オルタさんと恋したい (ジーザス)
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再会(であ)

UBWを見て書きたくなった作品ですので、投稿は気ままになると思われます。


地獄を見た、地獄を見た、最初にその地獄を見た。

 

むせ返るような熱気と、身を焦がすような灼熱の炎が周囲を蹂躙している。助けを乞う声は聞こえない。

 

全部消えた、全部死んだ。

 

生命はこの辺りには存在しない。地中で有機物が無機物に分解されるように、人間はその形を無に還して姿を消した。

 

無情などと思わなかった。幼いという理由ではなく、そんなことを考えられる余裕がなかった。歩き疲れて瓦礫の山々に倒れ込む。仰向けになった視界に映る空を見ても何も思わない。

 

暗かった、重かった。

 

視界に映るのは廃墟と化した瓦礫の山々だけ。少しばかり視線を後ろへと向けると、空に穴が開いているように見えた。そこから何かが零れ落ちている。まるでこの世ならざる何かが生まれ落ちる、その時を待っているかのように。

 

『...よかった、生きてる!』

 

これ以上意識を保っているのが辛いと思い、眼を閉じて伸ばした手を下げようとした瞬間。俺の左手が持ち上げられ握られているのを感じた。よく見れば俺の左手は、涙を流している男性の頬に添えられていた。

 

そしてそこにはもう1つの手が。横を見れば、俺とそこまで歳の変わらなさそうな少年が横たわっていた。感情を失ったかのように、光の消えた瞳がただ男性のことを見ているのを未だに覚えている。

 

 

 

これが俺と士郎、衛宮切嗣との出会いだった。

 

 

 

 

 

「士郎、どうしたその怪我!」

 

襖を引く音が聞こえたかと思えば、左胸に鋭利な何かで貫かれたような傷跡をつけている同居人がいた。制服には自身の鮮血がべっとりと張り付いている。

 

「...まあ、ちょっとな」

「いやいやいや、ちょっとで済むような怪我じゃないだろ!見せろ!」

「ちょ、勝手に見るな!」

 

触るなとばかりに俺の手から逃れようとする士郎を、組み伏せてブレザーの前を開きシャツを捲り上げる。

 

「傷がない?いや、塞がっているだと?」

「...俺にもわかんねぇ。奇妙な服装をした奴に刺されて、気がついたらこの通りだ」

「何がなにやら...っ士郎!」

「うわっ!」

 

鈴の音が響き、士郎を突き飛ばしてから自分もその場から離れる。コンマ1秒後、俺たちの頭があった場所を朱い槍が突き抜け床を貫いていた。

 

「ほぉ、今のを避けるとは勘のいい坊主共だ。片方はまったく感づいていなかったようだが」

「お前っ!」

「知ってるのか?士郎」

「知ってるも何も。俺を殺そうとした張本人だよ!」

 

なるほど、殺し損ねたから後を追って攻撃を仕掛けてきたってことか。だがそれは予想通り(・・・・)であり、決定事項(・・・・)である以上やることに変わりはない。

 

「逃げろ士郎!こいつは人間じゃない!」

「に、人間じゃない?」

「つべこべ言わずここから出るんだ!」

「逃がすと思うかよ!」

 

背を向けて部屋から出ようとする士郎に向けて、侵入者が俺を無視して攻撃を繰り出そうとした。だが、攻撃はできずにその場に腹ばいになるよう叩きつけられる。

 

「っなんだこれは...てめぇ魔術師か?」

「あぁ、半人前のな!」

「うぉわっぁぁぁぁぁ?!」

 

侵入者は何かに吹き飛ばされたかのように宙を舞い、襖と窓ガラスを粉砕させて庭へと戦闘場所を移した。それを追いかけ、俺は士郎が逃げ込んだ蔵の前に立ち塞がる。

 

「てめぇ、ただの魔術師じゃねぇな。何者だ!?」

「一流の魔術師に教えてもらった、絶賛成長中のしがない魔術師さ」

「ほざけ!たかが魔術師如きが英霊を一時でも上回るものか!」

 

そう言われても事実なのには変わりない。まあ、彼の言っていることが全て間違っている訳では無いが。俺が普通ではないと悟ったのだろう。奴の俺を見る眼に、殺意を感じさせる光が点ったのが見えた。

 

「魔術師風情が舐めやがって。覚悟しやがれ!てぇりゃあぁ!」

「ちっ、《強化》!」

 

彼は吹き飛ばした敵を追いかける際、部屋に置いてあった金属バットを持ち出していた。何故そこに置いてあったのか疑問だが、彼からすれば幸運だった。

 

敵の鋭い突きを左右に避けながら、隙があればバットを振りかぶって反撃に転じる。しかし両手の延長であるかのように、自由自在な槍の動きに追い込まれていく。

 

「人間にしてはよく粘る。そこいらの魔術師とは肉弾戦の技量は比べられんな。はっきり言おう。お前のその腕前は、達人やプロの範疇には収まらん。異常な領域に踏み込んでいる。現にこの俺の攻撃を無傷とは言えないまでも、ほぼ受け流しているしな。故にもう一度問おう。お前は何者だ?」

「ハァハァ、魔術師としか言えないさ。ただ出生が少しばかりイレギュラーで可笑しなところだってことだ」

「ほう、イレギュラーねぇ。それだけの腕があれば、さぞやその名を馳せる名家の生まれだったのだろう。だが俺に出会ったのが運の尽きだ。その命、この〈ランサー(・・・・)〉が貰い受ける!」

 

先程より速度と威力を増した槍による攻撃が、逃げ回る少年を襲う。元来、魔術師は他の人間より身体能力が高い。それは魔術による恩恵もあるが、大部分は鍛え上げられた肉体によるものだ。

 

魔術を行使するためには、肉体と精神の鍛錬が必要不可欠。集中力の乱れや停止は死を呼び寄せてしまう。だからそうならないためにも、体力と筋肉を備えて普通のことには動じない精神力を育む。

 

それによって一般人とは確固たる区別をつけ、人間の中でも上位に位置すると認識するようになる。

 

「そぉらぁ!」

「ぐあ!」

 

敵の振り下ろした槍先によって、彼の金属バットは真っ二つに両断されてしまった。その勢いを利用して蹴り飛ばされた彼は、庭端にある蔵の扉に激突してしまう。

 

泉世(みなせ)か!?」

「っ、士郎出てくるな!まだ敵はそこにいる!」

 

扉を開けて外を見ようとする士郎を静止させるために、泉世(みなせ)と呼ばれた少年は痛みに耐えながら立ち上がる。

 

「そこにいたかのかガキ。てめぇはもしかしたら7人目のマスターだったのかもな。終わりだぁ!っ何!?」

 

槍を突き出して突撃する敵に、士郎は自分の死を予感した。泉世に庇ってもらったことを無駄にしてしまうという後悔が、身体中を駆け巡る。

 

槍が泉世を貫くその瞬間。蔵の奥にある古い魔法陣が紅く輝いた。光が凝集され弾けたかと思うと、それは士郎の横を通り抜け、士郎の服を微かに貫いた槍先を下から何かで弾いた。その勢いで泉世は士郎と共に、後方へと倒れ込んでしまう。

 

「...問おう、貴方が私のマスターか?」

 

そこには金髪で蒼いドレス、腕や胸部に鎧を纏った美しい少女が立っていた。今まで隠れていた場所にはいなかったことに士郎は目を丸くし、泉世はほっと安心したように息を吐く。

 

少女は泉世を見て、少しばかり驚いたように眼を見開いたが、すぐさまそう問いかける。その僅かな間は、別段気にするほど長いわけでも短いわけでもなかった。むしろ相手に、状況を理解してもらう時間を与えるようなものだった。

 

「マス、ター?」

「そうです。サーヴァント〈セイバー〉、召喚に応じ参上した。マスター、指示を」

「とにかく御託はいい!あれをどうにかしてくれ!」

「わかりました。ご命令のとおりに」

 

蔵から出た少女は、体勢を立て直した敵へと向かっていく。その間に士郎を立ち上がらせて、安全であろう自宅前に移動する。

 

「何がどうなってんだよ」

「説明は後でしてやる。とにかく今は生き延びることだけ考えろ」

 

泉世の視線の先では、少女が敵と互角の勝負をしていた。いや、突然の侵入者による状況変化に戸惑っているのだろうか。敵の動きは、泉世を相手取っていた頃より明らかに鈍い。まあ、泉世が人間で現れた少女がサーヴァントであるならそうなっても可笑しくはない。苦戦するのが普通なのだ。

 

「貴様、武器を隠すとは何事だ!サーヴァントならば武器を見せやがれ!」

「すまないな、こればかりはどうにもできん。マスターの命がなければ明かせない。見たければ貴様が自身の腕で看破して見せろ」

「ちっ、ならこっちが明かしてやるぜ。先程の間合い、剣であるとみた。貴様、〈セイバー〉か?」

「さあな。斧かもしれんし槍かもしれん。もしかしたら弓矢かもしれんぞ。さあどうする〈ランサー〉」

 

楽しそうに唇を緩める少女に笑みがこぼれてしまう。やはりあの頃(・・・)から変わっていない。むしろ悪化しているようにも思える。泉世の変化に士郎はついていけず、頭の上に?を浮かべているだけだ。

 

それも仕方ない。たとえ未だ原因不明の大火災を共に生き残った同士だとしても、互いの心の中まで見通せているわけでは無いから。

 

「ならここで決めてやる。覚悟しやがれ小娘!正体を明かさなかったこと後悔させてやる!おおぉぉぉぉ!」

「貴様、こんなところで《宝具》を放つ気か!?」

「もう遅ぇ!《ゲイ・ボルグ》!」

「っ!」

 

青い服をみにつけた相手が空に飛び上がり、朱色の槍を少女に投げつけた。空気を切り裂き高周波を撒き散らしながら、天から地へと向かっていく。

 

少女に触れる瞬間、透明な膜のようなものが槍を受け止める。だが僅かな拮抗の後、歪んだ中心を貫いて少女が横にした何かと衝突し、背後へと飛び去って行った。

 

蔵の上部を粉砕した槍は、持ち主の手元へと舞い戻っていく。それを左手で掴み表を上げた顔には、怒りの形相が浮かんでいた。

 

「...貴様、避けたなこの必殺の一撃を」

「...《ゲイ・ボルグ》。ケルト神話における光の御子と称される英雄。その槍の天才的な扱いができるのは1人だけ。クー・フーリン、それがお前の《真名》だ〈ランサー〉」

「ほう、よく知ってるじゃねぇかガキんちょ」

「神話系統はかなり好きで読み込んでてな。〈ゲイ・ボルグ〉の特性は『因果の逆転』。当たるという結果を先に与えることで、外れることのない必中攻撃となりうる。だからこその一撃必殺。空恐ろしい《宝具》だな」

 

膝をついている少女はどうやら怪我をしているようだ。左肩を右手で抑えている様子は、かなりの重傷を負っているようにも見える。

 

「くっ、このまま続けるか〈ランサー〉?」

「いや、やめておこう。俺の雇い主は臆病でな。元々は偵察目的だったんだが、《宝具(こいつ)》を避けられたら帰ってこいとぬかしやがる。それじゃあ俺はおいとまさせてもらうぜ。だが次会ったら容赦はしねぇ、あばよ」

 

塀の上から見下ろしていた姿が空気に解けるように消えて、気配がなくなってから泉世は大きく息を吐いた。

 

「どうにか撃退できたか。それで傷は大丈夫か?」

「大丈夫ではありませんが今は時間が惜しい。もう一仕事残っていますので」

 

そう言い残して飛び上がり、塀を駆けていく少女を2人してポカーンと見上げていた。ハッと我に返り、2人は表門から外へ出るために同時に走り出した。

 

キンッキンッという金属音が聞こえてきたので、2人は門から首だけを乗り出して外を見る。そこでは先程とまでは行かないが、かなりの速度で撃ち合っている2人がいた。

 

「あの馬鹿!」

「ちょっと待てよ」

 

泉世は止めようと走り出し、それを見た士郎が追いかけていく。

 

「はいストップ2人とも。今は争ってる場合じゃないぞ。取り敢えず事情聴取しようか」

「うそ、だろ?あの間合いに入って無傷でいられるはずがない」

 

なんと戦闘に介入した泉世が、2人の剣を屈んだ状態で両手を使って受け止めていた。いや、正確には斥力と引力のようなものを掌に発生させ、緻密なバランスで保持している。

 

それはさながら剣を受けて止めているようにも見えた。だから士郎が見間違えたのも無理はない。

 

「貴様、戦闘を邪魔するか?」

「何故止めるのです!?」

「いや、ちょっと怒んなよ2人とも。俺が聞きたいのは、何故ここにサーヴァントがいるのかってことだ」

 

剣を下げたことで泉世は立ち上がって、自分を助けたサーヴァントを背にし、自宅の近くにいる訪問者に問いかける。二刀を使っていたサーヴァントの後ろから、赤いガウンを制服の上に羽織った少女が現れる。

 

「どういうことか説明しろ泉世!それになんだこいつらは?服装も奇抜だし戦闘も異次元じゃないか!」

「ふぅ〜ん、そういうことね。いいわ説明してあげる素人のマスターさん」

「士郎だけにな」

「黙らっしゃい泉世」

「ぐは!」

 

戯言をぬかした泉世は、少女に脇腹をどつかれてその痛みに腰を折ってしまう。その様子に、彼らを助けた〈セイバー〉が僅かに口角を上げる。

 

「まあ、詳しい話はあなた達の家で話しましょうか。こんな時間に自宅近くとはいえ、出歩いていたら補導されかねないし」「お前の場合は近くじゃないだろ」「し、失礼ね!そんなどうでもいいこと言ってんじゃないわよ!」「どうでもよくないだろ。お前も一応女子なんだから」「一応って何よ!私はれっきとした女よ!」「そんながさつな言い方じゃ信用ならないだろ」「あったまきた!《ガンド》ぉぉ!」「ごはぁ!」

 

と、こうなふうに自宅前において漫才が繰り広げられた。数分後、泉世が再起動したことで泉世と士郎の自宅内に全員が入っていった。自宅へと入っていく泉世と士郎の左手には、それぞれが紅い痣を左手に宿していた。泉世には1画、士郎には2画。これがどういう結果になるのか。泉世も士郎もましてや凛も想像できなかった。

 

 

 

 

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』

『なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ』

『うん、残念ながらね。正義の味方は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこともっと早くに気づけばよかった』

『そっか、それならしょうがないな』

『そうだね、本当にしょうがない』

『しょうがないから俺が代わりになってやるよ。じいさんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。任せろってじいさんの夢は』

『なら俺は士郎を支える。ヒーローには仲間が必要だからな』

『そうか。安心した...』




衛宮泉世(みなせ)・・・今作の主人公で転生先としてFate/staynightの世界が選ばれる。名前が女性っぽいが男性である。そのことでからかわれた過去があるため、知り合いの中ではその話題はタブー視されている。

イギリス人と日本人のハーフである母とイギリス人の父の間に生まれたクォーター。瞳の色は左右色違いのオッドアイ、髪は赤みがかった明るい茶髪、顔立ちは何故か日本人に近い。

性格は穏やかで大人しめだが、士郎のことになると普段とは違った姿を見せる。とある経路で日本にやってきていたところ災害に巻き込まれる。

第四次聖杯戦争が原因となる冬木の大火災の生存者。彼の行動とセイバーの行動を見る限り、第四次聖杯戦争において何かしらの縁があると思われる。さらには遠坂凛ともただならぬ関係があるらしい。



転生特典

・魔術の才能
・容姿端麗&頭脳明晰&運動神経抜群


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会合

フラグ大量発生のお告げだ!まあ、そこまで語彙力や構想力があるわけではないんですけどね。


士郎にとっては予想外の。泉世にとっては予定通り(・・・・)の事態であったが、取り敢えず今のところ特に問題なく凛が居座っている。といっても場所は2人の自宅の居間で、放浪者的な感じで座る凛が口を弾ませていたのだが。

 

「いろんな経緯があって、私はあなた達の家の近くを歩いてたわけ」

「いろんな経緯って。それを聞いてるんだが?」

「まあ、衛宮くんもマスターになったことだしね。話しておきましょうか」

 

そう言って士郎を見やる視線には、哀れみも同情も含まれていない。ただ情けないという想いが、士郎の身体に突き刺さっていた。本人は気づいていないようだが。

 

「近頃、昏睡事件とか殺人事件とか発生してるでしょ?知らないとは言わせないわよ」

「そりゃ知ってるさ。あれだけニュースで騒がれたり、学校で注意喚起受けてたら」

 

もちろん士郎や泉世を限定とした注意喚起ではない。2人が通う高校のみならず、町内かつ市内全域が警戒区域になっている。冬木市の中心部に住まう2人からすれば、無視しようとしてもできるものではない。何処からともなく噂や話し声が飛んでくるのだから、記憶にございませんでは信用ならない。というよりむしろ、これだけの被害が出ていながら気にしないというのは、人間として危険察知がなっていない。

 

まあ2人は一般人とは違う枠組みに組み込まれるから、あながち人間の危険察知がなっていないとは言えないが。

 

「なら話が早いわね。その事件の真相を探るべく私は動いていたの。放課後の学校を調べていたらあのサーヴァントに襲われた。そいつを追いかけてきたらあなた達が居たってわけよ。やましいことなど何一つないから信じて欲しいわ」

「補うとすれば、その事件解明をしていたのは遠坂だけじゃないんだがな。俺も夜な夜な抜け出しては捜査にでていた」

「...なるほど。いつも定時で起きている泉世が、ここ2週間ぐらい寝起きが悪かった理由がわかったよ」

 

ため息を吐きながら事態を飲み込もうとする士郎は、かなり苦しんでいるようだ。まあ、それもそのはずだろう。魔術師の端くれとはいえ、詳しく何も知らされていない士郎が今まさに巻き込まれていることを、簡単に理解できるはずもない。

 

「衛宮くん、自分がどんな立場にいるかわかってる?」

「...いいや。何一つ、一欠片さえもわからない」

「はぁ。ちょっと泉世、何にも話してなかったの?」

「そこで俺の登場かよ。何を話しておかなきゃならなかったのか、手取り足取り教えてもらいましょうかね」

「ええ、教えてあげますわよ。〈聖杯戦争〉ってものがなんなのかなんで黙ってたのよ」

 

講師風を吹かして叱る様子に、泉世はげんなりとした気分にならざるをえなかった。彼女の性格をよく知ってはいるものの、攻撃対象が自分となれば思わずにはいられなかった。

 

いや、今回はその性格を知っていたから余計にということもあったのかもしれない。

 

「反論させてもらうがいいか?」

「ええ、どうぞ。できるならね」

「では、言わせてもらおうか。〈聖杯戦争〉のことを教えていなかったことについてだが。士郎に教える必要がないと思っていたから、これまでの間説明しなかった。説明したところで、正統な魔術師の血を引いてるわけでもない士郎が信じると思うか?」

 

うぐっ、という言葉を聞き流して泉世は言葉を続ける。

 

「たとえ信じたとしても、現実に起きない限り納得はできないさ」

「泉世の言う通りだ。10年間共に暮らした泉世の言葉とはいえ、俺は信じられなかったと思う」

 

士郎の決定的な言葉に凛はふんっ、と顔を背けて自分の負けを認めようとはしなかった。その負けず嫌いな性格を知っているからか。泉世は特に気分を害した様子は見せず、あっけらかんとした様子で見ていた。

 

今回は性格を知っていたから、怒るということにはならなかったのだろう。

 

「まあいいわ。じゃあ、〈聖杯戦争〉が一体何なのかを泉世から...「却下する」はぁ!?」

「俺はしないって言ったんだ。その説明をするなら遠坂が適任だろう?」

 

そう言って立ち上がった泉世は居間を出ていこうとする。それを見て慌てて凛が止めに入った。

 

「ちょ、何処行くのよ」

「窓ガラスの修復やその他もろもろの片付け。放っておけば誰かが怪我するかもしれないし、冬木の虎(・・・・)が来て何を聞かれるかわかったもんじゃない。それに俺が説明するより、遠坂が説明してやったほうがいい。お前の方が士郎もわかりやすいだろうからな」

「では私は彼の護衛に行って参ります。私のマスターというわけではありませんが、またサーヴァントに襲われないとは断定できませんから」

 

今の今まで空気に徹していた〈セイバー〉が、立ち上がって泉世の護衛を願い出た。サーヴァントならばマスターを守護しなければならない状況ではあるが、今の状態で凛が士郎を狙うということはないと判断した結果だった。

 

「頼むよ〈セイバー〉」

「はい」

 

居間を出ていった泉世を追いかけて、〈セイバー〉は2人に一礼してドアを閉めてから後を追った。それを見送った凛は士郎に、〈聖杯戦争〉がなんたるかを講義し始めるのだった。

 

 

 

部屋を出て庭先に向かう間、〈セイバー〉は一言も話さず俺の後ろをついてきている。その姿は騎士を守る護衛のようにも見えるが、本来なら彼女こそが騎士である。微塵も隙を見せず周囲を警戒している意思が、決して攻撃の前兆を逃さまいと睨む瞳に現れている。サーヴァントとしてのプライドなのかな。マスターを死守するように、微動だにしない空気は少しばかり俺の心を揺らがせる。といっても不愉快というわけではなく、ましてや不快感があるわけでもない。

 

玄関から出て大きく回ってから、粉砕した窓ガラスが見える位置に立つ。窓ガラスは全面に、亀裂が蜘蛛の巣のように走っている。中心部分は大きく穴が開き、空気が流れ込むようになってしまっていた。これほどの壊れ方をしていれば修理は不可能。業者に頼んで新しく設置してもらう必要がある。だがその場合は、事情説明をする必要があるため、簡単に頼めないのが難点だ。

 

もともと魔術を知らない人間に、「サーヴァントに襲われて、同居人を守るために窓を壊しました。」そんな話をしても信用して貰えないどころか、こちらが可笑しなことを言っていると思われるのが関の山だ。そうならないためにも、自分たちで修理可能なら、終わらせるのが魔術師というものだ。

 

まあ今回窓を壊したのが泉世なので、彼が自ら行うのは当然なのだが。〈ランサー〉を投げ飛ばしたことで、かなり広範囲に散らばったガラスの破片を、泉世は可能な限り自身の手で集め始めた。

 

1箇所に積み上げられたガラスに左手を向けながら、口の中で何かを高速詠唱すると、ガラスの破片が淡い翡翠色の光に覆われて浮かび上がった。1つずつが複雑な動きをしながら、窓枠に残っていたガラスへと戻っていく。すべてがはめこまれ、蜘蛛の巣状に広がっていた亀裂が元に戻ると、〈セイバー〉が一件落着のように足を進ませてきた。

 

「お見事です。これほどの魔術をその歳で行使できるのであれば、将来は高位の魔術師になれるかもしれませんね」

「それは嫌味か?俺は魔術が苦手な出来損ないの魔術師だぞ」

 

言葉遣いは好意的で無いものの、振り返った泉世の顔に笑みが浮かんでいるのを見ると、案外〈セイバー〉の言葉を気にしていないようだ。むしろ感情としては、好意的な返事なのではないだろうか。

 

「貴方の出生がどうであれ、その生き方がどうであれ、私には関係ありません。貴方は貴方であり何者にも染まらない。それが泉世という人間です」

「やけに高評価だな。敵同士だったというのに」

「確かに貴方はかつて私の敵でした。ですが貴方だけは、何があっても守らなければならないと思わされました。それが何による衝動なのか。こうして再び会うことになった今でもわかりません。貴方がこうして生きていることを知って、10年前のあの行動(・・・・)が間違っていなかったのだと思えます」

 

そうだ。10年前のあの災害のさなか、俺は目の前にいる〈セイバー〉に助けられた。聖杯を失い、常世に存在できなくなると知っていながら、その身を呈して俺を救ってくれた。あの泥(・・・)から俺を守ってくれた。自身が泥に侵される危険を冒して。士郎の言葉を借りれば、〈セイバー〉こそ俺の正義の味方(・・・・・)だった。こうして会えたことが必然か偶然か。それは〈セイバー〉にはわからない。

 

でも俺はわかっていた(・・・・・・)また会うことになる(・・・・・・・・・)と。

 

「我は【騎士王】。聖杯の由るべに従い参上しました。我が剣は御身とともに。...と言えればいいのですが。何の因果か私の契約は貴方の相方ということになっています。私の最優先事項はマスターを守ること。貴方を守りたくとも、それだけはどうしても譲れないものになっています」

「〈セイバー〉が気にすることじゃないだろ。聖杯が選んだマスターが士郎だっただけで、俺はその士郎を守るのが役目だ。マスターを守る役目がサーヴァントなら、必然的に近くにいる。どうせ俺も士郎を守るんだから近くにいる。要するに〈セイバー〉は俺も守ることになるってわけだ」

「わかりました。貴方がそう言うのであればそれに従います。命令権はマスターですが、今は貴方の考えが何よりも尊重すべきだと、私の〈直感〉が言っています」

 

素直なサーヴァントでよかった。これが〈バーサーカー〉とかだったら、手に負えなくなってるところだ。まあ、〈縁〉としての触媒になったのがあれ(・・)なのだから、〈セイバー〉以外に召喚されることは無いだろうが。

 

「じゃあ、俺は庭の窪みとかを直すから監視よろしく」

「心得ました」

 

そう言って俺は庭にある大小含めて50個ほどの窪みを、魔術で1つずつ手作業で直していった。

 

 

そんな泉世の背中を〈セイバー〉が微笑ましそうに、そして愛しそうに見つめていた。それはまさに恋する乙女のように、好意を抱く相手を目で追ってしまうという風である。

 

泉世の左に刻まれた1画の令呪(・・・・・)が何を意味するのか。それは後になってから判明することだ。今は士郎と泉世が聖杯戦争をどう生き抜くのか。作戦を立てるのを待つとしよう。



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監督役はエセ神父

認識が正しいかわかりませんが、こんな感じでいきます。


家系の肩書きや教育方針に、うんざりするようになったのは何時からだったろうか。

 

家名さえ出せば、大抵の人物は恭しく頭を垂れる。何処に行こうがそれは付随してきて気分を害する代物だった。名家に恥じない技量を示すために幼い頃から英才教育を施され、それが普通だと思わせられた。もちろんそれが一種の洗脳であることはわかっていた。投げだせばどんな制裁を加えられるかを知っていたから、反抗しようとは思わなかった。

 

それを自分が受けたわけではない。父方の従妹が叔父や叔母から暴力を振るわれていたのを偶然見かけたのである。従妹は魔術師としての才能が幼いながらも高く、将来は約束されたものになると周囲は常々口にしていた。俺自身もそうなるだろうと予測していた。だが従妹はそんなことを望んでなどいなかった。魔術師ではなく、ただ1人の人間として人生を歩みたかった。だから魔術の鍛錬を全力で行わなかった。

 

つまり家名に泥を塗る行為をしたのだ。

 

父の妹が別の家に嫁いだとはいえ、実家の手中にあることに変わらないことを示さねばならない。名を馳せる名家ともなれば、多くの魔術師の家系を支配下に置くことは当然だ。互いに血縁関係を構築すれば結束力は高まる。だから何かがあれば、支配する家が制裁を下すことは可笑しなことではなかった。

 

そのことを一家が黙って見過ごすはずもなく、あらゆる制裁を下されたのは言うまでもない。数時間続く罵倒が行われた部屋から出てくる叔父や叔母を冷ややかに睨んだ後、近づいても反応を示さないほどにまで憔悴した従妹を介護した。取り敢えず風呂で気分を和らげてから、自室のベッドに寝かせてメイドたちに世話を頼んだ。自身の警護や身の回りの世話をする担い手は、個人的に契約した者たちに任せてある。

 

実家の執事やメイドであれば、彼女の世話を任すことはないし、断固拒否されるのが関の山だ。彼女の行為は期待を大きく裏切るものなのだから、見放されても仕方ない。だが個人的な契約がある彼ら彼女らならば、断られることは有り得ない。命令すれば嫌々ながらすることもあるだろうが、全員そのようなことを心中に抱いたり表情に表すことは無い。全員の忠誠は、主である俺にあるのだから。

 

 

 

500年続く由緒正しい家系である〈アンソニアム家〉は、各時代においてある程度(・・・・)その名を轟かし、歴史にその名をある程度(・・・・)刻んできた。そしてもっとも魔術師の間で有名な話題であるとすれば、抗争関係にある〈魔術協会〉と〈聖堂教会〉の仲を取り持とうと奔走していることだろう。

 

表面的には不可侵を互いにしているが、裏では記録に残らぬことを条件に、殺し合いが幾度となく繰り広げられている。それをやめさせようと会議の場を設けるのが、〈アンソニアム家〉の主な役割だ。

 

傍から見れば歴史ある名家というのに、そのようなことしかできないのかと思われるだろう。俺も最初の頃はそう思っていた。だが考え方を変えれば、その役割がどれだけ有意義なものなのかわかるはずだ。〈魔術協会〉と〈聖堂教会〉は昔から折り合いが悪く、論争は日常茶飯事。平和な日が年に数度あれば、その年は話題になるほどの有様だった。

 

その仲を取り持とうだなと一体誰が考える?前例がないから却下するのか?

 

馬鹿な。

 

そんなことが罷り通っているならば、世界は何一つ変わることなく悪化の一途をたどっていくことになる。誰かが何処かで前例が無くとも実行したからこそ、今の人類史があるのではないか。前例は覆すためにあると、某アニメのキャラが言っていたな。それはあながち間違っていない。

 

いや、むしろそれこそ正しいはずだ。

 

話を戻そう。

 

英才教育の中には、〈魔術協会〉と〈聖堂教会〉の違いを知った上で、これまでの大小様々な抗争を学んだ。大人気ない理由の争い、予測不能な原因が理由での争いなど。それらは多種多様にわたり十人十色のように溢れていた。とまあ、これほどまでに面倒な勉強をさせられれば嫌でもげんなりするさ。それは俺が《転生者》だったという原因もあったのだろうけども。それか自分自身が《転生前》と同じで、勉強を嫌っていたのもあるかもしれない。

 

そうして教育者がいる前では、それなりに真面目な姿勢を見せて、家名に恥じない成績を残し続けた。その傍らでは、従妹の精神疾患を癒すために旅行やリハビリなどを手伝っていた。その手伝いも決して嫌だったわけではない。むしろ誰かの役に立てるという喜びがあったから、嫌な顔をせずにいられたのだろう。だがそれはある意味一種の同情であったかもしれない。

 

望みを聞き入れられず、一方的に自分が悪いと罵られる人生など生きる希望も見いだせない。リハビリの手伝いは、自分自身の償いの意味も込められている。俺が《転生者》であることに加えて、周囲から天才と称されるほどの才能を持ち合わせていたから、従妹があのような目に遭ったのかもしれない。

 

俺が凡庸な才能であったならば、従妹が天才と称されてもう少しマシな境遇にいられたかもしれないと思ったりする。だがそれでも従妹は魔術師として生きる人生を望まないだろう。どちらであっても結局は、彼女にとって不幸な道を生きることになることに変わりなかったから。

 

リハビリをかねてのロンドンでのショッピングでは、毎度のように感謝と謝罪をされた。「助けてくれてありがとう。そしてごめんなさい」と。心の病は治るのに時間がかかる。もしかしたら一生治らないかもしれない。心の弱った従妹をこれ以上傷つけられなかった俺は、拒否するでも受け入れるでもなくただ自然と流した。誰かの役に立てることが嬉しい事だと素直に打ち明けた。誰にも言えなかった言葉を伝えられて、俺の心はとても軽くなった。呪縛から解放されたように。枷や重しを外した幸福感に似た何かを感じた。

 

それ以来魔術に精を出してからは、〈ロード〉と呼ばれる人達にも一目置かれる存在となった。1週間に一度、1人ずつであったものの、12人すべての〈ロード〉に講師をしてもらうこともあった。普通であれば、〈時計塔〉に入らなければ授業を受けることも出来ないことであるが、〈アンソニアム家〉のこれまでの功績が影響していたのだと思う。これまで誰一人として、〈魔術協会〉と〈聖堂教会〉の仲を取り持とうとした者は居なかったのだから、それを積極的に行おうとする家を野放しには出来ないだろう。

 

それに〈アンソニアム家〉も魔術師として名を馳せた者は、片手の数であるがいたこともある。それに歴史ある家を利用する輩はいくらでもいる。特に〈ロード〉を排出する12の家系からすれば、前例のない役を担っている名門は魅力的な餌である。

 

講師の中でも特に印象に残ったのは、後に相見える(・・・・・・)こととなるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの講義だ。

 

『魔術師は血統がすべてを決める。希少な《属性》を操る者ならばともかく、歴史の浅い一族などさしたる意味もない。故に、はっきりとここに示そう。魔術師は実力と才能がすべてだ。だから君はその両方を持ち合わせた者となるように、これからの鍛錬を怠らぬことだ』

 

...正直、貴方の考えは間違っていると言ってやりたがったが、俺は教えを乞う側であるから何も口にはできない。だから心の中で呪詛を100通りほどぶちまけてやった。...だがそれでもあいつは、魔術師の中でも生粋の魔術師だと認識させられたのを今でも思い出せる。骨の芯まで魔術師であることに誇りを持つ存在なのだと。

 

魔術師以外を見下す性格は、名門出身というせいもあるのだろうか。周囲の期待に応えるために、自分以外を実力で蹴り落として今の地位に至る。人間としては尊敬できないが、1人の魔術師としてはかなり尊敬できると俺も思う。ウェイバー・ベルベットの気持ちも少しだけわかる気がする。

 

 

 

 

 

産まれてから5年後のある日。〈聖堂教会〉から秘密の文書が〈アンソニアム家〉に届いた。宛先は〈アンソニアム家〉の当主である俺の父、そして次期当主である俺に対してだった。どうして俺に対して届くのかと疑問に思ったものだが、当然といえば当然なのかもしれない。何せ俺が〈アンソニアム家〉の次期当主であると、魔術師たちの世界に住む者は知っているからだ。それに12人の〈ロード〉から教育を受けているのだから。知らない者などたかが知れているだろう。余程のはみ出し者か物好きかのどちらかだと。

 

文書の送り主は、〈聖堂教会〉第八秘蹟会の司祭にして〈第三次聖杯戦争〉の監督役であった言峰璃正その人からだった。まあ正確には、言峰璃正を仲介役としたある人物からであったが。父に見るよう促された俺は、執事から受けとったペーパーナイフで高級な便箋を破り中身を読んでみた。

 

【この度、こちらの文を読んでいただけることに感謝致します。では単刀直入に申し上げる。〈アンソニアム家〉次期当主殿、〈第四次聖杯戦争〉へ参加して頂きたい。此度の〈聖杯戦争〉は、過去3度行われたものとは違い、平和に収まると考えられます。参加してくださることを切に願いまする。

〈聖堂教会〉第八秘蹟会司祭兼〈第四次聖杯戦争〉監督役 言峰璃正 】

 

なんとも端的で脈絡のない文書である。どう考えても、裏で何かを企んでいますよと言っているようにしか見えない。それは5歳にして、10代の魔術師を凌駕する俺でなくとも読み取っていたことだろう。

 

『父上、これは裏があるとしか考えられません』

『だろうな。〈聖杯戦争〉、〈万能の願望器〉を巡って争われる血塗られた戦い...か。噂によれば〈アーチボルト家〉9代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが参戦するなどと噂されていたな』

 

噂ではなく事実ですよ、なんて言えない。諜報専門部隊が噂でしか情報を手に入れられてないのに、何故俺が知っているのか聞かれたら不味い。「《転生者》だからでーす」なんて言えないし...。

 

『次期当主を、そのような危険極まりない場所に送り出せるわけなかろうに』

『行っていいなどと言うつもりはありませんが。現当主が赴くのであれば、次期当主が赴いても問題は無いと思われます』

『行くことを懸念しているわけではない。私が言いたいのは年齢だ。齢10にも満たない幼子が戦場に行く必要は無い』

 

母の疑問も一刀両断する父。厳格で色々と面倒な父ではあるが、決して家族に対して情がないわけじゃない。家族のことはもちろん大切にするし、俺への過保護さは周囲が若干引き気味になるほどだ。俺からすればありがた迷惑であることに違いないのだが。

 

『この機を逃せば、次はいつ現れるかわかりません。ならば行くしか手段はありません父上』

『命を危険に晒すつもりか?』

『魔術師にとって人生とは危険そのものです。安全な時などあるはずがありません』

 

こんな具合に俺の発言が物議を醸すのは当然だった。一族の重鎮を集合させた会議は、4時間にわたって続いた。最終的には、俺が〈第四次聖杯戦争〉に参加することを許可するという結論に至った。参戦するといっても、俺はマスターではないから観戦するだけだろうと考えていた。

 

だがまさかあのようなこと(・・・・・・・)になるとは全く思いもしなかった。

 

 

 

 

 

「...案外寒いな」

 

深夜2時を過ぎた家の外は閑散としている。秋とはいえここまで冷え込むと、士郎が寒さを気にしてしまうのもわかる。

 

「早く行けばその分寒さに当たる時間は短くなるぞ」

 

今は新都にある教会へ徒歩で向かっている最中だ。士郎は行くことに反対したが、マスターとなった以上、命の危険は常に着いて回る。それに遠坂から〈聖杯戦争〉のことについて説明を受けていたとしても、経験しているしていないでは情報量に大きな差が見られる。

 

士郎が反対した理由としては、こんな夜更けに赴いては迷惑になるという至極真っ当な考えだった。考え方としては正しいが、生憎そこにいる神父は常識が通じるような相手ではない。常識を逸脱した言動や思考回路を持ち合わせていなければ、真っ当な会話を成り立たせることは不可能だ。その発言をしていると、自分も異常者だと言っているようなものだが。まあ、あながち間違っている訳でもないから気にしてはいないけども。

 

今は俺が士郎を連行しているが、本来ならば遠坂が士郎を教会に連れていく予定であったはずだ。だがその張本人は、もう既に顔を見せているということでさっさと帰ってしまった。帰り際にあいつのサーヴァントが、俺をそれとなく見てきたのだが気づかなかったことにしておいた。

 

そんな風に思考を回していたからなのか。気が付けば目の前には、大きな柵がそびえてその奥に教会が建っているのが見えた。深夜ということもあり、なかなかに風情を感じさせる雰囲気であったが、気にすることなく柵を押し開けて入っていく。

 

「あれ、〈セイバー〉は来ないのか?」

 

振り返ると、〈セイバー〉は敷地内に踏み入ろうとしていない。まるで拒絶反応を見せるかのように。

 

「なんか理由があるんだろうさ。今は士郎を会わせるのが先だ」

「〈セイバー〉が入りたがらない理由があるのか?」

「さあな。それは本人に聞かないとわからない」

 

実際、何故入ろうとしなかったのか俺は知らない。〈第四次聖杯戦争〉で、〈セイバー〉と言峰綺礼が相対した記憶はない。スキル〈直感〉によるものなのか、それとも生理的に受け付けない何かがあるのか。俺が考えるに教会近辺には、サーヴァント避けの術式が敷かれているのだと推測している。教会は〈聖杯戦争〉における唯一の中立地帯であるから、襲撃なんぞされたら困る。それは監督役を含めた敗北者たちの本音だろう。

 

「...ん?ほう、また奇怪な客人を連れてきたな。こんな時間に訪問とは、いささか礼儀がなっていないのではないかね?」

「あんたに礼儀なんて考えたこともないさ。それにこんな時間から礼拝なんて、頭のネジが何本か飛んでるんじゃないか?」

「フッ、まったくお前という奴は」

 

苦笑するような表情であるが本心はどうだか。こいつは口も頭も信用出来ない面倒な野郎だ。さらに言えば、暗殺者としての腕も立つから尚質が悪い。

 

「誰が奇怪だ!」

「そう怒るな少年。君からは魔術師としての才能を感じない。だがそれとなく魔術師の腕を持つから奇怪と言ったまでだ。決して君自身が奇怪と言ったわけではない」

「今日来たのは、あんたに士郎がマスターだってことを知らせるためだ。まあ、知らせなくとも知っていただろうけどな」

 

監督役ならば誰に令呪が宿ったかなどお見通しだ。使い魔にでも探索させれば案外数時間で集まってしまう。名目は士郎のことを知ってもらうことだが、それを素直に受け入れるだろうか。

 

「令呪が宿った以上、君は殺し殺される側の人間になった。どんなことがあろうと、この殺し合いからは逃れられん。2つの方法を除いてはな」

「2つの方法?」

「死かマスターとしての地位を返上するか...だ。前者は〈聖杯戦争〉において特に珍しいものではない。むしろないことがない。後者もこれまで4度あった中でも、誰一人としていない。前代未聞のマスター返上者になるのか。戦いを望み、〈万能の願望器〉を得るのか。それは君自身が選ぶのだ」

 

士郎にとっての願いは〈正義の味方〉になること。自分以外が救われることを望んでいる。それを叶えるためには、聖杯を手に入れるしか方法はない。だがそのためには争いをくぐり抜けなければならない。

 

人を殺して自分の手で得るしかない。

 

「かつてある男がいた。その男は魔術師でありながら魔術師らしからぬ男だった。魔術師でありながら魔術師を殺す。そしてその殺し方も歪だった。魔術ではなく銃を用いて殺す。あの男ほど魔術師ではない魔術師を見たことがない。その名を衛宮切嗣という。覚えがあるはずだ」

「...戦うさ。俺はマスターとして戦う。〈聖杯戦争〉という馬鹿げた争いを終わらせるためにな!」

 

そう言って教会を出ていこうとする。怒りに任せた行動であるが間違っていない。

 

「喜べ少年、君の願いはようやく叶う。取り繕う必要は無い。君の葛藤は人間としてとても正しい」

 

名言言ってくれたな。こいつは発する言葉それぞれが名言として残ってしまうのが腹立つ。どうせ呆気なく情けなくさよならするんだろうけどな。

 

「で、私に何か用かね?」

「1つ聞きたい。1体のサーヴァントを2人のマスター(・・・・・・)が操ることなどあるのか?」

「...そのようなことは聞いたことがない。何故なら1人のマスターに1体のサーヴァント、これが〈聖杯戦争〉における崩れぬ摂理だからだ。何故それを問うた?」

 

無言で左手の甲を見せつける。それを見た言峰の顔が珍しく驚愕に染められる。といっても、それは油断なく観察していたから気づけたのであって、気にしていなければわからない程度だった。

 

「...ふむ、お前が8人目のマスター(・・・・・・・)とでも言いたいのか?」

「まさかそんなことないさ。そもそもこの令呪は士郎と同じ紋様だ。俺が8人目なら令呪の紋様は異なって、別のサーヴァントが召喚されているはずだ。それに〈聖杯戦争〉は、7人のマスターと7体の英霊による争いだ。8人目と8体目なんぞ現れるはずがない」

「何事にも例外はある...と言いたいところだがその考えは正しかろう。〈聖杯〉を作り上げたアインツベルンならばともかく。御三家でもない一族に、書き換えるほどの魔術を行使できるはずもない」

 

つまり、この状況にはお手上げってことだ。まあ、俺だって鼻から答えを求めていたわけではない。仮説でもヒントでも見つかればいいと思っていただけだからだ。そこまで考えたところで、とてつもない轟音と衝撃が教会を襲った。この尋常ならざる魔力と圧迫感。あいつ(・・・)しかいない。

 

「くっ、事後処理が...」

 

いや、待て。それ今言うのか?てかそれネタだろ?シリアスモードが台無しじゃないか。

 

「どうやら〈バーサーカー〉とアインツベルンの娘が仕掛けてきたようだ。早く行かねばあの少年は死ぬぞ」

「だろうな。あんまり〈聖杯戦争〉に首を突っ込むことのないように頼むよ」

「もちろん私は参加などしない。監督役という責任があるのでな」

 

どうだか。言峰璃正のように誰かと結託しているならば、俺はお前を討つ。どんな卑怯な手を使ってでもな。さあて、久方ぶりに魔術を全力で叩き込むことにするか。俺は教会の扉を開けて、今まさに刃を交えている〈セイバー〉と〈バーサーカー〉の戦闘に、単身で介入するのだった。



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アインツベルンの少女

1ヶ月ぶりの投稿です。気がつけばこんなに時間が経っていました。どうにか投稿にこぎつけたので、内容はゆるゆるかもしれないです。


〈聖杯戦争〉。それは使用者の願いを叶えると言われる〈万能の願望器〉を巡って争われる、魔術師たちの血塗られた戦い。

 

〈セイバー〉〈ランサー〉〈アーチャー〉〈ライダー〉〈キャスター〉〈アサシン〉〈バーサーカー〉。

 

7体の英霊と7人のマスターによって殺し殺されるバトルロイヤル。しがらみ・大人の事情・モラルを越えて最後の一人になるまで続く聖なる(・・・)戦い。参加者は裏切り裏切られ、利用して利用されるのを幾度となく繰り返した先に辿り着く。勝者は誰よりも強く、誰よりも苦難を乗り越えた真の勝者である。だが別角度からそれを見れば、その評価は容易く覆る。

 

最後まで生き残った者というのは、殺伐とした時と場所をくぐり抜けた猛者であるが、真の殺戮者であるとも言える。互いに競い合う敵を蹴り落とし、己が手にしたものなのだから。願いはあらゆる生き物に付随する生命力である。それがあれば生きる理由となる。世界の救済・強者への進化・他者の幸福。あらゆる願いを〈聖杯〉は叶えると言われている。

 

何故【伝聞】であって【断定】ではないのか。それには明確な理由が存在する。これまで〈聖杯戦争〉は4度繰り返されてきた。そのうちの全てが1度たりとも、世界に影響を及ぼしていないのだ。例外として国の一部分。より具体的にいえば、市の一角にだけ影響は出たのだが。

 

〈聖杯〉が勝者の願いを叶えたのならば、世界には明確な変貌が訪れる。訪れれば魔術を扱う魔術師が気付かないはずがない。だがその変貌を感じていない。見ていない。つまり〈聖杯〉は〈万能の願望器〉という役割を、確実に果たしていないのではないか。そう考えられるのは、疑問者のねじ曲がった心情によるものなのか。誰にもそれはわからない。知るためには〈万能の願望器〉を手に入れ、自身の願いを叶え、現実になるのかどうかを調べる必要がある。

 

 

 

 

 

『喜べ少年。君の願いはようやく叶う』

 

フッ、我ながらなかなかに愉悦な発言であるな。

 

「口元が歪んでいるぞ聖職者。いや、そもそものお前の本性であると言うべきか。なあ、綺礼(・・)

「お前に言われるまでもない。私の性格は愉悦によって作られ、愉悦のためにあるのだ」

「...ふふはははははははははは!10年、貴様の近くにいたが相変わらず懲りぬ男だ。雑種ならば雑種らしく地に這いつくばっていればいいものを。だが綺礼、お前は面白い。あの男(・・・)より興味深い」

「...我が師は魔術師らしくなりすぎたのだ」

「我が言っているのはその男ではない。仮のマスター(・・・・・・)として契約していた男だ」

「ふむ、それがどうした?」

「いや、なに。あの雑種が此度の〈聖杯戦争〉において、どのような動きをするのか気になってな。それを考えると、どうして中々に面白い」

「お前もこの10年で人間らしくなったものだ」

「...度が過ぎるぞ綺礼。本来ならばこの場で引き裂いても構わぬが、今の我は気分がいい。今回は大目に見てやる。だがな、次にそのような言動をしたならば我は貴様とて許さん。王たるこの我に無礼を働いた罪、その命であがなってもらう」

「以後、気をつけるとしよう。...さて」

 

7体の英霊と7人のマスターによって行われる〈聖杯戦争〉。だが此度は7体の英霊と8人のマスター(・・・・・・・)による〈聖杯戦争〉。これまでの〈聖杯戦争〉とは明らかに違う事情。聞いたこともないもう1人のマスター。よもやその8人目が泉世だったとは。面白い。実に此度の〈聖杯戦争〉は興味深い。〈第四次聖杯戦争〉とは違った形であるが、参加してみるのもいい。

 

まずは英霊の調達からではあるが、〈セイバー〉は衛宮士郎と泉世の手にある。〈アーチャー〉は凛が契約。〈ライダー〉は御三家が。〈キャスター〉は柳洞寺の者。〈アサシン〉は〈キャスター〉の手に落ちている。

 

ならば〈ランサー〉を手に入れるのが良いだろう。〈キャスター〉のような魔術に頼る英霊は気に食わない。〈アサシン〉を手に入れるには〈キャスター〉の存在が邪魔だが、〈キャスター〉を倒すのも面倒だ。〈ライダー〉は御三家にあるため手筈を整えるにも時間がかかる。

 

消去法的に考えれば〈ランサー〉を手に取るのが早い。凛や泉世から、〈アーチャー〉と〈セイバー〉を奪い取ることも考えたが、敵と認識させるよりは、〈監督役〉としての立場であることを示しておくべきだ。

 

我が願望を叶えるまで泳がしておくとしよう。

 

 

 

 

 

アインツベルンは〈聖杯〉を創り出した御三家のひとつ。

 

アインツベルンは【第三魔法〈魂の物質化〉】。つまりは《不老不死》、遠坂家は【根源への到達】、マキリ改め間桐家は不明だ。当初は【あらゆる悪の根絶】だったが、初代当主のマキリ・ゾォルケン改め間桐臓硯の目的は、今となっては謎に包まれている。

 

その御三家のひとつであるアインツベルン現代当主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが今ここに現れている。不可侵であるはずの協会のすぐ側で、わざわざ戦闘を起こすなど何がしたいのか。

 

いや、恨みに近い何かで行動しているのだろう。自分を捨てた衛宮切嗣が育てた衛宮士郎を殺すために。しかし、それはお門違いに他ならない。士郎を殺してもまったく意味が無い。それは虐殺だ。士郎は切嗣に助けられた孤児であって、彼の血を引いているわけでもない。引いているならば、手を出しても渋々俺は頷いてしまうだろう。

 

だがイリヤが悪いと罵ることも出来ない。イリヤも切嗣に捨てられた存在だからだ。だが捨てられたといっても、切嗣が意図的に故意にしたわけではない。仕方なかったのだ。切嗣の性格が正義を貫くことだったから。

 

彼は個より群を守ることを善とした。1を捨てて10を守る。1が家族であっても10が他人であったならば、迷わず切嗣は1を捨て10を守る。だが決して家族愛がないわけではない。〈第四次聖杯戦争〉の後に、何度もアインツベルンの城を訪れては、イリヤと会おうとしたのだから。だが〈聖杯〉を手に入れることの出来なかった切嗣を、アハト翁は受け入れなかった。勝ち残るため、最優の英霊を召喚するための媒体を準備したというのに、結果を残さず敗退したことを許すことはなかった。

 

切嗣はイリヤを切り捨て、養子を育てたという戯言をアハト翁は幼いイリヤに告げた。俺たちを養子として育てたことに間違いはない。だが決してイリヤを切り捨てた訳では無い。断じてそのようなことはなかった。

 

誰が悪いと言われればそれには答えられない。それぞれにそれぞれの想いが交差し、平行線を辿ってしまった結果がこうだったというだけだ。人間は感情を押し殺すことは出来ても、感情を完全に捨て去ることはできない。生死の危機に陥ったならばそれは顕著に現れる。イリヤにだって思うところはあるだろう。だがそれは俺にとってもそうだ。たとえその思いで士郎と俺を殺そうとも、俺はイリヤに殺されるつもりは毛頭ない。

 

「やっちゃえ〈バーサーカー〉」

「▪▪▪▪ーッッッッ!」

 

〈バーサーカー〉の振り下ろした斧が地面を抉る。衝突部分から不規則に伸びる亀裂。それ自体にさえダメージを及ぼす力が込められている。こんなものを喰らえば、一介の人間でしかない俺たちは跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。

 

〈セイバー〉でさえ厳しい表情をしながら、剣を撃ち合っているのだ。簡単にはいかないだろう。サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけだ。だから一人前の魔術師でもない俺たちが前線に出るなど、自殺行為にしかならないし使役しているサーヴァントにも悪影響を及ぼす。

 

サーヴァントがサーヴァントと戦っているなら、マスターはマスターを倒す。これがセオリーなのだが...。さてそれがアインツベルンの作られた人間、〈ホムンクルス〉の完成体にどこまで通用するのか。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、お相手頼もうか」

「貴方はあとで。今はおにいちゃんのサーヴァント殺すのに忙しいから」

「御三家と言われたアインツベルンも堕ちたな。魔術師でない子供、さらにいえば先程召喚されたばかりの状態のサーヴァントを襲撃とは」

「〈聖杯戦争〉なんてそんなものよ。奪いたければ奪う、殺したければ殺す。己の欲望のままに行動するのが人間ってものでしょ?」

 

半透明な極細の何かが伸びる。半身になることでそれを回避してイリヤを直視する。背後で何かが着弾した音が聞こえたが、気にしてはいられない。見れば左手の人差し指から糸が伸びている。どうやらその先から攻撃を繰り出したらしい。まあ、何度か見ている(・・・・・・・)から驚くこともないが。

 

「髪の毛による攻撃はあまり好きじゃないな」

「…どうして今のが髪の毛だとわかったの?」

「単純なことだ。俺が〈第四次聖杯戦争〉に参加していたと言えばわかるか?」

 

俺の言葉に驚愕の表情を浮かべている。無理もないだろう。今は〈第五次聖杯戦争〉であり、〈第四次聖杯戦争〉があったのは10年前なのだから。

 

どうやら戦闘は山間部に移動したようだ。衝撃音や振動が先程から小さくなっていた。といっても重心をぐらつかせる程度には響いてきている。このことを言峰はどのように収束させるのだろうか。よもや、ここら一帯の住民の記憶を消すなんてことはしないだろう。

 

というよりそんな魔術があってたまるか。それが実用化されていたら、使い放題で世界は混乱する。しかもそれは魔術ではなく魔法の概念(・・・・・・・・・・)になってしまう。

 

魔術と魔法の違いは、その時代の文明の力。すなわち科学の力によって再現できるかどうかで決まる。例えば、『炎を出す』というものがあるとする。一見これは魔法のように見えるが、結果だけを見ればマッチなどのあらゆる物を使用することで、『火を出す』ということが可能だ。

 

『記憶を消す』というのは再現が不可能だ。薬を使えば可能かもしれないが、現在の科学力で特定の記憶だけを消すという薬は存在しない。二日酔いなどで記憶がないというものは、また別の問題なので説明にはならない。

 

「...そう、お母様に会ったことがあるのね」

「正確には、一時的に保護してもらったようなものだがな。交換条件といかないか?」

「何が目的?」

「裏があるわけじゃないさ。アインツベルンの〈最高傑作〉と称される君に、今の俺たちが勝つ見込みなんて1厘もない。だから最後になるまで戦いたくない。その時までに俺たちが生き残っていれば、アインツベルンの悲願を達成するために俺たちを殺せばいい」

 

どちらにせよ叶わないのだがな。あいつ(・・・)がいる限り、〈聖杯〉が汚染されている(・・・・・・・)限り決して。

 

「君が手を出さないと制約してくれるならば、俺が知っている限りのことを君に教えよう。どうだ?割と良い条件だと思うんだが」

「一つだけ聞くわ。貴方はお母様のことをどれくらい知っているの?」

「正直なところ詳細までは知らない。けど〈第四次聖杯戦争〉の時に、どのようなことがあったのかだけは教えられる」

 

俺がこの眼で見た情報をありのまま伝える。それが士郎を勝たせてやるための最善の策だと俺は思っている。

 

「...いいわ、条件を飲む。でもその代わり嘘偽りなくすべてを話さなかったら、どのような理由があろうと殺すから。〈バーサーカー〉」

 

どうやら納得してもらえたらしい。〈聖杯戦争〉のためだけに造られたことで、道徳や倫理観に疎いと聞いていたが案外普通である。むしろ人間を理解しようとしているようにも見える。〈バーサーカー〉やアインツベルンのことがなかったら、見た目通りの無邪気な子供で可愛らしいのに。

 

陽炎のように現れた偉丈夫の存在。イリヤの背後に立つ姿は、護衛以上の何かを感じる。まるで家族愛(・・・)のような暖かみが流れてくる。

 

「貴方の名前は?」

「泉世、衛宮泉世だ」

「泉世ね。覚えておくわ敵でも味方ではないけど。何かあればアインツベルンの城にまで来て。お茶ぐらいなら出してあげるから」

「行けば二度と戻れなくなりそうだけど。その時は気軽にお邪魔させてもらうよ」

 

そう言うと、イリヤが年相応の穏やかな笑みを浮かべて霧の中へと消えていった。

 

「バイバイ、泉世おにいちゃん(・・・・・・・)

 

霧の中から微かに聞こえた声音と言葉に、不覚にもドキッとしてしまった。だが決して揺らいだりはしない。俺の想い人はただ1人だけだから。

 

『泉世、士郎の傷が!』

『すぐに行く』

 

霧に視線を向けていると、〈セイバー〉から『通信』が入った。正確には、魔力を介して任意の相手に声を届けるという魔術だ。魔術が得意でない俺だが、何故かこういう複雑な術式を構成することに関してだけは、ずば抜けた才能がある。

 

かといって第二魔法や第三魔法なんぞを実用化できるわけではないが。そんなことを頭から追い出してから、〈セイバー〉がいるであろう山の中腹まで全力で跳躍した。

 

 

 

数分で到着した場所は、それはもう見るも無惨な状況だった。普段は墓場として整理されているのだが、大半の墓石は粉砕され、あるものは半壊や一部欠けたりしている。芝生で覆われている地面は陥没し、所々から水道水が噴出している。

 

だがまぁ、互いに《宝具》をぶっ放していないのだからマシなものだろう。〈セイバー〉や〈バーサーカー〉が解放していれば、冬木市の一部は地形ごと消滅していただろうし。

 

「泉世、士郎の腹部が!」

「そこまで焦らなくても大丈夫だ。見ろ」

「え?き、傷が癒えている?」

 

士郎のシャツを捲ってみる。〈セイバー〉が心配していた腹部は、普段と変わりない引き締まった傷一つない(・・・・・)状態となっている。怪我していたことが嘘のように消え去っている。

 

「一体何が」

「どれほどの傷だったのかは知らないが、士郎は傷を癒す魔術は使えない」

「では何故完治しているのです?」

「さあな。もしかしたら〈セイバー〉との契約の中に、〈高速再生〉的な何かが含まれていたのかもしれない」

 

嘘である。そんなものあるはずがないのだから。もしそのような契約があったとすれば、〈不死〉みたいなものが付与されることもありえる。そんなものがあれば〈聖杯戦争〉はそいつの独壇場だ。何をしようとそいつは死なないのだから。

 

士郎の傷が癒えた理由は、体内に埋め込まれた媒体にある。それは〈セイバー〉との縁を作る理由にもなり、所有者の傷を癒す効果を持っている。後者は〈セイバー〉からの魔力がなければ発動しないが。そのことを知るはずもない〈セイバー〉に言うのはまだ早い。もう少し士郎のことを知ってもらってからにしたほうがいいだろう。いきなり衝撃的なことを告げるのは気が引ける。

 

それに〈バーサーカー〉との戦闘で、〈セイバー〉もそれなりに大怪我をしている。隠しているようだが魔力のブレから大体の予想はつく。

 

「士郎は俺が担ぐよ」

「そのような負担を強いるわけにはいきません。マスターを守るのはサーヴァントとしての役目です」

「少しは自分の体の心配をしろ。〈バーサーカー〉にやられた傷はそんなに軽くないだろ。それに〈セイバー〉が担いでいたら、誰が護衛をするんだ?俺じゃ足でまといだ」

「...わかりました」

 

渋々という感じであったが、納得してくれた〈セイバー〉を連れて自宅に戻ることにした。

 

 

 

 

気絶したままの士郎を自室で寝かせてから、俺は居間でボケーっとしながら天井を眺めていた。寝転がり天井の模様を見る振りをしながら、これからのことを考えていた。

 

イリヤとの休戦協定を締結できたのは大きな収穫だ。しばらくの間、俺たちが危険な目に遭うことは少なからず減った。それに遠坂もそれほど事を構えることはしないだろう。やるべきことはとことんやる人間性だが、何も知らない魔術師を無惨に手を出すことはしないはずだ。あまいと言わざるを得ないが、こちらからしたらとてもありがたい。それに俺も人のことを言える立場にない。

 

俺もマスターで遠坂がマスターと知っても、殺すことはできなかっただろう。戦いを挑むことも、向こうから挑まれても迎撃するだけで致命傷は与えない。〈元〉の人間性もあるのだろうが、おそらくは10年前のあの大災害が影響しているのだと思う。

 

目の前で炎に包まれながら死んでいく人間。瓦礫に押しつぶされ、四肢が千切れた死体を幾つも見てきた。命の儚さと惨めさを知った。人間はどれだけ鍛えようと抗えぬことがある。人間の努力などたかが知れている。

 

士郎のように、自分を犠牲にしてまで大勢を救いたいとは思えない。できないからだ。自分一人の命で救える命は数える程度しかない。それでも救おうとする信念は賞賛に値する。愚かだと罵られるだろう。愚鈍だと陥れられるだろう。だがそれでも俺は士郎を支え続ける。自分の命は自分が思っているより、重要だということを身体に染み込ませるために。

 

「大変いい湯でした。ここら一帯に源泉でも湧いているのですか?」

「そんな話は聞いたことないな。あったら真っ先に連れていってるさ」

 

なんせ俺はかなり温泉が好きだ。効能を調べたり、何処にどんな湯があるのかまで調べるほどのマニアではないが、それなりに入ることが好きだ。冬木市にそんな場所があれば、真っ先に飛んで行って堪能している。居間に入ってきた〈セイバー〉の服装は、申し訳ないことに華やかとは縁遠い切嗣の浴衣となっている。それにサーヴァントなのだから、わざわざ風呂に入る必要も無いが、俺が強制的に入らせておいた。

 

理由としては、粉塵が舞う中で戦闘を行ったのだから綺麗とは言えないからだ。そんなもの魔力でどうとでもなると思ってしまうが、生理的に俺が好まない。そうとわかっていても綺麗にしてもらえることに越したことはない。

 

「悪いな、切嗣のしかなくて。本当ならもう少し〈セイバー〉に似合った服装にしたかったんだけど」

「気にしないでください。こうして貸していただけるだけでもありがたいですから。それに切嗣のことを思い出させてもらえるので」

 

そう言いながら懐かしそうに視線を落とす様子は、どこか悲しげで寂しそうだった。〈セイバー〉と切嗣の関係は、最低の一言に尽きる。2人がまともに会話したことなど、令呪を用いて〈聖杯〉を破壊させたこと以外にない。

 

互いに互いを信用しなかったが故に、アイリスフィール・フォン・アインツベルンを言峰に殺されたのだから。もっと信頼関係を築いていれば、もしかしたら防ぐことが出来たかもしれない。だがそれを言ったところで後の祭りだ。どうこうしようと過去に戻ることは出来ない。後悔はしてもいいが考えすぎると、いつかは自分自身を崩壊させることに繋がるかもしれない。

 

「明日、いやもう今日か。学校でさっきのことを遠坂に話そうと思う。〈バーサーカー〉がどれほど危険なことか情報を共有しておく必要がある」

「構いませんがいいのですか?味方ではないので信用するのはあまりお勧めしません」

「マスターとしての関係は敵対だが、友人関係まで崩れているわけじゃない。遠坂はそういうところに付け込みやすいからな」

「悪人ですね泉世は」

「人間は悪だからな。あいつ(・・・)だってそう言っていたし」

 

そのことを言うと〈セイバー〉の表情が崩れた。不愉快だという顔色なので、あまり思い出させない方が良いかもしれない。

 

「〈バーサーカー〉戦での魔力はどうだ?」

「予想以上に消費してしまいました。〈第四次聖杯戦争〉の頃もそうでしたが、〈聖杯戦争〉における〈バーサーカー〉との戦闘は、あまり好ましくないように思えます。正直に言うと、私とは相性が悪い」

「〈狂化〉された分、知性がなくなり魔力が上昇するからなぁ。力勝負ともなれば細い〈セイバー〉には不利か。肉弾戦に持ち込むより、剣の間合いを保ち続ける戦法を考えるべきだな」

「魔術による攻撃を私は使えませんからね。その方が良いでしょう」

 

近接武器を武器とする〈セイバー〉にとって、〈アーチャー〉のような遠距離を得意とする相手は苦手だ。遠坂の〈アーチャー〉は近接武器も使用するため、意外と近距離戦闘もできたりするが。

 

「魔力回復はできそうか?」

「いいえ。士郎との魔力パスは形成されていないので、回復は不可能です。しかし気にする必要はありません。食事による補給が可能なので、支障がでるわけではないので」

「思いっきりでてるだろうが。だったら俺が魔力供給するさ。どうせ使い道のない魔力を垂れ流しているだけだからな」

「...構わないのですか?私が現界している限り、貴方は常に供給し続けなければならないというのに」

「霊体化もできないんじゃ仕方ないさ。それにすべてのマスターは、常にサーヴァントに魔力供給を行っている。俺たちだけしないというのは割に合わない」

 

そう文句を言いながらも、テキパキと魔力供給の回路を作るために〈セイバー〉の近くに移動する。

 

「じゃあ、悪いが浴衣を脱いでくれないか?」

「ふぇ?」

「あぁ、勘違いしないで欲しいんだがそういう意味じゃない」

「無礼です!そんなことを考えるとでも思いますか!?」

「いや、だって〈セイバー〉だし」

「くっ、次言えば首を跳ねます」

「恐ろしや」

 

機嫌を損ねた振りをして顔を背けたようだが、口角が少しばかり上がっているのを俺は見逃さなかった。こういう素直じゃないところも、好ましい評価点に加わるのだが。帯を解いて背中をさらけ出した〈セイバー〉を見て、思わず息を飲んだ。芸術のようにシミひとつない肌が目の前にあるのだ。目を奪われても仕方がない。

 

「あ、あのは、早くして貰えませんか?この格好は、その、かなり恥ずかしいので///」

「...あ、すまん。思わず見とれてしまった」

「はう!そ、そんなこと一々言わないでください!」

 

なんか知らんけど怒られてしまった。取り敢えず気を取り直してっと。左手に意識を集中させると、幾何学模様が上腕から二の腕までを走る。翡翠色に発光するそれは、〈アンソニアム家〉に伝わる《魔術刻印》だ。

 

魔術師は代々親が子へ《魔術刻印》を引き継がせることで、歴史を築いてきた。《魔術刻印》とはその家系の財産でありまた歴史なのだ。時に《魔術刻印》はどんな宝石や情報などより重要になることがある。だから誰にも見せず渡さず隠し通していかねばならない。

 

「っん」

 

左手を〈セイバー〉の穢れのない純潔の肌に触れさせる。位置は霊核である心臓から1番近いところだ。風呂上がりの余韻がまだあるのか。かなり体温が高いらしく、炬燵に入っていたとはいえ少しばかり冷えた手はこたえるようだ。音声だけを耳にすれば意味深だと思われるだろうが、決してそのような事はしていない。

 

ただ純粋に〈セイバー〉の身を案じて提言したことを、実行しているだけだ。どのように疑われようとそれは揺るぎはしない摂理である。

 

「〈物質情報...解放、構成物質...解放。魔術刻印...証明。物質情報...固定、構成物質...固定。魔術回路...形成〉。...こんなところか」

「...これほどとは」

「簡易的なものだから、あんまり無理すると即座に崩壊するぞ。必要量以上は送れないし吸収も一定速度で頼むよ」

「感謝します。騎士として貴方の安全を私が保証しますので安心してください」

「その言葉はサーヴァント1体倒してから言ってくれ」

「むぅ」

 

うん、拗ねた顔もなかなかいい。感情が薄いわけでは無いが、後ろを歩いている時は非常に無表情だ。周囲を警戒していてくれているのだろうが、もう少し愛想良くして欲しいものだ。

 

「ひとついいか?〈セイバー〉」

「なんでしょう」

「さっきのお前、可愛かったぞ」

「泉世の無礼者!」

 

茶化しただけだったのだが、本気で気にしていたらしく顔を真っ赤にしていた。手当たり次第に座布団を投げ込んでくるので、弁明も出来ぬまま〈セイバー〉の気が済むまで俺は的に徹するしかなかった。



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当たり前の日常

最近、ギルさんの名言を聞かずしてはやっていけない作者です。士郎とエミヤの戦闘シーンを音声だけを聞いて、映像を脳内再生させながら和むことにはまっている作者です。

見てたら書きたい欲がでてきたので書いてみることにしました。展開的にはそこまで進んでおらず、映画とアニメの内容が混ざっている感じとなっています。

ではよろしくお願いします。


「桜、朝練行くぞ」

 

そう言って玄関から足を踏み出す。快晴の青空から太陽が優しく照らしてくれる。昨日の戦闘が嘘だったように穏やかな1日の始まりだ。

 

「大会が近いんだっけ?泉世の腕なら、多少気を抜いても問題ないだろうに」

 

見送るためにわざわざ出てきてくれた士郎が、今思い出したように問いかけてくる。

 

「そうも言ってらんないんだよ。大会上位に入れば部費の予算が上がるからな。そうしたら少しなら弦や糸の張り替えを頻繁に行える」

「美綴と桜に泉世か。団体戦なら余裕だろ」

「俺らが練習怠ったら、全体の指揮に影響がでかねない」

 

士郎は昨夜のようなことがあるから、あんまり無理するなと言いたいのだろう。気にするなと言えなくもないが、あれだけの大怪我をしたなら同居人を心配するのはおかしなことではない。ちなみに士郎の怪我は今朝になるまでに完治している。さすがは〈セイバー〉を召喚するために用意された触媒だ。回復能力が桁違いに高い。まあ、近くに〈セイバー〉がいなければ成立しない回復方法なのだが。

 

桜と士郎が親しげに会話をしている中、〈セイバー〉が目の前に立って心配そうに俺を見ていた。

 

「どうした?」

「学校まで付き添うのは本当にダメなのでしょうか」

「外国人がいきなり学校に現れたらパニックになるからなぁ。あ、もしかして俺と離れるのがさみしいとか?」

「無礼者!」

「げふっ」

 

からかったら怒られてしまった。まったくボディーブローはやめてほしいな。魔術師とはいえまだ半人前だし。しかもサーヴァントの攻撃って結構痛いんだからさ。一応肉体の鍛錬も行ってはいるが、〈セイバー〉ぐらいの俊敏さだと防御体制をとる前に攻撃をくらってしまう。敏捷性の高さがここで優位に立つとは思いもしなかった。

 

まあ、〈セイバー〉の気持ちはわからなくもない。学校とはいえ、他のマスターがいる可能性がないわけじゃないからだ。それにサーヴァントは、人間の精神を喰らうことで自身を強化する。大量の人間が集まる場所は、サーヴァントにとって格好の餌場になる。サーヴァントが独断で動くことはなくとも、マスターが人道に対して疎いことがあれば、狙われないという可能性は否定できない。

 

「さすがに昼間から仕掛ける奴らがいるとは思えないけどな。大胆に行動したら、他のマスターに自分の行動理由を知らせることになる。〈聖杯〉を狙う奴らなら、表立って目立つ行動はしないさ」

「泉世がそう言うのなら私はここで待っています。しかし万が一のことがあったならば、迷わず士郎に〈令呪〉を使わせてください。私にとって〈聖杯〉を手にする以前に、貴方たちの身の安全が最優先です」

「わかった、その時は迷わず士郎に使わせるよ。じゃあ行ってくる」

「お気をつけて」

 

今尚不満そうな〈セイバー〉に手を振って玄関を出た。隣では桜がいつもと変わらない様子で歩いている。冬木の虎(・・・・)もとい藤村大河は、とっくの昔にスクーターを唸らせて学校へと向かって行った。

 

どうやら既に到着していた美綴に呼び出しをくらったらしい。朝練開始30分も前から着いているとは。熱心なことは感心することだが、他人に迷惑をかけてまですることではない気がする。藤姉がそういうことに無頓着だから、それほど影響があるわけではないけども。

 

「泉世さん、〈セイバー〉さんは家で留守番してもらうんですか?」

「まあ、それしかないんじゃないかな。この町のことなんか知らないだろうし、外を歩いたら周囲が驚きそうだし」

「そうですね。〈セイバー〉さん美人ですから」

 

確かに〈セイバー〉は文句無しの美人だ。スカウトマンに見つかれば、問答無用でスカウトされるだろう。下手をしたらR18系に引っ張られるかもしれない。それらから守るというものも含めて、〈セイバー〉には家に残ってもらっている。道場で剣を振るうか、瞑想をして時間を潰すのか。10時間はかなり長いが、忍耐強い〈セイバー〉ならその程度は苦にならないだろう。

 

桜と藤姉には〈セイバー〉のことを簡単に説明している。居候扱いをしてしまったことには申し訳ないが、〈聖杯戦争〉のことを説明するわけにはいかなかったからだ。

 

 

回想in

 

 

『おっはよぉ!士郎・泉世、ご飯ちょうだぁぁぃ。ん?』

 

いつも通り朝飯を食べるためだけにやってきた藤姉が、〈セイバー〉を見てから俺らを問いつめてきた。

 

『...こぉうらぁ!うちはいつから無断で人を止める許可を出しただよぉ!ちゃんと納得出来るせ・つ・め・いしてくれるかね!んん?』

 

かくかくしかじか(説明中)

 

『ふぅん、切嗣さんの親戚だったんだ。パクパクムシャムシャ。そんなことなら前もって言ってくれたら、男だけの場所に1人でいなくてすんだのにムキュムキュ。士郎、おかわり!』

『もっとゆっくり食えよ藤姉...』

『2人のことならお気になさらず。心の底から信用していますから。切嗣が誰よりも信じたなら私も信じるだけです』

『わからないわよぉ。2人とも年頃だからねぇ』

『...藤姉、身も蓋もないこと言うなよ』

『〈セイバー〉が許可するなら構わないぞ』

『『『『泉世(さん)!?』』』』

 

 

回想out

 

 

どうやら4人はあの時の言葉を大きく取り違えたらしい。冗談のつもりだったんだけど、どうやら普段から冗談をあまり口にしない俺の言葉を本音として捉えたらしい。〈セイバー〉にさえ、本音と捉えられたことが何より悲しかった。

 

学校へ向かって歩いていると、朝の爽やかな風が頬を掠めた。隣では桜が楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。桜が俺と居ることに対して嫌悪感を抱いていないのは、短い間ではあったものの、それなりに共に時間を一緒にしたことが要因だ。〈第四次聖杯戦争〉が始まる少し前から、俺は冬木市の遠坂邸で過ごした。それは桜が間桐家に養子として出される少し前のことだ。

 

その頃は凛と良く似た幼い年頃の少女で、間桐家の儀式と称した〈刻印虫〉の刻みによって変貌した桜しか知らない俺からすればとても新鮮だった。姉妹の仲がとても良くて、眩しいくらいに幸せそうだった。葵さんもそれを見ていつも笑顔を絶やさなかった。戻れるならもう一度、あの日を過ごしてみたいと思う自分がいる。

 

「衛宮ぁ、遅いぞ」

 

どうやら考え込んでいる間に学校に着いたらしい。何故か俺が怒られるという事態になっているのだが。そう言った美綴は既に練習着を着ていた。それと同時に生暖かい何かを感じる。呼吸がしづらく身体が重くなるような感覚。だが美綴や桜を不安にさせるわけにはいかないため、先程と変わらない表情で返事をする。

 

「美綴が早すぎただけだろ。何で開始30分前に来てるんだか」

「少しでも練習したいからだよ。大会までもう3週間しかないってのに、衛宮は能天気すぎ」

 

ビシッと音がしそうなほど、鋭く指を向けてくる美綴にため息を吐きながら素直に謝っておく。美綴ほど弓道に思い入れがあるわけではないのも、それほど朝練に乗り気でない理由の一つになるかな。

 

元々士郎の付き添いで弓道部に行っただけなのに、強制入会させられた過去が俺にはある。美綴の上手い口車に乗ったわけではないが、試しに射ってみたら案の定的に命中してしまい、それが原因で弓道部所属になってしまった。

 

矢を番え、的を照準し、矢を放つ。

 

単純な動作であれど、その中には様々な意味が込められている。その時々によって風向きや湿度、弓矢の状態によって変化する。それがまた弓道というスポーツの奥深さなのだと俺は思う。練習もバイトがあるため半分も出れていない。ほぼ幽霊部員であるにも関わらず、それなりに結果を残しているからなのか。俺の名前は弓道部員にも認知され、校内にも腕前を知る生徒や教師は多い。

 

それでも何故続けるのかと聞かれると、それは俺にも分からない。楽しいからと言えば楽しい。普段会話をしない他クラスの同級生とも話せる。やり甲斐があるかと問われるとそれには困ってしまう。俺には大会に出て名を売るつもりも、賞状やトロフィーがほしいわけでもないから。

 

だから続ける理由としては「なんとなく」というのが1番しっくりとくる。

 

「ボサーっとしないで着替えてきなよ。我が校のエースなら宝の持ち腐れは許されないぞ」

「わかったわかった着替えればいいんだろ?覗かないことを願ってるよ」

 

男子更衣室に押し込まれながらそう言っておく。ハラスメントに当たるかもしれないが、何かと女子部員は俺の上半身を見たがる傾向にある。確かに俺はそれなりに鍛え上げているし、腹筋も割れている。腹筋が割れていることに限定すれば、士郎だってそうだし一成もそれとなくある。なのに士郎より俺の方が盗撮されやすい。友人たちには嫉妬されるが、俺が望んでいるわけでもないというのに。ある意味ストレスの一つに含まれていたりする。

 

自身のロッカーに制服をかけてから練習用の衣に着替える。マネージャーが清潔に保ってくれるおかげで、毎日気兼ねなく着ることが出来る。それほど参加するわけでもない俺の練習着まで洗濯してくれるとは、今のマネージャーは自分たちの仕事を疎かにしない真面目な性格らしい。

 

「衛宮ぁ、準備できた?」

「あぁ、今行くよ」

 

全てをロッカーに押し込んでから更衣室を出て練習場に向かう。ドアを開けて中に入ると、何故か俺に見蕩れている美綴と桜の姿があった。俺より桜の方が早く出てきていることに驚く。美綴に声をかけられるぐらい長く物思いにふけっていたのかもしれない。弓を持ちながら惚けている2人に問いかける。

 

「…何だよ」

「あんた相変わらず似合ってるよね」

「どうしたらそんなに似合うんですか?」

「似合うも何もただの練習着だろ」

 

まったくもって普段から着ているの練習着なのだが。何故そこまで呆然とする必要があるのだろうか。

 

「1週間ぶりだからかな。新鮮に見えて仕方がない」

「華やかです」

「顧問が来たよぉ~って、ぐはっ!眩しすぎる!お姉さんには眩しすぎるぞ!」

「...あんたもか」

 

何故揃いも揃って同じような反応を示すのか。これ以上続いたらこっちもやる気が無くなる。3人を無視して準備運動を開始するこてとにした。5分もすれば再起動すると思ったのだが。ちらっと背後を見れば、3人が何か作戦会議を始めているのが見えたので認識外に追い出すことにした。

 

 

 

しばらくして他の部員が集まってきたのだが、到着して数秒で眼を細める者・卒倒する者・顔を真っ赤にする者等。軒並み何かしらの過剰反応を示したので、泉世の気分は朝から右肩下がりとなっていった。

 

 

 

 

 

ー昼時ー

 

4限目が終わって教室が生徒のものになる頃。泉世は席を立って教室の外へと向かおうとしていた。

 

「衛宮、飯は?」

「悪い、今日は学食なんだ」

「そうか。また後でな」

 

弁当を一緒にしようと声をかけたクラスメイトに、食券の半券を見せながらやんわりと断りを入れ、泉世は廊下へと出た。すると少し早めに授業を終えていたらしい他クラスの生徒たちが、泉世の姿を目にして(女子生徒が)歓声をあげた。そんな様子を慣れたように無視しながら、隣のクラスへと向かう。前方のドアを開けると、誰が来たのかと視線を向けられる。するとまたしても歓声やヒソヒソ声が聞こえてくる。

 

「遠坂、話がある」

「...はいはい」

「「「「「ええええええええええ!!!!」」」」」

 

何かを盛大に勘違いしている生徒たちを、気にした様子もなく2人は教室を出ていく。その後ろ姿を野次馬のように眺める生徒たちは、何が起こるのかをこの眼で見ようと追いかけていく。だが生徒たちの期待は少しばかり薄れることとなる。何故なら、泉世がまたしても隣の教室の前方のドアを開けたからだ。

 

そして三度歓声が上がる。

 

「士郎、話がある」

「泉世?すまん一成、また後で」

「ん?あぁ、わかった」

 

話をしていたらしい友人に謝罪してから、士郎が教室から出てきた。

 

「どうした泉世。遠坂までいるなんてよっぽどのことか?」

「まあそれなりには」

 

それ以上何も言わず、階段へと歩を進めていく泉世を2人は少し遅れて追いかけていく。泉世の後ろを歩く2人を見て、同級生たちが何かを隣人に呟いているのが3人の視界にも入っている。周囲の注目を黙殺した3人は、普段からあまり人が寄り付かない屋上へと来ていた。泉世が柵にもたれながら話を切り出す。

 

「今日の深夜、教会付近で襲撃された」

「なんですって!?」

「奇襲じゃなかったのが唯一の救いだったかな」

「〈クラス〉は?」

「〈バーサーカー〉だった。マスターはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

その名前を聞いて遠坂の表情が大きく揺れる。それもそのはずだ。イリヤ個人は知らなくとも、御三家ということを知っていれば驚くことだろう。

 

「...御三家の一角が〈バーサーカー〉を召喚していただなんて。強さはどうだったの?」

「まるっきり歯が立たない。あの時は〈セイバー〉に士郎からの魔力補給がなかったのもあるが、パスがあったとしても苦戦はしただろうな。あいつの強さは異次元すぎる」

「〈セイバー〉でも苦戦するなら、私の〈アーチャー〉じゃ尚更無理ね」

「〈真名〉は看破しているが、知ったところでどうこうなる相手でもない」

 

〈真名〉とは英霊本来の名前のことだ。サーヴァントとなった英霊は、それを隠しながら他のサーヴァントと戦っていくこととなる。〈真名〉が明らかになれば、弱点を突かれることになり〈聖杯〉を獲得することが難しくなる。

 

たとえばあるサーヴァントの〈真名〉が、ギリシャの大英雄〈アキレウス〉だったとしよう。彼の武勇伝や伝説はあまりにも有名すぎるため、彼の弱点が〈アキレス腱〉だということがわかってしまう。

 

プーティア王ペーレウスと海の女神テティスの間に生を受けた彼は、幼少時に不死の身体を手に入れるため、冥府を流れる〈ステュクス〉の水に浸された。だが流されるのを防ぐため掴んでいたアキレス腱だけが、水に触れなかったため、その部分だけが不死とならなかった。そしてトロイア戦争において、〈パリス(一説によるとアポローン)〉にアキレス腱を射抜かれて死んだとされる。

 

このことから〈真名〉が〈アキレウス〉だと看破されると、戦闘においてかなりの不利に陥ってしまう。そのためマスターは、普段から〈クラス〉名で呼ぶことにしている。

 

「教えなさいよ」

「はいはい、〈真名〉はギリシャの大英雄〈ヘラクレス〉だよ」

「なっ!そんなの反則級じゃないのよ!〈狂化〉されてなくとも問題だって言うのに、〈バーサーカー〉だなんて滅茶苦茶よ!」

「俺に言われても困る。それから《宝具》は、あいつの逸話自体をそのまま昇華したものだろう」

「...〈十二の試練〉ってやつか?」

 

今まで聞き手に徹していた士郎が、彼のもっとも有名な英雄譚を口にする。その言葉に頷いてから話を戻していく。

 

「つまり12回殺さないと、あいつは本当の死を迎えることは無い。〈聖杯〉を勝ち取る以前に、もっとも難しいのが〈バーサーカー〉を倒すことだろうな」

「どうやって倒せって言うのよ。無理ゲーじゃないの」

「まあ、そうなんだが。どうにかイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと休戦協定を結べたから、最終局面までは安心していいはずだ」

「「は?」」

 

とんでもないことをさらっと言った泉世に、2人は間の抜けた返事をした。いつの間にそんなことをしていたのかと思ったのだろう。それにどうやって結べたのか気になるらしい。

 

「条件を掲示しただけさ。それがある限りあいつは俺たち(・・・)を殺せない」

「俺たち?」

「遠坂も狙うなってことだよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。いつから仲間になったっての?」

「なってないさ。だから今ここで休戦協定を結べばいいだけの話だ」

 

押しに弱い遠坂ならこのぐらいで仲間になってくれる。泉世からすれば弱みに漬け込んだ形だが、命の保証に繋がるから問題ないだろう。

 

『その言葉、聞く耳持つ必要は無いぞ凛』

 

突如空気が歪んだかと思うと、1人の男が凛の横に現れる。裾が2つにわかれた赤いマントのような服をたなびかせ、圧迫感を感じさせる偉丈夫。言うまでもなく凛のサーヴァントである〈アーチャー〉だ。

 

「わかってるわよ。でも...」

「ふっ、難儀だな。用があったらまた呼んでくれ」

 

そう言ってすぐに消えていった。まったく何のために姿を現したのかわからない。わざわざそのことを言うためだけに実体化したのかと思うと、意外と〈アーチャー〉はマスター思いのサーヴァントなのかもしれない。

 

「まったく偉そうに!あんたは私の保護者かっての」

「遠坂は〈アーチャー〉を連れてきてるのか?」

「当然でしょ?マスターである私が護衛もなく学校に来れるわけないじゃない。それに〈アーチャー〉には学校の異変(・・)を調べてもらってるし」

異変(・・)って、校門で感じたあれか?」

「...ええ、そうよ。衛宮くんも気付いてたのね」

 

士郎は意外と目敏い。もちろん良い意味であるが、仕掛けている側からすれば面倒な存在に他ならない。知られれば真っ先に狙われるだろう、張本人に。

 

「校舎を中心として誰かが結界を張ろうとしてる。結界の基点が何処にあるか分からないし、まだ発動しているわけじゃないから静観してても問題ないと思う。放課後になり次第調査に出ることにしましょう。ラッキーなことに下校時間が早まってるから魔術で隠れた後、認識阻害を発動させておけば、誰にも気付かれることはないと思うわ」

「あ、いたいた。衛宮、悪いんだが生徒会室の機器の検査を頼みたい。どうも先程から調子が悪いようだ」

 

タイミングが良いのか悪いのか。どちらとも言えないタイミングで一成が現れて、士郎を借りたいと言ってきた。断る理由もないし、話の続きであれば後で聞かせておけば問題はない。気前よく士郎を送り出してから、話を再開させようとしたのだが。凛が予想外に真面目な顔をしていたので、調査の話題を避けることにした。

 

「どうやってアインツベルンと休戦協定をとりつけたのか、詳しく聞かせて欲しいわ」

「10年前の大災害。あれの発端となった〈第四次聖杯戦争〉のことを話すことになった」

「っ!」

「...あぁ、わかってる。お前が辛いのは了解済みだ。でもそうしなきゃ俺たちは生き残れない。イリヤには悪いが利用させてもらうしかないんだ」

 

10年前。俺にとっては師であり、遠坂にとっては父であった遠坂時臣氏を失った。命をかけて守ると誓ったというのに、遠坂との約束を守れなかった。僅か5歳にして遠坂家の主となるしかなかった遠坂を、10年間支えてきたつもりだ。時に励まし時に叱咤してきた。

 

魔術師としての関係性は、競い合うライバルとしてであった。互いに競い合い、高め合うことを糧に過ごしてきた。士郎には嘘をついて遠坂と魔術の鍛錬を行い、言峰の元で体術も極めた。10年の月日が経とうとも、遠坂の心の中からは時臣氏が消えなかった。思い出させると、パニックを起こすほどにまで陥ってしまったことを何度見た事か。だから今この場であまり話題にしたくなかった。

 

だが包み隠さず言わなければ遠坂は納得しない。

 

「アイリスフィール・フォン・アインツベルンのことを話せば、イリヤは少しぐらい俺たちのことを理解してくれるはずだ。だから今はこのことに耐えてくれ」

 

俯いてしまった遠坂の癖のない艶のある髪を、優しく撫でてやりながら慰める。昔から遠坂はこうされるのが好きだった。いつもこの立場にいたのは時臣氏と葵さんだ。よもや俺がこれを請け負うことになるとは。

 

「猫の皮を被るのはいいが、あまり無理をしすぎるなよ」

「皮を2枚被るのは衛宮くんと生徒たちだけよ。貴方になら素の自分を見せられる」

「感謝しておくよ。じゃあまた放課後呼んでくれ」

 

そう言い残して俺は食堂へと向かうため、屋上を後にした。

 

 

 

 

 

~アインツベルンの城~

 

「何故衛宮泉世・士郎両名を殺さなかったのですか。お嬢様なら容易にできたはず」

「イリヤ、またさぼった?」

 

またこれ。朝帰りした時も聞かれたのに、またそれを聞いてくることに嫌気が差してきた。別にそう口にした相手が嫌いなわけではない。自分の身の回りの世話をしてくれるメイドだから...というわけでもない。両親もおらず、血の繋がった存在が誰1人いない私にとって彼女たちは家族のような存在だ。でも主である私に命令するのは気に入らない。

 

「別にいいでしょ?私の好きなようにやって勝てたらいいじゃない。アインツベルンの願いは叶うんだから」

「勝ち負けのことを言っているのではありません。倒せる敵ならば倒しておく。それが戦いの定石というものです」

「戦い。勝てればいいわけじゃない」

「定石通りの戦いなんてつまんない。自分のやりたいようにやって、勝てた時の方が嬉しいに決まってる。それに...」

 

湯船に浮かびながら、巨大な浴室の無機質な天井を見上げる。あの時会ったおにいちゃんは、お母様のことを知っていた。「噂で知っている」ではなく、本人と正面から相対したから知っている。そう言っているような気がした。

 

もちろん確信があるわけじゃない。でも言葉から、瞳の光がそう物語っているように感じた。自分らしくないとわかってる。御三家の一角であるアインツベルンの当主である私が、そんなことで手を引くなんて可笑しい。でもお母様のことを知りたい。そんな子供心から戦いを止めてしまった。私を捨てた切嗣が育てた衛宮泉世。彼がどんな人間なのか知りたいと思う自分がいる。

 

造られたはずの自分が人間らしい感情を抱くなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しい。...でも何処かで喜んでる自分がまたいる。たった数分話をしただけなのにこの変化。一緒にいたらどうなるのか気になる。

 

「...それに私は強い。〈バーサーカー〉は世界で1番強い。強者が揃って成し得ないことなんてない。そう私は確信してる」

 

待っててね泉世おにいちゃん。次に会った時はたくさん遊んであげるんだから。そう心の中で思いながら私は眼を閉じた。




アンケート結果によって、以前投稿した話でのセイバーとの会話などが変更になる場合があります。


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結界の撤去作業

バビロニア、エレちゃん次話で登場かな?かなり期待している作者です。


間桐雁夜、〈御三家〉のひとつであるマキリ改め間桐家の次男坊だ。初めて会ったのは、桜が間桐に養子に出された少し後のこと。ちょうど〈第四次聖杯戦争〉が始まる1年前。年齢相応に外ではしゃぐ遠坂凛の遊び相手として、同行していた俺に話しかけてきた。

 

『君は一体誰なんだい?』

 

葵さんに『少しばかり彼と話をしたい』と言って、2人から少し離れた場所で人を疑うように、人を値踏みするように見てきた。

 

『お初にお目にかかります。自分は此度の〈聖杯戦争〉を体験するため、イギリスから赴いた者です』

『体験するため?死ぬかもしれないというのに?君のような幼い子が何のために。君は魔術師なのか?』

『魔術世界では有名な家系の跡継ぎですね。貴方が捨てた魔術(・・・・・・・・)の』

『っ!』

 

皮肉を込めた言葉に、怒り心頭なご様子の雁夜はひどくやつれているように見えた。桜の事情を知った時と同じぐらい、表情を曇らせている。というより何故俺が「魔術を捨てた」ことを知っているのか聞いてこないんだ?疑問だ。普通ならば聞いてもおかしくないというのに。もしやあれか?葵さんからとか時臣氏から聞いたと思っているのだろうか。

 

『何故君はこの地に来たんだ?何故遠坂家に片寄せをする?』

『遠坂家当主 遠坂時臣氏に呼ばれた(・・・・・・・・・・)からですよ。別に何か理由があって、遠坂家についているわけではないです。呼ばれた家が遠坂家だった。それだけの話ですよ』

『...年相応の言葉遣いと態度には見えない。君は本当に凛ちゃんと同い年なのか?』

 

たった数分でそこまで見破るか。いや、こればかりは、俺の言葉遣いと態度に問題があったように思える。間桐雁夜。魔術師としての才能が、衰退していく一方の間桐家にしてはあったはずなのに、魔術そのものを毛嫌いして家督を継がなかった。価値観や感覚的には一般人と大差がないため、魔術を嫌悪している。ある意味切嗣と似たような存在だ。魔術師でありながら魔術師らしからぬところが。...間桐の正統な魔術師ではないから、あまり一概には言えないか。

 

一般人としての生活と幸福を求めるが故に、魔術師の方針である、個人の才能によって人生を決められることを許容しない。

 

『まあ、家が家なので。それに経験=年齢でありませんから当てにはなりません』

『これだから魔術というのは嫌いなんだ。子供は子供らしく生きていくべきなのに、大人の勝手な妄想と願望で人生を狂わせられる』

『間違いなくその通りでしょうね。でもそれを貴方が言う権利はあるのですか?魔術を捨てた(・・・・・・)貴方が』

『...何が言いたい?』

 

憎悪にも似た感情を瞳に宿らせて、俺を脅すように見下す。雁夜の〈聖杯戦争〉への参加理由は、桜の救済と葵さんの幸せ。普通に考えれば素晴らしいことだと称される。

 

自分を犠牲にして他人を救う。切嗣や士郎と同じ考えであるはずなのに、何故馬鹿馬鹿しく思えてくるのだろう。他人の幸せを望むことは、簡単に出来ることではない。自分を犠牲にして、他人を救うことなど簡単に出来ることではない。

 

なのに何故幼稚(・・)だと思ってしまうのだろう。

 

『魔術を否定したいならば、それなりの結果を出してから否定するべきだ。実績のない人間が評価されないように、今の貴方の言葉には何の重みも無い。自分の感情を押し付けたただの飾り物だ』

『っ!俺にはその権利がないと言うのか?』

今は(・・)という注釈付きです。魔術を否定するなら、貴方自身の魔術で証明すればいい』

 

あぁ、なるほど。何故その言葉を褒められなかったのか今になったからわかる。彼の言葉は軽かったのだ。中身のない外見だけの言葉だったからだ。切嗣や士郎のように、言葉通り何かをすることがない。だから説得力がなく共感も抱けなかったのだ。

 

理想を抱くだけ。

 

理想を口にするだけ。

 

それにどのような意味があるのか。確かに口にすると考えるでは大きな違いがある。

 

口にしても行動しないのならば意味がない。

 

考えるだけで行動しないならば意味がない。

 

結論からすれば、口先だけの思考だけの理想論は何も考えていないのと同じこと。口にしたならば行動し、最後の最後まで足掻き続ける。

 

それが魔術師ではなく人としての責任だ。

 

『あと1年でできることは限られている。でも何もせず失うだけならば苦渋を舐め、激痛に耐え、血反吐を吐いてでも抗うしかない』

『...あぁ、やってやるさ。桜ちゃんのため、葵さんのため、凛ちゃんのために俺はやってやる。俺はマスターとして戦う(・・・・・・・・・・・)さ!』

 

踵を返して歩き去る雁夜の背中が見える。普通の人間と何ら変わりない、特に大きくも小さくもない背中の責任感。現れた頃より遥かに重く痛いものがのしかかっている。だというのに、それを感じさせない強固な意思が満ちている。覚悟を決めたようだが、所詮は其の場凌ぎのものでしかない。10年もの間、魔術から遠ざかっていた。いや、遠ざけていた雁夜では、1年間でどうこうなるほど才能を伸ばすことは出来ない。

 

推測ではなく断定だ。感覚を取り戻せても、使いこなせるかどうかとはまた別の話。

 

 

 

 

 

〈第四次聖杯戦争〉は、始まりから終わりまで幾つもの感動と絶望が入り乱れていた。

 

己の願望のためにサーヴァントを切り捨てる者。

 

己の理想のためにサーヴァントを無視する者。

 

己の欲望のために関係のない人間を巻き込む者。

 

類を見ない残酷・卑劣・傲慢が泉のように溢れては流れ出た。それを体現したもの。死傷者500名以上、倒壊した建造物その数実に300以上の未曾有の大災害。すなわち《この世すべての悪(アンリマユ)》を形にした《聖杯の泥》だ。それは世界の変革を促そうとした。人間という醜悪な存在がある限り、生物は居場所を失くしその数を減らしていく。

 

だが人間はそれに気付かない。気付いたところで救済を施そうとも手遅れでしかない。もしくは気付いても見て見ぬ振りをするかもしれない。自分たちには関係がない。今対策をしたところで、効果が現れるのはずっと先のこと。自分たちがしなくても誰かが代わりにやってくれる。

 

無責任な責任転嫁は、今に始まったことではなく昔からありふれたものだ。世界の技術が進歩しようと、文明が発展しようと、人間の根本的なひねくれた本能は変化していない。

 

生物の成長にあたる〈進化〉も〈進歩〉も見かけない。

 

〈定常〉または〈退化〉にあたると考えられるかもしれない。

 

 

 

 

 

遠坂にイリヤと休戦協定を結んだ旨を伝えた日の翌日。珍しく連日の朝練に顔を出した俺だったが、普段なら来ているはずの美綴が来ていなかった。珍しく遅刻かと思っていたのだが、練習が終わっても顔を見せることはなかった。

 

無断欠席などこの2年間1度もない。ましてや遅刻さえなかった美綴が今日に限って忘れるだろうか。微妙な感覚に心を揺さぶられながら、1限目の授業に向かうのだった。

 

 

 

ピシッ。

 

「起きろ衛宮泉世、授業中だ」

 

頭部に衝撃と耳に鋭い音が聞こえて眼を開ける。視線を向けると、黒い表紙の学籍名簿を右手に、無表情で見下ろす高身長の男がいる。どうやら昼食後の満腹感による眠気に抗えず、日の差し込む窓際で寝落ちしていたらしい。

 

「すいません葛木先生(・・・・)

「お前が授業中に居眠りか。普段の生活態度から鑑みて、減点することはないが気をつけることだ」

「...え?あ、はい」

 

普段とは違い、意外に饒舌だったことに驚く。言葉を単調にそして短くまとめるだけの発言しかしない男が、長々と喋ることが初めてで反応が遅れる。

 

「...第一次世界大戦以前、プロイセンの首相ビスマルクが掲げた〈鉄血演説〉について簡潔に答えろ」

「ドイツ統一を果たすため、軍備拡張を論じた〈鉄と血〉という言葉に由来します。鉄とは銃や砲弾、戦車、戦闘機、爆撃機などを示し血とは兵士の流す犠牲です。これによりビスマルクは〈鉄血宰相〉の呼び名を与えられました」

「...授業を続ける」

 

授業内容に沿った質問だったようだが、生憎俺は歴史にはそれ相応に強い。興味があるため調べたりする程度だが、学校程度の内容であればある程度習得済みだ。

 

去り際に感心する様子で俺を見るように左手の甲を見てきた。左手の甲はテーピングをしているので、〈令呪〉を見ることなどできない。周囲には、料理中に皿を割って怪我をしたと言っている。正直、騙すことはあまり好まないがTPOを考えて我慢しておく。

 

刺青のようにも捉えられる可能性もある以上、生徒指導に何かを言われるの癪だ。しかし遠坂や士郎はどうやって隠しているのだろうか。士郎が何かで隠しているようには見えなかった。...そういえば、ずっと左手をポケットに突っ込んでいた気がする。

 

教卓へと移動し、黒板に文字をつらつらと書いていく葛木宗一郎の背中を不自然にならない程度に睨みつけ、生徒から評判の良い授業に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

『本日の部活動はありません。生徒のみなさんは速やかに下校してください』

 

予め録音していた音声を教師が放送する。近頃はぶっそうであるため、部活動を規制しており、生徒は余った時間をどう潰そうか悩んでいる。命の駆け引きをしているこちらからすれば、実に羨ましい悩みだ。

 

仲の良い友人の家に上がってゲームでもするのだろうか。それとも今日出た課題を減らすため、勉強机にかじりつくのか。人それぞれの行動にそれほど興味を抱かずに考える。校庭を見ると、1人で帰宅する者・数人の友人同士で帰宅する者・カップル同士で手を繋ぎ仲睦まじく帰宅する者。

 

その背中が眼に映る。視線を逸らせばいいだけの話だが、暇な以上それ以外にすることがない。

 

「お待たせ泉世」

「遅れて悪いな泉世」

 

屋上の扉を開けて、遠坂と士郎が軽く謝罪しながら歩み寄ってきた。

 

「葛木先生はともかく、藤姉が時間通りに終わるなんて珍しいな」

「苦情が来てるらしい。SHRに割く時間が長すぎて、グダグダになってるみたいな感じで」

「なるほどね」

 

十中八九生徒からの要請だろう。葛木先生のクラスは担任の性格も相まって、簡潔しかし十分に話した上で迅速に終わらせている。もちろんクラスからの評判は上々だ。

 

「そういや話しておくべきことがある」

「話しておくべきこと?結界の解除に取り掛かる前に聞くべきか?」

「決して俺らが無視できる事じゃない」

 

真面目な顔で俺たちを見る士郎に押される。遠坂と視線を交わしてから、士郎に話をするように頼んだ。

 

「昨日、夜遅くの部活動に出た生徒が帰ってこないと職員室に連絡があったらしい」

「今日の部活がないのはそれが理由か」

「そうだろうな。今日の昼、生徒会室で一成と葛木先生が話していて、一成に聞いたんだがその生徒は美綴らしい」

「...今日の朝練に来てなかったのも行方不明だったからか。クソ、もう少し周囲に配慮してればこうはならなかったのに」

 

言い訳かもしれないが、《転生》してからというもの、どうもこの世界における知識が薄れていっている気がする。完全に消えるわけではないが、その部分に霞がかかったように何も思い出せなくなる。文字に残しておこうにも同じような現象が起きる。《抑止力》が邪魔をしている?

 

馬鹿馬鹿しい。

 

「そんなことできるわけないでしょ。市全体の人間を把握するなんて、私たちに出来るわけないじゃない」

「あぁ、勘違いしてたよ」

「それから最後の目撃証言は、慎二と美綴が口喧嘩しているところだったそうだ。慎二に事情聴取しようにも何故か無断欠席してる。桜にも聞いてみたが数日見ていないらしい」

「怪しすぎるよな。前日に美綴と会って今日は休みで、美綴はその後行方不明。怪しんでくださいって言ってるのと同じだ。それに2人は犬猿の仲だから余計に疑われるってもんだ」

「慎二が来ていない以上、あいつのことを考えても意味がないわ。まずはここの結界を解除することを優先しましょう。泉世は何か気づいたことがある?」

「ここの結界はあまりにも粗くて脆い。それも〈聖杯〉に喚び出されたサーヴァントが使うような代物じゃないな」

 

ここに造られた結界は問題が多すぎる。強力な結界に時間と魔力が必要となるのは当然だ。だが発動待機中の結界はそれほど強力なわけでもないにもかかわらず、必要量の魔力が膨大すぎる。それもマスター1人で補えるような量ではない。ましてや学校の生徒を生贄にしても、ギリギリ足りるかどうかという瀬戸際だ。故に造るにしては作業効率は悪く、発動させたところでさしたる意味もない。

 

つまりは無駄だということだ。

 

「全くもって同意見。サーヴァントが技量不足なのか、マスターが衛宮くんみたいに素人なのか。まあ、どっちでもいいか。朝から調べてたんだけど、どうやら少しばかり面倒みたい」

「遠坂、面倒ってどういうことだよ」

「衛宮くんは結界にも種類があるってこと知らないのね。簡単に言うと、ここの結界は付属の小さな結界が至る所に張り巡らされていて、それを解除しない限り大元の結界の基点を見つけられない仕組みになっているのよ」

 

「どうしてそんな手間を」という遠坂の文句を、左から右に流して考える。大きな結界の基点を隠すため、小さな結界を張り巡らしていれば、そりゃまぁ規模が異常なほどでかくなる。「塵も積もれば山となる」という諺を体現した結界というわけだ。

 

さて、その結界の解除に移行するわけだが。見つけるのは案外難しいと思われる。結界を作るには魔力を必要とし、それらを認識できる魔術師なら簡単だ。だが必要な魔力が少ない術式を使われてしまうと、如何に魔術師と言えど発見は困難を極める。それに何処に在るのかを見つけるためには、ある程度接近する必要がある。学校の何処にあり、どれほどの数があるのか分からない以上、難易度は数段跳ね上がる。

 

それもこの土地面積だ。3人で捜索するにも範囲が広すぎるし、士郎を単独行動させるには危険が高すぎる。ここに結界を造ったならば、マスターやサーヴァントが何処かに常駐しているだろう。迎撃できるだけの能力を持たない士郎は、到底太刀打ちできない。ならば〈セイバー〉を呼べばいいと思うが、〈令呪〉を無駄にするわけにもいかない。今の士郎には2画しかない(何故か1画だけ俺にあるが)。

 

この先どれくらい〈聖杯戦争〉が続くか分からないから、残しておくに越したことはない。まあ、出し惜しみも愚の骨頂になるが。

 

「話をしているのもなんだし、そろそろ開始しましょうか。昨日みたいな失態(・・・・・・・)は勘弁だし」

「あれは遠坂のせいだけどな」

「衛・宮・く・ん?」

「あ、はい...」

 

昨日は遠坂が突然現れたゴキブリを見て叫び声を上げ、《ガンド》を打ちまくったせいで、《認識阻害》の術式が壊れてしまった。それにより駆けつけた警備員や教師に見つかりそうになった。どうにかこうにかして退散したせいで、ロクな捜索もできず時間を無駄にしたのだ。

 

「いつマスターやサーヴァントがでてくるかわからない。可能な限り近くにいるようにしようか。まずは本校舎の3階から始める。俺たちはA組からC組、遠坂はD組からE組を頼む」

「何かあったら《認識阻害》が壊れない程度に叫んでね」

「あいよ」

 

士郎の肩を軽く叩いて、「行くぞ」とアイコンタクトしてから屋上の階段を降りていった。

 

 

 

それから階段を降りて、3階の廊下を手当たり次第に確認する。特に発見することもなかったので、二手に別れて各教室を調べている最中だ。

 

「...ここまで面倒だとは思わなかった」

 

窓や椅子の裏、机の内部などを虱潰しに見て回る士郎が愚痴った。しかし文句を言いながらも作業を続けている当たり、それほど気にしていないのかもしれない。

 

「仕方ないだろう。そうでもしなきゃ見つかるもんも見つからない」

「ん?泉世、見つけたぞ」

「やるな士郎。発見一番乗りはお前だ」

 

士郎の見つけた椅子の裏を覗くと、禍々しい模様をした術式が描かれていた。椅子をひっくり返し、魔力を込めた掌を術式に触れさせる。魔力で防御しながら術式の回路を把握していく。一度敷かれたあらゆる術式は、他者の干渉を反発させる特性を併せ持つ。素手で触れれば弾かれるばかりか、強力なものであると怪我をする恐れがある。

 

この術式は結界の基点を隠すために使われているので、特にこれといった危険性はない。それでも万が一の場合も考えて、予防することに越したことはないだろう。

 

術式は魔術回路を幾重にも巡らせたものでだ。簡単に表現するならば、編み物などの縦糸と横糸を複雑に絡ませたものである。本当はもっと複雑だが、このような表現は案外的を射ている。結界を構築する回路は、周囲に張り巡らされたものと比べて、大きく複雑に形成されている。それを辿れば、回路の重要箇所を発見できる。それに魔力回路には魔力が流れているから、それを辿ることで源を探ることも可能だ。

 

手を添えてから数秒で見つけた俺は、その部分に術式の効果をなくす術式を上書きした。これによりここに敷かれていた術式は、二度と発動することはない。

 

「作業が早いな泉世は」

「戦闘系の魔術が苦手な分、こういうことに関しては適性があるからな。さて、次はB組だな」

 

椅子や机を元に戻してから隣の教室へと入る。各教室は鍵をかけられているが、魔術を使えばちょちょいのちょいで解錠できる。

 

もちろん旧式の鍵穴式だからできるのであって、オートロックなどに使えばセンサーに引っかかってお縄になる。そんなことにはなりたくないので、試す気も起きはしない。

 

その部屋でも同じように士郎が見つけるので、俺は上書きするだけで作業は特になんともなかった。そこで思い出したことを士郎に伝えておく。

 

「万が一のことがあれば、〈令呪〉を使って〈セイバー〉を喚べ。何かあってからでは遅いからな」

「でも〈令呪〉は回数制限があるんだろ?あんまり使わない方がいいんじゃないか?」

「使わずして死ぬつもりか?死んだら元も子もないぞ」

 

悩んでいる士郎を引き連れてC組の教室へと入った。ここでも似たような場所に敷かれていたので、何の問題もなく上書きしておいた。

 

「思っていた以上になかったわね。廊下にあったものは解除されてたし」

「敷いたのを自ら消したって感じだったけどな」

「3階に少ないってことは、他の階に準備しているのか...」

 

既に終わっていた遠坂と合流して、見つけた個数や情報を共有し合う。これだけ大きな結界の基点を消すなら、かなりの数が必要なはずだ。遠坂が消した数と俺たちの数を合わせたところで、10にもならない。

 

「キャーッ!」

 

突如本校舎一帯に女子生徒の悲鳴が響き渡った。3人で顔を見合わせて階段を落ちる(・・・)。降りるではなく落ちる。3階から1階まで、階段を使わず飛び降りた。魔術を用いて慣性を減少させてから着地する。衝撃も痛みもまったくなく、音を立てることなく着地する。約1名は全速力で駆け下りてきたが。

 

悲鳴が聞こえた辺りを目指して走る。すると廊下に女子生徒が1人、青白い顔色をしながら倒れていた。抱き上げて口元に掌を当てる。呼吸をしているが浅くて速い。どうみても危険な状況だ。救急車を呼ぶべきだが、下校時間を早めて誰もいない状況では、何故残っているのか怪しまれる。

 

「遠坂、頼めるか?」

「これくらいなら手持ちの石でなんとか」

 

遠坂に治療を頼んでいると、士郎が女子生徒の傍に屈んで申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「あんまり自分を責めるな。できないことだってある」

「あぁ、でももしかしたら傷つくことはなかったかもしれない」

 

「すべての人間を救う」という理想故に、今の状況を自分のせいだと思い込む。優しさと言うべきか愚かなのか。評価を下すことが非常に難しい。

 

()、危ない!」

「え?きゃっ!」

「ぐぁっ!」

 

何かが飛来してくるのを感じ、治療中の遠坂を庇うように突き飛ばして自身の身体を晒す。だが俺の身体には何の傷も残さずに鮮血だけが飛び散った。視線を戻すと、士郎の右腕に鎖の付いた短剣が突き刺さっている。

 

「...っ遠坂、その娘のこと頼んだ」

「士郎!?」

「衛宮くん!?」

 

何処かへと走り去っていく士郎の背中を、数秒間眺めてから我に返る。

 

「あんの馬鹿!後先考えず行動しやがって!」

「え、ちょ泉世も!?それよりあんた今あたしの...」

 

士郎を追いかけて去っていく俺の背中に向けて何か言ってきたが、聞き返す余裕などない。何より士郎を救うことが最優先だからだ。遠坂の疑問と士郎の安否。比べる必要もないほど決まっている。義家族であり守るべき弟のような存在だ。死なせるわけにはいかない。本人の意思に反しようとも、必ず助けると決めた。

 

「士郎!」

 

先に駆け出した男の名前を叫んで、俺は全速力で走った。



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泉世の呆れと士郎の救助

割と早く構想が出来ました。さあ、FGO第5章を楽しんでいきましょう!


子供の頃、僕は〈正義の味方〉に憧れてた。

 

〈正義の味方〉、それは悪を滅して善を成す行為だ。でも悪が存在しない限り善も存在しない。悪を全て排除したら〈正義の味方〉はどうなるのか。そのまま誰にも知られないまま、1人寂しく消えていくのか。

 

僕はそれが怖かった。

 

すべてを間違えて世界を狂わせてしまった自分は、救われる価値がないとわかっていた。最終戦(・・・)を終えた僕は、自分の過ちによる傷跡を残している場所で探した。今の自分にできることを成すために。今の僕にできる唯一のことは何か。

 

自分が望むべき世界がないことを知って、ある物(・・・)を壊した。終わらせたつもりが、結局は絶望(・・)を先延ばしにすることになってしまった。誰もが傷つかない世界を望んだというのに、誰もが傷つく世界を見てしまった。自身の手によって傷つく世界を。

 

今思えば、僕の《理想》は浅はかだったのかもしれない。子供の頃に大切な人を奪われた悲しみから、誰もが幸せである世界を作りたいと願った。あの島(・・・)で起こった悲劇は、世界から見れば取るに足らない事件だったのだろう。世界では常にあれ以上の戦争や貧困などが充満している。外界を知らなかった僕は、誰もが気にとめないことに対して怒りも呆れも感じなかった。世界的に見ても些細な出来事でしかないことを知らされ、乾いた笑いを漏らしたのを覚えている。

 

その頃から僕の心は変わってしまった。自身の幸せより他人の幸せを求めることが生き甲斐に近かった。多くの人を生かすために少ない人を殺す。それを戒めとして動いた僕は、いつしか自身の幸せを苦痛に感じるようになってしまった。多数を救うために少数を殺してきた僕を、幸せを手にすることの罪深さが貫いた。死んでいった少数の人々も幸せを望んでいたはずなのに。そう思えば思うほど僕の心は荒廃していった。

 

自身の手で父を殺したことは、当然だとあの頃は思っていた。〈使徒化〉となる原因を作り出す実験をしていた父がいなければ、シャーレイがあのようなことになることはなかった。それに島の人々も死なずに済んだ。好意で実験を手伝い、僕とも仲良くしてくれた彼女を裏切った父が死ぬのは当然だと思った。

 

数年後。地方の住民を守るため育ててくれたナタリアを、僕は航空機ごと爆破させて殺した。間違っていたとは思っていない。あのまま着陸していれば、大陸全域がゾンビで覆われていただろうから。間違っていなくても後悔はしている。島であったことを繰り返さないために成長したつもりだった。また心を許していた相手を失ってしまった。

 

だから僕はあの時に誓った。

 

「自分にとって大切な存在は作らない」

 

自分の大切な存在ができるからこそ、失ったときに悲嘆・憤怒・苦悩するのだと。ならばいっそのこと関わりを作らなければいいと思った。

 

それ以来、僕は激化しているあらゆる戦争地域を渡り歩いた。傭兵として活動しながらフリーランスの魔術師殺しを生業とした。魔術師でありながら、魔術師らしからぬ方法で魔術師を殺す。あまりにも皮肉なことであったが、僕にとって魔術なんてことに拘るつもりはなかった。

 

もともとは魔術が好きだったけれど、あの事件以来は魔術を突き放していた。でも僕はただ生き抜くためだけに、父の魔術刻印を2割ほど移植した。魔術は自身の道具としてしか使わず、魔術師としての威厳も誇りも捨てた。

 

そんな死に場所を求めるような生きた方をしているときに舞弥と出会った。幼年兵として使われていたところを拾ったんだ。「再び人として生きることに何の価値も喜びも感じない。だから拾われた命は拾い主の手に譲る」と言いくるめて助手に育て上げた。

 

思えばあの時、僕は舞弥に心を揺り動かされたのかもしれない。幼くして戦争に参加させられ、生きる意味を失っていた少女に。でも何故舞弥だったのか。他にも戦争に駆り出されている幼年兵はいくらでもいたというのに。

 

...もしかしたら舞弥に、僕と似た何かを感じたのかもしれない。

 

それから程なくして、僕はまた誰かと繋がりを持つことになる。妻となり今の僕を作りあげたアイリスフィール・フォン・アインツベルンに。そして愛娘となるイリヤと。戻れるならあの頃に戻って3人で...いや、舞弥を含んだ4人で少しだけでいいから、微笑むことの出来る時を過ごしたい。

 

『じゃあ、俺がなってやるよ。任せろって、じいさんの夢は』

「んじゃあ、俺は士郎を支える。〈正義の味方〉には仲間が必要だからな」

『...あぁ、安心した』

 

その言葉に僕はすべてを許された気がした。10歳でしかない2人の少年に、僕はこれまでの行いを償えたのだと思った。こうして僕の《理想》を継いでくれる素晴らしい義息子たち(・・・・・)に救われたのだから。

 

 

 

シャーレイ、ナタリア。僕は、一時だけでも〈正義の味方〉になれたのかな?

 

 

 

 

 

ある日の日記に切嗣はこう記していた。自分自身の罪の重さと償いの理由を書き溜めていたのだろう。この日の日記を最後に切嗣は続きを記していない。

 

病に倒れた切嗣は、日に日に弱っていき1ヶ月も経たぬ間にその生涯を終えた。その死に顔はとても穏やかで、〈第四次聖杯戦争〉で見せたマスターとしての衛宮切嗣ではなかった。人としての生の意味を知り、喜びを知った衛宮切嗣。

 

そんな優しい寝顔だった。

 

 

 

 

 

まさか勝手に走り出すとは。留めておくべきだったのに、あいつは追いかけて行った。どうにかしてその後を追ったのはいいものの、裏山に入り込まれては見つけるのが面倒だ。

 

声を出して居場所を探る手も考えたが、敵に自分の位置を知らせるようなことをするわけにはいかない。士郎は右腕に爆弾を抱えている状態だ。まともな戦闘ができるわけがない。ただでさえ魔術師として未熟な士郎が、大怪我をしながらマスターやサーヴァントと戦うなど自殺行為だ。だから声をかけて静止させようとしたのに、あいつは振り向くことなく走り去った。

 

まったく腹が立つほど自分の想いに素直な奴だ。救える人を救うという《理想》を抱きながら、それを曲げることを決してしない。屈強な精神力と褒めてやるところだが、時にそれは自身を危険に晒す。歯車の噛み合わない行動は、あらゆる歯車を狂わせ破壊する。すなわち自身の《理想》を自身の手で壊すということだ。自身の《理想》を自身が破壊するなど笑止千万。それを未だ気付かない士郎は余程の大馬鹿野郎か。

 

...いや、気付いていながら訂正しない輩ならば大馬鹿野郎だ。だが、士郎は自身の行動が《理想》故のものだと理解していない。助けたいから助ける。守りたいから守る。ただそれだけの理由で動いているだけだ。だがそろそろ気付かせなければならない。自身の行動は自身の《理想》を裏切るものだと。そのままでいればいつか《理想》を現実にすることもなく、憧れたまま死んでいく(・・・・・・・・・・)だけだ。

 

憧れるのは誰にだって存在する感情だ。「あの人のようになりたい」、「あんな風になりたい」。その想いは精神や肉体の成熟未熟にかかわらず、誰しもが抱いたことだろう。なれないと知っていてもそうなりたいと思う。過去の産物だとしても忘れることができない。

 

今ならなれるのだろうか?もう少ししたらなれるのだろうか。まだなれない。今はまだなれない。でもいつかは必ず...。憧れを抱いたまま死ぬなんて悔いしかない。士郎にはそんな人生を送って欲しくない。切嗣がすべてを託したように、《理想》を叶える男にさせる。

 

それが俺の願い(・・・・)だ。

 

 

 

 

 

「貴方はサーヴァントを喚ばないのですか?」

「...っ、生憎残り少なくてな。それに俺はまだやれる」

「あっはははははははは!これだからトロイんだよ衛宮はさぁ」

「...慎二ぃ(・・・)

 

木に吊るされた格好のまま敵を睨む。言葉を発するのも苦労するであろう激痛に耐えながら睨む。自分にとって理解できない方法で誰かを巻き込む行為など、士郎には到底理解できるものではなかった。たとえそれが親友であったとしても。一方通行の友情を抱いていたとしても。

 

「僕に命令しないでよ衛宮。僕はこれから学校のみんなを生贄にする。そうすれば僕のサーヴァントはより強くなる!〈聖杯〉を手に入れることが出来るんだ!あっははははははは!なぁ衛宮、今ここで僕に謝ってくれたら命は奪わないでおいてやるぜ?」

「誰がそんなことするかよ!」

「はぁ?お前、自分の命が惜しくないの?」

「〈セイバー〉を裏切れるわけないだろ。俺は自分の為じゃなくて、〈セイバー〉のために〈聖杯〉を手に入れる」

「...うざいよお前。やれ〈ライダー〉っ!」

 

〈魔導書〉を開いて自身のサーヴァントに命令する。すると〈ライダー〉と呼ばれたサーヴァントが、士郎を括りつけているのとは別の鎖の付いた短剣を突き刺そうとした。

 

「ひぃ!や、やめっ!」

「おっとそこまでだ。〈ライダー〉、士郎を離せ。さもなければお前のマスターを殺す」

 

慎二の叫び声が響いたかと思うと、その首筋にナイフが添えられていた。士郎が視線を上げると、そこには泉世が慎二を拘束しているのが見える。これまで一度も見たことないほど、怒りを顕にしながら〈ライダー〉を睨みつけている。士郎が知っている泉世は、心優しくて誰にでも分け隔てなく接する心の持ち主だ。自身が嫌う人間性や他人を蔑むような輩を除いて。

 

泉世が怒る場面など10年過ごした中で、数回あるかないかぐらいだ。普段から温厚だという理由もあったが、彼自身が誰かをあまり怒りたくないという理由が大きい。怒りを表に出せば、第三者が気分を悪くしてしまう。泉世は関係の無い人間を巻き込むことを何より望まない。...ある意味士郎と似た思考回路であると言えるだろう。

 

「泉世...」

「よう士郎、無事か?」

 

怒りの形相とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべる。その温度差に驚くより恐怖するより安堵した。自分に向ける優しさと温かさ。そして何より信頼感を感じさせることが、右腕を貫通した痛みを癒してくれるようだった。

 

「慎二、今すぐサーヴァントを下がらせろ。そうすればお前の命を奪いはしない」

「ふ、ふん。こ、この僕がそんな言葉に騙されるとでも?」

「言っとくがな俺は人を殺すことに躊躇いはない。そういう風に育てられたからな。だから今ここでお前の頸動脈を切って、お前の命を奪ってもなんら傷つきはしないさ」

 

泉世は人を殺すことに長けている。それは〈アンソニアム家〉の裏稼業である、暗殺を成すために教育されたからだ。〈アンソニアム家〉の表の顔は、〈魔術協会〉と〈聖堂教会〉の関係を取り持つこと。しかし裏としての顔は、国内の政治関係者や魔術関係者を葬ることだ。

 

世間的に必要とされながらも、国には必要とされないまたは危険異分子とみなされた関係者を処罰する役目を担っている。魔術による暗殺は、警察程度の捜査では看破されることはない。もちろん魔術の存在は、警察内部でも認知されている。簡単に言えば、上層部の限られた存在だけ。政府も与野党に関係なく、高位の指導者たちはその存在を認知している。

 

それでも魔術を排除せず迫害しないのは、その有用性を理解しているからだ。自分たちも狙われる可能性があっても、自分たちも狙える。もちろん正当な理由や、世間に知られても疑われることのない程度には、暗殺するかしないかを考える。関係が悪いと世間に知られていれば、その相手を暗殺すれば自分たちが疑われる。そうなれば立場はなくなり撤退を選択せざるを得ない。そうならないためにも念には念を込めて、または世間に知られる前に暗殺を行ったりもする。

 

暗殺の依頼を断る権利が〈アンソニアム家〉にももちろんある。「自分の出世のため」「嫌いだから」「怨恨」といった個人的干渉は一切受け付けない。本当にその対象に問題があるのか。また消しても何の問題もないのかを客観的に評価してから、その依頼を受けるかを決める。

 

〈魔術協会〉や〈聖堂教会〉は〈アンソニアム家〉が裏の家業をしていることを知らない。また把握も想定もしていない。

 

何故なら〈アンソニアム家〉の暗殺は一切の痕跡を残さない。警察の検証も、結果的に未解決として闇に葬られるだけだ。とはいえ、幾つかは犯人を絞込み誤認逮捕をしてしまった事例も幾つかある。そういう風に誘導捜査できるのも、〈アンソニアム家〉が如何に裏稼業を生業を続けられているかがわかる。

 

それほどの腕前を持った家系に、嫡男として生まれた泉世が仕込まれないはずがない。泉世には弟と妹が3人いる。魔術師は魔術刻印を唯1人にしか継承できない。伝統として、最初に生まれた子供に継承していく。例外的に弟や妹の方が魔術に才能を見せれば、そちらに魔術刻印を継承させることがあるが。

 

だが泉世の場合は、それを考慮することもなく継承させることが決定していた。〈アンソニアム家〉の歴史の中でも、5本の指に入ると謳われた泉世に継がせず誰に継がせるのか。遠坂家のように養子に出すことはしない。あれは例外的に、魔術回路を持つ者を欲した間桐臓硯の要望だからだ。

 

もちろん〈アンソニアム家〉の魔術刻印を継がなくても生きていける。それはつまり暗殺家業を生業としていくことにも繋がるが、別にそちらだけが生きる道にはならない。過去には〈アンソニアム家〉から、一般人の世界へと離れていった祖先もいた。

 

一般社会に溶け込んでも関係が切れるわけではない。むしろその繋がりは強固になる。一般社会からの情報の中にも、魔術に関係するものが含まれていたりする。ある意味諜報員のようなものだが。

 

魔術師は血縁関係を大切にする。そこには家族という意味合いより、家系によって異なる魔術回路が含まれているというのがある。下手をすればそれだけを盗まれる可能性がある。魔術回路から魔術刻印を逆算されると、〈アンソニアム家〉の歴史が暴かれる可能性が高まる。だから常に安否確認を行ったりする。今の泉世は死亡扱いを受けているが。

 

「さあ、慎二。今すぐ〈ライダー〉を霊体化させてここから立ち去れ。ついでに学校の結界も解いてもらう」

「い、嫌だ!僕はそんなことなんてしない!〈聖杯〉を取るんだ!」

「ならば死ね。お前が退場すれば、俺たちが〈聖杯〉に辿り着ける道が開く。まあ、お前が立ち塞がろうとさしたる意味もないけど」

 

マスター適正のない慎二では、多少なりとも魔術を扱える士郎を止めることはできない。それに意志の強さは比較できるほど対等ではない。

 

「ぼ、僕を殺したら桜が悲しむぞ!」

「それは自分の命が惜しい故の言い訳か?確かに桜が悲しむ姿を俺は見たくない」

「だ、だったら!」

「だがな、俺にとって桜の存在は二の次三の次だ。俺にとっての最優先は、士郎の安全と平和な生活。それを邪魔するならいくらお前でも俺は許容しない。もちろん桜の不幸は相当なもんになるだろう。それでも俺は士郎を傷つける奴は誰であろうと許さん。それが知り合いであってもだ」

 

よりいっそう魔術で造り上げたナイフを、首の皮膚にくい込ませる。ひぃっ!という悲鳴も構わず押し付ける。それだけで慎二は立つ気力も失せて、今にも倒れそうになっている。

 

「...はぁ。〈ライダー〉、今すぐ士郎を解放しろ。さもなくばお前の主は死ぬぞ」

「泉世!」

「お前は引っ込んでろ。これは俺・慎二・〈ライダー〉のやり取りだ。怪我人は大人しく事が収束するまで黙ってろ。どうする〈ライダー〉?主を失い座に戻るか、マスターを解放して己の存在を残すか」

「貴方は今の状況を理解しているのですか?この人を殺してから、貴方がマスターを刺す前に貴方を殺すことも可能だということが」

 

確かにそれは可能かもしれない。だが〈ライダー〉は泉世のことを甘く見ていた。暗殺教育を施された泉世が、その間に慎二を殺して離脱することが可能だということを。泉世は何処からか向けられる視線を感じながら答える。

 

「やってみなきゃわからないぞ」

「...いいでしょう今回ばかりは退きます。しかし次は容赦なく排除しますので」

 

やむなしと了承してくれたことに一安心する。泉世が慎二の首からナイフを離して術を解いてから離れると、〈ライダー〉が士郎を吊り上げていた鎖を消して士郎を解放した。少しばかり高い場所に吊り上げられていたことで、地面に着地するというより、叩きつけられた士郎に駆け寄る。安全を確認してから〈ライダー〉を見やる。

 

「お前にとって慎二は何だ?」

「...大切なマスターです」

 

気絶した慎二を担いで空気に溶けるよう消えていった。泉世が問いかけてから、返答するまでの僅かな間は何だったのか。士郎にはそれがよく分からなかった。

 

「助かった泉世、ぐへっ!」

 

お礼を言った瞬間、頬をビンタされて吹き飛ぶ。顔面から地面に突っ込んでから泉世に食い下がった。

 

「何するんだ泉世!」

「...」

「何とか言えって、おごっ!ぎゃっ!...なんでさ、チーン」

 

無表情で士郎を殴って気絶させる。泉世は白目を向いて気を失った士郎を見下ろしながら、長い長い溜息を吐き出した。泉世は士郎に対して怒っていた。自分勝手な行動と他人を裏切れない信念による、自身の大切さを忘れていることに対して。

 

『ふむ、どうやら増援の必要はなかったようだな』

「遅せぇよ」

 

空気から溶けるように現れた声に対して、さしたる驚きもなく八つ当たり気味に文句を垂れる。

 

「私は君のサーヴァントではないのだが?」

「見てたくせによく言えるな。大方、俺が追いつく頃には到着してたんだろ?」

「私があのような光景を見て楽しんでいたと?」

「そこまではわからない。唯あんたが現れるタイミングが良すぎたから、そうなんじゃないかと思っただけさ」

 

凛に見せるような穏やかな笑みを浮かべた〈アーチャー〉は、先程まで〈ライダー〉がいた辺りを見渡していた。何かがあるのかと泉世も視線を向けるが、特にこれといったものあるわけでもなかった。

 

「あのサーヴァント、〈ライダー〉といったか。どうも様子がおかしい」

「何がおかしい?」

「〈聖杯戦争〉に喚び出された英霊にしては質が悪い。マスターにそれほどの才能がないが故か?」

「慎二にマスター適正はまったくの皆無だ。それのせいじゃないか?」

「なら何故〈ライダー〉のマスターがサーヴァントを使役している?それにあの手にあった〈魔導書〉は異質だ。あんなものを使わなければ、サーヴァントを扱えないマスターなどマスターとは呼ばん」

 

それは仕方ないと言うべきだろうか。魔力回路以外に才能を見せることは、慎二にはどうしようもない。衰退の一途を辿っている間桐家は、慎二の代で魔力回路を失った。それ故に自分自身が得られなかったことで、あらゆる侮辱を感じるようになった。

 

養子としてやってきた桜の才能も、慎二の心に影響していたのだろう。魔術師としての才能を持ち合わせず、妹には才能の塊と呼べるほどのものが備わっている。桜の謝罪さえ慎二にとっては屈辱だった。優しさはときに人を傷つけ苦しめる要因となる。そしてその優しさは、他人を追い込み蝕む一種の呪いに等しい。慎二にとってはまさにそれだった。

 

「まあ、放っておいてもあいつは脱落するさ。〈セイバー〉やあんたなら、マスターの支援のない〈ライダー〉は敵じゃないだろ?」

「...何故私がそこまで評価されるのか気になるところだが。早く戻らなければ私のマスターが心配するのでな」

「少しだけ待ってくれ」

 

霊体化して、先に凛へ状況を説明しに行こうとした〈アーチャー〉を泉世が静止させた。

 

「何だ?まさかこいつを運べとでも言うのではあるまいな?」

「頼みたいところだがこうなったのは俺の責任だ。運んでもらうつもりなんて毛頭ない。言っておきたかったのは慎二のことだ。ここでのことは遠坂に伝えないで欲しい」

「マスターを騙せと言うか」

「ここでのことを言ったら、あいつは真っ先に慎二を殺す。あんなんでも一応は桜の兄だし士郎の友人だ」

「はぁ、甘いなお前は。いずれその甘さが自身を苦しめることになるぞ」

「十分苦しんださ。それでも俺は情けをかけずにはいられない」

 

慎二に告げた言葉と矛盾した答え。確かに泉世は士郎を傷つける存在は誰であろうと許さない。それが凛であっても例外ではない。だがそれ以上に泉世は、他人に対して情を深く持っている。

 

「何か考えがあるのか?」

「あれだけ恐怖を植え付けたんだ。そうそう問題は起こせない」

「...いいだろう。凛には嘘の情報を伝えておく。『サーヴァントが〈ライダー〉で、マスターの指示により獲物の多い学校を狙った』とな」

「100%嘘じゃないさ」

「だが100%真実でもないぞ」

 

意外にも優しく勇ましい笑みを浮かべて、空気に溶けるよう消えていった。あいつはあれほど人に対して、穏やかにいる男だったろうか。薄れゆく「原作知識」の中では、常に凛の安全と士郎の殺害を最優先としていた。だが今のあいつは、それほど拘っているようには見えなかった。

 

今ならば俺を押しのけてでも士郎を狙えたはずだ。まだ(・・)マスターに無断では殺せないといったところか?

 

「まあ、この先戦っていればわかるか」

 

今は穏やかに寝息を立てて寝ている士郎を担いで、裏山から遠坂のいる場所に戻っていく。

 

「しまった。慎二に美綴のこと聞くの忘れてた」

 

去り際、痛恨のミスを犯してしまったことを思い出して反省したのだった。

 

 

 

10分ほどかけて遠坂の元に辿り着いた。鍛えているとはいえ、自分とそれほど体格の変わらない同い年の人間を、長時間背負うのはそれなりにこたえる。士郎を地面に寝かせて隣で横たわっている生徒を見る。

 

「どうだ?」

「安心していいわ危険な状態は脱したから。でも自宅に帰らせるのは勧めないわね。取り敢えず検査する為に病院へ運んだ方がいいかも」

「だろうな。それよりも」

「ちょっ!あんた何やって///」

 

ブレザーを脱いでシャツをさらけ出す。魔術を使ってシャツを切り裂き、包帯代わりに細く整えてから士郎の右腕に巻いていく。シャツをまくりあげた際に露出した上半身を見て、凛が顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。しかしその指の隙間からチラチラと見ている当たり、満更でもなさそうである。時にじっと見てから、自分が何に注視しているのか気付いて眼を逸らす。しかし少ししてから注視して、また逸らす動作を繰り返している。

 

「...これで少しは手当になるかな。てかなんでお前は顔を赤くしてんだ」

「い、いきなり上を脱ぐんじゃないわよ!」

「初心かお前は。これが初めて(・・・)ってわけじゃないだろ」

「ぅぅぅぅ、馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

顔を真っ赤にさせて、両手で泉世の肩をポカポカと殴る様子は、付き合い始めたばかりのカップルのようだった。そんなことを2人に言えば、速攻で否定されて凛にガンド撃ちされるのが容易に想像できる。

 

「...〈アーチャー〉には逃げた〈ライダー〉を追ってもらってる。取り敢えず家に帰りましょうか。そろそろ日も暮れるし、いつまでもここに居るわけにはいかないわ」

「了解。女子生徒は遠坂が背負って外に連れ出してくれ。その後は言峰に頼めば事態を収拾してくれるさ」

「あのエセ神父を頼るのは癪だけど、こういうときこそ利用させてもらいましょ」

「積年の恨みってやつか?」

「10年分の恨み今こそ晴らしてやるわ」

 

隣で不吉な笑みと悪女の笑いを浮かべる凛。乾いた笑いなのか呆れた笑いなのか微妙な泉世は、微妙な笑みを浮かべて凛に寄り添いながら歩いていく。

 

だが2人は〈ライダー〉のことだけを考えていたせいで、周囲の警戒を怠っていた。普段の2人ならば気付けたかもしれないというのに。校舎の上から見下ろす2つの影に。



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休戦協定

今年最後の投稿になると思います。上手く行けば年末にできるかなという感じですね。


「あ、美味い」

 

カップを傾けて中身を口に含む。すると葉の風味が口全体に広がり、ほのかな甘みと紅茶特有の苦味が押し寄せてくる。

 

「あら、泉世もそう思うのかしら。やっぱり〈アーチャー〉が煎れたら美味しいのね」

「…褒められてもそれほど嬉しくないのだがね。それに上手く淹れることが出来るのは、昔やっていた(・・・・・・)からだ」

「貴方、記憶を思い出したの?」

「...いや、そういったどうでもいい記憶だけだ。確かに少しずつ戻ってきてはいるが記憶に欠損が見られる。これは君の不完全な召喚の付けだぞ」

 

〈アーチャー〉は皮肉を言い放ってから、颯爽と部屋を出ていった。

 

「偉そうに!...褒めてあげたのに皮肉で返されるなんて」

「褒められることに慣れてないんじゃないか?」

「どうだか」

 

機嫌悪そうにそっぽを向く遠坂に、思わず苦笑を零してしまう。ここは遠坂邸の居間。何故そのような場所にいるのかと思われることだろう。何故か帰宅している時に「家に来なさい」と命令されたので仕方なくという経緯だからだ。

 

「それで衛宮くんの容態は?」

「安定してる。傍には〈セイバー〉もいるから危険はないだろうさ」

 

怪我をして気絶している士郎は、あの後家に連れ帰ってから自室に寝かされている。気絶させたのは俺なので、申し訳なさも少なからずあるが。〈セイバー〉には士郎が目を覚ましたら、こっぴどく叱っておくように言い含めておいた。

 

本来ならば命令権は士郎にあるが、今は俺に全てを委ねられている。士郎から直接譲渡されたわけではないため、それほど強制力が高いわけでもない。だが〈セイバー〉は素直に俺の言うことを聞いてくれた。その理由としては、マスターである士郎が何かを言える状況でもないからだ。

 

それに〈セイバー〉は、何より状況を正確に把握してくれている。そのおかげで特に何か説明する必要もなかった。その説明する時間を無駄にすることなく、今こうして遠坂と話し合いをすることが出来ている。

 

「それで俺を此処に招いた目的はなんだ?」

「そんなに敵意を剥き出しにしないでよねぇ。別に今ここであんたと戦うつもりなんてないんだから。それにあんたと戦っても勝てる気はあまりしないもん」

「高評価どうも。で、話ってのはなんだ?」

「今日のことも含めてなんだけど。泉世、一時休戦しない?」

 

こっちは〈聖杯戦争〉初日からそのつもりだった。だが向こうはその気など毛頭なかったらしい。にしては共同で結界の解除を行っていたというのに。無意識なのか遠坂家特有の「うっかり」が発動していたのか。

 

正直、どちらにも考えられそうだ。

 

そんなことを言えば、ガンド撃ちの的にされるので言わないでおくのが吉だろう。余計な一言でせっかくの要望も白紙化されても困る。ガンド撃ちに限って言えば、この場所ではなくどこかに移動してからだろうが。遠坂家当主でなくとも自宅の倒壊は避けたいだろうし。

 

「もちろん受ける。俺はお前と殺し合いなんてしたくないからな」

「でもこの同盟は、学校の結界を解除するまでの間だけ。その後は〈聖杯〉を巡って戦う敵同士だってこと忘れないでね」

「仕方ないか。選ばれたなら戦わなきゃならんだろうし。だがこれだけは言っておくぞ。俺は決して自分からお前を倒しには行かない。殺すつもりも毛頭ない。たとえお前が俺を殺す気で来ても迎撃で済ませる」

 

遠坂からすれば、耐え難い侮辱だと感じることだろう。真正面から撃ち合い、そして勝つことが遠坂にとって最大の喜びだ。

 

〈聖杯戦争〉というものは、マスターに選ばれた7人(今回は8人)の願望をぶつけ合う殺し合いである。別角度から見れば欲望(・・)が実態化したものとも言える。

 

俺は〈聖杯〉によってマスターに選定された。だがマスターとして選ばれるだけの器があるとは自分でも思わない。それでも自分で言うのもなんだが、魔術師としての才能はそれなりにあると自負している。

 

だが魔術師としての才能があっても、マスターに選定されるとは限らない。願望を持っていなければ選定されない。故に実力と願望を持ち合わせなければ、マスターとして認められことはない。俺の願望は「士郎が〈正義の味方〉になる」のを支えること。ただそれだけだ。俺の場合は欲望ではなく願望であると考えている。

 

願望と欲望は願いと欲であり、表裏一体にして似て非なる概念だ。だが一歩間違えれば願いは欲に、一歩正しければ欲は願いに。決して間違った概念でもないと俺は思う。きっと願望と欲望、願いと欲は善か悪であるかの違いしかないと思う。悪が思えばそれは欲となり、善が思えばそれは願いとなる。

 

「そうなったらそうなったらよ。それにしても衛宮くんの魔術特性は不思議ね。魔術に対しての知識や技量は素人なのに、魔術の痕跡とかを見つけるのは得意ってのが不気味」

「あいつは魔術師じゃない。魔術師になろうとしてるにわかだ。人より優れていながら魔術師には劣る。純粋な人間でも魔術師でもない半端者だ」

「泉世にとって衛宮くんはどんな存在なの?」

 

そう問いかけている遠坂の視線には、単なる好奇心が含まれていた。あざりけや哀れみなどの上から目線の感情は一切ない。

 

「家族であり守らなきゃいけない弟みたいな存在かな。あいつを見てたら危なっかしくて、傍で支えなきゃ壊れそうでさ。愚直に何かを取り組む姿が愛おしいんだ。できない可能性が高くても、できるだけのことをしてから諦める。そんな生き方に足掻こうとする姿が眩しい」

「...好きなのね衛宮くんのこと」

「好き、なんだろうな。あいつがいなきゃ今の俺はいなかった。本当にあいつには感謝してるよ」

 

俺はいつも士郎の笑顔に救われてきた。あの清々しく純粋無垢な笑顔は、見る者すべてを癒す気がした。実際その笑顔に魅せられて、士郎に告白した女子生徒も何人かいた。優しさによる断りも、より士郎という人間の良さを高めていたかもしれない。

 

「妬けちゃうなぁ」

「は?」

「それだけ泉世に言ってもらえる存在はいないわ」

「同じようにあの孤独と恐怖を体験したからな」

 

あの災害の中で俺たちは出会った。互いに生きることへの執着など、とうの昔に捨て去ったように。このまま誰にも知られず死んでいくのだと受け入れていた。何百名の死者のうちの1人として、知られていくのは悲しいと思いながらも。

 

誰かに想われながら死んでいければ、どれほど幸せなのだろうと思ったりもした。婚約者に別れの言葉も言えぬままその命を散らす。家族に会うこともなく消えていく。人間の命とは、なんてちっぽけなものなのだろうと思ったものだ。

 

「そういうことじゃないわよ」

「は?」

「まったく鈍感にもほどがあるわ。あんたは忘れたの?3年前、私はあんたに告白して見事に振られた(・・・・・・・・・・・・・・・)。それからずっとあんたのことを想い続けてるってのに、一切そんな気見せないんだもん」

 

顔を見れば、真っ赤にして不満そうに頬を膨らませている遠坂がいた。

 

中学3年の冬に俺は遠坂に告白された。だが俺は遠坂を愛すべき人として、どうしても見ることができなかった。何がダメなのか。何度自分に問いかけたことか。容姿端麗にして頭脳明晰。魔術の腕前も文句なしで、男が理想とする全てを持ち合わせていたというのに。なのに俺はその人からの告白を切り捨てた。だからといって遠坂のことが嫌いなわけでもない。

 

異性として見ることはもちろんあるし、逐一の行動にドキドキさせられたことだって何度もある。だが何故か一線を越える異性にはならなかった。何故なのか。その証拠として、俺には心に決めた女性(ひと)がいたからだろう。

 

10年前。あの災害を引き起こした《泥》から己を危険に晒しながら助けてくれた存在に。そしてその瞬間垣間見えたもう1人(・・・)の存在に。フィクションであるような、命の危機を救われたヒロインが主人公に恋するように。自分がそんなことになると想像もしてなかったというのに。俺は簡単に陥った。だが後悔することも怒りを抱いたりはしない。あれがなければ今の俺はおらず、そして出会うことも想い続けることもなかった。

 

「申し訳ないとしか言えないかな。別に俺だってお前のことが嫌いなわけじゃない」

「ふふっ、そういうことにしておくわ」

 

穏やかに柔らかく微笑む。一拍おいてから遠坂は真面目な顔をして、今日のことを話し始めた。

 

「まだ途中経過だからなんとも言えないけど、今のところ結界が発動している兆候はなかったわ。私たちが解除した術式は、基点を隠すだけの粗末なものだったし」

「数も多くないし強度も足りないか。...目的はなんだと思う?」

「まあ、十中八九自身のサーヴァントの強化でしょうね。学校中の生徒を生け贄にして、強力なレベルアップを図ってるんだと思う」

「少しだけ覗いて見たんだが、術式は《魂食い》という代物だった。遠坂の予測は間違っていない」

 

サーヴァントは他者の精神を喰って己を強化する。といってもそんなことをするサーヴァントは、限られた存在だけだと俺は思っている。

 

最優の〈クラス〉である〈セイバー〉は、マスターが多少心許なくとも他のサーヴァントと互角に渡り合える。〈ランサー〉や〈アーチャー〉も精神を蝕むようなことをするサーヴァントは、召喚されないんじゃないかと想像したりする。犯人である〈ライダー〉もサーヴァントが誰かによってまた変わるだろう。

 

〈キャスター〉は魔術に長けたサーヴァントであり、肉弾戦は得意としないはずだ。もっとも勝機のある方法で戦いを優位に進めようとするだろう。〈アサシン〉はそもそも直接戦闘をあまり得意としない。《気配遮断スキル》を使用した奇襲戦法を得意としている。〈バーサーカー〉は「なんぼのもんじゃい」的な感じで、ゴリ押ししてくるだろう。

 

〈セイバー〉のマスターである士郎とその助手である俺は、〈セイバー〉に命令していないしするつもりもない。それに〈セイバー〉は対魔力が高くとも、使用する方は全くと言っていいほど使わない。〈アーチャー〉を召喚した遠坂は、他人を犠牲にしてサーヴァントを強化することは決してしない。あいつの心情はそのようなことを許容しない。性格がそれだから考慮には入れない。

 

〈ランサー〉のマスターが誰なのか判明していないし、〈光の御子〉と称されるクー・フーリンなのだから埒外だ。ルーン文字を使用した魔術は使うだろうが、今回の術式とは関わっていない。〈バーサーカー〉のマスターであるイリヤは、魔術を使用したとしても自身の髪を操る程度だ。このような小細工を活用するわけがない。ヘラクレスは力で敵を圧倒するから魔術とは無縁だ。

 

故に今回の首謀者は判明しているとしても〈キャスター〉と〈ライダー〉のどちらかに絞られるのだ。〈ライダー〉の〈真名〉が何かわからないが、どうやらその経歴には魔術と何か深い関わりがあるらしい。雑で脆い結界を張る程度の魔術を扱い、鎖の付いた短剣を使用する英霊。想像しようにも、これだけの情報ではアバウトにも程がある。間違っていたとしたら対策を整えた時間と労力が無駄になる。それをしないためにも、今は後回しにしておいた方がいいかもしれない。

 

「〈ライダー〉が結界を張っていたなんてね。私はてっきり〈キャスター〉だと予想していたのだけど」

「そこを狙ったんじゃないか?魔術にもっとも通じているのは〈キャスター〉だから、学校に結界を張ったのは〈キャスター〉だと思わせるみたいな」

「安易な作戦ね。でも確かに私たちはその罠にハマってしまった。思っていた以上に〈ライダー〉が戦闘向きではなかったのが、唯一の救いだったのだけれど」

 

遠坂に慎二のことを話していないことを、心底申し訳なく思ってしまう。だが言ってしまえば、今にも間桐邸に凸りそうな気がする。そうすれば〈ライダー〉は出てくることになり、同盟を組んでいる俺たちならば余裕で勝つことが出来よう。

 

〈アーチャー〉と〈セイバー〉を、同時に相手できるとは到底思えない。ましてやマスターが慎二ならば、士郎のように援護もまともに出来ない。真っ先に1人を〈聖杯戦争〉から脱落させることが可能だろう。あの2人に対抗できるのは、8体目のサーヴァントであるあいつ(・・・)ぐらいだ。

 

だが間桐邸で戦闘をすれば、桜が被害を被ることになるかもしれない。誰も桜が傷つく姿など見たくないはずだ。それにどさくさに紛れて、間桐臓硯が介入してくる可能性もある。あいつを前にして俺たちは果たして生きて帰れるだろうか。どのような布石を打たれているか想像もできない。もしかしたらそれを含めて、間桐臓硯が慎二に命令していたのかもしれない。慎二では〈聖杯戦争〉に参加して生き残るとは考えてはいないだろう。せいぜい囮となって死ぬまでの猶予を作るだけとしか想定してはいまい。今は遠坂に慎二のことを黙っておくのが吉だろう。

 

「衛宮くんのあの魔術は《強化》なの?」

 

突然の話題転換にも動じずに答える。

 

「あぁ、あいつは《強化》の魔術しか使えない」

「ちょっと、何言ってるかわかってるの!?」

「わかってるさ。味方とはいえ手の内まで晒すなって言いたいんだろ?」

 

己の弱みを見せることは、どのような時に置いても恥ずべきことだと言われる。実際、それを晒して弱みを突かれて負けるなんて世の中普通だ。弱みに付け込み勝利する。それは作戦における王道であり、王道であるが故に勝利の女神が微笑む。だが弱みを敢えて晒し、そこを付いた作戦をカウンターで迎え撃つという作戦があるのも確かだ。弱みを晒してでも勝つ。または、弱みを補えるほどの何かを持っている人間ができる作戦だ。

 

士郎のように「《強化》以外に魔術を使えない」という弱みを補えるだけの何かを持たない人間は、〈聖杯戦争〉に限らず普通の人間社会においても早死する。そういう風に遠坂は言いたいのだろう。

 

「切嗣が『魔術は必死になって隠すものじゃない』って口癖のように言ってたからな。士郎は魔術師じゃないしそれが当然だって思ってる」

「ふざけないで!魔術師ってのは自分の魔術を隠し通すものよ!泉世、あんたや衛宮くんを育てたそいつは魔術師なんかじゃない!」

 

遠坂の言い分はもっともだろう。なんせ魔術師の魔術刻印は、1代で築き上げた代物ではなく、祖先が何十年何百年にわたって作り上げた技術の結晶体なのだから。歴史のある家系であれば、尚更その情報は貴重であり重要なものとなるだろう。魔術というものは、親から子へ、子から孫へと繋がる命そのものだ。魔術師の元に生まれた子供は、誕生した瞬間から継承者であり伝承者だ。魔術師はそのために生まれてそのために死んでいく。本人の意志を反映することなく、強制的にその役目を負わされる。

 

才能がある者でありながら、それそのものを嫌う存在ならば尚更だ。雁夜のような人間らしい魔術師には到底受け入れられるものではない。人間として生まれた生命を、長い年月と厳しい修練により別の代物へと変貌させる。それが魔術という概念の価値であり黒歴史なのだ。だからこそ雁夜のようなそれらに敵対、或いは忌避する感情を抱くのは保存しておくべき情報である。

 

「たぶん切嗣は俺にじゃなくて、士郎を普通の人間として育てたかったんじゃないかな。魔術師としての人生を選ぶのは苦しみをその背に背負い、自分自身を傷つけていくことだって知ってたから。それを知識としてではなく経験談として知らせることで、自分自身で決めて欲しかったんだと思う。だから士郎に魔術を教えながらも、いつやめてもいいって言ってたんだと思う」

「...あなた達の父親は、魔術師である前に『親』であることを選んだのね。私がそれが良い事なのか悪い事なのか言う権利はないわ。赤の他人であり他人の家系に口を挟むほど私は偉くもない。けどこれだけは言わせてもらうわ。その育て方は魔術には向かない。むしろそれは魔術師において欠点となるから」

 

ある意味その指摘は間違いじゃないと思う。魔術師として育てられなかった存在が、魔術師の世界でまともな生活を送ることも生きることも出来ないことだってわかってる。でもそれでも士郎は魔術を習うことを望んだ。《理想》を形にするために決意した。憧れてそのようになると誓ったのだから、誰かがそれを曲げさせる権利はなく義務もない。諭すこともやめさせることも許されない。本人が自分自身の意志で諦めない限り。

 

「遠坂は魔術師として生まれて、魔術師になるために生かされることが正しいと思ってるのか?」

「っ、私は...」

「他人にはそう言っておきながら、自分自身はそれが当然だと思っているのはおこがましいぞ。俺はどちらでも生きていくつもりだったから、その想定は正しいと思ってない。けど遠坂は自分自身がそれを成さなければならないと、自分自身にそう思わせているようにも感じる」

 

遠坂が桜の立場だったら許容できるだろうか。何故自分が、他人の家に養子として迎えられなければならないのか。何故自分は生まれた家で生きることを許されないのか。何故自分は魔術師として生まれた(・・・・・・・・・・)のか。

 

そう疑問に思わないはずがない。俺も自身に魔術の才能がなく、暗殺者として生きる道を与えられたらきっと恨んでしまう。何故自分は魔術師の家系に生まれたのか。何故魔術とは無縁の一般家庭に生まれなかったのか。両親にその気持ちを吐き出して、傷つけていたかもしれない。自信に満ち溢れた遠坂なら思わないはずがない。

 

「...きっと私は自分自身の運命を呪ったでしょうね。何故自分だけが、このような仕打ちを受けなければならないのか。他人に文句をぶつけていたでしょうね。でも今の私は遠坂家の嫡子であり現代当主。そんなもの何の障害にもならない」

「つまりお前は、自分自身の運命を受け入れているわけでも諦めているわけでもなく。割り切っている(・・・・・・・)ということか?」

「ええ。私が遠坂家の当主にならなければならないのならなる。そうでなければそのように生きていく。私が私である以上、自分自身で生きる道を選ぶわ」

 

遠坂の心の強さを改めて感じる。自身に相応しい生き方を自分で決める。決められた運命ではなく自分が決めた運命を行く。レールの上の人生なんて真っ平御免ということだろう。

 

決められた人生を歩いたところで、楽しみや喜びなんて決められたものと同じだ。その上にあるから楽しみ、喜ぶのであって唐突に訪れる未知の楽しみや喜びはない。予想だにしないからこそ、その楽しさや喜びに価値を感じる。

 

人間の生き方はその人間性を示していく。何かに貢献すれば歴史に残り、後世に語り継がれる。何も残さなければ誰にも知られないまま消えていく。残すか残さないかは自分自身の決定次第だ。

 

その後は何気ない世間話に花を咲かせ、休戦協定を結ぶ前と何ら変わらない空気が部屋には漂っていた。



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求めしものと求めざるもの

明けましておめでとうございます。今年もみなさんにとって良い年でありますように。

新年最初の投稿が遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。可能な限り投稿間隔を空けずに頑張りますのでよろしくお願いします。


夕闇が周囲を支配した閑散とする住宅街を歩く。人影がまったくないというのは違和感を抱いてしまう。未解決の昏睡事件が多発している状況では、それも仕方がないかもしれないが。

 

人間という生き物は生命感がない場所にいると、不安に陥りやすくなる。その理由としては、何かが起こるかもしれないという疑心が心の底から溢れてくるからだ。本能による危険予知でもあるこの感情は、至って当然の結果であるし必要とされるものでもある。自身の身の危険を察知できないようでは、この先の〈聖杯戦争〉を生き残ることは非常に困難だろう。〈聖杯戦争〉と関係のない私生活も例外ではないが。

 

物静かな住宅街を一人で歩いている中、誰かの存在を感じられるのであれば、少しは心の安静に沿うことだろう。それでも存在していながら存在していないようにも感じる視線には、さしもの俺でも耐えられない。

 

例えそれが今は味方である者によるものだとしても。

 

「...此処まででいい」

『ほう、やはり気付いていたか』

 

誰もおらずましてや何もない場所に向かって声をかける。すると空気から溶けるように圧迫感を放つ男が実態化した。不敵な笑みを浮かべながら満足そうに問いかけてくる。

 

「魔術の鍛錬をした者じゃなくても気付くさ。あれだけ敵意のある視線を向けられればな」

「それほど直視したつもりはないんだがね」

「笑えない冗談はよせ。わざとらしい行動が何の為になる?休戦協定を結んだとはいえ、お前は納得していないんだろ?〈アーチャー〉」

 

遠坂と話をする前から、〈アーチャー〉は休戦を望んでなどいなかった。昼休みにその話を振った時には、「耳を貸すな」と言ったぐらいだ。倒せるべき敵は、今すぐにでも殲滅しておくべきという考えなのだろう。戦力にはならず、ましてや足でまといにしかならない士郎と休戦協定を結んでもメリットはない。〈バーサーカー〉とイリヤを倒すことになるとはいえ、〈アーチャー〉からすればそれはそれほどの障害にはならないらしい。

 

「お前の言う通り、私は休戦協定に賛同していない。あの小僧はなんら戦力になりはしないからな。そんな奴と同盟を結んでどうなる?私や凛を危険に晒すこと以外に何が起こるだろうか。とはいえ、サーヴァントはサーヴァントらしくマスターの命令に従うだけだ。私には拒否権がない」

「遠坂が納得したことだ。サーヴァントのあんたがとやかく言う義理はないさ。それともサーヴァントはただの道具と言いたいのか?」

「その通りだ。マスターを殺せば〈聖杯〉を手に入れることはおろか、〈常世〉に存在することもできない。己がマスターを助けるのは、少しでも〈聖杯〉に近づく以外に理由はない」

「矛盾だな。今のマスターが不服であり〈聖杯〉が欲しいならば、新たなマスターを選べばいい。士郎や遠坂以外のマスターに頼み込めばいいだけの話だ」

 

サーヴァントはマスターからの魔力供給無くしては、座に還る以外に道はない。たとえマスターなしでも2日は存命できる〈アーチャー〉のクラススキルの〈単独行動〉があったとしてもだ。ある意味優秀なスキルなのだが、それは戦闘がなければという建前が前提である。〈聖杯戦争〉である以上、戦闘がないことなど有り得ない。だからサーヴァントは魔術師と呼べない準魔術師であっても、マスターとして魔力供給を願わずにはいられない。

 

「別に凛が不服なわけではない。あの歳であの心構えだ。賞賛に値する以外に何があるだろうか。それと比べればお前はそこがまだまだ足りない。口先だけの《理想》を口にするだけの腑抜けだ」

「...自覚はしてるさ。俺にはあらゆるものが足りてない。魔術の才能も心構えも人としての在り方も。そのために俺は〈聖杯〉を手に入れたいと言いたいところだが、生憎自分のために使うつもりは毛頭無い」

「他人のために使うというのか?人間の悪質を体現した歪な宝箱を」

 

〈第四次聖杯戦争〉を経験していなければ、俺は自分自身のために使うと決めていただろう。何故他人のために捧げなければならないのか。苦労して手に入れた〈万能の願望器〉を自分のために使わずしてどうするのか。

 

そんなふうに思い込んでいただろう。

 

だが今の俺はそれを望まない。〈セイバー〉に救われたから、もう二度と自分のためだけには動かないと誓った。〈セイバー〉と士郎のためだけに〈聖杯〉を手にする。たとえそれが叶わぬ願いであっても全力で支えると。

 

「それではダメなのか?他人のために使うことがそれほどおこがましいことなのか?士郎の《理想》が正しいかどうかなんて、俺には分からない。それを否定できるのは士郎だけだ。俺たちがとやかく言う権利なんかない」

「笑わせるな。他人の幸せが自身の幸せであるなど、空想の御伽噺だ。そんな夢をその歳で尚見続けるならば、お前には生きる価値などない」

 

刀を両手に出現させた〈アーチャー〉から、魔術を使用して大きく距離をとる。サーヴァントとマスターでは、どちらが優勢なのか明確すぎる差がある。それも最優とはいかなくとも〈アーチャー〉が相手ともなれば、マスターはその首を差し出す以外に道はない。

 

戦闘においてもっとも有利を得るのは、実戦経験における情報量だ。相手の得意不得意を知らなくとも、経験による観察力と洞察力である程度は予測できる。限度はあるにしても、〈アーチャー〉であれば余裕を持って対処できるだろう。一人前の魔術師でもない俺など瞬殺できる。どれほど相手を認識して警戒しようとも、俺は死んだと理解する前に死ぬ。

 

「自身より他人が大切だという考え。誰もが幸せであって欲しいという願い。それらはただの理想論でしかない。貴様のその考えは自身から生まれたものではない。自分を助けた誰かの顔があまりにも幸せそうだったから、自身もそうなりたいと夢見ただけだろう。それを悟れぬならば、貴様に生きる資格はない!」

「自身の価値は自分で決めるものなんかじゃない。他人が自身を見て評価するものだ。誰も救えず誰にも認められず誰からも裏切られたならば、自身で自身に評価を下すだろう。だが俺を見てくれる人がいる。士郎・()・〈セイバー〉・桜・藤姉・それ以外のみんなだ。それを否定するようなお前を俺は認めない!」

 

武器を持たない俺に出来ることはただ一つ。言峰から授けられた武術である〈八極拳〉を叩き込むこと。10年に渡って鍛錬した結果、それなりの腕前にまで上達していると自負している。肉体の全盛期をとうの昔に終え、衰退の一途を辿っている言峰とさえ互角に渡り合える。

 

肉体の最盛期に近い俺と互角に渡り合える言峰も異常ではあるが、免許皆伝に匹敵する人物だ。あいつを師と呼称したくはないが、そこは目をつぶってやるのも弟子の役目だろう。〈第四次聖杯戦争〉から10年もの間、俺と遠坂に〈八極拳〉を伝授し、指導してくれたことには感謝している。だから外道神父であろうと、今は手を出さずに傍観だけで済ましている。

 

「素手で英霊に挑むその愚かさ。それが貴様の心の弱さだと知れっ!」

「魔術師が決して英霊に敵わないわけじゃないんだよ!」

 

素手による攻撃は、〈アーチャー〉が振るう剣に阻まれ届くことはない。それでも手数で押し込むことで、どうにか身体に届くような斬撃を防ぐ。手数に頼るとすべての攻撃がおざなりになると言われる。だがそれは手数だけに頼った結果だ。一つ一つに意志を込め、誘導するような攻撃方法にすればいいだけのこと。

 

「はぁっ!」

「っ!おのれ、魔術師如きが!」

 

思いのほか抵抗できる俺の動きに、少しばかり驚いているようだ。だがその動揺もすぐさま消え去る。僅かな隙を攻撃しようにも、斬撃を防ぐことに懸命な今では何も出来ない。千載一遇の好機だったかもしれないと落ち込みながらも、攻撃の速度と手数は減らさない。

 

一瞬でも緩めれば命はないと思わされる。それほどにまで〈アーチャー〉の攻撃は鋭く重い。そして何より速かった。俺が互角にやりあえているのは、〈アーチャー〉が本気で戦っていないからだろう。口では俺を罵倒しながらも、戦闘では手を抜いている。自身の腕への信頼だろうか。浅ましい。そして腹立たしい。あれほど俺を罵倒しておきながら戦闘で手を抜くなど、耐え難い憐憫であるというのに。

 

「ふっ、はっ!」

「ぐはっ!」

 

左掌底による腹部への打撃、右掌底による顎の突き上げにより、〈アーチャー〉の体勢が大きく崩れる。がら空きの懐にショルダータックルを2度喰らわせてから距離をとる。無様に背中から地面に倒れることはなく、バック転によって体勢を建て直した〈アーチャー〉が俺を見る。

 

その視線には攻撃を食らわせた俺への怒りや、攻撃を受けてしまった自身への侮蔑の色はまったく見られない。不思議と同情感が伝わってくる。暖かくそして優しく包み込むような、慈愛に満ちた瞳が届く。

 

「...ここまで戦えるとは。手を抜いたとはいえ、これは賞賛に値するな。先程の評価を改めるべきだろう」

「サーヴァント相手でも、ここまで通用するとは思わなかった。だがそれは初見であり〈アーチャー〉が手を抜いたからだ。2度目は通用しないし、お前が本気を出せば俺は間違いなく死ぬ」

「初見でもここまで戦えるなら十分だ。〈セイバー〉との休戦協定は間違っていなかった...か。〈アサシン〉〈キャスター〉〈ライダー〉相手ならば、策の練りようがある」

 

...100点満点の評価に戦意を削られる。確かに実力のある〈アーチャー〉とここまでやれたならば、少しぐらいは作戦の数を増やすことが出来るだろう。〈アーチャー〉が手を抜いていたという理由もあるが。ただ〈アサシン〉相手に互角で戦えるかと言われれば、素直に勝てるとは言えまい。クラススキルである〈気配遮断〉を使われれば、俺には手の出しようがない。死角からの不意打ちであの世行きは必須だ。

 

〈キャスター〉ならばどうにかできるかもしれない。魔術で戦うのであれば、肉弾戦はそれほど得意ではないだろう。〈ライダー〉は裏山で戦闘した際に、少しばかりの情報を得ている。機動力を生かした戦闘は警戒するに十分すぎた。周囲に遮蔽物がない場所ならば、真正面からでも少しは耐久できるかもしれない。

 

とまあ、作戦を自分なりに考えてはみたが。どれも俺がメインで闘っている。サーヴァントにはサーヴァントという戦闘は何処へやらという感じだ。こちらには〈アーチャー〉と〈セイバー〉がいるのだから、サーヴァントは2人に任せ、俺たちがマスターを叩けばいいだけなのに。

 

〈アーチャー〉からの思わぬ高評価で、少しばかり浮ついていたようだ。褒められると上機嫌になり、周りが見れなくなる癖を矯正しないとなと思いながら、武装解除した〈アーチャー〉を見やる。

 

「改めて私も約束しよう。学園の安全が保証されるまでは、休戦協定を破棄せず共闘すると」

「それで十分だ。〈アーチャー〉は〈聖杯〉に何を望む?」

「私は別段〈聖杯〉に望むことなどない。成さねばならないことを成すためだけに、今常世(ここ)にいる」

「サーヴァントが現界する理由は、〈聖杯〉に望むことがあるからじゃないのか?」

 

サーヴァントは望みがあって現世に現れる。己が叶えられなかった望みを叶えるために。たとえば生前成せなかったことを成すため。果たせなかった約束を果たすため。救えなかった誰かを救うため。〈聖杯〉に喚び出される英霊は、少なくとも願望を一つは持っている。それを叶えるため互いに競い合い、奪い合い、そして殺し合うのだ。何も願わず現れることなどできるはずがない。

 

「すべての英霊が、叶えられなかった夢を叶えるために競い合うわけではない。私のように果たすことできなかったことを果たすために現れる輩もいる。未練や公後悔、執念や無念といった下らない理由でな。想像してみろ。果たせなかった夢や願いを抱いたまま死に、死して尚人間の良いように利用される屈辱を。私はそれを許容しない」

「お前の言うことは俺には分からない。じゃあ何故お前は遠坂にそこまで執着する?遠坂だってお前が言ったように、利用している人間には変わりないだろう」

「確かに凛は先程言った利用する存在だ。だがな、凛は決して英霊やサーヴァントを道具として扱わない。1人の人間として、1人の英雄として、1人の尊い存在と認識している。凛なら〈聖杯〉を得るにふさわしい人間だろう」

 

あまりにも悲しいセリフ。〈アーチャー〉にとって〈聖杯戦争〉とは、下らない争いでしかないのかもしれない。争うことでしか生きられない人間の本性を体現した儀式。その口調から察するに憎んでいるのだろう。

 

だが争うことは人間に限ったことじゃない。動物だってテリトリーに侵入した敵を追い払うため、繁殖期にメスを得るために争う。それらとなんら変わりない争いのはずだ。自分の場所を守るため子孫を残すための行動は、元を辿れば欲望へと帰依する。

 

なのに〈アーチャー〉は醜いと言う。確かに人間はどの生物より進化して言葉を話し物を作り、繁栄することに適した唯一の生物だ。人間ほどの1種による社会構成は他の生物には不可能だろう。そして環境破壊や戦争という下らないことを繰り返してきた。失敗から学びながらも結局は同じことを繰り返す。何年・何十年・何百年経っても人間の本質は変わらなかった。そこに対して〈アーチャー〉は怒りを募らせているのだ。

 

「私に望みがないのは生前に叶えたからだ。生前の私に叶えられないことなどなかった。欲しいと願わなくともそれは手にあり、叶えられるほどの力を得たいと思わなくとも、自身の中に叶えられるほどの力があった。それ故私には、願望なんぞに縋る人間があまりにも愚かに思えたのだろう。話はこれで終わりだ。...気をつけて帰れ」

 

空気に溶けるように消えて、視線さえも感じなくなってから俺は歩き出した。〈アーチャー〉の言った言葉の重みが、真に自身が経験したことからであると痛感させられながら。あの言葉の重みは決して間違いなんかじゃない。きっと誰よりも強く生きて、そして見捨てられたその生涯を体現した存在なのだと思わされた。〈アーチャー〉の言葉は士郎の《理想》の真逆に思える。

 

ベクトルが反対に向いただけの言葉。

 

【理想】を抱き(・・・・・・)【理想】を叶えて(・・・・・・)【理想】に殺された(・・・・・・)

 

まるで士郎の未来の姿(・・・・・・・)が、そこにあるような不思議な気持ちだった。

 

 

 

 

 

帰宅すると、桜や藤姉からいつものように穏やかで優しい出迎えを受けた。何も知らずに1日を過ごして、何も疑わずに迎えてくれる。俺たちが過ごした1日を伝えることが出来ない罪悪感に、押しつぶされそうになりながら無理に笑みを浮かべる。

 

命の賭け事をしていると知れば、藤姉は全力で止めに入ることだろう。桜も〈聖杯戦争〉のことは知っているから、余計に心配させることになる。2人には決して話すまいと心に決めてから、いつものように過ごしたのだった。

 

 

 

 

なあ切嗣、あんたは士郎にどうなってほしかったんだ?自分の跡を継ぐ〈正義の味方〉に育てたかったのか?それとも魔術を知らず、一般人として生きる道を選ばせたかったのか?

 

俺にはわからないよ。魔術を知った士郎しか見ていない俺には、どうすることも出来ない。道を変えることも士郎を魔術の道から逸らすことも出来ない。俺は士郎が生きたいように生きるのをこの眼で見ていたい。俺の我儘なのかもしれないけど。

 

けどこれは悪いことなのかな。

 

「泉世?」

 

自己嫌悪に陥っていた俺の耳に穏やかな声が響く。振り向けば、寝間着姿の〈セイバー〉が穏やかに微笑みながら立っていた。

 

「眠れないのか?」

「私をなんだと思っているのですか」

「夜泣きして親を呼ぶお子様...イテテテテテ」

 

冗談で口にしたのだが本気で怒られてしまった。まあ、今のは冗談に聞こえないような言葉だったから、俺が100%悪いのだが。

 

「こんな時間に何をしていたのですか?」

「なんか寝付けなくてな」

「泉世もお子様ですね」

「うるせー」

 

微笑みながら馬鹿にしてくるが、そうやって言ってくれるのが妙に心地いい。救われるような心が軽くなるようなそんな感じだ。〈セイバー〉が言うように、丑三つ時に起きているのは奇妙なことだろう。士郎が大怪我を負ったその日なのだから。

 

「切嗣に聞いてたんだ。士郎の在り方は正しいのか不安でさ」

「泉世にとって切嗣はどのような存在だったのですか?」

「俺を救ってくれた命の恩人。なんて聞こえはいいけど、本当はどうなんだろうな。10年前は仮にとはいえ、敵対しあって殺し合った仲だし。でも感謝はしてるよ。こうして士郎・桜・藤姉と出会うことが出来たんだから」

 

それだけは嘘じゃない。あんな人達に囲まれている士郎の姿を傍から見ていた時は、自分も混ざりたいと嫉妬したぐらいだ。今こうして暮らすことや話していることに幸せを感じる。当たり前のような普通の日常を得ることが出来たのは、切嗣が災害の中から助けてくれたからだ。そしてその災害を引き起こした物から救ってくれた〈セイバー〉がいたから。

 

「切嗣のことを貴方は恨んではいないのですね」

「恨む...か。無いわけじゃないよもちろん。切嗣が個を捨て群を守ることを《理想》としていなければ、冬木市はこんな姿にはならなかっただろうから。...でも俺は切嗣の《理想》が間違っていたとは思えない。多数を救うために少数を切り捨てるのは、誰もが考えることだから。両方を救いたいと願うのは愚かだってことを知ったから」

「貴方にとって切嗣は命の恩人であり憎む存在でもある。なんとも言えない存在だったのですね」

 

本当になんとも言えない存在だ。切嗣の《理想》が尊くて綺麗だから憧れた。でも自分にはそれを成す権利はない。それを成すのは士郎であり、支えるのが俺の役目だから。

 

雲の合間から現れた月を見上げていると、〈セイバー〉が俺の左肩に寄りかかってきた。左手で抱き寄せるべきかこのままでいるべきなのか。

 

「私はその優しさが好きです。自身を大切にしながらも他人を第一に願う心。それは美しくて綺麗で何よりも大切な心の在り方です。貴方はそのまま生きて下さい」

 

それだけを言うと、〈セイバー〉は顔を見せずに寝室へと帰っていった。その後ろ姿を見送ってからまた空を見上げる。先程見えた月は雲に隠れて今は見えない。〈セイバー〉がいた時にだけ照らして、いなくなると消えるとはなんとも言えないタイミングだ。

 

まるで〈セイバー〉自身が月明かりみたいに。

 

風が吹いて音を奏でる。1人で見ていた時とは違って、コーラスが混ざったように音が息をしている。そんな何気ない音に俺はしばらく耳を傾け続けた。



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他者との相違

感覚を短くして投稿出来ました!...次は大丈夫か?しっかりしろよ〜


凛と同盟を結び、帰宅中に戦闘をしてどうにか〈アーチャー〉を納得させた泉世は、翌日いつのものように士郎と登校していた。珍しく2人だけの登校ではあったものの、ギクシャクすることなく普段通りに学校に到着していた。

 

「士郎、悪いんだが英語の教科書貸してくれ。家に忘れてきた」

「またかよ。最近忘れ物多いぞ泉世」

 

泉世と別れてから教室の自分の机に座って一成と話していた士郎に、つい先程別れたばかりの泉世が現れてそう話しかけてきた。荷物を持っていないところを見ると、どうやら教室で中身を確認して、忘れ物をしたのを思い出して借りに来たようだ。口では文句を言いながらも、士郎は流れるようにカバンから教科書を取り出して泉世に渡す。

 

普段の泉世なら教科書を忘れることなどないのだが、ここ1週間ほどは忘れがちになっている。その理由として、学業にあまり集中できない命の駆け引きがあるからだ。とはいうものの、それは泉世に限ったことではない。士郎や凛だって同じ状態だ。仕事量が2人と比べてやや多いとはいえ、それを言い訳に使用していては情けない。実際、凛や士郎は忘れ物など一切していないのだから。

 

「忘れたくて忘れたわけじゃない。入れたつもりで学校に来てただけだ」

「いや、自慢げに言っているけど誇ることじゃないからな?」

「2年間忘れ物をしなかった俺だぞ。これを誇らずにいられるか」

「...泉世はそんなキャラではなかったはずだが?」

 

普段の優等生らしさがまったく見られない泉世に、さすがの生徒会長もとい一成は反応に困っている。入学当時から定期試験で2位をキープし続けている泉世が、このように真逆のキャラとなっていれば驚くだろう。

 

一成にとって泉世とは、優等生で眉目秀麗・頭脳明晰・運動神経抜群でありながら、友好関係も広く人情に熱い。そんな欠点が何一つないまさに完璧な存在だ。

 

だが目の前ではどうだ。

 

教科書を忘れたことを誇りにしているような、残念さを周囲にありったけ放出している残念人間だ。それほどのギャップを眼にして自然体でいられるはずがない。

 

一成が泉世を褒める理由は、士郎と義兄弟ということも一理ある。一成は生徒会長であり成績優秀者でもあるため、定期テストの学年順位で上位に食い込む。だがその上に常にいるのは泉世と凛だ。トップ争いから陥落したことのない存在ならば、学校のことをある程度把握している生徒会長である一成がまったく知らないはずがない。

 

もちろん友人だからということもあるのだが。

 

「聞いたか衛宮?美綴のこと」

 

3人で固まっていると、不意に声をかけられた上に衛宮が2人いるため、どちらに声をかけたのか直ぐに判断がつかなかった。

 

「あいつはどっちに聞いてるんだ?」

「さてな。あいつはお前たち2人の呼び方を変えない。よって今の話をふったのはどちらにも考えられるが、美綴綾子のことならば泉世の線が高いだろう。何しろ弓道部に籍を置いて貢献している尚且つ部活内でも慎二と関わりが深いのはお前だからな」

 

こういうときに一成のように士郎は「衛宮」、泉世なら「泉世」と呼び方を変えてもいいだろうに。普段から2人を「衛宮」と呼んでいたとしても、今なら呼んだことのない下の名前で呼んでも、それに対して何かを言う2人ではない。むしろそれの方がありがたいと言うだろう。

 

「いや、俺は何も知らない」

「じゃあ教えてやるよ。僕も今朝道場で聞いたんだけどさ、新都で見つかったんだってね。それも誰もいない路地裏でさ。眼はイってて、制服はボロボロだったって話。何があったか知らないけど、普段偉ぶってるあいつがどんなふうに捨てられたのか。友人として少しばかり興味が湧かないか?」

「慎二!」

 

慎二の言葉に泉世が怒り、歩を進めて慎二の胸ぐらを掴みあげる。普段見せることのない泉世の様子に、生徒たちは眼を丸くして驚いていた。

 

「冗談だよ冗談。ただの噂じゃないか」

「冗談でも言っていいことと悪いことの区別ぐらい、高2になってもわからないのか?今の言葉には美綴への侮辱が込められていた」

「そんなふうに曲解するなよ。まるで僕が悪いみたいじゃないか」

「お前が悪いだろうが。まるで美綴が自分から事件に巻き込まれに行ったって言ってるようなもんだぞ。美綴がそんなことする奴なわけないだろ」

「どうだろうねぇ。学校では真面目でも外ではハメ外してたり、あいつがそういう遊び(・・・・・・)してても、僕はそれほど驚かないよ」

 

悪びれる様子もなく、まるで自分は悪役にされかけている善人ですと言わんばかりの態度だ。友人の悪口を言われることは誰もが嫌うことだろう。泉世だって同じだ。だが泉世は大切に思うあまり、押さえつけられなくなることがある。

 

暴力に発展することはないが、時には殺意を向けてしまうことだってある。自身で抑えようにも我慢ならない。ぶつけなければ爆発させてしまう。

 

「お前は何処まで美綴を愚弄すれば気が済むんだ。副部長のお前がだらしなくて、部長の美綴がどれほど苦労しているのかわかっているのか?練習メニュー作成に下級生への指導、大会メンバーの選出も全部考えているんだぞ。なのにお前はどうだ。毎日毎日下級生の女子生徒と話をして練習にも参加しないどころか、喧嘩を美綴にふっかけているじゃないか。そんなお前が冗談を口にして誰が信じるんだ」

「離せよ衛宮。僕に触れるな」

「美綴が行方不明になる前、最後に会ったのはお前だろうが」

「...世間話をしただけさ。憶測で話をするなよ。思いつきで言葉を発すると、お前の信頼を失うことになるぞ」

「こいつ!」

 

今にも殴りかかりそうな泉世を、士郎と一成が2人がかりで止めに入る。少しでも動くのが遅れていたなら、慎二は泉世に殴り倒されていただろう。顔面が誰か判別できなくなるまでに。

 

「離せ2人とも!あいつを殴らせろ!」

「今殴ればお前が悪者になるって」

「それでもいいんだよ!美綴を馬鹿にしたあいつを放っておけるかよ」

「なんだ衛宮。もしかしてお前、美綴のこと好きなの?あっははははは!こいつは傑作だぁ」

「美綴に後遺症が残ってみろ。タダじゃおかないからな」

 

眼で殺そうとするかのように、殺意を乗せた視線を向ける泉世に慎二が少しばかり後退る。人を大切に思うが故に、怒りは底を知らない。怒りは際限なく溜まり、泉世という人間を変質させていく。

 

1限目の予鈴があと少し遅ければ、泉世は本気で慎二に殴りかかっていただろう。泉世にとっては最悪のタイミングであり、慎二にとっては幸運なタイミングだった。自分を押さえつけていた2人を無理やり引き剥がし、教室を出ていく泉世。教室を出る瞬間に、慎二をもう一度睨んでから教室へと戻って行った。

 

その様子に少しばかり安堵した2人は、大きく長いため息を吐き出した。泉世の行動に愛想を尽かしたのではなく、何も起こらなかったことに対する安堵のため息だった。

 

「チャイムのタイミングに助けられた」

「あいつの言い分はわかるが、少しばかり大袈裟だと思うんだが? 」

「泉世はそういう奴なんだよ。仲間や友人が傷つくのを嫌って、仲間や友人を傷つける存在を許さない。ある意味〈正義の味方〉みたいなもんだ」

「行きすぎな面も否めないが、間違っているわけではない...か。まだまだ俺も修行が足りん!」

 

そこで「いや、そうじゃない」と突っ込まないのは、士郎の優しさだろう。10年前は怒りを表に出さなかった泉世が、近頃ではよく出すようになっている。それは良い事なのか悪いことなのか。士郎には判断がつかない。

 

これまでの不満が少しの刺激で爆発しているのか。爆発するだけの理由があるからなのか。そうなってしまったのも〈聖杯戦争〉という代物のせいだろう。欲望を叶える為ならば、仲間や友人を捨てるようになるのは、ゲームやアニメの世界ではよくあることだ。

 

それが現実として有り得るこの〈聖杯戦争〉を、泉世はどのような心境で戦っているのだろうか。マスターの本性が垣間見える争いは、傍から見れば嘆かわしいことだろう。それを理由に貶され迫害されることになっても、マスターは〈聖杯〉を求める。

 

悲願を達成するにしても結局は同じことだ。

 

泉世が去っていった場所をぼんやりと眺めながら、士郎は〈聖杯戦争〉の在り方に悩むのだった。

 

 

 

 

 

その日の夕方。2人に結界解除作業の役割から外してもらい、俺は〈アインツベルンの城〉に来ていた。来ていると言っても城の中にいるわけではなく、侵入者避けの結界の前に立っているだけなのだが。制服に制カバン、片手にはレジ袋を持ちながら森の中に佇んでいる。傍から見れば不審者や変人と罵倒されるだろうけど、俺からすれば何もおかしな点はない。

 

結界の前に立ってみるとよくわかる。目の前には何もない(・・・・)ように感じさせるこれは、巨大な《認識阻害》の術式だ。すぐ側にありながら、ないと思わせる初歩的な魔術。基本でありながらも、こうして永きにわたって使用されるほどの魔術は、世の中にそうそうない。

 

簡単な魔術ほど魔術師は忌避する傾向にある。《認識阻害》を毛嫌いする少数の理由は簡単に看破され、自身を危険に晒す行為になるからだ。大抵の理由は、《認識阻害》ではなく本人固有の魔術を使用することが多いことにある。使用者の固有魔術は希少であり公開されることが少ないので、効果や発動条件などを知られない。また強力な固有魔術は一瞬で勝敗を決めることがある。

 

そういうこともあって《認識阻害》の魔術は、あまり大っぴらに使用されることが少ない。諜報やスパイとして活動する際は多用されるが。初歩的でありながら看破する方法が数少ないからだ。看破されることがあるとしたら、それは使用者の技量が不足していたか、解除できる魔術を敵が持っていたかの2択となる。

 

それなのに何故俺が見つけられたのか。そこで活躍したのが、幼い頃に仕込まれた暗殺の極意の1つだ。

 

〈暗殺者たる者、周囲の警戒を怠るべからず。常に魔術に対する心得を保つべし〉

 

初めて聞いた時、なんとも日本チックな極意だと思ったものだ。正直、今でも失笑してしまう。

 

...話を戻そう。暗殺を成功させるためには、数多ある情報を厳選して確率を高める必要がある。標的が一般人ならば、さほど苦労せず終わらせられる。

 

実戦経験のある傭兵やSPに警備させていることがあっても、それは一般社会での話だ。魔術社会ではそれらは役に立たない。肉弾戦ならば警備に分があるだろうが、魔術を使った中・遠距離からならば、魔術の方が圧倒的に有利だ。

 

ただ標的が魔術師であったならば話は別だ。標的となる魔術師の大半は、異端者や一部の能力に特化した者ばかりだ。そういった輩は周囲の目を警戒する。常に《認識阻害》の術式を行使して、身の安全を第一にして生活する。そんな奴らを発見するためには、意識を覚醒させなければならない。

 

一般人で言う第六感である〈感〉を使ったり、空気の流れや温度などから存在を読み取る。鍛錬を怠らずに愚直に続ければ、そこそこの技量に達して実用することができる。暗殺者として完成させられた俺ならば、如何に御三家であるアインツベルンでも逃れる術はない。

 

だからこうして結界の位置を知ることができる。掌を結界に触れさせると、透明な壁に阻まれて一定以上奥には入り込めない。ここで無理矢理押し入ろうとすると、結界を張った張本人であるイリヤに見つかってしまう。実際10年前に言峰が侵入したことを、アイリスフィールはすぐさま認識した。

 

今はイリヤを警戒させるときではないし、少しばかりのイタズラもしてみたいという思いがあった。だから無理矢理押し通るのではなく、結界をすり抜ける(・・・・・)ことにした。すり抜けるといっても、実際は術式を軽くイジって細工をするだけだ。

 

上手く誤魔化せたところで全力ダッシュする。自分の予測では、もし失敗していたなら瞬時にメイドが抹殺しに来るだろう。城に辿り着くまでに見つかるかどうかで、俺の《術式変換》が上手くいってるかがわかる。

 

果たして。どうにか城の壁まで辿り着き、壁をよじ登る。もちろん侵入してからは《認識阻害》を発動させている。侵入したことが知られなくとも、無関係な人間が敷地内を歩けば、バレるかもしれない。予期しない場所に監視カメラや仕掛け、術式が配置されているかもしれないから。

 

地面から10mほど登ってから気配を探る。建物にこれだけ近ければ、術式で誤魔化されることはないだろう。それにイリヤは魔術師でありマスターなのだから、魔術師特有の波長や気配は見つけやすい。

 

数分かけて探索していると、真上に引っかかるものを感じた。窓枠をつたって登り、中を覗いてみる。そこには背中をこちらに見せながら、せわしなく腕を動かしているイリヤの姿が薄らと見えた。レースに邪魔されてよく見えないが、何かを懸命に動かしているようだ。

 

「このこの!」

 

どうやら戦闘中らしい。少しだけ待って戦闘が終わるのを待つべきか、今すぐ入るべきか悩みどころだ。

 

「あァー!電池がない!いい所なのにぃ!エネループぅぅ!」

 

どうやらリモコンの電池切れらしい。

 

コンッコンッ

 

窓をノックして開けてもらうことにした。壁に張り付いたままでいるのは、いくら鍛えた俺でも辛いものは辛い。

 

「ノックの音が聞こえたような...え、何で此処にいるの?」

「久しぶりイリヤ。言う通りお茶しに来たぞ」

 

窓を開けて左右を見渡してから俺を発見すると、イリヤが眼を丸くして驚いた。その素っ頓狂な表情に笑い出すのを堪えながら部屋に入る。部屋を見渡すと、無駄な装飾がなく必要最低限の家具しかない部屋だった。閉塞的な空間に少しばかりテンションを下げる。

 

「何にもないんだなこの部屋」

「寝るだけの部屋だもん。何か必要なら食堂とかに降りればいい。って違う違う!どうやってここに来たの!?侵入されたことにも気付かないし、敷地内走ってれば掴めるはずなのに」

「《認識阻害》を使った」

「それだけでここまで来れるわけないもん!」

 

ふくれっ面で怒るイリヤは中々に可愛い。年齢通りの身体付きでもないのもあるのだろうけど、今はアインツベルンの当主ではなく、年相応の少女な雰囲気をまとっているからだろう。〈聖杯戦争〉ではマスターらしく、的確に強力無比な〈バーサーカー〉を操ってくる。

 

そのギャップがまた、イリヤをイリヤらしく見せているのかもしれない。周囲を見渡して見つけた椅子に座ってから、イリヤの質問に答える。

 

「《認識阻害》といっても使い方には色々あるんだよ。アインツベルンが使っている《認識阻害》は、【此処にあるものを見ない。あるとしても何も無いように見える】っていう暗示に近い代物だ。逆に俺は【此処にいるがいないように感じる】っていう代物。【誤魔化し】と【馴染む】的なニュアンスだな」

「同じ術式にも意味が違うだけでそんな使い方があるんだ。真っ当な使い方をしてたら気付かないと思うけど」

「生憎、俺は戦闘魔術は得意じゃない。むしろ術式の開発や構造の理解を知る方が得意だ」

「戦闘員ではなく研究員ってこと?」

「簡単に言えばね」

 

〈アンソニアム家〉の歴史の中で5本の指に入ると謳われたけど。実際それは使える数が誰よりも多くて、理解が早かっただけの話だ。何かに特化したわけでもなく、全部を苦労せずに扱えるという点だけを評価した結果だ。

 

鍛錬しなければ使うことも出来ないが、ある程度の知識を得れば使うことができただけ。それを使うために努力したわけでも、使いたいから努力したわけでもない。もともと戦闘に適さない〈アンソニアム家〉が歴史に名を残せたのは、そういったオールマイティな魔術才能が評価されたからだ。

 

ここ100年程、それだけの能力を持たない当主がいたから余計に俺は担がれたのだと思う。評価されることが嫌だったわけじゃない。誰かに評価してもらえることは素直に嬉しかったし、家族が誇ってる姿は好きだった。でもいつからかその期待が煩わしいものになった。

 

いつ何処に出向いても色眼鏡でしか見られない。誰もが苦戦することを、苦労することなく達成してしまうことに喜びを感じなくなった。どう成功させようと、誰も才能のおかげだと言って俺自身を褒めてくれなかった。

 

家族やそれらの関係者は、 才能を褒めただけで俺自身を褒めた(・・・・・・・・・・・・・・・)わけではない。誰も俺を見なかった。才能のみしか見なかった。その時俺は自分をどうしてほしかったのか。それは今でも分からない。

 

言峰が授けてくれた〈八極拳〉は努力する必要性を感じた。あれは才能なんぞに頼れるものではなく、努力による成果でのみ鍛え上げられることを知った。ある意味俺が求めていた物だったのだ。

 

「泉世、何で泣いてるの?」

「え?...ははははは。何で泣いてるんだろ俺」

 

痛いわけでも悲しいわけでもないのに涙が溢れてくる。拭っても拭っても溢れてくる。人間は自身が理解することもなく、涙を流してしまうことがある。それは自覚しないうちに溜まっていた哀しみや苦しみが、自然と外へ流れ出た結果だ。

 

「イリヤ?」

「私はホムンクルスに近い存在だから、あんまり人間のことはわかんない。でも時々思うことがあるの。人間って弱くて脆いでしょ?自分じゃ解決できないことを無意識に抱え込んで傷つく。それで自分自身が壊れていく。そんなこともあるのかなって」

 

椅子に座った俺と同じ目線に立つイリヤが、優しく俺の頭を撫でてくれる。その手の優しさはアインツベルン当主ではない。普通の人間と一緒だ。ホムンクルスであったとしても、この温度と優しさは紛れもなく本物だ。

 

「優しいんだなイリヤは」

「強くて優しい当主。素敵でしょ?これでも18歳なんだからお姉さんって呼んでもいいよ?」

「遠慮しとくよ」

 

イリヤのちょっとしたイタズラ心ではあったものの、救われた気がしたのは錯覚ではないだろう。3年間という人生経験の差はそれなりに活躍しているらしい。生活内容は大きく異なるため、あまり当てにならないが。俺は名家としての生活と養子としての生活、イリヤは御三家としての生活とマスターになるための生活。

 

相反する生活であっても、共感できる部分が少しあるだけでも喜ばしい。いつか本心で語り合うことが出来ることがあれば、訪れて欲しいと本気で思う。

 

「結構後回しになったけど、お茶しに来たのが本命?」

「それ以外に敵地の真ん中に訪れないだろ。まず誘ったのはそっちなんだから」

「正当な手続きをしてから来てくれたらいいのに。そうしたら敵同士であっても、それなりの対応はするわ 」

「何日前に出さなきゃならないんだよ」

 

的にわざわざ電報なんか打っても無視されそうだしなぁ。イリヤが正面から受け取るはずないし、ましてやメイドだったらそのまま破り捨てそう。イリヤに危害が加わると恐れるだろうし。マスターからの差し出しならば、それぐらい当然の危惧だろう。

 

マスターであり当主でもあるイリヤを、命を賭して守る役目を担っているのだから。宛先にどうするか尋ねないのも問題はあるが。

 

「さてと、お母様について聞かせてよ。手を出さない交換条件に」

「もちろんそのつもりだ」

 

イリヤが淹れてくれた紅茶を飲みながら答える。お湯の温度が合わなかったのか、淹れ方が悪いのか、それともイリヤ自身が不器用なのか。いやそれらが合わさった結果、相乗効果でこのようなちんちくりんな味になったのだろう。

 

2日前に〈アーチャー〉が淹れた紅茶を、楽しく味わってしまったのもあるだろうが。

 

「ゴホッ、なんちゅう味だよ。どうやったらこんな味になるんだ」

「セラが淹れたようにやっただけなのに...」

 

落ち込むイリヤに「壊滅的な腕だな」とは言えない。下手をしたら、〈バーサーカー〉を喚び出されて首を落とされるかもしれない。口は災いの元と言うように何も言わない方が身のためだろう。

 

「さっきまでゲームをやっていたようだが」

「電池が切れたの。エネループがないと続きできないし」

「ふーん。おっと、こんなところにレジ袋があるじゃないか」

 

わざとらしいおどけた口調で持ち上げた袋の中身を探る。すると、なんということでしょう。中から電池がでてきたではありませんか。それもエネループが。

 

「え、なんでエネループが」

「家に電池切れを起こしてるやつがあって買ってたんだ。予備を買っておいてよかったよかった」

「さすが泉世おにいちゃん!」

「抱きつくなよ。18歳なんだろ?」

「今は良いの」

 

満面の笑みで微笑まれては、引き剥がすにも引き剥がせない。年齢にそぐわない身体付きと無邪気さ。それらが何故か微笑ましく思えてしまう。それがイリヤという存在の意味なのかなと思いながら、イリヤが自らの意思で離れるまで自由にさせておいた。



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出会いの意味

...へへへへへ。1日で思考して書いてやったぜ疲れた〜


欲望に満ち溢れた戦いとは醜い。〈第四次聖杯戦〉ではこれが顕著に現れていたと思う。それぞれのマスターとサーヴァントの相性が良かったのは、〈キャスター〉と〈ライダー〉くらいだろう。

 

〈キャスター〉の場合は、最悪の一言に尽きる相性の良さだったが。〈ライダー〉も最初は馬が合わなかったけど、ウェイバーが【征服王】の仁義に感動していたようだ。それに比べて〈アーチャー〉陣営は機能していなかったし。

 

開戦直後に御三家の遠坂家を狙う作戦など馬鹿馬鹿しい。協会に属する魔術師でも、勝利確定者に近い遠坂時臣を狙うなど誰が考えるだろうか。表向きは敵対して水面下では共闘。難しい作戦でありながら、最初にミスを犯すなど遠坂家特有の「うっかり」では済まない。

 

単なる作戦ミスでしかない。

 

初めて俺がアイリスフィール・フォン・アインツベルンに会ったのは、〈アーチャー〉に強制連行されたときだ。ついでに言うと、その時に〈セイバー〉にも会った。

 

 

 

 

『いてっ!』

 

突如、子供の声がしてその場にいた全員が振り返る。顔面から地面に落下して、痛みを堪えながら伏せっている様子に全員が眼を見開いた。〈聖杯戦争〉という名の通り、命を賭けた戦いに齢10にも満たない幼子が参加するなどおかしな事だ。それも3体もの英霊が集まるこの場に、いること自体が異常だった。

 

『何故子供がここに』

『何かの手違いでしょうか』

『マスターなのか?だとしたらサーヴァントは一体何処に』

『ふむぅ、小僧が此処に現れるとは意外や意外。さてさてどのような意味があるのか』

『えぇ!?あいつはぁ!』

 

上から〈セイバー〉・アイリスフィール・〈ランサー〉・〈ライダー〉・ウェイバーのセリフである。

 

『げっ、サーヴァントが3体のど真ん中って死ぬ死ぬ死ぬ!』

『なんで此処にお前がいるんだよォ!』

『ウェイバー・ベルベット!?あんたこそ此処にいるの可笑しいだろ!』

『うるさい!僕だって戦闘に参加したかったわけじゃないぞ!』

 

知り合いらしい2人の言い合いを3体と1人は、怪訝そうな表情を浮かべて見ていた。知り合いにしては歳が離れすぎているが、何故か似たような雰囲気をまとっていることが気がかりらしい。

 

『...まさか君たち(・・・)まで参加しているとはねウェイバー・ベルベットくん、フェルリ・ヘルメス・アンソニアム(・・・・・・・・・・・・・・・・)くん』

『『げっ!アーチボルト教授(ケイネス先生)まで!?』』

 

反響するような遠くから届く声に2人が同じ反応をする。ウェイバーからしてみれば、サーヴァントを召喚するための触媒を強奪した相手。対して少年にとっては、数回講義をしてもらった〈12人のロード〉のうちの1人。2人はもちろんケイネスが参加することを知っていたが、知らないふりを決め込んでいる。

 

関わりが無いわけではない2人にとっては、無視できない存在なのは確かだ。挙動不審な少年と、サーヴァントの後ろに隠れるウェイバー。両者ともにあまり関わりたくない人間に出会ってしまったことは幸運か不幸か。

 

ケイネスからすれば幸運であり、2人からしたら不幸なのではあるが。

 

『私から聖遺物を盗んだ挙句、それを触媒にして英霊を召喚し、〈聖杯戦争〉に参加するとは。一体どういう了見だ?えぇ?』

『べ、別にいいだろ!?あんたには関係ない!』

『そしてフェルリ・ヘルメス・アンソニアムくん。私は君にその才能を無駄にしないようにと教えたはずだが?』

『使いようはいくらでもあります!』

『...そうか2人ともそこまで私を怒らせたいのか。ここで謝罪をしていれば、居残り授業で済ませてやったものを。〈ランサー〉、その小僧共を始末しろ』

『…しかし我が主』

『口答えする気か?〈セイバー〉との戦闘時に言ったはずだ。〈宝具〉の開帳を許可するとな』

 

過去に死した英雄の中には、臣下として名を馳せた者もいる。まさに〈ランサー〉はその代表であり、忠義に深いサーヴァントだ。新たに君主となったマスターである、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに逆らう気はさらさらない。

 

だがサーヴァントを連れているとはいえ、丸腰の魔術師を殺すことははばかれた。たとえマスターであったとしても。彼にとって無防備な人間を殺すことは、仲間や家族を傷つけるのと同じぐらい辛い。

 

『先程の話を聞く限り、本来ならば余を召喚する予定だったのはお前のようだな。だが〈聖杯戦争〉において姿を晒さず遠くから眺めている貴様と違って、こいつは自分の足でこの場に立っている。それもサーヴァント2体が戦闘しているこの場にな。故に坊主、安心せぇ。そなたを殺させはせん。貴様は余のマスターなのだからな』

『...戯言を』

 

〈ライダー〉の言葉に苛立ちを隠さないケイネス。いや、抑えようにも抑えきれていない分が溢れた結果なのかもしれない。

 

『殺すことはできかねます我が主よ』

『2度は言わぬ。それとも〈令呪〉を使われたいのか?』

『っ!』

 

サーヴァントにとって〈令呪〉とは、最も忌み嫌う方法である。自身がどれほど御しようとも、抗うことのできない絶対の指令。自尊心が高い英雄や誇り高い英雄であれば、尚更使用されることを嫌う。

 

1画でも使用すれば、マスターとサーヴァントの関係性は急速に悪化する。下手をすれば殺される危険性だって有り得る。

 

ケイネスの言葉に含まれた苛立ちを理解したフェルリ・ヘルメス・アンソニアムは、命の危機を感じて助けを乞う。

 

『王よ、俺死にます!』

『地を這う虫けら風情が。目障りな声を発するな』

 

少年が誰かに向かって叫ぶ。すると、存在が不確かなような声音が一体に響いた。されどその声音は獰猛で、全ての者を支配するような威厳に満ち溢れている。

 

空中に漂っていた金色の光が1箇所に集まり、人の形を作り上げる。否、それは人間に在らずさして神でもない。人を超越し神に近い存在。誰よりも威厳に満ち溢れたその存在感は、見るもの全てに頭を垂れさせる。光が消えると、そこには黄金の鎧を見に纏った金髪赤眼の男がいた。10mほどの高さに佇立する街灯のポールの頂上に実態化したことで、より一層その存在感を上げる。

 

『真の王たるこの我を差し置いて、王を名乗る不埒者が2匹も湧くとはな』

 

苛立ちを含んだ。いや、怒気を孕んだ声音は不愉快極まりないとばかりに口にする。どうやら〈ランサー〉と【騎士王】が互いに名乗って【征服王】も自ら名乗ったときには、既にこの場に居合わせていたらしい。今まで現れなかったのは何故なのか。

 

『ふむ、余は間違いなく王なのだがな』

『当然、私も王だ』

 

【征服王】と【騎士王】の2つ名を持つ2人は、確かにその名を世界に躍らせた王だ。間違いではなく証拠として、数多の伝説と石碑などが残っている。どうやら声の主はそれさえも不満らしい。

 

『たわけ。王は天上天下にこの我ただ独りのみ。それ以外は有象無象の偽りにすぎん』

『いやぁ、なんともまぁ。王であることを誇りにするのは構わんのだが、あまりにも度が過ぎると嫌われるぞ。そこまで言うのならば名乗っても損はあるまい。それだけの名を持つ英霊なのだろう?』

『問いを投げるか?雑種風情が。世界にただ独りの王にして覇者たるこの我に』

 

王は1人だけと言う英霊に対して、そう聞くのはおかしなことではないだろう。他人を否定して自身を肯定する。ならばそれだけの名を馳せた英雄であるに違いない。〈ライダー〉である【征服王イスカンダル】は、そのような意味合いを込めて聞いたのだが。

 

どうやら問いを投げられた英雄は、その質問がお気に召さなかったらしい。観点の違いなのか含まれた意味を理解できなかったのか。

 

『我の拝謁を栄に俗して尚、この面貌を知らぬと申すなら、そのような不埒者は生かしておく価値すらない!』

『6割解放ですかぁ!?陛下、ここら一帯が消し飛びます!』

『知らん!』

『『『『『『『んなっ!』』』』』』』

 

その場にいた全員が見境ない言葉に驚愕する。サーヴァントだけならば生き延びることはできるが、マスターがいる〈ライダー〉〈ランサー〉〈セイバー〉は、自身だけが生き延びることなど考えていない。〈ランサー〉や〈セイバー〉は特に他人を犠牲にすることを良しとしない。自身が致命傷を負う可能性が高くとも、自信を危険に晒してマスターを助ける。

 

『地はすべてが余さず我のもの。この地とはいえ我の庭の一部分にすぎん。この地を失ったところで、残りがあれば構わんのでな』

 

〈アーチャー〉として現界して今全てを無に還す気でいる。それが言葉だけではないのが、〈アーチャー〉の背後に生じた空間の歪みだ。そこからは黄金に輝く槍・剣・斧といったあらゆる武器が出現している。それの一つ一つが尋常ではない魔力を有しており、装飾が華美なだけではなく、すべてが《宝具》であることを如実に示していた。1つでも着弾すれば跡形もなくなるであろう武器を、数多準備するこの英霊の能力は何か。

 

〈アーチャー〉が武器を発射させようとした瞬間。あらぬ場所から魔力の渦が発生したのを、その場に居合わせた全員が認識した。ただの魔力の奔流が次第に形を得ていく。人型のような形に整った影はその姿を晒す。

 

『影...なのか?』

 

誰かがポツリと呟いた。誰もがそう思ったしそうとしか思えなかった。実体であるというのに影としか思えない。黒い何かを纏ったその姿は異形としか言いようがない。

 

『あれはちょいと話しかけられんなぁ。話しかけたらかけたで、その先の予想もつかん』

『...誰の許しを得て我を見ている狂犬めが』

 

直立している〈アーチャー〉に向けて、突如現れた影が視線を向けていた。王と名乗った2人以上に気分が悪いと〈アーチャー〉は言う。

 

『せめて散り様で我を興じさせよ、雑種』

『陛下、おやめください!』

『指図するな小僧!』

 

フェルリ・ヘルメス・アンソニアムの言葉を一蹴して、〈アーチャー〉は歪みから剣と槍を異形に向けて放った。普通ならばその速度と威力によって消し炭になる。途方もない威力によって地面が土煙を上げ、収まってからその位置を見てみる。そこにはさきほどと何も変わらない様子の異形が立っていた。無傷で。そして黄金の剣を手に持ったまま。

 

『あれが〈バーサーカー〉。〈狂化〉が入ってあれなんて…』

『やけに芸達者な奴よのう。おいそこの坊主、貴様が〈アーチャー〉のマスターか?』

『はい、そうです!』

 

右手に宿った紅い刺青(・・・・・・・・・)を見せて返事をする。

 

『〈アーチャー〉の武器を自身の武器とする。あれは何の能力かわかるか?』

『おそらくですが〈バーサーカー〉の《宝具》ではないかと。触れたものすべてを自身の武器とする、《物体こそ我が武器(マテリアル・アーツ)》といったところでしょうか』

『どうやら先程の攻撃のしのぎ方が見えたようだな。幼いくせに生き方を知っている。我が臣下にほしくなったぞ』

『遠慮します』

 

傍若無人にも近い英霊の部下で苦労はしたくない。そんなふうに他のメンバーには聞こえた。

 

『我が宝物を穢れた手で触れるとは。そこまで死に急ぐか狗ぅ!』

 

怒りがそのまま武器に宿ったようにも思えるほど、大量の空間の歪みが生じる。そこからさきほどの10倍に近い武器が現れる。どうするべきか迷っているフェルリ・ヘルメス・アンソニアムに、ある人物から通達が届いた。

 

『〈令呪〉をもって奉る。陛下、怒りをお鎮めください!』

『貴様程度の諌言で、王たるこの我に命じると?...いや、時臣か。大きく出たな…』

 

最後の一言は自分自身に対する言葉だろうか。誰にも聞かれることなく地に降りる。その表情は怒りに溢れているが、言葉や行動はそこまで怒気を孕んでいない。これが〈令呪〉による強制命令だ。

 

『雑種共、次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは真の英雄のみでよい』

 

黄金の光の粒に身体を変えて消えていく〈アーチャー〉を、フェルリ・ヘルメス・アンソニアムが追いかける。

 

『陛下、置いてかないでください!』

 

無防備にコンテナ周辺を駈けていく少年を狙う者は、誰もいなかった。闇夜にとけるように消えた少年の気配は、瞬時に消え去り全員が首を傾げた。〈アーチャー〉が消えた瞬間に少年を攻撃すれば、聖杯戦争が少しは片付くのが早かっただろう。

 

騎士としてそのような汚い真似ができない〈ランサー〉と〈セイバー〉は、背中を見送るしかなかった。ケイネスもできなくはなかったが、〈アーチャー〉の存在感とその強さに心を撃たれて行動できなかった。〈ライダー〉に関しては方向性が大きく異なる。

 

現界している間に臣下にすることを決意したことで、その命を狙うのは惜しいと思ったからだ。もっともそれを理解しているのは、〈ライダー〉本人のみだったが。

 

 

 

 

 

 

「こんなもんかな偉く長ったらしくなったけど」

「お母様がまったくでてこないじゃない」

「仕方ないだろ。最初があの出会い方なんだから」

 

意識を記憶から現実に戻す。イリヤに文句を言われてしまったが、あの時はどうしようもなかった。〈アーチャー〉のマスターとして、あの場では戦わなければならなかったのだから。

 

〈令呪〉を宿していると書いてあったが、実際は本当に宿っていたわけではない。《同調》という魔術で、本来のマスターである遠坂時臣氏の右手と同化させるという術式だ。もちろん本当の意味で同化しているわけではなく、〈令呪〉の部分を映し出しているだけなので、人体への影響は全くない。

 

あの時脳裏に話しかけてきた遠坂時臣氏と、タイミングを合わせて〈令呪〉を使った(・・・・・・)。そうすれば実際に俺が使ったようにみえるという仕組みだ。

 

この作戦に関しては感心することができた。まあ情報として、遠坂時臣がマスターとして参戦していると知っているアインツベルンに対しては、全く意味を持たない作戦だったが。いや、もしかしたら撹乱することが出来たのかもしれない。

 

自身は安全な場所に待機しておき、他人に任せることは外道と罵られなくもないだろうが。それも齢8でしかない俺を代わりとしていたなら尚更に。

 

「泉世の本名ってフェルリ・ヘルメス・アンソニアムだったんだ。〈アンソニアム家〉は戦闘魔術師としての才能はまったくないけど、術式に関しての才能は並外れてるって聞いたわ。それが泉世なわけなのね」

「鯖を読んで戦闘の才能は普通よりあるけどね。〈第四次聖杯戦争〉が終わったあとに、俺は切嗣に救われてこの名前を貰ったんだ」

「...切嗣」

 

イリヤにとっては裏切りの魔術師であり父親だ。自分を捨てた血の繋がった者が救った命。今すぐにでも終わらせたいだろう。だが生憎俺は殺される気など毛頭ない。

 

「イリヤ、君が切嗣を憎んでる気持ちはわかる。でもこれだけは信じてくれ。切嗣は君を見捨てたことなんてなかった。〈聖杯戦争〉が終わって俺と士郎を養子として育てる間も、君に会うためにアインツベルンの城までやってきてた。でもアハト翁は入城を許さなかった」

「お爺様が?」

「〈聖杯戦争〉に勝つために最優の英霊である〈セイバー〉を従えながらも敗北した。そんな存在を受け入れるわけがない」

 

勝者となり敗者となった。

 

〈聖杯戦争〉で最後まで生き残って勝者になり、〈聖杯〉に願いを叶えて貰えず敗者となった。どれもこれも〈聖杯〉がすべてを切り裂いたのは言うまでもない。

 

「でもイリヤ、切嗣は君のことを大切に想っていた。違うか?」

 

切嗣は死ぬ直前にイリヤの存在を俺に教えた。もう一度会うことを約束しながら、果たせないことをとても悔やんでいた。アイリスフィールも守れなかったことを謝りたかった。だがアイリスフィールのことを謝るのは違う。〈聖杯〉の装置となっていたアイリスフィールを救うということは、必然的に〈聖杯戦争〉で敗けることを意味していたから。

 

「...切嗣は小さい時に遊んでくれた。今思えばあの笑顔は偽物じゃないってわかる」

「その切嗣が救った士郎を殺すことはやめてもらえるか?イリヤが本当に切嗣を父親として見ていたなら」

「...切嗣、お母様...」

 

涙を流すイリヤを抱きしめる。現在の〈聖杯戦争〉のためだけに育て上げられたイリヤにとって、心を許せる存在は少なかった。メイドとサーヴァントである〈バーサーカー〉だけ。

 

親の愛を知ることなく生きた10年間は消したい過去だろう。親の愛情をもっとも理解出来る時間を歩めなかった。消せるなら癒せるなら俺も救ってあげたい。少しでもイリヤの負担を減らせるなら。

 

いつの間にか眠りに落ちていたイリヤを膝枕しながら、穢れと汚れのない銀色の髪を撫でる。アイリスフィールと比べても特に変わりがない純粋な色。無駄がなくされど度が過ぎない手入れの仕方は、イリヤの誠実な心を映したようだ。

 

「お嬢様」

「げっ」

 

突然、ノックと共に入ってきた人物と視線が交わる。数秒間フリーズした俺は、取り敢えず挨拶をすることにした。

 

「お、お邪魔してます」

「...侵入者発見。排除します!」

「落ち着け!」

 

こんなところで暴れられるわけにはいかない。命が惜しいのもあったが、何よりイリヤが寝ているから起こしたくなかった。

 

「侵入者が何を言いますか!」

「槍は禁止!イリヤが寝てるから!」

「貴様、お嬢様を人質に取ったのですね!?」

「なわけあるか!寝てるから邪魔したくないだけ!」

「睡眠薬!?ななな、何をするつもりですか!」

「曲解だ!」

 

なんだこいつはまったく話を聞いてくれないじゃないか。いやまあ、確かに不法侵入してイリヤの部屋にいたら誤解されるけども。それにイリヤが眠っていたら怪しいか。

 

「このロ○コン!」

「断じて違う!全力で否定させていただく!」

 

俺にそんな趣味はない。イリヤは確かに見た目は12~13歳程度だが肉体年齢は18歳だ。...てか今の言い方はイリヤを貶してるのと同意だぞ。

 

俺の制止も無視して、どこからか取り出した槍による刺突攻撃を魔術で防ぐ。イリヤが膝で寝ているからまともな反撃はできない。反撃するより防御に徹した方がいいだろう。槍が身体に突き刺さる瞬間、透明な何かが槍の軌道をずらす。空間の歪みは水面のように波たち、槍による攻撃を防ぐ。硬質に造るわけではなく弾性を付与することで、一点集中に近い攻撃から身を守る。

 

たまに軌道をずらしたり弾性で跳ね返したりと、2種類の特性を用いて身体に届く攻撃を避ける。

 

「なんと奇怪な!」

 

やめてくれ。奇怪じゃないんだからもう少しマシな言い方はないのか。術式に特性を付与するのは珍しいことではないし、むしろそれが魔術の基礎でもあるのに。

 

それからしばらく。イリヤが目を覚ますまで俺の防衛は続いた。




これまでの回想は、泉世視点でしたがFate/Zeroの戦闘シーンなどは、第三者目線で書いていくので宜しくお願いします。文が少し雑いかもしれませんがご容赦くださいww


フェルリ・ヘルメス・アンソニアム・・・泉世の本名。ヘルメス・トリスメギストスからとったミドルネームで、家族や友人から呼ばれることが多かった。錬金術師の祖のようになってほしいという意味合いで、その知識量を崇めるといった意味が込められている。


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陰謀と策略

成人式から1年、早いなぁ。去年の今頃はウハウハしてたのに今はどうだろう。

はっはぁ、笑うしかない。


「事情は理解しました」

「変態、イリヤを守る」

 

渋々という感じで把握してくれた。といっても睨みつけながらイリヤを守るように槍を持ったままだが。そしてまったく見当違いのことを言っている人もいるが。

 

イリヤが目覚めるまで防御し続けた結果、言っていることが嘘ではないことをどうにか信じてもらうことができた。音や衝撃でイリヤが起きないようにするのは、かなりの負担を強いられたがそのおかげで休戦できたのだ。苦労した甲斐があったと自分を褒めても文句は言われまい。

 

起きたイリヤが新しい紅茶を淹れるように命じたあと、少しばかり世間話をしてから今に至るという経緯だ。そしてアインツベルンの城の結界の境目において、2人のメイドに罵られている今。事実ではないことを抗議しているが受け入れて貰えない。冤罪に合うことになるとは思いもしなかった。

 

「まったくの無罪ということは置いといて。少しだけだったけど楽しかったよイリヤ」

「私もそれなりに楽しかったよ。たまには来てもいいからね」

「お嬢様…」

「セラは黙ってて。当主は私なんだから決定権は私にあるの」

「たまにはと言うけど、そんなホイホイ来るもんじゃないだろ。俺たちは休戦状態とはいえ、敵同士に変わりないからな」

 

メイドとのやり取りに少しばかり笑みを浮かべて応える。見た目にそぐわない言葉とその無邪気さには、闘気なんぞ抱けるはずがない。マスターであったとしても。年齢にそぐわない行動原理には興味が湧いてくる。といっても、そうなっている理由は教育方針にあったのだが俺には関係ない。イリヤはそれが正しいとやってきたのだから、ここで否定すれば協定なんぞ紙屑同然。紙媒体ではなく口約束なのだから、拘束力なんてあってないようなものだし。

 

「今の私には戦闘の意思なんてないもの。それに戦えるのは夜だけなんだから」

「もうじき夕暮れなんて終わるけどな」

 

空を見ればその夕焼けは也を潜めて、夕闇が迫ってきている。時刻は午後6時といったところか。魔術を使って帰ったとしても、自宅に着くのは半過ぎになるだろう。アインツベルンの城の立地が悪いのだ。郊外に造るとは交通の便が悪すぎる。延びる道があっても、それは此処へ来るためだけの一本道だけだ。アインツベルンの城を行き止まりにして、左右への分岐もなければ、途中には自販機さえなければ街灯も申し訳程度だ。文字通りの一本道を帰るのは結構怖い。

 

アインツベルンは、由緒ある外国の貴族として冬木市市民に知られている。イリヤのことを知らなくとも、2人のメイドのことを見かけたことがある人物は、少なくともいるはすだ。あれだけわかりやすい髪色と肌の色をしていれば、誰もが振り向くはずだろう。人間ではなくホムンクルスとわからなくとも。

 

そもそも外国人として知られているのだから、ホムンクルス特有の肌でも間違われることはない。見た目は人間と何一つ変わらないし。眼に見えぬ違いといえば、寿命と戦闘能力ぐらいだろう。普通の人間と比べて寿命が圧倒的に短いため、アインツベルンが造り上げたホムンクルスの平均寿命は、30歳前後だろうとイリヤは言っていた。

 

セラはアインツベルン製であるものの、リーゼリットのように鋳造方法はアインツベルン特製ではない。だが造ったのはアインツベルンだ。故に忠誠心はアインツベルンにあらずイリヤにある。だから泉世に敵意を抱くことなく膝枕で寝ていたイリヤであっても、セラは敵と認識して攻撃を向けてしまったのだ。イリヤが敵と認識しなくともセラはそう認識してしまう。

 

行為そのものは忠誠心の現れであるが、ある意味一種の独占欲であり我が儘に近い感情である。メイドとして仕えているだけの理由ではなく、イリヤの身を案じているというわけでもない。言うなれば〈聖杯〉を手に入れるに相応しい人物がイリヤだと確信しているからだ。泉世はそれが過保護な対応の裏返しだと認識してしまう。

 

ホムンクルスであろうと人間だろうと、生命活動を行っていることに変わりない。生きている間に欲望や願望を抱く。それは紛い物であるホムンクルスにも適応される絶対的な世界の法。何者にも侵されず何者にも破ることのできない不文律。

 

「じゃあ今ここで襲ってもいいよ?」

「勘弁してくれ」

 

小首を傾げて笑みを浮かべながら、冗談っぽく言ってはいるが瞳は笑っていない。琴線に触れる言葉を少しでもこぼせば、次の瞬間にはイリヤの背後に〈バーサーカー〉が直立していることだろう。始まったばかりの〈聖杯戦争〉で最初に命を散らすなど無様にもほどがある。あれだけ大口を叩いて〈アーチャー〉を納得させたのだ。〈聖杯〉を手にするまでは死ねない。士郎・遠坂・桜・藤姉を残して旅立てるわけがない。

 

「また来訪されるのであれば、その時は正面から入ってきてください。不法侵入すれば次は間違いなく首を切り落とします」

「ぜ、善処します」

「善処ではありません。必ずです」

「あ、はい」

 

槍の切っ先を向けられては首を縦に振るしかない。先程のように全てを防いでも良いが、そうとなればそれなりに疲労することになる。イリヤが加勢するとは思えないが、敵地の中心部で隙を見せるわけにはいかない。

 

イリヤに手を振ってから結界の外へと足を踏み出す。通る瞬間は冷たくもないが、自身の体温よりわずかに低い程度に感じる中を通る。2回目であるにしてもこの違和感は慣れる気がしない。〈加速〉の術式を用いて、泉世はアインツベルンの城から延びる一本道を、市内に向けて駆けて行った。

 

 

 

 

 

『貴様の願いは何だ、雑種』

 

10年前、一時的な仮契約を交わした〈アーチャー〉にそう尋ねられたことがある。その意味が分からず首を傾げている俺に対して、〈アーチャー〉は興味を抱いた瞳で俺を貫いた。

 

『10にも満たぬ歳で〈聖杯戦争〉に参加するなど、正気の沙汰であるわけなかろう。王直々の問いだ。誇りに思うがいい』

『《万能の願望機》と称されるものがどのようなものなのか。それが分からない以上どう申せばいいかわかりません』

『なに、簡単なことよ。〈聖杯〉とはどのような願いも叶える。ただそれだけの代物だ。たった一人の人間を殺したいと望めば死に、自身以外の人間を殺したいと願えば死ぬ。単純明快なものだろう?』

『度し難いにもほどがあります』

『当然だ。人間の悪性を象徴したものが〈聖杯〉なのだからな。願いが叶わず届くことがないから人間はあれを作り上げた。自分たちでは叶えられないからそれを可能とする別のものに頼る』

 

それが人間の弱さで人間だけに与えられた欲望。自身で叶えられるなら叶えられるものに頼ればいい。そんな浅はかな考えが、〈聖杯戦争〉という欲の渦が四度も繰り返されてきた。

 

『人間ほど欲深い生き物はいないでしょう』

『であろうな。我の国でもそのようなくだらないことを繰り返す輩は少なからずいた。我が王として君臨しようとも、どれだけ重い罰を与えると知らしめても次から次へと現れた。人間の本性というものは、度し難いほどに醜悪だ。泉世といったか、貴様は時臣と比べて面白い。あれほどつまらぬ男とは思わなんだ』

『忠実なまでに魔術にこだわる方ですから』

『だからこそつまらぬのだ。貴様のように小僧ならば突拍子もないことを考えるかもしれん。それだけで契約するに値する』

『恐縮です』

 

あの時は大袈裟だと、過大評価だと思ったものだ。だが今思えばあれは本心から出たものだと納得できる。時臣氏は戦法においても魔術師としての戦いを盛り込む。魔術師ならば魔術師らしい戦い方で戦うべきだという考えを第一としてきた。だからこそ自身のサーヴァントと弟子に裏切られるのだ。

 

魔術師であろうと御三家であろうと、その誇りを捨てなければならないときがある。何よりも大事にすべきなのは誇りや伝統などではない。如何にして生き残るのかということを考えることだと俺は思った。家族を失ってでも成し遂げなければならないことなどない。家族が生き残ることより悲願を望んだとしても、優先しなければならないことがある。

 

だから俺はあまり時臣氏を好きになれなかったのかもしれない。骨の髄まで魔術師でありすぎたことで桜を養子に出した。魔術刻印をただ1人にしか継承できなくとも、もう1人をその支援者にするという方法もあったというのに。

 

『にして、貴様の願いとは何だ?』

『自分自身に使いたいということしかないですね。時臣氏の家系にある悲願を、自分の家系は持ち合わせていませんので。もしかしたら言峰のように自分の願いが分からずなのかもしれません』

『ほう、未だ自身の願いには気付かぬか。それもまた愛いものよな。まあいい。〈聖杯〉を手にするまでに見つけていればいいだけの話だ。それまでは綺礼のように、他のマスターに間諜を放って情報を集めて我に語り聞かせろ。そうすれば自ずと自身の願いにも気付くだろうさ。まあ、〈聖杯〉は我の物に変わりないがな』

『心遣い感謝いたします』

『構わん、我の興味があるうちは救いの手を差し出す。王として民の迷いは見過ごせんからな。それに貴様からの魔力供給は我にとって心地よいものだ。時臣と違って余りあるほど送らぬ故に動きやすい。余計な邪念も含まれておらんからな』

『魔力に感情のようなものがあるのですか?』

 

魔力が人を映すなど考えてもいなかった。魔力とは魔術を行使するためだけに使われる道具で、それ以上でもそれ以下でもない。そういう風に教え込まれてきたから余計に驚きだった。

 

『無論だ。魔力とは人間が扱う別の力にして、人間の中にあるものから生まれる力だ。故に感情が紛れ込んでいたとしても不思議ではないであろう?』

『人体と魔術にはまだ未知が広がっているのですね』

『魔術を知り尽くしているなど。思い上がるなよ雑種』

 

獰猛な笑みを浮かべながらそう言い残し、〈アーチャー〉は黄金の粒子となって消えていった。

 

 

 

 

〈第四次聖杯戦争〉の終盤で見捨てられた俺からすれば、あまり思い出したくない過去の話だ。見捨てられた理由としては、本人曰く面白みがなくなったということらしいが。果たしてそうだったのだろうか。俺からすれば、俺以上に面白みがある輩が現れたからだろうと思っている。それが誰だったのか俺にはわからない。

 

何故なら『認めてほしくば、その身で己が境地を脱してみろ』と言い渡され、その後は色々と命懸けのやり取りをしていたからだ。その時の俺は認めてほしいばかりに、戦いへその身を投じた。自身が生き残ることが不可能であると知りながら。

 

だがそのおかげで俺は〈セイバー〉と三度会うことができた。俺を守ってくれた〈セイバー〉が消えゆく瞬間、俺は懸命に手を伸ばした。〈セイバー〉の女性的な柔らかさを保ちながら、騎士として鍛え上げられた手を握った瞬間。俺に振り返って笑みを浮かべてくれた。その笑みは決して敵に屈した際に浮かべる諦めの笑みではなかった。

 

何かを成しえなかった中に少しだけ成しえたような。とても複雑な笑みだったのを鮮明に思い出せる。そして残像のように〈セイバー〉の横に映った〈セイバー〉らしき顔(・・・・・・・・・)。決して見間違えではなく、人として成り立った誰かの影。そんな風に見えた。その影もまた笑みを浮かべていたが、儚さそうに悲しそうな笑みだった。

 

まるで別れを惜しむような苦しみの笑み。その瞳は鋭利で触れたものを傷つける。それを残念そうに自嘲しているよう。いつかまた会いたいと願い、その笑みの意味を知りたいと思った。だが今ならこう思える。あれは何かを期待していた笑みなのではないかと。この先ひょんなことから出会うのではないかという根拠もない感。

 

馬鹿げた妄想だと吐き捨て、俺は帰り道を急いだ。

 

 

 

家に帰った泉世は、珍しく桜がいないことを疑問に思ったが口にする必要もないかと聞こうとはしなかった。実際、今日は桜が家の事情で来れないことになっていたのだが、イリヤの家にお邪魔していた泉世には教えられていなかったのだ。

 

「学校帰りに慎二が妙なことを言ったんだ」

「妙?」

 

食事を終えて通称「タイガー」こと藤姉が帰宅してから食器を洗っていると、水で洗剤を洗い流した食器を拭いている士郎が唐突に口にした。驚くこともなく洗い続けながら泉世はそう聞き返した。

 

「結界の基点を隠してたことや結界自体を張ったのは、万が一の時のための保険だって言い出したんだ。魔力を持たないのにマスターをやらされてるとも言ってた。信用していいのか?」

「結界のことはともかく、魔力がないのにマスターをやらされてるってのは事実だ」

「何でそう言い切れる?」

 

間桐家が代々魔術師の家系であることを士郎は知らない。魔術世界に生きる人間ならば、知っていて当然の常識の一つだ。何故なら魔術に関わる者として、御三家の歴史を蔑ろには出来ないからだ。魔術刻印の継承が途切れていたとしても、かつては〈聖杯戦争〉という儀式を作り上げた名家の一つ。その歴史を魔術師は幼いころから学ぶ。洗脳というのは言い過ぎだが、最初に覚え込まされる知識なので忘れることがない。

 

だが純粋な魔術師の生まれでない士郎は知る由もなかった。まさか自分が魔術師として生きることになるとも思わなかったのだから。一般社会で生きてきた士郎は、魔術社会の知識を微塵も持ち合わせていない。かといって泉世が大量にため込んでいるというわけでもないが。士郎にも御三家について少しは話しておくべきかもしれない。そう思った泉世は手の動きを休めることなく話を続けた。

 

「間桐ってのは、魔術社会でその名を知らない者はいないぐらい有名な家系なんだ。俺達が今関わっている〈聖杯戦争〉という儀式を作り上げた御三家の一つだよ」

「その御三家ってのは一体…」

「お前が知っているように遠坂とイリヤだ。2人はそこの末裔で互いに血は絶えかけている。アインツベルンに関しては、人間というよりホムンクルスに近い血統になっているし、遠坂家はあいつ以外にその血がない」

 

桜が遠坂家の血を引いていることは話さない。凛がそれを望むとは思えないし、桜だって他人に言われたくはないだろう。それに桜の場合は、儀式と称した〈刻印虫〉によって身体と心を穢されている。桜自身、遠坂家の血であるとは思っていないだろう。

 

「間桐家と今は名前を変えてはいるが、本来はマキリと呼ばれる異国の家系らしい。西欧なのかロシア方面なのか詳しいことはわかっていないけどな。間桐家はかなり前から衰退の一途を辿っているらしく、遠坂曰く数代前から魔術刻印は継承されていないらしい。慎二の叔父はまだマシな魔術回路を持っていたみたいだが」

 

それは経験談による話だ。〈第四次聖杯戦争〉において、〈バーサーカー〉のマスターとして参戦した間桐雁夜は、それなりに魔術回路を有していた。それでも〈聖杯戦争〉で生き残れるほどの戦力はなかった。1年間におよぶ〈刻印虫〉によって蝕まれていたのも敗因の一部であるが。

 

「慎二の代で魔術回路は完全に消えた。だからあいつが言ったように、魔力を持っていないのにマスターをやらされてるってのは事実だって言ったんだ」

「じゃあ結界はどうなんだ?保険であったとしてもあそこまで手の込んだことをする必要はないだろ」

「そこがわからないんだよ。保険にしちゃやることが大きすぎる。あいつの言葉が本当なのかウソなのか判断ができないからなぁ」

「それに女子生徒を襲ったのもあいつらしい。サーヴァントがマスターの許可なしでそんなことするのか?」

「一概には言えないかな…」

 

歯切れの悪い理由としては、泉世もそのことを把握できていない実情がある。マスターが意図的に命令していたならばわかりやすい。それに慎二が嘘をついている可能性だってありえる。本当とも言えるので断定した言葉を口にできなかった。

 

「そこはマスターと召喚されたサーヴァントとの関係性や正体で変わるだろうさ。生前が強盗や人殺しが好きだった奴がサーヴァントとして現界したなら、そういったことも平気でするだろうさ。マスターに禁止されるまではな。もしくはマスターが人命に重きを置いていないならば、サーヴァントを叱るどころか推奨するだろうな」

「放っておけるかよ」

「気持ちはわからなくはないが相手は慎二だ。刺激したらどんな手段に出るかわからないから、今は何もしないでくれ」

「…わかった」

 

素直に頷いてくれたことに満足する。士郎は真面目であり人の言うことを素直に聞く。もちろん素直に聞いてくれないときもあるが、比較的泉世のことは応じてくれる。同居人にして同じ災害を乗り切った生存者であり、魔術の師でもあるのだから。士郎が言うことを聞かなかったら、魔術の鍛錬を手伝わないということはない。大雑把な指導になったりはするが。

 

鍛錬するために蔵へと向かう士郎の後を追う。今日は士郎の自主練日なので泉世が手伝うことはない。泉世の目的地はその横にある道場で、食後にそこへ向かった〈セイバー〉に指導を願うためだ。切嗣に救われてからというもの、道場で指導してもらってから泉世が怠った日はそうそうない。あるとすれば、近頃始まった〈聖杯戦争〉で時間が取れなかった日ぐらいだ。

 

士郎も同じように指導を受けたことがある。切嗣が亡くなってからはやめてしまったが、泉世に限っては剣道五段の腕前を持つ藤村大河に教わり続けた。その甲斐あってか学校の体育の授業で剣道部に勝ってしまったり、練習相手として呼び出されることもある。おかげで剣道部には名誉部員と茶化されたりする。

 

本来ならば嫉妬されたりしてもおかしくないが、泉世の人間性故かそれとも実力を認めた故か。そういうこともあって意外と剣道にはまっていたりする。

 

「遅くなって悪い〈セイバー〉。気分でも害していたか?」

 

引き戸を開けて中に入ると、瞑想中らしい〈セイバー〉が正座をして眼を閉じていた。声をかけるべきではないかもしれないが、ここに近づいている間に気が付いているだろう。そうでなければ、霊体化しているサーヴァントの気配に気づけたりはしない。

 

「泉世の中での私の位置づけはどうなっているのか。そこを詳しくお聞きしたいのですが」

「どうあってほしい?」

「最強のサーヴァントというものが好ましい」

「その台詞は片腹痛いな」

「では成敗してあげましょう。その無駄口を言えなくなるまで叩きのめします」

 

こういった皮肉を言い合えるのも今まで士郎しかいなかったため、新鮮さを感じるので自然と笑みが浮かんでくる。泉世が壁に片付けられていた竹刀を持って、切っ先を向けて〈セイバー〉と対峙する。

 

無駄のない〈セイバー〉の構えに対して泉世の場合は、まだまだ型の粗い身になっていない構えだ。言うなれば蛇に睨まれた蛙のような弱々しいもの。だがその中にも成長したいという思いと、若さ故の勢いによる血気が溢れていた。

 

「未熟な俺の腕を磨いてもらえるのは光栄だよ。それもあの【騎士王】に直接手ほどきを受けられるんだからな」

「腕が未熟ならば教え甲斐があるというもの。腕が完成しているならば倒し甲斐があるというもの。どちらであっても私には嬉しいことに変わりないです」

 

強者の笑みを浮かべた〈セイバー〉と、その強者に教えを受けることができる喜びによる笑みを浮かべる泉世。2人の呼吸が合致した瞬間、互いに跳躍して竹刀を振り下ろした。

 

ビシッ!という鋭い空気を裂くような音と共に、風が2人の前髪を揺らす。普通の試合であれば、髪が動いたとしても移動による揺らめきが精々だろう。だが今はその程度の動きではない。まるで突風が吹いたようなそれほどの移動速度だ。

 

切っ先だけの拮抗から一転して連続の突き。さらには斬り払いによる足元への攻撃。普段の〈セイバー〉なら戦闘では決してしないであろう小手先の技。泉世だから使ったのだろうが何ともせこい。

 

「そんな技を使うなんて〈セイバー〉らしくないぞ」

「本来の戦闘なら使いません。しかし今は試合であり戦闘訓練です。ならば小手先を使っても問題ないですし、泉世の世界ではそれが普通であるはずです」

「〈聖杯戦争〉のための実践練習ではなく、現実世界でも通用させるための訓練でもあった…か。じゃあ遠慮なくその好意に預かろうかな!」

 

全力の突進から突然のサイドへの移動から、斬り上げ気味の斬り払いを右から左へと振りぬく。容易に防がれてしまうがそれは予定通り。もう一度強く床を蹴って剣ではなく体当たりをかます。〈セイバー〉にとっては予想外の攻撃だったらしく、剣を迎え撃つ用意をしていたようで、まったく防御できていなかった。

 

そのため15歳でもそれなりに体格のある泉世のショルダータックルを、まともに喰らって大きく態勢を崩した。追撃とばかりに泉世が大きく跳躍して大上段に構える。このタイミングで行くと、いくら〈セイバー〉がサーヴァントであっても迎撃は不可能。だと思っていたのだが...。

 

「《荒れ狂え、風よ》!」

「おわっ!」

 

自身の武器ではない竹刀から、通常ではありえない可視の乱流によって、空中を滑るように跳んできた泉世を軽々吹き飛ばした。道場の床や壁、天井に一切の傷をつけることなく泉世だけを吹き飛ばした技量は驚くべきだ。どうにか態勢を立て直したが、顔を上げたところには竹刀の切っ先が置いてあった。人間にもサーヴァントにも通用する降参の意味である両手を上げた。

 

「なかなかの腕でした。かなり筋が良かったので教え甲斐があります」

「お目にかかってよかったよ。これぐらいで今日は終わりにしよう。にしてもなんでそこまでご機嫌斜めなのか教えてほしいんだけど」

「別にそんなことはありません」

 

ツーンと顔ごと眼を逸らしているのを見ると、泉世の言葉は正しいようだ。顔を背けた方へ移動しても今度は反対方向へと向ける。幾度となく繰り返すが結果は同じだったが、我慢比べに負けたのは〈セイバー〉の方だった。

 

「…匂い」

「ん?」

「これまではしなかった別の人間の匂いがします。それも懐かしく思うものと似た」

「あぁ~」

 

その言葉を聞いて泉世が罰の悪そうな表情を浮かべて頭をかいた。その理由をどうやって説明するべきか悩んでいるらしい。だがそれ以前に何か物足りなさを2人は感じた。壁に掛けられた時計を見ると、時間は0時を当の昔に過ぎている。2人して顔を見合わせて道場の外へと出て蔵へと向かう。中を覗くと、そこで鍛錬をしていたはずの士郎がいない。

 

部屋に帰って寝たのかと思ったが、それにしてはあまりにも存在感がない。注意深く周囲を探索していると、半透明の糸のようなものが伸びているのを見つけた。それを辿ってある方向に眼を向ける。それは遠くの山中からここへと伸びている。そして糸についた気配を見ると、士郎の魔力が少量付着していた。つまり…。

 

「〈セイバー〉これは…」

「おそらく魔力による罠でしょう。蜘蛛のように糸を張り巡らして、かかった獲物を手元に呼び寄せている。といったところでしょうか」

「それにこの魔力は今までに感じたことのないものだ。〈キャスター〉か〈アサシン〉のどちらかだろうが、ここまで複雑な魔術を扱うのは〈キャスター〉だろう。急がないと士郎が危険だ!」

「行きましょう。目的地は」

「柳洞寺だ!」

 

泉世と〈セイバー〉は、全力で自宅から柳洞寺へと向かった。



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理想との決別

アニメとの相違点とは...ないではないか我ぇ!


金の盃が置かれている。その中には紫色の液体が並々と注がれていた。毒々しいものではなく、果実から絞り出したままの状態がその色であるかのように自然な色。それが時折波立って淵からこぼれそうになっている。その揺れの原因は立っている床にあった。

 

いや違う。足元もさらに下の部分からの間接的な衝撃。

 

視点が変わる。

 

見えるのは、穏やかに湾曲した木製の淵と柱に巻き付けられた太い縄。音は聞こえず匂いもしない。聴覚と嗅覚は遮断されていて、視覚だけが働いているそんな感じだ。そして何より不思議だったのが視界に広がる青色。それが〈海〉であることがわかったのは、流れ込んでくる感情のおかげだった。

 

胸の高鳴りと焦燥が入り混じった謎の感情。ここにいることが楽しいのにそれを喜べない。不思議な自分には理解できない苦しみだった。他者からの妬み、憎悪といった負の感情にさらされていたからなのか。自分の行いが正しいと思い込んでいる。哀しい感情だった。

 

 

 

 

「っ、此処は…柳洞寺?」

「ええ、そうよ」

 

独り言に反応したのは女の声だった。背後を振り返ると、地面から影のようなものが人の形を成していく。その不気味な動きと実体化したことによる謎の圧迫感。今日まで何度も経験してきたこの感じ。

 

「サーヴァント、それも〈キャスター〉の!」

「その通りよ〈セイバー〉のマスターさん。私は〈キャスター〉として此度の〈聖杯戦争〉に招かれた」

 

今になって気付く。俺の身体は糸のようなものに繋がれていて自由に動くことができない。どれだけ力を込めても1mmたりとも動いてくれない。まるで身体が石になったように筋肉を動かすことさえままならない。

 

「無駄よ。一度完成した魔術は魔力という水では流せない。それも貴方のように貧弱な魔術回路ではね」

「なるほど。連行させやすかったってわけか」

「参加しているマスターの中でも貴方は跳びぬけて弱いですからね」

 

わかってたさ。俺がマスターとして参加することがどれだけ馬鹿馬鹿しいことか。真っ当な魔術師でもない俺がマスターの器になる資格なんてなかった。泉世なら当然として何故俺だったのかそれが一番の謎だった。そんな思考を回している間に力が抜けていくのを感じた。いや違う、抜けて行ってるんじゃない。抜かれているんだ。それも目の前の〈キャスター〉によって。

 

「くそっ!」

「安心しなさい。命まで取るつもりはないのだから。最初は加減ができなくて多くを殺してしまったけど、今なら必要最低限で済ましてあげられる」

「殺した?まさかこれまでの昏睡事件は全部お前の!」

「御明察。〈キャスター〉クラスには陣地を作る権利があるの。魔力が多量に貯蓄されている場所を選ぶのは当然なのではなくって?」

「それが柳洞寺だったのか」

「ここは霊脈がもっとも流れる場所。感じるでしょう?数百人分の微かな魔力が集まっているのを」

 

確かによくよく観察してみれば、他とは違う妙な波動を感じる。切嗣に救われてから何度か此処を訪れはしたが、気にすることも気付くこともなかった。一応、遠坂からは各クラスの特徴などを教えられていたものの忘れていた。〈キャスター〉は魔力が集まる場所を好むと。

 

魔術を得意とし魔術を使った攻撃で他を圧倒するならば、他のサーヴァント以上に魔力を必要とする。マスターからの供給で間に合わないならば、他から吸収するとも。だがその供給先は関係のない人たちだった。命を奪われた人々の家族はどんな思いだったのか。俺には想像もできない。経験しなければわからない。

 

だが目の前のこいつはそれを考えてもいない。自分が必要としたならば命など顧みない。天秤にかける作業を省いて手にする。

 

「〈キャスター〉、お前は無関係な人間を巻き込んだのか!?」

「何か問題があって?」

「何?」

「有象無象の存在にすぎない人間が数十人死んだところで不都合はないでしょう。この街にはその10倍・100倍・1000倍もの人間が何事もなかったかのように生きているわ。どうせ最後にはすべての人間が私のものになるのに」

「〈キャスター〉!」

 

こいつは多数だろうと少数だろうと命はどうでもいいと言った。そんなわけがあるはずがない。命というものは尊くそして大切なものだ。それを道具のように吐き捨てるなんて俺は認めない。善人だろうと悪人だろうと、俺には関係ない。すべての人を救うと決めたんだ。それを《理想》として掲げた切嗣から受け継いだものだ。

 

「では本題に入りましょうか。貴方の〈令呪〉をよこしなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ」

「誰が渡すかよ!」

「自ら差し出してくれれば、命は取らないというのに。まあいいわ、やり方はいくらでもある。たとえばこうして無理矢理引きはがす方法もあるのだけれど」

 

俺の左手に宿った残り2画の〈令呪〉を奪うだと?そんなことされたら〈セイバー〉はどうなる。〈キャスター〉の手駒にされて最後には捨てられるだろう。〈聖杯〉手に入れることのできたなら、〈セイバー〉は用済みとして捨てられる。

 

「安心なさい。〈セイバー〉は私が管理してあげるわ」

「ふざけるな!〈セイバー〉をお前なんかにはやらない。〈セイバー〉に〈聖杯〉を渡すまで俺は諦めない!」

「威勢のいいこと。ではその言葉がどれだけ本物なのか見定めてあげる」

 

〈キャスター〉が手を俺の〈令呪〉に重ねた。鋭い痛みが手の甲に走る。まるで身体の一部を意識を保ったまま引き剥がされるような、気持ちの悪い感触。

 

「〈令呪〉を剥がすということは、魔術回路を奪うことになるのだけれど。貴方は別に必要ではないでしょう?魔術師でもなければ普通の人間でもない中途半端な存在。何も知らずに生きていくならそれで十分でしてよ」

 

魔術回路を失ったら俺は〈聖杯戦争〉を戦い抜けない。それ以前に俺の《理想》が閉ざされる。あってたまるか。俺はそれを成したいがために魔術師になった。ここで敗れるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

「泉世、これは」

「…英霊という概念そのものを拒絶する結界だな。面倒でしかないな」

 

士郎が〈キャスター〉と対峙している頃。柳洞寺まであと一歩という場所まで来ていた泉世と〈セイバー〉は、麓の階段の前で救出の中断を余儀なくされていた。真正面から乗り込む気など毛頭なかった泉世は、脇から侵入しようとしたのだが、結界によってその作戦は破棄せざるお得なかった。

 

いくら〈セイバー〉がいるといっても、人質に近いように連行された士郎がいれば戦いは困難を極めるだろう。だが結界によって真正面からしか行けないとなると、戦闘は避けられない。

 

「仕方ない。階段を上って正面から突入するしかないかな」

「しかし、泉世なら背後から攻めることもできるのでは?」

「士郎が何処にいるかわからないし、何より下手な動きをして士郎を殺されたくない。だったら正面からぶつかるしかないだろ?」

「わかりました。相手が〈キャスター〉である以上、いつ何処から攻撃してくるかわかりません。注意してください」

 

互いに頷きあって、階段を可能な限り速く駆け上がる。サーヴァントの速度に合わせて、階段を上っている泉世の運動能力は異常だ。魔術を行使していたとしても、敏捷性の高い〈セイバー〉と並ぶなど普通ではない。そこは泉世の魔術の腕前と、鍛え上げられた肉体の相乗効果とでも言っておこうか。

 

深夜の冷えた空気と、張りつめた空気が合わさって不気味さを醸し出している。寺ということもあるが、今はサーヴァントがいるという点が一番の理由だった。元々寺は霊や魂を供養する場所なだけあって、霊的な現象が起こることで有名だ。人魂や死者を見たという目撃例は後を絶たず。

 

昼は自分たちを見守ってもらうために訪れ、夜は不気味だから近寄らないとは。なんとも人間の本性を映した鏡と言える。そんな人間に仏や菩薩が何かを恵むとは到底思えないが。

 

閑話休題

 

半分ほど上りきり、泉世が少しばかり呼吸を整えていると。何者かに見られているのを感じた。存在しないものが漂いながら全方位から睨んでいるような。もう一度頷きあって階段を駆け上がる。到達まであと僅かというところで2人が同時に足を止めた。

 

〈セイバー〉が泉世を守るように前へ出る。

 

「人影…まさかサーヴァント。なら〈キャスター〉なのか?」

「いえ、あれは〈キャスター〉ではない気がします。聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」

「…〈アサシン〉のサーヴァント、《佐々木小次郎》」

「「なっ!」」

 

自ら名乗り出たことに2人が驚愕する。《真名》は自身の弱点を露見させることにつながるため、サーヴァントは普通なら名乗ることはしない。なのに名乗ったということは一体どういう意味か。

 

「立ち合いの前に名乗るのは当然だ。だがそなたは名乗らずともよい。私自ら看破したいのでな。それに敵を知るならばこれで十分であろう?」

 

背中に回した手に握っていたのは、長身の〈アサシン〉と同等の長さの刀だった。見栄えは良くも悪くもない至って普通のものだ。名刀であるようには見えないが、見た目だけでは判断できない。だがそれは自分が強いと思い込んでいる弱者が、敵は腕と同等の物を持っていない故に弱いと決めつけるようなものだ。そんな者は一般社会でも魔術社会でも早死にする。

 

「退け〈アサシン〉。今は貴様に構っている暇などない」

「ならば押し通れ。私を納得させることができたならば、喜んでこの道を譲ろう。だが私の役目は門番だ。そう易々と通しては肩書きの意味がなくなる」

「では魔術師だけでも通してもらえないだろうか。サーヴァントとの戦いに巻き込むわけには行かない」

「それこそ無理な相談というもの。私の役目は誰一人としてここを通さぬこと。それが契約内容だ」

 

マスターとの関係性。それはこの地域一帯でもっとも魔力の溜まった土地を守ること。〈アサシン〉はそう言いたいのだろう。冬木市には魔力の溜まる場所が全部で4箇所ある。

 

1つ目は御三家の1つの遠坂家が所有する遠坂邸。2つ目は〈聖杯戦争〉の監督役が在中している不可侵地帯である言峰協会。3つ目は冬木市民ならば1度は訪れたことのある冬木市民会館。そして4つ目が歴史ある霊地にして、今回の〈聖杯戦争〉における祭壇のここ柳洞寺がある円蔵山。

 

ここを守るということはそういう意味だ。

 

「〈アサシン〉、聞きたいことがある。寺には〈キャスター〉がいるはずだ。そこに立ち〈セイバー〉を敵にするということは、貴方たちのマスターは同盟を結んでいるのか?」

「同盟?そのようなものあるわけなかろう。私にはマスターなど存在しないのだから」

「どういうことだ」

「押し問答はこれぐらいにして。〈セイバー〉、戦わねば貴様の主の命はないぞ」

 

脅しにもとれる言葉に〈セイバー〉が階段を上っていく。剣を操る者同士の戦闘に参加するわけにも行かない泉世は、背後でその戦いを見守るしかない。戦闘中ならば泉世だけでも左右の林を抜けて、士郎の元へ行けるだろう。だが門番として立ち塞がる〈アサシン〉がそれを許容するはずがない。

 

余計な立ち回りをして命を狩られては困る。今は何もせずに見届けることが安全と判断した。

 

「でやぁぁぁ!」

「ふっ!」

 

互いの剣を振りかざし衝突する。断続的に金属音が周囲にふりまかれていく。斬り払いからの刺突と上段斬り。途方もない速度での衝突は、泉世の動体視力では視認できない。互いに剣を弾いた瞬間しか眼にできず、何があったのかはそこでしか判断できない。

 

「いや、お見事。その首七度は落としたつもりだったのだが、未だかすり傷負わず健在とは。私の剣が訛ったのかそなたの剣技が生半可なものでない故か」

「これほどまで互角にやりあえるとは。貴方はかなりの剣豪とみた」

「私など剣豪になれなかった臆病者よ。夢を途中で捨て、剣を振るうことだけに生涯をかけた。故に私には誇りなどあらず、この身を剣だけの勝負で朽ち果てるならば本望」

 

わずか数秒間だけの戦闘だったが、泉世は〈アサシン〉の腕前が達人の域をとうに超えているのを実感した。〈セイバー〉はそのクラス故に、剣技を極めた者であることは確かだ。その〈セイバー〉と互角にやり合う〈アサシン〉は簡単には倒せない。

 

《佐々木小次郎》。かつて最強の剣豪と謳われた宮本武蔵と、巌流島(元は舟島)で死闘を繰り広げたと言われている。13歳から29歳まで60以上の戦いで無敗を続けた宮本武蔵と死闘をするなど、並外れた剣使いに他ならない。〈アサシン〉として召喚された意味はわからないが、此度の〈聖杯戦争〉において楽に勝てる相手ではないことは明白だった。

 

その腕前を持つが故に〈セイバー〉と互角以上の戦いを繰り広げている。重さと威力、速度ならば圧倒的に〈セイバー〉の方が上だ。だがそれを補って余りあるほど〈アサシン〉の剣技は異常である。立ち位置が階段の上下ということもあるが、互いに足場の悪さは対等。上から押しこめるだけ〈アサシン〉が僅かに有利か。

 

「西洋と東洋の剣技比べとは。いや、なかなかに戦い甲斐がある」

「そちらは小細工を用いるのだな。面白い。普段ならば侮辱であると受け取るが、貴方のその戦い方は実に興味深い」

「おうさ。剣技以外の全てで負けていては少々私も戦いづらい。その差を埋めるためには、小細工を弄するのも仕方なかろうて。それにその見えない剣(・・・・・)にもそろそろ慣れてくる頃合いだ」

 

やはり〈アサシン〉は生半可な敵ではない。今の僅かな戦いで〈セイバー〉の剣の間合いをほぼ掴んだという。観察力と洞察力は桁外れに高い。

 

「では第二幕といこうか。猶予などあってないようなものなのだからな」

「その言葉通り私も全力で戦いましょう。後ろの魔術師には手を出させません」

「そのようなことを言わなくとも、割り込むことはしないと期待するが。そなたの協力者であれば、剣士の誇りをわざわざ踏みにじるようなことはせんであろう?」

「命の危険を感じたら介入するかもだが」

 

泉世の応えに〈アサシン〉が少しばかり不愉快だと眉を顰める。本来、サーヴァント同士の戦いにマスターが乗り込むのは自殺行為だ。加えて誇りを重んじるサーヴァントであれば、侮辱されたと認識する。楽しんでいることに水を指されて、相手に怒る人間と同じ心理だ。

 

「ふむ、まあ〈セイバー〉のマスターの関係者であれば当然か。介入するにしても、するならばそれ相応の覚悟を持ってこい。死ぬこともありえるということを」

 

その時、泉世は〈アサシン〉の背後に圧迫感を与える何かがいるのを感じた。それも2つ。

 

「この初めての感じは〈キャスター〉か?しかしもう1つは〈アーチャー〉なのだろうが。何故ここにいる?」

「ふむ、予定外の来客のようだ。女狐めかなりイラついておるな」

「やはりお前らは同盟関係か。ならば押し通るまで!」

「威勢のいいことよ。普通の魔術師ならば、サーヴァントを前にして逃げるか隠れるかのどちらかなのだがな。それにしては貴殿のその意欲。実に興味深い」

「頭の狂ったマスターという認識でいいさ」

 

冷や汗をかきながら強い口調で言う。だがそれが虚勢であることは誰の眼から見ても明らかだった。呼吸は乱れで浅く速い。焦点は定まらず視界が時折ぼやけたりする。

 

「口先だけならば生かしておく意味はあるまい」

「待て〈アサシン〉!巻き込むつもりか!?」

 

〈アサシン〉の魔力が上昇したことで、〈セイバー〉がその意味を悟る。

 

「守らねばそなたの命もないぞ〈セイバー〉」

「っ!」

「さあどうする?挑むか逃げるか。挑めばそなたも傷付くだろうが後ろの魔術師の命は助かる。逃げれば後ろの魔術師は生き延びるが、上のマスターは死ぬ」

 

階段を下りながら〈セイバー〉を試す。上からは断続的に衝撃音と地鳴りが届いてくる。どうやら本邸でも戦闘が始まったらしい。〈セイバー〉と同じ踊り場に立って構える。

 

「いかせてもらうぞ〈セイバー〉。《秘剣 燕返し》!」

「なっ!」

 

急激に高まった魔力が剣に集まり、一瞬にして剣が振り抜かれる。

 

「っ!」

 

〈セイバー〉に放たれた《宝具》を半透明の膜が防ぐ。だが《宝具》として同時に三度(・・・・・)斬りつけられては、如何に魔術といえども形を保っていられない。それでも僅かばかりの猶予が発生したことで、〈セイバー〉は剣に纏わせていた魔力を解除した。そのままの流れで放たれた剣撃を防ぐ。

 

そのことに驚きを隠せない〈アサシン〉は、《宝具》を放ったままの体勢を解かなかった。

 

「...避けたのか我が剣を」

「介入がなければ死んでいた。今の攻撃、一度に三方向から剣が放たれていた。一体どういうことだ!」

「何、簡単なことよ。剣に捧げた我が人生の中でもっとも時間をかけたのがこれだ。燕を斬るために得た技。技と言えるのかどうかはわからぬが、誇れるものでもない。空を駆ける燕は容易に落とせぬ。線でしかない剣筋ではさらに難しい。ならばどうすれば落とせるのか。ない頭を働かせて思い至った。【1本で落とせぬならば数を増やせばいい】とな」

 

懐かしそうに夜空を見上げながらそう呟く。《宝具》を放つ瞬間の瞳ではなく、ただ1人の剣士としてあった自分を眺める優しげな瞳。

 

「しかし奴らは思うより素早い。事を為したければ、一呼吸のうちに数度重ねなければならん。生憎、他にやることのなかった私に時間はありあまっていた。辿り着いたのが今というわけだ」

「...《次元屈折現象》。ないものを一瞬のみ同じ場所に置く現象の事を言う。だがそれを魔術を使わずに使用した?有り得ない」

「確かに有り得ぬだろう。だが実際、私は会得した。それがどういう意味かわかるか?」

 

言っている意味がわからない。〈セイバー〉に守られながら、泉世は〈アサシン〉の言葉を待った。

 

「私はそれだけで《宝具》の域に達したのだ。それ故にサーヴァントとして迎えられた。私は名を持たず生きていたかさえも分からない人間。存在したかもしれないという人間の妄想や想像が生んだ歪な英霊。だがそれでも私はこうして剣技を交える機会を得た。捨て置くことなどできるわけなかろう」

「〈セイバー〉、勝つのは難しいと思う。時間を稼いでくれ。っ!」

「泉世!」

「ほう」

 

突如泉世が飛んだ。階段を駆け上がるのではなく、大きく跳ぶのでもなく空を飛んだ。マスターにしてはその速度は異常だがサーヴァントからすれば遅い。光速とでも呼べる速度で斬りつけ合っているのだから、魔術で加速したとしても視認するのは容易い。

 

「士郎!」

「み、なせ…」

「これは刀傷?〈キャスター〉は斬系統の魔術を扱うのか。厄介だな。...それにしても今の瞬間に俺を斬ることができたはずだ。何故討たなかった〈アサシン〉」

 

〈セイバー〉と互角以上の剣の立ち合いをしたのだ。魔術を使って速度を上げていたとしても、泉世を斬るのは容易だったはずだ。なのに〈アサシン〉は指先を動かそうともしなかった。

 

「それこそ無粋というもの。仲間を助けるその行為は誰であっても美しい。それも私の剣を少しでも防いだ魔術師への報酬だ。立ち去るがよい。今宵はここまでだ」

「情けをかけるのか?」

「言ったであろう今宵はこれで十分だと。味方を守りながら戦うのは戦の天才であっても簡単にはいかぬ。互いに万全の態勢で戦いたいのだ。そうであろう?〈セイバー〉よ」

「サーヴァントしてではなく、騎士としてそうありたいと思っている」

「私も女狐が撤退したことでここを守る必要性もなくなった。そなたらも居る意味はなかろう?」

 

見逃してもらうことを貸しとして泉世は〈セイバー〉に守られながら下山した。背中に大怪我を負った士郎を背負いながら。

 

 

 

眼に見えない場所まで下りたのを確認した後、〈アサシン〉は階段を下りてくる人物に敵意を向けた。

 

「ほう、私の前に立ちふさがるか侍」

「それはこちらの台詞だ風来坊。私の獲物を横取りするつもりなら、貴様はあの女狐以上に好まぬ存在となろう」

「面白い。横取りする気は毛頭ないが邪魔立てするならば切り捨てるだけだ」

「行きは見逃したが帰りは通さぬ。通りたければ満足させてみよ」

 

共に並々ならぬ魔力を周囲に放出して対峙する。

 

「ふんっ!」

「ふっ!」

 

〈アーチャー〉が振りかぶった短刀が〈アサシン〉の長刀と激しくぶつかり合う。その剣音は静まり返った柳洞寺一帯に反響した。




頑張るんだよ作者は。


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発動と終了

虚無期間が続き申し訳ありませんでした。テストが重なり作成する余裕もなく...。少しずつではありますが、投稿していきますのでよろしくお願いします。


「本当に治るもんだな」

 

通学していると、士郎が不思議そうに呟いた。深夜に〈キャスター〉によって連行され、柳洞寺で紆余曲折あって大怪我を負った士郎。背中側の右肩から肝臓付近まで大きく切り裂かれたのだが、僅か数時間で完治していることに驚いていた。

 

士郎自身が魔術に長けていないように、治癒魔術が使えないため何故治っているのか不思議そうだった。その理由としてあるもの(・・・・)のおかげであるのだが、士郎はそれがあることを知らない。知らせるべきなのかもしれないが、知らないほうが良いのではないかと思っていたりする。

 

別段隠しておかなければならないことでもなければ、教えなければならないということでもない。教えたら何故知っているのかと問われるだろう。切嗣が埋め込んだと言えばいいのだろうが、何故切嗣が俺ではなく自分に埋め込んだのかと聞いてくるはずだ。

 

その理由は俺にもわからない。命の尊さは変わらなかったと思う。あの時、俺と士郎は同じように怪我をして同じ場所で救われた。病院に入院している部屋も同じで、引き取られるときも同じだった。

 

 

 

 

 

『こんにちわ。君が士郎くんで君がフェルリ・ヘルメス・アンソニアムくんだね?』

 

隣合った病室のベッドで士郎と話していると、面会の予定もないのにある男が俺たちに話しかけきた。剃る時間がなかったのか。敢えてそのまま伸ばしたままにしているのか。みすぼらしい髭を生やした男は、やつれながらも穏やかな表情で話しかけてきた。

 

『おじさんは衛宮切嗣。色々と話はあるんだけど、率直に言うね?おじさんは魔法使いなんだ。施設に預けられるのと、まったく知らないおじさんに引き取られるのとどっちがいいかな?』

 

問いかけられて俺は士郎と視線を交わした。あの災害が起こってまだ数日。生き残った俺たちを利用して、身代金の要求をする余裕もないだろう。そんな意味合いで士郎に頷く。実際、俺はあの災害が起こる前に出会っていたから、そんな卑怯な真似をする人間でないと知っていた。

 

『もちろん、今すぐにというわけじゃないよ。ゆっくりと考えていいからね。じゃあおじさんはこれで...『待って』?』

 

俺は踵を返し始めた切嗣を引き止めた。同じ病室にいる子供たちの視線を感じながらも、足を止めて振り返った切嗣の眼を見て言った。

 

『おじさんと暮らしたい』

 

そう口にした時の切嗣の表情を俺は忘れない。自分を信じてくれる人の存在を、また(・・)感じることができたという喜びに満ち溢れた表情を。純粋に嬉しそうな年相応の大人の顔だった。

 

それからの切嗣の行動は早く、数日後には孤児になりかけていた俺と士郎を養子縁組として迎え入れた。退院して切嗣に連れられ衛宮邸に入った。これから自分の家となる衛宮邸は、第三者目線からでしか見てこなかった俺にとって新鮮さに溢れていた。生活し慣れたロンドンの実家とは違って、この家は落ち着きがあって心から安心できた。派手さや装飾もない家だけれど、俺にとってそれがむしろ心地よかった。しきたりに従う必要もなく、口うるさい父親の機嫌を伺う必要もない。

 

それだけで心が解き放たれたような気がした。

 

 

 

「〈セイバー〉との契約に何かしらあったんだろうさ」

 

3人での暮らしの回想から意識を現実世界に戻す。士郎の言葉にそれらしく意味のあるように答えておく。

 

「泉世にもわからないのか?」

「許可もなく契約を知ろうとは思わないよ。それに形もないやつを見抜けるかってんだ」

「魔術が得意な泉世ならわかるだろ」

「生憎、そこまでは見えないのさ。俺に見えるのはあくまで〈世界の改変・影響を与える事象〉だけだ。つながりを感じることができても干渉はできない」

 

感じることと見えることの違いはかなりある。簡単に言えば、ニュアンスで伝えられても理解できないように、実体験したらわかるみたいな感じだ。ちょっとした違いだが、魔術では結構意味合いが大きい。わかる・わからないでは発動したときの効果が明らかに違う。

 

「難儀だな才能も」

「まったくもってその通り」

 

魔術の素養がある者とない者ではあるが、互いに意気投合して会話をできるのは、あの災害を乗り越えたからだろう。養父の育て方が2人に合っていたのも、理由の一つに重なるかもしれない。

 

「なあ、泉世。慎二のことは遠坂に話さなくていいのか?」

「言わない方が身のためだと思う。あんなんでも桜の兄だからな。余計に刺激を与えるのも考えものだ」

「協力関係にあるんだったら情報提供するべきだろ」

「遠坂がそれを知ったら何をするのかわからないだろ?」

 

2回目のやり取りではあるが普通に返しておく。なんだかんだ言って、慎二はあれでもそれなりに中身のある人間だ。性格は大嫌いだが、大切なものはきちんと守る存在なのは確かだ。実際、自身の安全を誰よりも優先したがるし。まあ、人間なら誰しも危機に陥ったらそうなるだろう。慎二は人一倍それが強い。それ故に自身を守るため、他人を犠牲にする節がある。そこを抜けば、まだ絡んでいても苦しくないのだけども。

 

なんだかんだ話しながら歩いていると、いつの間にか学校に着いていた。自宅からは20分ほどの場所にあるから、1人で歩いてるとそれなりに時間がかかる。だがこうして士郎と話しながら向かうと、不思議と数分しかかかっていないように感じる。

 

「「っ!」」

 

校門から敷地内に踏み込むと、生暖かい空気が俺たちを襲った。2日前に感じたものと同じだが、重みと圧力が倍以上になっている。一般生徒は何も変わらず往来しているが。

 

「...こりゃまた濃厚なことで」

「なんだよこれ...」

「普段通りにしとけ。誰にも分からないんだから、不自然な動きは余計な注目を浴びることになるぞ」

 

魔術師にしか感じられない魔力。それが学校の敷地内に大量に充満している。魔力に敏感な士郎はともかく、鋭敏な泉世が顔色ひとつ変えないのは流石である。魔力の感知が得意な魔術師は別段珍しいことではない。魔術師ならば魔力の感知ができるのは当然なのだから。だが泉世の場合は、その特異体質な影響で魔力が高濃度の場所に長時間居座ると体調に異変をきたす。一般生徒で言う風邪気味のような症状だ。

 

此処の場合は、それほどまでには至らなくとも不愉快には感じる。

 

「取り敢えずだ。教室に荷物置いたら慎二を探そう」

「来てなかったら終わりだけどな」

 

 

 

そして案の定、慎二は学校の何処を探しても見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

「参ったわね。発動はされてなくとも強化されてるなんて」

 

そう忌々しそうに文句を垂れ流す凛。面倒くさいという表情をしている泉世。どう収集をつけるべきか迷っている士郎。

 

今は昼休み。凛によって屋上に呼び出された2人は、着いた途端そんな愚痴を聞かされる羽目になった。本当ならば2人が学校に来たときに話をしたかった凛だったが、2人が来る時間が遅かったので話せなかったのだ。かと言って2人が悪いわけでもない。結界が強化されているなどわかるはずもなく。学校に来てから知ったのだから文句を言われても仕方ない。

 

付け加えておくと、慎二を探すだけの時間があったのならば話ができただろう。だが2人が探している間に凛が会いに来たため、ズレが生じていたのだ。不幸なタイミングの悪さ故に、凛の機嫌は心底悪くなっていた。

 

「ズレが生じたことは水に流そう。問題はこの結界をどうするかだが。遠坂、〈アーチャー〉に頼めないか?」

「ごめん、今日は連れてきてないの。今日の深夜に衛宮くんを怪我させたから家に置いてきた。〈令呪〉で協力関係にある間は手を出すなって言っておいたし」

「そんなことに〈令呪〉を使わなくとも。残り2画で〈セイバー〉以外を倒すのは、ちょいと難しくないか?」

「正確には1画よ」

「...は?」

 

まさかのカミングアウトに泉世は言葉を失った。命令したのであれば、1画しか使わないはずだ。なのにもうひとつ減っているのはおかしい。

 

「…召喚した時に使っちゃったのよ。あんまりにも腹立ったから」

「うっかり発動はやめろって言ってるのに」

「う、うるさい!」

 

どうやら遠坂家特有の「うっかり」が発動していたらしい。曖昧な命令は〈令呪〉の無駄使いだというのに。〈令呪〉は絶対的な強制力を持つ強力な魔術だ。1度の〈聖杯戦争〉で3つしか使えないというのに、そんなことに使っていたとは勿体ないにもほどがあった。

 

「それよりどうする?慎二がいないならこの前にみたいに術式を無効化するか?」

「昼休みだしなぁ。大っぴらな行動は目立って仕方ない。かといって《認識阻害》を使うのも面倒だ」

 

《認識阻害》はその名の通り認識を誤魔化す術式だ。感覚を乱すのであって、肉体的な接触には効果を発揮しない。それどころか術式が壊されてしまう。破られればその場に突然3人が現れたように見える。そのため人が多いこの時間帯に使おうにも問題がありすぎた。

 

「この結界は誰が張ったのか知らないけど腹立つっての」

「...正直言うと、この結界を張ってるのは慎二なんだ」

「なんですって!?」

 

士郎と視線を交わしてから報告する。登校中に話さない方がいいと言ってはいたものの、黙っていられる空気ではなかった。その結果、凛は感情を爆発させた。

 

「朝会った時に絞めておけばよかった!」

「あいつに会ったのか?」

「『僕もマスターやらされてて困ってるんだ。仲間にならないか?』って言われたの。2人と組んでるから必要ないって言ったらどっかに行っちゃった」

 

話を聞いた限り、慎二は朝に学校で話してから姿を消したらしい。誰かが知っているかもしれないが、情報収集している間に昼休みが終わってしまいそうだ。

 

「慎二を探し出して結界を解除させよう。この感じは発動させる気満々だ」

「そうね。今すぐ探しに行きましょう」

 

屋上から降りようとした瞬間。下から突き上げるような振動が3人を襲った。どうにか転倒するのを防いでいると、禍々しい色の何かがそこら一帯から空へと伸びていく。学校の敷地内の中心に集まったそれは空に穴を開けた。人間が眼を開くように瞼を持ち上げる。血走った瞳はもはや人間性など皆無で獣そのものを映し出している。虹彩が肉食獣のように鋭く血に飢えているようにも見えた。階段を駆け下りると、昼間だというのに、校舎全体が薄暗く赤みを帯びて血塗れとも言える。

 

壁に寄り掛かるように立っている士郎の表情は辛そうだ。それもそのはず。この結界は人間の体内から魔力を吸い出すためのものなので、ただその場に立っているだけでは奪われていくだけだ。

 

「士郎、気をしっかりと持って体内で魔力を生成し続けろ。一度でも意識を失えばお前も死ぬぞ」

「気持ち悪いわね。強制的に魔力を奪われる感覚は絶対に慣れないというより慣れたくないわね」

「桜が心配だ」

 

屋上に近い階層には一年生のクラスがある。その下に二年生、さらに下に三年生という学年が上になるほど地面に近い構造だ。だから階段を一階層分下りると一年生の階に着く。3人は無言で頷きあって屋上から下りていく。

 

教室を覗いた2人は口元を横一線にし、1人は口元を両手で覆っていた。中では机に倒れている者、床に倒れこんでいる者、仰向けや俯せになっている者。心臓部分を抑えたりしているのは、呼吸が上手くできないが故で苦しいからだろう。痙攣をしているのはまだ体が生きている証だ。

 

奥で倒れていた桜を抱き上げた士郎は呼吸を測っていた。

 

「まだ呼吸はある。助かるぞ」

「士郎、すぐに教室から出ろ。お出ましだ」

 

士郎を呼んだ泉世は廊下を睨みつけていた。背を預けるように立つ凛の先にも、同じような骸骨らしき何かが床から這い出てきている。骨が剣を所持している様子は、人間に本能的な恐怖を呼び覚ます。原始的であって遥か昔から残る本能。肉体的にも精神的にも未熟な人間であれば、見ただけで腰を抜かして無残に殺されるだろう。

 

だが泉世と凛はその範疇に収まらない。魔術師として卓越した才能と知識を持ち合わせている2人は、この程度で恐れおののくことなどない。10年間もの間、死と隣り合わせの生活をしてきたのだからこの程度でも生温く感じてしまう。

 

「まったくなんて数の使い魔だよ。魔力は底なしなのか?」

「さっき吸い取った生命力を糧にして呼び出したんでしょうね。これだけ呼び出していたら、吸い取った量なんかすぐになくなるわ」

「下手したらまた吸い取られるわけか」

「可能性はあるでしょうね。慎二のことだからどこまでするかわからない」

 

教室からでてきた士郎を真ん中にして、廊下の左右から押し寄せてくる使い魔とにらみ合う。その数は数えるのが嫌になるほどだ。目視できる限りで50はくだらないだろう。これほどまでになれば、如何に卓越した魔術師の2人でも簡単には倒しきれない。真っ先に突撃してくる兵を泉世が拳と蹴りで粉砕し、凛が《ガンド》で撃ち抜いていく。それでも減少を超す勢いで増殖するため、3人は密着せざるおえなくなる。こうなると泉世は物理的な攻撃は出せないし、近くに2人がいるから凛も撃てない。

 

「〈セイバー〉を喚ぶ。このままじゃ全員斬られて終わりだ。遠坂は〈令呪〉を使って残り1画だし俺には2画残ってる」

「頼んだ」

「ああ。〈セイバー〉ぁぁ!」

 

願いを込めて士郎が〈セイバー〉を喚んだ。士郎の左手の〈令呪〉が1画消えて魔術陣が廊下の床に形成される。膨大な魔力の渦が発生して3人の髪を揺らす。だが風として揺らさず魔力が引き起こした見かけ上の変化。魔力の渦が凝縮して光となる。光は人の形を成して士郎が呼び寄せた〈セイバー〉となる。

 

この間にかかった時間はコンマ一秒にも満たない。まさに一瞬という言葉が似合うものだ。

 

現れた〈セイバー〉は3人に眼を向けることなく、目前の使い魔を斬り落としていく。50体もの使い魔を一瞬にして葬っていく姿に3人は魅了されていた。敵がいることも忘れてその剣技と立ち振る舞いに。

 

「マスター、状況はどうなっていますか?」

「サーヴァントに結界を張られた。学校から出られるかわからないし生徒を放っておけない」

「その気持ちはわかります。…この階にサーヴァントの気配を感じますがどうされますか?」

「結界の基点は一階から感じるけど?」

「結界の基点は一階でサーヴァント気配はこの階か。おかしな話だ」

 

結界を張っている間は、基本的にその場から離れることができない。離れると結界は意味をなさず消えるか、効力を大きく下げるかのどちらかだ。例外的に使用者本人がいなくとも継続できる結界もあるにはあるが、そういったものは小規模か燃費のいいものまたは強力なものだ。たとえば遠坂邸やアインツベルンの城、衛宮邸のように名家や魔術の一族は好んで使用する。

 

もしくはその土地を媒体としたが挙げられる。柳洞寺・冬木協会・冬木市民会館のような膨大な魔力が溜まる場所のことだ。限られた場所であり、魔力が溜まるが故に強力な結界を発動させることができる。

 

とはいえ、そういった結界は特別仕様なので今回の結界とは別件と言える。ここの結界は魔力を吸い取ることを目的としたものである以上、使用者が離れることはできないはずだ。

 

「遠坂、〈アーチャー〉はどうだ?あいつならもっとしっかりとした判断を下せるはずだ」

「呼びかけても応答しないのあいつ。たぶんこの結界は外部との関係を断つ代物よ。〈令呪〉を使わなくちゃあいつはたぶんこれない」

「そうなったら俺達で解決するしかないな。さてと、どうやら慎二はここで終わらせる気らしい。見ろ」

 

泉世の視線の先で使い魔が新たに床から現れていた。先程よりも数も多く、泉世の言葉は誇張でも嘘でもない。

 

「ここは俺と〈セイバー〉で抑える。2人で慎二を捕まえるか結界を解除してくれ」

「無茶言うな。お前も一緒に来るんだ」

「大勢で行ったらあいつの思うつぼだ。それにこれだけの使い魔がいてサーヴァントもいるとなれば、〈セイバー〉には少し荷が重いと思う。サーヴァントを〈セイバー〉に任せて俺が使い魔を倒す。それが確実な方法だ」

「危険ですが正しい判断かと。敵のサーヴァントの戦法がわからない以上、援護してくれる人がいるのは好都合です」

 

〈セイバー〉と誰が残るべきなのか。消去法で行けば間違いなく泉世になるのは容易に想像できる。凛は同盟関係であっても〈アーチャー〉のマスターだし、士郎に援護を頼むのは無理がある。《強化》しか扱えない士郎では〈セイバー〉の足を引っ張り、サーヴァントとの戦闘に集中させることができない。

 

泉世ならば使い魔を倒すどころか、サーヴァントを倒すための援護ができる。〈セイバー〉が泉世の意見に反対しなかったのはそれが理由だった。

 

「わかった、気をつけろよ2人とも。行くぞ遠坂」

「ああもう。わかったわよ」

 

2人が走り出したのを確認してから、俺はじりじりと距離を詰めてくる使い魔と相対する。剣を持っていたとしても切れ味はそれほどでもないだろう。どちらかといえば殴打に近い攻撃方法だと先ほどの動きから予測する。

 

「背中は任せる」

わかった(・・・・)

「…え?」

 

背後に現れた使い魔を〈セイバー〉に頼んだのだが、その返事は普段の声ではなかった。まるで冷徹に冷酷に非情に(・・・・・・・・・)解決しようとする残忍な声質だった。聞き覚えのない声に違和感を感じて振り返ったが、〈セイバー〉は既に敵へ斬りかかっていた。

 

声をかけるタイミングを失った俺は、自分に襲い掛かってきた使い魔の剣を掴んで顔面に拳を叩き込んだ。爽快な打撃音と拳にくる反動に少しばかり口角を上げる。このように敵を粉砕するような戦いは一度もしたことがない。手に残っている感触は、いつも肉の微妙な柔らかさと鍛え上げられた筋肉の弾力性のある硬度だけ。

 

肉でもなく筋肉でもない骨の感触は、これまでにない高揚感を与えてくれる。まるで水を得た魚のような歓喜。次々に襲い掛かってくる使い魔を、10年に及ぶ鍛錬によって鍛え上げた拳と蹴りで迎え撃つ。人間の顔部分にあたる頭部を強打すると、使い魔はその肉体を空気に溶かしていく。

 

砕いたとはいえ、魔力によって形成された骨は残ることなく消えていった。眼に見えて減っていく使い魔だがどうもおかしい。これほどの数を無尽蔵に放出しても意味はないはずだ。出現させるならば数体を1体に集合させた使い魔を派遣したほうが有効だろうし。このまま排出させていても浪費以外の何物でもない。

 

「…時間稼ぎか?」

「どうでしょう。これだけの使い魔を放っているのは、疲弊するのを待っているとも考えられます」

 

独り言を呟いたが〈セイバー〉はそうとらなかったらしい。その返答は普段の〈セイバー〉だったので、先ほどのは気のせいと思い込むことにした。 

 

「どういうことだ?」

「何故退いていくのでしょう」

 

俺達の目の前で使い魔が床に沈み込んでいく。まるで撤退を命じられたように潔く消えていくので不気味に見えた。

 

「気をつけろ〈セイバー〉。嫌な予感がする」

「同感です。これには最大限に近い警戒をするべきでしょう」

「そうだな…っ〈ライダー〉か!」

 

俺の目の前に現れたのは2日前に襲撃された〈ライダー〉だった。猪突猛進とばかりに突撃してくる。それを背後にいたはずの〈セイバー〉が迎え撃つ。鎖のついた短剣と視えない剣がぶつかり合う。その衝撃波は大したことはないが、その剣戟速度が異常だった。1秒間に10回もの斬り合いは互角だ。

 

「〈ライダー〉、貴様の目的は何だ!」

「…」

 

〈セイバー〉の問いかけにも応答しない。まるで機械のように命じられたことをこなすだけの存在。無表情で生気を全く感じない。気持ちの悪いほど静かな行動は、もはや亡霊のようにしか見えない。

 

「せあっ!」

 

鍔迫り合いから離れて着地したばかりの〈ライダー〉を、〈セイバー〉の視えない剣が貫いていた。しかし不思議なことにその傷口からは血しぶきが見えない。それどころか〈ライダー〉は痛みを感じさせない滑らかな動きで、〈セイバー〉に向かって身を乗り出す。と思えば、その姿が別のものへと変貌する。黒いフードを被った不気味な影のようなサーヴァント。見たことのない風貌とその雰囲気は、柳洞寺で感じたものと同じだ。つまりその影の正体は〈キャスター〉。

 

「汚れた手で〈セイバー〉に近づくな!」

 

《ガンド》を撃ち込んだ瞬間に〈キャスター〉が姿を崩しながら、〈セイバー〉の頬に触れた。

 

穢れた手で私に触れるな外道(・・・・・・・・・・・)!」

 

〈セイバー〉の怒号が廊下に響いた。しかもそれの声は俺が違和感を感じたものと同じだった。

 

「…〈キャスター〉の気配が消失しました。危険性はないと思われます」

「〈セイバー〉お前…いや、なんでもない。助かった礼を言う」

「当然のことをしたまでなので。それより泉世に怪我がなくて何よりです。では士郎たちと合流しましょう」

 

笑みを浮かべた〈セイバー〉に違和感を抱きながら、士郎たちがいるであろう下の階に下りて行った。

 

 

 

〈キャスター〉との交戦を終えて泉世と〈セイバー〉は、気を失っている生徒たちを運び出している2人と合流した。どうやら慎二は逃げ出した後のようだ。彼等を〈セイバー〉に任せて、3人はそれぞれが入手した情報を交換し合う。

 

「敵は〈キャスター〉だったのか。〈ライダー〉じゃなかったのは予想外だ」

「利用されたってところでしょうね。慎二の命令で結界を張った〈ライダー〉を不意打ちするなんて、性悪女を体現したようなもんよ」

 

やり方が気に食わないとばかりに、不満とストレスを〈キャスター〉にむけて吐きだしていた。その気持ちはわからなくはないため、泉世と士郎はなだめようとはせずに好きに言わせていた。余計に刺激したら面倒になりそうだと思っていたのだ。士郎の場合は、柳洞寺で〈アーチャー〉に「女の憤りは度し難い。動かない方が身のため」と言われていたのでそれを実践した結果だ。

 

「使い魔を操っていたのは〈キャスター〉の影だった。本体は柳洞寺から動いてないだろう。〈ライダー〉はどんな死に方だったんだ?」

「全身打撲みたいで首は一回転半ぐらいねじれてた」

「…妙だな」

「何が?」

 

凛の報告に泉世が難色を示した。どうやらその報告がお気に召さなかったらしく苦い顔をしながらつぶやいたのだ。その言葉にどういうことかわからない凛は、気になって問いかけた。

 

「もし〈キャスター〉が〈ライダー〉を騙し討ちしたなら、その傷跡は矛盾してる」

「泉世が言いたいのは、〈キャスター〉本人がやった可能性は低いってことか?」

「魔術による攻撃なら打撲なんてできない。質とかがあるなら話は別だけど士郎はどう思った?」

「正直言えば、〈キャスター〉の攻撃は目に見える痣をサーヴァントに付けられないと思う。マスターになら可能だろうけど相手はサーヴァントだ。簡単なことじゃない」

 

理屈のある説明に泉世と凛は納得する。実際、〈キャスター〉の魔術を眼にしている士郎が言うのだから疑いようはない。魔術に不慣れな士郎だからこそ気付ける点もあるだろう。慣れ親しんだ魔術師には気付けない基本的なものなどだ。

 

「〈ライダー〉の機動力は俺と士郎が一度眼にしてる。あれほど素早ければ〈キャスター〉の魔術では捉えきれないはずだ。教室という狭い空間でも楽には仕留められないだろうな。先にここへ侵入して罠にはめる以外には手段はない」

「じゃあ〈ライダー〉を倒したのは〈ランサー〉だっていうの?」

「可能性は低いだろうさ。あの結界は外部からの侵入は容易じゃないと思う。そうだろ〈アーチャー(・・・・)〉?」

「「ええ!?」」

『そういうことだ凛』

 

空気から溶けるように現れた〈アーチャー〉に2人が驚愕する。マスターの凛さえ気付かなかったというのに泉世は気付いていた。気配察知に関しては泉世のほうが凛より頭一つ抜けているらしい。気配察知の能力は暗殺者として教育された理由もあったが、最大の理由は人間観察をしていたことで身についたことだろう。

 

従妹の仕打ちを目の当たりにした頃から周囲の視線を気にして育ったのだ。無意識のうちに本人が自覚する前に異次元の境地へ至っていてもおかしくはない。だからといって〈アサシン〉の気配遮断スキルを使われていてはどうしようもないが。

 

「いつ来たの?」

「ついさっきだ。軟禁状態(・・・・)で暇を持て余して家中の掃除をしていたのだが、妙な違和感を感じて市内を見て回っていた。弓兵の視力は生半可なものではない。ここで大量の魔力が充満していたのを、発見してやってきたのだが中には入れなかった。私は通信を試したが凛には繋がらず、外部と内部を遮断していると推測し結界の破壊を試みた。矢を色々試したが効果はなかった。思案に暮れていると結界が解除され、中に入り今に至るというわけだ。これで理解してもらえるかなマスター?」

「ええ、十分よ。詳しい場所はわからないけどそれだけ魔力を感じたのなら、他のマスターやサーヴァントも知っているでしょうね」

「この混乱に乗じて行動を起こすかもしれんな。私は周囲の警戒をしようと思うのだが構わないか?」

「頼んだわ」

 

〈アーチャー〉が少しだけこの場に姿を現したことで、3人は少しばかりの安堵感を得た。サーヴァント1体がいるより2体いる方が安心なのは事実だ。それもマスターと信頼関係が成り立っているサーヴァントならば尚更だ。

 

「衛宮くんは〈セイバー〉を手伝ってあげて。私は泉世と少し話をするから」

「ああ、わかった」

 

素直に言うことを聞いた士郎は教室へと入っていった。人助けをしたいという気持ちもあったのだろうが、大半は魔術師ではない自分にはわからないことを話すのだろうと思った。疎遠感を感じなくもないが、それは仕方ないと士郎は割り切っていた。

 

「ねえ泉世、何であんたはあれを見ても動揺しなかったの?普通なら眼にしないでしょ」

「冷静でいれたわけじゃない。少なからず足はすくんだし気分は害された」

「でも私みたいに眼を逸らそうとしなかった」

「別に大したことじゃない。死体は見慣れてる(・・・・・・・・)

「え、見慣れてる?」

 

言葉の意味が理解できない。そもそも言葉そのものが正しいのかと凛は自分の耳と脳を疑ってしまった。普通に日常を何気なく生活していれば口にしない言葉。口にすることも考えることもしない言葉を泉世は簡単に発した。それはどういう意味なのか。

 

聞くべきなのか聞かざるべきなのか。知りたいと思う気持ちと知りたくないという相反する感情が渦巻いて、まともな思考を邪魔しようとしてくる。まるで真剣に考え事をしているときに水を差されたような不快感も感じる。でも聞いた方がいいのではないかと思う自分の意見が強い。

 

「あんたの言う見慣れてるってのは、私の家に来る前の話?」

「いや、そんな過去の話じゃない。…10年前のあの日、俺は炎にのまれた街を独りで歩いてた。空気は乾燥して水もなく、見慣れた光景は瓦礫と化して当てもなく歩いてた。生き残ることができるなんて思わなかったし、生き延びてやるなんてこれっぽちも思わなかった。そう思ってしまったのも何十、何百もの死体を見てきたからだろうさ」

「じゃあ衛宮くんも…」

「そうだろうな。あの日のことを詳しく話したことはないからわからないけど」

 

鍛えていた筋肉が未だに残っているからなのか。手際よく〈セイバー〉に負けない速度で床に倒れている生徒を、廊下に出して寝かせている。人助けを自分の信念とでも思っているのかその動きに淀みが全く見られない。10人以上運び出しているというのにまったく疲れた様子を見せない。泉世は士郎を手伝いに教室へと入っていく。

 

「救急車は呼んだのか?」「いや、まだだ。遠坂が教会に連絡した方がいいって言ってた」「じゃあ俺が呼んでくるから後は頼んだ」「任せろ」

 

2人の仲睦まじい会話を聞いて凛の心は少しだけ軽くなった。完全に吹っ切れたわけではないが前向きに検討できるぐらいには回復したらしい。泉世に問いかけていた時より顔色は幾分か明るい。大きく息を吸い込んで吐き出した凜は、寝かした生徒たちの呼吸や脈を測っている士郎を手伝うために近づくのだった。

 

 

 

 

 

学園の生徒集団貧血は、化学薬品が漏れ出たためということで事態は収束した。そんな危険な物質を置いているわけがないと言いたがっている(化学分野の)先生方もいたのだが、警察に対して言えるような忍耐を持ち合わせている猛者は誰一人いなかった。責任が自分に押し付けれるかもしれないという不安もあったのだろう。ある意味ラッキーなことではあったが、世間的な評判は悪くなりそうだ。



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牽制

お久しぶりでございます。なかなかに忙しくてww

そういえばFGOでオルタさんの霊衣開放きましたね。毎日浮かれながらプレイさせていただいてます。

前回投稿よりUAが+7537、お気に入りが+205という珍現象が発生しました!一体何があったのでしょうか。気になるところですが、本編をよろしくお願いします。


〈ライダー〉を利用した〈キャスター〉の襲撃から一夜。破損した一部の廊下や教室を除いて、概ね普段通りに学校生活は行われることになった。学校内で生徒集団昏睡事件があったというのに平常運転とは、教職員トップの頭の中身を見ていたいと思ってしまう。

 

ただでさえ最近は昏睡事件が多発しているというのに。似たような事件が起これば、安全が確保できるまで休校にしてもいいはず。それでも続けるとは教職員だからなのか、安全より学業優先を推し進めるつもりらしい。頭の固さに頭痛を引き起こしそうだが、今更文句を言ってもどうしようもない。

 

いつも通りの学校生活を送る気がなかった泉世は、1限目には出席せずにある場所へと足を向けていた。

 

 

 

 

 

「して、何の用だね。学生の本分は勉強だったはずだが?」

「昨日あんなことあったってのに、翌日から平常運転なんていかれてる。1回の授業をさぼったところで、進級できなくなくなるわけじゃないし。それにあんたに頼みたいことがあって来たんだ」

「ほう?まさかお前の方から私に頼み事とは。〈聖杯戦争〉中に何かしら事件が起こるかもしれんな」

「〈聖杯戦争〉自体が事件だっつーの」

 

新都にある今回の〈聖杯戦争〉における唯一の中立地帯、〈言峰教会〉に俺は来ていた。制服姿で朝の8時に来ていては、一般社会に生きる者でなくとも少なからず不思議がることだろう。こいつだけにはそんな心配をされたくはないのだが。

 

「今回の〈聖杯戦争〉で此処に来たのはお前で2人目だ。1人目までとはいかないが丁重にもてなすとしよう」

「そいつはどうも。要件についてだが、昨日のことは連絡したから知っていると思う。〈監督役〉の決定権でどうにかできないか?」

「何をしてほしいと?」

「無関係な人間を巻き込んだ戦闘を禁止する声明を出してほしい。〈キャスター〉の戦い方は見ていて気持ちいいもんじゃないからな」

「前回と同様に〈キャスター〉の行動はは目に余るか。正直、私も事後処理がめんどくさい。学校生徒全員が衰弱している事態。どうやって誤魔化しきれる」

 

愚痴るな。中年オヤジの仕事の泣き言は見てる方が地味にしんどい。しかも背中から仕事が辛いとばかりに、泣いている言峰の霊体が見える気がする。

 

なんだかんだ言ってこいつもそれなりには頭を抱えていたようだ。〈聖杯戦争〉で起きた事態の収拾は、〈教会〉がどうにかもみ消す役割を担っている。もみ消すというのは証拠隠滅を意味しているから、誰が見てもわからない程度までに戻さなければならない。そうするためには誰に知られることもなく、迅速に早急に派遣して隠ぺいする必要がある。それだけの技量を持つ魔術師は限られてくるし、彼らに対する報酬も支払わなければならない。その負担も〈教会〉からの支出となると、事件や事故は起こさないでいてほしいことだろう。

 

「どうして〈キャスター〉陣営はこうも問題を起こしたがるんだ?」

「私に聞かれても困る。私は元〈アサシン〉のマスターであり現〈監督役〉だ。素性もわからないのであれば目的意識も理解できん」

「〈監督役〉ってのは《真名》を看破できるんじゃないのか?」

「〈監督役〉はあくまで中立であって、それぞれのサーヴァントを知る権利は与えられていない。どのサーヴァントが現界したのかがわかる程度だ」

「と言いつつ、前回はなかなかのクズっぷりだったけどな」

 

中立であるはずの〈監督役〉が遠坂陣営と結託していたのは笑いものだ。何処に「中立」の文字があったというのか。援護はするわ擁護はするわで〈聖杯戦争〉そのものを崩壊させた張本人だろうに。まあそれを誰にも言わなかった俺も他人のことは言えないのだが。

 

「そう言うな。あれは私の考えではなく父と師の考えだ。協力者の我々には口をはさむ権利などない。命令通りに事を成すだけの道具だ」

「今更だったか。言峰、そういや俺の前に1人来ていたと言ったが此処に来たのは慎二か?」

「間桐の小僧であれば夜明け前に出て行った。新しいサーヴァントを引き連れてな」

「新しいサーヴァントと?」

「手の空いているサーヴァントがいたのだ。間桐の小僧はまだ戦闘を続ける気が合ったのでな。君たちをひどく恨んでいたよ」

「神父が聞いて呆れる」

 

人の負の感情を自身の喜びとするのは、精神異常者か悪魔ぐらいだろう。さすがにこいつにはどちらも可愛すぎて例えるのは無理だが。

 

「手の空いたサーヴァントは、〈ランサー〉ぐらいしかいないんじゃないか?」

「それは何とも言えん。私にも秘匿義務があるのでな」

 

はい、エセ神父のご登場だよ。何が言えないだ何が秘匿義務だ。信頼なんか一厘たりともしてないが、〈監督役〉としての役目は少なからず果たしてくれるだろうと期待したりする。都合のいいことかもしれないが、別に俺の好感度が下がるわけでもない。知っているのは俺だけなので、知られることもないからどうでもいいのだが。ということでエセ神父に頼みを聞いてもらってから、俺は学校への道を歩きながら先ほどの話を思い返していた。〈キャスター〉との戦闘と言えば、最初の戦闘がなかなか辛かった。

 

最終戦闘で特に俺は何もすることもなかったし、気持ちの悪かったのが〈アインツベルンの城〉での戦闘だった。

 

 

 

 

深い森の一角で、一つの戦闘が行われようとしていた。戦闘とは言っても、数日前のようなサーヴァント同士ではなく、軟体動物に鋭い棘が生えたような不気味な生物が数多蠢いている中でだ。その中心では、その生物に身体を締め付けられているサーヴァントがいる。粘液がその身体を伝って地面に落ち、その触手は関節を完璧に抑え込んでいる。たとえ筋力が高かろうとも関節を動かせなければ、逃れる術は何一つない。数少ない可能性を除いて。

 

『いや、まったく気持ちの悪い得体の知れない生物だ』

 

突然何処からか声が響き、闇に紛れた何かが木々の枝をかいくぐって空から降りてきた。着地寸前に何かを斬り裂く音が響いたかと思うと、サーヴァントを締め上げていた触手が、無数の輪切りとなって落下していた。

 

『貴様はっ!』

『こんばんはと言うべきかな〈セイバー〉』

『〈アーチャー〉のマスターが何故ここにいる!?』

『おっかしいな。ここはお礼を言われる場面だと思っていたんだけど』

 

〈セイバー〉は舞い降りてきた敵である存在の少年に敵意をむき出しにする。だがその対象者はまったく動じていない。それどころかまったく周囲の状況を気にすることなく、平然とした姿で〈セイバー〉を見ていた。〈聖杯戦争〉に参加する者ならば、命の危険性を認識できないはずもなく。ましてやサーヴァントが戦闘中の場所に現れるはずがない。

 

『答えろ!』

『やれやれ答えるしかないか。〈監督役〉から聞いただろ?「直ちに互いの戦闘行為を止め、各々〈キャスター〉殲滅を優先せよ」って。俺はそれを実行しに此処へ来た。町で〈キャスター〉を見かけて追跡したのはよかったけど、この森があまりにも広すぎて見失った。ようやく探し出せたと思ったら、〈セイバー〉が捕まっていたってだけ』

『…つまり今の貴方は、私たちと事を構える気はないということか?』

『未熟な魔術師が最優と言われる〈クラス〉のサーヴァントに、ノコノコと挑むわけないでしょ』

 

戦闘意思はないという意味を込めて両手を上げる少年に、〈セイバー〉は敵意を向けるのを止めた。100%向けていないわけではないが、それよりも今の事態をどうにかして斬り向けることが重要だと認識を改めた。互いに背中を預けながら周囲の様子をうかがう。先ほどまではいなかった異形の生物が、少しずつその幅を狭めていた。

 

『〈アーチャー〉はどうしたのです』

『面倒くさいと言って、家でワインを開けてむさぼってる』

『何様なのだ』

『「雑種如きの馴れ合いに参ずるつもりはない」って言ってた』

 

彼のサーヴァントは〈監督役〉の方針に従うつもりは一切ないらしい。元々遠坂陣営と〈監督役〉が結託しているため、わざわざ表立って外に出る必要はないと判断しているのもあるだろう。戦闘を回数こなしていれば、そのうちに手の内を周囲へ知らせることになる。戦闘手段もデータとして積み重ねれば、いくらサーヴァントでもそれなりに追い詰められることになる。機器を利用するのが衛宮陣営ぐらいだから、それの心配は低いかもしれないが、ウェイバーだったなら情報収集で使い魔を放っているかもしれない。

 

〈ライダー〉の戦闘方法はまだ未知数だが、予測ではあのチャリオットを使った戦いをするとしか考えられない。百聞は一見に如かずと言うように、〈ライダー〉のことは今は考えなくてもいいだろう。

 

『ここまで数が多いと片付けるの手間だな』

『ならば全て切り伏せるのみ!』

 

背後でフェルリ・ヘルメス・アンソニアムの呟きを糧にして、〈セイバー〉が無限とも言えそうな数の生物に剣を振りかぶった。真っ二つに縦斬り・横斬りされた生物の血が周囲に飛び散る。特に危険性があるようにも見えないが、念いには念をということで、フェルリ・ヘルメス・アンソニアムが〈セイバー〉を魔術で守る。

 

それを視線で感謝を示しながら、〈セイバー〉は次々に切り伏せていく。同じようにフェルリ・ヘルメス・アンソニアムも、魔術で構成した剣に魔術を上乗せして葬っていく。刃の部分が揺らめくような剣で生物を斬ると、切り口から炎が立ち上って焼失させていく。

 

遠坂家にお邪魔していたおかげで、フェルリ・ヘルメス・アンソニアムは苦手な魔術を少なからず扱えるようになっていた。遠坂時臣が《転換》の魔術を扱い〈火〉の属性の使い手だったことで、フェルリ・ヘルメス・アンソニアムは学ぶことができたのだ。

 

《万能》の特性を操るフェルリ・ヘルメス・アンソニアムは、難なくそれを自身の魔術として身に着けてしまった。次期当主である凛よりも早くにできてしまったことで、少なからず申し訳なさを感じていた。そのことが凛を追い詰める結果になってしまっていたとしても仕方なかった。だが凜はそんなことで憎むような人間ではない。むしろ自分こそ上であることを示すと意気込む少女だ。そんなことを気にする方が気にしすぎだということになる。

 

『頑張りますねぇ聖処女よ。そこの子供は邪魔ですから殺して差し上げましょう』

『〈キャスター〉貴様、狙いは私であろう!その子供は関係ないはずだ!』

『我々の再会を邪魔する者は敵なのですジャンヌ』

 

聞く耳を持たないというより言葉が聞こえていない。いや聞こえてはいるがその言葉は意味を持たず、理解に苦しむといったところか。〈セイバー〉の言っている言葉は紛い物で言わされているだけだと認識している。

 

『一体どれほど斬ればいいのだ』

『たぶんあいつが持つ書が原因だと思う。あれから大量の禍々しい魔力を感じる』

『なるほど。〈キャスター〉、それが貴様の《宝具》か』

『そうですともジャンヌ。我が盟友プレラーティが遺した魔書によって、私は悪魔の軍勢を従えることができるようになったのですよ』

 

一向に生物が消えないのは、〈キャスター〉が無限に排出しているからではない。正確には切り伏せた生物の残骸が動めいて立ち上がっている。散らばった血肉を苗床にして増えていっているのだ。減らない理由はそういうことなのだろう。むしろ最初に見えたころより増えている。斬れば斬るほど生物は増えていき、自身を追い詰めることになるようだ。

 

だからある意味フェルリ・ヘルメス・アンソニアムの火を被せた剣で消し去る方法が有効だ。だがいくら使えても魔術師であり未熟なフェルリ・ヘルメス・アンソニアムでは、すべてを葬り去ることは出来ない。〈セイバー〉が使えるなら可能性はあるが使えるとは思えない。

 

『数が多い!』

『〈アーチャー〉を喚べないのですか!?』

『喚んでも結局殺される未来が見えるよ』

『…なるほど』

 

どうやらフェルリ・ヘルメス・アンソニアムの言ったことが理解できたらしく、納得してそれ以上何も言うつもりはないようで、そのまま接近してくる生物を切り伏せていく。だがあまりの数に〈セイバー〉でも切り伏せるのが間に合わない。数の多さに2人が生物に押しつぶされようとした瞬間、赤と黄の稲妻が横一線に走り怪異の群れを薙ぎ払った。怪異がその身を塵に変えていくその先には、若草色の戦支度に身を固めた罪作りなほど美丈夫の男が、微笑を浮かべながら立ちはだかっていた。

 

『無様だぞ〈セイバー〉。その剣では【騎士王】の名が泣くぞ』

『〈ランサー〉、どうしてここに』

『おかしなことはないはずだが?俺はマスターよりキャスター討伐の命を受けている。ここで敵対するのは得策ではないと思うがな。それにしても何故ここに子供が?』

『キャスター討伐を〈監督役〉が望んでいるならば、それを成しても特に問題はないと思うけど』

『いや、まさにその通りだ。さて、こうなった以上貴様は逃げられぬぞ〈キャスター〉』

 

右手の紅色の槍を攻撃の張本人へ向ける。戦闘の意思がありありと浮かぶその武器は、〈キャスター〉では躱すことはできないと思わされる。たとえそれが〈セイバー〉であったとしても結果は同じになるだろう。

 

『何者だ貴様は!誰の赦しを得て私の邪魔立てするかぁ!』

『それはこちらの台詞だ外道。〈セイバー〉を倒すのはこの俺だ。断じて貴様などではない』

『誰の赦し...か。じゃああんたは誰の赦しを得て〈セイバー〉を狙ったんだ?〈ランサー〉はあんたが〈セイバー〉と会う前に、剣を交えて戦っていた。横からかっ攫らおうとするのは盗人と同じだろ』

『たわけたわけたわけたわけぇっ!』

 

〈キャスター〉が長い爪を生やした両手で、頭皮を掻きむしりながら奇声を発する。唾を辺り一面に飛ばしながら、それでも尚自分が正しいと叫び続ける。

 

『私の願いが!私の祈りがその女性を蘇らせたのだ!すべては私のものだぁ!』

『他人の恋路を邪魔するつもりはないが、戦いの順番というものを守って欲しい。貴様が是が非でも【騎士王】を屈服させたいと思うのは構わん。だが片腕のみの〈セイバー〉(・・・・・・・・・・)を倒すならば、俺は貴様を決して許しはしない。片腕のみの〈セイバー〉(・・・・・・・・・・)を倒していいのは俺だけだ』

『張本人ですもんね』

『うぐっ』

 

鋭い追い打ちに〈ランサー〉が落ち込む。地面に向かって「騎士として一生の不覚」と叫んでいるあたり、案外気にしていたのかもしれない。正直、〈ランサー〉のその言葉と行動が同様のものか分からない。騎士として戦いたい〈ランサー〉は、槍の〈呪い〉を用いた戦闘でなのか純粋な腕だけで戦いたいのか。〈セイバー〉は剣を隠す以外の小細工を使わない。もちろん〈セイバー〉のその方法がせこいなどと言うつもりは毛頭ない。

 

〈英霊の座〉に在る者がその剣(・・・)を知らないということはない。つまり露見していれば、その使い手の《真名》がわかってしまうのだ。それほどにまで有名であるならば、視認できなくなるようにしても仕方がない。刀身が測れなければ、避けることも受けることも簡単ではない。ある意味〈セイバー〉の戦法は、事を有利に進めることができるものだ。〈ランサー〉がそれを時間がかかっても見抜けたのは、槍の〈呪い〉と〈ランサー〉自身の戦闘能力の高さの相乗効果である。

 

ケイネスの命令に従って《宝具》を少しばかり利用した戦闘は、〈本人〉にとってどのような気持ちを起こさせたのだろうか。

 

『ゆくぞ〈キャスター〉。俺と【騎士王】の戦いを邪魔したことを後悔させてやる』

『同感だ』

 

2人のサーヴァントの協調性に苦笑するしかない。いつまでも見ていたいと思ったフェルリ・ヘルメス・アンソニアムだが、早めに決着をつけることにした。数多の怪異を切り伏せた結果、その骸から発生する瘴気が少なからず身体を蝕んでいるのだ。常人であれば一呼吸で肺を破壊されるであろう濃度。それに耐えられているのも魔術による恩恵だが、長時間この場に留まるのは可能な限り避けたい。

 

その間にも2人は僅か数秒の間に10体もの怪異を葬っていた。槍による刺突と薙ぎ払い、剣による切り裂きは確実に数を減らしている。だというのに周辺からは減る様子が見られない。増えているわけでもないのがある意味ありがたいことだが、先ほどと同様に追い込まれてしまっている感は否めない。それが顕著に表れていたのが意外や意外。〈セイバー〉に対して大口をたたいた〈ランサー〉自身であった。

 

『…ここまで埒があかんとなると、呆れを通り越して驚きだな』

『私たちが苦戦していたのがわかったか?』

『我が身で感じて理解した。これは厄介な敵だ』

『〈セイバー〉の左手が使えたらなぁ』

『…勘弁してくれ』

 

本気でそのことを出汁にしてからかわれることが苦痛らしい。表情を暗くして懇願する様子は、美丈夫である〈ランサー〉の輝きが霞むようだ。そう言いながらも3人は途切れることなく、襲い掛かってくる怪異を仕留めていく。穿たれた衝撃で後ろに立っていた怪異を吹き飛ばす〈ランサー〉、鋭い薙ぎ払いで後ろの数匹を巻き添えにしていく〈セイバー〉、魔術で造った剣に〈火〉の特性を付与して焼失させていくフェルリ・ヘルメス・アンソニアム。

 

敵の数に限りがあれば、この程度の戦闘力である怪異を殲滅することは可能だろう。だが〈キャスター〉の《宝具》によって無限に増殖していっては、いくら連携のとれた3人であっても体力の減少は避けられない。サーヴァントである〈ランサー〉と〈セイバー〉であったとしても。

 

『対策が出来ればいいのだが』

『増殖の発生源はあの魔導書だよ〈ランサー〉』

『ふむ。なるほどそういう理屈か』

 

フェルリ・ヘルメス・アンソニアムの声で〈キャスター〉の手元を見る。一瞥しただけでそういうカラクリだと理解した〈ランサー〉の洞察力は恐るべきものだ。さすがサーヴァントとして《聖杯》に召喚されただけはある。その間にも怪異は不気味な触手を震わせながら、3人に躙り寄ってくる。〈ランサー〉の介入があったというのに、〈キャスター〉は先ほどから変わらない戦法を取っている。こうしてサーヴァントを2人相手取っても、その作戦を変えないのはそれなりの勝算があるからなのだろう。10分以上も増殖の速度を落とさずにいられるのは何故か。

 

いくら《宝具》の恩恵であっても、これだけ排出させていれば枯渇してもおかしくない。だが一向に変わらない様子は、本当に魔力が無尽蔵にあるとしか思えない。フェルリ・ヘルメス・アンソニアムは、いつまでたっても変わらない状況に恐怖を抱き始めていた。

 

『だがあいつから奪い取ろうにも叩き落とそうにも、まずはこの雑魚どもを突破する必要があるな』

『〈ランサー〉、このあたりで一か八か賭けに出る気はないか?』

『このまま雑魚とばかり戯れていても芸はない。ありがたくその誘いを受けよう〈セイバー〉』

 

勝手に話を進めていく2人に、フェルリ・ヘルメス・アンソニアムはどうとでもなれとやや投げやり気味に問いを投げる。

 

『どうやってそこまで接近するかだけど。〈ランサー〉はそれだけの策はある?』

『槍使いとして現界している以上、敏捷性にはそれなりの自信があるがな。一瞬でも切り開けてもらえればあるいは…』

『〈ランサー〉、風を踏んで走れるか?』

『ん?おうとも。何を考えているかは知らんがその程度は造作もない』

『熟年夫婦』

『『やかましい!』』

 

フェルリ・ヘルメス・アンソニアムの言葉は案外的を射ているかもしれない。息の合った会話と行動は、第三者から見ればそうとしか見えない。そう怒る〈セイバー〉だが、肉の壁を吹き飛ばすだけの技を持っている。伊達に最優のサーヴァントクラスの〈セイバー〉として、現界しているわけではないのだ。〈キャスター〉の視線による嘲笑をあびせられても、〈セイバー〉は怒らず、怯まず、ただ自然な表情で右手の剣を引き絞る。揺るぎのない眼差しが見据えるのは、ただひとつの掴み取るべき勝利のみ。

 

『その麗しき顔を...今こそ悲痛に歪ませておくれ、ジャンヌ!』

『ギィィィィィィィ!』

 

怪異の集団が一斉に吼える。歓喜とも憎悪ともつかぬ異形の奇声を張り上げながら、包囲の中心にいる3人へ殺到する。それを勝機のタイミングと見た〈セイバー〉は、透明な魔力を纏った剣を突き出した。

 

『〈風王鉄槌(ストライク・エア)〉っ!』

 

不可視の剣に見せていた魔力による超高圧縮の風が、主によって解放されて猛然と突き進む。〈風王結界(インヴィジブ・エア)〉の変則使用は、それ故の威力を発揮する。防御をその身の弾力に頼っていた怪異は、いとも容易く引き裂かれて肉片を粉砕されていく。数だけが取り柄だったその身は意味もなく為す術もない。10体ほどによって構成されている壁の一部が、その風によって消し去られた。

 

瞬時にその穴を塞ごうと怪異が動き出すが、その前にその隙間をくぐり抜けた影があった。その影の速度はサーヴァントであろうと出せるようなものではなく、魔法の域に至るほどだ。だがこの世界に〈魔法〉という概念は存在しない。しかし〈擬似魔法〉になるものはある意味存在しているだろう。まさに今の現象がそれだ。

 

大気中を物体が超高速で移動する時、正面の大気は切り裂かれ、逆に背後の空間には真空が現れる。その真空には周囲から大気が流れ込み、先行する通過物を後追いする気流となる。この現象は実際の車のレースにおいても使われている。俗に言う〈スリップストリーム〉というものだ。

 

〈セイバー〉が解き放ったことによって同様の現象が起こり、〈ランサー〉はそれを理解して颯爽と飛び込んだのだ。

 

この気圧と速度に耐えられたのは、超人的な身体能力を秘めたサーヴァントだからであって、魔術師や一般人が飛び込めば、怪異と同じようにその身を無惨なものに変えられる。

 

『獲ったり〈キャスター〉っ!』

『ひぃ!』

 

身を守るために〈キャスター〉が周囲の怪異で、〈ランサー〉を押さえ込もうとする。だがその移動速度に比べて、それらの動きはあまりにも遅い。触れる前には既にそこから1mも先に移動している。

 

どれほどの数をもってしても〈ランサー〉は止められない。

 

『抉れ、〈破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〉っ!』

 

繰り出された槍は仰け反った〈キャスター〉に届かず、その手元の魔道書を薄く切り裂いた。そもそも〈ランサー〉の目的は〈キャスター〉自身ではなく、怪異を生み出し続ける《宝具》のみ。身体に届かずとも傷付けることが出来ればいい。

 

かつて〈セイバー〉を追い詰めた槍の穂は、あらゆる魔力を断ち切る《宝具殺し》。魔力によって構成されている武器や防具、物体などは何であろうと意味がなくなる。よって魔力によって稼働している〈キャスター〉の魔道書にとって、〈ランサー〉の槍はもっとも危険な武器だった。

 

3人を包囲していた怪異が、魔道書が傷つけられたことでその形を崩す。魔道書によって魔力を供給していた怪異は、僅かな時間であっても供給を絶たれたことで、その形を保てなかった。液体化したその身体は、異臭を放ちながら土に染み込んでいく。傷ついた魔道書はすぐさま修復して元に戻るが、〈キャスター〉は再び怪異の群れを発生させなかった。包囲できない今の状況では、どれほど出現させても意味もなく、魔力の無駄遣いにさかならないと悟ったのだろう。発動させる前に2人が、〈キャスター〉自身を斬り捨てることもできるだろうが。

 

『ざっと、こんなものだ〈キャスター〉。〈セイバー〉に左腕が戻れば、お前は即座に消え去るだろう』

『貴様貴様貴様貴様貴様、キサマキサマァァァッ!』

 

〈キャスター〉は悲鳴を上げて頭をかきむしりながら、その場で霊体化して姿を消した。逆上して攻撃されると思っていたフェルリ・ヘルメス・アンソニアムは、戦闘終了による安堵で大きくため息を履いた。

 

『なかなかに疲れる相手だなあれは。〈セイバー〉、よくも長時間相手できたものだ』

『外道なやり方を見た。あれを見れば諦めもつく。無視を決め込めばある程度眼中になくなる』

『さすがと言うべきか、っ!?』

『〈ランサー〉どうした?』

『我が主が危機に瀕している。どうやら俺に命令したと同時にそなたの本丸に切り込んだらしい』

 

城のある方角を厳しい表情で視線を送る。その行動にフェルリ・ヘルメス・アンソニアムは空を仰ぐ。ケイネスのやり口は少なからず知っていた。ホテルを爆破されどうにかして難を逃れたケイネスは、〈セイバー〉のマスターを抹殺したがっている。

 

〈キャスター〉討伐を命じておいて、自分は敵陣へ乗り込む。倒せれば屈辱を返し、尚且つ〈聖杯戦争〉を勝ち抜くことに大きく繋がる。さらに〈キャスター〉討伐が成功すれば〈令呪〉をもらうこともできる。これほどメリットがあれば行動しないはずがない。〈ランサー〉はそのことを考えもしなかったようだが。

 

『行けばいいんじゃないか?〈セイバー〉だってそのことで貴方を侮辱はしないだろうし』

『その通りだ。私は貴方との勝負を心待ちにしている。互いに万全な状態でなければ意味はない。行くがいい〈ランサー〉、己が主の救援に向かえ』

『かたじけない〈アーチャー〉のマスター、【騎士王】。この恩は必ず』

 

恭しく礼をした〈ランサー〉は霊体化して、城へと向かっていった。気配が消えてから〈セイバー〉はフェルリ・ヘルメス・アンソニアムへに礼をした。

 

『貴方のおかげで助かった。礼を言う』

『別に気にしなくていい。〈キャスター〉を倒さないと〈聖杯戦争〉の意味が無くなるし』

『貴方は戦いを求めるのか?』

 

フェルリ・ヘルメス・アンソニアムの言葉を違う意味にとらえた〈セイバー〉は、自らの望みとの違いについて聞いてみた。

 

『別に戦いを求めるわけじゃないよ。それに〈聖杯〉を求める理由が俺にはないし』

『理由がない?では何故〈令呪〉をその身に宿しているですか?』

『それが俺にも分からないんだよね。マスターってのは願望を抱いた人間であり、魔術師としての才能を持つ者を選ぶはずだから』

 

フェルリ・ヘルメス・アンソニアムの言い分は半分正しい。願望を持ちながら魔術師ではないとマスターにはなれない。しかし〈聖杯〉を求めて争うための駒が揃わなければ、〈聖杯〉は適正に関わらず不足分を補う形でマスターを選定する。自身が魔術師と知らずとも、かつては魔術師であった家系の子孫であるために僅かな痕跡を残している。または偶然的に魔力を一般人より多く持っているという理由で、マスターとなることもある。

 

『つまり選ばれた理由はわからない。自身の願望までもわからないと?』

『そうなるかな。この戦いに勝ち続ければ、自分の願望も見つかるんじゃないかなって思う。〈キャスター〉がいると捜索の邪魔になるから、〈監督役〉の言い分に従ってる。狂わなければ傍観を決め込んでたけど』

『ならば貴方は私と〈ランサー〉の戦いを邪魔しないということですか?』

『むしろ応援したいかな。港での戦闘の続きを見たいから』

 

つまり〈アーチャー〉のマスターは邪魔をせずにいる。であれば戦う必要もなく、わざわざ始末する必要もない。幸いなことに、〈セイバー〉のマスターは〈アーチャー〉のマスターを敵として認識していない。いや、眼中にないといったところか。

 

「あんな子供を相手にする前に、僕たちは別にやるべきことがある。それを理解してくれアイリ」

 

そう言った自身のマスターの言葉を思い返す。監視だけは継続して行うように助手へ指示していたのも思い出す。といっても彼女の使い魔は何度も破壊されており、何処に潜みどのように日常を過ごしているのかも把握できていない。何も情報がないというのは、これほどに不気味なのかと思うほどだ。子供だというのに侮れないというのが印象的だった。切嗣が話していた限り、〈アーチャー〉のマスターは御三家のひとつで、現代当主である遠坂時臣であったはずだ。

 

奪い去ったのか協力関係にあるのか。それもまだ情報収集の最中である。自分はサーヴァントである以上、仮のマスターであるアイリスフィールの命令通りに動くだけ。そう結論づけた〈セイバー〉は考えるのをやめた。

 

『わかりました。では私もマスターの命令があるまでは、貴方が敵であっても手は出しません』

『助かるなぁ。こっちも王が何も言わない間は邪魔する奴らは敵と認識しとく』

『では私はマスターの安全を確認しに行きます。貴方も気を付けて森を出た方がいいでしょう』

 

そう言い残して〈セイバー〉は森の奥へと走り去っていった。

 

 

 

 

 

長い回想を終えて意識を現実に戻す。よくよく考えれば、〈ランサー〉が去って直ぐに移動しなければアイリスフィールは死んでいた。なのに生きていたのは言峰と出くわすまでに、少しばかり時間がかかったからなのか。

 

どちらにせよ何事もなかったのだから、今更気にしなくていいのだが。

 

学校に向かう途中にある公園を横切り、交差点で信号待ちしていると後ろから衝撃を感じた。振り返ると満面の笑みを浮かべるイリヤが顔を制服に擦りつけていた。

 

「イリヤ?」

「おはよう泉世おにいちゃん。こんな時間に会うなんて偶然だね」

「今日だけなんだけどな」

 

キョトンと首を傾げるイリヤの頭を軽く撫でてやる。傍から見れば戯れる兄妹だろうが、生憎俺とイリヤは血が繋がっていない。それにイリヤのほうが3つ年上だから、姉弟というのが正確なところだ。正直、誰もそんなことを気にはしないだろうが。実際俺もわざわざ考えたりはしないし、イリヤだってどうでもいいだろう。そうなふうに見られていれば慣れるだろうし。

 

「外にいるなんて珍しいな」

「セラから逃げて遊んでたの。城に籠ってばかりだと飽きちゃうしね」

「サーヴァントは連れてないのか?」

「〈バーサーカー〉はお留守番だよ。時には1人で歩いてみたいし」

 

常に〈バーサーカー〉といるイメージだったから、予想外の言葉に新鮮に感じてしまう。別にそれが悪いわけではなく知らなかったから驚いただけだ。俺もそうやって1人歩きしたくなるときもあった。養子同士ということで、周囲には常に俺と士郎は2人でいると思われている。あながち間違いではないのだが、生活習慣というより性格でズレが生じることがある。

 

すれ違いという意味ではなく、睡眠時間が極端に短い俺と普通の士郎では就寝時間や起床時間が違ったりする。こまめな鍛錬に真剣な士郎が蔵に篭ったりするので、そういう時は市内をぶらついたりする。喧嘩しないわけではないけれども、した時も似たような心境でぶらつく。

 

「見つけましたよお嬢様」

「だが断る!」

「あ、お嬢様お待ちください!」

 

背後から聞こえた声に俺は諦めを感じたのだが、イリヤはその小柄な体格を活かして脱兎の如く消え去っていく。その動きは元気な年相応の少女という感じがした。その後を追うように、セラと呼ばれたイリヤのメイドが追いかける。それを苦笑しながら見送ってから、学校に向かうことにした。




万能・・・アンソニアム家の魔術特性であり、あらゆる魔術への適性を持つ


話数が増えてきましたが章に分けるべきでしょうか。少し悩んでいたりします。


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奇襲

10日ぶり...すみませんでした!いやガチで先週忙しくて、ゲームもろくにできないぐらいでしたね。これからもこのぐらいになるかもしれません。

よくもまあ5時間でここまで書けたなと、我ながら思ったりしてます。話は進んでいませんがよろしくお願いします。


「士郎、一成に何をしたんだ?」

 

廃墟と化した建物に隠れながら隣にいる士郎に泉世が問いかける。その質問の意味が分からないとばかりに士郎はいぶかしげに首を捻った。

 

「一成?ああ、昼間にあいつがマスターじゃないか確認したんだよ。許可なしで」

「マスターの確認ね。お前、まさか脱がしたのか?」

「直接『お前はマスターか?』なんて聞けないだろ。何でだ?」

「何でじゃない。あいつが昼休憩の終わりに、むすっとしながら俺に文句言ってきたんだよ。『衛宮は新しい世界の扉を開けたのか!?』ってな」

 

そのときの光景を思い出したのか。泉世は額に手を当ててため息を吐いた。その様子から察するに、かなりの小言を言われたのだろう。問答無用で衣服を剥かれてまともな説明もされないまま終わるなど。よっぽどの人間でない限り納得できない。長い付き合いだからこそ説明を求めることもある。

 

「迷惑をかけたな」

「別に怒ってるわけじゃない。お前のやったことは間違いじゃないからな。というわけで今此処にいるわけだが」

 

泉世たちがいるのは柳洞寺へと向かう一本道だ。何故ここにいるのか不思議に思うことだろう。そこで少しばかり事情を整理しておかなければならない。昨日、一誠がマスターでないことが発覚して何気なく柳洞寺で変わったことがないか士郎が聞いたところ、特に変わったことはないということだった。

 

今のところという注釈に気付いた士郎は少し踏み込んでみたのだった。すると、葛木が近々結婚するということが判明した。2週間前に許嫁という女性がやってきたらしく、一緒に暮らしているという情報を得た。そのことから許嫁という女性が〈キャスター〉であると結論付け、そのマスターであろう葛木を狙うという根端だ。もし葛木がマスターならば、サーヴァントである〈キャスター〉が黙っているはずがないということだった。

 

着ぐるみを剥がされた当日に聞いたのではなく翌日。つまり今日の昼に聞いている。その日に聞いたところで無視される可能性があったからだ。今日に聞いたとしても反応されないことも心配していた士郎だったが、その心配は杞憂に終わっていた。

 

「クシュン!うぅ寒~」

「なんで厚着じゃないのか聞きたい」

「服被せてたら動きにくいじゃない!」

 

夫婦喧嘩じみたことをする凛と泉世を、横目で見ながら士郎はため息を吐く。何のために隠れているのか忘れているのでは?と疑問に思い始めていた。だが凛の寒いと口にする理由も理解できる。時刻は夜の7時。雪が降っていることを考えればそれなりに気温は低い。今日の凜の服装はいつも通りの上に、ミニスカートという井出立ち。足元から忍び寄る冷気は存外に蝕んでいるのかもしれない。

 

「っと、おしゃべりは終わりだ。来たぞ」

「…よく見えたな泉世」

「暗視の魔術を使ってたからな」

 

暗闇を歩く人影を見つけた泉世が知らせると、一気に周辺の空気が張りつめた。普通の人間の視力ならば見えるはずもなく、ましてや言われても何処にいるのかさえわからない。その動きはまるで周囲を警戒しながら歩いているようだ。ただ歩いているだけに見えてその実は、自衛の行動であることを泉世と〈セイバー〉は見破っていた。泉世はこれまでの実戦経験で、〈セイバー〉はスキル〈直感〉と泉世と同じ実戦経験によって。

 

〈セイバー〉もまた隠れているのだが、また違った場所で攻撃するタイミングを計っている。泉世の合図または自身のタイミングで仕掛けるという作戦だ。

 

果たして。

 

「仕掛けるぞ遠坂」

「ええ」

 

泉世と凛が右手を銃の形に構えて、その横で士郎が《強化》を施した竹刀を握る手に力を込める。銃口部分にあたる人差し指に翡翠色と赤黒色の魔力が充填され、発射音なしで術者の指を離れた。飛翔音を発生させずに2人の《ガンド》は、傘をさして歩いていた葛木に直撃した。

 

「…予想通りだな」

「的中ね」

「何がだ?」

 

泉世と凛は今の様子を理解していたが、士郎はまったくわからなかった。士郎の眼には2人が放った《ガンド》が葛木を直撃したように見えたのだ。だが2人の声と表情は暗い。むしろ奇襲をかける前より悪いのではないかとさえ思えた。

 

「攻撃を防がれたんだよ。魔術によってな」

「じゃあ葛木はっ!」

「正確に言えば、防いだのは葛木じゃないわ。正体は既に私たちが知ってるけど」

「〈キャスター〉かっ!」

『忠告したはずですよ宗一郎。このようなことになるから貴方は柳洞寺に留まるべきだと』

 

《ガンド》とそれを防いだ魔術の衝突による衝撃で態勢を崩していた葛木の前に、蝶のような生き物が無数に終結して人型になっていく。そこにいたのは泉世と士郎が眼にしたことのある女性。〈キャスター〉本人だった。

 

「そうでもない。実際、獲物は釣れた」

 

眼鏡をはずした葛木は、《ガンド》が飛んできた方向に視線を向ける。その先の3人を完全に確認したことを告げるようでもある。

 

『どうしますか泉世』

『今はまだ隠れていてくれ。タイミングはそれなりに少ない』

『わかりました』

 

〈セイバー〉からの通信を切ってから泉世は、隠れていた廃墟から姿を現した。一緒に出ようとした士郎を凛が留まらせる。姿を晒した泉世を見ても葛木は驚くような様子はない。まるで襲うのは泉世と知っていたようだ。いや、実際知っていたのかもしれない。二度交戦したことでその名前や人相を〈キャスター〉が伝えていればの話だが。

 

サーヴァントがマスターと情報共有を意図的にしないという状況は、ある意味わかりやすい関係性を示している。

 

一つ目に互いが信頼関係を築けていないまたは築いていない場合だ。

 

使い魔となった時間が短いときはまさにこういう関係になる。召喚した際に自身のサーヴァントの〈クラス〉を知っていても、武器や《真名》がわからない性格や戦法を知らない。そういった事情があるときがこれにあたる。

 

二つ目に意図的な情報遮断の場合だ。

 

互いが互いを尊重しあって、余計な思考をしないためにすることがある。戦法を計画していて新しい情報を共有した際にそれを組み込む。だがそれによって余計な策を練ってしまうことがある。敗北することに繋がると考え、敢えて情報を提供しない場合があるかもしれない。

 

かつての〈セイバー〉は二つ目に当てはまると思われる。まあ、切嗣の戦法と〈セイバー〉の策が正反対に近かったからだろうが。切嗣は魔術師らしからぬ方法、要するに銃や爆弾といった魔術を使わない倒し方。一方、〈セイバー〉は真っ向勝負による敵の倒し方。折り合いがつかないのも通りだろう。

 

「衛宮か。間桐だけでなくお前たちまでマスターとはな。魔術師とはいえ因果な人生だ」

「〈ライダー〉を殺したのはあんたか?」

「そうだ。別段、倒したところでお前達には問題などないだろう?」

「もちろん。むしろ倒す手間が省けた」

 

慣れあうかのように感謝を示す様子に、泉世以外が不思議そうな雰囲気を醸し出した。奇襲をかけた人間とは思えない言葉と態度は、実体化した〈キャスター〉も拍子抜けという感じだ。

 

「葛木、あんたは〈キャスター〉に操られているのか?」

 

泉世のいきなりの踏み込んだ言葉に〈キャスター〉が忌々しそうに、怒気を孕んだ空気を放出させる。柳洞寺本邸前で感じた、決して勝てないと思わせるサーヴァントとしての圧力だけではない。怒りを含んだ圧力は言葉にはし難いものだった。

 

「五月蠅い坊や。いっそのこと殺してしまおうかしら」

「待て、その疑問の意味を知りたい。どのような疑問にもそれに繋がる理由があるはずだ。衛宮、言ってみるがいい」

「あんたは真っ当な人間だ。一般人より魔力が多少多い程度で魔術師とは到底呼べない。そんなあんたが〈キャスター〉のやっていることを見逃せるはずがない」

「〈キャスター〉がやっていることだと?」

 

質問返しに泉世は葛木が知らされていないことを確信した。もちろんそれだけが理由ではない。質問に含まれたわずかな好奇心と不安を、微かにだが確実に感じ取っていた。普段から無駄なものを排除した声音で話す葛木の声音とは、大きく違っていた。

 

「昏睡事件が多発しているのを知ってるだろ?」

「教師としてそれを知らずにはいられない。連絡事項として生徒に伝える義務がある」

「その犯人が〈キャスター〉だ。あんたを守ってるそいつは、街中の人間から今も生命力を吸い取り続けている。数日前には死者が出ている以上、このまま続けばもっと多くの死者がでることになる」

「なるほど。マスターである私が〈キャスター〉の所業を放置しているのは、彼女に操られているからだと考えたわけだ」

 

一見、泉世の言葉に自分がそんなことになっていると知らなかったというふうに思える。だがそんな生易しい事態になってはいない。実際は、泉世と葛木の間にある空気に亀裂が生じているのを凛は見抜いていた。士郎もそこまでとはいかないが、良い空気ではないことを薄々気付いている。2人の間にいる〈キャスター〉は、終始無言で会話に混ざろうとはしない。むしろそれがあるからこそ、凜は姿を現すタイミングを失っていた。今出て行けば攻撃を受ける可能性がある。また、空気の亀裂を決定的なものにしかねないとも思っている。

 

完全に追い込まれていた。

 

「もし知っていて放置しているなら、あんたも共犯者で殺人鬼だ」

「いや、その話は初耳だ。〈キャスター〉、それは本当か?」

「申し訳ありません。しかしこれは〈聖杯戦争〉に勝つために仕方がないことだったのです」

「だそうだ衛宮」

 

士郎は飛び出すのを懸命にこらえていた。〈キャスター〉の発言は、士郎の求める《理想》を侮辱しているのと同じだ。何かを成すためには犠牲は必須であり、仕方がないことだと言っている。士郎からすれば受け入れられない考えだった。

 

「仕方ないと割り切っている時点で、俺には討論する気が起きない」

「そうか。私は〈キャスター〉のしていることが悪いとは思わない。何故なら私に関わりのない人間がどうなろうと関係ないからだ」

「罪のない人間が死んだとしてもか?」

「その人間が死んだとしても私はそれに気付かない。苦しみながら死んだとしても私にはそれを知る術がない。そのことに問題があるか?」

 

自分が関わらないことには興味がない。そこでどのようなことがあろうと、どのような事件が起ころうと、何人が死のうとどうでもいい。知らない人間に関わることは無駄であり時間の浪費。関わろうとする行動は、無駄なエネルギーを使うことだと言っている。その考えが泉世にはわからない。何が正しく何処に意味があるのか理解できないのだ。

 

「あんたはそれでも人間なのか?」

「私はお前の言うように朽ち果てた殺人鬼だ」

 

葛木は語る。自分自身のかつての人生を。

 

「暗殺者として育てられた私は心が死んでいる。人が感じる喜びも悲しみも憎しみも何一つ感じない。いや、これはある意味違うか。お前達にわかるように言うとすれば、何もかもが無機質にしか思えないのだ。他人の普段聞く声とは違って高い声音、普段聞く声ではなく苦悶の声音。それを見て聞いたとしても心は動かない。比喩による表現の鎖や枷によってそうなっているわけではない。私から心は消え去った。消えたものは二度と元に戻らないのだ。忘れたならばいざ知らず、あったという事実があるだけではどうにもならない」

 

悲嘆に暮れるでもなく驕りに凝り固まるでもない。ただ事実だけを述べて隠し事は何もないと口にする。葛木からすれば心が死んでいる自分に隠すものはない。隠す意味を持たずその概念さえ理解できない。

 

「お前達がどう思おうと私は〈キャスター〉を止めることはしない。私が死のうとお前達が死のうと意味はない」

「話をしていてもらちが明かない。あんたが放っておくというならば俺達が止めるだけだ」

「言うべきことは言った。では好きにしろ〈キャスター〉、生かすも殺すもお前次第だ」

 

葛木の言葉を聞いた〈キャスター〉が口元を歪ませる。その笑みは女性らしからぬ不敵で不気味な、感じたことのない生ぬるいものだった。見ているこちらが寒気を催すような感じの悪い微笑。

 

「そうか。ならばここで死しても構わぬのだな〈キャスター〉のマスターよ」

「ほう、そこに隠れていたのかお前のサーヴァントは。姿が見えぬからお前たちの後ろにいると思っていたが、反対側にいたとはな。おびき出したつもりだったがそちらも裏の策を考えていたか」

 

意識が〈セイバー〉に向いた瞬間、凛は物陰から飛び出して〈キャスター〉を攻撃した。得意とする《宝石魔術》は宝石自体を武器として使用することが可能だ。魔力を固体化させたものが武器となる。長い年月をかけてより純度の高い宝石は能力が高く、それだけが術式を凝縮させた物体だ。だから宝石自体に攻撃能力があってもおかしな話ではない。〈キャスター〉に向かって投げ込まれた蒼の宝石は、〈キャスター〉が展開した防護壁に阻まれて爆散する。爆散した結果、〈キャスター〉の周囲は土捲りで覆われ視界が極端に狭くなった。

 

もちろんこれは〈キャスター〉による葛木への援護を邪魔するための凜が考えた策だが、宝石自体にその能力があったのかは不明だ。単なる魔力の結晶である宝石を投げただけなのか、術式が組み込まれていた宝石だったのか。それがわかるのは凛のみ。通用するのは一瞬だけだが、そのわずかな時間を〈セイバー〉は無駄にしない。普段から街を歩く際に鎧では目立ちすぎるので私服を着ている。隠れているときは私服だった〈セイバー〉は、そのわずかな時間で魔力で鎧を顕現させ、葛木に斬りかかった。

 

「お待ちなさい〈セイバー〉」

「邪魔させるわけないだろ」

 

土煙の中から〈セイバー〉に向けて魔術が発射された。やはり土煙の効果はほとんどないらしく、視界がなくとも正確に照準されていた。だがその攻撃を泉世が見逃すはずもなく。〈セイバー〉に触れる直前で、〈キャスター〉の攻撃はありえない角度で跳ね返る。本来、入射角と反射角は同じ角度になる。だが今の動きは明らかにおかしなものだった。真上に跳ね上がった魔術は急角度で落下して〈キャスター〉を襲った。

 

「何なの今のは!」

「驚くことじゃない。それに集中していたらできることもできなくなるなるぞ。はぁっ!」

「かはっ!」

 

いつの間にか接近していた泉世が、〈キャスター〉の腹部にボディーブローを叩き込んだ。くの字に折れ曲がりながら浮いた背中を、今度は右回し蹴りが襲う。地面にめり込み、その弾みで二度三度と遠くへ跳ねていく〈キャスター〉。その無防備な敵を泉世は追わなかった。

 

「足元がお留守だぞ〈キャスター〉。威勢が良い場所は柳洞寺だけか?」

「〈セイバー〉っ!」

「何っ!?」

 

道路に倒れこむ〈キャスター〉に冷たい視線を向けていた泉世の背後から声が聞こえた。振り返ると士郎と凛が口を大きく開けて驚愕の表情を浮かべている。2人の視線を辿った先を見て泉世も同じように眼を見開いた。

 

何故なら〈セイバー〉が斬りこんだ視えない剣(・・・・・)を、葛木が左肘と膝で挟み込んでいたからだ。サーヴァントでさえ見切るのが難しい攻撃を、初見でなんなく見切りその上完全に防御してみせた。ありえないとばかりに〈セイバー〉さえ身動きできないでいる。

 

最優の〈セイバー〉であり、その〈クラス〉に召喚されるほどの腕を持つ英霊の攻撃を防ぐなど不可能だ。それは剣の指導を受けている泉世がよく知っている。再会した夜から手ほどきを受け、〈冬木の虎〉の異名を与えられた人物からお墨付きをもらった泉世でさえ、未だに技ありを入れることが出来たのは片手の回数だけ。

 

試合回数は50を超えているというのにまだその数だ。どれだけ〈セイバー〉の腕が高いのかがわかるだろう。確かに比較対象にするには少し無理がある。〈セイバー〉は祖国を守るために命を懸けて戦った。一方、泉世の場合は趣味の延長線でしかない。それでもかなりの腕前の泉世を赤子のように扱う〈セイバー〉が、魔力を解放した鎧を着用して自身の武器を使っている。それを防いだ葛木の眼と身体能力は異常すぎた。

 

「侮ったな〈セイバー〉」

「離れろ〈セイバー〉、そいつの間合いはすべて死の概念そのものだ!」

「逃さん」

 

飛びのいた〈セイバー〉を追って葛木は攻撃を開始した。ただの拳にしてはその速度はあまりにも速すぎる。凛や泉世の眼を以てしても捉えきれない。普通ならば初動は見えなくとも、インパクトの瞬間や戻したタイミングは見て取れる。だが葛木の場合は初速と同じ速度で衝突して戻っている。士郎からすれば空気をたたいた衝撃音しかわからないだろう。その異常性はもちろん魔術によるものだが、生憎と葛木は魔術師ではない。士郎のように魔術師に育てられたわけでもない。

 

鍛え上げられた肉体とそれを保護する形で働く〈キャスター〉の魔術の相乗効果だ。だが〈セイバー〉が躱すのに精一杯な部分から察するに、おそらく葛木の腕前ならば〈キャスター〉の援護なくとも圧倒しているだろう。

 

「〈セイバー〉!」

「…そんな馬鹿な」

 

葛木の拳を躱しきれなかった〈セイバー〉が、首を捕まれたまま地面に叩きつけられ投げ飛ばされた瞬間に、泉世は葛木の懐に飛び込んでいた。投げ飛ばされて廃墟に激突した〈セイバー〉を見た士郎は言葉が出てこない。英霊を凌駕するほどの腕を持つ人間がいるとは思わなったのだろう。

 

「想定外だったよ葛木先生。あんたがそこまでの腕を持つなんてな」

「マスターは後方支援が常だと考えるのはいいが、例外は常に存在する。私のように前に出るしか能がない奴もいる。だがそれはお前にも言えるようだな」

「さあどうだろう。俺の場合は初見じゃないしスキを突いた攻撃だからな。それに俺は魔術をそこまで得意としていない」

 

互いの拳を殴りつけた腕とは反対の腕で相手の攻撃を防ぐ。動きを制限された状態ではどちらも簡単には動けない。有利な状態なのは泉世より背が高く腕や足が少しばかり長い葛木だろうか。常に無表情でいるため、苦戦しているようにも見えない。それとは逆に泉世にはあまり余裕がない。関節を固定されているわけではないが動くことが出来ない今では、葛木の力と拮抗させる以外には何もできない。

 

「私の懐に入り込めた人間はこれまで誰一人いなかった。お前にはそれなりの評価を与える」

「嬉しくもなんともないさ。感情のないあんたにも言われてもな」

「ならばこの問答にも意味はない」

 

その言葉と共に泉世によって封じられていた右手の固定が解除された。一時的な力の弱まりに驚いた泉世が油断したそのスキをついて、自らの関節を外して拘束から抜け出す。慌てて防ごうとするが一度動き出した葛木は止まらない。

 

魔術を用いた防御でどうにか躱す泉世だが、その動きは普段とは違って遅く鈍い。葛木の攻撃はただの攻撃ではなく、霞めるだけで戦意を失わせていく。突き出された拳によって空気が極僅かに振動し、その振動が三半規管を麻痺させる。身体を霞めた振動は肉体にではなく精神を蝕んでいく。不快な低周波が魔力を流す魔術回路に流れ込み、魔術の行使を不可能にさせていく。

 

「終わりだ衛宮」

「があっ!」

「「泉世!」」

 

連続攻撃をどうにか回避して無防備になっていた泉世は、頬を殴り飛ばされた〈セイバー〉と同じように廃墟に衝突し、偶然にも隣り合うように倒れこむ。崩れ落ちた瓦礫によって泉世と〈セイバー〉の姿は見えない。葛木の異常性を感じ取った凛と士郎は、攻め込まれないように攻撃することにした。

 

いや、それ以外にできることはないのだ。

 

「守るからやられる。なら攻めればいいだけのことじゃない!」

「待て遠坂!」

 

《ガンド》を撃ち込む凛だが一つしか発動させることはできない。その数では攻める以前に攻撃力があまりにもなさすぎて、余計に葛木の注意を引くことになり餌食となってしまうだけだ。《ガンド》を難なく避けた葛木は凜の懐に滑り込むように接近する。突き上げられた拳によって吹き飛ばされた凜は、錆びた手すりに衝突して意識を失った。

 

残った士郎は悠然と歩み寄ってくる葛木を迎え撃つしかない。魔術に長けた2人が簡単に倒された場面を眼にして叶うとは到底思えなかった。だがそれでもここで諦めるわけにはいかない。《強化》を施した竹刀で攻撃するが、躱された上に唯一の武器を拳によって破壊されてしまう。

 

「お前はもう戦えない。唯一の武器をなくしたお前には何もできない」

「がはっ!」

 

腹を殴られて俺は軽く空を飛んだ。比喩表現ではなく実際に人間の拳一つで。痛い、痛すぎる。これが殴られた痛みなのか。痛すぎて意識を失いそうだ。でもそんなことになったら遠坂や〈セイバー〉それに泉世が死ぬ。そんなことさせてたまるか。俺はなんのために今まで生きてきたのか。誰かを救うために10年間を過ごしてきたんだ。

 

でも今の俺には戦う武器がない。遠坂や泉世のように魔術は使えない。それでも武器がいる。強い武器が。何でもいいみんなを守ることができる強い武器が。あいつのように(・・・・・・・)強い武器が。敵を倒すことができるぐらいに強い武器が。

 

今の俺には必要だ。

 

投影(トレース)…」

 

あいつの武器なら勝てる。今の俺にできるのは想像したものをこの手に持たせることだけ。今まで完全にできたことなんてない。けど今ならできる気がする。

 

「があああああああ!」

 

痛い痛い!身体が内側から裂けるように。魔術回路を別の何かが高速で往復する不快感。今まで感じたことのない痛みと不快感は意識を刈り取るようだ。でもこんな痛みは殺されかけた時に比べれば、みんなが死ぬことに比べれば。

 

痛くない!

 

開始(オン)!」

 

両手に現れた二振りの剣。これはあいつが持っていたのと同じ武器だ。これなら勝てる!

 

「行くぞ葛木。これなら俺はお前と対等に戦うことができる」

 

まるで俺が武器の準備を終えるのを待っていたかのように、静かに佇んでいた葛木を見据える。教師としての立場なのか全力の敵をたたくことを待っていたのか。どちらであっても俺には関係ない。勝負をして葛木を倒す、または期待する。

 

けど今はみんなの安全を優先しなければならない。

 

俺は無言で接近してきた葛木の拳に両手の剣を振り下ろした。



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世界

瓦礫を見ると思い出すことがある。

 

業火または劫火とも呼べる代物によって、俺が暮らした街があっという間に飲み込まれた惨状だ。目の前で死に絶えていく人間は見てはいない。既に生命としての役割を終えた器しか見てはいない。それでもその有様を眼にすると、どうしようもない後悔と自身への怒りが心の奥底から湧き上がってくる。何故これを未然に防がなかったのか。防ぐ手立てなら多少なりともあったはずだ。

 

なのに俺はそれをしなかった。する以前にできなかったとも言い訳できるかもしれない。それでも俺は何かをすることもなく、何か行動を起こそうともしなかった。ただ自身を認めてもらいたいがために、命じられたことを成そうとした。それをしたとしても多少の関係性が改善されるだけだと知りながら。自身への評価が下の下へと急降下したことを知りながらあがいた。マイナスからゼロに近づくだけでしかないとわかっていながら。

 

何故そこまでして認めてもらいたかったのだろう。俺を認めてくれた人物があまりにもまぶしかったからだろうか。それともあの人物こそが再び覇者として、この世に君臨することが相応しいと思ったからなのだろうか。だがその人物は人間そのものを良きものとして見ていない。くだらない生命の一粒でしかないとあきらめている。無駄な世界に生き、無駄を吐き出し、無駄を謳歌する。取るに足らない存在を、そのままにしておくわけがないのだ。

 

黄金に輝く鎧をまとい、燃え上がる炎の如く反り立った髪を生やし、総てを見通す真紅の眼を持つ英霊。10年前の〈聖杯戦争〉において、最強の一角である三大騎士の一つの〈アーチャー〉で現界した。人類最古の王にして王の中の王、【英雄王】ギルガメッシュ。

 

あの異様なサーヴァントを忘れることは、一生できないだろう。

 

 

 

 

 

眼を開けると薄明るくなっており、見慣れた天井が見えた。年輪が装飾に活かされ、檜を用いたことで独特な芳香と光沢が心に余裕を持たせてくれる。日本家屋には様々な木材が用途によって使い分けられているので、家の造りに違和感を覚えることはない。

 

「生きてた…か」

「眼が覚めましたか?泉世」

 

何気なく口からこぼれた言葉に、反応されるとは思っていなかった。それによる驚きと恥ずかしさで、どうにかなってしまいそうだった。だがここで黙っているのも、応えてくれた相手を侮辱することになる。声が聞こえた方へ眼を向けると、穏やかに微笑んでいる女性がいた。

 

「〈セイバー〉…。無事だったか?」

「はい。貴方の魔力供給のおかげで昨日のうちに完治しています」

「昨日?」

 

〈セイバー〉の言葉に違和感を覚えて上半身を起こす。背骨部分に走る鋭い痛みに、少し顔を顰めてしまう。声に出すのを我慢して周囲へ視線を向けてみると、部屋が日光によって明るく照らし出されていた。枕元に置いていた時計を確認して納得する。

 

「寝過ごしてたか。こりゃ藤姉に叱られるな」

「仕方がないことだと思います。昨夜の戦闘でもっともダメージを負っていたのは泉世ですから」

「そんなにか」

 

確かに身体の痛みと倦怠感のことを考えると、〈セイバー〉の言葉もあながち嘘であるとは言えない。眼を閉じて戦闘シーンを思い返すと、あの戦闘がどれほど過激で普通ではないことだったかがよくわかる。あれだけの戦闘をしておきながら最中に人が集まってこなかったのは、遠坂と俺が張った【遮断】を目的とした結界のおかげだろう。

 

振動と音を完全に【遮断】することで外部に漏らさないようにしていたのだ。ミサイルが着弾しようと、誰もそのことには気付かないほどに強力な術式。そう簡単に敷くことはできないが、遠坂と俺が共同で分担することで1人にかかる負担は軽減される。遠坂が音を担当していたおかげで、俺が気を失っていても音は外に漏れていなかった。俺の気絶後にどうなったか知らないため、周囲への影響がどの程度まででていたかはわからない。

 

以前に俺は術式が一度発動すれば、誰も解除することは出来ないと言い、今回は常時術者が作用させていたと言った。相反する性質だが、どちらにもメリットとデメリットが存在する。

 

条件発動型は、例として〈ライダー〉の結界があげられる。メリットとして一度発動すれば強力であるが故に簡単には解除できない。デメリットとして発動させるには、多大な時間と膨大な魔力を必要とする。反対に常時発動型は、昨夜のような結界があげられる。メリットとして短時間で完成させることができる且つ、少ない魔力量で発動させることができる。デメリットとして維持させるためには、術者が継続して魔力を送り込まなければならない。さらに言えば、結界は脆く容易に破壊されてしまう。

 

「あの戦闘は誰にも見られてないんだな?」

「はい。今朝のニュースで道路が陥没していることしか言っていませんでした。おそらくは柳洞寺に向かう人物か街に向かって下りてきた僧が目撃して、警察に連絡したのでしょう」

「言峰もさすがに手を回せなかったのかな」

 

これだけ頻繁に戦闘が起こっていれば〈教会〉でも隠し通せないのだろう。人員不足なのかはたまた隠蔽工作の魔術師たちの腕が悪いのか。そこはまあ俺達には関係ないので気にする必要はないだろう。取り合えず今は今後の策を練らなければならない。

 

昨日の戦闘で、〈キャスター〉のマスターであり〈ライダー〉を倒したのも葛木だということがわかった。あれだけの腕前を持っていれば、いくら機動力に長けた〈ライダー〉でも倒すことは可能だろう。容易に撲殺できたかはわからない。だが〈セイバー〉を圧倒するほどの腕前ならば可能かもしれない。

 

「あの後はどうなった?」

「私も泉世が倒れこんでくるまでの記憶はありません。気が付けば〈キャスター〉のマスターと互角に戦っている士郎がいました」

「あいつと互角だって?」

「はい。〈アーチャー〉が使っていた二振りの剣を用いながら。無理な使用で肉体にかなりのダメージを負っていました」

 

士郎が使える魔術は《強化》だけだ。それ以外の魔術は点で使えないが、初めて使用できた魔術は《強化》ではなく《投影》だった。だがそれは形をなぞっただけのもので実用的ではなかった。俺が軽く力を込めただけで儚く散るほどの強度。そんなものが実践で使えるわけがない。

 

そういうこともあって俺と切嗣は使用させないことを言い渡した。それ以外で扱えた魔術が《強化》で、多少ならば日常生活でも問題なく使える。だから魔術の鍛錬は《強化》だけで《投影》なんて無茶はさせなかった。

 

あの戦闘の最中に5年前に数回ほどしか使わなかった魔術を会得したことになる。驚異的な才能と呼べるものじゃない。異常と言っても差し支えないだろう。魔術というものは長い年月をかけて己の肉体に刻み込むものだ。筋肉をつけるために、筋トレを長期に渡って繰り返すのと同じだ。

 

だが士郎は使用してから長期間に渡って使用していない。だというのに完全に模倣したというのだ。魔術の師として喜ぶべきなのか、怒るべきなのか難しく思えてくる。だが今は喜ぶべきだろう。そのおかげで俺は怪我を負いながらも無事帰還しているのだから。

 

「士郎のおかげで、マスターは〈キャスター〉共々逃走しました。予定外に反撃が強く危機感を抱いたのでしょう」

「そうか…。仕留めきれなかったのは失態だったな」

「どういうことなのですか?」

「〈キャスター〉と葛木を狙うのが厳しくなったってことだ。警戒して柳洞寺から降りてこなくなるだろうから」

「〈キャスター〉のマスターが教師である以上、学校へ行くことになると思いますが」

「教師でも病気を理由にして休むことは可能だろうさ。病気でも来いというブラック企業でなければ」

 

ある意味教師という仕事はブラック企業そのものだが。休みなんてないに等しい職業だと思っている。部活動の顧問であれば、尚更に拘束時間は異常値にまで達することだろう。如何に生徒集団昏睡事件が起こった学校側でも、病気の人間を無理矢理立たせるようなことはしないだろう。…いや、昏睡事件でも翌日から通常営業していたから完全な否定はできないか。

 

だが一度も休まずに教卓に立っていた葛木が体調を崩したと聞けば、案外全員が納得してしまうかもしれない。今まで溜まっていた疲労が爆発したのだと考えるだろうから。しかし柳洞寺に居候しているならば、住職の息子の一成がそのことを知らないはずがない。

 

〈キャスター〉が魔術で意識操作していればそのようなことも杞憂に終わるか。友人にそんなことをされていると思うと、かなり怒りが湧いてきてしまうが自重する。

 

「取り合えず昼飯の準備でもしておくか。学校をさぼってるなら士郎の苦労を減らしとかないとな」

「そうですね。士郎も昨日の戦闘でそれなりに疲弊しているでしょうし、私も手伝います」

 

今現在の時刻は11時過ぎ。半ドンだから士郎もそろそろ帰ってくる頃合いだ。今から準備していれば士郎が帰ってくるぐらいには準備が整っていることだろう。痛みを軽減する魔術を使用しながら料理を開始するのだった。

 

 

 

女性と二人っきりでの料理はしたことがなかったため、なかなかの緊張感を味わいながら作ることになってしまった。時折触れる〈セイバー〉の指がくすぐったくて新鮮味を感じた。そのときの〈セイバー〉の慌てようが、騎士らしくない年頃の女性にしか見えなかったのは気のせいではないだろう。

 

結局予定時間を大幅に超えて完成したため、帰ってきてた士郎と何故か一緒にいる遠坂に、冷ややかな眼で見られることになったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

夜中に差し掛かるという時刻。俺は魔術の鍛錬を行っている士郎の元へ足を向けていた。〈セイバー〉の姿もなかったのでそこにいるのだろうと思う。遠坂は結局夜になっても帰らず、客間に泊まることになった。最初からそのつもりだったらしく、〈アーチャー〉に宿泊道具一式を持ってこさせたらしい。なんだかサーヴァントの扱い方を間違えているようにも感じるが、〈アーチャー〉が文句を言わないならば第三者がわめくのも情けない。

 

遠坂が泊まると知った時の藤姉の顔は絶望に染まっていたが。何を想像したのだろうか。年頃の男女が同じ屋根の下で寝ることが外聞的に悪いから?馬鹿馬鹿しい。そんなものそこらへんの犬に食わせておけばいい。本人たちが気にしていないなら、他人があれこれ言うのは間違っている。士郎や遠坂が文句ないのなら構わない。もっとも士郎は遠坂を家に帰すつもりだったようだが。あいつの家は〈アーチャー〉召喚時に半壊しているから、風通しの良い場所にはあまり戻りたくないのだろう。それも冬場なら余計にだ。

 

修復工事は行っているらしいが、瓦礫撤去から始まって材料調達に建て直しとなると、少なくとも一か月はかかるらしい。それまでの時間をホテル住まいにするのは、さすがの遠坂でも精神的にくるものがあるのだろう。遠坂家の財ならば、半年ぐらい泊まっても雀の涙程度しか減らないと思ったりする。召喚してから今日まで我慢して住んでいたなら、戻っても問題ないと思うのだが。まあそこらへんも何か理由があるのだろう。単純に家事などをしなくて済むという単純な理由もあるかもしれないが。

 

ついでに報告として、葛木は学校には来ていなかったらしい。一成によれば、実際に熱もあって安静を第一優先にしているようだ。十中八九〈キャスター〉が術式を用いて葛木の体調を崩させたのだろう。今頃完全完治して戦闘に備えているはずだ。

 

そんなことを考えながら蔵に入ろうとしたとき、中から〈アーチャー〉がでてきた。霊体化して遠坂の近くにいたと思っていたが此処にいるとは思わなかった。

 

「中で何をしていたんだ?〈アーチャー〉。士郎と〈セイバー〉しかいないはずだが」

「別段、敵対していたわけではない。お前の相方が昨日の戦闘で《投影》をしたと聞いてな。いてもたってもいられず手を差し伸べに来ただけだ」

「はははははは。そんな冗談を言えたなんてな」

「そこまで大笑いすることではないと思ったのだがな。まあいい、話があるついてこい」

 

俺の笑いが気に喰わなかったのか。先ほどより低い声音で呼ぶ〈アーチャー〉に逆らう気も起きず、言う通りに後ろをついていくことにした。

 

「泉世…」

「大丈夫だ〈セイバー〉。士郎の鍛錬をみていてほしい」

「…わかりました」

 

納得できないという表情をしながらも、素直に引き下がってくれた〈セイバー〉に眼で感謝を送る。背中から〈セイバー〉の視線を感じながら歩いていく。その歩みは少しの乱れもなく敷地内を悠然と歩を進めている。まるでこの場所を知り尽くしているかのように、迷いのない進みだった。

 

蔵の少し奥にある建物が見えてくる。ここは俺が〈セイバー〉や藤姉に剣の教えを受けた道場だ。鍵は普段かけているが霊体化したサーヴァントなら、少しの隙間からでも侵入することができる。内側の鍵を外した〈アーチャー〉に入れと指示される。大人しく中に入ると、磨き上げられた床と落ち着かせるような空気をため込んだ空間が待っていた。その中心で俺に背を向けながら立っている〈アーチャー〉が振り向く。

 

「驚いたよ。素直に言うことを聞いてくれるとは」

「断る理由もない。それに士郎の後遺症を治してくれたからな」

「あれだけでわかったのか。さすがは一流魔術師だ」

「買いかぶるなよ俺は未だ半人前。それに戦闘に適した魔術を扱えないなんて笑いもんだ」

 

蔵の入り口から見えた士郎から、昼や夜と比べて魔力の流れが良くなっているのを感じた。〈セイバー〉にはそのような治療はできないだろうし、《触媒》があったとしても治すことはできない。あれは傷を癒すのであって、魔術回路などには作用できないのだ。ならば魔力の流れを改善させたのは、そこからでてきた〈アーチャー〉以外には考えられない。こんな簡単な事柄を解決なんて呼ぶこともできない。消去法による断定でもないから子供だましも笑えてくる。

 

「まあいい...。お前はあいつをどうするつもりだ?このままいけばあの小僧は《理想》に飲み込まれるぞ」

「随分ぶっ飛んだ質問だな。まるで自分が見てきた(・・・・・・・)ように言うじゃないか」

「私もあの小僧と似たような想い入れがあってな。他人の考えに感化されて、自身の考えとして動くのは偽物としての行動だ。いずれそれが本心から出たものではなく借りものだと知る時が来る。それを知った時、自身は何のためにここまで来たのか。何のために地獄を生き延びたのか。そうなれば待っている結末はただ一つしかない」

「ただ一つの結末だって?」

 

俺を見ているようで見ていない〈アーチャー〉の視線。遥か遠くを見つめるその瞳には、哀愁と焦燥が入り混じった哀しい色であふれていた。かつての自分が何を思っていたのか。俺には考えることも想像することもできない。他人の成れの果てなど見たくもない。家族や友人とならば構わない。けど赤の他人、ましてや過去の偉人の結末を知っていても、本人の口から知らされたくはない。その最後に納得がいっているならばまだマシだ。けれども最後を悔いているならば俺は…。

 

「〈絶望〉だ。自身から零れ落ちた感情ではなければ、最後まであがき続けることなどできはしない。他人の感情を受け継いだだけならば、それに付随する重荷も意味も知らず苦しむだけだ。私はそれを悔いた。守るべき人を守れず、救うべき人間を救えなかった。誰かを助けたいと思った感情は意味もなかった。結局、私はかつての自分が抱いた感情にはまったく意味はなく、憧れを抱いていたにすぎないと知った。自分の《理想》を貫くためにもっとも大切な人間を私は見殺しにした。これは私の一番の過ちだ」

「お前、後悔しているのか?自分が決めた道を歩み続けた時間を、自分がそれを選んだ瞬間を」

「無論だ。それさえしなければ私がこうなることはなかった。できるなら私はあの時の選択をもう一度やり直したい…」

 

霊体化してこの場を離れた〈アーチャー〉に、俺はどう声をかけるべきなのか悩んだ。自身の決めた道が間違いだと後になって気が付き、やり直したいと願う〈アーチャー〉に。

 

切嗣の《理想》を動力源として生きている士郎を否定する言葉。《理想》を抱くことに間違いはない。生きる理由になるのも事実だ。士郎はそれがあって生きていると言っても過言ではない。士郎の存在を心の拠り所としている

俺も似たようなものだろうか。

 

あいつの言った《理想》も士郎と似たものだったのだろう。自身の救いではなく他人の幸せを求めた。それが家族なのか友人なのか。それはあいつにしかわからない。大切な人間を見殺しにしたというならば、そういうことなのだろう。

 

そうして俺は道場にしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「デートするから準備しててね」

 

翌日、朝食をとっていると凛がそんなことを言い出した。なんでも戦闘続きだから少しぐらいゆっくりしてみたいということらしい。それに乗っかる形で〈セイバー〉が逢引きを提案したのだった。

 

「「…は?」」

「何よその反応は。嫌だったの?」

「そうじゃない。誰と誰がデートするんだって思っただけだ」

「私と衛宮君、〈セイバー〉に泉世よ」

 

まさかの組み合わせに士郎と泉世は互いに顔を向けあう。その同じ行動に凛と〈セイバー〉が笑いをこぼした。和やかな空気に、〈聖杯戦争〉は本当に続いているのか疑問に思ってしまう。

 

「何で泉世が〈セイバー〉なんだよ。普通ならマスターの俺だろ」

「そんなに衛宮君は私とデートするのが嫌だなんて。ョョョョ…」

「「し・ろ・う」」

「わかった!わかった!遠坂と行けばいいんだろ!?だったら行くよ」

 

泉世と〈セイバー〉からのジト目を喰らって士郎は負けを認めた。この場合は誤解を招く言い方だったのは確かだ。まるで「気は乗らない。遠坂は嫌だからせめて〈セイバー〉とがいい」と言っているのと同じである。潔く間違いを認めたのは及第点だろう。本人が納得しているかは別にして。

 

「私と泉世はそれなりに付き合いあるけど、衛宮君はまだそんなに関わったことないでしょ?ならこれをきっかけにしてもいいと思うの」

「別にデートまでしなくてもいいと思うんだが。でもまあ遠坂の言っていることが間違いでもないから。仕方ないかぁ」

「じゃあデートに出発!」

「おー!」

「「おー…」」

 

元気いっぱいの凛と〈セイバー〉、それに比べてあまり乗り気ではない泉世と士郎は、隣町までデートすることになったのだった。



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待ち伏せ

遅くなりました。よろしくお願いします。


〈キャスター〉との戦闘を行った翌日、泉世たちは2組に分かれてデートすることになった。何故ダブルデートと言わなかったのか。それは〈セイバー〉の目的が関係していたのだった。

 

「〈セイバー〉と2人っきりの遠出はこれが初めてだな」

「はい、私もそれなりに興奮しています」

「それは見ていればわかるよ」

 

そう言う泉世の横顔はとても優しい。傍からは見目麗しい美男美女がデートしているようにも見える。泉世はまったく緊張していないが、〈セイバー〉はそわそわとして落ち着きがない。よく見れば頬は少し赤く、バスの椅子に座っているというのに、可能な限り泉世から距離を取ろうとしている。

 

デートにしては2人の距離が広いのは気のせいだろうか。そのことをわざわざ口にしない泉世だが、ある意味それが〈セイバー〉の心の余裕を奪っていた。

 

「泉世はその、緊張しないのですか?」

「何故?」

「いえ、その、こ、このようなことが初めてなので」

「もしかして〈セイバー〉は嫌だった?」

「そんなことありません!どちらかと言えば嬉し…あう////」

 

車内で大声を出してしまったことで、周囲から注目される〈セイバー〉。普段の彼女ならば意にも返さないのだが、今日だけはいつもと違っていた。金髪ということもあり外国人として注目される且つ、本人が美少女であることが余計に注目を誘っていた。

 

しばらくバスを乗り継ぎ目的地の停留所で降りた泉世だったが、〈セイバー〉がずっとこの調子なので落ち着ける場所を探すことにした。今朝のうちに凛が印刷していた観光案内図と今の場所を見比べていく。きっちりと把握した泉世は、未だ通常運転に戻れていない〈セイバー〉の手を引いて歩き始めた。普通に手を引いているだけのはずだが、〈セイバー〉の頬はさらに赤くなっていた。女性をリードするだけの行動は、〈セイバー〉の心を無意識のうちに削っていく。

 

表通りから一歩裏へ入った道は、人が通っているものの活気にあふれているわけではない。それなりに店が多く立ち並んでいるあたり、時間帯によっては表通りに負けないほどの人が入るのだろう。今の時間は昼前であるから、もう少ししたら店にも入りにくくなるかもしれない。

 

そこで泉世は〈セイバー〉の状態を無視して、一軒の喫茶店に入っていった。老舗というような雰囲気だが、観光案内図には開店してまだ半年ということらしい。オーナーの手腕がいいのか、それとも感性がそういう風にさせたのか。どちらにせよ落ち着きのある店を求めていた泉世にとっては、願ってもない店であった。

 

席に着いてから泉世はブレンドのブラックコーヒーを、〈セイバー〉は紅茶のストレートを頼む。マニュアル通りではなく客それぞれの雰囲気を感じ取って、それにあった接客をする店員にお礼を言って向き直る。

 

「〈セイバー〉、体調が優れないのか?そうだったら家に戻ったほうがいいぞ」

「いえ、お構いなく。…泉世はおかしいと思いませんでしたか?」

「何が?」

「今日いきなり逢引きをすることになったことにです」

 

そう言われて確かにと思い返す。昨日まで戦いに戦いを重ねていたから息抜きということも理解できる。だが何の連絡もなく誘われたのは不自然だった。

 

「確かに驚いて乗り気はなかったけど、〈セイバー〉が楽しみにしてそうだったから行くことにした」

「…実は私が凛に逢引きをしたいと言ったんです。直接言うのも恥ずかしく、口実を作ればいけるのではないかと思いました」

「だから遠坂と士郎をセットにしたのか。向こうは向こうで楽しむと思うけどな」

 

天真爛漫とは言わないが行動力のある凛なら、士郎を好き放題に振り回しそうだ。それに案外士郎も嫌ではないのではないかと第6感が告げている。夕方に合流することになっているからそれまでは自由行動だ。何処に行こうが何をしようが、泉世と〈セイバー〉のやりたいようにやるだけ。今は2人のことを考える必要はない。

 

「いつもの〈セイバー〉でいてくれよ。じゃないと俺も楽しむにも楽しめない」

「怒らないのですか?」

「そりゃまあ唐突すぎるとは思ったけど、そんなこと気にしないくらい楽しもう。〈聖杯戦争〉が起こってなかったと思うぐらいに」

「はい、泉世」

 

普段の調子を取り戻した〈セイバー〉は、緊張感の抜けた表情と声音で、カフェでの時間を満喫するのだった。

 

 

 

カフェでのひと時終えて、次に〈セイバー〉が泉世を連れてきたのは水族館だった。冬木市に隣接するこの市は、観光地として全国的に有名である。ドラマや映画の撮影地に選ばれることも多く、追っかけファンが家族や友人たちと旅行で訪れたりする。季節に合わせたイベントがあるため、年中いつでも観光地として足を延ばせる。

 

撮影地として選ばれるのには、他とは違った特徴があるからだ。それは撮影機材を持ち込むことが必要ないように行政が準備していたり、キャストの不足要因として地元住民が参加してくれたりする。住民はそういった外部からの刺激を欲している節がある。

 

「知識としては知っていましたが、直に眼にするのとは違いますね」

「百聞は一見に如かずっていうからな」

 

そこまで大きい水族館ではないが、来場数も非常に多く一帯の収入源にもなっている。その理由として国内初の内陸に位置する水族館で海水を用いた展示だからだ。一般的な水族館が海の近辺に位置するのは、海水を運ぶのが不便であり金銭的にも負担が大きいのもある。

 

淡水ならば河川から引けばいいが、海水は海からしか取り入れることはできない。塩を用いて水に溶かすことで海水は作り出せるが、濃度の問題もあるし海水には塩以外にもあらゆる物質が溶けている。飼育する魚類によっては温度と濃度が大きく異なる。

 

それを克服して飼育できているということが、その水族館にどれほどの技術力があるのかということかわかるだろう。そういうこともあって、全国的にも名を知られるようになったというわけだ。今回はそのことを〈セイバー〉が知っていたかどうかはわからないが。本人が楽しそうにしているなら、余計な一言を言うのは野暮だろう。

 

「あ、衛宮じゃん」

 

この水族館のメインスポットでもある大水槽を〈セイバー〉と泉世が眺めていると、芯のあるしっかりとした声が呼びかけた。声のした方へ振り向いた泉世の眼には、手を振りながら駆け寄ってくる知り合いの姿が映る。

 

「美綴、もう体調はいいのか?」

「お陰様で今は完治してるよ。治ったってのにまだ学校行かせてもらえなくて、駄々をこねたら水族館に連れてきてくれたんだ」

「なるほど」

 

美綴の後ろに眼を向けると、ご両親らしい男性と女性が軽くお辞儀をしていた。それに返事する形でお礼を返してから美綴に視線を戻す。制服姿と弓道着姿しか見てこなかった泉世にとって、美綴の私服は新鮮でついつい視線を外してしまう。普段からボーイッシュな雰囲気と口調をしているため、女性的な感覚で話してこなかったが、今は年頃ということもあり魅惑的にも見える。そういったことに耐性が高くない泉世からすれば眼に毒であった。

 

「何で視線逸らすんだよ。なんか悪いことしたって自覚あるの?」

「ないよ。お前にそんなことしたって知られたら生きていけない」

「なっ!?それどういう意味よ!」

「言葉通りだ」

「説明になってない!」

 

友人同士の口喧嘩を周囲の人間は、微笑ましそうに生暖かい視線を送っている。家族連れやカップル率の高いこういった場所では、友人同士の学生の男女が仲良くしている光景はあまり見られない。そういうこともあってかなりの注目を集めていた。だが当の本人たちは気付いていないのが現状だ。

 

「どうしてここに来てんの?カップルが来ることは多いけど、あいつと来る場所じゃないぞ」

「いつでも一緒ってわけじゃない」

 

美綴の言っているあいつとは士郎のことだ。養子同士ということもあって、周囲にはいつでも隣にいる熟年夫婦と揶揄されたりする。ごく少数ではあるが、2人を題材にしたBL本もつくられているとか。そしてまことしやかに崇拝していたり、そのように導こうとする悪人もいたりする。そして最悪なことに、桜がグループに入っているというのが驚きだ。もちろんそんなことを2人・凛・慎二・大河は知らない。

 

閑話休題

 

「じゃあ誰と…ちょっと待て衛宮!誰だその子は!」

「揺らすな…」

「説明も・と・む!」

 

泉世の服の襟元を掴んで大きく揺らしながら叫ぶ美綴に、泉世は説明が面倒くさいという顔をしている。時間が過ぎればすぎるほど揺れ幅は大きくなり、速度も上昇していく。「すごい筋力だな」と他人事のように評価している時点でもう手遅れかもしれない。

 

「あの、このままでは泉世が…」

「ん!?」

「ひっ」

 

止めに入った〈セイバー〉に睨みを利かせる美綴。その剣幕に押されて、あの〈セイバー〉が少しばかり気圧されている。まあ部長であり泉世を好き放題にしているあたり、それなりの威圧があったのかもしれない(適当)。

 

「…てかあんた誰?」

「え、私はその…」

「親父の親戚。親父を訪ねてきたみたいなんだけどもういなくてさ。門前払いも失礼だから観光スポットを案内してる」

 

大河に説明したのと同じように説明する。大河は切嗣が海外によく行っていたのを知っていたから、簡単に信じてくれた。外国で何をしていたかまでは知らないと思うが、〈セイバー〉も辻褄を合わせてくれたから切り抜けれた。だが美綴はそんなことを知らない。信じてもらえるかは泉世の口にかかっている。

 

「今頃?5年前でしょ亡くなったのは」

「俺もあまり聞いてなくてさ。訪ねてくるかもしれないから、その時は出迎えてくれって言われてたんだ」

「ふーん、そういうことね。てか私が誘ったときは断ったくせに」

「2人でなんて勘違いされるだろ」

「え、勘違いって何?何と勘違いされるの?」

「えーと、美綴さん?」

 

笑顔で迫られ敬語になる泉世。一歩ずつ後退っていく泉世に一歩ずつ近寄っていく美綴。それを呆然と見送る〈セイバー〉とその他の観光客。3つの陣形に分かれた大水槽前は、混沌とした空気で満たされている。それを気にしていないのは、誰も気付いてないからなのか楽しんでいるのか。どちらであっても、この場を通る人たちに迷惑がかかるのには変わりないのだが。

 

壁に背中がついたことで追い詰められた泉世を見て、美綴は至極楽しそうに深い笑みを浮かべている。まるで男の怖がっている顔を見て楽しむドSで悪女のようだ。実際はそのような性格ではないのだが。もしかしたら普段見せない泉世の表情が見れて、嗜虐心を擽られたのかもしれない。

 

「泉世、こっちです!」

「おわ!」

「あ、こら待て衛宮ぁ!」

 

スキをついて泉世の腕をつかんだ〈セイバー〉が人波の隙間をぬっていく。その動きについていく泉世も泉世なのだが。その動きについていけない美綴を見ると、間違いなく2人がおかしいのだろう。

 

「学校で追及するからなぁ!」

 

遠くから聞こえる言葉に泉世が大きくため息を吐いた。学校で会わないようにする方法を何通りか考えながら、〈セイバー〉に手を引かれるままに大水槽を後にするのだった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

「ふぅ、間に合った」

「お疲れね泉世」

「まったくだ」

 

待ち合わせ時間に遅れかけた泉世と〈セイバー〉は、全力ダッシュで発射直前のバスに乗り込んだのがついさっき。椅子に座って安堵の息を吐き出した泉世に、凛が後ろから楽しそうに声をかけたのだ。美綴とは違う笑顔でからかい始める。

 

今の状況を楽しんでいるという同じ笑みでも、空気と人物が違うとここまで感想は異なるのかと思うほどだ。美綴はドSの悪女、凛ならば男心を擽る女性という感じだ。もちろんそのことを口にはしない泉世だが、凛のその行動に安心させられる。

 

水族館で出くわした美綴から逃げた泉世と〈セイバー〉は、ショップで少し買い物してから、大きめのショッピングセンターを見て回った。思った以上に面積も広く、店の数も多かったので飽きることはなかった。昼食としてジャンクフードを食べることになったのだが、それはまた別の話。

 

雨が強いらしく窓の外の景色は雨粒でほとんど見えない。よく見れば人通りもまったくない。これだけ降るとは誰も予想していなかったのだろう。建物内で雨宿りしているのか出歩いていないようだ。

 

「思っていた以上に雨が降ったな」

「天気予報じゃ通り雨だって言ってたのに。でもまあ夕方に降ってくれただけ良しとしましょう」

「そういえば遠坂はいつまでうちにいるんだ?これからの方針決めるとは言ってたけど」

「居心地がいいからしばらくいさせてもらうわ」

 

士郎が脱力して背もたれに寄り掛かる。同盟を組んでずっと一緒にいるとはいえ、意識しないわけにもいかないのだろう。それに食事の準備も多くなることから出費も重んでいる。文句を言いたいのは山々だが、別段来てほしくないわけでもない。

 

食卓の楽しみが増えるから来るなと言えないのだ。

 

「〈セイバー〉は何処に行っていたの?」

「泉世と水族館に行っていました。内陸に位置して、海水を利用した水族館というものに惹かれたので」

「そこなら小学生の頃に数回行った記憶があるわね。当時はその凄さを知らなかったけど今ならわかるかな。衛宮君は?」

「親父の身体が弱かったから、あまりそういうところには行ってないかな。行ったとしても夏祭りぐらいだ」

 

切嗣は泉世と士郎を救い出した時から身体が弱かった。〈聖杯戦争〉の頃から弱かったのではなく、終わってから極端にだ。その原因を泉世は知っている。いや、この4人の全員が知っているのだ。未だ以て原因不明の大火災の元凶。原因不明だと思っているのは言峰綺礼・泉世・〈セイバー〉・あの男を除いた大多数だが。大火災を引き起こした物質によって切嗣は呪われた。それでも切嗣は幸せそうな死に顔だったのを泉世は覚えている。

 

「ねぇ〈セイバー〉、その髪飾りはどうしたの?」

 

凛が〈サイバー〉の左耳あたりにつけられた、白に近い淡いサクラ色の髪飾りを見て聞いていた。

 

「い、いきなりなんですか凛。別にいいではないですか」

「はは〜ん、さては泉世に買ってもらったのね?」

「な、何故それを!?」

「〈セイバー〉はわかりやすいのよね~」

「…勝負あったなこりゃ」

 

楽しそうに〈セイバー〉をからかう凛を見て、士郎は〈セイバー〉の分が悪いと客観的に理解した。乗ったら気が済むまでやめないだろうと考えた士郎は、話に入ってこない泉世が気になっていた。いつもなら止めに入るはずだが、今だけはあまりにも静かすぎた。

 

「泉世、どうした黙りこくって」

「「泉世?」」

 

窓の外を鋭く睨む泉世の空気に全員が首を捻っている。

 

「…外の様子がおかしい」

「っ泉世、これは」

「…なるほどね」

「まさか…」

 

よく周囲を観察すればおかしことばかりだ。窓の外を見れば人影はおろか、自動車さえ走っていない。さらに言えば、車内にも人影がない。通路の先の鏡を見ると、運転席に座っているはずの運転手もいない。だというのにバスは何事もなく進んでいる。

 

明らかに異常事態だった。

 

「術中だろうな。いつはまった?」

「気付かれないように仕掛けたにしては完成度が高すぎる。〈キャスター〉の仕業ね」

「おわっ!」

 

突如、バスに衝撃が走って横倒しになった。運動法則に従って座席から吹き飛ばされた4人は、どうにか窓を破って外に出る。周辺は橋のような物体の残骸が散らばっており、まるで10年前の光景を思い起こす。だが火の手が上がってないところを見ると、ここはまだマシかもしれない。

 

上空を見上げれば、どんよりとした重たい雲の中心に穴が開いている。そこからは赤い鉄橋の上を走り去る多くの車と、通行人が見てとれる。どうやら異空間に閉じ込められてしまったらしい。

 

「〈アーチャー〉と繋がらない。また外界と遮断されてるみたい」

「結界か。どうやって脱出する?」

「中からは出る期待ができそうにもない。外部から破壊を頼むしかないかもな」

 

だがその策は実行不可能だ。4人が内側にいる時点で外部には誰もいない。いるとすれば〈アーチャー〉ぐらいだが、連絡がつかないため手助けしてもらうにもその手段がない。完全に手詰まりだった。

 

「気を付けてください。周囲に敵意を感じます」

「こいつら…」

「使い魔だな。見た目から察するに〈キャスター〉だろうさ」

 

水たまりから這い出てきた使い魔を、〈セイバー〉が剣で切り刻んでいく。凛も負けじと《ガンド》を発動させて撃ち抜いていく。士郎は攻撃を避けるだけになっているが…。

 

「これでは敵が増えるだけだ」

「嫌なこと思い出すなこいつらは」

 

切り刻んだことで形を保っていた水が、水滴となって周囲に飛び散る。だがその水滴は一定量が集まり、また新たな使い魔となって立ち上がる。敵を斬れば斬るほどその数は増えていく。まるで10年前の〈キャスター〉《真名》ジル・ド・レェを思わせる戦いだ。〈キャスター〉かぶりが偶然であっても、こうなっては悪夢ではないかと思えてくる。

 

『その通りよ。私の結界内で戦うだけ体力と魔力の無駄になる』

「趣味が悪いわね」

 

空気中から現れた〈キャスター〉に、凛の皮肉を含めた言葉と共に全員が敵意を向ける。

 

「あらあら、歓迎されるなんて嬉しいこと」

「誰があんたなんて歓迎するってのよ。これまでの行動を振り返ってみなさい。何処に親近感がわく部分があったのよ」

「五月蠅い小娘だこと。殺してしまおうかしら」

「させると思うか?」

 

《ガンド》を撃ち込みながら凛を背後に守る泉世が、真顔で〈キャスター〉を睨みつける。その表情は凛々しく、その美貌で女性を悩殺させかねないものだった。かといって〈キャスター〉が堕落するはずもなく、精密射撃ができない上空まで上昇して4人を見下ろす。

 

「あまり私を攻撃しない方が身のためよ〈アーチャー〉と〈セイバー〉の協力者」

「っ貴様!」

「藤姉!」

 

言葉の意味が分からず泉世が睨みつけていると、突如空中に1人の人間が〈キャスター〉のマントの内側から現れる。それは泉世と士郎にとって無視出来ない人物、藤村大河だった。攻撃しない方が身のためという言葉の真意は、怪我をしたくないという意味ではなく、大切な人間を巻き込むぞという脅し文句だった。

 

〈キャスター〉の左手からは魔術の糸が伸びており、それは大河の首に絡みついている。少しでも変な動きをすれば、絞め殺すと言っているのだ。容易には動けなくさせるけん制を含めた作戦に泉世が憤った。

 

「人質をとって何がしたい〈キャスター〉」

「貴方が余計なことをしなければ殺めるつもりはないわ。用事があるのは〈セイバー〉のマスターさんだけだから。坊や、貴方の魔術回路は特異で興味深いわ。研究材料に欲しいくらいよ。生きて手に入ればこれ以上の荒事はせずに、この人間も解放してあげる」

「俺の命だけで大勢が助かるのか?」

「衛宮君!?」

 

士郎の言葉はひどく感情を失ったものだった。まるで何もかも希望を失い、生きることに疲れた者ような声だ。今まで聞いたことのない言葉と声音に、凛はどうすればいいのかわからくなっていた。

 

「そう。貴方が私の人形になれば多くが救われる。柳洞寺で言ったのを覚えているかしら?貴方は『無関係な人間を巻き込みたくない』という思いでいると」

「五月蠅い!藤姉を放せ!」

「言うことを聞かないというのは、私と組むのを望まないということかしら?」

「そうだ。俺は人の命を軽く見ているような奴とは組まない。そういう奴を倒すために戦うって決めたんだ」

「〈聖杯〉を分けてあげると言ってもかしら?」

 

誘惑するように〈キャスター〉は甘い言葉をかけていく。人間は甘い言葉に惑わされやすい。裏があると分かっていても、欲望を我慢できずに頷いてしまう。特に〈聖杯戦争〉に参加している魔術師は、特にその傾向が強い。

 

〈聖杯〉を手に入れて己の願望を叶えるために戦っているのだ。分けてもらえると知れば、我を忘れて飛び込むことだろう。

 

「いらない」

「なんですって?」

「〈聖杯〉なんていらないって言ったんだ。〈聖杯〉がどうだろうと関係ない」

「あっはははははは。愉快ね貴方のその言葉には、憎しみがこもっているように聞こえるわ。何故そう思うかって?私は知っている貴方の過去を」

 

〈キャスター〉の言葉に返事をするでも行動を起こすでもなく、士郎は静かに瞳を向ける。それは話してみろとでも言っているように〈キャスター〉には見えた。

 

「10年前、貴方はあらゆるすべてのものを失った。過去の思い出を。家族と過ごしている日々を。未来の自分の姿を。炎の中で死を待つだけだった貴方は、衛宮切嗣という男に拾われた。次の〈聖杯戦争〉のためだけに養子にされ、魔術なんてものを押し付けられた。だから貴方は〈聖杯〉を憎んで〈聖杯〉を欲しない。だからこそ過去の清算をする権利がある。その〈聖杯〉は私の手にあるも同然ならば、考える必要はないでしょう?」

 

何故〈キャスター〉が士郎の過去を知っているのか気になるところだが、泉世はどうでもいいと思えた。他人がどのような方法で過去のことを知ろうと、どうでもいいことだ。それに〈キャスター〉の言っていることは間違いがある。士郎は決して自身の過去を呪ったりはしない。

 

「生憎だけど、士郎は過去のことをなかったことにはしない。過去を否定すれば、現在の関係はなかったことになるからだ」

「何故貴方が知ったような口を利くの?」

「俺も士郎と同じであの大災害を生き延びたからな。ついでに言えば、切嗣に拾われてのも同じだ。過去の清算は過去の自分の否定と同じ。今の自分があるのはかつての自分が過ちを犯し、それを償うことを理由にしているからだ」

「それに俺は無理矢理魔術師になったんじゃない。自ら望んで魔術師になったんだ。切嗣はむしろ俺を魔術師にはさせたくなかった。今の俺があるのは過去の俺の我儘なんだよ」

「交渉は決裂ね。なら貴方たちはここで消えてしまいなさい」

 

つまらないとばかりに〈キャスター〉が武器を召喚する。片手に握れる程度の長さの柄と稲妻のような形状の刃。作成に失敗したようにも見えるが、短刀から感じる言いようのない不気味さが、間違っていないと教えている。

 

「消えるつもりなんてない!」

「同感です!」

 

《跳躍》の術式を発動させた泉世が、一瞬にして〈キャスター〉に接近する。そして士郎と同じように《投影》したナイフで斬りかかった。だが間一髪で避けられてしまい、決定的なチャンスを逃してしまう。その場から飛んで移動した〈キャスター〉目掛けて、〈セイバー〉が剣を振り下ろす。

 

〈キャスター〉の糸の支えを失って大河が落下していくが、途中で泉世が抱き寄せて地面への衝突を防ぐ。泉世の狙いは〈キャスター〉本人ではなく、大河の救出だったのだ。あわよくば怪我をさせてけん制できればいいと考えていたが、そこまで事は上手く運ばなかった。だが第一の目的である大河の救出ができたので泉世は安堵の息を吐く。凛に大河を任せてからあとはどうにかして倒せばいいと思っていたのだが、泉世にとって予想外のことが起きた。

 

「やめてくれ〈セイバー〉!」

「なっ!」

 

何を考えたのか知らないが、士郎が交戦していた〈セイバー〉に向けて〈令呪〉を使用した。〈令呪〉は絶対命令権を前提としているため、いくら耐魔力の高い〈セイバー〉でも容易には抗えない。しかもその停止させられたタイミングが近距離戦闘であったならば、その停止は命取りとなる。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

「〈セイバー〉ぁぁぁ!」

 

動きが止まった瞬間を好機と見た〈キャスター〉が右手に持った剣を、〈セイバー〉の胸元に深々と突き刺した。それを防ぐべく、泉世もナイフを投げ込んだが使い魔によって呆気なく弾き飛ばされてしまう。膨大な魔力の渦が荒れ狂い、泉世と士郎を吹き飛ばした。

 

「ふふふふふふふふふ!これで〈セイバー〉は私のもの。その顔から察するにこの剣が何か知りたそうね。いいわ教えてあげる。〈宝具《ルールブレイカー(破戒すべき全ての符)》〉、これはこの世にかけられたあらゆる魔術を無効化する〈裏切りと否定〉の剣」

「あらゆる魔術を無効化だって?」

「ええ、サーヴァントとマスターの契約も基を辿れば魔術による契約。さあ〈セイバー〉、あの者どもを殺してしまいなさい」

 

サーヴァントを使い魔にするという行動は当たり前である。現にマスターとサーヴァントそういった関係性だからだ。だがサーヴァントがサーヴァントを使い魔にすることはしてはならない。そもそも〈キャスター〉はルールを破って〈アサシン〉を召喚している。

 

一度ルールを破ったならば二度破っても同じことだと考えているのだろうか。呆れて物も言えないとはこういうことを言うらしい。

 

「…断る!」

「〈令呪〉を以て命じるわ。まずは〈アーチャー〉のマスターから殺しなさい。男どもは耐え難い苦痛を与えてから、ジワジワと殺さなければならないから」

 

命令に逆らおうとする〈セイバー〉だが主の〈令呪〉に強制されては無理がある。顔を伏せて剣を構えた〈セイバー〉が一直線に凛へと接近した。剣が凛を貫くと思った瞬間、士郎の右肩を貫いていた。その行動は凛を守るだけでなく、〈セイバー〉にマスター以外を傷つけてほしくなかったからだ。

 

「馬鹿野郎!っまずいな囲まれた」

「数が多すぎるのよ!どうあっても逃がすつもりはないようね〈キャスター〉は」

 

背後を見れば、術式を解放している〈キャスター〉がいる。術式の数は6つで3発が外れても、残りで片付けられるということだろう。だが今の泉世と凛の状態では1発を防ぐので精いっぱいだ。オーバーキルするにも限度というものがある。

 

「このまま死んでしまいなさい!っ何?」

「何だこの音は」

 

金属を金属で叩くような甲高い音が上空から聞こえてくる。その音が何を意味しているのかわからず、〈キャスター〉と泉世は上を見上げた。するとガラスが割れるように破片となった結界の隙間をぬうように、紅い閃光が尾を引く何かが〈キャスター〉目掛けて飛来する。

 

追尾性能があるらしく、魔術を用いて滑空する〈キャスター〉を超える速度で接近し爆発した。爆炎を上げている間に、その張本人が落下しながら泉世や凛を包囲していた使い魔を同じ武器で射抜いていく。

 

「〈アーチャー〉…」

「遅い!」

「面目ない。結界を壊すのに手間取っていた。にしても助けてもらって第一声がそれか?凛。まあ別段気にもしていないが。それより内側に立てたならば壊すのは雑作もない」

 

文句を言いながらも、淡々とマスターを助けるための行動は疎かにしない。〈アーチャー〉が矢を放つと、外界を繋ぐ道が開けた。その道を泉世が士郎を担ぎ、凛が大河を背負って出て行く。その後ろを〈アーチャー〉が〈キャスター〉の攻撃を警戒しながら、脱出する。

 

5人が結界の外に出ると〈キャスター〉が解除したらしく、霧が立ち込めた雨日和ではなく至って普通の雨日和だ。〈キャスター〉の結界はバス停から働いていたようだが、結界の中心部分でもっとも強力だったのは橋の中心部分だったらしい。

 

「〈セイバー〉…」

 

〈令呪〉に抗っている〈セイバー〉を遠くに見ながら泉世が呟く。だがその声は届かず想いも伝わらない。〈キャスター〉の魔術によって転移する瞬間、泉世は見た。雨が流れている結果ではなく、別のものによって濡れている頬を。



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敗走と希望

...5ヶ月ぶりの投稿となります。いや、本当に書く余裕がなくて申し訳ありません。卒業研究の情報収集にバイト、授業と重なって死んでました。授業が終わりましたので、少しずつ再開していければいいなと思っております。

それではよろしくお願いします。


「…見つけた」

 

泉世は新都にある建設中のビルの屋上で、買い物や帰宅で行き交う人々を下にしながら呟いた。市内の全域を調べ尽くすのは物理的に不可能である。強大な魔術を用いても一瞬にして冬木市すべてを把握することはできない。だから泉世は使い魔を用いて、〈キャスター〉が隠れ潜みそうな場所に狙いを定めていた。

 

〈キャスター〉が身を潜めていたのは、魔力が集まりやすい柳洞寺だ。だがそこに〈セイバー〉はいない。ならば何処にいるのか。生憎といなければ泉世にも知る術はない。ならば〈キャスター〉が移動するまで待つしかなかった。

 

泉世が〈キャスター〉を把握できたのは、使い魔が消滅させられたからである。消滅した場所が柳洞寺であり、潰す存在といえば〈キャスター〉しかいない。もちろん〈アサシン〉によって消されたという可能性もあるが、消滅させられた場所が柳洞寺の中心部であれば〈キャスター〉しかいないはずだ。

 

〈アサシン〉は門から動くことはできないのだからそれしか考えられない。念のために魔力が集まる場所として幾つかの場所に使い魔を放っていたが、見つけたことでそれ以外を消しておく。おそらく凜も〈キャスター〉の位置はある程度把握していることだろう。

 

鉢合わせになることも考えられるが別段対立しているわけではない。脱落させられることはないだろうと予測して屋上から飛び降りる。落下中に《跳躍》を連続発動させて、宙を駆けるように新都を後にした。普段なら相方と共に行動しているが、今は怪我の療養中ということでいない。自宅で大人しく眠っていることだろう。

 

 

 

 

 

消された使い魔の代わりに新しく送った使い魔によって、〈キャスター〉の行動を把握する。どうやら〈キャスター〉は、柳洞寺で〈聖杯〉を降臨させるのではないらしい。何故魔力の集まる筆頭の場所ではないのかと気になるが、そこで始められない何かしらの理由があるのだろう。

 

〈キャスター〉に追いついた使い魔からの情報で、協会にいることがわかった。どうやら協会に乗り込んで強制的に〈聖杯〉を〈監督役〉から奪おうとしているらしい。凜と〈アーチャー〉が既に乗り込んでいるのも確認済みだ。

 

誰にも見つかることなく教会に到着する。教会の中庭には大きな血溜まりが出来上がっていた。かなりの出血量だ。すぐに止血しなければ出血多量で事切れることだろう。この場に死体がないということは命からがら移動したのか。はたまた怪我をした振りをして身を隠しているのか。

 

言峰の無事より今は〈キャスター〉が優先だ。地下の礼拝堂へ繋がる階段を下りた先では、何故か〈アーチャー〉が遠坂と対峙していた。その状況はどう見ても遠坂が死ぬことを示している。今すぐ介入しなければ最悪の事態になる。階段を駆け下りることも面倒で踊り場から飛び降りた。その時、階段を駆け下りてくる足音が聞こえたが、構っている暇は無い。着地してから敵勢力に問いかける。

 

「単刀直入に聞く。これは一体どういう状況だ」

「別段、可笑しな事などないだろう。〈セイバー〉が〈キャスター〉の手に落ちた。どちらが優勢であるかは見ればわかるはずだ」

「…なるほど。今のお前は〈キャスター〉陣営に付いたというわけだ」

「理解が早くて助かる。あのような小僧に説明したところで、易々と受け入れてはくれないからな」

 

〈セイバー〉がいるかいないかで自分の陣営を決めるなど許せない。確かに最優のクラスの〈セイバー〉がいる陣営は有利だろう。だがそれでもマスターがいるからであって、〈セイバー〉単体での戦力ではない。

 

「〈キャスター〉がマスターとして相応しいと認めたわけか」

「マスターとしてだと?勘違いするな。私は有利な陣営について目的を果たすだけだ。そこに上下など関係ない。命令も自分自身に有益かどうかを判断して従うまでだ」

「そうかよ。お前は魂の底から腐った野郎だって事がよくわかった」

「いくらでも罵ればいい」

 

〈アーチャー〉が1歩踏み出す度に退いてしまいそうになる。サーヴァントとマスターでは眼に見えるだけの実力差がある。数日前は互角だったが、あれは〈アーチャー〉の油断と怠慢が働いた結果だ。本気を出した〈アーチャー〉なら俺たちは一瞬で消される。

 

「泉世・遠坂!」

 

上から聞きなじみのある声が聞こえた。天を仰げば飛び降りた状態の士郎が必死な形相で俺たちを見ている。

 

「《投影開始(トレース・オン)》!」

 

着地した士郎が手にしていたのは二振りの刀剣。それも見覚えのあるよく知っている剣だ。何故それを士郎が投影できているんだ?それは本人にしか使用できない代物のはずだ。

 

「投影魔術?出来損ないの魔術師だと思っていたけれどそうではないのかしら。面倒な敵になりそうだから消してしまいましょう」

「待て〈キャスター〉」

 

泉世たちが〈キャスター〉の言葉に身構えた瞬間、〈アーチャー〉が介入してきた。その行動に疑問符を浮かべたのは〈キャスター〉だけでなく泉世たちも含まれていた。

 

「無抵抗でこの身を差し出したのだ。ここだけ奴らを見逃してやれ。どうせ取るに足らない魔術師だ。今の貴様ならあの程度障害にもなりはしないだろう?」

「何を今更。あまいのね貴方」

「何、一時は共に戦った仲だからな。最初で最後の慈悲ぐらいくれてやってもいいと思っただけだ」

 

貶すように泉世たちに視線を向ける。まるでもう用済みとでも言いたげな視線に凜は肩を振るわせている。マスターとサーヴァントという関係を築けていると思っていた自分が、心底恥ずかしいのだろう。

 

「慈悲深い自分の元サーヴァントに感謝することね。今回は見逃してあげるけど、次に余計な真似をすれば容赦なく殺すわ」

「…行こう。ここは手を出さずに去るのが得策だ」

 

無茶な投影で身体を痛めた士郎に肩を貸して、泉世は思うことはないとばかりに颯爽と歩き出した。その様子に冷静さを取り戻した凜は、何も言わずにあとをついて行く。その様子を〈アーチャー〉は当然だという表情で見送った。

 

 

 

3人は無言で帰り道を辿った後、いつも通りの夕食をすることになった。本来なら異常事態であるはずの今を、当たり前のように行動するのは如何なものか。正直、泉世はその行動に従うつもりはなかった。一刻も早く〈セイバー〉を救出しに行きたいと考えていたからだ。

 

もちろん士郎も同じ心境だ。元はと言えば、〈セイバー〉のマスターだったのだから、無理矢理連行されたことを良く思っていない。ましてやサーヴァントがサーヴァントを従わせるということが気に入らない。マスターとサーヴァントの関係は、それぞれの性格によって変わってくる。

 

第四次聖杯戦争での〈ライダー〉陣営でいえば、サーヴァントとマスターは王とその臣下。〈アーチャー〉陣営も似たようなものだった。〈キャスター〉陣営は、奇行をマスターとサーヴァント共々行っていたので除外する。〈セイバー〉陣営は、マスターと道具のような感じであった。

 

切嗣は〈セイバー〉のことを良く思っていなかったのが原因である。2人が相容れぬ存在だったのは、己が求めた《理想》が理解できなかったからだろう。切嗣の《理想》が多くの命の救済で、〈セイバー〉の《理想》が祖国の救済。

 

命を救う行動が同じであっても方法が大きく異なったことで、互いの《理想》を理解できなかった。切嗣は少数の犠牲を出しても大多数の命を護る。

 

〈セイバー〉は選定をもう一度やり直し、祖国の救済を行う。切嗣からすれば、多くの犠牲を出してでも祖国を救うことが。〈セイバー〉からすれば少ない数であっても、多くを生かすために少数を殺すことが。

 

互いが互いの《理想》を正しいと思わなかったが故に、協力関係も主従関係も築けなかった。いや、築こうともしなかった。

 

だが今の泉世と士郎は違う。相手の《理想》を優先しながら自分たちの《理想》を成そうとする。決して互いの《理想》を笑い飛ばしたり馬鹿にはしない。中身が違う《理想》であっても、追い求めることに変わりはないのだから。

 

怪我をしている士郎に変わって泉世と凜が台所に立つ。仲睦まじく料理をしていく2人の後ろ姿を見て、士郎は少しばかり嫉妬の意味合いを含めた視線を送るのだった。

 

「まずは情報を整理しよう。作戦を考えるのはその後だ」

 

夕食を終えて一服した3人は、これからのことについて話し合うことにした。

 

「今最も警戒すべきは〈キャスター〉陣営だ。〈ランサー〉はまったくもって行方不明だし、〈バーサーカー〉とイリヤは休戦協定でどうにかなってる。けど〈キャスター〉討伐ができなければ聖杯戦争に勝ち残れない」

「でもそう簡単には行かないわよ。白兵戦に長けた葛木と寝返った〈アーチャー〉に守られている〈キャスター〉。強固な防壁に囲まれた要塞を相手にするようなもんよ」

「ついでにいえば、〈セイバー〉が操られるのも時間の問題だ。いくら耐魔力スキルの高い〈セイバー〉でも、街中の魔力を集めた上に、霊脈の集まる教会を陣取っている〈キャスター〉には抗えない」

「つまりもう時間がないってことだな?」

 

士郎の言葉に2人が静かに頷く。〈セイバー〉が陥落すればそれこそ3人の勝利はもうない。最終的に〈バーサーカー〉と〈ランサー〉、〈キャスター〉の三つ巴になる。誰が有利なのかは正直測りにくい。〈ランサー〉の実力は未だに予測不明であるし、〈バーサーカー〉は〈セイバー〉を圧倒する実力に大量の魔力を保有するイリヤがいる。

 

〈アーチャー〉と共闘している〈キャスター〉だって一筋縄ではいかない。近接戦闘を得意としない〈キャスター〉は〈ランサー〉と〈バーサーカー〉には劣る。だがイリヤを超える無尽蔵ともいえる魔力を保有しているならば勝ち目はある。

 

分析すればするほど、泉世たちの立場がどれほど危険であるかがよくわかる。勝ち残るための作戦として何かを考えなければ、聖杯戦争に勝つことも生き残ることもできない。

 

「何かいい作戦はある?」

「怒らないで聞いてほしいんだけど。他のマスターと協力できないかな?」

「ほう」

「な、なんだよ」

 

意味ありげに言葉を発した泉世に、不満そうな表情で士郎が軽く睨む。泉世の反応は馬鹿にしたわけでも笑い飛ばしたわけでもない。自分と同じ考えに至ったことに素直に驚きながら喜んでいた。魔術師として生きると決めた10年間と聖杯戦争が始まって数日。たったそれだけの期間で、少なくない修羅場をくぐったことで作戦を提案する。

 

それは元々の士郎の才能なのか。それともこれまでの戦いで得た知識なのか。どちらであっても泉世にとっては嬉しいものだ。これから先を魔術師として生きていく人生では、これまでの戦いで知ったあらゆる情報が役に立つ。決して無駄になるわけではない。

 

「いや、俺も同じことを考えていた」

「奇遇ね。私もよ」

「お前ら…」

 

穏やかな笑みを浮かべた2人を見て、士郎は少しばかり気恥ずかしくなった。何か言われそうでもったいぶって言った自分を、恥ずかしいと思ってしまったのだ。

 

「で、士郎は誰と組もうと考えているんだ?」

「〈ランサー〉のマスターは消息不明だ。だったら休戦協定を結んでる〈バーサーカー〉が適切だと思う。ただイリヤスフィールがどう返事をしてくれるかわからない」

「当然だと思うわ。休戦協定を結んでいると言っても、それは〈セイバー〉がいて泉世がイリヤスフィールに渡せる情報がある間だけ。〈セイバー〉がいない今じゃ、泉世の情報にかけるしかないわ。泉世はどう思う?」

「イリヤに渡す情報は少なからずある。けどそれがなくなるのも時間の問題だ。今のうちに手を組むことが最善の策だと思う」

「決まりね」

 

3人の意見が合致したことで話し合いは終了した。

 

 

 

士郎は魔術を使った反動で体力を消耗していたらしく、風呂に入り布団を敷いて寝転がるとすぐに眠ってしまった。その様子を見ていた泉世は苦笑してしまう。だがその疲労を知っていたため、何も言わずに自室へと引き上げた。

 

敷いた布団に寝転がりながら思案に暮れる。イリヤと手を組むことになったが、果たしてイリヤは受け入れてくれるのだろうか。〈セイバー〉のいない泉世と士郎、そして〈アーチャー〉のいない凛などイリヤからすれば赤子同然だ。〈バーサーカー〉を使わずとも、自身の魔術だけで倒すことができるだろう。

 

仲間にする価値はないに等しい3人を受け入れるとは思えない。渡せる情報と言っても、泉世が持つ情報は限られている。

 

それに詳しく切嗣とアイリスフィールの話をしたこともない。思い出させたくないと思っていた泉世の優しさだが、それが裏目に出た結果だ。かといって泉世を責める理由にはならない。心身共に憔悴した切嗣に、無邪気に聞けるほど泉世は子供ではない。

 

イリヤと協力関係を築いて生き残るには、それなりの実力を見せなければならない。足手まといにならないような活動をし、イリヤに有益だと思わせる必要がある。

 

だが力で押し切れる〈バーサーカー〉に今頃必要なのかと思う自分がいる。知を必要としないだけの力を持つ〈バーサーカー〉。逆にいてもいなくとも変わらないのであれば、消される心配もないと考えたりする。

 

楽観視していると思われるような思考をしていた泉世の布団に、僅かな空気の流れが発生した。泉世が動いて発生したわけではない。外部からの作用によって風が発生したのだ。

 

「…少しだけここにいさせて」

「…お前か」

 

なんと泉世が眠る寝具にもぐりこんできたのは凛だった。泉世はもぐりこんできた凛を追い返そうとはしない。何故なら声をかけてきた凛の声音が、聞いたことのないあまりにも寂しそうだったからだ。普段の凛からは想像できない弱々しい声音を聞いて、泉世は邪険に扱うことができない。

 

「どうした?」

「〈アーチャー〉のことで悔しくて。1人じゃおかしくなりそうだったから」

「〈アーチャー〉の裏切りは予想外だが誰にも予測できなかった。遠坂が気にする必要はない」

 

泉世の言葉に下唇をかみしめた凜は、泉世の背中に抱き着いた。突然のことに反対を向いていた泉世が眼を見張る。

 

「おい、遠坂」

「お願いしばらくこうさせて。じゃないと私…」

「…いつまで経っても甘えん坊は変わらないんだな」

 

納得というか諦めというのか。反射的に身体を固くしていた泉世は、力を抜いて凛が抱き着きやすくさせる。そのゆるみを感じて凛が強く抱き着く。

 

「…〈アーチャー〉の言う通り、手段を選ばずに〈キャスター〉を倒しておけばよかった」

「遠坂の戦い方はまったく別だと思うけど」

「そうね。でもあいつの言う言葉をそのまま行動に移していたら、今頃〈アーチャー〉もこっちにいて〈キャスター〉を倒せていたかもしれない。でも現実はこれ。何一つできずにあいつは向こう側についてしまった」

「けどそれは結果論だ。もしああしていたら今はこうだったとか考えるだけ無駄だ。それを考えるのは、全てが終わった後で十分だと思う」

 

凛の弱気な発言に泉世は少々辛辣とも思える言葉を返す。だが決して泉世は凜を気づ付けたいわけではない。下手な慰めをして気分を害されたくない。凛の性格を知っているが故に、当然である現状を伝えて理解させる。

 

ずれた言葉ではなく現実を知らせて気付かせる。それが凜が立ち直るもっとも効果的な言葉だと知っているから。

 

「あんたも知ってると思うけど、私はいつも一番大事なことばかりしくじるのよ。二番か三番かそういうのはさらっとできるくせに、一番大事なものはてこずるんだ。〈アーチャー〉が裏切ったのもあいつだけの責任じゃないわ」

「…遠坂は何も間違ってない」

 

抱き着いていた凛の腕をほどいて泉世が寝返りを打つ。そこには涙で頬を濡らした凜が呆けた顔をしていた。その流れる涙を指で拭い、滑らかで艶やかな黒髪をなでながら泉世は続ける。

 

()が正しいと思ってやってきたことを否定するのは()だけでいい。俺は否定しない。本当に間違っていたなら何かを口にするだろうけど、俺は聖杯戦争が始まってから今日まで見てきた()が間違っていたなんて思ってないさ」

「…どうしてそう言い切れるの?」

「感かな?」

「…ばっかみたい」

 

泉世に対する言葉を口にした凛の顔は穏やかだった。さきほどまで落ち込んでいたのが嘘のように明るい表情をしている。窓から差し込む月明りで泉世の寝室が薄明るく照らされる。

 

「俺からしたら遠坂はまぶしい。そうやって誰かに相談することもせず、1人でくよくよしてる俺と大違いだ。俺はそうやって弱いところも他人に見せられる強さが欲しい。それにこれまで自分のやってきたことが、すべて正しいなんて言えない。言えたとしてもそれはつぎはぎだらけだ。言える為にも聖杯戦争を生き延びる必要がある」

「すべてはイリヤスフィールにかかってるわけね」

「他人任せは癪に障るけど。あ、そうだ見せておきたいものがあった」

 

布団から抜け出した泉世が、机の引き出しから取り出した何かを凛に渡す。それを見た凛が大きく目を見開いた。

 

「どうしてあんたが持ってるのよ…」

「あいつが落としていたのを拾ったんだ。これは士郎がお前に助けられたときに持っていた宝石だろ?これと同じものが遠坂の家にもあるのを見た」

「同じものが2つ?」

「10年前、遠坂が時臣氏から渡された形見だと言って見せてくれたのを覚えている。。形見が2つあるなんて可笑しくないか?」

「ええ、ありえないわこれは1つしかないのに。家にもあってここにもある。一体どういうこと?」

 

凛がわからないことに泉世がわかるはずもない。だが不可思議なことは確かだ。同じものが2つ存在しないはずなのに存在しているということが。

 

「わからないことを今ここであれこれ言っても仕方ない。明日のために英気を養っておくべきだ」

「ええ、そうね。じゃあ今日はここで寝かせてもらうわ」

「え…」

 

話が終われば自室(正しくは客間)に戻ってくれると思っていた。だが凛はここに残って朝を迎えるという。その申し出に泉世は直立不動になるしかなかった。

 

「な、なんで」

「別にいいでしょ?これが初めて(・・・)ってわけじゃないんだし」

「いやまあそうだが…」

 

これが藤村大河にバレたらどうしようかと悩む泉世だ。だが凛の頑固さを知っている泉世は、もう一度追い払おうとはしなかった。行動しようとすれば何されるかわからない。そう判断したのだった。

 

「時すでに遅しってやつか」

 

諦めを口にして布団へと潜り込む。掛け布団を持ち上げると、凛というか女性特有の甘い香りが漂ってくる。その香りを意識しないようにして、凛とは反対向きに寝転がり眼を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

翌朝。何故かご機嫌な凛と、寝不足な様子で左腕をゴキゴキと鳴らす泉世が居間に現れた。その対極的な2人の様子に、士郎は首を傾げるのだった。




今日で7月も最後ですね。暑い日が続いている中でも感染も拡大しております。国民全員が団結して乗り越えることを目標に戦っていきましょう。


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