遊戯王Arc―Ⅴ The Revenge of Blue-Eyes (青眼)
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次元誘爆

懐かしい夢を見た。
とても大切で。今でも忘れられない大切な日々。
―――そして、全てが終わった日の事を。忘れるなとでも言わんばかりに、脳裏に焼き付いたそれが語り掛けてきた。、


 ――――耳をすませば、聞き慣れてしまった声が耳をよぎる。目を閉じ思い返せば、見慣れた光景が瞼の裏に蘇る。どちらも自分にとって大切な物だった。生まれ育ち、成長してからは自国のあちこちを相棒と共に駆け巡り。ある程度の地位を得てからは後の世代の事を想い教育に手を伸ばさんとした。幼少の頃からの夢を忘れた事は無かったが、自分が目指したあの世界へ足を踏み入れた自分は変わってしまったのだと痛感したからだ。

 だからこそ、自分が信じ貫いたものをこれから生きる者達の為に動いた。齢二十にしての行動にメディアは素晴らしいとここぞとばかりに記事として取り上げられたが、嬉しくもあり鬱陶しくもあった。だが、結果として自分は有名となり。敵対する者も増えたが、仲間になった者の方が増えていった。周りの人と繋がり、多くの好敵手たちと切磋琢磨する。そして、いつかあの世界の頂点に立つのだと夢見ていた。

 

 

 

だが、その光景は一瞬にして崩れ去る。平凡ながら綺麗だった街通りは廃墟に変わり。耳に聞こえてくるのは大勢の人の悲鳴と、崩壊するビルの音や何かが破壊された爆発音。だが、それらを度外視してでもなお余りある巨大なナニカが雄叫びを上げる。

 ―――それは、一体の龍だった。今なお膨張を続ける巨躯。禍々しい緑と黒が入り交ざった邪龍は、従えた魔物たちを駆使して迫る敵を粉砕していく。それを愉しむような笑い声が廃墟となる街に轟き渡る

 

『さぁ! 我に挑む者はおらぬのか! 我をここまで成長させた、あさましく、愚かな人間達よ!!』

 

 邪龍が人の言葉を話す。否、あの邪龍は元々人間だったのだ。あることをきっかけに龍となり、人間達の生きる世界を壊滅へと追い込んだ。多くの者があの龍へ戦いを挑んだ。だが、文字通りこの世界の覇者である彼に敵う者はおらず。一人、また一人とその命を散らしていく。阿鼻叫喚、地獄絵図とは正にこのこと。人間達は自業自得でこのような危機を引き起こしたのだ。ならば、それを受け入れるのもまた天命だろうと諦めかけた。

 だが、邪龍に挑んで散った者の中に教え子がいた。自分の教えに則り、龍に挑んだのは蛮勇としか言えない。だが、自らの教え子が脅威に立ち向かったというのに。師である己が向かわずとしてなんとする。いつの日か、こんな日が来るのだろうとは理解していた。一人で敵う相手ではないということは重々承知していた。

―――だが、自分には共に付き合ってくれる最高の相棒がいる。

 

『―――悪い。こんな貧乏くじを引かせちまった』

 

決戦の地に向かうまでの会話は質素だった。一言、二言と言葉を返すだけのもの。だが、それだけで十分だった。もう着ないだろうと仕舞っていた足元にまで伸びるロングコートを羽織った彼は、隣に立って付いてくる女性に言葉を贈る。謝罪された彼女は一瞬だけだが目を丸くし、直後にくっくっと笑みを零しながら彼の背を叩いて鼓舞する。

 

『気にしていないよ。それに、付き合ってくれって言ったのはそっちでしょ? 最後まで付き合ってあげるからさ。行こうよ、相棒』

 

 男性の前に立ち、誘うように手を差し出す。その手をゆっくりと掴み、しっかりと握る。女性らしい細い指と、男性らしい太い指が絡み合う。離れないと言いたげにしっかりと握られたそれは、これから行われるであろう壮絶な死闘を前にした最後の覚悟を確認し合う合図でもあった。

 

『そうだな。あぁ。その通りだった。………行こう。世界の頂点、取りに行くぞ!!!』

 

 彼らは歩みだす。ゴーストタウン、その中央に聳え立つ不気味な塔。世界の覇者を決める決闘が行われたモニュメント。その正面に立つ龍となった憧れの人を倒すべく。今、二人の挑戦者が決闘を申し込もうとしていた――――――

 

 

 

 

二人掛かりで邪龍に決闘を挑み、結果として邪龍をあと一歩のところまで追いつめる。三人とも満身創痍ではあったが、この場に集った者は一様に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

戦いの中で正気を失い狂ったからか。否である。

 

 勝利を確信したことによる余裕からか。否である。

 

 彼らが一様に笑っているのは、ただただ楽しからだ。一手間違えれば死に直結するような危険な決闘だが、その一手を文字通り紙一重で躱し。隙を見せた所を容赦ない火力を以て殲滅せんと猛る。

王道を征く力と力のぶつかり合い。

覇道を征く手数の多さ。

邪道とされる搦め手の数々。

命という、あらゆる生命が持つ唯一無二の物を対価として繰り広げられる想像を絶する死闘。だからこそ、各々が持つ力と技の全てを叩き込むだけの価値がある。文字通り決闘なのだとこの場に居合わせた三人の決闘者(デュエリスト)達は理解していた。

 

 覇王は、このような時間が、永久に続けばよいのにと。

 男は、憧れの背をようやく捉えたという充足感を

 女は、この戦いが終わらせられるという喜びを。

 

『ふ、ふは、ふはははははは!! よもやこの我が! 人間達の欲望の果てに生まれし覇王たる我を打ち倒すか! よくぞここまで我を追い込んだ。誉めてやろうぞ! 我が好敵手よ!』

「それはこっちのセリフだ。俺は、俺達は。チャンピオンである貴女に憧れてここまで来た。貴方が居たからこそ、俺達はこうしてこの場に立っている」

「貴方は希望だった。だけど、その貴方が道を踏み外してしまったならば私達がそれを止めてみせる! 次の私達のターンで決着を着ける!」

『やってみせるがいい二人の挑戦者(チャレンジャー)達よ! 我もまた、全霊でそれに応えようぞ!!』

 

 覇王の歓喜に満ちた咆哮と共に、その配下である四体の龍が立ちはだかる。元は別の姿であったはずの四体は持ち主が覇王となった時に姿を変え、その眷属と称された下僕となった。

 獰猛なる牙を顎の辺りから生やした漆黒の龍。

 濁った輝きを放つようになった白の龍。

 毒々しい紫を基調とした禍々しい龍。

 左右で瞳の色が違うオッドアイの真紅の龍。

 

 そして、それらを全て従える覇王龍。合計で五体のドラゴンがこの場に集っている。並の決闘者(デュエリスト)ならば既に失神しているであろう殺気と布陣。だが、斯様な状況であろうとも二人は逆に微笑みを深く刻むことで返す。たとえどれほどの逆境であろうとも、それを覆せなければ死ぬしかない。

―――ならば。それに嘆いている暇などない。臆するな。前を向け。己の信じた相棒と共に、この逆境すら愉悦に感じてみせろ。己が誇り(プライド)を賭け、切り抜けてみせろ。己を鼓舞しながら隣に立つ相棒へ視線を向ける。彼女もまた、同じようなことを考えていたのだろう。こちらを見て微笑み返す。覚悟など既に決まっている。最後の一手を繰り出すべくデッキへと指を走らせ――――

 

 

 

 ――――乱入ペナルティ2000ポイント!

 

『むっ!?』

「えっ!?」

「誰だ!?」

 

 突如として鳴り響くシステム音声。それは、最高潮にまで高まったこの決闘に水を差す乱入者が現れた事を示していた。覇王は己に力の増大に酔い、今回の様に変則的な決闘を受けることもある。だが、今回の様に白熱した決闘の前にそれは無粋という言葉に尽きる。だが、突如として現れた乱入者はそれを意に介さず、積み込みでもしたかのような引きで四枚のカードをすかさず発動させる。

――――それが、悪夢の始まりになるとは。この時は、誰も気づきもしなかった。

 

『ぐ、ぬ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 馬鹿な、我の力が霧散していく! 覇王たる我の肉体を維持出来ぬ! おのれ乱入者ァッ!! 許さん!! 断じて許さんぞぉッ!!!』

 

眩い閃光がフィールドを埋め尽くす。直後、邪龍が何かの左様か苦しみ悶え始める。僕である四体のドラゴンは磁石で反発し合うかのように四方へ飛び去って行く。同時に、発動した持ち主手である乱入者の体もまた四つの体へと別れて行き―――――

 

 

 

直後、文字通り世界に罅が入る。何かしらの力でガラスが粉々に砕けるかのように。紙を引きちぎるように世界が崩壊し始める。朦朧とする意識、崩れ始める地面に抵抗することが出来ずに体が落下していく。

下へ。

下へ。

ただただ下へと。強風と強力なGを味わわされながら自分の体がどこかへと漂流していく感覚を体感する。呆気ない幕切れに、今まで自分を立たせていた緊張の糸が切れたのか。遠くなっていく意識でそんなことを考えたが、その前にとパートナーである彼女に向けて懸命に手を伸ばす。抵抗することなく強風に充てられて逆巻く髪でも、無造作に伸ばされた手でも、何だったら彼女の着ている服でも構わない。ここまで付き合ってくれた大切な人をこの手に抱かんと手を伸ばす。

 

 

 

―――だが、その手は無情にも空を切る。空は分かれ、大地は砕かれ、海は渦となって荒れ狂う。この世の終わり、世界は一度。ここに終焉を迎えた。

 

 

 

 ―――此れより紡がれるは新たな物語。何一つ守れなかった非力な男が、喪ったナニカを。欠けてしまったモノを手にする為に闘争を繰り広げる決闘物語(デュエルストーリー)

 

 

 

 




秋人「つーわけでやっとのことで復活した遊戯王小説なんだが。ちょっと設定変わってるよなこれ?」
相棒「本当にねー。というか、いきなり私達出番があって良いの? というかハゲとその娘は?」
秋人「書いてたら殺意しか湧かないから書くのやめたらしい」
覇王「それは別に構わん。いや、我がこうなったのは元を辿ればあの男のせいだから構わなくもないのだが。だが、今重大なのはこれから先の我の出番なのだが……」
秋人「別れた四人統合するまでは謎の邪念という扱いだ。仕方ないな」
覇王「ふざけるな!! ふざけるな!! 馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉ!!我と決闘(デュエル)しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


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バトルマニア

 ―――変わり果てた世界の中で。新たな一日を刻んで行こう。


 

 

 ―――うっすら意識が覚醒していく。酷い/懐かしい夢を自分は、桐原秋人は見ていたようだ。夢の中とはいえ、既に失ってしまったモノの声や顔が思い返すことが出来た。夢を見るということは眠りが浅いという意味らしいが、こうしてもう会えない人たちのと顔を合わせるのは嬉しかったりする。手が届かないからこそ美しいものがある、誰かがそんなことを言っていたが。こうして実体験してようやく理解できる辺り、人間というのはやはり愚かな生き物なのかもしれない。

 溜め息を一つ吐いてから、逃避しかけた現状に目を向ける。とりあえず、自分の腰回りに違和感をあったので首を下に向ける。案の定、思い浮かんだとおりの光景が目の前に広がったことにげんなりとした表情を浮かべながら口火を切る。

 布団を捲った先にあったのは、俺の体を勝手に借りて暖を取ろうとしていた長く、淡い紫色の髪を伸ばした少女の私服姿であった。まだ幼いながらも無駄に発達の良い体を押し付けていた少女は、蠱惑的な表情を浮かべながら俺の目と合わせる。

 

「おはよう藤原。んで、何か申し開きがあるか?」

「おはよう先生。いえ、別に何も無いわ。それにしても、動じないのね?」

「馬鹿か。ガキ相手に揺れる軽い精神してねぇわ」

「でも先生童貞でしょう?」

「引ん剝くぞテメェ」

 

 イラっとした俺の言葉にきゃあ、と黄色い声を上げながら腰にまとわりついていた女が離れる。一応、自分の教え子でもある少女が勝手に部屋に上がり、挙句の果てに異性である自分の寝室まで入って来ることに溜め息を漏らしながら、いそいそと部屋着を取り出す。上の服を脱いで簡素な無地のシャツに着替えた後、未だに部屋に居座っていた女にいい加減にしないと怒るぞと念を入れた視線を送る。

だが、向こうはむしろ楽しそうに嬉々とした笑みを浮かべるだけで出て行こうとしない。目覚めてからもう何度目かの溜め息を吐いた後、少女の元まで歩き――――

 

「出てけマセガキ」

 

 容赦なく首根っこを掴んで部屋の外に放り出すのであった。

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 平穏だったはずの休日を朝から破天荒極まりない事態になってしまったことに諦観の念を覚えながら、資料を片手に朝食を摂る。といっても、自分が作ったのではなく目の前の女―――藤原雪乃が作った料理なのだが。業腹な事にこれが美味い。まるで一級のシェフが作ったと言われても遜色のない出来と見栄えの良い料理を味わう。

 

「毎回毎回、人の部屋に入り込んでくるのやめろ。お前が来た後、毎回鍵を造り直すこっちの気分にもなってくれ」

「別にいいじゃない。それに、私の手料理を食べられるなんて贅沢よ? 並みいる男ならそれだけでも十分なご褒美なのだけれど」

「ハッ。胃袋から掴もうなんて随分な搦め手使うのな?」

 

 もはや日常になりつつある異常な光景と状況を嘲笑しながらコーヒーを啜る。自分があらかじめ買っておいたそれなりに値が張る高級な豆だが、自分が挽いて淹れたモノより上手いと感じるのは何故なのか。藤原はそれなりに裕福な家の出なので、もしかするとその道のプロからある程度の技術を教わっているのかもしれない。だが、なんとなくそれはとても信じたくないので敢えて黙っておくにする。

飲み切ったコーヒーをソーサーに載せて首を下に向けると、自然と藤原と視線が合ってしまった。ニコッと笑う彼女の表情は美少女のそれで―――事実、自分が教えているスクールではマドンナ的ポジションにいる―――、何とも絵になるのが腹立たしい。

 成績優秀。容姿端麗。文武両道。今回の様に家事スキルも完備で、非の打ちようのない万能人。だが、そんな彼女の手にまだ新しい絆創膏が張られているのに気づき、何の気なしに尋ねる。

 

「おい、その指のやつどうした?」

「あぁ、これかしら? ふふっ。知りたいかしら?」

「もったいぶるな。本気で出禁にするぞ」

「勿体ぶらないわよ。ふふっ。ちょっと、料理で指を切ってしまってね?」

 

 藤原がサラッと口にした発言に少々目を丸くする。先ほども言ったが、目の前の少女はまるで絵に描いたかのような文字通りお嬢様なのだ。家は豪邸だし、家事は基本ハウスキーパーが済ませている。それでもいずれ独り立ちするのを夢見てか、それとも花嫁修業のつもりか家事も万能にしていると豪語しているあの藤原が初歩的なミスをするとは思わなかったのだ。よもや、今日は槍でも降り注いで来るのではないのだろうか―――

 

「それで、少し。料理に隠し味を、ね?」

「すまん少々見苦しい物を見せる。嫌なら部屋から出ていけ」

「ふふっ。冗談よ?」

「笑えねぇ冗談言ってんじゃねぇぞヤンデレ予備軍……!!」

 

 指に巻かれた絆創膏を剥がし、巻いてない部分と同じ綺麗な指を見せつけながら満ち足りた笑顔を浮かべる藤原に殺意を覚える。何かとこちらにちょっかいを掛けてくる目の前の子供に翻弄されっぱなしなことに、年長者としてのプライドが少し傷ついてくる。 

 ―――さて。朝食も終わり、食後の一時を過ごしたあと。そろそろ本格的に藤原に視線を向ける。目の前の彼女は頬を赤く染めながら恍惚とした表情を浮かべるので、本当に億劫だがこちらから話題を提示する。

 

「んで、今日は一体何のようだ。朝勝手に部屋入って来るのはよくあることだが、わざわざ朝飯作ってコーヒーまで淹れたんだ。何か用があるんだろう?」

「ええ。話が早くて助かるわ」

「もう何度目になるか分からんからな。それで荷物持ちか? 家出か? それとも恐喝か?」

「貴方の中で私はどういう女として認知されているのかしら?」

「容姿端麗で冷酷無比。かつ、家柄の事を利用するけどそれが最近鬱陶しく思ってるお嬢様だが?」

「いいわ。安い挑発に乗ってあげましょうか」

 

 笑みを浮かべた藤原は、徐に腰のホルダーからカードの山を取り出す。意外と短気なお嬢様の相手をするのは一苦労だが、腹ごなしにはちょうど良い相手だと前向きに考える。指をパチンと鳴らし、二人の目の前にあったテーブルの上半分が開く。剥き出しの電子回路の様なものが現れ、所定の位置に互いのカードの山。デッキをセットする。

 

「それじゃ、今日もよろしく」

「とっとと始めるぞ。お前の予定も済ませないとなんだからな」

 

 これが、今の自分にとっての日常となりつつある世界。かつての世界と比べればぬるま湯に浸かっているかのような退屈な日々。だが、日々の潤いが無いという訳でもない。はたして今日はどのような一日になるのやらと億劫に想いながらも、山札からカードを引くのであった。

 

☆ ★ ☆ ★ ☆

 

場所は俺の自室から打って変わり、己の職場であるデュエルスクールへと移動している。藤原との遊戯に付き合い、なんだかんだ彼女にちょっとした弱みを握られている自分はされるがまま彼女の用事に付き合わされている。藤原雪乃という少女への個人的な評価は、先ほど吐き捨てた通りませガキの一言に尽きるのだが。それを抜きにして客観的な評価として彼女はとても魅力的な少女だ。だからこそ、一応教師である己とは節度のある関係を取っていきたいのだが。

 

「そうしたい……んだけどなぁ……」

「あら、先生は私の相手をするのはお嫌いかしら?」

「嫌いでも何でもねぇよ。つか一々くっつくな、当たってんだろ」

「当てるのよ」

「もうやだこのJK………」

 

 腕に引っ付く形でこちらを誘導する藤乃に、そのまま付き合わされる俺を見る周囲の目。先ほども言ったが、彼女はとても魅力的であるがゆえにこのスクール問わず人気がある。一部の層ではファンクラブだの親衛隊だのが結成されており、過激派の連中は麗しい姫に近づく虫として俺の事を排除しに来ることが多々ある。

といっても、実力は今までの闘いの中でも下の下なので記憶する価値のある相手にならない。だが、流石にそれが定期的に怒るとなるとうんざりするので、可能であれば離れて歩きたいのだが――――

 

「~~~~♪」

 

 ―――妙に上機嫌なこいつに不愉快な話をするのも嫌なんだよなぁ。

 甘い己の性格を呪いながらその場から連れて行かれること数分。栗色の髪を肩のより少し長く伸ばした、藤乃と同年代らしき少女がこちらに向け手を振る。こちらを引っ張ていた彼女も手を放し、楽しそうにハイタッチをしていることから学校の友人のようなものなのだろうなと想像する。友達との水入らずの空間を邪魔するのも申し訳ない。別に藤原の要件に付き合うのが面倒くさいとかそういうのではなく善意のつもりで来た道を引き返す―――

 

「どこに、いこうと、しているのかしら? ん?」

「いだだだだだだだ!! 耳を引っ張りながら器用に抓るな!! お前爪(なげ)ぇんだから抓るな馬鹿!」

 

 表情は笑っていても、俗に言う目が笑っていない笑みを浮かべる藤原と実力行使に根を上げる教師。なんともまあ情けない構図に名も知らぬ少女は苦い笑みを浮かべる。流石に初対面の少女に、生徒に虐げられる哀れな教師Aという不名誉な印象を与える事だけは回避するべく、やっとのことで藤原から解放された俺はやむなく自己紹介を済ませる。

 

「……桐原秋人だ。ここの教員の一人だ」

「あ、これはどうもご丁寧に……。あ、私は春菜って言います。星野春奈。流星の星に、野原の野、四季の春に菜っ葉の菜で星野春菜です!」

「―――わざわざ漢字まで説明するとか、律儀な子だな」

 

 朗らかに笑う星野という少女を見て、こういうのが普通の女の子なのだろうなと心が洗われるような感覚に陥る。最近の接点がある女の子は先ほどの藤原だったり、自分が担当するクラスの委員長。他にもいなくもないのだが、普通の女の子と会話するだけでここまで気持ちが上がるのかと内心で驚いている。

 

「それで、その星野さんと藤原の要件は何だ? 待ち合わせもしてたんだし、共通の用事なんだろ。つっても、ここに来たってことは大方デュエルモンスターズについてだろうけど」

「あ~……その、えっと、ですね? その~……」

「いいわよ春菜。要件は私が伝えてあげるわ」

 

 挨拶もそこそこに、とりあえずここに来た理由を尋ねる。だが、先ほどの自己紹介とは打って変わり、どこか言いにくそうに口を閉じてしまう。何か不味い事を聞いたのかと思い返してみるが、特に変なことを尋ねたつもりもないので己に非はないと確信する。すると、今もなお続く耳の痛みを引き起こした張本人が悪びれもせずに告げた。

 

「今から、私達二人のデッキ調整に。あと、春菜のデッキを作ってあげたいのよ」

「―――はあ?」

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆

 

 

 

「………なるほど? 学校行事でタッグデュエルがあると。それで、人気者の藤原毎度の如くタッグを組んで欲しいとせがまれて―――」

「公平性を保つためにくじ引きになったのよ。それで春菜とタッグを組むことになったというわけ」

「それで、その。私デュエルモンスターズは好きなんですけど、実戦経験とか少なくて。藤原さんが渡してくれたカードを試してみたんですけど、正直使い慣れなくて。それで、桐原先生に相談したらいいって藤乃ちゃんに言われたんです」

「………ちなみに、藤原が貸したのって何のカテゴリーだ?」

「『リチュア』よ?」

「初心者に儀式なんて扱い辛いデッキを渡すんじゃない!」

 

 大体の理由を把握し、藤原がさも当然の如く渡したデッキに頭を抱える。

 ―――デュエルモンスターズ。それは、この世界において政界、財界に匹敵する強力な発言力と存在感を放つ特殊な立ち位置にあるカードゲームの総称。野球やゴルフといったスポーツ界とは別枠、文字通り。そして、意味通りその界隈のトップ。プロデュエリストになればその注目度はより際立つ。その世界の覇者は膨大な財産を築いたり、スポンサーを背負ってチームを組んだり。なんにせよ、プロという称号は今を生きる決闘者(デュエリスト)達にとって注目の的なのである。

 勿論、デュエルスクール(・・・・・・・・)という名の通り。ここもまたプロ決闘者を育成するための教育機関の顔を持つ学園の一つだ。一応、そのスクールの中でも教師をやっているということから、藤原は一番頼っている―――というより小間使い―――俺に相談して来たのだろう。生徒が教師を頼ってきた以上、それには応えなければならない。面倒ごとを持ち込んできたのには溜め息を吐かざるを得ないが、今日はまだマシな方なのでやむなしと納得する。

 

「とりあえず、星野はデッキを見せてみろ。ある程度のことなら俺もサポートしてやるから」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 少々慌てながらもデッキケースごとこちらにカードを渡してきたことに少々驚きながらも、その封を解いてデッキの中身を一枚一枚丁寧に並べて行く。高レベルのモンスターはそこそこ。下級モンスターやマジック・トラップカードも使い勝手の良いカードばかり取り揃えていることから、実際に戦ってもそこそこ戦えるようにはなっている。だが、この二人が行うのはタッグデュエル。なので、ある程度は同じカードを共有しておけば更に連携がとりやすくなるのは間違いない。だが、そのためには問題が一つ。

 

「問題は、どっちが寄り添うかだな。見た感じ、藤原と星野。二人のデッキはまだ寄り添える範囲のデッキだ。星野がモンスターを展開し、それを残しさえすれば雪乃が上級モンスターを出しまくるからな」

「ええ。ただ、星野さんのデッキはモンスター・エクシーズをを展開するの。レベルを持つモンスターがフィールドに残り辛いのよ」

「……今の構築に儀式要素を加えるというのは駄目、なんでしょうか?」

「ダメってわけじゃあないが。そうなると展開力が落ちて器用貧乏なデッキになってしまう。俺としては、藤原がもう少しエクシーズ召喚をするようにすれば良いと思うが」

「先生? それ、私のデッキの特徴をみて言ってるのよね?」

 

 ニコッと綺麗な笑顔を浮かべながら殺意をむき出しにする氷の女王に肩を竦めながら、どこかに良いデッキが無かったものかと端末を操作しながら適当に検索する。だが、あまりにもカードプール(・・・・・・)が違い過ぎるせいで思うようにデッキ構築が進まない。スクール用のレンタルカードを使っても構わないが、公式戦や学校行事でそれらが用いられるのは世間体的にもよろしくはないだろう。

 それからは数時間、各々が提案したデッキの改善案を提案し。それを実践するためにカードを探しに街に繰り出した。支払いは何故か俺が持つことになってしまったが、日ごろからそんなに使わず貯めてしまっている自分がこの時だけは恨めしかった。星野は申し訳なさそうに頭を下げ続けていたが、藤原はその様子をクスクスと笑っているのが腹立たしい。

 

「んで、どうだよ。デッキ構築の出来上がりの方は」

「バッチリよ。流石は先生、私が昔使っていたデッキの事まで把握してるなんて。ご褒美はいるかしら?」

「そうか。んじゃとりあえずその差し出したスプーンを仕舞え。そして一人で食べろ。最後に俺を家に帰らせろ」

 

 小休憩に近くのフードコートで昼食になったが、それもやはり俺が会計を持つことになる。金に困る事のない生活をしているとはいえ、こうも我儘を押し通されると少々腹立たしい。加えて大人を舐め腐ったマセガキのいいように扱われていると思うと苛立ちは更に増す。繰り返される煽りと拒絶のやり取りを交わす中、黙々と障子を続けていた星野がとんでもない事を言い始める。

 

「二人とも仲良いんですね。先生と藤原さんってどんな関係なんですか?」

「許嫁よ。両親が認めた、ね?」

「本当ですかッ!?」

「嘘に決まってんだろ。てかなに悍ましいこと言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「あら。貴方にイカせて貰えるなら、どこでイッても良いわよ?」

「公衆の面前で紛らわしい発音してるんじゃねぇ!」

 

 教師と生徒という関係で、十八禁相当の発言を流れるように口にする藤原に頭を抱える。ほとんど毎日ように平穏な日々を破壊し尽くしてくれる目の前の女生徒にちょっとした仕置きでもしてやろうかと考えたが、それはそれでまた何かしらの面倒ごとが起こる前触れになりかねない。こういうものは可能な限り触らないに限る。女子2人がガールズトークに花を咲かせ、荷物持ち兼支払い役の俺は溜め息を零しながら席を立つ。

 

「ちょっと手洗いに行ってくるわ。そこを動くなよ?」

「ええ。あ、戻ってくるときにアイスをお願いできるかしら?」

「あいよ。ストロベリーで良いよな。星野は何がいい。折角だ、驕ってやるよ」

「え、いえそんな! カードを買ってもらってお昼ご飯までご馳走になった上にデザートまで何て……」

「気にすんな。どうせ貯めてるくらいしか取り柄が無いんだ。こういう時は素直に大人に驕られとけ」

「………わかりました! ではバニラをお願いします!」

 

 元気よく答える星野の頭を軽く撫でながらフードコートを去り、近場のトイレに駆け込む。散々資料を持ってスクール内を歩き回っているが、ここまで外出して歩き回ったのは久しぶりだ。意外と疲れが溜まったのか老廃物を出しながら深呼吸を一つ。疲れもしたが、十二分に日ごろの業務で凝り固まった体をほぐせた気もしなくはない。結果としては連れ出してくれたあの二人に感謝しながらアイスを買ってフードコートに戻る。

 ――――すると。目を疑うような厄介事がその場で行われていた。

 

「なぁ雪乃。ここはやはり二人でタッグを組もうじゃないか。俺と君なら相性は抜群だよ?」

「アナタもしつこい男ね。残念だけれど、私のパートナーは既に彼女なの。そ・れ・に。アナタ、正直好みじゃないのよ」

 

 二人の下に居る一人の男性。見た感じ雪乃たちと同年齢といった感じだが、見た感じとておも胡散臭い。これでもかというぐらいに自分を良くみせようとした悪趣味な貴族の様な漢なのだが、どこかで見たことがある顔だ。先ほども言ったが藤原雪乃というのは美少女で、良い意味でも悪い意味でも目立つのが雪乃だ。一緒に居た(おとこ)が居なくなったから声をかけてみようとでも思ったのだろう。だが、普段はああやって絡まれても後攻ワンショットキルでフルボッコにするのが常なのに、今日はそれをしないのは何故なのだろうか。

 ―――とりあえず、見て見ぬ振りも出来ないよな。

面倒ごとが増えたと思って帰るのが億劫になるが、意を決して彼女達の元へと戻る。

 

「待たせたか。すまんな、意外とアイスを買うのに手間取った。んで、何この状況?」

「え~と………その、そちらの男性が藤原さんのパートナーを変われって突然絡んできまして……」

「先生なら分かるでしょう? いつものアレよ。ア・レ」

「OK大体察した。つーことは過激派の方か、面倒くせえ」

 

 いつものアレというのは、藤原雪乃(かのじょ)の親衛隊等のストーカー集団ということだろう。相手にした数はもう記憶していないが、何かと絡んで戦いを挑んでくるから何となく記憶はしている。つまり、目の前の男はその時に相手をした人物の一人ということなのだろう。

 

「まあ俺は構わないけどさぁ。早いとこアイス食おうぜ。せっかく買ったのに溶けちまう。ほれ、そっちも俺のやるから少しは頭ぁ冷やして―――」

「部外者は引っ込んでいてくれないかな? 今、僕は大事な話をしてるんだ」

 

 アイスの入ったカップを一つ、見ず知らずの男に渡すも一蹴される。外見だけでなく性格的にも難がありそうな目の前の男に辟易しながら、とりあえず他の二人にもアイスを渡しておく。星野は目の前の状況におどおどしながら。藤原は男などいないかのように優雅にアイスを口にする。まるで相手にされていないのは自分でも分かっているだろうに、それを気にせず男は藤原に食い下がる。

 

「なあ雪乃。どうしてこんな見るからに階級の低い人たちとこんなところで食事してるんだい? 君にこんなところは似合わない。それに、公平性を取るためとはいえ、君とこの子が釣り合っているとは思えない」

「………………………………」 

 

 男に言われるがままの藤原。その言葉の矛先は彼女だけでなく星野にまで向いた。さりげなく自分のことを貶された本人は苦笑しながら申し訳なさそうに頭を下げる。何一つ悪い事をしていない星野の浮かべるそれは、哀愁に満ちたもので。何となく理由は察していた。

 考えるまでもないが、実戦経験の少ない彼女が学園のマドンナといきなりタッグを組むことになって。自分が弱く頼りないからこうして他人を巻き込んでのデッキ調整になっている。自分でも分かっているとはいえ、それを他人から指摘されるというのは精神的にくるものがある。

 ―――――だから、まぁ。

 

「おい。いい加減にしろ三下」

 

 ――――――こういう展開になってしまうのも仕方のないわけで。

 

「……何かな。部外者は黙っててほしいとさっき」

「生憎と今日はこの二人の引率係でな。そろそろ予定が押しそうなんだよ。だから面倒くさい話は後日にしろ」

「君如きが私と対等だとでも? 今の三下という発言を取り消すなら」

「取り消すかよ。人の目を見て話せず、他を想うこともせず、己の意見だけを貫こうとするクズに掛ける言葉なんざねぇよ」

 

 自分でも面倒なことに首を突っ込んでしまったと理解はしていた。だが、これ以上は見て見ぬふりをすることなどできない。多かれ少なかれ藤原には感謝しなければならないところはあるし、星野にはこれからもデュエルモンスターズを楽しんでもらいたい。その為にも、勘違いした目の前の男にいいように言われるなど以ての外だ。

 

「それともなにか? いいとこ育ちの坊ちゃんは甘やかされたからそんな感じになっちゃったのかな? だとしたらそれは申し訳ない事をした。育つ環境を選ぶことなんて子供には選べないよなぁ? いやぁごめんなさいね?」

「………さっきから黙って聞いていれば好きな事ばかりほざくな。よほど生まれ育った環境が劣悪だったのが見て取れる」

「生憎と戦場みたいなところを駆け抜けてきた傭兵くずれみたいなもんでな。んでどうする? 育ちの良い坊ちゃんは言われるままでおめおめと引き返すのかい?」

 

 分かりやすく相手の逆鱗に触れるようなワードを並べて挑発する。雪乃にしつこく言い寄るところを見る限り、この男の性格は自分が世界の中心にいると錯覚してる典型的なパターンだろう。それ故に慢心し、自分が絶対的な物だと驕る。こうすれば簡単に乗っかって来る。現に、目の前の男は徐に懐からある物を取り出した。

 決闘盤(デュエルディスク)と呼ばれるそれは、某社によって製造されたソリッドヴィジョンと呼ばれる3D映像投影装置であり。デュエルモンスターズというカードゲームを世界規模の大ヒットゲームへと変貌させたきっかけとなったもの。これを構えたということは、事の成り行きをデュエルモンスターズで決めると言っているのと同義。喧嘩を売ったのはこちらだから当然それを受けるのだが。その前にやるべきことが一つ。

 

「―――おい星野。今のお前のデッキ貸せ」

「え!? あ、あの私のデッキ完成したばかりですし先生はご自身のデッキを使った方が」

「い・い・か・ら・貸・せ」

 

 戸惑いながら断る星野から少し強引だがデッキを取り上げ、自身のディスクにそれをセットする。オートシャッフル機能によって不正が無いようにシャッフルが施されたデッキから5枚のカードを引き、準備を整える。こうなってしまった以上、この闘いが終わるまでこのデッキを星野に返すことは出来ない。人によっては命にも等しいとさえ言われるデッキを強引に奪ったのは自分も悪い事をしたとは思っている。

 ―――だが、こうでもしないと苛つきが取れなかったのだ。その理由を説明するのは、また後になってしまうが。今はただ、流されて欲しい。

 

「正気かい? 自分のデッキじゃなくて、他人のデッキを使うだなんて」

「まぁな。それに、ほら。このデッキ組んだばっかりでな? ちょうど実戦したかったところなんだよ。いやぁいい相手がいてくれて助かったよありがとなぁ?」

「………減らず口を。その舐めた態度が取れないように叩きのめしてやるっ!!」

 

――――決闘(デュエル)ッ!!!

 

 

()

 

 

 

 

 

 




秋人「これ読者の皆も思った事だけどな。前作との違う点結構出てきたよな。俺が先生やってたり、いきなり新キャラ。それもタッグフォースのキャラを投入したりとかさ」
藤原「あら。先生は私の事嫌いなのかしら?」
秋人「嫌いってわけじゃないが、よくもまあお前みたいな扱い辛い奴をセレクトしたなあって」
藤原「うふふ。まあ、私を描写するのは確かに難しいかもしれないわね?」
秋人「ところでよ。せっかくだし藤原にききたいことがあるんだが」
藤原「あら、何かしら? 他愛のない事なら何でも教えてあげるわよ?」
秋人「お前、夏の暑い時でも肉まん食べるってマジ?」
藤原「―――――あら、もう時間のようね。それじゃ皆、また次回で会いましょう?」
秋人「あ、おいコラ! 質問答えろって! 逃げんなよ藤原!」



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破滅の女神

桐原秋人 LP4000

??? LP4000

 

「さてと。先攻か後攻、どっちがいい? 好きな方を選ばせてやるよ」

「………そうかい。それじゃ、僕は後攻を頂くとしよう」

「OK。それじゃ、俺の先攻からだ」

 

 ディスクから引き抜かれた5枚のカードを互いに確認する。互いに今回初めて闘うものどうしだからこそ手の内を知ることは出来ていない。だが、どちらかといえば今は俺の方が不利なのは確かだ。

 自分の物ではないデッキを使う。言うは易く行うは難しという諺があるように、そのくらいに他人のデッキを使うのは難易度が高い。加えてこのデッキは手伝ったとはいえ星野が自分の思いを込めて作った藤原とのタッグデュエル用のデッキ。どのようなカードを入れ、どのようなサポートに入ろうとしたのかを正確に把握しきれていない。まずは、このデッキには何のカードが入っているのかを把握する必要がある。幸い、デッキのカードを確認するためのカードは最初の5枚の中に引き込めてある。

 

「俺は手札から『マスマティシャン』を召喚。その効果により、デッキからレベル4以下のモンスターカードを墓地に送るが、何か発動するカードはあるか?」

「特にないね」

 

マスマティシャン/地属性/☆3/魔法使い族/ATK1500 DEF500

 

 本来ならばディスクの液晶画面に表示されるカードを選択するところだが、今回はディスクにセットしたデッキを取り出して1枚ずつ丁寧に確認していく。手札のカードと合わせた40枚のカードと、エクストラデッキの15枚。合計55枚のカード全てを確認し終えた後、デッキをディスクに戻しオートシャッフル機能を作動。不正の無いシャッフルを終えた後、このデッキの為すべきことを果たすべく手を走らせる。

 

「………俺はデッキから『絶対王 バック・ジャック』を墓地に置く。そして、このカードが墓地に送られたことで効果発動。デッキの上から3枚のカードを確認し、好きな順番で入れ替えることが出来る」

 

 ディスクから排出された3枚のカードと手札を照らし合わせる。今の手札で打って出ることは厳しいが、まだ始まって1ターン目。先行は攻撃することが出来ないということもあり、無理して動く必要もない。ある程度ならばこのカードで防げるだろうと判断してデッキトップの3枚の順番を操作する。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

桐原 LP4000

場:マスマティシャン(ATK1500)

魔法・罠:2   

手札:2

 

??? LP4000

場:

魔法・

手札:5

 

「大見え切った割にそれだけかい? 面白味の欠片も無い布陣だね」

「1ターン目で強引にデッキを回して息切れ起こしてどうする。完全に相手の息の根を止めれる自信があるならやればいいが、大して制圧力のカードを並べるだけなら子供にだってできる。そういうお前はちゃんと出来るんだろう? なぁお坊ちゃん?」

「君に乗せられるのは癪だが、まあ良いだろう。安い挑発に乗ってあげるよ! 僕のターン! 手札からフィールド魔法、『闇黒世界(あんこくせかい) シャドウ・ディストピア』を発動!」

 

 ターン開始と同時に展開されるフィールド魔法により、辺りの景色が気味の悪い黒を基調とした廃墟や荒野のようなものへと変換される。まるで世界が滅んでしまったかのような世界に、過去に見たあの(・・)光景を思い出して一瞬吐き気が出たが、すぐにそれを飲み込む。

 

「僕は手札から『悪魔嬢リリス』を召喚! このカードは通常召喚された場合、攻撃力が半分になってしまう。だけど、問題なのはそこじゃあない」

 

悪魔嬢リリス/闇属性/☆3/悪魔族/ATK2000→1000 DEF0

 

「僕は『リリス』の効果発動! 自分フィールドの闇属性モンスター1体をリリースすることでデッキから通常(トラップ)カード3枚を相手に公開し、ランダムに1枚選んでそれを手札に加える。残った2枚をデッキに戻す。だが、この効果のコストになるのは僕のモンスターじゃあない。君の『マスマティシャン』を発動のコストにさせてもらおうか!」

「えぇ!? で、でも『マスマティシャン』は地属性ですよ!? そもそも闇属性じゃないんだからコストにすら出来ないんじゃ」

「違うのよ春菜。彼が発動したフィールド魔法『シャドウ・ディストピア』がある限り、互いのモンスター全てを闇属性へと変える。加えて、カードの効果を発動するために必要とするリリースによるコストを、1ターンに1度だけ相手フィールドの闇属性モンスターで代用できるのよ」

「exactly。さあ、この3枚からカード選ぶと良い」

 

↓選ばれたカード

『聖なるバリアー ミラー・フォース』

『戦線復帰』

『メタバース』

 

 人のモンスターを勝手に使われたあげく、相手の良いようにことが運ぶ天下になってしまったが然したる問題は感じない。選ばれたカードはどのデッキでも使われているような有名どころのカードばかり。ランダムとはいえ強力な罠を1枚仕掛けることが出来るというのは便利だ。

 

「さて。これで君の場はがら空きだ。更に仕掛けさせてもらうとしよう! 『悪魔嬢リリス』をリリースすることで、手札から『影王デュークシェード』を特殊召喚! このカードは自分フィールドの闇属性モンスターを特殊召喚でき、その数1体につき500攻撃力をアップさせる!」

 

影王デュークシェード/闇属性/☆4/悪魔族/ATK500→1000 DEF2000

 

「更に、自分フィールドの闇属性モンスターがリリースされたことでこのモンスターを特殊召喚する! 現れろ、闇黒世界を統べる魔王! 『闇黒の魔王 ディアボロス』!!」

 

闇黒の魔王 ディアボロス/闇属性/☆8/ドラゴン族/ATK3000 DEF2500

 

「そんな、1ターンで攻撃力の合計が4000!? もしこのまま攻撃が通ってしまったら桐原さんは―――!」

「伏せカードがブラフじゃないことを祈るよ。バトルフェイズ! まずは『デュークシェード』でダイレクトアタックだ!」

 

 一瞬にしてこちらのライフを削り切るための布陣を整え、魔王に付き従う小柄な男がこちらに目掛けて短刀を放り投げる。その攻撃に動じることなく受け止めるが、流石に立体映像で出現したモンスターの攻撃を直接受けるのはそれなりに痛みが発生する。

 

桐原 LP4000→3000

 

「おやぁ? 何もないのかい? だったらこの一撃で終わりだねぇ!! 『闇黒の魔王 ディアボロス』でダイレクトアタック!」

 

 禍々しいオーラを纏う魔王が咆哮と共に口を開き、その中から閃光を放つ。それは躊躇うことなくこちらへと迫り、その一撃を受ければこの戦いは敗北する。だが、まだ始まったばかりのこれを早々に終わらせることなど許されるはずもない。このデッキの真価は、次のターンからなのだから。

 

「トラップ発動、『カウンター・ゲート』。相手プレイヤーの直接攻撃を無効にし、デッキから1枚ドロー。それがモンスターカードならばこの場で通常召喚が可能となる」

 

 魔王が放つ一撃は突如現れたワームホールのようなものに吸い込まれる。完全に攻撃を吸収した後、すかさずカードを引いて見ることなく(・・・・・・)そのカードをディスクに置く。

 

「俺は『マンジュゴッド』を召喚。そして、『カウンター・ゲート』で通常召喚されたことで効果発動。デッキから儀式モンスター……『破滅の天使ルイン』を手札に加えさせてもらう」

「前のターンで『バック・ジャック』の効果でデッキの上を操作していたからか。まあ、そうじゃないと面白くない。メインフェイズ2でカード1枚伏せ、『ディアボロス』の特殊効果発動! 自分フィールドの闇属性モンスターをリリースすることで相手プレイヤーは手札を1枚選んでデッキ一番上か下のどちらかにおかなければならない!」

 

 自分の近くにいた影王が姿を消したことで発動された能力により、手札のカードを一枚を選んでデッキの上に置くことにする。自分でも思ってもみないことに少し驚いたが、これは自分にとってとても好都合だ。

 

「墓地の『バック・ジャック』の効果発動。相手ターン中、墓地のこのカードを除外してデッキの一番上のカードを公開。それが通常罠ならばセットし、このターン中での発動が可能となる。デッキの一番上のカードは『彼岸の悪鬼スカラマリオン』。モンスターカードの為墓地に送られる」

「ふうん。サーチカードとは面倒な。カードを2枚伏せてターン終了だ。この瞬間、フィールド魔法『闇黒世界シャドウ・ディストピア』の効果発動! フィールドのモンスターがリリースされたターンのエンドフェイズ、ターンプレイヤーのフィールドに『シャドウ・トークン』を可能な限り守備表示で特殊召喚する! リリースされたモンスターの数は3体。よって、3体の『シャドウ・トークン』が出現する」

 

 シャドウ・トークン/闇属性/☆3/悪魔族/ATK1000 DEF1000

 

「ならば、こちらもエンドフェイズに墓地に送った『スカラマリオン』の効果と、永続罠『闇の増産工場』発動。『闇の増産工場』は手札・フィールドのモンスターを墓地に送ることでカードを1枚ドローする。手札の『儀式魔人プレサイダー』を捨て、1枚ドロー。

更に『スカラマリオン』はこのカードが墓地に送られたエンドフェイズ、デッキからこのカード以外の悪魔族・闇属性・レベル3のモンスターカードを手札に加える。俺は、『儀式魔人デモリッシャー』を手札に加える」

 

 

桐原 LP3000

場: マンジュゴッド(ATK1400)

魔法・罠:闇の増産工場(永続罠)

手札:3

 

??? LP4000

場:闇黒の魔王ディアボロス(ATK3000)

  シャドウ・トークン(DEF1000)×3

魔法・罠:闇黒世界シャドウ・ディストピア(フィールド魔法)

     2

手札:1

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

「なんとかワンターンキルを防ぎましたね。でも手札の『破滅の天使(ルイン)』は現状だと使えないカードだし、結構厳しい状況の様な……」

「あら、彼が今使っているのは貴女のデッキでしょう? 親の貴女が諦めて良いのかしら?」

「で、でもあのデッキ組んでまだ一日も経ってないんですよ!? それにサポート用のデッキで単独で戦えるカード何てそんなに………」

 

 自分が作った親だからこそ、そのデッキを用いて闘っている桐原の事を星野は心配する。それは自分に自信を持てないからか、それとも本当に初心者からなのか。どちらにしてもあまりにも弱弱しい表情に藤原は少なからず嗜虐心が疼いたが、少なくとも今は彼女と共闘する関係だ。それに、桐原が何故自分のデッキではない彼女のデッキを用いたのか大体の理由は察している。

 だからこそ優雅に。学園のマドンナとしての顔を使って星野に声をかける。

 

「―――安心しなさい。彼は負けないわ」

「え?」

「見ていなさい。手足のように他者のデッキを扱う彼の決闘を」

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

「俺のターン、ドロー。『闇の増産工場』の効果を発動、手札に加えた『儀式魔人デモリッシャー』を捨てて1枚ドローする」

 

 前のターン手札に加えた悪魔を捨て、新たなカードを手札に加える。墓地に溜まりつつあるモンスターたちを確認し、手札に眠る青枠のカード……儀式モンスターを召喚するための準備は着々と進みつつある。だが、相手の場に存在する魔王を倒すだけの火力がない。だが、それは今引いた一枚のカードによって覆されることになる。

 

「俺は手札から2枚目の『マンジュゴッド』を召喚。その効果によりデッキから儀式モンスターカード、『破滅の美神ルイン』を手札に加える。」

「なら、このタイミングで『増殖するG』を発動させてもらおう。君が特殊召喚する度にカードを1枚ドローさせてもらう」

「いいだろう。俺は続けて、手札より儀式魔法カード『エンドレス・オブ・ザ・ワールド』を発動する」

 

 光の刺さない闇黒世界に黄金の光が溢れ出す。神々しい輝きが魔王には気に食わなかったのか忌々しそうに吼えるが、所詮は立体映像。怯える必要もなく淡々と処理を始める。

 

「この儀式魔法により、手札の『破滅の女神ルイン』。または、『終焉の王デミス』のどちらかの儀式召喚を執り行う。だが、先に手札に加えた『破滅の美神』は手札・フィールド上にある時は自身を『破滅の女神』として扱う。よって、俺は『破滅の美神』の儀式召喚の為にレベルの合計が10になるようにモンスターをリリースする。

 だが、ここで墓地の『儀式魔人』の効果。儀式召喚を行う際、墓地のこのカード除外することでその召喚に必要なレベル分として代用できる。よって俺は墓地の『デモリッシャー』と『プレサイダー』。そして、手札の『破滅の天使ルイン』の3体を儀式の贄に捧げる」

 

 黄金の光が溢れた世界に吸い込まれるかの様に3体のモンスターたちが吸い込まれ、発動者である俺を中心に10個の淡い青い炎が取り囲む。炎は徐々に勢いを増していき、火柱となって新たなモンスターを降臨させる。

 

「契約はここに交わされる。滅亡する世界に天より下り、我が敵に破滅を齎せ。儀式召喚――――」

 

 

―――降臨せよ、レベル10『破滅の美神ルイン』」

 

 

破滅の美神ルイン(破滅の女神ルイン)/光属性/☆10/天使族/ATK2900 DEF3000

 

 

 火柱が収まると同時に、煌きながら霧散していく青い炎と同時に銀色の髪を長く伸ばした憂いに満ちた表情の女性が、いや女神が片膝を折って降臨する。その美貌、風格から感じ取れるそれは目の前の魔王にも引けを取らない。だが、それを感じ取っていないのか。魔王を従える男は鼻で笑った。

 

「『増殖するG』の効果で1枚ドロー。レベル10の儀式モンスターだと思ったら、攻撃力2900? その程度じゃ、僕の『ディアボロス』を倒すのには程遠いね」

「………哀れだな」

「何――――?」

「デュエルモンスターズは、ただ単体モンスターによる攻撃一辺倒だけで勝てる程簡単なゲームではない。多くのカードと組み合わせることで、己のデッキの核たるカードの力を最大限に発揮させることこそがこのゲームの神髄。攻撃力が低い? そんなもの、初めから織り込み済みなんだよ」

 

 尤も、このデッキを組んだのは俺じゃないけどな。言葉を区切りながら一枚のマジックカードをディスクに投入して発動させる。するとどうだろうか、発動されたたった1枚のカードで、魔王やその周りに顕れた黒い影の身に纏う悍ましい瘴気が薄れていくではないか。

 

「永続魔法『強者の苦痛』。このカードによって、相手フィールドに存在するモンスターの攻撃力は、自身が持つレベル×100分ダウンする」

「な、何!? それじゃ僕のモンスターたちの攻撃力が―――!?」

 

闇黒の魔王ディアボロス ATK3000→ATK2200

シャドウ・トークン×3 ATK1000→ATK700

 

「バトルフェイズ。『破滅の美神ルイン』で、『闇黒の魔王ディアボロス』を攻撃する」

「させるか、リバースカードーーー」

「残念だが、『破滅の天使』を儀式召喚の素材に召喚されたモンスターが攻撃する時。相手プレイヤーは効果の発動ができない。よって、伏せカードの発動は不可だ」

 

 破滅の天使が魔王に肉薄し、飛び上がる。見下ろす形になった魔王を塵を見るように目を細め、その刃を以て体を文字通り真っ二つに両断する。ただの一撃。別段多くのカードを組み合わせたわけでもないが、その一撃は明確にこの勝敗を分かつ一撃となる。

 

「『ディアボロス』が一撃で―――!」

??? LP4000→LP3300

 

「まだだ。『破滅の美神』は一度のバトルフェイズで2回攻撃できる。『シャドウ・トークン』を引き裂け」

 

 魔王を斬り裂いた余波が音量を引き裂く。一撃で二体モンスターを粉砕した女神は軽やかに身を翻して持ち場へと舞い戻る。その際、主に向けて斧を振りかざす。すると、ディスクが何かに反応するかのように電子音が鳴り響く。

 

「モンスターを戦闘破壊したことで、『破滅の美神』を召喚する際に贄となった『儀式魔人プレサイダー』の効果。このカードを贄として召喚された儀式モンスターが相手モンスターを戦闘破壊する度に、カードを1枚ドローする。この際、モンスターを墓地に送ることは不要。よって、カードを2枚ドローする」

 

 ディスクが飛び出たカードを手札に収めながら、眼前にある2枚の伏せカードについて逡巡する。片方は『ルイン』が攻撃する際に発動しようとしたことから、攻撃反応型の伏せカード。恐らく、前のターンで『悪魔嬢リリス』の効果で選択されたカードの一つ。『聖なるバリアーミラー・フォース』だろう。『ルイン』が攻撃する際に効果の発動が出来ないことも踏まえ、必要以上に攻撃するのはみすみす罠にはまるようなもの。

 そして、もう片方の伏せカード(リバース)。こちらの行動を制限するカードではなかったことはここまでの一連の展開を抑制しなかったことから見て取れる。ならば、何かしらの発動条件がある特殊なカードと見るべき。見た所、相手のデッキは『闇黒の魔王ディアボロス』を主軸とした闇属性デッキ。『シャドウ・ディストピア』が発動されている手前、このままモンスターを放置してターンエンドというのもいただけない。幸い、対抗策も先のドローで確保できた。

 

「手札から速攻魔法、『ツインツイスター』を発動。手札1枚をコストに、フィールドの魔法・罠を2枚破壊する。破壊するのは『闇黒世界シャドウ・ディストピア』と、伏せカード1枚だ」

 

 手札を1枚墓地へ埋葬しながら吹き荒れた突風はフィールド全体に広がり、薄暗い陰湿な空気に満ちた空間と伏せカードの1枚が破壊される、開かれたカードは『闇よりの罠』。発動条件がライフが3000を下回ってからということもあり、このタイミングで発動出来なかったのだろう。珍しいカードを使っているなと素直に感心しながら、墓地に送ったカードの効果を適用させる。

 

「墓地に送った『魔サイの戦士』の効果発動。このカードが墓地に送られた場合、デッキから悪魔族モンスターを墓地に送る。デッキから………そうだな、2枚目の『彼岸の悪鬼スカラマリオン』を墓地へ送る」

 

 これで新たなカードを手札に収めつつ、相手ターンへの対策も整う。手札消費もある程度激しいが、それを『プレサイダー』でカバーする辺り中々考えられてはいると内心でこのデッキの評価しておく。

さて。伏せカードに攻撃反応型の物が残ってしまっているかもしれない以上、『マンジュゴッド』で攻撃を仕掛けるのは愚策。欲張った行動は慎み、次の一手を打っておくことにしよう。

 

「バトルは続行せず、カードを1枚伏せてターンを終了。この時、墓地に送った『スカラマリオン』の効果でレベル3・闇属性・悪魔族の『魔界発現世行きデスガイド』を手札に加える」

 

桐原 LP3000

場: マンジュゴッド(ATK1400)×2

  破滅の美神ルイン/破滅の天使ルイン

(ATK2900+『儀式魔人プレサイダー』+『儀式魔人デモリッシャー』)

魔法・罠:闇の増産工場(永続罠)

     強者の苦痛(永続魔法)

     1

手札:1

 

??? LP3300

場: シャドウ・トークン(DEF1000)×2

魔法・罠:1

手札:1

 

「僕のターン、ドロー! 確かに、先のターンは驚かされたよ。だが、僕のデッキのモンスターの力を使えばその程度の耐性は脅威ではない! 僕は手札の『悪王アフリマ』の効果発動! 手札のこのカードを墓地に送って、デッキから2枚目の『シャドウ・ディストピア』を」

「カウンタートラップ『神の通告』発動。ライフを1500支払うことで、モンスター効果を無効にして破壊する」

秋人 LP3000→LP1500

 

 デッキから再び展開されそうになったフィールド魔法を手札に加えんとする四足獣の咆哮が轟く直前、突如として迸った雷がその体を焼き尽くす。無慈悲にも発動された神による天罰が受け入れられず、目の前の男は目をパチクリとさせた。

 

「は? え? は?」

「どうした。お前のターンだぞ。それともなにか、これで終わりなのか?」

「わ、分かってるよ! ぼ、僕は……僕は……! っ、カードを。モンスターをセットして、ターンエンド……!」

「―――そうか。所詮その程度か。つまらん。『闇の増産工場』の効果で、フィールドから『マンジュゴッド』を墓地に送ってカードを1枚ドローする」

 

 

 

 

()

 

桐原 LP1500

場:破滅の美神ルイン/破滅の天使ルイン

(ATK2900+『儀式魔人プレサイダー』+『儀式魔人デモリッシャー』)

  マンジュゴッド(ATK1400)

魔法・罠:闇の増産工場(永続罠)

     強者の苦痛(永続魔法)

     1

手札:2

 

??? LP3300

場:1

シャドウ・トークン(DEF1000)×2

魔法・罠:2

手札:0

 

「俺のターン。ドロー。

―――いい引きだ。ライフコスト1000を支払い、速攻魔法『コズミック・サイクロン』を手札より発動。相手フィールドの魔法・罠カード1枚を除外する。目障りな伏せカードにはご退場願おう」

秋人 LP1500→500

 

 突如として吹き荒れる烈風。それは容赦なく目の前の男の伏せカードを吹き飛ばし。その正体を露わにする。開かれたカードは『聖なるバリアーミラーフォース』。攻撃反応型の罠の中でも最古にして王道の罠カード。その効果は、攻撃表示モンスターを全滅させるという恐ろしい効果だが。生憎と攻撃反応型のカードを一切発動させない今の『ルイン』の敵ではない。

 

「これで妨害させることを考えずに展開できる。俺は手札に加えた『魔界発現世行きデスガイド』を召喚する」

 

魔界発現世行きデスガイド/闇属性/☆3/悪魔族/ATK1000 DEF600

 

「『デスガイド』は召喚に成功した時、デッキからレベル3の悪魔族モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚できる。この効果で俺はデッキから2枚目の『儀式魔人デモリッシャー』を特殊召喚」

 

儀式魔人デモリッシャー/闇属性/☆3/悪魔族/ATK1500 DEF600

 

「俺はレベル3の『デスガイド』と『デモリッシャー』のでオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築する」

 

 召喚された小悪魔的なバスガイドと、大斧を振りかぶった悪魔の二体が粒子となる。直後、プレイヤーである俺の目の前に広がる宇宙に似た様々光が飛び交う宇宙の様な空間へと吸い込まれ、一筋の閃光が迸る。

 ―――これこそがエクシーズ召喚。俺がいるこの世界で、儀式召喚以外に確認できた特殊な召喚法。同じレベルのモンスターを2体以上重ね合わせて召喚できる、漆黒のフレームを持つモンスター群の名称である。

 

「エクシーズ召喚。浮上せよ、ランク3。『虚空海竜リヴァイエール』」

 

虚空海竜リヴァイエール/風属性/★3/水族/ATK1800 DEF1600

 

「俺は『リヴァイエール』の特殊効果を発動する。ORU(オーバーレイ・ユニット)を一つ使うことで、除外されているレベル4以下のモンスターを俺の場に呼び戻す。帰って来い、『儀式魔人プレサイダー』」

 

↓使われたORU

儀式魔人デモリッシャー

 

儀式魔人プレサイダー/闇属性/☆4/悪魔族/ATK1800 DEF1400

 

「さて、これで準備は整った。まずは『ルイン』で『シャドウ・トークン』と『ルイン』で伏せモンスターを攻撃だ」

 

 命令を受けた女神が憚る悪霊と伏せモンスター……三つ目の化け物、『クリッター』を容赦なく惨殺する。『プレサイダーが』女神に付与した効果の恩恵に預かり、破壊したモンスター数。2枚のカードを補充していると、男は苦しそうに表情を歪めながらモンスター効果を適用させる。

 

「『クリッター』が墓地に送られたことで効果発動! 攻撃力1500以下のモンスターカード、『魂を削る死霊』を手札に加える!」

「戦闘破壊されない闇属性のモンスターカード。確かに便利だな。まあ関係ないが。戦闘続行、『リヴァイエール』で最後の『シャドウ・トークン』を粉砕する」

 

 宙に浮かぶ神聖すら思わさせられる緑の竜が波を起こす。悪霊はそれに浄化されるかの様に飲み込まれ消滅し、目の前の男を護る壁モンスターは全て消滅する。

 

「『儀式魔人プレサイダー』、プレイヤーにダイレクトアタックだ」

 

 無情に命令を下し、キシシと君の悪い笑い声を上げながら魔人は長刀を男に振るって斬り刻む。立体映像による演出とはいえ、ディスクから奔る衝撃に男は呻き膝を突く。

 

「くっ、だが。まだだ。まだ僕のライフは残ってる! 次のターンで『魂を削る死霊』を壁にしてしまえばまだ勝負は」

??? LP3300→1500

 

「馬鹿かお前は。このターンで決着を着けるに決まってるだろう。永続罠『闇の増産工場』の効果で、『プレサイダー』を墓地に送ってカードを1枚ドローする。

 そして、手札から速攻魔法『リバース・オブ・ザ・ワールド』を発動する」

 

 手札を補充しながら発動される新たな魔法カード。砂時計のような時を刻む容器には青と金を基調とした色がそれぞれ彩られており、ゆっくりと交互に反転し続ける。

 

「これは手札の儀式モンスターを贄に捧げ、手札か。それともデッキに眠る『破滅の女神』か『終焉の王』をこの場に降臨させる速攻魔法だ。贄として、手札にある『終焉の王デミス』を捧げる」

「デッキの儀式モンスターを降臨させる速攻魔法カード!? そんなカード聞いたことないぞ!?」

「俗世に疎い坊ちゃんなら知らなくても仕方ないだろうな。なんせ、儀式召喚はコストが余計にかかる弱小カテゴリーだからなぁ?」

 

 手札に宿る『終焉の王』が半透明な姿で現れ、低く地鳴りするかのような唸り声をあげながらその身を八つの青い炎へと姿を変える。先に召喚した『破滅の美神』の様にサークルが広がり、青い炎が猛り火柱が上る。

 

「契りは今ここに交わされる。全てを刻み、憂う女神よ。我が前に姿を晒し、慈悲の刃でこの世界に破滅を齎さん」

 

 ―――儀式召喚、レベル8。『破滅の女神ルイン』

 

破滅の女神ルイン/光属性/☆8/天使族/ATK2300 DEF2000

 

 青い炎の中より降臨するは、『破滅の美神』を少し若くさせたかのような憂いに満ちた表情の女神。つまらなさそうに錫杖にも似た諸刃の斧を片手で持ち、腰を越えて膝元にまで届く銀の髪はとても美しい。見る者全てを魅了する、まさに『女神』の名を持つにふさわしい麗しさである。

 もう少しの間、せっかく降臨した女神の姿をこの目に焼き付けておきたいところだが。正直なところ、早いところ決着を着けたいこともあってさっさと攻撃指示を下す。

 

「終わらせろ。『破滅の女神ルイン』でダイレクトアタックだ」

 

 ――――――終焉の輪舞。

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁ!?」

??? LP1500→0

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

「ま、負けた? 僕が? 他人のデッキを借りた、こんな奴なんかに―――?」

 

 自分がまけたことが信じられないのか。最後の一撃を喰らってからの男は突然始まった決闘を見物しに来た野次馬たちが多くいる中で尻餅をついたまま呆然としていた。決闘が終わったこともあって、ソリッドヴィジョンで現れていたカードやモンスターも消滅する。カードをデッキに戻し、オートシャッフル機能を用いて均一になるようにした後。デッキを持ち主に返す。

 

「これは返す。というか、なんで俺がお前のデッキを使ったか理解してないだろ」

「あー……うん、それは、確かに」

 

 申し訳ないように苦笑しながらデッキを受け取る星野。それに少しだけ溜め息を漏らしながらデコピンで額を軽く打つ。

 

「あいたっ!?」

「あのなぁ。俺は別にお前が貶されようとどうでもいい。けどな、お前自分が貶されてるってのに苦笑するだけ何も言わねぇじゃねえか。だから仕方なくお前のデッキで相手してやったんだよ」

 

 とっても面倒くさかったけどな。最後に沿う言葉を付け加えながら、溜め息を一つ零しながら人込みを掻き分けて座り込んだ男の下に向かう。男はひっ、と小さく悲鳴をあげるが。俺はそれを無視して男の胸倉を掴む。より一層、体を震わせて顔も蒼くなっていく男のありさまは滑稽と言う他にない。

 

「なあ。俺は優しいからよぉ。藤原と一緒にいるからよくお前みたいなやつも出て来るんだわ。だからな? 別にお前に対して怒るつもりもねぇし、その気すら起こらねぇ」

 

 そこで一度言葉を切り、だがなと付け加えてにっこりと笑顔を浮かべてやる。きっと、周りからすれば酷い顔をしているのだろう。だが、今のこいつにやるべきことは二つだけなのだ。一つは、星野に謝罪させること。もう一つは―――

 

「ここに誓え。もう二度と俺たちの前に現れないと。でないと―――次は、俺のデッキでお前ごと砕くからな?」

 

 最後にそう脅しをかけて掴んだ手を放す。男はそれを最後に失神したのか仰向けに倒れ込んだが、自業自得なので気にしないでおくことにする。予定がかなり変わってしまったが、まだこの二人のデッキ調整は済んでいないのだ。早々に済ませなければ朝にまでかかってしまう。

 

「おら、邪魔者は消えた。腹ごなしも済んだだろ? 次の店に行くぞ」

「せっかちな人ね。そういえば、貴方。自分のアイスは?」

「要らん。そういえば星野。お前のデッキだが、指摘したいところが3つほどできた。さっさと調整を済ませるぞ」

「えぇ!? あの、私的にはかなりの自信があったデッキなんですが! あの聞いてますか!? あの―――!!!」

 

 

 




 ―――罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
 あの時、自分の教え子を護りきれなかったことからか。あの時と同じことをしているのは、もう二度と知り合った人が傷つかないようにしたいからか。
 ―――今の俺の姿を。あいつが見たら笑うのかねぇ………?


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運命の宝札

  ―――失ったものは数多く。ままらならないことも多くあった。
 覇王竜との戦いの末、あと一歩のところで乱入者が現れたあの戦いから既に半年。意識を取り戻した俺が降り立ったのがこの世界だった。自分が知る『デュエルモンスターズ』というカードゲームは、覇王に従う4種のドラゴンのように多くの召喚法が介在していたはずだった。しかし、この世界にはその中で『エクシーズ』という同じレベルのモンスターを重ねて召喚する方法しか存在していない。他の召喚法といえば、この間の『破滅の女神ルイン』のような儀式召喚のみ。
 では、今までの記憶が夢だったのかと聞かれたら答えはNOに尽きる。何故なら―――

「そんなことだったら、こいつらが存在しているはずがねぇしな」

 誰に届くはずもない独り言を呟きながら、腰に差したデッキホルダーからあるデッキを取り出す。それは、このエクシーズしか用いない世界において異端とされる別の召喚法を行う本来のデッキ。青い眼が特徴的な白き龍がデザインされている。その後ろにはエクシーズが漆黒のフレームをしているのが特徴的なように、紫と白を基調とした全く別のカードが収められていた。




 

 

 

がみがみと似たようなことを捲し立てる同僚の言葉を聞いて流すことを繰り返し、今日のノルマを果たすためにタブレットに言葉の羅列を付け加えていく。自分達の方が先輩なのにもかかわらず無視をしているから怒っているのではなく、彼らが秋人に食って掛かっているのは、先日の決闘で撃退した男の事だった。

 どうやら、あの時の男がそこそこ良い家の出だったらしく。息子が酷い目に遭ったからその件で秋人に謝罪させろだとか、責任を取って退職させろだのと圧力をかけてきたらしい。どこの世界にも自分が世界の中心気分な大人がいるものなんだと感心しながら、秋人は何食わぬ顔でキーボードに指を滑らせる。

 

「――――聞いているんですか! 桐原教諭!!」

「んぁ? あ~……えっと、どこまで進みましたっけ?」

「だ~か~ら~! 貴方の辞職の件ですよ!! このままだと貴方、無職になってしまうんですよ!?」

「はははは。ご冗談を。――――ちょっと、呼び込み行ってきますね」

「誰か桐原教諭を止めろぉ! お礼参りに行くつもりだぞあの人!?」

 

 データの上書き保存を完了させ、ノルマを果たした秋人が休憩がてら外回りの宣伝に向おうとするも同僚たちに数人がかりで止められる。ぶつくさ言いながら元の席に戻る俺を尻目に溜め息を零すのはテーブルの中央、その隣に座る黒髪の女性だ。

 

「………あのですね。桐原先生。今月に入って何回クレーム来ましたか?」

「え~と……確か、4回、でしたか?」

「あははは。随分おめでたいですね? 17回ですよ。そして、今回で今月は18回目になりました。自己ベスト更新ですよ良かったですねぇ?」

「いや、あの………すいませんでした」

 

 流水の如く怒っているというのはこのことなのだろうと、目の前の女性が優しく窘めるように、けれども語気を強くしながら口にするのを目の当たりにして彼はようやく悪かったなと反省する。確かに問題を起こしたのは事実だが、その大半は藤原と一緒にいたからなのだと反論したが、爽やかに笑みを浮かべながら有無を言わせようとしない女性の迫力に気圧され、たまらず目を背けてしまう。

 

「あのですね、別に問題を起こしたことに関して怒っているわけではないんですよ? そりゃあ、藤原さんと一緒に居ることが悪目立ちして彼女のファンクラブの方々と接触、その場の勢いで決闘になって撃退。別に何の問題もありません。ですが、毎回脅迫じみたことを言ってから解放するというのはいくら何でもやりすぎだと私は言ってるんです」

「そのくらいしないと懲りないんだよあいつら。こっちだって、いい加減うんざりしてるんだ。寧ろ、俺の方が被害者なんだから慰謝料とかふんだくりたい――――」

 

 一方的に攻められ続けてイライラしてしまい、つい本音を零してしまう。確かに、彼には藤原とその家族には返せない程の恩義がある。けれども、それをだしに使われたとしてもこれまで藤原にかけられた迷惑やらを色々と考えてもこっちが色々と文句を言いたいくらいなのだと主張する。指をテーブルの上に叩いて威嚇すると、急に辺りが静かになる。よく見ると、目の前の女性もやってしまったと言わんばかりに口元に手を当てて目を丸くしている。何に驚いているのかと後ろを振り返ると、黒いスーツに身を包んだ男性が真後ろに立っていた。

 

「―――私の愛娘が、何だって?」

「ヒエッ」

 

 振り返った先に居た男性。少しだけ髭を生やしたままにした、見た感じ40歳前後の頭髪が白みがかった彼を見た時。全身が氷水に漬けられたような寒気に襲われる。にこやかに笑いながらずいっと顔を寄せるその表情は女性より明るいが、それ以上に圧倒的な威圧感が秋人を襲う。

さっきから話題になっている藤原、雪乃を愛娘と呼ぶ彼こそはその実父であり、この建物。プロデュエリスト育成校の学長でもある《藤原夏目》その人である。

 

「……藤原塾長、今日は娘さんの大事なタッグデュエル大会なのでは? その為に有給を使ったとそう記憶しているんですが」

「そんなもの事務に頼んで半日休に変えてもらった。大事な部下がまたやらかしたって聞かされたら、飛んで行くのがトップの務めだからな。それでどうした、今度は一体なにやらかしたんだ? うん?」

 

 顎鬚をジョリジョリと音を立てながら搔きながら肩を組む塾長にどう言い訳した物かと言い淀む。別に、秋人が藤原……雪乃と一緒に居たことから面倒ごとが起こったのは、さっき言った通り今回に限った話ではない。だが、それが原因とはいえ多大な迷惑をかけてしまっているのは事実なのだ。申し訳ないと思いつつも、ことの顛末を素直に伝える。ところどころで吹き出してはいたものの、理由を把握した塾長は快活に笑いながら秋人の背を思いっきり叩いた。

 

「なぁに、それぐらいのことならいつものことだ。後は俺に任せておけばいい。車の手配をしてくれ、俺が直々にお話に行ってくる」

「了解しました。……あの、くれぐれも丁重にお願いしますよ?」

「言われるまでも無いさ。なぁに、ちょっと真面目なお話をするだけさ。あぁ、そういえば桐原先生。私はこれから件の生徒の下に向かうから、娘の決闘を観れそうにない。だから―――後は分かるね?」

 

 静かに片目を閉じてこちらに察して欲しいと合図を送る塾長に、申し訳なさと面倒くささが入り交ざった溜め息を一つ零す。けれど、もっと面倒なことを彼に強いるという裏面もあるのでそれを快く引き受けることにした。

 

 

「了解しました。娘さんの決闘、私が謹んで録画させていただきます」

「よし、物わかりの良い部下を持つのは嬉しいぞ! あ、お前ら。愛娘の結果如何だが、俺の驕りで今度焼肉行くから予定空けておけよ?」

「「「マジっすかぁ!?」」」

 

 

 

 デュエルスクール・スペード校。エクシーズ召喚のみが流通しているこのおかしな世界、ひいては秋人が拠点としているこの街。《ハートランド》の東西南北のそれぞれ展開されている教育機関である。デュエルという名がついている通りこの学校では《デュエルモンスターズ》についての教育を施すようになっている。無論、一般教養も教えてはいるが。それでもどちらか多いかと言われればやはりデュエルモンスターズだろう。

 正直なところ、桐原秋人は今更になって学園の中に足を踏み入れるのが億劫になっていた。塾長に面倒ごとを押し付けてしまったことと、元から今日は藤原―――雪乃とその友達。星野のタッグデュエルを見る予定ではあった。だが、開催される会場であるこのスペード校に行きたくはなかったのだ。というのも、ここには浅からぬ因縁というより、一方的に敵視してくる男がいる為である。

 ―――まあ、こんなに人が多い中で遭遇することなんて極稀だろう。というか、一般生徒の見学場と来場者の観客席とかは流石に分けたりするはずだ。自分にそう言い聞かせながら、臆することなくスクールへと歩を進める。入り口付近で持ち物検査をしているのか、少しだけ長い人の列に並ばされたが、ようやく秋人の手番が回ってきた。

 

「お手数ですが、招待状の確認と危険物のチェックをさせてもらいますね。貴重品以外はこの籠に入れてください」

「分かった。あぁ、俺はこの招待状をもらった人の代理なんだ。そっちに連絡が行ってるはずだから、確認をお願いしたい」

「分かりまし………あれ?」

 

 中に入るための手続きを済ませるべく事情をあらかじめ説明しておく。すると、目の前の少女が手を止めた。こちらを見上げる形ではあるが顔を覗き込む仕草に眉を寄せると、見覚えのある顔がそこにあった。

 

「えっと、確か桐原先生でした、よね? 兄さんの通ってる育成校で先生をやってましたよね?」

「あ~………えっと、確か黒咲の妹さんだったか?」

「はい! 黒咲瑠璃です! 覚えててくれたんですね!」

「そりゃお前の兄さん面倒くさ……情熱的だからな。一緒にいるのよく見るし、何となく顔ぐらい覚える」

 

 げんなりとした表情を浮かべる秋人に瑠璃は苦い笑みを返す。黒咲兄妹……特に、兄の隼は秋人が教鞭を振るうプロデュエリスト育成校の生徒である。特筆して関係を上げることは普通は無いのだが、藤原雪乃に次いで彼の中で問題児と挙げられるのが彼なのである。いや、意図的ではないとはいえ因縁を作ってしまったのは秋人自身にも問題がある。それ故に彼が突発的に仕掛けてくる勝負ごとを毎回受けているのである。

 

「いや、お前の兄ちゃん凄いよ。どんだけ凹まされても次に日にはまた挑んでくるんだもの不屈の精神っていうのか? いやもうあれは鉄だ。絶対折れねぇ鉄の意思だ」

「あはは。兄さん、一度決めたことは絶対に譲らないですからね。あ、確認取れたみたいですね。今日は私も参加するので、見ていて下さいね!」

「そうなのか。ま、悔いのないように頑張るこった」

 

 ひらひらと手を振りながら秋人は校内へと足を踏み入れる。多くの人が今回の大会を楽しみにしているのか、大きい歓声が辺りに飛び変わっている。人込みの中に紛れるのは楽だが、終始こんなところにいるのも気が滅入る。

 ―――人の多い所っていうのはどうにも慣れないな。あっちでも、自分の試合の時にはいつも溜め息ばかり零してたし。ふと実経験を振り返り、それに彼は自重するように笑みを浮かべた。

 まるで、遠い昔になった思い出を思い返すような哀しい笑みを浮かべながら。

 

 

 

★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

 

―――秋人はさ。どうしてプロになろうと思ったの?

 

 少女がこちらの顔を覗きながらこっちに迫る。もはや慣れ親しんだ俺と彼女との距離だが、未だに臆せずこちらの領域にずかずかと侵入してくる彼女の気の強さに苦い笑みを浮かべながら、適当にはぐらかす。

 

―――別になんだっていいだろ。好きだから、じゃあ理由にならないか?

―――ならなくはないけど、正直ピンと来ないんだよね。というか、わざわざ幼馴染の私をマネージャーにするってどういうことよ。そういう感情があるって思って良いの?

 

 からかうように意地の悪い笑みを浮かべ再び問いを投げてくる。あまりにもストレートな物言いに堪らず飲んでいた水を吹き出す。タイミングが悪かったこともあってか咽て息がし辛くなり、それを見た彼女も悪いと思ったのか背をさすってくれる。それをジト目で睨みながら、溜め息を零す。

 

―――まあ、お前が俺の事を一番わかってくれてるしさ。俺とお前が揃えば、最強だろ? タッグデュエルだってほぼ完勝だしな。

―――無敵って言わないあたり貴方らしいのよね。ま、自分の実力に自信を持ってないってわけじゃないんだし。どこまでも冷静なのはいいんだけどさ。ちょっと達観しすぎてない?

―――最近読んだ本で、戦況とは読むモノではなく俯瞰して見るモノだってある本で書いてたから。ちょっと上から目線で周りを見るようにしてるんだ。だからじゃねぇの? どうだ、かっこいいだろ?

―――はいはいかっこいいかっこいい。それでもう少し肉体的に成長すれば結構良い線いくんじゃない?

 

 さする手を止め、その手を今度は肩を抱くように引っ張られる。突然のことで態勢を維持できなかった俺は後ろへとよろめき、硬い地面へと尻餅を着かされる。小さい悲鳴をあげて、後ろに居る少女に抗議しようと振り向くが、その前にぎゅっと後ろから抱きしめられた。所謂あすなろ抱きという奴で、突然の事にまばたきを繰り返す。

 

―――あの、当たってるんだけど

―――ふふっ、当ててるのよ?

―――どうしたんだよ。らしくないぞ?

 

 小学校、中学校、高校と。俺と彼女とはすでに10年以上の長い付き合いだ。だから、こうしてスキンシップが激しいこともあるし、公平な勝負ができる《デュエルモンスターズ》で決着を着けたり。それこそ取っ組み合いの喧嘩までする仲だ。

 だからこそ、後ろの少女がらしくないと思える。まるで、何か大切な物を愛でるように。壊れそうな物を保護するような包容力を彼女は垣間見せている。それは、今まで彼女と一緒に居た俺にとっては見た事のない新しい一面だ

 

―――ねぇ、秋人? 秋人は。秋人は変わらないでね。何がっても、絶対に。これまでの秋人はでいてね。

―――本当に、らしくねぇなぁ。怖い夢でも見たのか? 

―――茶化さないでよ。私、本気なんだから。

 

 茶化すように朗らかな声を漏らすと、抗議するように抱きしめる力が強くなる。本気で俺の事を心配しているということに気付いた俺は、その手を優しく包み込む。出来るだけ優しく、けれど誓うように回答する。

 

 

―――約束するよ。俺は絶対に変わらない。何があっても…………

 

 

 

☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

 

懐かしい頃の記憶を思い返していた。あれは、今からもう4年は前のことだ

ろうか。あの時、パートナーともいえる少女と交わした約束からかけ離れたことをしている自分に嘆息する。売店で二本ほどペットボトルを購入したのち、塾長に手渡されたチケットに記された指定席に向かう。たかが学生の校内のメンバーによる大会だというのにここまで大規模な形にするのかと秋人はぼんやりと考える。ただ、それに耽っていたせいか。曲がり角からやってきた少年とぶつかってしまった。向こうの方が程度のことだが、形だけでも謝罪しておかなければ振り返った。

 ―――そして、秋人は鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

 

「す、すまない。こちらも少々急いでいた。俺が一方的にぶつかってしまったようだが、大丈夫だっただろうか?」

 

 目の前に立つ少年はごくごく当たり前の事を言っていた。いつもの俺であればそれを片目に見て会釈する程度で席に向かっただろう。だが、それが出来なかったのはひとえに信じられないモノを見てしまったような感覚に陥ったからだ。秋人の中に眠っていた、決闘者としての野生の様なものが警鐘を鳴らしていた。このまま、目の前にいる少年を無視してはいけないと。

 だが、初対面の相手に何を馬鹿なと自分で一蹴する。確かに、顔だけを見れば見たことがある。だが、声音も表情がどうも彼に結びつかない。当たり前のように会釈をし、当たり前のように謝辞を述べてその場を後にする。

 

「ああ。こっちも考え事をしていた。悪かったな」

「いや、こちらも焦っていたので。見た所、外部の方ですか? 迷惑をかけてすいませんでした」

「そこまで畏まらなくていい。俺は代理できたものだからそんなに偉い人という訳でもないんだ。だが、そうだな。せっかくだから名刺を渡しておこう。何か困ったことがあれば連絡してくれ。微力ながら手を貸そう」

 

 懐から連絡先の入った物を手渡しその場を後にする。少年は名刺をもらったのが初めてだったのか少しだけ頬を緩ませていて、その表情からも秋人の知る彼とは別人なのだと結論付けた。だからきっと、顔を見た時に沸いてしまったあの警戒心はきっと勘違いなのだと頭の中から消すようにガシガシと頭を掻き、観客席に向かって歩き始めるのであった。

 

 

 

 

 

 




「……ん、遅かったな。何かあったのか?」
「いや、ちょっと人とぶつかってしまって。互いに不注意だったから何事も無かったのだが、相手の方が律儀な人だったんだ。わざわざ名刺を渡してくれたしな」
「何? 誰からのだ?」
「えーと………『プロデュエリストセミナー・ウィストーリア』って書いてあるな」
「……俺の通っているセミナーだな。ちなみに聞くが、講師の名前はなんだ?」
「桐原秋人って書いてあるな。人気の講師なのか?」
「……………ガタッ」(無言に起立)
「どうした?」
「―――ちょっと、手洗いに行ってくる。先に観戦しておいてくれ」

―――ユート。


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