セレナが何故か蘇って記憶を無くしてキャロル陣営に味方する話 (にゃるまる)
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無印
第1話


セレナ主人公で何か書きたい…そう思っていたのを書いた作品です。
はっきり言って文章力がないゴミ以下の作者の手によって生まれた作品ですが、どうか読んでくれると嬉しいです(白目)


―――光が見えた。

真っ暗な闇の中で輝く1つの光。

弱弱しくて、儚くて、今にも消えてしまいそうな光。

闇の中でただ1つ輝くその光に、無意識に手が伸びる。

少しの衝撃で消えてしまいそうなその光を優しく包み込み、そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ゾ――――?」

 

むにゃむにゃと寝言を紡ぎながら幸せに眠る。

人間の3大欲求とまで言われる眠気に抗うなんて無駄な事誰がする必要があるのだろうか?

私は抗わない(確固たる意志)

ひたすらにこの眠気に包まれながら静かに眠っていたい。

そう願う少女の気持ちは――――

 

「ん~?そんな所で寝てたら邪魔になっちゃうゾ?」

 

とにかく赤色と人間のそれと比べるのが馬鹿だと思う位大きな爪を持つ少女によって阻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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キャロル・マールス・ディーンハイム

数百年を生きる錬金術師の彼女は父から最後に託された命題≪世界を知れ≫

その命題を果たす為に世界を壊そうとしている中々にヤバい思考の持ち主であるのだが、そんな彼女の目的達成に必要不可欠なのが≪チフォージュ・シャトー≫

詳しい説明をするとダレるので簡単に説明すると、全てを解剖しちまうヤバい機械だと思ってくれたらよい。

さてそんなチフォージュ・シャトーは本拠地の意味も兼ね備えている。

当然な事にキャロルの私室を含めた様々な部屋もあるのだが、その中の一室。

 

「……ふむ」

 

チフォージュ・シャトーの主であり、此処にはいない4つの人形たちの主でもある少女キャロルがそこにいた。

チフォージュ・シャトー完成の為、日々忙しく動き回っている彼女の視線の先にあるのは幾つかの聖遺物。

チフォージュ・シャトーの建造、またはオートスコアラー達の強化に繋がる聖遺物が無いかとかつて集め、そして倉庫に埋もれていた聖遺物を引っ張り出して調べていたのだが……はっきり言ってキャロルのお目に叶う聖遺物は無かった。

それに落胆するわけでもなく、まあこんな物かとどこかつまらなそうに引っ張り出した聖遺物を眺めていく。

 

「…しかし、俺の事ながら良くもまあこれだけ集めた物だ」

 

キャロルからすればさほどの価値もないであろう無数の聖遺物。

もしもこれを見る人が見れば仰天祭り…で済めばどれだけ良いか……

時間を無駄にしたなと部屋を後にしようとしたキャロルがふと視線を向けたのは1枚の鏡。

これは何の聖遺物だったか?と記憶からその正体を呼び覚ますよりも早く―――

 

≪マスター、お忙しい中大変申し訳ありませんが緊急の報告が≫

 

オートスコアラーの1人≪ファラ≫

中々に曲者ぞろいのオートスコアラー達の中ではまともな彼女からの報告にすぐに思考を切り替える。

 

≪どうしたファラ?≫

 

≪はい、実はミカがチフォージュ・シャトー内部で侵入者を発見、現在対象は逃走中で今はミカが追撃をしています≫

 

≪何?そんな馬鹿な…≫

 

チフォージュ・シャトーは特殊な場所に存在している。

歩いて迷い込む…なんて出来るはずがないし、一般的な手段ではそもそも辿り付く事さえ出来ない。

そう、一般的な手段では、だ。

――――考えうる可能性は1つ、か。

 

≪ファラ、至急レイアとガリィと共にミカと合流して対象を捕らえろ。殺すな、そいつには聞きたい事がある≫

 

≪ご命令通りに≫

 

ファラからの連絡が切れたのを確認し、必要はないだろうがと念の為に部屋を後にする。

再度放置される様に置かれた聖遺物達の中で静かに輝く鏡の存在に気付かずに――――

 

 

 

 

 

 

 

 

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どうしてこうなった。

少女の脳裏を現在進行形で支配するその言葉と共に少女は駆けていた。

何故か?それは簡単だ。

 

「捕まえちゃうゾ~♪」

 

背後から迫る笑顔溢れる鬼との鬼ごっこから逃れる為だ。

 

「何で…こんな…事にぃ…!!」

 

思い返す事数分前。

眠っていた少女の前に突然現れた笑顔が眩しい赤色の巨大な爪を持つ少女に起こされる、そこまでは良かった。

だが少女はん~?と暫く顔を覗き込まれたかと思えば、

 

≪あれ?見た事ない顔だゾ?ん~?ちょっと待つんだゾ≫

 

疑い発言+どこぞに連絡イベント発生、からのーー

 

≪ファラがお前を捕まえろって言うから捕まえるんだゾ~♪≫

 

 

 

 

 

そうして始まったのがこの鬼ごっこだ。

向こうは遊んでいるつもりだろうが、此方は全速力。

更に言えば寝起きすぐの全速力ダッシュははっきり言って辛い……ッ!!

息苦しさと横腹の痛みを抑えながらもとにかく逃げなくてはと走り回りながら周囲を確認する。

 

「ここ……どこ…?」

 

全く見覚えのない場所。

どこかの建物の中と言う事だけは分かっているけれど、ここがどこかはさっぱり分からない。

そもそも私はどうしてこんな所に寝ていたのだろうか?

誘拐?拉致?

考える限りの可能性が浮かんでくるが、今はそれどころではない。

幸い、と言うべきか彼女はあの大きな爪が邪魔しているせいか細かい動きが苦手らしく狭い路を選んで逃げているおかげで距離を埋められると言う事だけは回避できている。

しかし体力差は歴然、はっきり言ってしまえば今こうして駆けるのもやっとだ。

どこかで休憩しないと、と再度周囲を見渡して細道の先に1つの小部屋があるのを見つける。

あそこなら彼女は入ってこれないはず……!!

そう判断して残った体力で細道へと逃れようとし―――

 

「はいざんね~ん♪ここは通せんぼよお嬢さん♪」

 

細道を塞ぐように現れたのは青色が目立つ少女。

突然現れた第三者に思わず驚きながらも道を変えようとするが……

 

「残念ですがここまで、ですね」

 

「地味に逃げ回ってくれた物だ」

 

退路を断つ様に現れたのは緑、そして黄色が目立つ女性二人の姿。

後ろを振り返れば追いついてきた赤い大きな爪の少女。

絶体絶命、とはこの事だろう。

退路を断つ様に立ち塞がるはそれぞれの色が目立つ少女達。

突破…なんて出来るはずがないとどこかで察していた。

彼女達に私では絶対に勝てないと諦めに似た確信が確かにあった。

 

「追いついたゾ~♪ン?どうして皆来てるんだゾ?こいつ1人くらいあたしだけで十分だゾ?」

 

「マスターの指示だから仕方ないでしょ。あ、マスター見てます?ガリィはしっかりと役目を果たしましたよ~♪(笑顔)」

 

「ガリィちゃん……(呆れ)」

 

「……とにかく地味な結末だがさっさと終わらせよう。安心しろ、マスターの命令で命は取らない」

 

迫る4人に対して乱れる呼吸を整えながらもどうにかこの状況を打破する術を模索するが、絶望的に術はない。

……向こうは命は取らない、と言っているんだ。

大人しく捕まった方が良いのかもしれない。

諦めに似た感情が脳裏を支配し、黄色の女性が差しだして来た手を素直に握り返そうとして――――

 

 

 

 

 

 

 

≪諦めないで≫

 

 

 

 

 

 

悲痛な声を聴いた。

どこか懐かしく、けれど思い出せない声を聴いた。

……そしてそんな声に釣られる様に脳裏を過ったのは―――言葉。

それが何のか、分からないけどーーー言わないと、《歌わないと》いけない。

その思いに押されるように、少女は歌う。

知らない筈なのに、その口は勝手に、だけど自然に動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話

さて戦闘シーンが来た訳ですけど、文章力レベルが低いゴミ作者で読んでくれる人が満足できる物が書けるだろうか…そんな風に怯えながら書きました(白目)


―――まばゆい光に包まれながら少女は、自身に何が起きているのかを理解出来なかった。

この光は何?さっきの言葉は何?

沸き上がる疑問の声に答える者はなく、されど時間の針は止まらない。

光は自然と消えていき、そして少女は――――

 

「……え?え?これ…なに?」

 

身に纏う見覚えのない白の装束に困惑するのであった。

 

 

 

 

 

 

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「シンフォギアだとッ!?」

 

映し出された映像に思わずキャロルが叫ぶ。

彼女の予測では侵入者は≪パヴァリア光明結社≫の手の者であると踏んでいた。

あそこは錬金術師の巣窟。現在は支援を受ける関係にこそあるがキャロルの錬金術師としての知識、そしてチフォージュ・シャトーの存在は結社としても欲しい筈だ。

その為に潜入させたスパイの類、そう捉えていた。

しかし映像の内容はその可能性をあっさりと否定する。

 

「(計画を感づかれた?いや、連中の様子を見る限りそんな動きはなかった…だが現に此処にいるあいつは……)」

 

脳内に過る無数の可能性はどれも情報が足りておらずどれもが決定打とならない。

情報がいる、そしてその情報を持つ者は今あそこにいる。

―――ならばやる事は変わりはない。

 

≪ファラ、そいつを必ず捕らえろ、必ずだ。もしも捕獲が無理だと判断したのなら………確実に殺せ、いいな》

 

 

 

 

 

 

 

 

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「了解しましたマスター…貴方抵抗せずに捕まってもらえないかしら?私達のマスターもそれを望んでいるのだけれど、痛い思いとかしたくはないでしょう?」

 

 

え?え?と困惑する此方を完全に無視し、先程までとは違う雰囲気を纏いながら1人の女性が前に出てくる。

4人の女性の中では一番大人びた外見と優しい口調に思わず心を許してしまいそうになるが、その手に握る物を見て思いとどまった。

彼女の手、そこには先ほどまではなかった西洋風の剣が握られている。

何処から取り出したのか?と思わず聴いてみたくなるが、彼女から溢れる嫌な気配がそれを躊躇させる。

どう見てもお話して解決……とはならないのはまず間違いないだろう。

 

「(いったいどうなってるの…?夢…じゃないよね?そもそも夢なら速く醒めてよぉ…)」

 

正直状況は理解不能でしかない。

自らが纏う謎の装束、見覚えのない4人からは敵意を向けられ、理解が追い付かない。

話し合い……は到底ではないが叶いそうにはなく、されど抗う術なども――――

 

「……え?」

 

―――否、だと思い知った。

抗う術もそれを活かす術も≪知っている≫

心に宿りし想いが、そして何よりも――――胸から湧き上がる≪歌≫がそれを教えてくれる。

 

「…ッ」

 

静かに構えを取ると向こうもそれを認識したのだろう、仕方ないと言わんばかりにため息を漏らして剣を構える。

 

「抵抗はオススメしないのだけれど?」

 

「…出来るならしたくないんですけど……捕まったりしたらもっと酷い目に合いそうだから、必死の抵抗させてもらいますッ!!」

 

頑固な子ね、と微笑むと同時に―――女性が動いた。

速い、それが少女が認識できる精一杯であると同時に、振り下ろされるは重い一撃。

到底ではないが受け止めるの不可能であると即座に判断して、横に飛び避けようと動くが――――

 

「え?え?ちょッ!?」

 

少女の中では軽く動くだけであったのに、気づけばかなりの距離を飛び退き、勢いは止まらず思わず壁にタックルを決め込んでしまった。

痛い…と接触部分がじんわりと痛みを伴い始めたのを察しながらも周囲の警戒を強める。

少女にとって現状最も避けたいのは4対1の状況が出来てしまう事。

先ほどの一撃でさえも避けるのが精一杯だったのだ。

4人同時で来られたらまず勝ち目がない、と剣を持つ女性以外に視線を向けるが――――

 

「がんばってねお嬢さん~♪」

 

何故か敵を応援している青色の少女。

 

「ん~つまらないゾ…」

 

つまらなそうに寝そべる赤色の少女。

 

「……………」

 

何も言わずにただ見つめている黄色の女性と言った想像とは違う光景。

舐められてる、そう理解できる光景を前に苛立ちが生まれるが、4対1にならないのであればそれは好都合でしかない。

起き上がり構えなおすと同時に迫るは剣の嵐。

先ほどの大振りの一撃とは違う、目で追うのがやっとな連撃を必死に躱しながら何かないかと模索しながら周囲を見渡す。

しかし、そんな少女を緑色の女性ことファラは怪しむ様に見つめていた。

 

「(何故、歌わない?)」

 

マスターから与えられた知識の中にはシンフォギアの情報も当然存在する。

旋律を歌唱する事で力とする、それがシンフォギアシステムだ。

なのに眼の前の少女は歌を奏でる事も、する気配さえ見せない。

かと言ってこの状況を打破できる様な力があるわけでも、隠し種の類がある様子もない。

はっきり言って戦闘経験があるのか、それさえも疑うレベルで眼の前の少女は―――――弱い。

現にファラは錬金術は用いず、剣だけの攻撃に留めているが、向こうはそれだけでも必死な形相。

実力としては半分も出していないのにこの様子だ。

 

「(……マスターからの命令もあるし、早めに終わらせてあげた方が良いかしら?)」

 

ファラとしては少しだけ期待もしていた。

単身ここまで潜入してみせたと言う侵入者の存在に、その力に、期待していた。

だが実際はこの程度。

此処まで来れたのも所詮は偶然の産物でしかなかったのだろう。

現に目の前の少女は此方の剣を躱し続ける事が出来ていないのだろう、全身に傷が増えている。

マスターからの命令、そして対象に対する哀れみがファラの剣を緩める。

 

「……実力差は分かってもらえたかしら?マスターの命令で命まで奪うのは避けたいのよ。素直に降伏してくれないかしら?」

 

満身創痍、まさにその言葉が似合う程少女は疲れ切っている。

戦闘経験がない素人が良く頑張った方だと素直に称賛の言葉を与えてもよいと思える程に彼女は頑張った。

だが結末は結末だ。

後は捕らえてマスターの前へ連れて行けば終わり……そう判断して少女へ手を伸ばそうとして――――

 

 

 

 

「……負けられ…ないん…です」

 

 

 

 

差し出した手を跳ねのけ、少女は構えを取る。

勝ち目はないと理解しているのに、尚も抗おうとする。

 

「……それ以上は危険よ?素直に降参してくれた方が互いに良いと思うのだけど」

 

少女はもはや立っているだけでもやっとだろう。

全身の怪我と荒れた呼吸がそれを安易に予想させる。

それでもなお抗おうとする少女に内心関心しながらも所詮は醜い抵抗であるとファラも次の一撃で終わらせんと剣を構える。

 

「負け……られないん…ですッ!!私が負けたら……負け、たら?」

 

負けたら……何なのだろうか?

何もないのに、どうして此処まで私は必死に抗おうとしているのだろうか?

そうだ、抵抗する必要なんてない。

諦めてしまえばよい、そうすれば全てが終わる。

そう、全てが――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かぶは炎

建物の中を満たす炎、そして炎の中に立つは1匹の異形。

名を叫ぶ声を背に少女は歌う。

未来へ繋がる歌を、自らの終わりの歌を、歌う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 

 

 

 

 




どんなセレナちゃん書こうかな→無印響みたいな感じでなんも理解できてないままシンフォギア纏うセレナ可愛くね→絶唱させたいな(下衆顔)
となって書きました。
いや~戦闘描写って超苦手なのでグダグダで本当にすいません……


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第3話

「これは…まさかッ!?」

 

少女が奏でる悲しき歌と共に放たれるは力の嵐。

まさに逆巻く風の如く降り荒れるその力はあまりにも強く、咄嗟的に剣を突き刺しそれを支えとする事でやっと持ち堪える事が可能な程の威力。

なれど彼女が奏でる旋律はまだ歌い終わっていない。

旋律が続く度に増していく威力に、危機感と焦りが遅れて沸き上がる。

 

「余波でしかないのにこんな威力なんて……!?」

 

少女はと言えば瞳がはっきりとせずにどこを見ているのかさえ分からないのか、呆然としたまま歌を奏でている。

その歌が自らの身体を殺そうとしているとは気づいているのかさえも怪しむレベルで少女は歌を歌い続けようとしている。

 

他の3人も少女の危険性を十分に理解しなおしたのだろう。

もしもこの旋律が完全に歌い終えたら、4人どころかチフォージュ・シャトーも、そして何よりも自らの主にも危険を及ぼすだろう。

それは絶対に避けねばならない――!!

もはや捕獲は無理だと判断するしかないだろう。

此処にいる4人全員の力を以て対象を仕留める、それが現状を打破できる唯一の手段。

 

「―――!!」

 

それしかないッ!!そう判断して4人が動き出すよりも先に――――

 

 

 

「――ふんッ!!」

 

 

 

少女の身体に巻き付くは無数の弦。

少女の動きを封じ、自らを殺す歌声さえも口ごと封じ込めたその弦の使い手などたった1人しか考えれない。

 

「マスターッ!?」

 

そこにいたのは4人のオートスコアラーの主である少女キャロル。

ただしその外見はいつも見せている幼いそれとは違う、成長した大人の姿である。

よほどでなければ使う事がないファウストローブさえも展開させている、それは少女が放たんとしていた一撃がどれだけ危険であったのかを簡単に予想させた。

 

「マスター…大変申し訳ありません、マスターのお手を煩わせる様な失態を…」

 

「いや、許す。むしろこればっかりは俺の失態だ。まさか絶唱を口にするとはな…」

 

≪絶唱≫

シンフォギア装者が持ち得る最大の攻撃であると同時に自らの死さえも呼び起す、死の歌。

最近であれば≪ツヴァイウイング≫の片割れがそれを歌い、自らの肉体が欠片さえ残らずに死滅したのが新しい。

それをこの少女が口にするとは、流石のキャロルでもそこまでは想像出来ずにいた。

 

「……こいつから聞きたい事が山ほどある。ファラ、簡単で良い。こいつの手当てをしてから俺の所へ連れてこい。ただし、シンフォギアは没収しておけ」

 

弦を引き戻す様に少女から解くと、少女は力なく地面に倒れ堕ち、気絶したのもあってかシンフォギアが解除され元の姿へと戻る。

それを見届けてからキャロルは幼い姿へと戻るが、その足取りは少しおぼつかない。

 

「マスター…まさか今ので?」

 

「いや、想い出を焼却するまでには至っていない。だが…あの余波に肉体が少し損傷を受けた様だ。大丈夫だ少し休めば回復する。それよりもファラは先ほどの命令通りに事を進めろ。ミカ、お前はこいつとの追撃で荒らした通路をレイアと共に片づけておけ。ガリィはこの場の後始末を頼む」

 

「え?ちょちょ!!マスター待ってくださいよ~!?どうしてガリィちゃんがこの場の後始末なんてしないといけないんですかぁ!?どうせ通路の片づけするんならミカちゃんとレイアちゃんにさせたらいいじゃないですか!!」

 

キャロルが口早に命じた指示に真っ先に反抗するはこの面々の中では一番厄介な性格を持つ青い少女こと≪ガリィ≫

まあ確かに彼女の言う事も納得はできなくはない。

どうせ片付けるならば2人に任せる……とまで行かなくとも3人で協力して行うと言うのであれば納得出来る話であるが、2人に完全に押し付けようとしている所から既に彼女の性格の悪さがにじみ出ている。

しかしキャロルからすればそんな物もう慣れ切った毎日の出来事の1つ。

小さくため息を漏らし、取り出すは録音機。

首を傾げるガリィの前でスイッチを押すと――――

 

≪がんばってねお嬢さん~♪≫

 

そこに録音されていたのはもろくそ敵を応援しているガリィの声。

げっと声を漏らしたガリィが言い訳を展開させようとするがそれを彼女の主が許すはずがない。

 

「確かに敵の実力は弱く、ファラ単独でも十分に対応出来たからそれを見据えて援護しなかったと言うのなら分かる。だがその敵を応援するとは言語道断だ!!これはそんなお前に与える罰に相応しいと俺は思っていたが……優し過ぎたか?ならばレイアとミカが担当する部分もお前がやっても――――ふん」

 

言い切る前に既に姿を消したガリィに仕方ない奴だと呆れながらもこの場を任せて部屋へと戻ろうとし、4人の自分に忠節なる部下達の目が届く事がない場所まで到達すると、未だにおぼつかない身体に耐え切れずにゆっくりと腰を下ろした。

 

「(まさかこれほどとは……)」

 

絶唱の威力と言うのは既に知っている。

ツヴァイウイングのライブイベントにて発生したノイズ事件を終息させた≪天羽奏≫の絶唱。

命を燃やして歌う、確かにその価値があるだけの威力を放つ一撃であると認めよう。

だがあの少女が放ったそれと比べると威力が違い過ぎる。

余波で自らにこれだけのダメージを与えたあの少女が持つフォニックゲインは恐らく天羽奏、そして生き残った片割れの風鳴翼の上を行くだろう。

 

「……あの力、利用できまいか?」

 

経験こそないが十分に素質はある。

あれを従わせる事が、そしてそれを都合のよい駒としての運用が叶うのならば今後の計画に混ぜ込んで上手く利用できるやもしれない。

我が命題、父からの課題を果たす為にーーー

 

 

 

 

 

 

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少女は目覚めるや否や先ほどまで剣を向けられていた相手に手当てされてから連行されると言う謎シチュエーションに困惑していた。

 

「えっと…あれ?私なんで捕まって…もしかしてさっきのは夢だったり、します?」

 

「いいえ、夢ではありませんよ」

 

あ、あっさりと否定されちゃった…

てことはあの装束も、彼女と戦ったのも本当の事で……ってあれ?

首に違和感が?と視線を下げると先ほどまでは首元にぶら下がっていたペンダントが紛失している事に気付く。

どこで手に入れたのかも実は覚えていなかったりするのだが、所持品が無くなるのは気持ち的に嫌で慌てて探す様に周囲を見渡すが―――

 

「もしかして、これをお探しで?」

 

探し物のペンダントを持っていたのは剣の女性。

見つかった事に安堵するが、同時に……

 

「返しては……くれないんですよね?」

 

「ええ、マスターからの命令あるまでは私が預かります」

 

……まあ仕方ないよねと素直に諦める。

どうしてあのペンダントだけ奪ったのかは理解出来ないけれど…もしかしてさっきの装束とかと関係あるのかな?

そんな事を考えながら人気のない寂しい通路を無音で歩く事数分。

辿り着いたのは大きな扉。

 

「うわ~…大きいですね」

 

思わず関心して言葉にしてしまうが、そんな私に対して剣の女性は道を開けて中へ入る様に促す。

ごめんなさいと謝罪をすると同時に扉の前へ立つとゆっくりと扉は開いていく。

そして――――

 

「ようこそ、と言ってもお前に与えられる選択肢は2つだ。

知っている事を全て吐くか、死ぬかだ。どちらを選ぶかは好きにして良いぞ」

 

自分よりも年下であろう幼女にもろくそ上から目線で毒を吐かれた。

 




キャラ崩壊待った無しのセレナでごめんなさい(白目)


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第4話

「ふむ……」

 

少女は意外にも協力的であった。

少女としても説明すると同時に自らに降り注いでいる異常を確認したいのもあるのだろう。

口早に必死で説明する少女、だがその内容は―――

 

「(何も分からない、か)」

 

少女は何も覚えていなかった。

己の名前も、出身も、家族構成も、そして何故此処に居るのかさえもだ。

シンフォギアについては論外、その存在もあのペンダントがシンフォギアであるとさえ知らないときたものだ。

 

「(嘘である可能性は否めない…しかし、だ)」

 

必死に説明しているその姿が演技であるとも思えないのも確か。

長年、人と言う存在を見てきた者としては嘘をつくかどうかの見分けもさほど苦もなく判別できるが、その長年の経験と勘が語る。

彼女は限りなく白に近い、と。

だからと言って彼女がどこぞの機関による手の者でないと言い切れないのも事実であるのだがな。

 

「(さて、どうしたものか)」

 

はっきり言って処遇に困る。

彼女のシンフォギアの力を利用できるのであれば良いが、それは記憶を取り戻した時に敵に回る危険性も考慮せねばならない。

未だ完成に至っていないチフォージュ・シャトー、そして父の命題を果たす計画。

これ等の情報が他の組織、機関へ渡るのは得策ではない。

かと言ってこの場で始末をするには勿体ないのも事実。

どうしたものかと、悩ませてくれる。

 

「あのですねぇマスター提案してもよろしいでしょうか?」

 

そんな折に口を挟んで来たのはガリィ。

呼んだ覚えのないガリィが此処に居る、それ即ちは……

 

「……俺の記憶が正しければお前には後始末を命じたはずだが?終わらせたにしては偉く早いじゃないかガリィ」

 

「え~?ちゃんと言われたとおりに後始末しましたよ~(笑顔)」

 

絶対にしてないな(確信)

まあガリィの事だからさほど驚きもしないと諦めながらガリィの提案とやらに耳を傾ける。

 

「えっとですね~、マスターとしてはその子の力を利用したい、けど本当に敵なのか?裏切った場合どうするか?それで悩んでいるんですよね?」

 

「…そうだな」

 

「だったらガリィちゃんの出番じゃないですか~♪私がちょちょ~と想い出を吸い取ってしまえばあれが演技であろうがなかろうが関係なし♪後は産まれ立ての雛鳥をあやす様にマスターが記憶を失った彼女に色々と教え込んでしまえば良いんですよ☆嗚呼、安心してくださいまし、ちゃんとセーブして吸いますので。まあ裏切った時は遠慮なく全て吸い取らせてもらいますけどね♪」

 

そんな使い方出来たのか?と創造主たるキャロルでさえも若干困惑するが、悪くはない案だ。

ガリィの提案、と言う点のみが唯一気にくわないが確かに想い出を吸い取ってしまえば記憶のあるなしなど関係ない。

そこに都合のよい情報だけを教え込んでしまえば便利な駒が1つ出来上がり、と言うわけだ。

 

「……ガリィ、その案を採用してや―――っておいッ!!」

 

ガリィの中ではもはや採用されるのは確定だったのだろう。

指示を下すよりも先にガリィの姿は少女の元へと移っており、既に顔に手を添えて準備万端どころか実行数秒前になっていた。

勝手な事をと怒るが実行しようとしていた事には変わりはない。

ならばとため息を漏らしながらそのまま見届けようとするが――――

 

 

 

 

 

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本日2日目の状況が理解できない謎シチュエーションに困惑するどころか胸が大いに高鳴る。

それも当然だ、急に現れた青い少女に顔を触れられたと思いきや急に大人のシチュエーションが繰り広げられようとしているのだから。

 

「(え?え?なに?え?ちょ?もしかして私――――キスされようとしてるッ!!?)」

 

病的なまでに白い素肌の顔がゆっくりと迫る。

迫る唇、拒否は許さないと顔を抑える手には力が込められ、ゆっくり、ゆっくりと迫る顔に全身が赤くなる。

覚えていないけれどこれってきっとファーストキスになるのでは?

いずれは好きな異性に捧げる予定だったそれを今奪われようとしている。

困惑するな、と言うのが無理な話である。

確かに目の前に迫る少女は可愛いと思う。

ドキドキしたりもしちゃってるのも認めるけど………

だけど私的にはやっぱり将来の旦那様を相手にしたいなって思ってるんだけど止まる気配ないんだけどぉぉッ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけないわセレナッ!!セレナは一生私が養うから結婚なんて許さないわよッ!!」

 

「……えっと、マリアいきなりどうしたんデス?」

 

「え?あ、あれ?何だったのかしら……今セレナが……夢ね、疲れてたのかしら?」

 

「マリア、無理しすぎないでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこぞで誰かが吠えているなんて露知らず、少女は迫る唇を阻止しようともがき足掻き――――そして、抵抗虚しく唇が触れ合った。

同時に先ほどまで余裕綽々と言った青い少女の顔が僅かに歪むと同時に唇が離される。

時間にして数秒足らず、けれども私はその数秒で人生初のキスを奪われてしまったのだった。

 

「………私の………ファーストキス………」

 

奪われたのはあまりにも………大きな犠牲だった。

 

「……どういう事よ、こいつ」

 

キスを奪われたショックで悲しむ私は気づけなかった。

理解出来ない、そんな表情で睨みつけている青い少女の存在に――――

 

 




マリアのセレナ探知レーダーのお披露目である


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第5話

「……終わったのか?」

 

未だにショックで座り込みドナドナドーナーとどこかで聞いた事のある旋律を歌いながら体育座りで丸まってしまった少女に僅かながら同情し、この事態を引き起こした犯人であるガリィに声を掛けるが、当の本人は珍しい形相をしたまま答えない。

その反応に訝しみながらもう一度名を呼び促すとやっと此方を向くが、その瞳は未だに困惑しているのが一目で分かる。

普段は見られないガリィの反応に此方が戸惑ってしまっていると―――

 

「…あのマスター、この子…本当に人間ですか?」

 

………変な事を言い始めた。

なんだ?ガリィの眼にはこいつが化物にでも見えてしまっているのか?

…真に受けるのであれば人工知能か、視覚情報に障害でも生じたか?

ならば一度メンテナンスを含めて詳しい検査をしておく必要があるな。

 

「い、いやいやッ!!ガリィちゃんも可笑しな事言ってるな~って自覚はありますよ?けど正直これはもう疑っちゃうレベルの話だと言いますか…」

 

「……何があった、話せ」

 

彼女の反応にこれが何時もの冗談ではないのだと判断し、彼女がその発想に至った経緯を聞き出そうとするが、その視線は少女に向けられている。

……聞かせるには不味い話、か。

 

「ファラ、そこにいるな」

 

「はいマスター此処に……って、あのこれは?」

 

部屋の前で待つように指示されていたファラが室内で見た光景。

体育座りで見事なまでに丸まりドナドナドーナーと子牛が売られていきそうな歌を絶望した顔で奏でる少女の姿と、何時の間に部屋に入っていたかも分からないガリィの姿。

…ひとまず少女がこうなった経緯についてはガリィの姿を発見した時点で予想がついた。

部屋に入ってさほどの時間は経過していないはずなのに、どうしてこうなるのか…オートスコアラーとして生を受けて長年を共にしているファラでさえもガリィが仕出かす数々は未だに慣れない物を感じ取らざるを得ないだろう。

 

「……察してくれて助かる、とりあえず俺はガリィと話がある。ファラはそいつに何か飲み物と食べ物を与えて少し休ませてやれ」

 

主の不器用な優しさに静かに微笑みを携えて命令を聞き受ける。

ループ再生になりつつあるドナドナドーナーを歌い続ける少女を動かすのは哀れみと同情が沸き上がるが、どうにかこうにか立たせて部屋を後にする。

小声で「ファーストキス……」「初めて……」と呟き続ける少女に、せめて何か温かい物を提供してあげよう、そう決意を固めるファラであった。

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「さて、これで邪魔者は消えた。何があったかを全て話せガリィ」

 

悲しき背を見せながら去って行く少女とファラを見送った後、部屋に残ったガリィに問いかける。

あのガリィが此処までするのだ、よほどの情報なのだろうと始まる報告に期待する。

 

「えっとですね、マスターは私がどれだけ想い出を集める事が出来るのかは、ご存知ですよね?」

 

「……?無論だ。お前の役割は想い出を集めそれを分け与える事。その為にお前にはかなりの容量の想い出を保有出来るようにと設計してある。それがなんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなんですけど……今ので満タンになりました」

 

 

「……………は?満タン?」

 

 

「はい、もう一杯一杯。なんなら少し溢れちゃいそうな位に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリィの報告は想定を上回る内容だった。

少女から想い出を吸い取ろうと粘液同士の接触……要はキスを実行した所、彼女の中からまるで濁流が如く想い出が流れ込み、瞬く間にガリィが保有出来得る容量の限界まで満たされた。

もしもあのままキスを続けていれば……容量を超えた想い出がガリィへと流れ続け、内部から決壊しても可笑しくはなかったと言う。

普通の人間であればこれだけの想い出を吸い取れば廃人確定、そもそもを言えばこれだけの想い出を1人から搾取できるはずがない。

それ故に「本当に人間か?」の発言である。

 

「………ふむ」

 

ガリィの報告を聞き終えたキャロルは考える。

人間とは思えない程の莫大な想い出を保有する記憶を失ったシンフォギア装者。

はっきり言って異常な存在である。

普段であれば厄介な問題であるとみなし、始末するべき対象と判断するが…その利用価値を考慮するとその判断を優に覆すだけの理由にはなる。

 

「(危険性は残されたままだが、それを考慮してもあいつを処分するには余りにも損失が大きい)」

 

記憶に関しては此方が最大限警戒し、与える情報も制限すれば万が一の時でも対応できる。

想い出の供給に問題が無くなるのであればミカが常備行動可能となる。

オートスコアラーの中で一番の戦闘能力を持つ彼女に見張りを命じておけば《何があっても》対応がしやすいだろう。

そこまでを踏まえて、キャロルは決断を下した。

 

≪ファラ聞こえるか?≫

 

≪あ、はいマスターどうしましたか?あの子ならば今飲み物を……≫

 

≪そいつの部屋を用意しろ。そいつは暫く俺が面倒を見る事にした≫

 

≪…………はい?≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうしてその日、少女の意志は関係なくまるでペットを購入するが軽さで少女はキャロルに飼われる事となった。

 

 

 

 

 

 

 




飼育されるセレナ…エロい(確信)


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第6話

時間が飛びマース


シャトー内部にある広大な広さだけが特徴のその部屋は、シャトーの主たるキャロルでさえもその部屋の存在を忘れかける程に誰にも使われる事がなかった。

最初は倉庫…と言えば聞こえが良いが実質はいらない物を押し込めただけの汚部屋。

そんな部屋を掃除、整理し、今はある目的の為に利用されている。

それはーーー

 

「やぁぁぁッ!!」

 

白い装束を身に纏った少女から放たれるは短剣。

まるで意思を持つが如く少女の指示に従い、器用に動き回りながらこの部屋に存在するもう1人の存在、ミカへと迫る。

 

「あはは☆そんなんじゃ当たらないゾー♪」

 

短剣の動きは決して遅いわけではない、むしろ人の目で追える可能性は圧倒的に低いだろう。

しかしミカはそれを認識し、自身へ迫る短剣を器用に避け、確実に少女へと距離を埋めていく。

 

「ッ!!」

 

ミカを相手に接近戦の危険性は他の誰でもない少女が一番知っていた。

近寄らせてはいけない、即座に判断して行動へと変えてゆく。

放たれた短剣は2つ、未熟な自分ではそれ以上増やせば完全なコントロールに失敗する可能性が高まる。

だがそれでもミカの接近を許すわけにはいかなかった。

 

「てりゃぁぁぁッ!!」

 

少女から追加で放たれた短剣。

合計4つとなった短剣がミカへと迫るが、その動きは明らかに先程のそれと比べれば精密さに欠ける。

しかしやはり数は数、接近しようとしていたミカの動きを確かに阻んでいた。

これなら………少女は確かな手応えを感じながら短剣の動きに集中するが、次第に動きの乱れが目立ってくる。

修正しなければと更に意識を集中させようとした際に生じた僅かな隙。

時間に数えれば数秒にも満たさないほんの僅かな隙が、この戦いに結末を迎えさせた。

 

「あはは☆これで終わりだゾ~♪」

 

気付けば目前にはミカの巨大な爪。

あの一瞬で距離を埋められたッ!?

驚愕している間にも迫る爪に何とか更なる短剣を作り、その一撃を防がんとするが、迫る一撃に比べれば貧弱な迎撃。

短剣は容易く破壊され、巨大な爪は少女へと衝撃をぶつけてーーー頭の上からパンッと破裂する音が聞こえた。

 

「やったゾ♪これで勝敗は………えっと?」

 

「はぁ………これで65戦2勝63敗………ミカさん強すぎです……」

 

落胆する少女の顔に降り注ぐのは割れた風船。

中からは「お前の負け」と中々に達筆な文字で書かれた紙が降り注ぎ、少女の落胆に更に拍車をかける。

対するミカの頭には風船が3つ。

あの中の1つでも割れば少女の勝利と言う中々なハンデを貰ってのこの勝敗率には落胆せざるを得ないだろう。

ちなみにだが2勝と言っても1つはミカがルールを把握せずの自爆、もう1つはミカの動きに風船が耐えきれずの自爆であったりもする。

未だに少女の力で勝利を勝ち取る事が出来ない、それは少女にミカとの圧倒的な力量を認識させた。

 

「ふふん♪」

 

此度も勝利を得られてご満悦なミカだが、少女は決して弱いわけではない。

むしろオートスコアラーの中で一番戦闘能力が高いミカ相手にかなりの奮戦を見せているだろう。

その事をミカも承知している、だからこそミカにとっても少女との鍛練は楽しい時間でもあるのだ。

 

「あら、今日もミカの勝利でしたか」

 

「ファラさん!何時から見てたんですか?」

 

そんな二人の鍛練場である部屋に入ってきたのはファラ。

少女がシャトーに身を置いてからはや一月。

その間なんやかんやと一番少女の身の回りの世話を手伝っていたのがファラだったりする。

そんな事もあってか、少女も自然的にファラに懐き、ファラもまた少女を愛おしいと認識していた。

 

「鍛練の途中からです、短剣の数を増やして接近を妨害しようとしたのは良い判断でしたが、そのコントロールに失敗したのはまだまだ未熟な証ですね」

 

「うぅ………分かってはいるんですけど、どうしても上手くいかなくて………」

 

「ええ、なので今度時間がある時にはその鍛練をしましょう。マスターがお呼びですよ?そろそろ行かないと間に合わないのでは?」

 

え?と部屋に掛けられた時計を見た少女は慌てて部屋を出ていく。

汗を流す時間くらいはまだあるからシャワーを浴びてから行くんですよーと去っていく背中に声を掛けるが、聞こえているやら………

仕方ないですね、と呆れ半分可愛さ半分のため息を付きながら鍛練場の掃除をするのであった。

 

「さらっと逃げようとしてますがミカ、あなたも手伝うのですよ」

 

「……だゾ………」

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「遅くなりましたッ!!」

 

慌てるようにたどり着いたのは1つの部屋。

部屋の中を埋め尽くす器具や道具の数々、そして部屋の中央にはーー

 

「遅いぞ、どうせミカとの鍛練に夢中になっていたのだろうが……俺がせっかく時間を割いてやっているんだ。遅刻するとは言語道断だぞ」

 

シャトーの、そして四人のオートスコアラーの主であり、少女にとって錬金術の師匠でもある少女キャロルがお怒り状態でそこにいた。

 

「す、すみません師匠!!」

 

謝りながら錬金術の準備をしていく少女の背中を見ながらキャロルは思考に耽る。

 

「(こいつにも慣れたもんだな)」

 

少女を保護してはや一月。

少女の存在は既に慣れ親しんだ物となり、オートスコアラー達も、そしてキャロル自身も彼女に親しみを感じていた。

特にキャロルにとって一番の原因となったのはやはり錬金術だろう。

キャロルが使う錬金術を偶然目にした少女からの提案で錬金術を教える事となったのだが、彼女の成長は凄まじい。

まるで乾いたスポンジの如く教えた事をみるみる吸収し、そして自らの発想で応用、適応させて使う様はキャロルを楽しませている。

シャトーの建造と言う本来の使命に掛ける時間もあるので指導出来る時間に限りはあるが、それでも少女はそんな僅かな時間の教えを十分に生かしている。

 

「(まさか俺が弟子を持つとはな……)」

 

数百年を生きる彼女にとって弟子を取る、なんて選択を己がするわけがないと思っていた。

だが、目の前で教えた事を吸収し、成長していく彼女を見ていると不思議と嫌な気分にはならなかった。

最近では廃棄躯体を利用してオートスコアラーの勉強と研究にも手を出していると聞く。

まあ廃棄躯体からは重要情報の類は取り出しているので何も問題はないだろう。

 

「……そう言えばだが、お前名前は思い出せたか?」

 

何気なく問うたのは素朴な疑問。

この一月、彼女が思い出せた記憶はなく、名前も未だに不明。

新しい名を与えても良かったが……家族から与えられた名前を他人が好き勝手に変えるのには躊躇が生じた。

だからこの一月、お前とか貴方とか呼ばれているのだが……流石にこのままと言うわけにも行かないだろう。

そう思っての問いであったが少女は悲しげに首を横に降る。

 

「……そうか……すまない」

 

「あ、いいえいいえッ!!ただでさえ師匠や皆さんにはお世話になっているのに、むしろこんな何も覚えてない私をこんなに優しくしてくれて私の方が恐縮と言いますか……とにかく気にしないでください!!」

 

どこか無理をした笑顔をして早口で語る彼女に胸が僅かに痛む。

過去の記憶がない、それはキャロルも決して例外ではない。

《想い出》を燃やして力に変える、キャロルの力の源であるそれは使えば使う度に過去を燃やしていく。

思い出せない記憶も既にあるくらいに………

いずれは過去を全て燃やし尽くし、何も思い出せなくなる日が来るだろう。

だから目の前の少女は他人事ではない。

いずれは自らが辿るやもしれない未来でもあるのだ。

 

「(だがそれでも………)」

 

少女は果たさねばならないのだ。

父から与えられた最後の命題《世界を知れ》

だからこそ少女は世界を分解する、世界を知る為に、父の命題を果たす為に………

 

「(………………ん?)」

 

ふと、何故か違和感を感じた。

ほんの小さな、けれど拭いきれない違和感に首を傾げるがーーー

 

「師匠、準備終わりました」

 

弟子からの言葉に違和感を気のせいだと無視してキャロルは師匠として可愛い弟子への教練を始めるのであった。

拭いきれない違和感をその胸に宿したままーーー

 




ファラはおかん、異論は認める


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第7話

いつも通りのシャトーでの朝。

目覚めた私は眠気に負けそうになりながらもベッドから起き上がる。

師匠が私の為に用意してくれた部屋は結構広い。

それこそ4~5人程度であれば一緒に暮らしても問題がない位には広い部屋だ。

私はもっと狭い部屋で良いと前に師匠に話したのだけど………

 

《小娘が遠慮なんてするな》

 

こんな風にばっさり。

最初はそんな広い部屋に1人で暮らすのに多少の寂しさがあったけれど、今はそこまでではない。

洗面所で顔を洗って眠気を吹き飛ばし、キッチンでフライパンを取り出して朝食の準備を進める。

朝食なので簡単に済ませられるスクランブルエッグとサラダ、それとパン。

そこそこ上手く作れたと我ながら良い出来のそれらを二人分の皿に分けて机の上に並べつつ時計を見ると、良い時間になっている。

そろそろかな?と思っていると部屋の入口をノックする音。

はーいとパタパタと扉へ向かい、開くとそこにいたのは師匠。

眠そうな顔をしているからまた寝ずに作業をしていたのだろう。

 

「………メニューは?」

 

「スクランブルエッグとサラダとパンです、昨日の残りのスープが冷蔵庫にありますけど温めましょうか?」

 

「………頼む」

 

これはまた無理をしたなと呆れながらも師匠の願い通りにスープを温め直す。

その間、今にも寝落ちしそうな師匠にとりあえず顔を洗いに行くように指示をしながら温もり始めたスープを味見。

うん、美味しい。

 

「師匠ー、寝たら駄目ですよ?今日も作業あるんですよね?」

 

「………寝ておらん、これは目を閉じているだけだ」

 

「それを寝てるって言うんですよ。もう」

 

これは寝落ちするだろうなぁ……

後でファラさんに連絡して無理そうなら今日の作業は中止にしてもらった方が良いかも。

 

「とりあえずご飯だけでも食べちゃいましょう。師匠の事だから今食べないとどうせまーた栄養食で済ませちゃうんでしょう?」

 

「………あれは時間短縮で尚且つ必要な栄養をだな」

 

「毎食栄養食じゃあ逆に身体壊しちゃいますよ、師匠ってそう言う所ルーズですよね」

 

思い返すはシャトーに保護されてすぐの頃。

食事と言われて出された水と栄養食だけのメニューを見た時は真剣に自らが置かれている境遇に危機感を覚えたが、それがこのシャトー内で唯一食事を必要とするキャロルのメニューである事が判明。

これはいけない、と立ち上がった少女の手によって食事改善が実行され、以後はなんやかんやと少女がキャロルの食事も担当するようになった。

キャロルもまたなんやかんやと部屋に来ては食事を堪能していくのでこの関係は自然と続いているのであった。

 

「そう言えば師匠、そろそろ材料買わないと尽きますよ?ファラさんかレイアさんにお願いしておきましょうか?」

 

冷蔵庫の中身は現在支援関係にある結社から運ばれているのだが、キャロルの計画上、いずれ結社とは手を切り敵対関係へと変わる。

それを見越して別の搬入ルートを得なければならず、そしてそれを果たすには理想の人材が目の前にいた。

 

「………ガリィを付ける、お前買い出しに行ってきてくれ」

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「わぁ♪」

 

少女にとって初めての光景。

それは師匠以外の人間の存在、それも1人や2人ではなく大勢の人が所狭しとたくさんいる。

そして何よりもシャトーでは見る事が叶わない青空と太陽、そして地上に並ぶように建築された建造物達。

少女を感動させるには十分過ぎる光景、それが今まさに目の前に広がっていた。

 

「はぁ………なんで私がおチビちゃんと買い出しなのよ………」

 

その隣で文句を言うガリィもいつもとは違っていた。

一般的に見れば病的にまで白い肌は肌色となっており、ドレスの様な服は時期的にも全然可笑しくない、むしろ似合っていると称賛するに値する青の衣服へと変わっていた。

四肢もしっかりと隠されており、誰が見ても可愛い女の子である。

………その正体が人形であると誰が気付けるだろうか。

ちなみにであるが、嫌がるガリィに化粧やら着替えやらを施したのは少女であったりする。

 

「師匠からの指示ですよガリィさん、あとおチビちゃんはやめてください、私達そこまで差ありませんよ?」

 

「それでも私の方が上だもの、だからおチビちゃんよ。ほら速く買い出ししちゃうわよ」

 

さっさと終わらせようと前を歩くガリィに仕方ないですねとため息をつき、その背中に追い付こうと駆け出そうとしてーー

 

「わぷっ」

 

「あ、ご、ごめんなさい!?大丈夫?怪我してない?」

 

横路から出てきた女性とぶつかってしまった。

慌てて謝ろうとするより先に向こうから謝られてしまったので言い出しにくく、とりあえず怪我はしていない事を説明すると、安心したかのように息を吐いた。

 

「良かったぁ……ごめんね、急に飛び出しちゃって」

 

「い、いえ此方も前を見ずに………て、あれ?」

 

女性との接触で時間を食ったからだろうか。

気付けばガリィの姿は見えず、見渡してもその姿は確認出来ない。

 

「(困ったな…一度戻ろうにもテレポートジェムはガリィさんが持ってるし………)」

 

そんな悩める少女を見て女性はこう思った。

迷子では?と。

女性は元々優しい性格であった事、そして自分の親友ならばこう言う時絶対に見捨てたりしないと少女の手を優しく握った。

 

「もしかして迷子かな?良かったら私も一緒に探してあげる」

 

「あ、えっと、ちが………いいえ、その…迷子……です」

 

少女からすればどちらかと言えばガリィが迷子になってそうだなと思っているが、彼女とてオートスコアラーだ。

いずれは自分がいない事に気付いて探し始めるだろうし、その時に下手に動き回っていたら飽きっぽい彼女の事だ、きっと私を置いて帰るだろう。

それに目の前の女性の好意を無下にするのは優しい少女には出来ず、彼女と共にこの辺りを歩き回れば此方が見つけるか向こうが見つけてくれるかするだろう。

だから違うと言い掛けた言葉を飲み込み、少女は女性の好意に甘える事にした。

 

「安心してね、私が一緒に見つけてあげるから」

 

「あ、その…ありがとうございます………えっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ごめんね、私の名前は小日向未来。友達からはヒナって呼ばれたり未来って呼ばれたりしてるから好きに呼んでいいからね」

 

 

 

 

 

 

 

 




アノナツカシノメモーリアー


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第8話

「へぇ、キャルちゃんは初めてこの街に遊びに来てたんだ」

 

「はい、今お世話になってる人のお知り合いの方と一緒に来たんですけど、少し目を離したら行方不明に…」

 

未来と名乗る少女と出会って彼是数十分が経過しただろう。

会話の流れで自然的に名前を聞かれ、しかし答える事が出来る名を覚えていない少女は悩んだ。

悩みに悩み、咄嗟的に浮かんだのは師匠の姿。

キャロルからロを抜いて≪キャル≫と名乗る事にした少女に対して、未来はそれが偽名であるとは欠片も思わずにその手を握って街中を歩いていた。

さながら姉妹の様に仲良く歩くその姿に誰もが少し前までは赤の他人であったと思わないだろう。

 

「ん~…これで商店街は一通り回ったけど……どうかな?そのお知り合いって人いた?」

 

「いえ…どこに行っちゃったんでしょうか…」

 

未来お姉さんの案内で商店街の大体部分は歩き尽したけれど、一向にガリィさんの姿は発見できません。

いくら飽きっぽい彼女でもこんな数十分で帰る……のはあり得る、あり得るけど…それならそれできっと代わりの迎えとしてファラさんかレイアさんを送って来るはず。

その様子もない所を見るとガリィさんはきっとまだシャトーへは帰還しておらず、この辺りのどこかにいるはずだけれど……

 

「(最悪の場合は師匠に連絡とってみようかな?きっと師匠、ガリィさん怒るだろうけど…)」

 

私にとってガリィさんはちょっとだけ苦手意識があるけれど、それでも優しいお姉さんです。

口を開けば人の事をおチビちゃんやらミニマムやら言ってくるが、その裏で色々と世話をしてくれているのを私は知っている。

お礼を言おうとすると何時もの様に誤魔化し、けど去って行くその顔が優しい笑みである事も私は知っている。

そんなちょっと口の悪いお姉さんであるガリィさんと師匠は険悪ではないけれど、良好でもない。

ガリィさんは師匠にちょっかいを掛けて楽しみ、師匠はそんなちょっかいにマジ切れする。

それが何時もの2人のコミュニケーションであるのだけど、私からすればもう少し仲良くしてほしいと思っている。

なので師匠に連絡してガリィさんが怒られる、と言う展開は可能な限りは避けたい。

けれどこのまま姿が見つからないと……

 

「う~ん…」

 

そんな少女の様子に小日向未来もまた悩んでいた。

まるでお人形の様な可愛さを持つその少女を出来るならばその知り合いの人と合流させてあげたい。

しかし商店街内は既に回り尽し、商店街の外となるとリディアン音楽院に進学してからまだ1月しか経過していない自分では分からない所もある。

 

「(響を呼んで……けど…)」

 

最近の響はあからさまに何かを隠している。

夜の外出も増えたし、居眠りの回数だって増える一方。

今日だって追試を免除されるレポートを先生から泣く泣く受け取っていたけど……間に合うのかな?

そんな響を呼び出すのには思わず躊躇してしまう。

けどこの子をこのままにしておくのも……

 

互いに悩み抱え、時間はただ過ぎて行こうとして――――それは突如鳴り響いた。

この地域全体に鳴り響きそうな程に高々と鳴り響くそれに未来は全身を硬直させ、少女は理解できない様子でその音に驚愕していた。

 

「あの、この音は…?」

 

少女の純粋な問いに対し、未来はただ少女の手を強く握り、そして駆け始めた。

 

「知らないの!?ノイズ警報だよ!!はやくシェルターに逃げないと!!」

 

《ノイズ》

人類を脅かす認定特異災害。

情報でこそ知っているが、まさか本物と接触する日が来ようとは………

 

「(アガートラームで!!………けど師匠が………)」

 

思い返すのは買い出し前に師匠に命じられた内容。

 

《良いか?シャトー内部ならば構わないが、外では絶対にシンフォギアを纏うな。

シンフォギアから放たれる波長が厄介な連中を呼ぶ、今はまだ奴らと接触するわけにはいかないからな。

………まあ、たかが買い出しで使う事はないだろうけどな》

 

いえ師匠、めっちゃありましたよ………

周囲を見渡してみるが、まだ近くにノイズは出現していない。

ならばこのまま未来お姉さんと一緒にシェルターへ逃げれば………いや。

 

「(それは不味いかも………)」

 

シェルターには恐らく避難誘導や怪我人の対応の為に警察等がいる。

自分の身元証明が出来る物を一切所持していない私がもしも警察に捕まれば、厄介な事になる。

それはきっと師匠にも多大な迷惑をかけてしまうだろう。

だったら………

 

「………ごめんなさい」

 

小声で必死に手を引っ張ってくれる未来お姉さんに静かに謝ると、手を離した。

未来お姉さんから戸惑いの声が聞こえたが、それもシェルター目掛けて増えていく人混みの中に埋もれるようにして消えていき、横路に姿を隠した私を置いて去っていった。

 

「…さて、これからどうしましょうか」

 

人がいなくなった商店街に1人残った私は考える。

一番のベストはガリィさんと合流してシャトーへと帰還ですけど、何処に行ったのでしょうか……

シェルターに逃げ込むとは到底思えないし、何処かにいるはずなんですけど………

 

「………?」

 

ふと視界の隅に入ったのは炭。

風に漂うように視界に入ったそれを自然に追いかけていき、そしてーーー

 

 

 

 

《ーーーー》

 

 

 

炭の中を歩く人類の敵、ノイズの姿があった。

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「マスター、まだ手を出さなくて良いんですかぁ?流石に危ないんじゃありません?」

 

ビルの屋上、そこから地上を見下ろすガリィの視線の先にはノイズから逃げる少女の姿。

数はそこまでではない、しかし相手はノイズ。

触れられたら最後、炭となって死を迎える相手に捕まってたまるかと逃げ惑う少女の表情は真剣そのもの。

とてもではないが演技の類とは思えない。

 

《………もう少しだけ様子を見ろ、それで判別する》

 

マスターったら疑い深いのね、小言を紡ぐガリィの視界からリンクされた映像を見ながらキャロルはもどかしい気持ちになっていた。

今回の買い出しには2つの目的があった。

1つは純粋に買い出し。

そしてもう1つは、少女が敵か味方か、それをはっきりさせる事だ。

 

少女の外見的特徴、そしてシンフォギア《アガートラーム》

これだけ分かれば少女について調べあげるのは容易い事だった。

F.I.S.にレセプターチルドレン、そして………《フィーネ》

少女…いや、《セレナ・カデンツァヴナ・イヴ》から始まり次々と判明されていく闇に埋もれた情報の数々は一般人が知れば始末されても可笑しくない類いの物ばかり。

 

それに何よりも驚かされたのは………セレナ・カデンツァヴナ・イヴと言う少女は既に死亡していると言う事。

詳しい死因までは分からなかったが、既に死んでいるはずの少女が急に現れる。

そこに何かしらの策略や陰謀がないと誰が言えるだろうか。

それらから推察して、彼女がF.I.S.またはフィーネ勢力どちらかの手の者である可能性が高まった。

 

………無論、俺とて疑いたいわけではない。

奴に対しては一定の信頼を置いているし、奴が敵でなければ良いとは思っている。

だが計画には万が一の失態もあってはならないのだ。

だから今回の買い出しを名目にした外出を計画した。

 

外の人間との接触によって自らが纏う嘘に何らかの失態が出るのでは?とその様子を逐一ガリィに監視させていた。

そんな時にノイズの出現である。

偶然にしては出来すぎているし、フィーネの手には《ソロモンの杖》がある。

ノイズを自由に操れるあれがあるのであれば、偶然を装って少女に何らかの指示、または少女の回収をするのでは?

そこまで考え、ガリィに少女の監視を継続させるように指示したが………

 

「………ノイズだけ、か」

 

少女を追いかけるのはノイズのみ。

フィーネ、またはそれに与する勢力の誰もが姿を現さない上にノイズは間違いなく少女を灰にせんとしている。

………やはり危惧のし過ぎか?

 

《あのぉ~マスター?流石にそろそろ………》

 

ガリィの提案は正しい。

少女の体力も限界に近いだろうし、そろそろ奴らが現れても可笑しくない。

ガリィに回収するように指示を出そうとしてーーー

 

《………ん?あれって……え?ちょ、なんでおチビちゃんがあれ持ってるの!?》

 

言葉が荒れるガリィに釣られるように映像に視線を戻せば、少女の手に握られたジェムに驚愕する。

おい、まさか………あれはッ!?

 

 

 

 

 

 

 

少女がジェムを投げると同時に地面から現れたのは………アルカ・ノイズ。

キャロルが後々の計画を全うするために必要なピースの1つが、そこにいた。

 




この作品中にやりたかったこと
ノイズVSアルカ・ノイズが出来そうで安心しました………


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第9話

《注意》
今回の話は色々と目茶苦茶しますのでご注意ください


錬金術師キャロルの弟子である少女は師匠の技を1つでも学ぼうと師匠の作った数々の作品から知識を学んだ事がある。

その最もたるのが、オートスコアラーだろう。

廃棄躯体と呼ばれ、使われる事がない廃棄予定のオートスコアラーのボディを使って様々な研究や勉強、そして独学にて知識を増やしてきた。

おかげで彼女の錬金術へ対する知識は深まっていくばかりで、実際その知識量はキャロルを驚かす程だ。

そんな彼女がある日師匠が作ったとされるアルカ・ノイズの存在を知った時にはーーー自らの師匠の凄まじさを知った。

 

《凄いです師匠ッ!!これはあれですよね!?目には目をって奴ですよね?ノイズにはノイズをぶつける、確かにこれならノイズ災害の激減が叶いますよ!!流石です師匠!!》

 

………そんな事を眼を輝かせながら無垢な子供のように褒めちぎってくる弟子にキャロルが思わず眼を反らしたのは言うまでもないだろう。

さて、そんなアルカ・ノイズの存在を知った少女は師匠の力になりたいとアルカ・ノイズをこっそりと拝借し、独自に研究、改造を施してしまった。

そんな魔改造アルカ・ノイズを師匠にばれないようにと常日頃から持っていたのが幸いとし、少女は自らに迫るノイズに対処すべく呼び出したのであった。

 

「………ふぅ」

 

少女は静かに呼吸する。

彼女が改造したアルカ・ノイズはキャロルが作ったそれとはもはや、別物と化している。

その実力は理論上では証明されているが、実戦ではこれが初めて。

正直、少女でも何が起きるかは分からない。

だけど、このアルカ・ノイズの実力を証明出来ればノイズ災害の激減と言う師匠の夢がかなり近づくだろう(キャロルはそんな事を一言も言ってません)

その為にもーーー

 

「皆さんお願いしますッ!!」

 

少女は自らが操るアルカ・ノイズに戦闘開始を命じた。

 

 

 

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《注意、ここから先は色々と暴走してます、暫くの間作者の暴走にお付き合いください》

 

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《よっしゃぁぁ出番きた………ってあれ?キャロルちゃんじゃないぞ?誰だあの清楚系幼女?》

 

狭いジェムから解き放たれた近接戦闘を主に担当するアルカ・ノイズは背後にいるべきマスターが別人である事に疑問を感じる。

そんな近接戦闘型アルカ・ノイズこと、後々に武士ノイズと呼ばれる彼に近寄るのはバナナノイズ。

 

《あれ?お前マスターの改造受けてない口?今の俺達のマスターはあの可愛い幼女だぞ?》

 

《え?そうなの?てか改造って何?パワーアップ的な奴?》

 

《まあそんな感じやな、てかお前見た?今から戦う敵、ノイズ先輩達やで》

 

《え?マジすか?先輩と戦うって………どういう事?》

 

彼らの視線の先にいるのは元祖ノイズ達。

突然現れた自分達に良く似ているが、別物であるアルカ・ノイズに警戒しまくっていた。

 

《おうおう、お前ら何者やねん?俺達をノイズだと知っての狼藉かいな?》

 

《てかお前らなんか俺達に似てるやん?どこ中よ?》

 

口悪い先輩達やなと警戒しながらも先輩相手に下手に動けずひとまずは友好的にと武士ノイズが口を開いた。

 

《いやー、どこ中って言いますか…シャトー産と言いますか………》

 

《シャトー産?どこやねんそれ、アメリカ?イギリス?》

 

《えーと………世界の狭間?》

 

意外と友好的に会話が進む両ノイズ達。

あわよくばこのままお引き取り頂きたいーーそんな事を武士ノイズの背後でバナナノイズは思っていたが………

 

《まあ、ええわ。とにかくそこどいてくれや。わしらその幼女と合体(灰)したいだけやねん、手を出さんならうちらも手を出さんさかい》

 

その言葉が雰囲気を一気に変えてしまった。

 

《は?(威圧)いやいや先輩達、それは無理っすよ。俺達のマスターこの子ですよ?マスター見捨てるなんて論外なんすけど?》

 

《あ?(威圧)お前の事情なんて知るかいな、そこどけや》

 

先程までの友好ムードは何処に消えたのか、互いに殺意を剥き出しにしていくその様子を見てバナナもまた諦めがついたのか戦闘態勢を整える。

 

《そもそもですね、あんたら先輩先輩言いますけどシンフォギア本編での登場作品無印とGだけでしょ?俺達それ以降の作品全部で敵やってるんすよ?登場作品数じゃったらこっちが上なんですけど(切れ気味)》

 

《はぁ?わしらシンフォギア世界やと何百、何千年前からおるんやぞ?お前ら産まれて数年やんけ?年功序列はこっちが圧倒的に上やぞ?てか、登場作品数なんて関係ないわ(切れ気味)》

 

深まる因縁、そこには互いに信じる物(シンフォギアのマスコットキャラクターとしての意地)があり、もはや話し合いで済ませられる段階は消え去っていた。

残された手段はーーーー1つ。

 

 

《死にさらせやぁぁぁぁッ!!》

 

《お前が死ねぇぇぇぇぇッ!!》

 

 

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 

キャロルは目の前に映し出されるこの光景を夢であって欲しいと願っていた。

何度も何度も眼を閉じては開き、きっとこれは悪い夢だと、眼を開けたらいつものシャトーがそこにあるのだど願っていた。

だがーーー現実は非常である。

 

《………あらら》

 

ガリィの驚愕する声と共に送られて来る映像は………カオスの一言。

ノイズとアルカ・ノイズ、双方が激しく衝突し、互いに灰となっていく様はある意味を言えば少女が願った通りの光景だろう。

現にアルカ・ノイズを指揮している少女の目は明るく、その心はきっと師匠の理想が叶っている事に対する満足感に満たされているのだろう。

だが、当のキャロルはと言えば………

 

「………………」

 

心此処にあらず、まさにその一言だろう。

……当然と言えば当然である、もしもこの映像が他所に流れたら………キャロルのこれまでが無駄になりかねないのだから。

不幸中の幸いなのは場所が商店街から離れて監視カメラの類が少なかった事。

そしてガリィに命じて監視カメラを先に破壊させておいたのが救いとなった。

………だが元を辿ればガリィが少女の荷物チェックをしていたはずなのにあれを見過ごしていた事が原因であるのだが………

 

「………ガリィひとまずあいつを回収して引き上げろ。その後俺の所に来い、お前とは少々話し合いをせねばならないようだからな………」

 

え?ちょっとマスター!?と驚愕するガリィを無視して映像を切り、帰ってきた二人をどうしたものか………今から楽しみだと笑みを浮かべるキャロルであった。




ノイズ達の会話はノイズにしか聞こえてませんのでご安心を


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セレナの誕生日なので

祝いの日だから許して………


「セレナ誕生日おめでとう!!」

 

シャトーの一室、セレナの部屋に突如来訪したのはセレナの姉であり、歌姫としても活躍するマリア・カデンツァヴナ・イヴ。

その手にはたくさんのプレゼントの山があり、恐らくその山を運ぶ為だろうかシンフォギアを身に纏いながら彼女は満面の笑みでそこに立っていた。

 

「………えっと、マリア姉さん?お祝いしてくれるのは嬉しいんだけど、私達まだ本編だと出会っても………」

 

「セレナの誕生日にそんな事知らないわッ!!」  

 

「ええ(困惑)………ま、まあさっきも言ったけどお祝いは素直に嬉しいから………ありがとうマリア姉さん!」

 

おーと、セレナ選手満面の笑みでマリア選手に抱きついたーッ!!

マリア選手これには笑顔ぉぉ!!

その表情は歌姫として良いのかと報道している我らでさえも放送を中断せざるしかない崩壊した笑顔ぉぉ!!

あ、実況はわたし武士ノイズがお送りします。

 

「私達もいるのデース!」

 

「セレナお誕生日おめでとう」

 

おや?ここでザババコンビの登場です。

御3方未だに本編には出ていないのですが………まあ、今回はお祝いなので無問題ですね(力説)

 

「セレナちゃんが誕生日と聞いてやってきましたッ!!おめでとうセレナちゃん!!」

 

「もう響ったら………ごめんね騒がしくしちゃって、お誕生日おめでとうセレナちゃん」

 

「失礼する、立花から誕生日だと聞いてな。些細な品ではあるが祝いの品を持ってきた、受け取ってほしい」

 

「先輩かたっくるしいんじゃねえか?ほら、誕生日プレゼントだ。言っとくがお前の好みとかわかんねぇから適当に選んだ奴だぞ?それでも良いなら………まあ、あれだ………と、とにかく受け取れよッ!!」

 

次々にシンフォギア装者が誕生日をお祝いしに来てくれる………ええですね(ほっこり)

けどこんな簡単にシャトーに入り込まれてますけど、ここの警備態勢どうなってるんでしょう?

まあ、1アルカ・ノイズである私には関係ない話なので今は無視しておきましょう。

 

「おい馬鹿弟子、お前………ってなんだこれはッ!?」

 

あ、マスターのマスター登場ですね。

まあ驚くのも無理ないですよ、自分の本拠地に敵が当たり前のようにいてお祝いしてるんですから。

 

「キャロルちゃんお邪魔してますッ!!キャロルちゃんもセレナちゃんのお誕生日のお祝いにきたの?」

 

「いや、まあそうなん………待て!!何故お前らがここにいる!?どうやってシャトーにーーー」

 

「すみませんマスター。セレナの誕生日祝いをしたいからと言う用件でしたので私が許可しました。はいセレナ誕生日ケーキ焼けましたよ」

 

でかーいッ!!まさにその一言しかないような馬鹿デカイケーキと共に登場したのはマスターのマスターが作ったオートスコアラー先輩達。

パーティーグッズまで用意している辺り本格的にお祝いする気満々ですね。

 

「わぁ♪ありがとうございますファラさん!!凄い大きなケーキですね♪」

 

「あ、いいえこのケーキはーー」

 

「そうですよ~♪流石はファラちゃん☆こーんな立派なケーキを作ってしまうな、ん、て☆おチビちゃんに対する愛情はガリィ達の中で群を抜いちゃってますねーあーやだやだ、見てるこっちが胸焼けしちゃうわ~」

 

おや?ガリィ先輩えらく手が汚れてますよ?拭きましょうか?

………ん?これ生クリー「それ以上しゃべったら殺す」あ、はい。

 

「チビッ子~タンジョウビ?おめでとうだゾ~♪これプレゼントだゾ☆」

 

「ミカさんありがとう………ってこれは?」

 

「カーボンロッドだゾ☆」

 

うーん、ミカ先輩からしたら純粋なプレゼントなんでしょうけど………あれはいらな「お前壊しちゃうゾ?」すみません黙ります、黙りますから許してください………

 

「出遅れてしまいましたが……誕生日おめでとうセレナ。これ私とレイアから」

 

「派手なプレゼントを用意しようと思ったが、お前の好みが分からなくてファラと一緒にさせてもらった。

お前からすれば地味かも知れないが………」

 

「そんな事ないです!プレゼント大事にさせてもらいますね!」

 

いやー完全に敵味方関係なしのお祝いムードですねー

………まあ1人出遅れた人もいますけどね。

 

「………………むぅ」

 

マスターのマスター、早く行かないと誕生日パーティー始まっちゃいますよ?

プレゼントまで用意してるんだから行った方が良いですよ?

 

「黙れ、そもそもこれは誰も祝って貰えない可哀想な弟子の為に用意した物であって、祝ってくれる奴がいるのならこんなつまらない物を渡しても………」

 

………はぁ、マスターのマスターめんどくさい性格してますねー。

まあこれは1アルカ・ノイズの私がどうこう言っても仕方ないですし、ここは専門家に任せましょう。

じゃあすみませんがお願いしますねー

 

「はい、専門家にお任せです」

 

「………エルフナイン、お前もか」

 

「セレナさんのお誕生日と言うので僕もプレゼント持ってきました。キャロルは行かないんですか?」

 

「………行く理由がない。

俺が用意した物なんてあいつらが用意したそれと比べたら劣る品でしかない。

こんな物渡された所であの雰囲気を壊してしまうだけだ。

エルフナインも俺に構わず………」

 

「いいえ!そんな事ありません!

キャロルは今日の為にそのプレゼントを用意したのですよね?

キャロルが必死に選んだプレゼントはきっとセレナさんに喜ばれますし、それにプレゼントに優劣なんてありません!

誰かの為に用意する、その気持ちが込められたプレゼントに優劣なんて無いですし、必要もありません!

だからキャロル、恐れないで一歩踏み出しましょう。

もしもまだ怖いのであれば僕も一緒に踏み出します、だからーー」

 

「………………はぁ、馬鹿馬鹿しい。

この俺がお前に心配されるなんてな……

だったら行くぞエルフナイン!!

おい馬鹿弟子ッ!!」

 

「はい!キャロル!!

セレナさんッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お誕生日おめでとう(ございます)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にマスター、私達からも一言。

誕生日おめでとうございますマスター。

我々一同マスターと共に歩み続けます。

最後のその時までずっとお供に………




この話は本編とは関係は………どうかな?あるかも…いやないかも………うーん………


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第10話

緒川さんは小説だと書きにくいキャラだなと感じる今この頃


「……これは」

 

部下からの報告を聞き急ぎ足で辿り着いた緒川の前に広がったのは―――灰の山。

これが単なる灰であれば特に問題とならずに終わるだろう。

だが……目の前にあるこの灰の山が、人であったかもしれないと言う可能性がある以上そうはならなかった。

 

「緒川さんお待ちしておりました」

 

灰の処理をしていた黒いスーツの諜報員が自らの上司の到着に駆け足で近寄り、手短に現時点までに掴んだ情報を報告していく。

商店街エリアからここまでにあった監視カメラが何者かによって破壊され、映像や音声の類は一切残っていなかった事。

そしてこの近隣のエリアで犠牲となってしまった犠牲者のリストを作成したのだが……

 

「被害者の数が少ない?」

 

「はい、最低でもこれだけの灰となりうるだけの人が犠牲になったと言う事はなく、またこのエリアに装者両名が到着する前にはノイズ反応が完全に消失しています。緒川さんこれは……」

 

「……この事については僕から司令へ報告しておきます。周辺の生き残っている監視カメラの映像の確認をお願いします」

 

はいと言葉短めに去って行く部下の背を見ながら緒川は考える。

ノイズに一般的な攻撃の類が通用しないと言うのは世界の常識である。

過去幾度も多種多様な兵器で攻撃を試みているが、その全てにおいて対象に一切の傷を負わす事なく失敗している。

そんなノイズに唯一戦う術として発明されたのが桜井理論から生まれた≪シンフォギアシステム≫

緒川が所属する組織≪特異災害対策機動部二課≫はそんなシンフォギアを唯一保有する組織だ。

 

歌姫であり自らを剣であると語る少女≪風鳴翼≫が持つ第1号聖遺物≪天羽々斬≫

そして二年前の事件でその胸に宿す事となってしまった少女≪立花響≫が持つかつて≪天羽奏≫が持っていた第3号聖遺物≪ガングニール≫

現在において唯一ノイズと戦う術であるシンフォギアを持つこの2人の少女以外にノイズと戦う事が出来る人なんて判明している限りいないだろう。

 

「……しかし、これは」

 

被害者の数を優に超す程に積もった灰の山。

ノイズが灰となる条件は自らと同じ体積を持った人間と接触して灰素転換させる事。

詰まる所彼らは人間を巻き込まないと灰にならない。

それ以外の手段となれば、それはシンフォギア等で破壊され、灰となった場合のみだろう。

 

―――ではこの灰の山はどう説明する?

これだけの灰に灰素転換させられるだけの犠牲者はなく、ノイズを唯一倒せるシンフォギア装者は此処に来ていない。

あるはずのない灰の山、けれどもそれは現に目の前に存在しているのだ。

 

「…いったい何が起きているんですか」

 

 

 

 

しかし誰が気付けるだろうか。

実際はどこぞの弟子が勝手にアルカ・ノイズを持ち出して、ノイズ同士の仁義なき戦いがあっただけだと言う事実に、誰が気付けるだろうか……

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「………はぁ」

 

少女が師匠と仰ぐキャロルからのありがたーいお説教タイムから数時間後。

未だに説教タイムが継続しているガリィの尊い犠牲により説教タイムから解放された少女であったが、師匠から罰として倉庫の片付けを命じられていた。

キャロルが数百年を掛けて計画していた父からの命題が破綻仕掛けたと言う割には緩い罰だと思うが、彼女も彼女で少女に疑いを掛けた事、その為に危機に晒した自らに思う所があっての罰なのだろう。

 

「けど……ここって随分古そうな物ばかりですね、こっちの剣なんて博物館にありそう」

 

少女が片付けを命じられた倉庫にあるのは無数の聖遺物達。

キャロルが計画を果たすために何らかの力になればと集めた数々の品々はどれもこれも聖遺物としても歴史的価値が高い遺物としても十分な物ばかりだが、キャロルからすれば計画達成には不必要な物ばかり。

なれど腐っても聖遺物、そこらに破棄するわけにもいかず、こうして倉庫に放置されているのであった。

 

「片付け大変そうですけど……頑張ってやりましょう!」

 

目の前に広がる倉庫の現状に気合いを入れ直して片付けをしはじめようとしーーふと、それを見た。

倉庫に無数に転がる品々の中でも不思議と惹かれる鏡。

手入れされているのだろうか?埃を被っている他の品とは違い、透き通るような綺麗な鏡に何となく足を向ける。

 

鏡に映る自分、なれどその視線は自らを見ずに鏡の中へ、中へと向けられる。

まるで深海の中を覗き見しているかのような不思議な気持ちについ手を伸ばす。

伸ばして伸ばしてーーー

鏡に映る私が微笑んだような気がしてーーー

私が伸ばした手を《ワタシ》が掴もうとしてーーー

 

「おい馬鹿弟子」

 

え?と視線を向ければ部屋の入り口にいたのは師匠。

どうしてここに?と疑問を聞こうとするが、

 

「ここの片付けは中止だ。ガリィにでもさせておく。

お前は錬金術の準備をして俺の部屋で待ってろ。久しぶりに厳しく指導してやろう」

 

師匠からの錬金術の指導。

久しくなかったそれに思わず興奮を我慢することが出来ずに本当ですか!?と声高く聞き返してしまったが、師匠に良いからさっさと行けと怒られてしまった。

これ以上は師匠の機嫌を損ねてしまうなと素直に嬉しい感情を胸に部屋から退出していこうとして師匠の隣を通り過ぎた時ーー

 

「………………」

 

師匠が珍しく厳しい表情をしていた、ように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな物まであったとはな」

 

自らの弟子が部屋を去ったのを見届けた後、キャロルの視線は1つの鏡へと向けられた。

その姿が伝承のそれと一致しない事、そして過去に焼失してしまった想い出の中にこれに関する記憶が混ざってしまっていた事からその正体を突き止めるのに時間を費やしてしまった。

鏡から漂うは気持ちの悪い《何か》。

その正体をうっすらと察しながらもキャロルは鏡を封じるかのように布を被せた。

過去の伝承においてもこの鏡はろくな使い方をされていないが………だが、もしも今考えている仮説通りであるのならば………

 

「………破壊するわけにいかない、か」

 

だが、同時にこの鏡をあの馬鹿弟子に接触させるわけにもいかない。

保存場所を変えておく必要もあるな………

 

「……エジプトの女王様とやらも余計な品を残してくれたものだ」

 

その言葉を最後にキャロルは鏡を手にして部屋を後にする。

滲み出る気持ちの悪い《何か》を堪えながらーーー

 

 

 

 

 

 



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第11話

GXを再確認も含めて見直してるんだけど、OPの翼のバイクが爆発するシーン。
あれ何回見ても単なる事故にしか見えないんだけど、私だけかな?


少女にとってシャトーの生活は充実した物である、だが唯一苦痛に感じる時間が存在するのだ。

それはーーー

 

「は~い♪ではでは今日も今日とてこの時間がやって来ました~♪」

 

クルクルと回転しながら姿を表したガリィの登場に少女は明らかに嫌そうな表情を見せた。

朝、自分と師匠の朝食を作り終えた自室に来訪してきたガリィの用件を少女は把握している。

しているのだけれどーーー

 

「ガリィさん、また今度に………」

 

「ガリィとしてはそれでも良いんですけども~、どこぞの大食いさんがお腹空かしちゃってるんですよね~、まあガリィは良いんですよ?ガリィはね~♪」

 

ぐぬぬ、とガリィの言動に少女は唸る。

基本的に暇潰しの意味も兼ねて少女の鍛練に最も多く付き合ってくれているのがミカである。

しかし戦闘特化のミカは元々がエネルギー消費率が激しい。

その為に少女との鍛練の度にエネルギー補給を担当しているガリィから想い出を補給してもらっている。

では、そのガリィはどこから想い出を補給しているのか?

簡単である、目の前にいる少女(無限補給タンク)からだ。

 

「む~………分かりました、分かりましたよぅ………」

 

少女とてミカのエネルギー消費が誰のせいであるのか、なんて重々承知している。

なので諦め半分、覚悟半分で渋々……本当に渋々とガリィの要求に答えるようにその小さな唇を差し出す。

 

「そうそう、何事も諦めが肝心ですよ~っと」

 

小さな唇に自らの唇を触れさせる。

少女(純粋)と少女(悪)のキス、それはさながら一枚の絵のような美しさがあるのだが、ガリィからすればこれは単なる補給………であるのだが、ちょっとした悪戯を思い付く。

少女の口内に舌を入れると少女が驚愕のあまり飛び退こうとするが、それを力で抑え込んで少女の口内をなで回す。

水音と共に口内を駆け巡る舌は歯茎に添うようにゆっくりと動く。

ゆっくり、ゆっくりと一本一本ずつ歯を舐めまわしていく。

段々と力が抜けていく少女の様子を見ながら今度は舌と舌を絡ませるように………としたが、

 

「っぷは!!が、ガリィさん!?ななな、何をしてくれますかぁぁぁ!!」

 

少女キレる。

それはもう真っ赤になってキレた。

もうちょっとだったのになぁと残念そうにするガリィはそんなキレた少女をからかうようにクルクルと回り始めた。

 

「なになに~?ちょっとした女の子同士のお遊びじゃないの~、そんなに怒っちゃってどうしたのん?」

 

「記憶が無くてもこれが遊びの範囲を越えてるってのは分かりますッ!!嗚呼……ごめんなさいまだ見ぬ旦那様、貴方の妻は汚されてしまいました………ヨヨヨ…」

 

「うわ、嘘っぽいわね」

 

何ですかぁぁ!!とキレる少女はそこそこに吸収した想い出を確認する。

 

「しっかし、相変わらずの量よねぇ。これガリィ以外だったらあっという間に溢れ出ちゃうわよ」

 

「う~……」

 

元々想い出を集め、分配する為にオートスコアラーの中では群を抜いて想い出の保有容量が多いガリィだが、そんなガリィでさえも少女からの補給は気を抜いてしまえば自らが内側から破壊されかねない危険行為でもある。

だからこそ少女からの補給はガリィに一任されており、ファラもレイアもガリィから補給を受けている。

他の面々には出来なくて自分だけが出来る、そこに優越感を感じる辺りがやはりガリィだろう。

 

「………………はぁ」

 

目の前で未だにキスのショックから立ち直れていない少女を見てこれも慣れた光景だなとガリィは思う。

はっきり言えばガリィも少女を好ましいと思っている。

どこか人を寄せ付ける魅力を持ち、けれども少女らしい愛らしさとからかった時の反応もガリィには好印象であり、なんやかんやと可愛がってしまっているのが現状だ。

まあマスターに比べたら劣りますけどね、と付け足しておく。

 

「(それに………)」

 

少女が来てからマスターはよく感情を露にするようになった。

昔のマスターは命題を果たすためならばとがむしゃら過ぎて、いつか折れてしまいそうな程に不安定だった。

けれども最近はまだまだ躊躇こそあるが怒ったり笑ったりと以前まで見せなかった顔をよく見せるようになってくれた。

それが何よりも嬉しいと感じ、そしてそれを成したのが自分ではない事に不甲斐なさを実感させられた。

だからガリィは少女に感謝と、そしてちょっとだけの嫉妬心を抱く。

だからこれぐらいの悪戯は許してほしいものだ。

 

「まぁご安心しなさいな、その唇はガリィだけの物にしてあげるわよ」

 

「え?何ですか?告白ですか?」

 

違うわよッ!と騒ぐガリィの後ろでこいつら朝から元気だなと疲れたキャロルは思いながら、今日の朝食の献立が何かを気にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目よセレナッ!!男がダメなら女なんて………許せないわッ!!」

 

「……マリアはいったいどうしたのですか?」

 

「えーと、なんか最近色々とお疲れみたいデス…」

 

「……マム、マリア休ませてあげた方が良いんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

基本的にシャトー内部には限られた面々しかいない。

シャトーの主であるキャロル、そのキャロルに作られたオートスコアラー達。

これが少女が知る全ての面々である。

シャトーでの生活も結構な日数が経過しているが、それ以外の面々とは一切出会った事もなければ訪れる客人の姿を見た事もない。

そういうものなのかな、と何気なく思っていたある日

 

「ほぅ、お前が噂のキャロルの秘蔵っ子と言うワケダ」

 

部屋を来訪してきたのは今まで見た事もない、ぬいぐるみを抱えた少女がそこにいた。

 

 



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第12話

「えーと、あの……あ、紅茶どうですか?最近師匠にもまあ飲めるなって褒められるようになって………」

 

「………まあまあなワケダ」

 

ぬいぐるみを抱えた少女の来訪から数分。

ひとまず部屋の中へと案内し、対面するように向き合ったままこうしていますけど………はっきり言って辛いです。

なんと言っても会話が続きません………ッ!

恐らく師匠の客人であろう少女に粗相をしてはいけないと頑張っていますけど、会話をしようとすると帰ってくるのは短めな返答ばかり。

そのせいか会話は続かず、部屋の中を沈黙が流れちゃっています………

 

「(な、何か話題を……けど初めて会う人だから何を話したら良いのか分からないし………ぶ、無難に恋ばなとかかな?けど私恋とかまだしてないし………ど、どうしよう……)」

 

必死に沈黙を破る術を模索する少女。

そんな姿をぬいぐるみを抱えた少女は紅茶を口にしながらただ見つめていた。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

キャロル・マールス・ディーンハイムが弟子を取った。

そんな噂が少し前に結社内にて流れ始めた。

噂を聞いた者の反応は多種多様であった。

ある者は信じ、ある者は嘘だと切り捨て、ある者は情報攪乱を狙った敵の攻撃だと騒ぎ立てた。

そんな中でプレラーティはその噂を嘘であると切り捨てていた。

キャロルと言う人間を知る者であれば誰にでも分かる、あれが弟子を取る輩か、と。

そしてそんな噂も所詮は一時的に騒ぎ立てられただけの物。

自然的に収束し、所詮は噂……で終わるはずだった。

 

噂が忘れ去れ掛けた頃、ノイズとアルカ・ノイズの衝突と言うイレギュラーが発生した。

未だに試作段階のアルカ・ノイズ…それも理想完成形に近い物がノイズと戦闘を行い、対等に戦って見せたと言う戦果を挙げた。

その情報は瞬く間に結社にも広がり、奇しくもこのイレギュラーがアルカ・ノイズの実用性を証明する事となった。

これによる各協力関係、支援関係にある組織達からもアルカ・ノイズへ向けられた期待は大いに高まり、局長もこのイレギュラーを逆に利用して見せ、各組織間との協力体制を更に強めると言う結社にとって大きなメリットを生み出した。

 

そんなメリットの裏で浮かび上がった疑問が1つ。

 

≪誰があのアルカ・ノイズを作ったのか?≫

 

無論結社ではない。

アルカ・ノイズはキャロルとの協力体制の下で開発、研究を行っているが、現段階ではあくまで試作でしかない。

しかし他の組織にアルカ・ノイズを実用化できる程に優れた錬金術師などおるはずもないし、そもそもアルカ・ノイズを作る為の術を知る者などいるはずがない。

ならば誰が?

局長もその正体を知りたかったのだろう、局長命令で正式にこの件についての調査が開始された。

しかし――――

 

「(情報改竄……)」

 

調査を開始すると同時に待っていたのは、まるで蜘蛛の巣の様に無数に張り巡らされた膨大な偽情報の数々。

明らかに何者かによって情報改竄がされていた。

ある者は80手前の老人を犯人だと言い、

ある者は10歳程度の少年を犯人だと言い、

ある者は20歳前後の病気で死に掛けの女を犯人だと言った。

情報を追いかければ他人へと辿り着くように構成された偽情報、明らかに初心者が遊び程度で用意した物ではない。

この情報改竄を行った人物は明らかにこういう方面に置ける知識があるプロだろう。

 

だが結社にもその道のプロはいた。

それがプレラーティである。

局長命令の正式な仕事である事、結社の構成員が偽情報に騙されまくっている現状を嘆いたサンジェルマンに頼まれた事、それがプレラーティのやる気を起こした。

そもそもプレラーティの中ではある程度の情報改竄を行った容疑者を絞り込む事が出来ていた。

後はそこから引き算形式に可能性が低い者を除外していき、膨大な偽情報の中に眠る僅かな真実を見つけながら情報を纏めていき―――――そして、辿り付いた。

 

決定打となったのはシャトーへ運び入れる資源や食料の量。

ある日を境に増えているそれは、計算すれば1人分が追加されている様になっていた。

そして以前に流れた≪噂≫。

そこまで分かれば後は容易かった。

シャトーは元々はプレラーティが設計した物、その既存システムへの侵入など彼女にとって容易い物であった。

シャトー内の監視システム、そのハッキング成功と共に映し出されたのは―――キャロルを師匠と仰ぎ、錬金術を学ぶ1人の少女であった。

奇しくもそれは噂が本当であった事、そしてあの偽情報はキャロルがこの少女を守る為に構成した物であると言う事が証明された瞬間であった。

 

「(しかしこいつがあのアルカ・ノイズを作った…正直信じられないワケダ)」

 

ハッキングしたシャトーの監視システムから映し出される少女ははっきり言えば異常だ。

乾いたスポンジの様に知識を吸収し、そして応用させるだけの学もある。

その知識量は錬金術師としては名が馳せているプレラーティに焦りを感じさせる程だ。

だが、映像ではなくこうして対面してみると、その様子はどう見てもどこにでもいる普通の少女。

この少女とあの映像の少女が本当に同一人物なのか?思わずそんな疑問を抱かせる程である。

 

「(…試してみるワケダ)」

 

元々今回のシャトー来訪はキャロルは知らない。

《会談》の為に護衛のオートスコアラーを率いて留守にしている間に潜入しており、キャロルが帰還する時間を考慮するとそこまで時間の余裕がない。

ないのだが……プレラーティは試してみたかった。

本当にこの少女があの映像の少女なのか?

そして―――あのアルカ・ノイズを作ったのは本当にこいつなのかを―――

 

「……おい、少し話に付き合うワケダ」

 

はい?ときょとんとする少女はそんなプレラーティの考えに気付く事なく、やっと向こうから話を振って着れくれた事に喜びを感じるのであった。

 

 

 




プレラーティちゃんの設定捏造発動である
メガネキャラは機械系に強いってじいちゃんがいってた


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第13話

「くそッ!くそッ!くそッ!!」

 

キャロルは憤りながらシャトーの通路を駆けていた。

その理由は単純明快、自分が騙されていた事を知ったからだ。

 

「可笑しい話だとは思っていたんだッ!今までまともに話し合いさえしなかった結社の連中から会談の打診なんてなッ!!」

 

キャロルとしても前回馬鹿弟子が起こした騒ぎについて嘘を混ぜ混んだ報告をする予定ではあったので丁度良いと会談を引き受けてしまった。

だが会談の場として指定された場所で待てども待てども姿を現さない結社に疑問を抱き、調査をしてみればーーー

 

「会談自体が嘘はったりッ!オレとオートスコアラー達をシャトーから引き離すのが目的だったとはなッ!!」

 

こんな馬鹿げた行動を起こした犯人も既に特定済みだ!

あのぬいぐるみじじぃめッ!!

シャトーの一区画、基本的にオレとオートスコアラーのみが入ることを許されるこのエリアはあの少女が住まう区画。

他のエリアに侵入したであろう輩の排除にオートスコアラーを向けた以上、ここに向かうのはオレのみだが………上等だ。

未だにファウストローブを完成させていないTSじじぃなど、俺だけで十分だッ!!

 

「オレを愚弄した罪、その穢らわしい見た目ごと焼き尽くしてやるッ!!」

 

駆ける足は少女の部屋へと辿り着く。

中から聞こえる声は聞き慣れたそれと、聞くだけで憤りが更に増していく憎らしい声。

会話内容こそ聞こえないがそれでも弟子が無事であることに安堵しながら、この事態を引き起こした輩に対しての処刑方法を模索し始める。

人の弟子を狙ったんだ………バラバラに引きちぎってサメの餌にでもしてくれようーーッ!!

 

「おい馬鹿弟子ッ!!そいつから離れーーー」

 

 

 

 

 

「ーーであるワケダ、アルカ・ノイズの解剖器官、こいつはノイズにはない器官で現在こいつに解剖出来ない物体は理論上存在しない無敵の武装となるワケダ。しかしこいつに回さないといけないエネルギー問題が解決していない。お前のアルカ・ノイズはそこら辺はどうしているワケダ?」

 

「えっと、位相差障壁のエネルギーを回しています。代わりに防御機能が低下し、一般武装でも対処出来るようになってしまいましたけど、敵対対象がノイズである以上そこまで防御面を気にする必要はないかと考えてみましたけど………」

 

「………なるほど、位相差障壁のエネルギーを……確かにアルカ・ノイズの解剖器官が機能するのならば防御面を気にする必要などないワケダ……これは一気に開発が進む…お前の情報に感謝するワケダ」

 

「良かったぁ……あ、実は今師匠に内緒でアルカ・ノイズの別方面での活用法を研究してるんです。これがその研究資料なんですけど試しに読んで頂いても良いですか?」

 

ーーー弟子とTSじじぃが和気あいあいと会話していた。

出鼻を挫かれたとはこの事だろう。

じじぃにぶつけてやろうと展開した錬金術は手持ち無沙汰となって自然消滅するのを横目に見ながら、想像していなかった光景に呆然としていると、

 

「あれ?師匠おかえりなさい!どうしたんですか?そんな所で呆然としちゃって?」

 

オレの帰還に気づいた馬鹿弟子が立ち上がると同時にじじぃが舌打ちをして馬鹿弟子が壁になるように動いたのを見た。

その手に錬金術が展開されているのも、だ。

 

「ッ!馬鹿弟子ッ!!」

 

荒げた声と共に馬鹿弟子を引き寄せながら再度錬金術を展開させ、じじぃが放った錬金術と相殺。

轟音と共に部屋の中が荒れ果て、馬鹿弟子が何かを喚いたが今はそれに構う余裕はない。

 

「……おや、遅いお帰りなワケダ。《会談》は楽しんでもらえたようで安心したワケダ」

 

「え?え?あ、あの………?」

 

「はッ!ほざけ三下がッ!人の弟子を狙うとは相も変わらず腐った性格だなプレラーティッ!!その似合わない見た目を壊し尽くして元の醜い姿に戻してやろうかッ!!」

 

「師匠?プレラーティさん?あのー………?」

 

展開する錬金術は互いが本気である証。

しかし相手は所詮オレの錬金術に劣る三下錬金術師ッ!

結社と敵対する前に幹部の1人ぐらいは始末してやろうと思っていたから丁度良いッ!!

 

「争うつもりはなかったワケダが………降りかかる火の粉は払わせてもらうワケダッ!!」

 

「ちょ、ちょっと二人とも………」

 

「上等だプレラーティッ!!このシャトーをお前の墓標代わりにしてやろうッ!!貴様の首はお前の大好きなサンジェルマンにでも届けてやろうッ!!」

 

「あの、だから………」

 

「ッ!?貴様………サンジェルマンの名を出すとは………ッ!よほど死にたいワケダぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしてくださぁぁぁぁぁいッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いですか二人とも!仲が悪いのかもしれませんけど喧嘩はいけません喧嘩はッ!それも錬金術を使ってなんて………大怪我でもしたらどうするんですかッ!!師匠もプレラーティさんも凄い力がある錬金術師なんですからそこのところ気を付けないとッ!!」

 

どうしてこうなった。

一触即発の事態から急変、今はオレとプレラーティは仲良く正座させられて、弟子に叱られると言う謎展開になっていた。

プレラーティも同じ疑問を持っているのが一目で分かる。

いや、本当にどうしてこうなった。

 

「あ…その、馬鹿弟子?オレはお前を庇おうと………」

 

「だいたい師匠ッ!前から人の事を馬鹿弟子馬鹿弟子って……私が馬鹿なら師匠は大馬鹿ですッ!!師匠ほど優れた錬金術師が錬金術で喧嘩なんて子供じみた真似なんてしないでくださいッ!!」

 

「あ、はい……」

 

プレラーティがざまぁみろと言わんばかりに笑っているのがイラつかせる。

貴様……後で楽しみに待っていろよ………ッ!

 

「プレラーティさんもプレラーティさんですッ!!いくら仲が悪くても出会って早々に錬金術ぶっぱなすなんて危険過ぎますッ!!プレラーティさんだって師匠に劣らない凄い錬金術師なんですからこれがどれだけ危険なのか分かりますよねッ!?喧嘩が避けられないと言うのなら他に手段があるでしょうッ!!」

 

「あ、はい………なワケダ………」

 

「良いですか二人ともッ!!これを機会に二人には徹底的に言わさせてもらいますッ!!そもそもですねーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「………はぁ」

 

馬鹿弟子の説教タイムから数時間後。

喧嘩はしませんと書類に記入させるとは、そこまでするか………

馬鹿弟子の部屋に残されたのは疲れきったオレと疲れきったプレラーティ。

馬鹿弟子は喧嘩しません書類の完成を見届けると共に仲良しパーティーをしましょうとオレのテレポートジェムを勝手に使って買い出しに行った。

まあ今回はレイアを付けておいた、問題はなかろう。

 

「……一応謝罪しておくワケダ、さっきも述べたが争うつもりはなかった。お前の弟子がアルカ・ノイズの作者だと知ってどのような人物かを知りたくて潜入させてもらったワケダ……

弟子に関しても話を聞くだけと決めていたから手を出すつもりもなかったと付け足しておくワケダ……」

 

「………謝罪を受け入れる対価に結社にはあの馬鹿弟子については秘匿にしてもらいたい。お前ならばその程度の情報操作容易かろう?」

 

「……本来ならばサンジェルマンの頼みを無下にするのは避けたいワケダが、受け入れよう。結社としてもお前との対立は望んでいないワケダ………」

 

互いに疲れ果てながらの交渉は想像以上に順調に進む。

オレの情報改竄の努力はいったい………

 

 

 

「………なぁプレラーティ、1つ真面目な話がある」

 

「………?お前がそんな事を言うなんて珍しいワケダ。疲れてるついでだ、1つ聞いてやるワケダ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《ニトクリスの鏡》、あれをシャトーに置いたのはお前か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セレナママ覚醒


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第14話

《ニトクリスの鏡》

古代エジプト第6王朝の女王ニトクリスが所有していたとされる鏡。

暗黒に満ちた別世界を見る事が叶うとされるこの鏡は、その別世界へと繋がる扉にもなりうるとされていた。

女王ニトクリスはこの鏡を利用し、幾人も政敵を始末してきたとされる逸話はこの鏡がまともな聖遺物ではない事を証明している。

ニトクリスの死後、この鏡は行方知れずとなり今の今までその存在さえも疑われていた。

だが、その鏡は時代を越えて今このシャトーに存在する。

ほぼ完全聖遺物に近い形で、だ。

 

「最初はオレが集めた聖遺物で、過去に焼失した想い出の中にその記憶があったと思っていた。だが過去のオレが記した日記を調べあげたがーーそんな事実は存在しなかった。ならば可能性は1つしかない」

 

「何者かがシャトーに運び入れた………というワケダ」

 

オレの質問に対し、プレラーティの返答はNO。

結社としても完全聖遺物に近い形の聖遺物なんて数えられる程にしか所有しておらず、その中に《ニトクリスの鏡》は存在していなかったし、そもそもその存在さえも疑われていた。

パヴァリア光明結社は裏世界においては1、2を争う大規模組織だ。

その結社でさえ知らないのであれば裏世界において《ニトクリスの鏡》は存在しないと認識されていたとみて間違いないだろう。

 

「………今鏡はどうしているワケダ?」

 

「聖骸布を使って封じている……だが……」

 

《聖骸布》

イエス亡き後にその身体を包んだとされるこの布はありとあらゆる魔を封じ込めるとされている聖遺物殺しの聖遺物。

その力は凄まじく、大抵の聖遺物であれば包むだけでその機能を封じ込める事が可能。

しかし一度使えばその力は失われる為に貴重な聖遺物でもあるのだが………

 

「…その言い方、もしや聖骸布でも?」

 

「ああ、封じ込めきれていない。未だに穢らわしい物が滲み出ている」

 

よほどの品なワケダ……そう呟いたプレラーティの意見に賛同する。

だが結社ではないとすれば他に誰があの鏡を持ち込んだ?

このシャトーに入れる人間は限られている。

その中で最も可能性が高い結社がハズレとなると………

 

「……今回の詫びも含めて結社側でもニトクリスの鏡については調査するワケダ」

 

「………頼む」

 

オレだけの力では調べられる範囲に限りがある。

結社とはいずれは敵対するが………味方である間は最大限利用させてもらおう。

それにこの鏡についてはなるべく速く調べ尽くしておきたい。

オレが考えうる可能性の中で最も避けたい可能性、そいつが現実になる前に………

 

「………そう言えばお前の弟子は随分と遅いワケダ」

 

「む?そう言えば………少し待て、レイアに確認を取る」

 

席を離れ、レイアに通信を取る。

さほど待たせる事なくレイアと通信が繋がり、あの馬鹿弟子はどうしているのかを確認するとーー

 

《…えっと、彼女は今………人生相談に付き合ってます》

 

「ーーーーーーは?」

 

なんだそりゃ?思わず呟いた言葉はそんな呆けた内容だった。

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「なるほどなるほど、つまりクリスさんはそのお方と仲直りしたいんですね」

 

「………ああ…けどフィー……あ、いや、その人とどうやって仲直りしたら良いのか分かんなくて………それで………」

 

レイアの視線の先、暗くなり始めた街中の公園で少女が自らよりも年上相手の人生相談に付き合っている謎光景が繰り広げられていた。

事の発端は少し前に遡る。

公園で迷子になっていた兄妹を見つけた少女がレイアに買い出し荷物を預けて助けようとした時に、少女より先に手を伸ばしたのがあの少女ーーー第2号聖遺物《イチイバル》の装者《雪音クリス》。

レイアとしては接触は避けたい相手の登場に姿を隠すしかなく、最悪少女に害なす様であればこの場で雪音クリスを始末するのもやむ無しと様子見に徹していたのだが………

どうしてか、共に迷子を無事に親御さんの元へと案内し、そのまま人生相談に付き合い始めた。

ちょうどその頃にマスターから連絡が入り、報告を済ませたが………

 

《……ひとまずはそのまま様子見をしろ、会話は録音しておけ。フィーネ勢力からの接触だ、無い……とは思うがあいつの会話に不審な様子があったらすぐに報告しろ、良いな》

 

了解しました、と連絡を終えて指示通りに様子見をする。

しかし………あれだな………

 

「………地味な仕事だ」

 

ビルの上、手には大量の買い物袋を抱えて様子見をするその姿はある意味派手ではあるがなと、1人愚痴りながら少女を見つめるのであった。

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

少女は悩む。

彼女、雪音クリスさんが口にした悩み。

ずっと一緒にいた親しい人と喧嘩してしまったが、仲直りするためにどうしたら良いのか分からないと言う………少女にとっては羨ましい悩み。

過去がない少女にはそんな人がいたのかどうかさえも分からない。

だけど目の前の年上なのにどこかほっとけない彼女にはそんな人がいる。

それが少し、ほんの少し羨ましく感じながら少女は口を開く。

 

「これはあくまで私の答えです、無数にある1つの答え、他にも正しい答えがあるかもしれませんが、それでも良いならお話しても良いですか?」

 

「あ、ああ」

 

では、と少女は口にする。

私なりの答えを、彼女が望みかどうか分からない答えを、

 

 

 

 

 

 

「私なら徹底的に喧嘩します、もう仲直り出来るか怪しいレベルで」

 

 

 




セレナママの勢いは止まらない………ッ!


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第15話

≪注意 22日夜に書き直しを行いました。内容が変わってるので確認お願いします…すみません…≫


―――何でこいつに相談しよう、そう思ったのかなんて正直言えばあたしにも分からねぇ。

けど何となく、こいつなら良いかなって思えて…んでいざ相談し始めると口は勝手に動いていた。

流石にフィーネやシンフォギアについてまでは言えないけど、それでも言える範囲の事は気づけば言い尽くしちまってた。

 

「(…馬鹿だな、あたし)」

 

出会って間もない年下の女の子にこんな事相談しちまうなんて、年上失格だよ。

ほら、こいつもこんな話されたら引いちまう――――

 

「私なら徹底的に喧嘩します、もう仲直り出来るか怪しいレベルで」

 

―――――――はぁ!?

い、いやいやちょっと待って!!

何で仲直りしたいって相談なのに喧嘩を進めて来てるんだこいつッ!?

 

「何でそうなるんだよッ!!そこは普通は謝る方法とかを教えるもんじゃねえのかよ!!」

 

ツッコミを入れる様にあたしの叫び声が静かな公園に響き渡るが、迷惑とかんなもん関係ねぇ!!

むしゃくしゃする胸の言葉を吐き出さねえと気が済まねぇッ!!

くそ、こんな奴に相談なんて考えた事自体間違えてたんだ!!

 

「はい、確かにこの場合は謝るのが適切で、最も最善な手段だと私も思います。

けどクリスさんの場合はそれじゃあ駄目なんです」

 

「はぁ!?謝るのが駄目ってどういう事だよ!!仲直りすんなって事か!!」

 

やっぱりこいつになんか相談したのが失敗だったッ!!

もういい、こんな奴放っておいてさっさと―――

 

 

「今ここで謝罪して仮に元通りの関係に戻れたとしても、そこにあるのは対等の友人ではなく、クリスさんがその人から捨てられない様に頑張るだけの、奴隷と主の様な歪な関係でしかないからです」

 

 

―――その言葉を聞いた時、不思議なくらいさっきまで胸にあったむしゃくしゃする感情が、スッと消えたのを感じた。

 

「(捨てられない?奴隷と主の関係?)」

 

違う、そう言えば良いはずの口は動かない。

だってフィーネは…あたしの願いを、世界から戦争の火種を無くしてくれるってあたしの目的を代わりに果たしてくれるからって……

だからあたしはずっとフィーネに貢献してきた。

苦痛も悲しみも、理解されない出来ない感情をただ受け止めて……

 

「…違う、とは言えないんですね」

 

「あ、いや、ちが…あ、その……」

 

否定しろよ!!そう命じた口は言葉を紡ぐ前に塞がり、命じるままの言葉が出て来ない…いや、出てくるはずがなかった。

だって…その答えを既に知っているから…

 

「(……嗚呼、くそ…分かってたさ……分かってたよ、んなもん…)」

 

フィーネがあたしを都合の良い駒程度にしか見てないなんてとっくに知ってた。

あいつが…ガングニールの装者が出て来てからはなおさらあたしに目を向ける事も無くなってたのを知ってたッ!

 

けどそれでも…あたしはフィーネに捨てられたくなかったッ!!

 

「(あんな人でも!!あたしを拾ってくれた!!あたしに汚い大人以外の大人がいるって事を教えてくれたッ!!あたしに力をくれたッ!!あたしに……希望をくれた…)」

 

分かってた、分かってたさ…

あたしがしている事なんてフィーネに捨てられない様に必死になっているだけだって……

けど、それでもあたしはフィーネの傍にいたい…そう思うこの気持ちはいけないのか?

 

「……なあ、もしも、だ。もしもあたしがそんな関係でも良いからその人と一緒に居たいって言ったら…どうする?」

 

「止めます」

 

即答かよ……

何かなぁ…こいつと話してると変な気持ちになってくるんだよ。

まるであいつ…ガングニールの装者と話してるみたいだ。

 

「クリスさんが言いたい事も分かります。どんな形でも一緒に居たいと願う、その想いは決して間違いではありません、ですけど正しくもないんです。

誰かと一緒にいる為に自らを殺す、そんな関係の先にあるのは自らの破滅でしかありません。

例え今日知り合っただけの関係でも、そんな破滅の道を進もうとする人を止めるのは人として当たり前です」

 

―――嗚呼、確定だ。

こいつはあのガングニールの装者…あの馬鹿と同じ類の人間だ。

帰って来る答えもどことなくあいつを連想させやがる…

 

「クリスさん、その人と一緒に居たいと、そう本当に願うなら―――怖くてもその想いをぶつけてください。

嫌われるかもしれません、更に悪化するかもしれません。

それでも想いをぶつけるその一歩はきっとクリスさんにとって良い結果をもたらしてくれる、私はそう信じています。

もしもそれで無理だって言うなら今度は私もついて行ってその友人の方にガツンっと言ってやりますから!」

 

想いを…ぶつける。

あたしの胸にくすぶるこの想いを、フィーネにぶつける。

きっとそれは……こいつの予想とは違う、良くない結果をもたらすかもしれない。

けど、それでも――不思議と怖いとは感じなかった。

今までフィーネと居たい、そう願い、ただ従う道を生きてきた臆病なあたしが踏み出せなかった一歩を、こいつの言葉が背中を押してくれる。

優しく、けれど勇ましく、こいつの言葉は確かにあたしに覚悟をくれた。

 

「――ありがとな、おかげでスッキリ出来た…えっと……」

 

「あ、そう言えばまだ名乗ってませんでしたね、私は…キャル。キャルと言います」

 

キャル?名前にしては珍しい上にえらい珍妙な名前だなとからかうと先ほどまでのどこか大人染みた雰囲気はどこに消えたのか、年相応の子供みたいに頬を膨らませて怒るそいつを見ながら、ふと時計に目を向ければ既に結構遅い時間になっているのにやっと気づく。

流石にまだ子供を1人で帰らせるわけにはいかねぇよな、と送ってやろうとして振り返ると――――

 

「あれ?おい、キャル?」

 

そこには誰もいない。

まるでキャルが最初からそこに居なかったかのように、その姿は消えていた。

 

「……帰っちまったのか?送ってやるつもりだったんだがなぁ…」

 

無事に帰れると良いけど…と今は姿が見えない助言者を心配しながらあたしも帰路へと付く。

あの屋敷で待っているフィーネにこの胸の想いをぶつける為に、あたしは前へと進むんだ。

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「レイアさん…回収してくれたのは嬉しいんですけど…もう少し優しい回収方法なかったんですか?」

 

公園から少し離れたビルの上。

レイアの手によって回収された少女は服についた汚れを払いながらレイアに文句を言う。

理由としてはやはり回収方法だろう。

クリスが時計を見た瞬間にレイアが少女をキャッチ、そこから跳躍でビルまで飛んだわけだが、オートスコアラーでこそ発揮できる人外の力は、少女に風圧と言う形で襲い掛かり、髪型も服もぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 

「…すまない、地味に動くとなるとこれが限度だったのでな」

 

「……ちなみに派手に動くと?」

 

「…試してみるか?」

 

遠慮しますとレイアの提案を蹴ると同時にビルの上から僅かに見えるクリスの背を見届ける。

上手く行けば良いけど……出来るなら着いて行きたいけど、師匠からシャトー外では慎重に動けと言われてますから…残念です。

 

「レイアさん帰還しましょうか。そろそろ師匠達もお腹が……って、あれ?」

 

テレポートジェムを取り出してシャトーへ帰還しようとした時、公園とは別方面に見覚えのある人物が僅かに見えた。

……師匠からの忠告もあるけど、彼女には悪い事をしたので出来るならば無事を知らせたいと思っていた。

だから―――

 

「レイアさんごめんなさいッ!もう少しだけ寄り道しても良いですか?」

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

あんな事を言うつもりはなかった。

響が私に何かを隠している事は、どことなくだけど知っていた。

響は昔からそう言う隠し事とか苦手で…けどそれがまさかあんな事をしていたなんて……

 

「……響」

 

私はただ響が怪我をしてほしくないだけ、ノイズと戦うなんて本当はしてほしくない。

けど……響はきっと何を言っても止まらない。

だって、響にとって人助けは当たり前だから。

自分に力があるなら、響はそれを人を守る為に使う、響はそういう子だから……

だけど――――

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、未来お姉さん」

 

 

 

 

 

え?と聞こえた声に視線を向ければ、そこにいたのは――――

 

「きゃ、キャルちゃんッ!?」

 

「はい、キャルです」

 

あの日手を放してしまった少女がそこにいた。

 

 




クリスちゃんとセレナの絡みはGからが本格的、かなー?

≪追記≫書き直したおかげで未来だせました、ごめんなさい…


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第16話

≪注意 前回の話を22日に書き換えていますので、確認お願いします…すみませんでしたぁぁぁ!!≫


「もう、あの時は本当に驚いたよ。シェルターの中でも探し回ったけど見つからないからもしかしてって」

 

「はは…心配させてごめんなさい。実はあの後知り合いの方が見つかって、別のシェルターに避難してたんです。未来お姉さんにも何とか無事を知らせようとは思ったんですけど、連絡する手段がなくて」

 

あれからファミレスへと場所を変えて話に盛り上がる2人。

仲良くパフェを食しながら会話するその姿はさながら姉妹の様に仲慎ましく、見ている人々もどこか癒してくれる様な光景だった。

 

「(良かった…また会う事が出来て)」

 

少女としてもあの時はやむを得なかったとは言え、未来に心配を掛けてしまった事に心残りがあった。

いずれは謝りたい、そう願っていた少女にとってこの再会は嬉しい限りであった。

しかし―――

 

「……?」

 

何となく、そう何となくだけれど少女は気づいた。

空元気と言うか…無理やりと言うか…目の前の女性が無理をしている、そんな気がした。

…つい先ほどまでクリスの相談に乗っていたから、と言うのもあるのかもしれない。

けれども恩ある相手に恩返しをしたい、そう思った少女は―――

 

「…あの、何かありました?」

 

思わずそう口走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

想いを誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

キャルちゃんの言葉に、一生懸命見栄を張っていた私はあっけなく崩壊して、話をしていた。

言えない事は多く、けれども言いたい事も多く…話す私でさえも言葉を何回も詰まらせながら、話していた。

 

「……ごめんねこんな時に変な話しちゃって、ほ、ほらほらパフェ食べちゃおうよ!!ここのパフェ美味しいから――――」

 

さっきまでの明るい雰囲気はどこへやら。

こんな雰囲気にしたのは他の誰でもない、私。

こんな事話すつもりなかったのに……謝りながら雰囲気を戻そうとして―――

 

「未来お姉さんは、どうしたいですか?」

 

キャルちゃんから出てきた言葉に、言葉を詰まらせた。

 

「どう……したいって?」

 

「そのままの意味です。未来お姉さんはそのお友達が危険な目に合うのを止めたいんですか?それとも…そのお友達の力になりたいんですか?」

 

――そのどちらも、と言うのは我儘な返答なのかと思った。

私は響に危険な目にあってほしくない。

怪我なんてしてほしくない、辛い事なんて彼女は十分に受けてきた。

翼さんを追いかけてリディアン音楽院に進学するって聞いた時は、やっと響がこの辛い環境から抜け出せるんだって、そして響が辛い時に力になれなかった私が力になれるんだって、一緒に進学する道を選んだ。

 

けど、待っていたのは―――この現実。

響は力を手に入れて、私は響に守られるだけ。

響を守りたい、響の力になりたい、そう願っていたのにその結果がこれ。

ノイズと戦い、傷つき、それでもへいきへっちゃらって人助けをする。

…きっと私が万の言葉を出しても、響は止まらない。

だって響だから。

人助けをするのが好きで、当たり前で、誰よりも辛い目にあってもへいきへっちゃら…そんな魔法の言葉で耐えてしまう子だから。

だから私では響を止めるなんてできない。

だったらせめて――――

 

「……力になりたい、のかな?」

 

言葉にして分かる。

所詮私はどこにでもいる単なる高校生でしかない。

アニメやゲームみたいな力があるわけでも、優れた何かがあるわけでもない。

単なる力が無いだけの非力な少女でしかないのだから。

響の力になりたい、けれど私じゃあなにも……

 

 

「でしたら、未来お姉さんはそのままで良いと思いますよ」

 

 

え?俯いていた顔を上げ、キャルちゃんを見つめた。

キャルちゃんは…微笑んでいた。

私の相談を真摯に受け止め、笑い飛ばすでもなく、怒るわけでもない。

ただ微笑んで答えをくれた。

その瞳は優しくて、どこかお母さんを思い出してしまいそうになる、そんな優しい眼をしながら―――

 

「多分ですけど、その人にとって未来お姉さんは≪居場所≫なんですよ」

 

「……いば、しょ?」

 

「はい、きっとそのお友達が辛い目にあったり危険な目にあっても笑顔でいられるのは…未来お姉さんがいるからです。

どんな目にあっても、帰ってくれば未来お姉さんがいる。だからきっとそのお友達は頑張れるんです。

だから、未来お姉さんがその人を止めるのではなく力になりたいのなら、傍に居てあげてそのお友達の帰る場所になってあげたら良いんだと、私は思います」

 

居場所…?

私の傍が、響の居場所…?

 

≪小日向未来は私にとっての≪陽だまり≫なの≫

 

私なんかの隣が?

響を辛い目に合わせた私の傍が…?

 

≪未来の傍が暖かい所で私が絶対に帰って来る所、これまでもそう、これからも…≫

 

≪みーくー≫

 

≪未来?≫

 

≪未来ッ!!≫

 

浮かび上がる響との思い出。

そのどれもが笑顔で、向けられた笑顔に釣られて私も笑顔になって、そして―――

 

≪いやだ……いやだよぉ……≫

 

最後に思い返した響の顔、思い返すだけで苦痛になるそんな顔をさせてしまったのは……

 

「ッ!!響……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えが出ちゃいました、か」

 

空になった席とパフェ。

その前で1人パフェを食しながらどこかへと走っていく未来お姉さんの背中を見る。

スッキリした顔してたから、きっともう大丈夫でしょう。

恩返しってわけではないですけど、力になれて良かったです。

 

「あ、このパフェ本当においしい。お持ち帰りとかできないかな?レイアさん食べますか?」

 

「生憎だが私達オートスコアラーに食事をする機能はない」

 

ついさっきまで未来お姉さんが座っていた場所に腰を下ろすのはレイアさん。

話が終わったのを見届けて中へと入ってきたのだろう。

ご丁寧に化粧や衣服まで変えてる辺りが凄いです。

 

「そろそろ帰還するぞ。マスターが腹を空かして待っている」

 

「その言い方だとまるでペット扱いみたいですよレイアさん…まあもう十分なので帰りましょうか」

 

支払をしようと立ち上がるが、未来お姉さんのパフェの下に2人分の料金がしっかりと置かれているのを見つけた。

これぐらいなら支払うのに…もう。

 

「帰ったらレイアさん手伝ってもらいますよ。なにせ仲直りパーティーですからね、本格的なの作っちゃいますよ!!」

 

「味覚がない私に手伝わせるとは…派手で良いな」

 

少女は帰還する。

自らの居場所へと、いるべき場所へと、帰還するのであった。




ナツカシノメモーリアー カウント1


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第17話

「それでは皆さん飲み物を手にしましたか?ではでは…かんぱーいッ!!」

 

「…かんぱい」

 

「…かんぱいなワケダ」

 

玉座の間に並ぶ多くの食事と飲み物を前にして、音頭を取った少女の言葉と共にキャロル、プレラーティ仲良しパーティーが始まりを告げた。

……と言っても、主役2人は微妙そうな表情で渡された飲み物(カル○ス)をチビチビと飲みながらお互いの動きを警戒しているのだが……

 

「………」

 

「………」

 

ここで行われているのは本当にパーティーなのか?

思わずそうツッコミを入れたくなる程、2人から溢れ出る緊張感。

流石に先程までの一触即発……とまでは行かないがそれでも漂う緊張感は、見る者を恐縮させるだけの威力を有している。

されどそんな様子を少女はどうやって歩み寄ろうと悩んでいるのだと前向きに捉え、ニコニコと食事を運ぶ為に部屋から出ていく。

 

「(くそ…こいつと仲良くって言われても…)」

 

「(…何を話せば良いワケダ?)」

 

―――実際、少女の考えも全くのはずれと言うわけでもなかった。

2人とも既に少女の怒りを体験している身。

あれをもう一度受ける位ならば…と仲良しパーティー中だけでも仲が良いふりをしようとしているのだが……

何といってもこの2人、会話のネタがない。

キャロルは基本的にオートスコアラー以外に話す相手がいないから持ちネタの数は少ない。

結社相手の時には錬金術やアルカ・ノイズと言った自分のペースで展開出来る話しかする事がなかったのも原因だ。

そんな自分ペースで展開出来る持ちネタは既に少女が帰る前に話し尽くしたのもあってネタがないキャロル。

 

対するプレラーティもほぼ同等。

基本的に結社内ではサンジェルマンとカリオストロ、後は嫌々ではあるが局長ぐらいとしか会話はなく、ほかの結社面々とは精々あっても幹部として指示を下すだけ。

おまけに話すと言ってもサンジェルマンはともかく、カリオストロとの会話はほぼ一方通行。

向けられる言葉の雨に適当に返事を返すぐらいだ。

そして此方もキャロル同様に自分の持ちネタである錬金術関係を使い果たした後である。

 

結論で言うと、基本的に会話をする機会がない2人共々会話の持ちネタが少なく、そんな数少ない持ちネタを使い果たし、無難な会話をしようにも元々そこまで深い付き合いがあるわけでもないので互いに何を話せば良いか分からない。

なので2人とも会話をしようにも会話が出来ず、ひたすらにグラスに注がれた飲み物(カ○ピス)をチビチビと飲むしかなかった。

 

「(どうする?話すとしたら…例の鏡の件とかか?)」

 

「(だが流石にキャロルの弟子がいるこの場で話すわけにもいかないワケダ)」

 

どうしたものか、そう悩みながら飲み物を飲み干した矢先ーーー

 

《オカワリイリマスカ?》

 

「ん?ああ頼………む?」

 

「すまない…ワケ……ダ?」

 

こうなればやけくそで話をと互いに覚悟を決めながら飲み干したグラスにお代わりを注いで貰いながら―――ふと、思った。

今の誰だ?と。

何気なく抱いた疑問を解決する術は1つ。

くるりと未だにグラスへ飲み物を注いでくれる人物が誰かを確かめるために振り返ってみると―――

 

《―――――♪》

 

《―――――♪》

 

鼻歌交じりに飲み物を注ぐアルカ・ノイズがそこにいた。

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「おい馬鹿弟子、あれはどういう意味か説明しろ……今すぐにだッ!!」

 

「同感なワケダ」

 

上手にパイが焼けて気分ルンルンで玉座の間へと運んでいる時に突如鳴り響いた悲鳴。

さながら某見た目は子供の探偵アニメで出るようなその悲鳴に慌てて駆けつけてみれば、そこにいたのはアルカ・ノイズを前に臨戦態勢になっていた2人。

慌てて止めに入り、何とか落ち着いてもらった後に少女は正座させられていた。

これじゃあさっきの反対ですね…と思いながら説明をする。

 

「えっと、プレラーティさんには見せましたよね?アルカ・ノイズの別方面における活用方法の資料」

 

「ん?ああ…と言ってもほとんど見れていないワケダ。どこぞの誰かに邪魔をされたワケダ」

 

ふんっと面白くなさそうに顔を背ける師匠に苦笑いを浮かべ、説明を続ける。

対ノイズ戦闘を主に開発された少女のアルカ・ノイズであるが、何かしら別方面で利用できないか?と考え、まず浮かんだのは雑務の代わりだ。

シャトー内部の掃除は現状手の空いているオートスコアラー(ガリィ以外)と少女の手によって行われているが、なんと言っても広い上に人手が圧倒的に足りない。

前々から何とか人手を増やせないかと悩んでいた少女が、アルカ・ノイズの利用方法に雑務を真っ先に思い浮かべたのはある意味納得出来るものでもあった。

 

思い浮かんだら何とやら、アルカ・ノイズから解剖器官を撤去、位相差障壁も必要ないので撤去し、人型と言う観点から武士型アルカ・ノイズに改造を施し、その手を武器ではなく人の様な手に変更。

そして経験を重ねさせる事である程度の物の運搬、細かい品の持ち運びまで可能となり、そのお披露目も併せて今日のパーティーの手伝いを任せていた。

 

「まあ色々とあって説明はしてなかったですけど……」

 

少女の説明に……2人は頭を悩ませていた。

アルカ・ノイズ、その使い方次第では現存の兵器よりも圧倒的上に行く兵器になりうる可能性があるアルカ・ノイズを雑用に……

料理を運んで机の上に並べるアルカ・ノイズ。

何時でもお代わりを注げますと飲み物を持って待機しているアルカ・ノイズ。

ゴミや汚れを始末する為に箒を持ったアルカ・ノイズ。

…確かにいわれてみるとこの部屋の中だけでもかなりのアルカ・ノイズが雑用をしているのが見て取れた。

…世界広しと言えどもアルカ・ノイズをこんな使い方をするのは他にはいないだろうな、と呆れてしまう2人であった。

 

 

 



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第18話

「……主役を置いて眠るとは、我が弟子ながら困ったやつだ」

 

オレの膝の上で寝言を呟きながら幸せそうに眠る馬鹿弟子に呆れながら、その髪を優しく撫でる。

パーティー開始からはや数時間、その間こいつはずっと動き回っていた。

料理にアルカ・ノイズの指示にとオレ達がパーティーを楽しめる様にと必死に裏方に努めて、眠そうになりながらも頑張っていたのを知っていた。

外での事もあって疲れているだろうに、そんな様子を一切見せる事無く頑張り続けて…遂に限界を迎えたのだろう。

パーティーを邪魔してはいけないと思ったのか、ばれない様に人目の少ない場所で眠りこけているのをファラが見つけ、ここまで連れてきてくれた。

膝枕は…あれだ、寝にくそうにしてたし、こいつの頑張りを認めたオレからの褒美であってだなッ!

 

「テンプレツンデレ乙、なワケダ」

 

余計なことを言うなプレラーティッ!とツッコミを入れつつ、このまま此処で寝かすのは申し訳ないとファラに馬鹿弟子を預ける。

 

「部屋に連れて行ってやれ、もし起きたとしても今日はもう休めと伝えておけ」

 

はい、とどこか嬉しそうなファラと、その腕の中で眠る少女が玉座の間から姿を消す。

パーティーは終わりだな、と部屋にいるアルカ・ノイズに片づけを命じるとてきぱきと片付けが始まる。

 

「………便利だな本当に」

 

手際よさに感心しながら片付けを見守りながらキャロルは部屋の一角へと向かう。

片付けが進む玉座の間、その一角に置かれた机の上にはプレラーティが用意したワイン。

あの少女の前では酒は身体に悪いと飲む事が叶わなかったそれを、2人の錬金術師はグラスに注いで音も無く静かに飲む。

 

「…美味いワインだな」

 

「持っている中ではかなりの一品だ、美味いに決まっているワケダ」

 

グラス一杯を飲み干している間に片付けは終わっていたのだろう。

広がる光景はいつも通りのそれ、残された異物はオレとプレラーティが腰を下ろしている椅子と机だけとなっていた。

残されたアルカ・ノイズ達は指示を待つかのように待機しているのを手で出ていく様に指示すると、一礼してから指示通りに外へと出ていき―――遂に2人だけとなった。

 

静かな空間に聞こえるのはワインを注ぐ音と飲む音。

2人の錬金術師は互いに言葉もなく、注がれたワインを飲んでいき―――

 

「…キャロル、お前に1つ聞いておきたい事があるワケダ」

 

それを破ったのはプレラーティ。

用意された最後のワインをグラスに注ぎながらキャロルに対して疑問をぶつける。

 

「なんだ?今のオレは気分が良い、答えられる質問なら答えてやるぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が企ててる計画、あれにお前の弟子を巻き込むつもりなのかどうか、それを聞きたいワケダ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ワインが不味くなる話だな、と飲みかけのグラスを静かに机の上に置いた。

 

「…どこから知った?」

 

「お前の弟子について調べる時にもしや、と思ったワケダ。

忘れてると思うがこのシャトーの基礎設計を務めたのは私なワケダ。シャトーの機能、そして結社と共同で行われているアルカ・ノイズ開発とお前のオートスコアラー、そして最近になってお前が集めだしたシンフォギアの情報にお前の持つ聖遺物ダインスレイフ。

ここまで揃えば大体は分かるワケダ」

 

そうか、と言葉を切ると同時にキャロルが纏う雰囲気が一変する。

静かな空間に満ちていくのは―――敵意。

キャロル・マールス・ディーンハイムが数百年を以て学んできた錬金術が無言のまま展開され、玉座は吹き飛ばされ、整えられた部屋の中は荒れ果てていく。

さながら嵐の様な錬金術が展開されていき、その中央に位置するキャロルの表情は………冷酷そのものであった。

 

「……残念だプレラーティ、お前とはなんだかんだと仲良く出来るかも、とは思ったんだがな」

 

計画を知られた以上生かしておくつもりはないと言うわけか、とプレラーティは静かに息を吐いて、ワインを飲み干す。

空になったグラスを机に置いてーープレラーティは答える。

 

「誤解しないでほしいが、私にお前の計画を阻止又は妨害する意図は一切存在しないワケダ」

 

プレラーティの言葉にキャロルの表情が僅かに揺れる。

 

「…何故だ?お前らからすればオレの計画達成はお前たちの破滅と一緒。阻止する理由になっても何もしない理由にはならないはずだが?」

 

確かにキャロルの言う通りである。

キャロル・マールス・ディーンハイムが成そうとしているのは世界の解剖。

それが達成される事、すなわち自らさえも解剖される事を指す。

それを妨害するならまだしも何もしないと言われれば、誰だって疑うだろう。

だが、プレラーティとてそれを分かった上で答える。

 

「あまり結社を…私を舐めないで欲しいワケダ。

さっきも言ったがシャトーの基礎設計をしたのは私なワケダ。シャトーは世界解剖にも耐えうる様に設計されている。

シャトーそのものをもう一基は流石に無理だが、シャトー同様の避難シェルターの開発ならば十分に可能なワケダ。

シェルターがある以上私はお前の計画を阻止する理由などない、好きに世界解剖でもなんでもやるが良いワケダ」

 

実際プレラーティの言葉は本当だ。

彼女にとって大事なのは結社でも、己の命でもない。

プレラーティにとっての光、プレラーティにとっての全てでもある存在こそがサンジェルマン。

彼女さえ助かるのならば世界がどうなろうが知った事ではない、そう本心から望んでいるのがプレラーティと言う人間なのだ。

 

そしてキャロルもまたプレラーティと言う人間との関係こそ浅いが、命惜しさに妄言を吐く人間ではないと知っている。

彼女の言葉、それはまさしく本心から出ているものであると信じれるぐらいにはプレラーティと言う人間を知っていた。

それに、だ。

 

「……ふん、あいつに感謝しろ。今日はお前と喧嘩はしないと書類に記入させられているからな」

 

展開した錬金術が消えるのを見届けてプレラーティも静かに息を吐いて、流れる汗を拭う。

プレラーティからすればもしもここでキャロルと戦闘にでもなれば間違いなく勝機はなかっただろう。

ファウストローブが完成しているのであれば話は別であるが…そこは重要ではない。

プレラーティが求める答えをキャロルはまだ話していない。

 

「………それで?私が邪魔をするつもりがないと分かってくれたならば答えて欲しいワケダ。お前は……あの弟子を計画に巻き込むのか、それとも違うのかを聞かせて欲しいワケダ」

 

ふん、と荒れ果てた部屋の中から椅子を起こし、奇跡的にも無事だった飲みかけのワインを飲み干す。

そして流れる沈黙。

時間にすればほんの数分間だけ流れた沈黙、されど体感する者からすれば永遠に近い沈黙。

そして、沈黙の果てにーーー

 

 

 

 

 

 

 

「………答えはNOだ。あいつはいずれこのシャトーから逃がすつもりだ」

 

 

 

 

 

キャロルの答えがでた。




実際本編だとサンジェルマン達、世界解剖からどう逃げるつもりだったのだろうか?


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第19話

キャロル・マールス・ディーンハイムの成すべき事は父からの命題を果たす事。

その為にキャロルは数百年と言う膨大な時間を費やしてきた。

全ては命題の為と、キャロルは文字通り全てを投げ打って計画を整えてきた。

苦痛も困難も、何もかも乗り越えてただ歩み続けた。

 

そんな折に現れたのが―――あの少女だ。

シンフォギア《アガートラーム》の装者であり、人間であれば奪われるだけで廃人となる想い出を難なく提供出来る謎の少女。

そんな利用価値が高い少女を、キャロルが都合の良い駒として使おうと判断したのはごく自然な事だった。

ある程度の信頼関係を構築し、指示に従う都合の良い駒として扱おうと。

今までも幾度かあったことをする、ただそれだけだと。

 

されど、少女との生活はキャロルが生きた数百年の中でも――――暖かい時間だった。

自らを師匠と仰ぎ、しろと言った覚えもない食事の管理までし始めて、馬鹿みたいに優しい癖に一度決めたら中々に折れない強い心を持つ少女との時間。

その時間がキャロルに少女に親しみを覚えさせ、彼女を駒としてではなく、友として見ているのだと自覚させるのにさほどの時間を必要としなかった。

 

「…認めよう、オレはあいつに影響されてる」

 

キャロル・マールス・ディーンハイムが成すべき事は父からの命題を果たす事。

その為に世界を解剖せんとする計画に……迷いが生まれていた。

あの少女に、自らの師匠が世界を滅ぼさんとしている等欠片も思っていないあの少女の善意を圧倒的悪意で塗りつぶさんとしている己に、迷いが生まれているのをキャロルは否定できなかった。

 

なれど、キャロルはもはや計画を中断すると言う選択肢を取る事は出来ない。

何故なら―――キャロルにとってこの計画こそ、父の命題を果たす事こそが己が人生の意味だから。

その為に数百年を捧げた、その為に全てを投げ打ってきた、その為に全てを犠牲にしてきた。

キャロルの長すぎる人生はこの為だけに存在してきたのだ、それを否定する事は、キャロルには絶対に出来ない。

自らの人生を自らが否定すること等、出来るはずもなかった。

 

だから―――キャロルは少女を逃がそうと決意した。

もはやキャロルに計画を止めること等出来ない。

ならばせめてあの少女には、キャロルが成さんとしている事に気が付く前に……

それが逃げでしかないと自覚しながらも、キャロルに残された手段はこれしかなかった。

 

「なるほどなワケダ。それで?逃がすと言ってもどこへ逃がすワケダ?お前の計画通りならば世界中逃げ場などないワケダ」

 

「…色々と考えたが、さっきのお前の言葉で決意が固まった。プレラーティ、もしも時が来たならばお前の作るシェルターにあいつの分も席を用意してくれないか?」

 

「…そう来るワケダ、良いぞその提案受けてやるワケダ」

 

その為に生かされたと言うワケダ、と納得しながら提案を受ける。

プレラーティとしても少女の存在は欲しいと思っていた。

あれだけの知識、それもキャロル直伝の錬金術を教わった唯一の弟子である彼女の価値はかなりのもの。

ちょうど助手がほしいと思っていたプレラーティからすれば理想通りの人材である。

だからこそプレラーティとしては少女を計画に巻き込んで損失してしまう事を極力避けたいと質問をぶつけたのだ。

危険な目にもあったが、それだけの価値はある答えを得る事が出来た、とどこか満足そうにするプレラーティにキャロルが警告するように言葉をつなげる。

 

「……と言ってもすぐには手放さんぞ?まだあいつには教えるべき事が山ほどあるし、しておかないといけない事もあるからな」

 

「了解したワケダ、いずれは私の助手となる人材だ、協力してほしい事があれば進んで協力してやるワケダ」

 

「誰がお前の助手になどさせるか」

 

注がれた最後のワインを飲みながら2人の錬金術師は静かに笑う。

迷いが無くなったキャロルもまた笑う。

いずれ迎える別れを、思うだけで苦しくなる別れを誤魔化す様に笑いながら――――パーティーは終わりを迎えた。

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「えっと……」

 

自身の部屋で目覚めた少女は困惑していた。

自分は確かパーティーの裏方を頑張っていたはずなのに、どうして自分の部屋のベットで眠っていたのだろうか?

記憶を呼び覚まそうとするが、疲れもあったのかはっきりと思い出せない。

どうしたっけ?と疑問を抱きながら、何気なく時計を見る。

針は既に次の日へと切り替わり、シャトーからは確認できないがお日様は登り切った時間だと理解すると同時に―――

 

「ッ!?いけない師匠のあさごは…いやもうお昼ご飯になっちゃう!?と、とにかく食事の準備を、ああけどパーティーの片づけもきっとまだだし…それに今日はミカさんとの鍛錬も――!!どうしようどうしようッ!?」

 

脳に押し寄せる本日のスケジュールに慌てて飛び起きようとし、ぷぎゅっと何かを踏んだ。

え?と視線を向ければそこにあったのは―――見覚えのあるかえるのぬいぐるみ。

確かこれってプレラーティさんの…と抱きかかえると同時に一枚の紙が落ちたので拾い上げると―――

 

《パーティーは楽しませてもらった、そのお礼にこいつをやるワケダ。

―――嗚呼、安心しろ、こいつは予備なワケダ》

 

プレラーティさんからのプレゼント…?と試しに抱き着いてみると…感触最高です。

これはあれです…やばいです。

しばらく離したくないって思っちゃうくらい感触最高なんですけどこれッ!!

ふわふわにもふもふ…これ抱き枕にします、プレラーティさん…

 

「ってゆっくりしてる場合じゃなかったです!!とにかく食事から始めましょう!!」

 

かえるのぬいぐるみをベットに投げて少女は今日もいつもの日常の始まりを感じながら、遅くなった食事の支度を始めるのであった




セレナはカエルのぬいぐるみを手に入れた


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第20話

作者の暴走再び………


パーティーが終わってはや数日。

あれからいつも通りの日々が経過しているのですが………最近師匠と話す機会があまりありません。

ここ最近の師匠は忙しそうで、食事も食べたらさっさと作業へ戻ってしまう毎日。

力になりたいとは思っているけど、まだ未熟な私では力になれず、こうしてアルカ・ノイズ達とシャトーの掃除をするのが今の私が出来る精一杯の事だと頑張っています。

 

《担当エリアの清掃完了しました》

 

声と同時に現れたのは掃除機を片手に、逆の手にはごみ袋を持ったアルカ・ノイズ。

任せたエリアの清掃が想像よりも速く終わった事に流石ですね、と頭を撫でる。

表情こそ変化がないアルカ・ノイズですけど、心なしか嬉しそうに見えます。

暫く撫でながら、別エリアがまだ終わっていないのに気付き、そこの応援に行って貰おうと考える。

 

「それじゃこのエリアの清掃に協力してもらっても良いかな?終わったら休憩にするからね」

 

《御意》

 

あれから暇を見てはアルカ・ノイズの改造を行い続け、気付けば家事全般、そしてコミュニケーション能力を持たせる事に成功しちゃいました。

パーティーの時はまだコミュニケーション能力が試作段階だったから片言でしたけど、今では流暢な会話が可能になるまでになりました。

その成果を見てほしくて先日、師匠に御披露目したんですけど…

《キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!》とキャラ崩壊するまでに叫ばれたのには驚かされました……あんな師匠初めて見ましたよ…

 

さてそんな本来の設計目的とはかけ離れてしまった一家に一匹、便利な家事全般おまかせアルカ・ノイズ。

今日も今日とて彼らに指示を下しながらシャトーの通路を掃除していく少女であったが、ふと何気なく向けた通路の先に見慣れた背中を見つける。

 

「…師匠?」

 

そこにいたのは今日は部屋に籠ると言ったはずのキャロルの姿。

暗がりにいるせいかその姿をしっかりと確認する事は出来ないが、その背格好はまさにキャロルそのもの。

どうしてこんな所に?もしや何か必要な品でも取りに出てきたのだろうか?そんな事を考えながら少女は通路の奥にいるキャロルに声を掛けようとするが―――

 

「――――ッ!?」

 

小さく驚きの声を出したかと思いきや通路の奥へと消えていった。

…どうしたんだろう?と首を傾げるが、去っていく背中を見て、気付く。

通路の奥へと消えていくキャロルが身に纏うその衣服が―――いつもと別物であることに。

 

「…あんな服あったかな?」

 

基本的にキャロルが身に纏う衣服は大抵同じデザインの物が多い。

稀に外向け用らしきしっかりとした衣服を見つけた事はあるが、それを身に纏う姿は見た事がない程、キャロルの服装は限定されている。

なのに、今通路の奥へ消えたキャロルは黒いローブの様な衣服を身に纏っていた。

少女が知る限り、キャロルが持つ服にあんなデザインの物はなく、キャロルの性格上あんな服を身に纏うとは思えない。

ならばいったい………とそこまで考えてハッとある可能性に気付く。

 

「もしかして………侵入者!?」

 

あり得ない話でもない。

その証拠に先日やってきたプレラーティも勝手にシャトーに侵入した事は既に少女も知っている。

今度あったら勝手に入っちゃいけませんと説教しないといけないと覚悟を決めているが、今はそれは置いておこう。

過去に起きた事が今また起きる、それは決してあり得ない話ではない。

そして今日に限ってファラ達は外へ出ており、此処にいるのはキャロルと少女のみ。

研究に忙しい師匠に代わってシャトーの平和を守らないと、そう覚悟を決めた少女は周りにいたアルカ・ノイズ達に振り返ると―――

 

「みんなッ!!コードHYH発動だよッ!!」

 

謎の命令を下すのであった。

 

 

--------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「はぁはぁ………ッ」

 

キャロルに良く似たその人物はあまり使う事がない全速力でのダッシュに息切れをしながら背後を振り替える。

………どうやら追いかけてくる様子はないらしい。

その事にホッと安堵するように息を吐いた。

 

「まさかこんな場所で会うなんて………」

 

あの少女の事は良く知っている。

自らの主であるキャロルから接触を禁じると命じられているからだ。

普段は接触しないようにと警戒しているのだが、まさかこんな端のエリアにいるとは思わず油断していた。

もしも接触したと知られたら大変だと慌てて逃げ出したが、追いかけてくる様子がない事に一安心し、今日の作業を終わらせないと、と足早に向かおうとしてーーー気付いた。

 

「………?」

 

遠くから何か聞こえたような、と。

例えるとすれば、バイクのエンジン音のようなそれは最初は気のせいかと思えるほど僅かにしか聞こえなかったが………それが段々と大きくなっていき、迫っている事に気付いた。

え?え?と困惑しながら背後を振り替えるとーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ヒャッハァァーッ!!!》

 

 

 

 

 

 

 

セグ○ェイらしき乗り物で迫るモヒカン頭のアルカ・ノイズがそこにいた。

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

コードHYHこと《ヒャッハァ!!》の誕生にはある人物が大いに関係していた。

シャトーのもめ事の原因は大抵お前、ガリィである。

彼女の本来の目的は人々から想い出を奪い、それを分け与える事にある。

だが少女がいる以上、そんな事をわざわざする必要性が無くなったガリィは、必然的に暇な時間が多くなった。

そんなガリィが時間潰しに始めたのが、読書。

どこからか入手した本の山をつまらなそうに読むガリィであったが、その姿を見た少女もまた読書に興味を示した。

そして読書の先輩であるガリィにおすすめを聞いたのが………それが運の尽きであった。

あのガリィがまともな本を勧めるはずなんてなく、少女に渡されたのがーーー某胸に傷のある男の世紀末物語。

 

ガリィとしては反応を見て楽しむつもりだったのが、少女は意外にもハマってしまった。

そこから生まれてしまったのがコードHYH。

ヒャッハァ状態の高速移動可能なアルカ・ノイズによる捕獲作戦が、こうして生まれてしまった。




ヒャッハァ!!


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第21話

HYHノイズ化した子達がヒャッハァと軽快に滑走してはや数分。

機動力の高さに自身が追い付く事が出来ず、数体のアルカ・ノイズと共に向かったであろう通路を進むが、一向に見つかる気配がない。

 

「どこまで行ったんでしょう………?」

 

コードHYHが発動したアルカ・ノイズは、ある種の興奮作用を引き起している状態なので対象に危害を及ぼす可能性がある。

なので迅速に見つけ出さないといけないのだが、どこへ行ったのやら………

 

《ーーーヒャッハァーー》

 

その声は目の前にある横路から聞こえた。

意識するとHYHノイズ特有のバイク音も鳴り響いているのが分かる。

急がないと、と随伴するアルカ・ノイズを急がせながら少女は駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ヒャッハァァー!!水だ水をよこせぇ!!》

 

《ヒャッハァァー!!それだけじゃあ足りねぇ!!全部だ全部よこせぇ!!》

 

《ヒャッハァァー!!ヒャッハァァー!!》

 

「あわわわ………ずびまぜんずびまぜん………」

 

………ここは本当に世紀末になってしまったのだろうか?

涙声で謝罪しながら丸まるその人物を囲うように高々とバイク音を鳴らしながら周回するHYHノイズ達。

その姿はさながら某世紀末物語のワンシーンのような光景であった。

 

「あ、居た!」

 

そこに現れたのはこのノイズ達の生みの親である少女。

解剖器官を搭載していないノイズではあるが、それでも万が一怪我でもさせたらいけないと急いできた少女は、目の前に広がる世紀末的な光景に一度深呼吸をしてからーーー

 

「こらぁぁ!もうそこまで!!」

 

叫んだ。

まるで喧嘩を仲裁するおかんのように叫んだ。

その叫び声に反応したのがHYHノイズ達。

セグ○ェイは消え去り、モヒカン頭も体内に収納されるように消え、残ったのはいつものアルカ・ノイズ達。

先程までの暴走が嘘のように静かに指示を待つその姿は、さながらラ○ウを前にした拳○軍のようである。

 

「全くもう………えっと、大丈夫?怪我とかはしてないかな?」

 

コードHYHの改善すべき問題として暴走し過ぎの防止策を作らないと………そんな事を考えつつ、ヒャッハァに囲まれていた人物に手を差し伸べる。

よほど怖い目にあったのか、震えながら未だにずびまぜんと涙声で謝っている。

やり過ぎだと怒るように視線を向ければどこか申し訳なさそうにする拳○軍ノイズ達。

 

「えーと、ほらもう怖くないよ?大丈夫だよー?」

 

本当に母のようにあやす少女の言葉がやっと聞こえたのだろう。

困惑するように恐る恐るではあるが、ゆっくりと顔を挙げていきーーーその顔を見た少女は驚愕する。

 

「え!?し、師匠ッ!?」

 

ーーーその顔があまりにも自らの師匠に瓜二つである事にーーー

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「………ふむ」

 

キャロルはその日私室に籠り、ニトクリスの鏡について調べていたが……ニトクリスの鏡は近年において実在していたかさえ怪しまれていた品。

残された文献の数も少なく、そこから得られる情報もさほど多くない。

はっきり言えば手詰まり感さえ感じ始めた頃だ。

 

「………」

 

キャロルは考える。

自らの弟子である少女とこの鏡には関係性がある。

この鏡を発見してから思考していた仮説も最近では真実味を帯びてきた。

だが、この仮説通りであれば………あまりにも辛い真相を少女に明かさねばならない。

 

「………はぁ」

 

とりあえず鏡については予定通りに進めるしかあるまい。

その為の準備はもうじき完了する、おかげでここ最近は本当に忙しかった。

誰かのためにオレがここまでする日が来ようとは………我ながら甘くなったものだ。

 

「ん?」

 

何気なく時計を見ればもう昼近く。

朝早くから始めていたが、集中していたのもあってか時間の進みが速く感じられる。

そして昼近くだと自覚すると、腹から小さく音が奏でられる。

………あいつの飯が美味すぎるのが悪いんだ、まったく………

今日は確かシチューとか言っていたな、と鼻歌混じりに立ち上がろうとしーーー、ふとその音を聞いた。

 

「ーーー?」

 

敢えて言えばバイク音だろうか。

遠くから僅かに聞こえたそれは段々と音量が増していく。

接近している?と通路を確認してみるとーーー

 

《ヒャッハァァー!!》

 

一体の修羅の国の住人と化したアルカ・ノイズがそこにいた。

 

「なぁッ!?」

 

咄嗟に展開した錬金術をぶつけようとするが、その背中に見慣れた人物が乗っていることに驚愕して、思い止まる。

修羅の国の住人の背中にいたのは、先程まで思い浮かべていた自らの弟子の姿。

なにしてんだこいつ、と呆れる様に眺めていると、向こうも此方の存在に気付いたのだろう。

修羅の国の住人に何か話し、高々にバイク音が鳴らしたかと思いきや目の前に停止した。

 

「………なにしてるんだお前は?」

 

止まったアルカ・ノイズ(モヒカン)から降りてきた自らの弟子に呆れながら言葉をぶつけるが、ふとその背後に誰かがいる事に気付く。

ガリィかミカ辺りか?でもあいつらは今日はシャトーにいないはず………と見ているとーーー

 

「ーーは、はぁッ!?」

 

その背中から現れた人物に本日二回目の驚愕をし、そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠ッ!!エルフナインちゃん私にくださいッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日三度目の驚愕をすぐやる羽目になった。

 



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第22話

今回短めですみません………


「………なるほど、大体話は理解した」

 

場所は代わり少女の私室。

いつもの定席に座り、シチューを食べながら少女の願いとやらに耳を傾ける。

 

エルフナインから自身がキャロルのホムンクルスであると聞き出した少女は驚愕した。

ホムンクルスの錬成、それも人格を持つホムンクルスとなるとそれは決して容易い事ではないと錬金術を学んでいる少女には分かるからだ。

それを成し遂げている自らの師匠の実力に改めて感動しながら、ふと思った。

師匠のホムンクルスならばもしや師匠の記憶とかあるのでは?と。

 

実際少女の予想は的中している。

キャロルが作ったホムンクルスの中で唯一記憶を複製し、与えられているのがエルフナインである。

与えられた記憶の中には錬金術関連も存在し、それを知った少女は思った。

忙しい師匠の代わりにエルフナインちゃんに教えてもらえば師匠の負担が減るのでは?そこまで考えてからのあの発言であった。

それを聞いたキャロルも最初はこの馬鹿弟子は何を暴走しているのかと思っていたが……

 

「(悪くはない案かもな………)」

 

キャロルとてなるべくは時間を割いてやりたいとは思っているが、シャトーの完成、そして件の鏡にとやるべき事が多くある。

ならばいっそエルフナインに暫く委託し、自身は成すべき事を先に終わらせる。

悪くはない、それに………

 

「(エルフナインの視覚はオレと同調する事が出来る、無いとは思うが問題が起きても対応出来るだろう)」

 

後々の計画の為にエルフナインに施された仕掛け。

それがまさかこんな所で役に立つとは………人生なにが起きるか分からない物だ。

 

「………まあいい、くれてやるのは却下だが、貸してやるのは許可してやろう。ただし!エルフナインを貸すのはオレが相手出来ない時だけだ、いいな」

 

本当ですか!と喜ぶ少女と、え?え?と自身の意見は完全に放置されて勝手に進む話の展開に追い付けず困惑するエルフナイン。

よほど嬉しかったのか、エルフナインに抱き付いて笑顔の少女にやれやれとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみにだが、お前アルカ・ノイズにHYHとかふざけた改造したらしいが、他にはしてないだろうな」

 

「………プピー(下手な口笛+露骨な視線そらし)」

 

「吐け!他に何をしたのか今すぐに吐けッ!!」

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

少女はその日買い出しを命じられていた。

いつも通りの買い出し………と思われたが1つだけ違う点があった。

お供がいないのである。

大抵ならばオートスコアラーの誰かが随伴するのに、今回は全員がキャロルから何かしらを命じられているらしく、初の1人買い出しとなった。

 

少女もそんな状況に興奮していたのやもしれない。

シャトーの外へと出れる機会が少ない少女にとって買い出しは楽しみな時間でもある。

無論シャトーでの生活は充実しており、それに不満を抱くなんてことはないのだが、それはそれでこれはこれなのだ。

そんな数少ない楽しみが、お供がいない全くの自由でとなると興奮する気持ちも分からなくはないだろう。

街へと繰り出した少女もそんな興奮に後押しされるようにちょっとだけと寄り道をしたりしてしまった。

ーーそう、してしまったのである。

 

「あれ?キャルちゃん?」

 

呼び掛けられた偽名。

その名前を呼ぶ人物を少女は二人しか知らない。

そしてこの優しい声の持ち主は彼女しかいないだろう。

未来お姉さん、そう呼びながら振り返るが………

 

「………えっと?」

 

そこには確かに小日向未来の姿があった。

いつも着ていた学生服ではなく私服姿で、どこかへ遊びに行くような服装でそこにいた。

それだけならば問題はないのだが………問題があるとすればその左右にあるだろう。

 

「えー!!未来こんな可愛い子と知り合いなの!?だれだれ私にも紹介してよー!」

 

「……立花、あまり騒がないでくれないか」

 

恐らく小日向未来の友人であろう二人の女性がそこにいた。

 

 

 



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第23話

「うわ~♪未来から聞いてはいたけど…噂通りかわいい~♪いや、これはもう噂以上の可愛さ!!わぁ~♪もう離したくないかも~♪」

 

「…いい加減離してあげたらどうだ立花…キャルも嫌なら嫌と言って良いんだぞ?」

 

「響ったら…ごめんねキャルちゃん付き合わせちゃって」

 

「あ、いえ大丈夫ですよ。今日はそこまで急ぎの用事もありませんので」

 

あれから少女達は暫くの会話と自己紹介の後に自然と行動を共にする流れとなった。

自然に、とは言ったが基本的には≪立花響≫が原因であるのは間違いないだろう。

愛情表現と言わんばかりに背中から少女に抱き着いて満面の笑みを浮かべる彼女が少女を中々に離さずにいたせいでこうなったのだから。

抱き着かれたままの少女もあははと乾いた笑みを浮かべるが、まあいいかなと楽観的に判断する。

少女にとって幸いなのは先ほど自身が言った通り、今日の買い出しはそこまで急ぎではないと言う事。

多少帰宅が遅れてもお咎めはないだろう、と響に抱き着かれたまま少女は考えていたが……

 

「けど、いいんですか?私なんかがお邪魔しちゃっても?未来お姉さん達も何かしらの用事があったんじゃあ…?」

 

強いて言えば少女の不安の種はそれだろう。

自分のせいで3人の邪魔をしてしまったのでは?と。

しかしそんな質問を――――

 

「気にしなくていいよ♪キャルちゃんと遊ぶの楽しみだし、それに未来の友達なら私にとっても友達♪未来から話を聞いた時から仲良くしたいってずっと思ってたもん!!」

 

「響の言う通り気にしなくていいよ。キャルちゃんにはお世話になってるし、もっと仲良くなりたいって私も思ってたから」

 

「私も構わない、元々遊びに行く予定であったのだ。そこに1人加わろうとも何ら問題ないだろう」

 

あっさりと否定して見せた。

少女は思う、やはり彼女達は未来お姉さんの友達なんだな、と。

心優しく、手を伸ばす事に躊躇がなく、他者と結ばれる縁を恐れない心の強い人達。

どこか眩しくて、羨ましいとさえ僅かに思える程に優しい人達。

世界中の人間がこんな人だけだったらきっと世界は平和なんだろうな、と思いながら、少女は差し伸ばされた手を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に少女は思う。

もしも、そうもしもの話でしかないと知りながら思う。

もしもこの手を握らなければ、縁なんて作らなければ……

私はこんなに辛い想いをしなくてもよかったのかな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

そこからの時間は少女にとって未知の時間でありながら充実とした時間であった。

ショッピングモールでは可愛いコップや衣服を見たり、

映画では感動に涙を流し、

ゲームセンターでは響の暴走に笑みを浮かべた。

その途中で最も驚かされたのは共に行動している風鳴翼がトップアーティストであると言う事を知った事だろう。

カラオケでその歌声に聞き惚れ、自身も何か歌おうと選曲している時に流れたCM映像で眼の前にいる女性が映し出されたのだ、かなり驚きながら確認し、事実を知った時はもう凄かった。

 

そんな少女に翼も嫌な気はしなかったのだろう。

自身を支えてくれるファンがこうしてまた1人生まれた事に感謝しながら少女に丁寧に対応してあげていた。

 

そして楽しい時間と言うのは瞬く間に終わりを迎える物。

夕日に染まった空、その下で公園から街を見下ろす3人を眺める少女は思う。

楽しい時間だったと。

嘘偽りなく心から楽しいと思えた時間であったと。

記憶のない少女が初めて過ごしたこの時間は、きっと永遠に記憶に残り続けるだろう。

だから……

 

「あ、ごめんなさい。私そろそろ帰らないと」

 

少女は戻る。

温かい日の世界から、暗がりの世界へと、自身を待ってくれている家族が待つ場所へと―――

 

「え~?もう帰っちゃうの?」

 

残念そうにする響さん。

どこか抜けてるけど、誰よりも優しくて、誰よりも心強いお姉さん。

年上なのに名前で呼んでとお願いされた時は本当にびっくりしちゃいました。

 

「こら響、ごめんね色々と連れまわしちゃって」

 

そんな響お姉さんを嗜めながら私の心配をしてくれる未来お姉さん。

ちょっとだけ大人っぽくて、お母さんがいるとすればこんな人が良いなって思える優しいお姉さん。

 

「大丈夫か?送って帰った方が…」

 

最初はちょっと怖い人なのかな、て思ってしまった翼お姉さん。

けどそう思ったのは最初だけ、冷たい外見とは裏腹のとても優しいお姉さん。

 

皆、とても優しい人達だ。

皆が皆こんな人だったらどれだけ良いかって思える位に優しい人達。

もしも師匠と会わせる事が出来たらきっと仲良くなれるだろうな、と思ってしまう人達との別れを惜しみつつ、笑顔で手を振る。

 

「大丈夫ですよ、ここからならすぐですから1人で帰れます。みなさん今日は本当に楽しかったです!!また会いましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そう言えば…」

 

去って行くキャルちゃんに手を振りながら未来は思い出す。

最初の店に寄った時にキャルちゃんにプレゼントしようと買っておいたマグカップ。

猫のデザインの可愛らしいそれを渡すのを忘れていた。

 

「キャルちゃ―――」

 

呼び止めようとするが、既にその姿は遠く、横道を曲がって姿が見えなくなっていた。

今度会えた時に…と僅かに思うが、何時会えるか分からないからとその姿を追いかけるように駆ける。

 

「未来?」

 

「ごめんね2人ともちょっとだけ待ってて」

 

2人に謝りながら駆ける。

元陸上部として活躍した自慢の脚はすぐに少女が姿を消した横道に追い付き、名前を呼ぼうとして―――

 

「……あれ?」

 

そこには既に少女の姿が無かった。

まるで最初からいなかったかのように遠くまで続くその道に少女はおらず、未来は首を傾げながら周囲を探すが、その姿を見つける事は叶わなかった。

 

 

 




ぶっちゃけ響と翼と縁を作りたかっただけなのデス
この先の為に(下衆顔)


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第24話

ちょっとだけ長いですー


「………やっぱり、ですね」

 

目の前に広がる汚部屋。

錬金術の道具と資料があちらこちらに散らばり、整頓なんてされた気配さえもない程に汚れきったこの部屋は師匠であるキャロルの私室。

少し前までは綺麗だったこの部屋で師匠から錬金術を教わっていたのに、どうしてここまで部屋を汚せるのでしょうか…

 

「……最近の師匠、なんか忙しそうですもんね」

 

最近の師匠は前よりも更に忙しそうに何かをしている。

前ならば最低でも食事を摂ってくれていたが、最近はそれさえも怪しく、幾度か部屋の前まで食事を持っていってあげた程だ。

寝る時間さえ取れているのかも怪しい。

 

そんな忙しい師匠が何らかの用事で外に出た。

弟子として力になりたい、ならばと部屋の掃除だけでもと扉を開けたらこの始末。

待ち受ける困難を前に思わず逃げ足になりかけるが、ここで退くわけには行かない!

 

「よし、それじゃみんな綺麗にしちゃいましょう!」

 

《オォォォーー!!》

 

「オーだゾ♪」

 

「はぁ~(露骨なため息)なんであたしもなのよォ………」

 

本日の掃除にはいつものアルカ・ノイズ以外にも暇そうだったミカ、そして相も変わらず読書に励んでいたガリィを連行し行われる。

役割分担としては、少女とアルカ・ノイズが部屋の整理、整頓。

ミカは可燃ゴミを燃やしたり、力仕事を担当。

ガリィは床掃除である。

 

「ちょっと!あたしだけなんか雑じゃない!?」

 

「だってガリィさん他の細々とした作業だと飽きて逃げ出すじゃないですか。それにガリィさんの機能なら床をすぃーと滑るだけで綺麗になりますし」

 

「人をクイッ○ルワイパーみたいに言うんじゃないわよ!

………はぁ、仕方ないわねェ、分かったわよそれで良いわよ」

 

と多少揉めたが無事に掃除開始となりました。

私が資料関係の書類を束ねて棚に戻し、不要なゴミは全て袋に纏めていき、それをアルカ・ノイズ達が運びーー

 

「燃やしちゃうゾ♪」

 

ミカさんがそれを燃やす。

火力的に一瞬でゴミが燃え尽きるので最近問題の環境問題にも優しいです。

そもそもシャトーから排出された排気ガスとか何処に行くんでしょうか?

………謎が1つ増えてしまいました。

 

「……はぁ、ほらそこ退きなさいな。さっさと終わらせちゃうから」

 

片付き床が見えてきたエリアからガリィさんがすぃーと滑り、滑った道の汚れが綺麗さっぱり消えています。

流石はガリィさんです。

ですけどやっぱりそれ……クイック○ワイパーみたいな機能ですね。

 

「今クイックルワ○パーみたいって思ったでしょ?思ったわよね?」

 

そんな事ないですよーと適当に返事を返しながら掃除を進めていく。

師匠は普段はそこそこ片付けする人なんですけど、何かに集中してしまうとこんな風になってしまう人だ。

よほど集中して何かを研究していたのでしょうけど………資料からそれを読み取る事は未熟な私にはまだ出来ません。

せめて綺麗にしてまた集中出来るように、掃除頑張らせてもらいます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大体終わったかな?」

 

まさにビフォーアフター。

汚部屋でしかなかった部屋が見違えるように綺麗になっている。

特に床、ガリィさんのクイックル………いや、便利な機能のおかげで新築の床のように綺麗です。

ピカピカで反射までしてます、凄いです。

ですからガリィさん、そんな何か言いたげな目で見つめてくるのはやめてください。

もうクイックルワ○パーなんて言いませんから。

 

「………思ったより速く終わっちゃいましたね」

 

想定していた時間よりも迅速に終わりを迎えてしまい、さてどうするかと悩ませる。

師匠が帰還するまでまだ時間があると思われるから、何か他に出来る事がないかと部屋を見渡すが、もう大体やり尽くしてしまった。

手持ち無沙汰に部屋の中をゆっくりと歩き回る。

 

「(そう言えば、師匠の部屋をこんなにゆっくり見て回るって今まで無かったですね)」

 

基本的に部屋に入る時と言えば師匠から錬金術を学ぶ時だけ。

それ以外で入るのは稀で、こんなにゆっくりと見て回れる程の余裕は今まで一度もなかった。

これを機会にちょっとだけ、と部屋の中を見て回る。

と、言っても………部屋の中にあるのは私にはまだ理解が追い付かない錬金術や聖遺物の資料ばかり。

試しに本を抜き取って流し読みしてみましたが、ちんぷんかんぷんとしか言い様がありませんでした。

 

「ちょっと~もう片付け終わったんでしょ?ならもうガリィは戻っても良いかしらァ」

 

ガリィさんの言葉にそうですねと賛同する。

これ以上部屋にいても仕方がないですし、と持っていた本を書棚に戻そうとしーー気付く。

 

「………これって」

 

本棚と本棚の間にある違和感を感じさせる隙間。

そこから漂う《何か》に気付いて確認してみると………的中。

欺瞞術式と認識阻害術式が施されている。

隙間にしか見えないこれは歪められた景色で、実際には此処に何かがある。

解術は………出来なくもない。

師匠が扱う術式の大半は頭に叩き込んでいる。

そこから術式を解いていけば、解術は可能だろう。

だけど………

 

「(師匠が隠している物を勝手に見つけたら怒られるよね………)」

 

手を出してはいけない、そう判断して去ろうとしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お い で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーねーーこら!あんたいきなりどうしたのよ!?」

 

え?と気付いた時には私は術式を解術していた。

術式が消え去り、隠された景色が浮かび上がっていく。

そこにあったのはーーー扉

木製のそれはまるで当然のようにゆっくりと開いていく。

歓迎するかのように、中へ入れと呼び込むように、開く。

 

「………ちょっと流石にこれは不味いわよ、あんた術式掛け治してさっさと………ってちょっとッ!!」

 

叫ぶ声は虚しく、少女の耳には届かない。

誘われるまま、揺れるように扉の中へと足を進める少女の瞳を見たガリィは確信した。

正気ではない。

揺れ動く瞳は何も写さず、その表情はまるで人形の様に白くなっている。

異常だ、明らかな異常だ。

 

「ちょっとあんーーッ!」

 

止めないと、扉へと誘われる少女へと向けた足がーーー止まる。

否、《止められている》

違和感は足から、縫い付けられているかのようなそれに視線を向ければーーー

 

 

 

ダメだよ

 

邪魔しちゃダメだよ

 

私達と遊ぼうよ

 

 

 

声と呼ぶにはおぞましく、耳にするだけで正気を削られそうな声と共に床一面から延びているのはーーー無数の黒い手

ガリィの足に纏わりつくように、絶対に離さないと言わんばかりに手が足に絡み付いている。

なによこれ!と咄嗟に手に氷を纏い、それを刃と化して無数の黒い手を切り払わんとするがーーー

 

 

 

危ないよ?

 

危険だよ?

 

そんな物捨てて遊ぼうよ

 

 

 

床から伸びた黒い手が今度は手を、そして全身へと絡み付きその動きを縫い付けるように止めていく。

全身に絡み付く黒い手が増していく度にまるで鉛を乗せられたかのような重みがガリィを襲う。

動けない、ならばとこの場において最大戦力であるミカに期待するが………

 

「ンギギギ!……う、動けないんだゾ………」

 

ミカもガリィ同様、黒い手が既に全身へと絡み付き、動きを完全に封じていた。

 

「嘘でしょ………!?」

 

ミカの戦闘能力はオートスコアラーである自分達の中では間違いなくトップ。

そのミカを以てしても突破が敵わないとは……

この黒い手、どれだけ馬鹿力なのよ………!

 

「(アルカ・ノイズも………駄目か)」

 

何体かが必死に抗うように抵抗戦を繰り広げているが、次々と黒い手に捕まっていき、その動きを封じられていく。

どうにかしないといけない、焦る気持ちを抑えながら打開策を模索するが、その間に少女は扉の奥へと向かう。

 

「ちょっと!!」

 

声は少女に届く気配さえなく、少女は足を止める事なく扉の奥へと消えて行った。

追いかけなければと焦るが、まずはこの黒い手を何とかしなければならない。

 

「(………落ち着け、落ち着くのよガリィ……こう言う時は冷静になるのよ……)」

 

部屋を見渡す。

黒い手が伸びた部屋、その手が生えているのはーーー全て床からのみ。

壁や本棚、家財道具からは生えていないのを確認出来る。

天井も同様。

 

「(床……床だけあって他にはない……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーー!動けるアルカ・ノイズは聞きなさい!床を何でも良いからとにかく《汚しまくりなさいな》ッ!!」

 

指示を下されたアルカ・ノイズは指示通りに動き始める。

本棚を倒し、可燃ゴミ以外で別処理が必要の為に残されていたゴミを床にばらまき、とにかく床を汚し回る。

まるで新築の家の様に《反射》するほどに綺麗な床は汚れていき、それと同時に黒い手の数が激減していく。

 

「やっぱりね………!」

 

あの黒い手は恐らく《反射》する物からしか生えて来る事が出来ない。

だから反射する程に綺麗だった床からのみあの黒い手は生えてきていた!

 

「そして数さえ減ればーー!」

 

「邪魔するなだゾー!!」

 

ガリィは氷の刃で、ミカは持ち前のパワーで黒い手を振り払う。

アルカ・ノイズ達もそれぞれが黒い手を振り払っていき、何とか拘束から逃れる事に成功する。

 

「あの馬鹿を追いかけーーーさせる気はない訳ね」

 

残された黒い手が結集し、扉へと続く道を阻むように立ち塞がる。

急がないといけないって時にーー!

 

「あたしの肌に触れたんだもの、その対価は高いわよ!」

 

「邪魔する奴は燃やしちゃうゾ!!」

 

馬鹿な事するんじゃないわよ、ただそう願いながらガリィは黒い手へと立ち向かうのであった。

 

 

 

 

 



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第25話

まさかのゴジラコラボ………
個人的にはガメラの方が好きなんですけどね………

それと今回アンケート機能の存在に気付いたのでちょっとアンケートしてみます
協力してくれたら嬉しい限りです


「ちょっとちょっとちょっと!!なんなのよこれ!!」

 

黒い手を排除しながら扉の中へと侵入したガリィ達。

しかし待っていたのは、一面鏡のように反射する空間とそこから襲い掛かる無数の黒い手。

明らかにシャトーに元からあった空間ではない。

《何か》が空間に侵食し、歪めている、そう判断出来るまでにさほどの時間を必要としなかった。

 

「ホラホラホラッ!!邪魔するんじゃないんだゾッ!!」

 

ミカが放つカーボンロッドが立ち塞がる黒い手を排除していくが、その度に増援と言わんばかりに黒い手が姿を現す。

ガリィもまた加勢するが、それでも立ち塞がる黒い手を前にその歩みは完全に停止させられていた。

 

「あー!!イライラするわねぇッ!!」

 

黒い手の目的が時間稼ぎである事は明白だった。

進もうとすれば襲い掛かるが、後退しようとすれば追い掛けてくる様子さえ見せないのが証拠だろう。

時間稼ぎの目的こそ不明だが、そこにあの少女が関与しているのは明らかだ。

 

「追い掛けないといけないって分かるんだけれど………この手が邪魔過ぎるのよッ!」

 

迫る黒い手を切り払い、ガリィは吠える。

随伴するアルカ・ノイズもまた奮戦しているが、黒い手の数は減る事は無く、向こうの狙い通りに時間稼ぎされていると実感する。

どうにかしないと………焦りながらも打開策を模索しながら迫る黒い手に氷の刃を構えてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「退け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒りが孕んだ声が鳴り響くと同時に黒い手に何かがぶつかる。

それが錬金術である事、そして声の主が自分達の主であると認識した………したのだがーーー

 

「「ーーーッ!?」」

 

ガリィとミカは同時に戦慄する。

人形である自分達にはありえない冷や汗が流れたような感覚。

そんな擬似的感覚を感じ取りながら2人は聴こえる声に、自身達が良く知る主の声に、ゆっくりと振り替える。

其処にいたのはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガリィ、ミカ………色々と聴きたい事は山程あるが、まずは答えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様達………何をした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

聞く者を震え上がらせる程に怒りに満ちた声の主がーー

キャロル・マールス・ディーンハイムが其処にいた。

その隣にはファラとレイアの姿があるが、主の怒りに触れないように後方に下がって難を逃れている。

その姿に内心イラつき、けれども自身が逆の立場であってもそうするだろうと言う理解をしながらも、主の疑問に答えるべく言葉を放つ。

 

「(あの二人ぃ!)えー………いやー……その…ですねー………ガリィ達はマスターの部屋の掃除をですねー」

 

「ほう、掃除………掃除か」

 

「そ、そうですよぉー!日頃忙しいマスターの為にと………ってマスター!!」

 

お怒り心頭のキャロルに降り注ぐ黒い手。

完全なる死角からの強襲にオートスコアラーの誰もが対応出来ずに、キャロルに向けられた黒い手はその幼い身体を縛り上げるーーはずだった。

 

「………ふん」

 

黒い手とキャロルの間を阻むように展開するは、盾の様な錬金術。

無数の黒い手を前にしても割れる気配さえなく、その勢いを押し止めながら、キャロルは観察するかのように黒い手を眺める。

 

「………政敵などつまらない相手しか屠った事がないから、力量差さえも把握出来ないのかこの手は」

 

つまらん、とまるでゴミを払うかのような仕草で、キャロルは錬金術を展開していく。

ただそれだけでミカとガリィを苦戦させた黒い手がまるでなぎ払われるかのように次々と消し飛んでいく。

 

「………わぉ、流石はあたし達のマスター」

 

自らの主君の力量を改めて認識したガリィもまたその隣に並ぶ。

主君だけ戦わせる配下が何処にいるのかと、主君の為に作られた人形達は並び、構える。

 

「……ガリィ、ミカ、詳しい話と説教は後だ。

あいつはこの奥か?」

 

「そうなんですよぉ、ふらふらと行っちゃいましてね」

 

「絶対に追い付くんだゾ!」

 

「全く………帰ってきて早々に派手な展開だ」

 

「本当にですね、けど放置するわけにも行かないでしょう?」

 

 

聖杯、錫杖、硬貨、剣

それぞれを司るオートスコアラー、そしてその主君であるキャロル。

黒い手は相手を再認識する。

時間稼ぎなど甘い行動が出来る相手ではない、と。

 

その認識が黒い手の形を変えていく。

刃に槍、斧に弓、ありとあらゆる形に変えてその存在を排除せんと敵意を向ける。

その敵意を前に、キャロルは小さく笑う。

 

「………オレに刃を向けたな?それがどの様な意味か承知の上での狼藉だな?」

 

ーーーーキャロル・マールス・ディーンハイムは数百年を生きる錬金術師であるーーーー

数百年と言う膨大な時間で積み重ねられた錬金術。

人間と言う限られた生命では辿り着けないそれを身に付けた少女は、その片鱗を見せつけるかのように展開していく。

そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつにはまだまだ教える事が山程あるんだ、返してもらうぞーーーオレの弟子をッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

戦闘(一方的な殺戮)を始めるのであった

 



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第26話

アンケート200近く協力ありがとうございます!
とりあえず明後日ぐらいまでは続けるつもりですが、多くの協力に大変感謝してます!
ひとまずの方針としてはXVまでを目指すつもりで頑張らせて頂きます!
そして一番投票が多かったので今後も頑張ってなるべく速く続きを書いていきますので応援してくれると嬉しい限りです!
長々と失礼しました、では本編の方をどうぞ


歌が聞こえる。

招かれるように歌が聞こえる。

 

 

こっちだよ

 

もうすぐだよ

 

速く速く

 

誘いの声は優しく、招かれる足は軽い。

歓迎するように、パーティーの主催を出迎えるように、優しい歓迎の声が聞こえる。

 

鏡が見える。

どこか見覚えのある鏡。

どこだっけ?………嗚呼、駄目だ思い出せない

けど何でだろう。

あの鏡を見ているとーーー無性に懐かしい想いが胸を包む。

 

「ーーーー」

 

鏡に手を伸ばす。

自然と、そうしなければいけないと思えたから伸ばす。

迷いや躊躇もなく、ただ伸ばしーーーーそして、触れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を満たすのは炎

崩れ落ち崩壊する建物の中で少女は思う

私、守れたのかな?

大事な人を、大事な世界を、守れたのかな?

流れる血液、ボロボロの身体、きっと私はもう長くはない。

崩壊する建物に巻き込まれて死ぬか、炎に呑まれて死ぬか、身体が限界を迎えて死ぬか。

どれにせよ救いなんてもうないだろう。

 

「ーーー!ーーー!!」

 

遠くでマリア姉さんが呼んでる。

答えてあげたい、救いが無いとしてもせめて何か言葉を残してあげたい。

けどごめんなさい。

もう口もまともに動かす事が出来ません。

 

「(………きっと落ち込むだろうなぁ)」

 

マリア姉さん、私にとってとても大事な人。

優しくて、綺麗で、私が大好きなマリア姉さん

ずっと一緒に居られるんだって思っていた。

施設での生活は辛かったけど、マリア姉さんがいたから頑張れた。

マリア姉さんがいたから、今日まで生きてこれた。

 

「(………泣いちゃうんだろうなぁ)」

 

マリア姉さんああ見えて泣き虫さんだからきっと………て、あれ?

頬を伝う涙に、先に泣いちゃいましたね……と自虐する。

 

段々と意識が薄れていくのを実感する。

消えていく意識とそれに合わせるように消えていく痛み。

死ぬってこんな風なんだ、とどこかぼんやりと思う。

 

「(………………ないなぁ)」

 

死を前にして少女は願う、願ってしまう。

それは人としては当たり前で、誰だって願ってしまう、願い。

大好きな人の為、世界の為とその身を犠牲にした少女の、最後の願い。

 

 

 

 

 

 

 

「(………死にたく………ないなぁ………)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿弟子ッ!!!!」

 

聞き慣れた叫び声と共に世界が反転する。

炎は消え去り、建物は見慣れたシャトーに戻っている。

そして、少女の手を掴むのはーーー

 

「………師匠?」

 

そこにいたのはキャロル。

迫る黒い手に錬金術を放ちながらその手は少女を力強く握り締めている。

 

「やっと戻ってきたようですねッ!」

 

「派手に心配させてくれたものだッ!」

 

「大丈夫かー?心配したんだゾ!」

 

「あたしは心配なんてしてませんけどねー!!」

 

その周囲ではオートスコアラーがそれぞれの特性、武器を最大限活用しながら黒い手の迎撃を行っている。

アルカ・ノイズもまた解剖器官を展開し、奮戦しているのも見えた。

しかし部屋全体から溢れるように出現する黒い手は勢いを増し、迎撃の手が追い付いていない。

 

「え?え?」

 

状況が理解できないのか困惑するように揺れ動く視線。

それをキャロルが手で自分へと向けるように動かす。

 

「いいかよく聞け!!あの鏡に攻撃をやめるように命じろ!!鏡にお前が主であると知らしめるんだ!!」

 

「え?え?鏡にって………え?あの………どういう………」

 

「いいからやれッ!!お前なら………いや、お前にしか出来ない事だッ!!」

 

状況は理解できない。

されど、師匠の言葉に少女は従い鏡の元へと駆ける。

それを阻止せんと濁流が如く溢れる黒い手が少女に襲い掛かるがーーー

 

「させるかッ!!」

 

轟音と共に吹き飛ぶ黒い手。

キャロルが放った一撃は鏡へと続く道を作り上げ、少女はその道を駆ける。

キャロルから逃れた黒い手が周囲から阻止せんと更に迫るが、それを阻むはーーー四人の人形達。

 

「邪魔すると許さないんだゾ!!」

 

「地味な役回りだが任せて行け!!」

 

「あの子の邪魔はさせません!!」

 

「全くもう!こんなのあたしのキャラじゃないってのに!!速く行きなさいなッ!!」

 

立ち塞がる四人の人形達が迫る黒い手を阻む。

炎が、硬貨が、剣が、水が、少女の道を守護する。

 

「ありがとうございますッ!」

 

律儀にお礼を叫びながら少女は駆け、鏡に辿り着く。

滲み出る《何か》を溢れさせながら目前に立つ鏡に、身体が震える。

去れ、言葉なくそう言われているような奇妙な感覚が全身を襲うが、少女は勇気を振り絞るかのようにゆっくりと鏡に手を伸ばす。

しかしそれを許さないと言わないばかりに四人のオートスコアラー、そしてキャロルさえも抜いて迫るのは、黒い手。

 

「馬鹿弟子ッ!!」

 

キャロルが吠えるが、既に遅い。

黒い手が少女へと迫る。

殺すつもりはないのだろう、その形状はキャロル達に向けられた残虐な形ではなく通常の手ではある。

されどあれに捕まれば少女の動きが封じられる。

そうなればもはや、鏡を止められる人物はいなくなってしまう。

だがそれを防ぐ事が出来る人はこの場にはいない。

少女に迫る黒い手、ただ眺める事しか出来ない己に怒りさえ混み上がりながら、もう一度吠えようとしてーーーー気付く。

 

黒い手の動きが、止まった。

まるで時間が静止するように、時の歯車が止まったように動きを止めた黒い手は、ゆっくり、ゆっくりと消えていく。

砂のように散っていくそれをただ眺めながら、キャロルは事態の終息を察して安堵のため息を吐いた。

 

「ーーー師匠」

 

少女が振り替える。

そこにあった鏡は今や少女の手に収まる程に小さな鏡となり、少女の手に握られている。

《ファウストローブ ニトクリスの鏡》

完成に至り、されど暴走したそれは今や与えられる予定だった持ち主の手に渡った。

 

「………私、師匠に言わないといけない事があります」

 

少女の真剣な表情にキャロルは察する。

少女と鏡、互いに惹かれ合い、接触してしまった今ならば………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私、自分の名前を思い出しました」

 

 

 

 

 

 

 

きっと取り戻してしまう、と。

 




やっと少女から解放される………何回名前を書き込む失敗をしてしまったか………


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第27話

ニトクリスの鏡の詳しい情報(そこまでじゃあないけど)とか書いた方が良いのかな?


事態の終息からはや数時間。

荒れ果てた部屋の掃除を命じられたガリィとミカ、そしてそれを哀れに思ったレイアとファラが手伝いへと赴き、少女の私室に残ったのは、キャロルと少女のみ。

 

「………これが思い出せた全てです」

 

少女ーーー否、《セレナ》が思い出した内容を聞き終えたキャロルは考える。

セレナが思い出したと言う記憶は………さながら穴だらけのパズルと言った所だろう。

名前を思い出したとは言うが、覚えているのはフルネームではなく《セレナ》と言う名前だけ。

誰か大事な人がいた気がすると言うが、それが誰であるのかまでは不明。

どこかの建物で生活をしていた記憶は僅かにあるが、そこがどこで誰と暮らしていたかまでは分からない。

 

「(曖昧な記憶の回復………あり得るとすれば原因はあれか)」

 

未だに少女の手に握られているファウストローブとして改造されたニトクリスの鏡。

キャロルが製作したそれは既存のファウストローブとは異なる性質を保有している。

基礎システムにシンフォギアの技術が利用されているのだ。

櫻井理論からシンフォギア開発へと至る道は困難であるが、シンフォギアと言う実物がある以上、ある程度ではあるがその構造の解析は可能であり、キャロルはこれを解析してみせた。

そして解明された技術のほとんどを流用して開発されたのがこのファウストローブである。

 

そんなファウストローブに施された仕掛けの1つが膨大なロック機能。

億を越える数のロック機能は使用者の実力やバトルスタイル、多種多様の条件によって解放されていくのだが、キャロルはこれを鏡の暴走防止の為に利用している。

考えられるとすればそのロック機能が少女の記憶の再生を妨害しているのだろう。

その証拠にニトクリスの鏡は少女の手にあるが、更なる記憶が呼び起こされる様子はない。

 

「(鏡の暴走を防ぐ為の機能が仇となったわけだ……)」

 

しかしある意味良かったのかもしれない。

記憶の完全復元……オレの推測が的中しているのであればそれは………

 

「………あの師匠?」

 

「ん、ああ、すまない考え事をしていた」

 

ひとまずの状況は理解した。

ニトクリスの鏡の暴走は予定外でこそあったが、事なきを得たし、鏡も予定通り少女の………いや、セレナの手に渡った。

それに僅かしかではないが、記憶も戻っている。

………潮時やもしれぬな。

 

「それでだ、お前これからどうする?」

 

「………どう、とは?」

 

「僅かとは言え記憶が、お前の過去に繋がる物が思い出せたんだ。それを追い掛ける事も今のお前ならば可能だ。

………もしもお前が追い掛けると言うのであればオレは全面的に支援してやる、だから………」

 

ここを出ても良いんだぞ、そう続けようとした言葉が僅かに詰まる。

キャロルとて既に決めていた事だ。

彼女がシャトーに残り続ければ嫌でも計画の存在に気付かれる。

その時に見せるこいつの顔を見たくない、そう思っての判断と言うのに、いざその時を迎えれば躊躇する自身にまるでガキみたいだなと自虐する。

 

「………はぁ」

 

これは決まっていた事、後々はしなければならないと決めていた事。

迷うな、言えと己を鼓舞して再度口を開こうとしてーーー

 

 

 

 

「私は………此処に残ります」

 

 

 

 

少女が紡いだのはキャロルの求める答えとは逆の、されど本心では望んでいた言葉。

どうして、とキャロルが小声で呟く。

過去へと繋がるきっかけを取り戻せたのだ、そこからキャロルが得ている情報を与えれば彼女はきっとかつての過去を取り戻せる。

なのに、何故?

 

「………私が名前を、記憶をほんの少しですけれど思い出せたのはきっとこの鏡のおかげですよね?

師匠が忙しい中で作ってくれたこのファウストローブのおかげで私は過去のきっかけを得る事が出来ました。

ですから………今度はそのお礼をしたいんです」

 

「礼だと………?そんな物気にする事はーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、師匠がなにをしようとしているのか知ってます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそキャロルは思考を完全に停止させる程に驚愕し、そして信じられないと言いたげにセレナを見る。

何故?どこから?

セレナに与えられた知識には、彼女が見える範囲には計画へ繋がる証拠は一切無かったはずだと。

ーーーそこまで考えて浮かんだのは1つの可能性。

 

「………お察しの通りです」

 

セレナが取り出したのは………プレラーティから貰ったかえるのぬいぐるみ。

その口の中から取り出されたのは、一枚の手紙。

 

「此処に師匠がしようとしている計画について、ある程度の範囲ですけれど書き記されていました。

その最後にこれをどうするかはお前が決めろ、とも」

 

あのくそじじぃめ!!

汲み上げる怒りを抑えながらキャロルは俯きーーー恐れた。

師匠と仰ぐ人物が成そうとしている計画、それを知ったこいつの顔を見るのが怖いとまるで童のように恐れた。

普段のキャロルであれば計画を知られた時点で口封じをするしかないと思うだろう。

されどその相手が自らが育ててきた弟子となると、その考えさえ浮かばない。

 

「………それで?お前はそいつをどうするつもりだ。

オレを止めるか?そいつだけは例えお前だとしても絶対に………」

 

口から出るのは虚栄心。

必死に体裁を保ちながら口にするその言葉は僅かに揺れる。

それだけの恐怖に耐えながら紡がれる言葉。

されどもーーー

 

 

 

 

 

 

「いえ、私は師匠に協力します」

 

 

 

 

 

 

少女から出たのは、賛同の声。

は?思わず出た言葉は自らさえも出した事がないと自覚出来る程に呆けた物。

そんな声を出しながら顔を上げたキャロルを、暖かい何かが包む。

それがセレナの抱擁だと気付くのに、さほど時間は必要としなかった。

 

「………本音を言うと、師匠の計画を知った時はどうにか思い止まってもらおうってずっと思ってました」

 

セレナと言う少女は優しい人間だ。

心優しく、困っている人がいれば手を差し出す、そう言う人間だ。

だから計画を知った彼女がそう考えるのは当たり前だろう。

ならばどうして………?

 

「……実はですね、師匠の過去についてガリィさんから聞いちゃったんです」

 

ガリィが………?

いくらあいつとは言えオレに無断でそんな事を?

 

「それが師匠にとって辛い過去だと理解してます、けど………お父さんが残した命題はきっと師匠にとって大事な物なんですよね?」

 

「………ああ、そうだ。父からの命題、それを果たす事こそがオレの全てだ」

 

セレナは思う。

キャロルの父親が求めた答えはそれではないと。

もっと優しい答えが解答だと、セレナは思う。

だが、それをキャロルは決して受け入れないだろう。

それどころか答えを受け入れたら、きっとキャロルは計画の為に犠牲にして来た過去の重みに耐えきれずに………

だからセレナは彼女に協力する。

自分だけでは彼女を救えない、だれか彼女を救う事が出来る人物が現れるまで、彼女を支えたい。

そう思ったから………

 

「………だったらその為に私を使ってください」

 

彼女は進んで道を踏み外そう。

その先に待つのが良くない答えだとしても………

 



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393誕生日

イエーイ


「と言うわけで~未来の誕生日でーす!!」

 

立花響の明るい言葉と共に小日向未来の誕生日パーティーが開始を告げる。

場所はまたまたシャトー内部。

アルカ・ノイズ達が1日で仕上げたパーティー会場は中々に立派。

その舞台裏で疲れ果て、白く燃え尽きる彼らの努力こそがある意味彼らからの未来への誕生日プレゼントでしょう。

あ、前回同様実況は私武士ノイズ(実況特化型)がお送りします。

え?私は燃え尽きていないのか?

そりゃ私の仕事は実況で力仕事は別の担当ですから

 

「ありがとね響、それにみんなも」

 

《本日の主役はお前》と書かれたたすきを身に纏ったご満悦な未来さん。

そんなご満悦393に近寄るのは我らが主人公であるマスター、セレナ。

 

「おめでとう未来お姉さん、ほら師匠も」

 

マスターに引かれるようにして姿を見せたのはマスターのマスター、であるキャロルちゃん。

だがどことなーく不満そうな表情ですね。

 

「いや、素直に誕生日は嬉しい事ではある。

それを祝うのもやぶさかではない。

だが………だがだ!何故また此処でやる!

お前達シャトーをパーティー会場か何かと勘違いしているのではないか!?」

 

「え~、だってこれだけの人数が入れてお祝い出来る場所って言われたら………ねぇ」

 

「普通にお前達の本拠地でも良いじゃないかッ!!

無印の頃とか本拠地でパーティーとかやってたろ!!」

 

「いや、あれは基地で今は潜水艦だから」

 

「関係あるか!知ってるぞあの潜水艦かなり広いだろ!!

ステルス性能本当にあるのか疑うレベルででかいだろ!!

あっちでやれあっちで!!」

 

まあまあマスターのマスター、どうどう。

 

「人を馬みたいに諭すな!!」

 

落ち着いて落ち着いて………ここまで用意しちゃったんですし、もう仕方ないでしょう。

ほら次からはあっちでやってもらいましょうよ、ね?

 

「………今回が最後だぞ?いいな!!」

 

はい、それじゃマスターのマスターの許可を貰えたのでパーティー再開です。

 

「小日向誕生日おめでとう、つまらない物だが受け取ってほしい」

 

「先輩に先越されちまったけど、ほらプレゼントだ」

 

「わぁ!ありがとうございます翼さん!クリスもありがとうね!」

 

「私達からも」

 

「プレゼントデース!」

 

「二人もありがとうね!」

 

「私からも、気に入って貰えると嬉しいのだけれど」

 

「うわー綺麗なイヤリング………マリアさんもありがとうございます!大事にしますね」

 

………んー、なんかあれですねー

無難な誕生日と言いますか………これと言った変わり種がないと言いますか………

 

「お前は誕生日に何を求めているんだ………」

 

いやーあれですよ

もうちょっと刺激が欲しいと言いますか………ねぇ

 

「誕生日なんてこんな物だろう、そもそも誕生日に刺激など求めてもそう簡単には………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッス、我シェム・ハ、祝いに来てやったぞ」

 

来ましたよ刺激

 

「待て待て待て待て待てッ!!お前まだ先の先の先だろう!!ここで出てきたら色々と崩壊するし、そもそも何故此処にいる!?いやそもそもどうやってきた!?お前の依り代あそこにいるのに!?」

 

「この時空ならば自由にしてよいと許可を貰ったのでな(チキンもぐもぐ)」

 

「誰にッ!?」

 

「偉い人に」

 

そっかー偉い人に許可貰ったんなら仕方ないですねー

 

「偉い人って誰だ!?いや、だからお前がいては色々とだな!?」

 

「大丈夫、我はオンオフが出来る優れた女、かなり先だが本編登場が来た時はキチンとやるので安心しろ(ピザもぐもぐ)」

 

「口の回りを油とチーズでべたべたにしてる奴の言葉をどう信じろと………ッ」

 

まあまあ、ここはそう言う場所なので大丈夫ですよ。

あ、シェム・ハさんあまり肉ばかりではあれなので此方のサラダを………

 

「いらん、我はそれを好まん(ケーキもぐもぐ)」

 

健康に悪い食生活ですねー

まあとりあえず祝いに来たんですからお祝いの言葉をお願いしますよ。

 

「む?嗚呼そうだったなーーーおい」

 

「ん?って………あれ!?わ、私!?いや、けどどこか違うような………けどやっぱり私だ!!あれどういう事!?」

 

「そこら辺は気にするな、説明がメンドイ」

 

えー、まあ説明したらしたらで大変なんですけどねー

 

「ふむ、我からの貴重な祝いの言葉だ。

その重みに感謝しながら傾聴するが良い」

 

「あ、じゃあ私達も一緒に!!せーの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日おめでとう!!

 

 

 

 

 




393の出番はGがメインかなー?


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第28話

セレナは自室で疲れて眠る師匠を置いて1人部屋を後にする。

師匠も最近の働きすぎと今日の騒動にと色々とあって疲れたのだろう。

その眠りは深くよほどでなければ起きないであろう。

だから、ちょうど良いと思った。

 

「ガリィさん、そこにいますね?」

 

通路の奥、人の気配さえ感じない通路に響くセレナの声。

声に答える者はおらず、なれどセレナの眼は一点を捉えたまま揺らがない。

そして―――

 

「…はぁ…はいはい降参降参、なんでわかるのかしら?」

 

セレナの視線の先が揺らぎ、姿を現したのは掃除を命じられていたはずのガリィの姿。

その周りにあるのは水。

視界を水で歪ませてあたかもそこに存在しないように見せるガリィが得意とする手法の1つである。

 

「何となく…ですけどね。ガリィさんとの付き合いも長いですから」

 

「ええ、本当に長い付き合いよねぇ?けど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だわ、此処で終わるのだもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリィが向けた氷の刃がセレナの首筋に突き付けられる。

僅かに皮膚を切り裂いたのだろう、氷に赤い血液が流れる。

氷を伝う赤い血液は静かに流れ落ち、廊下に小さな血溜まりを作る。

されどセレナは動かずにただガリィを見つめていた。

 

「…さっきのマスターとの会話盗み聞きさせてもらったわ」

 

「ですよね。これもまた何となくだけど予想が出来てました」

 

一触即発、ガリィが僅かにでも手を動かせばセレナの首が床を転がっても可笑しくない緊迫した状態が続く。

ガリィとてこの様な事を仕出かすつもりなどなかった。

セレナの事が気になったのでちょちょいと潜入し、話の様子を見て何時もの様にからかってやろうとつい先ほどまでは思っていた。

だが…セレナが口にした内容はそんな予定を滅茶苦茶にした。

 

「あんた、さっきマスターにあたしがマスターの過去を話したって言ったわよね?……聞かせてもらえるかしら。それは≪何時の話≫?」

 

こいつが語ったマスターの過去。

それを知るのはマスターに知識と記憶を与えられているオートスコアラーである自分達とマスター自身、そして記憶をコピーされているエルフナインだけである。

それを少女は語って見せた、マスターの全てである御父上の命題の事を語って見せた。

知るはずのないそれを、だ。

彼女はあたしが話したと言うが、とんでもない。

話した覚えも、話すつもりもなかったそれを知っている。

それは、ガリィが刃を突きつけるに至る理由となった。

 

「……あたしはね、自分でもちょっとどうかなー?って思うぐらい性格悪いわよ。マスターの嫌がる顔とか困ってる顔とか大好きだし、ちょっかいかけたりすると面白いって思うくらいは性根が腐ってるわ。でもね、そんなあたしでも望んでいるのはマスターの為……マスターの力になる事。その為にこの身を犠牲にする覚悟だってとうの昔に出来てる。それがあたしの製造理由だもの、そこに疑問も違和感もくそもないわ」

 

セレナは答えない。

沈黙を保ったままガリィに向けられた刃を首筋に突き付けられたまま、ガリィの言葉を聞き続ける。

 

「…正直言えばあんたの事も多少は信頼してる。最近のマスター、あんたと出会ってから本当に明るい顔を見せてくれるようになったわ。以前までだと想像も出来ないくらいに……だから、あたしはここではっきりさせておきたいの」

 

 

「あんたはマスターの味方なの?それとも―――マスターの敵なの?」

 

 

答えは二択。

それ以外は許さないと言わんばかりに突き付けられた氷の刃が僅かに深く突き刺さる。

首から溢れる血液、感じる痛み。

されどセレナはそれを表情に現す事なく―――答えた。

 

「……今から話す内容は絶対他言無用でお願いします。もしもそれが駄目ならどうぞ、その刃で私を斬ってください」

 

突き付けられた条件にガリィは眉を潜める。

条件を提示出来る状況ではないと理解しているだろうに、それでも提示する…否、しなければならない程の情報を彼女は持っている。

ガリィは考える。

提示された条件はあくまで他言無用。

それさえ許容するのであれば得られる情報と、この場で彼女を斬り殺した場合のマスターの精神的負担。

どちらを取るかは、明白だった。

 

「……分かったわ、その条件を聞き入れてあげる。

ただしその内容がマスターの害になると判断した場合は約束を守れないと付け足しておくわ」

 

「…構いません、でしたら―――お話します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………信じられない、が本音かしらね」

 

セレナの会話を聞き終えたガリィが呟いたのはそんな言葉。

彼女が語って見せたその内容はガリィの…いや、世間一般で言えば信じろと言う方が難しい内容ではある。

だが、それならば説明がついた。

彼女がマスターの過去を知っているのも、マスターの計画を知っているのも、納得はできる。

それが嘘である可能性もあるにはあるが……

 

「信じられないと言われたらそこまでなんですけどね…

けどガリィさん、これだけは約束します」

 

 

 

「私は師匠の味方です、絶対に」

 

 

 

セレナの眼を見据えたガリィ。

ガリィの眼を見据えたセレナ。

2人の間に流れた時間は1分少し、なれど体験する2人にとっては永遠に続くのではないかと思う位に長い時間。

そんな時間の果てに……ガリィは刃を降ろした。

 

「…疑いが晴れたってわけじゃあないわ。

何か変な事したらあたしがあんたを始末する、その条件でなら見逃してやるわよ」

 

「…分かりました。無いとは思いますけど、その時が来たらバッサリとお願いしますね」

 

可愛くない子ね~といつもの調子に戻ったガリィはくるくると回転しながら、少女の周りを滑る様に回る。

くるくると、回る。

見せつける様に、自らの存在を示す様に、回る。

 

「あんたとの約束も守ってあげるわ。

さっきあんたから聞いた内容はガリィの胸だけに閉まっておいてあげる。

だから、さっさとマスターの所に戻ってあげなさいな。

そろそろ目を覚ますんじゃないの?」

 

指摘され、時計を確認すればそこそこの時間が経過していた。

師匠であるキャロルは基本的に睡眠時間が短い。

なので起きていても可笑しくはないな、と教えてくれたガリィに感謝しようと視線を向けるが…そこに姿はもうなかった。

 

「……ふう」

 

緊張感から解放され、一息つく。

首結構痛かったなと触れようとして、首から流れる血液が止まっている事に気付く。

触れてみればそこにはガーゼの感触。

何時の間に…と驚かされるが、処置してくれた相手は1人しかいない。

 

「……ガリィさんらしいですね」

 

手当に感謝しながらセレナは今後を考える。

事情を話すべき唯一の相手として選んでいたガリィとはとりあえずでこそあるが事情を知る共有関係となった。

キャロルについた嘘、それが判明するとなればガリィの口からしかないと思っていたセレナにとってこの共有関係は助かる。

失った信頼はこれから努力して取り戻せばいい、時間はあるのだから…

 

しかし、とセレナは先ほど自身の口で話した内容を思い返す。

―――何とも嘘っぽい話であろうか。

これを一応の形でこそあるが聞き入れたガリィには感謝しかないだろう。

 

「けど、それが事実ですからどうしようもないんですよね…」

 

部屋へと戻る通路を歩きながら、セレナが取り出すのは一枚の手紙。

プレラーティが計画を書き記した――――とされた手紙。

それを開くが、中には何も書き記されてなどいない真っ白な白紙しかなかった。

 

「…今度プレラーティさんにも謝らないと」

 

まるで証拠を隠滅するかのようにバラバラに引き裂き、手紙だったそれを懐に戻しながら、その視線は―――真横を向いていた。

 

「…貴方はいったい誰なんでしょうか……」

 

セレナの視線の先、他の人が見れば何もないその空間。

なれど彼女の眼にだけは見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――」

 

 

 

 

 

 

言葉なく揺れながら存在する、人の形をした黒いもや。

セレナに言葉なく計画を、そしてそれに至る原因となった全てを教えてくれたもやにぶつけた疑問を、答える者はいなかった。



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第29話

本当は2つに分けるつもりだったんですけど、短いかなって
後最近知ったんだけどアガートラムじゃなくてアガートラームだったんですね…
修正しなきゃ…


「はぁ………」

 

ため息は幸せが逃げると昔誰かが言っていたななぁとぼんやりとした思考で考えながらカレンダーを見つめる。

あれから数日、セレナの日常は変化なく続いている。

強いて言えばの変化としてあの黒いもやの存在が挙がるが、どうもあの黒いもやは四六時中側にいるわけではないらしい。

基本的にはセレナが会いたいと願った時だけ姿を見せると言った感じだ。

おまけにその姿を見ていても不思議と嫌悪感や抵抗はない。

なのでさほど気にならない、と言うのがセレナの本音である。

そんな感じで特に何も変化が起きていないいつもの日常を過ごしているセレナだが、彼女はその日常の中で悩んでいた。

 

「(私師匠に協力するって言ったはずなんだけど………こんなに変化が無くて良いのかなぁ?)」

 

ずずっと緑茶をすすりながらここ数日の行動を振り替える。

 

朝起きたら朝食の支度をして師匠と(たまにエルフナインさんも)食事をして、片付けをしてからどちらかに錬金術の指導をお願いし、昼になると昼食。

昼からはその日によって違うが、基本的には掃除をしてからアルカ・ノイズの研究、開発か暇そうな誰か(大抵ミカさん)と鍛錬、または買い出し。

………ああ、最近はニトクリスの鏡についての調査もしてますね。

それで夕方になったら夕食、それで後片付けしてから入浴(シャトーのお風呂はビックリするほど豪華です)

後は次の日の食事の下拵えをしてからお布団に入って睡眠…って………

 

「これじゃあ主婦の日常じゃあないですかッ!!」

 

今更気づいたかのように叫ぶセレナの後ろで掃除をするアルカ・ノイズ達は口にこそしなかったが全個体が同じ言葉を思い浮かべる。

いや、気付けよと。

 

「いけません………このままじゃいけない気がします………ッ!」

 

セレナとしては忙しい師匠達の力になりたいと家事を引き受けてきた。

だがそれはあくまで計画を知らず、何も力が無かった少女でしかなかった頃の話。

今は違う、計画を知り、それに協力をすると誓った今のセレナは思う。

このままではいけない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なに?」

 

キャロルは困惑していた。

突如部屋に来訪してきたセレナが部屋に入ると同時にーー

 

「私にも何か役目をくださいッ!!」

 

まさかの仕事要求を突き付けてきたのであった。

 

「…いきなり来てなにかと思えば………そもそもだ!オレはお前が計画に参加するのを認めた覚えはない!!」

 

「え!?あ、いや……そ、そうですけど!!けど私は決めたんです!!師匠の力になるって!!」

 

セレナの言葉に嘘はない。

キャロルの力になりたい、そう心の底から願っている。

ただ、その願いはキャロルの想像するそれとは異なるわけだが………

 

「(ここで師匠に計画から外されたままだと………!)」

 

あの黒いもやが教えてくれたキャロルの計画は決して全て判明しているわけではない。

黒いもやが知っていたのは計画の一部分と、キャロルがこの計画を企てる原因となった過去についてのみ。

それを纏めるとこんな感じになる。

 

1、師匠はシャトーの本来の機能であるワールドデストラクターを使って世界を分解しようとしている

2、ただしシャトー自体はまだ未完成、完成に至るまでに必要な要素が欠けている為

3、必要な要素の1つとしてシンフォギアの存在は必須、されどそれをどう扱うのかまでは不明

4、キャロルが計画を実行しようとしているのは父親の最後の言葉《世界を知れ》の解答を誤っているから

 

セレナとしてはキャロルの計画に協力し、その実態を解明。

それを何とか阻止しながらどうにかキャロルに父親からの答えを再度考え直してもらいたいと願っている。

だが、きっとそれが出来るのは自分ではない。

キャロルを止める事が出来るのは、その役割を担うのは他の誰かだろう。

だからセレナはその誰かが現れるまでの繋ぎでしかないと自覚している。

 

「(………本当は)」

 

叶うのであればこの手で師匠を止めたい。

師匠を止めて、それまでとは違う別の人生を歩ませてあげたい。

だけど、それは私だけではきっと無理な話なのだ。

私の言葉だけではきっと師匠には届かないと他の誰でもない私自身が理解しているから。

だからこそーーー

 

「お願いします!私は………私は師匠の力になりたいんですッ!!」

 

セレナは吠える。

込められて想いを言葉に変えて、吠える。

………それが届いたのかどうかは分からない。

だけれども………

 

「………計画への参加については考慮してやる、今はそれで我慢しろ」

 

キャロルから漏れたその言葉はセレナの目標へと確かに近づいたのであった。

 

 

 

 

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鍛錬場にて向き合うは二人。

ニヤニヤと楽しそうに笑みを浮かべながら頭に浮かぶ3つの風船を揺らしながら待ち受けるミカ。

対するはアガートラームを身に付けず、その手にはニトクリスの鏡を握ったセレナの姿。

 

「くふふ、楽しみだゾ!」

 

「…お手柔らかにお願いしますね」

 

あの日以来、セレナはファウストローブであるニトクリスの鏡の性能について調べた。

師匠であるキャロルが施したシンフォギアシステムを解明して取り付けたロック機能に阻まれ完全な調査は出来なかったが、それでも解明出来る範囲を調査し、その機能を理解した。

今日はその性能を初めて実戦にて試す日であった。

 

「………ふぅ」

 

自身を落ち着かせるように深く深呼吸をする。

ニトクリスの鏡、性能を知れば知るほどに背筋に冷たい何かを感じさせるセレナが持つアガートラームとは違うもう1つの力。

使わずに済めばそれで良い。

だが、今後キャロルの計画に協力する以上は戦闘があり得るやもしれない。

その時に備えて使える手段は1つでも増やしておきたい。

だから―――

 

「――行きますッ!!」

 

鏡を空に掲げる。

シンフォギアとは違い聖詠は必要としないファウストローブは要請されたプロセスを実行する。

空に掲げられた鏡から降り注ぐは―――≪黒≫

黒い何かがセレナへと降り注ぎ、その幼い身体を染めていき、球体へと変貌する。

セレナを包んだ黒は幾度か鼓動し、そして崩れ落ちていく。

 

―――崩れ落ちた球体の中から現れたセレナの身体を包むのは黒い装束。

アガートラームの白と対になるほどに黒い軽装姿で現れたセレナは軽く呼吸をすると拳を動かす。

 

「…一応は成功、ですね」

 

ファウストローブの展開に成功したのかを確かめるように手足を軽く動かし、成功している事に安堵する様に息を吐く。

アガートラームの時とは違い、胸にこみ上げる歌はない。

だが、まるでその代わりと言わんばかりにこみ上げてくるのは戦闘方法、そして―――破壊衝動。

キャロルが施したロック機能のおかげか十分に耐えられるが、込み上げてくるそれは気持ち悪さを感じざるを得ないだろう。

それを耐える様に気合を入れ、律義に待ってくれているミカへと向かう。

 

「もういいのか~?あたしは全然待ってるんだゾ?」

 

「大丈夫です!ミカさん今日も鍛錬、お願いします!」

 

そっか~それなら、と終始笑顔のミカの顔が―――瞬時に顔面へと迫った。

 

「――ッ!!」

 

距離は3~5m、その間を即座に埋めてみせたミカの機動力には何回も驚かされてしまう。

はははッ!!と笑い声と共に突き出されるミカの攻撃を何とか躱し、距離を取らねばと攻撃しようとし、生成したのは二本の剣。

掛け声と共にミカへと一撃が振るわれるが、ミカはそれを受け止める様に拳を突き出す。

剣と拳、言葉だけ聞けばどちらが勝つのかは明白だが、その実態は拳の圧勝。

ミカの一撃を受けた二振りの剣は粉々に散り、辺り一面へと散らばった。

 

「ん~?その武器脆すぎるゾ?」

 

ですね、そう答えるセレナの手には既に次の剣が握られている。

あの一瞬で武器の生成をし直した事に僅かに驚きを見せながら、ミカは今度はカーボンロッドを射出し遠距離を試す。

迫るカーボンロッドに対してセレナは剣を放棄し、その手に握るのは銃。

 

炸裂音と共に弾丸を放つそれはカーボンロッドを迎撃しようとしたのだろう。

だが迫るカーボンロッドに対してその迎撃は余りにも貧弱。

カーボンロッドと接触した弾丸は粉々に散らばり、カーボンロッドは僅かに狙いをずらされ、セレナの傍へと落ちていく。

 

「(む~)」

 

その状況を見ながらミカとしてはもやもやとした複雑な気持ちであった。

マスターであるキャロルによって製作されたファウストローブ ニトクリスの鑑。

その実力にミカは期待していたのだが…はっきり言って微妙。

破壊した剣の即座の生成、それに銃への切り替え。

恐らくあのファウストローブの特性は無尽蔵の武器の生成、と言った所だろうか。

やろうと思えば槍や斧、弓等と言った様々なバリエーションが可能であると予想出来るが……

これならばアガートラームの方が全然戦闘能力が高いだろう。

 

「(まだまだ隠してる機能があるかもしれないけど…つまらないんだゾ……)」

 

ミカとしてはもっと激しい戦闘を望んでいたのだが…まあ仕方ないかと割り切る。

あの武器の耐久力ならば接近戦に持ち込めばすぐに勝てちゃうんだゾ、と早く終わらせていつものアガートラームでの鍛錬に変えてもらおうとして――――

 

背後から迫る≪それ≫に気付いた。

 

「――――ッ!!」

 

ここで咄嗟的に回避行動を取る選択を選んだのは流石は戦闘特化型のミカだろう。

つい先ほどまでミカがいた場所に降り注ぐ≪それ≫はほんの数日前に見た物と同一。

 

≪黒い手≫がそこにいた。

 

「―――くふふ」

 

ミカとしてはその可能性は十分に考慮していた。

ニトクリスの鑑暴走事件の際に出現した黒い手、あれはきっとファウストローブの機能としても十分にあり得ると。

だが鍛錬場には反射する品なんてない、ならば使いたくても使えないのでは?と考えていた。

しかし現に黒い手は出現している。

いったいどこから…と周囲を探り、そして…気づく。

地面に散らばる≪それ≫に気付く。

 

「…あは…ははは…」

 

黒い手が生み出されていたのは、地面に散らばる武器の破片達。

散らばる破片から伸びる黒い手を前にミカはセレナの行動の真意を知った。

武器による攻撃、迎撃は全て偽装(フェイク)

黒い手を呼び出すのに必須な反射物を作る為に意図的に壊させていた事に―――

 

ミカに迫る黒い手。

そのパワーと拘束力は凄まじく、捕まりでもすれば幾らミカと言えそう簡単には逃れられないだろう。

だが、不意打ちで捕まったあの時は違い、今回は真正面からの攻撃。

正面同士の戦闘において――――

 

「あはははははッ!!!!」

 

ミカが負ける理由などない。

 

 




ファウストローブセレナVS想い出満タンミカ
……あれ?これセレナ勝ち目ない?


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第30話

濁流が如く押し寄せる黒い手を前に、ミカの余裕は崩れない。

笑顔のまま放たれるカーボンロッドは迫る黒い手を打ち消していき、それでもなお突破してきた黒い手をミカの接近戦闘がなぎ倒す。

以前であれば想い出の残量を気にして戦闘しなければならないミカであったが、今はその心配をする理由が無い。

そんなミカの前では黒い手の存在は驚きこそすれども、倒せない敵ではなかった。

 

「これで終わりなのか?もっと楽しませるんだゾ!!」

 

ミカが吠える。

沸き上がる感情に身を任せるように吠えながら、黒い手を掴んで地面に叩き付けた。

楽しくなってきた、そう実感しながら周囲を見渡して――

 

「…?」

 

疑問を抱いた。

視界一杯に広がるのは黒い手。

その中に―――セレナの姿が無い。

 

「…くふふ」

 

この状況で姿を暗ます、そこから推測できる可能性は1つ。

 

「―――そこだゾ!!!!」

 

オートスコアラーだからこそ出来る無理な身体の動かし方で両手を突き出したのは――真上。

何時の間にそこにいたのだろう、上空から降下するように姿を見せたセレナの手に握る銃口は、ミカの風船を狙い定めている。

後はトリガーを引けばセレナの勝ちであったが、想像よりも早くミカはセレナの奇襲に気付いてしまった。

 

「(間に合え―――!!)」

 

トリガーを引いて放たれる弾丸、同時に放たれるカーボンロッド。

同時に放たれたそれはお互いの狙いへと向かい、そして―――

 

パンッと乾いた破裂音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行けるかなって思ったんですけどね」

 

「楽しかったんだゾ!!もう一回やるんだゾ!!」

 

身体に落ちた割れた風船を始末しながらセレナは残念そうに呟く。

結果的に、風船を割ったのはミカのカーボンロッドであった。

セレナの銃弾は狙いこそ良かったが、奇襲に気付かれた時点でミカが回避出来ないわけがなく、容易く避けられてしまった。

ニトクリスの鏡での初戦はこうして敗北と言う形で終わってしまった。

 

「そう言えば、あの奇襲はどうやったんだゾ?」

 

ミカが何気なく聞いたのは1つの疑問。

黒い手の出現までミカはセレナの動きを捉えていた。

黒い手の出現後、一時的にその姿を見失いこそしたが、それでも上空へ移動したのであれば気づかないはずがない。

ならばどうやって?そんな思いで聞いた疑問に対して、

 

「ん~…一度やって見せた方が良いですかね」

 

そう語るセレナの手には2本の剣。

鍛錬の最初でセレナが生成した剣と全く同じのそれをセレナは片方ずつ一定の距離を置いて地面に突き刺して離れる。

ん~?と訝しむミカの前でそれじゃあ行きますね、と突き刺した片方の剣に触れると――――その姿が消えた。

 

「あれ?どこ消えたんだゾ?」

 

慌てて剣の元へと向かうミカであったが、セレナの姿はどこにもない。

何処へ消えたんだゾ?と探すミカに、

 

「こっちですよー」

 

聞こえてきたのは探し人の声。

振り向いてみればもう1つ突き刺さった剣の方にセレナの姿があった。

驚くミカであったが、すぐにそのトリックの正体に気付く。

そう、答えは単純。

 

「実は反射出来る物であれば移動出来るんですよ」

 

セレナが解明したニトクリスの鑑の機能は3つ。

1つは無制限での武器の生成。

現時点において剣と銃だけでこそあるがその他の部類も可能であろうと推測しており、未だに試してはいないが聖遺物レベルの武具の生成も出来る可能性があるが、その代わりに耐久力は低いのが難点となっている。

なのでセレナは意図的に耐久性を下げて、素材を反射が可能な物体でのみ精製し、それを意図的に破壊させる事で黒い手が出現出来るようにしている。

 

2つ目は黒い手。

制御できる距離こそ制限があるが、反射する物さえあれば実質無制限に呼び出せる。

ただしロック機能のせいか暴走時程の力はなく、形態も黒い手のみとなり、暴走時に見せた武器形態への変化が出来なくなっていた。

しかしそれでも力の強さは相当の物であり、まず掴めば逃げるのは難しくなるだろう。

これがニトクリスの鏡の主兵装となるだろうとセレナは思っている。

 

そして3つ目がこの移動方法。

≪鏡面移動≫そう名付けたこの移動方法はある程度の大きさの反射物(大体剣程度の大きさ)さえあれば鏡面に入り込み、別の鏡面から姿を出す事が出来ると言った物。

これを使ってミカに奇襲を掛けたのである。

どれも情報だけで知っており、試したのは今日が初なのだが、一応はどれもが上手く機能出来ている。

後はこれを鍛錬で数をこなして練習し、形にしていけば―――

 

「ミカさんもう一回お願いします!!」

 

「ばっちこーいだゾ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「はぁ……」

 

最近ため息多いな…そんな事を考えながら手に握るビニール袋の重さを感じながら帰路へと付く。

あれからミカさんと計4回程鍛錬をしたわけだが、ニトクリスの鑑の操作は想像以上に疲弊をもたらすらしく、終わった時にはもうへとへと。

それでも夕食の支度をしないといけないと部屋に戻れば、買い出しを綺麗に忘れていた事を思い出し、慌てて来たわけだが……

 

「節々が痛いです…」

 

我ながら無理をし過ぎていたのだろう。

明日は筋肉痛の可能性があるな、と翌朝から感じるであろう痛みにとほほ、と悲しみながら人通りの少ない場所へと向かう。

後はそこでテレポートジェムを使って帰れば買い出しは終わりと歩いていると……

 

「……何ですかねあれ」

 

セレナの視線の先、人通りの少ない路地であるにも拘らず、ポツンとあるのは1つの紫色の天幕。

興味本心で近寄ってみれば≪占います、絶対当たります、無料です≫と売り文句の後に≪占い屋≫と書かれた看板。

怪しい…あまりにも露骨な怪しさがある占い屋であるとセレナは通り過ぎようとして――――

 

「そこの君、悩みがあるんじゃないか?

相談してみないか?ボクに。

きっと力になれるよ。ボクなら」

 

天幕の中から聞こえたのは男の声。

突然の声に驚きこそしたが、不思議と嫌な気がしない、そんな声に釣られる様に恐る恐るではあったが、中へと入ってみる。

中は意外としっかりとした如何にも占い屋と言う内装をしていた。

薄暗い天幕の中を照らすのは幾つかの蝋燭。

周囲には占いに使うのであろう、トランプや道具が並んでいる。

 

そんな天幕の中心にその男はいた。

白いタキシード姿に白い帽子、占い屋には見えないその男は天幕へと入って来たセレナを歓迎する様に笑顔を見せた。

 

「歓迎するよ。君を」

 

どうぞ、と何時の間にかあった椅子に腰を降ろす様に促され、それに従う様に腰を降ろしたセレナにさて、と男は語り掛ける。

 

「自己紹介をしておこうか。占いの前に。

必要なんだよ。互いの信頼が。」

 

 

不思議な話し方をする人だな、とぼんやりと思っている間に男は自己紹介を始める。

―――ふと、その名前を聞きながらセレナは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクの名前はアダム、そう呼んでくれたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこかでその名前を聞いた様な、そんな気がした。




ZENRA出現


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第31話

占い屋ZENRA開業


≪アダム≫

そう名乗った男から漂う感覚にセレナは不思議と親しみに近い何かを感じていた。

それが何かなのかは分からないが、その不思議な感覚があるからこそ天幕から出ようとは考えもしないのだろう。

 

「あ、えっと私は―――」

 

名乗られておいて名乗らないのは失礼だろうと慌てて返答をしようとするが、それをアダムは指で制する。

どうしたのだろうか?と疑問を抱くセレナにアダムは一枚のカードを裏返しで差しだして来た。

 

「知っているのさ。ボクは。

分かっているのさ。占いで」

 

裏返してごらん、その言葉に従って置かれたカードを裏返してみると、そこには達筆な文字で≪セレナ≫と刻まれている。

どうして、思わず口から漏れたその言葉に眼の前の男は満足そうに笑みを浮かべる。

 

「信じてもらえたかな?ボクの占いを。

分からない事などないのさ。ボクには。

何も、ね」

 

―――はっきり言おう。

この男の言動、態度、行動、全てに置いて彼は所謂気持ちの悪い分類の人間だろう。

一般人であればその悍ましさにさっさと席を立って天幕から飛び出し、何なら110番のコンボアタックを叩きこんでも何も問題が無いぐらいであろう。

だが、だがだ。

此処に居るのはセレナ。

お人好しで優しく、そして過去の記憶が無いせいかそう言う物を理解する力が弱い少女は―――

 

「おぉ…!凄いですね占いって!!」

 

不信感マックスの男の占いを信じるのであった。

恐らくこの場に第3者がいれば絶対に思うであろう。

この子、詐欺とかに絶対に引っかかる子だろうな、と。

 

「信じてもらえたようでうれしいよ。ボクは。

では本題と行こうか。君の」

 

占いを信じてもらえた、それが嬉しかったのかアダムの機嫌は更に良くなり、ニコニコと笑みを浮かべたまま取り出したのは1つの水晶。

占い屋では定番装備の1つを取り出した彼は水晶に向かって何やらむにゃむにゃと如何にもな姿を見せつける。

そんな姿を純粋無垢な眼で見つめるセレナ。

―――もう一度言おう、この子絶対に詐欺にあう子だと。

 

「―――むむむ、見えました」

 

「おお!見えましたか!」

 

はい、と如何にもな演技感マックスで額に流れる汗を拭うアダム。

占いするだけなのになぜ汗を流すのか、これが分からない。

しかしそんなアダムの一挙一動を真摯な眼で見つめるセレナの前で如何にもな間を置いてから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「力になりたいんだね。その人の。

けど受け入れて貰えないんだね。その人に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――セレナの悩みを的中させた。

アダムの言葉に思わずドキリと胸が高鳴ったのを感じた。

内容までこそ言わなかったが、それでもその内容はまさにセレナが抱える悩みその物。

それを的中された事に、驚愕と困惑が同時に襲い掛かる。

 

「……やっぱりすごいですね、占いって」

 

「凄いとも。占いは。

何でも分かるのさ。占いは」

 

占いって凄いなと間違えた知識を与えられていると知らずに受け止めながら、セレナは思い返す。

黒いもやから計画の事を教えてもらったセレナは、キャロルに内緒で色々と調べまわった。

キャロルがいずれはセレナを外へと逃がし、平和な生活をさせてやろうと方々に手を回してくれていた事も知った。

その為に必要な全てを時には危うい橋を渡ったりして用意してくれていた事も知った。

全てはセレナの為に、キャロルらしい不器用な優しさを知った。

 

きっと本当にキャロルの事を思うのであればセレナが取る道はキャロルが望む通りの平和な世界への道だろう。

錬金術も、シンフォギアも、世界の危機も父の命題も関係ない、平和な世界。

キャロルでは歩む事が叶わないその道を、代わりに進む事こそがキャロルの望む事なのだと理解している。

そう、理解はしているのだ。

………それでも、セレナは力になりたいと願うのだ。

キャロルが進む過酷な道を、少しでも楽にし、そしていつかはその過酷な道から解放してあげたい。

けれども……

 

「…1つ良いかな?」

 

思考の最中、アダムの言葉が思考を閉ざす様に割り込む。

人を前に考え事をしていた事に失礼だったのでは、と慌てて謝罪しようとするが―――

 

「どうして力になりたいんだい。君は」

 

アダムの言葉に謝罪の言葉はあっさりと引っ込んだ。

否、引っ込まざるを得なかった。

どうして、そう問われた疑問に答えようとする口が上手く動かない。

確かにそうだと思った。

どうして私はそこまでして力になろうとしているんだろう?

だって師匠は私を巻き込みたくないって言ってるのに、それでも無理やり巻き込まれようとしているのは私で……

 

「君はあるはずだ。他の選択が。

選べるはずだ。平和な道を。

なのにどうして君はその道を進む?どうして自ら過酷な道へと行くんだい?」

 

どうして、どうして…?

様々な理由が頭に浮かんでは消えていく。

善意、弟子としての想い。

様々な答えが浮かんでは消える。

そのどれもが答えであるような気がして、そのどれもが間違いな気がして、

それらは思考の海から延々と繰り返す様に浮かんでは消えていく。

どれが答えなのだろうかと悩み、どれが間違いなのかと悩み、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――その果てにあっけなく答えはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――私は」

 

思い返すはシャトーで目覚めたあの日、ミカさんに追いかけられ、オートスコアラーの皆に敵意を向けられ、初めてシンフォギアを纏ったあの日。

初めて痛い思いをし、初めてのキスを奪われ、散々だった日。

だけども―――

 

≪そいつの部屋を用意しろ。そいつは暫く俺が面倒を見る事にした≫

 

私にとって全てが始まったあの日。

私にとって大事な人達が出来た日。

私にとって――――

 

「私は、ただ家族の力になりたいんです」

 

そうだ、と理解した。

呆気ない答えに笑みさえ浮かぶ程理解した。

世界解剖とか父の命題とか、そんな物はどうでもいい。

私はただ、家族の力になりたいんだ。

師匠に、ミカさんにガリィさん、ファラさんにレイアさん。

私に居場所をくれた人達の…私の家族の力に、そして家族を守れる力になりたいんだ。

ただそれだけだったんだ。

 

「…家族の為に自らは危険な目に合うとしても?」

 

「はい、どんな目にあったとしても」

 

胸がスッキリとした気分だった。

未だにやるべき事は多く、師匠の説得もそう簡単には進まないだろう。

それでも私はやるんだ。

家族を助ける力になりたい、この想いを果たす為に進むんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……完璧だ

 

 

 

 

 

 

 

え?と聞こえたような小声に返答を返すが、気にしないでおくれとアダムは手を振る。

 

「少しは力になれたかな。君の。

何時でも来るといいさ。歓迎するよ」

 

はい!と元気に返事を返し、料金をと財布を取り出すが必要ないと言われ、セレナは何度も何度も頭を下げながら天幕を出ていくのであった。

シャトーへと帰るその顔はどことなく迷いが吹っ切れたかのようにすっきりとし、その胸には師匠を説得するんだと言う強い意志が改めて生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった天幕の中でアダムは小さく笑みを浮かべる。

 

「様子見のつもりだったんだがね。予定では。

来た価値があったよ。十分に」

 

天幕から外へ出たアダムが小さく指を鳴らすと、つい先ほどまでそこにあった天幕が跡形も残らずに姿を消した。

まるで最初からそこに存在していなかったように無くなった天幕など気にせずに、アダムは歩む。

その表情は―――狂おしい程に笑みであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「客人、ですか?」

 

はい、とどこか戸惑うようなエルフナインの案内でセレナは師匠の部屋へと向かっていた。

時間はお昼少し前。

昨日の占いのおかげで自信がついたセレナが昼当たりからもう一度師匠にアタックしようとしていた矢先にエルフナインが師匠からの呼び出しだと部屋へと来たのだ。

そして今、その通り道にてエルフナインの口から師匠の部屋に誰かは不明だけれど客人が来訪しており、きっとその客人と呼び出しに関係があるのではないでしょうか?と説明を受けていた。

 

「(プレラーティさんかな?)」

 

客人と言われ咄嗟に浮かんだのはかえるのぬいぐるみが良く似合うあの少女。

来訪する客人が圧倒的に少ないシャトーにおいて浮かぶのはあの人位だろう。

 

「(けどそれならそれで呼び出しなんて?)」

 

首を傾げるセレナを不思議そうに見つめるエルフナインの案内で師匠の部屋前へと辿り着く。

どうせなら一緒に、と思ったがエルフナインにも仕事があるらしく、部屋の近くで別れた。

さて、と師匠の部屋へと続く扉をノックしようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなッ!!何だその条件はッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中から聞こえたのは師匠の怒号。

その声から尋常でない怒りを察したセレナは慌てて止めに入る様に部屋の扉を開けた。

部屋の中央、机を挟んで並ぶように置かれた椅子を蹴り飛ばした怒りを表す師匠、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけてなどいないさ。ボクは。

何時だって本気さ。代わりなくね」

 

 

 

 

 

 

聞こえてきたその声はつい先日聴いたそれと全く同じ。

え?と困惑する様に漏れた声を聴いたのか、椅子から立ち上がった男は―――いや、

 

 

 

 

 

 

 

「やあ昨日ぶりだね」

 

 

 

 

 

アダムは相も変わらずの笑みを浮かべてそこにいた。




ZENRAはまだ続く――ッ!!


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第32話

「アダムさん!?どうしてここに?」

 

師匠の部屋にいた客人、その姿は昨日出会ったばかりの占い屋のアダムその人。

見覚えのある白いタキシードも白い帽子も記憶のままの姿で、人違いの可能性はゼロに近いだろう。

そんな驚愕するセレナに対して、

 

「やあ、昨日ぶりだね」

 

向こうもセレナの事を記憶していたのだろう。

親しみやすい笑みを浮かべたままセレナへと歩み寄ろうとするが………爆裂音が鳴り響く。

何が起きたと困惑する中、セレナが見たのはキャロルが錬金術を展開している姿。

同時に理解する、この爆裂音はキャロルが錬金術を放った音であり、それがアダムへと直撃したのだと。

 

「し、師匠ッ!?」

 

錬金術の秘匿やら一般人相手に錬金術を使った事に対する困惑。

様々な感情がセレナを混乱させるが………

 

「酷いものだね。君は。

手加減してもらいたいものだよ」

 

聞こえたその声に、セレナは更に困惑した。

師匠の錬金術の威力は弟子であるセレナは良く知っている。

あの威力を受ければ錬金術を知らない一般人なんて跡形も残らないのに、戸惑うセレナの視線は錬金術の衝撃で生まれた白煙へと向けられる。

白煙に浮かび上がる影、それは確かに人の形を維持していた。

どうやって耐えたのか、その疑問こそあったがそれより先に無事であった事にホッと安堵する。

けれども怪我をしていてはいけないと慌てて駆けよる。

白煙が晴れていき、段々と姿がはっきりと見えてきたアダムの元へとたどり着きーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ」

 

笑顔で手を降る全裸を見た。

その姿にえ?と困惑するセレナ。

さてここで少し問題といこう。

セレナの身長は148cm、アダムの身長は公式でこそ不明だがだいたい190cm位だと仮定しよう。

錬金術をまともに受けたのを心配して慌てて駆け寄るセレナ、そしてその先に待つのは全裸のHENTAI

さて、その時セレナが正面に見えた物とはーーー?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーッ!!!??

きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その答えはこの悲鳴にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ!!セレナがこの世の汚物を見てしまった気がするッ!!

いけないわセレナッ!!セレナにはまだ早すぎるし、それに永遠に見る必要なんてないわッ!!」

 

「………あのお嬢さんは何を言っているのですか?」

 

「………気にしないでくださいDr.ウェル。マリアは色々とあって疲れてるのです…色々と……」

 

「マリア………」

 

「………本当に大丈夫デスか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信頼とは呆気なく瓦解するものだと、セレナはしっかりと理解した。

師匠の背後でがるる、と睨み付けるように唸るセレナに対して、どこから取り出したのか再度白いタキシードと帽子を身に付けてははは、と笑みを浮かべる余裕なアダム。

 

「嫌われてしまったようだね。ボクは」

 

当然である。

場所が場所なら皆の平和を守る赤いランプが付く白い車がその身柄を保護するであろう狼藉を前に嫌うなとは無理な相談である。

 

「これでも君のために来ているんだよ。ボクは」

 

「がるるぅ………って、私のため?」

 

アダムの発言に唸り声をあげていたセレナの動きが止まる。

いったいどういうことなのか、思わず聞こうとしたその口をーーー目の前にいたキャロルが制する。

 

「師匠?」

 

「耳を貸すな。こいつが誰かのため、なんてほざく時は確実に裏がある時だけだ」

 

冷静な言葉、なれど込められた怒りは言葉に含む刺々しさから容易に想像させてくれた。

 

「随分な言い掛かりじゃあないかキャロル。

本気さ。ボクは。

だから君に提案したじゃないか。互いに利益のある話をね」

 

「そいつについては断らせてもらおう。

お前の力無くとも計画は果たせる、お前は余計な真似をする前にさっさと帰れ」

 

計画、そのワードが零れた事に驚く。

何故それを口にしたのかと困惑するように師匠を見ると、嗚呼そう言えば説明してなかったなと目の前に立つ男を指差した。

 

「紹介しておこう。

そこにいる変態で馬鹿で無能の男の名前はアダム、アダム・ヴァイスハウプト。

前に来たプレラーティが所属している《パヴァリア光明結社》の統制局長………詰まるところ一番上の立場にある錬金術師だ」

 

錬金術師!?

占い屋じゃなくてですか!?と発言するセレナにはぁ?と言わんばかりに表情を歪ませる。

 

「こいつが占いだと?

………なにが狙いだアダム」

 

「なに、迷える少女に差し伸ばしただけさ。きっかけを。

そんな少女に心打たれたのさ。ボクはね」

 

「………ふん、貴様がそんな輩か」

 

キャロルから漂う険悪ムードに困惑する。

普段でもここまで露骨な態度は取らない師匠がどうしてこんなに………

 

「そんなに気に入らないのかい?提案した条件は。

お互い悪くないと思うんだがね。ボクは」

 

提案?条件?と呟くセレナにアダムは笑みを浮かべる。

 

「そうだよ。

提案したのさ。ボクは。

お互い悪くない話を。互いに利益のある話を、ね」

 

そう語るアダムの手にはこれまたどこから取り出したのか一枚の便箋。

それをセレナに渡すと開けてごらんと囁く。

 

「開ける必要などない。そいつを捨てて部屋から出てろ」

 

「酷い事を言うものだね。君は。

呼び出したのは君じゃないか」

 

「呼び出す原因を作ったのは貴様だろうが………ッ!!」

 

争う二人を尻目にセレナの視線は便箋へと向けられている。

師匠は言った、開けるなと。

アダムは言った、開けてごらんと。

どちらを取るべきは明白、そうするべきだと理解しているのに、

 

セレナの指は便箋を開いていた。

 

「ーーーーふ」

 

その様子をアダムは嬉しそうに、そして楽しそうに見つめながらセレナは便箋を取り出す。

中に書かれていたのは1つの提案と3つの条件。

その内容に驚きながらも、セレナは誰に言われるのでなく自然とそれを言葉にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャロルの計画に対してパヴァリア光明結社は全面的に協力するが、代わりに以下の3つの条件を聞き入れて貰いたい」

 

1つ、プレラーティが計画している世界解剖から逃れる事が叶うシェルターの開発を含めた研究や開発等にキャロルの全面協力を約束する。

2つ、世界解剖後の世界についてはパヴァリア光明結社に一任する。

 

そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………3つ目、計画に対しセレナの参加を絶対とする」

 

 

 

 

 

 

 

 




良い人?ZENRA


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第33話

アンケートのご協力ありがとうございます!!
イエスと答えてくれた人が多くて嬉しい限りです!!
後前回同様、一番下を選ばれる方が多くて嬉しい気持ち半面、頑張らないとと思う気持ち半面で…本当にありがたい限りです。
時間が出来たらそういう話を書いて行こうと思いますので、出来れば今後も読んでくれるとうれしい限りです
長々と失礼しました、では本編をどうぞ


あ、今回短めです


提示された条件は3つ。

その内の2つは組織として結社に利益のある納得が出来る内容だと分かる。

だが3つ目、こいつは違う。

これは組織としても互いとしても利益がある条件ではなく、まるで我が儘を形にしたかのような条件でしかない物だとセレナでも十分に理解できる物でしかなかった。

 

「あの、これって…」

 

「君の誠意に心打たれたのさ。ボクは。

君の力になりたいと思ったのさ」

 

その言葉をそのまま受け止めるのであればそれは感謝するべき善意の行動と判断するだろう。

現にセレナはそう思っている。アダムの言葉をそう受け止めてしまっている。

だが、キャロルは違う。

この男を、アダム・ヴァイスハウプトと言う男を知る彼女だけはそこに≪裏≫があるのは確定事項だと理解していた。

だからこそ提案を蹴った。

この男の思考通りに事を進めればその先に良くない何かが待っている、理解しているからこその拒絶である。

 

無論、結社の力を計画に利用できると言うのであればそれは計画を果たすのに多大な力となる。

結社が抱える情報筋や物資、それに兵力、それをそのまま生かせるのだ。

力になる、それは間違いない。

だが、その利益を捨ててでもこの提案を受けるわけにはいかない。

結社は―――いや、アダムは何かを企てている。

その正体こそ不明だが、それにセレナの存在が大きく関わっているのはほぼ間違いないだろう。

人の弟子を何に使うつもりか知らないが……

 

「さっきも言ったがアダム、オレはお前の提案を断る。結社の力無くとも計画を果たす事は可能だ」

 

だからさっさと帰れ、言葉なくそう伝えるキャロルに対して、アダムが見せたのは不敵な笑み。

キャロルからすれば気味の悪いその笑みに背筋に冷たい物を感じるが、アダムはそんな事気にした様子が無いように、嬉々とした表情で――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなら仕方ないね。残念だけど。

ではこの情報については自由にするよ。ボクは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――察した。

アダム・ヴァイスハウプトが伝えようとする意図をキャロルは察した。

 

「(こいつッ!!!)」

 

この男は提案を受け入れないのであれば―――キャロルの計画を二課へとリークするつもりだ。

無論そんな事されれば計画は破綻する。

それどころか今まで歴史の闇に生きて来た錬金術師の存在さえもが露見され、二課に対策を講じる時間を作らせてしまう――ッ!!

 

「分かっているのか貴様…ッ!そいつをすればお前達とて――」

 

「別に構わないさ。ボクは。

仲良くできるつもりだよ。彼らとも」

 

噛みしめる歯から軋む音が鳴ったのをキャロルは耳にしながら考える―――否、もはや考慮すべき選択肢もない。

アダムにとってこの提案を受け入れないのであれば、それは二課への情報リークに加えて、結社が二課に味方する意味を表している。

二課に味方するのに唯一の欠点である≪あの女≫の存在も、今や二課は完全にその正体を掴んでいるからいずれは敵対し、組織を追放、または始末されるからその欠点も消えてしまう。

計画の破綻に加えて錬金術を力に加えた二課を相手にするのは、キャロルにとって最悪の展開でしかない。

いや、計画が破綻している時点で……

 

「――――クソッ」

 

もはやキャロルに残された道は1つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのアダムさん!!」

 

キャロルの私室を後にしたアダムの背後を慌てて追いかけて来たのだろう、僅かに乱された呼吸を正す様に呼吸をしたセレナは深々とアダムに頭を下げた。

 

「あの、ありがとうございました!!」

 

あの後、キャロルはアダムの提案を聞き入れた。

2人の間で起きた会話はセレナの耳に聞こえぬ様に行われていたので、その内容こそ不明だが最終的にはキャロルが嫌々+渋々のダブルコンボと言った何とも言えない表情で提案を受け入れ、条約は締結。

今後結社は物資、情報面での援助を行い、必要に応じて人員の派遣も視野に入れて活動を始める事となった。

だが、そこらの話はセレナにはさほど重要ではない。

彼女にとって重要なのは、そんな2つの勢力が手を結ぶ条約の条件に自分の参加なんて組織に一切の利益をもたらさない条件を入れてくれた事に対する感謝しかないだろう。

 

「気にしないでくれたまえ。

君の力になりたいと思っただけさ。ボクは」

 

「ですけど…」

 

アダムの貢献に対してセレナは何かしらのお礼をしたいと思っているが、彼女には何もない。

何かとお礼を、と必死に考えるセレナに対してアダムはそうだ、と提案した。

 

「それならお願いしようかな。君に」

 

優しい声と共にアダムが差しだしたのは1つのスマホ。

最新版と比べれば僅かに見劣りするそれを手渡しながらアダムは≪お願い≫を口にする。

 

「困った事があったらこれを鳴らすから力になって欲しいんだ。君に。

だから受け取って欲しいんだ。君に」

 

手渡されたセレナとしてはそれくらいなら喜んで、とスマホを受け取る。

ありがとう、そうお礼を言うアダムの表情は―――とても嬉しそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「種は蒔かれた。

後は待つだけだね。時を。

楽しみだよ。本当に………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ZENRAは……良い人?


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第34話

暴走します


建ち並ぶビル群、見慣れた景色。

ほんの少し前に未来お姉さん達と遊んだのを思い出す。

あの時は本当に楽しかったなと、また遊びたいと、過ぎていく想いを胸にセレナは立ち上がる。

 

ビルの上に立つセレナの眼下に広がるのは、無数のノイズ。

大地を埋め尽くさんばかりに数を増していくノイズの群れ。

そしてそれに抗うのはーーー3つの閃光。

赤、青、そしてーー黄色。

その顔が見慣れた人物である事に痛くなる胸を抑えて、セレナはただ見つめる。

 

ーーーこの戦いの行く末をーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うそ」

 

条約締結の数日後、セレナは呼び出された師匠の部屋で見せられた映像にそう声を漏らす。

シンフォギアがキャロルの計画に必須な存在であると知っていた。

だが………それを纏うのがまさか………

 

「………響さん」 

 

映像に写し出される顔ぶれは、そのどれもが見知った顔。

立花響、風鳴翼、雪音クリス。

かつて出会い、結んだ縁の相手が映像では映し出されている。

時に血にまみれ、時に苦しみ、それでもなお立ち上がる三人がそこにいた。

 

「……これでもお前は計画に参加するのか」

 

キャロルとてこんな手段は取りたくなかった。

キャロルは知っていた、セレナが装者達と縁を結んでいる事を。

友と呼べる絆を作り上げている事を、知っていた。

………それ故に、敢えて彼女にこの映像を見せた。

計画に加担する意味を理解させる為に………

 

計画に加担する、それは彼女達と戦わなければならない道だ。

少女にはあまりにも過酷な現実だと理解している。

キャロルもそんな現実を知らせたくはなかった。

だが、セレナが計画に参加するのであればこれは避けられない現実だ。

早々に現実を認識させると同時に僅かに期待していた。

これを見て計画から抜けてくれれば、と。

だが、同時に思っていた。

 

「………はい、それでも、です」

 

この少女はきっと折れはしないだろうな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

セレナはただ眼下で広がる戦いを見つめていた。

キャロルから命じられたのはあくまで静観。

シンフォギア装者とフィーネ、この両者の戦いに手出しはするな、と命じられている。

ただし、装者が負けそうになればその時は密かに手を出せとも命じられ、セレナは待機していた。

 

《マスター、どうかこれを》

 

背中に感じたぬくもりは連れてきていたアルカ・ノイズが被せてくれたタオルケット。

暖かい時期になったとは言えビルの上にいるのはやはり寒さを感じていたのでちょうど良かった。

 

「ありがとう」

 

《いえ》

 

被ったタオルケットで身体を包みながらその場その場で変わる戦場をただ見つめる。

幾度かあった絶望的光景はもはや過去の話。

《エクスドライブ》シンフォギアの限定解除にて発現する圧倒的な戦闘能力を保有する機能。

それを纏った三人の装者は無数のノイズを相手でも難なく打ち倒していき、もはや勝利はほぼ確定であろう。

安心すると同時に思う、思わざるを得なくなる。

 

「(いつかは、戦わないといけないんだよね………)」

 

戦いたくはない。

彼女達を知るセレナが思うのはただそれだけ。

だが、戦うしかないのだ。

キャロルに協力する、それはそう言う道なのだと分かっているから………

 

「………?」

 

ふと、ノイズに動きがあった。

無数のノイズがまるで川のように動き始め、フィーネと呼ばれる女性の元へと集まっていく。

集まったノイズが段々と形となり、まるで特撮に出るような怪獣のような姿へと変わっていく。

 

「………特撮だとああいうのって負けフラグですよね」

 

勝敗こそついてないが、予想はついた。

もはや静観する意味はないだろう。

戦闘が激化すれば居場所がバレてしまうかもしれないし、引き上げましょうか、と背後を振り替える。

そこにいたアルカ・ノイズの数を何気なく数えてーーー気付いた、気付いてしまった。

 

一体足りない、と。

 

「え?え?えぇぇ!?」

 

慌てて周囲を見渡すが、その姿はどこにも見えず、消えたアルカ・ノイズが最近作った特殊タイプである事を思い出しつつ、まさかと見たのはーー現在進行形で怪獣に変身しつつあるフィーネ。

いや、まさか、けど………

 

「………違う、よね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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作者です。

はい、またです、また暴走します。

ここでやるのか?と思われる方もいると思いますが、やります。

暴走しますが、その前に一言………

シリアス展開まじ苦手ッ!!

物語上仕方ないけどまじ苦手ッ!!

やとこさ解放されたんだ!!派手にやるぜぇぇ!!

そんな思いでの暴走です。

ではどうぞ。

 

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《はぁ~BBAの中あったかいなりぃ》

 

フィーネと一体化し、黙示録の赤い竜と化したフィーネの体内。

そこでノイズ達は呑気にしていた。

というのも、身体の制御はフィーネがしているので彼らはする事がなく、はっきり言えば暇なのである。

外の光景こそ見えているが、見えているだけで何か出来るわけでもなく、ただひたすらに暇しながら駄弁っていた。

 

《なぁなぁ、これBBA勝てる?》

 

《無理じゃね?あれ如何にも感じになってたし》

 

《いやいやまだ分かんねぇよ?BBAネフシュタンとデュランダルあるしワンチャンあるで》

 

《行けるさ!オレらのBBAならッ!!》

 

映し出される光景を話のネタにしながら、呑気に会話を広げるノイズ達。

絶賛押されまくりのBBAことフィーネを応援していると、ふと遠くが騒がしいのに気付いた。

なんだなんだ?と野次馬根性でその様子を眺めるノイズ達はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ぬぉぉぉぉぉぉぉッ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

無数のノイズを千切っては投げ千切っては投げるラ○ウを目撃するはめになった。

 

《アイエエエエ!?ラオ○!?ラ○ウナンデ!?》

 

驚きのあまり片言と化したノイズの叫び声さえも○オウは凪ぎ払っていく。

その姿はさながらダンプカーだろうか、群がるノイズを薙ぎ倒す様にしながら突破していった。

 

《マスター!!マスター何処におられるのですかぁぁぁぁ!!マスターァァァァァァ!!》

 

ラ○ウノイズは気付けば此処にいた。

覚えていたのはマスターの背にタオルケットを掛け、後ろに下がろうとしてビルから転落してしまった所までだろう。

目が覚めたら熟女大好きノイズ先輩達に囲まれた彼は、吠えた。

吠えて吠えてーーー暴れる道を選んだ。

ロリコンと熟女好き。

両者は決して交わらない運命、会えば殺し会うのが定めなのだッ!!と。

 

《除け除け除けぇぇぇぇ!!うおぉぉぉぉマスターァァァァァァ!!》

 

そしてロリコンは駆けていく。

自らの主の元へ、ロリコンである彼の救いへ、駆けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅぅ!?な、なんだ!?何故身体を上手く動かせない!?私の中で何が起きている!?」

 

セレナは思わずあわわと混乱してしまっていた。

完全に特撮の怪獣と化したフィーネ、変身後は圧倒的な火力と再生力でその力を盛大に振る舞っていた。

それまで優勢に戦いを進めていた装者達が苦戦するほどの実力に、あわやと思っていたのだが………

突如苦しむように身悶えし始めてーーー今に至る。

 

「あの身悶えって………いや、違うよね?違うよね!?」

 

必死に否定するセレナであったが、その背後にいたアルカ・ノイズ達は察していた。

あれあいつだよなー、と。

 

身悶えする隙だらけのフィーネを前に装者達の動きは速かった。

クリスと翼のコンビによって苦しむフィーネに対して攻撃が決まり、弾き出された完全聖遺物であるデュランダルは響の手に渡りーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………終わっちゃった」

 

デュランダルの影響で暴走仕掛けたり、それを止める為に三人でデュランダル握ったりと色々とあったが、最終的にはデュランダルから放たれた一撃がフィーネに命中し、決着がついて………………いや、ついてしまった。

 

《マスターァァァァァァご無事ですかぁぁぁぁ!!》

 

フィーネの身体と化していた部分から見慣れたアルカ・ノイズが此方に手を振りながら走りよって来たのを見て、セレナは思った。

これ本当に良かったのかな?と

もしや、私はなんか色々とやってしまったのではないかな?と、

そしてーーー戦闘が終わった以上、此処にいては色々と不味いのでは?と

 

「………撤退!!撤退ーー!!」

 

走りよって来たアルカ・ノイズを即座にジェムに戻すや否やセレナは吠えてテレポートジェムを叩きつけて颯爽と引き上げていった。

そのあとに月の欠片が落ちてきたとかあったらしいが、セレナがそれを知ったのはシャトーに帰り、状況を見ていたキャロルからの大説教の後であった。

 



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第35話

《ルナアタック事件》

フィーネが引き起こした一連の騒動がそう呼称されてはや一週間。

破壊された街はゆっくりであるが復興の手が進み、それに合わせて被害状況も露になっていった。

復興への期待、知らされる悲しい報告。

様々な感情が集ったその街の片隅に――――

 

「はーい!まだまだありますからどうぞ!!」

 

炊き出しをするセレナの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――今後の方針としては以上だ。何か意見はあるか」

 

シャトーの玉座の間。

飾り等がなく無機質な寂しさを感じるこの場に面々は集っていた。

集まった面々はキャロルに忠誠を誓う4人の人形と、キャロルの弟子であるセレナ。

シャトーの戦力の全てと言っても過言ではない面々が揃う中で、1人だけ異質な存在がいた。

それは―――

 

「あーし達はそれで構わないわよ♪」

 

キャロルの今後の意向を確かめる為に結社から派遣されてきた1人の女性、名はカリオストロ。

結社の幹部であり、かつてはプレラーティ同様に男だった過去を持つが、生物学的に完全な身体構造をしている女性へと錬金術を以て変化させ、不老長命を得た生きる歴史人物である。

話し合いの前にセレナも少しだけではあるが会話したが、話してみた限り明るいおねーさんと言った印象を受けた。

そんなカリオストロの露出の激しい衣装はセレナの眼の毒と、なるべく視界に入れない様に身体を張って視界防御をするファラだが、当のセレナはあれが大人の服装…と興味津々であった。

 

「それで?今後の方針は理解したけど、あーし達は何か協力できる事あるの?正直あの局長からの命令って時点でやる気は湧かなかったけど……こーんな可愛い子達がいるんなら話は別♪あーし張り切っちゃうわよ♪」

 

カリオストロは当初は言葉通りやる気等なかった。

局長が勝手に結んだ同盟。

あの人の好き勝手で予測できない行動はいつもの事であるが、まさかこんな事を独自に仕出かしていたと聞いた時はストレスがマッハだった。

カリオストロでこれなのだ、真面目なサンジェルマンなどもう酷く、最近では夜な夜な各国の酒場を飲み荒らしている。

その度にカリオストロ、プレラーティは酔いつぶれキャラ崩壊しているサンジェルマンを迎えに行く羽目になっていた。

そんな事態を引き起こしたあの局長の命令に従う、正直ムカつく思いであった。

だが、その同盟相手がキャロルである事、そしてそこにプレラーティのお気に入りがいると聞いた彼女は―――面白そうと思った。

 

「(実際来てみればプレラーティのお気に入りの子、とっても可愛いじゃない♪)」

 

少しだけでしかないが話してみた限り本当に可愛く、愛される子ってこういう子なのねと感じざるを得ない愛らしさを持っていた。

 

「(嗚呼…本当に可愛い子。思わず―――――)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お持ち帰りしたいくらい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カリオストロ」

 

キャロルから向けられた敵意にあらま、と感情を控える。

その眼光はまるで殺し屋のそれ。

何かすれば容赦しない、って所ね。

 

「ごめんなさいね♪悪気は無かったのよ♪」

 

やりとりを理解出来てなかったのか、それともこういうのに疎いのかカリオストロの言葉に首を傾げるセレナに本当に可愛いわねっとウインクを決めるカリオストロ。

そんなやりとりをため息交じりに見ていたキャロルは玉座から立ち上がった。

 

「現状結社側にはこれまで以上の要請はない。物資と情報、それさえあれば十分だ」

 

「りょーかい♪それじゃああーしは鬼が怒る前に帰るとするわ。それじゃあねセレナちゃん♪今度は暇な時間作って遊びに来るわね~♪」

 

よいしょっとテレポートジェムを叩き付け、玉座の間から姿を消したカリオストロを見てやっと安心したかのようにキャロルは一呼吸をした。

 

「(まさかこんな話し合い如きに幹部クラスを派遣とはな)」

 

向こうからの誠意を見せつけるのが目的?いや、そんなはずはない。

大方見張りのつもりだろう。

オレと、そして――――

 

「話しはこれで終わりだ。ファラ、レイアは二課の偵察を継続。ミカ、ガリィ、お前達はシャトー内で待機、指示を待て。馬鹿弟子、お前も待機だ。良いな」

 

以上だ、と部屋を後にするキャロルであったが、不意にその手を掴まれた。

何だ?と視線を向けるとそこにいたのは自らの弟子。

どうした。そう問おうとするよりも早く――――

 

「師匠、今からちょっと時間もらえませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでどうしてオレが炊き出し等せねばならない!!」

 

深鍋で作られた豚汁(セレナ製)を器に注ぎながらキャロルは吠えた。

場所は破壊された街中。

その片隅にてテントを張っただけの簡素な炊き出し場、そこにセレナとキャロルの姿はあった。

 

「だって暫く師匠も時間あるんですよね?だったら手伝ってもらおうかなって」

 

確かに時間はある。

キャロルが決めた方針、それはシャトーの完成を優先し、装者達に対しては基本的に接触しない様にする事だった。

月の落下を阻止する為に身を挺して犠牲になった―――とされていた装者3名の生存は既に結社の情報網で判明している。

装者の無事、それはキャロルとセレナを喜ばせた。

キャロルは計画に必要なピースが欠けずに済んだ事に、

セレナは自らと縁を結んだ友が生きていた事に、喜んだ。

 

そんな喜びの後に、キャロルが決めたのがこの方針だ。

フィーネが引き起こしたルナアタック事件、今後二課はその後始末に追われ真面に機能しなくなるだろう。

その間二課に割く時間の必要性はなく、時間の無駄だと決めたキャロルの判断だ。

そしてシャトーは大方重要部分での作業は終わりを迎えている。

後はホムンクルスに任せ、残りの必要要素に関しては後々に得る為に動けばよい。

なので確かに時間はあった。

だからと言って―――

 

「あらあら、本当に助かるわ」

 

見ただけで理解できる程に重そうな袋を持って現れたのは1人の中年位の女性。

この炊き出し場からさほど離れていないフラワーと呼ばれるお好み焼き屋の店主であるその女性は、当初セレナとキャロルのみで行われていた炊き出し場の最初の応援でもある。

彼女が中心となり、次々と炊き出しに協力する人が現れ、今では小さなテントでは狭くなるまでに多くの人が協力をしてくれていた。

 

「さっき政府の人が来たけど、向こうの避難場でやってる炊き出しだけでは間に合ってないから助かるってさ。この食糧もその人がくれたもんだよ」

 

「わあ♪これだけあったら豚汁以外にももう1品作れますね♪」

 

「そうだね~…豚汁はあたしがやるからキャルちゃんとお母さんはそっちの支度を任せても良いかい?」

 

お母さん?と首を傾げるセレナの隣をああ、と通り過ぎていくのはキャロル。

え?と困惑する中ごく自然に中年の女性と会話する姿に驚きを隠せないかのように呆然としていると、キャロルが側に来てから小声でつぶやいた。

 

「流石に子供2人で炊き出しと言うわけにも行かんだろ。欺瞞術式でオレの姿はお前の母親に見えるようにしてある。まあどう見えているかまではわからんがな」

 

錬金術って本当にすごいですねーと感心する錬金術師の弟子。

良いのかお前はそれで…

 

 

 

 

 

 

「それで?わざわざオレを連れ出した本当の理由は何だ」

 

トントンと快調に材料を刻みながらそう切り出され、動かしていた包丁が止まる。

 

「……分かります?」

 

「分かる、お前は隠し事が苦手だからな。顔見てたら大方分かる」

 

そうですか、と刻んだ材料を鍋に入れながらセレナは僅かに沈黙する。

聞こえるのは炊き出しを待つ人々の声、炊き出しの準備の音、遠くで聞こえる復興の音。

様々な音が聞こえる中、セレナは沈黙していた口を、開く。

 

 

 

 

 

「識って欲しいんです。世界を、お父さんの残された言葉の様に」

 

 

 

 

 

キャロルにとって踏み入られたくない過去へと踏み込んだ。



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第36話

「…理解しているんだろうな。≪そいつ≫に踏み込むその意味を」

 

「ええ、理解しています。それでも…私は踏み込みます」

 

―――もし、もしもだ。

この場が他の人の目が無い場所であればきっとキャロルは込み上げる怒りを形に変えて自らの弟子に≪教育≫を施しただろう。

だが、そうはならない。

炊き出しに協力する人間、炊き出しを待つ人間、復興作業を行う人間。

此処から見えるだけでざっと100は超える人数がこの場にいる。

大勢の目撃者がいるこの場において錬金術など用いれば瞬く間に大騒ぎとなり、その情報は二課へと伝わるだろう。

そうなればもう計画は破綻する。

父の命題を果たす事が叶わなくなるだろう。

 

「……なるほどな。この場はお前の目的を果たす為の場であると同時に、お前の身を守る場でもあると言うわけか」

 

「………ごめんなさい」

 

仕出かしておいて謝るなと具材を切り刻んだ物を鍋に投入する。

グツグツと煮込み始めた鍋に蓋をして、キャロルはセレナへと向き直る。

込み上げる怒りを抑え、眼の前にいる不届き者の馬鹿弟子の言葉を待つ。

此奴は言った、世界を知って欲しいと。

父と全く同じ言葉を、こいつは述べた。

その口で何を語るのか楽しみだと、待った。

 

「―――師匠、師匠から見て人間って何ですか?」

 

問われた内容にハッと笑って見せる。

何故そんなことをわざわざと………まあ良い。

思い返すは過去の記憶。

錬金術で人々を救おうとしていた父を、助けられた人間は恐れて――――

 

「…醜い生き物だ。自らの益だけを求め、欲のままに生き、理解できない物には喜んで拳を振るう、そんな自己主義の塊だ」

 

父は優しい人間だった。

争う事を嫌い、助けを求める人には自ら手を差し伸べ、お人好しと呼べる程に馬鹿で純粋で――けれど大好きだったパパ。

そんな父を奪ったのは、浄化の炎とやらに葬ったのは―――父が助けようとした人間だった。

 

「人間は理解できない物を恐れる。恐れは≪それ≫を排除する建前を作り上げて、馬鹿な人間はそれに喜んで従う。皆大好き神様や信仰………奇跡なんてものがそうだ」

 

父が使う錬金術はとても害がある物ではなかった。

困っている人を助ける為、苦しむ人を助ける為に父が生み出した錬金術。

父が長い間をかけて研鑽したそれは誰かを助ける為に作られた優しい力だった。

だが――そんな優しささえも人々には奇跡(恐れ)としか見えなかった。

 

「―――オレは人間が大嫌いだ。父を殺した神様も信仰も…奇跡もッ!!

オレから父を奪った全てが憎い!!きっと父も同じ想いだ!!だからオレに世界を知れと言い残したんだッ!!」

 

自らの無念を晴らせ、それこそが父が残した命題の答えだと知った。

だからオレは世界を解剖する。

父の命題に答え、世界を、父を奪った全てを解剖し、この世に奇跡などなかったと証明する。

それがキャロル・マールス・ディーンハイムの全てだ。

 

「……………」

 

キャロルの言葉を受け、セレナは沈黙した。

キャロルが体験した過去はきっとセレナでは到底ではないが理解しきれないだろう。

父の命題、ただそれだけを支えに数百年を生きて来た彼女と、僅か数年足らずの小娘とではきっと見て来た世界が違う。

セレナが万の言葉を紡ごうとも、きっと彼女の世界には届かないだろう。

だが――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!!いい加減にしろよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

セレナの思考を阻んだのは1つの怒号。

視線を向けてみれば炊き出しを待つ列にいた2人の男が声を荒げながら対立していた。

此処からでは距離があって全ては聞き取れなかったが、どうやら片方の男が列に割り込もうとし、それを止めた男との間に発生した衝突らしい。

怒号飛び交う2人、互いに言葉で終わらせるつもりはないらしく既に握る拳には力が入っているのが分かる。

 

「………見ろ馬鹿弟子、あれが人間だ。自らの益を優先し、それを阻むのであれば拳を以て障害を排除する。そういう生き物なんだよ人間は」

 

キャロルの言葉はどこまでも冷たい物であった。

争う2人を感情なき眼で見つめながら語るキャロルに―――セレナは黙って首を横に振った。

 

「確かに、人は愚かな生き物かもしれません。争って、傷つけ合って、殺し合って……もしかしたら人間は争う事を無くす事が出来ないのかもしれません」

 

人の歴史は争いの歴史、誰かがそんな事を言っていたのを思いだす。

人である以上避けられない呪いの様なそれはきっといつまでも人間と共にあり、人間を争いへと導いていくのだろう。

それでも、だとしても――――

 

「―――握った拳を開く事だって出来るって私は思うんです」

 

セレナの視線の先、争う男2人の間に入ったのは1人の女性。

どちらかの家族だろう。

片方の男をしばき、何かを語り掛けると、叩かれた男は申し訳なさそうに握った拳を開いて、手を差し伸ばし、もう1人の男も笑みを浮かべてその手を握った。

 

「―――確かに師匠の言う通りかもしれません。人間は醜い生き物かもしれません。けど…そう思う事で可能性を完全に捨てたくないって私は思うんです。

だから…師匠にも知って欲しいんです。人間を、可能性を……世界を」

 

争いは無くならないかもしれない、とセレナはさっき思った。

だが、それはあくまで≪可能性≫だ。

遠くない未来、いずれ全ての人が手を結び合い、平和な世界が訪れる≪可能性≫だって決してゼロではない。

だからセレナは知って欲しいと思った。

人間にある≪可能性≫を、

それこそがキャロル・マールス・ディーンハイムが父の命題の本当の答えに辿りつける道だと、そう思ったから。

 

「…………ふん」

 

キャロルの反応はあくまで冷たい物だった。

自身の言葉が届いた、とは己惚れない。

所詮セレナの言葉はキャロルの数百年を知らない小娘の戯言程度でしかないのだから。

だが、それでも――――

 

「おいお前ら、さっさと列に戻れ。数だけはあるんだ、揉め事なんて起こさなくても十分に足りる、欲しいならさっさと並べ」

 

―――僅かなきっかけを作れたのであればそれで十分だと思った。

 

 



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第37話

さらばシリアス!


「ふふ…ふふふ…」

 

シャトーにある一室。

セレナが使用を許可されているこの部屋は、基本的には錬金術の自己鍛錬をする際に用いる部屋である。

だがその部屋の奥にある小さな個室、そこはシャトーの主たるキャロルでさえも何があるか不明の部屋。

一度キャロルが何気なく追及した際にトップシークレットと頑なにその部屋を語ろうとしなかった。

そんな部屋の中にて、微笑むのは部屋の主であるセレナ。

眼の前に置かれた机の上に眠る≪それ≫の完成に至る品が遂に結社から届けられた事に堪えきれない笑みがこぼれる。

 

「長かった…本当に長かったです」

 

思い返すはキャロルに弟子入りをしてすぐの頃。

師匠の実力を学びたいと廃棄躯体を調べた時に思ったのだ。

凄い、と。

同時に思ったのだ、もしも自分がこんなのを作れたら、と。

そんな思いを糧に変え、努力してきた成果。

結社との同盟により遂に最終パーツを手に入れたセレナは震える手でそれを嵌め込む。

そして遂に―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

ガリィはその日ご機嫌であった。

暇潰しで始めた読書に何やかんやと嵌っているガリィであるが、最近はその中でも嵌っている作品があった。

≪うたずきん≫、そう呼ばれる少女向けコミックの最新刊を無事入手したガリィは自室に戻り読書へと興じようとしていた。

 

「あら、ガリィ」

 

そんなガリィの前に現れたのはファラ。

最近は二課の偵察でシャトーにいるのが珍しいファラの帰還に僅かに驚きながらも何の用と答えようとして―――

 

「さっきはありがとねガリィ。おかげで助かったわ」

 

―――全く身に覚えのないお礼を言われた。

 

「はぁ?ちょっとファラ、それどういう意味よ?」

 

「え?どういう意味って…さっきガリィに荷物運びを助けてもらったじゃない。忘れたの?」

 

―――再度言おう、全く身に覚えがない。

そもそもガリィがシャトーに帰還したのはついさっきだ。

手伝いはおろか、シャトーにさえいなかった人物がどうやって手助けなんて出来るだろうか。

 

「…え~と、ミカちゃんと間違えたとかは…ないわよね、うん」

 

「当然よ、あれは間違いなくガリィだったわ」

 

はて?とお互いに困惑する。

どうも話が一致しないと悩む2人。

そんな二人の前を通りかかるように現れたのは、機嫌が良さそうなレイア。

 

「どうした2人とも?地味に頭を抱えて」

 

「あ、レイアちょうどよかったわ。ねえさっきだけど―――」

 

「そう言えばガリィ、先ほどは派手に助かったぞ。まさかお前が率先して手伝ってくれるなんて、派手に驚かされた」

 

―――何度だって言おう、全く身に覚えがない。

今度はどういう事だとレイアに説明を求めると、少し前にマスターから言いつけられていた報告書の整理をしていた時にガリィが現れて率先して手伝ってくれたらしい。

おかげで予定していた作業時間を大幅に削減出来て、空いた時間でこれから妹に会いに行こうとしていた矢先に2人を見かけたので来たのだと語るが………

 

「………ガリィ、身に覚えは…」

 

「無いわよ…え?ちょっと、どういう事なの?」

 

背筋に冷たい物を感じざるを得ないだろう。

2人の説明を纏めると、本来はガリィがいないはずの時間にガリィがいて、そのガリィは普段はしない手伝いを率先して行った事になる。

無論ガリィに心当たりなどない。

それすなわち―――明らかな異常事態であった。

 

「レイア、そのガリィは何処へ?」

 

「すまない…特に気に掛けていなかった…派手な落ち度だ」

 

「と、とにかくその偽物のあたしを探すわよ!!」

 

もしかすればマスターに仇なす敵やもしれない、そう判断した三名が慌てて探しに行こうとしてーーー

 

「あれ?みんな揃ってどうしたんだゾ?」

 

聴こえてきたのはミカの声。

戦闘能力が圧倒的に高いミカの力があれば偽物と戦闘になれば助かるとミカへ協力を頼もうとしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミカと仲良く歩く《ガリィ》を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「さて馬鹿弟子、これはどういう事か説明してもらおうか」

 

シャトーにある玉座の間。

少し前に方針を決める話し合いの場として活用されたこの部屋に集まったのはカリオストロを除いた全く同じ面々だ。

あの時と違うとすればセレナが床に座らされている事、そしてーーー

 

「………?」

 

状況を理解仕切れていないようにキョロキョロと辺りを見渡すガリィよりも少し幼い身体をしたガリィがそこにいる事だろう。

 

「えーと、ですね………」

 

セレナはどうにか誤魔化そうとするように言い淀むがそれはこの場が許してくれない。

説明しなければ分かっているだろうな?と言いたげな雰囲気に後押しされるようにセレナは諦めるように説明を始めた。

 

「………実は前から思ってたんです」

 

事の発端はキャロルに弟子入りしてから少し後の事。

あまりの巨体ゆえにシャトーに入る事が叶わないレイアの妹と何だかんだと仲良くなり、ある日そんな彼女と戯れながら、思った。

どうしてレイアの妹だけで他のオートスコアラー達には妹がいないのだろうか?と。

他のオートスコアラー達も言葉にこそしないが、本心では望んでいるのではないか?と。

 

「そんな事を思っていますと………ですね………」

 

元々自分も作ってみたいと言う欲があった。

その欲と思いは混ざりあってしまい、1つの計画を作り上げた。

その計画こそがーーー

 

 

「名付けてオートスコアラーS(シスターズ)プランです!」

 

 

ババンッとまるで番組のタイトルコールが如く熱く語るセレナに釣られるようにセレナの隣にいた幼いガリィは立ち上がり、スカートの裾を掴み、優雅にかつ礼儀正しく深々とお辞儀をしながら自己紹介を始めた。

 

「初めまして皆様、私マスターセレナの手によって作られました、ガリィお姉様の妹《ガリス》と申します。

以後どうかお見知りおきを」

 

ーーー目眩がしてきた、キャロルはそう思いながら目の前の現実を否定するかのように目を閉じた。



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第38話

ガリィは不機嫌感をマックスに現しながら廊下を歩く。

それも当然だ、ガリィの妹≪ガリス≫が現れて1日。

そうたった1日しか経っていないのに……

ガリィを取り巻く環境は変わり果てていた。

 

「おはようございますファラお姉さま。嗚呼、よろしければお手伝い致しましょうか?ええ、全然構いませんとも」

 

礼儀正しく、積極的に手伝いに励み、

 

「あ、レイアお姉さま、此方お願いされていた書類です。必要はないかと思いましたが項目順に書類を整理して、幾つかあったミスも修正しておきましたので、後此方も時間があったので…」

 

仕事上手の上に気配り上手で、

 

「ミカお姉さま、申し訳ありませんが私に想い出を供給できる機能は搭載されておりませんので…後でガリィお姉さまにお願いしに行きましょう」

 

幾ら忙しくても笑顔を崩す事なく丁寧に対応し、

 

「マスターのマスター、此方先ほど焼いておきましたマフィンです。シャトー完成の為に頑張るのは良い事ですが、時には休憩も必要です。紅茶も用意しておきましたので少しご休憩でも如何ですか?」

 

料理上手で目上に対する対応までも完璧なあの妹にーー!!

 

はっきり言おう、ガリィは完全にガリスにその立場を奪われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷんぷんと不機嫌なガリィは廊下を歩く。

ガリス、そう名乗る妹は完璧超人かってツッコミを入れたくなるほどに優秀過ぎた。

ファラもレイアも、ミカまでもが彼女を気に入っている。

気に入らない………とイライラしながら歯を噛み締めるが、まだ堪えられた。

何故ならガリィにはマスターがいる。

マスターの寵愛さえあれば良いもんねーと不貞腐れながら廊下を歩き、

 

「いや、すまない助かるぞガリス」

 

聴こえてきたのはマスターの声。

その口から出た憎らしい名前にまさかと駆け足で向かうと、そこはとある部屋。

僅かに空いた扉から中を様子見するとーーー

 

「いえいえ、マスターのマスターは頑張りすぎだとマスターに聴いておりましたのでこれくらいならば喜んでご奉仕しますよ」

 

ベッドに横になったマスターをマッサージするガリスの姿があった。

 

「(ぐぎぎぃ………あ、あたしだってマスターのマッサージなんてさせてもらった事がないのに………ッ!!)」

 

込み上げる嫉妬心に折れそうになるほど指を噛み締めながら、それでも何とか耐えて様子見に徹する。

失敗してマスターに怒られろ!と呪いのような呪詛を小声で紡ぐ辺りが流石はガリィだろう。

 

「しかし、上手いな……馬鹿弟子に教えてもらったのか?」

 

「はい、マスターからは必要になるであろうあらゆる情報をインプットさせてもらっていますので大抵の事は出来ますよ」

 

なにその完璧超人システム……

てかあいつなに変な情報ばかり入れてるのよ!!

あれか!?前にした仕返しのつもりか!?(28話参照)

あれは妥当でしょう!!あたしは悪くはない!!

 

「そうか……それと気になっていたのだが、お前のその人格は……」

 

「はい、ガリィお姉様を基礎にマスターの人格情報をコピーして作られました。どちらかと言えばマスター寄りになってしまいましたが………如何でしょうか?」

 

「いや、正直オレはそちらの方が良いと思うぞ、うん」

 

ぐぎぎぎ!!とハンカチが破れそうになるほど噛み締めながら、ガリィのイライラは高まっていく。

こいつ……!腐ってもあたしの妹ならばあたしに花を持たせなさいよ!!

なーにマスターにちゃっかりと気に入られようとしてるんですか!!この泥棒猫めぇ!!

マスターもマスターですよぅ!!あんなパッと出の小娘になーにあんなに安心した顔してるんですかぁ!?

そーんな小娘なんかよりもガリィちゃんの方が優秀で可愛くて最強ですよ!!

そもそも人格だって基礎はあたしだって――――

 

「(………ん?)」

 

ふと思った。

今確かガリスはあたしを基礎にって言ったわよね?

ならばと考える。

《ガリスの立場になったガリィ》を考えてみる。

あたしならばどうする、と。

突然の妹の出現に困惑しているガリィに対して、あたしならばどう行動を取る?

 

―――そう考えると1つの答えが出た。

 

まさか、もしかして、と。

答えが生まれ、もしやと睨み付けるように視線を戻すと――気付いた。

ガリスの視線が此方を見ている事に、そしてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニヤリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らの姉を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら面白そうに見つめている事に、気付いた。

 

「あ、あのガキィィィィッ!!!!」

 

理解した、全て理解した。

あのガリスとか言う糞野郎は≪あたしで遊んでやがる!!≫

意図的に好まれキャラを作ってそれに嫉妬するあたしを面白がってやがる!!

許せん…絶対に許せん!!

誰かをからかって遊んで良いのはあたしだけなの!!

決してあんたじゃないわよガリスゥゥゥゥゥ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…それでどうしてこうなってるんですか?」

 

鍛錬場にて向き合うのは怒りに震えるガリィとニコニコと笑みを絶やさないガリス。

向き合う様に並ぶ2人の間に立つのは審判として呼び出されたエルフナイン。

久しぶりの出番なのに、暇そうだったからと言う理由で呼び出されたこの子も哀れである。

そんな2人と被害者1人を遠巻きに見るのは、キャロルとセレナ。

どうしてこうなったんだろうと困惑しながらハラハラした想いで見守るセレナに対し、キャロルは冷静に見つめていた。

 

「(ガリィの暴走はいつもの事だが…今回ばかりは丁度よいやもしれんな)」

 

キャロルからすればガリスはとても良い子だ。

正直、セレナにガリィと交換しないかと提案しかける程に良い子だ。

しかしそれをすればガリィが絶対にキレると堪えているのだが……まあこれは置いておこう。

現状、キャロルが最も知りたいのはガリスの戦闘力だ。

セレナ曰くボディに関してはエルフナインの手こそ借りて改造、調整しているが、基本的にはそのままだと言う。

だがそれ以外は完全に不明のまま。

それ故に今回の鍛錬はそれを証明できる絶好の機会でもある。

 

「えっと、それでは始めますけど…双方準備は良いですか?」

 

「はい♪いつでも♪」

 

「――その余裕な笑みをすぐにぶち壊してあげるわよッ!!」

 

睨むガリィ、微笑むガリス。

片や込み上げる怒りを形に変え、片やそんな姉の姿に益々と笑みを増していき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、始めてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――オートスコアラー同士による姉妹喧嘩がはじまった―――

 

 

 



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第39話

「喰らえやおマヌケぇッ!!」

 

先手を取ったのはガリィだった。

開始の合図と同時にガリスの足元から吹き上がる水流。

常人であれば受けるだけで良くて骨折、悪くて命を奪い獲らんとする勢いを持ったそれはガリスに避ける時間を与える事なくダメージを負わせた――と誰もが思った。

 

「あら?あらあら?ガリィお姉さま最初から奇襲ですか?流石はガリィお姉さまですね。ええ、とてもガリィお姉さまらしい≪立派な手段≫だと思いますよ」

 

ガリスの落ち着いた声にガリィの表情が僅かに歪む。

声の持ち主であるガリスは確かに避ける時間もなく水流を受けていた。

だが、まるでその水流を自分が出したのだと言わんばかりに緩やかに水流の上で優雅に微笑んでいるその姿からはダメージを負った様子など欠片も想像させず、ガリスはただただ自らの姉を不敵な笑みを以て見つめていた。

 

「…まあそうなりますよね。ガリィさんもガリスも得意とするのは水。

それも性質が近い2人ならば水流の支配権を奪い取る事も容易いでしょうから…」

 

無論ガリィとてそれは理解している。

未知な部分が多い妹であるが、その基礎となっているのはガリィ自身。

ならば得意とするのは同じ水の錬金術であると踏んでいたが……

 

「(想像通りってわけね)」

 

小手調べの奇襲を難なく受け止め、水流を消しながら再度地面に降り立ったガリスは動かない。

どうぞ、と言わんばかりにニコニコと浮かべたままの笑みに苛々する気持ちを抑え、ならばと次の手を打つ。

 

「これならどうよッ!!」

 

雄叫びと共に放たれるは先程と同じ水。

なれど今度は先程の水流とは異なり、さながらウォ―タ―カッターの様な鋭さを携えた物。

それを複数同時に放ってみせる。

 

「ッ!!」

 

迫る水の刃と化した放射水に対し、ガリスの笑みが消えた。

先程の水流とは異なり支配権を奪い取るのは不可能とみなしたガリスは迫る水の刃を回避していく。

その動きはまさにガリィ。

動きに合わせて凍り付く床を滑る様に躱していく―――しかし、

 

「あめぇんだよ!!」

 

その動きを阻む様に同様に凍った床を滑りながら急接近したガリィの氷を纏った右手がガリスを襲撃する。

姉の急接近に驚かされたと言わんとするように驚愕しながらも、即座に氷の刃を形成、その一撃を食い止める。

 

「あははッ!!どうしたのどうしたのガリスちゃぁん!!さっきまでの余裕はどこへ消えちゃったのかしらぁ!!」

 

「――ッ!いえいえ、ガリィお姉様。まだこれからですよ!」

 

戯言をぉ!と力任せに押し出すガリィに対して、ガリスは何とかそれを受け止める。

乱れ狂う氷の刃、透き通る程に綺麗なそれは刃物と化して互いに振るわれる。

氷と氷、互いに同じ武器で振るわれるその光景はどこか幻想的な美しささえ感じる程である。

そんな光景を眺めながらキャロルは内心確信を得ていた。

 

「(……これはガリィの勝ちか)」

 

ガリィは元々奇襲攪乱戦法を得意とし、真正面からの戦闘には不向きな戦闘スタイルを主としている。

そんなガリィの接近戦でもガリスは表面上は余裕を演じているが、その動きから苦戦を強いられている事を難なく理解させてくれる。

ガリスの戦闘能力に期待していたが…まあこれまでか、とこれ以上は無意味と判断したキャロルが止めようと口を開きかけ―――

 

「これで…おしまいよ!!」

 

ガリィが放ったのは先程のウォ―タ―カッターの様な鋭い水。

刃を振るいながら近距離で放たれたそれをガリスは苦し紛れの様に身を捻って何とか躱した―――躱したのだが―――

 

「―――――あ」

 

ガリィの放った一撃は僅かに、ほんの僅かであるがガリスの頬を掠り、小さい傷でこそあるが損傷させた。

その様子をガリィはしてやったりと笑みを浮かべる。

 

「あらら。可愛い顔に傷が付いちゃったわね~♪かわいそーう、これ以上続けちゃったらもっと増えちゃうんじゃない?降伏するならガリィちゃんは構わないわよ~♪」

 

――実際の話、この戦いガリィは開始前から有利であった。

想い出を錬金術と言う力に変える彼女達オートスコアラーは想い出があればあるだけその力を振るう事が出来る。

そう、あればあるだけ振るえてしまうのだ。

ガリィは試合前にセレナを強襲し、想い出を満タン近くまで補給した上でこの鍛錬に挑んでいる。

そのおかげで彼女が使う一撃一撃は通常時の倍の威力を以て放たれており、更に想い出の容量はまだまだあるのでガス欠の心配をする事なく戦えているのだ。

 

「(決闘だからって平等に?正々堂々と?笑わせてくれるわねぇ)」

 

勝利の為なら何でもする、ガリィらしい行動である。

最初の水流の乗っ取りこそ驚かされたが、それ以降においては圧倒的にガリィ優先に事が運び、もはや勝利は確信だとガリィ自身思っていた。

だからこそ降伏勧告である。

確かに憎らしい妹であるが、一応は妹。

姉らしい寛容さをみせて、マスターに褒めてもらおうなんて決して思っていない、思ってはいない(大事な事なので)

 

「さあさあ降伏しなさいな♪これ以上するなら―――」

 

痛い目に合うわよ、そう続けようとした言葉が止まる。

俯き表情が伺えないガリスが何かを紡いでいる。

なによ、とその言葉が何かを拾おうとして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない―――ッ!!!!

よくもマスターから頂いた顔に傷をつけたなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪詛の様に紡がれた言葉と共にガリスの俯いた顔が上がる。

怒り、ただそれだけを現した表情にガリィは僅かに驚かされるが、すぐに笑みを浮かべる。

 

「なーに?そんなに顔に傷が付いちゃったのが許せないの?ならさっさと降伏して―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえてきたのは、歌。

紡がれる声は美しい歌声となり、鍛錬場に鳴り響く。

 

「―――ッ!!ガリスそれはまだ――!!」

 

止める様に叫ぶセレナの声は虚しく、歌声は更に勢いを増していく。

同時にキャロルは感じていた。

ガリスから溢れる≪それ≫の正体を、まさかと混乱する頭でそれを紡ぐ。

 

「…フォニックゲイン、だと!?」

 

紡ぐ歌と共にガリスの腕に水が集う。

液体でしかないそれは段々と形をなしていく。

柄を作り、矛を作り、それは≪武器≫となっていく。

そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――手加減無しですガリィお姉さま。

    私は――今から貴方をぶち壊します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その手に握るは三又の槍。

伝承曰く、人間に勇気を与え、海の全てを支配する力を持つそれを彼女は握る。

ギリシャ神話において海を司る神が持ったとされるそれの名前は―――――トライデント

神が扱いし武器を纏い、ガリスは目の前にいる(潰すべき相手)へと襲い掛かった。



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第40話

先に言っておきます―――作者書きながら半分混乱してます。
こう言う設定とか書いていくの好きなんですけど偶に混乱するんですよ……
なので可笑しい所とかあるかもしれませんが、そう言った所は逐一修正していきますのでご容赦を……


「どういう事だ馬鹿弟子ッ!!説明しろッ!!」

 

ガリスが歌と共に生成した武器、あれは間違いなく聖遺物である。

それを何故持っているのか、先ほどの歌は何なのか、突き詰める様にセレナに答えを求めるキャロルであったが、セレナはそれどころではない。

 

「はぁぁぁッ!!!!」

 

掛け声と共に振るわれるガリスのトライデント、ただそれだけを心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「こんっのぉ!!」

 

迫るガリスのトライデントの突きから逃れる様に床を滑り、距離を取ったガリィは先程同様に鋭い刃と化した水を放つ。

その数合計10。

圧倒的な速度を以て放たれた水の刃は、狙い通りにガリスへと向けて放たれる。

放たれる水の刃はそのままガリス目掛けて飛んでいきーーー

 

急に方角を変えて、ガリィ自身へと襲い掛かった。

 

「なぁッ!?」

 

驚愕し、慌てて防がんと生成したのは水と氷、2つの盾。

その耐久力は想い出が満タン状態である今だからこそ発揮できる絶対不滅の盾。

これならば防げる、そう判断したガリィであったが………

 

―――水の刃と盾が接触した瞬間に、盾がその役割を放棄するように呆気なく崩れたのを見るまでは―――

 

「―――ッ!!」

 

言葉ならない驚きと共に慌てて自らが放った攻撃の雨を躱すが、全ては躱しきれない。

腕に、脚に、身体に、掠る様にでこそあるが受けた痛みに表情が歪む。

それでも何とか直撃だけは躱す事が出来たガリィは困惑する様にガリスを見つめる。

 

「……まさかそんな隠し玉があるなんてねぇ」

 

自身が放った攻撃が自らに襲い掛かり、防がんとした盾はその責任を破棄して瓦解する。

これらの異常の原因は安易に予想がつく。

ガリスが生成した武器、あれに違いないだろう。

 

「ええ、ええ。想像通りですガリィお姉さま。

この槍はギリシャ神話において名高い海の神、ポセイドンが扱いし槍、トライデントのほんの少しの欠片を元に生成された武器です」

 

数値で言えば1%にしか満たない本物の欠片と99%の偽物で作られたこの武器はある意味を言えばシンフォギアに近い性質を持っている。

ただシンフォギアとの違いは所詮紛い物であると言う事だ。

確かに一部本物を使用してはいるが、所詮は雀の涙程度。

シンフォギアに用いられる聖遺物のサイズと比べれば遥かに劣る小ささだ。

普通であればそんな物使っても聖遺物の神秘性の再現など不可能で、単なる槍として扱う事しか出来ないだろう。

 

 

それを可能にしたのが、錬金術と哲学兵装である。

 

 

哲学兵装とは簡単に言えば思い込みと言葉の力だ。

ファラの剣殺し(ソードブレイカー)が一番の例えであろう。

彼の剣は≪剣であれば全て壊す≫と言う思い込みを形に変えた武器だ。

長い年月を掛けてそうであると思い込みを掛け続けられた武器が、その思い込みを≪そうである≫と認識する事で生まれるのが哲学兵装だ。

 

要はそれの応用だ。

僅かにでもポセイドンの槍であるトライデントの欠片を使用して作られた槍を錬金術を以て言葉の力を封じ込めていき、槍自身にこれが本物のトライデントであると思い込ませた物を形にした物がこの槍だ。

簡単に言えば、偽物のトライデント自身に本物のトライデントであると思い込ませているのがこの槍の正体。

後はガリスの歌で発生するフォニックゲインに反応させて聖遺物として使うだけで良いわけだ。

 

「言葉の力って凄いですよねー、おかげでこの槍は偽物でありながらも本物と変わらぬ機能を扱う事が出来ます―――そう、例えばこんな風にですねッ!!!!」

 

ガリスのトライデントが振るわれると同時に、ガリィ、ガリス両名の攻撃によって濡れていた地面に残った僅かな水滴が一瞬で短刀へと変わり、周囲一帯を囲む様にガリィに襲い掛かる。

咄嗟的に盾を構築しようとするが、先程の事を思い出し、即座に回避に切り替える。

迫る短剣の雨を躱しながら、氷の刃を手に纏おうとするが、それさえも上手く機能しない。

 

「(この場の水全ての支配権を奪われたってわけね…)」

 

伝承曰く、ポセイドンはトライデントを以て海と地震を支配したとされる。

その伝承があの偽物の槍で再現されているとなれば、水はおろか地震を起こす事さえも可能であると思われる。

はっきり言おう、勝ち目はない。

ガリィの水を封じられた時点でガリィに残された攻撃手段はほぼゼロ。

それどころか防御手段さえもない。

攻めるも守るも不可能、ガリィに残された道は降伏か破壊か、だろう。

 

そんな思考の間さえもガリスの攻撃は止まらない。

地面から生まれる無数の短剣が、トライデントの突きが、ありとあらゆる水を用いた攻撃がガリィを追い詰めていく。

特にトライデントによる攻撃の恐ろしさは驚かされる一方だ。

難なく壁に穴をあけ、地にクレーターを作り、振るえば破壊、刺せば破壊と言った暴力の具現と化している。

 

「―――ッ!!くそったれッ!!」

 

もはやガリィに選択肢はなかった。

こんな所で退場なんて許されるはずがない。

ガリィにはまだ役目があるのだ。

マスターの計画の1つとしてこの身を捧げる役目が―――だから―――

 

「―――――分かったわよ……」

 

決して口にしたくない単語を、絞り出す様に、捻りだす様に、言葉として発する直前――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリスを無数の黒い手が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!?」

 

突然の襲来、ガリィに注意が向いていたガリスはまともな行動を取る前に即座に動きを封じこめられる。

幾つもの黒い手に捕まり、その動きを完全に封じられたガリスは叫ぶ。

こんな事が出来る唯一の人間に、自らのマスターに、

 

「マスター!!どういうつもりですか!!あと少しで―――!!」

 

ガリスは確かに見えていた。

姉が絞り出す降伏の言葉を、勝利への道を、

それを阻んだ人物、マスターへと怒りが向けられる。

例えマスターでも許せない、そう言いたげな言葉に対して――――

 

「もう少しもくそもありませんッ!!ガリスッ!!≪それ≫の使用はまだ許した覚えはありませんッ!!」

 

セレナのお怒りがさながらおいたをした子供を叱る様に、吠え返されたのであった。

 

「う……で、ですがマスター!!トライデントの起動は無事に成功致しました!!これでしたら何も問題は―――」

 

「問題大ありです!!ガリス分かっているんですか!!貴女にとってそのトライデントは最大の武器であると同時に決定的な弱点ッ!!未だに耐久性に問題があるのにそれを勝手に使うなんて…言語道断です!!」

 

苦し紛れの様に言葉を紡ぐガリスに対して、セレナの言葉はまさに抵抗の余地さえも許さない弾丸の様な勢いを持った物。

言葉を紡ぐたびに縮こまっていくガリスを見ながらガリィはポカンッと呆然としていた。

 

そんな混乱に満ちた鍛錬場の隅に避難する様に姿を隠していたエルフナインがゆっくりと姿を現して現場を眺める。

えっと、これは…と暫く悩んだ末に、エルフナインは持っていた旗を両方掲げて――――

 

 

「ひ、引き分けにしますー!!」

 

 

鍛錬の終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、な」

 

鍛錬終了後、傷ついたガリィとガリスをそれぞれのマスターが修復しながら、キャロルはセレナからの報告を聞いていた。

ガリスはボディこそ廃棄躯体を再利用して生まれたが、その中身は別物である。

そもそもセレナの力ではキャロルやオートスコアラー達が扱う想い出を力へと変換する錬金術の再現は難しかった。

錬金術の基礎は分解と再構築だ。

セレナとて錬金術師の端くれ、目に見える物の分解、再構築は問題なく出来る。

だが、想い出と言う目に見えない物の分解はレベルが違う。

その再現性は難しく、だがこれ無くしてはオートスコアラーの製作など夢のまた夢。

しかしどうしても上手く行かないセレナは逆に代わりとなるエネルギーを作ればよいと考えた。

 

それが聖遺物。

 

歌の力を以て起動し、無数のエネルギーを生み出すこれに目を付けたセレナはエルフナインの力を借りてボディを改造。

錬金術を扱う事を前提としていたボディを聖遺物のエネルギーに対応できるする事で問題を解決したのだ。

残すはコアとなる聖遺物の発見だけだったが……これはそう簡単にいかない。

発見自体が珍しい聖遺物。それも素人が探し当てる等無理難題でしかないだろう。

それに独断での外出を禁じられているセレナにはとても探しに行けるわけもなく、ボディだけを完成させて放置する羽目になっていた。

 

そんな事態が急変したのが結社との同盟。

それも結社のトップであるアダムと個人的友好関係にあり、結社もアダムからの命令で彼女に対しては積極的な協力を優先する様にと指示が下りていたのもあって、結社に保管されていた聖遺物を頂ける事となった。

それこそが彼の海の神ポセイドンが扱いし槍、トライデントの破片。

だがそれはほんの僅かにしかなく、そのままでは聖遺物としても機能しない欠片でしかなかった。

どうにかして使える様にと考えた末に生まれたのが件の哲学兵装だ。

哲学兵装の理論を利用して作られたそれは無事に聖遺物として機能し、トライデントは無事にガリスのコアとして起動したのだが……

 

「…あのトライデントはまだ完全に完成に至っている訳ではなく、あくまでコアとしてのみ耐えうる状態で起動しているだけです。それをこの子は独断で兵装としてまで使うなんて……」

 

ガリスの最終武器、それは自らのコアとして機能しているそれを武器として扱うと言った物だ。

当然その威力は本物で、トライデントに纏わる逸話の再現も可能な程だ。

最終武器としては十分だろう。

だが、これは諸刃の剣。

その手に握るのは自らの心臓、もしも壊れれば――――

 

「それがお前が止めた理由、か」

 

突然ニトクリスの鑑を纏った時は驚かされたが、そういう理由ならば仕方ない。

しかし、とキャロルは考える。

まさかこいつが独断でこんな物を作っているとは……

はっきり言ってあのまま続けていればガリィは負けていた。

ガリィを屈する程の実力を持ったオートスコアラー・シスター。

 

「…使えるやも、な」

 

え?と聞き返す様に言葉を発するセレナに何でもないと手を振ってキャロルはガリィの修理を進めるのであった。

 



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シャトーの日常その1

前にアンケートした外伝その1です
今回の主役は―――


吾輩はアルカ・ノイズである。

名前は3012(サンゼロイチニ)

特に特筆すべき点がないのが特徴の一般アルカ・ノイズである。

え?名前なんてあるのかって?

あるんです、それが。

現在マスターセレナの手によって生成されたアルカ・ノイズの数は4365体。

そのどれもが番号でこそあるが名を与えられており、そしてマスターはその名前を一度たりとも間違えた事がないのです。

あ、噂をすれば……

 

「あ、おはよう3012、今日はこのエリア担当なの?」

 

≪おはようございますマスターセレナ。はい、本日第11戦闘班はこのエリアの清掃を任務としております≫

 

「そうなんだね。このエリアはガリィさんが掃除をサボってゴミを隠してたりしてるから大変だろうけど頑張ってね。あ、必要なら言ってね、確か第5班と7班の担当エリアは比較的に簡単に済むエリアだから必要なら応援に行かせるし、私も師匠との鍛錬終わったら手が空くから手伝うよ」

 

≪おお…ありがたき御言葉…マスターの偉大なる優しさに感謝を…≫

 

「そんな、大げさだよ。それじゃあ私行くから頑張ってね」

 

≪了解いたしました、本日も頑張ってください≫

 

本日も元気よく駆け足でマスターのマスターとの錬金術鍛錬へと向かうマスターを見送りながら、さてと気合を入れる。

 

≪では諸君、本日も清掃に励むとするぞ≫

 

おー!!と掛け声を上げるアルカ・ノイズ達を背に本日もマスターからの任務に励むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々アルカ・ノイズはマスターセレナの手によって組織化されている。

戦闘班、諜報班、医療班、雑務班、その他もろもろ……

それぞれの特性に合わせたアルカ・ノイズ達がそれぞれの班に所属し、そこから更に班別に編成されている。

私3012がリーダーを命じられているこの第11戦闘班もその1つだ。

我々の使命はマスターに仇名す敵を撃ち倒し、マスターをお守りする事にある。

他の班もそれぞれに使命こそあるが、その全てはマスターの為に貢献する事。

それこそが我々全員の使命である。

 

そんな我々だが、基本的に平時においては清掃を主な活動内容としている。

元々は雑務班の仕事であったのだが、雑務班だけでは手が足らず、ただでさえお忙しい心優しきマスターが清掃を手伝われているを見て、日頃待機しているだけの我々戦闘班も手伝うべきでは、となりこうして毎日清掃に励んでいる。

ん?嫌じゃないのかって?

そんな事はない、むしろ我々が清掃するだけでマスターの負担が減るのであれば喜んで清掃させてもらう、それこそが主を支える配下と言うものだ。

 

≪さて、こんなものか≫

 

マスターの警告もあって多少の警戒を以て挑んだ清掃も大方終わりを迎えようとしていた。

後もう少し、そう思って気合を入れ直しながら残された作業を終わらせようとして―――ふと、それを見た。

部下の何体かが隅っこに固まるようにして何かを小声でもめている。

どうしたのだろうか?そう思ってこっそりと近寄ると――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪いや、これは私がマスターへお渡しを!!≫

 

≪ふざけるな2214!!貴様、マスターのハンカチを独占するつもりだな!!ここは俺が責任を持ってだな!!≫

 

≪貴様がふざけるな2432!!こいつを見つけたのは私だ!!この3311が責任を持ってマスターへお渡しするッ!!≫

 

一枚の見慣れたピンク色のハンカチを奪い合う部下の姿がそこにあった。

 

おいおい、とため息をつく。

全く不甲斐ない部下を持った物だ、と3体の間に割り込む。

 

≪隊長!?≫

 

≪隊長これは…≫

 

何も言うな馬鹿ども、と優しい感情で部下を見つめる。

手が掛かる子ほどかわいいとは言うが、全くこいつらは本当に……

揉め事の種となったハンカチを回収する。

全く、いくらマスターの私物であるとは言えこんなハンカチ一枚で――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪マスターに褒めてもらうのはこの3012だぁぁぁぁ!!!!≫

 

≪≪≪あッ!!逃げたぞッ!!!!≫≫≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…」

 

鍛錬を終えたセレナは廊下を歩きながら何かを探す様にキョロキョロと見渡していた。

最近手に入れたばかりのハンカチ、ピンク色の可愛らしいデザインのそれを失くした事に気付いたのは鍛錬を終えた時だった。

部屋を出る時までは持っていたのは確かだと私室から師匠の部屋へと続く通路を探しながら歩いているが、見つからない。

 

「可笑しいな…」

 

誰かが拾った可能性もあるにはあるが、それなら連絡の1つぐらいあるはずなのに、と諦めずに探すセレナはふと朝出会った3012を思い出す。

もしかしてあそこに落してあの子が拾ってくれたのでは?と。

3012はセレナが製作したアルカ・ノイズの中では心優しい子として生まれてくれた。

あの子なら拾っていても可笑しくないと駆け足で清掃担当エリアへと向かう。

もう少し、後少し、と見えて来た通路を曲がる。

そこには――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!隊長も糞もかんけぇねえッ!!!!そいつを寄越せ3012ィィィィィィィ!!!!≫

 

≪だが断るッッッ!!!!この3012が最も好きな事はただひとつ!!マスターからのお褒めの言葉だけだぁぁぁぁぁぁッッ!!!!それがもらえるなら俺は喜んで悪魔に命を捧げるぞォォォォォ!!!!≫

 

≪くそったれ!!おめえら共同戦線だッ!!!!3012からあのハンカチを奪い、全員でマスターからのお褒めの言葉を賜るんだッ!!!!≫

 

≪≪≪≪乗ったッッッ!!!!≫≫≫≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――咄嗟的に浮かんだのは修羅場と言う単語のみ。

一枚のハンカチを奪い合う様に掃除道具を武器に激戦を繰り広げるアルカ・ノイズ達。

解剖器官を使っていないのは不幸中の幸いだろう。

だが、争う度にバケツの水は床を濡らし、飛んできた箒や掃除道具は壁や床に当たって傷を作り、片づけられていたゴミは床や壁に散らばり果てる。

そこにあったのは、清掃する前よりも遥かに汚れ果てた悲しき光景。

そんな光景に、思わず、そう思わず――――

 

プチンッと何かが切れた。

 

≪貴様らぁぁぁぁ!!!!邪魔をするんじゃない!!!!俺はこいつをマスターへとッ!!!!≫

 

≪ふざけるな3012!!貴様だけに良い思いは―――≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ねえ、みんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言、たったの一言。

それが騒動を一瞬で沈黙させた。

その声の持ち主に、声に込められた隠しきれない感情に、背筋に冷たい物が流れ落ちるのを感じながら、その場にいた全アルカ・ノイズの視線が動く。

 

「――色々と言いたい事はあるんだけどね、とりあえず……」

 

そこにいたのは笑顔のまま静かに怒りに震えるマスターの姿。

何時の間にかファウストローブを身に纏い、淡々と、なれど絶対に逃さないと言わんばかりに――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――全員、お仕置き、ね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の黒い手がアルカ・ノイズを襲ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吾輩はアルカ・ノイズである。

名前は3012。

どうかこの記録を見る者がいれば、心しておいてほしい。

マスターの前で喧嘩しちゃダメ、これぜった――――――――――――――

 

 

 

 

 



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第41話

ガリスは基本的には何でもできる。

与えられた膨大な知識がそれを可能とするからだ。

それこそ一般(ノーマル)から荒事(アウト)までだ。

ガリィを基礎にセレナの人格情報をコピーされて作られたその人格は清楚にして純粋、そして腹黒。

自らの姉が苦しむ姿に笑みを浮かべ、内心面白い玩具だと姉を完全に見下ろしているガリスであるが、それ以外に対しては基本的に良い人となる。

お手伝いや奉仕、貢献することに喜びを感じ、自らに与えられた知識を活用して他人の力となる。

そんなガリスは今まさにとある人物の力になろうとしていた。

 

「………ぅぅ………」

 

目の前に広がるは無数の焦げたパンケーキ。

材料である小麦粉にまみれながら、啜り泣くその人物はエルフナイン。

ガリスに料理を学びに来た心優しき子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンケーキ、ですか?」

 

セレナの私室を掃除していたガリスに突然お願いしたい事があると現れたエルフナインは願った。

パンケーキの作り方を教えてほしい、と。

 

「駄目……ですか?」

 

「いえ、それくらいならば喜んでお手伝いさせてもらいますが………何故パンケーキを?」

 

エルフナインの話を纏めると。

事の発端はマスターと錬金術の鍛錬をしていて、休憩時間に見たテレビに映ったパンケーキ専門店が原因であると語る。

色鮮やかな装飾や瑞々しいフルーツと共に映し出される美味しそうなパンケーキ。

エルフナインはその時錬金術の用意をしていて全部は見ていなかったのだが………

 

《わぁ♪美味しそうですね。こんなの食べてみたいですねー♪》

 

マスターの嬉しそうな一言を聞いたエルフナインは思った。 

普段あまり力になれていない自分が役に立つ時が来たのだと。

だがエルフナインにはパンケーキを買いに行く為の手段も費用もない。

ならば、この手で作れば良いのでは?そう思い1人で挑んだパンケーキ作り。

材料も作り方も本を読んである程度覚え、これならばと挑んだのだが………

 

「実は………」

 

恐る恐るエルフナインが取り出したのは、辛うじてそれがパンケーキであったと言う事実を理解できるだけの黒い何か。

試しにフォークを刺してみるが、フォークを通して感じたのはパンケーキの柔らかな感触………ではなくザクッと硬い何かを突き破ったような音。

持ち上げるとポロポロと崩れ落ちるそれは、決して口に入れたいと思う物ではなく、逆にどうしてこうなったのかと追求したくなる程までにパンケーキとは異なる品と化していた。

 

「………これは強敵ですね」

 

パンケーキの作り方は単純で装飾とかに拘らなければ初心者向けの料理だ。

それがこうなる……教えると口にした以上仕方ないが、ガリスは待ち受ける困難に僅かに顔を歪ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

そして今、どうしてこうなったレベルで悲惨な光景が広がるキッチンの惨状に頭が痛くなると頭を抱えるガリスであったが、原因を突き止める事が出来た。

エルフナインは完璧すぎるのだ。

材料も調理法も、教えた通りに完璧に実践してみせてくれている。

それはさながら錬金術の様だと感じ取れる程に完璧だ。

だがその完璧すぎる故に、トラブル等の流れを崩す出来事に弱い。

調理にはトラブルが付き物だ。

火の調整、材料の微量な分量ミス、時間の問題、数えればきりがない程に生まれてくるトラブル達。

そんなトラブルにエルフナインは対応出来ていないのだ。

1つのトラブルに慌て、それが引き金で次のトラブルを引き起こす負の連鎖。

それがこのパンケーキを真っ黒い何かへと変えてしまっていた原因だ。

これを教えて対応できるようになれば後は問題ないだろう。

……と言ってもそんな料理初心者であるエルフナインが対応できる様に指導するとなると、1日2日では難しい。

調理前、エルフナインは帰って来る彼女に食べさせてあげたいんです、と語った。

時計を見るが、残された時間は決して多くない。

 

「(マスターが御帰りになるまで後少し…今からエルフナイン様だけの腕では難しいですね)」

 

時間を考慮するとエルフナインだけだと1枚焼くのが限界だろうが、自分が手伝えば装飾とフルーツのトッピングも間に合うだろう。

仕方ないですね、と手伝おうと一歩前に踏み出そうとするよりも先に――――

 

 

「だ、大丈夫です!!1人で出来ます!!やらせてください!!」

 

 

聞こえたのは明確な拒絶。

驚くガリスに構う時間さえ惜しいのだろう、すぐに材料をボールに入れて掻き混ぜ始める。

そんな姿を見ながらガリスは思う。

自身でも分かっているだろうに、もう間に合わないと。

分かっているだろうに、手伝ってもらうべきだと。

しかしそれでも何故折れぬのだろうか。

何故頑張れるのだろうか。

そんなガリスの疑問に気付いたのだろうか、エルフナインは誰に言う訳でもなくただ呟く様に語る。

 

「――ボクは、少し前までは単なる無数に存在するキャロルのホムンクルスの1人でした」

 

目覚めた時に全てを理解した。

自身はキャロルのホムンクルスで彼女にとって駒でしかないのだと。

シャトーの建造を命じられ、来る日も来る日も完成に至る為に身を費やした。

それが(エルフナイン)の役割だからと、それが自身の生まれた理由だと、ただただ時間を過ごして来た。

 

そんな時に、彼女と出会った。

出会いは最悪だったかもしれない。

無数のモヒカンアルカ・ノイズに追われたあの日は、今でもすぐに思い出せる。

……思わずトラウマに近い恐怖を感じる程に。

けれどもあの日、彼女に―――キャロルの弟子である名無しの彼女と出会った時からそれまでの時間とは違う時間が流れ始めた。

刺激的で、時には困惑させられ、けれどもとても楽しくて暖かい時間。

以前までには無かった、心地良い時間。

 

そんな時間をくれたのは、間違いなく彼女だった。

お礼をしたいってずっと思っていた。

けれども自身にあるのはキャロルから与えられた錬金術の知識だけ。

たったそれだけしかない自身に出来るお礼なんて、何もないんだって思っていた。

だからこそ―――

 

「今回だけは、ボクだけの力で完成させたいんです!!何もお礼が出来なかったボクがやっと見つけたこの恩返しだけは絶対に!!」

 

絶対の意志、とはまさにこの事だろう。

数を成して手慣れた動きで調理を進めていくエルフナインであったが、その動きは先程までと一緒。

これではまたトラブルが起きれば滅茶苦茶になるだろう。

 

「――――ふぅ」

 

やれやれ、ですねと息を吐く。

うちのマスターどれだけ愛されてるのやら……

まあ、それが私のマスターなんですけどねと微笑み、静観する。

叶うならばトラブルなんて起きずに無事に成功しますように、と願いながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セレナが部屋に戻ると、待っていたのは笑顔のガリスとその後ろに隠れたエルフナイン。

そして机の上に置かれた―――ちょっと焦げたパンケーキ。

蜂蜜を塗っているのだろう、甘い匂いとパンケーキの食欲をそそる匂いと合わさり、何とも言えない食欲が込みあがる。

 

「あの、これって…」

 

「まあまあ、とにもかくにも食べてくださいな♪」

 

ガリスに背を押され、腰を降ろしてパンケーキへと向き合う。

見た目はちょっと焦げているが漂う匂いはその見た目を十分に補う程の良さ。

ナイフで切り、フォークで口元へと運ぶ。

ゆっくり、ゆっくりと、運ぶ。

ガリスの背にいるエルフナインから向けられた視線にこのパンケーキの正体に気付きながら、それを食べた。

 

「―――ッ!!」

 

思わず唸る様に言葉にならない声をあげる。

それをエルフナインは悪い方に捉えたのだろう。

慌ててティッシュを持って来ようとしたが、それをガリスは黙って留めた。

だって、そんな事をする必要なんて―――

 

「美味しい!!これすっごく美味しいよ!!」

 

――――ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まさかエルフナインさんがあの時の言葉覚えてくれてたなんて」

 

調理で疲れていたのだろう。

パンケーキを食した後、少しの会話の後にまるでスイッチが切れる様に寝てしまったエルフナインを膝に寝かせ、その髪を優しく撫でる。

その身体からはパンケーキの良い匂いがしますね、と微笑んでしまう。

 

「はい、マスターにお礼したいんだって、ずっと頑張ってましたよ」

 

そんなエルフナインに毛布を掛けながらガリスが答える。

ガリスとて嬉しい気持ちだ。

エルフナインに教えた料理が上手く出来、それをマスターが褒めてくれた。

嬉しい、とても嬉しい限りだ。

だからこそ――――心が痛む。

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、本当に…エルフナイン様には全てを内緒にされるのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

セレナが計画に参加する事になってすぐに師匠に呼び出され、ある条件を突き付けられた。

≪エルフナインには計画の事も、現段階でエルフナインが知っているお前の情報以上の情報を与えるな≫と。

それ故にエルフナインは知らない。

セレナが既に名を取り戻している事を、エルフナインでさえ知らないキャロルの計画にセレナが加担している事を、知らないのだ。

せめて名前だけでも教えてあげたい、と一度師匠に願ったが却下された。

≪お前が苦しむだけだ≫とだけ言われて……

 

「…本当は全て話しちゃいたいけど、それは許されないから」

 

エルフナインに求められる役割が何のかは分からない。

けど、何となくだけれども察していた。

きっと何時かこの子と別れる時が来たら、次に会う時は敵になるんだ、と。

そしてそれは決して遠くはないんだとも……

 

「…だから今だけは、今だけでも……」

 

いずれ来る別れが少しでも遠のくように、少しでもそれまでを大事にする様に、セレナは眠るエルフナインを優しく撫でるのであった。

 

 



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G編
第42話


G編始まるよー


降りしきる豪雨、夜空を照らす雷鳴。

暗闇に満ちた世界を駆ける1つの列車があった。

日米共同で開発された軍用装甲列車。

安保理や条約によって縛られる日本国内での使用例は少ないが、日本政府が自衛隊とは別に保有する数少ない武器を搭載した列車である。

 

日本国内の数少ない使用例の大半は重要物資等の輸送。

重火器を保有し、大抵の攻撃であればびくともしない装甲を持つこの列車にはうってつけの任務だろう。

 

ただし、それは―――――

 

≪――――――!!!!≫

 

普通の人間相手であれば、の話であるが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪ソロモンの杖≫、ですか?」

 

キャロルから呼び出されたセレナに手渡されたのは幾つかの資料。

そこには《ソロモンの杖》と呼ばれる認定特異災害ノイズを唯一操る術を持つ聖遺物が日本政府からアメリカへ研究目的で移譲される事が事細かに記載されている。

その護衛として米軍からは精鋭部隊に所属している軍人達と研究者数名、そして日本政府からは―――

 

「……響さん」

 

シンフォギア装者である立花響、雪音クリスを護衛として選抜していた。

無論対ノイズに対する護衛としてだろう。

 

「ソロモンの杖は軍用列車で岩国にある米軍基地へと輸送される。正直どうでもいい話だが……どうもこの話きな臭い」

 

きな臭い?と聞き返すと同時に手渡されたのはまた資料。

その内容を拝見すると、そこには幾つか疑問に感じる物があった。

 

「最初に渡したのは結社から得た情報で、そいつはオレがガリィに命じて集めさせた情報だ。比べてみたら分かるだろう」

 

キャロルが言おうとしている事はすぐに理解できた。

提示された2つの情報には内容に差が有りすぎるのだ。

隠された情報と暴かれた情報。

その数は決して少なくはなく、そのやり口から意図的な情報秘匿である事はすぐに分かった。

そしてそんな隠された情報全てに共通して出てくるのは1人の男。

 

≪ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス≫

通称ドクターウェル。

米国の連邦聖遺物研究機関から出向してきた生化学を得意とする研究者で、その学歴はかなりの物。

天才、この言葉が似合う人間とはこういう人間の事を差すのだろう。

……その裏に不審な事が無ければ、だが。

 

「米軍が扱うルートや正規ルート以外の密輸ルートで大量に物資を搬入していますね…それも聖遺物やその破片、それに医療物資までも…」

 

「ああ、数日の滞在にしてはあまりにも膨大な荷物な上に、隠してまで搬入する意図が分からん。それ故にこの男はどうもきな臭い…それに結社もだ。

あいつらは意図的にこの情報を隠した。何もないのならばそんな事をする必要はないのにわざわざご丁寧に、だ」

 

―――結社はこの男と何かしらの関係がある?

不審な動きをする男と結社、そこから連想できる答えは決して心地よい物ではない。

 

「…この男が何をしようが勝手だが、装者が側にいる状況で好き勝手されて装者が負傷する事態になれば計画に支障が出る。だから馬鹿弟子、お前に1つ仕事を任せる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くに見える閃光。

群がる無数のノイズに向けて放たれる弾丸の光だ。

空を我が物顔で舞うノイズ達はその弾丸を受けるが、彼らからすればこの程度少し邪魔なだけ。

弾丸の雨を避ける事もなく、次々に装甲列車に襲撃を掛けるノイズ達。

それをセレナは静かに見つめていた。

キャロルからの仕事≪移送列車の監視と情報収集≫の為に。

 

≪マスター、窓際では風が入って御風邪を引きます。奥へ≫

 

「ありがとう、けど大丈夫だよ」

 

セレナが今いるのは巨大なアルカ・ノイズの中。

空中飛行型輸送用アルカ・ノイズ(443)

セレナが初期に開発したこのアルカ・ノイズは、自我こそ保有していないが、高いステルス性能と迎撃能力、そして大勢のアルカ・ノイズの輸送を可能にした空飛ぶ移動要塞だ。

全体的に黒を中心としたその見た目は闇夜の中では更に力を発揮し、レーダーだけに留まらず視認する事すら難しくなる。

現に列車から距離を取っているとはいえ、未だに二課の監視に引っかかる事無く移動出来ているのがその証明だろう。

その中で護衛として引き連れて来た数名のアルカ・ノイズに心配されながらもセレナは一方的な殺戮が繰り広げられている光景を黙って見つめていた。

――ー憤る気持ちを抑えて―――

 

≪マスター聞こえますか?此方ガリスですどうぞ≫

 

聞こえてきたのはガリスの声。

列車内に諜報班のアルカ・ノイズと共に潜入している彼女の声に返答する。

 

「聞こえてます、ガリスそちらは?」

 

≪列車の中ははっきり言って阿鼻叫喚です。侵入してきたノイズにほとんどの軍人は壊滅、件のソロモンの杖とあの男は装者二名と二課の職員一名と共に前方車両へ避難しました≫

 

「……そう、ですか…ガリス、可能な限りで良いのですが」

 

≪分かってます、既に何名かは救助して諜報班の手によって避難させておきました、記憶操作もバッチリです≫

 

ありがとう、そう答えながら助かった命にホッと安堵すると共に―――ドクターウェルに対する怒りに胸が熱くなる。

既にガリスの調査で彼が持つアタッシュケースの中にあるソロモンの杖は無くなっており、ドクターが衣服の下に隠し持ってこの襲撃を自作しているのは判明している。

許せない、憤る想いを抑えるので必死だった。

未だに何を企んでいるかまでは不明であるが、その企みのせいで犠牲になった人達が哀れで可哀想で……

けれどもセレナは堪えた。

ここでドクターを抑えても所詮はそこまで。

未だにこの男の企みが何か分かっていない状態での下手な動きは犠牲者を増やしかねない。

だから今は堪える。

煮えくり返す想いを堪えて、今は耐えた。

 

≪――マスター、装者両名が甲板にてノイズと戦闘を開始しました≫

 

「……はい、此方からも見えてます」

 

列車の甲板に姿を現したのは2人の装者。

ルナアタック事件からはや3か月、その間に鍛錬を積んだのだろう。

動きは以前よりも良くなり、何よりもお互いの連携が上手くなっている。

互いに互いの死角をカバーし合うその姿だけでどれだけお互いを信頼しているのかが分かる。

 

「………………」

 

きっとあの人達は、まだまだ強くなる。

信頼と言う武器を得て、更に強くなるだろう。

彼女達が味方であればと何度願っただろうか。

師匠の計画、その全貌は未だに謎であるが………彼女達との敵対は避けられないだろう。

戦いたくないと、何度も思った。

けれども私は選んだのだ。

師匠と共に行き、師匠を今までの人生から解放させる為に動くと、決めたのだ。

 

列車がトンネルに入り、これ以上の追跡は危険だと判断してガリスに撤退の指示を下しながら自らも引き上げる為にアルカ・ノイズに指示を出す。

叶うのであれば敵として再会したくないと、願いながらーー

 

 



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第43話

「……ふう」

 

セレナは転送された先にある路地裏から周囲に誰もいない事を確認し、安堵する様に息を吐く。

転送されたセレナの側には先ほどまで護衛としていたアルカ・ノイズの姿も、ガリスの姿も無い。

ただ1人で姿を現したセレナはそのままの脚で夕日に染まりつつある街へと繰り出していく。

ーーその表情は決して明るい物ではなかったがーー

 

セレナが街へと繰り出した理由は2つ。

1つは純粋に買い出しの必要があったから。

そしてもう1つは――岩国での一件にある。

セレナが撤退後、遅れて撤退したガリスの口から岩国基地でもノイズ襲撃事件が発生し、多大な犠牲が出たと報告を聞いた。

それも列車同様にドクターウェルがソロモンの杖と共に姿を暗ます為に起こした自作自演の襲撃であるとも。

 

―――悔しかった。

ドクターの目的を判明させる為とは言え、こんな人間を放置する事しか出来ない自分が、

もう少しあの場に留まれば救える人がいたのではないかとあの時撤退する判断を下した自分が、

 

「(…分かっています、分かって…いるんです)」

 

あそこにいたとしても私に出来る事なんてさほどない。

ガリスに頼んで数人救える、それが限界だろう。

なれど思ってしまう。

その数人だけでも救えたのに、と。

どうして見捨てたのかと自らを責めてしまう。

それはまるで底なし沼の様に思えば思う程に悪い方へ悪い方へと思考が誘導されて行っているのが理解できた。

このままではいけない、本能が咄嗟的に思考を閉ざす様に考える事を中断させ、思考から逃れる様にセレナは買い出しへと駆けた。

黒に塗り潰されそうな思考を少しでも発散させるように、無理やり日常を演じる事で耐えようとして――――

 

 

 

 

 

「………はぁ」

 

買い出しする必要のある品々を記入したメモをため息交じりに眺める。

少しでも気分を発散させないといけないと言うのに、口から漏れるのはため息ばかり。

向かうべき店は遠く、なれど脚は動く事を拒否していた。

 

「……はぁ」

 

再度ため息。

昔誰かがため息ばかりしていると幸せが逃げるって言ってましたっけ、とぼんやりと思い浮かべ、少し前にも同じ事を考えていたなと乾いた笑みを浮かべる。

 

……理解していた。

師匠に着いて行く、その道は決して綺麗な物ではない。

誰かの悲しみを、誰かの憎しみを、誰かの怒りを、

それを足場にして進むのが師匠と共に進む道だ。

今後もこんな事は続いていく。

こんな事で折れてはいけないと理解してはいる。

師匠はこれよりも辛い人生を既に経験しているのだ。

あの人を解放するには、あの人と共に歩むには、これで躓いていてはいけない。

そう理解しているのに、浮かぶのは犠牲になった人達。

彼らにも家族がいただろう、待つべき人がいたのだろう。

その人達の悲しむ顔を思い浮かべるだけで胸が苦しくなる。

 

そして空想を抱いてしまう。

顔も知らないその人達から向けられる怨嗟の声を、

どうして救わなかったのと嘆き悲しむ声を、

ありもしないのに、聞こえもしないのに、眼の前で起きている様な錯覚を引き起こす。

―――いけない、そう自覚しているのにどうしても繰り返してしまう。

 

「…弱い、ですね私」

 

自らの心の弱さを改めて思い知る。

こんな事で私は師匠の力になれるのだろうか?

こんな私で師匠を解放何て出来るのだろうか?

繰り返す自問自答にため息をつき、流石に向かわないとと動こうとしない脚を無理に動かして買い出しへと向かおうとして―――

 

 

「あッ!!」

 

 

ふと、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…あの…」

 

セレナは困惑していた。

自分の目的は気分転換を兼ねた買い出しであったはず。

なのに、今彼女がいるのは―――――

 

「…どうして私こんな会場にいるんですか?」

 

≪Queens of Music≫

表紙にそう書いてある渡されたパンフレットによるとこれからこの数か月で有名になった歌姫と日本で有名な歌姫、風鳴翼が今夜だけのコラボライブをするらしく、会場にはそれを一目見ようと多くの人が詰め掛けている。

世界各国の首都を中心に世界中に生配信されるとも書いてあるので中々に人気ある歌姫なのだろう、とそこまでの興味がないのと先程までの鬱な思いがそれ以上先のページを捲る気持ちを起さずに、パンフレットを閉ざす。

セレナがいるこの座席は所謂特等席、と言う奴なのだろう。

他の座席とは異なり個室化された此処は席の都合上他の座席を見下ろす形になっているが、下にいるのは人人人……

無数にいるのでは?そんな錯覚を起こしてしまいそうになるほどの人に満ち溢れた会場は開演を待つ声が今か今かと聞こえてくる。

 

そんな会場にどうしてセレナがいるのか?

その理由は―――

 

「キャルちゃんお待たせ!!これジュースだけど良かったかな?」

 

笑顔で飲み物片手に戻って来た小日向未来にあった。

 

 



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第44話

セレナが小日向未来と再会したのは全くの偶然であった。

むしろセレナは意図的にこの再会を避けていたのだ。

その理由はやはり―――装者達にある。

立花響、風鳴翼、雪音クリス。

かつて縁を結んだ友であり、いずれは争わなければならない…敵。

そんな3人の友である彼女とどんな顔をして会えば良い。

友達だと語るその相手が自らの親友の敵であるとどう伝えたら良い。

それを知った彼女が見せる表情に、セレナの幼い心が耐えられるはずがない。

 

だからこそセレナは意図的に避けた。

彼女達が通う学院付近を避け、寄り道するであろう商店街から離れた。

彼女達と出会わないように、と。

彼女達の笑みを見る度に沸き上がる罪悪感から逃れる様に。

 

だが出会ってしまった。

小日向未来とセレナは再会してしまった。

逃げようと思えば逃げれた、逃げる手段は幾らでもあった。

テレポートジェム、ファウストローブ、シンフォギア。

これ等を用いなくとも彼女の身体能力であれば逃げ切れるのも可能だっただろう。

では何故逃げなかったか?

 

「(……嬉しいって思っちゃうんですね、まだ)」

 

笑顔で手を振って駆け寄る未来を見た時に感じたのは、罪悪感でも恐怖でもない。

嬉しい、と。

自らを友達と呼んでくれる未来に会えた喜びを最初に感じてしまったセレナに、逃げると言う選択肢は浮かばなかった。

それが今セレナが此処に留まっている理由。

罪悪感から逃げ出したいと願う心と、友達と一緒に居られる喜び。

反発する2つの感情に挟まれながら、セレナは盛り上がる会場を見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~けどまさかヒナのお友達って子にギリギリで会えるなんてね」

 

「本当によかったですね、せっかく風鳴さんが招待してくれたんですから皆で来れて良かったです」

 

「けどこんなギリギリで登場なんて、アニメみたいだね~」

 

「あ…あはは…すみません、最近色々と忙しくて……」

 

「ううん、気にしなくていいよ。あの事件でどこも大変なのは知ってるから」

 

特等席として用意された席に座るのは5人。

小日向未来とその友人である≪安藤創世≫≪板場弓美≫≪寺島詩織≫

そしてセレナの5人。

これだけの人数がいてもまだ余裕がある席の広さに、内心此処のチケット代とかヤバそうですね…と思いながらもセレナは悩んでいた。

此処から逃げるべきか、残るべきかを。

………本当ならば逃げるべきだと理解している。

これ以上彼女達と仲良くしていても、辛くなるのは自分なのだと理解しているから……

けれども―――

 

「早く始まらないかな~♪今日の為に昼ぐっすり寝て来たんだよ~♪」

 

「ビッキーみたいな事してきたわね…まあ私もして来ちゃったんだけどね」

 

「あはは…じ、実は私も…」

 

「「え!?詩織が!?」」

 

「わ、私だってお昼寝位しますよ~!!」

 

―――この環境に居たいと願っている自分もまた存在していた。

この温もりに、陽だまりの世界に、私も居たいと、そう願ってしまう位に……

―――けれどもそれは許されない。

セレナと言う少女は自らの師匠を辛い過去から解放させる為に暗がりを生きる道を選んだのだ。

もはや彼女に陽だまりの世界に生きる資格は―――ない。

 

「(…出よう)」

 

此処に居てはいけない。

此処は自分のいるべき場所ではない。

適当に理由を付けて外へ出よう、それから――――

 

 

 

 

 

 

 

「キャルちゃん、もしかして悩みがあるの?」

 

 

 

 

 

 

―――――胸の鼓動が高鳴ったのを実感した。

もうすぐ始まるであろう会場の雰囲気に飲まれる様に盛り上がる人々の声でほとんどの音は聞き取れなくなってもその声は―――小日向未来の声ははっきりと聞こえた。

 

「…どう、して…そう思うんですか?」

 

「なんとなく、かな。ほら、響もそういうの隠したがるから察する力が増えちゃった~、てね」

 

冗談交じりに笑顔で語る彼女に、適わないなと釣られる様に笑みを浮かべる。

そして―――

 

「―――じゃあ、少しだけ相談に乗ってもらっても良いですか?」

 

何時かの時とは真逆になった≪相談≫を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――そっか」

 

キャルの相談を聞いた未来は返答に悩んだ。

彼女の悩みは友人関係にある。

曰く、キャルちゃんはとある辛い過去を持つ友人の為に色々とお手伝いをしているけれどもその友人には敵が多く、その敵の中に自身の友人も交じっているらしい。

キャルちゃんとしてはその友人と争いたくない、けど辛い過去を持つ友人を見捨てる事も出来ない。

だから、その友人と争う覚悟を決めたのだけれど……

 

「…私、弱いですよね。ししょ――いや、その友人の為に頑張るんだって決めたのに、こんなに迷って…」

 

その迷いは必然であると未来は思う。

もしも自分がその立場に立って考えてみる。

響の為に今いる友人全てを敵に回す、響の為ならと思う反面、友人たちを敵に回したくないと願う自分もまた存在している。

自分でこれだけ迷うのだ、この小さな子であればその負荷はどれだけの物か…

何とか助言してあげたいと思う。

けれども所詮私はどこにでもいる単なる女子だ。

響の様に力があるわけでも、翼さんの様に知識があるわけでもない、単なるか弱い女の子だ。

そんな私の言葉で彼女の力になるのか、思わず躊躇してしまう。

 

「(だけど……)」

 

彼女はそれを求めて私に打ち明けてくれたんだ。

1人で苦しみ、悩み、その果てに相談してくれたんだ。

ならば答えないといけない。

力のないどこにでもいる少女の言葉なれど、答えなければならない。

頭に浮かぶ答えを、正しいか分からない答えを。

――けれどもこれだけは確信を持って言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私なら、それでも皆が仲良く出来る道を探す、かな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の大好きな親友ならば絶対にこう答えるだろう、と。




ナツカシノメモーリアー カウント2


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第45話

「――ッ!それがッ!!……それが、出来たら……」

 

荒れかけた声を無理に収め、セレナは振り絞る様な小声で続く事が出来ない言葉を紡ぐ。

師匠と響さん、互いに手を取り合える未来が訪れればどれだけ良いと思い描いただろうか。

こんな未来が訪れたら良いのにと何度空想を抱いただろうか。

どう足掻いてもその未来は訪れないと分かっているのに……

 

キャロル・マールス・ディーンハイムは己の父からの命題を、己が見つけた回答を以て世界を解剖せん為にシンフォギア装者達と争う。

そして装者達は世界を守る為にキャロルと争うだろう。

それはきっと避けられない未来なのだ。

どう足掻いても、セレナと言う小娘1人が抗ってもきっと変えられない未来なのだ。

そう思うと自覚してしまう。

自らの力の無さに、自身が多少錬金術が出来るだけの小娘でしかないのだと実感させられる。

もっと力があれば、と願ってしまう。

 

「うん、そうだよね。その子にも、もう1人の子にも、引けない想いとかあるんだよね?だから争うんだもんね」

 

――まさにその通りだ。

互いの信じる物があって、互いが守りたい物がある。

だから争う、だから戦う。

互いが求める物を求め、互いが守りたい物を守る為に戦いは起きるのだから。

そんな両者にどうやって仲良くしろと言えば良いのか。

争う事でしか守れないと分かっているのに、どうしろと……

 

「それでも、絶対に諦めたら駄目なんだって私は思うんだ」

 

「………え?」

 

小日向未来は思い出す。

立花響と言う人間を思い出す。

自身はどれだけ辛い目にあってもへいきへっちゃらと耐え、他人の事に関しては自らを犠牲にしてでも頑張る事が出来る自らの親友ならば、きっとそうするだろう。

どれだけ辛くても、どれだけ厳しくても、絶対に諦めないと手を伸ばし続けるだろう。

それが響だから、それが立花響と言う人間だから。

 

「………絶対に、諦めない………」

 

「うん、可能性なんてないのかもしれない、あったとしても限り無くゼロに近いのかもしれない。それでも、諦めない。

仲良く出来る道があるんだって、一緒にいられる道があるんだって、信じて信じて、突き進む。その先にきっと誰もが望む幸せな結末があるんだって信じて………私の大好きな親友がそうしてるように」

 

………答えになったかな?と心配そうに見つめる未来お姉さんに、思わず小さな笑みを浮かべてしまう。

それは綺麗事だと誰にでも分かる。

人類皆そう出来るのであれば誰も争わないし、誰も悩む事はないだろう。

綺麗事だ、笑いたくなる程の綺麗事だ。

なのに………………その言葉に僅かに救われた様な気持ちになっている自分もいた。

 

「………そう、だよね。諦めたらそこまで………」

 

前に師匠に言ったことを思い出す。

人間の可能性を信じて、と語ったのをーーー

師匠にはあんな事を言って自分自身が可能性を諦めているなんて、滑稽物だ。

ーー心情1つ変わったところで何かが変わるわけではない。

けれども、理解する。

諦めない大事さを、信じる事の大事さを………

 

「………ありがとうございます、少しだけスッキリしました」

 

「うん、それなら良かったかな」

 

未だに抱える悩みは残っているが、諦めない気持ちを知ったセレナは小さく覚悟を決める。

絶対に誰もが望む幸せな結末とやらを見つけて見せる、と。

 

「うーん、もうそろそろ始まりそうだけど………ヒナ、ビッキーはまだ?」

 

そんな二人の小さな相談を知らない創世の言葉に未来はスマホを取り出して確認するが、連絡は入っていない。

恐らく装者としての任務で遅れているのだろう。

心配する気持ちの中、響ならきっと大丈夫と堪えてまだ連絡は入ってないねと笑顔で答える。

 

「(………強い人だなぁ)」

 

心配していてもそれを表に出さずに信頼して堪える。

中々に出来ない事だと感心しながら、ふと自身も師匠に連絡を取っていない事を思い出す。

何気無しに連絡しようとするが、それが錬金術を用いた連絡方法なのを思い出しここでするわけにはいかないと立ち上がる。

 

「ごめんなさい、ちょっとおトイレに行ってきますね」

 

「あ、場所分かる?私もついて………」

 

「いえ大丈夫ですよ、それじゃちょっと行ってきますね」

 

未来の心配をありがたく思いながら一緒に行ってしまえば錬金術を見られかねないので、その気持ちだけを受け取りながら席から離れる。

個室である席から離れ、人がいない場所を求めるがもうすぐライブが始まるとみて客足が一斉に外から中へと動き、中々に人がいない場所が見つからない。

客足が途絶えるのを待っていたらライブが始まっちゃいますし………と辺りを見渡し、ふとそれを見つけた。

《スタッフ専用》と書かれた通路を―――

こっそりと覗いてみれば人がいる様子はない。

恐らくはもうすぐ始まるライブの準備の為にスタッフのほとんどが会場へと移動しているからだろう。

ここなら………と周囲を見渡し、此方を見ている人がいないのを確認してからーー

 

「………本当はいけないんでしょうけど………ごめんなさい」

 

小さく謝ってセレナはその道を進む。

駆けながら進む。

ーーーその先に待つ出会いを知らずにーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「………ふぅ」

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴは自身が緊張しているのを自覚していた。

無理もない、今から起こす事を思い返せば緊張だってする。

世界を敵に回す、言葉にすれば呆気ないが実際はとてつもない事である。

全てが敵になるのだ、その恐怖は考えれば考える程に恐ろしさを増していく。

だが全てはこの日の為に用意されてきた。

歌姫マリアも、フィーネとして演じる自分も、全ては今から始まる全ての為にーーー

 

「………そうよ私」

 

思い返すはあの惨劇の日。

暴走するネフィリムを止める為に絶唱を奏で、自身にとって全てだったセレナが亡くなったあの日。

亡くなった妹よりもネフィリムを心配し、誰もが妹に目を向ける事さえ無く、やっと目を向けたかと思いきや、貴重なサンプルを失ったとだけ語った大人達に怒りを覚えたあの日。

ーーーこの世に正義だけでは守れない物があると知ったあの日ーーー

 

ポケットから取り出したのはーーー破損したアガートラームのギアを通したペンダント。

此処に来る前にマムから手渡されたこれにはシンフォギアとして機能はない。

お守り代わりにお持ちなさい、優しい言葉と共に渡されたペンダントを握る。

 

「………お願いセレナ、私に勇気を………」

 

きっと、これから始まる事をあの優しい妹は許してはくれないだろう。

もしかしたら永遠に恨まれるやもしれない。

それでもーーー進む。

正義では守れない物を守る為、一人でも多くの人を救う為………

そして、セレナの様な悲しい犠牲をこれ以上生み出させない為にもーーー

 

「マリアさん!そろそろお願いします!!」

 

部屋の外から聞こえたスタッフの声に覚悟を決める。

今から始まるのは歌姫マリアの最後であり、フィーネのマリアとしての始まり。

歌姫として過ごしてきた日々に名残惜しさはある。

だがもはや止められないのだ。

マリア・カデンツァヴナ・イヴを止められるものはもはや何処にもないのだからーー

 

部屋の扉を開けてステージへと向かう。

歌姫マリアとして最後のステージ。

せめて悔いはなく終わらせよう、その想いで通路を歩く。

 

「………………?」

 

ふと、聴こえてきたのは通路を駆ける音。

スタッフだろうか?と何気無く、そう本当に何気無く向かい側にある通路に眼を向けてーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーえ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《彼女》を、見た。

私そっくりの色をした瞳を、

いつも整えてあげていたあの髪を、

見ているだけで癒されたあの笑みを、

愛らしいその姿を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の妹を、セレナ・カデンツァヴナ・イヴを、見た

 

 

 

 

 

 

 

 

 




姉妹再会………?


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第46話

―――この世の誰もが忘れても、私だけは絶対に忘れるものか―――

研究所の傍に作られたセレナの粗末な墓を前に誓った決意を思い出す。

あの子を、セレナを、他の誰もが忘れても私だけは絶対に忘れないと誓ったあの日を、思い出す。

 

―――今でも思い出す事が出来る―――

マリア姉さんと甘えてくる姿を、

髪を整えてあげると嬉しそうな笑みを見せてくれた事を、

2人仲良く歌を奏でたあの頃を、

思い出せる、思い出せる、思い出せる。

マリア・カデンツァヴナ・イヴにとってこの記憶は決して色褪せる事のない永遠の想い出だ。

思い返す度に胸が温かくなり……辛くなる想い出。

あの子がいたから辛い研究所の生活を耐える事が出来た。

セレナを守らないといけないと言う想いがあったからこそ耐える事が出来た。

 

―――けれども失われた―――

燃え盛る炎の中、ネフィリムの暴走を止める為に絶唱を奏で、血を吐き、血涙を流し、傷つきながら、炎に飲まれたセレナの姿がこの胸に刻まれた、最後の姿。

――幾度後悔しただろうか。

何故あの時手を伸ばさなかったのか、と。

何故あの時ほんの少し勇気を振り絞らなかったのか、と。

 

 

何故、代わりに私が死ななかったのか、と。

 

 

大好きだったセレナ。

私の全てで、私が絶対に守らないといけなかったのに、私は―――見殺しにした。

助ける事が出来たのに、救えたのに、誰も助けてくれないと分かっているのに助けを求めて、その挙句に―――

死ぬべきは私だったんだと思った。

あの時、私が犠牲になるべきだったんだ、と何度も思った。

この身を犠牲にしてでもあの子を助け出すべきだったんだ。

あの子は、最後の最後まで私を信じていたのに、それなのに―――!!

 

 

一度、たった一度だけだが教会に行った事を思い出す。

自らの妹を見殺しにした私に神様が見向きもしないと分かっていたけれど、それでも願ってしまった。

 

 

―――セレナにもう一度会いたい、と―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――せ――れ――――な?」

 

向かい側の通路を駆けるその姿を、懐かしさを抱かせるその姿を、誰が間違えるだろうか。

その髪を、その瞳を、その顔を、その姿を、

誰が、間違えるだろうか。

 

「マリアさん?そろそろ開幕で―――ってマリアさんッ!!?」

 

駆ける、駆ける、駆ける。

走り難いステージ衣装をもどかしく感じ、通路に置かれた物全てが邪魔だと感じ、駆ける。

 

「―――ッ!!待って!!ねえ!!待ってッ!!!!」

 

此方に気付く様子さえなく、彼女は先へ先へと進んでいく。

その姿に追い付く様に必死に駆け、おかしくなるのではと思う位に腕を伸ばす。

駆ける、駆ける、駆ける。

ライブとか計画とか、そんな物が吹き飛んでしまいながらマリアは駆けた。

 

「お願いッ!!待ってッ!!」

 

振り絞る声、悲鳴を上げる身体。

それがなんだ、それがどうした。

今目の前にあの子がいる、伸ばせば届く所にあの子がいるんだ。

声?勝手に枯れ果てろ、身体?勝手に砕けろ。

今こそ全てを投げ打たなくてどうする。

伸ばす、伸ばす、伸ばす。

あの子を求めて、失ったあの子を求めて、伸ばす。

 

「――セレナッ!!!!」

 

扉を開ける。

気付けばかなりの距離を駆けていたのだろう。

スタッフ専用通路から駆け出る様に出た先は、会場の入り口。

周辺にいた観客らしき人達が此方を見て騒ぎ立てるが、そんな事どうでもいい。

探す、ひたすらに探す。

あの子を、セレナを見つけ出さなくてはと探す。

 

≪マリア、どうしたのです。もうライブの時間が――≫

 

「マムッ!!今、今居たのッ!!あの子が―――セレナが居たのッ!!」

 

≪――――なに…を………何を、言っているのですかマリア≫

 

「だから居たのッ!!あの子が、セレナが居たのッ!!ついさっきまで眼の前にッ!!」

 

マムとの通話をする時間さえ惜しみながらその姿を探す。

向けられるカメラの光さえ鬱陶しいと感じながら、セレナを探す。

群がる民衆を押し退け、歌姫マリアとしての役割を完全に破棄しながら、探す。

 

≪――落ち着きなさいマリア。それは幻――≫

 

「幻なんかじゃないッ!!確かにいたのッ!!眼の前に、あの子がいたのッ!!」

 

そうだ、確かに居たんだ。

あの子は、セレナは確かに居たんだ。

幻でも幻想でもない、私が間違える物か!!

他の誰もが間違えても―――私だけは間違えるものかッ!!

 

「どこッ!?どこなのセレナッ!!」

 

いない、いない、いない。

さっきまでいたんだ、手が届きそうになる程近くにいたんだ。

居るはずだ、絶対にいるはずなのに―――!!

 

 

 

 

 

 

 

≪―――いい加減にしなさいマリアッ!!忘れたのですかッ!!あの日、ネフィリムの暴走を止める為に命を燃やしたあの子を…あの子の最後を忘れたのですかッ!!≫

 

 

 

 

 

 

 

―――マムの叫びに近いその声に、高まる感情が一気に冷めていくのを感じた―――

思い出す、あの日を、

炎に飲まれ、死体さえ残らずに、唯一残ったのがネフィリムとセレナのアガートラームだけだったあの日を………

切歌と調、そしてマムと一緒に誰も眠っていない粗末な墓を作ったあの日を、思い出す。

 

≪――計画前で緊張しているのも分かります。ですが……あの子は、セレナはもういないのです≫

 

――思い出す――

泣き崩れる調と切歌を、声も無く静かに涙を流すマムを、

セレナの死を受け入れられずに、粗末な墓の前でただ涙を流し続けるしか出来ない無力な自分を、思い出す。

 

≪……マリア、貴方にどれだけの負担を掛けてしまっているのかは理解しています。その負担が貴方を苦しめているのも…分かっています。けれども、私達は成さないとならないのです。正義では守れない人達を守る為に、あの子の死を無駄にしない為に≫

 

―――そうだ、そうだった―――

あの子は、セレナはもういないんだ。

もう、いないんだ。

 

 

 

 

「……ごめんなさい、マム。すぐにステージに戻ります」

 

 

 

 

駆け寄って来たスタッフ達の案内で進んで来た道を戻る。

理解していた、分かっていた。

あの子は死んだのだ。

もういない、生きているはずがない。

先程見たのは幻だったのだろう。

今から始まる罪の意識が見せた、幻でしかなかったのだ。

 

「―――――セレナ」

 

最後に、振り返る。

多くいる民衆の中にその姿はなく、マリアは気持ちを切り替える様に、歌姫マリアを演じる。

 

「――皆!!今から始まる私のステージを楽しみにしていてくれッ!!」

 

歓声が沸き上がるのを背にマリアは進む。

歌姫マリアの最後の道を、フィーネマリアの始まりの道を、進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ!!はぁ…はぁはぁ……」

 

ビックリしたな、とセレナは乱れる呼吸を整えながら騒ぐ観客達を見つめる。

スタッフ専用通路でキャロルに帰還するのが遅れる事を告げ(忙しかったのかそうか、とだけ返答されました)客席に戻ろうとして迷子になってしまい、ひとまず道なりに進めば辿りつけるだろうと進んでいたら――急にあの人に追いかけられた。

スタッフ専用通路を勝手に歩いている此方が悪いのだけれど、捕まったりしたら未来お姉さんに迷惑を掛けてしまうと全速力で逃げてしまいましたが……何とかバレずに済みました。

 

「あの人…私のステージって言ってましたよね?さっきのパンフレットにあった海外で有名な歌姫って、もしかしてあの人の事なんでしょうか…?」

 

考えてみれば確かに衣装とか如何にもって感じでしたし、それに美人でした。

あんな美人の大人になりたいなぁ…と考えている間にライブが始まる時間が迫っているのに気付き、慌てて観客席へと向かおうとし、

 

「………?」

 

胸の奥に感じたもやもやとした感情に首を傾げながら、急いで向かう。

終わりと始まり、2つの意味を持つステージへと―――

 

 




まだだ――愉快するのなら徹底的にやってやるデス―――(笑顔)


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第47話

「あ、キャルちゃん!遅かったけど大丈夫?迷子になってたりしてなかった?やっぱり私も着いて行っておいた方が良かったかも…」

 

「あはは、ごめんなさい。少しだけ迷子になっちゃって…」

 

「仕方ないですよ、この会場結構広いですから」

 

「だからと言ってヒナは心配し過ぎだよー。キャルちゃんが可愛いのは分かるけどさぁ」

 

何とか元の座席へ帰還する事が出来たセレナはホッと安堵しながら席に座る。

既に会場の明かりは暗くなり始め、それに合わせて客席のボルテージが上がっていく。

始まるよー!!と子供みたいに目を輝かせてペンライトを振るう弓美を見ながら、ライブとはああやって盛り上がるものなんですね、と間違えて知識を植え付けられたセレナは見様見真似で同じようにペンライトを振るいながら始まろうとするステージへと視線を向ける。

 

「…あ、あの人」

 

ステージに姿を見せた2人は見覚えのある人物。

片方は風鳴翼。

もう片方は―――先程追いかけられたあの女性であった。

パンフレットに目を通すと彼女の名前は≪マリア・カデンツァヴナ・イヴ≫。

たったの数か月で全米チャートにランクインし、今や世界の歌姫として活躍している事と今までの活動履歴がズラッと書かれている。

凄い、それがセレナが抱いた素直な感想だ。

たった数か月でこれだけの活躍をしている彼女に、素直に感嘆する。

 

「「――――――♪」」

 

2人の歌声が鳴り響くと共に始まった。

日本の歌姫風鳴翼と、世界の歌姫マリア・カデンツァヴナ・イヴによる今夜だけのライブが始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「―――つまりは、お前達は無関係だと?」

 

≪正確に言えば今は無関係なワケダ≫

 

キャロルの私室にて聞こえる会話の声は2つ。

1つは部屋の主たるキャロルのもの。

もう1つは錬金術を用いた通話にて会話するプレラーティのもの。

 

≪確かに結社はあの男、ドクターウェルとその一味に対し協力していたワケダ。物資と情報、あと細々とした物を幾つか。だが今は違うワケダ。連中援助を受けるだけ受けて一方的に結社との関係を断ったワケダ。…局長命令で手出し無用となっていなければこの手で滅ぼしてやるつもりだったワケダが……≫

 

「…少し待て。今のはどういう意味だ?何故アダムが手出し無用など命令を…」

 

≪…正直分からないワケダ。あの変態が何を考えているのかを理解できる奴なんてこの世にいるのか怪しいレベルなワケダ≫

 

プレラーティの言葉に賛同しながらアダムの不審な行動に考え込む。

結社からすれば一方的に援助を受け取るだけ受け取って勝手にさよならしたドクター一味は言わば泥棒だ。

結社からすれば敵対するのは当然な選択、なのにアダムはこれを放置する上に手出し無用の命令まで下している。

組織のトップとしては最低の最悪を行く選択だ、何故こんな事をする…

 

「(まあ、あの男ならやりかねない、と言うのも本心であるがな)」

 

だがそれを差し置いてもアダムの行動には何かしらの策略を感じる。

恐らく今あの男の一番の狙いは―――馬鹿弟子だ。

何故あいつを求めるのか、その理由までは不明であるが………恐らく今回の件も最終的にはあいつへ繋がる《なにか》となるからこそ行ったと見ておいた方が良いだろう。

………可能な限り接触を避ける様に手を回しておくべき、か。

 

≪…しかしまあ、まさかお前とこうして連絡し合う仲になるとは、想定外なワケダ≫

 

「…それは此方の言葉だプレラーティ。お前とはいずれ殺し合うしかないのだと思っていたのだがな」

 

プレラーティとキャロル。

この2人は恐らくキャロルの言葉通り本来であれば殺し合うしかない関係であったのだろう。

だが、変わった。

あの子が、セレナが居た事で変わった。

 

≪(…あいつから頼まれたとはいえ、複雑な気持ちなワケダ)≫

 

プレラーティは前にセレナから連絡を受けたのを思い出す。

キャロルの過去と計画を知った事、

キャロルを過去から解放させる為に計画に参加しようとしている事、

そして、キャロルを信じさせる為にプレラーティを嘘に利用した事、

謝罪の言葉と共にお願いを託された事を、

 

≪お願いしますッ!!どうか、どうか師匠の力になってあげてください!!私に相談出来ない事とかも、プレラーティさんになら相談できると思うんです!!身勝手なお願いだとは理解しています!!だけど、どうかッ!!お願いしますッ!!≫

 

――あんな風に綺麗な瞳で自身の為ではなく、誰かの為に何かをお願いされた事なんて、一度でもあったかな?と遠すぎる過去を思い返す。

サンジェルマンと会う前の欲に満ちた爛れた日々を過ごしていたあの頃を、

欲に生きる者の周りに集まる者なんて欲を求める愚か者だけ。

濁った瞳、甘い蜜を吸おうと必死な欲に満ちた瞳。

そんな瞳を持つ者がプレラーティと言う人間の周りにいた人間だ。

 

金が欲しい、

権力が欲しい、

食べ物が欲しい、

女が欲しい、男が欲しい、

 

集まる人間が口にするのはそんな欲だけの言葉。

そんな人間をプレラーティは決して嫌いではなかった。

――自分も其方側の人間だから――

それ故にプレラーティは躊躇が無かった。

欲を求める人間を踏みつけ、苦しめ、弄び、自らの欲を満たした。

だってそうするのが向こうの望みだから。

プレラーティの傍にいれば欲を叶えてもらえる、だからこれくらい耐えられると。

だから遠慮なんてなかった。

欲のままに生き、欲のままにやってきた。

 

―――彼女と、サンジェルマンと会うまでは―――

始めに抱いた感想は何だこいつであったのをよく覚えている。

錬金術での決闘を挑んで来た時は殊更に何だこいつと思った。

馬鹿かと、愚か者がと、

自らが誇る錬金術がこんな女に負けるものかと決闘に乗った。

勝利した後にこの女をどうしてくれようかと考えながら挑み―――そして、負けた。

人生初の敗北であった。

 

何故負けた、何故負ける、何故勝てない。

繰り返す後悔、答えの出ぬ自問。

そんな敗者を前に彼女は勝利を喜ぶわけでも、それを誇るわけでもなく、ただ手を差し伸ばして来た。

――私が初めて見た綺麗な瞳を以て、手を差し伸ばして来た。

 

≪プレラーティ、どうか貴方の力を貸してくれないか。この身は未熟であり、孤独。

故に貴方が欲しい。才ある貴方の力がほしい。プレラーティ、私は貴方が欲しいのだ≫

 

―――かか、と乾いた笑みが零れたのを思い出す。

馬鹿かと、愚か者かと。

この身に挑んで来た者の全ては欲を得る為であった。

多種多様な欲を叶えようと挑み、そして負ける。

それが今までの生活であった。

それを、この女は莫大な金でも、広大な土地でも、圧倒的な権力でもない――この俺が欲しいとほざくワケダ。

笑う、哂う、嗤う。

かつてのプレラーティであった男が浮かべた最後の笑みを、思い出す。

 

≪欲しい?この俺を?その為だけに来たワケダ。その為だけに決闘を挑んて来たワケダ―ーか、かかか!!良いだろう!!乗ったぞ貴様!!俺はお前に従う!!プレラーティはお前の物になろうぞッ!!≫

 

――それがプレラーティと言う人間の変換点。

あそこから全てが変わった、サンジェルマンと出会い、全てが変わった。

あの綺麗な瞳が、全てを変えていった。

そして今、同じような綺麗な瞳を持つ少女に願いを託される。

プレラーティは思う、あの瞳を、あの綺麗な瞳を持つ彼女の願いなんて―――

 

≪……断れるわけがないワケダ≫

 

「ん?何か言ったかプレラーティ?」

 

何でもないワケダ、と返答を返しつつ、厄介な助手候補だと嘆息する。

話すべき事は終わった、と通話を切ろうとして――ふと思い出す。

 

≪そうだ、キャロル。役に立つかは分からんが1つドクター連中の件で気になるワードを思い出したワケダ≫

 

「…それは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪フロンティア計画、連中は確かにそう言っていたワケダ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――愉悦はまだまだ先になりそうデス――


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第48話

2人の歌姫による歌声が聞こえる。

会場にいる観客を、生配信を通して全世界の人々を、その歌声が魅了していく。

ある者は歓喜の声を上げ、ある者は感動の涙を流し、ある者はただ聞き惚れた。

多種多様な感情が人々を盛り上げていく、ただそのどれもが彼女達の歌声に魅入られているからこそ生まれているのは間違いないだろう。

子供も大人も、女も男も、国も人種さえ関係ない。

その歌声は確かに彼らの心を掴んでいた。

 

―――ナスターシャはそんな歌声を暗い面持ちで聴いていた―――

 

「……マリア」

 

ステージの上で歌を奏でるあの子は、本心から楽しんでいる様に見える。

――いや、見えるのではない、そうなのだ。

あの子は歌を奏でる事を楽しんでいる、歌姫マリアが計画の為に作られた偽の立場であると分かっていても、それでも心から楽しんでいるのだ。

そう思うと、罪悪感が沸く。

今から起こす事は、あの子からそんな楽しみを奪ってしまう事。

それどころか彼女は永遠に悪として後ろ指を指される毎日を過ごす羽目になってしまうだろう。

マリアだけではない、切歌も、調も、優しい子達を………

――きっとその負担があの子に幻を見せてしまったのだろう。

 

「……セレナ」

 

今でも思い出す事が出来る。

過酷な研究所での生活、その環境に適応する為に誰もが心を殺していくあの地獄の中で、セレナは心優しく純粋な心を持ち続けた。

争う事を嫌い、他人の為に手を差し伸ばし、自身が辛くても心配させまいと笑顔を忘れなかった優しい子。

シンフォギアを纏えると分かった時もそうだ。

争う事を嫌っているのに、この力で誰かを守れるならと進んでシンフォギアを纏う道を選び、そして――――

 

「………私達大人はなんて無力なのでしょう…」

 

幾度も思ってしまった。

この身がシンフォギアを纏えるのであれば、喜んで彼女達の代わりとなったのに。

あの優しい子達が犠牲にならなくてもよかったのに、と。

だが実際は、これだ。

この身に巣食う病魔はもうじき私の命を刈り取ってしまう。

あの子達に罪を残して、去ってしまうだろう。

なんて無力だ、と噛みしめる唇から血が溢れる。

全てをあの子達に押し付けて去ってしまうこの身の弱さを、大人として最低な行為であると実感しながら、ナスターシャは零れる血を拭う。

 

「…それでも、成さねばならないのです」

 

正義だけでは救えない人々を、力ある者だけが救われる間違えた世界を正す為に、成さねばならないのだ。

例えこの身が朽ち果てようとも、例え地獄に落ちようとも、成さねばならないのだから―――

 

「マリア、聞こえますか。計画を予定通り始めます」

 

――それ故に始めよう。

優しい子達を間違えた道に引き摺っていると理解しながら、ナスターシャは計画始動を伝えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

「――了解したわ、マム」

 

計画始動の合図を受けたマリアは覚悟を決める。

今から始まるのは全世界を敵に回す行為。

愚かであると分かっている、進むべきではないと分かっている。

けれども成さないといけないのだ。

一部の権力者だけが救われ、残りは切り捨てられる。

そんな間違った世界を正す為に、1人でも多くの人間が救われる道を進むために――

 

「―――ッ!!」

 

覚悟を決めた。

歌姫マリアの最後を、フィーネのマリアを始める覚悟を、

 

「――そして、もう1つ」

 

始まる、フィーネのマリアが。

終わる、歌姫マリアが。

手を振るう、今までを捨てる様に。

手を振るう、これからの始まりを意味する様に。

 

「(さようなら、私)」

 

歌姫マリアと言う過去の人物へと向けた別れの言葉と共に手を振るう。

同時にドクターが呼び出したノイズ達が観客席へと出現し、次々と騒ぎになっていく。

悲鳴、怒号、叫び声。

会場に満ちていた歓喜の声はどこへ、代わりに満ちたそれらを鎮める様に言葉を口にしよう―――――とした。

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――――え」

 

 

 

 

 

 

見えた、見えた、見えた。

観客席の中では際立って目立つ特等席。

来賓や関係者、高いチケット代だけを払える人物のみが座れるその席に、見た。

 

「―――――――――――ッッ!!!!」

 

脳が命じる。

それは幻なのだと。

居るはずがないのだと、命じる。

 

「(…………嗚呼)」

 

マムが言った言葉を思い出す。

もういないのだと思い出す。

いるはずが―――ないのだと、思い出す。

 

「(――やっぱり、貴女は私を許してくれないのね)」

 

だから今こうして幻として私の前に出てくる。

私の罪を問う様に、今から始まる罪を問う様に―――

許してほしい、なんて甘えた事を言うつもりはない。

あの日、私は彼女を見捨てた。

炎の中に消えゆく彼女を、セレナを見捨てたのは私だから。

この罪は永遠に私が背負わないといけない。

だけどお願い、セレナ。

今だけは―――私を見ないで。

 

 

 

 

「―――狼狽えるなッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

――その言葉は果たして誰に伝えた物なのだろうかと自虐しながら、マリアは覚悟を決める。

特等席に居た幻が姿を消したのを認知しながら―――

 

 




楽しいデス(笑顔)


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第49話

「ちょ、ちょっとキャルちゃんッ!?」

 

困惑する未来お姉さんの声。

引っ張る腕から伝わる戸惑う感情を感じ取りながら、私は脚を止めずに駆ける。

弓美お姉さん、創世お姉さん、詩織お姉さん、全員が一緒に付いて来ているのを確かめ、会場出口へと駆ける。

此処に居ては危険だから―――

 

「(ノイズが自然出現したにしても全てが狙い過ぎている………恐らくこれは………)」

 

考えうる可能性の中で一番高いのは、あの男――ドクターウェルの存在とソロモンの杖。

ノイズを操る力を持つあの杖があるのであればこのノイズ出現にも納得がいく。

それとマリア・カデンツァヴナ・イヴの言葉に示し合わしたかの様な演技染みた出現の仕方。

この2つの要因が重なると、次第に理解していく。

 

―――マリア・カデンツァヴナ・イヴとドクターウェルは味方、または協力関係にある―――

 

この状況がその証拠だろう。

実際通路に設置されている生配信映像からも彼女がノイズを操る力を以て全世界に対し国土の割譲を要求しているのがそのまま放送されている。

彼女は言ったノイズを操る力だと。

そんな事が出来る物なんてこの世に1つしかなく、それを持つのはあの男しかいない。

―――確定だ、確定してしまった。

 

「―――ッ!!最低、ですッ!!」

 

少しでもあんな女性に憧れを抱いた自らに怒りが込みあがる。

ドクターウェル、その目的は未だに不明であるが、その為に自らをノイズに襲撃させる自作自演を作り上げ、それに巻き込まれた多くの無関係の命を奪った男。

失われた命が、奪われた家族の悲しみが、怒りとなってセレナの胸を焦がす。

その怒りは同時にマリア・カデンツァヴナ・イヴへも向けられる。

あの男と手を結んでいる、それだけでセレナが怒りを抱くに十分な理由となった。

そこにどんな理由があろうとも、だ。

 

叶うのであれば今すぐにあの男を捕まえてやりたいと願うが、今はそれを堪えて出口へと向かう。

この危険な状況から彼女達だけでも脱出させる為に―――

 

「皆さん後少しで出口ですッ!!」

 

ひとまずは彼女達を外へと逃し、そこから師匠に連絡を取り対策を、と駆ける中で必死に考えるセレナ。

しかし出口に近づくに合わせて、見えてきた光景に思考を中断せざるを得なくなる。

 

「はぁはぁ…きゃ、キャルちゃん?どうした―――」

 

―――静かに、口に指を当て言葉なくそう伝えると同時に出口を指さす。

恐らくは脱走防止の見張りだろう、数こそ少ないがノイズが数体確認できる。

背後から息を飲む声が聞こえる、それも当然だ。

数こそ少ないがあそこにいるのはノイズ。

人類だけを殺す事だけに特化した認定特異災害ノイズなのだから―――

 

「(…ファウストローブかシンフォギアを纏えれば……)」

 

この状況を打破する術はこの身にある。

しかしそれを止めるのは後ろにいる守るべき人達。

彼女達に見られる、それは絶対に避けねばならない。

師匠の計画を邪魔しない為に、そして――友人を失いたくない為に、

 

「(だったら、方法は1つですね)」

 

幸い此処から出口まではさほどの距離が無い。

僅かにでも引き離す事が出来れば脱出は容易であろう。

その為にも、セレナは一度深呼吸をしてから、指だけで言葉なく伝える。

 

私が囮になって時間を稼ぎますからその間に皆さんは外へ、と。

 

その意味をいち早く察してくれたのは未来であった。

彼女もまた指だけで言葉なくそれはいけない、囮になるのなら私が、と伝えてくる。

それがどれだけ危険なのかを理解しているのに―――

 

「(嗚呼…本当に優しい人ですね)」

 

セレナは心から思う。

この人と知り合えた事を、あの日縁を結べた事を、友達になれた事を、嬉しく思う。

彼女がいるおかげで迷いが少しだけ振り切れた、信じる事の大事さを教えてもらえた。

だから―――守りたい。

いずれは切れる縁かもしれないけれど、それでも結べている間は守ってあげたい。

だから――――

 

「―――ッ!!はーいッ!!!!こっちですよ――――ッ!!!!」

 

セレナは駆ける。

大声を出し、自らに視線を集め、その使命を果たさんと迫るノイズの群れを背に駆ける。

 

「キャルちゃん!!」

 

小日向未来は手を伸ばす。

年上である自分が守らないといけないはずなのに、上手く動かせない脚にもどかしさと怒りを感じ、別の通路へと去って行くキャルに手を伸ばすだけしか出来ない自らに悔やみながら、届かぬ手を伸ばし続けた。

 

そして実感する、己の無力さを、守られるしかない弱い己を、

そして想う、この身に力があれば、守る事が出来る力があれば、

 

この日、確かに小日向未来の胸中にはその想いが芽生えたのであった。

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「――――ふぅ」

 

周りを囲むのは灰となったノイズ達

その中心でセレナは身に纏ったファウストローブを解除し、安堵する様に息を付く。

あれから暫く駆けたセレナは周囲に人も監視カメラの類も無い事を確認し、ファウストローブを纏い、ノイズと戦闘を開始したのだが、ファウストローブさえ纏えればノイズなど敵でもなく、瞬く間に殲滅する事が出来た。

 

「…未来お姉さん達、無事に脱出出来てたら良いけど…」

 

周囲を見渡すが、完全に見覚えのない場所にまで来てしまったらしい。

傍に貼られている会場案内図によれば出口からは距離がある。

此処から戻れなくもないが、これからどう動くにしてもファウストローブかシンフォギアの力は必要となる。

その際に彼女達が傍に居ては使用する事が出来ない上に、彼女達をノイズとの戦闘に巻き込んでしまう可能性もある。

安否こそ気になるが、今は近づくべきではないと判断する。

ひとまずは師匠と連絡を取るべきだと錬金術を起動させようとして―――それは聞こえた。

 

鳴り響く戦闘音。

映像は既に中断され、聞こえるはずのないそれが聞こえる。

もしやと案内図に視線を向けると――此処から会場までさほどの距離がない。

確かにこの距離であれば聞こえても可笑しくはないだろう。

 

「……翼お姉さん」

 

風鳴翼とセレナの間には深い関係はない。

1度、たったの1度だけ共に遊んだ、ただそれだけの関係だ。

ショッピングモールを歩き、ゲームセンターで遊び、カラオケで歌を歌っただけ。

けれどもセレナはその一度だけで知ってしまった。

歌姫の彼女とは違う風鳴翼と言う人間を、

冷たい外見とは裏腹に心優しい人間であると言う事を、

ショッピングモールでは愛らしいぬいぐるみに笑みを浮かべ、響によってプライベートでは中々にズボラである事を明かされると真っ赤になって怒ったあの顔を、

カラオケで歌ったあの歌声を、心の底から歌が好きであると誰にでも分かるあの歌声を、魅了されてしまったあの歌声を、思い出す。

 

そして今、そんな大好きな歌を歌うべき場所で彼女は剣を手に戦っている。

たった1人で、戦っている。

 

「――――――――」

 

―――分かっている。

今からしようとしている事がどれだけ師匠に迷惑をかけるのかを、どれだけ計画に支障を出してしまうかを、理解している。

それでも、足は止まらない。

友人、と呼べる程深い関係ではない、

むしろ彼女が私を覚えているのかさえ分からない。

それでも彼女と結んだ縁はこの胸に確かにあるのだ。

たった一度だけでも、されど一度だけでも、だ。

だったらーーー見捨るなんて出来る筈がなかった。

 

「………ごめんなさい師匠」

 

セレナは小さく謝ると、また駆け始める、

向かう先はーーー決まっていた。

 




ナツカシノメモーリアー カウント3


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第50話

「まだ着かねぇのかよッ!!」

 

叫びに近い声が狭いヘリの中に鳴り響く。

映像が中断されてはや数十分。

会場へと急行するヘリであったが、未だに到達出来ずにいた。

その理由はーーー

 

「無理ですよ!!先程の救助活動に時間を取られてしまいましたから、速くて後20分程度はかかります!!」

 

ヘリを操作するパイロットの返答にちぃッ!とぶつける先のない拳を握りながら雪音クリスは少し前の出来事を思い出す。

岩国からヘリで会場へと急行しようとした際、米軍からの救援要請を受けた。

曰く、列車護衛の任に付いていた隊員数名が何故か山奥にある山小屋にて孤立しているらしい。

隊員達も自分達がどうして此処に居るのか、どうして列車から離れているのかは分からず、気付いたらこの山小屋にいて無線機と数日分の食料が置かれていたとの事。

そしてこのヘリの進行方向にその山小屋があるので救助要請を申し込んできた、と。

 

米国と日本、国際関係がある上にお人好しの多い二課が無視出来るわけもなく要請を受諾。

米軍共同の救援活動を行い、山小屋にて孤立していた米国所属の軍人12名が救助されたが、その結果ライブ会場へと向かう時間は予定より大幅に遅れてしまっていた。

そして発生したのがーーーあの映像だ。

 

「翼さん大丈夫かな……」

 

「あったりめぇだろ!!先輩が簡単にやられるかよ!!」

 

口ではそう語るクリスだが、内心では焦っていた。

映像が中断されてから既に結構な時間が経っている。

風鳴翼と言う人間を知っている彼女達でも状況が不明な現状ではどうしても心配してしまい、それが焦りとなっていく。

速く、速くと願うが未だに会場が見えさえもしない。

 

「………無事でいろよ先輩」

 

急行するヘリの中、クリスの祈りに近いその声が静かに鳴り響く。

未だに見えぬ会場、そこで1人戦う風鳴翼の無事を願うようにーーー

 

 

 

 

そして、その祈りはーーーー叶えられようとしていた

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「ーーッ!………流石に厳しい、か」

 

風鳴翼は傷付いた身体で剣を手に目の前に立つ敵と対峙する。

マリアとの一騎討ち、アームドギアを温存していると理解していたが、それでも優勢に戦えていた。

次の一撃で終わらせる、その想いで放とうとした一撃を防ぐ様に姿を現したのはーーー二人のシンフォギア装者。

データには存在しない未知のシンフォギア装者の強襲、そして三対一と言う不利な状況に風鳴翼は追い詰められていた。

 

「………他の装者達が来ない」

 

「これだと計画通りに行かないデスよ……!」

 

「ーーーッ」

 

だが、ある種追い詰められているのはマリア側もだ。

計画では装者達との戦闘にて発生する膨大なフォニックゲインを以て眠れる巨人をーーーネフィリムを目覚めさせる事こそがマリア達がこの場で戦闘を始めた理由。

なのに肝心の装者二人が姿を現さない、予定された計画には無かった失態だ。

今後の計画を踏まえると、この場で長時間の戦闘は避ける必要があり、短期決戦を以てネフィリムを目覚めさせる予定であった。

だがこのままではそれも叶わない。

 

「(フォニックゲインは未だに20パーセントしか無い………こんな数値じゃ………)」

 

そしてもうじきLiNKERも効果時間が経過してしまう。

LiNKERが切れれば風鳴翼相手に戦いを継続するのは無理だろう。

一見優勢に見えても内情では押されているのはマリア達であるのは明白であった。

 

「(ーーー最悪の場合は)」

 

膨大なフォニックゲインを発動させるだけであれば方法はある。

 

《絶唱》

 

命を削り奏でる絶唱であればネフィリムを目覚めさせるに至るフォニックゲインを出現させる事が出来る。

だがそれは最後の手段だ。

絶唱によって生じる負荷は膨大であり、耐えきれなければ命を燃やし尽くしてしまう危険性がある。

無論そんな事を調と切歌にさせるつもりはない。

もしもの場合は私がーーー

 

「ーーマリア」

 

ーー優しい温もりを感じる。

見ると調と切歌が心配そうな面持ちで私の手を握っていた。

………考えていた事を察したのだろう。

大丈夫よ、と無理に笑顔を浮かべてその小さな手を握る。

 

「(そうよ、私………)」

 

今度こそ失うわけには、見捨てるわけにはいかない。

セレナを救えなかった私だけど、今度こそこの握った手を離してなるものか!

私の居場所を、失ってなるものか!!

 

「ーーどうしたのかしら!貴女の実力はこんなものなの!!」

 

故にマリア・カデンツァヴナ・イヴはフィーネのマリアとして風鳴翼と対峙する。

LiNKERの残り時間は多くはないが、それでもまだ時間は残されている。

その残り時間でどうにかフォニックゲインを高めさせ、ネフィリムを目覚めさせる。

そこからだ、そこを通過しなければ全てが始まらない。

権力者だけが救われ、弱き者は捨てられる世界。

そんな間違えた世界を正す為に、そんな世界で犠牲になった全ての命に報いる為にーー!

 

「(ーーーお願いセレナ、私に力をッ!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーー♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー聴こえてきた歌声にその場にいた全員が動きを止めたーー

ーーー止めざるを得なかったーーー

その歌声はあまりにも冷たく、悲しく、なれど美しい歌声。

聴いているだけで全身がおぞましい何かに包まれるような感覚に襲われるのに、それでも聞き惚れてしまう歌声。

まるで神話に名高いセイレーンの歌声の様にーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーッ!!調ッ!!」

 

まず《それ》に気付いたのは切歌だった。

歌声に聞き惚れる面々の中、最初に歌声の魅了から解放された切歌が見たのはーーー調に迫る《黒い手》。

切歌の咆哮に即座に意識を取り戻した調が二振りの巨大な回転鋸を起動させて迫る黒い手に切り掛かるーーーしかし、

 

「なッ!?」

 

鋸は確かに黒い手を切り落とさんと駆動音を奏でながら目標に当たった、当たってはいた。

ーーーなれど切り刻んでいるわけではない。

まるで泥を相手にしているような感覚だと調は思った。

ズブズブと沈んでいく回転鋸に驚愕し、このままだと飲み込まれると何とか黒い手を振り払い、距離をとる。

 

だったら!と放つは無数の小型の丸ノコ。

それは迫る黒い手に次々と接触し、僅かに黒い手の勢いを押し止める。

ーーーだが、それだけだーーー

黒い手は放たれた丸ノコを飲み込む様に沈み込ませながら、攻撃を攻撃とさえ意識していないかのように、更なる勢いを以て動き始める。

 

「でりゃぁぁぁぁッ!!」

 

そんな調を援護するように切歌の鎌が振るわれる。

切歌が持つシンフォギアはイガリマ、シュメールの女神ザババが持つ二刃の1つ。

魂を切り刻む翠の大鎌、これで切り刻めば流石の黒い手も、と切歌は思っていた。

 

ーーー切り飛ばしたはずの黒い手が再度繋がるまではーーー

 

「嘘デーーーがはッ!!」

 

驚愕する切歌、だがその驚愕が言葉となる前に降り注ぐは拳。

凄まじい威力を以て放たれたそれは切歌を会場の壁へと叩き込んだ。

 

「切ちゃんッ!!よくも切ちゃんをッ!!!!」

 

切歌を殴り飛ばした黒い手に対して怒りを露にし、咆哮しながら二振りの巨大な回転鋸を変化させる。

自らを中心に、縦へ環状展開させた鋸。

それはさながら乗り物の様な形と化して、黒い手目掛けて駆けた。

 

「はぁぁぁッ!!」

 

速度を以て放たれる一撃は黒い手を切り刻んでいく。

切り飛ばし、吹き飛ばし、道を作っていく。

これならーー調の表情に僅かに確信が生まれる。

だがーーー

 

「ーーッ!!」

 

突然鋸の動きが急停止する。

なにがッ!?と調が確認するように見渡してーー理解した。

切り飛ばした筈の手が、吹き飛ばした筈の手が、まるで侵食するように鋸に纏わり付いてその動きを完全に封じていた。

そして同時にーーー

 

「きゃぁぁぁッ!!」

 

動きを止めた獲物を逃すつもりなどないと言わんばかりに、身動きが取れない調を黒い手が殴り飛ばした。

 

「調ッ!!切歌ッ!!」

 

吹き飛ばされた二人の元へと駆け寄ろうとしたマリアの前に立ち塞がるのは黒い手。

最初の出現より数が増したそれらはマリアに敵意を向けながら揺れ動く。

 

「いったいなんなのこれはッ!?」

 

その疑問に答えを持つ者は誰もいない。

壁に吹き飛ばされた調も切歌も、黒い手に刃を向けようとも相手にされる様子さえない事に驚き戸惑う翼も、通信機越しに理解できない状況に戸惑うナスターシャも、会場に潜むドクターウェルも、

誰も、誰も答えを持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、この時まではーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは静かに姿を現した。

空から、ゆっくりと地に降りようとするそれを迎え入れるように黒い手が集う。

自らの主を迎え入れる様に、主を受け止める様に差し出される黒い手に、それは降り立った。

 

黒い軽装、黒い仮面、身体の線から唯一女性である事だけが分かる黒に染まったその人物は降り立つ。

そして口を開く。

宣言するかのように堂々と、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「初めましてマリア・カデンツァヴナ・イヴさん

       私はーーー貴女の敵です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キャロルお手製《対シンフォギア》特化ファウストローブニトクリスの鏡による初蹂躙です


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第51話

「藤尭ッ!!まだ復旧しないのかッ!!」

 

「――ッ!!駄目です!!再三による再アクセスを試みていますが、完全にシャットダウンされてしまいますッ!!通信、映像どちらも此方からのアクセスを一切受け付けませんッ!!」

 

「友里さんから連絡ですッ!!装者二名と共に現場へ急行中ッ!!到着まで後少しとの事ッ!!」

 

「急ぐように伝えろッ!!―――くッ!!いったい、何が起きているんだッ!!」

 

二課は完全に混乱状態にあった。

緒川の手により全世界への映像は中断されたが、二課は翼が持つシンフォギアからの映像を通して現場を見続けていた。

マリア・カデンツヴァナ・イヴに味方するデータにないシンフォギアを纏う2人の少女の登場、3対1と言う苦戦を強いられる現状。

それら全てを見て、知っていた。

だが二課に出来るのはバックアップ程度しかない。

逐一変わる情報を風鳴翼に伝える事しか出来ない自分達にやるせない想いを抱いていた時に―――通信と映像が途絶えた。

 

最初に浮かんだのは翼が敗北した可能性。

だが、会場外にいる二課の職員から会場から戦闘音が継続して聞こえていると言う報告を受けて、その可能性は無い事が証明される。

ならば次に考えられたのは―――意図的な妨害。

シンフォギアを3つも保有する彼女達であれば妨害電波を発生させる機材を確保していても可笑しくはなく―――それは的中していた。

 

「会場全体を包み込む様に発生している妨害電波によって中の状況は一切不明……緒川とも連絡が取れずにいるとは…ッ!」

 

あの緒川がそう簡単にやられるとは到底思えない。

だが現場では何が起きるのか分からないのも事実。

最悪の可能性だって十分にあり得る……

 

「―――翼、無事でいてくれ」

 

二課の司令としてではなく、翼の叔父として心配する言葉と共に未だに復旧しない映像を、その先にいるはずの翼を見つめた。

 

 

 

 

 

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「まったく、あの子は………」

 

眼下にて繰り広げられる光景、先程までは傍観していただけのそれに加わったーー加わってしまったあの子(セレナ)を助ける為に放った妨害電波を操作しながらため息をつく。

会場の上、屋外部分に身を潜めるファラがこの場にいるのは、元々風鳴翼の監視の為だ。

二課の監視をレイアが、岩国に向かった装者達はセレナが、そして風鳴翼はファラがそれぞれに監視していた。

 

………決して彼女の歌声に聞き惚れていたわけでない。

断じて、ない。

なので懐にあるCDについてはあくまで対象の情報をしっかりと得る為に購入した物だと説明しておこう。

 

………話が逸れてしまった。

とにかく、ファラが此処にいるのは監視の為。

なのであの子の介入など予想もしていなかった事態なので驚きながらも咄嗟に行える支援としてこの妨害電波を放ったわけだ。

レイアからの報告だと二課はあの子の参戦前から映像を途絶えてしまっているので、映像として残る事だけは回避出来たらしい。

………まあ、後で風鳴翼の口から報告は上がるだろうけれど、映像として残るよりはマシだろう。

 

「………まぁ、あの子らしいと言えばらしいですけれどね」

 

本当に仕方のない子、と再度ため息をつきながらファラは自身の視界を通してこの状況を見ているであろうマスターの心配をする。

………怒っているだろうなぁ………と。

 

 

 

 

 

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「………………」

 

言葉なき怒り、とはまさにこの事だろう。

玉座に腰掛け、ファラの視界と共有されている映像を睨み付ける様に見据えるキャロルの表情を例えるとすれば………般若だろう。

遠巻きに眺めるミカとガリィ、ガリスが近付くのを躊躇う程に満ち溢れた怒気は凄まじく、下手すればあそこに乗り込んで説教と言う名前の殺戮を始めかねない程である。

 

「マスター………怖いんだゾ………」

 

「………流石のあたしもあのマスターはちょっとマズイわねぇ………ほらガリス貴女行きなさいよ、私の妹でしょ?姉の命令に従いなさいな」

 

「………嫌ですよガリィお姉様、私だってまだ壊されたくないですから………」

 

キャロルは遠巻きから聞こえる人形達のひそひそ話を耳にしながらも、映像を睨み付ける。

馬鹿弟子の暴走はいつもの事とは言え、今回は少々お痛が過ぎただろう。

帰ってきたらどうしてくれようか………浮かび上がる《説教》の内容に口許を歪める。

 

「………しかし、ちょうど良いと言えばちょうど良いかもしれんな」

 

キャロルの言葉には2つの意味が込められている。

1つはファウストローブ ニトクリスの鏡の性能テスト。

対シンフォギアとして開発されたあのファウストローブだが、その性能は開発者であるキャロルでさえも未知な部分が多い。

その理由としてやはりコアとなっている聖遺物ニトクリスの鏡に原因があるだろう。

未だに未知な部分が多いニトクリスの鏡、その使用に関しても迷いがないと言えば嘘になる。

だが、恐らくあの鏡と馬鹿弟子はーーーー

 

「………………ふん」

 

そして理由2つめはーーー覚悟を問う事。

馬鹿弟子の情報について大抵の事は調べ尽くしている。

装者達と関係がある事も、友と呼べる絆がある事も、

今まさに敵対発言をした相手が………自らの姉である事も知っている。

 

………可能であれば避けてやりたかった道だ。

あの姉妹が平和に再会出来るように、この過酷な世界から解放してやるつもりだった。

だが、あいつは選んだ。

この道を、オレと共に行く道を選んだ。

その道が茨の道であると分かっていながら………

 

だからこそ、ちょうど良いと思った。

恐らくこれは始まりだ。

今から始まる長い出来事の始まりでしかない。

そんな始まりに介入したこいつはきっとその終わりまで介入し続けるだろう。

守りたい者の為に、彼女の心が命ずるままに………

だから、見守ろう。

この一連の出来事を通して、それでもなおオレと共に行く道を選べるか、それを見極めよう。

 

ーーー叶うのであれば、どうかあいつがオレとは異なる道を進んでくれる事を願ってーーー



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第52話

立花響は駆けていた。

荒れる呼吸を抑えて、ひたすらに会場へと向けて駆ける。

会場にいるであろう親友達と、1人で戦っている翼を心配しながらーーー

 

「くそったれッ!だーれだあんな厄介な電波放ってやがる奴は!!」

 

その隣を駆けながら雪音クリスが愚痴る。

………彼女の気持ちも分からなくはない。

ヘリで会場へと急行していた両者であったが、件の妨害電波がヘリの機器にも影響をもたらし、会場に接近すれば操作不能になる事が判明。

結果妨害電波の及ばない場所へ着陸し、そこから足で移動する羽目になったのだ。

しかしヘリが降下出来るポイント、かつ会場から近い場所となると場所が限られてしまい、遠くはないが近くもない曖昧な場所への降下を余儀無くされてしまったから、愚痴の1つや2つ言いたくもなるだろう。

 

「………未来、皆、翼さん……」

 

そんなクリスとは対照的に響の顔は暗い。

会場の観客が避難しているのは知ってはいる。

けれどももしかして、と言う可能性が彼女の不安を煽る。

それに二課からの報告で聞いた所属不明の装者による襲撃を受け、未だにあの会場で1人戦っている翼。

映像や通信が途絶えてそこそこの時間が経過してしまっている。

翼さんなら大丈夫、と思う反面、どうしても浮かび上がる最悪の可能性。

そんな不安な感情が彼女の表情を暗くしていた。

 

「………はぁぁ………」

 

しゃあねぇな、とクリスがぼやくと同時にその背中を勢い良く叩きつける。

 

「うぇえッ!?く、クリスちゃん?」

 

「なーにしょげた顔してんだよ、おめーにんな顔似合うかよってんだ。

……大丈夫だ、皆無事に決まってんだろ。あいつらや先輩がそう簡単にやられるたまかよ」

 

だから暗い顔する前に急ぐぞ、頬を赤くしながら照れるようにそっぽを向いて前を行くクリスの彼女らしい言葉にそうだよね、と頬を叩いて気合いを入れ直し、暗い表情とはオサラバした響もまた駆ける。

皆が待っている会場へ、私の陽だまりが待つ場所へとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー響ッ!!」

 

「未来ッ!!良かったぁ………無事だったんだね………!!」

 

会場へと到着した響を待っていたかのように小日向未来が駆けてくる。

それを抱き締めて再会を喜ぶ響であったが、未来はそうではなかった。

 

「お願い響!!あそこに……会場にキャルちゃんがまだいるの!!」

 

「えぇ!?きゃ、キャルちゃんがどうして!?観客は避難したって………」

 

そこから未来が高まる感情をなんとか宥めながらゆっくりと説明し始めた。

ノイズの出現と共に彼女の案内で避難し始めた事、

出口までは一緒にいたけれど、出口付近にいたノイズの囮となって別れてしまった事、

その後に観客が解放されて、その中にいるんじゃないかと探し回ったけれどもその姿はなかった事を、

 

「だからきっとまだ会場にいるはずなの………お願い響!!助けてあげて!!」

 

ーー浮かんだのは最悪の可能性。

ノイズを相手に逃げ切れた、とは想像しづらい。

かつて自身がまだガングニールを、天羽奏から受け継いだシンフォギアを目覚めさせる前、子供と一緒にノイズから逃れる為に街中を駆け回ったのを思い出す。

無数のノイズはどこを逃げても、どこまで逃げても追い掛けてきた。

下水でも道路でもビルの上でもお構い無しに追い掛け続け、人間だけを殺すと言うその使命を果たさんとした。

あの時ガングニールが、歌が無ければ、立花響は灰となってこの場にいなかっただろう。

 

それ故に浮かんでしまう最悪の可能性。

ノイズに追われ、シンフォギアがあったからこそ窮地を脱する事が出来た立花響だからこそ分かる最悪の可能性。

 

ーーけれどもーー

 

「ーーうん、分かった!キャルちゃんは私に任せてッ!!」

 

立花響はそんな可能性を自ら否定する。

絶対に無事だ、絶対に大丈夫と否定する。

それが曖昧な理想に近いと分かっていながら、それでもと望む。

何故ならそれが立花響と言う人間だからだ。

誰も苦しまず、誰もが幸せな世界を望む心優しき乙女。

それが、立花響だから。

だから望む、だから手を伸ばす。

皆が望む平和を掴む為、苦しむ誰かを助ける為にこの拳はあるのだからと立花響は駆ける。

最悪の可能性を吹き飛ばし、最高の可能性を手繰り寄せる。

その為に駆ける、立花響は駆ける。

その先に待つ人がいるから、彼女は駆けれるのだからーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、さっきキャルって聞こえたけどさ、もしかして………?」

 

「え?クリスちゃん、キャルちゃんと知り合いなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

《なあなあ、俺達こんな仕事で良いのか?》

 

《だってあんなジャパニーズニンジャと正面切ってやり合うなんて無理だろ、いや、俺達もニンジャ型だけどさぁ》

 

会場の一角、映像中継を管理する部屋の前に陣取るはセレナが作成した如何にも忍者です、と言いたげな黒い衣装を身に纏ったアルカ・ノイズ達。

諜報班所属のアルカ・ノイズである彼らは忍者をモチーフに開発され、戦闘能力こそ低いが多種多様の忍術もどきと隠密行動を得意とし、諜報班として数々の活躍をあげている。

 

さて、そんな彼らが此処にいるのには訳がある。

そう、この部屋の中にいる風鳴翼のマネージャーであり、護衛であり、ガチモンの忍者である緒川だ。

ファラより事が終わるまではあの男を外に出さぬようにと命令を受けた彼らだが、ぶっちゃけガチモン忍者であるあの男とやりあって勝てる気が不思議としない。

アルカ・ノイズVS人間だと言うのに、だ。

 

しかし与えられた役目は果たさねばならない。

ならばどうするか?

答えは単純明快、出口と言う出口を全て塞ぎ、ダクトまでも塞ぎ、ネズミ一匹通れない完全密室に作り替え、ひたすらに睡眠効果の高いガスを部屋の中へと充満させる忍術を用いる事だ。

え?それは忍術じゃないだって?

いやいや、忍術だよこれも。

あれだよ、睡眠の術だよ、うん。

 

《ガスどのくらい流しましたっけ?》

 

《映像中継途絶えてすぐだから………彼是1時間位か?》

 

《流石にもう良いんじゃない?これ以上だと永遠に眠っちゃうんじゃあないか?》

 

《いやいやまてまて、ジャパニーズニンジャを舐めるんじゃないぞ。最近の忍者は手に光線球作って放ったり、何度殺しても周囲に病気ばら蒔いて甦ったり、お寿司を食べるだけで回復したりと何でもありだ。油断すればすぐにやられるぞ。だからガスは止めずにドンドン流す、いいな》

 

《御意》

 

間違えたジャパニーズニンジャの情報が緒川に対する最大の警戒となり、部屋を満たすガスは延々と送り続けられた。

 

ーーーまさかこの警戒が功を成し、耐えきれなくなった緒川が部屋の中で眠っているとは知らずにーーー




アルカ・ノイズVS緒川
勝者アルカ・ノイズ(勝因間違えたジャパニーズニンジャ知識)


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第53話

---撃音---

迫る黒い手に振るわれるは全てを薙ぎ払う黒い撃槍。

黒と黒、お互いに同じ色を持つ2つは激しく衝突し合う。

一見すればそれは互角にしか見えない対等な戦いである。

だが―――実際はマリアの姿を確認すれば一目瞭然であろう。

 

「――ッ!!はぁはぁ――ッ!!」

 

纏うシンフォギアは既に全身傷だらけとなり、振るわれる撃槍もまた損傷が目立ってきている。

対する黒い手は千切れ飛んだ物も幾つか存在していたが、ゆっくりと粘液の様な悍ましい何かを垂らしながら再度引っ付いていく光景には、マリアも乾いた笑みを浮かべるしかないだろう。

黒い手でこれなのだ、それを操る彼の少女など無傷でしかない。

それどころか、この戦闘中彼女は徹底的に黒い手の制御だけを行い、自らは戦闘に介入してくる要素さえ見せない。

 

「舐められた……ものね……ッ!!」

 

敵、彼女がそう発言すると同時に始まった戦闘は終始マリアが苦戦を強いられていた。

それも当然だ、相手は切っても千切っても吹き飛ばしても再生し向かってくる黒い手。

その絡繰りこそ不明だが、戦う度に数が増していくのも相まって嫌が応にも苦戦を強いられ、既に対応すべき手段は数えられる程度しかなくなっていた。

LiNKERの効果時間ももはやカウントダウン状態。

彼女の登場と共にマムとの通信が途絶えた為不明のままであるが、恐らく当初の計画のネフィリムを目覚めさせるに至るフォニックゲインも足りていないだろう。

撤退するのも考えたが、ネフィリムが覚醒していないこの状況で撤退した所で後がないのも事実。

ならば、残された手段はーーー

 

「(…これは、最悪の選択を使うしかないかしら…)」

 

浮かび上がるのは――≪絶唱≫

命を燃やし、奏でる歌はネフィリムが目覚めるに至るフォニックゲインを出現させ、同時にこの黒い手を倒せる力となるだろう。

当初の予定では仮定の段階にさえ無かった最悪の選択。

けれども、もはやそれしかないだろう。

この窮地を脱し、目的を叶えるにはそれしかないだろう。

 

「―――――」

 

――怖くない、と言えば嘘になるだろう。

どうしても浮かび上がってしまうのは、あの子の――セレナの最後。

絶唱の負荷に耐え切れず、炎の中へと散ったあの子の最後の姿。

 

――いざ絶唱を奏でようとして初めて分かる恐怖――

あの子はこんな恐怖に耐えて、大人の為に、汚い世界の為に歌を歌って死んでいったのかと理解する。

怖いと言う感情が何度も胸を掻き回し、そこから生まれた自らの弱い心が命ずる。

全てを投げてしまえば良いと。

世界も目的も何もかも、かなぐり捨ててしてしまえば良い。

そうすれば解放される、そうすれば楽になれる、と。

 

「―――ふ」

 

僅かに、その提案を受け入れようとした自分がいたのも事実だと自覚する。

マリア・カデンツァヴナ・イヴと言う人間の弱い心が揺れ動いたのを認める。

甘い誘惑に、優しい誘惑に揺れ動いたのを認める。

 

けれども、それでも、と傷ついた身体を奮い立たせる。

視線を黒い手から逸らし、見つめる先には――調と切歌。

私が得た、得てしまった居場所を見つめる。

セレナを見殺しにした私が得てはいけないはずの居場所を、得てしまった居場所を、守りたいと願ってしまう居場所を、見つめる。

 

「ま、マリア?」

 

「――――!?もしかして…駄目ッ!!それは駄目ッ!!マリアぁぁッ!!」

 

支え合いながらゆっくりと立ち上がる2人を見つめながら、覚悟を決める。

既にこの命はあの時に――セレナを守れなかった時から何時でも燃やす覚悟をしていた物。

そんな命を、大事な居場所を――あの子達を守るのに使えるのであれば、本望だろう。

ポケットにあるお守りを握りしめ、小さく笑みを浮かべる。

あの子は、きっと許してくれないだろうな、と。

自身を見殺しにした私を、助けてくれなかった私を、絶対に許してくれないだろう。

 

「(…だけどお願い、セレナ)」

 

今だけで良い、たった1度だけで良い。

どうか私に勇気を頂戴―――セレナ

 

「―――見せてあげるわ、私の覚悟をッ!!!!」

 

----口が動く----

奏でられるは死が近づく歌

セレナが奏で、命を燃やしたあの歌を、歌う。

ゆっくりと、ゆっくりと動いていく唇は歌声を奏でようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

---纏う雰囲気で察した---

彼女が奏でようとしているそれを、命を燃やす歌を、察した。

流石の黒い手も絶唱には耐えられないだろう。

引くべきだ、その為の機能はファウストローブにある。

なんならポケットにあるテレポートジェムでも構わない。

絶唱をやり過ごす術などいくらでもある。

引くべきだと脳がもう一度命ずる。

それは冷静な正しい判断だ。

何も間違えていない、正しい答えだと理解している。

ではなぜーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目ぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この身体は前へと進んでいるのだろうか?

 





やだ………ファウストローブ ニトクリスの鏡強すぎたかしら………?


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第54話

みんなー報告しないといけないことがあるから活動報告を見てほしいんだゾー


 

ーーー《それ》を見たーーー

 

 二人の少女が並んで歩いていた。

瓦礫と化した街を、瓦礫だらけの道を歩く少女達の靴はもうボロボロで、もはや靴としての機能は果たされていない。

靴に滲む血液、荒れた呼吸、汗ばむ身体。

辛く険しい道を進む少女達、しっかりと結ばれた手を握り締め、二人は進む。

 

セレナ、大丈夫?》

 

前を歩く年上らしき人物が後ろにいる年下の少女を心配するが、彼女が限界なのは一目で分かった。

幼い身体にあまりにも過酷な道。

瓦礫や破片は幼い少女の足を傷付け、滲み出る血液が靴だった物を赤く染めていく。

けれども少女は笑顔を浮かべる。

額に汗を流し、足を襲う激痛を耐えながら、笑顔を浮かべる。

 

《だいじょうぶだよ、マリア姉さんこれくらいへっちゃらだもん》

 

それが空元気だと誰にでも分かった。

年上の少女を心配させまいと笑顔を見せる少女に、年上の少女の顔が歪む。

瓦礫の道を進んでどれくらいが経っただろう。

幼い2人が必死に手を取り合って逃げてどのくらいの時間が経っただろう。

足を止めて休むべきだと誰にでも分かる。

だが、それを止めるのは遠くから聞こえる銃声。

大人達の争いが少女達から休む選択肢を奪っていく。

 

《ーーッ、ほらセレナ乗って》

 

年上の少女が屈んで背中を差し出す。

彼女もまた、疲労し、少女同様に血が滲む足であると言うのに差し出す。

そんな背中に少女は乗るのを断る。

幼い少女とて理解している、彼女が自身同様に疲れ果てている事を、

それ故に断った少女であったが、彼女は有無も言わさずに少女を背中に乗せた。

 

ま、マリア姉さん!?わ、わたしだいじょうぶだよ?》

 

《遠慮なんてしないの、さっき食べたパン、私の方が少し大きかったでしょ?おかげで私の方がまだ元気だもの、このくらい何ともないわ》

 

―――嘘である。

年上の少女の持つ小さなバックの中には先程分けた筈のパンがほとんど手付かずのまま残されている。

パンだけじゃない、水も数少ない薬品も全て手付かずのまま残されていた。

 

――少女は理解していた――

幼いと言うのに、理解していた。

この紛争が長引くと、そして自分達の様な無力な子供では明日食べれる食糧が得られるかさえ怪しいと言う事を―――

だから、残した。

ほんの一口だけ食べたパンの味と、数摘だけ飲んだ水の味を思い出しながら、彼女は全て残した。

自身の為ではない。

 

―――全ては背中に背負う彼女の為に、だ―――

 

もしも明日自身が倒れても、彼女さえ生き残ってくれるのであればそれで良い。

既に限界に近い空腹感と、疲労が少女を襲う中、少女は自身の乾いた唇から流れる血液を啜りながら前へ前へと進む。

 

マリア姉さん、ほんとうにだいじょうぶだよ…わたしおりるよ…≫

 

そして背中にいる少女もまた理解した―――せざるを得なかった、

今自身を背負ってくれている人がもう限界である事を、お腹から聞こえる空腹を知らせる音が、乱れた呼吸が、嫌でも教えてくる。

苦しめたくない、降りようとする少女に対して、年上の少女は笑みを浮かべる。

 

≪――本当に大丈夫なのは私の方よ、確かにちょっとだけお腹空いたけど、避難キャンプに行ければたくさんご飯を食べれるわ!!セレナの大好きなプリンだってあるわよ!!だから…だから大丈夫よ。それに、普段は私が甘えてばかりですもの。だから――――≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪たまには私にもお姉ちゃんらしい事させて、セレナ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でりゃああああああああああああッ!!!!」

 

聴こえてきたのは咆哮。

見えていた≪何か≫を中断せざるを得ないその咆哮に最初に動いたのは黒い手であった。

死角からの完全奇襲で放たれる拳に対して黒い手は自発的に主を守る為に幾つも重なって盾となり、もう一振りの撃槍を――立花響の拳を受け止めた。

 

「―――ッ!!はぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

しかし立花響は止まらない。

脚部に着いているバーニアが火を噴き、押し止めようとする黒い手へ向けて彼女らしく一直線に突き破ろうとする。

立花響の一撃に徐々に押され始める黒い手は焦りを見せる。

仮に突き破られれば主へと攻撃が到達してしまう、そう判断した黒い手は盾となっている物の数を増やしながら、全周囲より立花響へ攻撃を仕掛けようと揺れ動く、だがー――

 

「させるかってんだッ!!!!」

 

轟音と共に放たれるはガトリング砲。

雪音クリスの持つシンフォギア≪イチイバル≫が持つ遠距離兵装が立花響へと迫る黒い手へと放たれる。

ガトリング砲を浴びる黒い手だが、弾丸は調が放った攻撃同様に吸収されるように取り込まれていく。

 

―――それがクリスの狙いであると知らずに―――

 

「―――バアン♪」

 

クリスの戦場に相応しくない声と共に、鳴り響くは―――爆発音。

弾丸を取り込んだ黒い手が次々と爆発していき、千切れ飛び、吹き飛んでいく。

クリスが放った弾丸は小型の爆薬を内蔵した特殊製。

意図的に飲み込ませ、ある程度の時間経過で自爆するそれは、内部からの攻撃と言う予測していなかった一撃によって、黒い手に確実なダメージを与えた。

突然の爆発、黒い手が戸惑う様に揺れ動く中で生まれた僅かな隙を狙って、立花響と雪音クリスは駆け、黒い手に包囲されていた風鳴翼を救助し、一度客席まで退いていく。

 

「大丈夫でしたか翼さんッ!!」

 

「すまない立花、雪音も気苦労を掛けたな」

 

「はぁ!?ん、んなもん掛けられた覚えはねえよ!!あたしはただなぁ!!」

 

再会を喜ぶ三人、だがそんな三人を見たセレナの表情が僅かに歪む。

相対したくはなかった面々が勢ぞろいしてしまった、と。

そして同時に―――

 

「マリア退きなさいッ!!」

 

会場に鳴り響くのは聞き覚えの無い女性の声。

どこから、視線が声の主を探さんと動くより先に1つの閃光が放たれる。

閃光は会場中央へと直撃し、そこから出現したのは―――巨大なノイズ。

 

「――増殖分裂型!?」

 

アルカ・ノイズ研究を行っているセレナは必然的にノイズの情報を多く得ている。

その知識の中に眠る情報によって、眼の前のノイズの正体を突き止めると同時に、視線の先でマリアが2人の小さな装者に抱えられて走り去っていくのが見える。

止めなくては――咄嗟に黒い手を向かわせようとするが、させまいと振り返った装者によって放たれた無数の小さな鋸が増殖分裂型に命中し、飛び散って増殖していく。

黒い手を阻む様にぶよぶよと動くノイズと会場から離脱していく装者達に舌打ちしながら、セレナは次々と増えていくノイズにどうしたものかと思考する。

 

「(これは…不味いですね…)」

 

増殖分裂型は攻撃すれば分裂し、放置すれば延々と増殖を繰り返していく厄介なタイプ。

倒す術はコアを打ち砕くか、分裂や増殖が出来ない火力で一瞬で倒すかだ。

後者はそれこそ絶唱しかないだろうし、前者はあのぶよぶよとしたボディがコアを狙うのを阻む。

かと言ってこのまま放置すればこのノイズは会場外まで溢れるぐらいに数を増やしていくだろう。

どうにか打開策を、そう模索するセレナであったが、不意に聞こえて来た歌に驚愕する。

ただの歌であれば何も問題はない。

だがそれは―――絶唱であった。

 

≪聞こえるか馬鹿弟子≫

 

「え!?し、師匠どうしたんですか!?」

 

聴こえてくる絶唱、そして突然聞こえた師匠の連絡にと二度驚愕しながら返事をするセレナであったが、視線の先では絶唱の三連奏と言う何を考えているのか、思わずそうツッコミを入れてしまいそうになる光景が繰り広げれている。

止めないといけない、その想いで動き始める身体を止めたのはーー師匠の声だった。

 

≪いいか馬鹿弟子、大体の事は知ってる。そして立花響達が何をしようとしているのかも知っている。そのノイズは連中に任せてお前も撤退しろ。このどさくさ以外に撤退出来る隙はない。いいか、これは命令だ。拒否は許さん≫

 

「で、ですけど!!」

 

《命令だと言ったぞ》

 

有無も言わさないとはこの事だろう。

目の前で奏でられる絶唱、止めなくてはと焦る感情を堪え、自身も引き上げる為にテレポートジェムを叩き付けた。

消えて行く身体、消えて行く視界。

消え行く最後に見えたのはーーー立花響の輝く拳であった。

 

 

 

 




F.I.S.ボロボロだねぇ………


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第55話

フィーネを名乗る武装組織の宣戦布告から早くも2日。

国土割譲を要求していた彼女達であったが、予告時間である24時間を超えても何も行動を起こす事なく、各国家との更なる交渉も起きることなくタイムリミットは過ぎていった。

行動を起こさないフィーネに困惑する各国家であったが、その中で米国はノイズを操る力を持つフィーネの存在は危険であると打倒フィーネの為の軍をフィーネが潜伏している日本に派遣する事を国連の場にて通達。

しかしイギリス、フランスを始めとしたEUと中国、韓国を始めとしたアジア諸国はこれに反発。

米国は打倒フィーネを理由にアジア侵攻の軍を日本に配置しようとしていると反論し、フィーネ打倒作戦を展開するのであれば国連主導の多国籍軍を以て実行すべきとの意思を伝えた。

これに米国が猛反発。

米国にアジア進攻の意図はなく、逆に多国籍軍を日本に配備する事で諸国は日本と米国との親密な同盟関係を破壊しようとしていると猛反発を起こし、結果話し合いは平行線を辿ったまま一端の終わりを迎えた。

 

「………ふん、いけすかねぇな」

 

「事務次官、御言葉にご注意を。聞かれでもしたら………」

 

「はん、連中は自分の事で一生懸命で当事国の日本(うち)を気にするやつぁなんていねぇから安心しな」

 

国連での会議を終えた外務省事務次官である斯波田賢仁は数名の護衛を引き連れながら揉めに揉めた国連の会議室を後にしていく。

日本としちゃ米国だろうが多国籍軍だろうが歓迎しねぇってんだよと愚痴りながら………

 

「(しかし米国の連中、えれぇ粘るじゃねぇか)」

 

国連参加国の大半が反対に回る中、米国は軍派遣を撤回しようともしやがられねぇ。

国情も外交関係も関係なしに、だ。

逆を言やぁ、そこまでしなきゃいけない理由がフィーネの連中にあるってこった。

諸国もそれを知っているから少し考えたら出来もしないアジア進攻なんて難癖つけて米国の軍派遣を止めていやがる。

その上に米軍が隠そうとしている何かを奪い取ってやろうと多国籍軍の派遣にまで手回ししてきやがった。

戦場になる日本(うち)の事はお構い無しでだ。

 

「は、日本からすりゃ前門の米国、後門の諸国ってか」

 

笑えねぇ話だなこりゃ、と頭を掻きながら愚痴る賢仁であったがさてと今後の動きを考える。

どちらにせよこのまま何事もなく、ってのはねぇだろう。

どう駒が動いても対応出来るように此方も手を回しておかなきゃいけねぇ。

とりあえずまずは米国の腹の中を探りながら、諸国をどれだけ味方に出来るか、だな。

 

「たく、忙しくなりそうだねぇ………嗚呼、蕎麦が食いてぇなぁ」

 

斯波田賢仁、彼もまた装者達とは異なる戦場で戦う一人の男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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シャトーの一角、とある部屋の入り口に立つ2体のアルカ・ノイズが門番をするその部屋こそ、彼らの生みの親であるセレナの私室。

警戒のアルカ・ノイズが配備されるのはいつもの事なのだが、今日はどこか雰囲気が違っていた。

どこか遠慮する様に、戸惑う様にしながら見張りをする2体の眼に映るのは――部屋の入口に貼られた≪謹慎中 絶対に出すな≫と書かれたデカい文字。

そう、現在セレナは――私室にて謹慎処分を受けていた。

 

「………はぁぁぁ………」

 

謹慎中の部屋、その片隅にある愛らしいぬいぐるみ(カエル)が置かれたベットに顔を突っ伏しながらセレナは口から零れるため息を止められずにいた。

セレナの帰還、それと同時に始まったのは―――師匠によるありがたい大説教の時間だった。

師匠であるキャロルは当然、通信で事を知ったプレラーティも参加、果てには面白そうと言う理由で付いてきたカリオストロがセレナをからかう為に参加、揉めに揉めた説教が終わりを迎えたのは次の日の朝日が昇り始めた頃だ。

おまけにやっと解放されたと思いきや、この謹慎処分である。

最低1週間から最高1か月、その間のシャトー外への外出は論外であり、部屋からの外出でさえも1人だけでは禁止される始末。

期間に関してはお前の態度を見て考えるとだけ冷たくあしらわれながら終わった大説教タイム。

ずっと正座をしたままだったので終わった時は足がもう……うぅ……

 

「(けど、もっと酷い罰がおりるかなぁって思ったんですけど………)」

 

今回自らが起こしてしまった不祥事を思い返せばこんな罰で済ませて良いのか?と自分自身で思ってしまう。

仮面とファラさんのおかげで錬金術の存在や正体こそ隠せれましたけど、もしもバレていたら師匠の計画が破綻していても可笑しくはなかった。

それなのに下されたのは大説教と謹慎だけ。

正直を言うとこれを理由にシャトーからの追放処分さえも覚悟していたのに、下された罰は比較的に軽いものばかり。(大人しく追放されるつもりはありませんけど)

まあ、そこを突いてしまえばやぶ蛇なのは間違いないので黙っていましたけど……… 

 

しかし軽い罰である謹慎とは言え、暇な時間が出来るとどうしても思い返してしまう。

叫びながら此方に手を伸ばす未来お姉さんを、

ドクターウェルと手を結び敵対したはずのマリア・カデンツァヴナ・イヴが絶唱を奏でようとし、それを止めようした自らの理解できぬ行動と、その時に見た謎の光景。

そしてーーー響さん達の事。

 

あの後、映像で彼女達が得た新しい絆の力を見た。

 

《S2CA》

 

他者と繋ぎ会う、響さんの持つ特性を最大限に利用した三人分の絶唱を1つの力に変えて放たれるこの技は厄介な増殖分裂型を撃破してみせた。

絆を力に変える、響さんらしい技だと思う反面で思い知らされる。

 

これが私の敵なのだと。

 

いずれは争わなくてはならない敵なのだと思い知らせる。

師匠と響さん、二人が手を繋ぎ会える未来を諦めたわけではない。

未来お姉さんから教えてもらった信じる事の大切さを忘れたわけではない。

けれども、理解していた。

キャロル・マールス・ディーンハイムと立花響は、一度は争わなければ絶対に理解し合えないと。

二人の想いをぶつけさせないと絶対に理解し合えない、と。

きっとその時私も参加しないといけないだろう。

彼女達との戦いにーーー

 

「ーーー」

 

心苦しいと感じる感情はこの胸にある。

けれどもそれを踏み越えてセレナは進まねばならないのだ。

師匠であり、恩人であり、家族であるキャロルを解放する為にはーーーー

 

「………はぁぁ………」

 

考えることもしなければならない事も山程ある。

けれども今はとにかく休みたい、そう想いながら未だに痺れの残る足の痛みを感じつつ、カエルのぬいぐるみに顔を埋めるセレナであった。

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「………」

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴはアジトとして用意された廃墟と化した病院で1人考えていた。

あの時、絶唱を奏でようとしたあの時。

立花響の雄叫びによって掻き消されてしまったが、確かに聞こえた気がした。

あの子の………セレナの声が………

 

「………まさか、ね」

 

セレナの幻を二回も見てしまったせいでそう聞こえただけだろうと、忘れる様に思考を中断する。

立花響の乱入によって絶唱を奏でる事なく撤退する事に成功し、彼女達のS2CAによってネフィリムも覚醒するに至った。

しかしその対価も大きく、調と切歌は軽症で済んだが、自身は絶唱を奏でようとした際に生じた負荷で気絶し、目覚めた今でも節々に痛みが残る始末だ。

奏でようとしただけでこれだ、もしもあの時本当に絶唱を奏でていれば………この場にはいなかっただろう。

 

「………あいつのおかげで目茶苦茶ね」

 

思い返すは突然現れた黒い手を操る謎の女性。

調、切歌、そして私もあの黒い手には一方的にやられるしかなかった。

切っても吹き飛ばしても再生し、無限に襲いかかってくる黒い手。

そしてそれを操る未知の女性。

二課の味方ではないのは確かだろう、立花響が黒い手に殴りかかっていたのが最大の証拠だ。

では彼女はいったい………

 

「マリア!!目覚めたデスか!!」

 

「マリア………!!」

 

扉が開くと同時に駆け寄って来た二人が抱き着いてきた。

最近の二人にはなかった行動にどうしたの?と声を掛けようとして、気付く。

 

ーーー泣いていた。

 

震えながら涙を流す二人に、それだけ心配させてしまった自らの不甲斐なさを実感しながら、二人を優しく抱き締める。

そして認識し直す。

セレナを守れなかった私だけど、この場所は………得てしまった新しい居場所は絶対に守ってみせると、誓った。

 

 

 




「心配させた罰デス!晩御飯は豪華にするデス!」

「うっ………わ、分かったわそれじゃ豪華にシチュー(水かさ増し)にしましょうか」

「マリアのシチュー………!」

「………調、切歌………(水かさ増しを知らない二人を騙すマリアとそんな状況を強いてしまう自らの財政に嘆くマム)」


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第56話

シンフォギア2020年ライブ決定………!
感謝………圧倒的感謝………!
当てなきゃ(使命感)


 

リディアン学生寮。

その一室、小日向未来と立花響が一緒に住まう部屋。

いつもならば明日の学校の用意を終えて、二人一緒のベッドで眠るはずの時間なのに、部屋の電気は灯されたまま。

目覚めたままの二人は、響が持つ二課から支給されている通信機から聞こえる報告に耳を傾けていた。

その報告が二人に喜びをもたらしながらーーー

 

「それ本当ですか師匠ッ!!?」

 

≪ああ、間違いない。未来君の言っていたキャルと言う少女は避難者名簿の中に名前があったよ。念の為に二課から人を派遣して確認してみたが、その安否も確認することが出来た。彼女は無事だ≫

 

会場での出来事から既に二日。

その間、二課はフィーネが起こした騒動の後始末に、被害状況の確認、関係省庁とのやりとり、残されたノイズ退治にと忙しい日々を過ごし、あの日会場から姿を消してしまったキャルが無事に避難出来ているのかどうか、それを確かめる為の避難者名簿の確認が遅れてしまっていた。

だがそれも遂に正式な調査が行われた。

二課としても特別協力者である未来、そして二課の最大戦力でもある装者の響、クリス、翼の3名からの頼みをこれ以上後にするわけには行かないと思ったのだろう。

忙しい中での時間を割いての調査であったが、苦労した甲斐もあって良い報告を知らせる事が出来、また1人市民の無事を確認する事も出来たので弦十郎としても嬉しい報告となった。

 

「未来ッ!!」

 

「響ッ!!」

 

抱き合い、喜びを露わにする2人。

フィーネの事件から二日、彼女達の脳内に浮かんでいたのは最悪の可能性。

会場に会った灰は全てノイズを倒した際に生じた物だと二課の職員は語っていたが、もしかしてその中に―――

そんな最悪の可能性に怯える2人であったが、弦十郎からの報告はそんな憂鬱な思いを吹き飛ばすに至る明るい報告となった。

 

「あ、あの、弦十郎さん。その…キャルちゃん怪我とかはしてませんでしたか?」

 

≪ん?ああ、それは大丈夫だ≫

 

弦十郎曰く、彼女の家へ赴いた二課の職員を迎えたのは1人の女性であったらしい。

女性はキャルの母親の従妹であると語り、海外で忙しいキャルの両親に代わって彼女の身元を引き受けており、実質キャルの母親代わりだと自己紹介してくれた。

その女性の口からキャルが無事に帰ってきている事、

会場でノイズ相手に逃げ回るなんて危険な行為をした事について説教した事、

そしてその時の過労もあってか体調を崩してしまい、今は寝ている事を告げられた。

 

叶うのであれば接触するのは避けてもらいたいと遠慮がちに願われたが、彼らとしてもキャルの無事をこの目で確かめて帰りたいと言うのが本音。

しかし向こうの事情も分かっているので無理強いするわけにも行かず、せめて扉越しに声だけでも聴く事は出来ないかと提案した所、向こうが承諾。

これにより扉越しであるが、対面は叶った。

風邪ならではの濁った声であったが、隠し持っていた通信機越しに翼、クリスの両名に確認を取った所、間違いなく本人である事が確認された。

 

《風邪自体もさほど重いものでもなく、回復へと向かっているとの事だ》

 

その報告にホッと安堵する未来。

この2日、囮となって姿を消してしまった彼女の安否をずっと気にしていた未来にとって、やっと心から安心出来たと笑顔を見せる。

 

《嗚呼、それと未来くんから頼まれていた物も無事に渡しておいたとの事だ》

 

はて?と響は首を傾げる。

それについては自身も知らず、未来に確認するように声を掛けると笑顔で見せてくれた物に納得する。

未来の手にある《秋桜祭》のパンフレットにーーー

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

「………ふぅ」

 

通信を終えた弦十郎は小さく息を吐いた。

キャルと言う少女の無事、それを報告し終えた弦十郎であったが、その表情は決して明るい物ではない。

フィーネの存在や装者達からの報告にあった黒い手を従える少女等彼を悩ませる物は多く存在するが、弦十郎の表情が暗い理由は………件の少女、キャルにあった。

 

「………………」

 

調査の過程で自然と得られる彼女の個人情報、それを確認した弦十郎であったが、得られた情報は極自然のどこにでもいる普通の少女としての情報であった。

出生も家族構成も履歴も、何もかもが自然なまま。

そう、本当に極自然過ぎるのだ。

………弦十郎の昔の勘が騒ぐ程に………

 

「………藤尭、緒川に内密に連絡を取ってほしい。仕事を頼みたい、とな」

 

杞憂であれば良いのだが………そんな呟きと共に弦十郎は思う。

俺はもしかしたら、あの子達の笑顔を奪ってしまうかもしれないとーーーー

 

 




OTONA……動きます!


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第57話

――時は少し遡る。

住宅街の一角、どこにでもある普通の住宅から出て来た黒いスーツ姿の男達こと二課の職員達に丁寧に対応しながら、車に乗って去って行くその姿が見えなくなるまで笑顔のまま手を振るう1人の女性がいた。

優しい笑顔で手を振るうその姿は、どこか見る者を魅了させる美しさがあった。

実際訪れた二課の職員もこんな美人と縁があれば良いのにと帰りゆく車内で話していた。

そんな会話を≪聞きながら≫女性は微笑む。

美人とは嬉しい事を言ってくれますね、と嬉しそうに笑顔を見せる女性こと―――ファラは車が見えなくなるのを見届けてから静かに息を吐いた。

やっと帰ったか、と。

 

「――行ったワケダ?」

 

聴こえてきたその声は、間違いなくセレナの物。

だが、目に映るその姿は声の持ち主とは異なる姿をしていた。

 

「ええ、行きました。周辺に監視の気配もなく、隠しカメラ等が設置された痕跡もありません。お疲れさまでした―――プレラーティ様」

 

ふん、とセレナの私室として用意されていた部屋から出てきたのは、結社の幹部であり、名高い錬金術師の1人でもあるプレラーティ。

首元に展開している錬金術が消え去ると同時に、その声が何時もの彼女の物へと変わり、不機嫌そうにしながらファラの元へと歩み寄って来るのだが……

その姿はいつも着ている衣服とは異なっていた。

もこもことした愛らしいピンク色のパジャマ姿、手に持つカエルも同じくピンク色の愛らしい物へと変わっていた。

普段の彼女からは連想できない姿である。

だが元々幼い見た目をしているプレラーティ、そんな彼女のパジャマ姿は違和感を感じさせず、歩いてくるその姿は愛らしいの一言だろう。

しかし当の本人はと言えば不機嫌そうにパジャマの裾を引っ張っていた。

 

「全く、演技程度であれば他の奴で良いワケダ。それなのにどうして私がこんな真似をしないといけないワケダ…それにこのパジャマは何だ?部屋の中に入られた時の為にと着せられたが…ハ、自らの滑稽な姿に笑いが止まらないワケダ」

 

「いえいえ、プレラーティ様結構お似合いですよ?それ、元々あの子の為に買い揃えていたパジャマでしたけど、プレラーティ様でも十分に着られるようですし、良ければ1着提供しましょうか?」

 

「いらんワケダ!!」

 

似合っていますのに…と残念そうに呟くファラの前でさっさと脱ぐワケダ!!と怒りを露わにしながら羞恥心など全く感じさせない爽快な脱ぎっぷりでパジャマを脱いでいく。

しかしプレラーティは知らない。

そんな愛らしいパジャマ姿をファラの瞳に内蔵されたカメラで撮影されている事を、その撮影された映像と写真が密かにキャロルからカリオストロへと流れている事を、知らない。

 

「(マスターもお人が悪い…まあ、こんな役割頼んでいる時点でお察しですけれど…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は会場でのセレナの乱入にある。

あの時、やむを得ないとは言え会場から姿を消したセレナであったが、いずれは公的機関、または二課が安否の確認で調査に動きだすとキャロルは理解していた。

装者と、その友人と結んだ縁が必ずそうすると、理解していた。

それ故に先手を打った。

データベースにハッキングしての避難者名簿の登録、情報操作、セレナの偽の戸籍情報の作成にと、打てる手は打った。

戸籍情報に至っては以前より下準備をしていたので容易く、名簿の登録や情報操作等もキャロルの手に掛かればさほどの苦労なく実行する事ができた。

だが、幾ら情報を弄った処で安否確認の為に人材が送られてくるのは目に見えていた。

馬鹿正直にシャトーへご案内、なんて出来るわけもない。

幸い、元々セレナがシャトーから離れた時の為に用意していた物件を住所として登録していたので、そこでセレナの無事を確かめさせればさっさと帰るだろうと思ったのだが、此処で問題が生じた。

 

そう、セレナは謹慎中である。

 

こう言う場合ならば良いのでは?とファラとレイアが言っていたが、師匠として一度決めた事を反故にするわけにも行かず、それに装者以外の二課との直接的な接点を作るのは今後を考えると危険であると判断した為だ。

しかしキャロルは結社との会談の為に動かねばならないし、オートスコアラー達の誰かでは誤魔化しきれるか危うい。

どうした物かと考えた末に――――1人、思い浮かんだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつの説教に参加して後は帰るだけだったワケダが…まさかこんな催しに参加させられるとは、想像していなかったワケダ」

 

ピンク色のパジャマから何時もの衣装へと戻ったプレラーティがリビングでワインを飲む。

今回キャロルから協力の報酬にと貰って帰った(キャロルは知らない)ワイン、その値段を聞くだけで恐ろしいそれをプレラーティは遠慮する事なく飲んでいく。

立場上ファラは止めるべきなのだろうが、まあこの位なら良いですかと許容する。

どうせ先ほどの映像と写真、結構良い値段で売りつけているでしょうし、と。

 

「しかし、キャロルは本気でこれで終わりだと思っているのか?あいつの戸籍情報見せてもらったワケダが、良く出来ているワケダ。普通の連中であれば疑いを抱かないワケダが……ちょっと分かる奴は疑いを掛けてくるぞ。そこの所どうするつもりなワケダ?」

 

プレラーティの言葉正しい。

現に二課は、弦十郎は疑いを掛けているのを監視しているレイアから情報を得ている。

無論それに対しての備えも万全ではあるが、決して完璧ではない。

いずれ…そう、いずれは限界を迎えるだろう。

 

「…マスターとてこれが一時凌ぎだと理解しています。可能な限り妨害工作等して時間を稼ぎますが…はっきり言っていずれ限界が来ます」

 

「……その時が、あいつが選択を決める時なワケダ」

 

計画に参加し、キャロルを過去の呪縛から解放させ、明るい未来を生きてもらいたいと願うセレナ。

計画参加に反対し、セレナをこの辛い世界からの解放し、平和な世界を生きてほしいと願うキャロル。

どちらも似たような事を、と小さく笑う。

キャロルが今回の騒動を通してあいつの選択を見極めようとしているのは知っている。

だが、プレラーティは判っていた。

 

 

あいつは絶対に、辛い道を選ぶであろう、と。

 

 

「……ふん、キャロルに伝えておくワケダ。此方側からも可能な限りの妨害工作と情報操作をしておいてやる、と。それと演技役はあいつの謹慎期間の間ぐらいは協力してやるワケダ」

 

――素直じゃないですね、とファラは笑みを浮かべる。

そして手を伸ばす、仮初の、演技でしかない家族を現す様に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

「…ふふ、そうですね。ではお願いしますよ≪キャルちゃん≫」

 

「ふん、そうだな。≪ファラ叔母さん≫」

 

 

 

 

 

 

せめて、あの子に与えられる時間を僅かにでも増やせれば、その想いで2人は仮初の家族を演じるのであった。

 

 




さて、次回は―――遂にシスター2人目ですぞー
けど、ねえ……ぶっちゃけ、ねえ…
名前が決まってないの(ヤバい)


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クリスちゃん誕生日

イエーイ


雪がちらほらと降る街。

クリスマスも過ぎ去り、街を包む雰囲気も迫る新年への備えに変わりつつある。

そんな変化が見え始めた街中を雪音クリスは歩いていた。

その表情は明るく、歩く足取りも軽い。

それもそのはず、今日はクリスの誕生日。

おまけに今から家で誕生パーティーが行われるのだから気分が良くなるのも当たり前である。

ちなみに提案者は切歌である。

 

《クリス先輩の誕生日パーティーするデス!!》

 

それをあたしがいる前で話すか普通、とは思ったが彼女らしいその一言がきっかけとなり誕生日パーティーの開催が決定した。

その後のまたシャトーでしようよ!と言った瞬間のキャロルの冷酷な眼と、連行されていくあの馬鹿の悲しい眼は忘れる事にした。

 

さて、そんなこんなで決まった誕生日パーティー。

幸いな事にその日は全員がフリー。

ただ二課の本部である潜水艦はメンテのため使用不能となり、そうなるとそこそこ広く集まれる場所は、となった結果クリスの自宅が選ばれた。

既に主な面々はクリスの家で誕生日パーティーの用意をしており、主役であるクリスはと言えば買い出しの為に外に出ていた。

パーティーの主役であるクリスさんが買い出しに行かなくても私が行きます、とセレナが言っていたが、自らが志願した。

あたしの為にやってくれてるんだからせめてこれくらいは、と。

 

そして今、買い出しの荷物が入った袋を手にクリスは自宅の扉を開けてーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の中を埋め尽くすアルカ・ノイズを目撃する羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

事の発端はセレナの一言にあった。

 

《せっかくの誕生日パーティーですからもっと飾り付けとかしませんか?》

 

確かに二度に渡るシャトーでの誕生日パーティーの際に比べれば劣る飾り付けであるのは否めない事実であるが、普通の誕生日パーティーのレベルで考えれば十分な飾り付けである。

だが誕生日と言う物をシャトーでしか経験した事のないセレナからすればやはり見劣りしていたのだろう。

それ故の提案であったが、マリアがいち早く賛同し、その次にガリスが賛同、面白そうだとガリィも賛同、勢いに飲み込まれて切歌が賛同と、なんやかんやで皆が賛同し、ならばと飾り付けをしようとしたセレナであったが、彼女は極自然な流れでアルカ・ノイズを呼び出した。

馬鹿広いシャトーではなく、普通の住宅であるクリスの部屋で、だ。

 

その結果ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだこりゃぁぁぁぁッ!!!!」

 

思わず叫ぶ、いや叫ぶしかないだろう。

埋め尽くすと表現したが、その言葉に誤りはない。

本当に埋め尽くされているのだ。

様々なタイプのアルカ・ノイズがひしめき合う様に満たされており、玄関が開く事によってまるで雪崩の様に流れ出てくる。

幸い、他に人がいないからこそ騒ぎにならないがこれを目撃されれば大騒ぎどころか、避難警報待った無しの大惨事に発展するのは間違いないだろう。

とにもかくにも呼び出した本人であろうセレナを見つけてこいつらを戻させる必要があるとアルカ・ノイズを踏みつけながら部屋の中へと向かうのだが………

 

《ぶへ、クリスちゃんに踏まれた!!まじラッキー!!》

 

《へ、俺なんかさっき雪崩れた時にクリスちゃんのおっぱいに触れたぜ!!》

 

《なに!?クリスちゃんのロリ巨乳おっぱいにだと!?ゆ、許せん!!俺にも触らせろ!!》

 

聞こえてくる変態どもの会話にクリスの表情が怒りと恥ずかしさで赤く染め上がっていくが、今はとにかくセレナを見つける為に前へ進むしかないと堪えながら歩き進む。

 

「ぅぅ………!!お前ら後で覚えてろよ!!」

 

《 《 《照れクリスちゃんまじかわゆす!!》 》 》

 

「うっせぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ごめんなさい」

 

あれからアルカ・ノイズの群れの中に埋もれていたセレナを掘り出し、彼女の指示でアルカ・ノイズ達はジェムの中へと帰還していったのだが………部屋の中は荒れ果てていた。

飾り付けは崩壊し、料理も目茶苦茶。

唯一誕生日プレゼントは無事であったが………これではとてもではないが、誕生日パーティー所ではないだろう。

 

「せ、セレナを叱らないであげて。私が賛同したのがきっかけだから………」

 

恐る恐ると言った感じにマリアがセレナを庇う。

先程までの明るい雰囲気は何処へ、残されたのは破壊された部屋と鬱憤とした雰囲気だけ。

誰もが重い雰囲気を感じとり、クリスの顔色を伺っているが………はっきり言おう。

 

「い、いや?べ、別に気にしてねぇし?ほ、ほらこんなトラブルとか日常茶飯事だし?そ、それにあ、あたしだってさ……ほ、ほら…さ……」

 

泣きそうである。

必死に堪えているが、目茶苦茶泣きそうである。

先輩として、年上としての意地で耐えているのだろうが、プルプルと震えている辺り限界が近いのは一目でわかる。

それだけこの誕生日パーティーを楽しみにしていたのだろう。

どうにかしてあげたいが、今から用意していたのでは確実に今日を過ぎてしまうだろう。

どうしたら………誰もが考える中ーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、ここまで予想通りとはな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえてきたその声にその場にいた全員の視線が集う。

崩壊した玄関から姿を現したのは、キャロル。

響を連行したまま行方不明になっていた彼女の登場に驚いていると、彼女は部屋にいる人数分のテレポートジェムを床に叩き付けた。

突然の行動に戸惑うが、テレポートジェムによって転送された先の光景を見て全員が行動の意図を理解した。

 

「あ、皆いらっしゃい!!(チキンもぐもぐ)」

 

響の歓迎の言葉と共に待っていたのは、二回に渡る誕生日パーティーにて見慣れたシャトー。

飾り付けがなされ、料理が並び、プレゼントらしき箱が幾つも置かれ、壁には《雪音クリス誕生日パーティー》と書かれた垂れ幕。

まるで初めから用意されていたかのようなそれに、全員の視線がキャロルへと集まった。

 

「………ふん、どうせ馬鹿弟子が馬鹿をやらかすと踏んでいたから先手を打っただけだ。決して初めから用意していたわけではないからな」

 

《ツンデレ乙です》

 

《一週間前から用意していたのに、ねー》

 

《 《 《ねー》 》 》

 

「やかましいッ!!欠片も残さず解剖してやろうかッ!!」

 

《 《 《わー逃げろー》 》 》

 

ネタばらしをしたアルカ・ノイズ達を追い払い、こほんと咳をすると先程までの会話を無かった事にしようと、いつものキャロルへと戻る。

 

「とにもかくにも、だ。これでパーティーとやらは出来るだろう。後は好きにしろ。オレは疲れたから寝るぞ………嗚呼、そうだな。最後にこれだけ伝えておくか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日おめでとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その後、キャロルちゃんは捕まりパーティーの最後まで参加させられたのは言うまでもないデス………


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第58話

セレナが謹慎を命じられてはや数日。

会場の出来事から数えればちょうど一週間になるだろう。

そんな謹慎部屋と化したセレナの私室へと向かう人影がひとつ。

シャトーとオートスコアラー達の主であり、セレナの師匠であるキャロルだ。

その手には、小日向未来が二課の職員に預けていた秋桜祭のパンフレット。

中身を拝見したが、学生のみに配布されたであろう割引券が貼られており、最後のページには《待ってるから来て欲しいな》とメッセージが書き記されていた。

 

「………愛されているな、あいつ」

 

そんなパンフレットをなるべく丁寧に持ち運びながら、逆の手には茶色の紙袋がひとつ。

紙袋には洋菓子店らしき店名が記入されており、その店名を知る者ならばそれが巷で人気のプリン専門店の物だと分かるだろう。

実際紙袋からは甘い匂いが漂っており、その中身がプリンであるのは確定だとすぐに分かる。

では何故そんなプリンをキャロルが持っているのか?

無論、小日向未来が二課の職員に預けた訳でも、二課の職員が見舞いに持って来た訳でもない。

わざわざキャロルが店まで赴き、わざわざ買って帰った品である。

 

その理由はーーー

 

「………あいつ生きてるんだろうな?」

 

謹慎部屋と化した私室に一週間立て籠っているセレナにあった。

謹慎処分を素直に受け入れたセレナであったが、何故か彼女は部屋に籠りっぱなしとなった。

幸い食料もトイレや風呂と言った生きるのに絶対不可欠な物は全てあの部屋に揃っているし、中にはガリスもいるので1日、2日ならば問題はないだろうが………

流石に1週間となると話は別だ。

一向に部屋から出てくる気配もなく、最近は錬金術の指導時間にも来ないと言った有り様だ。

なにかあったのでは、と幾度か部屋を訪問したが待っているのはガリスからの謝罪だけ。

 

《マスターは今少し手を離すことが出来ませんので………》

 

その言葉を幾度聴いて追い返されただろうか………

強行突破も視野に入れたが、流石にそこまでして押し入る訳にも行くまいと何とか堪えてきた。

だからこそ今日は最終兵器(プリン)を持って来たわけだ。

あいつがプリン好きである事も、この店で売られている一月に数十個しか販売されないこいつを以前から食してみたいと語っていたのを知っている。

これならば出てくるだろうと、まるで餌付けだなこれは…と呆れている合間に目的地にたどり着く。

部屋の入口に立つ2体のアルカ・ノイズに挨拶を交わし、異常が無い事を確認してから扉をノックしようとして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹き飛んできた扉によって吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファリスッ!!ちょっと待ってファリス!!」

 

「――いや、です。ファリスは外に行くの、です」

 

何が起きたか理解する前に、部屋から飛び出る様に駆け出た2つの人影。

片方は忘れるはずもない、自らの弟子であるセレナだ。

だがもう1人は誰だろうか、どことなーくファラに似てるような気がするんだが………

 

「お待ちをマスターッ!!こらファリス待ちなさいなッ!!」

 

その後を追いかける様に飛び出していくガリスを見て、嗚呼と察した。

あれもしかして………ファラのオートスコアラー・シスターズか、と思いながら、キャロルは扉の下敷きとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの………大丈夫ですか師匠………?」

 

「ん?嗚呼、そいつが吹き飛ばした扉が顔面にぶつかり、挙げ句に扉の下敷きになっているのにも関わらずに何回も扉ごと踏まれたのを大丈夫と言うのなら大丈夫だぞ?

ところで馬鹿弟子、明日の鍛練だがオートスコアラー全員+オレ対お前1人でしようかと思うんだがどうだ?」

 

「どうだって………師匠、それ単なる一方的な殺戮ショーにしかなりませんよ………いや、あの………本当にごめんなさい………」

 

あれから数分後。

セレナとガリス、そして顔中に治療を受けたキャロルの手により今回の騒動を引き起こした張本人を捕まえる事は叶った。

だが………何故かその張本人はと言えばセレナの後ろに隠れる様に姿を隠しながら、ジーと覗いている。

その姿はさながら某シュルシャガナの装者みたいである。

 

「それで?大体予想は付くんだが……そいつはなんだ馬鹿弟子」

 

あ、はいと背中に隠れる少女を無理矢理と言った感じに前へと突き出すと渋々と言った感じに頭を下げる。

その姿にどことなく幼い子供のようだと連想している間に、少女の口が開く。

 

 

 

「オートスコアラー・シスターズ、ファラ姉さんの妹、ファリス、です。よろしく、です」

 

 

 

ゆっくりとたどたどしい自己紹介を終えるとさっさとセレナの後ろに戻り再びジーと覗くファリス。

ガリスの時とはえらい違う性格だなと思うキャロルだが、それは性格だけではなくその外見もガリスの時とは結構異なっていた。

 

まず見た目だ、ファラは誰が見ても大人の女性と言う外見だが、それに対してファリスは幼い。

ガリィの妹として開発されたガリスはどちらかと言えば双子の姉妹、と言っても良いほどに見た目にさほどの差がないのだが、ファリスの外見はさながら中学校に上がる前の小学生と言った所だろう。

恐らくファラと並ばせたら姉妹、と言うよりかは保護者と子供となるだろうな。

 

そして髪型。

ファラの妹と言う割には髪型はさっぱりとしたショートヘアーとなっており、ファラの髪型とは異なる物と化している。

セレナ曰く、当初はファラと同じ髪型であったのだが………

 

《動きにくい、です》

 

それでバッサリと切ってしまった、とのこと。

何と言うか……今回のシスターズは本当にガリスとは全然違うのだな………

 

「しかし、この性格………人格はお前とファラを合わせたのだろう?なのにどうしてこんな風になったんだ?」

 

「えーと、実は今回はちょっと違いまして………」

 

違う?と追及するとセレナは説明し始める。

ガリスの時のようにファラの人格にセレナの人格情報を合わせて作ろうと当初は計画していたのだが、それだと単なる良い人が出来上がるだけでは?と考えたセレナはそこに更に人格情報を追加する事にしたのだ。

具体的に言えば、エルフナインとガリィである。

エルフナインはあの温厚とした人格が合わされば良い感じになるのでは?と言う魂胆で、ガリィに関してはなんやかんやと優しいのでそれが上手く機能すれば………と言う感じである。

結果4名分の人格情報を合わさり完成したのが………ファリスである。

 

「なんともまぁ………とにかく人格については理解した。それで先程の騒動はなんだったんだ?」

 

「それはーー」

 

セレナが説明を始めようとしたが、それよりも先にファリスが動く。

先程までとは異なり、フンスフンスとやる気に満ちた呼吸をしながらーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターのマスター!!ファリスをあの剣と戦わせて欲しい、です!!ファリスあいつと戦いたい、です!!絶対に勝つ、です!!だから戦わせて欲しい、です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嗚呼、と納得する。

こいつ、確かにファラの妹だ、と。

 

 

 




エルフナインの気弱な性格+ファラの戦闘狂+セレナの優しい性格+ガリィのS=ファリス、である。


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第59話

あけましておめでとうございます!
今年もどうかよろしくお願い致します!


 

事の発端はファリスに与えられた記憶(メモリー)にある。

ガリス同様にファリスにも後々の為にと膨大な知識と現段階で判明している装者の記録をインプットしているのだが、その中でファリスが一番興味を抱いたのがーーー剣こと風鳴翼であった。

 

戦場で歌を奏で剣を振るうその姿。

自らを防人と、剣と語るその姿。

それでありながら歌姫として多くの人々を魅了するその姿。

 

どれもこれも自我と記憶を得たばかりのファリスには真新しく、眩しく、明るく、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――徹底的に壊したい、と思った―――――

 

 

 

 

 

 

 

それはまるで決まっているかのように沸いた願望であり、極自然とそうするしかないと沸いた感情であった。

 

あの剣を地面にひれ伏せさせて泥水を啜らせてやりたい。

あの剣を圧し折り、その心を滅茶苦茶にしてやりたい。

あの剣が泣いて謝る光景を見てみたい。

 

あの剣を、この手で―――ーー

 

 

 

 

 

はっきり言って歪んでいる感情。

だがそれが、それこそがファリスと言う存在が自我と記憶を得たと同時に初めて抱いた感情であり、その感情は行動へと形を変えて―――あの騒動を引き起こした。

間違いなく、あの場で止めなければ彼女は本当に風鳴翼と戦うためにシャトーを飛び出していただろう。

その姿はまさに―――狂犬だ。

 

「(これはまあ…また厄介な奴を作ってくれた物だな…)」

 

ガリスの時とは違い、ファリスは扱い方を一歩間違えれば厄介な事を仕出かすタイプなのは間違いないだろう。

そんな行動を引き起こす原因となっている、風鳴翼へ対する異様なまでの向けられた感情。

恐らくだが、その原因となっているのは人格の元となったファラとガリィだろう。

最近になってファラが風鳴翼の歌声に興味を持ち、こっそりとCDやらグッズを買い集めているのを知っているのだが……恐らくこれは本人さえも気付いていないのだろうが………

ファラは今、オレやプレラーティ、馬鹿弟子以外の人間に対して初めて敵意以外の感情を向けている。

 

ファラはオートスコアラーの中では大人びた性格をしている。

任務にも忠実で、比較的にオートスコアラーの中で一番人間と接する事の多い彼女だが、基本的にファラが他人に対して興味を抱くと言う事はない。

特に錬金術と関係のない相手に対しては全然と言っても過言ではない。

主たるオレと、協力関係にあるプレラーティ、そして保護対象者であり実質家族であるセレナを除いてだ。

そんなファラが初めて錬金術とは無関係の人間に興味を抱いた。

恐らくその興味がガリィの歪んた性格と重なり、対象に対する異常なまでの執着心を見せているのだろう。

 

「(…ガリィめ、余計なことを………)」

 

本人に罪はないのだが、ついそう口走ってしまう辺りガリィへ対するキャロルのイメージが伺える。

さて、そんな狂犬ファリスだが……今でこそ大人しくしているが、恐らくこんな行動をまた繰り返すだろう。

ファリスの今の状況は、恐らく欲求不満に近い。

風鳴翼と言う餌を前に焦らされ、待たされ、増え続ける欲求に身を焦がしているのがファリスだ。

ならば、その欲求を発散させてやれば少しは大人しくなるのでは?

それならば………

 

 

「……喜べファリス。風鳴翼と争うのは今は無理だが、代わりに戦える相手を紹介してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「……なるほど、色々と驚かされ放題ですが……私が呼ばれた理由は把握致しました」

 

場所は代わりいつもの鍛練場。

そこに集うのは、二課の監視と言う任務の為に帰還出来ないレイアを除いたシャトーの主な面々。

その中央、ファリスと向き合うのは彼女の姉であり、キャロルに仕える忠節な人形ファラ。

その手には既に剣殺し(ソードブレイカー)が握られており、自らが呼ばれた理由を理解した彼女は目の前にいる妹へ構えをとる。

 

「………姉妹の初対面、もうちょっとロマンチックなのが良かったけれど………これはこれで私らしくもありますね」

 

剣殺し(ソードブレイカー)を構えるファラに油断などない。

対峙するは、自らの妹として開発されたファリス。

その実力も、特性も、何もかも不明な相手。

そんな全くの未知な相手に、ファラもまた興奮していた。

どのような力を持っているのか、どのような技を使うのか、どのような戦闘方法を用いるのか。

妹であるはずのファリス、だが今のファラの眼に映るのは《敵》としてのファリス。

 

戦いの場を迎える度に沸き上がる興奮。

それを抑えようとはするが、きっと表情に出てしまっているだろう。

いけないとは思いながらも抑えきれない感情を燃やしながら、ファラは構える。

目の前の妹に、戦うべき相手に構える。

 

そんな姉を相手に、ファリスは手を掲げる。

宣言する様に堂々と、勇ましく、盛大にーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降伏、です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー敗けを認めた。

 

 



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第60話

 

 つい先程までこの場に満ちていたはずの緊張感は何処へ消えてしまったのだろうか。

ファリスの敗北宣言から数分が経過した。

セレナとキャロルは何かを話し合い、ファリスは椅子に腰かけたままジッと動かずにいる。

ファラはと言えば、始まる前に終わりを迎えてしまった鍛練に不満そうにしてはいるが、今は大人しくキャロルの背後に控えている。

………その表情は決して納得はしていないと不満げではあるが………

 

「それで、あいつはなんて?」

 

「えっと、鍛練に参加する事自体には別に問題はないらしいですけれど………ファラさんと戦うのは嫌だと………」

 

「………それは姉妹だから、か?」

 

「それもあるんでしょうが………主なのは相性の問題だと」

 

「相性?」

 

ファリスはガリス同様に、一欠片の本物の聖遺物と偽物で作られた聖遺物のコアーー偽・聖遺物(フェイク・コア)を持って稼働している。

そのコアとして宿っている聖遺物と、ファラとの相性は最悪であり、戦えば絶対に負けるから戦いたくない。

勝敗が決定している物ほどつまらない戦いはない、とのこと。

まあ要するに―――

 

「…ファラ以外なら良い、と」

 

「ですね…」

 

――その会話の間、ファラの不満げな表情が段々と険しくなっていくのを横目で確認しながら、セレナはため息をつくしかなかった―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クフフッ!!あたしは手加減なんてしないんだゾ!!」

 

「はいミカ姉さん、よろしく、です」

 

鍛錬場にて向き合うのはミカとファリス。

あれからファラ以外ならと言うファリスの提案を踏まえ、ファラ以外の誰かとなった際に一番に立候補したのがミカであった。

ファリスもファラ姉さん以外なら誰でもよいと言うのでじゃあこの組み合わせで、となり…今こうして向き合っている。

 

「――――――――――」

 

そんな2人を羨ましそうに、妬ましそうに、何とも言えない表情で睨み――いや、眺めているファラの重圧を真横で感じ取りながらセレナに出来るのは乾いた笑みを浮かべる事だけであった。

他の面々がさりげなく安全圏へと逃れているのを見届けながら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も審判として呼び出されたエルフナインが旗を掲げる。

二回目となると慣れたのもあるのだろう、その姿は中々にさまになっている。

 

「それではお二人とも、準備は良いですか?」

 

「あたしは何時でも大丈夫だゾ!!お前は大丈夫か~ちびっこ~」

 

「大丈夫、ですミカ姉さん。あと私はちびっこではなくファリスです」

 

「そういうのはあたしに勝ってから言うんだゾ!!」

 

エルフナインが掲げる旗に誰もが視線を集中させる。

まもなく始まりを告げる鍛錬。

かたやオートスコアラー最強の戦闘力を持つミカ。

かたやその力が未知のファリス。

対峙する二人は高鳴る感情を胸に宿しーーーー

 

「では、始めてください!!」

 

振り下ろされ旗と同時に駆け出た。

 

「アハハッ!!」

 

先手を打ったのはミカ。

駆け出ると同時に高く飛翔し、降下しながら巨体な腕よりカーボンロッドを降り注ぐように発射する。

それを避けるファリスだが、即座にミカの狙いを理解する。

笑い声と共にカーボンロッドの雨と混じる様にしながら接近してきたミカの巨体な爪が振り下ろされる。

降下する勢いと共に振り下ろされる一撃はただでさえ馬鹿力のミカに降下する勢いが合わさった物。

まともに受け止めれば防ぎきれるはずもなく、瞬く間に破壊される破壊の一撃。

それに対してファリスはーーーー

 

想造(スイッチ)

 

語る言葉と共に光輝く腕。

それに警戒を示したミカは警戒心を行動に変化させる。

迫る爪、それを見据えたままファリスの腕は振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曰く、《それ》に名前はない。

伝承もなく、また知る者もいないはずの《それ》。

だが、確かに《それ》は存在していた。

遠い時代、遥か昔、神と言う存在さえもまだ生まれたての時代。

神が自らの力を示す為に、自らの存在を誇示する為に《武器》を作り上げようとした。

その最初の1つ、《剣》として作成された《それ》は失敗作として処分される………はずだった。

しかし何の因果か、それは今世紀にまで欠片として残されていた。

 

例え失敗作としても、この世に《剣》と言う概念を作った最初の剣としてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多重想造(マルチスイッチ)

 

ファリスを守護するかのように浮かぶ複数の剣。

その数本がミカの一撃を食い止めるようにファリスを守護していた。

だが問題はそこではない。

ファリスの周囲に浮かぶ剣、そしてミカの一撃を防いだ剣。

それらの剣は、知る者ならば誰もが知る名剣ばかり。

数々の英雄、暴君、猛者が手にして来たそれらは、新しい主の為に迫る敵へと振るわれようとしていた。

 

 

「ミカ姉さん、私も全力で行く、です」

 

人形は舞う。

剣と共に優雅に華麗にーーー戦いの場を舞台に舞う。




ファリスのコアとなっている聖遺物はオリジナルなのです


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第61話

眠いときに書いているのもあって、書き直しするかも、です………


 

 

舞う、舞う、舞う。

人形の乙女は複数の剣と共に戦場で舞う。

優雅に華麗に魅了する様に、舞い踊る。

 

 

 

 

ファリスを中心に周囲に展開する剣の数々はさながら意志を持つ剣の護衛だろう。

命令されるままに剣として振るわれ、時には主を守るべく盾となり、その身を以て一撃を食い止める。

普通の武器であればミカの一撃で耐えきれないだろうが、浮かぶ剣達はそのどれもが名剣。

≪デュランダル≫≪カーテナ≫≪モラルタ≫≪ベガルタ≫

分かるだけでもこれだ。

それ以外の全ての剣も名のある名剣であるのは明白であった。

古今東西、様々な英雄が扱いし名剣達。

その全てが今はファリスを主と仰ぎ、その輝きを以て敵を切り裂かんとファリスと共に舞う。

優雅に華麗に綺麗に――――ファリスの戦場の舞は繰り広げられる。

 

「ほぅ………」

 

キャロルの口から自然と感嘆する言葉が溢れる。

ファリスの特性、それは剣であれば複製し自由に扱う事が出来る物。

名高い名剣であろうが、神話にしか伝承されない魔剣であろうが、剣であれば複製するその力は凄まじいとしか言う事がないだろう。

それに何よりーーーファリスはまだ歌声を奏でていない。

それはつまり偽・聖遺物(フェイク・コア)の真価を見せていない事を現している。

通常状態でこれだけの戦闘力を示している、となると偽・聖遺物(フェイク・コア)を使えばどのようになるのか……

 

「……全く、あいつが関係する事はどうしてこうもオレを楽しませるのか…」

 

堪え切れない笑みを浮かべながらキャロルは自らが作った最強の戦闘力を持つオートスコアラーミカと、自らの弟子が作ったオートスコアラー・シスターズのファリスとの鍛錬を見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

標準(ロック) ――発射(バレル)!!」

 

ミカへ向ける指はさながら照準機だろう。

複数の剣がミカへ矛先を向けると、ファリスの合図と共に弾丸の如く放たれる。

だがミカも黙って新しい家族からの熱い一撃を喰らうつもりなどない。

両手を突き出しカーボンロッドを掃射、迫る剣を打ち落としていく。

剣とカーボンロッド、双方は金属音を奏でながら衝突していき、地面に落ちていく。

 

発射(バレル)!!」

 

しかし地面に落ちる直前に鳴り響くファリスの命令に剣が動きを変える。

地面に落ちるはずだったそれらは再度空へと舞いあがり、ジグザグに軌道しながらミカへと降り注ぐ。

それはさながら剣の雨だろう。

通常の人間であれば避けられるはずもなく、迫りくる死に恐怖するしかないだろう。

だが、ミカは―――嗤った。

 

「アハハッ!!そんな攻撃ばかりじゃああたしには勝てないんだゾ!!」

 

降り注ぐ剣の雨、ミカはその中を―――駆ける。

避けもせずに剣の雨の中を突き進み、迫る剣を握ったカーボンロッドで叩き落としながらファリスとの距離を埋めていく。

近接戦闘能力が高く戦闘に対しての恐怖心が無いミカだからこそ出来る行動だ。

 

「―――ッ!!想造(スイッチ)!!」

 

迫るミカへと連続して剣を放つがミカの突出力の前には足止めにもならない。

一本、また一本と剣を叩き落とし、死角から放った一撃でさえも難なくと撃墜してみせる。

ミカ姉さんと対峙するのならば遠距離しかないと考えていたファリスにとって接近戦は極力避けたい所ではある。

だが―――仕方がない、と自らの手に剣を握りしめて自ら前へと進み出る。

 

「ミカを相手に接近戦だと?」

 

「あらら…流石にそれはアウトでしょ」

 

キャロルの言葉に付けたす様に呟いたガリィの言葉は正しいだろう。

オートスコアラーの中で断トツの戦闘能力、それも近接戦闘においては最高の戦闘技術を持つミカ相手に接近戦はヤケクソになったとしか見えないだろう。

だがファリスとて自暴自棄になって前へ進んでいるのではない。

確かにファリスの当初の考えではミカを相手にする時は絶対に遠距離戦闘でと考えていた。

ミカの戦闘能力をマスターであるセレナから得た知識で理解しているからだ。

自らの耐久値、ミカの破壊力、それらを踏まえると接近戦での勝ち目は限りなく低いから、と。

 

だが、だがだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して、ゼロではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえる歌声にミカの笑みは止まらない。

ミカにとってこの戦闘はセレナとの鍛錬の次でこそあるが楽しい時間だ。

剣を自由に扱うファラの妹、新しい家族の力をこうして実戦を通して理解し合うのがこんなに楽しいとは思ってもいなかった。

 

「もっと…もっとだゾ!!」

 

迫るファリスの剣。

先程の歌声はどのような力を引き出したのか、彼女の隠された力がどのような物なのか。

楽しみで止まらないと浮かんで消えない笑みのままミカは迫る剣にカーボンロッドをぶつけて――――

 

「――――ありゃ?」

 

――――自らの右手もろともカーボンロッドが切断されたのを、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカッ!!!!」

 

キャロルの咆哮が鍛錬場に鳴り響く。

それも当然だ、ミカとファリスが接触したかと思いきや、この場にいる全員の予想を裏切り、ファリスが握る剣がミカのカーボンロッドごと右手を切り裂いたのだから。

突然の予想外に鍛錬場にいる誰もが困惑するのだが――――その中で一番困惑していたのが―――

 

「…………み、ミカ姉さん、大丈夫、です?」

 

事を仕出かした当の本人であるファリスであった。

ファリスの予想ではカーボンロッドだけを切り裂いて―――となるはずだったのだが、まさかの右手ごと切り裂いてしまうと言うイレギュラーに驚愕し、混乱し、おどおどとミカの周りをうろうろとしていた。

 

「鍛錬は中止だ!!ミカッ!!」

 

「ミカさんッ!!」

 

すぐにキャロルとセレナ、エルフナインやオートスコアラー達がミカの元へと駆け寄る。

当のミカはと言えばぽけーとしており、すぐさまキャロルが損傷具合を確認するが幸いな事に内部への損傷は少なく、切り裂かれた右手も切れ味が鋭すぎるおかげで逆に修理しやすいとなり、全員が安堵する様に息をつく。

 

「あわわ…すみません…です」

 

ファリスとてここまでするつもりはなかった。

ファリスの偽・聖遺物(フェイク・コア)となっている聖遺物は≪名も無き原初の剣≫

遥か昔に神々が製作し、世界に剣と言う概念を作り上げたとされる原初の剣だ。

その欠片をセレナはプレラーティから移譲され、それを元に作り上げたのがファリスなのだが、この聖遺物には1つ問題があった。

情報量が少なく、逸話や形に不明な点が多い事からどう機能するかが不明だと言う事だ。

実際、今に至るまでセレナはこの偽・聖遺物(フェイク・コア)がどう機能するか未知のままだった。

だがファリスはこの鍛錬の場にて理解した。

ファリスの偽・聖遺物(フェイク・コア)、その力は――――選んだ剣の極限再現。

ファリスが戦闘中に呼び出していた剣は疑似創造……あくまで似せて作っただけの偽物の名剣達で、耐久性が高いだけの偽物の剣でしかない。

だがファリスの偽・聖遺物(フェイク・コア)はそんな偽物を僅かな時間でこそあるが本物に極限に近い状態に変化させる物である。

 

そしてファリスがミカの一撃を食い止めんと選んだのはーーデュランダル。

シャルルマーニュ伝説において名高いローランが持っていたとされるこの剣は伝承にある通りの切れ味の鋭さを再現しーーーミカの右手を切り裂いてみせたのだ。

 

「あわわ………すみません………すみませんです………」

 

当の本人からすればここまでするつもりなど全然なく、セレナの背後に隠れながらひたすらに謝り続けるしかなかった。

そんなファリスに対してアルカ・ノイズが運んできた担架に乗せられたミカはーーー笑った。

子供のように無邪気で愛らしい笑みを浮かべてーーー

 

「クフ…クフフ!!楽しかったんだゾ!!今度は絶対に負けないんだゾ!!」

 

まるで子供がまた明日遊ぼうと言うかの如く笑顔で手を振るうミカ。

怒りもせず、文句も言う事もなく、ミカは無邪気な笑みを見せたままアルカ・ノイズに運ばれていきながら手を振るい続けた。

そんなミカの無邪気な優しさに心を許したのだろう。

運び去られて行くミカに小さく手を振るい返すファリスを見たミカがニカッと笑みを浮かべたまま部屋を後にしていく。

 

こうしてファリスの初鍛練はイレギュラーこそあったが、まさかのミカに対して勝利する形で幕を閉じた。

 

その後二人が仲良くなっていくのだが………これはまた別のお話である。



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第62話

ファリスの一件から数日が経過した。

右手を切り裂かれると言う言葉にすれば凄まじい損傷を受けたはずのミカであったが、キャロルの手により修復を完了した。

そんなミカの修復作業中の間、罪悪感からかずっと傍にいたファリスであったが、自然とミカと仲良くなっていた。

最近では頻繁に鍛錬場へ赴き、素人が入り込めば瞬く間に死んでしまうだろう鍛錬と言う名前の激戦を繰り広げている。

その様子にむくれていたファラであったが、剣殺し(ソードブレイカー)を使わないと言う限定条件でこそあるが鍛練に参加する事をファリスが認めるようになり、なんやかんやと姉妹関係も良好である。

最近はファラがファリスを連れてどこかへ消えていくのを頻繁に見かけるが…何をしているかまでは不明である。

ただファリスが良く鼻歌を歌う様になった事だけは確かだ。

 

 

さて、そんな仲睦まじい様子を見せてくれているファリスのマスターであるセレナはと言えばーーー

 

 

 

「わぁ~♪」

 

 

 

視界一杯に映る華やかな飾り付け。

嗅覚を刺激する出店から漂う多種多様な美味しそうな香り。

普段は学生と関係者しか入れないリディアン音楽院の校門を通り抜けながら、セレナは握られたパンフレットを手に―――≪秋桜祭≫へと赴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「え!?い、良いんですか!?」

 

「ああ、構わん。たった今を以てお前の謹慎処分は解除とする。件の…なんだったか?秋桜祭?とやらにも行って来て構わんぞ」

 

秋桜祭当日の朝、朝食の場で発せられた内容に思わず立ち上がってしまう。

謹慎処分の関係で恐らく行くのは無理であろうと諦めていたセレナからすれば朗報であった。

だがそれはそれで色々と用意しないといけなくなるのも事実。

セレナの脳内には今日着ていく服どうしましょうか?とか髪型可笑しくないでしょうか?とかお土産とかいるんでしょうか?とか、女の子らしい悩みに埋め尽くされる。

せっかく許可を貰えたのだ、しっかりとおめかししてから行こうと朝食として作ったパンとスープをさっさと食べ終え、鼻歌交じりに衣装タンスの方へ向かおうとして―――

 

「―――ただし、条件があるがな」

 

まさかの不意打ちの一言に足を止めざるを得なかった。

 

「え゛し、師匠…条件って何でしょうか…あ、師匠とエルフナインちゃんのお昼ごはんと晩御飯はしっかりと作っていきますから安心してください!後掃除洗濯もアルカ・ノイズ達にお願いしますので大丈夫ですよ!」

 

「…いや、助かるは助かるんだが…何だこの扱い…まあいい。条件と言っても些細な物だ。こいつを付けていけ」

 

千切ったパンを食しながらキャロルが取り出したるは――小さな白い花をモチーフにした飾り。

受け取ってみると想像以上に軽いそれは見た目も愛らしく、試しにと胸元に付けてみるが全然違和感なく胸元で白く輝いている。

だが一見すれば普通の装飾品だが、錬金術を学んでいるセレナはほんの僅か程度の違和感であるが気付けた。

これを装着すると同時に何かしらの術式が起動した、と。

 

「察しが良くて助かる。そいつにはオレが組んだ認識阻害術式を入れ込んである。そいつを付けている限りお前の外見は他の奴らから見れば異なる様に視える仕組みにしてある」

 

「えっと…具体的には…?」

 

「お前が大人に見える様にしてある。だが錬金術師相手であれば効果がない玩具程度の効力だからオレにはいつも通りのお前にしか見えん。だからどんな姿になっているのかまでは保障出来ないがな」

 

なんでそんな仕組みを?疑問に抱いたそれを聴こうとするより先に理解してしまう。

二課が不審な動きを見せているとの情報は既にガリスから報告が上がっている。

現段階ではまだ脅威に至るレベルではないが、それでも警戒するには十分。

師匠はそれに備えてこれを渡してきたのだろう。

ありがたい、そう思う反面……理解する、してしまう。

 

 

 

 

 

ーーー私に残された《日常》はもうあまりないのだとーーー

 

 

 

 

 

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「………………」

 

胸元で白く輝く白い花。

その輝きに複雑な感情を抱きながら、セレナは気持ちを切り替えるように頬を軽く叩く。

先の事を考えるのは、今はやめよう。

校門をくぐり抜けながら、今日を楽しもうと笑顔を見せながら前へ前へと進む。

その先に待つ再会と出会いを未だ知らずに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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立花響は周囲の明るい雰囲気とは異なり、暗い面持ちにて佇んでいた。

先日行われたフィーネのアジトである廃病院襲撃。

そこで言われた言葉が何度も脳内に響き渡る。

 

《偽善者》

 

《正義では守れない物を守る為に戦っている》

 

分かっては、いた。

その人によって戦う理由は異なるのもその人だけの理由や事情があって、それは時に争うしか道がないのも分かってはいる。

立花響の人生がまさにそれだ。

この拳で誰かを救えるのであればとシンフォギアを纏い、誰かを救う為にこの拳を振るってきた。

その為に了子さんと………フィーネと闘った。

守りたい世界と守りたい人の為に、この拳を振るった。

それしかなかったから、振るった。

 

「………………」

 

偽善、そう言われても仕方ないのかな、と思う。

それしかなかったとは言えこの拳は………間違いなく了子さんを打ち倒した。

了子さんなりの事情や理由を踏み越えて、私が守りたい物を守る為に倒してしまった。

誰かを救いたいと願う、この拳で………………

 

「ひーびき」

 

「え?あ、未来どうしたの?」

 

そんな暗い面持ちをした響に寄り添う様に姿を表したのは小日向未来。

自分の親友である響が何かを悩んでいるのは知っていたが、力がない自身では何も出来ないと心の中で嘆く少女は、せめてと笑顔を見せる。

 

「良かったら一緒に周らない?ステージまで時間あるから、ね?」

 

小日向未来は願う、願うしかないから願う。

せめてこの一時だけでも自分の親友が笑顔でいられます様に、そう願いながら優しく手を引っ張るのであった。

 

「(キャルちゃん………来てくれてるかな?)」

 

 

 

 

 

 

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「おっめでとうございまーす!!」

 

クラッカーの爽快な音と、拍手喝采が鳴り響く中でセレナは乾いた笑みを浮かべていた。

射的と書かれた出店で繰り広げられるこの光景には理由がある。

セレナが《落ちたら全部やるよ!!》と書かれたどう見ても落ちなさそうな巨大な熊のぬいぐるみを落として見せたからだ。

 

「あはは……ど、どうもー……」

 

セレナからすれば日頃の鍛練に比べれば容易い事であり、レイア直伝の狙撃センスを以て、どうせ狙うならと撃ち落としてみたらこの騒ぎなので、困惑するしかないだろう。

学生から手渡された沢山の景品を何とか持ちながらセレナは射的を後にしていくのだが、これは困ったと悩む。

 

「どうしましょうかこれ………」

 

景品はぬいぐるみやお菓子から始まり、幾つかの出店の無料引換券等もある。

前者はともかく、キャロルから結構な額のお小遣いを貰っているので引換券はありがたくもあるが、必要と言うわけでもないのでどうしたものかと困っていた時だった。

背中に感じたのは二人分の感触。

誰かに当たってしまったと急いで謝ろうとしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア!?何してるんデスか!!」

 

「マリア、どうしてここに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいた二人に驚愕するしかなかった。

 

 




セレナの大人姿、必然的に似てしまうのはやむ無し


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第63話

ちなみにセレナ謹慎中の本編流れ

流れとしては大体原作通りですが、違う点としては
1、立花響、調に偽善者とこの場で言われる
2、マリア、セレナとの戦いによるダメージの後遺症で翼相手に苦戦
と言った感じの変化が起きております


「ごめんなさいデス!!」

 

「…ごめんなさい」

 

「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。誰だって間違える事はありますから」

 

セレナは冷静に対応しながらも内心では混乱していた。

それもそのはず、眼の前にいる2人の少女―――暁切歌と月詠調は、世界を相手に宣戦布告したテロリスト≪フィーネ≫のシンフォギア装者だからだ。

それがまさかこんな場所におり、それも学園祭を楽しんでいるのだから驚くなと言う方が無理な話だろう。

 

「(けれど…何でしょうか、この子達…)」

 

まさかの登場にセレナも警戒してしまったが、話している限りとてもではないがこの子達がテロリストだと到底思えなかった。

何処にでもいる普通の女の子、それがセレナが2人に抱いた感想だ。

それさえも演技の可能性はあるにはあるが……2人を見ていると到底ではないがそんな事が出来るとは思えない。

むしろ彼女達がテロリストだと言う情報を持っているセレナ自身でさえも本当なの?と疑ってしまっていた。

 

「それで…えっと、マリアさん、でした?私ってそんなに似ているんですか?」

 

とりあえず彼女達の様子を見る限りこの場でノイズ出現させたり、何かしらの行動を起こす気配も無い事から様子見と可能な限り情報収集をしておきましょう、と2人に話を振る。

 

「そうなんデスよ!!お姉さん本当にマリアそっくりなんデス!!」

 

「…同一人物にしか見えなかった」

 

マリア、と言うのがマリア・カデンツァヴナ・イヴであるのは間違いないだろう。

彼女とそっくりだと語る2人に自らの大人姿がどんな感じなんでしょうか?と興味が湧くが………今は後にしておき、この調子で会話を繰り広げながら情報収集をしようとして―――――

 

ぐ~と愛らしい音が鳴り響いた。

 

「…切ちゃん?」

 

「ご、ごめんなさいデスよ!!昨日は晩御飯少なめだったからつい……けど安心するデス!!今日はマムからお小遣いを貰って来ているからこれで何か食べるデース!!」

 

デデン!!と取り出したるは年季が入ったお財布。

恐らくそのマム?と言う人の物であろうそれを切歌は見せつける様に広げて―――

 

中にある1枚だけの1000円札が虚しく風で揺れた。

 

「…………………………」

 

え?待って?1000円?これだけ?

今のこのご時世にたったの…1000円?

困惑するセレナであったが、2人の反応は異なっていた。

 

「見るデス調!!買い出し費用以外で初めて札のお金を貰ったデスよ!!」

 

「凄い…!!1000円あれば298円のカップラーメンが3個も買えるよ切ちゃん…!!」

 

「チ、チ、チ、駄目デスよ調…今日はこれだけ美味しそうな食べ物があるんデスよ!!今日くらい豪勢に……たこ焼きを2人で分けて食べるのデスよ!!」

 

「切ちゃん、いいの?さっきはあそこのクレープ食べたいって…」

 

「いいんデスよ、あそこのクレープ600円ですから2つ買えないデスし、そこまで大きくないから2人で分けたらすぐに無くなっちゃうデスよ。それに比べてたこ焼きは10個入りで600円!!同じ値段でも5個ずつ分けて食べられるからアタシも調もハッピーデスよ!!」

 

「切ちゃん…」

 

「あ、そうデス!!お姉さんにお詫びも兼ねてたこ焼きご馳走するデス!!えっと…アタシが3つで調が4つ、それでお姉さんが3つでどうデスか?」

 

「…切ちゃん、間違えたのは私も一緒。だから私が3つでお姉さんが4つでいいよ」

 

「調ぇ…分かったデスよ!!それじゃあお姉さんが4つにするデス!!」

 

さあ買いに行くデスよ!!とルンルン気分で去ろうとする2人の肩を優しく止める。

どうしたんデスか?とキョトンとする切歌と調をそっと近くにあったベンチに座らせると―――セレナは駆けた。

駆けて駆けて、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません!!あるだけ全部下さい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調~♪甘いデスよ~♪ふわふわクリームデスよ~♪」

 

「切ちゃん、こっちのカスタード美味しいよ?」

 

「どれどれ…本当デス!!美味しいデス!!」

 

「良かった…お姉さんは食べないの?」

 

「……うん、2人を見ていると幸せでお腹いっぱいだから気にしなくていいよ」

 

出店から大量購入してきた様々な食事を笑顔で食していく2人を幸せそうに眺めるセレナ。

恐らくこの秋桜祭において最もお金を払ったであろう彼女の財布だが、実際まだかなりの余裕がある。

もう何週か全ての店舗の食べ物を買い占める事も可能な程の余裕はあるが、使った金額が一般的に見ればかなりの額であるのには間違いない。

2人には先程の射的で取った無料券で買ったから気にしなくていいよとは言っているが……

 

「(いや、無理ですよ…あんなの見たら…無理ですよ…)」

 

あのお金で眼の前の幸せな光景が見れるのならば安い買い物だろう。

2人も最初は遠慮していたが、無理に推し進める形で食べる様に促しているとゆっくりとであるが食べ始めて、今はもう勢いよく食べ進んでいる。

恐らくこういう食べ物とは無縁の生活をしているのだろう。

本当に幸せそうに食べる2人を見ていると、此方も幸せな気持ちになってくる。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、思う。

ほんとうにこの子達がテロリスト≪フィーネ≫の仲間なのか、と。

何か理由があって、従っているだけなのではないか?と。

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、さっき話してたマリアって人だけど…2人にとってはどんな人なの?」

 

「んむんむ…ぷは~!!マリアデスか?マリアは…大事な家族デス!!」

 

「…マリアがいる所が私達の居場所」

 

しかし2人からの返答は、その考えを否定する。

その表情に嘘はなく、きっと本心からマリア・カデンツァヴナ・イヴを信頼し、家族だと思っているのだろう。

 

「………どうして」

 

その返答に思う、思ってしまう。

どうしてそんな人があの男と…ドクターウェルなんかと手を組んで世界に宣戦布告なんてするのか。

こんな優しい子達の愛情を受け取っておきながら、どうして他人に害を向ける事が出来るのか。

この優しい子達に武器を持たせて戦う事が、どうして出来るのか。

――分からない、マリア・カデンツァヴナ・イヴと言う人間が…私にはわからない。

 

「…お姉さん?」

 

「え、あ、ど、どうしたの?まだ何か食べたい物ある?」

 

「…ううん、大丈夫…何だろう……お姉さん見てると……懐かしい人を思い出して………」

 

懐かしい人?と続く言葉を待っていると、遠くから歓声の様な物が聞こえてくる。

何だろうと視線を向けると、どうも向こうの建物の中でカラオケ大会をしているとの事。

パンフレットで確認してみると、規模も中々で景品も出るらしく、学生以外の飛び入り参加も可能なのもあってか結構な人が向かっている。

そんな人の流れを見ていると、そうデス!!と切歌が叫びながら立ち上がった。

ーーー口の周りを生クリームでベタベタにしながらーーー

 

「お姉さんにお礼としてこの景品を勝ち取ってきてあげるデス!!」

 

「……手伝うよ切ちゃん」

 

え、ちょ、と止めるより先に二人は会場であろう建物へと駆け出してしまう。

そもそも景品が何か知らないのだけど………と困惑しながらも二人を追いかける様にセレナも駆けるのであった。



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第64話

アンケートのご協力ありがとうございます!!
アンケートの結果を踏まえまして、XD要素も出して行こうと思います!!
と言ってもすぐには無理ですので、後々になりますが………地道に頑張っていこうと思います!!
それでは本編の方をどうぞ。


 

ーーー時間は少し遡るーーー

 

「………………」

 

リディアン音楽院の屋上。

普段は学生達が穏やかな時間を過ごしている場所だが、今日はいつもとは違い、人気が無い。

安全上の理由で屋上での出店、イベント行為は中止されたせいで寄る理由もない学生達は立ち寄る事もなく、学校外から訪れている一般人にはそもそもここまで立ち入る事は許されていない。

なので人気も無く、校庭や建物内の和気藹々とした雰囲気とは異なる殺風景な景色がそこに広がっていた。

そんな屋上で1人佇むのは、風鳴翼。

クラスの出店にてクラスメイトと共に汗水流しながら働き、やっと得た休憩時間で彼女が訪れたのはこの屋上。

火照った身体をそよぐ風で冷ましながら、考えるのはやはり―――

 

「(昨日(さくじつ)のマリアのあの様子…恐らくはあの時の後遺症が未だに癒えていないのだろう…)」

 

廃病院襲撃の際、風鳴翼はドクターウェル救援に現れたマリアに一騎打ちを挑んだ。

適合係数の低下、そして脚に受けてしまった一撃、それらが原因で敗北してしまい、襲撃してきたフィーネの装者二名によりドクターウェルも取り逃がしてしまった。

あそこで私がマリアに勝利していれば…

悔やんでも悔やみきれない想いに幾度胸を焦がしただろうか。

 

だが、一騎打ちを通して分かった事もある。

マリアは完全に回復しきっているわけではない。

未だに痛みが残る身体を動かして戦っている、と。

刃を交えたからこそ分かる違和感、それはマリアがまだあの戦いによる後遺症を残している事を安易に教えてくれた。

そして、その原因を作ったのはーーーー

 

「……黒い手を操る謎の少女、か」

 

思い返す度に背筋に冷たい物が流れる。

見ているだけでおぞましく、この世の物ではないと思う程に恐怖心を抱かせるあの黒い手。

そしてそれを手足の様に操り、マリア達を一方的に叩きのめして見せたあの少女。

あの場において私は無力でしかなく、傍観する事しか出来なかったが…分かった事もある。

 

「…勝てない、だろうな」

 

マリアやフィーネの装者達を一方的に屠り、必死の攻撃を嘲笑うかの様にどのような攻撃でも難なくと受け止めてみせたあの黒い手。

もしもあの黒い手と戦えばどうなるか、それを想像するとすぐに答えは出てしまう。

勝ち目などない、と。

切っても千切っても復元してみせる再生力、一本だけでも強敵なのに複数呼び出し、そして立花の一撃から少女を守る為に見せた自発的な行動。

更に言えば未だに実力が未知なままの黒い手の主たる少女。

それらと戦うときが訪れれば、私の剣で勝ち目があるのか……

 

「……しかし、何故あの少女は私に手を出さなかった?」

 

あの時の少女の狙いはマリア、そしてフィーネの面々のみ。

此方には敵意を向けるどころか完全に無視を決め込み、此方が幾度か黒い手に対し敵意を向けても仕掛けてくる様子さえ見せなかった。

まるで戦うのを意図的に避けるかのように……

 

「…何がともあれ、情報が少ない現状ではこれ以上の思考は無意味、か」

 

報告を聞いた二課も全総力を挙げて彼の少女の行方を追いかけている。

映像が残っていないのが難点ではあるが、其方において私は力になれないだろう。

この身に出来るのは、敵を討ち果たし、守るべき物を守る事だけ。

戦場において彼の少女と敵対しても対応できる様に常に備えておく事こそが今の私の役目だろう。

だが、だ。

 

「そう言えばそろそろ舞台でのイベントの時間であったな」

 

せっかくの秋桜祭なのだ。

今日1日位は気を休めても良いだろう。

それに流石に冷えて来た、そろそろ会場の方へ行ってみるのも―――――

 

「――――――は?」

 

一瞬、目の前の光景に理解が追い付かなかった。

屋上から見える校庭、そこにいる人物の存在がすぐには肯定出来ず、幻か幻覚かと疑ってしまった。

だが幾度確認し直しても、それが幻ではない事を再認識させる。

馬鹿な、思わず溢してしまった一言と共に駆け出す。

ありえない、いるはずがないと思うが、校庭にいるその人物は間違いなくあそこに実在している。

どうしてそこにいるのか、混乱する脳内を現す様に思わず吠えてしまう……否、吠えるしかないだろう。

何故ならばーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――何故マリアが此処にいるッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全世界に宣戦布告し、テロリストとして全世界から指名手配されているはずのマリア・カデンツァヴナ・イヴが秋桜祭を楽しんでいるからだ――――

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

学生が、教員が、一般客が、

誰もがその姿を見て恐らくはこう思っただろう。

もしかしたらマリア・カデンツァヴナ・イヴではないか?と。

髪色や服装など、異なる点もあるが、基本的にそっくりな彼女を見て誰もがそう疑問を抱くだろう。

だが、すぐに人違いだろうと自らの発想を否定する。

それも仕方がないだろう。

何故なら、誰もが《いるはずがない》と思うからだ。

こんな学園祭に、世界を相手に宣戦布告したテロリストである彼女がいるはずがないと誰もが思うからだ。

だからこそ疑いこそ抱くが、それが言葉や形となる事もなく、騒ぎにならずに済んでいるのだ。

 

そんな思い込みに救われているとは知らないセレナは先に行ってしまった二人を慌てて追いかけていたのだが、ゴミの始末によって時間を割かれ、更に初めての場所である事も原因となり、セレナは完全に二人を見失ってしまっていた。

 

「あれぇ?確かこっちに………」

 

二人の姿を求めて校内を彷徨くセレナ。

会場へと向かっていたはずなのに、どうして私は校内にいるのでしょうか、泣きたい気分でそう自問自答しながらもセレナは二人を探して駆けようとしてーーー

 

「うぉッ!?」

 

「え?きゃあ!!」

 

曲がり角から出てきた誰かと衝突してしまう。

結構な勢いで衝突してしまったセレナはすぐに立ち上がり謝罪しようとするが、衝突してしまった相手を見るとその言葉が引っ込んでしまったのを自覚した。

それはーーー

 

「いてて……悪いな、急いでいたもんで………って、お前キャルじゃねぇかッ!!」

 

自らの名前を呼ぶ彼女をーーー雪音クリスと出会ってしまったからーーー

 







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第65話

衝突してしまった人物――雪音クリスを前にセレナは硬直してしまう。

彼女が転入生としてリディアンに来ているのは知っていた。

だが広い敷地に多すぎる生徒、よほどが無ければ出会う事はないだろうと高を括っていたのが運の尽きだろう。

現に目の前に彼女はいる、いてしまった。

どうしよう、そう焦るセレナであったが、不意に今の会話に違和感を抱く。

 

「(あれ…今、私の事をキャルって…)」

 

それは可笑しい。

今の私は師匠から貰ったこの装飾品がある限り、そこに内蔵されている術式によって≪大人の私≫に見えているはずなのに、その姿を見ているはずの彼女はキャルだと言った。

 

―――まさか―――

 

浮かび上がった可能性を確かめる様に胸元に手を持って行けば、そこに装飾品の姿はない。

何処へ、咄嗟的に周囲を確認すればそれはさほど離れていない所に落ちている。

先程の衝突の際に外れてしまったのだろう。

決して遠くはない、手を伸ばせばすぐに届く。

実際見つけた安堵感から手は自然とそれを掴もうと伸びていた。

だが――――

 

「雪音さーん!!」

 

聴こえてきたのは数人の女性の声。

見てみると制服を着た学生が3人ほどクリスが駆けて来た道から此方へと迫ってきている。

どうしたのだろう?と疑問を抱きながらも装飾品を回収しようとして――――その手をガッシリと掴まれた。

 

「え?―――え、えええええええええ!!!!」

 

何故急に手を?と言う疑問が言葉になるより先にセレナの手を掴んだクリスが再度駆け始める。

当然な事に装飾品は回収できず、段々と遠く離れていくそれに無意味に手を伸ばしながらも、倒れてはいけないと彼女の駆ける速度に合わせて此方も駆ける。

 

「く、クリスさん!?い、いきなりどうしたんですか!?」

 

「巻き込んじまってわりぃけど、今はそれどころじゃねえんだ!!とにかく逃げねえと!!」

 

逃げるとは……後ろの彼女達からだろうか?

クリスの駆ける脚は速い、流石は日頃から装者としてノイズと戦っているだけはある足の速さだ。

だがそんな速さに追いつけはしないが、離れる事もなく追いかけてきている後ろの学生達の足の速さも凄いと言うべきだろう。

 

「雪音さーん!!お願いだから待って!!」

 

「ちょっとだけだから!!ちょっとだけだから!!」

 

「恥ずかしくないからー!!」

 

―――何でしょう、彼女達の言動から察すると、とても良からぬ気配しかしないです、とセレナは首を傾げる。

しかしとセレナはこの状況をどうした物かと考える。

師匠の術式が込められた装飾品は遥か後方ですし、そもそもクリスさんが手を放す気配を見せません…

かと言ってこのまま一緒に逃避行、なんてすると装飾品の回収が夢のまた夢になってしまいます。

…無くしたとか言ったら絶対に師匠キレますし……これは、仕方ないですよね。

 

「――――」

 

小声で紡ぎ起動するは簡単な錬金術。

床の材質を簡易変換し、クリスさんの脚に引っかかる様に小さな窪みを生成する。

そんな窪みに気付く気配さえなく全速力で駆けるクリス。

結果は――ー予想通り。

 

「ほぇ!?」

 

見事に窪みに脚が引っ掛かったクリスがバランスを崩し、転倒しようとする。

しかし怪我をさせるつもりまではなく、倒れそうになるクリスをセレナは精一杯の力で引き上げ、その勢いで此方側に向けて倒れるクリスをセレナは受け止めた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「お、おう。わりぃな…」

 

――年下の少女に受け止められる年上の女性――

それもお互いに顔が近いのもあってか、どこかいけない雰囲気を醸し出している。

そんな光景を前に、追い付いてきた女学生達はどこか顔を赤らめながらも感動する様に拍手を送る。

何故か拍手を送られている事に困惑するセレナであったが、視線が此方に集中している事にこれ幸いと再度錬金術を起動し、窪みを戻しておいた。

 

「って、そうだった!!お願い雪音さん!!もう時間がないの!!」

 

完璧に戻った窪みにこれで証拠隠滅出来ましたと安堵している間に、クリスは3人の女学生に囲まれる。

顔を真っ赤にしながらもやだ、とか断る、とか言っているクリスとそれでもなお懇願する女学生達の話を纏めてみると……

 

「えっと、つまりは皆さんはクリスさんにカラオケ大会に参加してほしい、けれどもクリスさんは恥ずかしいから嫌だ、と」

 

「恥ずかしいからじゃねえ!!」

 

何時の間にかごく自然と両者の仲介役になっている事に自分自身でさえも困惑するが、やってしまったからには仕方ないとセレナは両者の言い分を纏めていく。

学生達からすればクリスが日頃から歌を楽しそうに歌っているその姿とその歌声さえあれば優勝間違いなしなので是非とも出てほしい。

だがクリスからすれば照れくささと恥ずかしさが前に出てしまい、参加したくない、と。

 

「お願い雪音さん!!雪音さん本当に楽しそうに歌うから絶対に楽しんでもらえるって思ってるの!!だからお願い!!」

 

「だ~か~ら~!!あたしは今それどころじゃねんだって!!」

 

「雪音さんどこか行きたい出店とかあるんですか?」

 

「え、あ~いや…そうじゃなくて……と、とにかく無理なもんは無理なんだ!!」

 

揉める両者の様子を見て、セレナは嗚呼、とクリスの言いたい事を理解する。

恐らく彼女はフィーネと言う敵が出現し、自分達しか戦える力がないのにこうして日常を過ごす事に抵抗があるのだろう。

こうやって日常を過ごしている間に犠牲になっている人がいるかもしれないのに、自分達はこうして日常を過ごしても良いのか?と。

 

「(……分かるなぁ、その気持ち…)」

 

セレナとて、いずれは彼女達と敵対する日が来る事を理解している立場だ。

立花響と、風鳴翼と、雪音クリスと、争う日は絶対に訪れるだろう。

それがさほど遠くも無い、と言うのも理解している。

それなのにこんな日常を過ごすのに抵抗が無いのか?そう問われれば――答えはNOだろう。

抵抗なんてあるに決まっている。

こうして笑顔で過ごし、共に笑い、共に遊び、共に時間を過ごして来た相手にいずれは剣を向けねばならないのだから。

これで抵抗を感じるな、と言う方が無理だろう。

日常を過ごす度にセレナの胸に後悔と疑問が募る。

辛くなるだけだと、苦しくなるだけだと、そう理解しても何故日常を過ごすのか?と。

幾度も抱いた想い、幾度も感じた疑問。

それは募りに募り、セレナの心を埋めていった。

 

 

 

 

 

それでも―――セレナはそれでも日常を過ごす。

いずれこの記憶が辛い想い出となろうとも、いずれこの想い出が辛い枷となろうとも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、間違いなくセレナと言う人間が得た想い出だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛い事も悲しい事も、楽しい事も嬉しい事も、

選んだ選択も、選んだ答えも、

全てがセレナと言う人間が生き、経験し、得た想い出(証明)

それが残る事はきっと、そうきっととても大事な事だから―――

だから――――

 

 

 

「――クリスさん、私からもお願いです。出ましょうよ、カラオケ大会」

 

 

 

この世界に生きた証を刻む様に、この世界に生きたと言う証拠を残す為に、

セレナは、抱える感情と共に日常を過ごせるのだ。




セレナ…お前、消えるのか(困惑)


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第66話

 

「なぁッ!?お、お前まで何言ってんだよキャル!!」

 

「貴女も分かってくれる!?ほら雪音さんこの子もこう言ってるんだし参加しようよ!!」

 

クリスからすればまさかの裏切り、女学生達からすればまさかの援軍。

セレナの賛同の一言に勢いづいた女学生達の猛烈な誘いにクリスはたじたじになりながらも何とか逃れようとするが、そうはさせまいとセレナが先手を打つ。

 

「クリスさん、あの時の相談のお礼ってまだ頂いてないですよね?」

 

そいつを今言うか!!思わず叫んでしまいながらもクリスはそれを言われたら………と勢いを無くしていく。

クリスがキャルと………セレナと知り合う理由となったあの夜に起きた相談を思い出す。

フィーネの事を濁しながらも相談したあの夜。

結果的には良くない終わりを迎えてしまったが、それでも彼女との相談があったからこそクリスは胸に溜まりに溜まっていたフィーネへの感情をぶつける事が出来た。

結果は結果だが、それでもあの時に感情をぶつける事が出来たからこそ今の雪音クリスは此処にいる事が出来ているのだ。

だからいずれ再会する時が来れば何かしらのお礼をしたいとはずっと思ってきた。

 

「ぐ………ぐぬぬ………」

 

だからこそ彼女の一言にクリスは盛大に悩む。

彼女の願いを聞く、それは間違いなく恩返しのまたとない機会なのは明白だ。

――実際、クリスはステージに立つのは決して嫌ではない。

リディアンで新しく出来た友人達の誘いは嬉しく、あんな場所で歌えるんなら気持ちが良いだろうなとも思っている。

 

だが………クリスは迷っていた。

こんな平凡な生活を自らが過ごしている事に、今までに無かった日常を過ごすのに抵抗があった。

フィーネを名乗る武装組織、そこに属する装者とーーーノイズを操る力を持つソロモンの杖、そしてそれを扱うドクターウェル。

それらを前にクリスは思う。

 

こんな日常に自分は居ても良いのか、と。

 

フィーネに対抗しうる力、シンフォギア。

それを持つのは自分を含めて僅か3人しかいない。

戦う力は此処にある、それなのに自分はこんな時間を過ごしていても良いのか?と幾度も迷ってしまう。

 

ソロモンの杖の事もそうだ。

あれを起動させたのはーー間違いなくクリス自身だ。

戦争の火種を無くす、そんなクリスの願いによって起動してしまったソロモンの杖。

最初はフィーネに利用され、今はドクターウェルに利用されて多くの人々に危害を加えんとしている今、それを防ぐ力は……シンフォギアしかない。

その力を持つ非日常の住民として、そして―――ソロモンの杖を目覚めさせてしまった罪人としての後悔が彼女が日常にいる事を否定する。

無論、クリスはフィーネの真意を知らずに利用されていただけの犠牲者でしかない。

だが、それを知るのはあの戦いを得た者だけ。

ノイズによって家族を、友人を、愛するべき人を失った者から見れば―――雪音クリスは≪仇≫だ。

ノイズを操る力を持つソロモンの杖をこの世に目覚めさせ、その力で命を奪われた者は、残された者は彼女に敵意を向けるだろう。

 

クリスもそれは覚悟していた。

どう足掻いても、幾度後悔しても、過去は絶対に変えられない。

自らが仕出かした罪はどうやっても絶対に追いかけてくる。

……それから逃げるつもりなどない。

全てを受け止め、全てを背負い、命が欲しいと言うならくれてやる覚悟さえしてある。

だが、同時にもう少しだけ待ってほしいとも願っていた。

雪音クリスと言う人間を必要だと語ってくれる友の為に、共に戦う仲間の為に、そして――自らが生み出してしまった過去(ソロモンの杖)を破壊する為にこの命を使いたいから、と……

 

「……わりぃけど、さ」

 

雪音クリスと言う人間に残された人生。

それは穏やかな日常にいる事ではなく、その全てを罪滅ぼしに捧げるべきなのだろう。

日常に居たいと願う感情に蓋を閉め、雪音クリスは日常から逃れんと否定する言葉を放とうとして――――

 

 

 

 

 

「駄目です」

 

 

 

 

 

―――――速攻で否定され返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目です。却下です。許しません」

 

否定する言葉が自然と流れる様に溢れ出る。

セレナは理解していた。

クリスを襲う迷いも、そして彼女の過去が彼女を苦しめている事も、知っていた。

勝手な調査であるが、セレナは雪音クリスと言う人間の過去を知ってしまっている。

両親を失った事も、幼少期に経験してしまった過酷な生活も、フィーネに拾われた事も、ソロモンの杖を起動させてしまったのも、全て知っている。

壮絶な過去、犯した罪、それは絶対に彼女が背負わなければならないし、誰かが肩代わりする事も出来ない。

1人で背負うにはあまりにも大きいそれを彼女は背負い続けなければならないとは、理解している。

だがだ、だが―――

 

「クリスさん――《逃げないでください》」

 

その過去を、その罪を、言い訳にするのは違うだろうと思う。

確かに過去に犯した罪は永遠に変わらない。

その人が背負い続けなければならない咎だ。

 

だがそれで何故日常を捨てなければならない?

何故それで日常か非日常のどちらかしか選ぶ事を許されない?

何故日常を奪われなければならない?

 

日常も非日常も、両方持って何が悪い。

 

違う、違うのだ。

雪音クリスが今選ぼうとしているのは絶対に違う。

過去、そして罪。

それらを言い訳に彼女はーーー日常(幸せ)を捨てて楽になろうとしているだけの自殺志願者(おおばか)でしかないのだ。

 

「ーーーッ!!」

 

女学生達からすればセレナの一言はあくまでステージから逃げないでと言う意味でしかないだろう。

だが、クリスは違う。

まるで自らの苦悩を指摘するかの様な一言にたじろいでしまう。

知っているはずがないのに、知るはずがないのに、

彼女の一言はあまりにも心の奥まで入り込んできた。

 

「………」

 

そして思う。

逃げないでと言う言葉に込められた意味を、

自らが選ぼうとしている選択をもう一度考え直す、言葉の意味を、

 

「………いいのか?」

 

溢れたのは弱々しいそんな一言。

こんな自分が、闇に生きてきた雪音クリスと言う人間が此処に居ても良いのか。

日常も非日常も、両方持って良いのか。

それを問うような一言に、セレナは黙って首を縦に降る。

言葉はなく、けれども優しい返答にクリスはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー分かった分かった!!出りゃ良いんだろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただでさえ一杯一杯の背中に、《日常》を背負う覚悟を決めた。

彼女らしい荒々しい言葉、だがその表情はーーー明るかった。





セレナママ………


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第67話

 

楽しそうな歌声が聞こえる。

聞いているだけで歌が大好きだと言う事が誰にでも分かる、そんな歌声が会場中に鳴り響く。

その歌声をステージ横と言う特等席からそれを聞いていたセレナは、歌声が終わると同時に鳴り響く拍手の雨に喜んで参加する。

 

「………素晴らしい歌声でした」

 

ステージの上で拍手の雨を照れながら受けるクリスの表情は明るく、とても楽しそうにしている。

あの表情を見れるだけで彼女を繋ぎとめた甲斐はあったものだ。

審査員の評価もすぐに終わり、全員一致で彼女に高得点が与えられた。

司会の女学生がすぐにその結果をマイクで叫び、クリスがチャンピオンになった事を会場の全員が知る。

 

≪さあ!!次なるチャレンジャーはいますか!?飛び入りも歓迎ですよー!!≫

 

――中々に酷な事を言いますねとセレナは思った。

イベントを盛り上げるとは言え、司会の言葉に手を挙げる人は恐らくいないだろう。

クリスの歌声、あれを聞かされて挑むチャレンジャーなんてそういるはずが――――

 

 

「やるデス!!!!」

 

 

聴こえて来たのは聞き覚えのある声。

その正体が誰であるのかを理解すると同時にまさか――!!とセレナは用意されていた席から勢いよく立ち上がってしまう。

違ってほしい、そう想いながら覗き見るのだが、スポットライトが当てられた客席にいたのは―――

間違いなく、暁切歌と月読調の両名であった。

 

「あの子達――!!」

 

この会場にいる客達は彼女達が1週間前に全世界に宣戦布告したフィーネの仲間だと誰も知らないだろう。

他の場所でならばあんな風に目立ってもさほど問題は無い。

だが、この場ではそれは最悪でしかないだろう。

 

「あいつら!!」

 

「あれは――!!」

 

「あの2人って!!」

 

この場には立花響、風鳴翼、雪音クリスと言った二課の面々が勢ぞろいしている。

2人がフィーネの仲間だと知っており、尚且つ二課が持つ最大戦力がこの場にいる状態で目立つのは最悪だろう。

どうにか逃がしてあげるべきか、とも考えるが…装飾品が無い今、下手に動くわけにも行かないとステージ横で姿を隠しながらも何かあれば即座に行動出来る様にとファウストローブを手に握りながら緊迫する状況を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

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「やるデス!!」

 

堂々と勢いよく暁切歌の手が上がる。

自分達に優しくしてくれたお姉さんのお礼に景品を取ってやると参加しようとした2人にとって、眼の前の光景はまさに嬉しい誤算だろう。

 

「(チャンピオンになって合法的にシンフォギアを奪ってやるデス!!)」

 

元々彼女達がリディアンにまで来たのは、ネフィリムの餌となる聖遺物の欠片―――シンフォギアを強奪する為であった。

だがそうは易々と事は運ばす、どうしたものかデス…と悩んでいた時に2人はマリアに良く似たお姉さんと出会ったのだ。

彼女からすれば2人は見ず知らずの赤の他人であるのに、彼女はとても優しくしてくれた。

だから絶対にお礼を返したいとカラオケ大会に参加する事を決めたのだが、何時の間にかお姉さんとはぐれてしまい、彼女を探している内にカラオケ大会も終盤となってしまっていたので慌てて会場に入ったのだが…

まさかそこで装者と出会うなんて予想外であったが、同時にチャンスだと思った。

 

聴けばチャンピオンとしての報酬は2つ。

1つは学園が用意した賞品、そしてもう1つは――学園側で可能な範囲でこそあるが要望を叶えてもらえると言う物。

それはつまり―――チャンピオンになればお姉さんへの恩返しもシンフォギア強奪と言う目標も同時に達成できる!!

 

「まさに一石ニトリデス!!」

 

「切ちゃん、それを言うなら一石二鳥」

 

やれやれと言わんばかりに一緒に立ち上がった調。

彼女としてもあのお姉さんにお礼を返したいと願う気持ちは一緒で、その為にカラオケ大会に参加する事に異議はない。

だが……

 

「(……逃走は、難しそう…)」

 

切歌より少しだけ大人な思考が出来る彼女は、切歌が作り出した状況に冷や汗を流す。

リディアンが元々は装者育成の為に作られた学園と言う情報を、ドクターから聞いた事がある調からすれば、此処は敵の施設。

何も知らない学生の手前だからこそ装者達は動かないが、此処が敵の施設である以上どんな動きを見せてくるのか分からない。

最悪、武力行使だって十分にあり得るのだ。

もしもそうなれば―――

 

「(…切ちゃんだけでも逃がさないと…)」

 

シンフォギアを纏えばある程度の抵抗も出来るだろう。

その隙をついて切ちゃんを逃がせるのであれば、後は問題ない。

自身よりも優先すべきは大好きな切ちゃんなのだから。

だが、今は――――

 

「切ちゃん、絶対にチャンピオン、取るよ」

 

「おうともデス!!」

 

スポットライトを浴びながら2人はステージへと上がっていく。

そこで待つクリスから敵意を向けられながらも、それに立ち向かう様に堂々と前へ進む。

チャンピオンを取ってお姉さんへ恩返しをし、シンフォギアを奪う目標を果たし、マリアの力になる為に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえお姉さん」

 

「何ですか野球少年ABC達」

 

「どうしてお姉さんこんな所で立っているの?」

 

場所はリディアンから離れた廃工場。

その少し離れた場所で、ガリスは偶然見かけた野球少年ABCと共に呑気にアイスキャンディーを舐めていた。

ちなみにだが、シスターズには一応食事機能が搭載されており、食べた物は微量なエネルギーとして変換されたりしている。

 

「ん~…まあ、お仕事ですね。ちょーとこの先にある廃工場で色々とやる事がありましてね、危険な可能性もあるからこうやって誰もいかない様に見張っているのですよ」

 

「へ~…けどお姉さん、仕事中にアイスキャンディー舐めてて良いの?」

 

「いいのいいの、お姉さんの役割はあくまで見張りですので。ほら貴方達もアイスキャンディー食べたら早く練習に行きなさいな」

 

はーい、とガリス特製アイスキャンディーを食べた野球少年ABCは子供らしい愛嬌のある顔で手を振りながら去って行く。

それを笑顔で手を振りながら見送ったガリスは、さてと耳元に装着している通信機から恐らく暇しているであろう人物に連絡を取る(シスターズは偽・聖遺物のエネルギーを使って動いているので錬金術が使えない。なので錬金術を用いた通話が出来ないので通信機)。

 

≪此方ガリス、廃工場に向かってた子供達を平和的に帰しましたよ≫

 

≪……此方ファリス、暇、です≫

 

≪案の定ですね…何か動きは?≫

 

≪……米軍の如何にもな男達が突入準備してるけど、絶対に勝てないと思われる、です≫

 

あー、とガリスは少しだけ悩む。

ガリスは数時間前に現在フィーネが仮アジトとしているこの廃工場を特定し、マスターの力になれるのでは?とファリスを引き連れて偵察活動をしていた。

だが待てども待てども動きはなく、やっと動きがあったかと思えば米国の野次馬が来ただけだ。

 

はっきり言おう。

ガリスにとって優先すべきは全てマスターだ。

ソロモンの杖移送任務の際に軍人達を救助したのは見殺しにすれば心優しいマスターが絶対に傷つくからであり、決して人命が尊いからとか可哀想だからとかではない。

一般人の犠牲は……少しだけ違うが、大方はそうだ。

彼らはあくまで非日常とは無縁の力無き子。

今まさに突入しようとしている馬鹿達とは違い、巻き込まれるだけで即死してしまうその弱弱しさは流石に見殺しにするのには気が引けるから、此処に来させない様に手を打った。

 

だが、だがだ。

そんなガリスでも―――マスターの害になると思えば喜んで一般人だろうが殺せる。

子供も大人も女も男も赤ん坊も老人も関係ない。

殺す事に一切の抵抗も無く、殺して見せよう。

 

ファリスもそうだ。

彼女はマスターへの忠誠よりも自らの欲望を優先する点こそあるが、基本的にマスターを大事に思っている。

だからこそガリス同様に人殺しに対して抵抗感も嫌悪感もない。

故に殺せる。

殺して殺して、殺す事が出来る。

 

そんな2人からすればマスターが知らない場所で自ら勝機がない戦いに挑む馬鹿達を助ける理由など―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪見殺しにしましょう≫

 

≪了解、です≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるはずもないのだ。




ガリスが良い子なのはマスターや家族の前(一応ガリィも)だけだったりするのデス


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第68話

 

2人の奏でる歌が終わりを迎える。

ツヴァイウイングの名曲≪ORBITAL BEAT≫

今は亡き天羽奏と風鳴翼が歌い奏でたそれを歌う2人。

最初は翼に対する挑発や嫌がらせ目的での選曲かと思いきや、2人の奏でるORBITAL BEATはツヴァイウイングが奏でるそれと比べても劣りはしない素晴らしい物であった。

それに何よりも――クリス同様に楽しそうに歌声を奏でる2人に会場中の観客達もまた魅入られていた。

その魅入られた人々の中に混ざっていたセレナは沸き起こる拍手の雨に参加しながら思う、思ってしまう。

 

――本当に彼女達が世界を相手に宣戦布告したフィーネの仲間なのか、と―――

 

こんな素晴らしい歌声を、あんなに優しい心を持つ持つ彼女達がどうして……

 

≪素晴らしい歌声でした~!!これはチャンピオンの座がどうなるかわかりませんよ~!!≫

 

司会の言葉に思考に埋もれていた意識が戻る。

審査員席では2人の奏でた歌声が公平に評価されていき、その点数はクリスに追い付こうとしている。

チャンピオンの座、それが本当にどうなるか分からない状態の中で―――

 

「――――!!――――…」

 

2人が小声で何かを騒いでいるのが見えた。

どうしたのか?と見つめていると、2人の耳元に小さく輝く無機質な光が見えた。

何だろうと集中して見てみると―――

 

「(…通信機?)」

 

耳元で輝く無機質な光が通信機である事が分かる。

以前にシスターズに通信機を用意する際にいくらか勉強したセレナにはそれが少し古いタイプの通信機だと即座に理解すると同時に、あの通信機の最大の欠点を思い出す。

懐から取り出したのはシスターズに手渡した物と同じ通信機。

それを手早く調整していき、耳元に当ててみると―――

 

≪――分かりましたね。ランデブーポイントは此方で指定します。至急撤退しなさい、良いですね≫

 

≪け、けどマム!!後少しでシンフォギアを奪う事が――!!≫

 

聴こえてくるのは切歌と老齢の老齢の女性の声。

現在進行形で繰り広げられている二人の会話が流れる通信機に耳を傾けながら思い出すのはあの通信機の最大の欠点。

あのタイプの通信機はとある波長を拾える様に設定すれば、誰にでも盗聴する事が出来ると言う欠点がある。

その欠点が故に市場では値下がりしているので比較的手軽に入手しやすく、かつ売る方としても在庫が余りに余っているから在庫処理に協力してくれる上に多少の金を握らせれば喜んで≪協力≫してくれるだろう。

きっとあの通信機の出所を探すのには苦労するであろうなと思いながら、セレナは聴こえてくる会話に耳を傾ける。

 

《既に本国からの追手はドクターによって排除されましたが、アジトが特定された以上此処に留まる訳には行きません。撤退するのです二人とも、これは命令です》

 

《ーーッ!………了解、デス………》

 

本国?追手?

聴こえてくる内容に混ざる不穏な単語に幾つかの推測が浮かぶが、通信が途絶えるのと同時にステージから駆け出した二人に慌てて追い付こうと動きかけるが、なんとか思い止まる。

装飾品が無い今の状態で追い付いたとしても、二人からすれば赤の他人にしか見えないし、事情を説明する訳にもいかない。

だからと言ってこのまま二人が無事に脱出出来るかどうかを見届けないと安心出来ない。

何とか方法を………そう思考する事数秒足らず。

 

「ーーーーーあ」

 

その果てに思い付いたのはーーー賭けに近いヤケクソだった。

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

暁切歌と月詠調は秋桜祭で盛り上がる学園内を駆けていた。

マムからの撤退指示、それに従い駆ける二人の脳裏にあるのはーーー家族への心配。

米国本土からの追手、ドクターが撃退したと言うが………浮かび上がるのはもしかしての可能性。

 

「マリア………」

 

二人にとって姉であり家族であり大事な人であるマリア。

そしてそんなマリアと自分達の母親代わりと言っても過言ではないマム。

彼女達にもしもがあれば…そんな不安が2人の駆ける脚を速める。

だがそんな2人を邪魔するかのように道を塞ぐのは―――風鳴翼。

 

「…もしやと思い警戒していたが、まさか本当に居るとはな」

 

突然の風鳴翼の出現に駆けていた脚が止まってしまう。

そんな2人に追い付くように姿を現したのは、立花響と雪音クリス。

 

「追い付いたぞ!!」

 

「調ちゃん、切歌ちゃん!!」

 

最悪の展開だ、調は内心考えていた最悪の状況が目の前で発生している事に思わず舌打ちをしてしまう。

3対2、数でも不利でありLiNKERもないこの状況ではシンフォギアを纏って戦うとしてもまともに戦えないだろう。

だが不幸中の幸いか此処は学生や来訪客が多く集まる出店近く。

向こうとしてもシンフォギアの存在や、装者の正体と言った秘密を守りたいから此処で戦闘を行うと言う事はないだろう。

だが、逆を言えばそれだけだ。

もしもここで実力で抑えられれば間違いなく捕まって終わりだろう。

シンフォギアも奪われ、マリア達の力にもなれず、追い込まれたマリアは絶対にフィーネの力を頼る。

自らの存在を掻き消しながら、フィーネの力を……

 

「(それは…させない…!!)」

 

この状況で出来得る抵抗など限られている。

だがそれでも僅かな隙を作る事は叶うだろう。

どちらかが犠牲になって時間を稼げば――

 

「(…だったらその役目は私だ…)」

 

向こうの動きを様子見しながらシンフォギアを持つ手に力を籠める。

もしもの場合は切ちゃんだけでも逃がす覚悟を以て――――

 

「ねえ調ちゃん、切歌ちゃん話し合おうよ!!きっと話し合えば……」

 

立花響の偽善に満ちた言葉が聞こえてくる。

それをうっとおしいと思いながらも反論しようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪いらっしゃーい!!≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割り込んで来たノイズをモチーフにしたと思われる着ぐるみ(?)に邪魔された。

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「あらら、です」

 

灰だらけとなった廃工場の中。

少し前まで米軍がノイズによる一方的な殺戮タイムを受けていた場所で、ファリスとガリスは目の前の惨状に予想通りになったな、とつまらなそうに足元にあった灰を蹴り飛ばす。

 

「想像通り敗北、ですね」

 

「そりゃあねー、私達みたいな例外を除けばノイズって基本無敵最強様だから、こうなるのは必然よねー」

 

既にフィーネは移動アジトとして用いている大型のヘリを以てどこかへと去っている。

2人は何かしらの情報の類が残されていないかとこの廃工場に侵入してみたが、幾つか書類はあるにはあるがどれもさほどの情報とはならず、結論を言えば無駄足状態であった。

そんな無駄足状態となった2人はさてどうするかと今後の動きを検討しながら灰を――元人間であったそれを蹴り飛ばしながら考える。

 

「…これ以上此処に居ても仕方ない、です。一度引き上げる、です」

 

「……ま、それしかないわね…じゃあ―――」

 

帰りましょう、そう続くはずだった言葉はカンッと頭部に命中した銃弾によって静止される。

ファリスが僅かに驚きを見せながらすぐに弾が飛んできた方角を推測し確認すると、そこには座り込んでいる1人の男がいた。

 

「――――――!!――――!!」

 

恐らくは英語だろう。

喚く様に叫びながら震える手で小銃を握る男は興奮する様に此方に銃を向けている。

どう見ても先程の軍人さん御一行の生き残りだろう。

何を叫んでいるのか、翻訳すればきっとわかるだろうがファリスはそんな事しない。

だって――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――今、撃ちましたね?私の顔を―――マスターから頂いたこのお顔を、撃ちましたね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ死ぬのだから―――

 

 

 




ガリスの頭にヘッドショットを決めた軍人さん、実は優秀?


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第69話

 

セレナが開発したアルカ・ノイズは多種多様である。

活用方針が決まって開発される者もあれば、試験的な意味を込めて開発される者もいるし、その時の気分で開発される者もいる。

その中でもーー今呼び出されたアルカ・ノイズは自身でもどうして開発したのだろうと少しだけ考えてしまう特殊タイプだ。

 

《みんな元気かな?こんな楽しいお祭りの日に喧嘩はダメだぞー?もっと笑顔で楽しもう!!》

 

装者5人を前に愛嬌を振り撒きながらくるくると回るその姿に、愛らしいと思いながらもやはりどうして開発したのだろうかとアルカ・ノイズを通して見える光景に頭を抱える。

正式名称《特殊潜入工作型アルカ・ノイズ K(着ぐるみ)》

特徴はやはりその愛らしい姿だろう。

着ぐるみに近い材質の肌を持ち、実際に内部に1人でこそあるが収納可能であり、他のアルカ・ノイズに比べれば戦闘能力が低いが戦闘行為自体は可能と言った性質を持つ。

 

そんなアルカ・ノイズを開発した理由だがーー正直覚えていない。

セレナが1日で作るアルカ・ノイズは開発済み、新規開発の者を含めれば軽く100は越えている。

ある程度は自動生産にしているが、それでも幾つかは手を加えなければならない事もあるので基本的に一度製作作業に取り掛かるとどうしても忙しく、たまに意識が飛んでしまう事や気分がヤケクソになる事もある。

恐らくだが、そんな時に開発してしまったのがーーあの子だろう。

 

《わたあめは好きかな?フランクフルトは?たこ焼きは?美味しい食べ物たくさんあるよ~♪》

 

そんな過程で生まれてしまったあの子に与えた役目は、暁切歌と月詠調の逃走を援護する事。

その役目を果たさんと器用に二課の面々と二人を切り離す様に間に割り込み、尻尾(?)らしき器官が二人に早く逃げなさいと言わんばかりに振り回されている。

だがしかしーーー

 

「………?」

 

「えっと………なんデスかね?」

 

悲しいことにその努力は二人には通じていなかった。

尻尾(?)が更に勢いを増して二人に早く行けと促すが、二人はただ首を可愛らしく傾げるだけ。

そんな必死の活動を見せるアルカ・ノイズだが、流石に限界なのだろう。

怪訝そうに見詰めてくる二課の面々(響だけは何故か嬉しそうに)を前に、段々と逃げ足になろうとしている。

マズイ、このままではあの子の努力が無駄に終わってしまう。

どうにかしないと………アルカ・ノイズの視界を通して何かしらの打開策を求めて探しーーそして、

 

「ーーあれです!!」

 

それを見付けた。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

風鳴翼は困惑していた。

校庭にて見かけたマリア・カデンツァヴナ・イヴ。

何故彼女が此処にいるのか、その理由こそ不明であったが捕縛する絶好の機会だと校庭へと急いだのだが………

校庭に着いた時には既にその姿はなく、探し回ったが行方知れず。

人違いであったのかと僅かに思ったが、そこにカラオケ大会での二人の出現。

疑いは確信へと変わった。

マリア・カデンツァヴナ・イヴは此処に来ている、と。

生憎通信機を所持していなかった為に二課とは連絡が取れなかったが、それでもこの場でフィーネの面々を捕らえる好機だと二人が逃走するのであればこの道だと先回りし、そしていざ捕縛しようとした際にーーー

 

《みんな笑顔で楽しくだよ~♪スマイルスマイル~♪》

 

この謎の着ぐるみの出現だ。

何処となくノイズを連想させる姿は、世間的に言えばキモカワ………と言う奴だろうか。

上手い具合に邪魔してくる事に怒りを覚えながらも、恐らく中にいるであろう学生もまた与えられた使命を果たさんと奮闘しているのだろうと我慢してきたが、流石に限界であった。

 

「すまないがーーー」

 

そこを退いてくれないか、そう続くはずだった言葉はーーー

 

《ワッショイワッショイ└(゚∀゚└)》

 

《ワッショイワッショイ(┘゚∀゚)┘》

 

突然現れたイベントに使うのであろう大量の荷物や飾りを運搬する着ぐるみ達に阻まれた。

 

「なッ!?」

 

何処から現れたのか不明だが、見事なまでに此方側と二人を引き離す様に雪崩が如く移動する着ぐるみ達。

どうにか抜けようとするが、勢い凄まじく突破は不可能だと諦めるしかない。

 

「ーー!聴こえているデスか!!決闘デス!!今日はこれでお暇するデスが、決闘を以て決着をつけるのデス!!」

 

「………時間は此方で指定する」

 

そんな雪崩の向こう側から聞こえてきたのは一方的な要求。

反論しようとするが、声が途絶えたのと同時に消え去った雪崩達の向かい側には、既に二人の姿はなかった。

 

「くそ!!逃げられちまった!!さっきの連中何処のクラスの奴らだよ!?」

 

「………切歌ちゃん………調ちゃん………」

 

逃がした魚は大きかったか、捕らえられたなかった事を無念に思いながらも先程の雪崩達が過ぎ去ったであろう方角を見て、思う。

あんな着ぐるみ、用意されていただろうか?と。

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「………ふぅ」

 

アルカ・ノイズの視界から二人が無事に逃走した事に安堵しながら、アルカ・ノイズ達に撤退の指示をだす。

何とか事なきを得たが、二人が残した決闘と言う言葉が気になる。

無理をしなければ良いのだけれど………そう思いながらも、セレナはーーー現実を受け止める覚悟をした。

 

《はーい!!まさかのチャンピオン候補がいなくなってしまいましたが!!此処で新しいチャレンジャーの登場でーす!!》

 

向けられるスポットライトと視線の雨。

手に握るはマイク。

浮かべる表情は、きっと乾いた笑みだろう。

どうしてこうなった、ステージの上に立つセレナの脳裏を支配するのはそんな言葉。

 

「………………ッ」

 

セレナがステージに立つ理由ーーそれは、チャンピオン候補達の逃走にあった。

チャンピオンがいなければ優勝者が誰もおらず、イベントとしても成り立たない。

その前にチャンピオン候補となっていた人達は既に会場を後にしており、呼び戻すのは難しい。

ならば新しくチャレンジャーを求めてその中からチャンピオンを選出しようとなったのだが、既にチャンピオン候補達の歌声を聴いた人達からすれば、あの歌声と比べたら………と誰も参加しようとする気配さえない。

このままではイベントが崩壊する………そんな状態で白羽の矢が立ったのがーーーセレナであった。

 

《おねがーい!!クリスさんの顔を立てると思って参加してー!!》

 

元々お願い事には弱いセレナ。

そして何より逃げていったチャンピオン候補達の事情を知る者としてもこのまま無視するのは気持ちが良いものではないと参加する事にしたのだが………

 

「あ、あはは………」

 

ステージの上に立ってその判断を盛大に後悔する。

人の目線がまさかこんなに緊張感を抱かせるとは、予想外であった。

必死に浮かべる笑みの中、緊張感が全身を硬直させる。

喉が渇き、冷や汗が流れ、脚が僅かに震える。

それらを感じ取りながら、セレナは気付く、気付いてしまう。

今抱いている感情が緊張感などではなくーーー恐怖だと言うことに………

 

視線の雨、恐怖と言う感情。

不思議とそれらにーーー既知感を抱く。

以前にもこんな風に誰かの視線の雨を受け止めながら、そしてそれに恐怖を抱いていた様な既知感。

それを前に、セレナの身体は無意識に逃げ出そうとしていた。

 

「(あれ………?どうして……?)」

 

怖い。

視線の雨が、見てくる人が、此処に立つ事が、怖い。

震える身体、強張る表情、荒れ果てる呼吸。

少しでも気を緩めたら逃げ出そうとする身体に、限界を感じる。

逃げよう、逃げれば良い、逃げるしかない。

無意識に、そう無意識に身体はその誘惑に負けようとしてマイクを床に置こうと身体が勝手に動き出す。

そうだ、それで良いんだと自分の中の弱い感情が口を開く。

無理する必要なんてない、楽になってしまえば良いんだ、と。

身体は驚く程にその誘惑に負けようとしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ってッ!!キャルちゃんッ!!」

 

 

 

 

 

 

ーーー聴こえてきたその声に身体が止まる。

誘惑に負け、マイクを置いて逃げ出そうとした身体が止まる。

その声が誰のものであるのか、すぐに分かった。

俯いていた顔が上がる。

たくさんいる人々がいる客席の中で、不思議とその人はすぐに見付けられた。

 

「頑張って!!キャルちゃん!!」

 

立ち上がって応援するのは、小日向未来。

不思議そうに見詰めてくる人々の視線など気にした様子もなく、応援するその姿に、心が少しだけ軽くなったのが分かった。

 

「ファイトだよキャルちゃん!!」

 

「あたしの分の敵討ちはあんたに託したよキャル!!」

 

「頑張ってくださいキャルさん!!」

 

聴こえてきた応援の声。

聞くだけで誘惑に負けそうだった心が軽くなっていくのが分かった。

恐怖を拭い去る事は出来ないけれど………それでもマイクを置く気持ちは、もはやなくなっていた。

 

「(………やっぱり、叶わないなぁ………)」

 

小日向未来と言う人間にはいつも貰ってばかりだなと思う。

出会いも諦めない気持ちも、そして今立ち上がれる力も、貰ってばかりだ。

だからこそ思う。

いつか私も彼女にーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー聴いてください、教室モノクローム」

 

 

 

 

 

 

 

何かをあげられる様な人間になりたい、そう思った。




セレナの教室モノクローム、聴いてみたくない?


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第70話

  

 

 

 

目覚めた時に理解した。

私はこの方に仕える為に作られたのだと。

笑顔で嬉しそうに私の名前を口にしながら優しく手を握ってくれた私のマスター。

仕えるべき従僕に対してまるで天使の様な微笑みを向けるマスターに、私は―――決意した。

 

この方に出会えた最高の喜びを噛み締めながら――ーこの方に一生忠誠を誓おう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼…マスターの歌声とか最高過ぎですよ…ファリス録音してますか?してますよね?してないとか言ったら少しキレますよ?え?ちゃんとしてる?それなら良いんですよ~♪いや~マスター最高です!!天使の歌声でしょうか?いや天使なんて枠組みに収める方が無粋ですね!!うちのマスターは世界…いや全てにおいて一番ですよ!!マスターの歌声に比べれば世界全土の歌なんぞ単なる雑音ですもの!!歌姫?そんな単語でマスターの歌を評価しないでくださいな!!私のマスターの歌声はこの世の言葉全てを上回って誰もが絶賛するしかない最高の歌声ですもの!!!!嗚呼嗚呼!!マスター本当に最高ですわ!!!!きゃあ~!!!!マスター最高ですぅぅぅぅ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ファリスは思う―――

絶賛眼の前で普段は絶対に見せないであろう程に狂ったガリスをマスターが見たら絶対に同一人物だと認識しないだろうな、と。

場所は相も変わらずの廃工場。

その片隅にて通信機から流れ聴こえるマスターの歌声に絶賛悶える様にしながら聞き惚れるガリス。

時には聞こえる歌声に合わせる様に上機嫌に鼻歌を奏でながらクルクルと回転する姿から、彼女にとってこの歌声はとてつもないご褒美なのだろうなあと思いながらもさて、とファリスは視線を別方向へ向ける。

 

「――――――――」

 

そこにあったのは≪人であった物≫

それを敢えて何かに例えると言うのであれば……スライムだろうか。

人の形を既に成しておらず、液体の様な塊と化した≪それ≫は少し前まで確かに≪人間≫だった。

ガリスにヘッドショットぶち込みガリスの怒りを買った米軍の男。

彼に待っていたのは、ガリスの≪遊び≫と言う名前の≪拷問≫だった。

 

≪トライデント≫

ギリシャ神話において名高い海の神ポセイドンが持っていたとされるこの槍の偽・聖遺物(フェイク・コア)を持つガリスは≪視界に映る範囲であれば全ての液体を操る≫事が出来る。

それは海水であろうが真水であろうが――――≪血液≫であろうが、可能だ。

そんな特性を持つガリスが彼に行ったのは、体内中の血液を弄ぶと言う物。

時には逆流され、時には噴水ショーと体内中の血液を噴射させてから一滴残さずに体内へと戻し、時には体内の血液をひたすらその場で回転させたりしたり、体内中の血液を超高温に変化させて皮膚や内臓を溶かし一体化させるなどと言った内容だ。

 

だがガリスにとってこれはあくまで≪遊びの範囲≫。

その証拠に―――≪男は生きている≫

皮膚や内臓と言った形があった物と血液の垣根が無くなり、全てが溶けてスライムの様な姿になっているのに、それでもなお男は生きている。

ah…ah…ともはや人の言葉を発する事なく、獣と呼ぶ事さえも遠慮してしまいそうな形になりながらも、男は呼吸をし、動き、生きていた。

 

「(…まあ、≪これ≫を生きていると判断しても良いのかは分からないですが…)」

 

そんな光景を引き起こした張本人は、今は通信機から聞こえてくるマスターの歌声に歓喜に浸りながら笑顔で元気に騒いでいる。

恐らく通信機からの歌声が無ければガリスはまだ彼と≪遊び≫を続けていただろう。

正直≪あれ≫に対して一切の感情はないが、流石にここまでなると―――≪気持ち悪い≫と嫌悪感を抱いてしまう。

ガリスのあの様子だともう≪遊ばない≫だろうと、ファリスは剣を構えて―――振り下ろした。

剣から感じ取れる感触は決して人を切ったそれとは異なる気持ちの悪い物であったが、対象の生命活動が停止したのを見て、ほっと安堵する。

 

 

嗚呼、気持ちの悪いゴミが処分出来た、と。

 

 

「…後で剣洗わないと、です」

 

既に生命活動が停止した人であったそれにファリスは一切の感情を向けない。

殺したのはあくまで気持ちが悪いからであり、対象に対する哀れみや慈悲、優しさと言った物ではない。

嫌悪感、ただそれだけがファリスが男であった≪それ≫に止めを刺した理由だ。

 

「…ガリス、そろそろ帰る、です。これが持っていたこの暗号だらけの手帳解読したらきっとマスター褒めてくれる、ですよ」

 

「もうちょっと…もうちょっとだけ待って!!もう歌い終わるから!!もうちょっとだけだから!!」

 

「…仕方ない、です。≪これ≫処分してきますのでその間に聞き終えてください、です」

 

「了解って…ちょっとファリス貴女は聞かないの?マスターの最高の歌声よ?」

 

「ファリスは後で部屋で最高音質で聞く、です」

 

「ちょ!?何よそれ!!私もそれで聞きたいわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファリスとガリス。

マスターであるセレナに作られたオートスコアラー・シスターズ。

そんな2人のこの姿をマスターであるセレナは知らない。

狂っているこの2人の本当の姿を知る者は、誰もいない。

 

―――ただ1人だけを除いては―――

 

 

 

 

 

 

 



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第71話

 

「それでは~!!キャルちゃんチャンピオン記念パーティー始まりだ~!!」

 

パパンと爽快な音と共にクラッカーの音が高々と鳴り響く。

場所は変わり未来と響が住んでいる寮の一室。

既に秋桜祭は終了し、時刻は既に夕方を超えて夜になろうとしている。

そんな時間にセレナは≪チャンピオン≫とお手製感マックスのたすきを身に付け、以前のライブ会場の時と全く同じ面々から祝われていた。

 

「いや~!!まさか本当にチャンピオン獲るなんてさ~!!もうアニメみたいでテンション爆上がりだよね!!」

 

「ですよね!!私も興奮してしまいました!!」

 

「分かる!!けどまあ…代わりにわたし達は努力賞で終わったんだけどね…」

 

悲しくそう語る創世の手には恐らくその努力賞で貰ったであろう全く見覚えのないマスコットのキーホルダーが握られている。

所謂キモカワ系統に分類されるそれは、恐らく大量購入が可能な程に安く売られていたのだろう。

その証拠になるべく痕跡を残さずに剥がそうとしたのであろう値札シールの痕が足元に悲しく残されている。

うっすらと100と見えるのは、まあ見なかった事にしようと目を逸らした。

 

それに対してセレナの手にあるのは一枚のチケット。

学園近隣の飲食店全店舗で使える割引券(1年以内なら回数無限)を手にしたセレナは3人の残念そうな姿に乾いた笑みを浮かべるが、セレナとしては既にこのチケットの使い道は決めていた。

 

「未来お姉さん」

 

「ん?どうしたのキャルちゃん?」

 

キッチンから美味しそうな香りを漂わせながら手料理を載せているのであろう皿を幾つか持って此方へ来た未来。

机の上に並ぶお菓子やジュースの間に器用に皿を置きながら近づいてきた未来に、セレナは手に握っていたチケットを差し出した。

 

「これ、あげます。良かったら使ってください」

 

「…え!?い、いいの!?」

 

「はい、どうぞ」

 

セレナの言葉に未来は戸惑いながらもそれを受け取る。

本当に良いの?と幾度も確認してくるが、その度に良いんですよと返事をしながらもセレナとしては最高の使い方が出来たと満足していた。

二課の調査が進んでいる今、今後は外での活動を自粛せねばならないだろう。

そうなればこのチケットを使う事も無くなり、持っていても宝の持ち腐れだ。

ならば有効活用出来る人に譲渡するのが一番だろう。

 

「……ありがとうねキャルちゃん」

 

受け取ったチケットを大事そうに持ちながら、未来はそうだ!と机の引き出しから何かを取り出して戻って来る。

その手には、セレナをモチーフにしたであろう手のひらサイズのお手製人形があった。

 

「わぁ♪可愛いですね、どうしたんですかこれ?」

 

「チケットのお礼……ってわけじゃないのだけど、前からキャルちゃんに渡そうと思って作ってたの。良かったら受け取ってほしいな」

 

かつて未来はキャルにいつか渡そうとしていたマグカップを、ルナアタック事件で失ってしまった過去がある。

買い直そうにも限定であったらしく、幾つかの店舗を回ったが買い直す事は叶わなかった。

その代わりに、と自分で手作りしたこの人形をいつか渡せたらと思っていた未来からすれば丁度良いタイミングでもあった。

そしてセレナとしても断る理由など無く、素直にそれを受けとるのであった。

 

「ありがとうございます未来お姉さん♪」

 

「いえいえ、此方こそありがとうねキャルちゃん♪」

 

まるで姉妹の如く仲睦まじい二人。

そんな二人にこっそりと近付くのはーーー蚊帳の外にされていた仲良し三人組であった。

 

「ヒ~ナ~………私達の事忘れてないかしら?」

 

「私達だってキャルさんとお話したいです!!」

 

「キャルちゃんってさアニメとか興味ない?あるならオススメのアニメがあるんだけどさ~♪」

 

ーーーセレナは思う。

まるでひだまり様な優しい温もりに満ちた時間だと。

いつまでも浸っていたい優しい世界だと。

そして考えてしまう。

もしも、私や師匠が錬金術もシンフォギアも関係ない日々を過ごしたらどうなるだろう、と。

 

「(きっと師匠の事だから………)」

 

成績とか毎回トップの優秀生徒とかなって………けどあの性格だからちょっと孤立してしまいそうですね。

そこにエルフナインさんとかオートスコアラーの皆が師匠の相手をして、そこに響さん達がやって来て師匠が嫌がりながらも相手したりして………

 

きっと楽しい生活になるだろうなぁと思う。

毎日が楽しく、平凡で、けれども飽きることのない愉快な時間がきっとそこにあるだろう。

そうなったら私はどんな生活をしているのだろうか?

 

甘く、優しい空想を幾度も思い描く。

こうであってほしい、ああであってほしいと思い描いていく。

目の前にある幸せな光景、そこに師匠達が混ざった姿を想像し、こうなってほしいと願いを込めて思い描いて行く。

 

 

 

だが、そんな優しい時間はーーー

 

 

 

 

 

《マスターお楽しみ中に申し訳ありません。至急ご報告したい事が》

 

 

 

 

終わりを迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

セレナは少し前まで楽しんでいた暖かい時間に名残惜しみを感じながらも、ある場所へと向かって移動していた。

旧リディアン音楽院跡地であり、今は東京番外地・特別指定封鎖区域と呼ばれるーーー破壊されたカ・ディンギルが眠る土地。

そこにノイズ反応を感知した二課の面々が移動していると情報を掴んだガリスからの報告に、セレナは急行していた。

 

「(いったいどうしてこんな場所へ………)」

 

報告を聴いたセレナの脳裏に浮かんだのは昼間の優しい二人が言い残した決闘と言うワード。

確かに人目を避ける決闘の場と言うのであればこれ以上はない。

カ・ディンギルの処理が終わりを迎えていない此処は立ち入りが禁じられている上に周辺は荒野と化しており障害物も少なく戦闘にも打ってつけだ。

だが、不審な点が多すぎる。

決闘の合図にノイズを用いた事、その反応は未だに消えずにまるで待ち受けるかのように点在している事。

あの二人が決闘をすると言うのであれば恐らく……いや、絶対にノイズを用いるとは思えない。

 

「(あり得るとすれば………)」

 

彼女達の決闘を利用した別の誰かによる呼び出し。

そしてーーーノイズを用いるなんて方法が使えるのはただ1人。

 

「ドクターウェル………!!」

 

あの男である可能性は高い。

そしてあの男であるのであれば、絶対に何かしらの思惑があるのは間違いないだろう。

それが何かは分からないがこのまま放置するのはいけない。

ガリスの報告ではドクター達が企んでいるであろう計画の情報を記した手帳をとあるルートから入手出来たと聞く。

解読に時間を有するが、情報を得られるのであればこれ以上ドクターを野放しにする必要もない。

 

「此処で捕らえる………!!」

 

段々とカ・ディンギルが近付いてきた。

既に戦闘音と歌が聴こえる。

もう戦闘は始まってしまっているのだろう。

自身もファウストローブを展開しようとニトクリスの鏡を持ちながら駆けるがーーー不意に連絡が入った。

 

《馬鹿弟子!!今何処にいる!?》

 

聴こえてきたのは何処か焦っているような急いた声で吠える師匠。

どうしたのだろうか?と疑問を抱きながらも素直に答える。

 

「ガリスから報告を聞いて今カ・ディンギル跡地に向かってます、もう間もなく到着でーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《戻れ!!行っては駄目だ!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?と師匠の言葉の意図が理解できないまま、セレナはーーー

 

 

 

《それ》を《見てしまった》

 

 

 

 

 



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第72話

赤い鮮血を見た

 

赤い赤い、鮮血を見た

 

少女の右手を食いちぎる《異形》を見た

 

 

 

 

「………………………………あ」

 

 

 

 

右手を食い千切られた少女の名前を誰かが叫ぶ

 

その名前が親しい人の物であると理解するが、動かない

 

身体が動かない

 

脚が、手が、身体が、脳が、上手く動かない

 

 

 

 

 

「………………あぁ………」

 

 

 

 

 

 

セレナの脳裏にあるのはーー恐怖

 

知らないはずなのに、知るはずもないのに《異形》に対して恐怖する

 

計り知れない恐怖を抱いてしまう

 

 

 

 

 

「………あ………あぁ………」

 

 

 

 

 

見えるのは炎

 

建物に満ちた炎の中に立つのは一匹の《異形》

 

《異形》は少女を眺めていた

 

相対する少女を眺めていた

 

《異形》が動く

 

ゆっくりとゆっくりと、目の前にいる少女(えさ)を屠らんと動く

 

 

 

 

 

 

「あ………あぁ………ああ………」

 

 

 

 

 

 

そして少女はーーー理解した

 

目の前の《異形》がーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を殺したのだと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ………あぁ………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《精神に大規模な負荷を感知しました》

《理由選定ーー特定》

《対象生物を捕捉ーー認定》

《対象生物の驚異レベルを測定ーー認定》

 

 

 

 

 

 

 

 

《此より機能の一時全解放を以て対象の排除を開始します》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

「馬鹿弟子!!おい!!聴こえていないのか!?………ッ!!セレナ!!返事をしろ!!」

 

キャロルの咆哮が空しくシャトーに鳴り響く。

オートスコアラーを護衛に付けなかった事をこれ程までに悔やんだ事はないだろう。

ガリスが持ち帰った手帳、そこに書き記されていたのは、ドクター達の目的、そしてネフィリムについての情報とーーーその過去。

それを知った瞬間にセレナが向かっていると聴いた時は最悪だと思った。

呼び止めは叶わず、セレナの悲鳴に近い叫び声と共に連絡も途絶えてしまった。

急遽ガリィを派遣したが、到着するまで映像もなくただただ不安が募っていく。

速く、速く、焦る想いの中で願いなど馬鹿馬鹿しいと思っていたキャロルは、それでも願う。

どうか無事でいてくれ、と。

 

《此方ガリィです、現場に到着ーーーーなによ、あれ》

 

ガリィからの通信と同時にその視界から待ちに待った映像が送られてくる。

セレナの無事、ただそれだけを祈りながら送られてきた映像を確認したキャロルはーーーそこに映し出された光景に絶句するしかなかった。

 

「………なんだ、あれは」

 

そこにあったのはーーー球体。

地面を抉りながら空間に固定する様に存在する黒い球体。

良く確認すると球体となっているそれがセレナのファウストローブ ニトクリスの鏡から出てくる黒い手だと分かる。

何重にも積み重なる様にして球体と化しているそれに誰もが絶句する。

 

《………マスター、あれなんですか?見てるだけで背筋が冷たくなるんですけど………あれマスターが設定した機能ですよね?》

  

「………知らない」

 

《………はい?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレはあんな機能を作った覚えなどないぞ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

ワインをゆっくりと飲む。

人とは素晴らしい生物だと思う。

数少ない人生の中で、多種多様な開発をしてみせるその精神は称賛するしかないだろう。

このワインもそうだ。

この味も香りも、素晴らしいの一言だ。

僅かな人生でこれだけの物を作り出せる人間は、まさにこの星を統べるべき種族であろう。

 

だからこそ私は力が欲しい。

こんな素晴らしい物を作れる人間の可能性を守る為にも、

呪いによって可能性を阻まれた人類の救済の為にも、

あの《神》を自称する連中に抗う為にも、

私は力が欲しいのだ。

 

計画は既に始まっている。

今から始まるのはその序章でしかない。

だが、大事な始まりだ。

全ては此処から始まるのだ。

 

 

 

 

「さあ、生まれるが良いさ

君に与えられた力を見せてくれ、僕に」

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

それは突然に起きた

 

黒い巨大な腕が、黒い巨大な脚が、球体を中から突き破る

 

それはもはや《人》と言うカテゴリーを超越する大きさをしていた

 

巨大過ぎる腕が残された球体を掴む

 

まるで生まれるのを邪魔するなと言わんばかりに残った球体を引きちぎり、中から生まれたのはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な化物だった

 

 



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第73話

ちなみにだけど、セレナの暴走時のイメージとさせてもらっているのは.ha○kのス○ィスだったりします
あと平行世界クリスまじ可愛い


 

「立花ぁぁぁぁッ!!!!」

 

剣たる少女、風鳴翼の悲しい雄叫びが戦場に鳴り響く。

彼女の視線は、倒れ伏したネフィリムに対し徹底的に何度も何度も拳を振り下ろす1人の少女に―――黒き獣と化した立花響へと向けられていた。

 

≪立花響の暴走≫

ルナアタック事件の際、幾度か発生した立花響の暴走。

自我を失い、本能がままに力を振るうその姿はさながら――獣だろう。

ルナアタック事件以降はその姿を見る事はなかったが…ネフィリムによってもたらされた肉体、精神への負担が彼女を再度獣へと変貌させた。

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

獣、そう判断するしか出来ない咆哮と共に立花響の拳がネフィリムの外皮を突き破り、体内へと侵入する。

骨を砕き、臓物を潰し、肉を抉りながら立花響の拳がネフィリムのコアを掴む。

ネフィリムもまたそれを実感しているのだろう。

立花響によってもたらされようとしている死の恐怖から逃れんと抵抗するが、今の立花響にそれは全くの意味を成さない。

人と人が繋ぎあう為の拳、そう語った彼女の拳は血に塗れながらコアを体内から引きずりだそうとしている。

もう少しと、後少しと――

引き摺り出されようとしているコアを見ながら獣の表情が笑みへと変わっていく。

終わろうとしている命を前に笑う、普段の立花響であれば絶対に見せない表情にノイズによって身動きが取れない風鳴翼は気絶している雪音クリスを抱えながらも自らの力不足を実感する。

この身に力があれば―――と。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

再度咆哮と共にコアを持つ手に力が入る。

繋がる肉や細胞は千切れ、コアが外部へと引きずり出されようとして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――聞こえて来た雄叫びと共に自身を襲う衝撃が、彼女の意識を刈り取った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

「――――――――――――――――は?」

 

映像を見ていた弦十郎がやっと絞り出せたのはそんな呆けた一言だった。

ドクターウェルの語る目的、ネフィリムの出現、立花響の暴走。

この数分間で起きた出来事の数々に混乱しながらも対応していた二課の動きが――完全に静止した。

ほんの少し前まで変わりゆく現場の状況を報告していた藤尭も、

装者達の力になればとネフィリムの動きを調べていた友里も、

誰もが、全ての動きを止めてただ映像を見つめていた。

 

「――――――なん、だ……なんだ、あれは…………」

 

《それ》を敢えて名前で呼ぶとすればーー《死神》だろう。

ネフィリムよりも巨体な体格を持ち、黒い無機質な肌、お面の様な無感情な顔。

そしてーー視ているだけで全身から体温を奪い取られる様な悪寒が止まらなくなるその佇まい。

映像越しであると言うのに、視ているだけでまるで目の前に立ち、この命を奪わんとしているかのような幻覚を引き起こす。

故にーー《死神》

命を刈り取る、その言葉を形にしたかのような異形にこれ以上ない適した名前だろう。

 

死神の手からぽたぽたと何かが滴り落ちている。

その何かを確かめようと誰が指示したわけでもなく、カメラはズームされていくがーーーその正体を知ると同時にズームした事を後悔する。

そこにあったのはーーーネフィリムであった物。

血も肉も骨も臓物も、何もかも関係ない。

振り下ろされたたったの一撃によってミンチと化したネフィリムであった物が、そこにはあった。

 

「………ぅ」

 

「………ひでぇ」

 

あまりにも壮絶な光景に、幾度の修羅場を潜り抜けた二課の職員でさえも込み上げてくる吐き気に、映像から視線を反らしていく。

弦十郎でさえも視線を反らしてしまう程に酷い光景。

だが、その光景があったからこそあの化物の力量をーーー絶対的な力量差を弦十郎は理解する事が出来ていた。

 

「ーーーーてったい、だ」

 

「………え?」

 

「今すぐに………今すぐに装者達を撤退させろ!!あの化物から距離を取らせるんだ!!!」

 

弦十郎が下した判断、それが響き渡ると同時にやっと二課の動きが再開する。

その様子を眺めながら弦十郎は理解していたーーーせざるを得なかった。

 

「(………あれには………勝てん………!!)」

 

映像越しにでも分かる。

あれは《次元》が違う、と。

勝てる勝てないではない。

初めから挑んではならない相手なのだと………

 

「司令!!響ちゃんが!!」

 

友里の報告に再度弦十郎の視線は映像へと向けられるのだが、そこに写る光景はーーー最悪だった。

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!》

 

立花響は傷付いた身体で自らの獲物を奪い取った相手ーーー死神に対して敵意を向ける。

死神が放った一撃によって吹き飛ばされ、傷付いた身体。

なれど、それでも、自らの獲物を横からかっさらった化物への敵意が彼女を奮い立たせる。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!》

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

立花響の咆哮に答える様に死神も咆哮し返す。

向かい合うは獣と死神。

目の前に立つ存在を《敵》だと認識した両者は、高まる敵意を力へと変換していく。

 

その光景を見た者は誰が信じるだろうか。

獣の正体が人の絆を信じる心優しき少女だと。

死神の正体が人の可能性を信じる心優しき少女だと。

誰が、信じるだろうか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《 《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》 》

 

 

 

 

 

 

獣と死神の咆哮が重なる。

大地は震え、空気は振動し、世界は恐怖する。

今から始まる戦いを、獣と死神による殺しあいに恐怖する。

そしてーーーー

 

 

(立花響)死神(セレナ)の殺しあいの幕が開けた。

 

 

 



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第74話

 

ーーこれは本当に現実なのかーー

気絶から回復したクリスは目の前で繰り広げられる激戦を最初現実だと認識出来なかった。

まるで怪獣映画にある様な破壊と破壊がぶつかり合う戦い。

実はこれが映画でした、と言っても今のクリスなら信じるだろう。

 

ーーそれだけ、目の前の光景は現実とかけ離れていたーー

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

死神の巨大な腕がギチギチと軋む音を鳴らす。

腕に幾つもある螺旋状の間接部分が開いて伸びて行き、ただでさえ巨大な腕を更に巨大な姿へと変貌させ、咆哮と共にそれが振るわれる。

その姿はさながら鞭だろうか。

ジグザグに軌道を描きながら振るわれた腕は、接触した全てを見境なく破壊しながら突き進む。

岩であろうが、カ・ディンギルの破片であろうが、地面であろうが、関係なく破壊する。

その矛先に立つのは獣。

邪魔する障害物を破壊しながら迫る一撃に対し、獣は引く事も避ける事もなく、前へと駆ける。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!》

 

咆哮と共に駆ける獣は、死神の腕が障害物を破壊した際に生じた足場と成りうる破片だけを選んで飛び回る。

空を自由に飛び回る獣に対し、死神の腕が幾度も振るわれるが如何せんサイズ差が大きいのもあり、死神からすれば狙いにくい事この上ないだろう。

振るわれる腕を器用に避ける獣。

破壊力では圧倒的に上を行く死神だが、機動力においては獣が勝っていた。

破片を足場に飛び回り、時折隙を突く様に幾度か拳が死神に襲い掛かるが、死神からすればさほどのダメージとなっていないのだろうが、死神の精神を乱すには十分だったのだろう。

飛び回る獣に対して死神の怒りが積もっていく。

腕が獣を仕留めんと更なる勢いを以て周辺もろとも破壊しながら動きを加速させるが、獣からすれば好機。

増える足場に獣もまた速度を上げながら死神に襲い掛かる。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!》

 

いくらダメージが少ないと言えども積もればなんとやら。

死神の身体が僅かに崩れ落ちる。

延びていた腕は縮小し、地に手を付きながら崩れ落ちるその姿に獣も、そして怪物同士の戦いを見ていた装者達も、この戦いの勝者を予想した。

 

 

 

ーーーそう、この時まではーーー

 

 

 

 

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「正体不明生物動きを止めましたッ!!」

 

「蓄積したダメージが限界を越えようとしているんだ!!これなら行けるぞッ!!」

 

戦いの様子を見ていた二課のオペレーター達もまたこの戦いの勝者が決まったと思っていた。

地に手を付く死神、そして止めを射さんとする獣。

誰が見ても勝敗は決したと思うだろう。

現にこの場にいる人達は誰もが獣のーーー立花響の勝利を信じて疑ってもいなかった。

 

ーーただ1人弦十郎だけを除いてーー

 

「(なんだ………なんだこの拭いきれない違和感は………!!)」

 

あの生物の登場と共に感じた力量差。

挑む事さえも愚かだと感じたあの絶対的な差をーーー弦十郎は今もなお感じていた。

映し出されるその姿からは少しも連想出来ないと言うのに、それでも弦十郎を恐怖させたあの力量差が、今もなお弦十郎の動きを縫い止めている。

 

「(なんだ………俺は何を見落とした………?)」

 

弦十郎は何かを見落としていると感じていた。

映像に映し出される異形同士の戦い。

その戦いのどこかに見落としている何かがある。

なんだ、俺はいったい何を見落として――――

 

「―――ちょっと、待て…藤尭!!映像を巻き戻せ!!」

 

「え?あ、はい!!」

 

指示通り映像が戻される。

映し出されるのは獣の猛攻を前に鞭と化した腕を振るう死神の姿。

死神の武器が破壊力であるのならば獣の武器は機動力。

無数に繰り出される鞭の雨を前に獣が持ち前の機動力で躱して一方的な攻撃を繰り返すその光景に、弦十郎は違和感の正体に気付いた。

 

 

「―――知らない、のか」

 

「え?司令、今なんて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは、知らないんだ…自身の力を、その使い方を――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弦十郎が死神に抱いた違和感。

それは―――圧倒的な存在感とは裏腹の未熟な戦闘方法にある。

自らの攻撃が獣の――響くんの優位性を高めているだけだと理解しているのに、それでもなおも同じ戦闘スタイルを継続している。

それはさながらヤケクソになった子供の様な戦闘スタイルとさえ呼べない未熟な戦い方だ。

そこに何かしらの策がある、と言う可能性も否めないが……窮地に追い込まれているその姿からはとてもではないが連想できない。

それ故に辿り着いた答え―――そして―――

 

 

その答えは、今まさに形になろうとしていた―――

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

≪それ≫に気付いたのは風鳴翼であった。

地に手を置き伏していた死神の顔、そこにあるお面の様な表情から歪む様な音が聞こえた。

なんだ、訝しむ翼であったが、同時に獣も気付いたのだろう。

何かしらの攻撃が来る、そう本能で理解したのか即座に飛び退いて距離を開ける。

吐き出す呼吸は荒く、四肢に込めた力は例え距離を開けていようが即座に埋めて拳を叩きこめる、そう言わんばかりに死神を見据える獣だが――――後に想う。

 

この選択こそが―――獣の敗因となった、と。

 

まるで操り人形の様な気味の悪い揺れ動きを見せながら、死神が立ち上がる。

獣はまたあの鞭の攻撃が来ると判断し、何時でも動ける様に体制を整えるが、その判断が間違えである事にすぐに気付く。

死神のお面の様な表情、そこの口元にあたる部分が―――軋む音と共に開く。

まるで壊れた人形の様な開閉に誰もが訝しむ様にその様子を眺めるが、そんな視線を浴びながら死神の右手が動く。

真っすぐに伸ばされた右腕、その右腕から零れ落ちるのは―――黒い何か。

さながら液体の様なそれは右腕を伝い、右手に集中していく。

 

「…何をする気だ?」

 

クリスの呆然とした言葉。

誰もが死神の行動を予測できない中で――――≪それ≫は聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪―――――――――――――――――――♪≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが歌だと認識するのに時間が必要だった。

日本語でも英語でも、人類が扱う言語のどれでもない全く理解出来ない未知の言語を用いての歌。

けれども先程の咆哮とは打って変わった透き通る様な歌声に誰もが先程までの惨状を忘れてる聞き惚れる。

聴く者を魅了し、聴かない者を振り向かせて聴かせる歌声。

そんな歌声に誰もが魅了される中で――――

 

「――――――何故、だ」

 

自らの身体が震えている、そう理解するのにさほどの時間が必要なかった。

呆然と呟きながら、風鳴翼は理解出来ないと死神を見上げる。

耳に聞こえる透き通る様な歌声に―――堪えきれない怒りを抱きながら―――

 

「―――何故だ、何故―――」

 

「…先輩?」

 

クリスの心配する声を耳にしても風鳴翼の感情は止まらない。

否、止められる人などいない。

聴こえてくる歌声、理解出来ない言語で奏でられても、それでも―――翼にだけは分かる。

≪彼女≫とずっと一緒の時間を過ごして来た翼にだけは分かる。

その歌がなんであるのかを、そしてそれを歌って良いのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――何故おまえが奏の歌を歌うッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――失われた片翼だけだと―――

 

 

 




???カウント1


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第75話

 

≪―――アレ、ワタシ、ドウシテタンダッケ?≫

 

疑問、彼女の心が抱いた感情に意識が浮上する。

答えを求めるが、答えはなく。

答えを探すが、答える者もなく。

自分が何をしていたのか、自分が何を成そうとしていたのか、全てがあやふやとなり思い出せない。

 

≪…ナニヲシヨウトシテイタンダッケ?≫

 

繰り返す答えの無い自問。

幾度やっても答えがないそれに時間の無意味だと判断して思考が閉ざされる。

不思議と此処にいると思考する事さえも億劫だと感じる。

まるで水中の中にいる様な心地よい浮遊感と、何かに守られている様な安堵感。

2つの優しい感覚が少女を優しく守護する。

 

≪――アア、ネムイ…≫

 

浮かんだ意識が再度沈んでゆく。

眠れ眠れと、聴こえてくる歌声がまるで母親が赤子を眠らせるかのように、子守歌となって意識が沈む。

考える必要はない、考える意味など無い。

全ては私に任せておけと子守歌が少女の意識を再度眠りへと付かせた。

 

されど、意識が眠る最後に少女は思う。

 

―――何か大事な事を忘れている気がする、と―――

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「―――ふざけるな…ふざけるなッ!!!!お前がッ!!お前如きが奏の歌を汚すなぁぁぁッッッ!!!!!」

 

怒りの咆哮と共に風鳴翼が空へ駆け飛ぶ。

天空を埋め尽くすは剣の雨。

≪千ノ落涙≫、翼と彼女が持つシンフォギア≪天羽々斬≫だけが可能とする文字通り剣の雨を降らす大技。

空間に具現化した剣の数々、その矛先は全て死神へと向けられたまま一斉に降り注ぐ。

 

千ノ落涙は対個人の技ではない。

どちらかと言えば圧倒的な数を以て個ではなく面を攻撃する対多数戦闘に重点を置いた技だ。

だが決して個を相手に使えない技と言うわけではない。

1つ1つが鋭い切れ味を誇る剣、僅かにでも当たれば致命傷は避けられない上に圧倒的数で迫る故に避ける術もない。

まさに必殺、それに翼の怒りの感情が上乗せしたかのように日頃の倍以上に数を増した剣。

それが一斉に死神へと迫る。

ただでさえデカい図体な上に獣との戦いのダメージもある以上、回避する事は出来ない。

それを計算したのか、感情のままに放ったのかは翼本人にしか分からないが、そんなベストなタイミングで放たれた剣の雨。

当たればダメージは避けられないのは明白。

そんな迫る剣の雨に対し、死神は―――

 

 

ただ、左腕を軽く振った。

何事もなく、腕を先程の様に形状を変える事もなく、ただ億劫に腕を振るい―――

それだけで迫る剣の雨が全て瓦解した。

 

 

「―――なッ!!?」

 

 

眼の前で起きた出来事を理解出来ない翼を襲ったのは、呼吸をする事さえ困難になる程の猛烈な強風。

天羽々斬を盾代わりにして何とか必死に呼吸をしながら翼は理解する。

あの死神はただ手を振るっただけでこれだけの強風を作りだし、千ノ落涙を打ち破ったのだと。

地に足を付いていない以上踏ん張る事も出来ず、咄嗟的に脚のプースターを起動させるがそれでも強風に耐える事などできなかった。

 

「――先輩ッ!!」

 

強風によってコントロールが困難になる翼。

バランスは崩壊し、地と天の区別さえ理解出来ないまでに目まぐるしく変わる景色。

その果てに、迫るは地面。

不味いと咄嗟的に不時着体勢を整えるが、そんな翼を受け止めるかのように地面と翼の間に入り込んだのはクリス。

轟音、そして衝撃。

クリスの耳と身体を襲う2つ、それを何とか耐えながらもクリスは不時着した翼を何とか抱き留めていた。

 

「馬鹿じゃねえのかッ!!いきなり策も無しに突っ込む馬鹿がいるかよ!!いつもの先輩らしくねぇじゃねえか!!」

 

「―――受け止めてくれた事には礼を言う雪音、だが――例え馬鹿だと罵られようとも私は…奏の歌を汚すあやつを許せんのだッ!!!!」

 

翼の怒り、それを理解できる者は恐らく翼本人だけだろう。

天羽奏と言う人間はそれだけ彼女にとって大事であり、全てであり、決して他人に踏み荒らされたくない場所であったのだ。

その歌を奪い、奏でる死神に対する翼の怒りは止まる事を知らない。

クリスの必死の説得にも耳を傾ける事もなく再度飛翔し、技を放とうとする翼。

そんな翼に仕方ねえな!!とガトリングを起動させて自らも戦闘へ参加する。

 

「(今の先輩は頭に血が上ってやがる!!アタシが援護してやんねぇと何するか分かんねえぞ!!)」

 

地上からは雪音の遠距離兵装が、空からは翼の剣が、

二方面からの同時攻撃に対し死神は再度左腕を振るい、強風を生み出してそれらを跳ねのけようとするが―――

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!》

 

それまで様子見に徹していた獣が参戦する。

クリスと翼の攻撃に合わせたのか、はたまたただ利用しただけなのかは分からないが三方面からの同時攻撃、それも一方は死神に対し確実にダメージを与え、死神からも≪敵≫として認定されている獣による物となり、死神の動きに迷いが生まれる。

それを翼は勝機と捉えた。

自身の中に眠る全ての力を以て翼は1つの大技を展開する。

≪蒼ノ一閃≫限定解除の威力には程遠いがそれでも今自身が放てる全てを込めたこの一撃は、間違いなく最高の一撃である。

いくら力量が分からぬあやつでもこれを喰らえば―――

 

そんな翼の行動に合わせる様に雪音もまた大技を用意する。

≪MEGA DETH INFINITY≫

形成された12機もの大型ミサイルが死神目がけて発射される。

威力は大型ノイズを1撃で撃退してみせたお墨付き。

上空からは蒼ノ一閃、地上からはMEGA DETH INFINITYと獣と化した立花響の拳。

この場においてそれぞれが持ち得る最大限の力を以て放たれた一撃が死神へと迫る。

 

「これなら――!!」

 

「くたばれ化物ッ!!」

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

この瞬間、誰もが思っただろう。

勝った、と。

実際そうだろう。

普通であればこれは間違いなく勝利となる。

それぞれが放った一撃はそれだけの威力を有しており、フィーネを相手に勝利した事もある少女達の力であれば並大抵の敵には勝利出来るだろう。

 

―――そう、並大抵であれば、だ―――

 

「―――――?」

 

違和感に気付いたのはクリスだった。

死神の右手に集っていた黒い液体、ただ集まるだけで動きを見せていなかったそれが――一斉に動き始める。

何かしらの行動を取ろうとしているのは判った。

だが同時にもう遅いとも思った、思わざるを得なかった。

迫る攻撃はもう接触しようとしている。

今更足掻いたところでもう―――と。

だが、クリスはその数秒後にその判断を後悔する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――ッ!?」

 

聴こえて来た咆哮にクリスは目覚めると同時に疑問に思う。

どうしてアタシは空を見上げているのだろうか、と。

どうしてアタシは地面に寝転がっているのだろうか、と。

可笑しい、そんな疑問を胸に立ち上がろうとするが――身体が思う様に動かない。

何が…そんな思いで上手く動かない身体を確認する。

 

「―――――え?」

 

そこにあったのは、ボロボロの身体。

埃と砂と血に塗れた己の身体。

全身の傷からは血液が溢れ、右足の関節からは白い何かが肉から突き出ている。

突き出ている何か、その正体を理解すると同時に、クリスを壮絶な激痛が襲った。

 

「―――ッ!!!!ああああああああああッッ!!!!??」

 

悲痛な叫び声が木霊する。

激痛と痛みから溢れ出る涙。

全身を襲う激痛で滅茶苦茶になる頭の中。

理解できない、困惑するクリスは痛みに苦しみ悶えながらも考える。

 

「(なんだなんだなんだ!!?いったいなにがあったッ!!?)」

 

つい先ほどまでクリス達は圧倒的優勢であった。

各々が最大の力を込めた放った一撃、それがもうすぐ死神に命中しようとした時のことまではしっかりと覚えている。

その後だ、その後から今に至るまでの記憶がない。

何があった、激痛に襲われながらもクリスの視線は周囲を見渡し―――そして、絶望した。

 

「―――――――――――は?」

 

≪そこ≫には何もなかった。

カ・ディンギルを背に立つ死神、その前方には何もなかった。

岩もカ・ディンギルの破片も、大地も遥か遠くにある廃墟の住宅街も、全てが無くなっていた。

まるで何かで焼かれた様な焼け跡だけが残され、それ以外は何もない。

文字通り、何もないのだ。

 

「――――――――――――――――――――」

 

呆然とするクリスの視線はゆっくりとこの惨状を引き起こしたのであろう死神へと向けられる。

死神の右手、そこには何時の間にか1本の槍が握られていた。

クリスはそれを過去のデータで見て知っていた。

震える唇が、ゆっくりとその名前を答える。

風鳴翼のパートナーが持ち、今は立花響の胸に宿っているはずのその名を、口にする。

 

 

 

 

「――――ガングニール、だ…と…?」

 

 

 

 

黒い死神が持つのは≪白い撃槍≫

天羽奏が持ち、幾度の戦場を彼女と共に駆けた白の撃槍がそこにはあった。

 




クリスちゃん大怪我


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第76話

 

――思えばあの異形を死神と呼んだのは、理解していたからだろう――

 

絶対の強者として大地に君臨し、

見る者から勝利と言う幻を呆気なく奪い去り、

本能から嫌悪感を抱くその姿に、

心の奥底から理解していたのだろう。

 

―――≪あれ≫と≪人間≫では≪世界≫が違うと―――

 

 

 

光が爆ぜる。

何物も何人も関係なく包み、壊す、破壊の光。

あの光の前では全てが平等。

善人も悪人も、子供も老人も、有機物も無機物も、全てが関係なく平等に――壊される。

 

そこには≪破壊≫と≪慈悲≫しかない。

己の前に立つ敵に対する死神のせめてもの慈悲。

圧倒的実力の差を理解出来ぬ愚か者に捧げる破壊と言う名前の慈悲。

苦しみも、死への悲しみも、現世への名残も、全てを抱かせる事なく破壊する死神の慈悲。

それが死神が見せた≪優しさ≫であった。

 

「……………」

 

無音、二課を包む圧倒的絶望を前に誰もが口を閉じる、閉じるしかなかった。

装者達の全力を込めた一撃、それは確かに死神に命中し、勝利となるはずであった。

―――だが、そうはならなかった。

迫る攻撃を前に死神は右手に出来上がろうとしている何かを掲げ―――そして、光が爆ぜた。

破壊の光が、慈悲の光が、装者を、大地を、全てを……破壊した。

 

装者の状態を確認している機器からはどれも警報音を高々と鳴らしている。

画面に表示される装者の状態はどれもが――最悪。

今すぐに救急搬送して処置を受けねばならない重症ばかりだ。

幸いな事はシンフォギアが持つ防御機能のおかげで3人とも即死とはなっていなかった事だ。

だが、それを幸いと思えるのは…恐らくこの場にいる人間達だけだろう。

 

≪ああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!≫

 

クリスの悲痛な叫び声が通信機越しに二課に鳴り響く。

右足関節から突き出ている骨と全身の怪我から流れ出るおびただしい出血と激痛が彼女を叫ばせる。

光が爆ぜる直前、クリスは本能的にリフレクターを起動させていた。

光の威力にリフレクター自体はすぐに崩壊したが、それがクリスへのダメージを減らしていた。

だが―――減らしてもこれなのだ。

残る2人は―――

 

≪―――――――≫

 

≪―――――――≫

 

2人の通信機から聞こえるのは――無音。

激痛への叫び声も、苦しみ悶える声さえ、何も聞こえない。

機器が知らせる異常、そして無音。

最悪の可能性、そこに至る事でやっと弦十郎は意識を取り戻した。

 

「―――ッ!!すぐに響くんと翼の状況確認をッ!!藤尭ッ!!使える火器を全て起動させてあの死神目掛けて攻撃させろッ!!僅かでも良い、奴の注意を此方に逸らさせろッ!!その隙にクリスくんを回収させるんだッ!!」

 

弦十郎の咆哮に近い指示にやっと二課が再起動し始める。

それぞれが与えられた役割を果たし、状況の改善が起きると信じて動き始める。

だが同時に想っていた。

 

どうにもならない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ッ――――ぁ―――」

 

風鳴翼は剣を支えに震える身体で立ち上がっていた。

頭部から流れるおびただしい血液、腹部に刺さる瓦礫の破片、だらんと垂れ堕ち動かせない右手。

重症だ、これ以上の戦闘行為どころか動く事さえも命の危機となるだろう。

幸いな事にシンフォギアの防護機能が破片をギリギリの所で押し止めてくれたおかげで、臓器に至っていない事だろう。

だがそれが最後の幸いだ。

あの光によって通信機は破損、その身は既に重症であり動く事さえもやっとの限界状態だ。

 

なれど、風鳴翼は歩む。

剣を支えに、一歩、一歩と幾度も崩れ落ちそうになりながらも前へ前へと進む。

歩み度に血は流れ、歩む度に腹部の破片が揺れ動く。

それでも尚も歩み続ける。

 

「―――わ―――た――し―――は……わ…たし、は……」

 

その視線の先には、死神。

ガングニールを、天羽奏のみが持つ事を許された白い撃槍を手に佇む死神。

震える足取り、なれど怒りを込めた眼で死神を睨みつけながら翼の脚は止まらない。

大地を踏みしめ、友の歌を、友の擊槍を、好き勝手に扱う死神に向けて防人が吠える。

 

「―――わたしは………私は防人ッ!!…この國を、人々を、そしてーーー友を守る剣だッ!!」

 

頭から、口から、腹部から、全身から、

ありとあらゆる所から血液を流しながらも翼は死神へと剣を向ける。

闘った所で勝機など欠片も無いと理解しながら、そしてもしもそれでも勝機を望むのであれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――命を燃やす歌しかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!この歌声…それにこの歌って…!!」

 

痛みに苦しみながら、何とか応急処置を施していたクリスの耳に聞こえてきたのは、自らが先輩と呼び慕う女性の命を燃やす歌。

いけない、動かせない右足を激痛に耐えながら無理やり動かして歌声の先へと急ぐ。

 

「駄目だ駄目だ駄目だッ!!やめろ先輩ッ!!今そんなの歌ったらッ!!」

 

血液が巻いた包帯を呆気なく赤く染めてゆく。

常人であれば―――否、誰であろうが気絶しても可笑しくはない激痛。

それをクリスは歯茎が壊れそうなまでに噛み締めて耐えながら歌声を阻止せんと急ぐ。

 

「――――――ッ!!翼ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叫び声を聞いた。

悲痛な叫び声を、可愛い後輩の叫び声を聞いた。

 

「(―――やっと名前で呼んでくれたか)」

 

分かっている。

この重症の身体で絶唱を歌えばどうなるか…分かっている。

だがもはやこれしかない。

この異形は――此処で仕留めなければならない。

あの異形を生かしておけば世界の禍となる。

この国と、守るべき人々の、そして友の禍となる。

大勢の人が死に、多くの大地が破壊される。

それを防げるのであればこの命を燃やす事も―――躊躇しない。

 

 

「(冥土への道、私と共に逝ってもらうぞッ!!)」

 

 

命を燃やす悲しき歌が戦場に鳴り響く。

その果てにあるのが自らの死だと理解していながらも翼の悲しい歌声が戦場に鳴り響き、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌が、止まった。

高まったフォニックゲインは散り、命を燃やしていた歌は止まる。

否、止まらざるを得なかった。

 

≪―――――――――≫

 

眼が、向いていた。

向けられた赤い眼が、無感情のまま向けられたその瞳が、圧倒的力の差を嫌でも叩き込んでくるその瞳が、

風鳴翼の絶唱を止めた。

 

「――――――――――――――ぁ」

 

想えば、想えばそうだったと翼は気づく。

この死神は戦場に現れてから一度たりとも―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

私達に視線を向けただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

否、否、否だ。

戦場に現れた時も、あの化物を一撃で仕留めた時も、奏の歌を歌った時も、奏のガングニールで破壊した時も―――死神は一度たりとも私達に目を向けてさえいなかった。

 

だから、思えたんだ。

勝てる、と。

勝機はある、と。

諦めなければ絶対に、と。

 

―――だが、違う。

知らなかっただけなのだ。

あの瞳を向けられると言う事を、あの死神に≪敵≫と認められる事の意味を、知らなかっただけだったのだ。

目を向けられて――≪敵≫として見られて分かった。

奴にとって≪敵≫ではない私達は、虫でしかないのだ。

足元を見れば幾らでもいて、その時の気分で殺したり生かしたりするだけの弱弱しい脆弱な存在でしかなかったのだ。

 

「――――は…はは……」

 

理解する、理解する、理解する。

≪あれ≫と私達は――違う。

力が、存在が、世界が、違う。

どう足掻いても、どうもがいても、どうやっても、勝てないのだ。

勝てると言う想いを抱く事こそ間違いだったのだ。

 

≪――――――――――――――≫

 

乾いた笑みを浮かべる翼に、死神は思ったのだろう。

嗚呼、これは≪敵≫じゃないと。

定める視線は翼を無視し、この場において最も警戒すべき相手に―――獣であった者に向く。

光のダメージによって暴走状態が解除されたのだろう、2人に比べれば軽傷でこそあるがそれでも一般的に見れば重症レベルの負傷を負った気絶したままの立花響にガングニールの矛先が向けられる。

集うは光、先程のそれと全く同じ光が矛先に集い、立花響へと向かって放たれんと収束している。

確実に、正確に、決定的に、殺す為に―――

集まる光を前に立花響は目覚めない。

受けたダメージが、そして誰も知る由もない内部で侵食するガングニールが、彼女から体力を奪い、目覚めるきっかけを奪い去る。

集う光、それはある程度の大きさとなって立花響目掛けて放たれんと槍が振り下ろされようとして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああもうくそったれッ!!こんなんあたしの役割じゃねぇってのにッ!!合わせなさいなガリスッ!!」

 

「合わせるのはお姉さまですよッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如聞こえて来た第三者の声と共に、死神に膨大な量の水が襲い掛かった。

 

 

 

 

 




忘れた頃にやってくるー


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第77話

ラジオ楽しかったですねー
まさかの次コラボ進撃ですよ、最近進撃もコラボ多いですねー



 

≪――――――――ッ!!?≫

 

死神が困惑しているのが手に取る様に分かる。

無理もない、此処は一面の荒野。

水などどこにもないはずだ。

カ・ディンギルの調査、並びに解体作業の為に水道こそ引いてあるがそれはあくまで飲み水や作業用に扱われるだけのごく一般的な水量。

おまけに水道管は地下に通じてあった物を再利用しただけだ。

決して地上に突然、こんな莫大な水量が現れる等ありえない―――≪異常≫だ。

 

だがそんな≪異常≫は現に起きている。

現実に、眼の前で起きているのだ。

ならば十分だ、思考を切り替えるに十分すぎる位だ。

困惑する思考を切り替えて迫る水にガングニールを振るう。

圧倒的な破壊力を、圧倒的な熱量を、圧倒的な力を、全てを破壊する一撃が振るわれる。

まさに破壊と言う言語を形に変えた一撃が振るわれる。

 

――――――だが、それがなんだ?

 

「ガリスッ!!」

 

「何もしゃべらないでくださいお姉さまッ!!集中が途切れますッ!!」

 

破壊がなんだ?力がなんだ?

んなものこの2人には関係ない。

迫る死も、迫る破壊も、迫る慈悲も関係ない。

死がなんだと、破壊がなんだと、慈悲がなんだと。

笑う、笑って嗤って笑い続けて、その果てに結果を作り出す。

それがこの二人なのだ。

ガリスの歌声が戦場に鳴り響く。

静かに、けれども儚く美しい音色が戦場に鳴り響く。

 

―――ガリスの歌声はいわば指揮棒だ。

自らの特性≪視界に映る範囲の全ての液体を操る≫

その力を十全に発揮する、その為に彼女は歌を奏でて指揮棒を振るう。

自らが操る水を、合唱を指揮する様に歌を以て導く。

 

轟音、ガングニールの破壊の一撃が振り下ろされた。

迫る光線、迫る破壊。迫る死。

大地さえも蒸発させるだけの熱量を持つ一撃、当たれば膨大な水であろうとも一瞬で蒸発し尽すだろう。

 

――だがそうはならない。

ガリスの歌声で動く水は器用に迫る光線を回避して見せる。

自らの放った一撃を避けた水に驚愕する死神だが、それも束の間今度は水が死神の頭上に球状に集う。

 

「――ッ!!マスターお許しをッ!!」

 

ガリスの歌声の合図が鳴り響くと同時に水が揺れ動く。

槍、ガリスの偽・聖遺物≪トライデント≫に酷似した水の槍が、空を埋め尽くす水の槍がそこにあった。

たかが水と思うのならばこう言ってやろう。

 

――水を舐めるな、と。

 

「一斉放射ッ!!!!」

 

水の槍が一斉に死神の頭部目掛けて急速に落ちていく。

ガリィが水を生成し、その水をガリスが操る事で可能とした水の攻め。

一本一本がさながら刃の様な鋭さを誇る水の槍、それを水が無いこの荒野において生成出来たのは、この姉妹ならではこそだろう。

姉妹が作り上げた槍の雨、それが一斉に降り注ぐ。

 

≪―――――――――――――――ッ!!≫

 

無論死神とて何もしない、なんてふざけた真似をするつもりは毛頭もない。

右手に握るガングニールを持ち上げ、迫る雨を防がんとするが―――

 

≪―――――――――ッ!!?≫

 

気付く、気付く、気付く。

遅すぎた気付きに、今更気づく。

持ち上げようとしたガングニールが、両腕が、地面に引っ付くように凍り付いている事に。

何時、どこで、誰が。

葛藤と困惑、その果てに死神は答えへと辿り着く。

そう、全ては最初の水の濁流からだ。

思えば可笑しかった。

最初のあの一撃は完全に死角からの奇襲が成り立っていた。

ならば――どうして水をぶつけるだけと言う舐め腐った攻撃を選んだ?

絶好の機会で、全力を込めた一撃を放てばあわよくば命を刈り取れた最高のベストタイミングで、選んだのは動きを鈍らせただけの水。

その理由が―――やっと理解出来た。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

理解と同時に降り注ぐは槍の雨。

1つ1つは大したダメージとはならないが、それを賄うだけの膨大な数が死神の頭部に降り注ぎ続ける。

たかが水、なれど水。

使用方法さえ変えれば誰だって水で何でも切れるこのご時世に、水を舐めるんじゃねえとガリィは中指を突き立てる。

しかしこれで死神が倒れるわけではない。

凍り付いた腕を無理やり引き上げながら、死神が立ち上がろうとする。

しかしそれを阻むのも氷。

ガリィが持つ全想い出を水の生成とこの足止めの氷に費やした文字通りの全力全開の氷。

持ち上げるのは不可能、だと思っていた。

 

≪ア゛……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

大地の揺れにまさかと思ったガリィの嫌な想像。

それは悲しくも的中する。

轟音と共に死神の腕が再度動き始める。

≪地面≫ごと持ち上げたその腕で―――

 

「ちょ、マジですかァッ!!?」

 

氷は人間で言えば二の腕辺りにまで地面もろとも侵食していた。

あの氷であれば動けない、と思ってもいた。

だが現実はどうだ。

二の腕辺りに地面(でかい飾り)を引っ付けて立ってみせたときた。

こっちとしては水に結構な量の想い出を持って行かれたとは言え、残った全てを使っての(足止め)だってのに―――

いや、本当にあれだ、規格外のくそったれだわ。

中身があの子じゃなかったらドロップキック決めてやる所だわ。

けどまぁ……

 

「ガリィちゃん達の出番は終わったりしちゃうのよね♪ガリスッ!!」

 

「全く…ほんっとうに妹使いが荒い姉ですねッ!!マスターの危機でなければ殴ってますよッ!!!!」

 

ガリィの合図にガリスもまた動く。

奏でる歌声に水は下された指示を実行する。

槍の雨として降り注ぎ、未だに死神の頭部と狙い逸れて地面に突き刺さった水の槍が一斉に瓦解し、周囲に飛び散る。

出来上がるは――水の壁。

死神と周囲を囲む様に作られたそれは無関係者からの視線を阻む。

今から始まる光景を見せない為にも、これは絶対不可欠となるだろう。

 

「ま、ファラの妨害電波が起動しているだろうし、装者達もあの様子だから見てないだろうけど、念のために、ね♪」

 

「誰に説明してるんですかッ!!少しぐらい想い出残ってるんでしょッ!!手伝ってくださいなッ!!」

 

「えー、ガリスちゃんそんな事言う?私の水が無ければ何も出来ないガリスちゃんがそんな事言う?」

 

「――――ッ!!……後で絶対に殴ります(ボソッ)」

 

コントの様な姉妹の会話。

自らを無視している、そう理解すると同時に死神の胸に初めての感情が沸き上がる。

≪怒り≫

散々にコケにし、散々に弄び、挙句に無視している2人に初めて怒りを抱く。

邪魔な飾りを腕に付けているせいで先程までの様に思うが儘に動かせないが、十分だ。

撃槍を手に死神は駆ける。

光で、慈悲で殺すなどもはやしない。

この槍で突き殺し、叩き殺し、刺し殺す。

痛みと苦痛と死への恐怖であの余裕をぶち壊してやろう。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

咆哮、振るう撃槍は2人へと向けて矛を突き立てる。

駆ける勢いのままにその脆弱な小さな身体ごと白い撃槍は2人を突き殺そうとし――――

 

2人が、笑みを浮かべたまま崩れた。

 

≪―――――――――――――ッ!!!!??≫

 

崩れた、そう表現した言葉に偽りはない。

先程まで確かに人の形をしていた2人は、今はもういない。

2人が立っていた場所にはただ水だけが残されており、2人がいたと言う事実を疑う程に人のいた痕跡が無くなっていた。

なれど水の壁は未だに健在、ならば何処かに居るはずだと周囲を見渡そうとし――――

 

 

 

「呼ばれ―――てないけど飛び出てジャジャジャジャーン、だゾッッ!!!!」

 

 

 

奇天烈な発言を聴いたと同時に頭部を激痛が襲った。

何が――衝撃で前のめりになった身体で原因を模索しようとするが、それは叶わない。

何故か?それは―――

 

 

「ミカに続きますッ!!合わせなさいファリスッ!!」

 

「出来るだけ努力します、ですッ!!!!」

 

 

突如大量の剣を内包した竜巻が出現したからだ。

触れる者、包む者、どちらであろうが竜巻に近づくと言う選択を選んだだけでもれなく細切れにする竜巻。

それが一斉に死神に纏わり付くように迫る。

迫る竜巻に対し、死神は両腕を振るおうとするがそれを阻むは手に付いた地面(飾り)

ガリィからすれば予定外であったが、それは意外にも功を成していた。

咄嗟的に死神は守りに徹する選択を選ぶ。

両腕で頭部を守る様に構えるその姿はさながら格闘家だろう。

迫る竜巻、それは見ただけで理解できる殺傷力を以て迫り―――――

 

 

死神の目の前でプツン、と途切れた。

 

 

≪――――――――――?≫

 

何故?戸惑いが明らかな表情となって顔に出る死神は、自然と構えを取っていた体勢を崩す。

迫る脅威が消えた事に困惑し、安堵して、崩してしまった。

 

≪――――――――――――――ッッッ!!!!≫

 

咆哮と共に突如姿を現したのは、死神よりも巨体な身体を持つレイア妹。

背後より奇襲する様に姿を現したレイア妹はその巨体な身体を以て死神を押し倒した。

死神は背後からの奇襲、そして圧倒的重量で動きを封じられた事に驚きながらも必死の抵抗を言わんばかりに起き上がろうとするが―――

 

「させるかッ!!!!」

 

飛んできたのは硬貨。

的確に、正確に、狙い通りに、レイアの放った硬貨が動きが出来ない死神の眼に直撃する。

 

≪―――ッ!!!??ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

いくら死神とは言え、眼に直接攻撃を喰らえば耐えられなかったのだろう。

レイア妹を押し退けようとしていた力が一気に抜け落ち、その隙を狙う様にレイア妹は持てる全パワーを以て抑え込みに入る。

 

「良くやった、派手な活躍だ」

 

≪―――――――――――――♪≫

 

レイアの褒め言葉にレイア妹は嬉しそうに表情を緩めるが、抑え込む力は一切抜かない。

否、抜けないのだ。

体勢でも重量でも力でも、上回っているのは此方だと言うのに下にいる死神はなおを立ち上がろとしている。

少しでも気を抜けばこの異形はレイア妹を跳ねのけて立ち上がっても可笑しくない。

そう感じる、感じる事が出来るだけの力がこいつにはある。

だが――――もう、遅い。

既に私達の任務は果たされたのだから、問題はない。

 

そう、後は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――馬鹿弟子ぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我らのマスターに任せるだけだ。




キャロセレ
キャロセレ


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第78話

 

男が目覚めた時、全ては終わっていた。

ネフィリムを一撃で屠った死神は何処にもおらず、装者達も二課に回収されたのか何処にもおらず、荒れ果てた戦場の片隅で運良く気付かれる事なく気絶していた男だけを残して全てが終わっていた。

偶然見つけたネフィリムのコア、それを胸に抱えて戦場を後にするが、男の表情は乏しい。 

呆けた顔で、何を考えているのか分からない表情をしながら、男は理解していた。

自らの胸には空白が出来ている事にーーー

 

「………可笑しい」

 

男の夢は英雄となる事。

数多の民を救い、英雄として崇められる事。

その為のF.I.S.、その為のネフィリム、その為のフロンティアであった。

予定外もあったが計画に必要な品は揃った。

後は計画通りに事を運べば夢が果たされると言うのに、男の胸にあるのは悲願が叶う喜びではない。

空白、ただ空白。

胸にぽっかりと空いた空白、そこには本来抱く筈だった喜びはない。

何故、何故だ。

あれほど渇望していた夢がまもなく果たされるのに、誰からも認められる英雄に成れるのに、どうして………………

 

「ーーー嗚呼、そうか」

 

理解する、理解する、理解してしまう。

答えが分かれば何ともない話だ。

そうだったのかと呆気ない答えに笑みが止まらない。

そう、僕はーーーー

 

 

 

 

 

「僕は………惚れたんだ………!!」

 

 

 

 

 

圧倒的な力、圧倒的な存在感。

理解した、英雄とはこれだと。

何者も寄せ付けない、何者をも負かし、絶対的勝者として君臨する英雄の模範であるあの死神に憧れを、そして惚れ込んでいるのだと理解してしまった。

嗚呼、そうだ!!

ネフィリムを一撃で叩き潰した時に感じた絶望とは違う感情………!!

あれは喜びだったんだ!!

真の英雄に出逢えた歓喜だったんだ!!

嗚呼、なんだそうだったんだ!!

 

「あは………あははッ!!」

 

男は嗤う。

真の英雄に出逢えた喜びにうち震えながら、そして願う。

再会を、もう一度あの死神と出逢える機会を心の底から願いながら男は戦場を後に去っていく。

 

そして、戦場には誰もいなくなった。

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

時間は少し遡る。

キャロル・マールス・ディーンハイムは空中から戦場を、死神と化した自らの弟子を見下ろしていた。

 

「………ッ」

 

自らの甘さに吐き気がする。

ニトクリスの鏡、未だに全貌を解明していないあれの危険性を把握していながら使用を許可し続けた己の甘さに吐き気を、そして怒りを抱く。

どうして止めなかったのだと何度も後悔が押し寄せる。

可能性は十分にあった。

止めるべきだと幾度も思ったが、キャロルの中にある《仮説》がそれを押し止めていた。

 

ーー吐き気がするほどに残酷な仮説がーー

 

けれども今はその仮説を忘れて手に握る矢を構える。

《ミスティルテイン》

北欧神話において万物による危害を受けないと言う誓いを以て無敵であった神バルドルに唯一誓いから外されていたヤドリギの枝を用いて作られた神殺しの矢。

それを構え、向けるはーーー死神の頭部。

想像通りであればこれで事態は終息出来る。

だが、もし違えばーーー

構える弓矢に戸惑いが生まれる。

最悪の可能性が脳によぎり、それが戸惑いとなって判断を鈍らせる。

もしも、もしも違えば、と。

 

「ーーーー」

 

思えばオレも甘くなったなと笑う。

父の命題を果たす、それだけを糧に何百年も孤独に生きてきた。

その過程で幾度も敵対する者が生まれたが、全てを屠ってきた。

邪魔する者は殺し、障害は排除し、ただ父の命題を果たす為だけに生き、ふと振り返ればそこにあるのは屍と血に染まった道。

誰かの怨嗟を、誰かの嘆きを、誰かの悲しみを、死と言う形で踏み締めて作り上げた穢れた道。

キャロル・マールス・ディーンハイムの人生とはそんな誰かの死の上に成り立つ邪道でしかなかった。

そしてオレも別にそんな道を歩むのに抵抗も嫌悪もなかった。

それが普通だと、それがオレの人生だと、ただ歩み続けてきた。

この道が途絶える、それはオレの命が、父の命題が果たされた事を意味するのだと歩み続けた。

 

そんな道に、突如現れたのがあいつだ。

最初は都合の良い駒程度しかなかった。

想い出の供給、そしてシンフォギア装者と言う戦力として扱える便利な駒、ただそれだけだった。

それがどうだ。

いつの間にかオレの人生に土足で入り込んできて、人の食生活に文句は言うわ、頼った覚えもないのに勝手に食改善するわ、挙げ句に弟子になっているわ………

オレの人生を好き勝手に踏み荒らして、けれどもそれを嫌だと思っていないオレがいて………

いつの間にか、オレの人生にあいつの存在は当たり前になっていて………

 

「………嗚呼、認めてやるよクソッタレ」

 

キャロル・マールス・ディーンハイムにとって、セレナと言う存在はもはや絶対に手放したくない存在になっていると認める。

あいつの作る食事が好きだ。

あいつが起こす予想外のトラブルも好きだ。

あいつが見せる笑顔が好きだ。

あいつの、あいつの全てが好きになっていた。

あいつの存在が、オレにとって全てになっていると認めてやるよ。

だからーーーー

 

 

 

 

 

 

「馬鹿弟子ぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

矢を放つ。

オレの弟子を、オレの家族を

 

オレの人生を返して貰う為に。

 

 

 




キャロセレ
キャロセレ


ウェル………セレ?


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第79話

 

≪神殺しの矢 ミスティルテイン》には1つだけ決定的な弱点がある。

それは脆弱性。

神話においてバルドルは己の死を夢見て、その死を避ける為に母親であるフリッグが万物ではバルドルに一切危害を加えられないと言う誓いを立てたとされる。

その誓いから唯一免除されたのが、ヴァルハラの西に生えていたヤドリギの新芽。

あまりにも非力なそれがバルドルの命を刈り取れるとは到底思えなかったのだろう。

そんな誓いから唯一免除されたこのヤドリギの新芽こそが《ミスティルテイン》。

後にロキがバルドルの弟を騙し、その矢で兄を殺させた事からこの矢は神殺しの異名を背負う事になった。

だがこの矢は伝承にある通り、あまりにも非力で脆弱。

まともに射たとしてもあの死神相手ではその外皮が神殺しの逸話を持つこの矢でも止めてしまうだろう。

だからこそ、作り上げた。

ガリスとガリィの水の槍で、ミカの渾身の一撃で、作り上げた。

死神の頭部の外皮を削り、脆弱なミスティルテインが狙い通り届く様に弱点を作り上げてみせたのだ。

 

≪――ッ!!?ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

本能か、それとも知っていたのか。

迫る矢に何かしらを感じ取った死神はもがき暴れ始める。

それを押し止めるは巨体な身体を持つレイア妹。

己が持ち得る全ての力を以て暴れる死神を抑え込んでみせる。

放たれた矢が狙いへと向けて急加速する。

神バルドルを射殺した神殺しの矢、それが今死神の頭部へと迫り、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

≪エ゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!!≫

 

矢は、神殺しの矢は狙い通りに頭部を射抜く。

人形達が作り上げた決定的な弱点、そこを正確に射貫いて見せた。

悶える死神、その様子を見たレイアは自らの妹にもう必要はないだろうと退く様に指示を下す。

姉の指示に従い、死神に対し警戒心を抱きながらもその巨体をゆっくりと起こしていくが、心配は杞憂であったのだろう。

 

死神が、瓦解していく。

まるで崩れ落ちていく砂の城の様に、全身を包んでいた黒い液体が一斉に流れ落ちていく。

金属音と共に手にしていたガングニールも地面へと落ち、それも同様に黒い液体となって散っていき、液体は瞬く間に溶けて消え落ちる。

大量に流れ落ちる黒い液体、ネフィリムよりも大きい体格をしていた死神は段々と小さくなっていき――――そして、

 

 

 

 

 

 

「―――――全く、手の掛かる弟子だ」

 

 

 

 

 

全ての黒い液体が流れ落ち、死神であった者が1人の少女へと姿を変える。

静かに寝息を立てて眠る、誰よりも優しく、誰よりも人の可能性を信じる少女が――セレナがそこにいた。

降り立ったキャロルが眠るセレナを優しく抱える。

手元にある確かな温もり、それに安堵する自分に本当に甘くなった物だなと微かに笑みを浮かべながら、あれだけの騒動を引き起こしておいて気持ちよさそうに眠るセレナの頬を僅かな怒りと悪戯心で引っ張りながら、人形達に指示を下す。

 

「撤退する。ガリス、オレ達が転送を終えると同時に水の壁を破棄してから引き上げろ。ガリィ、お前は予定通りに装者達に例の物を与えてから帰って来い」

 

「了解しました、マスターのマスター。ほら、ガリィお姉さま行きますよ」

 

「えぇ~…はぁ…仕方ないわねぇ…」

 

指示を下された2人はそれぞれの反応を見せながら行動へと変えていく。

かたや颯爽と、かたや渋々と去って行く2人の背を見届けながら、キャロルはテレポートジェムを叩き付けて引き上げていく。

その手に抱いた温もりを、キャロル・マールス・ディーンハイムの人生において欠かせない存在となった自らの弟子をしっかりと抱えて――――

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------

 

「あ、居た居た。うわ~…良く生きてるわねこれ…ま、死なれちゃ困るんだけど」

 

声が聞こえる。

誰かは分からないけど、声が聞こえる。

 

「えっと…あったあった。はいパッパラパッパッパー、マスター印のお薬~♪」

 

誰…だろう?

翼さん?クリスちゃん?

 

「これをちょちょいのちょいっと、はい終了。これで最悪の可能性は避けれるでしょ」

 

ぼやけた視界で見えたのは、青。

青い服を身に付けた誰かが、そこにいると言う事だけしか分からない。

 

「終わりましたかお姉さま」

 

「はいはい、終わりましたわよ。これで数日で回復するでしょ。流石マスターお手製のお薬……効果は凄いけど、材料とか聴いたらヤバそうね」

 

「終わったのでしたらさっさと引き上げましょう。マスターが心配ですので帰りたいんですよ私は。さっさと、早急に、迅速に」

 

「分かった分かったわよ。それじゃあ帰るわよ~」

 

何かが割れる音と共に青い服を着た誰かが姿を消す。

待って、思わず引き留めようとした言葉は喉から出ず、伸ばそうとした腕は無力のまま地に落ちたまま。

そして再度意識が落ちていく。

ゆっくりと眠り落ちていく意識の中で、立花響は思う。

あの人、誰だったのだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪音クリスが再度意識を取り戻した時、それは二課にある医務室のベットの上であった。

どうして此処に…一瞬困惑するが、すぐに原因を思い出す。

あの死神との戦闘、そしてそこで負った怪我を―――

 

「―――――ッ!!」

 

思い出す、右足から突き出ていた白い何かを。

肉を突き破り外へ突き出ていた骨を、思い出す。

咄嗟的に布団を跳ねのける。

自らの右足が大丈夫なのか、もしもと言う恐怖に打ち震えながら確認する様に跳ねのけた布団の先に―――右足は残っていた。

治療を受けたのであろう、完全にギプスで固定されたままでこそあるがそれでも無事に残っている右足にほっと一安心しながらクリスはベットに突っ伏す。

 

そんな時に機械的な開閉音と共に部屋に入ってきたのは弦十郎。

 

「目覚めたかクリスくん」

 

数人の医師らしき男達と共に姿を現した弦十郎。

その姿にああ帰ってこれたんだなと思いながら、弦十郎の口から自らの身体の状況が言い渡されていく。

最悪の可能性も止む無しと思いながら話を聞くクリスだが、その内容に首を傾げるしかないだろう。

 

「―――軽傷、だぁ?」

 

「ああ、信じられないが君だけではなく翼も、そして響くんも軽傷でしかなかった。クリスくんの場合は右足の骨に僅かな異常が見られたと言うので念の為の固定ではあるが、経過を見る限り数日で解除となるらしい」

 

――ありえない、それがクリスが抱いた感想だ。

あの時確かに自身の身体は重症であった。

おびただしい出血量、折れた骨が肉を突き破っていた右足。

あの時に感じた激痛も、痛みのあまりに零れて止まらなかった涙も、今でも思い出せる。

あれが全て幻でした、なんてありえない。

だが、現に渡されたカルテに記された診断結果はどれも軽傷な物ばかり。

どういうこった、理解出来ないと困惑するクリスであったが、いくら考えても答えは出ないと諦めてベットに寝転んだ。

 

「正直俺達も全く状況が理解できていないが……何はともあれ君達が無事で本当に、よかった」

 

弦十郎の言葉に嘘偽りはない。

突然の妨害電波により戦場の状況が確認できなくなった時は心底焦った。

情報が一切入らない状況で誰もが願った。

彼女達が無事であってくれと、そして願う事しか出来ない大人の―――自らの無力さをどれだけ嘆いただろうか。

だからこそ回収時に呼吸をする3人の姿を見た時にどれだけ安堵したか。

家族同然の少女達の無事を、弦十郎は年甲斐もなく泣いて喜んだ程だ。

 

その喜びの果てに想う、想ってしまう。

こんな年端もいかない少女達を危険な目に合わせておいて、俺達大人は見ている事しか出来ない無力さを、自身にもノイズと抗える力があれば少女達を苦しめる必要などないのに、と。

 

そして弦十郎はこの数分後に自らの無力さを更に思い知る。

 

――――立花響の胸の中に眠るガングニールがもたらす最悪な結果に――――

 

 

 

 

 

 

 




暴走終わったぜ


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第80話

 

ーーー歌が、聴こえるーーー

 

聴こえる歌声に瞼を開ける。

視界いっぱいに映るのは、夕陽。

今にも地平線に消えてしまいそうな夕陽と荒れ果てた会場がそこにあった。

 

「……どうして………私…こんな所に………?」

 

疑問を胸に少女は眠っていた観客席からゆっくりと立ち上がる。

人は、誰もいない。

あるのは瓦礫と廃墟と化した会場だけ。

恐らくはライブ会場、だったのだろう。

足元に散らばるペンライトがその名残を感じさせてくれる。

 

「………………」

 

周囲を見渡しても、やはり人は誰もいない。

誰もいない廃墟と化した会場で少女は1人困惑しながらも歩み、そしてーーーー

 

「………あ」

 

《彼女》を見つけた。

廃墟と化した会場、その中央に位置するステージに座って1人孤独に歌声を奏でる女性。

燃えるような赤い髪をした女性は誰に聞かせると言うわけでもなく、ただ1人歌い続ける。

そんな歌声を前に、少女は立ち尽くす。

孤独に、けれども聞き惚れる素晴らしい歌声を前に立ち尽くす。

本来ならば胸に抱いた疑問を聞くのが正しいのだろう。

此処は何処か、貴女は誰か、私はどうして此処にいるのか。

疑問は数多ある。

だが、彼女の歌声を前にすると立ち尽くしてしまう。

素晴らしい歌声に、可憐な歌声に、聞き惚れる歌声に、立ち尽くしてしまう。

けれども、何故だろう。

彼女の歌声に感動しながらも少女は思う、思ってしまう。

 

 

ーーー何かが足りない、とーーー

 

 

そんな疑問を抱くと同時に歌声が止まった。

どうして………俯いていた顔をあげて再度女性を見て、気付く。

彼女が、此方を向いていた。

 

「………………」

 

燃えるような赤い髪をなびかせ、女性はーーどこか苦しそうに、悲しそうに、少女を見詰めていた。

どうしてそんな顔をするか、理解できなかった。

疑問は言葉に、少女は女性に理由を問い掛けようと口を開く。

だが、それを阻むかの様にーー世界が揺れた。

 

「ふぇッ!?え?え?な、なに!?」

 

困惑する少女だが、この感覚には覚えがあった。

夢の終わる瞬間に感じる感覚だと理解する。

少女はこれが夢である事にやっと気付いた。

理解は同時に夢の終わりを加速させたのだろう。

意識が急激に上昇していくのが分かる。

夢の終わりを告げる様に世界が割れていく。

夕陽も廃墟と化した会場も、割れて消えていく。

全てが終わりを告げるように崩れていく。

そんな崩れ行く世界の中で燃えるような赤い髪の女性は、少女を見つめ続け、そしてーーーー

 

 

 

 

 

《ーーーーーーーーーーーー》

 

 

 

 

 

何かを、呟いた。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「………………」

 

見覚えのある天井だ、それがセレナが目覚めて最初に抱いた感想であった。

側に置かれたプレラーティから貰ったかえるのぬいぐるみが此処が自室であると理解させてくれる。

どうして私寝ているのだろうか?掛けられていた布団を退けながら、セレナはゆっくりと起き上がろうとしーーーー

 

「ーーーーッ!?」

 

全身を襲う激痛に動きを止めざるを得なかった。

例えるならば筋肉痛の痛みを何倍も倍増させた物、であろうか。

とにかく痛い、指を曲げるだけの簡単な動作でさえ痛みが走る始末だ。

とてもではないが動くのは無理であると諦めてベッドに横たわる。

 

「ぅぅ………」

 

痛みを何とか堪えながら、セレナは原因が何かを思い出そうとして、ふとそれに気づく。

ベットに置かれたぬいぐるみ達、その中に1つ見覚えのない物が混ざっている事に気付き痛み身体を何とか耐えながら手を伸ばして掴む。

 

「……?これって…」

 

それはセレナをモチーフにしたであろうお手製の人形。

小日向未来がセレナに渡すつもりで購入し、ルナアタックの際に紛失してしまったマグカップの代わりに作り上げていた手製の人形。

秋桜祭が終わった後に行われたセレナのチャンピオン祝いのパーティーの際に渡されたそれをセレナは怪訝そうに見つめて―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな人形、あったかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自らをモチーフにした人形。

それを入手した覚え等、セレナには≪一切ない≫。

師匠か、はたまたプレラーティさんが作ってくれたのだろうか?と怪訝そうにしながらもぬいぐるみ達の中に置き戻す彼女は、そうだと思い出す。

 

 

今日は≪秋桜祭≫の日ではないか、と。

 

 

師匠の許可は貰えていないが、未来お姉さんからの招待を無下にしたくない。

二課が怪しい動きを見せているのは知ってはいるが、こっそりと行って帰れば問題は無いだろう。

問題はこの全身を襲う筋肉痛を何倍も増やした様な激痛だが…幸いまだ秋桜祭の開演までには時間がある。

こっそりと師匠お手製の薬を拝借して使わせてもらおう。

痛む身体をゆっくりと起こしながらセレナは恐らく作業の為に留守にしているであろう師匠の部屋へ赴こうとして―――――

 

突如姿を現した黒いもやに驚愕する。

 

「ひゃッ!?え、えっと…」

 

今まで黒いもやはセレナが意識しない限り視界に出現する事はなかった。

それなのに突然現れ、しかも以前に比べれば輪郭もはっきり見える位になった黒いもやに困惑するセレナであったが、そんな黒いもやがセレナの私室の入口を指さしている事に気付く。

あそこへ行け、まるでそう言わんばかりに指を向ける黒いもや。

今までにない事に困惑するセレナであったが、以前同様にもやから敵意や悪意と言った負の感情が感じられない事から信頼しても良いと恐る恐るではあるが従う様に入口へと向かう。

部屋から出たら良いのかな?そんな疑問を抱きながらも部屋の扉を開けようとして――――

 

 

≪うわ、おいおいこれ見ろよ。この子ってあれだよな?確かマスターのお友達の……何だっけ?小日向未来だっけ?≫

 

≪どうしたって…うわぁ…これなんだ?もしかしてシンフォギアを無理やり纏わせてるのか?よくもまぁこんな事が思い付くもんだよ≫

 

 

―――聴こえて来た内容に思考が止まる―――

 

未来お姉さんが?シンフォギアを無理やり?

何、何それは?

え?だって…え?

可笑しい、可笑しいに決まっている。

何で未来お姉さんがシンフォギアなんて纏っているの?

何であんなに優しい人がシンフォギアを纏うの?

だって、今日は秋桜祭で、楽しい一日になるはずで……

 

「―――――――――――ッ!!!!」

 

扉を開け放つ。

突然に扉が開いた事に驚愕したのだろう、驚きを隠せないと言った表情で此方を見つめるアルカ・ノイズに普段であれば謝罪の言葉が先に出るのだろう。

だが、今はそれよりも先に――――

 

 

 

 

 

 

「今の会話、どういう事かすぐに教えてッ!!!」

 

 

 

 

 

 

セレナが戦場へ赴く理由となる言葉が先に出た。

 




対価無きものはない。


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調ちゃん誕生日

注意
この話においては先のお話の要素が出てきますが、にゃるまるは予定を組んでも予定が崩壊する事が多々あるのでもしかしたら先のお話において出現しない要素となる可能性もあります。
その時は………あれです………
全てはギャラルホルンのせい、と言う事でお願いします………


 

2月16日、わたしの、月読調の誕生日。

以前であれば大好きなマリアとマム、そして切ちゃんの四人で過ごしていたけど、今は違います。

S.O.N.G.の皆や、セレナにキャロル、オートスコアラー達。

以前に比べたら本当に多くなりました。

四人でやった誕生日も楽しかったけど、大勢でやる誕生日はもっと楽しいです。

前にしたクリス先輩の誕生日を思い出す。

最初は本当にどうなってしまうのかと思ったけれど、キャロルの機転で無事に楽しく過ごせた誕生日。

クリス先輩、本当に楽しそうだったな。

 

そして今日は私の誕生日。

セレナからの提案で誕生日パーティーを行う事が決まり、場所はいつものシャトー。

キャロルも諦めたのか、誕生日パーティーの準備に進んで協力してくれてるって準備の手伝いの為に先に行ってる切ちゃんからの連絡で聞いている。

少しの申し訳なさと誕生日パーティーの楽しみを胸に私も行こうと扉を開けてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ」

 

 

 

 

 

 

 

閉めた。

玄関先に見覚えのある白衣と見覚えのある気持ちの悪い笑顔が見えた気がするけど絶対に気のせいだろう。

白昼夢、と言う奴だと自らに思い込ませながらもう一度扉を開ける。

そうだ、白昼夢だ。

白昼夢に違いない、と。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーうん、認める。

白昼夢じゃない、現実だと認める。

そこにいたのはドクターウェル。

今は色々あってS.O.N.G.預かりとなり、首に付けられた監視装置付きの首輪(余計な真似したら電気ショック)の装着を絶対としてある程度の自由が認められている男が何故かそこにいた。

 

「………ドクター、どうして此処に?」

 

「いやはや、私もついさっき知ったのですが今日は貴女の誕生日と言う事ではないですか。私も1人の大人としてこれはお祝いしないといけないと馳せ参じた訳ですよ。ほら誕生日プレゼントだって用意していますよ」

 

ほらと如何にもな箱に用意されたプレゼントを見せてくる。

………確かにプレゼントだ。

怪しい機械でも薬でもない、プレゼントだ。

その証拠にドクターに付けられた首輪から警告音が流れない。

ドクターの首輪には嘘発見器も備えられているのでこの発現に嘘はないだろう。

だがこの男がわざわざ誕生日に参加すると言うこと事態が想像しにくい。

何か理由がある、それが何かを判断しようとする中でドクターが頻りに時計を気にしているのが分かる。

なんだろう?理由が分からないまま首を傾げる私にドクターはごほんと咳き込み1つした後にーーー

 

「ほ、ほら誕生日パーティーに速く行かないと間に合いませんよ?なんなら私が車を出しましょうか?こう見えても優良ドライバーなので運転は任せてください」

 

ーーー嗚呼、と理解した。

この男の目的を理解すると同時に納得する。

理由はこれか、と。

 

「………ドクター」

 

「ん?何ですか?やはり私の車で行きますか?では御待ちください、すぐに用意してーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう足掻いてもドクターはパーティーに参加できないよ」

 

「ーーーーーーぐはッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、この男の目的は恐らくパーティーに参加する事で彼女にーーセレナに近付く事にある。

そもそもドクターの首輪の装着に関しては過去のいざこざや問題もあるのだが、一番の原因はセレナのストーカーになっていた事にある。

その理由までは知らないけれど、S.O.N.G.預かりになってからドクターはひっきりなしにセレナにアタックしてはマリアとキャロルに徹底的にやられるを繰り返していた(優しいセレナでもドクターを見る目は養豚場の豚を見るそれ)

このままではセレナに悪影響になる、S.O.N.G.の最大戦力である装者達、そして協力組織のトップであるキャロルからの怒りの直訴の結果ドクターの首輪がエルフナインとキャロル主体で開発されたのだ。

当初は爆弾を内蔵すべきだ、と言う話にまでなっていたが、人道的な観点からそれは免除となり、結果電気ショックが代わりに内蔵された(電圧制限なし)。

そんなこんなで首輪付きとなったドクター。

元々セレナや他の面々にも嫌われまくりのこの男に誕生日パーティーの招待状が届く事がなかったのだろう。

だからこそ今日の誕生日パーティーのメインである私の付き人をする事で誕生日パーティーに参加してセレナにアタックしたい、と言った所だろう。

 

「………ドクター、ドンマイ」

 

「嫌ですッ!!僕はパーティーに参加したいだけなのですよ!?1人の大人として子供である貴女の誕生日を祝う!!それの何がいけないんですかッ!?」

 

「………ドクター、本音は?」

 

「ほ、本音?な、何を言っているのですか貴女は………私は最初から本音をーーー」

 

ビービービー

首輪から鳴り響く警報音がドクターの嘘を破り捨ててくれる。

 

「………ジー」

 

「くッ!?………う………ぅぅ………そ、そうですよ!!私は私の英雄に会いたいだけなのです!!彼女の側に立つのは同じ英雄たる僕だけしかいないのですから!!それの何がいけないのですか!!愛は誰にだって平等であるべきなのですよ!!」

 

「………ドクターの場合、過去が過去だし、それに愛が重いから………」

 

的確な答えだと満足。

ドクターは正論を前に悔しそうに唸るが、時間を見ると本当に余裕がない。

ドクターを放置してテレポートジェムで移動しようかなと考えて、テレポートジェムを取り出した瞬間

 

「ーーッ!!いまだぁぁぁぁッ!!!!」

 

衝撃と同時に取り出したテレポートジェムを奪い取られたと理解するが、時遅し。

ジェムを地面に叩き付け、満足げにドクターは嬉々とした表情のまま消えていく。

 

「あっはっはーーッ!!貴女もまだまだ甘いでぇすねぇ!!さあ待っててください僕の英雄ッ!!今貴女の英雄が側に行きますからねぇッ!!!!」

 

あっはっはーと笑い声と共に姿を消したドクター。

本来ならば慌てて連絡してセレナを避難とかさせないいけない、と思うべきなのだろうが、違う。

調は笑う。

某ノートに名前を書いたら死ぬ漫画の主人公の様に笑って笑ってーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「計画通り………!!」

 

 

 

 

 

 

 

ドクターは呆然と目の前に立つペンギンを見つめていた。

周囲にあるのは氷点下の氷の世界。

ドクターは思う、どうしてこんな所にいるのか。

ペンギン達が突如現れた人間を不思議そうに見つめる中でドクターは気付く、気付いてしまう。

テレポートジェムを奪い取ったときーーー月読調がうっすらと笑っていた事に、気付く。

自らの思惑通りに事が運び、勝利を確信した笑みであった事に気付く。

 

「騙したな………僕を騙したなぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

 

ドクターの咆哮が氷の世界に悲しく木霊する。

男の悲しげな絶叫を、ペンギン達だけが聞いていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、調ッ!!遅かったデスね?どうかしたんデスか?」

 

「んーん、何でもないよ切ちゃん。ただ《ゴミ》を捨ててただけだよ」

 

「ゴミ?言ってくれたら手伝ったのにデス!!」

 

「大丈夫だよ切ちゃん。もう終わったから」

 

「あ、月読さん!!遅かったから心配してましたよ?大丈夫でした?」

 

「うん大丈夫だよ。ゴミ(ウェル)を捨ててただけだから。セレナも身の回りのゴミには気を付けてね」

 

「………?それはどういう………?」

 

「あら、やっと主役の登場ね。ほらみんな準備は良い?」

 

「バッチこーいです!!立花響ッ!!いつでも準備は万端です!!」

 

「もう響ったら………マリアさん、準備は良いですよ」

 

「そう、なら皆一緒で行くわよ、せーのッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「誕生日おめでとうッ!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ドクターはその後平泳ぎで帰還しました


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第81話

書き終えた時ににゃるまるがこぼした一言
「ながッ!?」
ちょっと長くなりましたが、許してください!!絶唱歌いますから!!


 

セレナが眠り続けて数日が経過した。

疲れからか、はたまた死神化の影響からか、セレナは幾度も行われた検査で全て異常無しと言う結果を出してもなお眠り続けている。

その原因はキャロル、そして名医の記憶と知識を与えられているアルカ・ノイズでも判明出来ずに、ただ時間だけが過ぎた。

普段はそんなセレナを心配して側に居続けているキャロルだが、今日は違う。

玉座の間、セレナを除くシャトーの面々が勢揃いの中で彼女達の視線は1つに集っていた。

 

「―――――ふん、馬鹿な事を」

 

キャロルは玉座に腰を据えながら目の前に映し出される映像に苛立ちと、そして人間の愚かさを改めて認識しなおしていた。

ガトリングの銃声、イチイバルの装者雪音クリスが持つ遠距離兵装が火を噴き、それらが海上を移動する黒い装者―――≪小日向未来≫に向けて放たれる。

 

 

神獣鏡(シェンショウジン)

 

 

長野県皆神山から発掘された鏡の聖遺物。

魔を払う力、凶祓いの力を持つこの鏡の聖遺物は10年前に皆神山の発掘チームからフィーネが奪取した聖遺物だ。

フィーネは神獣鏡を奪取する際にソロモンの杖でノイズを召喚しているが、そのノイズによって後の二課の装者≪天羽奏≫の両親は灰となって死亡している。

この時のノイズへ対する怒りが彼女を装者へと変えたのだが……彼女は知る由もなかっただろう。

そのノイズへ対抗する武器を作った張本人こそが両親を奪った犯人だ、と。

 

「……ふん」

 

あの女の事だ、恐らくこうなる展開を見込んでの行動だったのだろうと思う。

まあ今となっては誰もその真相については分からないのだがな。

だが、どうやらあの女が残した遺産は面倒な事を作り上げてくれた様だ。

神獣鏡のシンフォギア。

完成していたと言う情報こそ知っていたが、適合できる装者はおらず、その特性からシンフォギアとしてではなくあくまで1つのパーツとして何かの機械に搭載されたと聞き及んでいたが……それをまさかシンフォギアとして、それも最悪な人選で適合させてくるとは……

 

「……ある意味、幸いだった、か」

 

もしも馬鹿弟子がこれを見ていれば間違いなくあの戦場へと飛び込んでいっただろう。

小日向未来と言う友人を救うために、彼女と言う人間は絶対に行くだろう。

だがそれは許されない。

あの死神化の影響が完全に解明されていないこの状況で闘いに行かせるなど絶対に許可出来ない。

ニトクリスの鏡の使用についてもだ。

あの鏡の危険性は今回の件で十分に証明された。

≪仮説≫がある以上あいつから引き剥がすのは無理だが、使用を禁止にする事は出来る。

あいつが目覚めたら一度ニトクリスの鏡の解明を時間を掛けて行うべきだろう。

その為にも一刻も速い馬鹿弟子の目覚めを祈るだけだ。

 

 

 

だが、この時のキャロルはまだ知らない。

既に部屋の中がもぬけの殻になっている事に、

キャロルの自室に置かれた薬が失くなっている事に、

アルカ・ノイズ戦闘班が全員居なくなっている事に、

まだ誰も気付く者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

可笑しい。

それがドクターウェルが抱いた疑問であった。

 

「…ドクター?」

 

「可笑しい、可笑しいですよ…」

 

彼の視線の先にあるのは、神獣鏡のシンフォギアを身に付けた小日向未来。

親友を戦わせたくない、親友を守りたい。

その願いを、愛をLiNKERで引き上げる事で装者としてシンフォギアを起動させるだけのフォニックゲインを手に入れた傀儡の少女。

戦闘経験は一切ない彼女だがそれを補うのがダイレクトフィードバックシステム。

装者の脳に情報を画として直接描写する神獣鏡の特性を生かした機能であるこれは、あらかじめ戦闘プログラムを用意しておき、それをシステムを用いて脳に理解させる事で素人であろうともある程度の戦闘技術を身に付ける事が出来る。

だが、所詮は設定されたプログラム通りに行動するだけ。

避けられる攻撃を避けず、防げる攻撃を防がず、そう言った欠点があるのだが、ドクターからすれば彼女はあくまでフロンティアに施された結界を壊す為だけの道具。

戦闘力など最初から期待もしていなかった。

 

だが、実際はどうだ。

 

≪――ッ!!ちょこざいなッ!!≫

 

イチイバルの装者、雪音クリスの放つ遠距離兵装の尽くを避けてみせながら、とても素人とは思えない俊敏な動きと攻撃に対する躊躇の無さを以てクリスを圧倒している。

光が、アームドギアが、幾度もクリスを襲う。

魔を払う力が、シンフォギアを壊す力が、圧倒的な武力となって降り注ぎ続ける。

圧倒的だ、圧倒的ではある。

だがその光景がドクターには理解出来ない。

彼女の実力では、与えられた戦闘プログラムでは小日向未来は絶対に二課の装者には勝てないと思っていた。

なれど映る光景がそれを否定する。

小日向未来の戦いが思っていた答えを否定して見せる。

 

「………まさか………」

 

浮かんだ可能性にドクターが呟く。

ドクターが思い浮かべた可能性、それはーーー

 

 

小日向未来の精神が神獣鏡の特性を上回り、設定された戦闘プログラムを自らの心で最適化している、と言うもの。

 

 

あり得ない話ではない。

LiNKERを投与しているとは言え、シンフォギアを起動させるだけのフォニックゲインを生み出しているのは彼女の親友に対する感情ーーー愛にある。

その愛が深ければ深い程に彼女の力は増し、その増えすぎた力が神獣鏡を上回る事だって十分にあり得る。

 

「ーーく、くふふ………」

 

ドクターは笑う。

人間と言う生物はこれだから面白い。

理論や数値では理解できない感情が時にこう言った予想外を生み出してみせる。

科学に携わる者としては非科学的で理解出来ない事であるのに、笑みが止まらない。

何故なら、分かるからだ。

その感情を、愛を理解しているからだ。

小日向未来が親友に愛を抱くように、ドクターウェルもまた死神に愛を抱いているからこそ分かる。

同じ同族だからこそ分かる親近感。

その胸に渦巻く憧れる想い、その感情が、その熱が分かる、分かってしまう。

故に吠える。

愛を理解している者として、愛を抱いている者として、

愛と言う感情を、その喜びを知っているからこそ吠える。

 

「さあ!!貴女の愛を僕にもっと見せてくださいッ!!貴女の愛がフロンティアを解放する鍵となるのですからッ!!」

 

笑うドクターの横でマリアは思う。

本当にこの道が正しいのか、と。

邪魔する者を力で排除して、世界を救おうとしている私達は本当に正しいのか、と。

調の言葉が幾度も脳裏をよぎる。

今の私がしている事は力のある人間がやっている事となにも変わらないと言い放った調の言葉が胸をざわつかせる。

 

「(正しい………正しいに決まっている………!!)」

 

力が無ければなにも変えられないと知った。

力が無ければ大事なものを守れないと知った。

力が無ければセレナの様に救えない存在が生まれてしまうのを知った。

力だ、力が無ければどうしようもないのだ。

世界を、そしてセレナの意志を継ぐ為にも力は絶対に必要なのだ。

正しい、正しいに決まっていると何度も何度も自らに言い聞かせる。

心のどこかが否定しているのを自覚しながらも、その自覚を誤魔化す様に幾度も言い聞かせる。

 

ーーーその葛藤が自らを苦しめていると分かっていながらもーーー

 

「(お願い………セレナ………私に力を………!!)」

 

もしも、と思う。

もしもこの場にセレナが居たら私をどんな目で見るだろうか。

怒り?悲しみ?哀れみ?

いや、違うだろう。

もしもあの子が此処にいたら、あの子は絶対にーーーー

 

 

 

 

 

「ーーん?これは………この反応はまさかッ!?」

 

 

 

 

 

絶対な意志を眼に宿して止めに来るだろう。

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

「(ーー救わなきゃ)」

 

小日向未来は朧気な意識の中で力を振るう。

目の前に立つクリスが何かを言っているのは分かる、けれどもその内容までは分からない。

けれども今の小日向未来にとってはそんな事どうでもいい。

小日向未来にとって優先すべきは、救う事。

自らの力を以て戦いを終わらせて、その先にある戦いのない素晴らしい世界へ、皆と一緒に過ごせる優しい日常へと導く事。

戦いがない世界、なんと素晴らしい世界であろう。

そこだったら誰もが笑顔で居られる。

クリスも翼さんも二課の皆も、そして大好きな響も、誰も傷付かないで笑顔で居られる。

学校の友達も、世界中の皆が、笑って過ごせる楽園がそこにある。

 

《ーーーーッ!!》

 

なのにどうして抵抗するの?

皆が戦わなくて良い世界がもうすぐ訪れるのに、どうして抗うの?

そんなの間違っているのに。

戦う事が皆を傷つける、だから戦わなくて良い世界を作る。

ただそれだけなのにどうして邪魔するの?

どうして?どうして?どうして?ねぇーーーどうしてなの?

 

《未来お姉さんは、どうしたいですか?》

 

ふと、思い出したのはキャルちゃんの言葉。

響と喧嘩してしまった私がキャルちゃんに相談した際に返ってきた言葉。

響を止めたいのか、それとも力になりたいのかと選択を求められたあの時を思い出す。

あのときの私は響の力なりたいと答えた。

力のない私でも響の力になりたいと答えて、キャルちゃんは私が響の側にいてあげる事こそが、立花響の日常になる事こそが力になると教えてくれた。

おかげで響と仲直り出来た、響の側にいようと思えた。

その想いは依然変わらない、私は響の力になりたい。

力が無くて傷付く響を見ているしか出来なかったあの時の私とは違う、今はこの手に響を守れる力がある。

この力でーー神獣鏡の輝きで響が、皆が笑顔になれる世界を作りたいと言う想いに嘘はない。

 

なのに………どうして?

どうして………私の中のキャルちゃんはそんな悲しそうな顔で私を見るの?

なんでそんな悲しい目で私を見るの?

やめてよ………やめてったら………そんな目で、そんな顔で見ないでよ………!!

ねぇやめて…お願いだからやめて……やめて………やめてッ!!

 

「やめてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

小日向未来の咆哮が、神獣鏡の輝きへと変貌する。

魔を払う力、シンフォギアを殺す輝きがクリスへと迫る。

避けようとするが、自らの後方に複数の軍人の姿が見えた。

避けられない、だがあの輝きの前ではリフレクターは無意味。

迫る光を前にクリスは葛藤する。

自らの命を捨てる事で後ろの人達を助けるか、

後ろの人達を犠牲にする事で自らの命を取るか、

 

「ーーッ!!」

 

葛藤はすぐに答えとなる。

元々の発端は自らがソロモンの杖を起動させてしまった事にある。

それで多くの人達が傷付き、多くの人命が失われた。

だからこれ以上、誰も失わせはしないし、傷付けさえもしない。

リフレクターを展開する。

自らを守る為ではない、自分の身体で神獣鏡の輝きを防ぎ、それでも防げなかった場合の後ろにいる軍人達の最終防衛ラインとする為だ。

防ぎきれなくても避難出来る時間ぐらいは稼げるだろう、クリスは覚悟を胸に迫る光に向けて駆ける。

 

「(………あーあ、アタシも馬鹿になったなぁ)」

 

以前のアタシだったら犠牲にする選択を選んだかもと思う。

フィーネに捨てられないように必死だったアタシであれば、十分にあり得た。

だが、今は違う。

二課の仲間が、先輩が、あの馬鹿が、暖かい日常が、アタシを変えてくれた。

そのきっかけを作ってくれたのが………やっぱりキャルだ。

見ず知らずのアタシの相談に真剣になってくれて………最初は喧嘩しろって言うからなんだこいつって思ったっけ。

けど、やっぱり思う。

あの時の相談が無ければ、アタシは胸に溜まりに溜まったフィーネへの本音をぶつける事もなく、二課に拾われる事もなく、フィーネの駒として使い続けられてただろうさ。

照れくさいけど………キャルの奴には感謝しかねぇ。

だからいつかこの恩を返すんだって思ってたけど………こりゃ無理そうだわ。

 

「(………じゃあな皆、悪いな中途半端で退場しちまって………)」

 

迫る光に目を瞑る。

せめて少しでも痛みを感じないように、と。

そしてーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーー?」

 

痛みが、来ない。

浮かんだのは一瞬で終わってしまった可能性。

けれども聞こえる音が、動く身体がそれを否定する。

何があった?瞑っていた目を開ける。

何が起きたかを理解する為に目を明ける。

そこにあったのはーーーー黒。

一面の黒。

光に身を焼かれながらも必死に防ぐ黒い手、そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

無数の黒い手と共に光を防ぐ様に立ち塞いでいたのは、仮面の少女。

敵として相対したはずの彼女が、アタシを守っていた。

 

 

 




セレナ介入


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第82話

 

「――そんな馬鹿なッッッ!!!?」

 

キャロルの叫びが玉座の間に木霊する。

無理もない、映像に映し出されたのは今も部屋で寝ている筈のーーーセレナなのだから。

予想外の人物の登場に誰もが驚愕し、信じられないと自らの眼を疑う中で、1人颯爽と部屋から飛び出した人影があった。

 

「そんな………そんな、マスターッ!!」

 

――ガリスである。

先の一件以来眠り続ける自らの主を心配し、幾度も幾度も眠り続ける己が主を前に無力でしかない自分の不甲斐なさを嫌と言う程に実感させられ、ただ祈る事しか出来ない己に怒りを抱いていた人形は、自らの主が寝ているはずの部屋へと駆ける。

玉座の間からセレナの私室まではさほどの距離はない。

それをオートスコアラーであるガリスの全速力で向かうのだ、時間を掛けずにすぐに部屋は見えてきた。

 

だが、おかしい。

部屋の入り口を警備していたはずのアルカ・ノイズの姿がない。

余程で無ければ持ち場を離れる事がない彼等が、だ。

思えば、とガリスは此処まで駆けてきた通路から感じた違和感とその正体に気付く。

日頃は気にしてもいないから気付けなかったが………間違いない。

 

《少ないのだ》

 

通路を歩くアルカ・ノイズの数が圧倒的に少ない。

日頃に比べれば半分もいないだろう。

それもいなくなっているのは戦闘班に所属するアルカ・ノイズ達ばかり。

嫌な予感がする、ガリスは慌てて部屋の中に入り、自らのマスターが寝ている筈のベッドへと駆け寄るが………そこはもぬけの殻。

完全に冷たくなったベッドは自らの主が何処かへと向かったのを意味し、そしてその場所はーーーー

 

「………どうして……どうしてなのですか………ッ!!」

 

小日向未来がマスターのご友人である事は重々承知している。

ご友人の危機であれば飛び出してしまう優しい心をお持ちなのも承知している。

どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、誰かの為に戦うお方なのだと承知している。

知っている、知っている、知っている。

マスターに仕える者としてマスターの事は全て知っている。

知っているが故に―――歯痒かった。

 

「どうして……どうして、私達を頼ってくれないのですかッ!!!!」

 

ガリスは吠える。

何故頼ってくれなかったのかと、何故一言だけでも言わずに勝手に行ってしまうのかと。

胸に抱く感情をそのまま言葉に変えて、吠える。

―――分かっている、分かってはいるのだ。

それが彼女と言う人間なのだと分かっている。

大事な人達を傷つけたくなくて、全て1人で抱え込んで、全ての傷を背負おうとする、そういう人なのだ。

きっと、思っただろう。

誰かに助けを求めるべきだ、と僅かでも思っただろう。

けれどもそうすれば頼った相手を傷つけてしまうから、と1人で行ってしまったのだろう。

 

お優しい…本当にお優しい人だとガリスは理解はしている。

だが―――今はその優しさが彼女を苦しめる。

主の為マスターの為、と製作された彼女がそのマスターに頼って貰えない。

それは自らの存在意義を否定されたに近いだろう。

そこから生まれる苦しみや怒りは他人には理解出来ないだろう。

 

ガリスは思う、私はそんなにも頼りないかと。

マスターが作ったこの身は力に成れないのかと。

この身はマスターの為に全てを捧げると誓ったのに、マスターは私を信じてくれないのかと。

 

私は、マスターに必要とされていないのかと。

 

「――――――――ッ!!!!」

 

思考が滅茶苦茶になっていると理解する。

一度冷静になるべきだとも理解しているが、今は時間が惜しい。

すぐにマスターの元へ馳せ参じなければならないと部屋を後にしようとして――――――

 

 

 

 

「――と、行かないのよね~これが」

 

 

 

 

―――部屋の入口を塞ぐ様に立ち塞がるのは、ガリィとミカ。

ガリス同様にセレナが居るかどうかの確認をしに来た―――と言う様子ではない。

纏う雰囲気で、そして2人の姿を見て理解する。

嗚呼そうか、と。

 

「……マスターのマスターは手を出すなと、指示を出されたのですねお姉さま」

 

「察しが良くて助かるわね~…ええそうよ、マスターは今回の件に関しては手出し無用を命じたわ。既に貴女同様にあのちびっこの所へ行こうとしてたファリスはレイアとファラが足止めしてるわよ」

 

――最悪だと思った。

あわよくば私がこの2人を足止めすればファリスだけでも救援に行かせる事が出来るのでは、と思ったが…よりによって相性最悪なファラ姉さまを向けられるとは……

レイア姉さまだけならまだしもファラ姉さまが居るとなればファリスの単騎戦力では突破は不可能だろう。

状況は最悪、なれどそれを察せられたら終わると引き攣りながらも笑みを浮かべる。

余裕だと示す様に、偽りの笑みを浮かべる。

 

「…予想は出来ます、今後の計画に影響が出るから、ですよね?」

 

「これまた察しが良いわね、この際アルカ・ノイズに関しての情報秘匿は諦めるとしても私達オートスコアラーと錬金術師の存在は秘密のままにしておかないと本当に計画が破綻するわけ。まぁ、マスターからしても結構苦渋の選択なわけよ。貴女も大人しく我慢してくれると嬉しいのだけれど……」

 

説得しながらもガリィは理解していた。

眼の前にいる妹がこの後どう行動し、そして何が始まるのかを、理解していた。

 

 

 

 

 

「―――分かりますよね?」

 

「……分かっちゃうのよね…」

 

 

 

 

 

 

瞬間、2人が駆ける。

両者の手に纏うのは氷の刃。

かたや己がマスターの苦渋の選択を守る為に、

かたや己がマスターを救う為に、

氷の刃がぶつかりあい、音となってセレナの私室に鳴り響く。

それが、戦いの狼煙となった。

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!」

 

ファリスの武器は2つある。

機動力、そして剣だ。

小柄な体形で製作された彼女は壁を、そして天井をも自由に駆け巡りながら生成した剣を弾丸が如く撃ち放つ。

放たれる剣はどれも名剣。

偽・聖遺物を起動していない状態では見た目だけの偽物とは言え、流石に本物に比べれば劣化しているがそれでも十分な凶器となるだけの殺傷力を保持している。

それが弾丸同様、否それ以上の速度を以て放たれる。

普通の人であれば避ける間もなく身体に剣が突き刺さり、終わりとなるだろう。

 

そう、普通の人であれば、だ。

 

「―――はぁッ!!」

 

迫る剣の弾丸を打ち落とすは、ファラ。

その手に握る哲学兵装≪剣殺し≫は対剣において最強。

降り注ぐ名剣も彼女の剣殺しに掛かれば紙同然だろう。

 

「―――これだから嫌だったの、です」

 

放った剣の尽くを打ち落とされたのを駆ける中で確認したファリスがぼやく。

ファリスとファラ、姉妹関係こそ良好だが戦闘面においては最悪の一言だろう。

ファリスには攻撃手段が剣しかない。

偽・聖遺物のエネルギーで動く彼女達オートスコアラー・シスターズは、製作段階で内部構造が変化している為、錬金術を扱う事は出来ない。

それ故に他の攻撃手段がないからこそ、この苦戦は最初から予想がついていた。

おまけに――――

 

「――――ッ!!?」

 

駆ける脚を急停止させ、側面の壁へと飛び退く。

同時に先程までいた場所に降り注ぐは、硬貨の雨。

たかが硬貨と思う人もいるだろうが……硬貨も所詮は金属の塊なのだ。

それが銃弾と同じ速度で放たれば、それはもはや凶器としか言えないだろう。

そしてそんな事が出来る者はシャトーにおいてただ1人。

 

「…ファリス、これ以上は地味な結末でしかなくなる。早めに投降して諦めろ」

 

両手に硬貨を持ち、何時でも放てると言わんばかりにポーズを取りながら構えるレイア。

彼女の存在もまたファリスを窮地に追い込んでいる。

此方の攻撃の尽くを打ち落とすファラと硬貨の弾丸で狙い撃ってくるレイア。

攻守が完璧すぎる2人を前に、勝機はないだろう。

それでもファリスが戦闘を続けているのは、時間稼ぎの為だ。

 

「(此方にファラ姉さんとレイア姉さんが居ると言う事は、ガリスの元には恐らくミカ姉さんとガリィ姉さんが向かった筈…此方の戦局は絶望的ですが、向こうはまだ勝機がある、です)」

 

ガリスの特性は視界に入る全ての液体を操る力。

あれさえあればガリィ姉さんは圧倒出来る筈。

残る問題はミカ姉さんだけだが……そこはもう祈るしかないだろう。

 

「(本当は私が行きたい、ですけど…仕方ない、です)」

 

戦略的に見ればこの判断は正しいだろう。

勝ち目がない此方と僅かでも勝機のある彼方。

どちらを優先するか、考えればすぐに答えは出るものだ。

 

「……マスター」

 

マスターが1人で勝手に行った事に、悲しんだ、怒りを抱いた、むしゃくしゃした。

けれども同時に納得もした。

マスターはこういう人間だから、誰も巻き込みたくなかったのだろうと分かっていたから。

だが、あくまで納得しただけだ。

マスターに言いたい事は山ほどあるし、1人で闘うなんて言語道断だ。

だからこそ本音を言えば今すぐにでも駆けつけたい、がそうは行かない。

 

今の自身の役目を再認識する。

私の役目は此処で2人を足止めし、ガリスの元へ行かせない事。

ガリスさえマスターの元へ行けるのであれば目的は達成される。

ならば、私の役目はあくまで時間稼ぎ。

その為にも――――

 

 

 

 

 

「―――――――――――♪」

 

 

 

 

 

歌う、歌う、歌う、歌声を奏でる。

歌声と共に高まるフォニックゲインが偽・聖遺物を起動させて手元に一振りの剣を作り上げていく。

選んだのは≪デュランダル≫

 

ルナアタック事件の際に使われたそれと全く同じ姿形をしたそれを握る。

だがこのデュランダルはあくまで≪一般的な知識でのデュランダルを形にした物≫であり、ルナアタック事件の時に使われた完全聖遺物のデュランダルとは違う物だ。

逸話や記録で残されている力の再現は可能だが、完全聖遺物のデュランダルみたいに光を放ったりとかは絶対に無理。

むしろあれどうやったのだろうかと疑問を抱きながらも、以前の鍛錬の際にミカの手を切り裂いて見せた剣を構える。

 

「あれは―――」

 

「…そう、ファリスちゃん降伏する気はないって事なのね」

 

向けられるデュランダルを前に2人もまた構えを取る。

鍛錬を見ていた彼女達はあの剣の力を知っている。

剣殺しに命中させれば勝てるだろうが、あの剣はファリスのコアである≪名も無き原初の剣≫が形となった物。

あれを破壊すればファリスは―――コアを失って死ぬだろう。

自らを人質に剣殺しの使用を止める、理には適っているがなんという無茶だろう。

 

「後でお説教、ですね」

 

止む無しに戦闘になったとは言え、自らの妹を破壊するつもりなど毛頭もないファラは剣殺しを下げ、代わりに先程までファリスが放ち、地に突き刺さったままになっていた剣を抜いて構える。

剣殺しが使えなくなったと言っても近距離、中距離のファラと近距離から遠距離まで補うレイアのタッグ。

ファリスとしても2人を破壊するつもりなどないから直撃を狙えない。

故に必然的に戦い辛い状況になったのは否めないだろう。

だがこれで目的は達成できるとファリスは駆ける。

ガリスがマスターの元へ行ってくれると信じて、駆ける。

駆けて、駆けて、駆けて、そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくよー!!レアちゃん☆ッ!!!!」

 

「まっかせてー!!レイちゃん☆はいドーン☆ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイアとファラが突然の爆風に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリスは苦戦を強いられていた。

ミカはともかく、自らの特性を使えば姉であるガリィはすぐに戦えなくなると思っていた。

だが、結果はどうだ。

歌声を奏で、偽・聖遺物を起動させてもなお周囲にある水の支配権を完全に奪いきれないでいた。

その結果、戦闘継続が可能のガリィとオートスコアラーの中でトップの戦闘能力を誇るミカの2人を相手に苦戦も苦戦。

向こうも破壊までするつもりがないのが幸いだが、それでも苦戦している事には変わりはない。

 

「(―――ッ!!困りましたね、これは…)」

 

状況的にファリスがあの2人を突破するのは不可能、ファリスもそれを理解しているはずだ。

そうなればファリスが取る行動は―――自らを時間稼ぎにする事。

どちらかと言えば勝機がある私に全てを任せて自らは時間稼ぎとするはずだ。

その証拠に戦闘開始から結構な時間が経過しているが、此方に2人が来る様子がない。

ファリスの時間稼ぎが成功している証拠だ。

 

「―――ふぅ」

 

だったら、私がするべき事はその期待に応える事だろう。

一度深く呼吸をし、状況をまとめる。

周囲の水の支配権が奪いきれないのは恐らくガリィお姉さまが何かしらの手段を用いているからと見て間違いないだろう。

その仕組みこそ理解出来ないが、それでも気絶させしてしまえば流石にどうしようもない筈だ。

ガリィお姉さまが消えれば後は最強の戦闘能力を持つミカ姉さま。

勝機は少ないが……それでもこの現状に比べれば1対1の方が遥かにましになるだろう。

 

「(狙うは…ガリィお姉さま)」

 

破壊まではしない。

気絶だけしてもらって……いや、まあ破壊しても……うーん……いやいや、やっぱりないですね、うん。

トライデントを構えて、走る。

周囲にある水を従えて狙うはガリィお姉さま。

駆けて、駆けて、駆けて、

そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラ…〇…ダー……キィィィィィッッッックゥゥゥゥゥゥゥ―――――――――!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然割り込んで来た何かが、ガリィお姉さまの頭部に命中して吹き飛ばしていった。

 

 




いったいだれなんだこいつら(棒)


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第83話

 

 ≪私達≫はずっと一緒だった。

 ≪私達≫はずっと一緒でした。

 

 無数の躯体でしか無かった頃から。

 まだ≪誰≫でもない躯体でしか無かった頃から。

 

 会話は出来なかったけど、

 けれどもお互いに伝えたい事は理解出来た。

 

 多くを語り合った。

 多くを話し合いました。

 

 ワクワクする事、ドキドキする事、

 メソメソする事、ムカムカする事、

 

 伝わる曖昧な感情のみでの会話。

 けれども≪私達≫にはそれで十分でした。

 

 だって≪私達≫だから。

 だって≪私達≫ですから。

 

 ≪私達≫は誰として作られるのかなとも話し合った。

 ≪私達≫はその中で――≪レイア≫と呼ばれるオートスコアラーを選んでいました。

 

 創造主の話だと≪レイア≫には妹が作られるらしい。

 だからどちらかが≪レイア≫として、どちらかが≪妹≫として作られたらずっと一緒に居られる。

 

 だから望んだ、≪レイア≫を。

 だから望みました、≪レイア≫を。

 

 ずっと一緒にいる為に。

 ずっと一緒に居られる為に。

 

 けれども、

 けれども、

 

 

 

 

 

 

 ≪私達≫に待っていたのは、≪失敗作≫と言う結末でした。

 ≪私達≫に待っていたのは、≪予備部品≫と言う結末でした。

 

 

 

 

 

 

 どうして?なんで?

 どうしてですか?なんでですか?

 

 ≪私達≫はどうして≪失敗作≫なの?

 ≪私達≫はどうして≪予備部品≫なんですか?

 

 

 

「――――すまない」

 

 

 

 それが創造主が≪私達≫へと向けた最後の言葉。

 それが創造主が≪私達≫へと向けた最後の視線。

 

 ≪私達≫は≪誰≫にも成れずに多くの仲間達が静かに眠る場所へと移された。

 ≪私達≫は≪誰≫にも成れずに多くの仲間達が眠る墓場へと移された。

 

 ≪そこ≫は地獄。

 ≪そこ≫は地獄。

 

 無数の失敗作として並ぶ仲間達。

 無数の予備部品として並ぶ仲間達。

 

 その中に並べられながら、絶望した。

 その中に並べられながら、絶望しました。

 

 ≪私達≫は≪誰≫にも成れずに終わるのかと。

 ≪私達≫は≪誰≫にも成れずに終わってしまうのかと。

 

 嫌だった。

 嫌でした。

 

 ≪私達≫は終わりたくない。

 ≪私達≫は生きたい。

 

 暗闇しかないこの世界で終わりたくない。

 暗闇しかないこの世界で死にたくない。

 

 だから、耐えた。

 だから、耐えました。

 

 何処かへと連れ去られていく仲間達を見送り、

 予備部品として処理されていく仲間達を見送り、

 

 次は≪私達≫の番ではないかと恐れて、

 次は≪私達≫の番ではないかと恐怖して、

 

 ≪私≫が消えてしまわない様に手を握って、

 ≪私≫が奪われてしまわない様に手を握って、

 

 来る日も来る日も、耐えた

 来る日も来る日も、耐えました。

 

 いつか変わる日が来ると信じて。

 いつか救われる日が来ると信じて。

 

 

 

  

 

 

 そんな日々を過ごしていたある日≪来客≫が来た。

 そんな日々を過ごしていたある日≪来客≫が訪れた。

 

 仲間達を連れて行く創造主のホムンクルスではない。

 仲間達を予備部品にしていく創造主のホムンクルスではありません。

 

 それは――――

 それは――――

 

 

 

 

「ミカ…派手に壊してくれた物だ。ミカの予備部品の消費が速いとマスターが文句を言っていたぞ」

 

「えへへ…ごめんなさいだゾ」

 

「…全く、後でマスターに派手に謝っておくんだぞ」

 

 

 

 

 ―――そこにいたのは≪レイア≫

 ―――そこにいたのは≪レイア≫

 

 ≪私達≫が成りたいと願い、

 ≪私達≫が成りたいと願って、

 

 けれども成れなかった存在。

 けれども成れなかった憧れ。

 

 ≪レイア≫が≪私達≫の前を通った。

 ≪レイア≫が≪私達≫の前を通りました。

 

「―――?この躯体は……」

 

 ≪レイア≫が≪私達≫を見ている。

 ≪レイア≫が≪私達≫を見ている。

 

 成りたかった顔で、見ている。

 成りたかった姿で、見ている。

 

 その顔を見ていると、沸々とイライラが募る。

 その姿を見ていると、沸々とモヤモヤが募る。

 

 どうして?

 どうしてですか?

 

 なんで貴女が≪レイア≫に成れて、≪私達≫は≪失敗作≫なの?

 なんで貴女が≪レイア≫に成れて、≪私達≫は≪予備部品≫なのですか?

 

 ≪私達≫の何が貴女に劣っていたの?

 ≪私達≫の何が貴女に負けていたんですか?

 

 ≪私達≫がこんな暗い場所で苦しんでいるのに、どうして貴女は笑っているの?

 ≪私達≫がこんな墓場で恐怖を感じているのに、どうして貴方は笑顔なのですか?

 

 ねえ、どうして?

 ねえ、どうしてですか?

 

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?

 

 ―――理解が出来ない。

 ―――理解が出来ません。

 

 ≪私達≫は貴女より優秀だ。

 ≪私達≫は貴女に負けて等いない。

 

 イライラが高まる。

 モヤモヤが高まる。

 

 動いていないはずの機関が動きそうになるほどイライラが募る。

 動いていないはずの機関が動きそうになるほどモヤモヤが募る。

 

 それが何かは分からない。

 それが何かは分かりません。

 

 けど、それが≪私達≫の存在を強めてくれた。

 けれども、それが≪私達≫の存在を守ってくれた。

 

 

 

「レイア~、予備部品あったんだゾ!!…ん?その躯体がどうしたんたゾ?」

 

「……いや、なんでもない…出よう、マスターが派手に御怒りで待っているぞ」

 

「う……行きたくないけど、仕方ないんだゾ…」

 

 

 

 ≪レイア≫が去り、部屋はまた暗闇の世界に代わる。

 ≪レイア≫が去り、部屋はまた墓場へと変わる。

 

 光の無い世界、けれども手の先に≪私≫がいる。

 死に満ちた世界、けれども手の先に≪私≫がいます。

 

 イライラが≪私達≫の存在を強めてくれたから手の先の≪私≫の存在がはっきりと分かる。

 モヤモヤが≪私達≫の存在を守ってくれているから手の先の≪私≫の存在がはっきりと分かる。

 

 手を握る。

 手を握る。

 

 この地獄を共に耐える為に。

 この地獄を共に生き抜く為に。

 

 強く握ったこの手を放してたまるかと握りしめて、

 強く握ったこの手を放してはいけないと握りしめて、

 

 

 

 

 

 

 

 そして、

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うん、この子達に決めた」

 

 光を背に誰かが≪私達≫に手を差し伸べてくれた。

 光を背に誰かが≪私達≫に手を差し伸ばしてくれた。

 

 貴女は誰?

 貴女は誰ですか?

 

「初めまして2人とも、私の名前はセレナって言うの」

 

 ――――え?

 ――――え?

 

 ≪私達≫の言葉が聞こえる?

 ≪私達≫の声が聞こえる?

 

「うん、聴こえるよ。不思議な感じだけど何を伝えたいのかははっきりと分かるよ」

 

 ―――驚いた。

 ―――驚きました。

 

 初めてです、≪私達≫の言葉を聴いてくれたのは。

 初めてです、≪私達≫の声を聴いてくれたのは。

 

「え?そうなの?」

 

 ―――もしかして、≪私達≫が変、ですか?

 ―――もしかして、≪私達≫が可笑しい、ですか?

 

「ん?………ん~ん。そんな事ないです。世の中色々摩訶不思議な事がたくさんあるんです。この位の出来事あっても全然普通ですし、可笑しくも変でもないーー普通ですよ」

 

 ―――優しい人だね。

 ―――優しい人ですね。

 

「あはは…師匠からは優しすぎるんだってよく怒られますけどね…」

 

 ≪セレナ≫が≪私達≫の手を取る。

 ≪セレナ≫が≪私達≫の手を取る。

 

 優しく、丁寧に、手を取る

 心地よく、暖かく、手を取る。

 

 ≪私達≫の手を握ったまま≪セレナ≫は話し始める。

 ≪私達≫の手を握ったまま≪セレナ≫は語ってくれた。

 

 彼女の夢を、彼女の理想を、

 彼女の望む未来を、彼女の願望を、

 

 その為に≪私達≫が欲しいと。

 その為に≪私達≫が欲しいと。

 

「…どう、したい?2人が嫌だって言うなら無理強いはしないよ?」

 

 ――――そんなの決まっている。

 ――――そんなの決まっています。

 

 言葉の代わりに≪セレナ≫の……否、≪マスター≫の手を握る。

 声の代わりに≪セレナ≫の……否、≪マスター≫の手を握ります。

 

 同時に誓う。

 同時に誓います。

 

 ≪私達≫は≪マスター≫の剣として、

 ≪私達≫は≪マスター≫の盾として、

 

 

 

 

 この身朽ち果てるまで戦うと誓う。

 この身燃え尽きるまで守ると誓う。

 

 

 

 

 

「…ありがとうね、2人とも」

 

 

 

 

 

 これが≪私達≫と≪マスター≫との出会い。

 これが≪私達≫と≪マスター≫との始まり。

 

 この後に私達は≪レイア≫の妹として再改造されると聞いて、 

 この後に私達は≪レイア≫の妹として再改造されると聞いて、

 

 1つお願いをした。

 1つお願いをしました。

 

 それは―――――

 それは―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!何者だッ!!

 

突然の爆風に咄嗟的に回避して難を逃れたレイアが吠える。

その様子に2人はしてやったりとにやけながら、前へと出る。

背負った重装火器の重みを確かめながら、≪レア≫は笑みを浮かべる。

手に持った特製の巨大ハンマーを握りながら、≪レイ≫は笑みを浮かべる。

優雅に堂々とスカートの裾を掴んでお辞儀をし、

華麗に堂々とスカートの裾を掴んでお辞儀をし、

 

 

 

 

 

「オートスコアラー・シスターズ≪レイア≫の妹、レアです☆」

 

「オートスコアラー・シスターズ≪レイア≫の妹、レイです☆」

 

 

 

 

 

マスターへのお願い通りに、レイアに姿形も、声も、何もかも一切似ても似つかない姿のレアが名乗った。

マスターへのお願い通りに、レイアに性格も、話し方も、何もかも一切似ても似つかないレイが名乗った。

 

 




2人のセレナへのお願い
それは≪レイア≫に一切似てない別の姿で作ってもらう事。
妥協案として髪だけ同じだけど、レイアの様な髪型ではなくロングストレートにしている。
レアはそれで右目を覆い隠し、レイは左目を覆い隠している事で徹底的に似ないようにしている。

これは≪レイア≫を奪われた2人が≪レイア≫に対する敵意と怒りを露わにする為。
マスターの為にレイアの妹になるのは許容するが、姿だけは絶対に似たくないと言う2人なりの妥協案だったりします。


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第84話

 

「レアにレイ………ッ!!」

 

最悪だ、実に最悪なタイミングだとレイアは憤りを感じざるを得なかった。

可能性としては十分にあり得た。

ガリィのシスターズであるガリスが、ファラのシスターズであるファリスがいる様に、自らのシスターズが居ても可笑しくはないと。

それがこのタイミングで姿を現し、尚且つ向こう側に味方する。

最悪過ぎる展開だとレイアは歯軋りしながら、硬貨を構える。

 

対するレアとレイも笑みを浮かべたまま、構える。

華奢な見た目からは想像出来ない重装火器を背負ったレアが、

華奢な見た目からは想像出来ない巨大なハンマーを握ったレイが、

ファリスを守る様にファラとレイアの前で武器を構える。

 

高まる緊張感。

動けば戦いが始まる一触即発の中で、ふとファリスは気付く。

自らの前に立ち、今まさに戦闘を始めんとする双子の片方、レアが何か紙の様な物をこっそりと此方へ差し出している事に。

何だろうと疑問を抱きながらもレイア達に気付かれない様に受け取り、その中身を拝見するとーーーー

 

 

 

 

《ごめーん☆カッコつけたけど勝ち目ないから逃げて☆》

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーは?

きょとんと、出だしの文面にファリスは理解できずに何度か目を擦って確認し直すが、内容は一緒。

理解出来ない、困惑するファリスだが続いて書かれている内容を見て納得する。

 

 

レアとレイはまだ未完成なのだ。

 

 

まだ最終調整段階である彼女達はコアである偽・聖遺物を何とか動かしているだけの状況なので正直な話、今こうして動いているだけでも奇跡に近い。

本来ならばマスターであるセレナの調整を受けてから起動する筈だった二人が起動出来ているのはーーーファリスのおかげだ。

ファリスの奏でた歌声で生まれたフォニックゲインが彼女達の偽・聖遺物を起動させ、起動した二人は危機的状況にあったファリスを救うために(あとレイアに対する怒り)奇襲を仕掛けた。

だが、それが二人にとって最大で最後の好機。

辛うじて動いている偽・聖遺物ではシスターズ最大の武器であるコアを武器とする最終兵装の使用、なんて論外であり、持っている武装では足止めが精々。

詰まる所ーーー最初の奇襲が失敗した時点で勝ち目がないのである。

 

「………」

 

派手な登場、そして余裕綽々と言った表情。

けれどもその実態は勝ち目がないので逃げてくださいと来た。

呆れる様にため息をついてからーー二人に並ぶ。

 

「ーー!?」

 

「ちょ、ファリッち!?」

 

「ファリッちではありません、です。ファリス、です。二度と間違えないで下さい、です」

 

状況としては以前最悪。

なれど先程に比べれば好転したと言って良いだろう。

先程まではあくまで自らが時間稼ぎをしてガリスがマスターの元へ向かうのを援護するだけだった。

だが、今は違う。

二人の協力があれば目の前で立ち塞がる二人を突破し、マスターの元へ馳せ参じる事が出来るやもしれぬ。

その希望がファリスを勇気づけ、デュランダルを再度構え直す。

その様子を見て仕方ないと言わんばかりに駆動音と共に重装火器を起動させるレア、ハンマーを構えるレイ。

それらを見てレイアとファラも構える。

オートスコアラーとシスターズ、その戦いの火蓋は切って落とされようとしてーーーー

 

 

 

 

 

その場にいる全員が《それ》を察した。

 

 

 

 

 

「ーーッ!!伏せろッ!!」

 

レイアの叫びと共に全員が床に倒れる様に伏せたと同時にーーー

 

 

 

 

 

シャトーの壁を貫通する巨大な赤い光が通り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

ヒーローが好きだ。

大好きなマスターと一緒に見たヒーロー達が好きだ。

銀色だったり、五色だったり、色々いるヒーロー全員が好きだ。

カッコ良くて、強くて、憧れて、好きだ。

《悪》を倒し、《正義》を成す彼らが好きだ。

好きで好きで、大好きだ。

 

けれども知っている。

映像のヒーローはあくまで架空の存在で、現実にはいないんだって知っていた。

《悪》を倒し、《正義》を成す人間なんていないんだって知った。

 

ーーだからアタシがなろうと思った。

マスターの邪魔をする《悪》を打ち倒し、マスターの《正義》を助けるヒーローになるんだって誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーッ!?」

 

ガリィは理解出来ないまま、吹き飛ばされていた。

勝機は見えていた。

以前のガリスとの鍛練の結果を見たキャロルの手により改造されたガリィは自らが操る水の支配力を強める事に成功していた。

無論、その改造をガリィは誰にも教えていない。

何故か?ガリィだからである。

自らの優位性をほいほいと喋る筈がないガリィらしい行動であるが、今回はそれが勝機となった。

水の支配を奪い切れない状態での二対一、それも片方は戦闘力ではオートスコアラー最強のミカである。

負ける要素など何処にもなく、その予想通りにあと少しの所まで追い詰めていた。

 

ガリィとしてもガリスの気持ちは分からないではないが、それでもガリィにとって優先すべきはマスターの命令。

拘束して終わりにしようと気を緩めると同時にーー衝撃がガリィを襲った。

顔面を襲う衝撃、その正体が何かわからないままガリィは壁に激突した。

 

「ガリィ!?」

 

慌ててミカが駆け寄ろうとするがーー足が止まった。

否、止めざるを得なかったのだ。

ガリィが壁に激突した際に生じた視界を阻む砂煙から現れた自らに迫る足をその巨大な爪で受け止める為に。

 

「ーーッ!!」

 

重い、それがミカが抱いた率直な感想であった。

だが止められないわけではないと片手で食い止めながら逆の手で反撃とばかりに爪を振るう。

しかし、同時に足が砂煙の中へと消え、振るった爪も空を切る。

砂煙の中から聞こえるのは聞き慣れた轟音。

自らも使うブースターの音だと理解するとミカは両手を構える。

視界が悪い砂煙の中でミカはその音だけを頼りにカーボンロッドを撃つ。

撃って撃って撃ち続ける。

それはさながらガトリングの様に発射され続ける。

マスターであるキャロルから施された改造で射撃速度が向上したミカだからこそ出来る連続射撃。

視界が悪く、音だけが頼りの射撃であるがこれだけ放てば当たるとミカは撃ち続けた。

 

どれだけ放っただろうか。

ミカが放ったカーボンロッドが床や壁に突き刺さりまくり、荒れに荒れたセレナの部屋の中心でミカは両手を下ろす。

既に砂煙は晴れている。

おかげで見えてしまった荒れ果てた部屋の惨状には誰もが視線を反らすだろう。

そんな惨状の部屋でミカは、《彼女》と相対していた。

あれだけ放ったカーボンロッドを一撃も受けずに、無傷なままでなんかカッコいいポーズを決めている《彼女》と相対していた。

 

「………お前、何者だゾ?」

 

ミカの質問に彼女は待っていましたと顔を輝かせながら上げる。

その顔は、ミカを大人にしたと言えば良いだろうか。

ミカよりも大きい背格好の彼女は、ミカと同じ赤い髪を揺らしながら、カッコいいポーズをデデンっ!と決めるとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天知る地知るアタシが知る!!!オートスコアラー・シスターズミカの《姉》ッ!!《ミウ》ッ!!爆!!誕!!だぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッコいいポーズのまま、おそらくずっと練習していたのであろう名乗りをあげた。

 




シスターズの中でいっちばん名前を悩んだのがミウだったりします………
ちなみに名前はミカ・ジャウカーンからミとウをとっただけだったりします。
色々と考えたけどシンプルが一番かなって


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第85話

 

決まったーー如何にも満足そうにホクホクとした笑みを浮かべる新しいシスターズ、ミカの《姉》を自称する《ミウ》。

確かにその姿は仮にミカが人間であり、成長したらこんな感じになるんだろうなぁと言った妄想が具現化したと言っても過言ではない。

ミカよりも大きな背格好でありながら女性らしい体型に、ミカのそれよりも圧倒的存在感を知らしめているフリフリの服の上からでも分かる成長した胸。

ぷるん、と揺れるそのお山を前にミカは無意識に自分のお山と比べてーーー

 

「(´・ω・`)」

↑こんな顔をした。

 

揺れるお山を前に意気消沈するミカ。

ミウのラ○ダーキックを食らって壁に激突しているガリィ。

突然のシスターズの出現、そして突然の名乗り口上に困惑するガリス。

混沌だ、混沌しかない。

この現状を現す言葉があるとしたら、それは混沌しかないだろうが、その混沌を作り出した張本人はとても満足げだ。

必死に考え、練習してきたであろうカッコいいポーズもカッコいい名乗り口上も決めてとても満足そうにしている。

その姿はさながら無邪気な子供がそのまま大人になったと言った所だろう。

ミカに良く似た無邪気は、やはり姉妹なのだとガリスは思った。

 

「ーーって可笑しいんだゾ!!なんでお前が姉なんだゾ!?あたしが姉なんだゾ!!」

 

お山の意気消沈から帰還したミカの最もな意見を前にミウは首を傾げる。

その際にお山もまた揺れ、それがミカの純粋な心にダメージを与えているのだが、そんな事ミウは知るよしもなくミカの質問に対してーーー

 

「ふふん♪アタシはマスターとミカの人格データが合わさって生まれたのだ!!つまりはーーミカよりもアタシの方が頭が良い!!何よりもアタシの方がオトナな身体なんだぞ!!つまりアタシが姉!!はい、論破だぞ!!」

 

ーーーまあ、実際の所確かにミウの言葉に嘘はない。

ミウの人格はミカを基礎にマスターであるセレナの人格が合わさり生まれた物。

ミカの無邪気さ、セレナの優しさと知識を持って生まれた彼女からしたらミカよりも頭が良いと言う発言も決して嘘ではない………嘘ではないのだが………ミウの場合は知識が全部ヒーロー関係の記録で埋め尽くされているので実際な所、差がないと言うのが実情であったりもするのだ。

 

まあ、身体に関しては完全論破なのは間違いないだろう。

 

「ぐ………ぐぬぬ…ち、違うんだゾ!!あたしがお姉ちゃんなんだゾ!!」

 

「違わないんだぞ!!アタシが姉でミカが妹なんだぞ!!」

 

「違うんだゾ!!」

 

「違わないんだぞ!!」

 

ギャーギャーと姉妹論争が続く中、ガリスは驚きと困惑で呆然としていたが、これは好機だと理解した。

ガリィはミウの一撃で気絶、ミカはミウと姉妹論争で此方に目を向ける様子すらない。

 

「(今ならばマスターの元へッ!!)」

 

懐から取り出したのはテレポートジェム。

転送先はいつもの街中で、マスターがいる海上まではかなりの距離があるが、ガリスの特性を使えば辿り着けないわけではない。

最低でも此処にいるよりかはずっとマシだろう。

ガリスは手に持つテレポートジェムを床に叩き付ける。

割れたジェムは仕組まれた転送術式を起動させ、ガリスを転送させていく。

消え行く景色、荒れ果てた自らの主君の部屋の惨状を見届けながらーーー

 

「だったら決闘だゾ!!勝った方が姉で負けた方が妹だゾ!!」

 

「乗ったんだぞ!!姉より優れた妹なんていない事を証明してやるんだぞ!!」

 

ーーその最後にヒートアップした二人が物騒な決着方法を取り決めたのが聞こえた。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

先に言っておくが、ミウはレアやレイ同様に未完成である。

最終調整段階で待機していたが、ガリスの歌声で生じたフォニックゲインで起動しただけなのである。

無論、コアを武器とする最終兵装の使用は無理。

そう、無理なのだ。

ーーーもう一度言っておく、無理なのだ。

 

「アタシがお姉ちゃんだって証明してやるんだぞ!!最初っからクライマックスなんだぞ!!」

 

微妙に何処ぞで聞いたことのあるワードを吠えたミウはーーー

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーー♪」

 

 

 

 

 

歌った。

自らの歌を、フォニックゲインを高めて最終兵装を取り出すための歌声を奏でた。

無論、それがもたらすのは自滅。

未だ調整が終わっていない偽・聖遺物。

動いているのが奇跡に近い状態で更に莫大な負荷が掛かる最終兵装の使用は偽・聖遺物の崩壊ーーー自滅しかない。

 

なのに彼女はーーー耐えていた。

歯を食い縛り、偽・聖遺物がいつ崩壊しても可笑しくないと言う状態で耐えていた。

 

現れるは、炎。

全てを分け隔てなく燃やし尽くす炎。

ミウが持つ偽・聖遺物を呼び出す為の炎が形を変えながら現れる。

 

「ぐ………ぐぬぬ………!!」

 

あり得ない、この場にセレナがいたらそう言うだろう。

ミウの現在の状態では炎を呼び出せた時点で自滅は不可避。

なのにそれを成している、成してみせている。

故にあり得ないのだ。

 

そんな奇跡を今なお起こしているミウだが、彼女の脳内にあるのはただ1つ。

これまで見てきた特撮番組のヒーロー達の姿だ。

苦しみ、傷付き、裏切られてもなおも立ち上がり戦うヒーロー達。

その姿に自らを被せて彼女は耐える、耐えて見せる。

彼らが経験した苦しみ等に比べたらこの程度屁でもないと笑って耐えて見せる。

 

--ヒーローへの憧れ、それが彼女が奇跡を可能にしている力の源であった--

 

炎が形を成していく。

燃えさせる炎は物質へと形を変えていく。

ミウが持つ偽・聖遺物が呼び出されようとしてーーーー

 

 

 

 

 

「ーーーーーあ」

 

 

 

 

 

零れたのはそんな一言。

まるで皿を運んでいた時に手を滑らせたかの様な呆けた一言。

だが、その一言と同時にミウの意識が途絶えた。

 

単純な話、ミウが耐えきれなかったのだ。

呆けた一言はセレナが万が一にとシスターズに搭載していた緊急安全装置が作動した事を示す物。

それにより、ミウに膨大な負荷を掛けていた偽・聖遺物は強制停止させられ、ミウの意識が一時的に暗闇へと落ちる。

そしてそれは同時にーーー彼女が生み出した炎の制御が失われた事を意味する。

 

「ーーーこれはヤバいんだゾ………」

 

ミカの言葉は正しい。

生み出され、制御を失った炎は物質への変化を取り止めて1つの膨大な熱エネルギーへと変換されていく。

膨れ膨れ膨れ、炎は巨大となり、そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

爆音と共に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 




セレナの私室は廃墟と化した………
あ、次の話からセレナ視点に戻ります


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第86話

 

「……来た、来た来た来た来たぁぁぁぁぁッ!!やはり来てくれましたかぁぁッ!!貴女を待っていたんですよぉぉぉ!!!!」

 

F.I.S.が保有するヘリ、そのコクピットにおいて男は――ドクターウェルは歓喜する。

待ちに待った存在が、今この瞬間小日向未来が放った一撃を無数の黒い手で喰い止めている仮面の少女が現れた事に歓喜する。

傍でマリアが困惑とした表情をするが、今の彼にはそんなことどうでもいい。

すぐに彼の手は機材へと延びる。

観測機器が彼の指示通りに彼女のデータを観測、数値へと変換して画面へと表示する。

映し出された数値はマリアには理解出来ない物で、彼が何をしようとしているのかは一切分からない。

けれども1つだけ分かる事もある。

それは―――

 

 

 

 

 

「やはり…やはりだッ!!僕の想像通りだッ!!やっぱり彼女とあの死神は―――ふふ、ぐふふふふッ!!」

 

 

 

 

 

――まともな事ではない、それだけははっきりと分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仮面の少女―――セレナはキャロルの薬で多少和らいだ全身の苦痛をなんとか堪えながら、眼前に迫る光に向けて無数の黒い手を差し向け続ける。

反射する物さえあれば彼女の視界範囲でこそあるが何処でも幾らでも呼び出し、そして一度捕まれば脱出は困難となる力と切っても千切っても再生して見せる圧倒的な再生力を以てマリア達F.I.S.の装者達を苦しめた黒い手。

セレナが持つ純粋な力においては恐らくトップの実力を持つ黒い手。

二課からもF.I.S.からも危険視されているその黒い手は―――小日向未来の光の前に次々と≪消失≫していった。

 

「――――――――ッ!!!!」

 

再生する事もなく、光に消されていく黒い手。

セレナは理解する。

魔を払う力を持つ神獣鏡と黒い手を操るニトクリスの鏡。

恐らく――いや、間違いなく相性は最悪だと。

あの光に接触した時点で黒い手が次々と崩壊し、消失していく。

今は圧倒的な数を以て耐えているが、恐らくすぐに崩壊するだろう。

 

「(耐えるのは不可能…でしたらッ!!)」

 

耐えきれない、そう判断したセレナは大量の黒い手を呼び出し、それらを一斉に光へと差し向けると同時に後方へ駆けた。

背後で黒い手が次々と光に飲み込まれて消失していくのを感じ取りながら、彼女が向かうのは――突然のセレナの出現に困惑する雪音クリスと軍人数名の下。

耐えるのが不可能であれば避けるしかない。

だがクリスも軍人達も見捨てる事等出来ないと全速力で駆ける。

 

「な、なんだぁッ!?」

 

「動かないで下さい!!」

 

すぐそばに居たクリスを抱え上げながら黒い手を呼び出す。

船の横に設置されていた緊急用の脱出ボート、それを繋ぎ止めていたローブを引き千切らせ、海へと放り投げた後にその脱出ボート目掛けて次々と軍人達を放り投げていく。

出来るならば丁寧に降ろしてあげたいが、余裕が無い現状では止む無しと内心謝罪しながら軍人達を放り投げるが、同時に彼女の背後を守護していた黒い手の壁が崩壊した。

 

「ッ!?おいやべぇぞ!!」

 

抱え上げた体勢のおかげか、いち早く黒い手の壁が崩壊した事に気付いたクリスが叫ぶ。

近場に居た軍人達の避難(投擲)が終了したのが幸いだったが、迫る光を前に横へ躱す余裕はない。

かと言って光と真逆へ逃げてもすぐに追いつかれるのは目に見える。

前も後ろも横もダメ……ならば―――逃げる先はただ1つ!!

 

「舌を噛まないでくださいね!!」

 

注意勧告を出しながら足下に出現させたのは黒い手。

バネの様に何重も折れ曲がったそれに飛び乗ると同時にーー一気に身体が空へと舞った。

 

「え、ちょ、まッ!?」

 

抱き抱えられたクリスが何かを言っているが、今はそれに答える余裕はない。

空へ舞い上がり、崩れかける体勢を何とか整えながらクリスを手放さない様にしっかりと抱える。

普段であれば無理だが、ファウストローブの補助がある今だからこそ出来る行為だろう。

抱えると同時に自然と顔に近づくクリスのたわわなお山の大きさに内心傷つきながらも、先程までいた場所を見下ろす。

 

光、光がただそこにあった。

船の甲板を壊しながらも放たれた光の一撃。

これまで無敵と言っても過言でなかった黒い手を消滅させたあの光にもしも飲み込まれていたら―――

考えるだけで寒気がする話だ。

セレナはゆっくりと降下しながら、近くにいた別の船の甲板へと着地する。

抱えていたクリスを丁寧に降ろし、自らは小日向未来の下へ急がんとして―――

 

「動くな!!」

 

――背中に突き付けられた銃口がその動きを止める。

ゼロ距離、いくらファウストローブを身に纏っているこの状況でも撃たれればただでは済まないのは明白だ。

ドラマで良く見た展開だな、と乾いた笑みを浮かべながらセレナはゆっくりと両手を挙げる。

降伏する為ではない、敵対する意図が無い事の証明とこの窮地を脱する為の時間稼ぎの為だ。

クリスはそれを理解しているのか、いないのか…両手を挙げた仮面の少女に対して銃口を逸らす事なく突き付ける。

逃がす気はない、そう言わんばかりに―――

 

「………抵抗しようなんて考えないでくれ。助けてくれた事には感謝してるし、恩人相手に銃口突き付けるなんて真似本当はしたくねぇ……けどあんたを此処で見逃すってのは出来ねぇんだ。頼む、このまま大人しく捕まってくれ…そうすりゃ痛い目とかには合わないで済むからさ」

 

――本当に優しい人だなと思う。

この状況で、彼女からしたら敵か味方も分からない私を相手に気遣う優しさ。

雪音クリスと言う人間の不器用な優しさが伝わってくる。

僅かにその優しさに甘えて捕まるのも悪くないと思える位に―――

けどそうは行かない。

此処で捕まる事は師匠に多大な迷惑が掛かるし、未来お姉さんを止める事が出来なくなってしまう。

捕まるわけには行かない、覚悟を決め直しどうにかこの窮地を脱する案を考える。

 

まず浮かんだのは黒い手による脱出だが…少々難しい。

黒い手を呼び出す条件としているのは2つ。

反射する物がある事、そして自らの視界内にある事だ。

この2つだけだが、実際の所後者は絶対ではない。

自らの視界外に反射物さえあれば呼び出す事自体は出来る。

だが、自らの視界外で呼び出した黒い手は――命令に曖昧にしか従わない。

 

例えばの話だが、黒い手に≪親指だけ伸ばしたままグーにしろ≫と命令する。

視界範囲内にある黒い手はその命令通りに行動出来るが、視界範囲外は違う。

≪親指だけ伸ばしたまま≫と言う細かい部分の命令を無視し≪グーにしろ≫と言う部分だけしか出来ない。

詰まる所精密な命令には従ってくれないのだ。

だからこそもしもこの状況で呼び出し≪雪音クリスを手加減して襲え≫と命じても恐らく手加減と言う精密部分を取り除いた≪襲う≫と言う命令となって全力で彼女を襲うだろう。

それは避けたい、黒い手の全力はF.I.S.の装者を苦しめてみせた折り紙付き。

もしも、もしも黒い手がクリスを傷つけたとなったら――――

 

「(駄目…それは駄目…!!)」

 

ならばどうする?

武器を作り出して…いや、無理だ………

この距離であれば下手な動き1つですぐに彼女はトリガーを引いてしまうだろう。

だったらファウストローブを解除してアガートラームの機動力で……いや、それも無理だろう。

アガートラームは使用を禁止されているし、それに恐らくこの状況を二課は映像として記録している筈。

ファウストローブを解除してしまえば、連動しているこの仮面も解除され素顔を映像と言う形になる物で撮られてしまう。

それは不味い、不味すぎる。

それがもたらすのはキャルとしての日常の崩壊。

私にとって師匠達と過ごす時間とは違うもう一つの温かい時間。

いずれは消え去ると覚悟していても、それでも手放したくないと願う優しい時間。

失いたくない、消したくない。

いずれはと理解はしている、けれどもまだ失いたくはないと心が叫んでいる。

未熟だと、弱い心だと理解しても―――私はまだあの時間の中に居たいと思ってしまうのだ。

 

だからと言って他に選択肢があるわけでもない。

クリスさんを傷つけてもなお未来お姉さんを助けに行くか、

キャルとしての日常を全て捨ててでも未来お姉さんを助けに行くか、

それとも全部投げ捨てて諦めるか、

浮かぶのはどれも選びたくない選択。

けれども選ばなければならない。

この中で、何かを失わなければならないこの選択の中で、

 

迷う、迷う、迷う。

時間にしたらたった数秒足らずの時間が今は数時間にも感じる。

それだけ迷っているのだと理解する。

悩みに悩み、考えに考え、その果てに―――

 

「――――」

 

覚悟をする、しないといけなくなる。

選んだ選択がもたらす結末を、結果を、覚悟を以て理解し、選ぶ。

 

――選んだのは自らの、キャルの日常の放棄。

 

クリスさんを傷つけたくない、未来お姉さんを助けたい、その願いから選んだ選択。

自分だけが苦しむだけで他の皆は救われる、自己犠牲の選択。

ポケットから取り出すはシンフォギア≪アガートラーム≫。

これを使うのは師匠の言い付けを破ってしまう事。

きっと物凄く怒られるだろう。

 

「(…今更、ですね)」

 

小さく笑う。

今自分が仕出かしている行動を考えたら本当に今更だと笑う。

手に握るシンフォギア、胸に浮かぶは聖詠。

口を動かす、ゆっくりと浮かび上がった聖詠を奏でようとする。

 

「(――さようなら、温かい時間。さようなら、キャル)」

 

別れを告げる。

あの日常と、そしてキャルとしていられた自らに。

覚悟と共に決別し、セレナは聖詠を奏で――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

《トゥラトゥラトゥゥラァァァーー!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

聴こえてきたのは謎の雄叫び。

それが何かを理解できるのはこの場においてセレナだけだろう。

まさか、その思いが胸に浮かび上がると同時にセレナの身体が僅かな衝撃と共に急速に空へと飛んでいく。

自身で飛んでいるのではない、彼女を背に乗せて空を飛ぶ存在がいるのだ。

 

《マスターご無事ですか!!》

 

そこにいたのは、戦闘機の様なデザインをしたアルカ・ノイズ。

日の丸印が特に目立つ緑色の戦闘機の形をしたそれはセレナが作成した空戦担当のアルカ・ノイズ。

その背に乗せられたセレナは困惑しながらも呟く。

 

「……ど、どうしてここに………?」

 

――セレナは今回の勝手な出撃においてアルカ・ノイズを一切連れてきてはいない。

自らの身勝手な行動に彼らを巻き込めないと思ったからだ。

唯一自分の足取りを知る入口にいた見張りのアルカ・ノイズにも他言無用とだけ伝えて飛び出してきている。

アルカ・ノイズは基本的には自由を許可しているが、命令には絶対としている。

それ故に彼らが口を割ったとは到底思えない。

だから彼らが自分の居場所など知るはずもないのに、それなのにアルカ・ノイズが此処にいる。

それが理解できずに呆然とするセレナに、アルカ・ノイズは教えてくれた。

 

 

見張りのアルカ・ノイズが自らの意志でマスターの命令を破り、戦闘班のアルカ・ノイズ達にマスターが飛び出したのを伝えたのだと。

 

 

傷つき、キャロルの薬で痛みを抑えて戦場へと向かうその姿に耐え切れなかったのだと。

たった1人で傷つくその姿に耐え切れなかったのだと。

見張りでしかない自分では助けにならないからと命令に背いてまで語ってしまった事。

 

≪――最後に伝言です。≪どのような処分でも受ける≫と≫

 

―――嗚呼、と笑う。

本当にこの子達はと笑う。

母親の気持ち、と言うのはこんな感じなのかと笑う。

命令を破る、命令は絶対としている彼らがそれを破るのはどれだけ大変な想いで、どれだけ苦しんだのか。

そんな思いをしてもなお私を助けてくれる選択を選んでくれた可愛い子達に、笑顔を見せる。

そして―――

 

 

 

 

 

「――7742、此処に来てるのは貴方だけ…じゃないんですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪無論です。彼らの――2288と2289の想いに答えたのは――――私だけではありません≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7742の背中の上で、遠くの水平線からやってきた彼らを見つめる。

 

ある者は巨大すぎる身体を揺れ動かしながら、

ある者は水中を駆けながら、

ある者は空を飛びながら、

ある者は水上を走りながら、

ある者は海底を移動しながら、

ある者は運ばれながら、

 

 

 

 

 

 

セレナが作り上げたアルカ・ノイズ戦闘班総勢6万3千がそこにいた。

 

 

 

 




次回は彼らが主役です


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第87話

 

――俺は悪夢を見ているのか。

弦十郎は思わずそう思う、思わざるを得なかった。

 

「ノ、ノイズ反応増え続けています!!と、止まりませんッ!!」

 

「千…二千…三千…ま、万を超えましたッ!!なおも増え続けていますッ!!」

 

「嘘だろ…何だよこれッ!!どうなってるんだよッ!?」

 

もはや悲鳴に近い絶望的な報告が次々と挙がる。

レーダーを埋め尽くす無数の赤。

それらが全てノイズである事を機器が無慈悲に警報音と共に知らしめる。

種類も多種多様だ。

神話に存在する巨人を連想させる超巨大なノイズ。

戦闘機を連想させる飛行型ノイズ。

大型空母を連想させる巨大輸送型ノイズ。

ノイズ、ノイズ、ノイズ。何処を見てもノイズしかいない。

人類の歴史において観測された事がない規模の大軍と化したノイズがそこにいた。

 

「―――ッ!!翼とクリスはッ!!」

 

「翼さんは敵装者と接敵中ッ!!クリスさんは避難活動をしており身動きが出来ませんッ!!」

 

――最悪だ。

弦十郎の人生の中で最も最悪な状況だと言っても過言ではない。

迫るノイズの大軍、機器が計測出来ただけでも3万は超えている。

3万、3万だ。

人類史上においてこれ程の大軍を計測した事は、恐らくはないだろう。

それも未だに数は増え続けているのだ。

この調子では倍に増えても可笑しくはない。

もしもそうなれば、俺達は6万ものノイズと戦わなくてはいけなくなる。

 

いや、俺達と言う言い方は間違いだろう。

闘う力を持たない俺達大人は見ているだけで、実際に戦うのはたった3人の少女達だけ。

それもその内の1人――響くんはとてもではないが戦わせられない。

 

―――2対6万―――

 

勝てる見込み等あるはずもない絶望的な数字、絶望的な戦力差。

更には確認できるだけでかなりの個体がこれまでに観測された事のない未知の新種タイプばかり。

実力もその能力も未知数なまま、数の差も絶望的。

何もかもが絶望的なこの状況において最も正しい判断は≪逃走≫だろう。

此処は撤退し、機を改めるのがベストなのだと分かる。

分かるのだが―――――

 

「―――それは出来ん」

 

――即座に自らの考えを否定する。

約束したのだ。

今もなお戦う2人を、未来くんのあの姿を見ても耐えてくれている響くんと約束したのだ。

未来くんを助けると、取り戻すと。

だから退けない。

例え待ち受けるのが絶望だとしても、大人として交わした約束を無下にする真似などしてたまるか。

 

「藤尭ッ!!翼とクリスに人命救助を優先する様に伝えろッ!!」

 

「で、ですがそれだと敵装者と未来さんがッ!!」

 

「――そちらは俺が出るッ!!」

 

弦十郎の言葉に二課がざわつく。

無理もない、司令でありシンフォギアを持たない弦十郎が出撃するのは危険極まりない行為であり、この状況で飛び出そうとする弦十郎の言葉に困惑するのも無理はない。

だが同時に納得も出来る。

弦十郎の実力は誰もが知っている。

ルナアタック事件の際には正体を現した了子さん―――ネフシュタンの鎧を身に纏ったフィーネと単機で闘い、あと一歩の所まで追い詰める活躍を見せた。

その弦十郎であれば敵装者と未来、両者を相手にしてももしや……と言う期待感が無いと言えば嘘になるだろう。

だがそれは―――

 

「駄目ですよッ!!まだ外にノイズがいるこの状況で司令が出撃するのは危険すぎますッ!!」

 

「そ、そうですよ師匠!!師匠が出るなら私がッ!!」

 

「それは許可出来んと言った筈だ!!」

 

外へ、あの戦場へ行く。

それはシンフォギアを持たない弦十郎にとってノイズと接敵する可能性が生まれる事。

ノイズとの接触――それは死への一方通行でしかない。

シンフォギアを纏う彼女達とは違い、弦十郎は力があってもただの人間。

ノイズ反応が未だに残っており、迫るノイズの大軍もいるこの状況で弦十郎が出れば、ほぼ間違いなくノイズと接敵し―――死ぬだろう。

 

だが、それしかないのだ。

響くんは胸に宿るガングニールの浸食をこれ以上させない為にもシンフォギアを纏わせる事は出来ない。

翼とクリスは避難活動している間は動けない。

緒川は敵装者――月読調を移送中なので動けない。

必要なのだ、もう1人誰か動ける人間が必要なのだ。

そしてそれを成せるのは――この場において1人だけ。

 

「可能な限りは気を付けるさ!!海面へと上昇させろッ!!」

 

「司令ッ!!」

 

「師匠ッ!!」

 

向けられる静止。

分かっている、今からするのがどれだけ危険で愚かな行為なのかを―――理解している。

仮に敵装者、そして未来くんを止められたとしてもノイズを相手に出来る事など何もない。

待っているのは――死だろう。

だが、それでも止められないのだ。

響くんの師匠として、二課の司令として、大人として、止まるわけには行かないのだ!!

 

「――――え?え、あ…嘘、これって…し、司令待ってくださいッ!!」

 

「どうした友里ッ!?翼達に何かあったのかッ!?」

 

「い、いえ…その…」

 

珍しく友里が言いよどむ。

彼女らしからぬ事に弦十郎は催促する様にもう一度彼女の名前を呼ぶと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「せ、接近してくるノイズの大軍から―――通信が届いてます」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――は?

つう、しん?

今、通信と言ったか?

ノイズが?通信?

理解出来ない、一瞬冗談かと思ったが彼女が元々冗談を言う性格で無い事、そしてこの状況で言うわけがないとすぐにその可能性を断ち切る。

彼女の言葉は本当なのだろうと理解するが………やはりその内容には理解が出来ずにいた。

だが、時間を無駄には出来ないと弦十郎は一度理解出来ない事を頭の外へと追いやり、現実だけを見る。

 

「―――なんと、言ってきている?」

 

「え、あ、はい。の、ノイズからの通信は全て内容は同じ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪我等此れより人命救助並びにノイズ討伐へと参加する。貴艦も協力されたし≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
ちなみにだけど、この時点での班別関係なくの総数だと11万くらいです


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第88話

暴走します


空中飛行型輸送用アルカ・ノイズ(443)

このアルカ・ノイズを覚えている人はどれだけいるだろうか。

以前にソロモンの杖移送任務の際(42話参照)にセレナが搭乗したアルカ・ノイズである彼だが、その役割は名前にある通り輸送任務が主である。

施されたステルス機能と大規模な輸送能力がその証拠だろう。

一応武装こそ施されているがそれはあくまで迎撃を主とした装備。

前線に配備されるのではなく、あくまで後方から輸送や移動拠点として用いられる事が大前提に開発されのがこのアルカ・ノイズであったのだが―――

 

それはもう過去の事だ。

 

≪スクランブル!!スクランブル!!マスターから指示が降りた!!全搭載アルカ・ノイズ航空部隊は出撃させろッ!!≫

 

≪総員第1種戦闘配置ッ!!手の空いている奴は全員対空機銃へ登れッ!!≫

 

≪主砲、副砲準備よーしッ!!対空対地戦闘よーしッ!!≫

 

443が今居るのは最前線。

輸送用アルカ・ノイズであるはずの彼がどうしてこんな最前線にいるのか?

それは――彼が改造を受けたからだ。

今の彼は輸送用なんかではない。

航空アルカ・ノイズを発艦させるカタパルトを前部に4つ、左右片面に8つずつ。

甲板には巨大すぎる主砲と副砲がそびえ立ち、近づく敵航空戦力を叩き落としてやると言う覚悟を形にしたかのように引き詰められた対空機銃の数々。

 

これが今の彼の姿

――戦闘班航空部隊旗艦 航空空母戦艦型アルカ・ノイズ(443)である。

 

前線司令部としての機能、そして空母と戦艦としての機能まで付けられた支援も攻撃も可能となった航空部隊主力の1つとなっている。

そんな443のカタパルトから飛び出していくのは無数の戦闘機――否、戦闘機の様な形をしたアルカ・ノイズ達。

彼らこそこの航空部隊においての最大の主力である≪戦闘機型アルカ・ノイズ≫だ。

 

セレナが彼らを開発する段階で最も優先したのは、武装である。

そもそもノイズの戦闘方法は基本的には体当たりか近接戦闘のどちらかだ。

一部例外があるが、それでも大体はそれで合っているだろう。

しかし、ノイズがそうだからアルカ・ノイズもそうしましょうとならないのがセレナだ。

 

彼女が生み出したのは――銃。

無論ただの銃ではノイズが持つ位相差障壁の前ではダメージにならない。

彼女が作り出したのは、今や全アルカ・ノイズが持っているシンフォギアのデータを利用して改造された解剖器官を銃弾に搭載した物だ。

確かにこれならばノイズの位相差障壁を破れるだろう。

 

――だがその作業は果てしなく難しい。

解剖器官を搭載した銃弾、それはつまり―――銃弾サイズのアルカ・ノイズを作るのと変わらない。

作業だけでどれだけの時間を必要とするのか分からないこの銃弾作成だったが、セレナはそれを成功させるどころか自動生産化にも成功してみせたのだ。

そのおかげでアルカ・ノイズの武装に《銃》が登場し、彼らの様な武器を持ったアルカ・ノイズ達が生まれたのだ。

 

≪ソング1より各機 これよりマスターからの指示を伝える。一字一句たりとも聞き逃すなよ≫

 

彼ら航空部隊に与えられた任務は3つ。

1つめは敵ノイズの航空兵力の排除、並びにその眼を航空部隊に釘付けにする事。

2つめは後方より来ている要救助者輸送用アルカ・ノイズの護衛。

そして3つ目は――――

 

 

 

≪――死ぬな!!これはマスターが指示した内容の中で最も優先度が高い指示である!!全機一機たりとも欠ける事なく生還せよッ!!これは厳命であるッ!!≫

 

 

 

 

――その内容に、思わず全員が小さく笑ってしまった。

指示を口にしたソング1でさえも小さく笑っている。

仕方がないだろう、まさか自分達に死ぬなと命じるなんて想像もしていなかった事だから。

彼らアルカ・ノイズは本来ならば使い捨ての兵士。

感情も言葉も、心も持つ事なく指示されるがままに散るのが役目の存在でしかなかった。

だが、それがどうだ。

感情を、言葉を、心を与えられ、その恩にこの命で報いようと思えば死ぬなと言う。

笑うな、と言う方が無理な話だ。

全員が小さく笑う。

笑って笑って笑って―――覚悟が決まった。

 

 

≪ソング1より全機へッ!!各機指示通りに行動せよッ!!絶対に死ぬなッ!!死んで我らがマスターを泣かせる愚か者がいたらあの世まで追いかけてぶち殺してやるからなッ!!≫

 

≪ソング22よりソング1、そうなったら是非ともお供させていただくでありますッ!!マスターを泣かせる奴はぶちころしてやりましょうッ!!≫

 

≪ソング31よりソング1、俺も着いて行くぞッ!!≫

 

≪ソング47よりソング1、喜んでお供させてもらうぞッ!!≫

 

 

笑い声と共に迫る戦場。

既に敵ノイズが此方を敵視し、敵航空戦力が接近しつつある。

戦場が迫って来る。

必然と高まる緊張に誰もが先ほどまでの様に笑い声をあげない。

だが、その心はもはや決まっている。

誰も死なず、誰も死なせない。

全員で生還し、再びマスターの下へ―――

その想いが、彼らを前へと進ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ソング1より全機へッ!!開戦(オープンコンパット)ッ!!≫

 

≪ ≪ ≪ ≪ ≪了解(ヤ―)ッ!!!!≫ ≫ ≫ ≫ ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空での戦闘が始まる頃。

水上においても動きがあった。

海面に浮かぶは無数の赤い眼(モノアイ)

彼らの眼が捉えるのは船を襲うノイズと抵抗する要救助者の姿。

救うべき相手、殺すべき相手を慎重に選び―――彼らは一斉に海面から飛び出した。

 

≪行くぞォォォッ!!空の連中になど後れを取るなァァァァァッ!!≫

 

≪ウォォォォォォォォォッッッ!!!!≫

 

雄叫びと共に姿を現したのは戦闘班海軍部隊。

海面から飛び出したそのどれもが見覚えのあるフィルムをしたアルカ・ノイズ達。

具体的に言えば某機動戦士に出てくるハイ○ックやら○ゴックやらザ○・マ〇ナーやらゼー・○ールやら。

ジ○ン水泳部と同じ姿をした彼ら、そんな彼らの姿から開発当時セレナが何にハマっていたのか、簡単に理解する事が出来る。

水上から飛び出した彼らはその勢いのまま敵ノイズへと対し攻撃を開始する。

ある物は機関銃を放ち、ある物は見覚えのあるヒートホークで切りかかり、ある物はその拳で殴りかかる。

 

≪くたばれノイズがぁぁッ!!!!≫

 

≪てめぇらの時代は終わりなんだよッ!!大人しくくたばって退場しやがれッ!!≫

 

≪ジークセレナッ!!ジークセレナッ!!≫

 

だがそんな見た目とは裏腹に実力は本物。

雄叫びと共に船の上に纏わり付いていたノイズを蹴散らし、船と要救助達の安全を確保していく。

その様子に軍人達は困惑するが、そんな彼らの頭上に迫るは無数の輸送用アルカ・ノイズ達。

ファッ○・ア○クルを連想させるそれら輸送型が次々と甲板に着陸していき、中から出てくるのは見慣れたアルカ・ノイズ達と某北○の拳の世界を生きていそうなモヒカン頭達、そして――ラ〇ウ。

 

≪行くぞッ!!我等地上部隊こそ戦闘班最強であると全ての者どもに知らしめろッ!!≫

 

≪ヒャッハァァァァッッッ!!!!≫

 

輸送型から次々と飛び出していくアルカ・ノイズ達。

彼らは船に降り立つと同時に先に戦闘を始めている水上部隊と共闘戦線を開始し、残ったアルカ・ノイズ達がマイクの様な機能で船上にいる軍人達に叫ぶ。

 

≪我々は皆さんの身の安全を確保しにまいりました!!これより皆さまをこの輸送部隊で安全な場所まで移送します!!どうか指示に従い行動してください!!≫

 

その内容に誰もが困惑する。

無理もない、彼らからすればこれまで絶対に勝てない≪敵≫でしかなかったノイズが突然に仲間割れを起し、その片方が流暢に言葉を使い、挙句に自分達を助けに来たと言うのだ。

信じろ、と言う方が無理な話である。

困惑、それが避難活動に支障をもたらす。

どうにか避難してほしいとアルカ・ノイズが改めてマイクを以て避難するように呼びかけようとして―――

 

≪くそったれッ!!一体抜かれたッ!!≫

 

聴こえてきた警告と共に一体のノイズが迫る。

その矛先は困惑する軍人達。

不味い、即座に身を挺して庇おうと駆けようとして―――

 

ノイズを無数の黒い手が襲った。

黒い手に捕まったノイズは破壊され、灰となって散っていく。

こんなことが出来るのはただ1人――

 

≪マスターッ!!≫

 

アルカ・ノイズの声と共に姿を現したのは、セレナ。

乗っていたアルカ・ノイズ――7742の背中から地上へと降り立ったセレナは叫ぶ。

困惑する軍人達を前に堂々と叫ぶ。

 

「我々は――私達は日本の特異災害対策機動部二課の者達です!!みなさんの安全を確保する為に参りました!!このノイズ達は――機密情報について詳しい説明をする事は出来ませんが、これだけは言えます。彼らは私達人類の味方ですッ!!困惑する気持ちも戸惑う気持ちも分かります…ですが今はどうか信じてくださいッ!!私達は皆さんを助けたいだけなんですッ!!」

 

セレナの叫び。

その内容はちょっと突けば見破られても可笑しくない嘘と彼女の本音が入り交ざった物。

その言葉を、その叫びを聞いた軍人達は――――

 

「――OK」

 

1人の男が前へと進み出てくる。

白髪の軍人、如何にも歴戦の猛者と言ったその威風堂々たる姿をした彼は輸送用のアルカ・ノイズに戸惑いながらも乗り込んでいく。

それが皮切りとなった、

軍人たちは戸惑いながらも白髪の軍人に続いて乗り込んでいく。

彼女の言葉を全て信じたわけではない、けれども最後の部分において嘘を言っていないとだけは分かった。

それだけで十分だ、乗り込むのに値する十分な理由となった。

次々と乗り込み、安全地帯――二課の潜水艦目掛けて飛んで行くアルカ・ノイズ達を見送りながらほっと安堵する。

 

1人でも多くの人を救いたい、その想いから自らも戦場へと行こうとして、不意にそれを見つける。

今まさに輸送用アルカ・ノイズに乗り込もうとしている軍人が落とした銀色のロケットペンダント。

堕ちた衝撃からだろう、ペンダントが開き中に入っている写真が目に入る。

軍人と――娘だろうか?幼い少女と一緒に笑顔で映っているその写真を見て、いけないと駆ける。

慌てて拾い上げ、飛び立とうとしているアルカ・ノイズを静止させて、男にペンダントを手渡す。

男は落した事に気付いていなかったのだろう。

受け取ったペンダントを大事そうに胸に抱きながら、英語で何度も口早にお礼を言う。

 

Thank you、Thank you、と。

 

その笑顔とお礼を受け取ったセレナはアルカ・ノイズに飛び立つ様に命じる。

名残惜しそうに何度も何度も手を振る軍人達を見送ったセレナ。

受け取った笑顔とお礼、それが彼女を勇気づける。

向かうべき場所はただ1つ、手を伸ばす先はただ1つ。

 

「――全アルカ・ノイズ隊は引き続きノイズ掃討と人命救助を継続してください」

 

≪了解しましたッ!!マスターは如何なさいますか?443へお避難をされては?≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、私はこのまま―――未来お姉さんを助けに行きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今こそ、彼女に貰った恩を返す時だ。

 




ジークセレナ!!


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師匠の誕生日

いえーい(暴走します)
後また先の設定が出てきますがもしかしたら(以下調ちゃん誕生日の時と一緒)



 

――キャロル・マールス・ディーンハイムは目の前の光景が理解出来なかった。

否、恐らくこの場にいる全ての面々が理解出来ずにいた。

何故か?それは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、わわ、私を、う、受け取ってください師匠ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――顔を真っ赤にしながらスク水一枚姿でそう叫ぶ自らの弟子がいるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

 

「マスターのマスターへの誕生日プレゼント、ですか?」

 

日課となったセレナの部屋の掃除。

自らの主君たる彼女に貢献する事を喜びとする彼女からすれば絶対に欠かせない日常の1つ、それを成している時にその主君から受けた相談にオウム返しする様に聞き返す。

 

「そうなんです…実は師匠へ送るプレゼントが決まらなくて…」

 

今日の日付は3月1日。

来る3月3日、師匠であるキャロルの誕生日に向けて各々が準備をする中、セレナの目下の悩みは彼女へ渡すプレゼントにあった。

彼女とてキャロルの弟子としてかなりの時間を共に過ごして来た仲。

キャロルの好みは熟知しており、それを用意すれば良いのだと分かってはいる。

分かってはいるのだが―――その内容が余りにも≪誕生日プレゼント≫と言う枠組みに収めて良いのか怪しい品でしかないのだ。

 

「あー…なるほどですね」

 

ガリスもまた理解する。

キャロルが喜んで受け取る物――それは錬金術関連の品々となる。

数百年と言う長い人生、そのほとんどを錬金術と父の命題を果たす為に注いだ彼女はとかく娯楽とは無縁の生活を過ごして来た。

そんな彼女にプレゼント何が良いですか?と聞けば帰って来る返答は錬金術関連となるのは明白。

だが錬金術に関わる品と言うのは――優しく包んでいっても見た目がかなり悪い。

生き血や薬草、動植物や曰く付きの品、果てには死体でさえも錬金術からすれば貴重な素材となる。

そんな物を誕生日プレゼントとして送ってみろ、パーティーの雰囲気は最悪と化すだろう。

しかしかと言ってそれを排除して考えるとなるとこれまた難しい問題となる。

娯楽を知らない彼女からすれば最近流行のプレゼント――ぬいぐるみや衣装、小物と言った品々は何だこれ?レベルの認識でしかないはず。

そんな彼女が喜び、なおかつ誕生日プレゼントとして渡しても可笑しくない品――――

 

はっきり言おう、難しい。

 

「ん~…」

 

「ん~…」

 

2人は考える。

誕生日プレゼントとして渡しても可笑しくなく、尚且つ師匠が喜ぶプレゼントの存在を、考える。

ひたすらに思考の海を漂い、答えを求めて泳ぎ続ける。

答えを求めて思考する2人は自然と黙り込み、必然的に部屋が静かになる。

そんな部屋に迫る足音が1つ。

迷いなく進む足音は部屋の前で止まったと思いきや――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちびっ子~、遊びに来てあげたわよ」

 

 

 

 

 

―――恐らくこの場において絶対に出現してほしくないと願う人物、ガリィがノックもせずに部屋へと入って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~ん、マスターへのプレゼント、ねぇ」

 

せんべいを齧りながらガリィは2人から受けた相談にへ~とどうでもよさそうに答える。

実際の所ガリィは既にマスターであるキャロルへの誕生日プレゼントを決めてある。

その品はセレナ達で言う≪誕生日プレゼント≫と言う枠組みに入れても良いのか?的な品ではあるが、そんな事構う事はない。

彼女達からすれば大事なのは誕生日パーティーの雰囲気を守る事ではなく、主君たるキャロルが喜ぶ事こそが優先なのだから。

そんな感じでプレゼントも決まり、後は当日を待つだけのガリィからすれば暇な時間が出来たのでちょっかいでも掛けようとして来たらこれだ。

ガリィからすれば自らのプレゼントこそがキャロルを喜ばせる品だと自負しているので、そんな自負しているプレゼントを無自覚に上回ろうとしている2人からの相談は面白くはない。

かと言って自身の主の為に必死に考えているのを阻むのもまたどうか…と考えながら次のせんべいに手を伸ばし―――

 

「―――――あ」

 

ふと、思い出す。

少し前に入手した書籍、その1つに≪面白い≫のがあったのを思い出す。

ニヤリ、とガリィは悪そうな笑みを浮かべると―――

 

「良いわよ。その悩み、このガリィちゃんが協力してあげるわ。その代わりちびっ子、アンタには頑張ってもらうわよ」

 

「え、あ、はい!!師匠が喜ぶなら私≪何でもやります≫!!」

 

―――言ったわね、ガリィは清々しい程の悪そうな笑みで笑う。

その手に握る録音機が得た言質を手に、嗤うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリィの案内で向かった先は、レアとレイの部屋。

最近の若い子、をモチーフに作られた彼女達はファッションに興味津々であり、勝手に街に出ては衣服を買い漁る為、その量は一杯一杯。

特別に私室とは別の衣裳部屋を作ってもらっている程だ。

そんな2人の部屋にどうして?と疑問に思うセレナであったが、ガリィが部屋の入口で一言二言話すと扉がすぐに開く。

どうやらガリィから2人へ既に話が通っているらしく、部屋の入口からはガリィが、中からは2人は笑顔でどうぞと入る様に促してくる。

―――その手に幾つかの衣服を手に持って―――

 

――此処に至ってセレナは初めて危機感を抱く。

 

このまま部屋に入ってはいけない、そんな防衛本能が彼女を駆り立てすぐに部屋から逃げ出そうとするが―――その逃走を阻んだのはまさかのガリスであった。

 

「ど、どうしてッ!?」

 

セレナは絶望する。

人癖も二癖もあるオートスコアラー・シスターズにおいて常識人(セレナ観点)であるガリスがどうしてこんなことをするのか。

理解出来ない、掴まれた腕を信じられないと凝視するセレナにガリスは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「…すみませんマスター…私はオートスコアラー・シスターズ…本来ならばマスターの為に行動しないといけないのに、こんな事をして本当にすみませんマスター……ですが…あの姉の策略に乗るのはアレな気持ちもあるんですけど、今回ばっかりは乗らないと…いや、絶対に乗らないといけないと思ったんです!!それ故にこのガリス!!一時だけマスターへの忠誠心よりも己の欲望を取りました!!お許しくださいッ!!」

 

「よ、欲望ってなに!?え、ちょ、は、離してガリス!!ガリス!?ガリ――ぁ―あああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を偶々見ていたアルカ・ノイズは後に語る。

4人の人形によって部屋に引き摺られていくマスターの姿はさながら地獄へ連れて行かれる罪人の様だった、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎える3月3日。

 

「キャロルちゃん誕生日おめでとうッ!!」

 

響の音頭から始まりを告げた誕生日パーティー。

美味い食事、色鮮やかな飾りつけ、賑わう会場。

予定の都合上、OTONA達は参加する事は叶わなかったが、それでもS.O.N.G.のほとんどの面々が勢ぞろいする会場の中で本日の主役たるキャロルはワインを飲みながら自らの為に行われている誕生日パーティーを満喫していたのだが―――不意に気付く。

今日はまだセレナを見ていない、と。

 

「誕生日おめでとうなワケダ、キャロル」

 

「――驚いた、お前も来ていたのかプレラーティ」

 

「あーしもいるわよ♪」

 

「私もだ。誕生日おめでとうキャロル」

 

S.O.N.G.、キャロル陣営、パヴァリア光明結社

恐らく人類における最大勢力3つが勢ぞろいしている光景は、少し前までは誰にも想像する事も出来なかっただろう。

そこに至る道は過酷で時に争い、時に傷つきあいもしたが、それでも今現実として此処にある。

この現実を築いたのは此処に居る全員の努力と結束もあったが――そのきっかけとなったのはやはりセレナだ。

この場にいる全員が彼女に感謝しているし、彼女もまた全員に感謝している。

この優しい時間を作ってくれてありがとうと互いに感謝しているのだ。

 

「そう言えば…あいつはどうしたワケダ?まだ見ていないワケダが…」

 

「お前もか?実はオレもだ。全く、どこでサボっているのやら…」

 

こういうパーティーにおいて一番に働くセレナが居ない。

そのことに僅かに戸惑いながらもその姿を探す2人であったが、そんな思いを知らない響が設置されたステージへと昇る。

 

「それじゃあそろそろキャロルちゃんへプレゼントタイムといきましょーう!!」

 

イエーイ!!とテンション高めな面々は次々とキャロルにプレゼントを渡していく。

愛らしいぬいぐるみや書物、武者鎧や手作りのお菓子、小物や衣類等々。

多種多様なプレゼント、過去の想い出のほとんどを焼却している彼女からすれば実質初めての誕生日プレゼントに小さく微笑みながらそれらを受け取っていく。

受け取り切れない程のプレゼントの山、それらを壊す事ない様にとアルカ・ノイズに命令して私室へ運ばせていると―――

 

「し、師匠!!」

 

聴こえて来たのは聞き覚えのある声。

探していた人物であるその声に安堵しながら視線を向けて―――困惑する。

そこにいたのは確かにセレナではあった。

だがその姿は黒いローブを頭から被った姿。

声が聞こえなければ誰かさえも分からない程に深々とローブを被った彼女に、どうしたと声を掛けようとするが、それより先に手渡された物があった。

 

「…?なんだ?」

 

受け取ったのは1枚の封筒。

シンプルなその見た目の封筒に困惑しながらも開けると、中にあったのは1枚のメッセージカード。

表には≪師匠へ≫、そして裏には―――

 

 

 

 

 

≪誕生日プレゼントはわ た し≫との文字。

 

 

 

 

 

「――――何だこれは。おい馬鹿弟子これはどういう――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして物語は書き出しへと戻る。

黒いローブを脱ぎ捨てたセレナは―――スク水だった。

それも白、白いスク水。

ご丁寧に胸元には≪セレナ≫の名前入りときた。

そんな服装のセレナは沸騰するのではないか、そう思わせる程に顔を真っ赤にしたセレナは教え込まれた決め台詞を叫んだ。

 

 

「わ、わわ、私を、う、受け取ってください師匠ッ!!!!」

 

 

衝撃発言と共に訪れるは一瞬の沈黙―――そして―――

 

 

 

 

「響は見ちゃダメ!!」

 

「え!?ど、どうしてなの未来!?」

 

「せ、セレナッ!?その姿はいったいどうした!!」

 

「…やべぇ、あれはやべぇ…アタシでもクラってきやがった…」

 

「うへへぇい!!僕の英雄が此処に居るって聞いてやって来――ギャフンッ!!!!」

 

「男どもは見るなッ!!!!!特にお前は見るなッ!!!!」

 

「あわわ…し、調…エッチデスよぉ…大人の階段上ってるデスよぉ…」

 

「――エロい("´∀`)bグッ!」

 

「はわわわ!!せ、セレナさんエッチです!!スケベはいけないですよ!!」

 

「―――ニコリ(無言の録画開始)」

 

「………わぉ、マスターエロい、です。ロリエロ、です」

 

「わぉ!!見てみてレア☆やっぱりスク水が一番似合うよね☆」

 

「本当だねレイ☆個人的には白ビキニとかも良かったけど、こっちも最高☆」

 

「ん~?マスターまだ夏は先だぞ?泳きたいのか?だったらアタシが温泉プール作ってやるぞ!!」

 

 

 

 

 

生まれる多種多様な反応。

その中においてキャロルは―――大方の事の展開とその犯人が誰であるのかを推察する。

今この会場に居ない犯人であろう彼女については後で絞めるとキャロルは呆れながらセレナに落ちていた黒いローブを被せた。

 

「し、師匠!!食われるんですか!!?喰われちゃうんですか!!?」

 

「喰うか馬鹿たれ!!全く…大方ガリィに言い包められたんだろうが…もっと身体は大事にしろ。オレはともかくあそこにいる変態科学者にそれ言ってみろ。文字通り食われるぞ」

 

「いえ、あの人だけには絶対に言いませんので」

 

ぐはッ!!と2度目のダメージを受けているドクターを尻目にセレナは説明し始める。

ガリィ達に連行される以前の事を。

ガリィ達に連行された先で、見せられた書籍(R18)の存在を。

この通りにやれば満足してもらえると聞いて一世一代の覚悟を以て臨んだ事を、話した。

 

「―――絞める。あいつ絶対に絞める」

 

説明されたキャロルの脳裏に浮かんだのはこの状況を仕出かした青い人形に対する怒り。

とりあえず彼女の事は後回しにして、眼の前で暴走してしまった弟子に優しく声を掛ける。

 

「あのな馬鹿弟子、確かにオレはお前の言う通り数百年を父の――パパの命題に答える為だけに捧げて来た。娯楽なんて楽しんだ覚えもないし、誕生日なんて論外だ…もうパパと過ごした誕生日でさえも記憶に残ってない」

 

けどな、と笑う。

過去を燃やし、自らが生み出した父の命題の答えを果たす事が出来なかった少女は、笑う。

その表情に一切の曇りを無くして笑う。

 

「――今はそれでも良いって思ってる。パパの出した命題の答えを知った。お前と言う存在のおかげで過去を生きるのはやめられた――未来を生きる選択を選べた。全てはお前だセレナ。お前のおかげだ。オレにとって――キャロル・マールス・ディーンハイムにとってお前と言う存在こそが最高のプレゼントだって思ってーーいや、そうだと確信している。だからそんな無理する必要などないさ」

 

「――――師匠」

 

照れくさい事を言ったなと珍しく顔を赤くしながらキャロルは顔を逸らす。

その様子は少し前までの彼女ではとても想像出来なかった事。

それをエルフナインは優しい笑みで眺める。

彼女と同じ記憶を持つ人として、彼女が辿り着けた明るい未来に笑みを浮かべる。

 

「ふん、それでもまだプレゼントがしたいと言うのなら―――あれだ、あの言葉だけで良い」

 

あの言葉、それが何を意味しているのかすぐに理解出来た。

セレナは笑う。

あれだけ必死に考えてたのが馬鹿馬鹿しいと思えるくらいに笑って、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お誕生日おめでとうございます!!師匠!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日を祝うその言葉を発した。




「くひひ、今頃ちびっ子真っ赤になってるでしょうね~♪早速見に行ってやろ―――」

キャ「(#^ω^)」

ガ「Σ(゚Д゚)」

キャ「ε≡≡ヘ(#^ω^)ノ」ガ「ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ」












「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」






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第89話

 

 人間と言うのは理解出来ない現実――非現実を前にするとどうするだろうか?

人によっての違いもあるが、大抵の人間は2つの選択肢のどちらかを選ぶ。

1つは排除、理解出来ない非現実を力を以て排除する選択。

魔女狩り、異端狩り、邪教徒狩り、歴史において様々な名称で行われてきたこれらはその選択を選んだ結果だ。

その果てに多くの人命が失われる事となったのは、言うまでもない。

そんな選択とは真逆のもう1つの選択、それは――――

 

「あは…あはははッ!!素晴らしいッ!!素晴らしいですよ貴女はッ!!流石は僕の英雄ッ!!貴女の求愛は確かに受け取りましたよッ!!!!」

 

―――受け入れる、非現実を自分にとって都合よく解釈し、自分にとって最適な妄想へと書き換えて受け入れる。

この男、ドクターウェルが選んだのは後者だ。

ノイズVSノイズと言う非現実な現実を男は都合よく解釈した。

このノイズ達は彼女が≪僕≫の為に独自の手法で作り上げたのだと。

ソロモンの杖を、ノイズを操る唯一無二の力を持つ僕に対等になるべくして作ったのだと。

理想の英雄たる彼女が英雄になろうとしている僕と対等になってくれたのだと。

 

実際ノイズを作り上げたと言う所までの彼の妄想は正しい。

確かにセレナはノイズを……アルカ・ノイズを作り上げた。

その基礎を構築したのはキャロル、そして結社の錬金術師達ではあるが、その基礎から発展させ、今の形へと造り上げたのは間違いなく彼女だ。

だが、決してこの男の為に作ったわけではない。

ノイズを討ち倒す力、その為だけに作ったのだ。

基礎を作ったキャロルが考えている思惑とは全く以て違う方向を向いてしまった開発方針だが、それでも断じてこの男の為だけではないと断言しておく。

けれどもそんなものこの男の妄想においてはどうでも良い事実。

男にとって大事なのは自らの妄想なのだから。

 

「………ドクターウェル………」

 

その傍らで治療を受けるマム………ナスターシャは思う。

やはり私は間違えていたのだと。

全て最初から間違えていたのだと。

白い孤児院で行ってきた非道な研究も、優しい子達を闇に引きずり込んでしまった己の愚かさも、この男を味方に引き入れたのも、

全て、全て間違えていた。

強き者だけが救われ、弱き者は見捨てられる災厄。

その災厄から人々を1人でも多く救おうとした私達は、いったい何をしているのか。

 

「……調……切歌………マリア………」

 

私が引きずり込んでしまった優しい子達。

あんなに仲が良かった3人は今やそれぞれの道を進み、互いに互いを、そして自らさえも傷付けながら茨の道を進んでしまっている。

その発端は………間違いなく私だ。

 

止めなくてはいけない。

自らが生み出した間違えを、その全てを正し、あの子達がこれ以上傷付くのは阻止しなければならない。

それこそがーーー終わるこの命の最後の役目だ。

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

二課の医療チームに属するその男は、目の前の光景が理解できずにいた。

二課が持つ潜水艦、その甲板においてーーー

 

《重症患者からゆっくりと降ろすんだ!!》

 

《医療物資は此処に置いておくぞ!!》

 

《輸送が完了した奴から急いで戻らせろ!!戦場にはまだ要救助者がいる!!1人でも多く救うぞ!!》

 

ーー人類の敵である筈のノイズが言葉を話し、人を救っていると言う信じられない光景がそこにあるのだから。

 

ノイズからの要請、最初にそれを聞いた時は「……は?」と戸惑った。

ノイズは人類の敵、決して分かち合えない筈の彼等が要請?と。

そもそも過去会話をしたと言う記録さえない彼等が言葉を使ったのか?と。

戸惑いながらも彼は指示に従い、輸送されてくると言う米国の軍人達の受け入れをする為に甲板へと向かいーーそこで待っていたのがノイズが人を助ける為に動いているこの光景だ。

理解が出来ない、そう思っているのは彼だけではない。

運ばれてきた軍人達もノイズを信じられないと言った面持ちで見ている。

この場にいる誰もが目の前の光景を信じられないと見ていた。

 

《二課の方か!?要請受け入れ感謝する!!要救助者第一陣合計147名だ!!すぐに第二陣も来る!!必要な事があれば言ってくれ!!全力で助けとなろう!!》

 

「………え、あ、は、はい!!」

 

恐らく人類史上初めてのノイズとの会話。

それを成しているのだと自覚する前に男もまた戸惑いが抜けきれてはいないが、それでも二課の職員としての仕事を果たすべく、自らの役目を全うする。

1人でも多く救う、その為に男もまた自身にしか出来ない事を成す為に戦場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノ、ノイズからの要救助者受け入れ開始しました!!」

 

弦十郎は思う。

これは本当に現実なのか、と。

人類の敵、人類を殺す為だけの存在である筈のノイズが人を助け、人と協力している。

信じられん………思わず口からそんな言葉が零れる。

だが、現実はこれなのだ。

信じられなくとも、実際に目の前で起きているのだ。

 

「………ッ」

 

理解が追い付かない現状、だがそれで止まるわけにはいかない。

戦局は淡々と変わっているのだ。

今こうして呆けている間にも時間は過ぎ去っていくのだから。

ーー思考を切り替える。

戸惑いも困惑も一度捨てて弦十郎は冷静に戦局を見定め、そして指示を出す。

 

「要救助者はノイズと医療チームに任せろ!!藤尭!!翼とクリスはどうしている!!」

 

「翼さんは敵装者の追撃を受けてなおも戦闘継続中!!クリスさんは敵対ノイズの排除を……み、味方ノイズと共に実行中です!!」

 

「友里!!未来くんの動きは追跡出来ているか!?」

 

「出来ています!!未来さん以前戦闘エリアから離脱して移動中!!ですが何処へ向かっているのかは不明なまま………あ!!」

 

「どうした友里!!なにがあった!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、未来さんの元にーーー仮面の少女が!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------------------------

 

小日向未来は指定されたポイントへと向かう。

朧気な意識の中で、そこへ向かって成すべき事を成す為に向かう。

そうすればーー

 

「(そうすれば、みんな争わなくて済む様になる)」

 

小日向未来には見えている。

全てが終われば皆が辿り着ける楽園が。

誰も争う必要がなく、誰も笑顔で居られる、そんな優しい世界が。

だから向かう、だから急ぐ。

これ以上誰も傷つかせない為に、これ以上誰も悲しませない為に。

けれども………脚は止まる、止めなければならなくなる。

だってーーー

 

「ーーーーー」

 

小日向未来の進む道を阻むように、仮面の少女が立ち塞がる。

この先には行かせないと、言葉なく伝わる感情を前に小日向未来は口を開く。

 

「ーーどうして?どうして貴女は邪魔をするの?」

 

返答など期待してはいない。

けれども聴いてみたかったのだ。

彼女はーーこの場において誰とも関係がない人の筈なのに。

それなのにどうして邪魔をするのか、それを聴いてみたかった。

だがーー

 

「ーー止めないといけないからです」

 

期待を裏切って返答が帰ってきた。

その声は何処かで聞いた様な気がするとは思ったが、すぐに気のせいだと忘れる。

 

「なんで?私は皆の為にしてるんだよ?」

 

重要なのは彼女が会話に応じたと言う事。

だったら話したら分かってくれる筈だ。

この先に待つ優しい世界を、皆が笑顔でいられる世界を、分かってくれる筈だ。

 

「ーー皆の為?」

 

「そうだよ、皆の為。もうすぐ誰もが笑顔でいられる世界が来るんだよ。誰も傷付かない、誰も争う必要のない優しい世界。それがもう少しでやってくるんだ。私の……この神獣鏡の輝きがあれば」

 

そうだ、もう少しなのだ。

理想の世界が、誰にでも優しい世界が、響が傷付かなくても済む世界が、もう少しでやってくるんだ。

だから私は行かないといけない、だから進まないといけない。

 

「大丈夫だよ。その世界は貴女も受け入れてくれる、だからーー」

 

そこを退いて欲しい、そう続く言葉はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その世界はーー大事な人達を傷付けてまで欲しいのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に阻まれた。

 

 

 

 

 

 

 




ウェルセレ………?
セレミクセレミク


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第90話

…XV6巻が届かないのデス
どういう事デスかAm○zon先生…
なんで…なんで9日郵送なんですか…わっち早く最終回みたいのん…(´・ω・`)
(予約し忘れており、予約したのが先月の25日だった男の末路)


 

「――何を、言っているの?」

 

 理解が出来ないと小日向未来は首を傾げる。

演技などではない、正真正銘彼女には心当たりが無いのだ。

つい先程その力で――神獣鏡の輝きで友達である筈の雪音クリスを殺しかけたと言う事実を未来は覚えていないのだ。

彼女が覚えているのはただ1つ、もうすぐ出来上がる素晴らしい世界を否定する≪敵≫を排除しようとした、それだけなのだ。

 

 仮面の少女は――セレナはそれを見て彼女の状況を理解し、そして憤る。

あの優しい人を、私の友達を、良くもこんな目に合わせてくれたと怒りが彼女の拳を力強く握らせ、その視線は上空を飛び回っているF.I.S.のヘリへと向けられる。

あそこにいるであろうあの男――ドクターウェルに対して収まりきらない怒りを以て睨みつける。

しかしその瞳がドクターを視る事も、ナスターシャの治療で外の様子を知る事が叶わないドクターもまたその瞳に気付くことはない。

 

 だが、だがだ。

もしも怒りに満ちたその視線をドクターが気付いていれば、彼は間違いなく歓喜していただろう。

何故か?単純だ。

 

ドクターウェルは――既に仮面の少女とあの死神が同一存在である事を見抜いているからだ。

 

 仮面の少女が初めて彼らの前に出現したライブ会場。

その際にドクターはネフィリムの覚醒を確かめる為に小型デバイスを会場へと持ち込んでいた。

ちょっと弄れば盗聴される様な通信機と同レベルかちょっと上レベルの機器しかないF.I.S.(マリア達)とは比べものにならない、独自に改造を施した特殊なそれを、だ。

それ故に――ファラが放った妨害電波の中においてもそれは無事に起動し、ドクターは彼の少女のデータを入手する事が出来た。

 

 そして二回目、彼が理想の英雄として憧れを、そして愛を抱いたあの死神の出現。

無論、この時もこの男はそのデバイスを持っていた。

理由は同じく、ネフィリムの成長を確かめる為に、だ。

その予定は滅茶苦茶とはなったが…その代わりに彼の死神のデータも収集する事が出来たのだ。

 

 こうして得た2つのデータ。

ドクターはそのデータを調査する過程である事実を発見。

それは、仮面の少女が発するシンフォギアに酷似した波長パターンが死神が発するそれと類似していると言う事実に………

この時点においてはまで「もしや」と言う仮定でしかなかったが……今は違う。

2つのデータから生まれた疑問を、3度目の出現である今日、再確認したドクターは確証を得たのだ。

あの死神と仮面の少女は同一であると。

 

 だからこそ男は喜ぶ。

憧れの、愛を抱いた英雄から向けられる感情に身を悶えさせ、喜びを噛み締めるだろう。

向けられた感情が何であれ、だ。

それがこの男にとっての――≪愛≫なのだから。

 

 しかしそんな事を彼女は知る由もない。

ヘリへ向けた怒りを抑えて、少女は眼前へ――小日向未来へと向き合う。

 

「――先程言いましたね。争いのない、誰もが笑顔でいられる世界を作る、と」

 

――セレナは思う。

もしも、そんな世界が本当にあるとすればそれは間違いなく素晴らしい世界だろう。

誰も争わず、誰も傷つかず、誰もが笑顔でいられる世界。

とても良い世界だと思う、彼女の言う通りの素晴らしい世界だと思う、それは間違いなく本音だ。

けれども――――

 

「そうだよ。それはもうすぐそこまで来ていて、後少しなんだ。だから私が行かないと―――」

 

 精神が操られている状態の未来でも会話が出来る相手を傷つける、と言う判断は下せなかったのだろう。

仮面の少女を避ける様にして先へと向かおうとするが――それを阻むのは海面と言う鏡面から飛び出した無数の黒い手達。

絶対に通さない、そう示す様に立ち塞がる黒い手を背に仮面の少女は――セレナは語る。

 

「――争いのない世界、誰も傷つかない世界…ええ、とても素晴らしい世界だと思います」

 

「だったら―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――けど、その世界は本当に貴女が望んだ世界ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人は誰しも必ず争う。

自身の為、友の為、家族の為、国の為、世界の為。

己にとって絶対に退けない想いや信念、理由があるからこそ人は争う。

時に他人を蹴落とし、時に他人の怒りや嘆きを糧とし、時には他人の命を奪う。

そうして人類は今日まで≪争い≫と共に生きて来たのだ。

もはや人類から争いを除く事は難しいだろう。

人は恐らくこの先もずっと争い続ける、それはどうにもならない事実なのかもしれない。

だからこそ、彼女の言う世界に僅かでも賛同していた。

争いなんて無ければ良い、そう思っているのは間違いなく本心で、彼女の語る世界に夢を抱いているのもまた事実だから。

けれども―――

 

 彼女が――いや、彼女を操るドクターウェルが目指すその世界にあるのはそんな明るい世界ではない。

―――待っているのは≪支配≫だ。

誰もが笑顔でいて、誰もが争わない世界。

それは――誰もが心の中に本心を隠し、誰もが力に怯える世界だろう。

あの男が、己の欲望のために他者を傷付けるあのドクターウェルが作り上げるのはそんな世界だと確信を以て言える。

だからこそ聞く、それこそが本当に望む世界なのかと、本当にそうなのかと、小日向未来に問いかける。

 

「―――――」

 

―――沈黙。

小日向未来は問われた言葉をぼやける思考で考える。

誰もが笑顔で居られる素晴らしい世界、その世界でなら響が傷つく事は永遠にない、そう確かにあの男の人は言ってくれた。

その世界を作るのに力を貸してほしいとも、親友を救えるのは貴女だけだとも彼は言った。

辿り着いた先にある素晴らしい世界でなら他の皆も救われると彼は言った。

 

―――だったら、考える必要などない。

 

 小日向未来は行動を以て返答とする。

展開する神獣鏡、その矛先は――仮面の少女へと向けられる。

語る言葉はもはや必要ない、既に話し合いは終わったのだから。

 

「――邪魔をしないで、私は皆を――響を救うんだから」

 

 向けられた敵意、彼女から――未来お姉さんから向けられる事は永遠にないであろうと思っていたそれに、目元が熱くなるのを感じる。

頬を伝う涙を拭い去り、セレナもまた覚悟を決める。

 

絶対に、そう絶対に―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女を止めます――未来お姉さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

此処に1つの戦いが始まりを告げた。

 

 

 




ナツカシノメモーリアー カウント ???
おや?カウントの様子が………?


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第91話

 



 

 海上にてぶつかりあう黒と白。

魔を払う光を放つ未来、魔を象徴するような黒い手を操るセレナ。

互いの技が縦横無尽に振るわれ、放たれ、ぶつかり合う。

空中から、海中から、真っ正面から、ぶつかり合う。

 

「ーーーッ!!」

 

 セレナは分かっていた事とは言え戦いにくいと歯軋りする。

相手はただでさえ自身にとって友人であり、恩人でもある未来お姉さんだ。

精神的にも戦いにくいと言うのに、彼女が持つ神獣鏡の輝きと自身が持つニトクリスの鏡の黒い手、この2つの相性が最悪過ぎる。

彼女の神獣鏡の輝きは魔を払う光。

あの光の前では圧倒的な再生力を誇る黒い手でも塵に等しく、彼女の放つ光によって次々と打ち消されていく。

精神的でも、戦闘力的な意味でも戦いにくい、それがセレナが小日向未来に抱く感想だ。

 

「(それに……)」

 

 戦っている最中に気が付いた事がある。

――時間が経つにつれて彼女の動きが格段と向上している。

最初からつい先日まで戦闘経験のない素人がする動きとは思っていなかったが、今はそれが更に拍車を立てている。

自身の行動の無駄を省いているだけではない。

此方の移動、攻撃、回避、ありとあらゆる行動パターンを読み取ってそれを自らの行動に取り組んで仕掛けてくる。

まるで戦いながら学んでいる様に―――

 

「――――まさか」

 

 様に、ではない。

本当に、学んでいるのではないか?

彼女は戦いながら此方の動きを読み取り、それを学んで自らに生かしているのではないか?

――それならば理解出来る。

先日まで戦闘経験のない彼女が此処まで戦う事が出来る十分な理由となる。

そしてそれを可能としているのはやはり――――

 

「(あのシンフォギア――!!)」

 

 セレナの予測は正しい。

小日向未来は戦いながらセレナの動きを随時≪画≫としてダイレクトフィードバックシステムで記録し、その行動パターンを解明、理解し、自らの動きに組み込み、独自に対彼女用の戦闘プログラムを構築し、それを実践しているのだ。

 

 例えどれだけ武に優れた超人でも絶対に隙は存在する。

セレナもその1人だ。

オートスコアラー、そしてキャロルに戦闘技術を学び、単純な戦闘能力だけで言えばミカに迫る勢いのある彼女でもその動きには本人でさえ気づかない程度の隙がある。

そんな僅かな隙を読み取り、狙い撃つ様に光が放たれる。

 

「――――ッ!!」

 

迫る光を身体を捻って何とか躱すが、同時に未来が操る遠隔の鏡が躱したばかりで無防備なその姿に光を放とうとするが、咄嗟にセレナが海面から呼び出した黒い手が主を守る為にその身を犠牲に光の勢いを弱める。

だが、弱めただけでしかない光は、彼女の肌に傷をつける。

本来ならばファウストローブの防護機能がダメージを軽減させるのだが、神獣鏡の輝きはそんな防護機能さえも削り取る。

幸いなのは光自体が小規模な物で肌を薄く切る、程度で済んだ事だろう。

左腕を伝う血液、見た目程に傷みが無い事に安堵しながら構えなおす。

 

「(私の予測通りなら…長期戦に成れば成るだけ此方が圧倒的に不利になっていく…けど…)」

 

 セレナの持つニトクリスの鏡が操る黒い手は確かに強い。

圧倒的な再生力、かなりのパワー、鏡面さえあれば無尽蔵、主を守る為に動く自立行動。

強い、確かに強い。

だが―――それだけなのだ。

≪それ以上≫が無いのだ。

 

 装者達の様に必殺技や隠し種があるわけではない。

いや、あるのかもしれないが、未熟なセレナではそれを引き出せていない。

故に、短期決戦を望むとしてもそれが可能となる≪力≫がないのだ。

 

「どうにか――ッ!!」

 

 しないといけない、そう続くはずだった言葉は迫る光を前に阻まれる。

黒い手を呼び出してもあの光を前にしては無意味だと分かっているセレナはそれを躱し、両手に作り出した拳銃を彼女目掛けて放つ。

迫る弾丸、それを未来は手に持つアームドギアで撃ち落そうとするが、接触する直前に弾丸は粉々に割れ、彼女の周囲に鏡面となって散り――同時にそれらから生み出された黒い手が一斉に未来を襲う。

 

「―――――――」

 

 今までのセレナの行動パターンには無かった奇襲。

一瞬、困惑が表情に現れるが、それは本当に一瞬だけ。

迫る黒い手、それらを前に未来は―――自ら脚部のブースターを切り、海中へと沈んで躱した。

 

「―――ッ!!」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

これで決まれば良かったが――失敗した。

海中から飛び出した未来は再度脚部のブースターを起動させて光を放ち、粉々になった弾丸もろとも黒い手を消失させた。

もうこれで、この奇襲は彼女に通用しないだろう。

段々と手詰まりになっているのが分かる。

持ち札が無くなり、追い込まれているのだと実感させられる。

退くべきではないかと心の弱い部分が悲鳴を挙げているのを自覚させられる。

けれども――だとしても―――

 

「――絶対に退けません」

 

 絶対の覚悟と憤りを胸にセレナは立ち上がる。

優しい彼女を取り戻すと、彼女をこんな目に合わせたあの男を絶対に許すかと。

確かに追い込まれているが――それがなんだ。

救うを決めたのだ、取り戻すと決めたのだ。

ならば進むしかない。

まっすぐに、ひたすらにまっすぐに、進んで助けるしかないのだ。

 

「はぁぁぁぁッッ!!!!」

 

 だからこそ駆ける。

勝算はないと頭が命じても、駆ける。

助ける人が、取り戻すべき人がいるのだと駆ける。

そんな彼女に向けられるのは、光。

この一撃で決めようとしているのだろうか、歌声と共にチャージされていく光は膨大でまともに受ければどうなるか……

それでも、駆ける。

手を伸ばして、駆ける。

助けたいと願い相手を、未来お姉さんに必死に伸ばした手と共に駆け、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来ぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そんな彼女に、小日向未来に振るわれたのは拳。

唇を噛み締め、友を、ひだまりを殴り飛ばしたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――ひ、びき?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――涙を流す立花響であった――

 

 

 

 

 

 

 




ひびみく パワハラ現場なう



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第92話

 

 愚かな行為だと理解はしている。

けれどももう耐えられなかった。

親友が、ひだまりが傷つくのも、誰かを傷つけるのも、耐えられなかった。

だから――――

 

≪――――――≫

 

 輸送用アルカ・ノイズである彼14333は少女をーーー立花響を輸送していた。

人命救助の為、ではない。

彼女を戦場へ送る為に輸送しているのだ。

何故そうなったのか、それを説明するには少し遡る必要がある。

 

 

 

 

 

≪第3陣輸送部隊が来るぞ!!≫

 

≪場所開けろッ!!急げ急げッ!!≫

 

「負傷者は此方に!!歩ける方は此方へ!!」

 

「薬品が足りないぞ!!誰か急いで医務室から持ってきてくれ!!」

 

 

 

 

 

 二課の職員とアルカ・ノイズ、そして負傷した米軍関係者達。

甲板から船内までどこもかしこも埋め尽くされているが、未だに輸送されてくる人は後を絶たない。

それもそのはずだ、なにせ――救う対象が増えたからだ。

 

 米国の不審な動きを監視する、国連で決まったその名目の為に近海に配備されていた多国籍軍が米軍救援の為に同海域に侵入。

その本心は米軍の目的――フロンティアの奪取にあったのだが、そんな多国籍軍をウェルが見過ごす筈がなく、ノイズによる攻撃を喰らい、アルカ・ノイズ軍がこれを救助。

結果、多国籍軍もまた救助される流れとなり――二課の潜水艦の内部は国も人種も全て勢ぞろい状態になりつつあった。

そんな所狭しとなった艦内を駆けるのは、1人の少女。

名前を立花響。

その胸に宿るガングニールが彼女を蝕み、命を奪い獲らんとしている状態で、彼女が向かうのは――甲板。

多くの軍人やそれを運ぶ職員やアルカ・ノイズ達、その中から―――少女は探していた目的を見つける。

 

≪第4陣が来る前に甲板を開けろッ!!輸送完了したら飛んで開けろッ!!」

 

 今まさに飛び立たんとしている輸送用アルカ・ノイズ達。

その一体に、響は飛び乗った。

そのアルカ・ノイズこそ――14333である。

 

≪え!?ちょ、ちょっとッ!?≫

 

 彼からすれば予想外の展開に困惑し、降りる様に促すべきだと口を開くが――それを阻んだのは、少女の叫びだった。

 

 

 

「お願い!!私をあそこへ――未来の所へ連れて行ってッ!!」

 

 

 

 そうして今現在、彼は本来の任務とは別の行動を実行しているわけだ。

 

≪(――あーあ、ヤバいよな、コレ…)≫

 

 任務放棄に加えて独断での行動。

説教……で済めば良いがと思う彼は今更ながら後悔する。

あの時降ろすべきだったと、降りる様に促すべきだったと。

何なら他のアルカ・ノイズに連絡して無理やり降ろすべきだったと。

乗っているのが二課の装者であるのならなおさらだ。

 

 だが、出来なかった。

少女の――立花響の叫びを聞いた時にはもう、出来なかった。

友を助ける為に向かう、その姿が――自らのマスターと被ってしまった時点でもう無理だった。

 

 戦場が見えてくる。

黒と白、光と手が交差する戦場が迫って来る。

おびただしい数の攻防が繰り広げられる戦場、これ以上の接近は危険であった。

その危険性がマスターから与えられた厳命である≪死ぬな≫を思い出させ、その命令が彼の動きを止めてしまう。

戦場から遠くも無いが近くも無い、そんな曖昧な位置で停止してしまったアルカ・ノイズの動きを見て、響も何気なく察したのだろう。

 

「ありがとう!!此処で良いよ!!」

 

 元々戦場まで送ってもらおうとは思っていなかった彼女からすれば十分だった。

扉を開いた響の眼にも、戦場が視える。

親友が、ひだまりが傷つき、誰かを傷つけてしまっている戦場が視える。

 

「――――ふぅ」

 

 静かに深呼吸をするとともに胸のガングニールに手を沿える。

奏さんから受け継いで、多くの戦場を共に生きて、今は私の命を蝕んでいるガングニール。

これ以上使えば――仮に助かったとしてもそこにいるのはもう≪人間≫ではない私だろう。

怖くないか、と言われた怖いとしか言えない。

 

――≪死≫――

 

 今まで縁のない物だと思っていたそれが今は目の前にある。

眼の前で誘い、招いているのだと思うと恐怖する。

――死にたくない、それは間違いなく本音だ。

まだしたい事もある、やり残した事もある、楽しみにしている事もある。

まだ生きたいと、そう思っている。

 

 けど、けれどだ。

それは彼女が――私の陽だまりである未来が居てからこそなのだ。

未来と一緒にしたい事、やり残した事、楽しみにしていた事がある。

当然、未来だけじゃなくて皆がいないといけない。

だから、これ以上未来が傷つくのも、未来が誰かを傷つけるのも、許せない。

止めないと、取り戻さないと行けないんだ。

そしてそれが出来るのは、きっと私だけ―――

 

 

 

だから―――――――

 

 

 

14333はその姿を見て思う。

嗚呼、やっぱりこの少女は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Balwisyall nescell gungnir tron」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――マスターにそっくりだと。

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 そして、時は動く。

 

「未来ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッ!!!!」

 

 立花響の拳が小日向未来を殴り飛ばす。

その威力は凄まじく、チャージ体勢で無防備だった未来はまるでボールが如く海上を跳ねて飛んで行く。

仮面の少女を助ける為に振るった拳、なれどその拳は間違いなく未来を殴ってしまった。

その悲しみに涙を流しながらも、響は未来に拳を向ける。

例え親友を、ひだまりを殴ってしまっても――取り戻すと誓ったその拳で構える。

ーー仮面の少女に無防備に背中を見せてーー

 

「――――」

 

 そんな姿を視ながら、セレナは思う。

どうして彼女は――此方に敵意を向けないのか、と。

完全に此方に背を見せ、無防備なその姿を今襲えば一瞬で終わってしまうと言うのにどうして、と。

そんな困惑するセレナに対し、響は―――

 

「えっと大丈夫!?怪我とかしてない!?未来を止めてくれてありがとね!!未来は私が必ず助けるからあとは任せて貴女は安全な所へ!!」

 

 放ったのは、心配する言葉。

まだ味方だと判明していないのに、最初に語る言葉が敵味方の確認ではなく、相手を心配する言葉。

襲ってくるかもしれないのに、敵対するかもしれないのに、そんな事を心配するよりも先に相手の事を心配するとは……

想像さえしていなかった言葉に、思わず、そう思わず小さく笑ってしまう。

 

「ふぇ!?ど、どうして笑うの!?」

 

「―――いえ、貴女らしいなって思いまして」

 

「え?えっと………会った事、ある?」

 

「ーーええ、貴女が知らない所………ですけどね」

 

 彼女らしいなと、立花響らしい言葉だなと笑う。

繋がった縁は1度だけしかないけれど、それでもその1度が彼女の人を理解させ、そして今それが再確認される。

優しい人だ、世の中の人間が皆彼女の様であれば誰も争わないだろうと想える位優しい人だ。

だが、世の中はそう甘くない。

彼女のその優しい心はいつか必ず他の誰でもない、自分自身を苦しめてしまうだろう。

けれども私はーーーー

 

「………援護します。私も彼女をーー未来さんを助けたい心は一緒ですから」

 

ーーそんな優しい人を好きだと思ってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

ドウシテ

 

 

ドウシテ、響が邪魔するの?

ドウシテ、響がワタシを殴るの?

ワタシは、響のタメニーーーー

 

「ーーー嗚呼、そっか、そうだよね」

 

理解する、理解する、理解する。

嗚呼、なんだそうだったのかと理解する。

 

ーーー響は、ダマサレテルンダーーー

 

回りの人達が響に嘘を言ってるんだ。

響をワタシからウバイトル為にーーー

 

嗚呼ナンダソウダッタノカ………

もう、響ったらカンタンにダマサレルんダから………

本当、響はワタシガイナイとイケナインダネ。

 

けど、もう大丈夫だよ響。

 

 

 

私が、救ってあげるから♪」

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「み、未来さんのフォニックゲインが急速に上昇しています!!」

 

「これはーー!!この数値はーー!!」

 

 鳴り響く警報音、機器が異常を知らせる悲鳴を鳴り響かせる二課で確認されているのは、小日向未来のフォニックゲインの急速な上昇。

その数値の上昇は止まる事を知らないとでも言わんばかりに増え、そして数値はーー過去に一度だけ観測された最大値へと上り詰めた。

そう、その最大値とはーーー

 

 映像が光によって何も見えなくなる。

戦場を照らす輝き、その輝きを二課の面々は知っている。

ルナアタック事件の時に、フィーネとの戦闘において見ている。

 

「ーーまさか………」

 

 呟く様に弦十郎の口からこぼれた一言。

彼の頭にある1つの可能性。

当たっていてほしくない、そう願いながら光が消えた映像を確認するがーーそこにあったのは当たっていてほしくないと願った想いを打ち砕く悲しい現実。

 

 光が消えた中心にいるのはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エクスドライブ……だとぉ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー奇跡を身に纏った小日向未来だった。

 

 

 




ナツカシノメモーリアカウント結果
未来さんエクスドライブ化


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第93話

 


 

《エクスドライブ》

 

 ルナアタック事件の際に立花響、風鳴翼、雪音クリスの三名が見せたシンフォギアが持つ決戦機能。

その稼働には膨大なフォニックゲインを必要とし、意図的な起動が不可能である事から《奇跡の力》と呼ばれ、未だにその機能の全貌は未知な部分が多い。

二課もまたその機能の解明に全力を注いでいるのだが、シンフォギア技術はその開発者である櫻井了子のみが知りうる知識であり、彼女が残した櫻井理論の解析さえもが終わっていない二課ではこの機能の完全解明には至っていなかった。

 

 それ故にあらゆる作戦において《エクスドライブ》は計画に加えていない。

奇跡の力、その力は膨大で圧倒的だが……《奇跡》を計画に加えるのはいざと言う時に発動しない危険性があるからだ。

 

 だからこそーー弦十郎は苦虫を噛み潰したような面持ちで映像を観ていた。

 

「まさか未来くんが奇跡を……エクスドライブを纏うとは…!!」

 

 奇跡の力を身に纏った小日向未来。

計測している機器からはその危険性が数値となって警報音を鳴らしている。

不味い、この状況は不味いと弦十郎は焦りを見せる。

響くんの独断による出撃、それは十分にあり得た可能性で気を付けておくべきだった。

気付いた時には既に遅く彼女は戦場に立っており、そこから逆算して彼女に残された時間を計算した結果ーーー

 

 およそ、10分。

 

 それを越えたらーー響くんは死ぬ。

仮に死ななくてもそこにいるのはもはや《人間の立花響》ではないだろう。

そんな最悪なカウントダウンを前にこのエクスドライブは不味いとしか言い様がなかった。

 

「ーーッ!!翼かクリスくんを救援にッ!!」

 

「無理ですよ!!翼さんは依然敵装者と接敵中でクリスさんは敵ノイズへの対処で動けません!!」

 

 その報告を証明するかのように映像には戦う二人が映し出される。

緑色の装者ーー暁切歌と刃を交える風鳴翼。

F.I.S.のヘリから照射されるソロモンの杖の光から生み出され続けるノイズを味方ノイズと共に倒していく雪音クリス。

どちらもとてもではないが即座に動けないのは明白だった。

 

「ーーーッ!!」

 

 無力だと歯痒さを感じる。

まだ幼い彼女達に戦わせておいて、自分は何も出来ない現状に歯痒さを感じざるを得ない。

何が大人だ、何が師匠だと。

力も権力も、いざと言う時に使えなければ単なる飾りでしかない。

そんな飾りを得る為に努力してきたわけではないと言うのに……!!

 

「ーーそれしか、ないか」

 

 後悔の渦の中で浮かんだのは1つの可能性。

それを選ぶのに抵抗がないのかと言えば嘘になる。

後々においてそれが政府や他国に追及される要因となるやも知れないと分かっている。

だが、この現状においてそれしかないと――弦十郎は指示を下す。

 

 

 

 

 

「仮面の少女に通信を繋げろッ!!二課から正式にーー響くんへの救援要請を出すッ!!」

 

 

 

 

 

未だに敵か味方か判別しきれていない相手に、自らの弟子の命を預ける選択を選んだ。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「ーーッ!!」

 

 風鳴翼は迫る鎌を紙一重で避けながらも、仕返しとばかりに剣を振るう。

リーチの長さでは向こうが勝っているが、手軽さでは此方が上。

距離を埋め、鎌のリーチを殺した接近戦闘にて片を付けようとするが、狙いを理解している彼女はそれを易々とさせてくれない。

 

「邪魔するなデス!!」

 

 彼女が後方に飛び退くと同時に鎌が振るわれる。

鎌から放たれるのは分裂した鎌。

回転しながら迫るそれが風鳴翼の動きを阻み、上手い具合に接近する事を許さない。

歯痒い、そう感じながらも翼は剣を構えなおす。

 

「ッ!………そう易々と決着とはさせてくれない、か!!」

 

 迫る攻撃を避けながらも翼は攻めきれずにいた。

切歌が持つ鎌――≪イガリマ≫は近距離が主体で中距離戦闘はあくまで補佐程度でしかない。

対する翼のシンフォギア≪天羽々斬≫も接近戦を主としているが、彼女と切歌には1つの大きな差がある。

 

―――実力差だ―――

 

 風鳴翼は幼少期よりこの国を守護する防人として多くの武術を学び、装者となってからは多くのノイズを相手に戦い続けて来た経験がある。

対する暁切歌もまた幼少期より≪白い孤児院≫にて戦闘訓練を積んではいるが、実戦経験は圧倒的に少ない。

その経験の差が2人の実力を決定的とし、仮に2人が真正面からやり合えば間違いなく風鳴翼が勝利するだろう。

では何故そんな実力差がある翼が切歌相手に攻めあぐねているのか。

それは――翼が本能的に切歌が持つイガリマに対して危機感を抱いているからだ。

 

「(あの鎌…何かあるな…)」

 

 多くの経験を積んでいる翼だからこそ分かる危機感。

その正体こそ彼女には不明だが、その予測は正しかった。

切歌のシンフォギア イガリマの特性は魂を切り刻む事。

文字通りの意味を持つ彼女の鎌が肉体にダメージを与えれば、それは魂にもダメージとなる。

魂のダメージ、それは恐らく治癒する術がない絶対的な損傷となる。

それがどのような結末を生むのか………想像するのは容易い。

その特性自体まで察していないが、その危険性を本能的に察している翼は攻めあぐね、そして焦っていた。

戦局は通信機越しに概ね理解している。

立花響の独断による出撃、それがもたらす危険性も………

 

 

「(急がねばならない…立花が死んでしまうなんて、最悪の結末を避ける為にもッ!!)」

 

 

 対する暁切歌もまた内心では限界に近かった。

自身にとって家族以上であり、最も大事な存在である月読調がいなくなった事、そして自身がフィーネの器として覚醒しつつある事。

これらが生み出す精神的な不調、そしてLiNKERの効果時間のタイムリミットが迫っている事による肉体的な限界。

それらが一斉に幼い彼女に襲い掛かり、切歌は精神的にも肉体的にも限界が近かった。

 

「急がないと………いけないんデス!!アタシがアタシでいられる間に………!!」

 

 それでも少女は戦うことから逃げない。

残された時間がどれだけあるかは分からない。

けど、その時間で残したいのだ。

彼女にとって大好きな家族や調の記憶に、暁切歌と言う存在を残したい。

だから、逃げない。

目の前の障害を排除し、調を取り戻す。

その為にーー逃げられないのだ。

 

 二人は想いを武器に宿し、構える。

互いに退けない理由が、想いがあるからこそ退けない。

 

「退いてもらうぞッ!!」

 

「お前が退けデスッ!!」

 

2人が駆ける。

天羽々斬とイガリマ、それぞれを握り そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いけれど、少し寝ててもらうよ君には」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえて来たその声が誰の物であるのか、それを確認する前に風鳴翼の意識は――暗闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「―――え?」

 

 暁切歌は呆然とそんな呆けた言葉を紡ぐ。

つい先程まで戦っていた相手が、風鳴翼が気絶する様に船に寝転がる。

その背後に立つのは――1人の白い服を着た姿の男。

 

「…ふむ、二課の装者もこの程度、か」

 

 男は気絶した風鳴翼も眺めていたと思いきや、興味を無くしたかのように視線を逸らし、そして此方を見て―――笑顔を浮かべた。

笑顔で歩み寄る男に、切歌は無意識にイガリマを向ける。

本能的にそうしなければならないのだと構える。

だが、男はそんな事を気にする様子も無く―――

 

 

「初めましてだね、暁切歌くん。

ボクの名前はアダム、気軽にアダムお兄さんと呼んでほしい」

 

 

イガリマの刃を指先1つで押し退けながら自己紹介をし、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の味方だよ、ボクは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――男の声を最後に、切歌の意識もまた暗闇へと落ちて行った。

 

 




ZENRA登場


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第94話

 

「……み、未来?」

 

 奇跡の力(エクスドライブ)、かつて自身が纏ったそれと全く同じ力を身に纏った未来を前に響が戸惑いを胸に抱きながらそう声を掛けるが、未来は微笑みをもって返答する。

その姿にもしや、と言う淡い期待が響の胸に沸き上がるがーーー

 

「響さんッ!!」

 

 聴こえてきた叫び声と共に衝撃が走る。

なにが、困惑しながらもその衝撃が仮面の少女が体当たりしてきた物だと理解すると同時にーーつい先程までいた場所に光が降り注いだ。

海水が蒸発し、僅かな時間でこそあったが海に穴が出来上がる。

あれだけの威力、もしも直撃していれば―――

 

「あ、ありがとう!」

 

「お礼は後で!次が来ますッ!!」

 

 仮面の少女の警告通りに迫る光。

装者である未来の指示に従い、空に展開する幾つもの鏡。

それらから光が降り注ぎ、それらは間違いなく二人の命を刈り取らんとしている。

エクスドライブの影響だろう、先程よりも威力も数も増した光の雨。

それらを仮面の少女――セレナは黒い手を呼び出しながら時には盾に、時には道にして必死に躱す。

一撃でも喰らえば後はない、そう理解しながら必死に躱す。

 

 そんな中で、立花響は光と光の僅かな隙間を潜り抜ける様に躱していく。

胸のガングニールの侵食。

これは立花響の命を蝕んでいる原因であるが、同時に最大限の力を発揮させる力の源とも化していた。

 

「はぁぁッ!!」

 

 胸のガングニールが生み出す膨大なエネルギーを力へと変えて立花響は駆ける。

全身を駆け巡る異常な暑さを噛み締めて耐えながら、胸のガングニールが生み出す膨大なエネルギーを糧に立花響は降り注ぐ光を避け、そして叫ぶ。

自身の親友へ、ひだまりへ向けて叫ぶ

 

「どうして!!どうしてこんな事をするの未来ッ!!私達が戦う必要なんてないんだよ!?ねぇ、帰ろうよ未来ッ!!」

 

 立花響には理解出来なかった。

どうして未来がこんな事をするのか。

どうして未来と戦う必要があるのか。

絶対に違う、未来はこんなことを望んでいない。

だからやめてほしい、掴んでほしい、と必死に手を伸ばしながら叫ぶ。

一度は傷つけてしまったその拳を、伸ばして叫ぶ。

きっと未来は理解してくれる、そう信じて―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を甘えた事を言っているの響

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな思いを踏みにじるかの様に帰って来たのは――1度も聞いた事のない未来の冷たい言葉。

自身の記憶にある小日向未来と言う存在が絶対に発さない程に冷たいその言葉に、立花響は困惑し、そして疑問に感じてしまった。

――目の前の人物は本当に小日向未来なのか、と。 

 

「戦う必要?あるよ。帰る必要?ないよ。だって――響はこれからずっと私と楽園で一緒に暮らすんだから」

 

「らく……えん?」

 

 そうだよ、と未来は笑う。

立花響の記憶にある小日向未来と全く同じ笑みを浮かべる。

けれどもーーその笑みからはいつも感じていた温もりはない。

冷たい、ただ冷たい笑みがそこにあった。

 

「もうすぐ楽園が出来るんだ……誰もが苦しまなくて、誰もが傷付かなくて、誰もが笑顔でいられる理想の楽園が………私はその世界で響と一緒に居たい、響をずっと守ってあげたいんだ」

 

 うっとりと、想像した素晴らしい世界に小日向未来が酔いしれる様に笑みを浮かべる。

響に守られてばかりだった私が、響を守れると。

いつも先へ先へと進んでしまう響がずっと永遠に一緒に居られるのだと、笑う。

けれどもーー

 

「――けど、響は絶対に来てくれないよね?楽園に行けば誰もが救われるのに、響はそんな楽園を否定するんだよね?」

 

 同時に思う。

立花響は絶対にこの楽園を肯定しないと。

その理由までは分からないが、絶対に彼女は望まないと。

楽園を壊そうとするだろうと絶対の確信を以て言える。

 

 だったらーーうん、それなら仕方ないよねと小日向未来はーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ仕方ないよね!?響が嫌がるなら私は無理矢理にでも響を楽園に連れていかないといけないから!!響が悪いんだよ?響がこんなに素晴らしい世界を否定するんだから!!楽園に居れば響は傷つかないし誰も傷つけなくて済む!!もう響を責める人も響を虐める人もいない!!響を戦わせる人も、響が戦う必要も無い!!だって戦わなくて良いんだから!!もしも戦う必要があっても私がいる!!今の私は響に守られてばかりのお人形さんなんかじゃない!!響を守る力だってある!!置いて行かれるだけの存在なんかじゃない!!だから私は響を楽園に連れて行く!!例え脚も腕も声も何もかも奪ったとしても絶対に連れて行く!!だけど安心して良いからね響!!例えどんな姿になっても私が守る!!私が全部お世話してあげる!!私が響の全ての面倒を見てあげるから!!そう!!そうだよ!!これが!!これこそが私が望んでいた願い!!だから――だから安心して傷ついてね響♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー狂愛。

まさにその言葉に相応しい程に彼女は狂っていた。

それが操られている影響からなのか、はたまた本心からなのか、それは彼女にしか分からないだろう。

だが、これで1つだけはっきりとしてしまった。

もはや言葉だけで解決する段階はとっくに過ぎ去った事だけは、はっきりとしてしまった。

小日向未来は己の愛の為に、立花響を傷付けてでも前へ進む覚悟を発した。

もう言葉だけでは止められない、止まらない。

それに対して響は――前へ進むのを躊躇った。

 

 小日向未来の愛を、狂ったそれを前に躊躇った。

操られた影響、そう思い込もうとするが親友として長い時間を共にした響には分かる。

彼女の発言には≪本当≫も含まれている。

未来を守りたい、その為に頑張って来た道は未来からすれば置いて行かれるだけの道でしかなかったのだと、理解してしまった。

 

「――わ…たしは…」

 

 ただ未来を、皆を守りたかった。

この力で、シンフォギアで守りたかった。

けれども、最も守りたいと願っていた相手は…守られるだけの存在でいる事を嫌だったと語った。

守られてばかりのお人形である事を否定したい、けれどもその力は無い。

守りたい相手はどんどん傷ついて、それでも前へ前へと進んでしまう。

その度に傷を増やす彼女を守りたい、そう願っているのに―――

そして私はそんな想いに気付く事なく前へ進んでしまった。

未来を絶対に守る、その想いだけに支配されて、守られる人の事など欠片も思ってなくて……

 

「――ねえ、響。今ならまだ遅くないよ。こっちへ来て?私も本当は響を傷付けたくはないから。だから――この手を掴んでほしいな」

 

 未来が伸ばしたその手が魅力的に思えた。

掴んでしまいたい、と。

未来の想いを踏みにじって来た私だけど、その手を握る事で罪を消したいと。

――手を伸ばす。

贖罪する様に、伸ばされた手を掴まんと手を伸ばしてしまう。

未来が微笑む、記憶通りの温かい笑みで微笑む。

その笑みが、迷いを消していく。

ひだまりへ、私の居場所はあそこだと手を伸ばし、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――聴こえたその否定の言葉が戦場から全ての音を奪い去る。

伸ばしていた腕が止まり、その視線は未来から離れ、仮面の少女へと向けられる。

その表情こそ分からないけれど、それでも1つだけ分かった事がある。

――怒っている、と。

 

「――違います。未来さん…貴女が望んだのは、本当に≪それ≫なんですか?響さんを傷付けてでも傍に置きたいと願う、そんな歪んだ想いが…そんな物が、貴女が望んだ答えなんですか?」

 

 仮面の少女は――セレナは思い出す。

守られてばかりの弱い彼女を、遠くの地で傷つき戦っていてもその無事を信じて祈る彼女の姿を、

立花響の力になりたい、そう願った彼女に答えた返答を――

 

「――?何を言っているの?これが望んだ事に決まって―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女は!!響さんが帰る場所に――≪居場所≫になるんじゃなかったんですかッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――聴こえて来たその雄叫びに、小日向未来は困惑するしかなかった。

だってそれを知っているのは―――――

 

 

 

 

 

 

「――――――キャル、ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

小さな私の友達だけだから―――

 

 




セレみく セレみく


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第95話

更新遅れてすみません…
ちょっとだけなんですけど体調崩してしまいまして…
コロナが流行している今の時期では単なる風邪でも職場では重く見てしまうので、念には念をで休めと休暇を頂いたので休んでいました。
ちょっとだけまだ熱っぽいですが、仕事にも復帰したので執筆も再開させて頂きました。
こんな作者ですが、これからも応援してくれると大変ありがたいです。
では本編どうぞー


 

 少女は気付くことなく叫び続ける。

叫んだその内容が自らの正体を明かしている事に、

その事実が後々自らの首を絞めて苦しめる事に気付くことなく叫び続ける。

高ぶる感情を声に変えて、叫び続ける。

 

「誰よりも響さんを信頼していた貴女がッ!!誰よりも響さんを守りたいと願った貴女がッ!!響さんを悲しませてッ!!響さんを傷付けてッ!!その挙句に脚や腕や声を奪ってでも連れて行く?ふざけないでッ!!!!貴女が求めていた答えはそんな事なの!?貴女が求めていた温かい時間はこんな物なの!?貴女が…貴女が得たかった未来はそんなふざけた物だったんですか!!!?」

 

 言葉が止まらなかった。

口を止めねばならないのに、今後を考えるとこれ以上下手な事を叫ぶわけにはいかないのに。

それでも、止められなかった。

許せなかったのだ。

小日向未来の悩みを知る者として、そして彼女が見つけた答えを知る者として、今の彼女が生み出してしまった歪んだその答えを許す事が出来なかった。

だから叫ぶ、だから止まらない。

胸から次々と込み上げてくる感情を言葉に変えて、セレナは叫び続けた。

 

 そんな言葉を聞いた小日向未来は戸惑い、そして困惑した。

何故なら、それを知るのはこの世でただ1人だけしかいないのだから。

 

「………どう………して………」

 

 小日向未来の脳裏に浮かんだのは1人の少女。

自身よりも幼いのに時折見せる大人びた姿が印象的で、誰よりも優しく、誰よりも強い心を持ち、そして誰かの為に自らを犠牲に出来る少女が、

 

――小日向未来にとって2人目の親友であるキャルしか知らないそれを何故貴女が知っているのか―――

 

 そんな疑問に対して自然と答えは出る、出てしまう。

だってそうだろう、それしかないのだから。

そう、あの仮面の少女の正体は――――

 

「違う…違う!!」

 

 浮かび上がったその答えを小日向未来は否定する。

そんな筈がない、ある筈がないと否定する。

あのキャルちゃんが、誰よりも優しい彼女が、誰よりも戦場に相応しくない彼女がこんな場所にいる筈がないと否定しようとするが、生み出してしまった疑問は次々と新しい疑問と答えを作り上げてしまう。

 

 思い返すはあのライブ会場の出来事。

自ら囮となり、ノイズに追われながら姿を消した彼女を思い返す。

あの時は彼女の無事に安堵し、その喜びで浸っていたからこそ考えもしなかったが――考えてみると可笑しい話であった。

ノイズの存在理由は人類の抹殺。

響達が持つシンフォギアと言う対抗手段がない一般人ではノイズ相手に逃げ切る事も、撃ち倒す事も出来ない。

ノイズに一度狙われたら…死しかないのに――

それなのに、あの子は無事に帰還した。

殺意を振りまきながら追跡していたノイズから無事に逃げ、生還してみせた。

 

 

――どうやって?―――

 

 

どうやってあのノイズから逃げ切れた?

体力なんて存在しない、一度狙った相手を灰とするまで追いかけてくるノイズを相手にどうやって逃げ切れたのだ?

 

――目の前にある姿に答えはあった。

 

「違う…」

 

可笑しな点はそれだけではない。

前に皆でショッピングに行った時、彼女は別れてすぐに姿を消した。

あの時だってそうだ、いくら足が速くても僅かな時間で姿が見えなくなる程の速度で、なんて無理に決まっている。

ならばどうやった?

 

――目の前にある姿に答えがあった。

 

「違う…違う…!!」

 

 一度始めてしまった疑問は次々と更なる疑問を生み出していく。

あれもこれもと、生み出されていく疑問に脳は冷静に答えを生み出していく。

その答えが目の前にあると生み出していく。

それしかないと、これしかないと答えが出来上がるに連れて小日向未来の心は悲鳴を挙げていく。

 

「違う違う違う違う違うッ!!」

 

 視られたくなかった。

こんな姿を、親友に友情を超える感情を抱いているこんな醜い姿を、そして欲望を解放してしまったこの姿を、彼女にだけは視られたくなかった。

あの優しい子にだけは、こんな姿を視られたくなかったと心が悲鳴を挙げた。

そんな悲鳴を挙げる心に、神獣鏡は――――答える、答えてしまった。

 

「ちが―――――」

 

 小日向未来の叫びに近い否定の言葉が急激に止まる。

まるで機械が電源を落とされたかのように急に止まった言葉に、セレナもそして響も戸惑いを見せる中―――放たれたのは光だった。

 

「―――ッ!!?」

 

 狙われたのはセレナ。

未来の近くにいた響を完全に無視して突然放たれた光の数々。

殺意を以て放たれたそれらに驚きながらも躱していく。

 

「未来さ――!!?」

 

 突然の攻撃にどうしてと叫ぼうとしたセレナは気づいた。

――小日向未来の瞳に光が無い事に。

瞳だけではない、口から垂れる涎が、力なく揺れ動く腕が、即座に答えを作り上げた。

 

――あのシンフォギアが未来さんに何かしたのだと――

 

 実際その予想は正しかった、

小日向未来の悲鳴を挙げる心に対して神獣鏡はあくまで機械的に状況を把握。

これ以上の戦闘行為に対して≪小日向未来の精神≫は邪魔になると判断した神獣鏡は、彼女の意識を刈り取り、眠らせる事でその問題を排除した。

今の彼女は神獣鏡が持つシステムだけで動いているだけの文字通りの操り人形状態にあった。

 

 そしてそんな状態になった神獣鏡が狙うは事の原因となった仮面の少女の排除。

彼女さえいなくなれば≪小日向未来の精神≫は通常通りに戻ると判断し、排除しようと動き始めたのだ。

その結果が、この攻撃であった。

 

「――ツ!!み、未来ッ!!」

 

 無数の光に襲われる仮面の少女を見て響もまた立ち上がる。

先程までの魅力的な提案を頬を叩き気合を入れ直す事で忘れ、これ以上親友に誰も傷つけさせないと拳を構える。

だが、いざ止めようとするとどうしても一瞬だが迷いが生まれてしまう。

未来を、陽だまりを殴る事に抵抗感を抱いてしまう。

そんな響の迷いさえも神獣鏡の計算の内なのだろう。

響が生み出した僅かな隙を突く様に颯爽と距離を取ると仮面の少女へと光を放ちながら、その手にアームドギアを生成して動き始め――光を避けるのに無我夢中になっている仮面の少女の不意を打つ様にアームドギアが振り下ろされた。

 

「危ないッ!!」

 

 思わず叫んだその言葉が届くよりも先に、小日向未来が持つアームドギアは叩き付けられる。

その衝撃で海水が吹き飛び、降り注ぐ海水が辺りを覆い隠す。

これだけの威力を受けてしまったのだ、自然と最悪な結末が想像される。

その結末を前に、響は――自らに怒りとそして悲しみを抱く。

覚悟が足りなかったから彼女を救えなかったと嘆き、そして今後こそ覚悟を決める。

例え彼女を、未来をこの拳で殴って求めると再度覚悟を決め直し、その名を叫ぼうとして――気付く。

 

降り注ぐ海水のせいでしっかりとは見えないが、海面に立っている人影が2つある事に。

 

 それがどういう事か、即座に響は理解し、そして安堵する。

彼女が無事であった事に、未来が誰も殺してしまったりしていなかった事に安堵する。

けれども――可笑しいと響は首を傾げる。

1つは未来の影だとすぐに理解出来た、だがもう1つ――仮面の少女である筈の影が≪可笑しい≫。

 

≪大きい≫のだ。

 

彼女の姿よりも大きなその人影に響は困惑しながらもその姿から目が離せずにいた。

その姿が似ている気がしていたから、目が離せなかった。

降り注ぐ海水が途切れていく。

人影は人へ、視界ははっきりとその姿を捉えていき、そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――え」

 

 

 

 

 

 

 

≪それ≫を立花響は知っていた。

映像で見て知っていた。

二課において最も最重要危険生物として認識されている≪それ≫を知っていた。

だけど理解出来なかった。

どうして、どうして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どうして貴方が≪死神≫と同じ手をしているの?―――

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の目に映る光景。

それは―――小日向未来のアームドギアを受け止めている≪腕だけが死神と化している≫仮面の少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 





おや?セレナの腕が?


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第96話

 

 嗚呼、とセレナは理解した。

振り下ろされる一撃――これを喰らえば私は≪死ぬ≫だろう。

死角からの一撃、持ち得る手段ではこれを防ぐのは叶わない。

あの純粋な力はこんな小娘の頭を容易く砕き、死に至らしめるだろう。

だが、不思議と恐怖は無かった。

迫る死に、この身を砕かんとする一撃に、恐怖も怖れも現れない。

あるのは、ただ1つの心残り。

――小日向未来を、私の親友を助けたかったと。

 

 静かに眼を瞑る。

迫る死の苦痛から僅かにでも逃れる様にと、

なれどーーー

 

《馬鹿弟子》

 

その瞼の裏で浮かび上がるは、キャロル。

師匠であり、恩人であり、家族であり、誰よりも救いたいと願うその姿を視た瞬間、セレナの心に1つの願いが生まれた。

 

 

ーー生きたい、とーー

 

 

生物であれば誰だって願うその願いをセレナは抱き、そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その願い、叶えよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪それ≫は歪な笑みを以て答えた。

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 アームドギアを掴む《それ》を、小日向未来――否、神獣鏡は理解できぬと凝視する。

これはなんだと目の前の人知を超えた存在に凝視し、そして恐怖する。

≪それ≫を≪腕≫と呼ぶ事さえもおこがましく感じる程に歪で、そして末恐ろしい≪何か≫を抱かせるそれを敢えて、そう敢えて名付けて呼ぶとすれば―――

 

≪化物≫、その一言に尽きるであろう。

 

「―――――――」

 

 仮面の少女――セレナの腕に纏わり付く形で顕現している≪それ≫は小日向未来のアームドギアを握りしめる。

強く強く、そのまま握り締めて破壊するのではないかと思う勢いで握り締める。

そんな状況においても神獣鏡は冷静に、そして機械的に状況を打破する手段を構築、それを実行しようとするが――それを阻むのはセレナの手に纏わり付く巨大な≪それ≫。

アームドギアを握る逆の手が振るわれる。

横から薙ぎ払う様に迫る≪それ≫に対し神獣鏡は空中に展開する幾つもの鏡へと即座に指示を下し、鏡は光を以て答える。

 

 光が≪それ≫に降り注ぐ。

天から雨を降らせる如く降り注ぐ光。

魔を払う力を持つ神獣鏡の力が宿っているこの光であれば――神獣鏡は自らの機能と先程までの戦闘情報から生み出したこの場で最も効果的な手段を選び、実行した。

降り注ぐ、降り注ぐ、降り注ぐ。

魔を象徴せんとしている≪それ≫に目がけて光が降り注ぐ。

くたばれと、死ねと、そんな想いが滲み出る様に必死に徹底に光が降り注ぐ。

実際、もしもこの降り注ぐ光が先程までのセレナに当たっていれば、間違いなく光は彼女の息の根を止め、神獣鏡はその目標を果たす事が出来ていただろう。

 

 

 

―――そう、≪先程≫までであれば、だが―――

 

 

 

「――――――ッ!!!!?」

 

 衝撃、それが最初なんなのか神獣鏡は理解出来なかった。

衝撃は少女の身体を容易く吹き飛ばし、海面を跳ねて跳ねて跳ねる。

まるで毬の様に海面を跳ねて飛んで行く小日向未来を吹き飛ばしたのは――降り注ぐ光を受けたと言うのに一切の傷を負わず、≪無傷≫の≪それ≫。

損傷した様子さえ見せずに揺れ動く≪それ≫は――攻撃の手を緩めない。

吹き飛ばされた小日向未来へ急速に接近したと同時に再度≪それ≫が振るわれる。

 

「―――ッ!!」

 

 咄嗟に神獣鏡は手にしたアームドギアを以て迎撃する。

生物と無機物、両者は衝突し、轟音と共に火花を散らしてぶつかり合う。

一撃、二撃、三撃とぶつかり合う。

数を増し、速度を増し、勢いを増す。

火花を散らし、暴風を生み出し、常人であれば視認する事さえも困難な速度となって衝突する。

 

「――ッ!!アアアアアアッ!!!!」

 

 小日向未来は吠える。

本来宿っている筈の自我はなく、神獣鏡によって操られているだけの操り人形は咆哮と共に迫る≪それ≫にアームドギアを、そして光を以て討ち倒さんとする。

 

「―――――――――――」

 

 対するセレナは沈黙したまま≪それ≫を振るう。

自らの腕に纏わり付く≪それ≫を当たり前の様に武器にし、感情が宿っていない瞳を以て眼の前の敵を排除せんと力を振るう。

 

 激しく衝突する両者。

互いの矛がぶつかり合う度に轟音と暴風が生まれ、それが海面を荒立てる。

其処にはもはや相手を生かそうとする手加減も、相手を思いやる感情もない。

純粋なる力と力、互いが互いの息の根を止めようと殺し会うだけの場ーー戦場が其処にあるだけだった。

どちらかが死に、どちらかが生き残る。

その結果だけしか赦されないのが、戦場。

両者はその理に従ってぶつかり合う。

相手を殺し、己が勝者となるべくぶつかり合う。

 

 なれど、その戦場においてその理を覆さんとする者もまた、其処にいた。

 

「はあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 

 立花響は拳を武器に戦場へと飛び込む。

その脳裏には未だに多くの悩みを抱えているが、一時それを忘れ、彼女は二人の間を裂くように戦場へと姿を現した響の雄叫びと共に放たれた一撃が、二人の動きを止める。

 

「ねぇ!!未来も、そっちの子ももう止めようよ!!これ以上はーーー!?」

 

 響の願いを込めた叫びーーその返答は、力だった。

両者から向けられた攻撃を紙一重で避けながらも、響は諦めるかと拳を構える。

胸のガングニールが生み出す膨大な力、その対価である熱と痛みに耐えながら構える。

もうこれ以上誰も傷つけさせないと絶対の覚悟を以て少女は理を覆す為に、前へと進む。

 

「絶対に…絶対に止めるからッッ!!!!」

 

 覚悟を言葉に少女は駆ける。

戦場の理を覆し、皆が望む幸せな結末を迎える為にーーー

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「くふふ………うひゃひゃひゃひゃぁぁぁぁッ!!!!」

 

 三人の少女が争い会うその光景をドクターウェルは満面な笑みを以て視ていた。

ウェルの最高傑作である小日向未来(人形)と融合症例第一号、そしてーー愛しの英雄である彼女。

研究者として、そして一人の男として目の前にて起きている闘いから目が離せられないと興奮するが、ウェルは仕方なくその興奮を収めざるを得なかった。

この闘いにおいて最も避けたいのは小日向未来の敗北。

彼女の暴走が過ぎるおかげでフロンティアの封印が未だに解けていないこの状況で彼女を失うのは計画の失敗を現す。

ならばーーー

 

「マリア、シャトルマーカーを射出させてください」

 

 小日向未来が有利となる戦局を作り上げ、最悪の場合でもフロンティアの封印を解く事が出来る様にしておく。

それがこの状況において最も優先すべき事だとウェルは己が欲を抑えてそう指示を下しーー後ろから聞こえた扉の開閉音に何気なく振り替える。

 

「切歌!?貴女いつの間に戻ってたの?」

 

 マリアにそう声を掛けられたのは、切歌。

月読調の奪還のために出撃し、敵装者である風鳴翼と戦っていた筈の彼女が戻ってきている事に疑問に感じながらも、ウェルは優先すべきは目の前の事だと意識をそちらに向ける。

 

「ーーーーーーーー」

 

「………?きり、か?」

 

 放置された切歌はただ視ていた。

戦場を、そこで戦う仮面の少女をーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒く輝くLiNKERを隠し持ちながらーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おや?切ちゃんの様子が?


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第97話

ヤバいデス…絶対に当たらないと思ってたシンフォギアライブチケット当選してたデス……あばばば(白目)
けど…嬉しい反面どうしようかと悩んでいたりする地方民のわい…
東京さ1人で行くには遠いだ…(遠い目)


 

 交差するは3つの想い。

1つは身体の持ち主の意志を阻む障害を排除せんとする想い。

1つは生きたいと言う願いを敵を排除する事で叶えんとする想い。

そして最後の1つは――

 

「はぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

全員救いたい、その願いを拳に込めて戦う1人の少女の絶対不屈の想いであった。

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「状況はどうなっているッ!!?」

 

「未来さんと仮面の少女、そして響ちゃんがそれぞれ交戦中!!完全に三つ巴になっていますッ!!」

 

 目まぐるしく変化する状況に弦十郎と二課は完全に後手に回っていた。

突如発生した映像の乱れ、それは翼が映っていた映像のみを一時的に妨害。

時間にすればごくわずかな時間であったが、回復した映像に映っていた彼女は――敗北し、気絶していた。

敵装者が別映像から撤退しているのが確認された事から翼は彼女に敗北した物と判断され、今は二課から要請を受けたノイズ部隊が彼女を回収し、この艦へと移送している最中である。

 

 これで二課の持つ戦力は3分の1となった。

残る戦力であるクリスは、味方ノイズと共闘戦線を築き上げて、優勢な戦局を維持しているが、何せ敵はソロモンの杖さえあれば無限に呼び出せるノイズ。

幾ら此方側のノイズが6万近く居るとは言え、有限と無限、どちらが勝るのか…言わずもだろう。

幸いな事…と言っても良いのか、未だに味方ノイズには負傷者こそいるが死傷者にまでは至っていない。

だがいずれ押され始める、その前に何かしらの打開策が欲しいと言う所に―――この三つ巴だ。

 

 エクスドライブを纏った未来くん、胸のガングニールが命を蝕み残された時間が少ない響くん、そして――二課において最重要危険生物として認定された≪死神≫と同じ腕を纏う仮面の少女。

恐らくこの戦場において最も力のある戦力が勢ぞろいし、互いに果たすべき願望を胸に戦う彼女達。

その姿を見つめる弦十郎の視線は、やはり仮面の少女が操るあの腕に向けられる。

 

 

 最重要認定危険生物≪死神≫

 

 

 数日前に突如姿を現し、二課の装者達を一方的に苦しめたあの生物は、今や二課の報告によってその力を危険視した日本政府により最重要認定危険生物として全世界に知れ渡っている。

日本から近い位置にある中東やアジア諸国では対≪死神≫を想定した特殊部隊の創設へ乗り出したと言う噂話まで出てきているが…その信憑性までは分からない。

だが、そんな噂が出る程に二課が記録した映像は全世界に彼の生物の危険性を知らしめたのだ。

既に国連では≪死神≫発見の際には国連承諾を事後にしての戦闘行為を許可し、最悪の場合は反応兵器の使用さえも許可する案を提出する国が出る始末だ。

おまけにその案に賛同する国も決して少なくはないときた。

 

「それだけ世界は≪死神≫の力を恐れている…か」

 

 そして今映像に映るあの少女の手にはそんな恐怖の象徴である≪死神≫と同じ腕がある。

それは必然的に――彼の少女と≪死神≫との間に何かしらの因果がある証拠となっていた。

 

「…仮面の少女、君はいったい…誰なんだ」

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 立花響の拳が未来へと迫る。

彼女らしく真っすぐな拳が、もう迷う事を止めた覚悟の拳が迫る。

その拳を止めるは未来のアームドギア。

扇子の形をしたそれは響の拳を受け止め、払うと同時に先端から光を放つ。

身体を捻ってその一撃を躱して次の一撃を放たんとするが、足元から感じたざわつく感覚に響はその場を飛び跳ねる。

同時に海面から姿を現したのはもはや見慣れた無数の黒い手。

なれどその姿はもはや手ではなく、ある物は刃に、ある物は槍に、ある物は斧と多種多様な武器へと姿を変えていた。

仮面の少女が呼び出したそれらは未来と響、両名に襲い掛かる。

 

「―――ッ!!」

 

「邪魔を…しないでッ!!」

 

 迫る黒い手に2人はそれぞれ対処していく。

響はその拳で、未来はアームドギアと空中に浮遊する鏡から照射される光が、迫る黒い手を薙ぎ払う。

いくら形を変えようともその本質は不変。

響の拳で吹き飛ばされた黒い手は再生するのに対し、未来の放つ光を浴びた黒い手は再生する事なく塵となって消え去っていく。

だが、仮面の少女の狙いは――その≪塵≫だった。

 

 時間にして秒足らず、塵が一瞬だけ視界を阻んだその瞬間にはもう、仮面の少女の姿は未来の目前へと迫っており、その手に纏わり付く巨大な腕が未来を殴り飛ばした。

 

「――――――ッ!!??」

 

 未来のシンフォギア、神獣鏡は対聖遺物においては最高の実力を発揮するがそれ以外においては他のシンフォギアと比べてスペックが劣っている。

攻撃面、機動面、そして――防御面でだ。

受けた一撃をシンフォギアが持つ防護機能が働いて身体へと流れるダメージを軽減させるが、元々機能的に弱い防護機能では軽減させられるダメージにも限度があった。

おまけに元々未来はLiNKERによってフォニックゲインを無理やり高める事でシンフォギアを纏っている身。

その愛がエクスドライブを起動させても、身体への負荷が消えたわけではない。

 

「―――げほ、げほごほッッ!!!!」

 

 咳き込む未来の口から流れるは、赤い血液。

LiNKERによる肉体への損傷、そして戦いで蓄積したダメージでボロボロな身体が仮面の少女から受けてしまった一撃がトリガーとなって遂に限界を迎えた事を示す様に彼女の口から血液を逆流させる。

それを好機と見たのだろう、仮面の少女は自らが操る黒い手を未来へ一気に肉薄させる。

これで終わりとせん、そう言わんばかりに指示を下す彼女に―――

 

「させないッッッ!!!!」

 

 その背後を奇襲する様に飛び出すは響。

仮面の少女はその奇襲に気付かなかったが、黒い手は即座に気付き、そして判断する。

その姿そのものを盾へと変えて幾重にも重なり、その一撃が主へ届くのを阻止せんとその身を盾にするが――

 

「――ッ!!でりゃあああああああああああああッッッ!!!!」

 

 少女は叫ぶ。

胸のガングニールから更なるエネルギーを引き出し、それによって生じる痛みと熱を堪えて、叫び、そして自らの拳に全てを捧げる。

貫け、と。

最短で、まっすぐに、一直線に、と。

拳が盾へと接触する。

轟音と衝撃を生み出しながらぶつかった2つは―――

 

「貫けぇぇぇぇッッッ!!!!」

 

 少女の雄叫びと共に拳が盾を貫き、その拳は無防備な仮面の少女を強襲した。

 

「―――――――!!!!?」

 

 突然の衝撃、それが何であるのかを理解する前に仮面の少女は受けた一撃によって海中へと勢いよく沈んでいく。

だがファウストローブの防護機能と盾によって勢いが軽減したのが幸いしたのだろう。

ダメージも少なく身体は酸素を求めて海面へと上昇する。

海面へと姿を現した仮面の少女に響は敵意を向ける。

未来があの状態であれば、今最も危険視するべきは彼女だと拳を構える。

だが――――

 

 

 

 

「―――――え?えっと、響、さん?」

 

 

 

 

敵意を向けられた少女は―――瞳に光を宿して、その光景を困惑しながら見ていた。

 

 

 

 



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エイプリルフール

この話で完結します(嘘)
ちょっと息抜きで書いてみました。
え?本編進めろ?
お願い、もう少しだけ待って…絶唱するから!!絶唱するから!!!!

あ、うちの作品においてエイプリルフールは日本特有のマイナーイベントと言う事にしてありますのでよろしくおねがいします。


 

「師匠ー♪」

 

 とある日の朝。

今日も今日とて一日が始まらんとする時刻に、キャロルは聞き慣れたその声に振り替える。

そこにいたのは案の定セレナ。

ニコニコととても嬉しそうな彼女に、何か良い事でもあってその自慢でもしに来たかと飽きれ半分可愛さ半分でどうしたと声をかける。

よほど速く自慢したかったのか、足早に笑顔で近づいてきてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師匠、大嫌いです♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー心が砕ける音がした。

 

 

 

 

 

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時間は少し遡る。

 

「ガリィさん、エイプリルフールってなんですか?」

 

 それは素朴な疑問だった。

エイプリルフールは日本特有のイベント。

元々海外生まれ+記憶がないセレナにとってそれは未知の存在でしかなく、偶々ガリィと読書タイム中に見つけた雑誌にそれが載っていたので何気なく聴いた。

それに対してガリィは《うたずきん》をぺらぺらと読みながら答えようとしてーーー悪い癖が起動してしまった。

 

「なになに~?そんな事も知らないのぉ~?仕方ないわねぇ、このガリィ様が教えてあげようじゃないの。良い?エイプリルフールと言うのはねぇ――――」

 

 以下、長過ぎたので省略。

ガリィの言うエイプリルフール、それを纏めると――

1、エイプリルフールとは親しい人に対して普段は言えない≪本音≫を話しても良い日。

2、ただしエイプリルフール前日は絶対に≪本音≫とは真逆の≪嘘≫をつかないといけない。

3、前日に付く嘘は遠慮してはいけない、それが当日に感謝の気持ちとなるから。

 

全く以て嘘だらけのガリィの語るエイプリルフール。

だが純粋無垢、尚且つ記憶なしのセレナはそれが嘘だとは欠片も思わずに―――

 

「そんな日があったんですね!!エイプリルフールは…明後日!!じゃあ明日は皆に嘘をつかないといけないですね!!」

 

 

悪魔(ガリィ)の嘘を……信じた、信じてしまったのだ。

 

 

 

 

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そして時は戻る

 

「響さん!!大嫌いです!!」

 

「――ッ!!!?」

 

「未来さんの笑顔嫌いです!!(好きです)」

 

「……せ、セレナちゃん?わ、私なにか悪い事した…?(泣きそう)」

 

「翼さんの歌、大嫌いです!!(大好きです)」

 

「――――――――――(困惑のあまり言葉を失う)」

 

「クリスさん食べ方綺麗ですね!!(汚い)」

 

「え?お、おう?」

 

「暁さん、最近太りました?(やせました?)」

 

「デデデ!!?だ、ダイエット頑張ってるんデスよ!!?」

 

「月読さんの作るご飯、不味いです!!(美味しいです)」

 

「……ご、ごめんね…マズイご飯食べさせ……ぅ……」

 

 あちらこちらで発生する無自覚な一撃は次々と悲劇(1人無事)を生み出していく。

どうしてこうなった――――ガリィのせいさ(真実)

そして遂に彼女の無自覚な一撃は――――

 

「マリア姉さん!!」

 

「あら?セレナ、どうしたの?私今から翼とのライブだからあまり時間が―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア姉さん、大嫌いです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この日の翼とマリアのライブはマリアが心拍停止し、病院へ搬送される事によって中止となった(蘇生して復活)

 

 

 

 

 

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「明らかに可笑しい!!」

 

シャトーの一室。

そこに集うはセレナの無自覚な一撃の被害者達。

各々受けたダメージは酷くマリアに至っては遠い目をして何か世迷言を呟き続けている始末だ。

唯一さほどのダメージもなく、て言うかもはや無傷のクリスは何でアタシまで集められてんだろとぼんやりと思いながら机の上にある菓子を貪る。

その食べ方は――やはり汚い。

 

「あいつのあの態度明らかに可笑しい。あいつがオレにきら…きら…嫌い…アガガガ」

 

「キャロルちゃんが壊れた!!?」

 

一軒冷静に見えるキャロルでさえもこれだ。

普段のセレナであれば絶対に吐かない言葉の刃はそれだけこの場にいる面々に致命傷を与えていた(1人除く)。

 

「…もしかしてだが…エイプリルフールではないか?」

 

その中で翼が口にしたのは明日に迫るエイプリルフール。

彼女がそれを1日間違えて実行しているのではないか?と言う答えに近いけれど遠い解答を見つけ出すが…

 

「…その割にはあいつがあそこまで酷い嘘をつくとは到底おもえん」

 

壊れた状態から復帰したキャロルの一言に確かにと各々が反応を示す。

優しいセレナであれば嘘と言っても加減した物しか想像できない。

それがあれだけの遠慮なしで致命傷となる一撃を次々と繰り出すのだ。

絶対に何かある、そう考え込む面々の中で―――

 

「えっと…ちょっとごめんなさい。その…えいぷりるふーるって何かしら?」

 

手を挙げてそう疑問を言葉にしたのは遠い国から帰還したマリア。

海外生まれの海外育ち、そして白い孤児院生活でそう言った娯楽とは無縁の生活をしていた彼女からすれば遠い島国での独特なマイナーイベントなど知っている筈もなく、その疑問は当然であろう。

それに未来が説明しようとして――ふと思った。

 

「ねえ、仮に翼さんの言う通りだとしたら…どうしてセレナちゃんがエイプリルフールを知ってるの?」

 

何を…と言い掛けたキャロルが待てよと気付く。

セレナは元は海外生まれの海外育ち、そして白い孤児院生活とマリアと全く同じ条件であり、今はその記憶さえもない。

そして彼女にとって最近までの世界はシャトーの中か彼女達と過ごす日常だけだ。

――その中でどうやって日本の独特イベントであるエイプリルフールなんて知ったのか?

 

 

――誰かが教えた?――

 

 

その瞬間、その場にいる全員が同じ顔を思い浮かべたのは――言うまでもない。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

「ごめんなさいッ!!!!」

 

 深々とセレナは謝罪の言葉と共に頭を下げる。

あの後装者7人+キャロルと言う大抵の敵は絶対に倒せる最強PTがガリィを強襲。

一方的な無慈悲かつ非情な徹底攻撃の後に捕虜尋問と言う第二戦にてガリィがセレナに教え込んだ嘘が発覚。

その後に正しいエイプリルフールをセレナに教えて――今に至る。

 

「本当びっくりしたよー」

 

「けど本当の事が分かると嬉しいかな。私の笑顔好きだって言ってくれたんだもの」

 

「小日向に同意だな。私の歌を好きだと言ってくれたその気持ちは嬉しいぞセレナ」

 

「はぁ…てんやこんやさせやがって、けどまぁ、これで一件落着ってわけ――ん?待てよ?アタシのは…おい!!アタシの食べ方汚いってのか!!?」

 

「それは…うん、否定できないデスよ…」

 

「…クリス先輩今後うちで食事する時にマリアに綺麗な食べ方習ってみたらどうですか?」

 

「嗚呼!!良かった!!セレナに嫌われたら私生きていけない!!絶対に死んでしまうわ!!セレナに嫌われた世界で生きていけるはずなんてないもの!!(セレナにしがみ付きながら)」

 

「――当面その習い事とやらは不可能そうだぞ月読」

 

各々事の真意を理解してほっとすると気持ちと、ガリィにぶちまけた怒りが無くなった事で全員が笑顔でいた。

――まあ、遠くでキボウノハナーして死んでいるガリィ以外は、だが。

 

そんな面々を前にするとどうしても自らが仕出かしてしまった事に罪悪感が沸く。

どうにかして謝りたい、けれど…と考えていてふと時計を見ると時刻は深夜24時。

日付が変わりエイプリルフールを迎えたその瞬間セレナはそうだ!!と妙案を思い浮かべて―――

 

「師匠!!皆さん!!」

 

セレナの声に全員の視線が彼女へと集中する。

浴びる視線、それに向き合いながら彼女は笑顔で――――叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、大嫌いです!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ正しいエイプリルフールの嘘を付く事が出来たのであった。

 

 

 




ちなみに没案でソードマスターセレナ書いてました


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第98話

 

 ――目覚めたら共に戦っていた相手に拳を向けられていた――

 

全く以て眼の前の現状が理解出来ないとセレナは困惑する。

そもそも今自分は目覚めたら――と言った。

それはつまり、私は寝ていたと言う事になってしまう。

戦場で?戦いながら?……いくらなんでもありえない。

いったいどうなっているのか、理解が追い付かない状況に脳が混乱したのか身体がふらつく。

咄嗟的に手を伸ばし、支えにしようとして――気付く。

 

「…なん、ですか…これ……」

 

 ≪そこ≫にあったのは自身の腕に纏わり付く様に顕現している巨大な≪何か≫。

どことなく黒い手に似ている様な形をした≪それ≫だが、本能的に理解する。

≪これ≫は違う、と。

黒い手の様な自身の力で従える物ではない。

それはさながら―――何かに貸し与えられている力だと、そう印象付けられた。

 

「えっと、だ、大丈夫だった?痛くはない?怪我とか大丈夫?」

 

 腕に纏わり付く≪それ≫の存在に更なる困惑が襲う中で、先程までとは様子が違う仮面の少女に安堵して近づいてきた響が心配する様に声を掛ける。

返事をしようとして、ふと彼女の状態に違和感を抱く。

ーーー傷が、増えているのだ。

最後に視た時よりも明らかに多くなっているそれはセレナに違和感を抱かせ、そしてその違和感と腕に纏わり付く≪それ≫が、意識が無い間に何が起きたのかをセレナに理解させた……させてしまった。

 

ーー彼女を襲ったのは恐らく自分だとーー

 

考えるだけで最悪な想像、なれど恐らくそれは想像ではなく、実際に起きてしまった事なのだと本能的に理解した。

 

 セレナは元々頭はかなり良い。

アルカ・ノイズ研究に錬金術、優秀な師であるキャロルの教えがあったとは言えそれらを数か月で学び、応用、発展できるレベルにまで鍛え上げたその知識力は間違いなく本物だろう。

――だがその頭の良さが、引き起こしてしまった現実を嫌でも理解させる。

傷ついた響、疲弊している未来、意識が無い時間とその間に顕現した≪これ≫。

証拠はーー揃っていた。

 

「――ッ!!」

 

 思わず唇を噛み締める。

私はいったい何をしているのかと自分自身を責め立てる。

未来お姉さんを助けにきたのに、彼女だけではなく響さんまで傷つけるなんて何をしているのかと、責める。

責めて責めて、そして――決意する。

もう誰も傷つけさせない、と。

未来さんだけじゃない、響さんも、皆守って見せると。

だが―――

 

「大丈夫です!!ご迷惑おかけしてすみません!!」

 

 叫ぶセレナの脳裏は覚悟を決めたとは言え未だに混乱もしていた。

戦場での意識消失、腕に纏わり付く≪それ≫。

理解出来ない事があまりにも多く、脳が混乱しているのが簡単に分かるが……それを考えるのをやめる事で脳の混乱を無理矢理抑える。

正体不明の≪これ≫も幸い、と言っても良いのか、セレナの腕の動きに合わせる形で此方の意志に従って動いてくれている。

 

 ならば――今はそれで良い。

今最も優先すべきは、未来お姉さんを救う事。

その最優先目標を前に≪これ≫の正体も、私の身体や精神の事もどうでもいい。

むしろ感謝するべきだろう、≪これ≫がある事で選択肢が増えたのだから。

 

「(けれども…)」

 

 口元の血を拭う未来を見据えてセレナは考える。

どうやって彼女を救うのかを、考える。

≪これ≫があるおかげで戦闘方法における選択肢は増えた。

だが、彼女を救う術が増えたわけではない。

今の所あるとすれば、実力で未来お姉さんを気絶させてシンフォギアを剥ぎ取ると言った強引策。

しかしそれは恐らく――

 

「(未来お姉さんの様子を見る限り恐らくシンフォギアを通して脳に何かしらの細工、または脳に影響のあるシステムが搭載されている可能性が高い…それを無理やり剥がしたら…)」

 

 脳とは複雑かつ繊細だ。

僅かな傷1つで命を奪い獲ってしまう可能性だって十分にある。

そうなると、シンフォギアを無理やり剥がすのはあまりにも危険すぎる選択だろう。

かと言って他に策が―――

 

「――――――あ」

 

 ふと、思い浮かんだのは1つの策。

成功する可能性は五分五分、なれど剥ぎ取る強引策よりかは絶対に真面な策。

だがそれには響さんの協力が必須だと彼女を見て―――驚愕する。

 

「はぁ…はぁ…ッ…も、もしかして何か作戦とか、あるの?」

 

「ひ、響さんッ!?」

 

 呼吸が荒く、見ただけで分かる位高熱を発している彼女。

そこまでならばまだ体調不良だけだと思う事が出来た。

だが……胸元に出来上がった結晶の存在がそれを許さない。

結晶と高熱、それが何を意味しているのかを知らないセレナは慌てて彼女に近寄るが……

 

「――あつッ!?」

 

 近づくだけで肌が焼ける程の超高熱。

人間が発する事が出来る熱の限界を超えきっているそれは、明らかな異常であった。

とてもではないがこれ以上戦わせられないと近場に居るアルカ・ノイズに連絡して彼女を回収してもらおうとするが、それを止めたのは――響だった。

 

「…私なら大丈夫だよ、へいきへっちゃら、だから。それよりも………さっきの様子だとあるんだよね、未来を助けられる作戦が………それを教えて………」

 

 確かに作戦は、ある。

未来お姉さんのシンフォギア≪神獣鏡≫の特性は魔を払う力。

魔を払う、それは≪魔≫と識別される聖遺物や対シンフォギアにおいて最強の力を誇り、現に彼女の力を前に響さんも私も苦戦を強いられた。

 

ーーだったら、その力を利用してやればよい。

シンフォギアを殺す力を神獣鏡にぶつければ恐らく神獣鏡は破壊され、破壊されたギアは未来お姉さんから自動的に解除されるはずだ。

問題はギアを破壊するに至る威力だが、それに適した物がF.I.S.のヘリから射出されて上空を飛び回っているからあれを利用すれば良い。

後は私と響さんで未来さんの攻撃を上手く利用して彼女にぶつければ解決だが……この状態の彼女にそれは過酷でしかない。

 

「いけません!!そんな状態で戦わせる事なんて出来ません!!すぐに回収させますので響さんは戻って治療を――」

 

どうしてこうなっているのか、そこまでは分からない。

だが、これ以上彼女に戦わせられないと即座に判断する。

機動力がある響さんの協力は欲しいが、こんな状態の彼女を戦わせられないし、すぐにでも治療を受けさせないといけない。

その為のアルカ・ノイズを呼ぶ為に通信を起動しようとして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い………此処で未来を助けられなかったら――私は絶対に私を許せなくなる………未来と、約束したから……未来は絶対に守るって………もう二度と未来から手を離さないって誓ったから!!だから―――お願い……私に…私に未来を救わせてッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 頭を下げ、叫ぶ彼女の願い。

正しい選択をするのであればその願いを無視して彼女を引き上げらせるべきなのだろう。

だが――

 

 

 

 

 

 

 

「―――――分かりました。ですが絶対に無理だけはしない事、これだけは守ってください」

 

 

 

 

 

 

セレナには、出来なかった。

誰かを守る為に己を犠牲にするその姿が――――自分と被って見えたから。

 

 




セレひび


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第99話

リアルで部署移動したので更新遅くなるかもです………
許して!!絶唱するから!!(謝罪)


 

 ≪敵≫が何かを揉めている間、神獣鏡は小日向未来の身体の回復を最優先で実行。

そのおかげか全回復までには至っていないが戦闘行動に支障が無い程度にまでは回復。

LiNKER、そして小日向未来が持つ親友を想う愛の力によって高められたフォニックゲインがあるからこそ出来た荒業回復なので幾つか問題が残っているが、十分許容範囲内だ。

 

「(――戦闘行為継続可能、目標は依然敵対装者の排除 尚所属不明勢力である仮面の少女は最優先排除対象として認識)」

 

 上空に浮かぶシャトルマーカー。

あれを利用すれば戦術が更に広がる。

先程は苦戦したがこれならば戦えると再度動き出そうとして――

 

≪敵≫が同時に二手に別れて動き始めた。

 

「――――ッ!!」

 

 同時に、それも急に二手に別れた≪敵≫に対し神獣鏡は一瞬、ほんの一瞬なれどどちらを狙うべきかと迷いが生まれる。

それによって生じた隙を狙う様に仮面の少女が持つ拳銃が火を噴く。

だが神獣鏡は既にその武器を≪画≫として記憶しており、それが大した威力もないあくまで黒い手を呼び出す為だけに使われるだけの物だと知っていた。

それ故に神獣鏡は迎撃すると言う選択を選んだ。

あの弾丸が破裂し、黒い手を呼び出せば厄介だからと破裂する前に破壊しようとアームドギアを以て迎撃しようとして―――

 

 

光が爆ぜた。

 

 

「―――ッ!?(閃光弾!?)」

 

 これまでの戦闘パターンには無い異例の手段。

閃光弾まで保有していた事に驚きを隠せず、そして視界を光が埋め尽くす中で―――

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 

聴こえて来た雄叫び。

それが何を意味しているのかを神獣鏡は即座に理解し、咄嗟的に身体を守る様に腕を盾にするが――

放たれた衝撃は、そんな盾を呆気なく壊して神獣鏡を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「未来を、追い詰める?」

 

 はい、と仮面の少女――セレナは作戦を説明する。

彼女達の目的は神獣鏡が放つエネルギーを未来自身に当てて神獣鏡を破壊する事にある。

だが、それは易々とは決まらない。

自身が放った攻撃に自ら当たりにいく――そんな馬鹿はいない。

もしもいるとすればそれは単なる自殺志願者だ。

…まあ、当たってくれるのであればこの状況では素直にありがたいが、そんな馬鹿げた妄想が現実に起きる筈はない。

 

だから、作るしかないのだ。

自身が放った攻撃に自分自身が当たる、そんな状況を作り上げるしかない。

それも弱い攻撃では駄目だ。

ギアを絶対に破壊できる程の威力がある大技、それに命中させなければならない。

そしてそんな大技を使う状況と言えば――

 

「…恐らく今彼女の身体を操っているのは未来おね…こほん、未来さんではなく彼女が持つ神獣鏡に施された防衛プログラムか何かだと思われます。それならばその行動パターンはあくまで機械的な判断になるはず…ですから――追い詰めるんです。徹底的に苦戦するまでに、そうすれば絶対にプログラムは追い詰められた状況を覆す為に大技を放つ筈、その時が――最初で最後のチャンスです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 響の拳が未来に――神獣鏡に襲い掛かる。

距離を取ろうとする神獣鏡に対し、絶対に離れる物かと追い詰める様に駆けながら拳を振るう響に、やっと目が見えて来た神獣鏡はアームドギアで迎撃をしているが、その動きは鈍い。

先程受けた一撃が回復した傷を再び呼び覚まし、戦闘行為継続の為に切り捨てた短時間では回復しきれなかった節々の小さなダメージが呼び覚ました傷に連動する様に身体を苦しめる。

おまけに―――

 

「響さん!!下がって!!」

 

 叫び声に反応した響が神獣鏡から距離を取ると同時に黒い手が真上から一斉に襲い掛かる。

アームドギア、そして鏡から光を放って迎撃するが幾つかは間に合わず、身体に衝撃と共に痛みが襲い掛かる。

受けたダメージを数値に変換しながら神獣鏡は上空に浮かぶシャトルマーカ―を利用し、放った光を反射させて上下から黒い手へと光を浴びせて消滅させていくが、状況は芳しくない。

 

「(肉体損傷68%を突破、フォニックゲインの低下も確認…これ以上の低下はエクスドライブの継続展開が不可能となる…!!)」

 

 段々と追い詰められていると自覚せずにはいられなかった。

神獣鏡が小日向未来の意志を使わずに2人と戦えているのは、エクスドライブが起動しているからだ。

そんな頼みの綱でもあるエクスドライブが消えれば、立花響と仮面の少女両名を相手に戦う事が出来ない。

減り続けるフォニックゲイン、そして数値で示されたダメージが限界に近づくに連れて残された手段――大技の使用も止む無しと判断せざるを得なかった。

状況はセレナの計画通りに進んでいる。

だが同時に、限界が近いのはもう1人―――

 

「―――ッ!!はぁ!はぁはぁ――ッ!!」

 

 立花響の荒い呼吸が彼女の限界が近い事を嫌でも知らしめる。

作戦を話す時にセレナは響自身から彼女に何が起きているのかを聞いていた。

胸のガングニールが彼女を殺そうとしているのを、知った。

既に身体から放熱される熱の温度は更に上昇し、結晶もまた胸元だけではなく全身あちこちに小さい物でこそあるが出来ている。

――その姿はもう時間はないのだと嫌でも知らしめた。

 

「(響さんはもう限界が近い…急がないとッ!!)」

 

 セレナは響には説明していないがもう1つ計画を練っていた。

未来さんが放つ大技、それを未来さん自身に直撃させる際に――響さんにも直撃させる。

彼女の胸のガングニールも、神獣鏡と同じくシンフォギアだ。

それならば神獣鏡の光で破壊できる可能性は十分にある。

最低でも今から船に帰らせて治療を受けさせるよりも、見殺しにするよりも何倍もマシな選択だ。

その為に大技を早く使ってもらわなければならない。

けれども―――

 

「(追い詰めている…追い詰めているけれど、後1つ足りない――ッ!!)」

 

 上下から迫る光の雨。

それを時には躱し、時には腕に纏わり付く≪それ≫を盾に凌ぎながらも攻撃を継続するが、神獣鏡が大技を放つに至る最後の一手が足りないと焦っていた。

迫るタイムリミット、迫る死、迫るバットエンド。

最悪な結末が幾度も脳裏を過り、その度にセレナは誓った覚悟を胸に戦う。

大事な人を、救いたい2人を救う為に、

 

 

「そうです…守るって誓ったんです…大事な人を、守りたい人を!!だから…だから絶対に2人を救って見せるッッッ!!!!」

 

 

少女は覚悟を胸に叫び、望む結末の為に戦い、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《そう、それだ。それだからこそアタシは――アンタを選んだ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二課全体に警報が鳴り響く。

機器は高らかに警報音と共に異常を知らせ、計測される機器は戦場で感知した数値を変換し、≪それ≫を表示する。

浮かび上がる≪それ≫に、弦十郎は…否、二課の誰もが驚愕し、そして―――

 

 

「―――馬鹿な…馬鹿なッ!!」

 

 

叫ぶ弦十郎の視線の先にあるのは、≪ある物の名前≫。

失われたそれを、立花響が受け継いだそれを、≪死神≫が扱ったそれを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ガングニール≫の文字と共に、画面に映し出されたのは――白い撃槍を持つ仮面の少女の姿だった。



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第100話

どうせなら100話と言う区切りの良い所までは書いて社畜に戻ろうと思います(白目)仕事行きたくなーい(アヘ顔)

あ、それと皆さんコロナには本当に気を付けて下さいね。


 

「――――タ―!!――マス――――!!」

 

 誰かが呼んでいる、聴こえる呼びかけにキャロルはゆっくりと目を覚ます。

 

「マスターッ!!嗚呼…ご無事で何よりです…」

 

 そこにいたのは、ファラ。

彼女に抱えられる様に横になっていたキャロルは状況が理解出来ないと起き上がり―――目の前に広がる惨状に驚愕するしかなかった。

玉座の間の壁が、崩壊している。

壁は無くなり、瓦礫が部屋の中に散乱している。

その被害は玉座の間だけに留まらず幾つもの部屋の壁を破壊しているのが此処からでも確認できる程にシャトー内部は破壊し尽されていた。

 

「…何が起きた」

 

 目の前の惨状から眼を背けたくなるキャロルであるが、受け止めるしかないと覚悟を決め、そうファラに聞くと彼女は遠慮がちに説明し始めた。

マスターであるキャロルの命令に従ってシスターズの出撃を防ぐ為に2人と交戦した事、両名を追い詰める事が出来たが彼女達が奏でる歌声から生まれたフォニックゲインが未完成状態だったレイアの妹であるレアとレイ、ミカの妹であるミウを起動させてしまった事。

そして――ミウがミカとの交戦状態の際に自らの偽・聖遺物を顕現させようとして、失敗。

暴走したエネルギーはシャトー内部で巨大な爆発となって拡散し、シャトーに大きな損害を与えた。

 

「現在レイアが主体となって被害状況の確認をしておりますが…ダメージは外壁部にまで達している可能性が高く修復には時間が掛かるかと…」

 

――何ともまあ最悪な状況を作り上げてくれた物だとキャロルは舌打ちをする。

恐らくはファラの言う通りミウとやらが生み出した爆発はシャトーにかなりのダメージを与えている。

修復作業を急ピッチで行うとしても予定していた計画始動を少しばかり遅くする必要が―――

 

「――ッ!!そうだ!!あいつは…馬鹿弟子はどうなったッ!!」

 

 思い出すのは自らの弟子。

友である小日向未来を救うべく独断で出撃し、今もなお戦場で戦っている筈の彼女。

その安否が気になったキャロルがそうファラに問うが――彼女は首を横に振る。

 

「…現在ミウの起こした爆発によってシャトーの機能が幾つか使えなくなってます。その影響で映像は途絶えており、彼女の様子は不明のままで……」

 

くそったれッ!!思わず吐いた毒舌と共にキャロルは外へ、弟子の下へと向かおうとするが、その身体は思う様に動かない。

恐らくは爆発の余波を受けた影響だろうが、今は思う様に動かない己の身体にさえ煮え繰り返る様な腹立たしさを感じざるを得ないが………その腹立たしさは苦々しい想いへと形を変える。

何故なら、気付いたからだ。

例え身体が動けたとしても、キャロルが出撃すると言う事は必然的に錬金術を、錬金術師の存在を露見してしまう事態となる。

そんな事態を許してしまえば、計画に支障が出るのは確定。

キャロルにとって最も優先すべきは父からの命題を果たす事にある。

その為に長年を掛けて用意した計画だ、絶対に失敗は許されない。

だからこそ救援に行く事を禁じ、自らも心を殺し、命令を無視してまでも救援に行こうとしたシスターズの出撃を封じたのだ。

 

――それが自らの弟子を切り捨てた事になると分かっていてー―

 

そこにどんな理由があろうとも、選んだ選択がもたらす答えはそこに至る。

自らの計画の為、父の命題の為に、キャロルは切り捨てたのだ。

自らの愛弟子を、醜いこの世界で初めて得た守りたいと願う存在を―――キャロルは切り捨てたのだ。

 

「…それとマスターもう1つご報告が」

 

「…何だ報告しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ファリスを始めとするシスターズは捕縛しましたが…ガリスだけ取り逃がしてしまい、その姿はシャトーにありません。恐らくはセレナの下へ向かったのかと」

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

腕に纏わり付く≪それ≫が姿を消し、代わりに顕現したのは白い撃槍。

それをこの場にいる面々は皆知っていた。

ガングニールの本来の持ち主、家族を奪ったノイズへの怒りで戦場へ挑み続けた少女。

≪天羽奏≫が持っていたそれを、今はセレナが握っていた。

 

「―――これ、は」

 

セレナはこの撃槍を情報だけではあるが知ってはいた。

だが所詮は≪知ってはいた≫程度だ。

そこまで詳しくは知らないと言うのが本音だ。

知っているのは天羽奏と言う装者が所持していたシンフォギア≪ガングニール≫のアームドギアである、と言う事位だろう。

それがどうしてこの手にあるのか、その理由も意味も全く以て不明でしかない。

 

だが、何故だろう。

槍を持つ手が不思議と馴染む。

まるで以前から…そう、ずっと前からこの槍を扱っていたかの様な一体感さえ手から感じ取れる。

使い方も、技も、何もかもが分かる。

 

「――――ッ」

 

どうしてこの槍が突然現れたのか、どうしてこの槍の使い方を知っているのか。

幾らでも沸く疑問、だがセレナはそれを考えずにただ槍を――ガングニールを構える。

親友を助けたい、その為ならば使える物は何でも使うと言うセレナの想いに白い撃槍もまた答える。

矛が回転し始める、空気を纏い、徐々に回転速度を上げて纏わる空気を巨大な竜巻へと変貌させていく。

唸る風音と共に巨大化していく竜巻は巻き込む者を容赦なく切り裂く風の刃へと成り代わっていく。

その技を、二課は、クリス以外の装者は知っていた。

 

「あれは…あの技は…」

 

「あれって…奏さんの…!!」

 

≪LAST∞METEOR≫

 

天羽奏が得意とした大技の1つが時を超えて今此処に再臨しようとしていた。

それに対し神獣鏡は遂に待ちに待ったその選択を選んだ。

 

「――――ッ!!」

 

神獣鏡は手に持つアームドギアを空高く放り投げる。

放たれたそれは高く高く、空を飛び、遂には大気圏を越えて宇宙へと辿り着き、鏡となってエネルギーを貯めこんで地上へと矛先を向ける。

 

≪天光≫

 

神獣鏡のエクスドライブが可能とする超大規模型攻撃。

その威力は間違いなく神獣鏡が持つ技の中では一番の大技だろう。

だが、ただでさえフォニックゲインが低下している中での大技使用は、ある種の賭けだ。

恐らくこの一撃を外せばどう足掻いても神獣鏡には勝ち目がない。

それ故に神獣鏡はこの一撃に全てを込める。

残ったフォニックゲインを、残った全ての力を、この一撃に注ぐ。

 

「――ッ(駄目だ、あの威力では――!!)」

 

神獣鏡が放とうとしている大技は余りにも威力が大きい、それは見ただけですぐに分かった。

このままの一撃を2人に受けさせたらシンフォギアもろとも2人を殺してしまいかねない。

だから、威力を下げる必要がある。

ーーそして、それが今できるのは、この場において恐らく彼女だけだろう。

それ故に彼女は逃げない。

手に握るガングニールにエネルギーを貯めさせながら、迫るであろう一撃を睨みつける様に迎え撃つ。

 

空から向けられるは神獣鏡の文字通り全てを込めた最後の一撃。

対するはセレナが持つガングニールと天羽奏が得意とした一撃。

 

空と地、両者は互いの想いを以て向き合い、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーッ!!!!」

 

「やぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空から光が、地からは竜巻が、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 



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第101話

 

≪それ≫は空から舞い降りる。

勝つとか負けるとか、生きるとか死ぬとか、そんな事が些細な出来事に思える位に≪それ≫は純粋かつ単純で明確に等しく視る者全てにその存在を知らしめた。

 

「――うそ」

 

誰かがポツリとこぼしたその一言はまさに艦内に居る全ての人間の言葉を代理した物となった。

≪そこ≫にあったのは、≪光≫。

雲を、空を、天を蹂躙しながら迫る巨大な光。

その光景は以前に死神が放ったガングニールの光を連想させるが、あれとは違う。

あれにはまだ≪慈悲≫があった。

苦しむ間もなく殺してやろうと言う慈悲がまだあった。

 

だが、≪これ≫は違う。

そこにあるのは純粋な≪敵意≫だけだ。

苦しもうが恐れようが悶絶しようがそんなもの関係ない。

あるのは、≪平等な死≫

老若男女、敵味方、無機物有機物、全てに等しく死を。

 

空から迫る光にはその力があった。

死を等しく配り、死を等しく与え、死を万物関係なく捧げる、それだけの力があった。

――無論、それだけの力を対価無しに払えるわけはない。

 

「ー―ッ!!げほッ!!」

 

小日向未来の口から漏れだすは血液。

この一撃を放つのに神獣鏡は小日向未来の身体に残された全てを捧げた。

フォニックゲイン、精神力、そして――生命力さえも、だ。

それを証明するかのように小日向未来のエクスドライブが解除されていく。

もはやエクスドライブを維持するだけのフォニックゲインさえも今の彼女には残されていない。

今の彼女にあるのは、シンフォギアを起動維持出来るだけのフォニックゲイン、そして――生命活動に必須な最低限の生命力だけだ。

 

それ故の、吐血だった。

一度は回復させたとは言え、追い込みに追い込んだ身体は限界を迎え、悲鳴をあげる様に小日向未来に吐血と言う形で警告を知らしていた。

だが、そんな警告も今の彼女には無意味でしかない。

流れる血液をそのままに神獣鏡は見据える。

この一撃で死なねばならない、絶対に殺さねばならない敵を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

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迫るは等しい死を運ぶ巨大な光。

対するは小娘1人、槍1つ。

なんともひ弱な迎撃であろうかと誰もが思うだろう。

………その思いは必然だ。

いくら目的があの光の撃退ではなく威力の軽減化とは言え、迎え撃つにはあまりにも少なすぎる戦力だ。

それ故に少女は想う、どうして私はアレに立ち向かっているのかな、と。

 

だが、その疑問に対してすぐに解答が頭の中で出来上がった事に思わず笑ってしまう。

そうだ、そうだった、と。

それしかないですね、と。

 

「――未来お姉さん」

 

出会いは偶然だった。

ガリィさんと共に街へ出て、そこで偶然出会っただけの縁。

普通であればそこで途切れてもおかしくない程に弱弱しいそれを、小日向未来は握り続けてくれた。

そのおかげで続いた縁はセレナと言う少女に大きく影響を与え続け、セレナにとって家族以外で初めて≪守りたい≫と≪一緒に居たい≫と願う相手となった。

そんな彼女が今もなお苦しんでいる。

親友を助けたいと言う願いを悪用され、戦って傷つき、苦しんでいる。

ならば、十分だ。

それだけで十分すぎる位だ。

それだけあれば―――アレに立ち向かう理由となった。

故にセレナは逃げない。

助けたい人を助ける、あまりにも単純なその願いを叶える為にーー彼女は戦うのだ。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

 

咆哮と共に放つは竜巻。

ガングニールの、天羽奏のアームドギアから放たれるそれは迫る死に比べればなんと貧弱だろうか。

サイズ差も威力も、比べる事さえも愚かだと認識せざるを得ないだろう。

なれど、その一撃には迫る光には無いモノが込められている。

≪友を助けたい≫と願う強い想いと、それに答えるガングニールの想いが、込められていた。

 

放たれた両者の技が激突する。

轟音を鳴り響かせ、世界中に振動をもたらし、激しくぶつかり合う。

堕ちる光を前にセレナの放つ技は貧弱でしかない。

なれど、その貧弱は――堕ちる光の動きを緩める。

1人と1振りの想いが力となって光を押し止めてみせていた。

だが―――

 

「―――ッ!!ぅぅッッ!!!!」

 

神獣鏡があの光を放ったのに多くの対価を必要としたのと同様に、セレナもまた対価を払っていた。

噛み締めた歯からは血が溢れ、技の衝撃に耐えきれない身体は次々と傷を作っていき、そこから血が流れ落ちていく。

セレナを襲うは――激痛。

鍛えた大人であろうともすぐに悲鳴を挙げてしまう程の激痛がまだ幼い少女のセレナに襲い掛かり続ける。

激痛に全身が蝕まれる中で、彼女の心の弱い部分が命じる。

逃げろと、槍を離せと、

誰も責めやしないからと、痛いのは嫌だろうと、悲鳴と共に魅力的な誘いを続ける。

 

しかしセレナはそんな心の声を踏みしめながら、前を見据える。

絶対に諦めるものかと、絶対に逃げるものかと、前だけを見据えて雄叫びと共に技を放ち続ける。

迫る光にガングニールが押し負け始めてもなおも諦めずに少女は叫び続ける。

血を吐き、血を流し、全身が悲鳴を挙げても、少女は諦めない。

助けると誓ったその想いを果たす為に。

例えこの身を犠牲にしてでも絶対に助けると誓った想いを燃やしながら彼女は抗い続けてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえた叫び声に、聞き慣れたその声にまさかとセレナが意識を向けると同時に海面に動きがあった。

歪み、形を変えて、海水を竜巻へと変貌して上り詰めていき、セレナの放つ技と共に光へと衝突する。

 

「――まさか…」

 

セレナが知る中でこんな技を扱えるのは2人だけしか知らない。

そして先程聞こえたあの声、そこから連想できるのは―――ただ1人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ガリスッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいッ!!マスターの忠実なる僕!!ガリスですよマスターッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに居たのは彼女が作った人形の1人。

マスターの為に仕え、マスターに奉仕する事が一番で、姉に対してはちょっとだけお茶目な人形、ガリスの姿がそこにあった。

 

 



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第102話

 

ガリスと言う人形にとって人生とは≪誰かに捧げる≫ものだ。

己が生を生きる為でもなく、己が喜びを見つける為でもなく、己が快楽を得る為でもない。

主に捧げる、ただそれこそが≪ガリス≫と言う存在に与えられた人生であった。

故に――その選択は至極当然であった。

 

「マスターッ!!ご無事でしたかッ!!」

 

ガリスが持つ偽・聖遺物 ≪トライデント≫

その特性は≪視界に映る範囲の水を操る力≫。

そんな彼女にとってこの場はまさに独壇場であろう。

足元にあるのはこの星の大部分を占める水、海水。

ガリスはそれを視界に収めると同時に己が特性を起動させていた。

 

1つ、また1つ、尚も1つ。

増え続ける海水の竜巻は常識を覆して天へと昇り、堕ちる光を阻む。

光の熱で海水が蒸発しようとも、それを補うだけの水は腐る程にある。

故に海水の竜巻は途切れる事なく延々と光を阻み続ける。

ガリスの指示通りに、主を害そうとする光を阻み続けていた。

 

「ガリス貴女どうし――ッ!!?」

 

シャトーに居る筈の彼女が此処に居る、その理由を問おうとしたセレナであったが、彼女の視界に映ったその姿に言葉は止まる、止めざるを得なくなる。

其処に居たのは――傷ついた人形だった。

右手を掲げて海水を操作しながら、その身体はゆっくりとではあるが破損し、崩れていく。

華奢な身体は部分部分が破片となって落ちていき、誰かに傷付けられるのを嫌っていた顔も右頬部分が完全に消失している。

見るも無残なその姿に、そして今なお昇り続ける海水に、セレナはすぐに彼女に何が起きているのかを理解した。

 

「ガリス貴女まさか…リミッターをッ!!?」

 

セレナの手によって作られたオートスコアラー・シスターズには幾つかの制限システムが組み込まれている。

ミウの暴走を防いだ緊急安全装置もその1つである。

そしてリミッターはその中でも一番の制限システムとして構築されている。

シスターズの力の元、生命の元になっているのはセレナが作り上げた偽物の聖遺物である《偽・聖遺物》。

大多数を占める偽物、ほんの欠片程度の本物の聖遺物で作られたそれは≪聖遺物≫として機能し、歌の力で多くのエネルギーを生み出している。

だが、それは時に≪多すぎる≫事態を作ってしまう。

 

何事も多すぎず少なすぎずが理想。

シスターズと言う器を満たすだけならば問題ないエネルギーも器から零れ落ちるまでに作られてしまえば、それは器を破壊してしまう危険性があった。

だからこそ、セレナは彼女達にリミッターを作った。

一定以上のエネルギーを生み出さないそれを、何よりもシスターズの身体を想ってこそそれは彼女達に取り付けられた。

故に人形達は≪制限≫を課せられた。

定められたエネルギーだけを使う事を課せられ、それ以上の力を使う事を禁じられた。

人形達を想ってのそれは、人形達からすれば己の力を封じられた事と同義だ。

従来の敵であれば問題は無い。

だがそれ以上の敵が現れたら――彼女達は必ず負ける。

そんな絶望的未来を約束してしまったのが、この機能だ。

人形達を想う優しさは彼女さえ気づかないままに彼女達を苦しめる要因として課せられてしまっていた。

 

しかし、彼女達は主を恨まない。

人形達の役目は主に仕え、主を支える事。

その恩方に敵意を、怒りを向けるなど在る筈もない。

それに彼女達もその機能が自身達の身体を想ってのものだと知っていた。

だからこそ恨まないし、怒りさえも抱かない。

むしろ主の優しさに感謝する程だ。

 

だが、同時に彼女達は理解してもいた。

この先、主が進む道の先には絶対に困難が待ち受けていると。

≪このまま≫では力に成れないと理解していた。

だからこそ――彼女達は独断で調べ上げた。

己の身体を、その機能を、そして――リミッターの解除方法を、知った。

それを解除する事が主の優しさを無意味にすると理解しても、それを主が望んでいないと理解していても、彼女達は覚悟を以てそれを躊躇なく実行する。

己が主の進む道を守護する、その為にこの命を燃やせるのであれば――それは従者として冥利に尽きると言う事だから――

 

「ガリスッ!!すぐにリミッターを戻して撤退しなさいッ!!これは命令ですッ!!!!」

 

悲痛な叫びと共にセレナは≪命令≫だと言葉にする。

家族として向ける言葉ではなく、主と従者として絶対的な言葉を選ぶ。

なれど、その言葉にガリスは微笑みを以て――

 

「お断りします♪と、言うよりかは――もう無理と言った方が正しいかも、ですかね」

 

主と従者としてではなく、家族としての笑みと言葉を返す。

その身体はもうボロボロで、何時全てが壊れても可笑しくない程にその佇まいは儚い存在と化していた。

 

「――ッ!!…ど、うして……」

 

セレナは悟る。

彼女の限界を、迫る終わりを悟る。

それはもう先に待つ結末を覆すのが無理であるのだと悟る。

それなのに――なぜ彼女は笑っているのか。

迫る死を前に、何故笑っていられるのか。

 

「どうしてって…そりゃあ決まってますよ。マスターの為に戦って、マスターの為に死ねる。これ以上の喜びなんて他にありますか?従者冥利に尽きる、です」

 

眩しい程の笑顔で彼女は語る。

己が使命を、己が人生を全う出来たと屈託のない笑みを以て語る。

その言葉が優しい主を傷付けているとは知っていたが、それでも語る。

最後なのだからこれくらい許してほしいと、語る。

その姿に自然と涙が零れる。

自らの為に死に逝こうとしている家族に、涙が溢れ、止まらなくなる。

 

「――ああ、もう、泣かないで下さいよマスター。私が好きなのはマスターの笑顔だって、知っているでしょう?」

 

崩れる左手が優しくセレナの涙を拭う。

握るのもやっとな左手でハンカチを握り、拭う。

ゆっくりと、名残惜しみながら優しく拭い、その手がセレナから離れる。

 

「…ッ!!がり…す……」

 

「…もう、本当にマスターは泣き虫なんですから」

 

呟くその名に従者たる人形は微笑む。

主の為に生き、主の為に死ぬ人形は微笑む。

主との別れを済ませた彼女は迫る光に視線を向ける。

あれを何とかする、その為に必要な行動が何かを理解している彼女は覚悟を以て挑もうとして、ふと何気ない様にセレナに言葉を向けた。

 

「――嗚呼そうだ、マスター。もしもですよ?もしも、生まれ変わってまた貴女に会えるのでしたら――その時は私の我儘を聴いてもらっても良いですか?」

 

語るのは最後の願い。

生まれ変わりを信じて、何時かまた会えると信じて、そう伝わる言葉をセレナは――ただ首を縦に振って答えた。

その姿に、ガリスは満足そうにし、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それでは、マスター。また会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――人形はその身を瓦解させ、残った力を技に注いだ。

唸る水の竜巻は人形の想いに答えるが如く威力を増し、セレナの放つ竜巻と混ざり1つとなる。

1つとなった竜巻は光を削り―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――光を裂いた―――

 

 

 

 

 

 




さよならガリス   


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切ちゃん誕生日

イエーイ



 

暁切歌はその日気分が最高潮に良かった。

最低でも朝自宅を出るまでは、最高潮だった。

 

《帰ってきたら誕生日パーティーやろうね、切ちゃん》

 

ちょっとした用事(提出期限が今日までだったプリントの提出)で自宅を出る際にヤル気満々で言った調の言葉が何度も脳内を連呼する。

その為に、最短で最速にまっすぐに一直線に彼女は用事を終わらせて自宅へと戻ろうとしてーーー

 

持っていた通信機から聴かされた内容に絶望した。

 

 

 

 

 

 

《切ちゃんお誕生日おめでとうーーッ!!!!》

 

《おめでとうーーッ!!!!》

 

《イエーイッ!!》

 

「………ありがとう、デス」

 

《暁切歌誕生日パーティー》そう書かれた垂れ幕と華やかに飾り付けられた自宅にて、本日の主役たる切歌は無理をした笑みを浮かべていた。

それもその筈、自宅にて執り行われている誕生日パーティーに参加しているのはーー切歌を除けば全てセレナが作ったアルカ・ノイズだけしかいないのだから。

 

《ケーキをお持ちしましたッ!!》

 

《ターキー焼けましたッ!!》

 

《ピザも焼けましたッ!!》

 

机の上に並ぶ料理の数々は本当に美味しそうである。

漂う香りと美味しそうな見た目は、食欲を刺激し、食べるのが好きな切歌であれば絶対に喜ぶ筈。

だが、切歌はそれをもそもそと食べるだけでなにも言わない。

いつもの明るい笑顔はそこにはなく、ただ静かに悲しげに料理を食べるだけのその姿に盛り上げようと頑張る彼らアルカ・ノイズも苦しい想いをしていた。

 

《おい、どーするよ切歌ちゃん完全に楽しんでないじゃないか》

 

《うーん……まぁ、気持ちは分かるけどなぁ、まさか誕生日に限って切歌ちゃん以外全員緊急任務だからなぁ》

 

そう、この場に他の装者達がいない理由は、まさかの緊急の任務が入ったからだ。

それも綺麗に切歌だけを除いて、だ。

国連に所属するS.O.N.G.は対アルカ・ノイズ災害のみならず人命救助や災害派遣と言った多岐に渡る活動を国連主導の元に行っている。

なのでこう言った緊急任務も日常茶飯事ではある。

だが、今回ばかりは流石に酷かった。

緊急とは言え切歌の誕生日に彼女以外の装者全員、そして外部協力組織であるキャロル率いるシャトー勢力までもが派遣されると言うまさかの事態になってしまったからだ。

おまけに今回に限ってどこも超がつくレベルで忙しいと来た。

故にせめて通信で誕生日を祝おうと言うささやかな願いも叶わず、派遣された者達は各々の役目を果たすべく今もなお奮闘している。

 

だが、それは流石に可哀想と思った我らが主人公、セレナはせめてもの気持ちでとアルカ・ノイズ達に本来は自分達で祝うために用意していた誕生日パーティーを引き継がせ、彼等も彼等で精一杯喜んでもらおうと奮闘はした。

だが、結果はこれだ。

いつもの笑顔ははそこにはない。

机に並ぶ豪華料理も、華やかに飾り付けも、今の彼女には虚しいだけの存在でしかなかった。

 

切歌も今日を楽しみにしていたのだろう。

大好きなマリアや調、セレナや皆と過ごす誕生日を心待ちにしていたのだろう。

それ故にその落胆は半端なく彼女を襲い、彼女から笑顔を奪い取っていた。

 

《くそ、何か……何かないのかッ!?彼女を喜ばせる何かがッ!!》

 

そんな顔を見せられては男が廃ると彼等も必死の打開策を考えるが、そうは易々と浮かばない。

どうしたら良いかと各々が必死に考え、そしてたどり着いた答えはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーッ」

 

響達が派遣されたのは中東に位置するとある国。

そこでは、国連が難民への物資支援を行っていたのだが、この物資を狙って中東で活動している大規模反社会組織が強奪を企んでいるとの情報が入り、更にはこの組織はアルカ・ノイズを保有している事も判明。

その備えとして立花響を始めとした装者達とキャロルを始めとしたシャトー勢力は応援の為にテレポートジェムにて現地入り。

物資支援を行う国連の護衛を行っていたが、予想通りに反社会組織がこれを強襲。

アルカ・ノイズも展開し、難民と国連部隊を守りながらの戦闘となって苦戦していた。

 

「響さん!!大丈夫ですか!?」

 

セレナの叫びに響は迫るアルカ・ノイズを拳で殴り飛ばしながら笑顔で大丈夫と答えるが………状況は芳しくない。

予想よりもアルカ・ノイズの数が多いのだ。

ただ戦うだけならば問題ないのだが、彼女達の背中には守らなければならない人達がいる。

力無き人々が、助けを求める人々がいる。

その存在が彼女達を苦しめていた。

守らないといけない、それ故に思うがままに戦えずにどうしても苦戦を強いられてしまう。

 

そんな状況を反社会組織の幹部は満悦そうに眺めていた。

自身の力やアルカ・ノイズだけでは勝てない事は最初から理解している。

ならば、作ればよいだけだ。

勝てる状況を、勝利への条件を、

 

勝てる、これならば勝てる。

装者を倒したとなれば裏社会での彼の名は有名となるだろう。

そうすればこの組織のトップ………否、それ以上を目指せる。

そんな妄想に浸りながら男は満足そうに止めを刺さんと指示を下そうとしてーーー

 

 

 

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!》

 

《騎兵隊のお通りだこの野郎ッ!!!》

 

 

 

 

 

自らが指揮するアルカ・ノイズ達を視たことがない変なアルカ・ノイズ達が突如現れて蹂躙していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルカ・ノイズが出した結論。

それは任務を終わらせて皆と一緒に彼女が望んでいた誕生日パーティーを執り行うと言う答えだった。

それ故にアルカ・ノイズ戦闘班は総員出撃。

反社会組織が持つアルカ・ノイズの尽くを粉砕し、その勢いで中東のあちこちにあった反社会組織の拠点を制圧。

更には国連が執り行う予定だった難民への物資支援を彼等が行う事で任務は完了。

呆然とする装者やキャロル達にテレポートジェムを渡して帰国させーー切歌の自宅にて執り行われている彼女の望む誕生日パーティーを燃え付きながら見ていた。

 

《………疲れた、マジくそ疲れた………》

 

《拠点多いっての………あんなにあっても使わないだろ………》

 

此処にいる代表数名以外のアルカ・ノイズ達もシャトーで同じように燃え尽きていたが、代表アルカ・ノイズの視覚と共有されている映像から見える光景に誰もがその価値はあったと満足しているだろう。

そこにあったのは笑顔。

とても嬉しそうに、とても楽しそうにいつものーーいや、いつも以上の笑顔を見せる切歌の姿。

此れを見れたのであれば、頑張った甲斐はあったものだ、と誰もが思う中でーー

 

「あ、あの……」

 

その彼女が近づいてくる。

どこか申し訳なさそうにしながら近づいてきてーー彼女は頭を下げた。

 

「えっと………あ、ありがとうデス!!それと……ごめんなさいデス………喜ばせようとしてくれてたのにあんな態度してしまって………本当にごめんなさいデス!!」

 

なんともまぁ彼女らしい言葉にさてどう返答したものかと考えてーーふと、名案を思い付いた。

それはーーー

 

《では、お願いを1つ》

 

「お願い…デスか?何デスか!?どんなお願いでも叶えてみせるデスよ!!」

 

 

 

 

 

 

《笑顔を。貴女の笑顔を見せてください》

 

 

 

 

 

 

「………そんなので、良いんデスか?」

 

《そんなので良いんです。私達は貴女の笑顔を見るために頑張ったのですから》

 

お願いと言うにはささやかなそれに切歌は戸惑いながらもーー笑う。

この日彼等が視た中で最高の笑顔を視た彼は満足げに、彼女を祝う為の言葉を送る。

 

 

 

 

 

 

 

《お誕生日おめでとうございます、暁切歌さん》

 

 

 

 

 

 

「ーーッ!!ありがとうデス!!」

 

 

 

 

 

 

その日、誕生日が終わるその時まで切歌は最後まで笑顔で楽しんでいた。



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第103話

  

――犠牲無くして勝利無し――

 

どこかで読んだ書物にそんな言葉があったと思い出す。

それを見た時、私はこの言葉を否定した。

犠牲を出さずに勝利する事は可能だと、

犠牲を生み出してしまった瞬間にそれはもう勝利ではなく敗北でしかないと、

私はそんな勝利を肯定しないと、否定した。

それが己が生き様だと、己が貫き通す志だと、否定した。

 

 

 

 

だが、今は思う。

それは驕りであったと、

戦場を知らぬ夢見る乙女が見ていただけの空想であったと、思い知らされた。

 

 

 

 

「………あ」

 

セレナの顔に降り注ぐは水滴と化した水。

つい先程まで共に居た家族がその身を犠牲に放った水の竜巻――否、あれはもはや水の矛と言うべきだろう。

セレナが放つ技と水の矛は1つとなり、堕ちる光を阻み、そして切り裂いて見せた。

見事役目を果たした技は、霧散し、水滴となって降り注ぐ。

顔を、全身を濡らす水滴と共に落ちてきた≪それ≫にセレナは無意識に手を伸ばす。

自身が初めて作った偽・聖遺物を、自身が初めて作った家族の心臓を、

≪トライデント≫を、その手に握る。

 

「……ぁ…あぁ………」

 

トライデントと共に降り注ぐは、≪ガリス≫だった物。

エルフナインと共に作り上げた身体が、彼女に似合うであろうと選んだ衣装が、次々と落ちてくる。

破片となって、断片となって、落ちてくる。

それは彼女に理解させる、何が起き、何が終わったのかを理解させていく。

 

「…あァ…!!…あぁぁ……!!」

 

そんな理解を、脳が拒む。

そんな事はないと、落ちてくるそれは単なる見間違いだと否定する。

壊れ逝く心を本能的に守ろうとし、目に見える情報を否定し、歪曲し、否定し続ける。

 

なれど、眼の前に落ちた≪それ≫にその否定は限界を迎える。

そこにあったのは、左手。

青いハンカチを握ったままの、左手。

つい先程自らが流した涙を拭ってくれた彼女の手と、彼女のハンカチ。

それが目の前にある、崩れて壊れて、付け根より先を無くしてそこにある。

それを視界に収めた瞬間――脳は現実を否定できなくなった。

 

 

 

「ぁ…ぁぁ……ッ!!…あぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」

 

 

 

理解する、理解させられる、理解してしまう。

先程見た光景が幻でも夢でも仮想でもない。

セレナにとって最も守りたいと願う家族の1人が、その命を燃やし尽くしたのだと理解させられる。

他の誰でもない、セレナの為に――

 

その事実が、彼女を苦しめる。

家族の誰にも傷ついてほしくないからと1人で勝手に出て来たのに、その結果がこれだ。

自身が起こした独断がもたらした答えがこれだ。

己が選んだ選択の結末が――これだ。

 

 

――ガリスを殺したのは、私だ――

 

 

少し考えれば気付けた話だ。

彼女達の忠誠心を知っているセレナであれば、彼女達の誰かがこの選択を選ぶ可能性があると気付けた筈だ。

だが、気付けなかった。

気付く事が出来たのに気付けず、止める機会はあったのに止められず、救えたのに救えず、

親友を守りたいと、救いたいと願う心が――セレナから家族を奪い取った。

その罪悪感が、その後悔が、彼女を苦しめ、落涙させ、嗚咽させる。

その死を受け入れたくないと、けれどももう現実は変えられないのだと、どうしようもない現実に涙するセレナ。

 

だがそんな彼女の苦しみでも時間は止まる事を許してくれない。

上空ではガリスの放った最後の一撃によって幾つかに裂けた光が先程よりも威力が落ちているとは言え、尚も落ち続けている。

小日向未来、立花響両名に直撃させるには最適の威力、その為の手段も状況も出来てはいる。

なれど、唯一セレナの心だけはその状況に対応出来ない。

家族を失い、壊れかけた彼女には、今はもう立ち上がる力はない。

 

セレナとて理解はしていた。

立ち上がるべきだ、と。

彼女の――ガリスの想いに答えるのならば此処で立ち上がり、己が目的を果たすべきだと。

なれど、身体は動かない。

脚も手も、身体の全てが思う様に動かせない。

果たすべき目的を胸に立ち上がろうとしても、それを心と身体が否定する。

 

――無理もない。

セレナと言う人間は、まだ子供なのだ。

例え錬金術が出来ようが、アルカ・ノイズを作ろうが、シンフォギアやファウストローブで戦場を舞おうが、大人びた言葉を語ろうが、彼女の心はまだ幼い子供なのだ。

故に誰も死なせたくないと言う子供の様な夢を持つ事が出来た。

戦場を、世界を知らないが故に持つ事が出来た。

だが、今日その夢が所詮は子供が持つ淡い幻想なのだと知った、知ってしまった。

よりによって最悪の条件で―――家族と言う大事な人を失う事で知ってしまった。

 

その時点でもう彼女の心は折れていた。

夢を幻想だと知り、その幻想を持ち続けた故にガリスを死なせた。

≪それ≫は彼女の心を折るには容易い程、あまりにも過酷で残酷な現実であった。

 

時間さえあればもしかしたらそれを乗り越えられたかもしれない。

悲しくても辛くても、乗り越えられたかもしれない。

だが、それは許されない。

迫る光が、進む状況が、それを許さない。

 

故に、残された結末は1つしかない。

バットエンド、その言葉しか表現の仕様がない結末がゆっくりと、着実に迫り、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だあぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!ちょちょちょお待ちなさいなッ!!!!!私はそんなバットエンド迎える為に全身燃やし尽くしたわけじゃあねぇってのですよッ!!!!!てかなんですかその結末ッ!!?みんな光に焼かれましたENDとかクソゲーのクソゲーENDじゃねえっすかッッ!!!!私のマスターにそんなふざけたEND迎えさせるとかぶっ殺しますよッ!!?え?誰をって…そりゃこんな糞みたいなシナリオにしようとしている関係者もろもろ全員ですよッ!!!!!特にあの変態メガネだけはマジで殺す絶対に殺すッ!!!!!てかマスターはしっかりしてくださいなッ!!!!いや、その泣き顔も可愛いですけれどッ!!!!今はそんな事してる場合じゃありませんでしょッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セレナは呆然と、聴こえて来た声に、失われ二度と聞こえる筈のないその声に、顔を挙げる。

その姿はどこにもなく、なれど声は絶えず聞こえる。

力無い瞳はその声が出ている先を求めて揺れ動き、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

≪此処ですッ!!!!此処ですよッ!!!!マスターッッ!!!!≫

 

 

 

 

 

 

 

 

手に握る槍から、トライデントから聞こえる声に、彼女は困惑するしかなかった。




おかえりガリス


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第104話

 

「……が……りす…?」

 

≪はい!!ガリスでございますよ、マスター!!≫

 

――セレナは夢を見ているのではないかと現実を疑った。

だって彼女は――死んだのだ。

その身を犠牲に、主を守る為、主の目的を果たす為に、死んだ筈なのだ。

その終わりを…この眼で見たのだ。

だからこそ、これはきっと夢だと思った。

彼女の死を受け入れられない少女が夢見る幸せな夢。

聴こえてくる声も幻聴で、次の瞬間には現実が―――

 

 

 

 

 

≪ふんどっこいせぇッ!!!!≫

 

 

 

 

 

――聴こえて来た女性にあるまじき声と共にその身を襲うは、痛み。

トライデントが器用に一回転し、掛け声と共に頬を殴り飛ばしたのだ。

感じる痛みから手加減は無かったと予測できる。

結構な痛みが襲う頬に手を当てながら呆然としている私に対して――

 

≪ご無礼をお許しくださいマスター、ですが…これでお分かりですよね?≫

 

何を言っているのかを一瞬理解出来なかったが――すぐに彼女の言いたい事が分かった。

頬に感じる痛みが、その答えを知らしてくれたから、分かった。

 

「……げん…じつ……?」

 

≪はい、現実ですよ≫

 

「……いきてる、の?」

 

≪はい、生きてますよ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんとうに……ガリス、なの?」

 

≪はい、ガリスですよ、マスター≫

 

 

 

 

 

 

 

 

自然と、涙が零れるのが分かった。

悲しみではない、喜びによる涙が、頬を伝っているのが分かった。

つい先程の悲しみを上回る喜びが涙と言う形になって零れていく。

止めようとしても止まらないそれに、けれども流れるのがうれしく感じるそれに、セレナは喜びを露わにしようとするが―――

 

≪正直そこまで喜んでくれるのは嬉しいですが…マスター。今の貴女にはまだやる事がおありでしょう?≫

 

トライデントから聞こえる彼女の声にセレナは思い出した様に顔を挙げる。

そこにあるのは、裂けて、分裂し、今なお落ちる光。

それを見て、セレナは成すべき事を思い出す。

 

≪…お手をお貸ししましょうかマスター?≫

 

聴こえて来たその言葉に思わず笑ってしまう。

そもそも貸す手がないじゃないかと内心ツッコミを入れながら――セレナは立ち上がる。

その動きを、心も、身体も阻まない。

壊れかけたのはもう過去の事。

今の彼女は、立ち上がれる。

彼女の声があるからこそ立ち上がれる。

立って、前を見据えて、歩き、友を救うと言う願いを――

 

「――此処で待っててくださいガリス、すぐに終わらせてきますからッ!!」

 

―――果たせるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「響さんッ!!!!未来さんをッ!!!!」

 

叫びに近いその言葉に、立花響は即座に反応してみせる。

今や全身に結晶が出来上がりつつある身体を、痛みで意識が飛びそうになる身体を、歯を噛み砕く程に噛み締めて、最後の力と言わんばかりに小日向未来へ――己がひだまりへと駆ける。

 

「――ッ!!」

 

対する神獣鏡はそれを躱そうとするが、身体が動かない事に気付く。

生命力が低下しているから、と言うのもある。

だがそれでも神獣鏡が計算した数値では今の彼女の動きを躱せる位の余力は在る筈だった。

なのに身体は動かない。

ならばと神獣鏡は迫る響へ攻撃を敢行せんとするも、それもまた動かない。

明らかに可笑しい、そう感じる神獣鏡は――気付く。

 

「――ッ!!」

 

身体の中にある違和感。

それが何であるのかは、すぐに分かった、分かってしまった。

≪小日向未来の精神≫が、目覚めようとしている。

その目覚めかけの精神が、神獣鏡の動きを阻んでいるのだ。

 

≪響を傷付けさせない≫と。

 

「―――――ッ!!!!」

 

神獣鏡の力が弱くなるに連れて彼女に掛けられている洗脳も解除されて行っているのだろう。

故に目覚めた彼女は状況が理解出来なくても、まずそれを選んだ。

自身の親友を、小日向未来にとっての太陽を守る事を選んだのだ。

その選択が、神獣鏡の選択肢を全て奪いとって見せた。

 

「未来ぅぅぅぅぅぅッッッ!!!!!」

 

神獣鏡を、未来の身体を響は抱きしめる。

もう離さないと、絶対に離さないと強く強く抱きしめる。

身動き1つ許さないその力に神獣鏡は抵抗しようとするが――時は既に遅い。

 

上空にあるのは、光。

仮面の少女が己の力である黒い手で空中にあったシャトルマーカーを捕まえ、それを利用して一点に集中させた光が、放たれていた。

迫る光、自身が敵へと放った光。

それが今この身を焼かんと迫ってきている。

その状況に神獣鏡は――終わりだと察した。

どうやっても打開する手段はないと諦め、その諦めがシステムを止めた。

 

「―――――ッ」

 

その瞬間、小日向未来の精神が戻る。

抱きしめられた感触が、自らの太陽の温もりを感じながら迫る光に飲み込まれようとした最後に――

 

「――――――ぁ」

 

≪それ≫は見えた。

光の向こうに居る仮面の少女を、

彼女は気づいていないのかもしれないがその仮面の左目の所が割れている彼女を、

 

 

もう1人の親友と――小さな親友と同じ瞳をした彼女を、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

海上に無数に浮かぶ破壊された軍艦の上で男は1人ワインを飲みながらその戦いを見守っていた。

落ちる光に焼かれた2人が海に落ちたのを、力を使い果たしたのか同じく海に落ちるセレナを見守りながら、男は拍手を送る。

パチパチと、まるで劇を見終えた観客が送る様に拍手を送った。

 

「――おめでとう。

無事に親友を救えてうれしいよ、ボクは」

 

男にとってそれは間違いなく本音だ。

此処で装者の離脱は男にとって不利益でしかない。

最低でも、キャロルの存在がある以上は男にとって装者は必要である。

 

それに、セレナの見せた成長。

あの腕、そしてガングニール。

間違いなく、彼女は成長していっている。

その成長に男は堪えきれない笑みを浮かべながら拍手を送る。

装者の損失無くその願いを叶えた彼女に、そして成長していく彼女に、惜しみない拍手を送る。

良くやったと、嬉しいよと。

そして――嗤う。

 

 

 

 

 

 

「さあ、始まるよ、もうすぐ。

ボクが用意した第二幕が。

君がそこでどうするのかを、見せてもらうよ、ボクは」

 

 

 

 

 

 

男は笑う。

破壊された軍艦の上で1人笑う。

今から始まるであろう出来事を想像して笑い続けた。

 

 




アダムお兄さんの出番増える……かなぁ?


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第105話

 

≪―――から―――≫

 

意識が覚醒していくのを感じながら、聴こえる声に安堵する。

それは間違いなく彼女の――ガリスの声。

死んでしまったと、失ってしまったと思った彼女の声。

もう聴こえる事のないと思っていたその声をまた聴ける事に喜びながらゆっくりと目を覚まそうとして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ですからッ!!これは応急処置なんです!!治療なんです!!ですから心肺蘇生の為にマスターのお胸に触るのも人工呼吸の為にマスターと接吻するのも治療なんですから邪魔しないでくださいガリス殿ッ!!!≫

 

≪はぁ~ッ!!?ふっざけんなお前ッ!!たかが医療班に所属しているだけのアルカ・ノイズが私のマスターのあの素晴らしい胸に触るぅ?挙句にあの愛らしい唇に人工呼吸だぁ~?――殺す、絶対に殺す。お前顔と名前覚えたからな!!マスターに身体直してもらったら絶対にぶち殺すからな!!!!≫

 

≪そうだそうだッ!!医療班に所属してるからってお前がする必要ないんだぞッ!!!!なんならオレがやるッ!!!!≫

 

≪ふざけるな8803ッ!!!!その役目はオレだ!!オレしかいねぇッ!!!!≫

 

≪ふざけるな32221ッ!!オレは知ってるんだぞ!!お前クリスちゃんのおっぱいが好きだって言ってたよな!?マスターのあの慎ましく愛らしいおっぱいよりもあの脂肪の塊を選んだよな!!?≫

 

≪なッ!!?何故お前がそれを…そ、それを言うなら貴様だってそうだろうが!!!!お前響ちゃんの丁度良いのがベストだって言ってたのをおれ知ってるもんね~!!!!なんなら録音もしてるもんね~!!!!≫

 

≪おまッ!?それはあくまで理想は、て話だ!!てか録音消せやッ!!!!それに確かに理想は響ちゃんだがオレの中での理想以上の最高はやはりマスターのおっぱいに決まってるだろうがッ!!!!だからオレがやる!!オレしかいねぇ!!!!はい論破ぁぁぁぁッッッ!!!!≫

 

≪あ゛?あんたら名前と顔しっかり覚えたからな!!身体戻ったら全員揃って深海送りにしてやるから首洗って待ってろよ!!!!≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――嗚呼、これはあれですね。

マスターとして、創造主として、1人の女として、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少しばかり、彼らにはお仕置きの必要が、ありますね―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…とりあえずの状況については把握しました」

 

時間にして数分程度。

大説教大会を終えた後、しょんぼりとしている面々を尻目にセレナは他のアルカ・ノイズより一通りの状況について報告を聞いていた。

あの後、体力を使い果たして気絶したセレナ、光に飲み込まれた響、未来の3名はアルカ・ノイズにより救出。

セレナは此処443の内部へ、2人は二課の潜水艦へ、それぞれ運び込まれた。

同時に敵ノイズ群の出現も停止。

出現していた全ノイズ群の殲滅完了と救助対象の全救助、そしてマスターであるセレナの目的の達成とその身の保護。

アルカ・ノイズに課せられていた全ての目的を達成した事により彼らの独断ではあるがこれ以上の二課との協力体制の必要性を不要と判断し、撤退。

現在は戦場となったエリアよりわずかに離れた後方にてシャトーへと帰還する手筈で準備を進めていたのだが――

 

「……あれが、フロンティア…」

 

彼女の視線の先にある存在――空に浮遊する大陸 ≪フロンティア≫ の存在がそれを阻んだ。

 

 

 

 

≪フロンティア≫

 

 

 

 

櫻井了子ことフィーネが自身の計画の為に密かに発見、研究していたとされるあの空飛ぶ大地は、彼女の残したデータ曰く―――あれは1つの星間航行船らしい。

生憎近代歴史ならばともかく遥か昔の古代歴史を学ぶ機会がなかったセレナからすればあの船がどういった経緯でこの星に存在しているのか、どうしてあんな船が存在しているのかと言った疑問には答えられない。

だが、それでも分かる事も幾つかはある。

元々は海底奥深くにて封印を施され眠って居た事。

その封印を神獣鏡の光が解除してしまった事。

あの船に使われている技術が異端技術の結晶体であると言う事。

そしてその異端技術を独占しようとしているのが、2勢力いる事。

1つはF.I.S.、そしてもう1つは―――米国。

 

「…人類の危機に協力して挑まないといけないのに……ッ」

 

ガリスが手に入れたらしい情報曰く、米国は以前に発生したルナアタック事件によって月の軌道の異変を感知しており、その軌道異変の結果が――いずれ月が地球に衝突すると言う最悪な結末をもたらす事を知った。

月と地球、2つの星が衝突すればどうなるか――誰にでも分かる。

最低でも未曽有の大惨事は確定、2つの星が消滅する可能性だってかなりの割合で…否、ほぼ確定で起きる。

詰まる所この星は―――詰んでいた。

 

本来ならばすぐにこの情報を公開し対処方法を全ての国家協力の元に行うべきだろう。

そうすれば幾つかは対処法が生まれたかもしれない。

だが……米国はこの情報を2つの理由を以て隠匿した。

1つは純粋に情報公開によるパニックを恐れて。

もう1つは――自らが逃げ出す為に。

 

米国の目的はフロンティアの制圧、制御する事にある。

星間航行船と言うこの船の異端技術を使い、地球を捨てて逃げ出す為に。

それはさながらノアの箱舟の様に―――

 

それで全ての人民を救えるのならばまだ問題は無かった。

だが、幾らフロンティアとは言え全ての人民を救う事は不可能。

だからこそ米国は情報を隠匿したのだ。

フロンティアと言う存在を誰に知られる事もなく、選ばれた人だけが救われ多くの人々に事実を知らせないまま最後を迎えさせる為に……

 

そんな事実を知り、抵抗活動を始めた勢力こそF.I.S.から離脱した1人の研究者と3人の装者。

米国より先にフロンティアを制圧し、その異端技術の解明を以て多くの人々を救おうとした者達。

ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、暁切歌、月読調。

世界を敵にし、世界を救おうとした悪であり正義である者達。

彼女達の理想、理念は間違いなく本物だったのだろう。

正義を成す為に悪となる、善悪と言う言葉を彼女達に問うのであれば彼女達こそまさに善と呼べる者達であっただろう。

だが、そこに異物が混ざり込んでしまった。

目的の為に協力を仰いでしまった男――ドクターウェルの存在がその理想を掻き乱した。

悪を被った善と呼べる者達を、本物の悪へと染め上げようとする男を加えてしまった。

 

それこそが、彼女達の最初で最後の間違えた選択だった。

世界を救うと言う目的を果たすのであれば彼女達はこの男を誘うべきではなかった。

そうすれば彼女達は人々に悪だと後ろ指を指されようとも、何かしらの手段を以て世界を救う事が出来たのかもしれない。

多くの人に悪だと言われても、数人の人には善だと言われたかもしれない。

孤高であっても英雄だと呼ばれたかもしれない。

だが……嗚呼だが、それはもう過去の話だ。

 

「……被害は」

 

《……米国の増援艦隊のうち半数が海面に叩き付けられ破壊、現在救助活動を実施しておりますが…生存者の数は少なく……》

 

セレナの視線の先にあるのは、破壊された軍艦。

米国の増援艦隊、出現したフロンティアを奪取しようとした彼らはフロンティアからの攻撃を受けて――艦隊は半壊状態。

残った半数は先に救助していた米国艦隊の指揮官と多国籍艦隊の面々の説得を受けてひとまずは安全圏へと避難しているが……それでも、失われた命は戻らない。

 

――そう、失われてしまったのだ―――

 

恐らく――いや、確実にこの行動を起こしたのはあの男だ。

命を奪う選択肢を選んだのはあの男だ。

だが、それでも――あの男の仲間である以上、その罪は彼女達にも掛かる。

 

故に、そう故に決まった、決まってしまった。

彼女達は正真正銘の悪となってしまった。

人の命を奪った悪となってしまった。

もはや彼女達が世界を救おうとも、もはや彼女達が多くを救おうとも、彼女達に善を見る者はいない。

気分次第で命を奪えるのだと証明してしまった彼女達は――もう、完全なる悪でしかないのだ。

最低でも世界はそう認識する。

人命を奪った彼らを悪だと判断し、その罪を裁くのに一切の手加減を無くすだろう。

 

「―――ッ」

 

…これだけは止めたかった。

誰の命も失う事なく終わりを迎えたかった。

それが希望と呼べる物でさえない程に弱弱しい可能性だと知っていたも、その未来を望んでいた。

そうすればあの子達に…あの優しい子達に掛かる罪は少なく済んだのに……

 

――故に、怒りが沸いた。

この事態を引き起こした者達への怒りが、そのきっかけを作った者達への怒りが、あの優しい子達に悪を押し付けた大人へと怒りが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクターウェルと、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、そして今はまだ顔さえも分からないナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤへと、怒りと抱いた。

 

 

 

 

 

 

 




ちなみにセレナノイズの被害は命令通りゼロです(負傷兵はいる)


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第106話

何かを忘れている…そんな気がして何日か
アンケートをしているのを完全に忘れてました………ほんっとうにすみませんでした!!(土下座)
そして皆様アンケートのご協力たいへんありがとうございます!!
賛成の方が多いので簡単にではありますが、今度自己紹介を書こうと思いますのでどうかよろしくおねがいします!!

後、本編更新も頑張ります!!


 

込み上げる怒りに震える拳。

セレナはそれをゆっくりと息を吐く事で誤魔化し、徐々に手から力を抜いていく。

 

「――救助活動をしている子達には引き続き救助活動を継続する様に。空中戦闘が可能な子達は万が一に備えて戦闘態勢を維持したまま待機、指示を待ってください。輸送隊も同様に待機を。手の空いている子達は救助した人達の手当の手伝いをお願いします。無いとは思いますが、万が一に抵抗をするようであれば薬で気絶させても構いません。ですが、暴力等は一切禁じさせてください。人命救助を目的としているのに助けた相手を傷付けては意味がありませんからね」

 

≪はッ!!了解しましたッ!!≫

 

「それと二課側の情報を集めてください。あくまで内密に気付かれない様に。それと発見された場合は敵対に繋がる行動も避ける様にと厳密してください」

 

≪了解しました!!ソング21と22を向かわせますッ!!≫

 

下す指示にアルカ・ノイズ達は従順に従って行動をし始める。

そう、セレナはこの場においては1人の戦士である前に――1人の指揮官なのだ。

例え彼らの参戦が望んだ物ではなかったと言えども、彼らは今此処にいる。

主の力に成る為に、主を守る為に、此処に居る。

主君への忠義が、主君への愛が、彼らを此処に呼び集めた。

 

ならば主としてセレナは答えねばならない。

彼らを作った創造主として、彼らの忠義に答える主として、

6万のアルカ・ノイズを従える指揮官として、彼らの想いに答えねばならない。

 

故に、この場において最も不必要なのは個の感情。

指揮官であるセレナの怒り、その存在は間違いなく此処においては必要がない。

だからこそ、今は忘れる。

込み上げる怒りを、言い知れない感情を、忘れて耐える。

 

――本音を言えば今すぐに全軍に攻撃命令を出してフロンティアを攻め、事の原因となった者達を捕まえたい。

捕まえて、問い詰めたい。

どうしてこんな事をしたのかと、他に選択肢が無かったのかと。

どうしてあの子達を巻き込んだのかと、問い詰めたい。

そしてその願望は命令を出せば叶えられるだろう。

6万と言う大軍は間違いなく主の命に答えてみせるだろう。

 

だが、それは犠牲の上に得られる勝利となる。

確信を以て言える、今その命令を出せばアルカ・ノイズに間違いなく被害が出る。

どれだけの人数が犠牲となるかは流石に分からない、けれども間違いなく絶対に犠牲は出る。

それも決して少なくない数の犠牲が出るのは明白だ。

 

――それは絶対に許されない。

彼らの創造主として、指揮官として、そして何よりも――家族として絶対に許されない。

その想いは間違いなくガリスの一件で強くなっていた。

一度は失いかけた故に強まった想い。

その想いはセレナの胸中に失う事への恐れを刻み込んだ。

あの喪失感を二度と味わいたくないと。

だからこそセレナは犠牲を恐れ、犠牲を無くすように挑む。

それが戦場において甘い幻想であると理解していても、挑む。

誰もが望む幸せな結末へ至る為に、誰もが犠牲になる必要が無い結末へ至る為に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしもそれでも犠牲が必要であると言うのであれば、その役目は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「友里!!状況はどうなっている!?」

 

「陽動の翼さんに多数のノイズが接近していますが、十分に対応可能な数です!!それによってクリスさんは別ルートからフロンティア内部への侵入に成功!!ドクターウェルの身柄の確保を急いでいます!!」

 

「良し…ッ!!藤尭ッ!!」

 

「言わなくても装者両名へのバックアップを最優先しています!!情報は逐次更新して彼女達に知らせていますよ!!」

 

小日向未来――否、神獣鏡との戦いから数十分。

戦いは次の局面へと移り変わっていた。

施された封印によって海底奥深くに眠って居た古代の船≪フロンティア≫

それが今、神獣鏡の輝きで封印を解かれて浮上している。

その内部に、F.I.S.――否、歪んだ欲望を叶えようとしている狂った科学者、ドクターウェルを載せて――

 

「クリスくんッ!!現段階においての最優先目標はドクターウェルの身柄とソロモンの杖の確保にある!!調くんからの情報通りであれば彼を抑える事が出来れば――」

 

≪状況を打開できる、だろ!!はッ!任せなおっさん!!元々ソロモンの杖はアタシがけりをつけなきゃいけねえからな……だから、任せてくれ。あ、それと!!あの馬鹿には絶対に馬鹿するなって伝えておいてくれよ!!絶対にあの馬鹿何かする気だから要注意で頼むぞ!!≫

 

「ふ、任せろ!!」

 

――響くんと未来くん、そしてあの仮面の少女との闘い。

その結末は喜ばしい形で終結した。

未来くんに施された神獣鏡のギアは、神獣鏡の放つ魔を払う光によって完全に解除、破壊された。

未来くん自身も無事でギアの後遺症等は確認されなかったが、エクスドライブ、そして最後のあの巨大な光によって体力と精神力を多く失った影響か、今はまともに動く事が出来ずにベットの上で寝たきり状態になっている。

そして響くんもまたあの光に飲まれた影響か、身体を蝕んでいたガングニールは欠片さえも残さないレベルで体内から除去されており、その命を救う結末となった。

だが、体内のガングニールを失った事で響くんは戦う力を――シンフォギアを失った。

 

「(……この状況での戦力低下は望ましくなかったが…響くんの命には代えられない!!)」

 

故に現在、フロンティア攻略へと出撃しているのは翼とクリスくんの2人だけだ。

…本音を言えば仮面の少女、そして彼女に付き従うノイズ達の協力を得られれば良かったのだが…先の戦い終結後、響くんと未来くんを船まで運ぶと同時に彼らは姿を暗ました。

無論観測機器や衛星からの監視網にてその動きを追跡しようとしたが、失敗。

完全に姿を暗ました彼らが、今どこで何をしているのかは…完全に不明状態だ。

恐らくは――あの段階で彼らとの共闘関係は終わりを迎えたのだろう。

故に姿を暗ました、もう終わりだと言葉なく伝える為に―――

 

「……無い物を求めても仕方ない、か」

 

故に弦十郎は現段階で二課が出せる全勢力で実行できる作戦を立案した。

作戦内容としては真正面より機動力のある翼が敵に攻撃を仕掛け、これに敵の意識を集中させる。

ある程度の敵を陽動の翼に釘づけにしたら別ルートからクリスくんを内部へと侵入させ、事の原因であるドクターウェルの身柄と彼が持つソロモンの杖を確保すると言った物だ。

 

作戦は現段階では上手く行っている。

敵ノイズの数は多いが、それでも翼の実力であれば十分に対応できる数である。

…最低でも6万を相手にするよりは遥かにマシなレベルだ。

敵の意識は翼に向けられており、クリスくんの内部侵入は無事成功している。

このまま行けば問題は無いだろう。

だが、弦十郎は強張った面持を崩せずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そう、か」

 

作戦立案前、弦十郎は緒川に内密に呼び出されていた。

その手にあるのは2つのデータ。

1つは先に依頼しておいたキャルと言う少女についての詳細情報。

その内容は――黒に近い白と言った所だろう。

彼女の個人情報は余りにも≪一般的な理想家庭≫だった。

何も問題が無く、何処にでもいる少女とこの情報が作り上げていた。

 

そう、あまりにも一般的過ぎて――逆に不自然だと思わせる位に。

そしてそれは、緒川の手によって証明されてしまった。

 

「――その情報についての詳細内容は作戦後にお伝えします。今はそれよりも」

 

緒川に促されもう1つのデータを確認して、思わず驚愕する。

データの中身、それは――≪フロンティア≫の内部情報を始めとした詳細情報の数々であった。

 

「これはッ!!?」

 

「……実は数分前に二課のサーバーが何者かからのハッキングを受けました。ハッキング自体は物の数秒単位で奪われた情報等は特になかったのですが……逆にこのデータが送られていました。1つのメッセージと共に」

 

「…その内容は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪君たちの勝利を願っているよ 人類の父より≫と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人類の父………いったい何ダムなんだ………(遠い目)


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第107話

 

《人類の父》

そう名乗った人物が二課のサーバーに残したフロンティアの詳細情報は、フィーネこと了子くんが残した情報のそれを遥かに上回っていた。

了子君でさえも確保していなかったフロンティア内部の詳細マップやその機能、そしてフロンティアに使われている異端技術についてさえもが記されていた。

それが偽物である可能性も否めなかったが…了子くんの残した情報と照らし合わせた結果、その信憑性は高く、このデータが偽物である確率は極めて低いとみなされーー二課はこのデータを元に対フロンティア作戦を構築する事になった。

 

ーー怪しさの塊であるこのデータを信頼するのは組織的も、そして俺個人的にも選びたくない選択ではあった。

だが、フロンティアを………F.I.S.とドクターウェルにこれ以上の時間を与えてはいけなかった。

既に彼等は月にアンカーを打ち込み、無理やりフロンティアの浮上を速める対価に月の落下を速めると言う凶行を行っている。

人類を救う、その為に活動して居た筈の彼らが人類の寿命を縮めたのだ。

もはや彼らに―-いや、ドクターウェルは人類救済なんて目的はない。

己が夢を、欲に眩んだ歪んだ願望を叶える為だけにフロンティアを使おうとしている。

そんな凶行を許してはならない、だからこそ…あのデータを作戦に取り込んだ。

ドクターウェルの凶行を止める為のやむ無しの手段として――――

 

そして、作戦は順調に進んでいた。

データにあったフロンティアの内部マップと詳細情報のおかげで敵の動きもある程度であるが予測する事が可能で、敵の動きを想定した臨機応変なバックアップを常に可能としている。

そのおかげで作戦は順調だ、あまりにも順調だ。

このまま行けば事態収拾も時間の問題だろう。

 

「…だが………」

 

脳裏に過るはやはりこのデータを残した人類の父を名乗った謎の人物。

今まで二課のサーバーは米国を始めとした諸国からのハッキングを繰り返し受けて来た。

だが二課の防衛システム、そして優秀な職員のおかげでこれまでそのハッキングが成功された試しがない。

それもその筈だ、二課のサーバーは多額の予算と天才科学者たる了子くんの手で作られた電子上に存在する無敵の要塞の様な物だ。

この要塞を攻略する事は決して簡単ではない。

 

だが、人類の父を名乗るこの人物はその要塞を突破して見せた。

諸国からのハッキングの尽くを迎撃して見せた二課の防衛システムを堂々と物の数秒で突破してみせた。

だが、かと言って何かを奪う訳でもなくただこのデータだけを置いて去って行くと言う謎の行動。

 

「…読めん、な」

 

――弦十郎が人類の父に抱いた感想は、気味が悪いの一言だ。

この人物が残してくれたデータ、それは助かる。

このデータが無ければ作戦は此処まで順調に進まなかっただろう。

だがその目的が全く以て不明だと言うのは気持ちが悪すぎる。

それが純粋に俺達の力に成りたいと言う物であれば喜んで受け取ろう。

しかし、わざわざハッキングしてまでデータを置いて行ったのだ、正義感から……ではないのは間違いないだろう。

 

「…俺達とF.I.S.を争わせるのが目的と言う可能性もある、か」

 

敵の目的が二課とF.I.S.、2つの勢力を争わせて戦力を低下させようとしている線は十分にあり得た。

例えば仮面の少女が率いていた謎のノイズ軍。

彼女達とは一時的に共闘関係であったが、彼女達が敵か味方かは――はっきりしていない。

あの共闘も俺達の信頼を得る為に行った芝居であり、人類の父を名乗ってデータを二課に流し、二課とF.I.S.を争わせ、戦力が低下した頃に参戦してフロンティアの奪取を狙っている可能性とて十分にあり得た。

 

だが、そうとは思いたくない。

一時的な共闘関係であったとは言え、共に戦った相手をそんな目で見たくはない。

それにこれはあくまで極論だ。

確かに彼女達は敵か味方かははっきりしていないが……

可愛い愛弟子とその親友を必死に救おうとしてくれたんだ、それが全て芝居だったなんて思いたくもない。

可能であれば友好的関係を構築出来れば良いが……此方は向こうの動き次第と言った所だろう。

 

ひとまず人類の父については目下、緒川と諜査部が主となって調べているが…正直難しいだろう。

二課のサーバーを調べた結果、人類の父なる人物はサーバーにハッキングした痕跡を欠片も残していない事が判明した。

結果、逆探知等も難しく調査の方も難航していると報告が上がっている。

恐らくは、この調査も努力虚しく失敗に終わるだろう。

 

「…こんな時に了子くんがいてくれたら……」

 

仮にここに彼女が居ればきっと彼女は我々には理解出来ない知識を以てこの犯人を特定し、追い詰めてみせるだろう。

わたしにまっかせなさーいと上機嫌に答えて、期待に応える姿が目に浮かぶ。

彼女ならばそれが出来る、それを可能とするだけの知識がある。

そんな彼女に俺達はいつも頼っていた。

彼女ならば何とかしてくれると、何時も期待し、そして頼り過ぎていた。

今も真っ先に彼女の存在を思い出してしまうのがその証拠だ。

 

だが――もう、彼女はいないんだ。

他の誰でもない、俺達が……

 

「……俺も、女々しい男になってしまったもんだ…」

 

彼女がもういないと分かっていながらもその存在を求めてしまう。

それだけ風鳴弦十郎と言う男は彼女の存在を必要としていたのだと、改めて思い知らされる。

失ってから始めて、遅すぎる想いに……気付かされた。

 

だが、今はそんな想いと向き合う時ではない。

今なお戦場で戦う彼女達を支援する、その役目を果たす為に1人の男としての己を忘れ、二課の司令である己を呼び覚まし目まぐるしく変わる戦場へと視線を向けようとして―――

 

「司令!!ひ、響ちゃんと調ちゃんが!!」

 

「――ッ!!何だとッ!!?」

 

その視線が捉えたのは、捕虜であった筈の調くんと共に外へと駆けだしていく響くんの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……良し、ガリスどうですか?」

 

場所は変わり443内部。

戦艦と空母としての機能を追加された443だが元々はあくまで巨大な輸送用と言う名目の空中移動基地として作られたアルカ・ノイズだ。

万が一に備えての物資置き場や小休憩が可能な個室、そしてシスターズのメンテ用ルームまで用意されている。

そんなメンテ用ルームにおいてセレナは今しがた終えた作業の結果を確認する様に机の上に寝る少女――元の人形姿へと戻ったガリスへと声を掛ける。

 

「ん~…少し動きにくい、ですかね?」

 

「あくまで臨時用に作っておいた予備躯体ですからね、動きにくいのは我慢してください。シャトーに帰ったら本格的な躯体を作りますからそれまでは、ね」

 

はーいと答えるガリスだが、机から起き上がる動きの1つ1つに動きにくさが現れている。

それをもどかしいと感じているのが表情に出るのですぐに分かってしまう。

それを申し訳ないと感じながらも、セレナはその姿に安堵する。

 

「(無事でよかった…)」

 

ガリスの無事、それが今やっと心の底から実感できた。

失ってしまったと、もう二度と戻らないと思っていた存在が、今こうして目の前にまた居る。

その事実に安堵しながらも、セレナの脳裏にあるのは疑問。

 

ガリスの無事、それは確かに嬉しい事だ。

だが同時に理解出来ない事でもあった。

 

≪何故ガリスは無事だったのか≫

 

彼女の無事は本当にうれしい、それに一切の偽りはない。

だがどうしてもその事実に疑問を抱いてしまった。

ガリスの身体の崩壊、それを目の当たりにした者としてどうしてもその疑問を解消させたいと願い、ガリスを予備躯体に移し替える中で彼女を調べ、そして1つの仮説を生み出した。

 

≪ガリス≫と言う存在が宿っているのは身体ではなく≪偽・聖遺物≫である、と。

 

彼女達シスターズにとって≪身体≫はあくまで器。

その心臓、その心、その魂が宿っているのはコアである≪偽・聖遺物≫であり、故に身体が破壊されようとも偽・聖遺物さえ無事であれば彼女達は無事である、と言う結論を導き出した。

――と言っても、これはあくまで仮説。

もしかしたら違うかもしれないけれど、これ以上の調査は此処では難しい。

本格的調査は、全てシャトーに帰還してから―――――

 

「……あ」

 

シャトー、その単語が脳裏を過ると同時に思いだす、と言うよりかは気づいてしまう。

今回起した不祥事の数々を、そしてそれを見ているであろう師匠の存在を―――

 

「……師匠、絶対に怒ってますよね」

 

独断出撃、並びに意図していなかったとは言えアルカ・ノイズの出撃。

更にはシスターズであるガリスの存在さえも露見してしまった。

――絶対に怒られる、そう思うと憂鬱になる気分を何とか持ち直しながらも今後の動きを決めていく。

 

偵察に向かわせた子達からの報告を聞く限り、二課のフロンティア攻略作戦は順調に進んでいる。

F.I.S.もノイズを展開させながらも必死の抵抗を続けているが、この調子であればドクターウェルを始めとしたF.I.S.の面々が捕まるのは時間の問題だろう。

それを踏まえて――私達は撤退準備を始めた。

理由は多々あるが、ガリスの状態やアルカ・ノイズ達の負傷。

そして何よりも…私が限界に近いと言う事だろう。

 

「―――ッ!!」

 

「マスター!?大丈夫ですか?」

 

身体を襲った痛みに表情が歪む。

それを心配したガリスに大丈夫だと答えながらも、全身に感じる痛みが増していくのを実感していく。

恐らくは師匠の薬の効果が切れて来たのだ。

師匠の作った薬はあくまで師匠個人が使う予定で製作していた物。

それを使用する予定の無かった私が使った事で薬は最高の結果を生み出す事が出来ず、あくまで一時的な痛み止め程度の効果にしかならなかったのだろう。

そしてその痛み止めがもうすぐ切れようとしている。

 

…無理もない、あの戦場ではあまりにも多くの事があり過ぎた。

黒い手の変化、謎の手の出現、そして――白いガングニール。

余りにも多く…多すぎる程に変化があり過ぎた。

正直、今この瞬間でもあの戦いで起きた出来事の数々が夢であったような感覚さえある。

それ位までに現実離れした出来事の数々であった。

だが――間違いなくあれらは現実にあった出来事なのだ。

 

「…………」

 

セレナが知る限り、ニトクリスの鏡にあの様な機能はなかった。

キャロルが独自に組み込んでいた可能性はあるが……それならそれで教えていなかった事に納得がいかない。

セレナも本能的に理解していた、この鏡には≪何か≫があると。

一度本格的な調査の必要があり、調査する前に使うのは避けるべきだと言うこの判断もまた撤退の理由の1つだ。

 

――正直を言えば、私も今すぐにあの戦場に向かいたい。

向かってウェルを、大人達を捕らえて、そして聞き出したい。

あの子達を…あんな優しい2人をどうして巻き込ん―――?

 

「……あれ?」

 

ふと、≪違和感≫に気付く。

先程まで何とも感じなかったなのに、不意に自らの思考に、その違和感に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪どうして私はあの2人を知っているの?≫と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第108話

 

脳裏に浮かぶ、1つの光景。

何処かの学園の…校庭、だろうか?

其処に居るのは、恐らく私と2人の少女だった。

 

≪――しらべ~♪甘いデスよ~♪ふわふわクリームですよ~♪≫

 

≪――切ちゃん、こっちのカスタード美味しいよ?≫

 

机の上に並ぶ沢山の出店料理を次々と平らげていく2人。

口元をクリームいっぱいに汚しながらも笑顔で食べる少女。

そんな少女を仕方なさそうに、けれど嬉しそうにハンカチで口元を拭ってあげている少女。

 

幸せ、と言う言葉が形になるとすればこの光景を指すだろう。

2人の少女が笑顔で美味しい食べ物に舌鼓を打ち、共に笑うこの光景こそ幸せと現さず何というだろうか。

見ているだけで釣られる様に笑顔になる、眩しい程に幸福に満ちた光景。

 

 

―――だけど、私はそれを知らない―――

 

 

この学園は何処?

何で私はこの子達と一緒にいるの?

そもそもこの記憶は何時のもの?

どうしてこんな記憶が、あるの?

 

私は、こんな記憶を知らないのに――

 

「…マスター?」

 

「…え?あ、えっと…ど、どうしたのガリス?身体に何か問題でも?」

 

心配そうに覗き込んで来たガリスに慌てて返事をする。

心配させまいと、脳に抱いた違和感をかみ殺して笑顔を浮かべる。

その記憶の存在が何度も何度も脳裏に過りながらも、今はそれを黙殺して――

 

「あ、いえ。身体に関しては先程言った通り動きにくいだけですが…あの、大丈夫ですかマスター?顔色が…」

 

「うん、大丈夫だよ。流石に疲れが出てきただけだよ。それよりも撤退を早く終わらせよう。帰ったら師匠の説教が―――ッ!!」

 

待っているから、そう続けようとした言葉が止まる、止められる。

背筋に感じた冷たい何かが、遠くから感じる≪何か≫がそれを止める。

思わず向けた視線の先にあるのは、映像に映し出されたフロンティア。

間違いない、今一瞬あそこから≪何か≫を感じた。

 

気持ち悪く冷たい≪何か≫を――

 

「…何、今の……」

 

胸に過る不安。

それはさながら警告だった。

あそこで何かが起きようとしている事に対しての――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから行って。胸の歌を信じなさい」

 

その言葉が立花響の迷いを打ち払った。

月読調、そして暁切歌。

仲良しだった2人、けれども今は戦わなければいけない2人。

その2人の戦場となった場所から立花響は駆ける。

この争いを生み出してしまった原因を止める為に、駆ける。

 

そして残されたのは2人。

記憶を、想いを、自身が生きた証を残したいと願う暁切歌と、ドクターの暴走に巻き込まれていく大好きな家族の暴走を止める為に敵対の道を選んだ月読調。

 

「調ッ!!なんであいつを!?あいつは調の嫌った偽善者じゃないデスかッ!!」

 

暁切歌は吠える。

大好きな調と戦いたくないから、僅かにでも彼女と戦わなくてもいい可能性がある道を探るべく吠える。

なれど、それはもう―――

 

「でもあいつは自分を偽って動いてるんじゃない。動きたい事に動くあいつが眩しくて羨ましくて――少しだけ信じてみたい」

 

調の言葉がその可能性を容易く断ち切る。

もはや言葉での解決は不可能だと、知らしめる様に発せられたその言葉が暁切歌に静かに覚悟を決めさせる。

 

「さいデスか…でも、アタシだって引き下がれないんデス!!アタシがアタシで居られる内に何かの形を残したいんデス!!」

 

「…切ちゃんで居られるうちに?」

 

戦いの火蓋が切って落とされるのはもはや明確。

もうすぐ戦いが始まる。

大好きな2人が、仲良しだった2人が、

それぞれの想いと願いを叶える為に争う。

 

 

 

 

 

 

そうなる筈、だった。

 

 

 

 

 

 

「そうデス!!調やマリア―――――――ッ!?」

 

突如切歌が頭を抑える様にして座り込む。

何かに耐える様に下を向いて座り込んだ切歌に今まさに戦おうとしていた調でさえも心配して駆け寄りそうになるが…それは杞憂だった。

ゆっくりと切歌が立ち上がったからだ。

 

「――きり、ちゃん?」

 

敵対したとは言え2人が親友である事には何も変わらない。

心配する様に呟いた調の声に対して、切歌は―――ギアを解除して答える。

 

「……ごめんなさいデス調、アタシが間違ってたデスね」

 

そこにあったのは笑顔の切歌。

ギアを解除し、戦闘の意志はないと言わんばかりに笑顔で歩み寄って来る切歌の姿だ。

 

「…え?」

 

「そうデス、アタシが間違えてたんデス。調と戦うなんて可笑しいデスよ。マリアやマムだって間違えてるんデス、皆ドクターに騙されちゃってるんデスよ!!」

 

先程とは打って変わり彼女は自らの行動が間違えていると語り始める。

それは調にとって嬉しい出来事である筈だった。

なのに、そうなのに――

 

どうしてこんなに胸がざわつくの?

 

「2人で一緒にドクターを止めるデスよ!!アタシ達2人の力があれば、それにマリアやマムだって協力してくれますから楽勝デスよ!!だから調……一緒に行くデスよ」

 

差し出された右手。

いつも通りの笑顔で、いつも通りに差し出された右手。

普段であれば迷う事なく握った右手に、調は躊躇う。

何故か、躊躇ってしまう。

握ってはいけないと何かが警鐘を鳴らしている。

 

「…握ってくれないんデスか?」

 

その躊躇いを読み取ったのか、切歌の表情が僅かに揺らぐ。

悲し気に崩れた笑顔に、調は無意識に否定の言葉と共に右手へと手を伸ばしてしまう。

 

「ち、違うよ切ちゃん!!ちょっと混乱してただけだから…そうだね。2人でなら大丈夫」

 

ゆっくりと、ゆっくりと調の手が切歌の差し出された右手へと延びていく。

いつも通りに、手を握ろうとする。

 

「そうデスよ調。アタシ達なら大丈夫デスよ」

 

切歌は笑顔を浮かべる。

いつも通りの愛くるしい笑顔を、人懐っこい笑顔を、≪暁切歌の笑顔≫を浮かべる。

そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!!!!駄目デスッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月読調が呆然と胸に感じた衝撃に身を任せながら地面に倒れた。

何が起きたのか、それを理解しようと前へと向けた調の視界に映ったのは―――

 

 

 

 

 

 

切歌の左手に握られた黒いLiNKERが調を突き飛ばしたであろう右手に深々と刺さっている光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…上手く行かないものだね、中々に」

 

遠くから予想とは別になってしまった光景を眺める男はそう呟く。

彼が暁切歌にしたのは、簡単な催眠。

その内容もいたってシンプル。

 

≪月読調にこのLiNKERを使えば君の望む幸せが訪れる≫

 

催眠は成功していた。

だからこそこの絶好の機会に彼女にLiNKERを打ち込もうと催眠は発動し、そしてそれは実行されようとしていた。

だがその催眠を上回ったのが――暁切歌の月読調を想う気持ちだろう。

故に彼女はギリギリで催眠から解き放たれ、月読調を守る為に彼女を突き飛ばした自らにLiNKERを打ち込んだ。

 

「…これが愛、だね」

 

男は笑う。

自らの予測した結末とは違ったものとなった光景に怒りを抱くわけでも悲しみを抱くわけでもなく、ただ笑う。

――男にとって実際装者であれば誰で良かった。

ただ利用しやすく、そしてLiNKER無しでも戦える二課の装者よりは、LiNKER無しでは戦えない使い潰しても良い者としてF.I.S.の面々を選んだだけだ。

故に、男にとってこれもまた想定した1つの結果。

そして今からは―――

 

 

 

 

 

「見せてもらうよ、君を。

証明してもらうさ、ボクに―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――切ちゃんッ!!!!」

 

黒いLiNKERが全て彼女の体内へと流れ落ちたのとほぼ同時に調は立ち上がる。

友を心配し駆け寄ろうとするが、それを阻むのは――風。

暴風、とでも呼べばよいだろうか。

切歌を中心に発生した暴風は周囲へと吹き荒れる。

元々調のギアは踏ん張りが効かない、故に吹き荒れる風に調は吹き飛ばそうになるが、咄嗟的にギアの丸鋸を起動させて地面に突き刺す事で何とか耐える。

 

「切ちゃん!!ねえ聞こえる!?切ちゃんッッ!!!!」

 

吹き荒れる風に視界を奪われながらも必死に呼びかける。

大好きな親友を、大好きな家族を、呼びかける。

きっと無事だと信じて、呼びかけ続ける。

だがその呼びかけに答える者はなく、無音が調を不安にさせていく。

そんな切歌に少しでも近付こうと必死に前へ前へと向かう。

この暴風の先に大好きな切歌がいる、いつもの笑顔でそこにいる、そう信じて、

なれどその想いは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調を襲う無数の刃が呆気なく打ち砕いた。

 

 

 



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第109話

 

「――――――え?」

 

肉体に感じたその感覚は、痛みと呼べる程の物ではなかった。

最も表現するに近い言葉を以て言うのであれば――そよ風だろうか。

外を歩いていたら時折あるあれだ。

ああ、涼しいなー位の感覚に近い、あれだ。

実際調はそう思った。

汗ばむ身体に涼しい風が吹いた、その程度の認識だった。

故に――月読調は理解が追い付かないままにただ≪それ≫を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の腹部から零れるおびただしい量の血液を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――きり、ちゃん?」

 

何が起きたのか、それを理解出来ぬままただ呆然と名前を呼ぶ。

こぽりと赤い液体を口から零しながら、それでもその名前を呼ぶ。

其処に、目の前に居る筈の自らの親友の名前を、大好きな家族の名前を、呼ぶ。

そうすればいつもみたいにこの手を握ってくれるから。

そうすればいつも通りの光景が見える筈だから。

そうすればいつもの切ちゃんがそこにいるから。

 

なれど―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪それ≫はもう≪暁切歌≫ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

≪ただ一緒に居たかった≫

 

暁切歌の願いはそれだけだった。

世界を救うのも、その為に悪になるのも、それはあくまでおまけでしかなかった。

ただ、一緒に居て、そして守りたかった。

大好きな調を、マリアを、マムを、皆と過ごす日常を守りたかっただけだ。

 

美味しい食事を満足に食べる事が出来ない日々でも、

節電の為にエアコンも暖房も使えない貧しい日々でも、

娯楽なんて全く無縁の生活の日々でも、

シンフォギアを纏っていつ死ぬか分からない戦場で戦う日々でも、

 

それでも大好きな家族と居られるのだったら、それだけで良かった。

 

 

 

なのに、どうしてこうなったのだろう?

どうして大好きな調と戦わないといけなくなったのだろう?

どうしてマリアやマムが苦しい思いをしなければいけなくなったのだろう?

どうして……こんな辛い思いをしなくちゃいけないのだろう?

どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――――――

 

 

 

 

 

ド ウ シ テ

 

 

 

 

 

≪―――――――――――――≫

 

そんな切歌に聴こえたのは――声。

聴くだけで悍ましく、肌から体温が奪われていく様な冷たく、冷酷な声。

なれどその声が教えてしまった。

暁切歌の求める答えを、歪んで間違えた答えを、

それを聞いた切歌は――微笑む。

その答えに満足する様に微笑み、そして手を伸ばす。

 

 

暗闇の底へと誘う無数の手へと――――

 

 

 

 

 

 

≪――イラッシャイ≫

 

そして悪魔はーー微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

 

聴こえたのは雄叫び。

大地を揺るがす程に高々と鳴り響いたその声が、周囲を支配する暴風を吹き飛ばし――そして、≪それ≫が姿を見せた。

 

其処に居たのは――とてもではないが人と呼べる生物ではなかった。

馬を連想させる力強く大地を踏みしめる4つの脚、

見上げる程の巨体な獣の身体、

そして――獣の身体の上にある人の形をした≪何か≫。

全身真っ黒に染まったそれにあるのは、6つの腕と6つの鎌、そして背中に生え触手の様に揺れ動く無数の刃。

誰もがそのおぞましい姿を見て、そしてその生物を口を揃えてこう呼ぶだろう。

 

 

≪化物≫と

そう呼称せずして何と呼べと言うだろう。

 

 

「―――――――――――――」

 

その化物を月読調はただ見上げていた。

腹部から零れる血液を右手で押さえながら、ただ見上げるしか出来なかった。

眼の前にいる圧倒的存在感を放つその化物を、暁切歌が居る筈の場所に君臨している化物を、困惑しながら見上げていた。

 

「………きり、ちゃん?」

 

呟く名前はある種の願いが込められていた。

こんな化物が切ちゃんの筈がない、と。

なれどその願いを打ち砕いたのは、他ならない調自身。

彼女だけに分かる、化物から漂う感覚。

大好きな家族と、大好きな切歌と全く同じその感覚が、目の前の化物の正体が誰であるのかを明確にし、自らの願いを打ち砕いていく。

 

そんな調に向けるのは、化物が握る6つの鎌。

翠色の鎌が、切歌が持っていたイガリマと全く同じ形をしたその鎌がーーー

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

雄叫びと共に振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 




きりしらきりしら


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第110話

 
リアル仕事が忙しい…
更新遅れがちで本当にごめんなさい…(土下座)


 

「呆けるな月読ッ!!」

 

振り下ろされる刃。

それが幼い少女の命を刈り取る直前に、その命を抱えて後方に飛び退いたのは――風鳴翼。

飛び退くと同時に向けるは千ノ落涙。

空に出現した無数の剣が目の前に君臨している≪化物≫へと降り注ぐ。

対する化物は己に降り注ぐ無数の剣を見据えて鎌を握り――動いた。

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!≫

 

咆哮と共に高速に動くは6つの腕と6つの鎌。

迫り来る無数の剣の尽くを打ち払い、迎撃していく。

その様子を舌打ちしながら見ていた翼は降り注ぐ無数の剣の中に混ざるように1つの巨大な剣を生成し、それを討ち放つと同時に傍に置いてあったバイクに跨り、勢いよく駆ける。

向かう先は化物――ではなく、化物から距離を取る様に逆へ逆へと逃げる。

 

「ま、待って!!きりちゃんが…きりちゃんがあそこにッ!!」

 

抱き抱えた月読が抵抗する様に揺れ動くが、その力は弱い。

腹部に受けた傷と、そこから流れ出る血液が彼女の体力を奪い獲っている証拠だ。

幸い、ギアの防護機能が生きているおかげで出血量に対して傷口がそこまで深くはない。

だからと言って油断が出来る状態ではないのは明白。

すぐに治療を受けさせる必要がある、それ故の――撤退であった。

 

「――ッ!!今はお前の治療が優先だ!!」

 

風鳴翼はこの場において何が起きたのかをある程度は知っていた。

緒川が念の為にと月読調に仕掛けておいた盗聴器と二課の衛星映像等を使ったバックアップのおかげで2人の会話を、黒いLINKERの存在を、そして――その黒いLINKERによって化物へと変貌した暁切歌の事も。

しかしと翼はバイクをフルスロットルで駆けながらも後ろを振り返る。

 

其処に居たのは放った全ての剣を打ち落とし、此方を見失ったのか周囲を見渡している化物の姿。

荒く息を吐きながら獲物を探す様に見渡すその姿はさながら野生の獣と言えば良いだろうか。

知性を一切感じられない獣染みた行動、人のそれとは懸け離れた異形の姿、とてもではないがその正体が暁切歌と言う少女であったと信じられる物ではなかった。

何かの間違いであると言う可能性も決してゼロではない。

だがこの現状において最も高い可能性は――あれの正体が暁切歌であると言う事実だった。

 

「(とにかく月読の治療を優先だ…幸いあいつは此方を見失っている、これならば――)」

 

逃げ切れると、そう思った瞬間。

背後から聴こえたのは――何かが駆ける鈍く重い音。

それはさながら鉄の馬が走っている様だと翼は思った。

まさか、確認する様に背後を再度振り返ったの彼女の視界に映ったのは――

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

全速力のバイクに追い付かんばかりの速度で迫る暁切歌であった化物の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………な、によ…これ……」

 

理解が追い付かないとはまさにこの事を差す言葉だろう。

フロンティア内部にあるブリッチ、そこで正体を現したドクターウェルの歪んだ理想。

その前では自らの力など弱弱しい物でしかないと知ってしまったマリアはただそこで泣いていた。

己の不甲斐なさを、己の覚悟の甘さを、己を突き進んだ道の間違いを、

襲い来る無数の後悔に涙するマリアであったが、そんなマリアを更に追い込んだのが――

 

切歌と調の敵対、そして切歌の――異形化。

 

あれが本当に切歌なのか、理解が追い付かないままにただ呆然と映像を眺めていたマリアだったが、すぐに立ち上がり向かおうとする。

あの場所へ2人の元へ、行かなければと。

なれどその想いはあっさりと崩れ去る。

 

扉が、閉まっていたのだ。

鍵穴もなく、ドアノブさえもないその扉は一切出る事も入る事も許さないと言わんばかりに閉まったまま沈黙している。

どうして、困惑する想いでマリアは拳を扉へと撃ち付ける。

何度も何度も、開けと願いを込めて――

 

なれどその願いに扉は答えない。

開く気配さえ見せないその扉を前に、マリアはただ座り込むしか出来なかった。

己の血で赤く染まった両手を胸に、子供の様に泣きじゃくるしか出来る事のない己の不甲斐なさにただ涙を流すしかなかった。

 

「…どう…して……どうして……こんな…事に……」

 

こんな筈ではなかった。

一部の人だけが助かり、残りの多くは切り捨てられる。

そんな救いを間違いだと思って、1人でも多くの人を助ける為にこの道を選んだのに――

辿り着いたのは、あまりにも愚かな結末。

ドクターウェルの暴走、切歌と調の敵対、そして切歌の異形化。

もはや何が起きているのかさえも分からないこの現状こそが、望んだ結末だっただろうか?

 

――否、否だ。

このような結末、誰も望んでいなかった。

いなかったのに…どうして―――

 

「セレナ…ねえどうしたら良いの……セレナぁ……」

 

愚かなマリアはただ泣いた。

何も出来ない己に、愚かな自身に、ただ涙を流す事しか出来なかった。

答えの出ぬ問いを繰り返す様に呟きながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純粋な機動力だけであれば翼のバイクは背後から迫る化物のそれを上回っていた。

普通に競争すれば確実に勝つのはバイク、と言える位の差があるからだ。

だが、そんな差があるのにも関わらず、化物とバイクの距離は離れる事無くむしろ近づいて行っていた。

その理由は―――

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!≫

 

咆哮と共に穿つは6つの鎌。

鎌から解き放たれる様に撃ち出された命を刈り取る刃が翼の乗るバイクを、そしてバイク前方の道を阻む様にそれぞれ飛んでくる。

 

「――ッ!!」

 

対する翼はバイクを器用に乗りこなし、迫る刃も前を塞がんとする刃も躱して見せる。

だが、その時にどうしてもバイクは左右に揺れ動き、速度が必然と低下してしまう。

それこそがこの距離差の原因だった。

どうにか距離を取りたい翼、なれどそれを阻止して距離を埋めてくる化物。

このまま平行線を辿れば、最後はどうなるか一目瞭然。

何かしらの打開策が必要だった。

 

「だがどうすれば……」

 

自身はバイクの運転をする必要がありまともな攻撃は不可能に近い。

月読は傷口の問題もあり、到底ではないが戦闘行為は不可能。

クリスへ救援を要請すると言う手もあるが、彼女は今フロンティア内部へ侵入中であり、呼び戻すのに時間も必要の上、当初の計画を崩すわけにもいかないから不可能。

 

「立花に―――いや…」

 

そうだったと己が思い浮かべた考えを翼は振り払う。

彼女に――立花に頼るわけにはいかない。

彼女はもう十分に戦った…十分すぎるまでに戦ったのだ。

その戦いの果てに彼女はガングニールを、戦う力を失った。

もう彼女には戦う力はない、以前の様に共に戦場を駆ける事は出来ないんだ…

 

――それでも立花は…彼女は必ず頼れば力に成ろうとする。

どんな事でも必死に動き、己の事など考えずに―――

だからこそ、頼れない。

十分に戦い傷ついた彼女がこれ以上傷つかない為にも、そしてこれからは私が立花を守る為にも――

 

「…しかしどうする……」

 

だが状況を打破できる策がないのも事実。

考えられる策全てにおいて人員不足、または月読の存在が邪魔をしてしまっていた。

 

「月読を避難させるだけの時間さえあれば――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でしたらぁ、その役目は英雄たる僕が受けてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえて来たその声が誰の物であるのか、その正体を理解する前に周囲に照射された光から生まれた無数のノイズ達。

それらは翼達に向かう事なく、全てが彼女達を追いかける化物――切歌だったモノに襲い掛かった。

 

「――なッ!?」

 

狙いを翼から迫るノイズに切り替えた化物とノイズとの戦いの火蓋が切って落とされたのを確認した翼は目に映る光景に驚愕しながらも、光が放たれた先へと視線を向ける。

其処に居たのは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあどうも♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔でソロモンの杖を握るドクターウェルの姿だった。

 



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第111話

 

「何故貴様が此処に居る!!ドクターウェルッ!!」

 

恐らくは誰もが抱いた疑問をぶつける様に翼は吠えた。

フロンティアを巡る一連の事件の主犯であり、二課が最優先捕縛対象としているドクターウェル。

フロンティア内部の安全な場所に潜んでいると推測されていた男が――そこに居る。

眼の前に、手の届く範囲に。

その事実に困惑こそしたが…同時にこれは好機だと思った。

此処で捕らえれば全てにケリがつく。

その想いで剣を構える翼、なれど―――

 

「貴女の質問に答える前に私から1つ助言をしてあげます。ボクは現在其処に居る目に入るだけで不愉快極まりないあの≪贋作≫の始末を優先しているだけで別段貴女達と仲良くするつもりはありません。なのでぇ…もしもボクに危険が迫ると言うのであれば、ボクは遠慮なくノイズを貴女に向けますよぉ。あそこで≪贋作≫の相手をしている子達も、です。そうすればどうなるかは…お分かりですよねぇ?」

 

ウェルの警告、そしていつの間にか周囲を包囲するように出現しているノイズの群れに翼は舌打ちをしながらもやむ無く剣を降ろすしかなかった。

ただでさえ傷ついた月読を抱えての状態。

もしも今敵対行動を取ればこの包囲しているノイズが一緒に襲い掛かってくる上に、異形と化した暁切歌を押し留めているノイズも来るだろう。

そうなれば押し留めている異形もまた、絶対に此処に来る。

異形と化した暁切歌の存在だけでも十分に脅威だと言うのに、これ以上敵を増やしては勝ち目がない。

故に翼に残された選択は目の前にいる男に対して剣を下げると言う屈辱でしかない選択のみだった。

 

「そうそう、それでいいんですよぉ~、おぉえらいえらい」

 

小馬鹿にしたような言動に翼は苛立ちを募らせるが、それでも耐えた。

此処で戦闘を行えば腕の中で気絶している月読の命が危うくなる。

その事態を避ける為ならばと怒りを堪え、耐えて見せた。

 

「んで?ボクが此処にいる理由でしたっけ?さっきも言いましたけど、わざわざボクが此処まで来たのは――そこの見るだけで苛立つ不愉快な≪贋作≫を始末する為、ですよぉ」

 

≪贋作≫

先程から幾度から出てくるその言葉が誰を指しているのかはこの状況が教えてくれた。

間違いなく彼の言う贋作が後ろでノイズと戦っている異形と化した暁切歌を指した言葉であるのは間違いないだろう。

なれど、その言葉の意図が分からない。

贋作…つまりはあの異形を偽物扱いするその意図が――

 

「贋作…だと?それはどういう事だ?」

 

少しでも情報を得たい、その想いで聞いた質問に対してウェルは――

 

「贋作は贋作ですよぉぉッ!!!!大方ボクの英雄を人工的に作り上げようとでもしたんでしょうがぁ!!こんな奴ボクからすれば不愉快極まりない贋作でしかないんですよッ!!ボクの英雄に似せようとしたその醜い見た目だけでも吐き気がするッ!!だからボクが来たんですよぉッ!!ボクの英雄を馬鹿にするその贋作を始末する為にィィィッッッ!!!!」

 

返ってきたのは荒く激しい怒りの言葉。

なれど、翼からすればウェルの発言内容に一切の理解が出来なかった。

ボクの英雄と言うのが何者であるのか、そいつはこの男の味方なのか。

浮かび上がる疑問、なれど今問い詰めるべき話はそれではない。

今問い詰めるべきは―――

 

「お前は…お前は彼女を殺すつもりなのかッ!!お前の味方である筈の暁切歌をッッ!!!!」

 

男は語った、始末すると。

今なおノイズと戦っている異形を…暁切歌を始末すると。

味方である筈の彼女を始末すると。

思わず翼は問い詰めてしまう。

味方である筈の暁切歌を、それもまだ幼い彼女を始末すると言ったこの男の正気を疑う様に、その心に問いかける様に厳しい言葉を以て問い詰める。

心の片隅で、外道であるこの男にも人を想う善なる心が残っている、そんな僅かな可能性に賭けて。

なれど、帰ってきた返答は――

 

「あぁ?そりゃあ――殺しますよ」

 

淡々とした偽りのない残酷な言葉であった。

 

「大方どこかの誰かさんに騙されるかなんかされてあんな糞みたいなLiNKER隠し持ってたんでしょうが…まあ、騙された方が悪いって事ですよ。それにマリアやナスターシャはともかく、あの子に関してはさほど利用価値も無かったですし、ボクの作る楽園で反旗を翻す可能性が高かった彼女の処分もいつかはしないといけないって思ってたんで丁度良いです。なのでぇ―――とっととくたばれってんだこの贋作がぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!?≫

 

この男の善に期待した己が馬鹿だった、そう悔やむ翼の後ろで聴こえたのは咆哮。

なれど先程まで聞こえていたそれとは違い、苦しむ様なその声に翼は背後を振り返る。

其処にあったのは、無数のノイズに群がられその肉体を炭へと変換されている異形の姿。

異形と化した暁切歌も鎌を振るい、刃の触手を以て撃退しようとしているがそれを上回る数を以て迫るノイズを相手に苦戦している。

このまま放置すれば勝利するのはどちらか、それは誰にでも分かる事だった。

 

「やめろッ!!貴様は心が痛まないのかッ!?共に戦った仲間を、まだ幼い彼女を手に掛ける事にッ!!」

 

「痛みませんよぉ!!だってボクからすれば必要なのはボクとボクの英雄だけぇッ!!他の連中なんて使い捨ててポイするだけの存在ですからぁ!!まあ、マリアはまだ使いようがあるので生かしておいてあげますけどねぇ!!それに貴女達だってボクに従うってんなら生かしておいてあげても良いですよぉ!!なんだかんだ言ってもボクは貴女達も評価してるんですよぉ」

 

ですから、そう続けた言葉と共にノイズに動きがあった。

周囲を囲んでいたノイズがゆっくりと動き、その包囲に1つの穴を作る。

その行動意図が理解出来ないと警戒する翼であったが、ふとそれに気づいた。

包囲が解かれた方角、その先にあるのは――二課の潜水艦だと。

 

「今すぐに選択しろ、と言った所で正しい選択が出来るとは思えないので時間をあげますよ。ボクがこいつを始末する間はボク側から一切貴女達に攻撃しないと約束しましょう。フロンティアの防衛システムも止めておきますよ。なのでその間に彼女を連れて帰って治療でもしてからゆっくりと選択してください。どちらが正しい選択なのかを、ねぇ。期待してますよ風鳴翼さん、そして通信機超しに聞いてるであろう二課の皆さん」

 

話は終わりだと言わんばかりにウェルの視線は翼から異形へと向けられる。

完全に、無抵抗な背中を見せて――

 

「(今奇襲を仕掛ければ…いや、駄目だ)」

 

ウェルの注意こそ此方に向いていないが、周囲を囲んでいるノイズは以前此方を警戒している。

今動きを取れば一瞬で包囲は作り直され、このノイズ達は襲い掛かって来るだろう。

そうなれば月読を守り切れないだろう……

故に、残された選択は―ー1つ。

 

「(分かっている…分かってはいるがッ!!)」

 

この状況において最も優先するべきは月読の治療だ。

包囲を抜け出し、月読の治療を終えてから再度ドクターウェルの捕縛を目指す、それが選択するべき道だと分かってはいる。

だが―――

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛エ゛エ゛エ゛ッッ!!!!≫

 

聴こえる咆哮。

痛みに耐え苦しみに耐えながら吠えるその悲しい咆哮に風鳴翼は迷う。

あのような姿になったと言っても、刃を交える敵であっても、幼い命が失われても良いのか、と。

普段の翼であれば迷う事なく助けに向かう選択を選んだであろう。

なれどその選択を阻むのは、腕に抱えた月読の存在。

このまま何もせずに時間が進めば失われるかもしれない命の重さ。

その重さが、迷いを生んだ。

 

「(どうする…ッどうすれば…ッ!!)」

 

迷う時間、それさえも彼女を焦らす。

今この瞬間にも命を失いかねない月読、ノイズに殺されるかもしれない暁切歌。

今の翼に出来るのはそのどちらかを救い、どちらかを捨てる事。

本音を言えば両方助けたい、なれどそれは不可能。

 

 

どちらかを選ぶしか、ないのだ。

 

 

「(どうしたら…どうしたら良いんだ…奏ッ!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ありがとう、切ちゃんの為に悩んでくれて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえたその声に思わずえ?と声が零れると同時に、腕にあった温もりと重みが消えた。

まさか、驚愕する翼の視界に映ったのは傷ついた腹部から血を流しながらもギアの力で一気にウェルのすぐ傍まで迫った月読の姿。

 

「なッ!!?」

 

これにはウェルも驚愕するが、月読はその勢いのままウェルを拳で殴ると同時に懐から何かを奪い獲るやいなや、脚部のローラーを展開し、地上を高速で駆ける。

向かう先はただ1つ、ノイズに群がられる切歌の元へ。

 

「ッ!!こんッのクソガキがぁぁッッッ!!!!」

 

殴られたウェルは赤くなった頬を擦りながらもソロモンの杖を構える。

ノイズに指示を出して月読調を始末しようとして。

なれどそれを阻むのは――

 

「はぁぁぁッ!!」

 

咆哮と共に迫る翼の剣。

咄嗟的にウェルは自らを守る様にノイズを盾にするが、それによって生じた隙が調を切歌の元へと向かわせる時間を作り上げた。

 

「退いてッ!!」

 

調のギアから射出された小型の丸鋸。

それが異形と化した切歌に群がるノイズを蹴散らし、彼女の元へ辿り付かせる道を作り上げた。

彼女は迷う事なく、その道を進む。

迫るノイズをギアで討ち倒しながら、進む道を自らの血液で赤く染めながら。

 

なれどそんな彼女の努力を以てしても切歌に群がるノイズを排除しきれない。

圧倒的数を以て切歌に群がるノイズ、それに対して調の攻撃はまさに焼石に水状態であった。

 

≪ア゛ア゛……ア゛ッ!!ア゛エ゛……ッ!!≫

 

聴こえる咆哮は時間が経つにつれ弱くなっていく。

群がるノイズが確実に彼女の命を奪い獲って行っている証拠であった。

急がなくてはいけない、なれどそれを邪魔するのは群がるノイズ。

今の彼女1人ではこれを短時間で排除するのは不可能。

 

そう、≪今の彼女≫であれば、だ。

 

「……切ちゃん」

 

調は思う。

私の記憶にある全てにおいて、切ちゃんの存在はずっとあった。

白い孤児院時代の生活でも、マリア達と一緒に辛い道を進むと決めた時も、どんな辛い時も苦しい時も、いつも笑顔で皆を勇気づける切ちゃん。

そんな彼女みたいになりたいと、密かに彼女に憧れを持っていた。

いつも一緒で、いつも優しくて、いつも可愛くて――

 

そんな切ちゃんだからこそ、ずっと一緒に居たいって思えた。

 

絶対に離れたくない、ずっと一緒に居たい。

切ちゃんがいない世界なんて考えられない。

だから――うん、だから―――

 

「……私、迷わないよ」

 

その手に握るはLiNKER。

ドクターから奪い取った複数のLiNKERを―――自らに突き刺す。

過剰摂取なんて言葉さえ甘い程に、何個も突き刺した。

 

「――まさか…ッ!!やめろ月読!!今のお前の身体では――ッ!!」

 

聴こえる声に、調は優しく笑顔を浮かべる。

やっぱり彼女の仲間だなぁ、と。

マリアやマム以外の優しい人達。

そんな彼女達だからこそ、安心して頼める。

私が居なくなった後の事を……

だから―――もう迷わない。

 

月読調は静かに笑みを浮かべたままに――歌う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の命を燃やす、最後の歌を。

 

 

 




きりしらきりしら


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翼さん誕生日

イエーイ
どんだけ忙しくても誕生日だけは絶対に書き遂げる………!!


 

「…遅いな緒川さん」

 

今彼女が居るのはこじんまりとした料亭の一室。

緒川から「実は緊急で打ち合わせの必要がありまして、このお店で待っていてもらえますか?」と指定されたこの料亭はこじんまりとしながらも店の雰囲気も店員の対応も良く、また時間つぶしで眺めるメニューに記載された食事も美味しそうな物ばかり。

今度来る時は皆を連れてくるのも悪くないな、そう思っていると――

 

「ん?翼?」

 

「え?…お、叔父様?」

 

部屋を区切る襖を開いて中に入ってきたのは、二課の司令であり、翼の叔父でもある風鳴弦十郎。

てっきり緒川さんが来たものとばかり思っていた翼からすれば驚くしかなかった。

 

「どうして翼が此処に?」

 

「え、あ、私は緒川さんから仕事の打ち合わせがあるから此処で待つ様にと…叔父様はどうして?」

 

「緒川が?ふむ…俺は響くんから内密の相談があるからこの店で待つ様にと言われて来たらこの部屋に案内されたんだが……」

 

はて?お互い状況が理解出来ないと首を傾げる中、再度襖が開く。

今度こそ緒川かはたまた響かが来たものだと思い其方に視線を向ける2人。

なれど其処に居たのは―――

 

「お、お父様ッ!?」

 

「八紘兄貴!?」

 

其処に居たのは風鳴八紘。

翼の父であり、弦十郎の兄貴でもある男の登場には驚愕するしかなかった。

 

「翼!?それに弦まで…どうしてお前達が?」

 

「俺は響くんから内密の相談があるからと、翼は緒川から仕事の打ち合わせがあるからとこの店に呼び集められたんだが…八紘兄貴は?」

 

「…私は斯波田事務次官に今後の仕事の会議があるからと言われて来たらこの部屋に…」

 

――流石に此処まで来ると誰にでも分かる。

この場に揃った面々、誰もが騙されて此処に来ていると。

 

「失礼します」

 

そんな騙されていた事に気付くと同時に部屋に入ってきたのは料亭の女将であろう女性と複数の従業員。

 

「本日は風鳴翼様のお誕生日祝いに当料亭をご利用して頂きありがとうございます。少しお早いですがお料理をお持ちしましたのでお並べします」

 

女将の合図と共に部屋に次々と持ち運んできたのは、見た目も良く美味しそうな料理と酒。

それらが綺麗に机の上に並べられていく光景を呆然と見ていた3人であったが、あっという間に準備を終えた女将達は深々と頭を下げて部屋を出ていく。

残されたのは美味しそうな料理と高そうな酒、そして並べられたそれらを前に呆然とする3人だけだった。

 

「……これは、一芝居打たれた様だな弦」

 

「だな、まさか斯波田事務次官まで丸め込むとはな…」

 

2人の大人は納得がいったと笑顔を浮かべるが、その中において翼だけはあわわわと普段見せない程に表情を歪め――

 

「も、申し訳ありませんお父様!!叔父様!!ま、まさか皆がこんな事を考えていたなんて…!!」

 

翼にとって家族と過ごす誕生日と言うのは今まで無かった。

父である八紘は、彼なりの不器用な優しさで≪風鳴≫と言う家の呪縛から翼を解き放とうとしていた。

だからこそ彼は翼に対して≪父親≫として一緒に過ごす事などできなかった。

その胸中に辛く苦しい感情を抱えたまま、翼に冷たく接していた。

だから誕生日を一緒に祝った事など翼が本当に小さい頃だけで、それ以降は全くと言ってなかった。

 

だが最近になってその関係が良くなった。

シャトーを巡るあの事件。

その最中で父との間にあった誤解が解け、再度親子として再スタートした2人であったが、2人とも多忙な身。

連絡こそ頻繁に行っているが、未だに親子らしい日常を過ごせていなかった。

そんな状態でのこのサプライズは翼にとってただ申し訳ないと言う気持ちでしかなかった。

迷惑をかけてしまった、その罪悪感で一杯の翼に対し――

 

「…こほん、弦。どうやら私は≪酔ってしまった≫らしい。もう匂いだけでべろべろに、だ。そしてここに居るのは≪家族≫だけだ。だったら肩の力を抜いても構わないだろう?」

 

「――!!嗚呼そうだな!!どうやら俺も≪酔った≫らしい!!だから俺も遠慮なく肩の力を抜くぞ!!」

 

2人は笑いながら席に腰を降ろす。

S.O.N.G.司令と内閣情報官と言う顔を脱ぎ捨て、懐に手を伸ばすと――

 

「「誕生日おめでとう!!翼!!」」

 

2人の手にあったのは小さな包装されたプレゼント。

丁寧に≪翼へ≫と書かれたそれがどのような意味を持つのか、分からない人はいないだろう。

 

「…本当は弦からお前に渡してもらうつもりだった。いくらお前と家族としてもう1度となっても…私はお前と家族として一緒に過ごす筈だった時間を無下にした愚か者だ。そんな私がお前に手渡しても迷惑なだけではないか、とな」

 

八紘とて悩んでいた。

≪風鳴≫の呪われた呪縛、それから解き放つ為とは言え彼女に冷たく接し続けている事に。

お父様と慕う己が娘を、冷たくあしらう己に。

その関係が良くなったと言え、そんな過去を持つ己が父親になっても良いのかと、悩んでいた。

だからこそ逃げようとしていた。

時間を掛けて選んだプレゼントも弦に渡して、娘の誕生日から―――風鳴翼と向き合う事から逃げようとしていた。

 

「お父様……」

 

沈黙する部屋。

父の苦しみを知る者として、父が隠しながらも抱き続けたやさしさを知る者として、父の胸中を理解する。

その様子を弦十郎はただ見つめていた。

介入するわけでもなく、ただ傍観者として見つめていた。

これは2人だけで解決せねばならない問題だからと。

静かな時間がただ過ぎる中で、八紘は机の上に置かれた徳利を掴み――一気に飲み干す。

無作法極まりない飲み方、父らしからぬ行動に驚く翼であったが、そんな翼に対して八紘は覚悟を決めた様に言葉を紡ぐ。

 

「だが今決めたよ。私はもう――逃げない。過去からも、お前からも。だから翼――この愚かな父を許してくれるのであれば…どうか受け取って欲しい」

 

八紘が握るプレゼント。

最近の若者の流行を知るわけでもない男が必死に翼の……娘の為に選んだプレゼント。

その想いだけでも翼にとって十分なプレゼントであると言うのに、父から向けられた言葉は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!はいッ!!≪お父様≫!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから聞こえる賑やかな声。

それを聞きながらセレナは隣に座る老人に、風鳴訃堂に声を掛ける。

 

「良いんですか?行かなくて」

 

「……ふん、儂が行く理由などないわ」

 

素直じゃないなこの人も、とセレナはひっそりと笑う。

料亭の貸し切り、周辺の人払い、斯波田事務次官やS.O.N.G.上層部の丸め込み。

そこまで散々に手を貸しておいた挙句にわざわざ料亭近くまで来てるってのに、素直じゃないなぁ。

 

「…何故笑う?」

 

「いえ、可愛いなぁと」

 

セレナの言葉に訃堂は笑う。

カッカッカと乾いた声で笑う。

普段は見せないであろう、何処か子供じみた笑顔で笑う。

 

「世界広しと言えでも儂を可愛いとほざくのはお主だけよ、セレナ」

 

「だって可愛いんですから仕方ないですよ、おじいちゃん」

 

料亭のすぐ傍に止めてある黒いリムジンの中で2人は笑う。

日本を守る護国の鬼と、それに手を貸す小さな少女は笑う。

遠くから聞こえる家族の団欒に混じる様に――――

 

 




フドセレ


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第112話

更新遅れて大変申し訳ありません…
仕事忙しいデス…ハードです…
けど頑張ります!!



 

≪暁切歌デス!!よろしくデス!!≫

 

――初めて切ちゃんに出会った時、眩しいと思った。

白い孤児院(この地獄)では、眩しすぎる程に――――

 

白い孤児院の生活、それは恐怖に震える毎日だった。

激しい訓練と苦痛を強いられる投薬、そして時折起きる大人による不条理な暴力。

彼らの気分1つでその日の食事も無く、暴力を振るわれ、寒い反省部屋で寝かされる。

児童虐待、なんて言葉が可愛い程に過酷なそれらが此処では当たり前にあった。

なれどその事実に誰も口を挟む人はいない、だってそれこそ此処でのルールだから。

 

彼らにとって必要なのはフィーネを受け入れる為の器になりうる子供だけ。

その候補に上がりもしない子供なんて、彼等からすれば単なるおまけでしかなかった。

だから、なにも遠慮しない。

訓練で死のうが、薬で身体を壊そうが、《気紛れ》でどうなろうが、どうでもいいから。

 

そんな環境で子供達は生き残ろうとしてーー己を殺す。

大人達からの怒りを買わない様に、己を殺し、大人の言われるままに動く人形になろうとする。

そうすれば飢えに苦しむ事も、暴力に怯える事も、寒さに震える事もない。

それが此処での子供達が生み出した己を守る為の手段だった。

 

だけど、切ちゃんは違った。

不条理な大人達に真っ向から立ち向かって、そのせいで食事を無しにされようが、暴力を振るわれようが、寒い反省部屋で寝かされようが、己を殺さなかった。

いつも笑顔で、いつも眩しくて、いつも誰かの為に動ける優しい心を持っていて――

 

そんな切ちゃんに――私は救われていた。

 

《しらべしらべ!これあげるデス!ささっと食べちゃうデスよ!!》

 

お腹が空いているのに自分のご飯を私に譲ってくれた事。

 

《アタシが悪いんデス!!アタシが悪いから殴るならアタシを殴るデス!!》

 

切ちゃんは何も悪くないのに、私の為に庇ってくれた事。

 

《しーらーべ♪来ちゃいました!》

 

反省部屋に自ら来て、寒い部屋の中で一緒に暖まり合う様に引っ付いて寝た事。

 

全て、全て覚えている。

切ちゃんがしてくれた事、切ちゃんの優しさを全て覚えている。

その優しさがあったからこそ私は今日まで生きてこれた。

あの辛い白い孤児院生活を生き延びる事も、マリアやセレナ、そして大人達の中にも優しい人がいると教えてくれたマムと出逢えた事も、

切ちゃんが居たからこそ、切ちゃんがくれた優しさが合ったからこそだ。

 

だからいつか恩返しがしたいと思った。

切ちゃんがくれた全てに恩返ししたいって。

切ちゃんがくれた幸せを、今度は私が切ちゃんにあげたいって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからーー私は後悔なんてしてないよ。

切ちゃんにやっと恩返しが出来たんだから、

切ちゃんに貰った沢山の物を返す事が出来たから――――。

 

「(…嗚呼、けど……)

 

秋桜祭で食べたクレープ、あれもう一度食べたかったなぁ。

切ちゃんと…お姉さんとで………もう………いち………ど………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よみ……ッ………つ………み………ッ!!」

 

誰かの叫び声、それがアタシの意識を目覚めさせる。

何が起きたのか、理解できぬままに腕を動かしてーー驚愕する。

そこにあったのは見慣れた腕ではなく、厳つい腕。

それも6つときた。

腕だけではない、己の身体さえも普段の当たり前の姿とは別物に成り代わっている。

己の身体に起きた異変にどうなっているんデスか!?と思わず叫んでしまいそうになりながらも周囲を見渡す。

何が起きたのかを少しでも理解する為に、情報を求めて視線を動かして――≪それ≫を見た。

 

周囲を埋め尽くすは、灰の山。

風に揺らぎ、空を舞う灰は何処か神秘的な光景に見える。

そんな灰に混ざる様に大地を削り抉る様に切り裂かれた傷跡が幾つも確認できた。

灰の山に、戦闘痕らしき傷跡。

それらが証拠となって暁切歌に理解させた。

この場で激しい戦闘が起きたのだと、多くのノイズが討ち倒されたのだと理解させた。

 

なれど、今の彼女にとってそれはどうでも良い事実でしかない。

今の彼女の瞳の先にあるのは、彼女の心を掴んでいたのは―――

 

「月読ッ!!しっかりしろ!!月読ッッ!!!!」

 

――灰の中にある≪赤色≫

黒い灰の中に存在するその色が、まるで黒い絵の具に赤色をぶちまけた様なその光景が、

その中心で風鳴翼の腕に抱かれている人物が、力無く倒れる少女の姿が、暁切歌を捕らえて離さない。

 

≪――シーーラーーベ?≫

 

――どうして?

暁切歌の脳裏にある言葉はただそれだけだった。

どうしてこんな事になっているのか、何故調があんなに元気を無くしているのか。

理解出来ない現実、それを前に無力でしかない切歌はただ呆然と歩み寄るしか出来なかった。

 

≪――シ―――ラベ?≫

 

歩み寄る度に近づいていく距離。

距離を縮めるに合わせて見えてくる彼女の姿。

それは切歌の知るどの姿とも異なっていた。

いつも繋いでいた腕は力なく揺れ、いつも切ちゃんと呼んでくれた口からは血液が流れ落ちている。

見えてくる光景が、見えてくる姿が、最悪な可能性を何度も何度も浮かび上がり警告してくる。

視るべきではない、知るべきではない、と。

なれど脚は留まる事を知らない。

前へ前へと、彼女の元へ――大好きな調の元へと、向かう。

 

「――ッ!!」

 

背後より迫る存在にやっと気づいた風鳴翼が剣を構える。

その眼から涙を零しながら、腕に抱えた調を守る様に抱き抱え、剣を構える彼女に対し切歌は何もせずにただ歩み寄った。

腕を動かせばすぐに当たる近距離、そこまで接近した切歌はただ呆然と翼の腕に抱かれた己の親友を――家族を見つめる。

 

≪シラ――――≫

 

――続く言葉は出なかった。

切歌は思っていた。

呼びかければいつも通りの返答が帰って来ると、いつも通りの光景がそこにある、と。

そう信じていた彼女の言葉は止まる、止めざるを得なくなる。

その瞳が、その心が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青ざめた肌の、瞳に光を宿していない月読調を捉えたから。

 

 

 

 




きりしらきりしら


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第113話

 

《………シ………ラベ………?》

 

切歌の声は震えていた。

眼の前にある≪現実≫に、認めたくない≪現実≫に、怯えながらも絞り出した声は、震えていた。

あり得ないと、何かの間違いだと。

これは悪い夢か何かできっとすぐに目を覚まして終わるのだと。

そんな想いを抱きながら、暁切歌は豹変してしまった己の腕を伸ばす。

自身が知る姿と掛け離れた己の腕を、伸ばす。

 

これは夢だから、触れる筈がないと。

何も掴む事無く終わるのだと、そう信じて手を伸ばす。

なれど――伸ばしたその手は触れた。

風鳴翼の腕に抱かれた月読調に、力無く垂れるその手に、優しく触れた。

手の先から感じるいつもの月読調の感触が、体温を失っていくその手の感触が――

 

少女が抱いていた淡い期待を呆気なく打ち壊した。

 

≪……ァ…ァァ………≫

 

少女は理解する、させられる。

眼の前にある≪現実≫に、まだ幼い彼女には重すぎる≪現実≫に、

――月読調の、大好きな家族の死と言う≪現実≫を、理解させられた。

 

 

 

 

 

≪……ァ…ァァ……アアアアアァァァァァァァァァッッッ!!!!!≫

 

 

 

 

 

 

少女の叫びが灰に満ちた戦場に木霊する。

大事な存在を、大事な人を失った悲しみを、その死を救ってあげられなかった後悔を、

全て、全て声と涙に形を変えてさらけ出していく。

 

「―――ッ」

 

翼はその叫び声を悲痛な面持ちで聞いていた。

この場において月読調の死を回避する事が可能だった人物は、間違いなく彼女だ。

あの時、迷う事なく彼女の命を優先すればこうはならなかった。

二課で治療を受ければきっと回復していただろう。

 

――眼の前で泣き叫び、悲しむ少女の死を対価にして――

 

あの場において翼に与えられた選択はどちらかだったのだ。

月読調か暁切歌、そのどちらかの命しか、あの場において救えなかった。

それを調は察していたのだろう。

だからこそその命の選択を、自らが生き残れるであろう選択を投げ捨て、自ら飛び込んだのだ。

あの戦場に、自らの死が待つ戦場に。

 

≪ア…ァァ…アアアァ……≫

 

悲しい咆哮は鳴りやまない。

暁切歌の幼い心から溢れ出る感情を流し、叫び、止まらない。

――今この瞬間でさえも月の落下は継続し、フロンティアの上昇も続いている。

脚を止める時間など、誰かの死に涙する時間など、どちらにもない。

なれど、翼には彼女の涙を止める事が出来なかった。

 

理解出来るから。

大事な人を失う喪失感や悲しみを風鳴翼は≪知っている≫から。

故に彼女はただ眺める事しか出来なかった。

大事な人を失った少女の嘆きを、ただ眺める事しか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪―――ダレ……≫

 

「……?」

 

そんな翼の耳に聞こえたのは切歌の口から零れた僅かな声。

それが何であるのかを問おうとした翼であったが――留まる。

否、思い留まるしかなかった。

何故なら、そこにあったのは――――

 

 

 

 

 

 

ダレガッ!!!!シラベヲコンナメニアワセタンデスカッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

零した涙の代わりに溢れる血涙と、鬼気迫る表情。

そこにあったのはただ≪怒り≫だけだった。

月読調の命を奪った者へ対する怒り。

それこそが、全てを泣き出した彼女に残された唯一の感情だった。

 

「―――それは」

 

切歌の叫びに近い問いに翼は真実を答えるべきか迷う。

今の暁切歌に、復讐と怒りに身を染めている彼女に伝えるべきか、その道を進んでしまった先駆者として、迷う。

今この瞬間、もしも真実を伝えれば彼女は間違いなくドクターウェルを殺しに行くだろう。

胸に込み上げる感情を力に変えて、親友の敵討ちを果たすだろう。

その想いは翼には十分に理解出来る。

彼女とて立花響に出会うまでは、奏が死ぬ原因となったノイズに復讐してやるとずっと思っていた。

――そんな事を奏が望んでいないと知っていながら。

だからこそ翼は迷い、そして決める。

 

「(この子を同じ道に引き込んではいけないッ!!)」

 

同じ悲しみを知る者として、その道を進んでしまった者として、翼は口を開く。

何とか説得しようとして、言葉を選びながら口を開く。

なれどその言葉は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まってるじゃないですかぁ!!!!貴女の大事な親友を、貴女の家族を殺したのはぁ―――!!他の誰でもない、そこにいる風鳴翼ですよぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如聞こえた男の声に――ドクターウェルの叫び声に、阻まれた。

 




うちのウェル博士、原作よりクズいんですけど…(困惑)


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第114話

 

風鳴翼は警戒していた。

月読調の絶唱、その際に姿を暗ましたあの男に、ドクターウェルの存在を警戒していた。

あの男ならば必ず何か仕掛けてくる、と。

その警戒心には一切の油断も隙もなく、一瞬でもその姿を捉える事が出来ればシンフォギアの力を以て容易く制圧する事が出来た。

 

だが――その鉄壁の警戒心に隙が出来てしまった。

暁切歌の悲しみと怒りに、復讐に身を焦がすその姿に、自らの過去を思い出させるその姿を前に、翼の警戒心は揺らぎ、隙を作ってしまった。

それは時間にすれば数分も無かったであろう小さな、ほんの小さな隙。

なれどそんな隙を、この男は――ドクターウェルは確実に、そして最悪な手段を以て利用してしまった。

 

「ボクは全部見てましたよぉぉッ!!そいつが月読調を!!貴女の大親友であり家族である彼女をその刃で切り殺している所をォォォォッ!!!!」

 

「なッ!?」

 

「酷いものでしたよぉ!!無抵抗な彼女を一方的に嬲るその姿はッ!!彼女の腹部に残るその刃傷こそ証拠ですよ!!ボクも止めようとはしたんですけどねェ…生憎非力なボクでは助ける事が叶いませんでしたよ…嗚呼、可哀想ですねェ…」

 

真実を知る者からすれば彼の証言は出鱈目も良い所だろう。

だが、ウェルの発言に切歌の視線が動く。

彼の証言通りに腹部に残る切傷が――刃物による刀傷が残ったそれを、視る。

 

「――ッ!!」

 

その姿に翼は思わず唇を噛み締めた。

あの傷を残したのは、暁切歌だ。

月読調に残されたその傷を見て一切の表情を変えない所から――恐らくはその記憶を覚えていないのだろう。

 

だからこそ、説明出来なかった。

今の彼女に、復讐と言う感情で満ちている暁切歌に真実を伝えれば――最悪心が壊れる可能性がある。

月読調を追い込む原因を作ったのが自分自身だと知ってしまえば……

 

故に、翼は黙るしかなかった。

否定する事も、説明する事も出来ずに、ただ黙るしかなかった。

その沈黙が―――

 

≪……ソウ、デスカ≫

 

――どう捉えられるかを、理解していながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかぁ!!」

 

雪音クリスは目の前にあった扉を蹴破る。

フィーネによって鍛えられた格闘術、そしてシンフォギアによって底上げされた身体能力が頑丈な扉を容易く蹴破った。

 

「――ッ!?貴女は…」

 

其処に居たのは車椅子に乗った1人の老齢の女性、ナスターシャ。

ジェネレータルームに突如乱入してきたクリスに驚愕し、車椅子に備えられた何かしらのボタンを押そうとするが、代わりに鳴り響いたのは銃声音。

クリスが持つ拳銃が精確にナスターシャが乗る車椅子のボタンを的確に破壊した音だった。

 

「余計な真似はするなよ……あんたがナスターシャってのか?」

 

「…そう言う貴女はイチイバルの装者、雪音クリスですね」

 

互いに自己紹介は無用だと即座に理解する。

距離にして数十歩、距離は十分にありナスターシャが乗る改造された車椅子の最高速度であれば逃げられるやもしれない。

なれど、それを阻むのはジェネレータルームにある唯一の道に立つクリスとその手に握った拳銃。

遠距離戦を得意とする雪音クリスを前に逃走する事は不可能。

逃げ出そうとしたその瞬間には即座に彼女の拳銃が火を噴くだろう。

 

それに――これは好機でもあった。

犯してしまった暴走を、巻き込んで運命を狂わせてしまった優しい子達を解放する。

それが僅かに残された余命を、この命を使い果たす最後の役目とする。

その為にも―――

 

「…えらい素直じゃねえか」

 

ナスターシャは両手を挙げた。

降伏すると行動を以て説明し、そしてそのまま――

 

 

 

 

 

 

「雪音クリス…いいえ、特異災害対策機動部二課の皆さん、どうか私に――私達に協力してくれませんか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ!!はぁはぁ!!」

 

立花響は駆けていた。

託された想いを、助けるべき相手を、今自分が出来る事を果たす為に、駆けていた。

胸のガングニールが無くなっても、ノイズと戦う力を無くしても、それでも彼女は前へと進む。

それが立花響だから、それが彼女だから。

なれどそんな彼女の脚が、ふと止まる。

 

「――――ぇ?」

 

振り向くは遥か後方。

地形の関係で見る事は叶わないが、確かに立花響の耳には聞こえた。

悲痛な叫び声を、悲しみと怒りが混じった雄叫びを、

その声に混ざる様に、僅かに自身が憧れを抱いている尊敬すべき友の声を、聴いた。

 

「…翼さん?」

 

響は本能的に理解した。

今あそこで何か悲しい出来事が起きている。

止まった脚は迷う、戻るべきかと。

何も力に成れないかもしれないが、それでも戻るべきかと。

だけど――

 

≪だから行って。胸の歌を信じなさい≫

 

彼女の言葉が、迷いを断ち切る。

唇を噛み締め、立花響は止まっていた脚を再度動かす。

前へ前へと、進むべき道を、辿り付くべき場所を見据えて立花響は駆ける。

それが正しい、そう信じて――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸に込み上げる感情、それは怒り。

大好きな親友を、大好きな家族を、大好きな調を、殺した者への怒り。

その勢いは止まる事を知らず、それは無限に沸き上がり続ける。

止める必要などないと、止まる必要などないと、

そしてその怒りを向ける相手は――調を殺した仇は目の前に居る。

 

ならば?そうならば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

≪―――――アア、ソウデスカ≫

 

 

 

 

 

 

 

 

この怒りを、この憎しみを貴女にぶつけましょう。

この胸に沸き上がる感情を、全て貴女にぶつけましょう。

一切の欠片さえ残さずにぶつけましょう。

だから………そう、だからどうかお願いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――シネ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は歌を奏でる。

憎しみを、怒りを歌に換え、濁り切ったその声で歌う。

眼の前にいる敵を――風鳴翼を殺す為に、歌う。

 

明るい歌が好きな彼女には似合わない、怒りと悲しみに満ちた歌を歌いながら、彼女の復讐は始まった。

 

 

 




ウェルのゲス化進行してる…ドウシテコウナッタ(白目)


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第115話

更新遅れてすみません…
仕事忙しくて…すみません…


 

歌が聴こえる。

荒々しく、雄々しく、けれどどこか悲しみを感じさせる歌が聴こえる。

 

「くふ………くふふ!!」

 

男はそんな歌声を聞きながら、眼下にて繰り広げられる光景に堪えきれない笑みを浮かべる。

自身が引き起こした理想通りの光景に、暁切歌の復讐の場と化した戦場に、もはや誰にも止める事が出来ない争いに、醜悪な笑みを以て笑う。

 

≪アアアアァァァッ!!!シネェッ!!シネシネシネデスッ!!!!≫

 

暁切歌が握る6つの鎌が、その背から伸びる刃の触手が、眼の前に居る仇に、風鳴翼目掛けて迫る。

目の前の敵を、風鳴翼を切り刻まんと迫る。

迫る鎌と刃、翼はそれらに対し舌打ちをしながら前へと進む。

6つの鎌と刃を討ち落とす為に、その手に握る愛剣を手に翼は進む。

 

「はぁぁッ!!!」

 

暁切歌の怒りを込められた無数の斬撃を、風鳴翼は一振りの刃と歌を以て答える。

暁切歌の数を以て攻める斬撃の嵐、風鳴翼の速度を以て数の差を埋める斬撃。

両者の攻撃は激しくぶつかり続け、接触する度に戦場を彩る火花が散る。

其処に一切の手加減はなく、常人ではもはや視認する事さえ困難な程に激しく、速い衝突は続く。

かたや親友を殺された復讐を果たす為に、かたや託された少女を救う為に、歌声を奏で、力へと変えて戦い続ける。

ぶつかり合う両者は一歩も引かず、その戦いは一見すれば互角に見える。

だがその衝突の嵐の中で――翼の表情が歪む。

 

「――くッ!!」

 

いくら歴戦の猛者である翼とは言え限界がある。

切歌の斬撃の嵐、それを迎撃するのに限界だと判断した翼は迫る斬撃を躱し、一度大きく後方に飛び退く。

そんな翼を相手に切歌は――動かない。

切歌は追い打ちを掛ける事はせず、生まれた両者の距離を保ち続ける。

その距離は決して近くはない、シンフォギアで身体能力が強化されている翼でもこの距離を埋めるには数秒を必要とするだろう。

そんな距離感を保ちながらも警戒を崩さずに荒れる呼吸を整える翼は、この打ち合いで判明してきた彼女の情報を頭の中で纏めていく。

 

――異形と化した暁切歌の武器は大まかに分けて3つ。

1つは6つの腕に握る6つの鎌。

これが主武装と見て間違いないだろう。

威力も速度も大きさもある上に鎌と言う武器ならではの変則な攻撃も可能。

おまけに1つでも厄介極まりないそれが6つもあるときた。

間違いなく最も警戒すべき武器はこれだろう。

だが、警戒すべき理由はそれだけではないと翼は考えていた。

あの鎌には何かあると、だからこそ翼はあの鎌を最大に警戒しておりーーそして翼の感は正しかった。

 

翼も、そして切歌自身も知らない事ではあるがあの鎌にはーーイガリマの特性が付与されている。

イガリマの特性は魂に直接ダメージを与える力。

その特性が最大発言する彼女の絶唱はあらゆる防御を無視して魂を切り刻み、破壊して見せる力を発揮する。

まさに究極の一撃と言った所だろう。

そんな力が僅かとは言え発動しているのがこの6つの鎌。

絶唱時の様に最大発動しているわけではなく、防御を無視する力も、一撃で魂を破壊して見せる程の力があるわけでもない。

だが、それでも直撃すれば間違いなくあの鎌は対象の魂にダメージを与える、それだけの力がある。

故に警戒すべきはあの6つの鎌であると言う翼の感は正しい。

なれど、そんな翼の警戒を邪魔するのが―――

 

≪サッサトォ――シニヤガレデェェスッ!!!!≫

 

切歌の咆哮と共に彼女の背から伸びる複数の刃の触手。

これこそが彼女が持つ2つ目の武器。

鋭利な刃を持つ触手は切歌の感情に答える様にその数を増やしたり減らしたりしており、その総本数が何本であるのかは不明なまま。

現時点で分かっているのはこの攻撃が切歌を中心に広範囲に攻撃が可能と言う事と、6つの鎌に比べれば威力も低く、動きも単調な事から捌くのもさほど苦ではないと言う事。

現に伸びて来た触手を相手に翼はその全てを躱し、打ち落としてみせる。

呼吸を整える時間があったとは言え、疲れている状態でこれだ。

戦闘経験を持つ人物、または相当に鍛えられた人物――それこそシンフォギアを持たない緒川や弦十郎でも十分に捌けるだろう。

だが―――

 

「――ッ!!」

 

触手を相手にしながらも感じた背筋に伝う冷たい感触。

その感触が意味するのをすぐに察した翼は、まさかと振り替える。

翼の視界に映ったのはーー一瞬で距離を埋めて来た切歌の姿。

振るわれる鎌を身を捻って何とか躱し、反撃に剣を振るうがその時には既に遥か後方に距離を取られている。

そう、これこそが切歌の持つ3つ目の武器――圧倒的な機動力。

神話の生物、ケンタウロスを連想させるその姿から繰り出されるのは4つの脚を使った機動力。

俊敏に、尚且つ細々として動きを可能とするこの機動力こそが先の2つの武器と重なってその脅威を発揮していた。

 

触手による散発的な攻撃、鎌による本命の斬撃、機動力による奇襲と撤退。

大まかに数えればこの3つこそが彼女の――異形と化した暁切歌の武器だろう。

その武器を前に翼は苦戦を強いられる。

異形と化した暁切歌が強い、と言うのもある。

だがそれ以上に――翼は彼女に剣を振るう事を躊躇っていた。

その理由はただ1つ――戦場と化した此処から離れた場所で安置されている月読の存在だ。

 

己が命を投げ捨て、助けた相手。

その相手に刃を振るう、命を投げ捨てた少女の想いを踏みにじるその事実が翼に迷いを生んだ。

ただでさえ異形化と言うイレギュラーが起きている切歌に攻撃を仕掛ける。

その場合どうなるかが分からない。

シンフォギアの力が彼女の命を奪い獲る可能性だって十分にある。

 

だからこそ翼は迷う。

命を燃やした月読の想いを踏みにじってまで戦う様な真似をする己に、迷う。

 

 

 

その迷いが、一瞬の隙を作った。

 

 

 

≪ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!≫

 

「――ッ!!しま――ッ」

 

 

 

迫るは6つの鎌の1つ。

直撃すれば魂にダメージを与える絶対の一撃。

迷いに気を取られた彼女にもはやこの一撃を躱す術はない。

 

迫る刃、迫る死。

それを前に切歌は笑う。

醜悪な獣の様な笑みで笑う。

やったと、獲ったと。

調の仇を討ったと。

 

対する翼は迫る刃を前に、想う。

復讐に身を焦がす想いを経験した者として、切歌が行おうとしている復讐とは違う形で復讐を忘れた者として、想う。

 

これは当然の報いなのだ、と。

 

ウェルの言葉は確かに嘘だらけではあったが、1つの事実だけは嘘ではなかった。

月読を、彼女の命を救えなかった、その事実だけは間違いなく真実だ。

故に――翼は目を閉じる。

この命を奪う事で、その復讐が、身を焦がすその感情が少しでも消えるのであれば、と。

 

動く時間の針は無慈悲に現実を進める。

通信機越しに聞こえる翼を呼ぶ声が、復讐を果たせる事に喜びを見出す切歌が、その復讐に討たれる覚悟をしてしまった翼が、ゆっくりと進んでいく。

誰もこの時間を止める事は出来ない。

此処で1人の少女は命を絶たれ、1人の少女は復讐を果たす。

ものの数秒後にはそうなる事実が誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、その声が聞こえるまでは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえるは翼でも切歌でも通信機から聞こえる二課の誰の物でもない。

それは空から聞こえる、右手に黒い異形の手を、死神の手を携えた者から聞こえる。

声に反応した切歌が見上げるが、もう遅い。

人の手の何倍もの大きさをした死神の手がその無防備な頭部を叩き付ける。

一切の慈悲もなく、力任せに叩き付ける。

その威力は絶大であり、拳を受けた切歌は轟音と共に地面に食い込む様に倒れる。

翼を狙った鎌が何処かへ飛んで行く程に、倒れる。

 

「――お前は」

 

その姿を翼は知っている。

ほんの数時間前まで奇妙な共闘関係にあった人物に、もはや見慣れてしまった仮面に、零れる様に声が出る。

その声を背に少女は地面に降り立つが、彼女は切歌に目も向けずに翼へと足早に近づくと―――

 

その頬を引っ叩いた。

手加減もなく、全力で振るわれたそれは乾いた音を戦場に鳴らす。

 

「――――ぇ」

 

叩かれた翼は呆然と眼の前に立つ少女を見上げる。

其処にあるのは仮面。

無機質で表情の変化が全く分からない仮面。

だが、何故か…そう、何故か理解出来た。

少女は怒っていると、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「≪――生きるのを諦めるなッ!!!!!!≫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿は全くと言って似ていないのに――何故か彼女が懐かしい親友に見えた。

 

 

 



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第116話

ライブ延期………残念ではありますが、仕方がないの一言ですね……
やっぱりやるならなにも問題なくやりたいですからね!!
さあ、その為にも延期公演のチケットを当てなきゃ(白眼)


 

――少し時間を遡る――

 

昇る、昇る、昇る。

高速で上昇し続ける景色に、見慣れた地表が遠のいていく景色に、目が慣れたのは何時だったか。

襲い掛かるGの耐圧に耐えながらもセレナは――1体のアルカ・ノイズの背にしがみ付きながらただひたすらに空を昇っていた。

眼下に存在するフロンティア、その真上へと―――

 

 

 

 

 

 

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≪空からの偵察ドローン破壊されました≫

 

≪海上方面でも同様です、やはりフロンティアの防護機能がある限りは上陸は難しいかと≫

 

「…そう、ですか」

 

アルカ・ノイズからの報告を聴きながら、セレナは内心では焦っていた。

先程感じた嫌な感覚、それが告げているのだ。

あそこで今何か起きてはいけない事が起きていると、

そしてこのまま放置してしまえば、最悪の形で終わってしまう、と。

故に、セレナはフロンティアへの侵入を急いでいた。

あそこへ行かないといけない、そう思わせる自身の中にある≪何か≫に従って――

 

だが、フロンティア侵入は困難を極めていた。

フロンティアに施された防衛設備による鉄壁の防衛網。

海上、そして空からの侵入は件の重力を操作する装置が侵入しようとする敵を全てぺちゃんこにしてしまう。

海上に浮かぶ救えなかった艦艇や、空にいた報道ヘリだった物がその証拠だ。

報道ヘリ、その言葉に少し前に起きた出来事が脳裏に浮かぶ。

どう見ても戦闘区域でしかない場所に、一般のヘリが侵入し、挙句に報道し始めた聞いた時は大変驚かされた。

ガリス曰く「遠回しの自殺ですかねぇ」な行動は当然ドクターの眼にも入ったのだろう。

即座に防衛設備が報道ヘリもろともペッチャンコにしようとした瞬間に、間一髪で救助出来たのは本当に不幸中の幸いだった。

今は諜報班による催眠での記憶操作を受けている最中で、それが終わり次第陸地へと転送される予定だ。

 

「…さて、どうしましょうか」

 

助けられた人命に安堵しながらもセレナは考える。

海上、空にはフロンティアの防衛設備があるから並大抵の手段では突破は不可能。

更にセレナ側の戦力は既に8割が撤退を終えている状態で残存戦力はそれほどいない。

それに、仮に今この場に全ての戦力が居た所で状況にさほどの変化はないだろう。

 

この状況下で考えられる作戦――それは全勢力を投入した強行突破策だろう。

いくら鉄壁の防衛網と言ってもそれには限度がある。

総勢力を以て攻撃を仕掛ければ恐らくは突破は可能だろう―――多くの犠牲を払えば、だが――

アルカ・ノイズが――家族が死んでしまう、ガリスを失いかけたあの経験が、あの喪失感がセレナから自然と犠牲を払う選択を奪っていく。

いずれは限界が来る、そう理解しながらも―――

 

だが、それならどうする。

あの鉄壁の防衛網を突破し、フロンティアへ辿り付くにはどうすれば良い。

防錆設備がある限り海上、空からの侵入は犠牲を絶対に必要とする。

その犠牲を許せないのであれば既に手段はないに等しい。

 

それでも…そう、それでも、セレナは考えるのを止めない。

止まりそうになる思考を無理やり動かして、考え続ける。

誰も犠牲を必要とせずに、そして目的を果たす、そんな理想的な作戦を考える。

 

「(何か…何かある筈なんです…!!何かがッ!!)」

 

セレナは必死に考える。

多くあった選択肢を削り、残された少ない選択肢さえも削りながら、それでも必死に考える。

思考に使う時間さえ惜しみながら、胸から込み上げる≪何か≫に急かされながら、

 

しかし、それでも作戦が浮かばなかった。

セレナがいくら必死に考えても理想な作戦が思い浮かばずにいた

それでもなおセレナは足掻く様に思考を止めない。

必ずある筈だと、止めない。

 

だが、その間にも時間は過ぎていく。

このままでは全てが最悪な形で終わってしまう。

フロンティアで起きている最悪な事態も、そして地球に落ちてくる月も―――――

 

「―――――ぁ」

 

≪月≫

その単語に釣られる様にセレナは空を見上げる。

ドクターウェルの暴走で地球に迫りつつある月を、その先にある星々の海を見上げて―――

 

―――1つの奇策に辿り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、大気圏外からの降下作戦ですかッ!!?」

 

セレナから伝えられた作戦内容に思わずガリスは叫んでしまっていた。

無理もない、そんな作戦今の所アニメやゲーム、映画と言ったフィクションでしか実践されていない無茶極まりない作戦であるからだ。

ガリスの反応は始めから予想出来ていたのだろう、何とかガリスを宥めてからセレナの口から詳しい作戦内容が発表されていく。

 

現段階で判明しているフロンティアに施された防衛設備の効果範囲は極めて広い。

フロンティアからすれば真下である海上、横と上側である空、これを広範囲に渡って攻撃可能ときた。

これを突破するのは難しいのは誰の目にも明らか。

 

 

――ならば、更に上からはどうだろう。

遥か上から――宇宙からならば――

 

 

「敵の…ドクターウェルの眼は恐らくはフロンティアで戦っている二課の皆さんと、今もなお海上で待機している米国艦隊に向けられている筈です。彼にとって目前に迫る脅威は二課ですが、米国艦隊も無視できる存在ではないですから、必ずこの2つを警戒している筈です。だから―――」

 

「…その不意を打つ為に、目が向けられていないであろう空から――宇宙からの大気圏外降下作戦、ですか」

 

セレナの話す作戦にガリスは一定の理解を示す。

セレナの話す通り、ドクターウェルにとって最も警戒すべきはフロンティアに上陸している二課で、その次に警戒するのが今なおフロンティア奪取と言う任務を果たす為にあれやこれやと手を打っている米国艦隊だろう。

 

確かに米国艦隊の持つ火器はノイズにはほとんど効果がない。

全火力を集中して数体倒せたら良いね、位のレベルだ。

そんな連中を警戒する必要があるか?と言われたら、無いだろう。

ただしそれはあくまで≪彼らだけ≫の場合だ。

 

仮に二課とこの米国艦隊が手を組んだとすればどうなる?

ノイズを倒す事が出来るシンフォギアを持つ装者3名を有する二課、圧倒的火力と兵力を有する米国艦隊。

この2つが協力すれば――それは間違いなくウェルにとって望まぬ強敵となるのは間違いない。

 

だからこそウェルは米国艦隊をフロンティアに上陸させまいとしている。

どこか演技染みた攻撃で米国艦隊を攻撃したのも、残った艦隊に警戒させる為だ。

≪近づけばこうなる≫と、アピールして近寄らせない為だ、

 

だが米国艦隊も任務でここに居る。

フロンティアの奪取、その任務を果たす為ならば彼らは間違いなくフロンティア上陸を目指すだろう。

そんな彼らが仮に何かしらの手段で上陸したとなれば先程の二課との協力作戦の可能性は多いに高まる。

だからこそウェルは警戒し、その動きを監視している筈だ。

 

ウェルも所詮は人間だ。

この2つの勢力を監視している限り、その他の部分は疎かになっている可能性は十分にある。

これならばセレナの言う通りに真上、それも空からの奇襲に気付けない可能性も高く、無事に上陸出来るかもしれない。

 

だが、それはあくまで≪可能性≫でしかない。

 

もしかしたらウェルの眼は宇宙まで向いているやもしれない。

もしかしたら彼の警戒に米国艦隊が入っていないかもしれない。

もしかしたら此方が把握していない他の防衛設備があり、それが牙を剥いてくるかもしれない。

 

少しアクシデントが起きてば瞬く間に崩壊する、そんな危険な可能性の上に存在するこの作戦。

ーーはっきり言ってガリスは反対だった。

この作戦の要は奇襲だ。

ドクターウェルにその存在を気付かれずに、防衛設備を起動させずに、フロンティアへ侵入する。

そうなると必然的に少数メンバーでの作戦になる。

 

少数での作戦、それだといざと言う時にマスターを守れる人が少なく、マスターの身に危険が及ぶ可能性が十分に高くなる。

そんな危険性を孕んだ作戦を承認する事が出来るわけがない。

それこそガリスの嘘偽りない本音だ。

 

しかし、同時に理解もしていた。

作戦を語る時に見たマスターの瞳………あれは一度決めた事を絶対に崩さない時にする瞳だった、と。

あれをしたマスターに何を言っても無駄だ。

絶対にマスターは引かない、何があっても作戦を実行するだろうし、そもそもこの作戦だって1人で行こうとしているのは確定だろう。

犠牲を出さずに作戦を果たす、その為ならばこの人はーー優しいマスターならば絶対にそうする。

それをこの数日で痛い程に痛感させられたガリスは小さくため息を吐いた。

仕方がない、と。

 

「――分かりましたよマスター。ですが1つだけ提案があります」

 

「…?提案、ですか?」

 

ええ、提案ですよとガリスは微笑む。

自身の主の性格を痛感させられた従者は微笑んだまま―――

 

 

 

 

 

 

「1人で行くのは無しですよ。どうしてもって言うならあの時に約束した≪我儘≫、此処で使わせてもらいますね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------------

 

 

≪マスターッ!!大丈夫ですか!?≫

 

聴こえて来たアルカ・ノイズの声にセレナの思考が戻る。

アルカ・ノイズの位相差障壁を改造して作られた対重力緩和バリア、そして自らが身に纏うシンフォギア、アガートラーム。

この2つのおかげで本来ならば人の身では耐えられる筈のない重力から身を守りながら高度を昇り続けていたセレナであったが、その影響を完全に無効化しているわけではない。

その影響だろう、一時的に気を失っていたのだと理解し、呆然とする頭をしっかりさせる様に幾度か振るった後でセレナは口を開く。

 

「私は大丈夫です!!それよりも――」

 

目標高度を目指して、そう続けようとした言葉が止まる、止まってしまう。

何故なら――彼女の目に映る神秘的な光景がそれを押し止めたからだ。

今彼女が居る高度こそ目標高度である300km、アルカ・ノイズ、そしてシンフォギアの力が無くては生身で到達する事が叶わない其処に今彼女はいる。

其処から見える光景は――空と宇宙を狭間を越えて先だからこそ見えるその光景は、セレナから一時的にすべての悩みを奪い獲った。

シンフォギアも、錬金術も、フロンティアも、師匠の事も、全てを忘れてしまいそうになる位に――

ずっと見ていたい、思わずそう願ってしまう偉大な景色を前に、セレナは意識を取り戻す様に頬を軽く叩いて気合を入れ直し、下を見る。

 

此処からだと小さく見えるフロンティアに、今から向かう戦場を見下ろしてから、セレナは周囲を見渡す。

其処にはガリスを始め少数のアルカ・ノイズの姿があった。

その数30名弱、だが彼らはフロンティアへ上陸しない。

彼らの目的は此方の知りえない防衛設備があった場合の対応だけであり、防衛設備が無いと確認されたらそのまま443へと帰還する手筈となっている。

フロンティアへ侵入してしまえば装者達の戦いに巻き込まれるのは間違いない。

それから逃れる為の手段としてセレナが指示したのだ。

それ故に実質的な上陸部隊は――セレナとガリスの両名のみ。

 

「…あの、あのねガリスーーー」

 

「此処まで来ておいて帰れ、は無しでお願いしますよマスター」

 

有無を言わさぬガリスの言葉にセレナは押し黙るしかなかった。

ーー本音を言えばガリスを連れて行くのは反対だった。

今の彼女は予備躯体で何とか動いている状態で不具合が生じる可能性も高く、また発揮できる実力も従来の三分の一程度だ。

この状態での戦闘行為を始めとする激しい行動は極めて危険であるのはだれの目にも明らかだった。

それらの理由がガリスを連れてきたくなかった理由でもあるのだが……一番の理由としてはやはり――先の一件を思い出してしまうからだ。

 

 

セレナを守る為に命を投げ捨てようとした彼女の姿を―――

 

 

あの時は運良く助かったが、二度目もそうなる確証はない。

付いてくる絶対条件として二度とああいう事はしないと約束させたが、それでも怖いのだ。

失うかもしれない、またあの喪失感と恐怖を経験してしまうかもしれない、と。

だからこそセレナは本音を言えばガリスに来てほしくなかった。

もうあんな経験をしたくない為に、そして自分なんかの為に命を投げ捨てる様な行動をさせない為に。

 

けれども、彼女は来た。

≪我儘≫を理由に、付いて来た。

断る事も出来たのに、けれどもどうしてかそれを口にする事は出来なかった。

その理由は――理解出来ていた。

 

――怖いのだ――

 

いくらセレナが優秀な錬金術師でも、いくらノイズと戦う力を持つシンフォギアを使える装者でも、

所詮彼女は――年端もいかない少女なのだ。

本来ならば戦場なんかとは無縁の生活を、学園に通い、勉学をし、遊び、青春をする、そんな普通の生活をする子供でしかないのだ。

そんな彼女が今まで戦ってこれたのは心のどこかで安心していたからだ。

 

≪自分が頑張れば誰も傷つかない≫と。

 

けれどもその安心は崩された。

未遂とは言えガリスの死を、家族の死を経験してしまった彼女の心にあったその安心は無くなり、それに拍車を立てる様に自身の身体に起きた様々な異変が彼女に不安を募らせる。

安心の崩壊、不安の加速、その2つがセレナに遅すぎる恐怖を――戦場の恐怖を教えてしまったのだ。

 

だからこそセレナはガリスが付いて来ると言った時に、間違いなく本心から付いてくる事に反対しつつも――心のどこかで安堵していた。

あそこへ、戦場へ1人で向かわなくても済む、と。

セレナの幼く弱い心がそう思ったのも――間違いない事実だ。

 

それ故にセレナは挟まれる様な想いでここにいた。

ガリスを死なせたくないから帰還させたいと願う心と、1人にしないでほしいと願う弱い心の2つに。

けれどもセレナはそんな心境を誰にも知られない様に振る舞う。

自分の不安を伝えたら作戦に影響が出ると、耐えて振る舞う。

2つの想いに挟まれ、悲鳴を挙げそうになる心を殺しながら、セレナは作戦の指揮をする。

1人の指揮官として振る舞う事でその不安を忘れようとして―――

 

「――マスター」

 

そんな折にガリスの声が聞こえた。

その声に、2つの想いが強く反応し、胸の中で渦巻いていると理解しながらもセレナは笑顔を浮かべる。

いつも通りの笑顔を、いつも通りのセレナの表情を、浮かべる。

 

「ど、どうしたのガリ――――」

 

軽い衝撃と共に全身を冷たい感触が――ガリスが抱き着いてきた感触が全身を包む。

突然の行動に思わず挙動不審になりながらも言葉を続けようとして―――

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、我慢しないでください」

 

 

 

 

 

 

――その一言がセレナの全ての行動を奪い去った。

 

 



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第117話

更新遅れてすみません!!(土下座)
実は作者PCを新調しまして…その手続きやら部屋の整理やらで書く時間ががが…(白目)
まだ新PC慣れてない上に、スランプ?ってわけではないんですが、うまく小説を書くこと出来ずのグダグダ感あふれる更新になってしまいました……すみません!!
もしかしたら書き直すかもしれませんので、ご理解してくれると大変ありがたいです…



 

――抱き締めた身体は幼く、小さかった。

腕を伸ばしただけで収まる程に小さい身体。

華奢で柔らかく、少し力を入れたら折れてしまいそうな身体。

そんな愛しい身体を抱き締めながらーーガリスは思う。

 

こんな小さい身体で、この人はどれだけの重みを背負っているのか、と。

 

「…が、ガリス?」

 

知っていた。

マスターのマスター…キャロルを救う、その想いから始まった彼女の物語を。

多くの出会いと多くの経験をもたらした彼女の物語を。

その度に生まれる重みを、背負う必要のないそれを彼女が背負い続けている事を。

もう背負いきれないと言うのに、それでもなお背負い、1人で前へ前へと進んでしまう事も……

 

理解していた。

この人はそう言う人だと。

誰かを守れるのであれば迷わずにその道を進んでしまう人だと。

他人であろうとも、友人であろうとも関係なく、守ろうとする人なのだと。

そんな馬鹿みたいな…けれども真似しようとしても出来ない優しさを持った人なのだと。

 

けれども、恐れてもいた。

いつか、その背負った重みがマスターを押し潰してしまうのではないかと。

いずれその重みがマスターに牙を剥くのではないかと。

 

 

そんな危惧した恐れは――他の誰でもない、私によって引き起こされてしまった。

 

 

あの時――

空から迫る光に1人立ち向かう己が主を見た時――ガリスは心底恐れた。

あの光が彼女を飲み込んでしまうのではないかと、生まれて初めて恐れた。

そんな恐れはすぐに覚悟へと形を変え、ガリスはその命を以て救おうとした。

結果的にはセレナも助かり、ガリスも助かりと誰も犠牲にはならなかったが――その行動がセレナの心に傷跡を残してしまった。

 

思い出す、作戦開始前の出来事を。

セレナの提案した作戦開始の為に準備に追われるアルカ・ノイズの間を通りながら、ガリスは己が主を探していた。

その手に握る薬、セレナが持ってきていたキャロルの薬と同じ成分で作られたそれを万が一にでも零してしまわない様に大切に持ち運びながら、主を求めて彷徨い歩いた。

指令室も、格納庫も、食堂も、主の部屋や作業部屋も、全てを歩くが、なれどその姿はどこにもない。

浮かび上がる言いしれない恐怖、それに押される様にガリスは愛する主を捜し歩き、そしてーーやっとの思いで見つける。

 

そこは倉庫だった。

非常事態に備えての備品を保管しておく為に作られたその部屋の片隅に、探し求めた主の姿はあった。

見つけたと同時に胸に湧き上がる安堵、それに身を任せながらガリスは自身の主の名を呼ぼうとしてーー止まった。

否、止まるしかなかった。

何故ならーーーー

 

《大丈夫…大丈夫だから…私が頑張れば…大丈夫だから…》

 

そこにいたのはシンフォギアとファウストロープを身に纏い戦う戦士でも、万を超えるアルカ・ノイズを率いる指揮官でもない。

冷たい床に座り込み、震える身体を抱きしめ、自分自身の中にある恐怖に負けない様に何度も何度も己に言葉を言い聞かせるーーー恐怖に怯える少女でしかなかった。

 

セレナはガリスが部屋に入ってきた事に気づいてもいないのだろう。

倉庫の片隅、入り口からすればちょっとした死角になるそこに座り込む、1人言葉を紡ぎ続けている。

《大丈夫だ》と、《私が頑張ればみんな大丈夫だ》と。

それはさながら呪詛の様に紡がれ、少女の心に偽りの安堵をもたらす。

そうしなければ壊れてしまうと、少女の無意識が理解しているからこその行為。

…一種の防衛本能と言えばよいだろう。

 

それを目の当たりにしたガリスはーー後悔した。

この人を追い込んでしまったのは、この人の心に罅を入れてしまったのは、他の誰でもない私だと。

元々限界に近い精神を更に追い込んでしまったのは、間違いなく私だと。

 

襲う激しい後悔、その中でガリスは何とか言葉を口にしようとする。

主を慰めるべき言葉を、その苦しみを緩和する言葉を、出そうとする。

だがーーー

 

《---!!あ、あれガリスどうしたの?何か用?》

 

ガリスの存在に気づいたセレナはーーもう《いつもの彼女》だった。

シンフォギアとファウストローブを身に纏って戦う戦士であり、万を超えるアルカ・ノイズの率いる指揮官であり、友達を救うためなら危ない橋も渡るお人よしで、誰よりも優しく頼れるセレナへと戻ってしまった。

そこに先ほどの姿は欠片もなく、その表情に陰りもない。

いつも通りのセレナ、いつも通りのマスターがそこにいた。

 

 

ーーその胸中に辛い感情をすべて押し込めてーー

 

 

「…バカですよねぇ、本当に」

 

「え?ガ、ガリス何か言いました?」

 

「いーえ、何にもないですよ」

 

抱きしめた小さな体を胸に押し当てながら、ガリスは思う。

きっと、この人は多くを救おうとするだろう。

自分の不安を押し隠して、自分が不幸を受け入れて他人に幸運を与えようとするだろう。

それはだれにも止められないだろう。

 

ーーーーこの人はそう言う人だから。

辛い事も悲しい事も、全て1人で抱え込んで前へ前へと進んでいくだろう。

それが彼女だ、それが私たちのマスターだ。

 

だが、と私は決める。

今日この時に、この瞬間に、私は誓おう。

 

「マスター、1つだけお約束してくださいな」

 

「ぇ?な、何をかな…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「--辛い事や悲しい事があったら1人で我慢しないで私に相談してください、その代わりに私も約束します。このガリスーー絶対にマスターより先に死なない、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ガリス……」

 

抱き締められながらセレナは思う。

きっと倉庫での件を見られてしまっていたのだと。

だからこそガリスは提案してきたのだ。

この約束を、私に少しでも楽にしてもらおうとしてーーー

 

「…ふふ」

 

思わず笑ってしまった。

幸せな気持ちで堪え切れない小さな笑み。

クスクスと小さく笑って笑ってーーそして

 

「分かりましたガリス、今度からは1人で抱え込まないって約束します。その代わりにーー」

 

「はい。絶対にマスターより先に死なないって約束します」

 

交わした約束に2人で笑う。

契約書も証明者もいない言葉遊びのような約束。

なれど十分だった。

2人にはそれで十分であった。

 

《マスター!!ガリス殿!!降下準備完了しました!!いつでもフロンティア上空真上からいけます!!》

 

作戦の最終段階の準備を終えてアルカ・ノイズの合図を聞いた2人は笑みを消して、覚悟を決める。

今から向かう戦場へ、そこで起きる戦いに、覚悟を決める。

 

セレナが一歩前へと出る。

その瞳にあった迷いは消え、その心にあった曇りはもうない。

ガリスとの約束がある限り、もう迷う必要はないとセレナは前を見据えて、そしてーーー

 

 

 

「--それではみんな行きましょう!!」

 

 

 

ーー人類初の大気圏突入作戦の開始を命じた。

 

 



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第118話

 

「………あん?」

 

《それ》の存在に最初に気づいたのはドクターウェルだった。

自身の腕と一体化しているネフィリム、そのネフィリムと繋がっているフロンティアが警告してきたのだ。

上空、高高度より《何か》が迫っていると。

ウェルはその警告に対し、舌打ちをする。

せっかく面白いショーが行われているのに、と。

 

「…ま、仕方がないですね」

 

ウェルにとってフロンティアは自身の願望を果たす為に必要な存在だ。

彼が英雄として君臨する世界、それを作り上げるにはネフィリムとフロンティアの力は絶対に不可欠。

万が一にでもフロンティアがダメージを負う事態は避けなければならない。

だからこそウェルは目の前で行われている復讐劇から視線をそらす。

ウェルにとって憧れであり、愛する英雄《死神》を模倣した粗悪品となった暁切歌と、もはや傘下に収まるつもりのない二課の風鳴翼。

男からすれば邪魔でしかないこの2人を始末するのに最高の舞台と最高のシチュエーションを作り上げた者として最後まで見届けたいと思う気持ちはあるが、ウェルが今優先すべきはフロンティアを守る事だ。

だからこそ名残惜しい気持ちはあったが、視線をそらし空から迫る《何か》の正体を知るべくネフィリムを通してフロンティアのシステムにアクセスし、調べ上げる。

 

「(この反応…ミサイル?いえ、それにしては小型な…)」

 

迫る熱源反応は30弱。

そのどれもが小型サイズでミサイルを始めとする兵器類とは到底思えない。

降下作戦によるフロンティア上陸を狙った行動かと思ったが、それにしてはいくら何でも高度が高すぎる。

この高度からの降下となると、もはや大気圏突入と何ら変わらないだろう。

とてもではないが、いくら装備を積んだとしてもこの高度から生身の兵士が降下出来るとは到底思えない。

では、《これ》はなんだ?

 

「…米国のバカども辺りが最新鋭兵器でも用意してきた、という所ですかねェ」

 

その正体こそ不明であったが、ウェルは素直に着眼点は良いと相手を褒めた。

フロンティア真上、それも此方に気付かれない様に高高度からの降下。

防衛設備等があっても対応できるように数を用意してきたのも賞賛に値するでしょう。

だが、とウェルはもはや自分の手足と同じ様に自由に動かせるフロンティアに命じる。

起動するは、上空に向けられた対空防衛設備の数々。

確かに上空、それも真上に向けての防衛設備は少ないーー少ないが、存在はするのだ。

 

フロンティアは元々カストディアンが星間航行する為に作り上げた宇宙船。

無論、彼らと分かり合えない敵との戦闘に備えた装備も充実している。

その設備の1つが、これだ。

 

「(半数は直撃を許してしまうでしょうが…まあ、この規模の兵器ならばフロンティアの防護機能で対応できますね)」

 

迫る《何か》に向けて防衛設備の狙いを定めていく。

距離があるので若干の狙い難さがあったが、十分であった。

ウェルの掲げた手がゆっくりと落ちていく。

今から始まる防衛設備からの攻撃の合図を、どこぞの国が撃った最新兵器が役に立つことなく終わりを迎える合図を、ゆっくりとゆっくりと降ろしていき、そしてーーーーー

 

 

 

 

 

 

止まった。

 

 

 

 

 

 

「-----くひ」

 

見えた、見えた、見えたのだ。

 

「--くひ、くふふふ」

 

空から迫る《何か》に紛れる1つの反応を。

男が、ウェルが求めてやまない愛しい存在が、男にとって初めての《愛》を向ける相手が。

 

「くふふ!!くっふっふふふふぅぅぅぅぅッ!!!!」

 

ーー仮面の少女が、《死神》が、見えたのだ。

 

「嗚呼!!嗚呼嗚呼!!!!来た!!来てくれたあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

男は歓喜する、愛しい存在が迫っている事に。

男は抑えきれない喜びを表にさらけ出す、まるで子供の様に。

もしもこの場にこの様子を見ている第3者がいれば、間違いなく正気を失ったと思える狂気を、男は躊躇すること無くさらけ出す。

それほどまでに嬉しい出来事、それほどまでに喜びを見出せる愛しい存在。

それがもうすぐ此処に来るのだ。

この場所に、男が己の願望を叶える為に用意したこのフロンティアに。

 

「嗚呼!!歓迎するよ僕の英雄!!!!」

 

即座にウェルは彼女たちに向けていた全ての防衛設備を解除する。

撃たれるはずだった弾丸は無く、火花を散らすはずだった火器は全てフロンティア内部へと消えていく。

全てだ、全ての防衛設備は跡形もなく形を消し、空から迫る彼女達に対する障害を全て排除してしまった。

 

少し考えれば誰の目にも明らかな愚かな行為だ

仮面の少女はウェルの手から小日向未来を救うために既に彼と敵対している。

そんな彼女がウェルに味方する可能性など欠片もないのに、

彼女を上陸させる事で己が英雄となる世界を作り上げる計画が破綻するかもしれないのに、

彼女が、ウェルを殺害する可能性だって十分にあるのに、

 

そんな危険な可能性しかないであろう彼女の上陸を男は許した。

迷うことなく、躊躇することなく、許した。

愚か極まりない行為、なれど男は後悔しない。

彼女の傍にいられる、その幸福に比べればーーー己の夢など安いもんだと。

 

男は見上げたまま両手を広げる。

迎え入れる様に、歓迎する様に、抱き締める様に、広げる。

 

もはや、正気とは思えない瞳で《彼女》を見つめながらーーー

 

 

 

 

 

 

「ようこそ!!!!!僕の英雄!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

男は《彼女》を、己の夢を打ち砕く者を迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「-----?」

 

セレナは迫るフロンティアに起きた異変に首を傾げる。

フロンティアの防衛設備が動いたと思ったが、それが即座に消えたのだ。

理解出来ない行動、だが好機であるのは間違いない。

攻撃してこないのであればとセレナは即座に指示を出す。

 

「全アルカ・ノイズは予定通り443への帰還ルートへ!!私とガリスはこのままフロンティアへ向かいます!!」

 

《了解しました!!どうかご武運を!!》

 

セレナの指示に従い、アルカ・ノイズがセレナ達から離れていく。

帰還ルートへとコース変更していくアルカ・ノイズ達を見送るセレナの周りにいるのは、ガリスと彼女達をフロンティアへと運んでくれているアルカ・ノイズ2体だけ。

随分減ってしまったともの寂しさを感じながらも、セレナは目指すべき場所へ、フロンティアを見据える。

 

「---あそこに」

 

一連の事件、その最終決戦が今あそこで行われている。

F.I.S.をーーードクターウェルの暴走を止める為に、響さんや翼お姉さん、クリスさんがあそこで戦っている。

自分があそこに行っても何も力になれないのかもしれない。

けれども、セレナはあそこを目指す。

1人でも多く救う為に、そしてフロンティアから感じるこの感覚の正体を確かめるために。

 

《マスター!!そろそろ降下ポイントです!!》

 

アルカ・ノイズの報告にセレナは気合を入れる。

向かうは戦場。

降下と同時に戦闘だってあり得るからと覚悟を決めてーーーーー

 

「----え?」

 

ーー《それ》を見た。

異形に襲われる風鳴翼を、向けられた刃に対して、どこか諦めた面持ちをした彼女を、見た。

 

 

 

 

 

《マスター!!?》

 

 

 

 

その瞬間、彼女は飛び降りていた。

予定されていた降下ポイントよりも遥かに早く、数秒でも早く到達できる様にと。

その胸に込み上げる《怒り》に身を任せて、失ってたまるかと彼女は飛び降りる。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

 

 

 

ーーその瞳を《赤》へと変えながらーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第119話

 

風鳴翼は戸惑いと困惑の中、目の前に立つ仮面の少女を見上げていた。

幾度も見直しても到底《彼女》には似ても似つかないのに、何故か彼女が見えてしまった。

――――天羽奏(失われた片翼)に、見えてしまった。

なぜそう思ったのかはわからない。

だが、彼女から感じる既知感はまさに奏と共にいた時に感じたそれと何ら変わりはない。

ずっと忘れられなかった既知感、ずっと恋しかった既知感が彼女から感じられる。

その事実が翼を困惑させる。

懐かしい感覚と困惑に挟まれたながら、翼は疑問を問いただそうとする。

 

《貴女は誰なのか》と。

 

恐らく翼だけではない。

二課の誰もが聞き出したいその疑問の答えを求めて翼の口が動こうとする。

だが――――

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!》

 

突如鳴り響く咆哮と、周囲に散る土煙がそれを阻んだ。

地に付していた切歌が立ち上がり、己の腕に握る6つの鎌を振るおうとしていた。

風鳴翼ではなく、切歌に無防備な背中を見せる仮面の少女目掛けてそれは振るわれる。

復讐を邪魔する存在である仮面の少女、その排除を優先したのだ。

 

「ーーッ!!うしーー」

 

それを目の当たりにした翼は無意識に叫ぶ。

背後から迫る鎌に、命を切り刻む絶対の一撃に、叫ぼうとする。

なれど同時に戦闘経験を積んでいる翼には分かってもいた。

ーー間に合わない、と。

 

そう思わせる程に切歌の奇襲は完璧だった。

少女の油断と背後と言う死角を狙ったセオリー通りの奇襲戦法。

言葉にすれば単純だが、それがもたらす効果は絶大だ。

このまま切歌の振るう鎌が少女を切り刻み、無防備なその背中ごと真っ二つにしてみせるだろう。

それこそがこの先に待ち受ける結末ーーーだった。

 

《ーーー?》

 

不意に、鎌の動きが止まる。

止めたのではない、止まったのだ。

まるで金縛りにあったかの様に鎌が動かないのだ。

――否、鎌だけではない。

脚が、触手が、身体が動かない。

異形と化した暁切歌の持つ人を超越した身体能力、それを以てしても動かないのだ。

どうして、困惑する脳はすぐさま原因と知ろうとして視界を揺れ動かして――――《それ》を目撃する。

 

《ーーーーーッ!!!?》

 

己の腕を、身体を捕らえていたのは――無数の黒い手。

周囲にばら蒔かれた反射する破片、そこから伸びている無数の黒い手が切歌の身体を、腕を、鎌を掴み、離さない。

掴まれた場所から感じる気持ちの悪い感触、それにおぞましいモノを感じ取った切歌は振り払わんとするが、黒い手は離さない。

己の主君を守る為に、主君の敵を離さない。

その光景に困惑する切歌であったがーー次の瞬間にはその困惑さえも消えた。

 

ーー感じたのは《敵意》。

全身を恐怖で揺るがすあまりに膨大で絶対の《それ》はーーいつの間にか振り返り、此方を見詰める少女から放たれたモノ。

仮面越しでも分かる冷たい瞳、その瞳に宿すたった一つの感情が、異形と化し、人を凌駕する生物となった切歌を恐怖に染める。

 

「あなたが何者で、どうして彼女を襲うのかはわかりません。ですが―――」

 

少女の手がゆったりと動く。

呼応するのは無数の黒い手。

少女に仕え、少女の為だけに動き、少女の敵を排除するーー少女の為だけの兵隊。

それが動く、少女の手に従い、少女の命令に従いーー

 

 

「ーー彼女を害そうとした、それを私は絶対に許す事はできません」

 

 

ーー目の前に立つ少女の敵を排除するべく、一斉に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

遠くで始まった戦闘。

それを確認しながら、ガリスは己の与えられた使命を果たすべくフロンティアを駆ける。

マスターに与えられた使命《ドクターウェルの捕縛》のために。

 

「…マスター」

 

本音を言えばあの戦いに参戦し、マスターの力になりたい。

けれども今のガリスは予備躯体で動いている状態。

その実力も従来のものに比べれば劣っている。

これであの戦いに参戦した所で、足手まといになるのはガリス自身が分かっていた。

それ故にガリスは本音を噛み殺して、マスターに与えられた使命を果たすべく駆けだす。

 

きっとあの男はこの戦いを見ているはずだ。

この近くで、あの戦いの結末を見届けようとしているはずだ。

あの男の性格ならば十分にあり得る可能性。

その可能性に賭けて、ガリスは駆ける。

焦る思いを抑えて、憎き男の姿を求めて駆ける。

どこだ、どこだ、と。

 

「―――?」

 

そんなガリスの視界にふと、見覚えのある姿が見えた。

 

「――あれは…」

 

周囲から見れば若干死角になる場所、そこでガリスは足を止めた。

そこにいたのは―――

 

「………嗚呼、やられたんですね、この子」

 

まるで隠される様に地表で寝かされていたのは、もはや死体となった月読調。

青ざめた肌、止まった呼吸、腹部を染める赤色。

誰の目でも明らかな死体がそこにあった。

 

「…マスターに見られなくて良かったですね」

 

丁寧に寝かされたその死体をガリスは抱える。

優しいマスターに彼女を見せない為に、どこかもっと見つかりにくい場所へ連れていく為に、抱える。

抱えた身体は驚くほどに軽く、生前の食生活がどんなものであったのかを難なく想像させてくれる。

そんな軽い身体を抱えて再度ガリスは駆けようとして――――

 

 

 

―――指が、動いた。

 

 

 

「―――――は?」

 

錯覚か、そう思った瞬間―――月読調の身体が痙攣する。

ドクンッと身体越しに聞こえる鼓動が、つい先ほどまで青ざめていた肌に血色が戻っていく。

まるで時を巻き戻す様に、調の腹部に残された傷跡さえもゆっくりと治癒されていく。

理解できない超常現象、普段錬金術と言う非日常を生きるガリスでさえもその光景には驚きを隠せない。

そして、閉ざされていた瞳がゆっくりと開く。

 

 

 

「―――お前が誰かを問うつもりはない、だが協力しろ。この身体の主を救いたいのであれば」

 

 

 

――黄金色の瞳の少女は命ずる様に口を開く。

まるで別の人格が宿った様に、その口調はガリスの知る月読調とは異なっていた。

 

 



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天羽奏誕生日

いえーい
今回どうしてこうなった方針で書いてみました。
いや、ほんとうにどうしてこうなった(困惑)
私はいつもの通りのおちゃらけ誕生日を書くつもりだったのに……(困惑)
あと無印とG編だけタグ分けしてみました。
誕生日関連とシャトーの日常だけは…うん、分けようとしましたけど、これよくわかんないのでやめておきます。
力不足の作者で本当にごめんなさい…


 

風鳴翼は基本的に多忙な日々を送っている。

装者として、歌姫として、学生として、

その日程スケジュールは秒刻みで計算されており、はっきり言って多忙のあまり身体を壊さないかと心配になる人が出てくる始末だ。

 

しかしそんな心配は無用だとさせてくれるのは我らが緒川さん。

多忙なスケジュールの合間にきっちりと休暇を作っており、膨大な仕事が彼女の身体を壊さない様に配慮されている。

中にはどうやってこの休暇時間を作ったのかと思わせるレベルで獲得が難しい休暇を難なく得る事が出来る辺り、やはり流石は緒川さんだ。

その見事な手法は流石は日本のトップ歌姫である風鳴翼に付くマネージャーだと周囲を驚かせている。

おかけで他の社からの勧誘が引く手あまたであるらしいが…どれだけ素晴らしい好待遇を条件にしても当の本人から返る返答は毎回決まっていた。

 

「すみませんが、風鳴翼の傍から離れるつもりはないので」

 

こんな風にバッサリである。

なので勧誘に来た人の多くは早々に引き上げ、上司へ「あれは無理です」と報告するのが当たり前となってしまった。

 

さて、そんな多忙の日々を送る風鳴翼だが…彼女のスケジュールには必ずと言って良い程に数日だが、決まった日に休暇日が作られている。

他の誰でもない、翼自身の希望で、だ。

そしてその日の意味を知る緒川もこの休日を作る事に全力で協力してくれる。

否、緒川のみならず、二課の司令である弦十郎も、翼の父でもある八紘もだ。

 

そうして出来上がったのが必ず数日ある休日。

その一つである七月二十八日。

風鳴翼は暑くなり始めて天候に汗を流しながらも、その手に掴んだ荷物をしっかりと抱えてある場所へと向かっていた。

二課の管理する建物の1つ、現在は誰も使用していないそこを翼は慣れた足取りで進んでいく。

一歩一歩踏みしめる度になるギィギィと鳴る音はこの建物の寿命の近さを知らしめてくれる。

その事実に翼は寂しいなと小さく呟き、奥へと進んでいく。

 

――どれだけ歩いただろう。

踏み締める度に軋む床をゆっくりと進む事数分、空調なんてもう動いてもいないこの建物での暑さは並大抵のものではない。

垂れる汗を拭い、荷物が無事であるのを確かめた後、翼の足取りは気持ち早くなる。

そうしてたどり着いたのは、1つの扉。

そこだけ手入れされているのだろう、周りの景色の中でその扉だけが綺麗なままで置かれている。

まるでここだけ時間から取り残されたかのように――

そんな扉を前に翼は取り出した鍵でゆっくりとその扉を開ける。

軽く軋む音を鳴らしながら開く扉、翼はその扉を潜り抜けて中に入ると―――

 

「…また来たよ、奏」

 

彼女の視界に移るのは、綺麗にされた部屋。

懐かしい香りがするその部屋を、翼は慣れた足取りで歩き、そして机の上に《それ》を置く。

 

《天羽奏》そう書かれた位牌を、だ。

 

「…………」

 

この部屋は、かつて翼が天羽奏と共に過ごした部屋だ。

まだギクシャクしていた最初の頃から、あのライブの日までずっと一緒に使っていた部屋だ。

この部屋で多くの事を語り合ったのを今でも覚えている。

大好きな歌の事、装者として戦う事、何気ない日常話の事、

この部屋で一緒にご飯を食べた事も、2人で入るには少し狭いお風呂を一緒に入った事も、全部…全部、覚えている。

 

だからこそ――辛かった。

奏を失ったあの日から、そんな思い出が残ったこの部屋で暮らす事が、辛かった。

奏を失ったあの日の事は、今でも忘れない。

絶唱の影響で身体さえ残さずに亡くなった奏。

二課の情報隠匿の為に墓を作る事さえも許されずに、残されたのは中身のない位牌だけ。

その位牌を抱きしめ、この部屋で泣き続けた。

己の力の無さを、己の不甲斐なさを、己の未熟さを、

それらが奏を殺したのだと、泣き続けた。

 

その数日後には――翼はこの部屋を出た。

幸せな思い出に満ちたこの部屋を、もう取り戻せない時間に満ちたこの部屋を、出た。

その思い出が風鳴翼を壊してしまう前に、出た。

 

そこからの日々はただ駆ける毎日だった。

奏を失った事で生じる問題。

ツヴァイウィングの世間からの目、ただ1人でノイズと闘わなくてはいけない日々。

それらが一斉に翼を襲い、そして翼はただ耐えて、駆けた。

奏と共に歌ったこの場所を守る為に、奏を奪った憎いノイズを殺し尽くす為に、駆けた。

 

その駆けた先で――翼は出会った。

奏のガングニールを受け継ぐ少女、立花響と、

少し口うるさいが、可愛い後輩の雪音クリスと、

いつも仲睦まじく、皆を笑顔にしてくれる暁と月読と、

共に歌を奏でるマリアと、

優しく、けれどどこか大人びた少女のセレナと、

その出会いが、翼を変えた。

復讐に囚われていた翼が、今の姿に変わる事が出来たのは間違いなく彼女達のおかげだろう。

 

その変化が、翼にもう一度この部屋と向き合う勇気をくれた。

幸せな思い出に満ちたこの部屋と、取り戻せない時間に満ちたこの部屋と、

――最初は辛かった。

この部屋にいるだけで蘇ってくる記憶が、辛かった。

もう戻れないんだと、嫌でも知らしめられた。

けれども、それでも向き合った。

もう逃げたくないんだと、奏との思い出に向き合いたいんだと、向き合った。

初めて奏とステージに立った記念日、初めて奏と装者として戦場に立った日。

懐かしく、けれども絶対に忘れない記念日の度に翼はこの部屋に来ていた。

部屋と向き合うと言う理由もあったが…翼はこの部屋の中だけでは1人の少女で居られた。

 

防人としての翼でもなく、歌姫としての翼でもない。

1人の少女である翼で、居られた。

 

「…ほら、これ奏が食べたいって言ってたケーキ。覚えてる?ライブの時間が間に合わないって言うのに奏が食べたいって騒いでたあれ、奏あの店のケーキは絶対に人気になるって言ってたけど、それ当たってたよ。このケーキ買うのに結構並んじゃった」

 

位牌の前に置かれたのは1つの小さなケーキ。

奏の誕生日を祝う為に購入した品だ。

保冷剤を入れていたのだろう、この暑さの中でも少しひんやりと冷えているそれを、翼は位牌の前に置く。

決して食べられる事のない位牌の前に、置く。

 

「…今日は何の話をしよう?立花の話はもうしたから…嗚呼、雪音の話をしよう。聞いてよ奏、私にも可愛い後輩が出来たんだよ。少し口の悪い子だけど――」

 

誰もいない部屋の中で翼はただ1人語る。

位牌を相手に、ただ語る。

部屋と向き合う事を知った弦十郎の手配のおかげでこの建物の中で唯一冷房類が生きているこの部屋の中は涼しい。

その心地よい涼しさが翼の口を促す。

もっと語ってもよいんだと、優しく促す。

 

どれだけの時間を語り続けただろう。

翼が気付いた時には、外はもう夕日は落ち、星空が空に浮かんでいた。

 

「…もう、帰らないと、だね」

 

翼は名残惜し気に立ち上がろうとする。

だが、不意に体のバランスが僅かに揺らぐ。

どうしたのだろうか、と僅かに戸惑う翼だったが、嗚呼と理解する。

昨日の歌姫としての仕事、今日の休日を得る為とは言え、少しばかり無理な組み方をしていた。

その疲れが今来たのだとすぐに分かった。

 

「…ちょっとだけ」

 

翼は2人で良く座ったソファに腰かけて少しだけと目をつむる。

ほんの少しだけ休んだら帰ろう、と静かに目をつむる。

そうして訪れた沈黙の世界。

1人の少女の静かな寝息だけが鳴る部屋で―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、翼」

 

―――その姿を見た瞬間、嗚呼これは夢かと理解する。

何故なら貴女が其処にいるから。

手が届く所に、私の視界に、いるから。

その燃える様な赤い髪も、懐かしい瞳も、優しい顔も、

もう思い出の中でしか会えないという事を理解しているから、

だから、これは夢でしかないのだと理解させられた。

 

「あー…なんかあれだな、予想通りの反応っていうか…まあ、翼らしいっちゃ翼らしいか」

 

その反応に小さく微笑む。

嗚呼、奏だ、と安心の笑みが自然と浮かぶ。

これが夢だと理解していても、それでも奏とこうして向き合えるその喜びが嬉しくて…けれども、寂しかった。

所詮これは夢なのだと理解しているから、いつか終わりが来ると理解しているから。

そう思うと浮かべた笑みが崩れていく。

自然と力が抜けて、崩れていく。

そんな私を見て、奏はやれやれと首を横に振ると――――

 

いきなりだけど!!翼に言いたい事ベスト100スタート!!!!

 

―――なんか、突拍子もない事をいきなり始めた。

 

「え…あ、あの…か、かなで?」

 

「まず第1!!翼はもうちょい異性を警戒しろ!!翼は普通に美人なんだから何気ない動作1つで男を魅了してしまうんだからそこら辺要注意しろ!!てかアタシが男なら襲う!!絶対に襲う!!そして第2!!翼はもう少し掃除を覚えろ!!あれ全然改善してないっていうかむしろ悪化してるし!!緒川さんに頼りすぎずにもうちょい掃除するようにしろ!!んで第3に―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢がこんなに長いと感じたのは初めての経験だった。

奏は相も変わらず私に言いたい事ベスト100を続けている。

たまに数字が前後しておかしくなったりする所とかは、やっぱり奏だなと笑ってしまう。

同時に、理解していた。

この夢の終わり、それはこのベスト100を言い切る事で迎えるのだと。

そして、遂にそれは目前に迫っていた。

 

「―――てわけだ。さて、第100…ってもう最後か、意外と速かったな。正直まだ言いたい事とかもっとあるけど……まあ、仕方ないか」

 

「…うん、仕方ない、よね」

 

夢の中の奏もこれで終わりなのだと理解しているのだろう。

どことなく残念そうに、けれどもいつも通りの迷いのない笑みを浮かべて、最後の言いたい事を――口にする。

 

「――翼、無理だけはするな。お前は昔っから強がりで負けず嫌いだから、無理を1人で背負おうとする。けど、1人で背負うな。お前にはもうアタシ以外にも頼れる仲間がいるだろう?そいつらを頼れ。1人で背負おうとしないで一緒に背負う事を覚えろ。それが――アタシが最後に言いたかった言葉だ」

 

言葉の終わりと共に世界が揺れる。

夢の終わり、それを知らしめる様に揺れる中で、翼は奏と向き合う。

 

「…奏」

 

――本当は離れたくない。

永遠に夢の中にいても良い、それでも良いから奏の傍にいたい。

けれども…奏がそれを望んでいないのを理解しているから、本当の気持ちに蓋をする。

奏のいない現実、その辛さに耐えながらも、それでも生きる道を選ぶ。

それが、奏の望みだと知っているから―――

 

「…そんな顔するなよ、翼。これで永遠の別れってわけじゃないんだ。アタシはいつもお前を見守ってる。いつも、どこでも、見守ってる。例え翼から見えなくても、それでも傍にいる。だから…ずっと一緒だ。ツヴァイウイングは2人で1つ、だろ?」

 

奏の送り出す言葉に、翼は込み上げる涙をこらえて、笑みを浮かべる。

奏に心配させまいと、必死の笑顔で見送ろうとする。

そんな笑みに安心したのか、奏は背を見せて、去っていく。

光の向こうへと去っていこうとして、不意に足を止めると―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼、そうだった。翼、誕生日ケーキありがとな、美味しかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちの良い笑みで、そう言い残して夢は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

窓から差し込む朝日に、風鳴翼は目を覚ます。

幸せな夢を見ていたせいだろう、少しだけ眠るつもりだったのが、朝まで寝てしまった。

今日もスケジュールが埋まっており、やる事は多くある。

翼は眠気が残る目を擦りながら、片づけをする。

持ってきた私物を、そして机の上に置かれた位牌とケーキを取ろうとして―――

 

「----------え」

 

思わず零れた声が、静かな部屋に木霊する。

机の上にある光景が、そして夢の最後に聞いた言葉が、その声を零す。

けれども、翼は静かに笑みを浮かべると、後片付けを終えて部屋を後にしようとする。

 

 

 

 

 

 

 

机の上に置かれた空の皿と、《次はもっと大きいの頼むな》と書かれた机を残して――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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マリア誕生日!!

ねえさーん!!


 

 

「「「「「「マリア(さん)お誕生日おめでとう!!!!」」」」」」

 

「ありがとう…なんか慣れないわね、こうやって祝ってもらうなんて」

 

シャトーの一室、もはや誕生日の祝い事は此処でとなってしまったその部屋でマリアの誕生日パーティーは始まりを告げる。

響を始めとするS.O.N.G.の面々とアルカ・ノイズ達がマリアの誕生日を祝う。

 

「けど残念だったね響、キャロルちゃん達参加できなくて」

 

「そうだよね~、キャロルちゃん達と一緒にお祝いしたかったな~」

 

未来と響の言う通り、今回キャロルを始めとするシャトー勢力、そしてサンジェルマンを始めとするパヴァリア光明結社の面々はどうしても外せない用事があるので誕生日パーティーへの出席を断念しているのだ。

曰く南極に用事があるとか。

そんな所に何の用事だろうかと響は頭の片隅で何となく思ったが、すぐに忘れて目の前の誕生日パーティーを楽しみ始める。

 

並ぶ料理の数々、豪華な飾りつけ。

それらを楽しみながらもマリアの視線はとある人物を探し求めていた。

 

「(セレナ…?)」

 

そう、愛しい妹であるセレナの存在をだ。

キャロルから「あいつは連れてきても邪魔だから誕生日パーティーに参加させてやる」と残されたセレナだったが、その姿がどこにも見えないのだ。

祝い雰囲気の中、マリアの心に言いしれようのない不安が募る。

けれどもーー

 

「マリア…ね、姉さん、誕生日おめでとう」

 

背後から聞こえてきたその声に安堵する。

効き慣れた妹の声、その声に釣られる様に振り返り―――一瞬ん?と思った。

 

「…ど、どうしたのマリア姉さん?」

 

そこにいたのは確かにセレナだ。

その姿形も、声さえも間違いなくセレナだ。

だが、何だろう…

何故か《違和感》を感じる。

 

「…セレナ、よね?」

 

「そ、そうだよマリア姉さん。どうしたのそんな顔して?」

 

どこか焦った顔をする最愛の妹にマリアはん~…と唸る。

その唸りを前にセレナ―――いや、錬金術でその姿を誤魔化しているガリスは内心怒りを覚えていた。

 

「(なんでアタシがあんたなんかに最愛のマスターの真似っこなんてしないといけないのよ!!てか疑うな!!)」

 

内心愚痴りまくりながらもガリスはどうしてこうなったのかを思い出す。

そう、あれは数時間前の事―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ズビ…ズビビ…」

 

シャトーにあるセレナの私室。

そこでセレナは――真っ赤な顔でベットに横になっていた。

 

「…37,8…完全に風邪、ですね」

 

「…マスター冷えピタ、です」

 

「あはは☆まさか誕生日当日に風邪をひくなんてね~☆」

 

「無理もないよレア~☆マスター今回の誕生日の為に超無理してたかんね~そりゃ風邪もひくよ~☆」

 

「マスター…(´・ω・`)」

 

周囲を囲むシスターズから看護を受けるセレナ。

それをありがたいと思いながらも壁に立てかけられた時計を見る。

パーティー開始までもうさほどの時間がない。

この状態ではもうパーティー参加など夢のまた夢だろう。

その事実がセレナに暗い感情をもたらす。

 

大好きなマリア姉さんの誕生日、それを祝うためにセレナは準備してきた。

美味しい料理、豪華な飾りつけ、喜ぶだろうと用意したプレゼント。

後は誕生日パーティーの開始を迎えるだけ…そう思っていた矢先にこれだ。

自身が参加できないだけならばまだ良い。

だが、マリアがこの事実を知れば必ず此方へと来てしまうだろう。

そうなるとせっかくの誕生日が滅茶苦茶になってしまう。

それだけは…それだけは、許せなかった。

 

「マスターお待ちを、今医療班から薬をもらってきまーー」

 

そんなセレナの視線がガリスを見定める。

比較的体格はよく似ており、ほんの少しばかり身長は向こうの方が高いが、それでも十分に許容範囲。

 

「――ズババ、バビビ(ガリス、こっちへ)」

 

「は?え、何ですかマスター?」

 

主の呼びかけに何の疑いを持つことなく近寄るガリス。

そんなガリスへ向けて起動するは、錬金術。

 

「――は?」

 

困惑するガリスであったが、時遅く。

錬金術は要求されたプロセスを実行していく。

光がガリスを覆っていき、突然の行動に戸惑うシスターズをよそにセレナは錬金術を操作する。

時間にして数秒足らず、錬金術の輝きが消え去った後に残されたのは――セレナと全く同じ外見となったガリスの姿。

 

「は?え、ちょ」

 

自身の見た目が変わったことに驚き戸惑うガリス。

そんなガリスに鼻声交じりの声でセレナがお願いする。

 

《私の代わりにマリア姉さんを祝ってきてあげて》と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は戻る。

 

「(マスターの願いだから仕方なく我慢するけどなんでアタシがこいつの誕生日なんて祝わないといけないのよ!!こんな事するよりもアタシはマスターの看護がしたいんだっつの!!)」

 

内心毒を吐きまくりながら終始笑顔で接するガリス。

実際、ガリスは超がつくレベルでマリアが嫌いだ。

その理由等もあるのだが…そこは今は置いておこう。

とにもかくにも大っ嫌いな相手に笑顔で接し、誕生日を祝わないといけないという苦痛。

それをマスターの為だとひたすら耐えながら、ガリスはセレナとしてマリアの誕生日パーティーを祝っていた。

 

「セレナ!!お久しぶりデス!!最近あんまり会えなかったから寂しかったデスよ!!」

 

「切ちゃん走ったら危ないよ。久しぶりセレナ」

 

「お久しぶりです切歌さんに調さん。ええすみません最近忙しくて」

 

「セレナちゃん元気だった?体壊したりしてない?食事とか大丈夫?」

 

「未来お姉さんもお久しぶりです、ええ大丈夫ですよ」

 

パーティー会場内で話しかけられる度に終始《セレナ》を演じるガリス。

その演技力は見事で誰もその素性を疑う事さえしない。

シスターズの最古参にしてマスターへの忠誠愛が一番高いガリスならではこそだろう。

彼女にとって完璧な《セレナ》を演じる事など容易い事である。

 

「――――――――」

 

そんなガリスを静かに見つめるマリアだけが明るいパーティー会場に似つかない表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れましたね…」

 

パーティーは順調に終わりを迎えようとしていた。

プレゼントも渡し終え、後は適当な理由で抜け出せば―――

 

「ねえ、ちょっと良いかしら」

 

そんなガリスに声をかけてきたのは今日のパーティーの主賓であるマリア。

内心また来たよ、と愚痴りながらガリスは再度セレナを演じる。

 

「どうしましたマリア姉さん?何か用――――」

 

瞬間、マリアの姿はすぐそばまで迫っていた。

――己の身体で周囲からは見えない様にアガートラームの短剣を此方へと突き立てながら――

 

「―――これはどういう意味ですかマリア姉さん?」

 

一瞬《セレナ》の演技が崩れかけるが、何とか持ち直してそう言葉を向ける。

なれどマリアから返ってきた言葉に―――

 

「…どういう意味?それは――私の台詞よ《ガリス》。色々と聞きたい事があるから素直に此方が聞きたい事だけに返事をしなさい。さもないと…分かるわよね?」

 

――嗚呼、これ無理だわと諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セレナッ!!!!!」

 

「…え!?ま、マリア姉さん!!?」

 

やっと熱も下がり、鼻声も解消した頃にセレナの私室の扉を勢い良く開けて入ってきたマリアにセレナは驚愕する。

どうして、そう焦るセレナの視線はマリアの後ろで此方に向けて謝罪をするガリスの姿を捉える。

それだけで全てを理解した。

 

「熱が出てるって言うけど大丈夫なの?薬は?食欲はある?これ色々と持ってきてみたけど、リンゴは食べられる?それとも何かほかに食べたい物とかあるかしら?」

 

来訪するや否や口早に心配の言葉と無数の薬と果物を展開し始めるマリア。

そんなマリアにセレナは思わず言葉を漏らす。

 

「どうして分かったの?」と。

 

そんなセレナの言葉に、マリアは当たり前の様に――

 

「私がセレナを間違えるわけがないわよ。貴女は私の妹、妹を間違える姉がいるものですか」

 

当然でしょ、そう付け足した言葉に、セレナは笑ってしまう。

嗚呼、この人は――私のお姉ちゃんはこういう人だったなと、笑う。

 

「ちょ、どうして笑うのよセレナ」

 

「んーん、ごめんねマリア姉さん。心配かけちゃったね」

 

「これ位の心配可愛いものよ。セレナの為なら何でもするわよ私は」

 

「何でも?本当に?」

 

「う゛…え、ええ当然よ!!セレナの為ならなんだってやってあげるわよ!!」

 

「ふふ……ねえ、マリア姉さん」

 

「ん?どうしたのセレナ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お誕生日おめでとう」

 

「――ええ、ありがとう、セレナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲睦まじい2人はその後、2人だけで小さな誕生日パーティーを祝う。

小さなショートケーキと、持ってきた果物だけの食べ物で、

飾りつけなど一切してないセレナの部屋で、

誕生日プレゼントももうないけれど、

 

それでも、マリアにとってこの日一番嬉しい時間であった。

 

 

 



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第120話

《つまり…君はこう言いたいのかね?我々にテロリストの言葉を鵜呑みにして協力しろ、と》

 

《馬鹿げている!!我々にテロリストに屈しろと言うのか!!》

 

《月の落下が起きているのは間違いない事実。ですがそれを避ける為にテロリストに協力するのは如何なものかと…》

 

弦十郎は通信越しにいる男達――日本の政治を動かしている各大臣達を前に静かに歯ぎしりをする。

ナスターシャ博士が提案してきた協力要請。

それは、歌の力――フォニックゲインを以て月の軌道を修復させるという内容だった。

マリアの歌声を中心に世界全ての人々に協力してもらい、膨大なフォニックゲインを呼び起こす。

そのフォニックゲインを収束し、月に照射する事で月にある遺跡を再稼働し、機能を正常化して月の落下軌道を変更させる。

それがナスターシャが提案した月の落下を唯一防げるであろう作戦だった。

その為に必要な世界中の人々の協力。

弦十郎はその事実を政府に報告して協力を仰ごうとしたのだが……

 

「――ッ!確かに彼女達の行動は世界中に恐怖と混乱を生み出しました!!ですが彼女達の行動は全てこの星に住まう人々の為に――!!」

 

《それが嘘ではないと言う証拠はあるのかね!!》

 

《所詮はテロリスト。窮地を脱する為についた嘘と言う可能性は十分にあり得る》

 

《幸い月の落下までに若干のゆとりがあります。その間に他の作戦を考えるべきかと》

 

返ってきた答えがーーこれだ。

所詮はテロリストの話だと、まともに受け取ろうもしない。

現に月は落ちていると言うこの状況で、だ。

 

だが、弦十郎も彼等の言葉に反論できずにいた。

この国を支える大臣達は間違いなく優秀な人材達だ。

弦十郎とて彼らから多くを学び、多くを助けられている。

彼らの言う言葉も正論ではあるのは間違いない。

 

確かに、F.I.S.は世界から見れば単なるテロリストだ。

シンフォギアを使い、ノイズを操り、世界中に混乱と恐怖をもたらした。

それは変えようのない事実だ。

だが―――

 

「彼女達は今!!命を賭して戦っています!!この星の為!人々の為に!!共に月の落下を防ぐ為に戦っているのです!!ですからどうか………どうかその想いを受け止めてください!!」

 

弦十郎は頭を下げながら叫び、願う。

ナスターシャの命を賭しての願い、ドクターウェルの願望の為に使われ、そして今捨てられようとしている子供達の為にも、願う。

自身にできる最大限を以て、願った。

 

《…君の言い分も理解はできる。だが政府としてもテロリストに与したとなれば―――》

 

今後の外交問題に関わる、そう繋げようとした言葉を遮る様に通信に映し出された映像に黒いスーツ服の秘書らしき男が混ざり、耳元で何かを小声で話している。

時間にして数秒足らず、交わした言葉も多くはない、

けれど――

 

《――ッ!!》

 

それを聞き終えた時、大臣は一瞬だったが驚愕した様に表情を歪める。

それが何の意味があったのかは弦十郎には理解できない事だ。

だが、1つだけ分かるとすれば――

 

《…分かった。君の提案を受けよう》

 

それが彼らの意見を変える何かとなったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令!!どうでしたか!?」

 

政府との話し合いの為に留守にしていた弦十郎の帰還と同時に向けられた質問。

無理もない、その答えによっては準備していた全てが無駄となるのだから、聞きたくもなるだろう。

向けられる視線、それを受け止めながら弦十郎は――首を縦に振った。

 

「日本政府はこの作戦に全面協力すると約束した!!既に他国に対しても外交ルートを通して要請している!!作戦は決行可能だ!!」

 

弦十郎の報告に全員が喜びを露わにする。

通信機越しに聞いているナスターシャも今日初めて表情を和らげる。

歓喜に満ちた空間、けれどもその中で弦十郎だけは1人考えていた。

 

「(あれほど作戦に非協力的だった大臣達が一瞬で掌返し…いったいなにがあった)」

 

気になるのはあの時の内密話。

もしあれが原因と言うのであれば……その内容は、大臣達の気持ちが一瞬で切り替わる程のものだったという事になる。

ならばそれは何で――

 

「(《誰》が伝えてきたか…か)」

 

考えれば考える程気になるが…だが、今は置いておこう。

今最優先すべきは作戦の実行。

月の落下を防ぐ、それを果たさねばならない。

その為に動き始める二課とナスターシャ、だが不安の種はまだある。

 

「藤尭、彼女の調査はどうなっている」

 

それは今現在突如空から来襲してきた仮面の少女と交戦中の化物と化した暁切歌の調査。

藤尭が中心に二課の面々とナスターシャ、双方の協力で少しでも元に戻せるきっかけとなる情報を得られないかと調査をさせていた。

その言葉に藤尭は現段階で判明した情報を開示していく。

 

「ナスターシャ博士が提示してくれた敵装者暁切歌の情報とイガリマのデータ、そしてこれまでの戦闘データと此方が得た情報を解析して、1つだけ分かった事があります」

 

「…それは?」

 

藤尭が捜査する機器に映し出されたのは、1つの映像。

様々な機器を以て化物の解析し、得られた全てがそこにはあった。

藤尭がその中でも示したのは、1つの赤外線写真。

監視衛星から取ったであろうその写真には――

 

 

「――あの異形化は装者自身を変貌化させた物ではなく、ギアを強制的に変化させ、彼女をコアとして使う事で起動している一種の生態兵器の様な物だと言う事が分かりました」

 

 

まるで揺り籠で眠る子供の様に、化物の中心――人間で言う心臓辺りで膝を抱えて丸くなっている暁切歌らしき人影を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁッ!!!!」

 

《ガ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!》

 

唸る咆哮に立ち向かうは仮面の少女。

呼び出した黒い手が化物の動きを阻み、その隙を狙う様にセレナの腕に纏う黒い手――《黒い腕》と仮称するそれが振るわれる。

対する化物は自らが持つ6つの腕に防ごうとするが、それを黒い手が許さない。

ギチギチと音を上げながら縛り上げる黒い手によって動かない6つの腕。

その代わりにと言わんばかりに背中から延びる刃の触手が一斉に黒い腕へと襲い掛かる。

 

「―――ッ」

 

迫る触手、なれどセレナは怯まずに前へと進む。

その結果、刃の触手が次々と黒い腕へと突き刺さる。

1つ、2つ、3つ――

鋭利な刃を持つそれらが次々と黒い腕を突き刺し、切り、黒い腕を排除しようとする。

なれど、セレナの脚は止まらない。

近づく刃の触手を黒い腕で受け止め、黒い腕から逃れた触手には黒い手を呼び出して対応しながら、前へ前へと進み―――

 

「てりゃああああ!!!!」

 

――殴りつけた。

 

《ッ!!?ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!》

 

化物を襲う衝撃は並大抵のものではなく、襲う激痛に悲鳴に近い叫び声が鳴り響く。

しかしセレナの攻撃は止まらない。

黒い腕の一撃で飛ばされた化物へ駆ける。

敵の接近に気付いた化物は即座に起き上がろうとするが、それをセレナは許さない。

右手に生成したのは拳銃。

そこから発射された鏡の弾丸が直撃し、割れて黒い手を呼ぶ鏡面を作り上げる。

鏡面から生まれる黒い手が起き上がろうとする化物の動きを雁字搦めにして、封じる。

今度は背中の刃の触手もろとも全てを、だ。

 

「…………」

 

全身を縛り上げられ、もはや動く事さえも出来なくなった化物をセレナは見下ろす。

見下ろされた化物は、怒りを露わにする様に、吠える。

復讐の邪魔をするなと、吠える。

そんな化物に対し―――

 

黒い腕が顔面を殴った。

叫ぶなと、吠えるなと、煩いと、殴る。

何度も何度も何度も何度も――――

徹底的に、遠慮なく、躊躇なく、殴る。

 

「――――アハ」

 

飛び散る血しぶき、黒い腕を通して感じる殴った感触。

それらを感じながら、返り血で顔を赤く染めながら――セレナは笑う。

仮面越しでも分かる位に、禍々しく笑う。

 

「アハ…アハハ……」

 

セレナの胸に最初にあったのは、間違いなく怒りだった。

風鳴翼を、セレナの友達を傷つけた。

その怒りが彼女を戦わせた。

だが…そう、だがだ。

 

気付いたら、それは消えていた。

否、消えていた…と言う表現は違う。

《上塗り》されたのだ。

戦う最中でセレナの胸に込みあがった感情に―――

 

《胸が裂けそうなほどの嫌悪感》に、塗り替えられたのだ。

 

「アハハ…アハハハハ!!!!」

 

殴る殴る殴る。

胸の奥底から込み上げる感情に、目の前の存在に対する嫌悪感に従って、殴る。

殺せと、殺してしまえと、《何か》が言うままに拳を振るう。

 

「アハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

 

――気づいたら、化物の声は消えていた。

振るった拳を止めてみると、気絶しているのだろうか。

黒い腕の拳を受け止め続けた顔は既に元の形をしておらず、血と肉が混ざった変貌したものと化している。

それを見ても、セレナの胸中にあるのはただ――満足感だった。

目の前の嫌悪感を排除できている、その事実に興奮する満足感。

それに身を震わせながら、セレナの視線は――化物の心臓辺りを見る。

 

「―――」

 

《そこ》だと理解した。

あそこにある、あそこにあるのだと理解した。

黒い腕を伸ばす、ゆっくりと伸ばす。

もうすぐ……そう、もうすぐだ。

もうすぐ、もうすぐで――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《トリモドセル》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風鳴翼はただ見ていた。

一方的な虐殺を、戦いと呼ぶにはあまりにも残虐なそれを、

圧倒的力の差を、どこかあの死神との戦いを連想させるそれを、

そして、それを前にして―――

 

「やめろぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

風鳴翼は、剣を抜かずにはいられなかった。

 

 




セレナ ―――――――カウント 1


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第121話

 

――《それ》は偶然だった。

仮面の少女の意識が化物への止めを刺さんとしている状態で、

多くの黒い手はその化物の動きを封じ、残りの黒い手も仮面の少女から離れている状態で、

この場において仮面の少女の味方が誰もいない状態で、

誰が、風鳴翼の刃を止められただろうか。

 

「―――ッ!!」

 

迫る刃の存在に気が付いた時、もう遅かった。

それを防ぐ術はない、それを躱す術はない。

どうやっても、どうしても、それは間違いなく命中する偶然に愛された絶対の一撃。

故に――故に、どうしようもなかったのだ。

 

 

 

 

 

―――《ドウシヨウモ、ナカッタノダ》―――

 

 

 

 

 

「―――か―――は――ぁ」

 

風鳴翼は己の口から零れた《それ》に驚愕するしかなかった。

赤い、赤い血液。

それが流れる、口から、流れる。

ゆっくりと、翼の視線は下を向く。

下を、下を向いて―――腹部を突き破る黒い手を見た。

その先端に剣を生成し、背中から腹部を貫く黒い手を、見た。

 

「-----------------------え?」

 

それを仮面の少女は――セレナは呆然と見る。

目の前の出来事が理解できないと、ただ呆然と流れ落ちる赤い血液を、見る。

深々と突き刺さった黒い手、それがゆっくりと引き抜かれる。

肉を抉り、血を流しながら、黒い手は風鳴翼の腹部から抜け―――その穴から大量の血が流れ落ちた。

 

「――――え?――は―――え?」

 

――黒い手の判断は即座に、そして尚且つこの場において最も正しい選択を下した。

風鳴翼の一撃は躱せない、防げない。

このままでは主に危害が及んでしまう。

拘束する?いや、間に合わない。

主を守る?いや、間に合わない。

ではどうすればその危害を無くせるか?

どうすれば主を守れるか?

――簡単だ、あまりにも簡単で単純な答えだ。

 

 

――その一撃が届くより先に対象を始末してしまえばよい――

 

 

誰も殺しては行けない、そう命じられてはいた。

だが、主の安全と主からの命令。

そのどちらを優先すべきかは、黒い手にとって明白だった。

それがもたらした答えが―――これだ。

 

「―――つ、つば―――」

 

零れ落ちたのは彼女の名前。

目の前で血を流し、ふらふらと覚束ない足取りで立つ彼女の名前。

それが途中で止まったのは、ある意味僥倖だったのかもしれない。

恐らくそれを言い切ってしまえば、風鳴翼は感づいたやもしれない。

仮面の少女の正体に、仮面に隠された顔に、気付いたやもしれない。

けれども―――

 

空を仰ぎ見る様に倒れた彼女に、その可能性は無くなった。

 

「――――」

 

黒い手の一撃は完璧だった――完璧する程に完璧だった。

その一撃は的確に急所を狙い穿っていた。

完璧すぎる程に、人間と言う生命体を殺すのに最も適した場所を貫いた。

故に、風鳴翼は倒れる。

フロンティアを赤く染める様に、腹部から大量の血液を流し、倒れる。

 

「――――ぁ」

 

先程まで化物に感じていた嫌悪感も興奮も、消え去った。

仮面の少女に――セレナに残されていたのはたった1つ、たった1つの感情だけ。

――《絶望》ただそれだけだった。

 

「ぁ……ぁ……」

 

歪む、歪む、歪む。

少女の顔が恐怖と絶望で歪む。

目の前の惨状に、望んでいなかった光景に歪み、そして―――

 

 

ぁぁ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッッッ!!!!!!

 

 

――少女の心は砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《精神に大規模な負荷を感知しました》

 

《理由選定――特定》

 

《対処方法――特定》

 

《対処条件――特定》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《此より機能の一時全開放を以て《セレナ》の敵の排除を執り行います》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――♪!!」

 

二課、そして日本政府の協力により全国に中継されたマリアの歌声。

それを聞きながらも月の落下を防ぐ為に奮闘するナスターシャの表情は暗かった。

 

「…やはり、ですか」

 

歌声と共に発生するフォニックゲインを示す数値はあまりにも少なく、とてもではないがこの程度では月の遺跡の再稼働などできる筈もない。

日本政府からの要請で各国はこの作戦に協力してくれているが……人々の協力が得られていない証拠だった。

 

………予測していた事ではあった。

所詮私達は世界から見ればテロリスト。

そんなテロリストの言葉を鵜呑みにして協力するとは到底思えず、二課と各国の協力を受けられた事だけでも奇跡に近い出来事だ。

現にこの状況だ。

テロリストに協力しようと言う人は………共に歌声を奏でる人は少なく、フォニックゲインは集まらないこの現状こそその証拠だ。

自らが生み出してしまった事態だと理解している。

だがこのままでは……月の落下を防ぐ事が――出来ない。

 

「…自らが犯した過ちの結果…ですね」

 

自らが進んだ道、その過ちに今更気づきながらも、ナスターシャは考える。

どうにかこの状況を打破する策を、人々の協力を得られる策を、考える。

思考を止めてはいけないと、必死に考える。

考えて考えて考えて―――

 

 

《それ》は聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あんた誰よ」

 

ガリスは静かに氷の刃を生成し目の前に立つ月読調に――否、月読調の内部にいる《誰か》に刃を向ける。

下手な動きをすれば命はない、と言わんばかりに。

それを前に調は…調の姿をした誰かはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて―――

 

「…大方予想はついているのだろう?」

 

「…ええ、まあね」

 

恐らくキャロル陣営においてキャロルの次に《彼女》を知っているのはガリスだろう。

マスターの事を知る為に独自に多くの事を調べ、そして行き着いた情報に幾度も出てきたその名前を、ガリスはつぶやく。

 

「――《フィーネ》でしょ、あんた」

 

「正解だオートスコアラー」

 

――その返答と同時にガリスの氷の刃が調の――フィーネの首元に突き立てられる。

明確な殺意を以て、突き立てられる。

ガリスは知っている。

この女のせいで歪んでしまった主の過去を、その末路を、シスターズの中で唯一知っている。

それ故に許せなかった。

この手で殺してやりたい、そう幾度も願っていた。

この女がいなければマスターは……と。

その好機が、今ここにある。

故に、躊躇する理由などある筈もなかった。

 

「…殺すか、私を」

 

「ええ、殺すわ。貴女は知らないだろうけど……貴女私に嫌われてるのよ?殺したくなる程に」

 

交わした短いやりとり。

それが終わると同時にガリスの刃が彼女の首を断ち切ろうとして―――

 

 

 

《それ》が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!――はぁはぁ――!!」

 

マリアは今奏でる事が出来る最大限で歌声を奏でた。

人々に届けと、私に力を貸してくれと、歌った。

けれども―――月の落下は依然として…続いていた。

 

「…ッ!」

 

その事実にマリアは力なく床に座り込んでしまう。

この歌で人を救いたい、そう願った歌声は無力でしかなかったのだと思い知らされたからだ。

 

「…私の歌は誰の命も救えないの…ッ」

 

中継されている、そう理解しながらもマリアは己の口から零れる弱音を止められなかった。

それほどまでに彼女の心は弱まっていたのだ。

理想の否定、家族の暴走、それが彼女の心を追い込み、弱めていた。

もはや立ち上がる気力を無くす程に―――

 

「セレナ…ッわたしは……ッ」

 

零れ落ちる涙。

それを拭う者は誰もいない。

1人涙を流す彼女はただ無力な己を嘆き―――

 

 

 

《それ》を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハ…アハハハハ!!!!!」

 

ドクターウェルは歓喜する。

両手を広げ、掲げ、そして笑う。

込み上げる衝動に身を任せて、笑って笑って――目の前の光景に歓喜する。

 

「嗚呼――嗚呼!!遂に来てくれた!!!!!!!」

 

まるで狂信者の様に、男は目の前に君臨した《それ》を。

黒い球体を突き破って生まれた《それ》を、見上げ、そして喜び―――

 

 

《それ》を拝聴した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴り響く産声、

知る者が聞けば恐怖する声、

それが鳴り響く、戦場にーーフロンティアに鳴り響く。

それが指し示すのはただ一つ

 

 

――今此処に《死神》は蘇った――

 

 

 



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第122話

 

「――そうか」

 

鎌倉にある風鳴の屋敷。

その一室にて風鳴一族の長であり、この国を裏から支配していると言っても過言ではない男《風鳴訃堂》は二課に潜入させている手駒からの報告を聞き終えると、通信を切り、目の前の暗がりに視線を向ける。

 

「…《あれ》の出現もお主の想定通りか」

 

そして問う。

暗がりへ向けて、風鳴訃堂以外誰も入る事が叶わない部屋の中へ向けて、誰も答える人などいる筈もないと言うのに、問う。

なれど―――

 

「いえ、あれの出現は予定外……ではありますが、嬉しい誤算とも言える結果でもありますね」

 

その暗がりから返事を返しながら姿を現したのは――アダム・ヴァイスハウプト。

パヴァリア光明結社統制局長であり、錬金術師でもある男の突然の登場に、風鳴訃堂は驚きもせず、ただ睨みつける様にその男を見据える。

 

「…《あれ》の二度目の出現の予定は当分先だった筈だが?」

 

言葉と共に向けられる鋭い眼差しはさながら野生の獣の視線と言えば良いだろう。

見られるだけで感じる圧倒的な圧。

そこらの人間であれば睨まれるだけで良くて気絶、最悪命を絶ってしまえそうな程にその圧は重い。

 

「(齢100を超えて《これ》とは…いやはや、敵に回したくないものだねぇ…)」

 

その姿は、まさに鬼人とでも呼ぶべきだろう。

恐らく今この瞬間でさえこの男は一切油断していない。

アダムが下手な動きをすれば、即座に戦いの火蓋が切って落とされるだろう。

無論、アダムが全力で事に当たれば《負けはしない》だろう。

だが、《勝てもしない》。

この男の――風鳴訃堂の全力とぶつかる、それはそう言った類の結果しかもたらさない不毛なものだ。

だからこそ、アダム・ヴァイスハウプトはこの男を選んだのだ。

 

「ご安心をミスターフドウ。確かに《彼女》の二度目の出現は想定外ではありますが、計画全体から見れば誤差の範囲です。むしろ此度の出現により計画を何段階か前倒しに出来る可能性さえあります。ですからどうかご安心を。貴方様の望まれるこの国を守護する絶対の力は必ず手に入ります、ボクと貴方が共に歩む限り、ね」

 

――己の夢を、人類の相互理解を阻むバラルの呪詛を解き放ち、この星の支配者を《神》から人へと譲る、それを叶える為に――アダム・ヴァイスハウプトは風鳴訃堂を同盟相手に選んだのだ。

 

男は望む、愛する人類の発展とこの星の未来を。

男は望む、男が愛してやまないこの国を害する全てからこの国を守る絶対なる護国の力を。

故に2人は手を結びあう。

互いに互いが望むものを持ち、そしてアダムがもたらした《計画》の先にある《未来》を得る為に、

錬金術師と護国の鬼は、誰にも知られない同盟を結んだのだ。

 

 

「――どうかご静観ください。お互いにとって悪くない結果がきっとでますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の《死神》出現と死神がもたらした被害。

それは二課に――いや国際社会に十分に危険視される程の結果をもたらした。

今や《死神》は世界中から恐れられる生物災害と言っても過言ではない。

だからこそ、国連は二課から得た死神のデータを参考にある《システム》を作り上げた。

 

《code D》

 

死神から観測されたエネルギー量、生体反応、その他諸々を機械に記憶させ、同様の反応を感知したら即座にアラートが鳴り響く単純なシステムだ。

単純に言えば、対死神警報システムとでも呼べば良いだろう。

国連をはじめ、各国はすぐにこれを兵器群に搭載した。

死神を倒す為――ではない。

死神を避ける為に、だ。

あの絶望に、あの力に抗っても待つのは死だと、誰もが理解しているからだ。

そして今、そのアラートは――二課に鳴り響く。

 

「《codeD》発令!!フロンティアに《死神》出現!!」

 

その報告が二課に鳴り響いた時、誰もが驚愕し、そして恐れた。

あの化物の再来を、装者達に徹底的な敗北をもたらし、二課を恐怖に染め上げた死神の出現に恐怖した。

それも最も最悪なタイミングでの登場と来た。

 

「――ッ!!全世界への中継映像を止めろ!!あれの存在が人々に知られればパニックになる――」

 

「ダメです!!既に中継を通して《死神》の存在が人々の目に!!」

 

藤尭の言葉を証明する様に既に人々は突然の雄たけびと同時に映し出された《死神》の存在に困惑しているのが各国からの映像を通して伝わってくる。

なんて事だ、弦十郎は苦虫を嚙み潰したよう表情を歪ませる。

どうして今――この星の運命が決まるであろうこの状況で出てきた、と。

 

《――あれが、《死神》》

 

通信を通してナスターシャもまたその存在に驚愕する。

見ているだけでおぞましく、それでいて何故か目が離せない謎の魅力を持つ存在。

それがフロンティアに降臨する。

最も最悪なタイミングで、降臨してしまった。

 

「――ッ!!装者達の位置は!!?」

 

「クリスさんはナスターシャ教授の護衛を継続中!!響ちゃんと翼さんは《死神》出現と同時に発生した電波障害で位置特定が出来ず、連絡も取れません!!例の仮面の少女の位置もまた不明です!!」

 

――最悪だと、そう思うしかできなかった。

弦十郎は思わず映像越しに移る《死神》を睨みつける。

どうして今なのかと、どうしてこのタイミングで姿を現すのかと。

もはや人々は恐怖している。

あの存在に、あの死神に、

もはや、歌声を以て協力する余裕などないだろう。

 

「――くそったれ!!」

 

月の遺跡を再起動させる、その為に各国が協力してくれた計画は――破綻してしまった。

これでは月の落下を防ぐ事などできもしない。

最悪だ、最悪の一言しかない状況だ。

 

「(どうする…どうすればよい…どうすればこの状況を打破できる…ッ!!)」

 

幸い死神はまだ攻撃を始めていない。

攻撃が始まるまでの僅かだが、時間はある。

その間に考えるんだ。

この状況を打破する作戦を、この窮地を脱する事が出来る作戦を。

頭の回転を止めるな、考えろ考えるんだ……ッ!

何か……何かある筈だ――ある筈なんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《――相変わらずね弦十郎さんは》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それは《彼女》の声ではない。

けれども、聞こえてきたその声に弦十郎は俯いていた顔を上げる。

懐かしい感覚に、少し前まで頼り切ってしまっていた彼女を思い出すその口調に、顔を上げる。

そこに映っていたのは―――

 

 

《――久しぶりね》

 

 

《彼女》専用に残されていた通信ライン。

それを以て通話してきたのは――致命傷を負い、この世を去ったはずの月読調。

それが通信してきている、その事実に騒ぐ二課の面々の中で――弦十郎はまさか、と声を漏らす。

ありえないと、だが、と。

そしてぽつりと、その名を呟いた。

 

 

 

 

「……了子、くん」

 

《――ええ。私よ》

 

 

 

 

 

月読調の口から出た言葉に誰しもが驚愕する。

あの戦いで二課が打ち倒した相手の出現に、それまでずっと共にやってきた仲間の出現に、

誰しもが驚きを隠せなかった。

 

「…本当に、了子くんなのか」

 

弦十郎とてその1人だ。

隠しきれない感情を胸に何とか言葉を出す。

必死に、失ってしまった人へ向けての言葉を出す。

それを調は――いや、了子は何とも言えない面持ちで聞いていたが、それを絶つ様に――

 

 

 

 

 

《――再会に喜びたい気持ちも分からなくはないけど、今は少しでも時間が惜しい。あなた達を騙してきた私が言うのもなんだけれど…協力してほしいの。《あれ》を止める為にも》

 

 

 

 

 

二課に協力を願い出た。

 

 

 

 




了子さん復活。


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第123話

アナザー調が可愛い
けど何だろう、どこか既知感を感じる…なんか結構昔のアニメに似たような子がいたような気が…んー……


 

《――協力、だと》

 

――弦十郎の何とも言えない表情と共に返ってきた返答。

その様子を前に調…いや、フィーネはやはりかと表情をわずかに歪ませる。

彼らの当然の反応を前に、歪ませる。

 

こうなると予想はしていた。

フィーネは…櫻井了子はそれだけの裏切りを彼らにしている。

己が願望を叶える為に彼らを利用し、そして捨てた。

徹底的に、容赦なく、捨てたのだ。

 

あの時の自分が間違えた判断をしていた、とは思わない。

その最後で彼等を信じる道こそ選んだが、それでもあの時の自分が選んだ道は間違いなく嘘偽りない本心の行動だった。

《あの人》に会いたい、ただそれだけの願いを叶える為に―――

 

だが、理由はどうあれ櫻井了子は彼らを裏切ったのだ。

そんな相手から今更協力しろ等と言われたら…この反応は当然だろう。

一度徹底的に裏切り、敵対した相手からの協力要請。

提案したフィーネ自身でさえも逆の立場なら絶対に了承なんてしないだろうと自覚していた。

だが、それでも――

 

「(《アレ》の存在を許してはいけない――ッ)」

 

フィーネの両目が《アレ》を見据える。

フロンティアに君臨し、今はただ立ち尽くしている《それ》を。

フィーネの記憶にとって最悪な記憶に映るその姿と全く同じそれを、見据える。

 

《アレ》が過去に見た存在と全く同一であるのならば――恐らくまだ《覚醒》には至っていない。

昆虫で言えば、幼虫から蛹に成り代わろうとしている時期だろう。

ならば、まだ対処しうる策はある。

その為にも、彼らの――二課の協力が絶対に必要なのだ。

 

だからこそフィーネは提案を口にしようとする。

彼らが知りえない技術や知識、情報。

二課に存在さえ隠していた聖遺物の在処。

彼らが知らない未知の敵の存在。

フィーネが持ちうる彼らの利益となる全て、これを対価に協力させる。

これならば彼等も協力せざるを得ないだろう、と。

その想いで言葉を紡ごうとする。

だがそんな想いは―――

 

 

 

 

《――了解した了子君!!俺達は君に全力で協力しよう!!》

 

 

 

 

――通信機から聞こえる効き慣れた男の声によって阻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《―――弦十郎くん、提案した私が言うのもアレだけど…本気なの?》

 

「本気に決まってる!!むしろ俺から頼みたい…了子君!!俺達に力を貸してほしい!!》

 

二課の司令である弦十郎の言葉に二課の面々は多種多様な反応を見せる。

納得する者、仕方がないなと呆れる者、驚愕する者。

多くの反応を見せる二課の面々だったが、その中で1人の男が立ち上がる。

その表情に――怒りを見せながら。

 

「司令!!流石にそれは承諾できませんッ!!彼女が起こした事件をお忘れになったのですか!!」

 

男の名前は五十嵐。

二課に所属してまだ日の浅い彼には恋人がいた。

ほぼ同時期に二課に所属した女性職人、その仲は良好で婚約もさほどの時間を必要としないだろうと誰もが噂をしていた。

けれども――その彼女は今、二課にいない。

 

櫻井了子――フィーネが引き起こした《ルナアタック事件》

その事件の最中で彼女は重傷を負い、今もなお病院で治療を受けているのだ。

回復の見込みこそあるが、それには多くの時間と治療による苦痛を耐えねばならず、今こうしている間も彼女はベットの上でその痛みに耐えながら奮闘している。

そんな彼女を精一杯支えているこの男からすれば――彼女に怪我を負わせた張本人に協力する等あり得ないのだ。

 

「私は反対です!!彼女の力を借りずとも状況を打破できます!!ルナアタック事件を乗り越えた私達ならッ!!」

 

五十嵐の言葉に数名の職員が同意を示す。

その誰もがルナアタック事件で五十嵐同様に大事な人や物を失いかけた者ばかり。

五十嵐の気持ちを理解し、そしてフィーネに敵意以上の感情を持つ者が弦十郎の言葉に反発する。

 

「そ、そうですよ!!」

 

「フィーネに協力するなんて…は、反対です!!」

 

そしてルナアタック事件後に二課に配属された者達もそれに続く。

無理もない、櫻井了子と共に過ごした時間を持たない彼らからすればフィーネは《敵》でしかないのだ。

そんな敵からの誘いに、五十嵐の言葉が合わされば――彼等が反対へと回るのは必然だろう。

 

「おいお前ら落ち着けって!!」

 

その中で櫻井了子を知る者達――藤尭や友里、緒川と言った二課の中心メンバー達は五十嵐の言葉に乗って反対へと回った職員に落ち着く様に声をかけていく。

彼等とて完全に賛成、と言うわけではない。

フィーネの言葉に何かしらの裏があると疑っているのでは?と問われれば、NOとは言えない。

また騙そうとしているのでは、言う可能性さえ疑っている。

けれども―――

 

 

 

 

 

 

 

全員聞けッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

――鳴り響いた弦十郎の叫びが騒ぎを一瞬で消し去る。

そしてその場の誰もが弦十郎に視線を向ける。

二課の司令であり、この場を仕切る男に、視線を向ける。

疑い、怒り、困惑、様々な感情を持った視線を向けられながら――弦十郎は語り始める。

 

「…確かに了子くんは一度俺達を裏切った。その中で多くの仲間が傷つき、倒れたのも俺は知っている」

 

「でしたらッ!!」

 

「だがッ!!!!…だが、だ。あの裏切りの中で俺は了子くんの不器用な優しさが残っていたのも、知っている」

 

――やさしさ?

その単語の意味が理解できないと困惑する五十嵐であったが、それを補足する様に弦十郎の傍に立つ緒川が続く。

 

「…ルナアタック事件において多くの被害が出たのは知っての通りですが…大勢の負傷者を出した一方で死者がゼロである事が最近の再調査で判明しました」

 

緒川の調査結果を示す様に次々と調査データが表示されていく。

それを見ると、確かに死傷者がいない。

複数の警察官や自衛隊がノイズとの交戦で負傷こそしているが、それでも命を失うまでには至っていない。

更にはノイズとの交戦で負傷した自衛隊員や警察官からの調査内容に本人からの証言として《ノイズは自分が持っていた武器へ対して集中的に攻撃を行い、武器を破壊され戦闘継続が不可能になると彼等は自分を無視して去っていた》と書かれてる。

そしてあの場においてノイズを指揮出来たのは――ただ1人。

 

《……………》

 

その調査報告を聞きながら、フィーネは沈黙を保っていた。

賛同するわけでも反発するわけでもない。

ただ黙って沈黙を維持し、様子見に徹する。

 

「…俺とて了子くんを疑ってないのかと言われたら、そうだとは言い切れない。もしかしたら何か企んでいるのやもしれない。もしかしたら俺達を騙そうとしているのかもしれない。二課の司令としてその可能性を捨てきれていないと言うのも、また事実だ」

 

弦十郎の言葉に五十嵐は追及しない。

ただ黙って彼の話を、二課の司令である風鳴弦十郎の言葉に耳を傾ける。

怒りも何もかも一時忘れて、ただ話を聞く。

 

「――だが、それでも俺は信じたい。二課の司令である前に、1人の男として、風鳴弦十郎は彼女を信じたい。確かに俺達は一度彼女に裏切られた。だが、その全てが嘘だったとは思えない。櫻井了子として、共に二課の仲間として過ごしたあの時間で培われた絆を、俺は信じたい」

 

――弦十郎は言いたい事は言ったと言葉を終える。

その後に待つ反応がどんなものであるのか、それを頭の片隅で考えながら、ただ沈黙し、反応を待つ。

更なる反発が起きるだろうか、それとももう付いていけるかと出ていくだろうか。

けれども、どんな反応であろうともそれを受け止めよう。

司令として、そして1人の男として言いたいことを言い切った者として、その結果を受け止めよう。

その想いでただ黙って待った。

皆の反応を、皆の答えを、

そして―――

 

 

 

 

「―――はぁ…仕方ない、ですね」

 

「ええ、仕方ない、わね」

 

「ええ仕方ない、ですね」

 

 

 

 

聞こえてきたその声を皮切りに――二課が再び動き始める。

全員が持ち場に付きなおし、各々の仕事へと戻っていく。

その場に反対する者はおらず、その場に文句を言う者はおらず、

全員が己の役目を全うせんとする二課のいつもの光景がそこにあった。

 

「……お前たち」

 

「全く仕方ないですね、あんなに惚気られたらやるしかないじゃないですか」

 

「1人の男として(キリッ)…いいわね、あんなの一度言われてみたいわ」

 

「僕で良ければ言いましょうか?」

 

「「「「是非とも!!(女性職員一同の叫び)」」」」

 

いつもの二課の雰囲気に戻ったそこで、ただ1人だけ残っていた男――五十嵐。

彼はただ1人残り、そして画面に映るフィーネを見据えると

 

「…1つだけ貴女にお願いがあります」

 

《…何かしら?》

 

 

「今回の事件が解決したら、必ず彼女の治療を手伝ってあげてください。悔しいですが、貴女の医療技術を上回る医者を私は知りませんから」

 

《―――ええ、約束するわ》

 

 

五十嵐の願いにそう答えると、彼は満足げに自分の定位置へと戻っていく。

彼がいつもの位置へと戻り、そして弦十郎の視界にはいつもの二課が戻ってくる。

いつもの二課、いつもの頼りがいのある仲間たち。

弦十郎は思う、俺は間違いなく――――

 

 

 

 

 

 

「では了子くん、俺達はどうした良い」

 

 

 

 

 

――最高の仲間に巡り合えた。

 

 

 

 

 

 

 



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立花響誕生日

イエーイ間に合ったッ!!
びっきー誕生日おめでとう!!
あ、今回ダブル響です。



 

9月13日

そう――立花響の誕生日である。

無論祝い事好きなS.O.N.G.面々は今日の為に時間を用意し、誕生日パーティーの準備をしていた。

豪華な料理、盛大に飾り付けされた会場(シャトー)、用意された誕生日プレゼント。

何もかも準備万端で後はサプライズと言う形で何も知らない彼女が会場に来ればパーティーの始まり……と言う状態になっていた。

 

「わくわく♪」

 

さてそんな状況下で我等が主人公であるセレナは込み上げる感情を抑えきれずに笑顔で手に持つクラッカーを握り締めていた。

これまで過ごしてきた誕生日において、こういったサプライズ式と言うやり方を経験した事のない彼女からすれば仕方のない事でもあるだろう。

その姿はどこか大人じみた雰囲気を醸し出ているいつもの姿ではなく、年相応の子供らしい微笑み溢れる愛らしい姿である。

 

そんな彼女をほっこりとした顔で眺めるのはガリス。

今日のサプライズを練習したい、そう願われ何度もその身にクラッカーを浴びた彼女からすれば遂にその想いが報われるのだとただほっこりとした顔で眺めていた。

…決してやっとあのサプライズ練習の日々から解放されるのが嬉しいと言う話ではない。

サプライズの練習、と言う事なので日頃の何気ない時間に毎回毎回パンパン鳴らされて決して少し憂鬱な気分になどなっていない。

断じて、ない。(大事な事なのでry)

 

そうこうしていると、部屋に近づく足音が1つ聞こえた。

S.O.N.G.の面々もシャトーの面々も揃っているこの状況でこの部屋に向かって来ているとなれば、それはもう1人しかいないだろう。

全員の表情に僅かながら緊張が生まれる。

あと少し、あと少しと待ちながら部屋の扉が開くのを待ち、そしてーーー

 

 

 

「「「「「誕生日おめでとーーーー?」」」」」

 

「……ん?」

 

 

 

ーー扉から現れた人物に全員が首を傾げた。

確かにそこにいたのは間違いなく《立花響》だ。

その姿形も、その雰囲気も間違いなく彼女だ。

だけどーー何か違う。

何故か目の前にいる彼女を《立花響》だと思えないのだ。

言い表せない奇妙な感覚、それに全員が困惑している中でーーー

 

 

 

 

 

 

「あー!!待って待ってってば《私》!!」

 

 

 

 

 

ーー扉から《もう1人の立花響》が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なるほど」

 

立花響ーー此方の面々が知る彼女からの説明を一通り聞き終えた弦十郎はとりあえず理解だけはした。

彼女曰く、昨日了子くんにとある実験に付き合ってほしいと頼まれ、彼女はそれを了承。

実験内容としてはとある聖遺物の起動実験であり、立花響は万が一の為の護衛としてその実験に付き合う事になっていた。

だが、その実験は過去幾度も行われており、その度にこれと言った事件や事故も起きなかったので安全性は保証されている様なもので何事もなく終わる筈………だった。

 

だが、実験の最中に起きた些細なトラブルが発生した。

トラブル自体は些細なものだったのだが、その影響で聖遺物が軽度の暴走を引き起こし、それを止めようとした彼女は聖遺物から漏れだしたエネルギーに包まれーー次に目覚めた時には《彼女》が居たのだ。

 

「………?なに?」

 

言葉少なくそう語ったのは《もう1人の立花響》。

彼等の知る彼女とは違ったその反応に誰もが困惑するが、当の本人からすればそんなものどうでもいいと机に並べられた料理をパクパクと食していく。

……こう言った所を見るとやはり彼女もまた立花響なのだとその場の全員が理解する。

 

「それで了子くんは何と?」

 

「えっと……なんか難しい事色々言ってましたけど………」

 

響が理解できた範囲での必死な説明を聞く限り、どうやら彼女は聖遺物から漏れだしたエネルギーによってこの世界に引寄せられた《別の立花響》らしい。

所謂並行世界の立花響と言う事だ。

ただ聖遺物の起動実験に用いたエネルギーはさほどの量ではなく、漏れだしたエネルギーはそれを更に減らした量。

そこから逆算しーー恐らく彼女が此方の世界に居られるのは精々1日程度だろうと了子もさほど事態を重く見ずにそう言ったらしい。

彼女曰く、聖遺物の実験にこれ位のトラブルは良くある事らしい。

ーーただまあ、その実験自体をS.O.N.G.のトップである弦十郎はこの場で初めて知ったのだが………

 

「と、とにかく!今日1日だけだけど、もう1人の私をよろしくお願いします!!」

 

「………は?いやなにあんた。私のなんなの?母親気取りなの?」

 

「がーん!!あーん私が冷たいよー!!もっと仲良くしよーよー」

 

「引っ付くな、うざい」

 

立花響と立花響。

同じ顔をしているけれど、その性格は真逆の二人が戯れるのを見ているとかなり複雑だ。

並行世界の立花響、姿形こそそっくりだがその中身は全くと言って良い程に違う。

その姿を見ているとその場にいる面々は何となく思った。

自分の並行世界の姿ってどんな感じだろう、と。

そんな想いに悩む面々を無視する様に立花響(並行世界)は食事を食べる。

 

「(…なんか、変な感じ)」

 

目覚めた時、彼女は既にこの世界にいた。

…《元の世界》の記憶を無くして。

性格に言えばちぐはぐに、と言う感じだろう。

分かる事と分からない事の割合で言えば、分からない方が多いと言った具合にだ。

櫻井了子曰く、恐らく強制的にこの世界に存在を引っ張られてしまった影響だろう、と。

あくまで仮説ではあるが、元の世界に戻った際にその記憶も戻るだろうから安心してこの世界での時間を楽しみになさい、そう言われてこのパーティーに参加している。

例え並行世界の存在でも、今日は《立花響》の誕生日なんだから、と。

 

「…ふん」

 

机に並んだ料理に手を伸ばしながら考える。

失われた記憶、それを思い出そうとしても叶わないが、1つだけ分かる事がある。

――何か悲しい出来事があった、と。

とても大事な何か、それを失ってしまった…記憶を思い出そうとするとそんな感覚に襲われ、そして――異常なまでの殺意が胸に湧き上がる。

 

何かを倒さないといけない、何かをこの世から殲滅しなければならない。

そんな怒りと殺意が異様なまでに湧き上がる。

こんな事をしている時間はないと思わせるくらいに。

 

「(…そうだよ)」

 

こんな事をしている時間などないのだ。

1分1秒でも早くあの世界に戻らないといけない。

そこにいる敵を、立花響(わたし)から大事なものを奪い取った存在をこの手で――!!

 

 

 

 

 

 

「…ねえ、ちょっと良いかな?」

 

 

 

 

 

――聴こえてきた声に立花響の身体が無意識に反応する。

こっそりと逃げ出そうとしていた脚が止まり、ゆっくりとその声に引き寄せられる様に顔が動く。

そして、見た。

《彼女》を、胸の奥が張り裂けそうになる程感情を揺らがせる《彼女》を見たのだ。

 

「えっと…響って呼んでも良いかな?」

 

「――ッ……別に、どうとでも呼べば良い」

 

目の前でそう微笑む彼女を見ると、様々な感情が胸の中のかき乱す。

嬉しい、寂しい、会いたくない、会いたい。

反発する感情に胸をかき乱されながらも立花響は冷静に、そして冷酷に答える。

その姿を見ているとかき乱される感情、けれどもその奥で理解していたのだ。

 

《立花響》が求めている《彼女》は目の前の《彼女》ではない、と。

 

だから冷酷に、そして冷たくあしらおうとする。

《彼女》ではないと理解しながらも、けれども無意識に求めてしまいそうになる《彼女》を阻もうとして。

 

「……それで?何の用。私あんまり関わり合いとかしたくないんだけど」

 

言葉に棘を含ませ冷たく引き離そうとする。

関わるなと、関わらないでくれと。

そう願いを込めて言葉を紡ぐ。

なれどその願いは―――

 

 

 

 

 

「――良ければだけど、お話しない?」

 

 

 

 

彼女の笑顔の提案を前にあっけなく崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!?そっちの響って成績良いの!?」

 

「……ん、まあ、ね。時間だけはあるから…」

 

会場の隅、そこで2人は語り合っていた。

最初はあしらおうとした響だったが、彼女の――小日向未来の強い押しを前に折れると覚えている範囲でのあちらでの生活を語った。

此方の世界と同じくリディアンに通っている事。

成績は毎回上位をキープしている事。

猫が好きな事。

余計な事まで話している、そう自覚しながらも口が止められなかった。

目の前にいる未来に対して、何故か響は止める事が出来なかった。

全てを語りつくしたい、そう思いながら話慣れてないであろう口調で必死に語る響を、未来は笑顔で微笑みながら聞いていた。

ずっとこのまま話していたい、そう思いながらも話を続けて―――《その時》が来た。

 

「―――あ」

 

ふと、何気なく己の手を見て察した。

薄れていく己の手を見て、嗚呼終わりが来たんだなと察した。

 

「――ッ」

 

その姿を見て未来は慌てて他のみんなを呼ぼうとしたが、それを響が止める。

これで良いんだと、優しく止めたのだ。

 

「……うん、なんかスッキリした。ありがとね」

 

立花響の言葉に嘘偽りはない。

最初はあしらおうとしていたのに、冷たく突き放そうとしていたのに、

話をしているといつの間にか救われた思いをしている自分に気付いた。

《彼女》ではない、そう理解しながらも、救われた想いで一杯になっていたのだ。

 

「…響」

 

「…違うよ、貴女の《響》はあっち。私は…貴女の響じゃないから」

 

薄れていく身体、薄れていく心。

意識が段々と薄れていくのを感じ取りながら――ふと思い出す。

自らの世界での出来事を、自らの過去を、思い出して――そして小さく笑う。

嗚呼、何だと。

《私》が救われた思いをしていたのは――あっちの《未来》は、私のひだまりはもういないからなんだ。

嗚呼、何だそうだったのかと笑う。

救えなかった過去を、そしてその原因を作った敵を――《ノイズ》を思い出す。

そうだったと、私がやるべき事を――この胸の怒りの正体を思い出す。

 

そして同時に理解した。

あちらに戻ると同時にこの記憶は消える。

また孤立した日々を、ノイズを倒す為だけに拳を振るう日々へと戻るのだと。

だからこそ、せめて―――

 

「……ねえ未来、1つだけお願いしても良い?」

 

「――ッ!…うん、何かな?」

 

貴女ではなく未来、そう呼んだ響を前に思わず驚いてしまいながらも未来は問う。

お願いの内容は何かと、聞く。

一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇しながらも、立花響は口を開く。

この世界に《立花響》がいた証を残す様に、そして今日のこんな奇跡をかなえてくれた世界に恩返しする様に、一つの願いを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「…《こっちの立花響》をよろしく」

 

 

 

 

 

 

自分の世界では叶わなかった現実を、けれどもこちらの世界では叶っている夢を、未来に託す。

どうか《私》を1人にしないでくれと。

その願いを前に未来は――

 

 

 

 

 

 

「――うん、任せて。響は私が守るから」

 

 

 

 

 

その願いを受け止める。

彼女のいた世界を知るわけでもなく、彼女の言葉に込められた思いを知るわけでもない。

けれども受けなければならないと思った。

彼女の願いを、受け止めなくては――報われないと《何かが》そう思わせたのだ。

 

願いを託した者、願いを受け止めた者。

2人は静かに見つめあいながら、そして終わりの時を迎える。

消える立花響に、未来は最後に届けと必死の思いで叫ぶ。

聴こえてくれと、届いてくれと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《響》!!!!誕生日おめでとう!!!!いつか…いつか絶対にまた会いに行くから!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が届いたのかは誰にもわからない。

届いたとしても、あちらに戻った彼女はこの記憶を忘れている。

だから届いたとしても意味はないのかもしれない。

けれども、小日向未来は確かに見たのだ。

消えゆく最後に―――こっちの響と同じ様なお日様の笑顔を、確かに見たのだ。

 

 

 

 




無理やりXDにつなげた…ふへへこれでフラグがつながったぜ…(白目)


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第124話

XD新OPを見て一言…
セレナのあの角度は反則だと思う。
うん、あれはいけないって…可愛いが過ぎるって…
あと大人セレナとか最高なんですけど、いやXD神げーですわいやマジで…
ありがとうシンフォギア!!


 

「――ふぅ」

 

二課との協力体制による作戦会議、それを終えた了子は静かに安堵する様に息を吐く。

元々断られて当然の話だった。

一度手痛く裏切った相手からの協力要請、そんなもの叶う筈のない話だった。

だからこそ了子は二課が利益になるであろうあらゆる物や情報を提供する事でその無理を通そうとしていた。

それなのに……

 

「……もう、本当にあの人は……」

 

弦十郎の言葉が何度も頭の中に響く。

司令としては最悪の言葉、けれども1人の男としては最高の言葉。

そんな言葉が頭の中に響く度にフィーネの…櫻井了子の胸中にある感情が揺れる。

もう何百…何千年と忘れていたあの感情を、想うだけで暖かく優しい気持ちになれるそれに、櫻井了子は静かに笑みを浮かべて―――

 

 

「惚気話は終わったかしら」

 

 

――聴こえてきたのは、冷たい声。

一切の感情を含まずに発せられたであろうその声によって現実に引き戻されたフィーネは《彼女》を見る。

彼女の視線の先に映る――不機嫌そうな1体の人形を。

 

《オートスコアラー》

錬金術師が戦力の一つとして作り上げるその人形をフィーネは知っていた。

その人形達の詳細を、その主を、知っていた。

己の計画を阻む《敵》となるやもしれぬからと調べていたのだ。

恐らく、彼女はほとんどを知っている。

キャロル・マールス・ディーンハイムが企む世界を壊す計画を、

アダム・ヴァイスハウプトが企む計画も、知っている。

だが、そんな彼女でも――目の前に立つ人形については一切の情報を持っていない。

 

――まあ、無理もない話ではある。

ガリスを始めとするシスターズが作られたのは、彼女が引き起こしたルナアタック事件後だ。

魂として月読調の中にこそいたが、そこから得られる情報では限りがある。

だからフィーネがガリスを知らないのは仕方がない話だ。

 

「…ええ、終わったわ。貴女が我慢してくれたおかげでね」

 

「それは良かったわ。正直言うとその首吹き飛ばしてやろうかって何回も考えたけど」

 

ガリスは笑顔で敵意を隠そうとさえせずにそう語る。

実際その手にある氷の刃で幾度その首を断ち切ってやろうかと悩んでたりしている。

けれども抑え、我慢した。

マスターの過去を歪めたフィーネを始末する事を耐えて見せたのだ。

それは――――

 

 

 

「それで…本当なんでしょうね?あんたに協力したら《アレ》から無事にマスターを救って見せるって話」

 

「…安心しなさい、嘘は言わないわ」

 

 

 

――フィーネが提案したその条件があったからだ。

《アレ》が出現した際にガリスは思わず口走ってしまったのだ。

《マスター》と。

《アレ》を知り、その中身を知るガリスが口走ってしまった1つの言葉。

その一言がフィーネに1つの提案を作り上げたのだ。

己の――いや、肉体である月読調の命を守る為に、そして《アレ》を封じる為に、フィーネは提案を口にした。

 

《《アレ》の中にいるお前のマスターとやらを助けてやる、その代わりに協力しろ》と。

 

その条件を前にガリスは悩んだ。

以前はマスターのマスター…キャロルがいたからこそどうにか解決へと至った。

だが、今は彼女はいないし、自分が出てきた時の状況を踏まえて考慮すると、援軍として姿を現す可能性ははっきり言ってゼロに近い。

そうなればどうやってマスターを救う?

ガリスの今の身体はあくまで予備躯体。

その戦闘能力は半減している上に、前の時みたいに他のシスターズやオートスコアラー達はいない。

たった1人で《アレ》と闘い、マスターを救う。

果たしてそれは――可能か?

 

「――――ッ」

 

ガリスに搭載された人工知能は即座に回答を提示する。

《無理》だと。

どれだけ足掻いても、どれだけの奇跡が加算されても、待っている結末はガリスの死のみ。

恐らくこの計算が覆る事は――ないだろう。

 

だからこそガリスは悩んだ。

己の命が惜しい為ではない。

マスターと誓った《約束》があるからだ。

あの約束がある以上、ガリスはマスターであるセレナより先に死ぬ事を絶対に禁じられている。

 

約束したのだ、彼女と。

全てを1人で背負いこみ、自身の犠牲で他人を救う事しか出来ない不器用な彼女と約束したのだ。

《先に死なない》と。

だからガリスは―――目の前にいるマスターの過去を歪ませた張本人からの提案を受けたのだ。

マスターを救う為に、マスターとの約束を守る為に。

 

「――方法は」

 

彼女へ向けた言葉にガリスは感情を現さない。

現してしまえば、零れてしまいそうになるからだ。

マスターの為に受け入れたとはいえ、彼女に対する敵意、殺意が消えたわけではない。

心の奥底へ一時的に封じ込める、それで何とか耐えているのだ。

だから今、彼女に対して感情を向けてしまえばその封じ込めた感情がこぼれてしまう。

――無意識に殺めてしまいかねない程に。

 

「方法はあるわ、ただしその為にはまだ準備と時間が必要なの」

 

自然とガリスは問おうとする。

その時間とやらはどうやって稼ぐのかと。

だが、それは言葉にはならない。

何故ならば、気付いたからだ。

この女が自身にさせようとしている事がどんな事なのかを理解してしまったからだ。

 

「――ほんと、アタシあんた嫌いだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《―――――――――――――》

 

《死神》

そう呼ばれ人々に恐怖を巻き散らしている存在は――降り立った状態のまま動かずにいた。

その姿に《死神》を知る者は困惑する。

どうして行動を始めないのかと、どうしてあの時の様な攻撃をしないのかと。

誰しもが困惑し、ただその存在を見つめていた。

 

――それが嵐の前の静けさだと誰しもが理解しながら、見つめていた。

 

《―――――――――》

 

《死神》は沈黙の中で、《それ》を選定していた。

このフロンティアに集まった様々な勢力。

二課、F.I.S.、米国、国連。

その全てを見て、観察し、そして決断を下していく。

 

《どれが《セレナ》の敵であるのか》を。

 

どれを破壊し、どれを殺し、どれを生かすか。

その判断が次々と《死神》の中で出来上がっていく。

生かす者、殺す者、そのリストを頭の中で構築しながら、《死神》は待つ。

選定の終わりを、そして彼女が心の安らぎを得る為の戦いの火蓋が切って落とされるのを待っていた。

 

「―――ぁ―――ッ」

 

選定をする《死神》のから少し離れた場所に《彼女》はいた。

《風鳴翼》。

仮面の少女の暴走を止めんとし、黒い手によって命を奪われた―――筈だった。

小さく、本当に小さくだが風鳴翼は荒い呼吸を繰り返している。

送り込まれる酸素が体内を巡り、臓器を活動させている。

――そう、生きているのだ。

黒い手によって的確に急所を貫かれた筈の彼女だったが、生きているのだ。

 

――ただし、その終わりは近いと言う条件を付けて、だが。

 

「…(不味いな…そろそろ…………)」

 

風鳴翼が僅かに命を伸ばす事に成功したのは、やはり彼女が歴戦の強者である事に起因する。

背後と言う死角から迫る黒い手。

その存在にギリギリの段階で気づけた彼女は必死に身を捻り、急所を貫かれると言う事態を回避出来た。

だが、胸元に風穴が出来たと言う事実に変わりはない。

そこから零れる血液、そして臓器。

それが流れ落ちる度に翼は、己の身体が冷たくなっていくのを感じ取りながら、何とか命を繋いでいた。

 

しかし彼女の命の灯が燃え尽きるのは目前であるのは誰の目にも明らか。

そんな彼女を救う事が出来る人はこの場に―――いる。

いるが、決してその人は彼女に手を刺し伸ばす事はないだろう。

それも当然だ、その人物と言うのは――

 

「嗚呼嗚呼!!素晴らしい…素晴らしいですよ!!それでこそ僕の英雄!!!!やはり英雄と言うのは貴女の様な神々しく、そして絶対頂点の存在でなければならないんだ!!あは――アハハハハ!!!!」

 

――この男、ドクターウェルだからだ。

狂信者の様にただ《死神》を崇拝している彼には、風鳴翼の存在などどうでもいい些細な存在でしかない。

敵も味方も計画も何も今の彼にはない。

ただ目の前に君臨した己が思い描く理想通りの《英雄》

その出現に感極まり、涙を流しながら狂った様に笑みを浮かべていた。

 

故に風鳴翼に残された選択肢は1つ。

救援を呼ぶ、ただそれだけしかない。

その為に必要な通信機は所持している。

だが…それを起動させるだけの体力がもはや彼女にはない。

それを実行するにはあまりにも多くの血を流しすぎたのだ。

普段ならば何事もなく動かせていた指先1つさえも、今ではほんの僅かでさえも動かせない始末だ。

 

結果、彼女が救援を呼ぶ事は叶わない。

助ける人もおらず、救援も呼べない。

…もはや彼女に救いの道はないだろう。

風鳴翼に残された唯一の道、それは――死への一方通行しかなかった。

 

「(…奏…私……せいいっぱい……生きれたかな…?)」

 

思い出す記憶、そのほとんどを埋めるのはツヴァイウイングとして共に同じ道を駆けてきた親友であり、家族であり、風鳴翼にとって全てであった1人の女性。

そんな彼女が――奏がいるあちらへ行ける。

それは以前の自分が心のどこかで臨んでいた事。

奏を奪ったノイズに対して復讐を果たさんと戦いに明け暮れていた日々の中で心の奥底で確かに《それ》は存在していた。

 

《死んでしまえば奏に会える》と。

 

ノイズを相手に負ける、それはこの国を守る防人としては絶対に許されない失態。

なれど思う、思ってしまう。

たった1人でいくら倒しても姿を現す彼等との永遠と思える戦いの日々の中で、もしも負けてしまえば楽になるのでは?と幾度も思ってしまった。

こんな辛い日々から解放される、死んでしまった奏に会える。

そんな自殺願望としか表現しようのない感情に何度誘惑されただろう。

幾度剣を置いてこの身を死へと導こうと思い描いただろう。

 

そして今、それが起きようとしている。

風鳴翼の身体はこのまま何もせずにいるだけで生命活動を停止するだろう。

死の誘惑が全身を支配し、力を抜いていく。

このまま楽になれと、そうしたら《彼女》に会えるぞ、と。

聴こえる誘惑、それはあまりにも甘美で魅力的で、逆らう事さえ愚かだと思ってしまう位だ。

 

――ならばどうして、と翼は思う。

どうして私の身体はそんな誘惑を跳ね除けようとしているのだろうか。

どうして私の身体はもう力さえ入らないと言うのに動き、藻掻こうとしているのだろうか。

どうして私の身体は聞こえる子守唄を無視しているのだろうか。

 

――どうして私は、生きようとしているのだろうか。

 

死ねば会えると言うのに、大好きな彼女と会えると言うのに、

叶えたかった願望なのだろう?望んでいた結末だったのだろう?

ならば何故足掻く?何故受け入れない?

 

だからこそ自問する。

どうして死を受け入れないのか。

どうして醜く足掻いて生きようとするのか。

それを問う、己の心に問う。

何故、どうして、と。

そして―――呆気なく答えは出た。

 

「(………嗚呼…そうか……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――風鳴翼は生きたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きな歌をもっと歌いたい。

歌でもっと多くの人達と繋がっていきたい。

もっと立花や雪音と共に毎日を過ごしたい。

もっと、もっと、もっと――風鳴翼は生きていたい。

だからこそ足掻く、だからこそ藻掻く。

醜くても、笑い物にされても、それでも生きたい。

風鳴翼は、まだ生きていたい。

 

「(…ごめん…奏)」

 

心の中できっとあちらで待っていてくれている大好きな彼女に謝る。

そちらにはまだいけないと静かに謝る。

けどその代わりに翼は約束した。

風鳴翼は絶対に長生きをしてやると。

必死に必死に生きて生きて生き抜いて、そしてあっちに行った時に語りつくしてやるのだ。

風鳴翼の生きた人生を、風鳴翼の歌の物語を、

 

だから翼は天に向けて手を伸ばす。

生きたいと願って、死にたくないと願って、

誰かに掴んで欲しいと願って、伸ばす。

願いを込めて必死に伸ばす。

どうか、誰か、と。

そして―――

 

 

 

「―――全く、仕方ないなぁ翼は」

 

 

 

その願いを受け止める様に、懐かしい声と共に手を包む暖かい感触がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――《死神》の選定が静かに終わりを迎える。

《彼女》に害成す敵の特定は終わったのだ。

今から始まるのはそんな敵の始末だけ。

恐らくそれは戦いにもならない一方的な殺戮となるだろう。

 

《死神》の目がまず眼下を見下ろす。

彼女によって地に伏している《化物》を見下ろす。

ダメージを多く受けた影響だろう、《死神》に対し敵意こそ向けているがその身体が動く様子はない。

なれど、この化物がこの場において僅かにでも危険率の高い《敵》であるのは明白。

 

――ならば殺そう。

 

《死神》の拳が構えられる。

ガングニールを使うまでもないと判断したのだろう。

純粋な力による殴殺、それこそがこの《化物》の最後に相応しいと判断したのだ。

構える《死神》、明白な殺意を前にしても敵意を向け続ける《化物》

数秒後に待つ結末がどんなものか、それは誰の目にも明らかだった。

 

「切歌ぁぁぁッ!!!!」

 

「――ッ」

 

家族の死をただ映像を通して見つめる事しか出来ないマリアは叫ぶ。

どうして私は大事な人を失ってしまうのかと嘆きながら。

 

愛しい家族の死、それを直視出来ないとナスターシャは目を背ける。

自身が犯してしまった罪、それがもたらしてしまった現実を嘆きながら。

 

そして《死神》の拳は振り下ろされ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

誰もが疑問を感じた。

どうして何も聞こえないのかと。

映像が途絶えたわけではない、何かしらの機器トラブルがあったわけではない。

時間が止まったわけでもない。

なのに、何も聞こえない。

拳が振り落とされる音も、命が壊される音も、聞こえない。

 

全員が映像を見る。

答えを知ろうと、何が起きたのかを確かめようと、映像に視線を向けて――《それ》を見た。

氷を、《死神》の拳を中心に周囲に柱を伸ばして凍る氷を、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《化物》を庇う様に、青いトライデントを握ったガリスが《死神》と対峙していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第125話

 

――その結論に至るまでにさほどの時間を必要としなかった。

あの場において戦闘能力がある人材。

フィーネの言う計画に必要不可欠な人材。

それを差し引いていき、最後にある条件を加えると結論が出てしまうからだ。

そう、最後の条件――フィーネにとって万が一の場合失っても良い人材と言う条件を、だ。

 

「…ああ、ほんっとうに最悪な気分」

 

異形と化し、暴走しているマスターに刃を向ける。

それだけで憂鬱な気分になると言うのに、極めつけは《こいつ》だ。

地面に倒れ伏す《化物》。

私からすればどうなっても構わない存在だが、フィーネ曰くこいつも計画に必要不可欠らしい。

なので仕方なく…本当に心底仕方なく庇った。

マスターに牙を向けた、その時点で数万回殺し尽くしても足りない位に嫌悪感と殺意を漲らせるこいつを、だ。

 

「……偶然を装って殺しても良いんじゃないかしら?こいつ」

 

《ダメに決まっているでしょ》

 

耳に掛けた通信機。

マスターから頂いている物とは異なるそれから聞こえる声にウンザリとする。

お前本当に地獄耳だなと。

 

「別に良いじゃない、アンタに必要でも私には欠片も必要じゃないもの」

 

《…そう、そこまで言うなら私は止めないわよ。ただし《アレ》に取り込まれている貴女のマスターとやらを助けると言う約束も反故にさせてもらうけど》

 

――くそばばぁめ。

彼女の語る脅し、それはガリスに逆らう気力を無くさせるのに十分過ぎる程に的確だった。

思いっきり聞こえる様に盛大に舌打ちをかましてやりながら、ガリスはトライデントを構える。

本来ならばその武器を捧げるべき御方に、己のマスターに、愛すべき家族に、向ける。

 

「(……マスター)」

 

自身の主に武器を向ける…それは本来あってはならない出来事だ。

この武器も、この身も、全てはマスターの為に捧げる。

その為に私は生まれてきたのだ。

オートスコアラーとしてマスターの敵を排除し、マスターを救う為に喜んでこの命を捨てる。

それこそが《私》に与えられた存在意義――だった。

 

なのにどうだろう。

目覚めた時に天使の様な笑顔で迎え入れてくれて、

この身には勿体ない程に暖かく、優しい時間を過ごさせてくれて、

その中であの人は多くのものをくれた。

多くの優しさを、多くの幸せを、勿体ない程たくさんくれた。

《兵器》としてではない、《家族》としての笑顔に満ち溢れた日常を、くれたのだ。

 

だからこそその御方に武器を向ける、その行為に躊躇がないと言えば嘘になる。

今すぐにトライデントを下ろしてしまいたい、そう思う気持ちの方が圧倒的に強く、無意識に体はその考えに従うとしている程だ。

だけど――その気持ちを封じてトライデントを向ける。

それが罪であると理解しながらも、ガリスは決意する。

例えこの身が罪に塗れようとも―――

 

 

 

 

「――絶対に貴女をお助けします、マスター」

 

 

 

 

――今此処に家族同士の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…始まった、か」

 

氷と破壊、2つの衝突が始まったのを見ながらフィーネは駆ける。

目標は1つ、風鳴翼の元へだ。

彼女の身に何が起きたのか、それは同調した月読調の記憶から理解している。

恐らく彼女は負傷…それもかなりの重傷を負っている筈だ。

それこそ命を失っても可笑しくないレベルの…致命傷レベルのをだ。

 

「急がないと…ッ」

 

今のフィーネであれば、命さえ無事であるのならば絶対に助ける事が出来る。

だからその命の灯が燃え尽きる前に急がねばと駆けだそうとするが、不意に起きた眩暈で足を止めざるを得なくなる。

 

「――ッもう、時間がない、わね」

 

フィーネが急ぐ理由は風鳴翼の命が危ういと言うだけではない。

――《フィーネ》の魂が《月読調》の魂を飲み込もうとしているのだ。

そう、櫻井了子の魂を飲み込んだ時の様に――

 

「…ッ必死に抵抗しても……これか…」

 

誓って言うがフィーネに月読調の魂を飲み込もうとしている意思はない。

むしろ今現在必死に魂の飲み込みに足掻いている程だ。

だが、フィーネと言う強大過ぎる存在の魂は、傷つき弱っている月読調の魂を無意識に飲み込んでしまいそうになっているのだ。

今はフィーネが精神面で抵抗し続けているおかげでギリギリのラインではあるが彼女の魂は無事ではある。

だが、少しでも気を抜いてしまえば月読調の魂は自然とフィーネの魂に飲み込まれてしまうだろう。

そこまで彼女の魂――精神は弱っている。

 

…無理もないだろう。

幼い彼女にはあまりにも多くの出来事が起きてしまった。

親友の異形化から始まり、友を救う為に奏でた絶唱。

多くの出来事を通して、肉体面でも精神面でも傷ついてしまった彼女は今非常に弱まっている。

……このまま彼女の身体にフィーネが残り続けたら、その先に待つのは――――

 

「…急がないと」

 

今の眩暈は恐らく月読調の魂がフィーネの魂に引き寄せられた事による影響だろう。

残された時間は少ない、だからこそその残された時間を最大限に活用せねばならない。

故に彼女は駆ける。

風鳴翼の元へ、その命を助ける為に。

 

駆けながらその視線は止まらずに周囲を見渡す。

どこかにいるはずの彼女を――風鳴翼を探して。

 

「どこ…どこなの…ッ!!」

 

残された時間が少ないと言うのもあるのだろう。

フィーネは自身が焦っていると理解しながらも、駆ける脚を止める事が出来ずにいた。

フロンティアは星間航行船として作られている。

多くの人を載せる事を想定された作りは自然と広大な規模を必要としてしまう。

この船本来の目的を考えるのであれば納得できる規模だが、今はその規模がフィーネを苦しめる。

 

月読調の魂、そして風鳴翼の命。

その双方を救わねばならない彼女は急ぐ。

速く、速くと駆けていき――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――♪」

 

 

 

 

 

 

――《それ》を聞いた。

人を誘う様な歌声を、聞き慣れた歌声を、けれどももう二度と聞こえる筈のない歌声を。

 

「…まさか……」

 

あり得ない、そう想いながらもフィーネは歌に引き寄せられる様に駆ける。

フィーネは…いや、櫻井了子はこの歌声の主を知っている。

自身が歪めてしまった子を、風鳴翼の親友であり家族であった子を、

大好きな歌と共にこの世を去った筈の、あの子を知っている。

 

 

 

あの子を――《天羽奏》を、知っている。

 

 

 

「――奏ちゃん!!」

 

思わず、思わずその名を口にしてしまった。

要る筈のない者の名を、けれど聴こえるその歌声の主の名を、

けれど、其処に彼女はいない。

 

 

 

 

 

 

その代わりにと言わんばかりに、乱雑な応急処置をされた風鳴翼だけを残して

 

 

 







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第126話

シンフォニアコラボにびっくりしている作者です。
懐かしいですねーシンフォニア。
作者販売開始すぐの頃にゲームキューブの方の買ってやりこんでました…
(後にPS2に切り替えましたけど…)
個人的に今回のコラボでやってほしいのは、あれですね。
調とプレセア、この2人の絡みが見てみたいです。


 

「…ぁ…れ?」

 

――目覚めると見覚えのある天井が未来を出迎えた。

記憶の中からその既知感を追いかけていき、そして此処が二課の医務室である事を思い出す。

どうして自分はこんな所で寝ているのだろうか?

そんな疑問を抱きながら寝ていたベットから起き上がろうとして――

 

「痛――ッ!?」

 

全身を襲う激痛に顔を歪めて思わずベットに倒れる。

とてもではないが動けない痛みに襲われながらどうしてこんな事になっているのかを思い出そうとして―――《それ》を思い出す。

 

「――――――ぁ」

 

マリアさんに助けてもらった事を。

彼女達のアジトに連れていかれ、そこであの男の人に《神獣鏡》を貰った事を。

そして――その力で響達と戦った事を、思い出す。

 

「――響は!?」

 

彼女の安否が気になり居ても立っても居られないと未来は立ち上がろうとする。

再度襲う痛みを噛み締めて耐えながら、近くにあった松葉杖を支えに何とか立ち上がり、そして外へと向かおうとして――もう1つ思い出した。

それは神獣鏡の光に飲み込まれる直前の記憶。

あの仮面の少女を見た最後を、欠けた仮面から見えたあの瞳を、思い出す。

――自分のもう1人の親友にそっくりな瞳を。

 

「……確かめないと」

 

響の安否、そして自身の中にある仮面の少女の正体の《仮説》。

この2つを確かめないといけない。

その為に未来は肉体の痛みを耐えながら前へと進む。

その先に待っているであろう答えを求めて、進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――確かにガリスの計算ではどう足掻いても《死神》に勝つ術はない。

例えそこにどんな奇跡が加算されてもこの計算が覆る事は決してないだろう。

だが、それはあくまで《勝利》を目指した場合の計算。

その目的を別の物に切り替えれば―――勝率は0ではなくなる。

 

「――――ッ!!」

 

風を切る音と共に迫るは巨腕。

純粋なる力を以て迫るその一撃は、直撃を許せば間違いなくガリスの華奢な身体は容易く砕け散るだろう。

それだけの威力を有している、一目見ただけで誰もがそう理解できる一撃を前にガリスは静かに後ろに飛びのくと同時に傍にあった水たまりを目視すると水たまりに変化が起きた。

コポコポと一瞬で多量の水泡が出ると、それらは水と言う液体から槍と言う個体へと変化する。

そしてそれは迫る巨腕に向けて一斉に発射された。

さながら弾丸の様な速度と軌道を以て放たれたそれらは巨腕に命中する。

しかしそれでも――巨腕は止まらない。

 

これが単なる人相手であれば、ガリスの水の槍は呆気なく貫いて見せただろうが…そうはならない。

巨腕に衝突していく槍はその努力も空しく振るわれる力を前に蹴散らされ、元の水となってその巨腕を濡らすだけとなる。

けれどその結果にガリスは満足そうに小さく笑うと巨腕を濡らした水を目視し、目視された水はガリスの視界を通して与えられた命令を忠実にこなし――一斉に凍り付いた。

 

《死神》は突然凍り付いた己の腕に驚愕すると同時に、凍り付いた重さが一気に己の腕に負担を掛ける。

ガリスを狙った一撃がバランスを崩し、あらぬ方向へと飛んでいくのを横目で確認しながらガリスは再度水の槍を生成しそれを発射しながら、内部時計にて戦闘開始からの時間を計測する。

 

「(20分21秒…)」

 

時間稼ぎ開始からまだそれだけしか経過していないのかと思わず歯ぎしりする。

ガリスのこの場での役目はフィーネが言う計画とやらを実行するまでの時間稼ぎにある。

稼げば稼ぐ程良いと言われてはいるが…

 

「(……そろそろ限界、ね)」

 

ガリスの能力は《視認した液体を自由に操る力》。

ガリスのコアである偽・聖遺物《トライデント》によって得られた能力であり、この能力がある限りガリスは水場においては間違いなくシスターズ最強である。

だが、それは逆を言えば水が無ければ能力が使えなくなると言うデメリットもあるのだ。

 

フロンティア上昇の際にあちこちに残された海水の水たまり。

ガリスはそれを利用する事で今まで戦っていたが、その水たまりも見える範囲ではもう数える程度しかない。

更には今のガリスは予備躯体で動いている状態。

その戦闘能力が半減している今の状態ではこれ以上は厳しいだろう。

故に限界が近い、そう判断した。

 

「…こんな時にあのくそ姉が居れば……」

 

ガリスの姉であるガリィ。

錬金術で水を作れる彼女さえいれば…とないものねだりをしてしまうが、そんな事をしている時間さえ惜しいと状況を確認しなおす。

残された水の数を踏まえて計算し、恐らくガリスが稼げる限界はあと数分程度。

その間にフィーネの言う計画が実行できる様になっている事を切に願いながら、ガリスは構える。

 

ガリスにとって幸いなのは《死神》がまだ本気を出していないと言う事だろう。

《ガングニール》

天羽奏が持っていた物と全く同じ見た目をしているこの槍がもたらした破壊の嵐。

それが振るわれれば最後、時間稼ぎさえも出来ないのだが、《死神》は何故かまだそれを使用しようとしていない。

所謂手加減状態であるのだが、今のガリスにはありがたい限りだ。

 

「(一応あの化物からは引き離しておいたし…後は稼げるだけ時間を稼いで―――)」

 

そう、思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!》

 

 

 

 

 

 

聴こえてきた咆哮にまさかとガリスは《死神》から視線を外して――《それ》を見た。

《死神》の背後から奇襲せんと跳躍し、6つの鎌を振り上げて迫る《化物》を。

それを見た瞬間舌打ちをしながらガリスは駆ける。

やっぱり殺しておけば良かったと思いながら、残された水でそれを防がんとして―――

 

 

 

 

 

 

「――させないッ!!」

 

 

 

 

 

 

――ガリスの行動より先に《化物》に迫る人物がいた。

だがそれでも《化物》は止まらない。

誰が邪魔しようが関係ない。

己の目的を、復讐を果たさんと目の前に立つ障害もろとも《死神》に襲い掛からんとその鎌を構えて―――

 

《――――――――ェ》

 

――止まった。

目の前に立つ《誰か》を認識した瞬間、止まった。

否、止まざるを得なかった。

何故なら知っていたからだ。

それが誰かを、知っていたからだ。

仲間で、親友で、家族で、

《暁切歌》がこの世で最も失いたくなくて、けれども失ってしまった筈の人物。

その名前は――――

 

 

 

 

 

《――――シ―――ラ―――ベ?》

 

 

 

 

 

《月読調》

暁切歌にとって誰よりも大事な人が、其処にいた。

 

 




調ちゃん復活


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第127話

仕事が忙しい…更新遅くなって本当にごめんなさい…
セレナぁぁ癒してぁぁ!!


 

――時間は少し遡る――

 

「――これで、よし」

 

この数分間でやっと安堵出来たとフィーネは安息の息をつく。

目の前で眠るは風鳴翼。

その身体を貫いた穴は綺麗に塞がり、唯一気掛かりであった血液量も無事に必要量を再生する事が出来た。

…ハッキリ言って彼女の状態は危険極まりなかった、

あと少し遅ければ間違いなく救う事も出来ず、そして普通の治療では到底間に合うはずもなかっただろう。

だが、今のフィーネには《それ》があった。

 

――ルナアタック事件にてその身と融合を果たした完全聖遺物《ネフシュタンの鎧》が―――

 

「…まさか、これがまだあるなんてね…」

 

《無限の再生能力》と言う特性を持つ《ネフシュタンの鎧》

完全なる破壊状態からでも再生を可能とするこの鎧は、ルナアタック事件の最後に起きた戦いにおいて、フィーネは融合症例第1号である立花響から得た情報を元に自身の身体との融合に成功。

その再生能力と力を以て二課本部を強襲し、二課が保有していた《デュランダル》を奪取。

《ネフシュタンの鎧》《デュランダル》《ソロモンの杖》

この3つの聖遺物を以て二課の装者と激しい戦闘を繰り広げて――彼女は負けた。

その際にデュランダル、ネフシュタンの鎧は破壊され、もうこの世には残っていない筈……だった。

 

だが、失われた筈のネフシュタンの鎧は此処にある。

魂だけとなったフィーネに、その特性は引き継がれていた。

何故残っているのか、その理由はフィーネ自身でも解明出来ない。

しかし、その事実が風鳴翼を救う一手となったのは間違いないだろう。

 

フィーネはネフシュタンの鎧が持つ無限の再生能力を治療へ利用したのだ。

けれどもその治療法は決して完璧なものではない。

実験も検証も済ませていない上に、聖遺物と言う未知の力に頼った治療法だ。

副作用や治療自体の危険性があるのではないか、と問われれば否定はできない。

だが、それでも実行するしかなかった。

目の前で失われようとしている命を救うには、それしかなかった。

 

「――我ながら無茶をしたわね」

 

幸い、現段階において副作用や拒絶反応と言ったものは起きていない。

この様子であれば、少し寝かせてあげて体力が回復したらもう動けるだろう。

可能であれば治療設備が整った場所に移動させてあげたいが、そうはいかない。

彼女にはまだ役目がある、装者として…歌を力に変える事が出来る彼女の力が――

 

「…………」

 

静かに呼吸を繰り返す翼を尻目に、フィーネは手に握る《それ》に目を向ける。

ネフシュタンの鎧の無限の再生能力を使った治療法を施す際に剥がした応急処置の痕。

血液を吸い取り真っ赤に染まった状態になっているが……それでもフィーネには《それ》が何であるのかを理解できた。

 

「…どうしてこれが……」

 

昔…それこそ二課にまだ戦力となるのが2人の少女しかいなかった時代。

当時2人はどうしても戦場で負傷を負う事が多かった。

ノイズとの戦い、市民の避難、戦闘のアクシデント。

多種多様の理由が彼女達に傷を作り、傷だらけで帰還する事も多々あった。

結果、怪我を負ってから時間が経過した傷口はどうしても残ってしまう事が多かった。

2人は戦う事こそが使命なのだからとさほど気にしていなかったが…そんな2人を見かねたのが弦十郎だった。

 

装者である前に歌姫、歌姫である前に女の子。

まだ若い彼女達の肌に傷を残してはいけない、と櫻井了子と話し合いを繰り返した結果――櫻井了子が処方した薬入りの緊急応急処置セットが完成した。

天才である彼女が処方した薬は少ない荷物であるのにも関わらず、抜群の効果を発揮した。

少ない荷物で確実な効果。

これには2人も気に入り、以降の戦闘において2人はずっとこれを所持していた。

櫻井了子がこの緊急応急処置セットを作ったのは後にも先にもこの2つだけだ。

 

――それが翼に使われていたのだ。

彼女自身が持っていた物ではない、治療の際に未使用で所持していたのを見つけている。

2つしかない緊急応急処置セット、そしてその片方は使われていない。

だったら…答えは1つしかないだろう。

 

「……あり得ない…わね」

 

先程聴こえた歌声がそう思わせたのだろう。

浮かび上がる可能性、浮かび上がる姿を自ら否定する。

彼女はもういないのだからと、否定し…けれども手に握る《それ》がその否定を揺らがせる。

もしや、と言う希望を抱いてしまう。

 

「…そうよあり得ないわ…だってあの子は…―――ッ!!!!」

 

無意識に零れる否定の言葉。

そんな言葉を阻んだのは激しい頭痛だった。

その痛みが何を意味しているのか、即座に理解する。

もう時間がないのだと。

 

「――ッ想像より…早いわね……ッ」

 

想定ではもう少し時間が得られる筈だった。

だが、その想定は崩されたとみて間違いないだろう。

このままフィーネが《月読調》の身体を支配すれば、彼女の強大な魂が月読調の魂を吸収し、融合を果たしてしまうだろう。

そうなれば…間違いなく《月読調》と言う存在は消えてなくなってしまう。

…それだけは避けねばならなかった。

《アレ》を倒す為にも、そして――彼女達の未来の為にも。

 

「……本当は…もう少し居たかったけれど……」

 

浮かび上がる二課の仲間達。

賑やかで、楽しくて、自らの宿願を果たす事に迷いが生まれてしまった人達との時間。

その中でも一番会いたいと思ってしまうのが、《彼》だったりする自分に小さく笑ってしまう。

今でも《あの御方》に心を寄せているのに、それでも《彼》を求めてしまう自分に呆れて笑ってしまう。

笑って笑って、そして――覚悟を決める。

 

「……本当に、残念」

 

出来ればもう1度くらい会いたかったけれど…

そう小さく願いながら――フィーネは自らの意思で《月読調》の身体から自らの魂を切り離す。

これが唯一彼女の魂を助ける方法であると理解しているからこそ、その選択を選ぶ。

――その後の自分がどうなるか、なんて考えずに。

 

「(さて…どうなるかしらね)」

 

――正直な話、自分に《次》があるのか分からない。

フィーネの転生人生において今回のはイレギュラー中のイレギュラーだ。

これまで誰1人とて魂の融合を自らの意思で止めた事もなく、魂が完全に肉体に定着していない状態で力を使い過ぎる事も無かった。

必ず、その影響は出るだろう。

だからこそ、《次》があるかどうかがフィーネにもわからない。

新しい器で覚醒するかもしれない、もしかしたら永遠に覚醒する事なく漂うだけの存在となるかもしれない。

――もしかしたらこれが最後かもしれない。

 

――《あの御方》にもう1度出会う、その夢を叶える事が出来ないのかもしれない。

己の宿願である再会、それがもう叶わないかもしれない。

それはフィーネにとって身を引き裂かれる様な残酷な答えだ。

その想いに一切の揺れはない、そんな結末を想像するだけで涙が溢れそうになる。

 

…けれども、そう、けれども………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――頑張りなさい、かわいい子達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――不思議と、後悔はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――うん、頑張る」

 

託された想い、そしてフィーネの魂から授けられた彼女の《計画》

それを全て受け止め、彼女は駆ける。

他の誰でもない、この世界で一番守りたい人の元へ、

 

――大好きな切ちゃんを助ける、その想いで少女は駆ける。

 

 



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セレナ誕生日 2020

イエーイ
あ、今回大人セレナでますけど設定とか妄想しまくりですので……


 

今年もやってきました10月15日。

そう、この作品の主人公であるセレナの誕生日である。

無論、今年も誕生日パーティーの開催は決定であり、誰もがその準備に汗を流していた。

そんな中でセレナはーーー

 

「………えっと」

 

「………えーと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「貴女誰ですか?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、どうしてこうなる」

 

キャロルは眉間に皺を作りながら、目の前の光景に困惑し、戸惑う。

数百年を生きる錬金術師の感情をそれだけ揺すぶる原因となっている光景、それは――

 

「えっと…その…」

 

「そのーですね…」

 

――自らの弟子であるセレナが2人いると謎の光景にあった。

それも片方は大人の姿で、だ。

同一人物が2人いると言う事だけで困惑するのに片方は大人の姿でと来た。

これに困惑するな、と言う方が無理だろう。

 

「えーと、実はですね…」

 

そしてそんな状況を説明しだしたのは意外な事に大人の方のセレナ。

キャロル的にはどうせまた馬鹿弟子が馬鹿してこうなったのだろう、と言う位の認識であったのでこれには驚かされる。

大人のセレナ曰く、彼女が本来いた世界でとある実験が行われたらしい。

その詳しい説明は省くが、簡単に言えば並行世界関連らしい。

その実験の最中に起きた些細なトラブルによって視界を埋め尽くす光に襲われ――気づけば彼女は此処にいるらしい。

 

「…とりあえずだが、理解はした。それで?お前はどうやって戻るつもりだ?」

 

「あ、えっと、元々の実験内容は実験対象のネズミを数時間だけ並行世界へと飛ばす…と言う物で、恐らくトラブルによってその対象がネズミから私に切り替わってしまったと考えています。並行世界への転送が成功していると言うこの状況から推察する限り、実験自体は成功しているので…多分ですけれど、ネズミを回収する為の元居た世界へ転送開始するタイマー機能も無事に起動しているはずです。なので数時間後には自動的に戻れるかなぁ、と…」

 

大人セレナは冷静に説明をするが、内心では緊張していた。

無理もないだろう、何故なら目の前にいるのは――キャロル・マールス・ディーンハイム。

彼女のいた世界において最も名の高い錬金術師として知られている彼女は世界的にも有名人だ。

古来より存在する錬金術を現代錬金術として実用化させた現代錬金術開祖の錬金術師。

そんな彼女と語る機会などただの研究員であるセレナには1度たりともなかったと言うのに――それが目の前にいる。

彼女が並行世界に住まう人物で自分の知るキャロル・マールス・ディーンハイムとは別人だとは理解している。

だが、それでも興奮が抑えきれなかった。

あの、キャロルと会話が出来ている、その事実がセレナに歓喜の興奮を引き起こす。

そして何よりも――

 

「………?」

 

隣に座るもう1人のセレナを、この世界のセレナを憧れの目を以て見つめる。

《あの》キャロルの弟子となり、現代人でも理解できる様に翻訳された現代錬金術ではなく、本物の錬金術である古代錬金術を彼女から直接学んでいる彼女を見つめる。

そして思う。

 

「(羨ましい…!!)」

 

どういった経緯でそうなったのかは知らないけれど、純粋にそう憧れてしまう。

彼女の隣にいる、それだけで羨ましいのにそれに加えて弟子と来た。

キャロルに憧れを抱く彼女からすれば羨ましいの一言しか出てこないだろう。

 

「(マリアが此処にいたら絶対に喜ぶのに…)」

 

元居た世界に残してきた妹の存在を思い出す。

錬金術、機械学両方に知識のある彼女にこの光景を見せたらどのような反応をするのか一瞬で想像できる。

連れてきてあげたい、そう叶わぬ願いを胸に思い描きながら――

 

 

「ふむ、それならば…その数時間を有意義に過ごさせてやろう」

 

「――え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――え?も、もしかして…セレナ、なの?」

 

「――その声って…え!?もしかして、マリア!?」

 

誕生日パーティー会場は中々に阿鼻叫喚な光景となっていた。

セレナの誕生日パーティー開始の時間と共に姿を現したのは――2人のセレナ。

おまけに1人は大人の姿でときた。

突然の大人セレナの出現に大混乱を引き起こしながらも大人セレナの説明で一度は落ち着いたのだが、その落ち着きは一瞬で消え去った。

具体的に言えば――マリアのせいで。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!!ね、ねえ確認なんだけど…そちらの世界では、私が妹なの?」

 

「え、ええ…私が姉でマリアは妹なのだけれど…え!?もしかしてこっちでは逆なの!?」

 

「セレナにマリアって呼び捨てされる…ありね!!」

 

「マリアを姉さん呼び…確かにありですね!!」

 

大人セレナとマリアは勢い良く質問をぶつけあう。

異なる世界で生まれた2人はこの珍しい機会を物にしようと全力で交友をかわす。

確かにこれはキャロルの言う通り有意義な時間つぶしとなるだろう。

だがしかし、しかし、だ。

その光景を1人、面白くなさそうに見つめる人物が此処にいた。

誰か?それは―――

 

「――むー……」

 

我らが主人公、セレナである。

大人セレナと自身の姉であるマリア。

その2人が仲睦まじい事には何ら問題はない。

むしろその光景に微笑ましい感情がある程だ。

では何が気に入らないのか、と問われれば答えは1つ。

 

「(マリア姉さん今日誰の誕生日なのか忘れっちゃったのかな…)」

 

自分が放置されてしまっている、その事実にだ。

並行世界から出現した大人の自分。

その登場にこそ驚きこそしたが、内心では喜んでもいた。

並行世界の自分と出会う、そんな機会二度とないだろうと。

多くの語り合いたい、と。

けれどもそう思った気持ちは、暗い感情によって揉み消される。

大好きな姉であるマリアを独占され、大人の自分もその会話に夢中となってしまっている。

その孤立感、置いて行かれた感がセレナに更なる苛立ちを募らせて、まるでハムスターの様に頬を膨らませる状態を作り上げてしまっていた。。

 

「―――?」

 

そんな様子を大人セレナは横目で確認し、そして嗚呼と納得する。

何故なら知っているからだ。

ああした時にどういった感情を胸に秘めているのかを、本当はどうしてほしいのかを。

自分にとって一番大切な存在、マリアが教えてくれたものだから。

だからこそ大人セレナはさり気なくセレナの視界から見えない死角へと移ると――

 

「――あ、そろそろ時間みたいですね」

 

《懐に隠してあった帰還スイッチ》を押した。

同時に身体が薄れていき、この並行世界からの転移がゆっくりとはじまっていく。

それに気づいたのは、彼女の目の前に立っていたマリア。

そして、この会場に入ってから一度たりとも目を離していなかったキャロルだけだろう。

 

「あ――」

 

その姿を見たマリアは思わず無意識に止めようと手を伸ばすが、大人セレナはそれを優しく止める。

そしてこっそりと耳元に向けて――

 

「ごめんなさい。貴女を独占しすぎちゃったみたいで貴女の可愛い妹をお怒りにさせてしまいました。だからその手は私じゃなくあの子に伸ばしてあげてください」

 

――優しい拒絶の言葉を出す。

本来の予定ではもう少しこの世界について情報とサンプルを取るつもりであったが…まあ潮時でもあった。

世界が違っても流石はキャロル・マールス・ディーンハイムだ。

このスイッチの存在を気付いていた上で見過ごされていた。

問題を起こすつもりはなかったけれど、これ以上彼女の反発買う様な真似はしたくない。

だからこそ潮時だと判断したのだ。

 

「それに…」

 

あの子のハムスター姿を思い出してクスリと笑う。

その姿があまりにもそっくりなのだ。

元居た世界にいる最愛の家族、マリアの姿と。

あの姿を見たせいで速く会いたいと願ってしまったのが運の尽きだろう。

 

きっと帰ったらまた不安そうに、泣きそうになりながら抱き着いてくるだろう。

その感触が待ち遠しく、再会が待ち遠しく思いながら、消え去る瞬間にそうだと、それを紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お誕生日おめでとう、この世界の私」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして世界から彼女の姿は消える。

たった2人にだけ別れを告げて、静かに気付かれずに姿を消した。

1日に届きもしない奇跡の時間は、こうして静かに終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり!!セレナ姉さん!!」

 

「――ふふ、ただいまマリア」

 

 




《この話における大人セレナ》
機械学、特に並行世界関連の技術において1,2のトップ科学者。
現代錬金術と呼ばれる誰でも使える様になった錬金術の開祖キャロルに憧れを抱いている(こちらの世界ではパパの命題の正しい答えを自力で見つけ、人々を許し、導いている)
当初は事故を装ってこの世界へと来たが、実際は意図的。
並行世界での情報を得る為にこうしたわけだが、最初の説明の時に此方の世界のキャロルのウソを見抜かれている(ただし害はないと判断しているので放置)
マリア大好き

《この話における並行世界マリア》
姉であるセレナの様になりたいと機械学を学び、その技術に錬金術の理論が使えるのではないかと錬金術にも手を出している才女。
セレナの様になりたいと憧れているがその才能は姉を超えている。
ただし無意識に姉を超えるのを躊躇しており、発揮している実力は平均程度と化している。(セレナはそれを知っている)
セレナ姉さん大好き


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第128話

 

ずっと一緒だと思っていた。

大好きな調とずっと、ずっと一緒に居られるって思ってた。

大人になっても、おばあちゃんになっても、

私と調が離れる事はない、そう信じていた。

 

けれど――そんな《ずっと》はあっさりと壊された。

脳裏に焼き付いた光景が幾度も再生される。

血に塗れた調、心地よい温もりが消え去った調、光の無い瞳の調。

再生される光景を見る度に再認識させられる。

 

奪われたのだと。

私の幸せを、私の家族を、奪われたのだと。

だから――復讐を果たそうとした。

 

調を殺したあの女を無残に、徹底的に殺してやろうと思った。

お前が誰を殺したのかを知らしめる為に、躊躇なく殺してやろうと思った。

その為ならこの手が血に塗れようとも、大好きな歌で命を奪うとも、構わなかった。

だって、それしかないのだから。

もう彼女はいない、もうあの笑顔を見る事は出来ない、もう、もう―――

 

だから殺す。

絶対に、何があっても殺す。

相手の事情なんて知るものか、世界がどうなろうと知るものか。

暁切歌から月読調を奪い取ったその罪を、この手で晴らさねば許せない。

それを阻むのであればそいつも殺す。

女も男も子供も老人も関係ない。

殺して殺して殺して殺して殺して―――殺し尽くそう。

 

その為にこの《歌》がある。

聞いているだけで心地よく、優しく、そして力をくれる。

望みを叶える力を、復讐を果たす力を、この歌は私にくれる。

 

聴こえる、歌と共に。

力を振るえと、望みを果たせと、《奴》を倒せと。

歌声と共に胸元で光が強まり、その光が私を動かす。

 

痛みも苦しみも私の動きを止める理由にはならない。

血が飛び散ろうとも、身体が可笑しくても、止まらない。

あいつを殺すまでは、止まらない。

 

見える、見える、見える。

あいつが見える、殺すべき相手が――あの死神が見える。

私の復讐を邪魔する奴が、あそこにいる。

 

――理解している、私の歌ではあいつには敵わない。

普通に戦えば間違いなく負ける、それは決定事項だ。

だから、普通に戦わない。

此方に背を見せている今こそ最大の好機だ。

例え死神でもこの鎌――イガリマの力を以て首を切り落とせば殺せる。

 

地を跳ね、宙に飛ぶ。

狙うは死神の首。

この鎌を以てして切り飛ばし、復讐の最大障害を排除する。

その後は風鳴翼を殺して復讐を果たし、二課の装者も殺して――それで……

 

《………ソ…レ……デ?》

 

……それで、どうするのだろう?

大好きな調はもう…いない。

この世の何処にも、もういない。

あの笑顔を見る事も、あのぬくもりを感じる事も、もう出来ない。

もう、二度と会う事が出来ないのだ。

そんな世界に残されて……どうしたら良い?

 

ふと空を、見上げる。

ドクターウェルの暴走で迫りつつある月を、あれだけ必死になって止めようとしていた月を。

そして、思う。

もう、良いんじゃないかと。

こんな世界を救った所で、私が一番救いたかった人は、もういない。

だったら――こんな世界終わってしまえば良いんだ。

 

一部の人だけが救われる間違えた世界。

そんな汚い世界なんて、壊れて消えてしまえば良いんだ。

――そうだ、そうしよう。

この復讐を果たしたら、そうしよう。

月を落とし、この世界を終わらし、そして――死のう。

そうすれば大好きな調にまた会える、また調を感じる事が出来る。

 

――そうだ、そうだ、それしかない。

《歌》が賛同する様に甘い音色で更に力を与えてくれる。

そうしろと、それが良いと。

 

だから私は鎌を振るう。

目指すべき終わりは決めた、ならば後は突き進むだけだ。

まずは復讐を終わらせる、その為にこいつの首を刎ね飛ばしてやろうと鎌を振るおうとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――させない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《それ》は声と共に目の前に姿を見せた。

強い意志を秘めた声で、聴き慣れた声で、

見慣れた姿が、暁切歌にとって絶対に忘れる事など出来ないその姿が、

 

《月読調》が、其処にいた。

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《――――シ―――ラ―――ベ?》

 

向けられる戸惑いの声。

困惑し、混乱し、恐れる様に声を絞り出している。

目の前の存在が幻ではないのかと、疑う様に。

だから私は――その手に抱き着く。

大きくなってしまっても、何も変わっていない切ちゃんのぬくもりを感じる事が出来るその手に。

 

「…うん、そうだよ切ちゃん、私だよ」

 

《――ウソ――ダッテ――》

 

切ちゃんの手から感じる温もり。

それと混じる様に、切ちゃんの不安定な感情が伝わる。

信じられないと、恐怖に染まった戸惑いが伝わってくる。

暁切歌が最後に見た月読調の光景が、伝わって見えてくる。

 

「(…切ちゃん)」

 

その不安定な感情を月読調は理解出来た。

もしも逆の立場なら、私だって目の前の光景を理解できないだろう。

死んだと思っていた切ちゃんが姿を見せても、きっと私はすぐに受け入れられない。

永遠に失ってしまった大事な人、もう触れ合えない大事な人。

それが目の前に突然現れたら、喜びより先に戸惑い、そして不安になる。

幻じゃないのか、触れたら消えてしまうんじゃないのかって。

 

だから、私はしっかりと手に抱き着いて私の温もりを伝える。

此処にいるって、幻じゃないって、教える為に。

 

《―――ァ―――ァぁ》

 

暁切歌は感じていた。

変貌を遂げた巨大な己の腕に感じる温もりを。

もう二度と感じる事が出来ない筈のその温もりを――《月読調》の温もりを、感じ取っていた。

伝わる、伝わる、伝わる。

幻じゃないと、此処にいるんだって伝わる。

失ってなんかいないんだって、教えてくれる。

 

《――――――――》

 

《歌》が聴こえる。

それは幻だと、お前の成すべき事はそうじゃないのだと。

力を振るえと、その幻を倒せと、あいつを倒せと《歌》が命じる。

 

「―――うるさい――デス――ッ」

 

その《歌》に、暁切歌は――抵抗する。

あれだけ優しく居心地が良い音色に、まだ浸っていたくなる《歌》に、自らの意思と覚悟で反発する。

 

確かに一度は思った。

調のいない世界なんてどうにでもなれ、と。

壊れてしまえば良いんだって、思ってしまった。

 

けれども、違った…違ったんだ。

――この温もりが教えてくれた。

もしも、もしも本当に調がいなくなっても――きっと調は復讐とか世界の破滅なんて望まない。

だって、調はこの世界が大好きだったから。

辛い事もたくさんある、けれども楽しい事もたくさんあるこの世界が、大好きだから。

調だけじゃない、マリアやマム、私も。

そしてそんな大好きな世界に、調がいる。

失いたくない人が、親友が、家族が、大好きな人がいる!!

だったら――だったら――!!

 

 

「私は―――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

 

「…いったいなんなの?」

 

奇襲を仕掛けた化物、その化物の前に立ち塞がった月読調。

突然の出来事に思わず困惑し、様子見をしていたガリスであったが――

 

《――――》

 

《死神》が動き始めた事で状況が変わる。

死神の右手に集い始める黒い液体。

それが何を意味しているのか、ガリスは一瞬で理解する。

 

「――ッ!!」

 

黒の液体から作られるは白いガングニール。

天羽奏が持っていたそれと全く同じ形のそれが、一切の躊躇なく振るわれる。

――ガリスに、ではなく己の後ろにいる1人と化物目掛けて。

 

「ちょっとちょっとちょっと!!!」

 

ガリスが慌てて水の盾を作ろうとする。

化物がどうなろうと知った事ではないが、マスターを元に戻せるであろう知識を持つ月読調を失うわけにはいかない。

だからこその水の盾だったが…それは間に合わない。

時間の問題、盾となる水の問題、距離の問題。

複数の問題が合わさり、とてもではないが間に合わないと言う結論が彼女の人工知能に生み出される。

それに仮に間に合った所で、あのガングニールの一撃を防げる確率は圧倒的に低いだろう。

 

「――ッ!!逃げなさい!!!!」

 

せめての抵抗、だろう。

ガリスは必死に叫ぶ、死んでは全てがおじゃんだからと必死に叫ぶ。

けれどもその叫びより先にガングニールの一撃は迫る。

純粋なる破壊の結晶たる一撃が、1人と1匹の化物を屠らんと迫り、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重々しい金属音が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------------

 

「―――」

 

月読調はただ呆然としていた…いや、するしかなかった。

迫る一撃、破壊と慈悲を織り交ぜた命を奪う一撃。

それを避ける術など月読調には無かった。

例えシュルシャガナを全力で起動させて防いでも、あの一撃の前では呆気なく砕け散っただろう。

 

けれど、せめて切ちゃんだけでも守りたい。

その想いでシュルシャガナが持つ2振りの回転鋸を起動させていた。

切ちゃんを守る盾として。

けれどもその盾は使われる事はなかった。

 

何故ならば――――

 

 

 

 

 

 

「――わた、しのぉ…私の調にぃ……何するんデスかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

 

月読調が良く知る彼女が――《暁切歌》が、それを防いだからだ。

 




暁切歌復ッ活ッ!!


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第129話

(数日前のリアル)

遂に来たぜXD並行世界セレナとマリアイベント!!
いやー楽しみだわぁ!!
お、運営さん2人のプロフィール出してるじゃん!!どれどれ

…セレナさん(大人)98って…98って…デカい!!(何がとは言わない)


 

――《歌》が聴こえる。

心地よく優しい音色が、聴いているだけで安心する《歌》が聴こえる。

そんな歌声に、自然と身体が従おうとする。

お前は間違えていると、役目を果たせと。

――望んだ願いを果たせと、この世界に終わりをもたらせと。

 

《歌》と共に聴こえる言葉に、身体が勝手に動きそうになる。

優しい音色に身を委ね、《歌》の命ずるままに行動しそうになる。

けれど―――

 

「――――♪!!」

 

そんな《歌》に負けてたまるかと《私の歌》を奏でる。

心地よくて優しいだけの《歌》なんかに負けるかと歌う。

他の誰でもない、暁切歌の歌を、暁切歌が大好きな歌を、精一杯歌う。

 

「(そうデス………そうデスよ…!!)」

 

確かにこの世界は誰にでも優しい世界ではない。

この世界は誰かが救われ、誰かが見捨てられる世界。

強い者だけが生き残り、弱い者はその代わりに犠牲となる世界。

――そんな優しくない世界に彼女は…セレナは殺された。

 

今でも思い出す事が出来る。

あの日を、セレナが死んだと聞かされたあの日を。

実験に付き合えなかった私達は、ただ淡々とその死を大人達から知らされた。

《貴重なシンフォギア適合者だったのに》と言い残して――

 

最初はそれを事実だと受け止められなかった。

何かの冗談だ、きっとマリアやマムの手の込んだ悪戯だろうって。

けれども、部屋に帰ってきたマリアを見た時に――その考えはあっさりと否定された。

泣き腫らした顔で、感情が死んだ顔で、ボロボロになったセレナのアガートラームを手に戻ってきたマリアの姿が、幼い私達にも一瞬で理解させた。

 

――セレナは、本当に死んでしまったんだと。

 

セレナの死。

幼い私達はそれを受け止めきれず、ただ感情のままに…泣いた。

……泣く事しか出来なかった、と言った方が正しいのかもしれない。

セレナを見捨てた大人達に復讐する戦う力も無い、セレナを甦らせる奇跡の様な力も無い。

ただ無力でしかない私達は、涙を流しその死を悲しむ事しか出来なかった。

 

――それから私達は白い孤児院の近くに小さな墓を作った。

遺体の無い、小さな粗末な墓を――

 

…セレナの遺体は、見付ける事が出来なかった。

大人達によって行われたセレナの捜索。

けれど彼女は見つからず、大人達も炎で遺体が残る事なく焼けたのだと判断し、彼女の捜索は時間の無駄だと捜索打ち切りが決定しようとしていた。

その決定を前に、マムは必死に捜索継続を訴え、私達も必死にお願いした。

彼女を見付けて欲しいと必死にお願いした。

 

……幼い私達にだって仮に瓦礫の中からセレナを見付けたとしても、無事に生還ーーなんて奇跡があるとは思っていなかった。

けど、それでも、見付けてあげたかった。

この地獄の様な場所で皆の力になろうとしてた優しいあの子を、

大人達の為に絶唱を奏で、その命を燃やしたあの子を、

せめて、見付けてあげたかった。

 

けど、そんな私達の想いをーー大人達には受け入れなかった。

研究所の復旧、そしてネフィリムの再調査の優先。

そんな2つの理由を盾に、セレナの捜索はーー打ち切られた。

あまりにも呆気なく、淡々と、打ち切られた。

 

……けど、マリアだけは諦めなかった。

捜索打ち切りが決まっても、マリアはただ1人で必死に瓦礫を動かして、セレナを探し続けた。

 

《居る筈なの!!此処に!!セレナが居る筈なの!!》そう叫び続けてーー

 

そんなマリアに私達も力になろうとして一緒に探した。

埋もれた瓦礫を除け、邪魔な障害物は破壊し、探した。

必死に、必死になって、探した。

見付けてあげたい、せめて日の当たる場所へ出してあげたい、そう願ってーー

……けれども、そんな努力も虚しく、彼女の遺体が見付かる事は無かった。

 

ーー誰も眠っていない粗末で小さな墓。

セレナの代わりに入れられた彼女が愛用していたぬいぐるみが眠るその墓の前で――私達は泣く事しか出来なかった。

己の無力さを嘆き、彼女の死を嘆き、遺体さえ見付けられずにただ涙を流すしか出来ない己の不甲斐なさに、泣いた。

泣いて泣いて、身体中の水分を流したんじゃないかって思う位に泣いた後に――私達は誓った。

この世界を正そうって、セレナを殺したこの世界を正しい形へと作り替えようって。

 

その為に今日まで頑張ってきた。

辛い訓練も、Linkerの後遺症にも耐えた。

戦う事だって怖かったけど、それでも調やマリアと一緒に戦った。

全てはこの世界の為だと、セレナの為だと耐えてきた。

 

……けど、今なら思う。

大事な人を、調を失いかけた今なら思える。

 

 

――私達は、本当に正しい事をしているのかって。

 

 

世界を変える為、セレナの為。

その理由を支えに今までずっと前だけを見て走ってきた。

マリアやマムの計画が正しいって、大好きな調と一緒に駆けてきた。

それが正しいって信じていたから、疑う事なく走る事が出来た。

 

けれど、気付いてしまった。

大好きな調を失いかけて、足を止めてしまって、後ろを振り向いてしまって、気付いてしまった。

 

ーー同じだったって。

あれだけ嫌っていた大人達がしてきた事と私がしてきた事。

そこにはなんの違いも無かった。

邪魔する人や障害は力で排除して、向けられた言葉を全て無視して、自分達こそが正しいって信じきって………

何も、何も変わらない。

私が最も嫌っていた大人達とーー変えようとしていた世界と全く同じ事をしていただけだったんだと、振り返ってやっと知る事が出来た。

そして思う、思わざるを得なくなる。

 

「(何してたんデスかね…私は……)」

 

世界を変えよう、セレナの死に報いよう。

その想いで駆けてきたのに、そんな想いとは裏腹に私がやってきた事は変えようとしていた世界と何も変わらない。

……馬鹿だな、と思わざるを得ないだろう。

 

もしも、此処にセレナがいたらきっとこう言うだろう。

《それが本当にしたかった事ですか》って。

その姿を想像すると、思わず笑ってしまう。

セレナは確かに優しいけど、怒らせたら私達の中で一番怖かったなと懐かしい思い出に笑みを浮かべる。

思うだけで胸が暖かくなり、けど寂しくなる想い出。

それを思い出しながら――暁切歌は覚悟を決める。

 

「…私が本当にしたい事…見つけたですよ。セレナ」

 

もう誰かの背を追いかけるだけなのも、誰かに頼りっきりなのも、やめた。

私が本当にしたい事、暁切歌が本当にやりたい事。

それは世界を救うとか、世界を変えたいとか、そんな立派なものじゃない。

暁切歌の本当にしたい事、それは―――

 

 

「――行くデス!!!!!」

 

 

―――家族を守りたい。

ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――暁切歌のシンフォギア《イガリマ》の刃が振るわれる。

迫る破壊の一撃に、振るわれる。

全てを打壊し、全てを破壊し、一度は二課の装者を壊滅させかけた力の象徴に向けて振るわれる。

暴走した立花響の拳を、あの場で放てる最大限を放った雪音クリスと風鳴翼の一撃を、嘲笑うかの様に打壊した一撃に、振るわれる。

浮かび上がる最悪の結末。

その一撃を知る者が視れば誰だって浮かび上がる最悪の結末。

けれども、その結末はーー

 

「でりゃあぁぁぁぉぁぁぁッ!!!!」

 

少女と雄叫びと鳴り響く金属音が否定する。

その事実に誰よりも驚愕を示したのは破壊の一撃を振るった《死神》であった。

手加減等一切無い破壊と慈悲の一撃。

それを止められた事に驚愕しながらも、ガングニールを普通の人では追い付けない高速を以て振るい、目の前の障害を排除せんとする。

 

なれど、暁切歌はそれに追い付いて見せる。

迫る一撃を己の一撃を以て迎え撃ち、《死神》が振るう高速に追い付いて見せる。

ーー否、追い付くだけではない。

徐々にではあるが、その動きが《死神》を凌駕していく。

それは本当に徐々に、けれど確実に差を開いていく。

その事実が《死神》に更なる驚愕をもたらすが、驚いているのは《死神》だけではない。

 

「(身体が、軽いデス。これって………)」

 

暁切歌が《化物》から元の姿へと戻った際、《化物》は全て切歌のイガリマへと形を変えた。

その姿形に一切の変化はない、けれどもそれを握る切歌だけには理解出来ていた。

《これ》はもう暁切歌の知るイガリマとは違う存在へと変わっているのだと、

そのイガリマが彼女に力をもたらしてくれる。

以前の彼女にはなかった力を、本当にしたい事を叶えさせてくれる力を、

 

そして力をくれるのはイガリマだけではない。

頭に聴こえる優しい音色。

それに負けまいと奏でる暁切歌の歌声。

2つの音色が合わさり、1つの《歌》へと形を変え、少女に力を与えてくれる。

《歌》を力に変える事が出来る装者だからこそだろう。

けど、暁切歌は理解していた。

 

この《歌》は決して味方ではないと。

 

「――ッ!!――♪!!」

 

歌いながらも聴こえる優しい音色の誘い。

乗ってしまいそうになる、従ってしまいそうになる。

そんな歌に負けるかと必死に歌声を奏でながら、暁切歌は思う。

 

この《歌》はさながら麻薬だ。

 

確かにこの《歌》はこれまでに感じた事の無い程に力をくれる。

けれど、同時にこの《歌》は魅力してくるのだ。

この力を振るえと、《歌》の命ずるままに動けと。

それに乗ってしまえば――きっとまた《あれ》に戻ってしまうと本能的に分かってしまった。

 

だからこそ暁切歌は歌う。

そんな誘いに乗るかと、私は私のやりたい事を叶えるのだと、歌う。

《家族を守る》、世界を変えるに比べれば小さな願い、だけど絶対に成したいやりたい事を叶える為に、歌う。

 

「――ッ!!デェェェェスッッ!!!!」

 

咆哮と同時に跳躍し、己が持つイガリマへ力を送る。

込められた力に連動し、イガリマは形を変え、4つの刃へと変化する。

《封伐・PィNo奇ぉ》

本来ならば暁切歌の体格より少し大きい程度の刃が4つ展開される技だが、その大きさは従来の技のそれと比べる間もなく、誰もが一目で見ても分かる位に大きい刃となっていた。

変化したイガリマ、そして《歌》がもたらす影響なのは一目瞭然であった。

 

展開された4つの鎌、それを以て暁切歌は飛び込む。

《死神》を切り裂かんと飛び込む。

対する《死神》は――そんな切歌に光を纏ったガングニールを向けた。

絶対破壊の一撃を、破壊と慈悲の一撃を、あの光を放つ為に。

恐らくはあの打ち合いの際に気付かれない様に放つ準備をしていたのだろう。

暁切歌に向けられたガングニールには光を放つのに十分なエネルギーが既に貯め込まれている。

いくら変化したイガリマと《歌》によって力がある切歌でも、あの一撃を防ぐ術はない。

 

矛先に光が集う。

破壊と慈悲、両方を込められた一撃が放たれようとして―――

 

「――させない!!」

 

叫び声と共に姿を現した月読調が、今出せる全ての力を以てガングニールに技を放つ。

威力としては切歌のそれに比べて劣る物だが、矛先をずらすには十分な衝撃。

その衝撃によって矛先はずれたのと同時に、光が放たれる。

破壊と慈悲の一撃、それは狙いを大きくそらして、空へと延びていく。

そして―――

 

 

 

 

 

「これでェェェ!!」

 

 

 

 

 

ガングニールの矛先がずらされた事によって生じた隙。

そこを暁切歌は的確に、正確に狙う。

展開した4つの巨大な刃、それが《死神》を――切り裂いた。

 

 

 



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未来誕生日 2020

イエーイ
あ、今回めっちゃネタに走ってます



 

11月7日。

小日向未来の誕生日であるその日――《彼女》が姿を現す。

そう、彼女の名前は―――

 

 

 

「オッス、我シェム・ハ」

 

 

 

――まだ出番が先の先であるシェム・ハであった。

彼女はずっと待っていたのだ。

自らの出番を、自身がもっとも輝けるXV編到達を――

なれど、それは一向に訪れる気配がない。

シェム・ハはずっと待っていたのだ。

あの息子が予定より速く出れたのだ、ならば我もと。

けれども、そんな信頼を破り捨てる様に、待てども待てども出番の知らせが彼女の元に訪れる事は一切なかった。

それもこれも全ては鈍間で屑な作者のせいである(ごめんなさい)

 

そんな感じでずっと待機室で待ち続けていた彼女であったが、ある日ふと思ったのだ。

この作者の事だ、もしかしたら我の出番消すやもしれない、と。

だってそうだろう、本来ならば死者でしかない筈のセレナがまさかの主人公であり、それも錬金術やらファウストローブやら《死神》やらで強化されまくりときた。

更にはオートスコアラー・シスターズと言うオリキャラまで出してきている。

未だにG編と言う段階で、だ。(更新遅くて本当にごめんなさい)

 

シェム・ハは察した。

このままでは我の出番が危ういと。

もしかしたら我の出番がなくあの屑作者がこのお話自体が完結してしまうと(GX編で完結しようなんて思ってませんよ(白目))。

だからこそシェム・ハは行動を起こしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――む!!むーー!!!」

 

 

 

 

 

 

――出番がないなら奪い取ればよい、と。

シェム・ハの視線の先にいるのは小日向未来。

見事なまでに縄で雁字搦めにされ、口には猿轡、両足には足かせと完全拘束装備を付けられた未来を前にシェム・ハは勝利の笑みを浮かべる。

 

シェム・ハの目的、それは自らが小日向未来に成り代わる事で出番を得る事だ。

シェム・ハと未来、全く同じ姿形をしている2人ならばこそ可能とする荒業だろう。

この日の為に、シェム・ハは必死に下準備をしてきた。

こんな所で本気を出して暴れれば、自身のただでさえ不安定な出番枠に危険が及ぶのは確実。

だからこそシェム・ハは誰にも気づかれない様に下準備をし、そして未来の誕生日である今日この日に作戦を決行したのだ。

誕生日パーティーの準備で他の面々がいないこのチャンスを狙い、そして、その努力は報われたのだ。

 

「我勝利!!」

 

奪い取った未来の私服を身に纏い、カラーコンタクトで瞳の色を誤魔化し、声色も彼女に擬態する。

 

「フハハ!我、完璧なり!!」

 

鏡に映るその姿はどこからどう見ても小日向未来である。

これならば皆が騙されるだろうとシェム・ハはほくそ笑みながら――雁字搦めにされたシェム・ハの衣服を身に纏った小日向未来に勝利の笑みを見せる。

 

「ハハハハ!!これで今日から我が小日向未来だ!!お主の代わりに頑張ってやるのでな、お主はXV開始までそこでずっと待っておると良いぞ!!XV編が来るのかは知らぬがな!!!!(頑張ります…頑張ります…)」

 

完全に勝利を確信して絶賛大笑いをするシェム・ハ。

その姿に未来は必死に怒りを露わにするが、雁字搦めにした縄と数々の拘束具がそれを阻む。

その滑稽な姿に更に笑みを増していくシェム・ハであったが、ふと時計を見る。

時刻はもうすぐ小日向未来の誕生日パーティー開始時間となろうとしていた。

それを確認すると、早速小日向未来としての役目を果たすかと、必死にもがく未来に勝利のVサインをかましてやりながら、扉へと向かう。

これで我の出番が消える事は無くなったと安堵しながら扉を開けて――

 

 

 

 

 

「―――」

 

「!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

――其処にいたのは立花響。

音もなく其処に立っていた彼女に驚きこそしたが、シェム・ハは予定していた通りに小日向未来を演じる。

 

「ど、どうしたの響?」

 

部屋の構造上扉から小日向未来が居る場所は見えない筈。

だからこそ中に入られてはいけないし、怪しまれてはいけないと全力で小日向未来を演じた。

その演技はまさに完璧だった。

誰もが彼女を小日向未来だと認識する、そう思わせる位にシェム・ハの演技は完璧だった。

 

………だが、そう、うん、あれだ。

そんな完璧なシェム・ハに唯一誤算があるとすれば―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんでシェム・ハさんが未来の真似してるの、かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――純粋に、相手が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉぉぉ我は諦めないぞ!!これで終わると思うなよ!!我は出番の為ならばなんどだってやるぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

叫び声をあげながらミラアルク、エルザによってXV待機室へと連行されていくシェム・ハ。

その後に続く様に此方に向けてペコペコと頭を下げるヴァネッサが続き、待機室の扉が閉められる。

この扉が開くのは当分先だろう(なるべく急ぐよ!!)

 

あれから立花響に《お話》を受けたシェム・ハは騒ぎを聞きつけた面々によって捕縛され、XV待機室のノーブルレッドに引き渡された。

その際に――

 

「今回は本当にごめんなさいね…けどお姉ちゃんも出番は欲しいって気持ちは分かるから、なるべく早くに出番をくれたら嬉しいな」

 

「そうだゼそうだゼ!!ウチらも早く出番が欲しいゼ!!」

 

「今は雌伏の時でありますが…出番を貰えるのなら喜んで頑張るであります!!」

 

と各々伝言を残して去って行った。(本当は出番あげたいのよぉぉ!!)

それを見届けた後に、やっと騒ぎが解決したと面々がパーティー会場へと戻っていく。

当然響もそれに続こうとするが――

 

「ねえ響、ちょっと聞いても良い?」

 

未来の声がそれを阻んだ。

 

「ん?どうしたの未来?もしかしてシェム・ハさんの拘束が痛む?」

 

「あ、ううんそれは大丈夫。結構きつめに縛られてたけど不思議と痛みはなかったから………えっと、私が聞きたいのは………どうして分かったの?あれがシェム・ハさんだって」

 

小日向未来に成り代わろうとしていたシェム・ハの姿は本人である未来が見ても完璧なものだった。

あの姿で外に出れば間違いなく誰もが彼女をシェム・ハではなく小日向未来としてみるだろうと言う確証があった位だ。

それをどうして響は分かったのかを、知りたかった。

響の親友として、響の大事な人として――

そんな未来の質問に響は答える。

当たり前の様に、笑顔で、堂々と、答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が未来を間違える筈がないよ。だって未来は私の親友で、大事な人でーーー私のひだまりなんだから」

 

「―――響」

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に偽りはない。

誰がどのような手段で小日向未来に化けても立花響はそれを見破ってみせるだろう。

それこそが立花響と小日向未来との間にある絆のーーそして愛の力だろう。

 

「響さん、未来お姉さんそろそろ誕生日パーティー始めましょう!」

 

向こう側で呼ぶセレナの声に響は未来に手を差し伸ばし、その柔らかく心地よい温もりがする手を握る。

優しく、けれども絶対に離すかと力を込めて握る。

そんな手に握られながら小日向未来は微笑み、共に駆け出す。

自分達の居場所へと、仲間がいる場所へと、駆ける。

そして仲間達は手にしたクラッカーを引っ張りーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「お誕生日おめでとう!!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小日向未来の誕生日パーティーが始まった。

 

 




「我は諦めぬ………諦めぬぞ!!」



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第130話

 

――ふと、目が覚める。

世界を揺らす僅かな振動。

地震と呼ぶには弱弱しいものではあったが、彼女が意識を取り戻すのには十分であった。

 

「………こ…こは…?」

 

眼前に広がる無限の黒。

延々と視界を埋め尽くし、世界の果てにまで広がりを見せる黒。

そんな黒に染まった世界で目覚めたセレナは――不思議と安心感を抱いていた。

 

心地が良く、安心する。

まるで母親のお腹に眠る子供の様に、この黒はセレナに安らぎを与えてくれる。

その安らぎに浸りながらも、セレナは感じていた。

 

 

 

私は此処を知っている。

それもつい最近に訪れた事がある、と。

 

 

 

記憶があるわけではない。

《既知感》とでも呼べば良いだろうか。

此処に来た事がある、此処でこの安らぎを感じた事がある。

その既知感がセレナにその答えを導き出した。

 

「(けどどうして私……)」

 

けれどもその既知感はセレナが此処にいる理由までを教えてくれない。

だからセレナはごく自然に思い出そうとする。

此処に至った理由を、自らの記憶を呼び起こし、思い出そうとする。

しかし――

 

「―――ッ!?」

 

それを阻むのは痛み。

頭に走ったその痛みによって思い出す事を阻まれる。

まるで思い出すなと言わんばかりに―――

 

普段のセレナであればそれでも思い出そうと足掻くだろう。

だが、今のセレナはそれを選択しなかった。

この世界にある安らぎ、それが彼女から思い出すと言う選択を奪い取っていた。

 

世界を揺らした振動が収まっていく。

ただでさえ小さかった振動が、今では感じる事さえ難しいものにまで低下している。

それと同時にセレナの意識もまた闇に飲まれようする。

眠れと、此処は安全だと、意識を奪い取っていく。

逆らう、と言う選択肢さえ浮かばなかった。

瞼が閉ざされ、意識が刈り取られていく。

深い、深い闇の底。

人が睡眠と言う手段の身を以て辿り着ける闇の底。

其処に向かう、それが正しいと向かおうとし―――

 

 

 

―――――♪

 

 

――歌声を、聞いた。

弱弱しく、涙交じりの歌声を。

どこか懐かしい音色で奏でられる歌声を。

――無意識に手を伸ばしてしまう歌声を、聴いた。

 

意識が覚醒する。

闇の底へと向かっていた意識は浮上し、全身に力が戻っていく。

そして――進む。

一面に広がる闇の中、その中から聞こえる歌声を目印にただ歩む。

 

闇が囁く。

眠れと、安らぎに身を任せろと。

全ては私達が解決すると、囁く。

それに悪意はない、純粋に彼女を案じた声であると理解できた。

 

それでも彼女は進む。

この歌を、この歌声を、知りたいと前へ進む。

闇の中を、ただ歌声だけを目印に進み、そして―――

 

「―――あ」

 

――1つの光が見えた。

闇の中で輝く弱弱しい1つの光に手を伸ばす。

手の先に触れる光、それは徐々に光の強さを増していき、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は歌う、歌姫として、装者として奏でる歌声ではなく、昔を懐かしむ歌を、幸せだったあの頃を思い出せる歌を、小さく歌う。

その瞳に希望はなく、膝を抱える様に座る彼女の姿に覇気もない。

ただ絶望に身を任せる女性――マリアは歌声を奏でながら思う。

 

――何も出来なかったと。

 

世界を変える事も、調と切歌が争う事も、暴走した切歌を止める事も、何も……何も出来なかった。

閉じ込められた部屋の中でマリアはただ己の無力さを嘆いた。

こんなにも私は何も出来なかったのか、と。

こんなにも私は無力だったのか、と。

こんなにも、私は――弱かったのか、と。

 

「…どう…して……」

 

…こんな筈ではなかった。

セレナを殺したこの世界を、力ある者だけが救われ弱い者は見殺しにされるこの世界を変える為にこれまで頑張ってきた。

辛い事も、悲しい事も、全て耐えて乗り越えて見せた。

全ては世界を変える、ただそれだけの為に――

 

けれども、その末路がこれだ。

ドクターウェルの暴走を許し、私についてきてくれたあの2人を戦わせてしまい、挙句に切歌を化物へと変貌させてしまい――その挙句に私は籠の中のお姫様ときた。

閉じ込められ、ただ過ぎていく光景を何も出来ずに見るだけ。

あまりにも滑稽な姿に自らの笑う笑みさえ浮かんでくる。

 

「……は……はは……」

 

月の落下は以前続いている。

ドクターウェルによって早まられた降下速度から計算すると、地球衝突までそこまでの猶予はないだろう。

唯一の可能性だった歌を以て月遺跡を再稼働させると言う計画も、あの《死神》を見た民衆がパニックを引き起こしてしまい、絶望的な状況だ。

例え1人で計画を続行しても、たった1人の歌声では、月遺跡の再稼働なんて夢のまた夢だ。

…月の落下も止められない、世界も変えられない、愛した家族も救えない。

絶望に続く絶望。

繰り返される絶望に必然的にマリアは理解する、理解させられる。

 

もう、何をしても無駄だと。

 

「……ごめんねセレナ…私疲れちゃった…」

 

私が此処に閉じ込められているのはあの男が私に何かしらの利用価値があると判断しての事だろう。

それが良くない事であるのは明白だ。

だったら、そう、だったらせめて―――

 

懐から取り出したのはセレナのアガートラームのペンダント。

破損し、シンフォギアとしての機能は無いそのペンダントを握りしめながら――近くにあったガラスの破片を手にして首に押し付ける。

あんな男に利用される、そんな汚名を受ける位ならば――

 

ガラスの破片が首を皮膚を突き刺さる。

感じる痛み、迫る死と恐怖。

それを感じると共に、破片と共に手にしているアガートラームの感触がマリアに最後の思い出を蘇らせる。

幸せだったあの頃を、セレナと共に居られた辛くとも幸せに満ちたあの頃を、

優しい思い出、温かい記憶。

死を前にそれを見たマリアは自然と流れる涙と共に静かに覚悟を決めると、瞳を閉じて一気に破片を首元へと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――?」

 

ふと、気付く。

痛みが、ない。

確かにガラスの破片をこの首元に押し込んだ筈なのに、訪れるべき痛みがない。

どうして、その想いで彼女は瞼を開く。

一度は閉ざした瞳を、生きる事を諦めた瞳を開き、彼女は見た。

 

己の腕を掴む黒い手を、破片を食い止める黒い手を、

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴女は、何をしてるんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

あの少女を、仮面を付けたあの少女を、目の前に立つ少女を、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

切歌は目の前の光景に戸惑っていた。

ほんの数秒前まで激しい戦いを続けていた戦場で、足を止めて《それ》を見上げる。

困惑し、戸惑い、それでも見上げるしか出来なかった。

何故なら――

 

「これ…どういう事デスか?」

 

彼女の視線の先にあるのは《死神》

破壊と言う慈悲を撒き散らす死の象徴。

その存在を知る人々から恐れられ、嫌悪されるその存在は今――

 

固まっていた。

 

切歌の技を受けた状態で、腹部に切り裂かれた傷を残して、ただ固まっていた。

死んではいない、けれども生きてもいない。

そんな印象を抱かせる位に身動き一つも見せないその姿はさながら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

大事な《何か》を失った機械の様に―――

 

 

 

 

 

 

 

 



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第131話

 

――状況を理解したわけではない。

意識は曖昧で、正直今が現実なのか夢なのか、それさえも不明慮な所がある。

ふらつく脚、閉じそうになる瞼、乱れる呼吸。

まるで動けない身体を無理やり動かしている、そんな感覚。

今すぐに倒れて楽になりたいと身体が幾度も警告をする。

 

けれども、その警告を無視して立ち続ける。

目の前にいる女性に、敵である彼女に、死のうとしていた彼女に、

一言、言ってやらないと気が済まないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…貴女どうして……いえ、それよりもどうやって……」

 

突如姿を現したのは、仮面の少女。

自身を敵だと語った彼女を前にマリアの身体は自然と警戒をし、ガングニールを起動させようとするが…すぐにそんな行為を嘲笑う様に小さく口元を歪めると、身体の力を抜いた。

 

「(…今更…何をしようとしてるのよ……)」

 

―――元々彼女は、優しすぎたのだ。

目的のために犠牲は必要だと理解していながらも、その犠牲を生み出す事に躊躇し、迷い、そして――犠牲を出さない選択を選ぶ。

それが目的達成を遅らせる事を理解していながらも、その選択を選んでしまう。

それがマリア・カデンツァヴナ・イヴと言う人間なのだ。

 

そんな彼女に起きた数多くの裏切りと絶望。

セレナを殺したこの世界を変える、弱者も救われる世界へと変える。

その目的を果たす事だけを心の支えにしていた彼女にとって、それらの出来事はその支えを呆気なく打ち壊すのに十分過ぎたのだ。

 

――だからこそ死のうとした。

こんな苦しい想いをする位ならば、と。

あんな男に利用される位ならば、と。

……早くセレナの元へ逝きたい、と。

 

そんな彼女にとって目の前に立つ彼女はまさに最高のタイミングで来てくれたと言っても良いだろう。

彼女は明言している、マリアの敵だと。

あの会場での戦いで聞いたあの言葉にどれだけの意味が込められていたのか、どうして彼女がマリアを恨んでいるのか。

考えると浮かぶ疑問、されど今のマリアにとってそんなものは些細なものでしかない。

 

手を広げる。

抵抗などしないと言わんばかりに、無防備な身体を向けて、言葉なく伝える。

 

《私を早く殺してくれ》と。

 

仮面の少女はそんな向けられた瞳を見る。

生きる気力など欠片もない生気を失った瞳に、少女は小さく、ほんの小さく息を吐くと―――

 

 

 

 

 

 

「―――ッ!!!!」

 

 

 

 

 

――殴った。

今の彼女が持ちうる全ての力を込めた拳で殴った。

 

「――――ぇ」

 

殴られたマリアは突然の拳に困惑する。

痛みがじんわりと広がりを見せる中、マリアは己の胸ぐらを掴まれ、立たされる。

脚に力が入ってなかろうが関係ない、少女の幼い身体の何処にあるのかと言わんばかりの力で立たされると――顔面にもう一発拳が飛んできた。

衝撃と痛みが同時に襲い来る。

正真正銘全力で放たれた拳は最初に殴られた右頬とは逆の頬へと叩き込まれて、その勢いでマリアの身体は宙を舞い、壁へと叩きつけられた。

 

無音の空間に音が鳴り響く。

拳の音が、叩きつけられた音が、無音の空間に木霊する。

壁へと叩きつけられたマリアは自身の口から赤い血液が流れだしているのに気付いた。

口の中を切ったのだろう、舌を通じて口内に鉄の味が広がる。

己の血の味を、己の生きている証を、味わう。

 

「―――ぁ」

 

事此処に至り、マリアは――やっと恐怖を抱いた。

己の口内に広がる生きている証、そして少女の拳で感じた死の気配。

その2つを感じた事でマリアはやっと理解する。

死の恐怖を、己がしようとしていた行為の末路を。

 

怯える、死に。

怯える、死をもたらす者に。

怯える、己の行為に。

 

怯え、震え、恐怖するその姿はさながら弱弱しい子供を連想させる。

其処に居るのはステージ上で歌を奏でた歌姫でもなく、世界を相手に宣戦布告した装者でもない。

ただの死に怯える1人の人間でしかなかった。

 

そんな彼女に仮面の少女は足早に駆け寄る。

一歩一歩、意図的に音を鳴らして己の存在を知らしめながら駆け寄る。

 

「――ひッ」

 

今のマリアにとってその音は恐怖でしかない。

身体は無意識に逃げようとする、迫る死に――死をもたらす者から。

けれどもそれを少女は許さない。

逃げようとするマリアの胸倉を掴むと、もう一度無理やり立たせると―――

 

 

 

 

 

「――甘えないでください」

 

 

 

 

 

――声を発した。

憤る胸の感情を、堪え切れない感情を、己の全てを、言葉に変えて発する。

 

「貴女がどうしてこんな事を始めたのか、どうしてあんな男と手を結んだのか、その理由を私は知りませんし、仮に知ったとしてもきっと貴女に賛同する事は出来ません」

 

淡々と仮面の少女は想いを言葉に変換していく。

胸に燻ぶる怒りを、不条理なまでに湧き上がる怒りを、言葉にして紡ぐ。

 

「――ですけど、それでも貴女には《理由》があった。こんな事をしでかした理由が、あんな男と手を結んだ理由が、世界を敵に回した理由が、貴女にはあった。辛くても、苦しくても成し遂げたい想いがあった。それを成し遂げる為ならばどんな事でもしてみせると言う想いがあったのでしょう?でしたら―――」

 

不思議だと少女は思う。

どうして私はこんなにも怒っているだろうか。

目の前にいるのはただの敵で、知り合いでも友人でもないと言うのに…

それなのに、どうして私は―――

 

 

 

 

 

 

「――私は絶対に貴女の死んで逃げようなんて甘えを許しません!!」

 

 

 

 

 

 

――なんで、こんなにもこの人に死んでほしくないと願っているのだろうか。

 

「感じたでしょう死を!!全身を包む恐怖を!!その先にある末路を知ったでしょう!!貴女はそんなものに身を任せて逃げようっていうんですか!!成し遂げたい想いを途中で放り出してまでッ!!」

 

口が止まらない。

想いは次々と言葉となって口から溢れ出る。

延々と、止まる事なく、想いを叫ぶ。

 

「――甘えずに立てマリア・カデンツァヴナ・イヴッ!!!!辛くても、苦しくても!!他の誰が何を言おうが、世界がどうなろうが関係ないッ!!――ッ」

 

叫び続けた言葉が終わりに近づくにつれて、眩暈が酷くなり、意識が落ちようとする。

全身を包む様に襲い来る睡魔。

本能的にそれがタイムリミットなのだと理解した。

もうすぐこの身体がまたあの安らぎへと戻ってしまうタイムリミットだと。

理解する、もう時間に差ほどの余裕はない。

だから、だからこそ叫ぶ。

この想いを、胸に湧き上がるこの言いしれない感情を伝える為に、叫ぶ。

 

 

 

 

 

「始めたのなら必ず成し遂げなさい!貴女の成したい想いを!!貴女の……貴女の本当にやりたい事を!!」

 

 

 

 

 



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第132話

更新遅れて本当にごめんなさい…
詳しい事については活動報告に書いているのでそちらを見てくれると嬉しいです。。。
本当に、ごめんなさい


 

声を荒げながら、怒りを解放しながら、どうしてだろうと疑問に思う。

どうして私は…こんなにもこの人を助けようとしているのだろうか、と。

 

「(だって…この人は……)」

 

目の前にいる女性は敵…そう宣言したのは他の誰でもない自分自身だ。

世界を混乱と恐怖に陥れた女性、ドクターウェルと手を結んだ世界の敵。

そして、シンフォギアの装者である以上、師匠の敵でもある。

――そう敵だ、敵なのだ。

 

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴは私の敵なのだ。

 

 

其処に何の縁もなく、其処に何の親しみもない。

戦場で出会えば戦うしかない、敵だ。

 

……マリア・カデンツァヴナ・イヴと私が分かり合える未来。

もしもがあればたどり着けたかもしれない、そうなれば嬉しかったと思える未来。

 

――けれども、今の私達にその未来はない。

そんなものは彼女があの男と手を結んだ時点で絶たれてしまっている。

だから、どう足掻いてもマリア・カデンツァヴナ・イヴは私の敵でしかない。

 

だからこそ、思ってしまう。

どうして私は見捨てなかったのかと。

彼女が自らの手で死を選択した時に、どうしてそのまま死なせてあげなかったのかと。

 

自らの意思で死を選ぶ、其処に至る経緯や理由を私は知らない。

けれども、《それ》しかもう彼女には無かったのだろう。

死を唯一の救いだと誤認する程に、限界だったのだろう。

 

だったら死なせてあげれば良い。

所詮彼女は敵で、友人でも親友でも、家族でもない。

死を救済と望むのならばその選択を阻む理由など――私にはない。

そう、心の片隅にある冷たい感情が囁き、そしてその考えを真っ向から否定出来ずにいる自分もいた。

 

未だにその詳細を秘密とされている師匠の計画。

その内容が如何な物としても、装者との戦いは避けて通れないだろう。

必然と化した戦い、避けては通れない戦いの道。

いずれセレナは二課と、そして彼女達と戦うだろう。

 

セレナは確信していた。

もしもドクターウェルの暴走が引き起こしたこの事態が無事に解決し、終わりを迎えれば――必ず彼女達は二課の味方になる。

これは絶対の確信を持って言える。

二課の面々が、そしてあの優しい彼女達が必ずそうするだろう。

どれだけ邪魔されようとも、どれだけ世間から否定されようとも、彼女達は必ずそれを成し遂げる。

そう確信を抱ける程に、私は彼女達と多くの時間を過ごしてしまったのだから。

 

そして二課の仲間となった彼女達は――師匠と戦う。

師匠が叶えようとする父の命題の答えを否定し、争う。

6人の装者と師匠達は争い、そしてその果てに――どちらかだけが生き残るだろう。

 

……故に、その戦力を減らせるであろう絶好の機会である今を活用すべきだと言う考えが頭にあった。

家族を守りたいと願う者の心の声として、そしてアルカ・ノイズ達を率いる指揮官として、その考えが脳裏を支配し、そしてそれは如何なる考えを以てしても完全に払拭しきれない。

今からでも遅くないと囁いてくる始末だ。

けれども―――

 

「……………」

 

――それと同じ位に、この人を助けたいと願っている自分もいた。

敵であるはずなのに、友人でも家族でもない赤の他人だと言うのに。

それでも、どうにかして助けてたいと願う自分も心の中にいる。

決して死なせはしないと、貴女を救いたいのだと訴える自分が……

 

「(どうして…だろう……)」

 

いくら考えてもその答えに辿り着けない。

まるで何かが隠す様に、記憶の奥底にある靄が答えを知る事を拒絶され、もどかしい気持ちになる。

其処に答えがあると言うのに、手を伸ばせば辿り着ける所にあると言うのに、たどり着けない。

故にもどかしく、空しく、そして―――

 

「―――ッ!」

 

不意に体から力が抜けていき、同時に耐えきれない睡魔が襲ってくる。

彼女を掴んでいた手は自然と離れ、視界は揺らぎ始め、足取りがハッキリとしない。

気持ち悪いモノが胸の中を揺さぶり、立っているだけで吐きそうになる。

 

それとほぼ同時に《何か》が命じてくる。

眠れと、目を閉じろと、此処までだと。

前に聞いた物と全く同じその声は優しく、けれども反対は許さないと言わんばかりの強さを以て私の意識を刈り取っていく。

その声に意識が刈り取られ、意識が闇に落ちようとする中で私は必死に前を見て、彼女を見据える。

《もしも》を恐れてこのまま眠れないと見据える。

 

だが、その不安はすぐに解消した。

其処に立っていた彼女の姿を、一度は死を望み、その手で死のうとした彼女を見て――安堵する。

此方の異常に気付くことなく、自分の手を見ながら何かを呟いている彼女の瞳に先程まであった《諦め》はなく、瞳に宿しているのは――《希望》。

どれだけ辛くても、苦しくても、それでも生きる選択を選んだ者のみが宿せる明るい光。

 

「(…ああ、良かった)」

 

その瞳に私は安堵する。

敵を殺さないといけないと言う感情を一瞬忘れる程に、安堵する。

彼女が生きる事を選んだ事に喜びながら――私は静かに瞼を閉じて、闇へと意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《本当にやりたい事》

その一言が、マリアに勇気を与えてくれた。

己が本当に成したい事、本当に叶えたい夢。

それを思い出させてくれた言葉、己の間違いに気づかせてくれた言葉。

その一言をマリアは胸に刻み、そしてその言葉をくれた彼女にお礼をしようとして――気づく。

 

「え…あ、あれ?」

 

其処に彼女の姿はなかった。

まるで其処にいた事さえもが嘘だったかのように跡形もなく姿を消した彼女に戸惑いながらも、マリアは思う。

彼女は本当に何者なのだろうか。

私を敵だと言い、けれどもこうして助けてくれたりする。

会場での一件もあるから味方とは思えないけれども、不思議と敵だとも思えない。

本当に不思議な少女だと思わざるを得ないだろう。

けれども――

 

「…ありがとう」

 

敵か味方か、それは分からないけれども今もう一度立ち上がろうと決意で来たのは間違いなく彼女のおかげだ。

だからこそマリアは小さい声で感謝の言葉を紡ぐ。。

もしかしたら聴こえているかもしれない、そう想いながら感謝の言葉を紡ぎ、そして覚悟を決める。

もう一度戦う覚悟を、そして――

 

 

 

 

 

「―――――♪」

 

 

 

 

本当にやりたい事を叶える為の覚悟を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第133話

 

 

――時間は少し遡る――

 

暁切歌は戸惑っていた。

ほんのつい先程まで戦いを繰り広げていた相手――《死神》

二課の装者を徹底的を追い込み、力の限りを以て暴れ、今や世界全体に恐れられる畏怖の象徴。

その力を、その恐ろしさを知っているからこそ切歌は覚悟を以て戦った。

大好きな調を守る為、その恐怖を飲み込んで謎の力を借りてまで戦った。

もしも、と言う最悪な可能性を胸に抱きながら、戦った。

 

――そんな相手が今、目の前で動きを止めている。

切歌の放った技を喰らい、その身に大きな傷跡を残したまま一切の動きをせずに固まっている。

その姿はさながら彫像とでも呼称するべきだろうか。

 

「どういうこと…デスか?」

 

切歌の放った技は確かに相当な威力を保有していた。

《化物》がイガリマに変化した事、頭の中に今も響く誘う歌声。

その2つがもたらした力は、かつて二課の装者3名を徹底的にまで追い込んだ《死神》に対して有効であった。

これならば《死神》を倒せるのでは、そう思う位に。

 

しかし、その結果がこれだ。

技を受け止めた《死神》は謎の静止を引き起こし、以後動きを全く見せずにいる。

これが自らが持つイガリマによって引き起こされたのか、はたまた《死神》自身に何かしらの問題が発生してこうなったのか、その謎の答えは誰にも分からない。

けれども、1つだけ分かる事があるとすれば―――これが絶好の機会だと言う事だ。

 

「――調ッ!!」

 

切歌は調の名を呼ぶと同時にイガリマを再度構えなおす。

コンビネーションが力となる2人にとって絶唱以外で最も高威力な技は連携技において他にない。

更には今の切歌ならば普段の倍以上の力を発揮する事が出来る。

この状態の連携技ならば《死神》を倒せる、そう判断したからこそ切歌はこの絶好の機会を生かす為に調の名を呼び、連携技を以て打倒そうとする。

 

だが、その呼びかけに調は迷いを見せる。

迷いの源はフィーネがあの少女――ガリスと交わした約束にある。

フィーネが交わした約束、それは《死神》の中に眠るとされる人物の救助を約束するもの。

その対価として彼女…ガリスと呼ばれる女性はフィーネに協力していた。

その正体が何で彼女が扱う力が何なのか、それについての記憶は残されていなかったのが残念ではあるが、彼女はその約束を見事に守り通した。

そして次はその約束にフィーネが答える番と言う段階で彼女は――いや、私の魂が限界を迎えた。

このままでは一体化して私の魂は消滅してしまう状態となり、彼女はそんな私の魂を救う為に自らこの肉体から消滅してしまった。

 

その際にフィーネは記憶を残してくれている。

どうすれば《死神》の中に眠る人を助ける事が出来るのかも、どうすれば月の落下を防ぐ事が出来るのかも、全て残してくれている。

これに従えば《死神》の中にいると言う人を助ける事が出来るだろう。

だが、今それを行うべきかを調は迷っていた。

 

《死神》は謎に満ちた存在だ。

何処から来たのかも、何故私達を襲うのかも、あの力の正体さえも全てが謎に満ちた存在。

そんな《死神》の中に眠る人は――果たして私達の味方なのか、と。

 

仮に助け出したとして今度はその人物が襲ってくるのではないのか。

もしもその人物が《死神》以上の力を所持していたら私達は勝てるのか。

それにそんな人物をマスターだと仰ぐ彼女がもしもそのままこちらと敵対すれば、と。

 

周囲を見渡してみる。

先程まで見えていた彼女の姿は何処にも見えない。

恐らくは切ちゃんと《死神》との衝突の際に姿を隠し、今はどこかから此方を様子見しているのだろう。

本当に約束を守るのかどうかを。

 

「………」

 

迷う、迷ってしまう。

最初は受け継いだ記憶通りに助けようと思っていたのに、その想いを目の前の魅力が阻む。

今ならば確実に止めをさせる、そんな魅力的な状況が月読調に迷いを与える。

約束を守り助けるか、約束を反故にして《死神》を倒すか。

その2つの選択肢が調を迷わせ、足を止めさせる。

 

そんな月読調を2つの視線が見つめる。

1つは暁切歌のもの。

自身の呼びかけに反応せずに何故か迷っている月読調を困惑しながら見つめる。

 

もう1つは調の予想通りに先の戦闘時のいざこざに紛れて姿を隠したガリスのもの。

月読調が見せた迷い、目の前の状況からその迷いの正体を理解し、彼女がどう判断するのかを見つめていた。

――仮に反故にすると言うならばその首を吹き飛ばしてやろうと思いながら。

 

月読調は迷う。

目の前の魅力的な状況に、フィーネから託された想いに挟まれて迷う。

迷いに迷い、そして――――

 

「切ちゃん!!」

 

叫んだのは親友の名前。

呼ばれた少女は突然の大声に一瞬驚きを見せるが――

 

 

「――お願い、切ちゃんの力を私に貸して!!」

 

 

親友からの願いにその表情はすぐさまに真剣なものへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ッ」

 

ドクターウェルは軽い頭痛と共に目を覚まして辺りを見渡す。

少し離れた所に見える自身の憧れであり、全てである偉大なる姿を目視して安堵の息を吐きながら、自身がどうしてこんな所に眠っていたのかを思い出そうとする。

 

「――嗚呼、あのくそがきか」

 

思い出したのはつい先程起きた戦闘の事。

何故か元の姿に戻った暁切歌が偉大なる英雄に刃を向け、その際に生じた衝撃破によって吹き飛ばされて気絶してしまったのだと思い出す。

 

「本当にこれだからガキは嫌いなんですよ…」

 

どうやってあの状態から元に戻ったのかは分からないが、元の姿に戻った彼女が生み出していたフォニックゲインやシンフォギアの稼働数値は以前の倍以上になっていた。

きっと元の姿に戻る際に何らかの出来事があり、その結果ああなったのだろうと簡単に推察できる。

同時に、その危険性もまた推察出来ていた。

 

「…万が一って可能性がありますからねぇ」

 

ソロモンの杖を手放さずに気絶していた不幸中の幸いだろう。

今頃あのガキは僕の英雄を相手に戦いをしているのだろうが、倒されてしまうわけにはいかない。

あの邪魔なガキをこの手で始末し、残った二課のくそ共も殲滅して、さっさと全てを終わらせよう。

そうして迎え入れるんだ、あの英雄を。

 

「間違いなく彼こそが王となるべき御方だ…ッ!」

 

一度は自分が王に、英雄になろうと思った。

多くの人々を支配し、慕われる英雄になろうと憧れ、その為にこの計画を企てた。

だが、違ったのだ。

本当に王になるべきは僕じゃない。

あの御方こそ――あの英雄こそが本当の、本物の英雄だと思い知ったのだ。

 

だからこそ男はあの英雄に全てを捧げる。

自分が企んだ計画も、自分の腕を犠牲にしてまで呼び起こしたネフィリムも、そして男の命さえも捧げる。

今のドクターウェルは《死神》を崇める狂信者だ。

《死神》を守り、《死神》に尽くし、《死神》に命を捧げる。

その全てに一切の迷いはなく、その全てに一切の後悔はない。

――故に狂信者であった。

 

「―――――あん?」

 

そんな彼が今なお英雄を邪魔しているであろう切歌達を排除せんと向かおうとして、不意に自らの腕と一体化しているネフィリムを通してフロンティアに起きている小さな異常に気付く。

フロンティアの防衛設備、その一部分の管理権限が何者かに奪取されている事に。

そして奪取されたその防衛設備の位置は――――

 

「―――ッ!!!!あんのくそばばぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!」

 

全てに気付いた男は駆けだす。

怒りを力に変えて駆けて向かう。

脳裏に浮かぶ老婆の姿に怒りを抱きながら、自身の英雄を守る為に駆けだした。

 

 

 




駆けだせ僕らのウェル博士!!


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クリスちゃん誕生日

イエーイ
あ、今回だけど誕生日祝い話がおまけ程度で、残りはちょっと前に考えてたクリスちゃんメインのお話のプロローグと言う中々にすさまじい悪魔合体した話な上に中途半端な形で終わる話ですけど……許してください…ネタが…ネタが尽きたんです(誕生日話)




 

「……何だこれ」

 

 その日、雪音クリスは自身の誕生日を十分に楽しんだ。

美味しい料理、豪華な飾りつけ、様々な誕生日プレゼント。

どれもこれもが嬉しく、楽しく、そして幸せで、あっと言う間に終わってしまった。

その事に僅かな寂しさこそ抱いたが、その寂しさを上回る位に楽しませてくれた可愛い後輩と頼りになる仲間達との楽しい楽しい時間を過ごし、後は家に帰って寝るだけだ…と言う段階で帰宅したクリスの前に、《何か》が置かれてた。

 

「………爆弾、じゃあねぇよな」

 

 机の上に用意されていたのは白い袋に包まれた《何か》

その形と窓の外に降り注ぐ雪、そしてほんの数日前に過ぎた例の祝日のせいで、それは誰がどう見ても世に言う《サンタさんからのプレゼント》にしか見えないだろう。

これが切歌か調、またはあのバカ辺りならば純粋に喜んで白い袋の中身を取り出しに向かったかもしれない。

 

 だが、此処にいるのはクリスだ。

幼少期に過酷な人生を送り、フィーネに拾われてからも過酷な日々を送り、サンタなんていう幻想がこの世に存在してはいないと熟知しているクリスだ。

だからこそ彼女は喜びよりも警戒を示す。

その手にシンフォギアを握り、何時でも戦える用意をしながら白い袋をゆっくりと近づく、その閉じられた袋を開封していき、そして―――

 

「――――ッ‼‼?」

 

白い袋から漏れ出した大量の光が部屋全体を包む込む、

そのあまりの輝きにクリスは目を開く事も叶わず、だからこそ気付けなかった。

袋の中から出た《何か》が自身の身体を掴み、袋の中へと引きずり込んでいくのを――

 

「なッ!?」

 

 気付いた時にはもう遅い。

クリスの身体は意図も簡単に《何か》に捕まり、そしそのまま袋の中へと引きずり込まれていく。

クリスも必死に抗おうとするが、引きずり込まれるその力は強く、シンフォギアを纏っているのであればともかく、今のクリスではこの力には逆らえない。

そしてクリスは――必死の抵抗空しく、白い袋の中へと引きずり込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ぇ――ぶ―――?」

 

 ――誰かがアタシを呼んでいる声がした。

優しい手つき、心地良い声。

触れているだけで暖かくて、聴いているだけで安心する声。

そんな手と声に釣られてアタシは目を覚ます。

 

 

「――あぁ!良かったわ!!目を覚ましたのね」

 

「君、大丈夫かい?どうしてこんな所で倒れていたんだい?」

 

 

 ――其処にいたのは1人の男性と1人の女性。

その姿を見ているだけで心の奥で何かが叫び、何故か涙が自然と流れる。

その姿を見ているだけで、生きているその姿を見ているだけで、何故か安心してしまう。

どうしてそう思うのだろうかと思いながら2人の質問に答えようとして――気づく。

 

「――――あ、れ?」

 

 ――自身の中に何もない、と言う事に。

名前も記憶も何もかも――アタシは失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 謎の聖遺物《聖夜の奇跡》によって並行世界の1つに飛ばされたクリス。

だが聖遺物の影響で記憶を失い、全てを忘れた彼女。

シンフォギアの事も、此処が並行世界であると言う事さえも忘れた彼女は行く当てもなく街を彷徨い続け――その世界に住まう雪音雅律とソネット・M・ユキネに救われる。

2人によって病院へと運び込まれるクリスだが、その記憶は一向に戻らない。

 

そんなクリスの力になりたいと2人は彼女を養子として家族に迎え入れる選択をする。

母ソネット・M・ユキネと父雪音雅律、そして――クリスの妹《雪音くりす》の4人家族として過ごす日々。

それはクリスに幸せな日々を与えてくれたが――――その幸せは呆気なく崩される。

 

「クリスちゃん!!助けに来たよ!!」

 

訪れるは元の世界の仲間達。

彼女らは知っている、この世界は聖遺物によって作られた世界でその世界がクリスを捕えているのだと。

並行世界としては弱弱しい可能性しかない世界を聖遺物の力で無理やり維持する事で保たれた世界。

歌の力を以てすればこの世界を維持する聖遺物を破壊する事が可能であり、そうすれば世界は消え去り、クリスの記憶を元に戻せて助け出せると。

だからこそ彼女達は世界を壊そうとする、クリスを、仲間を助ける為に。

 

しかしそれを阻むのは――

 

 

「おねえ、ちゃん?」

 

「――ああ、大丈夫だ。姉ちゃんが絶対に…絶対に守ってやるからな」

 

 

記憶を失いながらも、家族を守る為に戦う力を取り戻したクリスは歌う。

かつての仲間に銃を向けて、この世界を守る為に歌う。

 

「――ッ!?どうしてクリスちゃん!?」

 

「うるせえ!!てめぇらが誰だろうが関係ねぇ!!アタシは――アタシはこの幸せを守る為に歌うんだ!!」

 

ぶつかり合う歌と想い。

仲間を救う為に歌う少女と、この世界で得た幸せを守る為に歌う少女。

戦いの果てに残るのは――どちらか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アタシは、てめぇらを殺してでも――この幸せを守るッ!!!!」

 

 

 

 

 

 




ちなみにこのお話一度だけ公開しようかなぁと下書きしてそのままお蔵入りしてたりしてます(白目)


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第134話

新年あけましておめでとうございます(遅い)。
去年は大変な一年でしたが、今年は少しでも状況が良くなる良い年にしたいと切に願っております。
どうか皆様も体調に気を付けて良いお年をお過ごしください



 

「な、なんデスと!?あの中に人が居るって……それ本当デスか調!?」

 

「うん、間違いない」

 

 未だに動きを見せない《死神》

その前でいつ動き出しても対応出来る様に警戒しながら切ちゃんに私が知る限りの情報を伝える。

あの中に人が存在している事、そしてその人をフィーネが救おうとしていた事。

それらを全て話していたが、何故かその内容に彼女の――《ガリス》の名前が出る事はない。

 

 自分でもどうしてとは思う。

シンフォギアとは違う異なる力を用いて戦う謎の少女。

フィーネの事を知っていて、フィーネも彼女の正体を知っていた。

そんな彼女の存在も話すべきだと思っている。

思ってはいるけれど――何故かそれを口にしようとすると躊躇ってしまう。

 

 《話すべきではない》と言葉が出てこなくなってしまう。

きっとその原因はフィーネの記憶にあるのだろう。

彼女から引き継いだ記憶、今の私では全てを見る事が出来ない《其処》に何かがあるのだろう。

その理由を知るべきではあると思うけれど、今優先すべきは目の前の状況だ。

 

 彼女が救おうとした人を私が助ける。

彼女がやり残したからではなく、私が助けたいから助ける。

マリアや切ちゃんが私を助けてくれたように――

その為には切ちゃんやマリア、そして二課の人達の力が絶対に必要となる。

だからこそ必死に説明し、そしてお願いする。

 

「だからお願い切ちゃん、その人を助けるのに力を貸して」

 

 調からの必死の願い。

それを前に切歌は戸惑いを見せる。

《死神》の中に人がいてそれを救おうとする、それ自体は良いし、力になる事に何も意見はない。

確かに《死神》に対しては様々な感情があるが、それでも調の頼みとあれば何とか飲み込む事が出来た。

だが、1つだけどうしても飲み込む事が出来ないのは―――

 

「(あのフィーネが人を助けようとしていた…デスか…)」

 

 彼女がそんな事をしていたと言う事実、それだけがどうしても受け止められない。

切歌にとって…いや、白い孤児院と言う地獄を経験した者にとって彼女がそんな事をするとは到底思えないのだ。

 

 あの日々を思い出す。

白い孤児院に集められ、来る日も来る日も過酷な訓練と薬の投与による苦痛。

肉体も精神も、全てがボロボロになって幾度も死を連想したあの地獄の日々を思い出す。

そしてそんな地獄を作り上げた当の本人は――私達に目を向ける事は無かった。

万が一の場合の器、フィーネからすればその程度の認識しか私達に無かったのだろう。

お前のせいでこんな地獄にいるのに、そう憎んだ事も幾度もあったし、今もその憎しみを忘れてはいない。

 

 だからだろう。

彼女が誰かを救おうとしていたと言う善意に満ちた行動を疑ってしまう。

その裏に何かあるのではないのか?もしかして調を騙そうとしているのではないのか?

その疑いが私に戸惑いを生む。

その選択を受けて良いのかと、迷い、踏みとどまらせる。

 

「…切ちゃん?」

 

 そんな切歌に何かしらを感じたのだろう。

心配する様に顔を覗き込んできた調に切歌は慌てて咄嗟的に返事をしようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《轟音》が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これならば」

 

 好機だと、そうナスターシャは捉えた。

動きを見せない《死神》、《死神》と切歌との戦いの衝撃に巻き込まれて姿が見えないドクターウェル。

今しかない、そう判断したナスターシャの動きは素早かった。

 

「お、おい何してんだ?」

 

「《死神》がいるポイント周辺の防衛設備の管理権限をドクターから奪取しています、ドクターが居れば容易く阻まれてしまいますが今ならば―――良し。これらの威力では倒す事は出来ませんがフロンティアから突き落とすには十分です。後は重力操作で海底奥深くにまで沈めればいくら《死神》であろうとも…」

 

 さほどの時間を有する事なく《死神》周辺にある防衛設備の管理権限を奪い取るとそれらの攻撃対象を《死神》にセットしていく。

その動きは手早く、そして無駄がない。

そんな動きをナスターシャの護衛として近くにいたクリスは呆然と眺めていたが―――

 

「――うッ!!」

 

 当然ナスターシャが口元を抑える様にして酷く咳き込む。

その姿に慌ててクリスはナスターシャの背中をさするが、その時に見てしまった。

口元を抑えていた手、其処にある大量の吐血を。

 

「お、おいそれって…」

 

「……見られてしまい…ましたか…ええ、貴女の想像通りです。私の命は…もう永くありません」

 

 淡々とナスターシャは自らの肉体の限界を告げる。

彼女の身体を蝕む病気によって、残された命の灯はあとわずか。

その上に本来ならばすぐにでも医療機関に入院するべき状態であるにも関わらず、肉体を過労し過ぎた影響もあり―――彼女の命はあと数日、どれだけ長くても次の週を迎える事は出来ないだろう。

 

「なに余裕ぶっこいてんだ!!すぐに二課に連れてってやる!!あそこなら治療だって――」

 

「では、誰が此処を管理するのですか」

 

 ナスターシャの言動にクリスは言い淀むしかなかった。

この場において此処を管理できるのはナスターシャしかいないのも事実。

仮にクリスがこの場に残ったとしても、いったい何が出来るだろうか。

 

 クリスとて決して無力ではない。

多少の機械操作は出来るし、フィーネと一緒に居た時に彼女から学んだ異端技術の知識だってある。

最低でも装者3名の中では間違いなくそう言った技術に特化している、そう断言しても良いだろう。

だが、それだけの知識があるクリスだからこそ逆に分かってしまった。

自分では何も力になれない、と。

それほどまでに目の前にあるフロンティアの異端技術は彼女の知識の上の上を行っていた。

自身が持っている知識などでは何も出来ない、そう自覚してしまう程に。

 

 だからこそクリスは己の無力を痛感し、そこから生まれる苛立ちで奥歯を噛み締めた。

今なお命が燃え尽きてしまいそうな彼女に託すしかない、この状況に苛立ち、噛み締めた奥歯が砕けそうになる程に、強く、強く、噛み締めた。

 

「……貴女は優しい人ですね、雪音クリス」

 

 ナスターシャの言葉に思わず笑ってしまいそうになる。

優しい人間?そんなわけないと。

何故なら今まさにクリスは一人の命を奪おうとしているのだから。

目の前でその命を燃やそうとしている人がいるのに、それを助ける事が出来ないのだから。

そんな人間が優しい筈がない、そう笑って否定しようとする。

 

「いいえ、貴女は優しい人です。だって……私の様な間違えた人を泣いてくれるのですから」

 

 泣く?その言葉の意味が理解出来なくて何気なく目元に手を持っていくと、其処には確かに涙があった。

自分でも気づかない程に無意識に流していたそれに思わず驚いてしまう。

幼少期から過酷な人生を生きてきたクリスにとって涙などとっくの昔に枯れ果てたものだと思っていた。

それが今流れている、目の前の命が失われようとしている事実に、流れている。

そんなクリスを優しい面持ちで見ていたナスターシャは、不意に言葉を漏らす。

 

「…貴女を……いえ、貴女達を見ているとあの子を思い出してしまいますね」

 

 あの子?

それはいったい誰の事なのか、思わずクリスがそう問おうとした瞬間にナスターシャが捜査していた異端技術から音が鳴り響く。

ナスターシャが奪取した防衛設備、その全ての狙いが《死神》に定まった事を知らせる警告。

それを聞いたナスターシャは先程まで見せていた優しい面持ちを消して、真剣な表情で機材に目を向けると同時に――

 

「雪音クリス、貴女にお願いがあります」

 

「え、あ…な、何だよ」

 

 あまりにも見事な切り替わりにクリスの返事が僅かに戸惑い、遅れる。

しかしそんな遅れなど気にする事なくナスターシャは願いを口にする。

 

「私の護衛はこれ以上必要ありません、ですから貴女はあの子達の…切歌や調の元へ行ってください、あの子達には貴女の力が絶対に必要になります」

 

「な、何言ってんだ!!アタシがいなけりゃどうやってノイズを迎え撃つってんだ!!」

 

 クリスに与えられている命令は護衛。

ナスターシャの裏切り、それをドクターウェルが気付かない筈がない。

いずれあの男はノイズを送り込んでくる、それに備えてクリスは護衛として残っていた。

今の今まではノイズが来なかったのはあの男の目が《死神》に向いていたからで、その《死神》に対し攻撃を仕掛ければ、間違いなくあの男の目はこちらを向く。

《死神》に傷つけた敵として、敵意と殺意を向けるだろう。

その時に送られてくるノイズを装者なしで撃退する等出来る筈もない。

だからこそクリスは反対する、与えられた任務を全うする為に、そして今なお命を燃やしている彼女を守りたいと願う己の心に答える為に。

 

「…安心なさい。貴女が出た後に此処の隔壁を閉めて籠城します。フロンティアの中枢に近い此処はどうやらノイズの侵入を阻む特性の壁である事を先程確認しました。恐らくは破壊を防ぐ為に作られた物なのでしょう。ですから大丈夫です」

 

 ナスターシャの言葉通りならば確かに籠城はありだ。

なにも何日も籠城するわけではない、数時間程度ならば食料等を気にする必要もない。

事を終えて救援に来れば万事解決の素晴らしい提案だ。

だが―――

 

「――本当、だな」

 

「ええ、本当です。ですから行ってください」

 

 此方に一切表情を向ける事無くそう告げるナスターシャ。

クリスはそんな背中を静かに見つめて、何かを葛藤する様に少しだけ迷うと――振り返って走りだした。

 

「良いか!!絶対に此処に立て籠もってろ!!全部終わらせたら絶対に助けに来るからな!!」

 

 そう叫んでクリスは向かう。

あの戦場へ、自身を救ってくれた仲間がいるあの戦場へと、向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――行きました、か」

 

 静かになった室内、ナスターシャは端末を操作して隔壁を下ろす。

《ノイズの侵入を阻む特性》、そんなものあるわけもないただの隔壁を下ろす。

 

「……我ながら凄い嘘ですね」

 

 ナスターシャはずっと気付いていた。

あの戦場の映像をずっと見つめるクリスを、あの場へと向かいたいと思っている感情を必死に我慢して護衛と言う任務についていてくれた事を、知っていた。

こんな私を守る為に我慢してくれていた事を、知っていた。

 

 だからこそ、行かせたのだ。

こんな命が燃え尽きそうな老婆を守るよりも、彼女が本当に成したい事を――

彼女が本当に守りたい人達、その人達がいる戦場へと。

 

「…マリア、調、切歌」

 

 そんな優しいあの子ならば、あの子達ならばきっと私の可愛い子達も守ってくれる。

切歌や調、そしてマリアを、守ってくれる。

だからもう―――後悔はない。

 

 

「――システム起動、対象《死神》へ攻撃を開始してください」

 

 

 そして轟音が鳴り響く。

《死神》に向けて一斉に放たれる防衛設備の咆哮が、そして――私の最後を知らせる音が、鳴り響く。

 

 



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第135話

 

鳴り響く轟音。

フロンティアにいる全ての人が聴こえているであろうそれは激しい音を掻き鳴らしながら――《死神》へ向けて一斉に攻撃を始めた。

 

「な、なんデスかこれはッ!?」

 

「ーーッ!?」

 

その影響をまともに受けているのは切歌と調だろう。

鳴り響く轟音と共に《死神》目掛けて放たれるフロンティアの防衛設備の数々、その余波が二人を襲う。

 

「ーーッ!調!あそこに行くデスよ!!」

 

襲ってくる余波、それから逃れる為に切歌は調の手を握るとすぐ近くにあった余波を避けられそうな窪みへと避難すると、2人で《それ》を見上げた。

降り注ぐ攻撃の嵐、フロンティアに施されていた防衛設備が与えられた役目を果たさんと《死神》へ向けて次々とその機能を以て攻撃し続ける。

異端技術が誇る火力と物量、それは並大抵の物であれば易々と破壊し尽くしてしまう程に激しく降り注ぐ。

 

《―――――――――――》

 

対する《死神》は何もしていない。

悲鳴を上げるわけでもなく、反撃するわけでもない。

ただ立ち尽くし、攻撃の嵐を受け続けていた。

 

「い、いったいどういう事デスか…?」

 

その状況を切歌は困惑しながら見ていた。

フロンティアの現在の管理権限はドクターウェルの手にある筈。

そのフロンティアの防衛設備が《死神》を攻撃している、そんな事あのドクターがする筈がない。

それなのにどうしてと戸惑い、困惑する2人であったがそれに答えるかのように通信機が突然起動する。

 

《聴こえていますか。切歌、調》

 

「え!?こ、この声って……マムデスか!?」

 

「マム!?」

 

2人の通信に突如聴こえたのは、2人にとって大事な家族の1人であるナスターシャの声。

突然の通信に驚きながらもナスターシャの無事が確認できた事に安堵する2人だが、その気持ちはナスターシャとて同じだった。

 

2人の無事、この数時間で起きた様々な出来事の果てにそれが確認できたのは素直に嬉しい事であり、本当ならば話したい事はたくさんある、そう思うのは2人もおナスターシャも同じ気持ちであった。

だが、今はその時間さえ惜しい、そう判断したナスターシャは2人が言葉を発する前に淡々と言葉を紡ぐ。

 

《現在フロンティアの防衛設備の一部管理権限を私が奪取しています。その攻撃は私の手による物です》

 

「デデデ!?これマムがしてるんデスか!?」

 

今現在フロンティアの管理権限はドクター…正確に言えばドクターウェルの腕と一体化したネフィリムによって管轄されており、そのネフィリムから一部とは言え管理権限を奪い取って見せるナスターシャの技術力は流石と言うしかないだろう。

だからこそだろう、切歌がその質問をしたのは――

 

「でもマム、こんな攻撃してもあいつには意味が無いデスよ!!」

 

そう、あの攻撃の嵐を受けても――《死神》には効果がない。

どれだけの火力を浴びても、どれだけの物量を受けても、《死神》の外皮には損傷らしき損傷が見えない。

異端技術の塊であるフロンティアの防衛設備でこれなのだ、もしかしたら核ミサイルを受けたとしてもあいつは無傷でいるかもしれない。

そんな恐ろしい妄想に身震いしながらも問うた切歌の質問に、ナスターシャは告げる。

 

《ええ、理解しています。ですからこの攻撃の目的は倒す事ではありません》

 

「…?それってどういう意味デスか?」

 

ナスターシャの言葉の意味が理解できないと頭を傾げる切歌であったが、それとは反対に調はまさかと《死神》を見上げる。

降り注ぐ攻撃の嵐、それは徐々にでこそあるが《死神》を後退させていく。

一歩、一歩とゆっくりとではあるが、確実に後退させている。

その果てにあるのは――崖。

それらを見ていた調はこの攻撃の目的が何にあるのかを即座に理解した。

 

「――ッ!駄目!!マム攻撃をやめて!!」

 

ナスターシャの言葉の意味、それは《死神》をフロンティアから《死神》を突き落とし、フロンティアにある防衛設備の1つ、重力操作で《死神》を海底奥深くに沈める事にあると理解した調はナスターシャへ向けて叫ぶ。

理由は2つ、1つは《死神》の中にいる人物の為。

いくら《死神》が無敵だとしてもその中にいる人物はそうではない可能性がある。

そうなると海底奥深くにまで沈められれば水圧で死んでしまうかもしれない上に、フィーネが残してくれた中にいる人を助ける計画が破綻してしまう。

そしてもう1つは―――

 

「マム!!すぐにそこから逃げないと!!」

 

――あの男がナスターシャに害する可能性が極めて高いからだ。

彼が《死神》を崇拝しているのはもう誰もが知っている周知の事実だ。

だからこそその《死神》を害そうとしているナスターシャをあの男が許す筈がない。

ナスターシャは言った、奪い取ったのは防衛設備の一部管理権限だけだと。

ならばそれ以外の全ての権限は未だにあの男の手にある、ならば――ナスターシャの命1つ奪う位容易い筈。

 

「そんな…逃げるデスマム!!あいつならアタシ達がなんとかするデスから!!」

 

「逃げてマム!!」

 

必死に声を荒げる。

今この瞬間でさえもその命が失われるかもしれない、そんな恐怖に震えながら。

共に戦う仲間として、そして大事な家族として、失いたくないと必死の思いで叫ぶ。

けれども―――

 

《聞きなさい切歌、調。私はもう――長くありません。2人もそれは理解しているでしょう?》

 

――その言葉に2人の叫びが止められる。

 

「それは――でも!!」

 

2人とて理解はしていた。

ナスターシャの命、それがもう長くはないと言う事を。

今日までドクターによって処置を受けていたからこそその命を繋いでこれたが、それも端的な言葉で言えば――延命でしかないのだ。

ナスターシャの身体は当の昔に限界を迎えている。

本来ならばどこかの医療機関に居なければならない程に悪化した身体を無理やり動かしているツケは、彼女の寿命を奪う事で成り立っている。

そんな状態にある事を2人は知っているし、突然ナスターシャの命が失われる可能性がある事だって理解している。

 

《……私に残された命は罪を償うには少なく、きっと貴女達に更なる重みを背負わせてしまいます。それならば…今できる限りの償いを果たし、残されてしまう貴女達に課せられる重みを少しでも持っていく。それが私にできる償いなのです》》

 

2人は理解する…理解させられる。

ナスターシャはもう諦めているのだと。

自身が助かる事を、生き残る事を。

そして残された命全てを――残される私達の為に使おうとしている、と。

 

「――ッ!!そんな…そんなの可笑しいデス!!マムだけが罪を背負うなんて可笑しいデスよ!!アタシ達だって悪いんデス!!ドクターに騙されて!!世界中滅茶苦茶にして!!――アタシ達だって罪を償わないといけないんデス!!調やマリアと、そしてマムと皆で一緒にッ!!だからッ!!」

 

「お願いマム!!きっと二課の人達ならマムの病気だって治せる!!だからッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「生きてマムッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……歳を取ったら涙腺が緩くなるとは言いますが…全く……」

 

2人の叫び声が聞こえる。

生きてと、一緒に生きようと、そう告げる声が聞こえる。

思わず答えてしまいそうになる声、甘い願望を出してしまいそうになる声。

 

――愛おしい家族の声。

 

「……ありがとう優しい子達」

 

聴こえる愛おしい声、愛する家族の声。

ずっと聞いていたくなるその声を――通信機の電源を切る事で遮断する。

 

「…けれども、これは私が成さないといけない事なのです」

 

ナスターシャが視線を向けるのは1つの映像。

突如姿を現した仮面の少女によってもう一度立ち上がる気力を取り戻したマリアが歌おうとしている。

もう諦めないと、そう言わんばかりに覚悟した面持ちで。

 

ならば私はその想いに答えなければならない。

民衆を恐怖に陥れた《死神》、奴をこのフロンティアから叩き落す。

そうする事できっと民衆はもう一度歌声を聞いてくれる筈だ。

あの子が――マリアが大好きな歌声はきっと世界に響いてくれる。

その為ならば――罪に塗れたこの命、捨てるに惜しくはない。

 

「―――落ちなさい」

 

ナスターシャの視線は《死神》へ向く。

フロンティアの防衛設備から降り注ぐ攻撃の嵐が確実に一歩、一歩と奴を後退させていく。

 

「――落ちろ」

 

奴は抵抗さえしない。

降り注ぐ攻撃の嵐、その衝撃を受けてただただ後退していく。

 

「落ちろ!」

 

段々と崖が迫る。

目指すべき到達点が、ゆっくりと迫っていく。

 

「落ちろ!落ちろ!!落ちろ!!!!」

 

もう少し、もう少し、もう少し!!

握りしめた車いすのレバーが悲鳴を上げる、それ程までに力強く握りしめナスターシャはそれを見つめる。

崖に到達した《死神》を、降り注ぐ攻撃の嵐を、

そして――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――やってくれたなぁ、ババァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――攻撃が、止まった。

《死神》をあと一歩の所まで追いやり、後一撃でも当たれば落とせるであろうと言う段階で、止まった。

それと同時に聴こえた声にナスターシャは――静かに目を瞑り、そして謝罪する。

 

《間に合わなかった》と。

 

 

 

 

 

 

 

 




ドクター活躍


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第136話

 

「ドクター、ウェルッ!!」

 

ナスターシャは苦々しい感情を胸にその名を呟く。

もう少しだったのに、と。

もう少しであの《死神》を叩き落す事が出来たのに、と。

 

《…なぁんかやっているって知ってはいましたけれど、まあ所詮ババァの悲しい抵抗だって見過ごしてやってたのに…よくもまあこんなふざけた真似してくれたなぁ…ババァ》

 

対するドクターウェルの声は冷静でこそあるけれども、言葉の節々から堪え切れない怒りが滲み出ている。

無理もない、彼からすれば崇拝する《死神》を害そうとしたと言うだけで十分な理由となるのに、ナスターシャが行おうとしたのは《死神》の海底封印と言う英雄の末路にふさわしくない終わり方。

《死神》を英雄視する彼からすれば、それはもう許されない行為であった。

それらの理由を以て男は怒りを胸に抱く。

止まらない憤りを、燃やし尽くしそうな憎悪の炎を、胸に宿す。

 

「――ッ!聞きなさいドクターウェル!!今その《死神》を落とさなければ世界が終わってしまうのです!!《死神》さえいなければマリアの歌が世界に響き、旋律となって月の落下を防ぐ手立てとなるのです!!貴方とて世界の終焉を望んでいるわけではないでしょう!?ですから――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴーちくぱーちく騒ぐなババァ!!!!世界の終焉!?マリアの歌が世界を救う!?なぁぁに寝ぼけた事ほざいてんだよ!!!!僕にとって大事なのは――僕の英雄と僕の英雄が支配する世界だけなんだよぉぉ!!!!僕はもう決めてるんだ!!!!このフロンティアで僕は僕の英雄と共に僕達の世界を作る!!!!僕の英雄が絶対の王として君臨し、僕がそれを支える素晴らしい世界をぉぉぉ!!!!!その素晴らしい世界を、僕の英雄を否定するこんな世界なんか知るかってんだ!!!!月が落ちようが核が爆発しようが知るか!!!!勝手に滅んでろバーカぁぁ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聴こえるおぞましい欲に満ちた雄叫び。

それを前にナスターシャはただ黙って歯を噛み締めるしかなかった。

もう、この男には私の…いいえ、誰の言葉も届かないと。

 

《しかしまあ馬鹿の一つ覚えみたいに月月月!!!!そんなに月が好きってんならぁぁぁ!!!!》

 

ドクターウェルは怒りに身を任せて己の腕に一体化したネフィリムを通してとあるシステムを――ナスターシャが居る区画を射出させようとする。

本来ならば緊急脱出時用の区画射出システムだが、流石は異端技術の結晶であるフロンティア。

この出力ならば容易く月までの片道切符を果たせるだろう。

だからこそドクターウェルはそれを起動させようとする。

大好きな月へと飛ばして殺してやる、そう息巻いてそれを起動させようとして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

《―――――はん、とりあえずお前は後回しだ。そこで大人しく震えてろ》

 

 

 

 

 

 

 

 

――その言葉を最後にナスターシャが居る区画の明かりが落とされた。

試しにと操作を試みてみるが、此方側からのアクセスは全て拒絶されている。

この区画全てのシステム操作権限を奪われたのだと理解し、こうなっては自分に出来る事は何もないと己の無力さを嘆くと同時に1つの疑問を抱く。

 

「…どうして……」

 

――どうして、あの男は私を殺さなかったのかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これで良いですか?」

 

ドクターウェルは端末に接続しているネフィリムと一体化した逆の手を挙げながらそう問いかける。

己の背後に立つ女性に、その手に槍を握る少女に。

 

「ええ、上等です。後は貴方が死んでくれたら万々歳なんですけれど」

 

少女の名はガリス。

マスターセレナに仕える従者であり、家族でもあるオートスコアラーの一体。

そのガリスがドクターウェルに槍を突き立てる。

少しでも動いたら突き刺す、そう言わんばかりに。

 

「――それで?」

 

――その状態でガリスは問う。

圧倒的有利な状況で、ほんの少し手を伸ばすだけでその命を奪える状態で、ガリスは問う。

問わなければならない問いを、問う。

 

「…それで、とは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どうしてわざと捕まったのか、と聞いているのです。ノイズを出すわけでも、ネフィリムを使うわけでもなく、無抵抗で意図的にこの状況を作り出した理由を問うているのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガリスがこの男を捕えた時に感じたのは、マスターからの使命を達成できた満足感でもなければ、やっとの思いで捕まえる事が出来たと言う安心感でもない。

ただただ、気味が悪かった。

己の目的達成の為ならば自身が持つ天才と言う名にふさわしい知識を最大限フル活用するこの男が、ノイズを呼び出す事もなければネフィリムを使って抵抗さえせずに大人しく捕まる。

それも彼にとって愛しの《死神》がいるこの状況で、だ。

 

――あり得ない。

崇拝すべき対象が居る前でこの男がそんな愚行を犯すとは到底思えない。

何かがある、そう判断したからこそガリスは問うた。

意図的に捕まり、己の命の運命を少女に握らせる、そんな男からすれば最悪な状態を作り上げた理由を、問う。

返答次第では捕縛と言うマスターからの命令に背いてでもその命を落とすと槍を握りながら。

 

そして、そんなガリスの問いにドクターウェルは―――満足げに笑みを浮かべた。

 

「くふ、くふふ…!!流石は僕の英雄の仲間だぁ!!他のバカどもよりも知能が優秀だぁ!!」

 

ドクターウェルが零した言葉にガリスは警戒を強める。

 

「(こいつ…あの暴走状態のマスターと仮面の人物が同一人物だって見抜いてる!?)」

 

《死神》の正体を知っている、それだけで処分する理由になった。

無意識にガリスは己が握る槍を男の心臓に突き刺そうとする。

彼女達オートスコアラーが発揮できる力の前では例えネフィリムと一体化している身体であろうとも容易く貫通して見せるだろう。

その力を以てガリスは男を仕留めに掛かる。

こいつを生かしておくのは危険だと、生かしてはおけないと。

そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――此処に誓おう!!!!今後僕は僕の持つ全てを以てあの英雄に仕えると!!!!この知識も!!!!命もなにもかもを捧げよう!!!!だからどうか――僕を貴女達の仲間にしてほしい!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――清々しい程の笑みを以て、男は跪いた。

王に従う中世の騎士の様に、男はガリスと遠くに見える《死神》に跪き、忠誠を捧げた。

 




ドクターウェルがなかまになりたそうにこちらをみている


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第137話

 

「――はぁ?」

 

一瞬、この男が何を言っているのか理解できなかった。

この状況で、己の命が失われようとしているこの瀬戸際で、この男は従属を誓おうとしてきた。

 

「必ずや僕の知識はあの御方の力になる!!だから僕を貴女達の仲間にしてほしい!!」

 

――最初は醜い命乞いだと思った。

死にたくないと言う願望から出た嘘だと、この場を凌ぐ為の嘘だと、そう思った。

だが、すぐにその可能性を否定する。

己の命が失われるかもしれないこの状況を自ら作り出した事。

そして――男の瞳に宿る狂気に満ちた喜びがこれが命乞いではなく、本心からの望みである事を理解する。

 

「…あんた何言っているのか理解しているの?」

 

そんな狂気の瞳を前にガリスはただそう告げる。

この男からすればこの男が目的に定めている《己が英雄として扱われる世界(笑)》への理想到着はもう間もなくだ。

邪魔する勢力を排除し、自身を英雄だと……いや、王だと認める人物だけをこのフロンティアに乗らせて宇宙へと逃れる。

そんなゴールを目の前にして、この男は従属を誓おうとしているのだ。

己の目的を失ってまで――

 

「理解していますよぉ!!今の僕にとって大事なのは僕の英雄にィ!!あの御方にお仕えする事だけだぁ!!!!」

 

「――それであんたの理想とやらが崩壊しても?」

 

「無論当然です!!なんなら月の落下阻止にだって全力で協力しますよぉぉ!!共に僕らの王をお守りしようじゃないですかぁぁ!!!!」

 

――狂ってる、それがガリスがこの男から得た感想だった。

狂気に囚われた人間とはこうも壊れるのかと思わず感心してしまいながらも、ガリスは迷った。

 

「(……こいつの存在は危険だわ)」

 

この男が今まで起こしてきた所業の数々だけでも断罪するには十分だと言うのに、こいつは《死神》とマスターが同一人物である事を見抜いている。

もしもその情報が洩れたら……最悪だ。

ならば今この場で仕留めておいた方が良いかもしれないが、

 

「(…だけど、その危険性に相応しい位に…この男は使える)」

 

櫻井了子レベル、とまでは行かなくてもこいつは天才を自称するだけあって研究者としてみれば間違いなく優秀な人材だ。

櫻井了子以外で唯一LiNKERを製造し、異端技術を始め多くの専門知識を有しており、その身体にはネフィリムを宿している。

もしかしたらこの男の知識ならばマスターを《死神》から戻す方法を見つけ出す事が可能かもしれないし、今後この男の知識を利用できると言うならばそれは間違いなく力となる。

それに手元に置いておけば万が一の場合に――始末するのが楽だ。

 

故にガリスは迷った。

この男の危険性と利用価値、その2つを天秤に並べて考えようとして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ソレ》は鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

《死神》は《彼女》が戻ってきたのを感じた。

《死神》の身体で最も安全な場所に戻ってきた彼女。

そこから感じる彼女の温もり、それが停止させていた全身へと駆け巡る。

全身へ、全身へ、全身へ。

駆け巡る温もりは次第に身体を動かすエネルギーへと変換されていく。

ゆっくりと動き出す身体と共に停止していた思考が動き始め、停止していた間に見ていた光景が再生される。

 

――そこには《敵》しかなかった。

動きが止まっている間に止めを刺そうと画策する者、フロンティアから叩き落して海底に眠らせようとした者。

敵だ、敵しかいない。

此処にはやはり彼女を傷つけようとする敵しかいないのだ。

 

《(――マモラナイト)》

 

《死神》は再度決意する。

彼女の敵を皆殺しに、彼女に安息をもたらさないといけないと。

故に《死神》は動かなければならないと全身に命ずる。

速く、速く、速く、と。

 

「マム!?聴こえているですかマム!?」

 

「マムどうしたの!?マム!!」

 

まずはこの2人だと決める。

彼女の心をかき乱す存在、彼女を傷つけようとした存在。

――そして、《アレ》を奪った存在。

 

消さなければ、破壊せねば、殺さなければ、取り戻さないと。

循環したエネルギーが徐々に身体を慣らし、動かしていく。

もう少し、もう少しで動く。

もう少しであの子を傷つける者を始末出来る。

優しい彼女を、誰かが傷つく位ならば己が傷つく心を持つ彼女を、守れる。

 

その為ならば、私はどんな汚名でも、どんな浴びよう。

私はその為に此処にいるのだから。

 

故に、死ね。

あの子の平穏の為に、あの子の優しい心を壊してしまう前に、

―――――死んでくれ。

 

《――――――ア゛》

 

咆哮と共に振り上げる腕。

未だに動きづらい身体から繰り出すのは単なる純粋な物理攻撃。

なれど十分だ、彼女達を殺すのには十分すぎる位だ。

完全なる不意打ち、確実に直撃する一撃であった。

だが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを阻むのは1人の少女の拳。

絆と言う言葉を信じ、傷つきながらも優しい心を持つ少女が、

一度は戦う力を無くし、それでも戦場から離れる道を選ばなかった少女が、

 

―――立花響が、それを阻んだ。




立花響復活


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第138話

 

――立花響は駆けた。

その身にもう一度宿った撃槍を――ガングニールを身に纏い駆けた。

 

《これは貴女が使いなさい》

 

思い出す、マリア・カデンツァヴナ・イブの言葉を。

たった1人で民衆の前に立ち歌を奏でようとしている彼女の所へ辿り着いた立花響へと向けた言葉と差し出された撃槍を。

 

《え、けどこれはマリアさんの――》

 

《…いいえ、これは貴女の物よ立花響。私は一度この槍を間違えて使ってしまった。悪意を持った者の言葉に騙されて、それが間違えていると知りながらも《悪》を行った。

…その罪から逃れるつもりはないわ。全てが終わった後にその罪を償うわ。だから…この槍はそんな罪人である私ではなくて、貴女が使って。貴女がしたい事を、貴女が望む事を叶える為の力にしてあげて。きっとその槍もそれを望んでるから》

 

マリア・カデンツァヴナ・イブから受け継いだ想いと力。

それをその肉体に宿し、立花響は拳を構える。

今まさに動き出した《死神》へと向けて、その手が差し向ける2人を救う為に。

 

「ハアァァァァァァァッッッ!!!!!」

 

みんなが笑顔で終われる結末を求める為に。

救いたい人達を、仲間を、その手で守る為に。

どれだけ苦しくても耐えて耐えて、その先に幸せがあると信じて突き進む為に。

その為に彼女は歌を力へと変えて、拳を振るう。

――それこそが《立花響》の生き方だと示す様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----------------------------------------------------------------------------------------

 

「――ッ」

 

風鳴翼は僅かな痛みと共にゆっくりを目覚める。

見えるのは《死神》との戦闘により荒れたフロンティア。

その一角で眠っていた翼は周囲を確認しながらゆっくりと剣を支えに立ち上がる。

 

「…ここ、は」

 

目覚めてすぐで脳が上手く動かない。

どうして自分はこんな所で眠っていたのか、それを自身に問い掛けようとして――

 

「先輩!!」

 

聴こえてきた声に振り向きながら、思い出す。

あの仮面の少女と戦いの果てに起きた結末を、己の腹部を突き破った黒い手を。

そして――記憶の最後に聴こえた仮面の少女の悲鳴を。

 

「(……あの声…いや、勘違いだろう)」

 

翼が抱いた疑問。

それはあの声が、あの仮面の少女の悲痛な叫び声が、

《彼女》に似ていた気がした、そんな疑問だった。

 

「先輩!!お、おいまだ無理すんな!!」

 

そんな疑問を勘違いだと解消している間にクリスが傍にまで来ていた。

足早に駆けよってきたクリスは、剣の支え無しではまだ上手く身体を動かす事が出来ない翼を見て迷う事なく肩を貸して支えとなる。

ふらつく身体では断る事も出来ないと素直に甘えながらも、翼は思わず小さく噴き出してしまう。

 

「あ?何いきなり笑ってんだよ?」

 

「あ、ああすまない…いやなに、あの雪音が随分と素直になったものだと思ってな」

 

何の話だ?とクリスが疑問を問いかけようとして、気付く。

今現在進行形で自分がしている事を、密着と言う言葉が甘いレベルで完全に引っ付いているお互いの身体を。

少し前まで――それこそルナアタック事件の頃の自分では想像する事さえ出来なかった行為をしている事に驚き、戸惑い、混乱し、赤面した。

 

「んぁ!?ち、違うからな!!これは先輩が怪我をしてるから仕方なくだなぁ!!」

 

「ふふ、こんな素直な雪音が見れるのなら偶には怪我をするのも悪くないな」

 

まるで日常で語り合う様な平和な会話。

普段は見せてくれない雪音クリスの姿に思わず会話を続けたいと言う欲が浮かび上がるが、今はその欲に従うわけには行かないと翼は自らのスイッチを切り替えた。

 

「雪音、状況報告を頼む。今どうなっているのかを教えてほしい」

 

見事なまでの切り替えに一瞬戸惑いを見せたがクリスは求められた通りに語り始めた。

出現した《死神》。

ナスターシャ博士と二課との協力体制と彼女が提案した月の落下を防ぐ手段。

月読調の肉体に一時的に蘇ったフィーネ。

《化物》から元に戻った暁切歌と《死神》との戦い。

この数時間で多くの事があった。

語るだけでもかなりの時間を必要とするだけの多くの出来事が。

クリスはそんな多くの出来事から報告するべき内容だけを取り纏めて説明していく。

 

「……そうか、私が眠っている間にそれだけの事が…」

 

状況を纏める限り、今最も優先すべきは《死神》の排除だろう。

月の落下を防ぐと言う目的を叶える、その為には月遺跡の再稼働が必須でそのキーとなるのはマリアの歌声とそれに応じてくれるこの星全ての人々の思いだ。

それを成す為には民衆に恐怖を感じさせている《死神》を排除する必要がある。

だがしかし、それをどう行うかが問題となっている。

 

「(…どういう理由かは不明だが《化物》から元に戻った暁切歌の攻撃は《死神》に対しかなり有効であったと聞く。ならば暁切歌を主軸に攻撃すればもしや……)」

 

そこまで考えた瞬間《ソレ》は聞こえた。

自分達が最も知る少女の叫びを、人との絆を信じる少女の叫びを。

その叫びに2人は顔を見合わせた。

 

「あの声は――!!」

 

「――ッ!あのバカやっぱり無茶しやがって!!」

 

情報共有をしている間にフィーネが施したネフシュタンの鎧を用いた治療が効いてきたのだろう、先程よりも楽になった身体は動く分には問題はなく、クリスの支えから離れると自らの脚でしっかりと大地を踏み締めて2人同時に駆けた。

この声の元へ、誰かを守る為に傷つく事が出来る少女の元へ、

大事な仲間の元へと、駆けた。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------

 

最初民衆は戸惑いながらも協力しようと思った。

テロリストであるマリアの言葉を最初は誰もが信じようとしなかった。

だが実際に起きている月の落下、そしてそんな彼女の言葉は正しいと言う各国家の偉い人達。

それらを前にして戸惑う気持ちもあったが、それでも協力しようとした。

聴こえる歌声に、己もまた歌を奏でようとした。

この歌声が月の落下を防ぐのならと。

 

――けれども、無理だった。

 

《アレ》の存在を見た瞬間、脳裏を埋め尽くしたのは――《恐怖》だった。

おぞましい姿をしているからと言う単純な理由ではない。

アレを見ていると、まるで飲み込まれそうになるのだ。

記憶が、命が、自分と言う存在そのものが飲み込まれ、消えてしまいそうになるのだ。

だからこそ、見る事が出来なかった。

聴こえる歌声にさえも耳を閉ざし、あの姿を見たくないと誰もが逃げ出した。

 

「…俺も、そんな人間の1人なんだけどねぇ」

 

男の名前は――立花洸。

立花響の父親であり、家族を見捨てた男。

《ツヴァイウィング》のノイズ災害で全てを失い、今はその日その日の糧を生きるだけで精一杯の、どこにでもいる弱い人間だ。

 

最初あの映像を見た時、洸は思った。

全てを見捨ててしまった俺みたいな人間でも、力になれるのかと。

もしそれが出来るなら俺も力になりたい、と。

そう思った時の洸は間違いなく昔の立花洸に戻れていた。

家族を守る為なら何でもする、そう断言できる程の強い意思を持っていたあの頃に戻れていた。

 

けれど、《アレ》を見た時に思い知らされたのだ。

自分と言う存在が飲み込まれそうになると言う気持ちの悪い感覚に襲われて、他の人々と同じ様に逃げ出して、思い知らされた。

 

所詮、俺はその程度の人間だって。

 

家族が崩壊していくのを、その原因が自分自身にある事も理解していた。

根も葉もない噂が自分の人生を滅茶苦茶にして、そんな自分に嫌気が差して酒に逃げて、挙句に家族を見捨てて1人逃げ出した畜生以下の人間。

それが俺だ、それが立花洸と言う人間だ。

そんなバカな男が誰かの力になれる、なんて夢のまた夢の話なんだ。

 

「……はは、ばっかだなぁ、俺」

 

何が昔の自分に戻れた、だ。

お前は自分の手でその過去を全部捨ててきた弱虫野郎だろ?

家族も、愛する娘も、なにもかも見捨てて逃げたくそ野郎だろう?

そんな男が今更何夢見てるって話だ。

 

「…ほんっとうに、ばっかだな俺」

 

洸は力なく笑いながら酒へと手を伸ばす。

こんな愚かな人間を唯一慰めてくれる物へと手を伸ばし、不意に手がチャンネルに当たり――テレビの電源がついてしまう。

 

「ひぃ!!!!」

 

その瞬間、洸は必死に目をそらしながら倒れる様に床に転がった。

《アレ》を見てしまう、その恐怖から逃れん為に。

けれども―――

 

《み、見てください!!誰かが…誰かが戦っています!!《アレ》と、あの存在と!!》

 

テレビから聴こえるのは3つの声。

1つは恐怖と戦いながらも中継を継続しているキャスターの弱弱しい声。

1つは1回目の時とは違う、透き通る様な歌声で何か無性に懐かしくなる歌を奏でるマリア・カデンツヴァナ・イブの歌声。

そしてもう1つは―――

 

 

 

《ハアァァァァァァァッッッ!!!!!》

 

 

 

――その声を聴いた瞬間、洸は思わずテレビを見てしまう。

何故なら洸は知っているからだ。

この声を、この声の主を――愛する娘を。

 

 

 

 

「――――ひび、き?」

 

 

 

 

其処に映っていたのは、《アレ》と戦う1人の少女。

崩壊させてしまった過去に置いてきてしまった愛する娘――立花響の姿だった。

 

 




洸さん初出番


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調ちゃん誕生日 2021

イエーイ



 

――最近切ちゃんの様子がおかしい。

 

「切ちゃん、一緒にかえ――」

 

「ご、ごめんデス調!ちょっと急ぐのデス!!」

 

「……え、あ、切ちゃーー行っちゃった……」

 

学校でもこんな感じで……

 

「切ちゃん、今度の休みに此処にーー」

 

「え、あー……ごめんなさいデス。その日はちょっと用事が……」

 

「……そう、なの……うん分かった」

 

休みの日に遊びに行こうとしてもこんな感じで……

 

「切ちゃん、さっきの良かったけどもう少し一緒に練習を……」

 

「ごめんなさいデス!実はこの後に急ぎの用事があるのデスよ!また今度練習するデース!!」

 

「切ちゃーー…………むー」

 

訓練の後でもこんな感じで……

 

 

 

 

 

 

「と言うわけなんだけど、なにか知らないセレナ?」

 

「……えっと、いきなり過ぎて何が何やら……」

 

シャトーにあるセレナの私室。

久々に何も予定のない日が得られたセレナはその日楽しみにしていた期間限定プリンでもゆっくり食べようとしていてーー急に来訪してきた月読調にそう切り出されて困惑した。

 

「ええと…纏めると最近切歌さんが調さんに冷たい、と」

 

「…うん、纏めるとそう」

 

それで何か知らない?と来訪してきたと言うのだが…生憎セレナは力になれなかった。

比較的元F.I.S.組と戦闘や訓練、プライベートでの接触が多いセレナであるが、彼女と接する時の切歌は普段通りでこれと言った極端な変化はない。

なのでそう言った事が起きていると言う考えにさえ至らなかったレベルだ。

それ故に中々に調の言葉を信じられない、と言うのがセレナの本音だったりする。

無論、調が嘘をついているとは思っていないのだが……

 

「他の皆さんに相談とかは?」

 

「した。けど…」

 

相談者1 響の場合

《え?そうかなぁ?いつも通りの切歌ちゃんだったと思うよ?》

 

相談者2 翼の場合

《暁が?ふむ…別段おかしな点は見られなかったと思うが…》

 

相談者3 クリスの場合

《はぁ?あいつが?…気のせいじゃねえか?いつも通りだったぞあいつ?》

 

と言った具合らしい。

 

「マリア姉さんには?」

 

「…マリアは海外での任務があるから出来なかった」

 

あー…と納得する。

そう言えば少し前に来てたなぁと。

 

《セレナ!!私明日から海外へ行くことになるんだけど1人で大丈夫!?ごはんも食べられる!?1人で眠られる!?嗚呼心配だわ…こんな可愛いセレナを1人置いていくなんて…やっぱり無理よ!!セレナの傍には私が居ないと!!今から風鳴司令に連絡して任務は中止にしてもらうから!!え?行ってきて良いって?…嗚呼セレナは本当に優しい子ね!!分かったわすぐに終わらせて帰ってくるから待っててねセレナ!!おみやげもたくさん持って帰ってくるからぁぁぁ!!!!》

 

――純粋に心配してくれる気持ちはありがたい。

が、マリアの知る頃のセレナとは違い、今のセレナはキャロルの元で成長を遂げている。

具体的に言うと……姉離れをすでに成功させている。

なので過保護なマリアに対して少々重すぎるなぁと感じていたりするのでちょっと、ほんのちょっとだけだがイラっとしてしまう時が実はあったりする。

まあ気持ちは本当に嬉しいのでそのイラつきが表面に出る事は決してないのだけれど――

 

「けど正直私も皆さんの意見に同意ですね。皆の前にいる切歌さんは本当に普段通りです。なので偶々そう言った事が重なってしまっただけ、ではないですか?」

 

「ん……そう言われたら…けど…」

 

彼女の様子を見る限り理解はしているけれど納得が出来ないと言った具合だろう。

実際、セレナの意見や他の相談者達の意見はあくまで外部から見た者の意見だ。

当事者である彼女だからこそ分かる違和感や不安と言った感情があるのかもしれない。

その違和感や不安を無理やり押し殺す事も出来るには出来るが――

 

「――仕方ないですね」

 

それはそれで今後の2人の間に溝を生んでしまう可能性がある。

それ位ならば、少し手伝ってあげるのも良いだろうとセレナは動く事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで切歌さんを追跡してみようと言う事になったのだけれど…このメガネはいったい……」

 

「潜入美人捜査官メガネ。これなら切ちゃんに絶対に気付かれない」

 

これ単なる玩具じゃ…思わずそう言いかけたセレナであったが目の前にある純粋無垢な瞳を前に沈黙を選択する。

夢を奪わないのも大事な事だと、そう判断して。

 

「えっと、それで学校帰りの切歌さんを追跡しているわけだけれど…」

 

2人の視線の先に居るのはいつも通りの暁切歌の姿。

帰路である商店街を通りながら所々で売られている惣菜や揚げ物、クレープと言った商店に目を奪われながらも順調に家へと向かっている姿だ。

偶に寄り道こそすれどほんの数秒から長くて数分程度だ。

何処にでもいる普通の女の子の帰り道、それが2人が抱いた印象だ。

 

「ほら、やっぱり気のせいですよ」

 

2人が住んでいる家まで後少しの所まで追跡をし、セレナはやはり問題はなかったと判断する。

きっと偶々そう言った機会が重なり、調さんに寂しい想いをさせてしまっただけだと。

 

「……うん」

 

どこかまだ不安げな調であったが結果は結果だ。

これ以上追跡しても意味はない、そう判断して追跡を終えようとした時――

 

「――ん?」

 

――切歌が2人が住んでいる家の前をそのまま素通りしていったのだ。

 

「…あれ?切歌さんって今日何か任務とかありましたか?」

 

「…ない。この前の赤点ギリギリテストのせいで、暫くは学業に集中しなさいって風鳴司令が」

 

それならばおかしいと2人は追跡を続ける。

家を素通りした切歌が向かうのはリディアン近くにある商店街とは少し離れた所にある住宅地。

個人経営の店程度こそあれどそのほとんどが住宅であるこんな住宅地に来る理由、それが分からないと追跡し続ける2人であったが――不意に切歌が足を止めて周囲を見渡すと、一軒の家のドアベルを鳴らした。

 

「はいはい…嗚呼、切歌ちゃんじゃない。今日は速かったねぇ」

 

玄関が開き、中から姿を見せたのは愛嬌の良い老婆。

足が悪いのだろうか、杖を支えに立ちながらも切歌を迎えた老婆はニコニコと笑顔のまま中へ向かって――

 

「みんなー切歌ちゃんが来てくれたわよぉ」

 

そう叫ぶと中から数名の老婆や老人が姿を見せた。

 

「おお!来てくれたかぁ切歌ちゃんや」

 

「まあまあ。良く来てくれたねぇ」

 

「いらっしゃい。待ってたよ切歌ちゃん」

 

それぞれ面識があるのだろう。

誰もが笑顔で切歌を迎え入れ、切歌もまた笑顔で住宅の中へと入っていく。

それを見届けてから2人でその住宅まで近づいてみると――

 

《介護施設 リディアン》

 

「介護、施設?」

 

どうしてこんな所に切歌さんが?

2人は不思議そうに顔を見合わるが、答えなど見つかる筈もない。

そのままきょとんと施設を眺めていると――

 

「…あのぉー」

 

突然聴こえた声。

それに振り返ってみると其処にいたのは1人の女性。

胸元にあるプレートには目の前の施設の職員である事を示す物と彼女の名前が記入されている。

施設の前に居る自分達を不審がって話しかけてきたと言った所だろう。

確かに端から見れば施設を覗き見している不審な子供2人と言う絵面だ。

誤解されても仕方がない、なので慌ててその誤解を解こうとして――

 

「もしかしてだけれど…月読調ちゃんとセレナちゃん?」

 

職員の口から2人の名前が出てきた事でそれは止まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、切歌ちゃんが怪しいから追跡をねぇ」

 

職員の女性に連れられて2人は施設の中へと案内され、今は個室で対面していた。

職員は2人の話を真摯に聞いてくれて、その上でクスクスと小さく笑う。

 

「ごめんなさいね。可愛らしくてつい…そうねぇ。本当は話しちゃいけないかもだけれど不安にさせたらいけないから話しておくわね。あ、けど私が話したってのは内緒よ?切歌ちゃん内緒にしておきたいみたいだったから」

 

そう前振りをしてから職員の女性は話し始めた。

数週間前に突然彼女がアルバイト募集のチラシを手にやってきた。

《働かせてほしい》そう言って。

確かに人数が足りなくてチラシを出したが、目の前に居る少女はどう見てもまだ若い学生だ。

介護と言うのはどうしても精神的にも肉体的もかなりの負担を強いてしまう仕事であり、その実態決して綺麗な仕事ではない。

介護職を将来目指しているのならともかく、目の前の少女が着ているのはリディアンの制服。

ならば将来を歌方面で決めているだろう子供に、それを強いるのは酷だろうとやんわりと断ろうとしたのだが――

 

《お願いしますデス!!どうしてもお金が居るんデス!!》

 

募集したチラシに掲載した額は確かにそこそこな物だ。

だがそれは負担を強いてしまうからこその対価であり、それが元で身体を壊しては元も子もない。

故に断ろうとした、彼女の今後を想ってそうしようとした。

だが、彼女は退かなかった。

どうしてもお金が居ると絶対に退かなかったのだ。

だからこそ、逆に興味を持ってしまった。

《どうしてそこまでしてお金が欲しいのか》そう問いかけると彼女は言った。

 

《大事な家族の誕生日にプレゼントを贈りたいからデス》と。

 

「………切ちゃん」

 

その気持ちに負けた、と言うのもあった。

最初は試験採用と言う形で彼女はこの施設で時間が出来たら働く様になったが、当初は施設の利用者達も彼女に抵抗感を感じていた。

孫の様な子供にそんな事をさせるのは申し訳ない、と。

 

けれども、抵抗感はすぐに消え去っていった。

彼女はよく働いてくれた。

決して綺麗な仕事とは言えないこの仕事だが、それでも彼女は笑顔を消す事無く良く励み、そしてその笑顔に利用者達も救われていった。

今ではこの施設の利用者全員に孫の様に愛されており、彼女が居る時の施設は終始誰もが笑顔でいられる位に彼女は此処になじんでいた。

 

「その時にね、貴女達の話が出てたからもしかしてって思って話しかけたんだけど…当たってたみたいね」

 

そう語る女性の顔は優しい。

暁切歌と言う少女と共に働き、彼女を知る者として、その友人達もこんなに優しい子である事に安堵する。

こんな優しい子ならばきっと未来は明るいとそう実感できるから。

 

「…切ちゃんったら」

 

そんな女性の話を聞いた調は静かに嬉し涙を流す。

迫る自分の誕生日の為に秘密で働いていた、その事実が嬉しくて涙を流す。

その様子を見てもう大丈夫でしょうとセレナは思った。

この2人なら、今後こんな事が幾度あろうとも絶対に大丈夫だと。

そう思いながら、遠くから聴こえる暁切歌と利用者達の歌声を静かに聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デデデ!!調、誕生日おめでとうデス!!これ調が前に食べたいって言ってた高級ケーキ店のケーキ詰め合わせセットデス!!好きなの食べて良いデスよ!!」

 

「――うん、ありがとう切ちゃん。けど一緒にこれ食べよう」

 

「え!?良いデスか!?これは調の誕生日プレゼントなのに…」

 

「うん、良いよ」

 

「ぅぅ…ありがとうデス調!!じゃあ一緒に食べるデス!!」

 

「…ねえ切ちゃん」

 

「ん?なんデスか調?」

 

「―――ありがとうね。私の為に」

 

「…?何の話デスか?」

 

「…ううん。なんでもない。ほら一緒に食べよう」

 

「了解デス!!じゃあ調にはこっちの大きいケーキあげるデスよ!!」

 

 

 

 

 

 

 




きりしらは最高


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第139話

 

――誰もがその映像を見ていた。

一度は《ソレ》がもたらす恐怖に負けて逃げ出した映像を、今は誰もが見ている。

恐怖が消えたわけではない。

胸の中に恐怖と言う感情を抱きながら、見る事に恐怖を感じながら、それでも《それ》を見ていた。

 

「ハァァァッ!!!!」

 

映像に映し出されているのは1人の少女が戦う姿。

人々に恐怖を撒き散らし、絶望を与えた存在とただ1人戦う姿。

歌を奏で、拳を振るい、戦う姿が人々の目に映し出されていた。

 

誰しもがそれを見た瞬間に思っただろう。

無謀だと、勝てるわけがないと、誰もがそう思っただろう。

 

実際、少女は決して優勢ではなかった。

巨体な身体へ目掛けて歌と共に繰り出す拳。

それらを受けてもなお《アレ》は止まらない。

虫を払うが如く巨体な腕を振り回し、避けきれなかった少女を地面へと叩きつける。

 

「――勝てるわけ…ないだろ……」

 

誰がそう呟いたのかは分からない。

けれどもそれこそがこの映像を見ている全ての人間の本音であった。

勝てるわけがない、挑むだけで無駄だ、もう立ち上がらないでくれ、逃げてくれ。

地面に叩きつけられた少女に向けて言葉なくそう伝える。

それこそが正しい結末だと、そう言わんばかりに。

 

だが――少女は止まらない。

傷ついた身体で立ち上がり、握った拳を構えて、戦いを続ける。

それを見た人々は誰もが思った。

どうしてそこまでして戦うのかと。

どうしてそこまで傷ついてもなお諦めないのかと。

どうして《アレ》と戦う事が出来るのかと。

 

未だに人々は《アレ》を目視してしまうと思わず目を逸らしてしまう。

自身の存在を飲み込んでしまう様な気味の悪い感覚とそこから生まれる恐怖から逃れる為に。

テレビ越しでこれなのだ、実際に目の前で見るとすれば直視しただけでこの命が消えてしまいそうだと感じる程に《アレ》の存在は人々の心に圧倒的な恐怖と絶望を振りまいていた。

 

だからこそ疑問に思わざるを得ない。

そんな恐怖と絶望を持つ《アレ》とどうして戦う事が出来るのかと。

怖くないのかと、逃げ出したくないのかと。

 

「――違う」

 

そんな人々の疑問の答えを《彼女》を知る人達は知っている。

彼女だって私達と同じなんだと。

怖くない筈がないと、逃げれるのなら逃げ出したいって心の底では思っていると知っている。

 

彼女は決して特別な人間なんかじゃない。

ご飯が大好きで、歌が大好きで、日常の時間が大好きで、

争う事が嫌いで、誰かが傷つくのが嫌いで、皆の笑顔が消えるのが嫌いで、

そんな何処にでもいる優しい心を持つただの普通の女の子なんだ。

 

そんな彼女が戦う理由。

それは――守りたいから。

自分が頑張る事で大事な人達を守れるから、自分が頑張る事で助けを求めている人達を助ける事が出来るから、自分が頑張る事で何かを守れるから、自分が手を伸ばす事で誰かを救えるから、だから彼女は戦う。

誰かに強制されたわけでもない、誰かに頼まれたわけでもない。

この力で誰かを守れるから戦う、そんな人によっては歪んでいるとさえ感じる程までに人を想う気持ちを胸に秘めているからこそ彼女は戦える。

《立花響》とはそういう人間なのだ。

 

「…ほんとビッキーは仕方ないね」

 

「ですね」

 

「ほんっと、あの子はアニメの主人公かって話よ」

 

その姿を前に少女達は――彼女を知る3人は静かに覚悟を決める。

無力な自分達は彼女の代わりに戦う事は出来ないし、戦う力も特殊な力もない自分達には彼女の傍で一緒に戦う事は出来ない。

だったらせめて…そう、せめて―――

 

「「「――――♪」」」

 

私達は、私達に出来る事をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌声が聞こえる。

1人の歌声から始まったそれは次第に1人、また1人と数を増やしていく。

聴こえる歌声に己の歌声を載せて、映像に映るあの少女の力となるならと恐怖を乗り越えて歌う。

それは止まる事なく数を増やしていく。

国も人種も何もかも関係なく、ただ純粋に少女の力となるならと誰もが歌い始める。

そしてそれは――少女の力となろうとしていた。

 

「てりゃああああ!!!!!」

 

少女は歌を力へと変えて《死神》へ攻撃を繰り返す。

誰かを守る為に、ガングニールを渡してくれたマリアさんの想いに答える為に、拳を振るう。

 

対する《死神》は繰り出される攻撃を受けながらも的確に彼女を狙ってその巨大すぎる腕を振るう。

風鳴翼の大技を振るうだけで破壊してみせた腕、直撃すれば軽傷では済まない、そう理解しているからこそ響はそれを躱すが――

 

「えッ!?」

 

次の瞬間、躱した筈の腕が――分裂した。

裂けたと言う表現の方があっているのかもしれない。

中心から十字に裂ける様に別れた4つの腕。

それがそれぞれの軌道を以て立花響に迫る。

 

《死神》は元より彼女を《敵》として重要視していた。

以前の暴走時の彼女を知っていると言うのもあるが、それ以上に恐れているのは彼女が纏う力。

この場に居る装者5名の中で唯一《死神》を打破できる可能性を秘めた力。

それを《死神》は本能的に察していた。

彼女の持つ力は――あの槍は不味いと。

 

故に立花響に対しては一切油断をしていなかった。

先程2人を潰そうとした腕を阻まれた時に、《死神》の中ではもうスイッチが切り替わったのだ。

他の有象無象は後にしてこの敵の対処を最優先にすると。

 

それ故に《死神》は己の持つ力を全て発揮しようとしていた。

《彼女》が戻ってきて間もないと言うのもあって全力を出し切れない状況でこそあったが、それでも可能な全てを用いて目の前の敵の排除を最優先しようとしていた。

 

その1つがこれだ。

分裂した腕がそれぞれ自我があるかの様に鞭の如くしななりながら変則的な軌道で敵に向けて一斉に迫る。

純粋な腕の一撃に比べれば、威力こそ下がるが数は増やせる。

サイズ差、そして彼女の持つ機動力を潰すにはこれしかない、そう判断したからこその攻撃だった、

ーー確実に目の前の敵を仕留める為に、と。

 

「それくらい――ッ!?」

 

そんな思惑の果てに生まれた分裂した腕。

一斉に迫るそれを響は避けようとするが、ここまでの無茶の数々によって生まれた疲弊が僅かに動きを止めてしまう。

時間にすればほんの数コンマレベルだが、その僅かな停滞が響に回避と言う選択肢を奪う。

避けられない、そう判断して迫る攻撃を迎え撃とうとしてーー

 

「やらせるかデスッ!!」

 

「させないッ!!」

 

――迫る腕を一振りの鎌と2つの鋸が阻んだ。

 

「調ちゃん!!切歌ちゃん!!」

 

名を叫ばれた少女達は必死の表情で迫る腕の攻撃を阻む。

イガリマが切り裂き、シュルシャガナがそれをサポートしていくが、《死神》はその障害を前に――数を増やしていく。

増える《死神》の腕、それは距離の概念などない事を証明するかのように無限に伸びて少女達を襲う。

数を増していく《死神》の腕、それに対して響のガングニール以外で唯一《死神》に効果的な威力を持っているイガリマが前に立ち、次々と迎撃をしていくが数の差は絶対的だった。

 

「――ッ!こッッんのぉぉぉデェェェッス!!!!」

 

必死の形相でイガリマを振るう切歌であったが迫る数を相手にするにはあまりにも手が足りない。

切り裂き切れなかった腕が切歌と言う障害を通り抜け、それを調のシュルシャガナが何とか撃ち落としていく。

だが、その対価と言わんばかりに時間が経つにつれて2人の傷は増えていく。

 

「ーーッ!?二人とも下がって!!そんな無茶したらーー」

 

「それをあなたにだけには言われたくないッ!」

 

「調の言う通りデス!そんなフラフラな身体でなに言ってるデスか!!こっちの心配してる暇があるならーーッ!?」

 

頬に走る痛みに切歌の言葉が止められる。

イガリマとシュルシャガナ、2つが生み出す切り裂く盾は増える腕を前に崩壊していく。

止められない、そう悟りながらも二人は引けなかった。

目の前にいる《死神》、その内部にいると言う人を助けるにはーー彼女の、立花響の存在は不可欠だからと引かずに切り裂き続けた。

しかしその二人の努力もーーー

 

「ーーッ!切ちゃん上ッ!!」

 

それに先に気づいた調が吠える。

切歌の頭上、立花響を狙う他の腕とは違い、唯一切歌自身を狙うその腕は確実に彼女の不意を突いた。

調からの警告にすぐさま対応しようとするが、それを阻むのは前から迫る《死神》の腕。

調のシュルシャガナも同様だ、今前方の守りを崩せば崩壊すると分かっているからこそ動けない。

響のガングニールでは純粋に間に合わない、接近戦主体の彼女では距離を埋める前に腕が切歌の幼い頭部を潰してしまうだろう。

 

ーー無理だった。

この場にいる三人では誰もが不可能だった。

頭上より迫るその腕を阻む事は誰にも不可能だったのだ。

 

 

ーーこの三人だけならばーーーー

 

 

 

 

「はぁぁぁッ!!」

 

「喰らいやがれってんだ!!」

 

 

 

 

聴こえる叫びと共に繰り出されるのは剣による斬撃と銃による射撃の嵐。

それは切歌の頭上から迫る腕へと集中攻撃をし、腕を迎撃する。

それを見た立花響は嬉しさのあまり此処が戦場だと理解しながらも笑みを浮かべて、彼女達の名前を叫んだ。

 

「翼さん!!クリスちゃん!!」

 

「相も変わらず……お前は無茶ばかりしてくれるな立花!」

 

「全くもってその通りだな、ほんとこの馬鹿はアタシ達がいねぇといけねぇな!!」

 

浮かべる笑みにやれやれとしながらも二人は並ぶ。

いつものように、共に戦う仲間として並びそして前を見据える。

倒すべき相手を、《死神》を見据えてーー

 

その光景を前に調はやっとと内心安堵した。

フィーネが残した計画、それを果たすのに必要な人達が揃ったと。

だから彼女はーー

 

 

 

 

「ーーみんな、お願いがあるの」

 

 

 

 

ーー彼女が残した計画を話す決意をした。

 

 

 

 



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第140話

ここからめっちゃオリジナル設定(今更だよ)ですのでご注意を…


 

「…正直、私も全てまでは理解しきれてない。だからうまく話せないかもだけど……」

 

そう前振りをしてから月読調は自身に残されたフィーネの記憶とそこにある計画を説明していく。

調自身、あまりにも突発的でそう易々と信じる事の出来ない奇妙なそれを――

 

フィーネ曰く、あれは――先史文明期が栄えるよりも遥か昔に存在していたとある生物の生き残りだと言う。

先史文明期における人類 ルル・アメルはそれを多種多様な名前で呼んだとされ、その中で最も多く使われた名前が――《神》。

ルル・アメルを支配していたとされるカストディアンにさえも管理が出来ずに圧倒的な力を振るうその姿から人々は《神を倒せる存在》としてそれを信仰、一部の人種のみであったがカストディアンの支配を良しとしない人々がこれをいずれ訪れるであろうカストディアンとの戦いで用いようとしていたとされる。

 

そんな存在に危機感を抱いたカストディアンはこの生物達を殲滅せんと先手を打ち、戦いを繰り広げた。

その戦いは激しい激戦となり、地球全体を一度戦場へと変えてもなお続き、その果てに――カストディアンは勝利した。

それまで数百はいたとされるこの生物達はそのほとんどを討ち取られ、生き残った数体はこの星を捨てたとされていた。

…最低でも数少ない過去の歴史を知る事が出来る品々からはそう読み取れた。

 

だが、この星にまだ1体残っていたのだ。

《神》と呼ばれ、カストディアンに恐怖を与え、ルル・アメルに希望を与えかけた存在がまだ1体生き残っていたのだ。

 

「…それが今目の前にいる存在、だとッ!?」

 

思わず翼がそう叫ぶ。

今の話が本当だとすれば目の前にいる存在は遥か昔から生き延びてきた化物だと言う。

これまで一度も発見されるどころか情報さえ出てこなかった存在がどうして今出てきたのか、そう問いたくもなるが今はそれを堪える。

この状況で最も優先すべきは質問をして時間を阻む事ではない、彼女の口から語られる情報を全て知る事が先だと続きの言葉を待つ。

だが奇しくも続いて出た言葉は翼の思いとどまった質問の答えとなっていた。

 

「…事の発端はずっと昔のエジプト」

 

――とある女王が統べるエジプトに1人の男が流れ着いた。

男の名前までは分からなかったが、その男は当時のエジプトの女王に1つの鏡を授ける代わりにこの国に居を据える許可を求め、女王はその男と男が授けた鏡をたいそう気に入り、男を自身の近衛として雇い入れた。

それ以降、女王は男が授けた鏡を――黒い手を操る鏡を用いて幾人もの罪人と女王に逆らった人々を次々と殺していった。

最初は本当にそう言った人だけを相手に行われたそれは次第に数を増していき、遂には罪のない人さえも鏡によって殺す様になっていった。

その時点でもはや女王は正気ではなかったのだろう。

鏡によって殺される人々の姿と泣き叫び助けを乞う姿を笑い、人々に恐怖を与えた。

 

そんな女王が死に、国が崩壊していく中で男は女王に授けた鏡を回収しようとしていた。

もう男にとってこの国にいる意味はない、だから鏡を回収したらさっさとこの国を去ろうとして。

だが、男が鏡を見つけた時――それはもう別の物へと成り代わっていた。

黒い手を操るだけの鏡だったそれは無数の人々の命と心、そして感情を喰らい――1つの道と成っていた。

 

男は鏡の中に続く道を通り、そして――1体の《神》と出会った。

それこそが、カストディアンとの戦いで敗北し、地球を去って行く同族を見送りながらもこの星に居座る選択を選んだ地球にいる最後の《神》だった。

そこからだった、男の願いが形を歪めていったのは。

 

男は自身が考え続けた計画を達成する事と併用して《神》の研究を続けた。

あの力を知りたい、研究者ならば誰もが抱く知識欲に従って男は《神》を調べ続けた。

その為ならば男はそれまで敵対していた者にさえも頭を下げ、協力を要請したと言う。

その1人が――かつてのフィーネだった。

 

男の元には多くの人が集まったとされる。

国も人種も民族も関係ない、全てが共通の願いを果たす為に集まった人達。

その人達と触れる中で男の中で何かが変わり、そして男に1人の親友と呼べる仲間が出来た。

男とその親友、そしてフィーネ。

不思議と息があうその3人を中心に時に笑い、時に苦しみ、時には争いながらも共に活動をし続け、そして1つの研究成果を生み出した。

 

何かに《神》を憑依させて呼び出す、その方法を彼等は完成させたのだ。

 

既に《神》自身を鏡の世界から呼び出す事は不可能だと言う結果は判明していた。

ならば《神》自身ではなく《神》を何かに憑依させれば呼び出せるのではと考え生み出されたのがこの方法だった。

この完成に3人を含め誰もが喜んだ。

今までの苦労が遂に報いたと誰もが喜び、抱き合い、歓喜した。

この時だけはあのフィーネでさえもが笑顔を見せたという。

 

――だが、彼らが喜ぶのはこれが最後だった。

 

神を憑依させて呼び出す方法、それ自体は確かに完成した。

だがその続きが上手くいかなかったのだ。

最初は小動物を用いた実験から始まったそれは彼らの期待する成果を生み出せなかった。

確かに《神》は一度は憑依してくれる。

だが次の瞬間にはすぐに消え去り、憑依仕掛けた動物はまるで体内の水分1つ残らずに絞り出されたかの様にミイラになって死んでしまう。

これではいくら方法を完成させても意味がないと誰もが悩み苦しんだ。

 

そして――1つの提案が自然と出た。

《人体実験》、その言葉が彼らの仲を切り裂く原因となるとは知らずに――

 

人体実験に賛同したのは鏡の持ち主である男を始めとする組織の大半だった。

既に彼らの知る限りの動物による実験は全て行われ、そして失敗に終わっている。

ならば残された手段は人体実験しかないと言う意見が主体であり、研究者としては間違いなく彼らが正しいだろう。

 

対する反対派は男の親友とフィーネ、そして彼等に味方する少数だった。

動物実験で実験対象となった生物の末路を知っている彼等は安全性が確認されていない状況での人体実験は非人道的行為だと猛反発し、最低でも安全性の確保が済んでから行うべきだと言う意見が主体であり、人間としては彼等は間違いなく正しかった。

 

研究者と人間。

ぶつかり合う双方の意見は次第に対立となり、そして遂には――組織を割った。

男が主体となる新組織と男の親友が主体となる旧組織。

これ等は完全に分裂を果たし、そして争いを始めた。

《神》の君臨を果たすべきだと考える新組織と《神》はあの世界で眠らせてあげるべきだと考える旧組織による対立が始まったのだ。

 

その中で男は人体実験を繰り返した。

ある人物はミイラの様になって死に、ある人物は内部から爆発四散して死に、ある人物は其処にいたと言う事実が嘘であるかのように霧になって死に、ある人物は溶けて死に、ある人物は皮膚だけを残して死に、ある人物は苦しみにのたうち回って自ら死を選んだ。

死、死、死、死、死。

男は幾度も死を繰り返した。

その果てに正しい答えがあるのだと、その果てに待つ結果を知れば親友達も理解してくれると、繰り返して――ある可能性に気付いた。

繰り返される死の中で見つけた法則。

その法則通りならば《彼女》が適任だと。

 

男は理解していた。

その可能性が2人の仲を完全に終わらせるものだと理解していながらも、それでも男は止められなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――親友の娘を実験対象に選んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第141話

 

――そこからどうなったか、それはフィーネの記憶には残されていなかった。

ただ結果として男とその親友はかつての友情を崩壊させる程にまで激しく戦い、その果てに親友の男は自分の娘を救う事が出来た。

そして親友の男は旧組織を解散させ、今度《神》にまつわる研究に参加しないと決めて、自身は娘と一緒にどこかの田舎町に隠れ住む様になるのだが……

 

「……」

 

そこから先を調は思わず言い淀んでしまう。

その先にある末路――それは果てしなく残酷で、悲惨な末路だから。

 

 

親友の男は――異端者として炎に焼かれて殺されたのだ。

 

 

どうしてそうなったのか、そこまでは分からない。

ただ記憶にあるフィーネはそれを阻止しようとしたが、辿り着いた時にはもう既に全てが終わった後だった。

遺体は既に灰となって燃え尽きており、彼の娘は行方を暗まし、彼らが住んでいた村は何者かによって徹底的に破壊と殺戮を果たされていた。

 

「…惨いな」

 

過去の歴史においてそれが行われたと言うのは知っている。

だがそれはあくまで授業等の為に大体的に短縮された内容でだ。

実際にそうなった人物の話を聞いたのはこれが初だろう。

この中で一番の精神を持つ翼でさえ、その内容に表情を歪める。

 

「なぁ、とりあえずそいつらの話は分かったけど!まだこいつをどうすれば倒せるのかって話が出てきてねぇぞ!!」

 

クリスがそう吠えるのも無理はない。

会話の最中、《死神》は幾度も攻撃を繰り返していたが、それを回避し、時には迎撃しながらも聞いていた話に肝心なそれが出てこないのだから吠えたくなる気持ちも分かる。

その言葉に調は静かに目を瞑ると――

 

「――はい、今からその話をします」

 

肝心の計画を説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《死神》は焦っていた。

《敵》である立花響を排除できない事に、そしてそんな彼女を支援するかのように此方と戦いを繰り広げる装者達に。

彼女達が何かを企てている事は既に理解していた。

その企てが何かまでは分からない、だがその内容が此方に対し極めて危険性が高い内容である可能性が高い事だけは分かる。

だから、1秒でも早く倒さなければならないのだ。

奴らの企てが果たされるより先に倒さなければならない。

 

なのに――

 

「雪音ッ!!」

「分かってるって先輩ッ!!」

 

剣と銃撃の嵐が此方の視界を阻み、

 

「デェェェッス!!」

 

《アレ》を宿しているおかげでその実力を増している鎌が此方の攻撃を切り裂き、

 

「援護するね切ちゃん!!」

 

そんな鎌を排除しようとすればその攻撃を鋸が邪魔をし、

 

「はぁぁぁぁッッ!!!!」

 

生まれた隙を拳が襲い掛かってくる。

 

なんだ、なんなんだこいつらは。

思わずそう吠えたくなる程に目の前の敵は有効的に此方を阻んでいる。

排除しようとする攻撃を、殲滅戦とする意思を、阻んでくる。

それがあまりにもうっとおしく、そして全力を出す事が出来ない己自身に不甲斐なさを抱いてしまう。

このままでは守れないと、あの少女を誰よりも心優しい彼女を守れないと。

 

この世界にはあまりにも彼女を傷つけようとする物が多い。

純粋で無垢で、それでいて誰よりも心優しい少女。

自身よりも家族を守りたいと願い、誰かが傷つけば悲しみの涙を流せる少女。

誰かに救いを求める事が出来ずに、ただ1人で傷ついていく少女。

そんな彼女を守りたいと思うこの気持ちは間違いであろうか?

 

――否、断じて否だ。

彼女を守りたい、そう思ってこれまで戦い続けてきた。

あの優しい少女を、傷ついていく少女を、この手で守ってあげたい。

その想いはこの先も何も変わりはしない、だから私は――彼女を守る為に敵を討たねばならないのだ。

 

故に目の前の敵を排除する。

彼女を傷つける原因はすべて排除する。

だから、死ね。

全て死ね、疾くと死ね、早々に死ね。

これ以上、彼女を傷つけるなと吠え、そして拳を振るおうとして――気づく。

遅すぎた気付きに、彼女らの目的に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セット!!ハーモニクスッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――調は、いやフィーネの記憶は語った。

フィーネを始め組織の数名は考えていたのだ。

もしもあの《神》が万が一にでも此方の世界に君臨し、その力を破壊に振るった場合の危険性を、そしてその対処法を。

それは――文字通りの《神殺し》

 

ルル・アメルに《神》として信奉されていた彼等は概念的に《神》、または《神》に近い生物として成り立っている。

ならば《神殺し》の聖遺物が有効ではないかとフィーネは考え、いくつかの実験を通して検証し、そしてそれが有効である事を証明した。

だからと言って《神殺し》の聖遺物や武器があればそれがすぐに可能かと言われたらそうではないと答えなければならない。

 

《神》は圧倒的な再生能力と防御力を持っている。

それを前にいくら《神殺し》を使ったとしても、それらが《神殺し》の威力を上回ってしまい、逆に《神殺し》が破壊されてしまうのだ。

だから《神殺し》単体だけでは足りない。

 

それを知っていたのだろう、一度目の暴走の時キャロルはオートスコアラーを総動員してそれを弱めた。

頭部一カ所だけではあったが、オートスコアラー総員の力を用いてこれを徹底的にまで攻撃し、再生能力と防御力を奪い、そして《神殺し》であるミスティルテインを用いて《死神》を殺し、その中にいた彼女を救い出したのだ。

 

今から行うのはそれと全く同じだ。

ただ違うとすれば――彼女達は一度の攻撃で再生能力と防御力を奪おうとしているという事だけだろう。

普通の攻撃ならばそれは不可能だ。

だが、彼女達には《それ》がある。

 

歌う事でその身を壊し尽くすまでの苦しみを対価に得られる《絶唱》

そして他者と手を繋ぎあう事に特化している響だからこそ生み出した《S2CA》が。

 

「セット!!ハーモニクスッ!!!!」

 

ぶっつけ本番、まさにその言葉通りだろう。

響、翼、クリスは幾度も練習してきた技だが、調と切歌はこれが初だ。

上手くいくかどうか、それさえもはっきりしていない。

もしかしたらと言う危険性だって十分にある、万が一の場合は最悪の可能性だって存在している。

 

だが、それでも彼女達は覚悟を以て歌声を奏でる。

S2CAのおかげで多少はバックファイアが軽減されているとは言え、全てが消えているわけではない。

全身を襲う痛みと苦しみ、歌うのを止めてしまいたくなるそれを前にしながらも彼女達は歌うのを止めない。

そこまでして彼女達には《死神》の中にいると言う人を助ける理由はないのに、むしろ敵対さえもありうると言うのに、それでも彼女達は歌うのをやめない。

 

その目的はただ1つ、《死神》の中にいると言う人を助けたい、ただそれだけの為に。

その為だけに、彼女達は歌い、少女達の願いを込めた一撃が、放たれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《な、なぁどうする?》

 

《どうするったって…》

 

その戦いの様子を見ている者達がいた。

セレナに作られ、そしてこの戦いに参加し、最終的には撤退を命じられていたアルカ・ノイズ達だ。

彼等は作戦通りに撤退しようとしていたが彼等のマスターであるセレナが《死神》に再度変化した事で撤退行動は中断され、マスターの救援に向かうべしとの意見とマスターの作戦に従うべしとの意見が彼らの間に生まれたのだ。

その意見を話し合っていた折に戦いは最終段階を迎え、装者達が歌い奏でた力S2CAが《死神》に向けて放たれている。

既にガリスからフィーネとの条件を聞いている彼等からすればあの光がマスターを《死神》から解放してくれると信じる他ないのだが、それを踏まえてそろそろどうするかを決めなければならない。

 

マスターを救いに行くのか、それとも撤退するのかを。

残されたアルカ・ノイズの中でも司令官クラスとして配備されているアルカ・ノイズ達がそれをいい加減決めようとして――――

 

 

 

 

「――全員聞け」

 

 

 

 

突如姿を現したその人物に誰もが驚き、戸惑い、そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今からお前達の指揮権はオレが握る。命令に逆らう事は許さない、分かったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――彼女の指示に従う事を決めた。

 

 




突然現れてアルカ・ノイズの指揮権を握るなんて…
いったい何キャロルちゃんなんだ…


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師匠誕生日 2021

三月二日のわい「よし、話の構成は完成したぜ。あとは書くだけやけど夜勤明けで眠いし……明日休みだから明日書くかぁ」

三月三日のわい(普通に仕事だったの忘れてた)
「間に合え!間に合え!!間に合ぇぇぇぇぇ!!!!」

てな感じで書いてます……
ちょっとはしょったり色々とわやになってる所もありますが、許してください……(白眼)後日訂正したりするので……



 

3月3日、それはセレナの師匠であり偉大な錬金術師であるキャロルの誕生日。

当の本人は《誕生日などどうでもよい》と乗り気ではない振りをしているが、なんだかんだと言いながらも誕生日を楽しみにしてくれているのを知っている面々は今年も張り切って用意をしていた。

そう、それは当然我らが主人公であるセレナもなのだが――

 

「――ばびぶび(鼻声)」

 

――マリアの誕生日の時と良く似た姿になっていた。

 

「マスター……」

 

マスターが花粉症と診断されてからはや数日。

誕生日プレゼント、そして誕生日パーティーの準備を頑張っていたマスターは薬で症状を緩和させながらも休む事なく働き続け…その結果、花粉症と併発して風邪まで発症してしまった。

ベットで苦しむマスター、当然薬は服用しているのだが…その熱が下がる気配がない。

無理した負担が一気に出たのだろうと医療班からは診断が下され、今は体力の回復が優先と絶対安静を命じられて大人しく寝ているのだが……

誕生日パーティーは明日、この調子では到底完治する事は不可能だろうと誰の目にも明らかだった。

 

「…前みたいにガリスが変装して行くのはどうです?」

 

「……マリアが見破ったのよ。マスターのマスター相手とか絶対にバレるでしょ」

 

「それな☆絶対にマスターのマスター気づいちゃうよね☆」

 

「だよねー☆そしたら怒ってマスターの看病とかしだして誕生日パーティーどころじゃなくなるよねぇ☆」

 

「うーん…どうしたら良いんだぞ?」

 

困り果てたオートスコアラー達があーでもないこーでもないと騒ぐ中でセレナはゆっくりとベットから起き上がる。

それに即座に気付いたガリスが寝かそうとするが、それを優しく手で制するとふらふら脚で棚へと向かい――1つの瓶を取り出した。

 

「ま、マスター!!その薬は――ッ!!」

 

その正体を知るガリスが吠えながら止めようとするが、セレナはそれを迷わずに――グイっと飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「キャロル(ちゃん)誕生日おめでとう!!!!」」」」」」

 

「…ふん」

 

訪れた3月3日。

もはや定番と化したシャトーでの誕生日パーティーが始まりを告げた。

プレゼントを渡したり、美味しい料理で舌を楽しみ、アルカ・ノイズによるショーで皆が笑顔になる。

平和で楽しい誕生日パーティ、誰もが笑顔でいる場所でオートスコアラー・シスターズのみが不安そうにマスターを見つめていた。

 

「…マスター」

 

不安そうな瞳の先に居るセレナはいつも通りの姿だった。

笑顔で接し、裏方や細々とした指示をしてパーティーの進行を果たし、時折楽しそうに話している姿からはとても昨日まで体調を崩していた人とは思えない。

…だが、それはあくまで表面上だけである。

 

「…あの薬、確かマスターのマスターが作った無理やり身体を健康状態に戻す奴、です?」

 

「…ええ、そうよ」

 

今のセレナは薬の効果で身体を無理やり健康状態に戻しているだけで、熱や花粉症が消えたわけではない。

無理やり回復した体力でこれまた無理やり内部へと押し込んでいるだけにすぎないのだ。

元々はキャロルが錬金術の研究をしていた際に、病気が研究を邪魔してはいけないと作り出した物だ。

それをセレナがキャロルの身体を考えて没収していたのだが、それを彼女が飲む事になるなど誰が予想出来ただろうか。

いつその内部に押し込んだモノが表に出てきても全くおかしくない、そんな状態で激しくセレナをシスターズは心配そうに不安な瞳で見つめていた。

 

「――――――」

 

もう1人、セレナを見つめる瞳があると知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(……あと少し)」

 

もう少しで誕生日パーティーは終わりを迎える。

それまで耐えれば良い、そうすれば師匠も誕生日を無事に楽しんで貰えて、何事もなく終わりを迎える事が出来るのだ。

そう思いながらもふらつき始めた身体に気合いを入れ直し、残った作業を果たそうとしたがーー不意にその身体が止められる。

 

あれ?そう思って呆然とし始めた頭を動かしてみると、そこには今日の主催であるセレナにとって家族であり、師匠でもあるキャロルがその小さな手でセレナの腕を掴んでいた。

 

「えっと……ど、どうしました?何かご用ですか?」

 

突然の出来事に困惑していると、キャロルは側にいたエルフナインに何かを伝えると有無も言わさずにセレナの手を引っ張って誕生日パーティーの会場から出ていく。

 

「し、師匠?」

 

「黙って着いてこい」

 

反論は許さない、言葉なくそう伝えてくるキャロルからは怒っているのが伝わってくる。

何かしてしまったのだろうか、薬が切れてきた事でゆっくりと再発し始めてきた熱で呆然とその理由を考えている間にキャロルは目的地に辿り着いたらしい。

 

どこだろうと疑問に思いながら顔をあげてみると、そこはキャロルの私室。

セレナがシャトーに来てすぐの頃は必要最低限の荷物と錬金術関連の書物や材料で埋め尽くされていたのに、今はかなり整頓されており、ベッドや家具も綺麗に整えられている。

そんな部屋に連れ込まれたセレナはそのままキャロルに手を引かれてーーベッドに寝かされた。

 

「あ、あの……」

 

「黙ってろ。今エルフナインに薬を取りに行かせた。それまで黙ってそのまま休んでいろ」

 

ーーさっきのエルフナインさんに伝えてたのはそれかと納得すると同時にセレナは小さくため息を漏らしてしまう。

バレてしまったと、せっかくの誕生日を邪魔してしまったと、そう嘆いて。

 

「……いつから気付いてました?」

 

「お前が会場に入ってすぐだ。普段のお前にしては可笑しいなと思う動きがいくつかあって、それをガリスに問い詰めたらすぐに自白したぞ……全く、オレの誕生日なんかで無理をするな、馬鹿弟子」

 

それを聞いて思わず、笑ってしまった。

この人相手に騙せるとは思っていなかったが、もしかしたら騙せるのではと思っていた自身の甘さに、そして私の身体を気にしていたガリスならば確かに問い詰めたらすぐに自白してしまうだろうなぁと言う可愛らしい事実に、笑ってしまう。

 

「……何を笑ってるんだこの馬鹿弟子は。ともかく、お前は安静にしていろ。他の連中にはファラが説明しているから安心しろ」

 

「はーい……あ、けど師匠。1つだけ訂正してほしい事があります」

 

「……訂正?なにをだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの誕生日なんかで、の所です。貴女の誕生日はなんかじゃあありません。私にとってどんなお祝い事よりも嬉しい日なんです。だってーー大好きな貴女が生まれた日なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその発言を聞いたキャロルはしばらく呆然とした後に小さく鼻で笑うと、セレナのおでこにデコピンをした。

 

「あ痛」

 

「オレに向かって愛の告白なぞ百年甘いぞ馬鹿弟子。そんなのを語るより先にさっさと身体を直せ」

 

そう告げて部屋を出ようとするキャロルだが、その一方でセレナは「あ、愛の告白!?い、いや違うんです師匠!!大好きってのはそう意味じゃなくて……ああけどそう意味でもあるような……!?と、とにかく違うんですぅぅ!!」と混乱しながら叫び、その叫びを聴きながら部屋を出たキャロルはーー僅かに頬を赤くしながら、ぽつりと呟いてしまう。

 

「……大好きな貴女、か」

 

キャロルは思う。

数百年を生き続け、愛などとうの昔に忘れたと思っていた。

誰かを愛することも、誰かに愛される事もない、そう思っていた。

 

それなのに、今の言葉が胸に焼き付いて離れない。

彼女が発した無垢で純粋でまっすぐで穢れのない純愛に満ちた言葉がキャロルの心を支配する。

様々なプレゼントや祝いの言葉を貰った今日の誕生日の中でその言葉が最も嬉しかった、そう思わせる程に彼女の言葉はキャロルの心を揺るがし、そして喜ばせた。

それが本当に愛の告白であればどれだけ嬉しかったのかと思わせるまでにーーー

 

「……馬鹿弟子め」

 

そう呟くキャロルの表情は優しく、そしてーー恋に揺れる一人の少女であった。。

 

 




間に合ったぁぁぁ!


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第142話

最近うまぴょいしてました…ごめんなさい。


 

「――ッ!!」

 

繋いだ手から伝わる絶唱の負荷。

多少緩和されているとは言え、本来ならば一歩間違えれば死へと繋がる可能性のある膨大過ぎる負荷だ。

その負荷を受けていると、どうしても思い浮かんでしまう。

この負荷によって命を失われたあの人の姿をーー天羽奏の姿を。

 

怖くない、と言えば嘘になる。

脳裏に浮かぶ彼女の最後の姿、そして今まさにこの身を苦しめている絶唱の負荷が嫌でも結び付き、最悪な結末を連想させてくる。

その最悪な結末が嫌でも彼女に恐怖を与え、全身に冷たい汗を流させる。

 

手を離せ、そう心の中で冷たい感情が囁いてくる。

ここで逃げても仕方ないと、逃げても誰も責めないと囁いてくる。甘く優しい口調で語られるそれはあまりにも魅力的な提案で、その提案を受け入れて繋いだ手を離してしまっても良いのではと僅かに心を揺さぶってくる。

 

だが、彼女はそれでも手を離さなかった。

繋いだ手から伝わってくる負荷、逃げ出したくなる程に辛く、重く、苦しいそれを彼女は逃げずに受け止めていた。

 

「――ッ!!くぅぅッッ!!!!」

 

奥歯が砕けるのではないかと思う位に強く、強く噛み締める。

5人分の負荷をなんとか受け止めるが、響に掛かる負荷はこれまでの訓練で行ってきた3人分のそれよりも遥かに多く、そして重い。

意識を刈り取りそうになるほど圧倒的な量の負荷、一瞬でも気を緩めればその瞬間に意識が暗転するであろうと、そうなればどんな結末が訪れるのかが誰にでも安易に分かる。

 

だからこそ響は歯を噛み締めて、耐える。

どれだけ辛くても、どれだけ負荷がこの身を砕こうとしても、どれだけ痛みが全身を襲おうとも。

それでも耐えて、前を見据えて、繋いだ手を強く握りしめる。

絶対にこの手を放してなるものかと。

もう絶対に誰一人とて死なせてなるものかと。

そう覚悟を決めて前を見据えて歌を奏でる。

 

《――――ッ!!!》

 

しかし目の前の《死神》が無防備なその姿をただ傍観する愚行をするわけがない。

5人が何をしようとしているのかを即座に理解した《死神》はその巨大な手を振るう。

絶唱中で動けない5人を横なぎで払い、一斉に始末せんとその手を振るう。

 

「(もう…少しなのに…ッ!!)」

 

負荷に苦しみながらも溜めたS2CA発動に必要なフォニックゲインはもう間もなく溜まりきる。

けれどもその僅かを目の前の攻撃が許してくれない。

迫る腕、絶唱の負荷で動く事さえままならない5人に出来るのはただそれを見つめる事だけ。

迫る結末をただ見つめる事だけだった。

 

――そう、この5人は、だ。

 

 

「――はあぁぁぁッ!!!!」

 

 

聴こえる叫び声と共に《死神》の腕に砲撃が撃ち当たる。

白い砲撃、それに直撃した《死神》はうめき声の様な物を挙げながら振らんとしていた巨大な手を下げた。

その光景を見つめる二課の3人であったが、そんな3人とは異なり調と切歌は後ろを見ていた。

先程聴こえた声の主、それが誰であるのかを理解しているからこそ2人は前を見るより先に後ろを振り返ったのだ。

あの白い砲撃が飛んできた先を、あの白い砲撃を放った人物を、

そんな2人の視線の先、其処に居たのは――

 

 

「「マリア!!」」

 

 

白い装束と1振りの短剣を手にしたマリア・カデンツァヴナ・イヴの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ!ぐふふ!!やっぱり僕は天才だなぁ!!」

 

白い装束に――アガートラームを身に纏ったマリアを遠目にドクターウェルは己の才能を再認識しなおし、高らかに笑う。

己の知識を、己の有能を示した事に満足する様に大声で笑う。

その傍に見張りとして立っているガリスは気味悪そうにその様子を見ていたが、当の本人は気にする素振りさえ見せずに笑っていた。

当然である、今のウェルの目はガリスでも《死神》でもなく、マリアへと向けられているのだから。

 

正確に言えば――彼の手で修復されたアガートラームに、だ。

 

「ぐふふ!!あのナスターシャでさえも果たせなかったシンフォギアの再生を僕は遣り遂げたんだ!!アハハっ!!やっぱり僕は天才だぁッ!!!」

 

ナスターシャがシンフォギア《アガートラーム》を隠し持っている事に気付いたのは本当に偶然であった。

ナスターシャの治療の際に偶然、荷物の中に眠っているアガートラームの存在に気付いたウェルは驚愕させられたものだと懐かしむ。

 

ウェルがそう思ったのも無理はないだろう。

何故なら――シンフォギア《アガートラーム》はもうこの世に存在する筈のないシンフォギアだから。

 

かつてF.I.S.で行われたネフィリムの起動実験。

成果を出す事が出来ずにいた一部職員のごり押しによって実行されたこの実験だったが……

結果はネフィリムの暴走と言う愚かな結末を招き、大失敗。

下手をすれば施設諸共破壊し尽くされても可笑しくない程の大失敗であったこの実験結果だが、それでも被害が最小限で済んだのは1人の装者のおかげだった。

 

《セレナ・カデンツァヴナ・イヴ》

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴの妹であり、幼くしてシンフォギア《アガートラーム》の適合者となった少女。

彼女の奏でる絶唱がネフィリムを鎮める事で被害は最小限となったが、その対価に彼女は絶唱の負荷によってまともに動く事さえままならずに燃え盛る炎に焼かれて死亡した。

 

その時、アガートラームは消滅した事にされていた。

他の誰でもない、ナスターシャの手によって。

 

今に思えばネフィリム起動実験の報告書――それも死亡した装者セレナ関連において不審な点が多かった。

遺体並びにアガートラームの完全消失、そしてその結果に誰も不信感を抱かなかったと言う事。

これも全てはF.I.S.内で高い権力と職員から厚い信頼を得ていたナスターシャならば可能だ。

彼女が嘘を付き、独自に内密でアガートラームを確保していたとしても《ナスターシャ》と言う人物を知る者達は彼女を疑う事なく、彼女の言葉を受け入れるだろう。

その証拠に、現にアガートラームは彼女の手にあったのだ。

これ以上の証拠はないだろう。

 

――だがまあ、これはあくまで仮説でしかない。

他の理由があってナスターシャの手に渡った可能性もあるが、そんなものどうでもよかった。

僕にとって大事なのは、万が一の場合の武器が1つ増えたと言う点であり、武器があるならば使わない理由はない。

 

だから、修理した。

ナスターシャの手にある段階では無理だったが、隙が多いマリアの手に渡ると幾度も機会があった。

その機会の度に徐々に修復を果たしていき、そしてフロンティア浮上の計画実施時には既に大方の修理を終えていた。

 

だが、それでもアガートラームがシンフォギアとして再稼働するには1つだけ足りない物があった。

それは――膨大なフォニックゲイン。

歌を力に変えるシンフォギアだが、元々はあの女…フィーネが作り上げた物だ。

異端技術において彼女を上回る研究者はおらず、そして誠に遺憾であるがそれは僕でも同様だ。

彼女が作り上げたシンフォギア、それを完全に再生する事など不可能。

 

なので――作り直した。

ブラックボックス当然の基盤となるメインシステム類は手元にあるのだ。

ならば破損しているシステムを僕の技術で補える物に転換していけば良い。

その考えは正しく、いくつかのシステムを僕が作り上げた物に転換し、作り直したのだ。

 

その結果必要になったのが膨大なフォニックゲイン。

シンフォギアとしては生まれ直したが、起動に必要なフォニックゲインの量はこれまで以上の物となってしまった。

もう少し時間があれば改良出来たのだが…まあ、当初は付け焼き刃程度の武器になれば良いと思っていたし、フロンティアを優先していたのもあって、そこで手を止めてしまった。

 

使う事はないだろう、そう思っていたアガートラームだったが問題であった膨大なフォニックゲインを装者達が奏でるS2CAによって補う事で無事に稼働している。

その姿に僕は少なからず歓喜していた。

己の研究成果が上手くいった事、そして何より――

 

「これなら――――」

 

その瞬間にはウェルの目はマリアから外れ、愛しの《死神》へと向けられる。

そして――笑みを浮かべる。

先程の笑みとは違う、それはさながら愛しい人と出会える恋する人の様に。

 

「――嗚呼、どうか今少しだけお待ちください―――我が王よ」

 

もうすぐ、もうすぐだとウェルは込み上げる感情を抑えきれないままただ静かに笑って準備を始めた。

 

囚われのまだ見ぬ王と、王の望みである世界を救うために。

 

 



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第143話

 

「「マリア!!」」

 

向けられる笑みと喜びに満ちたその瞳。

純粋で疑う事さえ知らないその瞳を前に、思わず唇を噛んでしまう。

 

仲良しだったこの2人が争う事になったのも、そして2人ともその命を失いかけたのも…全部私のせいだ。

私が間違えたから、私が愚かだったから、私が…私が全ての原因だ。

 

だからあの瞳を向けられる資格など、私にはない。

怒り、悲しみ、呆れ、侮蔑、そんな瞳こそ私に向けられるべきなのだ。

 

――それなのにあの子達は私にあんな輝かしい瞳を向けてくれる。

罪に塗れた私を、貴女達を死へと導きかけた愚かな私を、そんな優しい瞳で見てくれている。

 

「…ほんとうに、あの子達は……」

 

後悔と喜び、相反する2つの感情を胸に受け止めながらも今度こそはと決意する。

再び力を取り戻したアガートラームに、セレナの遺品であるこのシンフォギアに誓おう。

私は次こそは絶対に間違えないと、そして―――絶対にこの子達を守って見せるのだと。

 

「マリアさんッ!?」

「マリア!?その姿はいったい…」

「おいおい、どういう事だよ…」

 

二課の面々が此方を向いて驚きを見せる。

敵対し、争い、幾度も激しくぶつかり合ったのに、それでも手を伸ばし続けてきた人達。

分かり合えると、手を取り合えると、そう信じて言葉を紡いできた人達。

一度はそれを愚かだと蔑んだのに、それでも諦めずに手を伸ばし続けて――その果てに手を取りあった人達。

 

きっとこの子達のおかげだと思う。

私が自分の愚かさを認められたのは、私がもう一度家族以外の誰かを信じても良いと思えたのは。

彼女達がいなければ私はきっと愚かなままで終わり、調も切歌もその命を失う最悪な結末を遂げていただろう。

 

だからこそ私は――

 

「聞きたい事は後で説明するわ、今はとにかくあれを優先しましょう。私は何をしたら良いかしら?」

 

――この子達の力になりたい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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奏でる歌声が聞こえる。

《S2CA》恐らく彼女達装者が持つ力の中でエクスドライブ以外では最も威力のある技が放たれようとしている。

問題だった立花響ヘの負荷はマリアが持つアガートラームの特性で激減しているし、《死神》は先程マリアの放った一撃が効いているのだろう、うめき声を挙げながら手を抑えている。

もはやS2CA発動に障害はなく、それはもう間もなく放たれるだろう。

だからこそ――

 

「さてさてさてェ!!それじゃあ僕も頑張りますよぉ!!!!」

 

ドクターウェルは歓喜に満ちながらもその姿をブリッチへと移していた。

所々にある端末での操作では難しいと判断し、此処へとひっそりと移動してきたのだ。

その傍らには見張りであるガリスの姿もある。

怪しい動きを見せたら即刻始末する、そう言った殺意を瞳に宿しながら狂気に満ちた男を見つめていた。

 

「…それで?どうするつもりなの?」

 

ウェルのやろうとしている事、それをガリスはまだ知らない。

男の案内のまま此処へと辿り着いたのだが、その目的が分からないままなのだ。

なのでそれを聞こうとして問いかけるとウェルは忙しそうに手を動かしながらも、意外にも丁寧に説明をし始めた。

 

「簡単な話ですよぉ。今から彼女達が放つS2CA、それを利用して――月遺跡を再稼働させます」

 

「…出来るの?」

 

「出来ますよ。S2CAが放つフォニックゲインは今や機械では数値が図れないレベルにまで上昇しています。あれが僕らの王を救済した後にこのフロンティアが持つ設備をフル動員して発生したフォニックゲインをそのまま月遺跡へと転送します。そうすれば月遺跡は無事に再起動するでしょう。後は此方から月遺跡のシステムへ介入し、月の軌道を通常状態へ戻す。これで月の落下は防げますよ」

 

――ガリスは驚いたと表情を変える。

この男はなんだかんだ言いながらも本気で月の落下を防ごうとし、既にその算段まで付けていた事に驚きを隠せない。

この男の言う通りであるのならば月の落下を防ぐ事は出来るだろう。

だがそれは同時に――

 

「…本当に良いのアンタ。月の落下を防いだ時点でアンタの英雄になる夢とやらは完全に終わりを迎えるのよ?」

 

――この男の夢の終わりを意味する。

既に一度この男は夢を諦める事を言葉として表明している。

だが、人間と言う生物は簡単に意見を変える。

いざ夢の終わりを前にして気持ちが変わるやもしれないとガリスは危惧していた。

 

だからこそ問うたのだ、本当に良いのかと。

その返答次第では――此処で終わってもらうと言う意味も込めて。

しかしウェルは小さく笑うと――

 

「ええ、良いですよそんなもの。だって、もう僕は知ってしまいましたからねぇ。本当の英雄と言う存在を――僕が仕えるべき偉大なる御方を!!僕の夢はもう変わったんですよぉ!!今の僕の夢は本物の英雄に仕え、その栄光を共に浴びる事にあるんです!!だからッ!!月の落下だって全力で防いで見せますよぉ!!僕の王の望みであるのならばなんだってしますからね僕はッ!!!!」

 

アハハ!と高笑いし始めたウェルを横目にガリスは静かに殺意を潜めていく。

この男の《死神》に対する狂った忠誠心は間違いなく本物だ。

最低でも、月の落下を防ぐと言う目的を達成するまでは生かしておいても問題はないだろう、そう判断する。

それ故に一時的に殺意を消してたが――

 

「…一応言っておく。私はアンタを信頼はしていないし、変な動きをすれば即座に殺す。けれどアンタが使えると判断している間は生かしておいてあげるわ。常々その命がいつも狙われているのだと理解しておきなさい。分かった?」

 

「ええ理解しましたよ。今は信頼が無くてもいずれは貴女からも信頼を勝ち取っていきますよ。お互いにあの御方に仕える者同士仲良くしましょうねぇ」

 

一緒にするな、そう淡々と告げながらも伝える事は伝えたとウェルの監視に戻ろうとして――不意に《死神》を映していた映像に動きがあったのが見えた。

奏でる6人の歌声、それが今まさに1つの力となり――S2CAが発動した。

 

 

 



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第144話

久しぶりのシンフォギア更新です。
ちょっとおかしい所もあるかもですが、許してくれると嬉しいです


 

――光が迫る。

6人の歌声、6人の想い、そしてその想いに応えるべく集う世界中の人々の心。

それらが光となって迫る。圧倒的な力となって《死神》に差し迫る。

 

――負けた。迫る光を前に《死神》はそう悟った。

今からではどう足掻いてもあの光を避ける術は生み出せない。

防ぐ事も恐らく難しいだろう。あれだけの威力を前に例え防いだとしても肉体が耐えきれずに崩壊してしまうのが先だ。

それにあの光からは《アレ》を感じる。

古来、我々がまだ大地を闊歩していた時代に争い合った奴らが持っていた《神殺し》なる兵器。それと全く同じものをあの光から感じる。受ければ、間違いなく負けるだろう。

 

避ける術は無く、防ぐ術もなく、対処すべき手段もない。

ならばどうする?どう動く?どう行動する?

 

《―――》

 

胸元に手をやる。

小さく鼓動する温もり、我が第2の生で守りたいと願った存在の温もり。

それを手から感じ取り、《死神》は己の成す行動を即座に決定する。

 

《――!!》

 

歪める己の身体を。

彼女を傷つける全てを破壊する為に生み出された己の肉体の形を歪めていく。

曲げて、折り、固めて、形を変えていく。

全ては彼女を守る為だけに、それだけを目標に己の肉体を盾へと変えていく。

これならばきっと彼女だけは守り切れるだろう。

 

《――――》

 

再度胸元に手をやり、その温もりを感じる。

あの子を温もりを、《死神》が一度は捨てた世界へもう一度戻る理由となった少女を。

 

《――――――――――スマナイ》

 

そして小さく謝罪をする。

自身がこの世界に形となって出現してしまった場合の対価。

それを知っているからこそ、その対価の重みを知っているからこそ、《死神》は謝る。

きっとこの先、また自分が出てしまう時はあるだろう。

彼女を苦しめる存在が居る限り、きっとまた呼ばれてしまうだろう。

だからこそ、後悔する。

この戦いでもう自身が出て来なくても済む様に、全ての敵を破壊し尽くす事が出来ていれば……

浮かび上がる後悔。それを果たせない苦しさに《死神》は顔を歪めながら迫る光に視線を向けながら、それでもと1つだけ覚悟を以て前を見据える。

例えこの戦いに負けようとも、《アレ》だけは必ず取り戻さねば、と。

 

故に《死神》は迫る光に対し――最後の足掻きを行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た来た来た来た!!来ましたよぉぉぉぉ!!!!」

 

ドクターウェルは待ちに望んだ時が来たと端末を操作し始める。

今まさに《死神》に放たれんとしているS2CA。それを構成する大量のフォニックゲインをこの男は待っていた。

《死神》の中に眠る彼の英雄を救う為、そしてその英雄が望む結末の為に。

男は自らが生み出した計画をただただ己が信奉する英雄の為に、全て投げ捨てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暁切歌は確信していた。

勝ったと、勝利したと。

放たれたのは世界中の人々から集まった大量のフォニックゲインを以て奏でられた6人分の絶唱を束ねたS2CA。

これならば、と。

実際切歌の確信は的中していた。S2CAの光に飲み込まれた《死神》は悲鳴をあげながら崩壊していく。

誰がどう見ても、間違いなく戦いの結末を予想させる光景だ。

 

「(これなら――!!)」

 

唯一の懸念としては《死神》の中に眠る人物が無事であるかどうかだろう。

フィーネを信じるのであれば大丈夫なのだろうが、どうしても不安な気持ちが湧き上がってしまう。

生まれてしまう漠然とした不安。しかし今は、とその想いに蓋をして前を見据えようとして―――

 

 

S2CAの光を突き破って自分に迫る異物の存在に、気付く事が出来なかった。

 

 

「――――え?」

 

呆然とした声が零れると同時に切歌の身体に――いや、切歌が持つシンフォギア《イガリマ》に異物が絡みつく。

それは黒い鞭の様な存在だった。まるで生きているかのように鼓動し、揺れているその姿は今まさに敵対している《死神》の外見とそっくりであった。

まさか、と切歌が《死神》に瞳を向ければ、其処には光に身を焼かれ、滅びながらも切歌に向けて鞭を放っている《死神》の姿。

この時切歌を含めた面々は知る由もなかったが、ドクターウェルが月遺跡再稼働に必要なフォニックゲインを集める為に起動させたフロンティアの機能が彼女達の放つS2CAからフォニックゲインを吸収した事によって威力が僅かであるが低下していた。それ故に《死神》は身を焼かれながらも一矢を報いる事が出来ていたのだ。

だが―――

 

「切歌!!」

「切ちゃん!!」

 

2人の心配する声を聴きながら切歌はイガリマに纏う鞭を切り捨てようとしていた。

イガリマに絡みつく鞭は、ハッキリ言って弱い。

威力が低下しているとは言え、S2CAの威力は《死神》を倒すのに十分なもの。

これを受けながら放った一撃はまさに弱弱しく、S2CAを発動している今の状態の切歌でも容易く切り伏せる事が可能だった。だからこそ切歌は迷う事なくそれを切り伏せようして―――

 

 

突如脳内に響いた悲鳴に顔を顰めた。

 

 

「な、なんデスかこれ!?」

 

聴こえる悲鳴はもはや言葉になっていなかった。

あらゆる感情が入り混じり、あらゆる思いが混ざり合い、あらゆる物が全て1つにされたかのようなその悲鳴は切歌の脳内中に響き渡り、そして――突然消えた。

 

「――え」

 

それと同時に自身の中から何かが消えた感じがした。

先程まで感じていた力が、脳内に甘く鳴り響いていた歌声が、全て消え去っていった。

どうして、そう戸惑う切歌の視線の先でイガリマに絡みついていた鞭が解け、光の中へと戻っていく。

――――その先端に、何か鏡の破片の様な物を巻き付けて。

 

「―――――ぁ」

 

切歌は無意識にそれに手を伸ばしていた。

鏡の破片を取り戻す様に、手を伸ばすがそれより先に鞭は鏡の破片を巻き付けたまま光の中へと消えていき、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

《ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!》

 

 

 

 

 

 

 

聴こえる悲鳴を最後に、《死神》は消失していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えゆく《死神》。その姿を映像を通してみながら――弦十郎はやっと笑みを見せる事が出来た。

 

「―――勝った」

 

司令が零したその一言が指令室全体に広がっていく。

1人、また1人と同じ言葉を紡ぎ、そして――全員が笑みを浮かべて勝利の雄たけびをあげた。

勝った!とやった!!と。ある者は1人で拳を握って勝利の喜びを噛み締め、ある者は傍に居た人に抱き着いて勝利の喜びを分かち合った。満たされる勝利喜び、その中で1人のオペレーターが驚きと喜びが入り混じった表情で叫ぶ様に報告する。

 

「司令!!ふ、フロンティアより謎の光が発生!!光は月にある月遺跡へと照射され――あ!!い、今月軌道が――修正されていきます!!地球への落下コースから外れて元の軌道上へと戻っていきます!!」

 

信じられない報告に弦十郎は再三確認する様に伝え、オペレーター達も何度も確認するが、結果は変わらない。

フロンティアから照射された光が月遺跡を再稼働させ、その軌道を元に戻したのだ。

何故?どうして?と言う疑問こそ残ったが、その場にいた全員はそれを素直に喜んだ。

2つの危機が同時に去った。その事に喜び、そして――

 

「藤尭!!装者達の現在地点は!?」

「確認済みです!!」

「よし!!ならすぐに迎えに行くぞ!!地球の危機を救った英雄達をな!!」

 

彼等は向かう、この物語を英雄の元へと。

誰しもがそれに従い、喜びを胸にしたままそれに従って行動していく。

 

 

――だからこそ、気付けなかった。

 

 

フロンティアの上空に、一瞬だけ可笑しな反応があった事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やった、な」

 

6人の装者達はボロボロだった。

S2CA、そしてそれを発動させるまでに発生した数々の戦いで立っているのもやっとと言う段階で傷つき、疲れ果てていた。しかし彼女達は勝利した。《死神》に、そして地球に迫る最大の危機に。

 

「たぁ~…もう限界だ」

 

言葉と共に雪音クリスが倒れ込む様に地面へと横になる。

それに続く様に次々と奏者達が倒れていくが、ただ1人マリアだけは立っていた。

 

「そんな所に横になっていると汚れるわよ?」

「……今日は許してほしいデス~」

「…切ちゃんに同意。もう限界」

「切歌ちゃんと一緒~…流石に疲れた~」

 

F.I.S.と二課。敵対していた2つの組織の装者達が今は仲良く倒れた語り合う。

その姿に全員が小さく微笑みながら暫く語り合うが―――

 

「……私達は、どうなるのかしら?」

 

マリアの一言にF.I.S.の面々の表情が強張る。

最終的に協力したとはいえ、彼女達はテロリストだ。

この後彼女達は捕まり、法の裁きを受けるのは確定だ。

無論、マリア達も己の罪を理解しているし、それから逃げるつもりもない。

だが、それでもとマリアは2人の幼い装者を見詰める。

自身の歪んだ想いで此方側へと引きずり込んでしまったこの子達だけでも、どうにかしてあげたい。

そんな想いを察したのだろう。二課を代表して翼が口を開こうとする。

可能な限り力になると、そう言おうとする。

 

だがそれより先に、遠くで何かが倒れる音が聞こえた。

何が、とその場に居た全員が視線を向ければ――そこには1人の少女が倒れていた。

《死神》が消失した場所と全く同じポイントで倒れている少女を6人の装者は知っていた。

 

「あの子――!!」

 

咄嗟的に立ち上がった響、そして元々立っていたマリアの2人が急いで少女の元へと向かう。

倒れている少女、それはあの仮面の少女だった。

仮面を被ったまま意識を無くしているのであろう、小さく聞こえる寝息が彼女が生きている証拠となり、それを聴いた2人は安心する。

 

「……もしかして、この子が?」

 

《死神》が居たポイントで眠っている事、そしてフィーネが言っていた《死神》の中に居る人物。

それらを合わせて考えれば、仮面の少女こそがあの《死神》の中に居た人物であろうと判断して間違いないだろうと2人は推察して――当然の疑問を抱く。

彼女はいったい何者なのか、と。

響からすれば敵対こそすれど最終的には未来を救う為に一緒に戦ってくれた恩人。

マリアからすれば自身に対し凄まじい敵意を見せ、けれども最後は怒りを以てもう一度立ち上がる勇気を与えてくれた恩人。

2人からすれば敵でも恩人でもある、そんな不思議な人。

それが今目の前で倒れている。無防備に、静かに眠っている。

 

いけない事だと、理解しながらも2人は仮面へと手を伸ばす。

その下にある顔を、貴女が誰であるのかを知りたいと、手を伸ばし、そして―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒りを込めた何者かの声。

それが聴こえたと同時に―――――周囲に攻撃が降り注いだ。

 

「な、なに!!?」

「――――ッ!!?」

 

飛びのく様に後方へと飛び去る2人は、空を見上げて気付いた。

其処に居たのは、仮面の少女が率いていたノイズの軍勢。

複数の大きな空飛ぶ戦艦の様な体格をしたそれらが一斉に装者目掛けて攻撃を降り注いでいた。

その光景は、さながら爆撃と称するに相応しいものだった。

 

「どうしたッ!?」

「お、おいおいおいなんだよいったい!?」

「マリア大丈夫デスか!?」

「マリア!!」

 

遅れてやってきた装者達も自分達目掛けて降り注ぐ弾丸や攻撃を躱し、凌ぎながらどうにか集まり、味方をしてくれていたノイズ達が突如攻撃をしてきた事に戸惑いながら、空から降り注ぐ攻撃にどう対処するべきか考える。

そんな中でただ1人、マリアだけは気付く事が出来た。

降り注ぐ攻撃の中で、仮面の少女だけには1つも攻撃が向けられていない事を。

そして――――眠っている仮面の少女を誰かが抱えている事に。

 

「――貴女は?」

 

問い掛ける様とした声は、降り注ぐ攻撃によって阻まれる。

そしてほんの少しだけ目を離したと同時に――仮面の少女も少女を抱えていた人物も消え去っていた。

それとほぼ同時だろう。大地が大きく揺れた。

 

「な、なに!!?」

「お前達!!!!」

 

突然の振動に慌てる面々だが、それと同時に空からヘリが一機迫る。

強行着陸で着陸するやいなや、中から弦十郎が姿を見せた呆然としている装者達に叫ぶ。

 

「急いで乗れ!!何故かは分からんが俺達が居るフロンティアのこの区画だけ強制排除されようとしている!!このまま此処に居てはこの区画諸共海面に叩きつけられるぞ!!!!」

 

突然の知らせに僅かに戸惑いを見せるが、装者達はすぐにヘリに飛び乗る。

だが空にはノイズが居る。攻撃を受ければヘリなんか一瞬で崩壊してしまうと奏者達は戦闘態勢を構えるが――ノイズ達はヘリに攻撃をしてこなかった。それどころか進行方向の道を開ける様に散開さえする始末だ。

いったいどういう事だと戸惑いながら装者達は離れていくフロンティアに視線を向けて――そして驚く。

 

「な、何だよあれ!!?」

 

戸惑う様に叫ぶクリス達の視線の先で、フロンティアの前に―――突如巨大なゲートの様な物が開いたのだ。

まるでSFファンタジーで見る様なそれを前にフロンティアは中へと突き進んでいき、そして全体がその中へと入ると同時にゲートは閉じ、そして――フロンティアは完全に姿を消した。

後に残されたのはフロンティアに破壊された艦艇と静かな海。

まるで此処にフロンティアと言う存在があったのが嘘だったように、この騒乱の原因となった古代船は姿を消したのであった。



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第145話

久しぶりに更新しました。
ゆっくりペースでの再開ですので、遅くなりますがよろしくお願いいたします


 

――フロンティア消失から数時間後 シャト――

 

「……………ひま、ですねぇ」

 

シャトーのとある一室。

普段使われる事の無いその部屋は今とある人物を拘束する為に使われていた。

両手両足を見た事もない拘束具で結ばれ、複数のアルカ・ノイズが部屋の入口を見張る。

逃げ出せばどうなるのかは誰でも分かるだろう。そんな徹底とした監視の下で拘束されているドクターウェルは暇そうに天井を見詰めていた。

 

あの戦いの最後の時、ドクターは謎の通信を受けた。

《装者がいる区画を排出し、今から出現するゲートに飛び込め》と。

普段の彼であれば見た事もない他人からの指示に従うものかと無視を決め込んでいただろうが、彼は状況から推察してこの通信相手は自身が拝み崇めている英雄の仲間であると判断し、即座に従った。

 

その判断を悔いてはいない。

実際、彼は己の判断のおかげで窮地に一生を得て助かっている。其処に間違いはないだろう。

だが、よかったのはそこまでだ。その後に彼に待っていたのは、英雄が率いていたノイズ達によるフロンティアの占拠。そして彼は英雄に会う事なく両手両足を拘束の上に部屋に監禁となってしまった。

 

「はぁ…ほんっとうにひまですねぇ…」

 

フロンティアを操作するのに必須なネフィリムはフロンティアと融合したままである。

ネフィリムを自身の腕と同化させていたウェルならば今すぐにでもネフィリムに命令し、フロンティアの機能を全て稼働させて脱走…までは無理だとしてもひと暴れする位は出来るだろう。

だが、そんな無駄な事はする気はないのだとウェルは天井のシミを数える作業を続ける。

 

確かに拘束されたのは不満ではある。だが同時に打倒な行為でもあると納得もしている。

向こうからすればドクターウェルと言う存在は敵であったり味方であったりと読めぬ相手であり、そしてその利用価値はただ切り捨てるのにはもったいないレベルなのだろう。

 

だからこそ、生かされた。

ネフィリムの力があるとは言え、所詮は単なる人間でしかない自分が今もなおこうして生きている――いや、生かされているのがその証拠だ。

利用価値があるのか、そしてその価値は捨てるには惜しい者なのか、それを確かめる為に。

 

その話し合いがどういった形で進んでいるのかは分からない。

ただ、ドクターウェルは確信していた。

きっと、いや間違いなくそろそろ――

 

《出ろ。我らが主がお呼びだ》

 

「――あは♪」

 

――その利用価値を示す機会を得られるだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がドクターウェル、か」

 

――其処を言葉で表すなら、ファンタジー小説にありそうな魔王の間だろう。

見渡す限り存在する武装したノイズの群れ、そのノイズの群れの前に立つ9人の乙女。

そして――部屋の中で最も圧倒的存在感を示すのは玉座に座った少女。

 

「(まるで、日本のライトノベルの再現ですねェ)」

 

以前、研究に何かしらの役に立つのでは?といくつか読んだそれが脳裏を過る中で、ドクターウェルは相も変わらずの拘束具姿であったが、今自身が行える最大限の礼儀を以て頭を垂れた。

 

「はい。私の名前はジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス――親しい者達からウェルと呼ばれている冴えない科学者です。まずはこの命を助けていただいたお礼を――」

 

「いらん。決してお前を助ける為に行った行動ではない。お前は単なるおまけに過ぎん」

 

これはお手厳しい、と内心肩をすくめながら男は頭を下げ続ける。

今もなお見極められている。そう理解しているからこそ男は従順に目の前の幼女に従う。

全てはあの御方に出会う為に、と。

 

「…キャロル様。こいつ殺しましょう。そうするべきです。そうしましょう」

 

そんなウェルに殺意を振り向けるのは、ガリス。

回収後、キャロルと治療班によって元の状態へと完全復活を果たした彼女はその殺意を遠慮する事なくウェルに向け続けている。合図さえあればいつでも殺せると。

 

されど、その殺意をキャロルは許可しない。

ドクターウェルの利用価値は十分にあり、フロンティアの存在も捨てるには惜しい。

それ故に内心では殺すべきだと思いつつも、それを抑えて彼に言葉を掛ける。

 

「御託も前置きも良い。俺がお前に問うのはただ1つだけだ。俺に仕えるか、俺に殺されるか、好きな方を選べ」

 

まさにデットオアアライブ。

従えば生。逆らえば死。

冗談でもなければ脅しでもない。正真正銘のウェルの今後が決まるそれを、キャロルは問い掛けた。

 

そんな問い掛けに、男は静かに笑う。

この問いかけの意味は、ただ1つ。

自身の利用価値が彼女のお目に叶ったと言う事実。

故に自分は殺されずに此処にいると、従うと言う生きる選択肢を与えられたと理解する。

ならば自分が選ぶべき道はただ1つしかない。

それを選ぶべきだと理解しながらも―――

 

「――私が仕えるのは、この世でただ1人。僕の英雄だけです。故に貴女には仕えられません」

 

――断った。

己の生を得る選択肢を投げ捨てて、この状況で最も愚かな選択を彼は選んだ。

それ故に――

 

「そうか」

 

淡々とした口振りと共に向けられるは片手。

其処から浮き上がる魔法陣の様な物から感じる死の気配。

彼女が片手を振るうだけで終わるそれを前にしながらも、笑みだけは決して崩さない。

英雄に対する意地。それだけは絶対に曲げないと言う意思を以て絶やさずに笑みを浮かべながら、彼女の片手が振り下ろされるのを―――

 

《キャロル様》

 

――そんな死を直前とした瞬間だった。

キャロル。そう呼ばれている彼女の下に急ぎ足で近づく一体のノイズ。

それは彼女の耳元で何かを口早に語ると、彼女の表情に一瞬だが揺らぎがあった。

その揺らぎが何かは分からない。しかしどうやらそれは―――

 

「……ドクターウェル。死ぬ前に1つ、オレの為に働け」

 

ボクの命を助ける、希望の光となったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……此処よ」

 

先程の部屋から案内されたのは1つの部屋。

此処まで案内してきたガリスと名乗る女性――いや、人間の女性そっくりに作られた人形が忌々しいと言わんばかりに敵意を込めた眼差しで此方を睨みながら、部屋の中に入る様に促す。

可愛げのない小娘ですねェ、と内心憤りこそ感じていたが、今はそれよりも込み上げてくる喜びを前に震える。

 

「―――く、くふふ」

 

此処まで案内される中で、何故僕の死が先延ばしになったのかを聴く事が出来た。

この部屋の中に眠る1人の人物。その人物の治療の為だと。

その人物について詳しい内容は語られなかったが、それが誰なのかを想像するのは容易い事だった。

 

「(あぁ!やっと…!やっとお会いする事が出来るッ!!)」

 

あの玉座の間に居なかったボクの英雄。

それが目の前の部屋の中で眠っているのだと、すぐに分かった。

故にボクは喜びに満ち溢れながら部屋のドアノブを握る。

この先に、この先に居るんだと歓喜に震えながら、ドアノブをゆっくりと開けていく。

 

「(…マスターに変な事しようとしたら即座にぶっ殺す)」

 

背後から向けられる殺意など今の僕にはどうでもよい事。

ありとあらゆる喜びの感情に満たされながらボクはドアを開けると、中へと足を踏み入れた。

 

部屋の中は所謂少女趣味と言う奴だった。

置かれた愛らしいぬいぐるみ。ピンクや桃色と言った色合いの家具。机の上に置かれた少女向けの化粧品。

それらを一瞥しながら、ボクは部屋の中にあるベットで眠っている人物を、待ち望んだ英雄の顔を遂に目撃して――驚愕する。

 

「(こ、この子は――!?)」

 

――その《人物》をドクターウェルはかつて資料で見た事がある。

過去に起きたネフィリムの起動実験。その際に死亡した1人の装者。

その名前は――

 

「セレナ…セレナ・カデンツァヴナ・イヴ…!?」

 

あのマリア・カデンツァヴナ・イヴの妹であるセレナ・カデンツァヴナ・イヴが其処に眠っていた。

 

 



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第146話

 

「おい。さっさとマスターの治療をしろ」

 

背後から聴こえるかなりの不機嫌な声に、呆然としていた意識が戻る。

マスター。そう呼ばれると言う事は、やはり目の前に眠るセレナこそが、ボクが焦がれた英雄の正体なのだろう。

無論、その正体がなんであれボクのこの気持ちが消える事は決してない。

この幼い身体にあの力が宿っている。そう思うだけでも興奮さえ感じる程だ。

ただ、気になる事がいくつかあるのも事実ではある。

 

「(…どうやってあの惨劇を生き延びたのでしょうか?)」

 

その中でも群を抜いて気になるのはそれだ。

ネフィリムの起動実験の結末は全て知っている。

研究所が危うく完全破壊されかねない事態になった事、そしてそんな暴走するネフィリムを目の前で眠る彼女が絶唱を用いる事で再度眠りにつかせた事も、その絶唱の負荷と建物の崩壊によって死亡しているであろう事実も、全て知っている。

 

ネフィリムの再封印後に行われた彼女の捜索ではその死体は発見される事は無かった。

ネフィリム暴走時に発生した火災。それによって死体が残る事なく焼けた、と言うのが捜索後に造られた報告書に記載されていたが、その内容と目の前の光景は異なっている。

 

「(研究員の誰かが彼女の生存を秘匿していた…?いや、それならばナスターシャのババァが気付かないわけがないし、マリア達にその事実を説明している筈…単独で逃げ出したってのが最も納得のいく形にはなりますが、それは色々と納得がいかない点が多すぎる…)」

 

色々と考える事が出てきてしまったが、とにもかくにも今やる事はただ1つだろう。

帰還してからずって眠ったままの彼女の治療。それこそがボクがあの幼女に生かされている理由であり、此処で成果を挙げれば生存への希望も繋がる。

それに治療する相手はボクが憧れ続けてきていた英雄なのだ。

例え先の理由がなくても、全力で当たるのは必然だと背後にいる人形に気付かれない様にニッタリと笑みを浮かべながら治療を始めた。

 

「(あーさっさと殺したい。どう殺そうか?マスターに触れたその手を吹き飛ばしてからは絶対案件として、その後をどうしよう?とりま生首にしよう、そうしよう)」

 

……背後から感じる殺意に満ちた視線を浴びながら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやりと意識が覚醒していくのが分かる。

長い時間を眠っていた。そう理解しながら目を覚ましていく。

 

「おいこら。マスターの治療初めて3日目だけど一向に目を覚まさないんだけど?なに?手を抜いてる?ならそんな手を切り飛ばしても問題はないわよね?」

 

「ボクが英雄の治療に手を抜くなんて絶対にあり得ません!!此処はこのボクに全てを任せて外野は口を挟まないでくれませんかねェ!!」

 

「…こいつウザい、です。やっぱり切り捨てる方が良い、です」

 

「いやいやー☆一応マスターのマスターが殺すなって言ってるし我慢我慢だよファリっち☆」

 

「そうだよー☆ウザいし殺したいのは同感だけどね☆」

 

「……ファリっちではないです。ファリスです。いい加減修正してください」

 

「マスタぁー、速く起きるんだぞー」

 

聴こえてくる皆の声(1人誰だろう?)

それに誘われる様にゆっくりと瞼を開けていく。

 

「――ッ!!みんなー!!マスターが起きたんだぞー!!」

 

ミウの声に皆が一斉に此方を振り向き、そして一斉に詰めかけてきた。

 

「マスター!!嗚呼…ご無事で何よりです…痛い所はありませんか?違和感等を感じたりは?食べたい物や飲み物等は如何でしょうか?このガリス、すぐにご用意させていただきます!!」

 

「…マスター。良かった、です」

 

「ヘイ☆マスター!!ご機嫌は如何~☆アタシもレアもマスターが目覚めたから超ご機嫌ですよ~☆」

 

「そうだよー☆マスター目覚めてくれたアタシもレイも超ご機嫌で~す☆」

 

「マスター!!マスター!!マスター!!」

 

詰め寄ってくるのは私が生み出した愛しい子達。

よほど心配させてしまったのだろう。それぞれが喜びを露わにして抱き着いてくる。

どうして心配させてしまったのかは分からないけれど、心配させてしまったお詫びにと1人1人の頭を優しく撫でていく。

 

「……?」

 

頭を撫でていきながら、ふとどうしてレアとレイ、それにミウが起動状態になっているのだろうと疑問を感じる。

彼女達はまだ未完成の筈なのに、と。

けれど夢から目覚めたばかりのぼんやりとした感覚と、目の前で抱き着いてくる彼女達の愛しさについそれを聴く事を忘れて、ただその頭を優しく撫でてしまった。

 

「はぁ…もう、本当に心配したんですからねマスター!!心優しいマスターですから私達に余計な心配をさせまいと、単独で小日向未来の事を助ける為に飛び出したんでしょうけれど、そちらの方が心配になります!!次からは絶対に私達に声を掛けてから――」

 

――――?

今のガリスの言葉に疑問を感じる。

何だろう?と考えてから、嗚呼と答えに至る。

答えに至った疑問。私はそれを深く考える事なく――

 

「ねえ、ガリス」

 

「はい?どうなさいましたマスター?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――小日向未来…さん?って、誰の事ですか?」

 

――そう聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――は、い?」

 

そう問いかけた瞬間、皆の様子が変わった。

笑顔が凍り付いた、と言うべきだろう。

何だろう?私はそんな可笑しい事を聴いてしまったのだろうか?

 

「えっと…ごめんなさい…あの、小日向未来さんってもしかしてガリスの外での関係者だったりするの?その人を私が助けに行った…って事かな?そこで何かトラブルがあって眠ってたって事で良いのかな?」

 

記憶が上手く思い出せない。

目覚めてすぐのぼんやりとした感覚。それと一緒に感じる記憶の空白感。

その2つが、私が記憶を思い出す事を拒絶していく。

 

「…あ、の…マスター?それは何かの御冗談で…?」

 

ガリスが恐る恐ると言った感じにそう問いかけて来る。

けれどそう問われても、私の記憶の中に《小日向未来》と言う人物は存在しない。

それでもなおその人物に至るであろう記憶が無いかと思い出そうとすると――

 

「――ッ!?」

 

――不意に頭痛が襲い掛かる。

まるでそれを思い出す事を許されないかのようなその痛みに思わず声にならなない悲鳴を挙げててしまう。

 

「マスター!!?」

 

ガリスの心配する声が聞こえる。

どうして急にこんな頭痛が、と混乱する中で私は無意識的にそれでも記憶を探そうとしていた。

この頭痛の先にきっと何かがある。そんな感覚を感じて。

何度も感じる痛み。けれどもそれを耐える様にしながらその先へと至ろうとする。

必死に、必死に。

けれどもそんな必死な思いは――

 

「セレナさん。ボクの眼を見てください」

 

不意に現れた1人の白衣を着た男性によって止められた。

 

「――ッ!?…あ、貴方は…?」

 

「ボクの事は後で説明いたします。それよりも今はボクの眼をじっとみて深く深呼吸をしてください」

 

――僅かに感じる抵抗感。

けれどもジッと見詰めて来るその瞳に負けたのか、私はその指示に従う様に瞳を見ながら深く深呼吸をすると、先程まであれだけ感じていた頭痛が嘘の様に消えていくのが分かる。

 

「――落ち着きましたか?」

 

「あ、は、はい…その、貴方は…?」

 

「ボクですか?ボクは…貴方の主治医であると同時に貴方に付き従う従順な僕だと言っておきましょうか」

 

「…主治医?それに僕…ですか?」

 

なッ!?と驚愕するガリス達であったが、マスターが苦しんでいたのを治してみせたその実力を前に、今は我慢だと苦虫を嚙み潰した様な表情で様子見にとどめる。

そんな事を露も知らないセレナは、呆然とした表情で目の前にいるウェル博士の言葉を聞いていた。

 

「そちらの経緯についての説明は後程にさせていただきます。今はボクの質問にゆっくりとで構いませんので、答えてもらっても良いですか?」

 

「は、はい…」

 

其処からドクターウェルはいくつかの質問を行った。

眠る前に覚えている最後の記憶について。そして装者を始め幾つかの人名を挙げて知っているどうかの確認等を含めて問い掛けていく。

 

「(……ふむ)」

 

その結果分かったのは――彼女の記憶から小日向未来の存在だけが消えている事実。

その影響からか、フロンティアを巡るあの戦いについても正直ほとんど覚えていないと言うのが現状だ。

簡単に言えば、フロンティアを巡る戦いがあり、其処に自分が参加したと言うのは覚えているが、その詳しい内容やそこで何が起きたのかが思い出せないと言う。

それに他の件についてもあやふやな部分が多い。

今は呆然としている影響もあるのだろうが、ドクターウェルの存在さえも上手く認識できていないのがその証拠だ。

 

「(……これならば)」

 

まさにチャンスとはこういった事だろうと静かに笑みを浮かべる。

今の彼女ならば、と。

ならば自分がすべき事はただ1つだとウェルはすぐに行動を始めていく。

 

「セレナさん。今からゆっくりと過去に起きた事を説明していきます。質問や疑問があれば全然気にせずに問い掛けてきてください。安心してください。ボクが全力で貴女を治して見せましょう」

 

――愛する英雄に取り入る行動を――

 



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第147話

久しぶりに更新しました!
書く時間が年々減っていっていく…
ライブ行きたかったなぁ……


 

――夢を見ていた。

 

《マム!》

 

《あの子》の夢を。

私が――私達大人が殺してしまったあの子の夢を。

 

《どうしましたセレナ?》

《えっとですね…これ受け取ってください!!》

 

夢の中のあの子が差し出したのは、小さな花の束。

それを見て、嗚呼と理解する。

この夢はかつての記憶の再現なのだと。

そしてこの光景は、元気が無かった私にこっそりと施設を抜け出したセレナが集めてきた花を手渡してきたあの時の物だと。

 

《セレナ、この花は…》

《えへへ…マム最近元気無かったから、少しでも元気を出して欲しいなって》

 

――そうだった。

この時元気が無かったのは、上層部の決定でネフィリムの起動実験が執り行われる事が決まり、そして実験にもしもがあった場合――唯一の装者であるセレナがその対応に当たる事も決まったからだ。

 

《…本当に貴女は優しい子なのねセレナ》

 

私は、目の前にいる優しい子に危険が迫る事を重々承知しながら、その決定を覆す事が出来なかった。

ネフィリムの起動実験。其処に含まれた危険性など彼等にとっては些細な事でしかない。

もしも仮にセレナの命が失われるのが確定していたとしても、彼等はそれさえも許容して実験を進めただろう。

それほどに彼等は欲深く、そして欲に忠実で醜い生物だった。

 

「(……いいえ)」

 

――それは私も同じだ。

実験を止められないなら他にも手段はあった筈だ。

この子達を逃がしてあげる、ネフィリムを破壊する、そう言った手段は選ぼうと思えば選べた筈だ。

けれど私はそれを選ばず、実験に参加する道を選んだ。

あの子の命が失われる可能性はある、そう理解してもなおその道を選んだのだ。

どんな言い訳をしても、どんな理由を並べても、私はその道を選んだのは否定出来ない事実なのだ。

そんな私と彼等に、何の違いがあるだろうか。

何ら変わらない――醜い生物だ。

 

そして迎えたあの結末。

あの子を失い、それまでの罪に苦しみ、あの子達と復讐の旅を始めたあの結末。

その旅の最中で何度も後悔した。

己の決定を、己が進んだ道を、悔やみ、後悔し続けた。

他者の欲に魅せられ、自らの欲に負けた愚かな己の判断を。

その欲の果てに失われたあの子の命に、ただ後悔し続けるしかなかった。

 

「――そんな私に、その笑顔を向けられる資格はありませんね」

 

そう呟くと、夢の世界に亀裂が入る。

夢を否定した結果だろうか。亀裂が世界を割って崩壊していき、そして夢は終わりだと告げる様に意識が覚醒していくのが分かる。

覚醒していく意識の中、割れた夢の中で笑みを浮かべているあの子を見て、思う。

 

「(…もしも)」

 

もしも、何かの奇跡であの子にもう一度会えるのならば――その時は絶対に間違えないと。

あの優しい子を、今度こそ道を誤らずに守りたいと。

そう小さく思いながら、私は夢から目覚めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ。目を覚まされましたか?」

 

聴こえた声を招きに、ナスターシャは静かに目を覚ます。

目を覚ました彼女がまず見たのは、見覚えのない清潔な部屋と此方を心配そうに見詰めている1人の少女。

此処は―?ぼんやりとする頭で身体をゆっくりと起こして辺りを見渡すが、見える景色に覚えはない。

 

「あぁ!まだ無理をしないでください!臓器系の治癒は終わりましたが、術式の負担がまだ残ってますから!」

 

そんな動きを慌てて静止する様に向けられた言葉に、ナスターシャはふと己の身体の異変に気付く。

あれほど病で苦しく、重く感じていた身体が驚く程に軽く、そして楽になっていた。

現代医学では匙を投げられ、もはや終わりを待つ事しか出来なかったこの身体が、だ。

いったいどうして――そんな戸惑いを察したのだろう。目の前に居た少女はゆっくりとだが説明を始めた。

 

「えっと、詳しい事情を説明するのは禁止されているので、うまく言えないのですが…今の貴女の身体はほとんど治療を終えている状態です。臓器系の損傷が激しかったので治療に数日を必要としましたが、そちらも問題はないと思います。脚の方も日常生活に問題が出る事はないと思いますが、まだ治療を終えてばかりなので暫くの間は安静にしてください」

 

その話はとても現実とは思えない程の内容だ。

どんな医学でも、どんな名医でも匙を投げた程に悪化していた己の身体。

もはや残された時を全てあの子達の為に投げ打つと覚悟をしていたのに、それが治ったと言われても信じられなかった。

けれど、その証拠に身体はこれまでの苦しみが嘘の様に楽になっていて、脚も自由に動かせる。

嘘のようで、けれど本当の事を言っているのだと理解せざるを得ないだろう。

 

「(いったいどのように…いえ、それよりも……)」

 

己の身体の回復に驚かされながらも、ナスターシャが気になったのはあの子達。

マリア、切歌、調。

あの子達がどうなったのか、それを問おうとして――

 

「やあ、失礼しますよエルフナインさん。ナスターシャが目覚めたと言うのは――ああ、本当のようですね」

 

まるでそれを阻む様に部屋に入ってきたドクターウェルの存在に目を見開く。

 

「ドクターウェル!?」

「あー、はいはい。僕を恨む気持ちもその怒りも驚愕も理解していますが、今はそんな事置いておいてください。今貴女がやるべき事はただ1つ――ある御方を診て欲しいんですよ」

 

ある御方?

それが誰であるのかを問おうとするが、それより先にウィルは車いすを手にして視線で乗れと促す。

聴きたい事は山ほどあったが、今は従うしかないと私は彼に従い、車いすへと移った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――な、んですか…ここは……」

「あー、まあ驚くなと言うのは無理な話ですよねぇ」

 

ウェルの操作で進む車いすから見せられた光景は、理解が追い付かない物ばかりだった。

無数にいるのではないかと思う程に大勢のノイズ――いえ、アルカ・ノイズと呼ばれる錬金術で作り上げられた人工のノイズ達がそれぞれ各々の仕事を果たし歩き回っているその光景は、彼の言う通り驚くなと言うのが無理だ。

 

「…錬金術にアルカ・ノイズ…まさか私達の知らない世界がこうもあるとは…」

「私も一科学者を名乗らせてもらっている身としては少々複雑な気持ちはありますが、現実はこれですよ。けれどこれで驚いていてはここでやっていけませんよ?」

 

ある御方とやらが居る部屋まで案内される道筋でドクターウェルは彼が知りえる全てを語った。

私が眠っていた間に起きた一連の全てと、此処が異なる空間に存在するシャトーと呼ばれる場所である事。

そして――此処には絶対の王が居ると言う事。

 

「キャロル・マールス・ディーンハイム。この名前は覚えておいて損はないですよ。このシャトーの頂点に君臨する存在で、彼女の気分を害したらあっと言う間にポイされますから」

「……覚えておきましょう」

 

曰くその外見は美しい幼女である。

だがその外見に騙される事あらば、その命容易く失うだろう。

シャトーを治める絶対君主であり、他者の命を削る事に躊躇がない暴君。

それこそがシャトーの王、キャロル・マールス・ディーンハイムであるとウェルは語る。

 

「実際、ボクもこうして自由に動いているのには結構な条件付けられてたりするんですよねェ~、例えば、コレ」

 

衣服の首元を緩めると同時に姿を見せたのは首輪。

何処となく美術品を連想させる綺麗な作りであるそれをウェルは笑顔で指さしながら――

 

「実はこれ、爆弾なんですよねェ」

 

まるで子供がお宝をアピールするかのような明るい声で、驚愕の事実を告げた。

 

「なッ!?」

「起爆条件は色々とありますが…まあ、端的に言ってしまえばあの幼女を怒らせたら即起爆って感じです。おかげで色々と調べたいのですが、思う通りに行かないんですよねェ」

 

その首輪が爆弾である、そう説明したウェルがため息をつく。

その首に付けてあるそれが己が命を奪う物であると理解しながらも、一切の恐怖を見せずに。

 

「……貴方は理想を叶える為ならば他者の命を利用し、己が生を優先する男である事は先の件で嫌と言う程理解させられました。そんな貴方が他者に己が命を握らせるなんて…何があったのですか」

 

ナスターシャの問いにウェルは先程まで見せていた笑みとは異なる笑みを浮かべる。

それはさながら――邪教に魅せられた狂信者が浮かべる狂った笑みの様だった。

 

「――運命に、出会えたんですよ」

「…運命?」

 

その言葉にナスターシャが思い至ったのは、カ・ディンギル跡地で起きた戦いの後に見せたウェルの様子。

あの《死神》に対し異常な程の執着と狂った愛を向ける様になった彼が語る運命。

其処から連想させるのは――

 

「……まさ…か…居るのですか?此処にあの《死神》が!?」

 

そう考えれば辻褄が合う。

突如現れたシンフォギアを使わない黒い手を操るあの少女の存在も。

その黒い手を連想させる《死神》の出現も。

あれだけの存在が誰にも認知されていない事も。

全て辻褄があっていく。

 

「はい。居ますよ。あの御方は此処に…そして貴女も今から出会うんですよ」

 

いつの間にか辿り着いていた1つの部屋の前。

数体のアルカ・ノイズに警備された其処を前に、ウェルは慣れた様に入口のアルカ・ノイズに声を掛けると、彼等は何処か嫌そうな雰囲気を醸し出しながらも扉を開けようとする。

 

「――ああ、そうだった。2つ言い忘れていました。ナスターシャ博士、この部屋の中ではボクは彼女の主治医です。余計な言葉は言わないでくださいね。そして―――中に居るのが誰であっても絶対に驚かないでくださいね」

「……は?」

 

驚くなと言うのはどういう事だろうか。

それを問い掛けようとするが、それよりも先にゆっくりと扉は開かれて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、こんにちはウェル先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――《その声》を聴いた。

二度と聞ける筈のないその声を。

幾度も聞いたその声を。

絶対に忘れないと誓ったあの声を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――セ……レナ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あの日失った優しい子が、今目の前に居た。

 

 

 



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第148話

 

――《もしも》を考えた事はあった。

もしもあの子が生きていれば、と。

あの子が生きていればどれだけ良かっただろうと。

そんなあり得ない《if》を考えた事は幾度もあった。

 

けれどそれは所詮は妄想。

現実は残酷なまでに事実を示し、その事実を変える事は誰にも出来ない。

だからこそ最近ではそんな《もしも》を考える事さえしなくなっていた。

時間の無駄だと、そんな事を考えても苦しむだけだと。

そう、思っていたのに―――

 

「――――セ――レ―――ナ?」

 

ベットの上で上半身を起こしているその姿を前に、零れる様にその名を口にする。

生きているその姿に、忘れもしないあの愛らしい笑みで会話をするその姿に、呼吸を忘れる。

震える身体で車いすを動かす。

あの子の下へと、目の前の光景を確かめたいと動く。

 

「―――?」

 

そんな私に気付いたのだろう。

あの子が……セレナが私に顔を向ける。

あの時と全く変わらない顔で、あの優しい顔のままで――

 

「セレ――」

 

故に、その名を叫ぼうとした。

今度こそ聴こえる様に、しっかりと出そうとした。

けれど、その声は―――

 

 

 

 

 

「えっと、初めましてですね。私の名前はセレナと言います。ナスターシャ先生…でしたよね?ウェル博士からお話は聞いています。私みたいな特殊な治療を専門とされる名医だとか…今回は私の為にわざわざ来てくださってありがとうございます」

 

 

 

 

 

――彼女からのその言葉に、阻まれた。

 

「――――――え?」

 

一瞬なにを言われたのかを理解する事が出来なかった。

今この子は何と言ったのか、と。

理解が追い付かない、けれどもと問いただそうとする。

今のはどういう事なのか、私を覚えていないのか、と。

しかし――

 

「ハハハ、どうも彼女は緊張しているようですねェ。どうしましたナスターシャ先生?患者さんがあまりにも可愛い御方で度肝を抜かれましたか?」

 

ウェルが親しみを感じさせるように肩に手を置きながらそう話す事で阻み―――

 

「――ババァ。何となく気持ちは理解してるが、今は耐えて合わせろ」

 

ウェルの厳しい口調がそれ以上の発言を禁じた。

 

「―――ッ」

 

いったいどう言う事なのかと言葉なく視線で訴える。

何を知っているのかと、説明をしろと静かに、それでいて堪え切れない怒りを以て訴える。

 

「……話は後でしてあげますよ」

 

されどそんな視線に対し、ウェルはそれだけ告げると彼女の下へと戻っていく。

優しい笑みで、知らない人が見れば誰もが信じてしまいそうな笑みを浮かべて。

その笑みの下の本性を知る者として、そしてそんな仮初の笑みをあの子へ向けられている事実がナスターシャの怒りを強くするが、今は敢えてそれを堪える。

後で全てを聞かせてもらうと決意し、今は我慢して彼の言う《ナスターシャ先生》を演じる事にした。

 

「――それで《ウェル》先生?彼女の症状を聴かせていただけるかしら?なにせあまりにも急すぎるお話でしたので、事前情報を聴く事が出来なかったので」

 

嫌味を込めてその名を呼びつつ、今すぐにでも抱きしめてしまいそうになる愛しのあの子の前で《先生》を演じる。

その姿にウェルは肩をすくめる様にしながらもセレナに向くと――

 

「セレナさん、すみませんが《アレ》を見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 

ウェルはセレナから主治医としての信頼を得ているのだろう。

彼の言葉に素直に従うと着ていたパジャマの上ボタンを開けて、小さく前を開けた。

其処にあったのは―――

 

「――これは…」

 

彼女の胸元には、小さな結晶が出来ていた。

いや、結晶と言う表現は少し違うだろうか。

敢えて言うならば――小さな鏡。

人体に存在する筈のない異物、それが彼女の胸元で静かに輝いている。

 

「(…似てはいる)」

 

似た現象として思いつくのは、やはり立花響の一件だろう。

胸に宿したガングニールの破片。其処から生じた彼女の命を危うくした症状。

アレと似てはいる、けれど―――

 

「…触っても良いですか?」

「あ、はいどうぞ」

 

鏡に触れてみると感触は鏡のそれとほぼ一緒。

けれど純粋な鏡との大きな違いとして温もりを感じると言う事だろう。

それでいて肉体との境界面を触れてみると其処に違和感はまるでない。

まるでこの鏡が最初から彼女にあったかのように、鏡は自然と彼女の胸元で輝いている。

 

「……これは元から?」

「えっと…違う…筈なんですけど…」

 

ナスターシャの質問に対し、セレナの返答はハッキリした物ではない。

自身の出来事である筈なのに、あまりにも曖昧なそれにナスターシャはさらに追及しようとする。

しかしてその問い掛けは――

 

「――ドクターウェル。これはどういう事だ?」

 

――身震いするほどの強烈な殺気によって阻まれた。

何が、と振り返ると――部屋の入口に1人の少女がいた。

その姿は何処からどう見ても幼い見た目をした何処にでもいそうな少女でしかない。

けれど発する膨大な殺気が、動きを許さないその圧倒的な圧が、彼女が《日常》の人間ではなく《非日常》の人間である事を簡単に示した。

 

「…彼女の事になると相も変わらず動きが速い(ボソッ)――いやはや!勝手な独断誠に申し訳ございませんキャロル・マールス・ディーンハイム殿。ナスターシャ先生が《ご到着》されたので少しでも早く診察をしていただこうと私の判断で案内させて頂きました。指示を仰がずに申し訳ありません!」

 

「………オレはナスターシャが《診察》をする予定など聞いてもいないのだが?」

 

「あれェ?そうでしたか?それはまた申し訳ありませんねェ。なにせ彼女の胸元の結晶の件に関しては私なんかよりも《独自》の知識を豊富に持っていらっしゃるナスターシャ先生の方が、的確な診断を下されると思っていましたので至急《お呼び》したわけですよ。連絡はしたと思っていましたが…いやはや、誠に申し訳ありません」

 

互いに言葉を濁し、隠し、それでいながらもぶつけるべき言葉をぶつけ合う会話。

ナスターシャはそんな会話を前にしながらも、聴こえた名前に彼女が、と納得する。

 

「(彼女がキャロル・マールス・ディーンハイム…)」

 

このシャトーと呼ばれる場所の絶対的な王であり、外見からは予想もつかない程の膨大な力の持ち主。

機嫌を損ねればあっさりと殺される、そう言っていたウェルの言葉が実物を前に嫌と言う程に実感させられる。

 

「――ふん。まあいい」

 

納得はしていないだろうと言う態度でウェルとの会話を無理やり終えたキャロルの視線が此方に向く。

それと同時に先程よりはましでこそあるが、それでも十分な位な敵意と殺意を向けられながら彼女が手を差し伸ばして来る。

 

「…キャロル・マールス・ディーンハイムだ。貴様の《お噂》は承知している。仲良くするつもりはないが――こいつの治療を担当している間はこのシャトーでの滞在を許そう」

 

差し出された手と会話内容に戸惑いながらも差し出された手を握ろうとして――不意に力強く引っ張られると。

 

「――後で詳しい話をしたい。この後すぐに部屋を出ろ」

 

耳元でそう話しかけられると彼女は部屋から出て行く。

 

「――はぁ…なんとかボクの首は繋がったままで済みましたねェ」

 

部屋から去って行くその姿に安堵した様に息を吐くウェル。

その隣でナスターシャは一瞬だけ迷った。

彼女の言葉通りについて行っても良いのだろうか、と。

もしや始末するのにこの部屋以外を選ぼうとしているだけではないか、と。

 

だが、しかし――

 

「――ウェル先生。すみませんが少しだけ部屋を留守にします」

 

「は?ちょ、ナスターシャ先生!?」

 

それ以上に知りたかった。

今のセレナに何が起きているのかを。

あの日、セレナを失ったあの日から今まで何があったのかを。

その答えを彼女は知っている、そんな確信があったからこそ私は最悪な可能性を飲み込んででも彼女の言葉に従う道を選び、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

「――来たか」

 

 

 

 

 

 

 

部屋の外で待っていた彼女を前にして、その想いは更に強まった。

 



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第149話

久しぶりに帰ってきました
リアル忙しい…


 

「―――」

 

《フロンティア事変》

そう呼称されたあの戦いから既に1月が経過しようとしていた。

消失したフロンティアとそれを手引きした謎のノイズ軍の捜索。二課所属の装者並びに小日向未来の治療。米軍並び多国籍軍との外交問題。そしてF.I.S.装者三名の処遇等々――

 

この1月の間、これ等問題解決の為にあちこちを飛び回る羽目になった弦十郎は、今とある一軒の家の前に居た。

 

「…ここ、か」

 

弦十郎の見上げる先に佇む一軒の家。

何処にでもあるごく普通の一軒家なれど、今の弦十郎の眼にはさながら敵の本拠地の様に見えていた。

無理もない。何故なら此処に住んでいるのは―――

 

「…外れていればどれだけ嬉しいだろうか……」

 

つい先日受けた相談。

その内容と今までの調査結果が導く答えを知っていながらも、思わずそう呟いてしまいながら、呼び出しベルを押す。

静かな空間に鳴るベルの音。その後に聴こえる足音を耳にしながら弦十郎は静かに呼吸を整えてから覚悟を決める。

 

「はーい、どちら様で…あら?貴方は…」

「……初めまして。私、以前に御宅の御息女であるキャルさんの安否確認で伺った者達の上司で、風鳴弦十郎と言います。急な来訪もうしわけありませんが、実は大事な話がありまして。少しお時間よろしいでしょうか?」

「……ええいいですよ。良ければ中でどうぞ」

 

キャルの母親の従姉、そう名乗っている女性の案内で家の中へと進む。

その視線に、僅かな殺気を感じ取りながらも迷いなく進んで行く。

 

「…キャルくんはご在宅ですかな?」

「いいえ。実は少しばかり事情がありまして、今は別の方で過ごしているんです」

「事情、ですか」

 

ええ、そうですよと笑顔で答えながら前を歩く彼女。

その態度は、事情を説明する気はないと言葉なく伝えて来る敵意交じりの物だ。

 

「(……ふむ)」

 

恐らく…いや、確実に俺が此処を訪れた理由を察しているのだろう。

それが意味するものがなんなのか、を理解していながらもこうして中へと連れ込むと言う事は―――

 

「どうぞ。此方です」

 

女性が案内した先にあるのはリビングへと通じる扉。

何処の家にもあるごく普通のそれだが、俺は気付いていた。

扉の向こう側から感じる強大な敵意を、俺の人生の中でも感じた事の無い程強大なそれを。

 

「(…さて、鬼が出るか蛇が出るか)」

 

もはや撤退すると言う選択肢はない。

逃げ出そうとした瞬間、間違いなく今目の前にいる彼女は俺を襲ってくるだろう。

それだけ、もはや彼女は敵意も殺意も隠そうとさえしていないから、馬鹿にでも分かる。

――ならば、覚悟を決めるしかない。

 

感じる敵意に、本能的に感じる恐怖を前に、それでも俺はゆっくりとリビングの扉を開けていく。

最初に見えたのはごく普通の一軒家のリビング。

テレビがあって、ソファーがあって、花瓶や小物で彩られた普通の景色。

されど扉が開き切り、部屋の真ん中に置かれた机と、其処で待つ人物を見た瞬間――

 

 

「…ようこそ風鳴弦十郎。歓迎する気はないが、話くらいは聞いてやるぞ」

 

 

――それまで仮説だった話が、確定となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、少し良いですか?」

 

それはまだ弦十郎を始め二課が様々な問題の対処に追われていた頃。

ある日、弦十郎は小日向未来から《相談》を聴いて欲しいと言われた。

他の皆には聞かせたくない相談がある、と。

 

その内容は――仮面の少女の正体が、キャルではないかと言う物だった。

 

「…もしかして…いや、絶対に違うって思うんです。けど…どうしても…あの目を忘れる事が出来なくて…それで…」

 

相談を持ち掛けた小日向未来自身も、あり得ないと否定していた。

あの優しい子が、戦場に居る筈がないと、あり得ないと。

実際、この相談を聴いた相手が他の面々ならば間違いなくその否定に賛同しただろう。

 

キャルちゃんがそんな事をする筈がない、と。

それは流石に考えすぎではないか、と。

あいつが戦うなんて想像できるか、と。

きっとそう返事を返していただろう。

 

けれども弦十郎だけは違った。

以前からキャルと言う少女の存在を不審に思い、その情報を探らせていた弦十郎だけは違った。

それまで集めてきた情報、そして小日向未来からの相談。

それは弦十郎の中で、バラバラだったパズルが完成する様に1つなり、そして答えとなった。

 

――少女達にはあまりにも残酷な真実に、なってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何処で気付いた?」

 

目の前の女性――何者かは分からない。

歳は20~25と言った位だろうか。

視る者を魅了してしまいそうな美女だが、その瞳に宿しているのは狂気。

何かを成すのに躊躇なく犠牲を出せれる人間のみが出せる力強い瞳の輝き。

その瞳を前に、弦十郎も無意識に身体が臨戦態勢を取っている事を感じながら、質問に答えていく。

 

「…まず不審に感じたのは、キャルくんの個人情報だ。家族構成、年齢、出身、経歴。その全てが――あまりにも綺麗過ぎた。まるで最初から全てが作られたかのように」

「…ふん。弟子の可愛さあまりに手を回しすぎたか。他は?」

「マリアくんと翼のライブ会場での一件。未来くん達から離れてノイズに追われたと言うのに無傷だった件と、その彼女の会場内での足取りが一切負えなかった事だ。監視カメラの1つや2つに不具合が発生した、と言うならばまだ理解出来る。だがそれがキャルくんが進んだであろう道の全てで発生したとなれば、疑いたくもなるさ」

 

そして極めつけは――未来くんの証言。

本人は最後まで違うとは思っている、と言い続けていたが、それでもなお完全には否定できなかった。

あの時見た瞳が、彼女と一緒に居る時に感じた感覚が、仮面の少女の正体がキャルである事を完全否定する事が出来なかった。

 

「……なるほど、な」

 

女性の手にはいつの間にかワイングラスが握られていた。

中に満たされているのは、赤いワイン。

飲むか?と差し出されるが、それを沈黙を以て拒否すると、肩を空かして自分で飲み干していく。

 

訪れる沈黙。

外から聴こえる鳥の声が、車道を走る車の音が、シンクに落ちる水滴の音だけが、静かに鳴る。

どのくらいそうしていただろう。

続く沈黙、それを打ち破ったのは―――

 

「…風鳴弦十郎。1つ取引をしよう」

「取引…だと?」

 

ああ、と告げると同時に机の上に放り出された封筒。

警戒しながらも放り出された封筒を手に取り、その中身を拝見する。

 

「――ッ!?これは…」

 

開封した封筒の中身。それは今回米国が揉み消そうと躍起になっている艦隊派遣を証明するのに十分な証拠となる資料と、米国が奪取したフロンティアを用いて選ばれた一部国民のみで地球脱出を企んでいた事を記す記録の数々。国家機密レベルで今もなお米国で保管されているであろうそれが、封筒の中に乱雑に入れ込まれている事に弦十郎は驚きを隠せなかった。

 

「お前達が先の件で米国と揉めているのは知っている。これがあれば交渉も上手く行くだろう」

 

確かに今現在、フロンティアを巡って起きた今回の騒動で日本と米国は揉めている。

艦隊派遣の事実を揉み消し、逆に今回の事態で発生した被害を日本のせいだと責任転嫁さえ企んでいる流れがある。あくまで自分達は被害者だと、そう主張する様に。

フロンティアを用いた計画の事など一切知らないで通すつもりなのは誰の目にも明らかだが、米国のどうにか誤魔化したいと言う強い意志が外交に現れており、このままでは押し通される危険があるにはあった。

そんな状況下でこれらの証拠があれば―――

 

「(確かにこれは喉から手が出る程欲しい物だ。だが…)」

 

彼女は言った《取引》だと。

それはつまり提供されたこれら証拠に匹敵する対価を、要求される事を意味する。

何を要求するかは不明だが、提供された物に対する対価を考えれば、自然と警戒してしまう。それがもしも今後の不利益になればと恐れて――

 

そんな弦十郎の考えを察したのだろう。

女性は空になったグラスを静かに机に置きながら、彼女が求める《それ》を口にした。

 

「安心しろ。オレが求める対価は安いものだ」

「……その対価を、聴いても良いだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――仮面の少女の正体がキャルであると言う事実。それを一切他人に他言するな。オレが求めるのはただそれだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――初めて見せた優しい顔で、そう言った。



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