ポケットモンスターガラスの心 (lane)
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強さを求める旅
物心がついた時、初めに見た景色はお父さんが連れ去られる瞬間だった。周りには柄の悪そうな男が沢山いた。
それっきりお父さんは帰ってこなかった。家にはお母さんと自分だけの生活が7年続き、わたしを生かすために仕事と家事を休み無く行った。お母さんの笑った顔を見たことなんて、それから1度もなかった。
この街で女の、それも子連れにまともに仕事なんて見つかるわけがない。そんなことに気付いたのは、お母さんが病床に臥せってからだった。この街は黒の街、ブラックシティと言われている。街の中心には高層ビルが立ち並びスーツを着ている人達には顔に生気がなく、ただ歯車のように働く、ということを聞いたことがある。わたし達が住んでいるのは街の端っこの今にも崩れそうなひび割れたコンクリートのアパートだ。
お母さんは肉体労働というものをしているらしい。何の仕事をしているかは教えてくれないが、まるではぐらかすように頭を撫でてくれる。それが気持ち良くてお母さんに抱き着く。その時だけお母さんは幸せそうな顔をする。いつもの顔に比べれば、だが。
お母さんを布団に連れていき、寝かせる。わたしは自分の無力さに嘆いた。何故お母さんが病気になるまで働きつづけたか、わたしのせいだ。わかっていた。わたしの存在がお母さんの重荷になっていたんだ。
布団に寝ながら、お母さんはわたしに、お父さんの話を聞かせた。いつもははぐらかしたりするけど今日はしなかった。お父さんは探偵をしていて、ブラックシティでは結構有名だったそうだ。ブラックシティでは人が行方不明になる事件が多発し、お父さんはその調査をしていたらしい。ある日手掛かりを掴んだのと攫われたのは同時だった。攫った人達は金で雇われた暴走族で、それを雇ったのは偉い人らしい。
わたしは、それが誰なのか知りたかったけれど、お母さんは教えてくれなかった。
次第に母は吐き気でトイレによく行くようになった。病院に行こうにもお金が無い。わたしが働こうとしたが子供が出来る仕事なんてこの街にはない。
次第に迫りくる絶望と終わりに私たちは目を瞑った。そんな時にドアをノックする音が聞こえた。
「ちょっとでてくるね」
わたしは立ち上がり、玄関のドアを開ける。
「お届け物で〜す。こちらユキ様で間違いありませんか〜」
開いたドアからは、男の人が、大きなダンボール箱を持っていた。
「…わたしがユキです。」
サインをしながら答えるとわたしの両手に大きなダンボール箱が渡された。
「ありがとうございま〜す」
足早に去っていく配達員を見送り、大きな荷物に重心を取られながら
部屋に持ち込む。
「お母さん、これは?」
家に配達員が来るなんて初めてのことだ。
「ゴホッ…開けてみて」
母に促されダンボール箱を開けると、お嬢様がよく着る黒色の長いスカート、白いフリルがあしらわれたブラウス。リボンは鮮やかな赤色を映し、私の長い茶髪によく合いそうな桜を象ったピン留めが目に付いた。
「お母さん…?すっごく可愛い…!!でも、どうして…?」
「ユキももう10歳なんだから、オシャレの一つや二つしないとね」
わたしでもわかる。これはオシャレな一つや二つで収まりきらないぐらいの品物だと。
「お母さん、ちょっとずつ貯金して、ユキに似合う最高の服、買っちゃった」
満足げな顔をしたお母さん。熱いものが込み上げてくる。
「おっ、おがあさん…」
目から涙が溢れ止まらない。お母さんがわたしのために買ってくれたすごく大切な物。私だけの宝物。嬉しい。肩が震え、涙で頬を濡らすわたしにおかあさんはそっと寄り添い、抱きしめてくれる。
「うふふ、もう、ユキは泣き虫ね」
「だってぇぇ、だってぇぇえ!」
お母さんは泣き止むまでわたしを抱きしめ続けてくれた。
「でも、驚くのはこれからよ!」
そうだ、まだダンボール箱の中にはものが入っている!
「これがカバンでしょ、靴に時計に着替え!」
「そしてこれ!」
お母さんの手の中には1枚のカードがあった。
「グスッ。なあにこれ?」
「これはね、あなたのトレーナーカードよ」
「トレーナーカード…?…ええっ!?」
わたしのトレーナーカード!? どうして?いつの間に?写真もちゃんと付いてるし…
「10歳になったら、誰でもポケモントレーナーになれる」
本で読んだことがある。たしかに、10歳になるとポケモンを携帯することが許される。
「もちろん、私の娘もね」
あっけらかんと言うが、何故トレーナースクールがあるのかを考えて欲しい。それは、ポケモンを飼育するだけに留まらず、ポケモンに対する深い知識、習性、性格、様々な事を習うはずだ。
なぜ学ぶか。それは命に関わるからだ。ポケモンは知能が高い生物だが、火を吐いたり、ビームを出したり、地面を割ったりする…らしい。残念だけど人間はそれらの脅威に真っ向から立ち向かえないし、攻撃を受けて無事なわけがない。特にサイドンのつのドリルなんて受けた日には間違いなく風穴が空くだろう。
話がそれてしまったけれど、ポケモンとはそういう存在だ。やろうと思えば、インド象も倒せる、らしいとどこかおかしな本を読んだ。
だからこそ、慎重に考えなければならない。知識がない子供がポケモンを扱うことを。さらにわたしは野宿やサバイバルの経験がない。10歳になったらポケモントレーナーになれる。とはいえ、精神も体も知識も未熟な人間が旅に出た、次の日野生のポケモンに襲われ命を落とす。なんて事が頻繁に起こる。だからこそポケモンスクールがあり、学ぶ。そして満を持して出発するというわけだ。
お母さんが知らないわけがない。なら、なにか目的があるはずだ。それらの危険性よりも大事なことが。
「どうして、わたしに。」
短く紡がれた言葉にお母さんは、
「旅の楽しさを知って欲しいからよ」
と答えた。うそだ。そんな理由じゃない。なら、そんな目をするわけがない。
「本当のことを言って欲しい、お母さん」
お母さんは1度目を瞑り、わたしに答える。
「そうね、ユキももう大人だもの。ちゃんと話さないとね」
ごくりと唾を飲み込む。
「あなたにね、強くなってほしいの」
そう、初めからわかっていたことだ。このことは。この環境を招いたのは他ならぬ自らの弱さ。あの時、暴走族を退ける力があれば、ブラックシティの片隅でゴミのように暮らすことはなかっただろう。だからお母さんはわたしに強くなってほしいんだ。と理解した。
ポケモンを持っていれば抑止力になる。一昔流行ったポケモンブームだ。いや、一昔なんかじゃない。昔から戦争にポケモンが使われたことがある。ポケモンは人間とは比べ物にならない力を持っている。だからそんなポケモンを従えるポケモントレーナーはどんな場所でも重宝される。例えば工事現場。ここにカイリキーを持つトレーナーがいれば人間なんてほぼ必要がない。カイリキーに勝てる人間なんていない。あの、暴走族も倒せただろう。
「強さは自分を守る盾」
「旅で何者にも負けない強さを手に入れて欲しいの」
「それがお母さんの願い」
話終えたお母さんの目は静かだった。そして、わたしもそう思った。
この世界で誰よりも強くなれば、襲われなくなる。襲ってきても撃退できる。そして、取り返せる。
「…わかった」
わたしは覚悟した。
「わたし、強くなるよ」
もう誰も泣かせない。
「誰にも負けない」
理不尽に抗う術を得る。
「私がこの世界で1番強くなる」
そして奪われた物は取り返す。
「だから待ってて」
わたしにとってポケモントレーナーは強さこそ全て。
「お母さんもお父さんも全部元に戻す」
「そして、皆で笑ってあったかいごはんが食べられるように」
「わたし、強くなるよ」
泣いていた少女はもういない。いや、微かに腫らした目を擦り固く決意する。
いま、1人の少女がイッシュ地方に産声を上げた。
ポケモンがいないのに旅に出ようなんてたまげたなぁ。どこの初代主人公かな?
金さえあればなんでも揉み消せる。
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初めての出会い、15番道路
ただの市民ではなくポケモントレーナーとして街を出る。街を出たことなんて1度もないわたしにはそれがすごく新鮮な気持ちだった。
街を出たらどんな景色が広がっているのか、本で見た景色との違いを今わたしは体で感じていた。
「ここが、15番道路…」
いま、わたしの眼前には緑の草原が広がり、草木を風が優しく揺らしている。今の季節は、雪解けたばかりでまだまだ肌寒く、しかし、太陽の光が優しく包んでいた。右手を見れば、山があり、その山頂はまだまだ寒い、と言わんばかりに雪を被っていた。
ブラックシティから出る道は二つある。一つはわたしが今いる15番道路。先にはライモンシティがあり、そこにはたくさんのトレーナーがいるらしい。
もう1つは山を迂回してサザナミタウンに行く道だが、滝があって高低差が高く、険しい道だ。
わたしはどちらに行こうか迷ったけれど、ライモン側は道が二つに別れているが、片方はしっかりと舗装されており、今足の下にはコンクリートの道がある。
ポケモンは人間を警戒してか、草むらにそれなければ出くわすことはほぼない。本で読んだ通りだ。
わたしはバッグにあったモンスターボールを手に持ち、弱そうな、そして私でも捕まえられそうなポケモンを歩きながら狙っている。
身を守る術が一つもないのに、旅に出るのはご法度だが、無い袖は振れない。とにかく、なんでもいいからポケモンを捕まえなくちゃ、と意識を切り替えて歩く。
ブラックシティは人口が3番目に多く、そこそこ発展している。そのおかげで、道中は厳しくない。
目の前に広がる色鮮やかな景色に感動を覚えていたその時、草むらで戦闘が行われていた。
1匹のオニドリルが空を舞う。視線の先にはたくさんの虫ポケモンが慌ただしく移動し、身を隠す。しかし、オニドリルの鋭い目は潜伏先を見通し、そして一気に急降下。獲物を狩っている。
そう、人間と同じだ。あの街と。あそこで生きるには強い者、つまりお金を持っている人間しか生きられない。だから生にしがみつくために身を粉にして働く。そして金持ちはそれを超高層ビルから見物している。弱肉強食。単純な摂理は自然界でも行われる。それを今目に焼き付けている。
しばらくすると、オニドリルの鳴き声はしなくなった。狩りは終わったのだろうか。私は近くに合った看板に身を隠していた。ポケモンより弱い私が狙わられるのは自然の摂理だろう。
改めて、はやくポケモンを、捕まえなくちゃと焦る。あのオニドリルがこちらに戻ってわたしを見つけたら、確実に狙うはずだ。
とにかくなんでもいいから、と考えた時、地響きが僅かにした。山の方から聞こえる。何かと、目を向ければ、さっきの山の地形が変わっていた。
「え?」
自然に漏れた疑問は大きな音に掻き消された。
雪が山頂から崩れてきている。雪崩だ。大量の雪がこちらに押し寄せる!
「旅に出た瞬間こんなことに遭うなんて…もう、おしまいだ…」
随分歩いて来たためブラックシティには戻れない。というか脚がすくんで動かない。
迫り来る恐怖に目を瞑る。 音が止んだ。巻き込まれたから?と疑問に思う。 ゆっくりと目を開けると、薄い緑の鎧が目に入った。2mはあるだろうか。これはポケモンなのか?
雪崩はそのポケモンが止めていた。岩が突き立っている。技なのか。
へたり込むわたしに対面する。怪獣みたいに目が鋭く威圧感がある。
こわい…と思った束の間、踵?を返し山へ戻っていく。なんだったのだろうか。
雪が街道の近くまで来ている。さっきとはまるで別な風景。自然の恐ろしさに恐怖しながらもわたしは歩く。そうだ、わたしの目的は最強のポケモントレーナーになること。こんなところでへこたれてなんかいられない!
もう一度、押し寄せた雪を見る。よく耳をすませば何か聞こえる。
雪に近づき耳を澄ます。何かの鳴き声だ!この近くにポケモンが逃げ遅れたんだ! 気付けば雪を素手で掻き、その声の主を捜していた。
「この下に…!」
手が真っ赤になるほど雪を掻き分けた末、わたしは1匹のポケモンを見つける。
緑色の体表。さっきの大きな怪獣をそのまま小さくしたみたいだ。
「…ギラァ」
その子を見つけるとわたしは抱えようと手を伸ばした。振り払う気力もないのか、大人しくしている。そして持ち上げようとして…
持ち上がらなかった。1寸も。何故と思った。こんなに小さいのに重すぎる…
余談だが、その体重は70キロを超え、10歳の彼女が抱えるには土台無理なほど体重は重い。 そんなことが出来るのはどこかのスーパーマサラ人ぐらいだ。
ポケモンは知能が高い生物だ。こちらの言葉を理解する、と本で読んだことがある。
「ねぇ…この中に入ればあなたを助けてあげられる…」
自然と口が動いた。
「モンスターボールの中に入れば、わたしがポケモンセンターまで連れて行けるよ」
警戒している。
「お願いだから、この中に…」
その警戒は程なくして終わる。目を閉じこちらに身を任せているようだ。
わたしは優しくモンスターボールを体に当てる。ボールが開き赤い光に包まれる。そして、カタカタと左右に揺れて、やがて動かなくなった。
ポケモンを捕まえたモンスターボールをカバンにしまい、わたしは駆け出す。
ブラックシティはダメだ。道を振り返れば道が大雪に塞がれている。
わたしはライモンシティを目指して走り出した。
階段を駆け上がり、走る。雪崩の影響か、ポケモンも人も誰もいない。
「まっててね、すぐにポケモンセンターに連れて行くから」
息も絶え絶えになりながら、エレベーターに乗り、今度は橋を渡る。大きな橋だ。太陽が沈み始め、橋からは見たことが無い景色が広がる。光を水が反射し、オレンジ色の水がどこまでも続いていた。
「はぁっ、はぁっ…早くしなくちゃ」
ライモンシティまではまだ遠い。なのに時間は待ってくれない。夜になると見通しが悪く、迷うかもしれない。
その一心で、ただ足を動かした。
どれだけ走っただろうか。あたりはもうすっかり夜の帳が降りている。
まだライモンシティには着かないのか、と弱気になりそうな心に喝を入れる。
こんな所で止まっている場合じゃない!
立ち上がり、また走り始める。そうして、どれだけたったか。街の灯りが見えた。
「着いた…!」
もう少しで、ライモンシティに着く! 急いでゲートをくぐりぬける。
夜なのにすごい活気に満ち溢れる世界で、わたしはポケモンセンターの場所を聞きながら走る。
赤い屋根の建物を探して、駆け込む。そして、受付の人に声を掛ける。
「この子を…この子を助けてください!」
突き出したモンスターボールを受付の人…ジョーイさんが、
「わかりました、慌てないで」
「これは…タブンネ、すぐに集中治療室の準備を」
「ブンネッ」
タブンネと呼ばれたポケモンが返事を返し、ジョーイさんもどこかに行く。
大丈夫なんだろうか。不安で心が押し潰されそうだ。
治療室と、書かれた標識を見つめながら、呆然とする。
そんなわたしに1人の男の子が声を掛ける。
「トレーナーが焦ってもしょうがないぜ」
声を掛けてきた人は、帽子をかぶり、指ぬきグローブをつけている。
その顔には、自信たっぷりとばかりに目が輝いており、見る者に安心を与えているみたいだ。
「今できることは信じて待つことだけだ」
「そんなに不安そうな顔してちゃ、ポケモンも不安になっちまう」
「俺、マサラタウンのサトシ。こいつはピカチュウ。よろしくな」
「ピ〜カチュッ」
サトシという人は、わたしを椅子に座らせて何かを持ってきてくれた
「腹減ってんだろ、食えよ」
差し出された携行食を無理やり渡される。
「そんな…悪いですよ…」
「いいから食えよ」
たしかに、朝から何も食べていない。 ずっと走っていたし、そう思った直後にお腹が大きな音を鳴らした。
「なっ!」
恥ずかしい。こんなに大きな音が鳴るなんて。
「これは…違います!」
「そうか?まぁいいじゃん」
サトシさんから貰った携行食を口に入れる。小さなわたしの体は、それでもお腹が少し膨れた。
ピカチュウと呼ばれたポケモンがわたしの膝の上に座る。
「チャア〜」
可愛い…すごく。毛並みもすごく柔らかい。しばらく撫でていると、
「君の名前は?」
ふと、声を掛けられ、我に返る。そういえばわたし、まだ自己紹介もしてない。
「わたしはユキです」
「どっから来たんだ?」
流れるようにわたしを会話に誘ってくれる。そういえば、マサラタウンから来たって言ってたっけ。わたしの出身はブラックシティだけど、マサラタウンってどこなんだろう…
「カントー地方だよ」
カントー地方…すっごく遠いって聞いたことがある。サトシさんは色々な話をしてくれた。 ポケモンリーグに出場するために色々な地方を巡っていること。各地のジムのこと。ポケモンリーグに参加し続けていること。
この前の大会では惜しくも準決勝で負けてしまったらしい。ポケモンリーグのことは知っている。バッヂを8つ集めた凄腕のトレーナーが四天王に挑戦するための大会だと。ポケモントレーナーは皆リーグ優勝、そして四天王を倒し、チャンピオンを倒すことを胸に掲げ日々特訓するということを。
わたしの目的と同じだ。この世界の誰よりも強くなる。そう決意して旅に出たんだ。
「サトシさんって強い人なんですね…」
そんな場所で毎回リーグに参加し、準優勝するということは、おそらく、並のトレーナーなんかじゃ歯が立たない、ということだ。
目には自信を携えたその姿はカッコイイの一言だ。
「俺は強くないよ。いつもこいつらに助けられてる」
「トレーナーとポケモンが協力し合いながら生きる」
「だから、俺は強くいられる。ユキにも分かる日が来るぜ」
サトシさんはそう言って立ち上がる。標識を見ればちょうどランプが消えたところだった。ジョーイさんがモンスターボールを持ってくる
「あの子は…どうなりましたか?」
務めて冷静に聞く。彼女の口から出た言葉は。
「もう大丈夫よ、ヨーギラスは明日になればすっかり元気になるわ」
その言葉を聞き体から力が抜ける。良かった。本当に助けられた。
「ありがとうございます…」
「さ、あなたも早くお風呂に入りなさい。疲れているでしょう。部屋は108号室を用意しておくから行ってきなさい」
そうだ、わたし汗びっしょりだったんだ…臭くないかな…
「い、行ってきます!」
恥ずかしくなって小走りでお風呂に行く。
ポケモンセンターは食事や生活が無料らしい。ポケモンの食事もついてくる。普通に考えればありえない。でも、それはわたし達が期待されている、ということに他ならない。
旅をして、強くなったポケモンは引く手数多なんだろう。ポケモントレーナーを引退したとしても、次の就職先に活かせることが多い。
わたしには僅かなお小遣いしか無かったのですごくありがたい。
強くなれるなんて保証はないし、これから先も苦難が待ってるだろう。でも、わたしは絶対に諦めない。お母さんとの約束。
そんなことを考えながら、お風呂に入って、今は用意された部屋で
「ヨーギラス、わたしチャンピオンになりたいの」
「ギラッ」
「わかる?世界の頂点」
ヨーギラスは首を縦に振る。ポケモンってすごく賢いんだぁ。
「山よりも高くて険しいけど、あなたの力が必要なの」
数瞬置いて、ヨーギラスにお願いする。
「わたしのポケモンになってほしい」
「ギラァッ」
ヨーギラスは力強く頷いてくれた。それがすごく嬉しくてヨーギラスに抱き着く。
ヨーギラスは一瞬抵抗したものの、すぐにしょーがねーなと言わんばかりに。わたしに体を預けてくれる
「えへへ…ヨーギラス、ありがと」
ヨーギラスはとても重く、わたしの体の上に乗ることなんて出来ない。けれど、ピカチュウよりも愛らしいその目、暖かい体にわたしの心は初めて満たされた。
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初バトル!ヨーギラスVSピカチュウ
窓から降り注ぐ柔らかな陽光。まだ少し肌寒い季節は布団から出ることを拒み続けている。傍らにはヨーギラスが寝ている。どうやらあのままベッドに入り寝てしまったようだ。わたしはヨーギラスを起こさないように、ベッドから出る。乱れた栗色の髪の手入れをドレスセットでしながら、筋肉痛に悶え苦しむ。
「うぅ〜足が重い…」
窓からはライモンシティらしい活気に包まれている。まだ早朝だというのに人々は笑顔を浮かべながら街を歩いている。
こんな隣の街なのに180度も表情が違うなんて…
楽しそうな街並みに心を踊らせながら、髪の手入れを終え、チャームポイントの桜のピン留めを前髪に留める。お腹がすいた。
「ヨーギラス〜朝だよ〜」
未だ目覚めないお寝坊さんに窓のカーテンをを開けて目を覚まさせる。
「クァッ」
大きな欠伸を一つしたかと思うとまた眠りに入ったようだ。どうしたら起きるんだろう…
「もうっ、モンスターボールに戻しちゃうからね」
モンスターボールにヨーギラスを戻し、調べ物をパソコンで行った後フロントへ足を運ぶ。
「おーい!ユキ!」
椅子に座って朝食を食べているサトシさんを見つける。ピカチュウも一緒だ。くっ、早起きはわたしの数少ない特技なのに。
「おはようございます。サトシさん」
「ピカッ」
挨拶をする。ピカチュウも挨拶してくれているので返す。それにしてもサトシさんって何歳なんだろう。風格や貫禄ですごく年上に見えるけど。
「おう、ヨーギラスは元気になったか?」
「まだ少し眠たいみたいです。ご飯の時間になれば起きるかも」
そういえばお腹がすいていたんだ。
「御一緒させてもらっていいですか?」
「もちろん、いいに決まってるぜ」
受付に行き食事を頼む。こういうのは初めてだ。オムライスっていうメニューを頼んだ。ヨーギラスの好きな物はわからなかったので、いわ、じめんタイプが一般的に好むフーズを頼んだ。起きた後少しパソコンでヨーギラスについて調べた結果、ヨーギラスはいわタイプとじめんタイプの複合型みたいだ。パソコンの操作は難しかったけれど、ジョーイさんに少し教えて貰った。
「勉強熱心なんだな」
サトシさんと向かい合いながらヨーギラスについて話す。そうしているうちに、食事が運ばれてきたようだ。
「でてきて、ヨーギラス」
光が収まると、寝ぼけまなこのヨーギラスが出てきた。まだ眠いようだが、ポケモンフーズを見ると、途端にもしゃもしゃと食べ始めた。
可愛い…
「おっ、すっかり元気そうだな」
「はい、ジョーイさんのおかげです」
ピカチュウがヨーギラスに話しかけている。コミュ力高いね…ヨーギラスも楽しそう。
「そういえば、サトシさんってどんなポケモン持っているんですか?」
「見たいか?ここじゃ狭いから後で見せてやる」
そんなに大きなポケモンなんだ…早く見たいな。ヨーギラスの食欲はすごいもので、もう完食しようとしていた。あっ、お代わりが欲しくてお皿をこっちに…可愛い…
「わたし、お代わり貰ってきますね」
「あぁ」
わたしは席を立つ。
「良かったな〜ヨーギラス」
「ギラッ」
わたしがテーブルに戻ると奇妙な光景が広がっていた。サトシさんがわたしのヨーギラスを軽々しく持ち上げているのだ。サトシさんって化け物?
「おっ、おかえり」
何事も無く、ヨーギラスを地面に降ろす。お代わりを早くと強請ってくるが、今の私は放心状態だった。
「?どうしたんだ」
「ヨーギラスって軽々しく持てる重さじゃないよね…」
「そうか?けっこう軽かったぞ」
あぁ、この人はきっと宇宙人なんだ。そうに違いない。だって70キロの物体を軽々しく持ち上げるなんてできるわけがない。わたし、まだ疲れてるのかな…?
わたし達は程なくして ポケモンセンターに常設されている、フィールドにやってきた。やっとサトシさんのポケモンが見られる。
「じゃ、驚くなよ」
「でてこい、お前たち」
5つのボールが同時に出された。とても強そうなポケモン達に、言葉を失った。
「右からムクホーク、ガブリアス、ゴウカザル、フローゼル、グライオンだ」
「すっ、すごい…」
「サンキュー。まだ調整中だけどな」
どのポケモンもすごく強そうだ、とくにドラゴンタイプのポケモンは扱うのが難しいというが、サトシさんに甘えている。どう見ても懐いている。ピカチュウだけ、小柄だといえるが、サトシさんの相棒のポケモンだ。きっと、この中の誰よりも強いんだろう。
ヨーギラスもあまりの迫力にたじろいだようだけど、睨み返し、俺も強いぞ、とばかりに目を輝かせる。そうだ、迫力に負けちゃダメだ。わたしはチャンピオンになるんだから、言わなきゃ!
「サトシさん、わたしとバトルしてください」
「あなたがすごい人だとわかりました。でも挑戦せずにはいられない」
その時わたしはポケモントレーナーの目ってものをしていたんだろう。
「バトルか、よし、食後の腹ごなしだ!」
ポケモンバトルは互いのトレーナーがポケモンに技を指示し戦わせるものだ。求められるのは、動揺しないこと、そして判断を素早く的確に、ポケモンに不安を与えないこと。
ヨーギラスの使える技は かみつく、にらみつける、すなあらし、いやなおと、なしくずし、いわなだれ、こわいおとだ。
ヨーギラスの特性はこんじょうだった。活かさない手はない。
この技たちを上手く状況に合わせて立ち回る。サトシさんは初心者のわたしなんかとは比べ物にならないぐらいに強いはずだけど、わたしも、わたしなりに作戦を考えてからきている。この作戦でやれるだけやる!
「では、お願いします」
「おう、いつでもいいぜ」
フィールドで対面する。胸がドキドキして鼓動がうるさい。ポケモンバトルってこんな緊張するものなんだ。
「ヨーギラス、おねがい!」
「ピカチュウ、君に決めた!」
今、勝負が始まる。
「先攻は譲ってやるぜ」
サトシさんはわたしの行動を見るようだ。だったら。
「ヨーギラス、こわいかお!」
まずは機動力を削ぐ。あの小柄な体はこちらの鈍重な体と違って、物凄く素早いはずだ。目で捉えられないかもしれない。だから素早さを下げてコチラの土俵に持ち込む。
「!…考えてるな、けど…」
「ピカチュウ、でんこうせっかだ」
サトシさんはでんこうせっかを指示した。名前の通りに素早さを活かした攻撃だ
「ピカァ」
ピカチュウの姿が掻き消える!どうして!
「そのまま、アイアンテール!」
ヨーギラスにピカチュウのアイアンテールが命中する。あの体が吹っ飛ぶなんて想像ができるだろうか。
「ヨーギラス!」
「悪くなかったぜ。だけど、俺のピカチュウはそれでも速い!」
「ギラッ」
ヨーギラスは砂煙の中から、飛び出す。傷ついているが、まだいけるといったところか。この一撃でだいぶヨーギラスは消耗してしまった。効果抜群のはずだけど、それを感じさせないこんじょうも発揮している…と思案したところに。
「まだ終わってないぜ、10万ボルト」
黄色い閃光が飛ぶ。眩い電撃に我に返る。
っ!ますまい!考える隙を突かれる前に!
「ヨーギラス!かわして、いわなだれを地面に叩きつけて!」
ヨーギラスは跳躍し、電撃を躱す。そして、いわなだれを地面に起こし、四散させる。
礫は、ピカチュウを目掛けて全範囲に飛ぶ。しかし。
「でんこうせっかで突っ込め!」
ピカチュウは本当に素早さが下がっているのかと思うぐらい礫の合間を縫いこちらに近づく。あの礫の嵐を!?
「ヨーギラス!ピカチュウを受け止めて!」
ヨーギラスは両手でピカチュウを掴む。ピカチュウの体は電気を帯びており、痺れる。この特性はせいでんき…!
「それは悪手だぜ、10万ボルト!」
凄まじい電撃をゼロ距離で浴びせられヨーギラスはたまらず、ピカチュウを放り投げる。礫が散乱している位置に。じめんタイプに電撃は効かない。なんていうレベルじゃない!今ので深手を負ってしまったしかし、今ならできる!
「ヨーギラス!すなあらし!」
「ピカチュウ、一旦戻ってこい!」
私の指示を聞きヨーギラスとピカチュウの姿が砂嵐に包まれる。サトシさんもこれは迂闊に手を出せず、1度砂嵐から出るようにピカチュウに指示するが、それよりも早く、大きな音がフィールドからする。
砂嵐が晴れるとそこには、何発かの礫がかすったピカチュウが居た。
「ピカチュウ!大丈夫か!」
「ピカピッ!」
多少はダメージを与えたみたいだけど、まだまだピカチュウは元気そうだ。
「なるほどな、せいでんきをわざと受けてこんじょうを発動する。そして砂嵐で俺の指示より早くいわなだれを当てる。ピカチュウは最初に散乱した礫にも注意しなければならない。やってくれるぜ」
あのピカチュウにダメージを与えたことを誇るべきか、それでも最低限に被弾させるに留めたピカチュウがすごいのか。
「ヨーギラスにすなあらしを指示した瞬間いわなだれをするようにバトルが始まる前に言いました」
「それでも、躱されちゃいましたけど」
わたしが唯一勝てる隙、フィールドを変えた一瞬の隙を突く。しかし成功はしなかった。冷や汗が垂れる。
ヨーギラスの状態も悪い。麻痺に体力も限界だ。でも、諦めるなんてことはしない! なんとしてでももう1発いれるためにはどうしたらいい?
会話をする時間は頭で作戦を考える時間だ。おそらく向こうもそう考えているはず。わたしよりも高い精度で次の一撃を当てるために。
「ユキ、お前はすごいよ。初心者なんてレベルじゃない」
「でも、わたしはサトシさんに勝ちたい!」
再びフィールドに緊張が走る。あぁ、ポケモンバトルってこんなに胸が熱くなるんだ。すごい!
「見せてやるぜ、ユキ」
「これが俺たちの全てだ!」
「ピカチュウ、ボルテッカー!!」
来る!全力の技、躱すことも出来ない、受け止めることも出来ない。でも、なにか!なにか出来るはずだ!
ピカチュウがこちらに猛スピードで来ながら電撃を纏う。でんこうせっかと10万ボルトを同時に発動したみたいだ…
ヨーギラスが対抗出来る技なんて…いや、一つだけある!ヨーギラスはそれを1度受けている!ヨーギラスの体重とピカチュウの体重には雲泥の差があるのに関わらずあんなに吹っ飛ぶんだ。もし発動出来たなら、弾き返せるかもしれない!
「ヨーギラス!アイアンテールを出せる?うぅん!出して!」
「ギラァッ!」
ヨーギラスも理解したようだ。たった一つの可能性。自分が弾かれたあの技を繰り出せれば、と。
ヨーギラスの尻尾が鈍色に輝き、ピカチュウのボルテッカーと衝突する!少しの間拮抗したが、大きな爆発がフィールドを覆い煙に包まれる。
「どうなったの…?」
サトシさんはフィールドを見つめるばかりだ。やがて煙が晴れ、ピカチュウがバチバチと残心を残すなか、ヨーギラスは立ったまま瀕死になっていた。
「ヨーギラス!」
崩れ落ちるヨーギラスを体全ての筋肉を使い受け止める。重いけど支えられないほどじゃ…
横から手が伸び、ヨーギラスを支えてくれる。
「 サトシさん…」
「お疲れさん、ボールに戻してやってくれ」
「はい…」
サトシさんが受け止めてくれたおかげで空いた手からモンスターボールを出した。
「ヨーギラス、ありがとね。お疲れ様」
「ギラァ…」
ヨーギラスは小さく鳴き、ボールに吸い込まれていった。
「ピカチュウもお疲れさん」
「チャア〜」
ダメージなんて、もう消えたのか、サトシさんの肩に乗り頬っぺにすりすりしている。
強い…これがリーグを準優勝するトレーナー。わたしが必死に考えた作戦もピカチュウの速さだけでほとんど躱される。主導権をこちらに譲っていても最適解を選び続けられる頭。もちろん手加減はしていないが、終始全力というわけでもない。こちらの戦いに合わせたバトルだった。そして、次同じ手をしようものなら、反撃されてしまうだろう。
「ユキ!」
サトシさんが目を輝かせてわたしに手を差し伸べる、!
「えと…?」
握手を求められている。
「バトルが終わればハンドシェイクだ!」
こちらも手を差し出す。と同時に、わたし、負けたんだ…という感情に呑まれる。悔しい… 思わず涙が出そうになったけれど、必死に堪えて、でも、涙は止まらなくて…
「お、おい。泣くなよ、な?」
ヨーギラスを活かしきれなかった自分が情けなくて、悔しくて、なにより勝たせてあげられずに、接戦にもできなかった自分に腹が立って…
「バトルに負けたら悔しいだろ」
「だから次は絶対に勝つために、努力するんだ」
「俺だってそうだぜ?」
「サトシさんも…?」
「あぁ、俺もライバルに負けてばっかだった」
こんなに強いのに、サトシさんは元々強かったわけじゃないらしい。
「でも諦めなければいつか届く。そう信じてここまで来た」
どれだけの重みがあったんだろうか。旅をした分の思いにわたしは途方も無い差を感じた。
「お前は絶対に強くなる。保証してもいい」
わたしが1番求めていた言葉を紡がれる。心が落ち着いてくる。ふぅ。
「次は負けません…」
少しニヤッと笑ってみせた。
「そうこなくっちゃな!」
わたしは、初めて負けた。すごく悔しいけれどその悔しさをバネにして、次は勝つ、と自分に誓った。
「あー、そろそろ手離してくれよ」
ふと気付くとわたしはサトシさんの手をずっと握っていた。どうしよもなく恥ずかしく顔が火照る感覚がする。
「あの、その、ごめんなさい!」
わたしは勢いよくポケモンセンターに戻った。
「本当にすげぇやつだよ。なぁ、ピカチュウ」
「ピカ…」
ピカチュウはダメージによって、肩から滑り落ちた。こんじょうを発動したいわなだれとアイアンテール。流石のピカチュウも耐えられなかったようだ。優しく抱きとめるサトシは、新たなライバルの出現に胸を踊らせ、冷や汗を流していた。
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激突!ジムリーダー!!
サトシさんは、あれからバトルサブウェイに行ってしまった。なんでもあそこには腕利きのトレーナーがゴロゴロいるそうだ。
少し手こずっていたようだけど、今度は勝ってくる、と自信に満ちた表情をポケモンセンターから見送った。
ヨーギラスの回復には1日かかり、わたしはその間、わたしはライモンジムのジムリーダー、カミツレさんについて調べていた。
電気タイプを扱う。キャッチコピーはシャイニングビューティーらしい…
モデルも兼業しており、その雑誌に心を惹かれたが、勝つまでは読まない!そう決めていた。表紙を飾るオシャレな服を見るだけでドキドキするぐらい、いわゆるカミツレさんのファンになってしまいそうだから。
ポケモントレーナーが超えるべき壁。それがジムリーダーだ。ジムは各地方に八つあり、どのジムも生半可な実力ではクリア出来ない。ポケモントレーナーになるのは自由だが、その道は狭く厳しく険しいことを忘れてはならない。一つのバッジも手に入れられず、引退する。そんな話は枚挙に遑がない。
ジムバッジは2個あれば十分優秀なトレーナーだと扱われる。しかし、その2個集めるのがどれだけ険しい道か。
ライモンジムを目の前にわたしは道の険しさを再認識した。それでも進むんだ!
緊張した面持ちでジムの入り口に入る。すると、煌びやかな意匠がふんだんに施された鉄のレールがそこにあった。
「あなた、挑戦者ね?」
後ろから声を掛けられる。振り向くとそこには金髪の綺麗な女の人がいた。この人が、スーパーモデル、カミツレさん…
「ユキです。ジムに挑戦しに来ました」
声、裏返ってなかったかな…?
「分かったわ。じゃあ、フィールドはこの先よ」
彼女が指差した先はジェットコースターだった。何故室内にジェットコースターなのか。
「これに乗るんですか…?」
「ええ、怖気付いたかしら?」
「いえ、乗ります」
部屋の内装や、ジェットコースターに気を取られていたけれど、わたしはジムに挑戦しにきたんだ。
ジェットコースターに乗り込む。電気タイプのジムらしく動力は電気を使うということだろうか。
「所持しているポケモンは何匹?」
「1匹です」
「OK、わかったわ」
カミツレさんとジェットコースターに乗っている。その事実が、わたしを緊張させる。ふわぁ…横顔もきれい…
話しているうちに、フィールドに着いたようだ。フィールドの真ん中には審判の人が待っていた。
「これよりライモンジム、カミツレと、ブラックシティのユキのジム戦を行う。使用ポケモンは1体。どちらかが戦闘不能になった時点で試合終了とする」
胸がドキドキする。これがジム戦。でも、わたしはサトシさんとバトルしたんだ。あの時の張り詰めた糸のような緊張感があったけれど、
冷静に見極める。それだけだ。
「ようこそ挑戦者。私の愛しのポケモンとあなたのポケモン。どちらが本物か…」
「ここで競いましょう!エモンガ!」
カミツレさんが繰り出したポケモンはエモンガと呼ばれるポケモンだ。でんき、ひこうの複合型タイプ。ヨーギラスが有利か。彼女に電気対策をしても、おそらく、勝てないだろう。弱点をさらけ出しているのが狙いなのか、それとも。
「ヨーギラス、おねがい!」
どのみち、わたしのポケモンはヨーギラスだけだ。関係ない。
エモンガは弱点がいわ、こおりタイプのみのポケモン。そこから照らし合わせた彼女の対策はおそらく、アイアンテールだろう。
そこに照準を合わせる。きっと来る。
「まずは攪乱から!かげぶんしんよ」
エモンガの分身が広がる。ヨーギラスは増えたエモンガに戸惑っている。大丈夫、ヨーギラスには、ピッタリな技がある。
「ヨーギラス、なしくずし!」
分身したエモンガと本物のエモンガには僅かな違い、隙がある。それを見抜いたヨーギラスは、エモンガの本体目掛けて堅実にダメージを与える。
弾き飛ばされたエモンガは空中で一回転し、浮遊する。どうしても空中に居座られると分が悪い。
「能力変化についてはある程度わかっているみたいね…」
こちらを観察されている。情報を与える前に、速攻してまずはその余裕を崩す!
「ヨーギラス!いわなだれ!」
エモンガの頭上に岩の雪崩を起こす。さぁ、どうくる!
「エモンガ、でんげきはで撃ち落としなさい」
エモンガが、上に気を取られているうちに、いま!
「ヨーギラス!羽にかみつく!」
ヨーギラスの攻撃は決まった。羽の根元に噛み付いた。エモンガは何とか振り払うが、ふらふらと地上に落ちる。よし!ひとまずこちらの土俵に持ち込んだ!
「やるじゃない」
しかし、依然として、カミツレさんの余裕は消えない。そうだ、まだ奇襲が上手くいっただけ。次は地上でこの人を上回らなければ勝てない!
「でんこうせっか!」
地上からでんこうせっかだ。サトシさんのピカチュウほど速くない!
「ヨーギラス、躱してこわいかお!」
サトシさんの時には通用しなかった戦術も、今なら通用する。
まだだ、まだこんじょうは発動させない。こんじょうは奥の手。なるべく麻痺にかかる前に倒す!
「エモンガ!ボルトチェンジ」
眩い電気がヨーギラスに当たった瞬間カミツレさんの元まで素早く戻っていく。 ダメージはないが、距離を取られた。ここからとるだろう戦法は、遠距離で近づけさせないこと!
「エアスラッシュを連射!」
風の刃が、ヨーギラスに迫る。消耗する前に何とかしないと!
「いわなだれで相殺して!」
いわなだれをすり抜けた刃が、ヨーギラスを襲う。完全には無効化出来なかった…!
「判断力もなかなかね」
こちらの動きが鈍れば彼女はすぐさま隙を突いて一撃で決めるつもりだ。もっと気を引き締めないと!
次は何をしてくる?ヨーギラスをじわじわと追い詰められる感触。まるで蜘蛛の糸だ…!
相手に対応するだけじゃダメ!こっちから攻撃しないといけない!
「エレキネットで動きを封じなさい!」
「ヨーギラス!躱して!」
今、突っ込んでも返り討ちにされる。でも、このネットはこちらの動きを封じるもの!なんとかしなくちゃ!
「ヨーギラス!すなあらし!」
辺りが砂に包まれる。ヨーギラスは砂の中でも目を開けていられる。だから、今、わたしのほうが有利!攻めるなら今!
「アイアンテール!」
向こうが見せるまで温存するつもりだったけれど、エレキネットのフィールド効果を避けるために一つカードを切る!
砂嵐の中から傷ついたエモンガが吹っ飛ぶ。やがて砂嵐は収まり、ヨーギラスが現れる。今のでせいでんきに触れたようだ…
しかし、エモンガに入ったダメージは十分!このまま、攻める!
「いわなだれで追撃!」
しかし、ヨーギラスの体は動かなかった。しまった!やはり麻痺!
わたしが勝負を急いだからだ!
「エモンガ今よ!アイアンテール!」
鈍色の輝きがヨーギラスを襲う。立て直さなきゃ…!
「エレキネットで動きを封じなさい!」
ヨーギラスは電気の糸に絡まり身動きが取れなくなる。ダメージはないものの、これじゃあなにも出来ない…
「アイアンテールで仕留めなさい!」
「ヨーギラス!!」
力が抜ける。甘かったんだ。わたしは。届かなかった…目を瞑る。
身動きが出来ず、ヨーギラスは衝撃に体が強張るその時!
眩い光がヨーギラスの体を飲み込んだ!
「まさか、これは…進化!」
声が聞こえ、薄ら目を開ける。そこには光に覆われていた!
戦いの中で進化…!?そんなことが!?
これが、進化…
光が晴れると、そこには薄い水色のサナギが居た。あれが、サナギラス…よく見れば、脱皮で、麻痺が解けている!
意識をバトルに切り替える。体に力が戻る。ヨーギラスが答えてくれたんだ!なにがなんでも勝ちにしがみつく!
サナギラスは明らかに激しい動きは出来ない。でも、この距離なら、いける!
「サナギラス!ストーンエッジ!」
「エモンガ!躱しなさい!」
尖った岩が、エモンガの地面から勢いよく突き出す!
まともに弱点技を受けたエモンガは動かなくなった…
か、勝った…?
「エモンガ戦闘不能。よって勝者、ブラックシティのユキ!」
審判から告げられた勝利の言葉を飲み込むまでどれほどかかっただろう。
「や、やったぁ!」
サナギラスに駆け寄り、少しひんやりする体に抱き着く。
またかよ、こいつ、しょーがねーなと言われた気がするけど、
ギュッと抱きしめる。
「ありがとう…、サナギラス…わたしが焦ったばっかりに。ごめんね…」
気にすんなよ、とでも言わんばかりに短く鳴く。いつまでそうしていただろうか。目の前にはカミツレさんがいた。
「あなたのサナギラス。素晴らしかったわ」
うん、わたしのサナギラスは世界で1番さいきょーなサナギラスなんだ!
「これがライモンジムのバッジ。ボルトバッジよ」
稲妻模様が描かれたキラキラと輝くバッジを見る。これがバッジ…!
「きれい…」
「ほら、受け取りなさい」
「は、はい!」
差し出されたバッジを受け取る。やった…!本当にわたし、バッジを手に入れたんだ…!
「カミツレさん…ありがとうございます!」
頭を下げてお礼を言う。えへへ、バッジ…
「ユキちゃんとのバトル。よく考えられた戦術だったわ。痺れてクラクラきちゃった」
そうだ…!戦術…!エレキネットの厄介さに動揺して、砂嵐を巻いた後、一旦冷静になっていれば…
「先に勝負を急いでアイアンテールを指示したわたしの戦術負けです…」
そう、あの時、ヨーギラスがサナギラスに進化しなければ、負けていたのはこちらだった…!
「あなたは私のプレッシャーの中、終始冷静に務めていたわ」
「次のジム戦も応援してるわ、ユキちゃん」
あぁ、ダメだ、泣かないって旅に出る前に決めたのに、わたしは、もう何回も泣いている…!
「カミツレさん…!」
目に大粒の涙を溜め、今にも決壊しそうなわたしの顔を見て。
「もう、泣き虫さんね」
頭を撫でてくれる。2日前に旅立ったのにお母さんを思い出して…!
決意したのに…!
「ぐずっ、わたし、泣かないもん」
精一杯の強がりを胸に勝者として笑顔を浮かべる。
「またバトルしてください!」
そう、次も楽しく激しくて痺れるポケモンバトルを!
ユキ「ボルトバッジ、ゲットだぜ!」
サトシ「俺の決めゼリフガーーー!!!」
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