深紅の槍 黒殻を穿つ (リルリルjp)
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深紅の槍 黒殻を穿つ

どうもはじめまして。リルリルjpです。


 花に水をあげる。この時間が好きだ。

 自らの手で、1つの生命を育てている。

 立派に育つか。それとも途中で枯れてしまうか。

 願わくば、この花たちが立派に育ってくれていると嬉しい。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 花屋というのは、存外体力を使う。重い土を運んだり、大量の水を運んだり。28にもなると、少し前に比べて運べる量が減ったと思うその日も、私は朝から大忙しだった。祖父母、両親が旅立ち、私1人での経営となってからだいぶ経つ。私の裁量で仕事が決められる。それは楽しくて、でもやっぱり難しくて、そして何より────寂しかった。

 

 

 その日も、私は朝から肥料を運んでいた。大きな袋に詰められた肥料は非常に重く、ふらついた足取りで狭い通路を行ったり来たりしていた。

 だからだろうか。足下にあった枝に気づかず足を滑らせた。

 一瞬の浮遊感。その後に来る痛みに備え、ぎゅっと目を閉じたその時である。

 フッと、体に二度目の浮遊感。

 そして、体を地面に叩きつけた。

 違和感を感じて目を開ける。

 吹き抜ける風、急激な気温の変化。

 そして何より、目の前に広がる荒地。

 お店で転んだら、知らない場所に転移していた。

 

 足下には運んでいた肥料がある。このことから、私が気を失って夢を見ていたと言ったパターンはないだろう。

 周りを見る。荒れ果てたちには何もなく人も居ない。

『なぜ』だとか、『どうやって』と言った疑問が、いくつも思い浮かんできた。

 

 ふと、遠くで何かが動いたのが目に入る。

「あれはなんだろうか」

 そう思っているうちに、何かは次第に近づいてきた。

 人影だ。それも何人も。

 心細かったところで目に移った人影に安堵を覚える。

 しかし、人影が近づくにつれ、不審な点がいくつも見つかった。

 なぜ、彼らは兜なんかを被っているのだろう。

 なぜ、彼らは奇妙な服を着ているのだろう。

 なぜ、彼らは槍や剣と言った武器を装備しているのだろう。

 次第に安堵が恐怖に変わっていく。

 そして先頭を歩く金色の長髪の男が私に気づいた。

 彼が兵士に声をかける。すると兵士は我先と駆けだした。

 

「ひっ」と、小さく悲鳴をあげる。

 右を見ても荒地。左を見ても荒地。隠れる場所もなく、逃げ切れるほどの足の速さもない。

 いわゆる、『詰み』の現状。泣きたかった。

「なんで私が」とか。「死にたくない」とか。

 ただ、そんなことよりも、1つ心残りがあった。

 

「花屋を守れなくなってしまう」

 

 祖父母、両親。私たちの思い出の場所。

 私には子供もいないから、ここで死ねば、あの花屋はどうなるだろう。あの花達はどうなるだろう。

 兵士達が槍を振りかぶった。

 放たれた槍は豪速を持って私に向かってくる。

 走馬灯だろうか。全てがスローに見えた。

 そんな中。『死にたくない』が、『死ねない』に変わった。

 神でも、仏でも、なんでもいい。どうか、どうか、どうか。

 

 どうか私を、助けてください。

 

 その光景を、今でも覚えている。降り注ぐ槍。躍り出た青い背中。振るわれる深紅の槍。その背中が、大丈夫と言っているように思えて。私の意識はプツンと切れた。



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第1話

 

 

 ふと、目が醒める。

 夢だったのではないかと期待し、辺りを見回す。しかし、辺りは変わらず荒野だった。しかし、何か違和感を感じる。再び周りを見渡し、やっと違和感の正体に気がついた。

「ここ、最初にいた場所じゃない?」

 口に出してみるとしっくりきた。確かに私の持っていた肥料はないし、あの大量の兵士もいない。武器や死体どころか血痕もない辺り、私が眠っていた間に運ばれていたことは確実だ。

「よう、起きたかい」

 何処からか、声が聞こえた。

 辺りを見渡す。しかし誰もいない。空耳だったのだろうか。

「今回のマスターは念話も知らないのかよ。今まで何を学んできたんだ?」

 今度はより鮮明に声が聞こえた。

「どこなの? どこにいるの? あなたは誰? ねえ、なんで私はこんなところにいるの? どうしたら元の世界に帰れるの? この後どうなっちゃうの? この後どうすればいいの?」

「オイオイ、落ち着けっての」

 光が集まり、人型をなさす。真っ青な髪に青の全身タイツ。真っ赤な目。深紅の槍。

「よっ。ランサー『クー・フーリン』。アンタに呼ばれて参上した。ま、宜しく頼む」

 不思議な光景だった。

「マスターって何? ここはどこで、さっきの兵隊はなんだったの? なんで私を襲ってきたの? あと」

「だから落ち着けっての。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろ」

「えっと……桜花、双葉桜花(ふたばおうか)です。それで、その」

「慌てんなって、一つづつ質問に答えてやる」

 彼は指を立てた。

「まず、ここがどこかはオレも知らん。次に、マスターってのはそのままの意味だ。で、さっきの兵隊はケルトの雰囲気があったな。オレがランサーなことから恐らくさっきの金髪、ライダーの宝具かなんかだろ。お前を襲った理由はほれ、それだ」

 そう言って私の右肩を指差した。着ていた半袖の袖には何も付いていない。

「服じゃなくって、その下だ」

 袖をめくってみる。そこには、真っ赤な花に似た紋様が浮かんでいた。

「なっ、なんですかこれは!」

「それは令呪っつー、オレらサーヴァント、要は使い魔だな。そいつらへの絶対命令権だ。あんたは恐らく、聖杯戦争に巻き込まれたんだろ」

「待ってください。聖杯戦争ってなんですか?」

「アァ? 聖杯戦争もしらねぇんかよ。アンタなんで魔力なんか持ってんだよ?」

「魔力? フィクションじゃないんですか?」

 私がそう尋ねると、彼は明らかに不服そうに、それでいて面倒臭そうに説明をしてくれた。

 要点をまとめると、

 ・7人の魔術師とそれに使えるサーヴァントが聖杯、と呼ばれる万能の願望器を求め合う事。

 ・7騎のサーヴァントはそれぞれの死因から弱点を知られぬように割り振られたクラスで名前を呼び合うこと。

 ・それぞれのサーヴァントにはそれぞれの逸話から『宝具』と呼ばれる何か特殊能力を持っていること。

 ・サーヴァントは何かしらの形で歴史に名を残したすごい人たちな事。

 そして何より

「殺しあうんですか?」

「ああ、アンタには酷な話だが、まぁ諦めろ。戦争ったらそういうもんだ」

 ぐっ、と手を握り、唇を噛む。頭の整理がつかない。何より、殺し合いと言ったものが、現実として私に降りかかってきたことを整理しきれない。

「まっ、今そんな考えてもしゃーない。それよかこれからに備えたほうがいいぞ。せめて川ぐらいは見つけておかねえとな」

 はっ、とする。そうだ、私達は荒野にいるのだ。周りを見ても川はない。戦争云々の前に、餓死や衰弱死で死んでしまう。

「そうですね。先ずは川を見つけたら町や森を探しましょう」

 

 

 あれからだいたい半日だろうか。私達は漸く川を見つけることができた。幸いにも、ここにくる途中で薪を拾えた。

 薪を重ね、たまたま持っていたライターで火をつける。結局町どころか、森すらも見つからなかった。今日の食料はない。

「あの、ランサーさん。食料は見つかりませんでしたが、明日は器を作りましょう。幸いここら辺の土は粘土質です。それにもしかしたら、明日は鳥が空を飛んでいるかもしれません」

「しゃーなしだな。アンタは少なくとも、水分や栄養が必要だ。まっ今日は早く寝て、明日早くから行動を始めよう」

 私が砂を焚き火にかけると、炎はさっと消え、夜の静寂が辺りに広がった。

 静かになってようやく、本当の現実感を感じた。ふと、ランサーさんの方を見る。彼はすでに寝ていた。こんな場所で寝て、彼は体を傷めないのだろうか。聖杯戦争は、殺し合いだと彼は言った。もし、私が戦うことになったとして、果たして私は彼に殺せと指令を出せるのだろうか。そもそもだ、私は彼に戦わせ続けることはできるのだろうか。ふと、涙が溢れる。私には覚悟ができていない。こんな私を見たら、彼は不安になるだろう。だから、私は歯を食いしばって、音を立てないように涙を流し続けた。



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第2話



お気に入り登録ありがとうございます。


 

 朝になって、川の水で顔を洗う。彼は既に、行動を始めていた。焚き火に火をつけ、何かの肉を焼いているようだ。

 

「よ、おはようさん。川にカモがいるなんてラッキーだったな。これで今日はとりあえずのところ過ごせるぜ」

 

 ほらよ。と、渡された肉を見つめる。一晩が立ちだいぶ落ち着いた。すると私には再び、生きたいという欲求が芽生えてきた。そう、絶対に帰るのだ。

 まだ、誰かを殺す覚悟や殺させる覚悟はできていない。しかし、生きる覚悟はできた。

「いただきます」と呟き、焼いただけの肉にかぶりつく。1日ぶりの食事は味ひとつないのに美味しかった。

 

 

 

 

 食事を終えると、土器を作る。土器さえあれば、煮沸して川の水が飲めるようになる。

 幸い粘土は川の近くにはいっぱいあったし、私には知識があった。

 曾祖母が花屋を始めた時はまだ植木鉢は高価であまり使われてなく、鍛冶屋の曾祖父が片手間に作った土器で代用していたそうだ。だからか、祖母がよく土器の作り方を教えてくれた。

 

 

 私が土器を作っている間に、ランサーさんが周りを探索して帰ってきた。

「よくできてんねぇ。俺の時代のとは少し違うな」

「昔よく作りましたから。それより、探索の結果はどうでしたか?」

「北に行くと森、南と東は荒野。西は俺らがきた方角だ」

 荒野にいても食べるものが手に入るかと言ったら別だ。それにいつまでも肉類のみを食べているわけにもいかない。

「では川沿いに北へ向かいましょう」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 森に来るまで誰にも会わなかった。

 ふぅ、と息を吐き、体を木に預ける。ここまで歩き疲れた反動か、ひどく心地いい。つい、うとうととしていると、

 

「逃げるぞマスター!」

 

 ランサーさんは慌てた様子で私を腹の横にを抱え、後ろに飛び下がった。

 

 ザクッ。

 

 私のいた場所に矢が突き刺さる。

 

「チッ、なんで獣人が森にいやがる?」

 

 バックステップで再び下がる。

 

「囲まれると面倒だ。引くぞ! マスター!」

 

 私は頷くことしかできなかった。

 

 

 

「怪我はないかマスター」

「いえ、ありません」

 一瞬だった。彼が私を抱えたのも、弓から矢が放たれたのも。

「それにしても、なんであんな獣人があそこにいたんだ? なあマスター、アンタの生きていた時代にはあんな生物がゴロゴロといたんか?」

「いませんでした。いたら私達人類は滅んでいます」

「だろうな」と言って彼は黙り込んでしまった。

 

「あの、いつまでもこんなところにいるわけにもきませんし、移動しましょう。もう一度川でも探して、再びそこで寝泊りをしましょう」

「まっ、考えてもワカンねぇだろうしな。とりあえずそうするか」

 再び私達は歩き出した。正解のわからない旅路は、ひどく私の体力を削った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「少し休むぞ。アンタがその調子だとこのまま歩くのは危険だ。急いで何かが変わるわけでもない。気楽にいこうや」

 その場に座り込む。

 今朝に食べた鴨肉、それとともに飲んだ水。その二つのみでここまで過ごしたのだ。もはや私の体力は限界だろう。それに慣れない環境。死への恐怖。ストレスもある。

 しかしそれは彼も一緒なはずだ。ならば私がこれ以上の足手まといになるわけにもいかない。

 

 

 

 気がつくと、夜になっていた。どうやら眠ってしまったようだ。

 ふと、彼を探す。しかし、一向に見当たらない。彼は何処かに行ってしまったようだ。

 私を見限ったのだろうか。そう思うと、申し訳ない。私には専門的なことがわからない。ならば、彼はより自分が勝ち残れるように優れたマスターのもとに行ったのだろう。

 まぁ、仕方がない。むしろよくここまでついてきてくれたものだ。私の運命はここまでなんだろう。

 達観した気持ちで空を見る。都会とは違い、空には星が綺麗に瞬いていた。でもそんな綺麗な星空も、1人で見るのはひどく味気なくって。昨晩より断然気温が高いはずなのにひどく寒く感じる。

 ああ、やっぱり1人は寂しいな。

 頬を雫が伝う。

 水分は貴重なはずなのに止まってくれない。

 私は後先を考えず、声を上げて泣き出した。

 

 

 




9時にもう1話投稿します。


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第3話



本日2本目です。


 あくる朝、再び眼を覚ます。すると、再び彼がウサギを捉えていた。

「よっ。どうしたマスター。なんかあったのか?」

 彼はいつも通りに過ごしていて。

「なんでもないです。それより薪を拾ってきてください」

 すれ違いざまに、ぽんと頭に手を載せられる。

「アンタがマスターである限りはオレもどこにもいかねぇからよ、そこんとこだけは安心してろ」

 そう言って彼は飛び去っていった。ひどく安心したからか、瞳から雫が溢れてくる。申し訳ない。私は彼が私を見捨ててしまったと決めつけて泣いていた。彼を信頼していなかった証だろう。この現状。せめて彼ぐらいは、全面的にも信頼してもいいはずだ。

 

 

「おいマスター、南東の方角に民家を見つけたぞ」

 それは思っても見なかったことだった。2日も移動をし続けたのに人に会わなかった。この事から私は、この世界には既に人が存在しないとばかり思っていた。

「民家ですか⁈人はいたんですたか?」

「いや、見た感じはいなかった。ま、行ってみないとわからんがねぇ」

「行きましょう。ここがどこかの手がかりもつかめるはずです」

 

 

 既にヘトヘトにもかかわらず、希望が見えると元気が出るのは少し不思議だ。民家の中にはきっと何かがあるはずだ。それが地図にしろ、食糧にしろ。何より、雨風をしのげるような場所が得られるのは大きい。

「マスター、浮かれるのはいいが最悪も想定しておけよ。民家が罠で、敵の魔術師が拠点にしている可能性もあるからな」

「あ。そうですね。確かにその可能性もありました。油断大敵。昨日の二の舞にならないように気をつけます」

 今日の荒野はだいぶ快適な気候になってきた。気温的な面もあるが、曇天によって日差しが当たらないのがいちばんの理由であろう。

 

 

 

 ただ、ただ、歩き続ける作業というのは気が滅入ってくる。

 ふと、右を歩く、彼を見る。

 この戦争は、願いを叶えるための戦争だと彼は言った。では、はたして彼はどんな願いをもってこの戦いに身を投じたのだろうか。

「ねぇ、ランサーさん。あなたは──ー」

「止まれ! 民家の前に人影だ」

「民家? まだ私には見えませんが?」

「サーヴァントと一般人じゃ視力が違うんだよ。それよりどうする? このまま向かうか?」

「えと、警戒はしつつも向かいましょう。一般人なら交渉を、魔術師関係ならば…………」

 その先の言葉が出てこない。

 私が帰るには、最終的には戦争に勝たなくてはならないのに。『殺す』と言った行為にどうしても嫌悪感を抱かずには居られない。

「何にせよだ。取り敢えず民家に行ってみるぞ」

 

 

 私にも民家が見えてくると、確かに1人、男が立っていた。

男は槍を右手に、こちらを睨みつけてくる。

「その隙のなさ、余程名のある武人と見受ける。儂は『ランサー』李書文、立会いを所望する」

 彼を見る。彼は衝撃を受けたような顔をしていた。

「『ランサー』といったな。どういうことだ? 聖杯戦争では一クラスあたり1騎のサーヴァントしか呼ばれないんじゃなかったのか?」

「ふん、今は人理焼却の危機。普通の聖杯戦争なわけがなかろう」

「なに? 人理焼却だと? おい、それはどういう──」

 

 キィン

 

 槍同士がぶつかる。

 

「武人が2人出会ったのだ、卑怯とは言うまい」

 

「は! 上等だ!」

 

 キィン。

 

 虚空に火花が散る。

 

 目視できない速度で振るわれる槍。彼らが腕を振るう度に幾多もの残像が浮かび上がる。

 

 槍は最速の武器だと言う。リーチの長さから繰り出される刺突はもはや神速。素人の私にも鋭さを感じさせてくる。

 

 ザッ! 

 

 李書文が間合いを開けた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「なに、貴様のマスターにそのような顔をされてはな。気が散って仕方がない。それに、全力では戦えんのだろう。槍を合わせればその程度わかる。それではひどくつまらんではないか」

 

「さらばだ」

 彼は光に溶けて消えてしまった。

「なんとも自分勝手なサーヴァントだこと。それよりマスター、小屋が空いたぜ。今日からはここを拠点とするか」

 その言葉に、私は頷いた。

 

 

 小屋の中は広く、キッチン、リビングの二つに加え、寝室もあった。

 

「じゃ、俺はこの家の周りを見渡してくる。他にアイツみたいなやつがいないとも限らないしな。」

 ランサーさんは家の外に出て行った。

 

 ドサッ。

 腰が抜けた。

 正面から当てられた殺気。

 濃密で、粘りつくような死の気配。

 浴びせられたのは私ではないのに、酷く苦しかった。

 その後に続いた戦闘。視認すらできない速度で振るわれる槍。

 もし、あの場で彼が私を狙ってきたら。

 もし、あの場で彼が引かなかったとしたら。

 そんな『もしも』を考えると震えが止まらない。

 槍の雨や獣人の矢。確かにそれらは私を簡単に殺しうる。しかし、殺気の面で言えば、天と地ほどの差がある。近くにいるだけで死を連想してしまった。

 この先、私がこの戦いを生き残るにはこの程度の事は何度も起こるだろう。その度に、彼は私を気遣って全力で戦えない。それでは本末転倒だ。ぐっと恐怖を抑え込む。なんとか体を起こす。膝は笑っているが、立つことはできた。大きく息を吸って吐く。それだけで、少しは気もマシになった。まだ、私は頑張れる。

 



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第4話


今日から1日1話になります。


 民家はもぬけの殻だった。数十日も前から使われた形跡はない。おそらく持ち主はすでにこの世には居ないのだろう。

 

 私の作業は家の修理や掃除から始まった。手押しポンプの水道管は錆びてしまい真っ赤な水しか出てこない。食糧の備蓄も、物によっては傷んでしまっている。幸い家自体は穴もなく、雨漏れや動物による被害はないと考えていいだろう。

 

 家中の扉や窓を開け、積もった埃を払う。キッチンやリビング、寝室。それにこの家には書斎があった。机が一つに椅子一つ。大きめの本棚2つ分。めいいっぱいに詰められた本。多くは英語で書かれており、背表紙はどれも小洒落た文字になっていた。これだけ多くの本があれば、せめて地図の一つや二つは見つかるだろう。さっそく彼にも手伝ってもらおう。

 

「ランサーさん、英語もスラスラと読めるんですね。私はどうにも苦手で……」

 彼は本棚を前にして、背表紙にざっと目を通すと、いくつかの本を取り出し私に渡してきた。

「おそらくこの国の歴史書や地図がそん中にはあるはずだ。オレは歴史書を見る。マスターは地図を見てくれ。何か見覚えのあるものがあったら報告し合おう」

 

 頷き、本を一冊手に取った。パラパラとめくるが、全く頭に入ってこない。ため息が出てしまう。もっと良く勉強をしておくべきだった。せめてイラストの1つや2つが見つからないかとページをめくる。見覚えのある女性の肖像画が載っていた。はて、これは誰だろうか? さらにページをめくっていく。

 

「ランサーさん! ありました! 地図です。世界の地図がありました!」

 

 一部の国は写ってはいないが、それは確かに私たちが普段目にする地図だった。ならばここは地球に限りなく近い場所なのだろう。またひとつ、希望が見えた気がした。

 

 地図を指差す。

 

「イギリスが地図の真ん中にきています。ここはイギリスなのでしょうか?」

 

「いや、イギリスならここまで荒野が続かないはずだ。となるとイギリス関連の国家ってとこだろ」

 

「イギリスに関連した国家ですか?」

 

「そうだ。どこか思い当たるか?」

 

 気候からして、アフリカの方面はない。また、東南アジア方面も同じ理由で除外する。とすると、オーストラリアかアメリカあたりだろうか。

 

「そこまで詳しい場所がわかるわけでもない。他の本でも探してみるか」

 

 私たちは地図の捜索に励んだ。

 

 

 

「結局世界のどこにいるのかがわかった程度か」

 

 干し肉をかじりながら彼が話す。保存食や鍋、薪といった基本的なものは案外多く残っていた。

 

「はい。しかし、ここが北アメリカ大陸だとわかっただけでも大きな進歩です。ある程度の地理なら私も覚えていますし」

 

 あれから3時間。私達は情報収集に努めていた。これといったものが見つかることはなかったが、歴史書から地区の名前程度はいくつも見つかり、ここが北アメリカ大陸であることが確定した。

 

「明日は少し遠くの探索にでもいってくる。この民家が見つかったんだ。ここだけとは限らない。家の1つや2つくらい

 見つかるだろ」

 

「そうですね。ではお願いします。私は引き続きこの家の中の整理をします。案外掘り出し物なんかが見つかるかもしれませんし」

 

 

 

 食事が終わると寝るしかない。寝室は一つしかなく、ベッドは一つしかなかった。

 

「ベッド、一つしかありませんけど……。あの、私は気にしません。その、一緒に使うことになっても仕方ないといか……」

 言葉尻が細くなる。

 流石に私1人がベッドを使うのはバツが悪い。それに彼とて今は疲れているだろう。

 

「いや、大丈夫だ。1人で使ってくれ」

 

「そんな! 睡眠は大切です。その、あなたは今まで動きっぱなしでしたし。あの、本当に気にしません。あなたのことは信頼していますから……」

 

 彼は渋々、ベッドに横になった。彼の隣に背中合わせで横たわる。毛布も一枚しかない。必然的に、背中がくっつく。一つの布団で誰かと寝るのは早逝した両親以来だろう。誰かとここまで深い仲になることはあっただろうか。背中に感じるじんわりとした体温が暖かく、落ち着いた気持ちで私の意識は落ちていった。

 







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第5話



読んでくださってる方ありがとうございます。
今回の後半はだいぶ難産でした。
毎日投稿って結構キツイですね。


 

 

 今日も彼は早く起きていた。

 ぐっと体を伸ばして欠伸をする。

「ほいよ。煮沸はすでに済ましてある」

 彼に差し出された水を飲む。久方のベッドでの就寝は私の疲れを癒してくれた。

 

 干し肉を齧る。疲れが取れて頭が回りだす。

 生活への余裕ができると、物事を考える余裕ができてきた。魔術的な知識は私にはない。彼に聞いても理解しきれないだろう。ならば今私に考えられることを考えるべきだ。

 私の考えられることと言ったら今後の活動範囲だろう。西側には金髪の男と従えられた兵士がいた。彼に従えられた兵士は武力の無い私にとって大きな脅威だ。よって、行くなら東側だろう。

 

「ランサーさん、主に東方面の探索をお願いします。西の兵隊は囲まれたら危険です。出来るだけ遭遇しないようにしましょう」

「了解。じゃあ俺は出てくる。今日は少し遅くまで探索してくる。なんかあったらその令呪に願え。思いを込めてオレを呼べばすぐに駆けつける」

 

 

 家の中を探索する。リビングや書斎には何もなかった。キッチンには使いかけの紅茶の葉が瓶に詰められて置いてあった。それにベッドの下にあった部屋の見取り図。屋外の一箇所が示された地図も見つかった。

 示された場所を一緒に置いてあったスコップで掘り返す。コツン。という感触とともに、木目地中からがのぞく。上にかかった土を払うと丸い板で蓋のされた甕が見つかった。蓋を開けてみると中からブドウの芳香が放たれた。中身は真っ赤な色合いの赤ワインだった。久方ぶりの味の調えられたものは非常に美味しそうだった。今晩のご飯は非常に楽しみだ。

 

 家の裏には何かを栽培していた跡があった。すでに枯れ果て、鬱蒼とした雑草が生えてしまっていたが、育てていた痕跡はよくわかった。なんとなく悲しくなって、両手を組んで祈る。どうか、この家主死後が安らかでありますように。

 

 

 特に何があることもなく夜になった。

 

「南東の方角、歩いて半日程度の距離ににそこそこの規模の町があった。おそらく人も住んでいるだろう」

 

 移動するには覚悟が必要だった。多くの人がいるであろうそこには、恐らく昨日出会った彼のような人も数多くいるだろう。それでも移動はすべきだ。ここにこもっていても進展はない。いずれは食料も尽きてしまう。ぐっとワインを煽る。アルコールで恐怖が薄れて行いく。覚悟を決める。

 

「町に行きましょう」

 

 

 

 

 

 早朝から移動を開始する。町には早めに着く必要がある。逃走経路の確認や情報収集など、町に着いたらやることは多くある。私はぐっと唾を飲み込み、町が安全であることを祈った。

 

 

 

 ドドドドッ! 

 

 銃弾が吹き荒れる。

 祈りに反して、町の中は危険だった。

 大量の人型機械が徘徊していた。

 壁を背に、ゆっくりと向こうを覗き込む。

 

 ズダァンッ! 

 

 鼻先を銃弾が通り過ぎて行く。

 

 圧倒的に、この世界は普通じゃなかった。周りの民家は現代よりもよっぽど古い癖に、町の住民は人型機械。

 

 

「この世界、相当やべーぞ!」

 

 キィン! 

 

 彼が銃弾を弾く。

 

「弾切れはまだかよ」

 

 ズドンッ! 

 

 壁が一枚剥がれた。

 このままじゃどう考えてもジリ貧だろう。どこかのタイミングで何かしらの手を打たなくてはならない。

 

「宝具を使う。力が抜けると思うが気をつけろ」

 

 彼が立ち上がった。

 光が集まり、彼の手に槍が現れる。それを振りかぶり、

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 ぐっと身体から力が抜ける。それと同時に、恐ろしいほどの衝撃波が辺りを吹き飛ばす。数多の人型機械が吹き飛ぶ。それでも数台は動き出した。

 

「クソッ。加減をしすぎたか。逃げるぞマスター」

 

 彼が私を抱える。異常に身体が重く、上手く動かない。

 

 一歩、二歩。一気に彼が加速する。

 

 ズザッ。

 

 砂利で体を擦りむく。一瞬何があったのかわからなかった。その後、身体中に広がる痛みによって状況がわかる。

 

 彼に放された。

 

 痛みをこらえて彼を見る。

 ちょうど左下腹部。私を抱えていた場所だ。そこにあり得ないものが生えていた。

 彼の槍。いや、それにしては禍々しい。その理由に気づいた。棘だ。数多の棘は臓物を抉るために造られたのだろう。彼の血に染まり、赤黒く輝いている。

 

「チッ。めんどくせぇ」

 

 町の中に、男が立っていた。



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第6話

 

 

 男が立っていた。

 黒のフードをかぶり、身体中に赤黒い文様がいくつも刻まれている。そして何よりも──ー

 

「ランサーさん?」

 

 似ている。それどころの次元じゃない。声も、身体も、声も。まさに同一人物といっても過言じゃない。

 

 

「さっすがくーちゃん。一発で当てるなんて」

 

 男の背後からピンク色の髪の女が出てくる。

 女はまるで恋人のように男に絡みついた。

 

「引っ込んでろ。まだ殺ったわけじゃない」

 

 その声を聞き、彼を見る。

 腹部から槍を引き抜き、血が溢れ出す。それでも彼は立ち上がった。明らかに戦闘は不可能にも関わらず、何もなかったかのように槍を構える。

 ふと、頭の中に彼の声が響く。

 

『マスター、聞こえるか?」

 

 突然の事態に目を見開く。

 

『念話だ。とにかく説明は後だ。傷が深い。隙を見て逃げるぞ』

 

「その顔はオレかぁ? 随分と面白いかっこになってんじゃねえか」

 

 血を地面に吐き出す。

 彼は自分に注目させるために男を煽る。

 

「関係ない。俺は俺だ。他の何者でもない」

 

 まるで興味がなさそうに男は反応する。

 無機質な視線や言動。彼にある温もりは感じられない。まるで感情を削ぎ落としたかのような存在だ。

 

「くーちゃんはね、私が聖杯でつくったの。さいっこうでしょ!」

 

 女が自慢するように出てくる。無邪気な顔の裏には狂気が垣間見える。

 

「メイヴか。またくだらねーことしたなお前」

 

「ふふふ。用済みが何か言ってるわ。くーちゃん、やっちゃって!」

 

「了解した」

 

 男が腕を振るう。

 それだけで離れた位置に落ちていた槍が手元に戻っていった。

 

 緊張が高まる。遂に男が膝を屈める。

 

 

 ズダァンッ! 

 

 

 不意に、音が鳴り響く。

 

 銃弾が女に向かって放たれた。

 

「舌を噛むなよマスター」

 

 彼が私を抱えて走り出す。

 

 人型機械が動き出し、女に群がって行く。

 

 男は女を守るのに忙しいようだ。

 

 ふと、男がこちらを向く。ふと、目があったように感じた。その目は強い飢餓に襲われたようであり、少しだけ寂しそうに感じた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 荒野を走る。ただ、ひたすらに走る。地理も方角も、何にもわからない。もし追い付かれたら死ぬ。ただ、それだけだ。

 

 彼の速度が落ちる。減速は止まらず、遂に彼が足を踏み外した。咄嗟に自分の頭を抱える。私達は地面を転がった。

 

 彼に駆け寄る。左下腹部の出血が酷い。ここまで走れたのが異常なほどだ。

 

「ランサーさん。死なないで! ねぇ、ランサーさん!」

 

 上の服を脱ぎ傷口に押し付ける。血は止まらない。むしろ出血は酷くなる一方だ。

 

「すまねぇマスター……。オレは、ここまでの様だ……何とか、返してやりたかった、出来そうにねぇ……」

 

「喋らないで! やだ! 死んじゃやだ!」

 

 涙が止まらない。いやだ。彼が死ぬなんて絶対に嫌だ。

 ごぽりと血が溢れる。

 

「やだ、やだ。死なないで! 死んじゃやだ。────死なないでっ! ランサーさんっ!」

 

 不意に肩が熱くなる。躍動するようなナニカを感じる。

 その瞬間、奇跡が起こった。

 彼の血が止まり出す。傷がじわじわと塞がって行く。

 

 ────ーそれでも足りない。傷は彼を少しずつ蝕んでいる。

 ああ、もう無理なのだろうか。

 

「おや。大きな爆発から馬鹿弟子の気配を感じて追跡してみれば。死にかけてるではないか。私はそのような軟弱に育てた覚えはないのだがな」

 

 



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第7話



明日投稿出来るかは未定です。


 

 

 真っ黒なタイツにヴェール。真っ赤な瞳は彼と同じなのに感情の起伏が見え辛く少し不気味だ。

 

 馬鹿弟子と言っていたのだから彼女は彼の師なのだろう。ぱっと見はそうは見えない。見た目は私と同じかそれより少し若い。彼との年齢差はそんなにあるようには見えない。それでも彼が彼女を警戒してないあたり本当なんだろう。

 

 彼女は拾った石に紋様を刻むと彼に渡す。彼が石を握ると顔に生気が戻っていった。その様子を見て少しだけ安心した。彼女は彼を背負って歩き出す。私は置いていかれないよう、一歩後ろをついて行く。

 

 

 黒衣の彼女と荒野を歩く。会話の無い道中というのは、いろんなことを考えてしまう。例えばそう、町に行ったこと。

 正直私は彼が死ぬだなんて一度も考えていなかった。この世界に来てから、彼は私を常に救ってくれた。最初の槍の雨、森の獣人、民家の武人、町の人型機械。私だけなら生き残ることはできなかった。それに町での槍の投擲。ただの投擲の威力とは到底思えないそれは私の慢心に拍車をかけていた。

 あの時、私は全く周りの警戒をしていなかった。それどころじゃない。町に行く決断をした時もそうだ。心の何処かで彼がいれば大丈夫だと思っていた筈だ。彼が貫かれた時、初めて彼の死を想像した。彼も人で、心臓は一つ。何かの拍子に死んでしまってもおかしくは無い。私が彼の、足を引っ張っている。

 

「おい、何を考えているのかは知らんがその顔はやめろ。辛気臭くなる」

 

 不意に彼女が振り返った。

 

「大方この馬鹿が警戒を怠ったのだろう。まったく、仕方のないやつだ」

 

 彼女は大げさに溜息を吐いた。

 

「そんな、違います……。私が……私が慢心していたのが悪かったんです」

 

「馬鹿者。お前のそれは慢心ではない。第一、お前のせいにすればこの馬鹿が喜ぶとでも思っているのか?」

 

 それは違う。彼のことだ。責任は自分にあるとでもいうことだろう。

 

「それに主人を守るのが馬鹿の役目だ。にも関わらず、主人が『戦士のことが心配で送り出せません』とでも言ってみろ? こいつのプライドはどうなる」

 

「それは……」

 

 まさにその通りだ。

 

「それに、慢心しろとは言わないが信頼はしろ。戦士の主人なのだ。我が臣下は最強である。そう信じることがお前の仕事だ」

 

 確かにその通りかも知れない。私に出来ることは多くない。それでも、信じると決めたのだ。最後まで、彼を。

 

「そうだぜマスター。今回は少しミスっちまったが次はやる。俺の槍にかけてアイツを仕留めてやるよ」

 彼が笑う。

「喋るな馬鹿弟子。それとも歩くか?」

「そりゃねぇぜ師匠」

 

 荒野を進む。何となく、どうにかなるような気がしてきた。今はただ、彼が回復するのを待つ。彼が起きれるようになったらまた歩き出そう。彼ならきっと大丈夫だ。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 あれから1週間も経つ。あれから私達は廃村を見つけた。町よりよっぽど小さいが、食料や服などの日用品と案外必要なものが揃っていた。それに彼女は自分のことを教えてくれた。スカサハと言うらしい。彼女は非常に博識で、『魔術』といったものを日に数度だけ基礎のみだが教えてもらった。

 

 

 最初の3日は彼はベッドで寝て起きなかった。ずっと寝続ける姿に不安はあった。それでも彼は4日目には目を覚まし、5日目には動けるようになった。6日を超えると日に数度、師匠である彼女と槍を合わせだした。そして動きがあったのは7日目、つまり今日だった。

 

 彼女が廃村周りの探索から帰ってきた時、緑の外套を着た男を連れていた。

 

「スカサハさん、その人は誰ですか?」

 

「何、そこでたまたま見つけてな。何やら事情がありそうなんで連れて帰ってきた。おい、貴様。名乗れ」

 

「ハイハイ。助けられた恩があるんだ。言われなくても名乗りますよっと。オレはロビンフッド。クラスはアーチャーだ。そんでオタク、何者だ? なんで人がここにいる?」

 

 少し。いや、かなり鋭い眼で見つめられる。まるで鷹のような鋭い眼だ。すくんでしまい、上手いように声が出ない。

 

「まぁ待て。桜花は敵では無い」

 

「アンタがそう言うんだったら信じるよ。それよりだ。オレは早くマスターと合流しなきゃならねぇ。救ってもらったところ悪いが行かせてもらう」

 

 ロビンフッドと名乗った男はフードを被って走っていこうとする。

 

「待て!」

「なんかようかよ? こっちは急いでんだ」

「私たちも連れてけ。力を貸してやろう」

「それはありがたいが、その女はどうするんだ?」

 男は厄介そうにこちらを見る。

「連れて行く。馬鹿弟子! 行くぞ!」

 師匠が家に向かって声をかける。

「あいよ! 了解!」

 彼は窓から飛び出してきた。

 男は彼を見て眉間にシワを寄せる。

「やっぱり訳ありかよ……。めんどくせー!」

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 廃村を発ってから半日、私達は彼の案内のもと、男のマスターとの合流地点まで向かっていた。

 

「ここらの野営地で合流する手筈だ」

 

 まだ彼のマスターはいないのか、人の気配は全く無い。

 

「しばらく待ちになる。好きなように過ごしてくれ」

 

 彼は木に寄りかかった。

 

「いや、そうもいかないみたいだぜ。どうやら敵のお出ましのようだ」

 

 鎧を着た大男の大群が迫ってくる。この世界に来た当初のと同じ光景だ。

 

 男は心底面倒臭そうに頭をかいた。

 

「ほんっと奴等。はぁ、迎え撃つとしますか」

 

 男は弓を構え、2人は槍を構える。

 

 最初は男の射撃だった。

 

 ザシュッ! 

 

 放たれた矢が先頭の男たちに突き刺さる。それでも彼らの軍隊は止まらない。

 

 初めて生で見た「人」が死ぬ場面だった。それでもこの数日で覚悟出来ていた。目線をそらさず観察をする。戦闘中にただ守ってもらうだけではいたくない。追加の矢が飛んでいき、スカサハさんが軍隊に突き進む。私は軍隊との接触を、木陰の後ろで観察していた。するとひとつ、気づいたことがあった。

 

「血が────出ない?」

 

 大男たちからは出血がない。それによく見ると死体も残っていない。おそらく魔術で作られたであろう軍隊。それがなんとも不気味で、何より魔術の恐ろしさを改めて痛感した。

 

「ハ──ッ!」

 

 凛とした声と共に少女が戦場を駆る。大楯を持ったまだ幼い少女が軍隊に突撃した。援軍だ。

 おそらく男のマスターの仲間なのだろう。

 

 さらに後方から矢が飛んでいく。

 まるで剣のような形をした不思議な矢だ。

 敵の中心にあたると爆発し、多くの軍勢が灰燼となる。

 その他様々な攻撃が軍隊に突き刺さる。

 

 援軍が来てからと言うもの、あっという間に軍勢は消滅した。

 

 木陰から出てランサーさんに近づく。

「怪我はねぇかマスター。お陰様で俺の方は快調だぜ!」

「それはいいんですけど……」

 目線を後方に向ける。

 

 1人の男の子が前に出てロビンフッドと話している。見た目からして年齢は高校生ほどだろう。少し変わった服を身につている。しかし、スカサハさんから聞いた魔術師のような気配はない。何かあったのか、少し哀しそうな表情をしている。

 

 教わった魔術師としての像とまったく違う。警戒していただけあって少し拍子抜けだ。

 

 ふと、彼らの視線がこちらに向く。大勢に見つめられるのはなんとなく居心地が悪い。

 それでも対話は必要だ。気は進まないが、行かなくてはならない。彼らの元に足を進めた。



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第8話

2日に一回投稿になりそうです。


「はじめまして。藤丸立花です」

 すっ、と手を差し出される。

「えっと……双葉桜花です。その……よろしくお願いします」

 手を握り返す。

 芯の強い男の子だと思った。言葉には力があり、瞳の奥には強い意思が垣間見える。

 

「よろしくね双葉さん。双葉さん……。ふたば……。日本人⁈なんで⁈」

 

「ふ、ふ、藤丸くん。お、おちつくんだ。と、とりあえず話を……」

 

 何処からか声が聞こえてくる。これも念話の一種なのだろうか。藤丸くんの手元から伸びた光が空中にウィンドウとなり表示されている。そこにはなんとなく締まりのない顔をした男が映っていた。

 

「まてまてロマ二。まずは君が落ち着きたまえ。それで、双葉くんだったかな? 私はレオナルド・ダ・ヴィンチだ。気軽にダヴィンチちゃんとでも呼んでくれたまえ」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 男に変わって見覚えのある顔が表示された。見た目はかの有名なモナ・リザ。にも関わらず、名前はあの天才画家。まさか私の今まで習った事は間違いだったのだろうか。

 

「驚いているところ悪いけど、話を進めさせてもらうよ。まず最初に、きみは今自分の状況を何処まで把握できているんだい?」

 

「その、気づいたらここにいて。令呪が刻まれたマスター同士で戦っているぐらいしか……」

 

「そうか、原因はわからないが、理由はわかった。なら最初から説明していこう。ただ、これから話す内容はって厳しいかもしれないが全て現実だ。覚悟して聞いてほしい」

 

 彼女の顔が先程までの温かみのある笑みから一転し強張った。

 

「世界は崩壊した」

 

 世界が崩壊? 初めは意味がわからなかった。予想外の一言。まさに声が出ない。内容を理解するにつれ、手にはじんわりと汗が滲み、足下から崩れていく感覚が襲ってきた。倒れそうになる私を、後ろから来たランサーさんが支えてくれる。

 

「予想はしていたとはいえ、驚きだな」

 彼も驚いているのか額に汗が伝っている。る。

「おや、きみは知識がないのかい?」

「ああ、オレには聖杯戦争の知識しか与えられていない」

「ならきみも話を聞きたまえ。そもそもだ。完全に滅んでいたら私達は存在していないはずだろう? 完全には滅んでいないってことさ。それで私達は滅びかけたこの世界を救うためにこうやって活動しているのさ」

「大体わかった。それで? その救う方法はなんだ?」

 

「あらゆる時代に散らばった聖杯を集めるために旅しているのさ。今までに4箇所は回収しているよ。それで、だ。聖杯はそれぞれ何かしらの形で歴史を改変しようとして使用されている。この時代では──ー」

「メイヴだな。あいつ、オレを聖杯で作ったと言っていた」

「その通りさ! それに彼女はきみの反転体を作り出している。それが結構厄介でねぇ」

「その……。すみません。私はあまり理解できませんでした」

 

「最初となんも変わっちゃいねぇさ。要はオレが町で会った2人を仕留める。マスターは元の時代に帰る。たったそれだけさ」

 

 

 ────────────────────

 

 

「はああぁぁぁ!」

 

 藤丸くんと盾を持った女の子(マシュと言うらしい)がスカサハさんに鍛えられている。モンスター相手の実戦のみでだいぶスパルタだが、彼らは必死に食らいついているようだ。なんと言うか、ここまで連続してモンスターに会うと異世界に来たのではないかとでも思ってしまう。

 

「む、そこに居るもの、出て来い!」

 

 唐突にスカサハさんが声を上げる。

 虚空に向かって目を向けると、光が集まり人型を成す。

 

「む、よくぞ気づいたな」

「ふっ、それだけの殺気を漏らしておいて気づかぬ筈があるまい」

「すまんな。どうにも貴様を見ていると血が滾る。ランサー『李書文』。いざ、立会いを所望する」

「立ち会っても良いが、私はカルデアについている。故にマシュと戦い、勝利してみよ。であればこのスカサハが直々に相手をしてやろう。だが敗北した場合は疾く立ち去るがいい」

「なるほど、ではマシュとやら、立会い願おう」

 

 2人のの戦いを見る。

 前回出会ったときの様な殺気が辺りを飛び交い、どうにも足がすくみそうになる。

「下がっていたまえ。君には少し辛いだろう」

 

 赤い外套を着たサーヴァントが私の前に出て殺気を遮ってくれる。それでも、だ。ぐっと足に力を込める。

「大丈夫です」

 震えながら答える。

「しかしだな」

「やめとけアーチャー。俺のマスターはそんなにヤワじゃない」

 これからは本当の戦争なのだ。もう殺気程度にビビってはいられない。

 

 そうこうしているうちに立ち会いは終わった。どうやら彼は再び何処かへ行ってしまうらしい。別れ際に、こちらに近づいてくる。

 

「ふむ。ランサー。お主のマスターはだいぶ成長した様だな。今のお主ならば楽しめそうだ」

 

「やんねーよ。オレにはオレの敵がいる。そんだけだ」

 

「ほう。何とももったいない。しかし、あれもこれもと言って出し惜しみしてしまったら本末転倒。仕方なし。ではな」

 

 本当に、嵐の様な人だ。

 



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第9話

「とりあえず、エジソンのところに行こう」

 

 藤丸立花は考えていた。李書文の言っていた「何かが憑いている」という言葉に引っかかりを覚える。と言うのも、エジソンを誰かが乗っ取っているようには見えなかったからだ。にも関わらずそのような発言。不思議に思わずにはいられない。それに考えれば考えるほど不思議な点が思い浮かぶ。なぜ、発明家が、政治を引っ張っていけるのだろう。それに目的も何処か引っかかる。愛国心が強いでは片付けられないような気がしてならない。

 

「もう一度エジソンに会いに行こうと思うんだけどどう思う?」

 

「明らかに彼は患者です。早急に処置を取らなくてはなりません」

 ナイチンゲールは相変わらずで、

「アハハハ……。でもそうだね。李書文の言っていたことも不思議だし」

 ロマ二も賛成なようだ。

 なら次の指針はエジソンとの再会と対話だ。

 

 

 ───────────────────────

 

「エジソンの城までは一緒に来て、そのあと乗り込むときは別行動にしてほしい」

 

 藤丸くんが突然言った。

 

「確かにそうしたほうがいいかもしれない。彼はだいぶ直情的になっていたからな」

 アーチャーの彼も賛成のようだ。

「あの、城に乗り込むんでしょう? 戦力は1人でも多いに越したことはないと思いますが」

 不思議に思って首を傾げる。

「クーフーリンってケルト陣営のサーヴァントにもいるんでしょ? だからランサーがいると『ケルトの仲間だー。ケルトに与したんだー』って言って話を聞いてくれそうにないんだよね」

 

 驚かずにはいられない。敵味方の区別もつかないなんて。エジソンは本格的に追い詰められているのかもしれない。

 

「おっと」

 緑の彼が何かを見つける。

「お喋りはここまでだ。あそこにケルトの軍隊がいる。なぁマスター、あいつら捕縛できないか? いい作戦がある」

 彼には何やら作戦があるようだ。

 私達は軍隊に急襲した。

 

 

 

 

 緑の彼が発案した作戦。ケルトの軍隊を捕虜として連行する。

 それは途中まではうまくいっていた。しかし人型機械が出てきたあたりで雲行きが怪しくなった。結果、敵地の真ん中で私達は見つかってしまったのだ。

 

 走る走る、ただ走る。森の中、後ろを人型機械達が追いかけてくる。驚いたことにあれは人が操縦しているらしい。邪魔だからと殺せはしない。だから少しやりづらい。

 

 銃弾が散らばりあたりの木々に穴を開ける。

 ここで迎え撃つしか────! 

 

 右にマシュちゃんが出て盾を構える。

 

 ゴオォォォゥ。

 

 焔と共に恐ろしいほどの熱気が私たちを襲った。

 

「エジソンに請われてな。悪いが邪魔をさせてもらう」

 

 焔の方向を見る。男が立っていた。白髪で長身。わかりづらいが非常に細い。そして何より目立つのは黄金の鎧の神々しさ。

 

「通してカルナ!エジソンは多分何かに取り憑かれている。一発殴って目を醒させないと!」

 

「オレとて奴が何かに取り憑かれているのには気付いている。だがそれはオレが退くほどの理由にはならない」

 

「あーもー! 英雄ってやつはみんな頑固なんだから!」

 

 赤髪の少女が唸る。

 

「ランサーさん。彼を抑えてください」

 

 彼と男の槍がぶつかる。

 

 機械人形はこの戦いについて来られないようで離れていく。

 

「行って、藤丸くん。どうせ何処かで別行動をするなら今ここで分かれましょう」

 

 

 走り出す藤丸くんの後ろ姿を一瞬だけ確認して戦いに目を向ける。

 

 彼と男の戦いは特徴的だ。男の槍は殆ど彼には当たらない。当たったとしても擦り傷程度だ。逆に彼の槍は男にあたる。それでも当たった側から傷は治ってしまい効果があるようには見えない。このままじゃジリ貧だ。それに同盟の可能性がある以上、こちらは致命傷を避けなくてはならない。

 今はただ、藤丸くんが決着をつけてくれることを祈るしかない。

 

 

 ────────────────────────

 

「マシュと婦長、スカサハはエジソンを、エミヤとロビン、エリザベートはエレナを相手して」

 藤丸六花は考える。思考を止めてはいけない。どうにかエジソンに勝ち、こちらの意見を認めて貰わなくちゃいけない。

 

 魔術師相手はエミヤが有利。婦長は確実にエジソンと戦おうとする。なら他の誰かをサポートに回す。エジソンの雷による全体攻撃は厄介だ。マシュの盾やスカサハのルーンによって防がなきゃいけない。油断はしてられない。それにこっちも圧倒的に有利なわけじゃない。サーヴァントの戦いにおいて数的有利はひっくり返されることもある。宝具がどのタイミングに出されるか。連携ミスはないか。場合によっては令呪も使わなくちゃいけない。しっかりと見極め、指示を出さなくてはいけない。

 

 エジソンの魔力が高まる。

 

「宝具が来る!マシュは宝具で受け止めて!婦長、いつでも行けるように準備を!」

 

「負けるわけには行かんのだ!いくぞ我が宝具!W・F・D(ワールド・フェイス・ドミネーション)

 光が瞬き、宝具が発動する。

 

「うぅぅっ! あぁぁぁ!」

 

 マシュが耐える。剥がされる神秘に対抗するように魔力を放出していく。

 

「婦長!」

 宝具は諸刃の剣だ。大技である以上どうしたって隙が生まれる。光が途切れ、エジソンの体から力が抜ける。この一瞬で決める! 

 

 走り出した婦長に反応が遅れている。とっさにカウンターが放たれた。

 

「治療しますっ!」

 

 腰の入っていないテレフォンパンチ。それをよけた婦長の拳がエジソンの顔に突き刺さる。巨体が吹っ飛び天井にぶつかった。

 

「エミヤ!」

 エジソンが吹っ飛んだときエレナは動揺した。それを見逃すわけにはいかない。

 

破壊する全ての符(ルールブレイカー)!」

 

 距離を詰めて防具を叩き込む。魔術師である以上これで勝ちは決まった。あとは対話をするだけだ。

 

 ────────────────────────

 

 城の天井が壊れる。

「どうやら向こうの決着がついたようだ。よってこの一撃を持ってこの戦いに終止符を打つこととする」

「気を付けろマスター。とんでもない一撃が飛んでくるぞ」

 ランサーさんが数多のルーンを刻む。

「いくぞ。梵天よ地を覆え!(ブラフマーストラ)

 男の眼から光線が解き放たれた。

 

「ウォォォォ!」

 

 彼が吠える。強大な熱量が伴ったそれをルーンの結界で受け止める。地面が融解し、草木が消滅する。彼の一撃はまさに必殺の一撃と言っても過言ではない。

 

「ほう、耐えたか。ならばこの戦いはオレの負けだ。エジソン達が待っている。オレは先に行かせてもらう。お前達のことは報告しておく」

 

 男が消える。

 

 十秒にも満たないその一撃だが、威力は十分。人型機械やケルトの軍隊は一瞬にして灰塵と化すだろう。

 

「向こうも話がいるだろ。少し休んでこうぜマスター」

 

 ランサーさんが座り込む。

「アイツあんなもん打ち込みやがって。こっちの身にもなれってんだ」

 

「ルーンは本職じゃねーんだよ」

 彼がぼやいている。見れば手の平に火傷を少しした程度。それもそのうちに治せるレベルだ。何となくだが、彼となら誰にも負けないような気がした。



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第10話



台風被害に見舞われた方々の幸福を願います。


 

「エジソンだ。よろしく頼む」

 

 城に入ると大きなライオンに握手を求められた。真っ白な立髪に立派な筋肉。今まで会ってきた人の中でも1番普通じゃない。

 

「離れなさいエジソン。怖がってるじゃない」

 

 ライオンの背後から少女が出てくる。

 

「キャスター、エレナ・ブラヴァツキーよ。気軽にエレナと呼んでくれても良くってよ」

 

「えと、双葉桜花です。よろしくお願いします」

 

 紫色の髪に紺の帽子を被った少女。見た目の年齢とは違った聡明さ。やはりサーヴァントは特異な存在だと実感する。

 

「貴方のことは藤丸くんから聞いてるわ。大変だったでしょう。歓迎するわ」

 

「さて、顔合わせが終わったことだし明日からの作戦会議をしようか」

 

 通信機からの声によって空気が変わる。いつまでもこのままでもこのままではいられない。

「では考えるぞ皆の衆。さぁ意見を出したまえ」

「はい!先生、はい!」

 元気よく少女が手をあげる。

「エリザベートは何か思いついたの?」

「攻め込んで殴るのよ、それしかないわ!」

「超却下‼︎である」

「え──ー!」

 その後も会議は進まない。あれだこれだと意見は出るがどうにも微妙だ。

「改めて現状を把握しておこう。ケルトは北米大陸の半分を支配している」

 そう言って地図を広げる。

「最終的に彼らは南北の二ルートから侵入してくるであろう。我々はそうなるように布石を敷いてきた」

 攻めるとなると二つのルートのどちらかが手薄になってしまう。それでは不足の事態に対応ができない。

「この時代の存続には領土が関係していると思われる。領土がこれ以上侵食されるのは危険だ」

「ならば後ほど機械化歩兵を更に前線に補充しておこう。さて、ではどうするべきか」

「向こうの戦力は女王メイヴ、クーフーリン。それにベオウルフとアルジュナもいるわね」

「おまけにケルトの兵士達やモンスターもいやがる。オレ1人じゃ難しい。頑張ってもフルボッコですよー?」

 現状が不利なのは変わらない。それにこのままじゃ不利になる一方だ。ここで決着をつけなきゃいけない。

「暗殺に失敗した以上、戦力を二分。片側を拮抗させた上でもう片方が正面突破しかあるまい。幸いここには強力なサーヴァントも多いことだ。不可能ではあるまい」

「その通りだアーチャー。いつまでもチンタラしてらんねーんだ。いくしかねぇだろ」

 引くも駄目。守るも駄目。結局攻めるしか選択肢はないのだ。

「私も賛成です。備える時間も必要である以上いつまでも話し合ってはいられません」

 ライオンを見つめる。彼とて他に方法がないことには気付いていたのだろう。

「それしかないようだな。では続いてメンバーだが……」

「それなら子ジカに任せるわ。アンタなら間違いないでしょ」

 なるほど確かに。今までさまざまなサーヴァントと交流してきたのだ。そのあたりの経験は豊富だろう。

「俺なんかにできるかなぁ……」

「大丈夫です先輩。私も手伝うので一緒に頑張りましょう!」

 そうして会議は解散となった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 食事を終え部屋に戻り椅子に座る。机に置かれたランプに火を灯す。なんとなく炎を見つめていると安心感を感じてくるのは不思議だ。

 

「明日から最終決戦だ。早く休め。体力が持たんぞ」

 

 この戦いも終盤。明日の戦いを最後に私達の今後が決まるのだ。生きるか死ぬか。結果はそれだけ。明日で全ては決まるのだ。

 

「ねぇランサーさん。私ね、貴方に会えてよかった」

 

 彼を見つめる。少し慌てたような表情に場違いにも可愛らしいと思ってしまった。

「突然どうしたマスター」

「今しかないと思って。明日どうなろうと落ち着いて話ができるのはここで最後でしょ?」

「そりゃ、そうだが……」

 パチリ、と火花が爆ぜる。

 真っ暗な中、ゆらゆらと炎が踊っている。

 なんとなく、この静けさが好きだと思った。

 

「ねぇランサーさん。私ね、寂しかったんだと思う」

 彼は何も言わない。ただ耳だけ傾けている。

 

「私の家族、10年も前に死んじゃって。それ以来友達とも疎遠になっちゃってさ。元の世界じゃひとりぼっちなんだ」

 家にいると寂しさがこみ上げてくる。おかえりもただいまも言えなくなって、ただ孤独の中に生きる。世界が色落ちた様に無価値に思えて。どんどん記憶も薄れていつかみんなのことも忘れてしまう。

 

「だからかな。この世界に来て、久しぶりにこんなに話して。久しぶりにこんな近くに人を感じた。辛いこともあったけど、凄い楽しかった」

 

 ただ一緒にいるだけで。それだけで世界に暖かみを感じる。こんな時間を感じられるだけですごく嬉しい。生きていると実感できる。

 でもそれは永遠には続かない。

 この戦いも終わる。もし勝ったとしても私は元の世界に。彼ももとの場所に戻ってしまう。それは酷く悲しくって寂しくて。いけないのに続いて欲しいと願ってしまう。

 

 ふと、肩を見る。1箇所かけた紋様。彼との繋がり。その証明。この一画欠けたことに気づいたあの瞬間。私は恐怖したのを覚えている。

 

「私ね、怖いんだ」

 孤独を耐えることには慣れたけど、失うことは全く慣れない。いつまでも私を蝕んでいく。

 

「ならどうする。逃げるか?オレは飽くまでサーヴァント。アンタの選択に従うぜ」

 それは甘い言葉だった。彼から出たとは思えない発言。魅力的で、蠱惑的で、まるで私を溶かすような提案。

 それでも選んではいけないことだけはわかった。このまま選んでしまったら、一生彼に縋ってしまう。

「戦う。戦います。これは私のわがままですから。私の為に誰かが失う必要はありません」

「アンタがそれを選んだ以上オレからはとやかくは言わない。とにかく今は休んで明日に備えろ」

 彼はドアノブに手をかける。

「頑張りましょうね」

「おう」

 そう言って部屋から出て行ってしまった。

 もう涙はこぼせない。私が決断した以上、いつまでももしもの話を考えても仕方がないのだ。泣いても笑っても明日で最後。次の夜明けは彼と笑っていられるように。私も精一杯頑張るしかないのだ。

 

 

 ──────────────────ー

 

「盗み聞きとは感心しねぇな」

 ドアを開けると紅茶を片手にアーチャーが立っていた。

「何、君のマスターは随分と消耗していたようでな。マスターに念のためにと派遣されたのだ」

「いらねえよ。既に寝させた。お前らは明日のことだけを考えときゃ充分だ」

「随分と信頼しているのだな。あのマスターを」

「覚悟示されたんだ。答えねぇ訳にはいかねぇだろ。それよりスカサハはどこだ?」

「西の塔にいる。手合わせをするなら城外に行きたまえ。マスターには私の方から言っておこう」

「やけに気が効くじゃねぇか明日雨とか降らすなよ?」

「君の周りだけ剣の雨を降らせてもいいが?人の気遣いだ。有り難く受け取っておけ。ではな。私も忙しいのだ」

 

 ────────────────────

 

 

 歩きながらクーフーリンは考えていた。

 もう1人の自分やこの世界に呼ばれた理由。何故野良でなかったのか。何故彼女はこの時代に呼ばれたのか。

 

 思えば出会いからしておかしかった。呼ばれたと思えば槍の降る中。遠くに見えるケルトの兵士。マスターといえば気絶していて。ステータスや魔力供給量も低い。目が覚めた後もだ。マスターが魔術師でないと言って落胆した。猛者達を前にロクに戦えず敗北するのは目に見えていた。

 

 

 不思議な女だと思った。

 日々の生活。適応力は高いのか、普段の生活にも文句も言わず、それにオレが見ている前では決して涙は流そうとはしなかった。

 

 戦闘を繰り返すたびに変わっていくような気がした。覚悟ができ、恐怖を受け止めるようになった。戦闘は嫌うのに、決して投げ出さない。

 

 マスターの願いはおそらく孤独の解消。どう足掻いてもこの世界が修復されたらオレは帰還することになる。それではただいいように使われて終わりだ。それは何となく腹が立つ。

 

 

「馬鹿弟子ではないか。こんな夜更けに何のようだ?」

 

「少し虫の居所が悪い。付き合ってもらうぞ」

 

「フッ。その荒々しさ、ようやくクランの猛犬らしくなったではないか」

 

 

 

 夜が明ける。朝焼けと共に並んだ人影。数多な時代から集まった戦士達。皆が思い思いに話しているが、その想いは一つだ。

 

「編成は言った通りだ。いくぞ、出陣だ!」



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第11話



諸事情により次の話まで少しだけ空きます。今月中には完結させるつもりではいるので気長に待っていただけると幸いです。


 荒野をかける。私達は急襲側のメンツに加えられた。メンバーは私とランサーさん。カルナ、ラーマ、ナイチンゲール。それに加えてエミヤさんなど藤丸くんの連れてきたサーヴァント少数。このメンバーで一気に突破するつもりだ。

 

「早速ケルトの軍勢のお出ましだ。3分後に接敵する。準備しろ!」

 

「了解! ここで時間はかけられない。エミヤ宝具を使って一掃して」

 

「了解した。下がっていたまえ。『偽・螺旋剣(カラドボルクⅡ)』」

 

 剣が放たれ爆散する。見た限りでは全滅だろう。やはり藤丸くんの判断は速いし的確だ。一瞬で盤面を整理して指示を出せるのは一重に経験の差なのだろう。私には真似できない。彼の為に。未来の為に。私にできることを探さなくてはならない。肩の赤い紋様。あまり使いたくはない。それでも戦うと決めた以上覚悟だけはしておかないといけない。

 

 

 

 おおよそ昼過ぎごろだろうか。一条の炎が迫ってくる。カルナが弾く。

 ここまでの道中、私は彼は表情が動かない人だと思っていた。しかしそのポーカーフェイスが崩れる。

 

「カルナ、お願いできる?」

 

「承知した。あのアルジュナが相手だ。全力を持って戦わせてもらう。下がっていていろマスター」

 好戦的な笑み。それが向かう先には1人の男。褐色の肌に真っ白な衣服。弓を片手に持った高身長のサーヴァント。

 

「久方ぶりだなカルナッ! 何千年も待ち続けたぞ! 俺はお前との正しき決着を望む! 必ず! この場でだ! いかなる天魔さえ邪魔立てはさせん‼︎────いくぞ!」

 

 2人の間で赤と蒼の炎がぶつかる。大規模な爆発。男の顔が恐ろしい程に歪んだ。

 

 男は狂気に染まったように戦っている。それでも動きに隙はない。弓と槍。明らかに間合いが違う武器。詰められれば槍が圧倒的に有利にも関わらず未だ決着がつかないのは男の技量が確かな物だからだろう。

 カルナが詰めればアルジュナが飛び退く。

 突き出された槍を避け、手元に矢が放たれる。横薙ぎで弾き、そのまま腹をとらえる。

 それをも利用して男は間合いを無理やり開けた。

 

「ハハハハハ! やはりだ! お前との勝負は心が踊る。あの時の勝敗、今ここで証明してみせる!」

 

 再び繰り返される応酬。何度も炎が地を這い迎撃されるたびに火の粉が飛び散る。武の極地とも呼べるその戦いは益々激しさを増し辺りへの被害が大きくなっていく。

 

 それでも長くは続かないだろう。こちらの攻撃は向こうの体を傷つけるのに対し、向こうの攻撃はどうしても鎧に阻まれてしまう。通った攻撃でさえ次々と癒されてしまう以上こちらが圧倒的に有利だと言える。それでも油断はできない。2人の魔力が急激に高まる。

 

梵天よ地を覆え(ブラフマーストラ)!」

炎神の咆哮(アグニ・ガーンディーヴァ)!」

 

「「オオオオオオォォォォォォォ────‼︎」」

 

 2人が気迫を込める。ぶつかり合う2色の炎。初めは拮抗していた。それでも少しずつ押している。今回はこちらが優勢なようだ。

 

 その瞬間だった。

 

「『抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルグ)』」

 

 カルナの炎が弱まった。勢いを増した蒼炎に飲まれる。炎が爆発し、辺り一帯が煙に包まれた。

 

「何故だカルナ! 何故手を緩め……」

 

 煙が晴れると胸から槍が突き出たカルナが現れた。流石のアルジュナも困惑している。だが私はその槍に見覚えがあった。

 

「ランサーさん!」

「あいよ!」

 

 彼の槍と男の拳が激突する。

 黒衣の男。やはり彼の不意打ちだったのだろう。男が腕を振るうと槍が戻っていく。

 

「何故だ! 何故邪魔をした!」

「邪魔だ? 一騎討ちなんぞ俺は認めてない。それにこれは戦争だ。卑怯も何もない」

 

 男がこちらを見る。感情の一切が込められていない瞳に鳥肌が立つ。

 

「そんでお前らが反逆軍か。数が多いな。チッ、面倒だ。まとめてやらせてもらう。蠢動せよ。────ー死棘の魔槍(ゲイ・ボルグ)

 

 男が槍に力を込める。禍々しく躍動する魔力。威力は確かな物だろう。────────放たれれば、だが。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)!」

 

 槍の投擲。男が無理やり槍で弾く。溜められた力が散った。

 

「オレがいるのを忘れてねぇか?」

 

 ランサーさんが逸らさせる。その隙に宝具が放たれた。

「焼き尽くせ……『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』……」

「チィ、後ろか……ッ!」

 男の半身が焼け爛れる。しかしあの威力。その功労者もただでは済まなかった。全身から血が滴り、心臓も抉られた。助かる術は見当たらない。

 

「すまないアルジュナ……。此度の決着……持ち越し……」

 

 カルナが消滅する。それを男はつまらないものを見るように眺めている。

 

「施しの英雄は死んだ。残すはお前らだ。来るならこい。────ワシントンで戦ってやる」

 

 男は去った。残されたのはアルジュナ1人だ。

 

「あぁカルナ。俺はどうすればいい。決着を望んでいたのに! あぁどうすればいいんだ!」

「簡単な話でしょう。いい加減目を覚ましなさい。貴方は妄執に取り憑かれています」

「妄執だと! 貴方に私の何がわかる!」

「最後の一瞬、カルナは英雄としての本懐を遂げました。それに比べて貴方はどうですか。いつまでも過去に縛られて。ここで本懐を思い出しなさい」

 

「私は……俺はッ!」

 

 アルジュナが弓を構える。彼とてこのまま引き下がれないのだろう。それだけ彼とカルナの間は複雑だ。

 

「おいマスター、ここは任せて先に行くぞ。オレたちはアイツを倒さなきゃならねぇ。こんなところで躓いている余裕なんかねぇんだ。負傷している今仕留めるのが1番だろ」

 

「それは……」

 私たちだけで先行するか、それともみんなと同行するか。どちらもメリット、デメリットはあるはずだ。それでも彼がやると言ったのだ。私はその決断を信じよう。

 

「ここは任せました! 私達は先行します。ランサーさん!」

 

 

 

「お前らに構ってる暇はねーんだよ!」

 

 夕焼けの中を駆る。この段階でケルトの兵士に構っている暇はない。このまま走れば夜中には着くだろう。その戦闘がどうなるにしろ私にとってのこの戦いは終わるわけだ。

 

 城が見えてくる。大量の兵士やモンスターに囲まれたそこは、まさしく魔王城と呼ぶにふさわしい。

 

「突入するぞマスター」

「了解です」

 

 

 私達がこの戦いに終止符を打とう。



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