女子寮生活は難儀です (as☆know)
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設定とか色々とあるけど大体読者は気にしてない
設定集って大体あると便利だから作者が置いてるだけ


圧倒的ネタバレ&裏設定注意です。あと完全個人用に呼び方一覧とかあります。

もっと詳しく知りたい! 裏設定とか知りたい! って人は見てみてください。おもろいかは知りません。



主人公くんプロフィール

 

名前:松井光

年齢:16歳→17歳

所属校:城聖高校 2年3組

学年:高校二年生

身長:180cm

体重:68kg

BMI:20.99

誕生日:3月28日

血液型:A型

利き手:右

出身地:???

趣味:ベース、野球観戦、ゲーム

特技:料理

 

 

 今西部長の孫であった友達にハメられ、346プロにアイドル部門専属ベーシストとして所属。

 

 346プロ本社と自宅は普通に通える距離ながら、ちひろさんの策略により親会社のアイドルとの関係性をより深めるという名目上の理由で女子寮に一時的に入寮(期間設定なし)

 

使用機種

ATELIER Z BK-5 KenKen Signature Model (値段不明)

FENDER Player Jaguar PF TPL (6万円強)

 

・見た目、性格

 

 

 色白で鼻が高く、顔の堀も深いためハーフに見られがち。ぱっちり二重が特徴。

 短髪で茶髪に染めている為、よく学校から指導を食らっている。

 アクセサリー類を好む割に、派手な服をあまり好まず、シンプルな服ばかり着るので幸が薄いと言われる。

 好きな色は紺、または青。

 

 体型は細身だが、筋肉もしっかりついている。特に腕はベースをしているのも相まってかなりガッチリしている。腹筋は少しだけ割れている。

 

 ノリと勢いだけで突っ切るタイプ。その為、よく失敗もするが思いもよらぬ成功を収めることもある。

渋谷凛と幼少期から過ごしてきた為、目が肥えている。アイドルを目の前にしても一目惚れしない。

 

 基本的にテンションが高く、最高潮になるとみくよりもうるさい。だいたい凛から怒られる。

 

 風呂上がりは裸族。長い時は寝る直前まで服を着ない。ライブ中に上裸になったこともあり、軽く事件になった。

 寮に入るようになってから、風呂上がりにパンツは履くようになった。凛曰く、光が裸でも見慣れてるので気にしないし、どちらかと言うとそっちの方が好きらしい。

 

 元テレビっ子、現在は殆どYouTube。

 その為、最近のアイドル事情は全く知らない。アイドル自体にも興味が薄い。

 

 

 

・技術

 

 天性のリズム感持ち。ベースのテクニックに関しては並。リズムキープの正確さ、安定感が常人の域を超えている。その正確性は機械の打ち込みかと一瞬勘違いさせる程のレベル。

 高校の軽音部では誰一人その精密性に気がつかず、自他ともにミスをほとんどしないベースとしか思われてなかったが、同級生の今西が唯一その才能を見抜く。後日ふらっと祖父の部長に光のことを話し、そこから常務まで話が行き346プロ入りする要因になった。

 

 基本的には指弾き。邦楽ロック曲も弾いていた為、ピック弾きも高水準に出来る。柔らかめのピックが好み。

ギターも並に弾ける(木村夏樹には及ばない)

ドラム、キーボードなどは触ったことがある程度で、実質未経験。

 軽音部ではベースボーカルとして活躍。低い音はエッジボイス、高音は裏声と音域がかなり広いので歌う曲を基本的に選ばない。また、マルチタスクで弾き語りなどを一切苦にしない。

 

 

 

・経歴

 

 生まれ年は渋谷凛と同じ、が誕生日の違いで光の方が学年が一つ上に。

 

 幼少期、当時から物静かだった凛との距離を測り兼ねる。

 

 小学生の時は野球部。ポジションは捕手。小学生ながら地肩が強かったものの、他の能力は並。野球は好きだが、練習や上下関係が厳かったので中学では野球部に入らず。

 この頃から音楽自体好きだった。

 

 中学生時代、野球部に入らなかったのはいいものの、あまりにも暇を持て余し色んな趣味に手を出す(ゲーム、ダンス、漫画、料理、サッカー等々)

 その一環で、中一の冬頃に父親の部屋に置いてあるベースを触り、興味本位で父親に指導を頼む。父親にベースの基礎を叩き込まれ、本人も沼にハマる。父親の趣味の曲を叩き込まれたので当時の弾ける曲はラルクやスピッツなど1990前後のアーティストが主。

 

 高校時代、そこそこ大きな軽音部のある高校に進学し、軽音部に入部。今西を始めとする同級生とバンドを組み、高一の終わりまでスーパーでバイトして機材を買い換える。バイトを辞めるとほぼ同時期に今西からオーディションの話を聞き、346プロに入社する。

 高二に進学と同時に凛が同校に入学。

 

 

 

・渋谷凛との関係性

 

 友達以上恋人未満、かつ夫婦。

 パッと見は距離の離れた幼馴染。だが、人が少なくなり二人きりになった途端、急に凛側からの距離が縮まる。通称、懐いた柴犬化。

 スカウトの件を始め、何かしらの事態があった場合、凛は大体一番最初に光に相談をする。

 

 お互い一人っ子なのもあり、幼少期は黒歴史まっしぐらのイチャラブっぷりだったが、小学生頃から凛が人前では突っ込んでこなくなったので、光側は距離を取られたと解釈している。凛が当時から現在に至るまで基本的には真顔で突っ込んでくるので光は距離を測りかねてる。

 が、実際扱いは達人級。二人きりになった時は犬の顔をぐしゃぐしゃにしながらデレデレになる飼い主みたいになる。

 

 

 

※凛の好感度が高い理由

 

 幼少期、コミュ力が低かった凛の唯一と言っていい友達が光。他には友達がおらず、新しい友達ができるまでめちゃくちゃ距離感が近いまま過ごしてきた(新しい友達が出来てから、光との距離が近かった事実に気が付き、周りの目がある時は距離を取るようになる)

今も二人きりの時に凛が甘えてくるのはその名残。好意よりも支えに近い感情で光を見ている。

 

 

・そもそも女子寮に男ってどうなの?

 

 厳密には女子寮ではなく学生寮だったが、他の部門の男子学生は実家暮らしor1人暮らしをする為、女子寮として存在させてる。現在は公式で学生寮に名前を改めてる為、モラル的な問題でもマスコミには突っ込まれることは無い。

 会社全体での急務のプロジェクトに次ぐ変更のため光入寮時には間に合わず、翌週には学生寮として確立。

その為、寮前の石のアレの表記は女子寮のままだが、公式には学生寮となってる。

 

 

・今西という男

 

 本名、今西達也。身長は177㎝で光よりかは細いがそこそこガッチリした体型をしている。

光とは高校からの付き合いで入部時から同じバンドで活躍している。パートはギター、コーラス。

 

 お爺さんになる今西部長の影響でアイドル事情に幅広く詳しく、幼少期から今西部長の計らいで346プロ内の機材で練習していたため、346プロ内でも普通に顔が利く。

 音楽センスが高く、プロの技術を近くで見てきたために光の才能を早々見抜く事に成功。346プロでのスタジオミュージシャン大量解雇の騒ぎを耳にした際、今西部長に光の存在を報告し光が346プロに入るきっかけを作る。

 

 

 

 

 

 

呼び方一覧 (相手 ~ 主人公)

 

 

346プロ内社員

 

プロデューサー(P) Pさん ~ 松井さん

千川ちひろ 千川さん→ちひろさん ~ 松井さん→光くん

今西(部長) 今西さんor今西部長or部長 ~ 松井くん 

今西(同級生) 今西 ~ 松井

 

 

シンデレラプロジェクト

 

渋谷凛 凛 ~ 光

島村卯月 島村さん→卯月 ~ 光くん

本田未央 本田or未央 ~ まっさんor光

前川みく 前川 ~ 光クン

多田李衣菜 多田or李衣菜 ~ 光

新田美波 新田さん→美波さん ~ 松井さん→光くん

アナスタシア アーニャちゃんorアーニャ ~ 光

神崎蘭子 蘭子ちゃん→蘭子 ~ 光くん

城ヶ崎莉嘉 莉嘉ちゃんor莉嘉 ~ 光くん

赤城みりあ みりあちゃん ~ 光くん

諸星きらり きらりさん ~ 光くん

双葉杏 双葉→杏 ~ 光

三村かな子 三村さん ~ 光くん

緒方智絵理 智絵理ちゃん ~ 光さん

 

 

Tulip

 

速水奏 奏 ~ 光

塩見周子 周子さん ~ 光くん

城ヶ崎美嘉 美嘉さんor美嘉姉→美嘉 ~ 光

一ノ瀬志希 志希ちゃんさん ~ キミor光くん

宮本フレデリカ フレデリカさん ~ 光くん

 

 

その他

 

小早川紗枝 紗枝ちゃん ~ 光はん

二宮飛鳥 飛鳥 ~ キミor光

安部菜々 安部さん→菜々さん ~ 松井さんor光くん

木村夏樹 夏樹さん ~ 光

北条加蓮 加蓮 ~ 光orセンパイ

神谷奈緒 奈緒 ~ 光

五十嵐響子 響子ちゃん ~ 光さん

姫川友紀 姫川さん ~ 光くん

高垣楓 高垣さん→楓さん ~ 光くん

早坂美玲 美玲 ~ヒカル

星輝子 輝子ちゃん ~ 光さん

白坂小梅 小梅ちゃん ~ 光さん

大槻唯 唯さん ~ 光チャン

佐久間まゆ まゆ ~ 光くん



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女子寮に男がいるって常識的にないってそれあたりまえ
人数配分間違えるとハーレムじゃなくて地獄


 春の陽気にぽかぽかと包まれたこの季節は、なにか新しい物事を始めるのにピッタリだ。

 ついこの季節は夜もちょうどいい気温で寝すぎてしまいがちだ。夜更かしでもすれば尚更である。

 

 

「……んぁ」

 

 

 日の眩しさと心地よい温かさに襲われながら目を覚ます。

 

 寝起きのモヤモヤ感のまま目を少しずつ開くと、上にはまだまだ見慣れない天井。

 体を起こすと机の上には食べかけのお菓子やジュースの痕。

 

 

「……なにこれ」

 

 

 更に右手を上げれば、何故かゲームのコントローラーが握られてる。

 更に更に周りを見渡してみる。

 

 

「……なんこれ」

 

「ぐへへ……その横スマは安直だぞぉ……」

「岡〇のスリーランだけで3本は空けられるね……」

 

 

 両隣りには未成年がいるのにビールの空き缶をそこらじゅうに撒き散らす野球バカと同学年とは思えない妖精ボディをした半ニート。あと机の上に置かれたメモ帳。

 

 

「……なんぞや」

 

『ぐっすり眠っているみたいだったからおこさないでおいたわよ。遅刻しないように気をつけてね♡』

 

「『かなで』……ってはぁあああああああああああ!!!!!」

「うるさいなぁ……杏はまだ眠いんだよぉ……」

 

 

 ご丁寧にハートマークまで付けられた綺麗な字をした書き置きと、机の上に置かれた電子時計で状況を完全に把握する。もうおめめパッチリやわ。

 畜生、あのもみやで野郎なんで起こさなかったんだよ! 確実にこうなることわかっていやがったな! 

 

 隣でモゾモゾと妖精(半ニート)がなにかほざいてるが、そんなことは知ったことではない。速攻で風呂場に制服を持って向かい一瞬で着替える。

 朝飯とか食ってる時間もねぇ! そんなわけで鍵もかけずに自分の部屋から勢いよく飛び出す。

 

 

「いってきまあああああす!!!」

 

 

 どうせユッキは二日酔いで寝てるだろうし杏は酔ってなくても寝てるだろうし。あの二人がいる限り部屋は開けっぱでもいいだろう。

 エロ本とかも隠してないしな。隠す勇気なんてさらさらないし、なんなら持ち込めなさそうだけど。

 

 廊下を全力疾走してると先の方に見慣れた超背の高いシルエットが見える。

 てかあれきらりだな。紛うことなききらりだな。

 

 

「あーっ! 光くんおっすおっすー☆」

「うっす! 杏は俺の部屋で寝てっから!」

「ありがとぉー☆」

 

 

 うむ、俺の予想通り杏を迎えに来てたんだな。多分きらりは優しいから酔いつぶれてるユッキさんのことも何とかしてくれるだろう。最悪ちひろさんも呼べばいいし。

 

 

 いやー、なんでこんなに忙しいんだろうなー!

 なんでなんだろうなー! あん時から全部おかしかったんだろうなー! (めちゃくちゃわかりやすい回想入り)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「オーディション?」

「そう! 出てみようぜ!」

 

 

 軽音部の部室でもある物置で今西という奴にそんな話を持ちかけられたのは、ちょうど今よりひと月かふた月前のことだった。

 

 当時はお金が必要で……といった理由も特になく。ちょうど新しいベースや機材を買うお金も出来たと言うことで務めていた激ブラックなアルバイトをやめた直後だったはずだ。

 いやー、マジでスーパーのバイトはヤバいぞ。大ブラックすぎ。腰が逝くかと思ったもん。

 

 

「って言っても俺ら高校生だぜ?」

「大丈夫だって! 学生向けって訳でも無いけど学生でも受けられるのは間違いねぇから!」

 

 

 オーディション、と言ってもアイドルになる訳では無い。俺がアイドルとかそもそも考えられないし考えたくもないでおじゃる。

 

 

 持ちかけられたのはプロのベーシストのオーディション。スタジオミュージシャンになる為のものだった。

 スタジオミュージシャンとかになるには自分から売り込みに行かないといけないとか聞いたことあったけど、案外そんな訳でもないらしい。

 まぁそもそも俺ってベーシストでは有るけど圧倒的エンジョイ勢だしな。プロになるのが目標って訳でもないし。

 

 

「でもプロになりたいって訳でもないしなぁ」

「いいから出てみろって! 受かったら月収とかはバイトの並じゃねぇからさ!」

 

 

 好きなことを仕事にできるならそれにこしたことはないだろうが、世の中そんなに甘いもんじゃないだろう。

 てかなんでこいつはそんなに俺にオーディションさせたいんだ。深い意味は無いんだろうけど。

 

 

「出てみるだけでも経験になると思うぜ? 交通費ぐらい出してやっからさ!」

「……まぁ、そこまで言うなら」

 

 

 交通費を出してくれると言うならば、そりゃあ行くだろう。どーせ受かんないだろうけどな。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……おい、ほんとにここであってんのか」

「おうともさ! ここがオーディション会場の346プロよ!」

「とんでもなくでかい所じゃねぇか! ふざけてんのか受かるわけねぇだろ!!!」

「まぁまぁ」

 

 

 何度もどこに行くか聞いたのにするするっと躱され続け、結局言われるがまま今西に連れられてきたのは、謎のどでかい学校のような城のような建物。

 

 これがあの346プロなのかよ。

 346プロといえば個人的にはよし〇ととかに匹敵するくらいどでかい事務所のイメージがあるくらいにはやべー芸能事務所だったはずだ。あと知り合いが確かここに勤務しているくらいだな。

 てかなんなんだこれデカすぎだろ。会社というかもはやシンデレラとかに出てきそうな城じゃねぇか。

 

 346プロってアイドルとかも扱ってるとこだったはずだ。あいつはアイドルだったはずだし。 a〇exとかみたいな。a〇exにアイドルいたかあんまり覚えてないけど。

 

 アイドルとかほとんど知らねぇんだよなぁ。クラスにもドルオタは何人でもいるしテレビでも見るっちゃあ見るけど、ちゃんと注目して見た事はない。

 高垣楓とかは聞いたことあるけど。あとバラエティ番組によく出てる人達は知ってる。輿水幸子とか。あとは渋谷凛。

 

 

「とりあえず早く入ろうぜ!」

「これ勝手に入っていいんか?」

「大丈夫大丈夫! 俺に任せとけって!」

 

 

 全く持って信用出来ないんですがそれは。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 今西に連れられるがまま入口を通ると、冗談抜きで何かの城のような光景が目の前に入る。

 なんなんだマジで。頭おかしいすぎる。

 

 

「……でっけぇ」

「光、俺ちょっと受け付け済ませてくるわ」

 

 

 何故か慣れた手つきで受け付けの女性と何かを話している今西を他所に、とんでもない内装の事務所に圧巻され続ける。

 

 

「なつきちー。今日暇?」

「おう、今日は夜なら空いてるぜ」

「ほんと!? じゃあまたギター教えてよ!」

「別にいつでも教えてやるって」

 

「えっ」

 

 

 あの二人、すっげぇ見た事あるんだけど。

 金髪のリーゼントにしてる子はF〇S歌謡祭とかでもよくギター弾いてる子だよな? ヤバくね? 普通に居るやん。

 もしかして俺ってとんでもないところに来てね? 

 

 なんかあんまり周りをジロジロ見るのももどうかと思ったので、不本意ながら野郎である今西に視線を移すと、何やら変な紙を見せて受け付けを済ませていた。多分、応募の紙だろう。

 あれ? でも履歴書は俺が持ってるし応募の紙とか書いた覚えないんだけどな。

 

 

「迎えの人が来るからしばらく待っててってよ」

「おかのした」

 

 

 受け付けから少し離れたところで缶コーヒーをあけながらだべっていると、何やら緑の服に身を包んだ綺麗な女の人が迎えに来てくれた。

 

「お待たせしました。今西くんと松井くん……ですよね?」

「お久しぶりです、ちひろさん」

「……ん? お久しぶりです?」

「なんでもない」

 

 

 こいつ、今どう見ても完全に口を滑らせたよな。

 

 今西からちひろさんと呼ばれた女性は、表情を崩すことなく笑顔を保ち続けている。

 てか胸元に千川って名札が貼ってあるやん。なんで今西は下の名前を知ってんだよ。

 

 

「ふふっ、それでは案内しますね?」

「あっ、お願いします」

「じゃあ、俺はここで待ってるから」

 

 

 7割ほど入ったままのコーラ入りペットボトルを振りながらニヤニヤ笑ってくる今西にむかつきながらも、適当に返事だけは返す。

 あいつここまでして一体何を考えてやがるんだ。帰ってきたら今度こそ問いただしてやる。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 エレベーターに乗り、長い長い廊下をテレビで見たことある女の子やスーツの人達とすれ違う。

 なんなんこれ。ほんとに別世界に来たみたいだわ。未だに夢かと思うわ。

 

 目的の部屋に着いたのだろうか。

 千川さんがドアをノックすると中から少し低い女性の声が聞こえる。

 

 

「松井さん。ここからは貴方自身のお仕事ですよ」

「は、はぁ」

「頑張ってくださいね!」

 

 

 ちょっと待って。俺なんにも聞かされてないんだけど何を頑張ればいいのだろうか。

 

 ドアを指さしながら入っていいんすか? 的なことをジェスチャーで千川さんに訴えかけると、ニコニコしたままどうぞどうぞと言った感じでドアに手を向けられる。

 

 これは入るしかないよね? 男だから腹をくくれっていうのかよ。マジかよ。嘘だろジョージ。

 

 ここでうだうだ言っててもどうにもならないのでドアに手をかけて、一呼吸置く。

 大丈夫だ。心の中に修造を飼うんだ。北京だって頑張ってるんだよ! 

 

 

「失礼します……」

 

 

 高校に入る時の面接の感じを思い出しながら部屋に入ると、まず一番最初に奥の机に黒髪の女性が座っているのが見えた。

 てか部屋広っ。よそ見とかしてないからわかんないんだけど、視線に入る限りでもめちゃくちゃ広いのがわかる。ちょっとくらい俺の部屋にも分けて欲しいんだけど。

 

 なんか座ってる女性、風貌とかめちゃくちゃ偉そうな人なんだけど。ラスボスオーラがえぐいんだけど。完全に強キャラやん。ベヨ〇ッタやん。てかベヨ〇ッタにしか見えんやん。

 

 

「私はベヨ〇ッタではない」

「……はい?」

「はっはっはっ!」

「うぉっ!?」

 

 

 隣からいきなり笑い声が聞こえたからびびっちまったじゃねぇか!

 

 てか女の人以外にももう一人部屋にいたんだな。緊張しすぎて気が付かなかった。

 真横にあったソファに座っていたのは、とっても見た目が優しそうなおじさんだった。

 女の人とのオーラのギャップがえぐいんだけど。おじさんの方が年上っぽいのに。

 

 

「君が松井光くんだね? 孫から話は聞いているよ」

「……孫?」

「おっと、これは言ってはいけなかったかな?」

「今西部長。話を進めても?」

「おっと失礼」

 

 

 なんでこのおじさん俺の名前を知ってんだ。資料にでも目を通してたのか? 

 

 てか待てよ。今西? 孫? 

 ……あっ(察し)

 

 

「それでは話を進めさせてもらうぞ」

「ちょっ、話っt」

「分かっていると思うが、君には我が346プロアイドル部門専属のスタジオミュージシャンとして活躍を期待している」

「えっ、なにそれは」

 

 

 待って。僕が知っていた情報スタジオミュージシャンだけしか合ってないんだけどどゆこと? 

 何? アイドル部門専属とかあるの? マジでなんも知らないんだけど。

 

 

「……今西部長。聞いていた話と違いがあるようですが」

「はて、ボケが回ってきたのかな?」

「えぇ……(困惑)」

 

 

 すっとぼけた様子を見せるおそらく今西のおじいちゃんを見て、女性が片手で頭を抱える。

 マジかよ。この女の人もハメられたの? 

 これ俺帰ったらダメかな? 思ったより大きい話になってるから家に帰りたいんだけど。

 

 

「松井光くんだったな? 君はどこまで話を聞いているんだ」

「えっ。いや、スタジオミュージシャンのオーディションがあるから試しに出てみないかって」

「まぁ、間違ってはいませんな」

「間違ってはいませんね」

「うわビックリした!」

 

 

 知らん間に千川さんも部屋に入ってきとるやないか! 

 びっくりして間抜けな声を出しちまったよ。

 

 

「……千川。資料に間違いはないのだな」

「はい、常務。映像の方もこの方で間違いはありません」

「ふむ……」

 

 

 ここに来て初めてこの女の人の役職がわかった。

 でも常務ってどれくらい偉いんだろうか。部長と社長と係長くらいしかわかんないしな。常務なんて初めて聞いたかもしれない。

 

 常務は腕を組み、少し考えるような様子を見せると、直ぐに頭を上げてこちらを見つめてくる。

 な、なんか照れるんですけど。普通に綺麗だもんな。年齢的に守備範囲外だけど。

 

 

「まぁいい。手違いはあったが、予定通り採用だ」

「は、はぁ」

「良かったですね! 松井さん!」

「……はぁ?」

 

 

 うん。全く話の流れがわかんないんだけど、とりあえず良かったのだろうか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「悪かったって〜。ラーメン奢るから許してくれよ〜」

「軽すぎだろ」

 

 

 とりあえず一番最初のロビーに戻ると一発今西の腹に拳を打ち込んで洗いざらい履かせた。

 その結果、最初からこいつとこいつのおじいちゃんの策略通りだったという事実が明かされた。まぁほぼほぼ予想通りだったけど。

 

 ちょうど346プロのアイドル部門も活発化してきたこのタイミングで新しいスタジオミュージシャンが欲しかったらしく、そこで白羽の矢がたったのが俺だったらしい。

 だがしかし、基本的に怠惰でめんどくさがり屋な俺をここまで連れてくるのは至難の業。という訳で『とりあえず受けてみるだけ』『交通費ぐらい出してやっからさ!』という甘い言葉で俺を誘い込み、既成事実を作ってやるって寸法だったらしい。

 

 完全に詐欺の手口じゃねぇか! 常務の人も泣く泣く許可してたけど、多分事前に俺に何も言ってないって知ってたら落としてたんだろうな。そらそうよ。

 

 まぁ、いいや。取り敢えず、さっさと家に帰るか。

 それから考えよう。うん、そうしよう。

 



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陽キャは陰キャにこうかはばつぐんだ!

 

 

 いや〜、昨日は散々だった。

 

 結局あの後、俺が家に帰るまでに自宅に346本社から連絡が来たらしく、疲れたまま自宅に到着した瞬間質問攻めにあった。

 あまりにもすごい圧で押し寄せてくるもんだから、流石に親的にも346で働くのはアウトかと思ったが結果は真逆。

 息子が芸能人デビューするかもしれないとめちゃくちゃ喜んでた。スタジオミュージシャンだぞと伝えたらめっちゃガッカリされたけど。

 

 ちなみに俺まだあそこ勤務じゃないからな。ちゃんと親の同意とかもないと契約できないからな。

 すげーんだぞ、スタジオミュージシャンって。曲がりなりにもプロだぞ、我が母親。息子は悲しい。

 

 あと仲のいい訳では無いが色々ある昔馴染みみたいな奴に、346に所属するかもという旨を伝えるのを完全に忘れてたのでさっき連絡つけたんだ。

 そしたらよ? 

 

 

『よかったね』

 

「短っ」

 

 

 相変わらず素っ気なさすぎる。電車の中で声が出そうになったわ。

 まぁ別にあいつに連絡はしなくてもよかったんだけどな。ただ、事情的に向こうで会うかもわかんないし。いきなり会社であったりしたら流石にあいつも怒るだろうし。怒ったら怖いんだよなぁほんとに。女の子怒らせたらマジで大変だから。

 

 

「……ここで合ってんのか」

 

 

 休日にも関わらず今西から来たLINEに従い、自宅から電車にガタゴト揺られること約1時間掛けて来たのは346プロ本社。

 ちなみに何をしに行くのかは全く知らないので、今西にベースを持っていくか聞いたら当たり前だろハゲとの返信が来た。全ててめぇのせいで分かりにくくなったんだろうが。今度あったらぶっ飛ばしてやる。

 

 前回行ったのは城みたいな形をした本館だったが、今回はその隣にある馬鹿みたいにでかいオフィスビルに用があるらしい。

 てかこの会社、芸能プロダクションの中でも最大手とはいえ全てにおいてデカすぎる。でかけりゃ強いとでも思ってんのか。実際つえーよ(白目)

 

 そんなどでかいオフィスビルに入り、受けつけの人に事情を説明する。ちゃんと通じるかめちゃくちゃ不安だったけど、流石にプロ。嫌な顔一つせず、すぐにどこかに電話を繋いでくれた。

 

 

「松井さん、お待たせしました!」

「あっ、千川さん。そんなに急がなくても……って誰ですか?」

 

 

 しばらくスマホをポチポチしてると、向こう側からなんか知ってるシルエットが来る。

 少し張り切った様子で迎えに来てくれたのは千川さん……と、その横には茶髪で謎の外ハネが特徴的な女の子がニコニコしながらこちらをみている。ナゼミテルンデスゥ! 

 

 

「初対面の女性に対して『誰?』とはなっていませんなぁ。一応、私だってテレビにも何回か出たことあるんだぞー!」

「俺テレビっ子じゃないですしおすし」

 

 

 

 この子、恐らくめちゃくちゃ陽キャ気質だ。オーラが眩しい。陰キャの俺には眩しすぎる。

 てかなんなんだその外ハネは。めちゃくちゃ気になるんだけど。これって外ハネが本体パターンなんちゃうかってほど外ハネしてるんだけど。むしろ外ハネまである。もうこれわかんねぇな。

 

 

「しょうがないな〜。それじゃあ私から自己紹介でもしてあげよう!」

「上から目線かよ」

「本田未央15歳! 来年から高校一年生でーっす!」

「しかも年下じゃねぇか!」

 

 

 なんだこの女。元気ハツラツってレベルじゃねぇ。油断してたらこっちがエネルギーでぶっ飛ばされそうな勢いだ。

 なんで人といるだけで油断うんぬんかんぬん考えてるんだ俺は。

 

 それにしても整った容姿をしている。

 この子多分アイドルだな。まぁ346プロといえばアイドルって所も無きにしも非ずだし、これからここで会う女の子たちはほとんどアイドルなんだろうけど。

 ほんと人生どうなるかわかったもんじゃねぇな。事実は小説よりも奇なりって言うけど、普通に恐怖を覚えるレベルだわ。

 

 

「へー、君って年上なんだ! 敬語使った方がいい?」

「今更だからいい」

「私のことは未央ちゃんって呼んでくれても構わないよ?」

「よし、田吾作」

「雑過ぎない?」

 

 

 0.3秒で考えたあだ名だからな。まぁここは無難に本田呼びでいいだろう。

 てか女の子を下の名前で呼ぶって普通に難易度高くね? 陰キャには無理すぎ。

 

 

「未央ちゃん? そろそろ……」

「そうだった! じゃあ、えーっと……名前なんだっけ?」

「そりゃそうだ」

 

 

 自己紹介だってまだしてないんだからな。本田の勢いが凄すぎて完全に忘れてたけど。

 初対面の人に対して自己紹介もまともにしないとは失礼極まりないが、本田相手なら別にいい気がしてきた。こんなんだから彼女が出来ないのかもしれない。

 

 

「松井だよ。松井光」

「松井松井……じゃあ『まっさん』だねっ! よーし、それじゃあ行ってみよー!」

「うおっ!?」

 

 

 この娘、初対面の男の手を掴んで引っ張ると申すか。なんという破廉恥な行為! 

 テンパりすぎて古文みたいになったわ。

 まぁ手をガッツリ掴んでる訳でもないし、普通に手首をガッツリ掴まれてるだけなんだよな。

 しかもしれっとあだ名つけられなかった? 気の所為? ねぇ気の所為? 

 

 本田にほぼほぼ引きずられながらエレベーターに乗せられると、本田はなんの躊躇もなく階数指定のボタンをポチッと押す。

 

 

「30階に参りまーす!」

「たっか」

 

 

 30階とか東京タワーかよ。東京タワーがマンション何階分か知らんから適当に言ったけど。

 

 ちなみに少し雑になってしまったがエレベーターのところで軽く手を払わせてもらった。

 仮にもアイドルをやってるような女の子が男の子に勘違いさせるような行動をしては行けないってそれ。

 

 チーン(笑)という到着音が鳴ると、本田がこっちこっちと先導して案内してくれる。

 本当はちひろさんの仕事だったんだろうけど、当のちひろさん本人は楽しそうに俺の横でニコニコしている。大人の余裕なんだろうけど、職務放棄じゃね? 全然いいんだけどね? 

 

 

「さぁ! ここが終点のシンデレラプロジェクトルームでございまーす!」

「ここで合ってるんですか? 今更なんですけど、俺今日なんでここに来たか知らないんですけど」

「はい。未央ちゃんの言う通り。ここが今日、松井さんに来ていただきたかったところですよ。それと要件に関してはあとからのお楽しみです♪」

「なんでちひろさんに聞くの!?」

 

 

 だってなんか信用出来ないじゃん、心配じゃん(辛辣)

 

 なんで本田は俺が今日ここに来るってことを知ってたんだろうか。

 まぁ誰かから聞かされてたんだろうな。例えばアイドルだからプロデューサーとかマネージャーがいるはずだし。プロデューサーとマネージャーの違いとか実はよくわかって無いんだけどな。

 

 

「あの……本田さん、松井さん」

「うぉあぁっ!?」

「あっ! プロデューサー!」

 

 

 びっくりしたァ!

 なんか名前を呼ばれたと思って振り向いたら、俺よりでかいめちゃくちゃガタイのいいくっそ顔の怖い男の人が後ろにいた。顔つきこえーしビビるわ!

 しかも俺よりでかいってなかなかだぞ。俺これでも180cmはあるからな。190以上あるんじゃないかこの人。

 

 てか真後ろに立たれていきなり名前を呼ばれたのに、何故本田は平気な顔をしていられるのか。

 めちゃくちゃ肝っ玉座っとるやんけ。

 

 

「だ、誰だチミは!?」

「そうです! 私が本田未央です!」

「お前ちゃうわ」

「てへっ☆」

 

 

 やっぱり本田は陽キャだな。

 というか変なおじさんネタが通じるとは思わなんだ。アイドルがやると一気に華々しくなるな。俺がやるとただむさ苦しいだけなのに。悲しい。

 

 

「申し遅れました。私、こういうものでございます」

「あぁこれはどうもどうも……」

 

 

 恐らく年上なのにそんな甲斐甲斐しく名刺を渡してもらう。てか大きな体でこぢんまり名刺を渡してくるのなんだかシュールだな。とりあえずちゃんとした名刺の受け取り方は分からないのでなんとなくな感じで受け取っておく。

 

 株式会社346プロダクション

 シンデレラプロジェクト プロデューサー……ん? 

 

 

「シンデレラプロジェクト?」

「はい」

「1回くらいテレビとかで聞いたことないかな?」

 

 

 聞いた訳ないことがあるわけなかろうが。つまり聞いたことはある。

 といっても俺の聞いたことあるって言うのは他の人の()()()って言うのは別モンなんだろうけど。

 

 

「いや、テレビで聞いたことあるというかなんというか」

 

 

 ガチャ

 

 

「P、未央。いつまで外にいる……の……?」

「そう、こいつ(幼なじみ)がいるんで」

 

 

 自動ドアみたく開かれたドアの先に現れた少女はまさに絶世の美少女。

 

 歳とは反比例したような落ち着いた雰囲気を漂わせる長い黒髪。クールな表情と蒼い瞳は世の男性を狂わせる……はずなんだがどうやら今は全くクールな表情ではない様子。

 

 

「……え?」

「はいちーず」

 

 

 とりあえず凛のこんな表情久々に見たから写真撮っておこう。はい、パシャりと。

 うーんいい顔だ、後で親にでも送っておいてやろう。

 

 

「……なんで光がここにいるの」

「色々あったのだ」

 

 

 眉間をぴくぴくさせながらこちらを指さしたまま固まる凛に、事実を包み隠さず伝えるために1番短く伝えられるであろう伝家の宝刀『色々あった』を引き抜く。

 これさえあれば大抵の事はなんとかなる、あの『かくかくしかじか』並の伝説の剣である。

 

 

「ちゃんと全部説明して」

「あっ、はい」

 

 

 もはや表情が氷の女王的な感じになってるこいつには伝家の宝刀も通用しなかったわ。



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幼馴染は二次元で大量に生産される本妻候補

この世界線はアニデレが元にはなってますがアニデレとは全然違ったりしてます。そこら辺の所をご理解いただくと助かったりします。
アニデレってなんのこと? って方はそのまんま気にしないで読んでね!


 幼馴染とは実は難しいものである。

 それも男女ともなれば尚更だ。

 

 世の中に蔓延するライトノベルやらアニメやらドラマでは、幼なじみは非常に恋愛的に有利なポジション。ハーレム系の作品においては超絶有利な位置にある。

 そりゃあ最初から好感度MAXポジションともなれば、まさに正妻戦争のシード枠のようなもんだからな。実際強い。

 

 幼馴染属性とは最強である。

 

 あるアニメの幼馴染の女の子は、朝から制服でモーニングコールをしてくれる。

 また、ある漫画の幼馴染の女の子は朝食を作ってくれる。

 またまた、あるラノベの幼馴染の女の子はボディタッチも厭わないでぺたぺたくっ付いてくる。

 

 ……否、否否否ァッ! 現実の幼馴染とはそんなに甘くはないッ! (ガチギレ)

 そもそも幼馴染のことをガッツリ()()()って言うことすら少ないのだッ! 

 

 傍から聞けば訳が分からないだろう。幼馴染のことを幼馴染と言うことがなぜ少ないのか。

 

 俺と凛は自宅がお隣さんで生まれた年も同じ。

 

 これは俺の感覚になるが、幼少期から一緒にいるのが当たり前だったので『あり? そういえば俺らって幼馴染ってヤツなんじゃね?』って思ったりするパターンが多かったりするのである。近すぎてわからんくなるってやつだな。

 というか、実際に俺と凛の場合もどういう関係かって友達に聞かれた時に『そういや俺とあいつって幼馴染じゃん』ってなり、そこでやっと理解したくらいだ。それまでは気にすらしていなかった。

 

 そう、気が付きすらしなかった。

 長い黒髪に蒼い瞳。モデルより可愛い(俺談)整いまくった顔立ち。

 正直幼なじみが美男美女なんて言うのは二次元でしか有り得ないが、ここに関しては二次元よりも確実に出来すぎなくらいだ。

 

 だがしかーし! 現実の幼馴染はモーニングコールはしてこないし、朝ごはんも作りに来ない! 

 あっちだって朝は忙しいんだ。女の子ともなれば尚更だろう。多分、化粧とか髪の毛とか大変だろうし。よくわからんけど。

 

 しかも男女間の幼馴染とは非常に難しいものがある。

 

 男だったらそれこそどちらかの性格に難があったりでもしない限りは、お互いのことが手に取るようにわかるであろう親友になり得るかもしれないが、男女間ではそうもいかない。

 

 まず距離の取り方がわからない。特にこれは小学校の終盤頃、もしくは中学に上がってから顕著にでる。

 

 それまでは男友達と同じように接することが出来ていたのに、急にそう出来なくなった時の関わり方は非常に難しいものがある。距離の取り方や接し方の測り方も分からずにわたわたしているうちに、喧嘩した訳でもないのに少しずつ距離が離れていく。話はするけど仲睦まじく話すことだってほとんどない。

 

 

 なんだその程度かよ、って思うかもしれないけどまじで深刻だからな! 女の子と付き合ったことの無い男にはわかんねぇんだよ! 

 しかも凛の場合は元々可愛かったとはいえ、年が経つにつれて急激に可愛いから綺麗になって行ったから俺が戸惑って少し距離を取ってしまった。

 まぁ、それでも全く話せないというわけでも全然なく、単に昔と比べたら話さなくなったよねって言うだけに止まっている。

 

 

 

 アレだよ。アニメで妹に幻想抱きすぎなのと同じように幼馴染にも幻想抱きすぎなんだよ。

 友達も言っていたが実際現実の妹はおにーちゃんおにーちゃんとも懐かないし裸を見たとしてもお互い興奮も何もしないらしい。なんなら我儘ばかりでめちゃくちゃウザいらしい。

 俺も妹という存在には少し幻想を抱いていたから、現実を突きつけられた時は非常に悲しかった。二度と妹欲しいとか言えないよね。まぁ一人っ子の幻想なんだけどね。

 

 

「そんな訳で、一応俺と凛は生物学的に幼なじみなだけなんですわ」

「その言い方、すっごいムカつくんだけど」

「だって凛怖いんだもん」

「なんて?」

「ごめん」

 

 

 ほら怖い。可愛いのに怖い。

 この子さ、基本的に表情は絶対に崩さない氷の女王だから怖いの。その割には表情そのままでオーラとかで威圧してくるから怖いの。こういう意味では元々芸能人のオーラ的なそれはあったのかもしれない。絶対違うけど。

 

 

「それにしても、しぶりんにも仲のいい友達がいたなんてね〜」

「それも男の子!」

「未央、卯月。それってどういう意味?」

「特に深い意味は無いよねー!」

「うんうん」

 

 

 俺は今、不思議な状況にある。

 流れの中で押し通されてしもうた結構広い部屋の中で男二人、女の子が沢山。しかも唯一の同性は超高身長のヤ〇ザみたいな顔をした人。

 

 不味い、これは不味い。あまりにもビジターすぎる。始まる前から勝負決してるぜこれ。

 しかもここにいる女の子が全員揃って可愛い。アイドルだから当たり前なんだろうけど。見た感じ全員中高生みたいな感じなんだろう。同年代かそれ以下の子が多く感じる。

 

 

「それで? 結局光は騙されてここに来たと」

「平たく言えば」

「なんで断らなかったの……」

「だって母親の許可出ちゃったんだもの」

 

 

 曲がりなりにもプロになれるチャンスが転がり込んできたんだぞ。元々現実的にプロになるつもりなんか毛頭なかったが、チャンスがあるなら話は別だ。プロのベーシストに! 俺はなる! ワン〇ース! 

 

 

「じゃあ、凛ちゃんの幼馴染くんも一緒にアイドルやるんだね!」

「えっ」

「えっ」

「え?」

「しまむー……流石にそれは無いよ……」

 

 

 この子は何を勘違いしたのだろうか。俺がアイドルをやる顔だとでも思っているのか。無いよ、絶対に。

 

 

「確かに……松井さんのお顔はとても整っていますけど……」

「島村さん、一応、シンデレラプロジェクトは女性限定なので……」

「そ、そうなんですか」

「俺が知らないのはともかくそっちも知らないんかい」

 

 

 島村さんと呼ばれている子は天然なんだろう。天然というか、ポンコツというか。まぁ可愛いからなんでも許してしまいそうだよね、こういう子。凛とか本田も苦笑いしてるし多分ガチなんだろうな。

 

 

「じゃあ、なんで光さんはここに?」

「……なんでですか?」

「そう言えば、まだ説明していませんでしたね」

 

 

 そうだよ。何の説明もなしに呼ばれて女の子に囲まれてるけど、なんで俺がここにおるねん。

 

 そもそもあのベヨ〇ッタに採用とは言われたものの、ちゃんとスタジオミュージシャンとしての採用なんだろうな。雑用の用務員のおじさんとかだったら泣くぞ。

 

 

「まず、松井さんはシンデレラプロジェクトがどういうプロジェクトか知っていただけてますか?」

「……申し訳ないけど、名前しか知らないっす」

「それじゃあ、まずはそこから説明しましょう!」

 

 

 やけに嬉しそうな千川さん可愛い。

 この緑に包まれたお姉さんもめちゃくちゃ可愛いんだよね。最初普通にアイドルかと思ったわ。

 やっぱりこういう職員さんもみんな顔面偏差値が高くなるようになってるんだろうか。芸能界すげーわ。

 

 

「シンデレラプロジェクトとは、簡単に言ってしまえば『女の子が輝く夢を与える夢のためのプロジェクト』なんです!」

「ほぉ」

「ここにいる子はみんなプロデューサーからスカウトされたり、オーディションで選考された新人さんたちばかりなんですよ!」

「凛もスカウトされたんだもんな。めっちゃ顔の怖い人にストーカーされてるって」

「その件に関しては申し訳ありません……」

「も、もういいから……」

 

 

 実はそれに関して話は聞いていた。珍しくビビった顔をしていた凛からな。

 めちゃくちゃ顔の怖くてゴツい人からめちゃくちゃ声をかけられたって。そんときは普通に学校休めば? って返したな。俺が付いて行ってやるよ! なんてカッケーことは言えないし。俺だって怖いし、凛が。

 

 

「つまり! 私たちみーんな! ちゃんとしたアイドルってこと!」

「おー」

「反応薄くない!?」

 

 

 だって察し付いてたし。凛もいるし、なんならみんなめちゃくちゃ可愛いからアイドルって言われてもおかしくは無いでしょ。

 それよりもよ。

 

 

「そのシンデレラプロジェクトと俺がここに呼ばれたの。なんの関係があるんすか」

「ふふーん。聞いて驚きたまえ!」

「お前が知ってるのか」

「知らないよ?」

「なんやねん」

 

 

 この本田ほんま……ほんま……。

 こんなんでもちろっと舌を出してえへへと笑う姿が可愛いのがむかつく。可愛いなこんちくしょう。待って、凛が怖いんだけど。すっげぇ睨んでくるんだけど。ねぇ、ねぇ! 違うって! 何が違うかわからんけど! 

 

 

「……ずっと立ちっぱなしでも申し訳ないですし。取り敢えず皆さん座ってもらいましょうか。松井さんも荷物をお持ちのようですし」

「あっ、サーセン」

 

 

 そういやずっとベース背負ってたわ。意外と重いねんな。ベースって。

 

 さっきからわちゃわちゃでとにかく話が進まないので、ゆっくり座らせていただくことになった。なんなんだマジで。女の子だらけで本当に緊張するんだけど。



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ギャグアニメのシリアスパートは高低差で耳キーンなる

 シンプルなケースをソファーに立てかけ、おっさんみたいな声を出しながら自分自身もソファーに腰掛ける。まだ高校生やぞこれでも。

 

 

「うおっ、ふっかふかや」

「でっしょ〜!」

 

 

 となりからぼふっと言う音が聞こえる。

 なんの躊躇もなく隣に座るんだな、本田な。お前アイドルなのに警戒心ZEROかよ。人懐っこい犬かよ。

 

 

「未央に色目使わないで」

「使ってねーよ」

「アイドルが男の人に女の子として見られるのはとてもいいことですからな〜。もっと見てくれてもいいんだよ?」

「頼むから話をこじれさせないでくれ」

 

 

 こいつ絶対学校で男をめちゃくちゃ勘違いさせるタイプだろ。鬼だ鬼。

 本田未央には男を勘違いさせる全ての要素が詰まってる。凛に脅されてなけりゃ俺だって勘違いしてるわこんなん。こんなにかわいい女の子が警戒心ZEROで突っ込んでくるとか普通ありえんわ。

 

 

「じ、じゃあ私もお願いしますっ!」

「ごめんな、まだ名前わからない子に言うのもあれだけどもっと話が拗れるからやめてね?」

「私、島村卯月っていいます!」

「おぉ、そうかそうか。自己紹介したらいいってわけじゃないんだごめんな」

 

 

 満面の笑顔がとっても可愛い彼女の名前は島村卯月というらしい。

 この子、前回から俺が凛と一緒にアイドルになるとか言ってたし、今もノンストップで突っ込んできてるし多分おばか、もしくはポンコツの部類だろうな。

 

 でもやっぱりアイドルなだけあって可愛いよ。特に笑顔がヤバい。人を軽く100人は救えそうな笑顔をしている。

 未央みたいに髪型に癖があったりしてる訳でもない、まさに普通の超王道JKって感じがするな。うんうん。

 俺はアイドル評論家かい。

 

 

「光」

「俺は悪くねぇって」

 

 

 凛ちゃん? プロデューサーさんの後ろからこっちを睨みつけてくるのやめて? 

 プロデューサーさん自体にただでさえ威圧感あるのに、凛がその奥のスタンドみたいになってるから。ジ〇ジョとか全然知らないけど時が止まりそうだから。死ぬから。

 

 わかるよ? お前も同性の同僚をそういう目では見て欲しくはないよな。わかるんだ。俺だってそんなつもりで見てないんだ。強いて言うならこういう空気にした本田が悪いんだ。許してくれ(クズ)

 

 と言ってもこのままだと俺が凛に目で殺されかねない。ここは一刻も早く話題を変えよう。うん、そうしよう。

 

 

「そ、それで? シンデレラプロジェクトのメンバーってのはここにいる人だけなの?」

「違いますよ?」

「今は私としまむーとしぶりんしかいないけど、本当は私達合わせて14人いるの!」

 

 

 はえ〜、たくさんいる。まぁ、俺が今いる部屋も死ぬほど広いからな。14人くらいいても狭くもなんともないよな。

 にしても新人を集めたプロジェクトで14人か。やっぱりこの事務所すげーわ。どんだけ人いるんだよ。14人って言ったら野球のチームもサッカーのチームも組めるぞ。マンモス事務所にも程がある。

 

 

「今日は本当なら私と千川さんと松井さんの3人でお話をさせていただく予定だったのですが、三人の予定がブッキングしてしまいまして……」

「だから私達、レッスンがあるまでここで待機してたんです!」

「なるほど」

 

 

 だから本田がわざわざ俺を迎えに来たと。暇だったんだろうな。そこはちょっと可哀想だとは思う。

 

 でもなぁ……よりにもよって迎えに来たのが本田だもんなぁ……。しょっぱなから消費カロリーがエグいことになってたぞ、マジで。まぁ自分から暇だし迎えに行く! って言い出しそうなのは本田くらいだろうけど。島村さんは言い出すかどうかわからないけど、凛は絶対にそう言うことを言い出さないからな。

 

 

「申し訳ありません……本来なら後日しっかりと顔合わせの機会を作る予定だったんですが……」

「いやいやいや! 早かれ遅かれ顔合わせるんだったら変わらないですし!」

 

 

 超コワモテの顔で申し訳なさそうに首元を手でさすさすしているのをみると急に申し訳なくなってくる。この人、この見た目で意外と苦労人なのかも知れない。

 

 

「それで他の方は……?」

「蘭子ちゃんと杏ちゃんときらりちゃんとアーニャちゃんと美波ちゃんは今日はお休みでしたっけ?」

「莉嘉とみりあもね」

「前川さん方も今はレッスン中ですね」

「……つまり、他の人は今はレッスンとお休みだと」

 

 

 知らん名前がたくさん出てきたよ。僕、困っちゃう。

 こういう身内ネタが一気に出てきた時って本当に困るよね。死ぬほど居づらくなるというかモジモジするというか。

 

 

「良かったね光」

「なにがですの」

「別に」

「やめよ? そういうの怖いよ?」

 

 

 意味深なこと言わないで。そんでもって今は笑わないで。その笑顔怖いから

 とってもいい笑顔だけど僕にとっては良くない笑顔だから。

 

 

「おーっとぉ? しぶりんとまっさんのプロレスの開始かぁ〜!?」

「頼むからそんな楽しそうにしないでくれ。困ってるんだ」

「あの……松井さん、お話を進めても……?」

「「「あっ」」」

 

 

 話をそらしすぎて着地点を見失ってた。

 プロデューサーさんはずっと首元をさすってました。ごめん、プロデューサーさん(白目)

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「松井さんには将来、この346プロを根本から支えるスタジオミュージシャンになっていただきたいのです」

「根本から支えると」

「はい」

 

 

 本田と島村さんと凛が静かになってすぐだけど、プロデューサーさんいきなりとんでもなくでかいことを言ってくるな。なんか急に重圧がすごくなってきたよ。僕そこまでメンタルつよつよ勢じゃないんだけど。

 

 

「今、346プロでは専属のスタジオミュージシャンが不足しているんです。アイドル部門以外のミュージシャンの方々からお手伝いをいただいているので今はまだ大丈夫ですが、やはりその方々の負担にもなってしまうので……」

「それもあって、若いスタジオミュージシャンの卵として、今回松井さんを採用させていただいたんですよ? アイドル部門専門の、ですけど」

「あの……そのアイドル部門専属の、って言うのが気になっていたんですけど」

「私も気になる!」

 

 

 ベヨ○ッタさんにも急に言われてスッゲェびっくりしたんだけど。やっぱり俺ってアイドル部門専属ってので通ってるんだな。なんで俺なんだ、マジで。

 あと今の千川さんの言い方が小悪魔っぽくて可愛かった。なんか俺ここにきてから思考の半分が可愛いで埋まっていっている気がする。気のせいであってほしい。

 

 

「少し話は逸れますけど、そもそもこのシンデレラプロジェクト自体が今のアイドル部門に新しい風を吹かせる、そういう意味もある企画なんです」

「そうなの?」

「わ、私に聞くんですか!?」

 

 

 なんとなく島村さん話についていけてなさそうな感じだったから。

 声掛けてやるなよ可哀想だろって? 馬鹿か。こういう可愛い反応が見れるだろうが! 

 

 

「今はこのアイドル部門というくくり全体でそういう空気が生まれつつあるんです。その新しい風の一環として、アイドル部門の将来を根本から背負う、アイドル部門専属のスタジオミュージシャンを育てる、ということになったんです」

「アイドル部門の将来を根本から背負う、ですか」

 

 

 それはまた壮大なプロジェクトに巻き込まれてしまったらしい。

 要するにアイドル部門を発展させていくためにシンデレラプロジェクトをはじめとした色々なことを進めている中で、スタジオミュージシャンの育成として俺を雇用したと。そういうことね。

 よくよく考えれば実力もわからないであろう高校生をスタジオミュージシャンしてまともな選考もしていないのに起用とかはしないよな。なんなら俺面接しかしてないし。あれって面接と呼べるかもよくわからないですしおすし。

 

 

「……346プロさんは、なんで俺を選んだんでしょうか。正直俺よりもベースが上手い高校生なんて、探せばいっぱい出てきそうだし」

「それは……」

「ベース? まっさんが持ってるそれってギターじゃないの?」

「李衣菜ちゃんが持ってるのとは違うのでしょうか……」

「あー、これはベースだよ、ギターとはまた違うねぇ」

 

 

 ケースをポンポンと叩くと、さっきまで閉じっぱなしだったベースケースのチャックを端から端まで一気にスライドさせて、中身を取り出す。

 シンプルな木目のボディにミラ―加工のしてあるピックガード。そこからすらっと伸びる長いネック。ネックの先端からボディの端にまで、長くて太い弦が5本、ピシッと張られている。

 

 

「わぁ、ギターとそっくり!」

「細かいところは違うんだけどね」

 

 

 俺も初心者の時はギターとベースの違いなんかわからなかったし誰だって最初はそういうものだろう。

 足を組んでボディの凹んだ部分を右の太ももに乗せる。左手はネックに軽く添えて、右手の指で下から上へ。5、4、3弦と弾いてみせる。

 

 アンプをつないでいない生音のエレキベースでも、案外良い音は出るんだよね。少し生音独特のカッという弦の弾かれる音とともに、ベース独特の低く響くような音色が鳴る。

 

 

「おぉ……なんか、様になってる!」

「夏樹ちゃんとなんだか似てます!」

「一応、これでここに入ったからね」

 

 

 夏樹ちゃんってよくテレビでギターを弾いてる子のことだった気がする。名前をなんとなーく覚えている。間違ってたら悲しいな。

 

 にししと変な笑い声を出しながら、調子に乗ってマリオのBGMを弾いたりしてみる。

 ベースでなんか弾いてと言われたときの定番はこれだよな。マリオの地下BGM。ギターだったらMステのアレを弾けばいいし、やっぱ軽率に人を抹殺することのできる『なんかやってよ!』への対抗策は必要なんやなって……。

 

 

「松井さんにはシンデレラプロジェクト内で予定されている楽曲も担当していただこうかと思っております」

「俺が?」

「それってつまり、光が私たちの歌う曲を演奏するってこと?」

「はい、そういうことになります」

「でもシンデレラプロジェクトって、アイドル部門のこれからを背負う大事なプロジェクトなんじゃ……」

「だからこそ、です」

 

 

 それじゃあまるで、俺がこの会社の未来を背負う一端みたいになっとるやんけ。というかこの人たち俺の演奏とか聞いたことあるっけ??? 

 俺ってこの会社に来てからちゃんとした演奏見せてないんだけど。本当に大丈夫なの? なんなら話の進みが異常すぎて、俺未だになんかドッキリなんだと頭の片隅にずっとおいてあるよ? 

 

 

「俺がシンデレラプロジェクトの……」

「受けて、頂けますか?」

 

 

 バタン!!!!! 

 

 

「ちょーっと待つにゃあ!!!!!」

「あっ」

「うわびっくりした」

「それ本当にびっくりしてるの?」

「割と」

「みくちゃん! レッスン終わったんですね!」

 

 

 そこそこ重かったはずの扉を爆音鳴らしながら盛大に入場をしてきたのは、ジャージ姿の謎のショートカット少女。

 誰だあんた! てか後ろの方にそこそこ人数いる! しかもみんなジャージとかやんけ! 

 

 

「他の子は今日お休みなのに私たちはしごかれるんだもん……勘弁してほしいよー……」

「李衣菜チャン! 今はそんなこと言ってる場合じゃないにゃ!」

「みくちゃん……私たちもとりあえず休ませてもらうね……」

「かな子チャンも智絵里チャンもダメーッ!」

「なんなんやこいつ」

 

 

 にゃあにゃあ言ってる女の子の横からぐで〇まみたいになってる他の三人の女の子が俺なんかには目もくれず部屋の中に入ってくる。おいおい、チームワーク取れて無さすぎだろ。

 にしても、なんか面白そうなのがきたな。なんかこいつはいじり甲斐がありそうだ(ゲス顔)



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大阪の人間のお笑い適正の高さは異常

 

「Pチャン! みく達なんにも聞いてないにゃ! どーゆーことか、キミにもちゃんと説明してもらうにゃ!」

「みくちゃん! 猫耳猫耳!」

「あわわわ!? みくの耳はどこー!?」

「おもしれー女」

 

 

 部屋に入ってきたと思ったらいなやプロデューサーさんになんか詰め寄ったり猫耳? 探してたり騒がしい女だな、オイ。プロデューサーさんも困ってんだろうが。ほら、首元スリスリしてる。

 プロデューサーさんってよく首元すりすりしてるけど癖なのかな。なんか珍しい癖だな。

 

 にしても初対面の男がいるのに騒がしい人だ。品性ってものを知らないのか、品性ってもんを。まぁ、俺はそういうの全く気にしないしからいいんだけど。なんなら普通よりも色々と面白そうだからそういうのは好きなんだけどね。

 

 

 

「幼馴染くん、みくちゃんのこと知ってるんですか?」

「いや、全く? 見たとしても覚えてないかも」

「に゛ゃ゛!?キミ! 今失礼なこと言ったでしょ!」

「安心しろよ。初対面の人に指差して叫び散らかしてるあんたの方が多分よっぽど失礼や」

 

 

 猫耳をしっかりと装着してもなお、全く衰えることのないマシンガントークを一人で繰り広げていらっしゃる。

 多分この子あれだな。一人で勝手に漫才をするようなタイプの女の子だな。一緒にいたら面白そうだけど、初見の人はドン引きするタイプだろう。実際に今俺若干引いてるし。

 

 

「失礼も何もないにゃ! さっきの話! ちゃんと説明してもらうにゃ!」

「あっ、でも俺あの人のことは知ってるかな」

「……へ? 私?」

 

 

 俺が顔だけくるっと回転させて視線を向けたのは、始めて俺が346プロに来た時にリーゼントの女の子にくっついてた小柄な女の子。

 急にみしらぬ男に視線を送られたその子は、タオル片手に素っ頓狂な顔をしている。

 

 

「そうそう。関ジ○ムかなんかで金髪のリーゼントの女の子と出てたでしょ?」

「あー! 出てたよ出てた! あれ見てくれたの!? 嬉しいなーっ!」

「話をそらすにゃー!」

 

 

 ギターの機種によっての音色の違い的な回で、ベージュの髪色をしたショートカットの女の子がリーゼントの女の子に子犬みたいに懐いていたのをすんごい覚えている。

 あと、めちゃくちゃにわかでゲスト的な立ち位置としてはうってつけの立ち回りをしていたのも覚えている。そっち側で呼ばれたわけではなさそうだったけど。

 

 

「私、多田李衣菜って言うんだ! よろしくね!」

「松井光、高校二年生。よろしくのぉ」

「高二なの? 同い年じゃん!」

「マジ? うっわなんか感動するわ」

「わ、私も高校二年生です!」

「年齢の話はどうでもいいの! 卯月チャンも乗らない!」

 

 

 いやー、女子高生と女子中学生が中心だと思っていたとはいえ、やっぱり同級生の子がいるとなんか一体感あるよな〜。どうしても後輩とか先輩の女の子になると気を使っちゃうし。まぁ仲良くさえなれば年上も年下も全く関係ないんだけどね。

 

 

「光もPも、このままだと話が進まないから」

「えー。もうちょっと遊びたかったー」

「ねー」

「みくで遊んでんじゃないにゃ! 終いにゃ怒るで!」

「あっ、語尾消えた」

 

 

 イントネーションが完全に関西の人だったな。成程、お笑いセンスがめちゃくちゃ高そうなのも理解出来る。

 関西人だからって面白い人ばかりだと思うなってアレ。全員がそういう訳では無いだろうけど、絶対に関東の人間よりも面白い人間の比率は多いよな。

 

 

「まぁ説明と言ってもなぁ」

「松井さんにシンデレラプロジェクトのベースを担当していただくと言う話だったのですが……」

「そこ! 何処の馬の骨ともわからない新人にみくたちの大切なデビュー曲を担当させるなんて絶対に許さないにゃ!」

「確かに」

「確かにじゃないにゃ! キミはそっち側の人間でしょ!」

 

 

 そんなこと言われたって、一人漫才娘の言っていることだって俺理解できるし。普通に正論だと思うし。そりゃあそう思うよなって感じだし。俺だっていいんか本当に? って感じだし。

 でもそんな大声で会社の方針に文句言えるのすげーな。レジスタンスかよ。

 

 

「んなこと俺に言われたってなぁ」

「まぁまぁ、みくちゃん。ちゃんと会社側にも考えはあるんですよ?」

「考えって言われたって納得いかないにゃ!」

 

 

 そんなこと言われたって仕方ないじゃないかぁ、的な感じで頭をぽりぽりしていると、さっきまでニコニコしていただけの千川さんが急に介入してくる。それもニコニコしたまま。なんか怖いんだけど。

 

 

「つまり、松井さんのことをどこの馬の骨ともわからない人間から、みくちゃんのデビュー曲を任せてもいいと思える人間になればいいんですよね?」

「それはそうだけど、そんなの無理にゃ! だって新人さんだし!」

「お前だって新人ちゃうん?」

「私たちまだまだみんな新人だよ〜みくちゃん」

「二人ともうるさいにゃ!」

 

 

 図星なんかい。そりゃあシンデレラプロジェクトって言う企画自体、新人さんを集めた企画って言うからな。この一人漫才娘も新人なのだろう。死ぬほどバラエティ映えしそうなポテンシャル持ってるけど。

 

 ここでふと、俺の中に一つの疑問が思い浮かぶ。そんな大したものでもないけど。

 

 

「ここにいる人って、デビュー曲とかまだなんですか? 多田はテレビにも出てましたよね?」

「あれは特例だからね〜。なつきちがテレビに出るって時に私もなぜか呼んでもらったんだよね」

「それに346プロはある程度の実績がないと簡単にCDは出せない会社ですから……」

「こんなでかい会社なのに?」

 

 

 それは流石におかしいじゃろう。

 本社が城みたいになってる上に、本社じゃない方だってこんなに馬鹿でかい会社なのに。アイドル部門しかないわけでもなかろうに。

 

 

「そこで専属のスタジオミュージシャンが不足している、と言う話になるんです」

「嘘でしょ。それだけでそんな領域まで来てるの?」

「うちの会社の方針で特に楽曲には手を抜かないようになっていますので……どうしても少数精鋭と言う形に」

「そんなありえん話ある……?」

「それが実際にあるからこうなってるんですよねー」

 

 

 千川さんとプロデューサーさんと言う346プロ側の会社の人間お二方がなんだかとっても負のオーラを纏っている。そりゃあ出せるもんならとっくにデビュー曲出してあげたいよな。ごめんなさいね。

 普通に地雷原踏み抜いちゃったかもしれんわ。色々デリケートな問題だよね、そうだよね。こう言う事態にもならないと俺のことを雇ったりしないよね。

 

 

「このこと自体は常務もかなり問題視していまして……長い目でも短い目でもこのアイドル部門の問題を解決するためにこう言う手法を取らせていただいている形です」

「なんか余計にプレッシャーが強くなってきたわ……」

「まっさん? なんか顔色悪くない?」

「光って意外とプレッシャーに弱いもんね。昔は私を目の前にすると顔をよく青ざめさせてたし」

「その話やめて。若干の黒歴史なの」

 

 

 昔はマジで凛が怖かったの。今と変わらず可愛らしかったのだけど、それでも奥になんか冷たい何かを感じたから。あとこの子、昔は年上の俺に対しての敵対心が何故かマックスだったから。

 

 

「みくちゃんの言い分もわかるけど、これも最終的には私たちの為なんじゃないかな?」

「むぅ……んむむむむむー!」

「可愛いかよ」

 

 

 多田のなんとなく人ごとっぽい言い方でのかいしんのいちげきに、一人漫才娘も反論の余地がなくなったらしい。そのままほっぺを膨らませてジタバタし出した。

 いや、わかるよ? 正論だってわかってても気に入らんもんな。あるある。

 

 

「光」

「すまん」

 

 

 凛ちゃん、相手はアイドルなんですよ? いくらぶりっ子っぽいモーションとはいえ、アイドル相手に可愛いと言わないのは失礼じゃないんでしょうか? はい、あなたが嫌と言うからダメですね()

 

 

「そ・こ・で・です!」

「うわっ、ビックリした!」

「い、いきなりどうしたの? ちひろさん」

「この計画が出た時点で誰かしらから反発の声は出ると予想していましたので、ちゃんと秘策を練ってきたんですよ♪」

「秘策と」

「はい、秘策です!」

 

 

 それがあるなら早く出して欲しかったんだけど。

 それにしても秘策とはなんなのだろうか。金か? やっぱり最後は金なのか? カァーッ! やっぱり社会は汚いねぇ! 

 あっ、違う? ドラマとかでこう言うのあったからさ。こんな感じの賄賂的な何かかと思ったんだけど。

 

 

「つまりですよ! 松井さんのことをみんなに知っていただければいいんですよ!」

「ほうほう」

「人のことをよく知る1番の近道は、その人とより近い位置で時間を過ごすことだと思うんです! 実際に凛ちゃんは松井さんのことをよく知っているんじゃないですか?」

「……まぁ、卯月とか未央よりは知ってると思うよ」

 

 

 そりゃ科学的には俺と凛は幼馴染ってやつだしな。何だかんだ言いつつもそこらへんの人間よりはお互いのことを知っているはずだ。多分。

 お互いのことを知っていると言うのがどこからどこまでの話なのか定義されてないから何ともいえないんだけど。

 

 

「つまり! 松井さんにはみくちゃんたちと過ごしてもらえればいいんですよ!」

「それはつまり、これから一緒に仕事を共にすると」

「いいえ違います! 文字通り『過ごして』貰うんです!」

 

 

 千川さんの言っていることが理解できない。一人漫才娘と顔を見合わせるも、それでも理解ができない。

 なに、過ごすって。どう言うことよ。

 

 

「幸いなことに、346プロには大きくて立派で綺麗な女子寮があるんです!」

「はぁ」

「シンデレラプロジェクトに参加している方でも女子寮通いの方はかなり多いんですよ?」

「みくも女子寮通いだにゃ」

「わ、私もです……」

 

 

 一人漫才娘とツインテールのこれまた小動物を思わせる小柄な少女が小さな声で手をあげる。全然話に入ってこないから興味ないのかなって思ってたけど、ちゃんと話聞いてたんだね。

 

 

「スバリ! 松井さんにはこれからですね!」

「待って千川さん。多分、今から怖いこと言うでしょ、待って。落ち着いて千川さん」

「346プロの女子寮で生活していただきます!」

 

 

 はい。

 

 俺の人生終わりました。お疲れっした。うっす。

 

 これからは女子寮に住まう変態として、犯罪者として、職場のアイドルから白い目で見られて生きて行きたいと思います。

 泣いたわ。



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倫理観を捨てた魔王は無敵

「千川さん。ひとつ聞いていいですか?」

「はい!」

「女子寮ですよね?」

「そうです!」

「女の子しかいませんよね?」

「もちろん! 学生のアイドルの子しかいません!」

 

 

 どんどん血の気が引いていく。

 しかも今さ、アイドルしかいないって言わなかった? しかも同年代の学生の。

 

 

「俺、家からここまで通える距離なんですけど」

「でも遠いんじゃないですか? 女子寮の方が通いやすいですよ!」

「いや、俺の家は凛の家の隣なんでこいつと通う距離は変わらないです」

 

 

 まぁ遠いといえば遠いよ。今日もここまで来るのに電車で一時間かけてきたし。凛って大変なんだなって思ったよ。

 

 

「そもそも俺、学校がありますし」

「こちらで勝手に調べてもらいました。松井さんの通ってる学校ですが、女子寮から通った方が近いですよね?」

「なんで分かるんですか」

 

 

 怖い怖い! そこまで調べたんですか千川さん! 

 そりゃ立地的にはここは強いですよ! 大都会のど真ん中ですしね? とは言えよ。立地的にいいね! よし住もう! とはならない訳よ普通。

 

 

「というか一緒に住むアイドルの子達の気持ち考えてくださいよ! 普通に嫌でしょ! 」

「そ、そうにゃ! いくら会社の方針でもそれは横暴だにゃ!」

「お、男の人と同棲……同棲……はぅ」

「うわわっ!? 智絵里ちゃーん!」

「大丈夫です! そのうち慣れます! この世界に常識なんか通用しないんですよ!」

 

 

 んな無茶苦茶な。

 そもそも自社の大事な大事なアイドルを獣みたいな男子高校生と一緒に住まわすなんて行為が普通じゃない。いいのかそんなんで。てか冗談だよね? 流石に冗談だよね? 

 

 

「プロデューサーさんもなんか言ってよ!」

「そうだよ。Pもなんか言ってよ」

「……申し訳ありません。こちらにも事情がありまして」

「」

 

 

 縦社会こわい。プロデューサーさんが今までで一番の困ったオーラを出してるやん。

 もっと上からの圧力だって言うのかよ。天竜人ォ! 

 

 

「凛もなんか言えよ! 俺が近くから居なくなったら嫌だよな!?」

「いや、それに関しては別に」

「そこはせめて嫌だって言ってくれよおおおおおおおおおおおお!!!! 

「最近あんまり直接話してなかったし」

 

 

 確かに言われてみればそうだけどさ? 物心付いてから隣の家で長いこと一緒にやってきたジャマイカ。僕は悲しいよ。俺だって凛がアイドルになるって言ったとき、ふーんとしか思わなかったけどさ! 

 あっ、それだわ。それとおんなじだわ。距離近すぎてなんかあっても特に何とも思わなくなるやつだわ。

 

 

「てかそもそもそんなの会社が許しているんですか!? なんか間違いあったらどうするんですか!」

「会社からの許可もなにも会社全体の方針ですし、それだけ急務なんです。間違いがあったその時は……ね♪」

 

 

 なんでちょっと嬉しそうな顔してるんですか。笑い事じゃないんすよ! 

 てかありえない! 女子寮ですよ!『女子』寮! 

 

 

「そもそも風呂とかどうするんですか! トイレも!」

「安心してください。 346プロの女子寮は元々あったホテルを改修したものなので、トイレもお風呂もちゃんとありますよ! まぁ、昨日までは両方とも女性用でしたけど」

 

 

 それって簡単にいえば急造じゃないんですかね……間違えてアイドルの子が入ってきたりしたらどうするつもりなんですかね、ほんま……いや無いとは思うけど。

 

 

「それにです! うちの女子寮はそこらへんのマンションなんかよりも豪華なんですよ! 私も入りたいくらいなんです!」

「でも俺男ですよ」

「……そこらへんは気にしたらダメです」

「そこは一番気にしなきゃダメなとこだろうがよおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「こちらがこれから松井さんが生活していただく女子寮になりまーす」

「……えっ、なにこれは」

 

 

 見るだけ! 見るだけですから! なんて言いくるめられて千川さんとプロデューサーさんに連れてこられたのは、女子寮と思わしきとてつもなく立派なホテル。もはやホテル。ただのホテル。

 ただ、すぐ目の前には高級なホテルとかにありがちな石に文字が書いてあるアレに『346プロダクション女子寮』としっかり彫られている。

 

 

「これが寮ですか?」

「はい、寮です!」

「ホテルとかじゃなく?」

「もちろん!」

「どんだけ金あるんすか()」

「稼がせていただいてますから」

 

 

 何がとは言わないですけど、ってドス黒い笑みを浮かべてるように見えるのは俺だけでしょうか。プロデューサーさんはずっと申し訳なさそうだし。

 

 

「取り敢えず中に入ってみます? 今の時間はほとんどアイドルの子達もいないと思いますよ?」

「はぁ……」

「れっつごーです!」

 

 

 一人ウキウキな千川さんの後ろをとぼとぼとついて行く俺とプロデューサーさん。俺たちって将来嫁さんの尻に敷かれるのかな。千川さんがパワフルすぎるのかな。

 

 玄関に入ってすぐにある学校の上履き入れみたいな棚に靴をぶち込む。女の子がよく履くヒールなどに大きさをあわせたのか。学校にある棚よりも一回りくらい靴入れが大きい。

 

 何故か人のいないホテルの受付みたいな所を通り過ぎると、そのまま奥に通される。

 やっぱり広いっすねぇ……。

 

 


 

 

「はい! こちらが光くんの部屋になります!」

「いやもうなんかもう名札付いてるゥー!」

「千川さん……いつの間に……」

 

 

 とてつもなくでかい大浴場や、とてつもなくでかい共用リビングや、とてつもなくでかい食堂などを回った後には最後の目玉。

 まるで前から既にありましたよって雰囲気を出しながら『松井光』の文字がドアの隣に貼りついてる。

 他の部屋にも付いてるからパッと見だと違和感ないのやめてくれ。俺だけ男なんだよ。

 

 

「ささ、どうぞ! 鍵は空いていますから!」

「どうも……?」

 

 

 促されるままお邪魔します、とドアを引く。お邪魔しますであってるのか。あってるわ。

 

 中は窓から差し込む陽の光だけで照らされている。と、思ったら千川さんがすぐ横にある照明のスイッチを押してくれた。

 足元見てなかったけど、ちゃんと土間もあるのか。まぁ今スリッパ履いてるからそのまま上がってもいいんだけど。俺は部屋だと裸足の方がいいからスリッパは脱ぐか。

 

 

「風呂もあるんだ」

「はい。大浴場だけではなく、しっかりと個人用のも部屋に用意してありますよ」

 

 

 バスルームもめちゃくちゃ綺麗だ。ホテルにあるトイレとバスルームが一緒になってるのを想像していただけるといいだろうか。まさにアレ。

 元々ホテルだと言ってたし、それの名残りなんだろう。

 

 

「キッチンまで。しかもちゃんとしてる」

「今なら冷蔵庫などの家電製品も付いてきますよ!」

「神か?」

 

 

 家のキッチンに比べると少し狭いが……マンションならこんなもんだろう。マンションじゃなくて寮だけど。

 あれ? ここ寮だよな? 

 

 

「それでこちらがリビング兼寝室ですね」

「やっぱり広いっすね……俺の家の部屋よりも広い」

 

 

 ベッド、テレビ、備え付けのでっかいクローゼット。それに加え机も置いてある。

 

 うん、ヤバいな。今のところ完璧すぎる。一人暮らしするには完璧すぎる環境では? 実は一人暮らしはずっとしてみたかったし、なんなら高校でたら自分も両親も一人で暮らす気満々だったし。

 ご近所さん全員アイドルってのがあまりにもネックすぎるけど。

 

 

「……ん? あのギターってもしかして」

「光さんのですよ? お先に持ってきました」

「お先に、とは?」

「後から他の荷物もどんどん届きますよ!」

「?????」

「そんな訳でいかがでしょうか! もちろんWiFiも完備してますし、災害があってもここの耐久性はピカイチですので安心ですよ!」

 

 

 圧が強い圧が強い! 近い! そして近い! 

 というかこれもう移動の準備進めてるよね? 先に貴重品のギター持ってきただけじゃねこれ!? 

 

 

「まずは一週間から! ね? ね!?」

「そんな体験入部みたいな……」

「気に入ったらそのまんま入ってもらっても出てってもらってもいいですから!」

「ま、まぁそれなら……」

「はい」

「えっ」

「言質、取りました♪」

 

 

 ニコニコ顔の千川さんがすっと顔の横に持ってきたのは、黒くて小さいマイクみたいな穴の空いた機械。ボイスレコーダーとか僕本物見た事がないんだけど。現物? 

 んーっと、あれ? 録音済み? 

 

 

「松井光さん。これからの346プロアイドル部門、よろしくお願いしますね!」

 

 

 これもしかして、終わった? 

 お願い死んでらぁしちゃった?



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なんか 京都美人、来た。

「お疲れさんでした〜」

「ゴブウンヲオイノリイタシマスー」

 

 

 段ボール5箱分くらいの荷物とその他ベースを置くスタンドやら俺の部屋に置いてあった棚やら、それらを全部わざわざ運んできてくれた引越し業者でもなんでも無い、普通に346プロの若い社員さん達を見送りながら途方に暮れる。

 

 なんで俺の知らないところで勝手に話が進んでいやがるんだ。大人の世界怖い。

 プロデューサーさんが言うには両親からも俺の入寮に関しては了承済みで、荷物も全て親が全部選んでここに既に送ってもらっている、ってあまりにもことがうまく進みすぎてる。母親に抗議の電話をかけたら『元気にハーレム生活送れよクソガキ』って言われたし、どういう頭してんだあのクソババア。

 

 ていうかスタッフさん最後に変なこと言ったな。なんだよ、ご武運をお祈りいたしますって。俺は戦地に向かう武士か。戦場って点はあながち間違ってはなかったわ。

 

 それにしてもだね。

 マジかー。いやー、マジかー。

 

 

「ッスゥー……マジかー」

「いやはや、中々大変そうやねぇ」

「まぁそれなりに」

 

 

 おかげさまでなかなか大変でございますよ。本当に人生何が起きるかわかったもんじゃない。

 あらあら、わざわざダンボールまで開けてもらって荷物出してもらって悪いですねぇ。そんな今日初めて顔を見る人に荷出しを手伝ってもらうわけには……わけには……ん? 

 

 

「ところで、あんた誰ですか?」

「あたし?」

「この部屋には私とあんたしかおらんでしょう」

「言われてみればそうだねぇ。おっ、Switchあるじゃーん」

 

 

 輝くような短い白髪。服から覗くすらっとした手足に綺麗な素肌。例によって整った美人寄りの顔立ち。耳からちろっとかかるピアス。

 

 ここまで来ればもうお分かりだろう。この人、アイドルだわ。

 

 

「自己紹介したほうがいい系?」

「あっ、俺からした方がいい系?」

「そうして欲しい系」

「あっ、そう」

 

 

 なんなんだこの人。ペースを握ろうとしても簡単に乗られるんだけど。この人そういう系の人か? それともめちゃくちゃ適当系か? さっきから〇〇系って使いすぎな系だなこれ。

 

 

「どうも、なんと男子な17歳。松井光でごわす」

「どーもどーも、なんと女性な18歳。塩見周子どすえ〜」

 

 

 バチバチTOKYOの大学生みたいな格好からの京都弁とか違和感マックスのはずなのに、やけに馴染む。なんというか、よく聞くエセどすえじゃなくて本家っぽいきがする。気のせいかもしれんけど。

 

 

「で、そんな塩見さんはなぜここに」

「シューコちゃんでいいよ」

「いや、初対面の人を下の名前で呼ぶとかハードル高s」

「いやー、部屋でのんびりしてたらあたしのPから昨日話した男の子の荷出しくらい手伝ってやれよって言われちゃってね」

「話聞けよ」

「そんで面白そうだから、なんとなく来ちゃった☆」

「さいですか……」

 

 

 

 とはいいつつも他の荷物には目もくれず、Switchとスマ○ラだけを箱から持ち出して着々とゲームする準備をしているように見えるのは僕だけですかね。

 

 この人あれだ。あまりにも暇すぎたところに面白そうなのが飛び込んできたから、とりあえずこの波にはノっておかねぇと損だ! とか思ってここに来たタイプだ。というか、そんなことを遠回しに言ってた。

 俺にはわかるぞ。この適当さ、多分同族だ。

 

 

「それで? Switchの方はどうですか」

「んー、もうちょいかかるかなぁ」

「言っとくけど、プロコンは俺の分しかないですぜ」

「シューコちゃんの部屋に二個くらいあるはずだから、あとで取りに行って来てよ」

「アイドルさん、危機管理って知ってる?」

 

 

 この人、色々と本当に大丈夫なのだろうか。というかやっぱりSwitchする気満々やし。

 まぁ、ええわ。正直こんな事態に急に巻き込まれた側としては、はいそうですかと荷出ししてぐっすりスヤァなんてできるはずがない。最悪荷出ししなくてもベッドはデフォルトの敷布団と掛け布団もあるし枕もある。抱き枕がないのだけがギルティだが。

 

 時刻はもう5時を回ろうとしているではないか。むしろここは夜になるまでSwitchを堪能してそのまま周子さんを追い出し、そして疲れ切った頭でぐっすり寝て明日の事は明日に考えるのが正解ではないのだろうか。

 今日は金曜日、明日はみんな大好き休日だ。千川さんからもプロデューサーさんからも、土日ははなにも予定がないので女子寮の方々と親交を深めてくださいと言われている。

 

 嫌だね。そう簡単に地雷なんぞ踏んでたまるか。俺は飛んで火に入る夏の虫じゃないんだ。明日は部屋にこもって荷出しして完璧な一人暮らしの体制を整えた末にニート生活を満喫してやる。

 

 よし、完璧なプランじゃあないか。そうと決まれば、早速行動開始だ。

 

 

「周子さん。Switchの設定、俺がやっとくから先にプロコン取ってきてくださいよ」

「しゃーないなぁ。わかったわ、譲ってあげる」

「なんか負けた気がする」

「気のせいだって」

 

 

 ご機嫌な鼻歌を歌いながら出て行く周子さんを尻目にゲス笑いを浮かべる。

 計画は完璧。これでワシの計画は崩れるまい。

 

 とりあえず千川さんは一週間体験で入寮って言ったんだ。それならここで一週間。なんとか他のアイドルとの接触を最大限に減らして乗り切り、変態の称号を消し去ってから346プロに貢献させていただこうではないか。

 

 

「取ってきたで〜」

「はやっ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 作戦決行から一時間。周子さんのことをうまいこと取り込むことに成功した光、

 そんな彼は現在。

 

 

「お先失礼しますえ〜」

「あー! 紗枝はん速いー! って痛っ!? 誰ぇ! 今赤甲羅投げたん!」

「俺だよぉ! おっさきー!」

「絶対許さん!」

「周子はん、そない言葉遣いはあきまへんでー」

 

 

 周子さんと謎の着物美少女と3人でめちゃくちゃマ○オカートをしていた。超楽しい。

 

 ところで今周子さんの隣にいる少女。

 デフォルトから着こなしてる服は、今は祭りや年末でない限り絶滅危惧種となったKIMONO。俺どころか、周子さんから見ても明らかに可愛らしいサイズな身長。そして腰まで届くかというような長くて綺麗な黒髪。そしてびっくりするほどのコテコテの京都弁。舞子さんかと最初勘違いしたわ。

 簡単に言うならば、京都をそのまんま美少女化したような少女。

 

 この謎の着物美少女、名を小早川紗枝というらしいの。例によってアイドルらしい。

 誰だチミは! って話を振ったら、周子さんと違って懇切丁寧にちゃんと自己紹介してくれた。ありがたい。

 

 

 

「んー! もっかい! 二人とももっかい!」

「しゃーないなぁ」

「構わん、続けろ」

 

 

 手伝ってくれるのはありがたいんだけど、なんで紗枝ちゃんがここにいるのって話だよね。

 

 これには深い理由なんて何もなくて、単にサボってるであろう周子はんの分を手伝いにわざわざ来てくれただけなんだけど。

 そんな紗枝ちゃんもミイラ取りがミイラになってしもうたわけですけどね。マ〇オカート is GOD はっきりわかんだね。

 

 

「それにしても、まさかここに男の人が来るなんてなぁ」

「どーせちひろさんに言いくるめられたんでしょ。それに、シューコちゃんみたいな可愛いアイドルとひとつ屋根の下で暮らすチャンスをみすみす逃す人もいないしね〜」

 

 

 言われてみれば、それもそう。

 けど俺はクラスにいるドルオタみたいにアイドルのことを知っている訳では無い。それこそ知っている人といえば、凛とリーゼントのギターの人と李衣菜と高垣楓と輿水幸子くらいだ。

 あとはテレビで見かけたことはあれど、ガッツリ名前は覚えちゃいない。李衣菜もそのタイプだったしな。

 

 

「まぁ、今日直接会うまで周子さんの顔も名前も知らんかったですけどね」

「勿体ないことしてんね〜。もっとテレビ見いや」

「YouTubeしか見ないしなぁ」

「YouTubeにも転載動画あるやろ」

「アイドルにそんな興味ないんで」

 

 

 実際、アイドルには興味の欠片もない。というか某A〇Bのとかジャ〇ーズのおかげで昨今のアイドルという文化に自体あんまりいいイメージがなかった

 なんなら、どーせ口パク集団なんちゃうの? 音楽番組で枠取りまくりやがって、他のを見たいんじゃって思うまであった。真実は如何程かはわからんが。

 

 

「ほな、なんで光さんはここに来なさったん?」

「それは俺が聞きたいな。帰りたいな」

「女の子嫌いなん?」

「まさか」

「変態やな。こわーい」

「おかしい、こんなことは許されない」

 

 

 極論は酷い。それで何度凛にやられたことか。

 ていうか、今のところ馴染めているのが怖い。向こうがあわせてくれてるんだろうけど。なんなら最初っから俺がここに来るってわかってたような……ん? 

 

 

「二人とも、俺がここに来るの知ってたん?」

「お話は先週からぷろでゅーさーはんに聞かされてましたから」

「私もー。てか、部屋が近い人はみんな知ってるんじゃないかな?」

 

 

 ほーん。なんかの条件が当てはまる人にだけ、早い段階でそういうのが来るかもねって話をしてたんだろうか。それなら前川が俺が女子寮に入るって話の時にあのリアクションをしたのも納得が行く。いや全員に話しとけよって話なんだけど。

 

 

「あれ? でも俺がこの話を聞いたのは今日……」

「そういや光はん、晩ご飯はどうする予定なんどすか?」

「抜こうかなと」

 

 

 だって冷蔵庫にはなんもなかったし。買い出し行こうにも明日まで金もないし。食堂に行く勇気なんてさらさらないし。

 2日くらい飯を抜いても平気だろう。うん、死にゃしねぇよ。大人しく寝てりゃ充分持つ。

 

 

「食堂行けばええやん。お金かからんで?」

「いやいやいや、無理よ。そもそも俺がここにいるって知ってるのは部屋が近い人だけでしょ? ただでさえアウェーなのになんで男の人がいるの……的な目で見られるとか死ねる」

「そうなん? みんな気にしんと思うよ?」

「そんなことは無いから安心してな。てか周子さんと紗枝はんって部屋どこなん?」

「シューコちゃんはここの隣」

「うちはその隣どすえ」

「近っ」

 

 

 道理でねぇ。周子さんプロコン取りに行って即行で帰ってこれた理由がわかったわ。てことは、俺がここに来るって話をされた人は、ここの部屋に近い人なんだろうか。うーん、わかんね。

 てかこの人が隣人かぁ……なんか心配だなぁ……(失礼)

 

 

「でも晩御飯を食べないのは体に悪いしなぁ……響子はんに頼んでなんか作ってもらいましょか?」

「んー、その子に面倒かけるのも悪いし。大丈夫、俺男だから丈夫だし。知らんけど」

「そんなこと言ってもあたしお腹空いたーん!」

「それは知らんがな。食堂行ってきなさいよ」

「みんなで食べなさみしいやーん?」

 

 

 そんなこと言われたってなぁ……冷蔵庫に何も無いんじゃあなぁ……。

 

 

「ほんなら、ここで作ればええんやないか? うちも多少なら料理できるし、そこの周子はんやって、和菓子店の看板娘はんなんやで?」

「マジかよ」

「まぁ、店で試食品食べてサボってただけなんだけどね」

「いいのかそれで」

 

 

 なんかすっげぇ想像つくわ。それに看板娘ってのも。

 正直周子さんって超がつくほどの美人だし、店はさぞかし儲かったんだろうなぁと簡単に想像がつくな。

 

 

「でもあいにく冷蔵庫が空なのよ……」

「食堂から持ってくればいいじゃん」

「えっ、そんなことできるの」

 

 

 意外な突破口が開かれる。てかここの食材勝手に使っても大丈夫なんだろうか。自由が過ぎないですかね……

 

 

「まぁまぁ、ここは寮のセンパイに任せておきなって。何が欲しいだけ教えてくれたら持ってきて見せよう」

「おぉ、頼もしや。じゃあ俺が料理は作るよ、全部やってもらうの嫌だし」

「嫌って……光くん料理できるの?」

「こんなんでも一応料理好きなんですよ」

「ほんなら、美味しい晩御飯。期待してますえ〜」

 

 

 なんかやけにプレッシャーかけられた気がするんだけど。

 まぁいいだろう。これでも料理の腕にはそこそこ自信があるんだ。京のはんなり娘と適当姉さんを唸らせてやろうじゃないの。



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オカンの味、カレーか肉じゃが説

 圧力鍋の圧を抜いて鍋の蓋を開くと、湯気の奥にたくさんの具材が見える。煮汁の色に軽く染まったじゃがいもに箸を通してみると、箸は簡単にじゃがいもを貫く。

 うむ、柔らかい。やはり圧力鍋は正義か。

 

 

「出来た」

「待ってましたー!」

「もうできはったんかいな……」

「圧力鍋は正義なのだよ」

 

 

 豆腐と油揚げの入った赤だしのお味噌汁を器に取り分けて、紗枝ちゃんに手渡す。

 それにしてもここが二口コンロで地味に助かった。やっぱり料理をする上で、同時進行は基本だからな。

 

 材料を取りに行って貰う前に、二人に何が食べたいと聞いたんよ。

 そしたら和食がいいって二人揃って言うもんだから、短時間で簡単な和食……うーん、肉じゃが!w という安直な考えの下、今日の晩飯は肉じゃがとお味噌汁にした。圧力鍋さえあれば時短なんか簡単に出来るからな。

 

 肉と人参とじゃがいもと玉ねぎを切って鍋にぶち込んで炒める。後は醤油やら砂糖やらみりんやらで作った煮汁を入れてちょちょいのちょいよ。

 お味噌汁に関しても今はだしパックという時代の中で生まれた超便利な代物があるからな。

 

 最低限の調味料しかないからTheって感じの味になったわ。まま、人に出すものならこれがちょうどいいだろう。

 白いご飯に関しては周子はんがにこにこ顔でぱくってきてた。何から何まで厨房から持ってきてたけど、大丈夫なんだろうか。後で俺が怒られたりしないよな?

 

 

 

「はよ食べよー。もうお腹ペコペコやわー」

「周子はんも自分の分運んでや」

「はーい」

 

 

 これもうどっちが年上なのかわかんねぇな。

 それにしても備え付けの机。3人で使うにはせめぇと思ったけど。案外そんなことはなさげだな。

 あと、紗枝ちゃんが着物だからってのもあるかもしれないけど。3人で肉じゃがを囲んでご飯を食べる準備をしてると、なんか昭和の家族って感じがする。床は畳じゃなくてフローリングだし、みんなそこに直で座ってるけど。

 

 てか普通にこの部屋も広いし備え付けのベッドも机もテレビもデカくていいやつなんだよな。めちゃくちゃ金かけてくれてる。正直超助かるし超快適そう。まだここで寝たことすらないけど。

 

 大きな皿にごそっとよそられた肉じゃがを机のど真ん中に置く。安定のメインのおかずはセルフだから自分の分は自分でとってねってやつだ。取り分けるのめんどいし、みんな学生だからこんなんでいいのだ。ほら、周子さんも実質学生みたいなところあるし。

 

 

「ほな、いただきます」

「「いただきまーす!」」

「肉じゃがもーらい!」

 

 

 ん〜、とうなりながらパクパクと口の中に肉じゃがとご飯を持って行く周子はんよ。いい食べっぷりだ。これだけ美味しそうに食べてくれたら、こっちも作ったがあるってもんよ。全然作るのに時間かかってないんだけど。

 それに対して紗枝ちゃんの方はなんというかまぁ、お行儀が良い食べ方をしている。正座だし、背筋ピーンってしてるし、育ちがいいってレベルじゃないぞこれ。もはや大和撫子魂を薄めずにそのままぶち込まれたみたいになってる。

 

 てか周子さん肉ばっかとるやん。食べ盛りの男子中学生かよ。じゃがいもだって玉ねぎさだって味染みてて美味いんだから食いなさいよ。

 

 

「京都の女の人ってみんなこんなおしとやかな感じなんかな」

「紗枝ちゃんはよくできた子だからねー」

「周子はんも、これでもええところあるんどすえ?」

 

 

 それはわかるよ。

 暇つぶしでここにきてくれたとはいえ、なんだかんだ材料とか持ってきてくれたし。全て自分の為だしと言われればそれまでかもしれないけど。なんだかんだ面倒見のいいお姉さん感はあるよね。

 何しろ顔がいいから何やってもよさそう(ド偏見)

 

 

「あれ? 周子さんって出身どこなの?」

「あたしは京都。紗枝ちゃんと一緒だよー」

「マジか」

「紗枝ちゃん並みにコテコテの京美人なんて絶滅危惧種だって」

 

 

 言われてみれば、紗枝ちゃんみたいなこれぞ京都の女の人ってのを絵に書いたような人はもう見ないしな。これぞ関西のおばちゃん!っていうようなおばちゃんは中学の時に大阪で見たけど。

 マジで実在するんだよな。トラ柄の服を着て、髪の毛は少しパンチパーマみたいになってて、コテコテの関西弁で声がデカくて、それでいてめちゃくちゃ面倒見のいいおもろいおばちゃん。飴もらったわ。

 

 

「そういや紗枝ちゃんがあまりにも完璧な京の人すぎて気がつかなかったけど、周子さんもちょくちょく関西弁出てた気がするわ」

「意図的に使ってないわけではないんだけど、どうしてもたまにぽろっと出てきちゃうよね。特にこの子といる時は」

「別に悪いことやありまへんえ〜」

「そうですよ。方言女子って可愛いじゃないすか」

「もしかして口説いてる?」

「だとしたらファンやらに殺されますよ」

 

 

 俺はここでは絶対に恋愛しないって決めてるんだ。

 まぁ、俺に限って一目惚れなんてことは絶対にないだろうし大丈夫だろうけどな。今まで16年間生きてきて一度も一目惚れをしたことがなかった俺を舐めるんじゃねぇ。

 

 女の子を見て可愛いとは思えど、小さい頃から美少女の凛を見ているおかげで女の人に一目惚れをするということがないんだよね。

 凛、マジで顔は最強クラスだからな。なんなら俺は中学の時点でなんでこいつはスカウトとかされないんだとずっと不審に思ってたから。こいつ顔は完璧なのに世間のスカウトマンは一体何を見ているんだ、節穴なのかと思ってたから。

 

 

「こんな可愛いアイドルを目の前にして口説かないとか、光くんには愛しの彼女でもいるの?」

「残念ながら彼女いない歴=年齢ですよ」

「光はん、いけめんやと思うのに意外やなぁ」

「彼女欲しくないの?」

「いやー、付き合ったとしても女性のこととかよくわかんないですしね〜」

 

 

 デートとかまじで何をすればいいのかわかんないしな。

 ほんとにどこ行けばいいの?千葉のネズミの国にでも行けばいいの? 普段滅多に行かないからわかんないけど、あそこってめちゃくちゃ入場料とか高いんじゃないの? 普通に他の遊園地でいいの? 動物園とか水族館とか? ぼくわかんない。

 

 

「ええ感じの人もおらへんの?」

「いい感じって……女友達は何人かいますけどね」

「それじゃあダメそうだね」

「ダメそうってなんすか、ダメそうって」

「女友達として見ている時点でその先は無いのだよ、少年」

 

 

 そういうものなのか。でも凛の事は友達的なよくわからん概念として見てるもんな。そう思うと納得がいくかもしれん。

 

 

「女の子って難しいんですね」

「そんなもんどすえ〜」

「というか周子さん。肉がもうほとんどない気がするんですけど」

「気のせいじゃない?」

「気のせいじゃないんだよなぁ……」

 

 

 いつのまにか二杯目の白米に手をつけながら知らん顔している周子さんをジト目で睨みつける。が、当の本人は知らん顔だ。というかそんなに白米持ってきて誰が食うんだと思ったけどあなたが食うんですね。そんなに食ってるのになんでそんなにスタイルがいいのだろうか。

 やはり女の子は不思議な生き物なのかもしれない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでしたー!」」

「ほな、後片付けはうちがするもんで、光はんはゆっくりしてな」

「あっ、どーもどーも」

 

 

 腰を上げて台所に向かう姿を見ると、昔の日本の男はこういう景色を見てたんだろうなぁと思うね。着物っていいものだわ。

 

 

「……それで、周子さんはなにしてるのかな?」

「ん〜? 何って、ス○ブラの準備だけど」

「まだやる気なんですか」

「当たり前でしょ」

 

 

 周子さん、さっきからゲームしては飯食ってすぐゲームって……ニートかな? アイドルとはいえ、やっぱりただの女の子なんやなって……

 

 飯食ったし、運動がてら荷出しをしようと思ったんだけど……まぁいいか。とりあえず寝る前に抱き枕とクッションさえ出せればおれはそれでかまわんし。

 昔みたいに凛がベッドに転がり込んできて寝ることももう無くなったし、抱き枕とクッションに囲まれてないと寝るとき不安になるんだよ。ギバラの部屋みたいにしたいんだよ。メンヘラ女の部屋みたいになれば完璧なんだよ。

 

 

「周子はん、あんまり遊んでばかりやとあきまへんえ」

「えー、いいじゃないの別に〜」

「光はんも今日きたばっかで大変なんやから。そもそもうちらは手伝いに来たんどすえ?」

「そういえばそうだったね」

「忘れてたんかい」

 

 

 いや、忘れているっぽいよなーとは思ってたけど。多分遊ぶ気しかなかったんだろうけど。

 それでいいのか、アイドル塩見周子。俺は周子さんがどんだけテレビに出ててどんなキャラで通してるのかは知らんけど。これを見たファンは泣かないかね。

 

 

「て言ってもさ。あとは何が残ってるの?」

「何がって?」

「そりゃあ荷物よ。自分で持ってきてたんでしょ?」

「いや、親が全部ぶち込んだんで。なんなら俺まだ家に帰ってないですし」

「そんなことあるんだ……」

「俺もいまだに信じられないんだけどね」

 

 

 周子さん、あなたがそんな人を哀れむような目で見ないでくれ。能天気でいてくれた方が助かるんだ。じゃないと俺が悲しくなる。

 それにしても、考えれば考えるほどおかしいなこの状況。絶対にどっかに高い点あったはずだろ。一週間の仮入寮で妥協した俺がバカなんだけど。

 

 いや、待てよ? 俺が仮入寮するって決まったのは今日のしかも昼だよな? なんでそのあとすぐに荷物が届いたんだ? いつから親とちひろさんは準備してたんだ?

 あれ? ……あれぇ???

 

 

「それじゃあ紗枝ちゃんも居ることだし。パパッとしちゃいますか〜」

「えっ、本当にやってくれるんすか」

「元々そのために来たんどすえ?」

「そーそー。一応センパイとして、後輩くんの面倒はしっかり見ないとねー」

 

 

 ヤバい、軽く泣きそうなんだけど。俺は今、全力で人の温かみを感じてるよ。

 急に女子寮に押しかけてた意味のわからない赤の他人の男子高校生の荷出しを手伝ってくれるだなんて、冗談抜きで天使か? 天使なのか?

 

 このあとめちゃくちゃなんのイベントもなく、荷物全部一時間くらいで出し終えた。ちなみに、荷物の中身は食器やら服やら抱き枕やら大量のぬいぐるみやら時計やらPS4やらその他諸々でした。なんの面白味もないね。

 

 ごめん。俺のパンツを周子さんと紗枝ちゃんに見られるってイベントがあったわ。周子さんは全く反応しないで『これ、何処に入れとく?』って聞いてたけど、紗枝ちゃんの方は普通に恥ずかしがってた。

 ごめん、紗枝ちゃん。お目汚ししました。俺はファンに殺されるかもしれん(n回目)



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二次元の幼馴染は最強にして最強

 荷出しも終えて風呂入るついでに帰っていった京都コンビを玄関から見送った俺は、一日の疲れを癒すべく湯船に浸かっていた。というか、浸かっていました。

 

 

「はぁー……いいお湯でしたぁ……」

 

 

 最初にパッと見た時はトイレと風呂のくっついたホテルとかでよく見る風呂=あんまりくつろぎはできないかと思ってたけど、実際入ってみたら全然そんなことは無かったな。なんならそこそこデカかったし。

 

 ちなみに俺は自他共に認める裸族である。今ももちろんスッポンポンだ。控えおろう。マサイ族のお通りやぞ。

 風呂に入った後って体が火照って暑いじゃない? だから素っ裸で何にも囚われずに一時間くらいそのまま過ごすのって案外理にかなってると僕は思うんだよね。

 え? 変態? 馬鹿言え、俺は人に裸を見せる趣味はない。裸になるのが好きなだけだわ。

 

 

 コンコンッ

 

「ちょっとお待ちくださいねー」

 

 

 あっ、やべっ。パンツ履いてねーわ。

 

 さっき周子さんになんの感情もなくしまわれたパンツを引っ張り出してそのままズボッと履く。上の服も着たほうがいいよな。ズボンは……まぁ、念のため着ておくか。

 

 このドア、覗き穴とかがなにもないんだよな。木製のお洒落なドアだからそりゃあそうといえばそうなんだけど。

 それに女子寮の中に不審者が入るなんて滅多にないしな。どちらかと云えば俺が不審者ポジだし。

 

 にしてもこんな時間にお客様とは誰だろうか。しかも俺の部屋になんて。

 周子さんか紗枝ちゃんか? それ以外の女子寮の女の子だとヤバいんだけど。俺のメンタル的に。

 

 

「お待たせしましたー」

「遅い」

「お前かいな」

 

 

 ドアを開けた先にいたのは、黒髪長髪に青い瞳。親の顔よりは見ていないけどそれなりに見まくった顔。

 みんなご存知かもしれないし、そうじゃないかもしれないシンデレラプロジェクトの狂犬こと渋谷凛さん。二つ名みたいなのは今俺が勝手につけたんだけど。

 

 

「なに、不満?」

「んにゃ。なんなら安心した」

「ふーん、てか服着てるんだ」

 

 

 さっきまで不満そうな顔してたのにすーぐ雰囲気柔らかくするんだから。そのまま表情も変えりゃええのに。笑うと可愛いんだから。

 まぁ出た相手が凛で安心したのは事実だよ。他の知らない女の子が出てたらパニクってドアをそのまんま閉めたまであったから。

 

 

「……とりあえず入る?」

「……ん」

 

 

 入るか否かを聞くと、コクンと小さく顔を縦に動かす。

 お前コミュ障じゃないんだからさ、もうちょいなんかないのかと思う。言わないけどね。信頼してるってことかもしれないし。俺がそう思いこんでるだけだけど。

 

 部屋に上げさせると、そのまんまズケズケと奥まで進んで行きなさる。

 いや、別に構わんが。気になるんだったらそう言えよ。

 

 

「ふーん、思ったより片付いてるじゃん」

「周子さんと紗枝ちゃんに手伝ってもらったからね」

「……浮気」

「付き合ってもねぇのに浮気もなにもねぇだろうが」

 

 

 冗談、と言いながらナチュラルにベッドに腰掛けてテレビをつけ始める。入力切替をして地上波の番組に切り替えると、ちょうどそこにはアイドルらしき女の子たちが映っていた。

 

 凛がポンポンとベッドを叩くのでそこに座る。するとこっちに体重をかけながら頭を肩に寄せてくる。相変わらず軽い体しやがって。栄養とれよ。

 

 

「この人たちって、ここの人?」

「うん。光はアイドルについて知らなさすぎだし、ここのアイドルくらい誰がいるか勉強しなよ」

 

 

 ちゃんとした正論なのが腹立つ、原○徳。

 まぁ、実際俺はアイドルに関する知識があまりにも皆無すぎるからなぁ。これからは仕事仲間と言うよりも、多分上司やクライアントに感覚は近くなるだろうから、余計に知っておかなくてはいけないわ。

 

 そう思うとシンデレラプロジェクトって言う新人中心の事業に絡ませてもらえるって幸せなのかもな。程よい緊張感だし、そう思うと最初は無茶振りだと思っていたのも少しずつ納得がいく。

 

 

「あれ? 凛は周子さんと紗枝ちゃんのこと知ってたの?」

「名前と顔は」

「知り合いじゃねぇじゃねぇか」

 

 

 顔知ってるだけやんけ! とは言ったものの、346プロってめちゃくちゃアイドルいるらしいし、それも仕方ない気がする。なんなら顔と名前が一致させてるだけこいつ有能なのでは……? そういや凛が赤点取ったとか全然聞いたことねぇぞ?

 満点取ったとかも聞いたことはないから、多分こいつが普段俺と会話をほとんどしないだけなんだろうけど。

 

 

「ほら、今映ってるピンク髪の人が城ヶ崎美嘉。金髪の人は……大槻唯だったかな」

「またすごい髪色。似合ってんな」

 

 

 テレビで曲を披露しているピンク髪でツインテール、スタイル抜群、そのメイクからはいかにもギャルというような雰囲気を感じさせている人が城ヶ崎美嘉と言うらしい。

 そして一緒に映っている金髪でこれまた笑顔がとっても似合う女の子。この子が大槻唯と言うらしい。

 

 うっわー、ギャル系のアイドル二人って事で呼んだんだろうけど、レベルが高すぎる。普通ギャルメイクって俺苦手なんだけど、なんかスッと入ってくる。おそらく元の顔がいいんだろうな。

 あと胸が大きい。とても大きい。お隣の方と比べると一目瞭然なレベルで大きい。

 

 

「痛ったい! なにすんねん!」

「私だって、あれくらいあるから」

「無理すんなって。わかった、そうだな、そうかもしれないな」

 

 

 この子こっわい。ノーモーションで殴りかかってくるやん。

 別に凛だって全然あるし。今映ってるこの二人が規格外なだけでね。凛くらいの大きさが好きな人も多いと思うよ、うん。まぁ僕は大きいに越したことないと思いますけど。

 

 

「ジロジロ見すぎ」

「テレビだから見るに決まってるだろ」

「キモイ」

「妬いてんのか?」

 

 

 冗談半分でそんなことを言うと、凛は無言で頭をグリグリ肩に押し付けてくる。毎回こんな感じだから、結局何が言いたいのかわかんないねんな。頭グリグリも全然痛くないし、なんなら頭を擦りつけてるせいでシャンプーかなんかのいい匂いがするからご褒美まである。

 

 

「膝」

「どーぞ」

「ん」

 

 

 そのうち頭の位置が肩から膝にまで落ちてくる。そして次は顔を俺の腹に埋めて背中に両手を回して抱きつく。疲れてる時はそのまま寝る。

 これ、昔からの毎回のパターンね。今さら息子がこれに反応することも無いし、した記憶もない。そういう雰囲気じゃないからね。

 

 膝に乗っかる凛の黒髪を弄りながら頭を撫でる。バレないように少し覗き込んでみると、撫でられてる当の本人は完全にリラックスした表情だ。

 気分は居間であぐらかいてくる所に乗っかってきた猫を撫でてるアレ。正直めちゃくちゃ触り心地がいい。サラッサラだもんこいつの髪質。

 そういや最後にこれやったのも直接話したのも3日前くらいか。最近やってなかったんだなぁ、と。

 

 

「ひかる」

「寝るなよ?」

「泊まる」

「ダメ、ここ寮だし」

「……や」

「風呂はどうするんだよ。まだ入ってないだろ?」

「……汗臭かった?」

「全然。でもお前は気にするだろ」

 

 

 嫌って言っても、ここ寮だぞ。女子寮に入ったばっかの男がアイドルを部屋に泊まらせたなんて話になれば大アウトだ。

 

 俺の実家の時ならだいたい風呂に入ってから俺の部屋に来てたからそのまんま寝かせてたけど。ここではそうはいかない。帰ってもらうぞ。

 

 

「ダメなもんはダメ。どーせ、ちゃんと迎えもあるだろ?」

「……8時になったらプロデューサーが送ってくれる」

「じゃあ、それまでなら寝てていいぞ」

「泊まる……」

「ダメだってば」

 

 

 時刻は7時を少し過ぎたところ。こいつ最初からゆっくり居座る気だったな? まぁいいけど。

 

 それにしてもだ、なんか今日はこいつやけに食い下がるな。嫌なことでもあったのか。いつもなら普通に帰って行くのに。

 

 

「どうしたんだ? なんかあったか」

「……なにも」

「嘘こけ」

 

 

 背中に回されてる手に少しだけ力が入ったのがわかる。

 そら見たことか。図星じゃねぇか。

 

 

「……しい」

「は?」

「さみ、しい……」

 

 

 顔を埋めたまま捻り出された細い言葉に、思わず目を丸くする。

 こいつの口からこんな言葉が出てくるなんて、正直思いもしなかった。

 

 

「寂しいも何も、俺はここにいんだから」

「……すぐ会いに行けない」

「お前も高校生だから大丈夫だって」

 

 

 物心ついた時からこいつはこんな感じだ。四六時中俺と一緒、ずっと一緒。

 小学生になったくらいから人前ではやらなくなったけど、二人きりの時は相も変わらずこんな感じだ。まぁ、かく言う俺も距離感が分からないから二人っきりでいる時は昔と同じ感じで接してるんだけど。

 

 だからどちらかと言うと、俺からしたら凛は幼馴染ってよりも妹って言った方が近いのかもしれんな。厳密に言えばそれも違うんだけど。

 

 てかこいつ相当眠たいな? 素面だと絶対に言わないセリフだぞ?

 

 

「……疲れてるだろ。もう寝ろ」

「……うん」

 

 

 顎の方に手を入れて撫でてやろうとすると、凛が俺の手に顔をスり寄せてくる。

 毎回思うけどほんとに犬みたいだな。可愛い。こういうふにゃふにゃな凛を見ることが出来るのも俺だけの特権かと思うと、少し嬉しい気がする。昔からずっとこれだから特権なのかもわかんないけどな。

 

 

「おやすみ、凛」

 

 

 そのうち背中にまわされてた手がストンと下に落ちる。落ちたな(確信)

 凛を起こさないように移動してそのまんまベッドに横たわらせる。もう昔みたいには二人でベッドには入れないもんな。大きさ的に。

 

 

「……ベース弾こ」

 

 

 この凛が寝た後の時間が一番暇だったりする。そしてだいたいこの時間はアンプも繋げずにベースがアコギをしてたりする。

 あんまり大きい音出すと起こしちゃうからね。仕方ないね。

 

 この後、爆睡した凛をおんぶして部屋から出る所を偶然出てきた周子さんに見られて大変な目にあった。

 周子さんってあんなにキラキラした目も出来るんだな。



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早朝と夕暮と深夜は厨二病の餌

「……いや、すっげぇ時間」

 

 

 スマホのホーム画面には5:42の数字。とんでもない時間に起きてしまった。

 

 凛を送って行ってすぐに寝たから、意識が飛んだのは何時頃だっただろうか。22時前には多分寝ている。

 高校生とは思えない生活リズムの良さだ。普段寝ない時間に寝たせいでこんな時間に起きることになってるんだろうから、生活リズムはむしろ悪いんだけど。あとはいつもと違うベッドってのもあるかもしれない。

 

 人間って絶対にいつも寝ている睡眠時間を取ると勝手に起きるようになるよね。俺の場合、普段は24時に寝て7時に起きる生活をしているから、約7時間ほど寝ると勝手に目が覚める。

 

 

「二度寝はもう無理かなぁ……」

 

 

 意識を戻してから10分程ゴロゴロしてても寝付けない時は、諦めて行動開始をして眠くなった時にまた昼寝をする。これがニートである俺の心情だ。いや、ガチニートではないんだけど。

 

 こんな早朝に起きてやること。これはみんな同じだろう。

 半分寝ている体を叩き起して水分を補給する。寝巻きのままジャケットを羽織って、ギターケースを背負う。イヤホンとスマホも忘れずに。

 

 

「中庭ってこっちだよな」

 

 

 靴を履き替えて玄関を抜け出す。門限とか聞かされてないし、朝だし別にいいよな。

 

 昨日見た噴水を頼りに適当に敷地内を歩き回る。確か本社の近くあたりにあったような……

 

 

「あった」

 

 

 噴水が目印の中庭。千川さん曰く、346プロのアイドルの人達はここでよくピクニックをしたりしているそうだ。

 周りを見渡しても人はいない。まぁ、こんな時間に起きてる人の方が珍しいよな。

 

 噴水から少し離れたベンチに腰掛けて、ギターケースを開ける。

 長い弦がネックの先から髭のようにだらしなく伸びたままのアコースティックギター。凛からはダサいから切ってと言われるが、使い込んでる感あるやんと言い訳をして切らないままだ。だっていちいち切るのめんどくさいし。どうせそのうち弦も変えるし。

 

 まだ陽の登りきっていない広場に軽いギターの音が零れる。

 毎回チューニングが面倒だとはわかっていても、使ったあとはしっかり弦を緩めてしまう。ネックが曲がるのだけは勘弁して欲しいとはいえ、やっぱり面倒だよなぁ。

 

 

「──────」

 

 

 ギターをチューニングしながら声も見る。

 時たま朝早く起きてしまった日は、チャリを走らせて近くの河川敷でギター弾いて歌う。家に帰ればちょうどいい疲労感でまた寝ることも出来る。朝、不本意に早起きした時だけの俺のルーティンだ。

 それがしたいが為だけに二度寝できそうでも無理やり起きてチャリを走らせる時もあるんだけど。

 

 声は上々。寝起きだし1曲歌えば普通に戻るだろう。ちなみに俺は歌はそこそこ上手いというか、音域が広いという自負はある。

 どちらかと言うと昔は歌を歌うことの方が好きだったからな。今では弾くのも歌うのも好きになってるけど。

 

 空いた右側にスマホを置いて、いつでも見れるようにTAB譜を開いたまま、画面を付けておく。

 足を組んで、ギターを鳴らす。

 

 

『本当のことを言えば毎日は』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 長いアウトロを体に染み込ませながら、ピックを置く。

 うーん、声が若干枯れてて悲しかった。まぁ喉のケアとか一切しない人間だし妥当なんだけど。俺はプロじゃないしね。

 

 

「見ない顔だね」

「……ん?」

 

 

 少し落ち着いた声。まさかショタか?

 こんな時間に危ないだろう小さい男の子が……違ったわ。いや、見た目はちょっとショタっぽいわ。

 

 

「……少年?」

「初対面の女性に対して失礼なことを言うもんだね」

 

 

 顔を上げたらレディがいました。

 少し茶髪っぽいオレンジの短髪と後ろからはピンクの髪の毛が伸びている。すっげぇ髪型だな。部位によって染め分けてるのか? 東○オンエアのて○やかよ。

 ジャ○ーズJrかと思うくらい美形でかっこよかったから男の子かと思ったんだけど。見当違いだったわ。

 

 

「……そいで、どちら様で?」

「キミとボクが誰だろうか。今はどうでもいいじゃないか」

 

 

 なんか自己紹介拒否されたんだけど。僕この子が考えてることがわかんなくて怖いんだけど。

 どうすりゃいいの? こっからの流れ。人前で歌を歌うの自体は恥ずかしくないけど、流石に初対面の名前も知らない人の前でやる勇気は俺にはないよ?

 

 無言の時間が続く。あちらも様子を伺ってるのだろうか。めちゃくちゃに空気が重たい。ギガグラビティされてるみたいに重い。なんなら気まずいんだけど。

 

 

「……ボクはアスカ、二宮飛鳥」

「いや名乗るんかい」

 

 

 お前絶対気まずい空気耐えきれなくなっただけだろ。やっぱり何にも考えてなかったやん。

 思わず声に出してツッコんじゃったじゃないの。僕ってそういうキャラでもないのに。寒い寒い寒い!

 

 

「ボクはキミのことを知らないけど。キミはボクのことを知っているのかい?」

「ごめん。アイドルに関する知識が無いもんで」

「気にすることじゃ無い。真っ白なキャンパスに色をつけていくのと同じことだよ。寧ろ、今しかできない素敵なことじゃないか」

 

 

 さっきから思ってたけど、この子ちょっと言い回しがアレだな。厨二病っぽいな。

 というかこれ厨二病じゃないか? よくよく格好を見てみたらなんかすっごいテンプレみたいな厨二病患者の格好してるし。

 

 

「あぁ、今キミはこう思っただろう。『こいつは痛いヤツだ』ってね」

「その通りだよなんでわかるんだよ」

「でも思春期の14歳なんてそんなものだよ」

「ただの厨二病じゃねぇか」

 

 

 年齢的にもドストライクじゃねぇか。なんなら14歳とか普通に現役中学二年生まであるじゃねぇか。マジのリアル厨二病じゃねぇか。

 あまりにも役満すぎてびっくりしたわ。

 

 

「いわゆる中二なんで、ね」

「自覚はあるんだな」

「心の底から理想の役を演じきれて無いだけさ」

「キャラなん?」

「どうだろうね」

 

 

 ウィンクしながら小悪魔的な笑みを向けられる。可愛いかよ。どーせアイドルなんだろうな、二宮も。

 芸能界って怖いんだな。こんなにキャラの濃い子がたくさんいないと生きていけないんだろうか。毎回思うけど、こんなキャラの女の子たちが日常生活に紛れ込んでたらと思うと普通に怖いよな。やっぱスカウトってすげーわ。

 

 てか厨二病に関してはこれ多分元からだな。一人漫才猫娘みたいなキャラ作りとは違うガチ天然もんだ。というか、マジで語尾ににゃんにゃんつけてる女の子がいたら普通に病院を勧めたくなるんだけどね。

 そういや俺ってまだあの一人漫才猫娘の名前知らねぇなよな? 昨日凛にでも聞いておけばよかった。嫉妬するかな。ねぇか。ねぇな、それだけは。

 

 

「その髪型も演じる為のなんかだったり?」

「これはただのエクステだよ」

「エクステかよ」

「そしてただのオシャレだよ」

「ただの厨二病患者のセンスじゃねぇか」

 

 

 俺、わかった。こいつあれだ、シュール芸の使い手だ。真顔でどんどんマシンガンみたいにボケてきやがる。こいつ絶対バラエティ適正あるだろ。

 

 

「まぁ本当はささやかな抵抗だよ」

「社会に対して?」

「そんなところかな」

 

 

 なるほど、二宮は社会や大人に対して刃向かう系厨二病なのか。

 厨二病には二宮みたいなタイプの厨二病と、ただ単にセンスとか厨二病を心の底から患っている痛い系純粋厨二病患者がいるからな。

 

 

「そもそも二宮はなんでここにいるんだよ。未成年の女の子がこんな時間に出歩いちゃ危ないざますよ」

「危ないも何も、キミもボクと同じ大人になれない子供だろう?」

「よく俺が未成年だってわかったな」

「俗に言う勘ってやつさ」

「たまたまじゃねぇか」

 

 

 すげぇボケるな本当に。と言うかよく俺解読できてるな。いや、よく良く考えたら言い方が回りくどいだけだから、普通に二宮の言語を貫通させて真っ直ぐにして解読してるだけだわ。誰でもできるわ。

 

 

「それよりだ。ボクのことはアスカでいいよ。苗字呼びはやめてくれ」

「なんで?」

「みんなにはボクとして見て欲しいからね」

「飛鳥ちゃんか飛鳥くんどっちが良い?」

「呼び捨てにしてくれ」

 

 

 よし、とりあえず一矢報いた。

 これだな、飛鳥と相対するときはとにかくカウンターだな。飛鳥は喋り方が独特すぎるからあっちにペース持っていかれがちになるからな。隙を見せたら速攻右ストレートぶち込んで行こう。

 

 

「少し早起きしてしまってね。たまには朝日を浴びるのも悪くないとここに来ただけさ」

「案外普通の理由なんだね。ルーティンとかだと思ってた」

「早起きは得意じゃないんだよ」

「子供か」

「早起きが得意な子供もいるだろう」

 

 

 そう言う問題じゃ無いんだけどね。キミのことなんだけどね。

 というかもっと厨二病っぽい理由で朝早く起きてここにきてるのかと思った。ただの早起きかい。

 

 気がつけば先ほどよりも随分明るくなってきている。ちょうどいい時間だよな、帰る準備するか。

 

 

「そういうキミはどうなんだい。さっきからボクに質問してばかりじゃないか」

「俺も早く起きちゃっただけだからここにいただけだよ」

「そんなものを持ってかい?」

「あぁ、まぁこれは……趣味だよ」

 

 

 肩にかけたギターケースに視線が送られる。そりゃあ目立つよな。

 

 なんて答えようか迷ったけど、朝早起きした時だけ発動するエセルーティンを1から10まで説明するのは面倒くさい。そんな訳で適当に間違っては無いように答える。

 実際趣味だし。アコギもベースも。

 

 

「随分上手かったじゃないか」

「いつから聞いてたの」

「ラスサビみたいなとこからあたりだよ。勝手に聞いてすまないね」

「んにゃ、別にいいけど」

 

 

 俺は人に歌を聞かれるのを恥ずかしいと思う人種じゃないからな。去年の軽音部ではうちの高校の全校生徒の前でめちゃくちゃ歌ったんだぞ。超気持ちよかった。俺ってそういう性癖持ちなのかもしれん。

 

 

「えっ、何。一緒に帰るの?」

「年頃の女の子を一人で帰らせるとは酷い男だな」

「でも寮はすぐそこやん」

「男は黙ってエスコートするものじゃないのかい?」

「じゃあ手でも取ったほうがいいのか?」

「初対面の女の子に対していう台詞じゃないってことだけ伝えておくよ」

「お前が話を振ったんやないか」

 

 

 ポッケに手を突っ込みながら俺の横をちょこんとついてくる。

 というか初対面の男に平気でホイホイついて行くのはどうかと思うけどな。危機管理よ、危機管理。

 周子さんといいなんでそんなにノーガードなの? それで手を出したら殺されるんでしょ? 助けて凛ちゃん。

 

 というか、適当に寮はすぐそこやんって振ったけど、しれっと飛鳥も寮生なんだな。否定しなかったし。

 あの寮って魔境かもしれんわ。一人漫才猫娘も確か寮生だったしな。

 

 

「そういや、俺って名前言ってたっけ」

「キミの名前がどうかなんて、そんなの些細な問題じゃないか」

「じゃあ言わなくていいや」

「聞かないとは言っていないだろう?」

「めんどくせえな、結局言ったほうがいいじゃないか」

 

 

 本当に回りくどいなこの子。結局最初のセリフ言いたかっただけだろ。俺にはわかるぞ。そういうセリフ言ってみたいもんな。

 

 

「松井光。高校二年生だよ」

「光、か。覚えておくよ」

「変な名前じゃないし覚えやすいだろ?」

「そうだね。いい名前だと思うよ」

 

 

 そりゃどーも、としか言えんわな。

 

 自分の名前に関して突っ込まれてもそれが当たり前だし。松井光って名前は生まれてからずっと使ってたし。

 てか名前がかっこいいって言ったら二宮飛鳥って名前も相当かっこいいだろ。なんだよ飛鳥って。かっこいい人間にしか似合わねぇ名前だろ。それでいて名前負けしないビジュアルだから困るわ。

 

 

「なんで俺がここにいるとかは突っ込まないの?」

「話は聞いていたからね。いつか会うとは思ってたけど、これも定めってヤツなんだろうね」

「たまたまだと思うよ」

「ロマンってやつじゃないか」

「女性の口からそんな言葉が出るとは思わなかった」

「ロマンチストは女性が多いだろう? それもまた、偏見だよ」

 

 

 普通に正論を言われてしまった。そうだよな、男でも女でもロマンを求めることは間違ってねぇよな。

 

 いつの間にか着いていた寮の玄関を通り、靴を履き替える。そのまま部屋に戻り……

 

 

「……飛鳥さん? いつまでついてくるの?」

「ボクの部屋はこっちなんだ。キミについて行ってる訳じゃない」

「もう部屋に着くんですけど」

「奇遇だね。ボクもだ」

 

 

 俺が自室の目の前に来て困った雰囲気を全開にしていると、飛鳥はそのまま進んで行く。

 どこまで一緒なんだよ、とりあえず部屋に入ったら二度寝しよう、なんて思っていると、飛鳥は俺の一つ奥の部屋の扉に鍵を入れてドアを開ける。

 

 

「……へ?」

「それじゃあね。お隣さん」

 

 

 そういうと、隣の部屋のドアはパタンと音を置いて行って閉まってしまう。

 

 なんなの? 俺の部屋の付近にはこんな強烈なキャラが集まるの? 隣は京都コンビでもう片方は厨二病とかまともな人間はいないの?

 これ以上考えてもなんだか死ぬ未来しか見えなくなってきた。もういいわ。寝よう、とりあえず至福の二度寝をしよう。



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夢の国と謎の惑星のある千葉は魔境

 ダンダンダン! ダンダンダン! ダンダンダンダンダンd

 

 

「うるっせぇえええええええええ!!!!」

 

 

 なんなんだ朝っぱらから! ダンダンダンダンうるっせぇんだよ! こっちはまだ至福の二度寝Timeをすごしているでしょうがァ!? 

 虐めか? 新手の虐めか? 新人いびりか? 

 

 急に謎の激強ドア叩き音に叩き起されてこっちの眠気は完全に0だ。てか現在進行形でダンダンダンダン鳴ってる。この野郎、待ってろ直ぐにとっちめてやる。

 

 

「なんなんだ朝っぱらからァ!」

「起きてるんなら早く出るにゃ!」

「ほら合ってたー」

「てめぇか一人漫才娘ェ!」

「みくには前川みくっていうちゃんとした名前があるにゃー!」

「じゃあ前川ァ! なんなんだ朝っぱらからァ!」

 

 

 勢い良くドアをぶちあけると、目の前にいきなりブチギレモードの一人漫才猫娘こと前川と、寝起きなのか知らないけどまだ眠そうに目をこすってる多田がいた。

 てかお前俺の部屋どこなのか知ってたんかい、って思ったけど多分だけど多田が知ってたのかな。なんで多田が俺の部屋がどこか知ってたのかなおさら疑問だけど。

 

 

「遅いけど朝ごはんの時間にゃ! キミに時間を割くのは正直不服だけど、新人を放っておくほどみくは悪人じゃないんだにゃ!」

「いや、自分で作るよ」

「光って料理作れるんだ」

「多少なら」

「そんな女子力高いエピソードなんて求めてないにゃ!」

 

 

 なんなら俺ってズボラ飯の天才だと自負してるからな。今決めたけど。

 うどんをレンチンして納豆とタレとめんつゆと卵入れるだけの納豆釜玉とか、パンと卵とチーズとベーコン焼くやつとか。なんなら昼とか夜は外食することもあるから、朝を一番作るまである。学校あるときはパン焼いたりだとか親が作ったりしてるんだけどね。

 

 

「てかここって昼と夜しか食事用意してくれないの?」

「普通に朝ごはんは用意してくれるにゃ」

「じゃあそれでいいやん。食堂でいいよ」

「そういう話じゃないにゃー!」

 

 

 話の流れで食堂でいいやんって言ったけど、正直食堂で朝食ってなったら全力で引きこもってた。

 俺が一番恐れているのは超大量の女性の中に俺一人でポツンといることだからな。しかも大半の子たちは俺が寮にいるって知らない可能性だってあるんだし、大事件になりかねない。そんな訳だから本来、今日は引きこもっているつもりだったんだよ。

 

 

「ごめんね? みくちゃん、光に紹介したい場所があるんだよ」

「えっ、李衣菜チャン。こいつのこと呼び捨てにしてるの!?」

「こいつて」

「昨日からずっと呼び捨てだったけど。ねー?」

「ねー?」

「う゛に゛ゃ゛ー! ゛ 鬱陶しい仲良しアピールいらないにゃー!」

 

 

 おぉ、怖い怖い。まぁこれが見たいがためだけに多田と煽りをしているまである。俺たちいいコンビになれるぜ。前川専用機として。

 ちなみに昨日の段階ではまだ下の名前で呼んだり呼ばなかったりだった。この場面では絶対下の名前呼びの方が面白いって多田も分かってんねぇ! 

 

 

「それで何処だよ。紹介したい場所って」

「行ってからのお楽しみ! いいからさっさと着替えるにゃ!」

「人使い荒いなぁ」

「まぁ行って損する場所じゃないから大丈夫だよ」

 

 

 いまだにプンスカしてる前川の隣で多田が苦笑いしてる。いいコンビやわ、バラエティに強そう(小並感)

 

 とりあえずうるさいし着替えるかぁ。ガッツリパジャマだしな。

 スマホ持って財布持って多分朝飯食いにレッツゴーじゃ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はえ〜、こんなところもあるんだ」

「菜々チャン! 3人にゃ!」

「はいっ! 分かりました〜」

 

 

 連れてこられたのはカフェ……なんだけど、どう見ても敷地内にあるよな。大学の中に色々なお店あるのと同じか?

 

 綺麗に刈り揃えられ、春ということもあり色とりどりに花が咲き誇る中庭の一角に同化したカフェ。まるで俺の語彙力がなくて言葉にできないのが申し訳ないが、ヨーロッパとかの田舎にありそうなおしゃれな外にあるカフェって言えば10人中3人には通じるんじゃないかとは思う。

 

 多田に流されるがまま、丸テーブルを囲む椅子に座らされる。

 周りにはアイドルの子なのだろうか。全体の席の半分くらいを俺と同世代の女の子や大人の女性や一般の男性社員さん方が使っている。それぞれが談笑していたり一人で優雅にお茶を飲んでいたりノートパソコンとにらめっこしていたり、悪趣味だけどこういうのは見てて飽きないな。

 

 

「ほら、メニュー」

「おっ、てんきゅー、お前らもう決めたの?」

「みく達もまだ朝ご飯食べてないから。でも何があるかは分かってるからゆっくり見てるといいにゃ」

「私、パンケーキにでもしよっかな〜」

 

 

 二人とも常連なんだな。わかるぞ、よく行く店のメニューってだいたい覚えてるよな。俺もマ○ドナルドのメニューは全部覚えてるし。

 

 それにしても、メニューが凄い充実している。カフェなのにラーメンとかもあるんだけど、すげぇなここ。流石に朝からラーメンはないかな、うん。

 おっ、男性向けのモーニングセットとかあるじゃん。パン二枚にスクランブルエッグとベーコンにスープとサラダとドリンク。これで500円……ってやっす!? ワンコインかよ! これでええわこれで! 700円は取られると思ってたわ。

 

 

「決めた」

「早いね〜。ま、私は最初っから決めてたけど」

「菜々チャーン!」

「はーい!」

 

 

 前川に名前を呼ばれると中の方のカフェから小柄なメイド服の女性が伝票を持ちながら駆け寄ってくる。これまた珍しい髪色をして……あれは茶髪にピンクが重なってるのか? 

 というか、なんか俺この人の顔見たことあるぞ? 気のせいか、気のせいだな。うん。

 

 

「ご注文伺います!」

「私、パンケーキで」

「みくは卵サンド!」

「俺はモーニングのCで」

「かしこまりましたー! ……ってあれ? 初めて見るお方ですよね? 二人のお知り合いさん……ですよね?」

 

 

 まぁこっちに来ますよねー。前川と多田の二人には面識ありそうだし、そりゃあ俺に突っ込んでくるよな。まずこの男誰だよって話だし。

 

 

「まぁそんなところです」

「昨日初めて顔合わせしたんだけどねー」

「新人さんですか! いやー、ここのアイドル部門にも男性の方がいらすようになったんですね! いやー、かっこいい方で驚きましたよ!」

 

 

 いや、違う違う違う。かっこいいって言われるのは嬉しいけど、俺アイドルじゃない。表に出ない裏方。is 裏方。アイアムアウラカタ。おーけー? 

 

 

「菜々チャン、こいつアイドルじゃないにゃ……」

「……えぇ!?」

「どうも、見習いスタジオミュージシャンの松井光と申します。高校二年生です」

「あらあらお若いのにご丁寧にすみません」

 

 

 なんとなく丁寧に自己紹介をしたら、めちゃくちゃ丁寧にお辞儀が返ってきた。これ社会人の人が見せるお辞儀や。超綺麗、綺麗にも程がある。姿勢が。

 

 

「それでは私も……こほん! ウサミン星からやってきた歌って踊れる声優アイドル、ウサミンこと! 安部菜々でーす! キャハッ!」

「おー!」

 

 

 うわっ、なんというか……キッツ(ド直球)

 ここにきてからかなりハイペースでアイドルの方々に会わせて頂いてたけど、こんなテンプレートなことあるかね。も○ちやん、ネタ被りやん。やっべ、これ言ったら過激派に殺される。どっちが先なのか理解すらしてないのに。

 

 てか完全に思い出した。この人、朝のニュースの時におる人やわ。今の導入で完全に思い出した。

 寝起きのままテレビを見てたらこれが飛び込んできて目がぱっちりになったのを覚えている。いやー、こんな偶然あるんだね。てかなんでここにいるんだよ。

 

 

「ちなみにですけど、何年生ですか?」

「え゛っ゛。えーっと、ナナは17歳なので……そう! 高校二年生です!」

「若干のタイムラグがありましたね」

 

 

 テレビでもそうだったけど、この人そういう設定でやってる割にはボロの出方が凄い凄い、プロ根性あるのかないのかわからんけど多分鬼みたいにあるんだろう。実年齢知らんけど。

 いやー、実際にテレビで目にしたアイドルにあったのは安部さんが初めてだろうか。金髪のリーゼントの人はここに初めてきた時に見ただけだったしな。あれは興奮した。変な意味じゃねぇぞ。

 

 

「と、とにかくナナは永遠の17歳なんですっ! これからよろしくお願いしますね、光さん!」

「こちらこそどうぞよろしく……」

「気軽にウサミンって呼んでくださいね! 私たちドーキューセーなので!」

「そうですね、安部さん」

「ウサミンって呼んでくださいよー!」

 

 

 テレビに出るような人たちってやっぱりみんな面白いんだなぁってここ二日間常々思うよ。前川しかり安部さんしかり飛鳥しかり。

 

 あと安部さんのことはこれからもウサミンじゃなくてちゃんと『さん』付けで呼ぶよ。社会的にもこの世のルール的にも、そして面白さ的にもこれが正解ってなんか体が反応しているからね(ゲス顔)



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ロックはロックでもロックなロックはなーんだ!

「うまっ」

「ふふーん、346カフェの料理はなんでも美味しいんだにゃ!」

「私たちが作ってる訳じゃないんだけどねー」

 

 

 厚焼きのサクふわ食パンに、厚めの焼かれたベーコンと半熟のスクランブルエッグを乗せて食らいつく。んー! これ最高。合わないはずがないよな。

 ホットコーヒーで口の中に残るマーガリンやらの甘みを流し込むとこれまたいい。洋食にはコーヒーが最強ってそれ一番言われてるから。

 

 

「そんで? 結局ここを紹介したかっただけなん?」

「違うよねー、みくちゃん」

「んぐっ……」

「喉詰まらせんなよ」

 

 

 そんなに綺麗な飯を食いながらのうげっ……って反応あるかね。完璧な反応やないか。

 というか多田は何処までいっても他人事なんですね。それなのに前川に付き合ってあげてるってええやつやな。暇なのかな。

 

 

「まぁ……あれだにゃ……昨日のおわびってやつだにゃ」

「なんかしたっけ」

「その……まぁ色々にゃ……!」

「あれか、意気揚々と噛みつきにきたのに全く相手にされてなかったことか!」

「李衣菜チャン離すにゃ! みくはこいつを一発ぶん殴らないと気が治まらないにゃぁあああああ!!!」

「はいはい静かにー」

 

 

 やっぱこいつおもれーわ。なんにもしてないのに急に責任感じてこんなことしに来るとは律儀な方やなぁ。根が真面目なんだろうかね。格好は真面目じゃないのに。真面目じゃないことはないか。安部さんと同じプロといえばプロか。

 

 

「まぁいいにゃ。みくは大人だから許してあげるにゃ」

「年下だろお前」

「ところで光クンは今日はなにか予定あるのかにゃ?」

「ある」

 

 

 家でゴロゴロするというこの世の何物にも変えれない大事すぎる用事が俺にはあります。

 叶うことならここで飯食ったらすぐにアイドルの人たちに見つからないように部屋に戻りたい迄あるんだよ。

 

 

「どっか行くの?」

「ううん、どこにも」

「なにかするの?」

「ううん、なんにも」

「なんも予定ないやんけ!」

 

 

 

 予定がないことはないんだ。さっきも言った通り寮の我が部屋で休息をとると言う何物にも変えられない大事な用事がね、私にはあるのだよ。

 

 

「そういうお前らは暇なのかよ」

「みく達は今日はオフだにゃ」

「昨日レッスンだったからね」

 

 

 まぁ何となく察してはいたけど。オフでもないとこんなやつのところに訪れないわな。

 

 

「じゃあ二人でどっか遊びに行ってくれば?」

「折角遊びに来たのに連れないな〜」

「いやいや、俺にとってここは超ビジターなの」

「アイドル部門に男子高校生が紛れ込むなんて普通ないもんにゃ。仕方ないにゃ」

 

 

 事実だけど言わんでくれ。俺の胃が痛くなるから。

 よくよく考えても考えなくてもこれ不思議だよな。みくの言い方的にも男のアイドルはいないみたいだし、ほんとに不思議だな。他人事でいたかった。

 

 

「でも安心するにゃ! そんなキミに、今日はみく達が直々にここを案内してあげるにゃ!」

「いや、昨日千川さんにビルの方はある程度教えて貰ったんで」

「え゛っ゛」

「じゃあ本館とか別館の方は?」

「両方知らねぇ」

 

 

 女子寮に行くまでの通り道の分だけどな。ビルの方は見たけど、あの城みたいな方は知らない。てか入ろうとすら思わんわ。威圧感がえぐすぎる。何回見ても城だもん、城。

 あと別館ってのは存在すら聞いたこと無い。ここってそんなのもあるんか。

 

 

「じゃあ本館と別館を紹介するにゃ!」

「いや、いいよわざわざ。俺がそこの施設を使うわけでもあるまいし」

「サウンドルームとかはむしろ光の専売特許だと思うけど」

「そうなの?」

「レッスンルームとかには正直縁はないかもしれないけど、エステルームとかは使うかもしれないでしょ?」

「男でエステはないだろ……」

「最近の男の人はそういうの気にする人もいるにゃ」

「そうなんだ……」

 

 

 というか、こんなにぽんぽん色んな施設の名前が出てくるのな。どんだけすげぇんだここは。

 

 

「とりあえずご飯を食べたら本館に行くにゃ!」

「本館は何かあるの?」

「本館は社員さんが使う施設が中心にあるから、正直私達ではなんにも紹介できないよ」

「なんでそこに行くんだよ……」

 

 

 あのお城みたいな外観って見せ掛けなんかい……いや、他に理由はあるんだろうけど。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ほんとに本館に関してはなんも説明できないんだな」

「ぐぬぬ……」

「みくちゃんも見栄っ張りなんだから〜」

「なら李衣菜ちゃんがやるにゃ!」

「私もわかんないから」

 

 

 本館に入ったはいいものの、そこら辺の施設を覗いただけで説明もなしに適当にぐるっと見ただけで終わった。一応前川は何かしら説明しようとしてたみたいだけど、なんか勝手に惨敗してた。

 よくよく考えたら今目の前で漫才してるこいつらもまだ新人なんだろ。紹介できるような立場でもないやん。

 

 

「こ、こっちは伏線だにゃ! 本番は別館の方だにゃ!」

「私たち、そんなに別館のことを網羅しているわけでもないけどね〜」

「うぐっ……」

 

 

 みくちゃん先走っちゃったねぇ! 先走っちゃったねぇ!(ゲス顔)

 まぁわざわざ時間を割いてこんなことをしてくれてるんだから文句は言わないよ。勿論、意地悪はするけど(矛盾)

 

 

「あれ? だりーとみくじゃん。本館にいるなんて珍しい」

「なつきち!」

「あっ」

 

 

 急に聞き覚えのある声が多田の後ろから聞こえて来る。自分の顔を真横にスーッと平行移動して多田の顔を避けながら、先ほどの声の主の顔を覗き込む。

 

 女性なのに、金髪を大きくあげた男らしいリーゼントヘアー。男らしいというか、どちらかと言うとロックだけど。

 俺はこの人のことを知ってる。高垣楓や輿水幸子位の人しか知らない俺でも、俺の趣味のジャンル的にこの人のことは知ってる。F〇Sに出てたからな。その時は歌が上手くてビビり散らかした記憶がある。

 今は想像してたよりも身長が小さいことにびっくりしてる。

 

 

「あれ……もしかして、取り込み中だったりした?」

「ううん。全然大丈夫!」

「前川は一人で取り込み中みたいな所あるけどね」

「ぼそっと言うのやめろや!」

 

 

 なんかこの子、ほんとにこっちが求める100点の反応をしてくれるよね。

 こんなことしてたらいつかガチファンに『みくにゃんに対する当たりが強すぎないですか? 幻滅しました。しぶりんに浮気します』とか言われそうだけど。

 てか、普通に永遠と漫才してたいよね。むしろこの子はよし〇とに入るべきだったのではと思ってしまう。アイドルの方が向いてそうだからこのままでええけど。今の失言、撮ってへんやろな?

 

 

「そちらの方は……友達? 見学?」

「うーん、両方かな」

「両方みたいなもんですね」

「適当に誤魔化さないにゃ! キミは立派なここのタレントにゃ!」

「俺ってタレントなの? 社員じゃなくて?」

「正直、わかんないにゃ」

 

 

 スタジオミュージシャンってどういう立ち位置なんだろな。タレントって言うのは表に出るような人達のことを言うもんだと勝手に思ってたけど。

 社員といえば社員なんだろうけど、そうなると前川や多田も実際社員だしな。社員というカテゴリーが広すぎる。

 

 

「何? あんた、アイドルなの?」

「まさか。そう見えます?」

「顔整ってるし」

「それは嬉しいですわ」

「夏樹チャン! こいつのこと甘やかしたらダメにゃ!」

 

 

 たまにはいいだろ。顔がいいなんて言われるのは初期くらいなんだぞ。慣れられたらなんの価値もないんだから。

 

 

「光はなつきちのこと、テレビで見たことあるんだよね?」

「うん。唯一じゃないけど、ここのアイドルの人達の中で数少ない知ってる人だよ」

「アタシを知ってるってことは、音楽好きなの?」

「なんで分かるの?」

「だってアタシ、出る番組とか殆どそういうのだし」

 

 

 だから俺この人のことよくテレビで見たんだ。関〇ャムでも見たしM〇テでも見たし。

 テレビは見るっちゃあ見るけど、そこまでガッツリテレビっ子ではないからなぁ。それに見たことあったとしても顔と名前が一致するまで何度も見ることなんてそうほうないだろうし。

 

 

「というか、夏樹チャンはこんなところに何しに来たの?」

「あぁ、Pさんに忘れ物を届けに来てね。丁度本館にいたらしいからちょちょっとな。3人は?」

「みく達は光クンにここの紹介をしてたにゃ」

「紹介にはなってなかったけどね〜」

「うぐっ……」

「あははっ! そりゃあみくやだりーだってまだ新人の域だもんな」

 

 

 そういやシンデレラプロジェクトって新人を中心に結成されてるんだっけ? ちひろさんがそんなことを言ってたような気がする。多分。

 デビュー曲もまだって言ってたし、こいつらってここに来てそんなに経ってないんだろうな。なんでよりによって道案内を買ってでたんだ。

 

 

「そういや、まだ自己紹介もしてなかったな。アタシ、木村夏樹ってんだ。ロックなアイドル目指してるから、ヨロシク!」

「お、おう。松井光、一応スタジオミュージシャン見習いだ」

「スタジオミュージシャンね……」

 

 

 いきなり差し出された手に戸惑いつつも、ガッツリと握手を交わす。

 きれーな手をしてんな。この人はバリバリギター弾いてたし、ギタリストの手が綺麗なのは至極当然なんだけど。

 

 

「ベーシスト?」

「そうだけど?」

「だと思った」

 

 

 やり込んでるんだな、と付け足しながらニカッと笑いかけられる。そりゃあ、握手されたらベーシストってバレるよなぁ。テレビに出るようなレベルの人なら尚更、ベーシストの利き手に関する情報もあるだろうし。

 

 

「なつきち、何でわかったの?」

「あぁ、指の先が硬かったからな。スタジオミュージシャンって言うくらいだし」

「やっぱ分かった?」

「そりゃあそうだろ。野球部の手のひらがボロボロなのと一緒さ」

「なつきちはやっぱ凄いな〜。私も握手しとけばよかった」

「李衣菜は俺と握手したらベーシストってわかったの?」

「わ、わかるよ! もちろん!」

 

 

 まぁ、もう俺の掌はだいぶ綺麗なんだけどね。現役高校球児の掌はほんとにズタボロのカチカチだから。どんだけ振り込んだらそんなになるんだ。

 

 ベーシストの指先がカチカチなのはガチだ。手入れをしていない人だと、マジで指先に鉄板を仕込んでるみたいになるからな。

 指弾きする時にどうしても硬い弦を指で直に行くからな。よくよく考えると、なかなかエグいことをしているかもしれない。

 

 

 

「なんか手入れとかしてるの?」

「一応思い出した時にハンドクリームとか塗ってますけど……」

「へー、意外」

「本当に思い出した時だけな」

 

 

 指先が固くなると音質に影響が出るって聞いたことがあるしな。なんでも、音がピック弾きみたいになるとか。指先が固くなれば、まぁ必然的にそういう音に近くなるわな。

 俺はピック弾きに近い音の方が好きだから、保湿とかと言うよりも手を綺麗にするためにたまにハンドクリーム使ってるけど。

 

 ちなみにそのハンドクリームは凛から貰ったやつだ。何処のブランドとかはよく分かってない。中坊の時に、ハンドクリームの話を凛に相談したら普通にくれた。あいつは良い奴だ(小並感)

 

 

「……だりー、この後も彼の道案内か?」

「うん、今度は別館の方のね」

「前川さぁん、今度はしっかりやれるんですよね〜?」

「せ、誠心誠意努力していく所存でありますにゃ……」

「なんで記者会見みたいになってんの」

 

 

 いや、なんとなく(なんとなく)

 適当に嫌らしいマスコミの真似をした俺も俺だけど、それにちゃんと乗ってくるのが凄いわ。前川やっぱ天才だろ。普通はこんなに変なフリわかんないだろ。

 

 

「じゃあ、アタシが案内してやるよ。ここにはなんにもないけど、別館には色々あるしな」

「なつきち、忙しくないの?」

「今日はレッスンもなんもないからな。それに、キミの実力も見たいしな」

「……へ? 俺の?」

 

 

 道案内をポンな前川の代わりにやってくれるのはありがたいけど、実力を見るって……どういうこっちゃ?



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プロとアマの差は聞けばわかる

「さ、入って。ここがサウンドブースだ」

「おじゃましまーす……」

 

 

 部屋に入ると、まずでかい機械と2つのモニターに目を惹かれる。モニターにはテンプレみたいなラジオの収録をする設備の整った部屋とドラムやギターなどが覗く部屋の2つの部屋全体が映されている。こう言っちゃあれだけど盗撮してるみたいだな。

 

 そしてそのモニターの手前にあるのが何がどうなっているのかすら理解の出来ない機械だ。

 よくミュージシャンの人がいじってるアレね。よくわかんないけど、勝手にMIXに使う機械だと思ってる。実情はどうか知らないけど。

 

 

「こんなのも設備してるなんてすげぇな……」

「うちはでかい会社だからな」

「み、みくも初めて入ったにゃ」

「へぇ……ここで収録するんだ」

 

 

 その場から動くことも無く、防音室と思われる部屋をラジオの収録する場所によくあるガラス越しから覗いたりしていると、奥からなんかオシャレなおじさんが入ってくる。急にくるから少しビクってなったやんけ。

 

 

「あれ? 君がスタジオミュージシャン見習いの子かい?」

「あっ、はい。どうも、初めまして」

「常務から話は聞いてたよ。レコーディングエンジニアをしてる金子だ。よろしくね」

「松井って言います。よろしくお願いします(?)」

 

 

 よろしくお願いしますって条件反射で言ったけど、一体何をお願いするんだろう。レコーディングエンジニア? とかいうのもよくわかんないし。

 

 それよりこの人の髪型はなんなんだいったい。服とかはめちゃくちゃおしゃれなのに、なんで髪型がそんなに社会人でデビューに失敗したホストみたいになってるんだ。お兄さんかおじさんか理解できないラインだから余計に困惑するんだけど。

 あと全然関係ないけど、顔がめちゃくちゃ川谷◯音に似てる(小並感) 

 めちゃくちゃ優しそうな顔をしてるのに、どこかゲスそうな雰囲気が見えるのは俺だけなのか。

 

 

「金子さん! 急に呼び出しちゃってすいません。どうしてもここを使いたくて」

「俺も彼のこと気になってたし、ちょうど良かったよ。あと、そんなキラキラした目をしなくてもわかるから部屋行ってきていいよ」

「あざーっす!」

 

 

 そういうが早いが、奥の部屋にウッキウキで入っていく木村さんの後ろ姿を見送る。少女漫画並みに目がキラッキラだったぞ。どんだけギターやりたかったんだ。俺がイメージしていたよりも無邪気なところがあるんだな。

 

 

「そういや……君たちはここがどういう所かは知ってる?」

「えっ? い、いや……まだなにも」

「ラジオとかレコーディングをする場所……って言うのはPチャンから聞いてるにゃ」

「そ。つまるところ、ここはこれから君がおそらく一番使うであろう場所なんだよね」

「ほえー、ここが……」

 

 

 こんなガチガチの機材の揃った部屋で俺がこれから活躍するとかなんにも考えられないんだけど。どんなビジョンなんだよ。てか活躍できる保証もないな。なるようにしかならないよね、こういうのって。

 

 

 ッバァン!

 

「に゛ゃ゛っ゛!゛?゛」

「うわびっくりした!?」

「おーい! 来ないのかー!?」

「はいぃ!?」

 

 

 さっき部屋に入って行ったばかりの木村さんが黒ひげ危機一髪並の勢いで戻ってきた。あれ? てかこれ俺に言ってね? 違うよね? 横のおっちゃんだよね? あまりにも視線がこっちに向きすぎてるから思わず返事しちゃったけど俺じゃないよね?

 

 

「ベースならスタジオん中に置いてあるから! それとも今弾けないのか?」

「えっ、弾くって何を」

「何をって……あんた、ベーシストだろ?」

 

 

 きょとんとした顔で言われても、こっちがそう言う顔をしたいんですよ。

 いや、意味はわかるよ? 弾くって言われた時点で俺の中の選択肢はベースかギターしかないからな。それしか弾けないし。

 

 

「ほらほら、あんなリーゼントなイケメンでも女の子なんだから待たせちゃダメだって」

「光クンサイッテー」

「なつきち待ってるじゃん」

「そうだな、ごめん」

 

 

 流石に3対1には勝てないんですわ、うん。

 後ろから6つの視線に刺されつつ、ニッコニコの木村さんが待つ部屋に入る。

 部屋の中は広く、人5人くらいが暴れてても無事そうなくらいのスペースが保たれている。ドラムセットだけでなく、キーボードやギター、ベースも用意されていて、いつでもバンドができるよ状態になっている。

 すげぇな。理想の部屋じゃん。寮にもこの部屋が欲しい(暴論)

 

 

「ジャズベしか置いて無いんだけど、大丈夫? 弾ける?」

「俺が普段使ってるのより弾きやすいと思うから大丈夫っす」

「どこのメーカーの使ってんの?」

「ATELIER Zの五弦っすね」

「五弦とは渋いねぇ」

「多弦ベースにはロマンが詰まってますから」

 

 

 多弦ベースにはロマンが詰まってる。はっきりわかんだね。弦が多いとなんか強そうだし(アホ) まぁ、実際に弦が多い=音域が広がる=やれることが多くなるってことになるから、表現が馬鹿なだけであってつよつよになるってのはあながち間違いでは無いんだけどね。

 

 四弦自体久々に握ったなぁ。ネックが細くて違和感がすごい。左手に余裕と幅がありすぎて、今ならなんでもできそうな気がする。いざやってみたら普段と変わらないんだろうけど。

 

 アンプの上に置いてあるカンカンの入れ物から柔らかめのピックを選び、弦を弾く。

 ピック弾き独特の粒の立った音が真っ直ぐアンプから響く。

 

 

「これ、チューニングしてあるんすね」

「昨日誰か使ってたんだろ。普段はちゃんと緩めてあるよ」

 

 

 ネックは曲がってないから普段からちゃんと管理されてるのはわかるんだけどね。弦が張ったまんまだからなんかの魔法でまっすぐ無理やりさせてるのかと思った。

 

 軽い会話のキャッチボールを木村さんと交わしながらお互いに慣れた手つきで準備を進めていく。基本的な機材自体は普段使っているのと変わんないしな。アンプの横にめちゃくちゃ大量のエフェクターが置いてあるのだけがめちゃくちゃ気になるけど、ああいうのは気にしたら負けだってじいちゃんが言ってた。

 

 

「なんか得意なジャンルとかある? ジャズとかボカロとかロックとか」

「得意……というか。基本的には邦楽ロックばっかですよ。ボカロはともかく、ジャズとか全然」

 

 

 

 ジャズのベースとかかっこいいのは分かるんだけどね。あいにくコード進行とかよくわかんないの。某絶叫脱糞系弾き語りのお兄さんみたいな感性もしてないしね。

 

 

「アタシはだいたいなんでも弾けるし歌えるから、なんか弾ける曲選んでいいよ」

「なんでもって……すげぇっすね」

「だいたいだよ、だいたい。それに基本はロック系だしな」

 

 

 テレビに出てた時から思ってたけど、やっぱりこの人ってホンモノなのかもしれない。音楽一本のアーティストでも食っていけそうなのに、なんでアイドルやってんだろうと思わざるを得ない。くっそ美人だし何か理由があるのかもしれんが。

 

 

「じゃあ、ラルクとか」

「いいねぇ、ラルク」

「HONEYとか行きましょうか。代表曲は抑えとかないと」

「HONEYならだりーもわかるかもな」

 

 

 ケラケラ笑いながら言われてるぞ、多田。テレビ用のにわかキャラだと思ってたけど、多田ってガチにわかなんだな。ベーシストの指先が固くなるってのも知らなかったみたいだし。

 

 

「これ、やるのはいいっすけどドラムとギターどうするんですか」

「金子さんがドラムとメインギターだけ音源流してくれるから大丈夫」

「すげぇな金子さん」

「プロだからな」

 

 

 そんな器用なことが出来るのか。レコーディングエンジニアってすげーんだな。もはや魔法使いじゃん。

 これがプロの一言で片付くあたり、プロってやっぱりプロなんだな(語彙力死亡)

 

 

「金子さん準備大丈夫ですか?」

『あっ、これ声出していいの?』

「全然大丈夫ですよ。な?」

「超ビックリした(もちろんです!)」

『光クン、言ってることと思ってること多分逆になってるにゃ』

 

 

 本心やししゃーない。だって急に上から声が聞こえてくるんだもん。

 上を向いてみると、スピーカーみたいなのが天井に内蔵されていて、そこから音が聞こえていた。なんかすげぇな。あんなのできるんだ。学校のスピーカーみたいなのとは訳がちげぇや。

 

 

「あっ、コーラスどうする? ボーカルやって貰ってもいいけど」

「大人しくコーラスやらせてもらいますよ。木村夏樹の生歌も聞いてみたいですし」

「言うねぇ。後悔させねぇから」

「期待しかないっすよ」

 

 

 ガチプロの生歌とか聞ける機会ないしな。木村さんの場合テレビで歌声聞いた時もめちゃくちゃ上手かったし余計楽しみってもんだ。

 大にわかって言われそうだけど、俺ライブとか行ったことないし。

 

 

「────── っし」

 

 

 リーゼントヘアーを軽く靡かせ、大きく息を吐く。どこか風格のあるそんな姿に少し息を飲んでしまう。

 

 

『ずっと眺めていた 遠く 幼い頃から』

 

 

 真っ黒なボディのギターから繰り出される荒々しい音の波。一瞬、男性かと錯覚させる、低く安定した歌声。

 来た。この歌が上手い人特有のビリビリ来る声。流石に同じ部屋ともなると気圧されるわ。俺の友達にも歌の上手い奴はいるが、それとは比べものにならねぇ歴とした壁を感じる。

 

 

『今も色褪せた その景色は』

『真白な壁に 飾ってある』

 

 

 左足を後ろに蹴り、つま先で地面を叩く。これが自己流のスタートの合図だ。

 座ってベースを弾くときは貧乏ゆすりみたいな要領でリズムを取れるが、立ちだとそうはいかない。まぁノリノリにさえ慣れれば意識しないでも勝手にリズム取っちゃうんだけど。

 

 

『──────乾いた』

 

 

 左手の薬指を弦に押し当て、下から上へ。低温の音の流れが、本震を予兆させる。

 

 HONEYはこのベースの入りが堪らない。フライングしたボーカルを追うようにバックが畳みかけてくる波の連鎖がトリハダ要素を加速させる。目の前で歌ってる人がプロともなれば尚更だ。

 なんだかよく分からないうちにこんなことにはなったけど、この状況を楽しまなきゃ音楽好きの名折れというものかもしれない。

 

 そんなわけで楽しもう。色々忘れて、後で考えればいいさ。



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ベースが地味っていうは間違いじゃないが反論はしにくい

「凄かったじゃないか! スカウトされたのも納得だよ!」

「いやぁ……? そうなんすか」

「そうなんすかって、スカウトされたのは君じゃないか」

「試すような真似をして悪かったよ。そういうことをする性分じゃないんだけど、どうしても話題の人のことが気になってね」

 

 

 

 俺と木村さんの楽しい楽しい時間はあっという間にすぎた。HONEYって3分超の曲だからそりゃあっという間だわなって感じなんだけど。

 

 結局、俺は木村さんと金子さんに試されていたらしい。そういうことなら最初に言って欲しいのに。最初に聞いていたところでどうにかできる訳では無いが心の準備とかあるやん普通。

 

 

「ま、私から言わせればまだまだ伸びしろあったけどね」

「主にどの部分のことにゃ?」

「ふふん、もっとギュイーンっとロックな感じにだね……」

「ベースだからギュイーンって音は出ないぞ」

「えっ、じゃもっとバチバチっと……」

「HONEYでは基本的にスラップしないぞ」

「」

「惜しかったな、だりー。スラップが出てきた所まではよかったぞ」

「最初でめちゃくちゃコケてたけどね」

 

 

 ベースでギュイーンって音はエフェクターかけても出るかわかんないからな。ギュイーンがどんな音をイメージしてるかにもよるけど。

 多分多田の言っているギュイーンはギターのスライドのことだろうな。ベースでもスライドはめちゃくちゃやるけど、あれはギュイーンってよりブォンって感じだし。擬音ばっかで頭悪くなりそう。天才タイプのプロスポーツ選手かよ()

 

 

「もっと精進せよ」

「うぅ……最近ベースがマイブームだったのに……」

「へぇ、なんでまたベースに」

「だりー、この前急に『多弦ベースってロックだよね!』って言ってたから多分それからだろうな」

「そうそう! 女装したおじさんがすっごいなんかロックでね!」

「女装した……おじさん……?」

 

 

 今、女装したおじさんって言ったな?

 女装したおじさんで多弦ベースってもう確定だよな。どう考えてもあの美少女ベーシストのことだよな。ダイヤモンド☆フユカイのことだよな。

 なんつーもん見てんだお前。洗脳されてないやつが見ると目が腐るぞ。俺は洗脳済みだからあの人見ただけで狂喜乱舞する体になってるけど。

 

 

「ね、ねぇ光クン。李衣菜チャンってもしかして変なのを見てるんじゃ……」

「変なのには変わりないし目は腐るかもしれんが、映像さえ見なけりゃ天国だから大丈夫だ」

「何を言ってるのかよくわからないけど、取り扱い注意の劇物でも扱ってるのあの子?」

「にゃを付けろよ」

「にゃ」

 

 

 雑すぎて草って言いそうなったわ。現実でネット用語を持ち出すやつほどサムいやつはいないってそれいちばん言われてるから。たまにふらっと出てきたらそれはもう末期だから。俺のことだけど。

 

 というか横で木村さんが苦笑いしてるんだけど、どう考えてもその笑い方はヤツを知ってるな? 正直ギターやベースをやってる人間なら一度は目にすると思うが。

 

 

「私も早くギターが弾けるようになって、なつきちみたいにロックに弾きながら歌えるようになりたいなー」

「練習すればすぐ出来るようになるさ」

「弾き語りは慣れだよ、慣れ」

「みくも早くソロ曲デビューしたいにゃ〜……」

「がんばれ」

「なんでみくにはそれだけなのー!」

 

 

 なんでって言われましても……それ以外に言いようがあるんですか。だってどうすればデビュー出来るか知らんし。

 

 

「そういえば光っていつからベース始めたの?」

「ベース? ベースは……中一くらいからだったと思う。多分。きっと」

「なんでそんなに曖昧なんだにゃ……」

 

 

 確かに。自分がベースを始めた時期が曖昧にしか記憶にないってどうなんだろうか。

 覚えてないもんは覚えてないんだから仕方ないんだけど、それでもなんとなく思い出なんだからちゃんと覚えておけよとは思う。まぁ、結局覚えてないんだけどね(白目)

 

 

「光って確か高二だったよな? それだと、ざっと5年くらいになるのか? それならそのうまさも納得だよ」

「リズム感は昔からよかったの?」

「リズム感とかあんまり気にしたことは無いからなぁ」

「じゃあ生まれつき良かったのかもな」

 

 リズム感ってよくわかんないじゃん。某メリーゴーランドでラブソングしてそうな人並みに突き抜けてないとわからない能力じゃん。

 というか言葉で説明すること自体が難しいし、なによりも圧倒的に地味すぎる。

 

 

「なになに? 結局光ってどこがすごいの!?」

「俺も気になる!」

「本人が気になってどうするんだにゃ」

「仕方ないだろぉ、藤○くぅん。俺が一番わかってなかったんだから」

「おうおう、松井光ぅ! みくはヒゲのおっさんじゃないにゃー!」

「イマドキの高校生でもどうでしょう知ってるんだな……」

 

 

 金子さんが信じられないような顔で見て来るけど、そりゃあ知ってるでしょうに。8時に全員集合するやつとかだってちゃんと知ってるんだからね。昔作られたコントなのに、今を生きる人たちが見ても爆笑できるっていうのは不思議なものがあるよな。

 

 前川って大阪出身だよな。なんでどうでしょうネタが通じるんだよ。北海道民にしか通じねぇんじゃねぇのかよこのネタ(東京都民)

 

 

「光の凄いところはリズムキープの安定力だよ」

「……ベースが? りずむきーぷ? ドラムじゃなくて?」

「あっ、そこからなのね」

 

 

 ベースってギターと同じ弦楽器だからギターと似たようなことしてるって思われがちだよな。

 だがしかーし! 実際やってることはギターと違って鬼地味だし、ギターよりもドラムにやってることは近いんだよね。ドラムと一緒にリズム隊って言われるくらいだし。

 

 

「実際、隣にいてすげぇ弾きやすかったよ。光のバンドメンバーは恵まれてるな」

「でへへ……そんなこと言われても嬉しくねぇぞこんにゃろー!」

「長身の男子高校生が言ってもキモいだけにゃ」

 

 

 うるせぇ!わかってんだよ、んなこたぁ! けどパスがまる見えだったんだから取るしかないじゃないの! それが生きとし生けるものの本能じゃないの!(違う)

 

 

「でも、正直地味な能力だよね。もっとロックな能力持ちだと思ったな〜」

「漫画の世界じゃねぇんだぞ。素人がトンデモ能力なんか持ってたまるか」

「いやいや、光のリズムキープって十分とんでもない領域に入ってると思うぞ?」

「へ?」

 

 

 少し拍子抜けしていた緩んだ顔が驚きの色に変わる。

 いやいや、リズムキープに凄いも何も無いと思うんだけど。

 

 

「少なくともアタシと金子さんが打ち込みかと聞き違えるくらいにはな。途中で遊んだりしてたからちゃんと光が弾いてるって確認できたけどな」

「機械と間違えるって言い過ぎっすよ」

「それくらいぶれなかったんだよ。音もリズムもな。そりゃレコーディングには向いてるだろうな。意識を持った機械みたいなもんだし」

「褒めてんのかよくわかんないにゃ」

「褒めてる褒めてる」

 

 

 俺のすげーところってそんな所だったんだ。生まれてこの方、部活連中はもちろん、親にもそんなこと言われたことなんて無かったわ。なんて地味な強味やねん。

 

 

「なんというか……地味、ッスねー……」

「そんなことないって! 人間の手でやってるのに一切のブレもなく音も安定してるつって凄いんだぞ!」

「簡単に出来そうで実はできないって悲しいよな」

「みく、ベースとかよくわからないけど、光クンってなんかベースみたいだにゃ」

「どういう意味だそれ。俺が地味って言うのか」

「地味に見えて凄いって意味だにゃ」

 

 

 なんだそれ。不思議と褒められてる気が一切しねぇ。泣きたい。泣くが? いや待てよ、俺がベースみたいってベーシストとしては最高の褒め言葉では? 違うな、うん。

 

 

「まぁ光がなんで私達専用のスタジオミュージシャンに選ばれたかは分かったよ。なつきちが認めるってことはそれだけ凄いってことだし!」

「ほんとに凄いってわかってる?」

「わかってるわかってる!」

 

 

 自信満々に胸を張ってそういうが、絶対にわかってないしフラグにしか聞こえない。

 という訳で、カマかけてみよう。こいつと出会ってまだ24時間も経っていないが、なんとなくこいつはかけたカマに面白いくらい綺麗に引っかかってくれそうなタイプな気がする。俺の直感は当たるんだ。知らんけど。

 

 

「どの辺が?」

「リズムキープ!」

「どこのフレーズ?」

「かーわいったー! って所!」

「可愛い。しかも合ってる」

「ふふーん! でっしょー!? これぞ、ロックなアイドルってね!」

「多分、知ってるフレーズ言っただけだにゃ」

 

 

 ワイトもそう思います。まぁでも当たってたからいいんだよ! にわかをどうにかしてふるい落としに行くの良くない。それ先祖代々言われてるから。多分。

 

 

「ともかく、同じ趣味をもった奴が仕事仲間になるのは嬉しいよ。これからよろしくな」

「う、うっす」

「敬語じゃなくていいよ。それに、苗字じゃなくて気軽になつきちって呼んでくれ」

「いや、なつきちはちょっと……」

「冗談だって。なつきちってあたしを呼ぶのはだりーだけだしな」

 

 

 なつきち呼びは恥ずかしいがすぎるからビビった。テレビで見てた人間がいきなりあだ名で呼んでくれとか言ってきても無理がすぎる。

 にしてもこの2人。木村さんと多田の二人はまじで仲がいいんだな。なんか百合厨が大量に湧きそうだ。

 

 というか、俺って木村夏樹になんか認めてもらったの? ヤバくね? これだけでご飯15杯おかわりできるんだけど。

 嘘だわ、ご飯15杯とか現役高校球児が泣いて1000本マジノックに変えてくださいって頼み込むレベルの量だわ。



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猫はこたつではなく主人の布団で丸くなる

「あぁ、疲れた……」

 

 

 色々なことがありすぎてどう考えてもほとんど情報を処理できない頭から、備え付けのふかふかベッドにダイビングする。ちなみにダイビングをしても変な魚とか電気ネズミを咥えてこれるわけでは無い。あの鳥の原理ってなんなんだ。うっうー!

 

 それにしても疲れた。休日でまだ午前中だというのに、非常に疲れた。何があったのか詳しいことを話すのが嫌になるくらいにはどっと疲れたし、色々あった。

 だってテレビで見てた人と一緒にセッションしたんだもんな。いまだに信じられねーや。

 なんなら、ついさっきまで一緒にいたしな。多田と前川と一緒にまとめてラーメンも奢ってもらったし。美味しかった。

 

 というか、夏樹さんも寮通いなんだよな。しかも部屋めっちゃ近かったし。隣の隣の隣だからな。周子さんと紗枝ちゃんときて次の部屋だ。近いなほんと。何がどうなってるんだよ、この寮。

 

 

「眠いでごわし」

 

 

 というか眠い。眠すぎる。

 当然といえば当然だ。お腹がいっぱいで体は疲れている。ともなればやることは一つであろう。そう、睡眠だ。お昼寝だ。爆睡だ。

 

 脱いだシャツとズボンを机めがけて投げつけ、掛け布団に包まる。中シャツは別にいいや、寒いし。

 

 

「ふわぁ……」

 

 

 でかいあくびを抑えることなく、目を瞑る。昼寝っていいよね。最高に気持ちいいよね。某三下いちご大福が起きてこない理由もわかるもん。仕方ないよな、眠いもんな。おはしいなできないよな。

 とか思ってたらマジで眠くなってきた。意識が遠くの彼方に行ってまう……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 ふわふわした感覚の中で意識が戻るのがわかる。

 変な夢を見た。バランの妖精とタテガミがポンデリングになってる声がおっさんのライオンにひたすらセクハラされてたような、そんな記憶が薄いのに濃く残ってる。かなり恐怖を感じた。

 起きたとはいえまだ眠い。100人がこの状況にあるならば、きっと97人くらいは

 二度寝するであろう。というわけでワシも寝よう! お茶は飲まない。

 

 

「うにゃあ……」

「あっ、ちょっと狭いっすね……失礼しました」

 

 

 布団をぐいっと首元まで上げた時に、右腕がこつっと当たる。いやはや、失礼しました。それじゃあ俺も寝て……寝て……

 

 ……ん? 今俺の右腕何に当たった? 心霊現象か何か? ……んん??

 

 

「……ん?」

 

 

 体を起こして、何か当たった右手側を見てみる。明らかに布団が膨らんでる。というか赤みがかったふわふわの長い髪の毛みたいなのが布団の横から覗いてる。怖いんだが。普通にこれひっぺがしたら怖い女の人に襲われそうなんだが。

 

 とは言いつつも、横でなんか絶賛もぞもぞしているなんかをひっぺ剥がしてみないことにはことは進まない。

 というか中身はなんとなく予想できてる。個人は予測できないけど、多分横にいるであろう人の職業はわかる。なんでやろなぁ。真面目にやってきたというわけでも無いのに。

 

 

「……ご開帳〜」

「寒い〜……」

「あっ、失礼」

 

 

 ペラっと掛け布団を捲ってみると中から出てきたのはまるで赤い宝石箱のようなどえらい綺麗な女性。すっごい寝顔綺麗。なんなら布団をめくられて唸ってた顔すら綺麗だった。こんな美人が存在している事実がすげーわ。

 とか言って見惚れている場合では無い。この見た目には騙されていけない。赤の他人が自室で寝ているところの横に転がり込んでくるような女性が一癖二癖ない女性な訳がない。絶対にヤバい。

 

 とは言ったものの、このまま俺が直接この人に触って起こすわけにはいかない。なぜかって? 女性に直接触れるなんて選択肢が俺にはないからだよ!

 

 

「どうしたもんか」

 

 

 ここで俺に残された選択肢は二つある。

 そのいち、この美女が起きるまで待つ。この場合、放置しているだけでことが進むが、この人がいつまで経っても起きずに夜になってしまった場合に俺がこの人を連れ込んだように見られかねないというデメリットがある。今こんなことになってる時点で連れ込んだもクソもないんだけどね。

 そのに、近くの部屋の人に助けを求める。俺は幸いにも両隣にいる厨二病なアイドルと適当京美人の二人とすでに面識がある。この二人にヘルプを求めてどうにかしてもらうという算段だ。勘違いされたその時は自害を決意し颯爽とここから夜逃げする所存である。

 

 

「うーむ、悩みどころよ」

「何をそんなに悩んでるの〜?」

「いやー、起きたら隣に美女がいてさ。直接起こすわけにもいかないし」

 

 

 いやー、どう振り返っても詰みに近いよなぁ。この場面。

 一体なんでこんな目にあって……ん?

 

 

「起きてんじゃん」

「Good morning〜♪︎」

「発音良」

 

 

 めちゃくちゃグッモーニングの発音綺麗やん。綺麗な顔から綺麗な英語の発音とかこいつ帰国子女か? ほら、なんか帰国子女ってアメリカかぶれの美少女的なイメージあるし、知らんけど。

 

「何これ、英語で聞いた方がいいパターン? はーわーゆー?」

「志希ちゃんバリバリじゃぱにーずぴーぽーだよ?」

「そうなの? そりゃそうか」

 

 

 ウェーブが掛かりながら胸元……んんっ! 辺りまで伸びた髪の毛。人懐っこそうな丸い目とそこから伸びる長いまつ毛。つけまつ毛じゃないよな? 天然だったらヤバすぎだろ。俺が女だったら羨ましくて高速アルプス一万尺急に始めるまである。

 

 

「ところで志希ちゃんさんや。あなたは何でここにいるんですかえ?」

「ん~……なんでだっけ?」

「なんでだろうねぇ」

 

 

 きれいな斜め45度の角度で模範的ただいま考え中のポーズを決められても困るんですよね、こっちとしては()

 とはいえこっちも困ってそっちも困ってでカバディカバディしてても困ったことに話が進まないんですわこれが。

 

 

 ぴんぽーん

 

 

「お客さん?」

「そうみたいだねぇ」

 

 

 ベッドから飛び降りて速足でドアへと向かう。

 いったいどこの誰が急にピンポンしたのかはわからんけどマジで助かる。下位にいるときのキラー並みの打開助かる。この前某マリカ大会を見てしまったせいでマリカしたい欲が過去一すごいのよね。俺もあんなアチアチな勝負してみたいわね。友達もいないわけじゃないけどガチガチに同レベルで殴れる相手はほとんどいないってのも事実だから。

 

 

「はいはーい」

「おーっす、昨日ぶりー」

「あぁ、周子さん……と?」

 

 

 ドアを開くと京美人……と、隣にギャル。

 めったに見ることはないピンク髪にしっかり立った付けまつげ。ぱっと見でギャルとわかる容姿をしているものの、化粧も濃すぎず素の顔の良さで勝負をしていることがうかがえる。というか格好がやばい。露出度が高い。へそが出てるし肩も出てる。風邪ひかないの? お母さん心配しちゃう。

 

 てかずっと疑問だったんだけどさ。周子さんも志希ちゃんさんもだけどみんななんでそんなに平気で肩を露出できるの? 寒くない?あったかくなってきたとはいえ寒くない? お母さん心配しちゃう(母親特有の心配性)

 まぁ室内だから寒くないといえば寒くはないんだろうけどさ、そもそも恥ずかしくない?(真理)

 

 ほんとにこの環境ってすごいよな、美人しかいねぇんだもん。マジで桃源郷だよな。この点に関してだけは目の保養にしかならねぇよな。まぁ圧倒的にやべぇ点としてはここにはアイドルしかいないし男が俺だけしかいないってことなんだけどな。絶対にここにいたらあかんわ、うん。

 

 

「ほんとに男の人が住んでるんだね……」

「いや、ほんとすいませんほんとマジほんと」

「ほんとって三回言うやん」

「俺のマジ度を表したら自然と」

 

 

 このギャルのお方の反応が普通なんですよ。そら驚くよ、女子寮に男がいたら普通に驚くよ。なんならこの状況に置かれてる俺が一番驚いてるまであるもん。もういろいろと諦めたから今は驚いてないけど(?)

 

 

「ま、まぁそう落ち込まないでよ。いろいろと大変なんでしょ? 状況はよくわかんないけどさ」

「女の花園に入れてる時点でシューコちゃんはこの状況を楽しむべきじゃないかとは思うけどね~」

「楽しむとか無茶では?」

 

 

 ハーレムを楽しむ? それは胃が痛いだけでは? それに僕が知ってるハーレムっていう状況はなぜか好感度マックスになってる女の子たちだけに囲まれる状況のことなんだが?

 なんでハーレム系のアニメやら小説やらの世界ってみんな好感度マックスなんだろうね。たまにある何の説明もなしなのに好感度マックスの女の子が最後まで好感度マックスになった理由は経緯を語られぬまま終わったりするの俺すっごいもやもやするんだけど。

 俺はイチャイチャを見てぇだけじゃねぇんだ! その過程も楽しんで限界オタクになりたいんだよ! まぁ別にそこまでハーレムに思い入れがあるわけではないから別にいいんだけどね。

 

 

「ハーレムとかうらやましーじゃん。青少年にはちょーっと強すぎるflavorかもしれないけどネ♪」

「うわびっくりした」

「あ、いた」

「にゃ?」

 

 

 いつの間にベッドからここにきていたのやら。俺の肩に手をかけてひょっこりと顔をのぞかせる小娘の頭をすいと伸びてきた手がむんずと掴む。

 

 てかめっちゃいい匂いする。このギャルめっちゃいい匂いする。猫娘の頭掴むために近寄ってきたんだろうけど、その時にふわっとしたシャンプーの香り凄い(小並感)

 ギャルって香水頭からかけてる生き物だと勝手に認識してたけどこれは新情報だわ。マスコミに高く売れるね(確信)

 

 

「おー、志希ちゃんほんとにここにいたとはねぇ」

「やっぱり適当言ってたんだ……」

「なになに。どゆことすか?」

 

 

 全く状況がつかめない、ということもない。大人になったらその場の状況を読むことも大事だからね。時を戻そう。

 実際、時を戻せたら何でもやりたい放題だよな。俺なら絶対エッチなことするわ。というか男なら全員そういうことやりかねんわ。人間、時を戻す能力がない方が絶対にいいってはっきりわかんだね。

 

 まぁ話を察するからにこの志希ちゃんさんがどっかに行ってそれを探してる時に周子さんが適当に俺の部屋にいるって言ったら本当にいたって感じだろう(オタク特有の早口)

 

 

「いやー、この娘がね? また脱走したもんだから捕まえに来たのよ」

「それほどでも~」

「褒めてないから。ほんとにもう、麗さん送りになってもアタシは知らないからね」

「それだけは勘弁してほしいかにゃ~」

 

 

『また』とな? なるほどなるほど。よくわからんがこの娘には脱走癖があって、なぜか今回はわしのところに来たと。ただのトラブルメーカーじゃねぇか。勘弁してくれ。

 

 

「そういえば美嘉ちゃんって光くんとは初対面だっけ?」

「なんならそちらの方だけじゃなくて今捕まってる方とも今日初めてですけどね」

「どんどん顔広がってくなぁ」

「ここにいるときに顔広げても変な噂しかたたないと思うんで勘弁してほしいんですけどね」

 

 

 いや、ほんとにこれに尽きる。昨日が一日目、今日が二日目で明日過ごしたらこことおさらばできるのに何でこんなにイベントが詰まってるんだよ。バランス調整おかしいだろ運営仕事しろ。

 

 

「明日までここにいることになってます、松井光って言います。いやマジで迷惑かけないんで勘弁してください俺もなるだけここにはいたくないんですごめんなさい」

「別にずっとここにおればええのに」

「周子ちゃんこの子になんかした? すっごい怯えてるじゃん……」

「にゃははー! やっぱりキミ面白いねぇ! 匿われてた志希ちゃんでーすよろしくー!」

「ちなみに苗字は一ノ瀬ね~」

「周子ちゃん補足説明どーもー」

 

 

 他人事だからって適当言いよって……許すまじ周子さん。それと自分は関係無い的な感じで能天気にしてるけど、そもそもあんたのせいで俺はすごい申し訳なさそうにしてるギャルと対面してることになってんだからな。ただでさえここに所属しているアイドルの人とはここで会いたかないって言ってるのに。

 

 

「あー、光くんだっけ? 周子ちゃんからここに来るまでに色々聞いたけど、気にしなくていいからね?」

「やさしい……」

「アタシは城ヶ崎美嘉っていうの。カリスマギャルとしてやってるからよろしく★」

「天使……」

「色々大変だと思うけど一応アタシのこう見えて歴はキミよりあるからさ。なんかあったらいつでも相談してね」

「」

「泣いてるじゃん……」

 

 

 周子さんが若干引いてるけど知ったこっちゃない。もう泣けてくる。マジで泣けてくる。こんなに癖のなくて優しい人初めてや。いや、みんな優しいんだけど癖がないって点ではね……(白目)

 

 やはり人は見た目で判断してはならないっていうのは至言かもしれない。ヤンキー優しい説とか滅茶苦茶あるもんな。ヤンキーはヤンキーなんだけど。

 

 

「一生付いてきます姉御」

「姉御!? 美嘉ねぇって呼ばれたことあるけどそれは初めてカナー……?」

「じゃあ美嘉ねぇで」

「新しい弟君できちゃったね~」

「おめでたー」

「えぇ!?」

 

 拝啓、母親へ。なんかお姉ちゃんができたかもしれないです。僕は今泣いてます。人間の優しさって素晴らしいですね。人へは優しくしようと決めました。 ―完―



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飼い犬と歴戦の嫁の嗅覚は世界レベル

 

【朗報】松井光、昼間のイベントをこなして以降ひきこもることにより午後7時まで逝き抜くことに成功する。

 

 いやぁ、これは快挙ですよ。マジで快挙ですよ。昨日ここの部屋に来てからずっとイベント続きだったにもかかわらず、長時間のイベントなしっていう事実を作り上げることのできたこの凄さ。あなたには理解できますか!(大興奮)

 

 ここに荷物が運び込まれてから即行で周子さんが来て紗枝ちゃんも来て、帰ったと思ったら凛が来て。寝て早起きしたもんで外に出たら飛鳥に会い、寮に戻って二度寝してたら前川と多田に突撃されて連れ回されてたら夏樹さんとセッションすることにもなった。草臥れて帰ってきて寝てたら志希ちゃんさんに不法侵入されてお姉ちゃんがなぜかできた。

 

 おかしい。控えめに言って24時間ないくらいの時間でここまでの出来事があるのほんとにおかしい。

 それがあってからのこの何もない時間だ。もう神だね。最高至福の時間だね。

 実際寝るのが最強ってこれで結論付いたわ。なぜ俺は24時間眠れる体に生れてこなかったんだろう(末期)

 

 

「今日はもう晩御飯抜きでいいや」

 

 

 本当はこの時間ならご飯を食べている時間なんだが、今日はもういらないや。大丈夫、晩御飯一食抜くくらいならへーきへーき。

 あれ? 今日俺って昼めし食ったっけ? まぁいいや。

 

 

『着信が来てるぜぇ~? ワイルドだろぉ~?』

 

 

 あっ、電話だ(小並感) スギちゃんの着信音いいよね。電話がかかってきたっていうストレスもないからおすすめだよ。難点としては人に聞かれたら変な顔されるってことね。スギちゃんの何が悪いんだよ。ゆめおと同じで袖がないだけだろ。

 

 着信主は……凛じゃん。なんや、珍しくもない。

 

 大体電話がかかってくるってこと自体が今の世の中レアケースってことも無きにしも非ずってこともあるかもしれんが、大体俺に電話をかけてくる奴は半分が親でもう半分が凛だ。

 親の場合はわかる。アナログ人間だからしゃーない。けど凛はなんで電話で来るねん。普通にLI〇Eしてくればええやんってなるわ。

 まぁ俺もいちいち文字打つのだるいから凛に用があるときはほとんど電話でかけるんですけどね。

 

 

「あい、なんぞや」

『今暇でしょ』

「暇だが」

 

 

 初手暇でしょってこいつやべぇ。確かに暇だけど。オブラートに包むって言葉知ってる?

 中学生とか高校生になるとさ、絶対にオブラートじゃなくてコンドームっていうクッソ下らん下ネタいう奴いるよな。一人でコンドームで水風船しとけ(辛辣)

 

 

『晩御飯食べてないでしょ』

「食べた」

『ごはん食べに行きたいんだけど』

「どこによ」

『あんたの部屋』

「は?」

 

 

 ぴんぽーんとチャイムが鳴る。嘘だろ? マジで言ってる?

 電話を耳に当てながら玄関に向かい、鍵を開ける。

 

 

「こーゆーこと。どうせひきこもってご飯食べてないでしょ」

 

 

 ドアを開けるとほっと〇っとのマーク付きのビニール袋を掲げながらマフラーをしているせいで呆れたようなジト目しか見せてくれない凛ちゃんさん。

 てか外寒っ! 2月でも冬はばちこり冷え込むのな。

 

 

「ホラーかよ。しょんべんちびるかと思ったわ」

「するならトイレでしてきて」

「ちびってないわ」

 

 

 寒いだろうによく来たねぇというおばあちゃんみたいな気持ち半分、夜道を一人で来させたことに関する焦り半分でそそくさと凛を部屋に招き入れる。

 この子も強いから下手に襲われないとは思うんだけど。というかあの硬派そうなPさんと一緒にいる千川さんがいる限り間違いは起きないと思うんだけど。それでも心配なもんは心配だ。

 

 

「言ったら一緒に買いに行ったのに」

「すぐそこにあるお店行ったから大丈夫」

「お前ほっと〇っと食べたことあんの?」

「普通にあるよ」

「イメージと違う」

「あっそ」

 

 

 そっけない返しとは裏腹にのり弁やらサラダやら豚汁やらを手際よく準備していく。

 ほっと〇っと滅茶苦茶久々だわ。コンビニ飯よりもクオリティ高いしコスパもいいんだよな。学校の昼食に丸々弁当屋ののり弁持ってきてる奴いたわ。正直賢い(小並感)

 

 

「重くなかった?」

「鍛えてるから」

「そのほっそい腕で?」

「見る?」

「いやいい」

 

 

 セクハラになるからね。それに暖房点けたとはいえまだ寒いし。

 店が近いとはいえ汁物も買ってきてるんだったら尚更ついて行ってやればよかった。

 

 

「そこに財布あるから必要な分後で取っといてな」

「わかった」

 

 

 素朴な会話をしながら全部の蓋を開封していく。ちゃんと和風ドレッシングにしてるじゃん。わかってるぅ↑

 

 

「ねぇ」

「ん?」

「ベッドから女の匂いがするんだけど」

「あっ」

 

 

 えっ、だれか空間凍らせた? さっき暖房点けたって言ったよね? 急に氷点下になったんだけど。

 ココ北海道? ロシア? 雪国? アイスランド?

 

 

「何。ついにここの人に手出したの」

「無罪だ」

「そうだよね。ここには私よりもかわいい子がいるもんね」

「違う、待って」

「最低」

「ごめんってたんまあああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふーん、よかったね。可愛い女の子と寝れて」

「実感皆無だったから惜しかった」

「変態」

「冗談だって」

 

 

 何とか飯を食いながら弁解に成功しました。やましいことなんか何もしてないからね。そりゃ誤解ならちゃんと解けるよ。うんうん。

 久々にフリーザー凛を見た。めっちゃ空気凍ってたマジで空気凍ってた。ちゃんと誤解が解けてマジでよかった。なんか若干引きずってる臭いけど。

 

 さっきまで豚汁の入っていた器がまだほのかに暖かい。これでさっきのが幻覚だったと確信できるわ。

 これで器が冷え切っていようものなら俺はもう戦慄していた。あれ?なんか袋の水滴凍ってね? アイスなんか入ってたっけ?

 

 

「そもそもお前よく女の匂いとかわかるよな。嗅覚えぐ」

「香水の匂いとかわかるでしょ」

「確かにわかるけど香水の匂いに関してはあんまり気にしないもん」

 

 

 ファ〇リーズとかはちゃんとやるよ? だってほら、あれってCMでもファ〇リーズで洗おう!って自負しているくらいだから。かけるだけで洗濯したも同然なんだからそらファ〇リーズするよな。

 

 

「香水の匂いとか嫌いなの?」

「嫌いではないかな。特別好きでもないけど」

「ふーん……」

 

 

 そうですか興味ないですか。興味あったとしても何がどうってわけじゃないからいいんだけどね別に。

 

 

「まぁ付けようとは思うよ。今でも」

「……」

「わかったって」

 

 

 めっちゃジト目で睨まれる。ごめんごめん、意地悪して悪かったってホント。

 

 そもそも中学の時に友達からちょっともらった香水付けてたらすっげぇ泣きそうな顔して『香水付けないで』って言ったのお前だからな。好きではないとはいえ匂いは気にするんだからな。あれがなかったら今頃俺はちゃんと香水付けてたよ。

 

 

「お前香水にいじめられでもしてたのか?」

「いや、光に付けて欲しくない」

「意味が分からん」

「別にわからなくていいよ」

 

 

 そういうと凛がスッと腰を上げてベッドに腰掛け、枕を取り上げる。するとおもむろに枕に顔をうずめ始める……も、しばらくすると不満げな顔をしながら枕から顔を離し始めた。

 なんだよ、匂うっていうのか? その行為はゴミ箱を自分から覗いて汚いっていうようなもんだからな。俺が傷つくだけだかんな。

 

 

「……匂いしない」

「新品ですもの。ていうかやめない? いい匂いでもないでしょ?」

「今度光の家から枕取ってくる」

「使わんからな。俺はこの前見つけた新しい枕を使うって決めてるんだ」

「じゃあさ、光の家にある枕貰っていい?」

「駄目に決まってんだろ」

 

 

 そんな顔してもだめだからな。枕が欲しいならついでに買ってやるから。

 そもそも俺の枕なんか貰って何に使う気だよ。絶対にダメだからな。そもそも俺が一番恥ずかしいんだし。

 

 結局、この枕争奪戦(争奪戦とは言ってない)は俺が着れなくなったお古の服を上げるという形で譲歩され、幕を閉じた。

 まったくもって意味が分からん。そもそもお古とはいえお前の体のサイズじゃぶかぶか待ったなしだからな。絶対に外では着させんぞ。お父さんの誇りにかけて(違う)



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社会の闇と書いて千川ちひろと読むらしい

 

 どうやら俺は戦士か何かになったらしい。

 

 空を飛び回り、なんか目の前にいる敵を指先から出るビームで蹴散らす。てかこの技黄〇の丸パクリじゃねぇか。

 まぁいいや。気分はまさしく海〇無双。春に出る新作が楽しみでしょうがないな。早くやりたいな。おっ、あっちにも敵がいるじゃん。ヒャッハー! 汚物は消d

 

 ……ん? 待てよ? あの敵ってどっかで見たことあるような。化け物の形がどんどん変わって人間みたく……あの緑色の服……んー?

 

 

 

 


 

 

 

「松井さーん……起きてますかー……?」

「っは!?」

「ひゃっ!?」

 

 

 強烈な悪寒に襲われ一気に意識が覚醒する。いいだろうかかって来いよ。今の俺は〇猿だぞ。ん~、光の速さで蹴られたことはあるかいぃ~?(ねっとり)

 

 

「び、びっくりしたぁ……」

「……千川さん?」

「すいません。少し驚かしてしまいましたね?」

 

 

 少しで済むのだろうか。お互いまさに飛び上がるほど驚いていた気がしなくもないんだけど。

 

 

「なんでここにいるんですの?」

「いやー、松井さんにいい報告ができそうでつい」

「……ここ俺の部屋ですよね?」

「早速なんですけど着替えてもらっていいですかね? 別にこのまま話を聞いてもらっても大丈夫なんですけど」

「あっ、そこは触れない方向なんですね」

 

 

 この人マジで何者なんだろ。てか今何時だ。早朝か? マイスマートフォン! 別にライバー用じゃないスマートフォン!(ネイティブ発言)

 てか普通にあったわ。スマートフォン。時刻は現在8時47分! ……昨日寝たのが12時くらいと考えると少し寝すぎた程度だろうか。ぐっすりすやすやであった。

 

 

「……てか千川さん。こんなところにいてお仕事は大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ? こう見えても私結構、遣り手なんですから!」

 

 

 少し自慢げに言う姿がとってもかわいいのが悔しい。もうこの人直々にアイドルやればいいんじゃないのかな。なんかいろいろと裏方にいるには惜しい存在に見えるんだけどな。

 

 

「それで松井さん。お着換えなさるんですか?」

「あー……じゃあ着替えてくるんで。適当に待っててもらってもいいですか?」

「はい! 大丈夫ですよ!」

 

 

 あんまり待たせないように今日は軽装でいいか。そもそも今日まで俺はひきこもり生活の予定だし。

 というかなんで今こんな状況なんだろ。俺どこかで突っ込まなきゃいけないタイミングあったはずだよな? 完全にもう引けなくなってるだけじゃね? 泣きそう。泣いたわ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「それじゃあ! 少し本題に入る前に前置きをさせていただきますね!」

「はぁ」

「今、松井さんが住んでいるここは女子寮になっている……というのはご存じですよね?」

「もちろん」

 

 

 それはもうここにきてからの2日間で痛いほど学ばせていただいたですわよ(お嬢様)

 だって部屋からなるべく出ないように心がけていたのに、死ぬほどアイドルと顔を合わせることになったし(遠い目) なんならド早朝に公園に出ただけでアイドルもいたし(悟り世代)

 

 

「実は本来なら女子寮に男性の方が住んでいる、というのはちょっとした問題だったりするんです」

「ちょっとしたで済むんですかそれ」

「済ませるから大丈夫ですよ?」

「あっ……」

 

 

 なんか今一瞬、社会のとてつもない闇を見た気がする。いや、見たというよりも見えた気がする。

 謎の力でもみ消すんですねわかります。いや、嘘ですわからないですだから消さないでくだs

 

 

「そんなわけで! 私たち、ちょっと頑張っちゃいました!」

「なにをどす?」

「ちょっとした問題を問題じゃなくしたんです」

「ほう。……ほう?」

 

 

 問題を問題じゃなくする。つまるところ、女子寮に男性が住んでても問題じゃないようにする……そういうことであろうな。

 いや、どうあがいても無理だけどね(白目)

 

 

「つまりですね……簡単に言えば、女子寮が女子寮じゃなければいいんですよ!」

「でもここ女子寮じゃないですか」

「いいえ! ここは今日から学生寮です!」

「???」

 

 

 この人日本語通じるのだろうか。ここは何と言おうと女子寮である。だって実際そうだしね。

 

 てか俺がここに一番最初に入れられそうになった時にちょうど目の前にいる人に言われたもん。『346プロの女子寮』って言われたもん。

 漢として人生を生きていく中で女子寮に入れなんて言われるとは思わなかったもんだから二度と忘れないよあのセリフは。

 

 

「厳密に言えば、正式にここの名前が学生寮に変わったんですよ! 今日から!」

「……ほう?」

「学生寮なら女子限定なんて一言も書いてありませんから学生なら男性でも寮生活しておっけーです!」

「……ほう」

「それに、名目上学生寮なだけなので別に学生じゃない人でも入居できますし! 完璧な策ですよ!」

「あっ、ふーん……」

 

 

 なるほど、なんとなーく意味は分かった。つまり男性である俺がここにいても何ら問題はない状況をものの見事に作り出したってことやな? なんちゅーことしてくれるんや。

 

 しかもそんな簡単に変えられるんかい。僕、そういう会社の人事? 管理? もはやどれに該当するわからんようなこと簡単に変え得られるなんて知らなかったよ。

 

 

「でもマスコミとかそういうことお構いなしに記事に書くんじゃないですか?」

「名目上の立派なルールを作りましたから! 何一つ問題はありません!」

「あっ」

 

 

 なんでだろう。千川さんのニコニコスマイルから邪魔する奴は力ずくで叩き潰すという強い意志が感じ取れる。怖い。この人なんでこんなに本気なんだよ。

 

 

「でも僕がここにいるって保証がないじゃないですか。そもそも今日までここにいたら実家に帰る気満々だったんですよ?」

「いーや、光さんにはここにいてもらいますよ? 逃がさないですから」

 

 

 そういうと千川さんは、ふっふっふっ……と不敵な笑みを浮かべながら立ち上がりドアの前で仁王立ちして目を光らせる。

 なんでだろう。その行動に関しては何一つ違和感を抱かない。小さい。可愛い(小並感)

 

 

「そもそもの話ですけど、なんで俺をここに住まわせたいんですか?」

「質問を質問で返すようですけど、こんなに可愛い女の子たちに囲まれていられる環境で過ごしたくないんですか?」

「ストレスフリーでいられるなら住みたいですけどね」

「なら問題ないじゃないですか! 男性にとっては桃源郷ですよ桃源郷!」

「ワードセンスが地味に古いっすね」

 

 

 一瞬『は?』って言いかけたが桃源郷のおかげで突っ込みが先に出た。

 

 現在進行形で忍者的戦略的籠城という名のひきこもりでアイドルの人たちと接触しないようにしている二尾のどこがストレスフリーなのか、これがわからない。

 でも強いて言うなら? 正直胃が痛いけどみんな顔面がいいおかげで全部目の保養になるとか? まぁまぁまぁまぁそれが目当てというわけではないですけどね決してうんうん(早口)

 

 

「ほら、俺も質問に答えたんだからちゃんと俺の質問にも答えてくださいよ」

「ちゃんとしてますね……なかなか手ごわいじゃないですか。いい社会人になれますよ」

「社畜怖い」

 

 

 社会に出たらそういうスキルも取得しなくちゃいけないのかよ。社会ヤバイな。一生自宅警備員してたい。

 

 

「前も言った通り、松井さんを皆さんに深く知ってもらうためですよ」

「……表向きの理由じゃないんですか、それ」

「ギクッ」

 

 

 その反応マジで裏の理由があったんか。マジか。今滅茶苦茶適当に言ったのに。とっても適当に言ったのに。

 いや、だってありがちじゃん? だいたいこういうのって企業がらみで裏に理由隠してたりすることが多いじゃん? 本当にあるのかよ。

 

 

「いいでしょう! どちらにせよ、遅かれ早かれ松井さんには伝えなきゃいけないことでしたからね」

 

 

 ……あれ? こんなに簡単にバラしてくれるんかい。

 待ってまだ心の準備g



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天才型は大体変な欠点持ち

 はぁ、とため息を吐きながら少し顔を引き締める千川さんにつられて、ちょっと背筋が伸びる。

 なんか、すごく重大な扉を開いてしまったのかもしれない。今、まさに。

 

 

「松井さんはシンデレラプロジェクトがどういう意味を持ったプロジェクトなのか。それは知っていますね?」

「まぁ、ちゃんと説明してもらいましたね」

「そして、松井さんはシンデレラプロジェクトを根本から支えてもらう存在になってもらう。これも説明しました」

 

 

 どう考えても俺に対する負荷がやばいと思うんだけどね。男子高校生一人に背負わせる量じゃないし、普通に考えたらもうちょい何人か用意してもらいたいもんだ。

 

 

「実はこの問題。無理があると思いませんか?」

「実はじゃなくても相当無理があると思いますね」

「あっ、気付いてたんですか」

「だって現実味がないですもん。全く」

 

 

 会社の敷居に足を踏み入れたばかりの男子高校生一人に大企業の一つの部門に新しい風を吹かせるなんてレベルの企画を背負わせるとか正気の沙汰じゃないからね。まるで設定が無茶すぎるなろう系そのまんまだ。

 

 

「じゃあ色々と単刀直入に言っちゃいますね。そっちの方が手っ取り早いですし」

「よっしゃ、ばっちこい」

「松井さんは簡単に言ってしまえば『当て馬』なんですよ」

「ほう、当て馬。つまるところ本命がいると」

「いや、本命はまだいないですね。というか本命をそろえるための準備段階にすらまだ

入れてないんです」

 

 

 ちなみに当て馬ってどういう意味か分からない人は今手元に絶対あるはずのスマホやらPCやらあるいはvitaやらでググってみような!

 なんで今手元にそれがあるかわかるかって? あれだよ、読心術。鼻からミルクティーが飲めるようになれば読心術が使えるようになるって小学校の同級生のあっくんが言ってたから。

 

 

「そもそもこれだけでかい会社が専属のミュージシャンを雇えてなかったのが不思議ですもんね」

「松井さんのおっしゃる通り。まぁ、専属のミュージシャンが不足していることに関しては色々とあったんですけどね……」

 

 

 千川さんがなんだか遠い目をしている。まぁ、色々とあったんだろう。うん。

 

 

「簡単に言えばコストカットがあったんですよ。美城常務が就任されたときに所属していた専属のミュージシャンの方々が悉くクビを切られてしまって……」

「悉くクビって…その人たちに何か問題でも?」

「……単純に出資に対する実力、それから作業量が見合ってなかったんです。常務が目指しているのはより質の高く需要のある政策ですから」

 

 

出資に見合った結果が出てなければそりゃクビにせざるを得ないのは仕方がないよな。厳しいけどこれが現実だろう。ドラマでもよくサラリーマンの人はとりあえず生中みたいな勢いでクビになってるし。

 

 

「それで取り合えず大量に切ったはいいものの専属ミュージシャンが少なくなって取りあえずは外部頼り……って感じで?」

「美城常務も考えなしにクビを切るようなお方ではないので、ちゃんと補填する人たちに声はかけてたみたいなんですが少し誤算が」

「誤算?」

「その人たちもまさか自分たちが大量リストラの補填要員とは知らされてなかったみたいで…」

「自分たちも何かあればすぐにクビになるんじゃないかと」

「その通りです。急な大量リストラでイメージダウンもしてしまいまして、それ以外の方々もうちには来なくなって……それに乗じたライバル企業が若いアーティスト候補生をよっこいしょと……」

 

 

 隙を見せたライバル企業に乗じてパワーアップと妨害もする。すげぇな芸能界。大量の金が動くだけあって、弱肉強食の色がより濃くなるんだろう。

 

 とはいってもミュージシャンの人も急にクビにされるリスクがあるのは勘弁だよなぁ。ただでさえ綱渡りみたいな職業なのに……おぉ怖い怖い。

 

 

「いつかは悪いイメージも薄れていく。その時にまた若い逸材を捕まえればいい……とはいえ時間は有限ですから。空白の期間の間にライバル企業に差をつけられるのは346プロとしてもなかなか大打撃なんですよね」

「そこで、期間を開けないためにとりあえず若い俺を捕まえてみたと」

「はい。次の本命の方々が見つかるまでの」

「見つかるまでって…そういってもただの高校生捕まえないといけないくらいには余裕がないんですね」

「ただの高校生だなんてとんでもない! ちゃんと松井さんを選んだ理由があるんですよっ!」

 

 

 急にびしっと指をさされてびくってなってしまう。

 ひ、人に指さしたらいけないんだぞ! こんなんでビビる俺が悪いんですけどね。だって急に来るんだもん。

 

 

「第一に技術面。これは今西部長のお孫さんが極秘で入手してくれた映像を見て確認したところ、合格ラインをしっかりと越えてくるほどの実力を兼ね備えてました」

「極秘……ねぇ。それってなんかのライブの映像ですか? めっちゃ音質悪い奴」

「そうですよ? よくわかりましたね!」

「いや、普通に部活で撮影してたやつですねそれ。あんなクソ音質でよく判断できましたね……」

「ちゃんとその道のプロもうちにはいますから!」

 

 

 極秘映像といわれていたやつだが、その映像は多分部活として参加したライブの様子をやっすいカメラで撮影しただけの動画だ。顧問の先生が上達のコツは振り返りだ!……なんて急に言い出したのはいいものの、あまりにもカメラをケチりすぎたせいで音質がよくなく、結局お蔵入りになった映像だな。恥ずかし。

 

 

「第二にルックスです! これは私とPさんで決めたことなんですけどね」

「ルックス……顔面じゃないですか」

「そうです! 白い肌に少し高い鼻。そして全体的にハーフっぽい顔立ち! 体格も細すぎず、寧ろ少し筋肉質で女性からもイメージよし。まさにさわやか系なジャ〇ーズによくいるちょうどいいレベルのイケメンです!」

「わかる」

「ライバル会社のことを若干ディスるようなことしれっと言わんでください」

 

 

 まるでジャ〇ーズはそこまでのイケメン集団みたいないい方。

 実際はいい意味で違うんだけどね。あの人たちはアイドルだから顔よりもダンスとかで魅了するからね。最近はバラエティ特化な人たちも増えたし多様性だよ多様性。なんで俺がフォローしなあかんねん。ジャ〇ーズのことが特別嫌いなわけではないから余計に辛い。

 

 

「そして最後に、松井さんは少なくとも見境なく女性に手を出す悪人ではない。社会人として、芸能界で生きるものとして素行面は重要ですから」

「……よくこんな短い期間でそんなことわかりますね」

「この期間だけで判断したわけではありませんから。少なくとも、松井さんのことをとても信頼している方……その方から得られる情報だけでも、今は十分ですよ?」

 

 

 俺のことを信頼している方ねぇ……なんとなーく予測はついてるけど、よくもまぁあいつから色々と情報を得ようとしたもんだ。

 どうやって知ったかは聞く気力もない。多分知ったら俺はこの人に一生逆らえなくなる気がする。世の中知らなくてもいいことがあるってそれ一番言われてるから。

 

 

「それにしても捕まえたのが俺一人って少なすぎますよ。他にいるかもしれないけど、どんだけ余裕がないんすか。悪評があるとはいえこれだけでかい企業なんですから人も来るでしょ?」

「そこで美城常務の存在ですよ。彼女は同時にアイドル部門も合理的に……まぁ簡単に言えば今まで広げすぎてた風呂敷をいったん小さくして自分の手に届く範疇で動かそうとしているんです。要するに少数精鋭ですね」

「合理的じゃないですか」

「問題は美城常務のやり方が多少強引なところなんですよねぇ……」

「あー……」

 

 

 今まで所属していた専属のミュージシャンのクビを簡単にスパッと切れるんだもんな。

 血も涙もないといえばそれまでだけど、経営者としては天職だよなぁ。受け身の立場としてはこれ以上怖い存在はないが。

 

 

「そこでPさんが担当しているシンデレラプロジェクトの存在が重要なんですよ」

「ほう」

「まぁここら辺は色々と大人の事情があって複雑なんですけど、さすがの美城常務とはいえど今すぐにアイドル部門の改革を進める……そういうわけには行けないんですよね」

 

 

 そもそもそれが普通なんだろうけどな。『さすがの美城常務でも』って言われるくらいだから下手したら思わぬ方向からくる可能性だってそれをやりかねない頭脳も力も備えてるんだろうけど。頭よさそうだったしなぁ、あのベヨ〇ッタさん。

 

 

「もちろん改革も重要です。それでも美城常務のペースで進めては全部崩れてしまう可能性もあります。そのためにはあの子たちや松井さんの力が必要なんです!」

「は、はぁ……でも俺当て馬じゃないんですかね……」

「いーえ! 私たちはそうは思っていませんよ!」

 

 

 千川さんが身を乗り出しながら目を輝かせる。何々怖い怖い。この人さっきからテンションがあまりにも高すぎるでおじゃる。

 

 

「確かに現時点では松井さんは成功すればいいな~程度の当て馬にすぎません! というか、超無名の高校生ベーシストを大企業の専属ミュージシャンにするなんてそれこそシンデレラストーリーですからね」

「そら夢みたいな話ですわな」

「だからなっちゃいましょう! シンデレラならぬ、王子様に! プリンセスじゃなくてプリンスに!」

 

 

 あー、なるほど。わかってきたぞ。

 

 シンデレラプロジェクトっていうのは、そもそも素人の女の子たちをアイドルにする。女の子が輝く夢を与える夢のためのプロジェクト。

 幸か不幸か、そのプロジェクトが動いているタイミングで男子版シンデレラみたいな境遇に346プロの事情的に勝手になっていた俺が入ってきたと。

 

 

「仲間は多いに越したことはありません! それにアイドルを支える立場につく松井さんが根本で支える柱の一つになってくれれば百人力です!」

「じゃあ千川さんが無理やり俺をここに住まわせてアイドルと接触させようとしたのは?」

「まぁ、掻い摘んでいってしまえば『会社の事情で色々と背負わせてしまった男の子に少しでも早くなじんでもらうため』っていうのと『性格面と素行面の最終チェック』ですね!」

「俺が手を出したらどうするつもりだったんですか……」

「うちのアイドルに手は出させませんから大丈夫ですよ?」

 

 

 おー、こっわ。今どす黒い空気出てたこっわ。何なら壁からボウガンが出てきて槍が飛んできそうな空気感まであった。

 

 にしてもなんだか知らない間に大ごとになったみたいだ。ていうかそんなにこの会社悪評広まってたんかい。何一つ知らんかったぞ、ていうか凛もなんか言えよ。俺がクビになってもいいんかあいつ。

 裏事情を知らない時点ではラノベみたいな話で信じられなかったが、裏の事情を知ったら知ったで色々信じられないな。いや、信じたくないな(白目)

 

 

「……と、言うのがフィクションです!」

「は?」

「今のは全部作り話です!」

「は?」

「そんな松井さん一人とあの子たちに重圧を背負わせるわけないじゃないですか! アニメじゃないんですから!」

 

 

 パンと手をたたいて終わりました! という感じで話されても困る。

 えっ、何この話即興なの? 今考えたの? 凄すぎんリアルすぎんか。怖いんじゃが。

 

 

「松井さんはそんな細かいことを気にしないで、思う存分ここで腕を磨いて、そしていろんなことを体験していってください。きっと、あなたのこれから先のことに役立ちますから!」

 

 

 勿論、こっちもたくさん出ますので! ってにやにやしながら親指と人差し指で円を作る。下世話な話やめーや。確かに金はあって困らんし、わしも欲しいけど。

 

 

「そんなことよりですよ! ここに来たのはこんな話をするためだけじゃないんですよ!」

「こんなって…で、ここに来た理由って?」

「ふっふっふ。今の格好って動きやすい服装ですか?」

「……へ? まぁ全然動きやすい服装ですが」

「それじゃあ、着替えを持ってついてきてください!」

 

 

 着替え……着替え? なんでそんなもんを……って思ってたら、玄関からなんか置いていきますよ~って声が聞こえる。まぁ千川さんの声なんだけどね。

 問題は声の主じゃない。その移動速度だ。さっきまで目の前にいたよね? なに? あの人瞬間移動使えるの? 超人じゃん筋斗雲乗れよ。

 

 

「アイドルのことをもっと知ろうの体験ツアーですよー!」

「……体験ツアー?」

 

 

 適当に着替えをリュックにぶち込んでる間にも、玄関からウキウキ声で急かす声が聞こえる。

 ……ん? 待てよ? これ、またなんか俺の意思とは違う方向で話進んでね? いいのか、いいのか俺。このままでいいのか俺。

 

 

「……ま、いっか」

 

 

 人生なるようにしかならねぇよな。畜生!(血涙)



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ダンス部の運動量は伊達じゃない

「……ここってレッスンルームじゃないですか」

「あら、ご存知だったんですね♪」

「色々あって昨日来たんで」

 

 

 千川さんに言われるがままに移動した先はつい昨日夏樹さんに教えてもらったばかりのレッスンルーム。淡い色をして中が見えなくなっているガラス質の壁と、重厚そうなドアのノブには使用中の札が下がっている。

 

 レッスンルーム。昨日前川や夏樹さんから聞いた話では、346プロに所属しているアイドルが主にダンスレッスンをする部屋らしい。中に入ったわけではないから内装がどんなもんかは知らないが、なんとなくダンスルームで想像したらいいんじゃないだろうか。内装知らんけどね。直接見てないから。

 

 

「ここに用があるんですか?」

「はい、そうですよ」

「もしかしてじゃないですけど、人いますよね?」

「もちろん!」

 

 

 おそらく完全防音ではないのだろう。耳を澄ませてみると壁の向こうから音楽と床をけるような音がかすかに聞こえる。その時点で察していたけど、いるねぇ! これ中にアイドル多分いるねぇ!

 いや待て、まだ中にいるのがアイドルであって女の子と確証が得られたわけではない。女の子は嫌いではないけど初対面のアイドルとこれ以上遭遇するのは色々ごめんだ。あまりにも遭遇する人の数が多すぎる。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

 俺のそんな雰囲気を感じ取ったのか。ささっとノックをしてドアを開けていく。鉄砲玉かよ。

 ニヤニヤしながら手招きする千川さんにつられるのは癪だが、扉を開けてしまったんじゃあ入るしかない.

 行きますよ行けばいいんでしょうもう!

 

 

「失礼しますぅ……」

 

「ワン、ツー、スリッ、フォー!」

 

 

 うおぉ……絶賛ダンスレッスン中やないか。鏡張りの壁に向かって三人の女の子が曲に合わせてステップを刻んでいる。英数字を刻みながら手拍子しながらその三人を見つめるのはダンスの先生だろうか。

 これ鏡張りの壁一面だけだからいいけど、全面鏡張りだったらちょっとえちえち……ゲフンゲフン。

 

 

「ワン、ツー!……あっ、ちひろさんお疲れさまです!」

「遅れてごめんね! 少し手間取っちゃって」

 

 

 なるほどね、アイドルを担当しているであろう先生も美人と。しかも若い。千川さんも綺麗な方だしここの顔面偏差値は一体どうなっているのだろうか。

 

 

「それでですねこちらにいるのが……」

「松井光さんでしたっけ」

「アッハイ」

 

 

 もはや当たり前のように名前を知られているの怖い。千川さんの事だからちゃんと事前に話を通してたんだろうけど。さっき入った時の先生の反応も来た来たって感じだったし。

 

 

「話は伺ってますよ! 今日は見学でしたよね!」

「あっ、そうなんですか?」

「えっ、そうですよね?」

「そうですよ♪」

 

 

 ごめんなさいね。僕なんにも話を聞かされてないからなんにも知らないの。

 

 どうやら俺はここに見学に来たみたいだ。なんで今更見学……って思ったけど今更じゃねぇな。まだここに来て一週間も経ってねぇもんな。まだまだ見学とかの段階だわそりゃ。

 

 

「申し遅れました。私、ここでトレーナーをしている青木慶って言います! まだまだトレーナーとしては新人ですけど、精一杯頑張らせてもらってます!」

「初めまして、松井光っていうものです」

「ルーキートレーナーさんはまだ若い方ですけど、その腕には定評がありますよ!」

「いやー褒めすぎですよぉ! ……あっ! みんなちょっと休憩してて大丈夫だよ!」

「我の魔力が底を……ちゅかれた」

 

 

 一流芸能事務所に所属してる人ってルーキーだろうが何なんだろうがやっぱり実力者ぞろいになるもんなのね。それにしてもこのお方、先生ではなくトレーナーさんだったのか。先生とトレーナーって意味的に何が違うのかはわからんけど、とりあえずトレーナーさんで覚えておこう。

 

 というか後ろでアイドルの子が普通に倒れてるけどいいのだろうか。めっちゃ踊ってたもんな、そら疲れるわ。お疲れサマーズ。

 

 

「暫くの間、光さんもみんなの練習に参加する際は主に私と姉たちが担当することになると思うので、気軽にルーキートレーナーさんとでも呼んでくださいね!」

「あっ、はい。よろしくおねg……ん? 練習に参加?」

「あれっ、違いましたっけ?」

「違くないですよ」

 

 

 待てよ、俺は何も聞いてないぞ千川ちひろォ! 野郎やりやがったな、ハメやがったな。

 もうわかったぞ、読めてきたぞ。魂胆は知らんが千川さんはなぜか俺にダンスも習得させようって魂胆か? わしはアイドルか。この男なのにアイドルか。訳あってアイドル! 違ぁう!(拒否)

 

 

「千川さん???」

「説明しましょう! これはですね、光さんがアイドルの子たちとより仲良くなるための親睦会みたいなものなんです!」

「ダンスレッスンですよね?」

「そうですね」

「僕踊るんですか?」

「もちろん!」

「今日もその為に?」

「はい!」

「うせやん」

 

 

 その為か、そのためだけにここに来たんか。だから部屋を出るときに着てる服が動きやすい服装か聞いてきたんか。なぜそこでわしはその言葉の意図に気づかなんだぁ(絶望)

 

 

「ちなみにですけど、松井さんはダンスのご経験は?」

「いや……遊び程度でしかないですね」

「遊びでダンスすることとか逆にあるんですね」

「あまりにも暇を持て余していた時期があったんですよ」

「なんでそんな時期が……」

 

 

 中学のときね、滅茶苦茶暇だったのよ。帰宅部だったから。当時はベースもやってなかったから暇つぶしにいろんなことに手を出していた、そういう時期だったの。私も当時は若かったわねぇ……似てねぇな、大〇丸のモノマネ。潜影蛇手。

 

 まぁ中一の時の話だから3~4年前くらいの話なんだけど。それくらい前で合ってるよね? 今年で高二だからそんなもんだよね? 知らんけど。

 

 

「ともかく! ダンスの経験があるなら大丈夫ですよ。最初はみんな初心者ですから!」

「俺は一生初心者でも大丈夫なはずなんですけどね」

「つべこべ言わずに! ファイトっ!」

「いや、あんたのせいやがな」

 

 

 この後滅茶苦茶一人でダンスさせられた。



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ハーフのスタイルと顔の良さはズルい

「хорошо! とってもよい踊り、でした!」

「ど、どーも……」

 

 

 ありがとうね。名前わからんけど銀髪の滅茶苦茶可愛い女の子。最初の言語は何を言っていたのが全くわかんないけど、こんなかわいい子に褒めてもらえるだけで踊った甲斐があるわ。めっちゃ内容うろ覚えだったけど。

 

 それにしても久々に動いて超疲れた。マジで疲れた。疲れすぎて初期のナナフシ3Dみたいになったわ(?)

 ダンスってすっごい疲れるんだよね。普段人間がしないような動きをするからとっても疲れる。ダンス部って文化部みたいな扱い受けてるけど普通に運動部並みに体力持ってるよね。尊敬するわ。

 

 

「それじゃあ松井さんの力量もわかったところで美波ちゃんたちも一緒に行きましょうか!」

「トレーナーさん……お、俺も踊るんですか?」

「大丈夫ですよ! 今からやるところはみんな初めてやるところなので」

 

 

 そうなんだ。って違うけどね! 問題はそこじゃないですよ! まだ踊るんですか! 正気ですか!(半ギレ)

 そんな体力はもうない……っていうわけではないけど。それでも半分くらい残ってるのは普段から運動をそこそこしている賜物だろう。

 これでも俺って家でギターとかベース触ってるだけの人じゃないからね。イライラしたことがあったら即行でバッセンに行く勢だから。バッセンはいいぞ。すごくストレス解消。

 

 

「じゃあ初めましてでお願いしますほんとすいません」

「いえいえ! Pさんから松井さんの話は聞いてましたから!」

 

 

 決まってしまったものは仕方ない、とかただの向きをぐるっと180度回転させて後ろでへたり込みながら俺のダンスを眺めていた方に挨拶と謝罪を同時にしておく。俺ここにきてから謝罪してばっかな気がするな。まぁいいや。

 

 受け答えしてくれたのは圧倒的なお姉さんオーラを醸し出しているお方。

 少し茶色がかった長いストレートヘアーは腰まで届くかというところまで来ているのに、毛先はサラサラとしていて普段からのケアの丁寧さがうかがえる。

 切れ長でながらもややタレ目がちなアーモンドアイからは落ち着いた雰囲気を感じられる。結構アイドルの人ってキリッとした目つきや丸っこい目つきの人が多いイメージだから、こういうタレ目の人は少し珍しく感じてしまう。

 

 うん、なんというか。見れば見るほど大人の女性だなという感想しか出てこない。今まであってきた女の人が良くも悪くも幼かったり学生っぽい人たちばかりだったのもあるかな。でも安部さんは……いや、やめとこう。

 

 

「Pさんって……俺会ったの一人しかいないんですけど……」

「そのPさんで合ってますよ?」

「あっ、じゃあシンデレラプロジェクトのメンバー!(名推理)」

「はい! 新田美波ですっ! メンバーではちょっとだけお姉さんになるの」

「ちょっとだけ……つかぬことをお伺いいたしますがご年齢は……?」

「19歳ですよ?」

 

 

 えっ嘘19とな!? お主、19とな!? ピチピチの未成年とな!?

 

 マジかよ。かんっぜんに社会人のお姉さんかと思っていた。確信していた。

 だってオーラがあまりにもお姉さんすぎるんだもん仕方がないじゃない。オブラートぶっ飛ばして言うなら大人の色気がむんむんだったもん。初対面の人をそういう目で見るのは失礼かもしれないけどだってそうだったんだもん!

 

 19歳となると大学生なんか。こんな美女が同じ大学にいたら毎日幸せハッピーだろうなぁ。あと3年早く生まれたかった。

 

 

「マジですか……すっごい大人っぽかったんで軽く成人してたのかと……」

「ふふっ、たまーに言われるんですよね。けどまだまだ新大学生ですよ」

 

 

 世の中凄い未成年がいるものだ。凛だって年下だけど大人っぽいがここまでのレベルではないぞ。

 まぁでもあれだな。これ以上ある意味逆の年齢詐欺にあうことはそうそうないだろう。うん。

 

 

「ってことは? そちらのお二人もシンデレラプロジェクトの?」

「うむ!」

「да!」

 

 

 なんだろう。そちらの奥のお二人はものすっごくキャラが濃い予感がいたしますわね。片方は日本語だから聞き取れるがもう片方の方はなんて言った? ダーって聞こえたぞ? 何語や……

 

 

「アー……じゃあ、アーニャから自己紹介、しますね」

 

 

 アーニャ……っていうのは一人称だろう。となるとさっきから出てた単語はやっぱり日本語じゃなかったんだな。そうだよな。新しい言語を生み出すことのできるアイドルかと思った。

 

 言語に意識が行きがちだが、一番驚くのはその容姿。一言でまとめるなら美しい。雪の精霊。顔面がいい。もはや暴力。

 ハーフなのか外国の血100%なのかはわからないが、日本人とは全く違う顔の系統をしていてもわかる。この子はとてつもない美人だ。もうだってモデルだもん。

 

 

「Меня зовут Анастасия」

「……へ?」

「エーット……アーニャって、呼んでください」

 

 

 流暢な母国語の後にたどたどしい日本語を聞くとなんだかとっても保護欲が湧いてる。やだ……これが母性本能!?(違う)

 

 それにしてもこのアーニャちゃん。その前はアナスタシアとも聞こえた気がする。

 この子は凄い。俺もここにきて色んな女の子を見てきたがそれでも一歩引くくらいには顔がいい。というか唯一無二といった方が正しいだろうか。

 周子さんよりも白く透き通るような短めの白髪に新田さんとは対照的なキリッとした目。瞳の色は透明感を最大まで引き上げたような水色をしており、あんまり見ると吸い込まれそうになる。

 

 すげぇな外国人って。世界は広いよ、My father。

 

 

「アーニャちゃんは日本とロシアのハーフなの。でも育ちはロシアで日本語はまだまだなのよ」

「ハーフなんですか。えっと、日本語はわかる……の?」

「アーニャちゃんは喋るのはまだ苦手だけど、リスニングはできるから大丈夫!」

「アーニャ、いっぱいお勉強、しました……!」

 

 

 すっごい満面の笑みをこちらに向けてくるじゃん。なにその一切の曇りもない笑顔。凄い、そんな顔無垢な幼女でしか見たことがない。人間の汚点をすべて消し去りそうな能力もってそうだ。

 

 

「ちなみにアーニャちゃんは15歳よ?」

「……もう女の子の年齢見た目で判断できないです。俺」

「? アーニャ、大人に見えました、か?」

「それはもう、とっても」

「счастливый ……嬉しい、です」

 

 

 なんだろう。凛と同い年っていうのが発覚したからだろうか。さっきからヤバイ。色々とヤバイ。凛と被る。色々と。

 この子あれだわ。同級生の子とかに滅茶苦茶恋させてるけど本人としては善意100%でやってる的なタイプのやつや。あとご近所のお母さま方から訳もわからずにめちゃんこ可愛がられるタイプや。

 

 

「じゃあ最後は蘭子ちゃんかな」

「ふっふっふっ……やはり我こそが最後に立つものに相応しい……」

「この子はハーフかなんかなんですか?」

「違いますぅ!」

「あはは……蘭子ちゃんは普通に日本人よ……?」

 

 

 言語的にやばい子もう一人いたわ。なんならこの子の操る言語に関しては日本中走り回らないと翻訳できる人がいないかもしれない。

 ……いや、いたわ。隣の部屋にもう一人中二病が。この子と接点あるかは知らんけど。

 

 言動はさっきから比喩抜きにヤバいがさすがはアイドル、例によって顔がいい。銀というよりも灰色に近い髪色は暗さを演出するよりもどこか妖艶な麗しさを表現している。

 そしてあまり気にはしていなかったが地肌がとっても白い。薄いといった方が合っているのだろうか。その白さはアーニャちゃんにも匹敵しているが、顔には少し濃いめの化粧が施してあり、それが一層の白さを演出している。

 いうならば人形であり空想上の人物のような。そんな雰囲気が感じ取れる。

 

 すげぇな中二病。来るとこまで来るとここまでできるのか。尊敬するわ。

 

 

「我が名は神崎蘭子。血の盟約を求め我らともに魂の共鳴を奏でん……」

「あっ、飛鳥? 今の聞こえた? これって大丈夫?」

『あぁ、キミのことを歓迎している。これから一緒にがんばろう。といったところかな』

「……えっ?」

 

 

 いやー、飛鳥がいて助かった。やっぱり目には目を歯には歯を。中二病には中二病だよな。

 タイプの違いはあれど通訳できるくらいではあるってのが分かったからこれでも収穫だ。

 

 それにしてもこの前LI〇E交換しておいてほんとによかった。なんとなく交換していたけどまさかこんなところで使えるとは。それにしても初めての着信なのに即行で出たな。助かったけど。

 ちなみに俺の携帯には、あと凛と本田と島村さんと周子さんと紗枝ちゃんのが入っている。急に俺のLI〇Eが陽キャのリア充みたいになったな。

 

 

「なんで飛鳥ちゃんが電話に……?」

「いやー、色々ありまして」

『人生は出会いと別れの連続だよ。蘭子』

 

 

 別れっていうなよ寂しいなぁ……って思ったけど多分飛鳥の場合はなんとなく深そうだから言ってるんだろう。知らんけど。

 それにしてもこの二人にも交流があったんだな。意外じゃないけどタイプが違うから相容れないのかと思ってた。

 

 

「飛鳥は蘭子ちゃんと知り合いだったの?」

『あぁ、寮の部屋が隣同士でね。これもまた同じモノを持つ共鳴者の運命ってやつだよ』

「たまたまだと思うけどね」

 

 

 なるほど、そういう繋がりが。それがなくてもいつかは会ってそうだったけどね、この二人なら。唯一無二の共通点があるし。

 

 

『ちなみにキミが考えていることを予想してあげるよ。蘭子は僕と同じ14歳だよ』

「なんだろう。凄く納得したよ」

 

 

 中二病って名前なのはわかるがまさか本当に二人とも中二の民とかどんだけ原作再現してるんだよ。中二病に原作なんてあるのか俺は知らないけど。

 ここまで14歳にいろいろと集中しているのを見ると俺ももしかしたら中二の時何かヤバかったんじゃないかという恐怖に襲われるわ。俺って中二の時何してったっけな。駄目だ、学校行ってはベース触ってた記憶しかねぇ。なんなんだ俺の中学生活。悲しくなる。

 

 

「それにしてもここってホントに可愛い子しかいないんですね~……」

「まぁこの子たちみんなアイドルですから。そして、そのアイドルを育てて世に出すのが私たちのお仕事なんですよ!」

「まぁ俺はアイドルじゃないんですけどね」

「細かいことは気にしちゃだめです!」

 

 

 なんで俺はここにきてダンスなんかすることになってるんだろうな。俺って本来ならベーシストが本職だろうにな、おかしいな。世の中おかしいな。

 

 

「さっ! 自己紹介も終わりましたし、ここからビシバシやっていきますよー!」

「Да! 頑張って、いきましょう!」

「うむ! 我の蘇生の時は近い!」

「まだ蘇生してなかったんだね……」

「もうやだあああああああ!!! 踊りたくないいいいいい!!!!!」

「さぁ! レッツデレステ!」

「なんすかそれぇ!」

 

 

 結局この後みっちりダンスレッスンした。もうしばらく同じ曲は聞きたくない。



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当たり曲を見つけたら大概一週間は無限ループが始まる

 そこそこ混んでいた電車を出る。そこそこ混んでいる改札を抜ける。同校の学生の波に流されながら少し歩く。学校につく。

 

 

「松井ィ! イヤホン取らんか! てかお前染めとるやろォ!」

「いや違いますね! これは朝鳥糞にやられただけですね!」

「髪の毛全部きれいに茶色にできるうんこをする鳥なんかおるわけないやろ!」

「いますー! アルゲンタヴィスってのがいますー!」

「アルゲンタヴィスはもうとっくに絶滅しとるじゃろがい!」

 

 

 校門に待ち構えるクソ教師に髪の毛の難癖をつけられるので、適当に合わせて逃げる。

 

 ここまでが学校のある日の俺のいつものルーティンと化した光景だ。茶髪くらいえぇじゃないか。地毛が茶色い子もいるんやぞ世の中には。まぁ俺は染めてるんだけどね。

 唯一いつもと違うのは、出発地点が自宅ではなくアイドルの住まう寮といったところだろうか。部屋を出るとき滅茶苦茶急いでばれないように出たからな。幸いにも誰にも接触はしていない。これから忍者として生きる道もありだなこりゃ。

 

 1年生の教室はやけに遠い。正門を通って校舎に入る階段をひたすら上って三階だ。今更だけど俺って今年で高二なだけでまだ今月の間は高一なんだよね。来月の終わりから正式に高二だ。でも面倒だから統一した方がいいだろ? うん。

 

 教室のドアを開けるとすでに教室の中は大盛況だ。男女揃って朝からテンション高めに騒いでいる。

 おかしい。いつも通り二日ぶりの学校なはずが、なぜかやけに久しく感じる。1年間通い詰めてきたのに。

 肩にかけてた制定鞄を雑に自分の机に放り投げ、ちゃちな木製の椅子にドカッと座り込む。騒がしい男子の低い声がやけに心地よく感じるのは俺だけだろうか。いや、俺だけだな。間違いない。

 

 

「……あ゛ぁ゛」

 

 

 普段見上げることのない天井を見上げて大きく息を吹くと汚い声も一緒に出た。おっさんかよ。するとピタゴラスイッチのように連動して前の椅子に座っていた人物がくるりとこちらを向く。ニヤニヤしている顔が非常に腹立たしい。

 

 

「どーだい、幸せだろう。アイドルに囲まれる生活は」

「メンタルが死ぬ」

「ッハー!w」

 

 

 こいつの笑い声マジでうざすぎにも程がある。単芝なのが余計に腹立つ。あぁなったのも元はといえばすべてこいつのせいなのに。一発ぶん殴ってやろうか。

 

 俺の目の前でヒーヒー言いながら爆笑しているのは、何を隠そう俺が346プロに入ることになったきっかけであり元凶であり大戦犯でもある今西。こいつが俺を誘わなければそもそも俺が3日間も神経すり減らしながら過ごすことも今現在足が筋肉痛になることもなかったのだ。

 

 

「てかなんでお前俺が今寮にいること知ってんだよ」

「なんでって、そりゃ千川さんに寮住まいを提案したのは俺だし」

「お前ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 こいつは元凶じゃなかった。ガンであり大大大戦犯だった。

 戦犯度でいうとから揚げに無許可でレモンをかけるだけでは飽き足らず、『こっちの方がうめぇからwww』とか言いながら特性の甘いみそタレをぶっかけるくらいの戦犯。あと不必要に閃光玉投げまくってモンスターをウロチョロさせるくらいにも戦犯。

 一回滅んだ方がいいレベルだわマジで。

 

 

「それはいいんだよ。千川さんもノリノリだったしさ。同罪同罪」

「てめぇいつか覚えてろよ……」

「おぉ~……怖いねぇ……」

 

 

 黄〇のモノマネのクオリティが無駄に高いのむかつく。今ならこいつのすべてにむかつきそうなくらいにはムカついてる。もはや無限ループ(?)

 

 

「それで、3日間で何人の女の子と話したんよ」

「何人って……えーっと」

 

 

 寮に行ってからまず周子さんと紗枝ちゃん。次の日の朝に飛鳥。二度寝してから前川と多田と安部さんと夏樹さん。戻って昼寝して起きてから志希ちゃんさんと城ヶ崎さん。そんで昨日は新田さんと蘭子ちゃんとアーニャちゃんか。全部で何人だ?

 

 

「きゅう……じゅう……10人か?」

「……お前、結構やり手なんだな。あと一人増えたらサッカーチーム出来るじゃん」

「これでも会わないように頑張ったんだぞ」

「主人公補正って怖いな」

「被害者補正って言え」

 

 

 元々誰一人として会うつもりもなかったところを10人も会ってしまったんだぞ。

 出会いには感謝、なんて言葉もあるが出会いが多すぎたら多すぎたでそれはそれで問題がある。例えば俺のメンタルが死ぬとか凛がなんか怖くなるとか。色々ある。

 

 

「じゃあさ、もう一人増やしてサッカーチーム作れるようにしね?」

「人の出会いをチームつくりみたいな感覚でやるのやめてくんね」

「いいじゃん。面白そうだし」

「アホか」

 

 

 やめろ、いちいちサッカーチームで例えるな。その感覚で来られると舞〇イレブンを思い出すんだよ。

 

 ちなみに意味が分からない人のために説明すると、舞〇イレブンっていうのは舞〇っていうおっさんの付き合ってきた女性の人数が11人で『サッカーチーム作れるやん!』の発言から生まれた言葉である。

 人の元カノでサッカーチーム作れるななんて言葉を人生で目にする言葉あるなんて夢にも思わなかった。

 

 

「お前も聞いたことくらいはあるだろ。俺らの同級生にアイドルがいるってさ」

「あー……聞いたことあるような。無いような」

「興味ないのかよ」

「あんまアイドルとか興味ないんだよね」

「なんでお前アイドル部門入ったの?」

「お前がそれを俺に聞ける勇気だけは評価してやる」

 

 

 こいつほんとにすげぇな。今西の言った言葉を全部『いやいや、お前のせいやからな!』っていうだけで返せるってのが凄い。

 

 

「『速水奏』名前くらいは知ってるだろ?」

「……聞いたことあるような。無いような」

「少しぐらい興味持てよ……」

 

 

 だって気にしてこなかったんだもん。仕方がないじゃない。

 そりゃあ同級生に甲子園でめちゃくちゃ活躍した子がいるなら興味は示すし話しかけにはいくよ。ただアイドルでしょ? 女でしょ? そもそも他クラスでしょ? そんなのムリムリムリのカタツムリ。

 

 

「ったく、この音楽バカが……」

 

 

 そういうと今西が鞄の上に置いていた俺のスマホを手に取り俺の指に押し付け、無理やりロックを解除するとYou〇ubeを開き何かを検索しだす。

 履歴とか見ても無駄だからな。それのYouTubeの履歴ほとんど野球と音楽とYouTuberばっかりなんだから。

 

 

「ほらこれ。聞いてみろ」

「Wi-Fiないんだからやめろよな……来月までもーちょいあるんだし」

「イヤホンつながってんだろ! いいから聞いてみろって」

 

 

 俺のスマホあんまり通信容量ないんだから勘弁してくれよほんま。

 そんなことを言っても今現在使われている通信量は帰ってこない。無駄になるくらいなら聞いてやるとしぶしぶイヤホンを耳に掛ける。そして少し経つと、俺は体を強大な鉄球で殴りつけられたような感覚に襲われた。

 

 エレキベースやドラムのバスではない、もっと太く熱い重低音がイヤホンから漏れ出しそうなほどに暴れてる。クラブで聞こえてきても遜色ないようなサウンドは一気に俺の心を揺さぶり、鷲掴みにする。

 それに乗るのは妖艶な歌声。歌声もメロディもすべて飲み込みそうな圧倒的なサウンドに負けず、かつ違和感のない加工の入ったボーカルの歌声は素人の語彙力では到底表現しきれない魅力に溢れていた。

 

 

「……何、この曲」

「『Hotel Moonside』……速水奏のソロ曲だよ」

「これが346の作る楽曲……」

 

 

 正直に言う。舐めてた。完全に舐め腐ってた。アイドルの歌う楽曲なんざ、オタクに媚びが売れれば歌声やサウンドなんかどうでもいい。そんなレベルだと思っていた。

 

 それがどうだろう。今イヤホンから流れている曲はそう言った代物か? 否、全くの別物だ。

 プロが作った本気の楽曲。それを歌うアイドル。全てのレベルが段違いに高い。俺の想像していたアイドルソングではない。こんなの完全にEDMだ。それも本格的な。

 

 歌詞だってそうだ。アイドルが歌うような夢掴むだのそんな言葉なんかじゃない。例えるならば女優が歌うようなそんな代物だ。これを俺と同い年の女子高生が完璧に自分のモノにしているなんて正直考えられない。

 

 あっという間の5分半だった。もっと聞いていたい。鬼リピしたい。

 そんな俺の心理は、まさに俺が好みの曲を見つけた時に覚える感情そのものだった。

 

 

「どうよ、感想はあるか?」

「……めっちゃ良かった」

 

 

 そもそも俺がEDM系に弱いといえばそれまでなのかもしれない。とはいえ、こんなんでもそれなりに音楽好きだ。何でもかんでもいいなんて言う人種でもない。

 

 

「すげぇだろ? 今のアイドルの歌ってこんなところまで来てるんだぜ?」

 

 

 自慢げに意地悪な笑みを浮かべる今西の顔が何故か、アイドルは甘くないと、そう語っているように感じる。

 俺が入った会社ってこんなに凄いところだったのか。今まで全くなかった実感が、初めて音楽という身近な存在を通すことで急に俺にストレートに伝わってくる。

 

 

「速水奏だっけか」

「おう」

「名前、覚えとくわ」

「そりゃあ良かった」

 

 

 今日、新しい音楽への扉を開くことが出来た。それだけでも今日という一日は価値のある一日になったわ。感謝。GG。

 とりあえず後でaviciiもっかい聞き返すわ。あとさっきの曲の作曲者の人と、速水奏の名前も一緒にな。



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主人公暴走は大体強化イベントフラグ

 その日はあっという間だった。

 

 いつもは退屈で意識を飛ばしてしまう授業も、今日にいたっては何も聞こえなかった。そりゃあそうだろう。授業中は話も聞かずに通信料も気にしないで動画を見続け、紙切れにずっと耳コピのTAB譜を書き込んでいたんだから。

 

 唯一の息抜きの体育も楽しめず、昼飯だって購買にも行かずに何も口にしなかった。

 頭から離れないのはあの曲。そして、そのあとに今西が見せたあるベースを弾いてみたの動画。

 

 あれほど戻るのはだるいと感じていた女子寮の門をくぐることもなんとも思わず、初めて見る女性が居たのも気に留めずに、俺は部屋に入りバッグをベッドに文字通り投げた。

 ノートPCの電源を入れ、立てかけてあったベースを手に取り、制服のシワも気にすることなくそのままベッドに座り込む。

 少しの待ち時間も待てないというように、指を温めるために適当な曲のフレーズを思いつく限り弾いてみる。違うな、やっぱり俺が弾いてみたいのはこの曲じゃない。

 

 

「焦るな……まだ笑うんじゃない……」

 

 

 電源の付いたノートPCとヘッドホンアンプ、それをベースに差し込んで耳にイヤホンをかける。ベースのボリュームを少し原曲より大きめにして、鞄から耳コピをしたTABを取りだす。YouTubeを開き、学校で幾度となく再生した動画をクリック。すると、何度も聞いたサウンドが流れてくる。

 

 ここで終わりではない。ここからやるのは動画でやってたものの()()()()()だ。それが終われば、今度は()()()()()()()()()()()していく。制限時間はない。終わったその時が俺の気が済んだ時。

 これでも俺は音楽に関する知識は浅いが、親の教育の甲斐もありそこそこの相対音感が備わっている。耳コピは得意中の得意だ。動画で手元を見せてくれているのならば尚更楽だ。

 

 まぁ、それでも完璧に弾けるようになるにはそこそこ時間はかかる。難易度で大きく変わってくるが、この楽曲ならとりあえず完璧に弾けるようになるまでにもざっと2日は余裕でかかるだろうか。スラップも多いが繰り返しの部分も多いのでさほど時間はかからないだろう……とは思う。

 

 

「最初は……こうだな」

 

 

 一音一音動画を見て、音を確認しながら少しずつ精度を高めていく。耳コピは地道な作業だ。

 けど塵も積もれば山となる。最後には自分の気に入った曲を弾きこなすことが出来るという見返りを最初から知っていれば、その作業も苦ではなくなる。

 

 さぁここからは地味な単純作業だ。俺の集中が切れるか、指が限界になるか、弦が限界になるか。デスマッチと行こうぜこの野郎!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「それでー? 3日間毎日オールしながら不眠不休でベースを弾き続けてたらこうなってたと?」

「……面目ないです」

「馬鹿だねぇ」

 

 

 倒れました。えぇ、見事に倒れましたよ。月曜のあの日からろくに飯も食わずに3日間オールして学校に通いながら不眠不休でベースを弾いてたら、自室のドアの前でバタリと綺麗にね。

 

 不眠不休は言いすぎたな。休んでたし寝てはいたんだよ。学校で寝てたからいいやと思って家では寝てなかったけど。

 それにろくに飯も食わないことも嘘。ちゃんとコンビニでおにぎり買って食べてた。中身も見ないで買ってたからあんまり好きな味じゃなかったけど。

 

 現在私は周子さんの部屋のベッドで寝たまま、あまりの疲労で動けなくなり寝たきりになっている。本来ならば今すぐベッドを出て土下座して自室に戻りひきこもりたい気分なんだが、マジで体が動かねぇ。疲労って凄い。

 

 

「もー、フレちゃんが見つけなかったらどうなってたことか」

「面目ねぇ……」

「いやー、あまりにも君が綺麗に倒れてたもんだからさ~。フレちゃん本当に湯煙殺人事件が起こったのかと思ってたよ~。ヤ〇チャみたいだったよ?」

「生きてます一応」

 

 

 周子さんがフレちゃんと呼ぶ人物。その人がものの見事に部屋の前でヤ〇チャ化してた俺の第一発見者である宮本フレデリカさん。

 見た目はまさにフランス人形をそのまま擬人化したようなもの。左サイドだけ若干長めの金髪ショートヘアーにぱっちりと開いた真ん丸の大きな瞳。どうやらフランス人とのハーフらしく、その端麗な容姿も納得といえる。

 

 これ全部周子さんに教えてもらった情報ね。フレデリカさん本人曰く『フレちゃんフランス語とか全然喋れないんだけどね~』らしい。それ残念ハーフにありがちな奴やん。

 

 

「一応志希ちゃんからもらった薬を飲ませておいたから元気になると思うんだけどね~」

「ちなみにそれどんな薬なんですか?」

「ん~わかんなーい!」

「えっ」

 

 

 さっきから不思議だったんだけどさ。俺滅茶苦茶意識ははっきりしてるのに身体だけまったく動かないんだよね。

 本当にミリ単位たりとも動かないの。感覚はあるのに全く動かないの。微動だにしないの。意識ははっきりしてるのに不思議だね。それ本当に大丈夫な薬?(白目)

 

 ていうか今更だけど志希ちゃんさんって薬とか作れたの?

 あの人ってそっち系の人なのか。天才系の人なのか。ただの猫キャラで前川と被ってるやんとか思っちゃっててごめんな。ちゃんとアイデンティティあったんやな。前川みたいないじられやすいとかいう残念なアイデンティティじゃなくてよかったな。

 

 

「まー……死ぬことはないと思うから大丈夫だよ。志希ちゃんそういう薬作んないし」

「どういう薬なら作るんですか?」

「えーっと……今までだと惚れ薬とか媚薬とか一時的に性別が変わる薬だとか」

「あっ、もういいです」

 

 

 ねぇそれ絶対に変な薬飲まされたじゃん。意識だけはっきりしてるけど体は動かなくなる薬とかほんとに存在してるの? いや、存在してるからこうなってるんだろうな。何が天才系やねん、ただのマッドサイエンティストやないか。

 

 

「そいで? 何をそこまでして弾きたい曲があったんよ」

「弾きたいっていうか、多分弾けてはいたんですけどね。Hotel Moonsideって曲で……」

「あっ、それ奏ちゃんの曲じゃーん!」

「知り合いなんすか?」

「うん。私たちみんなよく奏ちゃんとは会うよ? 気になってるなら連絡先あげよっか?」

「遠慮しときます」

 

 

 まさかこの人たちに奏さんとのコネクションがあるとは。知り合いの知り合いの曲を弾きまくってた結果ぶっ倒れて介抱されるってそれ恥ずかしすぎんか? まぁ今の俺は恥ずかしくなって穴の中に入りたくなったとしても全く動けないんで何にもできないんですけどね。畜生。

 

 

「ていうか来るんだけどね、奏ちゃん」

「どこにですか?」

「ココ、ココ。周子ちゃんの部屋に」

 

 

 そういうとタイミング良くガチャっと扉が開いて、その人物が姿を現す。

 

 首がギリギリ動くので何とかして首を捻じ曲げてドアの方を見ると、ものの見事に見覚えしかない制服。ただしものすごく着崩してある。見た感じ、第一ボタンどころか第二ボタンも開けてねぇか?

 てか下から見上げる形だと胸が邪魔で顔がよく見えねぇ。この人も例によって胸がでかいんじゃ。その割には滅茶苦茶スタイルいいんじゃ。おっとあんまり見るのはいけねぇ。セクハラになるからな。

 

 

「……あら? 見たことある顔じゃない。周子が言ってた子ってこの子だったの」

「……へ?」

「奏ちゃん、松井くんと接点あったんだ」

「少し、ね」

 

 

 接点なんてないない。何なら今日初めてこの人と実際に会ったんだから。

 

 おもむろに速水が手に下げてたコンビニ袋を机に置いてこちらに寄ってくると、急に俺の顔を上からのぞき込んでくる。

 近いが。滅茶苦茶近いしどうした急に。いや、待て言いたいことはわかる。けど俺も動けないんだ友達のベッドで寝ている事実は許してくれすまん。

 

 初めてちゃんと間近で顔を確認できたけど、例によってとっても美しいお顔をしている。もうなんかほんとにバカのバイキングみたいなレベルの強キャラしかいないのな、ここな。

 

 少し蒼っぽい黒髪ショートヘアにどちらかというと大人しそうといった印象を受ける顔立ち。

 な、はずなのに、なんだか唇が滅茶苦茶色っぽい。特別大きかったりアヒル口だったりしてるわけでもないのに、なんか魔力的なものがある気がする。わからんけど。

 てか近い近い近い近い! こんな近くで女の子の顔を見るなんてない! 滅多にない!

 

 

「やっぱり、かわいい顔してるじゃない」

「ど、どーも」

「ふふっ、そんなに硬くならないでもいいのに」

「いや、硬くなるも何も動かないんですよね。体」

 

 

 いやいや、奏さん。わろてる場合じゃなくてほんとなんですよねこれが。ほんとに比喩抜きで。

 にしてもびっくりした。あんな至近距離で見つめられるなんで思わなかったんだもの。

 

 

「松井くん、意外と女の子に耐性あるんだね~」

「……へ?」

「いやー、奏ちゃんくらいの美人に見つめられて照れない人なんていないのに、って思って」

「シンデレラプロジェクトのPさんでも少し動揺してたもんねー」

「俺もめっちゃ動揺してたんですけどね」

「でも表情に出てなかったわよ? 少し意地悪したくなるくらいには」

 

 

 やめてくださいよ。今意地悪されてもなんも抵抗できないんだから。しかも感覚はあるんだからこしょぐられた日には呼吸困難になって簡単に死ぬまである。

 

 

「てか俺、速水さんと接点会ったっけ……?」

「速水さん、なんて。そんなよそよそしい呼び方しなくてもいいじゃない。タメなんだし、奏って呼んで?」

 

 

 待って、この女の人ヤバイ。全然ペース掴めないんだけど。フレデリカさん並みにペース掴めない。フレデリカさんとは全く別物のペースの崩され方してるんだけど。

 

 

「てか速水さん他クラスだし……」

「奏」

「いや速水s」

「奏」

「はy」

「奏」

「………………かなで」

「ふふっ、最初からそう呼んでくれればいいのに」

 

 

 くそったれ! なんなんだこの女は! 女の子の下の名前呼び捨てとか凛と多田くらいしかしたことないんだぞ! なんでかって? 恥ずかしいしなんか罪悪感あるからに決まってんだろうが!

 

 

「私も光って呼ぶから」

「好きにしてくださいや……」

「じゃあそうさせてもらうわ」

 

 

 最初は小悪魔系美少女なんて思ってたけど、これ小悪魔どころちゃう。悪魔や。女王や。

 なんだかこの女の子があの曲を完璧に歌えていたのが今ならわかる気がする。ほんとにこの子俺と同級生か? 年齢詐称とかしてない? 大丈夫? 留年してない?

 

 

「てか、なんでここに奏がいるんよ」

「あたしが呼んだから!」

「なんで呼んだんすか……」

「なんで倒れたのかよくわからんけど、なんとなくポカリとかご飯とか色々買ってきて貰ったんよ」

「いやほんとにすいませんでした。ご足労おかけしました」

「今度晩御飯おごってな~」

「それにフレちゃんがりんごで浜〇雅功の顔掘ってあげたから食べな~」

 

 

 いやなにそのりんご。しかも滅茶苦茶そっくりにできてるし。なにその美術センス。すごっ。なんでそこだけそんなに凄いの。滅茶苦茶笑ってるやんそのハマちゃん。完全にナハハ!って聞こえてくるじゃん。

 

 10分後、俺の体は瞬く間に元気になり。その場で無事復活した。

 フレデリカさんが俺に飲ませた薬は一種の栄養剤みたいなものだったらしく。体を強制的に動かなくさせることで無理やり休ませてその間に栄養補給させて100%の力になったときに戻るようになるとかいう医学的に見たら穴しかないような理論でできた薬だったらしい。その薬多分流通させたらめちゃくちゃ売れると思うわ。



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修羅場は作るだけなら割と簡単

「全く……ひでぇ目にあったぜ……」

 

 

 まぁどれもこれも全部飯とか睡眠とか二の次にしてた自分のせいなんですけどね。今度志希ちゃんさんに会ったらお礼言っとかな……お礼でいいのか? いや、まぁお礼でいいのか。うん。

 

 志希ちゃんさんの薬のおかげで完全復活を告げた俺はその瞬間布団から飛び出してその場にいた三人に土下座とお礼をかましてきた。三人ともシンプルに俺のことを助けてくれたからね。いやマジで助かった。

 そんなわけで買ってもらったポカリやらおにぎりやらをお金を渡す渡さないの攻防の末、「私、光よりはお金持ってるのよ?」という最強の反撃を食らってありがたく頂戴し帰路についているところでございます。まぁ、帰路って言っても俺の部屋すぐ隣の部屋にあるから帰路も何もないんだけどね。

 

 

「ただいま……」

 

 

 鍵があけっぱになっている。おそらくぶっ倒れる前に鍵だけは開けてたのだろう、不用意な奴め。ここで盗難なんて万が一にでも起きることなんてないんだろうけど。

 

 取りあえず腹が減ってるわけではないんだけど貰ったおにぎりとかはありがたくいただいておこうかな。腹が減ってないっていうのも空腹が限界突破した先にある腹が減っただから。

 なんで空腹の先に空腹でない部分があるんだろうな。これ普通に人類最大の謎だろ。まぁ人類最大の謎ってもっとたくさんあるんですけどね。知らんけど。

 

 ……ん? なんか扉の向こうからどたどた聞こえるんだけど。もしかしてリビングに泥棒いる? 怪盗いる? 腐女子に大人気のキッドの方かちょくちょく幼女になる探偵に負けてばっかの方かどっちだろ。 はたまた神聖か?

 

 

 バンッ!

 

「うわびっくりした!?」

「……」

 

 

 なんだよ……凛かよ……びっくりさせないでよ。危うくびっくりして女の子になるところだったわ(?)

 リビングの扉が割と勢いよく開いてそこそこの音がしたもんでびっくりしたけど、中にいたのはよく見る人。怖い人じゃないよ。ただの幼馴染みたいなもんだよ。

 

 というか凛がなぜかうつむいているせいで見事に顔が見えない。ちょっと貞子みたいになってる。そのまんま近づいてくるの怖いが。顔が見えないが。ねぇ、怖いが。怖いが!?

 

 

「……へ?」

「……っ」

 

 

 なんか抱きつかれたんだけど。僕びっくり。もうさっきからびっくりして逆に落ち着いてるよね、うん。あまりにもいろいろと急すぎて手に持ってたコンビニ袋と制定鞄落とすかと思ったけど何とか死守した。えらい。

 

 ってかあれ? 泣いてね? 凛ちゃん泣いてね? なんかすすり声が聞こえるんだが。

 どうした? 一人で寂しかったか? そんなキャラではないだろうに。ごめんな、普通にちょっと倒れてたんだ。いやマジで倒れてるところ見られてなくてよかった。まだそうと決まったわけじゃないけど。

 

 

「えーと、凛?」

「……めん」

「はい?」

「……ごめん」

「いやなんで?」

 

 

 なんで僕急に謝られてるの? もしかして俺のベースに傷つけた? それなら構わん。別に気にしないし。 皿割った? それも構わん。新しいの買えばいいし。もしかして今ハマってるゲームのデータ消しちゃった? それは少しだけへこむかもしれん。

 

 

「きいてたのに、なにもしなかった……」

「聞いて……何を?」

「なにをって……」

 

 

 ガチャッ

 

 

「あら、開いてるじゃない? ちゃんとカギはしとかな……」

「へ?」

「誰……?」

 

 

 凄いタイミングで扉が開いてついさっきまで聞いてた声が聞こえてくる。待って、いまこの状況を人に見られるのは不味い。たとえどこの誰であろうとこれは不味い。しかも声の主的にこの人にばれたら不味い! なんで最初にインターフォンを鳴らさねぇんだ!(困惑)

 

 

「……ふーん、光って中々やり手だったのね」

「いや、待って違う」

「光、誰、この女」

「こらっ! 敵意をむき出しにしないの!」

「誰って……うーん、光のオトモダチってところかしら?」

 

 

 何で奏もそんなに煽るような言い方をするんだよ。いや待て、こいつ元からそういう話し方だったか? 初めて会ってから俺奏の手玉に取られてた記憶しかないぞ?

 

 

「嘘。光のこと下の名前で呼ぶ女がいるなんて私知らない」

「下の名前で呼ぶくらい当り前じゃない? ねぇ、光?」

「なんでそんなに煽るんだよ奏ぇ……」

「奏?」

「あっ」

「あら」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 なんかバチバチやってる二人をそのままにしておくわけにもいかず、無理やりリビングまで上げてとりあえず凛が泣いていた理由を聞いてみたところ、案外すんなりとすべてを話してくれた。というよりも、そんなにややこしい話でも難しい話でもなかった。

 

 

「ふーん……光があの緑のアシスタントさんにそんな話をね……」

「その光って呼ぶのやめてくれない?」

「いいじゃない名前くらい」

「聞いてたって凛あそこにいたのね」

 

 

 話を簡単に要約してみよう。俺が千川さんに色々と話をされてたあの朝に凛もいたらしく、急に部屋に入ってきた千川さんから身を隠すためについつい風呂場に身を隠してしまい、その場で色々と俺と千川さんの話を聞くことになったらしい。

 ていうか、確かあんときって俺寝落ちしたけど多分凛の野郎一緒に寝てるよな? それは許さん。そういうのは将来できる大事な人のために取っとけマジで。

 

 俺の話に関しては隠していたことってわけでも全くなかったからいいんだけどな。千川さん曰く、()()()()()らしいしな。

 

 

「私も次の日からはいつも通りに行こうと思ってここにきてインターホン鳴らしたんだけど、全く反応がないから珍しく気に病んでるのかと思って……」

「あー……次の日って月曜か」

「月曜日ってちょうど3日前じゃない」

「そうだね」

 

 

 3日前といえばちょうど俺が飯も食わすに不眠不休でHotel Moonsideを狂ったようにベースで練習し始めた日だな。インターホンとか鳴ってたのかよ。マジで全然気が付かなかった。

 

 

「一昨日も昨日も反応がなくて……今日来たら反応はないけど鍵は開いてたから……」

「それで中にいたと」

「でも光はいないし部屋も荒れてて……何かあったんじゃないかと……」

「あっ、そういうことね」

 

 

 さっき言ってなかったけど、こいつらをリビングに挙げる直前に部屋に散乱してたゴミを掃除したんだよね。

 ゴミっていうのは空になったペットボトルやエナジードリンクの空き缶。それにおにぎりを包んでた透明なアレとかな。

 あんときはマジで別にあとで片づけるしいいやって思ってそこら中にポイ捨てしてたんだよな。空き缶とかはこぼれる心配ないし。いくら潔癖症ではないとはいえあれはヤバかったな。今度から近くにゴミ箱を置くようにしないと(違う)

 

 

「あの時私が無理やりにでも光に会ってたらって思うと……ごめんって……」

「……こんな優しい子を泣かせるって。どういうことをしたかわかってる?」

「いやほんとに……反省しきっております」

「無事だったらもう何でもいい……」

 

 

 俺だって心当たりがある状況で凛と急にコンタクトが取れなくなってたら血相を変えて都内中を探し回る自信がある。そうやって思うと相当凛には精神的に負担をかけてたのかもしれない。別に俺のことなんか気にしなくてもいいのにって気持ちもあるが、心配させたのは事実だ。今度なんかお詫びしなきゃな。

 

 

(光が倒れてたってことは黙っててあげる)

(ごめんマジで助かる)

(周子たちにも根回ししておいてあげるから)

(天才)

 

 

 唯一の救いは凛が俺が倒れたってことを知らなかったことだろう。この事実を知られたらワンチャン泣くどころじゃ済まなくなる。

 一回小学生の時に野球部の試合で頭部死球食らって軽く脳震盪みたいになりかけたことがあったんだけど、その時たまたま凛が試合を見に来ててしばらく俺から離れてくれなくなったことがあった。あの時は小学生だったし、いまでは違うと思いたいけどな。こいつもアイドルなんだし。

 

 

「それで、話は変わるんだけど」

「はい?」

「この女の人は誰なの」

「あら? 私のこと?」

 

 

 さっきまでしゅんとしていた凛のオーラが急に攻撃的になる。嘘でしょ? ここに来てまだやるの? そんなに奏に敵意向けるんだ(小並感)

 そんなに俺に女友達がいるのって珍しかったっけ。ふつうに小中高と女の子とは話してきたつもりなんだけど。

 

 

「光のことを下の名前で呼ぶ女にろくな女なんていたことないんだけど」

「そうなの?」

「今までもそうだったじゃん。顔目当てのクソビッチが光に近づくから私が気を張ってたんだよ」

「初耳なんだけどそれ」

 

 

 俺の名前を下の名前で呼んでた女の子って誰だ……? 小学生の時は大体みんな男女下の名前呼びだったんだけど。となると中学か? 確かに俺の名前を下の名前で呼んでくる女ってすっげぇチャラかったりあざとかったりしてた覚えはあるけど。あれもしかして凛抑えてたの? お前学年的には下のはずなのにそんなことできるの? 凄いが。怖いが。

 

 

「でも光が異性を下の名前で呼ぶなんて()()()で初めて聞いたし」

「そうだっけ? 割と結構下の名前呼びするぞ。飛鳥も下の名前で呼んで……」

「何?」

「いやなんでも」

 

 

 なんとなく奏なら対処できないけど飛鳥はなんか不味い。絶妙に空気が食い違いそうだけどそれでも会わせるわけにはいかない。飛鳥あれでも14歳なんだからな! そういや紗枝ちゃんも志希ちゃんさんも下の名前呼びだな。黙っておこう。

 

 

「名前の呼び方ひとつで特別扱いしてもらおうなんて浅いわね。変なあだ名で呼び合うバカップルじゃないんだし」

「バカップルならそれでもいいんだけど」

「違うが」

「否定されてるけれど?」

「じゃあバカップルじゃない」

 

 

 凛ちゃん大丈夫? ネジ壊れてない? さっきから普段のクールビューティはどこへやらみたいになってんだけど。

 そろそろ俺ヤバいぞ? 渋谷凛のキャラが崩れすぎてて気持ち悪いです。経緯が感じられないです。的な感じのことをフルボッコに言われてもなんも言えなくなるぞ?

 

 

「でも? 私と光は()()()()だから。貴方の知らない姿を知ってたり……ね?」

「そんなこと言ったら私だって小中と同じ学校だったんだけどね」

「凛は学年が違うし奏はクラスが違くてついさっき初めて話したばっかりなんだけどな」

「「うるさい」」

「はい」

 

 

 なんなんだよこいつら。何で俺がハーレム主人公みたいな立ち位置になってんだよ。

 しかも奏は絶対違うじゃん。こいつは絶対に凛の反応を見て楽しんでるだけじゃん。こいつ天性のSだろ。ドSだろ。ニュースーパーサディストだろ最早。

 俺、奏と初めて会話してから多分1時間たったくらいなんだけどなんだか奏のことが大分分かってきたぞ。こいつあれだな? 攻め手に回したらいけないタイプだな? よしわかった。こうなったら俺は静観してるぞ。知らない。あとは凛が何とかしてくれるだろ。

 

 結局このまま放置してたら2時間くらい言い争いして、結局は奏の帰宅時間による時間切れで幕を閉じた。なんか気が合いそうな気がするのになぁ(小並感)



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陽キャへの第一歩はまずLINE交換

「そんなわけで速水奏の連絡先ゲットしたわ」

「お前ほんとにやべぇな」

 

 

 会話のキャッチボールとマジモンのキャッチボールをするついでに一番最初に速水奏とか言う女の存在を教えてくれた元凶に報告だけぶん投げておく。

 ちなみにまだ放課の時間だからまわりには誰もいないぞ。授業中にやったら周りのやつらに聞かれるからな。別にやましいことではないけど。

 

 やっぱり体育といえば野球だよな。

 サッカーも楽しいけど俺には野球が性に合っている。まぁサッカーより野球の方が好きな理由はあんまり走らなくていいからってだけだけど。それに俺キャッチャーだから守備の間は基本的にしゃがんでればいいんだよね。楽極まりない。

 

 

「ほんとにサッカーチーム出来るじゃん」

「今やってるのは野球だけどな」

「うるせぇ」

「そういや宮本フレデリカって人とも話したんだけどお前知ってる?」

「お前ほんとにどうなってんの?」

 

 

 どうなってんのって言われても、倒れた俺を介護してもらっただけだが?

 やっぱり美人なアイドルと話せるようになるには自分の体の一つくらいは犠牲にしなければならないってことなんだろうな。そこまでして女の子とお近づきになりたいの? って言われたら俺はNoって即答するけど。そんなにアイドルには興味なかったし。

 

 

「最近死体みたいになりながら過ごしてんなと思ってたのに抜け目ないなほんと」

「死体て……」

「目が死んでたもん。泳ぐことを放棄したマグロみたいになってたもん」

 

 

 なんつー例えだよ。全く想像つかねぇよ。マグロってあれか、泳いでないと死ぬってそういう意味か? 俺は魚博士でもないしさかなクンさんでもないんだよ。大トロがなんかおいしいってことしか知らねぇんだよ。

 

 そんな話をしているとグラウンドになんか他クラスのやつらがちらほら入ってくる。

 おいおい、あいつら今日グラウンドじゃねぇだろ。誰だよ体育係。伝達ミスでもしてるんじゃないのか? はよ体育館行ってこい。今日は待ちかねた野球の時間やねんぞ。

 

 

「そういや今日ってグラウンド合同だっけ」

「えっ、そうなの?」

「お前昨日話聞いてなかったの?」

「聞いてなかった」

「じじいがよ……」

 

 

 ジジプマイクラじゃないだけまだいいだろ。卯〇コウかよ俺は。

 でもなれるもんならなってみたいよな、御曹司。生粋のエンターテイナーだからな。なんだかんだ人生楽しそうだし。でもなんか闇深そうだし。色んな意味で2.5次元な人物だよな。あぁいうのを推せるなんて俺くらいしかいねぇよな(コウガール特有の思考)

 

 

「それでどこのクラスと同じなん? どーせ何処とやっても知らん奴しかいないだろーけど」

「7組」

「あぁ、やっぱわかんねーや」

「速水奏がいるクラスって言った方がいいか?」

「は?」

 

 

 後ろに回した右手から軟式球がポトリと落ちる。嘘でしょ? いまなんて言った? 速水奏がいるクラス?

 

 ふーん、あいつって7組だったんだ。全く知らなかった。っていうか7組だったらそもそも校舎が違うじゃねぇか。ちなみにみんなは知らないと思うけど、俺たちの学校は1~5組と6~9組で校舎が変わる。一応コースは同じなんだけどね。その中でもスポーツ進学やら大学進学やらで細かく分かれてるから仕方がない。

 まぁスポ進は8組で大学進は9組だから6組と奏のいる7組は理不尽に離されている。食堂遠いからちょっと可哀そう(小並感)

 

 

「でも体育って男女別じゃなかったっけ?」

「そうだけどグラウンドは同じだろ」

「女の子危ないじゃん」

「俺に言うなよ。今までなんも言わなかったくせに馬鹿か?」

 

 

 くっそ。確かに明後日の方向にファールでも飛ばさない限りは女子が使ってる方になんかボールは飛んでかねぇしな。

 今日だけ女子が中とかないかな。無理か、うちのグラウンドバカみたいに広いもんな。

 

 

「ほら、来たじゃん。お待ちかねの方が」

「……今西って話したことあるの?」

「無くはないな。サイン持ってるし」

「お前ってドルオタだっけ?」

「いや? 将来大物になるだろうな~って思ってサインだけ」

 

 

 最低じゃねぇか。いや、最低ではないけど。

 そういやこいつってお父さんかおじいちゃんか叔父さんかはわからんけど346プロに身内の人がいたな。あの人とはあれ以降一回も会ってないけど。だからこいつアイドル事情とか詳しいのか? いや、そんなことはないか。気のせいやな。

 

 向こうから長袖のジャージ姿で歩いてくる速水の姿だけ見てると本当にモデルみたいだと思える。

 学校指定のジャージ着てても顔と胸のせいでスタイルがいいのが分かるもん。周りの男子も隠す気もなくガン見してるし。それもあいつは気にも留めてないし。

 あっ、こっち見た。無視しよ。

 

 

「今西ー。カーブ行くぞー」

「お前カーブ投げるって言って毎回暴投するだろやめろ」

「あら、今西君に光じゃない。二人とも3組だったの」

「おっす。オイ、呼ばれてんぞ」

「俺は知らねぇ」

 

 

 俺は知らんぞ、何も知らない。アイドル速水奏なんて初めて見た……って、ん?

 

 

「あれ? 奏って今西と知り合いなの?」

「知り合いっていうか……会社でよく見るから」

「……どゆこと?」

「あぁ、俺、おじいちゃんのおかげで346の機材使って練習させてもらってんだよね」

「何て贅沢野郎だ」

「いやぁ、コネ万歳だよな。マジで」

 

 

 こいつうちの部活の中でもずば抜けてギター上手いと思ってたけどそういうことか。

 そりゃあ、あんな機材のあるところで練習させてもらえてたらモチベも上がるしめっちゃ練習もしたくなるよな。シンプルにうらやましすぎる。まぁ今の俺ならやろうと思えばできるのかもしれんが。申し出をする勇気はないよね。この根性なし!

 

 

「……っていうことは? お前アイドルの連絡先ゲットし放題じゃねぇか! 最低だな!」

「てめぇと違って見境なしに連絡先を交換して回るヤリチンじゃねぇんだよ」

「あら? 光ってやっぱそういう……」

「言っておくが、年齢=彼女なし歴だぞ」

 

 

 高校生になったらすぐ彼女ができると思ってたんだけどな。どうやら完全に思い違いだったらしい。

 

 というか、俺って人生の中で一度も一目惚れとかをしたことないんだよな。

 周りのやつらの話を聞くと結構あるみたいなんだけど。おかしいなぁ、なんで俺だけないんだ。可愛いって思うことはいくらでもあるだけどそれまでなんだよ。付き合いてぇ! とかこの子が俺の運命の相手だ! 的になことには一切ならねぇんだ。

 

 

「それで経験がないことにはならないじゃない」

「馬鹿野郎。俺は初体験は愛したカノジョとって決めてんだよ」

「目星はついてるの?」

「いや全く」

 

 

 そんな女の子が居たら多分もうその子を彼女にするべく動いているだろうな。今こうやって呑気にキャッチボールしてだべってるってことはそういうことだよ。

 それに俺の初体験は絶対に彼女とイチャラブしてするって心に決め散らかしてるからな。童貞臭いとかいうんじゃねぇ。最悪三十路になって風の者で捨てることになろうが男っていうのは夢を追い続ける生き物なんだよ。まぁこれ下ネタなんですけどね。

 

 

「じゃあ私でいいじゃない」

「」

「わ゛ー゛!゛?゛ どこ投げてんだ!」

 

 

 急にロケットランチャーばりの重い一撃を綺麗に食らったせいでリリースされたボールが読売〇人軍の脳筋マッスルボーラーの宇宙開発ボールかっていうくらい明後日の方向に凄い勢いで飛んでいく。

 今までで一番飛んだんじゃねぇかなあのボール。窓ガラス割ってなければいいけど。

 

 

「てめぇ! 急になんてこと言いやがる!?」

「あら? 私じゃ不満?」

「お前あれか!? ビッチか!? 経験豊富系女子高生か!?」

「残念ながら私はまだ処女よ」

「嘘だろマジかよ」

「その反応。他の女性にしたら間違いなくはっ倒されてるから気をつけなさい」

 

 

 確かに今のは勢いがえぐすぎて今までになく失礼なことを口走った。反省。

 

 ていうか今更ながらお前ってまだs……未経験だったんかい。お前だけは絶対に違うかと思った。未成年アイドルの中でもかなり珍しい経験済みでも許される子だと思ってた。

 未経験なのにその色気と雰囲気出せるっていったいどういう人生歩んできたんだお前。修羅の道でも歩んできたか? もしかして家庭の事情で日常的に電気を浴びたり反政府軍に育てられたりしてきたか?

 

 

「てかてめぇさっきの話聞いてただろ! 俺のシモの考えのソレ前提の話を聞いてただろ!」

「聞いていたわよ?」

「それでも?」

「えぇ」

「この子怖い」

 

 

 なんでこんなにバンバン攻めて来れるんだよ……なんでそんなに余裕綽々な笑みを浮かべてるんだよ……なんでそんなにどうせ手を出す勇気なんてないでしょ? 的な雰囲気出してるんだよ……俺だってその気になればちゃんと男らしくなれるよ……知らんけど。

 

 

「もしかしてだけど、凛を弄るための口実作ろうとしてたりしてる?」

「……そんなことないわよ」

「今反応遅かったなぁ。確実に出てるなぁ狙いが」

 

 

 なるほどそういうことね。そういえば昨日は門限があるとかで強制退場させられて決着ついてなかったもんな。そうだよな。どーせ俺なんて……ぐすん。間違えた、ぴえん。

 

 

「でも私はあなたにも興味あるのよ?」

「もういい。フォローなんていらない」

「フォローじゃないわよ? 私だってそこらじゅうの男子にこんなこと言うタイプじゃないんだから」

「もう信じないぞ」

「これでも学校ではマジメなのよ?」

「ここも学校だけどな」

「でも今は光の前じゃない」

 

 

 こんにゃろ……あぁ言えばこう返しやがって。口が達者な野郎……野郎じゃねぇな。女の子の場合なんて言うんだ? アマっていうのは口が悪いよな。でも尼さんっては言うよな。アマって元ネタなんなんだろ。

 

 

「一応、昨日よりもずっと前から光のことは見てたんだけどね」

「そーなの?」

「そうよ」

「知らんかった」

「話す機会もなかったし当たり前じゃない」

 

 

 至極もっともである。だって俺たちは昨日話したばっかなんだから。

 

 昨日話したばかりの女の子でしかもアイドルとここまで話すことが出来てるのももはや奇跡な気がするけどな。

 奇跡な気がするっていうか普通に奇跡だよな。この状況に陥ることが出来てるのが本当に幸運。もはや俺は神に愛されているのかもしれない。でも神様も俺のことを愛してくれてたら女子寮にぶち込むなんてオーバーキルしてないよな。完全に悪ふざけしてるよな。

 

 

「去年の文化祭……体育館のライブで出てたじゃない」

「出てた出てた。あー、あんときに」

「あの時から目をつけてたのよ。ずいぶんカワイイ子が居る、ってね」

「かっこいいって言ってもらえた方が俺は嬉しいんだけどな」

「そういうトコロも好きよ?」

「どーも」

 

 

 あんときは可愛い歌とか歌った記憶ないんだけどな。なに歌ったっけ。ワンオク歌ってたっけ。気持ちよく歌ってた記憶しかなくてあんまり覚えてないや。

 ほんとに超気持ちよかったことだけは覚えてるんだよね。ワンオクが気持ちよかったのかあの空気が気持ちよかったのか完全に自分に酔ってたのかはわからないけど、とにかく気持ちがよかった。なんか言い方きもいな。気持ちいいしか言ってないやんけ。快楽狂いかよ。

 

 

「……随分余裕があるのね」

「何が?」

「一応、これでも色々と自信があるのよ? どことはいわないけど、ね」

 

 

 そのウインクしながら唇に指充てるのやめて、とってもsexy(ネイティブ)だから。ほんとにやばいから。あと胸に手を当てるのもやめて。万胸引力の力働くぞ? いいのか? キモイ目で見るぞ。

 

 

「ま、そういうところも面白いんだけど」

「ミステリアスな女だな」

「本人に直接言う人は珍しいわね」

「ごめんいったん考えるって作業を放棄してそのまんま口に出したわ」

「それ、危なくないかしら?」

 

 

 大丈夫だよ。あんまり気を許してない人にはやらないから。とりあえず奏はこれやっても大丈夫な人類って判断したからね。すっごいマジメでバラエティとかNG系に見えるけど、実はオールラウンダーなタイプだと俺は思うんだわ。

 

 この後、草むらからボールを引っ張ってきたため草まみれになってキレてた今西に追いかけられる形で奏と距離をとることに成功した。ほんとに底が分かりそうで全く分からん女だ。怖い。綺麗だけど怖い(小並感)



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無理難題は現実でも起きるもの

 金曜日っていいよな。多少きつい時間割だったとしても、明日から休みじゃーん! というその精神だけで生きていける。家に帰れば後は自由に遊ぶだけ。なんて幸せな日なんだろうか!

 

 ……って今までの俺ならそう思ってたんだろうが、今の俺ではそうはいかない。なぜならば、今俺がいるのは自宅の自室でもなく女子寮の自室でもなく、シンデレラプロジェクトの部屋だからだ。

 

 

「へー、卯月たちが先輩アイドルのライブのバックダンサーにですか」

「はい。と言いましても、練習自体は松井さんが会社に入られる一週間前から既に始まっていますが」

 

 

 帰り道にガッツリスマホを見ながら帰っていると知らぬ番号から着信が。番号をググっても相手は分からず、意を決して出てみると相手はあの体のでかいコワモテPさん。んで、そのPさんに呼ばれて今俺がここにいるってわけ。

 

 机を挟んでソファ越しにはあのPさん。顔が怖い、とっても怖い。

 そういや本田とかはこの顔のPさんが急に扉越しに表れてもそんなに驚いてなかったっけな。やっぱ慣れるもんか。違うか。あれは本田のメンタルがおかしいだけか。

 

 

「ちなみにその人って俺が名前聞いてもわかる人ですかね」

「……申し訳ありません」

「流石にその質問はPさんも困っちゃうんじゃないかな……?」

 

 

 ちなみにこの部屋にいるのは俺とPさんだけではない。この前会った新田さんと多田と前川もいる。それと知らない幼女が二人いる。まぁ知らない幼女じゃないんだけどね。さっき元気に挨拶貰ったし。

 

 

「いくらアイドルに興味がない光くんとはいえ、流石にお姉ちゃんのことは知ってると思うよ? なんて言ったってカリスマギャルなんだから!」

「ねぇ莉嘉ちゃん? その情報どこで仕入れたのかな? あんまりそのことを大声で言われると大人の事情で不味い気がするんだけどね?」

「この前ね、未央ちゃんが言ってたよ?」

「ありがとなみりあちゃん。なんであの外ハネ野郎がそのこと知ってんだ」

 

 

 先にこの幼女二人の情報を処理しようか。バレたら不味い気がする情報をばらまきやがったどこぞの外ハネ野郎に関してはあとで詮索しよう。どこで手に入れたんだマジで。

 

 まず先に発言したのが城ヶ崎莉嘉。中学生らしいがバチバチに金色の長髪を蓄えている。名前的にこの前会った城ヶ崎さんと苗字が同じだし、もしかしたら姉妹なのかもしれない。ギャルだし。知らんけど。

 最初は普通にDQNの子供かと思って引いたけど、少し話したらめっちゃ素直だったから多分いい子だ。

 

 二人目は赤城みりあちゃん。この子は黒髪短髪にツインテールみたいなのが頭の上の方についてる。なんかツインテって上についてるか下についてるかで名前が変わるんだっけ? 知らんけど。

 ちなみにこの子もちょっと話したら滅茶苦茶素直でいい子だった。ちゃんと面接もしているのかわからんけど、今のところ性格がいい子としか会ったことがないよな。マッドサイエンティストとかドSとか中二病とかたくさんいたけど性格が悪いわけじゃないしね。癖は強いが。

 

 

「で、そのカリスマギャルの後ろで卯月たちが踊ると」

「そっちの呼び方の方向で行くんだにゃ」

「ちなみにだけど、卯月ちゃんたちの前で踊るのは城ヶ崎美嘉ちゃんよ……?」

 

 

 あっ、やっぱり美嘉さんだったのね。苗字も一致してるしギャル姉妹ともなれば納得だ。

 

 でも姉妹確定して改めて顔を見てみると似ている気がする。ていうか、付けまつげとかそういうメイクに関してはお姉ちゃんとほとんど同じなんじゃなかろうか。まぁ姉妹揃って可愛いならそれでOKですけどね。

 

 

「それにしても大役ですねぇ。美嘉さんってテレビとかにも出るくらいには有名なんじゃないでしたっけ。よくGOサイン出しましたね」

「私も最初は迷っていたのですが、今西部長の助言もありまして」

「今西部長…? あー、あの今西の…」

 

 

 あの人って部長って言われるだけあって偉い役職についてるんだろうなやっぱ。今西のじいちゃんってだけで腕がどんなもんかはわかりかねるけどね。

 でも今西も計算高いところが地味にあるっぽいしよくわかんねーな。あいつゲームとかやるときは徹底的に戦略を立てるタイプだし。

 

 

「光…さすがに部長さんのことを呼び捨てにするのは不味いんじゃ…?」

「いや、今西ってのは俺の同級生のことだよ。今西さんとは完全に別人」

「なんだ…急に部長さんのこと呼び捨てしだしたのかと思ったよ…さすがにロックすぎるしね」

「ロックだったら何でも許されるわけとちゃうからね」

「絶対二人ともロックって単語の意味をはき違えてるにゃ」

 

 

 まぁ完全に赤の他人ってわけではないんだけどな。なんてったって今西のじいちゃんだし。

 

 というかロックの意味ははき違えてないぞ。ロックって単語は超万能だからな。大体なんにでも使えるし。戦犯並に万能ワードだわ。

 

 

「まぁともかく、卯月たちはまだ新人なのによくそんな仕事持ってきましたね」

「いえ…私が仕事を持ってきたのではなく、城ヶ崎さんの方から島村さんを是非と…」

「アイドルの仕事ってそんなので決まるんだな…」

「芸能界って案外ガチガチではないんだにゃ…」

 

 

 確かに大御所芸人が気に入った若手を自分のレギュラー番組で起用してるのはテレビでもよく見るけど、本当にそういうのがあるとか。

 

 でもほんとにいい機会だよな。成功さえすれば知名度は跳ね上がるだろうし本人たちも経験にはなるだろうし。まぁバックダンサーって全然目立たないんだけどな。

 実際某有名男性アイドル会社の人たちもバックダンサーとかあんまり知られてないけど元をたどれば有名な人たちもバックダンサーでしたってパターン多いし。ある意味トップアイドルになるための登竜門なのかもな。

 

 

「だから前川が立てこもり事件なんて起こしたんだな」

「に゛ゃ゛!゛?゛ なんでそれを知ってるんだにゃ!?」

「ここに来る前に李衣菜から聞いた。『みくより後より来た新人が一番デビュー早いなんて納得いかないにゃー!』とか言ってたんだろ?」

「にゃあああああああっ! ほんとに反省してるから! もう二度とやらないからやめるにゃー!」

 

 

 ちなみにみんなは何にも知らないと思うから説明してあげるね。

 この前川みくという猫女、卯月たちが自分たちよりも早く仕事がもらえたってことに怒ったらしくジェンガやなんやらで勝負を仕掛け続け悉く負け続け、挙句の果てには菜々さんの店にこもってクーデターを起こしたそうな。まぁ今ここにいるってことはしっかり和解したってことなんだけど。

 

 この話は全部李衣菜からここに来る途中に歩きながら聞いた話な。学校帰りの電車の方向が同じなのはびっくりしたよね。帰り道知り合いと同じってだけでなんだか楽しくなるから不思議なものだ。

 ちなみにその卯月たちが貰った仕事の内容はここに来てPさんから直接聞いて初めて知ったわ。まぁしっかりと細かいことまではそんなに聞きこまなかったからな。

 

 

「そんな分かりやすくヒール役みたいなことをやらなくてもねぇ…」

「あの頃はみくも若かったんだにゃ…」

「みくちゃんがせんそーしてたのっていつだっけ?」

「先週の火曜日じゃないかな? 確かその時アタシたちレッスンの日だったし…」

「先週の話じゃねぇか!」

「女の子にとって時間は一瞬だにゃ」

「一瞬ってそれだと意味逆じゃね?」

 

 

 

 言い訳が適当すぎて言い訳にもなってないし逆に自分の間抜けさを露呈しているだけやないか! 新田さんの方見てみろよ! さっきからフォローもできずに苦笑いしてるだけだぞ! 可愛い!

 

 とは言っても前川の気持ちがわからんわけでもない。卯月たちがどんくらい新人で前川がどんくらい先輩かは知らんけど、普通に急に入ってきた新人に仕事を回されて前からいた自分はダンマリなんてされたらブチギレたくなる。それはわかるけどさすがにねぇ…

 

 

 

「ていうか、Pさんや。なんでその話をわざわざ俺に? 俺が来る前から決まってたモンなんだから俺に関係ないんじゃ?」

「いえ、そういう前例の話があったということを伝えたくて」

「はぁ…成程…?」

 

 そういうとPさんが首をかきながらなんか書類を取り出して、俺の方に向けてくる。

 

 

「…なんですか? これ」

「企画書です」

「…なんのです?」

「シンデレラプロジェクトメンバー全体曲のです」

「…えっ?」

 

 

 プロジェクトルームの空気が一瞬で凍りつく。

 

 ほーん、全体曲か。っていうかそもそもソロ曲とかあるんだな。どっかの48人くらいいそうなアイドルグループみたいに基本は全体曲しかないものだとばっかりに。

 でもまぁやっぱり基本は全体曲になるよな。その曲調とかで色々とそのグループのイメージが左右されるといっても過言だし。

 

 

「P、Pちゃん…? 今なんて…?」

「シンデレラプロジェクトでの全体曲の企画書です。まだ企画段階ですが…」

「デビュー予定あるやんけ!」

「あっ、みくちゃんの語尾が取れた」

 

 

 まーたこの猫娘は語尾を取ってるのか。ちゃんとキャラ守れよな。じゃないと今どきの厳しい芸能界は勝ち抜けないぞ。

 まぁ最近の芸能界って第六世代っていう新星が輝いてるからそういうボロボロのキャラでもいいのかもしれないけど。

 

 

「なんでそれを早く言ってくれなかったんだにゃ! 知ってればみくがあんな馬鹿なことしなくてもすんだにゃ!」

「そこでやらなくてもいつかやりそうだよな」

「みくちゃんだしねぇ…」

「そこのバカ二人は黙ってるにゃ!」

「いえ…現段階でもまだ企画段階の話なので…」

 

 

 おー怖い怖い。シャーッ! ってなってるやん。体毛が生えてるわけではないのに毛が逆立ってる風に見えた気がした。そういう猫っぽい部分は雰囲気的にはリアルなのな。

 雑な猫キャラかガチな方の猫キャラかはっきりしてくれ。M‐1で頭角を現したロッテファンのナスみたいな人と一緒にいる、見た目普通なボケ担当の人もキャラが渋滞して酷いことになってたぞ。滅茶苦茶面白いからずっとあのままでいてほしいけど。

 

 

「そこで騒いでる猫娘は置いといて」

「にゃー! みくをのけ者扱いするにゃー!」

「みくちゃん落ち着いてー!」

「不機嫌な時の猫ちゃんみたい」

 

 

 幼女組から窘められて人扱いされない前川お姉ちゃん…それでいいのかお前…

 俺が言うのもなんだけどほんとにこの子は大丈夫なのかな。こいつ俺とあってから散々なところしか見られてないけど。義理を通しに来たりするあたり芯はしっかりしてるんだろうに、惜しいなぁ(遠い目)

 

 

「なんでそれをわざわざ俺に知らせたんですか。しかもメンバーさんたちよりも先に」

「これは城ヶ崎さんの話とも繋がるのですが。松井さん、あなたにも同じような話が来ています」

「先輩アイドルからってことすか?」

「はい」

 

 

 へー、なんで俺が? っていう言葉を空気と一緒にゴクリと呑み込む。

 

 そもそも俺はアイドルじゃなくてスタジオミュージシャンだしな。だとしても同じような話ってことは直接指名が来てるってことか? へー、なんで俺が?(二回目)

 

 

「ちなみにこれもうだれか聞いてもいい奴ですか? もうここまでの絵取れましたか?」

「はい、もう充分です」

「マジトーンでボケてもツッコみにくいからやめるにゃ」

「Pさんもそれに乗るんですね…」

 

 

 意外とノリがいいのかなこの人。まさか合わせてくるとは思わなくてびっくりしちゃったよ僕。

 

 

「松井さんには来週の日曜にある木村夏樹さんが参加される対バンイベントのベーシストとして参加していただく…という話が本人からの要望で」

「あー! なつきちから!」

「全然知ってる人だったな」

「いや、さらっと理解してるけどみくは結構驚いてるよ? そっちが普通なんかにゃ?」

「みくちゃんの感性は正しいと思うよ…?」

 

 

 それなら色々と納得がいく。夏樹さんは俺の目の前で一緒にセッションしたときに俺の実力がどんなもんか知れたと思うし、俺のことを346のベーシストとして認めてくれたかどうかはまだわかんないけど、わざわざ呼んでくれたってことはそういう意味があるって期待してもいいのかな。

 

 っていうか来週の日曜ってそこそこ急じゃね? いや、そこそこどころか結構急じゃね? 1週間とちょっとしかないやんけ。

 

 

「ちなみに対バンってことはバチバチライブですよね?」

「はい。今回木村さんは対バンライブの大トリという形で参加されます」

「ちなみに規模の方は…?」

「一応会場のキャパは500人ほど…」

「500!?」

 

 

 ご、ごごごごごご500人!? あのスマ〇ラの組み手ですら100人組手なのに!?

 

 っていうネタみたいなことを言ってはいるが500人の前でライブとかもちろん未経験だ。しょぼい箱の中でしかライブしたことないのになんやねん500人の箱って。かなりでかいだろ500人って。

 しかも大トリかぁ。そりゃあ夏樹さんくらいにもなればそうなるよなぁ、アイドルとはいえ。

 

 

「ちなみに今更ですけど、俺って枠的にはスタジオミュージシャンですよね?」

「はい。肩書ではそうなっています」

「これってバックバンドの仕事では…?」

「…今回は木村さんの直接指名なので特例です」

 

 

 スタジオミュージシャン(笑)やん。いやそうではないけど。

 裏でシコシコベース弾いてればいいって思ってたのに表の仕事もあるのかよぉ! 知らねぇよぉ! Pさんもすっげぇ困った顔してるからほんとに特例じゃねぇかよぉ!

 

 

「光クン」

「なんぞや」

「正直に言うにゃ」

「うん」

「ちょっとわくわくしてるでしょ?」

「うん。結構」

「やっぱりバカにゃ! バンドマンってバカにゃ!」

 

 

 怖いけどロマンあるよね。血が騒ぐよね。男なら一回は大勢の客を沸かせてみたいよね。

 

 まぁ俺、ベーシストなんだからあんまり沸かせることはできないんですけどね。



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スパルタ練習は嫌だが身になる

 捕捉し忘れてましたが、原作と同じで『Pさん』と書いて『プロデューサーさん』と呼んでたりしてます。


「いや~っ! 一昨日にTAB貰ったばっかなんだろ? よくここまで仕上げてきたなー! やっぱり光を指名して正解だったよ!」

「ど、どうも……」

 

 

 背中にギターケースを背負ったロッキーな女性……そう、我らが夏樹さんにバシバシ叩かれながらちょっと遠慮気味に返事を返す。

 

 Pさんから唐突に500人入るどでかい箱でのライブを宣言されて2日。

 その週の日曜日にサウンドブースに集合をかけられ、バカ緊張しながら合わせ練習を終えた俺! 身体的というよりも精神的に疲れた体を休めるため同じ寮住まいであり、今回の件の首謀者である木村夏樹さんと寮に戻るべく歩を進めていたのであった!

 

 はい、ここまでが今日のあらすじね。マジで疲れた。知らん大人に囲まれてベース弾くのってあんなに緊張するんだな。しかもバンドマンだからなんだろうけどすっごい髪型が厳つい人とかもいたし。心臓爆発するかと思ったわ。

 

 

「みんな光のこと褒めてたぜ? 想像以上だったってさ」

「いやぁ……そんなこともないですよ……」

「アタシはそうは言ってないけど」

「えっ」

「冗談だって!」

 

 

 想像以上に俺が自分の曲を弾けてたのが嬉しかったのかはどうかわからんけど、今日の夏樹さんはやけにテンションが高い。

 マジで昨日が土曜日でよかった。昨日一日ずっとベース弾きっぱなしだったからな。あと木村さんの曲がわりかしシンプルなのも助かった。

 いやー、良かったね木村さんの曲。Rockin'Emotion。シンプルだけどちゃんとロックのいいところのツボを押さえてた。

 

 

「急な指名になっちゃったからさ、申し訳ないなって思ってたんだけど……」

「いやいやいや! こんな機会でもないと500人の箱でやることなんてないですから!」

「500人ってそう大した人数じゃないと思うんだけどな」

 

 

 それは夏樹さんの感覚がバグってるだけです。

 普通に考えてみろよ。俺って今までちっこいライブハウスでくらいしかライブしたことないんだぞ。そっから急に500人に増えたのにデカくないって……んなわけなかろうが!(半ギレ)

 

 まぁそれは置いといてだ。

 本当に夏樹さんは兄貴分だよなぁ……頼れる……兄貴ってなる……華のJKなんだけど。

 

 とは言っても俺の言うことはお世辞でも何でもなく事実だ。

 それこそ今回の課題曲が死ぬほど難しかったり3曲分覚えるとかだったら無理ですって血の涙を流しながら断るところだったわ。

 けど普通に余裕ぶっこくわけでも何でもなく、この譜面ならもう覚えてここから練度を高める段階に入れるからな。俺の出せる限りのパフォーマンスを500人の観客の前で発揮することが出来るなら、それはもう男のロマンだからな。

 

 そりゃあ緊張はするけど、冷静に考えれば500人の前でベースを弾けるなんて人生で一度も経験できないようなことだしな。楽しまねば損ってことよ。なんたって夏樹さんから直接のご指名なわけだしな。

 

 

「ていうかよ。敬語じゃなくていいって言ってるのになんでまだ敬語なんだよ」

「いや、夏樹さん年上ですし」

「夏樹さんじゃなくてなつきちで良いって言ってるのに」

「いや、それだけは譲れないですね。なつきち呼びだけは譲れない」

 

 

 それだけはやだ。絶対にやだ。

 

 ネーミングセンスとかそういう話じゃないんだ。木村夏樹っていう人物像の人間をなつきちって呼ぶ行為自体になぜかアレルギーがある。そもそも女性をあだ名で呼ぶことのハードルが高すぎる。

 俺が女だったら多分平気で呼べてたんだろうけどな。あいにく俺の股間には息子がいるんだ。

 

 

「じゃあ敬語は外してくれよ。他人行儀みたいで嫌なんだ」

「慣れたらで」

「えー、いいじゃんか別に。そんな細かい事気にしないでも」

「段階を踏ませてください頼むから」

 

 

 あいにく俺はラノベとか小説とかアニメでよく見る、年上からタメでOKサインが出てすぐに切り替えられる人間なんじゃないんだ。少なくともある程度関係を深めてからその段階に自然に踏み込みたいんだ。年上相手にため口は元運動部である俺にはハードルが高いんだ。

 

 マジで創作もので即行ため口解禁できる主人公とかキャラってすげぇって思うわ。俺なら無理だもん。

 そりゃあ世界救ったり超絶美少女侍らせたりする人たちだから格が違うのはわかるけどさ。素でアレなんだからほんとに敵わん。

 

 

「……ん? あれPさんじゃね?」

「……あー。そういや、光も管轄的にはだりーン所のPさんが担当になるのか」

「そうっすね」

 

 

 いやー、遠くから見てもわかりやすいな。うちのPさん。背もでかいし雰囲気もあるからね。

 というかほんとにわっかりやすいな。廊下の端っこで歩いてるだけでPさんやんけって即座にわかるの凄い。

 あっ、こっち見た。気が付いた。

 

 

「お二人とも、合わせ練習の方、お疲れ様です」

「うっす。どうも」

「お疲れさんです」

 

 

 お疲れさんっておかしいか。お疲れしたのは俺の方だもんな。

 というか木村さんもPさんに面識あったのかな。すっごい気楽な返事してるし。いや、わかんねぇな。夏樹さんって誰にでもフリーな感じするし。

 

 

「松井さん。本日の予定はこれだけですので、もう上がっていただいて大丈夫です」

「了解です」

「Pさんはこれから何の用事?」

「私は、これから島村さんたちのレッスンの様子を見に……」

「あー、卯月たちの」

 

 

 Pさんってそういう仕事もあるんだな。めっちゃPCカタカタやってるイメージしかなかったけど、自分の担当しているアイドルたちの仕事ぶりを見守る仕事もあるんだな。

 そういうのって、正直芸能人だとマネージャーがやる仕事だと思ってたけど、俺が想像してたのと違うんだろうな。

 

 

「なーなー、光。お前んところの新人の子が美嘉のバックダンサーやるってマジなん?」

「えっ、そうですけど……あ、これ言っていいんでしたっけ?」

「問題ありません」

 

 

 そうそう、俺も俺でなんか大変大きい箱でベースを弾くっていうトンデモ案件を取り入れてるけど、卯月たちは卯月たちでトンデモ案件を相手にしてるのよね。

 

 城ヶ崎美嘉っていうアイドルがどのくらいすげぇのかはまだ俺にはわからんけど、少なくともテレビで見るレベルってことは346を代表するアイドルの一人なんだろうし、やっぱり卯月たちもとんでもないことになってるよなぁ。

 俺が美嘉さんを直接見た時もオーラ凄かったし。あと安心感な。

 

 

「ねぇ、Pさん。その子たちのレッスン見てくのって、ダメかな?」

「いえ……構いませんが」

「えっ」

「よっしゃ! 多分レッスンルームだよな! 行こうぜ光!」

「ちょm」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あれー? 誰かと思えば夏樹とこの前の……えと、光くんだっけ?」

「あ、ご無沙汰してます」

「おっす。やってるねぇ」

「まぁ、本番近いからね~☆」

 

 

 目の前には座り込んだり倒れこんだりしてるジャージ姿の新人3人トリオ。そして、初めて会った時と違って薄めのメイクにもはや胸元しか隠れてないやんってレベルで首元とおなかあたりが見えてる服を着た美嘉さん。

 目のやり場に非常に困りますね。本当。

 

 いやいや、凄かった。

 レッスンルームに俺たちが入った頃にはもうレッスンも半ばといった感じで卯月、凛、本田の三人がバチバチに踊っていたんだけど、まぁとにかくハードだった。俺がやったら倒れるかもしれんというくらいにはハードだった。

 凛は大体何でも軽くこなせる天才肌だから心配はしていなかったが、卯月と本田に関しては驚きだ。伊達に美嘉さんに選ばれたわけではない……ということかもしれない。美嘉さんがどこを見て選んだのか俺は全く知らんけどね。

 

 そして後ろで3人にアドバイスを送ったり一緒に踊ってたりしていた美嘉さんは何事もなくピンピンしてるし。

 アイドルってすげぇ。体力半端ねぇ。

 

 

「新人の子、アレで何日目?」

「えーっと……確か10日くらい?」

「今日で9日目、ですね」

「さっすが! そーゆーとこ、ほんときっちりしてるよね~」

 

 

 スケジュール管理は完璧、といったところだろうか。っていうかPさんってもしかしてシンデレラプロジェクトメンバー全員+俺のスケジュールを全部ひとりで管理してるのかな。

 ……いやいや、無いよな。流石に。そんなことできてたらマジモンの化け物だぞ。仕事の鬼だよ。鬼。

 

 

「美嘉さんから見て、正直どうですか。あの3人」

「頑張ってると思うよ。呑み込みも早いしね。大丈夫大丈夫、アタシが保証してるんだから★ 」

「そうすか……」

「ていうか、美嘉ねぇじゃないんだね」

「いや……あんときはテンションに任せてたんで。今思えば、とんでもない言い方してたなって……」

「別に気にしなくていいのに」

「なー」

 

 

 普通に初対面の人に向かって姉御呼びなんてやべぇよなって。今思えばとんでもないことしてたなって割とガチ目に反省してたからね。

 しかも相手は多分すげぇアイドルなんだから、ファンにでもバレようものなら我が部屋にロケランや火炎瓶が投げ込まれること待ったなしだ。ドルオタってなんか怖いイメージあるし。

 

 それにしても、あの三人ってそんなに凄かったんだなぁ。なにで選ばれたのかは知らんけど、とりあえずダンスが凄いってのは分かった。それにやっぱりなんだかんだ顔がいい。

 

 

「どうだね、キミたち。美嘉さんにしごかれてんねぇ」

「いやー……キビシイよ、本当に……」

「頑張りますぅ……」

「……別に」

 

 

 心なしか外ハネが下がってヘタっているように見える本田。ガッツリ倒れこんでもなお、ひきつった笑顔の卯月。シンプルに座り込んで頭が下がってるせいでホラー映画みたいになってる凛。

 

 うーん、見事に三者三様の反応である。

 卯月のその頑張りますは一体どこに向かっての頑張りますなんだろうか。自分に向けての暗示かな。知らんけど。

 

 さて、何の気もなしにこいつらに近づいて話しかけたはいいものの、こっからどうしよう。なんか一言位かけた方がいいよね。

 でもここで無責任に頑張れっていうのはなんか違う気がする。そしてその選択肢を潰された時点で俺のかけられる言葉はもう限られてしまった。

 

 

「ところで今年はジャイ〇ンツ優勝しなさそうだよな。広島強そうだし」

「えっ、ジャイ〇ンツ? ……なんの?」

 

 

 バタン!

 

 

「今年も優勝するのはジャイ〇ンツだよ!!!」

 

 

 野球の話題が女の子にも通じる時代はどうやら終わっていたようだ。

 ちなみに俺はプロ野球こそ見るものの贔屓球団はないんだ。ジャイ〇ンツファンの皆様、ごめんなさい。



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困ったときに相談できる友達こそ一番大事にするべき人

 昼間はちっこい子供たちや中坊たちが走り回っている公園も、夜になり街灯が灯れば静寂に包まれる。

 

 夜の公園はいい。基本的に人もいないし、街灯の明かりがなんともいい雰囲気を出してくれる。

 中二病モードになるときにも使えるし、ふと夜の中でのんびりと歩きたい気分になったときにも重宝する。

 

 

「ワン、ツー、スリー、フォー……」

 

 

 それに、こういう無性に外で運動したくなったようなときにも重宝する。とくにこいつみたいな人に努力しているところを見られたくないような人には余計にそうだろう。

 

 ベンチに座りながら凛の飼い犬であるハナコを膝に乗せて見るダンスというのも乙なものだ。全然そんなことはないんだけどね。

 だって俺がここにいるのってこいつが夜の公園で一人でいるのが心配すぎただけだし。だから俺がもうここにいるだけで俺の役割としては全うしてるから、見るくらいしかやることがないんだよな。あとはハナコをなでるくらい。

 

 

「今の良かったじゃん」

「……全然」

 

 

 ほんとにプライドが高いというかなんというか。目指す地点が高いというか。

 まともに今までダンスをしてこなかった小娘が短期間でここまで踊れるようになってんだから十分じゃないかと思うんだけどなぁ。本番も近いし、凛の性格上こうなるのは無理もないというのは全然わかるんだが。

 

 ただ、凛本人が言うように正直まだあの美嘉さんの後ろで踊れるようなダンスになっているかといえば、そうではない。あの人のライブの映像をYoutubeで見たが、まぁ凄かった。度肝抜かれた。キレがえげつなかった。たゆんたゆんだったし(違う)

 

 

「はっ……スリー、フォー……!」

 

 

 だがなんというか……とっても心配である。俺の知ってる渋谷凛という人間は多少無理しても大丈夫だし、基本的にセンスの塊だから俺がなにしなくてもほっときゃちゃんと仕上げてくるような奴なんだが……だけどとっても心配だ。わかるだろ? うん。

 

 

「……ご主人様頑張ってるなー」

 

 

 まぁ結局俺には口出すことさえできないから、こうやってハナコを撫でてる訳なんだけどな。ほんとにいい子だ。

 ハナコを撫でてると俺も猫とか犬とか飼いたくなるけど。絶対に買わない。逝ってしまったときに立ち直れる気がしないからね、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鳥ならこの気持ちわかるだろ?」

「残念ながら僕は一人っ子なんだ」

「俺だって一人っ子だよ」

 

 

 飛鳥と面と面を向かい合って熱く語るが、あえなく撃沈する。

 てか一人っ子関係あるのかよこの話に。確かに凛は立場的には妹みたいな感じかもしれないけども。でも凛みたいな顔のいい妹が居たらマジでアニメだよなぁ……ツンケンしてるのがやけにリアルだし。

 

 

「全く……急に部屋に来たと思ったら、惚気話を聞かされるこっちの身にもなってくれ」

「惚気てないだろ」

「惚気てなくてもキミがバカということはよくわかったよ」

 

 

 何処まで行っても失礼な奴だなこんちくしょう。確かに寮の部屋に戻ったその足で飛鳥の部屋に行ったのは申し訳ないけどさ。まさか部屋の中に入れてくれるとは思わなかったし。

 

 というか女子中学生の部屋に上げてもらうなんて中々ヤバいよな。下心とか皆無なんだけど、こいつがアイドルというところに問題があるし。

 にしてもまさか部屋に上げてくれるとは思わなかった。確かに俺の部屋に入れるわけにはいかないけど。逆も大問題だろうとは思う。もう入ってしまったんだけどね。

 それにしても、中々ちゃんとしている部屋だな。もっと中二病グッズ多いのかと思ったけど、なんというかカッコいい女の子のような部屋をしている。大人な雰囲気ではないんだけど、カッコいいような感じの家具が多めな印象だ。センスあるな。ちょっと憧れる。

 

 

「ダンスが上手くなるコツとか飛鳥知らない?」

「練習あるのみさ。それが最大の近道だよ」

「だよなぁ」

「随分あっさりと受け入れるんだね」

「大体何事もそんなもんなんだよ」

 

 

 楽器だってそうだしな。早く上手くなりたけりゃとにかく練習するしかない。

 何度も基礎練習を繰り返して、出来ないところは反復、反復、繰り返しの無限ループ。本当にこれが一番早いんだよ。

 安定感っていうのは普段の数えきれないほどの努力が地を固めて初めて生まれるものだってはっきりわかんだね。俺だって滅茶苦茶練習はしたし。

 

 

「ならその例の彼女にもそう教えてあげればいいじゃないか」

「彼女じゃねぇ」

「そういう意味の単語ではないよ」

「ハメやがったな」

「キミが勝手にハマっただけだろう?」

 

 

 確かにそうだな、ごめん(ごめん)

 そりゃあ飛鳥も苦笑いするよな。角野〇三じゃねーよ! みたいな感じで反射的に言ってしまったんだ。正直すまんかった。

 

 

「まぁそのなんだ。もう十分に努力はしてるんだよ。なんならちょっとパンク気味なくらい」

「じゃあそっとしておけばいいじゃないか」

「それはそうだけどさぁ……」

 

 

 呆れたような顔をして飛鳥がため息をつかれてしまう。

 

 

「心配しすぎなんだよ。僕はこの子と直接話したことはないからあまり知らないが、女の子という生き物は案外強いものだよ」

「あいつが強いってのは分かってるけどよ……」

「心配する気持ちもわかるが、少しは信じてあげてもいいんじゃないか?」

 

 

 信じていないわけじゃない。ただただ、心配なのよ。もし凛が倒れでもしたら全てをほっぽり出してブちぎれながら女友達に看病をお願いする自信がある。俺が看病するわけにはいかないからね、仕方ないね。体拭いたりとかできないし。

 

 

「『見守る勇気』……今、キミ必要なことじゃないか?」

「見守る勇気か……」

 

 

 元々俺はなんにでもかんにでも手を出すような人種じゃない。どちらかというと滅茶苦茶裏で隠れながら見てた部類の人間だ。だって手を出すと滅茶苦茶怒られるし。

 

 でももしかしたら、もうそろそろ目を離してもいい年ごろになったのかもしれない。あんなちっこかった凛ももう高校生だもんな。まぁ一個しか違わないからそういう感情あんまりないんだけどね。

 

 

「飛鳥って良いこと言えるんだな」

「ボクはただ歴史の偉人の言葉を借りてるだけさ。ボク自身はちっぽけな生き物だよ」

 

 

 飛鳥ってそういう系の中二病なんだな。歴史上の人物とか難しい本を読み漁ってそう。

 ていうか本棚を少し見てみたらなんかそれっぽい本ばっかりあった。なんか色々と納得したわ。悔しい。やっぱり本を読むと人間賢くなるんだな。一歩道踏み間違えたらこうなりそうだけど。

 

 

「ちなみに見守る勇気って誰の言葉?」

「この前、図書館で見かけた子育て本のタイトルだね」

「なんか急に薄っぺらく聞こえてきた」

 

 

 なにが歴史の偉人だよ! よくある子育て啓発本のタイトルじゃねぇか!

 しかもあぁ言うのって大体似たようなことしか書いてないし、親が自己申告で子育て大成功しました! ってどや顔で言ってることが大半だからうさん臭さしかないんだよな。

 本当にまともな人間なら本を出すような傲慢なことしないしもっと謙虚だわ、多分。

 

 

「そもそも君だって近いうちにライブを控えてるんじゃないのか」

「えっ、それ何処情報?」

「女の子の噂の伝達速度はバカにならないからね」

「飛鳥にも友達はいるんだな」

「キミ、今までで一番失礼なこと言ったって自覚はあるかい?」

 

 

 たまに脳内を通す段階を超えてそのまんま声に出しちゃうことがあるんだ、ごめんな。まぁでもよくよく考えてみたら、飛鳥って蘭子と知り合いだったっけな。

 そもそも飛鳥ってちょっとひん曲がってるだけで、普通にコミュニケーション自体は取れるタイプの中二病だし、常識はあるから普通に友達はできるわな。それにだいたい芸能界って基本的に変人ばっかだし。

 

 

「そんなに彼女のことが心配なら、僕が少し見てあげようか。こう見えても、ボクだってダンスには自信が……」

「いや、飛鳥が凛と会うのは不味い」

「……何故だい」

 

 

 その問いに一瞬馬鹿正直に『凛の目の前で下の名前呼びしたら呼ばれた対象が狙われる』って言いかけたけど、流石にギリギリのところで止まった。マジで出かかってた。超ファインプレー。菊〇もびっくり。

 あんなのがバレたら凛に変な印象が付いちまうからな。後俺も変な目で見られかねん。

 

 

「凛も多分拒否すると思うからな。多分、俺が言っても聞かないだろうし」

「ハハッ!……随分強情なんだね。彼女は」

「強情というかなんというか」

 

 

 まぁ間違ってはいないだろう。間違ってはいない。それがいいところでもあるしな。

 

 取りあえず凛と飛鳥を引き合わせるようなイベントを回避することには成功した。これでまぁ変なことは起きないだろう。

 ……あれ? 凛が大丈夫かどうか心配してるはずだったのに、どこで話変わった? ……ま、いっか!(脳死)



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初体験は盛大な方がいい

 10日弱あったはずだよな? 本番まではそこそこ時間はあったはずだった。

 そして今日は何曜日だ? そう、今日は日曜日だ。そしてここは対バン会場でもあるでけぇ箱だ。

 

 ……いやはっや! ていうか凛達のよりも俺の初ライブの方が日程的に早いんかい! 

 そういやって思うとうちのPさんかなり無理な日程組んでたんだな……あいつらみたいにダンス未経験からダンス練習じゃなくて、俺はベース経験済みからのスタートだから其処で大きな差はあったんだろうけど。

 

 勿論日にちが勝手に過ぎて行ったなんてことはないし、なんならつい昨日、ちゃんと前乗りしてこの会場でのリハも済ませてきた。

 リハは完璧……とまでは行かないが、初めてにしては上々といったところらしい。まぁ俺は必死にやってただけで何がどうなってたか全然わかんないんですけどね。

 

 

『──────!!!』

 

「うめぇ……」

 

 

 控え室のモニターから見る参加者の姿は輝いて見えて、他人事に見えたけど、それでいてそこから薄く聞こえてくる生音で本物だと実感して身震いする。

 

 不思議と孤独に包まれている気がして寒気のようなものを感じる。

 本来ならライブ前にあのコワモテのPさんが様子を見に来てくれるはずだったんだけど、なんか色々あってこれなくなったらしいし。なんだよ、色々って。まぁ来れないのはしゃーないんだけど。

 

 

「ま、ここに集まっているのは全員プロだし、当然だよ」

「バチバチに決まってますね」

「なんたってライブだしな!」

 

 

 いつもの髪型にアクセサリーをつけて戦闘態勢、と言わんばかりに目をキラキラ輝かせる夏樹さん。対して思ってた数倍参加してるバンドのレベルが高くてかなり緊張しているわし。

 経験の差といえばそうなんだろうけど、なんかここまで雰囲気というか落ち着きに差があると、この先俺は大丈夫なんだろうかと心配になってくる。こんなの気にしてたら始まらないんだろけど。

 

 

「光もちゃんとやってもらってるじゃん」

「メイクとかしたの初めてですよ……」

「ほぼメイクしてないも同然だけどな」

 

 

 それはそう。だってちょっとなんか粉をポンポンってしてもらったり、髪型をセットしてもらっただけだしな。

 でも、どうやらライブ前にメイクをする、しないっていうのは個人によって別れるらしい。木村さん率いる346組はもれなく全員メイクしてもらってたけど、他のバンドではやって貰わず、そのままステージに行ってた人もいたし。

 

 

「Pさんはもう来たのか?」

「いや、なんか色々あったらしくて来れないそうです」

「……そっか」

 

 

 まぁ何があったのかは俺にも全くわかんないんだけどね。

 うちのプロジェクトのメンバーは個性が強い奴らばっかだから、それに伴って問題の起きる数も多くなっていくのも仕方がないことよ。それを解決するために奔走するのもPさんだからな。

 

 

「やっぱ緊張してるか」

「もちろん。こんなでかい箱でベース弾いたことなんてないですから」

「そんなもんだよな。アタシも最初のライブは緊張した。でも、同時にすげー興奮したし」

「……そうっすね」

 

 

 正直な話、100緊張ではない。100あるうちの80が緊張で、残った20くらいワクワクしている自分もいるのも事実だ。

 バンドマンってバカな生き物だよな。正直今はとっても助かってるって実感してるわ。これで100緊張してたらまともに両腕が言うことを聞かなくなってた自信あるわ。

 

 

「親とか友達は呼んだ?」

「いや、シンデレラプロジェクトの人たち以外は呼んでないですね。あと一応親も」

「親御さんも喜ぶんじゃないか? 光がこんなでかい舞台でライブしてるの見たら」

「喜びますかねぇ」

「そりゃあ、喜ぶだろ」

 

 

 一応両親二人とも一応チケットは渡しておいたけども。

 

 母親は分からん。あの人はマジでわからん。あの人は俺のことをどう思っているかすらわからん。

 流石に自分の息子のことを嫌いというわけではないんだろうけど、色々とうちの母親は破天荒だからな。入寮したときの一件を思い出してくれれば分かるけど、まさにあんな感じの母親だからね。

 

 父親の方は多分喜ぶわ。なんてったって、俺にベースを仕込んだのは父親だからな。

 俺の父親はなんてことないただのベーシストだったけど、息子が形はどうあれでかい箱の舞台に立って演奏するとでもなれば、それなりには来るものがあるのではなかろうか。

 まぁ俺は本人じゃないから知らないんですけど。

 

 

「夏樹さんは誰か呼んだんですか?」

「アタシはもう何回もやってるからな。キリ無くなっちまう」

「かっけぇ」

「新鮮味がなくなるだけだよ」

 

 

 うわぁ、頑張ろう。ビッグになろう。

 

 俺も後輩か誰かが出来たら、いつかこう言えるようになろう。そん時はバチバチにキメ顔で言おう。

 いや、ダメだわ。今の夏樹さんみたいにちょっと照れながら言うのが逆にいいんだよ。ていうか夏樹さんだから良い。というか夏樹さんの顔が良い。

 

 

「緊張することなんてないさ。まぁ見てろよ。終わったころにはきっと楽しいって思えてるぜ?」

「こんなところでライブなんてできたら楽しいに決まってるでしょうよ」

「ははっ! 言うねぇ。そのクチ利けるなら心配いらなかったかもな」

 

 

 そんなに生意気なこと言いましたかね……。

 

 何度も言ってるけどワクワクはしてるのよ。バンドマン魂っていうのがどうやら俺にもあったらしく、それがうずうずしてたまらんのよ。

 あれよ。バンジージャンプとかジェットコースターみたいな感じ。行けば終わりなんだろうけど、どうしても想像する光景が怖くて足が竦むって感じ。

 

 まぁでも、最後に一歩を踏み出すのは自分だしな。結局。

 

 

「それに、言っちゃあれだけど500人なんて全然少ないんだからな?」

「えっ」

「日本武道館で1万5000人届かないくらいだろ? ドームになると4万人は下らないか。うちのアイドルとかそこでもライブして満席にしてるし。なんならアタシも出てるからな」

「マジですか」

「段階を踏むってのもあるけど、最終地点に近いとこくらいは考えとけよ?」

 

 

 もうそんなバグったような人数まで飛ばれると逆に吹っ切れそうな気もするけどな。

 

 そっか、ドーム公演もあるんだよな。俺がそこに立つことになるかはわからんし多分ないとは思うんだけど、子供のころのプロ野球選手になるって夢が色々ねじ曲がってドームに立つくらいのレベルではかなうのかもしれねぇんだな。

 そう思うと夢のある仕事だ。

 

 

「木村さーん! そろそろですー!」

 

「……よし、行こうぜ! 心配すんなよ。お前はすげぇんだからさ!」

「……よっしゃ! やるか!」

「そうだそうだ! もう逃げらんねぇからな! 勇気を出して飛び込んで行け!」

 

 

 ごめんこれだけは言わせて。ポケモンの四天王かよって思ってもうた。もうだめだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 凄かった。なにが凄かったとかじゃなくて、すべてが凄かった。

 

 目の前に広がる広大な客席と所狭しと詰め寄る観客。

 本当に自分の出している音かと信じがたくなるような最高の音質。

 そして体全体を包み込むようなボリューム。

 目の前でなんか燃えてるんじゃねぇかと思うくらいには熱い空気。

 観客の雄たけびとジャンプによって揺れる地面。

 

 そして、何よりも扱った舞台が何処よりも清々しく感じたあの瞬間。

 

 

「ぜぇ……いやー、楽しかったぁ……」

「いや、そんな体勢で言われても説得力ないけどな」

「いや……格好に関しては申し訳ねぇ……ちぬ……」

「冗談だって」

 

 

 なによりもビビったのが体力の持ってかれ方よ。

 今まともな体勢してないからね。もう椅子に座ってるんじゃないから。乗って溶けてるから。もうでろーんってなってるから。台パンして壁に穴開けたりはしてないけど。

 

 確かにいつもよりはしゃいだよ。だってテンションが上がる要素しかなかったんだもん。超絶楽しかったんだもん。

 けど流石にここまで体力ガッツリ削られるのは想定外。マジで一撃必殺だった。持続系じゃなかった。気が付いたらもうクエスト失敗しましたのテロップが流れてた。ライブは成功したけど。

 

 

「松井さん。お疲れさまでした」

「うわびっくりした!」

「光とだりーン所の……だっけ?」

 

 

 急にでかい影に覗きこまれたと思ったらうちの担当のPさんでした。心臓飛び出るかと思ったわ。下手なブラクラよりも怖えよ。

 

 

「……申し訳ありません。本来ならばライブ前に様子を見に来させていただくつもりだったんですが……」

「全然全然。大丈夫っすよ」

 

 

 実際何とかなったし。それに楽しかったしね。

 

 ただ、いざ大きな物事を目の前にしたときに、頼れる人物が自分の近くにいないだけでも自分はこんなにも弱弱しくなるっていうのは驚きだった。

 高校生にもなって少しは大人になれた気ではいたが、実際はそうでもなかったみたいだ。大人へのハードルってたけぇ。

 

 

「この後はライブ終了後、スタッフさん方へのあいさつ回りなどを終えたら帰宅となります。その際には自分も同行しますので」

「あい。了解しました」

 

 

 ライブ前にもあいさつ回り……というか楽屋に様子を見に来た偉そうなおじさんに挨拶はしたけど、終わったらこっちから行くんだな。

 

 そらこんだけの箱を動かすのには俺らだけの力では出来ないことだらけだもんな。スタッフさんたちの協力あってこそだし、むしろ挨拶だけでいいのかと心配になる。

 あっ、でもなんか346名義で差し入れあったし、そこらへんはもう大丈夫なのか。しっかりしてんねぇ。

 

 

「……なぁPさん。ちょっと確認したいことがあるんだけど、時間あるか?」

「……? はい。時間なら暫く大丈夫ですが……」

「そっか。じゃあ後でちょっと面貸してくれ。光はもうちょっと休んでな。アタシらちょっと用があるから」

「はぁ……」

 

 

 結局どっか行ってから直ぐになんともなさそうにして帰ってきてたけど、いったい何だったんだろう。俺がやらなくてもいいようなコトとかやってたのだろうか。

 まぁわかんねぇしいいさね。ライブも無事に終わったし、今日はもうこれで十分じゃ。帰って寝よ(本音)



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眠れない夜には少し大人の子守唄が似合う

 長い、長い戦いだった。

 

 見えない敵を相手に必死でもがき、苦しみ、雑念を消して立ち向かうも歯が立たない。

 いつになっても俺一生この敵には勝てないのだろう。

 

 

「……あー、クソ。寝れん」

 

 

 ほんと、人間悪循環のループに入ると抜け出せなくなるよね。

 

 寝たくなる→それを意識する→余計寝れなくなるっていうのは、ある程度経験したことがある人も多いであろう。

 俺はそれがよくある。不眠症とかそういう類ではないが、何だかそういう沼にハマって寝れないときがなぜかあるものだ。

 いやマジで困るよね。寝たいし眠いっていう感覚はあるのに寝れないんだもん。現代のお手軽生き地獄。

 

 

「ふぁ……ぁう……ねみ……」

 

 

 そういう時は掛布団を反行儀キックコースで綺麗に蹴っ飛ばし、外に出るに限る。

 

 この前、初めて飛鳥に会った時も似たような感じで外に出てたけど、俺って睡眠系に関することが苦手というかなんというか。そんな感じだったりする。正直のび太くんがクソ羨ましい。

 

 朝、早く目が覚めて寝れなくなっちまった時と同じで、閉鎖的な空間からいっそのこと一度外に出て空気に触れ、スッキリしてからベッドに入ると馬鹿みたいに寝れるものだ。

 これを開発してから俺は滅茶苦茶日々が楽になった。寝る時間は遅くなるけど。

 

 

「さっむ」

 

 

 あの時と同じようにジャケットを羽織り、スマホをポケットに突っ込んで、イヤホンを耳に刺して、あまり音をたてないように部屋のドアを開ける。

 

 時刻は丑の刻に差し掛かったところだろうか。明日は平日ということもあり、廊下では物音一つ聞こえない。

 もちろん電気は消えており非常用出口を示すと消火器の居場所を照らすライトしか灯っていないのもあって、軽いホラーだ。

 外気温はかなり低く、さっきまで布団にくるまってた俺にとっては余計に厳しいものになっている。

 

 

「三日月……?」

 

 

 ……ではないかな。空には薄い雲が3割、夜空が7割。そして、三日月と呼ぶにはちょっと体重がオーバーしたフォルムになってる月。

 なんて言うんだろうな、あの形。小学生の頃、理科室に貼ってあった月の名前が全部あるポスターで覚えたはずなんだが、どうにも出てこない。

 懐かしいな、あのポスター。理科室ってなんかよくわからんポスター貼りがち説あるわ。ちゃんと理科に関係していることではあるんだけど。

 

 

『淡い月に見惚れてしまうから 暗い足元も見えずに』

 

 

 それにしても夜の街っていうのも美しい。車も普段より少ないし、通行人なんてほぼほぼ皆無だ。

 早朝もそうだが、静寂がほとんどという町並みは、昼間の光景と真反対ということもあって何だかとっても中二病的な雰囲気になれる。

 

 

『転んだことに気が付けないまま 遠い夜の星が滲む』

 

 

 テンポもビビるほどゆっくり、それどころか一定のリズムすら刻んではいない。

 鼻歌のような、それでいて近所迷惑にはならないレベルで気持ちよくなれる。そんな声量で。

 勿論、周りに人がいないことを確認してな。

 

 

『したいことが見つけられないから 急いだ振り 俯くまま』

 

 

 歌と趣に背中を押されるがまま、あの朝と同じように、中庭へと足を進める。

 

 ほんの少しだけ、アコギを背負ってくればよかったなと一瞬頭によぎるが、こういうのは中途半端なところでとどめておく方がいいんだ。なにがいいかは知らないけどね。そもそもこれ寝れないから外に出てるだけだし。

 

 

『転んだ後に笑われてるのも 気付かない振りをするのだ』

 

 

 中庭にはもちろん人がいない。

 そりゃそうだ。こんなド深夜にいるはずがない。むしろ誰かいたら大問題だ。いや、問題ではないかもしれんが。

 

 一度、大きく両手を広げて深呼吸をする。なんとなく、胸の中にあったようなモヤモヤが外の空気と入れ替わるような気がする。

 実際はどうかは分からんけど、そもそも寝れないって理由がメンタル面の問題なんだから、そこんところは気にしたら負け。

 

 深夜に灯る電柱。無人の中を飾る花たち。清らかな水音を流す噴水。

 

 うーん、エモい。完璧なる、エモの塊。

 あとはここに女神みたいな見た目をした美少女とかいれば完璧。白髪で透き通るような蒼い目をしていれば完璧だろうか。いや、まぁそんな上手い話しあるわk

 

 

「Мм……続きは、歌わないんですか?」

「」

 

 

 あったわ。いたわ。女神みたいな見た目をした美少女。しかも白髪で透き通るような蒼い目をしている。役満すぎる。高め入った(?)

 

 

「えと、アーニャちゃん? なんでここに?」

「光が外に行くのが、見えたから、付いてきました!」

「あ、そういう」

 

 

 アーニャちゃん夜更かしするんだ。いやちゃう、そこちゃう。

 

 ド深夜に外に出歩くような意味の分からん男性にちょこちょこ付いてきちゃ危ないからダメでしょ!

 ……なんて本当はキッチリ言いたいところなんだが、何が悪いのかを全く理解していないようなまっさらな笑顔を見たら怒れるわけもなく。

 

 

「アーニャちゃん、割と夜更かしするんだね……」

「Не могу спать ……アー、寝れないとき、結構多いです」

「わかるわかる。結構、寝れないときってあるよな」

 

 

 明日学校とか大丈夫なん? ……って聞こうとしたけど、それは中学生でも高校生でも同じか。

 寝ないと死ぬってわけじゃないし、明日辛くなるのはお互い様だろう。そんな聞くことでもない。

 

 

「光も、寝れないこと、多いですか?」

「そりゃあるよ。今日だって、それだからこんな時間にここにいるわけだし」

「アーニャと、同じです」

 

 

 可愛いなぁ。そんなふにゃっとした笑顔もできるのか。

 若干眠くて頭がふわふわしているということもあって、思わず反射的に頭に手が伸びていきそうになった。あぶねぇあぶねぇ。

 

 女の子の頭をよしよししても許されるのは菅〇将暉だけってどっかで見たことがあるからな。なんだよそれ、俺だってされてみてぇわ。菅〇将暉によしよし。

 

 

「アーニャも、寝れないときは外に出るの?」

「отличаться……アーニャは、空を見ます」

「空?」

「なんだか、落ち着きます」

「……そっか」

 

 

 確か、アーニャちゃんはロシアとのハーフと言っていたっけ。

 ちょくちょく出る外国語はおそらくロシア語だ。日本語を流暢に離せないところを聞くと、元々ロシアにいたところからこちらに越してきたのだろうか。

 それでいて寮住まい。15歳。並のメンタルでは正直耐えられるものではないだろう。少なくとも俺なら普通に病む。

 

 東京の空も、ロシアの空につながってるかもしれねぇもんな。オーロラも出ないし、星なんかほとんど見えない寂しい夜空だけど。

 ここにいるってことは、アーニャも望んでアイドルにはなったんだろうが、それでも中学生が親元を離れて異国の地にいるんだ。眠れない夜があっても何らおかしくはないだろう。

 なんか普通に謎に寝れないだけの自分が悲しくなってきた。

 

 

「Чем это」

「ん?」

「アーニャ、さっきの続き、聞きたいです」

「……あー」

 

 さっきの続き……あー、あれか。夜明けと蛍のことか。そういえば聞かれてたんだな。恥ずかしい。

 

 あれってこういう夜更けの曲じゃなくて、題名の通り情景的には夜明けが近いんだけどね。たまたま歌ってたけど。

 でもあのメロディーというか、テンポというか。深夜に聞くとすげぇ心地いい曲だよな。半分鼻歌だからテンポも何もボロボロだったけど。

 

 

「とっても、落ち着く歌でした。アーニャ、あの歌が好きです」

「……じゃ、ギターがなくて悪いけど」

 

 

 なにか叩けるものないかな。出来るだけ変な音がいないような……ベンチでええか。叩いた感じ音も悪くない。

 

 少し冷たいベンチに腰掛け、股を開いてその間に両手を添える。

 アーニャがなぜか不思議そうな顔をしてたので、首をかしげてベンチの隣を指さしてジェスチャーすると、素直に隣に座ってきた。

 超絶かわいい。違う、女の子を立たせて自分だけ座るとか最低だからね。仕方ないね。

 

 

「Название песни ……歌の名前、知りたいです」

「『夜明けと蛍』……蛍ってロシアにもいたの?」

「直接見たことは、ありません。けど、ロシアにはホタルは、います」

 

 

 蛍って日本にしかいないイメージが謎にあったけど、ロシアにも蛍っているんだな。ロシアの蛍も、闇夜で淡く光る道しるべになるのかな。

 って中二病かよ。夜だからだな、こんな言葉が簡単に浮かぶのは。

 

 カホンって知ってるか? 四角い箱みたいな楽器で、股の間とかにはさんで太鼓みたいに叩いて音を出し、リズムを刻む楽器だ。

 中学校の音楽室にカホンが置いてあったって話は置いておいて、あの楽器はとっても良い。歌いながらリズムを刻むことが出来るんだが、それがとてもいい。

 

 歌を歌うときの道しるべになるから、とっても歌いやすいしノリやすい。そんなわけで、このベンチに座ったってわけだ。

 そんなわけでまた下に広がる木製の面を普段よりゆっくりと、あとからでもスッと立てるようなリズムを刻んでいく。

 

 

『淡い月に見惚れてしまうから 暗い足元も見えずに』

 

 

 不細工な月夜と一色の電灯が、ぼんやりと広間を照らす。

 

 あぁ、良い夢だ。現実かもしれないけど、夢のような気分だ。

 なんだか今日は良い夢を見られそうだな。



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キャラ渋滞は便利な言葉

 初めての346プロ所属スタジオミュージシャンとしての舞台に立った次の日。

 本来ならあの興奮を忘れられず、いつにもましてベース欲が高まり延々とベースを弾き続けていた! ……的な感じにはなってたんだろうけどなぁ。前科者の俺にはもう一度同じ過ちを繰り返すメンタルはないのよ。

 

 

「んま」

「良かった~!」

 

 

 そんなわけで、俺はとっても大人しく、事務所でシンデレラプロジェクトのメンバーと、かな子ちゃんが作ってきてくれたお菓子を食べて豊かなティータイムを過ごしていた。

 

 中学生の時までイキって無理やり飲んでいたコーヒーのおいしさが最近やっとわかるようになってきたよね。

 いやぁ甘いものとコーヒーの相性って化け物みたいにいいわ。まぁ、今食ってるのはクッキーだから多分紅茶とかの方が相性良いんだろうけど。コーヒーは飲めるようになったのに紅茶は飲めないんだよね……

 

 

「かな子ちゃんのお菓子本当においしいです!」

「しまむー、あんまり食べ過ぎちゃうとおなかに~?」

「えぇっ!?」

「卯月なら大丈夫でしょ……未央も人のこと言えるの?」

「私は最近ダンス沢山してるから!」

「それは三人ともそうじゃん」

 

 

 卯月は多少太った程度では全く影響ないから大丈夫だよ。卯月のそこんところの事情全く知らないからアレだけど。

 というかこいつら二人とも美味そうに菓子食うよな。CM向いてるわ絶対。凛は……化粧品のCMとかいいんじゃないかな。ほんと知らんまに模範的クールになりやがって。

 

 

「おいしいから大丈夫だよ~」

「かな子ちゃん、トレーナーさん大丈夫なの……?」

「あっ」

「後で徹底的にしごかれる姿が目に浮かぶにゃ……」

 

 

 こいつ、完全にトレーナーさんに減量迫られてたの忘れてたな? 後でレッスン利用されて締め上げられるぞ。

 

 はい、かな子はこういうやつです。

 フルネームで三村かな子。超絶お菓子作りが上手く、めちゃくちゃいい子。明るめの黄土色のショートカットに真ん丸でタレ気味な目は、見る人をほんわかさせてくれること間違いなし。つまり顔が良い。

 

 ……ではあるが、ほんのちょーっぴりだけふくよからしい。

 このレベルで太ってるって女性社会どうなってんだって最初は思ってたけど、あまりにもここの会社で見る女性のスタイルが良すぎて最近感覚がバグってきた。

 確かにここにいる人たちに比べたらふくよかかもしれないな。うん。でも実際これくらいの体系の方が好みの人は多い……なに言ってんだ俺は。

 

 

「……あれ。ていうかさ、俺以外みんな紅茶派だったりする?」

「私、コーヒー飲めなくて……」

「私もー」

「凛はお前コーヒー飲めないっけ?」

「飲める」

 

 

 その割にはお前今飲んでるの紅茶やん。コーヒーちゃうやん。

 まぁ飲めるってだけで好きとは一言も言ってないもんな。そりゃそうじゃ(オーキド)

 

 そいで本田も卯月もコーヒーは飲めないと。卯月はなんかすっごいイメージ通りだったけど、本田も飲めない側の人間なんだな。

 

 

「多田は?」

「わ、わたしはロックだから勿論飲めるよ? うん」

「さっき李衣菜チャンめちゃくちゃ砂糖入れてたにゃ」

 

 

 おい、多田。やっぱり飲めねぇやんけ。

 いや、正直予想付いてたけどね。なんなら一番予想付きやすかった。意外とパターンすらも許さないってレベルで想定しやすかったわ。

 

 

「智絵里ちゃんはコーヒー飲める系なの?」

「わ、わたしですかっ!? わたしも苦いのはちょっと……」

 

 

 あら可愛い。まぁ智絵里ちゃんが苦い系の物が無理っていうのは、なんとなーくイメージ通りだよなぁ……って言っても智絵里ちゃんとこんな距離近いのは初めてだけど。

 

 そんなわけで確かフルネームは緒方智絵里。合ってるかは知らん。俺も名簿見て必死に覚えたんだから。

 少し赤っぽい茶髪に近い髪を高めの位置にツインテールにしてまとめていながらも、ツインテールにしてる人にありがちなキツイあざとさとかは一切ない。どちらかというと、まんま小動物的な雰囲気を感じる。

 

 ちなみにだけど、さっきから初対面というのもあるのかもしれないが、たまーに目が合うと凄くびっくりされるのでなるべく目を合わせないようにしている。

 そうだよな。今まで他の奴らが環境に順応しすぎてただけで、普通の女の子ならそういう反応になるよな。ごめんな、ビビらせちゃって(涙目)

 

 

「いやー、にしてもお疲れ様でしたな~。光クン」

「俺?」

「当たり前じゃないか~。昨日のライブ、未央ちゃんの目にはしっかりと焼き付いているぞ!」

 

 

 というか本田はどこ目線で言ってるんだよ。

 お前がもしかして俺のプロデューサーなんか? だったらとっても不安になること間違いなしだわ()

 

 

「でも本当に凄かったですっ! 私たちも次はあぁやってステージに……!」

「卯月たちなら出来る出来る」

「ふーん。卯月のことは名前呼びなんだ」

「えっ」

「私は名前で呼ばれる方が嬉しいですよ? 凛ちゃんはイヤ……ですか?」

「えっ」

 

 

 何この子。強い(確信)

 周りの人がみんな揃って卯月卯月っていうもんでいつの間にかそれが移って下の名前呼びになってただけなんだよ。誤解だ。直せるなら直すよ。そのうちね。

 

 

「そういえば、まっさんはあんまり私たちのこと、下の名前で呼んだりしないよね」

「私と凛ちゃんくらい……でしょうか?」

「李衣菜ちゃんも呼ばれてたにゃ」

「アレはお前をイジる為の悪ふざけだし。な?」

「うんうん」

「うにゃー!!!」

 

 

 怒るな怒るな。面白かったからええやないか別に。

 でも多田はそれこそ名字呼びしてる人少ないし、下の名前呼びが落ち着く枠だよなぁ。前川は前川ァ! って感じするからそのまんまでもいいんだけど。

 

 

「そもそも異性を下の名前で呼ぶのってなんかハードル高くね?」

「全然そうは思いませんなー」

「男の人ってそういうものなんですかね……?」

「私は全然気にしないかなー。小さいことを気にするなんてロックじゃないし」

「アカン、価値観が違いすぎる」

「多分この子たちがフレンドリーすぎるだけだにゃ」

 

 

 前川はこっち側の人間なんだな。今までで初めてお前と心が通じ合ったな。トレーナーとして嬉しい限りだ。ごめん、全部適当言った。

 

 それにしても、島村さんと本田がコミュ強なのは予想付いてたけど、問題はぽかんとした顔してるこのロックかぶれよ。

 お前もそっち側の人間やったんかい。その薄そうなロックの仮面の裏にはどんな素顔が隠されているのかちょっと楽しみになってきた。

 

 

「でもみくちゃんだって私たちのこと、上の名前では呼ばなくない?」

「それは女の子同士だからにゃ。相手が男の子だと話は別にゃ」

「みくちゃんは男の子が苦手なんですか?」

「いやそういうわけでは……」

「結局あだ名付けるのが一番なんだよねー!」

「それは違うよぉ」

 

 

 あれ? 渾身のシンジくんモノマネしたはずなんだけど。なんかものの見事にスルーされてない? 気のせい?

 いや違うわ。これあれだわ、完全に通じてないだけだわ。世代じゃねぇかぁー……そっかぁ……悲しいなぁ。

 

 まぁ俺も全然世代じゃないし、なんならエヴァとかほとんど見てないんだけどね。雑モノマネのモノマネしてるだけだから。もはや原型残ってないまである。……あれ? 原因それじゃね?

 

 

「でもこんだけ距離感ぶっ壊れがいると大変だよな」

「そこだけは同情してやるにゃ」

「前川が急に可愛く見えてきたわ。お前、アイドル向いてるんじゃね?」

「みくは正真正銘のアイドルだにゃー!」

 

 

 前川ってもしかしたらちょっとおかしいところがあるだけで、それ以外の点に関しては滅茶苦茶常識人なのかもしれない。

 いや、でも猫キャラの時点で全てぶっ壊れてるような……いや、やめといてやるか。

 

 距離感ぶっ壊れタイプな女の子の何が大変って、こっちの距離感の調節の仕方が大変なんだよな。

 クラスに一人はいただろ? めちゃくちゃ男女関係なく接してくれて、しかも滅茶苦茶距離感の近い女の子。全国の男子学生を勘違いさせ続ける最強生命体な。

 

 そういう女の子っていうのは本当に扱いが難しい。普通に扱えばいいじゃんって思ったそこのあなた。それは違うよぉ(シンジくん)

 このタイプの子と普通に接し続けていると、そのうち異性なのにまるで男の子のような扱いをその子にしてしまうようになるんだよ。具体的にどういうことかっていうと、自然に距離が近くなるうちにそのうちとんでもない地雷を踏み抜いて相手を傷つける可能性があるということ。

 これだけは阻止しなくてはならない。だから気を付けなくてはならない……って昔、凛に教えてもらった。滅茶苦茶熱弁されて推されたから、あれ以降ちゃんと気を付けるようにしてるんだよ。女の子って難しいね。

 

 

「でもアイドルなんだから、こんだけコミュ力的な能力あった方がいいのかもしれんな」

「わたしも頑張らなきゃいけないのかな……」

 

 

 緒方さんはそのまんまでもいいと思うんだけど……っていうのは口に出してはいけない。まだそれを口に出せる距離感じゃない。

 これだからコミュ障は辛いね。本田が羨ましいよ。

 

 

「これ以上コミュ強がいるのも困るけどな」

「あれ? まっさんってきらりちゃんとまだ会ったことないっけ?」

「きら……それって芸名?」

「本名でしょ」

 

 

 すげぇ名前してんな。ごめん第一印象それになったわ。

 キラキラネームがちょっと前に流行語みたいな感じになりかけてたけど、きらりってキラキラ通り越してもはやスタンダートなまであるからな。娘さんがアイドルでほんとによかったなって謎の目線で見ちゃうわ。

 

 

「凛は何回かあったことあるん?」

「当たり前でしょ」

「きらりちゃんたちは今日確かレッスンでしたっけ……?」

「Pさんがそうやって言ってたね」

 

 

 もしかしたら俺も今まで見たことあるのかもしれない。

 てか、今の今までまだちゃんと全員と顔合わせする暇がないって忙しすぎだろ。実際、卯月たちのライブも控えてるし、俺もつい昨日までライブ関係でわちゃわちゃしてて、実際ちゃんとした時間捕る余裕なんてなかったけどさ。

 

 

「そっかー。いつかそのうちちゃんと挨拶しときたいよな」

「……光クンって結構律儀なところ多いにゃ」

「俺、常識人だからさ」

「常識人は自分のこと常識人って言わないにゃ」

 

 

 それはそう。正論で返されたらなんも言い返せなくなるのマジで悔しい。

 

 会うなら早く会ってみたいよな~。きらりさんって人。その人含めると……13人か。シンデレラプロジェクトって確か14人だっけ? こうやって見ると多いよn

 

 

 バァン!!!

 

 

「!?」

「杏ちゃーん! レッスンの時間だにぃ~☆ ……ってあれ? 杏ちゃんは?」

「杏ちゃんは見てないですね……」

「きらりちゃん、今日はレッスンじゃないのかにゃ?」

「うん! 今日は杏ちゃんとレッスンの予定だったんだけど、杏ちゃんったらまーたいなくなっちゃって!」

「きらりちゃん……扉はゆっくり開けないと智絵里ちゃんが……」

「ひ、びびび……びっくりしたぁ……」

「あわわわ! 智絵里ちゃんごめんねー!」

 

 

 …………ハッ! いかん、思考が完全に止まっていた。

 いやいや、いやいやいやいや。いったいこれはどこからどうツッコんでいけばいいんだ。ツッコミどころが多すぎて逆にツッコめないタイプだ。

 

 爆発音かと思うくらいの音量で扉を開けた先に立っていたのは、とてつもない背丈をした女性。

 背丈の割には体はごついというわけでもなく、とってもスラッとしたモデル体型にも見える。ただでかい。滅茶苦茶でかい。うちのPさん並みにでかい説あるぞこれ。

 

 

「杏ちゃんはどこにいるんでしょうか……」

「レッスンはサボるわけにはいかないしね」

「だいじょーぶ! 杏ちゃんはぜーったいここにいるにぃ☆」

「なんでわかるの……」

 

 

 そしてやはりというかなんというか。顔はとてもかわいい。

 少しカールのかかったふわっふわの茶髪にぱっちりとした目とアヒル口は、絵にかいたようなメルヘンを感じさせる。だが、全体的な顔立ちはどこか大人びていて、お姉さんといったような印象を覚える。口調についてはもう触れないでおこう。

 というかあんなスラっとした体形であんだけ爆音でドアを開ける力があるってどうなってんだ。色々とメルヘンが過ぎる。よくドア壊れなかったな。

 

 

「杏ちゃんがいる場所は大体ここだから……えーっと、ソファーの下にはいなさそうかな?」

「なんでわかるの……」

「きらりちゃんって杏ちゃんのサーチ能力はものすごいからにゃ……」

 

 

 杏ちゃん杏ちゃんって言われているのが14人目のシンデレラプロジェクトの子だろうか。なんでソファの下にいる説が出てるんだよ。流石に即否定してたけど。

 その子も多分一度も姿を見たことがないんだよな。マジで謎の人物。まぁ、目の前で元気に飛び跳ねてるメルヘン少女も謎に包まれてるんですけど。

 

 

「ふっふーん! きらりんサーチ発動☆……杏ちゃんはー、こーっこだぁ~!」

「うわぁ!? 起こすなよきらりー!」

「わぁ! 凄いですー!」

「杏ちゃんの一本釣り……見事!」

「杏のこと、魚扱いは酷いと思うなー」

 

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ……!

 きらりさんがきらりんサーチとか言って一直線に俺たちの座っているソファーとは別にある、一人用のソファーみたいな椅子に走り出して行ったんだ! そして急にソファーの片側を軽々と片手で浮かせたと思ったら、もう片方の手を空いた隙間に突っ込んで出てきたのは体の小さい女の子だった……!

 俺も何を言っているのかわからねぇ……! というか、何一つ今起きたことが理解できねぇ……!

 

 なんで一発でわかんだよ。というかなんでソファーの下にいるんだよ。おかしい。この世界は何かが間違っていやがる。

 

 

「……すげぇもん見た」

「みくはもう見慣れてきた段階に入ってるにゃ」

「お前やっぱおかしいよ」

「悔しいけど同感にゃ」

 

 

 おそらく、今きらりさんの小脇に抱えられている少女が杏ちゃんと呼ばれている少女だろう。

 年齢的には小学生くらいか? でもみりあちゃんよりも小さい……かわかんねぇな、あの体勢だと。

 

 金髪……というよりクリーム色に染まった髪を下の方でツインテールにしてるっぽいけど、滅茶苦茶長いのを見ると元々ロングヘア―なのだろうか。ここから見てもわかるくらいサラサラしてんな。

 さっきから絵にかいたようなやる気のない顔をしているけど、それでもわかる。もう定番化してきた。顔が良い。そらアイドルだもん、知ってたわ。うん。

 

 

「あーっ! 初めましてだにぃ!」

「あっ、初めまして」

「昨日のライブ! と───っても! 凄かったにぃ! はっぴはぴしてて、きらりまで元気になっちゃった!」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 グイグイ来られすぎてつい敬語になってしまった。

 距離感が近いとかそういうレベルじゃない。新幹線だわ。横顔じゃなくて、距離感の縮め方がもはや新幹線。

 

 

「きらりー。まだ自己紹介もしてないんだし、急に来られてもこの人も困っちゃうでしょ」

「そうだった! おっすおっすー☆ 諸星きらり! 17歳だにぃ! ほーら、杏ちゃんも! 自己紹介して!」

「杏はいいよぉ……眠いんだよぉ……」

「しょうがないな~……ごめんね? こっちは双葉杏ちゃん! きらりと同い年! 体は小さいけど、色々とすっごいんだよ!」

「ま、松井光。17歳です」

 

 

 もうどこからどう処理すればいいのかわからん。勢いが凄すぎる。もうコミュ障陰キャみたいな話し方にこっちがなってしまっている。

 っていうか17歳って言ったか? 俺と同い年じゃねぇか! しかも双葉さんも! なんか色々とバグってて頭がおかしくなりそうだ……

 

 

「それじゃあ、きらりたちと一緒だね! これからも杏ちゃんも一緒にみーんなではっぴはっぴしていこうにぃ☆」

「よ、よろしくどーぞ」

 

 

 なんだろうな。俺、これから先が不安になってきたよ。

 助けてケスタ。



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大舞台は緊張と期待のタイフーン

 今日は卯月たちの初めてのライブの日。

 本来なら祝日ということもあってグッスリ爆睡する予定だったんだ。そんな中でも半分同僚みたいな感じになってる三人の初舞台を見るために、ちゃーんと寝る前に次の日の持ち物やら服装やらを準備して、そのうえで目覚ましをかけてスタンバってた俺のことをまずは手放しで褒めてほしい。

 

 

『おはよ』

 

『…………おはよ』

 

 

 でも思い返せば目覚ましが鳴る前から凛のモーニングコールで叩き起こされ。

 

 

『起きて』

『ハッ! ……えっ、もう着いた?』

『うん』

 

 

 電車の中で無事寝落ちし、気が付けば凛に肩を叩かれ半分飛び起きたと思ったらすでに現場に着いていて。

 

 

『凛? ここ関係者しか入れんパターンの場所では?』

『関係者でしょ』

『いや、普通にチケットあるし今日は客側なんだけど』

『大丈夫』

 

 

 ちゃんと普通のお客さんと一緒に正規の入り口から入ろうと思ったら、何故か服を引っ張られて職員用窓口から入場させられ。

 

 

『あれ? 今日は見学でもしに来たの?』

『いや、よくわかんないですね……』

『あははっ! なにそれー!』

『今日はよろしくお願いします』

 

 

 なんか我が物顔でスタッフさんに道案内してもらいながら、美嘉さんとか先輩方のあいさつに付き合うことになり。

 

 

「先輩たちからいろいろ学んでください。今日の全てが、皆さんにとって貴重な体験になります」

「「「はいっ!」」」

 

 

 果てには気が付きゃ本番前の三人を激励するPさんという激エモシーンを千川さんと二人で眺めることになってる。一体俺はどういう立場でここにいるねん。

 

 早い、早すぎる。手際といい全てが早すぎる。俺がちゃんと備えていた意味よ。凛ちゃんほんとによくできた子。お母さん感心しちゃう。

 

 

「千川さん」

「なんでしょうか?」

「俺ってなんでここにいるんですかね」

「さぁ? でもなんら問題はないですから、大丈夫ですよ」

 

 

 その割にはさっきPさんめちゃくちゃ焦ってたように見えたけどな。

 

 そりゃあそうだ。だって俺も聞いてなかったんだもん。

 Pさんが凛からそういう旨の話を聞いてるなら、律儀なこの人のことだし事前に連絡をしてくれるはずだもんな。

 というか、毎日最初の軽いミーティングでその日の予定を全部伝えてくるようなこの人が伝達ミスとかやるはずないもんな。可哀そうに(他人事)

 

 

「そもそもここに俺っていてもいいんですかね」

「さっきも言ったじゃないですか。問題はないって。松井さんも立派な関係者ですから」

 

 

 いやいやいや。違うからね? そもそも俺ってシンデレラプロジェクトのメンバーでもないからね? ただ346プロと契約している高校生ってだけだから。それ以外何にもないから。関係者って俺が知らないだけでそういうもんなの?

 

 

「ところで松井さんはみなさんに声をかけたりしないんですか?」

「なんで俺が」

「またまた~。 凛ちゃんの練習に付き合ってあげてたのは松井さんじゃないですか」

 

 

 えっ、なんで知ってるの? 俺、そのことは誰にも言ってないんだけど。

 っていうかやってた場所が場所なだけに俺らの地元と同じ人しか知りえない情報だよね? だってあの公園昼間はともかく、夜なんて全然人来ないんだぜ?

 どういう人脈持ってんのこの人? そもそも人脈から来た情報なのか? もうわかんねぇなこれ。大人怖ぇ。

 

 

「なんか言うことないの」

「お前が言うんかい」

「『なんか言うことないの』」

「そんな似てないが」

「ちぇ~。未央ちゃんの自信作だったのに」

 

 

 めちゃくちゃ表情変えずに真顔で言うじゃん。怖いじゃん。『お前ずっと私のダンスを近くで見てきただろ???』って顔が語ってるもん。

 あいつは無表情だけど俺は分かるんだ。だって後ろにスタンドが見えるもん。爆熱ストームだもん。マジン・ザ・ハンドだもん。めっちゃキレてるもん。

 

 っていうか本田のモノマネは凛のだよな? だとしたら色々と足りてない。足りてないというか。本田のバックにはマジンじゃなくてパリピの魂が付いてるから無理だわ。

 

 

「がんばれ」

「向いてないよ」

「何が?」

 

 

 俺が10秒くらい悩みに悩み抜いて出したエールは真っ二つにされました。

 

 お前辛辣すぎんか? 臭くならないようにちゃんと簡潔にわかりやすくかつ短くストレートに届くような言葉を選んだのに。そんな俺の渾身のエールだったのにひでぇや。

 

 

 ガチャッ!

 

「?」

「あ゛っ゛」

 

 

 目があったぞ、前川。おはよう。挨拶は大事。

 

 本番前のちょっと神妙な感じになってる空間のドアがいきなり開こうものなら、そりゃあ音でバレるし視線は集めるよね。

 そんなわけで視線の先にいたのは前川とかな子と智絵里ちゃん。前川を先頭についてきた感じがぷんぷんとする。そいつ色んな意味で先頭向いてるもんな。わかるわかる。

 

 いやでも今のドアを開けたら先客がいて、そいつと目が合って『あっやべ』って顔になって硬直するって体の動きはとっても猫だった。猫キャラ貫けてて偉いぞ! 前川!

 

 なーんでこいつ簡単に入ってこれてるんだと思ったけど、こいつに関しては完全に関係者だったな。ちゃんと繋がりあるし。っていうかよく見たら緒方さんと三村さんまでいるじゃん。保護者かな?

 

 

「あぁう……っまだ納得はいかないけど! 今日はみくを倒したみんなに託すにゃ!」

 

 

 暫く視線を集めてうろたえる中、絞り出したセリフがこれである。

 

 茶化しに来たんじゃなくて応援しに来たんじゃん。良いとこあるねぇ野良猫さん。

 っていうかこれ、俗にいうツンデレじゃね? 僕知ってる! これツンデレだ! 猫意識してんのか? 顔は可愛いんだから破壊力だけはあるぞ。命中30%だけど。

 

 

「ライブ、頑張って!」

「みんなと一緒に、見てますから……」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 

 智絵里ちゃんとかな子ちゃんの女の子らしいエール。それに元気に答える卯月。グッとサムズアップする本田。無言でうなずく凛。

 なんというか、三者三様だよなぁ。御三家みたいな感じがする。こうやって見ると、この三人って相性がいいのかもな。上手いこと相性を補えそうな気がする。

 

 

「光」

「なんだよ」

「これだよ」

「正直すまんかった」

 

 

求めていたのはこれね。ごめんね。そんなの分かんない無理ぽ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 なんだかんだで前川達についていって観客側に戻りましたとさ。

 まぁでもあれだわ。思ってたよりもガチガチじゃなくて何だか安心したわ。本番前にガチガチになる凛ってなんか想像できなさそうではあるしな。あいつも緊張はするんだけどね。

 

 今回、美嘉さん達がライブをする会場はかなりでかい。例えるのなら、小中の時に学校で貸し切ってやった合唱コンクールの時に使った会場みたいなどでかいホール。久々に来たわ。おそらく去年ぶり。

 例え方へんじゃね? って思ったやろ? マジでこれが一番正しいから。みんな見たら『あっ、ここ昔合唱コンクールで使った所っぽい!』ってなるから。

 

 

「ここだよー!」

「えーっ! もっと近くが良かったー!」

「でも~、ここからでもとってもよく見えるよぉ!」

 

 

 何故か真っ赤に固定されてるカーペットの敷かれた階段を上り、ドアの向こう側に抜ける。狭い空間から一気にどえらけない広い空間が目の前に映るのは何とも言い難い快感があるよね。

 なんというかアイドルのライブをやるっていうよりも、劇〇四季が始まりそうなステージだな。こういう会場ってアイドルとかのライブにも使えるんだって豆知識的な何かが増えたよ。この先使うとは思えない知識だけど。

 

 っていうかここ、端の席じゃん。しかも空中に浮いてるタイプの。

 俺ってエスカレーターでもそうなるんだけど、それってどこでどう支えてるん? ってなるようなものの上にいるのすげぇ苦手なんだよな。慣れたら大丈夫だから高所恐怖症ってわけではないんだろうけど。

 

 

「あそこのステージに卯月ちゃんたちが立つんだね……」

「バックダンサーだけどな」

「ふんっ! お手並み拝見にゃ!」

 

 

 って言いつつ、お前ら基本的には使ってる部屋も時間帯も卯月たちと一緒だから練習の進展具合とか知ってるはずだろ。お手並み拝見も何もないのでは? 詳しいことは知らんが。

 

 なんかオタクっぽいひょろっとした男性の隣の席に腰を掛ける。本当に映画館みたいな席だな。ポップコーンとジュースを摘まみたくなってくる。まぁここ飲食禁止なんだけどね。

 暇な時間はスマホでも見ようかと思ったが、なんかこんな場所でスマホを見るってマナー違反な気がしなくもなく、スッと左ポケットにスマホを押し込んでステージをぽけーっと見つめる。

 いやー、あそこに立つんだなぁ。なんか信じられねぇ。

 

 

「お隣、空いてる?」

「御覧の通り」

「座っていいかな?」

「どうぞどうぞ」

 

 

 もう片方の空いた席に座ってきたのは超越美女、新田さん。なんとなく重心をオタクの人の方に少し寄せる。なんか近づいたら罪な気がしたんだ。

 

 それにしても顔が良い、ほんとに。もし知らない人だったら美人すぎてちょくちょくばれないように横目に見てたまである。そんな事したら怒られるからやんないけど。

 

 

「光くん、不安じゃないの?」

「……何がですか?」

「凛ちゃんのこと。幼馴染なんでしょ?」

 

 

 一体どこから情報が洩れてるんですかね、ほんとに。また本田か? あのセルフスピーカーめが。まぁ隠してるわけでもないから別にいいんだけどさ。俺じゃなくて凛が困っちゃうからね。

 

 

「不安……不安ねぇ……そんなこと言っても、もう本番ですしね」

「腹は括った……みたいな? 漢らしいところあるんだね」

「いやいや、俺じゃなくて。凛は強いですから。あの見た目通りですよ」

 

 

 ツンケンしてて、名前の通りに凛としてて、何事もクールにこなす。それが渋谷凛という女性の表向きの姿だから。

 長いこと一緒にいるってだけで何回か弱い所を見たことはあれど、それを表に出すようなことは昔からしなかったからな。昔から強い人だよ。

 

 っていうかさ、男らしいところあるってどういうこと? 美波さんは俺のこと今までどういう目で見てたの? 悲しくなっちゃうよ?

 

 

「ねーねー! 二人とも何話してるの? もう始まるよ!」

「もうそんな時間ですかい」

「みんなの姿、ちゃんと見ないとね」

 

 照明が落ちていくのと反転、周りのボルテージが上がっていくのを歓声の大きさとペンライトの光で身をもって感じる。

 この前はあっち側だったけど、今回はこっち側だもんな。どっちから見てもすげぇ迫力。アイドル冥利に尽きるよな。

 

 

「気張れよ、凛」

 

 

 なんかここでボソッと言っとけばかっこよくなる事ね? って思ったけど、そんなことは無かった。というか周りの圧がすごすぎて多分誰にも聞こえてないわ。陰キャかよ。



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人生の転機って重大な癖にしょっちゅうくる

「お疲れぃ」

「そっちもね」

 

 

 カチャン、と軽くガラスでガラスをこづいたような音を出して、コップに入ったオレンジジュースを一気に喉を通して胃に流し込む。んー、良い爽快感だ。何歳になってもジュースはおいしいものである。

 

 机の上には豪華……ではないが、スーパーで適当に買ってきたお菓子がちょっと丁寧にお皿に盛られている。

 今日は、俺の初ライブと凛の初ライブのお疲れ様会みたいな感じの奴だ。ちなみに会の発案者は凛である。昨日は頑張ったもんね。マジでお疲れ様。

 

 

「どうだったよ。初ステージ」

「どうって……なにそれ」

「いや、気になるじゃん。あんだけ観客を沸かせてたわけだし」

「別に……ファンの人を沸かせてたのは美嘉さんだし」

「でも、ちゃんと最後は紹介してもらってたじゃん」

 

 

 十中八九、照れ隠しだろう。俺にはわかる。わかんないけどわかるんだ。凛だって人間だからね。

 

 実際、昨日は凄かった。

 自分の周り全部の熱量も尋常じゃないし、ステージでアイドルしている美嘉さんや卯月たちは滅茶苦茶輝いていた。

 他にも可愛い子いっぱいいたし、ほんとにすげぇ事務所だしアイドルが集まってるんだなって再確認させられた。そんな気分になる。

 

 そもそもの箱の規模が違うとはいえ昨日の凛たちの会場はキャパ2000人とか聞いたし。500人って多いと思うんだけどなぁ……おかしいなぁ……ライブハウスとコンサートホールの違いか?

 

 

「……凄かった」

「……」

「ステージから見える景色も、空気も、感覚も、全部が初めてだった」

「……楽しかったろ」

「楽しかったっていうよりも圧倒された、かな」

 

 

 知ってしまったか、ステージの味を。まぁ俺もそんなに知らないんだけど。

 でもそんなにキラキラした目で話されたらさ、どれだけよかったのか想像もつかないなりに思い浮かべてしまう。

 あれだけ努力してちゃんと得られた成果があるっていうのは素晴らしい。努力しても水の泡とかあるからね。ちゃんと報われてよかったほんま。

 

 

「アイドル、始めてよかったな」

「……うん」

「最初、アイドルになるかもって言われたときはびっくりしたもん」

「もう昔の話でしょ」

「回想入っとく?」

「良いって別に……」

 

 

 まぁそんなこと言われても回想には入るんですけどね。

 いやー懐かしいね。あれから何年たつのだろう。俺の記憶が正しければ、あれはなんと昔、先月の事だったであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は部活もなく、学校が終わってそのまま寄り道もせず速攻で我が家に帰宅したんだ。そしたら玄関に置いてある靴がなんか一つ多かった。それも松井家の人間の靴のサイズとは思えないモノ。

 なんかおかしいなー、なんて思いつつ、制服を脱いでダル着に着替えに二階の自分の部屋に戻ったのよ。

 

 

「おかえり」

「ただいま」

 

 

 うん、知ってた。知ってたよ。どうせお前だろうなって皆目見当ついてたよ。なんなら最初に靴見つけた時点で気が付いてた。

 

 おんなじ町内でありさらにはご近所さんでもある昔なじみの友達が勝手に部屋に上がり込んで来てたよね。その名も渋谷凛。顔が良いことで地元では有名な奴。

 まぁ上がってたのが凛で良かったよ。不審者だったら叫んで逃げてた。

 

 

「私、アイドルになるかもしれない」

「…………はい?」

 

 

 ズボンをベッドに放り投げ、シャツの第一ボタンを開け、さぁ脱ごうとシャツで視界を真っ白にした瞬間に急な衝撃が入る。物理的ではなく。

 

 ……今、なんて言った? アイドルって言ったか? アイドリングストップの間違いじゃなくて? なんかエコな運転をこれからするとかじゃなくて?

 

 

「嘘、忘れて。じゃあ帰るから」

「おい待てコラ。話聞かせんかい」

 

 

 顔も合わせずにスッと立ち上がってそのまま逃げようとする凛の肩をガッシリと掴んで、そのまま先ほどまで座っていたベッドに押し戻す。

 凄くバツが悪そうに俺の顔から眼をそらしているあたり、さっきの話は本当だったんだろうな。

 信じようとしなくてごめんて。もう信じたから許してや。ちゃんと信じたから。

 

 

「……今日、店番してたら凄い顔の怖い男の人に声かけられた」

「よし分かった。明日から俺も一緒に店番してやる。凛の父さんと母さんには話しとくから」

「違う」

 

 

 大丈夫だって。凛の父さんも母さんも昔から滅茶苦茶俺のこと可愛がってくれたし、超優しいから。

 凛って綺麗に両親の顔を半分ずつ受け継いでるんだよな。二人ともイケメンだし綺麗だから。超羨ましい。

 

 それもよりも不審者の話よ。こいつ、本当に顔は天下一品だからな。

 中学の時から顔が良いってことで俺らの学年でも有名だったんだから。地元でも有名学校でも有名ってもはや芸能人まである。

 でもこいつ、問答無用で告白してきた男を片っ端から振るんだよね。顔が良い奴もいるのにかわいそーに。百人斬りナイトバタフライかよ。

 

 

「それで、その人が急にアイドルにならないかって言ってきたから……」

「不審者じゃん」

「私も不審者だと思って追い返した。三日前に」

「三日前に」

 

 

 こやつ、なぜその時すぐに言ってくれなかったんだ。

 まぁこの子って基本的に本当にやばくでもならない限りはヘルプミーマーリオしに来ない子だからね。プライドが高いというか、オオカミちゃんだから。がぶがぶ~、童〇明治だよ~(裏声)

 

 

「それで昨日も来て今日も来たからさ、もう折れて話だけ聞いたの。今日はお父さんもいたし」

 

 

 うーん、このお人よし。なんだかんだこういうところがあるからいけない。クールでツンケンしている癖に押して押して押されると折れるからね。告白は斬るけど。

 

 これ、無駄なカミングアウトなんだけど、中学の時に凛のこのお人よし部分を使って、どうにかして胸を見せてもらえないだろうかと本人に頼み込もうかと思った時期があったんだよね。

 結局、あまりにも凛がいい子過ぎたから作戦移行には至らなかったんだけど。あの時の俺とっても偉い。中学生の思考って怖いね。バカだね。

 

 

「そしたら。これ」

「ほう」

 

 

 延ばされた手の先にはなんだか小さな紙が。どれくらいの大きさかというとちょうど名刺サイズ。というか名刺だな、これ。

 それをひょいっと摘み上げて裏表を見てみると、何だか小さめな文字で色々と文章が書いてある。

 

 なになに。『株式会社346プロダクション アイドル部門 シンデレラプロジェクトプロデューサー 武内────』

 

 

「…………346プロって、あの?」

「うん。多分、光が想像してるとこ」

「アイドル部門って、マジなんか」

 

 

 名刺にガッツリ刻まれているアイドル部門の文字。うん、何回見ても確実に入っている。

 隣にあるシンデレラプロジェクトとかいうのはよくわからんけど、多分管轄とか事業的なもんだろう。会社の事だろうし、素人にはよくわかんねーけど。

 

 

「なに、私じゃアイドルに向かないって言いたいわけ?」

「いや、どちらかというとモデルかなーって」

「褒めてんの? それ」

 

 

 いや、褒めてるだろ。少なくとも凛だったらモデルも余裕だよ。適当に言ったけど。

 

 それにしても346プロってマジかー。名前だけなら俺でも知ってるんだよな。

 そもそも芸能事務所がどういうものなのかは全く知らないんだけどね。まぁでもよし〇ともジャ〇ーズもそういうものだし。

 

 

「そんでどうすんのよ。やるの?」

「……光は、どう思うの」

「どうって」

「私がアイドルになること」

 

 

 単純なようで難しくてやっぱりちょっと単純なこと言うなぁ、こいつ。

 女の子ってやっぱりこういう少し回りくどいような言い方が好きなんだろうか。これは回りくどいっていうよりもどう答えればいいか困るってやつだけど。

 

 正直な話、正直な話よ? 俺は凛にはアイドルにはなってほしくない。

 理由は超絶単純明快。芸能界の闇だとか枕営業だとか、そういうのに触れる機会を作ってほしくないし、出来ることなら指一本たりとも触れさせたくないから。

 考えてみろ。友達が黄金の沈む泥沼に飛び込もうとしているのをとりあえずでも止めようとしない人がいるか? 止めないやつは多分サイコパスかなんかだね。

 

 けど、俺は知っている。女性がこういう『どうした方がいい?』『どう思う?』系の話を振ってきた時は、大概肯定してほしいと結論はもう決まっているのだ。

 

 

「枕営業とか死んでもしてほしくないから出来ればやだ」

「するわけないでしょ」

 

 

 ごめん。やっぱり隠し事とか無理だわ。本音出ちゃったわ。

 

 肩の力が抜けたのか知らんが、凛が急にぼふっとベッドに横になる。お前よく男のベッドに簡単に横になれるよな。まぁいいけど。

 想定していた答えの斜め上に行ったのかな。なんか噴水みたいにどでかい溜息出してるし。おもしろ。

 

 

「じゃあさ。そういうのしなかったら、私がアイドルになっても良いわけ?」

「まぁ、いいんじゃね? アイドルとかよーわからんけど、お前顔はいいから」

「ふふっ、なにそれ」

 

 

 そういえば、なんかアイドルには笑顔が大事とか聞いたことがある気がするし、無い気もする。多分、俺が今イメージしたアイドルがめっちゃ笑顔でドルオタたちから金をむさぼり取ってる風景しか出てこんからだろうな。

 

 そういう意味では、今こう言う笑顔を見せられるこいつはアイドル適正高いのかもしれない。

 これは高くつくぞ。どれくらい高くつくかというと不良債権ゲス狸のローンくらいには高くつく。

 

 

「……うん。決めた」

「そう。スッキリした?」

「まぁまぁかな」

「充分。じゃ、家まで送ってってやる。感謝しな」

「泊まる」

「アホか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、まだオタクの人から搾取とかしてないからやさしいよな」

「アイドルに偏見持ちすぎでしょ」

 

 

 まぁ凛がまだそのうちにすら立てていないと言うのも事実だけどな。アイドル始めて一ヶ月ちょいくらいしか経ってないんだからそりゃあそうだけど。逆にステージに立ったのが早すぎるくらい。

 

 

「でもまぁ……アイドルになって正解だったかな。まだわかんないけど」

「どっちなんだよ」

「光の真似だよ」

 

 

 嘘だ。俺はそんな適当なことは言わないから。何でそんな悪い笑顔してるんだよ。泣くぞ、おい。

 でも適当な発言だとは言え、自分で選んだ道が正解だったって言ってるのを見れて俺は嬉しいよ。今が全てじゃないけどさ。

 

 

「まぁでも中学最後の思い出くらいにはなったんじゃねぇの?」

「もう中学校なんてとっくの昔に卒業してるけどね」

「とっくの昔ではないやん」

 

 

 言うても一ヶ月くらい前じゃね? 全然日付把握してないからわかんねぇや。

 中学生の卒業式って何月にやるっけ。 二月? 三月? どちらにせよ、長くてもまだ全然経ってないのに大袈裟に言いやがる。こいつ楽しんでんな?

 

 

「そういや、凛って高校何処にしたん?」

「……さぁ」

「えぇ……」

 

 

 逆になんでそんなにまっすぐとこっちを見ながら嘘つけるわけ? お兄さん怖いよ。そんなウソを堂々とつける子に育てた覚えはないのに!(違う)

 

 結局、この後ちょいちょいと凛の進学先を聞き出そうとしたけど、全部うまく躱された。ケチな奴だ。今度晩飯おごってやらねぇからな。



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学年が変わってもそんなに大きな変化はない

「もーいーくつねーるーとー」

「お正月か?」

「今日は始業式ですね」

「なんなんだよ一体」

 

 

 今日は始業式ですね、えぇ。一週間あったかなかったか微妙なラインの休みを挟んだせいで実感とか全くないんですけど。事実、今日を境に進級ですよ。

 

 今までは高校二年生といいつつ括弧の中に高校一年生って入ってるような状態だったからね。

 これで俺も晴れてれっきとした高校二年生になったわけよ。そんなに進級が待ち遠しかったわけでは全然ないんだけどね。

 

 

「にしても話がなげぇ」

「あともうちょいだろ」

「あのおっさんタ〇リに似てない?」

「グラサンだけだろ」

 

 始業式に限ったことではないが、こういう式系はとってもだるい。

 立ちっぱなしで色々なお偉いさんっぽい人の話も聞いて……それだけの事がとても長い。

 今日に限って校歌も歌って、そんでもって新入生との顔合わせという名目上だけの儀式を終わらせなけりゃならぬからな。それさえ終われば、あとはもうパラダイスよ。

 

 

「クラスってもう分かるっけ」

「食堂前に紙貼ってあっただろ」

「知らん」

「アホか」

 

 

 新クラスってなんだかんだやっぱりわくわくはするよな。前のクラスで仲良かったやつとは同じがいいとかも思いつつ、他クラスの面白そうなやつとも絡んでみたいし。

 

 ちなみに二年生になっても今西とはおんなじクラスだった。お前は部活が同じなんだから、これ以上一緒に居なくても別にいいだろ。

 

 

『一日でも早く、先輩方のような城聖高校を代表する立派な高校生になれるよう────────』

 

「かわいそー」

「うちの高校のこと知らねぇんだろうな」

 

 

 うちの高校は酷いぞ~、可哀そうに。って新入生に対して思うの。高校生あるある説じゃね? 中学の時も似たようなこと言ってた気がするんだけど。

 

 実の所は、うちの高校の良くないところっていうのはそんなにない。

 強いて言うなら、今どきの世界を生きる高校の癖に、クーラーが弱すぎて真夏は教室の窓開けた方がまだ涼しい(涼しいとは言っていない)ゲキアツサウナになるくらいだ。

 サウナはサウナでも水風呂からの外気浴がねぇから整わねぇんだよ! サウナハットよこせ!

 

 

「今日部活あるっけ」

「新入生歓迎のヤツやらなきゃダメだろ」

「マジ? 俺入ってるん?」

「入ってる」

「終わった」

 

 

 我が高校には新入生歓迎会という名目上の部活動宣伝回みたいなものが新入生に向けて毎年あるのだ。

 毎度毎度、野球部のようなガチスポーツ部活がほんとにそれで新入部員が入るんか? って思うようなガチ宣伝をしたりだとか、ネタ系の部活がなんか変なことをしようとして若干スベったりだとかしている。控えめに言ってそこそこ地獄。

 

 そんな中でもわりかし目を惹いているのが、我らが軽音部。

 いやぁ、こういうのには滅法強いよね。ただ単に1曲か2曲くらい舞台で演奏すればシンプルにかっけぇんだもん。そりゃあわかりやすく宣伝になるよね。

 大体これで入った新入生の7割が半年以内にやめるんだけどね。楽器って割と難しいから仕方ないね。バンド存続問題とかも色々あるからね。

 

 

「今年は何するんだろうなー」

「適当にそれっぽいの選んでもらおうや」

「絶対に王道にしような」

「それは言えてる」

 

 

 尖った選曲して大爆発して文字通り死んだバンドを俺は何度か見てきたからな。絶対に同じ轍は踏まねぇ。少なくとも素人相手には絶対にやらねぇ。

 

 ネットで強いオタクって大体リアルでは浮いてるからな。ネットでは受けるような事でも、現実でやったらゲロ滑りだから。ネットミームとかあんまり使っちゃダメだぞ。

 ここ、特にテストには出ないからね。覚えなくても別にヨシ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新クラスの顔合わせも終わり、あっという間に解散時間。時間は現在お昼前。昼飯どうしよう。今日は外食でもしようかな。誰を誘ってみようか。

 

 ……なんてルンルンで思っちゃいるが、実質初対面がほとんどの面々相手には、急にご飯を誘うなんてことは流石にできない。俺ってそこまでコミュ強でもないし、そもそもそういうタイプでもないんだよね。

 そんなわけで今日はボッチ飯確定だ。もしくは今西を引きずっていくという選択肢もある。

 

 

「なーなー」

「なによ」

 

 

 そうそう、今西っていうのは今話しかけてきたこいつね。

 

 ちなみに初期の番号順の席だとそこそこ離れてるんだよね。今西は窓際の早い順だし、松井だとそこそこ真ん中から後半あたりになってくるから。必然的に席は離れてしまう。まぁ今西以外にも一年とおんなじクラスの奴いるから全然いいんだけど。

 

 

「一年に超かわいい女の子居るみたいなんだけど、見に行かね?」

「興味ないね」

 

 

 手〇よろしく未来が見えそうな金髪少年の真似をしたんだけど、多分これ通じてないよね。悲しい。

 ネタがそもそも通じてなくてスルーされるときが一番悲しいんだよね。

 

 にしても今西がわざわざ可愛い女の子がいるなんて俺を誘いに来るのは珍しい。そんなこと言ったのは今までだと奏の時……ん? 奏の時?

 

 

「……その子ってそんなにかわいいん?」

「可愛い。クール系」

「俺知ってる人?」

「…………知らんやろ」

 

 

 なんだその間! 嫌だぞ! 俺の後輩に俺と今西の要らない共通点上知りかねないような人がいるとか絶対に嫌だぞ! なんかはずかしいやんそれは!

 

 

「そもそも情報回るの早すぎだろ。どっから仕入れた」

「サッカー部の連中がナンパしに行ってた」

「よし、行こう」

「お前手のひら返し早すぎな」

 

 

 サッカー部のチャラ男たちの目って間違ってないからな。あれは信用できる。そこらの情報通よりも確実な物だからな。

 っていうかガチ運動部の中でもサッカー部だけダントツでチャラ男率高いのってなんでなんだろうな。

 バスケ部もチャラ男率高いといえば高いけど、サッカー部だけはマジでダントツじゃん。髪伸ばせるだけで人間あんなに変わるの?

 野球部なんて見てみろよ。全員丸坊主なだけなのにごつくてムサい集団ってレッテル貼られてるじゃん。実際、ごつくてムサいのは挨拶と体格だけだからな。坊主でゴリラみたいなやつがショートケーキ幸せそうにちびちび食ってたりするから。

 

 

「なんか明日から間違えて一年の教室入りそうだよな」

「わかる」

 

 

 一年の教室は俺たちのいる校舎の四階にある。ちなみに俺たち二年生は三階と二階にわかれている。

 だもんで毎朝一年生は寝起きの体に鞭打って四階まで階段で登って教室まで行かなきゃならないんだよな。これが地味に面倒くさい。きついというよりも面倒くさい。単純に長いんだよね。

 

 

「うわっ、めっちゃ人ごみ出来てるじゃん」

「あれ、一年じゃないよな」

「ほぼ二三年くさいな」

 

 

 階段を上ると、遠目からでも奥の教室の前に人だかりができているのが目視できる。人が多すぎてまるでゴミのようだ。ゴミカスゥ! そこまで人数多くはないがな。言ってみたかったから仕方ないじゃん、許して。

 集団の内訳は男が9割、女が1割って感じだろうか。みんな揃いも揃って教室をのぞき込んでる。あのクラスの新一年生可哀そうすぎるだろ。不憫にもほどがある。

 

 

「まだなんか話してんのかな」

「他のクラスはもう終わってる臭いし、多分あの集団のせいで出るに出れないんだろ」

「あっ、先生来た」

 

 

 教室の前に群がる野次馬たちを見てあざ笑う野次馬とかもうこれわかんねぇな。そんな状況。

 

 丁度、指導の先生が上がってきたからあそこにいる群衆も勝手に散るだろう。

 指導の先生ってマジで怖いもんな。なんであんなに怖いんだろう。どこの高校でも指導の先生は最強と決まっているのだろうか。うちの指導の先生なんて人殺せそうな顔してるもん。極道の世界にいても不思議に思わんもん。

 

 

「あー、散ってく散ってく。教師無双だな」

「コワ……ってあの子じゃね?」

 

 

 今西が指さす先には、黒髪ロングの後ろ姿。顔は見えないが、少なくともスタイルは良さそう。足は長いし、シルエットがとても美しいな。

 でもなんだか少し様子がおかしい。というか、なんか他の女の子に絡まれてるっぽい。片腕を両手でガッチリと掴まれている。

 

 高校始まって早々変なことに巻き込まれたとクラスメイトの女の子相手に虐められる直前かと思ったが、どうやらそんな感じではないっぽい。

 なんかグイグイ引っ張られてはいるけど、黒髪の女の子も抵抗していないというか。というか気のせいかな。なんだか引っ張ってる側の子も引っ張られてる側の子も見覚えがある気がするんだけど。

 

「どいたどいた~! 私たちもう帰るんで!」

「ちょ……加蓮、引っ張らないでも大丈夫だから!」

「そんなこと言っても凛のせいでこんなことになってんだから! 文句言わない!」

 

「……ボディガードじゃん」

「平和だな」

「本当か?」

「嘘」

 

 

 今、確実に凛って言ったな? 俺の耳がおかしくなっていなければ、凛と聞き取れた。

 俺の悪い予感は当たらないはずなんだが、おかしいなぁ。でもあの顔はどう見ても知ってる凛だなぁ。どう考えてもちょっと不機嫌になってる凛だなぁ。制服似合う。

 

 

「とりあえずセンパイと合流しなきゃ。奈緒でもいいけど、奈緒はこんな大人数のところ来れないだろうし……凛、センパイの教室とか知らない?」

「知らない」

「じゃあその線はないなー」

 

 

 っていうか、やっぱり俺あの女の子知ってるわ。中学の後輩だわ。だからなんか見たことあると思ったのか。しかも奈緒って聞こえたぞ。俺、確実に知ってるぞその女。

 いやー、それにしてもこの高校に来たんだなぁ。おんなじ学校の後輩が進学先にも入ってくるのなんか嬉しいな。接点がそこそこある人だから余計に嬉しい。

 

 

「大体、光ってこういう時にいないし」

「ここにいますが」

「あー! 遅いですよ~、センパイ」

「なんならあたしもいるぞ」

「うわ、びっくりした」

 

 

 階段に向かってそそくさと退散しようとするところをそのまま捕まえる。一瞬めちゃくちゃ警戒されたけど、俺だとわかって安心してくれたらしい。人望バンザイだわ。

 で、結局貴様もいるのな。なんならそのことに一番びっくりしたわ。同級生感のない奴め。



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可愛い後輩には旅させなくていいから可愛がれ

「キャー♪ センパイによく分からない部屋に連れ込まれちゃった~」

「よく分からないとは失礼な」

「突っ込むところは本当にそこで合ってるか?」

 

 

 テンション高そうだな、お前な。入学早々楽しそうでなによりです。

 

 なし崩し的に合流した感じになったのもつかの間。ほっといたらまた騒ぎに巻き込まれそうな凛たちをどうにかせねばと悩んでたけど、結局ここに匿うってなったよね。ここ以外アテもないから当然といえば当然。

 

 

「……で、ここってどこ? 物置……には見えないけど」

「軽音部の部室」

「嘘!? こんなとこに部室があるの!?」

「そういえばそうだったな」

 

 

 こんなとことは失礼な。全く、去年のこの時期の俺みたいなこと言ってんな。

 

 別棟の三階の一番奥にある我らが軽音部の部室は、防音対策としてドデカい扉で守られてる。そのせいでパッと見では怪しい倉庫にしか見えないんだよな。中は普通の部屋なのに。

 ちなみにこんなにドデカい扉で塞いでてもドラムの音は簡単に貫通する。ドラムは音量調節出来ないからね。仕方ないね。

 

 

「確かに。ここならあの人たちもわかんないだろうね」

「全く、高校始まって早々大変な目にあったよ……」

 

 

 開幕早々学校の生徒に囲まれるなんてまるでアニメみたいな話だなほんとに。中学の時はこういうの無かったのに、やっぱり高校生って生き物はいろんな意味でちょうどいいんだろうな。

 

 

「……で、結局お前は全員と知り合いだったんだな」

「全員中学の後輩なだけだって」

「私は同い年だぞ」

 

 

 実際そうだからね、仕方ないね。

 にしても凛を守ってたのがこいつだったとは。中学の時から仲はめちゃくちゃ良かったんだけど、まさか高校でも同じクラスとはね。奈緒は……先輩感ないもんな。ごめんね。何がとは言わないけど。

 

 

「だってさー。悲しいな~」

「お前嘘つくなよ」

「嘘ちゃうわ」

 

 

 マジで文字通りの後輩なだけって言ってんだろ! たまたま凛と仲が良くて、その凜と面識のある俺とも顔見知りなだけよ。友達の友達的な。

 

 

「ったく、こんなに可愛い女の子がいるなら俺に紹介してくれよ」

「こいつら彼氏持ちだぞ」

「終わったわ」

「なんで嘘つくんだよ」

 

 

 今西に対しては脊髄で嘘をつきたくなるんだよ。絶望させてみたくなる。厨二っぽく言ったけど、単に反応が面白いから楽しんでるだけなんだよな。

 おい誰だクズって言ったやつ。聞こえてんだからな。俺を騙して346に入れたのを未だに忘れてないだけだからな。でもその件に関しては若干感謝してる迄あるからやっぱ俺の性格が悪いだけだったわ。

 

 

「まぁさっきまでのは冗談として……二人は新入生で知り合い、だっけ?」

「先輩ヅラすんなよ」

「してねぇよ。とりま名前でも知っとかないとだろ」

「それもそう」

「なんかすいません。うちの光が迷惑かけてそうで」

「お気になさらず」

 

 

 なんなんだよそのオカンムーブ。今西も高校生にしては礼儀正しいちゃんとした男の子ムーブしてるし、妙にリアル感あるのやめーや。

 

 それにしても、完全に失念していたけど、今西からしたら二人とも初対面だもんな。勝手に巻き込んでるが。こうやって見ると今西も若干の被害者な気がする。まぁいいや。男だしな。

 

 

「じゃあ……誰から行く?」

「それじゃあアタシから~!」

 

 

 はいはーい、なんて言葉も一緒に飛び出しそうな勢いで手を挙げながら先頭を切っていく。

 お前凄いな。俺なんか陰キャだから、絶対にそう言うのは真ん中あたりで上手いこと目立たない具合で収めに行くわ。

 

 

「北条加蓮。元病弱体質の城聖高校一年生だよ!」

「未だに病弱だろ」

「油断してたら救急車呼ぶからな」

「やめて」

 

 

 そんな感じで先陣を切っていったのは加蓮でした。

 

 オレンジと茶髪の狭間くらい明るい色に染まった髪を肩にかかるぐらいまで下ろしているが、これは今日に限った話。

 女性にしては珍しい? といえば珍しいのか、日によって髪型がしょっちゅう変わる。

 今日みたいに下ろすだけだったり、編み込んできたり、後ろ髪がコロネみたいになったり、ポニテにしたり横にポニテを作ったり、ツインテにしたり、なんかパーマ? みたいなのをかけてふわっとさせたり……

 

 本人曰く飽きるかららしいが、とにかくレパートリーが多すぎて見てる分にはビビる。しかも全部似合う。全て顔が良いのが悪い。

 

 

「凛と奈緒とは中学からの友達で、センパイは中学の先輩だったからセンパイ!」

「あたしも一応先輩なんだけどな」

「奈緒は先輩っていうより友達じゃん」

「ゲシュタルト崩壊しそう」

「先輩って概念はなんなんだろうか」

 

 

 ちなみに病弱体質だったっていうのはマジだ。

 今でこそこんなにも元気元気してるが、幼少期は入院続きだったらしく、体が大きくなった今でも調子に乗ったらフラっと逝きかける。マジで心配。お兄ちゃん心配しちゃう。

 

 余談だけど、これだけ見るとはっちゃけた明るい可愛い後輩娘に見えるこいつだが、実はすごいマジメ。だから決して頭の軽い子ではないってだけ言っておこう。彼女の名誉のために。

 というか、本来は凄い尖ってる子なのよね。俺と初めて会った時も若干とげが残ってたし。こんなに明るくなったのは奈緒と凛のおかげなんだろう。友達ってマジで素敵。

 

 

「ほな、次は」

「渋谷凛。よろしく」

「この子も後輩と?」

「いえす、後輩」

 

 

 加蓮に比べると、もう少しだけ親密というか歴が長いというか。まぁどちらにせよ、後輩は後輩だ。

 

 凛も加蓮も俺と同じ中学で後輩だったとはいえ、高校でも二人そろってここに来るとはな~。奈緒も同じ中学だったから、ちょっと不思議な感覚だ。

 

 

 

「じゃあ、ついでに奈緒も挨拶しときなよ」

「あたしもかよ!」

「奈緒って今西とは初対面だろ?」

「まぁそうだけど、わかったって。……んんっ、かm」

「こいつ神谷奈緒。もっふもふでもっふもふしてるけどポメラニアンじゃないから」

「だー! あたしのこと犬扱いすんな! セリフも奪うなー!」

「キャラ把握したわ」

「おもろい奴だろ」

 

 

 奈緒はこういうやつなんだよ。高校デビューとかしなくてよかった、マジで。そのままの奈緒でいて。

 凛と加蓮と仲が良いが、正真正銘、俺と同級生。よく後輩と間違えそうになって怒られるけど、ちゃんと二年生なんだよな。

 

 ちょっと大きめの眉に真ん丸でなんか犬っぽい眼つき。そして極めつけは御団子にした部分からもガッツリ伸びる、若干色の抜けたもっふもふの髪の毛。例えるならばやっぱりポメラニアンだろうか。それが神谷奈緒という女の子。違うか、違うな。

 

 

「まぁ俺は一方的だけど神谷の事は知ってたんだけどな」

「なんで?」

「うちの高校ではひそかに有名じゃん。目立たないけど顔が良いからファンも多いんだぜ」

「な、なんだその話。あたし初めて聞いたんだけど?」

「嘘だけど」

「なんなんだよお前!」

 

 

 今西も奈緒の扱いを早速理解しているようで何よりだ。基本的に奈緒はいじられキャラだもんな。

 

 ちなみにこいつ、性格が鬼のようにいい。いい子っていうイメージをしてみたら大体この子の顔が頭に思い浮かぶくらいにはいい子。

 単純にいじられやすいキャラなだけで常識もあるし性格もいいし顔もいいし髪の毛もっふもふだしで、本当にマジでいい子なんだよな。凛が懐くのも納得な気がする。

 

 

「それにしてもお前のいた中学どうなってんだ。顔面偏差値おかしいだろ」

「こいつら三人は頭一つ抜けてたよ」

「キャー! センパイだいたーん!」

「違うから」

 

 

 まぁ顔が良いだけでモテてたというわけではないけど。いや、モテてたといえばモテてはいたが、顔の割にはという話だ。

 

 というのも、大体は凛と加蓮に原因がある。

 二人とも基本的に近づいてくる下心のある男子には敵意をむき出しにして威嚇するし、先輩の奈緒に関しては近づいてくる男共をボディガードみたいに二人で蹴散らしてた。

 そんなことをしていれば、そう簡単に男たちも近寄れないわけで。それでも告白する奴は一定数居たけどな。ほんとに凛と昔からの知り合いで良かった。こんな後輩、怖くて近づけねーもん。

 

 

「それにしても、まさか凛と加蓮までうちの高校に来るとはな~」

「奈緒が寂しいかなって思って」

「別に特段行きたい高校もなかったしね」

 

 

 しっかし、こうやって三人並べると本当に圧巻。美女が三人そろってらぁ。類は友を呼ぶってね。

 さっきまで先輩たちに囲まれてたあれ、確実に凛ひとりのせいじゃなくて、加蓮がいたってのがある気がする。というか絶対にそう。

 可愛い女の子一人いるだけであんな大騒ぎになることは普通ないもん。

 

 

「ほーん。それじゃあほんとにお前の知り合いの後輩ちゃん二人がそのまま入ってきたと」

「そうみたいでさぁ」

「他人事かよ」

「だって俺も今知ったもん」

 

 

 ここの高校ってそんなにあの辺の中学の生徒がホイホイ来るような高校じゃないんだけどなぁ。多くもないけど少なくもないって感じ。

 

 俺の代では五人くらい同じ中学の奴がこの高校に来てたけど、知り合いが二人揃ってっていうのは、故意でもない限りはそうそうないよな。まぁ女の子だしそこらへんは合わせたのかもしれない。昔から仲は良かったけど、高校まで一緒とは思わなんだ。

 

 

「俺、今西達也。松井とは去年からの同級生なんだわ。とりあえずよろしくね」

「どうも、よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

 

 

 俺からしてみれば、この今西とか言う男も相当プレイボーイ気質があると思う。

 346で散々可愛かったり綺麗だったりな女の子と交流してるから扱いに慣れてるだけってかもしれないけど。なんというか女の扱いに慣れてる感がとてもうざい。羨ましいんじゃなくてうざい。

 

 

「ところで、御二方はなぜこんな高校に揃って入学したんだい」

「確かに」

「ここってなんというか普通の学校だし。なんとなくって感じ? 凛も行くって言うから」

 

 

 確かにこの高校はたいそうな名前をしているが、実情は工業科が引っ付いている以外は何の変哲もない普通の学校だ。

 何かに優れているわけでもなく、学力もごく一般。安定性のあるといえばそうなんだけどね。完全に城聖という名前に負けている。何で名前だけこんなにかっけぇんだよ。中二病かよ。

 

 

「でも凛は違うもんねー」

「いや別に……私も色々ちょうどよかっただけだから」

「お前ぶっ殺すぞ」

「なんで俺がキレられてるんだよ」

 

 

 まるで恋するセンパイにくっついてきた青春的なそれだけど、実際絶対違うぞ。こいつ俺が近くにいた方が色々と便利に決まってるからだぞ。

 

 実際、凛の志望校を去年くらいに聞いた時から、ここは選択肢に入ってたからな。他の高校はレベルが高かったり低かったり、もしくは距離的に遠かったりでほんとにここってベストな立地なんだよな。

 なにより通り道にどでかい駅を通るから帰りに遊び放題だし(重要)

 

 

「いや~、イケメン様は流石ですわ! 速水さんの件といい流石ですわ!」

「なんかあったの」

「ううん」

 

 

 こういう時の凛には決して目線を合わせていけない。そうやって僕は17年間生きてきたんだ。

 

 あれだよ、ほら。山脈とかキャンプ場とかなんかでクマと遭遇したときのあれ。違うか、あれは目を合わせながらじりじり後退するんだっけ。

 雑学は身を救うってね。そんなわけで、こういう状況の時に助かる雑学を誰かに教えてもらいたいものだ。

 

 

「なんかあったの」

「いいえ」

「なんでこっち見ないの」

「いいえ」

「りーん。あんまりイジめるとセンパイかわいそうじゃん?」

 

 

 といいつつ加蓮ちゃんは助けてくれないんだよね。僕知ってる。この子はこういうところで全部傍観者になるタイプの子だから。

 

 

「凛ちゃん。帰りにアイスを食べたくないかい?」

「いや、別に」

「奢りで」

「光、早く帰るよ」

 

 

 はい、買収成功。高校生相手には困ったらこれしかないってはっきりわかんだね。自分のお財布が軽くなるというとんでもない諸刃の剣だけど。

 

 結局30の次に来そうな数字をしている有名アイスクリーム屋さんに行って、ちゃんと女子三人にアイスを奢った。

 俺のお財布はとても軽くなった。美味いけど高いんだよなぁ……



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天才と助手に素敵な男飯を

 学生が学校帰りにスーパーに寄るって言うのは、実際どうなんだろう。

 

 寮生活が始まってからしばらくはコンビニや専門店の弁当などで食いつないできたが、栄養バランスやら出費やら考えるとやっぱり自炊が良い気がして、最近は殆ど自炊に切り替わってる。

 

 そう思うとスーパーは我らの味方だ。徒歩10分の場所にあるし、何よりも安い。

 最近は野菜も高騰しているが、日によって安い野菜を購入して家計の負担を減らすのが主夫の心意気という物だ。

 野菜は生だと日持ちしにくいが、調理して副食や常備菜にすることである程度日持ちはするようになる。昔から何かと料理好きで趣味でよく自分の飯は作っていたが、まさかこういう形で活きるとは思わなんだ。

 

 

「おや、買い物帰りかい」

「見ての通りで」

「志希ちゃんもいまーす」

「見りゃわかりますよ」

 

 

 自室の前でバッタリお隣さんとお隣じゃないさん。

 志希ちゃんさんは全く隠れられていなかったしね。飛鳥よりも身長高いから当たり前だけど。というか隠れる気無かったろ。めっちゃニコニコしながら飛鳥の後ろに突っ立ってたが。

 

 

「もう夕食には頃のいい時間だ」

「そうだね」

「志希ちゃん、お腹すいちゃった~」

「そうですか」

 

 

 なんだろう。他愛もない会話のはずなのに、謎に圧を感じる。

 というか二人の視線が俺じゃなくてずっとパンパンになった買い物袋に行ってる。狙ってるんよ、その視線は。

 

 

「…………男飯ですけど、食べます?」

「人数分の材料はあるのかい?」

「肉屋のおっちゃんに豚肉サービスしてもらったんで」

「今日の献立は?」

「キャベツたっぷり焼肉丼」

「ん~、男の人が作るご飯! いいねー!」

 

 

 肉屋のおじさんが豚肉のこま切れをサービスしてくれたのは事実だ。3日分で別メニューで考えてたのが5日分になって豚肉パーティとか考えてたけど、一日で消費できるならまぁ良しとしよう。

 

 本日の献立はニンニクたっぷり男の焼肉丼だったが、女性が来るとなったらにんにくは削除しよう。

 ついでにキャベツも乗せるか。本当は無限キャベツにする予定だったけど、ほんの少しはバランスも考えないとな。

 

 

「じゃあ、遠慮なく~♪」

「邪魔するよ」

 

 

 それはそれとしてこの人たち、よく平気で赤の他人の男の部屋に足踏み入れられるよな。部屋主が扉を開けたらあっという間に中に入っていくんだもん。

 変なもん部屋に入れてなくてよかったわ。ついでに3日間くらいしてなくてよかった。ゴミ箱も空にしておいてよかった。マジで。

 

 

「志希ちゃんベッドもーらい♪」

「志希、あまり男性の寝床に突っ込むものじゃない。後、ゴミ箱は漁ってはいけない」

「クンカクンカ……うーん、セクシャルな匂いは薄いな~」

「二人とも引っ張り出すぞ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「いただきまーす!」

「いただきます」

「イタダキャス……」

 

 

 丼ぶりごと持って見かけなど気にせずガッツリかき込む俺。

 礼儀正しく綺麗に箸をもってご飯を口に運ぶ飛鳥。

 案外一番普通にご飯を食べる志希ちゃんさん。

 

 いただきますも三者三様。ご飯の食べ方も三者三様。いやー、こんなに性格によって食い方変わるもんなんだな。

 志希ちゃんさんとかも普通に綺麗に食べるから意外だ。箸の持ち方とかも綺麗すぎる。超意外。超失礼。

 

 

「ん~、リンゴに醤油にお砂糖。塩気が強いけど、水あめみたいな甘さも感じるね。大味に見えて色々入ってる~」

「焼肉のたれは最強なんですよ」

「豚肉のさっぱりさに合わせてガツンといったソースを使うなんて中々やりおるな?」

「焼肉のたれってそういうもんです。マヨネーズいる?」

「貰おう」

 

 

 マジで簡単よ? 豚のこま切れ肉を少なめのごま油で炒めて、そこにエ〇ラの焼肉のたれ中辛を投入。本当はここで刻みニンニクとか入れるんだけど、今日は自重。

 

 アツアツご飯に刻んだキャベツと作り置きしたもやしナムルを少々。そこにメインの焼肉を乗せて、刻んだ青ネギと温玉を添えれば、超絶簡単男飯焼肉丼の完成。

 お好みでマヨネーズやキムチを乗せたりしても美味しいぞ! 油に油を重ねてるから洗い物だけめんどくさいのが欠点だ!

 

 

「周子さんから話は聞いていたけど、本当に料理が出来るとはね」

「意外だろ?」

「趣味なのかい?」

「趣味と言えば趣味かな程度」

「志希ちゃん的には美味しいごはんが食べられればなんでもいいけどね~」

 

 

 趣味というかなんというか、うちのお母さんは毎日ビシバシと料理を作るタイプじゃなかったから、俺や父親が料理を作る機会もそこそこ多かっただけな気もする。

 

 育児放棄とかそういうのじゃないよ? 単に面倒くさがりなだけ。休日とか昼まで寝て一瞬起きたら夜まで寝てるようなそういう人なだけ。

 そういう日に毎日カップラーメンって言うのもどうなんだって話であり、それなら作った方が良いよなって話に大昔の小学生の頃になった覚えがある。

 今思えば無茶苦茶なきっかけだ。たたき起こして作って貰えって話だしな。

 

 

「飯を食いたいなら食堂があるじゃないすか」

「えー、キミの手料理の方が良いじゃん」

「それって面白そうだからですか?」

「勿論!」

 

 

 だろうな。絶対にそうだと思った。

 この子よくわからんけど料理作るとか面白そう! ってそういう凄い単純な気持ちで来たんだろうなって感じがぷんぷんしてたからね。

 

 

「でも、今の話はキミにも言えることじゃないか?」

「俺?」

「わざわざ食材を買い込んで一人で料理を作ることもないじゃないか」

「いや、食堂は無理。女性しかいないところに邪魔しに行くなんて」

「住み込んでるんなら気にしなくてもいいじゃないか」

「いやいや、そろそろここも出るかもしれないし」

「そーなの?」

 

 

 出てくよ? いや、出て行かないとヤバくない?

 そもそもここは一週間の試用期間的なそれがあったしな。千川さんが口頭で言ってた事だから、本当はどうなってるかわからないけど。

 

 

「出ていくのは確定なのかい?」

「ううん。出て行かないと男性としてやべーかなって」

「そんなことないと思うけどにゃー」

「志希ちゃんさんは寮住みじゃないからでしょ」

「そうじゃなくても別にそんなの気にしないよ~」

 

 

 正直、俺が男子寮にいて一人だけ女の子が入ってきたとしても全然嫌ではないけど、それはあくまで男からした話。

 

 女性しかいないってコトで寮に入った人もいるかもしれないのに、俺が入ったせいでせっかくの寮生活ライフに影が差した人もいるかもしれないと考えると、どうしても住むという選択肢は出にくい。

 

 

「この世界の真理に比べれば、性別が男性か女性かなんて些細なことだよ」

「それに比べたらなんでも些細にならない?」

「なにより、君に出ていかれると周子さんや紗枝も寂しがる。アナスタシアなんかも寂しがると思うぞ。アナスタシアを泣かせても良いのかい?」

「それは不味い」

 

 

 あんな純粋無垢の化身みたいな女の子が泣くなんてことになったら戦争になる。その原因が俺ともなればもっと不味いことになる。

 

 待てよ? でも俺が寮から出ていくってなった程度で、そんなにアーニャちゃんが悲しむことになるか?

 いや、あるな。あの子の純粋無垢さ加減を頭に入れると、ワンチャンどころかツーチャンある。とはいえ女の子一人の感情を優先して、多くの女性方に迷惑をかけるって言うのも……

 

 

「そもそも、寮なんて言うのは少し共有スペースが多いだけの集合住宅みたいなものだよ。一人男性がいたところでどうってことはないさ」

「それはそうだけど」

「実際、一週間以上過ごしてきて君に来た文句や問題は有ったかい?」

「ない」

「そうだろう?」

 

 

 でもそれは本人に文句を言いにくい状況だとか、そういった事が関係してるかもしれないじゃん?

 

 確かに飛鳥の言うことは的を射ている。確かに、寮生活と聞いてある種の集団生活のようなものを想像していたが、実際のところそうではない。

 俺個人が個人でカタのつくような生活になるような立ち回りをしている、というのも大きいかもしれないが、事実そういった生活様式が成り立っている。

 千川さんが言った様に大浴場もあるが、一度も利用したことはないし、食堂にも一度たりとも行ったことはないが、自室のキッチンで十二分に生活できている。

 

 あれ? さっきから俺、言い訳ばっかしてね?

 

 

「飛鳥ちゃんも素直に言えばいいのにー」

「客観的な意見を述べているだけだよ」

「色々と捻じ曲がってるよね~」

「ボクはそういう生き方をしているだけさ」

 

 

 俺が寮を出ていく直接的な理由は、ただの一つもない。

 

 隣人には恵まれているし、人間関係も問題はない。というか、中々に良好だと思う。部屋も広いし、環境も悪くないどころか良いくらいだ。

 通学の面も問題はないし、近隣の周辺施設も充実している。家にいる時に比べて家事をする手間があるという部分はデメリットだが、よくよく考えなくても家にいる時からちょくちょく家事はしてたし、あんまり苦ではない。

 

 あれ? もしかして、あんまり出て行かないといけない理由なくね?

 

 

「寂しいんでしょ?」

「そう言った自分の我儘ではないよ。ただ、親交を持った人が離れるとなると、そういった感情も芽生えるだろうね」

「ひゃだ……これがモテキ?」

「今の文脈からその発言が出るなら、君は相当女性経験がないらしいね」

「名探偵になる才能有るよ」

 

 

 凄いストレートに言うじゃん。そうだよ、ないよ。生まれてこの方、女の影なんて人生歩んできて何一つとして見えてこなかったよ。

 なんなら近寄ってきた女の子は何故か凛に刈り取られてたらしいし、できることなら今すぐにでも彼女欲しいよ。

 

 というか、飛鳥がまさか寂しいとかそういう感情を覚える人だったとは。

 これも天命だよとか言ってあっさり受け入れるタイプだと思ってたけど、なんだかんだ14歳なんだな。

 

 

「ともかく、君が出ていく理由はないだろう。一時の感情に任せた合理的ではない決断ほど生産性のないものはないよ」

「説得力有るな」

「志希ちゃん難しいのはわかんなーい」

 

 

 志希ちゃんさんは絶対嘘じゃん。貴方この世の大発見みたいな薬作れるんだから絶対にわかるじゃん。絶対に面倒くさいから適当に言っただけじゃん。

 

 

「志希ちゃんは二人とももっと簡単に生きればいいじゃん、なんてしか思わないな。変に考えたって疲れるだけだよ」

「簡単に?」

「にゃは♪ だってその方が楽しそうじゃん! あたしは自分に素直な子なのだー」

「人間は思考し、積み重ねることで自分の答えを創り上げる。そういうものではないのかな?」

「んふ~。飛鳥ちゃんと光クンのそういうちょっと面倒なところ、人間臭くて大好きだけどね~」

 

 

 とてつもなく的を射ている発言に、思わず引きつった笑みが出てしまう。こういう時に軽く流せる飛鳥は、ちょっとすごいなと感心してしまう。

 志希ちゃんさんヤケに鋭い所があるんだな。人を見る目滅茶苦茶あるよ。今回で会うのは二回目なのになんでバレるんだよ。

 

 

「ごっそさま……もう少し、寮でお世話になろっかな」

「ご馳走様。良い判断だと思うよ」

「美味しかったー! 面倒くさいのも好きだけど、ショージキにストレートなのもシキちゃんは好きだよ?」

「これは告白じゃないってわかるわ」

「良い判断が出来てると思うよ」

 

 

 ちょっと言い方変えやがったな貴様。さっきの意味と少し内容が変わってるだろそれ。

 

 そこから五分後、洗い物にかかる前にちらりと確認したスマホに、千川さんからの正式入寮おめでとうございます! とかいう旨のメールが来ていた。

 もう何もかも考えることを放棄して油のしっかりついた洗い物に没頭することにしたよ。マジであの人5人くらいこの世に存在しているんじゃねぇかな。それでも説明つかないんだけどさ。



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デカさ=男のロマン

「……あっ」

「おや、いつぶりかな」

 

 

 学校も終わり、そのままの足で事務所に出向いた矢先、通りがかった休憩スペースでばったりと出会ってしまった。

 ほんの少しだけ、俺からしたら気まずい気がする人物と。

 

 

「えーと、確か初めて来たとき以来……だった気が」

「私から自己紹介はしていなかったかな」

「いや、存じてます。今西のお爺ちゃん……で大丈夫ですかね?」

「うん。孫がいつもお世話になっているそうで。ありがとうね」

「こちらこそ、と言いますか。達也には世話になってます」

 

 

 頭を真っ白に染め上げた物腰低そうな初老の男性。ニコニコとした顔つきからは、何処か仲のいい高校の友達と雰囲気が被る。

 俺の知ってる友達はもう少しトゲトゲしているが。

 

 今西部長。

 一応、346プロ所属の俺としては、会社の上司にあたる存在。高校生である俺としては、仲のいい友達のおじいちゃんにあたる存在。

 こうしてみると、なんだかんだ厄介な関係だなぁと自分でも頭が痛くなる。

 

 

「はっはっはっ、そんなにかしこまらないでくれ。私からしてみれば、君は孫の友人になるのだから。もっと砕けてくれていいんだよ?」

「人生の大先輩ですので……」

「僕はそんな大それた人間じゃないからね」

 

 

 柔らかく、少しだけ豪快に笑いながら自動販売機に小銭を入れる。ガシャンと二回鳴った取り出し口から、缶コーヒーを取り出し、柔らかく投げられたのを反射的に受け取ってしまう。

 

 少し困惑しながら、冷え切った缶コーヒーを見つめてると、飲みなさい、と促される。こういうのって、素直に受け取ってもいいものなのだろうか。社会人としての常識が分からん。

 

 

「この会社に来てから、一週間は経ったかな?」

「あ、はい。多分もう一週間は経ったと思います。あんまり覚えてないですけど……」

「どうだい? 少しはこういう生活にも慣れたかな?」

「どうですかね……正直、毎日が驚きの連続で」

「それは良いことだ。退屈な人生よりもそっちの方が楽しいだろう」

 

 

 退屈な毎日よりかは刺激的な方が良いと思うけど、あまりにも刺激的すぎるとショック死しそうで怖いんですよね……なんていうのは流石に言えなかった。

 

 なぁに、言わなくても俺の発言に嘘は何一つ入っていない。少なくとも、この人はあの今西のおじいちゃんなんだから、色々と凄いんだろうなというのもわかるし。隠し事したってバレそうな気がする。

 

 

「それでどうだろう。寮生活にも少しは慣れたかな?」

「!? ッヴェッホぇっほ! りりり寮ですか!?」

「そんなに焦らなくても大丈夫さ。千川くんが問題ないと言っているんだから、それ自体に問題はないよ」

 

 

 知っててもおかしくないよな、そりゃあそうだ。

 部長って役職なんだから、千川さんの上司にあたる訳であって、そりゃあ俺の状況も理解しているよなって話だ。俺があまりにも動揺しすぎていた。

 

 

「それで、どうだい。色々と順調かい?」

「順調……なんですかね。環境は良いんですけど良いのかわからないです」

「周りに可愛い女の子しかいないというのは、羨ましい話なんだけどね」

 

 

 それは漫画やアニメの世界の話であって、現実で起きると毎日鉄骨渡り生活みたいなギリギリの究極対決になるんですよね。

 

 確かに俺の周りにいる可愛い可愛いアイドルの皆さんは良い人達ばかりで、恵まれた環境ではある。

 もう少し俺が肝の据った男であれば、最高の環境だったことは間違いないだろう。

 

 

「大丈夫。君の事は孫からも千川君からも聞いている。私たち346プロは、君のことを信頼しているよ」

「……ありがとうございます」

 

 

 むず痒い感情を押し流すように、貰った缶コーヒーを流し込む。

 微糖タイプのコーヒーだったらしく少し渋めの苦みの後に、甘ったるい感じが舌を包み込む。少しだけ、似ている。

 

 俺はそんな出来た人間じゃない。今西のおじいちゃんがどういう方なのかは存じ上げないが、そう簡単に信頼されても困ってしまう。

 

 

「それじゃあ、最後に若者よりもほんの少し多く年を取った私から良いことを教えてあげよう」

「良いこと」

「人生は長いけど、案外早くて急だ。でも、それ以上に長い。君は若いんだ。今は全力で楽しんでもいいんじゃないかな?」

 

 

 それじゃあ、僕はここで。

 それだけを言い残して去っていった今西のおじいちゃんの言葉と姿が、何故か心に強く残っている。

 

 今を全力で楽しむってどういうことだろう。楽しむという言葉が抽象的すぎてわかんない。なんでヒントはくれるのにそんな難しい言葉を残すんだ、先人は。

 

 

 

 


 

 

 

 

「お疲れ様です……あれ」

 

 

 CPルームの扉を開けると、だだっ広い空間には誰もいない。

 部屋を間違えたのかと思って、ドアの横についている部屋名を確認するけど間違いない。良かった、危うく死ぬところだった。

 

 それにしても、この部屋に誰もいないとは珍しい。いつもなら誰かしらがこの部屋で待機していたりする印象だったのに。

 まぁたまたま今までがそうだっただけかもしれない。そもそもここに来てから日も浅いしな。こういう日もあるか。

 

 とは言いつつも、一人だとやることもないからなぁ。学校からも課題は出てないし、適当にワークでも進めるべきか……あっ、飴落とした。

 

 

「飴だー!」

「うぉあっ! って、おるやんけ!」

「なんだよー、うるさいなー」

 

 

 嘘、いたわ。ちゃんと一人いたわ。

 落とした飴を拾おうという体勢に入るよりも前に、座ろうとしていたソファーの下からちっこい生命体がニュッと姿を現した。モグラか君は。

 

 

「……」

「……」

 

 

 飴をしっかり握りしめながら地面と平行になって見上げる少女と、驚いたせいで臨戦態勢みたいな体勢になったまま寝転ぶ少女を見下ろす僕。

 …………気まずい。そういえば、俺、この娘とまだ一度も話したことなかったんだ。

 

 

「…………飴貰っていい?」

「あ、どうぞ……CPの子だったよね。名前は、えっと」

「双葉杏。別に覚えなくてもいーよ」

「いやいや、そういうわけには行くまい」

 

 

 とりあえず椅子に座れば? って適当に近くの椅子をすすめてみるが、動きたくないと一蹴された。

 

 椅子に座ってる俺と、地べたに寝転がって飴を頬張る完全見た目幼女。どうなってんだこの状況。

 しかもこの子確か俺と同い年だった気がする。もう片っぽの滅茶苦茶でかい女の子と一緒にいたせいで、半端じゃない衝撃を食らったからしっかりと覚えている。

 

 

「え、本当に同い年だよね?」

「杏は17歳だよ」

「信じられん……俺の目の前の光景って現実なのかな」

「きらりと一緒だともっと信じられなくなるから安心しなよ」

 

 

 きらりって言うのは、色々ととてつもなくビックでダイナミックでぶっ飛んでるあの彼女の事だろう。

 意味の分からない日本語を発しながら突っ込んできた姿はブルドーザーかと思った。勢いは台風。身長はうちの高校のどでかいバスケ部やバレー部相当あった気がする。

 なんというか、脳がバグる。

 

 

「あの子を見た時、俺の中の自信がバキバキに砕かれた気がする」

「自信持ちなって、君も十分大きいじゃん。きらりはPくらい大きいからねー」

「あの人も相当でかいよな~」

「杏って基本的に大体人と話す時って見上げる形になるんだけどさ、あの二人とかもう見上げる次元じゃないんだよね」

 

 

 一応ね、僕も身長は180㎝あるんですよ。正直言って高い方なはずなんですよ。ここの事務所って高身長が集まる傾向にでもあるの? でも今西のおじいちゃんは大分小柄だったよな。偶々か? 偶々なのか? それとも双葉さん一人で二人分の負債を背負ってるのか?

 

 

「大変なんですねぇ」

「その一言にこの会話以外の意図も含まれてない?」

 

 

 気のせいですよ。決して双葉さんも案外苦労人の類なのかなー、とかそういうことは全く思ってないですよ。いや、本当に。

 

 

「っていうか、今日は双葉さん以外はみんないないんですね」

「多分、みんなレッスンなんじゃない? ダンス以外にもボイトレとかもあるし、裏方みたいな仕事もあるしねー」

「双葉さんは?」

「サボリ」

「言い切るね」

「杏は週休8日を希望しま~す」

 

 

 一週間は7日なんだけどね。なるほど、圧倒的サボり魔なのかこの子は。そういうタイプの子なのか。今まで会ってきたのが割とまじめなタイプが多かったから少し新鮮……

 

 いや、ごめん嘘だな。宮本さんとか志希ちゃんさんとかもサボり魔かは知らんけど、似たようなタイプの人おったわ。

 あと多分周子さんも似たようなタイプな気がする。あの人、俺の部屋で一生グダグダしてたし。もしかしたら仕事は超真面目にやるタイプかもしれないけど、俺が見てるのはオフの姿なので想像がつかん。

 

 

「っていうか、釣られるくらいには飴好きなの?」

「好きだよ。大好物」

「買っといたら食べる?」

「食べるから常備しておいて」

 

 

 人から物を貰うことに対して警戒心が無さすぎない? その飴も実を言うと今西が学校で食ってたのを貰ってただけなんですよね。

 たまたま飴を持っててたまたま飴を落としたら双葉さんが釣れたなんて、なんて幸運なんだ。幸運なのかはわからんけど。

 

 

「警戒心とかないんだねぇ」

「別に変なことするような人でもないでしょ。ロリコンじゃなさそうだし」

「ロリコンではないかな」

「どういう子が好みなのさ」

「うーん」

 

 

 好みの子、好みの子かぁ。

 クールそうな子はちょっと好みだよな。基本的には、俺が結構おちゃらけてることが多いから、そういうのを冷静にツッコんだり見守ったりしてくれるようなタイプは好きかもしれん。

 

 胸はあればあるだけいい。そりゃあそう。男の子なんだもん。

 あ、ぼ、ぼくCとかが好きかな……なんて言うのは甘え。男なら男らしくEとかFとかGが好きですって男らしく言いなさい。

 二次元のCと現実のCは全然違うんだからな。アニメは盛ってる? それはそう。まぁ俺、彼女とか出来たことないから友達経由の話なんだけどな。

 

 

「………………スタイルが良いとか」

「絶対に胸の事考えてたね」

「違う」

「男子の考えている事なんて手に取るようにわかるんだよ」

 

 

 あれか? 内面読む機能でも女性にはついているのか? 標準搭載されているのか?

 

 ダメダメそれ反則だよそれ! まってまってそれズルだよそれ! えっカスタム中やっちゃいけないんだよこれ!

 えっ、カスタムじゃない? だってこれFPSじゃないしね。

 

 

「じゃあ好きなアルファベット言ってみな?」

「E」

「うわー……大きいの好きなんだ、嫌われるよ」

「男なんて大体大きいのが好きな生き物だろ!」

「知ってるけどさー」

「大体、俺が何がとは言わんEが好きだといってもそうドン引きするような人物なんていないs」

「いるでしょ。ほら」

 

 

 そう言って双葉さんが指をさす方向には、廊下側の出入り口……ではなく、その左側にもうひとつあるPの部屋のドア。

 いるって言ったって、誰もいないでしょ。そもそもこの部屋には俺と双葉さんしかいないし、Pの部屋にいるとしてもそれはPだけだろうし、Pにこの話を聞かれたって別に。

 

 

「あっ」

「………………ふーん。大きい方が良いんだ」

 

 

 音もなく静かに開いた扉の先には、なんだかすっごく機嫌の悪そうな渋谷さんと、その後ろには滅茶苦茶居心地悪そうに首元を掻くP。

 いや待って、なんで? 双葉さんみんなはレッスンに行ってたとかなんとか……そういや、多分とか言ってたな。ソースのない情報はこれだからダメなんだよ!

 

 

「待って、違う、そうじゃない」

「何が違うの」

「ほら、アレだよ。好きなアルファベットの話をしてたの。Eの90度傾けたらホチキスの芯みたいなところが良いよなーみたいな」

「アルファベットに大きいも何もないと思うんだけど」

「」

 

 

 この後、死ぬほど詰められたし、気が付いたら双葉さんはソファの下に消えてた。

 超怖かった。なんというか、超怖かった。



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成長期はみんなに平等に

「今日の授業はここまでにする。もう一度言っとくが、渡したプリントは来週の頭の授業に出せるようにな」

 

 

 授業で出された宿題ほど、この世で怠いものはない。俺はそういう持論を持っている。

 家に帰れば勉強をやる気力もなくなるし、そもそも家は勉強をする場合じゃないだろ。あそこは休む場所だ、憩いの場所だ。

 今はそこが寮に置き換わってるけどね。違う意味で緊張が取れない。

 

 

「あー、宿題だりぃなぁ」

「アホか。宿題なんか家でやるもんじゃねぇよ」

「どこでやんだよ」

「授業中」

「お前ヤバ」

 

 

 それが一番賢いだろ。なんかよくわからないプリントを配られたら、その時間のうちに終わらせる。もう授業なんか二の次にして、プリントだけを絶対に終わらせる。

 終わらなかったら、最悪休み時間の間に終わらせる。宿題は家に持ち込んだらその時点で終わりだと俺は思ってるからな。

 

 

「そんなわけで俺はもう終わらせてるからな。次、移動教室だろ。片付けたら行こうぜ」

「えー、見せてくれよ松井ぃ」

「キッモ、自分でやりな」

「直属の上司の孫だぞー」

「絶対にその肩書で圧をかける気もない癖に変なこと言うな」

 

 

 俺と会ってから今まで一回もそういう圧かけたことない癖に。

 お前そもそも権力とか力とかあっても、それを人に振りかざすようなタイプではないだろ。自分のおじいちゃんが346プロのお偉いさんなの誰にも言わずにのんびりギターしてたの、俺知ってんだからな。

 

 

「まぁそれはどうでもいいけどさ。次、移動教室だろ」

「なんだっけか」

「音楽」

「遠いー」

 

 

 音楽室は俺たちのいる校舎とは別の棟の4階にある。

 一旦一階に降りてから音楽室のある棟に移動して4階まで行くのが正規ルートだが、どう考えても面倒くさい。よって、普段はいったん4階に上がってから渡り廊下を通って移動することにしてる。

 

 今までは教室が4階にあったからそのまま横に移動すればよかったんだけど、教室が3階になった今、そのルートで行くには一年のいる4階を経由しなければいけない。

 やっぱりめんどい。でもこっちの方が早いんだよな。

 

 

「先に行こうぜ。遠いし、遅刻したら面倒だぞ」

「一理ある。行くか」

 

 

 音楽の担当をしているおばちゃんは、端的に言えばネチネチした面倒くさいタイプなのだ。遅れたからと直接ドヤされることはあまりないが、嫌味ったらしくグチグチネチネチと色々小言を言われる。

 

 俺と今西は直接的な知識ではないながら音楽に関した趣味をしている為、教科自体が特別苦手ということはないんだけど、とにかく教師が苦手だ。

 なんなら、高校に入ってからギターを使う機会がガッツリ増えたので、ギターが専門職の今西とそこそこ触れる俺は英雄みたいな扱いをされる。

 結果で黙らせることが出来ない教科だったら授業放棄していたまであるな、これ。

 

 

「……あれ、俺教科書忘れたかもしれん」

「バカがよ。先行ってるぞ」

 

 

 滅茶苦茶嫌そうな顔をしながらロッカーを漁る今西を尻目に、見せつけるように教科書でパタパタと仰ぎながら廊下に出る。ありゃ、間違って持ち帰ったかロッカーの奥底に眠ってるかだな。整理整頓しないツケだわ。

 

 

「あれ、センパイ?」

「おっ、加蓮」

「一昨日ぶりですね」

 

 

 後ろから声をかけてきたのは可愛い可愛い後輩こと、先日城聖高校に入学したばかりの新一年生北条加蓮さん。

 その姿は城聖の制服ではなく、高校指定のジャージ姿。紺色ベースのThe 高校のジャージと言った風貌だ。若干長めの丈が一年生感をうかがわせる。

 

 

「ジャージ姿似合ってます?」

「サイズ合ってんのそれ」

「ちょっと大きめに買ったの。ほら、オーバーサイズってなんかいいじゃないですか」

「なんか可愛い」

「なんですかー? それ、告白ですか? 凛にバレたら殺されますよ?」

「違わい」

 

 

 ニッコリニコニコと随分上機嫌なご様子で。

 いやー、未だにジャージ姿とか見てるだけでぶっ倒れないかどうか心配になるんだけど、多分大丈夫だろう。凛もいるし大丈夫……大丈夫だよね? 本当に大丈夫だよね?

 

 

「で、その凛は?」

「それ聞いちゃう? デリカシーがないなぁ」

「トイレか」

「わかっててもド直球に言ったらダメですよ?」

 

 

 仕方ないじゃん。これでお花畑かって言っても、頭おかしいんかって取られかねないし。流石に俺も、ちょっとこの発言はアウト寄りのアウトかなぁって思ったけどさ。もう今更いいじゃん。長い付き合いなんだしいいじゃん別に。

 

 

「一年も会ってなければ何か変わってるかなって思ってましたけど、センパイはセンパイですね」

「褒めてる?」

「さぁ」

「なにそれ」

「なんでしょうね?」

 

 

 なんなんだその濁し方は。俺が困る。

 そもそも今まで10年と少し生きてきた人間が、たった一年間で劇的に変わるなんて言う話がおかしいんだ。

 きっかけとかあればおかしい話ではないかもしれないけど、あいにくながらこの一年間、特に変わったことは何もなかったしな。

 

 強いて言うなら、今年に入ってから346プロに入っていきなり寮生活が始まったくらいだ。黄金生活みたいだな。ぱっと見だけは。

 残念ながら俺は無人島生活もしないし、一ヵ月一万円生活だってしないし、全メニュー制覇するまで家に帰れないわけでもないし、うなぎパイを一週間食い続ける訳でもないんだが。

 

 

「で、恰好以外になんか無いんですか?」

「コロネ以外の髪型一年ぶりに見た」

「それもそうだけど!」

「良いじゃん。スポーツモード似合ってる、ポニテはいいぞ」

「別にスポーツモードって訳じゃないですけど」

「無理して動くなよ。次、俺音楽だから。何かあっても抱っこして保健室まで運べないからな」

「その話はやめて」

 

 

 あっ、怖くなった。でもカレンチャン、体が弱いのはマジだからなぁ。体力もそんなにないけど。

 話を聞くに、幼少期は一時期入院とかしていたらしい。病名とかは知らないけど。わざわざ細かいことは聞いても本人が思い出したくないかもだしね。

 

 加蓮と本格的に知り合うようになった中学時代でも、ちょくちょく学校は休んだり早退していたので、未だに体は弱い。

 その癖して普通に無茶するので、見ている側としては心配で心配で仕方がない限りです。もうこれ半分お父ちゃんの気分だわ。

 

 

「もー、アタシだって一年経って色々成長したんですよ。成長期なんだから」

「ほんまか?」

「雰囲気だってちょっとは大人っぽくなったでしょ?」

「確かに」

 

 

 それは本当に言う通り。一年見ない間に、加蓮は一気に大人っぽくなっていた。なんというか、子供らしさが薄くなったというか、雰囲気がかなり落ち着いてきたというか。

 

 

「スタイルだって良くなったんですからね」

「触れにくい」

「大きくなりましたよ?」

「身長はそんなに変わってないと思うけどね」

「この前測ったらEになってた」

「ダメだよ加蓮ちゃん? 年頃の男の子にそういうことしたら」

「センパイ以外には絶対にやらないから安心しなって」

 

 

 そういう問題じゃないと思うんだ。しかもEって俺の好みドストライクだな。いや待て違う。ダメだぞぉ♡ 可愛い可愛い後輩ちゃんをそういういけない目で見たらダメだぞぉ♡

 

 こういうのって一回意識したらもう駄目なんだよね。もう蟻地獄よ。もはや視力検査(?)

 万胸引力の法則って知ってるかい? 主に男性が陥りやすい傾向のある国家指定の非常に厄介な現象なんだけどね。なんらかがきっかけで意識するようになると、急に女性の胸部に目が行きやすくなる謎の傾向があるんだ。厄介だね。

 

 

「センパイなら良いんですよ~? いいじゃないですか、当の本人が良いって言ってるんだから。甘えちゃいましょうよ!」

「ここ廊下だからね? 僕移動しなきゃ」

「今逃げたら叫びますよ?」

「痴漢したみたいな言い草やめない?」

 

 

 本人は冗談で言ってるんだろうけどダメだからね? ちゃんと僕と加蓮には中学二年間の信頼関係の上で成り立ってる訳であって、他の人は真似したらダメだからね?

 

 にしても困った。本人が良いと言ってるからダイブが許されるのは漫画の世界であって、ここは現実世界である。そもそも先輩としての面子が保たれない。

 誰か助けて。僕もう逃げられない。

 

 

「何してんの」

「あ、凛」

「手洗った?」

「ぶっ飛ばすよ」

 

 

 来た、知ってる人だ。そりゃあそうか。

 こっちのジャージ姿はなんか見慣れてるな。ライブ前はこの姿で夜の公園に繰り出して、ひたすら課題にしていた部分を繰り返し練習していたもんな。いつものジャージとは違う学校指定のジャージだけど。

 

 

「いやー、グラウンド行こうとしたら偶々センパイと会っちゃって」

「グラウンドに最短距離で行くならこの廊下は通らないはずなんだけど」

「あれ、そうだっけ」

「普通に一階まで降りるんだからここを通る必要性は別にないでしょ」

 

 

 それはそう、絶対にそう。別にここを通ったら特別遠くなるとか、そういうことになるほどの場所ではないんだけど、わざわざここを通るなんて二年の教員がいる部屋に用事があった場合のパターンでしかなさそう。

 なんならそれを裏付ける証拠として、加蓮以外にここを通ってる体操服姿の一年生をこの廊下で見てない。偶々かもしれんけど。

 

 

「何の話をしてたの」

「変な話はしてない」

「私が大きくなったって話をしてた」

「加蓮ちゃん? なんでそういうこと言っちゃうのかな?」

「『大きくなった』って単語だけで、どうしてそこまで動揺してるんだろうね?」

「…………加蓮謀ったわね」

「光が勝手に引っかかったんでしょ」

 

 

 謀ったな! 謀っただろ! 謀ったということにしておいてくれ!(願望)

 加蓮は心の底から楽しそうかつ他人事ですと言わんばかりのにんまり笑顔だし、凛はさっきから何一つ笑っていない。本当に笑ってない。口角が下がり切っている。

 

 

「いいじゃんいいじゃん。センパイだって男の子だし、好みなんてわかれるもんだよ」

「まるで女神みたいなこと言うじゃん」

「だとしても光が大きいもの好きって言うのは肯定できないけどね」

「こっちに魔王もいるじゃん」

 

 

 そんなに怒らなくてもいいじゃない。何とは言わんけど大きさが全てじゃないよ。ほら、凛にはもっといい所があるじゃない……なんだろうな、料理も出来るし嫁力も高そうだし、後なんか凄い愛してくれそうだよね。知らんけど。

 

 

「前々から聞きたかったんだけど、どうしてそういう好みになったのかな? 私が育て方間違えた?」

「俺はお前に育てられてないし、お前よりも年上なんだが」

「好みなんて人によるでしょー。アタシは大きいの好きでも悪くないと思うよ!」

「加蓮は基準超えてるから言えるんでしょ」

「人の好みの事基準って呼ぶのやめな?」

 

 

 結局このゴタゴタは休み時間中ギリギリまで続いた。おかげで音楽の時間にはしっかりと遅刻をしたし、一部始終を見ていたクラスメイトからは、男女関わらずなんかすごい目で見られるようになった。

 

 なんでだよぉ、俺は被害者じゃんか。俺はただただ好きなサイズを公表されて、二年生なのに一年生の女子二人から延々と詰められてた被害者じゃんか。

 やだ……俺の立場弱すぎ……?



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なんやかんや人が作るご飯が一番美味い

 TAB譜と音楽データが表示されたモニターと指板を交互に見続けていた視線を、数時間ぶりに違う方向にもっていく。

 自然と口から洩れたため息が、体に入っていた力を伝えてくれる。同時に、すぃーっと真上に抜けていく感覚もする。

 

 右ひざに乗っていたベースをスタンドに戻して、ついでに体も真上にぐぃーっと伸ばしてみる。すぃーっとぐぃーっとのびーっとね。

 うーん、長時間座っていたせいでバキバキに固まっていた体が、しっかりほぐれていく気がするよ。

 

 

「……げっ、もう9時」

 

 

 時計の針は綺麗にL字を反転させたような形になっている。時刻は夜の9時。晩御飯には少々遅めな時間だ。

 いつもだったら面倒だしって感じで晩飯抜きでも問題無いんだけど、今日は腹が減っている。問答無用で腹が減っている。

 今日の体育は持久走だったからな。体は疲れてるし眠いし腹は減っている。欲求がありすぎる。

 

 

「行ってきまーす」

 

 

 そういうわけで、本日はコンビニ弁当の時間でございます。

 そもそも食べ盛りの高校生がご飯を食べないなんて言うのは、なんだかんだ教育上よくない気がする。まぁ俺はご飯抜いても別に問題ないんですけどね。

 

 部屋着にジャンパー羽織って簡易的な外へお出かけスタイル。別にコンビニに行く程度、この程度で良いのよ。

 

 

「光、アー、こんばんわ……?」

「ありゃ、アーニャちゃん」

 

 

 少し遠くから聞こえてきた、若干片言の日本語。距離的には隣の隣の隣の部屋の前から。そうなんだよね、実は俺とアーニャちゃんの部屋割と近いんですよね。

 

 こんな感じで話すのは、俺の知り合いの中でも一人だけ。ロシアとのハーフなアナスタシアだけ。いつもバチバチにおしゃれな私服のイメージだけど、普段はちゃんと若干緩めの部屋着なんだね。何故か安心したわ。

 

 

「オデカケ、ですか?」

「コンビニに晩御飯を買いにね」

「光も、まだご飯、食べてないんですか?」

「アーニャもかい?」

「Хорошо……気が付いたら、こんな時間に」

「一緒だねぇ」

 

 

 アーニャちゃんにもそういう時があるんだなぁ。顔つきとかが異次元だからなんか別世界の人と思いがちだけど、ちゃんと同じなんだなって。

 

 女の子はちゃんと毎日三食健康に食べなきゃだめだぞ。特にアーニャちゃんハチャメチャに体ほっそいんだから。もっとご飯食べて健康的にならなきゃ。

 ひゃだ……これってセクハラ……?

 

 

「Еда вместе、アーニャ、これから食堂に行きます」

「うん」

「光も、一緒にいきませんか?」

 

 

 うおぉ……とんでもないキラーパス飛んできた。ゆっくり喋ればいいよって言う子供がよちよち歩くのを見守る親の気持ちで待っていたら、赤ん坊から右フック飛んできた感覚。タイトル狙えるでこの黄金の右。

 

 いや、それにしてもどうしたもんか。ずっと言ってきたが、俺はこの寮の食堂を使うことを極端に避けている。理由は単純明快。大量の女性に囲まれてご飯を食うのが申し訳なくなるから。

 そもそもここって女子寮だし! そんなところに俺がいたら申し訳ないでしょ!

 

 

「アーニャとご飯、いや、ですか?」

「そんなわけなか。少し侍ジャパンの選出について考えてただけだよ。勿論行こう」

「Они у нас есть! 一緒にご飯、食べましょう!」

 

 

 アーニャちゃんってLEDかと思うくらいすんごい眩しくて屈託のない笑顔するよね。こんなもん見せられた日には断ろうと思う事象全部吹っ飛ぶ。

 金貸してって言われたら100万貸すわ。そんな金はないし、アーニャちゃん絶対にそういうこと言わないけど。

 

 いつの間にかゼロにまで詰められた距離から、ノータイムで手首を掴まれずんずんと食堂へ進んでいく。

 外国在住だった人ってボディタッチとか全く抵抗ないって聞くけど、本当だったんだなぁと他人事みたいに感じる。凛の手もちっさくてほっそいゆびしてるけど、アーニャも負けず劣らずだなぁ。

 というか、その真っ白な肌反則でしょ。一応人種的には黄色人種として分けられる日本人とは白さが違う。日焼けで黒くは出来ても漂白は出来ないからなぁ。

 羨ましいという感情にはならないけど。ひたすら綺麗だなぁという感情が出てくる。美しいね。

 

 

「 добрались、ここが、食堂、です」

「着いちゃったか」

「着きました!」

「そうだね」

 

 

 日本語難しいよね、そうだね。今の着いたって言葉は、ちょっとだけ意味合いが違ったんだな。

 

 時間が遅いというのもあるんだろう。食堂の広間には誰一人としていない。まぁ時間も9時を過ぎているしな。本来ならとっくに晩御飯を食べ終わって風呂にも入ってゴロゴロする時間帯だ。

 やべぇ、俺まだ風呂入ってねぇわ。シャワーしか浴びてねえ。終わった。

 

 

「あれ? アーニャちゃん……と、そちらの方は新しく入ってきた方でしたっけ?」

「初めまして。本当にすみません」

「えぇっ!? 私何も言ってないですよ!?」

 

 

 開幕謝罪は社会の基本。絶対に基本ではないけど、俺の中ではもう基本だから。誠心誠意込めた謝罪だから。

 

 ていうかごめん、人いたわ。調理場であろう場所からひょっこりと顔を出してきたのは、しっかりバッチリかわいい赤毛のサイドテールが印象的な女の子。

 まだまだ全然子供のような感じに見えるのに、エプロン姿に何か貫録を感じる。なんだ? お母さんなのか?

 

 

「キョーコ、まだご飯、ありますか?」

「えーと、おにぎりとお味噌汁とカレイの煮物と、あとほうれん草のおひたしならあるよ」

「フルコースじゃないですか」

「和食ですけどね」

 

 

 そんな雑談をしている間にどんどんと作業が進んでいる。同時進行なんだけど。超マルチタスクなんだけど。

 お味噌汁温めて、煮物チンして、ラップにくるまれたおにぎり出して海苔巻いて、小鉢にタッパーから取り出したお浸し盛り付けてゴマも振ってるんだけど。

 もしかしなくても、あなたお母さんですか?

 

 

「はい、準備出来ましたよ! ささっ、遠慮せず座ってください」

「 выглядит превосходно、キョーコ、ありがとう!」

「ううん。丁度洗い物してたところだから全然大丈夫。晩御飯はちゃんと食べなきゃ」

「おぉ……めっちゃ美味そう……イタダキャス」

 

 

 ナチュラルに対面じゃなくて横に座ってくるのは何なんだろうね。いや、全然いいんだけどね。なんで対面じゃないのか気になっただけで。

 

 それはそれとして、マジで美味そうだな。和食なんていつぶりだろうか。少なくとも、寮に入ってからは初めてかも知れん。

 

 って言うか味噌汁うめぇ! 赤味噌めっちゃうめぇ! わかめと豆腐にネギも入ってんのか。味噌が五臓ロックに染み渡る。ロックに行こうぜ。今なら愛知県民の気持ちが分かる気がする。

 煮物も味がしみ込んでるし、丁寧な処理されてんな。おにぎりの塩加減も丁度良いし、おひたしの濃さもいい塩梅だ。若干減塩されているのが分かる。健康志向~。

 

 

「これ、誰が作ってんだ」

「私が作ってます!」

「マジィ???」

「правда с собой、キョーコの料理、本当に、美味しいです」

 

 

 完敗してる。俺の料理スキル。マジで完敗してる。

 いやー、趣味程度のものとはいえ、そこそこの自信はあったんだけどなー。全ての料理の味付け、塩加減、盛り付けの綺麗さ、栄養管理。全てにおいて完璧すぎる。

 こちとら三食うどん生活とか平気でやるのに、こんな健康的な料理が出てきたら泣いちゃう。

 

 

「負けました。完敗です」

「私、何かしましたっけ……?」

「何もしてないですよ……えっと、お名前は……」

「五十嵐響子。15歳です!」

「15歳!? 15歳でこの料理スキル!?」

「お料理、大好きなので!」

 

 

 好きこそものの上手なれって、本当に金言なんだなぁ。

 俺もベース含めた音楽が大好きだからこそ、こうやって採用されるような腕前になってるから、そういう意味では通じるところもあるのかな。

 とはいえ、俺も料理が趣味の端くれ。こんなもん、もう師匠じゃん。超えるべき壁じゃん。てかもう俺ご飯作らなくてもいいじゃん。こんなおいしいごはんが出るんだったら

 

 

「えっと、お名前、聞いても大丈夫ですか?」

「大変失礼。ご紹介にあずからせていただきました手前、性は松井、名は光。人呼んで、松井光と申すものでござんす」

「 правильно、お侍さん、みたいです!」

 

 

 そりゃあもう日本男児はみんな心に武将を飼っているんだよ。

 鳴かぬなら、スマホで音声、流せばいい。これが現代っ子です。文明の機器をフル活用して現代の科学の力存分に活用せしめしょう。

 かの武将ノッブも銃でバンバンマシンガンしてましたし、科学の力ってやっぱすげー!

 

 

「寮の方に新しく男の人が入ってきたと聞いたときはびっくりしましたけど、初めてお会いできてうれしいです」

「その節は本当にすいません迷惑だったら即行で実家に帰らせていただく所存です」

「光、ここにいたく、無いんですか……?」

「違うよ、違うな、違くないけど違うわ。でも語弊があるから違うわ。ちょっと待ってね、今頭の中でこの場合にどうやって回答するのが一番正しいかの最適解を導き出してるから」

 

 

 めっちゃ早口でまくし立ててしまった。オタク特有関係ないね。こういう窮地に立たされた場合、人間誰しもこうやって口に出すことで、なんとか一つの終着点を導き出そうとするからね。

 

 こういう時にどうやって反応すればいいのかが一番困るまである。

 だって全部事実なんだもん。違うって言うの事実だけど、アーニャちゃんの前で違くないって言うのも事実だからね。

 

 

「одинокий……アーニャ、光ともっとお話し、したいです……」

「そうだねごめんねだからそんな顔しないで笑って笑顔が一番ステキなんていうシュールストレミングなセリフが出てきちゃうから」

「独特な例えですね……」

 

 

 なんか臭いセリフってイケメンのみに許される気がしない? 俺なんかが言ったら羞恥心で殺されちまうよ。

 

 

「アーニャ、一緒にご飯も、食べたい、です」

「そうかそうか。でもねアーニャちゃん、ここは実質女子寮だから俺みたいなのがその中にいるとだね」

「いや、ですか?」

「うーーーーむ、某の語り紡ぐや蓮の花の又今宵咲き誇るヒュン玉紅蓮の都ヴォルデモートを」

「日本語、難しい、です」

 

 

 そうだね、俺も今心の底から日本語が難しくて助かったと思っているよ。何故なら適当に頭の中にあるそれっぽい文字を羅列してぶつけまくったからね。

 つまるところ、さっきの言葉には何の意味もないんだ。ごめんねアーニャちゃん、僕はずるい男なんだ。

 

 

「それじゃあこうしましょう! 少し早めか少し遅めに食堂に来てご飯を食べる。本当は決まった時間に食べるのが良いんですけど……これなら、みんなのいる時間もさけられますよ!」

「Это отличная идея! 一緒にご飯、食べられます」

「えっ、マジですか」

「大丈夫ですよ! 私がいつも当番なわけではないですけど、ここにいる人はみんな優しいですから!」

「いやそれはそれとしてデビルマーンなんですけど」

「CPの人達だと、みくちゃんや蘭子ちゃんなんかも寮にいますから大丈夫ですよ!」

「Я действительно с нетерпением жду этого!」

 

 

 一体何がどう大丈夫だというのだろうか。目の前にいる白い美少女と横にいる赤毛の美少女のにんまり笑顔ですべてが解決されていく。これもう新手のパワープレイだろ。

 

 とりあえず買ってきたお肉はどうしようかな。明日は鳥の照り焼きの予定だったんだけど、予定を取り付けられたらもう無理だよね。

 って言うかここのキッチンの方が高性能では? いや、二口あればどうにかなるんだけどってそういう話ではない。

 

 いやー、楽しみだなー! この寮のご飯美味しいし、これからの食事が本当に楽しみだ!

 俺以外全員アイドルな女の子ということを忘れているというか、忘れたいというか、もう忘れさせてくれよという感じだけど、本当に楽しみだー!(遠い目)



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政治と宗教と野球の話はするな

 画質が昭和かと思えるような画面からの横から、金属がきしむような音をさせながら真っ白な白球が一直線に飛んでくる。

 肩口から最短距離で走らせたバットで捉えた打球は射出口の真上に綺麗に飛んでいく。耳に残る金属バットで軟式球を捉えた独特の若干鈍い音が心地いい。

 振り抜いた右手でしっかりと捉えた感触を確かめながら、もう一度軽いルーティンに入る。

 

 

「っし」

 

 

 ホームベースバットでトン、そのままバットを軽く相手に向けてから、バットを胸前くらいの位置で軽く構える。

 左ひじと右足でタイミングを取りながら、プロ野球選手のシルエットに合わせて飛んでくる140㎞/hのたまーに曲がる真っすぐを、1・2の3で最後のボールもしっかりとジャストミート。セカンドの頭超えていくって感じ。

 バッセンのナチュラルシュートやナチュラル真っスラマジで鬼。絶対に打てない自信がある。

 

 まぁそれでもバッセンの140㎞/hを7割くらい打てればまだまだ現役だと思うよね。今からでも野球部いけるんじゃね? ってなるよね。もう現役じゃないし、死んでも野球部なんか入りたくないけど。

 

 

「君、ポジションはどこだね?」

「キャッチャーです」

「ふぅむ。君、キャッツに来ないか? 今なら大〇に次ぐ正捕手になれるよ!」

「フルシーズンきついんで嫌です」

 

 

 野球やってたのも昔々のそのまた昔の話だからね。小学校の時だから。元カノが小学校の時にいたからおれ彼女いない歴はゼロじゃないって言うようなもんだから。あんなもん実質ノーカンだから。

 

 

「ところで誰ですぅ? あなたぁ?」

「あれ、一回オチの時に会わなかったっけ?」

「オチとか言わないで」

 

 

 確かに事実だけど、あれがオチのシーンだったのは事実だけど、そんなこと言ったらなんかそれっぽくなっちゃうでしょ!

 

 居酒屋の暖簾をくぐるようなノリで後ろにある緑色のネットをよけて打席から外れると、後ろにはドヤ顔の滅茶苦茶顔が良い女の人が。童顔だけど多分年上。顔の感じが大人っぽい、童顔だけど。

 

 姿恰好が特徴的というわけではないのだが、一番に目立つのは黒の下地に見慣れすぎているオレンジ色に染まった大きく猫の耳が生えたCのようなGとYが合わさったようなマークのついた帽子。

 この帽子をかぶっているだけで、あぁこの人は私服でも野球の帽子をかぶってるやべー人なのかなと思われる最強の兵器だ。たまに私服でユニ着てる人いるけど、あれどういう思考でやってんだろ。野球観戦の帰りなのか?

 

 

「じゃあ定型文みたいな自己紹介する?」

「あんた良く知らんけど畜生だろ」

「そんなことないよー!」

「今年はヤマヤスとか大〇良とか大〇とかがFA権取得すると思うんだけど、どう思う?」

「ヤマヤスは目立ちたがり屋なら横浜よりも優勝できるキャッツの方が良いでしょ。大瀬〇は〇竹みたいに中継ぎに落ちそうだよねー、今年落ちてるし。〇田はハムで遊んできたしそろそろ戻ってきてもいいと思うよ、出番あるか知らないけど」

「本物じゃねぇか」

 

 

 オイオイオイオイ、ここまで模範的なキャカス初めて見たぞ。しかも何一つ悪気のなさそうな顔で言うじゃん。これナチュラル畜生だろ。

 

 なにが一番何が質悪いって、この人の言ってること結構正論染みてるんだよ。本当にちゃんと野球を見てる人の意見だもん。オタクもびっくりのド正論だよ。俺も悔しいけどちょっと確かにって思う部分あったもん。これガチガチの野球ファンだもん。

 

 

「今だったら二軍で阿〇監督に鬼みたいにしごいてもらえるよ! 山〇くんと競争だね!」

「絶対勝てない」

「右投げ左打ちなところも〇部監督とも被るし! 森〇哉!」

「西武やんけ」

 

 

 こちとら小学校で辞めた身だぞ。高校大学社会人と野球一筋の人たちの中からも、もっと選りすぐりのヤベー奴らの中から、もっともっとヤベー奴を引き抜いた軍団がプロ野球選手になるんだから。

 プロなんてマジの化け物集団なんだから。アマチュアから見たら伊藤〇太の守備だって上手く見えるんだから。アレ、プロの打球がヤバすぎるだけなんだから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「はえー、姫川友紀って言うと聞いたことある気がするわ」

「野球やってたなら年末の特番とか見なかったの? ジョブ〇ューンとか。あたし出てたよ」

「すげーじゃん。なんでバッセンで不審者みたいなことを」

「あまりにも良いバッティングをしてたからついつい」

 

 

 胸元付近に投げ込まれるボールを、手元までしっかりと引き付けて捕球する。癖になってんだ。手元でしっかりとキャッチングして流されないようにするの。シンプルに癖をつけただけなんだけどね。

 

 バッセンで運命(笑)の出会いを果たしたのは、なんとというか俺にとっては珍しくないというか。案の定アイドルだった。しかもそこそこ名の知れた有名人。

 

 名誉終身キャカス。某ジャ〇ーズを代表するアイドルの一人である中〇くんと同様に語られるくらい、野球ファンにとってはかなりメジャーな部類に入る人だと思う。

 まぁ俺はそこまでまじめにネットの野球の記事を見るほどのガチファンじゃないからそこまでありがたみはわかんないけど。

 

 

「それでもアイドルが一般人に気軽に話しかけるのはどうなんすか」

「大丈夫だよ。外野スタンドに行けばみんな友達だって」

「あそこバッセンですよ」

 

 

 そして何の因果か。俺はバッセンから場所を移した346プロの広場で、そんな有名人と対面して15mほどの距離から彼女と僕はキャッチボールをしている。

 

 ここに来る時にキャッチャーミットも入っていて良かったね。まさかこんな機会に使うなんて思ってなくて、段ボールの端の方に型だけ崩れないようにボールを握ったまんま保管されてたやつを引っ張り出してきたからね。

 もうぺろぺろの味しかないミットだけども。

 

 

「でもキャッチングはまだまだだね。今の時代、フレーミングは大事だよ~」

「ミットずらしをし過ぎる捕手は主審に嫌われるぞ。取って欲しい時にだけやるもんでしょ」

「でもさっきからミット全然音鳴ってないけど」

「核心付くのやめない?」

 

 

 やめなよ、キャッチング下手糞なの誤魔化せてないじゃん。なんならブロッキングも結構苦手なんだよ。

 勿論小学校の時の話で、体がでかくなった今ならブロッキングとかもよくなってると思ってるけどさ。

 

 高校生になってもキャッチングはもうずっと苦手。芯で取るのが苦手。

 フレーミングなんて余裕ねぇよ、ボールに流されないように取るのに必死なんだよこちとら。キャッチャー意外と大変なポジションなんだぞ。

 

 

「それにしても良い球来てますね。コントロールも普通に良い」

「始球式のお仕事とかあるし、スポーツ系の番組で呼ばれることもあるからね! 練習とか割としてんのよ」

 

 

 体幹がしっかりとしているんだろう。最近少なくなってきたワインドアップから左足をあげ、しっかりと踏み込んでから右腕を振り切る。

 あんまり癖が無いフォームだよな。力任せに腕を振ってる訳でもないし、体重移動もスムーズ。真っすぐも割と綺麗な回転をしている。若干荒れはするけど、構えたところに行くボールもかなり多い。

 

 

「姫川さん。野球やってたんすか」

「ううん。良い球行ってる?」

「はい。フォームも球も綺麗ですよ」

「テレビの企画で、プロ野球選手に色々と教えてもらったからね」

「やば」

「プロの指導ってやっぱ一番効くよねー!」

 

 

 そりゃあそうだろ。プロ野球選手なんてレベチの集まりなんだから。

 良いよなー。そういう企画でプロの選手から色々と教えてもらえるなんて。小学校までしか野球をやっていないとはいえ、そういう機会があったら人生で一度でいいから教わってみたいわ。

 

 

「松井くんも色々教えてもらえばキャッチング良くなるんじゃない?」

「俺は一般人ですよ。無茶言わないでください」

「あたし、一応プロの捕手の人とかの連絡先知ってるけど」

「誰?」

「里〇さん」

「ちゃんと凄い人の名前出すのやめない?」

 

 

 でもその人プロレベルの話だとキャッチングとか良い方じゃないんだよね。あくまでもプロレベルの話なんだけど。

 でも後ろにそらさない技術はハチャメチャに高いんだよな。というか、リードとかもプロで活躍するんだろうなーって言う考えしてる。

 いやらしいというか、割とデータだけじゃなくてその場の雰囲気とかでも臨機応変に変えていくようなそんなリード。

 やっぱプロで活躍するような選手はレベチなんだよ。

 

 

「普通に良い人だから言ったら教えてくれると思うよ? 忙しいかもしれないけど、多分時間あると思うし」

「勘弁してくださいよ。今はそこまで野球にお熱じゃないんです。息抜きでやる分にはとても好きなんだけどね」

「元球児みたいなこと言うじゃん」

「元球児なんだよ」

 

 

 この後、なんだかんだ滅茶苦茶仲良くなった。

 単純に野球話せる人が俺の周りって少ないし、ナチュラル畜生だけどなんだかんだ良い人だった。ナチュラル畜生だけど。



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目には目を、中二病には中二病を

この作品は基本的にはデレアニの平行世界的な感じです! なのでデレアニ見て頂けるとより楽しめると思います! というかここからしばらくはデレアニ回続くと思います!
みんなデレアニ見てね!(宣伝)



 疲れた。いやぁ、疲れましたよ。初めてのちゃんとした収録。雑務とかは色々とやってきたけど、スタジオミュージシャンとしてのそれっぽい仕事は初めてした気がする。

 

 緊張とかはあんまりしなかったけど、初めての連続で本当に緊張しました。あんまりリテイクを出されなかったのが本当に助かったよね。ちゃんとTAB譜覚えてきてよかった。

 やっぱテスト勉強は最強。後、普段からベースを触るって言うのも最強。

 

 

『新人君、良かったよー! 安定感がダンチだね。打ち込みじゃ出せないグルーヴ感も出しながらのその安定感をその若さでやるなんて、そうそういないよ』

『ありがとうございます!』

『後はアドリブ力も高いし、わかりやすいテクニックとか上げて行けば、立派なスタジオミュージシャンになれる! 僕が断言しよう!』

 

 

 あんなに元気にありがとうございます! って言ったのは、小学校の時の部活以来だった気がする。素直に嬉しかったよね。

 アドリブ力も高いなんて言われたのは初めてだったから本当に素直に嬉しかった。その場で言われたことを聞いたりしながらTAB譜にメモしたりしてその通りに弾いてただけだったもんなぁ。必死にやってたからついていけてよかったわ、本当に。

 Pさんも見に来てくれたし、あの人あんな風貌だけど本当に細かい所に気を使えるんだろうな。顔が怖すぎるけど。

 

 

「え、ゴジラ」

「にょわー! その声は~?」

「あっ、諸星さんか」

 

 

 スタジオからの帰り際。曲がり角を曲がったら廊下でバッタリ背中にトゲトゲどでかい大怪獣。小脇になんかちんまいのを抱えている。

 そして、なんとびっくり中身は諸星きらりさん。

 いやもう第一声で誰かわかるの凄く助かるよね。まだこっちは出会ったばかりで声と名前と姿も一致してないから、いろんな意味で特徴的な人はとても覚えやすくて本当に助かる。

 前川、お前の事もだぞ

 

 物凄い反応薄くなっちゃったけど、普通にびっくりしたよね。めっちゃ伏字忘れてるもんね。ゴ〇ラね、ゴジ〇。まさに大怪獣バトル。

 というか本当に身長が凄い(小並感) 着ぐるみを着ているから余計にでかく見える。てかその獰猛な見た目の首元からキラキラ系の可愛い顔が出てんのミスマッチすぎて面白いな。

 

 

「驚かせちゃったぁ? ごめんねぇ?」

「俺は全然……で、その小脇に抱えてるのは」

「見りゃわかるでしょー。誘拐されてる」

「強制連行ですか」

「杏ちゃん、お仕事したくなーいっていうからぁ、きらりが連れて行くの! さっき逃げちゃったのをゲーットしてきたところ!」

「いやはや、ご苦労様です。双葉さんも諸星さんに抱えられっきりだねぇ」

「きらりで良いよぉ」

 

 

 概要は知らんけど、どうせ双葉さんがサボろうとしたのを諸星さんが連行した形なんだろうな。俺が初めてこの二人に会った時も全く同じシチュエーションだった気がする。

 

 

「じゃあきらりさんで……どしてそんな恰好を」

「これから撮影のお手伝いで、杏ちゃんを輸送中なの!」

「なるほど、だからその着ぐるみと小脇に双葉を」

「杏の事をセカンドバックみたいに言うのやめなー」

 

 

 いやぁ、だって見た目は完全にセカンドバックそのものだし……サイズ感的にも本当にぴったり。可愛いね(純粋な感想)

 ただ持っている人物というか生命体というかがあまりにもごついから、セカンドバックというよりも状況的には狩った魚を巣まで持ち帰るトンビみたいに見える。きらりさん絶対にそんなに狂暴じゃないけど。

 

 

「光くんは、何かのお帰り?」

「そうですね、初めてそれっぽいことをしてきました」

「偉いねぇ。その調子で杏の代わりに仕事してきてよ」

「性別考え」

「杏ちゃんも、一緒にお仕事しよ? きーっと、楽しいよぉ!」

「いやだ、働きたくなんかない」

 

 

 うーん、頑な。確固たる意志素晴らしい。内容以外は非常に素晴らしい。

 圧倒的ポジティブに押し込まれてる圧倒的ダルさ。良い相性だなぁ。杏がどう思ってるかはともかく、こいつを動かせるのはきらりさんしかいない気がする。多分。

 

 

「撮影の時間は大丈夫なんですか?」

「そうだった! 光くん、また今度ねぇ! きらりんだーっしゅ!」

「いやだぁ! 働きたくなんかなーい!」

 

 

 どでかい図体をした〇ジラが心なしか若干可愛い走り方で遠くに走り去っていく。速い。滅茶苦茶早い。

 台風だな。うん、あれは台風だわ。970hPaくらいかな。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 本館前で圧倒的人だかり。やはり大手アイドル事務所だから、誰かしらの出待ちだろうかとも一瞬よぎったが、そんな様子は今まで一度も見たことなかった。見たことなかっただけかもしれないけど。

 なーんかおかしいと思ったんですよね。第六感が働いたというか、野生の勘というか。

 

 

「いや、何してんすか新田さん」

「えへへ……ちょっと」

「Съемки фильмов.楽しい、ですよ!」

「二人ともいいねぇ!」

 

 

 ちょっと様子を覗きに行ったら、確かにおかしかった。

 何故か事務所前でラクロスの恰好をして汗をかく新田さんと、チアの恰好とボンボンを身に着けているアーニャちゃん。

 と、それを撮影しながら指示する監督面本田、なんか紙を持ちながらニコニコしてる卯月と、何故かいる凛。

 あとアーニャちゃんはピョンピョン飛びながらボンボン振るのをやめてほしい。可愛い。

 

 

「なにしてんの」

「CPのPR動画の撮影ですよ!」

「事務所メンバー突撃訪問! 突撃隣のなんとかってね!」

「ネタ古くね?」

「光、Pから話聞いてなかったの?」

「だって俺、厳密にはCPのメンバーじゃないし」

 

 

 あー、そういやPなんか言ってた気がするな。いや、言ってたか? 今日の俺の予定って収録以外なんもなかったよな、確か。

 あの人、必要最低限の業務連絡だけ手短にするから、覚えてないってことは多分俺には言ってないんだろうな。マジで必要最低限過ぎて、ある程度定型文化されるもんな。

 

 

「まっさんも撮る?」

「アホか。アイドルじゃない奴を撮ってどうするんだよ」

 

 

 自分でさっきCPのPR動画って言っているのに趣旨を理解していないのか?

 俺って立場的にはどちらかというと裏側に回ってる職員よりの立場だしな。そういう自覚未だに全然ないけど。

 

 

「まっさんもこれからアイドルになるかもしんないじゃん!」

「俺はそういうガラじゃないしな」

「私だって、そういうのじゃないし」

「凛はほら……顔が良いし……」

「ふーん、そうやって色んな女たぶらかすんだ」

「なんで?」

「ひゃーっ! まっさんプレイボーイ!」

「ぷれいぼーい?」

 

 

 卯月はわかんないよね。いつまでもいつまでもそのままの卯月でいて。い〇ゞのトラック。走っていこう。違う。

 

 せっかくフォローしたのにそうやってカウンター入れられたらお兄ちゃん泣いちゃうよ。8月までは俺の方が年上なんだから勘弁してほしいぜ本当。一学年上としての尊厳のその字もねぇよ。

 後、そこの本田。そういうのを冷やかしたらいけません。彼女がいない男に対してプレイボーイなんて言うのはただの暴力です。なーんで彼女出来ないんだろうな。

 

 

「プレイボーイかはわかんないけど……光くんなら十分アイドルとしてやっていけるよ?」

「新田さん僕アイドルになりたい訳ではないのでフォローになってないっす……」

「С уверенностью.光、とってもかっこいいです!」

「優しい」

 

 

 でも知ってるよ。お世辞だってわかってるからね。歴戦の勇者である僕はこの程度のお世辞では揺るがないんですよ。

 それはそれとしてアーニャちゃんは可愛いね。妹属性超絶高いよね。

 

 

「ほら、まっさんも撮ろうよ!」

「撮りましょう撮りましょう!」

「どうせ後でカットするんだから嫌だよ! 悲しくなるだけだし、この後も予定あるから!」

「嘘。収録終わったらもう暇でしょ」

「なんでお前が知ってんねん」

「しぶりんさっすがー!」

 

 

 なんでお前が俺の今日の予定を把握してんねん。謎に管理能力高いのやめな? その能力もっとほかの所で活かせるでしょ?

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらカメラを構えて迫ってくる本田と、逆に悪意ゼロでニコニコしながらにじりよってくる卯月。それをちょっと離れて静観する凛。

 なにこれ? なんでこんなことになってんの? これが俗にいうナニコレ珍百景ですか。

 

 

「そういえば卯月、それ」

「そうだ忘れてた! まっさん、これ!」

「あっ、どうも」

 

 

 急に話題変わるじゃん。死の急カーブか?

 卯月から渡された黒いなんかシャレオツなメッセージカードには、白い文字でなんか書かれている。若干丸文字だな、可愛い。

 

 

「『天使の声響くとき、聖なる泉の前にて待つ。我の姿を収め、魂を封じ込める器を持って訪れよ』神崎蘭子、ってなにこれ」

「私達じゃわからなくて……」

「光、わかる?」

「俺にはわからんがアテならあるぞ」

「ほんと!? 流石まっさん!」

 

 

 俺を中二病言語翻訳家じゃないから。知り合いに翻訳家兼任アイドルがいるけど。

 そんなわけで、スマホを取り出してLI〇Eを開いてぽちぽちぽちっと。電話をかけてみる。便利な時代で良かったね。あいつ今時間大丈夫かな。俺は良く知らないけど、普通に人気アイドルなんだよな。

 

 

『もしもし、なんだい。あと、ボクは中二病言語翻訳家ではない』

「悪いね突然。今時間大丈夫かい?」

『十分程なら。移動中だから若干騒音があるのは勘弁してくれ』

「手短に済ませるから大丈夫。悪いね」

『気に病むことはない。人から頼られるのは良いことだよ』

 

 

 はい、電話越しにご登場いただきました。こちらがアイドル兼中二病言語翻訳家の専門家、二宮飛鳥さんです。とってもいい子、テレ〇ォンショッキングかよ。

 そんなわけで専門家の方に蘭子ちゃんからのお手紙をそのまま朗読して、これの意味を教えてほしいと伝えてみる。こうしてみると本当にただの通訳だな。ちょっとかっこいいわ。中身中二病だけど。

 

 

『うん。わかったよ』

「マジ?」

『先ず、天使の声響くとき、って言うのは夕方五時に鳴るチャイム。聖なる泉というのは、恐らく広場の噴水のことだろうね。事務所付近で該当する場所と言えばそこになる』

「お前天才かよ」

 

 

 本当にすらすらと解読していくじゃん。古文とか漢文を読み解いてるみたいだな。あれも同じ日本語とか漢字に似ているもののはずなのに、何を言ってるのか全く意味が分からんかったし。

 なんだよレ点って、普通に順番通りに書けよ。読みにくいだろ。

 

 

『姿を収め、魂を封じ込める器というのは、恐らくカメラなどの事だろう。昔の人はカメラで写真を撮られると魂を吸い取られると勘違いしていたという話があるし、そのことから取っていると推察できる』

「丁度今、PR動画を撮影してるんよ」

『それなら、その手紙は待ち合わせの意味だろうね。五時に広場の噴水前に行けば、きっと蘭子がいると思うよ』

「すげぇな。中二病って博識なんだな。文系?」

『どちらかの選択肢に該当させろというのなら、そうかもしれないね』

 

 

 電話越しでも若干飛鳥の声が自慢気なのが分かる。口調はクールだけど俺にはわかるんだ。なんか語尾が上がってる気がする。ごめん気のせいかもしれん。

 

 

「サンキューな、助かったわ。仕事頑張りよ」

『言われなくても、与えられたら職務は全うするさ。時間がある時なら、いつでも対応できるから』

 

 

 いやー、本当に飛鳥ちゃんいい子。頼りになる。とても14歳とは思えないよね。いや、この世の中でトップクラスに14歳として全うしていると言えばそうなんだけど。

 

 

「そんなわけで、わかりました。五時に広場の噴水前で待ってるって意味だと。ビデオカメラ持ってきゃいいと思うよ」

「本当!? って言うか、今誰に電話してたの?」

「中二病言語翻訳家兼アイドル」

「光くん、いろんな友達がいるんですね!」

「ここ最近一気に広がっただけなんだけどな」

「光、良い人だから。とっても、人気者です!」

「ふーん」

「本当だからね?」

 

 

 せっかく困っている所に助太刀してあげたのになんで俺そんな目で見られるの? 本当に友達だからね? 友達って言って飛鳥に失礼じゃないかちょっと心配ではあるけど、本当に友達なだけだからね。そりゃあそう。

 

 交友関係だって本当にそんなに広くはないんだから。広いやつはブラジルにまで友達がいるんじゃねぇかってくらい広いし。それに比べたら僕なんて関東くらいの守備範囲よ。東京二十三区に知り合いがちょっと集中してるくらいで。

 

 結局、飛鳥の翻訳はぴったりばっちりあっていたらしい。あいつ本当にすげぇな。アイドルじゃなくてもその手の職で食っていけるんじゃねぇかって翻訳精度だったけど。



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杞憂は大体杞憂に終わる

 CDデビューが決まった。昨晩の夜、スマホ越しの音質の悪い若干曇りがかったような声色で凛から聞いたその言葉が耳から離れない。確か、あの時はおめでとうと返した気がする。

 

 放課後の食堂付近には、自分以外の姿はない。

 百円玉と十円玉を一枚自販機に飲み込ませ、缶ジュースを吐き出させる。しゃがんで右手でしっかりとつかんだ冷え切った缶、少し暖かい俺の手の温度差が、何かに似ている気がした。

 

 

「可愛いわね。ジュースなんて」

 

 

 少しからかうような声色が横から飛んでくる。見上げるような形で顔をあげると、幾日かぶりに見る顔がそこにあった。緩め切ったネクタイと首元のボタンを開けている様子から、完全にオフモードに入っていることが見て取れる。

 口うるさい教師に見つかったらなんか言われそうだけど、上手い事やっているのだろう。俺も放課後はネクタイと首元は緩めるし、同じようなもんだな。

 

 

「解釈違いか?」

「まぁ、あんまり飲むイメージはないけれど」

「気分だよ。なに飲む?」

「いらないわよ」

「何しに来たんだよ」

「珍しく変な方に帰る姿が見えたから、ちょっと気になっただけよ」

 

 

 なんだよ、こういう時くらいかっこつけさせてくれてもいいじゃんか。お給料とかはそっちの方が多いのかもだけど。

 諦めて缶ジュースを開け、一口流し込む。砂糖の甘ったるさとみかんの若干の酸味が心地良い。

 

 変な方に帰る。まぁ、間違ってはいないな。普段なら駅前のコンビニで買うし、遠回りしてこんな誰もいない時間の食堂前に来ることなんかない。

 

 

「何か心境の変化でも?」

「気分だよ。偶々に決まってんでしょ」

「人間、何か思いつめることがあると普段と違った行動を起こすものよ?」

 

 

 腕を組みながらそんな余裕ある表情で言われても。何か若干心の中を見透かされているみたいでむずむずする。

 普段行かない場所に行って普段飲まないものを飲んでいるもので、奏の言う通り心境が行動に出まくっているのは事実なのかもな。俺、わかりやすすぎんだろ。恥ずかし。

 

 

「……笑わない?」

「場合によっては笑うかも」

「凛がCDデビューすることになった」

「朗報じゃない」

「いや、なんかトントン拍子に物事が進み過ぎててさ……」

「それが怖いの?」

「杞憂なんだけどな」

 

 

 ずっと近くにいた奴が、俺が知らない間にどんどん遠くに行く。

 凛があの世界に行く後押しをしたのは俺だ。だけど自分の近くから離れていく凛を見ていくと、どうしようもない感情に襲われる。

 

 アイドルとしての階段を何段も飛ばして駆け上がってく黒髪ロングの美しい後姿を眺めていると、あぁ、彼女は俺の知ってる渋谷凛じゃなくなっていくのかな。なんて、そんな不安が知らない間に生まれている。

 

 

「男ってバカね」

「悪いか」

「嫌いだけれど、好きよ。そういう不器用な所」

「あー、そう」

「女の子って、貴方が思ってるほど弱くはないのよ」

「見りゃわかる」

「なんか癪に障るわ」

 

 

 目の前にいる女性が死ぬほど強そうだし、俺の知ってる渋谷凛も単機性能クッソ高いから知ってる。ただ俺一人が心配になるって話だけなの! 心配になるじゃんだって!

 

 というか、強いか弱いかなんて人によるだろうしなぁ。大人しくてメンタル弱そうな男の人いるし、性別が変わるだけで中身はそんなに変わらない人もいるし、マジで性別とか飾り。

 目の前にいる女性とかバチボコにメンタル強そうだし。メンタルだけじゃなくて物理的にも強そうだし、本当にいろんな意味で強そう。

 

 

「貴方がシャキッとしてないでどうするのよ。そういう時に彼女の背中を押してあげる立場でしょ」

「大丈夫。凛の前ではシャキッと出来る」

「そういう風に見せれてるだけよ。所詮丸裸」

「なんか奏が言うと違う意味に聞こえるね」

「軽口叩けるくらいには余裕あるじゃない。セクハラよ」

「普通に悪かった」

 

 

 なんか奏にはちょっとくらい殴りかかっても良いのかなって。同い年だし、なんかそういう適正ありそうだし。

 

 凛の前ではそれなりにちゃんとお兄さんお兄さん出来てると思うんだけどな。

 バレてるのかな、言われてみたらなんかバレていそうな気もするな。あの娘、そういうの見抜くの凄く上手だから。

 

 

「ちょっと心配して損したわ」

「いやー、奏が言うと説得力あるなって。将来そういう仕事つけるよ」

「アイドルがダメになったらそういう仕事しようかしら」

「まぁ顔が良いから生涯アイドルで生きていけるだろうけど」

「急に梯子外すじゃない」

「いや、まさか乗ってくるとは思わなくて」

 

 

 クールビューティ系な速水奏さんはこういうの無視してぶっ飛ばすイメージあったから。まさかこういうのに乗ってくるなんて思わないじゃないの。

 初対面から全然日にち経ってないからイメージとかいくらでも崩れそうなもんかもしれないけど。

 

 

「私、バラエティ番組とか出演経験普通にあるから」

「お前そんなに凄いんか」

「自慢する気はないけど、私それなりにお仕事とかもらってるのよ?」

「知らんかった」

「テレビとか見ないの?」

「野球中継以外見ん」

 

 

 だって最近別にわざわざテレビ見なくてもそんなに困らないし……ニュースだって動画サイトとかで普通に公式チャンネルが出してるし……正直言ってアイドルとか微塵も興味がなかったし……ていうか動画サイト永遠に延々にもうずっと未来永劫見てられるし……

 

 

「奏って凄い人なんだなぁ。サインとかもあるの?」

「当たり前でしょ。なんだったらスマホとかに書いてあげましょうか?」

「いや、別にいらね。気になっただけだし、なんなら調べれば良いし」

「本人の目の前で即行調べるのね」

「……え、これなんて書いてあんの」

「見ればわかるじゃない」

「もみやで?」

「張り倒すわよ」

 

 

 読めるかこんなもん! どう見ても『もみやで』って書いてあるじゃん!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 なーんて話をしてたが、寮に帰って飯を食って風呂に入って一息付くと、やっぱり変に考えてしまう。今日は事務所で凛と一回も会わなかったのもあって、余計にそういう思考になってる。

 ひゃだ……私、メンヘラ彼女? 男だったわ、僕。

 

 

「どうして君はそうタイミングよく来るんだね」

「なに、そういう処理中だった?」

「女の子が変なことを言うもんじゃないよ」

「男の子だもん。仕方ないよね」

「してないからね? してた前提の話やめない?」

 

 

 とうとうこの女の子、用事も何もないのに突撃するようになってきた。

 いや、本来というか昔というか、俺が実家にいる時はずっとそうだったから別にいいんだけどね。もう最近来客来ても警戒しないで普通に服着ないで出そうになるからね。危ないからねアレ。

 

 

「光って服着ないもんね」

「包まれてる感がヤダ」

「人間向いてないよ」

 

 

 それはそう、事実そう。

 ベッドにぽすんと腰掛ける凛と。モニターの置かれた机の椅子に腰掛ける僕。先ほどまで弾いていたベースの弦をきゅるきゅる緩めていく。

 

 

「風呂入った後って裸でもいいじゃんって思わん?」

「パンツ穿くようになったのは本当に成長したよ」

「小学生の時の話掘り返すのやめない?」

 

 

 今思ったら女子の前ですっぽんぽんで普通に遊ぶの狂気の沙汰だったんだから。よく母親とか止めなかったよな。

 同じ部屋に隣の家の娘さんがいるのにすっぽんぽんの息子放置しておくとか、人の親として頭おかしいよ(ド直球)

 

 

「ちゃんと人前では服着るからいいじゃん。一人の時に服を着るか着ないかなんて人の勝手だと思わないかい?」

「私は?」

「いや……凛はまたちょっと別じゃん。特例じゃん」

「ふーん」

 

 

 実際、凛から服着なよとか言われたことないし。すっぽんぽんの時ですら言われなかったな。あれ、こいつももしかしてなんか倫理観ぶっ壊れてるんでは? そもそも俺が裸族じゃなければこうはなってないから俺のせいか(納得)

 

 

「あ、そういやCDデビュー決定おめ」

「昨日聞いたよ」

「面と向かって言う方が良いかなって」

「面見すぎじゃない?」

 

 

 そんなことはないよ。今のうちに目に焼き付けといた方がいいのかなーなんてろくでもないことを考えたとか。そんなことは何一つないよ。

 なんだったら、よく見たらこいつ顔整ってるよなーとか。なんか怪訝な顔してるなーとか、そういうことも思ってないからね。

 

 

「なに」

「なんにも」

「もう一回だけ聞こうか」

「なんにも」

「未央に余計なこと言うよ」

「凛がなんか遠くに行きそうで寂しい」

 

 

 それはもう最強の受け札じゃん。デーモンハンドじゃん、アクアサーファーじゃん、スーパースパークじゃん、クロックじゃん。それを出されたらこっちとしてはもうどうしようもないんですよ。

 

 本田になんか変な情報を握られる=僕の知り合いの7割にその情報が広まるということを意味するからな。

 ガチでヤバそうなことは言わなさそうだけど、そこのラインを超えない限りはひょんな拍子に普通に言いそうだからなあいつ。圧倒的陽キャ。

 

 

「…………はぁー」

「泣くぞ」

 

 

 最強の受け札を前にあっけなく本心を吐露した結果、滅茶苦茶溜めを入れたフルな感じのため息をつかれました。

 良いのか、そんな態度をとって。男の子のプライドをボロボロに破壊して発言したのにそんな風にされたら泣いちゃうぞ。年甲斐もなくボロボロ泣くぞ。

 

 

「バカだなぁ」

「平均点くらい取れるぞ」

「そうじゃないよ」

 

 

 赤点とか今のところ1回しか取ったことないんだからな。ちゃんと毎回平均点はクリアしてるんだから、大体8割くらいの確率で。

 8割なんて野球で考えたらもう伝説だぞ。ほぼほぼヒットなんて凶悪すぎるだろ。全打席単打でも価値あるわ。

 

 

「私はそばにいるよ」

「今はな」

「これからも」

 

 

 少し怒っているよな、なのに初めてのお留守番に不安がる子供をあやすようなそんな声色。

 俺はガキかなにかか? 正直、初めての留守番の時の5000倍は不安な気持ちに心臓が支配されてる。

 

 

「ダメだね」

「私の事、嫌い?」

「まさか」

 

 

 馬鹿言っちゃいけない。だったらこんなこと思っちゃいない。お嬢さん多感なお年頃だぜ?

 これからいろんなことを経験して、お付き合いもして結婚していくんだから、これからもそばになんて無理な話だ。俺は凛の幸せを願いてぇよ。

 

 

「お前の事が好きだから言ってんのよ」

「……そんなこと、よく言えるね」

「正直今すぐ逃げたい恥ずかしい」

「ガラじゃないね」

「わかってるじゃん」

「何年一緒だと思ってんの」

 

 

 だって言わずに俺が凛を嫌ってるって思われてもね……それの方が明らかに死あるのみだからね。

 

 まぁさっきの話は勿論本心として、また別の話になるが、凛が彼氏なんか連れて歩いてる所を見たらどうなるんだろうな。もう俺の場合、凛を見る目線が兄みたいになってるからな。小さいころから見続けてきた女の子が、どこの馬の骨とも知らん男とお付き合いなんて考えられねぇ。

 

 

「失ってから初めて気が付くものってあるだろ」

「私はここにいるよ」

「そうだけど」

「煮え切らないなぁ」

 

 

 何を思ったのか、しびれを切らしたように立ち上がったかと思うと、ずかずかとこちらに大股で歩いてくる。そんなに大股で歩くなんて珍しいなぁ、なんて思ってると右手で後頭部をガッシリ掴まれて急に前に持っていかれる。

 少し硬いけど、クッションみたいな感覚。いつの間にか頭の後ろに回されていた手は、両腕で抱きかかえられるような形で、がっちりと頭をホールドされていた。

 

 

「今、私はここにいる」

「……ん」

「考えすぎだよ、疲れてるんじゃない?」

「そんなことない」

「そういうことにしときなよ」

 

 

 最初は驚きで固まっていた体が、少しずつ解けていく。両腕は力なくひじ掛けに乗せられ、今の状況、まさにされるがまま。

 生まれ年が同じとは言え、一応年下の女の子にこんなことされて落ち着いてるって、なんか恥ずかしい。嬉しくはあるけど、恥ずかしい。

 

 ドクドクと脈打つ凛の心音が耳に入ってくる。今なら心音ASMRをヘビロテする人の気持ちが分かるな。すげぇ落ち着く。なんというか、本当にずっとこのままが良い。

 

 

「どう、落ち着いた?」

「自分からやっておいてなんで緊張してんの」

「うるさい」

 

 

 痛い痛い痛い。腕に力を入れるなよ痛いだろ。いや、前が柔らかいからそんなに痛くはないけど、主に後頭部の方が痛い。あと、めっちゃいい香りする。近すぎてもはや一心同体。フュージョンしかけてる。

 

 全く関係ないけど、俺は今、頭の中に母親の顔とレイザーラ〇ンHGの顔を一生思い浮かべている。なんでだろうな。本当になんでなんだろうな。理由は聞かないでほしい。

 

 

「これ、いいな」

「二度目は無いから」

「あとこれ息出来るんだな」

「このまま首絞めるよ」

「ごめん」



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攻城戦は大体奇襲か別パにやられる

 ネタには鮮度という物がある。これは世の中に一発屋芸人という言葉があるという事実が最もそれを裏付けているだろう。

 ネタは擦れるうちに擦っておけ。これは、ネタは笑ってもらえるうちに使っておかなきゃそのうち飽きられるということを表している。

 

 ネタは味がしなくなったら無理やり味付けして擦り続けろ。これはダメな例である。一生擦っているので、周りが付いていかなくなる。このタイプは周りが嫌うか慣れるかで対応が一気に変わる。大体の場合は定型化されてもはやネタではない何かになる。

 ちなみに俺はこのタイプ。お゛茶゛を゛飲゛み゛ま゛ぁ゛す゛!゛ え゛ぇ゛!゛?゛ お゛前゛も゛お゛茶゛を゛飲゛m

 

 

「俺も見たかったなー、第二次立てこもり対戦」

「うにゃー! なんでそう茶化すのー!」

「光は私たちのデビュー案の話、知ってたの?」

「まさか。俺は李衣菜たちに比べりゃ運営よりかもだけど、ぺーぺーだぜ?」

 

 

 第二次CP立てこもり事件、つい昨日あったらしい346プロを揺るがす世紀の大事件だ。そんなことないけど。

 主犯は前川で、メンバーは莉嘉ちゃんと双葉さん。容疑者の犯行の動機は、自分たちのデビューがいつまで経っても決まらない、自分たちで企画をしても却下された等々による不満が積もってらしい。

 双葉さんだけは単に働きたくなかっただけだったらしいけど。解釈一致。

 

 結局、Pが卯月やアーニャたち以外のCPメンバー全員にちゃんとデビューさせることを考えてるって言うのが発覚して立てこもりをする理由がなくなり、何事もなくなったらしいが、こっちからしたら恰好のネタである。解決したしね。

 

 

「そういえば、なんで昨日現場に光いなかったの?」

「そうにゃ! CPの危機でありながらもその場に居合わせないなんt」

「お前が主犯だろ」

「ぐはぁ!」

 

 

 俺は今のお前に対して絶対に負けない受け札を持っているということを忘れるなよ。聖なるバリアミラーフォースだからな。カード名も効果も合ってるかわっかんねーけど。決闘!

 

 

「昨日は予定無くて直帰で家に居たしなー」

「なんで電話に出なかったの?」

「夕方だろ? 寝てた」

「本当に寝てたんだ……」

「凛チャンの言う通りにゃ、電話してもその時間は大体出ないって」

 

 

 俺、スマホは基本マナーモードずっとオンにしてるし、寮にいる時も夕方は昼寝してるかイヤホン刺して大音量でベース弾くか音楽聞いてるかだもん。

 だから、そういう事情を知ってる凛とかは基本的にダメ元でとりあえずって感じでしか電話をかけてこないし、昔なんかはすぐ隣の家だったから直接来るとかしてたな。今はそういう風にはいかんけど。

 

 

「電話に出ないのにスマホ持ってるって、半分スマホの存在意義消えてる気がするけど」

「俺的には半分音楽プレイヤー兼ググり屋さん兼暇つぶし機みたいなもんだから」

「一回その音楽プレイヤーでスマホについて調べてみるといいにゃ」

 

 

 実際スマホで電話ってあんまり使わないし……LI〇Eとかで良くない? たまに未読のまんま奥底に眠ったりするけど、コミュニケーションツールなんて電話じゃなくてもいくらでもあると思うんだ。最悪文通でいいじゃん。メル友メル友。

 

 

「どちらにせよ、俺がいてもどうにもならなかったろその現場」

「確かに、逆に煽りそうだよね」

「煽るよ絶対」

「本ッ当に許さんからなほんま」

 

 

 こっわ、でも多分煽ってるわ。踊る大〇査線ごっこするわ。容疑者は取調室じゃない! カフェテリアに立てこもってんだ! 容赦なく撃てーっ! って絶対に言う自信あるわ。いなくてよかったな、俺。

 

 

「まーでも光クンもまだぺーぺーってことだにゃ。ちゃんとしたお仕事をもらうにはまだはy」

「でも俺この前の卯月たちのデモ音源のベース弾いたよ」

「うっそ、凄いじゃんなんで言わなかったの!?」

「いや、デモ音源だし言わなくても良いかなって」

 

 

 何の実績もないペーペーにいきなり仕事くれるなんて346プロも太っ腹だよな。人員不足だとかそもそも新人はこうやって教育するとか、会社のマニュアルで色々あるのかもしれないけど。

 

 デモ音源とはいえ、ちゃんとしたプロの音楽の仕事に携われたのは普通に嬉しかったよな。色々貴重な体験をさせて貰った。

 一応は収録の2日前くらいにTAB譜だけ貰ってたんだけど、スタジオミュージシャンってかなりアドリブ力が求められるんだなって感じたよ。現場でこういう感じで行ける? とかすげー言われたし。

 本当に難しい超絶テクとか求められなくて助かった。あれからそういう仕事始めたんだなって感じてベースずっと触ってるわ。こえーもん。

 

 

「光もお仕事貰ってたんだねー」

「まぁ、仕事って言えるかわかんねーけどな」

「なんで黙ってたんだにゃー!」

「言わなくても良いかなって」

 

 

 ガチガチのガチの音源じゃなくてただのデモ音源だからな。本来打ち込みでいいであろうな所を、わざわざ俺にやらせてくれた介護みたいな感じだったし。実際どうなのかはわかんないけど。

 

 

「大丈夫だって、俺なんかお前らと違って明確にデビューなんか先の話だし、そもそも本採用もあるかわかんねーんだからな」

「スタジオミュージシャンってそんなに大変なの?」

「大変かは知らんけど、少なくとも今のお前らよりかは結構キツいと思うぜ」

「でもこの前レコーディングに参加したのは事実なんでしょ?」

「勉強でな。そもそも前川はCPメンバーの時点でいつかデビューは決まってるようなもんなんだから。焦る必要なんかないのに」

「うぅむ……正論にゃ」

 

 

 焦る気持ちは勿論わかるんだけどな。普段から練習はしっかりやってるし、なんだかんだ努力家なんだからどっしりしてればいいのに。

 

 俺にはわかんねーけど、アイドルに対するあこがれとかが結構強いのかもな、こいつ。今のところ、李衣菜は割とアイドルやりたーい! っていう風には見えないけど。

 というか、落ち着いてるよな。近くに落ち着いてない奴がいるから余計に落ち着いてるんだろうけど。

 

 

「ていうか、そもそもアイドルって何をもってアイドルになったって言うんだ?」

「そんなことも知らないでここにいるの!?」

「いや、アイドルに特別興味はなかったんで……」

 

 

 デビューデビューって言っても、明確にこれが出来たらデビューって言うのはないじゃんね。まぁ俺が知らんだけなんだけどさ。

 Pから貴方達はたった今デビューしました! とかそういう風になるんかな、プロ初デビューとかは基本的に一軍のマウンドや打席に立たないと記録としては残らないけど、そういうことを言っているのだろうか。やだ、ちょっとわかりやすいわ。

 

 

「一番わかりやすいのはCDデビューにゃ。CDデビューさえ決まれば営業とかも出来るし、逆にCDデビュー出来なきゃアイドルとしてのお仕事は何も始まらないのにゃ」

「卯月たちが美嘉さんの後ろでバックダンサーとして出てたのは?」

「あれはあくまでもバックダンサー。みくから言わせれば、ちゃんとしたデビューとは違うにゃ」

「まー、それでも大舞台に上がったのは事実だし、確実にデビューへのきっかけにはなってたけどね」

 

 

 あれも凄いけど、厳密にはデビューじゃないのか。CP自体アイドルの卵ってコンセプトらしいしな。よくわからんけどジャ〇ーズジュニアみたいなもんなのだろうか。

 

 良くわからんが、あのグループもアイドルの卵や原石の集まった集団だと聞いた覚えがある。

 世の中には死ぬほどイケメンがいるのに、その中から歌やダンスも合わせて選りすぐりの男たちがテレビの前の舞台に立っているなんて思うと、アイドルって性別関係なくヤバいんだなって。

 

 

「アイドルってステージに上がってライブするだけじゃないんだな」

「あったり前にゃ! 雑誌の取材、各地への営業やミニライブ、ラジオ、テレビ……数えだしたらやることにキリなんか無いにゃ!」

「営業やミニライブ……って今度卯月たちやアーニャたちがやるみたいな?」

「そうにゃ! 色んな所で営業をして名前と顔を覚えてもらう。それが小さな一歩でも、この先につながる大きな一歩になるの」

「何事も一歩一歩進むのが肝心ってね」

 

 

 DA PU〇Pとかも復帰直後は各地に営業してたよな。こんな有名な人がなんでこんなところでミニライブしてんだろって滅茶苦茶不思議だったけど、成程アイドルにとって営業は基礎なのか。

 大型ショッピングモールで昔活躍してたすげえアイドルが当たり前のようにいるもんだから俺もびっくりした。全盛期を知らない俺でも代表曲は知ってるくらいだしな。

 

 

「アイドルって大変なんだな」

「そうにゃ! それでもアイドルになりたいって思えるくらい、アイドルは凄い人達なんだにゃ!」

「アイドルって歌手と芸能人の間みたいな感じだしね。本当に手広いよ」

「売れたら売れたでクソ忙しいだろうに、双葉の奴なんでアイドルになろうとしたんだろうな……」

 

 

 サ〇ンの桑〇さんも大ヒット曲作った後に印税生活するって言って、スタッフか誰かに怒られてホテルに缶詰めされて新曲作らされたってエピソードをどっかで聞いたことがある。

 ソースが見つからないから真相がわからん。俺はいったいこのエピソードをどこで見かけたんだ。

 

 というかそもそも杏がヒット曲作ったとしても、杏に印税ってどれくらい行くんだろうな。作詞作曲者に基本的に印税って行くイメージがある。そこら辺の扱いとか割り振りってどうなってんだろうな。

 

 

「はぁ~、みくも早くCDデビューしてアイドルに……!」

「李衣菜も早くCDデビューしたいの?」

「そりゃあ勿論したいけど、私らがどうこう騒いだってどうにかなるもんでもないでしょ」

「ひゅー、冷静」

「……なんで二人ともみくの事見るのーっ!」

 

 

 なんでって言われましても……いやー、別に? 誰にでも焦る気持ちはやる気持ちはあるよなーって思って。それを立て籠もりという形にするのは流石にやべーなーって思って。戦国時代のアクティブニートじゃないんだから。な、李衣菜?

 

 

「そっかー。でもミニライブだと、ショッピングモールとかの広場とかでやるんだよな」

「路上ライブみたいなことはしないのかな」

「ストリートからの成り上がりとかロマンあるよな」

「ロックだよねー!」

「アイドルはロックバンドじゃないにゃ」

 

 

 Ale〇androsとか Suspen〇ed 4thとかも元ストリートってイメージあるよな。Sus4なんか今でもよく名古屋の夜の街に出るらしいし。プロになっても路上に出るってすげぇよな。ロマンしかないわ。

 一回出会ってみたいなぁ、そういう場面。滅茶苦茶盛り上がりそうだし、目の前であの超技術を見てみたいわ。

 

 

「前川」

「何」

「デーモン小〇閣下って知ってるか?」

「みくがなりたいのはアイドルにゃー!!!」



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オールとはつまり翌日の死

 男子高校生とは、ある程度のゲームを大体プレイできるものである。理由は簡単、男子高校生とは基本的に暇な時間を持て余しており、更にはクラスメイトとか言う最大にして最強の敵を打ち倒すためである。

 

 まぁ、勿論人によってある程度出来るゲームが違う人はいるんだけどね。出来る人はマジで何でもできるし、別の人はマジでこいつイカれてるんじゃないかってくらい一つのゲームが上手かったりする。

 というか、たいていの場合一つのゲームの上手さが極まってるやつは、大体何のゲームやっても上手い。なんなんだろうね、あの法則。こんなところでも才能発揮する分野があるとか恐ろしいよね。浜田くんマジ許すまじ。

 

 

「はい、勝ち卍」

「だぁーっ! それずるいにゃーっ!」

「光、出番来る度にずっと勝ってない?」

「うむむ……三人がかりでもなんで……」

「光くん強いですぅ……」

 

 

 おまんら、ウ〇フの下スマの強さ知らんな? なんも考えずに突っ込んでくるなら同士討ちさせるまでよ。

 というか大乱闘で3人がかりとかただの虐めだからね? これがクラス内でのスマブラだったら確実に俺泣くからね。もうそれは男子高校生とは思えない泣き方するからね。

 

 それにしてもやっぱりパーティゲームは大人数でやるのが楽しいね。学校でやる用で持ってきてて良かった。ドックは寮から取ってきたけど。

 やっぱ大画面でやるゲームって良いね。迫力がちげーよ。感覚もちょっと違うけど。

 

 

「光って普段何してるかあんまりイメージ付かなかったけど、ゲーム持ち歩くくらいにはゲーマーなんだね」

「学校でやるからな」

「うちの学校って校則でゲームとか持ち込んで良かったの?」

「いや?」

「なんでそんなことするんだにゃー! 復帰できないでしょー!」

 

 

 ダメに決まってんだろそんなの。お前はいったい何を言っているんだ。

 普通ゲーム持ち込みOKな学校なんて存在しないぞ、多分。あったとしてもそれは都市伝説か、化け物並みに頭が良くて校則がほぼ存在しないくらいにゆるっゆるな高校のどちらかだ。

 

 俺達生徒諸君は数々の方法を駆使して、如何に教師からバレずに放課中にゲームをできるかのデッドヒートを繰り広げているんだ。

 時には教室でFPSバリの遮蔽意識で存在を隠し、無数のデコイを配置して本体を隠したり、そもそも教室内ではなく、他の場所でやることで教師の行動範囲から外れたり等々……普段から我々生徒は数々の名勝負を繰り広げているのだ。

 この技術がこの先の人生において活きることはおそらくない。

 

 

「光、こんなにゲーム上手かったっけ」

「一年の時にクラスで流行ってたからそん時やりこんでたんだよ」

「未央チャンそれみくにゃー!」

「みくにゃんごめーん!」

「はわわわっ! 落ちるっ! 落ちますー!」

 

 

 いや、まぁ俺が強いというよりも周りが弱いってだけな気がする。卯月に関しては完全初心者だからね。俺なんもしてないからね。

 

 本田と前川に関してはシンプルに普通かつノーマル。

 多分大乱闘は何かの機会で触ったことがある程度なんだろう。操作や基本の基本は出来ているが、普段から学校でゲームをやりこんでいる俺の敵ではない。複数人相手でも俺が負ける確率、0%!(キリッ)

 

 

「あれあれー? みんなでゲームしてるのー?」

「きらりん! 撮影終わったんだね!」

「あれ、スマ〇ラじゃん。ここ、ゲーム置いてあったんだね」

「光が持ってたの。学校でいっつもやってるんだって」

 

 

 遅れて出てきてこんにちわ。そんな感じでCPルームに来たのはみんな大好きシンプル良い人諸星きらりと、もう見慣れてきたセカンドバックスタイルで抱えられてる堕落大妖精双葉杏。

 確か、今日は撮影のお手伝いに行ってたんだっけな。キグルミ着て帰ってこなくて本当に良かった。

 

 

「きらりちゃんもやりますか?」

「きらりはそんなにゲームは得意じゃないからだいじょーぶ! でもでもぉ、杏ちゃんはゲームすーっごく! 得意だにぃ♪」

「ほえー」

「まー、そんなにだよ。人並み人並み」

「やる?」

「相手して欲しいって言うんだったら、相手になってあげないこともないよ?」

 

 

 意外に乗り気じゃない。普段だったら、ダルいからパスでなんて言いそうなシチュエーションだけど。

 割とノリノリでソファーに座って本田からコントローラーを受け取る姿はまさに自信満々。普段のぐーたら脱力ウーマンとは到底思えない。胡坐をかいて膝上でコント―ラーを握る姿も、どこか様になっているように見える。

 

 

「どうせなら一対一でやってみてよ! そっちの方が面白そうだし、それに杏ちゃんの実力もわかるし!」

「俺は良いけど、そっちは大丈夫?」

「愚問だね。やればわかるよ」

 

 

 本当に自信満々だな。その鼻、バチボコにへし折ってやろう。そもそもプ〇ンなんて半分ネタキャラ使っている時点で俺の勝ちはもう見えている。

 ネタキャラの風船と強キャラの狼の格の違いってやつ、しっかりと見せてしんぜよう。接待はするが女子供だろうと容赦しないがモットー。いざ尋常に、勝負。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「だーっ! 勝てねぇ! 強すぎんだろ!」

「何度でも杏は相手してあげるよ~。ま、何度やっても結果は見えてるけどね」

「ド畜生……良い煽りしやがる……」

 

 

 場所は変わって寮の僕の部屋になりました。色々経緯があったんですよ、マジで聞いてください許して。

 

 あれから2時間ほど経ったでしょうか。自信満々に杏の使うプ〇ンに対して詰めむき出しで飛び掛かったところ、ハチャメチャに上手い立ち回りで簡単にいなされ、うたうを入れるまでもなく空中コンボで眠るをぶち込まれてものの見事に完敗しました。

 いや、マジで本当に強い。ネットでたまーに当たる超絶上手い人くらいには上手い。少なくとも、俺のクラスメイトの5倍は上手い。まーじで歯が立たない。

 

 

「マジで上手すぎんだろ……なんでそんなにつええんだ……」

「カジュアル勢に負けるほど、杏の腕はなまっちゃいないのよ」

 

 

 杏の圧倒的すぎるキャラコンを前にコテンパンにされた俺は無事に涙目敗走……しようとしたところ、杏からの鶴の一声。

 

 

『いやー、流石に杏には勝てないよねぇ。どーしてもっていうなら、寮で付き合ってあげるけど?』

 

 

 そーんな圧倒的宣戦布告を食らった暁には、いっぱしの漢としては逃げるわけにはいかんのよ。やってやろうじゃねえかこの野郎!

 ……と、言う感じでまさかの珍しすぎるアクティブ杏を前に引くわけにもいかず、無事に部屋に招き入れることになりましたとさ。

 

 

「杏ちゃん強いわね。それに比べてこっちの狼君と言ったら」

「やれやれーっ! フルボッコだー!」

 

 

 で、なんでこの二人がいるんだっていう説明ですね。はい。

 

 片っぽの青髪ショートカット永遠の年齢詐称疑惑JKの方は、双葉を連れて寮に帰っていたところを見つかって、見張り役とか言って付いてきた。

 ゲームもやるとかいうけど本当にやれるのか? 絶対にやらなさそうじゃん。

 

 もう片っぽの昼間っから酒を飲みあかす20歳ピチピチの天然畜生名誉終身キャカス美女こと姫川さんの方は、べろべろに酔っていたので気が付きゃ最後まで付いてきた。本当に意味が分からない。

 その酔っている状態で本当にゲームとかできるのかよ。絶対に反対方向に走って奈落の底に真っ逆さまじゃん。

 

 

「俺の部屋が女の子で一杯だわ……」

「いい経験したじゃん」

「初めてじゃないしまともなのが杏しかいないんだよ」

「両方とも先輩なんだから返しにくいこと言うのやめな」

 

 

 杏って割とそういうところちゃんと気にするのな。そういうところ常識人なのに仕事は全面的にぶっちしようとするのは何なんだよ。常識あるのかないのかのラインがわかんねぇな。

 

 ちなみだけど、今の部屋の構図は物凄いことになってる。

 俺の普段使っているPCの置いてある机に座ってる奏。足を組むのをやめてほしい、目のやりどころに困る。まぁ基本画面見てるから良いんだけど。

 テレビを正面に空き缶が詰まれた机を挟んでガチガチにベッドに座ってスマ〇ラをする俺と杏。なんかもう兄弟みたいな構築になってる。

 机の前にめっちゃビール缶とチータラとサラミを持ち込んで観戦をつまみにしてる酔っ払い。この人に関しては今日プロ野球の試合が無いからここに来たんだろうな。今日月曜日だもんな。移動日だもんな。

 

 

「ねー、マ〇カ無いの、〇リカ。あたし、マリ〇めっちゃ得意なんだよね!」

「ありますよ。でも本当に得意なんですか?」

「グランプリとか毎回一位なんだから!」

 

 

 なるほど、全て理解した。わかった! 今こそ我は全知の松井なり。

 グランプリとはCPU相手に行われる大会みたいなもんである。要するに相手はCPUしかいなく、一番強いCPUでもたかが知れている。つまりはそういうことですね。

 姫川さん、さてはガッチガチのガチの対人戦を知らんな? ちびるぞ? マジで鬼だからな。

 

 

「奏はどうすっぺ?」

「良いわよ。スマ〇ラに比べれば杏ちゃんに勝ち目もあると思うしね」

「ふっふっふっ、舐めてもらっては困りますよ? 杏は意外とオールラウンダーなのだー!」

「コントローラー足りないから俺らはジョイコン縛りで行こうなー」

 

 

 流石にカジュアル勢にプロコン譲るくらいはしないとね。スマブラの時もそうだったし、別にジョイコンでも全然出来ないことはないからね。

 問題はあまりにもジョイコンが小さすぎるということだけど。杏がジョイコンもあんまり苦にしてなかったのは単純に上手いからなのか、それとも手が小さいからシンプル手になじむのか。なんか両方臭いな。

 

 

「周子からプロコン借りればいいじゃない」

「絶対に一緒にやるって言いだすんでアカン。これ最大四人だから」

「杏たちはジョイコンでも大丈夫ですよー」

「ゲームなら絶対に負けねーからな」

「舐められたものね。後でプロコン返してなんて言っても返してあげないわよ」

「全員まとめてかかってこーい!」

 

 

 こちとらクラス内チキチキ理不尽負けた奴がジュース奢り地獄の200㏄マ〇カを定期的に開催している身やぞ。ちなみに類似企画としてスマ〇ラや桃〇なんかもある。

 大体パーティゲームってこういうのもあってワイワイ出来るから良いよね。人生ゲームなんかでも似たようなこと出来るし、なによりもジュース奢りってラインも丁度良い。そんなに財布にダメージ行かないからね。

 

 

「よーし、やるぞヨッ〇ー! あっちのヨッ〇ーは全然活躍してないけど」

「一々誰か刺すのやめない? メジャーに行きたくて言ったんだから泣いちゃうよ」

「なんの話してんのさ……」

 

 

 いやごめんね? 他国にない文化を持つ元ハマのヨッ〇ーについて話してただけなんだ。結局ヨッ〇ーっていうあだ名、向こうで定着してたのかな。

 Show Timeの方がよっぽど定着してそうだけど、それは比べる相手が悪いか。やれるだけやりたいんだろうけど、王そろそろ戻ってきてもいいんじゃないのかなぁって思っちゃうな。頑張ってほしいぜ。

 

 

「よっしゃー! 朝までやるぞー!」

「明日学校あるんで無理です。そもそもあなた方帰らなきゃダメでしょう」

「あたしは一人暮らしだし!」

「杏も一人暮らしだから。オールには強いし」

「今日は美嘉の家に泊まるって言ってきたから」

 

 

 融通がハチャメチャ利く一人暮らしの二人はまだわかるけど、なんで観戦目的の奏がガッツリ泊まるための根回ししとんねん。寝る場所ねぇぞ狭いんだから。そもそも泊めるつもりなんか無いからな! 周子さんの所に入れて貰えよ。

 

 っていうか双葉さん一人暮らしってマジか。寮生活でもなく一人暮らしなのか。高校生なのに。なんか憧れるような憧れないような。

 それよりも、双葉杏という人間が果たして一人で生きていくことが出来ているのかがとっても心配になる。今ここにいるってことは生活できてはいるんだろうけど。毎日出前生活とかしてんのかな。

 

 

「言っとくけど、泊めませんよ。特に奏」

「酷いわね。志希の事は泊めてた癖に」

「あれは泊めてたに入らん。気が付いたらいたんだよ、マジで俺なんかやらかしたかと心配になったんだぞ」

「よくわかんないけど、光も案外大変な目に遭ってるよねぇ」

「周子さんに頼みなさい。隣の部屋だから」

「オールすれば泊めたという概念にはならないじゃない?」

 

 

 屁理屈だけうまくなりやがって此畜生……元から上手かったわ。すげぇ口回るもんな。

 

 俺はアニメとかでよく見るやれやれ系主人公みたいに懐広く「はぁ……仕方ねえから泊めてやるか」なーんてことは言わねぇからな! ダメなもんはダメ! よそはよそ! うちはうち! DSは買いません!

 ライン大事、絶対大事。相手が相手だから本当に大事。エリア51よりも危険。絶対に捕られるし、取られたらレーザービーム飛んでくるからね。

 

 

「よっしゃー! 今日はオールだー! ゲーム遊びつくすぞー!」

「おー!」

「ナチュラルに缶開けるやん」

「楽しい夜になりそうね」

 

 

 明日学校なんだけどなー、普通に今日月曜日なんだよなー。まぁでも一日くらいオールしたって大丈夫か! なんとかなるやろ!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……んぁ」

 

 

 日の眩しさと心地よい温かさに襲われながら目が覚める。

 

 寝起きのモヤモヤ感のまま目を少しずつ開くと、上にはまだまだ見慣れない天井。

 変な体勢で寝落ちをしたせいか、バッキバキになった体を起こしてぐいーっと一伸び。目の前にある机の上には食べかけのお菓子やジュースの痕が散乱。そしてつけっぱなしのテレビのモニターには桃〇の画面。

 

 

「……なにこれ」

 

 

 更に右手を上げれば、何故かジョイコンがガッシリと握られてる。なんなんだ? 俺は夢の中でゲームでもしてたのか? いやこれ現実よな。

 意識がどんどんと鮮明になっていくにつれ、頭の中もすっきりしてくる。そんなわけで更に更に周りを見渡してみよう。

 

 

「……なんこれ」

「ぐへへ……その横スマは安直だぞぉ……」

「岡〇のスリーランだけで3本は空けられるね……」

 

 

 両隣りには未成年がいるのにビールの空き缶をそこらじゅうに撒き散らす野球バカと、まるで同学年とは思えない妖精ボディをした半ニート。そして、一部分だけ綺麗になったところに、ちょこんと置かれたメモ帳。

 

 

「……なんぞや」

 

『ぐっすり眠っているみたいだったからおこさないでおいたわよ。遅刻しないように気をつけてね♡』

 

「『かなで』……ってはぁあああああああああああっ!!!!!」

「うるさいなぁ……杏はまだ眠いんだよぉ……」

 

 

 ご丁寧にハートマークまで付けられた綺麗な字をした書き置きと、机の上に置かれた電子時計で状況を完全に把握する。もうおめめパッチリやわ。相変わらずもみやでってしか読めねぇよあの女!

 畜生、あのもみやで野郎なんで起こさなかったんだよ! 確実にこうなることわかっていやがったな!

 

 隣でモゾモゾと妖精(半ニート)がなにかほざいてるが、そんなことは知ったことではない。即行で風呂場に制服を持って向かい一瞬で着替える。

 朝飯とか食ってる時間もねぇ! そんなわけで鍵もかけずに自分の部屋から勢いよく飛び出す。

 

 

「いってきまあああああす!!!」

 

 

 どうせユッキは二日酔いで寝てるだろうし杏は酔ってなくても寝てるだろうし。あの二人がいる限り部屋は開けっぱでもいいだろう。寮だし窃盗なんて起きることはないしな。エロ本とかも隠してないしな。隠す勇気なんてさらさらないし、なんなら持ち込めなさそうだけど。

 

 そんなことより学校だ! 時間がやべえ! 今から走ればワンチャンくらい!

 廊下を全力疾走してると先の方に見慣れた超背の高いシルエットが見える。てかあれきらりだな。紛うことなききらりだな。

 

 

「あーっ! 光くんおっすおっすー☆」

「うっす! 杏は俺の部屋で寝てっから!」

「ありがとぉー☆」

 

 

 うむ、俺の予想通り杏を迎えに来てたんだな。多分きらりは優しいから酔いつぶれてるユッキさんのことも何とかしてくれるだろう。最悪ちひろさんも呼べばいいし。

 

 

 いやー、なんでこんなに忙しいんだろうなー! 今日月曜日、違う火曜日だったわ。

 なんでなんだろうなー! なーんでこんなことになっちまったんだろうなド畜生ォーッ!



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東大の研究によると5月の8割ぐらいは夏

 本日は快晴。5月も中旬に差し掛かり段々と気温も上がってきた。学年が上がって初めのひと月は慣れるために割と緩い授業が多いが、そこらへんが段々締まってくるのがこの時期だ。

 

 わかりやすいのが体育だろう。体育では学年上がってしばらくすると恒例の体力測定が待っている。

 項目はまさに様々。基本の50m走に始まり、室内で行う反復横跳びや握力、長座体前屈に腹筋に立ち幅跳び。外でやる種目としてソフトボール投げなどがある。

 と、言うことだが、ここまでの競技はすべて前座だ。マジでどうでもいい。きつくもなんともない。

 

 

「暑いわ。雨降ってた方が涼しくていいのに」

「泥ん中走る方が体力持ってかれるだろ。靴汚れるし」

「確かに」

 

 

 問題はみんな大嫌い。そうだ、持久走だ。

 男子は1500m、女子は1000mを走り、それを走り切るまでのタイムを測定するという、いわゆる長距離走に分類される競技だ。

 でも陸上部からしたら1500mは長距離でもなんでもないらしい。化け物かよあいつら。5000m走るとか人間の所業じゃない。

 

 学校によってはシャトルランになったり、シャトルランも持久走も両方やるとかいう鬼畜の所業みたいなもんを制定している学校もあるみたいだが、わが城聖高校では持久走のみの採用となっている。

 毎年春先のこの時期、体育で唯一進んでやりたくない競技と言っても過言ではないだろう。腹筋とかも普段あまり使わない筋肉を使うから、筋肉痛になりやすくてあんまり好きじゃないんだけどね。

 

 

「お前長袖って正気か?」

「寒くね?」

「全然。汗かくし、布面積広いってキショイ」

「それはお前が変態なだけだろ」

 

 

 変態ではねーよ。今西から見た俺ってどうなってんだ。俺は単に服を着るのがそんなに好きじゃないだけだよ。服を着るなら長袖でも半そででもどっちでも変わんないところはあるけど。

 

 うちの学校では、持久走は1時間で2つのクラスがやる決まりというか、そういう時間割になってるらしい。簡単に言ってしまえば、ある日の3時間目は1年の3組と2年の1組が同じグラウンドで走る、違う日は2年の4組と3年の3組が同じグラウンドで走るみたいなね。

 

 これ意味わからんよな。俺は別に持久走で死にかけたりはしないから良いけど、普段動かない人や体のでかいやつにとっては持久走ってマジで死刑宣告だからな。なんで他クラスのしかも違う学年に見られなきゃなんないのか。

 まぁ生徒が多いから仕方ないんだろうけど。体育館とかも半分にやって同じ時間で1つの体育館を2クラスが使うとか日常茶飯事だし。

 

 

「おい、光。あれ、後輩ちゃんじゃねぇか?」

「俺らから見たら全員後輩だろ……あぁ、加蓮だ」

 

 

 遠くからでもわかる。あの髪色マジで目立つな。あっちはまだ気が付いてなさそうだな。まぁ、こっちはもうかなり人が集まってるし見えないわな。気が付かなくてもいいけど。

 ……ん? 待てよ。ここに加蓮がいるってことは、あいつも今日持久走なのか。うわぁ、すげえ心配。あいつ体力無いからな。大丈夫かよ。

 

 

「お願いしまーす!」

「全員いるな。よし、始めるぞ。今日は前々から言ってたみたいに持久走だ。番号順で前半と後半に分けて走ってもらうから、どっちが先か後か代表者がじゃんけんで決めとけ。あと、運動部とかの速い奴は先走っとけ。巻けるからな、そこらへんは変えていいから。男子は外側7週半で1500、女子は内側のコートを基準に10周で1000だから。それから────」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「ヤバイ。マジで走りたくない」

「諦めろ。もうスタートだぞ」

 

 

 前半組が走り終え、現在大体授業が始まってから10分ほどだろうか。前半は運動部所属のゴリラどもが速攻で走り終えたおかげですぐに出番が回ってきた。流石に女性陣はそこまで速く走れないから10分くらい空いたけども。

 

 なんなんだあいつら。一番早い奴とか4分半切ってなかったか? もはや人間じゃないだろ。目の前で走ってたけど、とても1500m走るとは思えないペースで走ってたぞ。しかも走った後もケロっとしてるし。本当に同じ人間か?

 運動部本当にやばいな。遅くても5分半くらいだもんな。本当におかしい。

 普段から走り込みが地獄だとか野球部やサッカー部から散々聞かされてはいるが、ありゃマジだな。じゃなきゃあんな走れねーわ。何よりも運動部全員、走り終わった後にケロっとしてるのが異常性を感じさせる。怖いわ、もはや。

 

 

「どうする? 何分で行く?」

「6分」

「おけ、ついてこなかったら普通に置いてくからな」

「流石に大丈夫だわ……多分」

 

 

 本当にお前大丈夫か? そこまで運動苦手なイメージないんだけど。去年もなんだかんだ一緒に走れてただろ。普通にランニングする感覚なら俺らなら大丈夫だよ。

 一つ懸念点があるとすれば、気温が上がってきたことくらいだろうか。明らかに4時間目の始まりよりも暑い。めちゃくちゃ暑いというわけではないが、体力は持ってかれるだろうなぁ。

 

 

「準備いいか?」

「大丈夫っす」

「よし、そっちも大丈夫ですかね。じゃあ行くぞ、スタート」

 

 

 体育担当のちょっとコワモテな教師こと、大前田先生の手を叩く合図で軽く地面を蹴る。Pさんと合ってから並大抵のコワモテでは怖いと感じなくなったんだよな。ってか、6分ペースってどんなもんだっけな。

 

 腕を軽く脱力しながら胸の横あたりで前後させて、なるべく体力を消耗しないように走る。時々今西の体力がどんなもんかを口頭で確認しながら黙々と走っていく。

 

 後半組は運動が苦手な人が集まっていることもあり、俺達は先頭集団の1つ後ろの集団を半ばペースメーカーのような形にして少し距離を開けながらついていく。

 このグラウンドは一周200m。大体一周50秒切るくらいのペースで走れば6分ちょいで完走できる計算だ、多分。今計算したから実際はわからん。

 先頭集団は物凄い勢いで走ってるので、恐らく1年の運動部だろう。はっや。あんなんで1500m持つのかよ。

 

 

「4分51、52、53……」

 

「よし……ラス1な。俺、ペース上げるわ……!」

「了解、俺も行く」

 

 

 持久走って終盤に近付くとやけに活力が増すよな。最後の一周だけ爆速で終われるわ。全力疾走とまではいけないけど、明らかにギアを一つ上げられる。んで、大体後で後悔するんだよな。

 そういうわけで、ラスト一周の境目が見えてきたあたりで今西と一緒に一つペースを上げる。前の先頭集団にも同じような考えを持つ人がいたらしく、2人ほどが俺らと一緒に集団を抜けていった。

 

 ラストに入って最初のコーナーを曲がったところで、ふと内側のコートを走ってる女子たちが目に入る。

 女の子走りで大体の子がゆっくりと走る中、一人の様子がおかしい。頭だけではなく、体自体が左右にフラフラと揺れている。というか、あの状態を俺は何回か見たことある。

 

 

「わり、今西。俺ちょっと抜けるわ」

「え、お前まだ終わってないだろ!」

 

 

 外側のコートから一気にショートカットして、フラフラと揺れる女の子の元に一直線で走る。多分あれ、もう5秒くらいしか持たんだろ。間に合うかな。倒れて怪我でもされたら俺は困らんけど、多分本人が困る。

 

 

「……ぁ……ひかぅ……」

「……っはぁ、おっけ、救助。喋んなくていいから。あぁ、ごめんね一年の子。びっくりさせて……はぁ……この子限界だから運んでくるわ」

 

 

 予想通り。俺が真後ろに着いてから右に大きく傾いてそのまま地面に倒れ込みそうになったところを。ギリギリ左腕を掴んで倒れるのを阻止。一瞬腕が抜けないかどうか心配になった。そこまで脆くは無いけど。

 

 対象の女性は北条加蓮。足で踏ん張る力がわずかしか残っていないっぽく、外に逸れようにも外側は男子が走ってるので、誰もいないコートのど真ん中に肩を担いでいく。

 どれだけ丈夫になったって言っても、やっぱ持久走は厳しいわな。その日のコンディションもあるだろうし。

 

 

「意識あるか?」

「……うん、大丈夫」

「馬鹿言え。お前立てないだろ。抱っこしてくけど、文句言うなよ…………よっと」

 

 

 片膝を立てて、加蓮をそのまま俺の体を背もたれにするような形にして一旦安定させる。地面にそのまま寝かせるわけにはいかんしな。

 そんでもってそのまま背中から加蓮のわきの下あたりと膝裏に腕を通して、そのまま持ち上げる。こいつ本当にちゃんとご飯食べてるんだろうな。胸があるとおのずと体重も増えるはずなんだが、それにしては軽い。日陰のある校舎の玄関側の方に避難する。

 

 

「ちょっと松井! その子大丈夫!?」

「大丈夫だけど大丈夫じゃない。ぜぇ……先生、こいつこのまま保健室運んで行っていいですよね?」

「あぁ……大丈夫だ。ちょっと待ってろ、すぐに飯田先生にもついてもらえるようにする」

「わかりました」

 

 

 玄関側まで小走りして加蓮を運んでいくと、その様子を察してクラスメイトの山野と担当の体育教師が寄ってきてくれる。

 山野は普段あまり交流は無いが、俗にいう陽キャで一人でも行動できる系の女子高生って言う感じだ。内情は知らんが、俺の知る限り性格はとてもいい。まとも。

 

 

「俺だけだとあれだから山野もついて行ってくれるか? 女子がいた方が加蓮も安心だろ。女の子だしな」

「私は大丈夫……って言うか、松井って案外大胆というか、その子知り合い?」

「後輩だよ。昔からのな」

 

 

 中学でもなんか似たようなことがあった気がする。あんときはちょっと状況とかも違った気がするけど、急に目の前でフラッと行ったからびっくりしたわ。あんときは炎天下だったからなー。

 今日は熱中症になるには少し温度も低いけど、加蓮の場合は体力も低いし、単にバテたか若干の脱水みたいな感じだろう。多分、ポカリ飲ませてれば大丈夫だ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「んで、お前いつ走るんだ?」

「知らねーよ。出来るだけ早めにしてもらうわ」

 

 

 知らんかった。持久走を途中で抜け出したり、学校を休んで走れなかったりした場合は後日授業後に個別で走らされるということを。

 俺がそれを知らされたのは、ベッドに加蓮をinさせて保健室の先生に引き渡して、グラウンドに帰る途中の事だった。加蓮のクラスを担当する女性の体育担当の教師……確か飯田先生っていってた気がする。その人から聞かされた。

 

 

「知らんかった。マジで知らんかったわ。もっかい走らなあかんって」

「始める前に大前田先生言ってただろ」

「話聞いてなかった」

「お前が悪いじゃん」

 

 

 いやまぁ話を聞いてたとしても、あの場面俺は迷わず加蓮の方に走っただろうけどなぁ。あんな綺麗な肌や顔に傷なんてつけたくないし。

 それにしても、殆ど完走しかけてたからちゃーんと疲れたんだよな。

 

 

「あの……センパ……松井先輩いますか?」

「あーっ! 大丈夫だった!?」

「あっ、はい。ご心配をおかけしました」

「松井だよね。松井ーっ!」

「呼ばれんでも行くわい!」

 

 

 後ろから聞こえる山野のどでかい声のした方を振り向くと、そこには復活したであろう加蓮がなんか申し訳なさそうな表情をして来ていた。

 山野は元気というか、圧倒的に陽キャだからな。美嘉さんとはちょっと別ベクトルの陽キャ。圧倒的に良い奴。勢いが凄いけど。

 

 

「あ、えーっと、その、ありがとね」

「いいよ。でぇじょうぶだ」

「じゃ、私はお邪魔虫だからどっか行ってるね! じゃ!」

「……凄い元気だね」

「俺もあんまり関わりなかったんだけど、あんなキャラ濃いとは知らんかった」

 

 

 いや、いい奴なんだよ? いい奴なんだけどね? 普段から女子の割には声がでかくて男らしい一面があるなーとどうでもよく思ってたけど、ちゃんと関わるとちゃんとそうなんだな。ボーイッシュというか、男勝りだわ。

 加蓮も普段は凛と奈緒って言う元気度で言えば4くらいの面子と一緒だし、むしろ引っ張る側だからな。あんな暴走機関車とはわけが違う。俺、全然知らない人に散々な良いようだな。仲良くなれるかもしれん。

 

 

「体調はどうよ」

「うん、もう大丈夫。完全復活」

「ならばよし」

 

 

 ふんすという感じで力満点のポーズをしてるけど、腕が細いから全く説得力がない。それはともかくとして、もう大丈夫ではあるんだろう。じゃなきゃここにいないだろうしね。

 

 

「去年大丈夫だったから、今年も大丈夫だと思ったんだけどなー」

「去年は知らんけど、今年は凛と一緒じゃないからな」

「それはあるかも」

 

 

 凛と加蓮は中学三年間全くクラスが一緒だったので、中学の時の体力測定の持久走では、基本的に凛がつきっきりで横に引っ付いていたらしい。

 多分、本気を出せば普通に好成績を出せると思うけど、凛はそこに執着はないだろうしな。なんなら、凛と加蓮の最初の接点もそこらしいし。

 

 

「……あのさ、迷惑かけてごめんね。もっかい走らなきゃいけないんだよね。アタシさ、もう大丈夫だと思ったんだけどさ……その……わっ! ちょっ、髪崩れるってっ」

「ばーか。気にすんなって、俺はどんだけでも走れるから。お前が大丈夫ならそれでいいよ」

 

 

 少しずつうつむいて良く頭を両手でわしわしとぐっしゃぐしゃにしてやる。そんな細かいこと気にしやがって。命を取られるわけでもあるまいし。

 凛も奈緒も同じ立場だったら同じことをするだろうし、同じことを言うんだろうなってふと思ったよ。似た者同士ってやつだな。何より友達だし。

 

 

「さぁ、行った行った。凛にも顔出してやれよ? 多分心配してるから」

「……うん! ありがと!」

 

 

 やっぱ可愛い女の子には笑顔が一番だよ。笑顔は最高のアクセサリーってな。これどこで聞いた名言だったっけ。

 

 という感じで、滅茶苦茶格好つけたまでは良かったものの、後日僕はしっかりと1500m走らされ、クラスメイトからは後輩の可愛い女の子をお姫様抱っこした奴という称号を与えられた。

 おかしい。俺がやったことは間違ってないはずなのに、なぜこうなるのだ。



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黒いヤツの対処は男に任せればいいと思うな

 やはりちゃんとアンプを通したベースとは良いものだ。イヤホン越しに聞こえるベース音も普通に好きだが、やっぱり指で引いてる金属の擦れるような音に合わせてなる重低音が俺の心の臓をわし掴みにして離さない。

 

 ベースって地味なのに何が良いんですかってたまーに聞いてくるド畜生がいるんだけど、俺はこう答えるね。

 重低音ってなんかシブくね? とさ。実際はシブいんじゃなくて低いんだけどさ。

 

 ベースの良い所ってバンドの縁の下の力持ちというか、ギターやドラムほどは目立たないけど、いないと絶対に物足りないって言う、その存在の大きさにあると思うんですよ。ベースの音が分からないって人も一回ベースを抜いた音源聞いてみればわかるから! あれ、なんかこの曲軽くね? ってなるから! そういう意味でもベースってやっぱりいいんですよ。

 でも正直ギターの方がモテるし派手だしかっこいいしそっちの方が絶対に良いよね。俺だってあんな風に女性にキャーっ! とか言われてみてぇよ。黄色い歓声を俺も浴びてm

 

 

 ダンダンダンダンダンダンダンッッッ!!!!!!

 

 

「ギャアーッ!!!」

「うぉあああああ!!!???」

「ひ、光クン! 早く! 早く出るにゃーっ!」

 

 

 いや違う違う違う! 俺が聞きたかったのはこんな力任せに連打されるノック音でもないし、誰かもわからねえ女の叫び声じゃねえ!

 って言うかドア越しからでもうるせえ! 近所迷惑ヤバイ! 部屋内の音漏れはしないだろうけど、ドアの外からの騒音は普通にシンプルに騒音なんよ。

 

 うわぁ、シンプルに出たくない。ドア越しにいる人物に大体の目安はつくんだけど、それでも出たくない。だって怖いんだもん。

 普通に今夜だもん。時計を見て見ろよ、ちゃんと午後7時だよ。言い換えるんだったら19時だよ。

 なんでこんな時間にこんな恐怖体験しなきゃいけねぇんだ。もう夜寝れないしトイレにも行けねーよ。助けて誰か。

 

 そんな泣き言を言ってもどうしようもなく。呼ばれてしまったからには仕方がないし、未だに外でギャーギャ―騒いでいるであろう猫野郎を鎮めない事には色々と不味い気がするのでとりあえず出よう。出るだけ出て速攻で追い返そう。

 

 

「うるっせえええええ!!! なんなんだ一体! びっくりしすぎて死ぬかと思ったわ!」

「でっでた! アレが出たにゃ!!!」

「前川ァ! やっぱりお前じゃねぇか!」

「っていうかなんでズボン履いてないのにゃ! 履いて! 変態履いて!!!」

 

 

 急にお前が来るから仕方ないじゃねえか。上だけ着ていただけちゃんと褒めてほしい。脱いでいる日があってもおかしくないからな。

 

 やっぱり前川だった。大体声の感じで前川っぽいとは思っていたし、何なら語尾で丸わかりだった。ちゃんとキャラを崩さなくて偉いぞ前川。それ以外は最低だけど。

 マジで怖かったんだぞ、どうしてくれるんだお前、俺がチビったら。高校生にもなって漏らしたくねぇよ。さっきトイレに行っておいてよかった。

 

 

「今はそんなことどうでもいいの! お願いだから早く食堂に来て!!!」

「嫌だわ! 今の時間帯って一番人がいるじゃねぇか!」

「そんな我儘言われても困るのーっ!」

「そりゃこっちのセリフなんじゃ!」

 

 

 なしてこんな一番人がいる時間に食堂に行かないかんねん。俺はいっつも大体20時過ぎとか人が減ったころを見計らっていくようにしてんの! 響子ちゃんにも協力してもらってんの!

 嫌だよアイドルに会いたくない! 迷惑かけたくない!!!

 

 

「光クンの事なら大丈夫だから! なんやったらこれを機会にみんなもっとだいじょうぶになるから!」

「何を根拠に言ってんだおめぇ!」

「それだけの緊急事態なのーっ!」

「良いから要件を言え要件を!」

「アレが出た」

 

 

 急にスンってなるなよびっくりしたな。高低差激しすぎてメテオ決められたみたいな衝撃走ったわ。本棚の角に足の小指ぶつけたよりも衝撃あったわ。

 マジでホラー映画だと思っちゃうからやめな? しまいには泣くぞ。

 

 

「アレって何よ」

「……G」

「あー、ゴキブリ?」

「なんで名前出すの!」

 

 

 嫌なんで逆に名前を隠すんだよ。名前に出したらいけない扱いなのか? ヴォル〇モートなのか? 加藤〇一なのか?

 別にゴキブリなんて名前を出したところで実害がある訳でもないだろ。名前を出した瞬間出没するわけでもあるまいし。配信のコメント欄が加藤〇一最強で全部埋まる訳でもあるまいし。

 

 

「食堂だもんなー。そらいくら清潔にしていても出るもんは出るか」

「良いから来て! もうみく達みんなあいつのせいで食堂に入れないの!」

「なんで俺なんだよー」

 

 

 もう俺本人からの了承とかどこへやら。ズボンを致し方がなく履いたと思ったら、今度は靴を流れで履かされ、そのまま戸締りもなく腕をがっちり掴まれてズルズルと食堂方向に引っ張られていく。

 前川って意外と力あるんだな。普段からちゃんとレッスンしてるもんな。線は細いから舐めてたけどすげーな。この調子でムッキムキになろうぜ。面白いから。

 

 

「って言うか、俺が来る前までゴキブリが出てたらどうしてたんだよ」

「茜チャンとか響子チャンとか夏樹チャンが退治してくれてたにゃ」

「そういや響子ちゃんは今日いないとか言ってたな」

 

 

 だから今日は適当に3日前くらいに作った筑前煮とセブンで買ってきた総菜とご飯レンチンして済ませるつもりだったんよな。

 響子ちゃんって料理も出来て家事も出来てゴキブリ退治も出来るのか。マジで何でもできるのな。何でもできるというよりも、主婦として必要なスキルが余りにも揃いすぎている。

 強すぎんか? 響子ちゃんの豆知識とかで上手い事退治してそう(妄想)

 

 

「茜チャンも今日はお仕事らしいし、夏樹チャンは遅くまで帰ってこないらしいにゃ! つまり今のみく達じゃ何もできないのにゃ!」

「お前がやればいいじゃん」

「無茶言わないで! 虫ですら得意じゃないのに、アイツが相手とかどう考えても無理に決まってるにゃ!」

「ほっときゃいいじゃん。どっか行くだろ」

「それだけはぜーったいにありえん!!!」

 

 

 何なんだよぉ、面倒くさいな。俺かてそんなに虫は得意じゃないんだよ。

 超絶苦手というわけでもないが、実家でゴキブリが出た時はうちの母親が目ん玉光らせて嬉々として新聞で叩き潰してたからな。俺の出番とかなかったんだよ。

 

 なんなら普通にゴキブリは嫌いだしな。あんなもん得意なやつはどっかの鬼くらいだろ。生物観察の鬼。素手でスズメバチつんつんするとか考えらんねぇ。絶対危ないって思ってないだろあれ。

 

 そんなことをぶつぶつと考えていたら、もう食堂についていた。

 食堂前にはなんかすごい数の女の子たちが入り口横から覗き込むように食堂内の様子を警戒している。なんか中にテロリストがいるみてぇだな。実質テロリストみたいなもんだけど。

 

 

「Это было реально! アーニャ、初めて見ました! 黒くて、速くて、凄いです!」

「そ、そっか……アーニャちゃん、北海道出身だもんね……」

「ゆいも虫は流石に無理~!」

「うちも流石にアレはなぁ」

「うぅむ……漆黒の悪魔の手先……」

「どうしたものか。今日は響子もいないからな……」

「ウチも流石にアレは……誰か無理なのか?」

 

 

 うおぉ……見事にあんまり見たことや話したことない人達ばかりである。飛鳥とか紗枝ちゃんとかCpメンバーとか知ってる人もいるけど。だとしても本当にあそこに行きたくない。

 何なら今すぐ全力でUターンして逃げたいが、ここで逃げたら確実にバレてなんかアレなので正直ここまで連れてこられた時点で負け確ではある。

 

 って言うかあの金髪の人って大槻唯さんだよな? 大分前に凛と見たテレビで美嘉さんと一緒に出ていた気がする。

 なんか知っている人がいると感覚狂うというか、余計に接触したくないというかなんというか。

 

 

「みんな待たせたにゃ! ヤツを倒せる人を専門業者を呼んできたにゃ!」

「お前なんて名目で呼んでやがるんだ」

 

 

 誰が専門業者だ。そんなに得意じゃねえって言ってんだろ。特別苦手というほどでもないけど。

 

 うわー、すっげぇ見られてる。本当に見られてる。よくわからんけど、多分なんだあいつって感じの視線だこれは。嫌なんだけど、本当に嫌なんですけど。いや、申し訳なさすぎるんですけど。

 

 

「さぁ松井光! にっくき敵のアイツを討ち取って来るにゃ!」

「ごめんなさい。誰かゴキ〇ェットか新聞紙持ってないですか? あと、あれば洗剤」

「洗剤なら、多分キッチンの方に……」

「おぉ、サンキュー智絵理ちゃん」

「い、一応新聞紙とかはここにあるぞ。後、お椀も」

「なんで???」

 

 

 そう言ってすでに丸められた新聞紙とゴキ〇ェットを渡してきた女の子は、中々個性的な子だった。

 中々ファンキーな赤のメッシュにストリート系のおしゃれな部屋着に少し前に流行った耳がピコピコする兎の被り物のようなもののピンク猫版を被った女の子。

 ちっこい。こんな小さい子も寮住まいしてんのか。偉いなー、この年齢で親元を離れるって勇気居るだろうに。

 

 

「凄いね。尊敬するわ」

「……今、ウチの事子ども扱いしなかったか?」

 

 

 じとーっと疑いの目を向けられてるけど大丈夫大丈夫。そういう変な意味じゃないから。

 子ども扱いはまぁしたっちゃあしたけどそういう意味じゃないからね。大丈夫大丈夫。

 

 

「んで、紗枝ちゃん。ゴッキどこにいるかわかります?」

「それが、うち見失ってもうて……」

「飛鳥は?」

「なるべく目に入れたくない」

「全然だめじゃねえか」

 

 

 飛鳥お前そんなに虫に弱いのかよ。普段かっこつけてるのに全然なんかい。

 智絵理ちゃんもまず苦手だろうし、なんかよくわからんけど飛鳥のこのビビりようを見てると多分蘭子ちゃんも多分ダメだろう。なんかよくわからんけどね。

 

 それにしても、ゴッキがどこにいるかわからんとどうしようもない。食堂もクッソ広いし、ここら辺を探し回ってるうちに逃げられたら一番最悪だ。というか、ここまで来てしまった以上、仕留めないと多分俺は死ぬ。辱めで死ぬ。

 

 

「Я там! 光、あそこです!」

「おぉ、でかしたアーニャ!」

 

 

 なんでかわからんけど目をキラキラさせたアーニャが指さした先には、壁にぴったりと張り付いているゴキブリ。そこそこ大きい人差し指の三分の二くらいはありそう。

 ゴッキもそうだけど、虫が急にピタッと止まって動かなくなるのって何なんだろうな。思考停止してんのかな。

 

 

「ちょっとグロいからアーニャは見ちゃダメだで」

「わかりました! 凄く、期待してます!」

 

 

 うん、見る気満々だね。あんまり見せたくないんだけどね、叩き潰す気満々だから。

 

 それはともかく壁にピタッと止まってんのなら話は早い。松井家のゴキブリ退治は作法が決まっている。

 一ノ型、新聞紙でダイレクトアタック。しっかり狙ってフルスイングすべし、情けは無用。

 逃げられたら二ノ型、ゴキジェット。逃げたあいつに向かってゴキジェット砲。適当に撃てば当たってそのうち効く。

 そして動きが鈍くなったら三ノ型、新聞紙でダイレクトアタック。トドメはしっかり刺せ。情けなどかけるな、死にかけだろうがしっかりフルスイングだ。

 

 奴の存在を許すな。叩き潰せ。抹殺せよ。

 それが松井家の家訓だ。なんつー教えしてんだあのババア。

 

 

「っしゃオrrァァッ!」

 

 

 呑気に止まっているターゲットに向かって速足で駆けより、射程圏内に入った途端に一気に右足で踏み込み間合いを詰める。

 奴の進行方向やや上側に焦点を当て、左手に握った新聞紙ブレードで一気に薙ぎ払う。

 

 だが、それを見越した奴の行動は、進行方向を変えることに合った。真上ではなく、真横に。

 とは言えそんなことはこちらも予測済み。即座に薙ぎ払った腕を真下に向けて振り下ろすことで、逃げた標的を地面に叩きつける。

 

 

「そこ!」

 

 

 そして、文字通り殺虫剤。必殺のゴキ〇ェット。そして、その上からキュ〇ュット泡スプレー! 本当は洗剤なら何でもいいらしいんだけどね。

 流石に二重の殺意には耐え切れなかったらしく、標的はピクピクと数秒最後の抵抗を見せようとしたが、あっけなく命を落とした。命とはそういう物さ。

 

 

「やりました」

「「「「「おぉーっ!」」」」」

「さっすがみくの連れてきた傭兵にゃ! これからもよろしく! 松井光軍曹!」

「何勝手に称号付けとんねん。そんなにゴキは得意じゃないって言っておろうが」

 

 

 あとは三重くらい巻いたトイレットペーパーでつかんで、ぶっ叩くのに使った新聞紙にしっかりと包んでポイ。これにて仕事は終了。本当に飛んだ迷惑だ。迷惑というか、本当に大変だった単純に。疲弊困憊よ。

 

 

「じゃ、これからも第四の戦士として、光クンは寮の四天王になってもらうにゃ!」

「さんせー! あいつを倒せる戦力は貴重だし!」

「光、凄かったです!」

 

 

 なんか大槻唯にも太鼓判推されてる。寮にいる人たちとの距離がちょっと縮まる要因がゴキブリってなんか嫌だな。凄い黒そうだし、菌を持ってそう(偏見)

 

 

 それから俺は度々黒いヤツやらクモや、家に出るそれといった虫たちが出没するたびに呼ばれるようになっていった。これを機に寮にも少しずつなじめて言ってる気がするけど、これで本当に良かったのだろうか。

 人生でゴキブリに感謝の意が一瞬でも芽生えそうになるなんて思わなんだ。



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キャラは天然か作り物の二択だが割と天然が多い

 今日の俺は気分がいい。休日にもかかわらず、心地よい朝日に包まれてすっきりきっぱり朝8時に目が覚めた。

 

 そうだ、今日は優雅にカフェでモーニングを楽しもう。暖かいコーヒーとサンドイッチで、最高の一日をスタートさせよう。

 ロッカーからパーカーとズボンを取り出しささっと着替える。顔を洗って、鏡で寝癖だけ軽く整えれば準備はOKだ。

 ポケットに財布とスマートフォン、それから無線のイヤホンを耳につけて、部屋のドアを開ける。

 

 

「ふぁあ~……あら、おはよ」

「おはよっす」

 

 

 眠そうな顔をして食堂側から歩いてきたのは、ハチャメチャに眠そうな顔をしている周子さん。そんなに眠そうなのに着替える気力はあったのね。めっちゃ欠伸してるけど。

 

 

「朝っぱらからどこ行くんよ」

「優雅にカフェでモーニングでも」

「さては給料が入ったな?」

「いや~」

 

 

 ご名答。つい先日、初めてではないが人生二度目のお給料が手元に入ってきていたのだ。

 

 俺が346プロに厄介になる前にスーパーブラックなスーパー(激ウマギャグ)でアルバイトをしていたというのは、勿論皆様周知の事実であろう。

 ここの給料が高いのか、それともあそこがガチのブラックすぎて最低賃金ギリギリなのかはわからないが、俺の手元にはアルバイトの時に比べて倍近い給料が入ってきていた。あのバイト先マジでいつか痛い目見せてやるからなクソ店長……

 先月のお給料の時点でかなり多くはあったんだが、何故か今月は先月に比べて更に金額が増えていた。なんか俺したっけか。

 

 

「じゃ、あたしも行くか~」

「え」

「シューコちゃんお腹すいたーん」

「さっき朝飯食ってきたんじゃないすか?」

「食べてへんよ。ちょっと忘れ物取りに行ってただけ」

 

 

 いや、まぁ良いんですけどね? 給料日直後だし、男としての懐の広さ見せてやろうじゃありませんか。

 よくわからんけど絶対に周子さんの方が貰ってる給料多いと思うんだよな。この人、もはや近所の狐のお姉さんみたいなイメージしかないけど、ちゃんと凄い人だもんな。

 

 

「さぁさぁ! そうと決まったらレッツゴー!」

「おー!」

 

 

 なんかでもウッキウキな周子さんの後姿を見ていると、なんか全部許せそうな気がする。この人末っ子なのかな。人の甘い所に突っ込む力が物凄く高そう。

 それでも美女と二人で優雅にモーニングとかどう考えてもご褒美だよな。やっぱり今日は最高の一日なのかもしれない。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 朝の346プロカフェは、多くもなく少なくもなく、店内の席は大体3~4割くらい埋まっている俺的には非常にリラックスしやすいくらいのお客さんがいた。

 俺以外にも、恐らく346プロの職員の人と思われる男性の方もいるって言うのも凄くありがたい。寮から出るだけで男の人がいるって良いな。なんか安心するわ。俺が異端児じゃないんだなって安心感に包まれる。

 

 

「じゃあ、あたしはモーニングのAで! あとサンドイッチも!ドリンクはカフェオレにしよっかな」

「私もAセットの紅茶で。光くんは?」

「あっ、俺はBセットのブラックで」

「流石周子ちゃん。よく食べるわね~」

「今日は彼の奢りですからね~」

 

 

 うん。本当に光景は安心する。目の前の景色は全く安心しない。

 いったいどういうことなんだってばよ。俺様、未だに理解が全く追いついてないってばよ。もはや語尾と一人称までぐっちゃぐちゃだわさ。

 

 

「何ぽけーっとしてんのさ。眠いの?」

「朝には光君も好きなコーヒーを飲めば目覚めもすっきり、ですよ」

「カフェイン入ってますからね……」

「それにしても楓さん。今日はお酒飲まないんですねー」

「ここはカフェですから。それに、Pさんにも止められていますし……」

「流石に朝っぱらから酒はヤバイですよ……」

 

 

 うん、うん。この突拍子もないダジャレ。噂に違わぬお酒好き。そして、どう考えてもアイドルなのかモデルなのか区別がつかないほどの超絶整った顔。というかオーラ。

 

 完全に高垣楓だ。346プロを代表するアイドルでも過言ではない、あの高垣楓だ。普段テレビを見ない俺でも知ってる、あの高垣楓だ。俺の目が腐ってなければモノホンだ。

 ダジャレとか酒飲みのキャラって、マジでこれ素だったのか。粗〇が借金まみれだったのと同じくらいビビっている。今、目の前の存在にビビってる。

 

 

「……周子さん、高垣楓さんと面識あったんすね」

「同じ事務所やし、一緒に仕事したこともあるからね」

「あの時のロケ、楽しかったわね~。奏ちゃんや美優さんと一緒に食べ歩き」

「またグルメ系のロケ、一緒に行きたいですね~」

 

 

 周子さん、あんたマジで凄い人だったんだな。今まさに実感したわ。高垣楓というテレビの画面の向こう側にいる存在を目の前にしたことで初めて実感したわ。

 

 寮からカフェに訪れて一番最初に俺の目に飛び込んだのは、まさに菜々さんに何かを注文をしようとしている高垣楓の姿だった。

 346プロに入ってから、何度か遠くから見かけることや目に入る機会はあったが、ここまで近くにいるのは初めてだ。そういうこともあって謎に緊張していた。ただ同じ場所で朝飯を食うだけなのに。

 

 そう、そのはずだったんが、何故だか一緒に居た周子さんがさも当たり前のように高垣楓の元に向かって話しかけに行き、なんかよくわからないまま、相席で今一緒に居る。本当に意味が分からない。何がどうなったんだ。

 

 

「そういえば、光くんとはまだ自己紹介もしてなかったわね。私、高垣楓って言います。これからよろしくね?」

「あっ、自分、松井光って言います。一応、スタジオミュージシャンやってます。よろしくお願いします」

 

 

 勿論存じております。ファンとまでは行かないけど、存在は前々から知っていたから。

 なんと言うか、本当にここって夢のある職場なんだな。今、俺初めて実感したかもしれん。もう少しテレビとか見た方が良い気がしてきた。

 

 

「光くんってちゃんと敬語使えるんやね」

「周子さんにもちゃんと敬語じゃないすか」

「年近いんやから敬語や無くてもええのに」

 

 

 なんか俺より年上の人、みーんな揃って同じようなこと言うけど、それヤバいからね? 普通、ありえんからね?

 野球部だったらもうぶん殴られるから。同じ高校の大先輩のOBにタメ口聞いても許されるのなんて、この世の中で森〇哉くらいなんだから。あの人本当に凄いんだから。同期入団とは言え大卒の先輩の事をデブ呼ばわりして運転手にさせてるんだから。

 

 

「光くんは、どうしてここに?」

「えっ。どうして、ですか」

「ふふっ。そんなに細かい意味はないの。ただ、ちょっと気になったから」

「それ、あたしも気になるわ。聞いたことなかったし!」

「なんで、ですか……」

 

 

 なんでって言われてもなぁ。そんな盛大な目標や理由もあったわけではないし。

 そもそも俺がここに来たのはあの今西の野郎の差し金だ。あの346プロがスタジオミュージシャンを募集してるから、そのオーディションに出てみないかと。

 実際の所、オーディションには参加すらしないでベヨネッタみたいな偉い常務の人との面談を終えて速攻入社。

 そっから知らん間にここに来てた。

 

 

「難しいですね、俺はスカウトされたわけではないんで」

「光くんってスカウトじゃないん?」

「俺は一応形上はオーディション受けたんですよ。ただ流れで今ここにいるみたいなもんなんで、明確な理由を聞かれると……うーん」

 

 

 あれは多分オーディションとは言わないだろうし、実情はほぼスカウトみたいなもんだとは思うんだけどね。

 

 ただ、そうだなぁ。強いて言うなら、今から後付けでもいい理由を付けるとするなら。

 

 

「……心配な奴がいたから、ですかね。ここなら、近くで見守れますから」

 

 

 多分、俺は凛が346プロに入社していなければ、今西から聞いた話は断っていただろう。特別、凛の事が心配って訳ではなかったと思うんだけど、なんでだろうな。

 

 

「ちょっとした知り合いがいるんですよ。特別どうって訳じゃないですけど、もしかしたらそういう縁があったかも知れねーな……って、今思い返すと感じるかもですね」

 

 

 あの時はお金に特別執着もなかったし、確かに音楽は大好きだけど、プロのミュージシャンという称号に惹かれるものはなかった。

 ただ単に、昔馴染みの奴がアイドルとして入社した会社。すっげーでかい会社。ただそれだけの印象。だったんだけど、一体なんで俺はここにいるんだろうな。

 

 

「素敵な理由。きっとその人も嬉しいんじゃないかしら」

「いやー、あいつは多分キモがりますよ」

「じゃあ光くんは凛ちゃんのストーカーと」

「違うわ」

 

 

 頼むからこれ以上俺に不名誉な称号を付けないでくれ。ただでさえほぼ女子寮住まいでどう考えてもクソ野郎って印象を持たれても何も文句は言えないって言うのに。

 高垣さんもすげえ優しいこと言ってくれてるけど、多分凛はあれだよ。そういうのやめな? って諭してくるタイプだよ。一番傷つく奴だよ。

 

 

「凛ちゃんって確か……」

「渋谷凛。最近入社した新人です。まぁ、この間デビューが決まったばっかのド新人ですよ」

「Pさんが担当しているって言うCPの子よね? あの子と知り合いなの?」

「知り合いというか……まぁ昔からの知り合いです」

「凛ちゃんと光くんは幼馴染なんですよ。すっごい仲の良い、ね?」

 

 

 周子さんあれだな。俺が寮に来たばっかりの時に、寝てる凛をおぶってPさんの所に運んでるところをガッツリ遭遇したんだよな。あれを見てるからこんなにニヤニヤしてるんか。

 俺だって凛の事は周りに触れ回ってないもんな。言っても飛鳥にだけだろうし、触れ回ってる代表格の本田と周子さんって接点ないはずだし。

 

 

「あら幼馴染! それって、小学生からの?」

「えーっと、家が隣なんですよ。だから生まれた時からずっとって感じで」

「へー、それ初めて聞いたわ。なんで言ってくれんかったん?」

「わざわざ言うことでもないでしょうに」

「なんかええやん! 生まれてからずっと一緒に居る幼馴染って。あたしもそういうの欲しかったわぁ」

 

 

 別にいたところで何か変わるわけではないですけどね。実質兄弟みたいな感じだし、それ以上でもそれ以下でもない、友達以上家族未満という感じ。

 家族ほど近くは無いけど、友達や親友といった関係でもない。こうやって思うと、俺と凛って中々言語化するのが難しい関係だ。

 

 

「渋谷凛ちゃんと松井光くん、ね。ふふっ、覚えておくわ」

「忘れてください。そんな大層なもんじゃないですよ。あいつはでっかくなるかもですけどね」

「彼女には甘いねぇ」

「言っておきますけど、あいつはやりますよ? アイドルという分野ではわかんないけど、何かしらでは名を残す奴になると俺は勝手に期待してるんで」

 

 

 あいつ、顔は良いわスタイルは良いわ、とっつきにくいだけで最近はコミュ力に問題があるって訳でもないし、基本的になんにしてもセンスは良いから絶対にどこかで輝ける逸材になると思うんだ。

 アイドルの原石って言う意味ではこれ以上の素材はいないのかもな。そういう意味でもCPや346プロにとって渋谷凛は大きい存在になる……って俺は思ってる。絶対に親バカだわこれ。

 

 

「随分と入れ込んでるのね」

「……まぁ、あいつがどういう人間なのは割かし近くで見てきたので」

「自信満々だねぇ」

「大切なのね。彼女の事」

「仲が悪いって訳でもないですから……」

 

 

 なんで二人ともそんなに嬉しそうにこっちの事を見つめてくるんだ。そんなに変な話でもないだろうに。

 ただ単に自分が知ってるやつが変な目にあってほしくないって言うのは当然の考えじゃないか。

 

 

「私で良ければ、いつでも相談に乗るわ。大切な彼女ですもんね」

「シューコちゃんも。こう見えても、一応経験豊富なアイドルなんやから頼ってくれてええのに」

「二人とも多忙じゃないですか……」

「飛鳥ちゃんも人気あって多忙なんやから。相談できる相手は多い方がええやろ?」

 

 

 ニターっと先ほどよりも若干含みのある笑い。俺が凛の事を飛鳥に相談してたっていったいどこのルートで仕入れたんだこの人は。

 

 そりゃあ、相談相手は多いに越したことはないだろうし、相手が塩見周子と高垣楓ともなれば百人力どころの騒ぎではない。

 とはいえ、塩見周子に相談はともかくとして、高垣楓に相談ってハードルが高すぎるよな。

 

 

「ほらほら。楓さんのLI〇E送っといたで、ここでさっさと承認しとき」

「……なんかこう言うのを見ると、詐欺メールとか思い出しますね」

「目の前に本人がいるのに何を疑ってんのよ」

「ふふっ、こう見えても私、本物の高垣楓なんですよ? 変えのきかない楓さんですから」

「あぁ、本物だ」

「お待たせしましたー! モーニングAセットお二つに単品のサンドイッチ、それからBセットと……」

 

 

 本物の高垣楓のLI〇Eを手に入れてしまった。信じられん。なんていうことだ。

 うん、アイコンがお酒だ。ガッツリと日本酒だ。なんだったら、プロフィールに『肝臓のためにも、お酒の飲み過ぎはあかんぞう』ってある。

 

 こりゃあ、まごうことなき本物だ。本物すぎて偽物みてえだ。信じらんねぇ。

 なんか俺のLI〇E、段々と乗っ取りに会った時の被害が尋常じゃなくなるような代物になってきた気がする。なんか怖いからパスワード変えておこうかな、これ。



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追われるものは大体色んな意味でとっても強い

 世界がオレンジ色に染まる頃、昼間のポカポカ陽気が少しずつ息を潜め、少しずつひんやりとした空気に変わり始める。そんな夕暮れ時の広場。

 

 綺麗な木目のボディが夕暮れの日差しを綺麗に反射していて、やけに綺麗だ。夜の照明を反射するエモさが最強だと思っていたけど、これは新しい発見かもしれないなぁ。

 

 

『高森藍子の、ゆるふわタイム。今日のお相手は、CDデビュー間近、ニュージェネレーションズのみなさんでーす』

『こんにちは! ニュージェネレーションズです!』

『今度、デビュー曲の発売イベントでミニライブがあるとのことですが……』

 

 

 イヤホンから流れる音声は、普段は一ミリたりとも聞かない、アイドルがMCを務めるラジオ番組。

 そこから流れる知らない声色と知っている声色に、少しだけ胸がキュッとなる。

 

 

『くだらないことで笑って 何気ない会話で泣いて』

『ひとつひとつの出来事に 栞を挟んで』

 

 

 本田をリーダーに据えて、そこに卯月、凛が加わった三人構成のユニット。その名も、ニュージェネレーションズ。直訳すると、新世代。

 複数形だから、新世代達みたいな感じになるのかな。英語とかよくわかんねーや。

 

 

『忘れないように なくさないように』

 

 

 アイドルの卵であるCPの記念すべき本格アイドルデビュー第一号。そのユニットの名前として、これ以上適切な名前はないだろう。

 誰が考えたのか知らんけど、ハチャメチャにセンスいいわ。俺だったらそもそも英語分からんし。普通にGoo〇le翻訳かけたわ。

 

 

『お客さんみんなに元気パワーを、ズドドドーって! 届けたいですっ!』

 

 

 イヤホンから漏れる本田達の声は、階段を何段も飛ばしてドンドンと先に駆けあがっていくようだ。

 元から眩しい奴だとは思っていたけど、最近はLEDにでも変わったのかというくらい光り方が尋常じゃない。俺には、眩しすぎて見えない。

 

 

『では、凛ちゃんは?』

『あっ、はいっ……楽しみに、してます』

『もー、しぶりん! もっとテンション上げて行こうよ! 頑張るぞーっ、おー! みたいなっ!』

『えぇっ、じゃあ……がんばるぞー、おー……?』

 

「……ッ、くくっ」

 

 

 完全に本田のペースに振り回され、音声越しにもわかる凛の困った表情と対応に、思わず軽く吹き出してしまう。

 変わったのか、変わってないのか。こんな凛を見るのは、初めてかもな。いままでは周りに本田みたいなやつもいなかったし。そういう奴と仲良くなるようなこともなかっただろうしな。学年が違うから俺が知らないだけかもしれないけど。

 

 

『アラジンのように 魔法の絨毯に乗って』

『迎えにゆくよ 魔法は使えないけど』

 

 

 一つの音も漏らさないように、丁寧に、一言ずつ語り上げる。ゆっくりと、ゆっくりと。ギターの音一つも零さないように。

 オレンジに染まった空に吸い込まれていく音色は、どこから力不足で届かせたい所にまで届いていない気もする。

 

 

『お金もないし 力もないし 地位も名誉も無いけど』

『君のこと 離したくないんだ』

 

 

 目を瞑り、何一つも取りこぼさないように、耳に残すように集中してしまう。少しでも油断すれば、止まってしまうくらい。ゆっくりと、一つ一つを踏みしめる。一歩ずつ。

 

 

「それ、誰かへのラブソング?」

 

 

 意識外から、予期せぬ音が被せられる。

 驚いて目を開けると、目の前にはピンク髪のバチボコ綺麗なギャルが、ニターっと口角をあげてこちらをのぞき込んでいた。

 

 

「死にます」

「ダーメ★」

 

 

 なんでいるんですか本当に死にます、いや止めないでェ! 夜の公園は大体高確率で飛鳥かアーニャに出会うから今日は一人で歌いたい気分だなーって逆に時間を早めたのに! いや、ラジオの時間には偶々被っただけだから。そう、たまたま、うん。運だから。

 

 

「こんな時間にこんな場所で弾き語りしてるのなんて夏樹くらいだと思ってたけど、歌声が男の人の声だな~なんて思ってたらね★」

「なんでこんな時間に」

「たまたまお仕事がついさっき終わって、たまたま広場沿い通っただけだよ★」

 

 

 あぁ、だから制服なんですか。美嘉さんの制服姿初めて見たけど、なんというか物凄くイメージ通りの着こなししてるなぁ。首元ぱっかーんの上着腰に巻いてスカートの丈をクッソ上げてる。

 多分見えても大丈夫なようにはしているんだろうけど、俺は座ってて美嘉さんが立ってるこの高低差だと、少しだけ目のやりどころに困る。

 

 

「君、本当にアイドル部門じゃないの?」

「スタジオミュージシャン見習いっすよ」

「それにしては歌が上手かったけどね」

「素人ですシロート」

 

 

 そんでナチュラルに隣に座るんですね。本田もそうだったけどさ、そういうパーソナルスペースの近さがね、世の中の男性たちの心をボコボコにしているわけですよ、えぇ。反省しないで止めないで欲しい多分。

 

 

「悩んでるんでしょ。凛ちゃんのこと」

「黙秘権を行使します」

「奏から聞いたから安心しなよ★」

 

 

 あんの女ァ! 女ァ!(二回目) なーに人のプライベートを堂々と人にばらしてんだあんにゃろう!

 って言うか奏の奴、なんで美嘉さんと知り合いなんだよ。そんな要素あったか? いや、俺が知らないだけで沢山あるんだろうな多分。

 

 そもそも周子さん起点で考えて共通の知り合いつなげて行ったら、そりゃあ知ってるよなって話になるのか。そもそも同じ事務所だし、接点だけなら死ぬほど有りそうだもんな。仲が良いかは知らないけど、

 

 

「いや、よく考えてください。奏が凛についてなんか言ってたとしても、そもそも俺と凛の接点なんてCPメンバーくらいの物でしょう。そりゃあ知り合いが頑張ってたら俺も何とかしたいと思うけど、そんな俺がここまで悩むくらいにh」

「凛ちゃんと幼馴染なんでしょ? 未央ちゃんから聞いたよ★」

 

 

 あんの女ァ! 女ァ!(四回目) なーに人のプライベート中の極秘事項じゃないけどあんまりばらしてほしくない部門堂々の第二位のことを美嘉さんにバラしてやがんだ外はね野郎!

 ちなみに一位は服を着るのが好きじゃないってことね。これバレたら変態だと思われるから。

 

 

「へー、やっぱり本当なんだ。そりゃあ可愛い後輩の幼馴染のデビューなんて心配するよね~」

「勘弁してつかぁさい……」

「別に恥ずかしい事でもないじゃん。当たり前当たり前★」

 

 

 ここにアコギがあってよかったね。そこに肘を乗っけて両手で顔を覆い隠すことが出来るから。

 美嘉さんは優しいからそうやって俺の事甘やかしてくれるけど、男の身である僕からしたらね、もうとてつもなく恥ずかしいんですよこれがまた。お前は凛のなんなんだってなるからね。

 

 

「光君とはちょっと境遇は違うけどさ。アタシも似たような感じだからわかるよ。莉嘉がいるから」

「そっか、美嘉さんって莉嘉の姉ちゃんで」

「アタシも最初に莉嘉がアイドルになる! って言いだしてから、CPに入るのが決まった時はさ。凄い不安だったから」

 

 

 懐かしい、昔の思い出を思い起こすように、美嘉さんの表情が少し優しい笑みになる。

 夕焼けは少しずつ空の彼方に落ちていき、オレンジ色だった世界も少しずつ暗くなっていく。いつの間にかついていた照明も、少しずつ夜の始まりを予感させる。

 

 

「同じだよ。あんなに小さかった莉嘉がさ、今はアイドルになるって言って346プロにいるんだから」

「本当ですよねぇ」

 

 

 俺が知ってた凛なんてもう本当に小さかったんだから。

 昔も昔の大昔は友達を作るのがへたっぴでさ。近づいてくる奴と話せなくて黙って見つめるもんだから、相手が怖がったんだよな。それでずーっと俺に引っ付いたんだよ。小学校低学年くらいまでの話なんだけどね。

 

 

「でもさ、アタシらが弱い所見せたらダメなんだよね。多分、莉嘉はアタシの背中を追ってるから。だから、アタシは莉嘉の追うべき存在じゃないと」

 

 

 美嘉さんの目は物凄く真っすぐで、まだ全然話したことはないが、何か彼女の強さや活躍してきた地盤を目の当たりにしている気がする。守るべきものがある人って、こんなに強いんだな。

 

 

「ま、でもそれはアタシの話★ 光くんと凛ちゃんの関係はまた別だし、二人は家族じゃないんだからそのまま付き合ってパートナーとして支え合う……なーんてのも一つの答えじゃない?」

「いやぁ…………ないかなぁ」

「幼馴染って普通に恋愛対象じゃないの?」

「凄い不思議な距離感ではあるんですよね」

 

 

 友達以上恋人未満というよりも、家族未満親友以上というか。感覚的にはそんな感じ。

 こちとら生まれて物心ついた隣の家には全然話さねえ顔のいい女の子がいたからな。よくもまぁあんな人に懐かない犬みたいな女の子が、ちゃんと人とコミュニケーション取れるようになって……まぁ本当に大昔の話なんだけど。

 

 現に、今は何も問題ないしね。若干言い方に棘があることもあるけど、アレ本人には何の悪意もない天然物だからね。幼児時代は苦労しただろうなぁ。

 

 

「俺も莉嘉にとっての美嘉さんみたいな立ち位置にかぁ……お兄ちゃん呼びにしてもらえばいいのかな」

「多分だけど呼んでくれないとは思うな……」

 

 

 そうですか? 頼み込めば一回くらい呼んでくれそうじゃないですか。そもそもお兄ちゃん呼びってロマンありませんか? 僕にはありますけど。

 人生ひっくり返っても良いから超絶美少女の妹からお兄ちゃんとか言われたい人生だったな。彼女がア〇ナ似じゃなくて良いから直〇ちゃんみたいな妹が欲しかった。ちなみにシ〇ンが一番好きです。ツンデレのデレサイコー!

 

 

「いや、まぁでもお兄ちゃんに近いっての、間違ってないかも」

「えっ」

「だって、年下で幼馴染なんでしょ? それで昔から知ってて、不思議な距離感ってことは友達とか親友以上でしょ? じゃあ、もっと親密な関係って事だし★」

「ほうほう」

「つまりは恋愛対象か兄妹かな!」

「じゃあ兄妹っすね!」

 

 

 恋愛対象ではないのよ。違うよ?(爆速否定) 凛の事を異性として見れないとかそういうわけでは全くない。いやごめん全くって言うのは流石に嘘だけど、ちゃんと一人の女の子として見てるよ? あんな顔が良い女、俺そんなに知らねぇもん。

 周りに加蓮とか奈緒とかもいるから希少価値が下がるとかいうパ〇ドラなインフレしてるだけだからな。

 

 もう俺の中で渋谷凛って女は圧倒的にTier1よ。もう生まれてこの方あいつと長い時間過ごしてきたから見慣れてる感は正直あるけど、それでもこいつやっぱり顔が良いよなってたまになるもん。顔が良いって正義だよな。

 

 

「光くん……割と強情というか、凄い引くところは引かないんだね……」

「絶対に譲ったらいけないラインって、この世にそこそこあると思うんですよ」

「色々あったんだね」

「大体ここ2ヵ月くらいで色々あり過ぎました」

 

 

 寮に入ったり寮に入ったり寮に入ったり、色々とアイドル系列の人とハチャメチャな勢いで繋がりが出来てきたりね。勿論、今目の前にいる人だって本当は物凄い人なんだからね。俺が知らんかっただけで。

 

 ここ最近で俺が知った怖い大人、主に千川さんだけど、あの人とか見てると社会で生きていくには物凄い労力とか根回しとかそういう上手さがいるんだろうなぁって、俺この年でも感じたよ。あの人はバケモンだ。

 

 

「そんなわけで、直近のミニライブ。しっかり近くで支えてあげな。きっと凛ちゃんも喜ぶよ★」

「ミニライブの日、俺収録入ってるんすよね……」

「……まぁ、支えるってのは直接の話だけじゃないからさ!」

 

 

 なーんでミニライブの日にガチ珍しく仕事が入ってるんだよおおおおおお!!! 割とステップアップしていくためには必要なちゃんとした収録っぽい仕事だし断れるわけないんだよな。

 この日だけは俺の運命を呪ったわ。見たかったなぁ。凛たちの初めてのミニライブ。



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男には守らねばならないものがある

 今日は雨だ。時期も六月に入り、まさに梅雨の到来といった感じだろうか。春も本格的に終わりを告げ、外は暖かくなってきたというのに、今日ばかりは少し肌寒い。少し多めに上着を着よう。

 

 本田をリーダーに据え、卯月、凛との三人で結成されたニュージェネレーションズ。その初舞台ともなったミニライブ以降、本田は346プロに姿を現すことがなくなった。

 詳しい詳細はわかっていない。当時そこにいた凛からの話や、CPメンバーからの話を聞いても、本田自身の精神面の問題と思われるのでどうともしようがないし、明確な原因はわからない。

 意識の相違、本人と周りの認識の違い。言葉にするならば、類似例はいくつもあるだろうが、その心境は本人にしかわからないだろう。

 

 

「お帰り。卯月、今日は休みだってな」

「……なんで、いるの」

「早かったけど、今日の予定は?」

「……帰ってきた」

「そっか」

 

 

 俺は今、凛の部屋にいる。先ほどまで、気分転換にと友達とゲーセンに行って遊んでいたが、LINEで李衣菜から凛が帰ってしまったとの連絡があり、すぐにここまで来た通りだ。あいつらには悪いが、久々に全力で走って凛の家に先回りしてきたわ。少しだけ疲れた。

 実家の近く、それも凛の部屋に来たのは久しぶりだ。この場所自体も、昔と変わっていない。変わったのは、机の上に置かれている教科書が高校の物に代わっているのと、ニュージェネレーションズのCDが新しく加わっているくらいか。

 

 凛のお母さんには、それとない用事を作って、凛に用事があるとだけ言って入れてもらった。多少、怪しくはあったかもしれないが、凛のお母さんも察している部分があるんだろう。凛は多分、お母さんには何も言ってないだろうから。

 扉を開けて出てきた凛の顔は、案の定曇っていた。雨の降りしきる外よりもずっと。ずっと暗い。

 

 

「……Pの所、行ってきたの」

「……本田は来てないか」

「うん。多分、あの人じゃもう、未央を連れてこれない」

 

 

 少しして、凛が口を開く。

 凛の目は、ひどく冷めきっていた。暗い顔に、冷めきった目。制服の袖をキュッと握る彼女の右手が、本田に対して何もできない自分と、何もしてくれないPへの憤りに見えてしまう。今の俺には、そう映る。

 

 

「光……私、アイドル辞めたくない。未央と卯月と、三人でやりたいの」

「勿論」

「でも、私じゃ何もできない」

 

 

 凛の声が崩れるように細くなっていく。か細く、少しでも触れたらプツンと切れてしまいそうなくらい。

 CPにスカウトされ、三人で美嘉さんの後ろで大舞台を経験し、三人でデビューとまで行ったんだ。卯月、凛、未央の友情は短期間とは思えないほど深く、俺には計り知れない感情で繋がっているんだろう。

 

 

「ねぇ、光。私、わたしっ……どうすればいいのかな……わかんないよ、私じゃ、どうにも出来ない」

「うん」

「未央を置いてなんていけない。卯月と未央がいるから、私はアイドルになれたのに。未央を置いてなんて、出来ない」

 

 

 綺麗な青色の瞳が、どんどんと沈んでいき、次第にはポタポタと流れ落ちていく。

 気が付いたら、俺は立ち上がって凛の頭を自分の胸に当てていた。一人で立って泣く凛の姿に耐え切れないからか。よくわからない。

 

 俺が胸を貸すと、凛は全体重を預けてくる。もう泣くことで精いっぱいなんだろう。フラフラと力ない足取りになる凛を支えて、ゆっくりとベッドに腰掛ける。

 目いっぱい俺の胸元のシャツを掴む彼女の手は、ひどく冷たい。きっと、気温のせいだけじゃない。

 

 

「大丈夫。凛は精一杯、やれることをやってたよ」

「出来てない……私っ、何もできてない……! 未央にも、卯月にも……」

「俺も見てるし、あいつらも見てるよ。凛が頑張ってたところ。凛がした努力、俺は否定しない」

「でも……でも……っ」

「だから、今は好きなだけ泣きゃあ良い。今は、強い渋谷凛じゃなくて良い」

「やだ……っ、やだぁ……!」

 

 

 俺は、ただそれを支えることしかできなかった。必死に胸にすがって嗚咽を漏らす凛を、ただ、ただ支えることしか。

 

 それから、凛は泣き疲れて寝てしまった。数分、いや数十分は泣いていた。声を詰まらせるほどに泣いていたんだ。心身的疲労もかなりあったんだろう。曇った顔をしたまま、今はベッドに横たわっている。

 俺が凛に出来るのはこのくらいだろう。だから、今度は俺がやりたいことを。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 あの日、あの時、何があったのか。それは以前、凛から全て聞いていた。今は、本田がふさぎ込んでいることも。そしてきっと、本田は今も話を聞いたときと変わっていないであろうことも、想像がつく。

 

 

「Pさん。今、時間ありますか?」

「松井さん、ですか。時間なら、大丈夫です」

「少し、本田達の件で聞きたいことがあって。すいませんね、部外者が口を出すようで」

「……いえ、松井さんと渋谷さんの関係は、こちらも把握しておりますので」

「今回の件、大体の話は凛本人から聞いたので。ある程度は把握してます。その前提の話で、いくつか聞きたいことがあったので」

「答えられる、範疇でなら」

 

 

 346プロ、CPルームの、通称Pルーム。暗いからかな。照明も付けないで、Pはモニターの前にたたずんでいた。

 降りしきる雨の中、薄暗い曇り空を背にして、Pの顔は酷く疲れているように見える。無理もない。いくらいっぱしの大人とは言え、ここ数日で起きた出来事は、あまりにも壮絶すぎた。

 

 

「じゃあ、あえてあいつと同じ質問をしますね。Pさん、これから先、本田が帰ってこなかったらどうするつもりですか?」

「こちらで、調整を……」

「もう一度、同じ質問をしますね。調整って、なんですか?」

「……彼女たちには、各々のやれるべきことをやっていただきたいと」

「……今とおんなじことを言ってたとしたら、そりゃあ凛は怒るでしょうね」

 

 

 俺の言った事実を受け、Pの視線が自然と下がっていく。あぁ、おんなじことを言ったんだろうな。そりゃあ凛も怒るわ。

 ガタイの大きいコワモテのPが、やけに弱弱しく見える。何よりも小さく、弱く見える。

 

 凛はきっと、自分一人ではどうにもできないと、どうしようにもPが任せてくれとの体勢を取っている。それを理解したうえでのこの返答だから、そりゃあ腑に落ちないだろうな。

 

 

「本田には、会えたんですか?」

「いえ……まだ、連絡は」

「時間が解決してくれるパターンは、多分無理ですよ。時間が経って本田が帰って来たとしても、きっと凛はもうアイドルに気持ちが向いてない」

 

 

 そのことは、きっとPも重々わかっているんだろう。

 本田が再起出来ない今、一時的とはいえ三人中一人が欠けている状況、二人が万全ならまだしも、もう一人が欠けた状態で残された時間は少ない。

 

 卯月の体調不良がこれが原因で起きたことならば、それが長期化する危険性もある。卯月の状態が分からないので何とも言えないが、本田パターンと仮定するなら、今まさに一番最悪の状態だ。

 三人が比喩抜きにバラバラの状態。これがある程度の期間続くとなれば、ニュージェネレーションズは事実上、解散。これは現実になるだろう。

 

 

「……本田さんも、まだ本調子ではないので」

「それ前提の話です。どちらにせよ、凛の離脱は防げたものじゃないんですか?」

「……申し訳、ありません」

「……わかりました。それじゃあ情報共有がてら、少しだけ俺の考えを伝えたいと思います」

 

 

 こくりと、Pさんが頷く。

 謝られたってどうしようもない、傷ついたのは松井光じゃなくて、渋谷凛だから。

 俺が思っている以上に、本田の状態は芳しくないらしい。本調子じゃないとは言っているが、きっと本人のプライバシー面の保護もあって濁しているだけだろう。

 

 少なくとも凛が連絡を取れていない時点で、Pが直接本田の家を出向いたところで門前払いを食らうのが関の山だ。Pの焦り具合からしても、進展どころが状況は未だ最悪な様子が見て取れる。

 

 

「今回のミニライブ、現場に俺はいなかったので事細かい場面は俺自身把握してません。ただ、これだけの騒ぎならきっと上にも話は届いているでしょう。当時現場にいた大人たちの考えも踏まえた上で、今の行動を取っているのなら、346プロ自体がその判断が最善案としているんだと、俺は思っています」

「……はい。当社としても、今は本田さんに復帰していただくのが第一だと判断しています」

「それには俺も同感です。そして本田が動けない今、Pさんが本田にコンタクトを取ろうとしていること自体は、凛も認識しています」

 

 

 良くも悪くもだが、今回の件の核となる存在は本田だ。本田が動くか動かないかで、この件の着地点が決まると言っても過言ではない。

 本田が動き、帰ってくればそのまま元通り。じゃあ、その逆は? どれだけ周りが動いたところで、本田が復帰できなければ残された二人はどうなる?

 

 それを理解しているからこそ、346プロは本田を復帰させる方針に出たんだろう。

 ただ、俺には何も見えない。

 

 

「ハッキリ言います。今の段階では、俺も凛も本田が復帰する未来が見えません。本田を戻そうとするにあたる、その内容が見えない。貴方の本心も、貴方の描く算段も、その光景も」

 

 

 Pさんが、普段から不確定要素があれば、そこに言及をすることは無いというのは勿論理解している。前川の一件でも、それが悪い方向に働いていたから覚えている。

 だがそれは、今回に限ってはあまりにも致命傷だ。先が見えない不信感の募る中での、不透明な返答。これ以上に更なる疑惑や疑念を持たせるものは無い。

 

 

「……Pさん、本田とコンタクトは取れたんですか」

「……一応、取れてはいます。ただ、本人が本調子ではないようで」

「ほぼほぼ門前払い、っすか」

 

 

 広い範囲で予想をしていたから当たっているという表現がおかしいが、どちらにせよ状況はやっぱり最悪みたいだ。

 

 グループ内一番の元気印が精神面をやられる、そういった話は珍しくない。むしろ、普段明るく接している人の方が、そういった精神面での問題を抱えやすいという傾向もある。

 本田もリーダーとして色々と背負っていたんだろう。現実と理想の違い。そのギャップに幻滅するのも無理はない。彼女が沢山自分で背負っていたなら、その重さはなおさらだ。

 

 

「一社会人であるPさんが、本田の一件を任せてほしいという行動を取っている。その時点で、凛たちは貴方に任せるしかないという選択を取るほかない。それでいて、出てくる答えは不透明と来た。行動と結果が一致していない。不信感が募るのは当たり前です」

 

 

 本田の一件に関して、この人が何の行動もとっていない。それだけは絶対にありえないだろう。

 さっきの発言からしても、直接だか電話だかはともかくとして、Pさん側から何とかして本田にコンタクトを取ろうとしている姿勢は見受けられる。ただ、それが結果として出ていないのも事実。

 

 俺は専門家じゃないからわからないが、こういう意識のすれ違い系の物は、本来なら少しずつお互いの考えをすり合わせることで、時間とともに距離を縮めるのが一番安全だと思っている。無理やり距離を詰めて本人と心の距離が離れたら本末転倒だから。

 

 とは言え、凛の視点では、Pさんが本田との間に入って直接話をさせてくれず、任せてくださいと言っているのに、その道を防いでいる当の本人は何の成果も出せていない。内容も知りえない。何が起きているのかもわからない。

 そんな状況で、一体彼に何を任せるなんて心境になるのか。

 

 

「Pさんの、不透明材料はなるべく見せない事で、アイドルに無駄な心労やタスクを割かせないようにする。そのスタンスは理にかなっていると思います。ただ、偉そうにクソガキが大口叩く様ですけど、少なくとも俺はPさんより凛の事を理解している自信がある。あいつは、その方法じゃあ人を信用しない。自分を見せない人間の、一体何をどう信用すればいいんだって話だ。信頼関係ってのは、そう簡単じゃない」

 

 

 

 貴方がこの件にいる誰よりも追い込まれているであろう現状は、部外者の俺でも理解できる。今のニュージェネレーションズを繋ぐ、命綱と言える存在だから。正直、こうなった時に一番負担が大きいのは、Pだろう。

 

 凛に対しても煮え切らない答えしか出せなかったのは、Pさん自身も困惑していて上手く本田に手が出せないという現状を、そのまま表していると感じられる。

 それでも、それでもだ。今のあなたに、凛は預けられない。

 

 

「俺、久しぶりに見たんだ。あいつが、あんなに泣いてる所。ガラスみたいに綺麗で脆いけど、あいつは強いんだぜ? ……いや、強くいようとしてる。よっぽど本田の事を信頼してたんだなって。だからこそ、あいつがいなくなった時の不安は計り知れない」

 

 

 フツフツと湧き出てくる感情を拳を握りしめて抑え込む。俺が怒ったところでなんにもならない。

 そもそも俺はアイドルじゃない。これはニュージェネレーションズ、彼女たち三人と、それを担当するPの問題だ。

 立場としてはただのスタジオミュージシャンで、凛との繋がりもただの古くからの知り合いというだけの俺は、今ここに立っているべき人間ではない。そんなことわかってる。

 

 

「……凛の事は、ある程度俺に任せてください。P、あんたに出来ないことを、俺がやる。だから、俺に出来ないことをあんたがやる。最大限、お互いにできることをやりましょう。ニュージェネレーションズは、凛の居場所は、絶対に俺が潰させねぇ」

 

 

 それでも、それでも俺は許せない。たとえこの感情を彼に向けたところで、何にも変わらないとわかっていても。この気持ちだけはぶつけないと、虫の居所が収まらない。

 男として、絶対にこれだけは譲れない。

 

 

「俺は、あんたの事を信頼している。それは今でも変わらない。心の底から、大人としてのあんたを尊敬している。どんな結末になろうとも、凛もここまで連れて来てくれたあんたの腕は、きっと本物だと思っている。だから、だからこそ……」

 

 

 雨脚が強まる。今日の雨はそこまで強くないと聞いていたが、天気予報は外れらしい。窓ガラスをぶっ叩く雨粒の音が雪崩れるように大きく速い。

 

 

「ふざけんな」

 

 

 自分の大切な人が泣いている。その原因を作った奴が目の前にいる。あんな顔、俺はもう二度と見たくない。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ!!!」

 

 

 顔も見たくない相手の目を真っすぐ見つめ、奥底からとめどなく沸き立つ感情を吐き出す。これ以上踏み込んでしまえば、きっと俺はPに掴みかかってしまう。

 空虚な空間には、行き場のない、ただただ虚しい怒号が響き渡った。

 

 

「俺の手の届かない場所で大切な女が傷ついて! 何が起こったか俺は理解すらできねぇ! 気が付きゃ、俺は泣いている凛を支えることしか出来なかった! ……俺は、俺は惨めでどうしようもねぇよ」

 

 

 虚しさ。この感情を吐き出したところで、新しく得られる感情は、それしかない。そんなことは、ここに来る前からとっくに理解している。

 

 

「起きちまったもんはどうしようもねぇのは重々承知している。この感情をあんたにぶつけたところで、お互いに何の得にもならねぇことなんて、俺が一番わかってんだよ! けどな、それではいそうですかと簡単に引き下がれるほど、残念ながら俺は賢くないからよ。大切な女が泣いていて、それを見て黙ってられるほどお利口じゃねぇんだわ」

 

 

 この状況でこの感情を抑えきれる人物がいたら、ぜひとも俺に教えてもらいたいね。

 こんなことしたって何にもならねぇ。大切な女が泣かされて黙っていられるか? そんな葛藤なんか、俺の中で100万回やった。それで出した結論だ。無駄だろうが何だろうが、男として許しちゃいけないラインってあるんだよ。

 

 大切な女一人も守れねぇ男が、ヘラヘラと他人にこれからもこいつの事をお願いしますだなんて、簡単に決定権を渡せるか? 少なくとも、俺には理解しがたい考えだ。

 

 

「……アイドルをやるかやらないかはあいつ次第、あいつの人生。そこに俺から口出しする気は一切無い。ただ、次にあいつを泣かせるようなことがあれば、俺はあんたを絶対に許さない。この言葉の意味、ガキが適当言ってるなんて勘違いするなよ。俺だって男だ。言葉の重み、あんただからこそ一番理解しているはずだ」

 

 

 この行動を正当化するわけじゃない。ただ、少なくとも今の俺にはそれをするなというのは、申し訳ないが無理だ。

 俺の中でぐるぐると渦巻くこの感情を、ぶつけて正しい相手は決していないとわかっていても、それでもこの気持ちをぶつけるしかない。自分の弱さが情けない。

 

 

「大人だろうが上司だろうが社長だろうが、誰であっても関係ねぇぞ。俺がここをクビになろうが一生磔にされようが笑いものにされようが、どうなろうが知った事じゃねぇ! 凛を傷つける奴は誰一人として俺が許さねぇ、絶対だ!」

 

 

 吐き捨てる様に自分の感情を床に押し付けて、Pルームから速足で出ていく。

 頭ではわかってるんだよ。こんなことしたって何の意味にもならないって。薄っぺらい御託を並べた自分の無力さでPをぶん殴ったところで、どうしようもないなんて。終わった後に何言ったって無駄なんだって知ってんだ。

 

 そうわかっていながら、この気持ちを抑えきれなかった俺の未熟さが。大事な女一人も守れない俺自身の弱さ、実力、立場、度重なる自己嫌悪。そのすべて反吐が出る。

 俺は、女一人も守れねぇ。



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展開はいつも目まぐるしいもの

 Pに自分勝手にブチギレた俺は、のこのこと寮に戻れるわけもなく実家に向かっていた。この道も久しぶりだ。つい数時間前に凛の家に行ったときは、道とか光景を気にする余裕もなかったもんな。

 

 にしてもだ。あーあ、ありゃ俺はクビだろうなぁ。クビになってでも凛は守るみたいな啖呵切ってた気がするけど、普通に本社のちゃんとした社員の人に喧嘩売るような発言しておいて、俺ごときの立場の人間が無事でいられるはずがないしな。

 

 346プロをクビになったら凛を守るもなにもって話になるのに、本当にアホの極み。感情に任せて好き勝手やるからあぁなるんだなぁ。ちゃんと人間考えて行動しなきゃだわ。別に後悔って言うほど後悔はしてないけど。仕事に未練はあるけどね。

 

 

「あれ、光。用事はもう終わったの?」

「あぁ……お疲れ様です。はい、用事は済ませてきました。無理言って入れて貰っちゃって申し訳ない」

「良いのよ。そもそも光だったら勝手に入って貰っても問題ないし。それに凛もちょっと様子が変だったしね。光が面倒見てあげるのが一番効くんだから」

「多分そんなことないっすけどね」

 

 

 実家まであと数メートル、ってところで声をかけてきたのは、丁度店番をしていたエプロン姿の凛のお母さん。

 凛のお母さんはマジでいい人だ。家がまんま隣ということもあり、文字通り家族ぐるみでの付き合いをしてきたというのもあり、もはや第二の母親みたいなレベル。

 

 昔はバチバチにタメ口で話してたけど、いつの間にか敬語とタメ口が混ざったような感じで話すようになってたよね。あれってどのタイミングで切り替わるんだろうね。誰かに怒られた訳でもないのに。

 

 

「そうだ! ついでに頼まれて欲しいんだけど、凛の様子もう一回見に行ってくれないかしら? 店番は私がやっておくから、やらないで良いってついでによろしくね」

「あっ、了解」

 

 

 なんというか、本当に他人って気がしないよな。あまりにも信頼されきってるわ。本当に良いのか凛のお母さん。いや、別に俺にとって不都合はないから全然いいんだけどさ。

 

 

「……お、ハナコ。お前もついてくっか? ご主人心配だもんな」

 

 

 お言葉に甘えて、店の中から家の中に入ると早速忠犬ハナコさんが超絶ご機嫌でお迎えしてくれる。尻尾振りすぎて取れそうって毎回思うんだよな。

 

 俺の問いかけに対しての返答なのか、単に昔はよく来てたのに最近来なかった男が急にきてテンションが上がってるからなのかは知らんが、ワンと返答が来たのでおそらく肯定の意味なんだろう。

 お前は本当にかわいい奴だな。俺の足元をちょこちょこと付いてくる姿、どう見ても愛らしすぎんだろ。俺も犬飼いたい。ハナコがいるだけで十分だけど。

 

 

「起きてるじゃん」

「……さっき起きた」

「店番はお前の母さんがやるってよ」

 

 

 ノックをしてドアを開けると、そこにはエプロン姿の凛。店番に行く気満々って感じだったな、これ。ナイスタイミングなのかどうかわかんねーや。

 

 股からひょこっと飛び出たハナコが凛に駆け寄ってワンワンと鳴きながらくるくると周りを走り回る。そういえば、外はもう雨も上がっていたな。

 

 

「雨、止んだしさ。ハナコもこう言ってるから散歩行こうぜ」

「……まぁ、ハナコも行きたがってるし」

「決まりだな。よーし、ハナコ。散歩だぜ散歩」

 

 

 凛は正直散歩なんて気分じゃないだろうな。ま、気分転換にはならないかもだけど、引きこもっているかはマシだよ。

 雨も止んだし、外の空気を吸えば少しは頭の中もすっきりするぜ。少なくとも俺はPに対して吐いた発言を振り返ってやらかしたと自分で理解したし。

 ハナコ、お前は本当に優秀だな。お前のおかげで凛を外に連れ出すことに成功しそうだよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 雨上がりの夕方は肌寒い。上着一枚を上から羽織るだけでは少し心もとない無いな。これが一人だったらダッシュで無理やり体を温めたりとかしたんだろうけど、流石に凛と二人でいる時にやるほど馬鹿じゃない。ハナコはめちゃくちゃダッシュしたがってるけどな。

 

 俺らの間に会話は無い。別に気まずいって訳ではないけど、心配にはなるわな。今の状況はそれだけ悪いし。

 まずは本田が帰ってこなけりゃ話は始まらないし、帰ってきても元通りになるかと言えば難しい。

 一回崩れたものを元に戻すという作業は、中々苦労するんだ。正直、一から別のものを作り直した方が早い。けど、それじゃあダメだって言うのは全員分かってるんだよな。

 

 でも今のPさんが本田を連れて帰ってこれるかって聞かれると、俺が見る限り多分無理なんだよな。門前払いって相手にすらされてないからな。本当に何か一つ起爆剤があればいいんだけど、そう上手い事行かないよな。

 俺が今できることは凛のフォローをすることだけ。CPに戻る戻らない以前の状態の凛に無理をさせるわけにはいかないし、させたくもない。

 

 

「電話鳴ってるけど」

「ん、あぁ。わり」

 

 

 考え込み過ぎてスマホのバイブにすら気が付かなかった。どんだけ周りが見えてないんだ俺は。今横断歩道わたってたら確実に轢かれてるフラグだったな。

 んで、電話をかけてきた相手って言うのは誰だろ。李衣菜かな。ブチギレながらプロジェクトルーム出てったのガッツリ見られてた気がするし。

 

 

「……すまん。先に公園行っててくれ」

「良いけど……なんかあったの?」

「ちょっとな。すぐ行くから公園で待っててくれ」

 

 

 そう言うと、凛は少しだけ疑うような視線を向けてきたが、自分に対して悪気のある話じゃないと感じたのだろうか。あっさりとハナコに引かれるまま公園に向かっていった。

 

 多分、勘ぐるエネルギーすら残ってないんだろうな。ごめんな、変なことして。でもこれは出なきゃならねえ電話なんだわ。

 あっちから来るってことは、良いか悪いかは悪いがなんかあったってことだし。しかもメールじゃなくて電話だからな。

 

 

「……出るのに遅れてすいません。何でしたか、Pさん」

『突然の電話、申し訳ありません……どうしても、松井さんのお力をお貸しして、頂きたくて』

「俺の力?」

 

 

 電話の相手はPだった。普段はゆっくりと喋る人だが、電話越しでもわかるくらい息を切らして、若干早口になってる。十中八九、なんかは有ったな。何かはわからんけど。

 

 

『渋谷さんが今、どこにいるか教えて頂けないでしょうか。松井さんなら、渋谷さんの居場所を知っていると……』

「……すみません。申し訳ないですけど、今の凛にはPさんを会わせられないです。あいつ、今かなりキてるんで。Pさんが来てもどうしようもないですよ」

 

 

 凛は今家に居ないし、俺と一緒に散歩に行ったからどこにいるのか全く皆目見当もつかないって感じなんだろうな。

 

 何があったのかは知らんが、申し訳ないけど今のPさんに凛を接触させるのは出来ない。ただでさえ今の凛がPに対して嫌悪感しか抱いていない状況で何かしらアクションを起こそうとした所で、状況が好転するとは思えない。

 人間不信に陥りそうになってる原因がまた会いたいだなんて言って、はいそうですかと簡単に寄り会わせられるほど、俺はバカじゃない。

 俺はこれ以上、凛を傷つかせるわけにはいかない。凛に会わせる前に門前払いを俺がするっていうのは変な話だが、今だけは話が別だ。

 

 

『P変わって! まっさん、私! 未央!』

「……はぁ!? 本田ぁ!? おま、大丈夫なのかよ!」

『心配かけて本っ当にごめん! 後でちゃんと謝るから! とにかく今は早くしぶりんに会わなきゃいけないの! お願い! 何処にいるか教えてッ!』

 

 

 なんでPと一緒に本田がいるんだ? Pが本田を連れ戻すことに成功したのか? マジか、マジで言ってるのか。

 そうとなったら話は別だ。俺がこんなバカみてえなことしてる場合じゃない。状況は一切理解できないが、本田が凛に会おうとしている。その事実があまりにも大きく、希望への道標になってるのは確かだ。

 

 

「凛は今、家の近くの公園にいる。そのまんまPさんに伝えろ。それで伝わるはずだ」

『家の近くの公園ね! P、場所わかる? ……うん、OK!』

「俺が来るまで公園にいる様に凛には伝えてある。だから暫くの間は大丈夫だ」

『わかった! 私たちもすぐに行けるからっ! ありがとうまっさん!』

 

 

 ……あぁ、こりゃあ本田とPさんが帰ってきたら謝らなきゃだな。完全に俺が足引っ張ってるわ。

 とりあえず、俺も公園に向かうか。すぐに行けるとは言っていたから、そう時間はかからないだろう。あとは、凛と本田と、それにPさん次第か。これ以上は俺はなんも出来ないし。やっても無駄だろうな。

 頼むぞ。本田。Pさん。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……っはぁ、ぁあ。本当にいた」

 

 

 凛の座っているベンチからは丁度死角の位置にある公衆トイレの裏。Pと本田からの電話を受け、俺は公園の正式な直通の道ではなく、凛からバレないように大回りして公園の裏から入っていた。

 理由は単純、凛と本田とPさんの問題に俺がクビを突っ込む必要性は何一つないから。そのうえで、俺が最初に凛と合流してしまうと凛に逃げ道を与えかねない。凛にこれ以上ダメージ云々言ってなんだが、これは凛に乗り越えてもらうしかない。

 

 

「ごめんっ!」

 

 

 若干どころかかなりの大回りにはなるが、そこは走れば問題はない。若干遅れた臭いが、一応予想通り、公園には本田とPさんが来ていた。

 凛たちの位置からは見えないように裏から回りこんで、遊具の陰に隠れて様子を伺う。

 Pさん、本当に本田を連れ戻してきたんだな。どうやったのかはわかんねーけど、あんな絶望的状況から一日でここまでひっくり返すって、すげぇよあんた。

 

 

「渋谷さん、あなたの言う通り私は逃げていたのかもしれません。貴方達と、正面から向き合うことから……貴方達を混乱させて、傷つけてしまいました」

 

 

 逃げていた、訳じゃないんだろうけどな。多分、距離の詰め方が分かんなかったと思うんだよな。

 凛に対しては最悪の札となった行動と発言も、正直、俺や凛みたいな多少我が強い人以外にやる分には、間違った選択肢じゃないと思うんだよな。間違いなく、俺が凛の立場だったら同じことを言ってたと思うけど。

 

 

「……嫌なんだよ。アイドルが何なのかよくわかんなくて、わかんないまま始めて、よくわかんないままここまで来て。でも、もうこのままは嫌。迷った時に誰を信じたらいいかわかんないなんて、あいつしか信じられないなんて。そういうのもう、嫌なんだよ」

「……努力します。もう一度、皆さんに信じてもらえるように」

 

 

 そう言って手を差し出すPの手に向かって、おずおずと凛が手を伸ばす。一瞬、凛が手を引こうとする。

 やっぱりまだ、信じられないよな。本当は出るべきじゃないんだろうけど、できることは全部やらなきゃ。

 そう思って出て行こうとすると、横から本田が二人の手を取ってがっちり握らせた。

 

 

「しぶりんっ……!」

「もう一度、一緒に見つけに行きましょう。貴方が夢中になれる何かを」

「……っ」

 

 

 Pの手に引かれ、凛が立ち上がる。遠目から眺めているだけだったが、あいつの目はもう曇ってなかった。

 

 

「明日からも、よろしくお願いします」

 

「…………ふぅ」

 

 

 結局、俺の出番は無しって訳だ。本当に、一件落着してよかった。

 俺としても凛がこの業界に入る後押しをしたような立場だったし、なにか凛が不利益を被るようなことがあれば全力で凛を守るって言うのは責務みたいなもんだからな。

 

 だからこそ、俺がPと本田の足を引っ張るような真似をしたのが戦犯過ぎるんだけどさ。もっと大人しく裏方に回るべきだったかな。でも、あんなんになった凛を見て平常心で裏に回れって言うのも無理言うなって話だけど。なぁ、ハナコ。

 ……ん? ハナコ?

 

 

「来るのが遅いと思ったら。盗み聞きなんてするもんじゃないでしょ」

「俺の出る幕がなかったんだよ」

「そういう割にはガッツリ隠れてたじゃん」

「……まぁ、俺も凛がアイドルになる後押しを少しだけでもした責任があるしな」

 

 

 おー、ハナコ撫でられてご機嫌なのはわかるけど、匂いをたどって一直線でハイドしている人に向かって爆進するのは許容できないぜ。やってること実質ブ〇ハだぜ。裏取りはバレたらハチの巣なんよ。

 

 

「松井さんも、ご心配をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

「私もっ、心配かけてごめんなさい! Pがしぶりんとまっさんの事、話してくれて、それでまっさんがしぶりんの事は俺が何とかするって……それで!」

「あー、すまん。そこまでにしといてくれ。嘘偽りゃないが、本当に感情と勢いで言ったことなんだ……あと、Pさん。生意気な口を聞いて勝手なこと言って、本当にすみませんでした。本当なら、Pさん側に行くなり、どうとでも出来た立場だったと思うんですけど……」

「いえ、松井さんの言葉で私も気付かされた部分がありましたので……」

 

 

 本当に、勢いで物事って言うもんじゃねぇな。絶対にあとで後悔するわ。学生とは言え社会に入ったんだし、俺も色々と学ぶべきだわ。今回の件もPさんに責任押し付けて足枷付けただけだったし、マジで反省しないと。

 って言うか、タメ口で喧嘩売ったのもそうだけど、俺、中々ヤバいことを言ってた気がする。どうしよう、絶望的なまでに思い出したくない。

 

 

「光、Pに何言ったの」

「頼むからこれだけは聞かないで置いてくれ。墓場まで持っていくことにする」

 

 

 俺の人生でも最大級の墓場まで持っていく秘密が出来てしまったな。なんつー業だよ。




 後書きです☆ くぅ~疲ではないよ☆ 本編の裏話的な奴だけど、超長いから興味ない人は飛ばしてね☆
 あまりにも長い(1800文字)ので活動報告にしようかと思ったので、これが本来の後書きやんと思ったのでここにするよ☆

 デレアニの中でも一つの分岐点と言える回が終わりましたね。この回は本当に珍しく、この作品自体の構想段階から、導入とアニデレ7話だけはこうしようと、もう入りから最後まで全部決めていました。
 そんなわけで今回はちょっと珍しくちゃんと後書きみたいなものを書いてみようかな、と思います。

 前回と今回の光くん、滅茶苦茶暴走していましたね~(他人事)
 というのも、先ほども言った通り、こうなるのは、この小説を始めた時から絶対にこれだけはこうしちゃると決めていたものなんです。気分を害した人はごめんね。
 アニデレという作品、シリアス部分があまりにも強烈と批判的な意見を目にすることもあるんですけど、私はその理由の一つに「彼女たちの年齢ゆえの精神性」というのがあると解釈してます。ちゃんみおとしぶりんの離反とか、恐らくですけど、同じ人物でも20歳を越えた時に同じことが起こったら、7話みたいなことはそうそう起きないと思うんですよね。何故なら、中身は大人なので。
 アニデレという作品は、アニメの作品でもありながら、人間の人間らしすぎるリアリティさが濃く描かれているのが、良い所でもあり悪い所でもあると私は思ってます。

 そんなことも踏まえたうえで、この作品の主人公でもある、松井光という子の事を考えました。
 この子の年齢、性格、周囲との関係性、状況を考えた時に、この子が大人しく「じゃあPが何とかするのを待つかー」なんて他人事みたいに出来る訳ないやん! となったんですね。この作品を通して、彼は凛ちゃんと普通ではない関係性の繋がりがあり、その凛ちゃんが目の前でボロ泣きしてましたからね。

 大抵の男子高校生は、キレたくなったらブチギレます。仲が良い友達がボコられたら、大概はキレます。拳が出ます。大人の対応なんて無理なんですね。高校生ですから。
 前回、光くんがPさんにキレていた時の、口から出る攻撃的な発言とは真逆に、自分の行為が無駄で意味がないと頭では理解しているけど、そこで抑えることが出来ていない様子。そして今回、前回に自分が一般論で見て間違った行動をしたにもかかわらず、一度した行動を訂正しないで引くに引けないプライド。
 自分で言うのもなんですが、まだまだ精神面が未熟な、男子高校生らしいなぁという感じです。勿論、全ての男子高校生がこうじゃないけどね。

 そういうところも再現したくて、どう考えても生産性は無いしメリットもクソもないけど、きっと松井光という人物はこう動くだろうから、作者がそれを邪魔しちゃダメだな。なんて思いまして。
 だから、低評価が来るのは当たり前だし、彼の行動に否定的な意見が来るのも、本当に当たり前の事で、当たり前の感性なんですよね。彼自身も理解していましたが、あの行動は完全に悪手であり、Pに余計な心労をかけた一手でしたから。
 本編書きながらワ〇トもそう思いますって感じだったので、何ならそう言った感想がもっと来るかと思ってました。絶対に低評価増えるけど、それでも作者としては、松井光くんという人物を否定したくないからね、仕方ないね。
 逆に、彼のそう言った心情まで汲み取ってくれたような感想も多く頂いて、ビックリしておりました。彼も読者の皆様から少しでも愛されているようで、作者としては大変嬉しい限りです。

 アニデレという作品が、等身大の女子高生をリアルに表すのなら、低評価が来ようと二次創作として、等身大の男子高校生のままにする。本家のそう言った特色を崩さないのが、ある種の敬意みたいなものになるのかなと。シリアス超苦手ですけどね!

 そんなわけで、前回と今回はそういう裏がありましたってお話でした。完全な作者のエゴです。もっと楽しげなのを見たかったのに! シリアスなんて嫌い! って言う私とめちゃんこ価値観が近い読者の人はごめんね。これだけは譲れんかった(頑固)

 また次回からはいつもの感じに戻りまして、暗いムードはすっ飛んだ感じになります。
 前回と今回で合わせて一話、って感じなので前回の感想はまだ返信していませんが、来週投稿するときに、また全部再度読ませて頂いて、全部返信させて頂きます! 皆様、私に小説を書かせてくれて、本当にありがとうございます!
 長々と失礼いたしました。今度こそ、閲覧ありがとうございました! 女子寮生活は難儀です。まだまだ続くよ!


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キャラ変更は計画的に

『『ごめんなさい!』』

『凛ちゃん……未央ちゃーん!』

『みなさん、待っていてくださって、ありがとうございました。改めてシンデレラプロジェクトを進めていこうと思います。一歩ずつ、階段を上っていきましょう』

 

 

 CPルーム前の壁に背中をかけ、中の様子を耳で伺う。

 ドア越しからでもわかる、メンバーたちの答えには熱気がこもっていた。文字通り、これにてCPは無事に再始動、と言った感じだろうか。

 卯月も本当にただの風邪だったらしく、マスクはつけながらだけど無事に帰ってきたし、本田と凛も昨日のPさんのおかげで復帰が決まった。これにて本当にめでたしめでたしって訳。

 

 

「やっほー★」

「美嘉さん」

「なーにドア前に突っ立ってるの。入らなくてもいいの?」

「どの面下げていけばいいんすか……」

「そう? あの時の光くんの気持ち。みんなわからないでもないと思うけど★」

「……だとしても、今は遠慮しときます。みんな、楽しそうにしてますよ」

「そっか」

 

 

 横から急に声をかけられたかと思うと、お相手は城ヶ崎美嘉さん。多分、ニュージェネの一件に少し責任を感じているんだろう。少し不安げな表情をしながらも、明るくこちらに話しかけて来てくれた。

 

 俺は別にアイドルじゃないしな。関係者ではあるけど、あの場に俺がいたって、っていう感じだし。今回の件に関しても、横入りしたような形だし、俺自身顔合わせにくいんだよな。昨日めっちゃキレてたところも、多分誰かに見られてるか聞かれてるかしてただろうし。マジ後悔。

 

 

『あのさ、P! 試しに丁寧口調辞めてみない?』

『確かに、ちょっと硬すぎるかもにゃ』

『険しき壁を超える時か……』

『きらりもぉ、それが良いと思うにぃ~☆』

 

 

 それに、あんなに楽しそうにしてるしな。俺が今入ったら、この流れ崩れそうだし。今はこの流れを聞いているのが楽しいし、俺は良いかな。CPはあいつらシンデレラの卵のためのプロジェクトなわけだし、俺はそれのお手伝いをさせて貰える立場にいるだけだしな。

 というか、昨日ブチギレた件があるから近いうちにクビになるんじゃねぇかと俺は心配になってるよ。なんでこんなメンタルしてるのに、あの時の俺はあんなこと出来たんだよ。逆にすげぇな。

 

 

「美嘉さんは、入らなくていいんですか?」

「アタシは良いよ。部外者だし、遠慮しとく」

「莉嘉がいるじゃないですか。ニュージェネがCDデビューするきっかけを作ってくれたのも美嘉さんですし、俺よりも断然貢献してると思いますけどね」

「そんなこと言ったら、光だって凛ちゃんがデビューする後押ししたんでしょ?」

「なんで知ってるんですかそれ」

「凛ちゃんが教えてくれたケド?」

 

 

 うっそだろマジかよ。この話って門外不出じゃなかったっけ。そんなことなかったな、そんなことは一回も言ったことなかったわ。

 

 いや、でもそこまでのあれじゃないんだよな。普通にあの時は『いやぁ、凛は顔が良いしアイドルになっても成功するしスカウトされたならやった方が良いでしょ。枕だけは死んでも許さん』ってノリでやってただけなんだよな。

 そうやって思うと人生ってわからねぇなぁ。分岐点なんて簡単に起きるもんなんだね。

 

 

『はぁ……努力しま……する』

『じゃあ、まずはみんなのこと名前で呼んでみてー!』

 

「大分面白そうなことになってきましたね」

「あははっ、本当。そうだね」

 

 

 それにしても、ずいぶん面白そうな方向に話が進んできている。丁寧口調の取れたPさんか。想像つかないな、なんだかすっげえむずむずすると思うわ。

 口調が変わってから慣れるまでって、口調が変わる前の期間が長ければ長いほど違和感増すからな。口調に限らず、なんにでもそう言えるか。

 

 

「そうだ! 試しに光も敬語外してよ★」

「無理です。Pさんの場合は、PさんからみてCPのメンバー全員年下だからタメ口が許されるんですよ。美嘉さんは俺より年上じゃないですか。高三でしょ今」

「たった一歳差じゃんか。奏とかも普通にタメ口だし、そっちの方か良いと思わない?」

「奏はあいつタメ口利きそうな奴じゃないっすか」

「奏にどんな感情持ってるのさ」

 

 

 いやぁ、だって奏だし……あの速水奏ですよ? 年上だろうがなんだろうが滅茶苦茶骨抜きにしそうじゃないですか。

 待って、俺、奏に対して碌な印象持ってないかもしれない。良い女なのになんでだろうな。心当たりしかないけど謎だわ。

 

 

「でもさ、光って周子にはタメ口混じってなかったっけ」

「あれは周子さん相手ですし」

「光も奏に似てるところあると思うけどな~」

 

 

 いーや、幾ら美嘉さんとはいえ、それは完全に見当違いですね。どう考えても俺と奏は別の人間ですし。タイプ的にも性格的にもね、多分。

 それに周子さんは、俺の中では先輩というよりも隣人なんですよ。しかもあの人の性格的にハチャメチャ慣れやすいからついついタメ口になりそうになる。気を付けねば。

 おんなじ理由で志希ちゃんさんとかも危ないよね。そういう雰囲気有る。

 

 

「逆にここで、『じゃあ頼むぜ美嘉!』なーんて言えたら、それはそれで違くないですか? 俺は違うと思いますけど」

「アタシは別にいいと思うんだけどなー。逆にそういうガツガツしたところもギャップでありかも!」

「ギャップと言えばすべて許されると思ってる節ありません?」

 

 

 ギャップって言うのは基本的に普段本性を隠してたりするやつが、ふとした瞬間に本性出した時の差がえぐくて破壊力抜群で破壊光線だぜ! って感じの奴だよね確か。どっかの山賊打線の長であり、きったねぇ変態ホームランを打つ主砲の特技が、ピアノや書道みたいなことをギャップって言うんですよね。わかりますよ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「松井さん、本日は先日からお話を頂いていた通り、10時から1時間スタジオに予約を入れておきましたので、そこで練習をしていただきます。14時から先週からお話をしていた楽曲の収録をしていただきます。収録はバラ撮りとなっていますが、現場には作曲者の篠田さんもいらっしゃるとのことですので、把握の方、よろしくお願いいたします。また、収録の際は私の方も同行させていただきますので」

「了解です。収録って大体どれくらいかかりますかね?」

「早ければ1時間ほどで終わりますが、篠田さんはかなりリテイクを出されるお方なので、目安は大体3時間ほどと思われます」

「わっかりました」

 

 

 346プロに入ってからは毎日行われるようになった、恒例行事であるPさんとの一日のスケジュール確認。始めも始めの方はマジで予定とかなんもなかったけど、最近はやることもなかなか増えてきた。

 

 スタジオミュージシャンって、本当はバイトも兼任しながらの職業らしいんだけど、俺の場合は346プロ所属のスタジオミュージシャンだから、ある程度安定してお仕事来るっぽいのよね。

 とはいえ、それは最近の話だし。多いと言っても、ちゃんとしたガチガチのレコーディングは今日が初めてなんだけどね。まぁどうにかなるっしょ。

 

 

「それでは、本日の予定は以上になります。何か、質問などはありませんか?」

「大丈夫です。それじゃあ……あり?」

「おはようございます……あら? 松井さんもいらしてたんですね」

「おはようございます」

「千川さん、どうも」

 

 

 そんなわけで一日のスケジュールも確認したところで帰ろうとすると、自動ドアじゃないのでドアが丁度良く開いた。あっ、ちゃんとノックはあったけどね。だから頭と頭でごっつんこしないで済んだ。

 ドア先にいたお相手は、ミス職場の人間こと千川さん。いつも通りの緑の制服姿で、何とも見覚えがある。見覚えしかない。

 

 

「じゃ、俺はこれで……」

「はい。そういえばPさん、練習進んでますか?」

「なんの練習、でしょうか」

「今西部長から聞きましたよ~」

「あー、アレですか」

 

 

 用も済んだしPさんと千川さんの業務的な話を聞いてもな、って感じで部屋を後にしようとしたんだけど、内容がその話だと事情は変わる。

 ニヤニヤしながらPさんの方を振り向くと、千川さんも若干からかうような悪い顔をしていた。この人やっぱいい性格しとるわ。当の本人のPさんはまだ理解してないのに。

 

 

「言葉遣いを直す練習、されたんですよね」

「約束、というか。そういう要望は頂きましたが……」

「約束でも要望でも、まずはPさんが率先してプロジェクトのために行動を起こすことが、これからのために大切なんじゃないですか?」

「そうですよそうですよ。実際にメンバーから要望があったってことは、それが改善されればもっとメンバーとのコミュニケーションも取りやすくなると思いますし!」

「……仰る通りです」

「だったら、Pさんもちょっとは言葉遣いを変える努力をしないと!」

「何事も一歩ずつですよ!」

 

 

 こういう場合、若干引きがちになるPさんの性格を良いことに、ずんずんと二人三脚で詰めていく。

 実際問題、Pさんがプロジェクトメンバーに敬語を使うことで大きな壁があるとかそういうことはないんだろうけどね。若干智絵理ちゃんが怖がるくらいか。それでも智絵理ちゃんもだいぶ慣れてきたと思うしね。

 

 やべぇ、こういう時の千川さんあまりにも頼もしすぎる。味方になった更〇剣八みたいだわ。

 あの人、絶対に敵に回したくない男ナンバーワンの人だからな。個人的には一方〇行よりも敵に回したくない。どっちも敵にしたか無いけど。千川さんも敵に回したかないわ。

 

 

「ということで、丁寧語をやめる練習!」

「俺達が付き合いますよ!」

「あの……お気持ちは、ありがたいのですが……」

「Pさん、今は練習の時間ですよ? ほらっ、もう一度、言ってみてください!」

 

 

 やはり普段とは違う感覚で話そうとすると困るのか、いつものように首筋に手を回している。そして一つ息を吐くと、少し意を決したような表情になった。

 そんなに気合入れるようなことですか? それ?

 

 

「あの、お気持ちは……いえっ、気持ちはありがたい……あぁいや、気持ちは、貰っておく……ぜ」

「いいじゃありませんか!」

「……そうでしょうか」

「ワイルドな魅力、出てましたよ!」

 

 

 いや、ほんまか? それ、ほんまござか? ドーラァ?

 ワイルドな魅力が出ているよりも、違和感の方が出ていたっぽいんだけど。Pさんもそんなに詰まるか? この人って幼少期からずっと丁寧語なんかもしかして。

 

 

「それじゃあ次は、私を卯月ちゃんだと思って話しかけてください!」

「そう、言われましても……何を話せばいいのか、すぐには……」

「それじゃ、いつもみたいに一日のスケジュールを伝えるとか。ほら、さっき俺にやったみたいに」

「スケジュール、ですか」

「それだったら、いつものようにやるのを丁寧語抜くだけで良いですし!」

 

 

 さっきのはいつも無意識に返している言葉を変えようとしたから詰まったんだろう。僕のよく見る罰ゲームが重い系You〇uberも語尾を変えた後は、大体の場合ふとした返事で語尾を忘れて本気でチクショー! って言ってるし。

 逆に言えば、普段からよくやっている事であれば、本文自体はすらすらと出てくるので後は語尾を変えるだけなのである! 至極簡単! 圧倒的イージー! ポペペペピポー!

 

 

「島村さん、本日の午後からhいえっ、今日の午後からはボイスレッスンの後にサインを書いていたdあぁっ、ポスターにサインを書いて、くれ……? あぁいや、書いて欲しい、ぜ……?」

「……ふふっ、あははっ……!」

「やば……やばいっす、千川さんこれ……っくはは……!」

「あの、お二人とも……?」

「す、すみませんっ……面白くなって、つい……!」

「Pさん……本当にボロボロっすね……っくく……!」

 

 

 ヤバイ、語尾変更と丁寧語強制の致命的な違いを忘れていた。

 これ、普段喋っている言語は変えずに語尾だけ変えればいい語尾変更と違って、丁寧語ってそもそもの言葉を変えるから、それ全部変えようとするとガッタガタになるんか。

 

 マージでヤバイ、壊れたイケボDJかと思ったもん。ビョッブボッビュ病院で!? のそれのバグり方だったもん。多分これmihi〇aru GTにつながるもん。

 

 

「……でも、Pさんの思い。きっとあの子達にも伝わってると思いますよ。この前は色々ありましたけど、頑張ってくださいね、Pさん」

「意外と俺ら、Pさんの事は見てますから。ちょっとくらい信用してくださいよ。信用に値するようにやってみせますから」

 

 あんなことしておいて、どの面下げて言ってんねんこのガキゃあとは思ってしまったが、許してくれ。

 

 俺たち子どもは、多分、大人が思っているよりもずっと、大人の事を見ている気がする。大人が子ども扱いしているのか、子供が大人が思っているよりも成熟してるからなのかはわかんないけどね。

 凛だってPさんの事を見てて信頼してたからこそあの反発だったんだろうし、そういう意味でも大人って大変だよな。俺達みたいな大人と子供の中間みたいなやつらの面倒見ないといけないんだからさ。

 

 

「……ありがとうございます……いやっ、ありが、とう」

「この調子だと、もうしばらくはかかりそうですね……?」

「そうっすねぇ」



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昔話はしすぎると飽きられる

 親の趣味や好みは子に遺伝するという。遺伝子的な面なのか家庭環境の面なのかはわからないが、日本排泄物大学の研究ではそういう物があるらしい。知らんけど。

 飯の趣味、曲の趣味、スポーツの趣味、そもそもハマる趣味嗜好。あれ、親と一緒じゃね? っていう人もいるんじゃなかろうか。安心したまえ、俺もその一人だ。

 

 スポーツに関しては親も野球カジュアル勢だったためほとんど関係ないが、飯や音楽、そして楽器に関しては完全に親の趣味を引き継いでいる。なんだったら俺がベースを始めたのは父親の影響だ。

 元々、俺の父はバンドマンだったらしく、今思えば、生まれてから家には当たり前のようにギターやベースが置いてあった。

 というか、そもそも俺のベースの指導者は父親だ。父親はギタリストなんだけどな。

 始めて楽器を触ってから2年くらいは、ずっと父親にベースやギターを教えてもらってきた。今思い返せば、本来金を払って教えてもらうような専門的趣味が、家で手軽に教えてもらえたのだからお得な話ではある。

 

 曲の趣味も完全に父親譲りだ。90年代のロックを普通に弾いたり聞いたりしているのは、どう考えても父親の影響と言わざるを得ない。

 そうじゃなければ、何をどう間違えて自分が生まれる前の曲を好んで聞いたりするものか。親の運転する車で延々とその曲が流れていれば勝手に覚えるし、好きにもなっていくだろ。

 

 

「~♪」

 

 

 こういう暇な時間なんかは、音楽を聴くのに最適だ。

 広い事務所に俺一人。普段はイヤホンとか人がいる時にはあまりつけないが、こういう時に自分の世界に没頭して音楽の海にドボンとダイビング出来るから、やはりイヤホンは音楽好きにとっては必需品だね。

 李衣菜みたいに年中首から掛けてるわけじゃないけどな。あいつなに聞いてるんだろな。

 

 目をつむって、ちょっと大げさに音をあげてみる。そうして目を閉じるとあら不思議、一瞬でお手軽映画館にいるような没入感になる。聴覚だけでここまでいろんなことを感じられるんだから、音楽ってすげえよな。

 

 

「……ん?」

「おはよっ、まっさん!」

 

 

 肩をポンポンと叩かれる感覚がして、半分落ちかけた意識が戻ってくる。左耳のイヤホンを外して振り返ると、そこには満面の笑みをした外ハネ超絶陽キャ娘こと、本田未央が割と近めの位置に座していた。

 本田さんそういう軽いスキンシップがね、全国の男子高校生たちを勘違いさせるんですよ。こいつ絶対に自分で把握してないだけでクラスメイト何人か惚れさせてるぞ。

 

 

「ん。おはよ」

「なに聞いてたの?」

「ちょっと昔の曲」

「そういう趣味なの?」

「まぁな。李衣菜とはちょっと違うと思うよ」

 

 

 李衣菜が普段どういう音楽を聴いてるのか俺は知らんけど。洋楽とか聞いてんのかな。俺、洋楽とかマジでなんもわからんから一切聞いたことないんだよな。なんかカッコいいって言うのはわかるけど。

 

 

「今日ってまっさんだけ?」

「みたいだな。多分他の連中はみんなレッスンとかだと思う。美波さんとアーニャは取材とか」

「じゃあ私が一番乗りかー」

「凛と卯月は?」

「15時から一緒にダンスレッスン」

「まだ時間に余裕あるけど」

「なんとなく早めに来ようと思ってさ!」

 

 

 右側にあるソファーにどっと腰かけてスマホを弄りだす。

 なんか意外だ。本田って大体こういうときは早めに自主練したりだとか、もしくは凛か卯月のどちらかを捕まえて一緒に来るのがよくあるパターンだと思ってたけど。こういうパターンもたまにはあるのね。なんか珍しい。

 

 

「あっ、そうだ! 聴きたいことあったんだ!」

「びっくりした」

 

 

 スマホをソファーにボンっと押し付け、重大な事実が目の前に出てきたような反応を見せる。

 急に大声出すなよびっくりしちゃうだろ。俺もうイヤホンしまっちゃったんだから。

 

 

「ねぇねぇ、まっさんとしぶりんって、ぶっちゃけどーゆー関係?」

「昔からの馴染み」

「いやいや絶対にそれだけじゃないでしょ! お互いの理解度が凄いし!」

「まぁ、生まれてからの付き合いだし、兄弟みたいな感じだからな」

「いやいやいやいや、兄弟でもあそこまでは中々ないって! 私、兄弟いるからわかるもん!」

 

 

 お前、兄弟居たんか。なんか解釈一致だな。すっげぇ博識っぽい兄か弟がいそう。

 って言うかアレなんだよな。兄弟とか姉妹って片っぽが元気だともう片っぽは大人しい説あるよな。

 あと、片っぽがバカだと片っぽがすっげえ頭良くなったりするから、大体お母ちゃんのお腹の中に脳みそ置いてきたのを下の子が回収してきたとかいうよな。俺の友達もめっちゃバカだけど、妹がクッソ頭良くておんなじこと言ってたわ。

 

 

「だってこの前の時だってしぶりんのこと守ってたのってまっさんでしょ?」

「いや、守れてはないが」

「いやおかしいよ! 兄弟みたいな関係でもあそこまでは出来ないって!」

「そうかぁ?」

 

 

 いや、だってあの時は李衣菜から凛が早退したって聞いて飛んでっただけだし。

 俺は凛に何かしら緊急事態が起きた時に絶対にサーチできる特殊能力とかを持っているわけでもない。そんなもん持ってたら李衣菜から連絡が来る前に、凛の家じゃなくて事務所にすっ飛んでただろうし。

 

 

「まるで恋人同士みたいだもん! しぶりんもまっさんの事は凄い知ってるし、まっさんだってしぶりんの事凄い知ってるじゃん!」

「そりゃ歴が違うからな」

「そうだけどそうじゃないのー!」

 

 

 なんだよ、ただ単に付き合いが長いの一言に尽きるじゃねぇかよ。

 多分だけど、俺の立場に本田がいても全く同じ様になってたと思うぞ。付き合いの長さって言うのは、基本的にはそのまま相手への理解度に比例するわけだし。

 

 

「私はしぶりんとまっさんがなんでそんなに仲が良いのか知りたいの!」

「なんで」

「いや……それを知れば、しぶりんともっと仲良くなれるかなって……」

 

 

 ……ははーん。さてはこいつ、この前の一件をまだ引きずってんだな? 俺なんてPさんが許してくれたのを良いことに、もうなかったことにしようとしてるんだから。絶対になかったことにはならないし、俺もしないだろうけど。

 お前は俺と違って正当に近い理由があったんだし、終わったことなんだから自分の中にとどめる程度にしといてもう終わりでもいいのにな。義理堅いというか、リーダーとしての自覚というか。責任感の強い奴め。

 

 そもそもお前は凛に嫌われているわけではないんだし、今のままの本田で全然大丈夫なのに。寧ろ今のままの方が良いと思うけどな。急にキャラ変したらしたであいつが戸惑いそうだし。

 

 

「俺は今のままの本田で凛と向き合うのが、一番理にかなってると思うけどな」

「うぅ……まっさんの意地悪……」

「話が変わってくるようなことを言うじゃありません」

 

 

 なんだか気持ち本田が小さく見える。

 どうしよう。この立場、滅茶苦茶やりづらい。ヤレヤレ系の主人公っていっつもこういう気持ちなのかな。だとしたらあの人たちも割と大変なんだな。そりゃあチートみたいな能力貰わないと割に合わないわけだわ。

 

 …………ちょっとだけなら、昔話をしても凛だって許してくれるか。本田相手だし許してくれるだろう。なんとでもなるはずだ。やって見せろよ誰だっけ?

 

 

「あいつさ、昔は友達作るの苦手だったんだわ。幼稚園の頃とか小学校低学年の頃は無口なうえに、近づいてくる奴らみんな睨みつけるもんだからよ」

「今のしぶりんはそうは見えないけど……」

「昔の話だよ。これ、あいつには内緒だぞ?」

 

 

 マジで昔のあいつは、人との付き合い方が分からなかったんだろうな。昔から警戒心は強かったというか、というよりも、未だに初対面の人に対して警戒心が強いのは、このころの名残もあるんだろう。

 若干だけど人見知りみたいな面もあったし、昔から割と目つきは鋭い所あったから、睨まれた側は逃げるわ泣くわの何のって。

 

 本人は泣かせるつもりもなかっただろうから、余計に人に近づかなくなるの悪循環だよな。小学校に上がる頃にはもう人にあんまり近づかないようなクセが出来てて、凛は一人で行動することが多かった。っていうよりも、俺といる時以外は大体一人だったな。

 

 

「そんな時に話したり遊んでた相手が、偶々俺だったってだけだよ」

「近所に他の子とかいなかったの?」

「いないことも無いけど、学年が違ったりで接点もそんなになかったんだよ。まぁ、俺も凛とは一学年違うけど」

 

 

 俺と凛の家は小学校から若干離れたところに区分してたから近所に同学年の友達が少なかったんよな。俺は普通に友達とかもいたんだけど、まだ友達の作り方とか知らんかった凛はそういうわけでもなく。

 

 

「まっさんは昔のしぶりん怖くなかったの?」

「そりゃあ俺もガキだったし、最初の方は睨まれた記憶しかなくて怖かったし、マジで距離感測りかねてたよ。お互いに何考えてんのかわかんねーしな」

「昔のしぶりん……ちょっと気になるかも」

「ま、全部昔の話よ」

 

 

 物心ついたときには一緒に居たと思うんけど、それでも俺の記憶にある最古の凛の記憶って、なんか死ぬほど睨まれてめっちゃ怖かった記憶しかないんだよな。

 あと昔の思い出だと、確か小学校上がるか上がらないかくらいで一回喧嘩した記憶も印象的。そん時に改めて凛との距離感測るのに物凄く苦労した思い出あるわ。逆にそれがあったから、今の凛との関係が成り立ってるところあるけど。

 どうやって仲直りしたんだっけアレ。なにが原因で喧嘩したのかは覚えてないけど、凛を泣かせて死ぬほど気まずかったって記憶だけくっきりとあるな。

 

 あと、どうしても昔の凛は物静かだったから。ずっと一緒に居たとはいえ、何考えてるかわからねーって困ることもあったな。結局、どこまで行っても以心伝心って訳ではないし。

 

 

「学年上がって高学年になって、周りも落ち着いていったら、自然と凛にも友達は出来たんだけどな。いないまでの期間が少しだけ長かったんだよ」

「じゃあ、しぶりんがちっちゃい時は?」

「殆ど俺にくっついてた。まぁ、あいつも特別孤独が好きってタイプでもないしな」

 

 

 いや、本当にずっとくっついてた。当時は友達がまだいなかったから人との距離感もよくわかんなかったんだろうな。俺が友達の家に遊びに行くとかでもない限りはずっとだった。

 しかも家が隣同士で家族ぐるみの付き合いなもんだから、余計に距離が近くなりやすかったんだよな。しかも親目線、自分の娘息子が死ぬほど仲が良く見えるもんだから、そりゃあウッキウキという話よ。

 

 

「中学に上がれば、凛にも親友って呼べるような友達が出来てさ。それ以降は、特別俺がなんかしたって事はなんもないよ」

「しぶりんにそんな友達がいるの、私知らなかった……」

「二人ともすげー良い奴らだよ」

 

 

 独り立ちって言うと凛にも失礼かもしれんけど、中学に上がって加蓮と奈緒って言う一番仲の良い友達が出来るまで、本当に小学校では隙あらばずっとくっついているって感じだったし。

 俺も年下好きとか色々言われたけど、事情を知らん奴は好き勝手言わせれば宜し。凛は気にしてたけど、それも懐かしい話だなぁ。

 

 小学校高学年から中学に上がって、凛にも人並みに友達が出来るようになって行ったにつれ、自然と俺の出番は少なくなっていった。あとは、俺が凛の事をちゃんと異性として認識し始めたっぽいってのもあって、余計に距離感が少しずつ離れていったってのもある。

 前までの距離が近すぎたって言うのは勿論わかるが、なんか若干寂しいのは事実だよな。懐いてたのになんかちょっと距離を取られるようになった感覚。実際はわかんないけど。昔はあんなに懐いてたのになー。おいおいおいおい……

 

 

「まっさんが彼女いないって言うのはよく聞くけど。それじゃあ、しぶりん彼氏とかもいたことないのかな」

「お前普通に刺すやん。うーん、多分な。まぁ、あいつは多分まだ恋愛感情的な物を抱いたことが無いんだろ」

「なんでわかるの?」

「なんとなく」

 

 

 あいつが俺に対して求めているというか、抱いている感情は、異性に対して抱く恋愛感情的な物とは少し違う気がする。

 なんというか、それに比べると少し近すぎるというか。それにしては毛色が違うというか。そんな感じ。

 ハナコに向けている感情も愛情と言えるじゃん? なんかそれに近い気がする。そりゃあ、知らんけど普通の男女の高校生にしては距離が近いかもしれないが、俺たちのそれはバカップルのそれじゃないんだよな。説明難しい。

 

 

「なんか。凄いまっさんってしぶりんを見る時って凄い優しそうな眼をするもんね」

「そうか?」

「うん。しぶりんもまっさんを見てる時は違うもん。なんか、本当に仲が良いんだなって感じ」

「なんだそれ」

「あははっ、なんか兄妹みたいだね!」

 

 

 あー、それかもしれん。その表し方が一番正しいのかもな。

 他人から見たら俺たちの関係って言うのは一番兄妹が近しいのかもしれない。良くも悪くも本当の兄妹じゃないからこそ、今の俺とあいつの関係でいられてるのかな。良いのか悪いのかわかんねーけど。

 

 

「ま、あいつは俺の事どう思ってんのかわかんねーけどな。乙女心とか本当にわからん」

「まっさんは割とわかってるほうだと思うけど」

「乙女心理解してたらとっくの昔に彼女出来てるよ」

「自信あるんだねぇ」

「大体、女性との付き合いって乙女心理解度勝負なところない?」

 

 

 俺、彼女とか出来たことないから知らんけど。

 だって考えてみ? 顔面偏差値だけなら多分俺と変わらん奴が、バンバン女とっかえひっかえしてバンバン女食ってるんだぜ? つれぇよ。

 きっと何が違うかって考えると、やっぱトーク力とかコミュ力とか乙女心理解度とかだと思うんだよな。俺もそれさえあれば彼女が出来るはずなんだ。俺ァ悲しいよ。おっかさん。

 

 

「意地張らないでしぶりんと付き合っちゃえばいいのに」

「そんなこと出来るかボケカス話聞いてた?」

 

 

 凛が彼女……凛が彼女かぁ……

 俺だって思春期の男子だから5万回くらいそのシチュエーション考えたけど、なんというか、やっぱり渋谷凛は俺の中でどこまで行っても渋谷凛なんだよな。多分、あいつも同じだと思う。聞いたことないけど。



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ご近所付き合いは穏便に

 俺が寮に入って、もう三ヶ月ほど経つようになったのだろうか。いつの間にか六月も下旬に差し掛かってしまった。

 未だに周りの超絶可愛いアイドル達に負担を与えないように警戒して生活している俺だが、ここ最近、新たな疑問が浮かび上がった。

 

 

「この部屋の防音ってどうなってるん?」

「それを聞くためだけにボク達を呼んだのか」

「あたしらって、光からしたら丁度隣人やもんねー」

「そゆこと」

 

 

 そういうわけで、今日はこのお二方に協力していただく運びになりました。超人気アイドル塩見周子さんと超人気アイドルの二宮飛鳥さんです。わー。

 

 こうやって思うと、俺ってすげぇ恵まれた立地なのかもしれんな。ここにいるアイドルほぼほぼテレビ出演を経験している凄いアイドル達なんだろうけど。

 特にこの二人は露出も多いらしいし。俺、全然知らんかったから、自由気ままな狐っぽい美人と、とてつもなく中二病なイケメン系僕っこだと思ってたよ。変わりはないんだろうけどね。実際出てるかどうかも、俺はテレビとか未だに殆ど見ないから知らんけど。

 

 

「用意するのはこれ、アコースティックギター!」

「光、ほんまにスタジオミュージシャンやったんやなぁ」

「ボクはよく聞いてるけどね」

 

 

 そっか、周子さんは俺がアコギとかベース弾いてる所あんまり知らないんだよな。そういうところを見せたことも見られたこともなかったし。特別見せる意味もないしなぁ。

 っていうか、俺がスタジオミュージシャンだったか半信半疑だったみたいなこと言ってるけど、今まで周子さんの中でそういう理解をされてるとしたら、俺は何故か女子寮にいる自称スタジオミュージシャンとか言う立ち位置になってたのか。

 やべーだろそれ。いや、事実俺がここにいるのがヤバいんだけど。

 

 飛鳥とは何故か夜の公園で良くエンカウントするからな。大体夜にギターを持って公園に行くと、3割くらいの確率で飛鳥かアーニャちゃんにエンカウントするんだよね。ポケモンか? 夜にしか出ないレア系のやつか?

 

 

「光は弾くのも上手いが歌も上手でね。中々夜に聞くと良いものだよ」

「へー! 歌も上手いんやったら、本当にアイドルになればええのに」

「そういうキャラじゃないんで。それに、346プロって男性アイドルいないじゃないすか」

「光が第一号で!」

「俺より顔の良くて歌が上手くて踊れる人にその座は譲りますよ」

 

 

 多分、そういう人間は腐るほどいるしね。世の中には一つあればやべえって才をいくつも持っている天才って人間がいるんだよ。

 大体そういう人間は蓋を開けると、何かが欠落してる代わりに才能が突出してるか、努力する才能が一番凄くて、それを基盤に才能が磨かれていくかの二択なんだけどね。

 

 

「っていうわけで、ここで今日の企画説明~」

「おー!」

「俺がここで普通に流すくらいで一回、割とフルパワーでもう一回歌います。お二人にはそれぞれ自分の部屋でどれくらい音が聞こえるか確認していただきます! 後ついでにベースも通るか試します! 以上!」

「至極単純だね」

「単純明快圧倒的シンプルそれが一番」

「それには同意するよ」

「回りくどいのはシューコちゃんもごめん被るからね~」

 

 

 二人が今日空いているって言うのはもう調査済みだけどね。心配なのは今の時間帯が夜に差し掛かりそうな時間帯ってあたりだけど、幸いにもこの環境下において騒音被害になりえるのは両隣の部屋だけであり、今回はその二人に調査を協力していただいているので問題なし。

 つまりこの計画は完璧! 至極簡単! 圧倒的イージー!

 

 

「っていうわけで5分後にまた俺の部屋に集合していただくっていう形で、どうかよろしくお願いします」

「りょーかい」

「わかったよ。それじゃあ、また」

 

 

 そんなわけでパタンパタンと二人そろって退室していくのを確認して、パパっとアコギのチューニングをする。

 これをすることでこの先俺の人生がどうなるかとかはマジで全くないんだけど、普通に気になることだしね。近所迷惑撲滅にもなるし。

 

 

「……よっしゃ。あー、アーっ。ンンッ」

 

 

 喉を鳴らして声のかかり方を確認する。俺はちょっと変わった歌い方を意識してるから、割とこういうのも意識するタイプ。まぁただのエッジボイスなんだけどね。

 男のエッジボイスってかっこよくね? 俺は好きなんだよね。俺ももっと高音強かったらなって思うことも多々ある。

 

 

「いきまーす」

 

 

 ピックをくるくると回してアコギに当てる。なんか聞かれると思うと緊張するな。無駄に。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「どうでした?」

「結論、フルパワーだと若干聞こえたね」

「ベースの方も問題なかったよ。確かに耳を済ませれば何か鳴っていると感じることが出来なくもない、という程度だね」

「若干で済むんだ」

「まー、黙ってたけど、ここの防音性ってかなりいいからねー」

 

 

 なんでそれを先に言わなかったんですか周子さん。絶対に無駄な行為だったじゃないっすか今の。

 

 そんなわけで普通に歌唱とフルパワー歌唱、無事に終えました。無事に終えたと言っても、フルパワーで歌うことが普段あまりない+とにかく大声を張り上げようと無茶な歌い方をしたので、若干喉死んだわ。

 何だったんだ本当。あんな歌い方二度としないわ。しようと思う機会すらないわ、絶対。

 

 

「あれだけ叫ぶように歌わないと貫通しないってことは、要するに普通に歌う分には問題ないということだしね」

「実際普通に歌ってたのは聞こえました?」

「壁に耳引っ付ければなんとか聞こえる程度かな」

「そんなに防音性能高いんすか」

 

 

 この寮ってマジでなんか欠点あるのか。多少狭いってくらいか? でも狭さの点でも食堂やら風呂やらなんやらがバチボコに寮内にあるし、全然問題ないんだよな。本当に欠点ないじゃん。嘘だろ。流石346プロ!(ゴマすり)

 

 マジでここまで欠点がないと俺が男って事だけが欠点になるんだよな。今から息子切り落としたら女性になれたりしねーかな。嫌でもそれだけは絶対に嫌だな。うん絶対に嫌だ。

 この世で自分の息子をそぎ落としたいと思っている男性は、性別上男性なだけで中身は美しい女性の方だからね。こんな不純な理由でぶった切ろうとした僕の負けです。なにが?(賢者タイム)

 

 

「あぁ、こちらも問題全くなかった……いや、一点だけ問題があるな」

「なに?」

「深夜に広場に行った時のボクの楽しみが一つ減る」

 

 

 知らんわと言いそうになった。っていうかお前そんなもん楽しみにしてたのかよ。隣の部屋にいるだろ元凶が。元凶? 元凶か(納得)

 

 

「いや、そういう気分の時は多分、俺も外に出るから……」

「ギタリストというのは、そういう生き物なのかい?」

「俺はギタリストというほど弾けないからあれだけど、夜空の下でアコギ弾くって男のロマンじゃない?」

「シューコちゃん達に男のロマンを説かれてもわかんないけどね。ま、気持ちはわからんでもないけど」

 

 

 それじゃあ男のロマンじゃなくて、ただのロマンでは? そもそも、男のロマンって本当に男限定なのか?

 そもそも男のロマンって先を見据えずにただロマンを追い求めるからロマンなのでは? あれ、ロマンって何なんだ(哲学)

 

 

「あと、うちの寮って夏樹ちゃんいるじゃん?」

「確か同じ一階でしたよね」

「そーそー」

 

 

 他で俺が知ってるアイドルで寮住みの人だと、いつだかに凛に教えてもらった金髪の超かわいい人こと大槻唯さんだとか、志希ちゃんさんとくっつくと碌なことにならないフレデリカさんとか、アイドルというよりも芸人なんじゃないかと俺の中で今話題の輿水幸子ちゃんとかも寮住まいなんだよな。本当にこの寮どうなってんだよ。

 

 実際に今例に挙げた人たちは、大槻唯さん以外、寮内で一回は見かけたことはある。話しかけようだとか、サインを貰おうだとかは思わなかったけど。

 そもそも、俺は基本的にアイドルと接触したくないから風呂とか飯も自分の部屋で済ませてるしな。大浴場とか男性スペースあるのかな。

 

 

「夏樹ちゃんも普通に自分の部屋でギター弾いてるらしいんやけど、そういうの全然聞こえないからさ」

「ほう。つまり、最初っからこんなことしなくてもギターの音程度なら貫通しないと知ってたと」

「そゆことー。シューコちゃんの方が寮生活長いからね!」

「なんで周子さんも無駄足になるのに言わなかったんすか……」

「発想が単純でおもろいなーって思ったんよ」

 

 

 こんの京の狐娘先輩が……! いや、まぁ別に俺に実害的な被害は出てないから良いんだけどさ。待て、喉痛いわ。いや待て待て、俺が喉痛くなったところで特に被害はなかったわ。

 

 少し考えれば、あの音楽の虫の夏樹さんが自室でギターを弾かないはずがないんだよな。エレキをアンプに繋がないでも弾けるっちゃあ弾けるけど、夏樹さん確か普通にアコギ持ってたしな。

 俺の考えが浅かった。無念なり。

 

 

「飛鳥は知ってたの?」

「勿論。寮内でボイストレーニング等をする子もいるし、音楽を聴くのが趣味の子だっているからね」

 

 

 お前も黙ってたんかい。冷静になって考えてみれば、そういう前例とか腐るほど有りそうではあるけども、飛鳥もわかってて黙ってたんかい。飛鳥ってクールぶってるけど、なんだかんだ茶目っ気あるよな。こんの悪戯っ子共が。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 色々と合った(色々あったとは言っていない)が、今俺は問題なく部屋でアコギを弾き散らかしている。

 アコギって割と音が出るので、マジでこの音量で音漏れしてないとしたら本当に防音性高いんだな。楽器だから割と音が出るも何もないんだけどね。

 

 

「G……G……Dsus4……んでEm7ね」

 

 

 鼻歌で歌詞のメロディをなぞりながら、画面に映るコードをアコギで奏でていく。

 外だと中々こうやって新しい曲を練習しようってよりも、元々できる曲を気持ちよく歌おうって感じになるから、中々新しい曲を覚えることが出来なかったんよな。

 

 本当に入寮してからは新しい曲なんて練習してなかったから、下手したら二か月ぶりくらいになるのだろうか。奏のあれはヘッドホンアンプを使ったベースの練習だったから、完全ソロで成立する弾き語りの練習は正真正銘それくらい空いている。

 

 

 コンコンッ

 

「……凛か?」

 

 

 いつもよりも少し控えめなノックが二回。ドアからしてくる。

 俺の部屋にお客さんが来る場合、10回中10回は渋谷凛でたまに違う人が飛んでくるから、恐らくドアの向こうに立っているのは渋谷凛だろう。ゲシュタルト崩壊しそう。

 

 

「はい、なんでしょう」

「Добрый вечер……こんばんは、光……?」

 

 

 ドアの前にいたのは、なんか若干おずおずしながらこちらを見上げてくる顔面超絶完成形最終兵器、アナスタシア。

 予想外の来客すぎて心臓飛び出るかと思ったが、一体どういうことなのコ〇ンくん。

 

 

「どしたの、珍しい?」

「я слышала……アスカから、聞きました。光、部屋でギター弾いてるって。アーニャ、光の歌、聞きたいです!」

 

 

 あー、なるほどね。な──るほどね、あんにゃろう。アーニャ見かけたついでに、なんてことない情報ふき込みやがったな。

 

 

「……そんなに俺の歌が良いの?」

「光の歌、アーニャ、大好きです!」

 

 

 あーら可愛い。今すぐにでもこの可愛い生物を撫でまわしてあげたい。俺の歌なんかで良ければ好きなだけ聞かせてあげたい。

 だけど、だけどだ。今までは飛鳥とか周子さんとか、そのなんていうの? 純粋無垢というよりかは、なんというかどちらかというと大人っぽい人だから俺の部屋に上げてたわけであって、純粋無垢なアーニャを部屋に上げるとあれやそれやと変な噂が立ちかねないわけであって、アーニャにも迷惑がというかなんというか。

 

 

「やっぱり、迷惑、でしたか?」

「練習しながらでもいいなら好きなだけ聞いてくれ。ちょっと散らかっててもいいなら」

「да! 光の歌、いっぱい、聞かせてください!」

 

 

 結局、アーニャちゃんは俺の部屋に上がりこんで満足いくまで静かに、かつウッキウキの表情で歌(練習中)を聞いて頂いた。喜んでもらえて何よりだね。

 

 ただ問題はそのあと。1時間ほどしたあたりで、なんかやけに静かだなーと思って振り返ってみたら、アーニャが知らん間にぐっすりとベッドに横たわって寝ていた。

 寝てしまったアーニャに関しては、元凶と言える飛鳥にしっかりと責任を取ってもらう形で、申し訳なかったが一旦起きてもらったうえで飛鳥同行の元、アーニャの部屋にしっかりお帰り頂いた。

 

 またこれが定期になったら、俺もうなんかもう。多分明日槍かなんかが振ってきて死ぬわ(未来予知)



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デュエットできる曲大体ラブソング

毎回自分で小説の絵を描いてみたいなって思うんですけど、絵は描けないので断念してます。
ファンアートいつでも待ってます! 容姿とか聞きたい質問あれば全部答えるので! ファンアート欲しい!!!(大本音)


「本当にギター弾けるんだね」

「昔からギター自体弾けただろ」

「そういう意味じゃなくて」

 

 

 何事も問題はないかのようにあたりまえ体操みたいな感じでアコギをテロテロと弾く俺に対して、ベッドに座り込んで懐疑の目線を向けてくる凛さん。

 俺がギターを弾けるのは知ってんだろお前。弾くようになったのは中学になってからなんだから。

 

 本日はどうやらみっちりダンスレッスン終わりだったらしく、少々ぐったりした様子で来客してきなすった。

 疲れてるんだから大人しく直帰して寝ればいいのに、わざわざ顔を出しに来るなんて律儀な奴だな。俺の部屋に来たってやることないだろうに。

 

 

「防音性の事。ここ、寮でしょ? 隣の部屋にも人いるし」

「ふふん。俺を誰だと思ってんだお前」

「光」

「それはそうだが。ここって防音設備も整っててさ、大声張り上げて歌わない限りは音漏れしないんだよ」

「へー、それじゃあ昔みたいに私の部屋に聞こえてくることは無いと」

「なんでそれ実家に住んでるときに言ってくれなかったの?」

「迷惑じゃなかったし」

 

 

 えっ、アレ聞こえてたの? 部屋で普通に桑〇マシマシ物まねで歌ってたのも聞かれてたの? 超絶恥ずかしいじゃん、なんで言わないんだよてめえ。

 まぁ普通に防音性能完備されてないただの一軒家で普通にギター弾いて歌ってる方が悪いんだよな。お風呂で熱唱してたのもばれてたのかな。うわぁ……うわぁあ……

 

 

「恥ずかしい」

「恥ずかしがるクオリティでもないでしょ」

「普通人に歌う時は人に歌うって心意気の歌を歌ってんの!」

「わかんないけど……いいじゃん別に、減るものでもないし」

 

 

 いやあるんだよ、そういう心の持ちようって言うのが。自分一人だと思ったら人に見られてて、変なことしてるわけじゃないけど恥ずかしいわ! ってなることあるじゃん。あれだよ、あれ。

 

 

「……ちょっとギター貸してよ。久々に弾いてみたい」

「ほい」

「ありがと」

 

 

 俺が持つとそれなりのサイズに見えるアコギだけど、凛が右足に乗せて弾く格好を見てるとなんかでかく見える。

 アコギってボディでかいしな。でかいし、エレキに比べて厚みもあるから、抱えるような形になるんだよな。凛の線が細いってのもあるけど。

 

 俺が実家にいる時はちょくちょく俺のギターを使ってたが、それも数か月前の話だ。流石に覚えてないよなぁ。

 ……と、思っていたけど、なんか思ってた10倍くらい普通に弾けてる。なんならコードも覚えてる。

 やっぱお前センスあるよな。本気でやりこんだら俺より上手くなりそうって何回も言ったことがある気がする。そのたびに『光が弾いてるのを見る方が好きだからいい』って言ってたけど。絶対に弾く方が楽しいよ。

 

 

「弾けるね」

「弾けてるねぇ」

 

 

 久々にギターを握る感覚が気持ちいいのか、はたまたちゃんと弾けているという事実が嬉しいのかわからんが、なんだか凛ちゃんとっても楽しそうで何よりである。

 うん、やっぱりなんも問題なく弾けている。こいつやっぱりセンスの塊じゃねえか。ギターやろうぜ?

 

 

「……なに、そんなにニヤニヤして」

「いやぁ? なんかギター弾いてる凛って良いなーって」

「久しぶりに見て面白がってるだけでしょ」

 

 

 さっきまで楽しそうだったのに、ニヤニヤしてる俺を見てちょっと不機嫌になられる。仕方ないやん。沈まれ口角。

 

 でも実際それはそう。相変わらずギターに持たれているようなサイズ感は変わってないんだなーとか。そういうところを見ると、ちょっと変わったようで別にあの時と何も変わってはいないんだなって、そう思える。

 あとは単純に知り合いが俺とおんなじ趣味やってるってだけでなんか嬉しいよな。共有したいとまでは思わないけど、布教してるときとかすごく生きがいを感じる。

 

 

「凛、点描の唄とか覚えてるか?」

「覚えてるけど。何だったら合わせるよ」

「カジュアルに合わせてもらうほどなまっちゃいないよ。こう見えても、プロ見習いですわよ???」

「なんでそんなにキモく言ったの」

 

 

 いや、そんな大っぴらにプロのスタジオミュージシャンです! なーんて言えるような実績でも立場でもないですし僕……

 

 とは言えとは言え、たまにしかギター触らないよって人に合わせてもらうほど、僕の腕は下手糞って訳ではないんですよ。

 何だったら346プロに来てから色々と上達したからね。やっぱプロの指導者って言うのは凄いんだから。独学で学んでいたあの時に比べると5倍くらいの速度で成長してきてる気がする。だからお仕事としてやってるプロって呼ばれるわけなんだろうけどね。

 

 

「……ここって、ベース大丈夫なの」

「おう、検証済みだ。任せろって」

「何から何までやけに準備が良いけど」

「俺って元々ギターってよりもベースの方が主体なんだけどな」

 

 

 相棒とも言えるベースをアンプに繋ぎ、慣れた手つきでチューニングを済ませる。

 実家から持ち込んだ小さめのサイズのアンプから出るベース音が、何とも言えない高揚感を掻き立ててくれる。こういう場面で弾くのは久々だもんな。

 

 外で披露するのはギターが多いだけで、本職はベーシストなんですよね。

 こう見えても、ちゃんと軽音部所属してるし。最近こっち優先して全く行ってないけど。退部勧告とかされないよな? 大丈夫だよな? 一応ちゃんと先生にはこの仕事の話は通してあるもんな。

 

 

「給料入ったんでしょ。新しいベースとか買おうと思わないの?」

「あー……半分くらい親に送っちまったから、そんなに余裕ないんだよ。中古でもう一本買ってもいいけど、そこまでしてサブが欲しいわけでもないしな。こいつ万能だし」

「今のそれってお父さんが買ってきてくれたんだっけ」

「見た目だけ指定したらな。音も良いしこいつで事足りるんだよな」

 

 

 まぁもう一本何か買うとするならジャズベとかプレベになるんだろうな。

 音的には両方とも好みなんだけど、今持ってるのが本当に手になじんでるから、新しいベースを買うってのはちょっと躊躇するよな。

 

 逆に新しくエレキギターを一本買うのはどうだろうか。嘘、ないわ。そもそも出番がない。

 とはいえ一本くらい持っとくのはありなんかなぁ。実家に行きゃあるから一本くらいパクってこれんものか。

 

 

「確かに、似合ってるよ。見慣れてるってのもあるけどさ。服も冒険しないし」

「うるせぇな。そもそも、割と攻めた格好しても似合うお前がずるいんだよ」

「光も十分似合うと思うけど。今度買い物でも付き合おうか?」

「凛のセンスに任せると若干チャラくなるから遠慮しとく」

「まぁ、服なんて着てくれれば好きにすればいいけど」

 

 

 いや、そんな不満げにされても困るんですよ。貴方たまに素でチェーン付き財布とか似合うって言って持ってくるじゃないの。趣味嗜好が完全に出てるんですよ。

 

 俺の好みはのぺーっとした感じなの! 冒険とかいらないの!

 ベース買ってきちゃるって親父に言われた時だって、ド派手な見た目が好みじゃない俺は『5弦でボディがナチュラルカラーが良い』って言ったからね。

 来たベースはモデル先が尖ってるベースだったけど、今では相棒。後地味に先っちょの方に鬼って入ってるからね。実は尖ってるよねキミ。

 

 

「で、やるの? 私は何時でも行けるけど」

「ワーオ、準備万端」

「そっちも準備できてるでしょ」

 

 

 そりゃ勿論。ただただ話してただけじゃないですからね。

 と言っても、準備なんて大層なことはしてないんだけど。エフェクターとかも特にやってないし、本当にアンプ通してチューニングしただけ。

 

 

「好きなタイミングで、どうぞ」

 

 

 ジッとネックを見つめて、間違えないようにしっかりとコードを抑え、少し柔らかくギターを弾く。

 合ってるよね? と言いたげな視線を一瞬向けてきたので、満面の笑みで頷いてやる。そうすると、どこか安心したように、ギターの音色がまだ反響する室内で、今度はスッと息を吸った。

 

 

『貴方の声で解れてゆく 忘れたくないと心が云う』

『思い出ばっか増えてゆく ずっと側に居たい』

『泣き虫でもいいかな』

 

 

 スマホに向けていた視線を、歌詞が変わった途端にこっちに向けてくる。どう意味で見てんだろうな、それ。

 

 

『強がらないでいいよ』

 

 

 少し笑いながら答える。それが移ったように、凛の表情も若干柔らかくなった気がする。

 もう一度軽く息を入れよう。

 

 

『『限りある恋だとしても 出会えて幸せです』』

 

 

 ハモリじゃなく、凛のオク下で。カラッとした透明感のある音を地につける様に低音をつけ足していく。声でも、楽器でも。

 俺がベースであいつがギター。良いね、これが良い。一番良い。

 

 

『『いつまでも いつまでも 続いて欲しいと』』

『願っている』

『『手を取ることは出来ずとも』』

『私は貴方を』

『『好いている』』

 

 

 今度は単純なオク下じゃなく、ちゃんと上にも下にもハモリを。凛の綺麗な声が際立つように、俺がどこまで乗せて行こう。

 

 上る階段がしっかりしていれば、シンデレラは勝手にどこまでも登っていく。あいつがシンデレラになるんだったら、俺は地面を創る名も無い何かになろう。

 俺はお前が楽しそうに歌ってくれれば、それでいいや。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お前、歌上手くなったな」

「……そう?」

 

 

 昔から真っすぐな歌声だな、とは思っていたが、日々のボイスレッスンやダンスレッスンでの基礎体力向上等々……色々とプラスに働いているんだろう。歌声に厚みが増して、よりストレートな歌声になった気がする。

 

 

「まぁ、ボイスレッスンもしてるし」

 

 

 何でもないです。なーんて感じで返しているが、俺にはわかるぞ。見えない尻尾がブンブン左右に揺れてるのが見える。何だったらケモ耳も見えてきた。流石に幻覚。

 

 それはともかくとして、歌って言う耳では聞こえるけど目には見えないものが、日々の訓練の成果で上達したって人に言われてうれしくないはずが無いんだよな。

 普段から卯月や本田には褒められてそうだけど、こいつそういう言葉はあんま過信しないだろうし。

 

 

「光は昔と変わらないね」

「悪口か?」

「褒めてるんだよ」

「成長の止まっちまったもんほど悲しいもんはないぜ」

 

 

 と言っても、俺は凛みたいにボイスレッスンをしているわけでもないし、何だったら完全独学。独学というのも甚だしいくらいの趣味レベルだ。

 ……俺もボイスレッスン付けてもらえば凛みたいに上手くならないかな。なるんだとしたら、ちょーっと興味あるよな。

 

 

「俺もアイドルになれば歌上手くなるかな」

「いや、別にアイドルになる必要は無いと思うけど」

「お前天才かよ」

「光の見えてる世界が狭いだけだよ」

 

 

 それは盲点だったわ。確かにアイドルにならなくてもボイスレッスンは受けられるもんな。

 ……いや、受けられるか? いや、受けられるか。346プロにこだわらなくて個人の人にでも教えてもらえばいいもんな。さっすが凛ちゃん。視野が広いぜ。

 

 

「でもいいよ。光はそのまんまで」

「馬鹿言え。俺だって歌は上手くなりてぇもん」

「誰かに聞かせる予定でも?」

「それは無いけど、上手い方がなんかいいじゃん」

 

 

 定期的に飛鳥やアーニャに聞かれるくらいで、それ以外に特に予定はない。とはいえ人に聞かせる機会が無いわけではない。

 でもやっぱり、歌が好きな以上は歌は上手くありたいものだ。今の俺じゃ所詮カラオケレベルだし、もっとうまくなりてぇよ。目の前に実際に歌唱力上がってる人がいるしさ。

 

 

「私は今のままの光でも好きだけどな」

「上手くなったら嫌いか?」

「そういうわけじゃないけど、なんか私より上手くなりそうでムカつく。今でも私より上手いのに」

「そんなわけあるか」

 

 

 お前は自分のセンスってやつを甘く見過ぎだよ。歌にせよ楽器にせよなんでも出来るんだし、その上努力をする才能もある。努力をするって言うのも才能だからな。こいつはあんまり人に見せたがらないけど。

 

 

「良いんだよ。光は背伸びしなくたって」

「もっと身長欲しい。Pさんくらい」

「それは本当に要らないかな」

 

 

 身長は漢のロマンなのに、そんな簡単に切り捨てんなよ! お前だって女の子にしちゃ身長高い方なのに!



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なんで言ってくれんかったの? 的なことは割と多い

 木曜の昼飯は部室でご飯を食べると俺たちの間では決まっている。理由は単純、体育館に近いから。飯食って着替えて体育館に行くとなると、若干遠くてうざいのだ。

 あと、部室で食べる飯ってなんかよくね? あとクーラーバチバチ効くし。まだギリッギリ6月だけどクーラーがもう手放せねぇよ俺は。正直理由の8割はそれ。

 

 木曜の4限が終わるとトイレに駆け込みパパっと体操服に着替え、そのまま昼食を部室まで持って行ってそこで飯を食う。カギは職員室で管理されているが、そこらへんは今西が上手い事やってくれている。

 こいつ、物事の根回しとか先生に対する接し方とか、マジで世渡りが上手すぎるんだよな。先生からの好感度も俺と違ってかなり高いし、気が付いたらこいつの術中の中という話もなくはない。良い奴なんだけどね。何故か胡散臭い奴でもある。

 

 

「今、変なこと考えてたろ」

「別に」

「俺の事胡散臭いとか」

「ないない」

 

 

 今西に目を合わせないようにしてLI〇Eの返信を返しながら、コンビニで買ったおにぎりを片手にかぶりつく。俺はツナマヨが一番好き。

 

 軽音部の部員は少なくもないが、多くもない。大体40人くらいといったところだ。

 これ大分あるあるだと思うんだけど、軽音部って一年が大体毎年10~20人くらい入ってくるけど、大体半分以上が半年以内に退部したりその後も幽霊部員になったりするよな。だから実質真面目に活動しているのは30人くらいだと思う。

 

 まぁ、要するに俺達が勝手に部室を使ってもそうそう怒られることはないって言うことだ。先輩もゆるっゆるだしね。俺と今西は部の中でも結構上位に来るくらい上手い自信もあるし。自信だけで実際は知らんし、自信があれば何しても良いって訳じゃないけど。

 

 

「あー、彼女出来ねぇかな」

「適当に良い女の子見繕えばいいじゃん」

「お前なぁ……自分には可愛い可愛い後輩ちゃんがいるからって」

「後輩は後輩であって彼女候補にはならんだろ」

「先輩とか言われて甘えられたくない?」

「それは少しわかる」

 

 

 可愛い後輩って物凄くロマンあるよな。俺もセンパイセンパイって甘えられてぇよ。加蓮が恋しい。

 あいつあざといわ甘えてくるわであざといわで脳内破壊されそうになるんだよな。多分、あいつは10割からかう気でやってるんだろうけど、男の子は単純だからね。そういうの見たらすぐに信じちゃうんだから。本当にいい加減にしてほしい。可愛いんだから。

 

 

 ガチャン!!!

 

 

「いたっ!!!! ……ぜぇ……ぜぇ……はぁっ」

 

「お、お疲れーい」

「神谷じゃん。俺の事、覚えてる?」

「今西達也だろ……ちゃんと覚えてるよ」

 

 

 呑気なムードの中、防音性能を高めるために倉庫のドアみたいになってるどでかいドアを力いっぱい開けて出てきたのはもふもふさん。後輩じゃない同級生だ。

 

 今は衣替え期間中なので、随分と夏服の生徒も増えてきたもんだが、奈緒ちゃんは勿論というかなんというか、ちゃんと夏服だ。もう梅雨は空けてるけど、先月とか髪の毛ヤバかったんだろうな。雨の日とかたまに質量倍になってるもんな。

 

 

「……あぁ、疲れた」

「このクソ暑い中走ってきたんだな。ココ、クーラー効いてて涼しかろ?」

「元はといえばお前がなーっ!」

「はいはい。まぁまぁ落ち着きなさいや」

「何? お前が呼んだの?」

「うん」

 

 

 そうだけど? さっきLI〇E返したばっかな気がするけど、随分と来るの早かったなー。走って来たのか、随分と息切れしている。あと、ちゃんと昼飯持ってきてるの偉い。

 まぁ落ち着きなさいや、お嬢さん。綺麗なお顔が崩れていらっしゃいますぜ。ガンガンに冷房効かせているからゆっくりしなさいや。

 

 

「はい、奢りな」

「あ、ありがと……」

「はーっ、余計に一本ジュース買ったと思ったらお前そういうこと」

「来なかったら俺が飲むつもりだったし」

 

 

 奈緒にキンキンに冷えたカル〇スの缶を渡してやる。カル〇ス好きかどうかはあんまり知らんけど、大嫌いって人間もそんなに少ないだろ、多分。少なくとも炭酸に比べれば嫌いな人は少なさそうだ。

 

 

「ん~っ、美味い!」

「そりゃよかった」

「んで、なんで神谷呼んだの」

「呼んだというか、気になるなら直接教えるからって言うか」

「そうだった! お前っ、346プロに入ったってマジなのかよ!?」

「マジ」

「なーんであたしに教えなかったんだーっ! 凛は入る時に教えてくれたんだぞー!」

「だって普段お前とそんなにサシで話す機会無いし」

 

 

 お前本当にコロコロ表情変わるから可愛いな。マジで犬とか見てるみたいでわしゃわしゃしたくなる。

 同級生なのによっぽど後輩感あるよな。仲いい奴らがドが付くクールだったり、先輩だろうが関係なく弄って来る小悪魔系だから余計にそう感じる。

 

 って凛はちゃんと連絡したのね。偉いなあいつ。俺は普通に入った時、親と凛くらいにしか連絡しなかったわ。

 あとは部活にも影響出るから顧問と、後は一応事務所所属にはなるから担任には話したのか。そこまで大事にはならなかった覚えがあるけど。

 

 

「何時! なにで入ったんだよ!」

「凛から聞いてないの?」

「ちょっとしか聞いてない! 光の口から聞かせろ!」

「3月だっけ」

「うん。1年の終わりだったべ」

「3月くらいにオーディション半分スカウト半分で346プロ専属のスタジオミュージシャンとして入った」

「なんかよくわからんけど、よし」

「それでいいのか」

「光の口から聞けなかったのがなんか悔しかっただけだしな」

 

 

 それを聞くと満足したのか。奈緒はそんな表情をしてお弁当をぱかっと開けると、卵焼きを一つ口に運んだ。

 

 いい子。これからはちゃんと奈緒にもなんかあったら報告するようにしよう。とりあえず今日の晩飯は写真撮って送ろう。今決めたわ。

 

 

「それにしても、光ってプロになるくらいベース上手かったんだなー。あたし全然知らなかったよ」

「ま、こいつの強い所って滅茶苦茶地味だから。わかんないのも無理ないよ。って言うがそれが普通さ」

「人の強みを地味って言うのやめときん?」

 

 

 いや、わかるぜ? 入った当初に比べて上手くなったとはいえ、今の俺は他のプロみたいにバカげたテクニックも持ち合わせてないし、メッチャ映えるような音が出せるわけでもないけどさ。地味って悲しいじゃん。

 知ってるか? 人類って事実を言われた時が一番悲しくなるんだぜ。つまり俺の強みは地味ということがここに証明された。Q.E.D.

 

 

「で、どうなんだよ光ぅ。やっぱり346って可愛いアイドルが沢山いるだろ? 凛はまだあんまり交流無いって言ってたけど、光はどうなんだよ? やっぱり近くで見れるもんなのか?」

「近くでって……奈緒って6組だろ? 隣のクラスに奏がいるだろ」

「ばっか……! お前、事務所の先輩だろ一応! それも速水奏って言ったら、滅茶苦茶凄いアイドルなんだぞ! あたしなんか話したことも無いわ!」

「そうなん?」

「お前が普通に気に入られてるのが意味わからんレベルくらいには凄い人物だぞ」

 

 

 あーんの年中煽ってくる見た目だけ超絶セクシー未体験女がねぇ……

 俺が知ってる速水奏と、世間が知ってる速水奏って随分違うんだな。俺って相当ラッキーだったのかも。アイドルとしての速水奏を知ってたら、あんまり奏と仲良くなれてなかったかもしれんし。わかんねーけどな。

 

 奈緒のいるクラスは2年6組、俺達の所属している3組とはそもそも校舎が違う。俺と奈緒は親交があるのにあんまり関わりが無いって言うのは、そういうところにもあるんだよな。奏もそうなんだけど。

 

 

「あっそうだ。神谷、良いこと教えてやるよ」

「ん? なに、良いことって」

「こいつな。今346プロの寮に住んでんだよ。で、その寮ってのッがイデデデデデデデッ!!!」

「口を開けば殺す。動いても殺す」

「ギブギブギブ!言わんから! 言わんから!」

「な、なんだ? そんなに寮でなんかやったのか?」

「いや、こいつの戯言だ。耳を貸すな」

 

 

 ゾル〇ィック家の如く足音を消し、今西のクソアホハゲカス野郎の背後に潜り込んで一気に空いている方の腕を十字固めで関節決め込む。

 中学で暇すぎて死にかけた時期に、一瞬だけ関節技を友達のヤンキーに教えてもらっておいて助かった。まさかこんなところで役に立つなんて。

 

 

「あー……腕外れるかと思った」

「そのまま腕外して東京湾に投げつけるのも辞さなかった」

 

 

 こやつ、奈緒に話すとか絶対に許さん。加蓮に話しても許さん。凛にはバレてるからあいつにだけなら許す。だが不用意な接触をしようとすれば消す。あいつに触れさせるにはテメェは不健全だ。

 

 

「で、話を戻そう。死んでも戻すぞ。俺の場合は凛と違って色々と機会があったし、それなりに知り合いは増えたよ。そんなに人数いないけどな」

「嘘つけ、お前今LI〇Eどうなってんだよ」

「確かに。連絡先とか交換とかしたのか?」

「やましいもんでも入ってるのなら、見せなくてもいいけどなー」

 

 

 こんのやろう……さっき十字固めで間接外しかけてやったのに、この期に及んで……後でドッジボールやる時覚えてろよ。元捕手の強肩見せつけてやんだからな。顔面潰しちゃる。

 

 これ、見せなかったら見せなかったでやましいもんが入ってると思われるし、見せたら見せたで……いや? 別に見せてもそこまで支障なくないか?

 メッチャ友達の多い陽キャで200~300人くらい友達いるわーってバケモンエピソードとかは聞かされたことあるけど、俺は全然そんなことないし。別に変なもんは入ってないし、隠すことはないんじゃないか?

 

 

「はい、これ。流石にトーク履歴は勘弁で」

「おー、これが光のLI〇E……五十嵐響子、塩見周子、小早川紗枝、二宮飛鳥、城ケ崎美嘉、速水奏、姫川友紀、木村夏樹、星輝子、白坂小梅、高垣楓……ってえぇっ!?」

「たかっ、高垣楓っておま……はぁっ!? 何、どういうことだよテメェ!!!」

「これは俺も理解できてないから安心しろ」

「お前が理解してるしてないじゃなくて、お前のLI〇Eに高垣楓の名前があるこの事象自体がやべぇんだよ!」

「アイコンお酒なんだ……逆に本物感ある……」

 

 

 マズい。ここに来て名前を間違えないように覚えるために、LI〇Eの登録名を殆どフルネームにしている事が災いしてしまった。いや、楓さんは俺が名前変える前からフルネーム登録だったけど。

 それにしても、こうやって見るとすげぇ画面だよなぁ。ここに凛とかアーニャとかCPメンバーのも入ってるからな。CPは全員揃って346を背負うアイドルになるからな。お前らも後で全員分顔と名前覚えさせるかんな。

 

 

「って言うかお前なら会社で喋ったことくらいあるだろ」

「バカお前……! あの人に容易に近づけると思うなよ! オーラが違うじゃねぇかよオーラが!」

「すんげえ優しかったよ。俺はめっちゃ緊張したけど」

「お前がそんな鋼メンタルじゃないことくらい俺でも知っとるわ!」

「光って、たまーに思い切りが良い時もあるけどな。でもこれはヤバイな。流石にあたしも引くわ」

 

 

 俺の場合は隣にいた人が楓さんを引き寄せたというか、本当に運が良かったとかそういう感じだし……

 確かに初めて話すまではオーラとかえぐかったよ。強打者から威圧感を感じるのと似て非なるような、いや美しっ! っていう感覚。

 

 でも話してみたらテレビの中のまんまの柔らかい話し方で、すげー大人の余裕みたいなのが合って、あと朝から酒を飲もうとしているのを担当のPさんに見抜かれてて、隙あらばダジャレを言ってた。

 

 

「って言うか、今西も346でスタジオミュージシャンしてるのか?」

「え? なんで俺が?」

「さっき光が会社内で喋ったことがあるだろって言ってたから」

「あー、こいつは違うよ。こいつのおじいちゃんが346の偉い人なんだ」

「俺はただ346の機材とか部屋借りてたまに練習してるだけ」

「お前ら、マジでどうなってるんだよ……」

 

 

 俺が346に入るきっかけになったもこいつのせいだしな。俺がどうなってるって言うより、今西がどうかしているんだよ。

 頼むから同類にしないでくれ。今置かれている状況も加味して、俺がとっても悲しくなる。奈緒だけはそっち側にいてくれ。唯一に近いオアシスなんだよ。俺がいじれる少ない人物だし。前川が過労で倒れちまう。







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ホラー映画は大体トラウマになる

 この寮には沢山のアイドルがいる。当たり前だ。ここは元々346プロ所属アイドルが利用している女子寮だったのだから。そうアイドルだ。全員揃って美女美少女揃いだ。ここの顔面偏差値はどうかしている。ハーバード大学も真っ青だ。

 なんだったら俺は今でもここが女子寮だと思っているね。だってここには男が俺しかいないんだし。

 

 

「ヒカル、次ウチがマヨネーズな」

「はいはい」

 

 

 レタスとプチトマトのサラダにマヨネーズをかけ、そのままGirls&Monstersというブランドの服一色に染まったちょっと生意気なピンクのケモ耳付きフードを被ったちびっこに横流しでマヨネーズを手渡す。

 このケモ耳ちっさいピンクの女の子は早坂美玲。若干紫がかった髪をベースに赤のメッシュも入れている。あと、左目に眼帯を付けている。初めて会った時は付けてなかった気がするんだけどな。

 やっぱりというか、なんというか14歳であるが。こんなにちんまいが、年齢だけで言えば飛鳥や蘭子と変わらないというから驚きだ。他の面ではあまりにも納得しすぎる年齢だけど。最近の若い子はおしゃれが進んでるんだなー。

 

 今日はサラダはマヨネーズな気分。昨日は和風ドレッシングだったし、日によってサラダのドレッシングってなんか変えたくなるよな。俺だけかもしれんが。

 

 

「光さん……ご飯沢山食べるんだね……」

「Много.白いごはん、たくさんです」

「男の子はダイエットとか無くて羨ましいにゃ」

「食えば食っただけエネルギーになるからな」

 

 

 今日のご飯はハンバーグ。無論、俺はご飯大盛だ。男子だからね。周りの女子とかみんな大盛にしてないけど、俺だけ白米こんもりだからね。

 

 響子ちゃんが『ご飯大盛ですよね! 今日は煮込みハンバーグですよっ!』ってニッコニコで言うんだもん。別に大盛じゃなくてもいいよ、なんて口が裂けても言えなかった。

 あまりにもお母さんすぎる。いっぱい食べる君が好きってか。俺がたくさんご飯食べれる男子高校生で良かったね。

 

 

「やっぱ女の子はそういうの気にするんだ」

「当たり前でしょー。みく達はアイドルだにゃ」

「私は……あんまり食べないから……」

「ウチは普通に食べるけど動くしな」

「アーニャも、ご飯、一杯食べます!」

「こういう女の子もいるから苦労するんだにゃ」

「前川も苦労してんだな……」

「お願いだから憐みの視線で見ないで」

 

 

 男子でも女子でもいるよな、食っても太らないんですって体質の奴。俺もそんなに馬鹿みたいに体重が増えるわけではないけど、食えば食っただけ人並みには増えるからな。わかるぞその気持ち。

 

 

「ふひっ……しめじ……煮込みハンバーグのお供……」

「お供かはわかんないけど、相性は抜群だよな」

「キノコは、いろんな料理に合うからね……」

 

 

 そんなキノコ愛好家のとてつもないどんよりオーラを醸し出しているのは、銀色っぽい長いボサボサの白髪にふにゃふにゃアホ毛が印象的な、これまたちんまい子。名を、星輝子ちゃんという。

 この子は凄い。ド直球に言うと、普段はこの子ハチャメチャに陰キャだ。存在感が皆無。気が付いたら横にいてキノコの栽培セットを抱えてたりする。もう一人の子と合わせてとってもホラー。

 

 けれど、この子が真価を発揮するのはライブの時だ。音楽の趣味の話に偶々なった時から、少しずつ様子が変わって行った。まず大前提として好きな音楽グループがバンドになっており、しかもあげられる名前は俺の守備範囲外に近いラウド系、もしくはヘヴィメタルと呼ばれるようなジャンルのバンドが殆どときた。

 しかもその知識はとっても豊富。昔の超有名バンドから、最近の若干無名の新星まで網羅している。

 

 

『ヒィィィヤッハァァァァァァァッ!!!!!!!!』

 

『…………歌うっっっっっっっま』

 

 

 動画で見た彼女は、歌に入るまではよく見る星輝子ちゃんって感じなのに、瞳孔がガン開きして灰色に染まったかと思えば、とんでもないハイトーンボイスをブチかます。

 それもただ出るだけの高音じゃない。厚みのある、低音もしっかりと入った本当に突き抜けるような高音だ。正直すっげぇ羨ましい。

 

 その後も高音を中心に中低音域も難なく歌い上げ、ステージ上で飛び回り観客を煽る姿はまさにミ〇ジ。もしくはヒ〇トだ。マジでそれを髣髴とさせる暴れっぷりとカリスマ性だ。

 歌の上手さっていう点でなら、若干タイプが違うとはいえ夏樹さんに匹敵するレベル。ここってマジですげえ人ばっかりなんだな。

 こんなにちんまい子のどこにそんな力があるんだ。15歳でこの完成度なんだから、成長してしっかりと完成したらいったいどんな歌手になるのかマジで楽しみ過ぎる。もうシンプルにファン。

 

 

「そうだ……光さん、今日頼んでた映画が届いたんだけど……みんなで見ない……?」

「あー、夜は寝れなくなるから勘弁だな。明日なら大丈夫だよ。前川も見てくれるって言うし」

「うぇ゛え゛っ!?」

「本当……? やった……!」

「なんでみくも見ることになってんのー!」

「いや、面白いかなって」

 

 

 たかが映画でなぜこんなに前川が嫌がるか気になるだろう? それはこれまた小さい女の子、白坂小梅ちゃんの趣味にある。

 右目どころか顔の右側がしっかりと隠れている金髪片目隠れなのに、長さ自体はショートカット。そして13歳という年齢にもかかわらず、耳にはバチバチのピアス。

 性格は今のところ接している感じ、かなり大人しめだけど所々で特異性が垣間見えるなといった印象。そしてその特異性は、趣味に大きく出ている。

 

 ズバリ、この子の趣味はホラー映画を全般とした、アングラなホラー系統の物。そしてスプラッタ系統の映画も得意ときた。

 正直、俺はホラーはともかくスプラッタはそこまで得意じゃない。演出だとわかってても、やっぱり人間として心の底から感じる嫌悪感は拭えないからね。男の子でも怖いもんは怖いんじゃ。

 と、言うわけで前川を巻き添えにした。スプラッタ系統なら前川とは言えトラウマになりかねんから俺一人で付き合うけど、ホラー系統なら問題ない。

 根っからの芸人気質で、ホラー映画に付き合ってきた前例のある前川なら大丈夫だ。俺も一人で見るのは怖いから付き合ってもらうぞ。マジで。

 

 あと、霊感があるみたい。俺にはしっかりと視覚出来ないが、あの子と呼んでいる友達がいるみたいで、よくナチュラルに会話したりして周りの女の子をビビらせている。直接危害を加える訳じゃないんだから、そんなにビビらなくていいのに。

 

 

「本日の晩餐は禁断の果実か!」

「蘭子! 今日は少し、遅かったですね」

「うむ、しばし我の力を来るべき時に解き放てるようにな」

「蘭子ってハンバーグ好きなの?」

「Совершенно верно.蘭子、ハンバーグ大好き、なんですよ?」

 

 

 はえー、それは良いことを聞いた。いや、そんなに役立つ情報じゃないけど、こういう人と人との付き合いでは細かい情報の把握が大事になってきたりするからな。

 その人の好きなものや食べ物を知ってるだけで、意外と役に立つものだったりするんだで?

 

 

「あぁ、そういや蘭子。明日、小梅ちゃんと映画見るんだけどさ。前川も来るんだけど、どう?」

「もうみくが一緒に見るのは既定路線なんだにゃ……」

「う、うむ。そのような残虐な賛歌は我のプリファレンスに反する。我は悠久の時に向けて、今暫く力を蓄える必要が有るのでな」

「おー、そっか」

 

 

 よくわからんけど、多分色々あって見るのはやめとくって事なんかな。反するって言ってるし。これを完璧に翻訳する飛鳥ってすげーよな。俺じゃあ無理だわ。適切な言語に変換なんて出来る気がしねぇ。

 

 というか、この焦りよう。もしかして、蘭子ってホラー苦手だったりする?

 いや、おかしい話ではない。そもそも14歳の女の子でホラーが得意な女性なんて絶滅危惧種だろうし。俺のすぐ近くにいる霊感持ち幼女がおかしいだけで。

 

 

「飛鳥もホラー苦手だったりするのかな」

「得意じゃないんじゃないか? そーいうイメージないし」

「飛鳥ちゃんも、多分、得意じゃないかも……」

 

 

 中二病の人ってそういうのに強いイメージあるけど、意外と弱いんだな。まぁ、目の前にいる眼帯ちびっこもホラーとか絶対に無理そうだし、もしかしたらそういう傾向があるのかもしれないね。

 

 

「って言うか、話が180度変わるけど、美玲それ暑くないの?」

「これか?」

「そう、そのパーカー。頭蒸れないのかなって」

「全然大丈夫。てゆーか、ウチ夏でもパーカー着るし」

「暑くね?」

「パーカーって長袖だけじゃないしな。夏には夏用の服がちゃんとあるんだよ」

 

 

 はえー、流石おしゃれ。一つのブランドにしっかりとこだわってるだけある。

 そういうの良いよな。俺ってば服に無頓着だからさ、全然美玲みたいなおしゃれできないんだよ。いや、美玲のが全年代に受ける服装かどうかは置いておいての話だけどね。

 

 時期はもうすぐ夏に差し掛かる。平日昼間は30度に引っかかる日も増えてきて、周りの女性たちの露出も増えてきた。唯さんとか周子さんとか平気で肩とか腹丸出しの服着るから勘弁してほしい。そして、室内にいる時に俺がパンツ以外の衣服を着用しなくなる。

 夏場とかマジで服を着る理由が分からん。あんなもん暑いだけだろ。すっぽんぽんが最適解って100年前からじいちゃんが言ってたんだから。

 

 

「美玲っておしゃれだなー」

「今度、ウチがヒカルの服コーディネートしてやろうか?」

「やめとく」

「うがーっ! なんでそんなにすぐ断るんだよ!」

「俺の知り合いで服を選んでくる奴は、大体衣服の趣味が偏ってるんだよ」

 

 

 凛も割とそういう傾向あるしな。ピンク好きの美玲に衣服をコーディネートさせたら全身真っピンクの超捏ファンキーぱっと見ヤンキーが誕生してしまう。それは流石に不味い。

 

 

「俺は夏場は裸で良いんだよ」

「えっ、ヒカルって露出狂なのか……?」

「ちゃうわい」

「光クンは部屋の中で服を着ないだけにゃ。変態にゃ」

「自室なんだから良いだろ別に!」

 

 

 自室でくらい自由でいさせろよ。パンツ履いてるだけマシなんだから。

 いや、幾らここが女子寮とは言えここだけは譲れん。俺は自室では服を着ないって決めてるんだ。すっぱの状態でベースやギターを弾くと、ボディのひんやりした感じがこれまたいいんだ。これぞ特権。

 

 

「Новаторский! これが、クールビズ、ですね!」

「ほら! アーニャちゃんに変な知識を植え付けた!」

「違う。俺は何もしていない」

 

 

 なんでかの方向で絶対に俺がダメージ食らうようになるのやめん? 俺の身が持たないよ。確かにクールビズかもしれないけどね?

 そもそも衣服を着用なんかしなければ、風を肌で感じられるし、何より涼しい。アーニャちゃんが言ってることは何一つ間違っていない。じゃあこれがクールビズじゃん(開き直り)

 

 

「真のクールビズ開拓したかもしれんわ。これで明日の映画も乗り越えられること間違いなし」

「明日の映画に付き合うからその腐り切った謎の結論を今すぐ新聞紙に包んでゴミ捨て場に捨ててくるにゃ」



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人成らざるものの響きは生者に会得せしめるか

 今日の最高気温は30度を超えているらしい。あれあれ? 今月って、まだ6月じゃなかったっけ? 梅雨明けとは聞いてたけど、おっかしいぞー?

 

 

「暑い」

「最近、それしか言ってないでしょ」

「暑いんだから仕方ねーだろ」

「確かに、今日はいつもより暑いですねー……」

 

 

 あまりの暑さに流石の俺もキレ気味である。暑いんだから暑いという他ない。

 暑い事の何がダメって、どんだけ脱いでも脱いでもずっと暑いことにある。冬場は着こみまくればあったかいのに、夏は脱ぎ捨てても限界値があるっておかしいだろ。

 

 

「これ……本当にそのまま首にかけても大丈夫なんですか……? タオルに噴射するんじゃ……」

「うん。俺はそのままで大丈夫」

 

 

 そうして首の後ろを開ける様に服をずらす。すると、若干躊躇しながらではあるも智絵里ちゃんが首元にコールドスプレーをかけてくれる。ちょびっとだけだけど。多分、一気に長時間やるのは気が引けたんだろうな。

 

 

「あー、気持ちいい。懐かしい」

「ほ、本当に大事ですか……?」

「大丈夫大丈夫。ありがとね」

 

 

 うーん、涼しいね。野球部とかではコールドスプレーを直で行ったり、アイシング用の氷の入った袋を頭に乗っけたり良くするからな。

 夏場の野外球場では、プロの選手も良くそうしている姿が見られる。ベンチに冷房とか付いてないんかね。

 

 

「んで、ミーティングって何なんだ?」

「未央がPに話したいことがあるんだって」

「話したい事」

「まぁ、今にわかるんじゃない?」

 

 

 ミーティングになるとCPルームにメンバー全員が集まる。いつもは基本的にバラバラな配分でいたりするメンバーが一堂に集まるので、毎回軽いお祭りみたいな感覚になる。

 莉嘉とかみりあちゃんがにたまに前川が大体騒いでるだけなんだけどね。ちびっこどもは良いとして、前川はマジで前川。まぁでもそれがあって前川って感じだしな。名前でゲシュタルト崩壊しそう。

 

 本田がPに話したいこと、ねぇ。何なんだろ。新しいアイデアとか? 丁寧語撤回案推進とかそんなところか?

 今そこで話してる内容を聞けばわかるんだろうけど、正直俺はそこまで気にならないしなぁ。暑すぎてやる気も溶けちまうでこりゃ。

 

 

「私物の持ち込み、ですか」

「そう! 事務所の中、明るくなるかなって思って」

「確かに、そうかもしれませんが……」

「P」

「?」

「また丁寧口調」

「あ……すみm、すまん……」

 

 

 私物の持ち込みかぁ。うーん、俺特に持ち込みたいって思う物ないなぁ。

 なんなら、この前思いっきりゲームもちこんじゃってたし。アレ、もしかしたらアウトだったんかな。学校帰りのノリで持ってきちゃってたんだけど。

 

 

「仕事に関係ないものは必要ないと思うにゃ」

「えー? みくにゃんも猫耳持ってきてるじゃーん」

「ばっきゃろー。あれはれっきとした仕事道具だろ。プライベートで付けてる所みたことあんのか」

「フォロー風でみくの事を刺すのはやめるにゃー!」

「否定はしないんだね……」

 

 

 大体、猫キャラって取って付けたようなもんってそれ一番言われてることだしな。今更ではある。

 なんなら、多分俺はプライベートでの方が前川と会ってるまであるしな。こいつ寮生活組だし。学校にいる時とかは知らんけど。

 

 

「うーん……みんなの個性が見えて面白いかなーって思ったんだけど……」

「……みなs、みんなは、どう思う?」

「私は、少しくらいならあっても良いかなって思います」

「きらりもさんせーい! みんなどんなもの持ってくるか、知りたいにぃー!」

 

 そこからドンドンと賛成派の意見が上がっていく。美波さんが賛成派なのは意外だったな。そんなに硬い人ってイメージじゃなかったけど、なんとなく反対派かと思ってた。

 

 

「みくは仕事とプライベートはキッチリ別けたい派にゃ」

「ま、今の事務所の感じ。クールで嫌いじゃないけど」

「俺もなー。ゲーム持ち込んだ前科持ちで言えることじゃないけど、公私混同して良いことになる例なんてないだろうし」

「珍しく二人とも気が合うにゃ」

 

 

 実際、仕事とプライベートは別けた方が良いと思うよ。仕事は仕事、プライベートはプライベートでやらないと、どっちか疲れた時に逃げ道もなくなる気がするしな。

 大概の社畜の人はそういう沼に陥るって聞いたことがある。それにアイドルが該当するかは知らんけど。

 

 

「えー、楽しく仕事出来た方が良くなーい?」

「仕事にも緊張感は必要だと思うにゃ」

「えー、なんでなんでー! 真面目過ぎだよー!」

「ソウダソウダー!」

「なんでそう君は後ろから刺したがるの!」

 

 

 でも、珍しいというわけではないけど、前川の意見は割と正しいというか、俺は前川側の人間だなぁと思うわ。

 ある程度の緊張感を持ってやることには、それ相応の理由があるからな。仕事でも常日頃から実践を想定したことをする。

 例えばスポーツでも、雰囲気は柔らかくても、練習の空気自体は締まっていて行動がテキパキしているチームは強いと相場が決まっている。こういうのって、割と何事にも同じことが言えたりするよな。

 

 

「ではこうしm……しよう。私物の持ち込みは、一人一品まで許可するということで」

「「「「一品?」」」」

「一品だったら、何でもいいの!?」

 

 

 びっくりした。あんな反応速度の速い杏。初遭遇した時の飴に対する反応速度と、スマ〇ラで俺のフェイントを察知して逆手に取ってきた時とおんなじ反応速度だった。流石に全員杏の方向いたわ。

 

 

「……まぁ、ある程度弁えて。それで、どうd……どうだろう」

「…………まぁ」

「一品だけなら、そう大崩れすることもないだろうし、良い折衷案じゃない?」

「……じゃあ、まずはそれで様子見とか?」

「やったー!!!」

 

 

 杏の一品なら何でもいい発言がすっげえ気になるけどな。

 実際、俺は絶対に公私混同はダメ! って訳でもないしな、あくまで聞いた話とある程度の実体験を基にした話だし。

 何より実体験の方は、こういった女の子のが殆どの環境じゃなく、根性論主体の男子入り混じる地獄での話だったしな。何もかも該当するとは流石に言えまい。

 

 

「おやおや、何やら盛り上がっているね」

「今西のじいちゃん……じゃなかったわ。危ない危ない」

「「「「「おはようございまーす!」」」」

「光、今思いっきり口に出てたけど」

「気にしなくてもいいと何度も言っているじゃないか」

 

 

 そんなやり取りをしていると、どこからか今西のじいちゃん、基、今西部長と千川さんがいらしてた。

 本当に急にくるのね。普段もたまに顔は出してくれるけど、しょっちゅうは来ないからちょっとびっくりしちゃった。

 どうしても今西のじいちゃんを見るとあいつの顔が上手い事重なって……うぅむ。慣れん。一向に慣れん。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「まだラフの状態ですが、神崎さんのイメージで作曲家の方にお願いしてみました」

「これまた凄い尖った曲を……」

「おぉ……! 魂の波動が……! 流石は瞳を持つ者! 災厄に飲まれし者もそう思うか!」

「うん。バンドサウンド基盤じゃなくて、蘭子のイメージする西洋のクラシック風も取り入れた感じ。蘭子の世界にはピッタリじゃないかい?」

「うむ!」

「気に入っていただけたようで何よりです」

 

 

 CPメンバーからのCDデビュー第二弾が決まった。選出者は俺の横でちょこんと座っている超絶中二病なお嬢様こと神崎蘭子。しかもソロデビューと来た。さっき聞かされた時はびっくりしたわ。

 一回目の時は2つともグループだったから、CDデビューは基本的にグループでのものになるとばかり思いこんでいた。目から鱗というか。

 

 んで、なんで俺が蘭子の隣に座って蘭子のそれに付き合っているかというとだ。別に飛鳥を通じた通訳係というわけでもない。あいつも忙しいだろうしな。

 

 

『伝説の幕開けとなる降誕の時……波動を刻む者として、災厄に飲まれし者も宴に参加するが良い!』

『俺の事なにか呪いの伝道師かなんかと勘違いしてない?』

 

 

 と、なんか言われてしまったからである。降誕の時と波動を刻む者は何を指しているかわからんが、災厄に飲まれし者というのは十中八九俺だろう。俺の事、一体何つー解釈してんだお前。

 

 蘭子の意図としてはよくわからんので全て憶測の話になるが、一応CPに近しい人物で、かつ音楽の知識もそれなりにある奴の意見を求めたかったのかなと勝手に想像している。

 じゃないと俺を呼ぶ理由はないだろうし。俺に意見を求めてきたってことはそうだろう。そうであると信じたい。

 Pさんも許可してくれたし、良かったね。

 

 

「今、作詞家の方に歌詞をお願いすると同時に、PVの企画を進めています」

「ほう、『夜を統べる闇の眷属』」

「『この世に紅き血の惨劇を……』…………」

「わーお、これまた夜見たら寝れなさそうな画像で」

 

 

 俺の分の資料は無いので、蘭子の資料を横から覗く形で資料を読み進めていく。ちょっとこっちに寄せてくれてるあたり優しいなお前。

 

 俺達が読み上げたタイトルの二枚目の資料には、イメージ画像としてまんま呪いの人形です♡って感じのガチホラーと取られてもおかしくないような画像が載っていた。なんなら、横の説明文の末尾にホラー世界ってガッツリ書かれてる。

 なるほど、中二病って言うか、蘭子の感じだと確かにそういう風にとらえられてもおかしくないよね。夜の廃れた教会で一人佇んでいても風貌だけなら似合うだろうし。

 当の本人は横で顔面蒼白な訳なんだけど。

 

 

「神崎さんのイメージに合わせて、ダークな内容でと考えています。出来れば本格的なホラーを全面に……神崎さん?」

「こ、この紙片に紡がれしは過去の姿。既に魔力は満ち、闇の眷属たる時は終わりを告げた……今こそ! 封じられし翼を解き放ち、魂を解放させる時っ!」

「……」

 

 

 おーっと、困ったぞ。俺には蘭子が何を言っているのかさっぱり理解できない。

 Pはなんでメモを確認しているんだ。俺は今頭の中で飛鳥に連絡するかしないかの選択肢を一生行き来しているぞ。とりあえず、音だけは残しとこうと思ってスマホで撮影はもう始めておいたから。

 

 

「……企画の内容に、何か問題が?」

「うむ!」

「具体的にはどこらへんが?」

「ふっ……」

 

 

 あっ、これ長いのくるぞ。立ち上がって大きく息を吸い込んだら、それはもう準備万端の合図だぞ。

 

 

「かつて崇高なる使命を帯びて! 無垢なる翼が黒く染まり! やがて真の魔王への覚醒が……!」

「使命……魔王……イメージに、相違があることはわかりました」

「!」

「……ですが、すみません。差が、よくわかりません……」

「なっ……」

 

 

 うん、俺にもよくわからん。Pさんはメモに色々と蘭子の言語を書き起こしてんのかな。普通の翻訳よりも難解だと思うけど。翻訳家が直近にいないから、正解が正解かもわかんないしね。こんなことなら、俺も飛鳥にコツとか習っときゃよかったかもしれん。

 

 

「それが、重要なことなのでしょうか」

「…………今日は、もう良い。よもや、降誕の時を前にして、瞳が曇るとは」

「あの……神崎さん……!」

 

 

 そう言い残すと、蘭子は俺に資料を渡して応接室を去って行ってしまった。

 本田の時みたいな決定的なすれ違いというよりかは、今はまだ小さなほころび。だけど決定的に核は違うといった、そんな感じだろうか。

 少なくともPの言うことと蘭子の反応を見る限り、現段階ではPV案の内容に相違があったのは確定かな。崇高なる使命、無垢なる翼が黒く染まり、真の魔王への覚醒……だっけ。うーん。

 

 

「Pさん、この資料。俺、貰っても良いですかね」

「……本来は、関係者のみに配布される、社外秘の物ですが、構いません。神崎さんの分は、こちらで複製しますので」

「助かります」

 

 

 そういうとPさんは先ほどのメモ帳を開き、何やら色々と書き出した。やっぱり、そのメモ帳には蘭子の使う言語の翻訳が入っているのだろうか……って考察しなくても聞けばいいか。

 

 

「そのメモ帳って、蘭子の使う言葉の意味を書いてる感じですか」

「その通りです。なにか、疑問でも……」

「じゃあ、スマホでさっきの会話、途中からですけど録音してあるんで使っちゃってください。蘭子の場合だと、どこのニュアンスで意図が変わってくるのかわからないでしょうから、情報はより正確な方が良いでしょう?」

「……ありがとうございます。ただ、こういった企画内容は機密情報ですので」

「すいません。ただ企画内容自体は省く様に目の前で編集するので今回だけは。そもそも、必要ないと思ったら消すつもりでしたから」

「……わかりました」

「無茶言ってすみません」

 

 

 Pさんもかなり臨機応変に立ち回ってくれるようになったな。すげぇありがたい。

 今すぐこの場で飛鳥に電話をすれば、この場の食い違いの相違を解決することなんて容易いとは思うんだけど……なんか、こういうのって俺ら部外者が直接手を下すべきじゃない気がするんだよな。

 何よりも、前回みたいに何の手掛かりもないって訳でもなさそうのがミソだ。音声データで蘭子の言いたいことは取ってあるし、言ってみれば、ここの相違をどうにかすれば表面上は解決するわけだし。

 

 前の時も、結局Pと本田と凛の三人で直接決着つけてたし、俺がやるのは本命の立ち回りじゃなくていい気がする。やることは勿論やるけどね。

 

 

「じゃあ、こことこの部分は切り抜いて……これなら大丈夫ですかね」

「はい、これなら保存していただいても。勿論、ばら撒く様なことは遠慮して……」

「そんなことはしませんよ。ただ、微力なりとも力にはなりますから」

 

 

 資料とボイスだけ回収して、俺も帰るかな。とりあえず、帰って風呂入って飯食って落ち着いたら、飛鳥に相談だな。直接手を加える訳じゃないし、俺が相談する分には問題ないだろ。

 

 にしても、なーんか俺忘れてる気がするんだよな。なんだっけ。

 こういう時に限って思い出せない。のどの一歩手前まで出てきている感じあるのに、クソッタレ。歯の奥に挟まったほうれん草とかのほっそい繊維みたいな感覚だ。

 

 

「あれ? 光くん、まだ帰ってなかったの?」

「おう、ちょっとな。忘れもんかい」

「うん! 今取ってきたところ」

 

 

 廊下で接触したのは赤城みりあ。CP最年少だった気がする。まだ小学生だっけ。逸材だよなぁ、小学生でアイドルだなんて。

 純粋無垢な可愛さでスカウトか何かをされたんだろうけど、もしかしたらPはこの子に何か別の才能を見出してたりするのかもな。

 

 

「光くんって、蘭子ちゃんとPさんと一緒にお話ししてたんだよね?」

「おん、そうだよ」

「さっき蘭子ちゃんが『CDデビュー直前まで来たのに、Pさんは私の事をわかってくれてなかった』って言ってたんだけど、何があったの?」

「あぁ、ちょっとな。でも大丈夫だk…………ん? ごめん、みりあちゃん。蘭子がなんて言ってたかもっかい聞いても良い?」

「え? うん、『CDデビュー直前まで来たのに、Pさんは私の事をわかってくれてなかった』って」

「蘭子が? そうやって?」

「うん。そう言ってた!」

 

 

 おかしい。みりあちゃんが喋っている内容は、歴とした日本語だ。いや、蘭子のも日本語には変わりないんだけど、アレは日本語を一度暗号化したようなもんだし……

 え? でも完全に俺たちの使ってる日本語になってるよね? めっちゃ日本語だもんね。蘭子が言ってたって言ってるもんね。どう考えても嘘をつくような子ではないし。

 

 

「ごめん、みりあちゃん。俺、そういえば今日蘭子がCDデビュー決まった時に、みんなに向かってなんて言ったのか忘れちゃってさ。どうしても思い出したいんだけど、覚えてる?」

「覚えてるよ! あの時はね、『私の魅力をみんなに伝えられるように、がんばります!』って言ってたよ」

「『我が闇の力、今こそ解放せん!』とか言ってなかったっけ?」

「だから、そうやって言ってたよ?」

「?????」

 

 

 いや、これどう考えても翻訳出来てるね。なんなら飛鳥よりも完全に日常言語として翻訳してるね、この子。

 Pさん、もしかしてこのこと見抜いててこの子のことスカウトした? なんか早口言葉みたいになった。

 いやいや、でもこれを見抜いていたって言うのは無いな。見抜いてたら普段から翻訳依頼してるだろうし、相当律儀でもないかぎりあんなにメモは……いやでもあの人性格律儀だなぁ……ぐぉぉ……いったい何が正解なんだ……ぐぬぬ……

 

 

「光くん大丈夫? なんだかすっごく難しいお顔してるよ」

「ハッ! いやいやいやいや、大丈夫だ、ありがとな。おかげですっごい助かったわ。みりあちゃん、もう暗くなってくるし、俺が駅まで送っていくよ」

「本当? 一人で帰るの寂しいなーって思ってたんだー!」

 

 

 多分、美波さん辺りが待ってくれてるとは思うんだけどね。

 まぁそれはともかくとして、恐らくPはこのことを知らないだろう。隠す必要性もないが、このままばらしても非正規ルートから一気に突破してゴールするバグ技みたいなことをしでかしたら、Pさんの努力も無駄にしてしまう気がする。

 

 …………よし、決めた。このことはみんなにバレるまで黙っていよう。ちょっと意地悪になろう。

 二人には申し訳ないが、みりあちゃん以外にも蘭子の言語を理解できる人がいるのに越したことはないし、Pさんには頑張ってもらおう。

 ごめんなさい、Pさん。俺、会社の規約とかそっち系は守るけど、それ以外の事は悪さするかもしれんわ。本当にごめんなさいかもしれんもしかしたら。



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平凡な一般市民にも覚醒の可能性は秘められている

「────── と、言った感じでごぜーます」

「成程。大方、話の筋は理解したよ」

 

 

 ここは飛鳥の部屋。そう、飛鳥の部屋です。えっ、何故飛鳥の部屋にいるのかって?

 それは俺の部屋で来てもらおうとしたら『たまにはボクがキミを持て成すよ。何、ただの夜会だろう?』とか言われて、普通に飛鳥の部屋で話すことになった。よくわからぬ。

 

 

「んで、これが蘭子の音声データね」

「本当に用意周到というか。案外抜け目は無いね」

「まぁ、蘭子とPが軽い話し合い程度は出来るのはなんとなく知ってたけど、CDデビューともなると明確な意思疎通が取れなきゃこういう事態にもなりうるかなと思ってよ。やったことないけど、今回に限ってはな」

「相当、前回の事が応えたのかい?」

「うるせいやい」

 

 

 現在、今日あったことを伝えたうえで、蘭子の音声データを聞かせる所だ。とりあえず、これで蘭子の今日行っていたことの意味が理解できる。ようやく答え合わせというわけだ。

 

 

『神崎さんのイメージに合わせて、ダークな内容でと考えています。出来れば本格的なホラーを全面に……神崎さん?』

『こ、この紙片に紡がれしは過去の姿。既に魔力は満ち、闇の眷属たる時は終わりを告げた……今こそ! 封じられし翼を解き放ち、魂を解放させる時っ!』

 

「これは?」

「資料を見た時の反応だな」

 

『……企画の内容に、何か問題が?』

『具体的には、どこら辺が?』

『かつて崇高なる使命を帯びて! 無垢なる翼が黒く染まり! やがて真の魔王への覚醒が……!』

 

 

 うーん、やっぱり何度聞いてもわからん。最初の分はなんとなく終わりだとか、過去という文脈を使っている辺り、何かの終わりを意図しているのだろう。

 だが、その次の文がマジでわからん。真の魔王への覚醒ってなんだ?

 

 

『……今日は、もう良い。よもや、降誕の時を前にして、瞳が曇るとは』

「これが最後か」

「なぁ、これって『CDデビュー直前まで来たのに、Pさんは私の事をわかってくれてなかった』みたいな意味であってる?」

「……あぁ、恐らくその意図で合っていると思うよ。何故分かったんだい?」

「滅茶苦茶近くに超絶正確な翻訳の出来る幼女がいたことがつい3時間前に発覚した」

「アハハッ! キミは相変わらず面白い一途をたどるな!」

 

 

 飛鳥がこんなにわかりやすく爆笑してるの、俺見たことあったっけ。なんかある気がする。意外に無邪気な笑い方すんだよな、今目の前でやってるみたいにな。

 それにしても、みりあちゃんの翻訳ってマジで合っていたんだな。あの子はいったい何者なんだろうか。

 

 

「いやー、じゃあ答え合わせ……と行く前に」

「行く前に?」

「キミの見解を聞かせてもらいたいな。松井光。キミは今回の件、目の前で立ち会って、自分はどう踊るべきだと思う?」

 

 

 またちょっと蘭子に合わせたような独特の言い回しを……まぁ、元々か。

 

 蘭子も中々の曲者だが、飛鳥も飛鳥だ。

 意思疎通は容易いが、こういう自分自身との見解の相違に悩むような年代の人が、そうそう簡単に人の事を信じるわけないよね、というね。

 信じるわけないというか、一種の飛鳥からの挑戦状。もしくは、今自分のいる立場の理解度チェックかもしれない。

 こいつ、ただの中二病とは思えない鋭眼を持ってたりするからな。志希ちゃんさんに気に入られるわけだわ。

 

 

「どうするも何も、俺が直接手を下すような案件じゃない。違う判断をしてたら、この場で飛鳥に電話してたよ」

「それはそうだ。そして、ボクもキミの意見には賛成だ」

「そりゃどーも」

「これは蘭子と蘭子のPとの問題だからね。そもそも、この程度の事が障害になっているようでは、この先の活動もままならないだろう。壁には早いうちに当たっておくものさ」

 

 

 なんというか、全く同じ意見なのがちょっと不満というか、何とも言えない感情になるな。年下の女の子に見透かされている感じがする。

 そうやってウインクして確かめるような形でこっちの事を見るのもやめてほしい。非常に似合っている。顔が良い。

 

 

「浅いことを言ったり深いことを言ったり、なんか俺の事見透かしてるみたいだよ」

「買い被りすぎさ。あくまで子供のやる、ちょっとした御飯事に過ぎないよ」

「それにしては難易度高めだけどな」

「そうかな? 何事もコツを掴むことさ。それじゃあ、次は実践編と行こうじゃないか」

 

 

 そう言うと、飛鳥は俺のスマホを手に取り、音声データを巻き戻し始める。

 

 こんなレベルの高いハードモードおままごとがあってたまるか。全国の幼稚園児がカ〇カベ防衛隊みたいな演技力と感性をしているわけではないんだぞ。

 

 

「さて、まずは奇術の種明かしと行こう。先に言っておくと、ボクは蘭子の話す言語を完全に理解しているわけではない」

「ダウト。流石にそれはないだろ。この前だって電話だけで暗号を解いていたじゃないかい」

「残念。これがTruthさ、それを含めての種明かしだよ」

 

 

 パッと両手を広げて何も無いというジェスチャーをして見せる。元々洞察力や推察力は飛鳥自身高いものを持ってるだろうけど、意味を理解してないなんて話は無いだろう。

 

 

「いいかい。言語には必ず一貫性がある。蘭子の場合、『闇に飲まれよ』これは時間帯関係なく、挨拶の時などに用いられる。蘭子とコミュニケーションをとるうえでは、基本中の基本だ。だがしかし、これは例題であり、蘭子語における基本ではない」

「どういうことだってばよ」

「蘭子の話す言語は、基本的に動詞や形容詞などを、あくまで彼女が飲み込んだ世界の言語に置き換えている。『闇に飲まれよ』の場合は、一見挨拶に互換性が無い、蘭子語の定義に反する。いわば違反物資のようなものさ。彼女は日本語を彼女の中で再構築し、もう一度翻訳しているだけなんだよ。だから、このメカニズムを知らない人でも、意味が完全に不明となるパターンはかなり少なくなる」

 

 

 確かにそうだ。蘭子は難しい言い回しをすることが多いが、完全に言っている意味が分からないというパターンはかなり少なかった。大体はある程度何かしらの意図が読み取れたのだ。

 今回だってそうだ。過去の姿や終わりという文法から何かしらの事が終わった、訣別、別れ、終焉を意味していると取れる。

 

 

「さて、蘭子語を理解する簡単な方法は二つある。一つ、ボクの様に蘭子と似たような世界を自分の中で構築する。所謂、音楽で言う絶対音感さ。彼女の言語を聞いたときに頭の中で幾つかの分岐を作り、一番納得いく文に置き換えて理解する」

「俺とかPさんの年齢でそれはキツいな」

「そこでもう一つの方法さ。前後の文や情景、情報、状況。そして彼女自身を知ることで、選択肢を狭めていく。所謂、音楽で言う相対音感だ」

「蘭子自身を知る?」

「そう。会話には、口から発せられる言葉には、必ず何かしらの意味や意図がある。彼女ほど言葉に対してこだわりを持っている人物なら、余計にそうだろう。そこで役立つのが前後の文や情景、情報、状況さ。知識とは力なりだよ。さっき言っていた資料を見せてくれるかい?」

「お、おう」

 

 

 言われるがまま、持ってきた資料を飛鳥に手渡す。

 タイトルを見て、ぺらりと一枚捲った二枚目の資料を見て、一瞬ビクッと飛鳥の表情がこわばったが、すぐに飛鳥の目が納得の表情に変わった。いや、絶対に二枚目の人形の画像でビックリしただろ。

 

 

「所で、少し話は変わるが、光は蘭子が苦手なものを知っているかい?」

「蘭子の苦手なもの? 蘭子が苦手と言えば…………あっ! ホラー系か!」

「これでまずは情報が一つ埋まっただろう……ところで、今日って夜の予定は空いていたりするかい?」

「言うのを忘れたのは謝るけど、蘭子と一緒に寝てくれ。多分アイツも今日それ見たから寝れんと思うから」

 

 

 ずっと喉に突っかかってた違和感はそれか! いつかの食堂でそんな話してたな!

 いやー、本当にこういうのって抜けるまでに死ぬほど苦労する癖に、いざ抜けると苦しめられていたもののあっけなさに自分が情けなくなったりするんだよな。今まさにそれだわ。

 って言うか、飛鳥本当にホラー得意じゃないんだな。事故とはいえ悪いことをしてしまった。

 

 

「次は状況を埋めに行くとしよう。この資料を作ったのは光や蘭子のPと言ったね。簡単にはなるが、つまりこの資料は、Pが現在の蘭子に抱いている印象ととらえることが出来る。これはキミ達のPが、神崎さんのイメージに合わせてと発言していることからも取れるね」

「でもそれはPも自分で言ってたくね?」

「あくまで状況確認だよ。さぁ、もう一度流してみよう」

 

『こ、この紙片に紡がれしは過去の姿。既に魔力は満ち、闇の眷属たる時は終わりを告げた……今こそ! 封じられし翼を解き放ち、魂を解放させる時っ!』

 

「……これ、もしかして過去の姿って言うのは、この資料のイメージは今の私ではないってことか」

「そしてこのタイトル。『夜を統べる闇の眷属 この世に紅き血の惨劇を……』これを対象にして考えると、後に続く文脈は、私はもう眷属ではない。つまり、紅き血の惨劇を繰り広げる必要はない。そう取れるね」

 

 

 すげぇ、本当にパズルみたいに組みとけていく。前後の会話や状況、その時の情景、情報によってこんなにわかりやすくなるもんなのか。

 

 それと飛鳥が相対音感に例えた理由もわかった。絶対音感が、元より染みついた知識を自動的に変換させる能力だとすれば。

 相対音感は、いわば後から取り付けた知識を目の前の条件に当てはめていく作業。逆に言えば選択肢を狭める作業になる。取捨選択の問題というわけ。

 音楽をやってる身からしたら、これ以上分かりやすい例えは無かったな。蘭子語。奥が深い……

 

 

「さぁ、このまま次の……と、行きたいところだが。おそらく今のキミでは次の文は解けない」

「どうして? コツっぽいのは掴んだぞ」

「言語というのは非常に優秀でね。中には固有名詞と呼ばれるものがあるのは、勿論知っているよね」

「あぁ、英語で習った。アレばっかりは英語に訳す時も、日本語と発音は一緒なんだよな」

「だが、蘭子の使う言語に固有名詞は無い。厳密に言うと、あるにはあるんだが、彼女の中で完結しているから我々外国人が読み解こうとしても、基本的に語彙にはないんだよ」

「そんなことある?」

「あぁ、勿論あるとも。なんて言ったって蘭子の使う言語は、未だに未完成の欠陥だらけの言語だらけだからね」

「ボロクソに言うね」

「だが事実だ。そして、そこが何ともそそらないかい? 未完成のガラクタよりも可能性に満ちたものはこの世に存在しないじゃないか」

 

 

 めちゃくちゃ名言っぽく言ってるけど、要するにどこまで行っても現時点ではロマンあふれるオリジナル言語って事ね。

 確かに蘭子の使う言語は、基本的に何かを変換して作る文面だということは分かったけれども。確かに固有名詞の表現が使えないんじゃあ、どうしようもなくない。

 

 

「特にこの最後の場面。キミは『具体的』と聞いたね」

「そりゃあ聞くよ。具体案を聞けば相違点も見えると思うだろ。最悪飛鳥に頼ればいいと思ってたし」

「まぁ、ボクならわからなくもないが、今のキミ達には少々大きな壁かもしれないね」

「こんにゃろう……絶対解いてやんからな……」

「かの有名なFPSゲームではこういう言葉もあるらしい。『引くことを覚えろカス』とね」

「なんでそういうときにそういう無駄な語彙力あるん?」

「知識とは力だよ。光」

 

 

 ちゃんと真正面から満面のアイドルスマイルでとんでもない剛速球の煽りを食らってしまった。ちっきしょう、やってやっからな!

 

 

『かつて崇高なる使命を帯びて! 無垢なる翼が黒く染まり! やがて真の魔王への覚醒が……!』

 

 

 いや、やっぱり難しいわ。この文章。テストの最後に出てきたら捨てるような問題。

 かつて崇高なる使命を帯びて、無垢なる翼が黒く染まり、やがて真の魔王への覚醒が……って言われてもなぁ。一回心を中二病にしてみる。

 

 えーっと、とりあえずそれっぽい悪役とかライバルキャラを思い浮かべよう。ク〇パとかガ〇ンとかブラック〇ットとかキング〇ルールとかね。

 ダークっぽい、漆黒っぽい、魔王っぽい、暗黒っぽい、堕天っぽい……

 …………ん? 堕天?

 

 

「『かつて崇高なる使命』は神に仕える天使としての役目、『無垢なる翼が黒く染まり』、天使がよくわからんが下界に落ち天から離れ黒く染まる、つまり堕天の事。『やがて真の魔王への覚醒が』これはもしかして蘭子の事か? 堕天使って魔王になれたっけ? やべぇそういう知識が無いからわかんねぇ」

「キミは本当に凄いな! うん、うん。合格だよ。おおよそ80点といったところかな?」

「えっ、これで合格なの? なんとなくで適当言っただけなんだけど」

「案外人生そういう物さ。それじゃあ答え合わせと行こう」

 

 

 そういうと、飛鳥は改めて蘭子の音声を流し始める。

 なんかもう今日何回も聞いてきたから耳で覚えてきたわ。今なら詠唱できる。黒棺の次に詠唱できるようになるのがこれかぁ(涙目)

 

 

「これには少しばかりキリスト教の予備知識がいるんだ。堕天使ルシファーと魔王サタン。一度くらい聞いたことはないかい?」

「パ〇ドラとかモ〇ストで聞いたことあるわ」

「正解。あぁ言ったゲームは文字通り史実にある神話を取り扱ったものが多いんだ。宗教ではキリスト教やイスラム教で取り扱われる神話。国や民族ごとではエジプト神話、ギリシア神話、ローマ神話、ケルト神話、北欧神……日本や中国も勿論含まれる。果てには空想上の神話である、クトゥルフ神話などもね」

「神話ってそんなにあるんだ……」

「神々が起こす非現実的な伝説や御伽噺の数々。信じられないようなものを、世界各国の人々が今もなお、崇拝して信じている現実があるんだ。そんなモノに興味が湧かないかい?」

 

 

 そんな世界各国で神様が乱立したら、地球とか壊れたりしないのかなって、正直ちょっと不安にはなるよな。

 神や、天使、悪魔と言った大昔に存在したとされる今は見えないものが全国各地で信じられてきたって言うんだから、ロマンを感じないと言えばウソにはなる。

 

 

「ここで一つ、キミに新しい知識を授けよう。天から堕天し堕天使となったルシファーの別名だが、キリスト教においてはサタンや悪魔と同一の存在であるとされているんだ」

「堕天使とサタンが同一の存在…………あぁっ!?」

「気が付いたようだね。『かつて崇高なる使命を帯びて』『 無垢なる翼が黒く染まり』キミの大方の予想通り、天使が堕天使になる様子だ。そして最後『やがて真の魔王への覚醒が』天使が堕天使、堕天使が魔王になり覚醒する。つまり蘭子の言う具体例とは?」

「ホラーではなく、神話をイメージしたもの……って事か!」

「お見事。ちなみにこの知識は本やネットで得たものだからね」

「Wiki〇edia?」

「勿論さ」

 

 

 勿論さって言えることじゃないけどね、多分それ。

 いやー、それにしても時間がかかった。飛鳥という課金アイテムを使ってこれなんだから、Pさん一人でたどり着かせようとすれば、これ一生終わらないんじゃないか?

 いや、みりあちゃんに直訳してもらえばなんとか……いやでもみりあちゃんが理解できなさそうだし、みりあちゃんが理解する経路を使わずにそのまま直訳できたとしても、Pさんが神話を知ってないと詰みじゃねぇか! 無理ゲーじゃねぇかこれ?

 

 

「と、言うのが正規ルートさ」

「何その正規じゃないルートがあるみたいな言い方」

「あるとも」

「えっ」

「当たり前だろう? 道は一本だけじゃないんだ。障害物があれば避けて進むことも、掘って地下から潜り抜けていくことも、やろうと思えば空だって飛べばいいだろう」

 

 

 そんなこと言いだしたら何でもありだ。いや、神話自体何でもありみたいなもんなのか? ダメだな。もう頭が完全に神話に染まっている。

 これで明日から格好とか言葉使いが変わったら笑ってやってくれ。俺は無事でいられる自信がない。なんか中二病に男が多い理由が分かったよ。神話にはロマンが詰まりすぎてるわ。

 

 

「んな無茶なことを言うなよ。俺はともかく、Pさんに中二病的センスがあると思うか?」

「ボクは案外期待しているよ。Pさんと蘭子が歩み寄る、盤外戦術を。そのためにも、キミにはひとつのピースになってもらう必要が有るけどね」

「俺が?」

「あぁ、言わば道を示す案内人と言ったところさ。実は真実を知っている黒幕にはピッタリな役取りだろう?」

 

 

 こいつなんてセンスしてやがる。二宮飛鳥が決めたと言わなけりゃ、もう俺は脳死で『カッコイイ! その案乗った!』と言っただろう。

 尖った服装やセンスをしているけど、それを等身大の自分に当てはめて、なおも二宮飛鳥でいるこいつの実力なのか。名を残すアイドルってこんな化け物なのかよ。

 

 

「畜生……やってやらー!」

「それじゃあ、キミにはキミ達のPさんに送る特効薬を仕込んでもらわないとね」

 

 

 俺が裏方に回って手を下さないって言う判断を下した時から、もうずっと飛鳥に手綱を握られていたのかもしれない。こいつ本当に盤面コントロールが上手すぎる。個人的に奏と組ませたくない女の子、今のところNo1の座につかせてやる。いつか勝ってやるかんなー! ちきしょー!




熊本弁読解回でした。
実際の熊本弁専門家が身内にいないので幼稚な考察にはなってしまいましたが、こういう形の解釈もあるんだなと思っていただければ幸いでございまする。
蘭子Pってみんな神話や文学に強そう(偏見)


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転機の時、人は我の運命を自身で選択せざるを得ないだろう

 うーむ。飛鳥からPさんに向けてそれっぽい伝言のような、予備知識のようなものを授けられたのはいいものの。これ、どのタイミングで言いだすかだよなぁ。Pさんも暇な人じゃないし、ちょっと話がって無理やり時間作ってもらって蘭子になんか悟らせるのも悪いし。

 

 

「……」

 

「…………なぁ。蘭子、今日来てからずっとあんな感じか」

「うん……寝てたからよくわかんないけど、杏が見てた限りは今日来てから、ずっと何か描いてた」

「ほえー……中身は?」

「さぁね。杏もそこまではわかんないよ」

「そっかー……じゃ、これ情報料」

「飴だー!」

 

 

 蘭子も蘭子で、昨日の事はかなり気になっていたらしい。何でも『ギシキ』がなんとかと言って、夕食も手短に済ませて自室に引きこもっていたみたいだからな。まぁ多分、儀式って意味だろうけど。アーニャが聞き間違えて無ければ。

 アーニャが日本語の細かいニュアンスを覚えきれずに一言一句伝えるとまでは行かなかったが、そもそも日本人ですら読解困難な言語を帰国子女に覚えていてもらうのが酷な話だ。難易度master+だからな。

 

 恐らく、今日来てからもずっと何かを描き続けているスケッチブックと、それに描かれているものが『儀式』に類するもの、もしくは関するものなんだろうと推測できる。

 いやー、あれめっちゃ気になるなぁ。昨日の蘭子の言いたいことは理解できたが、それはそれとしてあのスケッチブックの中身は気になる。

 

 

「出来た!」

「へー! らんらんって絵とか描くんだ!」

「ふぇあっ!? ……この私の新結界を破るとはっ」

「なーんで隠すの? 見せて!」

「禁忌に触れるなぁ!」

 

 

 いや、あっさり貫通したー。蘭子それはな、新結界だろうが由緒正しき末裔の作ったガチガチの結界だろうが、科学の粋を集めた銃弾すら通さない防弾ガラスですら吹き飛ばす、陽キャって生き物なんだ。あきらめな。

 すげぇよ本田。俺らが出来ない事を悪意ゼロでやるんだもん。頭の先からつま先まで陽キャって感じがする。

 

 

「そのスケッチブックが、らんらんの持ってきた一品?」

「こ、これは魔導書(グリモワール)。我が魂の一部。切り離すことのできない魔力の器っ」

「えぇっと……違うの?」

「……よって、異なる器の力をここに」

「おー! 何々~?」

 

 

 今、ナチュラルに魔導書と書いてグリモワールと読んだな。あまりにも自然なようで自然じゃない変換。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

魔導書(グリモワール)ってなんだっけか」

「大昔にヨーロッパで流通していた魔術の事が書いてある本じゃないっけ。漢字で書いたら魔を導く書物って書くでしょ」

「めっちゃ頭いいやん。なんなんだその雑学スキル」

「ゲームやってると雑学がたまっていくもんだよ。杏、実は頭も悪くないしねー……」

 

 

 となるとだ。魔導書(グリモワール)を『我が魂の一部』って言うあたり、私を導くスケッチブック。『切り離すことのできない魔力の器』……文字通りに素直に受け取るとするなら、魔力の器というのはNPとかそういうイメージだろうか。それを並び替えてわかりやすい文法っぽくすると……

 

『このスケッチブックは絶対に人に渡してはいけない私の大事な物』って言ったところだろうか。

 ……割とこうやって考えると、ちゃんと文脈とか状況とかから内容を考察して、実際にそれっぽい文になったあたり、昨日の飛鳥から教えてもらったコトは間違ってなかったんだなって。

 俺、なんで高校二年生にもなって中二病への理解と知識と才能を開眼させてるんだよ畜生。

 

 

「お疲れ?」

「いや、まぁ少し」

「ゆっくり寝よーよ」

「すぐに凛とか前川が来て叩き起こされる未来しか見えないから今日はパスで」

「つれないなー」

「また今度な」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 随分と会社のオフィスですと言った様子だったCPルームも随分と華やかになった。

 ゴルフのパター練習マットにCPメンバーの写真や、四葉のクローバーの置物。落書き帳と懐かしのクレヨンペンシル。少し珍しい、地球儀の形をした星座版の天球儀……

 

 

「華麗なる生命の息吹……」

「красивая……綺麗な花、ですね」

「凛ちゃんの家のお花ですか?」

「うん、涼し気になるかと思って」

 

 

 それに、花瓶に植えられている、まるでお花屋さんが仕立てたような白い花々。

 凛の家の家業はお花屋さんだ。俺らが生まれるよりも前から店を構えていたらしく、地元では昔からある花屋としても定着している。

 あとは割と道路沿いにある家だから普通に立地も良いんだよな。謎に店番をやったこともあったが、意外と花屋って需要の多い店なんだなって、当時の子供ながらに感じた記憶がある。

 

 関係ないが、俺にはこういう花とかを生けたり飾ったりするセンスは一切ない。

 凛の家のお母さんとお父さんは店を構えているだけあって、素人目に見てもめっちゃ綺麗にするんだけど、それを割と近くで見てきたのに俺にはそういうセンスが絶望的にない。

 凛の方にはちゃんとDNAとして引き継いでいるので、この花を見ればわかるようにガッツリとこういう美的センスは高い。花屋の娘がこういうの上手くないなんてそうそう聞かない話ではあるけど、俺でも出来ると思うやんだって……

 

 

「凛の家で見慣れてたけど、こうしてみると映えるもんだな」

「私が見繕ったフジの花、水換え忘れて枯らしかけてた癖に」

「小坊の頃の話じゃねーか、いつの話してんだよ。しかもあれはある程度寿命もあったって聞いたぞ」

「あれ、言ったっけ。サボテンとか贈ればよかったね」

「割とインテリアとしてありではある選択肢を出すな」

 

 

 言いましたー! 大体あの花の手入れは凛が逐一やってたから俺はなんも触れてないし、枯れた時は割とショック受けたんだぞ。普通に小さくてかわいかったんだから俺。

 お前は花の知識とかあるかもしれないが、こちとらただ単に隣に花屋があるだけのド素人だし、花屋の娘が花の様子を逐一チェックしてくれているなら、俺が下手なことする方が怖いじゃんって当時は思ったんだよ。今でも多分、同じことを考えるわ。

 

 

「綺麗……」

 

 

 凛の持ってきた真っ白い花に顔を近づけて、憧れの感情が乗ったような表情でポソリと蘭子が呟いた。

 蘭子が焦ったりとかしてない場面以外で普通にしゃべるの初めて聞いたかもしれん、俺。

 

 

「あっ、Pさん!」

「あの、お茶を一緒にどうですか?」

「え、あぁはい。じゃあ頂きm……も、貰おうかな」

 

 

 Pさんもマジで丁寧口調直らないな。これはもう意識して変えられるもんじゃない気がして。

 職業病だね、職業病。一回、Pのプライベートでの元同級生相手にどういう口調で話すのか、どうにかして聞いてみたいわ。

 

 

「はい、Pさん」

「ありがとうごz、ありがとう」

「どうですか?」

「はい、美味しいでs……オイシイ」

「やっぱりPは丁寧口調の方が良いかも」

「あはは……」

 

 

 なんか最近心なしか片言になっている気もするしな。

 それにしても、こんなコワモテの人が可愛い女の子二人に囲まれて、お菓子食べながらお茶を飲むなんて、ちょっぴり奇妙な光景である。そこに茶髪の男子高校生もお茶飲んで菓子を食ってるわけだから何にも言えないけどね。

 

 

「所でさ、アレは誰が持ってきたの?」

「!」

「らんらんだよ。一番最初に持ってきたんだ」

「これって、何?」

「馬の蹄鉄だね」

「なにそれ?」

「最近流行りの奴だな」

 

 

 李衣菜が親指でクイッと指さした先にはウマの蹄鉄に装飾とリボンが施されたものがあった。蹄鉄の末端の二つ空いた部分が紐で止められており、ドアノブの所にひっかけて落ちないようになっている。

 

 

「馬の足にはめ込む金具みたいなもんだよ。これを馬とか牛の蹄に直接打ち込んでやると、蹄がすり減ったり割れたりするのを防げるんだ。要するに、馬や牛用の靴みたいなもんだな」

「魔除けや幸運のお守りにもなるんじゃなかったっけ」

「杏、飴」

「……ん? あー、ヨーロッパでの言い伝えね。日本で言う、盛り塩みたいなもんだよ。扉に掛けておくと凛ちゃんが言うように魔除けや幸運を呼び寄せるって言うね。丁度そんな感じで末端部分を上に向けるのが正しいとか」

「「「へー」」」

「そうだったんだー!」

「はい、飴」

「杏の事、Wiki〇edia扱いしないでよねー」

「いいじゃん。飴あげるんだし」

「まー、そうだけど」

 

 

 こいつ本当に博識だな。頭の回転も速いけど、地の部分の知識量も半端じゃないわ。こんな飴をもぐもぐ頬張るちんまい体のどこにそんな情報が入ってるんだ。

 それにしても、そう言った言い伝えのあるものをその状態通りに持ってくるとは。やっぱりこの中二病は一朝一夕の物じゃないんだな。

 

 

「ンナーッハッハッハッ! 我が同胞達よ、皆に等しく祝福を授けよう! 聖なる光に包まれ、幸運になるが良い!」

「……あぁ、うん」

「ありがとう蘭子ちゃん!」

 

 

 こうやって聞くと、みりあちゃんだけレスポンスの速さと迷いのなさが異常だわ。確かに彼女の普段の様子を見てれば大した違和感じゃないんだけど。

 今のは多分、『メンバー全員に幸福が訪れる様に』みたいな意味合いだろうか。流石に俺レベルだと細かいところまではわかんねーな。

 これ、杏がこの読解術のやり方掴んだら一発説ないか?

 

 

「とっても素敵ね」

「四葉のクローバーと一緒なら、もっと効果あるかな」

「う、うむ」

「いやー、らんらんいい子だよねー。みんなのためにラッキーアイテムとかさ!」

「蘭子ちゃんだからー、なんか怖そうなドクロとかかなーって思っちゃった!」

「ど、どくろ……」

 

 

 俺もそういうイメージだったしな。わかるぞー、莉嘉。その気持ちすっげえわかる。めっちゃ怖いクリスタルのドクロとかも持ってきそうだしな。というか、骸骨全般持ってきそう。

 

 

「血塗られた十字架とか……!」

「ち、血ぃ……!」

「蘭子、ホラーはニガテです」

「そうなんだ」

「ホラー映画も、怖くて、見ません」

「わ、私も……」

「なんか意外だね」

 

 

 Pさん、そんな『そうだったんですか!?』みたいな顔でこっち見ないでくれ。頼む、後生の願いだ。

 俺も寮住まいだった癖して、近隣住民としか接触を取らなかったせいでこの情報を知らなかったんだ。まぁ、思い返してみれば実は知ってたパターンではあったんですけど。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あれ、お前ら何してんの」

「光こそ。Pに何か用でも?」

「ちょっと予定をな」

「ふーん」

 

 

 なんかさっきからずっと蘭子の高笑いがそこら中で聞こえてたので、何かは知らんが何かはあったのだろう。という根拠に基づき、そろそろ動くかとPルームに向かっていたんだが、何故かニュージェネと鉢合わせた。

 にしても蘭子の方、マジでさっきまで5分刻みくらいで高笑いが聞こえて来てたけど、何があったんだ一体……(困惑)

 

 

「P、多分ちょっと忙しくなるから。手短に済ませなよ」

「お、さんきゅー」

「じゃあねー! まっさん!」

 

 

 P、なんか予定あったのかな。俺も時間ずらした方が……って思ったけど、もうここまで来ちゃったしいいか。何ならもう目の前だし。

 ドアをノックすると、野太い声が返ってくる。

 

 

「どうぞ」

「松井です。今時間、大丈夫ですか」

「はい」

 

 

 Pルームの扉を開けると、Pは席の机にメモ帳を開き、先ほどまで右手を首元に置いていました。みたいな体勢になっていた。

 時間は大丈夫だと言ってるけど、これは社交辞令なのか、一体どっちなんだ。

 

 

「蘭子の件、なんかあったんですか?」

「……はい。どうやら、若干避けられていたようで。私が、上手く彼女の言葉を理解できないせいかと」

「成程」

「ですが……先ほど、渋谷さんから教えていただいたお陰で、少し兆しが見えまして」

「…………へ、凛がぁ???」

「はい、彼女の助言もあり。これなら、神崎さんともPVについての話し合いを進められるかと」

 

 

 なーして考えとることがそんなに被るんじゃお前はああああああっ!!!

 ……いや、良いんだけどね。仲間意識がとっても高いし、仲間思いでとってもいいことなんだけどさ。なんか、なんか、考えてることが被るとちょっと悲しくなる。

 最初の方は、『えぇ、凄っ!』で済むけど、凛の場合は何年も一緒だからまたかいってなる。ましてやこんなピンポイントで同じなんて思わなんだ。

 

 

「……ちなみに、あいつはなんと」

「はい、『言葉とかの前に、もっと蘭子に近づいてみたら』と。私は、大事なところを見落としていました」

 

 

 う────ん、ほぼ全部かぶっている。物凄ーく、被っている。9割くらい被っている。あいつ、マジでどっからこの結論出したんだよ。あいつ絶対にそういう才能有るだろ。趣味が若干そういうのあるもん、俺より資質あるよ。

 

 

「じゃあ、俺からちょーっとだけ役に立ちそうなコト、教えますね」

 

 

 いや、これで蘭子とPの関係が良化するのなら正直なんでも良いんだけど、これを言おうか、言わないか……いやでも飛鳥からの請負だしなぁ……いや、言うわ(決心)

 

 

「ダブルスタンダードみたいにはなりますが、凛の言うこと。信じてやってください。Pさんにとって、神崎蘭子という女の子を知ることは、直接蘭子の言葉の意味を受け取る力にもなります。そこから少し視野を広げると、きっとアイツの世界が見えると思います。Pさんのメモ帳に書き詰められている文字は決して裏切りません。これは断言できます」

 

 

 なんかこの構図、懐かしくも嫌な思い出が蘇ってくるな。あの時はブチギレ散らかしてて、Pさんにキレるだけキレて帰ったんだっけか。

 あの時は雨だったけど、今日はじりじりと暑い太陽が天高く見下ろしてきやがる。堕天使の目印ともなりえる黒い翼を見つけるには、少し過度な眩しさだ。

 

 

「そうですね。言うなれば、『すれ違いし未完の堕天使と足掻く求道者。双方が魂の器の色を変え、真の意味で共鳴させし時。子夜を告げる鐘へまた一歩近づき、覚醒し魔王へ捧げる讃美歌となり得よう』……みたいな」

「っ! 松井さん、それは……!」

「昨日の音声データ。もう不要になったので、消しておきますね」

 

 

 そう言って、Pの部屋を後にする。なんか若干止められた気もするが、あれ以上格好つけると爆散しそうなのでもう逃げる選択肢しかない。早く帰ってゆっくりしたい。

 

 予定は狂いに狂い、最後はもうアドリブでなんかそれっぽく格好つけて言ってみたが、長くなるし全然だめだ。蘭子のアレには届かねぇな。

 最後の翻訳はしないからな。各自でやってくれ。そのボケはどういう意味ですか? って芸人に聞くのと同じだよ。公開処刑、公開処刑。

 

 すまん飛鳥、お前の『蘭子自身に近づいてみてはどうかい』って伝言。俺の知り合いが先に使ってたわ。あればっかりは想定外。悪ぃな。

 いやー、慣れないことはするもんじゃない。いくら後ろからの援護射撃をしようとしたって、自分より格上のスナイパーに役目を持っていかれたら、こっちの取れるもんはもうおこぼれを拾って綺麗にすることしかないのよ。

 それにしても、こんなところであいつと思考が被るとは、わかんねぇもんだなぁ。人生。



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不敵な笑みは人生で数回しか許されない激レア技

 来た当初は綺麗に整えられた大企業の職場の一室というような雰囲気だったCPルームも、ここ一週間で完全に姿を変えた。

 杏はかなりでかめな人をダメにするソファー兎版を知らん間に設置してたし、前川はホワイトボードに猫のマグネットみたいな小物を持参したかと思えば、美波さんはおしゃれなアロマキャンドルを持参。

 そして元々あったソファーにはカラフルなカバーが設置されており、そこには大きめのカブトムシのぬいぐるみが。今も珍しくきらりが真剣な面持ちでソファーカバーを吟味している。

 

 ちなみにだが、杏が寝ているあの人をダメにするソファー。どこで仕入れたかはわからないが、アレはマジでヤバイ。

 サイズ的に俺は杏みたいにすっぽり埋まって寝ることはできないが、本人からの勧めで寄りかかって寝たら、あまりの寝心地の良さに起き上がれなくなった。

 単に俺がサボりたかったとかそういう次元じゃない。アレは科学とかの域を超えていた。その場にいた莉嘉や卯月、凛までもが骨抜きにされていたから間違いない。

 マジでこの人をダメにするソファーは人をダメにする領域を超えている。どっから仕入れたんだ本当。

 

 

「うわぁ……なんか私たちのお城って感じする!」

 

 

 机にはどこでも卓球ネットみたいなのが設置され、最初は反対派だった李衣菜と莉嘉が卓球ならぬブタミントンをしている。クールキャラはどこ行ったんだお前。

 そして、一角には色々な見た目のヘッドホンが4種類ほどかけられていた。そんなに使い分ける必要あるか? ヘッドホンって。

 

 

「煩わしい太陽ね……」

「おっはよー! らんらん!」

「だからっ、その呼び名は……!」

「らんらん、デビューCD好調らしいじゃーん!」

「今日もこれからステージなんだよね!」

 

 

 あら^~。やっぱ女の子同士のてぇてぇはいいもんなんですかね。俺にはちょっとよくわからんけど。

 

 あれからPと蘭子の間に有ったすれ違いは、無事に修正され、蘭子は自身が思い描くストーリーを現実にするようにデビューすることになった。

 まるでゲームのSSRキャラみたいな衣装に身を包んだ蘭子は、ノリノリでPV撮影してたし、本当にやりたいことを伝えられて良かったね、という感じだ。

 結局、事の結末としては、Pが蘭子自身に寄り添うことをきっかけに、蘭子が自身の描いたイラストで自分の中のイメージをPに伝えたことで、蘭子の使う言語を完全に翻訳する手段がなくとも蘭子の思い描く理想を現実にしたらしい。

 関係ないが、蘭子の言語は蘭子の出身地の熊本から取って、熊本弁と一部で言われているらしい。熊本魔境だろ。

 

 飛鳥が言っていた、『Pと蘭子が歩み寄る』というのは、Pだけでなく蘭子からも接触を試みるって事だったのね。あいつはどこまで見えていたんだろうな。今回の件に関しては、あいつは予言者みたいな活躍の仕方だったわ。

 

 

「ってことは、光くんも一緒に?」

「いや、ライブじゃなくてステージなんで。俺は同行しないっすよ」

 

 

 ステージ公演なら、フルバンドがいる訳じゃないしね。

 あっ、そういえば言い忘れていましたが、私、松井光。今回の蘭子のソロCDのベースとして参加させていただきました。いえーい、パチパチパチ!

 

 なんというか、普通に難しい曲だったし、これでデビューするのか……ハードモードだなぁという感じでした。良い感じで弾けたし、プロのmixで本当に遜色なくなってたから良かったんだけどね。

 まさかデビュー曲がバンドサウンドじゃなくて、クラシック風の曲になるとは思わなかったよ。

 

 

「ンッフッフッ……月は満ちて太陽は滅ぶ。漆黒の闇夜に解き放たれし翼……」

「んえぇ……ナニソレ……?」

「うんうん、そっかー。今日も仕事で帰りが遅くなるんだねー」

「晩飯どうすんの? もしあれなら、響子ちゃんに伝えとくけど」

「「「「「えぇっ!」」」」」

「あっ」

「なっ、なんでわかるにゃ!?」

「なんでって、みんなわかってなかったの?」

「「「「「えぇー!!!???」」」」」

 

 

 いや、まぁ遅かれ早かれいつかはバレただろうし、隠すことでもなかったと思うけどね。CP始まってから少なくとも2か月以上は経ってるのに、逆によく今までバレなかったな。

 

 

「……ねぇ、なんで光は当たり前のように驚いてないの」

「へ? いや、そういうこともあるかなーって」

「そういえば、前にイメージビデオ撮ってた時、まっさん誰かに電話してらんらんの手紙解読してたよね」

「確かに! そういえばそうでした!」

 

 

 あー、そういえばそんなこともあったわ。蘭子の手紙の内容が分かんなくて右往左往してたところに俺が鉢合わせて、電話で飛鳥に繋いで手紙の内容を解読したんだよな。そんな昔じゃないけど懐かしいわ。

 

 

「光ならその電話相手の人に協力を仰げば、蘭子の言葉もPに伝えられたんじゃないの。なんだったら、みりあの事も知ってたんじゃ」

「まぁ昔の話だし。さぁ、どうだろ?」

「……はぁ。そうやってすっとぼけて。光って、たまにそういうところあるよね」

「そんなことないって」

「お二人とも……言ってください……」

 

 

 きっと今俺は相当悪い、もしくは悪戯気な笑みを浮かべているんだろう。凛の若干呆れた表情がそれを物語っている。

 俺なりに色々考えてるんだし、今回だけは許してやってくれよ。まぁ、頭のキレる凛なら、今の状況である程度の推察は出来るだろ。なら、もう俺からこの件に口を出すことはないしね。

 

 いいじゃないの。無事に終わった話なんだから。俺はこの件に関わった時から、直接的に手はなるべく加えないって行動理念で動いてたんだから、許してちょうだいよ。

 結果としては、予定通りに解決したんだから良いじゃない。

 

 まぁ、犠牲としてPさんの心労は物凄いことになっていたんだろうけど、いつかぶち当たる壁に早いうちにあたっておくのは良いと思うんだ。俺も飛鳥と話してそう言う結論出したし。

 とはいえすまんPさん。マジでお疲れさまでした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…………よし、これでおっけー」

「Что это? ……アー、光、それは何、ですか?」

「それが光くんが持ってきた一品?」

「はい……いや、違うか。付属品みたいなものですよ」

「なにそれ?」

 

 

 俺がCPルームで組み立てていたのは、一人一品持ち込む私物に必要なスタンドだ。

 まぁ、スタンドって言ってる時点でもろバレだけどな。もうちょっとだけ持ちこさせてくれ。

 最近のスタンドはお手軽に組み立てられるし良いよな。あと、普通に寮にもA〇azonが届くの初めて知ったわ。シューコさん教えてくれてマジでありがとう。

 

 

「もしかして李衣菜、スタンド使ってないの?」

「初めて見たけど」

「いや、楽器屋に置いてあるだろ」

「見た覚えないや……」

「それじゃあ、今組み立てていたそれは付属品って言ってたけど……」

「本命はあれですよ。ソファーに置いてある奴」

「знать! アーニャ、光が持ってるの、よく見ます」

「…………あー! なるほどね。まぁ、私は最初から気が付いてたけど」

 

 

 スタンドの位置を調整して、ニヤニヤしながら指さした先にはソファ……と、そこに寝かされたちょっと大きめのギターケース。

 李衣菜はケースのシルエットを見てから反応したよな。突っ込まないけど。

 

 李衣菜のこういうところ良いよな。ニワカは悪いことじゃないぞ。それだけ新規の子が増えてるって事だからな。コンテンツの存続に新規参入者は必須だからね。

 なんか李衣菜は俺がここに来る前からずっとニワカやってる気がするけど。

 

 

「へー。これ、光のギターなんだ」

「そう、古い方ね」

「アーニャ、よく、見ます」

「これ、先っちょから弦伸びてるけど大丈夫なの?」

「問題ない。単純に俺がガサツで切ってないだけ」

 

 

 ギターケースを開けると、そこにはネックの先からだらしなく弦がくるくると丸まっている以外は、何の変哲もないアコースティックギターが。

 

 そうです、私の持ってきた私物はこれです。給料で新しいエレキギターを買ってしまったので、物のついでと言わんばかりに実家から親父の一番使わないであろうギターをかっぱらって来て、上手い事いい塩梅になるようにしました。

 配分的には、寮に実家からパクったアコギ、新しく買ったエレキ、元々あったベースの三本。そして、CPルームに俺が今まで使っていた古いアコギが一本という感じ。

 親父には仕送り兼ギターパクリ代としてそれなりに渡したので、まぁ許してくれるだろう。一応渋々とは言え言質取ったし。ギターに関しては、俺が新しいアコギ買うよりも、親父に買わせた方が良いだろうし。

 

 李衣菜に見られるならともかく、美波さんに見られるのはなんか恥ずかしいな。アーニャは普段から見てるだろうから良いけどさ。ちゃんと弦切ってくればよかったな。

 

 

「ほら、こうやって立てかけておけば置物としても良さそうじゃない? アイドルのいる部屋だし、ギターくらいあっても違和感はないでしょ」

「おー、確かにロックだ」

「問題はどこに置くかなんだけどな。うちには元気な人たちが多いから」

 

 

 こういうギタースタンドとかって意外と足を引っかけたりするからね。エレキなんかはあんまり直射日光ダメとか聞くし、置き場所は意外と大事だ。

 何よりもこの事務所には超絶元気な幼児2人とか、いろんなことでよくキレてる猫娘とか、超絶陽キャの外ハネ娘とか、はぴはぴにょわー☆っとしている杏の保護者の方とかが良く走り回っているので足を引っかけないかが心配すぎる。

 

 アコギは軽いもんでひっかけてぶっ飛ばしても相当な勢いでもない限りは壊れたりしないんだろうけどね。俺はそれを承知で持ってきてるから壊れても別にしゃーないんだけど、ひっかけた人がそれを気にしちゃったら地雷設置したみたいで申し訳ねーしな。

 

 

「あの観葉植物の横とかいいんじゃないかな? 端っこの方でも目立たない場所じゃないし、あそこなら莉嘉ちゃん達が走り回っても足を引っかけることはなさそうかなって」

「確かに。さっすが頭の回転早いっすね」

「そんなことないよ~」

 

 

 美波さん、案外わかりやすくテンション上がるんすね。もっとクール系かと最初は思ってたけど、この人意外とヤワらか?タイプの人でした。

 全人類が望む理想のお姉ちゃんという感じだ。優しいし、ちゃんとするところはちゃんとしてるし、それでいて視野も広くて気配りが出来る。CPメンバー全員が認める、CP全体のまとめ役ともいえる存在。本当に19歳か?

 

 

「ねーねー、光。なんか弾いてよ」

「お前この世で一番ギタリストが言われて困るセリフを言うな」

「そうなの?」

「逆になんか弾いてよって聞かれたらなに弾くってなる?」

「………………確かに」

「だろ?」

「あはは……ギタリストあるあるなんだね……」

 

 

 あるあるもあるあるですよ。今、全国のギタリストか首をブンブン縦に振ってますからね。

 しかもこれがギターならまだわかりやすいから良いけど、ベース持ってる時にそれを言われた日にゃもう死ぬかと思う。

 なに弾けばわかるんだよ。マ〇オの地下BGM弾いたって地味じゃねえかよ。いったいどうしろって言うんだよあれ。ギターですら致命傷なのに、ベースでそれ言われたらもう跡形もねぇよ。

 

 

「Но……でも、光、私がいる時、いつも、ギター弾いて、くれています」

「私とアーニャちゃんの扱い違う気がするんだけど」

「うん、違うと思うわ。なんでだろ」

「自分の事がなんでわかんないのさ」

「いや、マジでなんでなんだろ……」

「……アーニャ、光の事、困らせましたか?」

「No problem。何も問題はない」

「今、なんだか普段の光くんからは想像できない光景だね……」

 

 

 なんでこんなにアーニャに甘いんだろうなぁ。俺にもよくわかんねぇや。

 なーんか甘やかしたくなるというか、誰かの何かに似た感じがするというか、心の底のどっかにあるスイッチがアーニャの事を甘やかしたくなるというか。

 これ、学会とかに提出したらなんか論文とか書いてくれんかな?

 

 

「まぁ、とはいえ弾きますよ。一応これでも、最近はちゃんとお仕事貰ってるんですから」

「でも、光くんが弾くのって、ギターじゃなくてベースじゃなかったっけ」

「李衣菜から聞きたかったセリフを代弁してくれてマジでありがとうございます」

「私だってギターとベースの違いくらいわかるし!」

 

 

 ほんまか? ちゃんとライブでベースの音とかどれかわかったりするか?

 普通に聞く分にはベースってどれだよ。えっ、このなんかズーンズーンってなってる低音? 地味~wwwってなるのが定説だからな。悲しい楽器だよ。良い所も沢山あるのにね。

 

 

「任せてくださいよ。最近はギターも大分上手くなってるんで……CDとかに乗せられるクオリティじゃないですけど」

 

 

 丁度最近、丸サのソロギターの練習をしてたのよね。ソロでもオシャレで映える曲だし、何より有名な曲だから知っている人が多いって言うのがとっても良い。

 音楽がそこまで深く好きじゃないよって人に選曲するうえで何が重要かって、知っている曲を選曲するところだからね。その人が知らない曲を刻み込むのもいいけど、知っている曲を弾いて楽しんでもらうこともとっても大事だからさ。

 

 そんなことを考えながらギターのチューニングをそそくさと済ませて、スタンドにひっかけておいたカポを手に取り、3フレットに合わせる。

 本当だったら動画サイトで上がっている一番有名なロックアレンジのソロギターが一番好きなんだけど、あいにく俺はギターにそこまでの実力を持ち合わせていない。よって、今回はとってもシンプルで静かな練習している奴で行かせていただきヤス。

 ド派手な技術だけが全てじゃないんですよ、音楽って言うのは。シンプルだけど所々に細かいアレンジを入れて飽きさせない、そういうのもまた好きなんですよね。

 

 

「じゃあ、素人ながら恐縮ではございますが」

 

 

 ピックを取らずに、爪先でギターの弦を撫でる。指先に直接来る感覚が、今この手で音を奏でているという感覚みたいでとても好きだ。

 

 ここで披露した丸の内サディスティックはとてつもなく好評で、結局CPのメンバー全員に披露することになった。そんなに上手くないのに……おかげさまでベースよりもソロギターの方を練習することが増えたよ……本職とはいったいどうなっちまったんだ。







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成長期の体験はとっても大事

 寮の食堂では、担当の滅茶苦茶優しいおばちゃんと、週10でいるんじゃないかって割合で響子ちゃんがキッチンを仕切っているが、週に1度だけ、例外の日がある。

 

 それが毎週土曜日にある、アイドルが料理の当番をする日だ。俗に言う当番日だけは、寮に所属していて、かつ食堂を利用しているアイドル。要するに、この寮を利用しているアイドル達が朝、昼、晩と三食。3~4人が食事番に入り、料理をしていくというルールらしい。

 ちなみに響子ちゃんは、さっきも言ったが当番日だろうが何だろうが、大体キッチンにいる。マジで週10でいる。たまにお仕事とかでいないと超絶心配する。

 

 この制度、色々と聞いた話によると、寮で生活をしているアイドルが、将来一人暮らしをした時にちゃんと自炊生活が出来る様に、ここで料理もある程度できるようにするとかいう狙いもあるらしい。とはいえ、集団生活だからな。本質としては、やっぱり寮なんだから寮内で完結するようにと言うことだろう。

 

 

「今日も練習キツかったにゃー……」

「お疲れー」

「みくはん、今日もダンスレッスンやったん?」

「それもだし、色々とトレーニングも。体幹トレーニングとか」

「体幹は地獄だなぁ」

「アレ、めっちゃキツイんだよねー。しかも麗さんのはヤバイ」

 

 

 そんな当番制の日だが、俺は今まで免除されてきた。理由は簡単。俺は食堂を利用していなかったからだ。

 自炊! 自炊! ほっ〇もっと! 自炊! 自炊! コンビニ! ……と言った感じで、食堂に行ってアイドルに囲まれたら死ぬという勢いで、意地でも部屋と外食以外は食事をとらなかったことが幸い(?)して、俺は今まで食事当番を回避していた。

 まさに登板(当番)回避だね! 松坂〇輔! 現役生活お疲れさまでした。

 

 体幹トレーニングは本当にキツイ。ダンスにしろスポーツにしろなんにしろ、やっぱり基本は体幹なんですよ。体幹が凄けりゃ何でもできる。世界も救える。

 

 

「喜びな。今日の晩飯は俺様特性、焼肉定食だ。スタミナ付けろ」

「うわー、なんかすっごい男飯って感じにゃ。ニンニクは?」

「ちゃんと抜いてある。俺は後からフライドガーリックゴリゴリ入れてる」

「そこらへんは気遣いできるんだ」

「普段からデリカシーが無いみたいな言い方辞めろよ」

「みくは無いもんだと思ってたけどー」

「シューコちゃんは今日人に会わないし、バチバチ入れちゃうけどね」

 

 

 そう。そんなわけで、本日の晩御飯担当は私、松井光でございます。人様に料理をふるまうのは久しぶりだから、なんか緊張しちゃったよ。

 周子さんと紗枝ちゃんだけなら、多分そこまで緊張はしなかったんだろうけどね。大人数相手だと、ちょっとビビる。

 

 本日のメニューは焼肉定食。

 パッと見、ただの男飯で女の子にはあんまり向かないセンスだって思うだろ? 大丈夫、任せとけって。

 メインディッシュには、焼肉のタレ+牛肉と言う最強のアイテムを加えた主力を添える。そしてサイドには千切りキャベツ、ミニトマト、キュウリ。これは全部響子ちゃんにやって貰った。めっちゃ速かった。

 そして箸休めに丁度いい、超絶簡単もやしナムル。後は、ふわふわになるように卵を溶いた、ぱっと見お吸い物に見えるわかめたまごスープinネギ。

 

 こう見えても私、料理できる系男子なんですよ! 母親が料理たまにサボるからな。あのクソババア。今だけは感謝してやる。

 

 

「……美味しいにゃ。これ、はしたないけどご飯の奴」

「やろ? 結局、焼肉のタレが最強なんだよ」

「光、大体味付けするときそれ使うよね。美味しいからええけど」

「光はんの料理、ほんまに美味しいからなぁ」

「お褒めに与り、光栄でございます」

 

 

 訝しげな表情でお肉を口に運んだ前川の目が、敗北を悟った表情になった。

 そうだろう、そうだろう。旨いもんは旨いんじゃ。諦めな。

 

 寮のご飯、正直入った当初はダイエットメニューみたいな感じの食事しか出てこないのかな、なんて思ってたんだけど、蓋を開けてみると結構高カロリーな料理も多いんだよね。勿論、副菜とかでバランスは取ってあるんだけど。

 やっぱり、アイドルってハードなダンストレーニングだとか、人によっては筋トレをしたりする人もいるみたいだから、エネルギー源の補給はしっかりしなきゃなんだろうな。結局、沢山食って沢山動くのが真理だからね。

 

 あとは、減量中の人にはその人用のメニューが別で用意してもらえるようになっているらしい。凄い施設だな。アイドルの寮だから、当然と言えば当然なのかもしれないけども。

 

 

「楽器も弾けて料理も出来る……なんか無駄にハイスペックでムカつく」

「頭は悪いから許せよ」

「勉学では負ける気はしないにゃ」

「こちとら赤点回避に必死だからな」

「甘いねー。赤点はね、取ってからが本番なんだよ」

「周子はんは、ただ単に授業ちゃんと聞いとらんだけやろ?」

 

 

 頭はちゃんと悪いから安心してくれよ。授業つまんねーんだ。マジで数学とか意味不明。

 あんなもん、途中で計算ミスしたら終わりって時点で欠陥なんだよ。人間ミスなんて当たり前なんだから。それを全部含めてやるもんだろ。知らんけど。

 

 

「もっと弱点晒すにゃ! 弱点を!」

「んなポケ〇ンみたいに言われても」

「多分、幼馴染ちゃんには甘いよねー」

「あと格好もチャラい! ピアス付けてるし茶髪だし。それにマイペースな所も結構ある」

「格好に関しては、ここにおると、あんまり気にはならへんけどなぁ」

「あと、服とか冒険しないよね。なんか量産型高校生ってよりも、モブって感じ」

「急に刺すじゃないすか」

 

 

 凛って言うほど弱点か? いや、弱点かもしれんわ。前やらかした時も、凛絡みだった気がする。

 恰好がチャラいのは別に趣味だから良いだろ。ピアスだってネックレスだってアクセサリーだって、全部俺の好みなんだから、弱点なんかじゃないね。ここにいる人でもっとすごい格好してる人だっているし!

 

 後は、服装に関してだな。それはマジで弱点。本当に私服とか冒険しない。絶対に冒険しない。

 冒険して失敗した時が怖すぎるだろ。シンプルイズベストという言葉を知らんのか、キミ達は。いや、知らんかもしれんわ。前川は置いておいて、周子さんはバチバチにおしゃれだし、紗枝ちゃんも何故か私服で着物を着てたりしたかと思えば、制服や私服も可愛いし。

 俺はもうわかんねぇよ……なんで女の子って、あんなにオシャレさんしかいないんだよ……

 

 

「後、部屋にいる時は服を着ないって言う、人としてどうかと思う弱点があるにゃ」

「仕方ねーだろ。着たくないんだから」

「欠陥にゃ」

 

 

 欠陥呼ばわりとは失礼な奴め。個性と言いなさい。非常に服が着たくないという個性とね。

 そりゃあ、女性と感覚は全く違うから、ここでは特に言いにくくはあるけど、服ってうざくね? 俺、このセリフ5万回くらい言った気がするわ。

 

 

「でも、光はんは顔も整ってはるし、身長も高いし、体格だって意外と筋肉質で、すたいるもええもんなぁ」

「それで楽器も弾けるし、料理も出来るし、運動も出来るんだもんねー」

「後は、げーむも上手かったなぁ」

「マジで器用貧乏だにゃ」

「いや、言い方」

 

 

 確かに、どの分野も突出してすげぇ! ってもんは無いけれども。でも、楽器は突出してるのか。それだけは出てないといけないもんな。一応、スタジオミュージシャンって名目でここにいるんだもんな。

 

 顔は自分でも悪い方じゃないと思ってる。後、身長は本来なら高身長なはず。きらりとPのせいで霞んでるけど。体格に関しては、今でもたまに運動するからな。学校の授業とかで。

 それこそ、姫川さんとキャッチボールとかたまにするし。あの人、俺の事を呼びだせばくる便利屋捕手みたいに思ってる節があるからな。大〇じゃねーんだぞ。色んな意味で。

 

 ゲームと料理に関しては、中学の時に少し手を出したからな。ゲームは今もだし、料理も未だにって感じだけど。

 後、器用貧乏はマジで事実。ある程度のとこまでは行けるんだけど、その先にまでは行くことが中々無いんだよね。

 

 

「そういえば、光っていつから料理とか始めたん?」

「中学っすね。楽器とか、そこらへんは全部中学からです。野球以外は」

「え゛っ゛、光クン、野球も出来るの!?」

「光はん、元々野球部なんやろ?」

「よくご存じで。小学校の時の話だけどね」

「ふふっ、友紀はんから聞いたんどす」

 

 

 へー、なんだか意外な接点。姫川さんと紗枝ちゃんって、なんだか属性も違うような感じするし、姫川さんも寮住まいじゃないし、年齢もそこそこ離れてるから、あんまり接点なさそうだけど。

 仕事で一緒になることだったりが多いのかな。そこらへんがマジでわかんねーや。

 

 

「なんで中学では、野球やらなかったの?」

「上下関係が厳しいんだよ。それに練習もきついし。野球は好きだけど、野球部には向いてなかったんだよな」

「うわー、なんか想像つく」

「光って、堅苦しいの苦手そうだよね。その割には、敬語とか取ろうとしないけど」

「それとこれとは別ですよ」

 

 

 敬語は敬語だからね。俺が言っている上下関係って言うのは、もっとヤバい。マジで。

 俺よりも一年早く生まれたかなんか知らんが、一つ上の学年ってだけで下の学年を奴隷のように扱うんだから。あんなの俺はごめんだね。

 後は、捕手練がキツイ。一生下半身虐めてる。あれは地獄。

 

 

「ほな、中学じゃ、別の部活に入っとったん?」

「いや全然。バチバチに帰宅部」

「じゃあ、暇人してたの?」

「最初はフィーバーしてたんすよ? 暇人ライフ。でもすぐに飽きちゃったんで、手当たり次第に色々やったり遊んだりしてましたねー」

「色々って?」

「ゲームやりこんだり、漫画漁ったり、サッカーとかダンスも齧ってみたり……大体、ベース以外は長続きしなかったですけど」

「料理は?」

「家庭環境。母親が料理たまにサボるんすよ」

「へー、テキトーな人なんやねぇ」

「なんでそこで勉強しなかったの?」

「いや本当。なんでなんだろうな」

 

 

 あそこで勉強に火がついていれば、また違った人生にもなってたんだろうな。太鼓の〇人とかダン〇ラとかに時間を消費してた部分をそこに移していたら、それなりに成績は上がっただろうに。どうせ、長続きしなかったのは目に見えているとはいえね。

 

 中学の時の俺はとにかく暇な時間を持て余して、とりあえず目に入った気になるものに手を付けてたからな。

 ただ、どうしても一人で消費する趣味に力を入れるしかなかったんだよ。だからサッカーとか野球はダメだったんだよ。ほんとに一時期一生リフティングしまくってたくらい。

 それにゲームだって飽きるし、漫画だって一度読み込んでも、それを何十周もするのは多少無理がある。いくら面白くても、それだけにつぎ込むのは至難だ。

 ダンスは単純にそこまでセンスがなかったし、見せる相手もいなかった。あと、なんか俺には合わなかったんだよな。だから凛とかめっちゃ尊敬する。

 

 ちなみに、周子さんが言う通り、母親は超絶適当な人間だ。その癖鋭い所があるし、俺はあの人の息子なのに、あの人の事が末恐ろしいよ。怖いわけじゃないんだけど。

 

 

「でもそんなに後悔はしてないなぁ。結局、ベースをそこで始めたおかげで、今346にいるし」

「ここで女の子にも囲まれるしね」

「最近慣れてきちゃったけど、本当にこれって多分許されちゃいけないよな」

「ええんやない? うちらは別に嫌やないんやから」

「そーそー。光は深く考えすぎなんやって」

 

 

 落ち着いて考えてみると、本当にあそこが分岐点だったのかもな。

 あのまま、中学で硬式の野球クラブに入っていたら、今頃高校の野球部に入って毎日死んでただろうし。

 勿論、趣味で音楽を嗜むことはあったとしても、本当に嗜む程度で、ここまでしっかりとのめり込むことはなかっただろう。

 

 

「なんでベースだけは長続きしたの?」

「無限なんだよ。音楽って」

「む、むげん……」

「マジマジ」

 

 

 そんな中で、ベースとギターだけは本当に無限だった。どれだけ曲を覚えても覚えても、無限に覚えたい曲がどんどん出てくるんだよ。それで、やればやるだけ自分で上手くなっていると実感できる。

 野球なんかも同じで、日々の積み重ねで地道に上手くなっていくかと思えば、急に何かの拍子にポンと上手くなったりもする。そうして腕上がっていくと、レパートリーが増えてもっと先が増える。

 要するに、この分野だけは汎用性が高すぎたんだよな。後は、俺の場合は家にギターやベースも置いてあったから。

 

 

「突き詰めても突き詰めても、絶対に奥が見えてこないんだよ。それで見返してみると、やれることが馬鹿みたいに増えててさ。マジで楽しいぜ? お前もやらね?」

「み、みくは音楽本業な所もあるけど、そこまで行かなくてもいいかな」

「なんか、夏樹はんとおんなじ様なこと言うはりますなぁ」

「バンドマンって、やっぱ根っこは似てるんだねぇ」

「李衣菜チャンとの決定的な違いかもしれんにゃ……」

 

 

 そんなことは無いと思うぞ。李衣菜もまだ知識が追い付いてないだけで、根本は俺らと一緒だよ。ロックににわかも何も関係ないさ。李衣菜は今の所にわかで間違いないのは確かだけどね。

 

 って言うか俺はロック一筋じゃないしな。ただ、邦楽ロックを主体に聴くってだけで、J-POPやボーカロイドやアニメソングやらEDMなんかも聴くし。それこそ、最近ではアイドル系の物も聴くようになった。

 いやはや、音楽ってすげぇよな。ちゃんとジャンルごとに特色があって。それぞれに良い所があるんだもんな。まさに無限だわ。

 

 

「とどのつまり、光がやけに器用な秘訣は、中学時代にあったって訳やね」

「器用と言うか、守備範囲がちょっと広いだけですけどね」

「ほんま、光はんはおもろい人やわぁ」

「どちらかというと、不器用な気がするにゃ」

 

 

 前川のそれは完全にディスりに来ているのはわかるんだが、紗枝ちゃんのは褒めてんのかディスってんのかどっちなんだろう。

 喋り方が柔らかいから、言ってることヤバってなってもなんだか柔らかく感じるよね。紗枝ちゃん、恐ろしい子かもしれん。でもかわいいから許されるわ。かわいいって正義。アイドルだしね!



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雨の日はいろんな意味でコンディション不良

 夏場の移動教室は地獄だ。ただでさえ外気温は高く、クーラーの効いた教室内から出たくないというのに、どうしてクソ暑い廊下や外を通って違う部屋や校舎に行かねばならんのか。

 教師の人も大変なんだから、もう全部クラスの教室内でやればいいじゃんかと、僕はそう言いたいわけでございますよ。でもよりにもよって中年のおっさんが一番元気だったりするんだよな。どっからその体力湧いてくるんだ。

 

 と、言うわけで移動教室の帰りでございます。えぇ、もう愚痴しか出てこないよ。

 うちの学校は校舎が大きく分けて3つの棟に分かれている。さっきの化学の時間では、俗に言う北棟にある理科室を使ってたわけだが、これが俺たちの普段いる棟からは遠い。

 行き来の途中で通る6~9組からしたら理科室から近いかもしれんが、そこを通って行かなきゃいけない俺達からしたら遠いのだ。地価違うだろ、なんかサービス寄越せよ(暴論)

 

 

「────────」

「おるやん」

 

 

 そしてというかなんというか、この棟には奏のいる7組がある。たまには覗いたらいるかもな、なーんて覗いてみると、男女に軽く囲まれていてまるで女帝みたいになってる奏さんがいた。大変そうだなぁ。もう夏って言うのに囲まれて暑そうだ。

 

 それにしてもあいつの夏服、割と初めて見たかもしれん。冬服の時から学校終わったら着崩してた癖に、すぐに夏服に変えなかったんだな。俺とかすぐに夏服に変えたのに。

 冬服の時には割とちゃんと着こなしていた制服も、今となっては滅茶苦茶首元開けてるしあんまり変わらん気がする。夏服も死ぬほど似合ってるけどな。

 

 

「──────……」

「……はっ」

 

 

 そんなに長い時間のぞき込んでいたわけではないが、どうやらあっちはこっちに気が付いたようだ。周りには不自然に見えないように、こちらに対して目配せして唇に指をあててきた。

 なんというか、しぐさの一つ一つがずるいよな。健全な男子高校生に対して、そういう煽るようなことをしてはいけないと思うんだよ僕は。

 

 

「なーに見惚れてるんですか」

「いや、有名アイドルさんは余裕があるなってな」

「まぁアレが日常なんだろ。あたしにはわかんねーけど」

「そりゃそ……ん?」

 

 

 今度は後ろから物凄く聞きなれた声が。まぁ声を聞けばわかるが、お団子ヘアーから腰くらいまで垂れるもっふもふの髪の毛とふと眉がキュートな神谷奈緒さんである。

 奈緒は俺達3組含む、1~5組がいる棟ではなくこの棟にある6組に在籍している。そういうこともあって、実際に関係はあるんだけど、普段は全く関わりが無いんだよな。そんなわけで、あっちから話しかけるなんて珍しい。

 

 と、思って振り返ってみると、なんか奈緒のもふもふがいつもよりもマシマシでもふもふになっている。

 実際大きさは変わってないんだろうけど、節々から髪の毛がぴょんぴょんと跳ねており、奈緒の表情はもう諦めを通り越して悟りの境地に入っている。

 

 

「今日、雨って言ってたっけ」

「多分な」

「ご苦労さんです」

「ほんっと勘弁してほしいよなー」

 

 

 若干いじけながら不機嫌そうに髪をいじいじしだす奈緒。そうなんです。この子、雨センサーとしても超絶有能なんです。

 というのも、湿度が高くなってくると一体全体どういう理屈なのかはわからんが、奈緒の髪の毛は確実に荒れる。そしてそれを毎回加蓮や凛が楽しそうに整えてやるのがいつものスタイルだ。

 

 

「凛と加蓮とこ行くんか?」

「昼まではこのままでいいや。どうせ自分で足掻いたってどうにもなんないのはあたしが一番わかってるし」

「苦節16年の成果だな」

「なんも解決してねーがな」

 

 

 まぁそう落ち込むなよ。奈緒のそういう体質、俺は面白くて好きなんだし。他人事だからな!(ド畜生)

 それにしても本当に大変な体質だよな。奈緒が女じゃなかったら、今すぐにでも後ろに回り込んで髪の毛の中に手を突っ込むところだった。

 

 実際、加蓮はよくやってる。冬場とかあいつ隙あらば奈緒の髪の毛に手を突っ込んでるんだよな。あったけぇんだろうな。あと奈緒の髪の毛めっちゃいいシャンプーとかリンスの香りするし。

 凛もそうだけど、長髪の女の子のそういうシャンプーやリンスの香りってマジで凄いよな。俺、本当に疲れた時に凛に頼み込んだ結果、凛を膝の上に乗っけて凛の頭に顔ツッコんでそのまま寝かけたことあるもん。

 ありゃよかった。隙あらばやりたいけど、あれをやると俺の男としての尊厳がなくなる気がするから、アレ以降頼んでは無い。帰れなくなる気がしたわ。

 

 

「それにしても雨かー。傘持ってきてねーや」

「あたしの貸してやるよ。あたしは凛と加蓮に入れてもらうし」

「あっいらないです(即答)」

「なんでだよ。素直に受け取れよ」

「いや、俺電車通学だし。女子と違って濡れて透けても問題ないし」

「透けっ……! お前なぁ!」

「ドードードー。ココ、廊下だから」

 

 

 いや、実際透けるかは知らないよ? 女子の服がどうなってんのかは男子の中では迷宮入りの開かずの扉みたいなもんだし。現実に雨に降られて下着が透けて見えちゃう~みたいなことになってる女子高生を俺は見たことが無いし。

 

 あと傘に関しては単純に奈緒に悪いって言うのがある。それに俺は電車通学だから、相当な土砂降りでもない限りは多少濡れる程度で済む。

 俺は男だから濡れても実質ノーダメージだしな。けれど奈緒ちゃんはそういうわけにもいかないだろう。可愛い女の子なんだし風邪でもひいたらどうするんだ。

 

 

「お前が風邪ひいたら凛と加蓮になんて言えばいいんだよ」

「光が風邪ひいたらあたしは凛に顔向けできないんだぜ?」

「凛がそんなことでキレるか?」

「…………想像つかないかも」

「結論出たやん」

 

 

 これが結論構成ですか。ウィングマンとリピーターじゃん。俺は絶対にマスティフとフラットラインの方が良いと思うんだけどな。どういう選択と結末を辿ればあんな変態構成で結論付くんだろうな。不思議でならない。

 別に凛は俺が風邪ひいても人に当たることなんてないだろうし。それが奈緒ならなおさらな。それに俺は風邪をひかねぇ。馬鹿だからな!

 

 

「でも、お前に風邪をひかれるとあたしだっていい気にはならないし……」

「俺は馬鹿だから風邪はひかねぇ」

「馬鹿は風邪をひかないんじゃなくて、風邪になったことに気が付いてないだけなんだよ」

「でも俺風邪になったことあるぜ?」

「じゃあ普通に風邪ひくじゃねーかよ!」

 

 

 奈緒ちゃんは可愛いなぁ。ちゃんとボケたら全部ひろってくれるから、安心感が段違いだよ。前川という良いおもちゃも見つけたけど、やっぱり年数的にはこっちの方が付き合いながいから安心感が違うわ。

 付き合いの長さって大事だな。なんだかんだ俺ら、年数だけで言えば中高合わせて知り合ってから3年は経つわけだしな。

 3年もあれば中学生が高校生になるし、2011年が2014年になるし、中日ド〇ゴンズがリーグ優勝してから暗黒期本格到来まで行けるわけだからな。泣けてくるぜ。色んな意味で。

 

 

 

「あら、随分と楽しそうね?」

「え゛っ゛」

「もういいのかよ。有名人さん」

「お楽しみだったかしら?」

「御覧の通りで」

「ちげーだろ」

 

 

 あらあら、速水奏さん。いつの間に教室から出てこんな辺境まで? まぁほぼほぼすぐ目の前の廊下なんだけど。

 それにしても、こうやって奈緒と比べると夏服の着こなし方がアレというか、個性出てるな。男子なんかみんなそろって似たような恰好しかしてないのに、女子は同じ制服でも個性が出るからすげーや。

 

 

「随分と仲がよさそうだったけど。幼馴染ちゃん以外にも異性の知り合いがいたとか知らなかったわ」

「話してないしな。こいつ、神谷奈緒。可愛いだろ、自慢の友人だぞ」

「確か6組の子よね……? 何度か目にしたことはあるけれど、こうやって話すのは初めてかしら」

「は、初めまして!」

「ふふっ、そんなに固くならなくても。同じ高校の同級生なんだから」

「とは言ってもなぁ……」

「そうだぞ。こいつただ顔が良くてスタイルも良くて歌も上手くて、ダンスは知らんが多分上手いしすげーアイドルなだけだぞ」

「それが凄いんだよ。あとお前がスタイルに言及するなよ、なんかいやらしく感じる」

「不敬ぞ」

 

 

 そういえば奏がダンスしてる所とか見たことないな。動画で調べたことも無い。

 今の時代、口パク全盛期に比べて色々と見る目が厳しいらしく、ちゃんと歌って踊れるアイドルじゃないと評価されないとかは聞いたことあるけど、実際はどうなんだろうな。少なくともCPの連中は歌ってると思うけど。

 

 でも俺が知ってるアイドルの大半ってプロ意識の塊みたいな人たちだし。飛鳥とか美嘉さんとか紗枝ちゃんとか夏樹さんとか沢山。今の時代は歌も求められるんだろうな。すげぇ業界だわ。

 

 

「こんな可愛い子と知り合いだなんて、何だか嫉妬しちゃうわね」

「何がよ」

「言わないとわからないかしら?」

「口を開けばまた変なことを言い出すだろ。奈緒は単純なんだからやめろよ」

「随分と扱いが違うのね」

「人によって接し方は変えないとな」

「あたしは保護犬かなにかか?」

「トイプードルかしら」

「俺はポメラニアンだと思うな」

「人を犬扱いするなー!」

 

 

 いいねぇ、奏も随分と扱いが分かってるじゃないか。複雑な嘘をつくと困惑させた挙句に、本当か嘘かわからずにパンクするか、湾曲した理解をしてとんでもない火種になりかねないからな。俺はそれで一回痛い目を見た。あの時の凛と加蓮はとても怖かったよ。

 

 

「てな訳だから、まぁよろしく頼むよ。俺以外には悪い奴じゃないからさ」

「それってあたしに言ってんの? 立場逆じゃない?」

「だって俺からしたらこの人ペース掴めなくて怖いんだもの」

「あら? そんな怖がられるようなことしたかしら」

 

 

 しただろ。初めて会った時からキャッチボールの時に急に来た時のことまで含めて、全部洗いざらい思い出せ。

 そもそも俺視点での初対面の時の詰め方がおかしかったんだよ。あの詰め方はやべぇよ。後夜祭でテンションがぶっ壊れた時のクロ〇ワ+石油王みたいなガン詰めヤクザだもん。一生追っかけてくるんだもん、あんなもん対戦相手もびっくりだよ。

 

 

「その胸に手を当てて自分自身に聞いてみな嘘ごめん何でもない悪かった」

「胸に手を当てれば良いの?」

「悪かったって言ってるじゃん!」

「あたしも今の一連の流れで色々と理解したよ」

 

 

 その前かがみ上目遣いは絶対にいらないオプションじゃねぇか! お前本当に未経験なのか? 絶対に詐欺だろそんな未経験がこの世にいてたまるか。男性特効EXみたいな性格してるのにか?

 

 

「それにしても大丈夫なの?」

「何が」

「もう休憩時間終わるけど」

「…………じゃあな!!!」

「お前、アホだろ……」

「昔からあんな感じなの?」

「昔からあんな感じです……」

 

 

 この後、授業には間に合わなかったし帰りは雨に滅茶苦茶降られたし、寮に帰ってからはタオルを持った紗枝ちゃんに介護される羽目になった。

 寮に紗枝ちゃんがいて良かった。『えらいずぶ濡れやなぁ』って笑顔で言われた時には滅茶苦茶悲しくなったけどね。



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君は綺麗だって結局一番心理

 今日の気温は30度越えらしい。もう少し太陽さんには加減とかしてもらえないものなのだろうか。

 じりじりと照り付ける太陽は炎天下の屋外だろうが室内だろうが関係なく温度をガンガンと上げてくる。脱ぎたい。今すぐに脱ぎたい。ここが事務所じゃないのならもう1秒後にはパンツ一丁になってる自信がある。

 

 

「ひーかーるークン! ここは君の家じゃないのにゃ! そんなソファーでごろんと寝るもんじゃないのにゃ! ただでさえデカいんだから!」

「残念でしたー、今俺は寮住まいですー、実家暮らしじゃないですぅー」

「そーんな屁理屈を聞きたいんじゃないんにゃー! 公私混同許すまじ! ここは職場だにゃーッ!」

「この前一緒にゲームしてたからいいじゃんか」

 

 

 そんなクソ暑い日には高性能な冷房の効いたCPルームのどでかいソファーに寝転んでゆっくりするに限るね。

 なんか頭の方からにゃーにゃー言っている気がするが、多分気のせいだろう。多分ね、よくわからんけど。

 

 

「っていうか、俺はさっきレコーディング済ませたばっかで疲れてんだよぉ」

「杏もレッスン疲れたから、今日はもうお休みで~」

「こんのサボり魔ども……」

 

 

 いいだろぉ、レコーディングって意外に疲れるんだよぉ。

 長時間の拘束は確定として、しっかり集中もしないといけないし、その場でのアドリブなんかにも対応しなきゃだし、何よりも楽器を弾くって意外と疲れるんだよな。

 しかもこのくっそ暑い夏場だ。いくらクーラーが効いているとはいえ、暑いもんは暑いし、疲れるもんは疲れるんだよな。

 

 

「光、最近レコーディング増えたよねー」

「おかげさまでな。いい経験させてもろてますわ」

 

 

 俗に言う同期みたいな存在がいないから、一体俺は順調に進んでるかどうかは全然わからんが、個人的な感覚だけで言うなら、大分いろんなことを任せられるようになってきた。

 最近ではギターも弾くようになったし、本当に色々と幅が広がってきた気がする。スタジオミュージシャンって色んな楽器を弾けた方が良いってネットで見たけど、実際どうなんだろうな。需要自体はそっちの方が広がりそうだけど。

 

 本業のベースの方も、プロの指導の甲斐もあって自分でもびっくりするくらいレベルアップしてる。テレビで見る超トップクラスにはまだまだ及ばないけど、少なくともここに来る前の自分に見せたらびっくりするんだろうなってくらいには上手くなれたよ。実戦経験って本当に大事なんだな。

 

 

「前川もこれから李衣菜たちとダンスレッスンだろ? まぁやればわかるさ」

「みく達を舐めて貰っちゃ困るにゃ! こちとら現役バリバリの歌って踊るアイドルにゃ!」

「昨日みくちゃんへばってたけどね」

「李衣菜ちゃんもダレてたでしょーッ!」

「なんで私も巻き込むのさー!」

 

 

 この二人本当に楽しそうだなー。なんかいっつも小突き合ってる気がするわ。その癖一緒に行動することが多いし、Pさんもデビューさせるんだったらこいつら組ませればいいのに。ま、そんなリスキーなことしないか。

 

 

「楽しそうだねー」

「なー。俺たちはのんびり平和が一番」

「そのとーり。のんびり休んでちょーっとだけ稼いだらあとは印税生活~」

 

 

 杏の場合はもうどっからどうみても邪念が見えすぎてるんだよな。

 金を稼ぐという行為に執着している例ならまだわからなくもないが、杏の場合は休むという行為に執着しているからな。長いこと休み続ける手段の一つとしてアイドルとして金を稼ぐって言う目的のための手段になってるんだよな。

 普通はそれ逆なんだよな。金を稼いで結果休んでても悠々自適だもんな。これが発想の逆転か。

 

 

 ドガチャン!!!

 

 

「ぼんじゅーる、CPの皆様初めましてー! 光くんいますかー?」

「ワーオ! ここ広いねー」

 

「うわびっくりした」

「うぇええええっ!? だっ……いや、一ノ瀬志希と宮本フレデリカにゃ!? なんで!?」

 

 

 いや、突拍子が無さ過ぎる。さっきまですっげえゆったりした時間が流れてたのに、ノックもなしにいきなり扉豪快に開いた。この扉毎回豪快にドタンバタンと開けられすぎだろ。そのうち扉蹴り飛ばして入ってくる人いるんじゃねぇか。

 

 

「俺ならここにい……ま……あ???」

 

 

 寝転んだまんま扉側に顔を向けたらありえん光景が目に入ってきた。びっくりした。びっくりしすぎて流石に起き上がって10歩くらい後ろに下がっちゃった。

 いや、さっきご丁寧に前川がフルネームで誰が来たかを言ってたし、俺も声聞けば誰かわかるから誰かは問題じゃないんだけどね。もう目の前の光景が余りにも信じられなさ過ぎて瞬き1秒で100回したかと思ったよね。

 

 

「おー、いたいた。フレちゃん道案内上手だね~」

「さっきそこで社員さんとっつかまえて尋問したからね! 名探偵フレちゃん!」

「さっすがー♪」

「なんでこの人たち水着なの……?」

 

 

 一旦フレデリカさんと志希ちゃんさんがここに来た理由は置いておこう。一旦ね? 一旦だから置かせてね?

 この人の恰好が一番おかしい。もうここを突っ込まないと始まらない。

 

 なんでこの人たち水着なん? ここって事務所だよね? 靴は履いてるけど完全にそれビキニだよね?

 めっちゃおしゃれだし、二人のイメージにも似合ってるし、スタイルがバケモンみたいに良いのはともかくとして、ここって社内だよね???

 

 

「宮本フレデリカ巡査! 容疑者、確保しましたー!」

「いやはっや! うそん!」

「逃げようったって無駄だぞ! 事件は取調室で起こってるんだ!」

「ここCPルームって言うらしいけどね♪」

 

 

 さっきまで目の前にいたフレデリカさんが気が付いたら後ろから右肩にガッツリ手を乗っけてた。何を言ってるかわかんねぇが、俺もわかんねぇ。瞬間移動とかそんなちゃちなもん以下同文って感じ。

 なんなんだこの身体能力。身体能力か? もうギャグマンガのそれじゃねえか。この人存在自体がギャグマンガみたいなところあるけどさ!

 

 

「それじゃあ留置場に連れてって取り調べ開始といこうかにゃー♪」

「いや待って! 不当逮捕! 冤罪! そもそも容疑って何! 待ってえええええ!!!!!」

「言いたいことは取調室で聞いてあげるから安心安心! レッツファイヤー!」

 

 

 そのまんま両手に花というか両手を自由人にホールドというか、そのまんま連れていかれる。

 いや、本気で逃げようとすりゃ逃げられるかもだけど、そんなことしてケガさせたらどうすんのよ。この状況詰みよ、詰み。

 本当にどこ連れてかれんのこれ! 今日はCPルームでゆっくりして帰る予定なんですけど! ねぇ!

 

 

「……連れてかれちゃった」

「光クン、あの二人と親交あったんだにゃ……」

「一応、Pには報告しとく?」

「この後予定があるとか光クン言ってなかったし、多分大丈夫だにゃ。本人の事は知らんけど」

「杏はのんびりできればなんでもいいや……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「そんなわけで公式アドバイザーを連れてきましたー♪」

「二人の言ってた適役って言うのは光のことだったんだね……急に出てって急に戻ってきたからびっくりしちゃった……」

「なんかもうほんっとうにすみません」

 

 

 連れてこられたのは衣装室。俺も中には入ったことなかったが、こんな構造になってんのかー……なーんて余裕なんてあるはずが無い。あるわけないわ、そりゃあそう。目の前にある光景がこれまた異常。というか、メンバーがなんだか凄い。

 

 

「16歳の青少年からの意見なんてこれ以上ない適役! ターゲットへの視線もしっかりと抑えてこそのアイドルってPも言ってたしねー」

「かつ、私たちの共通の知り合いやしね。うちの事務所で若い男子なんて光くらいしかおらんし」

「こんな状況に巡り合えるなんて、光もつくづく幸運ね」

「その言葉本当か? お前絶対に面白がってんだろ」

「あら? 男子としてはこういう状況、お好みではないの?」

 

 

 一ノ瀬志希、宮本フレデリカ、速水奏、塩見周子、城ケ崎美嘉。昔に比べてアイドルに対する知識も多少は付いてきた今ならわかる。このメンバーはバケモンだ。

 どれくらいバケモンかというと、もうバケモン中のバケモン。イ〇ロー。リ〇ネル・メ〇シ。ド〇ラゴン剣。メガガ〇ーラ。玉〇浩二。

 ともかく、346プロ所属アイドルの中でも人気実力ともにトップクラスの人たちだ。

 

 詳しい頻度とかルールはわからんけど、どうやら346プロには事務所内のアイドルを対象にした総選挙みたいなシステムもあるらしく、今ここにいる人たちは、その中で何度もTOP10入りしているような化け物面子だ。

 この事実を知った時に俺は飛び上がったよ。俺の隣人のあのゲーマー適当京美人そんなに凄い人なんかって。それで付き合い方を変えるわけではないけど。

 

 

「好みか好みじゃないかで言えば、ものすごーく好みではある」

「正直じゃない」

「ちなみにだけどさ、この場で帰るって選択肢は如何でしょうか。同校の奴に水着姿見られるなんて恥ずかしいでしょう?」

「あら、もっと見てもいいのよ?」

「聞く相手間違えたわ」

「ね、適役でしょ! 犬も歩けば棒に当たるってね♪」

「意味違うけどね……」

 

 

 で、ただでさえそんなバケモンみたいな面子に囲まれてる中、その5人の来ている衣服がまた異常性を高めている。

 というかもうフレデリカさんと志希ちゃんさんが水着で凸ってきた時点でお察しだよね、うん。全員水着です、はい。

 おかしいだろこの状況。俺もう絶対殺されるじゃん、もう本当に頭擦りつけるからどうにか許してほしい。

 

 あと奏はもう少し羞恥心とかそういうのを持った方が良いかもしれん。多分、

 こいつ、絶対に自分が優勢に立ってるときは優越感かなんかわからんが、アドレナリンみたいなもんが出て多少の事は気にしなくなるんだよな。羞恥心とかが無いわけではないと思うんだけど。生粋のドSか?

 

 

「すいません美嘉さん。もう頼れるのは貴方しかいないんです」

「いやー…………ごめんね?」

「なんで諦めるんですか!」

「降伏したまえ! もう君は包囲されている!」

 

 

 こういう時はちゃんと意味が合っているようなこと言うんですね、フレデリカさんね。

 水着の超美人ギャルに助けを求める男子高校生って絵面ヤバいんだよな。でもこんなかでちゃんと俺に対して慈悲の心持ってくれてるの美嘉さんしかいないんだよな。奏はまともよりだと思うけど、俺に対しては絶対になにかするという意思が透けて見える。

 

 

「そろそろ光くん連れてきた理由教えてあげたら? このまんまだと、ただただシューコちゃん達の水着を見られたラッキーな男の子で終わっちゃうし」

「えっ、二人とも何も言わずに連れてきたの?」

「志希ちゃんは人材選考係だし~」

「フレちゃんは人材連行係だしね~」

 

 

 いや、確かに眼福ではある。目には良いんだろうけどね、この状況続くのはどうかと思うんだね。本来この立ち位置に居て得しかしてないであろう僕が言ってるんだからね。事の重要性がわかるね!

 

 

「私たち、今度5人でマ〇ジンの表紙に使う撮影を控えてるの」

「お前マジで凄かったんだな」

「尊敬してくれてもいいのよ?」

 

 

 マ〇ジンの表紙ってマジで言ってんのか。俺は昔からジャ〇プ派だったからそっちの方は知らんけど、マ〇ジンと言えば男子が買う漫画雑誌の二大巨頭だろ。男はみなコ〇コロからこのどちらかに行くんだ。

 そんなマ〇ジンの表紙には大体めちゃんこ可愛いグラドルやアイドルやモデルなどの女の子がドドーンと飾られている。そこに目の前にいる5人が乗るというんだから、マジでヤバイ。このヤバさは男子高校生が一番実感する。

 

 

「で、なんで俺が?」

「マ〇ジンって大体中高生を対象にしてる漫画雑誌やん」

「そうっすね」

「光くん、年齢と学年は?」

「16歳高校二年生です」

「ワーオ、ドストライク~!」

「えっ、そんだけ?」

 

 

 俺、もしかしてそんだけの理由で呼ばれた? 単に今度載る漫画雑誌のメインユーザー層にピッタリハマってただけで呼ばれた?

 確かに、346プロは男性社員も沢山いるにはいるが、殆どが成人した正社員の人たちだ。というか、俺以外そうなんじゃねえかな。どこに行っても男だと俺が最年少だし。

 そういう意味では、確かに俺は希少な存在ではある。そういう意味で希少な必要あるか?(自問自答)

 

 

「じゃあ、他の男性社員さんでもいいっすよね。よし、任せてください今すぐ他の人をさg」

「そうはいかないにゃ~♪」

「まーまー、待ちなさいよお兄さん♪」

「なんで」

 

 

 クルっと振り向いて速攻ダッシュをする部活でやる反発力かなんかの強化よろしくなダッシュを決めようとするも、夜の街でキャッチをする悪質なお姉さんみたいな絡み方をされて動けなくなる。

 不味い、下手に動くと胸とか胸とか胸とかが当たる。しかも今はよくわからんけど多分布一枚だから本当に当たりたくない。俺が意識する。死ぬ。

 

 

「私たちのようなアイドルは、ちゃんと対象とするファンに対して、求められている一番良い魅せ方をするのも仕事の一つ。ここは黙って付き合ってもらうわよ」

「役得だけどファンに闇討ちされる」

「安心しなって、水着姿を見られるのは普通の人よか多いからシューコちゃん達も慣れてるし」

「俺が女性の水着姿を見るのに慣れてないんですゥ……」

「だから今日ずっと真っすぐ目を見てたんだね……」

「下心なしで目線のやり場にマジで困ります助けてほしい」

「慣れてもらうしかないカナー……?」

「なんでそんなに女性耐性が低いのよ」

 

 

 女とプールや海に行くようなガッチガチの陽キャなら見慣れてそのままヒャッホーしてるのかもしれんが、俺はそんな陽キャじゃない。水着姿とかスク水しか知らん。

 そもそもバチバチの水着とか、随分前に行った海水浴で遠くではしゃいでる陽キャ姉ちゃんを遠くから一瞬見た記憶しかない。そんな自分の中では超希少生物が目の前にいるのだ。しかも触れたら爆散する危険物。そらもう……もう……はい(諦め)

 

 

「まぁ、とはいえもう表紙の撮影で着る水着は決まったんだけど」

「今何て言った奏」

「もう着る水着、全部決まってるわよ。もう少し掘り下げて言うと、私と美嘉だけ決まってなかったのよ。でも志希とフレちゃんが貴方を捕まえに行って帰ってくるまでに決まっちゃった」

「は──────────…………」

「そーなの? 道理で水着が変わってると思った」

「アハハ……ごめんね?」

 

 

 なんかもう一気に肩の力が抜けたわ。振り回されて心労だけ溜まって何事もありませんでしたって、それもうどっきりやん。テッテレーがマジトーンになっただけドッキリじゃないの。

 まぁ良いんだけどね? 良い目薬になりましたよマジで。良い経験になったぜ本当。最近志希ちゃんさんに会ってない気がするって思ったら急にこれだもんな。びっくりした。この人マジで行動が読めないな。

 

 

「じゃあ最終チェックだけしてもらおっか! じーっとあたしのこと観察してイイんだよ? ほらほら~」

「う゛っ゛!゛」

「フレちゃんも! 悩殺ポーズってあるじゃん? ほら、ビビビーッてヤツ!」

「あたしもやっちゃお~。んにゃ~♪」

「それスペ〇ウム光線のポーズっすね」

 

 

 危なかった。フレデリカさんがフレデリカさんじゃなかったら危うく二人にやられるところだった。今は二人ともスペ〇ウム光線のポーズしてるから普通に見てられるわ。ありがとうウル〇ラマン。全然詳しくないからわかんないけど。

 

 特にさっきの志希ちゃんさんのポーズマジでヤバかった。

 スカートみたいになってるフリル? みたいなやつをピラッとめくって下の水着を見せてきたの。しかも少し前かがみになってたおかげで、何とは言わんがすげえ強調されてたし。マージで凶悪。一撃必殺。

 普段から見えてるならともかく、隠されているものをそちらから見せられると男の子って死ぬんだよね。これロマンの法則第七十五項ね。

 

 

「さっき一瞬トばんかった?」

「周子さん、エグい。アレ、ヤバイっすアレ」

「効果てきめーん♪」

「4倍弱点やね」

「どーどー? 似合ってる?」

「めちゃくちゃ似合ってます。えぐいっす。語彙力死にます」

「さっすがフレちゃん。大当たり~」

 

 

 志希ちゃんさんの方は髪色に合わせたワインブラウンと白の縞柄をしたビキニ。髪色とシンプルな清楚感のある白の相性は志希ちゃんさんにばっちり。

 しかもスカートっぽくなってるフリルがまたおしゃれだ。それをちらっとされたら、幾らなんでも死ぬに決まっている。

 

 フレデリカさんのは薄ピンクを基調にした若干露出の少ない水着だ。両腕についているでかいシュシュみたいなやつも可愛らしい。似合いすぎている。

 まぁ、普通のビキニに比べればってだけで、どう転んでも水着なのでガッツリ露出にはなっているけどね。

 

 そしてというかなんというか、やっぱり二人ともスタイルがえぐい。いやもう無理だよね、そういう目で見るなって言う方が無理なんだよね。

 ちゃんとボンってしてるしちゃんとキュッとしてるうえに足もスラっとしててでもうエグいね。無理、ごめん。

 

 

「ま、シューコちゃんのも見てってよ? 割と自信あるんだよねー」

「じゃあアタシも! 同年代相手だし、悩んでもアレだからアタシらしく行こうかなーって★」

「なぁ奏。俺、明日サツに捕まるんかな」

「何も犯罪してないから安心しなさい」

「本当?」

「何だったら光がここにいるのってほぼ不可抗力だし、貴方以外は割とノリノリよ?」

 

 

 周子さんは濃い青色のビキニの上から水色と白の縞柄のビキニを被せて二重のようになっており、そこにショートデニムパンツを組み合わせた格好だ。

 デニムパンツから伸びている水着の紐がなんというかアレだ、うん。アレだね。口にしたら負けだから言わないよ。

 ビキニの胸の部分って二つ重ねることも出来るんだね。下のシャツを見せながら上着を一枚重ねるファッションの水着版みたいな感じだろうか。オシャレな人ってすげえな。実際めちゃんこ似合ってる。

 

 個人的に一番水着がこの中で似合いそうランキングにいつのまにかなっていた美嘉さんはというと、水着自体は上下ともに濃いめの紫で統一されているシンプルに露出が多い、これぞ水着といった感じの組み合わせになっている。

 だけどよーく見てみるとビキニの真ん中にリングがワンポイントかけられていたり、首元や手首、足首には細やかにアクセサリーがちりばめられている。

 一見シンプルだが、細かい所に気配りがされている。なんというか、これがただでは終わらないおしゃれなんだなと実感するね。

 

 

「なんか勉強になるな……」

「女の子の水着見て男の子が勉強になることあるん?」

「いや、俺基本的に衣服には無頓着なんで」

「じゃあ今度アタシが今度色々見てあげるよ。こう見えても、一応メンズのファッションにも自信はあるから☆」

「俺に服装勧める人で初めてまともそうな人だ」

「まともどころか、ファッション系だと美嘉ってトップクラスよ」

「ま、一応アタシ、カリスマギャルだし★」

 

 

 大体俺に一緒に服見てやろうか? って言ってくる人ってセンスが中二に偏った人ばっかだったんだよな。

 美嘉さんもパッと見はバチバチのDQN装備にされそうだけど、俺はこの人のまともさを知っている。多分この人は大丈夫な人だ。俺はそれを知っている。

 

 

「じゃあ、最後は私ね」

 

 

 そういうと、横から離れて目の前で奏がクルっと一回りして見せる。

 クルっとされたが来ている水着はドシンプル。黒のビキニだ。アクセサリー系統も首から一つ、シンプルなネックレスをかけているだけ。周子さんみたいにビキニを重ねてるわけでもなく、本当にシンプルな黒の水着だ。

 

 

「感想は?」

 

 

 けど、それがめちゃんこ似合っている。というかこの女、スタイルがバケモンみたいに良い。

 よく言われるボンキュッボンがそのまんま姿になったみたいなスタイルをしている。そりゃあこんだけスタイルが良けりゃシンプルな水着も映えるわなって話だ。

 しかも黒って言うのが大人っぽくてバカみたいに奏特有のミステリアスなやけに色っぽい感じを出させる。こいつ自分から経験ないって言ったくせにな。

 

 

「奏。お前、本当に綺麗だな」

「」

 

 

 それに尽きるよ。服装のセンスとかでも4人に合わせてバランスを取るとかでもなんとでも言えるけどそれに尽きる。

 最後まで悩んでこれにしたってことは、多分美嘉さんに合わせた面もあるんじゃないかな。そう推察も出来る。深読みだけどね。

 

 他の四人が服装の装飾や色合いなんかで個性を見せる中、逆にシンプルさで勝負することでバランスもとりつつ、自分の魅力も見せれると。

 この5人、ユニットにしたら最強なんじゃねぇかな。

 

 

「ワーオ、これぞカウンタークリティカルヒット、一発KOってやつ? フレちゃん初めて見た!」

「奏ちゃんが負ける所、あたし初めて見たかもしれんわ」

「ね! 面白い子でしょ! 志希ちゃん中々お気に入りなんだ~」

「いや、みんなハチャメチャ綺麗ですけど、奏のコレ見て感想言えって言われたらそうなりません? 綺麗なんだもん」

「光くん、割と大胆な面もあるんだね……」

 

 

 なんかそれから奏を一週間くらい学校で見なくなった。

 いや、なんで? お前だけは直接大丈夫って言ってたじゃんか。あんなこと言っといて普通に恥ずかしくなるのは罠じゃんね。おかしいべ。

 シンプルにマガジンの表紙を飾って学校でも話題になったってのもあるかもしんないけどね。俺の考えすぎかもしれないけど。それでもちょっと悲しいべ。口聞いてくれた時は結構嬉しかったよ。マガジンは恥ずかしくて買えなかったけどな。



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夢追い人は10割増しでかっこよく見える

 

 いつもというわけではないが、大体俺は346プロに来る時はベースケースを背負ってここを訪れている。理由もクソもないが、俺はベーシストとしてここに雇われているスタジオミュージシャン見習いだからな。

 ただ、今日の俺は一味違う。

 

 気分は最高潮、テンションフルMAX、パ〇プロの調子バロメーターで表すのならノリノリだから。ピンクのまんまる頭がニッコニコで上回転してるから。綺麗なストレートの回転だから。火の玉ストレートだから。

 

 

「おはようございまーす! Pさんいますかー?」

「光くん! おっはようにぃー!」

「学校終わりだってのに元気だなぁ……杏は寝てるんだよぉ……」

「Pさんなら、今はお部屋にいると思うよ!」

「さんきゅー!」

 

 

 CPルームに入って開口一番元気に挨拶。久しぶりに野球部の時みたいな挨拶したかもしれん。それは嘘だけど。こんな腑抜けた挨拶したらぶっ飛ばされかねん。

 部屋に入ってすぐさま右に回ると、Pさんがいつも仕事をしている部屋、俗に言うPルームがある。そこに3回ノックをすると、大体扉の向こうから野太い声で。

 

 

「どうぞ」

 

 

 って返ってくる。返ってこないときは、勿論だが大体そこにPさんがいない時だ。この人も忙しい人だからな。なんてったって14人のアイドルの活動を1人でまとめてるんだ。

 アイドル業におけるプロデューサーが、平均でどれくらいの人数を1人で請け負っているのかは知らないが、素人目で見ても14人を1人で管理するって労基に訴えても許されるレベルじゃん。最近、俺の中であの人は人間ではない説が浮上してきてるからな。

 

 

「おはようございます」

「おはようございます。松井さんは、本日は予定は入っていないはずでしたが……」

「いや、ちょっとサウンドブースを使わせてもらいたくて」

「サウンドブース、ですか。自主練のご予定でも?」

「自主練もですけど、新しいギター仕入れたんで、こいつの確認も兼ねて。もし実践でも使えるようなら、それに越したことは無いと思いますし」

「成程、わかりました。少し確認を致しますので、少しお待ちください」

「了解っす」

 

 

 さっすがPさん。話が早い。私的目的でのサウンドブースの使用はあんまり褒められたもんではないからな。今西みたいなコネの場合は知らんが。

 でも、俺がある程度エレキも弾ければ、それだけスタジオミュージシャンとしての幅も広がるのも事実。別に俺が無理してギター弾かなきゃいけないほど、346内のスタジオミュージシャンが枯渇しているのかと言われたら、そこまでカツカツではないんだろうけどね。

 

 そうなんです! 仕入れたんですよ。新しいギターをね! 人生初の、自前のエレキギターをね!!!(大興奮)

 いやー、家に居る時は親父の奴を触ってたりしたもんだけど、自前の物ともなるとやっぱ思い入れが違うね。寮で触ったけど、なんというか愛着がすさまじかったもの。

 

 

「お待たせしました」

「はやっ」

「サウンドブースの方。ルーム2は18時から高森さんのラジオの予定が入っていますが、それ以外では予定は入っていないようです。ですが、ルーム1の方を現在木村さんが使用しているとのことなので、ルーム2の方で良ければ……」

「いやもう全然大丈夫! 何の問題も無いです! ルーム2の方ならもう空いているんですよね?」

「は、はい。そちらの方であれば、いつでもと……」

「わっかりました! 行ってきます!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「……んで、なんでついてきたんだよ。美嘉さんは大歓迎ですけど」

「いいじゃない。連れないわね?」

「奏があまりにも楽しそうな顔をするもんだからつい……」

「美嘉さんは良いんすけどね……二人とも仕事があるでしょ」

「丁度、その仕事を今終わらせてきたところよ。生憎、スケジュール管理はしっかりしているから」

「アタシはまた後で別の仕事があるけどねー★」

 

 

 なんか拾ってきてしまった。もう楽しさオーラ全開でサウンドブースまでステップを踏むような勢いで行ったのが間違いだった。

 サウンドブースのある階にエレベーターで降り、もう目の前! ってところで扉を開けたらいたのがこーの二人~! ババーン! 笑いのニューウェイブ! 陣〇って言いそうになった。あぶねぇ。

 

 俺の目の前に現れたのは、カリスマギャル城ヶ崎美嘉と、ミステリアスな年齢詐称疑われているアイドルNo.1と名高い速水奏さん。

 ちなみに菜々さんはなんでかと言わないがランキング外です。あの人はもう一周回って疑われてないからね。

 

 

「まぁ二人とも時間が空いてるならいいじゃねーか。それよりさ! 光が買ったギターっての見せてくれよ!」

「あっ、はい」

「夏樹はもうギターにしか目が無いね……」

「まぁ、本職みたいなものだし」

 

 

 そして俺は今ルーム1にいる。ルーム2にいるはずだったのに。

 そもそもこのルーム1とかルーム2とかいうの。よくわかんない画面かなんかの前にいるかわからんけど、なんかやりたいから説明しよう!

 

 ここ、サウンドブースには部屋が二つあるんだ。

 一つはボーカルや楽器など、どちらかというと音楽系統のものを収録するのがメインのルーム1。俺が一番よく使う方。

 そしてもう片方は、主にラジオの収録などをメインに行われるルーム2。こっちは俺が入ることは基本的にないが、やはり音楽系統主体の事務所らしく、ルーム1ほどではないにしろ音楽などの機材も普通に置いてある。

 だから俺はルーム2を使う予定だったんだけど……ルーム1を使ってた夏樹さんに丁度見つかって。

 

 

『それ、ギターケースじゃん。なに? 新しいギター仕入れたのかよ! マジか、こっちの部屋来いよ! アタシにも見せてくれ!』

 

 

 って感じで、多分俺よりもウキウキになってる夏樹さんに捕まった。夏樹さんは俺がエレキ持ってないって知ってたしな。新しいギターを仕入れた+わざわざサウンドブースに来た=買ったのはエレキギター、ってなるもんな。

 それにしても後ろについてきている二人には目もくれず、ウッキウキで腕組んで来てルーム1の方に引きずり込んで来た時にはびっくりしたね。

 リーゼントヘアーがバチバチに似合うイケメンとはいえ、女性は女性だからね。腕組まれたらびっくりしちゃうんだよね。そういう経験あんまりないからね。

 

 そんなことを言っていたとて、このまま連れ込まれて何もしないわけにもいくまいし、もう目の前にいる夏樹さんがワクワクしてて抑えきれてなさそうなので、このギターケースを開けることにします。

 

 

「はい。これっす」

「フェンダーのジャガーか! いいとこ行くなー!」

「おー、綺麗な水色のギター」

「綺麗っすよね。よくわかんないですけど、タイドプールって言うんですって」

「もっと服装みたいに当たり障りない色を選ぶかと思ったけど、意外と攻めるのね」

「本当は一番スタンダードなカラーか、黒と白の一番当たり障りない色を選ぼうと思ってたの見透かすのやめな?」

 

 

 そうです! 今回買ったのはこちらァ!(超ハイテンション) フェンダーのplayerシリーズのジャガーです! お値段中古で7万には届かないくらい!

 中古だけど状態はほぼ新品同然だし、下手に安いもん買うよりかは、これくらいお金出した方が良いよなってことでこれを買いました。今のところ後悔はしてない。まだちゃんと試奏以外で弾いてないけど。

 正式名称で言うと、Fender Player Jaguar PF TPLというらしい。ギターは初心者だからよくわからないね。なんて言ったって、初めてのエレキだし。

 

 本当は買いに行くときに夏樹さんを誘うかメッチャ迷ったんだよな。結局誘ったのは妥協に妥協を重ねた結果、今西になりました。あいつ、割とちゃんとギタリストだし、普通に上手いしな。

 

 

「これ、試奏はしたのか?」

「勿論です。音的にも好みだし、割と小さいんで、少なくともアコギよりは取り回しもしやすい。今はわかんないっすけどここら辺のスイッチとかアームも使えるようになれば幅が広がるかなって」

「一応スタジオミュージシャンでしょう?」

「痛いとこ突くなよぉ。わかるにはわかるけど、ドヤ顔でわかるぜって言える知識量じゃねーんだ。ギターは本職じゃねぇし勘弁してくれ」

「え、光ってギターが本職じゃないの!?」

「違うよ。こいつの本職はベース。めっちゃ上手いんだぜ」

「ギター弾いてたから、てっきりアタシ、ギタリストだと思ってた……」

 

 

 頼むからハードル上げないでください。俺の強い所って滅茶苦茶地味で伝わりにくいんですから。美嘉さんもそうだったの? みたいな顔でこっち見ないでください。理由はさっきと同じ。多分、以下同文。

 

 このギター、そもそも図体がでかいアコギと基本的にスタイリッシュなエレキを比べるのはそもそも間違いではあるんだが、普通のエレキに比べてもちょっと小型だ。

 特にこのネック。ジャカジャカする方じゃなくて、まっすぐ伸びてる部分ね。ここの間隔が短く、エレキ初心者としては取り扱いやすいのも嬉しい部分だ。ジャガーとジャズマスターの違いでもあるね。

 

 

「確かに、音も全然悪くないな。ジャガーって感じの音だ」

「ですよね! どう、この音良くね?」

「私に聞かれても細かい違いなんてわからないわよ」

「なんだよー。ついてきたんだからちょっとくらい褒めてくれよ」

「珍しく冒険しただけあって、ギターは似合っているんじゃない? 青のギター、案外合ってると思うけど」

「褒められたら褒められたで怖い」

「美嘉、止めないで」

「まーまー、そういうキャラじゃないから★」

 

 

 いやー、やられっぱなしも堪ったもんじゃないからね。少しはやり返してやりますよ。

 

 アンプと繋がったギターは水を得た魚の如く、生き生きとした音を出し、それを耳と肌で感じながらこっちのボルテージも上がっていく。

 自分で言うのもなんだけど、本当に上手くなったな。エレキよりも使いにくいアコギを触ってたってのもあるかもしれんけど、エレキとアコギってほぼほぼ別ものだろうし、割と何とかなるもんだな。

 後は、右手の感覚をエレキで覚えるだけか。カッティングとかブリッジミュートとかあたりまでは応用できるのかもしれんけど。

 

 

「うん。激しく弾いても弦落ちしないですね。ジャガーって弦落ちするもんだと聞いてたんですけど」

「結構新しい機種みたいだし、スイッチ類もよく見るジャガーに比べてかなり少ないから、一概にジャガーとは言えないかもな。カスタム版みたいな」

「ですね。でもこんだけ弾けて取り回しも効くなら、こいつを選んで正解でしたわ」

 

 

 それっぽくチョーキングや、激しめに弦を弾いたり、スラップをしてみても弦落ちする様子はない。

 ジャズマスやジャガーは弦落ちするのが使命、ってまで聞くくらいだし、最悪パーツ交換とか取り付けしてもらおうかと思ったけど、そんなに弦落ちしないって言う店員さんの言葉を信じてよかった。この先、後悔するかもしれんけど。

 

 それにしても、ストラップを付けて立ちながら弾いてみると、取り回しの良さがより分かりやすい。普段使っている楽器がボディの太いアコギか、ネックとか長くてでかいベースなので、余計に使いやすい。気分もノってくるね。

 試しにそれ(漢字なら其れ)っぽく知ってる曲のイントロを弾いてみたりする。

 うわぁ、すげぇ。エレキギターだ。そりゃそうだけど。なんというか、こんな感じの音を自分で出したことが無いから、物凄く新鮮だ。

 

 

「やるか?」

「よくわかりましたね。ワンオクですよ?」

「そりゃあわかるさ。って言うか、弾けるの?」

「今の俺でもギリギリ弾けそうなんで」

「なら問題ないな。じゃあ、二人にいいもん見せてやるよ。特設ライブだ」

「おー! いいじゃんいいじゃん★」

「ギター二人しかいないすけどね」

「光がボーカルやりなよ。アタシがラップパートやっから」

 

 

 うぇ~、マジか。まぁラップパートの方がきついと思うけど、ボーカルも音域広いんですぜ。なんてったってワンオクなんだから。あと、英語の発音にも若干自信が無いんだよな。

 なんとなくそれっぽい感じで歌うことはできるし、歌詞も覚えちゃいるけどさ。こういうガチガチロックをギターでやるのは勿の論で初めてだから、割と緊張する。それよりもウキウキの方が勝ってるけど。

 

 もう一回、もう一回と、まだ手に馴染まないエレキギターの感触と音の返り方を肌で感じる。

 よし、スイッチ入った。いつでも行けると言わんばかりに夏樹さんの方を向くと、心の底から嬉しそうな顔をしてこっちを見ていた。どんだけ楽しみなんすか。

 

 タン、タンと二度足踏みをしてギターの弦を躊躇なく一気に弾く。休符を挟みながらのシンプルなフレーズに、ピッタリのタイミングで夏樹さんがリードギターを差し込んでくる。

 ギター二本でのセッションとは思えないほど圧力。これが音楽の良い所だよな。

 

 

『Your life is automatic Believe a little magic』

『Your future may be tragic For a toxic animatic』

 

 

 Aメロに入るとリードギターが外れ、俺のギターと俺自身の声に全てが委ねられる。こういうのは慣れっこだ。寧ろ燃える。噛まなけりゃあな。

 この音の川を流してそこに自分の声を乗せる感覚はベースにも通じるものがある。これは行ける。そう確信すると、対面から『Why?』と煽り文句が飛んでくる。

 

 

『Don't stay in a lonely place, hey, you!』

『Don't you understand? 今の自分 さぁ Wonderland』

『My life つまらない それが表情に』

『Don't forget 向上心常に』

『意味が無いものに手を差し伸べても刺激が強すぎ悲劇なRonin』

『やりたいこと日々冒険 Keep it going!』

『ついて来い 世界に行こうぜ』

 

 

 まだ行けるだろと言わんばかりの完璧なラップ、そしてサビへとぶち上げていくアレンジ。最高過ぎる。こういう人が音楽界で食っていくんだろうなと体感するが、そこで負けてちゃ男が廃る。

 勿論、ここで終わりゃしませんよ。見るからには上を目指す。それが俺達、バンドマンの生き様。夢は見るモンじゃないでしょう?

 

 

『夢は見るモンじゃなく so かなえるモンでしょ?』

『だからかなわない夢なら 夢とは言わない!!』

『それでも人が「夢は夢」だと言うなら』

『まずは俺らが先陣切って 笑い飛ばしてやる! 飛ばしてやる!』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「バンドマンの本気の演奏って、やっぱり間近で見ると迫力あるねー」

「完全に私たちの事は見えてなかったようだけど」

 

 

 正直、全然忘れてた。もうガッチガチに忘れてたね。

 やっぱり実力がある人とのセッションは、心の奥底にあるなんかが燃え滾ってくる。アドレナリンとかどっばどばだもん。セッションというか対バンみたいな感覚になるよね。

 

 

「いやー、やっぱ歌上手いよ! やっぱり光もアイドルにならないか?」

「アイドルにはならないで良いですけど、歌は上手くなりたいんすよね」

「ボイトレとかやってないのか?」

「受けたいんですけどねー」

 

 

 前にも凛と話してたんだけど、ボイトレ受けたいんだよな。Pさんには公私混同だと思って言ってないけど、こうやって夏樹さんの実力を見ると、やっぱ受けて見たくなる。やっぱ俺って影響されやすいのかもしれん。

 

 

「受ければいいじゃない」

「そんな簡単に言うなよ」

「もしボイトレしたかったら、アタシから頼んどこっか★」

「美嘉さんレベルが言うとマジで現実になりかねないっす」

 

 

 ここにいる人たちって、みんなすげー人だもんな。権力とかは知らんけど、少なくともそこら辺の社員さんが言うよりもよっぽど意見が通りそうだし。

 でもボイトレしたいのも事実だし、でもこうやって事務所に来ながらボイトレするってのも、俺はアイドルじゃない、ただのスタジオミュージシャンなのになんで歌を鍛える必要が有るの? って話になるし。

 

 

「やりたいことをやればいいじゃない。さっきまで歌ってた貴方の顔、凄く楽しそうだったけど?」

「そりゃ、楽しかったけどな」

「優柔不断ね。モチベーション維持のためにも、空いている時間にボイトレも取り入れる。そういう大義名分でも不十分?」

「お前天才かよ」

「少なくとも、毎回赤点回避に勤しんでる貴方よりかはね」

 

 

 これは決まったかもしれん。俺はヘタレ。だが、大義名分さえあればそれなりに動ける男だ。

 自主的に何かをしに行くことは殆どないが、それなりに理由やら原理やらやるべき義務とかそういった物さえあれば十分だからな。

 

 そうと決まれば、Pさんに言うのはちょっとアレだから千川さんからだな。あの人、直接的にCPに関わることは少ないけど、実はかなり関係の深い人物だし。こういったちょっとした相談なら、割としやすい相手ではあるからな。こえーけど。

 

 

「奏って、結構面倒見良い所あるよね★」

「そんなことないわよ」

「なんだ、奏のお気に入りか?」

「さぁ?」



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人から貰ったもんは割と大事にするタイプ

 最近の俺は、CPルームにいる間もう一生ギターを握って何かしら聞いている気がする。おかげ様で人力BGMとか本田に言われる始末だ。ちゃんと〆ておいた。

 

 理由は単純というか、単に手持ち無沙汰なんですよね。

 のんびりスマホを触るのはいつでもできるし、かといってみんながいるのにイヤホンつけて音楽聞くなんて初期の李衣菜みたいなことも出来ないし、とは言えガールズトークに入るなんて自殺行為も出来ないし。

 そうなると、選択肢としては無心で鼻歌歌いながら延々とギター弾いてコード覚えるかコードを手になじませるしかないんだよね。これのせいでハチャメチャに空で歌える曲が増えた。ありがたいね!

 

 

「凛ちゃんそのピアス新しいのでしょ!」

「わっ、本当です!」

「私やしまむーでも気が付かない変化に気付くとは……やはりカリスマギャルの血は争えない……!」

「へっへーん! アタシだって、みんなの事よーく見てんだからね☆」

「ただピアス変えただけだよ……」

 

 

 そうしてこうして最近はベースよりもギター触ってる時間の方が長いんじゃねぇのかなってなってきたわけではあるんだけど、やっぱり楽器って触ってる時間に比例して上手くなっていくもんなんだね。

 新しくエレキを買ったってのもあるんだろうけど、もう随分ギターの感覚が手に馴染んできているよ。エレキとアコギって似て結構奏法とか非なるところあるけどさ。

 

 

「凛ちゃんって、結構おしゃれなところあるよね」

「ピアスの穴っていつ開けたのー? やっぱり、おしゃれだから!?」

「中学生の時、かな。ピアスに興味があったって言うのもあるけど、光が開けるって言うから」

「あー、そういやそうだった。懐かしい」

「そういえば、光くんもピアス開けてるにゃ。全然付けてるとこ見たことないけど」

「付けてるには付けてるだろ。ほら、これ」

「透明じゃほとんど意味がないにゃ!」

 

 

 凛の場合は髪が長いから耳元も隠れてピアスバレないかもしれんけど、俺の場合は短髪だからバレるんだよ。学校でも透明の奴を付けて穴だけ塞がないようにしてる。

 まぁ、基本的に俺って積極的に外出とかするわけではないから、結局ちゃんとしたピアスはあんまり付けないんだけどな。アクセサリー類好きなんだけど、何つけたら似合うかわかんねーんだよ。この前の水着のそれで美嘉さん見て勉強になったのはそれもある。

 

 確か中二の夏休みだったんだよな。俺がピアス開けよっかなーって気まぐれで言ったら、想像以上に凛が食いついて気まぐれで適当言ってたのに一緒に開けることになったんだよな。

 だから発案は俺なんだけど、実際開けるって実行に移したのは凛だし。なんなら俺は凛がピアス開けるって言うのに、バチバチ反対だったからな。そんな綺麗な顔してるのに傷つけちゃいけません! って。大げさって却下されたけど。

 

 

「やっぱり、ピアスの穴をあける時って痛いもんなの?」

「ピアスの穴ってどうやって開けるんですか?」

「そりゃあ、しまむー。画鋲とか安全ピンで耳たぶをぷすっと!」

「ひぇぇっ!?」

 

 

 お前、いつの時代の話をしてるんだ。そんなん昭和とか平成初期の話だろ。素人がそんな不衛生なもんでピアスの穴開けるもんじゃねぇよ。せめて、やるならピアッサーとかだな。でもあれも素人がバチンってやるのこえーよ。突起物だぜ? 刺さったらシンプルに怪我だわ。

 

 

「いや全然。ないない。変なこと卯月に教えるなよ本田」

「病院でやったんだけど、全然痛みはなかったよ」

「いいなー。アタシも早くお姉ちゃんとか二人みたいにピアス開けたーい! ノンホールじゃなんかやだー!」

「気持ちはわかるぞー」

 

 

 今どきの技術の進歩ってすげーんだもんな。マジで当時はびっくりしちゃった。

 近くに会った皮膚科に予約取って二人で行ったんだけど、普通にパチンとやって、『えっ、もう終わりすか?』って感じであっけなく終わったもん。切れ味と手際が良すぎて、自分が捌かれていることに気が付いていない魚みたいだったもん。

 

 学校がピアスOKだったらな。俺も毎日ピアス選んでウキウキで通学してるんだろうけど、うちは勿論ダメだからな。

 奏とかもピアス開けてるけど、あいつは仕事上付けるとか言って通してるらしいし。凛も今ならその理論で通るんだろう。加蓮とかもピアス開けてたけど、上手い事隠してるよな。髪が長い奴ら羨まし。

 

 

「でも、凛ちゃんってピアスは色んな種類付けてますけど、ネックレスはいつも同じ物を付けてきますよね!」

「確かに、いっつも凛ちゃんネックレスはその丸いシンプルな奴付けて来てるにゃ」

「……まぁ、シンプルだし。制服にも合うから」

 

 

 卯月はよく人の事を見てるなぁ。言われてみれば凛って大体ここに来る時ってそのシンプルな丸いブレスレットか、花柄の奴のどっちかだもんな。花柄の奴とかもう付けなくてもいいのに、律儀な奴。

 

 

「その反応、もしかして! 光くんから貰ったネックレスとか!」

「」

「うわー、ものの見事に図星そうだね……」

「アレ、まっさんが上げたの?」

「うん、誕プレ。あいつ、素材が良いからアクセとかシンプルなのが良いかなって……多分、凛が中一の時くらいにあげた奴じゃねぇかな。俺はあんまり覚えてないけど」

 

 

 あのネックレスが初めて凛にあげた誕生日プレゼントだったんだよな。翌年にも似たようなネックレス、しかも花柄のワンポイントが入った奴をあげて、そういや去年もネックレスあげたじゃねぇか! ってなったのは恥ずかしいから秘密な。

 

 あっちの方は私服とか着てる時に良く付けてるんだよな。マジで律儀な奴。

 俺、服とかアクセのセンスがマジでないから、プレゼントとか本当にシンプルな物しかあげてないんだよな。おかげで渡した側はどんなの渡したっけって覚えてないオチね。

 

 

「ち、中一からとは筋金入りにゃ……いったい奴のどこが……」

「さっすが、アタシ! 見破る力はピカイチだもんね☆」

「よく当てたなー。偉いぞー、飴しかないがいる?」

「やったー!」

 

 

 流石はカリスマギャルの卵などと自称しているだけはある。普段はみりあちゃんと走り回って走り回って、ひたすらに走り回っている印象しかないが、やはり血は争えないのか。

 

 美嘉さんの妹って比較をするのはお門違いというか、ナンセンスというか、でも莉嘉の場合は美嘉さんを目標にやってるからむしろ正しいのかもしれんが。まぁよくわからないことになっているが、観察眼や着目点は流石だ。

 少なくとも俺よりも凄い。俺を比較対象にした瞬間に、なんか褒めてるかわからなくなるの悲しくなるな。

 

 

「いやー、汎用性高い奴をあげておいて良かったよな。中二の時の俺ナイスだ。年重ねても腐りにくいし、簡単に代用品もあるだろうし」

「汎用性とか代用品とか、そういう問題じゃないと思うけど……」

「どうして?」

「そういう時だけ馬鹿みたいに鈍くなるのやめるにゃー!」

 

 

 実際、長い事使ってもらえる分にはこっちもあげてよかったとなるから嬉しいよね。毎日つけて来てるとは知らなかったけど。

 

 鈍いも何もそういうことだろ、大体凛なんて祝日以外は制服でここに来てるんだから、凛が制服に合うと思ってつけてるネックレスの打率が高いのは必然だし。

 あれ? でも私服の時も付けて来てるのか? そこまで見てないからわかんねーや。

 

 

「凛ちゃん可愛いです!」

「しぶりんにも、意外とそういうところはあるんですなー」

「そういうの、ちょっとロックで良いと思うよ」

「ま、社内でのそれは禁止されてないし、純愛ならみくは良いと思うにゃ」

「いや、ちが……」

「俺ぁ嬉しいよ。お前、物持ちが良いタイプだったんだな」

「────-っ!」

「痛い痛い痛い!」

 

 

 お前っ、ちょっとからかわれただけでそんなにポカポカ殴ってくんなよ! クールな渋谷凛だろお前!

 そういうのキャラ崩壊って言うんだぞ。俺が割とキレる時は普通にキレたみたいなキャラ崩壊だからそれ。こういうのって、割としっかり黒歴史に残るからな。俺は前川と菜々さんが心配だよ。なんでだろうな。ちょっとよくわかんないけど。

 

 

「ねーねー! 光くんって、ネックレス以外は凛ちゃんに何をプレゼントしたの?」

「えーとだな、中一の時にネックレスで、去年もネックレスで……あれ? 凛が二年の時って、俺なに渡したっけ?」

「これ」

「あぁ、イヤホンか。完全に忘れてた。イヤホンってそんなに長持ちするっけ」

「多分、長持ちしてるんじゃなくて、させてるんだにゃ……」

「折角もらった物だし、大事に使うのはおかしくないでしょ」

「偉い」

 

 

 当たり前のようにすっと鞄からイヤホン出てくるやん。ちょっとだけ高めのイヤホンね。イヤホンって本当に値段で世界変わるから。良いもん使ってほしいわけよ。ましてやプレゼントだし。布教布教。

 

 本当に物持ちが良いんだなお前。俺、イヤホンとか大体1~2年でぶっ壊れるぞ。大体接続部分が断線する。

 しかも、このi〇honeのライトニング端子の変換するやつ、すぐに断線するんだよ。しまいにゃブチギレて最初っからライトニング端子になってるやつ買ったけど、それですら断線したからな。

 もう諦めてBluetoothのイヤホン使ってるわ。無線最高! 音質さえ気にしない出先だったらもうこれ一択! 有線は家で使ってその間に充電すればいいし、マジで神だね!(ステマ)

 

 

 

「ネックレスは、なんで二回あげたんですか?」

「ネックレス渡したことあるの忘れてたの……」

「あわわっ……! ごめんなさいっ、そういう意味じゃなくてっ……!」

「大丈夫だよ、卯月。人に渡したプレゼントの内容忘れてるこいつが悪いんだから」

 

 

 本当に忘れてたよね。なんならそれに気が付いたの確か誕生日終わってからしばらくしてだもんね。

 こいつもこいつだよ。貰った時に前も貰ったけどとか、そういうこと言ってくれればこっちも飯の一つや二つ奢りに連れてったのに、こいつ普通に受け取って普通に付けてるんだもん。気が付かんやんそれは。

 

 

「それにしても、なんかネックレスにイヤホンって、なんだか形に残るものばっかりだね」

「いや、残った方がなんか良いかなって。わからんけど」

「渡す人が光クンで、貰う側が凛チャンとするんだったら、一番それが最適解だと思うにゃ」

 

 

 凛が物持ちが良いってのは事実だしな。って言うか、じゃあ他に誕プレってなに渡すんだよ。困っちゃうだろ。

 俺なんてプレゼントで一番最初に出てくるのは指輪しかねぇんだぞ。普通に最近おしゃれとして興味あるから。でも異性に指輪を渡すって、それはもう別の意味になるやんね。そういう意味でそこは死ぬし、じゃあどうすんだよって話よ。難しいね。

 

 

「逆に、凛ちゃんは光くんに何かあげたんですか?」

「今年はでけぇ抱き枕貰った」

「抱き……え、なんで?」

「抱き枕欲しいって言ってたから」

「いやー、ピンズト。助かるわー」

「みくはもうこの男の事が分かんないにゃ」

 

 

 別に男が女に抱き枕貰ったって良いだろ! って言うか凛も自分に買えばいいのにな。俺の部屋に来たら大体それ抱いて寝てたりするし。自分で買いなよ。っていうか、俺が今年凛に抱き枕プレゼントすればいいのか。来月だしな。それは有りだわ。

 

 

「って言うか、今年は誕プレ何が欲しい?」

「なんでもいいよ」

「この返答一番困らん?」

「この言葉の意味を恐らくはき違えているであろう事実に一番みくは頭を抱えているにゃ」

「なんでも貸します近〇産興?」

「その地方の人にしかわからないボケやめるにゃ。みくでもわかんないにゃ」

 

 

 俺にもわかんねぇけど、なんか俺の親父がたまに口ずさんでたから覚えちまったんだよな。この歌何なんだよ。マジで意味わかんねぇ歌詞だし、これで調べたらガッビガビのCM出てきたんだよな。そんなことある?

 

 

「じゃあ抱き枕でいいか」

「それは抜きで」

「うーん、ピアスは?」

「ピアスは多分、そればっかり付ける様になるから要注意にゃ」

「任せろ、今の俺には奏や周子さんや美嘉さんやアーニャと言った最強のオシャレ集団がいるから何とでもなる」

「お姉ちゃんに任せておけば、間違いないんだから!」

「あー……多分、光が自分で選んだ方が良いかも……」

 

 

 なんだよ。今年からは最強のオシャレ頼れる集団がいるから誕生日プレゼントも困らねぇぜ、ってなったんだけどな。

 目には目を、歯には歯を、女の子が喜ぶものを選ぶときには女の子を……みたいな感じで。しかもこのメンバーは俺が知る限り最強のメンバーだからな。

 ここに飛鳥を入れるか10分悩んだけど、とんでもないもんを持ってくる可能性が無きにしも非ずだったから外した。飛鳥なら、場合によってふざけたりふざけなかったりするからな。あのスイッチの切り替えはいったい何なんだ。

 

 これが男相手だったら適当でいいんだよ。俺、去年今西には缶ジュースぶん投げただけだし。ただ相手が凛だと、なーんかそういうのもなぁ。

 

 

「別に……わざわざ用意しなくても良いって」

「でも貰えたら嬉しいだろ?」

「…………まぁ」

「じゃあ任せてろって」

「……ん」

「今、なんか根底のそれを見た気がしたにゃ」

「私もだよ。前川くん」

「た、多分私も……」

「何やってんだお前ら」

 

 

 本田と前川が揃うと、なんだかろくでもないことになる気がする。卯月は無理して合わせなくていいんだぞ。あと、李衣菜もな。合わせようとする素振り見せてるけど、絶対に理解してないだろ。俺も何のことかわかんないけど。

 

 どーすっかなー。毎年なんだかんだ悩むんだよなー、この時期。8月10日は凛の誕生日。そっから半年は普段から舐めてる凛の態度がさらに加速するからな。同い年だ、とか言って。普段と変わんねぇやんって話だけど。

 今年はブレスレットとかかなぁ。アクセにこだわらなくても、形に残るなら何でもありか。うーむ、迷われる話だね。こうやってプレゼントできる相手がいるだけでありがたいことかもしれんけど。

 

 とりあえず、李衣菜に言われちゃあ仕方ないから、人に頼るのは無しだな。今年も例年通り、自分でなに渡すかまた少し考えることにしますか。



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人から貰ったもんはちゃんと大事にしろ

 ついに来てしまった。夏、本格到来。来る7月!

 まぁでも、実はそんなに変わらないよね。6月からガッツリ30度は超えて来てたし、なんか30度超えてくるとすべてが熱いから、細かい値はどうでもよくなるんだよね。ハッキリ言って暑すぎるんだよね。地獄。

 

 晩飯食ってシャワーも浴びた! 今日はもう後はネットサーフィンして寝るだけ!

 ……だと思っていたんだけど、そういえば、食堂帰りで部屋に戻る時に周子さんに捕まり、前川とまゆちゃんと4人で桃〇をやることになってたんだった。鬼強引だった。別にいいけど。

 

 そんなわけで、汗かいてるんで風呂だけ入って行きますわって言って、シャワーだけ浴びて、ちゃんとパンツ履いて風呂から出たばかりでございます。

 危ないね。ちゃんと部屋着は着ないとね。室内でパンイチならともかく、外でパンイチ、しかもここでやったらもうガチのマジでダメだからね。

 

 しかしなんで紗枝ちゃんではなく、まゆちゃんが? とはなったけど、今日はどうやら紗枝ちゃんの方がロケでお泊りらしい。そういう日もあるんだね。結構ある気がするけど。

 

 

「おつかれー」

「お疲れ様です。やっぱり、夜だけど暑いですねぇ」

「おー、もう皆来てるよー」

「遅い! レディを待たせるなんて何事……に゛ゃ゛ー!゛?゛」

 

 

 もう時刻も19時に差し掛かるガッツリバチバチ夜時だって言うのに、こいつ本当に元気だな。もう全部に濁点ついてるんじゃないかって勢い。

 

 それはともかくとして、こんな僕にもフレンドリーに優しく話しかけてくれる、こちらの可愛らしい女の子。この子が佐久間まゆちゃんです。

 色の抜いてあるような黒と茶髪の間のような髪が肩にかかるくらいの長さで整えられており、瞳もキレイな明るい青色をしている……若干、目のハイライトが薄い気もするけど、多分そういう物だろう。個性個性。

 

 

「なんだよ、ちゃんと服着てんだろ。まゆちゃんいるんだから」

「いくら夏とは言え、服はちゃんと着なきゃダメですよ? 髪も乾いてないじゃないですかぁ。まゆが乾かしてあげましょうか?」

「んにゃ、大丈夫。髪切ったばっかだからすぐ乾くべ」

 

 

 この子はマジでいい子。本当にいい子。気配りも出来るわ、性格も優しいわ、家事も出来るわで。かと思えば、Gはからっきしダメだったり、事故で小梅ちゃんの見るホラー映画を見てしまって滅茶苦茶ビビったりと、本当に等身大の女の子。

 ちなみに年は15歳。今年で16歳になる高校一年生らしい。最初は佐久間さんって呼んでたけど、『まゆで良いですよぉ』で、まゆちゃんになった。なんか最近、名前呼びのハードルが下がってきている気がする。

 それにしても、今どきの高校一年生って高スペックが増えている気がする。響子ちゃんも、確か高一だろ? 凛も高一だし、どうなってんだ俺の一個下。

 

 あと、まゆちゃんの特徴として、いつも左手首にいつもリボンとか巻いたり、紐物のブレスレットのようなものを付けてたり、シュシュを付けてたり、時には手袋のようなものもしている事も挙げられる。

 女の子。手首。ということで、皆様も色々と思うところはあるだろうが、そこは安心して欲しい。

 どうやらそういう痕があるというわけでは無いらしく、何だったら寮にいる時はたまに両手に何もつけてないときもある。何ともなかった。というか、それで注視して見てたけど、めっちゃ手が綺麗だった。顔も可愛くて手も綺麗って、無敵かよ。

 安心しきって、『なんでいつも左手首を隠してるの?』って聞いたら、『願掛けですよぉ』って帰って来た。なんか、ちょっとだけ闇を感じた。なんでかわからんけど。

 

 

「なにー。あたしだったら裸見られてもええって言うん?」

「周子さんは一回見てるじゃないすか」

「そりゃそうだけどねー」

「みくが話してるのはそこじゃなーい! っていうか、なんで周子チャンは光クンの裸を知ってるのにゃー!」

「事故だったねー」

「アレは事故っすね」

 

 

 あれなんだよ。俺が部屋でのんびりしてる時に、ゲームをしにその場のノリだけでノック無しに突撃してきて、パンツ一丁姿で野球を見ていた俺と遭遇したって事故な。いやー、パンツ履いてて良かったね(違う)

 周子さんもあんまり気にしてなかったし、俺も珍棒出してる訳じゃなかったからよかったよかった。普段はちゃんとノックするなりピンポンするなり、ちゃんとやるんだけどね。その場のノリって怖いね。

 

 

「話が逸れてる! みくが言いたいのは、その格好にゃ! なんなのそれ!」

「あー、これ?」

「甚平やん。京都でもあんまり着てる人見なかったけど」

「そっか。周子さん京都育ちですもんね」

「こう見えても、実家にいる時はしょっちゅう着物着てたんよ。ま、追い出されたけど」

「突っ込みにくいにゃ……」

 

 

 そうです、今日僕が着てきたのは甚平です。ちなみに色は紺色。最近、若者の中で流行っているとか流行っていないとか言われている奴で。

 

 周子さんが着物着ている姿、一周回ってなんか想像つかないな。紗枝ちゃんの着物姿はものすんごくしっくりくるんだけどね。

 紗枝ちゃんの場合は黒髪長髪、ちょっとちんまくて見るからにもだし、中身もいろんな意味で京都の美人という感じだからってのもあるだろうけど。

 周子さんは同じ美人でも系統が違うもんね。銀髪狐目スタイル鬼の超楽観的自由人だからね。着物と言うよりも、お友達の美嘉さんみたいなファッションの方が似合いそうだよね。

 

 

 

「へぇ、よく紗枝ちゃんが着ている着物と似てますけど……」

「紗枝ちゃんの着物みたいなガチガチの奴じゃないよ」

「まぁ、色々と違いはあるけど、着物が簡単になって上下半袖になった版みたいなもんやね」

「女の子でも着れるんですかね……?」

「男の人が着る様だからね、女の子が着るとかなりセンシティブになるかもねー」

「なるほど……」

 

 

 いや、何がなるほどなんだろう。周子さんも冗談交じりで言ったのかもしれんけど、まゆちゃん信じてるかもしれん。そんな純朴のステータス振り切れてるっけ。まゆちゃんって本当に中身は超絶常識人なイメージしかないんだけど。

 

 そんな説明でいいもんだろうかと思うが、京都出身の人が言うのなら間違いはないだろう。

 実際、着物とか一切わからない民からしたら、マジで着物が簡単になって上下半袖になったようなもんとしか言いようがない。

 これ、マジでパンツを履いて甚平羽織って縛って、下履いてそれで出動だからな。簡単極まりない。何なら普通の部屋着より好き。

 

 

「なーしてまたそんなもんを」

「関西弁出てる出てる」

「にゃ」

「帳尻合わせするな」

 

 

 お前、マジで本当に猫アイドルやる気あるのかってくらいたまにネイティブに語尾外すよな。なんなら、寮で話す時はにゃが付いてるのと付いていないの半々な気がする。

 思い返してみれば、前川って言うほど語尾を『にゃ』にしている訳ではない気がしてきたわ。そりゃ、オフでも語尾付けてる時点でプロ意識は高いのかもしれないが。なんだか前川にはツッコみたくなる。なんでだろうね。

 

 

「甚平ってマジで通気性良いんだよ。着ているんだけど、あんまり服着てないような感じ」

「あー、もう言いたいことがわかったにゃ」

「光さんってそういう……」

「違う。決して露出狂とか、そういうのじゃないんだ。信じてくれ」

「せやね。この子は服が嫌いなだけやから」

「一応、人前では脱がないようにしているだけまともってフォローしたるにゃ」

 

 

 フォローだけどまともなフォローになってねぇんだよこの野郎!

 赤〇みたいにキレそうになったわ。あれ、マジで何にキレたんだろうな。(マイクが)入ってねぇんだよこの野郎!

 

 いや、でもマジで甚平って良いんだよ。夏場にはマジでもってこい。ちゃんと布を羽織ってはいるんだけど、布の質の問題なのかは知らんけど、本当に来ている感覚が普通の服とは違うの。しかも肌触りもサラサラで本当に服の嫌な部分が無い。

 

 もう本当に俺からしたら夏場はこれ一択ってレベルで気に入っている。流石に私服として外で着る分には、少し薄着が過ぎるし、江戸時代ではない現代からしたら尖った見た目ではあるので、着れずにはいるんだけどね。

 マジで事務所にもこれで行きたい。でも今の季節、これで外出て汗だくになったら替えの甚平が無くて着る服がなくなる。そもそも服は着たくないんだが。

 俺は露出狂じゃなくて、単純に服が嫌いなだけだからな。ここ、絶対に間違えないでほしい。人間向いてないかもしれん。

 

 

「日常生活大変なんですね……」

「実際、この時期は割と地獄ではあるよね……布を経由したくない。許されるなら水着が良い。海パン一丁が浜辺で許されるなら、多分大丈夫だろ」

「光クン、この話題になった時だけぶっ飛んだ思考になるのやめた方がいいにゃ」

「人間、本当に嫌なことを前にすると本性表すからねー」

 

 

 本当に、水着みたいに海パン一丁で許される世界だったら本当にそれでいい。本当に(三回目)

 マジで服って概念、男にはほとんどいらないと思う。男女関係なく、露出したくないって人はいるんだろうけど、逆もまた然りなんだよね。流石に美嘉さんみたいなお腹を見せるような攻めた服は着れないけど。

 攻めたファッションは絶対無理。日和る。だから甚平も部屋着なんだよね。

 

 自分で言うのもなんだけど、別に人に見られて恥ずかしくなるような体じゃないからね。ちゃんと腹筋見えてるから。

 朝〇海さんの腹筋トレーニングを、ちょっとアレンジして水を入れたペットボトル持ちながらやったりすると、簡単に負荷をあげたりできるからね。家トレってバカにならないからね。

 まぁ、設備の整ったジムに行くのが一番いいに決まってるんだけど。346プロって確かジムあるよな。使えねーのかな。今度、使えるかどうか聞いてみるか。

 

 

「それにしても、服装が質素と言うか、シンプルな物しか着ない光クンがそんな攻めた服を着るなんて。経緯が見えないにゃ」

「確かに。光さんって、飛鳥ちゃんや美玲ちゃんや蘭子ちゃんみたいな、特徴ある格好はしないですもんね」

「そもそも、絶対に手を出さないからね」

 

 

 前川もめっちゃ言葉選んでたけど、言いたいことは通じちゃってるからね。そこの部分を突っ込んで言わないことが、逆に刺さってるから。

 新しい服ってなんか怖くない? もう、ワンパターンでシンプルで尖ってもなくまんまるな服しか着たくない。失敗したらが怖すぎるんだよね。髪型は遊んでも良いと思うけど、服はなんかヤダ。

 何なんだろうね。俺、前世は服になんか恨み買ったのかもしれんね。

 

 

「なんで甚平は着る様になったん? 昔からとか。なんか機会あったん?」

「あー。これ、去年誕プレで貰ったんすよ」

「待って。そこから先はみくでもいい当てられるにゃ」

「なんだよ。当たってもプレゼントは無いぞ」

「その甚平あげたの、凛チャンでしょ」

「すげぇ、なんでわかったんだよ」

「そんなことだろうと思ったにゃ……」

 

 

 今年はでかい抱き枕だったんだけど、去年はこの甚平くれたんだよな。なんか部屋で服着ないのは、私はともかくとして、そろそろ人としてヤバイって言われて渡された。

 人としてヤバイって誕生日に言われて服渡されるこっちの気持ちも考えてほしい。めっちゃ困惑したわ。

 

 正直、最初はめっちゃ嫌だったよ? だって攻めすぎてるもん、和服って。でもこれが着たらいいのなんのって。一瞬で気に入っちゃった。

 追加で何着か買おうと思ったけど、凛がくれたプレゼントに価値がありそうな気がしたからやめておいた。普通に部屋なら脱げばいいし。来年は別の甚平来そうなんだよな。

 

 

「凛ちゃんって……みくちゃんと同じCPの子でしたっけ?」

「そうそう。よく覚えてるな。すげーや」

「そういえば、まゆチャンはまだ面識なかったっけ。光クンと凛チャンは幼馴染なんだにゃ。ま、関係は見ての通り」

「へぇ……素敵……!」

「いや、何が」

 

 

 凛とは別に悪いような関係では無いと思うけどね?

 最近と言うか、寮に来てからは実家にいた時みたいな感じではないけど、それでもたまには遊びに来るし。何なら昨日も来てたな。なんかやってたわ。覚えてねーけど。

 

 まゆちゃん、面識がないアイドルの知識もあるなんてすげぇな。

 凛はCPの中でも早期デビューしてた組だから、ある程度の知名度は事務所内でもあるのかもしれんけど。アイドルの事をほとんど知らん俺からしたら、マジで凄いわ。

 

 

「なーるほどねぇ……そりゃあ着る訳だ」

「普通に気に入ってるんですよ?」

「それはそうだろうねぇ。服嫌いに甚平とは、彼女もセンスあるなぁ」

 

 

 それは俺もマジで思う。今年の抱き枕も嬉しかったが、この甚平はマジで革命だった。革命チェンジだった。剣から勝利アパッチで勝利リュウセイ出して、そのままバルチュ宣言でジャスキル決まってたわ。

 

 

「凛チャンも凛チャンだけど、光クンも光クンだにゃ。なんか、本当に……うん。似てるわ」

「別に俺の服はいいじゃん。パンイチで来なかっただけ感謝して欲しい。これが俺の部屋でメンバーが前川と周子さんだけだったらワンチャンあった。無いけど」

「流石に一線は守るんやね」

「二人とも事故なんで本当は見せる気ないっすけどね。何度も言うけど、俺は露出狂じゃないんで」

「常識を持った変態にゃ」

「お前本当に碌な言い方しないのな」

 

 

 この後、めちゃくちゃ〇鉄で集中攻撃してボッコボコにした。

 ゲームでは絶対に負けることは無いからな。俺は得意分野で人をボコボコにしていくぜ☆



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可愛い子兎も案外強い

 最近のCPはデビューラッシュが続いている。本田、卯月、凛のニュージェネレーションズ。新田さんとアーニャのラブライカ。蘭子ソロのRosenburg Engel。

 

 

「はぁ……しっかりしなきゃ」

 

 

 そして、今度はまたしても二組同時デビュー。

 莉嘉、みりあちゃん、きらりさんの凸レーション。智絵理ちゃん、三村さん、杏のユニット。CANDY ISLAND……英語難しいね。キャンディアイランドとして、それぞれ三人でのユニットデビューが決まった。

 智絵理ちゃんと三村さんがくっつくのはなんとなく予想ついてたけど、そこに杏が加わるのはちょっと意外だった。Pさんなりに色々と考えがあるのだろう。俺にはよくわからんけど。

 

 

「ご注文はどうされますか?」

「ブラック一つ……あと、たまごサンドで」

「はい! コーヒーのブラックと、たまごサンドですね!」

 

 

 そんなわけで、僕は今346プロのあるカフェに来ています。あちらの席でちょこんと一人で座っているあの子がターゲット。新しくデビューが決まったばかりの緒方智絵理ちゃんですね~。

 いやー、めっちゃ落ち込んでる! もうデビューが決まったというよりも、明日赤点確実なテストが返ってくるのが決まったみたいな、そんなテンションの落ち込み方。

 親父にテスト見られて『お前、もうちょいなんとかならんか』って言われた後に、ちょっと凹んでふさぎ込んだ時みたいなやつの強化版みたいな。

 

 なんか知らんけど、わしは心配でならんわけじゃな。ストーカーみたいに後を追ってたらここにいたよね。

 もう完璧な変装。今どき流行りの黒マスクに、普段は被らないような帽子まで深く被ってバレないようにする。帽子とか普段使わなさ過ぎて、寮の部屋に置いてあったのがなんとなく持ってるヤン〇ースの帽子しかなかったんだもんな。

 

 ちなみに、元野球部からの教えとしては、前髪がぺちゃっとなると小学生の被る運動帽に見えるので、前髪はしっかりと上げて、帽子の中に入れるのが通例だ。

 この時、ちょっと帽子を浅めにしたり上目に上げると、よりそれっぽくなるな。投手がそういう被り方しててしょっちゅう帽子落としてるの見ると、しっかり被れやと受けてて思うぞ☆

 

 

「智絵理ちゃん?」

「ふぇっ!?」

「なにしてるの」

「みくちゃん、美波さん……」

「ここ、空いてる?」

「ど、どうぞ」

「ありがと!」

 

「お待たせしましたーっ! コーヒーと、たまごサンドでーす!」

「どうも」

 

 

 思わぬ来客に、私も思わず顔をふっと背けてスマホを見るふりをする。オイ、聞いてないぞ。なんで美波さんと前川が来るんだ。

 そして注文してから提供時間までが早すぎる。ここは9秒でカレーを提供する店かよ。流石に9秒以上はかかってるけど。それでもおっそろしい速度で来たな。びっくりしちゃった。

 いや、二人とも智絵理ちゃんの事が心配ってのはわかるけど。って言うかその行動を、今まさに一ちゃん悪い方向で起こしてるやつがここにいるけど。

 

 

「今日は、かな子ちゃん一緒じゃないの?」

「かな子ちゃん、ジャケット撮影があるからちょっと走ってくるって言ってました……その、少しでも痩せる様にって」

「ふふっ、頑張ってるんだ。ジャケットの撮影、いつやるの?」

「今日です」

「今日……? そっか、でも最後の一押しって、結構効くから大事かも」

 

 

 いや、試合直前の総合格闘家かよ。流石に昨日の今日でもそう簡単に痩せないのに、今日の今日で痩せることなんてそうそうないだろ。メカニズムとか知らんから実際わからんけど。

 俺、滅茶苦茶突っ込みそうになったわ。いやいや、そうはならんやろって。

 

 って言うか、撮影前に運動って大丈夫なのかな。流石にシャワー浴びるか。そういう問題じゃないけど。

 三村さん、そんなにわかりやすく太ってるわけには思わないんだけどなぁ。なんか、想像の範疇のぽっちゃりというか。寧ろ、周りにいる女性のスタイルがバケモンみたいに細いだけというか。

 

 って言うか、たまごサンドめっちゃうめぇな。コーヒーに関しては、美味いコーヒーと不味いコーヒーの違いが一切わからない高校生なので知らんけど、たまごサンドバケモンみたいに美味いのはわかるわ。しかもちゃんと大きいし。

 レディースサイズもあるのが、アイドル事務所っぽくていいよね。僕は通常サイズだけど。

 

 

「あっ……そうそう! 杏ちゃんはどうしてるの? CDデビュー、喜んでたりするの?」

「杏ちゃんは『印税の為!』とか言って、やる気です。『ついに本気を出す時が来た!』って……」

「そ、そうなんだ。それ、冗談とかじゃなかったんだ……でも、やる気があるのは良いことだよね!」

「……はい」

 

 

 杏はいつでも本気だよ。方向性捻じ曲がってるだけでね。

 それにしても、俺だけじゃなくて話しやすいであろう美波さん相手にもこんな感じとは。やっぱり何か上の空のような、そんな感じだ。

 元々、コミュ力は低めの妖精特性激高みたいな子だから、あんまり進んで話すようなタイプではないんだけど、それにしてもである。CDデビューってなると、やっぱり色々と心配事はあるんだろうなぁ。

 

 

「美波チャン、無理することないよー」

「みくちゃん……」

「ぁ、あのっ、その……」

「Pチャンに言われたからって、みく達が無理して話しに行くことないよ。そこにいる誰かさんみたいに付けたりしたら悪いし。行こ?」

「」

「み、みくちゃん! ……智絵理ちゃん、また、あの……連絡入れるね!」

「あっ……はい……」

 

 

 あんの野郎……俺の存在に気が付いてやがったな。気が付いたうえで黙っていたのか。悪質極まりない。ア〇ム法律事務所かひ〇ゆきに質問してやる。

 

 それにしても前川、あーんな風に突き放すような言い方するなんてな。女には女にしかわからない何かって言うのがあるのかもしれんけど、男視点で見るとキツイものがあるぜ。それも、相手は言い返したりしてくる多田じゃなくて、智絵理ちゃんだし。

『Pチャンに言われたから』とか言ってたけど、だとしたら前川がわざわざ智絵理ちゃんを突き放すようなこと言う必要ないだろうし。あいつ、意外と頭はキレるところあるから、なんかの意図があるのか。それともいつものアレか。俺にはわっかんねーや。

 

 

「随分と、楽しそうなことをしていますね」

「楽しいというか心配というか………………あの、高垣さん、ですよね……?」

「下の名前で呼んでください。周子ちゃんは良いんだから、私も良いですよね?」

「え、いや、あの」

「私、高垣楓って言うんです」

「存じております。たまごサンド食べます?」

「じゃあ、頂きますね」

 

 

 いつの間に相席してた? 流石に、ちょっと待てぃ! が出てしまうが。あまりにもナチュラルな対面位置取り。俺は気が付かなかったね。

 目の前の席には、あの超有名アイドル。高垣楓さん……が、モグモグとたまごサンドをおいしそうに頬張っている。とっても綺麗で可愛い。

 なんていうかわからんけど、大きめの帽子におしゃれなサングラスをかけた、変装スタイル。でも高垣さんってわかるんだよなぁ。圧倒的美貌。オーラ。

 

 

「ほらほら。かえで、って呼び捨てでも良いんですよ?」

「流石に頭抜かれかねないので、楓さんで大丈夫ですか?」

「うんうん。私、後輩の男の子から名前で呼ばれるの。ちょっと憧れてたんですよね♪ みんな、何故か苗字でしか呼んでくれなくて」

 

 

 あぁ、そりゃあ憧れが叶って何よりでございます……本当に大丈夫なのかな。事務所NGとかないのかな。って言うか、たかg……楓さんクラスにもなれば、そりゃスタッフの人たちも多少は委縮するよなって。名前呼びなんてもっての外すぎる。

 勿論、それは俺も含めてだ、でも、本人から正面切って下の名前で呼んでくださいなんて言われたら、そんなもん断れないじゃないですか。当たり前でしょう。

 

 

「それにしても、光くんがそんなに変装するなんて。ふふっ、何かあったんですか?」

「いや……あの………………同僚というか、友達が心配でちょっと」

 

 

 うーわぉ。ものすんごい楽しそうに聞きますね。それでいて、本当は知っているんですよー。自分の口から言ってみたらどうですか? みたいな。まさに大人の余裕、みたいな感じ。

 確かに、普段は変装のへの字もしない男が、普段はあまり来ないカフェに来ているんだから、何かしら疑うのが常と言えばそうなんだろうけど。

 

 ここでなんていうか、秒数にして見りゃ1秒くらいなんだろうけど、体感5時間は迷ったよね。

 同僚と言うのも間違いでは全くないんだけど、なんか言い方冷たいし。友達というのも、そこまで俺と智絵理ちゃんって、友達と言い切れるほど距離感近いっけ? ともなるし。

 結局選ばれたのは、両方でした。両方言っときゃ、まぁ間違いないのよ。多分。

 

 

「優しいんですね」

「そんなことは無いんです……」

「でも、友達が心配なんでしょう? その気持ちからそういう行動をしているのなら、貴方はきっと優しいんです」

 

 

 なんか楓さんが言うと、説得力が半端ねぇな。楓さんに宗教勧誘されたら、普通に信じて入会しそうだもん。壺とかも買っちゃいそうだもんね。信頼度が半端じゃない。

 俺の知り合いの中でも、Pさんや千川さん、菜々さん、今西部長に次ぐ大人の人だし、信頼が厚いのは当たり前っちゃあ当たり前なのかもしれない。気兼ねなく話せる大人の人って、多分Pさんと菜々さんくらいだし。

 

 

「でも、見ているだけなんですね」

「……後を付けておいてなんですけど、彼女自身の問題なので。心配なんですけどね」

「……そうですか。ふふっ」

「やっぱ変ですよね。後ろ見てるだけなんですけど」

「ううん。そういう、少し不器用な所。なんか、似てるなーって」

「誰にですか?」

「それは……ヒミツということで。予想するのはよそう、してくださいね?」

「ちょっと無理がありません?」

「今日は少し、キレが悪いかもしれませんね」

 

 

 誰に似てるって言うんだろう。多分、俺の知らない人なんだろうけど。

 あるよねー。なんかこの人、俺の知り合いとタイプ似てるよなーって感じること。俺は最近で言うと、奏と加蓮になんか似たものを感じたわ。あいつら、隙あらば俺の事からかってくるし。

 

 それにしても、やっぱり隙あらばダジャレを組み込もうとしてくるんですね。普通に会話してたから、やっぱり周子さんみたいな知り合いがいる時のノリなのかなって思ってたんですけど。やっぱり素なんですね。

 なんというか、普通にカフェで智絵理ちゃんの後ろ追っかけて様子窺ってただけなのに、誰もが知る超有名アイドルの方に話しかけられて……というか、いつの間にかいて、一緒の席にいるって。何かいまだに信じられない光景だよな。すげーよ、この仕事。夢しかないね。

 

 

「……あの」

「……! Pさん……」

「新田さんと前川さんが、ここに来なかったでしょうか」

「あっ……さっきまで一緒でしたけど、二人でどこかに行っちゃって……」

「……そうですか。では、二人を探してきます」

「あ、あのっ……待ってください……!」

 

「あら、お友達の方。動きそうですよ?」

「? ……あっ、Pだ」

 

 

 そんな現状をかみしめていると、後方にいる智絵理ちゃんの元に、いつの間にかPさんの姿が。

 ……ちょっとちんまりしてる智絵理ちゃんと、190cm超えてくるガッチリしたスタイルの超絶高身長コワモテPが一緒に居ると、なんというか、とっても不安になる絵面になるね。

 

 

「あの……ありがとうございました……」

「……なんのこと、でしょうか」

「Pさんが、私のこと気にしてくれたから、美波さんとみくちゃんが、話しかけに来てくれたんですよね。だから、ありがとうございました」

「……申し訳ありません。新田さんたちに頼むのも、どうかと思ったんですが、緒方さんが、一番話せるようにと考えた結果、つい……」

 

「ふふっ、やっぱり似てますね」

「何がですか?」

「んー、女性の秘密は、精密なものですから」

「どういう意味ですか……」

「うーん、やっぱり今日はスランプですね」

 

 

 楓さん。会話が普通にできる人かと思ったけど、特定の場面においては蘭子並に難解な言語を使うかもしれん。ダジャレってこんなに難しいものだっけ。

 それにしても似ているって言うのは、俺とPさんの事なのかな。不器用って言っても、俺ってそんなに不器用かなぁ。流石に、Pさんほど口下手では無いと思うんだけど。実際どうなんだろ。

 

 

「その……緒方さんにデビューを伝えてから、塞ぎ込んでいるように見えたので」

「……あの、私っ、今でもドキドキしてるし……自分でも出来るか不安だけど……デビューしたら、ちゃんと頑張ろうって、思うんです」

「緒方さん、無理はしていませんか……?」

「卯月ちゃんや美波さんのデビューイベントを見て……みんな、とっても頑張ってて。私も感動して。だから、私も頑張りたいって、思うんです……自分一人だったら、絶対こうは思えなかったと思うんですけど……」

「……頑張ってください」

「はいっ……!」

 

「ヤバイ。泣きそう」

「男の子がそう簡単に涙を見せちゃダメですよ? 涙を見せた男は並だ、ですからね」

「今度は上手いっすね」

 

 

 Pさんの頑張ってくださいって言葉には、なんだか言葉以上の重みと、安心感みたいなそれを感じた気がする。俺も全く同じ親心みたいなのを感じているよ。

 

 智絵理ちゃん、そんなに頑張ってただなんて……心配で後を付けてた俺が恥ずかしくなっちまうよ。彼女はもう、俺が心配するまでもなく、自分で一歩一歩、階段を進んで行っているんだなって確信したわ。

 智絵理ちゃんは強いよ。フェアリータイプだ。見た目鬼強なドラゴン相手に一撃粉砕できるくらい強いよ。サザ〇ドラとか600族の恥相手に一撃ぶち込んで粉砕できるよ。

 

 

「でも、その……やる気があるからと言って、上手にできるかどうかは別だし……緊張するのもすぐには治らないって思うから……その、失敗したら、ごめんなさい……」

「失敗したとしても、見守ってくれる人がいれば、大丈夫です」

「……! はいっ」

「……いい笑顔です」

 

 

「……やっぱり、変わりませんね」

 

 

 そうやってPさん達の方を見る楓さんは、サングラス越しでもわかるくらい、どこか懐かしい思い出を思い起こしているような、ちょっと嬉し気な目と表情をしていた。

 Pさん、昔に楓さんと何かあったのかな。そう言った話はPさんから一切聞いたことないけど。そもそも、自分の身の上話とか、Pさんの場合は自分からは絶対にしないだろうしな。

 ……まぁ、変に勘繰るのも良くないか。

 

 

「所で」

「はい……?」

「アイドルを続けること自体には、悩まれていないようでしたが。それでは、一体何について悩んでいたのでしょうか?」

「……あの、ジャケット撮影の時に、どんなポーズをすればいいのかなって……」

「……私で良ければ、相談を受け付けますので」

「本当ですか……! こういうことも、聞いて良いんですね……! えへへっ……」

 

「Pさん、そういうのもいけるんですね」

「あの人、何でもできるんですから。凄いんですよ? ……ちょっと恥ずかしがり屋さんなところはありますけど」

「恥ずかしがり屋さんですか」

 

 

 アレは恥ずかしがり屋さんって言うのだろうか。どう見てもそう言った見た目には見えないが。いや、普段のPさんを知っているから、俺も楓さんの言いたいことはなんとなくわかるんだけど。

 

 やっぱりPさんもアイドル事務所のPさんってだけあって、ダンスとか歌とかにもそれなりに精通しているんかな。Pさんがお手本見せるためにポージングしている所を想像するだけで、なんかちょっと違和感凄くて面白いんだけど。

 

 

「やっぱり、早くみくもデビューしたーい!」

 

「あちらのお友達は、気にしなくても?」

「あぁ。ありゃ自己完結している奴なんで、気にしなくても大丈夫っす」

 

 

 アレはなんというか、お家芸になりつつある別物ですから。最近みんなデビューが決まっていて焦りつつも、一歩ずつゴールに向かって行っているのはあいつも気付いているだろうし。

 そこからのあの叫びだからな。さっすが前川。色々とわかっているね。

 

 

「やっぱり。お友達の事、よくわかっているのね」

「あいつは特例っす」

 

 

 認めたくないけど、結構俺と前川って似ている所がある気がするって、最近少し思い出してしまったからな。

 畜生。何か悔しいぜ。



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忘れ物した時のアテはちゃんと作っとけ

「ヤバイヤバイヤバイ! 挟まれてるって! これエグイって!」

「はい、崖外俺の独壇場死にゃあ! おrrrrァ! あっやべメテオしくっt」

「そこ隙オッルァ! あっやべ」

「もろたで工藤! ちぇいやー!」

「ああああああっ!!! 戻れん無理無理!!!!!」

「馬鹿が! フハハハハ!!!」

 

 

 皆様、これが男子高校生の日常でございます。火曜日三時間目の2時限目終わりの放課の時間は、10分間決まってスマ〇ラをするという決まりが、我がクラスにはあるのです。

 学校にいる間で、この時間が一番楽しいまであるよね。たまに廊下を通る先生にバレそうになる以外はマジで完璧。あの時の隠ぺい工作の鋭さは、もはや金を取れるレベルにあると思うね。アレは早い。早すぎる。あの速度はイかれてるね。プロの仕事人の領域だから。

 隠す速度、隠す場所、言い訳の汎用性、裏での口実合わせ。全てに隙が無い。これが世間では無敵と言うのだよ。

 

 4人でまとめて大乱闘する様はまさに地獄絵図。タイマンではそこまで凶悪とは言い切れない、高火力おじさんや、永遠のTier1さんや、無限爆弾ポイポイおじさんなんかが無双しています。軽量キャラに人権などない。ピンクの風船などただの的です。無慈悲。

 

 

「松井ー。お友達来てるぞー」

 

「わり! 今、手ぇ離せないからちょっと待ってもらってくれー! これ終わったら行くー!」

「隙見せたな! あっカウンtああああっ!」

「馬鹿が! 俺がそう簡単に隙を見せるかよボケ!」

 

 

 今西からなんか言われているが、今はヤバイ。それどころじゃない。もう頂上決戦。タイマンでの一発勝負。

 タイマンまで何とか持っていければな! 高火力おじさん如き、なんとでもなるんだよ! 外に出せば絶望的復帰力で死あるのみだからな。勝ったな、ガハハ! たまに事故るから死ぬけど。

 

 

「回避読みそっちィ!」

「はぁああああっ!」

「はい雑魚乙~」

「クソッタレにもほどがある。3択外した」

 

 

 そんな余裕ぶっこ抜いてたら横B食らって、右回避をしたらそっちに大剣が真上から振ってきて一発で死んだ。なんちゅう火力してんねん。

 ダウン取られた後、その場回避か回避の左右で死が確定するの、本当に高火力おじさんと対面していて嫌な所。嫌と言うか、もうやっててヒヤヒヤする。心臓潰れちゃうわよ。

 

 

 

「惜しかったね」

「いやー、運ゲー」

「ダウンに持ち込んだ俺の勝ち……ん?」

「あ、初めまして」

「……うぇぇっ!? 渋谷凛!?」

「凛じゃん。なんで?」

「順番逆じゃない?」

 

 

 いつの間にいたんだい君は。急に後ろから頭ポンポンされてびっくりしちゃった。人の後ろに知らん間に立たない方が良いよ。頭ポンポンと合わさって二回びっくりしちゃうからね。

 

 後ろに立っていたのは渋谷凛さん。マジで校内では接点なかったんだけど、一応うちのクラスの後輩にあたるんだよね。

 さっき今西が言ってた客って言うのは凛の事だったのか。勝手に入れやがって。別に、このクラスに勝手に入ってこようが、全然いいことなんだろうけど。待っててくれたら行ったのに。なんか悪いね。こんなところに入れちゃって。

 

 

「いや、本物かわっ……お嬢さん。どうしてこんな辺境に」

「今すぐおもてなし致します故、どうぞこちらの席に……茶ぁっ! 鶴〇の麦茶じゃなくて伊〇衛門持ってこぉおい!」

「任せろ! 今すぐ買ってくる!」

「いや……そんなことしなくても……」

「ほっとけ」

 

 

 お前ら目に見えて目の色変わるやん。そんなに凛がいるだけでビックリするかね。確かに、うちのクラスには凛くらいに美人だったり、ずば抜けて可愛い女子がいるわけでは無いが。あっちの女子の反応見てみろ。後で死ぬぞ。お前ら。

 凛もかなり困惑しているし。お前ら、彼女とか出来たことないんか。俺も無かったわ。泣いた。

 

 

「んで、どしたの。珍しい」

「ピック、貸してほしいんだけどさ」

「なんで?」

「音楽の授業でギターやるって聞いたから」

「理解した。ちょっと待ってろ」

 

 

 恐らく、凛が言いたいのは、音楽室においてあるようなピックや指で引くよりも、普段から使っている俺のピックを使って弾きたいって言うことだろう。

 その気持ちものすごーくわかるぞ。弾くからにはちゃんと弾きたいんだな。こういうところはなんか似てるな。そこまで本気じゃないけど、こういうところは気にしたりするし。

 

 そんなわけで、ベースの入ったケースのポケットから、ピックの入った小さなケースを取り出す。カポッとそれを開けると、中には10個近くのピックが入っている。そこから2つほど、普段凛がよく使うピックを取り出す。

 俺は結構硬めのピックが好きなんだけど、凛はやや柔らかいのが好みなんだよな。俺も曲や用途によって使い分けるから、割とこれ! って決まったピックを使うわけじゃないし、そういう意味では持ってるピックに幅があるから、こういう時には助かるよね。

 

 ピックって、音楽をやってない人からしたら意外かもしれないんだけど、実はガチガチの消耗品なんだよね。ベースとか特に。結局、ベースの弦をピックで弾いたりすると、どんどんピックが削れていくんだよね。

 俺はおにぎり型のピックを使ってるから、三面が削れるまでケチったりは出来るけど、それでも限度はあるからな。ピックが安くてよかった。

 

 

「ね、光」

「ん?」

「ネクタイぐちゃついてる」

「マジ?」

 

 

 そういえば、さっきちょっと動いたもんな。そん時にぐちゃぐちゃになったのか。

 普段からネクタイとか全然気にしてなかったから、気が付くどころか気に留めても無かった。そもそもネクタイとか気にしなくね?

 結び方すら適当にやってるわ。いっちばん簡単な方法でやってるんだもん。なんか他の人のネクタイとちょっと違うんだよな。

 ピンでパチンのタイプでも良かったんだけど、ネクタイとか結べて損はないだろなんてちょっとイキってたのが間違いだった。結局、手は抜くからなぁ。

 

 

「こっち来て」

「あい」

 

 

 手招きする凛に言われるがまま、凛の前に立つと、そのまま凛が俺の首元に手を伸ばし、慣れた手つきでネクタイを外す。少し背伸びをして首からぐるっと手を回してネクタイをクビにかけようとするので、少し合わせて屈んでみる。そうすると、凛は慣れた手つきで、もう一度、俺のネクタイを結び始めた。

 さっき屈んだ時、凛の髪からめっちゃいい匂いしたな。何回も似たようなシチュは有ったけど、やっぱりなんか慣れないもんだね。

 

 なんかあれだな。昭和の夫婦って、こういうことしてるイメージあるよな。最近はそういうこととか無いんだろうけど。時代は変わるんだなぁ。昔とか知らんけど。

 

 

「屈んだ方が良い?」

「大丈夫」

 

 

 それにしても、女の子って本当に器用な子が多いよな。凛も特別器用ってイメージは無かったけど、こうやって人のネクタイをいとも簡単に手際よく結んでいるのを見ると、やっぱり女の子って俺ら男子とは違うんだなぁって感じるね。

 

 

「出来たよ」

「速い」

「光に比べれば」

 

 

 自信満々と言った感じでございますね、貴方ね。

 チキショー! ネクタイ一本結ぶ速度で俺は凛にマウントを取られるのか……全然、別に気にはしないが。

 そんなわけで、ポケットからピック2つを取り出して、凛に差し出す。

 

 

「一応、2つ渡しとくよ」

「ありがと。また返しに来れば良い?」

「ここ、回り道だろ。とりあえず持っとき。返しても返さなくても良いから」

 

 

 このクラスは、凛たちのいる1年生の校舎の階からだと音楽室と直通の位置にはなく、どう考えても回り道になっちまうからな。めんどくさいったらありゃしない。

 しかも、この時期暑いからな。出来る限り動きたくねぇ。歩く距離は減らしたい。

 

 

「それは嫌だ。じゃあ、今日また仕事終わったらそっち行くから」

「あー、そうだな。そんなら、そん時で良いね」

「ん。ありがと」

「良いって事よ」

 

 

 そういえば、今日も普通に凛は事務所に行くもんな。じゃあ、その帰りに寮によってくれればいいわけだわ。どうせ、しばらく部屋にはいるだろうし。丁度良いね。

 

 

「あ、先輩たち。いつも光がお世話になってます」

「「「「いえいえ、心配なく」」」」

「ハモんな」

「ふふっ、良い人達だね」

「悪い奴ではないよ」

 

 

 お前ら全員キャラ変した? ってくらいマジで立ち振る舞いが違うんだが。もう鍛えられた自衛隊くらいに揃っていたんだが。

 すげぇな。女に飢えた男って、ちゃんとした美少女を目の前にするとここまでなるのか。珍しいもん見た。

 あと、ここまで外向きの凛も久々に見た気がする。本当に丸くなったな。昔とは比べ物になんねーや。

 

 

「じゃあ、行ってくるね」

「行ってら。こっから音楽室の行き方わかる?」

「方向音痴じゃないし。わかるよ」

「ならばよし。じゃ」

「ん。またね」

 

 

 そんなわけで、ひらひらと軽く手を振って教室を出る凛を見送る。

 いやー、珍しいこともあるもんだ。珍しいどころか、初めてだもんな。うちのクラスに凛が来るって。

 

 そりゃあ、普通に考えれば機会なんてそうそうないもんな。

 凛の性格上、忘れ物とかは少ないだろうし。あったとしても、同学年に加蓮って言う別クラスの友達がいる時点で、そもそもアテはある。一個上の学年にも奈緒がいるし、わざわざ俺に物を借りるなんてそうそうないもんな。

 今回みたいな、俺しか持ってないようなもんが対象の場合なら、また別だろうけど。

 

 

「おい」

「なんだ」

「説明したまえ。ありゃ彼女か。彼女なのか。お前、彼女がいないって嘘なのか」

「彼女ちゃうよ」

「彼女じゃない女の子があんなことするわけないでしょうに!」

「でもやってるじゃん」

「じゃあ彼女じゃん!」

「お前らの選択肢は二択しかないのか」

 

 

 この後、男子にも女子にも、俺と凛がどういう関係なのか死ぬほど詰められた。何度説明しても、話が通じなかった。意味わからん。

 

 どうやら、俺が思っていた以上に、渋谷凛という存在は世間から見て有名になっているらしい。ニュージェネレーションズも大きくなって行っているんだな。なんか嬉しいや。本当に残って良かったね。




本当にお久しぶりです
モチベを戻すために無理やり這い上がってきました頑張ります(他力本願時)


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姉貴の強さは世界一

 今日も今日とてお日柄が良く、良いどころかもうちょっと自粛してくれと言いたいレベルで太陽が燦燦と照り盛っております。

 

 こういう日は、人間という生き物はクーラーの効いた部屋でゆっくりと自制するというのが本来の生き方ではあるのですが、本日の私はなんとなんと外に出ております。しかも電車に乗って遠出していると来た。しかも一人で。もう死にそう。溶ける。

 

 電車に揺られて幾星霜。いや、そんなに時間は経ってないけど。こんなクソ暑い中、電車に揺られて着いたのはここ、原宿! 田舎者やJKが集う日本の中の都会中の都会!

 

 

「……人が多い」

 

 

 マジでどうなってるんだここは。ただでさえ炎天下の下、アスファルトの上を歩くってだけでクソ暑いのに人は多い、JKが多い、しかもみんなクッソおしゃれ、後はちらほらスーツの人が多い。

 まさに都会だ。苦手である。もう少し規模感小さくしてくれないかな。

 

 普段、こんなクソどでかい都会になんか来ないから、絶賛気圧され中ではあります。が、本日は明確な目的があってきたのです。

 そう! 本日は原宿と渋谷で凸レーションのコラボトークイベントのある日! しかもコラボ先は、なんかよくわからんけど今JKの間で人気と噂の普通にでっかい所! PikaPikaPoPって名前だけで色々と想像つくんだよな。なんてネーミングしてんだ。

 それにしても、やっぱアイドルってマジで凄いんだね。この話を最初に聞いた時は、普通にぶったまげたよ。

 

 そうです。私はその凸レーションのコラボトークイベントを見るためだけに、ここまで一人で足を運んできました。

 え、なんでかって? この前あった、キャンディアイランドの収録をテレビでしか見られなかったのが悔しかったからです。普通に同僚とは言いにくいけど、仲良くさせて貰ってる人たちの晴れ舞台は見たいだろ。

 頼み込めば、生で収録見に行かせてもらえたかもしれないけどね。流石にそこまでやる勇気はないよね。あの杏は凄かった。マジで賢かった。マジ御見逸れ。三村さんも智絵理ちゃんもそれぞれ活躍してたし、良い回だったね。

 え、なんで一人かって? 高校の友達はなんか誘いにくいし、凛もなんか誘いにくかったからです。友達は今頃普通に過ごしてるだろうし、凛は多分事務所にいるね。ぼっちバンザーイ!(涙目)

 

 

『歳も私が11歳で、莉嘉ちゃんが12歳で、きらりちゃんが17歳!』

『そうだよー!』

『JCだよ~☆』

 

「おっ、やってるやってる」

 

 

 若干、と言うか結構迷ってはしまったが、何とかたどり着くことが出来ました。トークイベント現場。スマホが無かったら、原宿の迷宮に迷い込んでそのまま飢え死にしてた。

 途中から来ちゃったもんで、どういう話をしているのか全く内容が理解できない。ただ、莉嘉がJCアピールしてるのだけはわかった。ロリコン寄ってくるんだから。やめときな。顎の尖ったお兄さんが来ても知らねぇからな。ギリギリ守備範囲外かもしれないけど。

 

 

「すげぇな」

 

 

 思わずボソッと言ってしまうほど、ここの空間は少し異質だ。なんというか、千葉にある夢の国みたいな、ちょっと現実と離れたような世界観。

 

 今回のコラボ相手である、PikaPikaPoPとかいうブランド一色の装飾で彩られたトラックを改造したステージには、その装飾の雰囲気をそのまんま反映した様な衣装に身を包んだ凸レーションが元気にトークを繰り広げていた。

 会場には凸レーションのデビュー曲が流れており、そこらじゅうで今回のコラボグッズの販売も行われている。俺は流石にイメージと違うから買わないけど、パッと見た感じ売れ行きも良さそうだ。

 日本語は素晴らしいもので、こんな感じの非常に言語化しづらい世界観を、的確に表す固有名詞が存在するんですよね。きゃりー〇みゅぱみゅって言うんですけど。まさにあの世界観です。すっげぇ想像つきやすいでしょ? 俺もびっくりしてる。

 

 それにしても、どっちからコラボの話を切り出したのかはわからんけど、今回のコラボ衣装マジで全員似合ってるな。

 特にきらりなんかは普段のイメージとピッタリ。莉嘉も本人からしてみればもっとギャルギャルしい服が良かったのかもしれないが、ギャルと子供の間って感じがとても莉嘉らしい。そしてみりあちゃんは謎に露出が多い。

 この衣装選んだのってPさんじゃないよね? 絶対違うよね? そう信じたいんだが。あのトラックのステージで表情を変えずに、横から凸レーションを見守るPさんに少しだけ質問をしたくなった。

 

 

 

『凸レーションの三人の、お勧めのコラボグッズとかありますか?』

『きらりはねぇ~、このシャツがはぴはぴしててっ、とーっても大好きなんだぁ!』

『アタシはこのサングラスかな! やっぱり、イマドキはこーゆーオシャレな眼鏡もアリでしょ☆』

『私はね! ──────』

 

「普通にトークしとる」

 

 

 言ってることはよくわからんが、凸レーションの三人は普通にトークできてるね。やっぱりアイドルなんだね。あの三人の辞書の中には物怖じするって言葉なさそうだもんな。

 

 周りを少し見回すと、やはりファンの方々がたくさん見に来てくれている。たまにやっている路上イベントにしては、多いくらいに感じる。

 っていうか、意外と女性ファンも多いのね。まぁ、グッズ自体が女性向けってのはめっちゃありそうだけど。何なら男性6女性4、もしくは5:5くらいの割合に見える。ぱっと見だけだけどね。

 

 それにしても、今どきのオタクっておしゃれなんだな。男女にかかわらず、昔ながらの古風なオタクって言うのは絶滅したのかもしれん。今どきのあからさまオタクも見えるには見えるけど、それ以外は本当にただの若い青年や女性が多い印象だ。

 中でもあのかわいらしい帽子をかぶったピンク髪の赤メガネの女の子なんて、髪色だけでも目立つのにスラっとしてるしなんかおしゃれ……ん、ピンク髪? でも、ピンク髪なんているか。世界は広いからな。DJ〇るもピンク髪だったし、ゆ〇まるも一時期ピンク髪だったもんね。

 ん? なんかピンク髪の人こっち来たけど。っていうか、なんかすっげぇ面影ある超絶可愛い顔立ちしてるんだけど。

 

 

「なにしにきてるの★」

「いや、美……名前出したら不味いか」

「その配慮は助かるねー」

 

 

 なんとびっくり。超絶ハイパーウルトラカリスマギャルの城ヶ崎美嘉さんが変装をしてお忍びで来ていました。俺より先に、美嘉さんの方が俺の存在に気が付くんかい。普通逆じゃろ。

 

 美嘉さんってお仕事とか忙しくなかったっけ。美嘉さんのスケジュールとか知らんからわからんけど。少なくとも、今ここにぽっといるような人ではないんだよな。

 少なくとも、今ここで俺が美嘉さんなんて言おうものなら、ここはどんちゃん騒ぎになるところだろう。そしたらイベントどころの話じゃないからね。

 

 

「俺はまぁ、あいつらとは同僚みたいなもんですし。ちょっと気になって」

「じゃ、アタシと一緒だね」

「やっぱ、気になりますか」

「心配はしてないんだけどね」

 

 

 美嘉さんは心配してないって言うけど、多分それは半分本当で、半分は嘘なんだろうな。めっちゃ予想でモノを言っちゃってるけど。

 今日は莉嘉のイベントだもんな。初めてのイベントでは無いにしろ、姉貴としては妹の表舞台での活躍を見たくなるのは当然だろう。俺だって妹か弟がステージに立つってなったら、顔くらい覗かせるだろうし。多分。

 

 

「でも、そろそろあいつらの番、終わりそうっすよ」

「そうだねー。光は最初から見てた?」

「全然全く。余裕で間に合いませんでした。そちらは?」

「アタシは一応最初から。ま、タイミングが良かったからさ★」

 

『それでは、今回のコラボ相手でもある、凸レーションでしたー!』

 

 

 俺は大好評につき道に大迷いしてたからね。スマホがあってマジでよかった。無けりゃ新宿で飢え死にしている所だった(二回目) それか炎天下の下、アスファルトの上で干からびてるミミズみたいにゾンビになるとこだった(初)

 

 そんなことを話している間にも、もう凸レーション引っ込んでったしな。顔が見れただけでも十分だったんだけどね。三人とも、みんな元気に自分の良さを出せてたし。俺は良いと思うよ(後方P面)

 ただ、新宿までせっかく出てきたのに、このまま帰るのはちょっと寂しいよな。ここら辺になんか良い店無いのかな。よくわからんけど、スタバとかは腐るほど有りそう。腐るほど人が多そうだけど。

 

 

「じゃ、一緒に控室の方行こうよ★」

「いや、流石に通らないっすよ。普通、関係者以外立ち入り禁止……」

「大丈夫大丈夫。アタシと一緒に行けば、顔パスだって。光だって、立派な関係者でしょ★ ほら、行った行った★」

 

 

 そんな大胆な。って思いながらも、ぐいぐいと背中を押してくる美嘉さんには対抗できず。会場の裏にある、出演者が控えている小屋に向かうことに。

 

 美嘉さんに連れられてではあるとは言え、こういう関係者以外立ち入り禁止の場所に進んで行くって、なんかアレだね。物凄く緊張するね。本当なら、熱烈一般男性だからね。ここにいていい人じゃないんだから。

 手前に見えてきた一つのちょっと大きめの小屋みたいなヤツ。中身が一切見えないようになっているあの臨時の特設の小屋みたいなところに、恐らくきらりたちがいるんだろう。

 

 

『Pくん! どうだった?』

『ちゃんとできてたかな?』

『はい。ファンの皆様にも、喜んでいただけたようですし。上々かと』

 

 

 中から元気な幼女の声と、ドチャクソイケボの低音ボイスが聞こえてくるし。

 ま、来たのはいいものの。僕からは入れないんですけどね。だって、入って良いのかわからないし。

 

 

「初めてにしてはねー★ ま、及第点かな」

「すみません、関係者以外は……」

「お姉ちゃん! 今日仕事って言ってたのに!」

「時間できたからちょっと寄ってみただけだって。ほら、そんなとこいないで、入ってきなって★」

「美嘉さん、入りづらいっす……」

「光くんも来てくれたんだー!」

「来ちゃった」

「城ヶ崎さん……? 松井さんも……」

「もち、顔パスだよね★」

 

 

 美嘉さん、めっちゃ普通に入って行くやん。これが場慣れってやつか。違うかもしれん。

 小屋の中では、凸レーションとPさんが絶賛アフタートーク中でした。お邪魔してすみません本当。美嘉さんに関しては、本業のお方なので良いとしても、僕はただのスタジオミュージシャンだからね。ここにいる人じゃないからね。

 そりゃあ、美嘉さんレベルの人間で顔パスじゃなければ、へべれけふわふわダジャレ大好き超絶美人か、うちの事務所で君臨しているベ〇ネッタさんくらいしか顔パス通じねぇよ。

 

 それにしても、多分美嘉さんは来た瞬間に抱き着いたであろう莉嘉は可愛いね。本当に良い姉妹。似ているような似てないような、けど似ているようなそんな姉妹。二人そろってアイドルなんだからすげーよな。

 

 

「莉嘉はPの事チラチラ見すぎ。ちゃんとお客さんに集中すること」

「はーい。ぶー」

「きらりちゃんは良いキャラしてるから、もっとバンバン出していこ★」

「ばんばんー?」

「美嘉ちゃん! 私は?」

「みりあちゃんは優等生過ぎかなー。まぁ、可愛かったから良いけど★」

「甘いー!」

「えへへ……次の回は、いっぱい話せるように頑張るね!」

「そっか。もう一個現場あるんでしたっけ」

「はい。この後は、新宿の方で」

 

 

 はい、大先輩美嘉さんからのありがたいお言葉です。もうね、的確過ぎるよね。見てる部分もちゃんと細かいし、欠点を指摘しながらも傷つけないような言い回しをしている。莉嘉にだけ言い方が厳しいのは、身内ってのもあるだろうしね。

 話は変わるけど、変装を解いた美嘉さんやっぱべらぼうに可愛い。顔面が良い。普段は髪の毛結んでるけど、下した時の感じがヤバイ。ギャップ。危うく惚れるわ。

 

 それにしても、美嘉さん本当に姉御肌だよなぁ。年上組の中では、夏樹さんや美波さんに次ぐ姉御肌かもしれん。菜々さんと楓さんはちょっと違うし。

 だって見てみ? 周子さん、志希ちゃんさん、フレデリカさん、姫川さんって、極端にもほどがある。丁度良い人はおらんのか。きらりさんが枠だけで言えば、そこに入るんだけど、それもおかしいんだよな。

 

 

「Pは、何かある?」

「……お客さんをもっと、巻き込みたいと思いました。ファンだけでなく、偶然通りがかった人にも、足を止めて頂けるような」

「それ思った! スルーされるの、寂しかったもん」

「これまた難しいことを言いますね」

「……この三人なら、それが出来るかと」

 

 

 信頼すげぇな。まぁ、自分の担当アイドルの事を信頼できなくて、なにがPだって話ではあるかもしれんけど。

 興味のない人を引き付けるためのパフォーマンスなんて、とんでもない高難易度だぞ。それこそ、あっと驚くようなことをやるしかないし。そんなもん、突発的に思いついたとしても、大抵リスクが高いオチだからなぁ。

 

 

「んー、どうすればいいのかな?」

「うにゅ~」

「カブトムシ捕まえるとか!」

「そういうのじゃないでしょ。ほら、さっさと出る準備しな」

「はーい。光くんのえっちー!」

「はいはい。出てく出てく」

「覗かないでよね☆」

「お前にゃまだはえーよ」

「変なこと言ってないで、さっさと支度する!」

 

 

 ばっきゃろう。俺は莉嘉が守備範囲に入るほどロリコンじゃないし、顎も尖ってねぇんだ。どちらかと言うときらりの方が不味い。年齢的に近いから。まぁ、女の子の着替えの場にいるって言うのが一番まずいんだけど。

 流石に着替えはここでしないよな? 一応、ちゃんと出てくけど。Pさんもさっき出て行ってたからな。電話かかってきてた臭いから、それの対応だとは思うんだけど。

 

 

「ごめんねー。莉嘉に変なこと言わせちゃって」

「可愛いじゃないっすか。この発言、事案にされそうですけど」

「莉嘉は隙あらばそういうの狙ってるからねー」

 

 

 美嘉さんと一緒に小屋の外に出ると、外では丁度Pさんが電話を終わらせていたタイミングだった。そんな長電話になる内容じゃなかったのかな。とはいえ、タイミングバッチシだけど。

 

 

「次の回、どうするの?」

「……引き続き、三人の思うように進めてもらおうかと」

「なにそれ! 丸投げ?」

「いえ。凸レーションは、自由に行動させたら面白いユニットだと思います。三人に、賭けてみたいんです」

「ま、あの三人なら突拍子のない方向に行っても、きらりさんが上手い事やってくれると思いますしね。あの子、そういうのすげぇ上手だし」

「……良いけど。責任取るのはPの仕事だし」

「はい」

 

 

 美嘉さんはあからさまに不満そうだけど、ここは俺もPさんに同意見だなぁ。きらりさん、莉嘉、みりあちゃんの三人で構成されたこのユニット。一見、止まることを知らない暴走機関車に見えるが、実態はそうでもない。

 

 言い方を変えると、莉嘉とみりあちゃんが突っ走ることがあっても、しっかりときらりさんが止めてくれるのだ。

 この諸星のきらりさん。言動と身長と姿恰好からは想像つかないほどの常識人というか、人の空気を読んでしっかりと場を回してくれる、まさに賢くて頭の回るムードメーカーなんですよね。杏と相性がいいのも納得できる。

 そんな彼女がこの幼女二人と合わさると、幼女二人の天真爛漫さときらりさんの世界観が合わさり好相性。更に中身もしっかりと動くという、ちゃんと相性のいいユニットになっているというわけ。こればっかりは、Pさんの人を見る力が凄いとしか言えんわ。

 

 

「それじゃ、アタシはここらへんで失礼するから。光はどうする?」

「うーむ……俺は暇なんで、この後は直帰ですかね」

「勿体ないじゃん! せっかく新宿まで来たんだし、服見てこうよ★」

「財布の中身、今ないです」

「見るだけだから★ なんだったら、アタシがおごってあげるし! 次の仕事までアタシも時間あるからさ、ほら、さっさと行っちゃお!」

 

 

 いや、美嘉さんノッリノリ。前に俺の服を見てくれるとか言ってくれてたもんな。確か、あの時は志希ちゃんさんとフレデリカさんに連行されて水着を……思い出すのやめとこ。うん。

 

 それにしても、幾ら相手が超人気アイドルの美嘉さんとは言え、女性に奢ってもらうのは不味い。なんなら、今すぐにでも金下ろしてくるか。それはそれでちょっと印象あれだな。難しいね。

 

 

「美嘉さん、不味いっすよ。俺らって年齢近いですし。二人で行動してるのを変なのにでも撮られたら、俺死刑っす」

「大丈夫だって。光には、うち所属のスタジオミュージシャンって肩書があるんだし、そう言ったやましいことも思ってないでしょ?」

「美女と二人で買い物は、正直展開としては物凄く美味しいですけど」

「なら、断る理由は無いじゃん★ さ、アタシもそんな時間たっぷりは無いし、ちゃっちゃと行って、似合う服探してみよ★」

 

 

 この後、10分くらい美嘉さんは俺について服とか選んでくれた。次の仕事もあるだろうに、時間いっぱいまで色々と俺のために服とか選んでくれてありがてぇ。

 とりあえず、全部写真撮っておいたわ。今度、凛あたり捕まえて一緒に買いに行こう。そうしよう。



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すれ違い通信はもはや古代の代物

 

 皆さんに大事なお知らせがあります。事件が起きました。嘘でしょ?

 

 美嘉さんと別れ、しばらく近くの本屋で最新刊の漫画が発売されてないか一通りチェックして時間を潰し、やることもねーから帰るかー……と電車に乗りました。

 それで電車ですよ。さっきまでぼく、絶賛帰りの電車の中だったんですよ。過去形ですよ、過去形。帰りの電車に乗って、出発して約3分よ。カップラーメン出来ちゃう。

 

 まとめサイトで野球の記事見てたらさ、急に凛から鬼電かかってきたの。電車の中だから、電話に出る訳にもいかんじゃん? とはいえ、凛から鬼電って大体そこそこの要件の時なのよ。

 そんなわけで、一旦電車を降りて、凛に折り返し電話したわけ。

 

 

『Pが警察に捕まったって』

『顔かぁ』

『詳しいことはわかんないけど。まぁ、多分』

 

 

 Pさんが、警察に身柄確保されたらしい。

 まぁ落ち着けって。確かに、字面だけ見たらマジの緊急事態なんだけど、俺達にしたらこんなの慣れっこな訳ですよ。これだけ聞いたら、Pがしょっちゅう警察に捕まってるヤバい人って捉えられかねないけど、実際あの人しょっちゅう捕まるからね。もう警察の方でも、この人は顔とかやってる行動は危ないけど、ちゃんとした人だから大丈夫って回覧板回しなよってレベル。

 

 まぁ、大概の場合は大柄の顔が怖い男が綺麗な女の子を付けてるだとか、しつこくアプローチしてるとかで周りの人や警察本体にとっつかまったりするのが通例だ。

 凛がいっちばん最初の最初、346に入るって話をするためにスカウトしに来た時も、それで捕まりかけてたし。本田の一件の時も、本田の住んでるマンションの住人の人に通報されたらしい。顔が怖くて体がでかいだけなのに、冤罪喰らいすぎだろ。

 

 

 そう言うわけで、捕まるだけだったら別に良かったんですよ。Pさんも大人だし、名刺とか持ってるだろうし、誰かしらが身柄抑えに行ってくれるだろ。それこそ俺が行っても良いし。

 でも俺が行っても信じてもらえんだろうから、ちゃんとした社員の人じゃないとダメなのか。いや、知らんが。

 

 

『P、きらり達と一緒に居たんだけどさ。はぐれちゃったみたいで』

『ほう……ほう?』

『竹下通りにいるらしいんだけど、きらりがいるとはいえ、やっぱり三人だけだと心配だからさ』

『把握。とりあえず原宿戻るわ」

『うん。ちひろさんがいるから大丈夫だと思うけど、きらりたちも心配だからよろしく』

 

 

 っていうやり取りをして、また3分かけて今ぼくは原宿に逆戻りしてきました。厳密には乗り換えとかでもう少し時間食ったんだけどね。誤差誤差。

 ICカードを使って行っちまったもんだから、改札に一旦行って駅員さんに事情を説明したら、めっちゃ申し訳なさそうな顔して最低料金だけは頂いても良いですか? って言われたもんで、普通に払ってきた。そんな申し訳なさそうにしないでほしい。無茶言ってるのはこっちだし。たかが数百円だし。

 

 

「…………つながんねーか」

 

 

 普段行かない原宿に出て、そんで迷いかけながら凸レーションのライブを見て、美嘉さんと一緒に服を見て、ボッチで本屋で漫画漁って、帰るために電車に乗ったらなんかPさんが捕まってて、それで凸レーションがほっぽり出されて、それをサポートしに行くために途中下車してそのままUターン……今日はすげぇ一日だな。電車でUターンとか初めてしたわ。

 

 とりあえず、きらりさん達を迎えに行くかPさんを救出しに行くかなんだが。その前にきらりさんに電話……が、繋がらず。一番良いのは、きらりに一回細かい状況を教えてもらうのが良いんだけどな。

 結局、Pさんと凸レーションがはぐれただけで、凛の言い方的にきらり達は三人固まってるのはほぼ確定だし。きらりがいるなら安心だろう。

 そうと決まれば、俺はとりあえずPさん救出かな。Pさん動けるようにしないと、合流もクソも話始まんねーし。

 

 

「ヨシ! とりま、Pさん回収しに警察行くか!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「警察って言ったら、警察署じゃねぇのかよ!」

 

 

 めっっっっっちゃ、居なかった。もう影も形も無いどころか、そもそも警察署にはいなかったです。

 って言うか、さっき優しい警官のおっちゃんが教えてくれたんだけど、ピンクの髪の毛をした女の子が、全く同じ様な事を聞きに来たらしい。多分、美嘉さんだな。仕事か打合せかなんかがあったはずなんだけど、話が全然繋がらねぇ。

 

 

「もしもし? P、警察署にいなかったんだけど、警察って言ったら署じゃないのか?」

『ごめん。交番だった。あと、ついさっきちひろさんがPさんと合流したって』

「把握。そんだけ」

 

 

 困ったのでとりあえず状況を整理するべく、凛に電話をする。きらりさんは相変わらず通話中だったからな。ものの見事に噛み合いが悪い。負のスパイラルだ。

 てか、警察と言えば警察署じゃなくて交番か~! 盲点! 普段警察の世話になった事とかないから、この判断は無かったわ。

 そもそも、警察署と交番の違いすらよくわかんねーし。警察署に行けば、大抵解決してくれるんじゃねーのかYO!

 

 それでも、有益な情報は得ることが出来た。Pさんが救出済みということは、あとは不安定要素は凸レーションの三人と、美嘉さんに絞られたわけだもんな。

 これは一気に行動しやすくなる、まさに神の一手と言っても過言じゃない。楓さん、今は違うから来ないでね。

 

 

『あと、私も美波と蘭子と三人でそっち行くから。あの三人が次の会場間に合わなかったら、誰か繋がないといけないらしくて』

「おっけ。じゃあ、後はそっちに集中してくれ。とりあえずここでいったん区切るわ」

『うん。道、迷わないでよ』

「もう迷った後だわ」

 

 

 ここまで来るのにも、ちょっと迷ったって言うのに畜生。少しばかり困ってしまったので凛に電話をすると、なんかもうPさんは救出された後だったらしい。

 俺が迷ってたせいだな。俺の方が近かったはずなのに、こんちくしょう。無事なら良いけど。

 

 とは言え、俺、Pさん、凸レーション、そしておそらく美嘉さんの4チーム揃って別行動ですれ違いとなれば、流石に不味い。どっかに合流しなければ。

 こっからは凛に連絡も取れないし、俺が単独行動して迷ったら元も子もない。俺は別に迷ってもどうにでもなるだろうけど。

 

 きらり達は三人、Pさんはちひろさん。となると、単独行動してるのは美嘉さんか。そこに合流してどっちに行くか決めるのが手っ取り早いな。電話するか。

 ……いや、美嘉さんとLI〇E交換して初めて電話かけるが。緊張するが……ってそんなこと言ってる場合じゃねぇ。さっさと電話かけろタコ助!

 

 

「もしもし? 俺です、光です」

『光ッ!? なんで……じゃなくて、莉嘉が!』

「莉嘉になんかあったのか!?」

『わかんないけど、莉嘉がPとはぐれたとかっ……それでアタシ、莉嘉とPを探して走り回ってたんだけど、急に莉嘉と連絡付かなくなっちゃって……光、今どこにいる!?』

「原宿警察署です。」

『さっきアタシが行ったからすれ違い……!』

「美嘉さん、今どこにいます? とりあえず合流しましょう。手分けして探しても埒が明かないです、これ」

『うん、わかった……! じゃあ──────』

 

 

 電話越しに聞こえる美嘉さんの声は、ひどく焦っていた。

 色んな意味で、そりゃあそうだろうな、と言った感じだが。やっぱり美嘉さんも、俺と一緒でひたすらきらり達やPさんとすれ違いまくってた様子だ。予想当たるね。予想の範疇でもないけど。

 

 莉嘉と連絡が急に付かなくなったってどういうことだ? でも、さっき凛と電話した時は、きらりと連絡が付かなくなったみたいなこと、言ってなかったもんな。三人の身に何かあったのか? いや、わからねぇな。

 きらりとは相変わらず通話中で連絡繋がらないけど、連絡中って事は、少なくともきらりのスマホの電源が落とされたとかオフにされたとか、そういうことはないはずだ。なら、ひとまずは安心できる。

 

 とりあえず、美嘉さんと合流しよう。てんで散り散りになってちゃ、ここだと迷っちまう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「美嘉さん……! はぁっ……大丈夫ですか……!」

「光っ……! アタシは大丈夫だけど、莉嘉が! 莉嘉がっ!」

「ちょっ……落ち着いて!」

「落ち着いてられないっ!」

 

 

 集合場所まで全力疾走して辿り着くと、遠目で捉えた時には落ち着いていた様子だった美嘉さんが、俺を見た瞬間に情緒を乱し始める。さっきまで走り回っていたと電話で言っていたあたり、ずっと一人で不安と闘いながら必死に莉嘉とPを探し回っていたんだろう。

 普段なら絶対しないであろう、俺の肩口に勢いそのまま掴みかかり、必死に叫ぶ美嘉さんの顔は、ひどく焦っていて、さっきまで走っていた俺の何倍も青ざめていた。完全にパニック状態だ。いつもの美嘉さんじゃない。

 

 

「何回電話しても莉嘉と連絡が付かないの!」

「美嘉さん、大丈夫っす。莉嘉とPなら……」

「大丈夫って! 急に連絡付かなくなったんだよ! 駅に行ってもいないしっ!」

「多分、それはすれ違ってるだけで……あいつらだったら……」

「そんな確証ない! 警察に捕まったとかいうあいつは警察署にも交番にもいないし……!」

「ちょ……美k」

「もし莉嘉になんかあったらアタシ……アタシ……!」

「美嘉! 俺の目ェ見ろ! stay! 落ち着け!」

「ッ……!」

 

 

 えーい、我慢ならーん! 力業じゃーい!

 力が抜けたように視線を下げて、下に向かってひたすら感情を吐露する美嘉さんの手を握り、少しだけ叫んで美嘉さんにこっちを向かせる。

 

 誰かが正常な思考判断をとらないといけない。こちらの話を聞かせようにも、頭の中で色んなモンがごちゃついて頭が回り切らないときは、ショック療法が一番良い。男相手なら胸倉掴んでどっこいしょでもいいが、女性相手には無理。

 びっくりさせるようで申し訳ないが、円滑に、確実に話を進めるには、多少荒くなるのも仕方がないと許してほしい。これ以外にもっと有力な人の落ち着かせ方を知らねんだ。今だけメンタリストになりたい。

 

 

「莉嘉なら大丈夫! きらりとは凛の方で連絡が取れてるし、Pさんもさっき千川さんが迎えに行って普通に外にいる! 何処にいるかは知んねーけど! 莉嘉と連絡が付かねぇ理由はわかんないけど、とにかく落ち着け! 騒いだって何にもなんねぇ! それに莉嘉は一人じゃない。きらりとみりあだっている。今、ここで俺らが焦ったってどうにもなんねぇぞ!」

「でも……! でもっ!」

 

 

 美嘉さんの肩を掴んで、目を離させないように真っすぐ見つめる。目と目を見て話す。会話の基本だ。こういうときにも、この方法が一番生きる。数少ない野球部時代に学んだ根性論みたいなやつだが、案外現代でも通用する。

 こういう時に心にいつも天〇こころじゃなくて、松〇修造。熱血キラキラ根性気迫論も、人間、時には大事なんですよ。

 

 

 

「俺とPさんと莉嘉達を信じろ! アンタも一人じゃねぇ! 俺を見ろ!」

「っ……!」

 

 

 美嘉さんの表情は、不安一色に染まっていた。体は少し震え、表情筋は強張り、目元はかなり潤んでいた。

 

 

「大丈夫! 今、俺がここにいる! 一人で抱えんな! ほら、大丈夫だ! 大丈夫!!!」

「ぅん……うん……! ごめん……っ!」

「気にすんな! よし!!! 富士山だ!!!」

 

 

 彼女の顔が不安げな表情から、少しだけ引き締まった表情に移り変わった。

 やっぱり、この人はつえーや。俺なんてものの見事に大暴走したのに。マジであんなことしてた人が、年上の人にこんなこと言ってんの笑っちまう。でも許してくれ、俺は間違えてもいいけど、美嘉さんに二の舞は踏ませたくないんだ。

 

 莉嘉と急に連絡が取れなくなった理由はわからないが、さっきも言った通り、きらりが無事であればそこにいる莉嘉達も必然的に無事だとわかる。そうじゃなければ、きらりが何かしら報告してるはずだしな。

 きらりに全幅の信頼を寄せているが、きらりはそれだけの人間だ。人を見る目、判断力、接し方、全てにおいて上手なれっきとした女の子だ。だから、大丈夫。信じることってとっても大事。

 

 

「とりあえず、Pさんと合流しよう。俺らだけで動いていても埒が明かねぇし……だーっ! ちっきしょー! ze○lyとか発信機とか付けとけばよかった!」

「うん……それは普通にストーカーだからやめた方が良いと思うけど……」

「合流したら大人たちの判断を仰いで、それから……」

「城ヶ崎さん、松井さん……! どうして……?」

「なんか来た! ナイスタイミング!」

 

 

 えぇ、えぇ。やっぱり悪いことが続くと、事態は好転していくんですよ!

 美嘉さんを一旦落ち着かせて、次の行動に移るべく、Pさんに連絡を付けようとしたら、その相手が向こうから息を切らしながら走ってやってきた。やっぱ走るよな。俺もめちゃくちゃ走ったもん。明日は筋肉痛待ったなし。

 

 

「細かい話は後で! ある程度、今の状況とかそれの内容は入ってます。莉嘉達はどこに?」

「まだ、どこにいるかは……ただ、行き違っているだけなら、ステージの時間も迫っていますので、彼女たちは、ちゃんと仕事を優先してくれるはずです。なので、お二人には一度、次の会場に向かっていただけますか?」

「あんたは?」

「自分は、万一のために……」

 

 

 やっぱ、こういうところはちゃんと大人だ。Pさんは俺たちと違って、きらり達のスケジュールも頭に入ってるもんな。そりゃ、俺達が走り回るよりもよっぽど視野も考えも広くなる。情報は正義だ。マジで警察にさえ捕まらなければ、完璧だったんだろうなって。なんでや! 顔がちょっと怖いだけやろこの人!

 最近は親切心で声をかけただけで不審者扱いされたりとかする世の中だからな。悲しい世の中だぜ。人間、見た目が全てって言うわけじゃないのにな。

 

 

「うっわマジかよ!」

「あっちだって! 行こうぜ!」

 

 

 なんてこの世の最近の理不尽な不審者論に杞憂していると、急に右側で騒ぎが起き始める。あっちは大通りの方角だ。何が起きているのかはわからないが、そこら中の人たちが、どんどんとその大通りに向かって走っていく。そりゃあそうだが、これはただ事ではない。事故があったか、それとも……っていうやつかもしれん。

 

 

「行ってみましょう」

「美嘉、走れる?」

「当然! アイドル、舐めないでよね!」

 

 

 完全復活と言わんばかりに美嘉さんの瞳には真っすぐな芯が通っていた。

 本当、強い人だわ。さっきまであんなにグラついてたのに、きっかけ一つで簡単に立て直すんだからな。トップアイドルなんだもん。そりゃあそうか。そう来なくっちゃ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

『ありがとうございまーす!』

『アタシ達に興味ある人は、付いてきてねー☆』

『凸レーションでーす! おーにゃしゃーすっ♪』

 

「……すっげぇ」

「こんな巻き込み方が……」

「これ、許可取ってなくて良いんですか」

「…………」

「ごめんなさい。この話、後にしましょっか! 後にしましょう! ね!」

 

 

 騒ぎの起きている先まで走っていき、そこにあった光景は、まさに信じられない光景だった。

 今回のイベント衣装に身を包んだ凸レーションの三人が路上を練り歩き、文字通り、恐らく彼女たちのファンではないであろう通行人たちの視線をもくぎ付けにしている。

 ただでさえ身長の大きいきらりの上で、ぱっと見のインパクトが大きい莉嘉が元気いっぱい周りに笑顔を振りまいてるのも、その要因の一つなのだろう。ハチャメチャに目立っている。

 

 いわば、パレードみたいな様相だ。きらりのことを乗り物みたいに例えるのは良くないが、ディ〇ニーのパレードと同じで、可愛い乗り物に可愛いキャラたちが乗って、ファンに元気を与える。

 しかも、それが実写化されている状態だから、全部可愛いと来た。きらりも一人で目立っていけるタイプだから、決して莉嘉をおんぶするだけにとどまってない。

 

 

『お客さんをもっと、巻き込みたいと思いました。ファンだけでなく、偶然通りがかった人にも、足を止めて頂けるような』

 

 

 まさに、Pが言っていた通りの事だ。元々の凸レーションのファンだけではない。偶然通りがかった人にも足を止めてもらい、周り全員を巻き込む。

 

 彼女らの行く先は、方向的にイベント会場だろう。もはや、民族大移動みたいになってる。知らねぇ人が見たらマジでなんかのイベントか、デモ活動かと思うんじゃないのかな、これ。それくらいに凄い光景だ。

 問題は、十中八九、これの行動が無許可であるということだけど。こういうのって、それこそ警察の許可がいるんだよね。路上ライブと一緒。Pさんには、後で頑張ってもらおう。頑張れ、Pさん!

 

 

「あっ! Pくん! お姉ちゃん! 光くーん!」

 

「……ね。大丈夫でしょ? お宅の自慢の妹さん」

「……本当。心配させてばっかなんだから」

 

 

 当の本人は呑気なこって。やっと見つけた、どこ行ってたのと言わんばかりの感じで、ぶんぶんときらりに担がれながらこちらに手を振ってくる。

 元気そうで何よりでございますよ。これなら、次の時間にも間に合いそうだし。いやー、本当良かった。これで莉嘉が無事じゃなかったら、もうどうしようかと思ったよね。本音。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「本当にごめんねぇ……?」

「良かった、間に合って!」

「わが友よ……よくぞ、舞い戻った」

「助かったぁ……」

「ギャーッハッハッハ!!! ひーっ……ひーっ……!凛、おまっ……に、似合わねぇーっ!!! ダハハハハ!!!」

 

 

 会場に着き、控室のプレハブの中に入ると、そこにはきゃりーぱみゅ〇みゅの世界観に身を包んだ、凛と蘭子と美波さんがいた。凛たちがこっちに来るってのは本人から聞いてたけど、まさかこんなことになってるとは思わないじゃん。

 なんというか、クールなカッコいい系の衣装が似合う三人組だとは思ってたんだけど、思ったよりも美波さんと蘭子は似合っているんだよな。こういうキャピキャピした服。意外にも蘭子は超絶ノリノリだし。美波さんはちょっと恥ずかしそうだけど。

 

 だが問題は最後の一人。渋谷凛ちゃん。

 単刀直入に言って、凛がもうマジで似合ってない。本ッ当に似合ってない。この格好と親和性がもうゼロ。フランス料理にケーキぶち込んだみたいになってる。

 もう見た瞬間、笑いが止まらなくなっちゃったよね。仕方ないよね。だって想像してなかったんだもん。これが本当の不意打ちです。

 

 

「光」

「じゃ、着替えて来な! 俺は男だから外に出てるぜ!」

 

 

 ものすっごい剣幕で睨まれてしまったので、そそくさと退散することにする。小屋からさっと出て、また思い出して吹き出してしまった。いやー、良いもん見れた。今年一笑ったわ。

 本来、凛くらい顔面が良い人って、大概何着ても似合うんだけど、これだけは本当に合わない。本当に相性最悪って感じがする。不思議だなー、ファッションって。

 

 

「……あ、光」

「美嘉さん。お疲れさまでした」

「莉嘉達はこれから本番だけどね」

 

 

 小屋の外に出ると、美嘉さんとPさんが何やら話していたようで。いや、話し終わった後臭いな。丁度良いタイミングで出てきたね。っていうか、さっき思い出し笑いしたの見られてたかな。だとしたら超絶恥ずかしいんだが。

 

 

「あのさ、さっきは取り乱しちゃって……」

「あれ、なんかありましたっけ?」

「えっ」

「ほら、莉嘉たちは無事見つかったし、イベントにも間に合ったし、なんもなかったじゃないすか」

「でもアタシ……」

「なんもないですって! 莉嘉たちは見つかった! Pさんも無事お勤め完了した! モーマンタイですモーマンタイ!」

 

 

 美嘉さんが言いたいことはなんとなくわかるが、悉くそれを拒んでいく。覚えてないと言えば覚えていないんですよ! えぇ!

 こういう時は気負わせてはいけない。男なんだからね。

 

 

「……うん。ありがと」

「その言葉だけで俺は最強の称号を得ましたよ。城ヶ崎美嘉にありがとって言ってもらえた男とね!」

 

 

 男が一々細かいことを気にするもんじゃないよ。美嘉さんからなんかそういう様な事を言われるのも、貸しを作るみたいで嫌だし。

 俺の知ってる美嘉さんは、いつもはファンを魅了するカリスマギャルで、時にはおてんばな同僚を纏める常識人で、それでいて、妹の事を第一に考えてる立派なお姉ちゃんだから。それは、今も何も変わらんし。

 

 そんなちょっとややこしいやり取りをしてると、小屋の少し上の方からきらり達がばっと出てくる。目線が上だ。うむ。

 

 

「っ! あのね、Pチャン……きらりも、後で一杯、謝るね?」

「私もだよ!」

「アタシも!」

「……私もです」

「お客さん、三人の事、楽しみにしてるよ」

「……さぁ、行って来な★」

 

「「「はい!」」」

 

 

 元気よく小屋に引っ込み、イベントの準備をしに行く三人の背中を見届ける。

 なんか、こういうのって良いな。人間、やっぱり困難を乗り越えれば乗り越えるほど、強くなっていく。

 どっかの職人も言ってたな。刀は叩いて、鍛えれば鍛えるほど、強くなる。刀とアイドル。一見、似ても似つかないけど、本質的なところはどっか似てるのかもな。俺は何が言いたいんだ一体。

 

 あと、Pさんはマジで色んな所に謝りに行かないといけないんだろうな。Pさんの胃がちょっと心配になってきた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『『『せーのっ、凸レーションでーす!』』』

 

「「「「「「「「ワァァァァァァァァァァァッ!!!!!」」」」」」」」

 

『凄い人気ですねー!」

 

 

 凸レーションの挨拶に答える声援は物凄いものだった。それは、一回目とは明らかに違った。

 トークイベントに集まった観客の人たちから一歩離れたところで後方腕組みしながら見守っているが、明らかに一回目の時とは光景が違う。密度が違うね。コクも違う。

 

 単純に一回目のトークイベントに比べると、観客の数が二倍近く、いや、それ以上は増えたんじゃないかな。母数が物凄いことになっている。

 元々のファンに比べ、さっきまでのパレード擬きで捕まえた新規層。こういう業界における新規層とは、宝と同格か、それ以上の価値がある。凸レーションの三人は、一つのイベントでその新規層をこれだけ集めただけで、大成功と言えるんじゃないかな。

 

 

『ちょっとトラブルがあってー☆』

 

「トラブルってー?」

「なになにー?」

 

「……」

 

 

 Pさんの顔色が明らかに動揺した表情になる。そして、いつものように、首元に手を持っていく。Pさん、ご愁傷様です。

 莉嘉って、あんまりそう言うの気にしないからね。悪気はないんだけどね。積極的に弄っていくスタンス。

 

 

『でもっ! どんな時でも!』

『バッチシ笑顔で☆』

『はぴはぴ元気ー! じゃなきゃ、素敵なことだって、逃げちゃうもんにぃ~♪』

 

「結構イイじゃん★」

「はい、予想以上です」

「あんたも笑ってみたら? ほら、ニコっ★」

「に、にこっ……!」

「」

「」

「」

「流石わが友! 禍々しき霊気を感じる……!」

「ま、禍々しいとか言っちゃダメ……!」

「アハハっ!」

 

 

 Pさん、出来ることなら子供の前では無理して笑わせない方が良いかもな。これ、子供が見たら泣くぞ。確実にトラウマになるぞ。千川さんと凛はドン引きしてるし、なんなら俺もドン引きしたわ。

 って言うか、蘭子はずっとそのぱみゅ〇みゅ衣装着てるんだね。美波さんと凛はとっくに私服に着替えてるのを見ると、蘭子は相当その衣装がお気に入りなようである。いくら中二病とはいえ、やっぱり根っこは中学二年生の女の子なのか。

 

 

 

「そういえば、光はなんで敬語に戻してるの?」

「え、いや。元々敬語じゃないですか」

「さっきまでタメ口だったのに? 下の名前で呼び捨てにもしてくれたじゃん。アタシは嬉しかったんだけどなー★」

「そんなこと言ってました?」

 

 

 言ってました。滅茶苦茶言ってました。正直、思い出したくないです。本当なら、調子に乗ってすみませんでしたって速攻土下座しなきゃなんだろうけど、逃げちゃったよね。罪な生き物です。ただ根性がないだけなんだけど。

 

 

「『美嘉』って呼んでくれてたじゃん」

「光。先輩にも手を出したんだね」

「ちょっと待って。そっちの方向は聞いてない」

「ふふっ、そういうのじゃないけどさ。アタシは本当に嬉しかったよ。なんか、光が一個壁を取ってくれたみたいで。これからも美嘉って呼んでほしいくらいにはさ」

 

 

 ……なんというか、そう言われると敬語でやってたのが逆に申し訳なくなる。けど、凛は凛の方でなんか刺してくるし。

 今回の凛はそういう意味での刺し方ではないけど。なんかからかってるみたいな感じだし。お前、年取ったことで余裕出てきやがったな。誰にでも噛みつく様な狂犬だった癖に。俺はその時代の事、忘れてやらないからな。

 

 

「……じゃあ、そう言うなら。美嘉……で、お願いします」

「敬語、付いてるよ?」

「頼みま……頼むわ……ン゛ンッ!゛」

「なんか、光くんもPさんにちょっと似ている所あるよね」

「俺が?」

「私と、ですか?」

 

 

 そうやってPさんと目を合わせるも、ぴんとは来ない。

 今までそうやってやってきた当たり前だったことを変えていくのって、物凄く難しいんだぞ。Pさんに謝れよォ! 俺は謝らないけど!!!




錯乱してる人を落ち着かせるのはSEKKYOUじゃない! 派閥の人間なんですけど、いざやろうとするとデカい声で抑えるしかない奴、あると思います。あ、ないですか? じゃあないです私の実力不足です手のひら返します。


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クリアリングで黒歴史をケアしていこう

 

 

「うむ。静かだ。よもや、よもやだ」

 

 

 CPルームに誰もいない。本当に誰もいない。照明はついているが、Pルームや応接室、全部ひっくるめて、今この時間、CPルームには俺以外誰もいないのだ。普段はベッドの下に転がり込んでる杏ですらいない。

 

 なんでかって? 理由は単純。俺以外、全員予定があるからである。これではまるで俺が暇人みたいに聞こえるが、その通りだ。今日は収録も何も入っていないし、レッスンはすでに終わっちまった。こうなっては、マジで暇の日だ。

 あと、多分よもやよもやではない。

 

 

「杏のベッドでも借りて寝ようかしら」

 

 

 こうも一人だと、独り言を言ってないとやってられない。寮の部屋でも最近独り言が増えて、ちょっと怖くなってきたと評判の俺だが、それでも意識して独り言を言ってしまうレベルで暇だ。

 

 こうなると、さっさと寮に帰るのがやっぱ鉄板なのかな。というか、いつもならさっさとそうしているんだが。なんだか今日はそういう気分じゃない。

 今日は、寮に戻ってもマジでやることが無いのだ。練習したい曲も珍しくないし、ゲームだって学校でボッコボコにされたおかげでモチベーションが無い。今日は月曜日だ。プロ野球も無い。

 

 そうなれば、隣の部屋にいる飛鳥や周子さんを捕まえて遊ぶのが鉄板ともいえるが、周子さんは紗枝ちゃんと二人で大きい仕事があるらしく、今日明日は寮にいないらしい。飛鳥も仕事で今日は遅くなるとか、さっきなんか予期してLI〇Eが来ていた。

 日本人は、この状況を詰みと言う。誤用にもほどがあるな。

 

 

「~♪」

 

 

 はい、結局ギターを握りました。一旦ね、一旦。一旦ギターは握っておいた方が良いと思うんだわ。宇宙最強の最速最強の雀士と言われている人ですら、一旦ってよく言うから。

 あのおじさん、宇宙最強の超強くてかっこいいおじさんなはずなのに、某活舌死んでる系VTuber(該当者多数)を前にすると、ただの限界化親戚のおじさん化するからな。麻雀って恐ろしい(違う)

 

 誰もいない広い部屋でギターを弾くと、こんな反響の仕方をするんだな。寮でギターを弾いている時とは、また違った反響の仕方だよな。

 

 

「──────ハッ!!!」

 

 

 ここで、八〇に電流走る。いや、俺の苗字は松井だが。あいついっつも電流走って、トラ〇ピオ魔改造して、すまんかったしてるからな。天才なのかアホなのか一体どっちなんだ。

 

 誰もいないCPルーム。普段は、メンバーの誰かしらがいて、普段はいつも騒がしいCPルーム。

 そんな場所で、もしも、全力でギターを弾いて、かつ、歌ってみたらどうなってしまうのだろうか。超絶全力ガチガチギターは弾いたことあるが、歌なんぞここでは歌ったことはない。だって、本職のアイドル達の方が上手いに決まってるじゃんね。そんな人の前で歌えるもんか。

 

 けど、今はその本職の人たちが誰もいない。そんな中、CPルームには俺だけ。もしかして、これは最初で最後のチャンスなのでは。

 

 

「ン゛ーっ! アッアッー!………………ヨシ!」

 

 

 試しに超絶でかい咳払いと、よくわからない声をあげてみて周りを伺う。

 ……マジのガチのスーパー誰もいない。その事実に、思わず俺は現場猫のポーズをしてからばんてふガッツポを決めた。

 反人類史ではこれを、またとないチャンスと言うんだ。漢字あってんのかこれ。

 

 

「チューニング、ヨシ! 声の度合い、ヨシ!」

 

 

 ジャカジャン! と、口で言うのならそういう感じの発音になるような音をギターで出す。なんか芸人みたいだな。

 一つ一つを現場猫の要領で確認していく。これが現場に必要な指さし確認ですね! で、これ一々このポーズしなきゃならないの? 普通に疲れるんだけど。現場の人って毎回片足上げてるの? 体力えぐくね?

 

 

「メンバーの予定、ヨシ! 多分!」

 

 

 もう一度、ちゃんとメンバーの今の状況を振り返ろう。

 ニュージェネレーションズ。ボイスレッスン。ついさっき出て行ったので、しばらくは帰ってこない。今日はPさんも付いているらしい。

 キャンディアイランド、蘭子。イベントで外出。ちひろさん付き。

 ラブライカ、前川、李衣菜。ダンスレッスン。ニュージェネとおんなじタイミングで出て行った。しばらくは来ない。

 ヨシ! 全員大丈夫だな!

 

 ソファに若干浅く座り直し、足を組んでギターをしっかり乗せる。広い部屋で響き渡るこの音響。なんだかたまんねぇな。背徳感と爽快さが一緒に来る。

 オーディエンスがいないのは、本来ならちょっと残念なことなのかもしれないけど、松井光という人間から言わせて貰えば、独りで気楽に好きな歌を歌える方がよっぽど楽しいぜって感じだ。

 要するに、この状況は最高中の最高。こんなの逃してたら男の名が廃るぜ。

 

 

「──────ァア……」

 

 

 空虚に力を抜いて、照明が照らすまっさらな天井を見上げる。

 それっぽく口でメロディを奏で、ギターと自分の声を一体化させるよなイメージを作る。

 

 

『育ってきた環境が違うから 好き嫌いはイナメナイ』

『夏がだめだったり セロリが好きだったり するのね』

『ましてや男と女だから すれちがいはしょうがない』

『妥協してみたり多くを求めたり なっちゃうね』

 

 

 ボディを三回、曲のテンポに合わせてノックするように小突くのが開始の合図だ。

 

 歌を歌う上で大事な事。それは自分に酔いしれることだ。

 人の目を気にしないで、自分の一番かっこいいと思える姿に身を任せて、世界最強のナルシストになろう。そうすれば、一瞬だけ、一般人からミュージシャンに人はなれると思うんだ。

 

 

『何がきっかけでどんなタイミングで』

『二人は出逢ったんだろう』

『やるせない時とか心許ない夜』

『出来るだけいっしょにいたいのさ』

 

 

 足で気持ちよくリズムを刻みながら、ノリに乗って自分に酔いしれる。

 間奏の合間に、原曲にはないフェイクなんかも入れたりしてみる。

 綺麗にギター弾くだとか、原曲に忠実な歌い方だとか難しいことを考えちゃダメ。楽器の弾き方も、歌い方も十人十色百人一首。

 ただ、今はこの名曲に身を任せていれば、いい気分になれるからさ。

 

 

『Mm……がんばってみるよ やれるだけ』

『Mm……がんばってみてよ 少しだけ』

『Mm……なんだかんだ言っても』

『つまりは 単純に 君のこと』

 

 

 サビでは、あえて大声を張り上げない。自分の出せる全力の、多分7~9割のライン。割と結構張り上げてるくらい。自分が気持ちよく、こんくらい出したいってぐらい出すのが一番良いんだ。だって、それが気持ちよくて、楽しいんだから。

 音を楽しむって書いて音楽って読む。本当にそのまま。それを極めし者が音楽に愛されるって、誰かが言ってたような気がする。気がするだけ。

 

 

『好きなのさ』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 質問来てた! Q.誰もいない大部屋の中、一人で大きな声で歌を歌うと、気持ちが良いですか?

 結論。今までの人生の中で一番気持ちが良かった。じゃあ二番目に気持ちよかったのは何? 二番目は赤い羽根募金におもちゃのコインぶち込んだ時。

 山ちゃんのとんでもないゲラ笑いが聞こえてきそうな気がする。勿論、嘘です。当然の様に嘘をつくからね。

 

 

「ヤバイ。癖になるこれは」

 

 

 ついてはいけない癖がついてしまいそうだ。ギターを握ってる腕が、もう次の曲を弾きたいって言いだしてるもんね。

 でも、こういう時に油断は禁物。でけぇ音出した後には、ハイエナみたいに漁夫が飛んでくるって有名だからな。無限漁夫編不可避。ちゃんと戦闘終わったら飛んで逃げる! ジャンパで逃げる! さっさと漁ってさっさと退散! 引くこと覚えろカスって五万回聞いたから。

 

 そんなわけで、ちゃんと一度きりにしてギターを置きます。検証結果もちゃんとわかったしね。

 

 

「んー、帰るか」

 

 

 そう、この検証が終わった時点で、もう俺がここにいる理由が無いのである。

 そうなれば帰るだけです。もう達成感しかないからね、こっちとしては。やる事やりましたよ! えぇ! とんでもなくろくでもないけど。

 

 そんなわけで。ギターをしっかりスタンドにおいて、元々持ってきてないも同然の手荷物を纏めて、さっさと僕は退散します。あっ、電気は消さないです。つけっぱでいいらしいからね。

 

 

「お」

「今から帰り?」

「おう……なんでPさんと美波さんも?」

「あー、えっと、ちょっと忘れ物しちゃって」

「私も、少し用事がありまして……」

 

 

 ルンルン拍子でPルームのドアを引くと、なんか目の前に凛とPと美波さんが現れた。目と目が合ったらポケモンバトル! いや、まぁそんなことしないけど。

 

 三人とも戻ってくるとは。でもこちらはそういうのを想定済みでしっかりと引いてきたからね。ちゃんと引いてよかった。引くこと覚えろカスとは名言だったのだよ。

 あそこで欲張っていたら、俺は全力歌唱を聞かれていて死んでいた。だがしかし、俺は引いた。バトロワは最後に残った奴が勝ちなのだよ! フハハ!

 

 

「新しい曲、覚えたんだね」

「いやいやいや、セロリは昔から知ってただろ。何なら実家でも歌っ……て……ん? なんで?」

「随分、気持ちよさそうに歌ってたから」

「あはは……ごめんね? 本当は、早めに入ってあげた方が良かったのかもしれないけど、凛ちゃんがまだ早いって……でも、歌はすっごい上手だった!」

「……良い歌声でした。もしよければ、これからボイストレーニングの方も、視野に入れて頂ければ」

 

 

 今、俺は完全にムンクの叫び状態です。有頂天から絶望まで急転直下の160キロで叩きつけられた。富士Qの高飛車なんかよりもよっぽど怖いわ。人生。

 って言うか、実家の件と言いなんでそう貴方は聞こえているのに止めに来てくれないんだね。なんで一回上げておいてから、もういっちょと時間差で叩き落すの。

 性格悪いよ、それ。より絶望を感じるからね。

 

 しかも何があれって、凛だけに聞かれてるなら、まぁええやってなったところなのに、何でかPと美波さんもくっついている所が余計にダメージ高い。

 今まで、アーニャ、飛鳥、夏樹さん、美嘉さん、奏、周子さんには自分の歌を聞いてもらう機会があったけど、それ以外にはないんだよ。どういうことかわかるだろうか。僕が夏樹さんみたいに、誰にでも聞いて貰えるような、歌が上手くないという自覚を持っているということだ。

 

 つまり、俺は普通に人に歌を聞かれることに関しては、恥ずかしいという感情を覚える人間なのだ。文化祭の時は別な。あんときはスイッチ入ってアドレナリンどっばどばだから。

 

 

「あの、どうにかしてどうにかならんですかね」

「諦めなよ。詰めが甘い」

「でも、本当に歌は上手だったから! 大丈夫だよ。うん!」

 

 

 ほらぁ! Pさんが首元に手をやってるじゃん! あれやっている時は、大体困っている時のサインってもうCP内では共有されつつある事実なんだから!

 歌が下手糞って言われたことは一回も無いんだけどさ、それは大体みんなが面と向かって、お前歌下手だな、なんて言えないだけじゃん。自分で自信持てない時点でそういうことなのよ。

 

 とりあえず、もう二度とCPルームで誰も人がいないとわかっていても、本気で歌を歌うのはやめると心に決めたね。もう絶対に歌わない。本当にやらない。

 こんな黒歴史みたいなことを何回もやる奴は馬鹿だわ。俺は絶対にやらんからな。



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試験勉強は計画を立てる所から勝負

 こういうクソ暑い時期は、クーラーの聞いた施設が天国に感じる。どこに行くにも、とにかく暑いから一旦どっか入らね? ってなるのが、我ら日本人の日常になりつつあるよね。

 

 

「なーお、ポテトあーんってやってよ」

「自分のがあるだろ。いいけど、ホラ」

「ん~! なんか、メイドカフェみたい」

「あのなぁ……」

「キャバクラでもそう言うのありそうだよな」

「ドが付く偏見でしょ。知らないけど」

 

 

 対面で繰り広げられるイチャイチャを横目に、俺はスマホに目を通す。加蓮、毎回奈緒に甘えてんな。甘やかす奈緒も奈緒だけど。

 

 学生のたまり場とも名高い、マク〇ナルド集まった、我ら四人組。渋谷凛、神谷奈緒、北条加蓮、松井光の中学からの付き合い四人組。

 学校終わりの帰り際に、四人で集まってのんびりおしゃべりでもするんですか? なんておもいましょうが、そんなわけではございません。

 

 

「こうやって集まるのも、一年ぶり? 二年ぶり?」

「前にもあったっけ」

「確か、最後に集まったのが、あたしらが中二の時じゃないか?」

「あーあー、あったわ多分」

「忘れてるでしょ」

 

 

 まぁ、忘れてはいるな。二年前の事とか、そうそう覚えてはいないだろ。少なくとも、俺はもう忘れてたわ。

 確かあの時も集まった理由は……

 

 

「そうだ。今日テス勉じゃないん?」

「そうだけど?」

「そこのコロネさん、めっちゃお前のポテト貪ってるが」

「これはいつも通りだろ」

「今日はいつも通りではいけないのでは???」

「ま、加蓮は余裕なんでしょ。奈緒も頭いいし」

 

 

 それはそう。と言うか、このメンバーだとずば抜けて学力低いのって俺だし。

 

 凛は理解力も高いし、要領もいい。ちゃんと計画を決めてしっかりとテンポよく行けるタイプ。

 奈緒は凛ほど器用じゃないが、努力することが出来るタイプ。凛と同じで計画を立てて、しっかりとそれに沿ってやる真面目ちゃん。

 加蓮はちゃんとテスト勉強の予定は立てるが、ちょくちょくサボるタイプ。その代わり、要領は良いのでなんやかんやで成績は悪くない。

 僕は計画も立てないわ勉強もしないわで散々。毎回、必要最低限の勉強しかしないので赤点回避に必死になってる。必死になるほど、勉強はしていないけど。

 

 そんなわけで、今日はテスト勉強会的なやつinマ〇ク! 関西の人が見たらマ〇ドだろって怒られるかもしれない。

 こんな学生のたまり場みたいな騒がしい場所に集まるよりも、静かな学校に残って4人で勉強した方が効率良いんじゃないのかとは思うが、主催者の加蓮曰く、そう言う問題ではないらしい。どういう問題だよ。俺も勉強する気はないけど。

 

 

「所がどっこい、そうじゃないんだよねー」

「所がどっこいも何もないが」

「数学今回マジで鬼じゃない?」

「俺に言うなよ。俺は二年なんだから」

「まぁ難しいけど、許容範囲じゃない?」

「アタシは厳しいのー」

「じゃあ勉強しなよ」

「そうだけどさー」

 

 

 わかるぞー、その気持ち。

 ヤバいってわかってるならやれよと言われ、やるしかないって言う事実は理解しているんだけど、頭が理解しないんだよな。拒否する。拒絶反応。人間としての防衛本能。違うな。

 

 

「そのためのこの二人じゃない? ね、センパイ!」

「奈緒に教えてもらえ。俺はわからん」

「来たのは良いけど、あたしも覚えてないんだよなー……」

「じゃあ集まった意味ないじゃん」

「4人で集まれたし、そうでもないって」

 

 

 加蓮は多分、4人で久々に集まりたかったんだろうなー。後はポテトを食いたかったんだろう。こいつ、こういうジャンクフードめっちゃ好物だし。

 普通に考えれば、一年前くらいの内容くらい覚えていそうなもんだけど不思議だよな。もうミリ単位で覚えてないんだもん。俺が異常かと思ったが、奈緒もあんまり覚えてなさそうだから安心した。安心するな。

 

 

「てか、お前は自力で何とかなるだろ」

「私も完璧超人じゃないんだから……最初は簡単だったけど、普通に厳しいよ。やっと高校って感じ」

「ま、最初のテストなんて中学の復習だしなー」

「なんか最初から厳しかった記憶あるんだけど」

「それは光が勉強しなさすぎなだけでしょ」

「加蓮は大丈夫だったのかよ」

「勿論」

「クソッタレ」

 

 

 畜生! 加蓮もどちらかと言うとこっち側の人類だと思っていたのに! そういえばというか、ちゃんとこいつ要領は良いんだった!

 本当に、何事も最初の方って芯の部分とか本性が見えないよな。ちゃんと長い事疑いの目は向けなきゃダメって誰かが言ってた気がする。

 

 

「とはいえ、今回はあたしもヤバいんだよなー。光は?」

「もう任せてくださいよ。当然、死」

「じゃあ誰が教えるのさー!」

「私は無理だから」

「株式会社『今期は終わった』代表取締役松井光と申します」

「その会社、今すぐ退社した方が良いぞ」

 

 

 もう俺の今の目の前の視界にはダ〇ソのアレが出てるから。YOU DIEDの赤文字が刻まれてっから。死にゲーだから。テストは一回勝負だから死んだら終わるけど。

 

 うーむ。完全に立ち往生してしまった。

 こういう勉強会って、基本的に三人集まれば文殊の知恵みたいな理論の元、人数寄せ集めりゃ誰かはどっかわかるだろの精神に基づいているからな。

 

 だが我々はちょっと違う。なんてったって、それぞれ二人ずつ学年が違うんだから。そもそも内容も違う。実質二人で勉強しているようなもんだ。それこそ、誰か飛びぬけて頭が良い奴とか呼んでこないとどうにもならない。

 頭のいい奴……頭のいい奴かー……

 

 

「心当たりがあるかもしれん。最近培ったこのコネクションならば」

「光って友達いたっけ」

「馬鹿こけ。普通におるわい」

「ふーん……最近培ったコネクション、ね」

「光……お前もしかして……」

「まぁ応じることは無いっしょ。ダメもとダメもと」

 

 

 流石にこんな急に呼んでくるほど暇な奴らじゃないからな。俺が今頭に浮かんだ、頭のいい人物。

 美波さんとかも思いついたけど、流石に大学生にもなって高校の内容は覚えていないだろう。美波さんも相当頭は良いという勝手なイメージはあるけど、失礼な話、イメージはあくまでイメージだしな。

 

 そう言うわけもあって、少なくともターゲットは俺たちと同じ高校生。そして、一年生では俺達が勉強を教えてもらえないので、高校二年生から三年生へとターゲットは絞られる。

 となると、俺の知り合いでこの条件を満たす人はかなり絞られるわけなんだけど、まぁ来ないだろ。大丈夫大丈夫。あの人たちも人気だから。そんな余裕ないって。語尾に(笑)が付くレベルで無いから。俺レベルになると、もう語尾にwまで付けちゃうんだからwww

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「珍しくキミかLI〇Eが来たなんて思ったら、まっさか勉強とはね~。ちゃんと学生さんしてるんだ~♪」

「そういう時にだけ連絡寄越すの、なんか癪に障るのだけどね」

「と言うわけで、なんか召喚に成功しました。こちら、ギムレットか岐阜天丼と、偶々暇だったアイドル二人でございます」

「いちおーギフテッドの志希ちゃんでーす♪」

「速水奏。この馬鹿よりかは成績は良いから、少しは役に立てると思うわ。よろしくね?」

 

 

 

 えー、こちら、なんか知らんが海外ではとんでもねぇ天才だったと評判の一ノ瀬志希ちゃんと、うちの学校では文武両道と話題だったらしい速水奏さんです。ちゃんと理系と文系、両分野に分かれてるね。二人ともどっちも出来るだろうけど。

 

「は、初めまして。北条加蓮です」

「ふふっ、そんなに緊張しないで良いのに。奈緒や光と同じ、ただの高校二年生よ?」

「お前ッ! なんつー人たち呼んで来たんだよ!」

「仕方ねぇだろ! うちのクラスの賢い男子とはLI〇E交換してねーんだから! 賢い高校生でヒットするのがこいつと志希ちゃんさんくらいしか候補がいなかったんだよぉ!」

 

 

 ってそうじゃなーい! なんで二人とも来れるねーん!

 呼んでおいて何だけど、だって来るとは思わないじゃん。アポ無しでいきなり連絡したそのタイミングで丁度空いているなんて、そんな都合のいい話があるとは思わないじゃん。いや、あったんだけど。

 

 連絡をしたのは、わずか数十分前。既読すら付かんだろうと思ったら、もう奏に関しては速攻。あの志希ちゃんさんに関してもまさかの二分後に『いいよー』って返信が来る始末。

 そしたらもう話が早い早い。誘っておいた俺がこの二人が外で揃うのは不味くね? ってチキると、奏が『事務所のカフェなら空いてるじゃない』と。

 確かに、346事務所には学生が集まるにはもってこいのカフェテリアがある。部外者が入って良いのかは知らんが、奏が良いというなら大丈夫なんだろう。

 

 

「初めて芸能事務所なんか来たし、こんなカフェまであるんだ……」

「志希ちゃんさんは全員初見だっけ。奏は加蓮だけ知らないのか」

「ま、志希ちゃんそーゆーのあんまり気にしないから大丈夫大丈夫♪」

「貴方の周り、可愛い女の子しかいないのね」

「恵まれてるよな」

 

 

 いや本当、アイドルがいる事務所にいるって手前、可愛い美少女や美しい大人の女性に囲まれるのは必須なんですけど、なんだかんだ日常でも加蓮や奈緒みたいな可愛い子と親交があるんですよね。

 マジで環境には恵まれてる。なんで彼女出来ねぇんだろ。この二人を今更彼女にとは出来ないし、しようとも思わないけどさ。大事な友達だからね。

 

 

「……っていう建前は置いといてですよ。奏、今回のテスト範囲の問題解ける?」

「どの教科?」

「全部」

「まぁ、解けなくは無いけれど……理数系に関しては、志希の方が得意だからそっちに聞きなさい」

「へぇ、あんた文系なんだ」

「どちらかと言えばね。というよりも、志希が理系科目に関して異常に強いと言って方が良いのかしら」

「志希ちゃんさんすげぇ」

「そーでしょ!」

 

 

 こらっ、年上の人にそんな口の利き方しないの! 元から年上相手だろうと容赦しない節はあるけど、ちゃんと敬語使えてたでしょ!

 

 志希ちゃんさん、普段の変人のイメージが先行しがちだけど、よくよく考えなくても謎の薬を自作してたりしてる時点で、理系の知識がずば抜けているのは間違いないんだよな。

 あと英語に関しては、この人帰国子女だもんな。強い弱い以前の問題だ。チートすぎる。逆に参考にならんかもしれん。日本の英語のテストって、外国人の方が困惑するらしいし。

 文系科目はどうなんだろ。国語とか苦手そうだけど。見る観点違いすぎて素っ頓狂な回答しそう。

 

 奏がどちらかと言うと文系ってのも納得だなぁ。なんか、読書とか普通にしそうだし。

 理系に関しても、志希ちゃんさんっていう数学化学お化けがいるだけで、苦手では全然ないんだろうな。そもそも、苦手だったら成績学年トップクラスなんかにはならないし。文武両道と言っても限度があるだろ。チートか?

 

 

「そんなわけで、最強の教師役二人です。志希ちゃんさんが飽きる前にさっさと始めちゃおう」

「今の志希ちゃんは科学者モードだからね♪」

「ほら、今ならノリノリ」

「なんでお前はそんなにこんなにすげぇアイドルの扱いが上手いんだ……」

「慣れって本当に怖いよな」

 

 

 慣れって正義だよ。どうにもならないような状況も、何度か繰り返して慣れてしまえばもうそれは日常だからね。車買い替えるかぁくらいのノリでデスゲームってよく言うし。よくは言わんけど。

 

 科学者モードの志希ちゃんさんってワードを聞くだけで死ぬほど怖い。すげー意味わからん薬作りそうで怖くね? 俺は怖いよ。意味わからん薬飲まされて、指先一つも動かせなくなって、そうなったかと思えば超回復したからな。未だに副作用的なものは無いけど、逆にこえーよ。なんなんだあの薬。

 

 

「っしゃー! じゃあ頼むぞ。俺は無理だ」

「ダメよ。折角時間を作ってあげたのに、3人だけなんて格好付かないじゃない」

「わーお、意外だねぇ。奏ちゃんご執心?」

「そういうわけでは無いけど、せっかくだから。ねぇ?」

 

 

 こいつ……俺が勉強大っ嫌いなこと、知ってやがるな……そういう顔をしている。勉強が嫌いな旨を言った覚えはないが、多分今のやり取りから察したんだろう。

 なんで女の子ってそういうことを察するのすげぇ得意なの? 読唇術じゃんそれはもう。

 

 

「いやだー! 俺は最低限だけで赤点回避するんだー!」

「たまには平均点取って、お母さんとか喜ばせてあげなさい」

「母親はテストの点数なんかもう気にしない」

「させるのよ」

「奏ちゃんお母さんみたいだねぇ」

「うわー。年上の駄々をこねる姿、見てて悲しくなるなぁ」

「あぁ言うところがあるからモテないんだろうな」

 

 

 やめろよ! そういう正論言うの! この世に完璧な男なんてそうそういないんだから! 速水も〇みちくらいなんだから!

 

 うちの母親はもう成績に関しては諦めてるんだよ。いや、元々全然気にしてなかったんだよな。相対的にお父ちゃんの方が、よっぽど気にしていた気がする。

 僕の両親、めちゃくちゃ放任主義なのかもしれないな。今こうやって、ある程度の環境があれば一人で過ごすことのできる生活力手に入れられたから、良しとしよう。

 

 

「勉強できなくてもいいから彼女欲しいな」

「頭が良くなれば彼女は出来るわよ」

「なんで?」

「大手企業に就職してお金を稼げば、幾らでも女なんて寄ってくるじゃない」

「許さないけど」

「急に現実的な悲しい話するじゃん。玉の輿って怖いんだな……」

「まー、どの国でもそーゆーのは一緒だからね~」

 

 

 結局最後は金なのか、そうなのか。悲しいなぁ。勉強して大金持ちになって女も金もぜーんぶ手に入れてやるぞー!

 ってなるかーい! って話である。そういう所で勉強で来てたらね、もうとっくの昔に俺は名門高校に入学しているのよ。こちとら勉強だけからは逃げ続けた男だからな。保健体育以外は敵だ。

 

 

「赤点回避する程度でお願いします」

「ちなみに公式は覚えて?」

「ないですけど」

「にゃはー♪ ほんとに赤点回避が丁度良いノルマになりそうだね~」

「こんな豪華メンバー揃えてるんだから、せめて平均ぐらい取れよお前」

「俺は奈緒と違って頭わりぃんだよ~」

「あたしだって特別頭が良いわけじゃないしな」

 

 

 本当に赤点回避って丁度いいノルマよ? 良いノルマだと思うからさ、めちゃくちゃ真剣な表情でノートと教科書取り出すのやめない? 奏さん?

 あなた本当に綺麗な顔してるね。眼鏡もとっても似合ってるね。でも勉強は嫌なの。勉強だけは本当に嫌いなんです。やめてください! 活字も数字も見たくない! やめっ、やめてぇーっ!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「別に見送りなんか要らないのに」

「都会で迷ったらお母ちゃん探せないから」

「あたしたちはお前の娘じゃねぇ」

 

 

 不満げな顔をしながらお腹をコツンと小突かれる。

 折角、普段来ない場所だから迷ったら大変だってことで、駅まで送ってやったというのに何という言い草と態度だ。その癖して手を振って改札入ってくのがおもろいんだけど。

 やっぱり、なんだかんだ良い奴らである。流石、我らが凛ちゃんのお友だち。

 

 勉強会は無事に終了。加蓮も奈緒も凛も三人揃ってキッチリ頭いい組のご指導を食らい、物凄い勢いで問題を解いていた。

 奏はなんとなく教えるの上手そうだなって思っていたけど、志希ちゃんさんも教えるのすんごい上手だったんだよな。先天的なガチ天才タイプって言語化とか苦手にしているもんだと勝手に思ってた。やっぱ実際と創作では中々違うんだね。

 

 

「あら、お見送りは済んだのかしら」

「志希ちゃんさんとお前らも俺に見送られる側だろ」

「あたしの事はちゃんと年上扱いしてくれるんだねぇ」

 

 

 そんでもって、何故かまだここにいる残ったアイドル組。君たち三人とも揃って寮住まいでは無いんだから。一緒に電車乗るはずなんだから。もっと言うなら、三人揃って電車通勤で電車通学なはずでしょ。志希ちゃんさんは知らないけど、今日は奏とここに来ていたから普段の移動は電車なはずだ。ここ、都内だしね。電車は神。

 

 

「三人は帰らないんすか」

「あら。さっさと帰れなんて酷いわね」

「いや、そういうわけじゃないんだけど。二人は帰ったし。今日、オフだったし拘束するのは悪いなって」

「ま、言っちゃえばオフに職場に来たって感じだしね~」

 

 

 帰れって言うわけじゃなくて、ここに残る意味がないって言うだけだから。いや、本当に。

 わざわざ来ていただいて勉強を教えてくれた人に、さっさと帰れなんて言うのは親しき中にも礼儀ありってやつだ。言うほど親しいかは知らないけど。

 

 

「そうね。確かに、言われてみればかなりの重労働だったのかも」

「ダメだよ。その後から俺になんか責任感とかそう言うの感じさせようとするムーブは。本当に負っちゃうんだから」

 

 

 以外とそういう所、ちゃんと気にする性格なんだからこっちは。あんまり責任感のっけて押しつぶしたら戻らなくなっちゃうんだから。伸縮性ゼロ人間だぞ。

 

 

「それじゃあ、デートくらいは一緒にしてもらってもいいかしら」

「ちょっ……!」

「あー! それサンセーイ!」

 

 

 おいやめろお前。とんでもない爆弾を急にポケットからスッと出すな。そういう面白そうな題材出しちゃったら、横にいる志希ちゃんさんが飛びついちゃうでしょ!

 多分だけど、お前最初っからそれ狙ってたな? 俺を弄ぶついでに、凛の事も弄ってやるって寸法だろ。顔でわかる。

 

 

「あら? 三人ならデートにならないじゃない」

「まーまー。海外では一夫多妻制も認められてるからにゃあ~」

「そういう問題じゃないです! 浮気はダメ! こいつにはちゃんといるから!」

「いないけどね」

「黙ってて」

「ごめん」

 

 

 今、凛ちゃんすっごい怖い顔してた。そんなマジ切れしてる顔見せないで。あんまり見たことないんだから怖くてちびっちゃうよ僕。

 

 海外では一夫多妻制が認められている国があるのかもしれないけど、ここは日本国であって、一夫多妻制は導入されていないんですよね。じゃなければゲス不倫なんて言葉は流行らなかっただろうし、伝説の野生の勘発言も出ないんだよね。

 

 

「それに、勉強以外でもあるでしょう? 私と志希には」

「え? なんかあっ…………ありました。あります。ご飯奢ります」

「……あんた、何したの」

「ごめん。絶対に言えん。死んじゃう」

「私は気にしていないんだけれど、ね?」

 

 

 さっきとは違う意味で、また怖い表情で振り向いてくる凛さんから申し訳ないと思いながら視線をずらす。

 なんかというのは多分水着の事だ。奏だけなら何のことかさっぱりだったが、志希ちゃんさんも含まれてるともう割とすぐに見当が付いた。確かにアレはこっちに対して脅し文句になる。なんて世の中だ。

 

 気にしてないとか嘘つけ。それを後ろ盾にしている時点で絶対に気にしていないわけがない。気にしていないとしても、水着を見せた時と全く同じポージングをしてきている時点で、確実に奢らせに来ている。

 金銭面で余裕がないわけないから、確実に俺と凛で遊んでる。なんて女だ。将来は良いお嫁さんになりそうな頭の回転力。

 

 

「そっか! キミ、水着の事まだ気にしてたんだ! 別に良いって言ってるのにー」

「あ゛」

「あら」

「…………ふーん」

 

 

 なーんでポロッと言っちゃうのかなー! 志希ちゃんさんだからかー! しっかたねぇなァー!!!

 泣きそう。辛い。奏も『あら。言っちゃったの』みたいに納めないでほしい。ちゃんと手綱は握っていて欲しかった。それ担当みたいなところあるでしょ貴方……

 

 

「水着? ねぇ、水着ってどういうこと」

「ごめん」

「ごめんじゃなくて、どういう事って聞いているんだけど。光? 私、怒ってないよ」

「怒ってない人は怒ってないって言わないっす姐さん」

「年下なんだけど」

 

 

 真っすぐ僕に向かって正対して、絶対に逃がさないという意思をひしひしと感じる距離感で見つめられる。両手も知らない間にがっしりと掴まれているので、本当に目の逸らしどころがない。

 とっても素敵な笑顔のはずなのに、とっても怖いです。アイドルスマイルがそれだったらぽたくは泣いちゃう。

 

 結局、飯は仲良く4人で行きましたし、凛ちゃんには滅茶苦茶詰められました。

 すんごく怖かった。あの時にニュージェネ総出で居なかったのは幸か不幸かだったんだね。今詰められるくらいならあの時いて欲しかったよ。

 でも、あの時ニュージェネで揃ってたら本田もあの場にいることになるのか。それは不味いわ。あれって詰みイベだったんだね。涙を流さざるを得ないね。



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やりたいことは見つけてみよう

 

 広間を抜け、ホールを抜け、エレベーターに滑り込む。少しだけ息を整えたら、今度はドアが開いた瞬間に、走ることなど一度たりともなかった廊下を駆け抜ける。

 1分ほど走り続けて、スライディングするような形で急ブレーキをかけると、ゴールは目の前。元気いっぱいノックを3回!

 

 

「どうぞ」

 

 

 ドアの向こうから激渋声! つまり開けてもヨシのサインです! さぁ、そいやっさ!

 

 

「お疲れ様です! はぁ……! Pさん今時間大丈夫ですか!」

「……お疲れ様です、松井さん」

 

 

 おそらく、先ほどまでいつも通りデスクワークをしていたのだろう。今日は外のロケに付き添うっても聞いてないしね。

 

 少し位置が低めに設定されているモニター後ろから覗くPさんの顔は、真顔ながらに少しだけ不思議そうな表情を浮かべていた。

 そりゃあそうだ。こんなに急いでPさんの部屋に転がり込むなんてことは無かったし。本田の一件の時もドタバタって感じじゃなかったからね。黒歴史思い出してしまった。

 

 

 

「息が上がっているようですが、何かありましたか? 現場で何か……」

「俺! 決まったかもしれないです! CDデビュー!」

「………………はい?」

 

 

 一世一代の大報告。

 不思議そうだった表情から、一切変わらずに首元に手が伸びる。何がなんやらといった様子だな。仕方がないからもう一度言うよ、Pさん。

 

 

「決まったんですよ! 俺のメジャーデビューが! 2回目!」

 

 

 思わずというか、勢いそのままに机に手を置き、身を乗り出してPさんに目で訴えかける。Pさんからしたら藪から棒だろう。

 そもそも、こういう話は本来運営、マネージャー側であるPさんが第一報を聞くはずだから。

 

 

「……松井さん。本日は、デモテープの収録だったはずですが……」

「えぇ! 今しがた終わりました!」

「デモテープで生音源のレコーディングが珍しいのは理解しています。ですが、今回のはあくまでデモテープの収録です。本番の音源では無いので……」

「一回やったんで知ってますよ! でも決まったんです! デモじゃなくて、本番のガチの収録!」

 

 

 今回は色々と特例も特例だ。そもそも、初めてのCDデビューの時はあんなあっさりしてたのに、2回目でこんなに喜んでる時点で特例だ。いや、1回目も死ぬほど嬉しかったんだけどね? これを1から10まで説明しようにも、ちょっとだけわかりにくい。

 そういう時に便利なのが脳内回想~! あっ、四○元ポケットは無いです。ただの脳内回想なので。

 回想ってこういう時便利だよね。そういうわけで、ちょっとだけ遡り回想してみましょう!

 

 

 


 

 

 

 今日、僕はデモテープの収録現場にギター兼ベースとして参加をさせていただきました。

 本来であれば、デモ音源の作成は打ち込みが主。生音源の収録は手間がかかる上に、コストも勿論かかる。最初のデモ段階であれば、打ち込みで済ませる理由しかないんですけど……今回はちょっと特例だったという話。

 

 というのも、今回の曲は作曲者さんと編曲者さんが別パターン。ここまではよくあるパターンなんですけど、この編曲者の方がどうやら生音源での音を取りたいと。曰く、本物の音の方がイメージしやすいから、本物の音に越したことは無いとか。

 だがしかし、ここで一々デモテープの収録にプロのスタジオミュージシャンなんか呼んでたら手間もコストもかかるという最初の話に戻る訳で。

 

 

『……と、言う事で。デモテープにはなるんですが、松井さんに収録のご依頼が来ていますよ?』

『はぁ……もちろんやらせて頂きます』

 

 

 そういうわけで、普段は編曲者さん自らギター弾いたりドラム叩いたりしていたわけらしいんだけど……ここで俺に白羽の矢が立った。

 コストもかからず、かつベースの技術も買っている上の人からの推薦もあったらしい。これは千川さんが教えてくれた。そもそも、Pさんからではなく、千川さんからお仕事の話が来た時点で普段とはちょっと違うしね。

 

 こちら側としては、頂いた仕事を断る理由なんて何一つない。仕事を選ぶ立場でもないし、デモテープの収録とはいえ、あの現場を体感できるなら喜んでいかせてもらうくらいだ。

 そんな訳で、世にも珍しいデモテープの収録に向かったんだけど。

 

 

『兄ちゃん滅茶苦茶センス良いね~! その安定感、プロでも中々いないよォ!』

『マジすか? あざす!』

『兄ちゃんぜってービッグになれる! ボクが保証するって!』

 

 この編曲者の人がとんでもない褒め上手だった。現代のインテリヤンキー風、如何にもチャラいバンドマンみたいな風貌をしていた方だったが、やっぱり人は見かけによらないらしい。

 

 今回の編曲者さんが求めていたベーシスト像が、ぴったり俺にマッチしたのもあったらしく。収録も殆どセカンドテイク無しの一発収録。ものの1時間と少しでお仕事終了してしまった。

 そんな超絶絶好調の現場で褒められながら収録してたら、そりゃあウッキウキにもなるだろう。だって嬉しいんだもの。ビッグになれるなんて現代で聞くとは思わなかったけども。

 

 

『デモだけじゃなくて、本番も来てくれないかな? 346の人にはボクから声かけとくからさ! 君からも頼むよ!』

『マジですか! 是非お願いします!』

『346さんの所、最近新プロジェクトの方も好調らしいじゃない? そういう所にはね、実績ある人も採用されるんだけど、兄ちゃんみたいなフレッシュで勢いある若手も採用されるのよ! 乗るしかないじゃない? このビックウェーブに! 新プロジェクトの女の子と一緒にCDで名前も載るのよ!』

 

 

 


 

 

 

「Pさん! 俺はここが勝負所なんです! このビックウェーブに俺を乗せてください!」

「は、はい。勿論、検討させて頂きます」

「ヨシ!!!」

 

 

 別に、正直自分がビッグになるのにはあんまり興味はない。杏イズムじゃないけど、良い感じに働いて、並から並以上くらいの生活をさせて頂ければ、もうこれ以上の幸福は無いからね。

 ただしかし、『新プロジェクトの女の子と一緒にCDで名前も載るのよ』って言うあの言葉を聞いた瞬間、今まで考えもしなかった感覚が頭を貫通した。いや、蘭子とはもう名前が一緒に載ってるんだけど。多分編曲者さん知らなかったからね。

 

 

「凛と一緒に名前乗るってヤバくないですか! 載りますよね! 蘭子の時、俺の名前ありましたもんね!」

「……確かに、CDには収録参加者の名前が載ることもあります。ですが……」

「ですが?」

「……いえ。松井さんが、渋谷さんと同じCDに名前が載るかも……という所に、強く興味を示すとは思いませんでしたので……」

 

 

 …………確かに。なんで俺、こんなに凛と一緒のCDに名前が載るなんてことでこんなに熱くなってるんだろ。いや、賢者タイムに入ったとかではなく、今も心はアチアチなんだけど。

 

 言われてみれば、俺は凛と同じステージに立ちたいとかも思わなかったし、同じ現場で仕事したいっても思わなかったな。そもそも、あいつがアイドルで俺はなれてもただのスタジオミュージシャンってのが根本にあるのは大きいんだけども。

 この会社、この業界に入ってからも、俺はなんでか凛との距離感を強く感じてたかもしれない。追いつくとかではなく、そもそもの土俵が違うから、追いかけることもままならない。隣の家で、お互いの部屋の窓2枚分しかなかった距離が、勝手に物理では測れないような距離に広がって行ってる気がした。

 

 

「俺も、なんで急にこんなことに興味を示したのかちょっと不思議ですね。少なくとも、多分、ちょっと前の俺なら食いついてないと思います」

「それは、心境の変化も……」

「勿論ですよ。俺だって高校生ですから。何が変わったかはわかんないですけど、変わって行ってるのはわかります」

 

 

 前の自分と今の自分。何が違うかは少し考えれば簡単にわかることかもしれない。それでいて、今もまだこの距離感を埋める手立てどころか、この隙間の正体も正直掴めてはいない。

 けど、CDって言う形に残る媒体で。目に映るモノであれば。もしかしたら、俺と凛の今いる場所を可視化できるかもしれないと。あえて言語化をするなら、そうやって言うのが一番近いのだろうか。

 

 でも、多分本心はそんな難しいことを考えていない気がする。バカだからね。毎日そんなに頭を使って生きていない。いつもの自然体な姿で言うならどう言った言葉で口にするのが正解なんだろうか。

 

 

「ただ、変わらないというか。素直に言うんだったら」

 

 

 自分の素直な気持ちを口にするのが恥ずかしいとかではない。ただ、自分の本心が一体どこにあるのか。シンプルだけど、難しいことではあると思うんだ。

 

 ちょっとだけ、昔の思い出からかき分けてみる。

 小学校の思い出、中学の思い出、高校からの思い出。公園で遊び、野球に打ち込んだ。家でゲームに明け暮れ、楽器に触れて、色々と変わった。距離が離れていた人と、また近づける機会が来た。これかな。

 

 

「近くにいたいじゃないですか。我儘ですけど。あいつが輝いてる所、特等席で見たって文句言われないと思うんですよ、俺」

 

 

 慣れないことを言うようで、つい頬をぽりぽりと掻いてしまう。変な感じだ。

 

 中学あたりで疎遠になった時、かなり寂しかったし。お互いに思春期なのは理解してるし、そもそも他人なのも理解している。家族と言える中でも、兄弟というにはかなり擦れた距離感って言うのもわかっている。

 

 でも、大事な人と言う事には変わりがないから。そいつがドンドン遠くに行くとしても、違う所で暴れたとしても。場所は違くたって、なるべく近くで見たいと思うのは、多分変な事じゃあないと思うんだ。

 あいつがどう思ってるかは知らないけどね。ちょっとくらい、近くで見たっていいじゃない。お叱りはちゃんと受けるからさ。

 

 

「それなら、私も全力でサポートさせて頂きます。シンデレラの舞踏会に、王子様は必要ですから」

「王子様なんて柄じゃないし、なるつもりもないですけどね。ガラスの靴を履くお手伝いくらいは、出来たら嬉しいですけど」

 

 

 なにも俺は主役になりたいとかそういうのはない。シンプルにどんどん綺麗になってくシンデレラを特等席で見たいだけだ。自分の本心はよくわからないけど、今の気持ちは少なくとも嘘ではない。本当の気持ちに気が付くのは、今じゃなくてもいいだろう……と、都合よく解釈したい。自分の本心を簡単に理解するなんて、口では簡単だけど案件にも程があるしな。

 

 

「件に関しては、また検討させて頂きます。収録の方、お疲れさまでした」

「ありがとうございます! じゃあ、失礼します!」

 

 

 お互いに普段言わないようなことを言ったせいか、ちょっとだけ歯が浮く様な空気感になったけど、そこはPさんがしっかりと切ってくれた。

 いつものように検討するって言葉止まりだけど、前向きなものとして受け取っても問題は無いだろう。確定的な事しか言えないから仕方がない。

 

 

「おっ、お疲れ~」

「んぉ? 三人ともレッスン終わり?」

「疲れましたぁ……」

「ん。見ての通り」

 

 

 静かになるようにドアを閉めると、丁度出た先にジャージ姿のニュージェネが揃ってお出まししてた。タイミング良くってよりかは、もう通り過ぎてたのを音で気が付いて、ちょっと戻ってきた感じだけど。

 見ての通り、と言われたように、ダンスレッスン終わりなんだろう。三人とも中々に疲弊している。それでも大分息は戻ってきてるみたいだけど。やっぱり毎日動いてると回復力も上がるんだねぇ。今なら体力勝負も絶対に負けるわ。

 

 

「ねぇ」

「はい?」

「なんか、良いことあった?」

「えっ、しぶりんなんでわかるの!? 未央ちゃんには、まっさんは普段と変わらぬしかめっ面にしか……むむ……」

「わかるっていうか……なんとなく……」

「凛ちゃん凄いです!」

 

 

 俺、そんなに普段からしかめっ面してる? マジ? ただの怖いおじさんじゃん。直そう。

 というより、まだ俺は何も言ってないのに、なんか良いことがあったのは確定みたいな流れになっている。まだ何にも言ってないのに(二回目)

 

 

「ご名答、良いことはあったよ」

「ほうほう、良いこととは!」

「秘密」

「えー! けちんぼー!」

 

 

 いやいや、聞かれたら恥ずかしいこと言ってたし。それにまだ、決定事項じゃないしね。

 もしかしたら、CDに凛と一緒に名前が載るかもなんだ~ってウキウキで言うのは流石にキツいものがある。年齢と性別考えろ。キツイ以外の何物でもないだろ。っていうか、こんなこと本田に言ったら絶対に言いふらされるしな! 絶対言えねぇ。

 

 

「まぁ、いいよ」

「ほえ? いいの、しぶりん?」

「言うほどの事でもないって事でしょ。アイスが当たったくらいで大喜びで報告してくる男だし」

「アイスが当たったのは大ニュースだろうが」

「確かに、それは大ニュースかも……」

「一理ある……」

「三人ともそっち側なのは想定外だったな……」

 

 

 そう頭を抱えるなよ。俺は本田と卯月がこっち側の人間で安心したよ。お前の事は知らねぇ、頑張ってくれ。大丈夫! いけるいける絶対大丈夫!

 俺らの付き合いだからこそわかるってことがお互いにあるもんだ! な! ガハハ!



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同棲は全ての始まり

 

 部屋が汚い。本日、俺の部屋に入ってきてから彼女の第一声はそれでした。

 折角外で晩飯一緒に済ませてきたのにごめんね。部屋がこんなんで。

 

 言っておくが、ゴミ屋敷というわけではない。確かに、ここ最近部屋に女性が部屋に来るという機会が激変したこともあり、客観的に見ても部屋がぐちゃぐちゃになっているのはあった。後は暑かったからね。動きたくなかった。

 外で買ってきた空のペットボトルが10本くらいそこらへんに転がっているのがとってもわかりやすい汚さと言えるかもしれない。掃除機も一週間くらいかけてはいない気がする。いや、ちょっとだらけちゃってね……

 

 

「ほら、はたき。クイックルワイパーやる前に、先に埃落として」

「はい」

「もう夜だけど、軽くやるから。こんな所で寝て体調壊されても困るし。エアコンにも埃はつまるから」

 

 

 お前は俺のオカンか、ってついつい言い返したくはなるが、全面的に掃除をしていないこちらが悪い。こうなってしまっては言われるがままだ。いつもは下ろしている髪を高めの位置でまとめ上げ、ポニーテールの完成。制服姿でポニテなんてとってもレア。というか、生涯でも2回くらいしか見た記憶がない。

 お掃除モードに入った凛ちゃんは、多分こうなったらもう止められないんだろう。そのモードに入ったところ見たことないから知らないけどね。なんか性格的に中途半端な仕事はしなさそうじゃん?

 

 

「ポニテなんて珍しい」

「似合わないのはわかってるから」

「似合ってるよ。眼福眼福」

 

 

 割と本気で褒めたつもりなんだけど、顔色一つ変えずにスルーされてしまった。どうやら、お褒めの言葉よりも目の前の汚れらしい。悲しいね。

 

 この部屋にいる期間は俺の方が長いはずなんだけど、彼女は手際よく部屋の隅から隅までぱっぱとはたきで駆け回り、クイックルワイパーで全ての汚れを回収した挙句、ベッドメイクに部屋の整頓までされてしまった。そのタイム、わずか20分と少し。

 その間、俺は担当されていたPC周りの掃除しかできませんでした。ほら……意外と本体回りって埃がたまりやすいし……中に入って詰まったりでもしたら壊れちゃうから丁寧にね……? ここら辺は、凛とかじゃわからないから……嘘です。手際が単純に悪かっただけです。

 

 

「終わり」

「…………手際良いのねぇ」

「パソコン周りに時間かけすぎなだけ」

「手厳しい」

 

 

 そんでもって、自分で整えたベッドにそのままポスンと横たわる。俺には丁度良いサイズのベッドだけど、凛が横たわると少し大きく感じる。俺が寝ている所を客観的に見たわけじゃないからわかんないけど。

 それと、スカートが若干捲れて怪しいことになってる。

 

 

「飯食った後に寝転ぶと良くないらしいぞ」

「十分動いたでしょ。誰かさんが部屋を片付けないおかげで」

「スカート危ないぞ」

「見えないようなやつ、履いてるから」

 

 

 思わず頭を抱えてしまった。いや、パンツが見たかったわけではない。本当か? もしかしたら、たとえ相手が凛だったとしても女の子のパンツは見たかったのかもしれない。だがその野望は、抱くことすら困難なものだった。男のロマンは、彼女が制服を着ていた瞬間から砕かれていたのだ。

 

 

「そんなにショック?」

「男のロマンが砕かれた」

「今から脱いだ方が良いなら脱ぐけど」

「風情がねぇだろ!」

 

 

 もっとこう……違うじゃん! そう言うのじゃなくて、違うじゃん!!!(語彙力)

 なんか上手く言い表せないけど、そういう後から脱ぐのではだめなのだ。多分、俺が求めているのはラッキースケベ。男性が代々継いできた由緒正しい書物。ToL〇VEるのあの神、結城〇トのようなラッキースケベを体感したいのだ!

 だから今の発言も刺さるのは滅茶苦茶刺さるし、多分相手が凛じゃなかったら脱いでって言いそうだけど、今はそう言うのじゃないんだ。って言うかそういうこと言うな! 男の子なんだぞ!

 

 

「あとそういうこと言っちゃダメ! 絶対にダメ! 男は狼なんだから!」

「別に。光以外には言わないし」

「だとしてもダメなの! 俺が襲うかも知れないでしょ!」

「私は良……今はダメかも……用意がない」

 

 

 さっきまで何ともない顔してたのに、急に不機嫌な顔にならないの。いつ何時であってもダメなもんはダメ。ちゃんとそう言うのは大事な相手としなさい。ちゃんと俺にもそういう欲は人並みにしっかりとガッツリと備わってるんだからね! 本当にダメだよ! 俺だって普通に我慢できなかったらどうしようもないからね!

 

 

「ま、でも状況が状況だよね」

「何が?」

「男の一人部屋。不用意に薄着でベッドに横たわる幼馴染。時間は19時も真ん中」

 

 

 確かに。状況はかなり不味いかもしれん。どっちの視点で不味いって? 凛視点に決まってんだろ。俺からしても不味い状況ではあるけども。ダブルミーニングだね。

 

 

「どう思う?」

「理性舐めんな。俺は襲わない。何故なら今日の俺はまだ風呂に入ってないから」

「私はそっちの方が好みだよ」

「ポロッと性癖暴露するな。知ってるけども」

 

 

 昔から匂い嗅ぐの好きだったもんね。実家がお花屋さんってのが関係しているのかは知らないが、小さい時から鼻が効く印象があった。中学の時に食った昼飯バッチリ充てられた時は流石に驚いたもんね。

 

 

「私も、光が巨乳好きってのは知ってるよ」

「否定するのは諦めるからさ。どこで知ったか教えてくれない?」

「昔、パソコンでそういうの見てたでしょ。ブックマークの端の方に残ってた」

「ちなみに、何故昔だと断定できるんだね」

「今はスマホで見てるじゃん」

 

 

 短時間で私に二度も頭を抱えさせるとはやるではないか。しかも二発目はめちゃくちゃ喰らったぞ。あとで絶対にどこに残ってたか見つけ出して消してやるからな。人にPC使わせる機会が殆ど無いとしても消すからな。これは俺の黒歴史だ。

 

 凄い隠してたって訳じゃないんです。ただ、こういうのって恥ずかしいじゃないですか。異性ともなれば余計にね。

 自分の性癖とかオカズとかを語れるようになったのなんて高校入ってからですよ。羞恥心がなくなって共感に変わったのそこらへん。これ、同性での話だからね! 異性はまだ無理よ! 凛でも多分まだ厳しい!

 

 

「私、最近筋肉付いて体重ちょっと増えたけど、光ならできると思うよ」

「なんか聞いたらダメな気がするから聞かないでおくね」

「座った状態で向き合ってとか、立ったまま私を抱きかかえてそのまま」

「おーっと悪かった。聞かないって言うのは喋ってくれってことじゃないんだ」

「別にアブノーマルでもないから良いと思うよ」

「励ましてくれてどうもありがとう」

 

 

 しかもお前、後からちゃんと調べたな? あー、思い出してきた。思い出してきたぞ色々と。でも不思議とムラムラはしてこないな。何でだろうな。絶対に状況が状況なのが原因だろうな。良かった良かった。

 自分の性癖を淡々と陳列されると、とっても恥ずかしいことが身にしみてわかりましたよ。それも異性にされたらとびきり恥ずかしいってね。年下なのも関係しているのかな? どちらにせよ致命傷だね。

 

 

「ごめんって。からかったりして」

「どっちが年上でどっちが年下かわかんねぇよ」

「別に細かい話でしょ。私たち、一つしか変わらないんだし」

「上下関係ってのはその一つが命取りになるんだ。くそくらえだそんなもん」

「光が私に優しいのはわかったから」

 

 

 上下関係なんてマジでクソだ。これさえなければ、俺は中学高校と野球一筋だったかもしれない。それはそれで346にも入れてないし、プロ野球選手にも慣れるとは思えないから、人生の分岐点として間違っては無かったのかもしれないけど。

 

 たかが一年や二年早く生まれただけで、その分遅く生まれた人間を奴隷のようにこき使う。なんて制度なんだ。

 これが五年とか変わってればわかるよ? 体格差も違うし、人生経験も違うからね。でもたった一年や二年じゃん。変わりはするけど、長い人生の中で見れば誤差も良い所よ。そんなところで謎の過剰な上下関係に挟まれて生きていくなんて俺は耐えられないね!

 

 

「……そう言えば、凛が今日ここに来たタテマエがあるだろ」

「露骨に話題変えるね」

「悪いか」

「良いけど」

 

 

 そう。今日ここに凛が来たのはちゃんとした理由があったのです。え、今までは何の理由もなく来ている時があった? 勿論、そうですけど今日はたまたまあったんです。たまたまなんだけどね。

 

 実は本日この日から、多田李衣菜ちゃんが寮にお世話になることになったらしいんですよね。まぁ、ただそれだけの理由だったら凛もそこまで気にはかけないんだろうけど、お世話になるところが前川の部屋ともなれば話はまた別だ。

 

 どうしてそうなったかの経緯は少ししか聞いていない。

 最近、二人でユニットデビューをする方向になり、そんな中で圧倒的方向性の違いから色々と苦労をしていることだったりって言うのが主だとは思うんだけど。

 どうして急に寮で同居しだす流れになったのかはよく知らない。なんでも、莉嘉の提案にPも乗ったとか凛は言ってたけど。何がどうなったら同居生活になるんだろうか。合宿みたいなノリなのだろうか。

 

 

「建前って言われても、ちょっと気にかかるのは本心だしね」

「お前、そんなに二人と繋がり合ったっけ」

「同じCPのメンバーでしょ」

「いや、タイプ的には前川とも多田ともそんなに被らないから……」

 

 

 昔は孤高の一匹狼だった、あの渋谷凛の口から二人が大丈夫か少し気になるなんて言葉が出てきた時は少し驚きもしたが、これも彼女の成長とか言うやつなのかもしれない。大人になったんだね、凛ちゃん。おじさん、とっても嬉しいよ……年齢全然離れてねぇけど。

 

 

「あんまり心配はしてないけど、ここには光もいるし。だったらどんな感じか様子はちょっと見ておきたいなって。卯月も未央も気にかけてたから」

「あー、あの二人だとこっちに来ることあんまりないしな」

「誰かさんが部屋をほったらかしにしてたり、誰かさんが私に色目使わせたせいで、折角早く来たのにすれ違いになったかもしれないけど」

「後者は俺何もしてねぇけどな」

 

 

 勝手に俺のベッドに寝っ転がって、気が付いたら俺の事に色目を向けていたんだ。本当にアレは色目を向けていたのか? よくわかんねぇや。なにしろ女性経験が皆無なものでして。

 

 そう、本来早めにここに来たはずだったんですよね。速めに予定が済んだから一緒にご飯食べに行って、速めに寮に行って、二人の様子だけ見て帰るかって言うそういう話だったんですよ。全ては俺の部屋の汚さ故に予定総崩れになってしまったんですけど。

 

 

「今からでも様子見に行く?」

「うん。そのつもりだったし」

「行くか」

 

 

 なんか喉乾いちまったよ。先に凛に行かせて、俺はちょっと冷たい麦茶を一旦キメてから行こう。そうじゃないととてもじゃないが持たない。色々と緊張状態にあり過ぎた。

 

 ほらほら、冷蔵庫を開けるとそこにはキンキンに冷えた麦茶が……くぅ~っ! 効く! やっぱ夏はこれに限りますなぁ。

 ほな、先に行かせた凛ちゃんを追いかけて……って玄関で待ってくれてるじゃないの。ええ子やねぇ。将来は良いお嫁さんになるよ。

 

 

「飲む?」

「いらない」

「間接キス気にしてるの?」

「やっぱ飲む」

「そこで転換するのやめない?」

 

「やっぱり荷物が多すぎるにゃ! 一週間分だけで良いって言ったでしょ!」

「だから減らしたんだって! 何回も言ってるじゃんか!」

「荷物が多いから言ってるのー! 運ぶのだって大変でしょー!」

 

「あ」

「あっ」

 

 

 扉を開けたら見知った人たちが滅茶苦茶口喧嘩してました。それも見ていて心配になるタイプの喧嘩じゃなくて、またやってるわーくらいで収まるタイプの組み合わせと温度感で。

 

 

「……ようこそ! 346プロダクション女子寮へ!」

「ねぇ。ここって恋愛を伴う同棲って認められてるの?」

「女子寮に男がいる時点でここは治外法権にゃ」

「恋愛を伴う同棲っていうのは、事実と異なる虚偽のアレだ。撤回しろ」

「同棲はしてないから」

「多分、ツッコむべきはそこじゃないにゃ」

 

 

 訂正ありがとう、前川君。先の不敬はこれにて不問にしてやろう。

 いや、間違ったことは何一つ言ってないんだけどね。ここ、女子寮だから。寮前の看板みたいな石の所は学生寮って変わってたけど、普通に体裁は女子寮と何らかわってないから。なんなら、さっき自分でようこそ、346プロダクション女子寮へって俺の口から言ってたからね。なんてイレギュラー。

 

 

「それにしても、すげー量だな。段ボール2つか?」

「……これと、まだあと4つくらいあるにゃ」

「4つぅ!?」

「そんなに驚くこと? 光だって、こっちに来た時はこれより持って来たでしょ?」

 

 

 そんなに長くこっちにいるつもりなのかお前。どれくらいの期間か、細かいことまでは全然把握してないけど。段ボール6箱って相当な量だろ。着替えとか生活用品以外に何を持ってきたら一体そうなるんだ。流石に今回は前川側に付いちゃうぞ!

 

 

「俺が持ってきた時は段ボール5箱分だし、俺の場合は一週間じゃなくて、不透明とはいえガッツリ引っ越しだから別だねぇ」

「やっぱり荷物多すぎるにゃー!」

「仕方ないでしょー!」

「やっぱ、見に来てよかったかも」

 

 

 残りの段ボール4箱は、俺達も手伝い何とか短時間で前川の部屋に運び出すことに成功した。重さ自体はそんなになくて良かったね。一個だけべらぼうに重かったけど、電子機器とかでも入れてたのかもしれない。スピーカーとかだとしたら聴くタイミングあるんかな。

 

 ともかく前途多難というには十分すぎるスタートダッシュだ。やっぱりこの二人はこうでなくっちゃね! 知らんけど。





おくれー! ここ好きとかもおくれー!!!
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あんことクリームは優しさと愛で出来ている

 

 

 女子寮への最寄り駅を降りると、外はもう真っ暗だった。夏場になると日が落ちるのも遅くなるはずなんだけど、こんなに真っ暗になるとは少し珍しいことがあるもんだ。

 

 

「何が良い?」

「アーニャ、あんこが好き、です……!」

「人の肌と酷似せし……」

「はーい言い方言い方。すいません、カスタード1つとあんこ4つ」

 

 

 そんな夜更け、両脇にとんでもなく可愛い女の子二人を携えて、たい焼きを爆買いするだなんてガチの方で珍しいこともあるもんだな。いや、珍しすぎるだろ。どういう状況やねん。

 

 今日は帰ってくるのがべらぼうに遅かった。

 色々とあって急務中の急務なレコーディングが入り、速攻で仕上げるべく学校終わりの平日にスタジオに突撃、そのまま缶詰してたらこんな時間だったって訳だ。

 まぁこれは珍しいというか、346に来てからは初めての体験だが、別にこんなものはどうってことない。お仕事だからね。こんなもんでもプロですから、お仕事は100%でやらせてもろてます。

 

 そんなわけでちょっと遅めの20時過ぎにラーメンをすすり、帰宅途中の電車を待つホームの中。ピコンとL〇NE電話が鳴ったと思ったら、お相手はちょっと珍しいアーニャちゃん。

 

 

『光、作詞の差し入れ。何が、良いですか?』

『うーん。たい焼きかな』

 

 

 なんであの時、私はたい焼きだと答えてしまったのだろうか。その謎を調査するべく、ジャングルの奥地へと向かう必要性は実は何もないんですけどね。単純にふと思い浮かんだのが、たい焼きと大判焼きの二択だっただけです。私は大判焼き派の人間。

 

 

『タイ……ヤキ……?』

 

 

 まぁ急にそんなことを言われても、アーニャちゃんは何もわからないわけで。そもそもたい焼きを知っているのかもわからないし、たい焼きなんて今どきどこに売っているかもわからないわけで。

 だがしかし、俺は知っていた。周子さんに教えてもらった、割とガチ美味いというたい焼き屋さん。

 

 

『買ってこようか? 今、外にいるからついでに買ってくるよ』

『それはダメ、です。私と蘭子の、差し入れ、ですから』

 

 

 って言うわけで、二人揃って付いてきた。最寄り駅に着いた時、外はもう真っ暗だったし、可愛い女の子二人が付いてくるとかいうとんでもない光景だった。自分の記憶フォルダのお気に入り欄に保存しておかないといけん。

 

 そんなわけで、気持ちズッシリと来る袋を受け取り、物腰の柔らかいおじさんとの別れを告げる。こんな時間と言う事もあり、もう作り置きで暫く経ったものしか置いてないかと思っていたが、袋から伝わるほかほか具合がそれを否定してくる。周子さんのお墨付きは伊達じゃないかもしれん。まだ食ってないからわからんけど。

 

 

「ほな。帰りましょか」

「……ふぇっ!? ひ、光くん。まだ代金払って……」

「良いの、良いの。こんな夜に出て来てくれたんだし。それがお駄賃よ。ほれ、食べながら帰るべ」

 

 

 少し納得がいかない様子ではあるけど、差し出されたたい焼きは素直に受け取ってくれた。

 良い子、良い子。お店で女の子に代金出させるなんて、ちょっと恥ずかしいからな。前時代的な考え方? 違う違う。単純に見栄を張りたいだけです。これくらい良いでしょ! 男の子はカッコつけたい生き物なの!

 

 

「アーニャちゃんも、はい……ん?」

「ダメです。私と蘭子の、差し入れ、ですから。光が横取り、ダメです」

「う、うむ! 手柄の横取りは不敬に値する!」

 

 

 いつの間にか両脇のプリンセスが、ぷっくりぷりぷり状態。いや、なんか怒り慣れてなさそうなだけで、しっかりと不満げなのは伝わるんだけど。

 言われてみれば確かに。これでは俺が二人の案をかっさらった嫌味な先輩になっちまうな。やっぱり下手なカッコつけはダメなんだな。

 

 

「じゃ、100円ずつ貰うべ。300円だからね。俺と合わせてワリカン。俺からも差し入れって事で。ダメ?」

「конечно! それなら、ナットク」

「細かいの出すのは面倒だし。winwinやんね……てなわけで、蘭子もどうぞ」

「うむ! 次は私が我が友に冥界よりに業火を渡る海神を送るとする!」

 

 

 鯛の事を海の神なんて要するには、流石に鯛にしても荷が重すぎる気がしないでもない。まぁ、それはそれとしてたい焼きを受け取ってくれたので良しとしよう。

 そんなわけで、遅ればせながら私も一口……

 

 

「うんま!」

「おいしい!」

「вкусный!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「そういや、差し入れって前川と多田にするの?」

「вот так……二人とも、がんばって、ます」

「堕天の苦しみ……かの者達も同じと言う事……」

 

 

 ここで言う堕天っていうのは作詞の事かな? 蘭子って作詞とかしてるっけ。いや、するか。しそうだし得意というか専門職というか。そういう部類ではあるよな。

 

 わしはそういう作詞とかは専門外だしなぁ……難しそうだし。下手に作って末代まで語り継がれるような恥にでもなった日には、もう死んでも死にきれん。地獄でどうにか消してくれぇ~! って泣き叫んで鬼さんにドン引きされる姿まで見えるね。

 

 

 

「光は、しないんですか?」

「作詞のことかい?」

「なんとなく、思います。光は、きっと、得意です」

「うむ……魔王の血を分かち合う者なら、容易な物……」

 

 

 魔王と杯交わして兄弟になった覚えは残念ながらないんだけどね。

 作詞が得意そうなんて言われてもなぁ……本当にやったことが無いので、得意かと聞かれてもわからない。

 バンドマンが全員作詞作曲をするなんて大間違いだ。どうするんだ、孤独の鳥居だって普通に錬成するかもしれないんだぞ。いや、あれはベースとドラムがいないから事故ってただけだとは思うんだけど……多分。

 

 

「光なら、二人になんて、声をかけますか?」

 

 

 視界にひょっこりと彼女の顔が飛び込む。ちょっとびっくりしちゃって足を止めちゃった。

 アーニャの目は、いつもと変わらない真っすぐな瞳。この年にしてこの目が出来るって凄いよな。

 

 

「みくも、李衣菜も、二人とも頑張ってます。けど、やっぱり難しい、です」

 

 

 そりゃそうだ。作詞作曲なんて簡単に言ってはいるが、自分で歌詞を作るってのは簡単じゃない。

 曲というのは不思議なもので、中身ゼロでかわいい雰囲気だけの作詞でも売れれば、中身たっぷりでカッコいい雰囲気の作詞でも売れる。だが、少し歯車がかみ合わなければ売れないことだってある。

 

 曲の中にどういうメッセージを込めるか。ストーリーを包み込むか。曲に秘められた思いというのは、不思議と聞き手にも伝わる。言葉って言うのは、それら全部を相手に伝えられる、繊細なもの。

 形だけの作詞なら誰でもできるが、その曲に命を吹き込む作詞は、誰にでもできるわけではない。少なくとも、俺はそれを簡単にできるとは思えない。

 

 

「アーニャは、二人にどうしてあげたらいいか、わかりません……でも、光なら、わかると、思って」

 

 

 同じグループの仲間が苦しんでいるんだから、助けたいなんて気持ちになるのは当たり前だろう。いつの間にか、こっちを見つめてくる瞳の数も二倍に増えている。この二人なんだ。余計にそういう思いは強いだろう。片方も触れずらい云々はあるかもしれないが、中身はまだただの中学生だし。

 

 残念ながら、俺は作詞のプロではない。こういうお仕事をさせて頂いている立場になってから、作詞業のプロフェッショナルに会ったことだってあるが、だからと言ってそれが出来るわけではない。

 ただ、そんなほぼ素人の俺でもわかることはある。音楽をしてきたからこそ、ちょっとだけわかることはある。

 

 

「俺はね、何もしないことが正解だと思う」

「…………その心、真の物か」

「えぇ、勿論」

 

 

 めっちゃ疑われてる。でもね、本当です。これがね、僕が彼女らに出来る最大限の事だと思うんですよ。

 

 

「彼女らの曲はね、彼女らが生み出してこそ意味がある曲なんだよ。彼女らを作り上げてきたものが、曲を構成する。音楽って言うのはね。作った人の気持ちが籠ってれば籠っているほど、相手によりそれが伝わる。不思議なコンテンツなんだ」

 

 

 恋の歌、努力の歌、生活の歌、学校の歌、青春の歌、ちょっとおバカな曲。

 どれだけ方向性が違っても、内容に一貫性があればあるほど、説得力も一体感も増すのが音楽。簡単に言うなら、純度が高ければ高いほど、その効力を発揮する。

 こうして一歩一歩彼女らに近づいていく。赤の他人が介入するのは、ハイリスクハイリターンだ。曲の手直しをすることで、その曲がより良いものになる可能性もあれば、違う色が入って魅力が損なわれてしまうかもしれない。

 

 

「そんな大事なのをさ、技術どうこうで誰かがこうした方が良い……なんて介入したら勿体ないじゃない。前川みくと多田李衣菜の化学反応。Pさんも、きっとそれを期待してあの二人を組ませたんだから。化学反応を待っているのに、こっちから変なことしたら、まさに勿体ないよ」

 

 

 作曲経験が無い人が作るからこそ、聞き手に突き刺さる作詞に化けた名曲を俺は知っている。

 変に格好つけず、自分の身の丈のお話を詰め込んだ、聖夜の夜の暖かい家庭の色の曲。その曲からは、人の温かさが溢れている。

 彼女たちが、彼女たち自身で作り上げる曲だからこそ、曲に乗り移るものは絶対にあるはずなんだ。きっとそれは、プロが作るような形の良いものではないかもしれないけど、プロが作っても生み出せないようなものを持っている。

 

 

「不要な手助け、と言う事か」

「まさか。形ある応援って言うのは、一番の力よ」

 

 

 少し不安そうな表情にさせてしまったアーニャと蘭子に買ってきたたい焼きを見せつけて、そっと手渡す。

 何も、手を出さないって言うのは、触れないって言う事ではない。外から応援をする分には、根気を詰める作業をしている人からしてみれば大歓迎だろう。だからこその応援って言う奴だ。変なこと言っちゃったけど、こういうのが一番やんね。

 

 玄関を通り、二階に上がって少し進めば、彼女らの缶詰。

 こんこんと扉を二回ほど小突いてみれば、中からやや疲れ気味の眉間にしわを寄せたアイドルが出てくる。

 

 

「おっす。如何ですかな、進歩は」

「…………ご生憎様」

 

 

 とっても追い詰められているようで。締め切り前の同人作家ってこんな感じなんだろうなというような雰囲気だ。ピリピリしているというか、どんよりしているというか。前川にしてはレスポンスもなんだか気持ち遅い。

 

 

「ふふん。そんなあなたに?」

「大いなる力の源をここに!」

「差し入れ、どうぞ」

「わぁ! 蘭子ちゃんにアーニャちゃん!」

 

 

 反応違いすぎるよね? おかしいよね? なんでそんなに僕は君からの信頼が無いのか、いささか疑問なのですが。

 これまでの俺たちの友情を思い返してみろよ、涙ちょちょぎれるほどの感動的ストーリーが特にない。彼女のこの対応の差は正しい。よっぽど、この二人とのストーリーの方がしっかりしている。勝てるはずねぇ。

 

 

「期待しているよ。作詞家さん達」

「むむ……嫌味~!」

「はっはっはっ、まさか。本心だよ。二人の化学反応、楽しみしてるんだから」

「みくと、李衣菜なら、出来ます!」

 

 

 本当、案外こういう凸凹コンビが物凄い曲を作ってくれるんだから。アイドル×ロックの組み合わせって、実は結構メジャーなんだからね? 俺から言わせれば、化学反応が起きるための土台はもうすでに完成しているのよ。知らんけど。

 だから俺がやれることはなんも無し。たい焼き食って、たい焼き差し入れて、そんで寝て、自分が出来ることだけやる。シンデレラストーリーに、不要な王子様の手助けなんていらないんだからね。



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怪談話はいつの時期に話しても怖いもんは怖い

 

 

 プライベートな時間、皆様はどうお過ごしでしょうか。ゲームや読書、ネットサーフィン、動画視聴にテレビ視聴。筋トレなんかも有りだね。うんうん、俺はね、ベースを弾いているよ。これが言いたかっただけだよ。

 

 仕事も終わり、飯も食って風呂も入った、寝るまでの至福の自由時間。毎日毎日、飽きもせずに触り続けている重たいボディを組んだ太ももに乗せ、もう何年も硬いままの指先で弦を弾く。

 こんな夜にはクラブでヒステリックな可愛い女の子としけこみたいものだが、そんなわけにもいかず。足先指先を機嫌よく躍らせ、BPM126のテンポを真芯でとらえ続けるだけだ。

 本当に良い曲。低音映えするよね。オシャレな曲を弾いていると、なんだか自分もオシャレになった気がするから好きだよ。俺、無難な服の方が好きだけど。

 

 夜の雰囲気に身を任せ、この色に染められて。一度きりの人生を捨てたってかまわない。昭和の名曲も、先入観無く聞いてみれば、現代の最新ヒットチャートにも全く見劣りはしない。音楽って良いものだね、素敵だね。

 自分だけの空間。自分だけの世界。一目も雑音も気に入ることなく、まるでそこに溶け込めるような感触。良いもんだね。我ながら、素敵な趣味だね。

 

 時間って言うのは、こうやって有意義に溶かしていかなきゃ。大体、得体のしれない金持ちって価値の分かりもしねぇクラシックとか聞いて優越感に浸ってるって芸人のラジオでよく言うじゃん? 貧乏人でも、同じ様な事やったって良いと思うんだよ。幸せだもん。

 おい、誰だよ急に芸人のラジオの切り抜き流した奴。急に方向性変わってびっくりしちゃったじゃないか。まるでメジャー帰りの選手の外国かぶれみたいだね。

 

 そんなことはどうだっていいんだ。

 今、僕はオサレな趣味に全身全霊で乗っかってまるでオサレなお兄さんになっている。いいね? そう来なくっちゃ

 

 

『──────────!!!!!』

 

 

 ん? なんか聞こえるくね?

 ジャズの奥からなんだか雰囲気ぶち壊しな声みたいな。耳を澄ませば、なんだから女性なんだろうけど女性とは思えないような叫び声?

 これ、もしかして心霊テープってやつですか? でもそんなわけなくない? だってこれYouTubeだよ? もういっちょ、今度は音楽を消して耳をsドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!!!!!

 

 

「わ゛ー!゛?゛ うるっせええええええええええ!!!!!!!」

 

 

 キレそうなほどにタイミングのいい爆音連打ドアノック!

 玄関先!

 ガチギレ大爆走!

 ドア開けRTA!!!

 

 

「なんで早く出ないのー!!!」

「お前じゃねぇか!」

「わ゛ー!゛?゛ なんで服着てないのー!」

「服は着ねぇもんだろ!!!」

「レディになんてこと言うの!!!」

「その前にごめんなさいって言えよ!!!!!」

「みくにも謝ってよ!!!!!」

「??????」

 

 

 大丈夫? これちゃんと会話成立している? もしかしたら、関西圏と関東圏では使用されている日本語が若干違ったりするのかな。今まで意思疎通出来ていたと思っていたんだけど、もしかして全くそんなことなかったのかもしれないね。

 

 感情と感情をぶつけても何にも話って噛み合わないんだね。如何に感情論に身を任せた議論が無意味なのかを肌で実感しているよ。そんな頭の良さそうな会話とかした覚えないけど。今している会話のレベルでそんなことを実感するべきじゃないんだな多分。

 

 

「なんですか、それで。ゴキブリですか」

「食堂! ついてきて!」

「夜食なら一人で食えよ。太るぞ」

「そんなんちゃうわ!」

 

 

 

 晩御飯というにはやや遅すぎるこのお時間。フルパワーノックして夜食のお誘いとかどういう神経してるんだお主は。そんなもん一人で食べてきなさい!

 夜中にご飯を食べると全部脂肪になっちゃうからね。夏シーズン真っ盛りで裸になる機会ばかりだって言うのに、お腹にお肉がついてくるようだと悲しいので。やっぱり、海に行くならスッキリお腹で出陣しないと。

 

 

「良いから! はーやーくー来るにゃー!」

「えー」

「あと、さっさと服着る!」

「甚兵衛でも良い?」

「何でもいいからパンツだけはやめる!」

「お前泣いてね?」

「泣いてない!」

「だってなんかお前最初から涙目」

「泣いてない!!!」

「はい、鼻セレブ」

「ありがど」

 

 

 丸くてきれいなおめめの下に、そこそこ大粒の涙貯め込んでるように見えるんだけれど、本当にそれ違うかい?

 自称、涙じゃないそれを拭うのは良いんだけど、アイドルっぽさ皆無で鼻をかむのはやめた方が良いかもしれない。音がすんごいから。可愛げの欠片も無いから。俺が出す音と大差ないから。

 

 そこまで言われたら仕方がないよね。玄関で一生騒がれても、こんな時間に騒音問題となっては嫌だし。しゃーなしで甚平引っ張り出します。やっぱ、羽織るだけで良いって最高だね。服着たくない。

 

 

「はぁ……小梅ちゃんがキッチンで誰かと話してた……? 誰かいたんじゃなくて?」

「紗枝ちゃんが言うには、壁に向かって一人でって……」

 

 

 何故か俺の後ろにぴったりとくっついたまま話が進んで行くのはさておき。聞いた話を要約してみる。

 紗枝ちゃんと美穂ちゃん……あ、美穂ちゃんって言うのは、寮住まいの346のアイドルの子ね。死ぬほど性格が良い。で、その二人がお風呂上りに二人で歩いてたら、小梅ちゃんがキッチンに向かって一人でぶつぶつ喋っていたと……あ、小梅ちゃんって言うのは、この子も寮住まいの346のアイドルの子ね。全然話が進まねぇな。

 最初は、その小梅ちゃん……基、白坂小梅ちゃんの十字架がどうこうという話から、彼女に関する噂話に話が発展。紗枝ちゃんと美穂ちゃんに、偶々合流した前川と多田がその話を膨らませ、なんやかんやあってこの時間の誰もいないキッチンに、前川と多田で様子を見に行くことになったらしい。

 

 

「ありがとっ! 光! これで何かあっても大丈夫!」

「ほらほら! 早く行こうにゃ!」

「いや、俺が先頭になってるが」

 

 

 それが怖かったかなんかで、俺が呼ばれたと。唐突に唐突が重なってなんもわからんが。少なくとも、用心棒で呼ばれただけ過ぎる。

 押し進められながら、キッチン前で屯していた三人に合流。そのまま、背中押し要員を二人に増やし、笑顔の紗枝ちゃんと半泣きの美穂ちゃんに見送られることになりました。こうなったら行くしかないもんね。これはもう巻き込まれ体質どうのこうのでもない気がする。家庭で嫁さんや子供に助けを呼ばれるお父さんの気持ちって、多分こんな感じだと思う。

 

 

「なんか……静か、だね」

「いつもは、もっと騒がしいんだけど……なんか妙な雰囲気……」

 

 

 まぁ、こんな時間だしな~って言う感想は、面白いので胸にしまっておこう。

 日中はアイドルや清掃のおばちゃんなどが行き来する廊下も、この時間帯になると誰もいないことだって不思議じゃない。

 よく見る光景と違うんだから、妙な雰囲気に感じるのも仕方がないっちゃあ仕方が無いね。明らかにビビってて感覚が変わっているだけなんだけど。それはそれとして面白いので黙っておこう。

 先頭歩いてて良かった。ニヤニヤしてるのバレたら、前川に思いっきりどつかれるとこだった。

 

 

「ね、ねぇ。この寮、他にもたくさん人がいるんだよね……?」

「うん……でも、なんだかいつもより廊下が暗く見えて……わっ……!」

「しっ!」

「ちょ……どうしたの……?」

「しーっ!」

 

 

 少し焦ったような表情で、多田が口元で人差し指を立てる。

 静寂の中に、三人の誰でもない声が、キッチン正面の付近の廊下側から聞こえてくる。まだ明るいままの廊下だが、人がいないせいか確かに雰囲気は少し変わる。どう暗く見えるのかまではよくわからないけど。

 

 

「うん……大丈夫……様子、見てくる……もうすぐ……10時……」

 

「あれって……小梅ちゃん……? 誰かと話して……」

「じゅ、10時って……」

 

 

 声の主は、まぎれもない白坂小梅さんご本人。姿や顔までは全く確認できないが、曲がり際にいるんだろう。

 ポケットから画面だけ見える様にスマホを覗かせる。電源を入れると、画面には21時59分と表示されていた。

 

 

「あ……もうすぐ消える」

 

「消え……?」

「る……?」

 

 

 スイッチ音。視界が、暗転。

 

 

「うわぁぁぁあああ!!!」

「ギャァァァアアア!!!」

「ちょちょちょっ! なんで急に真っ暗になの! ねぇ!?」

「あ゛ー!゛わかんないにゃあ゛! りーなチャン! みくの手掴んでてーッ!」

「ねぇ! なんか光ってる! なんか光ってるよ!」

「りーなチャン見ちゃダメ! ごめんなさい~!」

 

 

 わーお。暗くてなーんも見えないけど、俺の後ろでまさに阿鼻叫喚の大パニックが起こっていることだけはわかるね。

 多田は割かし可愛らしい女の子の怖がり方なんだけど、前川はなんでそんなに所々に濁点が付いてるんだろうね。声も顔もとてつもなく可愛いのに、なんでそんなに驚き方やリアクションがどこまでもバラエティ映えするような芸人魂燃え盛ってるんだ。お前、将来絶対に売れる芸人になるよ。間違いないね。アイドルだけども。

 

 

「……大丈夫?」

「……あ、ついた」

「っはぁ~……びっくりしたぁ……」

 

 

 スマホの明かりを頼りに、食堂前廊下の電気のスイッチを点ける。

 仲良く揃って騒ぎ倒す二人を心配して、小梅ちゃん達も出て来てくれたご様子で。大きな声につられて、奥の方で待機したままの紗枝ちゃんと美穂ちゃんまで駆けつけてきた。面白がって放置したまんまだったけど、二人まで心配させちゃったのはちょっとアレかもしれない。

 

 

「ここ、10時になったら廊下とかの照明切れるんだよね。消灯時間、結構早いから」

「門限、厳しいんですよね~」

「ちょっと! どうしてそれでみくが驚くの! 知らないはずないでしょ!」

「りりりっ! りーなチャンと居て時間がよくわからなかったのー!」

「ったく……ただの門限だなんて。っていうか、もしかして……」

 

 

 あっ、気が付かれました?

 小梅ちゃんが話してた、10時からって話は明かりの消える時間の話。十字架がどうのじゃなくて、10時からっていう聞き間違えだろうね、多分。小梅ちゃん、映画とかの話でもない限り、突飛に十時かって言うような子じゃないから。普通の子と比べてると、十字架ってワードが出やすい子ではあるけども。

 

 

「ま、要するに電話をしてた小梅ちゃんの口から出た言葉が、偶々切り取られて不穏な感じになってたってタネって訳」

「なーんだ……心配して損しちゃいました……!」

「ところで、小梅ちゃんは誰と話してたの?」

「あ……えっ、と……」

「寮生活だし、親御さんから連絡があったんだよな。小梅ちゃん、まだまだ心配されてるって。しっかりしてるから、大丈夫なのにな~」

「う、うん……お母さん、心配してて……」

「なーんだ。そうだったんだ~」

 

 

 なんだか困った様子だったので、さらりとそれとなくフォローも入れておく。ご友人も、安心なされてるそうで。

 キャラがキャラだからって、誤解されるようなこともあると大変だよな。

 別に危害を加える訳でもあるまいし、そんなに怖がらなくったっていいじゃないかと思う。小梅ちゃんだってまだ小さいんだから。みんなで支えてあげないと。

 

 

「それじゃ、さっきもお母さんと?」

「え……ううん、さっきはトモダチと……」

「うん。みたいだね」

「ほら! 全然怖い話じゃないよ!」

「みたいどすなぁ~」

「あっ、そうだ! 解決したところで、みくちゃんと李衣菜ちゃん! みんなで、私の部屋で少しお話しませんか?」

「えっ、いいの!?」

 

 

 ホラー展開じゃないとわかるや否や、女性陣の皆様の顔色がぐんぐん良くなる。みんな、こういうの苦手なんやね。俺も怖いのは苦手だけど。

 美穂ちゃん、コミュ力高いよな~。おう、とりあえず飲みに行こうぜ! みたいなノリでお茶に誘うんだもんな。女子特有の距離感というか、距離の詰め方というか。男でこんなセリフ吐いた日には、キッショで終わるもんな。羨ましいね。やっぱり男は殴り合いという名の対話しかないのか。いつまで経っても世紀末。

 

 

「あの、もしよかったら小梅ちゃんも光くんも一緒にどうですか?」

「あ……私、は……」

「俺は遠慮しとくよ。花園だし、叩かれちゃう。こんな時間だし、小梅ちゃん達を一旦送って部屋に戻るべ」

「う、うん……充電器とか、色々持っていきたいから……」

「うん、わかった! じゃあ、小梅ちゃんはまた後でね!」

「光クンは部屋に帰ってさっさと寝るにゃ!」

「引きずり回しておいてなんて言い草なんだ貴様」

 

 

 そんなこんなで、ワイワイガヤガヤとご退場していく面々の後姿をみんな仲良く並んで見送る。

 声も聞こえなくなってきた頃合いになると、小梅ちゃんがいそいそとポケットからスマホを取り出した。画面を見ると、数十分間通話中のまま。相手は誰かと画面を少しのぞき込むと、機転を利かせてスピーカーモードに切り替えてくれた。

 

 

「あの……もしもし……」

『白坂さん、すみません。何やらお手数をおかけしたようで』

「大丈夫……二人とも、凄く仲良くやってるよ……?」

『松井さんも……状況は把握できていませんが、協力して頂けたようで……』

「いえいえ。完全に偶々ですけれども」

 

 

 電話越しにも伝わる、この激渋ボイス。間違いない。我らがCPのPさんその人だった。

 小梅ちゃん、苗字にさん付けで登録する派の人間なんだね。変なあだ名で登録してるタイプじゃなくてよかった。場合によっては腹を抱えて笑ってる所だった。

 

 通話時間的に、あの時電話してからずっとかけっぱなしだったみたい。小梅ちゃん、頭が回るというか、機転が利くタイプというか。とても13歳とは思えない判断力だね。尊敬しちゃう。

 

 

「でも、急にPさんから電話がかかってきて……少し、びっくりしたな」

『……すみません。白坂さんが、前川さんの隣の部屋という話を聞きまして。少し、様子を見てもらおうと、いきなり思い立ったもので』

「そうなの?」

「うん……みくちゃん……お隣さん……」

「大丈夫? 騒音被害とかないかい? 急に叫びだしたりしない?」

「大丈夫……とっても、優しいよ」

 

 

 画面から真横に視線を移してみると、小梅ちゃんがコクリと可愛らしく頷いてくれる。

 小梅ちゃん、本当に良い子やね。ピアスはバチバチに決めているけど、超絶模範的優等生として尊敬しちゃう。高校生の俺なんかよりも100倍良い子だよ。俺なんか服も着れないんだからね。

 

 それにしても、まさかPさんから小梅ちゃんにコンタクトを取っていただなんて、ちょっぴり意外だ。

 それだけ信頼されているだけの人物とも考えれば、意外でもなんでもないんだけど。Pさんからもそれだけ信頼集めてるとなると、本当に凄い子なんだね。小梅ちゃん。控えめに言って、天才か?

 

 

「じゃあ、私はみんなの所に行くね……」

『本当に、お手数おかけしました……ところで、先ほどお友だちと電話されていたと聞こえてきましたが、私の電話は、お邪魔ではありませんでしたか?』

「あー、大丈夫ですよ。小梅ちゃん、電話で話してたわけじゃなさそうでしたから」

『そう、ですか。それでは、失礼いたします。』

「うん……バイバイ……」

 

 

 電話が切れたのを確認して、ほっと肩を下ろしたような挙動を見せる。ま、どんだけ優秀でもまだまだ子供だもんね。二人とも、よく頑張ってくれたよ。

 

 可愛らしいと、ついついえらいな~って頭を撫でてしまうと、嫌がることもなく、にへらと笑ってくれる。

 この子、ヤバいな。いや、俺は普通に小さい子供とか好きなんだけど、こういう純粋な可愛さはあまりにも保護欲を掻き立てられる。もしかして、俺はこの子のママになれるのでは……?

 違うね。この子をお腹を痛めて産んでくれた実のお母様に申し訳が無いから辞めようね。

 

 

「部屋、とりあえず戻るかい?」

「うん……あの……手伝ってくれて、ありがとうございました……」

「いえいえ、困ったときはお互いさまって奴ですよ」

 

 

 お礼も言えるなんて。前川にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだね。

 今日に関しては横暴祭りだったからな。私の寛大な心を持って許して差し上げるが、お返しに今度絶対にゲーム大会で集中狙いのフルボッコにしてやるね。私は器が小さいんだ。根に持つぞ~、覚えてろ~……!

 

 

「それで……光さん、その……」

「んー?」

「光さんも、トモダチ、見えるの……?」

 

 

 廊下の明かりが、音もなく一瞬消えかかる。

 夜も遅いし、二人とも送り届けたら、今日の所は夜更かししないで早く寝ようとするかな。




更新期だと思ったら違ったようです。
のんびり生きましょう。


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夏の暑さは全てを狂わせる

 

 青い空。白い雲。地平線。浜風。最後に、合宿。

 ここには、日本の夏に欲しいものが全て詰まっている。

 

 

「レッスンは午後からの予定です。一時までは自由行動ですが、あまり遠くには行かないでください」

 

 

 みんな揃って元気なお返事。そして、返事をした途端に点でバラバラ、思い思い各方面に散っていく。自由やね。

 

 ここは海沿いにある合宿場。基、民宿。なんだか、代々アイドルの合宿場としては縁のある場所らしいが、細かい話はよく知らない。

 今回、行われる合宿は、一週間に及ぶ長尺の物。夏に行われる、346プロ内のアイドルだけで行われるアイドルフェスにCPの参加が決定したことを受けての物だ。

 どうやらこのアイドルフェス。相当に有名な物らしい。ジャ〇ーズカウントダウンとどっちが有名なの? って聞いたら、こっちのカウントダウンも知名度では負けてないよって奏が教えてくれた。

 実際、アイドルフェスがどんなもんの規模感で、どんなもんの知名度と有名具合かはわからんかった。奏も頑張って説明してくれてたんだけどね。無知でごめんね。わからんかった。

 

 

「あちー……」

「光くんは、卯月ちゃん達と一緒じゃないの?」

「あぁ。あいつら、自由時間って言われた途端にどっか行っちゃったんですよ。俺はちょっと宿の散策ついでにで涼んできますわ」

「ふふっ。確認、お願いね」

 

 

 タオルで汗を拭いても吹いてもキリが無いね。真夏の炎天下ってのは。

 美波さん、なんか話すたびに本当に大学生かわかんなくなってくるな。落ち着きすぎてる。俺もあんな大人になりてぇな。

 今週には8月に入ると言う事もあり、勿論外は灼熱。だと思うんだけれど。そんなものをものともせず、アイドル達はこのロケーションに完全に有頂天。ニュージェネレーションズや凸レーション組は元気にどっかに行ってしまった。

 

 あ、俺? 俺が何でいるのかって?

 いやー、ね。俺もよくわかんないの。この話が全体ミーティングで出てきた時に、みりあちゃんが『光くんも来るんだよね? 同じだもんね?』って上目遣いで聴いてくるもんだからさ。やんわりと、俺はCPのメンバーじゃないんだよって断ったはずなんだけど、なんでか可哀そう扱いになっていて、初日だけ合宿に同行することになってた。

 幼女パワーおっそろしい。でもありがとう。このロケーションはテンションブチアゲ。でも、暑すぎたのは想定外だったかな。早くも室内に避難です。

 

 

 宿の外には民宿と看板が立っていたが、内容はめちゃくちゃ綺麗。確かにホテルじゃなくて宿。廊下を歩くと、足元が少し軋むってのも含めて合宿っぽいって雰囲気だが、水回りなどの設備はぱっと見新しそう。

 とはいえ、こんだけの民宿を貸し切りなんて、うちの事務所のパワーを感じるよな。散策する分だけで言えば、他のお客さんの部屋覗いちゃって、あら大変なんて言うのが無いから良いけどさ。

 

 

「あら、杏ちゃん。貴方も室内組かい」

「こんな暑い中、外に行くなんてごめんだね」

「同感。お隣失礼」

「お好きにどうぞ~」

 

 

 そんな杏がいたのは、外と吹き抜けになっている畳の部屋。和室、という訳ではなく。シンプルにここの民宿の部屋は全部畳部屋っぽい。通れど通れど、全面畳部屋。磯の香りに、おばあちゃん家みたいな良い匂い。

 座布団二枚を敷いて、その上にうさぎを抱いたまま、あおむけで扇風機を独り占め。民宿の自由時間、満喫してるね~。お隣、座らせてもらいますよ。

 

 縁側に向かって胡坐をかく。重心を後ろに懸け、見上げた先には大きな入道雲に澄み渡る青空。時々、頬を撫でる浜風が、湿気にやられた肌を撫でてくれる。

 

 

「でも、暑いな」

「これだけ吹き抜け状態で、生きていられるくらいの室温を維持してるだけ涼しい方だけどね……」

「そう言いながら、ダウンしてるじゃないの。お嬢さん」

「杏はそもそも暑さに弱いからね。あつい……」

 

 

 そんな逆張りをしているくせに、ちんまい体は座布団二枚並べられた上からピクリとも動かない。浜風に寝ぐせかアホ毛が時たま揺れるだけ。

 近くにある宿の冊子的なファイルで仰いでみると、にへらとご機嫌そうに頬を緩めだす。苦しう無いですか。そうですか。

 

 

「夏だねぇ」

「夏って感じ」

 

 

 胡坐をかいたまま、ケツを支点に120度回転して、後ろにかかった重心に身を任せ、畳にごろり。

 大きく鼻から息を吸ってみる。さっきよりも、実家の香り。腕に少しだけチクリと刺さるのすら、なんだか懐かしい。

 耳を澄ませば、夏の音。その奥に、夏を感じてる音。小動物のような呼吸音。笑い声に、地面を蹴る音。さざ波。

 身を任せているだけで、数分が溶けていく。

 

 なんかこれ、めっちゃエモくない? 今のこの感じを一枚の写真に収めてほしいんだけど。

 

 

「あぁ、そう言えば。あっちの部屋に面白いものがあるって」

「なにそれ」

「まぁ。行ってみればわかるんじゃない?」

「なんじゃそりゃ」

 

 

 寝っ転がって目線も合わせることもなく。ニヤニヤとなんだか企んでいる様子の口元だけ。

 基本的に動かざること山のごとしを地で行く杏がそんなことを言うなんて、珍しいどころの騒ぎじゃないから怖いんだけど。

 

 そんなことを言われて、動かないわけにもいかないので。畳との別れを惜しみつつ、伸びをしながらあっちの部屋とやらに。

 4つくらい先にある部屋と言われてましても。くらいって。君が面白いものがあるって確定で言うもんだから行くのに。困っちゃうわね。全くもう。

 

 

「……良いんじゃない? 誰にとっての面白いものとは、杏は言ってないからね」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 なんもねぇな。なんも無かったわ。

 さっきとほぼ変わらん、あるもの的にはなんも変わらん部屋と、角度的に少し違うだけの景色。

 

 杏が面白いものがあるって言うもんだから、ほんのちょっぴりウキウキして来たのに。部屋を覗いてみれば、何の変哲もない。一気に萎えた。返して欲しい。俺のこの男の子にありがちなウキウキの気持ちを。

 

 

「壺の裏とか……」

 

 

 流石に本当に何もないと悲しくなってしまうので、何かしたかが無いかを探してみる。掛け軸の裏とか……お札も貼ってないただの壁。壺の中はちょっとだけ埃。

 クソ暑い中、部屋の散策というよりもこれはもはや探偵ごっこ。捜査の域。

 

 

「クッソ……なんも出てこん……本当になんもない……」

「……何してるの」

「あっ」

 

 

 裏が無いなら中だろうと、壺の中に顔を突っ込んで、埃臭さにむせながら顔を出す。明るく目の前が開いたら、視界の外からすんごい冷めきった声。

 声のする方を自分でもわかるすんごい速度で振りけると、明らかにドン引きした様子で腕を組む、難しそうな表情の見知った顔。この時期にロングヘアって暑くないかね。黒髪だし。

 思わず目を合わせて、ずきゅんどきゅん。3秒くらいフリーズしたね。セミの鳴き声がとってもシュール。

 

 

「どうしたん?」

「ごめん。それ、こっちのセリフなんだけど」

 

 

 誤魔化せなかった。全く持って誤魔化せなかった。

 壺に顔を突っ込む流れのままずっと綺麗に正座した下半身とはミスマッチに、壺に手をついてちょっとキリっと言ってみたけど全然ダメだった。そりゃあそうだ。すっごいダサいもん今。

 

 

「杏が面白いもんがあるって言っててぇ……」

「確かに、面白いものは見れたよ」

「視点が違くない?」

「誰にとってとは言ってないからね」

「確かに言われてないわ」

「納得するんだ」

 

 

 なんか納得してしまった。いや、してないんだけどね。腑には落ちないけど納得はしているよ。この感情、なんていうんだろうね。きっと、悔しいって言うんだろうね。こうして人の心を学んでいくんだ。俺はサイボーグか何かかな。

 

 呆れたとか驚いたとか色んな感情を飲み干したむず痒そうな表情で、俺の髪の毛の埃を掃ってフッと息で吹き飛ばす。あっ、良い匂い。やめようね。自己防衛だよ、自己防衛。

 杏ちゃん、そこまで考えて言ってたのかなぁ。まさか、そこまでの策士では無いと思いたいね。これを全部仕込んでいたとした、それはもう諸葛孔明だからね。呂布だからね。もう呂布カ〇マ。

 

 よっこいせと少し痺れる予感がしている足元を崩して、目いっぱい両足を伸ばす。足先まで血液が巡ってくるようなこのぞくぞくした感覚。あ~……痺れてきた。予感大的中ってか。

 

 

「ひぃぃあっ!?……ってバカ! 逆やろ! 普通!」

 

 

 足がしびれてる人に対して、痺れたところをちょんってやるのは確かに鉄板の流れだけどさぁ! 普通それはクールな女の子相手にやってギャップ萌えを見るための奴じゃないのか! お前が俺にやるなよ! しかも無言で! なんかこう……段取りとか王道の流れとかをもっと大事にだね……

 

 

「可愛い声出るじゃん」

「本当に逆じゃん」

 

 

 膝を抱えてしゃがみ込み、目を細めてやや口角だけ上げたその顔。ムカつく。生粋のドSが。パンツ見えないかな。見えないようにしゃがんでんな。

 もう全部ひっくり返っちゃったや。もうこれわかんねぇな。

 男としてプライドも何もあったもんじゃないね。強いもんは強い。凛ちゃん、こういう所ですよ。本当に。

 

 

「バレてるよ」

「さぁ、なんのことだか」

 

 

 おでこを人差し指でコツンとつつかれ、隣に座るや否や、肘で脇腹をもういっちょ。

 あぁ、そうですか。男が思っているよりも、女の子は男の視線に敏感と。そういう話ですか。別に今更お前のパンツを見たいという話ではない。10%くらいはあるけれど。

 男たるもの、際どい立ち位置にいる女の子のパンツが気になってしまう現象は仕方がないのだ。万胸引力の法則ほどの効力はないが、ヘイトが傾く対象ではあるよね。仕方ねぇんだ。前も下着周りで似たようなこと言ってなかったか? 話逸らせ逸らせ。

 

 

「本田と卯月は」

「二人とも遊んでる。色々あったよ」

「ぽいね」

 

 

 色々あったと語る彼女の襟当たりが少し湿っている。文字通り、色々あったんだろう。

 手で汗をぬぐうくらいだったら、俺のタオルを使……

 

 

「使う」

「まだなんも言ってねぇよ」

「使う」

「怖い怖い怖い」

 

 

 顔を近づけてくるなよ! 近い近い近い! お前、至近距離で見ると顔のパーツが整いすぎてやいないかい? もう芸術じゃん。寸分たりとも狂いがないじゃん。両親に感謝しな。だから俺の首元からタオルを引きはがそうとすんな。それ俺が汗拭いてる奴だから! しかも頻繁に使ってる奴だから!

 もうお前押し倒してるじゃん! すべてにおいて逆だろ。こっちが強く抵抗できないのを良い事に結構がっつり攻めやがって!

 これもダメ! 話の話題変える! 変えるから!

 

 

「うぎぎぎぎ……お、お前誕生日近いだろ! そういえば!」

「もう来週かな」

「誕生日プレゼントまだ決まんないんだワ。何が良い?」

「光」

「のタオルが抜けてんだろ」

「よくわかってるじゃん」

 

 

 自分そういうキャラじゃないじゃん! 俺だってこんな受け受けのツッコミキャラじゃないじゃん! なんでそんなに暴走気味なんだよ。俺知ってるぞ。これ、メイケイエールって言うんだ。爆走暴走お嬢様って言うんだ。だから

 待って! 止まって! こらっ、タオルを掴んだまま顔突っ込まないの! 女の子がそんなことしちゃダメ!

 嗅ぐな。くせぇから。誰のであろうと普通に一般未成年男子の汗の匂いだそれ。幸せそうな顔すんな。すっげぇ複雑だわ。もう十分堪能したでしょ! ほらっ、返しなさい! もう駄目! メッ!

 

 

「そんなことしちゃダメでしょ! メッ!」

「わっ」

「うっお!」

 

 

 なんやかんやドタバタ動いて変な体勢。こういう時に、変な力の掛け方をすると人間はどうなるか。バランスを崩してバタンと倒れそうになります。なんていうのを黙って見逃すわけないんですよねーっ!

 膝立ちみたいな恰好から後ろに傾いて、背中から床に一直線な凛の背中に左腕を回す。そのままこっちに引き寄せ、抱きかかえるような形。重力のまま床に向かって落ちていくのを、ツッパリ棒の方式で右手で床を叩き、激突を回避。そうすると左手で凛を抱えて抱き込んだまま、右手で片腕立て伏せみたいな感じになります。

 今、人生で一番力強く女の子を抱きしめてるわ。そして、一番強く抱き返されてる。まるでラブロマンス。そんな状況じゃない。

 

「お、おぉ……せーふ……」

 

 

 ここまで一秒も経たず。全てが反射の領域で行われていました。耐えた。偉い。

 俺、上から落ちてくる棒を掴む反射神経のアレ、得意なんだよね。人生で初めて役に立ったかもしれんわ。この才能。

 でもアカン、右手がプルプルしている。いくら軽い凛とはいえ、片手で俺の体重ごと支えるのは、結構厳しいn

 

 

「ねー! 二人とも、何やってるのー?」

「わわっ! みりあちゃん! これってアレだよ! アレ! きゃ~っ!」

「あー! 待ってー!」

 

 

 ドタドタ走りがどんどん近づいてきて、止まって、ドタドタ走りが去っていく。

 

 時を戻そう。あれっ、戻んない。おかしいな。今、十秒くらい時が止まってたはずなんだけどな。止まってたんだから、巻き戻しくらいできるはずなんだけど。

 

 

「不味い」

「もう少しこのまま」

 

 

 おい待て! 普段やらないからって今は不味い! 抱きしめる力強くなってるって。俺だって、今体抱きかかえてないもん、宙ぶらりんだもん。鍛えたんだねぇ。

 こいつ普段こんなことにはならんのに、完全に夏の暑さに頭がやられてやがる。よくよく考えりゃタオルの件から執着の度合いが何かバグってたな。なんで気が付かなかったんだろう。え、俺の責任か?

 

 

「今度するから!」

「言質。追いかけるよ」

 

 

 切り替えはっや。俺の言質を取るや否や、手を放して追いかけていくじゃん。凛ちゃんいつの間にそんな子になったの? お兄ちゃん、本当にそんな覚えないんだけど。随分とアグレッシブになったんだね。

 

 全力で追いかけましたよ。本当に全力。完全に汗だく。

 莉嘉ちゃんが案の定あることないことばら撒いてたので、必死こいて訂正してました。杏が珍しく出てきてずっとニヤニヤしていたのだけ覚えています。お前ーッ! お前お前お前ーッ!




あけましておめでとうございます。
今年の目標は夏を超えることです。皆様今年ものんびりペースにお付き合い頂けますと何よりでございます。

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