機動戦士ガンダム「野獣の一年戦争」 (早起き三文)
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第1話「ルウム戦役」

  

「何か、やっこさん方に」

「何です、ヤザン隊長?」

「何やら、オモチャがいるらしいじゃねえか?」

 

 その隊長の言葉に、ラムサス・ハサはトリアーエズを調整するその手を止め、しばしの間考え込む。

 

「確か、巨人やらなにやらですか?」

「そう、それだ」

「単なる噂じゃないですかね、隊長」

「気に入らねぇな……」

 

 もっとも、彼ヤザン・ゲーブルがここ最近機嫌が悪いのは、いきなり地球連邦軍とジオン公国の戦争が勃発したからではない。むしろ逆だ。

 

「せっかくドンパチが出来るってのに、セイバーフィッシュが故障しちまったからな」

「トリアーエズでも、何とかやってみましょうよ、隊長」

「こいつは火力は悪くはないが、動きが単なる宇宙の衛星固定砲だ」

 

 そう言いながらため息をつくヤザンの気持ちはラムサスには解らなくはない。確かにトリアーエズという「宇宙戦闘機」は対費用効果を重視した挙げ句、単なる弾薬運搬機と成りはてている。

 

「せめて、セイバーフィッシュならばスイスイ動けるのだがね」

「そんな事よりも」

 

 その愚痴を言い合う男二人にとかけられる、凛とした女の声。

 

「早くトリアーエズの追加ミサイル、そして機動の調整を済ませてください」

「へいへい、解りましたよ……」

 

 一応はこのメイリーの方が、技術士官とはいえ階級が上に当たるのだ、ヤザンはその硬い肩を竦めつつ、トリアーエズの調整にと戻った。

 

 

 

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――――――

 

 

 

「ジオンの奴らもよ」

 

 ヤザンはトリアーエズの多弾頭ミサイルの確認を終え、出撃までにハンバーガーで軽く食事を取る。

 

「ハデにやってくれるが、気に入らねえ……」

「コロニー落としの事?」

「そうに決まってんだろ、メイリー大尉どの」

 

 やはりトリアーエズでは運動性に問題がある。メイリーに頼んで向上はしてもらったが、今度は推進剤の問題が出てきた。

 

「何をやらかすか、知れたもんじゃない……」

「戦略の事、それとも戦術の事?」

「俺だって、戦略と戦術の違いくらいは知っているさ」

 

 正直、戦略面では一個人であるヤザンが出る幕はない。単に彼が気にしているのは相手のなりふり構わないやり口と。

 

「ミノフスキー粒子か……」

「電子機器に多大な干渉を及ぼすって粒子ね」

「パイロットが、単なるミサイル運び屋で生涯を終えないって所では、歓迎すべきモンなんだが……」

 

 だが、トリアーエズにしろセイバーフィッシュにしろ電子機器、特にレーダーありきの戦いを前提とした宇宙戦闘機だ。

 

「それを封鎖するってことは、敵さんにレーダーに頼らない戦いが出来る……」

「でも、そんなこと言っても」

「ラチが空かねぇよな……」

 

 そう、苦笑いをしながらヤザンはバーガーの最後の一口を頬張り、その空き袋を「宙」にと放り投げる。

 

「ちょっと、整備の人が迷惑するでしょ……」

「いちいち細けぇ女だな、お前も」

「規則違反だし……」

「嫁の貰い手なくなるぜ、大尉?」

「もう!!」

 

 ヤザンにしてみれば、正体が解らない相手を前にした緊張を少しでもほぐそうと、馬鹿をやっているだけだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「敵、ジオンの戦力はガトルだけではあるめぇ……」

「だから巨人ですって、隊長」

「そうかい、ラムサス」

 

 棺桶、まさに電子機器が封鎖され外部モニターにとノイズが疾るトリアーエズのコクピットはその表現が似合う。

 

「自分の肉眼が頼りか……」

「俺のトリアーエズも、ミサイル機器に影響が出ています」

「落ち着けよ、ラムサス……」

 

 だが、そのヤザンにしてもほぼ初めての経験であるがゆえに、深くパイロット・スーツのヘルメット内で深呼吸をする。

 

「ジオンも、厄介な物をばらまいたもの……」

「隊長、接敵します!!」

「わかってるって……」

 

 先のコロニー落としでの戦いで人数割れを起こし、自分の部隊から二人もパイロットを引き抜かれたヤザンの機嫌は、やはりよくない。

 

「このウサ、戦いで晴らさせてもらうぜ!!」

「隊長!!」

「今度はなんだ、ラムサス!?」

「巨人です!!」

「へえ、あれが!!」

 

 巨人、有視界で見える緑色をした「人形」は確かにそう見える。例のミノフスキー粒子の影響で電子機器に完全な信用は置けないが、相対距離からして。

 

「大きさは約、二十メートルといった所か……」

 

 だが、その宇宙での相対距離を見誤ったのか、近くにいた別のトリアーエズ隊から火線が疾る。

 

「まだ、早い!!」

 

 ヤザンの悪態は射撃兵器の威力の減衰に対してついたものではない。そのような空気抵抗は宇宙には存在しない。存在するのは。

 

 フワゥ……

 

 命中率だ。

 

「身軽にかわしやがる、巨人め……」

 

 愚痴りながらも、ヤザンは内心その早すぎたミサイル発射については感謝している。相手の底知れない性能を、その回避機動で実感したからである。

 

「ラムサス!!」

「はい、隊長!!」

「敵からの反撃が来るぞ!!」

 

 バゥ!!

 

 始まった艦隊戦、それのビーム艦砲射撃をその背にしながら、その一機の巨人が持つ火器から、何かが発射された。

 

「マシンガン!?」

 

 その相手の手から発射されるのは、無数の「砲弾」であり、それが先程ミサイルを放ったトリアーエズ隊を襲う。

 

「大砲をあれほどのスピードで連射できるのか!?」

 

 驚愕するヤザンの視線の先で、トリアーエズ・コクピットのノイズに包まれたモニターにと次々、その僚機が撃破されていく。

 

グゥ!!

 

「よし、近づいた!!」

 

 だが、その光景を見ても闘志を失わないのがヤザン・ゲーブル、パイロット選抜実地試験でトップクラスの成績を叩き出した彼の真骨頂である。

 

「しかし、巨人さんの装甲は厚いようだ!!」

 

 ラムサスもヤザンに続けて多弾頭ミサイルを放ったが、その応急的に取り付けたミサイル群は想定の威力を発揮せず。

 

「あとはバルカンのみか、くそ!!」

「こちらにはまだ残り弾があります、隊長!!」

「一気に仕留めるつもりが……!!」

 

 

 火力が高いミサイルで撃破出来なかった物を、バルカン砲としては大口径であるがトリアーエズのそれで破壊出来るはずもない。その時。

 

 ズゥ……!!

 

「何だ……!!」

 

 ヤザン機からやや上方、そこに大規模な炎の球が出現する。

 

「まさか、核か!?」

 

 無意識の内に「巨人」が放った砲弾をかわしつつ、ヤザンはその光景に目を奪われまいと、必死で自機のコントロールに専念する。

 

「無線も通用しないか、どうするべきかな!?」

 

 ラムサスが最後のミサイル群をその巨人へと放ち、ヤザン機から敵の目を逸らそうとしている事に感謝をしつつも、ヤザンは状況判断に努める、が。

 

「よし、撤退!!」

「え、隊長!?」

「勝てねぇんだよ、引くぞラムサス!!」

 

 ミノフスキー粒子散布下ではどのみち母艦「サラミス」との連絡はつかない、またしても拡がった核の光を見やりながら、ヤザンはトリアーエズを急旋回させる。

 

 ズゥ……!!

 

 その隙を見逃さないとばかりに、先の巨人とはタイプが異なる、機体のあちらこちらに動力パイプを露出させた敵がそのヤザン達を追おうとするが。

 

「その一つ目、伊達じゃないだろうよ!!」

 

 トリアーエズから警報が鳴り響く位に負荷をかけた反転、それから続くバルカン砲の連射により、ヤザンはその「一つ目」の目を潰し、一矢を報いる。

 

「サラミス、無事であってくれよ……」

 

 「目」を潰された為に機体に異常をきたしたのか、照準がおぼつかない砲弾の連射をする巨人を尻目に、ヤザン達は独断で母艦へと帰投した。



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第2話「モビルスーツ」

「やあやあ、遠からん者は音に聞け……」

「何をやっているんだ、ヤザン少尉?」

「あ、ガディ艦長」

 

 小惑星の上にと乗り、鹵獲した「人形」でなにやら踊っていたヤザンは、自らが所属していたサラミスの艦長「ガディ・キンゼー」の声に、コクピット・ドアを開ける。

 

「もうすぐ、このザクもルナツーへ送るんだぞ?」

 

 それでも、せっかく入手した「モビルスーツ」に乗ってみたいというヤザンの気持ちは、ガディにも解らなくはない。

 

「いや、世の中は何があるかわかりませんな、艦長」

「戦争か、それとも?」

「このロボットですよ」

 

そう言いながら、ヤザンは待たしてもその「人形」の腕を振ってみせる。

 

「チャンバラが出来そうだ」

「遊んでないで、艦のセイバーフィッシュの手入れでもしてろ、少尉」

「抜けば飛沫をあげる、この刀……」

 

 鉄の廃材を振り回しつつ、その光景をサラミスの皆に見せつけるヤザンに対し、ガディも含めて艦の連中は悪い風には思っていない。むしろ痛快だ。

 

「ほらほら、降りろ……」

「ハイハイ……」

 

 無重力空間でガディからのヘルメット越しの「声」を聞きつつ、ヤザンは渋々と「ザク」から降りる。

 

「戦争に、決まり事が出来たんですってね、艦長」

「南極条約だよ」

「人殺しに規則とは、不思議なもんだ」

「それを言ったら、このザクも不思議な兵器だよ」

「まあ、な……」

 

 艦へと戻る途中、ヤザンは名残惜しげにチラリと。

 

「モビルスーツ、か……」

 

 ザク、ジオン公国が創り上げた新兵器の姿を実とみやる。

 

「あれから、もう何日も経つのか」

「ルウムでの敗北は忘れろ、ヤザン少尉」

「我ながら、よく生き延びたもんだな」

 

 後に聴いた話では、おびただしい数の軍にいた知人が帰らぬ人となった、その事を聞いたヤザンは自らの幸運にやや、驚いたものだ。

 

「しかし、戦争はまだ続いているな……」

「手柄を立てる機会もあるか、少尉?」

「それ以前に」

 

 宇宙基地ルナツーに程近いこの暗礁空域で鹵獲機のテストを行っていたヤザンの気持ちとしては。

 

「トリアーエズやセイバーフィッシュでは、コイツに勝てねぇ」

「もちろん、お偉方は連邦製のモビルスーツを開発しているさ」

「何しろ、装甲が厚過ぎるんだ」

 

 一撃で相手を倒せない兵器と、その一撃で相手を落とせる兵器との戦いでは、その有利不利は明らかだ。

 

「地球ではともかく、宇宙でこの巨人と他の兵器で戦うには、何か強力な武器を持った奴が必要だ」

「たとえば、ビーム砲か?」

「実験では、セイバーフィッシュのミサイルですら、一撃では倒せなかったと言うじゃねえかよ、艦長……」

 

 だが、その巨人をもってしてジオンは、近々地球を侵略するつもりらしいという事が、このサラミス級のクルー達の噂話にもなっている。

 

「連邦のモビルスーツとやらも、まだまだ完成しないんだろ?」

「そうだな……」

 

 プシュ……

 

 艦内にと入った二人の男は、その話題を続けながらハンガーデッキ、ヤザンの機体も配備されているその場へと向かう。

 

「しばらくは戦闘機や、陸の戦車で相手をするしかない」

「そうかい……」

 

 手柄を立てたい、戦いたいという気持ちはヤザンという男の心を強く占めているが、彼としても。

 

「互角の土俵じゃねえんだよな……」

 

 ハンガーにいたラムサスとメイリーが振る手に答えながら、彼ヤザン青年は険しい顔を崩さない。



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第3話「セイバーフィッシュVSモビルスーツ」

  

「ん?」

 

 その一撃をヤザンが避ける事が出来たのは、偶然か。

 

「ジオンか!?」

 

 はたまた、腕の成す技か。

 

「ラムサス、気を付けろよ!!」

「りょ、了解!!」

 

 とはいえ次弾が来ない以上、この宙域ではヤザン達のセイバーフィッシュ、それらには手の打ちようがない。

 

「次の弾で、相手を見るか……」

 

 セイバーフィッシュ、先のルウム戦役でのトリアーエズとは違い、幾ばくかの対ミノフスキー粒子対策が施されているこの機体にはある程度のモビルスーツ戦には対応できると。

 

「メイリーが言っていたが、さてどうなることやら……」

 

 ギュウ、ア……

 

「来た、しかし!!」

 

 その不明機からの次弾、それを寸前で回避したヤザンは、その砲弾が近接信管でない事に感謝しつつも、その「陽動」から続けて。

 

「甘いんだよ!!」

 

 発射された弾、それすらもセイバーフィッシュで回避したヤザン・ゲーブルの腕前は素晴らしいと言う他はない。

 

「隊長!!」

「おう、俺にも見えた!!」

 

 小さな岩石にその身を隠していたザク、それがその姿を表し、その手にしたマシンガンを向けた。

 

「させるか!!」

「古巣の連邦の奴らが!!」

 

 ミサイルを牽制として放ったセイバーフィッシュと、そのザクのパイロットらしき男の声、そしてマシンガンの徹甲弾が交差する。

 

「やるな、セイバーフィッシュ!!」

「こっちが一発あてても、向こうが一発でも当てることが出来れば俺がやられるとは、立場が悪い!!」

 

 ヤザンのセイバーフィッシュとそのザクが交差し、ヤザン機のミサイルがザクにと二度命中した事を受け、ザクのパイロットは。

 

「この、トーマス・クルツの撃墜星とさせてもらう!!」

 

 その自機、ザクのブースターを噴かし、ヤザンの機体を追いかける。

 

「ちぃ!!」

 

 その追いかけてくる、サンドカラーのザクとは違う、もう一機のザクをその目で見たヤザンは、ややに早口でラムサスにと指示を出す。

 

「ラムサス、味方への援助要請だ!!」

「りょ、了解!!」

 

 先程からヤザンの支援のために牽制としてミサイル、バルカンを出し尽くしてしまったラムサスは、その言葉を受けセイバーフィッシュをこの戦域から離脱させようとする。

 

「逃がすか!!」

「甘い!!」

 

 そのサンドカラーのザクとは別の機体、緑色のザクがヤザン機を無視してその弾薬を撃ち尽くしたラムサスを追おうとするが。

 

 ピィイ……

 

 レーザー誘導、ミノフスキー粒子下でも扱える事が判明したそのレーザービームに乗って、ヤザン機に一つだけ装備されていた対艦大型ミサイルが。

 

 ボフゥ!!

 

 見事にそのザクへと命中し、被弾したザクをほぼ大破させる。

 

「ちい、間抜けが!!」

 

 悪態をつきながら「サンドカラー」から放たれる徹甲弾、それをヤザンは機体の機動をフルに使いながら回避し。

 

「グゥ、ウ……」

 

 そのあまりのGによる苦痛、それに耐えつつ警報が鳴り響くセイバーフィッシュの機内でヤザンはどうにかその敵機を正面にと見据え。

 

 バッア!!

 

 残りのミサイルを断続的に放つ。撃破などは狙っていない。

 

「ラムサス、援軍はまだか!?」

「もう少しです、近くに……!!」

 

 そのラムサスの言葉は最後まで聞き取れない、ミノフスキー粒子の干渉もあるが、ヤザンとて余裕がない。

 

「ちょこまかと!!」

 

  急速接近を仕掛けられた敵機から振り下ろされる「手斧」を間一髪でヤザンは避ける。燃料計が危険信号を発しているなか、ヤザンはどうにかそのモビルスーツを振り払おうとするが。

 

「くそ、しつこい!!」

「戦闘機では、モビルスーツに勝てないんだよ、連邦!!」

「そうかい!!」

 

 推進剤を使いきる、その危惧がコクピット内のヤザンの顔を険しくさせる。

 

 ガゥ!!

 

「な、なんだ!?」

 

 その時、彼方からの砲弾がそのサンドカラーを大きくぐらつかせた。

 

「援軍、この火力は船か!?」

 

 だが、そのちらりと見やったヤザンの視線の先には。

 

「モビルスーツだと……!!」

「こちら、ギャリー・ロジャース!!」

 

 何か、ライフルのような物を構えたモビルスーツが、続けてその得物を構え。

 

「支援する!!」

「お、おのれ!!」

 

 どうやらそのライフルはザクの胴体へと、見事に直撃したようだ。その胴体から。

 

「お、覚えておけよ……!!」

 

 人影が、漆黒の宙にと浮かぶ。

 

「ここまでされた相手、ツラを拝みてぇが……!!」

 

 ついにヤザンのセイバーフィッシュも推進剤を切らし、そのまま彼は自機の予備燃料を使った姿勢制御に苦難している。

 

「ふう……」

 

 停止、それは宇宙戦闘機にとって下策ではあるが、他にどうしよもない。この慣性のまま明後日の方向に突っ込んで良いことなどはない。

 

「よお、連邦のモビルスーツ……」

 

 パイロットスーツのまま、宙域から離脱していく敵パイロットの姿を最後に確認してから、ヤザンは近くへと寄ってきたそのモビルスーツへ向けて。

 

「何て名前だ?」

「俺がか、それとも……」

「そのモビルスーツだ」

「ザニー、テスト用の奴だよ」

「へっ……!!」

 

 何やら、嬉しそうにコクピット内からその手を振り上げた。



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第4話「重力の戦線へ」

  

「そのザニーとやら」

 

 先の戦いで鹵獲したザクをどうにか動かしながら、ヤザンは模擬戦相手であるザニー、連邦製のモビルスーツの肩を軽く叩いた。

 

「あまり、良い機体ではないみてぇだな、ギャリーさんよ?」

「所詮はプロトタイプさ、ヤザン」

 

 それを言うならばヤザンが乗っているザクもどこかおかしい。他の鹵獲ザクよりも装甲が薄く、妙に脚が太いのだ。

 

「特に、動きが壊滅的だよ」

「それじゃ、良い的だ……」

 

 呆れ顔でそう言いながら、ヤザンは実験データ収集の為に、そのザニーの近くの宙域を泳ぎ回る。

 

「ヤザン隊長!!」

「おう、ラムサス」

「やはり、噂は本当でした」

 

 その模擬戦を行っている二機にトリアーエズで近づきながら、ラムサスは一枚の書類を、外部通信用のモニターの前にとかざす。

 

「自分達は、地球に降りるみたいです」

「そうかい、そうかい……」

 

 ジオンの地球侵攻作戦が始まってしばらくが経ち、宇宙基地ルナツー所属のヤザン達にも、その地球圏での戦況はかんばしくないと伝わっている。

 

「地球で俺達が乗る機体は、用意されているのか?」

「恐らくは、セイバーフィッシュをそのまま使う事になると思いますが……」

「地球でのアイツでは、モビルスーツは落とせないぜ?」

「なにやら、ジオンは戦闘機も投入しているみたいです」

「そうか、そうだったな」

 

 そのラムサスの答えに、何か面白くなさそうにヤザンは鼻を一つ鳴らしたきり。

 

「もうちょっと、コイツと遊んでやるか……」

 

 ザクの派生とも受け取れる機体、それの出力を上げた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「まさか、こんなことになるとはな……」

「あたしも驚いているわよ、ヤザン」

 

 地球の大地を踏みしめながら、ヤザンは目の前にとそびえ立つモビルスーツを、技術士官であるメイリー大尉と共に見上げている。

 

「それだけ、連邦はモビルスーツの実戦データを欲しがっている」

「まさか、あの鹵獲ザクが俺の乗機となるとは」

「もともとは、宇宙専用の機体だったみたいよ、ヤザン」

「ふぅん……」

 

 脚部に補助用ロケットを搭載したその「ザク」は、他のザクからの使えなくなった、部分部分のみのパーツも組み合わせて補修された物だ。

 

「これなら、ジオンの奴とも対等に渡り合えるかな?」

「OS関係の部分、それが上手く解明されていないの」

「出たとこ勝負、か……」

 

 どのみち、ヤザンにしても宇宙でこのザクに数日乗ったのみ、それに加えて得体の知れない「シミュレータ」で訓練を積んだのみである。素人と言っても過言ではない。

 

 ズゥ……

 

 そのヤザン機、それのすぐ近くの滑走路にラムサスのセイバーフィッシュが危なげなく着陸する。

 

「ヤザン隊長」

「おう、ラムサス」

「モビルスーツ、おめでとうございます」

「よせよ、危険な事には変わりはねぇ……」

「ハハ……」

 

 その苦笑いをするヤザンをよそに、ラムサスは連れてきたミデア輸送機へと何かを伝えた。

 

「マチルダ少尉、あれを」

「はい」

 

 ズゥ……

 

 そのミデアから降ろされた謎の物体、何か長大な棒のような物がトレーラーに引かれてヤザン機の目の前にと運ばれてくる。

 

「何だ、これは?」

「剣、質量兵器ですよヤザン少尉」

「おいおい……」

 

 その、ご丁寧に「鍔」まで作られた棒を機体外操作でそのザクの手にと取らせながら、ヤザンはそのマチルダ少尉達とややザクとの距離をおかせ、微かにそれを振ってみせた。

 

「ザクの持っている斧、ヒートホークだったか?」

「すみません、あれは調達出来ませんでした」

「あれの方がよかったかな……?」

 

 いくらモビルスーツ用の武器が開発されていないとしても、ヤザンの言う通りこれはひどい。

 

「あと、ザニーのキャノンを持ってきましたよ、ヤザン少尉」

「それなら助かるぜ、マチルダさんよ」

 

 そのキャノンもまた、トレーラーにと乗せられ運ばれてくる姿にヤザンは遠隔操作しているザクの動きを止め、その顔を微かに綻ばせる。

 

「そうそう、こう言うのが武器ってもんだ」

「俺もモビルスーツに乗りたいですな、隊長」

「言ってくれるなよ、ラムサス」

 

 セイバーフィッシュから降りてきたラムサスのその肩を軽く叩きながら、ヤザンは手持ちの煙草に火を付ける。

 

「どのみち、戦争が続けばお前も乗る機会があるさ」

「モビルスーツが戦いの主役になると、ヤザン隊長?」

「当たり前だろ、バカ」

 

 煙草から煙を漂わせつつ、ヤザンは沈みかけた夕日をその目で実と眺めた。

 

「時代が変わったんだ」

 

 その言葉、それにはその場にいる皆が実感している事だ。



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第5話「大潰走レース(前編)」

  

「くそ!!」

 

 いくら、熱砂の中でヤザンが駆るザクが敵モビルスーツを引き付けても、たかが一機の鹵獲モビルスーツではどうしよもない。

 

 ズゥ!!

 

 二回目の脚部ロケットにと点火し、再びのトップアタックをザニーから拝借した「120ミリキャノン」でジオンのザクにとお見舞いする。

 

「これで、二機目!!」

 

 ジオンの数機のザクも大破、とまではいかないが、そのキャノンの攻撃よって戦力を喪失し、戦線から去っていくだけでも、ヤザン・ゲーブルの戦果であると言えるであろう。

 

「ほらよ!!」

 

 そのロケットを噴出した後の自由落下中に、たまたま近くへといたジオンの戦闘機「ドップ」へと質量兵器をふるいながら、ヤザンは再び。

 

「俺も、そろそろ引き際だな……」

 

 今までキャリフォルニア・アリゾナ砂漠の戦線を維持していた陸軍、その主力戦車である「61式」の退路を、何とか確保しようとする。

 

 ボゥフ!!

 

 しんがり、それを勇敢にも努めていた61式からの火線はジオンのザクにしても決して無視は出来ない、しかし。

 

「引くぞ、レオン!!」

「了解、マスター隊長!!」

「61式の中が、オーバーヒートしてやがる!!」

 

 ドップ隊により砂漠の制空権まで確保されたとあっては、もはや万に一つも勝ち目はない。

 

「ラムサスも、無事に引いてくれたかな……」

 

 キャノンの残弾が残り二となった事にその顔を険しくしながら、地に降りたヤザンは戦況を見渡す。

 

「何、なーにやってんだアイツら!?」

 

 見渡した視線の先にはフラフラと飛んでいる連邦の制空戦闘機「TINコッド」の姿、キャノンをその肩に備えている変わり種のザクから、対空射撃を受けている。

 

「ちぃ!!」

 

 ヤザンへの撤退命令はまだ出ない、一応はヤザンとしても軍人である以上、勝手な後退は許されない。

 

 ドゥ!!

 

 三機いたTINコッドの内、一機が近接信管を取り付けてあると想像される砲弾によって破壊され、その残りの戦闘機をヤザンはキャノンにより。

 

「とっとと逃げろ!!」

 

 隊列を組んだドップ達から守ってやる。キャノンの残弾はついに残りゼロとなった。

 

「ヤザン機」

「こちら連邦ザク、撤退許可を!!」

「まだ踏みとどまってくれんか?」

「無理を言ってくれる!!」

「命令だよ!!」

「そうかい!!」

 

 だが、その命令を聞いたヤザンの頭に、何かが閃いた。

 

「ブーストロケットの残りはあと三、ならば!!」

 

 ドゥ!!

 

 しんがりの61式の火力が思っているよりも高い、弾幕が厚いと考えたヤザンは。

 

「そこの戦車隊の!!」

「マット、マット・ヒーリィだ!!」

「もう少し、持ちこたえてくれ!!」

「了解だ!!」

 

 ロケットに点火しつつ怒鳴り声を上げ、そのままヤザンは無用の長物となったキャノンを投げ棄てながら、大空高く飛翔する。

 

「うわ!?」

 

 質量兵器「ハンマーサーベル」で近くのドップを蹴散らしつつに、ヤザンは敵モビルスーツ隊の中核にと、大胆にも飛び入った。

 

「く、狂ったか!?」

「あいにく、正気だぜ!!」

 

 二本の角が付いたキャノン・ザクにとその「剣」をぶつけ、そのまま。

 

「突き砕いてやる!!」

「何の!!」

 

 ハンマーサーベルの先をそのモビルスーツにと打ち当てようとしたヤザン、しかし。

 

「何ィ、こやつ!?」

 

 その連続した「突き」を、そのキャノン付きザクはまるで予測したかのようにかわしながら。

 

「はあ!!」

「くそ、ジオンめ!!」

 

 ヒートホーク、高熱で相手の装甲を焼き切る接近戦用の斧でヤザンのハンマーサーベルを一刀に両断する。

 

「ちぃ、接近戦用の得物が!!」

「連邦がザクなど、生意気なんだよ!!」

 

 その罵声と共に振り下ろされるもう一機のザクからの斧。

 

「フン、ジオンの雑魚が!!」

 

 それに続き周囲のザクもヤザン機へと群がる。

 

「長居は無用ってか!?」

 

 何しろ、連邦のザクというだけでも目立つのに加えて、識別の為にヤザン機には白、黄、青のトリコロール・カラーが施されているのだ。完全な的であると言えた。

 

 ドゥ!!

 

 残り二発のブーストロケットを一気に点火し、ヤザン機は再びアリゾナ砂漠のよく晴れた、ドップ「共」が支配する真昼の空へと飛び立つ。

 

「ヤザン機、聴こえるか?」

「何だ!?」

「撤退を許可する……」

「遅ぇよ!!」

 

 自由落下中、後退していく戦車戦線を見やりながら、ヤザンは戦局が読めない指揮官に罵倒の声を上げる。



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第6話「大潰走レース(後編)」

   

 制空権が捕れていない以上、フライマンタやデプロッグなどの攻撃、爆撃機は戦場には出せない。かとかいって。

 

「機首が下がらねぇ!!」

「ヤザン隊長、ドップが!!」

「少しはお前でなんとかしろ!!」

 

 ヤザンのように、無理に宙空両用戦闘機「セイバーフィッシュ」で無理に敵モビルスーツを狙おうとする。それが出来るのはごく一部のパイロットのみだ。そもそも。

 

「61式の部隊、撤退は出来たのか……?」

「ミデアで操縦者のみは運べたようです!!」

「戦車を置いていくだと、そんな話は伝わっていないぞぉ!?」

 

 指令部自体が混乱の色を帯びている事もあり、空軍と陸軍との連携もとれていない。ヤザン達の部隊にしても。

 

「バカやろう、ミサイルをやたらと撃つなTINコッド!!」

「どのみち、二発しかねぇんだ!!」

「爆風でザクが見えなくなるんだよ!!」

「生き残っていたら、お前覚えていろよ!!」

「俺のザクが故障していなければ、こんなことには……!!」

 

 戦闘機であるのに、陸軍のヘリコプター部隊所属という妙な位置付けである。

 

「フライマンタはもうないの!?」

「支援を、支援を!!」

 

 そもそもが攻撃機はともかくとして、爆撃機というのが攻める為に使われる品物なのだ、またしても敵のドップ戦闘機によって制空権を捕られつつあるこのニューヤーク戦線においては、先のキャリフォルニアに続いて連邦は撤退を余儀なくされている。

 

 ボゥ!!

 

 駆逐戦車とてして投入されたファンファン・ホバークラフトを蹴散らしながら進むザクの群れを、どうにか追加の投入が間に合ったフライマンタ達と共に、ヤザンは迎え撃つ。

 

「ラムサス、左端の奴の気を引け!!」

「了解!!」

 

 そのラムサス機から放たれたバルカンによってその「首」を上げたザク、そのモビルスーツに向かって。

 

 バゥ!!

 

 ザクの首の根っこ、それを向かってバルカンを撃ち放ち、その機体を行動不能とさせる。

 

「隊長、ドップが!!」

「わかっているよ!!」

 

 編隊を組んだドップ戦闘機、しかしそのドップ達をTINコッドの部隊が持ち受けたが為に、ヤザンは自身の身に強烈な「G」をかけるような機動をしなずにすむ。

 

「助かったぞ、TINコッド!!」

「キャリフォルニアで、助けてもらったからな!!」

「そうかい、その時の奴か!!」

 

 フライマンタが奇妙な体勢のモビルスーツ、敵ジオンの攻撃機にと乗ったザク達によって叩き落とされる中で。

 

「こちらヤザン・チーム、戦線が抑えきれねえ!!」

「ザ・ザニーの線まで後退しろ!!」

「了解!!」

 

 一際目立つ、深紅の塗装が施されたザク。それを機体上部にとドッキングさせた攻撃機達が互いにフライマンタと61式を破壊していく中、ヤザンは機体出力を上げ。

 

「こんなウサギ狩り、下らねぇな……」

 

 ジオンの赤い敵機から放たれる愚痴が混線する、無線からの余計な言葉を無視しヤザン達はセイバーフィッシュを後退させる。

 

 ドゥ!!

 

 味方の遠距離からの砲撃、おそらくは数機いる「ザニー」達の攻撃であると思われるが、その目印ともなってしまうザニー達に対して。

 

「引け、ザニー共!!」

 

 そのヤザンの声も空しく、ジオンの戦車と思われる異形の戦闘車両がそのザニー達にと反撃を加える。その合間をぬって、もはや連邦の悪夢と言うべきジオンの巨人、それが。

 

 ザクゥ、ザク……!!

 

 重い足音を響かせながら、破棄された61式を踏み壊しながら、ファンファン・ホバークラフトを破壊しながら。

 

「ジオンのクソ野郎が!!」

「うわぁ、助けて……!!」

 

 対モビルスーツ歩兵を蹴散らし、TINコッドとフライマンタを撃ち落としながら、セイバーフィッシュを落としながら、その歩を進める。

 

「ザニー隊が全滅しました!!」

「中佐、我々も引くぞ……!!」

 

 前線指令部の後退は戦闘の敗北を意味する。その後退するビッグトレー陸上戦艦をヤザンはその目で見やりつつに。

 

「負け戦だぜ……」

 

 暗い、独り言を繰り出している。

 

「ヤザン隊長、ヒマラヤ艦に着艦許可が出ています」

「ああ、ラムサス……」

 

 潰走、その言葉が似合う連邦軍を尻目に、今日ジオン軍はニューヤークの占領を完了した。



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第7話「新入隊員たち」

  

「カタリーナ軍曹であります!!」

「気に入らねぇな……」

「ハッ!?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 チーム・ヤザン、ベルファスト基地で新たに編成されたその部隊への新入隊員、その彼女に向かって。

 

「何か、ヤザン隊長?」

「いや、別に……」

 

 何か、面白くなさそうに彼はくわえた煙草の煙をゆらす。

 

「先の節、キャリフォルニアとニューヤークではありがとうございました、ヤザン少尉」

「おう……」

 

 ヤザンと大して歳は変わらないと思われる青年、TINコッドのパイロットであった彼が。

 

「これからよろしくな、ダンケル・クーパーとやら」

「ハッ!!」

 

 ややに機嫌の悪い、ヤザン・ゲーブルにとその手を差し出した。

 

「一応は、この私の部隊なのですからね、ヤザン少尉」

「わかってますって、メイリー大尉どの」

「なら、いいけど」

 

 とはいえ、ヤザン隊と正式に名が決まっている以上、彼ヤザンがこの部隊の実質的な隊長なのは違いない。単にメイリー大尉は彼の独断専行気味な性格に釘をさしたのみだ。

 

「ヤザン隊長」

「ラムサス、あの例の御仁は?」

「今、このベルファストのハンガーで隊長を待っています」

「全く……」

 

 煙草の火を付けたまま「歩きタバコ」を行う彼に他の連邦兵が眉をしかめるのも気にせず、ヤザンは。

 

「向こうから来いっての……」

 

 基地のハンガーへと、その足を運ばす。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ヤザン、こいつに乗ってみないか?」

「だがな、ギャリー」

 

 上半身のみ、台座に載せられている連邦製のモビルスーツを見やりながら、ヤザンは宇宙で世話になったパイロット「ギャリー・ロジャース」へと軽く手を振ってみせる。

 

「これじゃ、シミュレータの方がマシじゃねえか?」

「まあ、見てろ……」

 

 そう言いながらギャリーはその「モビルスーツもどき」のコクピットにと入り、そのドアを解放させたまま。

 

 ギュウ……!!

 

 モビルスーツもどきの手、それを大きく振ってみせる。

 

「何でも、歩行システムがまだ未完成なんだとよ、ヤザン」

「だから、上半身だけ完成か」

「宇宙ならば、無理をすれば実戦配備も出来るようだが」

 

 しかし、宇宙に出せるといえども手足がなければ姿勢制御に推進剤を使わざるをえない。モビルスーツの手足は「ばたつかせる」ことで態勢を維持する役割もある。伊達の手足ではないのだ。

 

「でもよ、ヤザン」

「ん?」

 

 タバコの火を消し、懐からカロリーバーを取り出して口にと放り込むヤザンの元へ、ギャリーがその歩を進める。

 

「あの、お前がもらった高機動型ザクはどうなったんだ?」

「高機動型ザク?」

「そういう名前らしい、ルナツーで聴いた」

「ふぅん……」

 

 カロリーバーを口の先でブラブラとさせながら、ヤザンはそのギャリーの言葉に対して、とぼけたように。

 

「どうなったんだっけなあ……」

「おい、貴重な鹵獲機だろう?」

「ジェネレータが壊れて、ザニーの物と交換するとか言っていたな」

「ザニーのはザクの核融合よりも性能が悪いぜ、それで動くのか?」

「知らねぇ、と……」

 

 その首を振り、ヤレヤレといった風を見せるギャリーを無視し、ヤザンは夕食を取ろうと。

 

「いくらジオンにやられていても、メシにはありつけるんだよな……」

 

 空いた腹を抱えつつ、妙な所で感心をしながら食堂へと向かった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おい、カタリーナ」

「ハッ、隊長」

「オメエ、出身は中東の方だろう?」

 

 カレーライスを食べながら、ヤザンはたまたま相席となったカタリーナ、彼女の肌の色や仕草をみて、そう推測する。

 

「どうなんだ?」

「それをいったら、隊長も……」

「当たりだ、正解だ」

 

 何か気落ちするような事でもあったのか、ヤザンの席の隣にいるラムサスは黙々と唐揚げを食べている。別にヤザンは詳しい事は聞かない。

 

「あまり、良い思い出がある故郷ではないけどな」



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第8話「続く敗北」

  

「良いザクだな、こいつは……」

 

 頭部に「角」がついているザク、それにと乗りながら、ヤザンはその機体の手に持つヒートホークを、出力させないまま軽く振る。

 

「動きが素直だよ、ギャリー」

「なんでも、そいつは」

 

 奇跡的にも無傷で入手したザク、それは誰にあてがわれるか、または試験用に使われるかは分からないが、どうやら。

 

「指揮官用のザクだという事だ、ヤザン」

「ふぅん……」

 

 他のザクとは違う、特殊な調整が行われたザクだということだ。

 

「もしかして、ジオンの赤い彗星とやらが乗っているザクか?」

「かも、しれん」

「へへ……」

 

 そのギャリーの言葉を受け、またしても嬉しそうにヤザンはヒートホークを振ってみせた後。

 

 トゥ……

 

 ザク、モビルスーツのコクピットから昇降用ロープを伝いながら身軽に降りる。

 

「まあ、この人形もまた」

 

 そう言いながら、ヤザンはそのザクの隣にと立つ、噂では「高機動型ザク」と呼ばれるその愛機へと視線を向けた。

 

「騎兵隊カラーに塗られるのかな?」

「味方からの誤射はたまらんだろう、ヤザン?」

「俺の専用であるこのザクの色、あまり好みではないのだがね……」

 

 別にその「陸戦用・高機動型ザク」のパイロットがヤザン・ゲーブルのみと決まっている訳ではないが、以前にラムサスを始めとするパイロットに乗らせてみた所。

 

――こんなヘンテコな物、ヤザン隊長にしか乗れませんよ――

 

 ザニーから派生したモビルスーツ・コントロールシステム自体は戦闘機と戦車の折衷であり、正規の訓練を受けたパイロットであればすぐに習熟出来るものではあるが、このヤザンのザクは元から余りにも特殊であるらしい。

 

「まあ、ともかく」

 

 真夜中のハンガーデッキ、しんと静まったその空間の中でヤザンは高機動型ザクへのタラップを上がり、そのコクピットにと入り込みながら。

 

「せっかく配備された、100mmとやらを試してみる機会もあるさ」

 

 

 

――――――

 

 

 

 ヨーロッパ戦線もオデッサ、地球有数の鉱山基地をジオンに占拠されて以来、そのジオン勢力圏は徐々に周辺の地域へと浸透している。

 

「連邦の汚らわしい色合いのザクめ!!」

 

 だが、そのジオン軍に対抗せんとして、ゲリラと化してでも徹底抗戦の構えを見せている物達も存在した。

 

「くそ!!」

「どうした、ヤザン!!」

「100mmがジャムった!!」

 

 そのヨーロッパの森林の中で孤立した部隊の救援、それが今回ヤザン達にと与えられた任務である。

 

 ザァ!!

 

 ギャリー・ロジャースのザクが素早くヒートホークを振るい、敵のザクを脅えさせた所に。

 

「二丁目、いくぞ!!」

 

 背部ラックから新たな100mmマシンガンを取り出したヤザンが、そのザクに止めの弾丸をお見舞いする。

 

「61式隊、連邦ザクに続け!!」

「しかしエイガー、砲弾がねえ!!」

「ちくしょう!!」

 

 ゲリラをやっている部隊の補給線はすでにジオンによって切断され、航空戦力どころか戦車、そして軍用ホバークラフトすらおぼつかないような状態だ。それゆえ。

 

「一機、撃墜!!」

 

 ジオンの攻撃機を破壊するラムサス達のセイバーフィッシュですら、充分な戦力となりうる。その攻撃機から飛び降りたザクを、ヤザンは。

 

「はあ!!」

 

 脚部ロケットで勢いを増したキック、それをもって森の木々ごと蹴り飛ばす。

 

「さすが、ヤザン隊長のコマンドサンボ!!」

「そうなのですか、ラムサスさん?」

「俺とてカラテをやっているが、ヤザン隊長には勝った試しがないよ、カタリーナ」

 

 別にモビルスーツはパイロットの肉体能力をトレースするOSは積んでいないが、それでも四肢をもつ以上。

 

「はあ!!」

 

 ヤザン、そしてギャリー・ロジャースと同じように、キックにより牽制位は出来る。

 

 バッバ……!!

 

「くそ、また故障だ!!」

「あと100mmは残り何個だ、ヤザン!?」

 

 武器交換の隙を狙ってきたジオンのザクを鹵獲品であるザク・マシンガン、それの 片手撃ちで威嚇をしながら、このヤザン隊の「嘱託」となっているギャリーは、機体を動かしながらヤザンにと尋ねた。

 

「何個かって!?」

「あと、最後の一つの!!」

「ヒートホークは!?」

「動かねえ、さすが模造品!!」

 

 慣れない、整備不良の機体で奮戦しているヤザン達を、カタリーナとダンケルのフライマンタがミサイルをもって支援する。

 

「ヤザン隊長!?」

「何だ、女!?」

「カタリーナです!!」

「どうした、カタリーナ!?」

「敵の数は少ないです!!」

「それだけかよ、くそ!!」

 

 そのカタリーナ軍曹が言った少ないというのは、おそらくモビルスーツだけの事であろう。まだまだ森林の中に垣間見れるジオンの戦闘車両は数多く。

 

 ボゥ!!

 

「く、くそ!!」

 

 どうやら、ジオンの一人乗り用ホバークラフトにより、脚部に吸着爆弾を取り付けられたギャリーのザクが大きくよろめく。そしてヤザンの得物である100mmが。

 

「ちくしょう、またジャム・アンクルだ!!」

「何だよ、ヤザン!?」

「手持ち火器が無くなっちまったって事だよ!!」

 

 弾丸の排出不良を起こし、苛立ったヤザンがその100mmマシンガンを、手近なジオン戦車に向かって投げ飛ばす。

 

「敵さん、様子はどうだ!?」

「引いてはくれるみたいですが……!!」

「ですが何だ、ラムサス!?」

「遠目に、ジオンの陸戦艇が見えます!!」

「ちくしょう!!」

 

 歩行が困難になったギャリーのザクを自身の肩にと抱えながら、ヤザンは。

 

「聴こえるか、戦車達!?」

「こちらエイガー、聞こえるぞ!!」

「燃料の続く限り、ジオンの勢力圏から引け!!」

「そのザクで何とかならなかったのか!?」

「すまねぇ、無理だ!!」

 

 そう怒鳴り散らしながら、武装無しのヤザン機は脚部ロケットを使い、どうにかジオンの増援から距離を置こうとする。

 

「撤退、撤退だラムサス達!!」

「了解だ、隊長!!」

 

 そのヤザンの叫び声は広域無線を伝い。

 

「ひたすら逃げろ、逃げるんだよ俺達エイガー隊は!!」

 

 そのエイガーと名乗った戦車乗りが所属する部隊にも、強く響く。



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第9話「アグレッサー実証試験」

  

「本当に模擬弾なんだろうな、アアン?」

 

 複数の61式から放たれる「模擬砲弾」を身軽に回避しながら、ヤザンはコクピットの中で。

 

「ふむ、ギャリーめ上手くやる」

 

 隣で同じく、戦車からの砲弾をかわし続けているギャリー・ロジャースのザクの姿にとその目をやる。

 

「一ダースなら、安くなるっと……」

 

 どこかで聞いたその言葉、それを口ずさみながら、ヤザンはまさにその「一ダース戦車」からの砲弾を、ただひたすら回避し続けた。

 

「ヤザン機、二発命中」

「なるほど、こんなもんか」

 

 メイリー大尉のその声に答えながら、ヤザンは軽く疲労を感じ始めている。何しろ朝からずっとアグレッサー機、仮想敵の相手を演じ続けているのだ。

 

「明日には、空からのアグレッサーもやらなくてはならねぇ……」

「ギャリー機、六発命中」

「おいおい……」

 

 そのギャリーの被弾レートに、ヤザンはザクのコクピット内で軽く苦笑する。

 

「腕が落ちたか、戦車の弾は直線的だぜ?」

「このザク、脚が完全に直っていないんだよ、ヤザン」

「だから、ザク・ライトアーマーという名まで付けられるほど、装甲を落として軽くしたか」

「実戦には、多分使わん事を祈りたいね」

 

 確かに、もしも61式の戦車弾が実弾であれば、ギャリーのザクは蜂の巣になっていた事だろう。

 

「最後の仕上げよ、ヤザン少尉」

「へいよ、メイリー大尉」

 

 そのメイリーからの言葉の後、一ダース戦車の指揮官がハッチから身を乗りだし、手旗信号を他の戦車にと送り。

 

 ボゥ……!!

 

 その原始的な知らせを受けた61式が、一斉に模擬弾をヤザン達へと浴びせる。

 

「61式の砲弾は、ザクのマシンガンよりも弾速が遅いと聴いていたが……」

 

 とはいえ、ミノフスキー粒子散布下といえども、電子機器がマヒしたハイテク・システム戦車といえども、砲弾による弾幕は有効であることが。

 

「よし、撃ち方止め!!」

 

 手旗信号を送り続ける、エイガー隊長の指揮の元、証明はされている。

 

 

 

――――――

 

 

「何か、ザニーとは違うみたいだな」

「ジム、それがこの機体の名前」

 

 ラムサスがゆっくりとその歩を進ませるモビルスーツ、それを見上げながら、ヤザンは隣にと立つメイリーに機体の名を教えてもらう。

 

「もっとも、これが制式採用される事はないと思うけどね」

「見た感じ、悪くはねぇと思うが……」

「この先行量産型はコストが高くて、その上」

 

 ヤザンとしては、その目前にとそびえ立つ、滑走路を踏みしめたジムとやらは、どこか武骨な感じがして気に入っているのだが、どうやら。

 

「陸上専用なのよ、これは」

「なるほど、な」

「地球での戦線を維持するために、急造されたモビルスーツよ」

「そうかい……」

 

 タバコを吸いながらそう解説するメイリーによれば、そういう事らしい。

 

「先がねぇか」

「それでも、今は」

 

 ドゥ……

 

 ラムサスが慣らし操縦を終え、降りてきた後に。

 

「次は俺が乗りますよ、ラムサス先輩」

「壊すなよ、ダンケル」

 

 次には待ってましたとばかりにダンケルがその「ジム」のコクピットへと乗り込む。

 

「宇宙では使えなくても、このようなモビルスーツが必要」

「そうだな……」

 

 そう言いながら振り向いたヤザンの視線の先には、ザニーにと乗るカタリーナの姿がある。

 

「たしか、あのザニーは明日のアグレッサー試験で破壊される予定だったっけな、メイリー?」

「あなたのザクと同じくね」

「ヤレヤレ……」

 

 正直、ヤザンにしてみればなかなかに愛着が湧いてきた「鹵獲機」なだけに、その上層部の決定には不満があるのだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「よーし、良いぞ!!」

「はい、ヤザン隊長!!」

 

 陸戦型高機動ザクにと乗っていたカタリーナが、そのヤザンからの通信の言葉を受け、タラップを伝いながらそのザクから身軽に降りる。

 

「ダンケル、お前もザニーから降りな!!」

「解ってますって、隊長!!」

 

 ヤザンのザクとザニーを標的とした「攻撃、爆撃機連携実証実験」は終わり、いよいよ。

 

「こいつで見納めか」

「そうですよ、ラムサスさん」

「言ってくれるね、カワイコちゃん……」

 

 軽く汗をかいているカタリーナ、彼女にラムサスが「コナ」をかけるのは初めてではない。彼女がヤザン隊に入ってから、ずっとの事だ。

 

「イチャついてくれちゃってよ、ナア……」

「妬いているんですか、ヤザン?」

「メイリー、俺はいまそれどころじゃねえって……」

 

 何しろ、しばらくの間付き合ってくれたザクを破壊されるのだ、その複雑な心理に加え。

 

「やはり、一ダースか……」

 

 三機掛ける四の菱形の編成、どうやらそれが空軍が導きだした、飛行部隊による対モビルスーツ戦術なのだろう。

 

 ギォ……!!

 

 フライマンタが前列の九機、そして純粋なる爆撃機デプロッグ三機がその後ろにと付き。そのままザクとザニーに向けて。

 

「あばよ、ザク……」

 

 絨毯爆撃を仕掛ける。その凄まじい爆撃の後には。

 

「まったく、見事に……」

「やられちゃいましたね、ヤザン隊長」

「全く、気に入らねぇな……」

 

 苦笑しながらそのザクだった物を見やるヤザンの心境は、やはり複雑である。

 

「後は、これが机上の空論で無いことを祈るのみ……」

「よお、あんた……」

「あん?」

 

 そのどこか軽薄な声に振り返ると、そこには一人の美青年が立っている。

 

「さっきまで、あんたの隣にいた美人は誰だい?」

「メイリーか、しらんな」

「それと」

 

 フワゥとその男は髪をなびかせ、そのまま人差し指を。

 

「あの子は」

 

 ラムサスの「口説き」をいなしている女パイロット、カタリーナにと向ける。

 

「カタリーナか?」

「可愛いね」

「口説くんなら」

 

 無愛想な返事ではあるが、愛機が破壊されたばかりである。ヤザンの機嫌が悪いのは当然だ。

 

「俺に許可なんか求めんなよ……」

「レディキラーとして、ね」

「レディだかボディだか知らんが、今の俺に話しかけんな」

「ヒュウ……」

 

 その空気を読めない男を尻目に、ヤザンは早足でこの場を去っていく。気晴らしにギャリーの顔でも拝もうと思ったのだ。



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第10話「ヤザンの懸念」

  

「本当か、その話?」

「そりゃあ、もうヤザン少尉」

 

 目の前のテーブルにと座る、将来はジャーナリストになるのが夢だという少年、通信兵ベルカの話によれば。

 

「何か、物凄いモビルスーツを連邦は開発しているそうですよ」

「凄いモビルスーツねぇ」

「強力なビーム砲を手に持っているとか……」

「眉唾ものだな」

 

 ビーム砲は確かにほぼ、あらゆる装甲を貫ける反面、その保持には大きな規模の装置が必要とされる。

 

「まあ、本当であってほしいがよ……」

「コルベットの乗り心地で、まだ機嫌が悪いので、隊長」

「うるせえ、ダンケル」

 

 モビルスーツを無くし、新たなセイバーフィッシュでもあてがわれるかと思いきや、ヤザン・ゲーブルの乗機となったのはコルベット、謎のデッドスペースが内部に存在している戦闘機である。

 

「あの新型戦闘機、どれほどのもんか……」

「しかしですな、隊長」

 

 唐揚げをたべながら、ダンケルの隣の席にいるラムサスが口をもごもごとさせながら、その指で何やら人の姿のようなものをなぞった。

 

「隊長が先行型ジムをあえて乗らないと決めたからには……」

「おめぇらにも、慣れさせておかねぇとな、ラムサス」

「俺としては、ありがたいですがね……」

 

 ヤザンだけがモビルスーツに習熟するのはバランスが悪い、そうモビルスーツのOSエンジニアであるメイリーからの言葉を受け、ヤザンは。

 

「たとえば、俺一機のモビルスーツで全てが解決すればこれほど痛快なことはねぇが、それほど……」

「甘くないのではないのでしょうか、ヤザン隊長」

「解ってるって、カタリーナ……」

 

 ヤザンとて、一応はチーム・リーダーてしての自覚はあるのだ、先程仕事に戻ったメイリーの言葉を聞くまでもなく。

 

「チームとしての、底上げをしてぇ……」

 

 先行量産型と呼ばれているジム一機、そして運用試験により使い古したザニー数機として、体裁は整っているものの、不安要素を抱えている彼は食事、ハンバーグをつつくフォークがあまり進まない。

 

「まあ、何とか」

 

 このチームの補助要員として加わっているギャリー・ロジャースの存在は心強いが、それでも。

 

「やってみますかってね……」

 

 出たとこ勝負になることを、隊長としてのヤザンは危惧している。

 

「隊長も最近、あまり暴れられないから……」

「何か言ったか、ラムサス?」

「いえ、別に!!」

 

 本来なら、戦闘機乗り時代に「野獣」とアダ名された戦いをしたいのだ、ヤザンという男は。

 

 

 

――――――

 

 

 

「思ったより、抵抗は少なかったな」

 

 大出力戦闘機「コルベット」を駆るヤザンは、上空からジオンの小部隊と戦っていた自分の部隊達の戦いぶりを見やった後、そのコクピット内で首を傾げて見せる。

 

「敵さん、ジオンの数はそれなりにあった気がしたが……」

 

 ヤザンも敵ドップ戦闘機と空中戦を繰りひろげたが、数発コルベットからのミサイルを放ったのみで、敵が勝手に退却してくれた。

 

「ギャリーのザク、そしてラムサスのジムが良い動きをしてくれたせいもあるがな……」

 

 それでも、ザニーからの支援を受けながらジオンのモビルスーツと接近戦を行っていたギャリー達。彼らと交戦したジオンの部隊の引いたタイミングは早すぎる。

 

「罠かな、しかし……」

 

 一応、ヤザン隊所属のミデア輸送機にと乗っているメイリーと相談して、追撃を取り止めたヤザン達ではあるが。

 

「何か、ジオンに問題でも起こっているのか?」

 

 交戦したジオン部隊からの火線がやけに少ない。その事にヤザンは妙な不気味さを感じ始めていた。



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第11話「イェメンの地へ」

  

「この100mmマシンガン、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

 以前に高機動型ザクにと乗っていたとき、その100mmの排出不良で痛い目にあっていたヤザンとしてみれば。

 

「いろんな部隊からのデータ、それをフィードバックさせてあります」

「そうだといいがね、メイリー大尉どの」

 

 あまり、それを命を掛ける道具にしたくはない。

 

「今日は私の誕生日ですよ、ヤザン中尉」

「女が歳の事をいうとな……」

「何か?」

「縁起が悪ィ……」

 

 そう言いながら、ヤザンはこの部隊にと配備された二機目の陸戦型ジムの姿を実と見やる。

 

「たしか、ミデアにはもう一機ジムが入っていたな?」

「あっちは本格量産タイプのジムですよ、ヤザン中尉」

「なら、それも使いてぇが?」

「それが、駄目なんですよ」

「なぜ?」

「未完成極まりなく、特に運動系統が壊滅的です」

「フン……」

 

 だったら、そんなもん持ってくるなとヤザンは言いかけたが、別に彼女メイリーの責任ではあるまい。それよりも。

 

「そいつのジム、それの手に持っているビーム兵器とやらは、本当に使えるのか?」

「ビームガン、今後のジムの標準装備です」

「別に連邦の開発部を信用していない

訳じゃないがよ……」

 

 それでも、ヤザンはここまでハイスピードでビーム兵器が開発出来た事に、やや不審の心を抱いている。

 

「俺のジムのビームサーベルだったか、それも大丈夫なのか?」

「鋼板を試し切りした時とか、ラムサスさんのサーベルとかち合わさった時に、その性能は実感できたのでしょ?」

「やはり、ジオンの奴等とやり合わない限り、完全な信用はおけないなあ……」

「疑い深い人」

「うるせぇ、大尉どの」

 

 

 

――――――

 

 

 

「イェメンねぇ……」

 

 正直、その生まれ故郷には良い思い出がないヤザンではあるが、命令は命令である。

 

「しかし、よくここまでジオンに見つからずに来れたもんだな、ベルカ?」

「あの噂、本当みたいですね」

「何だ?」

 

 アラビア半島めがけて黒海付近の基地から飛び立ったミデア隊、眼下に雲の海が見えるその風景を眺めながら。

 

「何だ、噂ってのは?」

「ジオンは補給線が伸びきってしまい、目が届かない所が出てしまっている、との事です」

「へえ……」

 

 ヤザンは頬杖をつき、ベルカ少年兵の言葉に聞き入っている。

 

「もしかして、先の戦闘でのジオン、弾薬がなかったのかもな」

 

 その数機いるミデア隊の前方にはTINコッドとセイバーフィッシュ、そして新型戦闘機であるコルベットの姿が見える。

 

「こちら、テキサン・ディミトリー隊」

「こちら第八輸送部隊、どうぞ」

「可愛い君の名は、お嬢さん?」

「マチルダ・アジャン、もうすぐ結婚するわ」

「そりゃ、残念」

「報告をお願いするわ、セイバーフィッシュのパイロットさん」

「目前に敵影なし、どうぞ」

 

 この輸送団の護衛を務めている戦闘機部隊からの通信に、ミデア隊のリーダーは笑って受け答えをした。

 

「こちら、マチルダ・アジャン」

「はいラムサスだ、どうぞ」

「もうすぐ、イェメンの基地に着きます」

「了解」

 

 その言葉を受け、ヤザンとは別のミデアにと乗っていたラムサスは、ダンケルとカタリーナとのカードゲームを止め、その背筋を伸ばしながら。

 

「ヤザン隊長、ヤザン隊長」

「おう、ラムサス……」

「もうすぐ、イェメンに着きますってよ」

「そうかい……」

 

 律儀にも隊長、ヤザンにと通信を入れる。

 

「ベルカ、おめぇにもモビルスーツの荷下ろし、手伝ってもらうぜ」

「僕はホバートラックの方で手一杯ですよ、隊長」

「そうだっけな?」

「新型の索敵通信車です、クーラー完備ですね」

「そりゃ、羨ましい」

 

 無論、ヤザン達モビルスーツのパイロットや戦車乗りにも冷却ベストが支給されているが、正直あまり着心地が良くない。何か資金面での「ケチ」の影響が出ているのだろう。

 

「新たな戦場か……」

 

 昔いた地で新たなる兵器「モビルスーツ」でまた戦いの場にと戻る。その事に妙な因縁を感じてしまうヤザンである。

 

 

 

――――――

 

 

 

「地球か……」

 

 新しく授与されたモビルスーツ、ザク砂漠地帯仕様の動作チェックを行いながら、トーマス・クルツは。

 

「意趣返しとは、この事かな?」

 

 僚機、ザクキャノンと打ち合わせをしつつ、胸ポケットにしまってある家族の写真にと、その手を触れる。

 

「おい、ラッツリバーの補給はどうなってやがる!?」

「すみません、まだ……」

「早くしろ!!」

 

 そう、整備員に怒鳴りつけながら、彼はモビルスーツにと乗り。

 

「補給が滞ってやがる……」

 

 舌打ちをしながら、目標となっている基地の詳細、それを示した地図にとその目を凝らした。



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第12話「熱砂激闘(前編)」

  

「ゲフッ!!」

 

 やはり、ケバブを口に含んだまま走ったのはまずかった、しかし激しくむせるヤザンを急かすかのように。

 

 ウゥウ……!!

 

 夕焼けに赤く染まる砂漠の基地にと、ジオン襲来の警報が鳴り響く。

 

「ラムサスはもう出ているのか!?」

 

 ミデアで到着して数時間でこの有り様である。タイミングの悪さに悪態をつきながら、ヤザンは。

 

 ドゥ!!

 

 いくつかの爆発音が鳴り響くなか、自機「陸戦型ジム」の元へと走る。

 

「敵に航空機の姿がみえねぇ、どういう事だ?」

 

 しかし、その疑問にとらわれている暇はない、先程着陸したばかりのミデア輸送にと飛び乗ったヤザンだが。

 

「しまった!?」

 

 そのミデアはもぬけの空である、輸送機を間違えたのだ。

 

「これは、メイリーがいっていた不良品のジムのミデアだ、しかし」

 

 その、白を基調とした色彩をしていたジムの姿はみえない、その事にも疑問を覚えたヤザンではあるが。

 

「ええい!!」

 

 何も考えない事にし、薄暗い中で慎重に自分の機体が置いてあるミデアを目指す。

 

 

 

――――――

 

 

 

「よし、一機撃墜!!」

 

 陸戦型ジムの一号機にと乗っているラムサスの目の前で。

 

 ズゥ……

 

 ザクがビームサーベル、ビームを刃状に形成する接近戦用兵器によってその身体を引き裂かれる。

 

「凄いな、このビームサーベルとやらは!!」

 

 一度、ザクのヒートホークと鍔迫り合いをしたが、その時でも相手を押しやることができ、その上フェイントを織り混ぜる事が出来たのだ。

 

「俺だって、ヤザン隊長に負けてねえ!!」

「そうかい!?」

 

 だが、その一瞬の隙を突かれ、他とは変わった武装をしているザクが砂地を滑るように走り。

 

 ザォ!!

 

 その手に持つヒートホークをラムサスの機体へと押し当てる。その攻撃により僅かに損傷したラムサス機に向かい、彼方より。

 

「砲撃か!?」

 

 その遠距離からの砲弾、それがラムサス機と共に。

 

「くそ、動け!!」

 

 ダンケル・クーパーが無断で出撃させたジム、本格量産タイプの先駆けだというその機体に次々と爆風が付きまとう。

 

「だめだ、このジムでは!!」

 

 大型の盾を扱い、その他のザクからのマシンガンを防いでいたダンケルであるが、ラムサスの陸戦型ジムとは違い砂漠という地形に適応出来ていない様子だ。それでも。

 

「くそ、それでもやってやる!!」

 

 カタリーナのザニー、そしてミデアを護衛していた戦闘機群からの支援を受けながら、ダンケルは調整が甘いビームガンにて、敵のザクを狙い撃つ。

 

 バァウ!!

 

 その動きが鈍いダンケルとは裏腹に、ギャリー・ロジャースが駆るライト・ザク、ザク・ライトアーマーは大盾を構えながら、夕陽が映える砂漠上空へと高く飛翔し、今ヤザン・チームが保有している最後の鹵獲品、ザク用バスーカで果敢にトップアタックを繰り返す。

 

「何て数だ、ヤザン隊長はまだか!?」

 

 ラムサスの陸戦型ジムは砂漠でも脚を取られない、自動でバランスを調整してくれているOSであるらしい。だが、それでも波状攻撃を仕掛けてくるザクのミサイルが、その脚にと装備されている弾頭の波がラムサス機にと迫り来る。

 

「うわぁ!?」

「ダンケル!?」

「ビ、ビームガンが!!」

 

 先程から発射方向が出鱈目な方向に向かっていたダンケルのビーム、それがいきなりビームの集束を失ったと同時に爆発を起こし。

 

「連邦のモビルスーツめ!!」

 

 大型のヒートホーク、敵機が両手で構えているその大振りな斧がダンケル機をその盾ごと振り払う。

 

「とどめだ!!」

 

 ジャア!!

 

 しかし、その大型ヒートホークは突如として飛び込んできた陸戦型ジム、それの手に握り締められたビームの刃によって遮られる。

 

「ヤザン隊長ですか!?」

「逃げろ、ダンケル!!」

 

 ビームサーベルの出力は安定、相手の大型格闘兵器に負けてはいない。

 

「やるな、連邦!!」

「砂漠用のモビルスーツか!?」

「何、その声!?」

 

 そのまま相手のザク、それが一歩引き、巨大な夕陽から放たれる光に染まった再度の斬撃がヤザンを襲う。

 

「貴様、宇宙で聴いた声だな!?」

「そのサンドカラーのザク、あの時の!?」

「そうか、そういう事か!!」

 

 またしてもステップを踏んだザクが、その腕からミサイルを放ちつつ。

 

「このトーマス・クルツ、骨のある相手と会えて嬉しいぜ!!」

「そうかい!!」

「貴様の名は!?」

 

 そのミサイルを回避したヤザンに向かって、懐から何か手榴弾のような物を投げつけた。

 

「もしや、ヤザン・ゲーブルか!?」

「知っているのか!?」

「先の通信で聴いた、その上俺が連邦にいた頃には有名だった!!」

 

 ボフゥ!!

 

 手榴弾による爆発、それがまともにヤザン機を襲い、大きく陸戦型ジムがよろめいた隙に。

 

「ジオンに亡命して、良かったぜ!!」

「給料にでも釣られたか、アアン!?」

「俺が楽しきゃ、どっちでもいいのさ!!」

「ハハ、アァ!!」

 

 降り下ろされた大斧、それをヤザンは機体の身を捻ってかわし、その脚を大きく振り上げる。砂漠の礫砂が二機の周囲へと舞い。

 

「違いねぇ、元連邦さんよ!!」

「トーマス・クルツだといってんだろ!!」

 

 僅かにそのザク、砂漠用の機体の目を眩ました隙に、再度ヤザンはビームサーベルを薙ぎ払う、牽制だ。

 

「ヤザン!!」

 

 上空からの声、その声と共にギャリー機のバスーカがトーマス・クルツの機体にと命中した。

 

「くそ、ヒートハルバードが!!」

 

 その一撃をトーマスは、大斧の柄に付いてある小盾である程度には威力を軽減したが、機体は無傷とはいかない。

 

「このデザートタイプ、良い機体ナンだがな!!」

「邪魔をしやがってよ、ギャリー!!」

 

 それでも、ヤザンは特に騎士道精神などは持っておらず、サーベルで相手のコクピットを狙ったが。

 

「おらよ!!」

 

 ザク・デザートタイプの腕からのミサイル、それがヤザン機の頭部付近にと命中する。

 

「おおっと!?」

「また会おうぜ、ヤザン・ゲーブル!!」

 

 パゥア、ア……!!

 

 そのトーマス機から信号弾が上空にと上がると、そのザクは撤退を開始した。が。

 

「ザクキャノンからの火力が高くなってきてるぜ、ヤザンさんよ!!」

 

 上空でセイバーフィッシュを操りながら支援をしていたディミトリーが、その火力支援が増してきた事を伝えると同時に。

 

「航空部隊と、陸戦艇も見える!!」

「ホウ!!」

 

 その言葉、無傷ではないはずのヤザンはどこか嬉しそうに返事をする。

 

「楽しめそうだぜ!!」

 

 そう言いながらヤザンはビームサーベルを格納し、背中の100mmマシンガンを構え始めた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「各部隊に通達!!」

「何、ベルカ!?」

 

 改良型ザニーで支援砲撃を行っていたカタリーナは、その通信兵ベルカの言葉に耳を傾ける。

 

「敵にも、味方にも増援が接近中!!」

「何、そのあやふやな言葉!!」

 

 確かに不明瞭極まりないその伝達に、彼女はコクピットで軽く舌打ちをした。



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第13話「熱砂激闘(後編)」

  

「これが連邦のクローン技術とやらか?」

「ああ、そうだな」

 

 特殊光学迷彩服にその身を包んだ男たちは。

 

「それ、善は急げだ」

 

 外での陽動作戦が終了しない内に、急いで基地の機密が納められている場所から立ち去った。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ロイ、後は頼むぜ!!」

「おう、任せろ!!」

 

 後退したトーマス・クルツ機と入れ替わるようにして、砂上スキー器具にと乗っているザクが、ヤザン達の元へと迫り来る。

 

「ラムサス、俺の後につけ!!」

「了解!!」

「ギャリー、お前もだ!!」

「解った!!」

 

 射程距離外から100mmを牽制として放ちつつ、ヤザンは仲間たちにと陣を組むように伝える。そのヤザン達の上空から、カタリーナ機によって撃ち落とされた攻撃機、それからザクが飛び降りてくる。

 

「ダンケルは避難したか、ラムサス!?」

「したようです、隊長!!」

「よし!!」

 

 その落とされたザクの背後には、砂上スキーに身を任せている砂漠用ザクと数多のジオン製戦車、そして。

 

 バゥ!!

 

 もちろん、お馴染みの「ザク」の群れが、ヤザン達を目掛けて襲ってくる。

 

「まずいな、ヤザン」

「じゃあ逃げるか、ギャリーさんよ?」

「それも出来ないだろ……!!」

 

 そう愚痴をこぼしながらギャリーは盾、脆弱な装甲をカバーするためのジム用大盾を構えつつ、ジオン軍勢の先頭機へとバズーカを発射する。

 

 ザァ!!

 

 その先頭機は砂上スキーを切り離し、そのまま腕部からヤザン達に向かってミサイルを発射する。それをヤザンは小型盾を使い捨てる覚悟で叩き落としつつ。

 

「本日二度目、骨のありそうなジオン!!」

「このロイ・グリンウッド!!」

 

 ザク・デザートタイプのヒートホークと自機のビームサーベルで鍔を合わせた。

 

「地の理を活かした戦いなら負けん!!」

「今日は俺の御褒美の日だな!!」

 

 ボゥ!!

 

 そのヤザン機達の背後でラムサス機とギャリー機は敵戦車と射撃戦を始めだし。上空では、これまたお馴染みのドップ戦闘機とテキサン・ディミトリー達との戦いが始まる。

 

「味方増援、到着!!」

 

 そのベルカ少年兵の声は余裕のないヤザン達には届かない、その代わりに。

 

「連邦のモビルスーツです!!」

「何ぃ!?」

 

 陸戦艇、それにと大出力戦闘機コルベットにと吊るされたジム達が、空中から攻撃を加える姿が基地のカタリーナ達の目に止まる。

 

「どこの部隊……!?」

 

 この基地の他にはイェメンには名が知れている基地はない。ザニーの砲弾が尽きた事もあってか、カタリーナはコクピットを開き、望遠鏡でその増援部隊達の姿を確認しようとする。

 

「完成度の高そうなジムに見えるけど……!!」

 

 その通り、そのコクピットに吊るされたジム達は、少なくともダンケルが乗っていたジムの完成品とも見てとれた。そのまま彼女カタリーナは望遠鏡をヤザン達にと向け。

 

「凄い、ヤザン隊長……!!」

 

 一瞬で手を出そうとした一機のザクを切り倒し、そのまま敵のエースと格闘戦を繰り広げるヤザンを見て、カタリーナは感嘆の声を上げる。

 

「こちら、陸戦艇ギャロップ!!」

「くそ、ラッツリバーが切れた!!」

「聴こえているか、グリンウッド!?」

「聴こえている、撤退か!?」

「作戦は完了した!!」

 

 ドゥア!!

 

 夕闇が迫る中、基地の61式も支援にと回り、その砲弾による弾幕がジオンを圧倒し始めた。

 

「また会おう、連邦のエースよ!!」

「まだ、俺はもの足りねぇな!!」

「ならば!!」

 

 突然のザクからのキック、それを身軽にかわしたヤザン機ではあったのだが。

 

「くそ、脚が!!」

「笑ったようだな、連邦!!」

「このベンケーの泣き所、見抜いていたか!!」

 

 先のトーマス機との戦いで、ヤザン機は機体内部にと異常をきたしていたのだ。

 

「ヤザン隊長!!」

 

 ラムサスが振り払ったビームサーベル、それを敵のザクは身軽にかわし。

 

「さらばだ!!」

 

 そのまま、砂漠用ザクは手榴弾を数発、ヤザン達にとばらまく。

 

 バゥ、ア!!

 

 その手榴弾はギャリーの大型シールドにより防がれたが、その衝撃でギャリー機ライト・ザクは大きく吹き飛んだ。

 

「敵が撤退していくぞ!!」

 

 上空のセイバーフィッシュ達の声がヤザン達の機体内へ響くと同時に、ジム達が。

 

「テネス隊、撤退する……」

 

 連邦の不明機、コルベット・ジム達もまた、ジオンの陸戦艇からその身を引く。

 

「何もんだ、奴等は……?」

 

 頓挫した陸戦型ジムから見上げるその味方不明機達の中にも煙を噴いている機体もある。陸戦艇か戦闘機か、やはり無傷という訳にはいかなかったようだ。

 

「敵支援部隊も、撤退していきます……」

 

 その通信兵ベルカの声を聞くまでもなく、キャノン付きザクや戦車隊が退却していく姿がヤザン達にも見えた。

 

「追撃、できねぇだろうな……」

 

 悔しそうにそう呟くヤザン。彼の言葉の通り、味方で力を温存しているのは61式戦車隊のみである。相手には「ザク」が大勢いたのだ、つまり。

 

「引いてくれた、か……」

 

 その壊れかれたライト・ザクにと乗るギャリーの言う通り、今回の戦いはまさしくジオンが「引いて」くれた戦いである。いくらヤザンが戦いを望んでいても。

 

「まだ、連邦のモビルスーツは完成品じゃねえ……」

 

 モビルスーツ技術はジオンに、一日の長があるのだ。



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第14話「ヴァースキという少年」

  

「ヴァースキだと?」

 

 久々の休暇である。特に両親の墓参りににも行こうという気にもなれず、ただイェメンの街中をブラブラとしていたヤザンは。

 

「お前のような小僧が、連邦の使いっぱしりをしているのか?」

「悪いか、ヤザン兄ちゃん?」

「兄ちゃんって、おい……」

 

 連邦内でしか伝わらない符合をこの目前の少年、歳の頃は十五、六歳と思われる彼が知っていた為に、連邦の密偵をしているのは確かだとは思ったが、それにしても。

 

「俺の弟は、すでに死んでいるぜ」

「でも、兄ちゃんは兄ちゃんだ」

「訳がわからねえ……」

 

 全く意味不明な事を言うこのヴァースキという少年を前にして、ヤザンはどうしていいか対応に困る。

 

「まあ、喫茶店にでも入らねぇか?」

「じゃあね……」

 

 そのヤザンの言葉などは全く無視をし、ヴァースキ少年はそのまま駆け足で街の街路を去っていく。

 

「何なんだ、全く……」

 

 何か、キツネに摘ままれたような気分となってしまったヤザンは、気分転換の為に。

 

「コーヒー、一つ」

 

 露店で、飲み物を注文する。

 

 

 

――――――

 

 

 

「てな、事があったんだが」

「変な話だな、ヤザン」

 

 菓子を摘まみながら、ギャリーはそのヤザンの今日の出来事に、軽く笑ってみせる。

 

「で、連邦の伝言とは何だったんだ?」

「それがな、ギャリー……」

 

 ソファーに寝っころびながら、ヤザンはそのヴァースキと名乗った少年からの伝言を。

 

「この前の基地襲撃、それに関わったジオン兵を発見したら、連れてこいって話だ」

「捕虜って事か?」

「に、しては曖昧だ」

「うん、しかしなヤザン」

 

 自身もあまり納得してはいないが、一応ギャリーにも伝えた。

 

「何か、この前の戦いで基地に敵の特殊部隊が侵入したそうだ」

「その関係かな……?」

「だろうな」

 

 律儀にも食べ終わったスナック菓子の空き袋をゴミ箱へと捨てにいった後、ギャリーは。

 

「ちょっと、ジムのシミュレータで遊んでくる」

「何か機嫌が悪くないか、お前」

「その基地の秘密やら何やらと関係しているかどうか知らんが、憲兵から取り調べを受けてね……」

「ふむ」

「まあ、俺達とは関係がない話だとは思うが」

 

 そのまま立ち去っていくギャリー・ロジャースの後ろ姿を見やりながら、それでもヤザンは。

 

「俺の死んだ弟の名を語る、アイツは何もんだ……?」

 

 偶然の一致かもしれないとは感じつつも、ヤザンは死んだ双子の弟の名を語る少年の顔が、頭から離れない。

 

 

 

――――――

 

 

 

「このモビルスーツ達も、手酷くやられているな」

「別にあなたのせいじゃない、ダンケル」

「わかってはいるが、カタリーナ……」

 

 それでも、先程から整備員達を手伝い何とかジムを直そうとしているダンケルにカタリーナ。

 

「構造上の問題が……」

 

 そのジムの状態を、メイリー少佐は自分を納得させるかのように声にと出しつつに、記録を録っている。

 

「このコルベット、ジムと合体出来るんだって?」

「そうみたいですよ、ラムサスさん」

「ふぅん……」

 

 ベルカ少年のその言葉に、どこか感心したようにその首を振るラムサス・ハサ。

 

「連邦のお偉方も、別に無能という訳ではないようだな」

「でも、ラムサスさん」

「ああ、ああ……」

 

 しかめ面をしながら、ベルカ少年が指を指した先には一機の大型戦車の姿。

 

「さすがに、あれはコルベットじゃ運べねぇよな……」

「ガン・タンクというモビルスーツらしいです」

「戦車だろ?」

「いや、書類上ではモビルスーツだと、この基地の整備の方が言っていました、ラムサスさん」

「しかし、な」

 

 そう言いながら苦笑するラムサスの気持ちはベルカにも解らなくはない。確かにそのガン・タンクとやらは戦車を大型にしたような形状をしている。

 

「カウンターウェイトが付いてある所を見る限り、気が利いているんだかいないんだか……」

 

 その時、基地の整備員からラムサスの陸戦型ジム、それの調整を行って欲しいという言葉が天井スピーカーを通して、ハンガー内へと伝わり。

 

「ちょっと、行ってくる」

「はい、ラムサスさん」

 

 ラムサスはベルカとの話を止め、早足で自機の元へと向かった。



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第15話「トレーニング・ジーン」

  

 教習用モビルスーツとして配備されたジムではあるが、ヤザンがダンケルを鍛えるつもりで使ってみた所。

 

「よーし、いいぞダンケル!!」

「ハッ!!」

「よし、降りるぜ……」

 

 決して悪い機体ではない、むしろ素直な操縦系統は、連邦初のモビルスーツ「ザニー」よりもジオンのザクのそれに近い。ザニーがあまりに試作タイプに過ぎたのだ。

 

「もうそろそろ、この基地の連中に乗り方を教える時間です、隊長」

「ラムサス、お前が出来るか?」

「はい、大丈夫だと思いますが……」

「では、やってみろ」

 

 未だにこの基地には本格量産タイプのジムは配備されていないが、それでも上の人間は、いずれの事を考えているのであろう。

 

――他の基地の連中にも、このトレーナータイプのジムが先行配備されているらしいですよ――

 

 情報通である通信兵ベルカによれば、この教習用ジムがすでにいくつか量産されている、らしい。

 

「一応、ヤザン隊長が教えるのが筋じゃないですか?」

「俺はすぐに怒鳴るからよ、新兵がかわいそうだろ、カタリーナ?」

「まあ、確かに」

 

 今日はやけに暑いため、薄着であるヤザンとカタリーナはそう言い合いながら、互いに軽く肩を竦め合う。

 

「トレーナーの中の方が、涼しいんだけどな……」

「もう少し我慢しろ、ダンケル」

「はい……」

 

 先程ヤザンとダンケルが入っていたトレーナータイプのジムには、豪勢にもクーラーが完備されていた。彼ら二人は訓練を積んでいる時も薄着であったが、そのお陰で肌寒くもあったのだ。

 

「こんどは、暑いぜ……」

 

 額に浮いた汗をその腕で拭いながら、ヤザンはラムサスが指導している基地の新兵、そのパイロットが操縦するジム・トレーナーの動きを実と見やる。

 

「ん?」

 

 その時、基地のハンガーの方からもう一機の教習用ジムが、その黄色い姿を表した。

 

「もう一機、あったのか?」

「さあ……」

 

 ヤザンのその声に、ダンケルは軽くその首を振ってみせる。

 

「ヤザン・ゲーブル中尉!!」

「おや……」

 

 そのジム・トレーナーから響いた声、それにヤザンは聞き覚えがあった。

 

「まさか、あの」

「一手、ご指導願います!!」

「ヴァースキとかいう小僧か?」

 

 パイロットだったのか、ヤザンはそう軽い驚きを感じながらも。

 

「よく、わからねぇが……」

 

 ラムサス達にと、ジム・トレーナーを貸してもらうようにと、大声を張り上げた。

 

「何もんなんですかねぇ……?」

 

 ラムサスと基地の新兵が降りてくる姿を見つめながらポツリと呟いた、そのダンケルの言葉にはヤザンは何も答えない。そのまま。

 

「銃器はもちろん、サーベルもない」

 

 ただ単にモビルスーツの操縦技術を競う、そういう事だろうとヤザンは何とか解釈する。

 

「ご苦労、ラムサス」

「気を付けて下さいよ、隊長」

「うむ……」

「ガキらしいが、得体のしれません……」

 

 そのような事はラムサスに言われるまでもなく、ヤザンには解っている。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ヤザンが少しジム・トレーナーの拳を振り上げた所、それを寸前でかわした彼ヴァースキの動きを見て。

 

「悪くはない……」

 

 素直にヤザンはそう感じる。ヴァースキがそのお返しとばかりに繰り出した前蹴りを見てもだ。

 

「むしろ、ガキのくせにどこでこんな技術を身につけたんだ?」

 

 無言でモビルスーツの「格闘技」を放ち続けているヴァースキ、そしてそれを同じく無言で捌き続けているヤザン。彼らの乗るジム達をラムサス達は無言で見つめ続けている。

 

「変な戦いだ……」

「そうですね、ラムサスさん」

 

 そのラムサスとカタリーナの言う通り、その無言で、黙々と手合わせをしているジム・トレーナー二機は不思議な空気を砂漠の地にと醸し出している。

 

「あっ……」

 

 任務が終わり、見物に来たベルカとメイリーの目の前で、ヤザン機がヴァースキの機体のバランスを大きく崩させ、そのまま。

 

 ズゥ、ン……

 

 ヴァースキ少年の機体は、砂地へと倒れこんだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「結局、あの小僧……」

 

 イェメンの地にと浮かぶ満月を見つめながら、ヤザンは一人タバコを吹かし続ける。

 

「あの戦いの後、俺に顔の一つも見せなかったな」

 

 近頃、禁煙でもしようかとも考えていたヤザンではあるが、頭にと少年の事が浮かび続けている為、それを振り払うのにヤザンはタバコにと頼る。

 

「ヴァースキ、か」

 

 明後日の休暇には弟の墓参りでもしよう、そう思いながらも、ヤザンは再びタバコにと火を付けた。

 

「もっとも、アイツには墓石もないがな……」



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第16話「基地攻め」

  

「紅海を渡った先か」

「その先のジオンの基地、そこを攻めるみたいです」

「ふむ……」

 

 自機「陸戦型ジム」の様子を見やりながら、ヤザンはメイリー少佐からの言付けをその耳へと入れている。

 

「こんな、俺達だけで基地攻めが出来るのか、メイリー少佐どの?」

「テキサン・ディミトリーの部隊も支援に加わるそうですが……」

「それでも、だよ」

 

 話によればそのジオンの基地はごく小規模な品物らしいが、まがりなりにもモビルスーツは配備されているだろう、それに。

 

「そんなちっぽけな基地を攻めて、どうするんだ?」

「話によれば、前にこの基地を攻めた部隊が持ち去った物、それが納められているらしいです」

「なんなんだよ、それは一体……」

 

 ヤザンがその基地攻めに疑問を持つのは当然であるが、命令は命令である。

 

「それに」

 

 ミデアに運ばれるジム達の最後の確認をしようと、ヤザンがその場から離れる為に脚を動かした時。

 

「連邦のモビルスーツ特殊部隊と、共同の作戦らしいです」

「特殊部隊、だと?」

「はい」

 

 メイリーが放ったその言葉、それにヤザンはその脚を止め。

 

「この前の、あのコルベット・ジム隊です」

「……」

 

 その言葉に、ヤザンは腕を組みながら実と考える。今一つ不気味な感じがしたのだ、あのジムの部隊には。

 

 

 

――――――

 

 

 

「下調べは出来ているみたいだな」

 

 ディッシュ、汎用偵察機が礫砂漠にと並んでいる姿をその目で見ながら、ヤザンは新しく配備された陸戦型ジムの武装のリストをヒラヒラと振ってみせる。

 

「あの、特殊部隊のお陰ですよ」

「フン……」

 

 そのベルカ通信兵の言葉に、ヤザンは面白くなさそうにその鼻を鳴らしてみせた。

 

「良い装備を優先的にもらっているみてぇだな」

「コルベット・ジムの事でしょうかね?」

「気に入らねぇ……」

 

 二人が見つめるその先には、高出力戦闘機「コルベット」を機体にと潜り込ませたジム、ややに薄い空色のジム達の姿が見える。

 

「そのテネス・A・ユング隊長って人から」

 

 ベルカ少年の声にすぐには答えず、ヤザンは武器リストとその「ジム群」の姿を交互に見つめ続ける。

 

「あの、ヤザン隊長」

「ん?」

「テネス隊長って方から」

「ああ、悪ぃ……」

 

 陸戦型ジム用のバズーカやミサイルランチャーなど、かなりのオプション装備がリストにと記載されていた為、ベルカの声がヤザンの耳に入らなかったのだ。

 

「んで、何だって?」

「奮戦に期待している、だそうです」

「何だ、何かと思えば……」

「せいぜい、敵の目を引き付けておいてくれ、と言ってました」

「陽動か、俺達は」

 

 そして、美味しい所はその「特殊部隊」とやらが手にするのだろう。胸の内でそうヤザンは悪態をつきながらも。

 

「ギャリーとディミトリーの奴等と話がしたい」

 

 その事は頭から離し、具体的な作戦の打ち合わせをしようと、身内に連絡を入れるようベルカ少年にと伝える。

 

 

 

――――――

 

 

 

「敵のドップは少ないようだな……」

 

 テキサン・ディミトリーが率いるセイバーフィッシュとコルベット達が優勢なのを確認し、ヤザンは一気に。

 

 バァア!!

 

 面での制圧が出来るミサイルランチャーを、自身が乗る陸戦型ジムから敵基地へと向けて撃ち放った。

 

「あぶりだしたぜ、ギャリー」

「それは良いんだけどよ……」

 

 ギャリー・ロジャースが言うには、陸戦型ではない方のジム、そちらの機体は動きが鈍くてたまらないのだそうだ。ギャリーが今まで乗っていたザクが廃棄処分になった事を彼が嘆いている姿を、ヤザンは目にしたことがある。

 

「今回、俺は支援に回らせてもらう」

「おう、後ろは任せたぜギャリー」

 

 そう言っている内にカタリーナのガン・タンク、そしてダンケルのザニー改が放ち続けている砲撃を潜り抜け、ジオンのモビルスーツが、あえてその身をさらけ出しているヤザン達へと向かって、高速で駆け寄ってくる。

 

「あのサンドカラー色の奴、また例のアイツか……」

 

 だが、ラムサス機からのバズーカを身軽にかわしているその機体はどこかザクとは違う、動きが良く。

 

「盾付き、そして大型の剣を持っているか」

 

 敵からの遠距離砲撃をかわしながら、ヤザンもその「サンドカラー」を前にと押し出したジオンをマシンガンで攻撃し続けているが、確かにその敵機は動きが良い。大きくジャンプをし、その自由落下中にマシンガンの射線を外されてしまう。

 

 バゥア……!!

 

「おっと!?」

 

 そのジオン機の指先からバルカンがほとばしり、それに虚をつかれた形となったヤザンは、マシンガンを背中にと納めつつ、ビームサーベルを起動させ。

 

――諸君らが愛したガルマは死んだ、何故だ!!――

 

 謎の広域無線が響くなか、その。

 

「トーマス・クルツとか言ったっけな!!」

「そうだよ、ヤザン・ゲーブル!!」

 

 ジャ……

 

 その敵の新型と思わしき機体の剣、恐らくはヒートホークの改良タイプと思われる剣と、自機のビームサーベルの「刃」を合わせる。

 

「このグフ、今までのようにはいかんぞぉ!!」

「そうかい!!」

 

 確かにその「グフ」のパワーはザクとは違うようだ、今までヒートホークにパワー負けをしたことがないビームサーベルと互角の勝負をしている。

 

――我々は一人の英雄を失った、しかしそれは敗北を意味するものではない――

「耳障りだぜ、この広域無線……」

 

 愚痴るヤザン機の隣では、そのグフと同タイプながらもヒートホークを構えているジオン機が、ラムサスのジムと刃を合わせている。遠目に見える煙の幕は、恐らく敵の戦車とダンケル達との交戦を意味する物であろう。

 

「そらよ、連邦!!」

「おっと!?」

 

 突如としてグフの腕から伸ばされたロープのような物、それをヤザンは間一髪でかわし、振り回されるその接近戦用の武器との間合いをとる。

 

「ならば!!」

――哀しみを怒りに変えて!!――

 

 ヤザンはもう無線の言葉なぞはもう気にしない、パワーが残っているビームサーベルをそのトーマス・クルツ機にと投げ飛ばし。

 

「おおう!?」

 

 その意表をついた攻撃でシールドを跳ね上げたグフの隙を、すかさずヤザンは背中から取り出したマシンガンで狙い撃つ。

 

 ドゥ……

 

 その100mmマシンガンが見事、相手の左脚部へと集中して、トーマスのグフが方膝を付く。

 

――立てよ、国民よ!!――

「うるせぇんだよ、ギレン・ザビ様だかなんだか知らねぇが、今のこの俺にとっては……!!」

 

 どうやらこのトーマスにとっても、この無線を通じた演説らしきものは耳障りであったらしい、そのまま機体を起こし、彼は正眼にと剣を構える。

 

「……退しろ、トーマス」

「とは言ってもよ、ロイ」

 

 相手、トーマス・クルツ達に撤退命令が出ているらしいが、もう一本のビームサーベルを取り出したヤザンが、そのトーマス機の動きを注意深く見守っている。

 

「ヤザン隊長!!」

「なんだベルカ、戦闘中だ!!」

「テネス隊長から、退却命令が出ています!!」

「こんな中途半端な時によ!!」

 

 退却というのは「しどき」という物がある。いまここで迂闊に敵に背を見せたのなら、そのままバッサリだ。

 

「ヤザン・ゲーブル達」

「その声は……?」

「テネス隊、支援をする」

 

 その言葉が終わるか終わらないかの内に、空中からコルベット・ジムによる攻撃がジオンの部隊を襲う。

 

「ちぃ……!!」

 

 戦意を無くしたのか、トーマスはロープとも鞭ともとれない得物を一つ、牽制するかのように振り回してから。

 

「あばよ、ヤザン……」

「……」

 

 そのまま急速に機体を後退させた。その敵機の速度はヤザンが見る限り、自機「陸戦型ジム」では追い付かないスピードであると思われた。

 

「撤退だ、ヤザン・ゲーブル」

「作戦目標は果たしたのか、テネスとやら?」

「半分、といった所か……」

「おい……」

 

 無愛想なその言葉、それを言い放ったきりに、テネスを隊長とした特殊部隊はジオンの基地から後退を始める。

 

「何だか、な……」

「俺達も引きましょう、ヤザン隊長」

「被弾したか、ラムサス?」

「少しは」

 

 そうラムサスは言ったが、あまり激しい損傷は見られない。彼も腕を上げているのであろうか。

 

「まあ、いい……」

「敵ジオン部隊、戦闘領域を離脱しました」

「基地を放棄してか、カタリーナ?」

「よくは解りませんが、おそらくは」

「ふむ……」

 

 何か、消化不良な戦闘となってしまったが、いまさらヤザンにはどうしよもない。

 

「帰るぞ、ラムサス」

「ハッ……」

 

 その気持ちはラムサス、彼も同じであるようだった。

 

「妙な戦いだったな……」

 

 ヤザンのその呟きの後には、無人となり兵器の残骸だけが残る基地の姿があり。

 

 ヒュア……

 

 その小基地に、砂を含んだ乾いた風が吹きつける。



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第17話「シベリアン・タイガ」

  

「シベリア送りとは、俺もついてねえ……」

「家族も一緒ですね、ヤザン隊長」

「だれが家族だ、ダンケル……」

 

 無論、シベリア送りというのは一種のブラックジョークではあるが、シベリアの大地を踏むことになったのは命令が成す事である。

 

 

 

――――――

 

 

 

「オデッサからの補給線の切断ですと?」

「そうだ、ヤザン中尉」

 

 ベルファストからやってきた指揮官は、居丈高にそう言いつつ、自身のカイゼル髭を撫で。

 

「こちらにあるのが、ジオンの補給ラインだ」

「よく、手に入りましたねぇ……」

 

 数枚の書類を、テーブルの上にと投げ出した。

 

「ジオンにスパイでも、潜り込ませているので?」

「さぁな」

「ふむ……」

 

 そのジオン補給ライン、それはシベリア鉄道も利用しているらしいが、どうもシベリア上空の空輸ルートも併用しているらしい。

 

「中尉には、この任務の為に特別な機体を用意しておいた」

「ホウ……」

 

 そうは言っても、すぐには喜ばないのがヤザンの用心深い所だ。

 

「そのカイゼル髭が目障りだぜ……」

「何か言ったか、中尉?」

「いや、別に」

 

 ピンと立ったその髭を撫で回す、妙な癖を持った上官から目をそらし、ヤザンは一つ咳払いをした後。

 

「このイェメンともお別れか」

「名残惜しいか、中尉」

「別に、であります」

「そうか?」

 

 正直な感想を、上官にと伝える。

 

「それと、ヤザン中尉」

「はっ……」

 

 先程時間が惜しい、そう言っていたのはこの「カイゼル髭」だというのに、やけにこの上官は手間をとらせる。

 

「追加のパイロットが、貴君のチームにと加わる」

「そろそろ、小隊というレベルではありませんな、このチーム・ヤザンも」

「それだけ、貴公を連邦は買っているということだよ」

 

 何か、妙な時代錯誤な言葉使いをするカイゼル髭に、ヤザンはその硬い両肩をすくめて見せた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「別に何でもかんでも」

 

 その新型機は動力源を流用した暖房が付いているため、このシベリアの地でも機体の中は快適なのはありがたいが。

 

「人の顔をしてりゃ、いいってもんじゃねえだろ……」

 

 何でも連邦の最新鋭機、それの余剰パーツによって作られたこの機体の頭部、人の顔を模したそれは何とかならないかとヤザンは思う。

 

「第二部隊は、どうしているかな……?」

 

 第二部隊、それはダンケル達のチームの事だ。敵に発見されないように、今回のヤザン隊は分散行動をとっている。

 

「第三の奴、それがなあ……」

 

 その「第三」のチームとして単独で行動している追加パイロット「ヴァースキ」の事が、ヤザンにとっては最も懸念している事だ。

 

「腕は良いようだが」

 

 だが得体のしれない、その少年に対してヤザンは全幅の信頼は到底おけない。

 

「まあ、いい……」

 

 そう呟きながらヤザンは、吹雪いてきたシベリアの大地の上にと立つ陸戦型の機体「ガンダム」が装備している遠距離キャノン砲の暖まり具合を確かめていた。

 

「凍りついてりゃ、元も子もねえからな……」

 

 一応はその武器にも保温のマフラーが装備されているが、それでもその得物である180mmキャノンもまた、ヤザンにとっては懸念の材料となっている。

 

 

 

――――――

 

 

 

「へくしょ!!」

「……風邪をひくなよ、カタリーナ」

「そんな事を言っても、ダンケルさん」

 

 第二チームではカタリーナのガン・タンクが敵輸送機撃墜の為の主力である。その彼女の護衛役である陸戦型ジムにと乗ったダンケルは。

 

「この量産型と言われているガン・タンク、暖房が上手く効いていないんですよ」

「そりゃ、まいったな……」

 

 彼女の愚痴に付き合いながらも、その視線を周囲の空域へと這わせている。

 

「ラムサスの奴は、今何をしているかな?」

「あの人だけイェメンで新兵訓練を続けていて、羨ましい」

「さんざんイェメンで暑い暑いと言っていたのは、どこのどいつだよ」

「それとこれとは、話が別です」

「フン……」

 

 その目視での見張りとは別に、ダンケル達のチームは上空に飛ばしている早期警戒型ディッシュからの連絡レーザー通信、それを。

 

「応答が、ありませんね……」

「辛抱強く待機してくれ、ベルカ」

「はい」

 

 ホバートラック、モビルスーツや戦車の支援車両を通じていつ来るかと待っている。

 

「ヤザン隊長と、あのヴァースキとかいうガキはどうしているかな……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「ファット・アンクルいたか!?」

 

 ギィ!!

 

 ややにガク引きとなってしまったが、そのヴァースキ少年。

 

「レーダーに反応あり!!」

 

 早期警戒機との連携が上手くいっている陸戦型ジム、それに大出力ビーム銃を搭載した狙撃仕様が、その腕に構えたビームライフルから光条を放った。

 

「シベリアの冷気で冷却出来ると思っていたけど!!」

 

 そのビーム狙撃ライフルは使用直後に高熱を発するため、連続しての使用は不可能。まだ実験段階の品物を運用しているのだ。それでも。

 

 ズゥ……

 

 ヴァースキが放ったビームはジオンの輸送機「ファット・アンクル」一機を打ち落とせたようだ。その狙撃銃の状態を心配しながらも、彼ヴァースキは。

 

「二機目を撃つ!!」

 

 再び狙撃銃の照準をそのファット・アンクル隊にと定める、しかし。

 

 ボゥウ!!

 

 彼方より飛来した砲弾、それがヴァースキが狙っていたファット・アンクルへと命中する。

 

「ヤザンさんか!?」

 

 キャノンは直線的なビームライフルとは違い、曲射なのだ。それでもダイレクトに命中させたとなれば。

 

「やはり、ヤザンさんは凄い……」

 

 そう呟きながら驚くヴァースキ。しかし彼のその隙は。

 

「空飛ぶモビルスーツ!?」

 

 ジオンの攻撃機「ド・ダイ」にと乗ったモビルスーツ達によって突かれてしまう。

 

 

 

――――――

 

 

 

「何だ、こいつらは!?」

 

 量産型ガン・タンクの一斉射の後、次弾を放とうとしたカタリーナ機、それを狙ったド・ダイ搭乗モビルスーツ達の「基部」を100mmで撃ち落としたはいいが。

 

「ザクとは違う、ホバーか!?」

「僕は下がっています、ダンケルさん」

「おう、気を付けろよベルカ!!」

 

 雪上の上を滑るように疾るザクに似たモビルスーツ、それらがマシンガンを出鱈目にダンケル達にと放ち続ける。

 

 ド、ドゥ……

 

「あ、当たらないわ!!」

 

 その羽根の生えたような姿をした二機のモビルスーツ、それらはカタリーナの放ったキャノンの弾幕を潜り抜け。

 

「ちい!!」

 

 ダンケル達にと向かって、その指の先からマシンガンかバルカンか、それらを放ち続けている。

 

「弾幕勝負ならば!!」

 

 ダンケル機陸戦型ジムも負けてはいない。カタリーナ機量産型ガン・タンクの「腕」から放たれるガンランチャーの支援の元、マシンガンのレティクルをその内の一機にと合わせ、弾を集中させる。

 

「かかった!!」

 

 そのダンケルの狙い通り「羽根付き」は大きく機体の軌道をずらす、その隙を。

 

 ボゥ!!

 

 カタリーナ機、ガン・タンクのキャノンが「羽根付き」を一機、粉砕した。

 

「くそ、ホバーグフがやられた!!」

「甘いんだよ!!」

 

 だか、そのホバーグフとやらも負けてはいない、その背から巨大な大筒を取りだし。

 

「バズーカを食らえ!!」

 

 ボゥフ……!!

 

 その放たれた巨大な弾頭、それがダンケル機の脚を一撃で粉砕した。

 

「ダンケルさん!?」

「タンク、お前もここで死ぬのだ!!」

「何を!!」

 

 だが、ガン・タンクの機動性ではそのホバーグフに対して、まともに照準を合わせることすら困難である。うろたえるカタリーナ機に向かってその「羽根付き」はバズーカの砲門を向け、そして。

 

「食らえ!!」

 

 思わず目をつむってしまったカタリーナ、しかし。

 

「あれ……?」

「間に合ったようだな、カタリーナ」

 

 近くの小高い丘の上、そこにはキャノンから煙を吹き出させているヤザン機の姿が見えた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「初任務は、これで十分かな……」

 

 先の敵モビルスーツ達は支援にと駆けつけたヤザンの「ガンダム」によって片付けられ、そのまま彼ヴァースキは任務を続けた。その結果。

 

「ジオンの輸送機隊は、全滅した……」

 

 レーダー通信を使い、天のディッシュ連絡機にとその旨を伝えつつ、ヴァースキ少年は排熱不良によってオシャカになった狙撃銃を見やりつつ。

 

「これより、墜落したと思われる場所に向かい、生存者と残骸を見に行きます」

 

 その通信をディッシュにと向けた後、彼はその墜落現場に向かう前に。

 

「まずは、ヤザン隊長達だな」

 

 自機である陸戦型ジムを、レーザー通信を通してダウンロードしたヤザン機達の位置、そこにと向かって機体の脚を歩ませる。



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第18話「ホンコン・シティ」

  

「休暇なんだか、任務なんだか……」

「半々、という所でしょうかね、ヤザン隊長」

「そうかい」

 

 このヴァースキという少年は、ヤザンにしてみれば昔死んだ弟が大きくなっていればこんな顔だろうと思ってしまうが故に、彼ヤザンは何かこの少年といると気持ちが落ち着かない。

 

「このシベリア鉄道でも、モビルスーツは運べるんだな……」

「そうみたいですね、隊長」

「駅弁を食べるか、喋るかハッキリとしろ、ダンケル」

「ハハッ……」

 

 それでも、喋りながら向かいの席で弁当を食べ続けるダンケルに、ヤザンは苦笑するしかない。

 

「ラムサスの奴はすでにホンコンに着いているのかな、カタリーナ?」

「さあ……」

 

 ヤザンはあまり食欲がなく、結局カタリーナがヤザンの分の弁当まで食べてしまった事に。

 

「太るわよ、カタリーナ」

「はーい……」

 

 やや離れた席にと座っている、メイリー少佐が呆れたように声を出す。

 

「シベリア鉄道から乗り換えでホンコンに行って、どうするんでしたっけ、隊長?」

「ルオ商会、そこに行くんだとよ」

「ルオ商会、ねぇ」

「俺も詳しい事は知らねぇ、ベルカ」

 

 鉄道の窓から見えるのは、一面の銀世界。最初はヤザン達もその景色を実と見つめていたが、しばらくしたら飽きたのか、雑談に興じるようになった。

 

「どうやら、チャイナ地方の大商家みたいだが」

「そんなところに、僕達はなんの用で行くのでしょうか?」

「正確には、そのルオ商会ではなく」

 

 そういいながら、ヤザンは旨そうにアイスクリームを食べているヴァースキ少年の顔をチラリと見て。

 

「その商会と取引をしている、ムラサメ研究所という場所にいくんだよ、ベルカ」

「ムラサメ研究所?」

「ああ……」

 

 どこか、なにか吐き捨てるようにそう呟く。

 

「表向きは人体の健康などを研究している場所らしいが」

「何か、別の面があると?」

「どうやら、人体実験やらサイボーグを作るような事もしているらしい」

「へえ……」

 

 そのムラサメ研究所の風評、それはヤザンがギャリー・ロジャースから聞いた話だ。

 

「なあ、ヴァースキ」

「なぜ、僕に同意を求めるんですか」

「さあ?」

 

 そう言いながらヤザンは自身の両肩を竦めて見せた。どうも彼ヴァースキと「線」が繋がっているような気がしてならないのだ。そのムラサメ研究所とやらは。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ホンコン土産は、何が良いかな……」

「変な物を買わないでよ、ラムサスさん」

「なんなのさ変な物って、メイリー少佐どの?」

「知らないわよ……」

 

 何やら妙な馬鹿話をしている二人を無視し、ヤザンはルオ商会の支店へと行こうとしたが。

 

「何だ、ありゃ?」

 

 そのホンコンの街から離れた海の上、そこを妙な形をした戦艦が、ちょうど南の方向にと向かっている。

 

「何だが解るか、ヴァースキ?」

「もしかして、木馬という艦ではないでしょうか?」

「モクバ?」

「我々が極秘利に持ってきた、あのガンダムとやらの完成品、それが搭載されている艦らしいです」

「フゥン……」

 

 このチュウゴク地方の都市、ペキンはジオンの勢力圏となっている。今のヤザン達はあくまでも内密ということのホンコン来訪なのだ。

 

「ごくろうなこった」

「何でも、その木馬の乗組員たちは、皆歳が若いって噂が……」

「おいおい……」

 

 珍しい文字で書かれている店々の看板を興味深そうに眺めながら、ヤザンは。

 

「それをお前が言うか、ヴァースキ」

「はは……」

 

 軽く、ヴァースキ少年にと笑いかけた。

 

 

――――――

 

 

 

「これはこれは、連邦の方々……」

 

 中国服にとその身を包んだ年配の男が、豪華な調度品に埋め尽くされた部屋の中でにこやかな笑みを浮かべたまま。

 

「うちのテスト・Vはお気に召しましたか?」

「テスト・V?」

 

 謎の単語を発し、そのままヤザンにと握手を求める。

 

「もしかして、あの陸戦型だというガンダムって名前の機体か?」

「いやはや、お上手な……」

 

 どうやらムラサメ研究所の研究者と思われるその男は、そう言った後に。

 

「後で実験データを取るよ、テスト・V」

「……はい」

 

 ヴァースキ少年、彼の事をチラリと見たのは、ヤザンの気のせいであろうか。

 

「ムラサメ研究所の人だったな、これが手渡すように頼まれた書類だ」

「確かに受けとりました、ヤザンさん」

「あの、よ……」

「はい?」

「この、ヴァースキの事なんだが……」

「いやいや、それは」

 

 ヤザンがその頬を指で掻きながら、ボソリとした声で訪ねたその疑問について。

 

「企業秘密でして」

「ふむ……」

「秘密なのです、はい」

 

 男は、にこやかな笑みを浮かべたままに、お茶を濁すような返事を返す。

 

「あの陸戦型とかいうガンダムも、渡してくれませんか?」

「そう書類に書いてあったのか?」

「はい、左様で……」

 

 やや、慇懃無礼にそう答えた男はその手に持つ書類の一ページ、それをヤザンの前にと差し出した。

 

「あの俺が乗っていた機体なら、列車の中に分解して入ってあるハズだ」

「いやはや、どうも……」

 

 その時、男の目に鋭い光が灯ったのを、歴戦の戦士であるヤザンは見逃さない。

 

「タヌキだな……」

「はい?」

「いや、何でもない」

 

 ポォン……

 

 その時、恐らくは金細工で出来たと思われる鳩時計が、夕刻の時を知らせる。

 

「では、ヤザンさん……」

「おう、邪魔したな」

 

 何か居心地と気分が悪い、そう感じたヤザンはこのホンコンにあるホテルにと着いているはずのラムサスと会おうとして、さっさと立ち去ろうとしたが。

 

「では、ヤザンさん」

「お前はここに残るのか、ヴァースキ?」

「はい、仕事がありますから……」

「……」

 

 そのヴァースキの言葉に後ろ髪を引かれる思いがするヤザン、ではあったが。

 

「まあ、頑張れよ……」

 

 結局、深入りしないことに決めた。



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第19話「ヨコスカバトル(前編)」

  

「宇宙に上がれと?」

「そうだ、ヤザン君」

 

 その「カイゼル髭」はそう言った後、葉巻の煙を軽くその口から吐き出す。

 

「ルナツー、そこでモビルスーツの教師をやってもらいたい」

「誰かに教えるってはのは、小官の性に合わないが……」

「それでも、モビルスーツの戦闘に関しては」

 

 腕を組みながら、カイゼル髭はその手に持つ葉巻をポンと皿にと突きつけながら。

 

「君たちは数少ない、経験者だ」

「所詮は、地上のみの戦いしかしらない俺たちですよ?」

「その経験、宇宙に生かしてもらいたい」

「ハッ……」

「それに」

 

 その上官、カイゼル髭はその目を鋭く光らせつつに。

 

「近々、行われる大規模作戦の為に、陽動を行ってもらう必要があるからな」

「いよいよ、連邦が攻勢に出ますか」

「この作戦、成功するか否かで今後の地球の運命が決まる」

 

 その声を低くして、ゆっくりとヤザンにと語る。

 

「そのための布石となってもらいたい」

「まあ、どちらにしろ」

「何だ、言いたまえヤザン中尉」

「モビルスーツは、宇宙で戦うために作られたって言いますからな」

「そういう事だ」

 

 そのカイゼル髭の言葉に、ヤザンはニカと笑いながら。

 

「初期型のジムね……」

 

 自分達の部隊にとあてがわれる、モビルスーツのリストにとその目を通す。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ガディ艦長、久しぶりですな」

「元気そうでなりより、ヤザンよ」

 

 宇宙にいた頃、世話になった「ガディ・キンゼー」のその手を固く握りながら、ヤザンはニホン基地で宇宙へと打ち上げる予定である。

 

「このサラミス、改良が施されているな」

 

 この季節の深い霧に包まれるサラミス級巡洋艦、それの姿を実と見やる。

 

「モビルスーツ格納庫も付いているぞ、ヤザン」

「そりゃ、いいな……」

「それと……」

 

 そう、何かを言いかけてガディは。

 

「いや、何でもない」

 

 一つ咳払いをした後、サラミスの周囲で警護をしているジム達の姿を見る。

 

「ジ、ジムと量産型ガンタンクか」

「量産型のタンクだったのか、コイツは」

 

 そのカタリーナが乗っているガン・タンクは、ヴァースキとダンケル、そして。

 

「やはり、このジムは動きに問題があるな……」

 

 前から「ジム」に対しての文句を止めない、ギャリー・ロジャースの機体に囲まれて、上空のディッシュ偵察機との通信を取っている。

 

「ミノフスキー粒子が濃すぎて、レーザー通信にも影響が出ています、ダンケルさん」

「レーザー通信でか、カタリーナ?」

「はい、です」

 

 ミノフスキー粒子が濃いのは良し悪しだ、敵からの「視界」を眩ますのは確かだが。

 

「何事もなきゃいいけどよ……」

 

 ダンケルの懸念の通り、こちらからも敵、不明機の接近が解らなくなるという点がある。

 

「こちら、ベルカ」

 

 サラミス内からのベルカ通信兵、彼からの「声」も粒子の為に聴こえづらい。

 

「まもなく、このヨコスカからサラミスを打ち上げます」

「こちらギャリー、了解」

 

 そのベルカの声はヤザン達にも伝わり、彼らも配置に付こうとした、その時。

 

「こちら、メイリー!!」

 

 先程から、ヤザン達の隣で霧の中の海を眺めていたメイリー技術士官が、突如として警告の声を上げた。

 

「どうした、メイリー少佐!?」

「あれを、ヤザン中尉!!」

 

 ヤザンの服を引っ張りながら上げたメイリーの声、それを聞いたヤザンとガディはその海の中へと視線を向ける。

 

「潜水艦だと!?」

 

 サラミスを宇宙へと打ち上げるマスドライバー。そのレールのすぐ横へと、数隻の潜水艦が霧と海の中から姿を表した。

 

「ジオンか!?」

 

 そのヤザンの声を聞く前に、ダンケル達のモビルスーツが臨戦態勢をとり、その手に持つ火器を潜水艦の辺りにと向ける。

 

「識別が不明だが……」

 

 ギャリーの声の通り、潜水艦の外見からは連邦かジオンの船かは判断出来ない。もともと潜水艦とはそういう物であるし、たとえ前もった通信が無くてもジオンの物とは限らない。判断材料として。

 

「ザク達よ!!」

 

 カタリーナが量産型ガンタンクから確認した、その搭載モビルスーツの「型」が挙げられる。

 

「サラミスの発進を急げ!!」

「連中の目的はサラミス艦か、ガディ艦長!?」

「そうだ、間違いないヤザン!!」

 

 やけに強い口調で断言したガディ・キンゼー艦長に、やや不審な目を向けたヤザンではあるが。

 

「ギャリー達、やれるか!?」

「やるしかないだろう!!」

「すまねえ、頼む!!」

 

 ヤザンやラムサスの乗るモビルスーツはこの場には無い、そのままヤザンとメイリーはガディに続き、すでにラムサスが居るサラミス級へと駆け足で向かう。

 

「くそ、霧のせいで出力が!!」

 

 確かスプレー状のビームを発射するビームガン、それをザクに向けて放ったヴァースキが、その幼い声で悪態を上げた。

 

 バゥ!!

 

 そのザク達、潜水艦から岸まで「泳いで」きた事を見るに水中用のモビルスーツと思われるそれらが、身を海へ横たわらせたまま、その手に持つミサイルランチャーらしきものをサラミスに向かって放つ。

 

「させるか!!」

 

 ギャリーが素早くそのサラミス級とザク達との間に入り、大型シールドを駆使し、ミサイルだかロケットだかの幕を遮ろうとした、が。

 

「このザクども、陸ではカッパと見える!!」

 

 罵声を上げるギャリーのシールドには数発しか弾は命中せず、残りのロケットは明後日の方向にとバラバラに散る。一、二発かはサラミスに命中したが、その艦の装甲を撃ち破れる程の威力はない。

 

「一機撃墜!!」

「こちらも撃墜!!」

 

 陸にと揚がって来る前に、カタリーナのガンタンクとダンケル機のビームガンがそれぞれそのザクを撃破し、その合間を縫ってヴァースキのジムが進出する。

 

 ゴゥウ……!!

 

 サラミスに取り付けられた大気圏離脱用の超大型ブースターがその火を灯し、戦場となっている発進場から離脱を試みる、それを見ていたジオンの潜水艦から、新たな敵影がその姿を表す。

 

「揚陸用のホバークラフトか!!」

 

 ヤザンは、しかしそう叫んだは良いがもはやサラミスは離陸寸前、ダンケル達に任せるしかない。助けといえばマスドライバー基地の対潜水機であるドン・エスカルゴ達が発進した事である。

 

「カタリーナ、二機撃墜!!」

 

 ジオンの揚陸用ホバークラフト達ははそれほどスピードが速くはない。砲撃用の量産型モビルスーツ「ガンタンク」やヴァースキ達にとっては良い的である。

 

 ザァ!!

 

 陸にと揚がってきた水中用のザク、それらがダンケル機が連続して放ったビーム・スプレーガンにより溶解させられる。霧がカーテンとなって威力が減衰しているとはいて、ビーム兵器はビーム兵器であるようだ。伊達ではない。

 

 ゴゥ!!

 

 とはいえ、ジオンもただやられているのを待ってはくれない。ホバークラフトにと乗った異形モビルスーツの腹部からビーム砲、それがサラミスにと放たれ。

 

「ジオンがビームなんて、生意気なんだよ!!」

 

 罵り声を上げるギャリー機に向かい、霧に隠れてよくは解らないが「グフ」と思われるモビルスーツがホバークラフトから大きくジャンプをして飛びかかる。

 

「あのサンドカラー!?」

 

 サラミスにいるヤザンにとっては苦痛の時間だ、このまま指をくわえて待っているだけというのは。

 

 ビュウア!!

 

 その「サンドカラー」から鞭状の武器が飛び出し、その振るわれた鞭が。

 

「もう少し、早く反応をしてくれれば!!」

 

 そのまま、シールドごとギャリー機を捉えてしまう。

 

 バァリ!!

 

「グゥア……!!」

 

 どうやらその「鞭」はなにやら電流のような物を流す仕組みのようだ。ギャリーのジムが痙攣したようにその場で微動する。

 

「くそ、ギャリー!!」

 

 叫ぶヤザンではあるが、その時に対熱用のウィンドウ・カーテンがサラミスを覆ってしまう。外の様子が解らないことになってしまった為、ヤザンの隣にいたラムサスが悪態の声を上げる。

 

「サラミス、発進する!!」

 

 その時、ガディ艦長の声が薄暗くなったサラミス艦内にと響く。



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第20話「ヨコスカバトル(後編)」

   

 ドン・エスカルゴ隊の対潜ミサイルはジオンの潜水艦の内、一隻を沈める事が出来た。それは良いが。

 

 ボゥフ……

 

 水中用ザク、それらの対空攻撃を受け、数機のドン・エスカルゴ対潜攻撃機が撃ち落とされていく。その落とされた対潜機の合間を縫って。

 

「化け物のようなモビルスーツだ!!」

 

 ヴァースキ少年が言う通り、揚陸艇から海の中を渡り港湾へと揚がったジオンのモビルスーツの姿は、その両腕にと付い鉤爪とズングリとした外見を始めとして、今までの人型とは違うようだ。

 

 ギュイ……!!

 

 そのモビルスーツの腹部から放たれるビーム砲をヴァースキはジムの出力を上げどうにかかわす。ジムの関節が微かに悲鳴を上げた。

 

「ザクをまた、撃墜!!」

「このデカブツを狙え、カタリーナ!!」

「はい、ダンケルさん!!」

 

 肩のキャノン砲を納め、腕部ガンランチャーをその「デカブツ」にと向かって放つカタリーナ機、その彼女の機体を尻目に、ギャリー機ジムは援護に駆けつけたフライマンタの支援の元。

 

「くそ、早い!!」

 

 ビーム・スプレーガンを「サンドカラー」にと向かって放ち続けるが、その攻撃をグフはシールドを使い、あるいは機体そのものの機動力を駆使して回避し続ける。

 

 ジァア……!!

 

 ダンケルのスプレーガンが突如として爆発をおこし、そのまま右腕を損失したダンケル機ジム。そのダンケルのジムの隙を狙ったかのように水中用ザクが水の中からロケットを撃ち放った。

 

「く、くそこのポンコツジムがよ!!」

 

 そのザクはドン・エスカルゴにより撃破されたが、ロケットを回避したダンケル機の機体が今までの負荷に耐えきれず、ボキリと両足ごと削り折れてしまう。だがその折れる前に。

 

 ピュウア……!!

 

 「デカブツ」に向かって頭部から試作タイプのバルカンを放つが、その弾幕は全くその水中型モビルスーツには通用しない。外見の通り、相当に装甲が厚いようだ。

 

「行ってくれ、サラミス!!」

 

 ギャリーのビームガンも故障をしたのか、彼はシールドを投げ捨て両手でビームサーベルを構えている。その彼の背後ではサラミス級が発進を始めた。

 

「……しろ、トーマス・クルツ!!」

「ここまで来て!!」

「撤退だ!!」

 

 その無線を傍受したカタリーナがそのグフが乗っていたホバークラフト運搬機を破壊しようとしたが、デカブツがその運搬機と量産型ガンタンクとの間 に入り。

 

 ドゥフ!!

 

 その身でカタリーナ機からのガンランチャーを防ぐ。その間にもデカブツは腹部からビーム砲を出鱈目に放ったが、その砲門からはなにやら火花や煙が吹き出ている。

 

「ビーム砲が不完全なのか!?」

 

 その隙を狙ってスプレーガンをデカブツにと放つヴァースキ、しかしそのビームはデカブツの装甲を貫けない。だが。

 

「こういう手もある!!」

「連邦め!!」

「ハァ!!」

 

 サラミスがマスドライバーから離れる姿を尻目に、ヴァースキのジムが「膝を笑わせながら」デカブツにと取りつき。

 

「トアァ!!」

 

 フライマンタからの爆撃に怯んだデカブツの機体、それをビームサーベルの刃で貫いた。ヴァースキのジムの膝はもう動かない。

 

「これが、止めになってくれよ……!!」

 

 潜水艦にと揚陸用ホバークラフトが帰還していく姿を見やりながら呟くヴァースキの願いが叶えられたのか、そのまま「デカブツ」は動かなくなった。

 

「大丈夫、なの……?」

 

 量産型ガンタンクの弾はすでに無い。ジオンの潜水艦部隊が再び潜行していく中、悠々とサラミスは空中にと上がっていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ダンケル達、大丈夫かねぇ……?」

「大丈夫よ、ヤザン」

「だと、いいが」

 

 大気圏を離脱していくサラミスの艦内でそうボヤくヤザンを、メイリー少佐が優しく慰める。

 

「それにしても、ジオンは」

「何、ヤザン中尉?」

「なぜ、この艦を狙ったんだ?」

「そりゃ、敵艦だから……」

「本当に、それだけか?」

 

 ヤザンの感覚では、ここまで一つの艦に徹底した攻撃を加えたジオンの部隊、それに違和感を感じたのだ。



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第21話「ソラに舞う(前編)」

  

「もう、すでに」

 

 ルナツー周辺の宙域で模擬戦を行っているヤザン、その彼にしてみれば。

 

「このジムは、時代遅れなのかねぇ……」

「文句を言わないで下さい、ヤザン隊長」

「はいよ、ラムサス……」

 

 初期型と言われているジム、その動きが鈍くて堪らないようだ。今までの陸戦型ジムや高機動型ザクに少し慣れ過ぎているのかもしれない。

 

「ヤザン」

「何だ、ワッケイン少佐?」

「ルナツーの守備モビルスーツ部隊、彼らにも稽古をつけてやってくれ」

「了解、了解だ……」

 

 初期型のジムはザニーの発展系らしく、ビーム兵器は使えない。模擬弾を発射するマシンガンが得物である。

 

「宇宙では、モビルスーツはこんな動きなのか……」

 

 ヤザンにとっても、モビルスーツを使った宇宙戦闘の経験は浅い、まだまだ慣れが必要だ。

 

「ま、生きてりゃその内役には立つか……」

 

 スゥ……

 

 静かにヤザン達が浮かぶ宙域にとやって来たジム達、彼らに戦い方を教えてやろうと。

 

「いくぞ、ラムサス」

「はい、隊長」

 

 ラムサス機と共に、ヤザンはその、あまり編隊飛行が上手くいっていないジム達に向かって機体を飛び込ませた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「このバズーカは……」

「……ジム用のバズーカだよ、ヤザン中尉」

 

 このルナツー基地の副司令官「ワッケイン」からそう説明を受けつつも、ヤザンはそのハンガーデッキに置かれている、先のサラミスで運んできたらしきバズーカから。

 

「何だ……?」

 

 何か、得体の知れない力、それを感じるのだ。

 

「ワッケイン少佐」

 

 その年配の女性の声、それと共に。

 

「彼が、地球から来た連邦のパイロットですか」

「ハッ、アサナ少将」

 

 ハンガーにと現れたアサナという女性将校は、ジロリとヤザンの事を見やると。

 

「あまり、良いニュースではありませんね」

「何がでありますか、少将殿?」

「今、地球圏から手馴れたパイロットを引き抜くといった事に対してです、中尉」

 

 ヤザンが彼女の階級をその肩にと付いた「飾り」から読み取ったように、彼女もまたヤザンの飾りから階級を確認したのであろう。

 

「近々、この付近を哨戒しているジオンの艦、それを襲撃します」

「哨戒、この宇宙基地ルナツーの周囲をですかい、少将?」

「おそらくは、グラナダから発進をし、サイド6を経由してやって来た部隊だと思われますが」

 

 アサナのその言葉を受け、ヤザンは少しの間その腕を組みながら、軽く唸る。

 

「ハニ・アサナ少将」

「何ですか、ワッケイン?」

「彼、ヤザン中尉に」

 

 そう、ワッケイン少佐は言いながらハンガーデッキにと吊るされてあるバズーカを指差しながら、一つ頷く。

 

「こいつを使わせたらどうでしょうか?」

「何をバカな事を言っているのですか、ワッケイン」

「違う、ちがいますよ少将」

 

 何かに慌てたように、今度はその首を振るワッケイン少佐は、コホンと咳払いをし。

 

「あのライトアーマーをです」

「武器の媒体の方でしたか……」

「当たり前ですよ」

 

 その二人の会話を、ヤザンはじっと聴いていたが。

 

「まさか、な……」

 

 何か、バズーカ状の武器の正体にピンと来る物こそあったが、 それには触れず。

 

「そのライトアーマーとは、新しいモビルスーツですか、お二人共?」

 

 あえて、話題を変えさせようと気を使う。

 

「ジム・ライトアーマー、高機動戦闘用のジムだよ、ヤザン中尉」

「そりゃ、うれしい」

「ジムのジェネレータよりも、出力が二十バーセントは増えています」

「へえ……」

 

 そうであれば、ギャリー・ロジャースなんかは喜びそうだ、ヤザンは素直にそう思った。

 

「ところで、話はかわりますけどよ」

「何ですか、中尉?」

「ガディ艦長は知りませんかね、少将殿?」

「彼ならば、今は極秘任務についております」

「フゥン……」

 

 懐かしい顔だ、ニホンのヨコスカから大気圏を離脱するときは慌ただしく良く話が出来なかったが、いつかは一つ酒でものみながら、今までのモビルスーツ戦、それの手柄話でもしようと思っていた。

 

「まあ、いい……」

「それよりもヤザン中尉は、新しい任務があるだろう?」

「ジオンのパトロール隊の迎撃ね、ハイハイ……」

「君は口の聞き方がなっていないようだな、中尉」

「申し訳ありません、少佐」

 

 そう、わざとらしく敬礼をしてみせるヤザンに対してワッケインがその首をヤレヤレといった風に振り。

 

「元気なパイロットだこと……」

 

 ハニ・アサナ少将は軽く微笑んだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ガディ艦サラミスから緊急入電です!!」

「何だ!?」

「ジオンのパトロール隊に襲われている模様です、少佐!!」

「なんだと!?」

 

 そのワッケインが驚く声と共に。

 

 ジリィイ!!

 

「こちらワッケイン!!」

「アサナ少将である、サラミスのデータを渡すな!!」

「そのジオン・パトロール隊へと向かったヤザン隊。それに連絡をします!!」

「増援のマゼランに、モビルスーツとアレを持たせなさい!!」

「ハッ……」

 

 ワッケインが緊張しながら電話を置いた、その頃。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ルナツー付近の、障害物が何一つ無い宙域では。

 

「このライトアーマーのスピード!!」

 

 ビュガ!!

 

 ジムのビームスプレーガンよりも遥かに高出力のビームライフル、それをヤザンが使用し。

 

「ジムや陸戦型の奴とは比べ物にならん!!」

「ちぃ、やるな!!」

「以前に俺が乗っていた!!」

 

 サラミスを襲っているジオンの哨戒部隊、それの隊長機と思われる深紅のモビルスーツ、それと。

 

「ザクの高機動型という奴か!!」

 

 互いに、激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 

「くそ、ライトアーマーの機動が早すぎる!!」

「ラムサス、他のジムと歩調を合わせろ!!」

「りょ、了解!!」

 

 それでも、そうヤザンにと答えながらラムサス・ハサの放つビームライフルは一機のザクを溶解させる。

 

「ちくしょう!!」

 

 何か棒の先に付いたグレネードを、その深紅の機体が率いていると思われる部隊に所属しているザク、それはヤザンに向かって撃ち放つが。

 

「甘い!!」

 

 その棒付きグレネードごと、ヤザンはライフルの光をもってしてザクを撃ち抜く。

 

「イングリッドのデータはサラミスから奪ったのか!?」

「戦場でよそ見をする暇があるのかよ、アアン!?」

「あるさ、この深紅の稲妻にはな!!」

 

 だが、その紅い高機動型ザクが放った大型のバズーカを、ヤザンは軽々とかわしつつに。

 

「敵のエースらしき奴、大金星を上げてあるぜ!!」

 

 赤い機体、もしかすると噂に名高い「赤い彗星」かとも思いつつも、ヤザンはそのザクにと向かってビームサーベルを振り上げた。



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第22話「ソラに舞う(後編)」

  

「くそ!!」

 

 しかし、さすがに機体を専用カラーにと塗っているだけのことはある。ジオンでは名のあるパイロットは機体を自由に塗装できるという特権があると、ヤザンも聴いた事があった。

 

「武装ではこっちが勝っているのによ!!」

「そんな、連邦の機体で!!」

 

 ヤザンが連続して繰り出したビームサーベルによる斬撃はその「紅い奴」の小刻みに使用したヒートホークにより遮られ、あやうくその敵を助けようとしたザクからの攻撃を受けそうになってしまう。

 

「この俺に敵うものか!!」

「そうかい!!」

 

 ザァ!!

 

 やはりこの敵はかなりの使い手らしい、ヒートホークをいわば「戦技」として使いこなし、その畳み掛けるような攻撃に、今度はヤザンが防戦にと入る。

 

「この!!」

 

 しかし、その敵機が苛立ったような声を出すと同時に、その高機動型ザクの脚を蹴りあげたのをヤザンはライトアーマーの身を捻ってかわし、その隙にサーベルを下段から払おうとした。

 

「ジョニー隊長!!」

「くそ、邪魔をしやがって!!」

 

 マシンガンによる威嚇、別の高機動ザクからの支援により、ヤザンは再びジム・ライトアーマーのバーニアを微動させ、いったんその紅い機体から身を離らかす。牽制の為に撃ったライフルはどの敵機にも当たらない。

 

「ビームの残弾が気になるな……!!」

 

 ふと、辺りを見渡すとラムサスのライトアーマーはその機体に被弾の後があり、その付近に破壊された初期型ジムの姿がある。その時。

 

 ボゥウ!!

 

 ヤザン機の無線を通じて、何か大きな爆音が宙へ破片を撒き散らしながら拡がったように感じる。その破片がヤザン機の装甲を軽く叩いた。

 

「今だ!!」

 

 「紅い奴」が構えた大型のバズーカ、その弾頭がヤザン機にと向かうが。

 

「そうはいくてっかんだ!!」

 

 ドゥ!!

 

 反撃として放ったビームライフルの光条がその弾頭を貫き、そのまま。

 

「くそ!!」

 

 敵機、紅い高機動型ザクの腕を捉え、その腕部を破壊する。

 

「ちぃ、連邦の新型め!!」

 

 紅いザクが両手で保持していたバズーカを片手で撃ち放ちながら、その両脚から光を強く放つ。そのままヤザン機にと肉薄するが。

 

「ビームのバッテリーが!?」

「やられたようだな、連邦!!」

「それがどうした、アン!!」

 

 しかし、ビームライフルが使えなくなった瞬間に、即座にサーベルにと得物を切り換えるのはさすがに「野獣」と評されたヤザン・ゲーブルといったところ。

 

 ドゥ、ア!!

 

 そのサーベルをヤザンが両手で構えた瞬間、何処からか弾頭の幕がザク達を襲い、一機の高機動ザクを粉砕する。

 

「援軍か!?」

「くそ、こんな時に!!」

 

 紅い奴からのヒートホークを間一髪、スレスレでかわしたヤザンは、牽制のビームサーベルを振るいながら、そのルナツー方面からの増援部隊に一つ視線を向けた、が。

 

「大筒持ちのライトアーマー……」

 

 増援のジムの中に三機ある、赤い塗装のジム・ライトアーマー、それらが構えている「得物」に、何かヤザンは背中の産毛が総毛立つ感覚を覚えたが。

 

「イングリッドはまだか!?」

「手に入れました、ジョニー隊長!!」

「よし!!」

 

 どうやら、サラミスを破壊したらしきザク達の返事に答えながらモビルスーツで格闘戦を挑んでくる「紅い奴」は、ヤザンにその感覚にと浸らせてはくれない。

 

「ヤザン隊長!!」

 

 威嚇のビームを放ちながら急速接近するラムサスの機体、それが紅いザクへとサーベルを抜き払いつつ、突進しようとするが。

 

「バカ、止めろラムサス!!」

「バカとは何ですか、隊長!?」

「そいつは強い!!」

 

 そのヤザンの言葉通り、サーベルの刃は紅い機体にかわされ、その脚から軌跡を放つ敵機と入れ替わるように迫った別のザクからの、棒付きグレネードによる直撃を受けてしまう。

 

「ラムサス、いやあれは……!!」

 

 増援部隊、それのライトアーマーがバズーカをピタリと、呼吸を置いて照準を合わせた姿に。

 

「まさか、射つ気か!?」

 

 そのヤザンの言葉に何の返事もせず、ライトアーマーはバズーカを高機動型ザクへと向かって放った。

 

 ドゥウ!!

 

 緑色のザク、それがその弾頭をヒラリとかわす姿を見やりつつに、ヤザンはサーベルを右手下方へと下げながら、実と見守る。

 

「通常弾頭だ……」

 

 何と比べて通常なのかは自分でも解らないが、その援軍の姿を見て撤退を始めたジオンの哨戒部隊。一瞬ヤザンは追撃を行おうとしたが、味方が誰もついてこれなさそうな為に、止めてしまう。

 

「だが、しかし……」

 

 そのジムのバズーカ部隊の中に一機だけ、バズーカをダラリと下げたままに構えていないライトアーマーの存在が、ヤザンを不快とさせた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ガディ艦長、大丈夫か?」

「母艦がやられてしまったがな……」

 

 スペースランチ、内火艇で宇宙にと放り出されてしまったガディ・キンゼー達を保護しながら、ヤザンは自機ライトアーマーの損害の状況を確かめる。

 

「良い機体だ……」

 

 前のジムと比べて内部の疲弊が少ない。その事にヤザンは先程まで増援の味方から感じていた不快感を忘れてしまっている。

 

「ラムサスは少し、やられてしまったがな」

 

 実際には少しではなく、半壊と言っていいラムサス機の状態であるが、ヤザンはラムサスの命があっただけでも良しとしている。それが戦場というものだ。



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第23話「オデッサ作戦前夜」

  

「オデッサ作戦?」

「はい、ダンケル少尉」

 

 伝令にやって来た年若い少女の兵は、そう言った後にダンケル・クーパーへと向かって数枚の書類を手渡した。

 

「私達は、レビル将軍指揮下の隊に入りますね……」

「そうだな、カタリーナ」

 

 だが、ダンケルのその返事は生返事であり、彼の目は。

 

「俺は、フライマンタか……」

 

 その書類にと書かれている、搭乗機体リストにと向けられている。

 

「やはり、ジムは手に入らないか」

「ダンケル少尉には対モビルスーツ攻撃飛行に」

「うん」

「カタリーナ軍曹にはそのまま調整が終わった量産タイプのガンタンクで火力支援、そして」

 

 伝令兵はそこまで言って、一息ついた後。

 

「ヴァースキ伍長には、陸戦型ジムに乗ってもらいます」

「俺より後輩が、ジムかよ……」

 

 その言葉には、この陸戦艇「ビッグトレー」の居室でアイスクリームを頬張っているヴァースキ少年よりも、ダンケルの方が早く反応した。

 

「すみません、ダンケルさん」

「そうやって謝られると屈辱だぜ、ヴァースキ?」

「はい」

 

 だが、そのダンケルとヴァースキとの会話にその伝令女性兵士が割って入る。

 

「レビル将軍から、全軍に言付けです」

「はい、何だ?」

「モビルスーツに囚われすぎるな、だそうです」

「……」

 

 その言葉の意味が、何かダンケルには解るような気がした。

 

「モビルスーツは単なる戦車の延長、と考えてもいいのでしょうか?」

「お、おい……」

 

 その、自分よりも先に答えを出してしまったカタリーナに、ダンケルは苦笑するしかない。

 

――ポォン、ポッ――

 

 その時、艦内にお昼を知らせる音色がなった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ギャリーさんと、ええと?」

「テキサン・ディミトリーさん?」

「何でカタリーナ、お前はそう俺の先を読むような事を……」

 

 正直、ダンケルにとってはこのカタリーナという、ややに背が高くそれなりの器量を誇る金髪の彼女は、異性として苦手なタイプだ。

 

「んで、ええと……」

「んーと、確か……」

「俺が言いたいのは」

 

 そう言いながらスパゲティを口にと運ぶダンケルは、彼女の顔を実と見つめながら軽いため息をつく。

 

「彼らがどういう兵器を与えられたかってこと!!」

「そんな大声出さないでよ、ラーメンが飛び散る……」

「ダメ口だぞ、おい?」

「細かい方ね、ダンケル少尉殿は……」

 

 ややに呆れたような声を出しながら、カタリーナはラーメンをズルズルと食べ始めた。

 

「はあ……」

 

 彼ダンケルにとっては、大人しいタイプの女性が好みなのだ、仲間のラムサス・ハサとは違って。

 

「確か、コア・ブースターとか何とか……」

「何だ、それは?」

「新型の戦闘機、ギャリーさんとテキサンさんに与えられたって噂の機体は」

「今時、戦闘機かよ……」

「レビル将軍の御言葉」

「はいはい……」

 

 全く、何か自分が気に入らない事でもしたかのようなカタリーナの口ぶりである。

 

「で、そのコア・ブースターとやらは良い戦闘機なのか?」

「セイバーフィッシュの発展系に似ていて、メガ粒子砲も付いているみたい」

「そりゃ、凄い」

 

 感嘆の声を出しながら、ダンケルはスパゲティの脇にと置いてあるスープにとその手を伸ばす。

 

「さて、ご馳走さま」

「早いな、カタリーナ」

「フフ……」

 

 空のラーメンの器を見やりながら、カタリーナは自身の両手の甲に顎を乗せつつ、ダンケルがスープを口に運んでいる姿を見つめている。

 

「じっと見るな、気が散る」

「可愛い少尉さん」

「うるさい、カタリーナ……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「うわ!?」

 

 単機で森林での哨戒任務にと付いていたヴァースキ少年が操るジム、陸戦型のそれは。

 

 ボフゥ!!

 

 謎の機体達、それから放たれた巨大な弾頭により、瞬く間に両脚。

 

「く、くそ!!」

 

 そして、片腕を吹き飛ばされる。

 

 ブォウ!!

 

 独特のエンジン音を響かせながら滑るように地表を往く、三機の黒いモビルスーツ。それらは。

 

「な、なんだ……?」

 

 ヴァースキ少年の呻き声をよそに、一列に並んだまま森の中へと進んでいく。

 

「……見逃してくれたのか?」

 

 それは、まさしくその「モビルスーツ」達に聞くしかない事であろう。

 

 

 

――――――

 

 

 

「何か、ヤザン」

「何だよ、メイリー?」

 

 休暇だという事でルナツー内の娯楽用プール、そこで泳いでいたヤザンは、際どいセパレートの水着に身を包んだメイリー少佐の声にその頭を上げる。

 

「今、俺は泳ぎたい気分なんだ……」

「オデッサ作戦が発令されたみたい」

「フゥン」

 

 正直、先のサラミスを襲った部隊との戦いの後、複数の戦闘を仕出かした後である。少しヤザンにも疲れが溜まっている様子だ。

 

「まあ、今の俺達には関係ねぇなあ……」

 

 地上での事である、宇宙から生身で飛び降りる訳にもいくまい。

 

「あなたにとっては、珍しい事」

「うるせぇ、メイリー……」

 

 そう、悪態を付いたヤザンの視線の先には、どこか中性的な上半身を晒すベルカ通信兵と。

 

「なんなんだ、ありゃあ……」

 

 以外と筋肉質なワッケイン少佐、そして中年女性でありながらビキニを身に付けたハニ・アサナ少将の姿が見える。

 

「私もビキニの方が良かったかしら?」

「だったら、口説いてやるよ」

「もう……」

 

 そう言いながら、メイリー技術少佐はそのブルネットの髪に付いた飛沫を振り払い、豊満な肉体を晒しながらそのプールサイドから立ち去った。



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第24話「オデッサ・デイ(前編)」

  

 オデッサとは、地球圏有数の鉱山地帯である。その為かジオンの「地球降下作戦」の第一目標とされた。

 

 ヒュウゥ……

 

 今、真昼の太陽の中で地上のジオン戦車「マゼラ・アタック」隊にと爆弾を振り落とすフライマンタ、デプ・ロッグなどの攻撃、爆撃機の群れを生産、維持などをするための資源などが、コロニー国家であるジオン公国には無い為だ。

 

「こちら第三菱形、攻撃終了」

 

 フライマンタにと乗ったダンケルが所属する第三「菱形」とは、三機編成かける四の編隊を維持している、航空機の対モビルスーツ戦術の事である。

 

「第十二から三十菱形、モビルスーツに対して攻撃を遂行せよ」

「了解」

 

 そして、その陽光を浴びて輝く航空支援の元。

 

「こちらタンク第八十菱形、橋頭堡を確保した」

「だめだ、撤退しろ!!」

「なぜだ、ここまで来たのに!?」

「グフの群れがそちらに向かっている!!」

「くそ!!」

 

 砂ぼこりを上げつつに地上部隊、61式戦車を中核とした陸戦部隊も進攻を進めているが、その歩みは遅々として進まない。

 

「ガンタンクの弾が切れた!!」

「カタリーナ機、ただいま補充に向かう!!」

「了解!!」

 

 そして、その空いた「穴」を縫うように連邦製のモビルスーツ「ジム」が、それらの立ち往生した機体を救うべく、逐次投入させる。

 

「六機撃墜!!」

 

 編隊、または独立部隊として単独飛行している戦闘機もまた、穴を埋める為に投入されているが。

 

「七機め!!」

 

 ジオンにもドップ、あるいはド・ダイといった航空機はある。ギャリー・ロジャースのようなエースパイロットとコア・ブースターのような最新鋭機の組み合わせで無い限り、そうそう連邦の思う通りにはいかない、が。

 

「トップ機、被弾!!」

「こちらアス、助けてくれ!!」

 

 圧倒的な連邦の物量の前に、ジオン驚異のメカニズムうんぬん以前の段階で、パイロットの疲労と。

 

「弾が無くなったザクは、岩を投げて戦え!!」

 

 弾薬燃料、それらが枯渇していく。

 

 コゥア……!!

 

「グフ付きのド・ダイ、これで二機め!!」

「無理はするなよ、テキサン!!」

「可愛い子がね、ベルファフトに居るんでね!!」

 

 部分的にも連邦はジオン機の質を上回っている面もあり、ジオンの象徴たるモビルスーツが、どんどん行動不能となっていく。

 

「僕も、負傷さえしていなければ……」

 

 連邦軍総指揮官「レビル」が座乗するビッグ・トレーで休養をとっているヴァースキ少年の、その心理は複雑である。

 

「兄さんに、顔向けしたい……」

 

 

 

――――――

 

 

 

 全くバルカン、そしてビームスプレーガンが通用しなかった、両の手にバルカン砲を構えた重装甲のグフ・タイプが。

 

「エネルギー、チャージ始めます!!」

 

 一機だけしか投入されていない、ジムのスナイパーカスタムと呼ばれる機体によってその身体を撃ち抜かれる。その中。

 

 ドゥ!!

 

 縦横無尽に戦場を駆け回っていた、ホバー機能を備えていると思われるジオンのモビルスーツが、その手に持った大筒で陸戦型ジムを粉砕する。

 

「ドムだ、ドムを狙え!!」

「言われなくても、解ってます!!」

 

 ギュウ、ア……!!

 

 強烈に照りつける太陽を背にしながらの天頂、空からの強烈なビーム光がそのドムを溶解させた。

 

「あれが噂の白い奴か!?」

 

 先のジムが行った捨て身の攻撃でその右腕を失ったトーマス・クルツ機ことグフは、その機体を遠目に確認して、微かに戦慄する。

 

「トーマス、聞こえるか!?」

「なんだ、ロイ!?」

「南に逃げろ、ユーコン潜水艦がある」

「オデッサを捨てろってか!?」

「すでに独断で敗走している連中もいる!!」

「くそ!!」

 

 急遽配備された儀礼用のグフ、所々に金で縁取りされた豪奢な機体の残骸をチラリと横目で見ながら、トーマス・クルツは自機を軽く後ずさりさせる。

 

「くそ!!」

 

 遠目に見える謎の艦、コードネーム「木馬」を睨み付けながら、トーマスは自機を後退させようとする、しかし。

 

 ドゥン!!

 

「この距離で遠距離砲撃かよ!?」

 

 その木馬の随伴モビルスーツからの砲撃に対して、慌てたような声を出したトーマスは、今までの往生際の悪い後退ではなく、本格的にグフを撤退させた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「レビル将軍」

「うむ……」

 

 敵、ジオン軍総指揮官からの「脅し」に対して将レビルは。

 

 スゥ……

 

 その指を振り上げ、無視するようにと周囲の人間に示した。

 

「では将軍、これで……」

 

 その指示を受け、モビルスーツで構成された特殊部隊を率いるテネスは、その場から席を外す。

 

「デプ・ロッグ大隊、援軍が到来しました!!」

 

 そのTINコッドに護衛された大規模な爆撃機の部隊、それが間に合ったということは。

 

「たとえ、核で部隊が半壊しても、これでジオンには勝てる……」

 

 目を瞑ったまま、レビルはそう一人言葉を紡ぐ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「今ごろ、なあ……」

「なあに、ヤザン中尉?」

 

 自分の脇で横たわるメイリーの裸の胸を見つめながら、タバコを吹かしているヤザンは静かな声で、そう言葉を吐く。

 

「オデッサ、ダンケル達はどうしているだろうか?」

「解るはずないわよ、そんなの……」

「だよな……」

 

 そう言いながら、ヤザンは再びメイリーの身体をその腕にと抱く。

 

「ヴァースキ……」



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第25話「オデッサ・デイ(後編)」

  

「そこ……!!」

 

 白いモビルスーツが大きく空を飛翔しながら。

 

 ザァ……!!

 

 大型ミサイル、それの弾頭をビームサーベルで切り裂いた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「第三十六から四十八菱形戦車隊、後退しろ!!」

「そんな事言ってても!!」

 

 カタリーナが所属するその戦車大部隊は、ホバー移動をするグフの群れに囲まれていて、身動きが取れない。

 

「くそ、散れってんだよ!!」

 

 ダンケルが所属する飛行隊が最後の爆弾を落としても、そのグフ達はなかなか戦意を喪失する様子を見せなかったが。

 

 バァウ!!

 

「あれは!!」

 

 ギャリー・ロジャースのコア・ブースターが独断でその戦車隊を支援している中、いつぞやの戦いで見たコルベット付きのジム隊が、そのグフ達に空中からビームの斉射を降らせるようになってから、ようやくそのグフ達の動きにバラつきが出てきた。

 

「ドップ達の動きが変だ……?」

 

 何かジオンの高官が脱出でもしたのであろう、何機かのHLV、大気圏離脱用カプセルを守るかのように、ドップ戦闘機とド・ダイ攻撃機にと乗ったザクやグフ達がその大空へと飛び上がっていくカプセルの周囲を旋回している。

 

「……せよ」

 

 ディッシュ連絡機を使用した広域無線が、未だに交戦が止まない戦場を包むなか。

 

「……降せよ、ジオン兵よ」

 

 何処か、東の方角へ敗走するザク達のしんがりで、一際大きな爆発が起こる。

 

「こちらテキサン、くそ!!」

 

 どうやら、その爆発によりテキサン・ディミトリーが操縦するコア・ブースターの計器が狂ったらしい。それでもディッシュからの無線は。

 

「投降せよ、ジオン兵」

 

 銃弾が飛び交う戦場の中を、あたり構わずレーザー通信にて敵味方にと降伏を促す言葉を送る。

 

「くそ、うるせえ……」

 

 所々から火花をスパークさせながら潜水艦にとその脚を運ぶトーマス・クルツが、その広域無線に顔をしかめている。

 

「こちら、ロイ・グリンウッド」

 

 ズゥ……

 

 そのトーマスが向かっている潜水艦、そこから数体のホバー機能付きモビルスーツ「ドム」がその姿を現し。

 

「これより、アフリカに撤退する友軍の援護に向かう」

 

 そう言いつつに、ロイはその砂漠用塗装をされたドムからマシンガンを放ち、投降指示に従わないジオン兵を追撃しようとした戦闘機へと、その弾幕を張る。

 

「くそ、往生際の悪いジオンめ!!」

 

 デプ・ロッグのパイロットはロイ機の近くにいたザクキャノンからの対空砲撃を受け、破壊された爆撃機から離脱しつつも、宙で悪態をつく。

 

 ボゥウ……!!

 

 その沿岸付近のロイ達から、ややに離れた場所でHLV、垂直離陸大気圏突入用カプセルの第二陣が打ち上げられる姿が。

 

「フライマンタでは、少し荷が重い……」

 

 前線基地にと帰投するダンケルの視界に入る。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ヤザン隊長」

「なんだ、ラムサス?」

「オデッサから、撤退していくジオンの連中が見えます」

「解っている、わかってるさ……」

 

 輸送艦コロンブスを急遽モビルスーツ用母艦にと改良した艦から、パトロールの為に発進していたヤザン達のジムは、その次々に陥落したオデッサから打ち上げられるHLVの姿を見て。

 

「ジオンの連中め、いい気味だぜ……」

「これで、俺の家族も少しは報われる……」

 

 皆、次々に喝采の声を上げるがそのHLV達を初期型ジムのコクピットから遠目に見ているヤザンの心境は複雑である。

 

「追撃しますか、ヤザン隊長?」

「うむ……」

 

 コロンブスにといるベルカの声に、ヤザンはその腕を組んだまま、微かに唸る。

 

「あ、隊長!!」

「どうした、ラムサス?」

「ジオンの宇宙軍です!!」

「そうか……」

 

 もしかしたらオデッサから敗走した部隊を助けに来たのかも知れない、コロンブスと同じく輸送艦を改造したと思われるその艦から、数機のモビルスーツがその姿を現した。

 

「見たことのねぇモビルスーツだ」

「ヅダって奴かも知れません、隊長」

「知っているのか、ベルカ?」

「確か、ジオンのプロパガンダの為に使用されている欠陥品ですよ」

「欠陥品ねえ……」

 

 しかし、ヤザンのその目にはヅダというモビルスーツは優れた機動性を持っているように見える。燃料の切れたHLVから放出されるグフを助けている、その動きを見るだけで解る。

 

「このまま、俺たちは待機だ」

「そうですか、隊長?」

「そうするべぇよ、ラムサス……」

 

 迂闊に手負いの獣とはいえ、初期型で手を出すと噛みつかれそうだ、そう判断したヤザンは。

 

「メイリー、スペース・プリムまで引くぞ」

「いいの、ヤザン?」

「少し、この初期型数機だけでは手間取りそうだ」

 

 艦長代理を務めている、メイリー少佐にとそう伝えた。

 

「しかし」

 

 その、ヤザンの独り言は。

 

「オデッサは完全に落ちたな……」

 

 別に大した意味は持たない。



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第26話「オデッサの傷跡」

  

「こりゃ、また……」

 

 連邦軍が占拠したばかりのオデッサにと降りてきたヤザンは、その地の惨状をみて、軽く苦笑する。

 

「ずいぶん派手にドンパチやったみてぇだな、え?」

 

 何しろ、今だ破壊されたモビルスーツや戦闘機の撤去作業も全く終わっていない。

 

「なむ……」

 

 無論、仏さんもだ。

 

「しかし、俺も加わりたかったな」

 

 先程、略式の念仏を唱えていた男の言葉ではないが、所詮は野獣と呼ばれた男である。血が騒ぐ。

 

「さて……」

 

 「戦場跡」での散歩も終わり、ヤザンにも仕事が待ち受けている。

 

 

 

――――――

 

 

 

「このジム・ライトアーマーって言ったっけ?」

「そうだよ、ギャリー」

「良い機体だな、ヤザンよ」

 

 オデッサでの「後かたづけ」を手伝っているヤザン達は、そう言いあいながら、モビルスーツの訓練を兼ねた。

 

「俺にあてがわれたんだ、慣らしておかないとな」

「壊すなよ、ギャリー」

「解っているって……」

 

 ギャリーが乗っている、宇宙から持ってきたジム・ライトアーマーを地上で運用した場合での、実地テストを行っている。

 

「おおい、そこのジム!!」

「あん?」

 

 何やらブルドーザー、それで瓦礫の片付けを行っていた少年が、その席からヤザン達にと大声を張り上げた。

 

「何の用だ?」

「このグフ、少しどけてくんねぇかな?」

「あいよ……」

 

 最初、ヤザンが乗っている宇宙で製作されたジムは地上での戦いには不向き、強度に問題があるとルナツーのワッケイン少佐から言われてはいたが、特に今の所不具合はない。

 

 ガァラ……!!

 

 そのグフ、破損状態がそれほど酷くないその機体を横たわらせて、ヤザンはそのブルドーザーを操っている少年へ、モビルスーツの腕を使って手招きする。ギャリーは別の場所を片付けている様子だ。

 

「すまないね、へへっ……」

「このグフ、俺達がジムで持っていくぜ、兄ちゃん」

「ああ、そうしてくれ」

 

 微かに破損の傷跡が見えるグフをジムで引っ張りながら、無線で手空きのジム達を呼び寄せるヤザンを尻目に。

 

「カイさん、こっちの瓦礫も片付けてくれ!!」

「あいよ!!」

 

 そのブルドーザーは、騒音を立てながらその場から立ち去る。

 

「お、来たか」

 

 ヤザンの元にとやってくる、ヨタヨタ歩きのジム・トレーナー二機、どうやら新兵が操縦しているらしい。

 

「このグフ、鹵獲品として司令部に届ける」

「ハッ!!」

「三人で持つ」

「了解しました!!」

 

 その新兵達のおぼつかないモビルスーツ操縦の事をヤザンは少し心配しながら、それでも三人がかりでグフを持ち運ぶ彼らヤザン達。

 

「隊長、何をやっているんですか?」

「見て解んだろ、ダンケル……」

「大変そうですね」

「それだけかよ、おい」

「俺には別の仕事があるので……」

 

 そう言いながらジムを操り、そこらをブラブラしているダンケルを。

 

「全く……」

 

 恨めしそうに、ヤザンは見つめながら。

 

「こら、もっとしっかり持て!!」

「す、すみません!!」

 

バランスを崩しそうになる新兵へと檄を飛ばしつつに、彼等はそのグフを運ぶ。その近くではベルカ通信兵がホバートラックを運転しながら。

 

「ヴァースキ、身体の調子は大丈夫?」

「うん、何とか平気だよ、ベルカ」

 

 助手席にと傷が治ったばかりのヴァースキを乗せ、どこかへ伝令にと向かっているようだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「少佐、でありますか?」

「そうだ、ヤザン・ゲーブル君」

 

 未だ戦場の混乱が残ったままのビッグ・トレー、動く要塞とも言われるその陸戦艦艇の豪華な居室の主。

 

「君の、ここ最近の活躍は目覚ましい」

「はあ……」

 

 レビル将軍は、葉巻の先をナイフで切り落としながら、呼び寄せたヤザンに向かってゆっくりと語りかける。

 

「自分は、ただ目先の戦いに夢中になっているだけであります」

「充分だ、ヤザン君」

「将官というのは、どうも……」

「命令だよ、ヤザン・ゲーブル」

 

 葉巻から煙を立ち上らせるレビルは、その時その自身の細い目を。

 

「拒否権はない」

 

 刃のごとくに、鋭くさせた。

 

「……お受けいたします、将軍」

「いずれ、正式な命が来るはずだ」

「ハッ……」

「もっと、嬉しそうな顔をしたまえよ」

 

 とはいっても、二階級特進というものは、あまり縁起の良い話ではない。パイロットとしてのジンクスだ。

 

「用件は以上である、ヤザン少佐」

「……」

「下がって良い」

 

 そう言われて、暫しの間ヤザンはその居室で立ちすくんでいたが。

 

「ヤザン・ゲーブル、失礼します」

 

 この場にいても仕方がないと思い、踵を返して分厚いクラシックな扉を両の手でこじ開けた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「よかったわね、ヤザン」

「これでお前と同格か、メイリー」

「あらあら……」

 

 遅い夕食、インスタント食品を食べているヤザン少佐とメイリー技術少佐は、そう言い合いながら軽く笑う。

 

「この前の同衾、あれは大人の事よ」

「へっ、言ってくれる……」

 

 ビッグ・トレーの食堂は薄暗い、オデッサでの戦いで電気系統に異常が発生し、制限があると二人は聞いている。

 

「だから、俺はお前が気に入らねえ……」

「フン……」

 

 ヤザンは別に悪気があって言った訳ではないが、その言葉にメイリーは。

 

「女には、もっと気の利いた言葉を言うべきね、ヤザン」

 

 少し、気分を悪くしてしまったようだ。彼女は駆け足でカップラーメンを掻き込むと。

 

「おやすみ、ヤザン」

「おう……」

 

 そのまま、食堂から足早に立ち去っていく。

 

「女が戦場に出ると、こういう事があるからよ……」

 

 別に誘ったのはどちらともない話なのだが、どうもヤザンにしてみれば自分が悪い事をしてしまったような気になってしまうのだ。

 

「さて……」

 

 食べ終わったヤザンにも軽い眠気が襲ってきて、彼は軽くあくびをした後。

 

「ラムサスは、まだ働いているんかね……?」

 

 確か事務仕事を手伝っているはずだ。そのラムサスをからかおうと思い。

 

「差し入れでもしてやるか」

 

 ヤザンはビッグ・トレーの事務ルームへと、暗い通路の中を歩き始めた。



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第27話「ペキン包囲戦」

  

「連邦も、お元気なこって……」

 

 オデッサ作戦の余波も冷めやらぬ内に、ペキン等の攻略作戦を発動する。その連邦の姿勢には。

 

「なあ、ヤザン?」

「まぁな、ギャリー……」

 

 この二人も、互いに苦笑せざるをえない。

 

「ライトアーマーな、使えるか?」

「良い機体だ、オデッサで慣れてきた」

「初の実戦か?」

「模擬戦なら、何回かはやったよ」

「そうか……」

 

 そう呟きながらヤザンは望遠鏡を使い、ペキンの外側にと配備されているジオン軍、それの状態を確認する。

 

「この、ジム達も」

 

 何回かヤザンが乗ってみた所、少しは性能がアップしているようだ。少なくとも戦場で脚が折れるなどという失態は犯さずにすむだろう。

 

「しかし、こいつは……」

 

 何かしら最近、機嫌の悪いメイリー少佐の説明によれば、ヤザンのジムには特別な仕組みが仕込まれているらしい。

 

「見た目は、普通のジムにしかみえねぇがね」

 

 それでも、ある程度は見た目というものも大事だ。性能が変わっているという事の証明にもなる。

 

「ヤザン隊長、チーム・ヤザンは皆」

「配置に付いたか、ヴァースキ?」

「準備万端です」

 

 たとえば、このヴァースキが乗るジム・ドミナンスとかいう機体のように、箔を付けてほしいというのがヤザンの本心である。

 

「ヤザン隊長を戦闘にして、ラムサスさんとダンケルさんが三角形を組み」

「そして、カタリーナのジム・キャノンとベルカのホバートラックか」

「僕の機体とギャリーさんのライトアーマーは、遊軍に回ります」

「ああ、頼む」

 

 本来ならばヤザンもスタンドプレー、遊軍の方が性に合っているのだが。

 

「モビルスーツ戦の小隊戦のデータをあつめろってか……」

 

 まあ、その話はヤザンにしても解らない話ではない。彼も前から興味があった事だ。

 

「こちらベルカ」

「おう、ヤザンだ」

 

 小高い丘の上、風に吹かれながらヤザンのジムは、その脚を半歩進める。

 

「敵さんの様子はどうなっている?」

「うって出た様子です」

「自信があるか……」

 

 その事は、あまり良い知らせではない。籠城する必要がないという事だからだ。

 

「今回は上空の支援部隊が希薄です」

 

 ベルカのその言葉を受けるまでもなく、ヤザンには今回、航空支援が受けられる状況ではないことが解っている。

 

「少し、連邦も焦りすぎなんじゃねえか?」

「ジオン部隊、接近中」

「あいよ……」

 

 少し、心にわだかまりを残しながらも。

 

 ドゥ……

 

 砲戦が始まった戦闘域、それに向かって行くように、ヤザンはラムサス達にと号令をかける。

 

 

 

――――――

 

 

 

「悪くはなっていないようだな……」

 

 確かに今ヤザンが乗っているジムは、以前の機体と比べて性能が向上しているように見える。それは目の前で倒れ伏すザクの姿を見ても解る。

 

「アイツほどの機動性はねぇが、ね」

 

 ギャリー・ロジャースの駆るライトアーマーは、まさしく「戦場を跳ね回る」ように八面六臂の活躍をしている様子だ。

 

「くそ、早い!!」

 

 ラムサスとダンケルが放ち続ける弾幕、100mmマシンガンの間をすり抜け、敵のホバー付き重モビルスーツ「ドム」が、その戦場を無尽に移動している。その脚を止めようと肩キャノンから砲弾を放ち続けるカタリーナ。

 

 ザァ!!

 

 そのマシンガンと砲弾によって動きが止められたドムが、ヤザンのビームサーベルによって貫かれる。

 

「装甲も厚いぜ!!」

 

 だが、そのヤザンのビームサーベルは致命傷にはならなかったようだ、そのままビーム刃を機体に突き刺されたままのドムがその背中から棒状の剣を取り出そうとした、が。

 

 ズゥ!!

 

「助かったぜ、ヴァースキ!!」

「まだ、ドムがいます!!」

「解っているって!!」

 

 連装ビーム砲によりそのドムに止めをさしたヴァースキのジム・ドミナンス、それが次のドム編隊を指差す中で、ラムサス達はマシンガンを撃ち放っているが。

 

「ちくしょう、なんて装甲だ!!」

「そんなチンケなマシンガンだか、霧のようなビームなんかで!!」

 

 他の部隊からのビームスプレーガン、それも含めてドムの装甲にはかすり傷しか与えられない。

 

「お笑いなのさ!!」

 

 女性らしいドムのパイロットの嘲り笑いをよそに、ヤザンは実とそのドム達の動きを見極めようとする。

 

「バズをくらいな!!」

「おっと!?」

 

 その大型のバズーカを何とか盾で防ぎながらも、ヤザンはジムを小刻みに動かしながら、100mmをそのドムの。

 

「そこだ!!」

「何!?」

 

 胸、なにやらビーム砲らしき物が装備されている場所にとレティクルを合わせる。バズーカによって使い物にならなくなったシールドはそのまま近くのザクへと向かって投げつけた。

 

「ちぃ!!」

「効いたようだな、ドム!!」

「あがったりだよ、くそ!!」

 

 スパイクの付いたシールドを左手に装備しているドムは、その機体への損傷を気にした様子もなく、そのままホバー推進でヤザン達にと突っ込んでくる。

 

「女がよ!!」

「女で悪いかい、アアン!?」

 

 そのドムが急速接近して繰り出したナックル・パンチをどうにかかわすヤザン機、その急激な姿勢制御にジムの関節が悲鳴をあげるが。

 

「シーマ様!!」

「あたしに続け!!」

 

 続いてやってきたドムから放たれバズーカを、今度はヤザンは機体をジャンプさせてかわす。その隙にダンケルのジムが先頭を疾ってきたドムにサーベルをお見舞いしようとしたが、他のドムによるマシンガン、それの威嚇射撃により身を引く。

 

「ヤザン隊長!!」

「戦闘中だ、ベルカ!!」

「撤退命令が出ています!!」

「ちくしょう!!」

 

 ドミナンスがそのジオン女性パイロットが乗るドムにとビームガンを放ち、動きをストップさせたのはいいが。

 

「うかつに引けねぇんだよ!!」

 

 キャノン付きのドムの姿も見え、その砲撃も食らっている。カタリーナからの砲戦も一定の効果を発揮しているらしいが、ついにラムサスのジムがドムからのマシンガン、それによる集束射撃を受け、大きく弾き飛ばされる。

 

「ラムサス!!」

 

 そのラムサスを襲ったドムにマシンガンを放つダンケル機ジムであるが、やはりドムにはマシンガンが上手く通用しない。ギャリー機が救援に駆けつけ。

 

「貸しにしとくぜ、ヤザン!!」

「へっ、言ってろ!!」

 

 ライトアーマーが女性パイロットの仲間と思われるドムにとサーベルによる連続攻撃を加え、その脚を止めてくれる。

 

「ジリジリと引け!!」

 

 踵を返した先頭のドムが再びナックルでヤザン機を襲う、そのナックルの先に付いたトゲが身をひねったジムの肩を微かにえぐり。

 

「くらいな、ジム!!」

「ふん!!」

 

 そのまま「剣」を取り出そうとしたが、そのコンマの隙をヤザンは見逃さず、頭部バルカンによって先程攻撃を加えた胸へと向かって、集中砲火をかける。

 

「胸をそこまで狙うか、変態野郎が!!」

「言ってくれるじゃねえか、女!!」

 

 バルカンを固定射撃にしたまま、ヤザンはビームサーベルを取りだし、その。

 

「ヒートサーベルと出力が同じか、連邦の量産機!!」

 

 相手の得物と、鍔を迫り合う。

 

「シーマ様、頃合いです!!」

 

 ドゥウ!!

 

 ようやく支援砲火を行ってくれている量産タイプのガンタンク、その遅すぎる支援にヤザンは悪態を付きながらも。

 

「バックしてやる、女!!」

「ちぃ!!」

 

 ヤザンは、自機の損害をなるべく伝わらないようにと、強気の声を張り上げる。

 

「ドム、撃墜!!」

 

 ドミナンス、ヴァースキ機とギャリーのライトアーマーが連携をとり、一機のドムを撃墜させる。その後続のザク達にガンタンク部隊が鉄の雨を降り注がせる中。

 

「シーマ隊、退くよ!!」

 

 牽制のサーベルを一振りした後、そのドムは今まで以上にホバーの出力を上げ、大きく弧を描くように地表を滑る。

 

「やっと、引いてくれたかよ!!」

 

 刃を交えて初めて解る性能差というものがある。このジムではパワーも装甲も、そしてスピードもあの「ドム」とやらには敵わない。

 

「うわっ!?」

「どうした、ダンケル!?」

「またしても、ジムの膝が笑った!!」

「全く……!!」

 

 微かに笑ながらも、ヤザンはペキンの方面からはその目を離さない、いつ追尾の敵部隊が現れるか、知れたものではない。

 

「痛み分け、といったところか」

「このドミナンス、ヤザンさんの方が使いこなせるかも……」

「そう言ってくれるか、ヴァースキ?」

「僕が特別に、研究所から借り受けた品物ですけどね」

「そうかい……」

 

 そう呟くヤザンの視線は、今度は無惨にドム達によって蹂躙された61式戦車の方にも向かわせられる。

 

「戦車の時代は、もう終わったな……」

 

 しかし、このジムとてジオンの新型に比べれば、いつ戦車の二の舞になるか解らない、それをこの戦いで理解してしまったヤザンである。



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第28話「雨降る日」

  

「なんだい、ヴァースキそれは?」

「ミサンガです、ヤザン隊長」

「ミサンガ?」

 

 曇天を見上げているヤザンにとっては聞き慣れない言葉だ、その意味を問い質そうとしたとき。

 

「この腕に巻いてある輪、それが切れると願い事が叶うそうです」

 

 ヴァースキ少年の方から、その「ミサンガ」とやらについての説明がされた。

 

「何か、願い事でもあんのかよ、アン?」

「死んだ兄に出会えるように」

「……」

「と、いう願い事です」

 

 その言葉、ヤザンには色々と言いたい事もあるが、彼がその自身の顔にとよく似た。

 

「あのよ、ヴァースキ」

「はい?」

 

 メイリーなどに言わせれば、自分から「険」をとればこういう顔立ちだと言われている、このヴァースキという少年の言った言葉に対しては。

 

「死んだ人間に会うなんて、オカルトじみた話だな」

「そ、そうですね」

「まあ、自分が死ねば願いは叶うがな」

 

 あまり、気の利いた言葉を言えないヤザン。

 

「お前の兄貴、どんな人間だったか?」

「生きていれば、隊長と同じ位の歳でしょうか……」

「フゥン……」

 

 そう、どこか上の空で答えながら、ヤザンはそのミサンガとやらを実と見つめる。

 

「叶ったら、切れるのか」

「切らないでくださいよ、隊長」

「だれがそんな事をするか……」

 

 ぼやりと答えるヤザンには、何か。

 

「あ、隊長」

「お、おう……」

 

 何か、彼に聞かなくてはならない事があった気がしたが。

 

「何だ、ヴァースキ?」

「ギャリーさんやバックマイヤーさんと、交代の時間です」

「もうそんな時間か……」

 

 ペキン包囲網の一区画、それの見張りの交代の時間が来たことにより、うやむやになってしまった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……で、オデッサの時にその重装型グフを、僕のスナイパーカスタムで撃ち抜いたわけです」

「大したもんだな、バックマイヤーさんよ」

「ラムサスさんだって、同じような事が出来るはずです」

 

 ヤザン達と見張りの交代をしたラムサスと、バックマイヤーというパイロットは遅い昼食を取りながら、モビルスーツの事についてとりとめのない話を続けている。

 

「連邦も、モビルスーツの開発は急ピッチで進んでいますからね」

「そうだな……」

 

 そう返事をしながら、ラムサス・ハサは懐から一枚の封筒を取りだし。

 

「久しぶりだな……」

 

 無言で雨の中、野外食堂でカレーライスを食べ続けているバックマイヤーの事を少し気にしながら、彼はその中に入っている手紙を読み始めた。

 

「……」

 

 無言で進む時、バックマイヤーの隣にカタリーナとメイリーがやってきた。が、そのいつになく真剣なラムサスの姿を目にして。

 

「シチューライス、一つ」

「ラーメン、一つ」

 

 無駄な話をせず、互いに食事を注文し始めた。

 

「ふん……」

 

 バックマイヤーが昼食を食べている音が響くなか、ラムサスは手紙をカサリと音を立てて、丁寧に封筒にとしまいこむ。

 

「あの、ラムサス?」

「……」

「ここにいたら、私たち悪いかしら?」

「いや、大丈夫だメイリー少佐」

 

 微かに彼ラムサスはそう言って微笑むと、その封筒を胸にとしまい。

 

「コーラ、一つ」

 

 どこか、わざとらしく飲み物を頼む。

 

「いや、義理の弟がな」

「義理の?」

「死んだ妹の旦那だよ、メイリー少佐」

 

 またしてもわざとらしい照れ笑い、それにカタリーナがその顔を固くする。

 

「コロニー落としで、な」

 

 その場の雰囲気を少しでも和らげようとしたラムサスであったが、すでに遅い。

 

「人の死というのは、簡単に訪れる物だとは思うけどな、少佐」

「ん……」

「どうした、バックマイヤーさん?」

「いや、その妹さんは軍に入っていたのか、ラムサス少尉?」

「いんや、民間人」

「なら、罪だな」

「そうか」

「ギレン・ザビが犯した罪だよ」

 

 カレーライスを食べ終わったバックマイヤーは、そのまま食器をカウンターにと返しに行こうと、席を立つ。その入れ替わりにメイリー達が注文した料理が出来上がったと、カウンターの電工掲示板にと点灯する。

 

「ほら、カタリーナ?」

「は、はい……」

 

 そそくさと席を立つ二人に、ラムサスは微かに苦笑しつつも。

 

「人の死に、慣れなくちゃな……」

 

 少し軍人として甘い所がある、そうラムサスは自己分析をする。

 

「ほら、コーラだラムサスさん」

「ありがとう、バックマイヤーさん」

 

 

 

――――――

 

 

 

「ベルカ、雨が強くなってきたわよ」

「解ったよ」

 

 ペキン包囲網のやや後方で支援役をしているベルカは、雨が降る夜の中でホバートラックの機器の様子を確かめている。

 

「確か、新しい整備員だったね」

「アイネです、よろしくね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ベルカにとって、この寒い中コーヒーと菓子を差し入れしてくれる彼女のような。

 

「ダンケル少尉はどこかしら?」

 

 年頃の近い、話し相手になれそうな人間が配備されたのは嬉しい事だ。

 

「ダンケルさんなら、ジムと格闘しているはずです」

「ありがとう、おチビさん」

「ん……?」

 

 だが何か、新入りの彼女から居丈な空気を感じたベルカ通信兵、ではあったが。

 

「あ、音響収集機器がやられている」

 

 雨の音の為に発見できたホバートラックの不具合、それを確かめる為にトラックの中へと潜り込んだ彼は、その不快感を忘れてしまった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さすがジオンのモビルスーツ」

 

 部品の枯渇の為、補給部から鹵獲したグフを使ってジムを調整しろという命を受けたダンケルであり。

 

「ジムとは、全く規格が違う」

 

 コクピット内でダメ元でやってみたが、やはり上手くいかなかった。その彼を嘲笑うかのように雨は土砂崩れといえる状態になってきた。

 

「ライトアーマー、可愛い奴だ」

 

 そのギャリーの嬉しそうな声は、全く彼の機体に異常が見られない事を意味しているらしい。よほど今までの出来損ないのジムやらザクやらにストレスが溜まっていたのだろう。

 

「ハア……」

 

 ややに嬉しげにはしゃぐギャリーをよそに、それでもダンケルは何とかグフのOS、それの基板をジムにと移植したが。

 

「何か、両方ともオシャカになるんじゃねえか……?」

 

 かえって、全く信頼の置けない機体にと変わってしまう事にダンケルは深く溜め息をつく。

 

「あ、ダンケル少尉ですか?」

「ん?」

 

 その、雨降りの刻によく似た声を発した少女、彼女が。

 

「アイネです、ただいまメイリー少佐を呼んできます」

「お、おい……?」

「内部の話ですよね、デリケートな物です」

「いや、少し待て……」

 

 何か、あまり人の話を聞かない少女にダンケルは呆れた表情を浮かべたまま、走り去っていく彼女にとその手を伸ばした、が。

 

「なんなんだ、一体?」

 

 もちろん、コクピットからのその手は少女には届かない。



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第29話「ペキン陥落」

  

 幾機ものHLVがペキン中心の宇宙港から発進したのを見届けた「カイゼル髭」は。

 

「さては、ジオンのお偉方が逃げたな……」

 

 連邦の宇宙軍にと通信するよう、近くにいた兵に伝えながら。

 

「各部隊に連絡を出せ!!」

 

 大声で叫びながら、近くの無線機へとその手を伸ばした。

 

 

 

――――――

 

 

 

「またしても、出番か……」

「珍しいですね、隊長」

「何がだ、ダンケル?」

「隊長が戦いで、愚痴を言うなんて」

「言ってくれるなよ、全く……」

 

 よく不利な戦いほどファイトが沸くという人種もいるらしいが、ヤザンにしてみれば玉砕と戦いを楽しむとは全く違うものだ。

 

「まあ、このジムでもなんとかやるしかねぇよな」

 

 それでも、心の底から湧き出る闘志は彼の身体を支配する。

 

「今回、航空支援による援護が見込めるようです」

「そうかい、そりゃよかったな」

「あのテキサンが参加していますよ?」

「それが?」

「いや、少佐はあの手の男は嫌いかと思いまして……」

「それこそ何が、だよラムサス」

 

 そう、丘の上にとそびえ立つ三機のジムが声を掛け合っている内に。

 

「こちらフィリップ隊!!」

 

 すでに戦端を開いていた部隊から、救援信号らしきものが送られてくる。

 

「羽根付きと重装型に囲まれて、身動きがとれねぇ!!」

「しかたがねぇ、ラムサスにダンケル!!」

 

 部下達に号令をかけながら、ヤザンは自機「ジム」にと火を入れる、それと共に。

 

「ベルカ、テキサンとギャリーの奴に連絡だ!!」

「はい、ヤザン隊の支援でよろしいですね!?」

「カタリーナのジムキャノンは、ガンタンク部隊に回せ!!」

 

 ジムキャノンは今ヤザン達が乗っているジムよりもさらに機動力が劣る、もし敵にドムがいたら、確実に凌ぎきれない。

 

 ヒュア……!!

 

 妙な形をした爆撃機から爆弾を投下する飛行隊の姿にちらりと視線を向けながら、ヤザン達はその襲われている部隊の救援にと、斜面をかけ降りながら向かう。

 

「おっと、ヴァースキの奴の事を忘れていた!!」

「僕ならここにいますよ、ヤザン隊長!!」

「そうか!!」

 

 もっとも、いきなり現れては自分達のジムを追い越していくドミナンスの姿は、ヤザンにとって気分の良いものではない。

 

「それだけ、あのドミナンスとやらが優れているっていう証明だがな!!」

 

 気の早いラムサスがバズーカ砲をその「羽根付き」達にと向かって撃ち放っている姿を確認しながら、ヤザンは。

 

「ほらよ!!」

 

 ドミナンスの連装ビームによって装甲が削り取られた重装タイプのグフに向かい、ヤザンは斜面を滑りながらビームスプレーガンを連射した。負荷こそガンにかけるが。

 

「使い捨てるつもりで行く!!」

 

 今回、ヤザンは背中のラックにバズーカも装備させている。例のドム対策だ。

 

 バッ、バァ!!

 

 ヤザン達にと気がついた重装型が、その両の手からバルカンを放ってくるが、それをダンケルが前にと出てシールドで防ぎ。

 

「はぁ!!」

 

 そのまま、彼ダンケルは丘の坂から身を僅かに浮かべさせ、100mmの弾幕をその重装にと浴びせる、装甲こそ貫通できないが。

 

 ドゥウ!!

 

 ラムサスのバズーカがその重装型グフを吹き飛ばす。さすがにこのジム用バズーカには重装タイプと言えども耐えきれない。その追撃として、ヤザンもスプレーガンをそのグフの群れに向かって出鱈目に撃ち放つ。こちらへ気を引き付ければいいのだ。

 

「こちらフィリップ機ジム、感謝するぜぇ!!」

「お互い様ってやつよ!!」

「借りが出来ちまったな、おい!!」

 

 ヤザンが搭乗しているジムの関節、それの摩擦は思ったほどではない、それほど激しい動きをしていないのと。

 

「何か、特殊な処置が施されていると言っていたな!!」

 

 メイリーのその言葉を頭へと浮かべつつも、ヤザンの視線は半ば混乱状態に陥ったグフ達の方を見ていない、肝心なのは。

 

「来たか!!」

 

 ドム、恐るべき重装モビルスーツなのだ。

 

 ドゥン!!

 

 その地を滑るドムが放ったバズーカが他の部隊の陸戦型ジムを破壊する気配を肌で感じながらも、それでもヤザン達はそのドム達の挙動からは目を離さない。

 

「ヤザン隊、散開しろ!!」

「了解、隊長!!」

 

 ラムサスの声を尻目に、ヤザンはビームスプレーガンの出力を最大にまで引き上げ、そのままビームをキャノンを肩にと付けたドムにと放つ。そのエネルギー反動でスプレーガンはオシャカになったが。

 

「くそ、ドムキャノンが!!」

 

 さすがにその強力なスプレービームはドムの装甲を撃ち抜いたようだ、動きが明らかに鈍くなったドムを無視し、ヤザンの瞳は新たな獲物を探す。

 

 ガゥ、ガ!!

 

 敵の攻撃機にと搭乗したザク達、改良タイプと思われるそれらの敵機に砲火を加えているガンタンク部隊に所属するカタリーナのジムキャノンがその内の一機を撃ち落とすと同時に。

 

「囲まれているジム達、防げよ!!」

「おい!?」

「男には優しくしないもんでね!!」

 

 テキサン・ディミトリーが乗っている謎の戦闘機を先にとした航空部隊が、グフ達の真上から対地ミサイルをそのジオン機達にと放ち続ける。だが。

 

 ボフッ、ウ!!

 

 またしてもドム、その手にくくりつけられたスパイクナックルにより、フィリップとやらの近くにきたジムがその頭を吹き飛ばされた。その光景を見たヤザンは。

 

「あれは、この前の女か!!」

 

 ギャリーのライトアーマーが遊軍としてドム達の回りを飛び回っている姿をチラリとその視線にいれつつに、ヤザンは背中のラックからバズーカを取り。

 

「止めをさすぜ、女!!」

 

 ダンケル、ラムサス機と連携をしつつ、そのバズーカをその敵機の回りにいるドムにと、二連射する。

 

「この、ジムが!!」

 

 しかし当たり所が悪かったのか、そのバズーカはそのドムの動きを止まらせるには至らず。

 

 ズゥ!!

 

 そのまま、ドムの群れはヤザン達とはややに離れた方向にと疾り去っていく。

 

「今は敵に構うな!!」

「了解、シーマ様!!」

「あたし達が生き延びるのが先決だ!!」

 

 ヤザン達とはやや離れた場所にいたヴァースキからのビーム砲もそのドムには届かず、そのまま。

 

「逃げたか、あの女……?」

 

 ドム達は、北の方向へと向かっていった。

 

「うわっ!?」

 

 そのドム達の挙動に不意を突かれたのか、ヴァースキのジム・ドミナンスがグフからの「鞭」を受け、その動きを止まらせてしまう。

 

「ヴァースキ!!」

 

 だが、ヤザンがバズーカを構える前に、ダンケルの100mmがそのグフにと集中火線を浴びせた。

 

「ん……!?」

 

 その手負いのグフを遠距離からライトアーマーのビームライフルで撃ち抜いたギャリーが、何か。

 

「……えるか、ヤザン!!」

「何だ、ギャリー!?」

「ミノフスキー粒子が濃くて、司令部まで通信が通らん!!」

「だから何だ、用件を言え!!」

 

 ザクの小隊からの射撃をシールドで防ぎながら、ヤザンはラムサス達に支援をするようにと命じつつ。

 

「ギャリー!!」

「敵が、白旗を上げている!!」

「本当か!?」

 

 ギャリー・ロジャースからの言葉を、しかとその耳で聞いている。

 

「ベルカ、ベルカ!!」

 

 しかし、そのヤザンの無線を通した声はどうやらホバートラック、通信設備の整ったその支援車両には届かないようだ。

 

「くそ、しかたがねぇ!!」

「俺が行くよ、ヤザン!!」

「大丈夫かよギャリー、敵に背中を見せて!?」

「そんなヘマをするもんかよ!!」

 

 近くにはデイッシュ連絡機の姿もない、確かに高機動を誇るライトアーマーが幕府、連邦の前線基地へと向かうのは道理には合っている。

 

「お、カタリーナ達の奴!!」

 

 意図的か偶然か、カタリーナ軍曹達が砲戦部隊がそのギャリー機を支援する素振りをみせ、さらには。

 

「たしか、何とかファイターだったな……!!」

 

 テキサン・ディミトリーの駆る爆撃機もまた、ギャリー機を上空から支援する姿を見たヤザンは。

 

「まあ、いい……」

 

 あまり気にする事はない、こうなった以上積極的に攻めるつもりはないが、所詮は敵兵である。

 

「ダンケル、ラムサス、密集態勢で敵を迎え撃つぞ……」

「了解、隊長」

「できれば、ヴァースキの奴もここに呼び寄せろ」

 

 適当に、本来の意味で適当に事をやり過ごそうと、ヤザンは心に決めた。恐らくは勝った戦いなのだ。

 

「ヴァースキ、よくやっているよ……」

 

 ヴァースキ少年、ドミナンスがあのフィリップ達とやらを上手く助けている姿に、彼ヤザンは重ねて「勝った」戦いである事を実感する。



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第30話「海を往く者」

  

「お前の兄貴って」

「何ですか、ヤザン隊長?」

「どういう奴だった、ヴァースキ?」

 

 夕陽に照らされる、浮上状態である潜水艦の甲板の上で、海水に濡れているその場に足を滑らせないようにしながら、ヤザンは静かにタバコを吸う。

 

「会ったことが、ありませんので……」

 

 その意味がよく解らない言葉、それにはヤザンは黙っている。

 

「でも、いるらしいです」

「フン……」

 

 あまり実のある会話は出来なさそうだ、そう思ったヤザンはタバコを吸いつつ、赤い夕陽を何気なく眺めている。その光が海と天、そしてヤザン達を真っ赤にと染めていた。

 

「よく解らん話だな」

「そうですね、すみません」

「いいってことよ……」

 

 吸い終わったタバコを携帯灰皿にと押し付けながら、ヤザンは今度はこれから向かう目的地、南米にある連邦軍の総本山「ジャブロー」の方向にとその目を向ける。

 

「たしか、海にはジオンのモビルスーツが闊歩しているんだったな……」

「でも、この艦にも水中用モビルスーツが搭載されています、ヤザン隊長」

「当てにはできねぇ」

 

 ペキンにいる頃、その水中型のモビルスーツとやらには乗った事があるが、機動力が低くまともに使える物であるとは思えなかったのだ。

 

「この召集命令の最中に、ジオンに出会わない事を祈るぜ……」

 

 海上では地上の勢力図などは関係がない。その意味では水中戦共々、宇宙にと似ていると言える。

 

 

 

――――――

 

 

 

「このフィッシュアイとやら、アイネ整備員」

「はい、ダンケルさん」

「本当に使えるのか?」

 

 フィッシュアイ、宇宙で生産が始まったと言われている補助戦力、戦闘用ポッドを水中戦用にと改良した物だ。

 

「外見は、迫力があるが……」

 

 潜水艦のハンガーデッキに鎮座されているそのモビルポッドはどこかピラニアに似た外見をしており、ダンケルの趣味には合う。

 

「機動性は、決して悪くはありません」

「そうだと良いが、アイネ」

「あっちのアクアジムよりは、上手く戦いが出来るかもしれませんよ?」

「簡単に言ってくれる……」

「きっと大丈夫、きっと大丈夫」

「ハイハイ……」

 

 カタリーナと続いて、どうしてこの部隊には癖のある女性ばかりが集まるのか、ダンケルにしてみればあまり愉快な事ではない。

 

「まともなのは、メイリー少佐どのだけだぜ……」

「何か言ったかしら、ダンケル?」

「おっと、これは……」

 

 潜水艦内の搭載機用ハンガーデッキ、そこに一機だけあるアクアジムの物陰から、その当の本人がひょっこりと姿を表した事に、ダンケルは慌てて形ばかりの敬礼をしてみせる。

 

「アクアジム、どうでしょうか少佐?」

「どうもこうも」

「無茶な機体なので?」

「急造兵器って噂、本当みたい」

 

 だとしたら、このフィッシュアイの方が上手く使えるな、ダンケルはそうヤザンから聞いた感想を頭にと浮かべた。

 

「何事もなければいいけど……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「ジャブローに向かって」

「ん?」

「俺達は何をするんだろうか、カタリーナ?」

 

 潜水艦の中での娯楽室、古くさい映画を見つめながら、ラムサスは隣でポップコーンをしがんでいるカタリーナにと話しかける。

 

「まさか、ジャブローの警備係じゃあるまい」

「さあ……」

「まあ、だよなあ」

 

 互いに一パイロットの身である、詳しい事などは知るよしもない。

 

「なんでも、噂では」

「おっ、さすが耳年寄りのベルカ殿」

「茶化さないでくださいよ、ラムサスさん」

「んで?」

 

 映画ではジオン・ズム・ダイクンの反連邦活動、それを冒険活劇として描かれている。あまり連邦の兵であるラムサス達が見て良い映画ではない。

 

「連邦は、オデッサに続き大攻勢に出るみたいです」

「攻勢、どこを攻めるんだ?」

「全部、らしいです」

 

 その言葉にラムサスはすぐには答えず、映画の中で銃を撃っているダイクンの姿に見入っている。

 

「一気に戦いの幕を下ろすつもりか」

 

 バァン……!!

 

 ダイクンが、敵対組織にと殴り込みをかけ、その手に持つショットガンで一気に相手を一網打尽にする。

 

「そんな上手くいくかしら、ベルカ?」

「僕に聞かれても、知りませよ」

「だわね……」

 

 ベルカ通信兵のその答えはまさしく正論であり、彼の返事にカタリーナは次の言葉を紡げない。

 

 キュイ、キュイ……!!

 

「ん、何だ?」

 

 艦内に突如として響いた警告音に、ラムサスは手に持つハンバーガーを落としてしまう。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あまり、俺たち連邦の奴が見て良い映画ではなかったな」

「我々がそんなに上等な兵ですか、ヤザン隊長」

「ちげぇねえ、ラムサス」

 

 先程、娯楽室にブラリとやってきたヤザンはそう言いながら口の端を歪めて笑う。

 

「第二種戦闘配備ってのが、よくわからねぇなあ……」

「水中用の機体、整備は終わっているっす」

「よしよし、アイネ……」

 

 とりあえず皆、赤い警告灯が灯るハンガーデッキにと集まっているが、その後の情報が艦橋辺りから入ってこない。

 

「メイリーの奴は、どうしてるかな……」

 

 代表として艦橋に向かっているメイリー技術少佐、なにかあれば艦内放送なり彼女なり、連絡が来るはずだ。

 

「もっとも、艦内放送の方はやり過ごす気なら、しねぇと思うがね……」

 

 ホバートラックのソナーと機器の系列が似ていると言っていた通信兵ベルカによれば、そういう事らしい。水中では音が全てだ。

 

「アクアジム一機に、フィッシュアイ二機か」

「と、なると隊長」

「俺がアクアジム、お前ラムサスとダンケルがフィッシュアイという事になるな」

 

 どちらにしろ戦力としては心細い、水中戦用のモビルスーツはジオンに一日の長がある。

 

「もともと、宇宙育ちのジオンだからなぁ……」

 

 宇宙と水中では、気密性や上下という概念が薄いという点でよく似ている。ジオンはもともとの宇宙戦用のモビルスーツ・ノウハウをそのまま水中用のモビルスーツにと応用しているのだ。

 

「あっ……」

 

 その時、ハンガーデッキを照らしていた赤い光が晴れ、いつも通りの常夜灯がヤザン達を照らす。

 

――こちら艦橋、ジオンのM型と思わしき潜水艦は戦闘可能半径から立ち去った――

 

 メイリー少佐のその声を聴くと同時に、誰ともなくため息のような声を出した。

 

「全く、ヒヤヒヤさせやがって……」

「臆病者ね、ダンケルさん」

「何だと、カタリーナ?」

 

 少しムッとした顔つきをしながら、ダンケルは立ち上がったカタリーナにと、その顔を見上げて睨み付ける。

 

「やめるっすよ、二人とも?」

「騒ぐな、油断だぞ……」

 

 アイネ整備員とラムサスのその注意の声、だがそれには微かに安堵の色がある。

 

「ヤレヤレだぜ……」

 

 無論、そのヤザンの声にもだ。この戦力で水中戦などはしたくなかったというのが、ヤザンの偽らざる気持ちであった。



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第31話「ジャブローの大工房」

  

「へえ、これが」

 

 連邦の本部「ジャブロー」の内部大工房、そこに大きく鎮座している戦艦「木馬」の姿を見て、ヤザンは感嘆の声を上げる。

 

「ガキだけで、戦場を潜り抜けたっていう話の奴か」

「そうみたいだな、ヤザン」

 

 ジャブローで合流したギャリー・ロジャースが、そう言いながらブラブラとジャブローの天井、そこからぶら下がっている鍾乳石の姿に見入っている様子だ。

 

「よほど、ガンダムって奴とそのガキのパイロットが良い素質を持っているんだろうな」

「早熟のパイロットは、いるにはいるさ、ギャリー」

 

 そういうヤザンにしても宇宙戦闘機時代、ドッグファイトなどの「前時代的」な実技では二十の歳にも満たないのにトップクラスの成績だった。

 

「そのパイロットのツラ、見てみてえもんだな……」

 

 先程、数人の少年少女達とすれ違ったが、ヤザンには誰がその「ガンダム」のパイロットなのかは解らない。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ドミナンス、調子が悪いというのは本当か?」

「はい、ヤザン隊長」

「フゥン……」

 

 何故か「木馬」と同型の、緑色をしたもう一隻の木馬がジャブロー大工房にと入港した姿を見やりながら、ヤザンは自身の後ろにと続くヴァースキの方にと振り返る。

 

「特別製なのか、あのジムは?」

「北米のオーガスタ研究所、そこからムラサメ研究所にニュータイプ研究の駆け引きとして渡された機体です」

「ニュータイプ?」

 

 その聞き慣れない言葉に、ヤザンは自分にとあてがわれた機体のリストを見る手を止め、立ち止まりながら彼の顔を実と見つめる。

 

「なんだ、それは?」

「なんでも、モビルスーツを上手く動かせる人間の事を言うそうです」

「だったら、さあ……」

 

 その緑色をした木馬から這い出てきた二機のモビルスーツ、以前ヤザンが乗った事がある陸戦型のガンダムによく似たその機体が、重い足音をたてながら機体調整用のハンガーへとその脚を進める。

 

「俺もニュータイプって名乗ってもいいかい、ヴァースキ?」

「何でも、精神面の話もあるそうで……」

「騎士道か、じゃあ俺には無理だな」

「未来予測、そういった力も当てはまるみたいです」

「なるほど、オカルトな話だな」

 

 白い木馬、先程ホワイトベースと聞かされたその艦からも、何機かのモビルスーツが艦内から出てくる。どうやらそれらも調整が必要な様子だ。

 

「だから、ムラサメだかオーガスタだかの研究所で取り扱っている、そういう話が出てきているわけか」

「そう聴きましたか、ヤザンさん?」

「メイリーとベルカから聞いた」

 

 そう言ってヤザンは少し上を向いた後、その足を再び動かし始める。

 

「このストライカーな?」

「機体系列的には、ギャリーさんのライトアーマーに近いそうですね」

「何にしろ、乗ってみないとな」

 

 何でも、アイネ整備員達の話によればレビル将軍からヤザンへの「昇進祝い」だそうだ、そのジム・ストライカーという機体は。

 

「おや、あれは……?」

 

 その時、目の前から複数の人物に連れられて歩いてきた、太った高官らしき人物がヤザン達の視界に入る。

 

「確か、ゴップ大将……」

 

 ヤザンにはその高官に見覚えがある。確か彼が正式に連邦宇宙軍に配属することになった時に、大勢を前にして挨拶の口上を述べた男だ。

 

「おや……?」

 

 その「デカブツ」であるゴップ大将もまたヤザン達にと気が付き、その視線を向ける。

 

 バッ……!!

 

 正直、ヤザンにとっては「雲の上」の人物過ぎて会いたくない人間であったが、会ってしまった以上、手を挙げて敬礼をせざるを得ない。

 

「任務、ご苦労……?」

 

 そう言ったゴップ大将ではあったが、ヤザンの背後にいるヴァースキの顔を見たとたん。

 

「ヴァースキ君ではないか?」

「ゴップ大将……」

 

 その肥えた顔を、微かに綻ばせる。

 

「知り合いか、ヴァースキ?」

「ええ、まあ……」

 

 ややに緊張を帯びたヴァースキのその声にヤザンは違和感を感じたが、この二人の間柄を何も知らない彼が言う事は何もない。

 

「いつから、このジャブローに?」

「ついこの前、ヤザン隊長に連れられて……」

「そうではなく、いつから戦いの場に身を置くことになったかと聞いているが、私は?」

「僕が軍属とお気づきに?」

「違うか?」

「いえ違いません、ゴップ大将」

 

 その時、ゴップ大将の付き添いの兵が、彼ゴップの耳にと何かを囁く。

 

「失礼、時間だ」

 

 身をヨタリと動かしながら、ゴップはそのまま下方部へと続くエレベーターへと歩もうとする。

 

「ヴァースキ君、いずれまた」

「ハッ……」

「ヤザン君とやら、彼をよろしく頼むよ」

 

 その言葉にヤザンは何かを言おうとしたが、ゴップの側近の兵が首を横に振ってそれを遮り。

 

「何なんだ、一体……」

 

 呟くヤザンを尻目に、彼らはこの大工房から去っていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ドミナンス、やはり調子が悪いみたいだな」

 

 ストライカーとの模擬戦の相手になってくれたヴァースキ、彼の機体はやはりどこか挙動がおかしい。

 

「何か、機体に施されたマグネットコーティングの調子が悪いのかもしれません」

「マグネットコーティング、だと?」

「関節に磁石の油を差すようなものです、隊長」

「ああそういう事か、なんとなく解った」

 

 半ばその言葉を聞きながしながら、ヤザンは自機であるジム・ストライカーの接近戦用プログラムの様子を確かめている。

 

「ダンケルのジム、いやグフからのプログラムを使っているらしいが……」

 

 大型格闘武器であるビームスピアはそれなりにそのプログラムの恩恵を受けているが、このジャブローでの整備員が勝手に取り付けたヒートワイヤー、何やらジオンの技術を入手して開発したその武装の様子があまり芳しくない。

 

「ま、所詮は盗み武器だからな」

「それでも、このドミナンスよりは格闘戦に強いと思います、ヤザン隊長」

「そうかい……」

 

 今度はギャリーのライトアーマーとでも模擬戦をやってみようか、そう思ったヤザンではあったが。

 

「さ、ヤザン隊長」

 

 どうも、不調のドミナンスだというのに、ヴァースキはヤザンと戦うのが嬉しくてたまらない様子だ。

 

「元気なこった……」

「兄さんみたいで、嬉しいです」

「言ってくれる、小僧」

 

 その言葉を受け、仕方なくジム・ドミナンスとの戦いを続けるヤザン・ゲーブル。

 

「そのドミナンスとやらも、接近戦に弱い訳ではないがな」

「機体の不調は、格闘戦にモロにでるんですよ」

「たりめぇだ、解っているよ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「カスタムの様子はどうだ、トーマス?」

「悪くない、グフよりはよほど使える」

 

 キャリフォルニア・ベースから発進したガウ空爆の中で、トーマス・クルツは新しく授与されたモビルスーツの様子に、やや機嫌が良い様子だ。

 

「しかし、ジャブロー攻めねぇ……」

 

 そのジャブロー地下から挟撃するという作戦らしいが、どうもトーマスにとっては。

 

「無茶を考えすぎじゃねえか、お偉いさんは」

 

 歴戦の兵である彼にしてみれば、無茶な作戦に思えてしまう。



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第32話「ジャブローに散る(前編)」

  

「ここに不明機を見たっていうのは」

 

 慣熟も済まそうとし、ジム・ストライカーでアマゾン河付近を哨戒任務についているヤザンは、そう言いながら。

 

「本当かねぇ……?」

「さあ、ヤザン」

 

 後ろについてきている、ギャリーのライトアーマーと。

 

「俺は知らねぇな、なあヴァースキ君?」

「はい……」

 

 ヴァースキが乗る、ドミナンスにと声をかけた。

 

「やはり、単なる見間違え……」

「ヤザンさん……」

「どうした、ヴァースキ?」

「何か……」

 

 だがドミナンス、その機体が河の中をその指で軽く差す。

 

「何か、います……」

「何だ、未確認生物か?」

「何か!!」

 

 ドゥ!!

 

「おい、ヴァースキ!?」

 

 突如としてその「河の中」にとビームライフルを放ったヴァースキに、ヤザンは驚いた声を上げたが。

 

 ザァ!!

 

 茶色の水飛沫をあげながら現れた水中用のモビルスーツ、それがその鉤爪を備えた手の内側から放ったビームをかわしたヤザンの操縦は、まさに神業としか言いようがない。

 

「くそ、ジオンか!?」

「ズゴックだ、ヤザン!!」

「強いのか!?」

「並みのジムでは勝てねぇ!!」

 

 バッバァ!!

 

 今度は次々と放たれるバルカン砲、それをヤザンはストライカーの装甲に受けるままにして、大胆にも水中にと飛び込んでいく。

 

「おい、ヤザン!?」

 

 ヤザンにはそのギャリーの声に答えている暇はない。そのズゴックとやらとそれの改良型と思われるジオンのモビルスーツからの爪による攻撃を、ビームスピアを振り回して何とかしりぞける。ビームの刃が水を蒸発させ、辺りに気泡の波が拡がる。

 

「そらよ!!」

 

 ストライカーがスピアで突き上げたモビルスーツ、やけに頭部が大きいその機体がそのまま水上にと突き上げられ、ギャリーが素早くその「頭でっかち」にとサーベルを片手に飛びかかった。

 

「全く、ヤザンさんは!!」

 

 その一瞬無防備となったヤザン機を襲おうとしたズゴックが、ドミナンスからのライフルによる威嚇を受け、どうにか退く。どうやら相手達は。

 

「後三機!!」

 

 そうヤザンは叫ぶと、そのままスピアの先にと突き刺さったモビルスーツを振り落とし、ズゴックとやらの改良タイプと水中で正対する。ブラウンの水の為に敵の姿形はよく解らないが、ミノフスキー粒子濃度が低いせいかレーダー精度は良好。

 

 ザァン!!

 

 ドミナンスも河にと入り、その水中では威力が減衰するとはいえ依然として高威力な連装ビームを、ヤザン機の背後を取ったズゴックにと連射する。

 

「残り二……」

「いや、一機!!」

 

 そのズゴックはドミナンスのビームサーベルにより串刺しとなり、同時にもう一機の「頭でっかち」もギャリーの手によって仕留められる。その光景に慌ててヤザンと正対していたズゴック改良タイプは水中の底深くにと潜り、逃げようとしたが。

 

「逃がすかよ!!」

 

 ヤザン機のビームスピアが形状を変化させ、笠懸切りにそのズゴックを切り捨てると同時に。

 

 ウゥウ……!!

 

 連邦軍の本拠地「ジャブロー」全域に、けたたましく警報音が鳴り響いた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「くそ、脱出する!!」

 

 赤い塗装を施されたズゴックに自機であるジムを破壊されたラムサスは、急いで火花が散るコクピットから身を投げ出して脱出をする。

 

「さて……」

 

 その赤い機体は悠々と次の獲物を探している様子であるが、そのジオン機の前にと現れた白いモビルスーツの姿を見て、彼を次の獲物と決めたようだ。

 

「ジオンモビルスーツ、多数確認!!」

 

 果敢にもホバークラフト「ファンファン」で偵察活動を行っていたベルカ通信兵は、その確認したモビルスーツの概要を。

 

「ゴッグ、デカブツモビルスーツ多数にそれを細身にしたやつ!!」

 

 あまり的確とは言えない報告内容を司令部へと連絡する。その水中用モビルスーツ達を「木馬」の砲戦モビルスーツ達とともに迎撃をするカタリーナ。そのカタリーナのジムキャノンが。

 

「水中ザク、撃墜!!」

 

 比較的装甲が薄い水中用のザクを撃破する傍ら、木馬の搭載モビルスーツ達は「デカブツ」をその機体に取り付けられたキャノン砲で粉砕する。

 

「こちら地下大工房、至急援軍を!!」

 

 その木馬の艦長が発した要請が届く前に支援のジム達が駆けつけた。それはいいが。

 

 

 

――――――

 

「ホワイトベースがつけられた、かな?」

「おそらくは、ゴップ大将……」

「永遠の、厄介者ですな……」

 

 ゴップ大将がモニターで見つめるジャブローの地上密林では、その地下以上に激しい攻防が繰り広げられている。

 

「くそ、バズーカの弾が切れた!!」

 

 ダンケルはそう罵りつつ、バズーカから予備のビームスプレーガンにと得物を持ち替える、だが。

 

 スゥア!!

 

 激しいジャブロー基地の対空砲火を潜り抜けたドムには、そのスプレーガンが通用しないのはすでに今までの戦いで証明されたことだ。

 

「ドムが、やられるなんて!!」

 

 だが、増援のジャブロー所属ライトアーマー等のビームライフルならば何とかそのドムの装甲を貫く事が出来る。問題は。

 

「フライマンタ隊、ライトアーマー達が孤立しているぞ!!」

「この密林で、目視なぞは無理だ!!」

「無理でもやるんだよ!!」

 

 その「ジム」の新鋭機達は数が少なく、その上ジオンにはドムはおろか、そのドムを改良した後継機まで投入してきているのだ。

 

「テネス隊コマンド、ガウ空爆撃墜!!」

 

 最初からジャブロー防衛隊は全力を振り絞っている。ジムの最新後継機であるコマンド・タイプ、運搬機コルベット付きのそれですら、惜しみ無くつぎ込む。

 

 バッ、シャア!!

 

 撃墜されたガウ空爆から降り立った、サンドカラーにと機体色を染めたグフの後継機が、一機のライトアーマーをその手から伸ばしたワイヤーによって機能停止させている姿が、ダンケルには見えた。

 

「くっ、くそ!!」

「甘い、連邦!!」

 

 ビュウ!!

 

 そのワイヤーがダンケル機にと絡み付き、その寸秒後。

 

「が、ぁあ!!」

 

 機内コクピットにいるダンケルにと激しいショックが疾り、そのまま機体が「焼かれ」ダンケルは意識が遠のく。

 

「よし、次!!」

 

 ガウ空爆からの支援爆撃、それに加えて巨大機体「アッザム」という移動砲台のような機体に援護されつつに、ジャブローの地へと降り立ったジオン軍は、あらかじめ先行して基地内にと潜入した潜水部隊からの情報を頼りに、それの入り口を探す。

 

 ヒュウア……!!

 

 空から降りたつ爆弾はガウ空爆の物なのか、それともジャブロー防衛隊の物なのかは判断が出来ない。それでもアマゾンの密林が天然のシェルターの役割を果たす戦場で。

 

「むっ!?」

 

 サンドカラーのグフを駆るトーマスはワイヤー独特の音、ややに離れた遠くから伸ばされるそれの音を聞くやいなや。

 

 ヒュ!!

 

 自機からもワイヤーを伸ばし、それと交差させた。

 

「サンドカラー、例の奴か!!」

「その声は、連邦!!」

 

 そのヒートワイヤー達はお互いのパイロットの「手」によって切断され、そのまま。

 

「ヤザン・ゲーブル!!」

「トーマス・クルツだったな!!」

 

 爆撃の雨の中二機は相手を確認し、そのまま降り下ろされたヤザンのビームスピアは。

 

 ガァ!!

 

 トーマス機のヒートソードにより、強く遮られる。



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第33話「ジャブローに散る(後編)」

  

「くそ!!」

 

 そのトーマスが左腕にと装備しているシールド、そこに取り付けられたガトリングガンからの斉射に、ヤザンは慌てて自機の身を翻し、木陰の陰にと隠れる。

 

「ストライカーでは、接近戦に持ち込まない限り、勝ち目は薄いが……」

 

 一応、ジム・ストライカーにもビームスプレーガンが装備されているが、弾の発射スピード、そして威力で押し負けてしまう。

 

「どうしたヤザン・ゲーブル、隠れているだけか!?」

「調子に乗りやがって……」

 

 そのグフ改良型からガトリングによる斉射が一旦止まり、散発的なバルカンに変わったのは、ヤザンにとって肝が休まる思いであるが。

 

「相手はグフだ、接近戦に長けているに決まっている……」

 

 自身の機体のビームスピア、大型格闘兵器に火を灯しながら、ヤザンは暫しの間出方を考えている。

 

「敵はこいつだけじゃねえ。ならば!!」

 

 一か八か、とまではいかないが。

 

 ビィア!!

 

 ビームスピアを長槍形態、リーチの長い形状にと切り替えながら、ヤザンはストライカーにてそのグフ改良型にと突撃をする。

 

「甘い、ヤザン!!」

「甘いのはそっちだぜ!!」

 

 そのビームスピアによる刺突をグフはサーベルによって切り返そうとしたが、その寸前にヤザンはスピアをシザー形態、大鎌のような形にと切り替え、そのままグフ改良型に刃を突き立てようとした、が。

 

 ボゥウ!!

 

「こんな時によ!!」

 

 その上手くいきそうな攻撃を繰り出す前に、近くに寄ってきた二機のザクからのバズーカをかわすため、慌ててトーマス・クルツ機から距離を離らかすヤザン。

 

「これでお前の攻撃は見切ったぜ!!」

「せっかくのチャンスがな!!」

「今度は!!」

 

 そのトーマス機の援助を行ったザクは近くのジムと交戦を行い。

 

「このグフ・カスタムの番だ!!」

 

 サンドカラーのグフ、そのトーマス機と再び一対一となったヤザン、ではあるが。

 

「やられるものかよ!!」

 

 闘志、それはこの状態でムクムクとヤザンの心の底から湧き出てくる。

 

 ザァア!!

 

 爆撃の雨にアマゾンの密林が震える中、ヤザンはストライカーのスプレーガンを取りだし、それを木の間から敵機トーマス機にと向かって狙いを付けた。

 

「そんなビームのデコレーション・ガンで!!」

 

 それでもトーマス・クルツのグフ・カスタムはビームスプレーガンからその身を捻ってかわし、そのままの姿勢で反撃のガトリングをヤザン機にと放つ。

 

「ヒュウ、それが怖いんだぜ!?」

「そうかい、ヤザンさんよ!?」

「真っ当な神経を持っていれば恐ろしいもんだし、それに!!」

 

 音を立てながら銃身を回転させ続けるガトリングではあったが、その連射が止まるやいなや、ヤザンは木陰から飛び出し、スプレーガンを。

 

「ホウ、やるな連邦!!」

 

 その残弾が残り少ないガトリング銃身付き盾にと向かって放ち、見事に銃身だけを破壊する。

 

「ならば!!」

 

 バルカン、どうやら外付け式になっているらしきそのハンドバルカンをヤザンはストライカーの装甲、それの厚い部分へと当たるように機体を駆使しつつ、ビームスピアを大きく振り上げた。

 

「しぶとい、ジオンめ!!」

「しぶとくて悪いか!?」

「違いねぇ!!」

 

 そのスピアは相手のヒートソードとぶつかり合い、ミノフスキーだか何だかの「火花」が散る。

 

 ザァ!!

 

 二合、三合、そして五合と刃を合わせた後に、ヤザンとトーマスがどちらともなく。

 

「いいねぇ、ジオン!!」

「それは、こっちの台詞だぜ!!」

 

 コクピットを通し、辺りへと笑い声を撒き散らす。

 

「ヤザン隊長!!」

「手を出すな、ヴァースキ!!」

「そんな事を言って!!」

 

 別の部隊へと支援に駆けつけていたヴァースキとギャリーの内、ヴァースキのドミナンスが連装ビームをそのグフ改良型にと向かって放った。

 

「邪魔をするなと言っただろう!?」

 

 しかし、そのヤザンの罵声は無視して、ヴァースキのドミナンスはグフ・カスタムにとビームサーベルで切り掛かる。

 

「ここまでだな、ヤザン!!」

「やはり逃げるか、グフ!!」

「勝てる戦いじゃなさそうだ!!」

 

 ヤザン達には戦況はよく解らないが、確かにトーマス・クルツの言う通りジオンのモビルスーツの数、それが周囲から無くなりつつあるようだ。

 

「あの空中砲台、アッザムとやらも落ちたか……?」

 

 機体機能が故障したが為に、ジムから降りたダンケルの目にはそう見える。

 

「あばよ、ヤザン!!」

 

 ザァン!!

 

 最後に何か捨て台詞を口ごもり、言い吐いた後トーマスのグフカスタムは、近くを流れている密林の支流へと飛び込む。

 

「耐水加工でもしてあるのか……?」

「じゃあないですか、耐水」

「ヴァースキ、てめえ……」

 

 せっかくの「やり合い」である、それを邪魔されたヤザンの怒りは収まらない。

 

「今度こんな真似をしてみろ、ただじゃおかねぇぞ?」

「まだ、戦いは続いていますよ、隊長」

「ふん……」

 

 だが、その時ヤザンのストライカーに。

 

「……オンは撤退を開始した、各機帰投せよ」

 

 ジャブロー本部から、戦闘中止を知らせる通信が響いた。

 

「ちっ……」

「何悔しげな声を出しているのですか、隊長」

「おめえには、俺の気持ちがわからねぇよ……」

 

 確かに、その「野獣」の気持ちはあまり他人に理解された事はない。その事は当の本人、ヤザン・ゲーブルが一番よく解っている。

 

 

 

――――――

 

 

 

「このストライカーって」

 

 せっかく整備をしてくれる技術士官メイリーの顔を見ず、ヤザンはハンバーガーをしがんでいる。

 

「確か、宇宙には出せないんだったよな?」

「そうよ、ヤザン」

 

 もっとも、メイリーもサンドイッチを食べながらの機体点検であるがゆえに、お互い様だ。

 

「もっとも、改造すれば良いだけの話だけど」

「改造、アイネの奴に出来るねぇ?」

「無理ね」

「そうか?」

「若すぎるもの、彼女は」

 

 そう言って一つため息をついたメイリーは、どうやら疲れている様子だ。このジャブローでの戦闘で、破損した機体の整備に駆り出されているのだ。

 

「ダンケルやラムサスのジムも、ヤバイって言っていたよな……」

 

 元々ジャブロー本部では、この地の大工房にと配備されている艦船類を多数打ち上げ、宇宙での作戦を決行しようという計画があったらしいが、このジオンの襲撃で大幅な軌道修正を強いられたらしい。

 

「宇宙じゃ軽微な傷も、命取りになりかねない、か……」

 

 ホワイトベース級二隻、比較的損害が少なく宇宙へと打ち上げられて、その艦が占拠していたスベースに他の艦船が入ってくるのを眺めながら、ヤザンは。

 

「ギャリーのライトアーマーでも、かっぱらってくるか?」

 

 そう、冗談を言いながら残りのハンバーガーを一気に口の中へと放り込んだ。



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第34話「陽光の元で」

  

「ニューヤーク、いつの間に攻め落としたんだ、ダンケル?」

「俺が知るもんかよ、ラムサス」

 

 メキシコ地域にとある連邦の軍事基地、そこでヤザン部下の二人は、新型ジムを見上げながらとりとめのない話をしている。

 

「おっ、アイネ」

 

 その二人の元へ、整備員アイネがその姿を表し。

 

「どうしたんだ、おい」

「コマンドタイプの整備ですよ、ラムサスさん」

「そんな事より、少し俺とお茶でもしないか?」

「不真面目な人、あたしは嫌いっす」

「フン……」

 

 そうコナをかけて両方を竦めたラムサスを、アイネは少し冷たい目で見つめながら、そのジムの脚にとあるコネクタへと、コンピュータのコードを繋ぐ。

 

「アイネ、ジムコマンドの様子はどうかしら?」

「まだ、未知数っすよ、メイリー少佐」

「ジムのバージョンアップという触れ込みだけど?」

 

 どうやら、メイリーもこの狭いハンガーに機体のOS関連の機器調整の為に訪れたらしい。その彼女の言葉にアイネは顔をしかめながら。

 

「ただでさえ、前のジムが未完成だったのに、バージョンアップも何もないでしょうに……」

 

 その愚痴めいたアイネの言葉には、メイリーも苦笑するしかない。実のところ彼女も同じ事を思っていたからだ。

 

「まあ、キャリフォルニアを攻めるまでには、間に合わせるしかないわね……」

 

 そういいながら機体にと取りつくメイリーを横目で見ながら、ラムサスは埃っぽいハンガーから強く陽が差す外にと出る。

 

「ありゃ、ライトアーマーと」

 

 この土地特有の乾燥した空気、それに加えて強い陽射しにその顔をしかめつつに、ラムサスは模擬戦を行っているモビルスーツ達を。

 

「ヤザン隊長のストライカー、それにドミナンスか」

「そうですね、ラムサスさん」

 

 隣へと駆け寄ってきたカタリーナと共に、その細い目をより細くして砂煙に覆われたモビルスーツ三機を実と見る。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ミデアでまず、このビッグ・トレーにまで行き」

 

 ベルカが地面に棒で描きながら、ヤザン達にと説明をしながら。

 

「そこの部隊に加わり、キャリフォルニアへの尖兵となります、ヤザン隊長」

「結局、最前線か」

「ヤザン隊長でも、嫌ですか」

「まさか、ベルカ……」

 

 そう言ってヤザンはベルカ通信兵にコーラを渡してやりながら、その地面に描かれた下手くそなビッグ・トレー、陸上戦艦の横にと鼻歌を歌いながらモビルスーツらしきものを描く。

 

「腕がなるぜ、ちくしょう」

「腕がなってその絵ですか、隊長」

「あのな、ベルカ……」

 

 ストライカーの整備が順調なのに気を良くしているヤザンは、普段は柄にもない事をしているのは解っているが。

 

「最近、お前生意気だぞ?」

「すみません、どうも……」

「あんまり、俺を怒らせるなよ?」

 

 別に、そのヤザンの声は愉快げな物が混じったものではあった、だがそれにベルカ通信兵は額にと汗を流す。

 

「隊長の顔で言われたら、たとえ冗談でも恐いんですよ……」

「またまた、何か言ったか?」

「いえいえ、何でも!!」

 

 またしても、その首がちぎれんばかりに振り回すベルカに、ヤザンは口の端を歪めるしかない。

 

「ヤザン」

「おう、ギャリー」

 

 その時、暑い太陽の光をバックにギャリー・ロジャースがコーラを二人へと持ってきてくれる。

 

「ありがとうよ、コーラ」

「あんまり、ボーヤを苛めんなよ」

「苛めてねぇの……」

 

 缶の蓋を開け、その中身を旨そうに飲んでいるヤザンはそう笑いながら、ギャリーにと。

 

「ジムコマンド・ライトアーマーな、言いづらいな?」

「俺もそう思うさ、ヤザン」

「でも、コマンドのパーツを補強させただけだろう?」

「それでも、性能はかなりアップしている」

 

 チーム・ヤザンの戦力は着実に上がってきている。このベルカの乗るホバートラックですら、彼によれば使いやすくなっているという事だ。

 

 ピッピィ……

 

 その時、ヤザンの持つ通信端末が、召集の音色を上げる。

 

「ほら、いくぞベルカ!!」

「ま、待ってくださいよ、隊長」

 

 コーラを未だ飲み干していないベルカは、そのヤザンの急かす声に激しくむせて。

 

「だから、あんまり若いのを苛めるなと……」

「いいっての、ギャリー」

 

 ギャリーがその強面の顔にも似合わず、ベルカの背を擦ってやった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あたしのジムキャノンも」

 

 話し合いが終わった後、出発の準備をしている傍ら、カタリーナはその可愛い口先を尖らせ。

 

「コマンドタイプになるんですか、メイリー少佐?」

「そうよ、現地で」

「それは、大したもんです」

 

 ただ、メイリーやギャリーが聞いた話では、この好待遇は。

 

「ヴァースキ君のお陰ですね」

 

 仕事が終わり、イヤホンを耳へと差し音楽を聞いているヴァースキ、彼の影響があるらしい。どうやらそのカタリーナが皮肉を言った当の相手ヴァースキは、ある研究所との繋がりがあるらしい。

 

「オーガスタ研究所の、新型機か……」

「本当なんですかね、メイリー少佐」

「確かよ、ある新型システムを搭載しているという噂の新型機」

 

 情報通のギャリー・ロジャースによれば、その新型機のパイロットには最初、このヴァースキ少年が選ばれるはずであった。だが、とある部隊にその機体は譲られてしまった、そうギャリーは言っていたのだ。

 

「確か、対ニュータイプ用の何とかという……」

「EXAMですよ」

「エグザム?」

「ええまあ、メイリー少佐……」

「ふぅん……」

 

 どうやらイヤホン越しに話を聞いていたヴァースキが、そのシステムの名をややに低い口調で言う。



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第35話「キャリフォルニア奪回戦」

  

「よし、一機上がり!!」

 

 ジム・ストライカーのスピアがそのグフを切り裂くと同時に、彼ヤザン機の背後ではラムサスのコマンド、ジム・コマンドタイプがバズーカへの装弾を行っている。

 

「ラムサス、次が来るぞ!!」

「了解、ヤザン隊長!!」

 

 ちょうど半年位に前の連邦退却戦、それの意趣返しでもするかのように、連邦のモビルスーツ部隊は、熱砂の中でキャリフォルニア・ベースにと順調に駒を進めていた。

 

 ドゥ、ウ……!!

 

 その砂漠地帯をあたかも耕すかのように、チーム・ヤザンにと所属しているカタリーナ、それを筆頭に彼女のコマンドキャノンを含む砲撃部隊がジオンの、これまた砲戦部隊と火力を放ちあっている。

 

「こちら、モルモット隊!!」

 

 ヤザン達と同じくジム・コマンドを駆っている連邦兵が、ダンケル機にと狙撃ビームを発射しようとした、旧式ザクの改良タイプにとビームガンを連射しながら。

 

「支援につくぜぇ!!」

「おう!!」

 

 大型シールドを構えつつに、オーバーヒートの懸念も気にせずにビームガン、ビームスプレーガンの改良銃器をジオンのモビルスーツに向かって放ち続ける。

 

「おめぇ、確かペキンにいた奴だな!?」

「フィリップ・ヒューズ、覚えときなヤザンさんよ!!」

「そうかい!!」

 

 そのフィリップ機ともう一機のコマンド、そしてラムサス達を含めた計四機のジム・コマンドによる支援を受けながら、ヤザンは背後にヴァースキのドミナンスを連れて、ストライカーにて敵の陣営に切り込んでいく。

 

「よし、いけるぞ!!」

 

 味方の砲戦部隊の火力はますます増強してきている。その火力を心強いと思ったのか、ヤザンのややに離れた場所ではギャリー・ロジャースが率いるライトアーマーがグフの部隊と交戦している様子だ。

 

「敵の数が少ないです、ヤザン隊長!!」

「それでも気を抜くなよ、ヴァースキ!!」

「了解!!」

 

 ドミナンスのビーム砲で撃ち抜いた敵機が水中用モビルスーツ、やけに手が長い、妙な機体だということにヴァースキは少し油断してしまったのかもしれない。そのヴァースキ機に向かって。

 

「油断だぞ、ヴァースキ!!」

 

 その手からビーム砲を放つ水中用機の姿を見つけたヤザンは、僅かに被弾したヴァースキの方は見ずに、機体の懐からスプレーガンを取り出して、それを牽制にと使いつつ。

 

 ザァ!!

 

 砂漠の熱によりオーバーヒートを起こしたそれを投げ捨て、両手でビームスピアを構えそれを水中用機、確かズゴックとかいう機体の改良型にと、その穂先を向けた。

 

「やるな、こいつ!!」

 

 槍による二撃を連続して放ったストライカーから身をよじるようにしてかわしたそのズゴックは、その手先のクローアームをヤザン機にと突きだした、が。

 

 ボゥフ……!!

 

「カタリーナ達、良い仕事をしているぜ!!」

 

 ややに後方の砲戦部隊からの攻撃をその身に受けたズゴック改良型はその身体を大きく吹き飛ばされ、そのまま立ち上がらなかった。

 

「ダンケル、ラムサス、無事か!?」

「問題ありません、ヤザン隊長!!」

「よし!!」

 

 そのダンケルの気迫に満ちた声を聞きながら、ヤザンは背後のヴァースキに自らの横にと立つように言う、そのまま彼はスピアを構え。

 

「切り込むぞ、ヴァースキ!!」

「りょ、了解!!」

 

 火力支援が優勢な今の内に、敵陣地へと機体を突き進ませようとする、その時。

 

 ヴォン!!

 

「な、何だ!?」

 

 その時、一陣の「蒼い」風がヤザン機ジム・ストライカーを撫で、そのままその味方の不明機らしき機体は、猛スピードで目前のドムを切り裂いていく。

 

「なんだ、ありゃあ……?」

「ブルーディスティニーですよ、ヤザン隊長」

「知っているのか、ヴァースキ?」

「オーガスタ研究所の経由で、ムラサメにいたときに聴きました……」

 

 その、やや暗い口調で話すヴァースキに疑問の気持ちを抱きながら、それでもヤザンは周囲の警戒を怠らない。

 

「そこのジム・ストライカー!!」

「何だ!?」

「ハイゴッグが来ます!!」

 

 無線信号からして、先のフィリップ機と同僚と思しきコマンドからの、若い男の警告の声と共に。

 

 ギィン……!!

 

「うわっと!?」

 

 ヤザン機達の目の前に三機の「ハイゴッグ」とやら、腕がやや長く前傾姿勢である水陸両用のモビルスーツと思わしき機体がその手のひらからビームをヤザン達にと放つ。

 

「くそ、やってやるぜ!!」

「ラムサス、気を付けろよ!!」

「解ってますって、隊長!!」

 

 そのビームはすでに旧式化が始まっている陸戦型ジム、ヤザン達の背後にいた他部隊のそれを撃ち抜き、そのままの勢いでチーム・ヤザンへと接近をする。

 

「ドムもいるしビームもある、数も質も充分だな!!」

 

 何か、そう喝采に満ちた声を上げながら、ヤザンはヴァースキ機ドミナンスの放ったビーム砲で相手が怯んだ隙に、ストライカーを敵機の群れへと突入させた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「オーガスタ研究所?」

「はい、ヤザンさんを名指しで」

「フゥン……」

 

 キャリフォルニア・ベースを奪還し、その基地の近くて野営テントを張っている連邦軍兵舎。そこで夕食後の酒を飲んでいるヤザンは、ヴァースキからのその言葉に、自らの眉を軽くひそめる。

 

「どっちかっていうと、お前の管轄なんじゃねえか?」

「確かに僕にも用件があるみたいですが、オーガスタはヤザンさんに目をつけたみたいです」

「フン……」

 

 何か不明なその理由に、ややヤザンの機嫌は悪くなる。

 

「ちょっと、アイネの所へ行ってくる」

「はい?」

「少し、ストライカーに施されたコーティングの調子が悪いみたいだ」

「はあ……」

 

 話をはぐらかそうとしている、そんなヤザンにヴァースキはジトリとした目を向けながら。

 

「僕が、ヤザン隊長の事を言ったんじゃないんですからね!!」

 

 月夜の中、ヴァースキ少年に背を向けたまま軽く手を振るヤザンに、彼ヴァースキはそう大声で叫んだ。



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第36話「ニュータイプ研究所」

   

「研究所ってのは」

 

 普段着にその身を包んだヤザンは、そのオーガスタ研究所の内部、それを覆っている白塗りの壁を見ながら。

 

「何か、居る心地の悪いものなのだなあ……」

 

 どこか、呆れたような声を出す。

 

「ところで、メイリー」

「何よ、ヤザン」

「どうして、俺らがここにいるんだっけな?」

「あのね……」

 

 勿論、ヤザンは自分達がここに呼ばれた用件は解っているが、その内容自体に今一つ理解し難い物があるのだ。

 

「俺達がにゅーたいぷ、かどうかですよ、隊長」

「お前はそのニュータイプってのを知っているのか、ラムサス?」

「知るわけないでしょう、そんな妙な物……」

 

 椅子に座りながらテーブルを囲っているヤザン達、その近くのテーブルではダンケルやベルカ、アイネなどのチーム・ヤザンの面々が軽い夕食を取っている。

 

「俺もここにいる意味があるのか、ヤザン」

「俺が知るもんかよ、ギャリー」

「ちぇ……」

 

 ソファーベッドに寝っころがりながら雑誌を読んでいたギャリー・ロジャースは、そうヤザンに声を掛けた後、再び雑誌にとその視線を落とす。

 

 スゥ……

 

 その時、音もなく。

 

「クルスト博士がお呼びです」

 

 自動ドアが開き、その中から白い上っ張りを着けた研究員がその姿を現した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「この場にはいないが、ヴァースキから聴いている」

 

 そのクルストという名らしき博士は、ヤザン達の顔をジロリと一瞥した後、無愛想にそう言い放った。

 

「君たちはモビルスーツに対する適性は高いようだな、ヤザン君とやら」

「それがどうかしましたかね、博士さん」

「ニュータイプの素質があるかもしれん」

「ニュータイプ、ね……」

 

 愛想の欠片も無い、そのクルストの言葉ではあるが。

 

「ハッキリと言う感じの人、強引だわ……」

「僕には、どっかの誰かさんみたいに感じます」

 

 その妙な感想を言うカタリーナ達はともかくとして、別にヤザンは嫌な感じはしない。

 

「フン……」

 

 多分に彼クルストの「雰囲気」がインテリじみた所がないせいかもしれない。どこか岩を切り崩したような、ガッチリした印象を他人にと与える人間なのだ。

 

「なあ、クルストさん?」

「何だ?」

「結局の所、ニュータイプとは一体全体なんなんだ?」

「ふむ……」

 

 そのストレートなヤザンの質問に、クルスト博士は宇宙の「地図」が描かれているタペストリー、部屋の飾りを眺めながら。

 

「人類の革新の事だ」

「革新、ねぇ……」

「新たなる人類の事だよ」

 

 ボソリとした声で、そうヤザン達にと告げる。

 

「ヴァースキから、何も聞いていなかったのか、ヤザン君?」

「少しだけ聞いたが、今一つハッキリと理解できなかったんだよ、俺は」

 

 その言葉は、まさしくヤザンの本音である。概念的すぎる話題なのだ。

 

「宇宙に適応した新たなる人種、それがニュータイプだ」

「フム……」

 

 その言葉を聞いて、顎に手を当てて首を捻るダンケルではあるが、彼にしてもどこまで理解出来ているのかはヤザンにも解らない。

 

「それは良いことなのですか、クルスト博士?」

「ニュータイプという人種だけにとっては、良いことだ」

「はい?」

 

 ベルカのその質問は、全く良く解らない答えでクルストから返ってきた。そのクルスト博士も自身の答えに説明不足な面があると思ったのか。

 

「ニュータイプになりそこねた人間にとっては、不幸な事になるであろう」

 

 と、付け加えるように言葉を足す。

 

 ガ、チャ……

 

「博士、遅くなりました」

「ヴァースキか、遅いぞ」

 

 研究所で他の用事があるとか言っていたヴァースキ少年が菓子の包みを片手に、その広めの会議室へと入ってくる。

 

「私、このドーナッツ大好きなの」

「言ってろ、メイリー……」

「何よ、ヤザン?」

 

 とはいえ、そのヴァースキの気の効いた差し入れで場の雰囲気が和んだのは確かだ。

 

「今、私はな」

「はい、クルストさん」

 

 クルストは甘いものが苦手なのか、ヴァースキが勧めたドーナッツを断り、ふと目が合ったアイネ整備員の方を向き。

 

「ニュータイプに勝てる仕組み、それを考えているのですね?」

「ほう……」

 

 そのアイネからの唐突な返事、それに対して感心したような声を上げた。

 

「君がそう考えたのか、それとも思い付いたのかね?」

「いえ、キャリフォルニアにいたときに、アルフさんという技師から」

「ああ、あやつから聴いたのか……」

 

 どうもそのアイネの答えはクルストの気を落としてしまったらしい。微かに彼クルストは眉間にシワを寄せ、一つ咳払いをした後。

 

「私はニュータイプに勝てる仕組み、ソフトとハード面の仕事をしている」

「あのよ、クルストさんよ」

「なんだ、ヤザン君?」

「あんたの話を聞いていると」

 

 プレーンドーナツを頬張りながら、ヤザンはチラリとヴァースキの方を向いた後。

 

「そのニュータイプとやら、まるで地球に侵略にきたエイリアンみたいな敵のようだな」

「外れてはいないな……」

「そうか……」

 

 僅かに気を使いながらクルストに、どこか訊きづらい質問をした。

 

「ニュータイプ、ね……」

「そう、人類の敵だ」

「……」

 

 その博士の断言、それには今度はヤザンが鼻白む事になる。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ニュータイプ、か」

「すでに、その対ニュータイプ用のモビルスーツは実戦配備をされています」

「へえ……」

 

 夜の研究所を散歩しながら、ヤザンは隣にと並ぶヴァースキ少年に缶ジュースを投げて渡してやる。

 

「もしかして、そのモビルスーツとやらは、キャリフォルニアの時の蒼い機体か?」

「はい、勘が良いですね隊長」

「なるほど……」

「もともとは、僕達が乗る予定でしたが」

「フン……」

 

 「達」という言葉に引っ掛かる物を感じたが、ヤザンは深くは追及しない。昼間のクルスト博士の説明が、未だに消化不良なのだ。



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第37話「ゲルググの脅威」

  

「ヨーロッパの未確認モビルスーツ?」

「そうだよ、メイリー君」

 

 馴れ馴れしくその顔を近づける「カイゼル髭」から心持ち、身を離させながらメイリー少佐は彼から手渡させた資料にとその目を通す。

 

「ジム中隊が、その一機のモビルスーツで全滅……」

「アフリカから渡ってきた部隊、それが所持しているモビルスーツらしいがな」

「しかし、私達は宇宙にと上がる予定では?」

「他にな、メイリー君……」

 

 「カイゼル髭」はややに嫌らしい笑みをその顔に浮かべながら、彼女の細い瞳を実と見やり。

 

「手空きの部隊がいないのだよ」

 

 ニヤリと、口の端を歪めて笑う。

 

「イベリア半島ですか……」

「そうだよ」

 

 スゥ……

 

その手を尻の方にと伸ばす「カイゼル髭」の腕をピシャリと叩きながら、メイリーは。

 

「セクハラで訴えますよ」

 

 強い口調でそう言ったが、その言葉にカイゼル髭はせせら笑うのみである。その彼を無視し、メイリーは豪華な執務室から出ていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「全く、あのオヤジは嫌になるわ」

「いいじゃねえか、減るもんじゃねえし」

「ヤザン、あなた本気でそう言ってるの?」

「ハハ……」

 

 ブラジャーを着け終えたメイリーはそのヤザンの笑いに対し、顔にと不満の色を浮かべながらその口を尖らす。

 

「んで、その見慣れぬモビルスーツってのは何だ?」

「知らない、何か狼みたいな顔をした機体みたいだけど」

「狼、ねえ……」

 

 例のドムに続いて新型か、そうヤザンが想像を拡げていると。

 

――何か、ザクFZ型って奴がいるみたいですよ――

――へえ、ザクの新型か――

 

 ベルカ通信兵との会話、何かザクの呼称について「ややこしい物だな」と雑談をした時の事が思い出させられる。

 

「所詮は、マイナーチェンジじゃねえのか?」

「マイナーチェンジでも、ジムの中隊が壊滅する程の機体よ」

「なるほど……」

 

 ならば戦いがいがありそうだ、衣服を身に付けているメイリーの姿をぼんやりとながめながら、ヤザンは「闘志」が湧いてくるのを感じていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あの基地か、ベルカ?」

「そうみたいですね、中継では」

 

 コルベット、コルベットブースターを使い潜水艦から飛び立ったチーム・ヤザンは、そのヤザン機ストライカーを先頭としてアフリカ大陸沿岸の砂漠に。

 

「ボロい基地だな……」

 

 恐らくは仮設として設えたのであろう、太陽の光に照らされたその小さい基地の様子をガン・カメラを通じて、潜水艦内部で情報分析を行っているベルカ達にと送っている。

 

「ギャリーの奴がいれば、撹乱戦闘ができるのにな」

 

 その高機動戦闘を得意とするギャリー、ギャリー・ロジャースは愛機のライトアーマー、ジム・コマンド・ライトアーマーと共に宇宙へと上がっている。宇宙での戦端の先を越された感じだ。

 

「まあいい、いくぞ!!」

「了解、ヤザン隊長!!」

 

 そのダンケルの答える声と同時に、ヤザンは自機を支えているコルベットからミサイルランチャーを発射する。ここまでヤザン達が接近しても対空砲火も何も無いということは、それだけミノフスキー粒子が充満しているのであろう。

 

「濃すぎるんだよ!!」

 

 ヤザンのその言葉通り、強すぎるミノフスキーのカーテンは良し悪しなのだ、敵の接近も感じさせられなくなってしまう。

 

 ドゥ!!

 

 ヤザン達がコルベットから放ったミサイルがその基地周辺へと着弾し黒煙を上げるなか、ヤザンはそのままコルベットで滑空をし。

 

「いたぞ!!」

 

 基地の格納庫から慌てて出てきたと思われる、新型と思わしきザクをその目で確認する。

 

「隊長、行きます!!」

「おう!!」

 

 ラムサス達もそのザクに気がついたらしい、コルベットに吊るされたままコマンドからビームガンを連射し、目に付いた敵モビルスーツを上空から攻撃していく。

 

 バ、シュ!!

 

 ヤザンはコルベットから機体を分離させ、そのままの勢いでビームスピアを機体前にと突き出させる。後続のカタリーナ機からビームによる支援の元、彼ヤザンはその槍をもってコクピット周りが赤い、新型のザクを貫いていく。

 

「一丁上がり!!」

「こちらも!!」

 

 喝采を上げるヤザン機の隣では、グフを仕留めたらしいヴァースキのドミナンスがビームガンを片手に、辺りへ注意深い視線を向けている。

 

「ジオンの新型ってのは、どれだ……!?」

 

 その油断がないヴァースキの姿を頼もしそうに見やりながら、基地周辺にその目を張り巡らせるヤザン。

 

「まさか、このマイナーチェンジのザクじゃあるめえ……」

 

 ヤザンはもちろん、今のチーム・ヤザンの面々ではこの程度の相手では全く物足りない。今回の目的はあくまでも。

 

 シュア……!!

 

「来たか!?」

 

 ジム中隊を壊滅させたという、敵の新型機なのだ。

 

「どこだ……!!」

 

 どこからともなく飛来したビームの光条、焼け落ちた建物を背にするようにヴァースキ達に伝えながら、ヤザンはその「勘」を研ぎ澄まさせる。

 

 ジャア……

 

「そこか!!」

 

 黒煙がなびいたと共に何かが振り下ろされる音、それを聴いたヤザンはスピアをその方向にかざすが。

 

「何もいない、しかしに!!」

 

 何も無いその空間、それを確認したとたん、ヤザンは機体を大きく跳ねられる。

 

「やるな、連邦!!」

 

 その先程までヤザンがいた場所を一振りのビーム刃が叩き、そのまま敵の不明機は、その空いた左腕からグレネード弾を発射する。

 

「くそ!!」

 

 ジャンプ中での姿勢制御が僅かに遅れ、ヤザンのストライカーはそのグレネード弾爆発による攻撃を装甲にと受けてしまう。反応装甲リアクティブ・アーマーを発展させたウェアラブルによる破砕効果でそのグレネードの破片は致命傷とはならないものの。

 

 グゥ、ン!!

 

 その「不明機」が大地を蹴り、飛び上がりつつにビームサーベルを続けざまにヤザン機にと押し込む。

 

「ちぃ、新型め!!」

「このロイ・グリンウッド!!」

 

 防戦一方のヤザンはどうにかしてその相手のビームサーベルの猛打から逃れようとするが、どうやら相手のビームサーベルは上下からビームの刃が発生するしくみらしい。その変則的な攻撃に、ヤザンはビームスピアを繰り出す隙を見つけ出すことが出来ない。

 

「ゲルググ、使いこなしてみせる!!」

 

 その声と共に自由落下を始めたヤザン機ストライカーに対して、またしてもその左腕にくくりつけられた小盾、そこからグレネードを発射するゲルググとやら。

 

「ふん!!」

 

 微かに辺りを見渡したヤザンの視界にはドムの改良タイプと渡り合っているダンケル達の姿、キャノン砲をグフに切り落とされたカタリーナ等の姿を見るに、ヤザン達が優勢という訳ではない。

 

「ならば!!」

 

 ヤザンが裂帛の声を上げると同時にストライカーのビームスピアを鎌状へと変化させ、そのまま大振りで相手、ゲルググを一旦怯ませる。

 

「ちぃ、連邦のパイロットが!!」

 

 そのままロイ、ロイ・グリンウッドが操るゲルググとやらは身を翻し僅かにヤザン機との距離を取る。その間にジオンの新型はビームサーベルを納め、ライフル状の武器を取り出し。

 

 シャア……!!

 

「くそ、もう一機いたか!!」

 

 ちょうど十字射撃にとあたる位置にいたヤザン機のスレスレを、二条のビームが迸った。そのビームを回避したヤザンの腕前にグリンウッドは新型のコクピット内で感嘆の吐息を漏らす。

 

「やるじゃないか、連邦!!」

「まずいな、これは!!」

 

 その時、新型ザク二機を撃破したヴァースキのドミナンスがその茶色、ジオンの新型にと飛びかかる。

 

「無理はするなよ、ヴァースキ!!」

「無理をしなくて、どうしろっていうんですか!!」

「そりゃ、そうだがね!!」

 

 ヴァースキがその新型を受け持ってくれるのなら、ヤザンがやることは一つだ。もう一機あった新型、茶色ではなく緑色にと塗装されたその敵機に、ヤザンはスピアを大上段にと構えたまま一気に飛び掛かる。

 

「茶色よりも動きが鈍い!?」

 

 二連射されたビーム、ビームライフルをブースターを駆使してかわしたヤザンは、自機が上げた軽い悲鳴を無視して、そのままスピアを叩きつけるように新型にと斬りかかる。

 

 ギャウ、ウゥ!!

 

 その緑色の新型もビームサーベル、両刀のそれを持ち出したが、幸いな事に出力はジム・ストライカーのビームスピアの方が上であったみたいだ。そのまま袈裟斬りに敵の新鋭機にとビーム刃が深く食い込む。

 

「止め!!」

 

 そう気を吐くヤザン機の背部モニターではドミナンスが敵の攻撃により腕を切り落とされる光景が見えたが、今はそれを気にしている場合ではない。そのまま新型を伏させたヤザンは、即座に周囲の様子を確認する。

 

「ダンケルもやられたか!?」

 

 どうやらドムのバズーカ、それの至近での射撃を受けてしまったらしい。片膝をついているダンケル機ジムコマンドを襲おうとしていたザクをヤザンはヒートワイヤー、急造の隠し兵器を使い牽制しながら。

 

「降伏しろ、ジオン!!」

 

 やや虚勢が入った降伏勧告を、外部スピーカーから張り上げる。敵も味方も損害が大きい事を見通しての、一種の賭けだ。

 

 パァン、パァ……!!

 

「信号弾……!!」

 

 遠くの砂丘から上がった数発の信号弾、それが揚がったと同時に。

 

「さらばだ、連邦……!!」

 

 敵の生き残りのザク、それを先頭にしてドムや「茶色の新型」がしんがりにつきながら、ジオン軍はその信号弾が揚がった方向にと撤退していく。

 

「チッ……」

 

 コクピット内で舌打ちをしたヤザン、身体の痛みを堪えている彼の心境としては「勝たせてもらった」ような気分であり、あまり良い気持ちではない。

 

「しかし……」

 

 追撃などは出来る状態ではない。五体満足で無事なのはラムサス機くらいな物であり、ヤザンのストライカーも何か挙動がおかしい。警報が鳴り響いている。

 

「アフリカにはジオンの勢力がまだまだいると聴くし、ビーム装備の新型も出てきやがった……」

 

 詳しいことは一機だけ破壊した「新型」を調査すれば解ることだが、ヤザンの実感では、同じビーム兵器搭載のジム・シリーズよりも底力がありそうな気がした。

 

「さて……」

 

 潜水艦に乗っているベルカからの通信に返事をしながら、ヤザンはぼんやりと片腕を切り飛ばされたドミナンス、ヴァースキ機を見つめつつ。

 

「お偉方は、どう出るかな……?」

 

 今後の戦い、あまりヤザン個人にとっては興味のないそれについて、ある程度の考えを巡らせていた。

 

「俺達は宇宙にと出る予定だが、な」



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第38話「宇宙(ソラ)の空気」

  

「久々の宇宙だな……」

「へえ……」

「何だ、カタリーナ?」

「いや、ダンケルさんも宇宙に出たことがないと思って」

 

 チーム・ヤザンの内、何名かは宇宙に出たことがない。その為いかに地球上でシミュレーターを使って訓練を行ったといえども、簡単にはこのゼロ・グラビティには慣れそうにない。

 

「まあ、早く慣れるしかないけどね」

「無重力では、お楽しみも沢山あるぜ、カタリーナ?」

「何よ、それは……」

 

 そのにやけたダンケルの言葉の意味はカタリーナには直ぐには解らないが、どうせ大した事ではないだろうと、己を納得させる。

 

「あ、ダンケルさん達」

「どうした、ベルカ?」

「ヤザン隊長達を知りませんか?」

「ああ、ヤザン隊長なら」

 

 そう言いながらダンケルは、この宇宙巡洋艦「サラミス」の通路、それの奥を親指で指し示しながら、軽く頭を振る。

 

「ブリッジで、ガディ艦長と話をしているはずだ……」

「ありがとうございます、ダンケルさん」

 

 そう、彼は軽微な重力が働いている通路で軽く二人のパイロットに向けて頭を下げた後、そのまま宙を漂いながら。

 

「あのベルカ、結構無重力に適応しているわね……」

「お前も早く見習わないとな、カタリーナ」

「ふん……」

 

 会話を交わす二人を尻目に、ブリッジへと流れていく。

 

「あ、ダンケルさん達?」

「ん?」

「アイネです、ヤザン隊長たちは?」

「お前もかよ……」

 

 こちらアイネ整備員はあまり宇宙には適応していないのであろう。その宇宙服をどこか着心地が悪そうな感じ、それをその顔から浮かべている。

 

「ブリッジだ」

「ありがとうっス、ダンケルさん」

「お前も隊長に、何の用だ?」

「お前も、とは何か先に来た人がいるんですか?」

「いちいちうるさいやつだな……」

 

 そう、苦虫を噛み潰したような表情をダンケルが浮かべつつ、先のベルカ通信兵の事を伝える。

 

「あいつも仕事熱心ですねぇ」

「お前もそうじゃないのかよ、アイネ?」

「宇宙に出て、余計な仕事が多いんですよ」

「まあ、確かにな」

 

 アイネが言っているのは、全てのモビルスーツを宇宙戦用に適応しなくてはならない、その事を言っているのであろう。

 

「じゃあ、ダンケルさん」

「おう……」

 

 そのブリッジへと行く、アイネの可愛く、ぷっくりとした尻を眺めていると、カタリーナが。

 

「ダンケルさん、いやらしい」

「うるせえ」

 

 何か、拗ねたようなような声を出した。

 

「おう、ダンケル」

「何だ、ラムサス?」

「ヤザン隊長はしらねぇか?」

「お前もか!?」

 

 

 

――――――

 

 

 

「キマイラ隊?」

「そうだ、キシリア・ザビの私兵だ」

 

 何かしかめ面をしているガディが、そう言いながらヤザンにと数枚の紙を手渡す。

 

「フゥン……」

 

 ブリッジから見える漆黒の宇宙、その闇の世界から書類へと視線を落とし、ヤザンは軽く息を吐く。

 

「敵さんの精鋭部隊って所か?」

「勘が良いな、その通りだヤザン」

「俺たちにそいつらの相手をしろと、ガディ艦長?」

「いや……」

 

 そこまで言って、ガディ・キンゼー艦長は頭を振り、コーヒーチューブを一気に飲み干す。

 

「いくらお前達、このチームでもそれだけで敵う相手ではなさそうだ」

「言ってくれるじゃねえか、艦長」

「何しろ、負け知らずらしい」

 

 その事はヤザンに手渡された書類にも書かれている。ジムを主体とした部隊が、幾つも撤退に追い込まれているらしいのだ。

 

「それの威力偵察だよ、ヤザン」

「……」

 

 簡単な任務ではない、そう言おうとしたヤザンではあったが、ガディの顔を見るにそれは彼にも解っている様子だ。

 

「まずは、客人であるギャリーとお前を先発として、この暗礁宙域へと向かう」

 

 そう言いながらガディが取り出した通信端末、そこに浮かび上がったホログラフをヤザンは実と見つめながら。

 

「やはり、厳しい任務だ……」

 

 何か、自分を納得させるようにそう呟いた。

 

「ヤザン」

「何だ、ガディ艦長?」

「ベルカ通信兵が来たぞ」

 

 

 

――――――

 

 

 

「目的があるんですよ」

「言ってみな、ヴァースキ」

「僕の片割れ」

 

 食堂で遅い夕食を取っているヤザンとヴァースキ。二人ともいつもに比べて少食だ。

 

「クローンの彼女を、取り戻さないといけないのです」

「クローン、か」

「ゴップ大将からも、念を押されています」

「フン、あの御仁か……」

 

 ポォン……

 

 その食堂には古めかしい鳩時計が備え付けてあり、二人に時を知らせる。

 

「強化人間って、知っていますか?」

「サイボーグの事かよ?」

「まあ、当たっています」

「て、いう事はある程度は違うってことだな?」

「ニュータイプのことは?」

「あのクルストっている博士から聞いたが、今一つよく解らない話だった」

 

 ニュータイプ、オーガスタのクルスト博士が言うには、新たなる人種という概念的、哲学的な事を述べていたと、ヤザンは理解していたが。

 

「だが、何か違う……」

「はい、ニュータイプは」

 

 ヴァースキはそこでドリアを食べる手を止め、どこかあらぬ方向へとその視線を向けつつに。

 

「僕たち、クローン強化人間の存在を肯定するものです」

 

 そう、言い放った。

 

 

 

――――――

 

 

 

「何か、呼んでいる……」

「どうした?」

 

 新しく授与されたゲルググ・タイプの慣熟飛行を行う彼「トーマス・クルツ」にとっては。

 

「身体の調子が悪いなら、とっとと帰りな……」

「ううん、そんなんじゃない」

「なら、続けるぞ」

 

 このキマイラ隊の「マスコット」を預けられたというのはどうにも感じがよくない、気が散る。

 

「何か、アイツに似ているからよ……」



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第39話「野獣対幻獣」

  

「なあ、ギャリー」

「何だ、金なら貸さねぇぞっと……」

 

 ライトコマンドに乗る、その見も蓋もないギャリー・ロジャースの間髪入れぬ言葉にはヤザンも苦く笑うしかない。

 

「ところで、お前は給料を何につぎ込んでいるんだ、ギャリー?」

「さあな、使うアテも無いから溜め込んでいるだけだ」

「羨ましいこって……」

 

 そういうヤザンにしても、金を散財する癖は無い、多少の酒と女を買う金があれば満足である。それに衣食住は軍にいる以上、保証されている。

 

「もうそろそろ、暗礁宙域だな……」

 

 ライトコマンド、ジム・コマンド・ライトアーマーの中でヤザンは軽くその身を強ばらせる。ギャリーと同型機であるそれは、結局の所ストライカーの宇宙用調整が上手くいかなかったが為に借り受けた機体である。

 

「悪い機体じゃねえんだが……」

 

 だが、ヤザンにとっては少し癖がある機体に感じられ、慣熟飛行が必要と判断したのだ。

 

「ヤザン、ビームライフルの様子を確かめてみないか?」

「いや、位置がバレる……」

「やはり、ここら周辺に展開しているらしきキマイラ隊とやらが恐いかよ、ヤザン」

「挑発すんなよ、ギャリー……」

 

 だが何かその「キマイラ隊」とやら、名前に威圧されている訳ではないのだが。

 

「怯えているのか、この俺が?」

 

 得体のしれないプレッシャー、それを先程から感じているのだ。

 

「……フン!!」

 

 ジャア……!!

 

「お、おいヤザン?」

 

 急に宙へと向けてビームライフルを発射したヤザンに驚くギャリーを無視し、ヤザンは二発目のライフル、それを近くにあったモビルスーツの残骸へと向け、撃ち砕く。

 

「さて、どうでるかね……」

「敵をおびき寄せようとしているのか、ヤザン?」

「さぁてね……」

 

 ヤザンにしても自分が何をしているのか、何を望んでいるのかは解らない。ただ解っている事は。

 

「来やがったぜ……」

 

 遠くから光を放つ物体、それが暗礁宙域のスペースデブリをかわしつつ、ヤザン機とギャリー機にも向かってくる姿だ。

 

「やってみるか、ギャリー?」

「やってみるも何も、ここまで接近されたら」

 

 ヤザン機のコクピット内部コンソールには、その敵機は「ゲルググタイプ」と表示されている。以前にアフリカ北部で戦ったジオンの新型モビルスーツの事だ。

 

「やるしかねぇだろ、ヤザン?」

「敵も二機いる、ちょうど良いな」

「誰のせいだと思っているんだ……」

 

 遠距離、未だに相対距離が長いそのゲルググから発射されたビームをギャリーは身軽にかわしつつ、自らの機体の手にと持つビームライフルの調子を確かめ。

 

「まあ仕方がない、いくか!!」

 

 ギュア……!!

 

 そのライフルを敵機「ゲルググ」にと向かって撃ち放つ。その光景を見てもヤザンはすぐには動かない。

 

「格闘戦をしかけるか、それとも射撃で様子を見るか……」

 

 珍しくヤザンは戦場において、次に自分が出す「手」を悩んでいる。自分から相手に挑発行為をしたにもかかわらずにもだ。

 

「キャノン付き、砲戦用か?」

 

 続けてギャリーが放ったビームライフルを、障害物を利用してかわしたそのキャノン付きの機体、サンドカラーという塗装に何か引っかかる物を感じながらも、とりあえずの所はヤザンも臨戦体勢を取る。

 

 パァ……!!

 

「うわっと!?」

 

 その「キャノン付き」とは違うもう一機のゲルググ、その紅い機体がその手に持つ大型の火器から、マシンガン状のビームを撃ち放つ。

 

「ビームのマシンガンか、ジオンも大したもんだ!!」

 

 あと少し反応が遅ければ、ヤザン機ライトコマンドはその弾幕に捕らわれていただろう、その事が彼ヤザンに「火」を付けた。

 

「いくか!!」

 

 ライトコマンド、赤と白の機体色に塗装されたその高機動型ジムがその身を捻り、キャノン付きから発射されたビームキャノンをかわしつつ。

 

「そらよ!!」

 

 お返しにとばかりにライフルを二連射する。その攻撃に僅かに怯んだように見えたキャノン付きに。

 

 ザォ!!

 

「もしかして、お前は!!」

「その声、ヤザン・ゲーブルか!?」

 

 急速加速を行い、サンドカラーにと一気に飛びかかるヤザン。細かいスペースデブリなどは機体に当たるに任せ、そのまま。

 

「今日こそ、このトーマス・クルツが!!」

「やらせるかよ!!」

 

 相手機ゲルググ、それの付き出すビームサーベルと自らのサーベルをかち合わせる。漆黒の宇宙の中、淡い青色の光が瞬時に弾けた。

 

 ガッ!!

 

 ヤザン機が繰り出した前蹴り、それはそのゲルググのビームキャノンを振り上げらせ、そのまま相手機ゲルググが微かに揺らぐ。

 

「トーマス!!」

 

 少女、その声がヤザン機の無差別通信の中にと入り込み、声と同時に一条のビームがヤザン機のすぐ脇を通る。あと一歩ヤザンが身を引くのが遅かったら、直撃を食らっていた所だ。

 

「アンタのお相手はこっちだ、嬢ちゃん!!」

「くぅ!!」

 

 だが、そのトーマス機を支援しようとしたゲルググの追撃はこない。ビームサーベルをもろ手にと持ったギャリーからの連続格闘攻撃に、防戦一方となっている様子だ。その代わりに。

 

「くそ!!」

「ガタイの差だな、ヤザン・ゲーブル!!」

 

 トーマス・クルツ機が繰り出した押し蹴り、それによって相手のゲルググと比較して重量が軽いヤザン機ライトコマンドはその身をはね飛ばされてしまう。

 

「しかし!!」

「うお!?」

 

 ライトコマンドに搭載された隠し武器、ワイヤーを使いヤザンは。

 

「接近してしまえば!!」

 

 強引に敵機ゲルググを引き寄せ、そのままビームサーベルで相手の左腕、小盾の部分へとそのビーム刃を軽く滑らす。

 

「そこまで俺が甘いかよ、ヤザン!!」

 

 ボフゥ!!

 

 その小盾の内部から炸裂弾が噴射され、それがヤザン機ライトコマンドの胴に当たると同時に。

 

「くそ、まずいぜ!!」

「そらよ!!」

 

 ゲルググのビームキャノンがライトコマンドにと照準を定め、零距離射撃を行う。

 

「くぅ!!」

 

 ライトコマンドの右肩をえぐりとられたヤザンは、それでも勝機を見出だそうと相手にと組み付くが。左手に持ち替えたサーベルはゲルググのそれに防がれ、そのまま彼我との「体格差」を利用されて押し込まれる。放った頭部バルカンは相手にかすり傷しか負わせられない。

 

「ここまでだな、ヤザン!!」

「そうかい!?」

 

 明らかに不利な状態にも関わらず、ヤザン・ゲーブルという男の闘争本能は収まる気配がない。どう勝つか、それしか頭にない。

 

「引くのも、難しそうだしな!!」

 

 だが、そのヤザンの「強気」が運を呼び寄せたのかもしれなかった。

 

 ギィイ……!!

 

 彼方から、高出力のビームがトーマス機。

 

「俺のゲルググキャノンが!?」

 

 ゲルググキャノンの肩部ビームキャノンを撃ち抜き、それに続いて宇宙戦用にと換装されたダンケルのジム・コマンドがビームガンの連射をトーマス機にとお見舞いする。

 

「連邦の増援か!!」

「よく間に合った、ダンケル達!!」

 

 カタリーナとラムサスのガンキャノン、マスプロ・タイプとして生産されたその砲撃戦用のモビルスーツがポジション取りをしているなか、今度はヤザン機と同じく被弾しているギャリーの機体を。

 

「連邦の狙撃タイプ!?」

 

 ジオン兵の少女が呻く声もよそに、ヴァースキ機ジムスナイパーⅡがその狙撃用ビームライフルをもって、自由な動きをさせないようにする。

 

「ヤザン隊長!!」

「どうした、ヴァースキ!?」

「敵の増援が来ます!!」

「解るのか!?」

「見えます!!」

「そうか!!」

 

 ヴァースキが正対している相手、大型のビームマシンガンを持ったゲルググが、そのビーム弾幕をヴァースキ機にと向け。

 

「……ヴァースキ!?」

「イングリッドか!!」

 

 僅かなコンマの間静止していた後に、そのマシンガンをジムスナイパーⅡに向けて乱射を始める。

 

 ボゥフ!!

 

「あう!?」

 

 量産型ガンキャノンからの砲撃、油断でもしていたのか、それをまともに食らった少女の機体は、バランスを大きく崩し。

 

「ごめん、イングリッド!!」

 

 スナイパーⅡが放つビーム照射の中に消えた。

 

「やったか、カタリーナ?」

「いえ、あれを見てください、ラムサスさん」

 

 しかし、その敵機撃墜の希望は新しく現れた紅い機体によって、ビームマシンガンを持ったゲルググを強く抱えられている姿により否定される。



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第40話「退く者達」

  

「くそ!!」

 

 その紅いモビルスーツ、以前にヤザンが搭乗していた高機動型ザクに酷似した機体は、少女が乗るゲルググを小脇にかかえながら、その手に持ったバズーカをヤザンに向けて放った。

 

「この距離で、やってくれる!!」

 

 それと合わせるかのように、トーマス機からもビームサーベルが振るわれ、ヤザンはどうにかしてそのビーム刃の方は身を捻ってかわしたが。

 

 ドゥ!!

 

 バズーカ砲、大口径のそれはかわしきれず、ヤザン機の近くまで通りすぎたその弾頭が、近接信管により爆発する。

 

「トーマス、下がれ!!」

「何を言っているんだ、ジョニー!?」

 

 ビームサーベル基部ごと左腕が吹き飛んだヤザン機、そのライトコマンドに追撃を加えようとしたトーマス・クルツのゲルググが、その紅いモビルスーツの声によって半歩引く。

 

「あんたがここにいるってことは、他の連中もいるって事だろう、ジョニー!?」

「連邦の増援が確認された!!」

「もう来ているよ!!」

「その増援の増援だ!!」

「ちくしょう!!」

 

 その時、紅いザクに抱えられたゲルググがうなり声を上げつつに身じろぎし。

 

「ここで、あたしの片割れを!!」

「おい!?」

 

 損傷したらしい大型ビームマシンガンを手放し、その腕に仕込まれたらしいバルカン砲を、彼女の機体を狙っていたヴァースキのスナイパーⅡにと向ける。

 

 バッ、バァ!!

 

「当たるか!?」

 

 しかし、そのバルカンの合間を縫って敵の新鋭機「ゲルググ」のマイナーチェンジと思われる、青い塗装のゲルググがそのバルカンをかわしたヴァースキ機にと。

 

「そこだ!!」

「そんなもんでよ!!」

 

 両刃のビームサーベル、それを回転させつつに迫り、一気に切り伏せようとする。

 

「ヴァースキ君!!」

 

 その青いゲルググの勢いに気圧されたカタリーナが放ったマシンガン、それを回転するビームの刃により溶解させながら、その敵機は。

 

「一刀両断にはいかないか!!」

「そんな上手くには!!」

 

 ヴァースキと同じ年頃の少年と思わしき男の声、それが怒声を発しながらライフルを手放したヴァースキのスナイパーⅡと、ビームサーベルをもって切り結ぶ。

 

「ユーマ、やめろ!!」

「しかし、ジョニー・ライデン!!」

「敵のマゼランが来るって言っただろう!?」

 

 その言葉を耳にいれながらも、ヤザンは残った右腕でビームサーベルを構え、そのまま支援にと駆けつけてくれたギャリーのライトコマンドと共に、トーマス・クルツ機にと刃による連続攻撃を食らわせる。

 

「おのれ、ヤザン・ゲーブル!!」

 

 しかし、そう唸ってみてもトーマスにとって事態は好転しない。地球連邦軍の戦艦「マゼラン」が三隻この宙域にと接近し。

 

 ボゥ!!

 

 ビーム主砲による支援射撃の中、展開されたモビルスーツからの長距離射撃により、彼トーマスのゲルググが一瞬怯んだように見える。

 

「撤退だ、トーマス!!」

「解ったよ、隊長!!」

 

 バゥウ!!

 

 その左腕の小盾内部に搭載されていると思わしきグレネードを辺りへバラまき、ヤザン達へと目眩ましとしながら、トーマスのゲルググキャノンはそのまま推力を大幅に引き揚げ。

 

「逃がすかってんだ!!」

 

 ヤザン、そしてギャリーが追撃として放ったビームライフルの射線をまるで後ろに目が付いているかのようにかわす。おそらくは背部警戒システムが良く出来ているのであろう。

 

「くそ、覚えておけヴァースキとやら!!」

 

 青いゲルググ、それも一旦体当たりをヴァースキのスナイパーⅡへと仕向けた後、背部から強烈な光を放ち暗礁宙域の彼方へと後退していく。そのあまりのスピードにダンケルとラムサス達の攻撃も届かない。

 

「イングリッドが……」

 

 放棄した長距離用ライフルをその手に戻しながら、何か呆けたようにその名を呼ぶヴァースキ。その声は半壊したヤザン機にも通じたが。

 

「くそ、腕の損傷が頭部にまで来ている!!」

 

 自らのライトコマンドを四苦八苦しながら、なんとか維持しているヤザンはそれの言葉に注意を払っている余裕はなかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ヴァースキ君」

「はい、確か……」

「テネスだ、ゴップ大将より伝言をもらっている」

 

 その支援に駆けつけたマゼランのモビルスーツ隊、それの隊長と想われるテネスという男からそう言われて。

 

「ああ、カタリーナさん……」

「別に彼女に居てもらっても構わない」

「はあ……」

 

 彼女カタリーナに席を外してもらおうと思ったヴァースキであったが、テネスの言葉にその声を軽く引く。

 

「ゴップ大将からな」

「はい……」

「レビル艦隊に合流するようにと、辞令が出ている」

 

 恐らく詳しくはこの手渡された書類、それに書いてあるのだろう。首を傾げながらその書類封筒を開けようとするヴァースキの挙動に関心を持たず、テネスは。

 

「近いうち、君の隊長に挨拶をしておけ」

「はっ……」

「では、な」

 

 エリート部隊としての自負が成せる物なのであろうか、そのテネスはやや偉上にそう言い放った後、そのサラミスの休憩室から去っていく。

 

「ヴァースキ君」

「はい、カタリーナさん」

 

 書類に目を通りながら、どこか生返事でカタリーナへとその声を返すヴァースキ。

 

「どうやら、お別れのようです」

「やはり、別の部隊に移るのね」

「そう、書いてあります」

「寂しくなるわね、ヴァースキ君」

「そう言ってくれると」

 

 そこまでヴァースキは言葉を放ち、書類から顔を上げ。

 

「嬉しいです、カタリーナさん」

 

 やや寂しげに、そう笑った。



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第41話「獣の勘」

  

「ヴァースキの奴め……」

「どうしたんすか、隊長?」

「どうもこうもよ、ベルカ」

 

 その異動をおこなったヴァースキからの手紙、その中には。

 

「アイツめ、いまになってよ……」

 

 ヴァースキという少年、そしてオーガスタとムラサメ研究所が行った「新種の人間」を作る概要、具体的な中身は書かれていないが、まさしくその概要が描かれている。

 

「水臭いんじゃねえの……」

 

 

 

――――――

 

 

 

「何だろうな、今の光……?」

「ソーラ・システムよ、ラムサス」

「メイリー少佐、なんだいそれは?」

「ソロモンの宇宙要塞を砕く為の、大規模破壊兵器」

 

 しばらくのあいだ、その遠くに光る「帯」は存在を続けていたが、やがて。

 

「つまり、ジオンの前線宇宙要塞であるソロモンが落ちたということよ、ラムサス」

 

 その光は、暗黒の宇宙の中に消え去っていく。

 

「ってことは、戦争も終わりかね、メイリーさん?」

「あと、ア・バオア・クーという防衛線が残っているわ」

「戦争が終わったら、あんたもヤザン隊長に会えなくなるかもな」

「何が言いたいのかしら、ラムサス?」

「別に……」

 

 そこまで言い、嫌なニヤケ笑いを浮かべて見せるラムサス、そしてメイリー達の隣では。

 

「ミノフスキーが強すぎて、通信が上手くとれません、艦長」

「レーザー通信はどうだ、ベルカ君?」

「ここらはジオンの勢力圏です、迂闊なレーザーは危険です」

 

 その、ガディ艦長に上申するベルカの傍らではアイネ整備員が。

 

「ヴァースキが残したスナイパー、調整しますね」

「長所を潰してしまう、あの調整方法か?」

「ヤザン隊長が言っていました、スナイパーⅡは支援機とするには勿体無いと」

「解った、許可する」

 

 そのままガディ・キンゼー艦長の前から立ち去り、その腕を絡ませようとするアイネを捌いているベルカの様子を見つめながら。

 

「いいねえ、若いのは……」

「何年寄りみたいな事を言っているのよ、ダンケルさん」

「いいじゃねえかよ、カタリーナ……」

 

 稼働モビルスーツの全容、それを報告しようと、ダンケルとカタリーナが艦長の元へとやってきた。

 

「Gライン、なんだそれは?」

「噂だがな、ヤザン」

 

 コーヒーチューブをその手に取っているギャリーはそう、声を潜めながら。

 

「何でも、ガンダムとやらと同等の性能を誇る量産機らしい」

「そのガンダムとやらが、俺にはよくわからねぇんだよ、ギャリー」

「まあ、そうだが……」

 

 戦争が長期化すれば、連邦軍に配備されるかもしれない。そのモビルスーツの名前をそっとヤザンにと伝えていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「イングリッドと会ったというのは」

「はい、レビル将軍」

「本当のようだな、ヴァースキ君」

 

 火の付いていない葉巻をくわえながら、このジオン本国攻めの総指揮官「レビル」はヴァースキから受け取った、手書きのその書類へとスッと、刃物のように目を通した。

 

「このソロモンを落とす前後に、ポケットの中の戦争に過ぎない事が、二つあった」

「ハッ……」

「EXAMと、ニュータイプ専用機の件だ」

 

 その話はヴァースキには聞いたことがあるが、詳しい顛末までは知らない。

 

「どちらにしろ、大勢には関係の無い話だ」

「……」

「とはいえ、戦後を考えたら」

 

 ポッ……

 

 形を崩さない葉巻を灰皿に落としたきり、レビルは暫しの間無言で外を、漆黒の宇宙を眺めている。

 

「大きな影響があるかもしれんがな」

「しかし将軍、自分は……」

「兄の元へ居たいか?」

「たとえ、クローンとしてのエッセンスがイングリッドに大幅に取られたとしても……」

「血は濃いな?」

「ハッ……」

「しかし」

 

 そこまで言い、レビルはその執務机から数枚の書類を取り出し。

 

「不許可だ」

「はい……」

「身売りされた君をムラサメとオーガスタは引き取った、その恩を売りつけるとするか」

「無情ですね、将軍」

「すまんな……」

 

 そう、うつ向いたまま申し訳なさそうにいったレビルの表情は、面を上げたままのヴァースキには読み取れなかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「なあ、メイリー」

「何、ヤザン?」

「お前、兄弟姉妹はいるか?」

「そんなもの、疎遠です……」

 

 裸の胸を自身に押し付けるメイリーを軽く抱き締めながら、ヤザンはその胸から低く息を吐き出す。

 

「どうしたの、ヤザン」

「いや、少し戦後の事を考えてな」

「戦後、気の早い」

「まあ、そうかもな……」

 

 ヤザンには政治というものはよく解らない、しかしこの戦争は。

 

「単にジオンを倒して、終わりじゃあるまい……」

 

 その位の想像は出来る、ヤザン・ゲーブルである。

 

――ブルゥ――

 

 その時、ヤザンの身を軽く。

 

「何、だ……?」

 

 妙な、寒気が襲った。



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第42話「消える魂」

  

「やはり、このジム・スナイパーⅡとやらは」

 

 小規模なジオン哨戒部隊と遭遇したヤザン達、しかしその哨戒部隊は。

 

「普通の使い方をした方が、割りにあっているぜ……」

 

 プログラムをメイリー少佐にと頼んで接近戦用機としたヤザン機スナイパーⅡ、ヴァースキから譲り受けたそれを中心としたチーム・ヤザン達の奮戦により、容易く蹴散らされる。

 

「敵には宇宙戦用のドムもあったみたいですけどね、隊長」

「だが、それもお前達が蹴散らしたじゃねえかよ、ダンケル?」

「へへ……」

 

 テネス達から受け取った新しいジムコマンド達、微調整が行われ性能が向上したそれらの機体の前では、かつての強敵「ドム」でさえ、大きな障害ではない。強いて言えば。

 

「だが、その発展型みたいなドム、そいつは油断できねぇ……」

 

 遭遇したムサイ、ジオン軍の巡洋艦に搭載されていたドムの中、明らかに動きの良いドムが何機かいた事に、ヤザンはその顔を渋くする。そのドムのマイナーチェンジと思われる機体によって、カタリーナのマスプロ・ガンキャノンが、決して軽くはない被害を被っている。

 

「まあ、一旦は戻るか……」

 

 味方に通信を送りながら、ヤザンは宇宙空間で遠目に見える歪な要塞、ジオン軍の最終防衛ラインである「ア・バオア・クー」の姿を実と見つめる。ヤザン達もその要塞攻略に参戦することが決まった以上、無駄な労力を使っている暇はない。

 

「前方に、ジオンのチベ級を発見!!」

「ちっ……!!」

 

 そのベルカ通信兵からの声にヤザンは舌打ちしつつ。

 

「相手の様子はどうだ!?」

「どうも、こちらから離れていく様子です」

「そうか……」

 

 敵の撤退を想像させられるその言葉、コクピット内でヤザンはそれに頷きながら。

 

「俺とダンケルだけ残れ、後は艦の中にいろ」

「大丈夫か、ヤザン?」

「心配すんなって、ギャリー……」

 

 このサラミス級に搭載されているモビルスーツ達にと指示を出す。ヤザンの見立てでは、ジオンもア・バオア・クー防衛の為に戦力を温存しておきたいはずだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「どうも、キマイラ隊ってのが」

「ああ、それか……」

「この艦の受け持つ戦闘宙域、そこに展開するみたいっす」

 

 コクピットに潜って自機の様子を確かめているヤザンに向かい、アイネ整備員がそう、やや低い口調で声をかけてくる。

 

「ジオンも、もう後がないっすね」

「ソロモンで戦力を潰してしまったらしいな……」

 

 そう言いながら、ヤザンは隣にとそびえ立つライトコマンド、ギャリー・ロジャース機の様子をちらりと見る。その機体も少しアイネの手により強化されたようだ。

 

「しかしですね、ヤザン隊長」

「カタリーナさん、その装甲板寿命らしいっスよ」

「あ、そうなの?」

 

 使わないと勿体無いからという理由でボール、支援用の戦闘ポッドにと通信設備を取り付け、あたかも宇宙用ホバートラックとしているアイネの横では。

 

「ええとグラナダです、ヤザン隊長」

「グラナダ、あの月面が何だって?」

「そこにまだ、戦力が温存されているみたいです」

 

 コソッとした口調でそう言いながら、カタリーナが先の戦闘で被弾したマスプロ・ガンキャノンの調整を行っている。

 

「まだまだ、予断は許されない訳ね……」

 

 その言葉を吐いたのはメイリー技術士官だ。彼女は先程までに全モビルスーツのOSを調整し終わり、今は軽い軽食を取っている。

 

「アイネ、このコクピットの座席だけど」

「はいはい、カタリーナさん?」

「何か、様子が変なのよ」

 

 二人して量産型ガンキャノンの中にと潜り込むカタリーナとアイネ、そのガンキャノンの横にはダンケル、ラムサスのジムコマンドがあり、ヤザンが帰投する前から、黙々とラムサスがジムスナイパーⅡからの部品移植。

 

「やはり、コマンドではバイザーの電圧がな、エラーが出る……」

 

 ヤザンが使わないからと取り外した、狙撃用機器の取り付けに励んでいる。

 

「おおいヴァースキ、と……」

 

 もう彼はいないのだ、その事を失念していたヤザンは、仕方なくマグネットコーティングのコクピット内からの調整を一人で行う。この「機械油」に関してはこの艦ではヴァースキが一番、知識があった。

 

 スゥ……

 

「メシ、いりますか?」

「おう、少しくれ……」

 

 少しの間休憩をしていたダンケル、ヤザンは彼からカロリー・バーを受け取りながら、コーティングの調整に励む。

 

「おおい、アイネ」

「きゃあ!?」

 

 ガンキャノンをカタリーナと共に整備中、ダンケルにいきなりノーマルスーツ越しに尻を蹴られたアイネ整備員は。

 

「なにするんすか、ダンケルさん!?」

「ちょっとアイネその、そこ触らないで!!」

「あたしのケツは、ベルカのもんなんですからね!!」

 

 そのまま抱きつくような形で、機体内にといたカタリーナと密着した。

 

「そのベルカが呼んでいたぞ」

「ちょっとアイネ、股ぐらから手を離して!!」

「何でも、各機体との通信能力を強化したいらしい」

 

 地なのか疲れているのか、わめき散らすカタリーナを無視し、ダンケルはカロリー・バーを二人に投げ渡しながらブリッジからの伝言を伝える。

 

「わ、わかったっす!!」

「もう、このバカ!!」

 

 そのヘルメット内の顔を真っ赤にしているカタリーナの胸から手を離し、アイネはそのまま量産型ガンキャノンから離れていく。

 

「何をやっているんだ、カタリーナ?」

「あなたが仕出かしたんでしょ!?」

「俺は何もやってねえよ……」

 

 あくまでもそううそぶくダンケルに対して、カタリーナは受け取ったばかりのカロリー・バーをその腕を振り、思いっきり投げつける。

 

「ちょっとダンケル、あんまり彼女を苛めちゃダメよ……」

 

 その光景を呆れた顔をして見つめていたメイリーの隣にはラムサスの姿、どうやらジムコマンドのOS関係で聞きたい事があったらしい。

 

「騒がしいこった……」

 

 口の端を歪ませ、その光景を苦く笑うヤザン。彼にしてみても。

 

「まあ、いい……」

 

 ヴァースキがいなくなってから時おり感じる、妙な「気配」を忘れる、気が紛れるのは良いことだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ジオンの艦、グワジン級か……」

 

 マゼランの窓から外を覗くヴァースキ少年の視線の先には、ジオン軍の艦がレビル将軍の乗る艦へと、連絡用チューブを繋いでいる姿が見える。

 

「たしか、デギン公王が乗っている艦だと言っていたな……」

 

 一応、この事については箝口令がひかれているが、当の艦内部での一人言ならば構うまい。

 

「と、いうことは」

 

 政治には疎いヴァースキといえども想像は出来る。おそらくジオン軍の名目上の最高権力者「デギン公王」と連邦の前線での最高権力者「レビル将軍」との間で行われている密談なのだ。

 

「もしかして、戦争は早く終わるかな?」

 

 だとすると、ヤザン隊長は不満が溜まるかもしれない、その自身が敬愛する隊長の仏頂面を思い浮かべて、ヴァースキは一人ほくそ笑む。

 

「まあ、戦争が早く終わったら、僕もイングリッドを探しに行けるし」

 

 良いことだ、そうヴァースキは心の内でそっと胸を暖める。

 

 シィ……

 

「ん?」

 

 その時。

 

「何だ、光……?」

 

 何かが光った、そうヴァースキが思った瞬間。

 

 ガァア!!

 

 二隻の艦と、彼ヴァースキの存在は消滅した。



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第43話「ア・バオア・クーの獣達(前編)」

  

「くそ、何だってんだ!?」

 

 あたかも宇宙を引き裂くように、何処ともなく出現した一条の閃光、それが終息すると同時に。

 

「各員、戦闘配備に着け!!」

 

 ガディ・キンゼー艦長、彼からの声が就寝中のヤザンを叩き起こす。

 

「ちっ……」

 

 何か、寝不足とは違う感覚で痛む頭を抱えながら、ヤザンはサイドテーブルにと置かれている錠剤を口に含みつつ、ハンガーデッキにと向かう。

 

「ヤザン隊長!!」

「おう、ダンケル!!」

「ソーラ・システムです!!」

「なんだって!?」

 

 やや小走りに走りながら、ヤザンとダンケルの二人は常夜灯の付いている艦内通路を駆ける。

 

「確か、ソロモンの時に使われたっていうヤツか?」

「同じものをジオンも開発していたんですよ、きっと……」

「そうか……」

 

 曲がり角を曲がり、ハンガーデッキへの中継地点、そこで二人は宇宙服ノーマルスーツにと着替え、そのまま重力調整室へと飛び込む。

 

 ザァ……!!

 

 人工重力が解除され、宙に浮いたままハンガーのモビルスーツに漂う二人、すでにラムサスは自らにあてがわれた射撃戦用のジム・コマンドの前にと待機している。

 

「こちらハンガーデッキ!!」

「ベルカです、ヤザン隊長!!」

「状況はどうなっている!?」

「未確認ですが、レビル将軍が戦死なされたようです!!」

「総大将がやられたか……!!」

「今は、ガディ艦長からの指示を待ってください!!」

「よし、解った……!!」

 

 そのまま自機「スナイパーⅡ」の前で漂っているヤザン、しばらくしているとカタリーナやギャリー、そしてアイネもこのハンガーにと飛び込んできた。

 

「ヤザン隊長、ワイヤーアームの調整は完了したっす」

「おう、アイネ!!」

「マグネットコーティングの様子も完璧っすよ」

「解った……」

 

 ジ、ジッジ……

 

「各員、これより我々は他の残存部隊と協力して、ア・バオア・クーにと取りつく」

「結局、混戦か……」

 

 その呻くようなラムサスの声は無論、ブリッジから通信を入れているガディ艦長には通じない。

 

「キマイラ隊もいるかもしれん、皆注意してかかれ」

 

 その間にもこのサラミスに搭載されている各モビルスーツには、様々なデータがベルカの手によって転送されてくる。

 

「さて……!!」

 

 スナイパーⅡ、それのコクピットにと潜り込んだヤザンの目線の先には、想定されるジオン軍の総数、あまりあてにはなりそうにないが。

 

「ここが、アガリのマスになるかな……?」

 

 だが、戦局などなんだのは偉い人が考えれば良いだけの話だ。ヤザンにしてみれば。

 

「まあ、やってみりゃ解るか!!」

 

 余計な事を考え、時間を潰すという趣味はない。

 

 

 

――――――

 

 

 

 奇怪な形状のヘルメットを被ったザク、物知りなベルカによれば「フリッツヘルム」というらしいその頭部形状をしたザク二機を瞬く間にキャノンで粉砕したカタリーナの腕前には、ダンケルが口笛を吹いて囃し立てる。

 

「あのムサイは別の連中がやってくれる!!」

「了解、隊長!!」

 

 そのヤザンの言葉通り、フリッツヘルムを放ったムサイ巡洋艦には別部隊のジムが、そのバズーカをもって落としている姿が目に見える。

 

「高速機接近!!」

 

 偵察型ボール、ベルカ機からの通信に、ヤザンは自機を近くにあった戦艦の装甲板、それの影にと隠れさせる。

 

「光が速い、並みの機体じゃないぞ……」

 

 ラムサス、ダンケル達も物陰に潜み、その不明機の接近に備える。何かカタリーナが息を飲む音が通信機越しに聴こえた。

 

「ありゃ、モビルアーマーってやつかもしれんな」

「そうか、ギャリー?」

「ああ、噂で聴いた……」

 

 そう、ヤザンが近くの岩にと隠れているギャリー・ロジャースの話を聞いている内に。

 

「……ちら、八十二小隊!!」

「あん?」

「誰か、支援を!!」

 

 ちょうどその接近をしかけてくる高機動機、そこらの辺りから悲鳴のような音声が聴こえてくる。

 

「ラムサス、バイザーで確認してくれないか?」

「了解……」

 

 ジム・スナイパーⅡの狙撃用バイザーを拝借したラムサスのコマンドが、その高機動機を確認しようと物陰からその身を乗り出す、ヤザンはそれをいつでも支援出来るような形で、新型のライフルを構え直した。

 

「このライフル、ショートレンジ型の狙撃銃だというが……」

「ヤザン隊長!!」

「おう!!」

「モビルアーマーにジムが取りついています!!」

 

 それと同時にラムサス機からの画像、それがベルカの観測ボールによって処理され、調整された映像が各機へと送られてくる。

 

「しょうがない、助けてやるか……」

 

 どこか「貧乏くじ」を引いたというような感のヤザンの言葉ではあるが、それでも彼は接近をしてくる高機動機とのタイミングを合わせる。一気に仕留めるつもりなのだ。

 

「三、二、一……」

 

 敵機を表す光点はこちらに一直線に向かってくる。ヤザンのカウントの途中で、誰かが唾を飲み込む音が聴こえた。

 

「ゼロ!!」

 

 ガォウ!!

 

 それと同時に先に「表」へと出ていたラムサス機へのビーム照射、ラムサスのジム・コマンドはそれを身軽に回避し、その敵機の画像を皆にと送る。

 

「良い趣味してんじゃねえかよ!!」

 

 緑色の怪鳥を思わせる風貌に、その身体から突きだされた二対の鉤爪、それをダンケルは笑うと同時に、その手に持つバズーカを発射する。

 

「ヤザン隊長!!」

「よし、ダンケル!!」

 

 そのバズーカは牽制だ、その敵機のスピードに追い付くものではない。そのバズーカからの回避により機動が制限された怪鳥に、ヤザン機スナイパーⅡが急加速して取りついた。

 

「速さに振り回されたか……」

 

 怪鳥の身体には二機のジムコマンド、それが突き刺したビームサーベルを軸に身体を支えている。ヤザンにはその中のパイロットが無事であるかどうかは解らないが。

 

「そらよ!!」

 

 ズゥ!!

 

 大出力のビームサーベル、どこぞの新型から流れ着いたその大型ビームサーベルをもって怪鳥の身体を突き刺しつつ。

 

「よし、ギャリー!!」

「おう!!」

 

 ギャリー機ライトコマンドたちにも、その「分け前」を与えようとする。その集中攻撃を仕掛けているヤザン達の先で。

 

「あぶねぇぞ、ベルカ!!」

「う、うわ!!」

 

 ブゥン!!

 

 観測を行っていたベルカのボールに、危うく衝突しそうになった。あまり時間をかけると良いことは無さそうだと感じたヤザン。

 

「恐らく、ここがコクピット!!」

 

 目星をつけた場所へとサーベルを一気に降り下ろす。それと同時に怪鳥は。

 

「よし、皆このデカブツから離れろ!!」

 

 あらぬ方向へと蛇行を始め、あやうくスペースデブリと衝突しそうになったヤザンは、取り付いていたジム・コマンドの内一機を小脇にかかえ、怪鳥から離脱する。

 

「たぶん、こいつ気を失ってやがるぜ……」

 

 もう一機のコマンドを救助したギャリーはコクピット内で苦笑いをしつつ、そのジム・コマンドを宙に浮かせた。

 

「おい、ベルカいるか!?」

「は、はい!!」

「このジム・コマンド達を」

 

 この小競り合いで自機の調子は良好だと判断したヤザンは、やや機嫌のよい声でベルカのボールを呼び寄せ。

 

「俺達のサラミスまで運んでやってくれ」

「は、はい解りました……」

「その後、お前はサラミスで待機だ」

「やはり、ボールでは駄目ですか?」

「危険だ、足手まといにもなる」

 

 その見も蓋もない言い方、それには当のベルカではなくダンケルやらラムサスの方が肩を竦めてしまう。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ちぃ!!」

 

 テネスのジムスナイパーⅡがその「キマイラ隊」の集中攻撃を受け、なおも健在であるということは、彼の操縦技術の高さの現れではあるのだが。

 

「しかし、反撃の糸口が見えん……!!」

 

 ゲルググを中核とした敵部隊、それらは徐々にとテネス隊を押し込んでいく。特に。

 

 ギュ、ア!!

 

「速い!!」

 

 フランシスのスナイパーⅡから放つ狙撃銃、それをことごとく回避する紅いゲルググの素早さには、敵ながら感心するしかない。

 

「司令塔レビル艦が潰された以上、散発的な援軍しか来れない……!!」

 

 そして、その二、三機のモビルスーツが駆けつけた所で、各個撃破されてしまうのが、今のア・バオア・クーでの戦場なのだ。

 

「ジオンの兵は少ない、しかし!!」

 

 再び襲ってくる紅いゲルググとその随伴機と思われる青いゲルググ、それの連携から逃れるのは、彼テネスやその一の部下、フランシス・バックマイヤーといえどもいつまでも続くものではない。

 

 ビュウ、ア……

 

「味方の援軍か……!!」

 

 遠距離からのビーム射撃、流れ弾かも知れないなとテネスが、敵機に注意を払いつつもそのビームが放たれた「元」を確認するに。

 

 ギィ……!!

 

 テネスと同型のスナイパーⅡ、そしてサンドカラーのキャノン付きゲルググが互いにサーベルを合わせている傍ら。

 

「動きが遅い、敵に差があるのか!?」

 

 ビームガンをもってして、ぎこちない動きのゲルググを撃破したばかりのジム・コマンドの姿である。



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第44話「ア・バオア・クーの獣達(後編)」

  

「俺がパワー負けしているだと!?」

「そうみたいだな、トーマス・クルツ」

 

 バァン!!

 

 しかし、それでもトーマス機から放たれる斬撃は的確であり、ヤザンと言えども気を抜くことは出来ない。

 

「ちぃ!!」

 

 敵はこの「サンドカラー」だけではない、他にも遠距離から狙撃を仕掛けてくるゲルググもいるため、ヤザンとしては短期決戦を挑みたいところだが。

 

「さすがに手強いな!!」

「そうだとも、ヤザン・ゲーブル!!」

 

 他に余力を残している味方もいない。ダンケルとラムサスは赤い、狙撃タイプと思われるゲルググに脚を止められているし、カタリーナやギャリーにしても宇宙戦用ドム、それの改良タイプの攻撃を受け、ヤザンの援護に回るどころではない。

 

 バォ!!

 

「うお!?」

 

 バルカンによる牽制からの一回転蹴り、それに虚を突かれたらしき風であるトーマス機からヤザンは一旦離れ、自機の背に装着させてあるショートレンジ・ライフルの弾丸をサンドカラーのゲルググにと叩きつける。

 

「くそ!!」

 

 狙撃用ライフルを改良したショートレンジはゲルググの硬い装甲にも有効であったようだ。しかしそれでもトーマスは怯むことなく、その背のビームキャノンの砲門をヤザン機にと向ける。

 

「そうはいくかってんだ!!」

 

 ヤザンはそのまま自機「スナイパーⅡ」の推進力をフルに使い、ビームによる攻撃から身をかわすが。

 

 ガァ!!

 

 そのビームキャノンを避けたヤザン機とラムサスのジム・コマンドが接触し、ヤザンの身体に大きな衝撃が疾った。

 

「なにしてやがる、ラムサス!!」

「そんなことを言っても、隊長!!」

 

 即座に機体の態勢を整え直す二人、その二人の脇をビームキャノン、そしてビームによるマシンガン掃射が宙を駆ける。

 

「スイッチングだ、ラムサス!!」

「りょ、了解!!」

 

 ジムスナイパーⅡの推力は極めつけだ、即座にその狙撃型ゲルググと距離を詰めたヤザンは、ショートライフルを牽制として放ちつつ、ビームサーベルを抜き撃つ。

 

「なめるな!!」

「女か、気に入らねぇな!!」

 

 一瞬ヤザンはその女、少女の声に聞き覚えがあった気がしたが、その雑念をすぐに振り払い、頭部バルカンにて相手の装甲を叩く。

 

「そこで!!」

 

 一撃目のビームサーベル斬撃はその狙撃タイプにとかわされたが、続けてヤザン機から放たれたサーベルによる刺突、それが相手ゲルググの脚部を焼く。

 

「ちぃ、連邦め!!」

 

 大型のビームマシンガンは接近戦では取り回しが効かない、しかし彼女はそれでもその銃器を保持したままビームサーベルを取り出し、ヤザン機スナイパーⅡと刃を交える。

 

「はぁ!!」

「甘いぜ、女!!」

「女で悪いかしら!?」

「どうだろうな!!」

 

 やはり、彼女の声には聞き覚えがある。しかしそうは思いながらもヤザンのサーベルはグイグイとゲルググ狙撃型を押し込んでいく、相手が未練がましくビームマシンガンを放擲しないのもあるが、大型のビームサーベルを持つヤザンの方が接近戦に分があるようだ。

 

「何をやっているんだ、イングリッド!!」

 

 ヤザンのスナイパーⅡの前身に当たる機体を撃破した紅きゲルググ、それが背部ブースターから眩い光を発しながら、ヤザン機に追突を仕掛けるかのような勢いで、そのイングリッドとやらの機体を救援しには入る。

 

「動きが良い、リーダー機か!?」

 

 その勢いに、ややに飲まれてしまったヤザンはショートライフル、狙撃用無反動砲をショートレンジにと改良したライフルをその紅い機体にと放ったが、それはことごとく回避され、そのゲルググが取り出したサーベルを。

 

「く、くそ!!」

 

 間一髪でかわす、がその隙を狙われイングリッドの狙撃ゲルググの腕から機関砲のような物がヤザン機の、これもやや脇をすり抜ける。その連携攻撃をかわしつづけたヤザンのスナイパーⅡが、各部関節から悲鳴のような音がなる。

 

「マグネットコーティングがいかれてるのか、ヴァースキめ!!」

 

 ここにいない者に悪態をついても仕方がない、支援に駆けつけたジム隊からのビームスプレーガンによる威嚇に助けられた形となり、ヤザンは一旦そのゲルググ二機から距離をとった。

 

「支援の数が多い、いけるか!?」

 

 ヤザンの言う通り、確かに支援部隊の数はかなり多い、その部隊は複数に別れ他のゲルググ、それぞれがパーソナルカラーにて塗装されているキマイラ隊の敵機に当たってくれている。

 

「ならば、俺は敵の隊長機を!!」

 

 ドゥ!!

 

 その支援のジムを払った紅いゲルググ、その機体をキャノン砲で牽制してくれているカタリーナに感謝をしつつも、ヤザンは今度こそ必中を掛けてショートライフルを、援護をしてくれているギャリー機ライトコマンドと合わせて、その紅い機体にと放つ。

 

「うおっと!?」

 

 同時に所属不明のパイロット、テネスからのライフルも同時に放たれたのがよかったらしい。集中された射撃がその紅いゲルググの脚部を大きく破損させる。

 

「深紅の稲妻が泣くぜ!!」

「ジョニー隊長、こいつら強いです!!」

「泣き言を言うな、イングリッド!!」

「しかし、キシリア様も!!」

 

 何やらわめいているゲルググ狙撃型が放つマシンガンの軌道はヤザンにはすでに見切られている。

 

「あのサンドカラーは!?」

 

 その一瞬、彼ヤザンはトーマス・クルツ機の方にと目をやり、その敵機がダンケル、ラムサスの二人と互角の戦いをしている事を見やった後、一つ安堵をしながら果敢に紅いゲルググにと斬りかかってくる。

 

「くそ!!」

「紅い奴、会ったことがあったかい!?」

「さぁてね!!」

 

 負傷しているとはいえ、その「紅い奴」はそれでもヤザン機の大型サーベルを上手く捌き、隙あればその逆腕にと持つバズーカ、ロケットランチャーにてスナイパーⅡをはね飛ばそうと試みている様子ではあるが。

 

 ピュア……

 

 味方の増援、何かジオンの防衛網に穴でも空いたのか、次々に支援にと駆けつける味方機達が「キマイラ隊」とやらを押し潰そうとしている。

 

「くそ!!」

 

 そして、ついに青いゲルググ、敵リーダーの随伴機にとバックマイヤーの狙撃銃が命中し、そのままその敵機は後退を余儀なくされた。

 

「キマイラ隊、キマイラ隊!!」

「ジョニー隊長、キシリア様が戦死なさいました!!」

「解るのか、イングリッド!?」

「吹き飛ばされる光景が、頭の中に!!」

「キマイラ隊!!」

 

 恐らくはそのリーダー機は撤退を指示しているのであろう、だが。

 

「ここで、退くわけには!!」

 

 ラムサス達、そしてカタリーナの援護によって半壊したキャノン付きゲルググの闘志は衰えない様子ではあるが。

 

「グラナダにいくぞ、キマイラ!!」

「俺達に逃げる場所なんてあるのかよ!?」

「無駄死にはするな、トーマス!!」

「くそ!!」

 

 的確なロケットランチャーによる射撃、それによってダンケルのジムコマンドが吹き飛ばされる、それと共にトーマス・クルツのゲルググキャノンもまた。

 

「ここでまた、逃げる事になるとは!!」

 

 悔しげにそう罵りながら、先導するゲルググ狙撃タイプにと、その機体を追尾させている。

 

「逃がすか!!」

「止めろ、ヤザン・ゲーブル!!」

「何をいってやがる、ここで……!!」

「戦争は終わったんだ!!」

「何だと!!」

 

 その自機の肩を掴まれたままに放たれたテネスの言葉に、ヤザンは軽く息を呑む。

 

「ジオンの総大将、ギレン・ザビが戦死したらしい」

「何だって……?」

 

 その言葉の意味することは、すなわち。

 

「この戦争、終わったのか……?」

 

 ヤザンの独白の通り、戦争終結の証しであるといえた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「停戦ラジオ、聴きましたか?」

「ああ、聴いたぜ……」

 

 艦へと戻ったヤザンにベルカ通信兵が開口一番に語りかけた言葉、それを聞き流しながら、ヤザンはダンケル達の事を労う。

 

「それと、ヴァースキの事もな」

「誰から聞きましたか、ヤザン隊長?」

「あのテネスとかいう御仁だよ、ベルカ」

 

 戦争は終わった、それでもメイリーとアイネ達はモビルスーツの整備を行っている姿を見ていると。

 

「何だ、この感覚は……?」

 

 何かが終わっていない、そう本能で察知してしまうヤザン・ゲーブルである。



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第45話「人と獣と」

  

「何だと思う、あの艦は?」

「解りませんぜ、ガディ艦長」

 

 不明艦、そうデータ照合に現れた数隻のコロンブス輸送艦は、あるコロニーにと一直線に向かっていく。

 

「モビルスーツも搭載してあるみたいだが……」

 

 そのコロンブスには、宇宙ならではの「上下」に張り付けられた、ジムやジム・コマンドの姿が見える。

 

「ねえ、ヤザン……」

「なんだ、メイリー」

「あの噂、知っている?」

「何の噂だ?」

「戦意をもて余した連邦兵が、ジオン残党を始末しようとしているって話」

「まだ、相手に戦意があるからじゃねえのか?」

 

 ヤザンのその言葉に、今度は。

 

「無抵抗の相手を、いたぶるって話です」

「そうなのか、アイネ?」

「でも、それだけじゃないみたいですっス」

 

 アイネ整備員が、どこか口ごもるメイリーの言葉を引き継ぐ。

 

「はっきり言わねぇ女だな……」

「言いづらいんじゃねえの、ヤザン?」

「Gラインの様子はどうだ、ギャリー?」

「悪くはないが……」

 

 Gライン、その機体はメイリー達の話によると今までのジム・シリーズとは比べ物にならない性能があるらしい。

 

「戦う相手がいない」

「そうとは限らんぞ、ギャリー?」

「どういう意味で、ガディ艦長?」

「ジオンの残党はまだまだいるし、それに……」

 

 そう、そこまで言って口よどむガディ・キンゼー艦長はカタリーナが差し出したコーヒーチューブに一つ口を付けた後。

 

「人類の尊厳を賭けた、戦いもある」

 

 何か、何かを納得させるかのようにそう呟いた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「トーマス、まて!!」

「今回ばかりは!!」

 

 格闘戦用のモビルスーツを駆りながら、敗残兵であるトーマス・クルツは単身、とあるコロニーへと飛び出していく。

 

「ジョニー・ライデン、あんたの言葉と言えども、従えねぇ!!」

「止めなくていいの、隊長!?」

「止めてくれるなよ、イングリッド!!」

 

 チベ級重巡洋艦から発進した格闘機、試作タイプの予備機であるギャン・クリーガーはそのまま。

 

「あのコロニーには、俺の家族がいるんだ!!」

 

 まばゆき、光を放つ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あのジオン機、一人で戦ってやがる……!!」

「サンドカラーの機体、か……」

 

 ダンケルとラムサス、二人がサラミスのブリッジからそのジオン機がコロンブス隊を攻めている姿を見やっているとき。

 

 バォ……!!

 

「ヤザン隊長、メイリーさんが!!」

 

 メイリー、技術士官である彼女が乗るジム・スナイパーⅡが、そのコロンブス隊が向かう先、コロニー「グローブ」にとどうにか先回りしようとしている、その姿が。

 

「何だってんだ、全く……!!」

――お兄さん――

「お前は、死んだはずだ……」

 

 ハンガー内で謎の幻聴が聴こえる、ヤザンの目にと入る。

 

「おい、ガディ艦長」

「……なんだ?」

「メイリーが言っていた、グローブ・コロニーを生け贄にするという噂は本当か?」

「尊厳の問題だ」

「そうか?」

「だが、それを否定するのも」

 

 味方撃ち、それを為しているメイリーではあるが、所詮は彼女は素人である。コロンブスのジムからの殴打を受けている。

 

「尊厳の問題だろう」

「へっ、そうかい……」

 

 それを聞いたヤザンは、一つ自嘲げな笑みを浮かべた後。

 

「ギャリー、Gラインを借りていくぜ」

「行くのか、ヤザン……?」

「まぁな……」

 

 己の欲求に、野獣の尊厳に従おうとした。

 

 

 

――――――

 

 

 

「くそ、数だけは多い!!」

 

 トーマスのギャン、ギャン・クリーガーのビームランスが故障し、彼の得物は予備のヒートホークだけとなっても。

 

「俺達の邪魔をするなよ、負け犬ジオン!!」

「言ってくれる、死肉食らいが!!」

 

 イングリッド、彼女の狙撃機ゲルググ・イェーガーと共に何とかコロンブス達を食い止めようとしている。

 

「ああ!!」

 

 図らずもそのジオン残党の手助けをする形となったメイリーのスナイパーⅡ、彼女の機体はすでに戦闘能力を失っている。

 

「グローブには、私の家族が!!」

 

 そのメイリーの広域無線を聴いたとき、僅かにトーマス機が微動したように。

 

 ギュア……!!

 

 新型のライフルを「味方機」へと放ったヤザンにも見えたが、別にヤザン・ゲーブル個人としてはトーマスにも。

 

「連邦、良心的な連邦!?」

「ヴァースキがな、言ってんだよ!!」

「ヴァースキが!?」

「もう、死んじまったがな!!」

 

 背中を合わせる羽目となった、イングリッドにも義理などはない。ただ、彼の本能が赴くままに戦っている。

 

「くそ、二隻逃した!!」

 

 そうダンケルが愚痴るだけあり、コロンブスの数はかなり多い、それだけ連邦には清濁を合わせた欲求不満の者達がいるという話、それだけである。

 

「おのれ!!」

「無茶だぜ、サンドカラー!!」

「うるさい、ヤザン・ゲーブル!!」

 

 トーマス機も無傷ではない、新型のスナイパーⅡも「敵」には存在しているのだ。その時。

 

 ボゥウ!!

 

「引け、トーマスにイングリッド!!」

「ジョニー隊長、しかしに!!」

「お前だけでも引け、イングリッド!!」

「く……!!」

 

 そのイングリッドとやら、少女にしても死兵となったトーマスを見捨てるのは不本意極まりないのであろう、しかし。

 

「隊長の言うことだ、イングリッド……!!」

 

 青いゲルググ、それがイングリッド機ゲルググイェーガーを無理矢理に引っ張っていく。

 

 ボゥグ!!

 

「メイリー!!」

 

 ジムからのバズーカ攻撃を受けて爆発四散したメイリーのスナイパーⅡ、その砲撃を行ったジムへと対し、ヤザンはGライン、確かに今までのジムとはまるで違う性能を誇る自機のビームライフルを的確に狙い撃つ。

 

「へっ……!!」

「しっかりしろ、ジオン!!」

「俺の死に水をとるのがお前達とは、何の因果かよ……」

 

 敵のスナイパーⅡからの狙撃ビーム照射を受けたギャン・クリーガー、トーマス機がギャリーのライトコマンドに抱えられ、サラミスへと着艦してくる姿を目にしたヤザンは。

 

「仲間殺しの毒食えば、皿までってよ!!」

「貴様ら、自分が何をやっているのか解っているのか!?」

「お前もその内の一人にしてやるってんだよ!!」

 

 そう雄叫びを上げながら、ヤザンはどこか遠くから聴こえる。

 

――そう、それが力――

 

 亡きヴァースキの声を耳にしたままに、ライフルの弾が尽きるまで、味方を撃ち続け。

 

「あれが、今回の護衛対象かい……!?」

 

 コロニー・グローブから発進したと思わしき数隻の内火艇、スペースランチを守るために、それを襲おうとしたジムをヤザンは。

 

「あれには、俺の家族が……」

 

 負傷しているらしいトーマス・クルツの掠れた声、無線から聴こえてくるその呻き声を尻目に、彼ヤザンは大型ビームサーベルを「味方」へと強く振るう。



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最終話「灯火」

  

「文句はあるか、ヤザン君?」

「いえ、ありません」

「フム……」

 

 正直、ヤザンにしてみれば二階級降格で済んだだけ、目の前にデンと居座るゴップ大将には感謝している。

 

「他の面々にも、追って沙汰を伝える」

「ハッ……」

「まあ……」

 

 そう言うと、ゴップ大将はニコリと笑みを浮かべ。

 

「気持ちは理解できるし、君が責任を取るというのであれば」

「……」

「大袈裟にはしないし、出来もしない」

「気に入りませんでしたので……」

「ま、グローブでの事は内密にな……」

 

 結局、メイリーの犠牲も虚しく、グローブ・コロニーでの連邦軍による蛮行は止めることは出来なかったのだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あのジオン兵」

「トーマス・クルツの事か、メイリー?」

「どうなったの、ヤザン」

「死んじまったよ、メイリー……」

「そう……」

 

 病院のベッドで呼吸器を外していたメイリーは、そのまま激しく咳き込むと、医者から呼吸器を付ける事を勧められる、が。

 

「でも、最後にヤザン」

「あん?」

「良いことをしたわね、私たち」

「人殺し、軍人がか?」

「言ってくれるわ……」

 

 再び激しく咳き込むメイリー、医者がこれ以上喋らすなと、ヤザンにサインを送る。

 

「……」

 

 医者によれば、ヤザンの古くからの馴染みであり、愛人でもあったメイリー少佐の命はもう残り少ないらしい。スナイパーⅡを破壊された時に致命傷を負ってしまったのだ。

 

 スゥ……

 

 呼吸器を付けられたメイリーはヤザンに、その目で意思を伝え。

 

「あばよ、メイリー……」

 

 ヤザンは、それに言葉をもってして答える。

 

 

 

――――――

 

 

 

「冷や飯食らいも、飽きたな」

「あら、ヤザン隊長」

 

 メイリーの墓前に花束を手向けたカタリーナ、髪を僅かに伸ばした彼女は、ダンケルに寄り添いながら。

 

「私たちは忙しいわよ、ねえ」

「まあ、な……」

 

 軽く、ウィンクをしてみせる。確かに。

 

「ラムサスの奴も、一年ぶりに顔を見せればいいのによ……」

 

 ジオンの残党狩り、それによってラムサスはメイリーの一周忌にも顔を出す事が出来ない。

 

「でもですね、ヤザン隊長」

「何だ、ベルカ?」

「はい、これ」

 

 この一年で少し背が伸びたベルカ通信兵、彼が一通の手紙を差し出すと同時に、アイネからも手紙が差し出される。

 

「研究所のテストパイロットの誘い?」

「そうっすよ、ヤザン隊長」

「フゥン……」

 

 アイネ整備員もまた、この一年で肉付きがよくなった、と彼女の恋人であるベルカがややに下卑た笑みを浮かべて言ったものだ。

 

「まあ、暇をもて余していた所だ」

「それでこそ、ヤザン隊長」

「乗せられている気もするけどな、ダンケル」

「ギャリーさんも忙がしいみたいだ、隊長だけのんびりとしていると、バチが当たる……」

「好きでのんびりしている訳じゃねぇ……」

 

 その無遠慮なダンケルの言葉に少しムッとした顔を見せたヤザンではあったが。

 

「あの世にいるこいつのせいだ、ダンケル」

「ふふん……」

「笑ったな……」

 

 風になびく花の海、メイリーの墓を包むその青い花達が。

 

――待ってるよ、お兄さん――

 

 何か、別の人物の言葉をヤザンにと伝えた。

 

「フン……」

 

 しかし、その手の事を信じないヤザンにとっては。

 

「幻だ、なあヴァースキ?」

 

 その声が意味する事は、理解出来ない。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「パプテマス・シロッコとはどういう男だった?」

「はて……」

 

 この十年で、またしても「貫禄」が増したゴップの前で。

 

「面白い奴でしたよ」

「そうか、ヴァースキ君」

「こそばゆいですな、小官には」

「君が言い出した名前だろう?」

「いや、そうではなくてですな……」

 

 別にヤザン、ヴァースキにしてみれば自らが言い出したその名が悪い名前、であるとは思っていないが。

 

――人が沢山死んだんだぞ!!――

――お前もその内の一人にしてやるってんだよ!!――

 

 そう、強敵であり得体の知れないパワーを使う相手に対して、そういう台詞を吐いてしまったことは。

 

「ダンケルにラムサス、それにギャリーか」

 

 それは長年「つるんで」きた戦友の名前、そして死人の名前。

 

「カタリーナ、そしてベルカやアイネもグリプスの戦いで戦死しちまったしなあ……」

 

 その言葉、それはそのまま彼ヤザンへの、皮肉に満ちたカウンターとなり。

 

――成仏しろよ、ダンケルにラムサス、そして皆――

 

 「ヴァースキ」を含めた、かつての仲間達の顔を思い出させてしまうのだ。

 

 

~完~



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