てようとした?

今、お前は艤装を展開して、俺を守ったろ

皆のために艤装を展開してるじゃねぇか」

「ソンナノハ結果論ダヨ…私ハ!」

「あぁそうだ、結果論だな。

この世界で求められるのは結果だぜ?

それはお前も良く知ってると思うがな。

どれだけ努力しようと、どれだけ頑張ろうと、

結果が伴わなければ意味がないのが

此処、鎮守府だ。海軍だ。

人の命がかかっている戦場で、

"頑張りました"だけじゃ通じねぇ。

…だがそれは、裏を返せば、

結果が出せればそれで良いってことだ。

何を思っていようと、何処で失敗しようと、

求められた結果を出せればそれで良いんだ。

少なくとも俺はそう思っている。

お前は、艤装を展開してみせた。

そこに至るまでに、

どんな逡巡があったとしても、

お前が仲間のために、

艤装を展開したという事実は変わらない」

言葉に詰まる北上。

男は捲し立てるように続ける。

「"この姿を見られたくなかった"

理由としては充分じゃねぇか。

それがどれだけ辛くて、苦しい選択か、

それはお前にしか分からない。

そしてそれは、

仲間の命と天秤にかけても迷ってしまうほど

お前にとって困難で、

苦渋の選択だったんだろう。

それでもお前はその選択をしたんだ。

何故そんな奴を責めないといけない。

お前は仲間のために頑張った、俺の自慢の艦だ

お前が幾ら否定しても、それは変わらねぇよ」

それでも、彼女は口を何度かパクパクさせ、

目を伏せた。

「私ハ…"ソンナ奴"ジャ…」

「そうか?少なくとも俺は、

お前と話してて"そんな奴"だと思ったよ。

本当に一人で逃げるつもりだったのか?

…俺にはただ逃げたかっただけに思えんな

お前のことだ、何か考えがあったんだろ?」

瞬間、彼女の目が見開かれる

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『…逃げなきゃ。』

ある日、漠然とそう思い付いた。

このまま此所に居ても、すぐに沈んでしまう

そこからの行動は早かった。

幸いにも提督の管理はずさんで、

戦艦達は軽巡洋艦に興味がない。

応急修理要員を掠め取ると、

私はそれを握りしめながら呟く。

まるで自分に言い聞かせるように、

見えない何かに祈るように。

『逃げるんだ…逃げないと…』

逃げて、もっといい人を見つけよう。

もっと優しくて、格好良くて、

私達の中ではもう都市伝説扱いだけど、

素敵な提督を探そう。

そして、助けてもらうんだ。

助けて貰ったら、この場所の事を言おう。

そうすれば、きっと、また皆でー

『待っててね、皆、私が、』

ー私が、助けるから

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「何、ヲ、」

「お前はそんな奴じゃねぇ。

お前がどれだけ否定しようが、

俺はお前の話よりも、

俺と一晩話したお前を信じる。

お前はただ逃げるだけの奴じゃねーよ。」

北上は、歯を噛み締めて叫ぶ。

「ダカラ!!!私ハ!!」

「ごちゃごちゃうるせぇ。

俺にとってお前は自慢の艦だ。

化物としてのお前も、

そんな自己中心的なお前も、

全部俺が否定してやる。

例え本当にそうだったとしても

俺の中ではお前は、

掴み所が無くて、意外と仲間思いで、

無駄に自分に自信がない俺の自慢の艦だよ」

男は再び手を伸ばす。

「俺と来い。北上。

…後悔はさせないぜ?」

「自分の艦ナラ、命令すれば…」

「お前が洞窟暮らしも悪くないって言うなら

俺は止めねぇぞ。」

「…もう一生艤装は展開しないよ?」

「構わん。」

「私ノ戦力を期待しているなら大間違いだよ?」

「なにもしなくて構わん。

俺はただ、お前に居て欲しいだけだ。」

彼女は一瞬口をパクパクさせ、暫く悩む。

否、答えなんて初めから決まっていた。

「…お願い……します…」

艤装を解除し、俯きながら、

耳まで赤くなりつつ男の手を握る北上。

「よし…時間がないから飛ばすぞ!!」

「チョッ!!…ふぇっ?!」

彼は少女の手を少し荒く引っ張り、

抱き抱えると岩場を走っていく。

「…私は空気ですか?!?!」

取り残された大井が慌てて叫びながら後を追った




いやぁ…お久しぶりです…!!
いや待ってください!!!いやほんと!!!間隔があまりに空いたことは申し訳なく思っています!!!
言い訳!!!!言い訳をさせてください!!!
いやですね…本来北上サマ、彼女が"何故応急修理要員を持っていたのか"は後に少しずつ疑問を持たせるようにして説明していく予定だったんですね…?
ただあの、皆様勘があまりにも鋭い!!!
いやほんと、ビックリするくらい察しのいい人、謎に考察力が高い方が予想以上に多いのでこれはもしかして皆様既に疑問に思えているんじゃないかと思いまして…急遽こっちの説明を先にいれつつするとその後の話もこんがらがってきたので全部一から練り直していっておりまして…
はい!!!言い訳ですごめんなさいっ!!!
少し予定になかった話なのでここら辺から若干アレな展開が続くかもなんですが生暖かい目で見てください…っ!!ご容赦くださいっ!!
これからも彼らのことを見守っていってくださるとありがたいです…!!


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反撃の狼煙

【side.駆逐艦】

 

「おっそーい!!!!!」

島風が大きな声をあげる。

それは文句というより、怒りというより、

純粋な喜び、歓喜から来る明るい叫びだ。

駆逐艦の中にも、

どんどんと波紋が広がっていく。

「て、提督って…」

「え…でも、逃げたんじゃ…」

「司令官って…?」

『その件に関しては言い訳のしようもねぇ…

…悪かったな。遅れて。

……そして、良く頑張った』

無線から、労るような声がした。

「司令官司令官司令官!!!!」

『朝潮か?!どうした?!?!』

「心配じまじだ…!!

何かっ!!あっだのかっで…!!

ご無事で…何よりでず…!!」

鼻水のせいで上手く言葉が紡がれない。

それでも少女は必死に言葉を投げ掛ける

『…朝潮。』

『ホラー、言ったジャン』

彼の隣で、女性の声が聞こえた気がしたが

気のせいだろうか。

否、そんな事を気にする余裕はない。

「ぅぁぁぁぁ…よがっだぁぁぁぁ…」

『…悪かったな。朝潮。』

「何かあったんでずよね…?

司令官が謝る必要なんてありまぜん…!」

『いやそれもあるが…

あー、泣き止め泣き止め朝潮…

ズビッて音でお前の声が良く聞こえん』

「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…」

泣き止めない朝潮。

男は若干途方に暮れたような声を出す。

『そんな心配されてるとは…いやほんと…』

「当たり前だろうがボケッ!!」

罵声を発したのは天龍だ。

その声が若干鼻声になっているのは、

気のせいではないだろう。

『天龍…』

「情けない声出してんじゃねーぞ!!」

『それはどちらかと言えばお前なのだが?!』

「ハァァ?!この天龍様がそんな声出す訳ー」

「しれいかぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

『うるせっ…あぁ雷…いきなり叫ぶのはー』

「駄目じゃないのっ!もう!

門限はとっくに過ぎてるわよっ!!

帰ったらしっかりお仕置きするんだから!」

『門限なんかあったんだな此所?!』

「ふぇぇぇぇ…」

「な、なのです…」

『暁も電も泣くな泣くな…本当…謝るから…』

「はぁ…」

ため息をつく長波。

彼は皆が怒りや今までの不安から

泣いているのだと思っているのだろう。

「お前が無事で安心してるだけだっつーの…

ったく…心配かけやがって…」

袖で涙をぬぐい、わざと明るい声を出す。

「オイ提督ッ!!一体何処で何をー」

「悪いけど、そんな暇はないよ。」

何人かにとっては感動の再会。

だが、ここが戦場ということを忘れすぎている

時雨がそう声を出すと、響も続けた。

「積もる話は後にしよう。

一先ずはこの状況を何とかしないと不味い」

響の声を聞き、無線の声は心底、

本当に心底不思議そうに訊ねた。

『不味い?…何がだ?』

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「この…アホッ!!!バカッ!!!」

声を出したのは夕立。

それもそうだ。

この男は全く状況を理解していないのだろうか

そんな彼女の思いは、

次の男の言葉で打ち砕かれる。

『オイオイ。俺の艦はこんな深海棲艦なんぞに

やられるような奴なのか?』

ニヤリ、という効果音が似合いそうな笑みと、

揺るぎ無い自信に裏付けされたような声。

全員がその言葉を聞いて固まる。

そんな中、一人、笑う少女がいた。

「ははっ…!」

響だ。

何を言っているのだろうかという笑い。

彼女は直感で分かったのだ。

この男は本当にそれが可能だと思っていると。

この数の駆逐艦で生き残れると思っていると。

「…信じて良いのかな?司令官」

『逆だよ。俺がお前らを信じてるんだ。』

「…ふふ、その期待には応えたいね」

これは時間を稼げという命令ではない

まして、沈むまで戦えという命令でも

戦って、勝って、

誰一人欠けること無く戻って来いと。

お前たちならそれができると

そんな、今までとは真逆の命令に、

思わず時雨も愚痴を溢す。

「全く…とんだブラック提督だよ。」

その声に、暗い色はない。

ここまで信頼されて、分からない艦はいない

「あぁクソッ!やってやんよ!!」

「ふふふ~。天龍ちゃん。

顔がにやけてるわよ~?」

「はぁッ?!」

「…んちゃ。」

「あらあら~?霰ちゃんもやる気充分ねぇ~」

「司令官がそうおっしゃるなら!

この朝潮!全力で戦い抜く所存です!!」

「もーっと頼って良いのよ!」

「あ、暁だって出来るんだから!」

「なのです!」

次々に砲が構えられる。

彼女等の心にもう絶望はない。

あるのは決意。

この信頼に応えるという強い意思。

『覚悟は固まったようだな…。

初対面の時も言ったが、

損害は許すが損失は許さん!

誰一人として沈めるな!

全員生きて帰ってこいッ!!!』

男の命令が飛ぶ。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…!」

音も無く沈む深海棲艦。

夕立は思わず笑みを浮かべた。

漣の言っていたことが完全に理解できたのだ。

芯から火照る身体。

感覚は研ぎ澄まされ、

全ての能力が一段階も二段階も

上がっている気がする。

身体は思うように動き、

相手の次の動きが、

まるで分かっているかのように、

手に取るように理解できた。

「遅いっぽい。」

まるで亀のような魚雷を避ける。

今までは一体何に苦戦していたのか、

思わず情けなくなってしまうほどに、

夕立は自分が強化されていたのを感じた。

「島風の気持ちも分かるっぽい。」

普段から"こう"だったとしたならば、

彼女はさぞかし混乱し、苦戦しただろう

それほどまでのギャップを

彼女は感じていたのだ。

『絶好調だな。』

無線からの声がする。

「当たり前っぽい。」

何故か意地を張ってしまい、

少しだけ顔をしかめる夕立。

"こういうの"が積み重なって、

彼が本当に消えてしまうかもしれない。

だとするならー

『油断するなよ。夕立。』

「私達なら問題ないんじゃないのかしら?」

『はは、調子に乗ってたら事前に挫く。

挫かれていたなら助長させるのが…

いや、違うな。それだけじゃねぇ。』

充分に警戒を含ませた男の声。

彼女も何が言いたいかは分かっていた。

「…敵が知性を持っていること?」

『…あぁ、とはいえコイツらには

知性はないと見て良いな。』

困惑した空気が伝わったのか、

苦笑しながらつけたす男。

『攻撃をして観察、攻撃をして観察。

一見知性を持っているようだが、

それにしては動きがあまりに単調すぎる。

これは…どちらかと言えば、

誰かの"指示"に従っているような…

"組み込まれた動き"を繰り返して…

いや、それもブラフか?

…それにしてはー』

「あの指揮官の指示ってこと?」

『いや。それよりもっと後ろだな。

アイツは動かないより動けないように見える

恐らく"誰か"の指示を待っているんだろう』

「その"誰か"が…」

『知性持ちだな。

言っておくが、ソイツが出てきたら逃げろよ』

「逃がしてくれるのかしら?」

笑う夕立。

帰路が絶たれていることくらい気付いている。

背後からの攻撃に警戒しつつ、

並み居る深海棲艦を倒しながら撤退など、

余程の奇跡がない限り不可能だ。

『それは違うぞ。

何故かは知らんがコイツらは損失を避ける。

だとするなら…ある程度強敵と認識されれば、

…あの指揮官を討ち取るくらいしてやれば、

撤退するのも多少は楽になるだろう』

何故かこの相手は損失を避ける傾向があり、

撤退する強敵を深追いするよりも

自軍の陣形を立て直すのを優先し、

無駄に追手に雑魚を差し向けて

数を減らすような真似はしない筈だ。

「…指揮官…。」

相変わらず後ろで此方を眺めるホ級を睨む

『やれるか?夕立。』

「私を誰だと思ってるっぽい?」

信頼に裏打ちされた短い問答。

二人は笑みを浮かべて吼える。

 

『「さぁ!ステキなパーティー

しましょ!(しようぜ!)」』

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

夕立、時雨、島風、長波など

比較的損傷が浅く、且つ実力のある艦は別に、

損傷は浅いものの実践経験の少ない艦が

龍田や天龍、電といった酷い大破状態の艦を

その内側に囲うようにして前線を張る。

彼の指示に異論はない。

異論を出せる筈がない。

だが、どうしても不安は生じてしまう

「(提督は…彼女らの"実力"を

本当に理解できているんだよね…?)」

島風は実践経験もなく長波と渡り合った。

それは彼との"絆"もあるが、

彼女自身の"才能"によるところも大きい。

自分達と同じに見てもらわれると困るのだ。

時雨はほんの一瞬、

心配するように背後の仲間達に目を向けると

再び前を見据えた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『全員聞いてくれ。』

戦場に男の声が響く。

『夕立や時雨らは遊軍の意味合いが強い。

お前らとは別で動き、

機を見て指揮官を討ち取る役だ。

つまるところ…もうお前らを庇うことはしない

お前らだけで前線を維持する必要がある。

正直不安だろう。

逃げたいとだって思うだろう。』

「御言葉ですが司令官!

その様なこと思う筈がございません!!

戦って…戦って沈むのが艦娘の本望です!」

声を上げたのは朝潮。

男はその言葉を笑い飛ばした。

『そうか?俺はそうは思わないがな。

生きたいと願うのは当然の権利だし、

死ってのは実際目の前に来てみると、

凄まじいまでの恐怖を与える。

逃げたいという感情を持つのは当たり前だ』

だが、と男は続ける。

『お前らの後ろを見てみろ。

今ボロボロになってお前らの後ろにいるのは、

その恐怖と戦い…打ち勝った奴だ。

お前らを守るために、死を前にしても、

一歩も引かなかった奴等だ。』

声につられるようにして、

誰もが背後の龍田や電を見る。

『…コイツらは、

こんなボロボロになるまで戦ったんだぜ。

だったら…だったら、お前らはどうする?』

ーどうするか、など。

問われるまでもない。決まっている。

「今度は、私が…私達が、守ります!!」

最初に声を上げたのは誰だろう。

口々に広がっていく"覚悟"の輪。

沈む覚悟などではない。守る覚悟だ。

『…いい声だな。本当に。

…良いかお前ら!!

ビビるのは当然だ。不安も承知だ。

だが、お前らは一人で戦う訳じゃねぇ。

俺がついてるし、何より妖精だって居る。』

「…え?」

「おくれてすまねぇなー!!!」

「すまねー!!!」

ひょこっと艦娘達の艤装から、

沢山の妖精達が顔を出した。

『お前らなぁ…憑いてたなら言ってやれよ』

呆れるような無線の声。

「わたしたちもてつだいたかったけど…

ようせいさんはしんじるひとにしかみえないのー…」

「ていとくさんがおそいのがいけないんですよー」

「そーだそーだ!!」

「おなかすいたー!!!」

『ハイハイ…勝ったらドーナツでもなんでも

買ってやるから…』

言質は取ったとはしゃぐ妖精を背に、

男は再び艦娘達に声をかける。

『お前らは一人で戦っている訳じゃねぇ。

良いか。"戦い"ってのには"流れ"が存在する

それを掴むのにもっとも手っ取り早い方法は、

声を出すことだ。前を向くことだ。

全員声を出していけ!!

お前らの仲間を守り抜くぞ!!!』

「「「はいッ!!!!!」」」

全員が前を向き、大声で返事を返した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『早霜だったか。』

「ヒッ…?!わ、私です、か?」

不意に無線から名前を呼ばれ、

怯えから身体を固くする少女。

『そう怯えんなって。

ただ…期待してるぞ。』

「きっきたっ…?!」

『頑張れよ。』

ブツリと無線が切れる。

「…えっ、な、ぅ…?!」

何故自分なのか。

期待とはいったい何なのか。

応えられなければ自分はどうなるのか。

沢山の疑問や不安が渦を巻き、

少女は軽く混乱する。

だが、一つだけ確実に言えることはー

「が、頑張らないと…」

少女は主砲を握る手に力を入れた。

 

『五月雨…だよな、気楽に行こうぜ?』

「へぇっ?!」

唐突に声をかけられ、

軽くパニックになり

手元の主砲を取り落としそうになる五月雨。

「て、てててててて提督っ?!」

『気張りすぎるなって。

お前なら大丈夫だ。無駄に背負いすぎるなよ』

「はっ…はい!!」

『むしろガチガチじゃねぇか!!!!』

「ごっ…ごめんなさいごめんなさい?!」

『いや謝らなくて…あー…。

深呼吸だ深呼吸。

ほら、吸ってー、吐いてー。』

言われるがままに深呼吸をする五月雨

やがて彼女の身体から程よく緊張が抜けきったのを感じ取ると、男はまた別の艦娘に声をかけに行く。

絶望している艦は奮い立たせ、

緊張している艦は力を抜かせ、

戦場の空気が変わってきているのを敏感に感じ取ったのか、いよいよもって本格的に深海棲艦の侵攻が開始される。

 

「…大破進撃を指揮することになるとはな」

男は誰にでもなく愚痴を溢した。

戦場において絶対はあり得ない。

不測の事態だって起こり得るし、

場合によっては大破でも戦わねばならない。

そんなことは百も承知だ。

ーだが、

「…これが最初で最後だ。

二度と轟沈の可能性があるのに指揮しねぇ…。」

「はいはい、それは随分と立派な心がけね

無線ではあんなに威勢のいいことをいって

人格でも変わってしまったのかしら?」

前の大井は彼を一瞥することもなく言い、

男はその言葉で顔をしかめた。

「…大丈夫だろうか…アイツらは…」

「さっきからブツブツうるさいわね…

提督である貴方が艦娘を信じなくてどうするの

あの子達が生きて帰ってくることを、

信じなさい。信じて、指揮を執りなさい。」

実際、男の胸には不安しかなかった。

彼女らは生きて帰ってこれるのか、

轟沈でもしようものならどうすればよいのか、

本当にこの決定は正しかったのか、

されど、それを彼女らに見せる訳にはいかない

だからこそ、男は不敵な笑みを浮かべ、

艦娘たちに指示を飛ばし続ける。

 

「諦めたら終わりだぜ?

何、この程度の深海棲艦、お前らなら余裕だ」

ーまるで自信に言い聞かせるように。








大破進撃!ダメ!!!絶対!!!!!!!
ついでにやっちゃいけない誤字を修正しました損失許しちゃダメですだめですってぇぇ…!!


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許されない逃走(前編)

【side.】

 

「…守り抜きます!!」

「はーい!うちかたーはじめっ!!」

自らの艤装が意思に反応し、勝手に動く。

妖精が居るのと居ないのとでは大違いだ。

今までは波の大きさ、敵の位置、風圧、砲撃の角度、敵の動き、慣性など、様々なことに意識を回しながら撃っていた。

だからこそ、自分のイメージした場所に、自然に砲撃を行ってくれる妖精と艤装の効果は大きい。

ーが、

「…!!」

それでも、敵の数があまりにも多い。

入れ替わり立ち替わり攻め立てる敵の勢いに、

思わず呑まれそうになる。

『…もう少し踏ん張れるか?』

「はいッ!!!」

足は縺れる。

逃げたい。

怖い。

疲れた。

辛い。

それでも、それでも背を向ける事は許されない

彼が許さないのではない。

自分が許せないのだ。

だからこそ、前を向いて声を出した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…くっ…まだ…!」

それでも、少しずつ蓄積される疲労。

瞬間、彼女を黒い"影"が捉えた。

「…ーぇ?」

上から降ってくるイ級。

飛び上がり、意表を突いたと言わんばかりに

砲口がしっかりと此方を捉えていた。

ーだが、

『朝潮っ!!!!!!』

「はいっ!!!」

迫るイ級を吹き飛ばす朝潮。

「あ、ありがとうー」

「お礼は要りません!それより前を!」

『朝潮、その辺は任せて良いな?』

「はっ!お任せを!!」

阿吽の呼吸と言うべきか、

まるでお互い何を言わんとしているか、

分かっているかのように言葉を交わす二人。

それを少しだけ羨ましく思いー

『浜風だったな。…良くやった。

あとは朝潮と連携しつつー…はぁっ?!

何して…!…すまんがあとは任せるぞ!!!』

「え…あのっ?!」

慌ただしく切られる無線。

どうしたのか、大丈夫だろうか。

様々な不安が胸を占めると同時に、

「…良く…やった…」

その言葉が、胸に小さな火を灯す。

何をしようと返ってくるのは叱責だった。

だからこそ、朝潮の手を煩わせたことを叱責されると思っていたのだ。

否、今までだったら、

きっと返ってきたのは叱責や罵倒だっただろう。

でも、今はー

「…心配、ですか?」

「ーえ?」

隣に立つ少女の声に、思考が中断される。

敵に注意を払いつつ、

視線は一切動かさないまま問いかける朝潮。

「そ、それは…まぁ…」

そんな返答に、彼女は少しだけ笑みを溢した

「今までだったら、きっと私達は、

心配まではしていないでしょうね。」

「…ですね。」

あぁ、その通りだ。

今の自分は、どうしようもなく彼が心配で、

この"心配"という感情は、本来、

今までなら絶対に起こり得なかった物だ。

「少しずつ、変わってきてるんですね、提督」

この鎮守府が、艦娘が。

それを感じて、朝潮は嬉しいのだ。

誰にも聞かれないように呟いた朝潮は、

少しだけ大きな声で、語りかける。

「あの人なら、きっと、大丈夫です」

朝潮の言葉で弾かれたように隣を見る浜風

「…だから、私達は、

私達の為すべき事をしましょう。」

迫る深海棲艦を前に、

二人は笑みを浮かべて迎撃する。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…皐月ちゃんっ!!!」

背後で自分の名を呼ぶ声がする。

ー良かった。どうやら間に合ったようだ。

「僕のことは良いから!!

如月は撃ち続けて!」

「で、でも…!」

「早く!!!」

この状況下で悩む時間も余裕もない。

彼女は若干ためらう素振りを見せつつも、

素直に庇われたままで居てくれた。

…それで良い。

「つぅ…!」

敵の攻撃を喰らいつつ、必死に耐える。

視界は少しずつ黒く染まり、

片腕はもう力が入らずただ垂れ下がっている。

「あはは…」

このままいけば確実に自分は沈む。

だが、それで良い。

自分は他の艦よりも砲撃が苦手だった。

動く相手に標準を合わせることが出来ないのだ

だからこそ、この場では自分はお荷物で、

今の自分にできるのは精々肉盾となりー

『皐月下がれ!!出れるな三日月!!』

「へっ…?!ははははい!!!」

唐突に名前を呼ばれ、弾かれたように、

自分と入れ替わりに前に出る姉妹。

気がつけば自分はその背後に立っていた。

「みっ…三日月!」

『何してくれてんだこの阿呆がッ!!』

罵声が耳を打つ。

あまりにも音量が大きいので、

耳がキーンとなり、思わず音量を下げた。

『……か…?』

「…へ?」

下げすぎたかと音量を上げる。

『無事かって聞いてんだよッ!!!』

…音量を下げる。

「あ、う…うん…ごめんなさい…」

『…あー…チッ…』

小さな舌打ちに肩が震える。

やっぱりダメだ。

自分のような役立たずは盾になって沈めばー

『…何でこんな事したんだ。』

「…へ?」

『何でこんな事をした。

あのままじゃお前、沈んでたぞ。』

だからこそ、

皐月は先の自分の考えをありのまま話す。

自分は砲撃が苦手なこと。

だからこそ、出来ることは

誰かの盾になり沈むことくらいなこと。

『…そうか。』

「う、うん。」

『俺の答えはふざけんな。だ。

皐月、次にこんなことしたら許さん。』

「だ、だって!!!提督!!」

『誰がそんなこと命令した。

俺の指示はただ一つ、全員生きて帰ることだ

誰も役立たずは壁になれなんて言ってない』

「でもそうした方が生存率は…!」

『第一な、お前の姉妹は、

そんな護られ方して喜ぶと思ってるのかよ。』

その声で、ハッとしたように周りを見る。

自分の周りに居る姉妹艦。

その誰もが泣きそうな顔で此方を見ていた。

『頭が冷えたか?

…まぁ俺も人のことは言えないが…

駄目だな、つい頭に血が上る…。』

独り言のように呟かれる言葉。

「で、でも、提督…ボクは…」

『でもも糞もねぇ。

弱いなら強くなれば良い。

そんな自分勝手な死に方、俺は許さねぇ。

…取り残された奴の気持ちも、

少しは考えてくれよ。』

その最後が、やけに真剣な声だった。

「…ごめんなさい」

だからこそ、心からの謝罪で返す。

怒られたくないからでも、

怖いからでもなく、

悪いと思ったからこその謝罪を。

『謝るべきは俺じゃなくお前の姉妹艦だ

ほれ皐月。ボーッとしてる暇はねぇぞ』

促されるように前方を見据える。

『大丈夫だ。今は妖精もいる。

ほれ、撃ってみろ。』

言われるがままに砲撃。

弧を描いて飛んだ砲弾は、

見事敵に命中する。

だが、喜べない。

「…っ!」

狙ったところとは、

まるで見当違いの方向に飛んだからだ。

今当たったのは、単純に敵の数が多いからで。

『クックッ…』

無線から聞こえるのは笑い声。

思わず羞恥で顔を伏せた。

「…だから言ったじゃん…ボクはー」

『何がだ、ちゃんと当たるじゃねぇか』

心底可笑しそうな声に腹が立ち、

思わず声を張り上げてしまう。

「それはー!」

『何処に撃とうが当たるんだ。

練習としちゃ丁度良い機会だろ。

思う存分ぶっぱなしてこい!』

「えぇ…?!」

『…もう、盾になろうとなんてするなよ。

お前だって俺の艦だ。

例え本当に弱くとも、勝手に沈むことは許さん

役立たずなんて居ないんだからな。』

本当にそうだろうか。

「…ボクはー」

『ソイツを上手く使うのが"上"の役目だ。

使えない奴がいるとするなら、

その上司が無能なんだろうよ。

自分を上手く使えないお前が悪い!

くらい言って見せたらどうだ?』

「うぅ…」

『ま、今のは極論だがな。

…兎に角、姉妹を守ろうとするその意気込みや気概は好きだが、次やったら許さん。良いな。』

ブツリと途切れる無線。

「ぅ…ぁぅ…」

頬が赤い。

好き、というたった二文字を聞いただけにも関わらず、怒鳴られたときよりも心臓は早鐘を打ち、混乱していることが自分でもわかる。

「あぁもうっ!!変な提督だなぁっ!」

思わずにやけてしまう自分を抑え込み、

三日月や如月の隣に立ちながら、

彼女は必死に砲撃を続けた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ぽいぃ…」

「まだだよ。夕立。」

「ぽぃぃぃぃ…」

焦れる夕立を宥めながら敵陣を観察する。

場合によっては多少強引にでも指揮官を討つ必要があったが、あの様子だと、本当に彼女等だけで前線維持を出来るようだ。

「少し…僕たちは侮っていたのかもね…」

自分達がしっかりしなければ、

自分達が守ってあげなければ、

同じ駆逐艦にも関わらず、

いつから自分達が上と思い始めていたのだろう

いつからこういう思考に囚われていたのだろう

いつの間にか自分達の後ろに居たのは、

守るべき弱者でも、頼りない後輩でもなく、

深海棲艦と戦う兵士だったのだ。

だとするなら自分達がやることはただ一つ。

ー致命的な隙を突き、

確実に指揮官を討つことだー

だからこそ、彼女は虎視眈々と隙を窺う。

時間をかけ、執拗に。

やがて敵陣に綻びが生まれた。

なかなか崩せない前線への焦りからだ。

ーその隙を彼女は逃さない。

「行くよ!!!夕立!!島風!!長波!!」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「っぽい!!!」

砲撃命中、慌てて敵からの反撃を回避する。

彼女は負けると直感していた。

無論、万全の状態ならば余裕だろう。

だが今の彼女は別だ。

疲労は蓄積され、轟沈の一歩寸前。

ましてー

「夕立!!ごめん!!一匹そっちにー」

「…っ!!!」

背後から突撃してきたイ級を慌てて沈める。

まして、茶々が入ると尚更だ。

では他の艦なら勝てるのか、

それも不可能だと夕立は理解している。

自分は比較的損害が酷いだけであり、

他の艦は軽いと言うことでは一切無い。

そして、攻撃特化型の自分が崩しきれない相手を

どちらかと言えば指揮、防衛寄りな時雨が崩しきれるとはどうしても思えないのだ。

島風は連装砲との連携で、

茶々を防ぐのに尽力している。

彼女が向き合った場合、

自分達は指揮官を守ろうと特攻をかけてくる深海棲艦の群れを抑え込むことはできないだろう。

長波はどちらかと言えばサポート型だ。

他人と協調し、連携することが得意であっても

こういう一対一の戦いは不得手なのだ。

まして自分が耐えれるのは良くて残り数発。

ならば大多数を相手にするよりは、

一対一の方がよっぽど生存率は高い。

それを理解しているからこそ、

彼女は退くことができないし、

『………』

…彼も迂闊に指示を出せないのだ。

だから、次の彼の言葉に夕立は耳を疑った。

『下がれ!!夕立!!』

「はっ…はぁっ?!

ちょっ…本当に状況分かってるっぽい?!」

自分以外の誰がコイツを止めるのだ。

『良いから下がれ!!』

だが、問答無用で繰り返され、

舌打ちをしながら後退を開始する。

ーだが、

「…!!」

「…っ!逃がしてくれる気はないっぽい」

敵だって馬鹿ではない。

撤退していく敵に更なる追撃を与えようと、

今までの態度とは一変。

一気に攻勢へと変化する。

だからこそ、砲撃や魚雷を撒き散らしながら

水柱の影に隠れるようにしてー

「………!」

駄目だー

相手から感じるのは余裕、安堵、愉悦。

このままじゃー

全てがスローモーションに見える。

追い付かれー

瞬間、背中に何かが当たった。

「…ぇ?」

「ふふ~…お疲れ様ぁ~」

「龍田…さ…?」

まるで鉄の門が閉められるように、

自分を庇うように目の前に二人の艦娘が入る。

「夕立、あとは任せてくれ。」

「もーっと私に頼って良いのよ!」

「響…雷…?」

気が付けば、自陣の中に来ていたのだ。

まるで二つに裂けるかのように、

味方の陣形が右と左に分かれている。

その中央に収まった少女と、

慌てたように左右を見渡す敵。

気が付かなかったのは、

お互いがお互いに注意を払いすぎていたせいだ

そして間髪入れずにー奥側からだがー

陣形が元に戻り、

指揮官は完全に孤立させられる。

まるで独り言のように、

男の声が無線から聞こえた。

『満身創痍、それもかなりの強者が撤退していくとなると、まるで自分が優位なように思い込んでしまい、思わず欲が出る。

深追いしたくなる気持ちは分かるが…

図に乗りすぎなんだよ。間抜け。』

理解したのだろう。

深海棲艦の目が怪しく光り、

少しでも被害を与えようと、

最後の悪あがきをする

…よりも前に、

駆逐艦のほぼ全員の主砲が火を吹いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

音も無く沈む敵の指揮官。

夕立はゆっくりと膝をついた。

「だ…大丈夫なのです…?!」

駆け寄ってくる電。

大丈夫だと敵陣を観察すると、

時雨達が凄い勢いで撤退してくる。

あとは彼女らと合流し、撤退するだけだ。

安堵の息を吐く夕立だったが、

「flagship!!ロ級、ハ級、ヘ級、ヲ級、

此方に向かってきてる!!!!」

青い顔で時雨が叫ぶ。



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許されない逃走(後編)

提督の希望的観測には穴があった。

強敵と認識され、背を向けて撤退すれば

弱者を無駄に差し向けては来ない。

確かにそれは確実だったろう。

ならば被害を減らしつつ

強敵を討つにはどうすれば良いのか。

…簡単だ。疲弊している強敵なら、

同じ"強者"が押し潰せば良い。

提督の狙いを看破していたからこそ、

わざと指揮官の一人をその場に釘付けにし、

彼らをその場に残って戦わせる間に

他のflagshipが集合したのだ。

無論生きて返れるとは思っていなかった。

だが、もしかしたら、

という希望を抱いていたのも事実だ。

夕立はため息をつく。

「…完全に此方の考えを読まれてたっぽい」

提督を責める気はない。

相手が一枚上手だっただけだ。

「…無理にでも撤退すれば良かったのかな」

いつの間にか側に来ていた時雨が、

肩で息をしながら諦めたように笑った。

否、それも不可能だろう。

指揮官が動いてまで討ちに来るのだ。

端から逃がす気なんて無かった筈。

初めから。そう、初めから詰んでいたのだ。

人事は尽くした。

だから、後悔はない。

彼女らは、満足気な笑みを浮かべー

砲撃音がー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「は?」

空から降ってくる肉片。

ビチャリと音を立て水面に叩きつけられ沈む

ソレは、深海棲艦と呼ばれるモノだ。

思わず背後を振り返る。

少女らは、あり得ないものを目にしていた。

「…え?なんで…」

「現場のことは現場の人間が一番よく知ってる

現場の人間にしか分からない事もあるだろう

なら…俺が現場に向かえば良い。」

ゴムボートに乗る見知った影。

ある者にとっては恐怖の象徴。

ある者にとっては畏怖の象徴。

そしてまた、ある者にとっては希望の象徴。

そんな"提督"が乗るゴムボートを引っ張るのは

「お、大井ちゃん…?」

龍田が一人の軽巡洋艦の名前を呟く。

「この私にこんな真似させるなんて…!

馬じゃないのよ私は…」

「悪い悪い…だがお前しか頼れなくてな」

そんな男の後ろに、

少女達は更に有り得ないものを目にした。

「…え…なんで…?」

戦艦、重巡、空母など、

主力艦が彼の後ろから随行していたのだ。

「…何故、か。」

風に乗って届いた声に、

戦艦、長門は大声で答えを返した。

 

「提督は仰られた!!!

お前らが護りたい物は、

我々の居場所であるあの鎮守府か!

お前らが憎くて憎くて仕方がない提督か!!!

…我々の答えなど只一つ!

人を…人類を護ることこそが

我等の存在意義である!!」

胸を張り大声でそう叫ぶ長門の背後から、

幾重もの砲撃が飛んだ。

-轟音が轟き、

再び何十もの深海棲艦が宙を舞うー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

…朝潮は喜んでいた。

あまりの喜びに、

胸が張り裂けんばかりに痛い。

視界は涙で滲み、

今にも跳ね回りたい気分で一杯だった。

だが、ここは戦場だ。

だからこそ、彼の元へ一目散に走る。

「提督…っ!!!」

彼に手を伸ばすその矢先、

自分より早い動きで自分の横を何かが掠め、

そのままゴムボートへと飛びかかっていった。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.提督】

 

「うぉ…っ?!」

反射的に"彼女"を抱き抱え、

勢いのままに倒される。

俺は胸に顔を埋め、

一向に降りようとしない少女の頭を撫で、

そっと名前を呼んだ。

「…"満潮"?」

返事はない。

ただ震えながら、

ギュッと服を握りしめられた。

「…あー…。ごめんな。満潮」

「………。」

「満潮ー…?」

「……………ないで…」

「ん?」

「心配…させないで…」

震えながら、服を濡らす腕の中の少女は

今にも折れそうなほどに儚く、脆く。

「…ごめんな。」

俺は再びそう呟くと、

そっと満潮を抱き締めた。

 

「満潮…!」

駆け寄ろうとする朝潮だが、

そっと荒潮に引き留められる。

「朝潮姉さん…、今は…」

「…そう…ね。」

だが、空気を読まない艦も居る。

「てーとくぅぅぅぅっ!!!!!」

「やめろ島風!!!

お前まで乗ったらボートが沈みかね…ゴフッ」

大きくゴムボートが揺れるが、

何とか耐えて見せた。

そんなボートを誇りに思いつつも、

島風を引き剥がす提督。

…正確には、引き剥がそうとする提督。

「だぁぁッ!!!離れろ!!

おいやめろ身体を擦り付けるな!!」

「えへへーっ!!」

そんな彼女らを見て熱も引いたのだろう。

ハッとしたように満潮はボートから降りた

「満潮?もう良いの?」

「放っといて…!」

首を傾げる朝潮と、

赤い顔でそっぽを向く満潮。

その視線の先には、

島風を何とか引き剥がそうとする提督が。

そんな彼を襲撃しようと飛び上がったイ級はー

「さぁ、やるわよ!!攻撃隊、発艦!!」

撃ち落とされる。

「瑞鳳、任せるで。」

「…は、はいっ!」

「はいはい、そこの君も。

うちらの面子にかけて、

流石に攻撃はさせへんけどさ。

ここが敵陣のど真ん中ってことを忘れてもらったら困るわ。」

島風に向け、手を叩く女性に男は声をかけた。

「悪いな…龍驤。」

「それじゃあ適当に殺してくるんで。

これ以上前には出ないで下さいね。」

「あぁ、これ以上我が儘は言わねーよ。

…わざわざ本当にすまない。」

「…司令官様の決定なら、

うちらに拒否権は無いんで。

いちいち気にしないで下さい。」

僅かに嫌味を込めた言い方で、

龍驤と呼ばれた女性は先へと進んでいく。

「それでは、えっと、

提督様の護衛はこの私、瑞鳳とー…」

「私、青葉と、」

「この日向が行わせてもらう。

…尤も、これは君が勝手に動かないための"見張り"の意味が大きいんだけどね。」

「ちょっ…日向さんっ?!」

「………。」

「あぁ、頼む。」

手をわたわたと動かし焦る瑞鳳と、

顔色ひとつ変えない日向。

無言のまま敵陣を観察する青葉に、

気にしたそぶりもなく返す提督。

夕立は彼に近づいて話を聞き始めた。

「…お、夕立。」

「どういうことっぽい?」

「三部隊に分けたんだよ。

一つは俺の護衛兼駆逐艦の救助、

一つは鎮守府の防衛、

そして最後が街の防衛だ。

尤も…一番最後に殆ど数を割いたんだがー

って、聞きたいのはこれじゃないか。

…仕方ねぇだろ。こうでもしないと

戦艦ら主力は動いてくれねーからな…

頭が固いと言うか…見ず知らずの人間放って

仲間を助けてもバチは当たらねぇだろうに」

ぼやく提督。

だが、夕立は許すことはできない。

「指揮官が前に出るな。

何の抵抗力も無い只の人間がこんな場所まで出てくるとどうなるかすらもわからないっぽい?はっきり言って迷惑。馬鹿じゃないのかしら。」

「オイオイ、指揮官が前に出てきたのは

向こうも同じだろ。」

「何かあったらどうするっぽい!!」

彼に随行していたのは

戦艦が長門、金剛、榛名、霧島の四名、

重巡は熊野、鈴谷、の二名、

空母は龍驤、加賀、飛龍、蒼龍の四名。

そこに護衛の日向、瑞鳳、青葉が入るとなると、

この鎮守府でも精鋭中の精鋭だ。

何か、などほぼ確実に起こり得ないだろう。

だが、"もしかして"という可能性はつきまとう

その"もしかして"を許せるほど、

彼女は彼の事を軽視してはいなかった。

ーだが、

「そうだな…そんときゃ、お前に頼む。」

「…はぁっ?!」

「守ってくれよ。俺の事。

あ、沈むのは無しな?

そうしたら俺も後を追うからな。」

「え…いや、はぁっ?!」

「どうした?守ってくれないのか?」

笑いながら尋ねてくる提督。

「っ…!!私でも守れなかったらっ!」

「ほーん。駆逐艦夕立ってのは…

俺の艦ってのはその程度だったのかー。」

「はぁぁ?!余裕っぽい!!!

人間一人守りきることくらい

赤子の手を捻るより簡単っぽい!!!」

「そうか、なら大丈夫だな。」

「あっうっ…うううううう!!!!」

自分は馬鹿か。

反射的にそう返してしまい、

数秒前の自分を恨む。

…だが、

「…無事で良かったよ。夕立。」

「うるさいっぽい。」

撫でられる頭。

上気する頬。

あぁ、これでは結局理由をつけて

構って欲しかっただけみたいではないか。

「こ…こんなので誤魔化されないんだから…」

「じゃあ変わってくれないかな。」

後ろを振り向くと威圧感を放ちながら

笑顔でこちらを見る時雨の姿が。

「しっ…しぐ!」

「提督…助けてくれてありがとう」

「助けたつもりはねーよ。

俺は単に海に出たかっただけだ。」

「言い訳にしては…

あまりに無理が過ぎると思うな。」

苦笑した時雨と顔をしかめる提督。

「…"うるさいっぽい"。」

「私の真似をするなっぽい!!!」

そんな会話をしているうちにゾロゾロと彼の方に歩き出し始める駆逐艦達。

それにより、提督は口々に様々なことを話す

彼女らの対応に忙しくなってしまった。

 

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【side.長門】

 

「…下らんな。」

文字通り深海棲艦が宙を舞う。

理由は単純明快、

眼前の戦艦の強烈なまでの"拳"によるものだ。

『素手で行くのかよ…』

無線から呆れたような、

感心したような声が鳴った。

「なんだ?不満か?

生憎と私は艤装を扱うのは不得手でな。

それよりは―」

ゴキリと腕を鳴らし、獰猛に笑う。

「―殴った方が早い。」

対して男も心底おかしそうな笑いで応えた。

『構わねぇよ。

殺してくれるならそれで良い。』

「ほう…豪胆なのか適当なのか…

コレを自ら許可した提督は貴様が初めてだ」

『…自ら?』

「ははは、受け入れざるを得ないさ。

相応の結果は出しているからな。

これでも戦艦の最強格だ。」

群がる深海棲艦をなぎ倒し、

彼女は涼しげに語った。

「まぁ、安心してくれ。

貴様が"鎮守府を司る提督"だとするならば、

私は"人類の守り手"だ。

…尤も、貴様の動き次第では…

容赦なく敵対させて貰うがな?」

少しだけ目を細める長門。

冷たい風が彼女の髪を揺らす。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.金剛/龍驤】

 

「無駄デスヨ。」

焦るflagship達が撤退を始めるが、

その進行方向の少し先を見事に砲撃する金剛

「勝算は九割。このまま殲滅します。」

「…榛名は、大丈夫です。」

行く手を阻まれ、狼狽する其等を、

ただ黙々と、圧倒的な攻撃力で殲滅していく。

近くのロ級が庇うように彼女等に襲い掛かるが

「全艦載機、発進!!!」

「よしっ、友永隊、頼んだわよ!!!」

空中からの不意の攻撃であえなく沈む。

「ふぅ…大丈夫?飛龍。」

「何かあると思う?蒼龍。」

「まず私達を心配すべきだと思いマース…」

呆れたような口調で金剛がぼやくと、

心底不思議そうに二人は小首を傾げる。

「え?金剛さんは大丈夫でしょ。」

「ん?金剛さんは平気じゃんか。」

金剛は知っている。

仮に無事じゃなくても、

彼女等は何も感じないと。

彼女たちにとって最も優先されるのは、

提督の命令と自らの相方だけ。

その他には微塵も興味がないのだ。

「はいはい。会話はその辺にして、

とっとと殺しきるで。

殲滅特化のうちらがあまり時間をかけとると、

司令官サマにも良く思われんやろうしなぁ?」

その声を聞き、

スッと無表情になった彼女等は、

絨毯爆撃により淡々と敵を狩り殺していく。

「…龍驤さんまで出てくるなんて…」

榛名の小さな呟きに反応し、

彼女は軽くそちらに目をやると、

ため息をついて返す。

「そりゃ君…分かっとるやろ。

この二人に任せきれるわけないし、

やからってうちらの最強格はあてにならんし

こんなんうちが出んかったら、

勝てるもんも勝てんくなるやん」

「龍驤さーん!?

聞こえてるんですけどっ?!」

「私達がそんなに頼りない

って言いたいんですかっ?!」

敵を見つめながら、

彼女の方を見ることもなく突っ込む二人。

その声とは裏腹に、

表情は一切動いていないのだろうと

金剛達は正面から

顔を確認する必要もなく、 知っている。

「なんや、異論でもあるんか?

この後相手しても良いんやで、弓道部?」

対して指をポキリと鳴らし、

張り裂けんばかりの笑みで訊ねる龍驤。

「飛龍が嫌そうだから遠慮しておきまーす」

「蒼龍が嫌そうだから遠慮しておきまーす」

最早お決まりとなったやり取りを済ませ、

彼女は最後の確認をした。

「ま、気が向いたらいつでも相手したるわ

なんなら"二人同時"でも構わんねんで?」

「「………。」」

巧妙に隠されては居るが、

彼女らの周りの空気が、ほんの一瞬揺らぐ。

ーそれは、"殺気"だ。

「「…結構でーす!」」

それを確認し、龍驤は鼻で笑った。

「ハッ…まぁ良いか。」

「はぁ…気を付けてくださいよ。

龍驤さん。貴女に何かあれば、

空母をまとめあげる人が居なくなります。」

眼鏡を直しつつ注意する霧島に、

龍驤は投げやりに答えた。

「はいはーい。分かった分かった。

もう神経逆撫でするようなことは言いませーん

背後から討たれても困るからなー。」

ーなどと言いながら、もしそうなれば、

それはそれで面白いと龍驤は思うのだが。

「…これで4127回目です。

次こそ私に4128回目を言わせないで下さいね」

「はいはい…ってか、

なんなら君が相手してくれてもー」

「…演習でもないのにする戦闘に、

価値など見出だせませんから。」

即座に却下され、舌打ちをする。

「…なんや、つまらんなぁ。先読みかい」

「この場合、大抵私にも誘いが来るという

データが出ていますので。」

「まぁたデータかい…合ってたけどな」

「どうしてうちの空母系は

こういう奴しか居ないんデスカネー…」

「お互い様やろ?

ただの脳味噌ゴリラやん君らの最強格は」

「…口を慎メ。軽空母。」

瞬間、辺りを殺気が包み込む。

呼応するかのように、

龍驤からも殺気が溢れ出始めたがー

「黙らせてみるか?英国かぶれ。

…って言いたいけども。

流石に最強格同等とまで言われる君の相手は骨が折れるか…。今はうちが退いとくわ。今はな。」

その殺気はふっと霧散する。

彼女の相手は万全でないと不味い。

そう判断した龍驤は、

それ以上突っ込むこともなく、

敵の虐殺に加わることにする。

「さぁて、仕事やで。皆。」

彼女の掌の中で、"勅令"の二文字が光る。

その炎を握りつぶし、

猟奇的な笑みを湛え、

「仕事内容は簡単。目の前のゴミ共を、

一 匹 残 ら ず 殺 し 尽 く せ 」

 

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【side.加賀】

 

「行くわよ。赤城さん。」

「………。」

息を合わせ、

目の前の敵を一匹一匹狩り殺していく。

チラリと彼の方を見ると、

駆逐艦に囲まれながら、

手をあたふたと動かし、困り果てていた。

というのも殆どの駆逐艦が泣き出しており、

一人一人落ち着かせながら、

頭を撫で、言葉をかけて、

余計に大声で泣く少女達を相手に、

どうすれば良いか分からないのだろう。

「ふふっ…」

思わず笑いを溢し、慌てて口を抑える。

「………」

「ごめんなさい。何でもないわ。赤城さん」

此方を見つめる赤城さんに声をかけ、

敵陣を見つめながら、呟く。

「赤城さんも一度話してみては?」

返事はない。

だが、加賀は少しだけ肩を竦めると続けた。

「…気が向いたらで良いわ。

強制するつもりもないのだし。

…けれど、そんなに悪い人じゃないわよ。」

再び戦闘に戻る加賀。

赤城は、無機物のような目で、

彼等の事をじっと見つめていた。

 

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【side.熊野】

 

飛び上かかる数体の深海棲艦達。

「全く…下品極まりませんわ。

これだから深海棲艦は嫌いですのよ。」

対して戦場とは思えないほど優雅で、

軽やかな足取りで歩く熊野。

だが、その手から放たれる主砲が、

彼女に傷を付けることを許さない。

だが、流石に限度がある。

そのうちの一匹がその砲撃を掻い潜りー

「はい!ザンネーン!!ドカーン♪」

大きく開けたその口内に、

砲撃を見舞われ、沈む。

「ね~ぇ~!鈴谷つまんなーい!

もっと楽しませてほしいな~?」

「…はしたないですわよ。鈴谷。」

軽く窘め、前を向く熊野。

「…あら?どうしたのかしら?」

「…んー?どしたの?」

「…深海棲艦が帰っていきますわ…。」

「えー?!もう終わり?!」

ケラケラと笑う鈴谷を見て、

熊野は眉間を手で押さえた。

 

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【side.提督】

 

『提督、どうやら敵は撤退しているようだ』

長門からの無線を受け、男は嗤う。

「そうかそうか…。…ん?で?」

『どうするのだ、と聞いているのだ。』

「おいおい、決まってんだろ。…追撃だ。」

『追撃するの?折角退いたのだし、

今は駆逐艦を下げることに専念した方が良いと思うのだけれど?』

『私も、無理な追撃は望みませんわ。』

『鈴谷帰りたーい。

数が多いだけでつまんないし。』

男が口を開くより先に金剛らが答えた。

『此所で見逃す方がナンセンスネ。』

『うちも殺し足りんけど…

ま、うちは司令官様の指示に従うだけやで?』

『知能持ちは此所で討つべきだと思いまーす』

『私もそう思いまーす』

『知能持ちは遠くから指示だけ飛ばしている可能性がありますね。もう出てきても良い筈です…。』

『その場合、より多くの深海棲艦を引き連れてくる可能性がある。と言うことかしら。

どのみち引き連れてきそうだけど、

こちらの詳細な情報を持ち帰らせる方が愚策という推測が立てられます…ですよね?提督?』

霧島の質問に、男は笑って答えた。

「まぁ、それもあるがな…。」

『…別の狙いが?』

考え込む霧島だが、

そんなに考える必要はない。

理由は単純で、明快だ。

「…お前らは、自分の家に上がり込んで

散々荒らしてくれた"害虫"を、

みすみす逃がしてやるのか?」

返事はない。

納得からではなく、

理解できないが故の沈黙だ。

『ハッハハハハ!!』

瞬間、吹き出したように笑う長門。

『…あぁ…非常に。非常に気分が悪い。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…非常に気分が悪いが、

…私と貴様は気が合うらしいな?』

長門は嗤い、男の居る方をチラリと眺める。

駆逐艦に囲まれているせいで、

正確な位置までは把握できないのだが。

『何を言うんかと思えば…

でも良いなぁ、そういうのは好きやで?』

『これだから人間は嫌いなんデース…』

『それが貴方の指示であれば、

従うまででしてよ。』

「大した被害がないんだ。追撃は当然だ。

散々やっておいて、逃走なんて許さねぇよ。

一匹として、生かして帰すな。」

提督の指示が飛び、

ー了解の返答が、全員から返された。




俺の嫁はこんなんじゃねぇ!!!って方!!!
ごめんなさいほんとごめんなさい!!!!
前任とか色んな出会いによりちょっと性格がねじ曲がっちゃったという荒んだというか!!!
いつか元に戻る…かもしれませんし!しれないかもしれませんが!!!
これからもどうかどうか彼等の事を見守っていっていただけるとありがたいです…!

※誤字修正いたしました…!
教えてくださって本当にありがとうございます…っ!!


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疲労と不信

【side.提督】

 

『此方長門。これでー…あぁ、少し待て、

ふんーうむ。これで最後だな。

…全く。手間を取らせてくれる…。』

長門から殲滅報告を受け、

男は笑って周りを見渡す。

「終わったようだ。

俺たちもそろそろ帰還するぞー。

頼むからいい加減泣き止んでくれ…」

心の底からそう呟くと、

俺は辺りを見渡して言った。

「いや待て、漣達はどうした…?」

 

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【side.夕立】

 

「全員御苦労。

お陰で鎮守府の危機も去った。

負傷している艦を優先し、各自入渠してくれ」

陸に足をつけると同時に、

そう命令する提督に全員は敬礼を返す。

だが、彼の表情は明るくない。

「妖精達も、お疲れさま、だな。

後で砂糖でもなんでもくれてやるから、

今はゆっくり休んでくれ。」

「はーい!!!」

「やったぜ!!!!!」

「ようせいさんのちからをおもいしったか!」

フヨフヨと飛び去る妖精達を眺め、

男は足早に執務室へと向かった。

私は反射的に彼の腕を掴みー

「提督も休むっぽい。

顔に疲労が浮かんでるっぽい。

そもそも漣達はー」

「…夕立」

頭に手を置かれる。

「自分の意思で逃げたのだとしても、

逃げざるを得なかったのだとしても、

どちらにせよ俺のせいだ。

戻る気があるなら全力で守って

…いや、そうでなかったとしても

安全に別の…本人の望む場所に送り届けるのが

俺の義務で、責任だ。」

「ーッ!!!!!

じゃあ…じゃあもう知らない!!!

それで過労で倒れたとしても、

夕立は何も知らないんだから!!」

ヒラヒラと手を振り歩き去る提督。

「どうして…君は…そこまで…」

時雨の呟きに反応したのか、

ピタリと足を止め、男は振り返ると笑った。

「理由なんてねーよ。

強いて言うなら…それが"提督"ってモンだ」

 

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「…何故だ。」

男は椅子に座りながらぶっきらぼうに呟く。

「…何故だ。」

「うるさいっぽい。」

理由は一つ。

先から膝の上に座ったかと思えば、

一向に動かなくなる夕立だ。

「お前さっきもう知らないって…」

「うるさいっぽい!!」

「えぇ…」

高い体温が足に伝わり温い。

否、正直なところ暑い。

あとモジモジと身体を動かさないでほしい。

「後で構ってやるから…」

ぼやくとグイッと顔を向けられー

「漣達を迎えに行くなら

私の助けは必要でしょ!」

「却下。駆逐艦は疲労が貯まりすぎだ」

「あからんぷですねぇ」

ヒョコっと彼の肩からタマが顔を覗かせた。

「…じゃあどうするつもりっぽい?

まさか皆の疲労が回復するまで待つつもり?」

「戦艦空母にはまだ余裕のある艦がー」

「それは良い案とは言えないわねぇ~。」

部屋の入り口に顔を向けると、

時雨、響、朝潮、荒潮、龍田、天龍の六人が居た

 

「夕立、降りるんだ。」

「し、時雨…」

「アイツらが駆逐艦の為に動くはずがねぇ

頼むだけ時間の無駄って奴だぜ。」

「時雨…じゃないよ?夕立。」

「…うっ…」

「朝潮も降りるべきだと思います!」

「…ついでに言うと、あの戦艦空母が

敵前逃亡をした艦を、

そのままにするとは思えないね。」

「そうねぇ~。

最悪、見つけた瞬間"処分"かしら~?」

「で、でも…!」

「でも、じゃないんだよ。

言い方を変えようか、夕立。降りろ。」

「退かないと言うのならばこの朝潮!

実力行使も厭わない覚悟です!!!」

いや、厭えよ。

この部屋を吹き飛ばす気か貴様。

何だか話がこんがらがってくるが、

確実に言えるのはー

「それでも、だ。

お前らを出すのはあまりにも危険すぎる」

「私達なら大丈夫っぽい。

それより早くしないと…

本当に手遅れになるっぽい。

それとも…見殺しにしても良いって言うの?」

「提督、君は選ぶべきだ。

夕立を降ろすか、降ろさー…ゴホン。

僕たちに出撃させるか、させないか」

「………」

「時間が惜しい。さぁ、提督。」

 

「君なら、どうする?」

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【side.漣】

 

『あーあー、聞こえるかー、

聞こえてるなら応答してくれ。

此方は提督。姿を消してて悪かった。』

唐突に無線から聞こえる男の声。

三人の少女はビクリと肩を震わせる。

代表して曙が口に手を当てた。

"静かにしていろ"という合図だ。

『…繋がってないのか?

一先ず…あー、此方の状況を言うぞ。』

淡々と、されど嬉しいニュースが流れてくる

何とか深海棲艦の侵攻は凌いだこと、

被害こそあれど、轟沈した艦はなかったこと

かつての仲間達の無事を知り、

ほっと胸を撫で下ろす四人。

『んで…もしもーし…?

聞こえてるなら応答してほしいんだが…』

する筈がない。

情報は得たのだから、

後は無視して死んだと思ってもらう方が良い

ここで応答するなど馬鹿の-

「そうなんですー?」

瞬間、無線を奪い取ると

なに食わぬ声で漣が返事を返した。

「ちょっ…漣?!アンタ何やって…!」

曙が慌てて漣の方を向く。

『お、漣。やっぱり無事だったか。』

「いやいやそうでもありませんよ?

全く…一体こんな時に

何処をほっつき歩いてやがったんですかねぇ?」

からかうような漣の声色。

そして、若干責めるような口調に、

小さく潮が悲鳴を漏らす。

これは叱責で済むレベルじゃない。

『返す言葉もねぇよ…本当にすまなかった

…というか他の奴の声も聞こえたが…』

「あぁはい。

曙、潮、朧の三人は私の後ろにいますよー?

…もし他の艦まで行方不明ならー」

「………」

ここまで気安く此方の情報をベラベラと話す漣に

曙は密かに警戒心を募らせる。

一体彼女は何を考えているのだ。

『あと鎮守府に居ない艦はお前らだけだ。

…すぐにでも回収してやりたいんだがー…

自分のいる場所はわかるか?』

「今は小さな無人島に上陸しています。

少し疲労が溜まっているのと、

まぁ、少々追われてまして…

あぁ、場所は分かりませんね

無我夢中で逃げていたので方角すら…」

『ふむ、まぁそこから動かないでくれよ。

此方でも探してみる。』

「ほいさー!!」

無線が切られると同時に、

3人は漣を問い詰める。

「…ちょっと…漣?」

「アンタ一体何考えてるの?!」

「漣ちゃん…冗談だよね…?」

「大丈夫ですよ。あの人はー」

「はぁ?大丈夫って何よ」

逃げた艦を提督がどうするかなど、

想像に難くない。

だからこそ、こんなに気楽に、

提督などに情報を渡した漣に、

それでもなおヘラヘラとする彼女に、

曙はー

『あー、そうだ、忘れてた。』

再びの男の声に肩が跳ねる。

『…お前らは鎮守府に戻る気はあるか?』

 

無い、等と言える筈がない。

『もしも無いなら…あー…

回収した後に、何処か別の…

お前らが望むなら、

望む場所に掛け合ってやるよ。』

「ありがとうございます。

でもその必要はー」

曙は機嫌を損ねないよう、返事をしつつ笑う。

そんな言葉を信じられる筈がない。

確実に逃げないようにする為の嘘だ。

ここは騙されたふりをして、

この場にいると約束して逃げるべきだろう。

…例え現在自分達が、

深海棲艦の群れから何とかして、

この無人島に逃げ込んでいたとしても。

今の消耗具合だと、

次に見つかれば終わりだとしても。

「信じろって言うんですか」

-不意に、突然投じられた

潮の言葉に、少女は思わず固まった。

『…信じてくれ、としか言えないな…

信じるも信じないもお前らの勝手だ。

俺はあくまで口出しするだけで、

最終的な決定権はお前らにある。

結局の所、自分を動かすのは自分なんだよ』

対して、気にも留めてないように返す男。

「ならー」

『だが、お前らだけで今後どうするんだ?

行くあてでもあるのか?

野垂れ死なない自信があるなら…

そちらの方が安全と判断できるなら、

俺は大人しく引き下がるが。』

答えられない潮。

「貴方に保護される方が

危険かもしれませんよ?」

朧が不快感を隠すこともなく呟いた。

『ま、そーだな。

お前らにとって

提督ってのは"そういう物"なんだろう。

そう判断するのも無理はない。

だが一つ言うなら…

男に二言はねぇ。

俺は"約束"は守るよ。

誓ってお前らに危害は加えねぇ。』

黙る三者。

「…私は提督を信じますよ?」

「漣…アンタねぇ…」

「分かりました。」

潮が決意したように前を向く。

「私は、"漣ちゃんを"信じます。」

暗にお前は信じない、と告げられるが、

男は満足そうに笑った。

『そうか。なら…勝手に動くなよ。ほんと』

「それは…自分が直接手を下したいから、

逃げられたくないって事ですか?」

『そう邪推するなよ…。

変な憶測や被害妄想で

勝手に動いて沈まれたくないだけだ。

それで…そちらの状況はどうだ?』

少女達は海を見る。

イ級などの深海棲艦がまだ彷徨いていた。

自分達を探しているのだろう。

だが、それを言う必要はない。

自分達は"逃げられない"のじゃなく、

"逃げない"のだから。

あくまでも、建前上で、だが

彼を信じることにしたのだから。

「…"特に変わりはありません"」

『そうか。分かった。』

四人を匿う小さな無人島に、

少しだけ嫌な風が吹いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…はぁ…」

三角座りでため息をつく朧の隣に、

潮は腰を下ろすと笑いかけた。

「朧ちゃん…大丈夫…?」

「大丈夫…今は、ね。」

横目で漣を盗み見る朧。

彼女が自分達を売るような艦

で無いことは知っている。

だが、それでも不安は拭えない。

「…ねぇ、漣が脅されてたり、

裏切ってる可能性は…」

「無い…と、思う…けど…」

一体誰が断言できるだろうか。

自分たちには想像もつかない方法で、

漣を脅し、操っているのかもしれない。

少なくとも、今までの提督達は例外無く、

"そういうもの"だったのだから。

「もしそうだったらー」

…もしそうだったら。

私たちは一体どうすれば良いのだろうか




誤字修正しました!!
本当にありがとうございます…っ!!


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第七駆逐隊の死闘(前編)

『それで-』

『その時に-』

『島風が-』

『しかも-「あのー」

たまりかねたように漣が口を開く。

「ちょっと五月蝿いんですケド」

『えっ…あぁ…すまん…』

無線の向こうからでも分かる

しゅんとした空気。

漣は漣で聞こえないように、

「他の子達の話ばっかりしなくても

良いじゃねーですか…。」

などと呟きながら頬を膨らませている。

「あの、提督…心配しなくても

私達は逃げませんよ?」

潮は恐る恐る言うが、

無線から伝わるのは困惑。

『お、おう…そうか…?』

無線を切れば私たちが逃げるかもしれない。

そう判断し、

無理矢理話を続けているのではないのか?

「…あの、一応聞きますけど…

何故こんな話を…?」

『ん?いや、ただじっと待つのもあれだろ。

静寂ってのは、想像以上に負担になる。

特にお前らはまだ駆逐艦だろ。

そんな無人島でただぼうっとしていると、

すぐ悪い考えや不安が浮かぶからな』

「いや、そんなに心配なさらなくても…」

「私達、提督が思ってるよりずっと

精神は成熟してますからネ?」

嘘か本当は兎も角、それこそ無用な心配だ

『そうか…?だがなぁ…

ただ待つってのは…

あぁいや…仲間がいたら違うものか…?

 

……む?開いてるぞ。入れ。

あぁ、悪いが少し席を外す。

…あぁ、それで、なにか用か?』

言うが早いか、ぶつりと途切れる無線。

「へ、変な提督…」

「オボロンに言われるとか…?!」

朧の呟きに漣は戦慄した。

彼女に言われるなど最早手遅れではないか

「ま、まぁ…良い人…なのかな…?」

「そんなわけ無いでしょ。

あんなの絶対演技よ演技。」

苦笑いする潮に肩を竦める曙。

だが、不思議と

今までの暗い空気は一変していた。

此所に来たときはこんな空気ではなかった。

潮は考える。

彼は信用に足る人物なのか。

今までの提督と本当に違う人間なのか。

「…私は-」

『此方朝潮です!!

提督の話し相手になってやれ、

という命に従い!暫くの間お相手致します!』

無線から聞こえる声に思考が中断される。

「朝潮ちゃん…?」

呟く朧。

そういえば彼女は

提督に助けられたと駆逐艦の間で吹聴していた

その言葉をそのまま鵜呑みにしている艦は

正直なところあまりいなかったが、

それでも彼女は以前と比べ、明るくなった。

…これまでは、単に姉妹である荒潮が

戻ってきたからだと思っていたが、

もしかしたら、本当に彼が一枚噛んでいるのかもしれない。

「…なんというか…正直…ですね…?」

潮は苦笑しつつ言う。

"提督の命令"などと言っても良いのだろうか

無線の後ろでは、

慌ただしく指示を出す提督の声が漏れていた

『島風!そこの本全部持ってこい!』

『おっもーい!』

『うるせぇ!!我が儘言うな!!

夕立!地図だ地図!!早くしろ!!』

『はいはい今持っていくっぽい』

『それでですね!はい!!

私は会話が苦手なので!!!

何かお聞きしたいことがありましたら

なんでも答えます!!』

曙は間髪いれずに訊ねる。

聞きたいことなどただ一つだ。

「アイツって、どんな奴なの?」

答えはない。

ただ、暫く空白の時間がありー

『……朝潮は、

御自身の目で確かめた方が早いと思います!

一度彼と向き合ってみれば、

自ずと、答えは導き出されるかと!』

「………。」

簡単に言ってくれる。

そうできたらどれ程良いだろうか。

だが、前任に刻まれた恐怖は拭えない。

そんな簡単に人を信じることなどできない。

『…怖がるな、とは言いません。

貴女達の気持ちも、分かりますから。

でも、今もこうやって、貴女達のために

身を粉にして働いてるあの人を、

よく知らないうちに

否定してあげないでください。』

無線の後ろからは今も騒がしく

男の、大きな声が響いていた。

三人は顔を見合わせる。

「…信じても、良いの?」

『はい。』

それは、驚くほど早い返答。

さらに口を開きかけた曙だが-

『よし。今入った情報で、

お前らの座標が特定できた。

思ったよりも遠いな…。

夜にならないうちに帰って貰わないと…。

すぐにでも此方に向かってほし-』

「あ、今はあまり動けませんね。

私たちを探しているのか、

さっきからイ級が

この島の回りをグルグル回っているので。」

然り気無い漣の言葉に、

凍り付いたように動きを止める提督。

「…あれ?もしもーし?」

漣は無線でも壊れたのかと一瞬不安になるが

無論、壊れているはずがない。

ただ、男が喘ぐように呟いた。

『…なんだと…?』

 

「…へ?」

首をかしげる漣達。当然だ。

今の言葉の何処に問題があるのだろう。

『…なんで…もっと早く…』

「あのー?」

『オイ。なんでそれを言わなかった?

俺は変わったことはないか聞いたよな?

何故言わなかった?…隠していたのか?』

捲し立てるように言う提督。

話が見えない。

何故彼は突然焦り始めたのだろう。

「…えーっと、待ってください。

私たちにも説明を下さいよ。」

『…ある出島…のような場所に、

孤児院のようなものがあった。

そこである子供達が暮らしていたらしい』

漣の質問に答えず、

独り言を呟くように男は語る。

「…?」

『その子供達はある日、

島を取り囲むようにして回り続ける

深海棲艦の群れのようなものを発見した。』

四人の視線は、自然と沖へ向かう。

島の回りをなぞるように、

円を描くように深海棲艦が泳いでいた。

『…だがその島に艦娘は居ない。

当時は、まだ艦娘、という存在が

全国に普及している訳ではなかったからな。

艦娘が置かれていたのは首都圏だ。

地方の、それも出島の孤児院なんぞに

置かれている筈がないからな。

…だから、不審にこそ思ったものの、

危害を加えてこないなら、

下手に刺激する方が不味い、と。

その島の人間は放置していたんだ。』

「…それで、どうなっ…」

『翌日、深海棲艦の大侵攻が行われたよ。

…生存者はたったの一名。

その一名を除いて、

そこにいた大人子供の区別無く、

全員が殺されたらしい。

生存者から話を聞いた大人達は、

深海棲艦の"ある習性"を発見した。

イ級などの艦が島の周囲を回るのは、

"獲物"を逃がさないようにするため。

近いうちに、

"ヒトガタ"の深海棲艦が

陸に侵攻を行う合図だと。』

「………」

『…これ以上その島に居るのは不味い。

すぐにうって出るぞ!!!!』

男が叫ぶようにして怒鳴る。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

潮が悲鳴をあげる。

「今の状態で交戦しても勝てません…!」

『そのままそこにいる方が不味い!

包囲網が突破出来なければどのみち終わりだ!』

怒鳴る提督。

心なしか冷静さを欠いているようにも思うが、

それでも言っていることは正論だ。

「…分かったわよ。」

「曙?!」

朧が信じられない、

といったような目で彼女を見る。

「やることは"いつも"と変わらない。

…そうでしょ?慣れっこじゃない。」

艤装を展開しながら、曙は言ってのけた。

そうだ。普段と何が違う。

…結局同じではないか。

『…悪いな』

「謝罪なんてされる筋合いはないわ。

…それで、どうするつもりなの?」

『撤退するしかないだろう。

ただ、まっすぐ鎮守府に向かっても

追い付かれるだけだ。

島や洞窟を経由しつつ撤退する。』

異論はない。

というよりも、それより他に策はない。

「…でも、この包囲網をどうやって…」

『無理矢理こじ開けるしかないな。』

この男はつくづく無茶を言う。

そんなこと出来るほどの力があるはずがない。

そう言おうとするが、

それより先に男が口を開いていた。

『やれるか?…"漣"』

「は?!」

思わず名前の主の方を見てしまう。

対する漣は至って冷静そのものだ。

「…成功率はーどんな感じでしょう?」

『五分五分、だな。

…お前でも厳しいかもしれんが…

他の奴にはもっと無理だろ?』

「…ですなぁ…それじゃ、成功させて

うんと褒めて貰いましょうかねっ!」

ガチャン、と艤装が展開された。

「まっ…!」

滑るような動きで、

一切の躊躇いもなく、

沖へと向かう漣。

…きっと自棄になってしまったのだ。

そんな曙の考えは、

次に起こった出来事が否定した。

悲鳴を上げながら轟沈するのは"深海棲艦"

「…え?」

「これが私達の"絆の力"って奴ですヨ」

桃色の髪を持つ少女は、

同じく頬を仄かに桃色に染めながら

振り向くと、はにかむようにして笑った

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『なんだよ…思ったより慕われてたな俺…』

「なっ…ちょっ…ばっ…

そんなこと言わないで貰えます?!」

提督のぼやきに反応し、

まっ赤になった顔で叫ぶ漣。

『いや…なんだかんだ、まだ

提督としては認められてないものだと…』

「…それ、本気で言ってるんですか?」

彼女の声のトーンがいくばくか低くなった。

『…お…おう…?』

「…嫌いなわけないじゃねーですか…

というかむしろ好…えっと…好ー」

『悪い…轟音で聞こえないんだが…』

「あぁもうなんでもねーですよ!!」

漣は赤い顔でパンパンと頬を叩く。

本当にどうしようもない…

曙の言葉を借りるなら、"クソ提督"だ。

「漣…あんたいつの間にそんな…」

曙は深海棲艦が沈んだ辺りを眺める。

いつの間にそこまで強くなったのだろうか。

というか、そこまで強いのならもっと早くー

『艦娘の出せる"本当の実力"ってのは、

提督との関係性に大きく依存する。』

「…え?」

そんなこと初耳だ。

『当然だろ。"艦"は自分じゃ動かねぇ。

艦を動かす奴が、

"提督"がいて初めて艦は動く。

艦娘だけで深海棲艦に勝てるのなら、

俺ら人間は今ごろ

内地に引きこもってるだろうよ』

「…だから俺に心を開け、と?」

不快げに訊ねる潮だが、

男は呆れたように返した。

『潮だったな…さっきから邪推し過ぎだ…

別に仲良しごっこに興じろ

と言うつもりはねぇよ

戦艦空母が良い例だ。』

どうしてそこで戦艦達が出てくるのだろうか

『…ん?もしかして知らないのか…?

アイツらとお前らの力の差は、

艦種によるものもあるが、

一番の理由は提督を認めているか否かだ。

お前らが"提督"という存在を

頑なに認めず拒絶するのに対して、

アイツらは"提督"という存在を

嫌ってこそいるが受け入れてはいる。

公私を分けている、とでもいうべきか…?

だからこそアイツらは、

一応、だが実力を引き出せるんだよ。』

「…っ!!貴方に何がわかるんですか!!

私達よりずっと優遇されてきたあの人達が!

"提督"を受け入れられるのは当然です!

何も知らない癖に知ったような口をー」

『いや、何言っているんだお前。

アイツらこそー…あぁ糞…

言い合ってる暇はねぇな…頼むぞ漣!』

「ほいさー!!」

漣が道を切り開き、三人は後に続く。

そんな中、

提督は誰にも聞かれないように呟いた。

『ままならねぇなぁ…』



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第七駆逐隊の死闘(中編)

『…おかしい』

無線からの声に反応し、漣が首を傾げた。

「どーしたんですか?」

『何故追ってこない…?』

「いやいや、振りきったんじゃねーですか」

ポリポリと頭を掻きながら言う漣。

だが、曙が口を開いた。

「いや、可笑しいわ。

私たちが振りきれる筈がないもの。」

「へ?」

『その通りだ。

正直、奴等が本気で追ってくれば、

逃げられない…という訳ではないが

それでも振りきれる筈がない。

これではまるで"故意に見逃された"様な…』

曙は無言だ。

だがその空気が、

自分も同じことを考えている、

と伝えてくる。

朧は脳を回転させた。

二人がそう感じたのなら、

恐らく自分達は見逃されたということだろう

…では何故、見逃されたのか。

考えながら思い返し、あることに気づく。

「確か…途中から」

もう死ぬだろうと感じた時が何度もあった。

その手が緩んだと感じたのは確かー

「あれは…まるで…

"私達が島に向かっているのを理解した"

瞬間に、退いていった様な…」

彼女がそう言った瞬間に、

漣を水柱が包み込む。

「…え?」

呆気にとられる全員。

前方から、深海棲艦の群れが

目を爛々と光らせつつ、此方を注視していた

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『…何だと?!』

無線から響く男の声が煩い。

曙は唇を噛み締めた。

これは自分達のミスだ。

後方に注意を払うあまり、

前方への注意を怠っていた。

島に向かわせるよう命令した男に、

文句がないわけではないが

どのみち島を経由しないルートならば

すぐに追い付かれていただろう。

つまり、これは…

「元々、詰んでいたって訳ね…。」

『漣…!!大丈夫か?!』

「はい~…油断しましたぁ…」

口調は軽いものの、苦痛が隠しきれていない。

机を叩いて怒鳴る提督。

『糞ッ…!!!俺のミスか…』

「…さっきから五月蝿いわね。

一々感情的にならないでもらえる?」

『あ…あぁ…すまん…』

ため息をつく曙。

全く、これでは新兵の初陣だ。

「悔やむなら指示を出してから悔やみなさい

今落ち込んだところで、

代案が出てくる訳じゃないんでしょ!」

『…あぁ…悪かった…

…これは…先回りされていた…?

読まれていたとしても…一体どうやって…』

「あの、えっと…」

潮が恐る恐る手をあげる。

「…何匹かが島の周囲を

グルグル回っています…」

『…は?』

「…それだけじゃないです。

ここから見える島は殆ど囲まれて…」

「…つまり、別にこいつらは

私達を狙ってた訳じゃなくて、

元々この島々を包囲していた所に、私達が

逃げ込んでしまった、という訳です…?」

漣が諦めたように笑った。

 

『そんな馬鹿げた話があるか…!?』

幾つもの島を包囲するなど、

群れとしての規模があまりにも大きすぎる。

それだけの規模があるならば、

小さな街など一瞬で殲滅できるだろう。

もしもそれら全てが同じ群れならば、

それこそ文字通り未曾有の事態だ。

幾つかの鎮守府と合同で、

それでもようやく鎮圧できるかどうか

怪しいレベルだろう。

そんな馬鹿げた勢力の群れが、

何故こんな辺境の小さな無人島にー

「考えている暇はないわ。

ここからどうするかを考えないと…」

『チッ…!島は使えねぇ。

なら…直接撤退するしかないか…!』

「…方向を変える!!

曙と朧は魚雷で威嚇!皆付いてきて!」

漣にしては珍しく真剣に吠える。

ふざける余裕がないのだ。

『クッソ…!!…いや待て?確か…!』

ごそごそと何かを探る音。

続いて男の声がする。

『…!そこから北西に天然のトンネルがある

そこまで何とかして逃げてくれ!!!』

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「…しつこいわね…ッ!!!このッ!!!」

『曙!!なるだけ魚雷は温存ー』

「そんな事言われても仕方ないでしょ?!」

あまりにも敵の数が多い。

多いだけでなく、しつこいのだ。

漣は前方から来る敵をねじ伏せつつ、

充分な警戒を払っている。

だが、前方から来る敵を捌きつつ、

全速力など出せる筈もなく、

彼女らの間の距離は段々と縮まってきていた

「…!あった!!ありました!あれです!!」

朧が声をあげる。

そちらの方を盗み見ると、

かなり遠方、巨大な岩で出来た島の中に

一本の糸が通されたような、

自然にできたトンネルがあった。

『単縦陣を維持しつつ潮を最後尾に!

そのまま速度を上げて一気に突っ切れ!』

…何故彼女を最後尾に持ってくるのだろうか

眉を潜めつつ速度を上げていく。

唐突に速度をあげたので、

深海棲艦達が慌てて速度をあげるが、

ほんの少しだけ差は開いた。

その最中だ。

『…それと潮は、

洞窟内で少し速度を落とし、迎撃だ。

ある程度数を減らしてくれ』

「…ぇ?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

曙が怒鳴る。

「じゃあ私で良いじゃない!

どうしてわざわざ潮を…!」

『何でって…』

「曙ちゃん…もう良いよ…」

一番彼への不快感を顕にしていたのは自分だ

だからこそ、最初に切り捨てられるのは当然

それが"提督"というものだ。

「あの、提督、潮ちゃんは…その…」

言い辛そうに漣が口を開く。

『…?』

漣が口をパクパクさせ、下を向く中、

朧がポツリと呟いた。

「…どうせ私たちは…けっかー」

「良いよ!!朧ちゃんッ!!!!」

お願いだから。

貴女の口からその言葉を言わないで。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「本当にお前らは使えねーな」

椅子に座りながら、

前任は苛立たしげに机を蹴った。

「………。」

「何とか言えよ。」

「…すみませんでした…。」

「すいませんじゃねぇんだよッ!!!」

机の上の物を投げつけられる。

「いっ…!」

「弾除けとしての役目も果たせねーのか?

…はぁ…もういい。部屋に戻れ。

これだから"欠陥品"は…」

「はっ…!失礼します…」

敬礼を返し、執務室を出る。

部屋に戻り潮は、その場に座り込んだ。

 

"欠陥品の第七駆逐隊"

この鎮守府の彼女らはそう呼ばれていた。

他の朧と比べてても、何故かすぐに疲労し

戦闘中だろうと満足に動けなくなる朧。

誰よりも怖がりで、恐怖により

足がすくんでまともに戦えない潮。

少しでも攻撃が当たったり、

絶望を感じると戦意を喪失する漣。

敵の攻撃を避けることが下手で

すぐに被弾し大破してしまう曙。

「何故うちの鎮守府の第七駆逐隊は

こんなにも欠陥品ばかりなんだろうな」

言い返す言葉はない。

実際、自分達は

他の"自分"と比べても一際性能が低く、

いわゆる"不良品"だったのだから。

幸か不幸か、漣は若干入手しにくく、

他のメンバーは

便利なストレス発散ができる"道具"として

毎日のように暴力の捌け口にされていた為

轟沈することも中々無かったのだがー

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

『…何か勘違いしてないか…?』

男の声で正気に返る。

「…分かっているわよ。

所詮欠陥品なのよ。私達は。」

曙が呟く。

「曙ちゃん…っ!」

「潮は戦えないのよ。提督。

…残るなら、私が残ります。

それで良いでしょう?

別に潮である理由なんてないじゃない」

『…本当に知らないのか…?』

「何よ。」

『この中で一番練度が高いのは誰だ?』

三人の目線が漣に集まる。

所属日数でも、今の強さを見ても、

彼女が一番練度が高いだろう。

「わ、私ですよネ…?」

『…潮、お前だ。』

「「「「うぇぇぇぇぇ?!?!」」」」

四人の声が重なる。

 

「え、いやなん…」

なんで、と言いそうになり、

曙は慌てて口を閉じる

だが、その疑問も当然だ。

彼女は一度も戦っていない。

ただ自分達の後ろで守られていただけだ。

何時だって。今だって。

それがどうしてー

『清掃期間にも関わらず、

真夜中に抜け出して

演習場を勝手に使う阿呆がいてな。』

笑うように男が言う。

「…え、…あ…」

心当たりのある彼女が小さく声をあげた。

思わず潮を見る三人。

『俺が出ていくと恐縮される。

邪魔するわけにもいかねぇ。

とは言え何か問題が起これば

すぐにでも飛び出せるように

ずっと陰から見てたんだが…

中々どうして、筋が良いんだな。これが。

動きに迷いがなく、

月に照らされた演習場を、

滑るように移動しては的を破壊していた』

かぁっと彼女の頬が赤くなる。

『なぁ、潮さんよ。

お前は一体なんのために

夜中に抜け出して練習していたんだ?

…それとも俺が見た潮は別人格か何かか?

今やらなくて何時やるんだ?』

「そ、それは…」

『俺はゲームが好きなんだがな

レアアイテムを手に入れると、

勿体なくて到底使えないタイプなんだ

使わないままとっておくうちに、

気が付きゃエンディングまで来ていてな

「あぁ、使っておけばよかったな」

「あの時使ってれば死ぬこともなかったし

あんなに苦労することもなかったな」

なんて後悔することなんざ何度もある。

…ゲームならそれでいいが現実は違う。

持っている力を温存して、

何かを失ったあとに

「あぁ、あの時使っておけば」なんて

どれほど後悔しても、

無くしたものは返ってこないんだよ』

「いい加減にしなさいよ!」

曙が割り込む。

「それはあんたの主観でしょ?!

少なくとも潮は戦えるような艦じゃー」

『潮が戦えるかどうかは

俺が決めることじゃない。

そして同時に、お前が決めることでもな。

他でもないお前が、

本人のことをやる前から

否定してんじゃねーよ。』

「…それは!」

それでは前任と同じだぞ。

そんな声が彼女の胸を貫く。

「やります。」

そんな曙を手で制し、

潮はしっかりとした声で呟いた。

「ちょっと潮?!」

「潮ちゃん?!」

洞窟に差し掛かるまでもうすぐだ。

悩んでいる時間はない。

…そして何より、

「…やれ、ます。」

瞳の中に、強い光を宿しながら、

潮は自身に言い聞かせるように断言した。

 

『…よく言い切ったな。潮。』

「…"提督"」

無線から誇らしげな声が聞こえる。

「…見られて…いたんですね」

『あ、いや…そのー…

ストーカーみたいな真似して悪かった…』

「見てくれて、いたんですね。」

『……はっ。そりゃそうだ。

お前だって俺の艦だからな。

…誰にも見られてないところで

一人でずっと努力を続けるなんざ、

相当な強さがないと無理だ。

…だから、潮。自分に自信をもて。

お前は俺の自慢の艦だ。

自分が信じられないなら俺を信じろ』

潮が感じるのは強い恐怖。

立ち止まり、待ち構えている間も

大量の深海棲艦が押し寄せるように

此方に向かってくるのは

恐怖以外の何者でもない。

…それでも。

そうだとしても。

「私は、強くなんてないですよ。」

『…そうか?』

何度だって誰かに庇われた。

戦えない自分のフォローをされた。

自分の身を呈してまで守られたこともあった

だから、ずっと。

ずっと考えていたのだ。

「私は、ただ。」

何時か、自分も。

ー自分の大切な姉妹を、守ってみたいと。

「ただ、皆を守りたかっただけです。」

 

護られるだけだった雛鳥は、

今や大きく羽化し、成長していた。

潮は、震える二本の足で立ちながら笑う

今度は自分が守る番だと。

一本の魚雷が、

先頭を走る深海棲艦の一匹に当たり

幾匹かの深海棲艦が宙を舞う。



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