ここは地表の71%が海に覆われた水の星。
残りの29%に人々が住み、独自の文化をはぐくんできた。
先人の目まぐるしい努力で、ありとあらゆる武力衝突を避け続けるという奇跡を引き起こし続けたこの世界の住人は意見の違いから来る諍いはあれど、まだ、大きな戦争と言うものを知らない。
今より20年前。
人類の理解を超える技術を有した謎の集団が海に現れ始める。
その集団は、無人の軍艦を従え海を蹂躙する。
それを阻止しようと、有史以来の大規模な戦闘に人々は多大なショックを受けた。
人類はこれを「セイレーン」と呼称。是を人類の敵と定める。
一方的な蹂躙により海上航路を失ったことで、国家存亡の危機に陥った貴族たちが治める伝統と礼節を重んじる立憲君主制国家「ロイヤル」が世界に向けて一致団結せよと協力を呼びかける。
その呼びかけに当時の世界は、政治的理由で各国は拒否。
一方的な出血を強いて世界の海の9割を敵に奪われる大失態を犯した。
再びの「ロイヤル」の呼びかけでようやく各国が重い腰を上げる。
自由と個性を尊重する「ユニオン」。
皇帝が治める圧倒的な技術を有する軍事国家「鉄血」。
極東に位置する独自の文化を育んだ君主制国家「重桜」。
それぞれの国家がそれぞれの思惑を胸に連合軍「アズールレーン」を結成。
その戦いの中で、人類は未知の技術でできたキューブのような物を手に入れる。
後に「メンタルキューブ」と言われるそれから生み出された鋼の乙女達。
Kinetic
Artifactual
Navy
Self-regulative
En-lore
Node
これらの頭文字を繋ぎKAN-SEN(艦船)と総称。
彼女たちの血のにじむ努力により、セイレーンをある程度無力化することに成功した。
世界は大いに沸き上がり、人々は安堵の息を漏らした。
ある程度、セイレーンを追い出すことに成功したアズールレーンの上層部は戦場がある程度落ち着いたのを見て、失われた国力を回復しようと言う名目で軍縮条約締結を各国に迫った。
様々な思惑が絡み合う中、それぞれの信念の元暗躍を続ける。
「はぁ」
ざっと、この世界のことについて頭に叩きこんだことを一つ一つ確認しながら溜息をはく。
「長門様、茶が入りました。少し息抜きをされてはいかがですか?」
「ああ、すまぬな。加賀よ」
狐の能面を頭に付けて、銀髪に狐耳。九尾を揺らしながら茶と羊羹を差し出す。
「……あの男のことですか?」
その問いかけにこくりと頷く。
「人の姿を持って初めてわかるこの重責。主は常にこの重みを背負っていたのだな」
そう言って、遠い目をする。
幼きその姿に似合わぬ雰囲気。
加賀はそれについて目を細めるだけで答えを口にしない。戦場にて、思考の限りを尽くして蹂躙するだけの自分がその責務をどうこう言うのはお門違いだろうと思っての配慮。
……、だけではない。
加賀は周りに気配がしないか細心の注意を払い、少なくとも自分では感じ取れないことを確認してから口を開く。
「……あの男ならどうするか、か。事が事だけに無責任な言葉をかけるのは避けてきたが……」
砕けた言葉遣いになったことから、公の場ではなくプライベートな話に変わったことに気が付きそちらに振り向く。
参謀、政治においては加賀よりも天城や赤城の方が頼りになるが、長門個人としては加賀の方が気心もある程度は知れている。それ故の気安さ、と言うのも存在するが。
「おそらくだが、何もしないと思うぞ? 一応、策と保険は腐るほど用意はするがな」
その答えに少し驚きを覚えつつ「そんなものか?」と問う長門に加賀は「そんなものだ」と答える。
加賀はその男が世間一般で言うところの天才や鬼才に当たる人物であることは認識している。だが、頭も回るし自分たちでは想像もできない打開策もポンポン出て来る割に、政治については無頓着であった。
知識はあるが、専門家ではない。と言う言葉がしっくりくる。
どちらかと言うと、考えるよりも手を動かせと言う脳筋な部分も目立った人物であると加賀は認識している。
加賀自身本来はそちら側のため、密かに同じと喜びを感じている。が、この局面においてはそうもいっていられない状態なので天城、赤城に教えを乞い、今日まで必死に知を磨いてきた。
長門の執務机の上に置いてある血判状に目を向ける。
そこには、鉄血との秘密裏の同盟締結にアズールレーン脱退表明と言ったことが記されている。
「……結局、人間の敵は人間、と言う訳か」
自然と口にして、はっとなった加賀だがもう遅い。
長門の顔が苦々しいく歪むのを見て同じように顔をしかめる。
「私は想うのだ。この決定を覆すことは叶わないのはわかっておる。しかし、主ならば……とな。我がことながら何ともお粗末なものだ」
そう言いながら自称気味に言葉を投げかける長門。
「無い物ねだりしても問題は解決しない。できることを全力を尽くす以外道はないだろう」
心なしか尻尾が垂れ下がっている加賀がそう口にする。
長門はそれに対して「わかっておるよ」とだけ口にした。
少し目を細めた後、「わかっているならいい」とだけ言い残して部屋を出ていく。
「主。扶桑皇国は楽しかったですね」
蚊の鳴くような声には聞こえないふりをした。
部屋から出て社を後にし、暫く歩いた先にある場所に来て、再び周りの気配を確認する。
情報端末を起動し、現実世界で言うところのSNSのチャットのような物を開く。
チャットには既に何人かの人物が何かしらの情報を書き込んでいた。
「……概ね予想通りになりつつある、か。ままならないものだな。そう思わないか? 明石」
「大丈夫にゃ、明石独りにゃ。だから殺気を飛ばすのやめろにゃ。正直つれーにゃ」
そう言いながら猫耳の小さな少女が姿を現す。
「守備はどうだ?」
「いつも通りにゃ。一応、保険も打ってあるにゃ。それにしても、こうも重要情報を普通に乗せるとは驚きすぎて笑いすら起きないにゃ。どうなってるにゃ?」
にゃーにゃー五月蠅いなと思いながら加賀は口を開く。
「まぁ、下手なスパイよりは信用してもいいんじゃないか?」
内容は各陣営の内部事情や、今後の方針等が記載されていた。
正直、ばれれば問答無用で退役処分……、物言わぬ情報体へ戻されるであろう一級情報が惜しげもなく井戸端会議の話のタネ的なノリの軽さで乗せられているそれらの情報は、一周回って信憑性の無さを表している。
特に科学の国の「世界が憎い」さんとか「素敵な卿を探して」ちゃんとか日記か何かと勘違いしていないか? と思うほど重要性の有無を無視してその日の出来事や知りえた知識を取り敢えず書き込んでいる傾向があったりする。
最近思うんだ。俺、酷使され過ぎじゃないかな? 英霊エミヤと良い酒が飲めそうでマブダチになれるくらいには酷使されてるよね?
俺、抑止力とは契約していないんだけどな。
「そこんところどうなんだ? ジャスティス」
取り敢えず話しかけるとジャスティスは点滅するだけだった。
念話にも特に答えないので、情報収集の為に適当に歩くことにする。
一応、格好は長門特攻時の最後のアスラン・ザラ専用のシンボルロゴ満載のなんちゃって改造第二種軍装ではないことに少し安堵する。
あの世界では誰も何も言わなかったが、よく許されてたよなと思うほど五月蠅い軍服だった。
ロゴのデザインはジャスティスがしたんだが、予想以上に周りの受けが良くて軽く引いた覚えがある。
最終的には連合艦隊の総指揮官として示しを付けるとか言った結界、あんなユニークな軍服になった。
真新しい建物の中にいるらしい。
そこそこのオサレな部屋から出る。
結構な広さの家から出る。扶桑に住んでいた時の頭のおかしいくらいの広さを誇る家とは比べるまでもないが、十分広くて立派な一軒家と言える。今回はちゃんと住居もオプションとして付いているらしい。
だが、俺は知っている。住居があってもほとんど使う機会が無いと言うことをな! 後、住居を用意すると言うことはそこそこ長いことこの世界に居座ることになるんだろうなと漠然と思いながらため息をつく。
庭にはちょっとしたテラスに、何故か時代劇の団子屋に出てきそうな立派な腰掛けもあったりする。ちょっと統一性がないデザインだが、コンセプトはどうなってるんだ? 俺は訝しんだ。
庭の端っこには盆栽が幾つか置いてあるし。
深く考えないようにしながら、門を出る。独りでに閉まる門に、前の世界ではあり得ない技術ではあったので、少なくとも此度の世界は近代的な世界観ではあるようだ。
門にはカメラ付きのインターホンに郵便受けが付いている。一応、表札見たいのがついていて、ドイツ語で「ザラ」と表記されている。
駐車場と思われる場所に屋根が無いタイプのスポーツカーみたいのに乗り込む。鍵のようなものは無かったが、どうやら動脈認証でエンジンがかかる仕様らしい。
アスラン・ザラになる前、日本人として暮らしていた自分には余り馴染みがないが、指紋認証だと指を切り取られてどうにでもできてしまうという悪魔のような手段の犯罪が外国では普通に横行しているという耳を塞ぎたくなるような現状であった。その為とある国では動脈認証が一般的に採用されていたらしいと耳にしたことがある。
そのシステムは血が流れていないと反応しない作りになっているらしい。
とは言え、そんな登録から何からめんどくさいので一部のVIPや何かしらの権威が使うだけで一般人の下々まで浸透はしていないと言うのが現状だった気がするが。
ジャスティスがナビゲーションシークエンスを開始したので取り敢えずそれに従い市街地に走り出す。
外国特有の建物の数々の他に近代的なビル群が立ち並ぶことから近未来的な光景に懐かしさを覚える。
携帯ショップとかあるし。ドイツ語とフランス語に英語の表記がある。あ、イタリア語の表記もある。
結構な口語があるのでヨーロッパのどこかなのだろうと当たりを付けつつジャスティスの案内通りに進みながら賑やかな街並みを眺める。
飛び交う言葉は全部日本語だ。まぁ、ナバホ語のようなマニアックな口語で無い限り、日常会話に支障がないレベルでコミュニケーションが取れるので気にしないが。アスラン様々である。
ある程度情報を手に入れて、街中にあるカフェに入る。
落ち着いたガラス張りのオサレなカフェにてケーキを二つ、ジュースと珈琲を頼む。
注文を受けて若い女性の店員が何か紙切れをテーブルの上に置きつつ、ウインクをして去っていくのを首を傾げつつ紙切れを見る。
…どうやらあの女性の連絡先とチャットアプリかなんかの招待状? らしきものが書かれている。
逆ナンされたらしい。
よく見れば、男女関係なく此方にスマホを向けていることからモデルかなんかと勘違いしているのだろう。アスランの容姿は控えめに言って美形だから仕方がないかと気づかれないように肩をすくめる。
少し席を立ちカフェの外へ出る。カフェのテラスに置いてある小さな植物の陰に隠れるように移動した小さなお客さんに向かう。
この街を散策している途中からずーっと後を付けてきた人物である。
最初は気のせいだと思っていたが、流石にここまで来ると流石に気のせいと思えるほど能天気ではない。
ジャスティスがノータッチなので悪意は無いと判断した。
「一緒にお茶をしないか? 小さなお嬢さん」
屈んで片膝を付き、手を差し出す。声をかけたことでビクリと震えた大きな帽子。植物の間から隠し切れない銀髪のハネッケと服の間から覗く真っ白な肌。
それでも尚、何頑なに隠れ続けている(つもり)少女に聞こえるように声を出す。
「そうか。せっかくケーキとジュースを頼んだんだが…、いらないのなら仕方がないか」
「ケーキ!」
ケーキと言う単語にすんごい反応した少女が顔を覗かせる。
ルビーを思わせる深紅の瞳がキラキラ光っているように見えるのは見間違いではないだろう。口の角に涎が少し垂れているのは見なかったことにしよう。
「どうする?」
「……、食べる」
「そうか」
ケーキと言う単語に釣られたのが余程恥ずかしかったのか、蚊の鳴くような小さな声であるが返事をして俺の手をその小さな手で握る。
その手を引きながら先程の席に戻る俺の後ろにはぶかぶかの大きな帽子で必死に顔を隠している少女の姿。帽子と髪の毛の間から覗く耳が真っ赤になっているのは指摘しない方がいいのだろう。
席に座らせて改めて少女を見る。
癖っ毛ではあるが綺麗な銀髪に幼いながらに整った小さな顔。透明感を主張する白い雪を思わせるきめ細かな肌。
妖精が人の世に迷い込んでしまったような印象を受けたが、そんな少女と言うよりは幼女の方がしっくりくる目の前の娘に何と声をかければいいのか迷う。
知り合いないし、親族に似ていて間違って付いてきた線も無いだろう。
街散策の途中からずーっと後を付けてきた彼女の行動はどこか執念にも似たものを感じた。そもそも、俺はこの世界に来たばかりだ。
故に、一番手っ取り早い手段としてこっちから仕掛けたのだが…、ソワソワしている目の前の幼女を見つつ、取り敢えずは。
「お父さんかお母さん。お兄さんかお姉さんはどうしたのかな?」
なるべく刺激しないように話しかける。最悪泣き出される可能性が高いが、これがなければ始まらないと腹を括る。流石にいきなりポリスメンに世話になるのは遠慮したい。
「? 我はグラーフ・ツェッペリン。卿から懐かしい感じがしたから、その…」
少し舌ったらずな拙い言葉遣いで自己紹介をする幼女。
俺は一生懸命難しい言葉を使おうとする幼女に「そ、そうか」とちょっと引きながら言葉を返しつつ、この年から中二病を患っている幼女に生温かい目を向ける。きっと大きくなった時に悶絶してのた打ち回るんだろうな、と。
どうでもいいけど、黒歴史と言う造語はガンダムシリーズの∀ガンダムで生まれたものだ。尤も、作中では隠された歴史的なニュアンスとして使われていたが。
求めた答えとは違うものが返ってきたことに少し頭を悩ませるが、最悪警察に迷子として届ければ良いかと結論付けた。ちゃんと届ければロリコン案件にはならないだろう。ならないよね?
しかし、である。
グラーフ・ツェッペリンときたか。前に居た世界では軍部内の足の引っ張り合いで作りかけのまま放置されていたのを見つけて掘り出し、長門特攻時に何とか間に合った感じだった。
まぁ、ネウロイは基本的に陸上移動か空の移動が主だったから理にかなっているといえば理にかなっているんだがな。特にカールスラントは潜水艦と言う概念を作り出した国だったし。
俺もアスランになる前の世界の軍艦を擬人化したブラウザゲームで名前を知ったくらいだし。ただ、ジャスティスの話によると魔道徹甲弾や魔道三式弾の運用強化のために急ピッチで建造されたローンとか含めて本来完成することは無かったらしい。マジか。
俺の知ってるグラーフ・ツェッペリンはパツキンボインのチャンネーで病的なまでに肌が白かった無表情戦闘狂のイメージだった(艦これ脳)。
恐らく、この娘さんの家族の誰かが軍艦マニアでその影響をモロに受けたのだろう。ドイツ語やカールスラントでは無く、この世界では鉄血と言う国名だったけど。最早国のある場所以外ドイツに縁のある名前ですらない。
驚いたのはここの各国が掲げている国旗が前の世界でジャスティスがデザインしたものだったことだ。
そのことについて問いかけてもうんともすんとも言わないジャスティス。最低限の機能だけ起動したままスリープモードに移行しやがった。
色々脱線しまくりな思考の中で注文の品が届けられる。
チーズケーキとショートケーキでショートケーキをツェッペリンちゃん(仮)の前に置こうとするとツェッペリンちゃん(仮)が待ったをかける。
「我はそっちを食べたいぞ」
どうやらチーズケーキを所望らしい。チーズケーキを差し出し、ショートケーキを引き下げようとしたら小さい声で「あっ…」と声が漏れる。
「…………」
両方ともツェッペリンちゃん(仮)の前に置く。
「え? 良いの?」
「ああ、俺にはこれがあるからな」
そう言って珈琲の入ったカップに口を付ける。流石にあんなに物欲しそうな目で見つめられたら躊躇っちゃうよな。他にもこの状況でごねられて面倒ごとになるのは避けたかった。
何故か注文の品を持って来たまま待機していた店員にサンドイッチを頼む。このまま居られて変に勘繰られても面倒だ。
……もう手遅れかもしれないけど。チップでも置いとけばいいだろうか? 確か、ドイツ辺りってチップ制度あったはずだし。ここドイツじゃなくて鉄血(と言うらしい)だけど。
現実逃避の為にメニュー表を見る。ジョッキ一杯のビールよりも小さなコップ一杯の水の方が高い。
外国あるあるである。
その後はショートケーキの生クリームで口の周りを汚したツェッペリンちゃん(仮)の口を拭いてあげたり、珈琲に興味を持ったツェッペリンちゃん(仮)にあげたら涙目になったり、サンドイッチも半分食べられたりしたが穏やかに過ごした。店員の若い女性にチップを渡す際に店員と幼女がにらみ合っていたが何だったのだろうか?
カフェを出て、これからどうしようかと頭を悩ませていたら幼女がいなくなっていたので慌てて探したら銀髪のツインテールだかツーサイドアップだかの髪型の少女に怒られていた。
様子を伺っていたらどうやら知り合いらしい。
ならば、俺のできることは最早ない。
スマホでも契約して帰るか、と携帯ショップに寄って家に帰る。
「で、何で急にいなくなったのかしら?」
涙目でプルプル震えるツェッペリンちゃんに加虐心が刺激されるのを抑えながら問いかける。
たまたま非番で外出許可を得て久方ぶりに街に行こうとしたところを目の前の幼女に見つかり、連れて行けと駄々をこねられて仕方なく連れて来たのだ。
途中で急にいなくなってスマホに何度も連絡を入れたが反応がない。今の今までこの幼女の興味を持ちそうなところを探し回る羽目になった。
今度からは幼女のスマホに位置情報がわかるように設定しておこうと心に誓う。
そんな決意はさておき、純粋に興味があった。ツェッペリンちゃんは少し生意気であるが言いつけはちゃんと守るいい子である。
そんな彼女がスマホの連絡に気が付かず、無線の呼びかけにも反応しない程夢中になった何かについて。どんなに探しても見つからなかったことから移動はしつづけたのだろうし。
「我は指揮官と一緒にいたのだ!」
「……は?」
今まで涙目でプルプルしていたのから一転して胸を張って自慢するようにそんなことを言うのだから思わずに言葉がでた。
そんなことはお構いなしにつらつらと自慢げに語る内容に少しの怒りとケーキに釣られたチョロさに、帰ったら追加のお説教と早急に教育が必要だと頭を抱える。
もしも、私が今頃会わなければどうなっていたか冷や汗を流す。目の前の幼女は身内贔屓を抜いても容姿が優れている。それに今のご時世でなくとも、見ず知らずの人物にお茶を奢ったりすることはまず無いと断言できる。
本当に危ないところだったのかもしれない。これは本当に幸運だったと。そんな私の心境を無視して話しながらスマホを取り出して操作し、写真を見せてきて
―――今までの考えが全て吹き飛んだ。
いや、まさか。そんなはずはない。抑えきれない感情がこみあげてくる。
そうだ、他人の空似だ。どう見ても”私の王子様”にしか見えない。「あの世界」の英雄がこの世界に居る筈がない。落ち着くのよ、私。
そう言い聞かせて、震える声で返事をする。
「えへへ~、羨ましいだろう。もしも、お菓子を買ってくれるならザラ指揮官に頼んで入れてもらえるように取り合う…ぴっ!」
私はその名前を聞いた途端に、ツェッペリンちゃんを抱えて走り出す。
恐らく、まだそう遠くへは行っていないはずだ。
ツェッペリンちゃんがさり気なくお菓子を買ってくれとねだっていた気がするが気にしてられない。
人混みの中で、尚且つ自分もツェッペリンちゃんも目立つ。自分で言うのもなんだが、私達の容姿は世間一般にも良い。故に男たちにはサングラス越しにも伺える私の美貌にお近づきになりたいと接触を試みようと気を狙って集っていたのだ。
今まで声をかけられることがなかったのは、その連中の数が多かったため、互いが互いに牽制をしていたからだ。
つまり、何が言いたいかと言うと―――邪魔なのである。
艤装を出して邪魔者を全て排除しても良いのだが、それを良しとしないだけの理性がまだ残っている。
ツェッペリンちゃんでは無く、この場に居たのがグラーフだったら今頃、ここら一帯は血の海だっただろう。ツェッペリンちゃんはただ、私の行動に驚きの声を上げるだけだった。
ツェッペリンちゃんは重桜から来た
元となったグラーフ・ツェッペリンは基本的に他人のことを受け入れたりする性分ではない。
破壊により自らを世界にアピールする
―――認めているのだ。
その思考回路のめんどくささに、そこにそこはかとなく自身の姉たるヒッパーと同じものを感じる。
ツェッペリンちゃんはグラーフよりも素直であるし、チョロくて可愛いし扱いやすいが根幹は何一つ変わらない。そんな幼女が初めて会った人物を指揮官と呼んだだけでも驚きだが、同時に納得し、それが何よりも私の予測が正しいことを証明していた。
「そこどいて!」
「え? うおっ!」
気がつけば世界が回転し、誰かに抱えられるような状態になっていた。
「ええっと……大丈夫か? 君」
「…………」
大丈夫じゃない。
ずっとずっと、探し続けて。でも見つからなくて。そもそも、存在自体がなかったことになっていたこの世界を、グラーフではないけど憎んでいた。
「…ずっとずっと。探してたんだから」
「そうか、永い…旅だったか?」
本当にひどい人。でも、許してあげる。
ああ、私もツェッペリンちゃんのこと言えないわね。本当にチョロい。
ロイヤルのとある装甲空母のような詩的な物言いに、思うところはあるけどまぁいい。
「む~、卿は我の指揮官であろう! 我を構え~!」
ツェッペリンちゃんがいるの忘れてた。
艦船の元々のやつ見た時、普通にガンダム種シリーズのシステムシークエンス思い浮かんだ。
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1話
なんか知らない間にツェッペリンちゃん(仮)とプリンツ・オイゲンと名乗る銀髪の美少女サングラスがダサい。がいつの間にか俺の家に住み着いて居る件について。
あやねるヴォイスの蠱惑的な言動をよくする不思議少女。こちらも軍艦由来の名を名乗っている。
俺としてはあやねるヴォイスの軍艦と言えばちびっこ大好きビッグセブン姉妹のイメージが強い。
特にこのプリンツと名乗る少女の言動はD(どーせ)M(みんな)M(陸奥になる)で有名な火遊びお姉さんそのものである。
「あなた、ご飯よ」
「ああ、すまない」
あなたと言われたことは華麗にスルーを決め込む。
返事をしながら洗面所に向かい、顔を洗ってからリビングに入る。
ドイツ本場のソーセージ料理が並び、香ばしい香りが漂っている。
それにしても、朝からジョッキにあふれんばかりに注がれたビールが置いてあるのはちょっとどうかと思う。俺、お子ちゃま味覚だからビールは余り好きではない。少し苦いし。
どっちかと言えば、カクテルとかシャンパンの方が好きだ。殆どジュース飲んでるのと感覚は変わらない。
どう見ても成人女性には見えないプリンツを見て、よく店の人はこいつに酒を売ったな。なんて思うのだが、考えてみればビールの本場ともいえるドイツ(鉄血)では、未成年でも16歳を超えていればビールは買えるし、店でも注文できるんだったな。あれ? 18歳からだっけ? まぁ、どっちでもいいわ。目の前にビールがある。これが全てで答えだろう。
最初にこの家にこの2人が来て、いきなり同棲生活宣言をしだしたのを聞いて、親御さんの許可やその他諸々の事はどうしたと素で突っ込んだ。
そもそも、恋人ですらないし。そう言ったら、「え? 普通じゃないの?」って返ってきたのに少し引いた。
どうも、こちらの国では、恋人になるプロセスが違うらしい。
日本では、好きになった人にアプローチをかけ、距離を縮めて告白をしてOKを貰って晴れて恋人になる。
だが、こちらでは先ずは好きになった人にアプローチをかけ、互いの了承の元、体の相性や生活習慣、好みなどを確かめて、その上で話し合い恋人になる…らしい。
その話を聞いてかなりのショックを受けた。ああ、お試しで合体までしちゃうんだ、と。童貞故の潔癖と変なプライドと女に抱く幻想的な何かが音を立てて壊れた。まぁ、だから今の今まで童貞なんだけどさ、俺。
プリンツを見ながら今までの回想をして、自分で傷つき、その傷口に塩を塗る自虐思考をしていると、プリンツは何を思ったのか頬を少し染め、瞳を潤ませながらウインクを飛ばしてくる。かなり煽情的である。
甲斐甲斐しく世話を焼こうとするプリンツに距離感を掴みかねている俺。アスランになる前の日本で童貞を殺すセーターと呼ばれた背中が無いのに、更に手を加えて脇もほぼなく、セーターのような物を上からかぶってるだけじゃね? っていうのをずっと着ている。
更にブラのような物を付けていないらしく、男のロマンと夢の詰まった大きな胸のふくらみが横からこれでもかというぐらいに主張している。何か運動させたらポロリとしてしまいそうな感じ。
流石に小さい子もいるのにその服装どうなんだ? と指摘したら、いつの間にか来ていたツェッペリンちゃんが外出時以外、仕事中もこんな感じの服装だと言っていた。それを聞いた俺は深く考えるのを止めた。ただ、漠然とウ=ス異本が厚くなるなと思いながら。
鉄血ではプリンツ・オイゲン、並びにグラーフ・ツェッペリンちゃんがいなくなったことで大騒ぎである。
グラーフ・ツェッペリンちゃんの方はよくわからないが、プリンツ・オイゲンの方は退役届けのような物を残して姿を消している。おそらくだが、グラーフ・ツェッペリンちゃんも一緒にいると思われが、さて…。
追跡調査もされていて、既に銀行で貯金を全て引き出している映像を確認している。
既に現地まで乗っていったと思われる車は駐車場に止められていて、未だに乗り手は戻ってきていない。状況が状況だけに、乗り捨てだろう。
スマホも電源を切っているのか場所情報が掴めないでいる。
上に下にの蜂の巣をつついたような大騒ぎに頭を抱えるビスマルク。思わずにため息が漏れる。
「…………」
隣ではグラーフがいつも以上にご立腹そうな態度でスマホのとあるチャット掲示板を見ている。
その様子に口ではなんだかんだ言いつつも、心配なんだなと少し安心もしていた。
……実のところ、2人が行方不明になってからグラーフ・ツェッペリンちゃんが何回かその掲示板に書き込みを行った形跡があったりする。
チャット内容は書き込みをされて直ぐに消されているので気が付かなかったが、チャット内の誉れ堅き海の騎士がそれらしきものを確認していたから発覚したことではある。
海の騎士曰く、晩御飯が美味しいとか、ケーキが美味しいとかそんな書き込みだったらしい。
―――ただ、しきk…と書き込みが途中だった不思議な文があったらしい。
おかしいと思い、その日の書き込みがあったと思われる時間のログを確認した所、不審な点が見受けられた。
海の騎士以外にももう一人その書き込みを見た人物がいたため、思い違いの類いでは無いだろう。それで調べてみたらビンゴである。
消したのは……、プリンツ・オイゲンとみて間違いない。
再度、深い溜息を吐く。
この掲示板の大元にアクセスしてどうこうできるくらいの設備がある所に居るという事実が余計に頭を悩ませる。
掲示板に集うメンバーがメンバーだけにセキュリティーも各軍と同程度の性能があるのだが、それすらも引っかからぬ性能のスーパーコンピューターが存在するとはな。
頭の片隅である人物の顔が浮かんだが、それこそあり得ないとその可能性を切り捨てる。
ない物ねだりなど、鉄血を統べる盟主としてあってはならない。
取り敢えず
「……ヒッパーの様子は?」
「だいぶ荒れているな。どうにかしてくれと文句が来ている」
こうして、また一日と時間が過ぎていく。
太陽が煌めく南の島の基地。
アズールレーン内の勢力関係、思想の違い、その他諸々の事情で大きくざわつき、どこかピリピリした空気が流れていたユニオン本部。
他の皆は、セイレーンに対抗するための前線基地と言う認識だが、本当の所は重桜を抑えるための第一防衛ラインの最前線としての意味合いが強い。
鉄血側の防衛ラインはロイヤルが担っている。
上の連中はどうも、この状況をわざと刺激し、激化するような流れを作っている。
細心の注意を払い、再三確認を取る。
周りに人の気配はしない。妹たちにも言っていない秘密の情報端末の中枢にアクセスする。
パスワードを入力して掲示板を開く。
そこには、各四大陣営(以外にも居るが)の重鎮たちのやり取りが載っている。
それを流し読みしていく。
思わずに奥歯がギリッ! と鳴る。どうにも、皆で話し合い、想定していた最悪の事態に収拾しつつある。
己惚れているわけではないが、自分はユニオン内でそこそこの地位にいるつもりだ。
ユニオン最強たる空母には敵わないが、バトルスターも13個持っている。
何か特別な軍艦であるとか、何かに特化した艦であるとかそう言った生まれではなく、数ある量産型の軍艦の一隻に過ぎない。
少なくとも自分はそう認識しているし、要領は良い方ではあるがそれだけだ。だからと言って自分を卑下するつもりもないけど。
何をやっても人並みにこなすことができるが、それだけだ。当たり前だが、戦艦の主砲には敵わないし砲撃命中率がそこまでいいわけではない。
それでも、13もの星を授与されたのはその足の速さ故だと思う。
私は元々この世界で生を受けた存在ではない。
物言わぬ鉄の塊であったときの記憶もある。こことは似て非なる世界。SFのようなものだ。
その世界において、敵は空からやって来た。恐怖は、死は空を我が物顔で蹂躙する。セイレーンも大概だが、あの敵程理不尽だとは不思議と思わなかった。
急に頭上が暗くなる。あれ? 曇って来たか? そう首を傾げた瞬間に意識が暗転する。
―――懐かしい夢を見ている。
その世界で私は生還を期さない理不尽と絶望の中で諦めていた。皆、泣きながら神に祈り続けていた。
そんな中、幼さの抜けきらない若い指揮官が言ったのだ。
『帰るぞ、皆の元へ』
真夜中で仲間と逸れ、航路を見失い、更に敵にも追いかけられていた。
とられた作戦は取り敢えず逃げ回ること。
皆、やけくそだった。助かる見込みはゼロ。それでも、指揮官は自ら弾を運び皆と煤だらけになりながら指揮を執り続けた。
指揮官の未来を見ているような指示に乗組員は一人また一人と希望を取り戻して指揮下に戻り、命令を実行する。
あれ程絶望の中で希望を一度として見失わず、常に前だけを見つめていた碧玉の瞳に私は魅せられた。
何よりも輝いていた。
満身創痍で仲間と合流してドッグに入って修理中にやってきて指揮官が授与されたバトルスターを作業員に頼んで額のような物に入れて艦橋に飾らせた。
『この艦でなければ、そして期官らでなければ俺は間違いなく死んでいただろう。ありがとう。誉れ堅き海の騎士たち。本当はもう少しいい物を持ってきたかったんだが、これで我慢してほしい』
そう言って全員分の休暇申請の許可証と小切手を配っていた。因みに、小切手の額は高級士官の一か月分相当の額だったと言っておこう。艦長と、副長には扶桑刀(こっちで言う重桜の刀)と何故か盆栽もプレゼントしていた。
真夜中。誰もいないドッグの中に入ってきた指揮官。
特に何も言うこともなく、艦橋の上に乗り、どこからか出したお酒をグラスに注ぐ。
『……ありがとうな。クリーブランド』
そう言ってグラスを自分の隣に置いたときには心臓が飛び出るかと思った。
結果から言うと指揮官に私は見えていなかった。抱きついたところで反応もなかったし、置かれたグラスを持つこともできなかった。
だいぶがっかりしたのを今でも憶えている。
『お前はきっと優しい子。お前は敵を倒す騎士ではない……■■■■■■■■■■■■■■、騎士に選ばれたんだ。間違えないでくれ』
騎士の名を拝命するに当たりした誓い。華々しいものではなかったけれども、何千人の賞賛の言葉よりも、後に胸に輝く13の誇りよりも大切な私の始まり。
公式に存在しない幻の14個目の、否、最初の誇り。
人の体を手に入れて、ままならない思いをたくさんした。
それでも、胸に抉った一つの誓いを胸にひたすら走り続けた。
何か、
―――一番大切な誓いを忘れているような気がするが、私は騎士なのだ。
あの人が認め、自らの誇りの結晶たる勲章を。その名誉を捨ててまで全てを私に譲ってくれたのだ。ならば、私はその名誉に恥じない騎士でないとならない。
得意ではない内政も往き来し、戦場では常に先陣を切って矢面に立った。
何度も何度も泣きたくなった。イライラした。凄く怒ったし、嫌にもなった。投げ出したくもなった。
それでも、立ち止まらなかったのは私が騎士であるから。
少し荒れていた時期もあって、妹たちの中でも一番私にべったりくっついているコロンビアに怒られたし、エンタープライズには凄く心配されたけど。
コロンビアに「そんなにバトルスターが大事なのか! バカ姉貴‼」って言われて泣きながらひっぱたかれた時は流石に参ったな~。
別に騎士らしい行いをして、評価された結果であって、バトルスターそのものが欲しいわけではないので貰ったバトルスターの一つをコロンビアに渡して、任務で頑張っていた駆逐艦や軽巡の後輩たちに残りを渡した。
私にはあの世界で指揮官に貰った栄誉以外は興味がないし、これが不和を呼ぶならば意味もないので特に未練も惜しいという気持ちもなかったんだけど、周りはそうは捉えていなかったらしくコロンビアが私が配り歩いたバトルスター全部回収して持って来て「ごめんなさい。わ、私が全部悪かったから‼ もう、そんな酷いこと言わないから許してお姉ちゃん‼」と言いながら縋り付いてギャン泣きして、マントが涙と鼻水でびしょびしょになって。
コロンビアは壊れたラジオのように「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返すだけだし。
駆け付けたエンタープライズにどうにかしてくれと助けを求めたら、無言で首を左右に振って長期休暇の許可証(と言う名の療養待機命令書)を渡して去っていった。
いや、助けてよ!
後日、いつも通りに任務に出ようとしたら皆に止められて、医務室にぶち込まれた。
思うところはあるけど、大人しく従っておく。
―――ふと、懐かしい声を聞いた。
自分でも驚く位、勢い良く振り向く。
視界が歪む。足が嗤う。
胸が苦しくて苦しくて、それ以上に嬉しくって、でも―――。
これが夢であるのがどうしようもなく悲しくて。
近づいたらきっと、戻れなくなるだろう。
その頼もしい背中に縋ってしまう。それで、きっとたくさん泣いて、甘えてしまう。
誰よりも頼もしく、誰よりも現実主義者であり理想主義者で、誰よりも優しい
『来ないのか?』
優しい声音が私を惑わす。
本当は何にも考えずに貴方の胸に飛び込みたい。
「それはできないよ―――指揮官。まだまだあっちでやらなきゃならない事が山積みなんだ。それに」
何で指揮官が出てきたのかなんて、考えるまでもない。
それほどまでに私は疲弊していたのだろう。
ああ、認めるよ。ずっと探し続けていた。いないとわかっていながら指揮官の影を探し求めていた。
貴方の痕跡を辿った。海に落とした砂粒の一つを探すようなものだけど、無いわけではなかった。その繋がりの結果の一つがあの掲示板であったりする。
人の身を持って誕生した時からずっとだ。忘れたり考えなかったことなど一秒たりとも存在しない。
貴方を思い、煩わない日など無かった。
世界に亀裂が入る。ピキピキと嫌な音がする。
色々考えることはある。
「まだ指揮官の隣に立てない。確かに、道は決して平坦じゃない。今もこうして挫けて躓いて、逃げ出したくて、貴方の傍に行きたくてたまらない。だけど…いや、だからこそだよ。その道行の苦しみも、その果ての栄誉も、全部現実で手に入れるものだから。ここじゃない、私の…指揮官が見つけてくれたクリーブランドの戦いで」
『…そうか』
指揮官の返事はどこか安心感を孕んだ返事だった。潤む瞳で必死に指揮官を見つめる。
『ならば、現の夢である俺が敢えて問おう』
威厳に満ちた声に、一瞬にして重苦しい空気が支配する。
パリーンッ! 世界が壊れる。
ガラスが砕け散るような音が響き、景色が変わる。
良く見えずともわかる。私が騎士に任命された始まりの場所。私にとって一番大事な世界。
闇に、噓は許さないと告げられているような気がした。
『
しかし、それも一瞬のこと。敢えて、お茶らけた声で堅ッ苦しい雰囲気をぶち壊しながら問われた。
……それは反則だよ、指揮官。
我慢していた涙が、堰を切ったように流れる。
悲しくて辛くて空しくて、それでもやっぱり。
「うん…、当たり前だろ? 指揮官……。貴方の背中を追う、旅、な゛ん゛だがら゛」
我慢できずに鼻声になってしまう。
指揮官が此方に歩いてきて優しく撫でてくれる。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
人の身体を持って、初めて子供のように泣きじゃくった。
―――その優しき心を示し、手を差し伸べるために。お前は騎士に選ばれたんだ。
忘れていた最後の
私に課せられた、その使命を。今度はもう忘れない。だから、待っててね。指揮官。
作戦行動のために、ある南の島に向けて航路を進む中、様々な考えが良くない方向によぎる。
重桜と鉄血とことを構えなくてはならないかもしれない現状がネガティブ思考を加速させる。
死に急ぐように戦い続ける優秀な人物の顔がよぎる。
『それは勘違いだ。私はバトルスターが欲しくて戦っているんじゃない。バトルスターに興味もないし』
それを聞いたときは耳を疑ったものだ。
バトルスターの数こそ私よりも少ないが、戦果は私に並ぶとも劣らないものだ。
私と張り合っているのか、それとも別の何かなのか…、興味本位で聞いてみた。もしかしたら、私の探している答えの道しるべになるかも知れない、と身勝手な期待とよくわからない予感が後を押した。
『私はもう、一生をかけてもお釣りがくるくらい十分過ぎる栄誉を受けたんだ。それは先払いで与えられた栄誉だ。本来の順番が逆になっちゃったけど……だからこそ、証明しなくちゃいけないんだ。
曇りなき真っ直ぐな瞳に秘めていたのは、愚直なまでにひた向きな信頼が宿っていた。
それが、狂気に思えるほどに純粋な思いが。
クリーブランドの妹のコロンビアやモントピリアが狂っていると、思わず口走ってしまうほどに。
『私には自分のやるべきことと、やれることがわかってる! どうだ! 幸せな人生だろう!! それを他人にとやかく言われる筋合いはない!!』
微妙にずれている回答ではあるが初めて、激昂したクリーブランドの姿を見た。
そこから、意固地になったのか気の許せない張り詰めた雰囲気が続くようになった。
このままでは危ないとも思う。
だが、解決策は思いつかない。
はぁ、とため息が出る。
「また、あの事ですか? エンタープライズちゃん」
「ん? ……ああ。流石に隠せないか」
後ろから来たヴェスタルに返事を返す。
そう言えば、彼女はクリーブランドのメンタルカウンセラーも務めていたな。他でもない私が半ば押し付ける形で頼んだのだが。
「正直、彼女が羨ましいと思った。彼女があそこまでなってしまう”栄誉”、とやらも興味がある」
たくさんの仲間たちの希望と意思の代弁者として自分が存在するのだと信じて疑わなかった。
それは彼女も方向性は違えど、同じものだと信じて疑わなかったから。
…違うな。そうだと、自分と同じであってほしいと私が彼女の姿に願っていたのだろう。
ふと―――、
鷹が此方に飛んできた。腕を上げてとまれるようにしてやるが、今日に限ってとまらずに甲板の隅の方に行ってしまう。
その先には……私達以外誰もいないはずの飛行甲板に誰かが居た。
座っていて後ろ姿しでしか確認できない。
そこに件の彼女の姿もあった。
体制的に後ろ向きで座っている人物の膝の上に頭を置いているのだろう。
警戒して、近づこうとしたら目の前に突然何者かが割り込む。
陽光に反射して黄金に輝く金髪。
近未来的な不思議な服装。ふよふよと浮かんでいる少女。
キャノン級護衛駆逐艦、エルドリッジ。
誰かと進んでコミュニケーションを取ることのない彼女。感情表現が希薄な彼女はユニオン内ではかなり浮いた存在であった。
何故か姉であるヨークタウンと妹のホーネット、そして、クリーブランドと仲がいい。
他人に興味を持たないエルドリッジが私の前で両手を左右に広げ、ダメと言うように私とその人物の間に浮かんで、首を振っている。
アズールレーンの徽章以外にも四大陣営の徽章に、色々な徽章やロゴの入った第二種軍装。
「―――きっと」
声が発せられる。若い男の声だ。
「きっと目を覚ましたら忘れてしまっているだろうけど……貴女たちは本当は役目を終えて眠るはずだった」
ドクン、心臓が鳴った。
「だけど、神々の戯れか、はたまた運命の悪戯か。貴女たちは再び生を受けた。―――けど、それはかなり強引な手段だった。無理やり水底から引き上げられた影響で祝福が呪いに変わって精神を蝕んでしまった。だから貴女はここにいるのだろう」
男が身体を此方に向ける。
人形のような整った顔にダークブルーの髪の毛。全てを見透かしているような碧玉の瞳。
幼さの抜けきらない顔が、温度のある存在であることを示している。
優しく微笑みながら目の前の青年は口を開く。私は目の前の人物から目が離せない。
「初めまして、未来の戦士。俺は1945年において、指揮官の任を担っているものだ。この声を聞いている貴女の時代にいたるまで、どれほどの戦いが起こるのか」
少し悲しそうな、申し訳なさそうな蔭りを落とす目の前の青年。
「すべての者たちが時に恐怖して、悩んで、苦しんで……守りたい者のために戦っていくのだろうと信じている」
少し離れているが、歩けばすぐに青年の所まで辿り着ける。だが、何故か青年との間は途方もないくらいの絶望的な距離が開いてしまっているような錯覚を覚える。
「俺たちは、もう誰が託したのかわからない未来へのバトンを引き継いだ。どれだけ時間が経とうとそのバトンは引き継いでいかれるだろうと俺は思う。バトンの名は”勇気”である。別名を”希望”とも、”願い”とも言う」
私を見つめる宝石のようでもあり、鏡のようでもある瞳に私の姿が写りこちらを見つめているように感じる。
「貴女は決してひとりではないことを知ってほしい。多分今の貴女はとても苦しんでいると思う」
私ですらわかりかねていることを口にする青年。
「痛いこと、悲しいこと、絶望すること…。がんばってがんばって…、それでも耐えられないくらいつらいことがあったのだろう。だからこそ、俺の声が届いている筈だ」
それを言うと、クリーブランドにユニークな第二種軍装をかけ、起こさないように抱きかかえながら立ち上がる。所謂お姫様抱っこと呼ばれるものだ。少し、羨ましいと場違いなことを思ってしまう。
「そんなお前たちに言いたい言葉は”もっと戦え”でも”もっとがんばれ”でもない。生きろ。ただ、生きてくれ。大切な人がいるならその人のことを思い起こしてほしい。お前が生きることを諦めたら、その人が悲しむことを思い出して欲しい。お前の、お前たちの大切な人…、その人のところへ必ず帰還してくれ―――」
途中、貴女から”お前”に変わっていた言葉。恐らく、どこの誰でもない皆に充てて発していた言葉が、私達に向けての言葉に変わったのだろう。
疑いようが無い。クリーブランドに栄誉を与えたのは目の前の青年だ。
淡々と繰り出される言葉とは反比例して、言葉に途方もない願いと重みを感じるそれは、まるでできの悪い生徒に優しく諭すようにも受け取れる。
人によっては余りよい受け取られ方をしないやり取りだが、私の胸には不思議とストンと落ちついた。
私の求めていた答えではなかったが、大きく空いた心の穴をほんの少しではあるが確かに埋めた。
この身体を得てから満たされること無く、すり減り続けていた何かが微かに滾り、満たされた。
クリーブランドを受け取る。
涙で濡れているが、前に会ったときに感じた目を離してはいけない危機感は感じられない。
そのことに安堵する。彼女はもう大丈夫だ。
青年は彼女の手に箱を握らせる。
満足そうに踵を返して離れようとする青年を呼び止める。
よくわからないが、私はとても焦っているらしい。少しでも目の前の青年をこの場にとどめたかった。
青年は、首を傾げて考えるそぶりを見せた後、再び背を向けた。
「順番が逆だ。…お前たちは”意味”の為に存在するわけじゃない。生きたことに”意味”を”魅いだすため”に
そう、悪戯っぽく言い放つ青年にエルドリッジの小さな手が触れる。
最初から誰もいなかったかのように姿を消した。
何だか、幻覚を見ていた気分だ。確か、重桜の言葉に今の状況を表したものがあった気がする。何故か
徐に空を見上げる。
「意味…か」
あるのだろうか? この私にもそれが。
それにしても、詩的なニュアンスの物言い、表現がロイヤルに所属する装甲空母の彼女にそっくりだ。
それと同時に彼女があそこまであの青年に固執する理由が少し理解できてしまった。
間違いなく最高の戦士だった。そう直感できる人物。
「羨ましいよ…クリーブランド」
「じぎがぁ゛あ゛あ゛ん゛」
どうやら目を覚ましたらしい。
その後、クリーブランドをなだめて、一緒にいたにも拘わらず一言も発さなかったヴェスタルがいないことに焦ると、また、エルドリッジが戻って来てヴェスタルを置いて行った。
話を聞くと、突然現れたエルドリッジにどこだかわからない場所に飛ばされたらしい。
エルドリッジには説教をした。
実は恥ずかしくてクリーブランドに「お姉ちゃん」と普段は言えないが、クリーブランドの予期せぬ行動に羞恥心を持つ余裕さえ無くなるコロンビアとか尊い。
尊くない?
色々詰め込みまくった作者のドリームな話だった。
何に影響されたかがまるわかり。
因みにクリーブランドに持たせた箱には、特別製の勲章が入っていた模様。
以後、時折、箱開けて幸せそうに眺めているのを妹たちに見られて居た。
第二種軍装の方は
アスラン・ザラ(偽)
転生オリ主。無論、チート。
なんか、神様のミスで死んで、詫びに転生させてあげるよとテンプレかましたが、これまた神様のミスで、教えられた世界とは違う世界へ送られた。
紆余曲折あり、二つの世界を救う偉業を成し遂げた。
どこぞの正義の味方と違って、世界と契約してないのに扱き使われるブラックっぷりに「不幸だー!」と心の中で叫んでいる。
特技は自爆。
ジャスティス
アスラン・ザラ(偽)が最初送られる筈だったリリカルな魔法少女の世界に合わせて神様が渡したインテリジェットデバイス。
ハイスペックを軽く上回る廃スペック(誤字に非ず)仕様。
ガンダム種や種運命のジャスティスの超小型核融合炉をリリカル式の魔力生成炉に変えられた物。
担い手の魔力切れたらこのデバイスから供給される。
アスラン・ザラ(偽)が自爆するのは、大体こいつのせい。
女神様が用意しただけあって、ハイスペックを通り越し、廃スペックに。無口で余りしゃべらないが、アスランとは阿吽の呼吸。
インフィニット・ジャスティスの超小型核融合炉は、なのはの世界に合わせて核エンジンから超小型魔力生成路に代わっており、アスランの魔力が尽きたらジャスティスからアスランへと魔力を供給するシステムとなっている。
基本的に、アスランのため以外には自ら動こうとしない。また、アスランの邪魔になると思われる事柄は意図的に隠したり、潰したりしている。
人間の姿にもなれるが、アスランの前では一度もなったことは無い。
二十四時間、アスランがどうすれば楽しく、また、穏やかに過ごせるかに演算能力の半分を割いている。趣味はアスランの安らぎの時間を共に過ごすこと。
なぜか、行く先々の世界の情報を知っている模様。
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