機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU (後藤陸将)
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大日本帝国設定 C.E.79ver

設定をとりあえず載せておきます。

舞台は諸事情から前作より約8年後ということになりました。


大日本帝国 設定

 

 国号     大日本帝国

 

 領土     日本列島及び周辺の島嶼、樺太、台湾

 領有コロニー L4コロニー群

        アメノミハシラ

        火星 マリネリス基地

 首都     東京

 人口     2億1200万人

 

 概要

 

 ユーラシア大陸の東の果てに浮かぶ島国である。

 国家元首はやんごとなきお方。元首として国家を代表して統治権を総攬・行使すると憲法には規定されている。

 統帥権も総覧するが、これと統治権も含めた所謂『大権』は内閣による輔弼を受ける旨が憲法に規定されている。

 また、防衛大臣には基本的には軍務経験者がつくが、内閣総理大臣の判断で軍務経験者以外のものを任命することも可能となっている。

 

 

 歴史

 

 20世紀半ばに大東亜戦争にて当時のアメリカと戦い、マリアナ沖で米侵攻部隊を撃滅。ソ連のヨーロッパでの台頭もあってアメリカとの講和に成功する。

 ちなみに陸軍は中国大陸に戦線を抱えてはいなかった。

 冷戦期は西側陣営のNo2としてアメリカと協調。国際連合の安全保障理事国に米・露・仏・英と並んで就任する。冷戦崩壊後も宇宙開発を進めて世界第二位の経済大国となった。

 因みに朝鮮半島は第二次世界大戦後まもなく手放している。植民地経営による利益が台湾と比べて全く無く、赤字であったためである。ただ、当時のソ連の侵攻ルートとなりかねなかったために一定の影響力は保有し続けていたが。

 

 第三次世界大戦には本格的に参戦していなかったため、後の世界再編には巻き込まれなかった。

 

 ヤキンドゥーエ戦役では序盤は連合寄りの好意的中立の立場を取っていたが、末期には連合に参加し、最後の戦いである第二次ヤキンドゥーエ会戦では連合の戦力の中核を担った。

 終戦後は本格的な宇宙や深海、地底の開発、広義には最先端科学や生命の神秘、人間の在りかたまでも含むあらゆる未知へ挑戦し、知識欲を追及する『ネオフロンティア計画』を掲げ、国を挙げて推進している。

 

 C.E.79のGDPは宇宙開発の好調もあって大西洋連邦に次ぐ世界第二位までのし上がった。

 

 

 外交

 

 ヤキンドゥーエ戦役後、オーブを襲撃した一件をきっかけに東アジア共和国との関係は悪化。現在最有力の仮想敵国となっている。また、宇宙に勢力圏を広げる日本の肥大化を警戒した大西洋連邦も近年軍事的な圧力をかけるようになった。

 ユーラシア連邦との関係は未だに良好で、二方向から東アジア共和国に圧力をかけるべく協力している。

 火星で先に入植していたマーズコロニー群との関係も悪く、火星の資源を巡って緊迫の度合を増しているとの報告が入っている。

 

 

 軍事力

 

 陸軍     25万人

 海軍     8万人

 空軍     8万人

 宇宙軍    16万人

 

 総兵力約57万人。そのほとんどが常備軍である。ネオフロンティア計画を推進しているため、宇宙軍が増強されつつある。

 他国から変態扱いされる技量を持つ変態軍団である。日々の訓練もおかしいが、使っている兵器もおかしい。

 

 

 

 

 政府閣僚

 

 

 内閣総理大臣 深海康煕

 

 C.E.77に突如病に倒れた澤井の後任として組閣した。澤井とは外務省時代からの信頼も篤く、ネオフロンティアを推進する日本の取り纏め役を見事にこなしている。基本的な政治的スタンスは澤井の路線を引き継いでいるが、護るべき勢力圏の拡大や、諸国との緊張の高まりもあって、澤井内閣時よりもやや軍事に力を入れている。

 

元ネタ『ウルトラマンダイナ』より地球平和連合(TPC)総監フカミ・コウキ

 

 

 官房長官 土橋巌

 

 典型的な官僚タイプの男である。しかし、政府内部での様々な根回しや調整などの手腕は目を見張るものがあり、緊急時に彼の調整の手腕はとても重宝される。下の名前はオリジナル。国土交通大臣時代に比べて白髪が増えた。

 

元ネタ『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』より土橋官房長官

 

 

 防衛大臣 権堂喜八

 

 積極的自衛こそが新しい時代を護ることに繋がると豪語するタカ派。宇宙軍の軍備拡張政策に大きな影響を及ぼしたとも言われている。

 

 元ネタ『ウルトラマンダイナ』よりTPC警務局統括参謀ゴンドウ・キハチ

 

 

 外務大臣 珠瀬玄丞斎

 

 各国の大使や公使を歴任した敏腕外交官であり、その能力を評価されて一時は火薬庫のような状態とかした在プラント公使も勤め上げた経歴も持つ。国際関係が悪化している中でできるだけ各国との緊張を緩和することを望んだ深海が抜擢した国際感覚に秀でた逸材である。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より珠瀬玄丞斎国連事務次官

 

 

 国土交通大臣 宮田誠二

 

 穏健派で人情に篤い政治家。元々交通事業において土建業者のためではなく本当に地元のためになる開発を通じて支持を広げた県議会議員だった。大臣に就任した今でも公共事業の正しいあり方や災害対策などで国を豊かにすることに貢献し続けている。

 

 元ネタ『ウルトラマンダイナ』よりTPC参謀ミヤタ・セイジ

 

 

 文部科学大臣 煌武院悠陽

 

 名門華族煌武院家の頭首で、貴族院議員でもある。夫は大日本帝国宇宙軍の英雄、白銀武であり、彼との間には一男一女を設けている。議員時代から教育や科学に関する会合に積極的に参加し、議会にも提言を数多く行っていたことを受けて深海が抜擢した。

 その高貴で冷静沈着な性格や、穏やかでやさしい人柄もあって国民からの人気もある。

 一方で教科書の改訂において近隣諸国への配慮という方針を掲げる一部の出版社に対しても厳しい姿勢をとるなど、果断な一面もある。

 

元ネタ『Muv-Luv Alternative』より日本帝国政威大将軍煌武院悠陽

 

 

 大蔵大臣  榊是親

 

 元々は大蔵省の官僚だったが、政治家に転身した経歴を持つ。国を守るためには最善の手を冷酷に選べる人物である。8年前からの続投ではなく、途中で2年間闘病生活を送るために職を離れていた。

 最近は娘に第一秘書に任せている。7年以上の経験を積んだことで彼女も成長したらしい。最近の悩みの種は三十路が近い娘に男の気配がないことだとか。

 

 元ネタ『Muv―Luv Alternative』より内閣総理大臣榊是親

 

 

 情報局長 椎名小枝子

 

 情報分析官からの叩き上げであり、慎重で思慮深い性格の女傑。如何なる事件が起きても冷静沈着に情報を収集しそれを取捨選択、そして正確な分析を行う。その分析の精度は現場にいたころから評価が高い。

 

 元ネタ『ウルトラマンダイナ』より情報局参謀シイナ・サエコ




第一話は現在執筆中です。
投稿は明日以降になる予定ですが、そう長くは待たせないと思います。


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PHASE-1 新たなる戦士

機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU
の原作キャラ紹介

そして番外編である
機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS
の最新話

更に更に昨日から投稿を始めたSEED ZIPANGUの続編

機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU

の第一話を今回同時投降しました!!疲れた……


 世界中を戦場としたヤキンドゥーエ戦役から7年。日本は世界を包んだ戦火を乗り越え、今、様々な、未知なる世界へと進出していた。

純粋な憧れと探究心に満ちた日本人の旅立ち。政府やマスコミはそれを新開拓(ネオフロンティア)時代と呼んだ。

 しかし、それは同時に新たな戦いの火種を孕んだ時代だった。

 

 

 

 

C.E.79 2月18日 L4外周宙域

 

 航宙母艦鳳翔は前線では旧式化し、練習艦としての改装を受けて伏見の大日本帝国宇宙軍航宙学校に払い下げられた艦である。MSやMAの操縦指導はL4のコロニー群から離れた安全な宙域で行われるため、MSを運搬する艦船が必要だったのだ。そしてこの艦は練習艦を兼ねているので、当然機関士や操舵士等にも学生が混ざっている。

 しかし、この艦のパイロット以外の人員の半分は学生ではない。流石にヒヨコどもに航宙母艦の全てを任せるとなれば不安なのだ。そこでこの艦には退役軍人を招き、後進の指導に励んでもらっている。

 そしてこの艦のブリッジには、今ただならぬ緊張感が漂っていた。その緊張感の原因となっているのは、宇宙軍の軍装に身を包んだ二人の男女にあった。肩章を見るに、男は少佐、女性は中尉だ。

 男はブリッジから見える星の海を飛び回る訓練機――瑞鶴を見て呟いた。

「ヤキンドゥーエ戦役中期の高性能MSが、今は訓練機ですか」

 その呟きに、傍らにいた訓練学校の三科正巳教官が答えた。

「まだまだ現役で行けますよ……と言いたいところですが、昨今の技術進歩を見ていると、そうも言えませんな。しかし、それでも訓練生には勿体無いぐらいですよ」

「心配なのは、それを乗りこなす訓練生の腕ですよねぇ……」

 三科に続いて口を開いた女性は大上律子中尉だ。少佐の肩書きを持つ男の副官である。

「運転免許の教習所じゃないんだ。腕は徹底的に鍛え上げているはずさ。そうでしょう?三科教官」

「はっはっは……少佐に信用されていると思うと、嬉しいですな」

「自分の部下にも教官に扱かれたってやつがいましてね。そいつの腕を見て分かりましたよ」

 教官と楽しそうに談笑している男こそ、大日本帝国が誇る最強の撃墜王(エースパイロット)、『銀の侍』の二つ名を国内外問わず轟かす英雄である白銀武少佐だ。彼が訓練学校に来たのは将来有望な新人をその目で見極めるためであった。

 教科書に記述されるほどの英雄の登場に、ブリッジにいた訓練生達はガチッガチに緊張していた。

 

「現在の最高は78点……この二名が、全くの同点です」

三科がブリッジにある教官用コンソールを操作し、生徒のデータを映し出した。飛鳥シンと不動猛、二人の成績は額面上はとても優秀なものだった。

「おぉ~、この高得点が2名ですか。将来有望ですなぁ」

「今年の新人はかなり期待できそうだ」

 昂揚している大上に対し、武は冷淡な口調だ。そして武はブリッジの外を見て、2機の瑞鶴が長刀で斬り結んでいる様子を見て言った。

「接近戦は中々の素養があるようですね」

「ええ、どちらも近接戦闘に秀でたタイプのパイロットです。勿論、だからと言って銃が使えないわけじゃあありませんが」

 三科の言葉を証明するように、肩に一号機とペイントされている瑞鶴が鍔迫り合いの状態から背部ガンマウントを起動し、脇下から二号機に銃撃を見舞う。しかし、二号機もそれは見破っていた。長刀に力を乗せ、敵の長刀を支点に機体を上に弾き飛ばすことで銃撃を回避、さらに一号機の上方でガンマウントを起動し、弾丸のシャワーを浴びせようとする。

 弾丸のシャワーを上方から浴びせられた一号機は大きく足を振り、AMBAC制御で後方に退き、長刀を構えなおして二号機と向き合った。弾数が限られている以上、むやみやたらと弾丸をばら撒くわけにはいかない。まして、相手は自分と同格となれば簡単には弾は当たらない。

 無駄弾を出さず、いかに勝負所で上手く突撃砲を使うか。それがこの戦いを左右すると二人の訓練生は確信していた。

 

「まぁ、技術的にはなんら問題はないんですが……」

 三科が今年の最高成績者のデータを前に唸る。

「このアスカですが、かっとなりやすいところがあり、一度熱くなると周りが見えなくなりがちなんですよ。訓練時にはいい学友がサポートに入ってくれていたみたいですから、額面上の成績はいいんですけどねぇ」

「要するに、問題児ってやつですか」

 大上の言葉に三科は苦笑する。

「ええ、まぁ……」

 

 2機の瑞鶴の戦いも終盤に差し掛かっていた。互いに突撃砲の残弾は残り少なく、設定された制限時間に近づきつつある。一号機は長刀を水平に構え、突きの構えを取る。それに対し、二号機は長刀の切っ先を下げ、下段の構えを取った。

 2機は同時に急加速して接近する。そして一号機の長刀の切っ先目掛けて二号機が長刀を振り上げる。一号機の長刀の切っ先は振り上げられた刃に逸らされて二号機の左肩を突き、刺突を逸らした際に長刀を弾かれた二号機は更に左肩を突かれた衝撃で左方向に回転する。

 そしてその回転の勢いと腰部噴射ユニットの噴射の勢いにのって二号機の右脚が振りぬかれ、一号機の胸部に鞭のように打ち込まれた。凄まじい衝撃に襲われた一号機のパイロットはしばしその動きを硬直させてしまう。

 その一瞬の隙を二号機のパイロットは見逃さなかった。瞬時に突撃砲を背部から展開し、一号機に撃ち込んだ。ペイント弾が炸裂した二号機はあっという間に胸部を中心に黄色の染料に染め上げられてしまった。

 

 2機の瑞鶴が帰艦する光景を見た大上が口を開く。

「決着がつきましたか……」

「腕はいいんですよ、しかしねぇ……」

「あんな蹴りをやられたら二号機の膝関節は分解整備だな。一号機も胸部のフレームが歪んでる可能性がある。リミッターがかけられていても遠心力と噴射ユニットの加速をかければかなりの破壊力になるからな」

 三科はボヤキ、武もこれから整備に追われる学生達の苦労を察して苦笑する。

 

 

 

 

「ちっくしょ~、おい!シン!てめぇ何しやがる!!」

 鳳翔の格納庫にて、胸部を黄色に染められた瑞鶴から降りた体格のいい男――不動猛が隣の機体から降りてきた黒髪紅眼の青年――飛鳥シンに詰め寄った。

「別に問題ないだろ?瑞鶴の装甲は今の主力機よりも厚いんだぜ?リミッターかけられた機体の蹴りぐらいでは潰れないって」

「衝撃は装甲の中にモロに伝わるんだぞ!!中の人は無事ですまねぇよ!!」

 猛はシンの首に腕を回してロックし、頭に拳を当て、ウメボシをしかける。

「わ、悪かった!悪かったって!!」

 シンは猛の腕をタップするが、猛はウメボシをやめようとしない。

「不動候補生、もっとやっちゃて下さい!!」

「遠慮はいりません。いつもこいつの機体にはものすごい整備の手間をかけさせられるんです!!」

 さらに整備班からも追撃のリクエストがとぶ。猛はそのリクエストに応えるかのようにより強くシンを締め付け、格納庫にはシンの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 不動による制裁から開放されたシンであったが、いまだに頭を抱えていた。

「おい不動。あそこまで強くやる必要はねぇだろうよ。まだ痛むぞ」

「整備班の皆様のリクエストだからな。まぁ、あれだけ不満を溜め込ませたお前が悪いんだ。この機会に少しは清算できたことを少しは嬉しく思えよ」

 シンの愚痴にも不動は何処吹く風といった様子だ。

「嬉しくなんて思えるか!!……って痛!!おいこらタリサ!!」

「なんだよ~アタシもお前には色々と溜め込んだ不満があるんだから少しぐらい清算させてくれてもいいだろう?」

 未だに痛むシンの頭に追撃をかけようとした褐色肌の少女が繰り出した両腕をシンはがっしりと掴んでいた。よほどウメボシされていたところを触られたくないのだろう。

 実習を終えて教官に反省点を纏めたレポートを提出した後、彼らはブリーフィングルームに集まっていた。これから始まるのは大日本帝国宇宙軍航宙学校の伝統行事、所謂『洗礼』についての説明だ。

 

 『洗礼』と聞くと宗教的な行事かと思うかもしれないが、実際には宗教色なんぞ欠片も存在しない。正確には卒業前戦闘技術特別審査演習と言い、現役のパイロット演じる仮想敵(アグレッサー)相手に航宙学校卒業予定の生徒が模擬戦をするだけだ。

 しかし、この伝統行事は毎年かなりエグイことをする。なんせ前回の大戦で名を馳せたエースパイロットを招聘し、彼らに手加減なしでヒヨッコの相手をさせるのである。この行事の目的は、狭い航宙学校の中で天狗になりかけている者を徹底的に叩くことと、エースパイロットクラスとの戦いを経験させることにある。

 毎年ヒヨッコたちは仮想敵(アグレッサー)の10倍以上の数で挑むのだが、それでも一時間もったためしはない。まして、仮想敵(アグレッサー)を撃墜したことなど一度も無い。

 因みにこの制度が始まった6年前から今日まで、過去に仮想敵(アグレッサー)を引き受けたパイロットは化け物ぞろいだ。『最強の傭兵』叢雲劾特務中尉、『白の鬼神』大和キラ中尉、『山吹の姫武将』篁唯依少佐、『銀の侍』白銀武少佐、『烈士』沙霧尚哉少佐と言った生ける伝説クラスのパイロットの圧倒的な力を見せ付けられ、恐怖に慄く生徒も少なくない。

 この伝統行事にはヒヨッコたちが部隊に配属される前に本物の化け物の力を知ることで己の力を自覚し、配属後もより一層鍛錬に励むように促す目的も勿論あるが、主目的は別のところにある。いくらなんでもヒヨッコたちへの激励と今後一層の努力を促すためだけにエースクラスのパイロットを毎年派遣できるほど現場は暇ではないし、軍令部も酔狂ではない。

 前回の大戦で宇宙軍が得た戦訓の中には、ザフトの圧倒的な個の質の有利を生かした戦術に対するものもあった。前回の大戦時、連合軍に比べ、パイロットもMSも圧倒的で量でおとるザフトは個の圧倒的な質の差を持って戦線を維持していた。

 当時、超人的なパイロットとワンオフに近い超高性能MSの組み合わせは連合軍に尋常ではない被害を及ぼしていた。一機のエース機を撃墜するために1ダース以上の量産機が必要という笑えない撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)を提示された各国はその対策として、超高性能機を少数導入せざるを得なかった。

 日本も安土攻防戦でザフトのフリーダム、ジャスティスには散々な目に合わされていたこともあり、もしも敵のスーパーエースクラスのパイロットが相手になったときのための対策を講じる必要があった。

 この『洗礼』では、配属前の卒業予定者達に真の撃墜王(エースパイロット)の理不尽なほどの実力を肌で感じてもらい、もしも敵エースパイロットと遭遇したときでもその圧倒的な技量差、機体の性能差に呑まれないようにすることなど、エースパイロットを相手にする場合の気の持ちようや、時間を稼いだり撤退するために何をすればいいかを考えさせる場でもある。

 これはただの弱いもの虐めではないのである。

 

 

 

 

 

「しかしよう、今年の仮想敵(アグレッサー)もやばいヤツなのかな……」

 そう零したタリサ、実はその肌から分かるように、純粋な日本人ではない。シンも純粋な日本人ではないという点で航宙学校に入ったばかりの頃は周りと少し隔意があったが、同じような境遇だったタリサとは妙に馬があい、実習では彼女と二機連携(エレメント)を組むほど仲がよくなった。

 

 

 

 因みに彼女は第三次世界大戦後に日本に移住してきた元ネパール人の子孫とのことだ。以前、彼女の曾お爺さんがどのようにしてこの国に来たのかを聞いたが、正に波乱万丈と言っても過言ではなかった。

 第三次世界大戦末期、東アジア共和国はインド亜大陸に電撃的に侵攻し、ネパールも戦火に包まれた。当時のネパールにはビジネスや観光目的で多くの邦人も滞在していたが、東アジア共和国軍がインド、ネパール侵攻後即座に制空権、制海権を掌握したために数千人近い邦人の殆どが脱出の手段を失い、在ネパール日本大使館に駆け込んだ。

 その後、東アジア共和国との交渉の末、1日だけ邦人脱出のために航空機が飛行することが許可され、殆どの邦人がネパール脱出に成功した。しかし、全ての邦人が脱出できたわけではない。

 その理由は隣国のインド国内にあった。インド国内の少なくない空港がインド国内の反抗軍が占拠されていたり、空爆で滑走路に被害を受けていたために使用できる空港が少なく、また他国もその空港に脱出機を用意するため、一日でインドに住む全ての邦人を脱出させることは不可能だった。

 そのため、在インド大使は邦人の一部をネパールの空港から脱出させることを目論んでネパールに送った。しかし、ネパールにいた邦人に加えてインドから脱出してきた邦人まで脱出させようとしても、ネパールの空港機能は小さく、到底無理な話であった。結局邦人脱出のために与えられた一日の休戦期間では十数人の邦人が脱出できずにネパールに取り残されることとなってしまう。

 本国が交渉を重ねてくれており、そう遠くないうちに救援が再度来ることは当時の在ネパール日本大使である江守誠一も理解していた。しかし状況は緊迫の度を増し、東アジア共和国軍が日本人への敵対心から邦人に危害を加えようとしたり、地元のレジスタンスに漢民族と間違われて襲撃されかけたこともあったりととても状況は楽観視できるものではなかった。

 特に江守は東アジア共和国の姿勢に恐れを抱いていたという。邦人の女性に乱暴したという事例もあり、東アジア共和国軍に抗議したが、全く効果がなかったばかりか次第にその行動がエスカレートしていることを感じていたらしい。

 江守大使は伝を使って様々な方法で邦人を脱出させるように懸命に努力したが、インドの全土が安全の保証できる環境ではなくなり、本国からの救援を待っていてはその前に殺されてしまうと判断した。

 そこで、彼はネパールに取り残された16人の邦人を連れて隣国の汎ムスリム会議領への脱出を決断した。その際、彼が頼ったのは現地で親交があった地元の山岳民族の男だった。地元のレジスタンスの攻撃を避け、かつ東アジア共和国の攻撃を避けられる険しい山岳地帯を通って脱出するとなると、彼らの助力が不可欠だと判断したのである。

 

 江守に手を貸すように頼まれた男――タリサの曽祖父、ジャナ・マナンダルは条件付でこれを受け入れた。その条件とは、自分達の部族の一部の日本への同行、そしてその後の市民権である。

 流石に一大使に即決できることではなかったが、かといって本国と協議する方法もない。江守は免職覚悟で、第三国への渡航ビザの発効までなら保障するという条件を提示、ジャナはそれを呑み、こうしてネパール大使一行は険しい山々を越えて隣国への脱出の途についたのである。

 旅路は険しく、途中で3人の邦人と9人のグルカの民が命を落すこととなったが、一ヶ月後に彼らは無事に汎ムスリム会議領に辿りつき、現地の大使館に保護された。

 その後、日本国内ではこの奇跡の脱出のことが大きく報道され、ジャナらも国民から歓喜の声で迎えられた。当初外務省は第三国――当時建国したばかりのオーブへの渡航ビザを手配することでジャナたちグルカの民への報酬としようとしたが、それに待ったがかかった。

 脱出を支援してくれたグルカの民は日本の市民権を望んでおり、同胞の命の恩人に対して報いないということはどうなのかという意見が世論から噴出したのだ。外務省としてはこのような前例を許すことは日本への異民族の移民増加に繋がりかねないこともあって、簡単には許可できない。

 そんな中、いとやんごとなきお方がこの件に関してお言葉を発せられた。

「命からがらの逃避行を支えてくれた恩人に対し、礼を欠くのはいかがなものか」

とのお言葉を受けて、外務省は彼らへの市民権の供与を決断。同時にこのような事態を考慮した特別法を制定し、自作自演で市民権を得ようとする不貞の輩が出ないように予防線を張った。

 その後ジャナの連れてきた赤子が同時に脱出したある夫婦の娘と結婚し、その息子が一族の娘と結ばれたことでタリサが生まれたということらしい。人に歴史ありということか。

 

 

 

 

「去年はあの『山吹の姫武将』だったって聞いたぜ。25分しか持たなかったんだっけか?そんで模擬戦後、篁少佐の美しさと気高さと強さに惹かれた負け犬共が少佐に告白する権利を賭けて大乱闘したんだっけか」

 不動の言葉で昨年の騒動を思い出す。先輩方が本気の殴り合いをしてた結果教官の雷が落ち、彼らは確か卒業まで毎日居残りして鳳翔の外壁清掃の罰則をやらされていたはずだ。先輩だが、馬鹿なやつらだったと思う。そもそも、少佐は子持ちの既婚者だ。告白など応じてくれるはずがないだろうに。

「一昨年は『白の鬼神』だった。あの人も凄かったな」

 シンは思い出す。かつて、オーブにいたころに東アジア共和国軍にに襲われた家族を救ってくれたMSに乗っていたのも『白の鬼神』だった。一昨年、その大和中尉が学校を訪れると知った彼は一言お礼を言いたくて大和中尉との接触を試みたが、それは大和中尉を一目見ようとする女性士官候補生の壁の前に頓挫していたのであった。

 

「それじゃあ今年は」

「総員、席に着け!!」

 タリサが何か言いかけたが、それは教官の大きな声に掻き消された。シン達は三科の声に反応し、素早く席について姿勢を整える。そしてブリーフィングルームを見渡して全員が席に着き、姿勢を整えたことを確認した三科が言った。

「これより、今期の卒業前戦闘技術特別審査演習の概要を説明する」

 三科の指示でブリーフィングルームのモニターに審査の概要が映し出される。日時、場所、そして想定される条件等が次々と提示されていく。どうやら例年の評判通り、ザフトのトップエース相手の遭遇戦のようだ。30分持たせれば増援が駆けつけるという想定なので、勝利条件は30分の間足止めするか撃墜するかして、敵機を母艦に近づけさせないこととなる。

 昨年は敵精鋭を突破して敵母艦を攻撃することだったらしいが、今年は敵機から防衛することが任務の目的だ。任務の内容も作戦の成功を左右する重要な要素の一つだが、それ以上に作戦の成功を左右する要素がまだ提示されていない。

 

 今年の参加者達は固唾を呑んで教官の言葉に耳を傾ける。そして三科も参加者側が最も関心を持っていることは分かっている。唇を吊り上げながら彼は言った。

「そして今年の仮想敵(アグレッサー)だが……喜べ。過去最強のパイロットが参加してくださることとなった」

 その言葉に参加者達は目を見開き、一様に驚愕を顕にする。教官の口ぶりから仮想敵(アグレッサー)の正体を感じ取ったのだ。そして、彼らの予感は的中した。

「少佐、どうぞ」

 三科に促されてブリーフィングルームに入ってきた精悍な顔立ちをした男を見て参加者達は今度は絶望的な表情を浮かべる。

「諸君、私が今回の卒業前戦闘技術特別審査演習の仮想敵(アグレッサー)を担当する白銀武少佐だ。諸君がこれまで訓練校で学んできたことを存分に活かして健闘することを期待する」

 

 

 

 

 

 教官から解散を命じられた後も殆どの生徒はブリーフィングルームに残っていた。しかし、その雰囲気はまるでお通夜といっても過言ではなかった。

「何でよりにもよってあの『銀の侍』が相手なんだよ……」

「日本最強のパイロットじゃねぇか」

「俺達10分持つのか?」

 漏れ聞こえてくる会話は敵の圧倒的な強さに対して畏怖するものしかなかった。そして、シン達も険しい表情を浮かべている。

「正直、勝つビジョンが見えねぇ……」

 タリサが項垂れ、不動も相槌をうつ。

「同感だな。少佐の戦闘技術は記録映像で見た事あるが、あんなものに対応できるとは思えん」

「この演習で活躍できれば精鋭部隊からお声がかかるとか教官が言ってたけど、あの人相手に活躍できるやつなんているのかよ……そんな実力あるヤツがいたなら訓練学校飛び級で卒業してるはずだ」

 この卒業前戦闘技術特別審査演習の結果は軍内部には公開されており、新人の獲得競争の参考にされているとの噂があるのだ。と言っても、それは教官がそのようなことを仄めかせているだけであって、実際はどうなっているのかは彼らは知らない。

 実は、確かに教官の言葉通りに獲得競争の材料になっている。しかし、近年は獲得競争をしてまで欲しい人材が出ていないために獲得競争自体が行われない。あまり獲得競争で騒げば部隊間の不和にも繋がりかねないため、積極的な獲得姿勢は自粛されているのだ。

 

「だけど、俺は諦めないぜ……せめて一矢報いてやる」

 シンは頬を叩き、自分に喝を入れる。最初から負ける気でいては勝てる戦も勝てないということは教官に散々言われたことだ。

「そうだな……逆に考えれば、あの『銀の侍』に一矢報いたらアタシ達は訓練校の伝説に名を残すことになるんだしな!!」

 タリサは持ち前のポジティブさを全面に出して自身を奮い立たせる。敵が強いほど闘争心が湧くのは山岳の戦闘民族であったグルカの血が騒ぐからだろうか。

「全く……お前らは前向きだな。俺にもその馬鹿さ加減を分けてもらいたいもんだ」

 そう言いながらも不動は顔に好戦的な笑みを浮かべた。




つ……疲れた。
年末年始のストックがこれで消えました。
これからしばらくの間忙しくなるので更新はできなくなります。
また、更新もおそらく外伝が優先されますので、こちらの更新は2ヶ月ほどはないでしょう。


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PHASE-2 若人の力

手元に資料がないので、設定などに細かな差異があるかもしれません。ただ、オリジナルの設定も混在しているので、設定の修正は本拠地に帰還してからする予定です。


 練習艦『鳳翔』の射出口でシンは乗機であるTSF-Type7『吹雪』の最終調整をする。

「全システムオールグリーン……ファイター5飛鳥訓練生、発進準備完了しました」

『了解。ファイター5飛鳥訓練生、発進を許可します』

 発進タイミングを譲渡され、シンは操縦桿を強く握り締めた。

『ファイター5飛鳥訓練生、行きます!!』

 まるで見えない壁に押しつぶされるような力がシンの全身にかかり、同時にシンの機体がカタパルトで加速されて射出される。

 

 カタパルトから射出されたシンの吹雪は鳳翔の前方で他の訓練生の機体と陣形を組み、演習が行われる宙域へと向かう。シンが最後発だったので、既に彼以外の生徒は陣形を整えている。彼の二機連携(エレメント)のペアはタリサだ。

『ファイター5、前に出すぎんなよ!!』

 タリサがシンを茶化すが、シンは気に留めた様子も見せない。

「ファイター6、余計なお世話だ」

 実際、タリサも人のことをとやかく言えないほどに前に出たがる。超がつくほど前衛タイプで、突撃志向コンビのタリサとシンのコンビだが、何故か相性はかなりよく、二機連携(エレメント)の実力では今期の訓練生で右に出るものはいないほどだ。どちらも近接武器を振り回して敵を次から次へと切り捨てていくので、同期からは『人斬りコンビ』呼ばれて恐れられている。

 

『HQよりファイターズ、敵味方不明機(アンノウン)は数1、距離7000グリーン63マーク12アルファです。後15秒で有視界に入ります』

 敵の数は1――仮想敵(アグレッサー)は白銀少佐だけということだろうか。それならばいいのだが。過去には英雄様が率いる一個小隊と交戦して僅か数分で全滅した例が幾度もある。白銀少佐一人でもどうしようもないのに、お仲間を呼ばれたらもう立ち向かう気概すら失せそうだ。

『はっ……英雄様は1機であたしら全員撃墜する気らしいな』

 タリサは彼女らしくない気弱な声音で言った。

「それができるから、英雄って呼ばれているんだろ」

 本来、タリサの気性ならこの時点で相手は自分達を舐めていると判断して怒りを覚えてもおかしくなかっただろう。しかし、今回の仮想敵(アグレッサー)はあの白銀少佐だ。生ける伝説とも呼ばれるパイロット相手にはタリサも流石に勝てる気がしないのだろう。

 

 そして遂に白銀少佐の駆る機体が有視界に入る。同時にシンはその機影を見て目を見開いた。タリサや不動も驚きを隠せていない。接近してくる機影はデュアルアイに角のようなV字アンテナが特徴的な、連合のGAT-Xシリーズと似通った意匠のMSだ。その正体はシンもよく知っている。

『おい、シン!!あいつは!!』

 隣の小隊を率いていた不動がシンに通信を繋いだ。彼は一瞬でその機体の正体を見抜き、オーブ出身であるシンに確認を求めたのだ。

「ああ……間違いない。モルゲンレーテのM1アストレイだ!!」

 

 M1アストレイ。C.E.71にオーブ連合首長国の国営企業、モルゲンレーテがロールアウトしたMSだ。大西洋連邦の開発したビーム兵器の技術やナチュラル用OSの技術を盗用して開発されたと言われていたが、世界でも有数の技術力を持つモルゲンレーテの開発ということで世界の注目を集めた機体だった。

 しかし、同年の東アジア共和国のオーブ侵攻でこの機体はその真価を発揮することができなかった。護るべき国民と侵略者の歩兵が入り乱れる狭い国土での防衛戦となったために歩兵用対戦車兵器による攻撃を阻止できず、文字通りに足元を掬われて撃破されていったのである。

 性能面では当時の大西洋連邦の主力MSであったストライクダガーを上回るものであったとされているが、遂に対MS戦を経験することはなかったとされている。その後M1アストレイは生産設備ごと東アジア共和国に接収されて東アジア共和国の保護国向けに少数生産されたものの、現在では後継機や改修機を含めた全ての新規機体の生産、補修部品の生産が終了している。

 

 シンは父を失ったあの日にM1アストレイを直接目にしているのでこの機体を見間違えるはずがない。故に、この機体は宇宙仕様なのか、あの日見た機体とはスラスターが違っていることにいち早く気がついた。

「ファイター5よりファイターズ!!あの機体は授業で習ったM1とはスラスターが違う!!おそらく宇宙用だ!!」

「なるほど……実戦仕様ということか。まさしく俺達は未知の機体と戦うこととなる」

 コールサインファイター1――訓練生部隊(ファイター中隊)隊長の不動は仮想敵(アグレッサー)側が何故M1の亜種を選んだのかを推理し、一人納得した表情を浮かべる。

「感心してる場合か!!あたし達を凌駕する化け物パイロットに性能も把握できないMSだぞ!シン、どうするんだ!?」

 タリサに指示を仰がれたシンはまず敵の装備を確認する。敵機の右手にはビームライフル、左手には盾、腰にマウントされたビームサーベルが2本、頭部機関砲が2門、背部マウントに長刀2本といったところだろうか。とりあえず、遠巻きに様子を見るべきだろうとシンは判断した。

 因みにビームサーベルとビームライフルだが、今回の演習では訓練用のものを使用する。ビームサーベルに刀身はなく、各自の機体のコックピットのモニターには刀身を形成する映像に加工されて映しだされる。ビームライフルは微弱なレーザーを発射するものだ。レーザーの着弾で命中を判断するらしい。

「ファイター5よりファイター1、とりあえず距離を取って様子見に徹することを提案する。見たところ特殊装備はなさそうだが、無理にしかけるには早計だろう」

「……同意する。ファイター1より、ファイターズ。各機距離を」

 だが、不動が命令を言い切る前に、彼らの後方から放たれた火箭が訓練機の内の一機を黄色に染めた。

『え……!?』

 ペイント弾によって胸部を染められた吹雪の中で訓練生の一人は呆然としていた。そして彼に試験官である三科教官の判定が下される。

『ファイター10、胸部被弾により撃墜。すぐに鳳翔に帰艦せよ』

 ファイター10は自身の身に何が起こったのか理解できないまま、鳳翔への帰艦の途についた。

 

 

『くそ!?何が起こった!?どこからの攻撃だ!?』

『後ろから撃たれたぞ!!』

『そんな馬鹿な!!センサーには何の反応も……』

 訓練生が予期せぬ事態に混乱する。そしてこの隙を武が見逃すはずがなかった。武のM1はビームライフルを構え、うろたえる訓練生達に銃口を向けた。

『!?散開しろ!!』

 不動は咄嗟に声を張り上げて散開を促したが、予期せぬ事態に混乱していた訓練生は反応が遅れてしまう。結果、レーザーの命中判定を受けた2名が更に脱落した。

『ファイター3、胸部被弾により撃墜。ファイター7、推進剤タンク被弾により撃墜。両機は即時帰艦せよ』

 開始早々に訳がわからない奇襲で撃墜判定を受けた二人は納得ができないと言いたげな表情を浮かべていた。

『畜生!!不意打ちじゃねぇか!!』

『こんなの!!戦闘能力と関係ないぞ!!

『実戦では泣き言は通用しない。素直に帰って来い』

 三科に窘められた二人はまだ色々と言いたげであったが、渋々機体を翻した。

 

 

「後ろに何かがいる……おそらくミラージュコロイドだ!!ファイター2、ファイター4、後ろに弾をばら撒いて炙り出せ!!残りのやつらは前方に弾幕を張ってM1を近づけるな!!」

 いち早く奇襲から意識を切り替えた不動が背後の宙域に牽制射撃をすることを命令する。

 命令に従って2機の吹雪がガンマウントを起動し、背後の宙域に牽制射撃を叩き込む。その射撃を受けて隠遁を諦めたのか、先ほどの銃撃の下手人が隠遁の衣を脱ぎ捨ててその姿を顕した。

 

 

『5式戦……陽炎改か!?』

 不動はその見覚えがあるシルエットから敵機を現在の宇宙軍の主力機である陽炎改と判断する。だが、タリサが彼の判断に疑問符を口にする。

『陽炎改にミラージュコロイドの運用はできないはずだろ!?あれは本当に陽炎改なのかよ!?』

『知るかよ!!』

「タリサ、不動に噛み付いてないで落ち着けよ!あいつはミラージュコロイドを使える陽炎の改修機の可能性だってあるんだ!!」

 シンはヒートアップするタリサを諫め、自身の意見を述べる。

 

 MS開発の現場に詳しいわけでもない彼らには知る由も無いことであるが、彼らが相対する機体の名前は、XFJ-Type5S『月虹』といい、シンの読み通り陽炎の先進技術実験改修機である。

 その最大の特徴はステルス性能であり、ミラージュコロイドによる光学迷彩である。ミラージュコロイドを展開していなくてもアクティブステルスにより敵のレーダーに探知されにくく、優れた廃熱技術を施されているために熱源探知にも引っかかりにくい。敵の光学機器の索敵に範囲に入るまではミラージュコロイドを展開せずに接近できるため、バッテリー機故の短いミラージュコロイド展開可能時間を最大限に利用できるのだ。

 音も無く忍び寄り敵に気づかれる前に刺すというファストキルに特化した機体であったが、原型機である陽炎改がステルスを前提とした機体設計にされてはいなかったということもありステルス性能は当初予想していたほどの精度にまで達することはなかった。

 この演習に参加している機体を含めて12機の陽炎改が月虹に改修され、先進技術の実験を行った。そしてその実験で得られたデータは次世代ステルスMSの開発に生かされることとなる。

 また、本機の情報を察知した大西洋連邦でもバッテリー機の短いミラージュコロイド展開可能時間の問題を打破すべく、初期GAT-Xシリーズの内の一機、GAT-X207ブリッツに核動力を搭載したNダガーNを試作したが、核動力機故に動力炉が熱源探知されやすいという問題を打破することはできなかった。

 結果、大西洋連邦はブリッツの核動力化を諦め、オーブ崩壊に伴い流出したパワーエクステンダーの技術を盗用することで稼働時間を延長することに成功した。また、パワーエクステンダー搭載のブリッツは後にアクタイオン・プロジェクトによって改修され、GAT-X207SRネロブリッツが開発されることになる。

 

『クソ……相手が2機でいる可能性を何故俺はもっと真剣に検討しなかったんだ!!周りを警戒させていればこんなことには!!』

不動の声はステルス機による奇襲で立て続けに二機を失ったことによる悔しさを滲ませていた。

『不動!!どうするんだ!?』

 シンはライフルで前方に弾幕を張りながら不動に指示を乞う。既に3機を失ったので、中隊の戦力は25%が失われたことになる。対する仮想敵(アグレッサー)は無傷で弾薬の消耗も極僅かだ。しかも相手のうち1機は帝国一の撃墜王(エースパイロット)ときた。前門の人外、後門のステルス機。はっきりいって、後何分もつかという勝負だ。だが、やるからには一矢報いたい。

 だからシンは不動の決断を待った。自分の操縦技術は不動を凌ぐものがあるが、自分の指揮官としての適正は学年トップである不動はおろか、タリサにすら及ばない。不動なら、現状の戦力を最大に活かすことができる策を導き出すことができるとシンは信じていた。

 

 

『……ファイター1からファイターズ』

 ややあって不動は全訓練生機に通信を繋いだ。

『正直、勝機は無い。だがせめて1機でも撃墜したい』

 不動もやはり、訓練生側の勝利は望めないと判断し、次善の策を選んだようだ。

『ファイター5、6両機はが白銀少佐を足止めし、残る全機で後方の陽炎を叩く……ファイター5、やれるか?』

「やってみなくちゃわからねぇだろ?」

 シンは険しい表情を浮かべている不動に対し、好戦的な笑みを浮かべながら答えた。そしてタリサもシンと同じ表情を浮かべながら口を開いた。

『同感だ。英雄だろうが何だろうが、相手はあたしと同じ人間だ。……それに、なんなら倒しちまってもいいんだろう?』

 二人の口から放たれた勝気な言葉に不動は苦笑する。タリサの台詞は負けフラグのような気がしたが、気にしないことにした。

 帝国最強のパイロット相手に2対1で挑む。普通なら恐縮して当たり前の状況でありながら二人にはまだ勝気な台詞を吐くだけの余裕があるのだ。同期の中でも最強の二機連携(エレメント)なだけはある。

 無鉄砲で思い込んだら一直線という単純な思考の二人だが、それ故に彼らは後退を知らず、前進を恐れない。強襲戦での彼らはまるで水を得た魚だ。彼らの猛攻ならば流石の白銀少佐も数分は身動きが取れないだろうと不動は信じることにした。

『シン、タリサ!!作戦が成功したら奢ってやるからな!!他のやつらは俺について来い!!』

 不動はシンとタリサ以外の残存機を纏めてその機体を翻した。

 

 

「……俺を相手に2機で足止めか。舐められてんのか?」

 卒業前戦闘技術特別審査演習の仮想敵(アグレッサー)に抜擢された白銀武少佐は乗機のコックピットで獰猛な笑みを浮かべていた。自身が名実共に帝国最強のパイロットであることは訓練校でも学んでいるはずだ。まさかそんなことも知らずにこの場に臨むような馬鹿はいまい。そんな馬鹿をあの三科教官が許すはずがないだろうから。となると、相手の2機は武のことを知っていながら、自分達の連携で足止めができると判断したのだろう。

 そして自身が乗る機体はM1――正確には宇宙仕様のM1Aだ。

 この機体はオーブ陥落後にオーブ亡命政権から譲渡されたアメノミハシラに設けられていたM1Aの製造設備を使用して製造されたものだ。

 

 前回の大戦の末期、アメノミハシラの前管理者であるロンド・ミナ・サハクは地上で生産されているM1は宇宙での戦力には適さないと考え、アメノミハシラの防衛のために自前で宇宙用戦力を用意することを選択した。

 しかし、他勢力のMSを採用することは難しかった。連合で生産されるストライクダガーはザフトと対峙している各地の部隊や、海皇(ポセイドン)作戦に備えていた宇宙艦隊に最優先で回されているので、オーブが必要数を回してもらうことは無理だったし、ヘリオポリスでのG兵器の違法コピーの前科があったためにライセンス生産は許可されなかった。

 ザフトのMSを選択することもできなかった。最新鋭機のゲイツはそもそも回してもらえるはずもないし、ゲイツのロールアウトで2線級の機体となったジンやシグーの性能は正直低すぎる。ストライクダガーを配備した連合の部隊にも、ゲイツを配備したザフトの部隊にも対抗できない以上、抑止力にはなりえないため、配備したところで無意味だろう。自身の半身を奪った薄汚いジャンク屋の手を借りることなど論外だ。

 本命に考えていた日本との交渉も失敗に終わった。ヘリオポリスの一件に冠する前代表ウズミの失態を受けてオーブと日本の関係が冷ややかになっていたこともあり、日本側が自国MSの販売を躊躇していたのである。

 結果、ミナは自国のMSであるM1アストレイを改装することで急場を凌ぐことを選択し、M1アストレイを設計したエリカ・シモンズにM1アストレイの宇宙仕様機の設計を依頼した。こうして完成した機体がM1Aである。

 M1Aはスラスターの数を増やし、無重力空間における機動力を高めた機体であり、AMBAC制御の精度を高めるために人体の構造を精確に模したゴールドフレームと同じ機構を各部に採用している。各部機構の複雑化によってM1A1機あたりの調達コストはM1に比べて増加したが、ストライクダガー以上ゲイツ以下という防衛力として最低限通用するレベルの機体に仕上がった。

 しかし、この機体が実戦を迎える前にアメノミハシラは日本に譲渡され、ミナは完成していたM1Aを生産施設ごと日本軍の手に委ねることとなった。その後日本はこのM1Aを各種テストに投入してデータを収拾した。

 性能はお世辞にも戦後の一線級とは言い難いものであったが、導入コスト、稼動コスト共に優れていたM1Aの設計に富士山重工業のMS設計チームが注目し、戦後にM1の機体構造を多数の箇所で流用した廉価なMSが開発された。

 因みにこの廉価MSの生産のため、アメノミハシラのM1A生産設備はその後L4の富士山重工業の工場に移送されることとなる。

 尚、武の乗る機体は各種テストが終了したことを受けて廃棄が決定していたM1Aに背部ガンマウント取り付けや若干のチューンアップを加えたものだ。

 

 

 はっきり言って、限界までチューンアップしたM1Aでも訓練機である吹雪には僅かに及ばない。彼らが機体の性能差も理解した上で武に立ち向かうという決断をしたのかは分からないが。

 よろしい。その判断が正しいのかはこれから彼らに身をもって実証してもらおうか。白銀の侍の力をヒヨッコどもに思い知らせてやろう。

 武は乗機であるM1Aの両腕に長刀を握らせ、全速力で突撃する。

 

 突撃に反応し、即座に散開した訓練生の吹雪の1機、肩に06とペイントされている1機を狙いに定めた武は長刀で突きを放つ。

 相手の吹雪は盾を構えて突きを防ぎ、ナイフシースから取り出した短刀を突き出す。武は半身を引くことでナイフによる一撃を回避し、同時に散開したもう1機――肩に05とペイントされた吹雪が放った弾丸も避けた。

 

「同時攻撃か……至近距離で密着している僚機に誤射することを恐れずに突撃銃ぶちかます度胸とその弾道の正確さは中々のもんだな。俺と至近距離からぶつかってもビビることなくナイフ一本で向かってきた相方も中々イケてる」

 武はこの訓練生の二機連携(エレメント)の評価を上方修正した。技量と連携に自信があるからこそ、自身を相手に僅か2機で立ち向かうことを無謀だとは考えなかったのだろう。

「けど、まだ甘いんだよな」

 武はニヒルな笑みを浮かべながらひとりごちる。そう、確かに彼らの度胸、技量、連携は見事なものだった。だが、その褒め言葉にはは『訓練生にしては』という枕詞がつく。

 実際、武はこの程度の2機連携(エレメント)は過去に何組も見てきた。精鋭部隊のパイロットであればこの程度の連携は軽くやってのけるし、経験を重ねたベテランのパイロットはそれに加えて老獪さも併せ持った策をしかけてくる。

 それに比べれば彼らはまだまだ未熟な井の中の蛙だ。撃墜王(エースパイロット)が闊歩する戦場に立つ前に大海を知ってもらわねばなるまい。

「さぁて……訓練校で天狗を気取ってるヒヨッコの鼻をへし折ってやりますか!!」

 武は乗機の背部マウントの2本の長刀を手に取り、逆手に構える。そして前方にいたタリサの吹雪に急加速して斬りかかった。

 

 

 武のM1に斬りかかられたタリサは盾を構えてその両腕から繰り出される連撃をいなそうとする。だが、緩急をつけた無駄のない巧みな連撃を受けたタリサの反応は次第に遅れ始めていた。

『っつ!!シン!!』

 タリサがたまらずシンに助けを求める。シンはビームサーベルを構えてM1Aを背後から襲うが、M1Aはステップを踏むような軽やかな動きでシンの斬撃を回避した。しかも回避の際に機体を半回転させて長刀の切っ先をタリサの機体の右腕を斬りつけた。右腕全損のダメージ判定を受けてタリサの吹雪の右腕が制御不能となる。

「クソ!!当たらない!!」

『どこから攻めても反応してくる!!あの人の目玉は何個ついてるんだよ!?』

 並の技量ではないことは理解していたが、やはりキツイ。右腕が使用不能となったタリサの吹雪では次の攻撃を持ちこたえることは不可能だ。そう判断したシンはこのまま一か八かの勝負に出ることを決断した。

 

「タリサ!!次にやつが突っ込んできたら至近距離でアンチビーム爆雷ディスチャージャーを起動させろ!!その後俺の合図でアンチビーム爆雷の幕から脱出するんだ!!」

『考えがあるんだな……信じるぞ!!』

 タリサはシンの機体の傍につけ、再度接近するM1Aに対して盾を構える。次の武の攻撃を確実に防ぎ、アンチビーム爆雷ディスチャージャーを起動させるためだ。そしてM1Aの両腕から放たれた突きが盾にあたった瞬間、アンチビーム爆雷ディスチャージャーを起動し、自身の吹雪とM1Aをアンチビーム爆雷の幕で包み込んだ。

 

 しかし、武は突然の事態にも動揺しなかった。煙幕も兼ねるアンチビーム爆雷で視界がはっきりしない中、熱源センサーだけを頼りに目の前のタリサの機体に長刀をあてて無力化した。そしてその目くらましに乗じ、ビームサーベルを突き出してきたシンの吹雪にも瞬時に反応し、ビームサーベルを持つ腕を蹴りとばした。

「目くらましに乗じて攻撃なんざ、甘いんだよ!!」

 だが、武器を失った吹雪に対してトドメの斬撃をお見舞いしようとしたその瞬間、武の駆るM1Aが凄まじい衝撃に襲われ、M1Aはその衝撃で大きく吹き飛ばされた。武は予期せぬ衝撃に驚きを顕にする。

「援軍か!?いや、違う!!これは……噴射ユニットか!!」

 衝撃でアンチビーム爆雷の幕から弾き飛ばされた武は視界の端を高速で掠める影を発見し、先ほどの衝撃の正体に気がついた。

 元々、噴射ユニットは被弾による誘爆によるダメージを避けるために緊急時にはパージできるようになっている。だが、あの訓練生は意図して噴射ユニットをパージし、即席のミサイルとして利用したのだろう。かつての部下であるキラも雷轟を使用した演習では幾度かストライカーパックを特攻させたことがあったが、まさか訓練生が同じ戦術を使ってくるとは。

 そして、武に続いて追撃をかけるためにビームサーベルを掲げた吹雪がアンチビーム爆雷の幕から飛び出してきた。先ほどの噴射ユニットの特攻で生まれた隙を突くつもりだったのだろうが、ここでシンは白銀武という男を見誤っていたことを思い知らされた。

 武は突撃する吹雪に対し、武は左腕の長刀を槍のように投げつけた。シンはこれを回避するが、腰部噴射ユニットの一片を失ってバランスを欠いた状態で咄嗟に機体を動かしたため、その姿勢は大きく崩れてしまう。

 そして、武がその隙を見逃すはずがない。姿勢の回復に手間取った一瞬の隙にM1Aは吹雪の懐に入り込み、右腕の長刀を胸部に叩きつけた。

 

『ファイター5、胸部被弾により撃墜。すぐに鳳翔に帰艦せよ』

 一瞬の出来事に半ば呆然としていたシンは三科教官の声で現実に引き戻された。自身を撃墜したM1Aは既にもう一機の仮想敵(アグレッサー)に加勢すべく移動をはじめていた。

 

「……畜生!!」

 手も足もでなかった。まさに完敗だ。しかし、シンは自信を完膚なきまでに打ち砕かれても闘志までは打ち砕かれてはいなかった。その瞳には悔しさを滲ませていても、諦めは微塵も浮かんでいない。

 彼は大海を知り、己の矮小さを知ったのだ。高みをしった彼はただ、上のみを見据えてこれからも歩み続けるのだろう。

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type7

正式名称 七式戦術空間戦闘機『吹雪』

配備年数 C.E.77

設計   富士山重工業

機体全高 18.0m

使用武装 71式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

 

備考:外見はMuv-Luvシリーズに登場する97式高等練習機『吹雪』

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵しているほか、甲型は跳躍ユニットの形が異なっている。(飛行機を思わせる形状ではなく、扁平な形状)

   撃震とは異なり、ナイフシースは前腕部にある。。

 ストライカーパックの換装で様々な状況に対応する連合のMSとは異なり、武装の換装のみで如何なる状況にも対応できる基本性能が優れたMSである不知火はこれまでの主力機とは一線を画す性能を持っており、海皇(ポセイドン)作戦では凄まじい戦果をたたき出した。

宇宙軍は次期主力機として陽炎改の改良型か不知火の設計を元にした量産仕様機にすることを決定し、量産のために各部の性能を落とした量産型不知火の生産に着手した。そして不知火をベースに量産性を重視した不知火弐型がロールアウトし、コンペに競り勝って次期主力機の座を見事に射止めた。

しかし、在来の機体とは隔絶した性能を持つ不知火弐型を乗りこなすことは一部のエース以外には難しかった。そのため、宇宙軍は不知火弐型の操縦になれるための練習機の開発を決定する。

不知火弐型の設計を一部流用した吹雪は不知火弐型の完全な下位互換機として完成し、吹雪で操縦のコツを掴んだパイロット達は不知火弐型の扱いにも慣れることができるようになった。

C.E.79現在では軍学校にも配備され、生徒達は在学中から不知火弐型の操縦に慣れることができるようになっている。

コスト的にも性能的にも不知火弐型の下位互換機ということで実戦にも十分耐えうる性能を持つため、スカンジナビア王国や赤道連合でも主力機としてライセンス生産されている。

 

 

 

 

形式番号 XFJ-Type5S

正式名称 五式戦術空間戦闘機『月虹』

配備年数 C.E.76

設計   三友重工業

機体全高 18.0m

使用武装 77式突撃砲

     71式支援突撃砲

     70式近接戦闘長刀

     70式片手盾

     71式ビーム砲

     71式ビームサーベル

     71式複合砲

     71式高周波振動短刀

 

備考:XFJ-Type5と外見上の差異は無い。しかし、宇宙軍使用の甲型、陸軍使用の乙型が存在し、跳躍ユニットの形状が若干異なる。

 

 

 月虹は陽炎改の先進技術実験改修機であり、ミラージュコロイド粒子を機体の周囲に展開することで光学でもレーダーでも捉えられなくなる。ミラージュコロイドを展開していなくてもアクティブステルスにより敵のレーダーに探知されにくく、ラミネート装甲の技術を転用した優れた廃熱技術を施されているために熱源探知にも引っかかりにくい。

敵の光学機器の索敵に範囲に入るまではミラージュコロイドを展開せずに接近できるため、バッテリー機故の短いミラージュコロイド展開可能時間を最大限に利用できるという特色がある。

音も無く忍び寄り敵に気づかれる前に刺すというファストルック・ファストキルに特化した機体であり、原型機である陽炎改の優秀な戦闘能力を可能な限り損ねることなくステルス性能を寄与するという開発計画の目標を達成することには成功したが、原型機である陽炎改がステルスを前提とした機体設計にされてはいなかったということもありステルス性能は当初予想していたほどの精度にまで達することはなかった。

そのためにこの機体が正式に採用されることはなく、結果としてステルス機の配備は次世代機の開発を待つこととなった。

C.E.79の卒業前戦闘技術特別審査演習に参加している機体を含めて12機の陽炎改が月虹に改修され、先進技術の実験を行った。そしてその実験で得られたデータは次世代ステルスMSの開発に生かされることとなる。



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PHASE-3 若鷲たち

少し短めです。
次の回の構想してたら、そっちの方に気がいっちゃいまして……


C.E.79 2月18日 L4外周宙域 練習艦『鳳翔』

 

 

 鳳翔のブリーフィングルームでは、卒業を間近に控えた訓練生が武からの演習の講評を聞いていた。

「……まず、演習開始早々に俺が撃墜した2機だ。陽炎改による不意打ちを回避できなかったのは中隊全員の警戒感の欠如だから、演習開始直後に撃墜された1機の油断だけを責めるわけにはいかん。だが、その後の2機は動揺しすぎだ。奇襲に対処する最善の手は事前にそれを察知することに尽きるが、次善の策は即座に体勢を立て直し、敵に付け入る隙を与えないことだ」

 手厳しい指摘を受けた2人のパイロットは思わず俯いてしまう。だが、武の追及はまだ終わらない。不動に向き直り、厳しい口調で彼の不備を指摘する。

「中隊長も事態への対処が遅かった。奇襲を受けてから部下に命令を下すまでの判断に時間をかけすぎだ。あの時、中隊の全員の注意が一瞬とはいえ俺から逸れていたんだぞ。眼前の敵から目を逸らすことがどれだけ愚かなことかお前達は理解しているのか?」

 

 不動が予期せぬ事態に動揺したことを武は咎めようとは思っていない。驚きというのは人間だれしも持っているものであり、武ですら驚愕すれば隙をつくってしまうのだから。だが、指揮官たるものはその動揺を態度に出してはいけない。指揮官の動揺はまるで静かな水面を揺らす波紋のように部下に伝播してしまうからだ。

 武の脳裏に戦乙女(ヴァルキリーズ)を率い、その命をもって日本を――世界を救った女傑の姿が浮かぶ。彼女は如何なるときも部下の前では完璧な指揮官を演じ続けていた。人生の最後の数分間も在るべき指揮官の姿を見せ続け、後を継ぐ部下を信じて部隊を託した彼女の姿は今でも脳裏にはっきりと浮かぶ。

 武はこの世界で何年も軍人として自身を鍛え上げて帝国最強と称されるパイロットになった。戦功を重ねて昇進し、指揮官という立場に着いて数年が経つが、未だに理想の指揮官として目指している彼女の背中には程遠いと痛感させられる日々を過ごしていた。

 因みに、彼女はこの世界では軍人になっていない。そもそも、世界が滅亡の淵に立たされてでもいなければあれほど多くの女性が前線に送られることはありえないだろう。夕呼先生の調査では、あの世界の戦乙女の内この世界でも軍に関わっているのは陸軍病院に勤務している彩峰と、いつの間にか自分の部隊に配属されていた冥夜だけである。

 冥夜は同じ土俵では強かな姉に勝つことはできないため、軍務に付き添って献身をアピールして武に手を出させる腹積もりらしい……と悠陽は分析していた。悠陽からは念入りに釘をさされていたが、戦闘後など色々昂ぶっているときは一線を越えそうになってしまう自分がいることを武は自覚していた。一応、まだ一線は越えていないが。

 

「そもそも、お前たちは最初から敵がおれだけだと決め付けてかかってなかったか?これまでの卒業前戦闘技術特別審査演習では訓練生と仮想敵(アグレッサー)の戦力比は1対10を下回ることは無かった。それ故にお前は2機目の敵機の存在を疑いもしなかった……不動訓練生、違うか?」

「……その通りであります」

 不動は項垂れながら答える。

「後、戦闘中に反省なんてしてんじゃねぇ。反省なんぞ生きていたらいくらでもできるんだ。反省している暇があったらそのオツムで何をすべきかをまず考えとけ。緊急時には部下が指示を仰ぐより先に指示を出さないと手遅れになりかねねぇぞ」

 ぐうの音も出ないほどに酷評された不動だが、まだ彼への指摘は終わっていない。

「……さて、指揮官としての姿勢とかについてはこの辺でいいか。次は戦術レベルの反省だ。不動訓練生、貴様は前方から迫るM1に対して中隊から2機を当てて足止めさせて、残る7機をもって後方に迫る月虹を撃破する作戦をとったな。その作戦を採用した理由を述べろ」

「はっ……小官は前後から迫り来る敵機に対し、両方の機体の撃墜は不可能であると判断しました。今回の任務の目的は、敵機を30分の間母艦に近づかせないことなので、先に月虹を撃墜し、しかる後にM1を全機で押さえ込むのが最良と考えたのであります」

「……成程。貴様の考えは理解できた。だが、貴様の作戦は失敗に終わった。その理由はどこにあると考えている?」

「M1への足止めに割いた二人が敗れる前に、月虹を撃ち取ることができなかったために前後から挟み打ちにされたことが直接の敗因です。自分の戦力配分のミスが招いた結果であると考えています」

「付け加えるのなら、人選ミスもあるな。あの二人ならば接近戦に持ち込むことで月虹の動きを拘束することもできたかもしれん。一人一殺の前提で残りのメンバーが俺の動きを封じることを画策していれば後10分は時間が稼げたはずだ……さて、ではそろそろ次の反省点に移ろうか」

 ようやく追求から開放された不動は安堵の表情を浮かべている。鬼のような覇気と情け容赦ない指摘のダブルパンチは訓練生である彼には少々きついものだったようだ。

 

「タリサ・マナンダル訓練生並びに飛鳥シン訓練生、立て」

 突然の指名を受けたシンとタリサは反射的に椅子から跳びあがった。

「貴様たちを立たせた理由は分かっているな?」

 凄みのある口調で武は起立した二人に問いかける。

「吹雪の噴射ユニットをパージし、特攻させて喪失したことであります」

 緊張した表情を浮かべながらシンが答えた。だが、彼の言葉を聞いた武の表情は更に凄みが増している。

「……いくら実戦を想定した演習とはいえ、これは看過できないことだ。貴様は一機が1000万近くする噴射ユニットを訓練で破壊したのだからな。訓練機だろうが吹雪は軍のものであり、国民の税金で造られている代物だ。自身の生死、国の行方を左右する作戦の可否がかかった場面でもないただの演習において国民が齷齪働いた結晶である吹雪の噴射ユニットをスポイルする判断を下したその根拠は何だ?」

「敵の意表をつくことは戦術における王道です。この演習における勝利に必要と判断したため、噴射ユニットを実弾として使用するという戦術を採用した次第であります」

「噴射ユニットを切り離して特攻させるという手段を採った理由は分かった。しかし、貴様の目論見は頓挫した。つまりだ。貴様は確実性の低い賭けにでて納税者の汗の結晶を簡単にぶっ壊しただけで、何の成果も出せずに終わったんだ。国民が納めた1000万円はまったくの無駄になったというわけだな」

「……結果的には、全くの無駄となってしまったことは事実です。ですが」

「結果が出なければ意味がない。そもそも、貴様自身がその選択を分の悪い賭けだと自覚していなかったのか?貴様は成功率を何割と見積もっていた?」

 武に詰問されたシンは覇気を失った声音で答える。

「煙幕のタイミングが最良の場合でも3割、実際には1割ほどの成功率と推測していました」

「貴様は軍人よりもギャンブラーの適正があるようだな。1000万円を散在したかったら軍の備品に手をつけないで私財を大西洋連邦のラスベガスで散在して身包み剥がされてこい。そうすれば貴様がドブに捨てた1000万円の価値が身に染みて分かるようになるだろう」

 武はシンの傍に歩み寄り、更に続けた。

「軍隊は金食い虫だ。それ故に、費用対効果を重視しなければならない。例えば、10億円のMSを調達した場合、1億円のMS10機撃墜しないと元は取れないというわけだ。

……それと、訓練校の備品を喪失した罰は卒業までの間しっかりと受けてもらうからな。後で三科教官に処分の仔細を尋ねるように」

 

 歴戦の勇士である武の発している並大抵ではない威圧感(プレッシャー)に普段は勝気なシンも完全に圧されていた。更に、シンを一瞥した武の視線と威圧感(プレッシャー)はシンの隣で起立するタリサに向けられる。

「マナンダル訓練生、貴様も同罪だ。あそこで貴様は飛鳥訓練生の無謀な賭けに迷わずにとびついたからな。貴様は勝機はあると思ってたのか?」

「勝機は僅かながら存在すると思っていました。このまま交戦を続けたところで勝機は一割どころか、一分もないと小官は判断し、それならば僅かでも勝機がある方に賭けるべきだと考えた次第です」

「……俺も舐められたものだな。まさか訓練生に勝機があるなんて思われているとは」

武はわざとらしく溜息をつく。

「噴射ユニットの特攻で意表を突き、煙幕で視界を潰して勝負を賭けるという発想は悪くはない。ナイフと盾で俺を相手に近接戦闘をこなしつつ、絶妙なタイミングでアンチビーム爆雷ディスチャージャーを起動したマナンダル訓練生の技量も、視界を奪われた俺に対する奇襲のタイミング、そして奇襲を防がれて体勢を崩しながらも噴射ユニットを正確に俺に当てた飛鳥訓練生の技量も見事なものだったことは認めよう。だが……貴様等は浅はかだ!!」

 武は声を張り上げる。

「敵の視界を阻めている煙幕に突っ込んで近接戦闘をする阿呆がいるか!!しかもビームサーベルであれば煙幕で覆われた視界でも刃の発する光で接近を探知することが可能だ!!煙幕に覆われて周囲の情報を把握できない敵を包囲して集中砲火する方がよっぽど確実に敵機に損傷を与えられることが分からないのか!!……不動訓練生!!貴様ならこの作戦を成功させるためにどのように手を加える!!」

 突如回答を求められた不動は一瞬うろたえるが、直ぐに頭を回転させて自分なりの答えを導き出した。

「……まず最初にM1に部隊の半数以上を当てるように指示します。そしてマナンダル訓練生と飛鳥訓練生が敵機と交戦している間に周囲を包囲し、アンチビーム爆雷ディスチャージャーを2機に敵機と至近距離で起動させます。煙幕の展開と同時に2機のどちらかが噴射ユニットを特攻させ、敵機を強引に吹き飛ばさせます。衝撃で吹き飛ばされた敵機の予測針路を割り出し、煙幕から敵機が抜け出したタイミングで集中砲火を浴びせ、損傷を与えることを選んだでしょう」

「正解かどうかは実戦でなければ分からないが、少なくとも噴射ユニットの喪失に対し、仮想敵(アグレッサー)の撃破判定という成果をあげられた可能性はあるな。だが、もしも噴射ユニットの特攻が空振りしたらどうするつもりだった?まさか絶対に特攻が成功する前提で先のプランを述べたわけではないだろう」

「噴射ユニット特攻に失敗した場合、敵機は確実に至近距離にいる飛鳥、マナンダル両機と近接戦闘に入るか、煙幕から即座に脱出してこちらの弾幕をすり抜けるという選択肢しかありません。前者の場合、噴射ユニットを半分失い機体のバランスを崩している状態ではこちらの2機は撃墜は必至です。そのため、周囲を包囲する部隊は味方ごと敵機を攻撃します。撃墜は必至であり、その犠牲を無駄にしないことが最善の行動だからです。後者の場合は、敵機の行動と同時に熱源センサーを頼りに敵機に弾幕を叩きつけます。敵機が煙幕にいる内であれば、敵機の回避率は下がります」

「作戦の一部が失敗した時点で即座に犠牲を覚悟で手をうつか……確かに無駄死にを減らせる策ではある。だが、覚えておけ。机上や演習で試すのは簡単だが、実際には命を費用対効果で取捨選択するには相応の覚悟がいるぞ」

 

 武は鳳翔のブリーフィングルームに座る訓練生を鷹のような鋭い眼光で見渡した。

「……何れ戦場にでれば幾多の生命を躊躇なく奪うこととなる貴様等に教えるのも何だが、生命というものはとてもすばらしいものだ。故に、生命を捨てて何かを成すという行為は尊い行いであると私は考えている」

「『だが、それは誰でも一生に一度しかできないことだ。ここぞというタイミングを見極めることが大切だろう。どうせ死ぬなら一つの生命をより多くのメリットに昇華させるべきだ。その最大効率のタイミングを死ぬには、物事を広く捉える視野が必要だ』」

 武が続けた言葉はかつて己の死を最大の効率で利用した敬愛する上官の言葉だ。

「指揮官である以上、部下や己の命を犠牲にする作戦を実行せざるを得ない時がくる可能性は否定できない。だが、その時は絶対にその命を最大限に利用しろ。それが生命を使うという行為に対する、最低限の礼儀だと心得ておけ」

 訓練生達は、死闘を潜り抜けた歴戦の戦士の持つ異常なほどの重みを持つ言葉を神妙な態度で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

C.E.79 3月20日 L4 伏見 大日本帝国宇宙軍航宙学校

 

 卒業前戦闘技術特別審査演習からおよそ一ヶ月が経過した。シンとタリサは演習の帰還後、噴射ユニットを喪失した罰として平日には他の訓練生の2割り増しの訓練を受け、休日を全て資源衛星での資源採掘作業に当てられていた。パワードスーツを使った資源採掘作業は俗に3Kと呼ばれる作業であり、彼らは卒業までの一ヶ月で心身ともにやつれていった。

 だが、それも今日までのことだ。今の二人の表情は連日の激務から来る過労を感じさせないほどに凛々しかった。そう、今日をもって彼らは航宙学校を卒業するのである。

 因みに、彼らへの罰則がこの程度で済んでいたのは、実は武からの口添えがあったからだ。本来であればこの程度の懲罰では済まず、任官後も数年は減俸処分の上に出世コースからは完全に外されるはずであったが、武は彼らの実力を惜しんだ。

 至近距離で密着している僚機に誤射することを恐れずに精確な援護射撃のできるシンと、武を相手に近接戦闘で立ち回ったタリサの技量は彼の目をして逸材と判断するのに申し分なかった。

 だが、無茶で思慮に欠ける部分があることも否めない。そのため彼らの配属先は武の口添えで決定されていた。彼らの短所を矯正し、長所を伸ばせる環境を武は提供したのである。配属先を彼らが知らされるのは卒業式の翌日の早朝なので、彼らは未だ真実を知らないのだが。

 

 

 

 

「――以上をもって、第54期大日本帝国宇宙軍航宙学校卒業式を終了する」

 コロニーの一角にある講堂で、校長が高らかに若武者達の門出を告げ、壇上から退出する。厳粛な卒業式が終了すると同時に、今期の首席卒業生として出席者の最前列に座っていた不動が回れ右をして卒業生達に振り返った。卒業生達に向き直った彼の左手の中では、先ほど校長から手渡された恩賜の銀時計が鈍い輝きを放っていた。

 この銀時計は毎年航宙学校を優秀な成績を卒業した数名の生徒に下賜されるもので、今年は不動とタリサ、シンがその対象となるはずであった。しかし、シンとタリサが卒業前戦闘技術特別審査演習で罰則を受けてしまったために、54期の卒業生の中で恩賜の銀時計を下賜されたのは不動だけとなってしまったのである。

 

「第54期学生隊……解散!!」

 不動の猛々しい号令と共に、卒業生達は一斉に制帽を宙に高く放りなげる。数百の制帽が宙に舞う中、制帽を放り投げた卒業生達は我先にと講堂の出口に向けて駆け出していった。

 

 

 学び舎を逞しく巣立っていった彼らはまだ知らない。明日発表される配属先次第では、そう遠くない未来に自分達が一人前の兵士として前線に立つことを。そして、数年後には同期の内、4割が2度と還らぬものとなることを。




不知火弐型の出番とか、アスランの出番とかはもう少し先になる予定です。


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PHASE-? うたかたの空夢 1

タイトルで察して下さい。


C.E.79 3月21日 未明 L4 伏見 大日本帝国宇宙軍航宙学校

 

 教官室のデスクで三科が眠気覚ましのコーヒーを片手にキーボードを叩いていた。彼が見つめるコンピューターの画面には日々記録が義務付けられている教官日誌が表示されていた。

 

 

 

――教官日誌第1491――

 

 本日、第54期の学生達が卒業した。明日は配属先の発表である。つい先ほど人事部から通達された配属先の一覧を見たが、やはり今年も最精鋭部隊への入隊は存在しなかった。だが、『蒼龍』の航空隊への配属が決まった不動を筆頭に、多くの卒業生は精強な前線の部隊への配属が決定している。

 今年の卒業生が粒ぞろいなのは私も認めるが、それでも後方に配属される卒業生がこれほど少ないことは例がない。おそらく、軍事的緊張が高まりつつある昨今の国際情勢を考慮しての人事なのだろう。

 願わくば、一人でも多くの卒業生にこの航宙学校で学んだことを生かして帝国軍人の本分を果たしてほしい。彼らの武運長久を祈る。

 

 

 

 

 

 起床ラッパが響き渡る数分前に飛鳥シンはベッドから身を起こす。どうやら未だ起床ラッパが鳴る前の時間らしく、学生寮には早朝の慌しさはない。ふと、枕の脇に視線を向けると、航宙学校入学祝いに妹からプレゼントされた腕時計の針が0600を指していた。

「……いい目覚めだな」

 そう呟くと、シンは大きく伸びをした。寝起きと思えないほどに身体の動きがいい。

 昨日で彼は航宙学校の学生を卒業した。そう、今日からの彼はヒヨッコといえども帝国軍人となるのだ。

 

 起床ラッパが鳴り響くと同時にシンは他の同級生よりもワンテンポ早くベッドから降りて、すぐにベッドメイクを始める。そしてベッドメイクが終了すると素早く寝巻きを脱ぎ、昨日受領した宇宙軍の軍服に袖を通して身だしなみも整える。その一連の動きのは無駄がなく、我ながら余裕のある振る舞いだと内心で自賛する。

 帝国軍人たるもの、常に余裕を持って優雅たれ。と弟子の神父さんに刺殺された顎鬚のダンディーなおっさんも言っていた気がする。

 

 脱いだ寝巻きを素早くたたみ、軍服と同じく昨日受領した背嚢に収納してシンはベッドに振り返った。

 忘れ物はないことを確認した。皇軍少年学校を卒業して宇宙軍航宙学校に入ってはや4年、4年の間世話になったこの部屋に帰ってくることはもうないだろう。シンは僅かな寂しさを感じながら自身の部屋を後にした。

 

 

 茄子のおしんこに鮭の切り身、茶碗一杯の白米に豆腐と葱の味噌汁という古きよき日本を思わせる朝食をたいらげると、シンたち卒業生一向は背嚢を背負って特別教室に向かった。ここで彼らは自分達の配属先を告げられ、その日の内に配属先に向かって旅立つのである。まず、三科教官は今年の首席である不動の配属先を告げた。

「不動猛少尉は、宇宙艦隊第三艦隊第三航宙戦隊所属、『蒼龍』に配属となります」

 首席で卒業した不動は精鋭として名高い『蒼龍』の航空部隊に配属されることが決まった。首席は例年卒業生の中で最も配属先が優遇されるので、彼ですら『銀の銃弾(シルバーブレット)』大隊や『白き牙(ホワイトファング)』大隊、『安土守備連隊』といったその勇名を轟かす部隊に配属されなかった以上、残りの卒業生にはこれらの精鋭部隊の配属は望めないことがこの時点で確定した。

 次々と同期の配属先が告げられる中でついにシンの番が来る。シンは思わず唾を飲み込み、緊張した表情で三科の言葉に耳を傾けた。

 

「飛鳥シン少尉は、宇宙軍火星方面軍、マリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課への配属となります」

 

 その瞬間、シンは頭が真っ白になった。火星といえば、宇宙軍の縄張りの中でも、地球から遠くはなれた宇宙開発の最前線である。

「きょ、教官!!自分が、火星ですか!?嘘だといって下さい!!」

シンは顔を蒼くして三科に詰め寄る。だが、三科は全く取り合おうともしない。

「決まったことです。軍人なら命令を受け入れて下さい」

 そんなことはできない。火星になんて単身赴任したら年に数回しか愛しきマイスイートエンジェル飛鳥マユに会えなくなってしまうではないか。休みの度に会いに行こうと思っていたのに。高校の運動会にも学園祭にも行ってあげる予定だったのに!!

「教官、実は小官は『火星に配属されてしまうと死んでしまう病』で」

「次、タリサ・マナンダル少尉は、同じく宇宙軍火星方面軍、マリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課への配属となります」

「最後まで聞いてくださぁぁい!!」

 シンは涙目になりながら三科に縋りつくが、三科は彼を冷たくあしらった。

「軍人とはそういうものです。不満があるなら貴官が火星に配属される原因をつくっているマーシャンどもにぶつけてくる事ですね」

 だめだ、もう駄目だ。すまない、マユ。お兄ちゃんは天国のお父さんの分までお前の成長を見届けたかったけど、それはマーシャンに阻まれてしまったみたいだ。シンは絶望の余りその場に突っ伏した。

 

 

 

 

「マーシャンが悪いんだ……マーシャンが裏切るからぁ!!」

「狭い機体の中で突然大声だすんじゃねぇよ馬鹿野郎!!そもそもマーシャンがいつ裏切った!?まだ情勢がきな臭いってだけだろうが!!」

 突如二人乗りの窮屈な機体のコックピットで大声を張り上げたシンをタリサは拳で黙らせる。

 

 結局配属先の発表後もごね続けたシンだったが、タリサに無理やり引きづられて火星行きのシャトルのある伏見の発着場に連れられていた。だが、タリサが火星行きのシャトルを捜しても全く見当たらない。そこで作業員の人に聞いて自分達の乗る便へと案内してもらったのだが、そこにあった機体はシャトルというには程遠い機体だった。

「プラズマ百式といって、次世代航法のテスト機なんです。並のコーディネーターでもGで気絶しちゃうっていう欠陥機なんですけどね~」

 格納庫に佇む銀一色のスマートな流線型の機体を紹介してくれたのは中島と名乗った小太りの男性だった。あっけらかんとした態度と無茶苦茶な説明にタリサが苛立ちを隠せなくなった。

「気絶したら操縦できないだろ!!」

 タリサの指摘はご尤もである。そもそも、中島さん。あんたも欠陥機って認めてたろ。何で俺達を乗せるんだよ。人命を尊重してくれよ。

「大丈夫ですよ。操縦は人工知能のPALさんがやってくれますから。それに、この機体以外では間に合いませんよ?」

「どういうことだよ?」

「貴方達は明日までに配属先に着任しなければなりません。ですが、明日までに火星に行くとなると、この機体以外には物理的に無理なんですよ」

 ……あらかじめ渡航の予定と着任までの猶予ぐらい配慮してくれていてもいいと思う。これは軍の怠慢に違いない。

 

「飛鳥少尉、まなんだる少尉、モウスグ発進シマス。会話ハソノ辺デ……ぷらずま百式、しすてむ起動。全しすてむおーるぐりーん」

 プラズマ百式に搭載された人工知能のPALがプラズマ百式の機関であるゼロドライブを起動させる。中島技師の説明では、このゼロドライブとは秒速30万キロという光をも超越した速度で航行する実験段階の航法らしい。

 肉体にかかる負荷も凄まじく、唯一この機体を乗りこなすことができたパイロットも未知の光の中に消えたという曰くつきの機体だそうだ。どうして出発前にこういう前途が不安になる説明ばっかり聞かされたのかは未だに理解不能だ。

 

「ぷらずま百式、発進シマス」

 凄まじいGを搭乗者に与えながらプラズマ百式は伏見の港湾部を飛び出した。だが、まだプラズマ百式はゼロドライブ航法に入っていはいない。本番はここからだ。だが、ナチュラルであるタリサには堪えるのか、彼女はこの時点で顔を苦痛で歪めている。かくいう自分もあまり余裕はないのだが。

「ぜろどらいぶ、始動」

 その瞬間、身体中に凄まじい圧力が圧し掛かった。意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって耐える。視界は次第にブラックアウトしていった。

 

 どれだけの時間が経過したのかわからない。数十分か、はたまた数秒か。ブラックアウトしていた視界が回復したのか、網膜に光が差し込んでくることに気がついたので、周囲を見渡して見た。

「これが、光……」

 一面が光に覆われた世界。それが光速を超えた世界なのか――その美しさはこの世のものとは思えないほどだった。次第に光は薄れ、視界に漆黒の宇宙が戻ってきたが、俺の心は先ほどの光に未だ囚われていたみたいだ。

「マユ、俺も光が欲しいぜ……」

「おいシン!!しっかりしろ!!」

 タリサに叩かれて正気に戻った気がする。前方に視線を移すと、そこには赤銅色の大地に覆われた戦神の星、火星が視えていた。目の前に迫る紅い大地にタリサは圧倒されているようだ。

「本当にあっという間だな……あの技官のおっさんの言ってた通りだ」

「まなんだる少尉、アマリ身体ヲノリダサナイデクダサイ。ぷらずま百式、まりねりす基地カラノ着陸誘導ニ従ッテ着陸体勢ニ入リマス」

 プラズマ百式は着陸体勢に入り、マリネリス基地のあるドームの直ぐ近くにある渓谷のトンネルに進入する。そして先ほどの急加速で見せた凄まじさを忘れさせるほど見事な着陸を決めた。

 

 

 マリネリス基地に着任したタリサと俺はまず、基地司令の下に挨拶に向かった。基地司令は温厚そうな印象を受ける男性だった。どこかで見た気がするのだが、ど忘れして出てこない。

「本日付けでマリネリス基地に着任しました、飛鳥シン少尉であります」

「同じく、タリサ・マナンダル少尉であります」

「元気のいい若者だな……私がマリネリス基地司令の奈原だ。貴官の着任を心から歓迎する」

 絶対どこかで見ているのだが、どうして思い出せないのだろうか?

「君達が配属される大日本帝国宇宙軍火星方面軍、マリネリス基地守備隊第12大隊は火星圏の超エリート集団だ。君達の活躍を期待しているよ」

 超エリート集団か……奈原司令の激励に心が躍る。実際、愛らしい妹をほっぽらかして単身赴任する以上は華々しいエリート部隊にでもいなければマユに顔向けできないのも事実だけど。

 司令官への挨拶を終えた後は、ついに部隊への挨拶だ。司令官付きの副官である北条正義曹長に案内されて特殊兵士課のある別棟のドームに向かう。

 

 

 

「なぁ、タリサ」

「どうした?シン」

「ここが特殊兵士課であってるよな?」

「ああ、アタシの目にもこの掲示は見えてるよ」

 

『これより先、特殊兵士課』

『DANGER』

『危険』

 

 ……トンネルを抜けると、まず目に入ったのは多数の注意を促す掲示だった。床、壁、天井のいたるところに張られたステッカーからこの場所の異質さが伝わってくる。

 

「こちらが特殊兵士課になります。では、これで」

「ちょっ、ちょっと待ってください!!」

 逃げるように立ち去ろうとした北条正義曹長を呼び止める。

「これは何ですか!?なんか危険な感じがヒシヒシと伝わってきますよ!!」

「まぁ、危険物も扱っていますから。注意を勧告しても不思議ではないと思いますよ?」

 危険物……弾薬庫でも近くにあるのだろうか?北条軍曹の挙動に不審さを感じたために周りを見渡して見るが、火気厳禁のポスターやハザードマーク等は見当たらない。だが、廊下の突き当たりに目を移すと、そこをセーラー服を着た中年の男性が歩いていた。

 

「「ちょっと待て!!」」

 身を屈めてその場から立ち去ろうとしていた北条軍曹の首根っこをタリサと同時に押さえる。軍曹はあからさまに視線を逸らしていた。

「何でしょうか?本官にはまだ仕事がありまして……」

「おい!!さっきのオッサンは何なんだよ!!明らかにオカシイだろ!!」

 問い詰めるが、北条は決して視線を合わせようとはせず、抑揚のないロボットのような口調で答えている。これは絶対に何かあるに違いない。

「さぁ……何のこと」

『ソイヤ!!ソイヤ!!ソイヤ!!ソイヤ!!』

 その時、再び廊下の突き当たりを神輿を担いだ集団が威勢のいい掛け声を上げながら通過していった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 俺達を再び何とも言いがたい沈黙が包む。けど、俺は意を決して再度軍曹に声をかけた。

「軍曹……今そこに神輿を担いだ集団がいたよな?」

 軍曹は目を逸らして沈黙を続ける。どうやら黙秘権を行使するらしい。

「おい……まさかアタシたちをあんな変態共の巣窟に配属するなんて言わねぇよな?」

 タリサが腰からククリナイフを取り出して軍曹の首筋にあててメンチを切る。流石グルカ兵、凄みがある。軍曹は恐怖から冷や汗を流し、元々のいかつい顔に加えて顔から出るもの全て出ているので物凄い顔になっている。

 

「じ、実はここは……」

 北条軍曹が物凄い顔で真実を告げようとしたその瞬間、誰もいないはずの廊下に見知らぬ男の声が響いた。

「やんちゃはそこまでにしたまえ、新人」

シンとタリサは反射的に声のした方向に振り向く。

 

「まったく……最近の若者は血の気が多いな」

 靴音をリノリウムの廊下に響かせながら声の主が歩み寄ってくる。

「すぐに頭に血が昇って刃物を振り回すようではいけないな。軍人たるもの、忍耐力も身に着けなければならないぞ」

 その眼光は歴戦の兵を思わせるほど鋭く、足運びからも只者ではないことが分かる。

「帝国軍人たるものは常に冷静沈着でなければならない。余裕をもって優雅たれと顎鬚のうっかりさんも言っていたではないか」

 そこにいたのは、全く無駄のない筋肉質でバランスの取れた体型の――――競技用のタイトなブリーフ型水着、通称ブーメランパンツ一丁の変態だった。

 

 

「へ……へん…………」

 タリサが口をパクパクさせて何か言おうとしている。けど、目の前の変態のインパクトが大きすぎて言葉にできないみたいだ。

 

「自己紹介をしよう。私は大日本帝国宇宙軍火星方面隊、マリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課実働部隊副隊長の、汚野たけし大佐だ。君達の着任を歓迎する……これが私の名刺だ」

 汚野と名乗った変態はパンツの中から取り出した名刺を茫然とする俺たちに差し出した。

 

「変態だ~~!!!!」

 タリサの魂の叫びがマリネリス基地に響き渡った。



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PHASE-? うたかたの空夢 2

何か普段よりもすごい反響がよくて、感想欄に多数の書き込みが……

ダイナミックでダイナマイトで大好きなウルトラを知っている同志ならば察してくれていると思うのですが……そういうことなんですよ。けど、これだけ好評だと正直そのことを書き辛い……どうしよう。


「何て格好をしてるんですか!!ここは軍の施設でしょう!!憲兵隊に突き出しますよ!!」

 目の前にブーメランパンツ一丁の変態がいたら普通は『キャー!!』などと甲高い悲鳴をあげているはずだが、目の前の女性は悲鳴などあげることなく怒鳴り散らしている。やはり、彼女には女らしさが欠片も残っていないのだろうか。

 目の前の状況に対してこんなズレた感想を抱いていたあたり、俺はどうやら現実逃避に走っていたらしい。だが、次第に俺も正気に戻ってきたみたいだ。現状を冷静に分析できるようになっていた。

 

 

――――先ほど特殊兵士課の持ち場近くで目撃した変態たち

――――現れる気配もない憲兵

――――目の前にいるブーメランパンツ一丁の変態

――――特殊兵士課のものと名乗った目の前の変態

――――俺達は特殊兵士課に配属された

 

 …………どうやら俺とタリサは変態の巣窟に配属されたらしい。しかも、いつの間にか北条軍曹は逃亡してこの場にはいない。あの野郎、今度あったらただではすまさん。

 

 

「おっと……うっかりしていた!私としたことがレディーの前で!」

 俺は思わず息を撫で下ろした。その格好が趣味なのかどうなのかは知らないが、どうやら人前での最低限のマナーは心得ているみたいだ。女らしさの欠片のないタリサでも一応はレディーとして扱って配慮をしてくれ…………

「ネクタイが曲がってたか!」

「「違う!!」」

 ネクタイよりも服を着るほうが先だ!!けど、大佐はパンツ一枚でいることを気にしている様子を全く見せない。あの人は筋金入りの変態なのかもしれない。

 

「あんた、服はどうしたんだ、服は!?何故海パン一枚」

「海パンキック!!」

「グフゥ!?」

 俺が言い切る前に大佐のキックが飛んできた。大きなモーションも無く繰り出された蹴りに反応することはできず、腹部を蹴りとばされた俺は壁に叩きつけられた。

「飛鳥少尉、上官に対する言葉遣いというものを弁えたまえ。ここは『軍隊』という組織だ。上官の命令がどんなに理不尽だろうと国のためであれば従わなければならない。故に、『軍隊』では何よりも規律が重視されている。目に余る場合には鉄拳制裁もありうるからな、以後気をつけたまえ」

 ……あんたの服装は規律以前に公序良俗を乱しているだろうがと言いたいが、ここで口答えしたらまたさっきの強烈な蹴りを喰らいかねないだろう。

「先ほどは失礼しました、大佐殿」

「よろしい。……さて、君たちの抱いた質問に対して答えようか。何故私がパンツ一枚しか着ていないのかという質問でよかったかね?」

「そうであります!!」

 頼むからまともな理由があってほしい。じゃないと、正直この部隊に耐えられそうもない。

「まず、動きが機敏になる!人間以外の動物は全て裸だ!これが自然の姿だ!」

 ……確かに、軍人たるもの動きが俊敏でなければならないことは事実だ。だが、特殊兵士課は歩兵ではないし、そこまで俊敏さを要求されないはずだ。まぁ、何処の部隊であろうと軍人であれば俊敏なことに越したことは無いのだが。

「次に、実を飾らぬことによって敵とも心を割って分かり合うことができる。敵の命であっても、投降を促すことで救える命があるのなら、私は救いたいと思う。これが私の信念(ポリシー)だ」

 ものすごいかっこいいことを言っていると思うのだが、どこかズレていないだろうか?

 その時、軽快な電子音がフロアーに響き渡った。反射的にポケットに手をあてるが、自身の携帯は鳴動していない。バイブレーション設定にしているから、もしも俺の携帯が鳴動していたら分かるはずだ。

 隣のタリサも首を傾げているし、タリサの携帯でもないらしい。だけど、海パン一丁の汚野大佐は携帯なんか持ち歩けるはずが……

 ……ということは、携帯をしまっているのは大佐か?しかし、大佐が携帯を持っているとすると、それは『あそこ』以外ありえない。だが、まさか『あそこ』に入っているなんて……

「私の携帯だ」

 汚野大佐は海パンに手を突っ込み、中から携帯電話を取り出した。ネクタイの柄とおそろいな派手な携帯をまさか海パンから出すなんて予想外だ。今に鳩や万国旗、茄子なんかもあそこから出てくるかもしれない。

 

「うむ……そうか。分かった」

 汚野大佐は通話を終えると携帯を後ろ手で放り投げ、回転して前方に戻ってきた携帯を海パンの中にしまった。

「既に大隊の他のメンバーもブリーフィングルームに集まって君達を待っているらしい。彼らを待たせるわけにもいかんから、すぐに移動しよう」

 

 

 汚野大佐に連れられて俺達はブリーフィングルームに辿りついた。扉の向こうにはいったいどんな変態がいるのだろうか。想像するだけで胃が痛くなりそうだ。しかし、ここで立ち止まるわけにもいかない。俺は意を決してブリーフィングルームに足を踏み入れた。

 

「よく着たな、新人。私がマリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課を率いる海野土佐ェ門准将だ」

 ……確かこの人は先ほど廊下で見た水兵(セーラー)服を着た変態親父だ。まさか頭に椰子の木のミニチュア載せたセーラー服と褌の不審者がここの責任者だとは思わなかった。

「宇宙軍屈指のエリート部隊である我々は、情報管理の関係上基本的にコードネームで呼び合うことになる。私のことはドルフィン准将と呼んでくれたまえ」

 どの辺がドルフィンなんだろうか。そんなことを考えていると、汚野大佐が補足説明してくれた。

「准将は元々海軍に所属する軍用イルカの調教師で、その後江戸切子職人、漫画家を経て軍人になった。宇宙軍に配属された現在でも調教師時代に育成した予知能力を持つイルカを連れまわしている。また、海軍時代に潜水艦徽章(ドルフィンマーク)も手に入れていて火星にも愛用の可潜艦を持参して赴任したそうだ。それ故にドルフィン准将と呼ばれているのだ。因みに、私のコードネームは海パン大佐だ」

 海の無い火星に可潜艦持ってきてどうするつもりなのだろうか。経歴も意味不明だ。そして大佐、あんたのコードネームはそれ以外に思いつかねぇよ。言われるまでもない。

 

 ドルフィン准将の自己紹介が終わると、次に隣の髭面の男性が自己紹介をする。

「私は呂井牟巣単愚(ろいむすたんぐ)大佐だ。ムスタング大佐と呼んでくれ」

 ……コードネームにする必要を感じない。本名をコードネームに使ってしまったらコードネームを使う必要がないと思うのだが。

「ムスタング大佐は7年前にイシュヴァール殲滅戦にも従軍し、イシュヴァールの英雄(ひでお)とも称された高名な軍人でもあるのだ」

 また海パン大佐が補足説明をしてくれた。しかし、イシュヴァールの英雄(ひでお)ってなんなんだ。英雄(えいゆう)ではないのか。指ぱっちんで焔を出して、雨の日には役立たずの焔の錬金術師ではないのか。雨の日は役立たずでもその方がよっぽど心強い。

 

 自己紹介はまだまだ続く。

「私はマリネリス基地守備隊第12大隊特殊兵士課戦車隊を率いる狩生州乙人少佐だ。コードネームは愛車からとってタイガー少佐となっている」

「タイガー少佐の妹は日本最古にして最強の戦車道の流派の家元だそうだ。姪は学生時代に戦車道の全国大会に初出場校を優勝に導くほどの鬼才だ。因みに彼の姪二人は彼の部下として配属されている。機会があれば交流を深めてみるといい。初心なところはあるが、実力も人柄も確かだ」

 海パン大佐、あんたいろんなことよく知っているな。副隊長は伊達ではないってことか。

 

「マナンダル少尉、飛鳥少尉。私は聖羅無々少佐です。コードネームは月光少佐です、よろしく」

「「よ、よろしくお願いします」」

 次は、見た目も行動も常識的なブルーシャドーが特徴のおっさんだった。コードネームは若干厨二臭いが、これまでの変態的なメンバーの後に常識的な人間が出てきたため、俺はギャップで少し慌ててしまっていた。

「そしてもう一人……」

 月光少佐に促されて彼の隣にいた眼鏡に髭の男性が前に出た。

「私の相棒、聖羅美茄子大尉。コードネームは美茄子大尉です」

「美茄子大尉です、よろしく」

 この課にも普通の人間がいるみたいだ。てっきりまだまだ変態がゴロゴロしていると思って身構えていたが、逆の形で意表を突かれてしまった。できれば他の人物もこの人たちみたいにまともな人であって欲し……

「戦争を!根絶するために!!世界を!変革するために!!ここに参上!!」

 ……突如隣の部屋から凄まじい変態が飛び込んできた。ちょんまげ、前のはだけた上着、マント、ミニスカート、ルーズソックス、下駄、濃い体毛……弁解の余地のない変態だ。何者だあんた。そう思っていたら、海パン大佐が補足説明を冷静にしてくれた。

「彼は伝嬢雨亭裸大尉だ。コードネームは革命大尉。中学時代は全体主義(ファシズム)、高校時代は共産主義、大学時代はイスラム原理主義に染まっていた自称筋金入りの革命家だ。現在は武力による紛争根絶論を信奉しているらしい」

 こんな危ない思想を持つ輩を採用するなよ。

「そして今回拙者にはパートナーがついている!!」

 変態親父は俺達のショックなど気にも留めずに恐ろしいことをほざく。こんな危ない輩にパートナーなんて止めてくれ。頭痛が倍以上になりそうだ。

「宇宙軍火星方面軍の核弾頭ミサイルと呼ばれる!〆宮庵水大尉だ!!」

「よろしくね♥」

 ……伝嬢大尉と同様の格好に眼鏡、王冠を被った褐色肌の変態親父がそこにいた。正直、もう帰りたい。マユ、お兄ちゃんはもう限界かもしれない。

「武力による紛争根絶!!それこそが革命!!革命大尉がそれを成す!!拙者と共に!そうだ、拙者が!拙者達が革命大尉だ!!」

 二人で何か物騒なことを高らかに宣言しているが、いいのだろうか。明らかに軍人として拙いだろう。大佐、あんたさっき俺に帝国軍人たるもの常に余裕を持って優雅たれって言ってなかったか?

 

 

「飛鳥少尉、マナンダル少尉、何を草臥れている。まだ課の半分ほどしか紹介していないぞ」

 なんかもう色々とあって草臥れている俺達にはお構いなく、海パン大佐は次のメンバーを前に連れてきた。というか、まだ半分しか紹介していないのか!?……って、うん?足元にはしご車のミニチュア?はしごが伸びてきて俺とタリサに名刺を差し出している。

「ラジ野……コン太郎?」

 小学生を対象にした漫画の主人公みたいな名前だ。今までの流れから推測すると、このはしご車のラジコンを操縦しているのが……

「空からは航空軍団!地上からは戦車軍団!海からは海洋軍団!その軍団を統括するのがこの私!僕はラジ野コン太郎曹長――コードネームラジコン曹長だ!!」

 首からいくつものコントローラーをぶら下げたTシャツにキャップ、出っ歯が特徴のいい年した大人が多数のラジコンを引き連れて前に出る。芸が細かいのは認めるが、いい年してあの格好ははずかしくないのだろうか?

「あの……曹長はおいくつですか?」

 階級が下のはずなのに何故かタリサは敬語を使って子供っぽい大人に問いかけた。

「大きなお世話だ!!僕がいくつだろうとお前には関係ない!!」

 タリサに齢もことを尋ねられたラジコン曹長は逆上している。ホントに子供っぽいな……

「曹長、一人称『僕』ってのは止めた方が……正直、子供っぽいですよ」

 俺も何故か敬語で曹長に話しかけている。何でなんだろうか?

「う……五月蠅い!!僕は僕だろ!!僕だから僕なのだ!!子供の頃から僕と言ってるんだから僕だ『女の子からのファンレターの文章は半分くらい自分の事が書いてあるキック!!』グフォ!?」

 ラジコン曹長は突然側面から突っ込んできた白いおっさんのトウシューズに吹き飛ばされた。見事な蹴りでラジコン曹長の出っ歯をへし折った謎の生物は見事な回転を決めて着地した。

「私が!!麻生瑠璃華少佐よ!!」

 目の前でフェッテ・アン・トゥールナンを決めたのは、バレリーナの格好をしたトドのような髭親父だった。おちゃめのつもりなのだろうか、ビール腹には白塗りにして絵をかいてある。

「ラジコン軍曹、軍隊組織において上官に向けてそんな口調で接することはご法度よ~。以後、気をつけなさ~い」

 もう、この課にまともな人物を期待することは止めようと思う。

「私のコードネームは美少女少佐!!だけど、できれば瑠璃リンってよんでねぇ~」

「麻生少佐は少女漫画家志望でな、これまでに漫画雑誌の投稿でCクラスまで入ったことがあるらしい。因みにバレエの腕前も相当なもので、男子バレエ団を率いた東京オヘラ座での公演では女子チームを差し置いて最高の評価を勝ち取ったこともある。」

 相変わらずどうでもいい情報をありがとうございます、海パン大佐。

 

「次は……うん?タイガー少佐、ミレニアム少尉はどこだ?」

 どうやら次のメンバーは不在なのだろうか?あたりを見回した海パン大佐はタイガー少佐に声をかけている。

「大佐、ミレニアム少尉は1000年に一度しか出てこないという設定です。魅力的な美人がいなければ設定を無視して出てくることはないでしょう」

 なんだそいつは。1000年に一度しか活躍しないってどういうことだ。……まぁ、いないならそれでもいいか。頭痛の種になる変態は少ないほうがいい。

 

「では……お祭り軍曹!!前へ!!」

 海パン大佐の呼びかけに答えて、部屋の隅に待機していた神輿を担いだ集団が動き出した。

『ソイヤ!ソイヤ!ソイヤ!』

 威勢のいい掛け声を上げながら近寄る集団。日本の祭りにいたら違和感はないだろう。何故ここにいるのかは謎だが。

「私が!!高瀬祭太郎軍曹であります!!」

 神輿の担ぎ棒に乗っている男が敬礼する。……神輿って確か、神様が鎮座するものを意味するって座学で習ったぞ。その上に人が乗ることに対して思うところはないのだろうか?それとも、オーブ人であるから俺がこういう風習に疎いのだろうか?

「神輿の担ぎ手は皆宇宙軍特殊部隊であるM機関のメンバーだ。また、彼らは普段神輿といっしょにマリネリス基地内の神社で待機している。今日はこの基地の創立祝ということで出てきているそうだ。彼らの部下には青少年の非行防止のために結成された少年お祭り隊がある」

 このままずっと待機していればいいのにって思った俺は悪くないと思う。

 

 そういえば、さっきからお祭り軍曹たちの隣にいた4人組だが、微動だにしていない。もしかして、あれはラジコン曹長の人形か何かか?

「海パン大佐、先ほどから気になっていたのですが、あそこの4人組は人形ですか?」

 思い切って大佐に尋ねてみる。

「いや、彼らは人形ではない。……レインボー軍曹!!」

「はっ!!」

 動いた!?さっきまで微動だにしていなかったのに。

「彼らはレインボーチームと呼ばれていてな、立番の達人だ。左から立番レインボー軍曹、立番ブラック伍長、立番フラットブラック伍長、立番ディーブラック伍長だ」

 ……レインボーと言う割には4人だし、全員黒だから地味だ。この課のメンバーの中で一番地味だと思う。

「立番ブラック伍長は硬派好き、フラットブラックはボーイズラブを好んでいる。全員の好みとしては、フライトアテンダント、インテリ女教師といったところか」

 正直、彼らの好みなんてどうでもいい。

 

 

「残りは二人だな……」

 海パン大佐の零した言葉に正直安堵を覚える。もう、あの変態は二人だけ。あと二人の自己紹介さえ耐え抜けば、とりあえず開放される……これからあんな変態と勤務する苦痛についてはひとまず置いておこう。そんなこと考えたらもう軍にいることに耐えられなくなる。

「まず、居尾車駒損ノ介(いびしゃこまぞんのすけ)中尉だ」

 目の前に出てきたのは将棋の駒の着ぐるみを着たおっさんだ。

「紹介に預かった、居尾車駒損ノ介中尉だ。私のコードネームは将棋中尉である」

 正直、何がしたいのかさっぱり分からない。後。今気がついたのだが、この特殊兵士課では変態度が高いほど階級が高い傾向にあるらしい。月光少佐や美茄子大尉、ムスタング大佐、タイガー少佐は例外か。

「中尉の被り物はただのコスプレではない。あの被り物は様々な防弾素材を組み合わせた五重構造になっており、12・7mm弾でも貫通しない防御力を備えているのだ。こと防御力で言えば、その実力は課の上位に名を連ねる」

 敏捷さを強調していた海パン大佐の時も思ったが、そんなに俺達は白兵戦をする機会が多いのか?

「そしてこちらが二盃口・吃・錯和ノ介(リャンペーコー・チー・チョンボのすけ)中尉だ。彼の被り物も将棋中尉のものと同じく、防弾になっている」

 ……将棋中尉との差異は、被り物が麻雀の中の牌になっているだけだ。そんなに防御力の高い兵士が必要なのか?

「彼は脱衣マージャンが得意でな、かつては名うての勝負師だったらしい。この課でも脱衣マージャンでは負けなしだ」

 脱衣マージャンなんて軍人の品格を問われないのだろうか。そもそも、どうして男同士で脱衣マージャンをしているのだろうか……

 

 

 マユ、もうお兄ちゃんは限界だ。

 母さん、立派な軍人になって帰るって約束は護れそうにない。

 不動、俺の分までこの国を守ってくれ。

 

――もう、俺は軍人を辞めたいと心から思った。




疲れた……特殊兵士課の面々の紹介だけで終わってしまった……


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PHASE-? うたかたの空夢 3

前作までのシリアスはどこにいったのかって?
まぁ、後1ヶ月もすれば帰って来ると思いますよ。


 もう軍人辞めたい。マユの足の手術費用の返済のために最低10年間は御礼奉公しなければならないけど、正直10年後にまともでいられる気がしない。この課には月光少佐と美茄子大尉ぐらいしかまともない人がいないじゃないか……。

 

「よし……これで課のメンバーの紹介が終わったな」

 海パン大佐の発言に心底安堵する。もうこれ以上新たな変態を紹介されることはないみたいだ。それだけでも心が休まる。しかし、このタイミングで海パン大佐は休まりかけていた俺の心と胃に爆弾を投下した。

「さて、課のメンバーを紹介したところで次は君達のコードネームを決めよう」

 ……先ほど紹介していただいた先輩改め変態のコードネームを思うと、背筋に寒気は走る。

「……せめて自分で決めさせてもらえないのですか?」

 タリサ、その気持ちはよく分かる。よくぞ言ってくれた。まぁ、正直自分で決めるのもイタいものかも知れないが、この課の変態的な法則に倣ったコードネームはもっと嫌だ。

「コードネームは基本的に、ペアを組む相棒と相談して決めるものだ。ペアの相手次第では君の方向性も変わるからな」

 なるほど。つまり、自分でコードネームの方向性ぐらいなら決めさせてもらえるということか。だが、この変態たちのセンスというのは正直恐ろしい。一番まともに見える月光少佐たちでさえ少々厨二的なネーミングセンスだ。

「ペアを組む相手については、君達の意思が考慮される。流石に二人とも同じ相手と組むことはできないが」

 ……つまり、タリサと俺のどちらかは必ず月光少佐以外の変態とチームを組まなければならないということか。

「因みに大佐。大佐なら本官がペアになった時にどんなコードネームをつけるのですか?」

 大佐に尋ねたのは単純に渾名みたいなストレートなコードネームになるという期待を抱いたからだ。海パン大佐の場合、名は体を現すという言葉を地でいっているということもある。できれば俺も名は体を現すようなストレートなコードネーム(渾名)がいい。

「君が私のペアになったらか……ふむ。ならばこんなのはどうだろうか」

 そう言うと、大佐は海パンの中に手を突っ込み、中から大佐とおそろいの柄のネクタイとフリップボードを取り出した。あんたの海パンは青狸の四次元ポケットか。だが、驚くのはまだ早かった。大佐が俺たちに見せたフリップボードを見た俺たちの顔は盛大に引き攣る。

「私と揃いのネクタイを大切なところに結んだスタイルを取ってもらおう。名づけてフルチ」

「いいです!!分かりましたから!!」

 最後まで言わなくてもコードネームの由来も俺のやることも全て分かる!!あんなの絶対に御免だ!!あんな格好した日にはマユが俺の半径10mを避けるようになってしまう!!

 

「おい……どうするよ、シン」

 コードネームはこれからの自分のこの課でのやる気を左右するとか適当な理由をつけて俺たちは海パン大佐からコードネームを考える時間を10分もらった。だが、二人ともそんな時間をもらうまでもなく、既に結論は出ていた。問題は、いかにして最良の選択肢を掴みとるかだ。

「海パン大佐は二人で同じ人のコンビにはつけないと言っていたな」

 タリサが神妙な顔で言った。

「ああ、そうだ。つまり、二人とも別々のへんた――もとい、先輩とペアを組むことになるな」

「となると、話がはやいな。アタシはもうペアになる先輩は決めてんだ」

「奇遇だな、俺もだ」

「俺(アタシ)が月光少佐と組む!!」

 俺とタリサの視線が空中で交錯して火花が散る。

「おい、タリサ。お前は美少女少佐と組めよ。バレエでもすればちったぁ色気が出てくるんじゃねぇのか?」

 俺はあくまでにこやかに、紳士的にタリサに美少女少佐とペアを組むことを薦める。だが、タリサも譲るつもりは毛頭ないようだ。

「シンには分からないだろうが、アタシはこれでもなかなか人気があるんだ。胸とくびれしか見ないような馬鹿野郎には色気がないように見えるらしいがな。シン、お前こそラジコン曹長とペアを組んだらどうだ?見た目は大人、中身は子供なコンビだから上手くやっていけそうな気がするぜ?」

 俺とタリサは互いに笑みを浮かべているが、それは犬歯を剥きだしにした威嚇に使われる笑みだ。現に、俺の目もタリサの目も笑っていない。

「考え直せってタリサ。バレエをすれば背筋もしゃきっとして絵になる美人になれるんだ。恋愛対象に犯罪臭がするやつら以外から人気があったほうがいいだろう?」

「お前もそんなモテるやつじゃないだろうが。曹長と組んで活躍でもしないと嫁さんなんて永久にもらえねぇよ」

 あくまでもにこやかに交渉を進めなければならない。ここで逆上でもしたら月光少佐たちに悪い印象を与えてしまい、コンビが組めなくなるかもしれないのだから。

 

 

 笑顔の裏に狂気を隠しながらのやり取りを静観していた海パン大佐が月光少佐に声をかける。

「ふむ……月光少佐、君はどう思う?この二人の内、君が希望する一人を配属するのだが」

 少佐の希望する一人を配属する!?そうなればタリサとの交渉は不毛だ。向こうも容易には引き下がらないだろうから。タリサに視線を送ると、彼女は俺からのアイコンタクトに静かに首を振って、月光少佐にその目を向けた。なるほど、どのような結果になろうと少佐に決定してもらったなら恨みっこなしということを言いたいのだろう。……しかし、タリサの態度がやけに堂々としたものに感じられるが、彼女は自分のどこに自信をもっているのだろうか?

 そんなことを考えていると、どうやら決断したらしい様子の月光少佐がその口を開いた。

「……そうですか。では、私の一存で決めさせていただきましょう」

 思わず緊張して唾を飲み込む。少佐の決断次第では俺は良識を捨てるか憲兵に連行されるか分からない。頼む!!オーブを護れなかったハウメア以外のご利益ある神様!!アルティメットまどか様でも聖衣を纏ったアテナ様でもベルダンディー様でもいいから俺に加護を!!

 祈りもむなしく、非情にも月光少佐はタリサに歩み寄っていく。ああっ女神さまっ!!あえて女神様を選んでお祈りしたのが拙かったのですか!?そして、絶望のどん底に墜ちた俺を尻目にタリサは歓喜の表情を浮かべている。すまない、マユ。俺は内地に帰るころにはもう君の知る良き兄ではなくなってしまっているだろう。

 しかし、タリサの肩に手をかけようとして月光少佐の腕が突然とまった。そして少佐は踵を返すと今度は俺の方に歩み寄る。これは……もしかすると!!

「飛鳥シン少尉。君を我々のコンビとして歓迎しよう」

 そして、月光少佐は俺の肩に手をおいた。どうやら、先ほどタリサに歩み寄ったのはフェイントだったらしい。

「はっ!!月光少佐の下で粉骨砕身帝国のために尽くします!!」

 先ほどの某グルメレースのようなフェイントに内心イラっとしたが、それも月光少佐のコンビに選ばれた喜びに比べれば微々たるものだ。小躍りしてしまいそうなほど俺の心は弾んでいた。

 しかし、その反面で先ほどのフェイントに騙されたタリサはこの世の終わりのような表情を浮かべていた。気の毒だとは思うし、同期として助けてやりたいとは思うが、代わってやろうとは全く思わない。すまない、タリサ。俺には帰りを待っている世界で一番可愛い妹がいるんだ。

 

「よし、飛鳥少尉。私達とコンビになった君に私からコードネームを送ろう。さて……どんなコードネームをつけようか」

 多分に気になるが、月光少佐なら海パン大佐のような憲兵のお世話になるような格好もコードネームもないだろう。

「……そうだな。うん、今日から君はマーズ少尉だ」

 マーズ?……直訳すれば火星って意味だな。マリネリス基地が火星にあるからそこから取ったのか?少々安直な気がするが、厨二なコードネームや変態的なコードネームを付けられるよりはマシだろう。贅沢は言ってはいけない。タリサよりはマシな境遇にいるのだから。

 ふと、タリサのコンビは一体誰になるのだろうかと気になって彼女の方に目線を配る。タリサの前にはタイガー少佐が立っていた。

「マナンダル少尉、君のコンビはこの私、タイガー少佐が引き受けることとなった」

「よろしくお願いします、少佐……」

 キノコでも生えてきそうなほどタリサはどんよりしている。まぁ、タイガー少佐であればそれほど問題はないとは思うが……。

 

 

 

 

『防空識別圏で多数の飛行物体を感知しました。総員、緊急出動(スクランブル)体勢に入ってください。繰り返します。防空識別圏に多数の飛行隊を感知しました。総員、緊急出動(スクランブル)体勢に入ってください』

 一瞬で周囲にいる先輩達の顔色が真剣なものに切り替わった。どんよりしているタリサも、浮かれていた俺も先輩達の変化を察して慌てて思考を切り替える。

「総員、緊急出動(スクランブル)!!月光少佐、タイガー少佐、ムスタング大佐、革命大尉はハンガーに向かうんだ!!残りは私に続け!!」

 ドルフィン准将が号令を取り、特殊兵士課の兵士達は素早く行動に移った。海パン大佐達は何に乗って出撃するのか気になったが、今はとにかく基地に迫る脅威を排除することが先だ。一刻も早くハンガーに向かわなければならない。

 どんな機体が与えられるのかという期待もあるが、初見の機体に乗って操縦に慣れる前に撃墜というのも嫌なので、できれば訓練校時代に乗っていた瑞鶴の系列機か吹雪と操縦の感覚が近いと言われている不知火弐型を宛がってほしいものだ。

 

 

 ……前言撤回する。月光少佐はまともだと言ったが、それは違った。彼らも立派な特殊兵士課の一員だった。

「これが君の機体……TSF-JC120-6、スペースダンシングMS一号機の『桜野くらら』だ!!」

 女性型のロボット……しかも全長はおよそ18mといったところか。下から見上げると、その無駄に豊満に設計された胸部と、スラスターを内蔵したスカートしか見えない。その外装と塗装は何故かセーラー服を連想させるものとなっている。現在は機体の全面が灰色なので、おそらくこの機体はフェイズシフト装甲を採用しているのだろう。しかし、はっきり言って、見た目はセーラー服を着込んだ発育のいい白人の女性だ。これでいいのか?

「スリーサイズは上から893・549・926だ。この比率には設計主任の堀井技官の凝りがあるそうだ」

 誰もこのMSのスリーサイズなんて聞いていない。そんなことよりも、重要なことを教えてもらっていない。

「このMS、武装は何があるんですか?」

 俺は疑問を恐る恐る堀井と名乗った技官に尋ねた。こんな変態度重視のMSだ。武装も安心できない。

「武装は、特注したハイパワーニードルガンとビームリボンしかない」

 ビームリボンって何だと思っていたら、堀井技官が手元の端末から画像を出して解説してくれた。

「ビームリボンっちゅうのは鞭のようにビームの形状が変化するビームサーベルだと思ってくれればええ。それに、出力を調整することでビームサーベルとしての使用もできる。ハイパワーニードルガンっちゅうのは高出力のレーザーや。これも、有効回数は5発限りや」

 ……激しく不安だ。しかも、唯一の遠距離兵装であるハイパワーニードルガンもエネルギーの関係上5発しか撃てないそうな。

 

「堀井技官、他の機体は無いんですか?操縦経験の無い機体に搭乗するのは不安でして……」

 何とかこの機体から逃げたいというのが本音なのだ。しかし、操縦経験の無い機体への不安を訴えればあちら側も考慮はしてくれるだろう。堀井技官はなにやら端末を操作して調べてくれている。

「ちょうど、隣のハンガーにパイロットがおらん機体が2機あるらしい。若干旧式やけど、戦闘には支障はないそうや。今この端末の画面に出すからどっちかを選んでくれ」

 頼む。旧式となれば撃震かジンかストライクダガーか……何でもいいからもう少しまともなMSを俺に……

「左のやつがTSF-JC53-8『丸出ダメ太郎』、見ての通り手がバル○ン星人と同じ形状やから武器は持てへん。武装は腕部内臓の75mmバルカン砲だけや。バッテリーの残量が下がるとCPUの性能も低下するっちゅう欠陥もある。そしてその隣のやつがTSF-JC57-3『度怒り炎の介』、装甲が薄くて被弾のたびに内部で火災が発生するから5式ライターという渾名が付けられとる。活動時間を超えて運用を続けると動力炉の熱で推進剤が爆発してしまうから気ぃつけなあかん。武装は日本軍の規格のやつやったら基本的に使える」

 武装が75mmバルカンだけの達磨と炎上確実のライター。正直、どちらに乗っていても命が助かるとは思えない。他に何か無いかと自棄になって周囲に目を配る。こうなったらMAでもいい。せめて、まともな機体が欲しい。

 

「マーズ少尉、緊急出動(スクランブル)だ。これ以上時間は割けんぞ」

 月光少佐が俺に出撃を促す。確かに、これ以上時間を割けば敵機の接近を許すことになりかねないのも事実だ。こうなったら、フェイズシフト装甲を装備しているので万が一の時生き残れる可能性が高い『桜野くらら』で……うん?そういえば、ハンガーの隅にあるあれ……柱だと思っていたが、スラスターが見える!!柱じゃない、あれはMSの足だ!!

 目の前の巨大な足に驚いた俺が見上げると、そこには全長60mはあろうかという超巨大なMSがあった。

「堀井さん、あれあるじゃないですか、あれ!!」

 でかくても、こいつは見た目はまともだ。この超巨大MSの方がまださっきの変態機よりはマシだと思う。だが、俺の希望は聞きなれた声によって打ち砕かれた。

「こいつはアタシの機体だとよ」

 タリサは巨大なMSの前で踏ん反り返っている。しかし、何故お前がこいつのパイロットなんだ。疑問符を浮かべていると、隣にいた堀井技官が説明をしてくれた。

「MG-005-RXマウンテンガリバー5号 へ-0001号……略してMG5」

「いや、誰も名前は聞いてません」

そんなことより、何で俺がロボ娘のパイロットでタリサが巨大MSのパイロットなのか納得できる答えが欲しい」

「こいつは火星で取れる特殊な鉱物を使って造られたスペシウム砲をもっとる。スペシウム砲は、理論上はアメノミハシラに設置されたデラック砲以上の火力があるんや」

「なら、こいつより俺の方が適任じゃないんですか?射撃や砲撃の成績なら俺の方がタリサより上ですよ?」

 ここで俺の方がこのデカブツのパイロットの適正があることをアピールして、何とかこのデカブツのパイロットの座を得たい。主に俺の命と胃壁のために。

 しかし、現実は無常だった。堀井技官はMG5を見上げながらポツリポツリと話し出す。

「実はこいつには重要な欠陥があってな……」

欠 陥機という言葉に少し警戒するが、先ほどの『丸出ダメ太郎』や『度怒り炎の介』ほどの欠陥でなければ問題はないだろう。まさか、これからタリサを乗せて出撃するという機体にあの2機ほどの深刻な欠陥はないはずだ。そう俺は思っていた。だが、次に堀井技官の口から紡がれた言葉は俺の予想の斜め上をぶっちぎった。

「コックピットが狭いねん」

「どうしてそんな……」

 コックピットブロックの装甲かコンピューターでも増設したのだろうか?と俺は予想する。

「設計ミス」

「…………」

 再び俺の予想は外れた。というか、まず設計段階で気づけよ。

「そやからパイロットは、こちらのお嬢さんくらいのちびスケでないとあきまへん」

 なるほど、ならば仕方がない。しかし、ちびスケめ……体格で得しやがって。因みにあのちびスケのコードネームはマウンテンガリバー少尉らしい。あのちびスケに巨人って渾名をつけたことは痛快だった。

 

 だが、一方の俺は結局あのロボ娘に乗るしかないのか……あまりタリサのコードネームを笑ってはいられないみたいだ。



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PHASE-? うたかたの空夢 FINAL

自己最多の18000字越え……今回は長かった。


「マーズ少尉、贅沢を言うな。現状の戦力で最善を尽くす、それが軍人の使命だ」

 月光少佐が項垂れる俺の肩を叩く。確かに、少佐の言葉は間違ってはいない。だが、それでも気になることはある。

「……参考までに聞きますが、少佐と大尉の乗機はなんなのでしょうか?」

 こんな扱いを受けているのは俺だけなのだろうか?もしかすると、少佐や大尉も同じような苦労をして……

「私と美茄子大尉の乗機は陽炎改のステルス仕様機である月虹の複座カスタム機――通称月虹一一型だ。元は偵察機としての運用を考えて製作されたテスト機でな、管制ユニットの拡大に伴って背部が通常使用機よりも大きくなってしまったために動きは悪いが、肩部および背部に銃座が設置されているために機動力を補えるほど広い射角が取れるという特徴があるのだ」

 ものすっごいまともな機体だ。いや、俺との落差はなんだよ、これ。しかも俺が卒業前戦闘技術特別審査演習で戦った月虹と比べても明らかに高性能だし。

「少佐、発言宜しいでしょうか?」

「許可しよう」

「あの、『桜野くらら』と月虹一一型では……その、スペック差が大きすぎやしないでしょうか?連携が取れるかどうか……」

「軍人は与えられた条件で最善を尽くさねばならない。少尉が挙げた問題は運用でカバーしたまえ。取らぬ足らぬは工夫が足りぬというだろう」

 いや、そんな軍備とか予算とかが末期状態の標語を持ち出されても……それにこれは運用でカバーできる範囲を超えてないか?それともなんだ?第二次世界大戦時に全盛だったっていう精神論か?

「マーズ少尉、君の乗機は『桜野くらら』でいいな?」

「はい……」

 もう諦めよう。言いたいことは山ほどあるけど、少佐の雰囲気からしてもうこれ以上我儘言うなって感じもするし。

 

 

「よし!!マーズ少尉!!出動準備だ!!」

 機体があのロボ娘というのはものすごい不満ではあるが、基地を守るためには仕方の無いことだと割り切ろう。そうと決まればすぐにコックピットに行って調整を終えなければならないな。既にタリサの駆るMG5はスキージャンプ式の滑走路から離陸しているし。

「了解!!ですが、機体の調整に5分だけ」

「待ちたまえ、マーズ少尉!出撃前にやることがある!!」

 機体の調整などに時間がかかるためにコックピットに通じるパレットに駆け足で向かおうとした俺は、月光少佐に呼び止められる。一体何をするのだろうか?ブリーフィングは別に機体に乗り込んでからでもできるだろう。緊急発進(スクランブル)がかかっている以上、まず第一に戦力の展開が優先されるはずだ。

 もしかすると、発進ゲートが発進待ちの機体で混み合っていることを予測して、今の内にブリーフィングを終えようということなのか?美茄子大尉が取り出したトランクからスピーカーと布を出しているところから察するに、ここに即席のスクリーンでも作って一時的なブリーフィングルームでも設営するつもりなのだろうか?

 しかし、俺の予想は完全に外れていた。月光少佐は懐から月を象った飾りのついたスティックを取り出して天に掲げたのだ。そして俺にはあのスティックに見覚えがあった。あれは確か、マユがオーブにいたころに嵌っていた魔法少女アニメに登場する変身アイテム――ムー○・スティックだ。

 ……物凄い嫌な予感がする。まさかこれは、いや、そんなことはないと信じたい!信じさせてください、少佐!!

 

「ムーンライトパワー!!」

 ムー○・スティックが点灯し、安っぽい効果音が流れる。同時に美茄子大尉がスピーカーからBGMを流す。そして軽快な回転を始めた月光少佐にむけてスポットライトを照射し、更に少佐の前に先ほど取り出したカーテンを張る。スポットライトによってカーテンには月光少佐のシルエットが浮かび上がった。

 少佐はBGMに合わせてピルエット、イタリアン・フェッテっといった技を決めていく。美少女少佐といい、月光少佐といい、いい歳したおっさんのバレエというのはあまり気持ちのいいものではない。

 

「メ~イクア~ップ!!」

 カーテン越しではあるが、そのシルエットで月光少佐が何をしているのかは理解できる。その影の動きはまさしく着替えをしている動きだった。

「まさか、中で着替えているんじゃ……」

「説明しよう!!月光少佐はコスチュームを換えることにより七つの特殊能力を発揮するのだ!!……では私も」

 まるでアニメのナレーションのような説明を終えると美茄子大尉はそのままカーテンの裏に入ってしまった。

 流石は特殊兵士課、一筋縄ではいかない。しかし、一体少佐たちはどんな格好に着替えているのだろうか?せめて、ふざけているのは変身の前置きだけであって欲しいものだ。切実にそう願う。

 そしてBGMが終わり、カーテンが取り払われた。しかし、同時にシンは絶句することになる。カーテンが取り払われたむこうにいたのはセーラー服を着込んだムキムキの変態親父達だったのである。

「月の光は私のエナジー……月よりの使者、月光少佐!!」

「同じく美茄子大尉!!」

「「只今見参!!」」

 

 俺はどうやら裏切られたみたいだ。やはり、特殊兵士課に普通の人なんていなかった。だれだよ、月光少佐がまともだって言ってたやつ……ああ、俺自身だったっけ。

 さらに月光少佐はムー○・スティックの底部からチューブほどの太さがあるワイヤーを展開して振りかぶる。

「世間を騒がす敵軍は……月に代わっておしおきよ!!」

「イテェ!?」

 そして少佐は俺にむかってワイヤーを叩きつけた。まるで鞭打ちでもされたかのような痛みが背中にはしる。

「いきなり何するんですか!?」

 俺は少佐に抗議する。一番体罰に厳しかった第二次世界大戦時ですら鞭打ちなんて体罰はなかったはずだ。一体何故俺がこんな仕打ちを受けなければならないのか。だが、少佐の返答は意味不明なものであった。

「出動の儀式だ」

「意味分かりませんよ!!それにどうしてセーラー服なんですか!?ドルフィン准将は元海軍士官だったからまだしも、少佐達は関係ないでしょう!?」

「MSを操縦するときはこの方が動きやすい。それにMSを降りるときパンチラのサービスをすれば整備員の士気も上がる。士気が上がりすぎて悩殺されてしまった整備兵もいるぐらいなのだ」

「気持ち悪くなってぶっ倒れただけじゃないんでしょうか……」

 頭が痛くなってきた……変態の巣窟に左遷されて、さらに宛がわれた乗機がロボ娘というだけでも辛いのに、直属の上司も課で3本の指に入る変態ときた。もう胃がヤバイです。

 

「マーズ少尉、何をしている。君も着替えるのだ」

 え……?今少佐はなんと仰った?

「君が私達のコンビになった以上、君も変身しなくてはならない。無論、君のコスチュームは既に美茄子大尉が用意してくれている」

「私が生地を裁断して仕立てました」

 少佐の横を見ると、美茄子大尉が赤を基調としたセーラー服を掲げていた。……まさか、これを着ろと?

「既に緊急発進(スクランブル)発令から15分が経過している。これ以上は一刻の遅れも許されない。急いで変身するんだ!!」

「いや、それなら変身せずに出撃すればいいのでは?」

 変身でおよそ3分もの時間を既に費やしてるのに何故変身に拘るのだろうかと俺は疑問に思って月光少佐に問いかけた。しかし、やはり少佐の返答は常識では理解できないものであった。

「それは私達の信念(ポリシー)に反する。それに本気服というものは着るものの潜在能力を呼び起こすことでも知られている。我々はこの服装を持って内なる力を解放しているのだ」

 ……何を開放しているのか知らないが、永遠に内に封印しておいて欲しい。

 

「時間がないぞ、早く着替えるのだ!!」

「いや、自分には変身によって開放される内なる力なんてありませんから」

 少佐が急かしてくるが、俺は絶対にあんな服は着ない!!俺には眠れる力なんてないし、隠されている性癖もないんだ!!

「四の五の言っている暇はないのだ」

「月光少佐、待ってください。これはあれですよ」

「美茄子大尉、どういうことだね?」

 ……何故だろうか。背中に凄まじい寒気が走っている。

「魔法少女のお約束ですよ。ほら、初回の変身は自発的にするのではなく、マスコットキャラに導かれながらするっていうやつです」

「なるほど、つまり初回の変身は我々の手でエスコートすればいいというわけか」

「はい」

 そのやり取りを聞いた俺は全速力で駆け出した。敵前逃亡?始末書だろうが独房行きだろうが構わない。俺は今、男であるために逃げる(抗う)のだ。しかし、当然のことながら月光少佐に見つかってしまった。

「貴様!!敵前逃亡は重罪だぞ!!」

「俺は敵から逃げるんじゃありませんよ!!」

「逃がさん!!」

 美茄子大尉が懐から取り出したスティックの底部からワイヤーを引き出して、俺の脚を絡め取った。ワイヤーが足に絡まってバランスを崩した俺は転倒して取り押さえられてしまう。

「離してください!!俺は、俺は!!」

「何、心配はいらない。初回の変身ということで描写も多く取られるかもしれないが、それは初回だけの辛抱だ。二回目からは変身は簡略化される」

「そういう問題じゃないんです!!だから……ってうわ~~!?」

「ほら、美茄子大尉も手伝って!!マーズ・スターパワー!!メ~イクア~ップ!!」

 その日、俺は恐ろしい境地に脚を踏み入れてしまった。

 

 

 

 

「ゴメン、マユ……俺、性別だけは絶対守るって言ったのに……」

 そんな誓いをしたような、しなかったような、色々と曖昧だが、まぁ、していたことにしよう。誓っていようがいまいが、必死になって守り抜こうとしたことは事実なのだから。結果的には守り抜けなかったけど。

 ロボ娘――TSF-JC120-6、スペースダンシングMS一号機の『桜野くらら』のコックピットの中、コンソールに映る俺の姿は黒の長髪に紅目、赤を基調としたセーラー服を着込んだ変態だ。こんな姿をマユに見られたらもう俺は生きていけない。

『マーズ少尉!!既に緊急発進(スクランブル)の発令から20分が経過している。直ぐに発進するのだ」

 正直、このまま敵に撃墜されて死にたい。そんな気分だ。

『TSF-JC120-6、発進どうぞ!』

「聖羅マーズ……『桜野くらら』逝きます…………」

 俺は絶望だけを胸に火星の空へと飛び立った。

 

 

『マーズ少尉、敵機はこちらの第一次防衛ラインを突破した。我々は防衛ラインを抜けてきた敵を集中して叩くことでこれ以上の敵の侵攻を阻止する役割を与えられた。後3分で会敵する予定となっているから突撃砲を構えておけ!!」

 ああ、会敵時の牽制射撃に当たりにいって撃墜されてしまおうか……生き恥を曝すよりはマシかも知れない。それに、どうせこちらには5発しか撃てないハイパーニードルガンしか遠距離で使用できる武装がないのだ。敵機に距離をとられてしまえば手も足も出ない。

「……俺の遺族年金でマユは幸せに暮らせるのかなぁ」

 ふと、俺が戦死した後のことを考える。回収された俺の死体は死体袋に入れられて本土に送られるはずだ。そして棺桶に収められた俺の姿を見たマユは人目も憚らずに号泣するのだろう。だが、待て。俺はこんな変態な格好をして死体を曝すわけだ。俺の軍服は変身の際に少佐が没収してしまったから、恐らくは後送時もこの格好のまま送られる。

 ……この格好をした俺を見たらマユはもう墓参りにすら来てくれないのではないか。父とは墓も分けられてしまうかもしれない。だが、誰が悪い?――何が悪かったんだ?俺をこんなところに配属した人事課か?こんな部隊の存在を認めている軍の上層部か?いや――違う。悪いのは敵だ。敵がいるからこんな部隊でも利用され、俺は犠牲にならざるを得なかったんだ。

 結論は出た。そう――敵がいるのが悪いんだ。

火星人(マーシャン)……駆逐してやる!!一人残らず!!」

『その意気だ、マーズ少尉!!いくぞ!!』

 

 

『何をしているんだ、マーズ少尉!!ハイパワーニードルガンを撃つんだ!!』

 俺の指はトリガーに手をかけたまま硬直していた。いや、別に火星人(マーシャン)といえども人をこの手で殺すことに対する戸惑いはない……ないのだが、目の前の敵は色々な意味で戦意を萎えさせる敵だった。

「……少佐、あのデカイのは何ですか?」

 目の前の敵は一言でいうのなら、三つの顔を持つ巨大な頭だった。およそ50mはあるだろう。アンバランスなほど小さな足と手が申し訳程度に生えている。何なんだこいつは。

『あれはマーシャンの中核をなすオーストレールコロニーのMA、ガラオンだ!!気をつけろ、やつには側面など存在しない!!』

 そりゃあどこから攻めても正面から攻めることと同意義だしなぁ。しかもデカイし。

『いいか、マーズ少尉!!やつの倒しかたはそう難しいものではない!よく見ておけ!!』

 そう言い残すと少佐は乗機である月虹で急上昇した。そしてガラオンの上部を取るとそのまま急降下しながら銃撃を加える。火箭はまるで剣豪の一太刀のようにガラオンの泣きっ面を上面から斬りつけた。

 だが、まだ攻撃は続く。急降下した月虹はその速度を維持したまま右手に刀身の長いビームサーベルを展開する。そして先ほどの火箭をなぞる軌道でガラオンに向かって斬りつけた。斬撃をお見舞いした月虹は噴射ユニットを最大出力で吹かし、地面すれすれを水平飛行で離脱する。同時にガラオンの泣きっ面が火を噴きながらゆっくりと倒れ、爆発炎上する。その姿はまるで中世の城郭が落城しているかのようだった。

『さぁ、マーズ少尉も続け!!』

 あんな化け物MAを瞬殺とは、どうやら人は見かけによらないものらしい。本当に、あのおぞましい姿さえ見なければ頼もしい上官だ。

 

 

『HQより全部隊に通達!!第一次防衛ラインを巨大MAが突破した。近隣の部隊はこれの迎撃を優先せよ!!』

 ガラオンを撃破して一息ついていた時、突然HQからの緊急通信がきた。送られてきたデータからすると、その巨大MAの進行方向に俺達はいるらしい。

『マーズ少尉、我々で迎撃するぞ!!私達はステルス迷彩を起動して上方から奇襲をするから、君は囮役を頼む!!』

「……っ了解!!」

 美茄子大尉の命令に従い、前に出る。レーダーは既に敵機の巨大な姿を捉えている。有視界に入るまでは後1分ほどだ。前線の部隊を蹴散らして進撃しているということは、先ほどの三面頭より強敵であることは間違いないだろう。

 ハイパーニードルガンを構えて砂埃の向こうにいる敵機の姿を見やる。シルエットだけであまりはっきりとは分からないが、背丈は140mほどはあろうか。幅も80m以上はある。これだけデカイと普通ならただの的だ。ただ、今その姿は見えない敵機は防衛線を強行突破するだけの力がある。侮ってはいけない。

 そして遂に土煙を抜け、敵がその巨体を曝す。しかし、俺はその敵機の正体を目の当たりにして愕然とした。

「な……龍!?」

 そこに見えたのは銀色の首をもたげる巨龍の姿。だが、その頭は一つではなかった。

「頭が一、二……三つ!?」

 それは例えるのならば銀の龍。ただ、あれの背に乗っかってもロデオよろしく振り落とされるのは確実だろう。火星の赤い大地の中でその存在を主張するかのように銀色に煌く翼を広げた三頭龍だった。だが、俺にはその姿にあっけに取られている余裕なんてなかった。三頭龍はその首を鞭にように撓らせながら頭から光線を発射したのだ。

 蛇のようにうねりながら大地を蹂躙する3本の光線を前に、俺は回避だけで精一杯だ。頼む少佐!!早くやつを何とかしてくれ!!

 俺の願いが通じたのかは分からないが、作戦通りに少佐は上方から龍の中央の首にむけて強襲をかけた。しかし、それに反応した三頭龍は左右の首とあわせて弾幕を張って応戦、その熾烈な対空砲火に少佐の月虹も離脱を余儀なくされた。

 

「まずいな……まさかアレが完成していたとは」

 月光少佐が険しい顔をして零した今の言葉からして、少佐にはこの化け物の心当たりがあるのか?

「少佐!?あれの正体を知っているのですか!?」

「ああ。レインボー軍曹が1ヶ月のオーストレールコロニー内部での立番で入手した情報の中に、アレに関するものもあったのだ」

 レインボー軍曹すげえ。ただのパントマイムの人じゃなかったのか。というか、あきらかに怪しい存在だったろうが、気づけよ火星人(マーシャン)。そして俺の内心の様々な感情など気にも留めずに少佐は話を続ける。

「ヤツの名前はハイパーメカキングギドラⅡ。オーストレールコロニーが製作した巨大MAだ!!D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)で開発されていたという人工知能が組み込まれており、それが3本の首と2本の尾、1対の翼を制御しているらしい。それぞれの首には冷凍メーサーが組み込まれているから、一発でもくらったらMSの内部部品が駄目になる。絶対に喰らうな!!」

 ……どこから突っ込めばいいのだろうか。初登場にしてⅡ、何故かついているハイパー、機械以外の兵器もないのにメカ、そして大げさなキングという名称だ。

「以前のハイパーメカキングギドラと違い、尾までも完全に装甲に覆われています!!冷凍メーサーの出力も以前のものとは比べ物になりません!!」

 美茄子大尉が緊張した声で報告しているが、そもそも冷凍メーサーってなんぞや。そんなもの俺も聞いたことがないのだが。

「前のやつは確か、尾は金色の特殊繊維のカバーだったな?」

「はい。それが装甲に覆われているということは、尾の廃熱機構の問題は解決されたということなのでしょう。装甲部は我々の手持ちの火力で太刀打ちできるものではありません」

 前は一部とはいえ、銀以外の色の箇所もあったのか、なんて下らないことを考えてしまう俺だが、残念ながら状況は余談を許さない。

「つまり美茄子大尉、あの化け物にはもう弱点はないってことでしょうか?」

 俺の質問に美茄子大尉は静かに首を縦に振った。……てことは、あの3本の首から吹き荒れる冷凍メーサーの嵐を紙一重で潜り抜けてビームサーベルで斬りつける以外にあいつを倒す方法はないということか。正直、無理です。

 

 

 

「少佐ぁ!?何とかならないんですかぁ!?」

 冷凍メーサーの嵐に突入しておよそ10分ほど。吹き荒れる極寒の嵐を避けきることは難しく、俺の駆るロボ娘は右脚を失っていた。

「耐えろ!!もうすぐドルフィン准将が来てくれる!!」

 少佐の機体も銃座のいくつかが既に動作不良を起こしている。元々偵察や強襲目的で設計された機体なので、このような高機動戦には向いていないのだろう。だが、俺も人のことを心配していられる余裕もない。とりあえず直撃も至近弾も無い少佐とは違って先ほどから何度か至近弾を浴びているせいか、スカート内のスラスターの調子が悪いのだ。

 そして限界は突然訪れた。突如スカート内のスラスターが停止し、ロボ娘は慣性のままに火星の大地に盛大にずっこけたのだ。俺は凄まじい衝撃の中で自身の死を覚悟する。主力のスラスターを失い、片足を失った状態では、冷凍メーサーを避けることは不可能だ。

 ……俺は氷付けになって内地に後送されるのだろう。そしてこの格好のまま葬られるのか。マユにも一度くらいは墓参りしてほしいなぁ。

『諦めるな、マーズ少尉!!』

 自身の死後に妹が取る態度のことをつらつらと思っていたら、突如後方から3条のメーサーが放たれて俺にトドメをさそうとしていたハイパーメカキングギドラⅡを怯ませる。更に、その大きな翼に赤みを帯びたビームが立て続けに突き刺さり、巨龍は後退する。俺は自身を救ったメーサーが放たれた方角に反射的にメインカメラを向けた。

「……あれは!?」

 そこにあったのはパラボラアンテナを掲げた特殊車両だった。相当に大きい。しかも何故かその特殊車両を牽引しているのはあんこうを模したマークが描かれたIV戦車号H型と黒森峰とペイントされたⅥ号戦車2両だ。

『マーズ少尉、どうやら我々は助かったようだ。あれはタイガー少佐が率いる90式メーサー殺獣光線車部隊に、革命大尉の太陽炉搭載型MSだぞ!!』

 ハイパーメカキングギドラも反撃しようとするが、冷凍メーサーは90式メーサー殺獣光線車を捉えることができないでいる。どうやら射程が足りないようだ。さらに、ハイパーメカキングギドラⅡの後方に回り込んだ2機のMSが無防備な背中に次々とビームを放つ。革命大尉達の乗るMSのあの驚異的な運動性能は一体何なのだろう。何故か赤く発光しているし。

『伝嬢雨亭裸大尉の乗機はGNー001/hs-A01Dガンダムアヴァランチエクシアダッシュ、〆宮庵水大尉の乗機はGN-005/PHガンダムヴァーチェフィジカルだ!!どちら太陽炉と呼ばれる最新鋭の動力炉を搭載した試作機で、一定時間の間全ての性能を三倍まで引き上げるというトランザムシステムを搭載した機体なのだ!!』

 月光少佐、説明ありがとうございます。……しかし、何で変態な人ほど性能が高い機体に乗れるんでしょうか?

『すまない……到着が遅れてしまった。ここは私達にまかせて後退してくれ!!』

 タイガー少佐からの通信が入り、命が助かったことにほっとする。しかし、同時に思ってしまう。ああ、タイガー少佐とのコンビだったら俺は性別を守ることができたのではないか……と。

 

 

 

 タイガー少佐の救援を受けてほっとしたのもつかの間、再度HQから全軍に連絡がはいった。

『HQより全部隊に通達!!さきほど火星艦隊の巡洋艦がこの基地に接近しつつある小惑星を探知した!!敵は小惑星の軌道を変えてこの基地に落下させようとしている模様!!奈原司令はマウンテンガリバー5号のスペシウム砲をもってこの小惑星を破砕することを決定した。全部隊はマウンテンガリバー5号の退却を援護せよ!!』

 なるほど、この攻撃も囮で、全ては小惑星落としで決着をつけるつもりだったということか。しかし、これからマリネリス基地の命運を背負って一時退却するタリサと違い、俺はポンコツに乗り換えるために退却するんだよなぁ。何か気が重い。

 

 タイガー少佐にこの場を任せ、何とか機体を立たせて後退しようとしたとき、俺の機体は接近する大型の艦影をキャッチして警報音を鳴らした。恐る恐るレーダーが指し示す方向に頭部メインカメラを向けると、そこには俺の予想だにしないものが浮かんでいた。

『タ~リラリラ~♪お茶目なヤシの木カットは伊達じゃない!!海を愛し、正義を愛す!!誰が呼んだかポセイドン!!タンスに入れるはタンスにゴン!!特殊兵士課最高指揮官、ドルフィン准将只今見参!!』

 ドルフィン准将の意味不明な口上と共に現れたのは全長150mはあろうかという船体の戦端に巨大なドリルを構えた異形の戦艦だった。更にその異形の戦艦は船体後部からミサイルを発射してハイパーメカキングギドラⅡを牽制する。

「な、何なんだよ、あれ……」

『あれはドルフィン准将の轟天号だ!!』

 思わず口から漏れた呟きにも反応してくれるから助かってますよ、美茄子大尉。

『第二次世界大戦時に大日本帝国海軍が設計した万能戦艦でな、完成する前に終戦を迎えてモスポール保存されていたものを准将が接収して改造を加えたのだ。4000mの深海でも空でも宇宙でも航行可能、さらに艦首鋼鉄ドリルには絶対零度砲を装備している』

 ああ、そう言えば海パン大佐が言っていたな、ドルフィン准将は可潜艦を持っているって。潜水艦じゃなくて可潜艦って言ってたのはこういう意味だったか。だが、それにしてもハイスペックな軍艦だ。

 

『マーズ少尉!!ここは私達に任せて君は戻れ!!』

 月光少佐が俺に退却を促す。だが、正直再出撃しても足手まといになる気しかしない。何せ予備機が『丸出ダメ太郎』と『度怒り炎の介』の二択だ。生きて帰れるとは思えない。

「いや、しかし、自分の予備機では戦えません!!ここで固定砲台として戦ったほうが」

『待ちたまえ。マーズ少尉、君には宇宙に上がってマウンテンガリバー少尉の援護をしてもらう』

 そこに割り込んできたのは海パン大佐だった。モニターに映し出された映像を見たところ、彼は轟天号の操舵手をしているみたいだ。

『ハイパーメカキングギドラⅡは我々で何とかできる。だが、小惑星の破砕に使われるスペシウム砲は射程が短い。君はマウンテンガリバー5号をスペシウム砲の射程距離まで無傷で送り届けてくれ!!彼女こそがこの基地の希望なのだ!!』

 大佐がここまで言うということは、状況は切羽詰まっているのだろう。そして、俺ならばこの任務を達成できると大佐は信じてくれている。なら、俺としてはその期待に応えるしかないだろう。

「わかりました!!必ずマウンテンガリバーを無傷で送り届けます!!」

『任せたぞ!!マーズ少尉!!』

 俺は『桜野くらら』の生きている各部スラスターを使い、跳躍噴射で基地を目指す。…………どうせ基地で俺を待っている機体が俺の棺桶になるのだという悲愴な諦めを抱きながら。

 

 

 

 

「待っとったで、マーズ少尉。もう機体の用意は終わっとる」

 基地のハンガーで俺を出迎えてくれたのは堀井技官だった。その隣には基地司令の奈原中将もいた。

「早速だが、時間がないから君もすぐに乗り換えて発進してほしい。君の機体は向こうだ。堀井技官、案内を頼む」

 奈原司令に促され、堀井技官が早足で俺を案内する。どうせ、あのポンコツのどちらかに乗って発進するのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。ポンコツの予備機が並ぶハンガーを通り過ぎ、俺は堀井技官と共に地下に繋がるエレベーターに乗る。

「堀井技官……俺の乗機は『丸出ダメ太郎』でも、『度怒り炎の介』でもないのでしょうか?」

「あの二機は火星の大気圏内での運用しか想定されてへんから、宇宙では運用できん。マーズ少尉に乗ってもらう機体は別に用意してある」

 だが、これまで自分に宛がわれた機体を思うと、堀井技官が用意した宇宙活動用の機体とやらも正直期待はできない。その時の俺は心からそう思っていたんだ……。

 

 

 

「このシャトルの中にマーズ少尉の宇宙用専用機、マーズマシンが格納されとる」

 ……目の前に鎮座していたのはシャトルでも何でもなく、ただの列車だった。まさか、これで宇宙に飛び出して来いと?いくら何でも無茶だと思うのは俺だけではないはずだ。

「堀井技官、これ、本当に宇宙に行けるんですか?」

「大丈夫やと思う」

「それって、保障はないんですか?」

「……ない。すまんけど、急いでくれへんか?説明は発進してからでもできる」

 色々と聞きたいことがあるが、堀井技官の表情から本当に余裕がないことも分かったので、俺は素直に従って汽車を思わせる車両に搭載されていたレッドマーズ1に乗り込んだ。

『安心せぇ。それは烈車よりも15年近く古い設計のゴーライナーやけど、デザインはこっちの方が人気ある。それに小売業者の間ではその売れ行きから黒いダイヤと呼ばれていたんや。……まぁ、そろそろ話を元に戻して少尉の専用機について説明するで』

 ……何を言っているのかさっぱり分からない。あれか、堀井技官は電波とか因果とかそういう現代科学では分からない何かを受信しているのか?

『ゴーライナーの中にはマーズマシンっちゅう5台のマシンが格納されてるんや。火星の引力圏を脱出したら、マーズマシンは変形合体する。少尉はその合体したロボを操ってマウンテンガリバーを援護してもらう。後、ゴーライナーの操縦はラジコン軍曹が行ってくれるから火星の引力圏離脱までのことは考えんでええ』

 ……ラジコン軍曹か。あの子供みたいな人で大丈夫なのか色々と不安だ。

 それに変形合体か。何故か脳裏には上半身と下半身が分離したMSが敵のビームサーベルを回避する映像が浮かぶ。……大丈夫なのか?そんな子供のおもちゃのように好き勝手に上半身と下半身が分離できるMSに乗っていて。空中分解しそうだから俺なら絶対そんなMSに乗りたくない。

 

 

『大気圏離脱後はレッドマーズ1に搭乗してくれ。合体はパスワードさえ打ち込めば後はコンピューターが自動でやってくれる。パスワードは456Vや』

「了解……こっちも準備終わりましたよ」

『少尉のコードネームには、このマーズマシンの専属パイロットって意味もあるんや、無様に撃墜されたらあきまへんで~!!」

 いや、それってこじつけではないのか。それなら最初からマーズマシンに乗せて欲しかった。

 

『スペースゴーライナー緊急発進!!』

『ブースター、セットアップ!!』

 ゴーライナーの最後尾にブースターと特殊装備がマウントされた。そしてゴーライナー各車は一度地下に降ろされ、方向転換してシャトルと連結する。これで発射の準備が整った……らしい。ものすごい不安だ。

『発射5秒前』

 だが、そんな俺の不安を他所にカウントダウンは無情にも進んでいく。

『……4……3……2……1……0!!』

 ブースターが猛烈な勢いで火を噴き、スペースシャトルをくっつけた列車が空へと打ち上げられていく。見た目によらず打ち上げは問題なく進んでいるようだ。高度はグングンと上がっていく。中々の負荷がかかっているが、肉体的にヤバイレベルではない。

 そして、ついにスペースゴーライナーは火星の引力圏を抜けた。

『マーズ少尉!!火星の引力圏は抜けたぞ!!』

 ラジコン軍曹、腕を疑ってごめんなさい。見た目と態度はあれだけど、軍曹はどうやらきっちり仕事は果たしてくれたみたいだ。

「よし……いくぞ!!456V!!流星合体!!」

 何故か流星合体とかいう単語を叫んでしまった。まさか、俺も電波とか因果とかそういう意味不明なやつを受信してしまったのだろうか?なお、俺の謎な叫びなど関係なく合体は無事完了し、マーズマシンは4足のMAへと変形合体した。

 

『上手くビートルマーズへの合体は完了したみたいやな』

 火星から通信が届き、堀井の顔がモニターに映し出される。

「堀井技官、変形合体は成功しましたけど、こんな4本足のMAじゃ戦えませんよ」

 武装は上部のマーズキャノン一門のみ、これでは盾になる以外の活用法がない。だが、堀井技官は俺の考えもお見通しだったらしい。

『問題ない。ライジングフォーメーションでビートルマーズはビクトリーマーズへと変形する。座席左のレバーを引けば変形シークエンスが開始される』

「……えーと、これか!!」

 レバーを引くと、モニターに変形シークエンスの実施の是非を問うウィンドウが開く。俺は指示に従い、変形シークエンスを開始した。すると、ブリッジしていた体勢だった機体が上体を起こし、レッドマーズ1のコックピットが胸部へと移動する。腕部が半回転して正常に肩に収まって頭部が開き、変形は完了した。

 しかし、変形が完了した直後にコックピットに警戒音が流れる。咄嗟にビクトリーマーズの身を引かせると、さきほどまでビクトリーマーズがいた場所に閃光が降り注いだ。相手はゲイツだ。ザフト崩壊時のドサクサにまぎれて火星圏に流出した機体だろう。

「邪魔だぁー!!」

 先ほどまでの鬱憤を全てこめてジェットランスを振り回す。巨大な槍なので取り回しが悪いことは事実だが、伊達に訓練校で首席争いをしていたわけではない。敵機の動きを読んで槍を振るい、敵のゲイツを両断した。

 

「堀井技官……ひとつだけ質問いいですか?」

『なんや?』

 火星に赴任してからの初の撃墜……どうしても感慨深いものがあるのは事実だ。だが、それ以上に胸にこみ上げて来る想いがある。

「どうしてこれを最初から俺の機体として宛がってくれなかったんですか!?」

 最初からこれを宛がってくれていればガラオンだって一刀両断できたかもしれない。ハイパーメカキングギドラⅡとももう少しまともに戦えたはずだ。

『実は、ビクトリーマーズには重大な欠陥があってな……』

「パイロットが乗り込んだ後にそれを言うか!?」

 欠陥があると分かっていたら普通乗せないだろうが!!堀井技官、あんた俺に恨みでもあるのか?

「欠陥って何なんですか?」

『実は、重すぎて地上ではクレーンを使っても合体できへんねん。せやから、合体、分離は全て無重力空間でないとあきまへん』

 ……よかった。構造とかの根本的な欠陥ではなかったみたいだ。だが、そもそも何故こんなクソ重たい変形合体ロボを造ったのだろうか。

『とにかく、急いでくれ。小惑星の破砕に向かったMG5が敵MA部隊の襲撃を受けて救援要請をだしとる。スペシウム砲を失ったら全て終わりや』

「MG5にはスペシウム砲以外の武器は無いんですか?」

『今のところは……ない!それに、スペシウム砲は3回しか撃たれへん。既に火星でマーシャンのMA、グワーム相手に一発使こうているから残りは2発や。MA相手には使えん』

 いくらあのチビスケと言えども、流石に可哀想に思えてくる。丸腰の巨大ロボットで敵の防衛網を突破させられるなんて無茶振りだろう。

「わかりました……ビクトリーマーズで救援に向かいます!!」

 待ってろよ、タリサ!!今助けに行ってやる!!

 

 

 

「見えた!!あれか!!」

 周囲には多数の機械人形ともいうべきノッペラとした巨大MAが3体。あれに囲まれていては前進できないのは無理も無いだろう。

『あれは火星人(マーシャン)の巨大MA、Σズイグルや!!』

 ま~た巨大MAですか。火星人(マーシャン)ちょっと頑張りすぎじゃないか?だが、彼らの頑張りはこの際関係ない。俺達がやるべきことは小惑星の破砕なんだから。

「待たせたな!!タリサ!!」

『シンか!?』

 ビクトリーマーズはジェットランスを突き出し、Σズイグルの胸部を貫いた。胸部を貫かれたΣズイグルは破孔から火柱を噴出して動かなくなる。更にビクトリーマーズはジェットランスを動かなくなったΣズイグルから引き抜くと、それを上段に振りかぶってMG5の前に立ち塞がっている別の機体に叩きつけて吹き飛ばした。

「タリサ!!ここは俺が何とかするから、先に小惑星を!!」

『ああ、分かっ……ブフゥ!?』

 MG5と通信回線を繋いだら、突然タリサが噴出した。

『お、お前、何だ、その格好……クク……ギャハハハハハハハハ!!!!』

 し……しまった俺は今あんな格好をしているんだった。音声のみ繋いでいればよかった。

『あ~面白い!!アッハハハ!!腹が捩れそうだ!!』

「うるせぇ!!こっちだって好きでやってるんじゃないんだ!!これは月光少佐に無理やり着させられたんだよ!!」

 必死に弁明をするが、タリサはこちらの言うことを信じてはくれない。

『ククク……アハハハ!!うん、シン。お前がそんな趣味を持っていようと……ククク、ア、アタシは……ハハッハハ!!き、気にしないからな。それじゃあ、ここは任せたぞ!!……駄目だ、耐えられない!!アハハ、ハハハハ!!』

 物凄い腹が立つ。覚えていろ。基地に帰ったらお前を変身させてやるからな!!この場を俺に任せて先に進むタリサに俺は心からの憎しみを籠めて中指を突き出した。

 

 

 

「畜生……タリサにまで馬鹿にされた。これも元はといえば、あんた達が悪いんだぁ!!」

 やりきれない思いを抱えて俺は敵機に八つ当たりをする。だが、タリサを送り出してからもこちらを狙う敵機の数は増えるばかりだ。しかもちょくちょくMSまでもが増援に来ていて、カトンボみたいで鬱陶しい。

「だぁ!!こんなデカイランスでカトンボを一々撃墜できるかぁ!!」

 その時、俺は背中を狙うゲイツの姿に気がついた。小回りが効かないのでこの機体では回避は不可能だ。だが、被弾の衝撃に備えようとした次の瞬間、背中を狙っていたゲイツは爆ぜて宙をのたうっていた。

『こちらキティ小隊、援護します……火星人(マーシャン)め、臓物(ハラワタ)をブチ撒けろ!!』

 通信回線に映し出されたのは顔に一文字の傷がある凛とした雰囲気のある物騒な少女だった。どうやら、マリネリス基地のMAが加勢に来てくれたみたいだ。これで俺は巨大MAの相手に専念できると思い、Σズイグルに向き直ったその時であった。左上方から凄まじい光が発せられ、敵味方を問わずこの宙域で戦う全ての戦士達を照らし出した。

「これはスペシウム砲……やったのか!?」

 これほどの光を発する爆発の心当たりはそれしかない。タリサがスペシウム砲を命中させたのだ。これで勝ったと俺は確信した。しかし、それは早合点だったようだ。警報音と共に、コックピットのモニターにはビクトリーマーズのメインカメラが捉えた未だ健在な小惑星の姿が映し出された。

 スペシウム砲による攻撃は成功したものの、威力が足りなかったために小惑星の破砕には失敗したのだと俺は理解した。そして唇を噛む。スペシウム砲が効かないとなると、自分達にできることはもう無いのだ。

 

 俺が諦めを抱いていたその時、通信回線からトランペットの音色が高らかに響きわたった。ビクトリーマーズのコックピットでもも接近する大型の艦影を捉えて警告音を鳴らす。そしてメインカメラが捉えた光学映像を見て、俺は愕然とした。

「曙丸……?」

 絶望的な雰囲気に呑まれていた広域通信回線でも、あの軍艦の登場と共に歓喜の声が溢れる。

『キャプテン・ブラボー!!』

『あの伝説の……!?』

 一体何なんだよ、あの船首に髑髏をつけた海賊船みたいな軍艦は。明らかに正規軍じゃなくて海賊的な雰囲気だよな、アレ。

 

『男には負けると分かっていても戦わなければならない時がある』

 突如、全周波回線で流れてきた男の映像に目が釘付けになる。どうやら発進元は件の曙丸らしい。ということは、あの全身を銀のジャケットで覆った怪しい男がキャプテン・ブラボーか。

『真っ直ぐ突っ込みますか、親分!!』

 コートの男の後ろに控えていたアロハシャツの男がキャプテン・ブラボーに声をかけた。

『親分と呼ぶな、キャプテンと呼べ!!……何故ならその方がかっこいいから!!』

『へい、頭!!』

 お前らはコントでもやっているのか。伝説の存在ならもう少し真面目にやれよ。

 

 突然現れた曙丸とかいう伝説の集団。こいつらはお笑い要素として伝説なのではないか?と勘ぐったが、実力も伝説という名に恥じぬほど凄まじかった。3連装4基12門の主砲をもって敵MS隊を次々と屠りながら前進を続ける。

『怯むな!!スペシウム砲が効かずとも、我らの兵器を全て集めれば破砕は不可能ではない!!』

 全軍を鼓舞しながら敵戦力を正面突破する謎の集団、あんたらは何者なんだ?

 

 だが、敵もさるもの。ここにきて敵も焦りを感じたのか、切り札を投入してきた。そう、火星でも猛威を振るったあの三頭龍は一体だけではなかったのだ。

『おい……あれは何だ!?』

『よ、避けられない!?ぐぁぁ!?』

『まずい、パンサー小隊がやられた!!こっちに来るぞ!!』

『く……来るな、来るなぁぁ!?』

 最強、最大の銀の三頭龍――――ハイパーメカキングギドラⅡが猛威を振るう。3本の首から放たれる冷凍メーサーは鞭のように変幻自在にその射線を変えるため、次々と味方機が絡み取られて宇宙の藻屑となって消えていく。だが、地上で逃げ回っていた俺と今の俺は違う。このビクトリーマーズなら、戦えるんだ!!

 俺はフットバーを蹴っ飛ばしてビクトリーマーズを突撃させる。次々と俺を狙って放たれる冷凍メーサーを紙一重で回避し、ハイパーメカキングギドラⅡの懐に潜り込む。

「喰らえぇぇ!!」

 ジェットランスの戦端からシャトル型ミサイルのトップジェットを射出する。トップジェットは至近距離からハイパーメカキングギドラ首の付け根に突き刺さって爆発した。

「どうだ!!」

 凄まじい爆炎に勝利を確信する。だが、爆炎が晴れた先には未だ健在の巨大な龍の姿があった。ただ、先ほどの必殺の一撃を前に無傷というわけにはいかず、左の首は根元から吹き飛ばされていた。

「くそ……こうなったらトップジェット無しでやってやる!!」

 最大の破壊力のある武装を失ったからといってあきらめるわけにはいかない。後2本の首を吹き飛ばすことができれば、敵は無力化できるのだから。ビクトリーマーズは再度ジェットランスを構えて突撃の構えを取る。

『待ちたまえ、マーズ少尉!!』

 だが突撃はラジコン曹長の声で中断される。メインモニターの隅にはマーズマシンをここまで運んできたゴーライナーの姿もある。

『ここは僕に任せて君も小惑星の破砕に行くんだ!!』

「けど、ゴーライナーじゃあいつは倒せない!!」

『大丈夫だ、このゴーライナーはただの移動母艦ではない!!連結合体!!』

 目を見張るシンの前でゴーライナーは5つの車両に分裂し、そこからさらに変形、合体した。

『合体完了!!グランドライナー!!』

 ……火星人(マーシャン)も頑張りすぎだが、日本も頑張りすぎだろう。何で変形合体する巨大ロボなんて造ってんだ。

『くらえ!!グランドストーム!!』

 グランドライナーは右腕のガトリングと左腕のMLRSを同時に起動させて怒涛の嵐のような攻撃をハイパーメカキングギドラⅡに叩き込む。ただ、ラジコン軍曹。あんたは何で小学生みたいに必殺技を叫ぶんだ。あんたはいい大人だろうに。

『ここはグランドライナーと僕が引き受けた!!君は小惑星の破砕に向かえ!!』

 言動とか巨大ロボとか、突っ込みたいところはたくさんあるけれど、今は小惑星の破砕が優先だ。俺はこの場をラジコン軍曹に任せ、小惑星に機体を向けた。

 

 

 

 

 

『もはや……これまでか』

 先ほどまで城郭のような風貌を誇っていた曙丸であったが、度重なる攻撃で大破して船体の各部で火災が発生しているようだ。戦闘能力は既に半減といったところか。

『手伝ってくださいよ、戦士長。消化活動でみんな忙しいんです』

 艦橋にも映像で見る限り煙が充満しつつあるみたいだ。そりゃあ消化で忙しいだろう。だが、キャプテン・ブラボーはそんなことには気も留めずに中村に命令した。

『中村……船をあいつに向けろ!!エンジン出力全開!!我々は……ネオフロンティアの捨石となる!!』

『キャプテン・ブラボー……』

 未だ曙丸艦橋の映像は全周波で垂れ流しにされているので、彼らの状態は楽に分かる。あんたらは何してるんだと突っ込みたい。特攻はまだ早いだろうが。スペシウム砲だって残っているはずだろうに。

「ちょっと待った~!!」

『キャプテン・ブラボー!!援軍ですよ!!マリネリス基地のビクトリーマーズが……』

「まだ諦めるなぁ!!」

 そのときの艦橋のやつらの顔は、なんとも言いがたい表情だった。何か、引いている雰囲気だった。……ああ、そうか。俺は今セーラー服を着た変態だったっけ。

『…………キャプテン、目標そのまま、最大船速!!』

『よし……派手に行くぞ剛太!!』

「……すいません、無視は止めてくれませんか?」

 腫れ物に振れるみたいな扱いされると、心が折れそうになるからやめて欲しい。ホントに。

 

 そういえば、タリサのMG5の姿が見えない。一体どこに行ったのだろうか?

『おい、シン!?いるんなら手伝ってくれ!!』

 あ……いた。曙丸を盾にするように隠れていたから気付かなかった。

『アタシを庇いながら小惑星まで連れて行ってくれ!!スペシウム砲の威力じゃ、至近距離からの攻撃以外にあの小惑星を破砕する方法はないんだ。あんたの馬鹿みたいにデカイ機体ならスペシウム砲の盾になる!!』

「俺の扱いは盾かよ!?」

 だが、従うしかない。俺達の希望はスペシウム砲だけなんだから。

「だぁ~畜生!!分かったよ!!その代わり、絶対にスペシウム砲を外すなよ!!」

 曙丸の影からMG5を抱えるようにして飛び出し、MG5をしつこく狙うゲイツの攻撃も全てビクトリーマーズの装甲で受け止めながら進む。被弾のたびにコックピットも凄まじい振動に襲われるが、そんなことを気にしている余裕はない。ここで小惑星を破砕できなければ、小惑星はマリネリス基地を文字通り押しつぶしてしまう。

 

「タリサ!!まだ射点につかないのか!?」

『後5分!!5分だけ耐えてくれ!!』

 曙丸の影から飛び出しておよそ数分だが、反撃に出られない俺達は袋叩きにあっていた。ビクトリーマーズも全身の損傷は激しく、既に左足も動かなくなってしまった。だが、それでも止まることはできない。

 そして遂に俺達は射点へと辿りついた。

『シン!!MG5を支えてくれ!!スラスターが逝かれて姿勢制御ができないんだ!!』

「分かった!!」

 MG5の肩を掴み、姿勢を固定する。姿勢が固定されたことを確認したタリサは、スペシウム砲の砲口を僅かに動かして目標をロックオンした。

『ロックオン……スペシウム砲、発射!!』

 スペシウム砲の砲口から放たれた光の奔流は寸分違わず小惑星の中央に突き刺さり、大爆発を起こした。爆発の衝撃で俺達の機体も吹き飛ばされ、破砕された小惑星の破片が凄まじい勢いで機体の装甲を叩く。

 先ほどの敵機の砲火を上回る衝撃を受け、コックピットの計器も爆ぜる。そして俺は頭を強く打ち付けたせいか、次第に意識も遠くなっていく。

 

『おい……シン!!しっかりしろ!!』

 タリサが呼ぶ声が聞こえてくる。

『起きろよ……起きてくれよ!!』

 段々と視界がぼやけ、薄暗くなっていく。だが、一方でタリサの声は鮮明になっていく。

「シン起きろ!!目覚めろシン!!」

 あれ?俺はいつの間に目を閉じていたのだろうか。眩しさを感じて目を開くと、そこにくっきりはっきりタリサの姿が見える。しかもここはビクトリーマーズのコックピットでもなく、宇宙軍学校の隣の宿泊施設の一室だ。一体何故……?だが、自分の状況を把握する前に言っておかねばならないことがあった。

「俺、変態じゃないです」

「お前はシスコンの変態だよ!!」

 そう吐き捨てると、タリサは俺の枕元にあった腕時計を投げつけてきた。マユからのプレゼントなのに、なんて乱雑な扱いを……ってうん?現在時刻は0620?

 寝ぼけてさび付いている俺の頭がその時刻が指し示す意味を理解するには数秒を要した。

「アァァァ!?寝坊した!?」

「アァァァ!?じゃねえぇよ!!シンまで寝坊してどうするんだ!!ほら早く着替えろ!!30秒で着ろ!!」

 そうだ。昨日宇宙軍航宙学校を卒業した俺達は寮から追い出され、翌日の配属先発表まで伏見の軍関係者用宿泊施設に一泊したんだった。通りで生活班のやつらがいないわけだ。そしてたまたま同室になったタリサ共々遅刻してしまったらしい。因みに男女同室なのは、戦場ではそういった区別がないということを知らしめるためらしい。

「……ということはタリサも寝坊してしまったってことか?」

「ああ、そうだよ。だから急いで……」

 タリサが最後まで言い終える前に部屋のドアが凄まじい勢いで開け放たれた。扉の向こうでは三科教官が仁王立ちしている。俺とタリサは反射的に背筋を伸ばし、敬礼をした。……俺ははだけた寝巻きというものすごいだらしない格好だったが。

 そして額に青筋を浮かべた三科教官は思いっきり息を吸い込み、鼓膜が破れるかと思えるほどの大声で叫んだ。

 

 

「ドアホ~~!!!!」




……というわけで、およそ20日間、37000字をかけたエイプリルフールネタでした。尚、うたかたの空夢シリーズに登場した人物及び兵器は本編とは全く関係ありませんのであしからず。



後、読者の皆様の中にハイパーメカキングギドラの元ネタ分かる人っています?自分で言うのもなんですけど、元ネタはそうとうマニアックですからね。しかし、一人も元ネタ分からないってなると、寂しいです。ネタを分かってくれる人がいてこそのエイプリルフールネタですし。
ですから、もしも元ネタが分かる人がいれば、普段は感想を書かない人でも積極的に感想を書いて欲しいです。重ねて言いますが、もしもネタ分かる人が0ってなると、悲しいです。


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PHASE-? うたかたの空夢 ネタまとめ

さて、20日かけてオチをエイプリルフールにもってきた『うたかたの空夢』はいかがでしたか?
とりあえず、ここで一度『うたかたの空夢』に出てきたネタの数々をまとめてみました。

自分で言うのもなんですが、本当に凄まじいネタの数でしたね……


うたかたの空夢 1

 

『うたかたの空夢』

元ネタ ウルトラマンダイナ 第42話『うたかたの空夢』より

 

ウルトラマンダイナ屈指のギャグ回でした。前作ウルトラマンティガに登場したゲストキャラを惜しみも無く登場させたり、物凄く細かい演出があったりと尋常ではなく凝っていたのを今でも覚えています。すごい人たちが真面目にふざけたらこうなるんですね。

……たかが夢落ちになんていう気合の入れようか。できれば川崎監督にはこれぐらい力を入れた話をもう少しやってほしかったです。結局この話を最後に平成ウルトラマン3部作のメガホンを取ることはなくなってしまいましたし。

 

 

 

『常に余裕を持って優雅たれ』

元ネタ Fate/Zeroより遠坂時臣の台詞

 

うっかりやの遠坂家の家訓です。時臣氏も娘の凜も外面からは家訓を実践しようと頑張っているように見えますが、結局は生来のうっかり癖のせいであまり余裕が見えないんですよね……

凜にいたっては優雅を維持するにもギリッギリの財政状態ですし。

 

 

 

『火星に配属されてしまうと死んでしまう病』

元ネタ ONEPIECEよりウソップの台詞

 

臆病さとネガティブさにかけては作中でダントツのトップを独走しているウソップの持病です。世界一ィィなドラムの医療技術でも手の施しようがない難病でもあります。しかし、結局強引に島に上陸させたりしても問題はないので、命に関わる病というわけではないようです。

 

 

 

『プラズマ百式』

元ネタ ウルトラマンダイナよりプラズマ百式 

 

ウルトラマンダイナに変身する主人公アスカ・シンの父親、アスカ・カズマの乗機です。秒速30万km、つまり光の速度で宇宙を進むことができるゼロドライブと呼ばれる機関を搭載した試験機で、カズマはこの機体での初めてのゼロドライブ臨界試験の最中、光の中に消えました。因みにこの機体、安全装置の類は全て外されている。安全装置よりもゼロドライブ計画のための機材の搭載を優先しろというカズマの主張を取り入れたらしいです。

……人一人消えているんだから、安全装置くらいつけなさいよと思うのですが。

後にシンもこの機体に乗り、ゼロドライブ臨界試験を成功させて生還します。彼の活躍により、ゼロドライブ航法は飛躍的に進んだとされています。

 

 

 

『中島と名乗った小太りの男性』

元ネタ ウルトラマンダイナよりSUPERGUTSのナカジマ隊員

 

ウルトラマンダイナに登場する怪獣やっつけ隊『SUPERGUTS』の科学分析担当員、ナカジマ・ツトム隊員です。やっぱり、科学分析の人ってのは太っているのがお約束ですよね。この人を出したのはノリです。

 

 

 

『人工知能のPAL』

元ネタ ウルトラマンガイアより人工知能PAL

 

ウルトラマンガイアに変身する主人公、高山我夢が製作した人工知能です。我夢の乗機であるXIGファイターEXに搭載されており、我夢が変身してパイロットがいなくなった時には代わりにEXを操縦する。ようは、変身のためのアリバイづくりのために製作されたわけである。

因みにこいつ、我が身を犠牲にして生みの親である我夢を救おうとする健気なやつです。基本的に性格も悪くないですし。

 

 

 

『俺も光が欲しいぜ……』

元ネタ ウルトラマンダイナよりアスカ・シンの台詞

 

主人公アスカ・シンが第一話、宇宙での演習の最中乗機が被弾して宇宙に投げ出され、自身の死を予想した時に言った台詞。この時、彼は後に人類を救う光と運命的な出会いをしました。

 

 

 

『マリネリス基地司令の奈原』

元ネタ ウルトラマンダイナ 第42話『うたかたの空夢』配役より

 

元ネタである『うたかたの空夢』では、前作のウルトラマンティガでは参謀、ウルトラマンダイナでは西アジア支部の司令という設定になっていたナハラ参謀がまさかの火星マリネリス基地にいました。まぁ、夢オチですからなんでもありなんですな。

というわけで、元ネタをリスペクトする形で奈原さんの登場でした。

 

 

 

『北条正義曹長』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より北条正義

 

こち亀に登場する東大出身には全く見えないいかつい顔の男。実家が農家であるために農業知識も豊富。実は数年前に改名され、凄苦残念という名前に変わりました。まぁ、亀森鶴吉の前科もあるし、何年かしたらみんな慣れると思います。

あえて旧名にしたのは、残念に改名した後のエピソードよりも、改名前のエピソードの方がおもしろかったという理由から。

 

 

 

 

 

 

 

うたかたの空夢 2

 

『特殊兵士課』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より警視庁特殊刑事課

 

皆さんご存知の通り、その事件の解決率、犯人の検挙率は警視庁でも上位に入る超エリート刑事集団。

……嘘は言っていない。ただ、その輝かしい実績も霞むほどの超弩級の変態集団でもある。因みに給料は全て特殊刑事課のメンバーのフィギュアで現物支給されます。

St.フェアリー女学園ではキモカワイイと大人気で、フィギュアも良く売れているとか。肉親であっても男性は中々入れないほど入校者には厳しい制限がかかっていることで知られるこの学園で海パン刑事が特別教師として招かれて入校を許可されたあたり、かなりの人気があることが伺えます。

 

 

 

『海パン大佐』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より海パン刑事

 

特殊刑事課会員番号1番で階級は警部補。検挙率は100%を誇るエリート刑事。海パンは四次元ポケットのようになっているらしく、携帯、バナナなど様々なものが入っています。隠し事が大嫌いな性分らしく、全裸に対する抵抗は無い模様。何故かネクタイだけは外さない。

寒いときはタイツを愛用しています。また、夏は背中にホルスターの形の日焼けができたそうです。

 

 

 

『ドルフィン准将』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりドルフィン刑事

 

特殊刑事課会員番号5番。階級は警視。気温が35℃を超えると出撃するという幻のエリート刑事。イルカの調教師、ガラス職人、漫画家を経て刑事になったという複雑な経歴の持ち主です。

小型の潜水艇を所有しており、部下のイルカと共に出撃します。もっとも、潜水艇には武装はないらしく、武器は手榴弾のみです。海中で手榴弾が爆発した場合、イルカ達もその衝撃で戦闘不能になるのではないでしょうか?しかも、彼らの感覚器官もダメージを受ける可能性大です。

普通にイルカを虐待してませんかねぇ?

 

 

 

『予知能力を持つイルカ』

元ネタ 絶対可憐チルドレンより伊号

 

戦時中に敵国から逃亡してきたレベル7の予知能力海豚(プレコグ)。拙作での裏設定では、彼らの脳が轟天号のFCSと連動していることになっています。

 

 

 

呂井牟巣単愚(ろいむすたんぐ)大佐』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりムスタング刑事

 

特殊刑事課会員番号3番。F82ツインムスタングを駆る髭面のおっさん。原作では本名は不明だったため、ネタとして鋼の錬金術師のロイ・マスタング大佐から名づけました。『イシュヴァールの英雄(ひでお)、指パッチン、雨の日無能といったところは全て鋼錬からつけました。まぁ、結局出番のないただのネタキャラで終わりましたけどね。

 

 

 

『タイガー少佐』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりタイガー刑事

 

特殊刑事課会員番号2番。砲身に付けたペンで漢字を書いてしまう程の腕前を持つ。一人でどうやってⅥ号戦車を運用しているか謎ですよね。しかも、見た感じでは中身が高度に改造されているわけでもなさそうですし。

Ⅵ号で横田基地に突っ込んだという前科もあります。米国に喧嘩売る気か、エリート刑事。

ムスタング刑事と同様に本名が不明なので、拙作では某戦車エースの名前をもじってみました。

 

 

 

『姪は学生時代に戦車道の全国大会に初出場校を優勝に導くほどの鬼才』

元ネタ ガールズ&パンツァーより西住姉妹

 

大人気アニメの主人公とその姉。これまでのアニメに登場する戦車とかではキャタピラの動きは細かくない、砲撃の反動の描写がなかったり砲身の高さがおかしかったりと突っ込みどころ満載でしたが、それらの点でここまで凝った戦車の演出をするアニメというのは衝撃的でした。

拙作の設定では、タイガー少佐は西住家の出としています。……つまり、西住しほさんは妹ということですな。まぁ、夢オチですから許してください。

 

 

 

『伝嬢雨亭裸大尉&〆宮庵水大尉』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より革命刑事

 

特殊刑事課会員番号6番。魔改造されたオープンカーに乗って交通社会の革命を目指す刑事。……それは交通課の仕事だと思ったのは私だけではないはずです。しかも一台の交通違反車両を逮捕するために周辺の十台以上の健全なドライバーを事故に巻き込んでますからね。

変態の巣窟である特殊刑事課でもトップクラスの変態です。

後述の月光刑事と同じく、二人で革命刑事とする資料があったり、伝嬢雨亭裸大尉一人を革命刑事とする資料があったりとややこしい人でした。

 

 

 

『武力による紛争根絶!!それこそが革命!!革命大尉がそれを成す!!拙者と共に!そうだ、拙者が!拙者達が革命大尉だ!!』

元ネタ 機動戦士ガンダム00ファーストシーズンより主人公刹那・F・セイエイの台詞

 

革命刑事を出そうにも、軍にいて交通事情の革命とか言ってもなぁ……ということで、革命する対象を代える必要に迫られました。というわけでいっそのこと、物騒にしてしまえということで、00の変革の概念をもってきました。しかし、これって正規軍人が言う台詞ではなくてテロリストの台詞ですよねぇ。

 

 

 

『ラジコン曹長』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりラジコン刑事

 

特殊刑事課会員番号10番。本名をラジ野コン太郎といい、実は妻子持ちなんですよ。あんな痛々しいのに。腕はたしかで、国内の大会でも優勝経験も多々あるそうです。神業テクニックなのはわかるのですが、一々必殺技っぽく叫ばずにはいられないという面倒な性分みたいです。

なお、日曜日も子供をほっぽりだしてラジコンに熱中している最悪の親です。

 

 

 

『美少女少佐』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より美少女刑事

 

特殊刑事課会員番号7番。本名を麻生瑠璃華というが、れっきとした男性。少女漫画誌掲載時と少年漫画誌掲載時では衣装が異なり、少年漫画Verの方は正直いって……色々とキツイです。

少女漫画家志望なんですが、絵柄はどうみても少年漫画誌向けで中々評価されないのが悩みみたいです。

後のエピソードで葛飾署男子署員を集めたバレエチームを率いて麗子が率いる女子署員バレエチーム以上の評価を得ているところを見ると、幼い頃から超一流の講師の下でバレエを学んできた麗子を指導力で上回ることは確かなようです。……これに負けたとなると麗子の面目も丸つぶれですよね。

 

 

 

『ミレニアム少尉』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりミレニアム刑事

 

特殊刑事課会員番号8番。千年に一度しか登場しないことになっている伝説の刑事で、本人曰く西暦1000年にも出動したそうです。しかし、元ネタでは初出動から8ヶ月で再登場してますけどね。

学ラン着用に木刀、釘バット携帯といういかにもな硬派な番長という風貌ですが、実はかなり軟派でした。麗子にセクハラして拘留されてますし。しかし、日暮は4年に一度、中川龍一郎は5年から10年に一度、中川登志恵は29年に一度……などなど、読者が忘れるほどのブランクを空けてしか登場しないキャラがこち亀にはたくさんいますからね。彼もそのうちまた出てくるでしょう。

 

 

 

『お祭り軍曹』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりお祭り刑事

 

特殊刑事課会員番号11番。神輿の上に乗って祭りの季節になると現れるという刑事。本名は適当につけました。どうせ紹介するだけで出番はないですし。それにしても、神輿に乗るってのはいいんですかね?神輿って神聖なものだと思うのですが。しかも神輿のくせして携帯式ロケット砲内臓ですし。

 

 

 

『M機関』

元ネタ ゴジラFINALWARSよりM機関

 

その身体にM塩基という特殊な塩基が存在する、優れた身体能力を持つ人間(通称ミュータント)を集めた正真正銘の対怪獣エリート部隊。集団とはいえ、生身で怪獣と戦って勝利するという文字通りの人外の輩です。彼らが神輿を担いだら自転車並みのスピードが出そうですね。

 

 

 

『レインボー軍曹』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりレインボー刑事

 

特殊刑事課会員番号12番。本名は不明な4人の地味な集団で、両津曰く特殊刑事課一地味だそうです。目の前を犯人が通り過ぎても微動だにしないほどの立番の達人で、好みの女性のジャンルはマニアックです。両津はその辺がよく分かるみたいですが、自分にはよくわかりません。

 

 

 

『将棋中尉』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より将棋刑事

 

特殊刑事課会員番号13番。本名は居尾車駒損ノ介。将棋の王将の駒を模した被り物をしているただのおっさんです。結局事件も解決できてませんし。彼の被り物は両面が五重構造の防弾になっているので、ライフルでも貫通しません。

 

 

 

『麻雀中尉』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より麻雀刑事

 

特殊刑事課会員番号14番。本名は二盃口・吃・錯和ノ介。ぶっちゃけ将棋刑事の二番煎じ。特筆事項はないです。

 

 

 

 

 

 

 

うたかたの空夢 3

 

『TSF-JC120-6、スペースダンシングMS一号機の桜野くらら』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所よりスペース・ダンシング刑事

 

特殊刑事課会員番号9番。特殊刑事課唯一の女性(?)刑事で、ロボット。スリーサイズは身長を18.2mにした時にあわせました。あえてMS扱いにしたのは、キャラ的に描写がめんどくさかったからなんですけどね。MSにすれば描写いらないですし。

原作では使用する拳銃はマキシンでしたね。因みに機体番号のJC120-6はコミックス120巻第6話が初登場回であるところからとっています。これは後述する丸出ダメ太郎らも同様です。

 

 

 

『ハイパワーニードルガン』

元ネタ ウルトラマンティガに登場する兵器

 

最終章3部作に登場したスノーホワイトに搭載されていた唯一の武装です。スノーホワイトはマキシマのユニットが嵩んでいるので、ハイパワーニードルガンは有効回数は5発しかありませんでしたね。やっぱハイパワーニードルガンは5発限定でないと!!

 

 

 

『ビームリボン』

元ネタ 機動武闘伝Gガンダムに登場する兵器

 

アレンビーが駆るノーベルガンダムの印象的な武装です。やっぱセーラームーンをイメージさせるならノーベルガンダムの武装を出さないと……ということで採用しました。全く活躍しませんでしたけどね。しかし、もうGガンを超えるネタガンダム作品は二度と作られないのでしょうか。

 

 

 

『堀井技官』

元ネタ ウルトラマンティガよりGUTSのホリイ隊員

 

『うたかたの空夢』でもスペシウム砲の短い射程距離に敵をひきつけたら危険が危ないと語っていたホリイ隊員に出ていただきました。

やっぱり、うたかたの空夢ときたら彼の『設計ミス』や『実はこいつには重大な欠陥があってな』などが使いたかったので、出してみました。

 

 

 

『TSF-JC53-8 丸出ダメ太郎』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より丸出ダメ太郎

 

警視庁のロボット課に勤務する警視庁開発4号乙型ロボット。実はかなり優秀で、本庁でもその性能が評価されて量産されていたんですよね、両津のせいで完全に量産計画がパァになりましたけど。本当は彼が開発した6号ロボットをシンの乗機にしようと思ったのですが、こっちの方がネタにしやすいので、6号は没にしました。

実は、拙作ではこの機体は広域戦術警戒管制機なんですよね。そもそも戦闘用じゃないんです。武装がしょぼいのもそのせいです。

 

 

 

『TSF-JC57-3 度怒り炎の介』、

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より度怒り炎の介

 

警視庁のロボット課に勤務するロボット警官5号。感情が昂ぶると配線がショートして、燃料であるガソリンに引火して炎上する超危険な欠陥ロボです。本人曰く、ロボットは新しいほど偉いそうですが、自分より古いダメ太郎が出世して量産計画までも立ち上がって名実ともに偉くなっていることはどう思っているのでしょうね?

 

 

 

『5式ライター』

元ネタ 大日本帝国海軍 三菱 G4M 一式陸上攻撃機

 

日本帝国軍時代の人命軽視、攻撃重視思想の象徴として語られる通称一式ライター。両翼内の防弾設備が貧弱で被弾に弱いために敵機からの一掃射で炎上してしまうということから付けられた不名誉な渾名です。

……しかし、現在では本当にそこまで紙装甲の攻撃機だったのか疑問の声も上がっています。まぁ、それでも日本の飛行機の装甲は米国の装甲に比べても薄かったのは事実ですし、十分な援護を受けられないなどの過酷な条件下での任務などに従事したために撃墜率が高かったこともあるでしょう。

 

 

 

『MG-005-RXマウンテンガリバー5号 へ-0001号……略してMG5』

元ネタ ウルトラマンダイナよりマウンテンガリバー5号

 

うたかたの空夢に登場したなんかドムっぽい巨大ロボット。実はギアはオートマ、しかもマルチハンド方式だからオペレーターでも練習無しで操縦が可能なんです。マウンテンガリバーという名称は前作の防衛チームの副隊長のムナカタがまだ正式に名称が決定していなかったウルトラマンティガに付けようとした呼び名の候補からとられています。

離陸はスキージャンプ方式なんですよね、何故か。因みに格納庫にはミラーボールもあります。

 

 

 

『スペシウム砲』

元ネタ ウルトラマンダイナよりスペシウム砲

 

うたかたの空夢に登場したTPCの新兵器。火星で採取されるスペシウムという特殊な物質を使用するらしい。発射口は十字になっており、発射音はやはりあのお方の光線の効果音といっしょです。試作品なので3発しか撃てないし、射程が短いという欠点があります。

 

 

 

 

 

 

 

うたかたの空夢 FINAL

 

『月光少佐&美茄子大尉』

元ネタ こちら葛飾区亀有公園前派出所より月光刑事&美茄子刑事

 

特殊刑事課会員番号4番。月光刑事のコードネームは聖羅無々、美茄子刑事は聖羅美茄子。満月の夜のみ出撃するといわれるエリート刑事です。彼ら曰く、満月の夜は犯罪が増えるのだとか。まぁ、確かに統計上は間違ってないそうですけどね。

満月の夜(雨天時は覗く)に夜間戦闘機月光(対航空機用レーダーが装備されたタイプ)にのって出撃します。何故か米軍の空母インディペンデンスに墜落したこともありました。タイガー刑事といい、何でピンポイントに米軍に元敵国の兵器で喧嘩売るんでしょうね?

拙作ではアニメ版の描写も入れているので、変身前は普通のおっさんです。そして変身もアニメに乗っ取り、あのどこかのアニメで聞いたBGMと共に行います。当然、出撃前の儀式も再現しました。

 

 

 

『月虹一一型』

元ネタ 大日本帝国海軍 中島 J1N1S 月光一一型

 

月光刑事が登場する月光一一型になぞらえてみました。増設された銃座は月光の射銃をイメージしています。

 

 

 

『マーズ・スターパワー!!メ~イクア~ップ!!』

元ネタ セーラームーンRよりセーラーマーズの変身呪文

 

シン君にはセーラーマーズをやってもらうことにしました。理由?まぁ、シンのイメージカラーが赤だったからこれでいいかなぁと思いまして。種死のシン君なら女装しても見た目は通じると考える人も多いと思いますが、この作品のシン君は21歳ですよ?それに、帝国でみっちり鍛え曲げましたので、体格は原作時よりもよくなっています。そしたら……まぁ、見た目は少しきついでしょう。

 

 

 

火星人(マーシャン)……駆逐してやる!!一人残らず!!』

元ネタ 進撃の巨人よりエレン・イェーガーの台詞

 

この世の残酷さ、理不尽さを呪ったシンの口からあの有名な台詞が零れました。自分たちの不幸は、それを作り出す相手が全て悪い一途に思い込み、あまり深く考えようとしないシン君の悪い癖が出ましたね。

 

 

 

『ガラオン』

元ネタ ウルトラマンダイナに登場する3面ロボ頭獣ガラオン

 

身長56m、体重65000tというマーシャンが開発した巨大MA。三つの顔を持ち、それぞれの顔が攻撃オプションをもっており、ホログラムの投影も可能という中々の性能。元ネタであるダイナではミジー星人の侵略用ロボット兵器として造られたんですよね、下町の玩具工場で。

実はこのロボット、未完成でして本来であれば全長400mの超巨大ロボットとして完成するはずが、スーパーGUTSに製造がバレたため、完成していた頭部のみでの出撃となったんでしたっけ。何故か操縦がコックピットの天井から下ろされている紐をひっぱるっていうからくりじみた方法なんですよね。

ダイナファンなら一度はパーフェクト・ガラオンなるものを見たいと思うはずです。

 

 

 

『ハイパーメカキングギドラ』

元ネタ ゴジラアイランドに登場するハイパーメカキングギドラ

 

感想欄を見ても一発でこれを理解してくれていた人は極僅かでしたね。普通のメカキングギドラなら分かるひとがそこそこいましたけど。

ここで皆様に捕捉説明をば。この怪獣が登場したのは1997年10月から1998年9月にかけて週五日の帯番組としてテレビ東京系で放映された『ゴジラアイランド』という簡易特撮テレビ番組です。この番組自体、朝の早い時間に一回2~3分という超短時間放映されていたマイナー番組でしたから、知らないのも無理はないかと。

内容は簡単にいうと、バンダイのソフビを使った人形劇って感じです。平成ゴジラシリーズでは出番のなかった昔の怪獣の登場や、原作のネタを練りこんだサブタイトル、原作に使用されたBGMの使用など、ゴジラファンを唸らせる番組でした。全体的に怪獣達はどこか昭和臭のするキャラとして演出されていましたね。新旧メカゴジラ競演とか、轟天号もどきとか、今でも印象に残っているシーンがたくさんあります。

興味をもたれた方は一度鑑賞してみることをお勧めします。因みに作者は放映時に生で見たっきりで、DVD等は持っていません。

 

さて、ハイパーメカキングギドラですが、ゴジラアイランド第二部の完結編に登場した怪獣なんです。第一部でも首を全てメカにしたタイプのメカキングギドラが登場していましたが、これはその強化版にあたります。尾以外が全てメカになっており、翼の形状もオリジナルのキングギドラに近いものになっているのが特徴と言えます。

左右の首からは赤色のレーザー光線、中央の首からは氷付け光線を放つことができ、身体の一部が破損しても修復プログラムにより自己修復が可能という超チートロボで、ゴジラアイランドではデストロイアやスペースゴジラをさしおいて敵勢力の切り札として使われたほどでした。

 

長々と話しましたが、ようするに超マイナー怪獣ってことです。

 

 

 

『冷凍メーサー』

元ネタ ゴジラVSデストロイアより95式冷凍メーサー車

 

ゴジラVSデストロイアで活躍した自衛隊の超兵器です。ターゲットをマイナス200℃まで瞬間冷凍することができます。ハイパーメカキングギドラの武器が『氷付け光線』じゃかっこ悪いということで登場してもらいました。

 

 

 

『あんこうを模したマークが描かれたIV戦車号H型』&『黒森峰とペイントされたⅥ号戦車』

元ネタ ガールズ&パンツァーより西住姉妹

 

タイガー少佐の姪っこの愛車。この車両で90式メーサー殺獣光線車を牽引しています。高度な改造により、改造前は必要だった通信手が車長と兼任できるようになったため、通信手の役目は牽引するメーサー車の操作になっています。牽引車をあえて戦車にしたのは、タイガー少佐の趣味だからです。メーサー車が戦闘不能に陥っても切り離して後退することも可能ですし、最低限の自衛ぐらいはできます。

 

 

 

『90式メーサー殺獣光線車』

元ネタ ゴジラ×メカゴジラより90式メーサー殺獣光線車

 

対フランケンシュタインの怪獣ガイラ戦において初めて出撃した陸上自衛隊の66式メーサー殺獣光線車の後継機。自動化が進み、動作は全て牽引車で行えるようになったために要な人員は牽引車に乗る操縦手と砲手の2名となっています。

命中精度も66式とは比べ物にならないほどに向上しており、中々急所に攻撃をすることができなかった66式と違い、目や胸といった急所に攻撃を集中することが可能になっています。

 

 

 

『GNー001/hs-A01Dガンダムアヴァランチエクシアダッシュ』

元ネタ 機動戦士ガンダムOOV戦記よりガンダムアヴァランチエクシア

 

太陽炉を搭載し、全世界のMSを一瞬で旧型機へと貶めた第三世代ガンダムの一機、ガンダムエクシアに高機動ユニットを搭載した姿です。

 

 

 

『GN-005/PHガンダムヴァーチェフィジカル』

元ネタ 機動戦士ガンダムOOPよりガンダムヴァーチェフィジカル

 

太陽炉を搭載し、全世界のMSを一瞬で旧型機へと貶めた第三世代ガンダムの一機、ガンダムヴァーチェを実弾メインの装備に換装した姿。攻撃に回すGN粒子を防御に回せるので、防御力が向上しています。

 

 

 

『轟天号』

元ネタ ゴジラFINALWARSより旧轟天号

 

全長150m、全高38m、重量10000tの地球防衛軍に所属する万能戦艦で、艦の大破と引き換えにゴジラを南極に封印した武勲艦。海底軍艦に登場する轟天号とは細部に違いがありますが、後部甲板のVLSを使いたかったのでFINALWARS版を選びました。

南極の氷を砕いて突き進める艦首の鋼鉄のドリル、絶対零度光線砲が最大の武器と言えます。拙作ではドルフィン准将が保有しており、美少女少佐ら乗機がないメンバーも同乗しています。

 

 

 

『ビクトリーマーズ』

元ネタ 救急戦隊ゴーゴーファイブよりビクトリーマーズ

 

人類の文明の破滅を目指す災魔一族に対抗すべく、巽世界博士が設計したのがレッドマーズ1、ブルーマーズ2、グリーンマーズ3、イエローマーズ4、ピンクマーズ5の5台のマーズマシンです。

宇宙での救命活動を想定して製造された5台のレスキューマシンが操縦席にて456Vというコマンドを受けて『流星合体』することで、ビートルマーズという4足歩行ロボットが完成します。更に、ビートルマーズが変形(ライジングフォーメーション)することでビクトリーマーズとなります。

ビクトリーマーズは初登場話にて地球に迫る小惑星を宇宙にて迎撃し、見事これを発破することに成功、華々しいデビューを飾りました。元々宇宙空間での戦闘を想定しているため、超高熱環境高水圧環境にも耐えるほどの強度を持っています。

今作品ではシンの『マーズ』というコードネームにちなんだネタをなんか入れようと考えており、最初は聖闘士聖矢Ωの火星士を使おうと思っていました。しかし、ふとしたことでこのマシンの存在を思い出し、こっちの方が弄りやすいという理由でマーズマシンの投入を決めました。

 

 

 

『グランドライナー』

元ネタ 救急戦隊ゴーゴーファイブよりグランドライナー

 

ゴーゴーファイブが駆る5台の救急マシンやマーズマシンを現場へと運ぶ母艦となるゴーライナーと呼ばれる列車型母艦(一般の線路の上を走る、レインボーブリッジの上を走る、変形合体のために空を飛ぶなど無茶苦茶なところも多々あるシリーズ初の列車型マシン。先頭車両にマックスシャトルという支援メカを接続することで大気圏も突破可能)が連結合体した超巨大ロボです。

その全高は圧巻の80m、敵や先代の巨大ロボとは大人と小学生くらいの身長差があります。必殺技はバルカン砲とミサイルを両腕から放つ怒りの拳、グランドストームです。え?拳?どこが?って思わないであげてください。

変形しそうなイメージの湧かない機体だったため、初登場時はまさかこれが変形合体ロボになるとは思ってはいませんでしたね。

考えて見れば、自分が東映ネタを出すのも珍しいですね。そもそもあまり多くを見ていないというのもあり、ネタが多くないし設定もよく知らないというのが理由として挙げられますが

 

 

『烈車』

元ネタ 烈車戦隊トッキュウジャーより烈車

 

強い妄想力(イマジネーション)を持つ物だけが見る事ができる光の線路の上を走る正義の軌道車両のこと。正直色々と意味不明です。そして合体形態が酷すぎます。キョウレツオーとかグランドライナーと同じ列車型マシンに分類することが嫌なくらいには。もうちょっとデザインをなんとかできなかったのかと思います。はっきりいって、幼稚園児の落書きでまんま再現できるデザインですし。

 

 

 

『グワーム』

元ネタ ウルトラマンティガよりグワーム

 

デシモ星系人が操る生体兵器で、口から地球の大気を改造してしまう化学物質が含まれた紅い煙を吐く能力があります。元々戦闘用ではないので、攻撃能力は低いです。結果的にはGUTSウィング2号のデキサスビームで撃破されたあたりから考えるに、防御力もほどほどのものでしかなかったものと思われます。

拙作の裏設定では、口内にメーサー砲を内蔵していました。まぁ、スペシウム砲で瞬殺されましたが。

 

 

 

『Σズイグル』

元ネタ ウルトラマンティガよりΣズイグル

 

根源的破滅招来体がワームホールを通じて送り込んできたと思われる対ウルトラマンガイア用の兵器です。ガイアに変身する前の我夢を罠にかけて捕縛してワームホールの向こうに連れ去ってしまおうと画策していましたが、復活したウルトラマンアグルV2に阻止されてしまいました。

まぁ、結局は復活したアグルの噛ませ犬だったってことですね。

因みに拙作ではミサイルや高出力ビーム砲などを搭載して武装を大幅に強化しています。元々防御力は高く堅牢な造りなので、連合のアグニレベルの火器でなければ手傷を負わせることは不可能に近いので、撃墜には手間がかかります。

 

 

 

『キティ小隊の凜とした雰囲気のある物騒な少女』

元ネタ ウルトラマンダイナの『うたかたの空夢』よりキティ小隊

    武装錬金より津村斗貴子

 

ウルトラマンダイナの『うたかたの空夢』に登場したマリネリス基地所属のガッツウィング一号の小隊です。何故か小隊長は前作ウルトラマンティガのヒロインを使うっていうキャストの無駄遣い……そしてなんとも可愛らしい小隊のコールサインのギャップは噴飯ものでしたね。

拙作ではウルトラマンティガのヒロインを使うのもどうかと思いまして、津村斗貴子さんに登場していただきました。まぁ、後述するキャプテン・ブラボーの存在に合わせただけなのですがね。

 

 

 

『キャプテン・ブラボー』

元ネタ ウルトラマンダイナの『うたかたの空夢』よりキャプテン・ムナカタ

    武装錬金よりキャプテン・ブラボー

 

ウルトラマンダイナの『うたかたの空夢』に登場した伝説の提督、キャプテン・ムナカタ。彼は元GUTSの隊員であり、退職金代わりにTPCの万能戦闘母艦『アートデッセイ号』を強奪し、曙丸と改名した上で宇宙海賊船として運用していました。

何故か旧TPCマークにティガを模したドクロマークと丸地にムというマークを掲げて海賊やってた旧GUTSムナカタ副隊長……そして部下はウルトラマンダイナのスーツアクターの皆さんに元GUTSのシンジョウ。もう、ふざけすぎですよね。しかも凄い贅沢なおふざけです。

そして拙作ではこのキャストをキャプテン・ブラボーにやって頂きました。理由?いや、キャプテンが似合ってネタにしやすいキャラってことで浮かんだのがブラボーだったってだけですよ。因みに彼の部下ですが、同じく錬金戦団のルーキー、中村剛太君でした。




ハイパーメカキングギドラ、もといゴジラアイランドはやはりご存知の方は極少数でしたね。しかし、分かってくれる人がいただけでも自分は嬉しいです。


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PHASE-4 燻る火種

特殊刑事課に毒された……一人称の文章ばっか書いていたせいでいつもの文体を忘れてしまったみたいです。


C.E.79 3月31日 火星 マリネリス基地

 

 

 

 眼下に見えるのは褐色の大地。開発が開始されたとはいえ、未だに大気改造は実戦されておらず、火星入植者は静止軌道上のコロニーか、地表に造られた完全密閉施設内でしか生活することはできない。政治的な駆け引き、生産性や技術的な問題などから、火星が地球のように生物が生きられる大気に包まれるまでにはまだまだ時間がかかると言われている。

「畜生……何で俺が火星なんかに飛ばされなければならないんだよ」

 この春に大日本帝国宇宙軍航宙学校を卒業したばかりの青年、飛鳥シンは輸送艦『大隅』の食堂でパエリアを食べながらぼやく。彼の向かいに座っていた小柄な女性も彼の言葉に相槌をうった。

「全くだ。何であんな開発の最前線に配属されたんだか。あそこじゃまともなショッピングもできやしない」

 シンは内心、タリサはそんな女性らしくショッピングを楽しむようなやつには見えないと思っていた。彼女の普段の様子からすると、野郎共といっしょに居酒屋に通う方が性に合っているように見える。だが、それを口にすればグルカ式格闘術の餌食になることは確実であるため、内心を口にだすことはしなかった。

 

「冷静に考えれば、今帝国の勢力圏の中でも有数の重要な拠点であり、緊張が高まっている場所でもあるからな。人員が必要とされるのも無理もないことだと思うんだが……アタシとしては、そんなことよりも『アレ』のせいだとおもう」

 『アレ』というものに複雑な感情を抱いているのだろう。その言葉が出た途端に二人の表情が曇る。

「やっぱ、ぶっ壊したのはまずかったよな……吹雪の噴射ユニット」

「その懲罰でアタシたちはここに飛ばされたってのは、分かる気がするんだよなぁ」

 彼らの脳裏に浮かぶのは卒業前戦闘技術特別審査演習でのことだ。彼らは一機で1000万円近くする噴射ユニットを大破させ、演習後の講評では仮想敵(アグレッサー)を務めた白銀少佐に叱責され、演習のレポート提出後には三科教官から絞られ、伏見帰還後には始末書、罰則なども課せられた。

 これほどの不祥事を起こしたことが、今回の島流しじみた配属先の理由だと彼らは考えていたのだ。尚、あれはどっちが悪いとかそういう議論は罰則中に十分すぎるほどやっているので、今更彼らが責任を押し付けあうということはない。不毛な議論の果てに彼らはあれはしょうがなかったという結論に達していた。

 

 三月半ば、二人は噴射ユニットの大破という不祥事にも関わらず宇宙軍航宙学校を無事卒業することができた。もしかすれば退学や賠償もありうると内心ビクビクしていた二人は合格できることを聞いた途端、喜びを抑えきれずに抱擁を交わしたのだとか。

 そして卒業の翌日、配属先の発表日に寝坊するという航宙学校始まって以来の不祥事を起こした二人に示された配属先はまさかの火星だった。妹に会えなくなる危機感を感じたシンはどこかの嘘つき狙撃手の常套句の仮病を訴えてまで抵抗したが、三科の『じゃあ、噴射ユニットの賠償背負って軍を辞めるか?』の一言の前に沈黙せざるをえなかった。

 シンの脳裏に火星の美少女戦士の姿が焼きついており、その幻影に追われていたが故に彼の気迫は凄まじいものであった。後に三科もこの時の彼からは恐ろしさを感じたと述懐している。

 

 

 

 

 マリネリス基地の上空に到達した大隅は高度を下げながら基地の近郊にある埋没型格納庫に向かう。この埋没型格納庫区画には最大で32隻の艦艇が収容できるように造られており、地球から定期的に訪れる資源運搬船や火星の防衛戦力である宇宙軍火星方面隊に所属する艦船をほぼ収容することができる。いわば、この区画は宇宙軍火星方面艦隊の泊地といってもいいものだ。

 危なげなく格納庫内に降下した大隅は拘束アームによりその動きを停止する。そして船体に搭乗橋がかけられ、貨物と共に同乗していた軍関係者が次々と搭乗橋を渡っていった。大隅は艦首にドアを設けているため、貨物の搬入、搬出はこの観音開きに左右に開く艦首にて行われている。

 シンが搭乗橋から眼下を見下ろすと、ちょうど大隅に積まれていたMSの胸部が艦首から運び出されているところだった。今回、火星に配備されたMSは最新鋭機の不知火弐型だ。最新鋭機を配備するほど本国が重要視しているということは、火星はそれ相応に情勢がきな臭いということなのだろうか。

 しかし、もしも情勢が本国の読み通りにきな臭くなっていた場合、自分が卒業後にどこに配属されていようとそう遠くない未来に前線に出ることは避けられなかったのかもしれない。不動のように艦隊勤務になっていれば戦争中は最悪2、3年は妹に会うことはできなくなっていただろうから、戦争が始まれば火星だろうと艦船勤務だろうと等しく帰れないことには変わりはないのだが。

 

「おい、シン、こっちみたいだぞ」

 シンはタリサの声で我にかえった。既に目の前には格納庫区画から基地の中央区画へと繋がる地下シャトルが止まっている。マリネリス基地とこの格納庫区画、守備隊詰所区画は地下深くを走るこのシャトルで行き来するのだ。敵襲を想定してシャトル用の地下道はフェイズシフト装甲で覆われたものになっており、敵の攻撃を受けても簡単には崩落しないようになっている。

 シャトルはシンたちを乗せると、自動操縦で基地へと向かった。シャトルには非常時のために窓がついてはいるが、地下を走っているので窓から景色などが見えるはずもない。そしてシャトルは数分で基地側の地下駅に到達した。

「飛鳥シン少尉と、タリサ・マナンダル少尉でありますか?」

「そうです」

「お待ちしておりました。小官はマリネリス基地司令付きの前橋栄太曹長であります」

 駅で待っていた曹長の階級章をつけた男性の敬礼に対し、二人は答礼を返す。

「司令が司令公室にてお待ちです。小官は司令にお二人を司令公室に案内するように命じられました」

「基地司令が、一介の新米士官である自分達に……ですか?」

 通常、航宙学校を卒業して配属されたばかりの新米に基地司令が一々顔を合わせようとすることはない。故にシンは突然の呼集を訝しんでいるのである。

「確かにこれは異例のことですが、司令にもなにかお考えがあるのでしょう。まぁ、会えばわかりますよ」

 軍隊という究極の縦社会にいる以上、疑問に思うことがあっても上官からの命令を無視することはできない。シンたちは疑念を抱きながらも前橋に続いて司令公室にむかった。

 

 

 

「こちらです。……長官、飛鳥少尉とマナンダル少尉をお連れしました」

 公室の扉に向けて声をかけた前橋は、静かに扉を開けて中に入った。前橋の視線に促されてシンたちも公室に足を踏み入れる。

「うむ、来たか」

 公室の奥に鎮座するデスクにいたのは、白髪でなければ40代後半と言っても疑われなさそうな風貌の初老の男性だった。その隣にはいかにも軍人といった印象を受けるかなり厳つい顔をした男性が立っている。

「私がこの火星方面隊マリネリス基地司令の竹林宗治中将だ。……うむ、なるほど。ここに配属されたわけだ」

 竹林は何を納得したのか分からないが、ひとりだけ笑みを浮かべている。だが、シンたちが怪訝そうな表情を浮かべていることを察していたのだろう。彼は二人が何か言う前に口を開いた。

「私は昔から問題児の更正担当部署みたいに扱われていてな、問題児はまず竹林に預けよと宇宙軍では言われているほどだ。当然、今回君達も更正のために私の元に送られたということだな」

 地上勤務だろうと艦船勤務だろうと、常に竹林の下には問題児ばかりが集中して配属されていた。精鋭として名を馳せる蒼龍MS隊の権藤吾郎大佐、新城功二大尉、結城晃少佐、佐藤清志中尉も全員航宙学校卒業後に竹林の世話になっていた。

 

「君達みたいにエネルギーが有り余っていて頭の螺子が緩んでそうな若者ならば、吹雪の噴射ユニットを演習で特攻させるなんて無茶をやっても不思議ではない。だがな、ここに配属されたということは、上層部は私が君達を更正することを期待しているということだ。ならば私も上層部の期待に答えなければなるまい」

 竹林は先ほどの笑みから一転して真剣な表情を浮かべる。

「かつては私が直々に面倒を見ていたのだが、基地司令になった今では昔のようなことはできなくなった。そこでだ、君の教育はかつて君と同じ道を辿って私の元に回された先輩にしてもらうことにした」

 そう言うと、竹林は隣で待機していた男に視線を向けた。

「彼は響剛輔中佐だ。かつては宇宙軍の荒鷲と呼ばれるくらいにヤンチャで無茶な男だった。君達はこれから彼の下に配属されることとなる。しっかり更正するように……さて、響君。君も後輩をみっちりとしつけてくれたまえ。それでは、後は任せた。もう退室してよろしい」

「はっ!お任せ下さい。それでは失礼します!!」

 響中佐は司令に敬礼すると、そのまま踵を返して司令公室の出口に歩を進めた。シンとタリサも慌てて敬礼をすると、彼に続いて司令公室を後にする。それを見送った竹林は一人呟いた。

「……昔の権藤に匹敵するほどの問題児か。響、こいつは骨が折れるかもしれんぞ」

 

 

 

 シンとタリサは響に連れられて部隊のブリーフィングルームに向かう。そこには既に彼らの先任たちが顔を揃えていた。

「彼らが本日より、我々マリネリス基地航宙隊第一中隊の一員となった新人だ」

 響に促されてシンとタリサは前に出る。

「飛鳥シン少尉です。よろしくお願いします」

「タリサ・マナンダル少尉です。よろしくお願いします」

 緊張でカチカチに固まった自己紹介が終わると、笑みを浮かべた響が前に出てシンの肩を大げさな手振りをしながら叩いた。

「よ~っしゃあ!固まってるなよ、問題児ども。俺が隊長の響剛輔だ」

 因みに、タリサではなくシンの肩を叩いたのは、タリサが小柄であったために肩に手をかけ辛かったというだけの理由である。セクハラとかそのような事情は全く存在しない。

「よ~し問題児、まずは自分の抱負でも語ってみろ。もちろん、簡潔にな」

「抱負ですか?」

 タリサが問う。

「そうだ。よくあるだろう?命の限り頑張ります!!とかってやつだ」

「なら、アタ……小官の抱負は負けないことです!!隣のやつも含めて、この隊の誰にも負けないパイロットになります!!」

「威勢のいいこと言うじゃねぇか!!貴様の実力は後でたっぷり見せてもらおうか!!」

 

 タリサらしい勝気な抱負だとシンは思った。そして、タリサが視線をシンに送る。お前の番だといいたいのだろう。シンは考える。自分の抱負もタリサのものとそう変わるものではない。だが、そのまま言っても面白みがないし、タリサの二番煎じというのは感情的にも嫌だ。

 かといって、今の自分にはそのほかにさしたる目標はない。強いて言えば火星ではなく、アメノミハシラ勤務になりたいことぐらいだろうか。だが、配属早々に他所に転属するために全力を尽くすと宣言しても人間関係がぎくしゃくするだけだ。親睦を深めるべきこの時期にそんなことはできない。

……そういえば、自分は何故MSパイロットを目指していたのだろうか。妹の足の手術費用と今後の生活費と安定した職を求めて軍に志願したが、別に志願先はどこでもよかったはずだ。

 別段視力や体力、知力が劣っていたわけでもないし、コーディネーターであるために大概のことに対する適正はあった。陸海空宇宙どの軍のどの術科学校でも志願できたのに、何故俺は宇宙軍航宙学校に進学したのだろうか。何かきっかけがあったはずだと考えて俺は記憶を探る。

 

 自分がMSパイロットを目指した根源を求め、記憶を探るうちに思い出したのはあの日――父を失った日だった。俺と家族はあの日、オーブが侵略され、シェルターの中に退避していたが、東アジア共和国の攻撃でシェルターは崩壊し、父と妹が瓦礫に埋もれて動けなくなった。

 周囲の人たちは我が身可愛さに負傷者を見捨てて逃げていく。俺達家族を助けようとしてくれたのは、偶然知り合った大和夫妻だけだった。そして、身動きの取れない俺達に東アジアの兵がロケット砲を向けた。

 俺はあの時、動けなかった。あの兵士たちが引き金を引けば、俺達は死ぬんだっていうことは分かってたけど、それをどこか達観したような、まるで自分のことではないかのように傍観して、諦めていた。

 だが、その時空から降り注いだ光がロケット砲を構えた兵士達を薙ぎ払った。空を仰ぎ見た俺が見たのは、肩に日本の国籍を示す日の丸のペイントが入ったトリコロールのMSだった。その姿はとても頼もしくて、かっこよくて、まさに俺にとってそのMSはヒーローだった。

 そうだ。俺がMSパイロットを目指したのはあの時俺達を救ってくれたヒーローに憧れた。その俺達を守ってくれるその背中に、家族を救ってくれたその手に俺は憧れたんだ。なら、俺の抱負は決まっている。

「小官の抱負は……いつか、大和中尉と肩を並べることができるぐらいのパイロットになることです」

 シンが口にした抱負に響は興味を持ったらしく、僅かに呻った。

「そのために、日々鍛錬を積み重ねていく所存であります!!」

「いい度胸じゃねぇか、新入り!!あの帝国の白の鬼神相手に肩並べようってんだからな!!だが、どうして隣の嬢ちゃんみたいに越えるって発想が出てこないんだ?」

「小官は8年前、大和中尉に命を救われました。自分は彼の強さに憧れたのではなく、命を護ろうと、救おうとする姿に憧れたのです。自分の目標は、あの日見た彼の姿に追いついて、多くの人を救うことなんです。人の命を救う姿に優劣はありません」

 シンが抱負を述べると、響は口角をあげて、不敵な笑みを浮かべた。

「面白い新入りだ……いいだろう。お前は俺がみっちり扱いて大和キラに並ぶパイロットにしてやる!!」

 

 シンたちが自己紹介を終えたところで、響はその視線を先任たちに向ける。

「よし、新入りの紹介も終わったところだ。先任も自己紹介をしてくれ」

 響の指示に従い、長身でこんがりと焼けた肌の男が前に出た。

「俺は甲田俊之だ。階級は大尉、この隊の副隊長をしている」

 次いで、その隣に控えていた先任たちが順番に自己紹介をした。

「私は弓村涼。階級は中尉よ。よろしくね」

「俺は雁屋公平。階級は少尉だ。射撃なら基地一の腕前と自負している」

「俺は中島勉。階級は少尉だ。整備士から転向してきたから、軍歴もそこそこに長いぞ」

「私は佐伯礼二。階級は大尉だが、甲田大尉よりも後任にあたる」

「そしてアタシが緑川舞。階級は曹長で、CPをやっています。よろしく!」

 

 これで部屋に詰めている全ての先任の紹介が終わった。だが、ここでシンは疑問を抱いた。

「響中佐、質問してよろしいでしょうか?」

「どうした?」

「何故中隊なのにここには二個小隊しか存在しないのでしょうか?」

 帝国宇宙軍のMS部隊編成単位では、最小単位の2機連携(エレメント)からなる1個分隊2機を基準に、2個分隊4機で小隊、3個小隊12機で中隊、3個中隊36機で大隊、3個大隊108機で連隊としている。

 そして中隊は基地駐屯部隊として配備する際の最低単位だ。中隊からは各種装備の違いによる前衛、中衛、後衛の役割分担が効率的に機能するからである。練成も兼ねた後方の基地ならばいざ知らず、最前線の基地でこの中隊が組まれていないのは奇異だとシンは感じていたのだ。

「ああ、それには理由があってな。本当はもう一つ小隊が存在するんだが、つい先日から我が国が保有している資源地帯の警備にあたっている。正確には、基地に停泊している輸送船に物資を届ける資源運搬船の警備だな。最近、マーシャンたちが我が国の資源地帯の境界線に立ち入ろうとしたり、我が国の船舶に急接近したりする威嚇行為を頻繁に行っているため、我々としても対抗策をうつ必要があったのでな」

 

 未だに戦端は開かれてはいないものの、既に両国の間で生まれた争いの火種は大きくなりつつあるようだとシンは感じていた。



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PHASE-4.5 功利主義者

今回の話はΔアストレイを読んでいないとあまりよく分からないかもしれません


C.E.78 12月2日 大西洋連邦 ワシントン

 

 この日、国務省の応接室には珍しい客人がいた。仏頂面した若者と受けのよさそうな笑みを浮かべた若者の二人組みだ。また、二人の衣装は地球上では見かけないどこか民族衣装的な雰囲気のするものだった。

「はじめまして、私が大西洋連邦国務長官のウィルソン・マルコンスです」

 齢40にして国務省の主となった男、ウィルソンはにこやかな笑みを浮かべながら会談相手に握手を求めた。会談相手の若者は、顔に貼り付けた表情を変えぬまま差し出された手を握り返す。

「火星圏開拓共同体の全権大使を任されたアグニス・ブラーエです」

「副官のナーエ・ハーシェルです」

 ウィルソンと握手を交わした異邦人は彼に促されるままにソファに腰掛ける。そして、アグニスが前置きもなく本題を切り出そうとする前に応接室の扉が開かれ、ウィルソンたちの前に紅茶を淹れられた。

「さぁ、どうぞ。冷めてしまわぬうちに」

 ウィルソンに勧められるままにアグニスたちも紅茶を口にする。同時に、仏頂面を崩さなかったアグニスの顔も微かに緩んだ。

「美味しいお茶ですね……火星でつくられているものとは比べ物になりません。一体これにはどんな品種改良を?」

 ナーエの質問にウィルソンはにこやかに答えた。

「品種自体は何世紀も前から変わっていませんよ。……ただ、この紅茶は東アジア共和国のセイロン島の最高級の紅茶でしてな。私のお気に入りなのですよ」

 

「早速だが、本題に入りたい。我々が日本の侵略を受け、我々が開拓するはずだった大地を奪われていることはご存知だろうと思う。そこで、我々火星圏開拓共同体は貴国に援助を要請したい」

 紅茶を飲み終えてから間髪いれずにアグニスは本題を切り出す。まるで初めからこの交渉以外には興味が無かったと言わんばかりの勢いだ。

「マキシマオーバードライブを持つ日本は、全てを自給しなければならない我が国とは異なり地球から短期間で開発用の資材や人員を都合できる。当然、そうなれば開発のスピードも日本側が有利なことは自明の理だ。そして、日本はその開発スピードに物を言わせて火星での領地を拡大させている」

 捲くし立てるアグニスを補佐すべく、ナーエも口を開く。

「Mr.ウィルソン。日本により火星の開拓が進み、火星の資源を独占されるということは貴国としても避けたいのではありませんか?」

 これまで聞き役に徹してきたウィルソンがここで口を開く。

「確かに貴国の主張も尤もではありますな。元々、我が国もこの状況を座して待つつもりは毛頭ありませんでした」

「では!!」

 アグニスが期待から身を乗り出す。だが、ウィルソンは逸るアグニスを静かにかざした右手で制した。

「ですが、我々もそう簡単に援助をするとは言えません。貴国への援助は同時に日本に対する間接的な制裁に等しいですからな。その場合、日本が報復措置として我が国に対して経済制裁を課すことも十分に考えられます。日本からの経済制裁となると、我が国の経済にも無視できない影響が出ることでしょう。世界経済というのは、大国の景気変動(クシャミ)一つで世界的恐慌(感染爆発)になるほど虚弱ですからな。勿論、我が国もある程度の抵抗力は持っておりますが、それでも影響は抑え切れません。少なからざる国民を不幸にしてしまうことは避けられないでしょう。我が国は弱き民であっても簡単に見捨てることはできません」

 ウィルソンは言外にこう言っているのだ。資源を見返りに渡すというのは予想がついている。だが、それだけでは不足(・・)だと。もっと大きな対価がなければ我が国は動けないと。

 アグニスも元は一コロニーのリーダーとなるべく遺伝子調整して誕生した男だ。ウィルソンが言外に求めているものぐらいは理解できる能力を持っていた。

「……我々は貴国に対して資源を輸出する際に便宜を図る用意があります。今後更に広がる宇宙開発時代を考えれば、この援助は貴国にとっても悪い話ではないと思いますよ?」

 大国の貪欲な姿勢に歯軋りしているアグニスからウィルソンの意識を逸らすためにナーエが問いかける。

「確かに悪い話ではないというのは分かります。しかし、Mr.ハーシェル。仮に我が国が援助をするとしても、それは簡単なことではないのです。火星に駐留する日本軍を相手にするとなれば、援助物資そのものも多分に用意する必要があります。日本軍は火星で本格的な武力衝突が発生すればアヅチからマキシマ・オーバードライブを搭載した一個艦隊を火星に回航させることも辞さないでしょうから」

「火星に一個艦隊を回航ですか?日本軍がL4に保有する戦力を考えると過大ではありませんか?」

「日本軍の聯合艦隊(コンバインド・フリート)はL4に四個艦隊を保有しています。我が国や東アジア共和国への抑止、非常時の防衛を考えれば一個艦隊までならば回航できるでしょう。我々やユーラシア連邦、東アジア共和国では同じようなことは難しいでしょうが、日本軍は二個艦隊をマキシマオーバードライブ搭載艦でかためております。通常ならヴォワチュール・リュミエールを使っても片道一月がかりの火星航路ですが、彼らの艦隊は片道一週間ほどしかかからないのですから、戦力にも多少融通を利かせることができるのです」

 ナーエはウィルソンの指摘を否定できずに内心で悪態をつく。だが、表面上は少し困ったという印象を与える苦笑を浮かべ、内心を伺われないように振舞った。

「また、それだけではありません。正規軍の軍艦ですら往復に2ヶ月かかる航路です。輸送船ではそれ以上の時間がかかってしまう。輸送の手間も膨大なものとなるでしょう」

 交渉ではかなりの譲歩が必要だとナーエは感じていた。だが、彼の予想はこの直後に覆された。他ならぬ、彼の主の言葉で。

 

「では、貴国としては、援助に釣り合う対価があればいいのだな」

 単刀直入な言い方にウィルソンは内心で頬を引き攣らせた。外交の場というのは腹の探りあいだ。回りくどい言い方を重ねることで自身の腹の内を読まれないようにしつつ、相手に自身がもつ妥協点を錯覚させることが外交の基本だと彼は考えていた。だが、アグニスはそのような基本など全くおかまいなしだった。

「我々も、援助を申し出る以上、それなりの対価は用意している」

「まさか……アグニス!!」

 ナーエはアグニスの考えていることを察したのか、慌ててその真意を問いただす。だが、アグニスは気にも留めない。

「ナーエ!!交渉の代表はこの私だ!!黙っていろ!!」

 そう言うと、アグニスは懐から端末を取り出した。そしてそれを操作して画面をウィルソンに見せる。見たところ、火星の地図のようだ。青で塗りつぶされたところは鉱脈らしい。

「これは……火星の資源地図ですかな?」

「いかにも。そしてここが我々の領域で、ここが忌々しい日本人の領域だ。そして、この青で塗りつぶされた地域、日本の支配地域の目と鼻の先にあるこの地帯から取れる資源を貴国にのみ独占的に売買する用意がこちらにはある」

「……その資源とは如何なるものですか?」

 既にウィルソンは半ば当たりをつけている。大国である大西洋連邦を動かせるほどの資源といえば、その種類は限られているからだ。そして、彼の予想は的中した。アグニスは不敵な笑みを浮かべながらその資源の名を告げる。

「こいつはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルだ」

 

 

 

 

 

 同日、マーシャンとの交渉を終えたウィルソンはその足で大西洋連邦大統領官邸に向かい、ジョゼフ・コープランド大統領、エリック・マキナン国防長官、ハイドン・ディクス大統領首席補佐官に出迎えられた。

「ご苦労だった、ウィルソン。交渉は上手くいったかね?」

 コープランドの問いかけに、ウィルソンは満面の笑みを浮かべて答えた。

「ええ。想定以上の妥協を引き出すことができましたよ……いや、引き出したというわけではありませんな。向こうが勝手に最大限の妥協をしてくれましたから」

 そう言うと、ウィルソンはアグニスから渡されたデータディスクをディクスに手渡した。

「これには火星の資源地帯を示した資料が入っています。彼らは全ての資源の格安での購買権を担保に我々に援助を求めてきました。しかも、NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの独占購買権をつけてです」

 ウィルソンの言葉にコープランドは目を見開いた。NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルといえば、現在のところ限られた地帯からしか産出されない戦略物資だ。前回の大戦の後も大西洋連邦が揺るがぬ大国の立場でいられたのもこの資源の独占ができたため――つまりは核の独占ができたためである。

「なんと……私としては一部資源の優先購買権の獲得ぐらいが関の山だと見ていたのだがな。これは……日本の諺でいうところの(Wild Duck)(Welsh Onion)背負ってやってきたというところか?」

 マキナンも驚きが隠せないようだ。

「しかし、何故彼らはここまで妥協したのだ?何か裏があるのではないかね?」

 そう訝しげに口にしたのはディクスだ。彼はあまりにも上手い話であるが故に、何か裏があると踏んだのだ。

「ええ。私も最初は同じことを考えました。ですが、はっきり言って私には彼らに深い考えがあったとは思えないのです」

「その根拠はなんだね?」

「彼らはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの鉱床の存在を自分達の交渉のカードとして使いましたが、彼らはそのカードの使い方を全く理解していませんでした。JOKERと言うものは、出し惜しみするところから効果を発揮するものですが、彼らはそれを何のためらいも無く私に曝したのですから」

 

 外交において手札とは、その存在をチラつかせるところから効果を発揮する。お互いに手札を探りあい、いつ手札を切るか、その最適なタイミングを見計らうのだ。手札の中には『ハッタリ』というスカカードもあるが、それも本物のカードと混ぜることで無視できない効果を発揮する。

 今回、ウィルソンが相手にしたアグニスとナーエはその手札の使い方があまりにもお粗末だった。火星という宇宙の孤島とも言える環境に長年引篭もり、半ば鎖国的な性質があったためであろう。完全にウィルソンの手玉に取られていた彼らの外交はとても及第点があげられるものではなかった。

 彼らはNJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの価値そのものを疑うそぶりを見せたウィルソンの話術にまんまとはまり、NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルのカードを切る前よりも状況を悪くしてしまったのだ。

 ウィルソンは彼らに対し、一口に援助と言っても、輸送船団や兵器の手配、さらに弾薬や補充部品の継続的供給、それらの扱いに関する指導など多岐に亘ることを挙げた。火星圏開拓共同体には物資の大規模な輸送能力はそもそも存在せず、日本と衝突した場合は確実にシーレーンを絶たれるという点も彼らが足元を見られる要因となった。(中立国である大西洋連邦の船舶でなければ火星までの航路で日本軍による通商破壊を受ける可能性が高かったのである)

 それでも必死に対価の引き下げを図るアグニス達であったが、結局ウィルソンに主張を認めさせることはできず、自身の発言で更に傷を広げることとなってしまった。

 

「彼らは外交的には素人同然でしたね。ですが、もしもあれが全て演技で自分が罠に嵌められていたのだとしたら、私は潔く職を辞すつもりです。何なら誓約書でも書きますか?」

 ウィルソンの言葉に執務室にいた3人は失笑するしかない。確かに、話を聞く限りでは外交の形がなりたってはいない。一体どうしてこんな低能を全権大使に指名したのかと彼らが勘ぐるのも無理はないだろう。

 実は、ウィルソンの見立て通りアグニスもナーエも外交の経験などは皆無であった。しかし、彼らは素人でありながら一国家の命運を左右する外交交渉の場を任されたからには勿論理由があった。

現在、火星圏開拓共同体はその中核たるオーストレールコロニーの方針に従い、必要とされる役割に応じて遺伝子調節された人々によって国家を運営している。リーダーの素質がある遺伝子を持つ者は指導者に、戦う素質のあるものは兵士にといった具合に、本人の志望などは関係なく遺伝子による適正に応じた職を全ての国民が得ている社会なのだ。

 アグニスは国家の舵取りを担うリーダーとしての役目を、ナーエは人と人との仲を取り持つ役目を遺伝子に定められていた。そのため、共同体の上層部はオーストレールコロニーで折衝の高い実績のあるナーエを外交官として抜擢した。更に、自身の主張を強く圧すアグニスも外交官として抜擢した。上層部はアグニスが主張し、それに対する相手側の反発をナーエが抑えることで大西洋連邦との交渉を自分達のシナリオ通りに進められると踏んだのである。

 だが、外交と言うのは個人間の折衝とは全く違う。人と人との話し合いでは個人の心情や欲望、計算などが複雑に絡み合うことで軋轢が生じることは必然であり、それは国と国との話し合いでも同じである。だが、ここで一つ違うのが、外交官というものは私情を廃し、最も国家の利益となる結果を手繰り寄せることを仕事としていることだ。

 個人の間で生まれる軋轢とは異なり、例え個人としては納得できることであってもそれが国に対して最善ではなければ外交官は折れることはない。国民感情は考慮するが、自身の感情は交渉に持ち込まないのだ。

 ナーエは元々、人々の剥きだしの感情と向き合い、軋轢を無くして調和を築き上げることに秀でた人物であった。こと私人間の軋轢に限定すれば、彼の能力はとても優秀なものと言えるだろう。つまり、彼の天職は交渉人(ネゴシエーター)ではあり、外交官ではないのだ。

 

「事態は我が国にとって非常に望ましい方向に向かっておりますな」

 マキナンは言った。

「我が軍の保有する旧式の兵器を押し付ければ装備の早急な更新も可能ですし、我が国の民は一滴も血を流すことなく日本軍に流血を強いることができますからな」

「……ウィルソン、君は本当によくやってくれたよ」

 コープランドは執務机の上にある地球儀を回しながら言った。

「事態は私の望んでいた通りに進みつつある。私はマーシャン(火星圏開拓共同体、及びその国民の別名)が日本と潰しあって日本の宇宙開発に一時的にとはいえ、ブレーキがかかることを期待していた。日本の躍進がこのまま続けば、我が国は近い将来確実に地球上の国家の筆頭という立場を奪われていただろうからな。それに、日本と同様に火星の資源を狙うマーシャンも我が国にとってもあまり好ましい存在ではない。我が国の経済界も火星の利権に目をつけて虎視眈々と狙っている以上、火星の利権を牛耳る勢力の誕生は何としても避けたいのだ」

「マーシャンと日本軍が争って共倒れになってくれるのが一番望ましいのですがね。そうすれば、我が国は一滴の血を流すことなく将来的な敵性国家を取り除くことができますから。得られた火星の利権も将来、我が国に確実に富を与えてくれるでしょう」

 ウィルソンの言葉に対してコープランドは首を横に振った。

「それが最良のシナリオだが、実際には難しいだろうな。日本軍はそう簡単に妥当できるほど弱小な存在ではないだろう。日本の国力は我が国に次ぐものであるし、将兵も兵器も一級品だ。火星に引篭もっていたマーシャンたちでは相手にならんだろうよ。精々、試金石が妥当だろうな」

「マーシャンを使って日本に代理戦争をしかけるということですか。我が国は教育や指導の名目で派遣する最低限度の人材と兵器や弾薬といった戦略物資をマーシャンに提供し、見返りに資源を手にする。更にマーシャンはその潤沢な物資を使って日本に戦いを挑み、日本軍に少なからざる血を流させた上で我々に日本軍の戦闘データをその身をもって提供してくれるということですか。しかも、マーシャンたちの憎悪はけしかけた我々ではなく、日本軍の方に向きますから、我々には直接的は被害はありません。我が国がマーシャンを援助してけしかけるだけでこれほどの利益があるとは……正に至れり尽くせりですな。これならばもう少し援助の対価を引き下げてもよかったかもしれません。多少、やりすぎましたかな?」

 ウィルソンのジョークに他の3人からも嘲笑が漏れる。自国の権益のために他国の民を何のためらいもなく戦火に巻き込むことに対して、彼らは微塵も罪悪感を感じてはいなかった。彼らはそれが政治家というものであり、自分達の役割であると認識しているのだ。極端なことを言えば、彼らにとっては自国の7億1000万の民が利益を得られるのであれば全世界の100億人が危機に陥ろうが知ったことではないのである。

「まぁ、当分の目標はマーシャンたちにできるだけ長く戦ってもらい、できるだけ多くの損害を日本軍に与えてもらうことだな。できれば火星の施設にも損傷を与えて欲しいところだ」

 コープランドはそう零すとマキナンに向き直った。

「国防長官、君には早期に火星援助船団の計画を立ててもらいたい。これ以上日本が火星で勢力圏を広げる前に計画書を仕上げてくれたまえ」

「お任せ下さい、大統領閣下。軍の在庫一層セールを兼ねた盛大な船団を早期に派遣してみせましょう」

 マキナンの宣言にコープランドは笑みを浮かべながら頷いた。




久しぶりのおっさんたちの密談。やっぱりこれが好きです。書いてて心おどります。

ゴルゴの方を書いててようやくいつもの書き方を思い出せましたね。


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PHASE-5 ノクティス・ラビリンタス事変

C.E.79 4月2日 火星 マリネリス基地

 

 シンがマリネリス基地に赴任してから数日がたち、シンも同じ隊の仲間のことが分かるようになってきた。

 まず、隊長の響中佐だ。彼は一言で言えば、雷親父というやつだった。体育会系のノリや少々強引なところもあるが、部隊を指揮する時には冷静沈着で適切な判断を下す頼もしい指揮官だと思う。平時の豪放磊落っぷりと部隊指揮時のギャップもこの部隊のアットホームな雰囲気の醸成に一役買っているのだとシンは思う。実は高校生の娘さんがいるんだとか。

 副隊長の甲田俊之大尉は熱血漢だ。どのくらい熱血漢かというと、超熱血ということで有名な元テニスプレーヤーくらいだ。だが、彼はよくクサイ台詞を吐く。弓村中尉曰く、宇宙開拓にロマンを感じて宇宙軍に志願したロマンチストらしい。このアットホームな部隊では『長男』なポジションにある。

 次いで、弓村涼中尉。彼女はこの隊一の腕前を持つエースパイロットだ。かつてはあの『山吹の姫武将』篁唯依少佐が率いる安土航宙隊第13航宙戦隊隷下白い牙大隊(ホワイトファングス)に所属していたらしい。あの隊は才色兼備の大和撫子揃いと呼ばれているから分からなくもない。

ただ、雁屋少尉曰く、彼女は女傑というやつらしい。勝気で手を出してきた男を例外なく打ちのめしているのだとか。そんな内面を知っていると花を愛でる姿が物凄い似合わないように感じるのだという。部隊では厳しい『長女』なポジションだろうか?

 雁屋公平少尉は真面目なタイプの人間だ。自負するように射撃の腕前はかなりのもので、支援突撃砲による狙撃は恐ろしいほどに正確だった。突出しがちな新米前衛にとっては非常に頼もしい後衛である。

あのヘルメットを被っても体力トレーニングしても崩れない『カリヤヘアー』は一体どうやってセットされているのであろうか?個人的にはかなり気になっている。

 趣味は考古学で、歓迎会を兼ねた飲み会では超古代先史文明について延々と語られた。絡み酒で非常に鬱陶しかったことを追記しておく。

中島勉少尉は元整備士というだけあってMSに非常に詳しい。着任当日の演習の後、自分達の機動を事細かに分析し、機体に負荷がかかりやすくなっている機動などについての講習をしてくれた。あれはかなり参考になる講義だったと感じている。OSや各部調整の最適化にも一役買ってくれており、宛がわれた機体への慣熟も予定より早く進んでいる。

 部隊で一番の大食いで、基地内の食堂ではフライドチキンをバケットで食べていた。よく胸焼けしないと思う。

 そして佐伯礼二大尉。この人ははっきり言ってキャリアを絵に描いたような融通の利かない几帳面な人だ。絡みづらいため、今でもあまり分からない人だ。

 最後にCPの緑川舞曹長。彼女ははっきりいって見た目も中身も女子高生と変わらない。一応宇宙軍通信学校を首席で卒業したというのだから、人は見かけにはよらないものだ。自称マリネリス基地のアイドルらしく、一応ファンクラブがあるらしい。

 まぁ、端的にまとめれば彼女は艦隊のアイドル(笑)な某『燃料4弾薬6鋼材34ボーキサイト20』な娘ということか。

 因みに、残りの4人の隊員にはまだ会えていない。護送するはずだった輸送船の機関が不調のため、資源採掘地から帰れないらしい。今は資源採掘地の駐屯所で待機中なんだとか。

 

「この基地の人たちもまぁ、個性的な人が多いよなぁ」

 基地の食堂でシン相手にそう口にしたのはタリサだ。彼女は生来の気質からか、すぐにこの隊の雰囲気に染まった。シンの目からすると、ポジション的には活発な末っ子といったところだろうか。

「まぁ……な。けど、この雰囲気は嫌いじゃない」

 この火星は日本の勢力圏の中で現在最もきな臭い場所だ。いつ最前線となってもおかしくない。そんな中で緊張感を抱えて神経をすり減らす毎日でも、このような雰囲気であればストレスを過度に蓄えることもなく、緊張感が緩みすぎることもないだろう。

 そんなことをシンが考えていた時だった。突如食堂に緊急事態を知らせる警報音が響き渡った。

『ノクティス・ラビリンタス資源採掘基地より緊急電!!本日○七四○火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が越境、侵攻を開始せり!!航宙隊は直ちにハンガーに集合せよ!!』

 タリサとシンは食べかけのハヤシライスを残して即座に席を立つ。そして一目散にハンガーを目指した。

「就任早々なんてこった!!」

「これも歓迎イベントってやつなのか!?」

 無駄口を叩きながらも二人の足は止まらない。着任早々ではあるが、生命を賭して戦う場面を前に浮かれてはいられなかった。

 

 

「待ってたぞ!若造!」

 シン達がハンガーに飛び込むと、既に彼らの機体は推進剤も補充されて発進を待つばかりにセッティングされていた。

「隊長!!状況は一体!?」

 タリサが尋ねるが、響は答える暇は無いとばかりに彼らにパイロットスーツを投げ渡した。

「その隅でとっとと着替えろ!!作戦概要は航行中に説明する!!今は時間がないんだ!!」

 告げられた命令にタリサは赤面するが、彼女が口を開く前に響の檄がとんだ。

「前線ではそんな羞恥心を抱いている暇はない!!そんな貧相な裸を顕にする羞恥心と仲間を見殺しにした時の羞恥心など比べるまでもないだろうが!!」

 その口から漏れかけた言葉をタリサはグッと飲み込み、顔を赤らめたままハンガーの隅にダッシュした。

「貴様もだ飛鳥!!あのガキの裸を見る暇があったらとっとと着替えてこい!!」

「は、はい!!」

 響に背を思い切り叩かれたシンはタリサに続いてハンガーの隅に走った。そして隣にいるタリサの存在を意識しないようにあえて背を向けて上着を脱ぐ。

「こっち見たら殺すぞ……」

 後ろから聞こえてきた物凄いドスのきいた声に、シンは冷や汗を流す。

 面倒だからズボンといっしょに下着も脱ぎ捨て、特殊保護皮膜のスーツを足から履き、胸まで引き上げて両手を袖に通す。そして背部のジップを閉じると同時に皮膜はシンの身体にぴったりと張り付いた。

 正直、シンはこの感覚が苦手だ。全身にフィットするということは、当然下半身にもピッタリ張り付くということだ。若干締め付けられるような感覚は男なら大なり小なり不快感が皆あるものである。因みに、同期生の中では不動がもっともこの感覚を苦手としていた。その理由は言わずもがなである。

 皮膜スーツを着たシンはその上から更にウェットスーツににも似たパイロットスーツを着る。着替えの要領はウェットスーツとほぼ変わらないため、すぐに着替えは終了した。そしてシンはヘルメットを片手に自身に宛がわれた愛機の元へと駆け寄った。

 彼の愛機は配備が昨年から始まった帝国宇宙軍の次期主力MS、不知火弐型だ。最新鋭のMSを優先して配備し、基地一つのMSを全て陽炎改から更新したというのだから、日本政府が火星の開発と情勢の変化にどれほど注目しているかがわかる。

「大門さん!!いけますか!?」

「おう、坊主!!推進剤の注入が後5分かかる!!その間に設定の調整はやっておけ!!」

「了解!!」

 整備班の大門班長に一声かけたシンはそのままコックピットに滑り込む。着座によってパイロットスーツとMSを接続し、網膜投影を開始したシンは響に通信を繋いだ。視界の隅にウィンドウが開かれ、パイロットスーツに身を包んだ響の姿が投影される。

「響隊長!!飛鳥シン、MSに搭乗しました!!推進剤注入に後5分かかるので、その間に機体の調整を行います!!」

「動きが遅いぞ馬鹿者!!もっと素早く行動しろ!!いいか、推進剤の注入が終わるまでに機体のチェックを済ませるんだ!!」

 通信が繋がれた途端に響は檄を入れる。その姿はまさに鬼上官である。だが、初めての出動ということで緊張している自身にとって、このようにどっしりと構えてくれている上官がいると非常に心強いのは確かだとシンは感じていた。

 

 

『CPより航宙隊第一中隊(イーグルス)。ノクティス・ラビリンタスに先行した航宙隊第二中隊(バファローズ)から報告きました!!』

 出撃準備を終え、カタパルトへと移動したところで緑川曹長から通信が届いた。スピーカーから発せられる声からは普段の快活な彼女らしくない焦燥が感じられる。

『……資源採掘基地に駐屯していた小隊の生存は確認されていません!!敵機は100以上、機種は連合のダガーL並びに未知の新鋭MS(アンノウン)!!』

 航宙隊第一中隊(イーグルス)から派遣されていた一個小隊も全員生存は確認できていないということは、まだ見ぬ四人の先任は全員戦死したのだろうとシンは推測して苦い顔をする。だが、歴戦の猛者である響は悲愴感など全く見せずに対応した。

『ダガーLか……大西洋連邦の機体だな。未知の新鋭MS(アンノウン)は直接確認するしかないか。それで、やつらは今どこにいる!?』

『現在、ノクティス・ラビリンタスの駐屯地方面とマリネリス基地南方に複数の機影を確認!!駐屯地が敵の激しい攻撃を受けているので、主力はおそらくそこかと!!基地司令からも駐屯地の応援に向かうように命令が!!』

『よ~し、分かった!!各機、これより我々はノクティス・ラビリンタスに向かう。最優先目標は資源採掘施設の安全確保だ!!ヘマするんじぇねぇぞ、特に新米!!』

「は、はい!!」

 注意を受けたシンは緊張した声で応えた。

『いいか、お前らはこれが初陣だ。任務の達成が軍人に求められる役割だが、帰還するまでが任務だぞ。絶対に生きて帰って来い!!』

「了解!!」

 

 そしてシンの駆る不知火弐型はカタパルトへと移動する。

「全システムオールグリーン……発進準備完了!!」

『了解、射出タイミングをイーグル11に譲渡します』

 シンは保護皮膜にある自身の肌に張り付いた汗に気持ち悪い感覚を覚えていた。一言で言えば、着任早々の命を賭けた実戦ということで彼はビビッているのである。だが、それもCPの緑川曹長にはお見通しだったのだろう。

『……飛鳥少尉、もしも撃墜数稼げたら、デートしてあげるからね~』

「ちょ、緑川曹長!?」

 突然のデートのお誘いにシンは動揺する。彼にも女性経験というものは少なからずあるため、このようなやり取りに耐性がないということはない。だが、年下……というか妹属性のある女性から向けられる好意というものに彼は弱かった。それが育った環境のためか、性癖のためかは不明である。因みに彼の同期のF氏の証言では、彼はシスコンでロリコンとのことである。

『因みに~~撃墜数がドベだったら涼先輩をデートに誘ってもらうからね』

「ちょ……待って下さいよ曹長!!俺はアラサーには興味は……」

 だが、うろたえるシンにここで追い討ちがかけられる。

『ふ~ん、アタシみたいな年増に興味はないってことなんだ』

「ゆ、弓村中尉!!誤解です、俺は……若い子が好きってだけで」

 その場を取り繕うとして更に墓穴を掘り、収拾がつかなくなってアワアワしているシンを見かねた響がここで助けに入った。

『飛鳥!!貴様はとっとと出撃しろ!!後がつかえているんだ!!そして舞!!貴様も新米をからかって遊ぶな!!』

『りょうか~い。じゃあね、飛鳥少尉。戦果を期待して待ってるからね~』

 緑川曹長は反省した様子を全く見せないまま回線を切った。シンもこれ以上響にどやされたくは無かったので、素直に発進シークエンスを開始する。心なしか、先ほどまで身体を支配していた緊張感が軽くなった気がする。きっと緑川曹長は初陣の自分を気遣って緊張を和らげようとしてくれたのだろう。シンは彼女に素直に感謝の念を抱く。

 シンは覚悟を決めた。後は自分のやれるだけやると決め、スティックを握り締める。

「イーグル11、飛鳥シン、行きます!!」

 いつかは世界にその名を轟かせる若鷲が、火星の赤き空へと飛び立った。この日から幾多の戦場を潜り抜けることで若鷲は真の猛禽へと進化していくことになる。

 

 

 

 

 

形式番号 TSF-Type4Ⅱ

正式名称 四式戦術空間戦闘機『不知火弐型』

配備年数 C.E.78

設計   大日本帝国防衛省特殊技術研究開発本部

機体全高 19.8m

使用武装 78式支援突撃砲

     74式近接戦闘長刀

     71式攻盾ユニット

     肩部搭載型ミサイルユニット

 

備考:Muv-Luvシリーズに登場する04式戦術歩行戦闘機『不知火・弐型』Phase-2そのもの。

   ただし、脹脛の部分にスラスターを内蔵している。

 

ヤキンドゥーエ戦役末期、ザフトのエースパイロットが駆るドラグーン搭載MSと互角にやりあった不知火は軍上層部からも高く評価されたため、終戦後まもなく不知火量産化計画が始動した。

しかし、不知火という機体は『予算度外視で科学者(へんたい)がかんがえたさいきょうのきたい』である。一機当たりの調達価格が常軌を逸しており、これを量産したら敵を滅ぼす前にこちらが滅んでしまうことが確実だった。

だが、かといって量産計画を破棄することは惜しい。そこで軍は武装のダウングレードによるコストダウンを考えた。

まず、プラズマグレネイドをオミットした。敵の攻撃をプラズマエネルギーに変換し、収束・増幅して肩部から展開される砲門より発射する超兵器だが、この兵器は全身の装甲に行われているダイヤモンド・コーティングあってこそものだ。

だが、このダイヤモンド・コーティングというのはMS1機に施すだけでもMS10機分以上に相当する費用がかかるなため、とても量産機に施すことはできなかった。ダイヤモンド・コーティングのオミットに伴ってプラズマグレネイドはオミットされたのであった。

 

背部に搭載している専用武装、『則宗』も一本ずつ鍛造して造られているために量産は不可能だった。そのため、これも『撃震』から採用実績のある70式近接戦闘長刀に換装された。

装甲もTA32ではなく、チタン系合金に変更され、CPUも特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女謹製の一品から帝洋グループの電子部門が量産化に成功したばかりの最新のCPUに換装された。噴射ユニットも富嶽重工が開発した新型の『祭』に換装され、頭部の各種センサーも現有機のものに換装したために頭部形状も若干変化した。

各部に使用されていた剛性の高い部品や耐久性の高い部品もより廉価なものに換装し、これでようやく量産機相当の調達価格になったと技術者達は喜んだが、喜ぶのはまだ早かった。試験機にて演習したところ、噴射ユニットの出力の低下に伴い、3次元機動性能が著しく低下していたのだ。

不知火は大出力の噴射ユニットのノズル操作とAMBAC制御、補助スラスターの細かい操作によって世界最高峰の機動性を実現した機体だ。つまり、大出力噴射ユニットに振り回されない一部のエースパイロット以外ではその機動性を全く発揮できない超問題児だった。しかし、その機動性能は大出力噴射ユニットに依存していたものであり、噴射ユニットの性能低下は即ち機動性の大幅な低下と同意義だったのである。

コストダウンすれば陽炎改以下の性能になってしまうという現実に悩んだ結果、技術者達は肩部にスラスターユニットを増設することで問題の解決を図った。これは量産試作機まで完成していた陽炎改高機動型に取り入れられていた機構を流用したもので、この機構の採用により若干コストは上昇したが、機動力の低下は許容範囲まで抑えられたために問題視されなかった。

 

開発から正式採用まで7年もかかった弐型だが、基礎設計が7年前の機体であるにも関わらず各国の新型機に全く見劣りしなかった。これは7年前の特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)科学者(へんたい)たちの設計思想が数年後の世界の設計思想よりも先進的であったことに他ならない。つまり7年が経過してようやく他国が不知火の設計思想に追いついたとも言い換えられる。

ロールアウトした不知火弐型は情勢が緊迫しつつあった火星に最優先で配備され、火星に駐屯する部隊はC.E.79年の4月までに全部隊が不知火弐型に機種転換を終了した。今後は航宙母艦の艦載機としても配備が進められる予定となっている。




さて、ズンダ海峡にでも行ってきます。ピーコック島から帰ってくるまではペースが乱れそうです。


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PHASE-6 進撃の異形

 8機のMSが紅い大地を翔ける。不知火弐型の噴射ユニットに採用されている『祭』は細かな砂塵が舞う紅い空で力強く稼動していた。

『……隊長!!見えました!あれです!』

 中島がメインカメラにが捉えた機影を見て叫ぶ。

『報告通りダガーLだな……数は30か。不知火弐型とダガーLの撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は確か4.16対1だったからなんとかなるな。甲田!お前は佐伯と共に新米前衛二人のサポートにあたれ!』

 敵との戦力差、乗機の性能差から響は勝機があると判断し、響は攻撃を命じた。

 

 

「う……うぉぉらぁ!!」

 シンは乗機のフットバーを蹴りとばし、敵の先鋒に肉薄する。そして彼の駆る不知火は78式支援突撃砲を発砲、先鋒のダガーLの胸部を突撃砲の銃口から放たれた閃光が貫いた。次の瞬間、緑の閃光で射抜かれたダガーLが火球へと変貌を遂げる。更に、彼に続き僚機が発砲し、計4機を瞬時に火球へと変える。

「やっ……やった一機撃墜!!」

 初めての戦果に浮かれるシンだが、多数の敵を前にして浮かれることは命取りになりかねないことをこの時の彼は失念していた。4人の中で最も突出した位置にまで出ていたこともあり、先ほど仕留め損ねた敵機からの砲火がシンに集中する。

 シンはシールドを構えて自身に殺到する砲火を防ぐ。だが、不知火が装備しているシールドは量産型のラミネート装甲のシールドだ。ダガーLの装備しているM703kビームカービンで攻撃し続けても破壊することは難しいことは敵側も分かっている。

 残存の敵の中で数機がビームライフルを収め、腰のサイドアーマーから両刃ナイフのようなものを取り出す。この両刃ナイフ状の武器はMk315スティレット投擲噴進対装甲貫入弾といい、投擲後に搭載のバーニアで加速して標的に突き刺さり炸裂する兵器である。

 ビーム兵器には強いラミネート装甲もこの手の攻撃への耐久力は高くないため、盾が突き破られる可能性が高いと判断したシンはビームの雨に身を曝す覚悟で盾を捨てようとする。だが、それは杞憂だった。スティレットを振りかぶった敵は上方からの砲火を受けて慌てて散開したのだ。敵機を攻撃したのは肩に02、10とペイントされた機体だ。

『俺達を忘れるなよ!新入り!』

「甲田大尉!!それに佐伯大尉!!ありがとうございます!!」

 シンはフォローを入れてくれた先任に感謝の言葉をかける。

『礼なら帰ってから言え。……だが、礼の前に説教だがな。この愚か者が』

 佐伯はシンに小言を言うと、そのままダガーLの部隊を追撃する。シンも慌ててそれに続いた。

 

 

 

「ちぃ……何をやっているんだ!!」

 攻撃部隊の指揮官であるヴァン・フォーリーは旗艦、アキダリア級巡洋艦2番艦アマゾニスの艦橋で苦い表情を浮かべていた。

「ダガーLと日本のType-04の撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は1対3のはずだ!!何故あれほど梃子摺る!!」

 敵機は全て日本の最新鋭MS、Type-04だった。数週間前から日本の国境の警備部隊にその姿が見られるようになっていたが、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍上層部はこの意図を最新鋭機を前線配備したことを敢えて見せることでマーシャンを威圧しようとするものだと結論付けていた。

 だが、彼らの予想は半分外れた。有事には即前線になる警備部隊に不知火を配属したのは威圧の目的も確かにあったのだが、実はこの時日本側は既に基地のほぼ全ての機体を不知火弐型に更新していたのだ。

 実は、昨年の年末に大西洋連邦の首都ワシントンで行われた火星圏開拓共同体と大西洋連邦の会談については日本側も察知しており、その会談の目的が大西洋連邦による火星圏開拓共同体への軍事援助であると考えていた。

 軍事侵攻が近いと考えた日本側は火星の利権を守るために常駐する戦力を更新し、過剰とも言える戦力をそろえていたのである。まぁ、日本側はウィンダムの供与、アクタイオンプロジェクトの試作機の供与まで考えていたために不知火を配備していたのだが、まさか外交で大失敗してダガーLしか供与されていないとは想定していなかった。

 そして日本側の過剰とも言える警戒の結果、先制攻撃には成功したとはいえ、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍侵攻部隊は損害は大きな損害を被ることになった。国境に詰めていた警備隊と輸送船の警護機の計8機のType-04を撃墜するまでにダガーLが26機撃墜されているのだ。

 しかも、その内の4機は最初に行われた100門近いリニア自走砲の一斉砲撃によって少なからず損傷を負っていた。つまり、実質8機以下のType-04に対して大損害を負ったのだ。現在日本側の増援の8機のType-04と残存の30機あまりのダガーLが交戦中だが、やはり旗色はよくないようだ。

「大西洋連邦も日本の最新鋭機の詳しい情報までは掴んでいなかったということではないでしょうか?」

 副官のバラミク・ダッカルがフォーリーを諫める。

「そもそも、日本側の機体が昨年から調達が始まったばかりの最新鋭機であるのに対し、ダガーLはロールアウトがC.E.72の旧式機です。既に大西洋連邦もダガーLで日本に対抗することは不可能と判断し、ダガーLの調達を打ち切って最新鋭のウィンダムに装備を更新し始めているとのことですし」

「それはナチュラルの話だ!!コーディネーターは同じ機体でもナチュラル以上の戦闘力を発揮できるはずだ!!しかも我々マーシャンは必要とされる職に合わせて遺伝子調整されている!!生まれながらに兵士としての特性を持った兵を集めた軍隊なのだぞ……それがテラナーの、それもナチュラル如きにここまで無様な醜態を曝すはずがないだろうが!!クソ……あの役立たずのテラナー共め!何が改修してやるだ!!弱体化のことを地球では改修というのか!?」

 実は、火星に配備されたダガーLは全て改修されている。地球圏での取り締まりが厳しくなったために火星圏に逃亡してきたジャンク屋組合の残党の手を借りることで、ダガーLは性能の向上を果たしていたのである。

 地球圏から居場所を奪われた彼らは、自身の技術を示すことで火星での居場所を得たのだ。

「特にあのバンダナの小僧め……何が宇宙一のジャンク屋だ!!こんな欠陥品で我ら誇り高きマーシャンの兵士達を死なせおって!!」

 フォーリーは苛立たしげに拳をシートの肘掛に叩きつける。

「隊長。ジャンク屋に憤ることは勝利してからでもできます。今はこの状況を打破することが先決です」

「分かっておる!!……ガードシェルを出すぞ!!ハンガーに連絡しろ!!」

 

 

 

 その異変に最初に気がついたのはタリサだった。

『……なんだ?旗艦が前に来てる?』

 ダガーL部隊は既に半数を撃墜している。自身とシンも初陣でありながら数機の敵機を屠っている。ただ、敵機部隊が撤退しようとする素振りも見せないのにも関わらず、敵旗艦が前に出てきていた。敵が航空優勢であれば前に出て援護をしても不思議ではないが、今は敵が劣勢だ。直掩の機体もいないのにも関わらず前に出ようとする理由がタリサには分からなかった。

 だが、経験の豊富な甲田は敵機の動きから敵旗艦の狙いを察した。

『まさか……全機散開して敵旗艦の正面から離脱しろ!!こいつは恐らく陽電子砲だ!!』

 甲田が叫ぶのと同時に敵旗艦の船首が展開し、巨大な砲門が船首から顔を出した。そしてその一本角を思わせる砲門が光を蓄え、光の奔流を吐き出した。散開が功を奏したため、シン達は無傷で回避ができたが、その余波で彼らの機体は大きく揺さぶられた。

 だが、まだ危機を完全に回避したわけではなかった。陽電子砲を発射することで周囲の敵を一時的に後退させた敵巡洋艦は甲板を開放し、そこから次々と艦載機を発艦させる。その機体は、異形とも呼べる形状をしていた。

『何だ……あれは?』

 佐伯が思わず困惑の言葉を零すほど、その機体は彼らの常識から外れたものであった。三本の足、扁平な頭部、どれも地球圏のMAでは見られない特異なものだ。マーシャンの作業用MA、マーズタンクもこの未知のMA(アンノウン)と同様に三脚のMAだが、マーズタンクは脚が短くてどちらかというと卓袱台のような印象を受ける機体である。

 だが、この機体はまるで昆虫や深海動物のようなアンバランスさと不気味さがある。マーシャンの母艦から発艦して火星の大地に降り立った異形の数は総勢9機。3本脚を動かして進軍する姿は異様な光景だった。

三本脚(トライポッド)……』

 甲田が思わず零した言葉にタリサが反応した。

『何ですか?それ』

『旧世紀のSF小説に出てくる火星人の侵略兵器の名前だ。ちょうどあんな風に3本の脚で動いて、ビームを出すんだ』

『マーシャンのやつらなりのユーモアってやつですか?』

『だとしたら、あいつらも中々の文化人みたいだな』

 タリサの冗談めいた発言に甲田は口角を上げるが、それでも目は全く笑っていなかった。そして、彼の目の前で異形の機体たちはその頭部から次々とエネルギーの束を吐き出した。

 

 

 

 

 

形式番号 GAT-02L2JG

正式名称 ダガーLJGカスタム

配備年数 C.E.78

設計   PMP社 ジャンク屋組合

機体全高 18.4m

使用武装 M2M5 トーデスシュレッケン12.5mm自動近接防御火器

     M703K ビームカービン

     M9409L ビームライフル

     ES04B ビームサーベル

     MK315 スティレット投擲噴進対装甲貫入弾

     MK39 低反動砲

     ビームシールド

 

 

備考   外見はほぼダガーLだが、脚部はシビリアンアストレイの脚と同形状に変更されている。

 

 

 

対日本を見据えた軍事援助として大西洋連邦から大量に供与されたダガーLだが、正直言って火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍からすれば微妙な機体であった。大西洋連邦の機体らしく、汎用で整備も難しくない機体であったが、逆に言えばただそれだけの機体でしかなかったからである。

この機体は前回の大戦後間もないC.E.71の末にロールアウトした機体であり、基礎設計も105ダガーの延長線上のものでしかない。設計段階からの仮想敵も日本の撃震や瑞鶴、ザフトのゲイツといった機体であり、C.E.78時点では時代遅れの烙印は免れない機体なのである。

幸いにして武装は最新鋭機のウィンダムにも使用されているスティレットなどを含めて充実した機体であったし。多数を同時に統率して運用する射撃戦であれば最新鋭の機体と交戦しても問題はない。射撃戦を重視していた大西洋連邦の機体の面目躍如といったところだろう。

だが、機動力や防御力においては不満な点が多々見られることも事実だった。彼我乱れての乱戦、近接戦に持ち込まれた場合、機動力に劣るダガーLでは俊敏な日本機を撃墜することはまず不可能に近い。

そのため、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍は先の大戦以降地球圏から締め出されて火星圏に流れ着いたジャンク屋組合の残党らにこの機体の改修を依頼した。気質と法を無視した経営実態などの問題があったために地球圏では無法者として扱われていた彼らだが、メカニックとしての知識、経験は豊富であり、実際にダガーLの改修もスムーズに進んだ。

ダガーL自体もスタンダードな武装の使用とストライカーパックシステムの採用を前提とした汎用性、拡張性を重視した機体であり、基本設計が優れていた機体であったことも幸いした

ダガーLとの相違点としては、脚部の改修によるAMBAC制御能力の向上、それに伴う機動力の上昇。アンクルガードの増設と脚部スラスター数の削減による脚部防御力の向上が挙げられる。また、一部の機体にはダガーLJGカスタム用に改造を施したフォルテストラが装着されている。

 

性能としては、日本軍の量産試験型白鷺と同等といったところ。

 

 

 

 

形式番号 GSF-JG02

正式名称 ガードシェル

配備年数 C.E.78

設計   ジャンク屋組合

機体全高 17.73m

使用武装 MA-XM757 スレイヤーウィップ

     ビームサーベル内蔵特殊攻盾

     腹部580mm複列位相エネルギー砲 スキュラ

     ES04B ビームサーベル

 

 

備考   外見はガードシェルだが、塗装は青を基調としたものに塗り替えられている。

 

 

 

火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が高性能MSを求めて独自開発した2機目の機体。火星圏で日本の入植以前から作業用に使用されていたGSW-M02マーズタンクと同様に3脚を持つMAであるが、こちらは装甲をパージすることでMA形態に変形が可能。

MS形態では3本目の脚は背部に移動し、三本目の手として使用することも可能。それを見据えて3本目の脚にはビームサーベルが内蔵されている。

腕部には鞭状の格闘兵装であるスレイヤーウィップを搭載する。これは前回の大戦終結のどさくさに紛れてプラントから流出したマティウス・アーセナリー社の技術者が、社内から持ち出した機動格闘戦重視の次期主力機の実験兵装データを基に開発されたものである。

腹部にはMA形態とMS形態の両方で使用可能なエネルギー砲、スキュラを搭載する。GAT-X303やGAT-X131に搭載されて確たる実績のある高威力兵装である。しかも先に挙げた二機とは違い、この機体は核動力機であるためにエネルギーの心配をせずに使用することが可能。

因みにこの武装はジャンク屋の活動が制限されていなかった前回の大戦の末期、第二次ヤキンドゥーエ会戦で回収したイージスの残骸に搭載されていたものを解析し、コピーしたものである。当然ライセンス生産などの正規の手段は用いられていない。

そして最大の目玉となるのがMA形態では頭部に位置するビームサーベル内蔵特殊攻盾である。この盾は数年前の事件で全世界指名手配となったマルキオ一派から提供されたアルミューレ・リュミエールを搭載しており、更に盾本体も同じくマルキオ一派から提供されたTPS装甲を採用している。

アルミューレ・リュミエールを利用したビームランスも展開でき、内蔵されているブースターを利用してフリスビーのように投げつけることも可能。ただ、防御力を重視した機体なので、自身の最大の強みである盾を短時間とは言え失えば戦闘能力の低下は必死である。そのため盾の投擲はあくまで緊急時に限定される。

兄弟機であるGSF-JG01が機動力と攻撃力を重視した『矛』というコンセプトで設計された機体であるのに対し、このガードシェルは防御を重視した『盾』というコンセプトで設計された機体である。

また、兄弟機がその化け物じみた機動力の代償とした劣悪なまでの操縦性のために乗り手を厳選するのに対し、こちらは乗り手を選ばない機体である。ただ、3脚のMAという他の勢力では見られない奇異なMAの操縦にはそれ相応の訓練が必要ではあるが。

各陣営の技術の無断使用といった不法行為の塊といった機体で、その兵装の詳細が露呈すれば国際問題に発展しかねないほどの爆弾を抱えている。




久しぶりにロウたちについて触れましたね。


現在中部太平洋にいますが、油がヤバイ……リンガ泊地にいたらもう少し油が手に入りやすかったのかな?史実的には。


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PHASE-7 戦神の星

お久しぶりです。忙しさともう一本の連載のせいで更新が遅れました。
久しぶりでちょっと書くのに苦労しました。


『まずい!!全機、高度を下げろ!!敵の対空砲火が来る!!』

 甲田は異形の敵機の頭部に設置されている多数の砲門を見て叫んだ。シンたちは高度を下げ、地表すれすれまで降下する。そしてその直後、火星の赤い空に幾条もの閃光が奔った。

「なんて火力だよ……不知火じゃなかったらどっか掠ってたな」

 シンはコックピットの中で冷や汗をかいていた。彼は敵の陽電子砲の回避時にかなり高度を高くとっていたため、三本脚(トライポッド)の砲門が開いたときには絶好の的だった。敵の砲火を潜り抜けるために彼は『祭』噴射ユニットの大出力に物を言わせた無茶苦茶な機動をしていたのだ。

 常識を無視した機動は並の人間以上の体力を持つ彼にも少なからざる肉体的、精神的消耗を強いていたのである。

 

『低空から三本脚(トライポッド)に近づきましょう!!上から行ってもやつらの的になるだけです!!接近戦であれば、不知火弐型の敵ではありません!!』

 佐伯が甲田に意見具申をする。それに対し、甲田はしばし考えを巡らせる。未知の敵が相手である以上、対処法を間違えれば大損害を被りかねない。安易な行動はできなかった。

『いや……やつが頭を水平方向に向けられる可能性もある。もしも敵が頭部を水平に向けられれば、俺たちは文字通り対空砲火の壁に潰されかねない。それに、敵の数が多すぎる。ここは一時撤退だ』

「甲田大尉、対地砲撃支援は受けられないのですか?何もここで引かなくてもいいのでは?」

 甲田の意見に内心不服だったシンも佐伯に続いて意見具申をする。ここで尻尾巻いて逃げることは彼の性格にも合わなかったからだ。それに、これまで多くのダガーLを葬ってきたという実績が彼に自信を抱かせていた。

 卒業前戦闘技術特別審査演習で帝国最強のパイロットにあれだけへこまされたというのに、再び過信に近い自信を抱くところからして、彼の性格はあまり成長していないらしい。

『対地砲撃支援は無理だ。響隊長のところには主力の陸戦戦力が集中しているらしい。対地砲撃はあちらに優先されている』

『しかし、あれをこのまま進軍させるわけにも行きますまい!!この資源地帯の喪失は、我が国にとって、余りにも大きな損失です!!我々が一歩も引く気がないことをここで知らしめねばなりません!!それが、我々の役割です!!』

 甲田はシンに続いて口を開いた佐伯の進言に首を横に振った。

『……佐伯、国益を重視するのは帝国の安寧と繁栄を守護する帝国軍人として当然のことだが、その手段を間違えるな!!この場で俺たちが玉砕してやつらを食い止めることが必要不可欠なのか!?』

『我々の戦力で立ち向かえないと考えるのは早計です!!こちらは最新鋭機の不知火弐型です……副隊長もこいつのスペックはご存知でしょう?身体能力だけが取り得のマーシャンのMSに接近戦で不覚を取ることは――』

 その時、敵の機体が一斉に飛び上がった。同時に、彼らの機体のコックピットにけたたましい警報音が響き渡る。

「陽電子砲!?第2射か」

『各機、散開!!』

 陽電子砲を各機は左右に動いて避けようとするが、敵艦は艦首を横に振って陽電子砲で大地を薙ぎ払った。上方に飛べば三本脚(トライポッド)の餌食ということもあり、彼らは左右に避けるしかない。噴射ユニットを全力で噴射して射線上からの離脱を試みる。

 だが、逃げ場が限られている以上、敵が網を張ることも当然のことだ。三本脚(トライポッド)は頭部を傾け、彼らの進行方向に対空砲火の網を張る。

『やはり射角が広い!!水平にも撃てるのか!!』

 甲田たちは上下左右の微妙な移動で敵の攻撃を回避する。不知火弐型の姿勢制御プログラムの賜物である。

 

『副隊長!!これ以上ここで陽電子砲を撃たれるのはまずいです!!放射能汚染で資源回収に影響が出かねません!!今ここで叩かなければ!!』

 佐伯が重ねて攻撃を主張する。マーシャンの使用する陽電子砲は一射で周囲に大きな影響が出る兵器だ。その兵器に地表を深く抉られれば、資源採掘計画に支障が出るのは当然予想されることだった。

 甲田は揺れる。彼は人情に篤く、部下や仲間の命を何よりも優先するタイプの人間だ。勿論、命令となれば断腸の思いで部下を玉砕させる決断も下すのだろう。だが、命令でもない限りはそれをなんとしてでも避けたがっていた。

 勿論、佐伯も彼が如何なる人間かは理解しているし、隊の全滅の可能性のある策を彼が忌避していることも察していた。ただ、佐伯には多少の犠牲は覚悟してでもここで敵陽電子砲を沈黙させる必要があるのだ。ここで接近戦を挑めば陽電子砲は撃たれないだろうという確信もあった。

 火星人を殲滅し、火星の資源地帯を我が手にする。それが彼を火星に送り込んだ者達の意思であり、佐伯の最優先目的なのだ。

 

『駄目だ……ここは撤退する。初陣の新兵を抱えたままでは危険度が高すぎる。迅速に撤退しなければ全滅だ』

 甲田が険しい顔を浮かべながら告げた結論に、佐伯は内心で舌打ちをする。この甘さは佐伯らの思惑にとって害でしかない。ただ、その甘さ、人情ゆえに彼を信頼しているものは基地の内外に存在する。

 彼の決断は帝国にとっては喜ばしいものではないことは確かだが、彼は軍法会議も覚悟で部下を生かすことを優先するだろう。佐伯も軍人である以上、命令には逆らえない。ここで逆らったとしても新兵は彼に従わないだろうし、そのまま単機で火星人の三本脚(トライポッド)に戦いを挑んでも特攻が関の山だ。命令に背くことはできず、さりとて国益を捨てることも適わず。佐伯は非常に厳しい二択を突きつけられていた。

『佐伯、俺とお前で殿を務める。飛鳥とマナンダルは前衛だ。後退のスピードは俺達に従うんだ』

 甲田からの命令に従って、佐伯は断腸の思いで退却を決める。そして佐伯は飛び交う閃光を交わしながら機体を新兵たちの前に進ませた。

『飛鳥、マナンダルは俺の合図でアンチビーム爆雷ディスチャージャーを散布、その後は俺達の速度に合わせながら後退だ。誤射の危険があるから、前衛のお前達は発砲するなよ』

 シンたちも彼の命令に従い、彼らの機体の後ろにつく。

 だが、甲田が撤退の号令をかけようとしたその時だった。敵機の放った攻撃が掠ったタリサの右噴射ユニットが停止してしまったのだ。

『なんだ!?クソっイーグル12、右噴射ユニットに故障発生!!異常加熱状態です!!』

 タリサの焦った声がスピーカーから発せられる。そして、動きが鈍ったタリサの機体に三本脚(トライポッド)の砲火が集中する。タリサは即座にアンチビームシールドを構えてその影に入るが、凄まじい数のビームを受けたシールドは廃熱が間に合わずに赤熱化する。そして、敵の放ったスキュラを受け止めきれずに爆散した。

 シールドが爆散する直前にタリサはシールドの影から逃げ出し、残った左の噴射ユニットだけで敵の追撃を巧みに回避する。だが、その動きからも彼女の必死さが窺える。あの様子では長く持ちこたえることはまず不可能だ。

 

『副隊長!!』

 佐伯は天の与えたビッグチャンスに内心でほくそ笑みながら甲田に呼びかける。

『我々で敵部隊を襲撃しましょう!!』

『何を言っている!?すぐにマナンダルをカバーして撤退を』

『無理です!!マナンダル機の左噴射ユニットの推進剤の量では、基地までもちません!!』

 佐伯の指摘に甲田は険しい顔を浮かべる。確かに、この状況では一人もかけずに撤退を成功させることは難しい。だが、敵の新鋭機相手に戦いを挑んでも勝てるかどうかは未知数だ。未確定情報を元に、一か八かの賭けに出ることは避けたいのが彼の本心だった。

 

『自分も佐伯大尉の意見に賛成です!!どのみちこの機体ではもうそう長く逃げられません……なら、死中に活を見出すしか!!』

 タリサからも佐伯を援護する意見が出る。これ以上決断を迷っていればこちらはその分だけ砲火に曝されて消耗するだけだ。一刻の猶予もないと判断した甲田は声を張り上げた。

『くっ……分かった!!イーグル10、11は盾を捨て、二機連携(エレメント)を組んで突っ込め!!イーグル12は二人から回収した盾を構えておけ。俺は掩護射撃をする!!』

 甲田の命令を受けた佐伯は口角を上げる。戦力は僅かに低下したとは言え、こちらの望む展開になったのだ。後は陽電子砲の射線に敵機を巻き込みながら蹴散らすだけだ。

『了解した!!イーグル11、いくぞ!!』

「了解!!」

 シンが威勢のいい答えを返すと、佐伯は乗機の両手に突撃砲を抱えながら最大加速で敵の砲火に正面から突っ込んだ。

 

 

 

「チクショウ!!弾ばら蒔くことしかできないくせして鬱陶しい!!」

 シンは超過密な弾幕をGを無視した強引な機動で何とか回避しながら前の進む。だが、前後左右不規則にジグザクに進む機動は推進剤の消費も激しい。できればすぐに敵に取り付きたいのだが、中々その隙が見つからない。

 甲田の掩護射撃も時折あるが、敵の頭部の重装甲に阻まれて牽制の意味も薄い。正直、こんな状況での突撃に賛成した先程の自分と佐伯大尉を殴り飛ばしてやりたいとシンは思っていた。

「掩護射撃だって焼け石に水だろ!?」

 ジリジリと敵機との距離を詰めるが、距離と反比例して砲火は激しくなるばかりだ。既に数え切れないほどの閃光が不知火弐型の装甲を掠め、傷を刻んでいる。コックピットは先程から警告音(アラート)が鳴りっぱなしだ。

 そして遂に、佐伯は一瞬の隙をついて三本脚(トライポッド)に肉薄した。スライディングする形で肉薄した佐伯の不知火弐型は、足の付け根に向けて下方からビームを叩き込んだ。ビームは脚部の装甲を貫通し、動力炉を破壊して三本脚(トライポッド)を劫火で包む。

 味方が派手な爆炎を吹き上げながら撃墜される場面を目撃した僚機にも隙ができる。シンはその隙を見逃さずに敵機に急加速し、佐伯と同様に機体をスライディングさせながら敵機に肉薄した。

「下ががら空きなんだよ!!」

 三本脚(トライポッド)の砲門は頭部に集中しており、その射角は限定されている。頭部を動かすことで一定の範囲に射角を広げることができるが、それでも水平方向より下はカバーできない。

 不知火弐型の突撃砲から放たれたビームは下方から三本脚(トライポッド)の頭部を貫き、頭部を爆発炎上させる。劫火に包まれた頭部がよろめき、三本脚(トライポッド)は力尽きたかのように崩れ落ちた。

 シンは止まらない。離脱しながら次の目標に向かい襲い掛かる。

「まだまだぁ!!」

 シンは突撃砲から長刀に換装し、そのまま目の前の敵にむけて下方から勢いよく振り上げた。74式近接戦闘長刀の刃に展開されたビーム刃が勢いよく敵機の装甲に迫る。

 だが、ここでシンは予想外の攻撃を受けた。ビーム刃が敵機の装甲を切り裂こうとするその瞬間、敵機の盾から突起物が展開しそこから光波シールドが展開されたのだ。光波シールドによって長刀は弾かれ、さらに側面から襲ってきた円盤が不知火の左腕を斬り飛ばす。体勢を低くしていたために何とか堪えることができたが、凄まじい衝撃にシンは思わず顔を歪める。

「な……何が!?」

 シンは襲撃者の方を向きなおって目を見開いた。そこには先程まで対峙していた三本脚(トライポッド)の姿はなく、見慣れた2足歩行タイプの兵器――MSの姿があったのである。

 いつのまに敵の増援が来たのか――とシンは驚愕する。確かにレーダーも正常に働いていたし、通信にも敵増援の知らせはなかったはずである。

 では、こいつはどこから来たのか。動揺するシンだったが、彼の抱いた疑問の答えは直ぐ目の前で明かされることで解消されることとなる。先程彼が狙っていた三本脚(トライポッド)は装甲をパージし、脚を一本収納、さらに頭部が分離されてその下からツインアイの頭部ユニットが出現したのだ。

 しかも、問題はそれだけではない。敵機の頭部――今は盾となっている部位は光波シールドを展開しているのだ。先程不知火の左腕を斬り飛ばしたのも光波シールドを展開した盾だった。

「変形機能を持つMAだと……!?それにあれはアルミューレ・リュミエールか!?」

 シンも航宙学校時代にアルミューレ・リュミエールの存在は習っているが、実物は初めて見る。帝国軍ではアルミューレ・リュミエールを搭載した機体は公式には存在しないためである。だが、対峙したことはなくともその対処法は既に習っている。実体兵器である74式近接戦闘長刀ならば光波シールドを貫き、発生装置を破壊できるのだ。そのために74式近接戦闘長刀の先端部は態々実剣となっている。

 対処法を考えるシンに対し、変形した三本脚(トライポッド)達はMA形態時には頭部となっていた盾を構える。そして、盾に設けられた砲門からビームを発射する。変形時にいくつかの砲門もパージしているため、先程のような文字通り横殴りの雨のような砲火ではないが、かといって簡単に避けられるものでもない。

 ただ、どうにもあれはMSにしては動きが緩慢な印象を受ける。おそらく、変形機構に適した構造であるために動きの制約がついているのだろう。つまり、射撃戦以外では圧倒的にこちらが有利にある。

 長刀から突撃砲に換装するだけの隙もないと判断したシンはそのまま長刀を残った右手で握り、前方に急加速する。敵機は慌てたかのようにシールドからビームの矢を連射する。しかし、シンはそのビームの矢が迫り来る中で思い切り左に跳んだ。急激な方向転換によって発生した凄まじいGがシンを襲うが、シンの握る操縦桿の動きは普段のそれと全く変わらない。全身を圧迫される苦痛に顔を歪ませながらも、その目を瞑ることはない。目標は、最初から正面ではなく、自身の側面にいる機体だ。

 そして彼は慣性に任せて強引に長刀を振り、その切っ先を油断していた敵機の胸部装甲に叩き込んでそのまま両断した。まさか自分が狙われていると思っていなかったのだろう。盾で防御する構えも見せずに敵機は討たれたのである。

 爆散する敵機を振り返ることもせず、シンは先程まで相対していた機体に再度視線を向ける。

「次は……お前だぁぁ!!」

 シンはその手に持つ長刀を投擲し、敵機の持つ盾に展開されたアルミューレ・リュミエールにぶつける。さらにシンは長刀に貫かれて破壊された光波シールド発生装置に肉薄し、同時にガンマウントを機動する。そして腰部に展開した突撃砲から至近距離でビームを放った。ほぼ0距離で放たれたビームはアルミューレ・リュミエールに僅かに穿たれた穴を通って敵の装甲を貫いた。

 

 

 

「何だ……そんな、馬鹿な!!」

 ノクティス・ラビリンタス奪還部隊司令部のあるアキダリア級巡洋艦2番艦アマゾニスの艦橋は暗く、重い空気に支配されていた。ダガーLJGの不甲斐なさから、虎の子であったガードシェルまで出したのだ。

 だが、結果はこの様である。既にダガーL部隊は壊滅し、リニア榴弾砲部隊もダガーL部隊を蹴散らした増援のTypeー04部隊によって大損害を被っている。虎の子のガードシェル部隊も既に8機が撃墜されている。

「フォーリー司令……このままでは」

 副官が言い辛そうに口を開く。無論、フォーリーも阿呆ではない。彼が続けて言わんとしていることも察しがついている。既に部隊が壊滅している以上、これ以上の交戦は全滅しかありえないのだから。

「おのれ……忌々しい劣等人種どもが!!」

 フォーリーは怒りのままに拳を肘掛に叩きつける。

 敵の戦力も分析し、確実に勝てるだけの戦力を揃えたはずだったし、確実に先手を取るべく奇襲までした。にもかかわらず、こちらは被害甚大、全滅判定だ。負ける要素がどこにあったのかが分からない。

 ただ、自身の判断で誇り高き火星の戦士を多数死地に送ったことと、こちらの機体がType-04に文字通り歯が立たなかったことは確かだ。

 

 

「撤退するぞ、信号弾放て!!同時に収容作業準備!!だが、敵の領域で長々と収容作業をするわけにもいかん……10分で離脱だ!!収容しきれん機体は甲板に乗せたままでいい!!」

 彼の命令と共にアマゾニスは信号弾を発射する。そしてアマゾニスは帰艦機の収容作業に入った。といっても、帰艦可能なのは数機のガードシェルとダガーLJGだけなのだが。ダガーL部隊は後方のMS輸送船で運ばれてきたものだが、ダガーL部隊は壊滅状態のため、態々輸送船に収容せずとも帰艦可能機はアマゾニスで十分に収容可能だと判断した。

 そして慌しくなる艦橋を他所にフォーリーはメインモニターに映し出される戦士たちの姿に視線を移す。黒煙を吐き出しながら戻ってくる艦載機をその目に焼き付けながら、フォーリーは拳を強く握り締める。

 今回の敗因を分析して自分は絶対に戻ってこなければならない。例え一兵卒に降格されようとも、絶対にだ。それが自分にとってのけじめなのだから。

 

「このままでは……すまさんぞ!!ジャップめ、いつかこの雪辱は晴らしてやる!!」

 

 

 

 火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の撤退によってノクティス・ラビリンタス事変とよばれる武力衝突はこれで幕を閉じた。

 後の調査によると、この時日本側の損害は巡洋艦1隻撃沈、2隻中破、資源輸送船1隻撃沈、2隻小破、MS10機喪失となっている。一方、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の損害は、巡洋艦2隻小破、MS輸送船3隻中破、MS64機喪失、自走砲100門喪失である。

 マーシャンの完全なる敗北であった。




7月は忙しいので、最悪次の更新は8月になるかもしれません。来週書ければいいんですけど……


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PHASE-7.5 暗中模索

お久しぶりです。ようやく時間が取れました。


 C.E.79 4月3日 大日本帝国 内閣府

 

 定例の閣議の後に設けられた時間を使い、深海内閣の面々は内閣府の会議室に召集された。用件は勿論、数日前に火星で発生した武力衝突についてに他ならない。深海は会議室を見回して出席者が揃ったことを確認すると、その視線を権堂に向けた。

「まず、火星戦線の現状について知りたい。権堂大臣、防衛省に現時点で入っている情報を教えてくれ」

「了解しました。説明は情報管理部の片桐光男中佐が行います」

 権堂に促されて彼の隣に着席していた剃刀のような鋭い印象を持つ長身の男が起立する。彼から滲み出る自信のようなものが、長身な彼を一層大きく見せているように深海は感じた。

「片桐です。では、戦闘の経緯から説明したいと思います。昨日、日本時間○七四○、我が国と火星圏開拓共同体の国境であるノクティス・ラビリンタスに火星圏開拓共同体のMSを主力とする部隊が侵攻、我が国の資源採掘基地に砲撃を加えました。その後資源採掘基地からの救援要請を受けたマリネリス基地の部隊が駆けつけて、これを撃退しました。現在、マリネリス基地所属の機体は消耗が激しく、偵察機を除いて全てノクティス・ラビリンタスから撤退しています。マリネリス基地は再度の侵攻があっても、こちらから援軍を送るまでは手を出さずに持久に入る方針のようです。現在我が軍は彼らへの増援部隊を編成中で、今日中には増援部隊を派遣する予定であります」

「……片桐中佐、よろしいでしょうか」

 会議室に響いた凜とした声は、この場で唯一の女性閣僚にして、最も若い閣僚でもある煌武院悠陽文部科学大臣のものだ。

「私は軍事の分野にあまり明るいわけではございません。されど、圧倒的な戦力差が我が国と火星圏開拓共同体にはあり、そんな状態で火星圏開拓共同体が戦端を開いても確実に不利になることは理解できます。何ゆえに彼らは戦端を開いたのでございましょう?」

 火星に日本が常駐させている戦力は基地航宙隊の不知火弐型一個大隊36機、宇宙軍火星方面隊の第八艦隊だけである。それに対して、開戦前にマーシャンが保有していたMSはおよそ300機ほど、巡洋艦は10隻ほどだ。

 帝国宇宙軍は、火星で本格的な武力衝突が発生した場合、基本的にはマリネリス基地に篭城し、増援の到着を待って反撃するという防衛計画を立案していた。そもそもこちらから火星圏開拓共同体の領土に侵攻するということは想定しておらず、あくまで自衛のための必要最低限度の戦力しか駐留していなかった理由の一つがこの戦略によるものである。

 また、本土から遠く離れた場所に大規模な戦力を駐留させ続けることは中長期的に見ても大きな負担であり、いざとなればマキシマオーバードライブ搭載艦をすぐに増援にまわせるということもあったため、敵と互角の規模の部隊を駐留させることはできなかったという理由もある。

 ただ、だからと言って火星に駐留する戦力を捨て駒にする気も宇宙軍にはなかった。そこで宇宙軍は不知火弐型という安土でも配備が進んでいない最新鋭機を惜しみなく配備し、特に優秀な部隊を優先して配属していたというわけだ。

 つまり、優れたな兵器を使う精鋭の兵士が立てこもる敵陣地を奇跡的に火星圏開拓共同体が攻略できたとしても、その後には必ず前回の大戦で無双と讃えられた大日本帝国宇宙軍の誇る聯合艦隊が襲来するというわけである。普通は戦端を開こうとはしないはずだ。

 現在のところ、この聯合艦隊と正面から戦える戦力を保有しているのは大西洋連邦ぐらいである。火星圏開拓共同体の数百機のMSと10隻程度の巡洋艦で太刀打ちできるはずがない。 

 今回は事前の方針に反し、竹林宗治マリネリス基地司令がまず敵にひとあてすることと、資源採掘基地に残る人員の救出を優先したために打って出たが、この戦力差で打って出るほどに大胆で、かつ敵に大打撃を与えられるほどに戦略眼に秀でた名将はその精強さで名を知られる帝国軍の中でも数人しかいないだろう。

 竹林がそんな優秀な指揮官であるからこそ、マリネリス基地を任されているのだ。

「今回の侵攻の背後には、彼らを唆している第三勢力の意図があると情報管理部では分析しています」

 片桐は淡々と質問に答える。

「マリネリス基地からの報告によれば、敵機は殆どが大西洋連邦のダガーLだったとのことです。そして、敵自走砲部隊には、大西洋連邦の遠隔操作式の自走砲が多数配備されていたとの報告も受けています。つまり、大西洋連邦こそがマーシャンを唆した犯人である可能性が非常に高いです」

「仮に、大西洋連邦がマーシャンの背後にあったとして、大西洋連邦の思惑はいったいなんなのだろうか?」

 土橋官房長官が視線を向かいの席に座る椎名情報局長に向ける。

「情報局では、何か掴んでいないのか?」

「現時点では確証はありませんが、おそらくは火星の資源利権獲得と、我が国によるネオフロンティア計画の妨害の狙いがあるものと思われます」

 

 

 前回の大戦終了時、まだ火星に本格的に入植している組織は後に火星圏開拓共同体と改名されるマーズコロニー群しかなかった。そんな彼らでさえ過酷な火星での環境に適応することはできず、生活は専らコロニーに依存しており、火星の大地の一部に設置された資源採掘地での採掘作業以外のことができる状態ではなかったことからも火星開発事業の難しさが分かるだろう。これは当時の彼らの技術力、資金力の限界によるものだった。

 火星の大気は生物が生きられる環境ではなく、気温も冬のアラスカ並ということもあって火星に居住することは非常に難しく、そんな環境下での資源採掘は至難の業であった。費用の割りに成果が乏しく、更に採掘された資源を地球に輸出しようにも距離が離れすぎているために投資先としての旨みはないと各国が判断して援助をしり込みしたのは当然のことと言えるだろう。

 しかし、技術的限界から半世紀近く滞っていた宇宙開発事業は、日本で開発された画期的な新技術の恩恵を受けて飛躍的に進むことになる。その発明こそが、防衛省特殊技術研究開発本部原子物理学主任研究員八尾南晩博士が20年の歳月を費やして実用化させた光を推進力とする新時代のエネルギー機関、マキシマオーバードライブである。

 この発明により、人類はこれまで数ヶ月かかることがザラだった惑星間航行にかかる時間を大幅に短縮することが可能となった。そして、距離的制約と技術的制約を一度に取り払うことにより、深宇宙開発を新たなステップに進出させたのである。

 いち早くマキシマオーバードライブを実用化させた日本は早速その資金力に物を言わせて一大船団を構成、宇宙軍が完成させたばかりのマキシマオーバードライブ搭載型輸送揚陸艦を総動員して火星への入植を始めた。

 次々に送られてくる潤沢な物資に必要な人材を活かして日本は1年以内に根拠地となる基地を造り上げ、さらに数年で資源の採掘までも開始した。これに焦ったのが先に火星に入植していたマーズコロニー群だ。

 大西洋連邦が月に資源採掘基地を建設したことを受けて締結された『宇宙資源の採掘権と宇宙における領土、排他的経済宙域に関する条約』では、100人以上の人間が半年間外部の補給なしで生活が可能で、かつその地点から動かせないように建造された(着陸させた宇宙船などを除いた)居住施設を中心に半径100kmを居住施設を保有する国の領土と認め、半径500kmを排他的経済域に指定するとしているため、日本が次々と居住施設を建造すれば、火星の無人地帯の領有権を奪われることになるのである。

 そして日本はマキシマオーバードライブの快速によって人材も資材も凄まじい早さで火星に運び、10個以上の基地の開設によって現地の主だった資源地帯の領有権を確立させた。国力と技術力に大きな差があるマーズコロニー群では到底これに対抗できず、事前に領有していた数少ない地上基地以外に2つの基地を新たに開設するのが精一杯だった。

 マキシマオーバードライブは宇宙の勢力圏も、人類の宇宙進出の歴史も塗り替えたとも言えよう。現在では日本の一個艦隊がマキシマオーバードライブを備えているが、軍よりも優先して火星―地球間の資源輸送船や貨客船にもマキシマオーバードライブが搭載されて開拓を支えている。

 勿論、マーズコロニー群を始めとした各国も日本と同じように新型の推進機関という宇宙開発に欠かせない技術の開発を怠っていたわけではない。しかし、適切な資金と優秀な科学者を集めたところで、一朝一夕にこの科学の壁を乗り越えることができるわけがないのだ。

 研究の行き詰まりと財政事情もあり、各国は相次いで単独でこの事業を続けることを断念し、共同出資でD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)を設立することを選択した。勿論、いざとなれば研究の成果を独り占めする狙いがあった出資国は職員や技術者の中にも多数の工作員を紛れ込ませており、虎視眈々と新技術を狙っていた。

 しかし、惑星開発事業を軌道にのせるために必要なテクノロジーを作り出すことを求められて設立されたD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)は、日本が先んじてマキシマオーバードライブを開発したことでその存在意義を完全に否定されてしまう。

 D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の研究は無駄であったと結論づけられたために各国は資金と技術者を引き上げ、僅かばかりの研究成果を分配された後にD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)は解体されるという結末を迎えた。

 D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)で開発されていた新型推進機関に期待して少なくない額を出資していたマーズコロニー群はこれによって開拓を進める希望であった新型推進機関の獲得の夢が潰えた。

 それ以外の各国はその後日本に追いつけ追い越せとマキシマオーバードライブの開発を始めたが、その間にも日本は量産したマキシマオーバードライブ搭載艦を利用して驚異的なスピードで宇宙開拓を進めていく。

 マキシマオーバードライブの発明から7年が経過した現在では東アジア共和国、ユーラシア連邦、大西洋連邦の各国がマキシマオーバードライブの保有に成功しているが、序盤に出遅れたツケは大きかった。

 既に火星では日本が主要な資源地帯に基地を建設して領有権をほぼ独占、小惑星帯にある主要な資源衛星もほぼ独占されていた。各国は日本がまだ手を出していない宙域にこぞって手を出しているが、先んじて優良地を独占していた日本ほどには実入りはよくない。

 自分達が復興に力を入れている間に飛躍的な発展を遂げた日本を各国が快く思うかと言われれば、そうとは言い難い。特に世界の覇権国家である大西洋連邦としては、自分達の地位を脅かす日本は脅威であった。これ以上日本が勢力を強めないようにこの段階で手を出してくることは十分に考えられる動機だと椎名は分析していた。

 

 

「……背後に大西洋連邦がいるとなると、マーシャンと交渉するよりもそちらを優先したほうがよさそうだな。交渉次第ではあちらの思惑を確定させることもできる。そうなれば、決着のつけ方も分かってくるだろう」

 深海は視線を珠瀬外務大臣に向ける。

「外務大臣、なるべく早くワシントンに飛んでくれ。ネオフロンティア計画の遅延はできるだけ避けたい」

「総理、お待ち下さい!!」

 珠瀬が了承の意を示す前に、権堂の声が会議室に響き渡った。

「総理、仮にマーシャンの背後に大西洋連邦がいて、情報局の推測通りの動機があった場合、総理はどのようにして今回の紛争の決着をつけられるつもりでしょうか?」

「大西洋連邦にはこの件から手を引かせる。これを呑めないのであれば、食糧の輸入制限などの経済制裁も辞さないつもりだ。火星の利権で引くつもりは一切ない」

「では、マーシャンに対してはどのような決着を?」

「今回の紛争を起こしたことを認めて公式に謝罪してもらうことは欠かせない。最低でも我が軍が被った損害の賠償と共に我が国が保有する利権の承認、交渉次第では資源地帯の割譲も視野にいれている。珠瀬外務大臣、この条件で決着をつけられるかね?」

 珠瀬はしばし首を捻ってから答えた。

「マーシャンはおそらく、大西洋連邦が折れれば確実に折れるでしょう。しかし、問題は大西洋連邦です。かの国は簡単には折れないでしょう。交渉は難しいと思われます」

「君でも難しいのか?君はプラント分割でも大西洋連邦と互角以上に渡り合った我が国でも指折りの外交官だろう?」

 土橋の問いかけに珠瀬は苦笑した。

「外交畑に入って長いですが、私とて常に上手くいくわけではありませんよ。それが外交と言うものです。それに、先程情報局では、大西洋連邦の思惑があるということでしたが、かの国の政策は財界の意思で左右されるものです。仮に今回の武力衝突に財界が関わっていれば、財界の納得する結果でなければかの国は折れますまい。交渉が難航することもが予想されます。経済制裁を仄めかしてどれだけあちらのロビー団体が動いてくれるかでしょうな」

 外交の玄人である珠瀬の発言に会議室は重苦しい空気に包まれる。

「……総理、現状の我が国では外交の際に切れるカードが少ないことも事実です。ここは、交渉を有利に進めるために戦果を求めるというのも手ではないでしょうか?」

 権堂は言った。

「報告によれば、現在までの我が方の損害は巡洋艦『畝傍』並びに資源輸送艦『第三摂津丸』撃沈、『最上』『古鷹』中破、『青葉』『多摩』小破、修理不能機を含めてMS10機喪失です。また、情報局の調べによると、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の損害は巡洋艦2隻小破、MS輸送船4隻中破、MS70機喪失、自走砲120門喪失となっております。マリネリス基地に増援が到着次第攻勢に出れば火星圏開拓共同体を屈服させることも可能では?火星圏開拓共同体の継戦能力を奪い、マーズコロニー群を直接攻撃できる状況にもっていけば、大西洋連邦など無視して直接火星圏開拓共同体と決着をつけられます」

「それでは、国際紛争を解決する原則に反します!!まず外交交渉で解決を試み、それでも解決しない場合にのみ軍事力を行使することが国際社会のルールですよ!!」

 宮田は席を立ち、権堂の主張に異を唱えた。

「だが、現状では外交での解決の目処が立たないことも事実だ。軍事力で決着をつけろと言っているわけではない。あくまで、外交を有利に進めるための布石として軍事力を使うにすぎない!!」

「しかし、武力を安易に使うことは国家の安寧と国民の命を護ることを是とする陛下の恩御心に反します!!」

「決着の目処がつかない外交で紛争を長引かせ、多くの兵を死なせることの方が陛下の恩御心に反しているではないか!!そもそもこの紛争を仕掛けたのは――」

「権堂大臣、そこまでにしたまえ」

 声を張り上げかけた権堂を深海が制する。

「例え外交交渉で決着をつけられる目処がなかったとしても、外交交渉を放棄する理由にはならない。外交を軽視してまず軍事力に打って出るという悪しき慣例を残すわけにはいかない」

 深海の言葉に宮田は胸を撫で下ろすが、権堂は不満げだ。だが、深海はさらに険しい顔を浮かべながら続けた。

「だが、権堂大臣の主張も一理ある。外交交渉と同時に軍事的な手段も用意しておく必要がある。宇宙軍にはいざとなれば即火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍を壊滅させることが可能な戦力を用意してもらわねばなるまい」




やはりおっさんの会話はいいですなぁ。
書きやすい書きやすい!!


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PHASE-8 全面衝突

やはりシンも大日本帝国に染まっていた。


C.E.79 4月10日 火星 マリネリス基地

 

「北方を哨戒中のAWACSが基地に接近する飛翔体を感知!!、機種はダガーL、数は200!!数機のアンノウンが混ざっているとのことです!!」

「敵MS群の後方に自走砲部隊を確認!!数は400を超えます!!」

「レーダーが基地上空に接近する物体を感知!!敵巡洋艦です!!」

 突然飛び込んできた警報のよってマリネリス基地の司令室は慌しくなる。だが、この慌しさは決して司令室にいる人間が突然の事態に狼狽していることによるものではない。一人ひとりが自身に課せられた職務を全うすべく迅速に実行していることを示す慌しさだ。

航宙隊第一中隊(イーグルス)航宙隊第三中隊(フライヤーズ)を北方の敵MS部隊の迎撃に回せ!!基地から40km地点に防衛ラインを展開させろ!!航宙隊第二中隊(バファローズ)航宙隊第四中隊(スターズ)と共に火星方面艦隊は敵艦隊を潰すんだ!!防衛ラインを抜けてきた敵を残存の戦車隊、高射砲隊で迎え撃て!!」

 航宙隊第一中隊(イーグルス)航宙隊第二中隊(バファローズ)航宙隊第三中隊(フライヤーズ)はマリネリス基地所属のMS部隊だ。先日の戦闘で損耗率は30%に達しているが、この部隊は全機が最新鋭機である不知火弐型で統一されているため、多少の数の不利などは問題ない。

 航宙隊第四中隊(スターズ)は基地所属のMA部隊で、対艦攻撃や対地攻撃に秀でた六七式対艦攻撃機『風巻』改が配備されている。原型機である風巻は15年以上前に基礎設計がされた機体であり、前回の大戦によって飛躍的進歩を遂げたMSや艦艇に対しては力不足であるという指摘が前々からされていたが、後継機の開発は遅れているためにまだ現役を続投しているのだ。

 噂によると、推進力が強すぎるために制御が利かず、かといって推進力を落すことは一撃離脱がお家芸であり、それを可能とする速力を要求される艦攻には到底容認できるものではないということで開発が難航しているのだとか。

 まぁ、風巻改も時代遅れというほどではない。ハリネズミのように対空火器でその身を覆っている大西洋連邦の艦艇相手ならばともかく、機動性を追及して防御力は装甲頼りの火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の艦艇が相手であれば十分に戦える性能があるのだから。

 そして基地司令である竹林が矢継ぎ早に出した指示に従い、基地から次々と対艦ミサイルを抱えたMAや、対空ミサイルポッドを備え付けたMSが発進する。警報からおよそ10分ほどしか経っていない。迅速な対応から、この基地全体の練度の高さが窺い知れる。

 

「……明後日には増援が来るというのに、このタイミングで襲来するとは」

 竹林がボソリと呟く。

 ノクティス・ラビリンタスで発生した武力衝突を受けて、宇宙軍はマリネリス基地に一個艦隊の増援を送ることを決定し、臨時編成した艦隊をすぐに送り出した。マキシマオーバードライブを搭載した高速艦隊は明後日には到着し、マリネリス基地の守りは磐石になるはずだったのだ。

「いや……明後日には増援がくるから向こうも急いだんだろうな、増援がくればマーシャンの敗北は必至だ」

 増援がくれば数での戦力比でさえ拮抗する。そうなれば火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍に勝ち目はないということは彼らも承知しているはずだ。増援が来る前にマリネリス基地を落とし、優位に立った状態で停戦交渉に臨む腹だろうということは竹林にも予想できた。

「しかし、そう簡単にはいきますまい」

 竹林の後ろから声をかけてきたのは航宙参謀の多田伊佐美中佐だ。

「我々からすれば、あと2日持ちこたえることさえできればいいのですからな。それも、この基地に立て篭もるのであれば希望はあります」

 実際には、多田が言うほどに楽観視できる状況ではない、だが、ここで指揮官が弱みを見せればそれは全軍に伝染しかねない。常に余裕をもって指揮にあたることの大切さを知る多田は、敢えて自信ありげに振舞って周囲を勇気付けようとしているのである。勿論そのことは竹林も分かっている

「当然だよ。ここを落とさせないために私がいるのだから」

 竹林は席を立ち、手元のコンソールを操作して回線を繋ぐ。

『……マリネリス基地司令の竹林だ。全軍に通達する。総力を挙げて火星の不届き者を叩きのめせ!!』

 

 

 

 北方より攻め入ったMS群の数は200、その大半がダガーLJGであったが、その先頭にいたのは見慣れぬ曲線チックなMSだった。その脅威度を真っ先に察したのは整備兵あがりの中島少尉だった。

『隊長!!敵の一番槍は未知の新鋭MS(アンノウン)です!!背部の特異なスラスター配置やあのガンダムフェイスから考えるに、何かしらの特殊兵器を装備している可能性が高いです!!』

 ガンダムフェイスとは、ツインアイににソリッドの入った口、額にアンテナなどの特徴を持つ頭部ユニットの名称である。大西洋連邦のG兵器、プラントのフリーダム、ジャスティス、プロヴィデンス、そしてユーラシアのハイペリオン、オーブのアストレイシリーズなどがこれにあたる。

 M1アストレイをこれに含めるのはどうかという議論が一部ではあるが、例外がアストレイぐらいということもあって、アストレイ以外で上記の特徴を備えた頭部ユニットをもっていればガンダムフェイスでいいじゃないと大半の国では結論を下されている。

 そしてこれらの兵器はM1アストレイという例外を除いて全てがこれまでの量産MSを凌駕する一騎当千の性能を兼ね備えた高性能試作機なのである。前期GATシリーズはザフトに奪取されたとはいえ、PS装甲とビーム兵器の猛威によって地球連合軍第八艦隊の艦載機部隊を壊滅させているし、核動力炉を搭載したフリーダム、プロヴィデンス、ジャスティスは第二次ヤキンドゥーエ会戦ではエースパイロットの駆る高性能機以外では太刀打ちできないほどの脅威だった。

 因みに、日本が運用したガンダムフェイスのMSは少なく、現在までに3機だけしか存在しない。

 1機目がアークエンジェルの亡命時に接収した大西洋連邦の前期GATシリーズの内の一機、GAT-X105ストライクで、これは白銀少佐が種子島沖会戦で海に沈めてしまったためにそのまま廃棄処分となった。

 2機目が富士山重工業が開発したXFJ-Type3雷轟で、これに搭乗した大和中尉はかつて第二次ヤキンドゥーエ会戦にて大立ち回りを演じた。ストライカーパックの実戦での有用性を検証することが主目的であったため、検証が終了すると退役して現在は安土にある宇宙軍ミュージアムに飾られている。

 そして、公式にはその存在が秘匿されている3機目がZGMF-10ARフリーダムリバイだ。これは6年前に大和中尉がテロ組織から奪取したもので、既存の技術の組み合わせとはいえその開発コンセプトや兵器の組み合わせなどには一考の価値ありと判断した防衛省特殊技術研究開発本部はこれを接収して解析したらしい。その後はこの機体の存在からかつてのテロ事件の真相の漏洩に繋がる可能性があると判断した軍の上層部の命令でどこかに隠されたという。

『……特殊兵器か。よし、分かった。涼と雁屋は未知の新鋭MS(アンノウン)にあたれ、くれぐれも油断するな。仕留めることよりもやつの能力を把握することを優先しろ。残りはダガーLの掃討だ。二機連携(エレメント)を組んで対応するんだ。全機、攻撃開始!!』

 響の下令と同時に8機の不知火弐型は噴射ユニットを轟々と唸らせて敵MSの群れの中に突っ込んだ。

 

 

『大隊長!!敵の動きは軽快です!!こちらのダガーLでは対応しきれません!!』

『こちら第一小隊!!敵機地からの対空砲火が予想よりも激しく、我々だけでの突破は不能です!!艦砲射撃はまだですか!?』

 火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍第一大隊を率いるアグニスは2機の敵機を同時に相手しつつ、次々に飛び込んでくる悲痛な叫びに苦々しい表情を浮かべながら呟いた。

「くそ……巡洋艦隊は何をしているのだ!!」

 本来であれば、大気圏外からの艦砲射撃で敵の対空攻撃網を破壊してから攻撃する計画であったが、予定時刻から20分すぎても未だに艦砲射撃はこない。日本側の電子妨害のせいか通信状況も悪く、艦隊に催促することも不可能だ。

 アグニスはモニターに映る火星の赤い空に目をやる。太陽光が水に反射するかのように小さな光りが明滅していたり、時折少し大きな光りが現れたりする様子を見るに、未だに制宙権の奪い合いに手一杯のようだ。

 このままでは艦砲射撃は期待できないとアグニスは判断した。だが、かといって手をこまねいているわけにはいかない。本来であれば切り札は敵基地の防衛力が低下するまで取っておきたかったが、出し惜しみして勝機を失っては元も子もない。敵基地に陽電子砲のようなものがあれば拙いことになるが、その時は自分が陽電子砲を潰せばいい。この機体を失うことで陽電子砲が潰せるのであれば安いものだ。

「ええい!!フォーリーの無能め、もはや我慢ならん!!」

 アグニスは自身を執拗に狙う二機の敵機を上手くあしらいながらビームライフルを空に掲げる。そしてハンドガードの下に取り付けられたグレネードランチャーを発射する。グレネードランチャーから発射された弾は上空で起爆し、空に一際輝く閃光を生んだ。

「さぁ、来い!!ナーエ!!俺達の土地を貪る金の亡者どもにマーシャンの力を見せ付けろ!!」

 

 もう既にどれだけの敵をその手に持つライフルで撃ちぬき、その手に持つ刀で斬り裂いたのか、シンは数えていなかった。

「くっそぉ!!何なんだよこれ!!倒しても倒しても……」

『なんだよ、もうヘバッたのかこのシスコン!!そんな情けない兄貴じゃぁ妹にも嫌われるんじゃないのか?』

「黙れ小学生!!俺はまだやれる!!」

 タリサからの軽口に少しムキになって返すあたり、実は彼は妹から距離を開けられつつあることを自覚していたのかもしれない。そして、彼らの口喧嘩はこれ以上ヒートアップする前に甲田によって止められてしまう。

『そこまでにしておけ、新人!!口喧嘩してる暇があったら周りの蝿を潰せ!!』

 タリサは小学生よばわりされたことに対して何か言いたそうであったが、上官からの叱責に素直に受け止めて口を噤んだ。シンも同様だ。だが、その時シンの機体にCPからの通信が入った。緑川曹長の表情からは焦りも感じられる。

航宙隊第一中隊(イーグルス)に通達!!上空より接近する物体あり!!数1、大きさ約60m、落下予測地点はマリネリス基地北方80km地点です!!降下ポッドの可能性がありますので気をつけてください!!』

 シンは機体の首を上方に傾け、メインカメラに降下する物体を捉えた。メインモニターに映し出されたのは白い巨塔というべき大型のカプセルだ。爆弾か、降下ポッドか――どちらにせよ、降ろしてもこちらの不利になるものに違いない。だが、あれを撃墜できることのできる兵装は無いため、シンたちは手出しできない。

 空中で白い巨頭が分解すると同時に巨塔の中に隠されていたものが明らかになる。巨塔の中から現れた一つの影がMSではないことは一目瞭然だった。60mはあろう巨塔にすっぽり覆われるサイズのものが一つだけ出てきたとなれば、それが普通のMSのはずがない。

 全身のブースターを噴射して降下速度を落としている青みがかった灰色で覆われた何かの姿を不知火弐型に搭載された富士山光学製のメインカメラははっきりと捉えていた。

 形状は数日前に遭遇した三本脚(トライポッド)によく似ている。しかし、その大きさは三本脚(トライポッド)の比ではない。全高だけでも三本脚(トライポッド)のおよそ3倍はあるだろう。傘のような頭部も同様だ。脚も一本増えて四本脚になっている。

 そして嫌でも目に付くのがその大きな頭部にのっかっている2門の巨砲だ。その大きさは金剛型戦艦の主砲である200cmエネルギー収束火線砲に匹敵するだろう。

 しっかりとした四本の脚と大きな頭部のバランスから蛸や海月のように見えた三本脚(トライポッド)とは違い、頭部とは不釣合いな細めの四本脚を持つ敵機は正面から見ると頭部の巨砲が鋏のようにも見えてどこか海老や蟹、ヤドカリのような甲殻類の印象を受ける。

 謎の巨大MAは全体のブースターを噴射し、火星の赤い土を盛大に巻き上げながらこちらに向かってくる。その姿は怪獣そのものである。

 シンは迫り来る巨体を見てあるモンスターを幻視した。その歩みは地を揺らし、老山龍の頭骨からは必殺の長距離攻撃が放たれるタカアシガニに似た超大型甲殻種モンスターを。

 

砦蟹(シェンガオレン)……」

 

 後にマリネリス基地防衛戦と名づけられる一連の攻防戦は、この大型MAの投入で大きく戦局が動くこととなる。




夏休みの間にできるだけ種ジパングの方を進めたいとは思っています。


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PHASE-9 シェンガオレン

夏イベしんどい……
現在E3ですが、これからは時間がとりにくくなるので期日までにE-6まで攻略できるか不安です。


「何なんだよ、あの化け物は……」

 通信機から聞こえてくるタリサの声からも、彼女の動揺が感じ取れる。シンも一瞬その巨体にあの悪夢の中で見た三つ首の金属龍を幻視して血の気が引いている。ひょっとするとあれはただの悪夢ではなく、予知夢だったのではないかという疑念が沸き起こる。同時に、あの変態たちのことも思い出してしまったシンはそのことを忘れようと頭を振った。

「やられてたまるか!!」

 シンはフットペダルを踏み込み、突撃砲を手にした不知火弐型を異形の怪物の下へと翔けた。目の前の相手がこれまでの相手とは違うことは分かっているが、だからと言ってビビッていることはできない。あの巨砲が基地に向かって放たれたならば、基地の被害は想像もつかないものとなるだろう。

『シン!!逸るな!!お前は側面から回り込むんだ!!』

 佐伯の指示を受けてシンは噴射ユニットを勢いよく噴かせて敵MAの左方に回り込む。反対側には既に佐伯が回りこんでいる。挟み撃ちにこの巨体では反応できまい――シンがそう確信して突撃砲の引き金を引いた直後、MAの頭部が噴火したかのような激しい対空砲火が佐伯とシンを襲った。

 シンは咄嗟に71式攻盾を構えて全力で離脱するが、離脱中に攻撃に耐えられなかった71式攻盾は破壊され、その衝撃でシンの不知火弐型は火星の大地に叩きつけられた。

「何て対空砲火だよ……この砦蟹(シェンガオレン)は!!」

 シンは墜落の衝撃でグワングワンと脳が揺れていることを感じながら呟いた。隙間のない対空砲火を潜り抜けることはかなり難しい。しかも75mmの実体弾とビームの混成による弾幕のため、アンチビームコーティング処理された実体盾でも弾幕を潜り抜ける間持ちこたえることも難しい。しかも先程自分が放った120mm弾も全く効果が見られない。おそらく、あの巨体は全面がフェイズシフト装甲かトランスフェイズシフト装甲もしくは数年前に実用化されたヴァリアブルフェイズシフト装甲なのだろう。

 もしもあの巨大なMAの全面が一枚板のフェイズシフト装甲であるとすれば、最悪の場合陽電子砲クラスの巨砲でなければ対処できないということになる。そうなれば自分達でこいつを阻止するのは不可能だ。

『佐伯大尉!!』

 タリサの悲鳴のような叫びに反応したシンはハッとして敵MAの反対側にメインカメラを向けた。だが、メインモニターに映っていたのは猛獣に食い破られたかのように下半身を失った不知火弐型の姿であった。

 

 

 

『随分と出番が早まりましたね?』

「これもあの艦隊司令の阿呆のせいだ!!そして、そんな阿呆の出した作戦を却下できなかった俺のせいでもある!!」

 二機の不知火弐型を未だに仕留められずにフラストレーションが溜まりつつあるアグニスは自身の副官であるナーエからの通信に鼻息を荒くしながら答えた。

『私も早速たかってきた蝿を二匹ほど追い払いました。先にすすみましょうか?」

「当たり前だ。そのために『マルス』を繰り上げて投入したんだ」

『では、私も定めを果たすといたしましょう……危ないですから、今後私の機体には近づかないでくださいね?』

 ナーエはそう言い残すと50m近い巨体を浮揚させるためのブースターを猛々しく唸らせ、弾幕を展開しながら敵基地へと向かった。400t以上の巨体が土煙を巻き上げながら前進する姿は、まるで怪獣映画のようであった。

「流石だな、マルスは……」

 アグニスはその姿を見送りボソリと言った。

 GFAS-X1JG『マルス』日本軍を叩きのめすために火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が用意した虎の子の兵器だ。元々は大西洋連邦が開発した試作機で、データ取りが終わって使い道がなくなり、維持費もかかるために解体処分される予定であった機体を譲渡されたのだ。

 確かに維持費も高くつき、パイロットもかなり優秀な人材を必要とする問題児ではあったが、それだけ性能が高いのも事実だ。全長は約50m、重量400tオーバーの巨体はこれまで火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍が主力としてきた三本脚(トライポッド)とは比べ物にならないほどの大きさだ。

 当然装甲の厚さも、機体の出力も三本脚(トライポッド)とは桁が違う。三本脚(トライポッド)の最大の武器が腹部580mm複列位相エネルギー砲『スキュラ』なのに対し、マルスの主砲は高エネルギー超射程砲『アウフプラール・ツヴェルフ』だ。更に、『マルス』には戦艦の主砲をも無力化するモノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエール」が搭載されている。攻防面で弱点は存在しない。

 三本脚(トライポッド)を蛸とするならば、『マルス』はクラーケンにも匹敵する化け物である。

 大西洋連邦が行ったシミュレーションでは一機で都市どころか小国一つを落せるとまで評されており、現在大西洋連邦でもこの機体の運用を前提とした兵站や輸送システムの構築に力を入れているらしい。

 火星圏開拓共同体でもGFAS-X1JGが大きな期待をされていることは、火星と同一視される軍神『マルス』の名を付けられていることからも分かるだろう。

 本来であれば、『マルス』は敵基地にある程度の打撃を与えた後に軌道上の特殊輸送機から降下させ、動揺する日本軍を叩きのめす予定であり、このタイミングでの投入は計画から剥離していた。

 日本側にはかの第二次ヤキンドゥーエ会戦にてザフトの大量破壊兵器、ジェネシスを崩壊させた特型20口径330cm要塞砲、通称デラック砲が存在する可能性があり、仮にそれを使われれば流石の『マルス』でも耐えられないと考えられたため、敵の基地機能を麻痺させた後に投入するのが安全であると作戦本部は判断していたのだ。

 もっとも、彼らは知らないことであるが、マリネリス基地にはデラック砲などという代物は配備されていない。デラック砲を使わなければならない相手など、ジェネシスなどの超巨大要塞か、通常兵器の射的距離外で破砕するのが望ましい、確実に粉々にしなければならない地球への落下物ぐらいのものである。

 マリネリス基地がそのようなものを相手にするという予定は全く存在せず、隕石などの火星への落下物も基地に配備されているメーサー砲で十分だと考えられていた。マリネリス基地もまさかこんな化け物が現れるなどということは想定していなかっただろう。

 一応、日本側も大西洋連邦が月から巨大な何かを運び出してマーシャンに譲渡されたことは掴んでいたが、その中身までは把握できておらず、衛星兵器か何かだと考えていたらしい。巨大で頑丈、高火力のMAが運び込まれたなど想像もしていなかったのだ。

「さぁ、進め、マルス!!日本人どもにマーシャンの力を思い知らせろ!!」

 アグニスは圧倒的火力で進路を切り開くマルスの姿に声を弾ませながら叫んだ。

 

 

「う……ウォォアア!!」

 シンはフットバーを蹴っ飛ばし、不知火弐型を跳躍させる。そしてそのまま噴射ユニットの出力を上げて加速、敵MAの背部でビームを発射して高速で離脱した。だが、彼の放ったビームは敵MAが展開した光の幕によって防がれてしまう。

 敵MAは、対空火器の砲身を後方に向けて不知火にむかって光りの幕の内側から弾幕を張る。不知火は全力で離脱し、進行方向に存在した敵MS部隊との交戦に入った。同士討ちを避けたい敵MAは弾幕を引っ込め、再度前進を始めた。

『アルミューレ・リュミエールまで持ってるのか!?シン!!お前は下がれ!!むやみに撃っても無駄だ!!』

 甲田が一時引くように命じるが、シンはそれに応じない。

「大尉!!しかし、やつが基地を射程に収められる距離まで接近したら終わりです!!ここは自分が」

『おい!!まだ隊長からの指示が出ていないだろう!!』

「俺に任せてください!!」

 シンはまだ諦めてはいなかった。甲田からの制止を振り切って再度シンは不知火の噴射ユニットを噴かして敵MAに接近を試みる。

『あの馬鹿野郎……甲田大尉、自分が掩護します!!』

『タリサ!?待て!!』

 シンを見捨てられなかったタリサも彼を掩護すべく、突撃砲を敵MAに向ける。銃撃はアルミューレ・リュミエールに防がれるが、二機が同時に接近していることに気がついた敵MAは一箇所に弾幕を展開することはできず、同時に二箇所に展開せざるを得なくなる。そのため、弾幕の密度は先程よりも薄まった。その隙をシンは逃さない。

 シンは匍匐飛行しながら不知火弐型の背部から74式近接戦闘長刀を抜き、その切っ先をアルミューレ・リュミエールの発振器に向けて突き出した。対光波シールド用に開発された刃は当然のように光の幕を突き破り、その奥にある発振器を串刺しにして機能停止させる。

 光の幕に開かれた突破口に迷わず不知火が突っ込む。光の幕の中、それも足元に特攻してきたMSに対し、敵MAの反応は遅れてしまう。その隙にシンは愛機に長刀を振りかぶらせ、目の前の脚めがけて振り下ろした。狙いはフェイズシフト装甲に覆われていない関節部分だ。

砦蟹(シェンガオレン)を倒すなら、脚からだ!!」

 シンの不知火が振り下ろした長刀は見事に敵機の膝関節を断ち切った。バランスを崩した敵機はたまらずよろけてしまう。そしてその隙にシンは敵機の直下から離脱を試みる。だが、脚を一本断ち切られた相手を敵MAがみすみす見逃すはずがない。弾幕を広く張り、シンの不知火の周囲にビームと75mm弾のスコールを浴びせる。

 命中精度は低くとも、弾幕を張れば命中率が向上するのは自明の理だ。シンの不知火は弾幕を潜り抜けることはできず、全力噴射中の噴射ユニットに被弾してしまう。突如左右の噴射ユニットの出力バランスが狂ったことでシンの機体は制御不能に陥り、そのまま地面に叩きつけられてしまう。

 シンの機体が地面に崩れ落ちたことを視認した敵機はさらに追い討ちをかけるべく、ネフェルテム503とイーゲルシュテルンの砲口をシンの不知火に向ける。アルミューレ・リュミエールを突破してこのMAに手傷を負わせるような脅威は確実に排除すべきだと踏んだのだろう。

『シン!!逃げろ!!やつがそっちを狙ってる!!』

 タリサは必死になってシンに呼びかける。彼女の長刀は既に使い物にならなくなったために放棄しており、彼女には敵MAに対する有効な攻撃オプションが残っていなかった。シンは必死に呼びかけるタリサの声を耳にし、墜落の衝撃で混濁としていた意識を覚醒させる。

 だが、それは同時に現状の認識と絶望をシンに与えた。シンは何とか逃げ出そうと試みるが、不知火弐型は先程の攻撃と墜落の衝撃で噴射ユニットを喪失し、左腕部操作不能、左足も操作不能という状態に陥っていた。もはや、自力で逃げ出すことは不可能だ。

「畜生!!諦めないぞ!!」

 だが、シンは諦めようとはしない。脳裏に浮かぶのは、妹の脚の治療費の返済のために毎日働き続ける母の姿と、学費と自身の治療費の返済のために働きながらも毎晩遅くまで大学受験の勉強をしている妹の姿だ。

 そして、あの日の――父を失った日の二人の姿が蘇る。自分が死んだら、また二人をあの時のように悲しませてしまう。それは絶対にできない。母と妹には二度とあんな顔をさせたくはなかった。

「諦めるかぁぁぁぁ!!」

 シンが吼えたその瞬間、敵MAは地に墜ちた不知火弐型に向けようとしていた砲身を持ち上げ、突如対空戦闘体勢に入る。シンが目の前の敵の突然の行動に疑問を抱く前に、彼の機体は敵MAの行動の答えを警報音で示してくれた。

「上空より飛来する物体……?」

 モニターに表示されるのは地表に落下する超音速飛翔体だ。シンはメインカメラが最大望遠で捉えた精度が荒い画像に映っていた装甲カプセルを見て目を見開いた。高速飛翔体の正体は軌道降下用の突入殻だ。

 その突入殻が意味するものは大日本帝国宇宙軍が世界に先駆けて組織した降下強襲兵団の存在に他ならない。

 MSを搭載した装甲カプセルは高度120kmで母艦から分離し、電離層をマッハ20で滑空、高度40kmでもマッハ7を維持し、そこから一分強でマッハ3以下の超音速域まで減速して高度2000mに達する。そこで装甲カプセルを分離し、分離したカプセルを盾にしながら強襲するのだ。

 極小数の限られた戦力で敵後方に降り立ち、孤立無援の敵地で敵部隊を撹乱することを目的として設立された、精鋭無比、天下無双と称される帝国最強の特殊部隊――シンは彼らの通り名を身動きできない不知火のコックピットで一人呟いた。

 

軌道降下兵団(オービットダイバーズ)……」

 

 

 マリネリス基地の危機に銀河の神兵が舞い降りた。

 

 

 

形式番号 GFAS-X1JG

正式名称 マルス

配備年数 C.E.73

設計   アドゥカーフ・メカノインダストリー

機体全高 51.25m

使用武装 Mk.62 6連装多目的ミサイルランチャー

     1580mm複列位相エネルギー砲「スーパースキュラ」

     高エネルギー超射程砲「アウフプラール・ツヴェルフ」

     熱プラズマ複合砲「ネフェルテム503」

     75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」

     GAU111単装砲

     モノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエール」

 

備考   見た目はMA形態で脚が細長く、四脚なデストロイ。また、デストロイとは異なりイーゲルシュテルンが円盤部の外縁のいたるところに設置されており、円盤下部には単装砲も4門装備している。

 

 

元々は単機での軍事拠点制圧というコンセプトで開発中の大西洋連邦の戦略装脚兵装要塞のテスト機である。複雑化してしまった機体制御のシステムや火器管制のコントロールは普通のナチュラルには不可能ということや、仮想的である接近戦技術に秀でた日本のMSを相手にするには不安が大きいということで未だ大西洋連邦では開発が続けられている。

この機体は大西洋連邦でコンセプト立証用のプロトタイプとして造られるも、実験を終えて用済みとなったためにマーシャンに譲渡されたものである。巨体のバランスを二本足で保つのは難しいということもあり、試験的に四本脚を導入していたり、脚も機体の全高を底上げして高所からの攻撃能力を向上させるために長めに造られている。

本来であればMSへの変形機能がついているはずだったが、所詮はプロトタイプであるし、またMSへの変形時に脚部にかかる負担が大きすぎ、四本脚では変形に支障をきたすということで変形機能はオミットされている。

大西洋連邦でのテスト時には陽電子リフレクターを装備していたが、流石に彼らに最新の軍事技術を供与することは拙いと考えられたために、アルミューレ・リュミエールに換装されている。

マーシャンに引き渡された後には「イーゲルシュテルン」とGAU111単装砲が増設され、対空防御能力が向上している。マーシャンの切り札としての活躍が期待されている。




無茶するから撃墜されるってことを学習しないシン君。ピンチになれば光の巨人になればいいなんて考えはここでは通用しませんが。


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PHASE-10 軌道降下兵団

先程ミスで穢れた聖杯の方に投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。

予約投稿したときに気づけばよかった。


 地球以外の惑星で初となる人間同士の殺し合いが行われている最中、その艦は一路漆黒の大海原を移動していた。といっても、その速度は並の艦艇の比ではない。火星への増援に向かっている大日本帝国宇宙軍艦隊を追い抜き、その艦はただ火星へと迫る。

 ただ、その艦は異形の艦であった。まるでアルファベットのXのような容貌をしたその艦は艦というよりも宇宙ステーションといった方がしっくりくる。そして、船体の中央から延びる4本の脚の先には、いかつい箱型の物体を2つ並べたカーゴが備え付けられている。

 その艦の名は『出雲』。大日本帝国宇宙軍が誇る最新鋭強襲降下母艦であり、マキシマオーバードライブを凌駕する次世代マキシマシステムを世界で初めて搭載した革命的な存在でもあった。

 そして脚の先に備え付けられたカーゴに並べられている箱型の物体こそ、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の揺り篭である突入殻だ。彼らはこの揺り篭に抱かれながら、マッハ7以上のスピードで地表に降下するのである。そして、その揺り篭の一つには世界にその名を轟かせる日本の撃墜王(エースパイロット)の一人、大和キラ中尉の姿もあった。

 

 ――まさか、自分がこんなところに来るとは思わなかった。

 いよいよ降下まで僅かとなり、僅かばかりの光りを灯す薄暗いコックピットの中でキラはそんなことを考えていた。コンソールから漏れる薄明かりに照らし出されている家族写真が目に入る。自分と妻、そして数年前に生まれた長女が笑っている。

 家族の写真を見たキラの頬が少し緩む。自分が守りたいものが、銃を取る理由がそこにあった。

 ヘリオポリスで成り行きでMSに乗って、連合のパイロットとして戦って、アラスカで裏切られて日本に来て、ラクスと再開して、いつのまにか日本で幸せな家庭を築いていた。そして、成り行きで行動していた少年時代とは違い、今の自分は父として家族を養い、家族の住む国を守るために銃を取っているのだ。

『軌道降下許可確認、本艦軌道離脱まで200姿勢制御開始。MS隊は降下に備えよ』

 管制官からの降下準備の通達を受け、キラは意識を目の前の戦場に集中させる。8年近い軍での生活により、キラは軍人らしい切り替え方を学び、戦いの際には軍人としての意識をもって戦えるようになっていた。

『マザーストークよりブービーズ。アンビリカルコネクタ解放に備え、MS隊は全系統切り替え作業を確認せよ』

 このまま火星を一周し、降下軌道を修正してから降下に入るのかと思ったが、司令は部隊をこのまま降ろすことを選択したらしい。時間が惜しいのか、それとも奇襲を狙いたいのかは分からないが、あの切れ者の司令がそう判断したということは、何かしらの合理的な理由があることは間違いないだろう。

 降下の際のシミュレートをする上で、一度タイミングを見計らうことは作戦の万全を期すために行われる確認作業のようなものであるし、緊急時には省略されてしかるべきなのだろう。

『降下地点はポイントSE-553。降下完了後は中隊単位で迅速に集結し、周囲の敵部隊を掃討して下さい』

 網膜投影により、降下軌道と降下地点のシミュレートが表示される。なるほど、もう一周火星軌道を回るとなると、軌道修正のためのロスが大きいため、降下には時間がかかってしまうようだ。もう一周まわったほうが確実で正確な降下が可能だが、降下の際の軌道や着地地点の正確性と引き換えにするには、これだけの時間のロスは大きすぎる。

 それに、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のメンバーは多少軌道に計算違いがあったとしても自分達の腕でカバーできるだろうし、もしも集結地点から遠い場所に誤って降下してしまったとしても、沸いてくる敵を掻き分けて集結場所までたどり着けるだろう剛の者ばかりだ。

 その時、出雲と繋がる有線回線から通信が入り、網膜にウィンドウが開いた。そこにいたのは、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の創設功労者にして初代団長である黒木翔准将の姿だった。

『諸君、これが我々軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の初陣だ。余計なことは言わない。――我々の仕事は勝つために全力を尽くすことだ。各々の使命を果たせ』

 軌道降下に備える軌道降下兵団(オービットダイバーズ)に、むけて黒木が簡潔に訓示をする。彼は任務に必要ない無駄なことに時間を取らない主義なのだ。ただ伝えたいことを簡潔に言葉にする指揮官の姿は、死地へとつっこむ自分達にいつもと同じ安心感を与えてくれる。

 そして、通信ウィンドウが閉じると同時に音声のみの通信が入り、母艦のブリッジで管制をする女性の凛とした声が響いた。

「カルラ2よりマザーストーク、全系統切り替え確認、再突入カーゴの操縦受領準備よし」

『――接続パージ完了了解。カルラ2にカーゴ操縦権限を譲渡します』

「受領確認!!」

 眼下に映るのは赤い星。まさか、初めての実戦が火星の大地への降下だというのは予想外だったが、だからといってやることはかわらない。

「――制御切り替え。コネクタパージ」

 カーゴと出雲とを繋げていたボルトが外れ、その衝撃がコックピットのシート越しにキラの身体を揺さぶる。

「再突入核分離を確認、カーゴ姿勢安定」

 出雲から分離したカーゴは、慣性と重力の影響を受けて次第に赤い大地へと近づき始める。

『流石中尉、カーゴの姿勢に揺らぎもないですから、私も酔わずにすみそうですね~。今度、中尉の愛車でドライブ行きませんか?勿論、二人きりですよ?』

「僕は妻子持ちだからね。そういう冗談はやめて欲しいな」 

『そっけないですねぇ、中尉殿。せめて少しぐらい戸惑ってくださいと、自信なくしちゃいますって』

 同じカーゴに乗っている部下の浅葱由紀少尉のからかいをそっけなく流し、カーゴ加速の準備に入る。このカーゴ加速の加減が自分達の生死を分けるということもあって、浅葱はこれ以上冗談を口に出すことはなかった。

「カーゴロケット噴射!!加速せよ!!」

 すさまじいGが身体に襲い掛かる。軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のパイロットスーツは特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)で彼らのバイタルデータや身体情報を元に専用に造られているため、既製品に比べて格段に対G性能も向上しているはずなのだが、それでも軽減しきれない全身を押しつぶすようなすさまじい圧力にキラは顔を歪める。

「高度40000!!カーゴ分離!!Gに備えろ!!」

 世界最速のジェットコースターと化したカーゴから、突入殻が分離する。ブースターを噴射して加速を続け、カーゴはそのまま眼下の大地へと突っ込んでいく。

 火星の大気により、超音速で降下していた突入殻にブレーキがかけられる。火星の大気は地球のそれよりも薄いため、地球での軌道降下に比べて減速は小さくなる。そこで、今回は突入殻に設置されている減速ブースターを全開にしながら降下することになる。

「ブービー3!!南に流されてるぞ!!すぐに補正しろ!!」

 ブースターの微妙な調整と姿勢制御、それだけで通常の降下よりも難しい大減速をやるわけだから、当然その難易度は跳ね上がり、同時に着地の失敗率、つまりは損耗率も上昇することとなる。キラはこの降下で最悪自身の率いる中隊から2、3機の脱落が出ることも覚悟していた。

「高度3000だ!!突入殻解放に備えろ!!ブービー4!!もっと減速するんだ!!」

 少しでも自身の中隊の犠牲を減らしたい――キラはその一身で凄まじいGのかかる中で中隊に向けて指示を出し続けた。常人ならば呼吸するだけで手一杯となる中、降下中何度も呼びかけることができたのは、やはりスーパーコーディネーターとして製造されたキラの超人的身体能力の賜物なのだろう。

 そして、高度計が2000の値を示したとき、衝撃と共に網膜投影される景色が一変した。赤い空の下、操縦桿が効くようになったキラはすぐさま愛機のウィングバインダーを操作して姿勢を制御し着陸に備える。彼の専用機にのみ搭載されたブレードアンテナが捉えたレーダー画像には、は中隊の部下を示す11機の反応が欠ける事なくそろっていた。

 中隊が全員無事に降下できたことを知ったキラは内心ホッとしていた。だが、そんな感情を表に出すこともなく彼は指揮官の役割に徹する。

「ブービー1よりブービーズ!!全機健在でなによりだ。これより、我々は火星方面軍を支援する。あの巨大MAは僕一人で何とかするから、皆はとにかく撃墜数(スコア)を稼ぐことに専念するんだ」

 ――了解!!

 威勢のいい声が通信機ごしに聞こえてくる。キラも普段は柔和な笑みをひっこめて狩人のような険しく鋭い目つきに変わる。命がけのヒモなしバンジーは終了し、ここからは命をかけた戦いが始まるのだ。

「行くぞ!!軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の恐怖をマーシャンの魂に刻み付けろ!!」

 キラは降下の勢いが収まらない状態であるにも関わらず眼下で頭をもたげた巨大MAに愛機の全火器の照準を一瞬で固定し、全火力を叩き込んだ。

 

 

 

 ここで、軌道降下戦術について少し語ろう。

 前回の大戦時に第一次ビクトリア攻防戦にてザフトが用いた宇宙空間からの軌道降下強襲戦術は、作戦自体が失敗に終わったからといって戦術自体を失敗と判断することはできないものであった。

 事実、迎撃にもたついた連合軍に対してザフトの降下部隊は少なからざる成果を挙げているし、適切な支援さえ得られていればビクトリアは陥落していた可能性も高かったと評価する軍人も多かった。

 公式な記録には残ってはいないが、アラスカにおける奇襲では、空と海からの掩護もあって上手く敵陣の後方へと侵入し、防衛部隊の虚をつくことで大きな成果をあげたという推測もなされている。

 そこで戦後、各国はこの戦訓を元にして本格的にMSによる軌道降下戦術を研究し始めた。勿論、日本も例外ではなく、海外に先駆けて専門の研究チームまで設けて妥協をせずに研究に没頭して列強の中では最も早く軌道降下部隊を創設した。その後、日本を含む多くの国は一様にザフトが用いたような降下カプセルを用いた降下を踏襲する形となる。

 一度に数機を搭載できる大型の降下カプセルとカプセル輸送専用の輸送艦を同時運用し、一機でも多くのMSを一度に投下する戦術が有効だと判断したのである。また、軌道降下部隊の運用の目的は敵の中枢に小規模な部隊を送り込むことで敵の混乱を助長することなので、降下部隊には少しでも強い戦闘力を持ち、戦況の変化に応じて着陸場所や作戦を柔軟に変更できる能力を持ったパイロットが不可欠となる。そこで、これらの軌道降下に必要な素養を養うための軌道降下強襲専門部隊が各国で相次いで創設された。

 しかし、軌道降下部隊の存在意義は、初の実戦となったC.E.75に赤道連合の一部で勃発した内乱で疑問符がつけられてしまうこととなった。

 この内乱において政府軍に肩入れした大西洋連邦は、MSを擁する敵の補給基地を叩くために軌道降下部隊を投入した。しかし、屋台骨がボロボロになっており民心が離れていた政府軍からこの情報が反政府軍に流出してしまう。

 そして反政府軍は東アジア共和国から輸入した対空散弾頭ミサイルで降下部隊を迎撃したのである。

 降下した際に広範囲に部隊が散らばって各個撃破することを恐れていた降下部隊は、各機体の降下位置が近くなるように降下軌道を調節していたため、密集とまでは言わないまでもそこそこに集まりながら降下していた。

 そこに広範囲にダメージを与える対空散弾が放たれたため、少なからざる機体が弾幕に捕らえられて降下中の損傷を負ってしまう。降下ポッドが破壊され、規定よりも高い高度で高速で落下しながら放り出され、減速のために推進剤を多量に使用せざるをえなくなり継戦能力を着地前に失ったMSもあれば、弾幕の直撃で大破したMSもあった。

 NJの効果でミサイルなどの誘導が困難となったために命中率が低下した対空砲火だが、密集した敵編隊相手を迎撃するには十分なほどの威力が現在でもあったのである。

 そして、この戦訓を得た各国は驚愕した。東アジア共和国が輸出したこの対空兵器は、前回の大戦時に東アジア共和国の手に墜ちたオーブがかつて対ザフト空挺部隊用に開発していた対空防衛システムを旧ザフトの技術者と共同で改良した代物であり、その精度は非常に高いものであったのだ。

 しかもこのシステムは厄介なことに、それほど大掛かりな設備を必要としないため、制空権を奪った上で偵察をしてもカモフラージュ次第では簡単には見つからない。多数の小型射撃連動装置と観測機器、ミサイル発射機と機銃が分離して配置できるという点もその厄介さを増長させている。

 この結果を受けて、各国は必然的に空挺部隊の運用方法を考え直す必要に迫られた。例えばユーラシア連邦では、デブリを盾にしながらPS装甲の機体を大気圏に突入させることができるか検討しており、大西洋連邦ではGAT-333レイダーを改修することで降下部隊の機動性を上げて対空砲火を回避する案が出され、東アジア共和国ではPS装甲でできた突入カプセルの使用がシミュレートされたという。

 日本でも各国とは異なる独自の軌道降下戦術が立案された。それが限界まで加速した突入殻による強襲である。マッハ7を超えながら大気圏を降下する突入殻を迎撃することは電波誘導が封じられたC.E.では至難の業であり、シミュレーションでは降下中の撃墜率は10%ほどに留まると見積もられた。

 なんせ、MSを搭載した装甲カプセルは高度120kmで母艦から分離し、電離層をマッハ20で滑空、高度40kmでもマッハ7を維持し、そこから一分強でマッハ3以下の超音速域まで減速して高度2000mに達する。そこで装甲カプセルを分離し、分離したカプセルを盾にしながら強襲するのだ。

 降下した突入殻はそれだけでも物理的な破壊力を伴った兵器となりうるため、降下地点の敵勢力を排除することもできるし、気流などの影響やカプセルのブースターを操作するパイロットの腕によって速度はもう少しばらつきがでるため、見越し射撃で突入殻を迎撃することもほぼ不可能と言ってもいい。

 戦術上は上策とも言える突入殻だがが、欠点として、常人なら意識を奪われかねないほどの強烈なGに耐えられ、かつ戦闘機をも凌駕する超高速で降下する突入殻をブースターと姿勢制御による微妙な調節だけで操作ができるほどの技術とセンスを持つ稀有なパイロットが必要な点など挙げられる。また、軌道降下作戦の性質上、軌道降下部隊には周囲を敵勢力に囲まれた中で、敵軍を撹乱する遊撃戦が可能な戦闘力を持つパイロットでなければ参加できない。

 つまり、軌道降下部隊を創設するということはすさまじいGに耐えうる肉体と一般のパイロットとは比べ物にならない過酷な戦場でも臆することなく冷静に戦い続けることができる卓越した精神力、そして数に勝る敵部隊と互角以上に渡り合えることができる戦闘技能を併せ持った人材を集めた精鋭無比の部隊を創設するのと同意語なのだ。

 流石に宇宙軍も替えが効かない精鋭をほぼ全て一極集中して異常なほど過酷な任務をあてることには躊躇せざるを得ず、組織改変された大日本帝国唯一の軌道降下部隊である第一宙挺団は人員削減を受けて一個中隊ほどの規模にまで縮小された。

 しかし、後に特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女の後輩、如月塁博士が実用化させたネオ・マキシマ・オーバードライブにより状況は大きく変化する。このネオ・マキシマ・オーバードライブの発明により、ネオマキシマを搭載した艦艇であれば、火星と地球の間でも僅か数日で往復が可能となったのだ。

 つまり、精鋭を集中運営している機動降下部隊の母艦にネオマキシマを搭載することができれば、天下無双の精鋭部隊を短時間でどこにでも展開することができるようになったのだ。精鋭の集中運用は戦線が複数存在する場合には問題があったが、精鋭を短期間でどこにでも展開できるとなれば、精鋭を一般部隊から失うデメリットを補填しうると軍上層部は判断した。

 そして、設計中の大日本帝国宇宙軍の最新鋭戦艦を差し置いて、軌道降下部隊の母艦となる強襲降下母艦にネオマキシマの採用が決定した。それに伴い宇宙軍は第一宙挺団を一個連隊規模にまで拡充する決定を下した。

 組織の大幅な拡充に伴い、第一宙挺団は軌道降下兵団――通称オービットダイバーズへと改名された。機密の関係上軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のメンバーの情報は秘匿されているが、一説によれば『白の鬼神』大和キラ中尉、『銀の侍』白銀武少佐、『烈士』沙霧尚哉少佐といった大日本帝国が誇る精鋭パイロットがそろい踏みしているとも言われている。

 彼らだけで軍事基地の一つや二つは壊滅させられるという噂もまことしやかに囁かれている帝国最強の精鋭部隊の登場でマリネリス基地の士気も鰻登りとなる。そしてそれと敵対する火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍は、空から降ってきた化け物じみたMSに蹂躙されるしかなかった。

 

 後のある歴史書には、この時従軍したあるマーシャンの述懐が記されている。

『あれは戦闘でも虐殺でもない。ただ我々は蹂躙されたのだ。あの()使()が率いる悪魔の軍団は我々の希望たる火星の戦神(マルス)をまるで蟲でも払うかのようにあっさりと討ち取り、圧倒的な数の優位にあるはずの同胞を圧倒的な力を持って屠っていった。消しゴムが紙上の文字を消すかのように、我々はただ滅ぼされるだけであった』

 

 

 

 

『出雲』型強襲降下母艦

竣工:C.E.79

同型艦:『安芸』『近江』

 

全長 450.3m

 

ネオマキシマオーバードライブ搭載

 

兵装

省電力メーサーバルカン12門(CIWS)(4門は艦底部)

VLS(61セル)×2

 

外見は『ウルトラマンダイナ』に登場するクラーコフNF-3000

 

MSを最大24機運用可能

 

大日本帝国宇宙軍が開発した軌道降下強襲用の強襲揚陸艦。

軌道降下専用の大気圏突入殻とそれを2機分同時運用できるカーゴを12機搭載しており、軌道降下兵団2個中隊を運用できる。ただし、基地から出港する際に突入殻は艦の外部にMS収納状態で搭載するため、出港後はMSの整備ができないという欠点も抱える。

ネオマキシマオーバードライブを初めて搭載した全世界最速の艦艇で、陸海空宇宙問わず活動が可能。世界中の至るところに短時間で移動して強襲することが可能なため、戦略上かなり有用な存在である。




E-5で夏イベは終わりにします。弾薬と燃料が既に底をつきました。執筆ペースもこれで上がるかもしれません。

クラーコフ登場!!
海に沈んだり自爆しかけたり、スフィアに侵入されたり、大阪におっこちかけたり、金星でフルボッコにされたりと散々な艦ですが、温かく見守ってあげてください。


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PHASE-11 よみがえる鬼神

先週末大ゴジラ特撮展にて、川北監督と大森監督にお会いしました。
いや、もう……本当に緊張で震えましたね。サインだけではなく写真も撮らせていただいたのですが、写真に写った自分の表情の固いこと……ちなみに、同行していた友人曰く、緊張のしすぎで自分は挙動不審一歩手前だったとのこと。
しかし、歴代ゴジラに会えて、機龍に会えて、オキシジェンデストロイヤーに抗核バクテリアを見れて、おまけに監督にもお会いできたなんて……本当に夢のような時間でした。
そんな夢の時間に浸っていたために執筆時間が押され更新が遅れたというわけです。


因みに今回のタイトル、ウルトラな同志はピーンとくるかもしれませんが、錦田小十郎景竜もデキサス砲で森林火災が発生した山も一切関係ありません(笑)


 上空から接近する未確認飛翔物体に対してレーダーが警告を表示した時には、既に遅かった。上空から降下する物体は10以上、しかもそのどれもが迎撃や回避ができる速さではなかった。

 もう少し早期に探知できていればなんらかの行動を取る余裕があったのだろうが、NJの影響でレーダーの索敵能力が低下している現状では適わないことであった。

 そして、降下する物体は、その質量と速度だけで並外れた脅威となりうる。大気が薄いために地球に比べて火星では大気による速度の減退は小さく、物体はより高速で降下する。そのため、戦場に降り注ぐ物体は巨砲による砲撃を遥かに凌ぐ運動エネルギーを秘めているのだ。

 赤熱した物体が描く光の軌跡は、まるで流星群のようであった。戦場に降り注いだ流星群は大地を穿ち、赤い土煙をいくつも奔騰させる。大地を揺るがすほどのすさまじい衝撃によって吹き飛ばされたり、クレーターの中で塵芥に還った機体も少なからず存在した。

 

『何だ!?何なんだよ、一体!?』

『日本軍の新兵器か!?』

『テール!?カッタス!?応答してくれ!!』

 予想外の自体に対してマーシャン側は動揺を隠せないでいる。凄まじい衝撃とともに、多数の部隊に損害を与えられたのだ。しかも自分達に打撃を与えた攻撃の正体は不明となれば、第二撃への警戒や恐怖から継戦に対して慎重な意見を持ってしまうのも無理もないことだろう。

 部隊は動揺し、その攻勢にも一歩引いた姿勢が見受けられる。人間の心理について一日の長があるナーエは通信回線に溢れている部下達からの交信から自軍の士気の低下と動揺を即座に察し、反射的に彼らの動揺を鎮め軍の統制を取り戻そうと全軍にむけて回線を開こうとしたが、何かに気がついて通信回線を開こうとしていた手を止めた。

 おそらく、自軍のこの体たらくを把握したアグニスはすぐに回線を開き、全軍に叱咤するだろう。

 アグニスは人を率いる者としての素質を遺伝子に持つ、いつかは全マーシャンの指導者となることを約束された男だ。生来の英雄的素質(カリスマ)、誰にでも裏表なく真摯に接する態度や正直さ、多少苛烈な面もあわせて、人々を迷いなく導く頼もしい指導者である。

 その苛烈さや勇敢さから、軍における支持はナーエを上回ることは間違いない。アグニスのためなら死ねると考えているものもいるだろう。この攻撃にも怯むことなく進み続ける彼の叱咤を受ければ、全軍の士気は向上するに違いない。少なくとも、巨大な要塞に篭って普段どおりの冷静で温和な態度を演じているナーエが全軍を窘めるよりも、上手く兵士達を鼓舞できるだろうと考えたのだ。

 

 ナーエの下した判断は少なくとも誤りではない。

 いくら迎撃不能、回避不能な速さで襲い来る物体といえど、その本質は対地支援攻撃だ。艦砲による砲撃、航空機による爆撃、重火砲やミサイルなど対地攻撃の中でも、支援砲撃、支援爆撃に限ればその本質は敵の勢いを削ぐことにある。そして、勢いを削がれて損害を被った敵に追撃をしたり、その隙に一時撤退をしたりするのだ。

 今回の流星も、種を明かせば高高度からの質量弾による支援爆撃にすぎない。もしもこの爆撃が支援爆撃ではなく、敵の殲滅を意図した爆撃であれば、この程度の損害ですむはずがない。おそらく、彼らのいた場所は月面のようなクレーターだらけの土地となり、彼らの躯や機体は火星の赤い土に塗り潰されて判別できなくなっていたことだろう。

 そして、これが支援爆撃である以上は当然次の手が打たれているのだ。支援爆撃の次に敵が打つ手を読み、それに対抗する一手を打つことが最善の判断である。日本軍がこの支援爆撃の後に如何なる戦略をとってくるのかは未だに分からないが、狼狽する軍の統制、士気の鼓舞が継戦を考える上では最重要事項であることには代わりがないのだ。

 しかし、この支援爆撃の目的は劣勢に陥った日本軍の撤退のためでも、ましてや反攻のためでもない。

 

「上空にまた反応!?しかし……これは!?」

 再度マルスのレーダーが上空から接近する物体を捉える。だが、レーダーが捉えたのは、レーダー画面に雲のように広がる歪な影だった。熱源反応も影の全体にあり、影の正体は分からない。

 電子機械がだめならば目視で確認すればいい。そう判断したナーエはマルスのメインカメラを飛翔体の方向に向ける。そしてメインカメラが捉えたその物体の正体に驚愕する。

「MS!?……まさか、空挺部隊!?」

 ナーエは理解した。あの支援爆撃の目的は、自分達を一時的に混乱させてその隙に空挺降下を成功させることにあったのだ。そして、レーダーの異常の原因は上方に停滞している粒子とその中で灯る光の珠にあるのだと。

 おそらく、あの粒子はレーダーに影を映し出したチャフに違いない。そして、あの珠はフレアだ。上空から接近する熱源反応を誤魔化すためのものと考えられる。熱源とレーダーを誤魔化すことでこちらの対空砲火の命中精度を下げるつもりなのだろう。

 降下直前の超音速弾による支援爆撃、それに続いて高速で降下するMS部隊、そしてチャフとフレアによる対空火器対策。その一部の隙もない流れるような手際のよさにナーエは内心で舌を巻いた。

 それでも、こちらには並大抵の対空火器をも上回るマルスがいる。対空砲一発の命中精度が期待できないのであれば、対空砲を増やせばいいだけのこと。命中精度が期待できないのであれば総合の命中率を上げるだけだ。

 マルスはそのキノコの傘のような頭部に多数取り付けられた凶悪な牙をもたげさせる。そして75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」が火を噴き、空に火箭が打ち上げられた。

 火箭の嵐に絡み取られた敵機が火を噴き、火星の空を照らす火球となる光景をナーエは幻視する。十数機の敵機を全てを蹴散らせるとは思わないが、敵を散開させて包囲することができれば降下部隊の撃滅も容易くなる。幸いにして敵の数は一個中隊ほどでしかないため、数ではこちらが優位だ。各個撃破が可能だろうと考えた。

 しかし、そんな彼の予想は一瞬で覆された。降下中の敵機は殺到する火箭をダンスするかのように軽やかに回避し、そのまま地表へと迫る。周囲のガードシェルも対空砲火に参加するが、ただの一機も火を噴くことはなく敵機は降下を続けている。

 先程まで豆粒のようにしか見えなかった敵機が、苛烈な砲火を難なく潜り抜けて光学映像で捉えられるところにまで接近する。そして、光学カメラが捉えた敵機の姿を目の当たりにしたナーエは戦慄する。

 それは、かつての大戦で一騎当千を体現した機体の一つ。核動力により実現した豊富なエネルギー供給と大出力の多彩な火器をもって、正義、神意の名を冠した兄弟機と並び、連合軍に災禍を振りまいたヤキンドゥーエ戦役後期の傑作機。連合を打倒し自由を勝ち取る象徴として造られた蒼き翼をもつ鋼鉄の天使がそこにいた。

「フリーダム!?……そんな、馬鹿な!?」

 フリーダムは翼を広げて腰部レール砲と翼部バインダーの収束ビーム砲を展開し、5門の砲口をマルスへと向けて斉射した。ナーエは慌ててアルミューレ・リュミエールを展開して防御する。

 これは幻ではない――ナーエは確信した。どんな事情があるのかは全く分からないが、フリーダムが現実に存在し、日本の国籍マークである日の丸をその肩に刻んで自分達の前に立ちはだかっているのだ。

 

 8年の沈黙を破り、ザフトの伝説を歴史に刻んだ機体が今、火星の地で蘇った。

 

 

 

 

 キラは敵MAがアルミューレ・リュミエールを展開した時点で砲撃戦の選択肢を捨ててライフルをマウントし、背部から長刀を取り出した。そして、光りの傘ごしに殺到するおびただしい数の火箭を潜り抜けながらMAに肉薄する。

 軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の最重要技能の一つが、対空砲火に対する回避能力だ。この程度の砲火であれば無傷で突破することが必須であり、その回避能力が軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の中でも抜きん出ているキラにとって朝飯前だった。

 そして、キラはイーゲルシュテルンの回転する砲身がはっきりと見えるところまで近づいてそのまま近接長刀を突き出し、光波シールドの発生器を寸分の狂いなく貫いた。

 ビームサーベルの登場によって、扱い辛く有効なダメージを与えにくい兵器という評を受けるようになった実体剣だが、まだまだ使い道はあるのだ。剣術に秀でたパイロットであれば弾薬の残量を気にせずに乱戦で戦えるし、アンチビームコーティング処理が施されていればこのように対光波シールド兵器としての使い道もある。

 特に対光波シールドを念頭において設計された78式近接戦闘長刀は、表面にダイヤモンドコーティングが施されている。そのため、通常のアンチビームコーティングがされた実体剣とは違って狙いどころによっては一撃でアルミューレ・リュミエールを貫き、その後も使用継続が可能なだけの耐久力があるのだ。

 アルミューレ・リュミエールを破ったキラは、瞬時に腰部レールガンを展開し、至近距離からMAの装甲に弾丸を叩きつける。さらに、間髪いれずにキラはレールガンを叩き込んだ箇所に長刀を突き刺す。さらに深く突き刺さった長刀を滑らせ、実体剣では斬り裂けないはずのフェイズシフト装甲の表面を切り裂いて装甲の内部を曝く亀裂をそこにつくりだした。

 実は、キラが長刀を突き刺す直前に放ったレールガンにその奇術の種があった。フリーダムのレールガンに装填されている弾薬は全て特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)が開発した対フェイズシフト装甲用粘着榴弾となっていたのだ。

 これは命中後に粘土のように潰れた炸薬が起爆することで、爆発点の装甲版の裏側を爆発の衝撃で剥離させる代物だ。如何にフェイズシフト装甲と言えども、衝撃までは緩和できないためにこの攻撃は防げない。装甲の裏側に走る装甲にエネルギーを供給する配線を攻撃することで、着弾地点の装甲を相転移できなくし、フェイズシフト装甲を無効化するのである。

 キラはこれによって物理的な攻撃に対する脅威的な防御力を持つ装甲を突破したのだ。

 また、彼らの背負う78式近接戦闘長刀は軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のために特注された業物で、かつて海皇(ポセイドン)作戦で白銀武が搭乗した不知火の背部に搭載している専用武装、『則宗』を鍛造した宇宙軍技術廠第一開発局の巌谷中佐を中心に、素材から加工まで一本一本拘って造り上げた一品である。

 かつてグレイブヤードに存在したという伝説の名刀、ガーベラ・ストレートをも凌駕するというお墨付きをグレイブヤードから招聘した蘊・奥という老人からももらっているのだ。このように荒々しく扱っても歪みも刃零れもない。

 自身の頭の上で好き勝手に暴れまわるフリーダムを鬱陶しく思ったのか、自身に取り付く蝿を追い払わんとMAの上部に取り付いたフリーダムに対空火器が殺到するが、キラは砲火が機体を掠める前に上昇して十字砲火によるキルゾーンを離脱していた。幾条もの火箭はむなしくフリーダムの眼下の空間で交差する。

 そしてキラはダメ押しとばかりにレール砲とビーム砲を展開し、先程長刀で造り出した亀裂の内部に砲撃を至近距離から叩き込んだ。装甲の亀裂から爆炎が噴出し、その衝撃で破孔の周りの装甲が捲れ上がる。しかもキラは噴出する爆発の勢いに乗ってさらに上昇し、MAの上部から完全に離脱していた。

 キラは離脱上昇中にも4門の砲口から行きがけの駄賃とばかりに砲撃を敢行、離脱上昇中とは思えない正確無比な砲撃で多数の対空砲火を葬って敵MAの兵装を確実にもぎ取っていく。

 度重なる攻撃により、先程まで映画に出てくる怪物を彷彿とさせるほどの災悪を日本軍に振り撒いていた砦蟹が僅か数分で無残な姿に変貌していた。それは、砦は砦でも、各地に火が廻り塀も崩れかけた陥落寸前の砦を彷彿とさせる姿だった。

 

「悪いけど、僕も君にあまり時間と手間をかけてはいられないんだ。フリーダムの任務は圧倒的火力による多数の敵の殲滅だからね」

 

 前回の大戦でその名を轟かせた『白の鬼神』の再臨。それは大日本帝国宇宙軍に約束された勝利を、そして火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍にはかつてのフリーダムの逸話をも凌駕する惨劇の到来を示すものに他ならなかった。

 

 

 

 

形式番号 TSF-ZG10RJ

正式名称 フリーダムリバイJ

配備年数 C.E.79

設計   篁祐唯

機体全高 18.03m

使用武装 腕部搭載型モノフェーズ光波防御シールド「アルミューレ・リュミエールハンディ」

     腰部90mmレールガン

     翼部120mm2連装高エネルギー長射程ビーム砲

     頭部省電力メーサーバルカン

     71式ビームサーベル

     試製79式複合砲

     78式近接戦闘長刀改

 

 

備考:外見はほぼフリーダムだが、細部の武器のデザインが異なる。肩に国籍マークの日の丸がペイントされている。

 

C.E.73に発生したラクスクライン誘拐を目的とした貨客船襲撃などの一連のテロ――メンデル事件で鹵獲されたテログループの機体であるフリーダムリバイを日本の技術で再生したものが本機である。

装甲にはTA32を使用しており、防御力は改修前のトランスフェイズシフト装甲をも上回る。

武装や内部部品の多くは日本で採用されているものに軒並み換装されており、規格の共通化によって補給と整備を簡略化している。

原型機のフリーダムリバイが元ザフトの機体とは思えないほどに大西洋連邦の規格に合わせて改修されていたという驚愕の事実を知った防衛省の篁祐唯率いる次期MS開発チームが、この改修を行った技術者への嫉妬と敵対心からフリーダムリバイを螺子一本のレベルから見直して再設計しているため、フレームや一部の機構を除いたほぼ全ての部分で日本で運用されているMSの部品による補修、整備が可能となっている。

コックピット周りも完全に日本のコックピットブロックなどに換装され、各種観測機器も雷轟に用いられた連合のGタイプに似たものを改修したものに換装されている。

次期エース専用高性能機の技術実証機にすぎないため、1機しか製造されていない。軍部としてもこの機体を量産するつもりはまったくない。

武や唯依、キラなどが搭乗試験を行った結果、キラの適正がずば抜けていたこともあり彼の愛機として配備された。キラ曰く、どこかしっくり来る機体だったらしい。

更に余談となるが、フリーダムリバイになる前、つまり東アジアからちょろまかされた原型機は元々兄弟機であるジャスティスと共にC.E.71 4月1日にロールアウトした試作一号機である。



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PHASE-12 血に染まる赤き星

 軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の戦闘力は圧倒的なものだった。その中でも、先陣を切ったフリーダムの戦闘力は群を抜いていた。

 フリーダムは降下の直後、先程まで大暴れしていたマーシャンの巨大MA――マルスに一瞬で取り付くと、その手に握った長刀でMAの頭部に斬りかかりアルミューレ・リュミエールとフェイズシフト装甲に守られた堅牢な防御を無効化したのだ。

 装甲の亀裂に攻撃を集中して叩き込まれ、マルスは装甲の内部に重大な損傷を負った。エネルギー電導系統のケーブルや制御系統のケーブルなどが損傷したため、頭部の武装の展開、アルミューレ・リュミエールの展開にも支障をきたしてしまう。さらに、エネルギー供給システムが損傷を受けたために頭部装甲は全面的にフェイズシフトダウンしてしまった。

 だが、フリーダムはまだ止まらない。装甲の内部の損傷で敵MAの戦闘能力が急激に低下したことを知ったキラは再度頭部に降り立ち、沈黙する高エネルギー超射程砲「アウフプラール・ツヴェルフ」を根元から断ち切った。念には念を入れて、キラは沈黙するイーゲルシュテルンとMk.62 6連装多目的ミサイルランチャーをビームライフルで狙い撃ち、完全に破壊する。

 イーゲルシュテルンの弾薬とMk.62 6連装多目的ミサイルランチャーはフェイズシフト装甲に守られているはずだったが、既にフェイズシフト装甲はダウンしているために弾薬は誘爆し、紅炎が丘状の頭部のあちこちから噴出する。その様子はまるで火山を彷彿とさせた。

 マルスは破孔から噴出する紅い焔によって赤く彩られ、さらに黒煙を幾条も靡かせている。もはや難攻不落の要塞の姿はそこにはなく、落城したかつての砦がそこにあるだけだった。

 

「馬鹿な……このマルスが、こんなに容易く無力化されるのか!?」

 マルスのコックピットでパイロットのナーエは唖然としていた。頭部武装は全滅し、こちらには有効な攻撃オプションがない。フェイズシフト装甲もアルミューレ・リュミエールも無効化された状態では、攻撃に耐えることもままならない。

 胴体部や脚部にはまだ兵装が残っているが、敵が降りてこないかぎりは全く役に立たない。つまり、ナーエはマルスの頭部に居座るフリーダムに対して何一つ手をうつことができないのだ。

 そして、敵のフリーダムはあの対空砲火の嵐を無傷で突破し、すさまじい速度で降下しながらアルミューレ・リュミエールの発振器を破壊、さらに頭部に取り付いて大暴れと尋常ではないことをやってのけた化け物だ。

 フリーダム自体は8年前の機体であるため、この一連の芸術的とも言える鮮やかな攻撃はフリーダムの性能に頼ったものだとは考え難い。つまり、マルスに対して単機でこれだけの戦果をあげることができるほどにパイロットの技術が卓越しているのだろう。

 そして、このパイロットには油断も隙も全くない。装甲内部の機構がやられたのか、それとも直接カメラが破壊されたのかは不明だが、マルスの頭部はメインカメラ、サブカメラ含めて映像を写していない状態にある。

 ただ、先程から装甲を伝わって凄まじい衝撃が断続的にコックピットを襲っていることから察するに、未だフリーダムはマルスの頭部に取り付いているらしい。フリーダムは頭部を食い破り、マルスのコックピットか動力系統を直接潰すつもりなのだろう。未だに火器が生きている胴体を狙って攻撃するよりもこの方が確実にこちらを仕留められるのは確かだ。

 頭部兵装が全て沈黙してからは、敵の油断を誘うために機関を一時停止して行動不能を装ったのだが、フリーダムはこちらの擬装を看破しているのか、全く手を緩めていない。技量だけではなく、経験もそれなりに豊富なのかもしれない。

 打つ手がなく険しい表情を浮かべるナーエは、凄まじい衝撃に曝されながら被害状況を知らせるダメージチェック画面を見る。既にモニターは頭部の異常を警告する表示で覆われていた。さらに、フリーダムの攻撃で損傷したのか少々調子の悪い通信回線からは、雑音交じりの味方の悲痛な叫びがひっきりなしに飛び込んでくる。

『うわぁ!?く……来るな、来るなぁぁ!!』

『畜生!?スラスターがやられた!!脱出する!!』

『何で墜ちないんだ!?……っ!?あ……や、やめろぉぉ!?』

『クソ!?どうして当たらないんだ?』

 次々と舞い込んでくる味方の苦戦を思わせる通信と、味方の撃墜を示すシグナルロストの嵐にアグニスは耳を疑わずにいられなかった。あの降下部隊との戦力比は、1対50は下らないはずだ。それなのに、味方の損耗が尋常ではない。

 ナーエはハッと気づいた。敵の数は本当に12機なのか。あれは第一陣で、さらに第二陣、第三陣と送り込まれてこちらが劣勢に立たされているのではないか――と。それならば、あの異様なほどの損耗にも説明がつく。レーダーが破壊され、通信もさきほどからのフリーダムの攻撃を受けて調子が悪かったために把握が遅れたのだ。

 だが、そうなれば敵の降下部隊とアグニスが交戦中の可能性もある。敵機の数にもよるが、あのフリーダムほどの実力者を擁する部隊だ。あれは別格としても、通常部隊よりは優れた技量、優れた機体を有している可能性は高い。

 ナーエは自身の失態に気がつき、顔面が紅潮する。アグニスの副官にあるまじき失態だ。自分の身のことの対処に精一杯となってアグニスから注意を逸らし、なおかつアグニスに迫る危機に気づけなかった己に対して憤怒の念が沸いてくる。

 だが、今は後悔している場合ではない。自分に取り付いている敵機のことよりも優先すべきはアグニスの身の安全である。火星の指導者となるアグニスをこのような場で失うことはあってはならないことなのだ。そして、ナーエ自身も一人の人間としてアグニスを死なせたくはなかった。

 とにかく外の情報を得るために、ナーエはまだ生きている胴体部のカメラが捉えた映像にメインモニターを切り替える。だが、戦場の様子を見た瞬間、ナーエは凍りついた。

「こんな……馬鹿な!?」

 戦場を縦横無尽に駆け抜けるのは消炭色の甲冑を纏った11の騎士と、隙間を縫うように舞う騎士の影に斬りつけられて抵抗もできずに討たれていく同士の姿がそこにはあった。そう、敵の数は『11』――先程降下した部隊に対する増援は確認できない。敵機は僅か一個中隊でこちらを圧倒しているのだ。

 ナーエは目の前に映る惨状から意識を避けて、アグニスの駆るデルタの姿を探す。専用機のデルタを駆る彼ならば簡単にはやられはしないと信じて。

「ア……アグニス!?」

 だが、メインモニターに映ったのは、消炭色の機体の内の一機と相対し、左腕と背中のヴォワチュール・リュミエールの左半分を斬り落とされて地に墜ちたデルタの姿だった。さらに、デルタに相対する敵機は2機だ。1機はデルタの救援に入ろうとする数機のダガーLを羽虫を払うように簡単にあしらい、もう1機はその隙にトドメをさすべくデルタに向けて長刀を振りかぶる。

 ナーエは、戦闘にも並外れた技能を発揮できるように調整されたアグニスと、火星最強クラスのMSであるデルタがあれば、例え敵が日本軍のエースパイロットであっても一対一では負けるはずがないと考えていた。アグニスは自分の力が火星の未来を守り導くものであると信じ、自分の遺伝子に与えられた能力に慢心せずに戦闘訓練にも人一倍力を入れていたからだ。

 火星において彼に優るパイロットは存在しないと言っても過言ではないとナーエは確信していた。そして、如何にあの日本のエースパイロットであろうと、簡単にはアグニスは討ち取れないだろうと。しかし、彼の想定は甘いと言わざるをえなかった。

 確かに、アグニスと彼の駆るMSの戦闘能力は世界でも一級品のものだと言ってもいいだろう。如何に軌道降下兵団(オービットダイバーズ)とはいえ、彼らの駆る機体は一部の例外を除いてワンオフ機ではなく、次期主力機である不知火弐型の先行量産型がベースのカスタム機である。

 といっても、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の不知火弐型の性能は、正式な量産型を遥かに凌駕する。胸部やスラスターなど防御性が重視される部分の装甲はTA32に換装され、各部の部品にも量産仕様以上に頑丈な素材を用いている。

 その上、手先の器用さと丁寧さでは世界有数である日本の整備兵の中でも、指折りの優秀な整備兵から構成される整備チームが、MS1機に1チーム専属でついている。彼らは、パイロット一人ひとり、機体の一つ一つに応じて最適な調整をしているのだ。

 パイロットの技量にしても、大日本帝国宇宙軍の中でも精鋭無比と謳われるエース揃いだ。流石にキラや武といった伝説までも囁かれる人外パイロットほどではなくとも、そんな彼らと毎日のように模擬戦を強いられているパイロットたちは、一般兵からすれば十分に化け物クラスである。

 おそらく、アグニスも1対1であれば2割ほどの勝率があったのかもしれないが、ワンオフ機ということを見抜いたダイバーズのパイロットは、一騎討ちでは討ち取るのに時間がかかると判断して仲間と協力して確実にしとめにかかった。空挺部隊にとってひとつの敵に時間を奪われるなどという事態は優先して避けるべきものに他ならなかったからだ。

「やめろぉぉぉ!!」

 ナーエは絶叫する。援護することも考えたが、マルスの胴体部の武装は、どれも近接戦闘をする味方を援護するには使い物にならない高威力兵器ばかりだ。元々圧倒的な高火力による制圧を目的として開発された機体ということもあって援護には不向きな機体なのだ。

 加えて、先程からフリーダムが頭上で大暴れするため、その振動で照準を合わせることができず、正確な射撃が難しい状態にある。これでは、こちらの攻撃にアグニスを巻き込んでしまう可能性がかなり高い。

 だが、その状態でナーエは敢えて引き金を引いた。このまま静観していれば、100%アグニスは死ぬ。だが、今自分が援護すれば数%の確率で助けられるかもしれない。ナーエはその数%の賭けたのだ。自身の技量と、アグニスの運を信じて。

 そして、ナーエは賭けに勝った。彼が咄嗟に放った1580mm複列位相エネルギー砲「スーパースキュラ」はデルタの近くに着弾し、その衝撃でデルタに取り付いていた不知火を吹き飛ばすことに成功する。

 しかし、それを見届けると同時にこれまでとは比べ物にならない凄まじい衝撃と、爆発音がコックピットに響き渡る。ついにフリーダムの攻撃が頭部を貫通し、胴体部に炸裂したのだ。動力炉の緊急事態を察知して自動的にコックピットには対放射能シャッターが降りる。だが、実はこのとき、NJCはフリーダムの砲撃によってピンポイントで破壊されていたため、原子炉が制御不能に陥る事態は回避されていたのだが、ナーエがそのことを知る由もない。

 ただ、この時、既にコックピットから各部に繋がる駆動系統のケーブルが完全に破壊され、動力炉自体の防護壁も割れる一歩手前にあった。対フェイズシフト装甲用粘着榴弾の内部炸裂により、既にマルスの胴体内部は外部よりも酷い損傷を受けて復旧不可能になっていたのだ。

 マルスは高層ビルが崩れ落ちるようにゆっくりと傾き、赤い土ぼこりを巻き上げながら地面に伏した。フリーダムはそれと当時に頭部から飛び立ち、地に伏せるマルスの脚に斬りかかる。既にエネルギー供給が途絶え、フェイズシフトダウンしていたため、長刀はまるで大根を切るようにさっくりとマルスの脚を切断する。三本の脚をあっという間に斬りおとしたフリーダムは、最後にマルスを一瞥すると興味を無くしたかのように飛び立った。

 

 

 

 

「すげぇ……」

 シンは大破した不知火のコックピットの中で呟いた。

 彼の機体はスラスターがやられ、四肢にも異常がでているために自力で基地に帰還することはできそうもない。かといって、このまま強化外骨格で脱出しても、圧倒的数の優位にあるマーシャンに袋叩きにされる可能性もある。

 軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の化け物じみた活躍によってマーシャンは混乱しているものの、未だに機体の外が危険であることには変わりがない。誰かが迎えに来るまでは待機することが吉だろう。幸いにもカメラやレーダーといった観測機器や、通信機器、生命維持機器はまだ動く。

 目の前に降り立った軌道降下兵団(オービットダイバーズ)は、正に一騎当千を体言した存在だった。敵機の間を縫うように翔け、すれ違いながらそのコックピットを斬り裂く。後ろに目がついているような超反応によるカウンター、乱戦にも関わらず凄まじい精度の射撃。どれも規格外のものだった。

 数で圧倒的な不利にあるにも関わらず、マーシャンが有利なようには全く見えない。しかも、どの機体にも全く傷がない。包囲された状況下でも、敵の攻撃が全く当たっていないのだ。回避能力もずば抜けているらしい。あれほど激しい機動を降下直後から一度も止まらずに続けているところからすると、体力までも並大抵ではないようだ。

 特に、あの砦蟹(シェンガオレン)を数分で討伐したフリーダム。何故前回の大戦で猛威を振るったザフト製MSの傑作が日本軍の、それも軌道降下兵団(オービットダイバーズ)に採用されているのかは分からないが、そのパイロットの技量は人間離れした技量を持つ部隊の中でもずば抜けていた。おそらく、あのフリーダムのパイロットは白銀少佐にも匹敵するほどの人外パイロットなのだろう。

 そして、マルスを討伐したフリーダムが戦線に加わったと同時に、マーシャンの崩壊は目に見えるような速度で進む。150機ほどいたはずのダガーL部隊は、10分の1以下の戦力である軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の攻撃に成す術もなく屠られていく。

 まるで獰猛なスズメバチがミツバチの巣を襲撃し、圧倒的な多数であるミツバチを蹂躙しているかのような絵図だった。

 

『あんたは俺が討つんだ……』

 その時、シンは脳裏にビジョンを見た。

 ストライクに似たトリコロールの機体を駆り、吹雪が吹き荒れる雪山で切り結ぶ自分とフリーダムの姿を。

『今日!!ここで!!」

 そしてフリーダムを掲げた盾ごと対艦刀で突き刺し、相打つように機体の頭部を吹き飛ばされる自分を。

「……!?」

 シンは我に帰る。今見た景色は何だったのだろうか。自分はフリーダムを見たのは初めてであり、ストライクに似た機体に乗った経験もない。そして、あそこまで怒りを顕にし、獣のように戦う自分も知らない。

 シンは今見たものを振り払うかのように頭を振った。あの景色が何だったのかはわからないが、自分には関係ないことだ。今は、戦局の推移を見守りつつ、脱出と救援のタイミングを窺えばいい。

 今自分が最優先することは、家族のもとに生きて帰ることだ。生きて帰れば、あのビジョンのことを考える時間など幾らでもあるだろう。しかし、生きて帰るために考える時間は今しかないのだから。

 

 

 

 それから30分後、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の介入で戦線が崩壊したことを受け、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍侵攻部隊は退却した。火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍全体の損耗率は50%を超えており、その内、マリネリス基地に直接侵攻した220のMS部隊の内、無事に撤退できた機体は12、損耗率94%以上という圧倒的な敗北だった。

 しかし、戦場で無残に散ったMSの中にはデルタの姿はなく、マルスのコックピットも外部から強引に空けられた痕跡があり、中身は空であった。

 

 そしてこの戦いにおける軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の損耗率は0%――損傷機体0、総合撃墜数(スコア)は180。軌道降下兵団(オービットダイバーズ)はその戦略的な意義を十二分に果たし、初陣を文句のつけようのない完全試合で飾ったのである。



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PHASE-13 兵士に求められるもの

 軌道降下部隊(オービットダイバーズ)の介入によって窮地から脱し、マーシャンの撤退により無事に帰還に成功したマリネリス基地航宙隊第一中隊の面々は、愛機を整備班に預けてブリーフィングルームに集まっていた。

 本来であれば一度部屋に戻るなりしてゆっくり休んでいたかったが、未だに基地の警戒態勢は解除されていないため、彼らは中隊長の響の命令でブリーフィングルームに待機していた。

 

軌道降下兵団(オービットダイバーズ)か……」

 雁屋が呟いた。その口調からはどこか高揚感が感じられる。

「噂では聞いたことがあったけど、まさか本当に組織されていたなんて」

「ああ。しかし、精鋭無比の最強部隊というのは噂だけじゃないみたいだな」

 副隊長の甲田が雁屋の呟きに答えた。

「僅か一個中隊であれだけの軍勢を壊滅させるなんて、普通の部隊じゃ絶対に無理だ。しかし、その中でもあのフリーダムだけは別格だ」

 自分たちの中隊を蝿の払うかのように軽くあしらい、他を寄せ付けない防御力と圧倒的な火力を擁する敵の巨大MAに対して自分たちは一度は絶望を抱いた。しかし、あのフリーダムは単機でその絶望を振り払い、瞬く間に巨大MAを無力化することに成功させたのだ。少なからざる戦闘経験のある彼らをして驚異的と思わせるのは十分だった。

 そこに涼が疑問を呈する。

「でも、確か、ZGMF-10Aフリーダムってザフトの機体よね?外見から察するにカスタム機だとは思うけれども、それでもどうして他国の、それも8年も前の機体が軌道降下部隊(オービットダイバーズ)に所属しているのかしら」

「さぁな……だが、俺にはあのフリーダムが他の不知火弐型に比べて劣った機体には全く見えなかった。中島少尉は元整備士の視点からしてどう見る?」

 中島はヘルメットで蒸れた頭を掻く。

「う~ん、私見ですが、私もあの機体の性能は周囲の不知火弐型に別段劣るものではないと思います。むしろ、部分的には秀でているところもあると思いますよ」

「具体的には?」

「まず、火力ですね。腰部レールガンに翼部の高エネルギービーム砲がそれぞれ2門ずつ、そして複合砲が一門……どれも距離を取ったらかなり強力な兵装です。一体多数を想定した場合、距離を取れば不知火よりも優位に戦えるでしょうね。そしてあの翼です。5対10枚のウイングバインダーが、空気抵抗を制御しているため、高速で降下していても、細かな姿勢の制御が可能なようです。だから、降下中に攻撃に移ることもできるんです」

 元整備士の的確な分析に一同は唸る。何故、フリーダムがいるのかはわからないが、フリーダムの性能が軌道降下兵団(オービットダイバーズ)に必要とされていることは確かなようだった。

「皆さん!!そんなことよりも、すっごいことがあるじゃないですか!!

 一同が唸る中、CPの舞が上機嫌で口を開いた。

「何だ?さっぱり見当がつかないが……」

「鈍いですよ、雁屋少尉!!ほら、あのフリーダムのパイロットですよ!!」

「だから、凄腕だって……」

「それもそうですけど!!あれだけの凄腕パイロットですよ!?MSもかっこいいし、物凄く強いし、きっとパイロットもすごいイケメンで、感じのいい人紳士系のやさしい美男子に違いありません!!あ~、お近づきになれるかも~!!」

 力説する舞に、涼は呆れた表情を浮かべる。

「あのねぇ、舞。軌道降下兵団(オービットダイバーズ)は精鋭中の精鋭よ。団員の構成とかは機密にあたるでしょうから、簡単に会えるわけがないでしょうが。それに、そもそもフリーダムのパイロットが男かどうかも、顔も性格も操縦みたぐらいで分かるわけないわ」

「でもでも~~、私、あの人たちからの通信を聞いたんですよ!!声は加工されていたから良くわからなかったけど、口調は男性みたいでした。だからきっと私の理想の皇子様が……」

 自分の世界にトリップした後輩に対し、涼は肩をすくめた。処置無しということだろう。

「今度のお相手は顔も名前も声も何も分からないフリーダムのパイロットか」

「ホント舞は節操ないな。前は確か、メジャーリーグに挑戦した投手だったし、それでその前が、えっと……」

「レーサーよ。本人曰く、恋多き女らしいわ」

 先任たちは彼女のミーハーっぷりは先刻承知のため、溜息をついてこの話題を打ち切った。

 

 先任たちが緊張をほぐして和気藹々と談笑している中、新人ふたりは長時間の過酷な実戦により完全にグロッキーだった。命のやりとりをする緊張感は、二人の体力を限界まで消耗させていた。

「なぁ、シン……やっぱ、洗礼ってすげぇ大事なものだったんだな」

 タリサが呟く。

「あれで化け物みたいなパイロットにマジで殺されるって経験してなければ、アタシは途中で動けなくなっていたかもしれない」

 シンも同感だった。敵のMSの性能に感じた緊張感、体力の消耗、味方の劣勢から感じた危機感、何れも今回の戦闘の方が初陣よりも大きかった。

「本気で負ける、死ぬって経験をさせてもらえたのは、確かにありがたかったかもな」

 シンは言った。

「じゃないと、俺もあの巨大MAが出てきた時点で戦意を失っていたかもしれないと思う」

「結局、シンはやけになってつっこんで撃墜されたんだから、戦意が少しくらい萎えていた方が良かったんじゃないかってアタシは思うけどな。結局、アタシがお前を回収しなければならなかったし」

 ニヤけながらのタリサの返しに、シンは不貞腐れたように顔を背けた。

 

 それからおよそ一時間後、基地司令を交えた会議を終えた響がブリーフィングルームにやってきた。そして、入室早々にシンを呼び出した。

「おう新米二人、ちょっとこっちに来い」

 シンは素直に呼び出しに従い、響の前に立つ。

「機体の記録を見させてもらった。シン、何故お前は敵の巨大MAが佐伯を撃墜した後、甲田が命令を待つように言ったのに無謀にも突っ込んでいったんだ?」

「……あの巨大MAの火力は異常でした。命令を待っていればヤツは確実に前進し、その火力で基地に大きな損害を加えることが予想されたため、自分はこれを一刻も早く阻止すべきだと判断しました」

「結果、お前は敵MAの脚を切断することに成功した。だが、同時に敵の集中砲火を浴びて機体は大破、戦闘不能になった。軌道降下兵団(オービットダイバーズ)が来るのが後少し遅ければ、間違いなくお前は死んでいたな」

 響の指摘にシンは眉を吊り上げながら反論する。

「結果論ではそうです。けど、あの時増援を待っていたら、やつはもっと前進していました!!やつに砲撃をさせたら終わりじゃないですか!!」

「お前は、あの行動が最善だと思って行動した……そう主張するんだな」

「そうです」

 その言葉が引き金となった。

 先程まで能面のような表情を浮かべていた響の顔に、青筋が浮かび上がる。そして、隣の部屋にでも聞こえるくらいの大声でシンを怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎!!」

 怒声が室内に響き渡る。

「お前は何も考えていない!!確かに、あのMAは危険な存在だ。だがな!!危険な相手であるからこそ、より慎重な対応が求められるんだ!!撃墜された佐伯は動けない状態だったことを承知でお前はあの巨大MAを下から攻めたな。結果、佐伯の近くにも敵の雨のような砲火の流れ弾が着弾しているんだぞ!!お前は佐伯を殺しかけたんだ!!」

 佐伯は、乗機が撃破された際に、コックピットにも損傷を受けて負傷した。火傷と骨折で3ヶ月は復帰できないほどの怪我であり、近い内に後方の安土や大坂に下げられる予定となっている。そして、その怪我を負うきっかけとなったのが、シンの独走にあったことは否めない。

 シンは響の言葉に言い返すこともできず、唇を噛む。

「タリサ!!お前もだ!!このバカをフォローするためとは言え、お前も甲田の制止を振り切って独断行動をしたな!!戦術的な是非はともかく、お前までこのバカに付き合ってリスクの高い接近戦をしてどうするんだ!!」

 次なる標的となったタリサも、響の叱責に身を縮こませる。そして、響の怒りの矛先は最後に副隊長である甲田に向かった。

「そして甲田!!お前も判断が遅すぎる!!タリサを制止するのなら、お前が指揮してシンのフォローに入れるように適正な指示を出すべきだったんだ!!新任の動きにお前は注意を払っていなかったのか!?」」

 ひとしきり怒りを爆発させたのか、響の怒気は薄れ、その表情にも平素のものが戻りつつあった。だが、未だに険しい表情と厳しい目つきは変わらない。

「仮に、お前があのフリーダムのように敵のMAを撃墜するだけの能力を持っていたとしても、お前の独断行動で状況が打開できたとは思えん。お前は、あのMAが核で動いていることを考えなかったのか?」

「……考えていませんでした」

「敵MAの残骸を調査した結果、あの機体には核動力が搭載されていたことが確認された。あれだけの火力を有する機体のエネルギー消費を賄える機関として、十分に予測できたはずだがな。お前は、核動力搭載機を撃墜した場合、何が起きるのかは聞かなくても分かるな?」

 シンは無言で頷く。

 もしも、シンが敵MAの撃破に成功したとしても、敵が最後の力で原子炉を暴走させた場合にはシンは助からなかっただろう。いや、おそらくあの機体の周囲で戦闘中だった機体は敵味方問わず核の焔に焼き尽くされたに違いない。

 自分は、ただ敵を討ち滅ぼすことしか考えていなかった。一時の感情に任せて突っ走り、その後がどうなるかなんて全く考えていなかったのだ。

「……あのフリーダムは大した腕を持つやつだ。機体を検分したところ、NJCはピンポイントで破壊されていたらしいからな」

 あのフリーダムは自分よりも遥かに強い。その上、状況を冷静に見つめ、適切な対処をしてみせたということだ。全てにおいてあのフリーダムは自分の上をいっていたのである。あのフリーダムのパイロットと比べることすらおこがましいほどの自分の痴態がたまらなく悔しかった。

「お前は、大和中尉と肩を並べることが目標だと言っていたな。だがな、周りが見えていない今のお前では、絶対に彼には追いつけねぇ!!」

 そして、響は腕を組みシンを見下ろしながら言った。

 

「無茶して死ぬのは勝手だが、俺たちに迷惑をかけるな」

 

 シンは何も答えることができなかった。

 

 

 

 その後、シンは命令違反ということで減給と始末書処分となった。本来であれば数日独房で頭を冷やしてもらうべきだったが、前回の戦闘での消耗、特にパイロットの消耗が激しく、動けるパイロットが有事の際にすぐに動けるようにする必要があり、シンの機体も大破していたが、マリネリス基地の貴重なパイロットを遊ばせておくわけにはいかなかったのだ。ただ、無罪放免というわけではなく、シンの正式な処分は、日本側に余裕ができた後に改めて出されるようだと響はシンに伝えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて本格的な予告を作りました。

 ネタ予告ではありません。(内容は90%超がネタですが)マジの予告です。ただし、本編ではなく番外編の予告ですが。

 SEED DESTINY ZIPANGUではなく、SEED ZIPANGU BYROADSに掲載する予定です。

 

 

 

<予告>

 

 C.E.73 プラントと地球連合の戦争が終結してから2年後、世界は建艦競争の真っ只中にありました。

 そんな中、日本を護る最強の戦艦を建造が決定し、その願いは造船一筋30年の造船の神に託されます。

 戦艦が戦艦であるために、大和が最強の戦艦であるために、技術者達は戦います。

 かつて、ジェネシスを打ち砕き、日本に迫る災禍を打ち払った伝説の巨砲、マキシマ砲。

 技術者へ要求されたのは、そのマキシマ砲を超える兵装、マキシマ砲に耐える装甲、全てを凌駕する高速性能を併せ持つ最強の戦艦の建造でした。

 矛盾を孕んだ技術的な問題が山積する中、設計を任された造船の神は、山積する問題を解決するために、ついに禁断の存在に手を出します。

 横浜の魔女、狂気の天災が授けた英知は、彼らの戦艦を恐るべき大怪獣へと変貌させる狂気の代物でした。

 小惑星を粉砕する艦首砲、全ての攻撃を受け付けない絶対防御、マキシマを超えたニューマキシマ。

 そして、ついに日本は総力を結集し、並み居る戦艦をものともしない最強の戦艦を造り上げます。

 

 来週は怪獣王と呼ばれた最強の戦艦を造り上げた不屈の技術者たちの物語です。

 

 次回機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS

 PHASE-X 挑戦者達 ~日本の力を結集せよ――怪獣王を造った技術者魂~

 ご期待ください。

 




予告に書いた番外編は、速ければ土曜夜くらいには仕上がりそうです。


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PHASE-14 先人の知恵

『大和』のスペックネタバレになる外伝のPHASE-X挑戦者達の続きは、こちらで『大和』が登場した後に掲載する予定です。


C.E.79 4月20日 L4宙域 大日本帝国領 軍港コロニー『大坂』

 

「外務省からの連絡によれば、未だにマーシャンは白旗を揚げるつもりはないようです」

 宇宙軍情報管理部の小早川時彦中佐の発言が宇宙軍聯合艦隊司令部作戦室の空気を重くする。出席者の中には、まさかという感想を抱いたものも少なくない。

 既に二度の侵攻作戦に失敗によって、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍は壊滅したはずである。それにも関わらず降伏するつもりが見えない相手に対して聯合艦隊の幕僚一同は頭を抱えていた。

「……敵に、未だ十分な継戦能力が残っているのかね?」

 聯合艦隊参謀長横井惣次郎大佐は、情報提供のために艦隊司令部を訪れていた小早川に質問する。

「いえ、その可能性はまずないでしょう。戦前の情報と照らし合わせたのですが、計算上は既にマーシャンにはコロニー防衛のための戦力しか残っていないはずです」

 

 帝国宇宙軍火星方面隊は、火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の二度の攻勢を何とか凌いできた。こちらが被った損害も少ないとは言えず、マリネリス基地に配備されていた防衛戦力は損耗率が7割を超えたために全滅の判定を受けている。火星方面艦隊も、二度目の防衛戦時に基地上空からの攻撃を目論む敵艦隊と交戦し、多数の犠牲を出しながらこれを撃退した。

 火星に配備されていた軽空母『祥鳳』、巡洋艦『塩見』『尾高』『赤間』『鵜戸』『橿原』『庄内』、駆逐艦『山霧』『朝霧』『夕霧』『浜霧』『瀬戸霧』『天霧』『沢霧』『沙霧』『有明』『曙』の内、健在なのは巡洋艦『庄内』、駆逐艦『夕霧』『瀬戸霧』『曙』だけだ。

 敵艦隊20隻の内、16隻を撃沈ないしは落伍させて撃退したというのは見事な結果だと言えなくもない。だが、軽空母1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦7隻の犠牲は大きすぎた。

 元々火星方面艦隊は旧式の巡洋艦や駆逐艦が主力であったし、敵艦隊はMS運用能力も備えたドレイク級護衛艦やネルソン級戦艦で構成された艦隊であったということも犠牲がここまで大きくなった原因だと考えられる。

 防衛戦を辛くも生き延びた巡洋艦1隻と、駆逐艦2隻も中破判定を受けており、マリネリス基地のドックで修理中だ。現状の火星方面艦隊で健在な艦は駆逐艦『曙』だけという状態である。

 だが、二度目の防衛戦には間に合わなかったものの、全速力をもって駆けつけた巡洋戦艦を主力とした増援部隊が到着しているため、再度の侵攻を撥ね返せるだけの戦力は既に揃っている。先行して敵地上侵攻部隊に甚大な損害を与えた軌道降下兵団(オービットダイバーズ)もその母艦『出雲』と共に一時的にマリネリス基地のMS戦力の穴を埋める任に着いていた。

 

 その一方、戦力の補充が完了した日本側に対し、火星側の戦力は限界に近づいているはずだった。戦前の情報によれば、マーシャンの保有する艦隊はネルソン級戦艦2隻にドレイク級護衛艦36隻、独自開発のアキダリア級巡洋艦5隻だけのはずだ。

 そして、火星方面艦隊はネルソン級戦艦1隻、ドレイク級護衛艦10隻、アキダリア級巡洋艦1隻を撃沈し、ドレイク級護衛艦3隻とアキダリア級巡洋艦1隻を鹵獲した。つまり、敵に残された戦力はネルソン級戦艦1隻、ドレイク級護衛艦23隻、アキダリア級巡洋艦3隻のはずだ。

 しかも火星方面隊の戦果報告によれば、その残存艦隊の内、ネルソン級は中破ないし小破、ドレイク級2隻は大破ないし中破、アキダリア級巡洋艦2隻中破確実となっているため、実働戦力はさらに下回ることが予想される。

 また、2度の侵攻失敗でマーシャンは270機近いMSとパイロットを喪失している。マーシャンの残存MSの数はおよそ530機ほどだろう。ただ、この530という数字は、様々な都合上使用を継続せざるを得ない旧式機や訓練機を含めた数であるので、実際に一線級の戦力として使える機体は多くて200機ほどであろうと推測される。

 

「コロニー防衛のための最小限度の兵力しか存在しないのであれば、我が方が反攻にでてオーストレールコロニーに攻め入ることも可能では?敵の戦力は、再侵攻ができるほどに余裕があるわけではないでしょうが、ゲリラ的に通商破壊に出るだけの戦力は未だに健在です。あのコロニーに我々が警戒するべき戦力が立て篭もり続ける以上、攻略は必須でしょう。」

 そう具申したのは航宙参謀を務める中西綾中佐だ。防衛大学を首席で卒業したという経歴を持つ才女であり、凛として優雅なその立ち振る舞いは軍人というよりは姫武将を思わせる。

「我が方の戦力はマーシャンを上回っておりますし、いつまでも火星に艦隊を貼り付けて敵の出撃に備えておくわけにもいきますまい。火星開発は我が国が掲げるネオフロンティア計画の要です。あまり長きに渡って開発に支障がでるようなことは避けるべきでしょう。早期にマーシャンを屈服させることが、長期的に見れば最も費用がかからない選択肢だと思いますが」

「……我々の現有の戦力で攻略が可能なのか?まがいなりにも500のMSがマーシャンにはあるのだ。それに二度目の侵攻で姿を見せたという巨大MAの情報も気になる。占領はできても大損害ということになればまずい。増援を送り、万全の体制で攻め入るというのは駄目だろうか?ここで攻略を焦れば、早期の火星開発の再開の代償として我々は甚大な被害を出すかもしれない」

 横井の発言に対し、小早川が言った。

「我が方の損害が更に膨らむ可能性があることは否めませんが、時間がこちらの利にはならないことも事実です。情報局からの情報によれば、大西洋連邦の大輸送船団が一昨日プトレマイオスクレーターを出港し、火星に向かったとのことです。大西洋連邦の援助がある限り、マーシャンは簡単には屈服しない可能性が大きいです。先程中西中佐が言ったように、強化された戦力で積極的に通商破壊に出てくる可能性も否定できません」

「既に我が軍が火星の資源地帯を制圧したため、マーシャンは火星で採掘はできない状態にある。マーシャンが大西洋連邦から兵器を購入しようにも、その元手となる資源はないはずだ……となると、大西洋連邦の狙いは我が軍の消耗と、我が軍のMSの性能の調査、そして火星開発の妨害といったところか。厄介だな」

「おそらく、参謀長の推測通りだと思われます。大西洋連邦は、マーシャンが屈服しないように援助を矢継ぎ早によこすでしょう。援助でマーシャンが立ち直る前に手を打つことが、犠牲を最小限にとどめることに繋がります」

 小早川の主張に対し、参謀の矢野隆正中佐が険しい顔を浮かべる。

「確かに、小早川中佐の言うように、早期に我々が攻勢に出ることには戦略的に大きな利点があると言えます。しかし、こちらから攻め込むとなると、目標は敵コロニーということになりませんか?マーシャンの保有するコロニーは、軍事区画と民間区画が同じコロニーに存在しますから、攻撃は民間区画に被害を与える可能性が大きいです」

 横井は呻くように言った。

「……ヘリオポリスのような事態になるということか。確かにそれは避けたいな」

 かつて、日本はザフトのヘリオポリス襲撃に際して、民間人が多数居住する中立国のコロニーを何の警告もなく攻撃し、破壊する行為は許されざる蛮行であるとザフトを強く非難したことがある。もしも今日本が民間人が居住するコロニーを襲撃すれば、ヘリオポリス襲撃時の主張を持って対抗されかねない。

 そうなれば、国際的なイメージ戦略ではマイナス面が大きくなる。かつて日本が非難した蛮行を今度は日本の手で行っていると解釈されかねないのだ。

「下手にコロニーに手をだすと、その可能性が大きいです。かといって、コロニーが健在なままではいつまでたっても彼らは降伏しないでしょう」

 会議室を沈黙が支配する。

 戦略的には攻勢に出るべきだが、敵が民間人を抱えながら立て篭もっている以上、下手に手を出せば軍は民間人虐殺の汚名を着せられることになる。日本がヘリオポリス崩壊時に主張した理屈が今度は日本の行動を縛ることに繋がっていた。

 日本側の現状を理解した上での行動なのかは分からないが、マーシャンの行動は非常に厄介なものだ。コロニーを直接攻撃できない以上、コロニー内部に突入して軍事区画を占拠して降伏を促すという手も考えられるが、コロニー内部での戦いとなれば、地の利があるマーシャン側が遥かに優位だ。占拠には歩兵部隊も動員する必要があるので、犠牲者も多数出るだろう。歩兵部隊の投入による占拠も避けたい選択肢の一つであった。

「まるでかの日露戦役における旅順要塞だな……通商路を護るためには攻略は必須、されども、迂闊に手は出せない。後に来寇する輸送船団がさしずめ、バルチック艦隊といったところか」

 横井の呟きに小早川が相槌をうつ。

「要塞故に手が出せないのではなく、要塞が盾にしている民間人のせいで手がだせないという点と、陸側からの攻略ができないという点を除けば、確かに戦略上は旅順とよく似ていますね」

「そうか……旅順ですよ!!」

 その時、不意に一人の男が声をあげた。先程までは一人云々と唸っていた首席参謀の和倉実大佐だ。

「どうしたんだ、和倉大佐」

「旅順と同じです!!マーシャンが簡単に出てこれないようにして、輸送船団が入れないようにすればほぼ無力化できます!!」

 そこまで言えば、智謀に長けた参謀たちが和倉の言わんとすることに見当がつかないはずがない。横井が確認するかのように和倉に問いかけた。

「つまり、君は……コロニーの湾港部を閉塞してしまえというのかね?かの旅順閉塞作戦のように」

 和倉は我が意を得たり、と言わんばかりに得意げな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 大日本帝国宇宙軍が反撃に出たのは、4月30日のことだった。増援艦隊の戦艦『金剛』『比叡』に続き、軽空母『紅鳳』『蒼鳳』『白鳳』『黒鳳』巡洋艦『雲仙』『六甲』『高塚』『斐伊』そして駆逐艦16隻の艦隊が火星の軌道上にあるマーズコロニー群に迫る。そして、その遥か後方、『小早』の符丁を与えられた輸送船を集めた船団にはシンの駆る不知火の姿もあった。

『おう新米。今日は勝手な真似するんじゃねぇぞ』

「了解です」

 響からの釘刺しにシンは素直に答えた。未だに色々と気持ちの整理がつかない面もあるが、今は任務中のためにそれを表に出さないようにする。

 今回の作戦の要はこの輸送船をコロニーのオーストレールコロニーの湾港部に突入させることだ。マーズコロニー群に存在する5つのコロニーの全ての湾港部を塞ぐ作戦ということもあり、予備戦力を含めて13隻の輸送船が準備されている。

 シン達イーグルスの任務は、オーストレールコロニーに向かう3隻を護衛することだ。敵MSは空母機動部隊が殲滅する予定になっているが、念には念をということらしい。輸送船には乗組員は乗っておらず、輸送船団の後方に陣取る巡洋艦『赤塚』に設けられたコントロール施設から遠隔操作されている。万一遠隔操作システムに不具合が出た場合は、自動操縦で港湾部に突っ込む手筈になっているそうだ。そして、この輸送船団は火星で動ける全てのマキシマ非対応型輸送船をつぎ込んでいるため、失敗は絶対に許されない。次はないのだ。

『しかし、輸送船なんざがつっこんだところで意味があるんですかね?作業用MSでもあれば簡単にどかされてしまいますよ。一体何の意味があるんですかね?』

 疑問を口にするタリサを涼が戒める。

『そのくらいのこと、作戦を立案した上層部がわかってないわけないでしょう。きっと、何か秘策があるのよ。私たちには何も知らされなかったあの輸送船の中身とか、他の何かにね。でも、そんなことに気が取られていて隙を曝したとしても、私は援護してあげないわよ』

『……そんなもんですかね。ま、援護欲しいですからこれ以上考えるのはやめます』

『その方が利口ね。一応忠告するけど、シンもそんなこと気にするんじゃないわよ。隊長も言っていたけど、邪魔になってもらいたくはないから』

 シンも輸送船を突っ込んだところで作業用MSがあれば簡単に除去されるのが関の山だと思う。だが、先輩がこう言うのだから、気にしても仕方がないと割り切ることにした。

「何度も言われなくても分かってますよ」

 流石に二度も釘をさされるとシンも少し不愉快になる。不貞腐れていることは口調から丸分かりであったが、涼はそれ以上の注意は避けた。どの道自分が注意しても余計に不貞腐れるだけだろうと判断したからだ。

 

 

『旗艦から入電です。『小早』ハ迅速ニ突入セヨ』

 『赤塚』に乗る通信士の指示で、輸送船団の各艦のスラスターに光が灯り、次第に加速を始める。前方を見ると、闇の中に幾多の光が見える。時折花火のような火球があがっているところを見ると、既に戦闘は激化しているようだ。たまに大きな火球が現れるあたり、艦船も少なからず沈んでいるのだろう。

 どちらが優勢にあるのかは全く分からないが、露払いをまかされた『安宅』の符丁を与えられた前衛艦隊が派手に戦っているに違いない。事前の戦力差からして、彼らが優勢にあることをシンは疑っていなかった。

「頼むぞ、『安宅』……」

 シンは祈りながら操縦桿を握る。この輸送船団の存在は遅かれ早かれマーシャンに察知されるだろう。そして、自分たちは輸送船団を狙う敵機動戦力から輸送船団を守らなければならない。戦闘になれば、鈍足で脆弱な輸送船を護るシンたちは不利な立場に立たされることもあり、『安宅』には一機でも多くの敵MSを引き付けてもらい、片付けておいてほしかった。




火星戦役はもうすぐ決着がつく予定です。


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PHASE-15 閉塞作戦

『敵MS部隊、前方に展開。数は200です!!』

『機種特定――ダガーL100、ゲイツ50、その後方に三本脚(トライポッド)50!!』

 敵影をキャッチした『金剛』からMS隊に報せが入る。

「敵さんのおでましか……幸いなことに、あの盾蟹(シェンガオレン)とやらもいないみたいだな」

 『紅鳳』MS隊を統率す高田博康少佐は乗機である陽炎改のコックピットの中で口元を僅かに緩めた。

 第二次マリネリス基地防衛戦において猛威を振るった盾蟹(シェンガオレン)の情報は、作戦開始前に伝達されている。だが、情報があったからといって正直なところ高田はあの化け物を撃墜できるとは思えなかった。

 記録映像に残されていたフリーダムのような動きができるパイロットなど、帝国宇宙軍の中でも一握りだ。『紅鳳』MS隊全24機を当てたとしても、勝算は1割に満たないだろうと高田は確信している。

 もしも盾蟹(シェンガオレン)が出てきた場合、あのフリーダムが相手をしてくれる手筈になっているため、盾蟹(シェンガオレン)の存在如何で作戦の成否が左右されるということはないだろうが、正直戦場で出くわしたくない類の敵であることには違いないのだ。

 

『全部隊に通達、これより対空ミサイルを前方に発射し、敵部隊の陣形を乱す。炸裂と同時に進撃し、敵を迅速に各個撃破せよ』

 その通告の10秒後、巡洋艦や戦艦からミサイルが前方に放たれ、多数の火球を眼下に出現させた。そして火球が放つ光は次第にしぼみ、その奥に多少なりとも数を減らした敵部隊の姿が現れる。

「よし……全部隊突撃だ!!俺に続け!!」

 高田は自らを鼓舞するかのように叫び、3機の陽炎改を引き連れて突撃した。

 高田の標的はダガーLだ。迫り来るGAT-01ストライクダガーをそのまま踏襲した直線的なフォルムに高田はビームを浴びせる。盾に身を隠したダガーLに対し、左上方から回り込んだ僚機が斬りこみにかかる。

 咄嗟に反応した敵機はビームライフルで牽制するが、その隙に高田も敵機に接近し、複合砲をしまってビームサーベルに持ち替えていた。至近距離まで接近していた高田の機体に対して盾をむけるダガーLだったが、高田はダガーLの目前でスラスターを噴かして瞬時にダガーLの背後に回りこんでいた。

 高田が振り下ろした光刃は一瞬でダガーLの腹部を左から右に撫で斬った。ダガーLは離脱する高田の機体の背後で火球へと変貌する。

「次だ!!あの左足がもげた砲塔つきのヤツをやるぞ!!」

 高田の意識は既に先程撃墜した機体にはなかった。新たなる目標を見つけた高田は僚機を引き連れて標的に接近を試みる。

 先程の対空ミサイルから放たれた散弾が掠ったのだろう。左足がもげたダガーLは、右脚のスラスターも咳き込むように光を瞬かせている。どうやら右脚の調子もよくなさそうだ。この様子ではAMBAC制御も簡単ではなかろう。背部に備え付けられたドッペルホルン連装無反動砲が機動性を低下させたことが祟ったようだ。

 敵機も接近するこちらに気づいた。そして、連装無反動砲と両腕のビームカービンから火箭を放ち迫り来る陽炎改に対して弾幕を張る。ライフルに比べて接近戦での取り回しに秀でたカービンを二丁持っているというのがどうにもやりにくい。

 正面から撃ちあうことは愚策だと判断した高田は、僚機とともに左右からの挟み撃ちを狙う。左右から同時に接近する高田たちに対し、敵機は牽制射撃をしながら下降して逃げようと試みる。だが、脚部の調子の悪い脚部では姿勢制御は難しく、牽制射撃の精度もお世辞にも高いとは言えない。

 急降下中に姿勢制御が乱れた敵機に対し、高田たちも急降下で追い討ちをかける。高田の機体の左右、上下にビームカービンから放たれた緑の軌跡が囲い込むように描かれる。だが、高田の機体はその緑の軌跡には一切触れてはおらず、緑の軌跡はそのまま一瞬の内に後方へと流れ去った。

 高田は操縦桿を巧みに操作し、陽炎改は迫り来る火箭を掻い潜って射程距離に敵機を収めた。そして、高田はライフルの引き金を引く。

 放たれた火箭は見事に敵機の頭部を貫き、敵機から目を奪い去る。だが、高田は深入りせずにそのまま機体を左に滑らせながら離脱する。陽炎改の姿を追うように敵機から火箭が放たれるが、メインカメラを失った状態での射撃など、まず当たるはずがない。高田は悠々と離脱することに成功した。

 そして。高田に続くように僚機もが連続して緑の閃光を放ち、敵機の胴体を次々と射抜いていく。そして、僚機が離脱した瞬間、敵機は胴体部から紅の焔を吹き出して爆散した。

「これで2機か……」

 高田は警戒を緩めないまま、周囲の状況をレーダーで確認する。どうやら、最初のミサイルで30機ばかり撃墜できたことが効いたらしい。170対96――戦力比にしておよそ2対1だったはずが、今では100対88――およそ10対9にまで縮まっている。

 その時、高田の視界の端を5条の閃光が掠めた。直後、閃光の先でいくつもの火球が生まれる。高田が閃光の出所へと視線を向けると、そこにはあの蒼翼のMSがいた。そしてそのMSの砲撃で空いた穴に向けて間髪いれずに最新鋭の不知火弐型特別仕様機が斬り込んでいく。

 ある機体は敵MSの間を縫うように進み、その間に長刀で敵MSの腹を斬り裂く。ある機体は両腕にライフルを持ち、正確無比な射撃で次々と敵MSの腹部に風穴をあけていく。その手際は芸術と呼べるほどに無駄がないものだった。

「フリーダム……そしてあの練度……あれが噂の軌道降下兵団(オービットダイバーズ)か!!」

 フリーダム率いる一団は敵の軍勢の中を突き進む。高田は敵の軍勢を圧倒的な戦闘力で割って進むその姿にモーゼの奇跡を幻視した。

「別格どころじゃねぇ……次元が違うってことか。ま、味方となればこれ以上に頼もしいことはないな。敵に回されたマーシャンには同情するが」

 

 

 

 

 そのころ、アグニスはオーストレールコロニーに設けられた火星圏開拓共同体宇宙攻撃軍の最高司令室で顔を顰めていた。自分の護るべき兵たちは、数で優りながらも圧倒的な性能差で劣勢に立たされている。

「中央にあのフリーダムが現れました!!既に中央の部隊は壊滅寸前です!!」

「敵輸送艦!!進路変わらず!!まっすぐ突っ込んできます!!」

 オペレーターからの報告を聞いたアグニスは拳をコンソールに叩きつける。

「また……また貴様か!!フリーダムゥ!!」

 前回の戦闘でフリーダムの手によってもたらされた損害を思い出したアグニスの額に青筋が浮かぶ。あの戦いでアグニスは多数の部下を失い、切り札であるマルスも失った。何物にも代えがたい自身の右腕、ナーエはマルスのコックピットから救出できたことは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 多数の戦力を失った今、マーシャンが火星の資源採掘権を日本から奪い返すことはまず不可能だ。大西洋連邦の援助があるとはいえ、それは兵器の供給に限ったものであり、その兵器を扱うことができる義勇兵を融通してはくれない。

 既にこの国のMSパイロットは二度の侵攻失敗によって払底しているし、払底した人材を確保するあてもない。当初は傭兵の雇用も考えたが、資源の採掘の目処がなく手持ちの財産もないマーシャンに雇用されることを望む傭兵には碌な人材がいなかった。PMCなども、戦う前からまず負けが確定していると判断した相手を優良な顧客としては見てくれない。

 そもそも、大日本帝国の本格的な武力介入となればいくら傭兵と言えども大抵は命を惜しむ。募集に応じるのは、現実が見えない粗野な三流か、命知らずの一流ぐらいだ。こちらが所望していた命知らずの一流の傭兵の大半は現在中東の某王国にある地獄の一丁目と噂される最前線中の最前線、地獄の激戦区に集結しているとのことだ。結果、集まったのは治安を悪化させるような人材ばかりで、とても戦力たるものではなかった。

 また、これまで援助してくれたジャンク屋組合の残党は、前回の戦闘でこちらの勝機がなくなったことを察知してこの国を早々に出ていった。どのようなルートを使ったのか分からないが、彼らは大西洋連邦船籍の貨物船で堂々とこのコロニーを後にしていったのである。ただそれでもごく一部のバカのような気前のいいジャンク屋はこの国を逃げ出すことを拒否し、手を貸してくれていた。

 既に敵は本土であるコロニーの眼前まで攻め込んできている。そんな中、人も、兵器も満足ではない状態で勝ち目があると思えるほど、アグニスは楽観主義者ではない。彼はリアリストであり、それ故にこの先自分たちが受け入れる『敗北』という運命も理解していた。

 当然、敗北の運命の後に訪れるマーシャンの苦難も分かっている。民族浄化や虐殺といったジェノサイドが行われることはないだろうが、マーシャンは牙を抜かれ、日本にとって害のない犬に成り下がることになるだろう。

 尊厳も、技術も、資源もその全てが奪われ、マーシャンは0から――いや、マイナスから再出発を始めなければならない。マイナスから這い上がる国民の苦労は想像を絶する。復興のためにはマーシャンを導く運命を遺伝子により決定された自分の存在が必要不可欠であることをアグニスはもちろん理解していた。

 そう、アグニスはパトリック・ザラと同様に戦犯として今回の武力衝突の責任を取らなければならないのだ。アグニスがマーシャンの憎悪の対象となり、遺伝子による適正診断に基づいた社会を否定する象徴となることが、祖国の未来を救うのだから。

 実は、自身の部下を、マーシャンの未来を奪い、現在進行形で戦場で大暴れしているフリーダムへの復讐を願う心はアグニスにもあり、本当なら自分が出撃したいとアグニスは考えていた。だが、ここで自分が前線に出て戦死することになれば、戦犯としての責任は自分以外の誰かが償わなければならなくなる。それは、戦後に必要な人材を失うことにも繋がりかねないため、アグニスには自身の命を危険に曝す行為は絶対にできなかった。

 元々我慢強い方ではないアグニスは、自身に課せられた役割を全うしようとする理性と、今すぐに敵討ちに向かおうとする感情との板ばさみで激しいフラストレーションを溜め込んでいる。それを象徴するかのように強く握り締めた彼の手からは血が流れ、司令官席から飛び出そうとする身体を押さえつけるかのように歯を食いしばっていた。

 その時、怒りで頭が茹で上がっていたアグニスの下に新たな報告が届く。

「左翼を突破し、輸送艦がコロニー群に接近中!!数は13!!このままのスピードではコロニーと衝突します」

「何だと!?」

 アグニスは 宙域図で敵輸送艦の位置を確認する。既にかなりコロニーに輸送艦が近づいていることがわかる。

「何故ここまで接近を許したぁ!?」

 怒鳴るアグニスに対し、オペレーターがおそるおそる答える。

「……す、既に左翼は組織的な戦闘ができる状態にありません。中央、並びに右翼も敵MS隊に押し込まれています。救援に回せる戦力はありません」

「そうではない!!何故左翼の輸送艦の情報が今頃になって上がってくるんだ!!もっと早く気づくことができただろうが!!」

「前線が混乱しており、その……通信を整理することで手一杯となって、結果的に……えっと、レーダーへの注意が散漫に」

 ただでさえ我慢弱いアグニスの堪忍袋の緒は一瞬で切れ、怒髪天を衝く勢いで怒鳴った。

「貴様、それでも軍人かぁ!!戦場の把握が貴様の任務だろうがぁ!!」

 日本軍のECMに対応しつつ、混乱して収拾のつかなくなった自軍の管制を経験の浅い火星出身のオペレーターが行う以上、このようなことは避けられなかっただろう。管制への適正だけでオペレーターを選んだことへのツケをマーシャンはこの場で払うこととなった。

 

 

 

 コロニー群に迫る輸送船団目掛け、コロニーから出撃した旧ザフトの警備無人ポッドが迫る。MSとの戦闘には全く使えない非力な旧式機だが、そのアームに抱えられた76mm砲は民間の輸送船ぐらいであれば沈めることも可能だ。

 本来であれば密入国を試みるシャトルなどの小船を撃沈するための警備ロボットなので、戦闘には向かないのはマーシャン側も百も承知である。ただ、各戦線が崩壊状態にある以上、コロニーを目指す輸送船相手に割ける戦力はこれ以外に存在しなかった。

 しかし、所詮は警備用。輸送船の護衛任務についている7機の不知火弐型の敵ではない。前回の侵攻時に損傷を負ったネルソン級までもが湾港区画から出撃するも、装甲の修復が終わっていない区画を集中的に攻撃されて数分足らずで撃沈されていた。輸送船2隻が流れ弾で損傷を負い突入を断念したが、もはや輸送船の脚を止めるものはなかった。

 

『輸送船10隻、全て突入コースに入りました』

 巡洋艦『赤塚』の艦橋で、『小早』の符丁を与えられた輸送船団を指揮する猪谷信夫少佐は、通信士からの報告を聞いて笑みを浮かべた。

「よし……全艦突入だ!!」

 猪谷少佐の号令で輸送船は次々と別々のコロニーに向かって猛進する。そして、無人の輸送船はコロニーの湾港部に設置されたエアロックのシャッターへと激突した。加速がついた輸送船の船首はシャッターを突き破り、内壁との間に火花を散らしながら船体をエアロックの内部に捻りこませる。強引な突破、正規のアプローチを無視した突入の衝撃はコロニー全体を揺るがした。

『全艦、エアロックに突入しました!!』

「ようし……仕上げだ!!積荷をぶっとばせ!!」

 猪谷少佐の合図で、エアロックに強行突入した輸送船内部に施された仕掛けが作動した。




う~ん、気分転換に別のSSでも書きたいですね。
本当はこういう気分転換したいときはゴルゴさんの出番なのですが、アポ5巻の内容次第では修正がいるかもしれないので今続き書くのは無理ですし……5巻でるのは冬ですから。
かといって、別の長編は正直厳しい……自分は長編の同時連載は2本までが限界ですね。前にネタ予告したゴジラの短編でも書こうか悩んでます。


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PHASE-16 蠢く欲望の獣

おっさんの会話だと執筆速度が通常の三倍になります。

真面目な話です。


C.E.79 5月2日 火星圏開拓共同体コロニー群

 

「これは……そんな、馬鹿な!!」

 大西洋連邦からの援助物資を運んでいたマルセイユIII世級輸送艦『ボークス』の艦橋で、艦長のシックス・ゲラートは目の前の光景に唖然としていた。

 入港を予定していたエアロックは、黒い物体に満たされており到底入港ができる状態ではなかった。輸送船団に属しているほかの船からも入港予定のエアロックが使えないという通信が次々と届けられることからすると、おそらく全てのエアロックが使用不能となっているのだろう。

 唖然とするゲラートの下にオーストレールコロニーのエアポート管制室からの連絡が入り、モニターに疲れた表情を浮かべる中年の男が映し出された。

『こちらオーストレールコロニー管制。はるばる物資を運んできてくれたことには感謝するが、現在我が国の全ての港湾区画は使用不能な状態にあるため、積荷を受け取ることができない状態にある』

「どういうことだ?あの黒いものは一体なんだ?」

 ゲラートの質問に対し、管制官は苦々しい表情を浮かべながら説明した。

 管制官曰く、数日前に日本の襲撃があり、迎撃部隊をコロニーから引き剥がした隙に日本軍は輸送船をエアロックに突入させたらしい。陸戦部隊の投入を警戒した各コロニーは一時パニックに陥ったが、結局輸送船からは一人も日本兵が現れることはなかったそうだ。

 だが、その輸送船の積荷が問題だった。エアロックに強引に突入した輸送船は、一斉に積荷を解放し、黒い液状の物体をエアロックにぶちまけたのである。そして、液状の物体はエアロックの中にへばりつき、輸送船ごと巻き込んでそのまま凍結した。後の調査によると、この黒い液状の物質はタールに似たものだったらしい。

 このタールらしき物体を除去しない限りはエアロックの解放は不可能であるが、エアロックを埋め尽くすほどのタールを除去することは容易ではない。火星の地表を日本軍に押さえられていることもあって、軌道上にあるマーズコロニー群は地表から取れる水を使った除染もできない。そのため、彼らは重機を使ってタールの塊を丁寧に削って除去するしかないのだ。こびりついて凍結した物体の除去が完了する見通しは立っていないらしい。

 予備の物資搬入口もあることにはあるが、そちらは規模が小さく荷揚げ設備も不十分であるため、そちらに物資を下ろしたとしても効率的に捌ききれないことは確実だ。これだけの量の物資を運び込んだとしても、コロニー内部が物資で溢れかえって収拾がつかなくなる。

 

「閉塞作戦か……忌々しいが、確かに効果的だ。やつらもやってくれたな」

『ええ。湾港機能だけが封じられたとはいえ、それだけでこちらは手一杯ですよ』

 ゲラートは歯軋りする。これでは輸送船団は任務を果たすことはできない。遺憾ではあるが、ここは出直すしかないようだ。出直すといっても、再度輸送船団が出せるかどうかは疑問ではあるが。

 いくら大西洋連邦が援助物資を積んだ輸送船団を送り込むほど日本の火星開発の妨害に心血を注いでいるとはいえ、湾港機能が完全に封じられているために物資を運び込むことすらままならないマーシャンをこのまま援助し続けるつもりがあるのかは疑問である。

 費用対効果は元々あまりよくないことは分かっているが、日本にマーシャンの血をもって出血を強要するという戦略的目標から考えれば援助が無駄ではないと考えていた。しかし、むざむざ敵に本拠地まで攻め込まれ、生命線たる湾港をあっさりと閉塞されたとなれば、マーシャンの実力にも疑問を抱かずにはいられない。

 このような弱兵に物資を与えたところで、浪費するだけで日本に碌に出血を与えられないのではないかと考えてしまうのも無理もない話だろう。今コロニーが無事なのも、民間人の虐殺などというクレームがつけられることは避けたい日本側の戦略故であり、マーシャンが辛うじて本土を護る戦力を保持しているというわけでもないのだ。

 こうも期待はずれの役立たずとなると、大西洋連邦も見限って援助を打ち切る可能性が高い。そうなれば、これが事実上最初で最後の大規模援助船団になるだろう。だが、それを決めるのは自分のような現場の下っ端ではなく、自分より遥か上にいる政治家達だということを知るゲラートは、そこで考えることを中断した。

 自分があれこれ考えたところで、現状は変わらないし、未来も変わらないのだから。

 

 その後、対火星圏開拓共同体援助船団司令部からの命令を受け、『ボークス』を含む総勢22隻の輸送船は一斉に変針し、コロニー群に艦尾を向けてこの宙域を離れ始めた。今回はどうやっても物資の揚陸は不可能と決断したためである。

 援助物資が届かなければそう遠くない日にマーシャンは白旗を揚げざるを得なくなるだろう。生活必需品の生産体制がギリギリの火星圏開拓共同体としては、無理な出兵による負担を受けて食糧や医薬品、衣類といった生活必需品も配給制となっているため、市民生活の安定のためにも輸送船団の物資は喉から手が出るほど欲しかったはずだ。

 実際に輸送船の積荷の3分の1を閉めていた食料品や医薬品といった各種生活品だけでも搬出してくれないかと管制官にも頼まれたが、それらは搬出口から離れた区画に積まれており、搬出口付近にはMSや各種兵装が積まれているために湾港設備のない現状での搬出は困難を極めるために拒否した。

 結果、多数のMSや兵装、医薬品や食料品などの援助物資を満載したまま、輸送船団は火星を去ることとなった。

「……もう、この赤い星も見納めだろうな」

 ゲラートは次第に遠ざかっていく赤い星を見ながら艦長席でぼそりとつぶやいた。

 

 

 

 

C.E.79 5月9日 大西洋連邦 ワシントン

 

「マーシャンがここまで不甲斐ないとは、計算外でした」

 仏頂面をしているジョゼフ・コープランド大統領に、大西洋連邦国務長官のウィルソン・マルコンスは淡々と報告した。

「まったく……我が国がこれほど援助したというのに、この体たらくか。期待はずれにも程がある。前回の大戦で散々見せ付けてくれたコーディネーターのゴキブリ並みのしつこさと生命力は何処へいったんだろうな?」

「もしも、そのゴキブリが火星に適応していたら我々にとっても何れは脅威になっていたと思いますが」

「はっはっは……確かに500年ほどかければおそろしい化け物にでも進化しているかもしれないな」

 コープランドは学生時代に読んだコミックを思い出し、思わず笑ってしまう。火星に住む黒色の異形のクリーチャーが兵器を持ち自分たちを襲う光景は、色々な意味で衝撃的過ぎるものだった。

「まぁ、火星でゴキブリが進化するなどという冗談はともかく、在庫一掃セールだったからそれほど負担ではなかったとはいえ、やつらがこれだけ不甲斐ないと意味がないぞ。NJC(ニュートロン・ジャマー・キャンセラー)のベースマテリアルの独占購買権には元々期待していなかったがな」

「しかし、大統領。一概にマーシャンの不甲斐なさだけが原因とはいえないかもしれません」

 エリック・マキナン国防長官が報告する。

「火星圏開拓共同体に派遣していた武官によりますと、今回日本軍は防衛に際して最新鋭MSである不知火弐型を惜しげもなく投入し、さらに軌道降下兵団(オービットダイバーズ)まで用いて侵攻部隊を殲滅したとのことです。収拾したデータから換算したところ、Type-04Ⅱの性能は国防省が想定していた性能を上回るものであることが判明しました。また、軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の能力も一個中隊にして旅団以上の戦力を持つことが確認されています」

「少数精鋭での後方奇襲任務を遂行できる人外集団という噂は間違っていなかったというわけか……あの国についてはいつも思うが、『こうするしかなかったのはわかるが、まさか本当にやるとは思わなかった』と何度思わせてくれるのだろうな」

「我が国にも軌道降下部隊はありますが、あくまでザフトのそれと同様、降下部隊の大量投入を前提とした部隊ですから実力は日本の降下部隊のそれに遥かに劣るでしょうな。代わりに、我が国には対空砲火による損耗を前提として大量の部隊を降下させられる降下カプセル輸送船が何隻もありますが」

 コープランドは米神を押さえる。

「戦いは数だ。いくら質がよかろうとも数の暴力には劣ることは私も理解している。だが、あそこまで質がいいとなると厄介だな。日本軍の実力は当初の想定以上だということか……国民の血ではなく、軍のスクラップと物資を引き換えに得た戦果としては上々だな。だが、問題なのはその情報を基にこれから我が国がどのように立ち回るかだ。マーシャンが期待はずれだったからといって、このまま指をくわえてまっていれば日本は火星を完全な植民地としてしまう。火星を足がかりに宇宙開発を促進されれば、我が国はその後塵を拝することとなる。それは我が国の国益を大きくそこねてしまう」

「しかし、大統領。これ以上火星に物資を援助することは現実問題として厳しいものがあります。日本はこれまで、事を荒立てなくないという思惑から火星圏開拓共同体に対して宣戦布告をしていませんが、これ以上我々が介入するというのであれば、国際社会からの多少の批判があってもこの事変を戦争とすることも辞さない可能性があります。そうなれな、我が国は国際法上の中立義務に従って火星圏開拓共同体への軍事支援を打ち切らねばなりません」

 

 

 現時点で、日本は侵攻を受けたにもかかわらず火星圏開拓共同体との武力衝突を戦争とはしなかった。今回の武力衝突の当初の日本側呼称『ノクティス・ラビリンタス事変』――後に戦場が火星圏のコロニー群や火星上の日本軍拠点のマリネリス基地にまでにまで拡大したことで、『火星圏事変』と改名される――からも分かるように、あくまで日本はこの武力衝突を事変として処理していたのである。

 事変として処理していたのには、勿論理由がある。まず、前提として日本において開戦を決定する権限を持つのはいとやんごとなきお方だけである。御前会議に上奏し、いとやんごとなきお方の裁可を受けなければ日本の現行憲法では宣戦布告はできないのである。

 制度上、やんごとなきお方が反対すれば勿論宣戦布告はできないことは間違いない。ただ、やんごとなきお方は、一方的な攻撃を受けた例を除いた全ての戦争において内閣からの上奏に対して何度か反対して退け、平和共存の道を取る努力をせよとその都度命じていたが、例外なく最終的には宣戦布告に同意している。

 今回の場合、深海内閣がその気になればやんごとなきお方を納得させられる戦争遂行要領を作成し、宣戦布告の裁可を得ることは難しくなかっただろう。何しろ自分たちは先制攻撃を受けて少なからざる損害を被っているのだから。

 それにも関わらず、深海内閣が宣戦布告の上奏をしなかったのには当然のことながら理由があった。深海内閣としては、短期間でこの武力衝突に決着をつけることで国際社会のいらぬ介入を避けたい国家方針という名の国際政治的な配慮が念頭にあったのだ。

 全世界を否応なく巻き込んだヤキンドゥーエ戦役が終結してからおよそ7年が経過し、各国が負った戦争の深い傷跡はほぼ治りつつあった。戦争で失われた戦力が回復した戦勝国は、敗戦国の遺産や戦利品を糧に発展を続けていた。

 しかしその反面、勢力の拡大に伴ってかつての同盟国である戦勝国間では関係がギクシャクしつつあるのがC.E.79の国際情勢であった。

 東アジア共和国はオーブの技術を吸収して急成長を遂げ、侵略意識を高めつつあり、民族意識から決して容認できない東の大国、日本と緊張状態にある一方で、汎ムスリム連合を構成する王国の内戦を支援するなど、露骨に勢力圏の拡大を目論んでいた。

 それに加え、JOSH-Aのサイクロプスによる自爆などで軍に大きな被害を受け、MSの開発の遅延などでさらに弱体化したユーラシア連邦にも東アジア共和国は領土的野心を顕にしており、既にシベリア方面では小競り合いが発生している状態にあった。

 大西洋連邦は、戦後宇宙開発で日本に出遅れたこともあり、先んじて各種開発利権を独占することに成功した日本との関係が若干拗れていた。また、ヤキンドゥーエ戦役の最中に併合した南アメリカ合衆国との間では戦後に独立戦争が勃発し、大西洋連邦はゲリラ戦によって少なくない血を流していた。結果的に独立は承認したものの、血みどろの戦争があったために南アメリカ共和国とも緊張状態が続いている。

 このようなきな臭い国際情勢の中で、一度戦争となればどこに飛び火してどのような化学反応が起こるかわからない。基本的には飛んでくる火の粉は払うつもりではいるが、弾薬庫のような国際情勢下で派手に火の粉を散らすことはよろしくないということで深海内閣の閣僚の意見はほぼ一致していた。

 唯一の例外として、防衛大臣の権堂としてはこのようなイライラ棒のような紙一重の綱渡りが成功する可能性は限りなく低く、いっそ攻勢に出た方が帝国の安寧と発展に繋がるという考えがあったが、内閣の方針が基本的に平和強調、非軍事路線であるならばそれに従って全力を尽くすつもりだった。無論、彼の危惧する万が一に対する備えに手を抜くつもりもなかったが。

 そして、一方の火星圏開拓共同体側にも宣戦布告をしてこの武力衝突を戦争として、あまりことを荒立てたくはない事情があった。仮に戦争になってしまった場合、火星圏開拓共同体は大西洋連邦からの軍需物資の援助を受けられなくなるからだ。

 仮に火星圏開拓共同体が日本と戦争状態になった場合、第三国には戦時国際法上の中立義務が生じ、交戦国に対する軍事的支援は中立義務に反する敵対行動となるため禁止されることになる。

 中立義務を無視して強引にコロニーに物資を運び込もうとしても、付近の宙域を日本の宇宙軍が封鎖した場合には日本軍は援助船団に臨検をする権利が合法的に与えられるため、臨検を突破して兵器を密輸することはまず不可能に近い。それどころか、中立違反となればたちまち両国間の国際問題となる。

 大西洋連邦が日本との敵対を覚悟してまで自分たちを助けてくれるとはマーシャンたちは露ほども信じていなかったこともあり、各種物資の供給ルートを護り、継戦能力を維持するために宣戦布告は見送っていたのである。

 結果、日本と火星圏開拓共同体の武力衝突はその規模にも関わらず、国際法上に定義される戦争という体裁ではなくあくまで両国間、そして国際社会の間では事変として扱われた。

 

 

「できれば、最後までマーシャンを使った代理戦争のままでいたかったが、そうも言ってはいられないらしいな。世論も、宇宙開発で他を引き離している日本に対してあまりいい感情を抱いていない以上、我々もなんらかの手をうたなければなるまい。私は歴史に愚鈍な大統領という汚名を刻むつもりはないのでね」

 コープランドはその視線を、マキナンの隣に立つハイドン・ディクス大統領首席補佐官に向ける。

「ハイドン、几帳面な君のことだ。既に何通りかのプランを用意しているだろう?」

 視線を向けられたハイドンは黒い笑みを浮かべながら頷き、持参していた鞄からタブレット端末を取り出した。

「はい。当然、いくつかのプランを用意してあります。黒いものから白いものまで取り揃えました」

 

 世界最大の国力と世界有数の謀略の歴史を誇る大西洋連邦は、その強欲さで世界最強の国家にまで登り詰めたと言っても過言ではない。そして、自国の利益にあくまでも貪欲な大国は、己の地位を脅かす極東の大帝国に獰猛な牙見せ付けようとしていた。




そろそろ火星圏事変パートも終わりが見えてきました。
でもまだまだ完結までは程遠いですけどね。リアルの忙しさこみで考えると後2年はかかりそうですし


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PHASE-16.5 けじめ

さらば、火星編。後5話以内に火星編は完結予定です。あくまで、火星編が完結ですが。


 C.E.79 5月10日 火星 オーストレールコロニー

 

 この日、アグニスらオーストレールコロニーの首班は議事堂に集まり、自国の今後について協議していた。いや、正確には既に今後の方針は既に決定されている。議事堂に集まった誰もが、自分たちにはもう勝ち目は残っていないことは理解していた。彼ら自身が、敗北を認めていたのである。

 

「我が国の今後について、協議したい。昨今の状況は手元にある資料の通りだ。何か意見のあるものはいないか?」

 

 進行役である議長が議論を促すが、誰一人として意見を出すものはいなかった。誰もが、沈痛な表情を浮かべて資料を読み漁るふりをして意見がでることを待っている状態だ。

 自国の軍は二度の侵攻の失敗と輸送艦による閉塞作戦の妨害失敗によって人員も装備も壊滅状態、エアロックを封鎖されたことで火星圏開拓共同体は外国との交易手段を完全に絶たれていた。

 エアロックを閉塞されたことで、これまであてにしていた大西洋連邦からの援助物資が届く見込みもなくなった。これは単純に兵器の補給ができないだけではなく、医薬品や食料品といった戦争に必要なあらゆる物資が手に入らなくなったことを意味する。この時点で、マーシャンから継戦能力は失われたと言ってもいいだろう。

 大日本帝国宇宙軍は打つ手のなくなったオーストレールコロニーを包囲し、いつでもコロニーを攻撃できる態勢でいる。日本の司令部からの指示が出れば、あの艦隊は1時間程度でコロニー群を全てデブリに変えることができる。

 報道規制をしていたはずだが、自国の喉もとに日本の巨砲が突きつけられているという事実は一日も経過しないうちにコロニー中に知れ渡っていた。そして、いつ自分たちがデブリの仲間入りされるか分からない不安に怯える市民たちは、亀のように篭り続ける宇宙攻撃軍に対して出撃を強く政府に要望していた。

 アグニスやナーエはこれが日本の工作員による工作活動によるものだと即座に見抜いたが、だからといって彼らが打てる有効な対策はそうなかった。エアロックを閉塞されたため、比較的軽度の損傷でドック入りしていた軍艦も出せないし、閉塞前に日本艦隊の迎撃に出ていた艦隊は死屍累々で戦力としての体をなしていなかったのである。

 政府は残された数少ない実働MS部隊をコロニーの周囲に見かけだけの哨戒に出すことで、現在宇宙攻撃軍は日本艦隊と睨みあいにあるという状況にあるということにして市民に説明するほかなかった。

 しかし、恐慌状態にある市民がそんな苦しすぎる言い訳を簡単に信じ込むはずがない。さらに、戦前から上手く潜り込んでいた情報局の局員たちは流言飛語を活発に流すことで市民の不安を煽り続けた。結果、無能な政府にしびれを切らした民衆が日本の工作活動に上手く踊らされて暴徒となるのにはそう長くはかからなかった。

 火星圏開拓共同体に属するほぼ全てのコロニーで発生した日本艦隊の排除を求める市民によるデモは、デモの解散を求める警察との衝突が引き金となって暴動となった。それぞれのコロニーは暴動の鎮圧のためにコロニー内地上戦を想定した歩兵部隊を投入する騒ぎとなった。

 暴徒化したデモ隊は軍に対し火炎瓶や石を投げつけて応戦したため、軍もやむなく暴徒鎮圧用のゴム弾や催涙弾を使ってデモ隊の無力化を図った。丸一日かけてどうにか暴徒の鎮圧には成功したが、検挙者の数は千人ほど、市民側の負傷者も一万人ほど出た。

 全コロニーには戒厳令が発令され、コロニー内では軍の歩兵部隊を見回っているために物々しい雰囲気が漂っている。現在は戒厳令もあって何とか治安は最低限保たれている状態だが、この状態がまだ続くようであれば、遠からず暴動が再発するだろう。

 暴動が再発すれば、前回以上に暴徒が加熱することは必至だ。下手をすれば、死者を出すほどの流血騒ぎにまで――いや、政府の転覆にまでなりかねない。政府が転覆して無政府状態とかせば、辛うじて保たれている均衡が崩れ、コロニー内は大混乱に陥るだろう。この状態を放置すれば何時かは市民が暴発することを理解している政府の首脳陣は、戒厳令の効き目がある内に手をうつ必要に迫られていたのだ。

 議場における議題は決まっている。如何にして勝つか――ということではなく、如何にして負けるかということだ。戦力が消失している以上、敗北を認めて降伏するしかない。しかし、降伏するにしても条件次第ではマーシャンの未来を育む種を護ることができる。

 彼らのやるべきことの一つは、かつてプラントがクーデターによって政権を掌握して連合軍と停戦し、交渉によって条件付降伏まで漕ぎ着けたように、如何にして日本から譲歩を引き出して降伏するかということであった。

 ただ、かつてのプラントにも交渉に使えるカードなど殆ど無きに等しかったが、彼らの場合はそれに輪をかけて何も無かった。文字通り交渉のカードは皆無と言ってもいい。相手はその気になれば自分たちも絶滅させることができるほど優位にあるのに対し、彼らの立場は哀れみを覚えるほどに貧弱だった。

 

 

 

 彼ら火星圏開拓共同体は非常に小さく貧弱な国だ。産業と言えるものは、火星で採掘される各種資源くらいしかなく、それすらも火星と地球間の距離が災いして中々採算が取れず、ここ数年でようやく事業が軌道に乗り始めたものであった。生活基盤は火星の地表ではなく、軌道上のコロニーであり、この国はあくまで、これからの発展が期待されているに過ぎなかったのである。

 相対的に見れば、火星圏開拓共同体は明治初年の日本よりも貧しい国であったとも言える。そして、文字通り小人のような力しかもたない小国が、7年前からは火星に進出してきた大日本帝国と対峙することを強いられることとなった。

 当時、日本はマキシマオーバードライブを搭載した艦が次々と就役し、日本の宇宙開拓を推進すべく宇宙を飛び回っていた。ヤキンドゥーエ戦役の後期まで参戦せずに国力を温存していた日本は、戦役が終結したころには相対的に国力を高めており各国に対して優位に立ちつつあり、開発事業に対する明確な競争相手は存在しないため絶好調であった。

 世界に先駆けてマキシマオーバードライブを実用化させた日本は、宇宙軍が完成させたばかりのマキシマオーバードライブ搭載型輸送揚陸艦を総動員して火星への入植を始めていた。従来の宇宙船では考えられないほどの速さで航行する日本の船は、短期間の内に次々と火星に物資を運び込むことができた。

 そして、本国から送られてくる潤沢な物資を背景に、日本は主な資源地帯の全てに100人以上の人間が半年間外部の補給なしで生活が可能で、かつその地点から動かせないように建造された居住施設を短期間の内に次々と建設することに成功した。

 加えて『宇宙資源の採掘権と宇宙における領土、排他的経済宙域に関する条約』を盾に、日本は基地から半径500kmの排他的経済域で採掘活動をしていたマーシャンの採掘業者を合法的に追放したのだ。

 マーシャンもこの日本の策略を指をくわえて見ていたわけではないが、如何せん国力が違いすぎたために日本と同じような真似をして対抗することは夢物語だった。日本の介入前に保有していた二つの資源採掘基地以外に、さらに二つの基地を建設することがやっとだった。

 結果、火星の有望な資源地帯に十数個の基地を建設した日本は火星の資源開発事業をほぼ独占する形となり、これまでは競争相手がいなかったために優良な資源地帯を事実上独占していたマーシャンは殆どの資源地帯から叩きだされる事となった。

 それだけではなく、日本はマキシマオーバードライブを搭載した大型輸送艦を地球ー火星航路に多数投入することで、数隻の小容量の高速艦や旧式の輸送艦しか持たないマーシャンに対して圧倒的な優位に立った。

 この頃の日本の経済産業省の資料や内閣で決定された国策要領を見ても、日本側は明らかにマーシャンの資源採掘事業を潰すことを目標としていたことがわかる。優良な資源地帯に後から介入して独占すうことで資源採掘そのものの採算を苦しめようとしただけではなく、輸送でもマキシマオーバードライブ搭載艦の圧倒的速さと輸送量でマーシャンを引き離すことで、マーシャンの販路をも潰すことを計画していたのだ。

 採掘の効率が悪化しただけではなく販路も潰されて採算が取れなくなったマーシャンは遠からず資源採掘事業を諦めて撤退し、日本の火星開拓事業の参加に下るだろうと日本の官僚たちは計算していた。

 そしてマーシャンが日本に下った暁には、彼らを労働者として使役し、経済的に植民地にすることまで計算していた。勿論、ただマーシャンから搾り取るだけではなくそれなりの投資はしてマーズコロニー群が火星開発に上手く使えるようにすることも計画していた。マーシャンの扱いはもれなくギンギンのブラックでいくことも帝国内の資源採掘会社と合意していたのだが。

 当時の大西洋連邦の財務長官が日本の火星における経済政策を知り、思わず『なんておそろしいことだ。まるでインディアン絶滅計画だ』と零したように、当時の日本の官僚たちは腹黒紳士も唸るほどに悪辣な集団だった。

 一応捕捉しておくと、悪辣な官僚たちも最初から彼らを搾取する対象としていたわけではない。彼らと協力して採掘を進めたほうが利益が楽に出せることは明白だったため、官僚たちは当初マーシャンと合同事業を立ち上げることを画策していたのだ。(最終的には日本側の利益が多くなるようにするつもりではあったが)

 合同事業の申し出をマーシャンに軽く蹴られ、そもそも火星での開拓事業を自分たち以外がやることは認めないだの、あそこは自分たちが支配する土地であり、採掘をするのであれば、自分たちから採掘権を買い取れだのと高圧的な態度で要求され、交渉の余地なしと判断したからこそ日本側はえげつない対抗策を取ったのである。

 しかし、悪辣な官僚たちの計算とは違い、真綿どころかぶっといワイヤーで首を絞めにかかる日本に対して、マーシャンは屈することを善しとしなかった。彼らは抵抗する道を選んだのである。

 とはいえ、先ほど説明したように、マーシャンたちの国家、火星圏開拓共同体など日本の国力と比べれば紙くずのようなものだ。当然、軍事力もその紙くず同然のものしかない。前回の大戦後に各国によって駆逐されたジャンク屋連合の残党や、旧ザフトやオーブ関係者が少なからず兵器の開発に協力していたとはいえ、日本の科学技術と物量の対抗することはまず不可能だった。

 マーシャンたちが抵抗する道を選んだのには当然理由があった。それは、火星という過酷な環境で真の意味で克服できるのは、遺伝子適正判断によって国民を最大限効率的な職につかせる制度を敷いている自分たちだけだという自負である。

 オーストレールコロニーで始まったこの制度は、その効率性から他のコロニーにも次々と広まっていき、マーズコロニー群はC.E.74時点で全コロニーがこの制度を導入していた。遺伝子によって自分の適性を見出した彼ら火星のコーディネーターたちは、職業を自由に選択する非効率的な社会で生きる軟弱な地球人なんぞに膝は折ることを許せなかったのだ。

 捕捉しておくと、当然マーシャンの中にも現実を見据え、このままでは勝ち目がないと主張するものもいた。しかし、職業適性を受けた人間が行政を管轄し、彼らに立法権をも付与するために議会というものが存在しない火星圏開拓共同体では、適正のある人間の判断を非難できるものが存在しない。適正のある人間はミスをしないという前提があるのだ。

 特に、国の指導者などは指導者となるべく遺伝子調整を事前にされて生まれてくる。指導者の適正のある遺伝子に調整された彼らが失敗するということは、彼らの遺伝子が不完全だということを意味し、遺伝子による適正制度そのものを揺るがしかねない。

 アイデンティティーから日本に戦いを挑む道を選んだ彼らは、結果としてそのアイデンティティーゆえに降伏という選択肢を口に出せない状況にあったのである。

 

 

 

 会議室は静まり返り、誰かが『降伏』の二文字を切り出してくれることを待ち続けて時間を浪費する。彼らは数時間は耐えるつもりであったが、その沈黙は予想と異なり僅か30分ほどで幕を降ろすこととなった。

「我慢ならん!!」

 デスクに手を叩きつけて勢いよく起立したアグニスが吼えた。

「貴様等はそんなに我が身が惜しいか!!」

 ここで、降伏を言い出した人間はまず間違いなく終戦工作の任を負うこととなるだろう。戦後、無知で愚かな民衆には自分たちのアイデンティティーを否定し、低劣なテラナーに膝を折った売国奴呼ばわりされることは間違いない。無条件降伏に近い条件を受け入れることとなれば、更に多くの人々の憎悪を受け止めることを強いられる可能性もある。

 また、自分たちが降伏すれば戦犯となることはまず間違いない。威勢のいいことを言って戦争をあおったことは紛れもない事実であり、戦争指導をしていたのも指導者たる彼らに他ならないのだから。

 戦犯になって日本に銃殺されるか、辛くも生き延びて降伏を指導した愚かな指導者として民衆の憎悪を受けながら過ごすか。どちらに転んでもいいことなど一つもない。誰かが主張しなければ始まらないとはいえ、『降伏』その役はとんでもない貧乏くじだ。

 その無責任極まりない態度をアグニスが看過できるはずもない。

「何が指導者の適正だ!!その適正があるのなら、何故ここで国を背負うことができん!?」

 吼えるアグニスに対し、でっぷりと肥えた男があごの肉を震わせながら声を荒げた。

「若造が生意気な!!大体、貴様がマリネリスを落せていれば、このようなことにはならなかったのだぞ!!貴様が自分に与えられた能力を活かすための努力を怠らなければ、我々が敗北することなど絶対にありえなかった!!」

「俺が努力を怠っただと!?貴様、俺を侮辱するつもりか!!」

「完璧だった作戦を無視し、独断で切り札たるマルスを投入したのは貴様だろうが!!マルスさえあれば我々が負けることはなかったのだ!!貴様が無駄にしなければな!!」

 さらに、これまで沈黙を貫いてきた男達も、肥えた男に続いてアグニスを責めたてる。

「そもそも、我々は待っていたのだよ?敗戦続きでこの国を亡国の瀬戸際まで追い込んだのは他ならぬ君だろうが。君が自分の手で責任を取れるようにと、我々は配慮していただけなのだが。それを我が身が惜しい?全く、君は思慮が足りないね。能力を活かす努力を怠った末路がこれか、同じ指導者としての能力を与えられたマーシャンとして恥ずかしいよ」

「責務を投げ出して逃げ出した姉も姉なら、弟も弟ということか」

 姉のことまで持ち出され、アグニスは腸が煮えくり返っていた。自分は既に、戦犯となる覚悟は決めているし、守らなければならないものは民以外に残っていないため、自分の身などどうなっても構わないという覚悟ができていた。それを、自分の保身しか考えていない愚か者にその覚悟を笑われる筋合いはない。

 だが、アグニスはのどもとまできていた罵倒の言葉を強靭な精神力を持ってあえて飲みこんだ。ここにいる会議の場を罵倒の場と勘違いしている無責任な愚か者につきあう必要はないとアグニスは判断したのだ。

 自分のやるべきことは、このような言葉遊びと責任追及と言う名のリンチではなく、少しでもマーシャンの未来のためとなることに他ならないのだから。

「貴様等のような愚か者はここで私のことを罵倒し、自分の責任から逃れようと足掻いて時間を浪費しているがいい!!私は一人で終戦工作の全責任を負う!!これ以上貴様等に任せていられるか!!」

 アグニスは拳を机にたたきつけると、机に添えられていた氏名標を議場に投げつけて退席した。 




アグニスはけじめぐらいはつけられる人間です。やらかす前に気づけない人ですが。


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PHASE-17 消えゆく焔、燻る炎

やはりおっさんパートが好きです。
人物描写よりも、政治や軍事などの背景描写の方が充実してしまうのはやはり、自分の気質でしょうかね?


 C.E.79 5月29日 火星 マーズコロニー群 オーストレールコロニー

 

「……これが我が国の末路か。地球人を笑えんな」

 火星圏開拓共同体の首都であるオーストレールコロニーの非常用エアロックに横付けされたシャトルの中でアグニスは自嘲する。

「かのパトリック・ザラも同じ気持ちだったのかもしれませんね?」

 アグニスの隣の席に座るナーエが、アグニスの独り言に答えた。

「パトリック・ザラは自身が戦争指導者として被りうる全ての泥を被ることで、プラントの自治への希望を残しました。アグニス、貴方の献身もきっと、マーシャンの未来を繋ぐと私は信じていますよ?」

「俺をパトリック・ザラと比べるなんぞ、彼に失礼だぞ、ナーエ。俺は遺伝子の優性などという根拠を信じ込んで日本と戦争を始めて完膚なきまでに叩きのめされた無能だ。まがいなりにも戦略的な勝利を重ねていたパトリック・ザラは栄誉ある敗者であるが、俺はただの身の程知らずの愚かな敗者にすぎん」

「その点については私も同罪です。いや……アグニスよりも私の責が重いかもしれませんね?感情的な反日論を叫ぶ指導者が幅を利かせていることを知りながら、私は彼らの感情論を押さえることができなかった。人の心と心を繋ぐ役割を遺伝子に与えられていながら、私は肝心な時に彼らの心を繋いで不戦方針を目指すことができませんでした。それに、外交を任せられておきながら、大西洋連邦以外からは碌な支援も受けられませんでしたから。私が上手く立ち回っていたら、この戦争ももう少し、上手くいったと思いますよ?」

「なら、お前はその罪を背負いながらこれからのこの国を支えるんだ。残された国民の歩む道は、俺の歩んできた道よりも遥かに険しい茨の道だからな」

 アグニスはそう呟くと、アグニス自身の過ちから生じた負債と国民の辛苦を背負う民の未来に思いをはせた。

 そして、彼はこの国を敗戦国にする降伏文書の署名に向かう。

 

 

「マーシャンも思い切りのいいことをしましたな」

 マーズコロニー群に横付けしている旭日旗を掲げた巨艦『比叡』の艦橋で、増援艦隊司令官の松永航大少将が言った。

「まさか、ここまで手際よく降伏文書の調印にまでいたるとは、予想外でした。てっきり後一月はかかると思っていたのですが」

「全権代表のアグニス氏が強行にことを進められたという報告が耳に入っています。武装解除を拒否して蜂起した部隊はMSで鎮圧したそうですし、彼はかなり思い切りのいい性格みたいです。この手際のよさは、彼の性格の表れだと私は思いますよ」

 松永に対して返答したのは、珠瀬玄丞斎外務大臣だ。彼は、火星圏開拓共同体の降伏文書調印のために火星まで派遣されていたのだ。

「その思い切りのよさと、手際のよさを戦争が起こる前に発揮してもらいたかったのですがね。そうすればこのような結末は避けられたでしょう」

「松永少将、人は未来は分かりませんよ。あの時は、彼も彼なりに最善と思って行動したのでしょうから。『歴史のIF』というものは、歴史の結末を知るが故につい思ってしまうものです」

 珠瀬はそう言うと、視線を松永から艦橋のメインモニターに移した。モニターには、こちらに向かう白い船体に緑十字を刻んだ一隻のシャトルが映っていた。

 

 

 アグニスによる終戦工作は、後世の歴史家からは極めて迅速であったと評価されている。

 5月10日に特命全権を与えられたアグニスは、その脚で大西洋連邦の公使館に向かい、大西洋連邦に日本に対する仲介を依頼した。当時、火星圏開拓共同体に公使又は大使を置いていた国はいくつか存在していたが、大西洋連邦を除く全ての国の使節は、マリネリス基地に対する第二次攻撃の失敗の後に本国からの国外退去命令を受けて国外脱出している。

 彼らはマーズコロニー群に滞在していた自国民を連れ、日本側が用意していた輸送船でそれぞれの母国への帰還の途についていた。その唯一の例外が、大西洋連邦だったため、この時点でアグニスが――いや、火星圏開拓共同体が頼れる中立国(国際法の穴を通って援助しているため、疑わしいところだが)は大西洋連邦以外になかったのである。

 大西洋連邦は多少この武力衝突における立場が怪しく、前回の大戦後の国力の低下が著しいとは言えども、名目上は地球最大、最強の国家であることは紛れもない事実だ。日本との関係は冷え込みつつあったが、それでも国交は依然として継続していた。

 その国がわざわざ日本とマーシャンの仲介の労を執ると宣言したことを受け、日本は大西洋連邦の顔を立ててマーシャンとの交渉に応じる意志を示したのである。

 最初に、12日には日本と火星圏開拓共同体との間に休戦が発効し、ひとまず如何なる戦闘行為も中止されることとなった。

 次に13日からは日本が占領していた火星圏開拓共同体の資源採掘基地にて、駐火星圏開拓共同体大西洋連邦大使のローゼンバーグの立会いの下、アグニスはマリネリス基地に滞在していた日本領事との間で予備交渉を開始した。

 そして、21日には日本側の全権を任された外務大臣珠瀬玄丞斎が到着したことで本格的な交渉が始まったが、火星圏開拓共同体に残された交渉カードもなく、日本に譲歩を強いるだけの軍事的な成果も期待できない状態であったため、交渉は専ら日本側のペースで進められた。

 アグニスは無条件降伏だけは回避しようと奮戦したが、そもそも鎖国的なマーシャンの中で外交に秀でた人物など存在しない。特にノウハウも経験も不足で器量も外交に著しく不向きなアグニスが望むような成果を得るなどということはまず無理だった。相手が経験豊富で老獪な日本屈指の外交官ともなればなおさらだろう。

 仲介に携わったローゼンバーグ曰く、『ジュニアハイスクール生徒とカレッジの教授のディベート』とのことだから、珠瀬とアグニスの間に外交官としての手腕に如何ほどの開きがあったことが想像に難くない。

 結果、アグニスの奮闘も空しく以下の処分が決定されることとなった。

 

1 戦争責任者の処罰

  後日開かれる法廷において、今回の戦争責任者を火星圏開拓共同体の法において処罰する。裁判官、検察、弁護士はマーシャンが担当する。また、戦争犯罪については別途地球連合刑事裁判所で訴追、処罰する。

 

2 賠償

  火星圏開拓共同体は、火星に保有する全ての利権並びに周囲の資源衛星を日本に譲渡する。開発公社の保有する資産並びに政府保有資産は接収する。

 

3 軍備解体

  火星圏開拓共同体は、宇宙攻撃軍並びに陸戦隊など全ての現有の戦力としての軍を解体し、軍事力を放棄する。ただし、治安維持を目的とした武装警察ならびに周辺宙域での警察活動を担う組織の保有は許可する。

 

4 政治顧問団の受け入れ

  火星圏開拓共同体は、あらゆる国家の活動に対する上位権限を持つ政治顧問団を受け入れ、しかるべき期間指導を受ける。

 

 

 アグニスが交渉で勝ち取った成果は、周辺宙域の警察活動を担う組織の設立を認めさせたことと、戦争責任を自国で裁く機会を得たことぐらいだろう。ただ、前者に至っては文字通り警察組織に過ぎず、その武装も極めて限定されたものであったし、後者の戦争責任については、罪の軽い戦犯を自国で裁くことができるようになっただけである。

 結局のところ、事実上の植民地化と言っても過言ではない。希望と言えば、自分たちの今後次第では、自治権や再軍備も許可されるという確約をもらったことぐらいだろうか。それも、一体何十年先になるのか全く見通しがたたないが。

 交渉のカードのない小さな敗戦国が、そもそも外交に不向きな交渉人を立てた結果としては最善のものであろう。しかし、その事実が慰みにもならないほどに講和の条件は厳しいものであったこともまた事実である。

 この交渉の結果について、オーストレールコロニーでふんぞり返っていた指導者達は顔を真っ赤にして怒り狂った。さらには軍事的成果によって日本側の譲歩を引き出すなどという妄言をわめき、アグニスを交渉役から降ろすなどということも主張した。

 このような俗物たちの醜態を予め予測していたアグニスは、会議室の外に待機させていた子飼いの部隊を議場に突入させ、俗物たちを拘束することで彼らの抵抗を物理的に抑えた。ここでクーデターや休戦中の攻撃などが起これば、この国の権威は完全に失墜し、最悪の場合この国の消滅すらありうる。アグニスはこの条件を受け入れた降伏が最もマーシャンの未来にとって望ましいと判断し、その実現のために全身全霊を注いでいた。

 自分たちにはゼロから火星の厳しい環境を開拓してきたという誇りがある。戦後、この国が日本の事実上の植民地として再起するとしても、自分たちの子孫がいつの日にかこの国を取り戻してくれることをアグニスは信じることにした。

 

 

 船体に緑十字を刻んだシャトルは、日本のMS陽炎改に四方から囲まれながら珠瀬外務大臣が乗る戦艦『比叡』へと向かう。その後を大西洋連邦のシャトルが続く。だが、その様子を観察する悪意を孕んだ視線があることに、シャトルに乗るアグニス達は気づいていなかった。

「…………」

 悪意の主は、人の形を模した巨大な兵器の中で口角を吊り上げる。この一撃が歴史を変え、母国は繁栄を手にし、あの忌々しい島国の住民の繁栄も終わるのだと悪意の主は確信していた。

 先ほどまでしがみついていた大西洋連邦のシャトルの外壁から離れた悪意の主は、センサーにもカメラにも映らずに静かに忍び寄り、その悪意の爪をシャトルの後方に布陣する陽炎改に向ける。

 悪意の主が駆るMSは、大西洋連邦が極秘裏に開発した特殊工作機、ゲシュペンストだ。ドイツ語で幽霊を意味する機体名の通り、このMSは姿の見えないステルス機だ。ゲシュペンストはミラージュコロイド粒子を装甲に纏うことによって自らの姿を隠す能力を持っている。

 その探知範囲は非常に狭いとはいえど、ミラージュコロイドを使用して隠れている機体の存在を探知することができるミラージュコロイドデテクターが世に出たこともあって、ミラージュコロイドを利用したステルス機の戦略的価値は前回の大戦後には暴落していた。しかし、この機体はその例外とも言えるだろう。

 ゲシュペンストは、機体の装甲に特殊な処理を施したミラージュコロイド粒子を付着させる。この粒子はミラージュコロイドデテクターによる探知は受けないため、ゲシュペンストがミラージュコロイドを展開していても、感知されることはまずない。ただ、これによってミラージュコロイドがかつてのような戦略的な価値を取り戻したというわけでもない。

 実は、特殊処理された粒子を使用する場合、通常のミラージュコロイド粒子と違って磁場を使っても装甲に粒子を付着させることが難しい。そのため、刺激を受けると粒子が装甲から剥がれてしまうのだ。また、従来のミラージュコロイドに比べて可視光線の遮断が不完全で、勘の鋭い人間であれば目に映る景色の違和感から存在に気づくことも懸念されている。

 結果、ステルスの皮を護るため、ゲシュペンストは機動が著しく制限されている。亀の歩みのような鈍足でなければミラージュコロイド粒子が剥がれてしまうからだ。そのステルス能力は非常に限定的であると言わざるを得ないものであった。

 しかし、ゲシュペンストは初陣でその機能を存分に発揮し、陽炎改に気づかれることなく接近すると、ゲシュペンストはその爪――ランサーダートを陽炎改の下腹部に突きたてた。

 ランサーダートは陽炎改の装甲を貫き、胸部ブロック内に組み込まれていたコンピューター保護のための特殊組織膜を破る。そして、爪を通じて陽炎のコンピューターにウイルスを侵入させることに成功する。

 これはゲシュペンストの第二の武器であるバチルス・ウェポンシステムの能力である。バチルス・ウェポンシステムとは、ミラージュコロイド粒子を媒介に、敵MSのコンピューターにウイルスを感染させ、機体の制御を奪うシステムである。

 日本はこのシステムの存在を知った前回の大戦後から、主たる軍関連のコンピューターには全てミラージュ・コロイド粒子による干渉を防ぐために特殊組織で造られたカバーをつけているため、通常であればこのシステムは通じない。しかし、特殊組織のカバーを一部でも破損してしまえば、干渉を防ぐことはまずできない。

 艦船クラスの大型艦であれば、錯刃大学の春川教授が開発した専用のワクチンプログラムをコンピューターにインストールしているために簡単にウイルスによるジャックを受けたりすることはないが、このプログラムはMSに搭載されているコンピューターにインストールするには容量が大きすぎるためにMSには採用されていなかった。

 そして、ウイルスに機体の制御を奪われた陽炎改の動きに異変が生じる。陽炎改はゆっくりと背部にマウントされたライフルを取り出すと、その銃口をアグニス達が乗るシャトルに向けた。陽炎改のパイロットは必死にウイルスに侵された機体の制御を取り戻そうとするが、機体は全く反応してくれない。僚機も異変に気づいて呼びかけるが、ウイルスに汚染されたコンピューターは、通信も受け付けない。

 任務を終えたゲシュペンストは陽炎改を足蹴にして跳び、AMBAC制御で姿勢を安定させて悠々と去っていく。一方、自分の機体が何をしようとしているのか、その結末を理解したパイロットは制御を奪われたコックピット内で絶叫する。

 これでもうどうにもできまい!!――ゲシュペンストのコックピットに座する男はこれから目の前に顕れる景色を見逃さぬように目を見開いた。

 もう駄目だ――パイロットは絶望し、目の前の光景を想像して思わず目を瞑った。

 

 だが、その時天頂方向から一条の閃光が降り注ぎ、陽炎改の構えるライフルを撃ちぬいた。さらに、4条の光が連続して降り注いで陽炎改の四肢を全て根元から撃ちぬいて陽炎改の戦闘能力を完全に奪い去る。

 男は自らの任務を失敗に追い込んだ乱入者に対する怒りに燃える瞳で天頂を見上げ、それを見て驚愕の表情を浮かべた。メインカメラが捉えた乱入者の正体は、10枚の羽を広げ、ライフルを構えながら降下する蒼い天使――フリーダムだった。

 フリーダムは速度を緩めながら降下し、ライフルからビームサーベルに持ちかえて陽炎改の首に振るい、その頭部を刎ね飛ばした。そして、フリーダムはその場で首を振って周囲を見渡すかのような動作をする。

 ゲシュペンストのコックピットに座る男は、背筋を奔る冷たい感覚に慄いた。フリーダムの行動は、周りを見渡して何かを探しているものだ。つまり、フリーダムのパイロットは、先ほどの陽炎改の行動が、そのパイロットの錯乱によるものではないと知っている。そして、真犯人がまだそこにいると確信しているのだ。

「見えているのか?……そんな、バカな!?」

 男は音一つしない静かなコックピットの中で緊張から唾を呑む。その手は振るえ、歯がガチガチと不愉快な音を奏でる。一分一秒でも早くこの場所から立ち去りたい――逃げることもできない男は、ただ祈り続ける。

 しかし、しばらく周囲を見渡したフリーダムは、そのツインアイを男が隠れる方向に真っ直ぐ向けた。お前がどこに隠れているのかはお見通しだ――といわんばかりにそのツインアイがこちらを凝視しているように男は感じた。

 フリーダムは、腰部に搭載されていた三つ折のレールガンを展開する。ロックオンされているわけではないが、その砲門は明らかにこちらを向いている。見えないこちらにレールガンを当てることなど不可能であると分かっていながらも、恐怖が男を縛りつけて離さない。

 そして、フリーダムは発砲した。男は、フリーダムの腰部レールガンが光を発した直後に前方で広がる光の華を見た。同時に機体を揺さぶる凄まじい振動に襲われた男は、薄れ行く意識の中で、フリーダムが発したそれが散弾であると理解した。

 

 

 

 

形式番号 GAT-S03E

正式名称 ゲシュペンスト

配備年数 C.E.78

設計   アクタイオン・インダストリー

機体全高 17.71m

使用武装 75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」

     RFV-99ビームサブマシンガン「ザスタバ・スティグマト」

     攻盾システム「トリケロスMk-Ⅱ」

     

 

備考:外見はNダガーNに近いが、アンテナはテスタメントのそれと同じ形状になり、トリケロス改を装着している。

 

 

 大西洋連邦が極秘裏に開発した新型特殊工作用MS。NダガーNを原型にした改修機で、ゲシュペンストはドイツ語で幽霊の意。

 機体の装甲には特殊な処理を施したミラージュコロイド粒子を付着させるため、ミラージュコロイドデテクターによる探知は受けない。ただし、特殊処理された粒子を使用するために通常のミラージュコロイド粒子と違って磁場を使っても装甲に粒子を付着させることが難しい。

そのため、刺激を受けると粒子が装甲から剥がれてしまう。また、従来のミラージュコロイドに比べて可視光線の遮断が不完全で、勘の鋭い人間であれば視覚の違和感から存在に気づくことも考えられる。粒子が剥がれ落ちることを防ぐため、ミラージュコロイド展開中のゲシュペンストは亀の歩みのような鈍足で動くことしかできない。 大西洋連邦が前回の大戦後に接収した改良型バチルス・ウェポンシステムを参考に、本機にも新型のバチルス・ウェポンシステムが搭載されている。トリケロスの爪を突きたてた敵に対して、爪を媒介にバチルスウェポンシステムでコンピューターに侵入できる。

 バチルス・ウェポンシステム専用の補助コンピューターやミラージュコロイド関連の機器などが嵩んでいるため、武装や観測機器の搭載には制限がある。また、バチルス・ウェポンシステムは非常に多量の電力を消費するため、バチルス・ウェポンシステム展開中は他の武装に電力をまわすことは不可能。電力を本体から回さなくても使える武装が中心なのは、このような事情もある。

 本来は特殊偵察任務にむけて造られていたはずだったのだが、前述の通り電力消費が大きすぎ、また余剰スペースもないために観測機器を搭載することは不可能となった。しかし、ミラージュコロイドデテクターに写らないステルス機を不採用にすることも勿体ないということで、特殊工作機としてロールアウトした。




へ?講和じゃないの?
あのステルス機なんでいるの?
何でフリーダム?

などなど、疑問は多々あると思いますが、それらの回答はきちんと用意してますので、次回までお待ち下さい。


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PHASE-17.5 戦乱の予兆

お久しぶりです。
月月火水木金金が二週連続で続いていたことや、面倒な行事が重なって更新が大幅に遅れました。


「ええい!!」

 大西洋連邦、フロリダ半島東南部パームビーチに存在する大邸宅。その邸宅の規模、邸宅内部に飾られた多数の調度品は、この屋敷の持ち主の持つ並外れた財力を感じさせる。

 しかし、その屋敷の主は、屋敷の品格から連想される主の姿とはかけ離れた醜態を自室にて曝していた。感情に任せてグラスを投げつけて窓ガラスを破壊し、美しい調度品に空になったボトルを投げつける。その姿はまるで子供のようだ。

 

「冗談ではないよ、ジブリール」

「君の肝いりの作戦は失敗だ。それどころか、やつらに証拠まで押さえられる失態まで曝したのだ。下手をすればこちらが窮地に追い込まれるやもしれんぞ」

「まさか、これで打つ手をなくして癇癪を起こしているのではないだろうね?」

 部屋に備え付けられたモニターに映る男達は、癇癪を起こしているジブリールに対して侮蔑の視線とともに辛辣な言葉を次々と投げかける。

「大義名分を作るどころか、敵に与えてしまっては話にならぬな」

「そもそも、計画が杜撰だったのでは?」

 男達の言い様に、ジブリールは怒りからその顔を赤く染めた。

「ふざけたことを仰いますな!!このまま引くのであれば、最初からこのようなことは計画しません!!」

 ジブリールは拳を振り上げ、扇動者のように高らかに言い放つ。

「皆様もお分かりのことでしょう!!ここできゃつらを叩かねば、我々はただ没していくだけなのですぞ!!」

 ジブリールの言葉に対して男達は唸る。モニターに映る男達は大西洋連邦を事実上支配している財界の支配者達であり、自分たちの利を得るために大西洋連邦を操る存在であった。そんな彼らにとって確かに、ジブリールの言葉は否定できないものだった。

 

 宇宙開発で先頭を独走する日本は、前回の大戦から数年でその国力を大幅に向上させていた。その国力は、既に大西洋連邦以外に対抗しうる国がないほどに成長しており、軍事力も同様である。

 マキシマオーバードライブをいち早く実用化させた日本は進出が容易な火星に進出し、他国に先んじて美味しいところは全て占拠していたために大西洋連邦が早期に進出できる魅力的なフロンティアは地球の近くにはないのが現状だ。

 かといって、次の近場である金星は進出するには技術的な課題も少なくない。太陽系第二惑星金星は地球と極めて似た特徴を持ちながらも、生命を寄せ付けぬ灼熱地獄と化してしまった星なのだ。

 その気温は摂氏500度、大気圧は地球の100倍ととても生物が生存できる環境とは言えず、水も殆ど存在しない上に硫酸と二酸化硫黄の雲に覆われたこの星は現在の人類の科学力をもってしても進出は容易ではない。技術的な課題が山済みであり、金星のテラフォーミングには後数世紀は必要であると試算されている。

 火星への進出に出遅れたほかの列強国が宇宙開発を進めるとなると、木星が次の目標となる。木星はそもそもガス状惑星であり、その大きさも地球や火星とは比べ物にならないためため、日本が地表に採掘基地を立てて採掘事業を独占するようなことは不可能という利点もある。

 ただ、ガス状惑星である木星で取れる資源は非常に限られており、宇宙開発拠点となる基地を造ることも難しいということで開発の旨みがあまり多くはない。そのくせ火星よりも遥かに遠いところにあるために資源輸送には時間がかかる。

 結果として、各国は太陽系内の資源含有率の高い小惑星を探して採掘するという宝探しに近いような安定性のない採掘事業にしか手を出すことができずにいた。日本以外の全ての国がこの状態である。近場の資源衛星はそう遠くないうちに枯渇することは各国も予測しており、数十年後にはより広い空間を資源衛星を求めて探し回らなければならなくなることも分かっていた。

 後の歴史家は、この時の世界情勢を19世紀の帝国主義全盛社会の再来だと評した。惑星への進出は早い話が植民地の獲得のようなものであり、その星の生態系を変えてしまうテラフォーミングも、侵略と似たようなものだからだ。

 19世紀の情勢に当てはめるのであれば大西洋連邦はアジア進出に出遅れたために優良な植民地を取り損ねたかつてのアメリカ、日本は巨万の富をもたらす優良な植民地を独占したかつての大英帝国に重ねることができるだろう。

 そして、後に大英帝国の心臓とも呼ばれたインドを得たイギリスのように、火星という安定したリターンを長期にわたって得られる広大なフロンティアを得た日本と他国の格差がこれからますます開いていくことは、少し時事に明るい人ならば誰もが承知の約束された未来であったと言えよう。

 だが、それは日本の躍進と同時に他国の凋落を意味する。日本が地球の一強として君臨する日がいつか来るというほぼ間違いない未来は、他国の人間――特にこれまで数世紀の間事実上世界のトップに君臨していた大西洋連邦と、日本が自身より上にあることを民族感情から受け入れられない東アジア共和国の人間からすれば到底容認しがたいことであった。

 

 

 

「お主の言いたいことは分かっておる。じゃがな、だからこそこの計画に失敗は拙いのじゃ。火星の情勢を泥沼にし、日本の不義を演出してそれを口実に攻めるはずが、既に火星情勢は体勢が決し、逆に我が国の不義が暴かれるやもしれん」

 モニターに映る老人の言葉にジブリールは唇を噛みしめ、怒りに燃える瞳をモニターに向けた。

「私はここですごすごと引き下がるつもりはありませんよ!!最初の計画通りにいかない以上、犠牲も遥かに多くなり戦いも長期化するでしょうが、それでも私達が成さねばならないことがあるのですからね!!」

 

 ジブリールがこのように怒りに震え、彼の支持者達が辛辣な態度を取ることとなった原因は、数日前に火星で行われたマーシャンの降伏文書調印にある。

 元々彼ら――大西洋連邦がマーシャンを支援していたのは、火星の情勢を泥沼にすることで日本の力を削ぎ、火星開発事業を妨害することにあった。兵器の更新で余剰となった旧式兵器を売り渡したのもそのためだ。

 しかし、大西洋連邦も旧式兵器をいくら供給したところで日本相手にマーシャンが善戦できるとは思っていない。マーシャンが日本に手を出したところで一矢報いることもできずに負け続けることも承知していた。

 最終的にはマーシャンは日本に降伏し、低賃金労働者として生きる未来しか与えられないことも当然予測済みだ。勿論、わざわざマーシャンが暴発するように表からも裏からも支援した以上、それなりの策略はあった。

 大西洋連邦の中古兵器在庫一層を兼ねた軍事援助によってマーシャンを暴発させて日本と戦端を開かせ、調子に乗って勘違いしたマーシャンが日本軍に凄惨なまでに叩きのめされることまでは全て彼らが思い描いたシナリオ通りだ。

 そして、シナリオ通りであれば、密かに火星圏まで運び込んだステルス機で会談に向かうマーシャンの大使を殺害することであの降伏文書の調印は破綻するはずであった。

 その作戦の実行役には機体の装甲には特殊な処理を施したミラージュコロイド粒子を付着させるためにミラージュコロイドデテクターによる探知は受けない上にバチルス・ウェポンシステムまで備えた工作専門の特殊機、ゲシュペンストが選ばれた。

 ゲシュペンストは、降伏文書調印式の護衛をしているMSの内の一機に接近し、バチルス・ウェポンシステムによって機体のコントロールを奪取するところまでは成功した。後は、コントロールを奪取して機体でマーシャンの降伏の責任者が乗ったシャトルを攻撃し、責任者たちを葬るだけだった。

 もしも、ここで非武装のシャトルに乗っているマーシャンの降伏使節が、圧倒的優位に立つ日本のMSによって撃墜されたとなれば、日本は弁明の余地もなく降伏に来た非武装の使者を撃ち殺す非道な国だという謗りを免れないはずであった。

 コントロールを奪ったMSも、自爆させてしまえばバチルス・ウェポンシステムなどという証拠は残らない。犯行に使用したゲシュペンストは、ミラージュコロイドデテクターにも探知されないので、慣性移動で日本の索敵範囲外まで逃亡した後に特務部隊に回収させればよかった。この事件に外部が関与していたという証拠は全て抹消されているはずだったのだ。

 外部の関与を示す物的証拠がなければ、日本がこの陰謀の犯人を突き止めることはかなり難しい。証拠がない以上、大多数の人間はこの降伏使節の殺害が日本の手によるものであると信じるに違いない。

 結果、降伏に向かう外交官までもが殺されたということもあってマーシャンの多数はその生ある限りの徹底抗戦に出るだろう。降伏さえ許されないのであれば、例え絶望しかなくとも一縷の希望を求めて戦うしかないのだから。

 その一方で大西洋連邦は大使殺害の現場を交渉の仲介者の視点から証言することで日本の非人道性をアピールし、日本を『降伏使節を謀殺する残虐な国家』に仕立て上げる。コーディネーター、プラントに対する宣伝工作(プロパガンダ)の時と同様に徹底的に相手を貶めれば、成功は疑いようも無い。

 前回の大戦でジブリールは連合の宣伝工作(プロパガンダ)を成功に一役買い、過激なコーディネーター排斥思想の成功という宣伝方面では文句のつけようのない実績を見せている。そのため、今回も上手く世論が操作できるとシナリオの共犯者達も信じて疑っていない。

 実のところ、ジブリールにかのドイツ宣伝省ほどの世論操作手腕があったわけではない。彼自身メディアに少なからざる伝をもってはいるが、その活用技術は稚拙なものであり、本来ならば世論の形成に大した働きができるわけではないのだ。

 しかし、そんな彼に情報操作の面で全面的に力を貸す存在がいた。それこどが『一族』と呼ばれる秘密結社である。彼らは、人類の絶滅回避と幸福の提示を目的とする組織で、一説によると20世紀から活動しているという世界の闇を牛耳る存在だ。

 情報操作を生業とする秘密結社ということもあり、その存在を具体的に知るものはジブリールの共犯者の中にもいない。ジブリールも属する軍需産業複合体(ロゴス)の中でも、盟主たるムルタ・アズラエルぐらいしかその存在を把握していないだろう。

 そして『一族』は大西洋連邦だけではなく、ユーラシア連邦にも強い影響力を持つ。世界にこの蛮行の一部始終を公開すれば、大西洋連邦だけではなく日本の一人勝ちのような発展を快く思っていないユーラシア連邦の左派を憤激させるに違いない。

 『一族』の力はかつては国益とならないメディアを認めなかったアジアや、欧米からは『護送船団』と批判されながらもメディアに対する外国資本の参入をあらゆる手段を講じて阻止した日本ではそれほど大きなものではない。しかし、日本を不倶戴天の仇敵としている東アジア共和国は彼らの言う『倭奴懲罰』の世界的な風潮に間違いなく参加してくることは確実と言ってもいい。

 世論が対日強硬で固まった国々に対し、『悪逆な帝国への誅罰』という題目で対日参戦を持ちかけ、全方位から日本を攻撃する。そして、虐げられるマーシャンの救援という大義名分の下で、火星に堂々と兵器の供給支援を行うことで、マーシャンの抵抗を続けさせることで火星方面にも日本の戦線をつくる。

 軍事力の質の面ではかつてのザフトをも凌駕する日本軍でも、複数の戦線を抱えかつ数倍の数で攻められれば遠からず壊滅する。そして、よってたかって日本を下した後はその驚異的な技術力を全て取り上げ、前世紀の植民地のような三流以下の国家に貶めるのだ。

 策略に嵌めることでかつてのドイツ第三帝国やプラントのように『世界の敵』をつくりあげ、第二次世界大戦を戦い抜いたルーズヴェルト大統領でさえも倒せなかったあの忌々しい極東の大国を今度こそ屈服し、全てを収奪する。それがジブリールが企てたシナリオの一部始終だった。

 

「ジブリールよ、再び策をうつのはよいが、先のように失敗してもらっては困るぞ。そもそも、先の攻撃は何故失敗したのか分かっておるのか?」

「そうじゃ。貴様はあの時ワシらにこう言ったの?このシナリオが定められた『運命』であると。しかし、その『運命』とやらは覆った。弁解があるのなら聞くが……」

 ジブリールを暗に批判する意志の篭った指摘が男達から発せられる。

「先の失敗の理由は既に判明してますよ!!」

 そんなこと、指摘されるまでもないとジブリールは態度で示していた。ジブリールは手元のコンソールを荒々しく叩き、共犯者たる男たちにあるファイルを転送する。

「あの忌々しい愚か者の置き土産が全ての原因ですよ!!」

 送られてきたファイルの中身を見た男達も、一様に渋い表情を浮かべる。

「なるほど……これは予想外というべきか」

「あのヒビキ博士の残した遺産がこんなところで我々に襲い掛かるとは」

「G.A.R.M.R&D社があの計画の発祥であることは知っておったが、まさか成功例が存在したとはな。ユーレンをあの時排除したことは正解じゃったわい」

 彼らの表情を変えたファイルの中身は、さきの工作の失敗の原因について調査したレポートだ。『一族』謹製のものであり、その信頼度は非常に高いものであった。

 

 『一族』がジブリールに提出したレポートによれば、作戦失敗の原因はある一人のパイロットにあったということにされている。そのパイロットの名はキラ・大和。かつてG.A.R.M.R&D社の誇る天才科学者、ユーレン・ヒビキ博士が生み出した世界最高のコーディネーターである。

 彼が日本宇宙軍の軍人として降伏文書の調印の場の警備についていたことが、ジブリールの描いていたシナリオを崩壊させる要因となったとレポートには記載されている。そして、そのレポートにはキラ・大和は最高の頭脳、最高の肉体を持つ人工ESP発現体であるという衝撃の事実が記されていた。

 人の意識を読み取る能力を有する人工ESP発現体が前回の大戦の末期にザフトによって運用されていたことは、この場に集う男達には周知の事実だ。その人工ESPの研究資料の一部が大西洋連邦の強化人間(エクステンデッド)の研究や東アジア共和国の超兵計画に転用されていることも知っている。

 彼らは人の思考を読むことで、戦闘時に敵の動きの先読みをしたり、伏兵の存在や奇襲の看破によって優位に立つことができる。また、人工ESP同士で組んで戦う場合、一心同体のような息のあった連携プレーを見せることも確認されている。

 なるほど、確かにこの能力があれば、確かにステルスなど問題にならない。意識を看破されることで、自分の位置、行動は筒抜けになってしまう。ゲシュペンストのパイロットも、意識によってその潜伏位置を割り出されて撃墜されたのだ。

 意識をステルス状態にすることなど、いくら訓練されている特殊部隊でも不可能だ。そんなことができるのであれば、彼らはとっくに悟りを開いているだろう。

 

「今回の失敗は偶然による事故です!!もう二度と勝利の女神が日本に微笑むことはありえない!!」

 確かに、この報告書を見れば、この接触は多分に偶然の要素があったことが分かる。だが、それを差し引いてもジブリールの威勢のいい言葉に不安を抱くものもいた。

「ジブリール。既に件の特殊工作に投入されたゲシュペンストとやらと、そのパイロットは日本が確保しておる。最悪の場合、大西洋連邦の関与が明るみにでるぞ。もし真実が明らかになったら、シナリオとは逆に大西洋連邦が世界を敵に回しかねんぞ」

 不安を口にする男に対し、ジブリールは愉快そうに口角を吊り上げながら答えた。

「はっ!!……真実?そんなもの、私達が勝てばどうでもいいではありませんか?」

 ジブリールは薄く嗤う。次第に頭が冷えてきたらしく、その態度には余裕も戻りつつあった。

「真実に正義はありませんよ。勝った者が正義なんです。そして、正義は真実よりも重い」

 ジブリールの正面、画面の中の男が葉巻を燻らせながらほくそ笑む。

「つまり、今後いかなる証拠が見つかっても、それはジャップの捏造……そういう訳か。そして、国民は気に食わない相手が主張する都合の悪い真実とやらよりも、自分たちの矜持にあった正義に立つと」

「その通りです。いかなる証拠も大西洋連邦を貶めるための不当な言いがかりに過ぎませんよ。そして、冤罪を着せるつもりなら、大西洋連邦はそれに相応しい罰を与え、黄色い猿に身の程を教えてやろうではありませんか。当初の予定と違い、こちらの使える同盟国(捨て駒)は大分減り、犠牲者はさらに増えそうですが、これも我々がこの世界()を綺麗に整えるための必要経費と考えましょう」

 そして、ジブリールはモニターを一通り見渡すと、堂々とした態度で高らかに宣言した。

「さぁ!!少し時代を先走っただけで世界の頂点を気取るあの愚かな猿どもを今こそ討ちとり、新たなる世界秩序を構築するのです!!」




あれ?キラって人工ESPだったっけ?
とか、
『一族』?何であいつらがジブリールなんかと手を組むの?とか、その辺はまた説明入れますのでご安心を。


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PHASE-18 防人の指針

主人公の描写よりもおっさんの描写書いている方が楽しいしはかどりますな。



C.E.79 6月16日 大日本帝国 内閣府

 

「……以上が、大西洋連邦からの要求です」

 珠瀬外務大臣からの報告を聞いた閣僚達は、皆険しい表情を浮かべている。

「まるで居直り強盗ですな。これではもう交渉の余地はないでしょう」

「しかし……まずは外交での解決のための最大限の努力をするべきでしょう。交渉の余地なしと判断するのは短絡的では?」

 さばさばした口調で語る権堂防衛大臣に対し、宮田国土交通大臣が反論する。

「我が国は今、ネオフロンティア計画の推進に国力を傾けるべき時期にあります。ここで戦争……それも、大西洋連邦相手に戦争をするとなれば、ネオフロンティア計画に、ひいては帝国百年の発展計画に大きな支障をきたすことは避けられません。できる限り、戦争は回避すべきでしょう」

「宮田大臣、君もあの返答を見ただろうに。あちらは既にこちらの意見を聞くつもりはない。でなければ、あそこまで開き直った真似はできんはずだ」

 冷ややかな口調で権堂は吐き捨てた。

 

 

 去る5月29日、マーシャンの降伏文書調印は多少のトラブルがあったが、予定通り行われた。これに伴い火星圏の戦いはひとまず終焉した形となった。日本の部隊は、治安維持に必要な最低限の部隊を除いて火星圏からは撤退を始めている。

 この時、日本は護衛部隊の活躍もあって降伏文書の調印会場を襲撃したステルス装備のMSを拿捕し、そのパイロットを拘束した。そして、パイロットの尋問と機体の検分により、ステルス機――ゲシュペンストとそのパイロットは大西洋連邦と深い関係にあることを突き止めることに成功した。

 日本はこの事実を世界に向けて公表すると同時に、外交ルートでこの一連の調査結果を大西洋連邦に手渡してこの襲撃への関与に対する釈明を求めた。しかし、大西洋連邦から帰ってきた返答は日本の予想しえなかったものであった。

 曰く、『この報告書は我が国に対する根拠もない誹謗中傷である。日本側の提出した証拠は悉く我が国を貶めるために捏造されたものに他ならず、我が国は件の襲撃事件についてはまったく無関係である。しかるに、我が国はこのような謂われなき罪を着せ、一主権国家たる我が国の名誉を著しく毀損する日本の発表を、大変遺憾に思う』とのことだ。

 そして、大西洋連邦は日本に対し、冤罪を着せようとしたことを謝罪し、賠償することを求める要求を提出した。同時に大西洋連邦のメディアなどでも日本が冤罪を造りだしているという主旨のニュースが頻繁に報道され、大西洋連邦の世論は反日姿勢に傾きつつあった。

 ついに先日、駐日大西洋連邦大使が外務省を訪れ、日本側に要求書を提出した。そこに書かれていたのは先の襲撃事件で大西洋連邦に濡れ衣を着せようとしていたことへの謝罪要求だけではない。大西洋連邦は日本の武力による一方的な火星利権の獲得や他国に冤罪をつけてまで勢力圏を拡大しようとする現政権の路線を批判し、問題の発端となる現状の火星利権に対する各国の不平等状態の是正をも要求していたのだ。

 また、これらの要求が満たされない場合、実力を行使する用意があるという一文も要求の末尾に記載されていた。大西洋連邦は、要求の受諾か全面戦争の二択を突きつけてきたのである。

 当初は日本側も実力行使はあくまで外交上のカードに過ぎず、ブラフであると推測していたが、大西洋連邦の全軍がここ数日で少々妙な動きを見せていた。情報局が集めた情報によると、時期はずれの食糧の備蓄、兵器メーカーの就業体制の変化など、大西洋連邦が戦争の準備を進めつつあるという兆候が見られていた。

 何とか事態を打開しようと大西洋連邦の国務省を訪れた駐大西洋連邦日本大使も、国務長官に突っ慳貪な態度で追い返されてしまうため、交渉は全く進展する余地もなかった。

 今日の閣議は、このような一連の大西洋連邦のきな臭い動きを受けて急遽開かれたのである。

 

 

「大西洋連邦は本当に我が国と矛を交えるつもりなのか?軍事力の行使を窺わせているとは、あくまで圧力をかけているだけなのではないのか?」

 深海首相の問いかけに対し、椎名情報局長は頭を振った。

「いえ……おそらく、大西洋連邦は本気です。既に大西洋連邦は戦時体制に向けて軍需物資の調達が始まっています。また、コープランド大統領も外遊先のローマで対日関係では全く譲歩しない旨を公言しておりますし、大西洋連邦の世論も政府、各種メディアの宣伝によって大きく反日に偏っています。このまま彼らが振りかぶった矛を振り下ろさない確証はありません」

「開戦は避けられないと?」

「遺憾ですが、その通りかと」

 開戦不可避――深海は天を仰ぎ、臍をかむ。

 大病を患って首相の座を退いた先代の澤井首相から政権を受け継いでおよそ2年。自分なりに精一杯やってきたつもりだった。多少の反省はあれど、後悔するような失敗をしてはいない。自分はやれることを精一杯やったという自負がある。

 しかし、政治は結果が全てだ。自分の政治の結果が、大西洋連邦との摩擦を生み、それが今大西洋連邦との全面戦争という国難となってこの国を襲おうとしているということは紛れもない事実であり、目を逸らしてはならない現実である。

 ふと、思う。先代の澤井首相がもしも大病を患うことなくそのまま政権を担っていたならば、大西洋連邦との全面戦争という事態にはならなかったのではないか、と。

 いや――そのようなことを考えてる暇はない。

 深海は頭を振り、頭を過ぎった暗い思考を振り払う。澤井前首相は、自分を信じて政権を託したのだ。自分は澤井前首相を信じている。故に、澤井前首相が信じた自分も信じる。今は、それでいいのだ。深海は知らず知らずの内に額に寄っていた皺を伸ばし、口を開いた。

「すまんな……少し考え事をしていた。権堂大臣、もしも大西洋連邦と開戦したとして、我が軍に勝機はあるかね?」

 このような事態の想定をすることは欠かさないからだろう。権堂は深海の問いかけに対して淀みなく答えた。

「仮に、大西洋連邦を現状の戦力で相手どる場合、北米大陸に上陸し、ワシントンのホワイトハウスに日章旗を立てることは補給の問題もありますからまず不可能です。我が軍の攻勢限界点は、北米の西海岸、パナマまでです。よって、我が国が勝利を得ようとするのであれば、大西洋連邦の戦力を削ぎ、その重要な領地の占領をもって交渉をするしかないかと。その間、火星間の航路の護衛と地球軌道並びに安土の護衛で宇宙軍は手一杯となりますが、シーレーンの安全は保障します」

「戦争の終結まで、短く見積もってどれくらいかかる?」

「申し訳ありませんが、それは大西洋連邦の動き次第としか、言いようがありません。我が軍の対大西洋連邦ドクトリンは漸減作戦ですから、来寇してきた敵をともかく撃滅し、その戦力を削ることに重きを置いています。大西洋連邦軍の来寇時期、その戦力の規模などによって全てが決まりますし、こちらがどれほど敵戦力を削ろうが、領地を削ろうが和平を結ぶか否かは大西洋連邦の意志次第です。こと戦争の主導権はこちらにではなく、大西洋連邦側にあります。戦争の終結までにかかる時間は大西洋連邦の出方次第としか言えません」

 深海は唸る。戦争が長引けば、現在この国の経済を牽引するカンフル剤となっているネオフロンティア計画の推進にも支障が出ることが考えられ、経済成長に多大なる影響を及ぼす可能性がある。

 戦争の主導権がない状態では、戦争を終わらせる道筋を立てることも難しい。深海は椅子に深く座り、腕を組んで視線を下に向けた。

 

 

「申し訳ありませんが、もう一つ、重要な報告があります」

 権堂の告げた戦争計画を聞いて深く考え込む閣僚達を前に、椎名は内心の焦燥を隠すかのように事務的な口調で告げた。

「……東アジア共和国も大西洋連邦の動きに同調している節が見られます。こちらは、朝鮮半島を中心に露骨に戦力の配置換えも行っており、予断を許さない状態にあります。最悪の場合、我が国は大西洋連邦と東アジア共和国の二国を相手取らなければなりません」

 椎名の告げた言葉に、閣僚達は一様に目を丸くする。

「軍でも、東アジアの動きを掴んでいます。MSを主力とする部隊が朝鮮半島に集結しつつあり、海上部隊も海南島にむけて北上しつている様子が我が国の哨戒機によって捉えられています」

 権堂が続いてもたらした情報を受け、深海は唸る。

 ニ正面作戦――その言葉が脳裏を過ぎった。西から人民の津波、東からは尽きることのない物量となれば、一体どれほどの犠牲が出るのか想像もできない。最悪の場合、日本は幕末以来数世紀ぶりに本土に上陸した敵軍との戦闘をする可能性もあるだろう。

 人的資源と物的資源のトップが手を結び襲来するなど悪夢以外の何物でもない。経済活動への影響も考えると、目が回りそうだ。

「前門の虎、後門の狼か……権堂大臣、仮に今開戦したとして、軍は勝てるか?」

 深海は権堂に問いかける。

「勝利条件によっては、勝てます」

 権堂は即答した。彼は二正面作戦も想定の内であると言わんばかりに淡々と説明する。

「東アジア共和国と大西洋連邦を同時に相手にする場合、まず東アジア共和国の方を我が軍の全力をもって叩きます。その後は来寇する敵部隊をその度に邀撃し、撃退します。しかし、大西洋連邦の二度の侵攻時点で我が軍の戦力は良くて戦前の七割にまで削られると試算されています。また、帝国軍は邀撃の度に兵装を消耗するので、こちらから大規模な侵攻に移ることができません。我が軍は、ひたすら防御に回るしかありません」

「終始受身にまわって敵の戦力を撥ね退け続けるしかないということは、戦果をもって早期に和平に繋げることができなければ闇雲にこちらが消耗するだけということか」

「また、開戦当初に叩いた東アジア共和国の戦力も、戦争が長引けば広大な大陸の奥地に工場を疎開して兵器の生産を続けることで回復する可能性があります。かといって、あの大陸の奥地に攻め込むことは不可能です。定期的に敵戦力の間引きをする必要が生じるため、大きな負担となります。帝国を護る身でありながらこのような言葉をいうことは憚られますが……短期に決着をつけられなければ、我が軍は数年で戦えなくなります」

 権堂の告げた絶望的な予測を聞いた閣僚達はその表情を曇らせる。

「前回の大戦から僅か8年で再び皇国の存亡の危機ということか……」

 榊大蔵大臣の口からも悲観的な言葉が漏れる。

 外交的には、件のニ大国以外との関係は悪くない。だが、同盟を組むなどして戦力として期待できる勢力は存在しない。国力では地球上第二位である日本でも、第一位と第三位の国力を持つ大国に同時に攻められれば、勝機は薄い。

 しかし、悲嘆にくれる会議室の中で権堂だけは堂々とした態度を崩すことはない。まるで、皇国は敗れることはないと確信しているかのような余裕を彼から感じ、煌武院悠陽文部科学大臣が権堂に問を投げかける。

「権堂大臣、よろしいでしょうか?」

「何でしょうか?煌武院大臣」

 悠陽の清流を思わせる澄んだ眼差しが権堂に向けられる。

「帝国の危機を口にしているにも関わらず、大臣の態度にはどこか余裕が感じられます。実のところ、大臣はこの国難を乗り越える腹案をお持ちではないのでしょうか?」

 権堂は悠陽の言葉に虚をつかれたらしく、怯んだ表情を見せた。

「権堂大臣、本当ですか?」

 絶望の中に一筋の光明を見出したのか、土橋官房長官も思わず浮ついた声を出す。

「我が国の技術が如何に優れているとはいえ、戦いは数です。経済開発を優先し、勢力圏に見合った軍の拡張を怠っていた我が国は数の面では大西洋連邦にも、東アジア共和国にも及びませんでした」

 権堂は立ち上がり、ジオフロンティアプロジェクトを推進した宮田と、ネオフロンティアプロジェクトを推進した榊大蔵大臣に意味ありげな視線を送る。この二つの計画を国策として優先したために、権堂が要求した帝国軍の拡張計画が縮小されたという経緯があるためだろう。

 視線を向けられた宮田は思わず反論しようとしたが、隣の席に座る榊がそれを無言で制する。如何なる事情があっても、それは確かに事実であることに変わりがないため、榊はここで反論することを善しとしなかった。それに、剃刀の異名を取る男に対し、宮田が的確な反論ができるとは思わなかった。

 そして、自分に向けられる閣僚達の期待に満ちた眼差しや、宮田の物言いたげな視線を意に介すこともなく、権堂は高らかに告げた。

「我が国の現有戦力では、この二カ国の侵攻を押しとどめることすら危うい!!そんな軟弱な防衛力でこの国が守りきれますか!?」

 権堂の口調にも次第に熱が入ってくる

「外交で軍事的衝突を避けられるならばそれに越したことはありません。軍事力という宝刀は本来は抜くべきことではないことは重々承知しています。しかし!!今回の一件を見れば分かるように、東アジア共和国も大西洋連邦もいざとなれば良識、大義など関係なくその軍事力を振るうのです!!国家に真の友人など存在しません!!万が一、全世界が敵になったときのことでさえ考えるなければなりません!!そして!!軍はこれに備えて全世界を敵に回してもこの国を守れる確実な防衛力を持たなければならないのです!!」

 澤井の退陣に付き合うように退任した先代の吉岡に代わって防衛大臣に就任した権堂は、歴代の防衛大臣の中でも指折りのタカ派だ。しかし、彼は同時に歴代でも指折りの現実主義者(リアリスト)でもあった。権堂はこの国を誰よりも愛し、この国を守るという任の責任を誰よりも誇りに思うが故に、一部の隙もない完璧な理論を主張する人物と深海は評している。

 一見すると血気に逸る人物のように映ることもあるが、彼はあくまで現実の可能性を見据え、それに対処するために必要なことを主張しているに過ぎない。一見すると過激に聞こえる彼の主張にも全て他人を納得させられる明白な理由があるのだ。

 実際、議会ではタカ派である彼が立てた防衛戦略に噛み付く議員も少なからずいたが、権堂は如何なる質問にも完璧な資料を基にした隙のない答弁を返して野党議員達に付け入る隙を全く与えなかった。

 深海が彼を防衛大臣に採用したのは、先代の吉岡の薦めもあったが、それ以上にその現実を見据えた姿勢を評価した部分が大きかった。タカ派の防衛大臣を登用すれば、日本を危険視する声が各国で増えるのではないかという意見も周囲から挙がったが、深海はそれでも権堂を登用することを躊躇わなかった。

 各国がマキシマオーバードライブの量産に成功し、宇宙での示威行動を活発化させていることもあったため、日本側の軍政のトップに強硬派を据えることでこちらも弱腰ではないとアピールするべきだと深海は考えたからだ。実際の戦力の増強に国力をあまり多くは割けない以上、態度だけでもこちらの姿勢を示す必要があったという事情もある。

 気分が高揚した権堂は誇らしげに告げる。

「皇国の存亡の危機を救う確実な防衛戦力として!!我々は極秘裏に究極の兵器の研究をしてまいりました!!」

 その口ぶりに思い当たるものがあったのだろう。椎名の米神がピクリと動く。

「後一年です!!一年以内に、我が国を救う究極の兵器が完成します!!」

「権堂大臣、まさか、あれの完成の目処が立ったというのですか!?」

 椎名は驚きの表情を浮かべる椎名に対し、権堂は得意げな笑みを浮かべる。

「情報局の協力のおかげで、各国にも殆ど察知されることなく計画は順調に進んでおります。かの艦が就役した暁には、制宙権は遠からず我が国のものとなり、大西洋連邦の上空の軌道上も我が国の庭となるでしょう。そうなれば、我が国にも勝機が見えてきます」

「権堂大臣。私たちにも説明してくれませんか。貴方の言う究極兵器とは、一体何のことでしょうか?」

 宮田は先ほどから自分たちの知らない何かの存在を前提とした二人のやり取りにしびれを切らして権堂に問いかけた。それに対し、権堂は我が意を得たり、と頷いてその視線を深海へと向けた。

「総理、防衛省は数年前からこの国の技術の粋を結集した、世界最大にして最強の戦艦を建造する計画を進めてきました。情報局の協力を得て、完全な防諜体制を敷いていたために、これまで総理にもその存在を告げられませんでした」

 権堂の発言を、椎名が補足する。

「おそらく、就役すれば現在世界に存在するどの戦艦でも太刀打ちすることは不可能となるでしょう。一隻が、戦略級の価値を持った桁外れの怪物です」

 

「その艦の名は、何と言うのだね?」

 深海が訊ねると、権堂は堂々とした態度でその艦の名を答えた。

「彼女の名は戦艦『大和』……大和型戦艦の一番艦にして、全世界の艦の頂点に立つ大宇宙の女王の名です」




ゴンドウさんがアップを始めました。すごい活き活きしたドヤ顔をしているようです。


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PHASE-19 密会

活動報告にアンケートあり。回答していただけると幸いです。期限は14日までとさせていただきます。


 夜9時を回ったころ、防衛大臣の権堂は一台の黒塗りのセダンに乗って防衛省を後にした。

 大西洋連邦の動きが慌しくなるにつれ、彼の下に寄せられる報告の量は跳ね上がり、重要度の高い報告も多数寄せられるようになっていた。そのため、最近は勤務時間が18時間がざらとなっていた。

 ここ一週間は防衛省は不夜城と化しており、労働基準法?何それおいしいの?と問いたくなるほどのの激務に支配されている。日本人は勤勉で働きすぎだとよく言われるが、それでもこれは民族や習慣からくる許容範囲を逸脱しているだろう。

 その激務は数年前の元在日本オーブ連合首長国大使館並を彷彿とさせるが、幸いにも防衛省には元在日本オーブ連合首長国大使館よりもブラックに耐性のある職員が多かったため、一日に来る救急車の数は2台程度で収まっている。

 だが、権堂はこのギンギンにブラックな勤務に文句一つ言うことはない。毎日栄養ドリンクを半ダース消費するほどの激務に3時間の睡眠時間であっても彼は弱音を吐くことなく淡々とこなしていた。

 政治家に転向する前は海軍軍人だったということもあって、軍隊生活で鍛えた彼の肉体にはこの激務に耐え抜くだけの体力が未だに健在だった。目の下にはうっすらと隈ができ、頬も少しこけたように見えるが、彼自身は辛そうな態度を見せたことはこの一週間で一度もない。

 内閣の方針を決めるために各方面の情報を整理する土橋官房長官や、各国との協調や大西洋連邦との折衝に追われる珠瀬外務大臣、戦時体制への移行と戦費調達に備える榊大蔵大臣、各国の情報を収集する椎名局長は状況の変化に伴って激務に追われているが、それでも権堂よりは余裕がある。権堂は自らの指示して仕事をつくり、それを自分に回させているので、権堂が自分から激務を率先して引き受けているというべきかもしれない。

 そしてそれは、偏に自身の責務を果たさんとする強い意志からの行動であった。国防に携わるものがこの状況下で休んでいる暇がないというのが彼の持論だ。そのため、最近の彼の食事は専らサンドイッチやおにぎりなどが中心である。

 

 文字通り激務に追われる彼がこの日、珍しく仕事を早め(?)に終えてから訪れたのは、とある料亭であった。そう劇のセダンを料亭の門に停めさせた権堂は、仲居に迎えられて店の敷居を跨いだ。

「お待ちしておりました。楓の間にご案内いたします」

「彼は、もう来てるのか?」

「15分ほど前にいらっしゃいましたよ……こちらです。それでは、少々お待ち下さい。すぐにお料理を用意してまいります」

「ああ、ありがとう」

 仲居に礼を言うと、権堂は楓の間の障子を引いて頭を垂れた。

「お待たせして申し訳ありません」

「かまいませんよ。貴方が多忙だということは理解しるよ、大臣」

 楓の間に座していた日に焼けた小麦色の肌で精悍な顔立ちをした大柄な男は権堂を気遣い、座るようにすすめた。権堂は男に一礼すると、男の対面に座った。

「防衛省は不夜城、職員は昼も夜も問わずに省内を駆け回っていると世間でも噂されているぞ。毎朝新聞なんて『戦争までのカウントダウン』などと能天気な記事を一面に持ってきているぐらいだ」

「否定はしませんが、もう少し緊張感を持って欲しいです。毎朝新聞は火種を煽るだけ煽って、大火となったら放置ですから。火の無いところに煙は立たないといいますが、彼らは自分から火をつけて煽るから余計に性質が悪いと思いますよ」

 渋い表情を浮かべる権堂に対して、男は同感だと言わんばかりに首を縦に振る。

「記事も、いつもの軍国主義だの20世紀の悪夢再びだのと上っ面の平和主義を讃える論調だな。世の中が一つの風潮に囚われるよりは、いくつもの風潮があった方がいいとは思うが、マスメディアであればせめてもう少し物を考えて意見を言ってほしいものだ。敵国から放たれた砲弾は1発でも100発でも誤射ではなく、攻撃に違いないだろうに」

「全くですよ、南雲さん」

 

 南雲浩。元防衛省の職員で、かつては防衛大臣補佐官を務めていた人物でもある。当時は、未来の防衛大臣候補としても名が挙がるほどの俊英として知られていた。防衛戦略に対する基本的な姿勢は権堂と似通ったところもあり、権堂の前任のタカ派のトップでもあった。

 また、南雲は権堂にとっては海軍兵学校の先輩にあたる。公職で見れば南雲よりも権堂が上司にあたるので、本来ならば南雲が権堂に敬語を使うべきなのだろうが、権堂は私用で食事に来たということになっている。プライベートとなれば、江田島の上下関係の適用範囲という不文律が数世紀の間遺されているのである。

 20世紀には江田島名物とまで謳われた鉄拳制裁は既に廃れて久しいが、権堂にとって南雲は、鉄拳制裁がなくとも十分におっかない先輩の一人だった。彼よりも出世して防衛省のトップに登り詰めた今でも、正直なところ頭があがらない。

 実は南雲は、今から6年ほど前、防衛省が密かにオーブ大使館の通信を盗聴していたことが発覚した際にその事件の首謀者として責任を取った人物でもある。その後、彼は硫黄島の基地に文字通り島流しとなっていたはずだった。

 しかし、実際には失脚して表舞台から去ったことを利用し、裏の諜報戦で指揮を執る立場について防衛省の情報戦略に大きく関与していたのだ。権堂との間にも直通の連絡手段を確保しており、定期的に報告を入れていた。

 島流しになった元切れ者となれば、本省にいる人間に比べれば各国の密偵の目はあまり向かわない。しかも任地が文字通り絶海の孤島となれば尚更だ。その油断を上手くついたことが、彼の活動を上手く隠すことを成功させる要因となったのだろう。

 

「お料理をお持ちしました」

 二人が談笑していると、仲居がちょうど料理を運んできた。高級料亭というだけあって、料理の盛り付けも中々に美しい。

 そして、二人は仲居が部屋から離れていくことを足音で確認すると、運ばれてきた懐石料理に箸を伸ばした。久しぶりに食べたまともな食事に、権堂の顔も思わず綻ぶ。

「さて、ではそろそろ本題に入ろうか。君がまともな食事にありつけて嬉しいのは分かるが、その顔といっしょに頭まで腑抜けてもらっては困るからな」

 そう言うと、南雲は話を切り出した。権堂も箸を止め、南雲に視線を向けた。

「結論から言うが、どうやらジブリールはこちらの企み通りに動いてくれそうだ。既にやつはコープランドに命令を下した。後は準備が整ったら始まる」

「彼は、私達が彼のシナリオを誘導していることに気づいていないと?」

 南雲は道化を蔑むように嘲笑る。

「ああ、そうだ。やつはバカ正直にキラ・大和がESP能力者だと信じ込んでいるよ」

 日本軍MSによる降伏使節殺害を企んだ大西洋連邦の特殊工作用ステルス機のマーシャンの対日降伏文書調印式典襲撃の計画は、事前に南雲の手によって掴まれていた。式典の前にオーストレールコロニーや周辺宙域に警戒網を張れば、計画が実行に移される前に阻止することも可能なはずだったのだ。

 しかし、権堂は敢えて計画を直前まで阻止しないことを選択した。襲撃計画をギリギリで未遂に終わらせ、現行犯で大西洋連邦の襲撃者を逮捕することで、大西洋連邦が言い逃れのできない証拠を得ようと企んだのだ。

 権堂は、ジブリールがこの襲撃を利用して対日宣戦布告するというシナリオを描いていることもお見通しであり、それを逆手にとって大西洋連邦を追い詰める策を練っていたのである。

 

 実は、あの襲撃時調印会場となっていた戦艦を護衛していたMS部隊は、全て最初からハッキングを受けている状態にあった。特別に改装されてバチルスウェポンシステムを搭載していたフリーダムを駆るキラが、少し離れた宙域から中継器のブイを通じて全てのMSのコンピューターを支配していたのだ。

 あらかじめ警護部隊のMSには、キラの駆るフリーダムのミラージュ・コロイド粒子による干渉を受けるよう出撃前に対バチルスウェポンシステム対策を施したコンピューターに細工を施していた。

 キラは、自身の手のひらの内にあるコンピューターがハッキングされたことに気がついたら即逆探知をかけて敵の位置を把握し、ハッキングされたMSを行動に不能にしたうえで工作機を拿捕したというわけだ。

 ハッキングされたとはいえ、味方のMSまで撃破したのは、こちらが予め襲撃を知っていたと勘ぐられないようにするためだ。事態はその場の判断で臨機応変に対処したということにしておけば、追求は回避しやすい。

 そして、自分たちが襲撃計画を察知していなかったことの信憑性を上げるために敢えてキラがESP能力者だという根も葉もない噂をジブリールの耳に入るように仕向けた。幸いにも、キラはその生まれが非常に特殊であり、その資料の殆ども失われているということもあって、ヒビキ博士が造りだしたESP能力者だというカバーストーリーもある程度の説得力があった。

 戦争が勃発し、キラが活躍するようになれば何れはジブリールもこの噂が嘘だったと気がつくであろうが、開戦するまでばれなければ問題ない。開戦前にばれなければ、あちらの防諜体制はそれほど過敏な反応を示すことはないからだ。

 キラには、作戦を実施するうえである程度の事情を話したが、彼は生まれは日本に非ずとも日本を護る意志を持つ軍人だ。全てを承知の上で作戦を了承し、滞りなく実施した。真実を漏らす危険性はまずないだろう。

 

 勿論、ジブリールの性格からすれば、襲撃計画の証拠を大西洋連邦に突きつければ居直り強盗をすることも承知の上での策である。権堂は、内閣が不戦方針を貫いていることをしっていながら大西洋連邦の居直り強盗的な宣戦布告を期待して襲撃計画の現行犯逮捕に踏み切ったのだ。

 元々、権堂は大西洋連邦との全面戦争は、不可避であると考えていた。日本がこのまま勢力圏を広げれば、遠からず大西洋連邦を国力で完全に上回る日が来るだろうが、世界最強最大の国家であることを誇りとする大西洋連邦がそれを座して見ているだけだとは考えられなかったからである。

 数年前までは、大西洋連邦との国家存亡をかけた全面衝突は自分が現役の間には起きないだろうと考えてはいた権堂であったが、前回の大戦中に実用化されたマキシマオーバードライブの存在が権堂の予想を覆した。

 マキシマオーバードライブの恩恵を受けた日本は他国の追随を許さない圧倒的な早さで火星に進出し、宇宙開発事業をさらに発展させた。それに伴い、日本は権堂の予測を超える早さで国力を急激に成長させ、同時に大西洋連邦の危機感をさらに煽った。

 権堂は、自分の危惧していた国家存亡の危機は、思っていたよりも早くに訪れると考えざるを得なくなった。そんな時、ジブリール率いる大西洋連邦の軍需産業複合体が開戦に向けて動き出しているという一報を耳にした権堂は、これを好機だと考え、このタイミングでの開戦を決意するに至った。

 どうせ開戦が避けられないのであれば、こちらで時期をある程度調整し、最も優位に立てるタイミングで開戦する方が、損害は最小限ですむからだ。権堂は、マキシマオーバードライブという世紀の大発明によって日本が得た科学技術面の圧倒的なアドバンテージが生きているうちに開戦し、大西洋連邦との技術格差が縮まる前に圧倒的な科学力で決着をつけるべきだと判断したのである。

 これ以上開戦を待ったところで、今以上に科学技術の面で格差が開くことは多分ありえない(横浜の魔女ならばやってのけそうな気がするが、あの魔女は色々な意味で不確定要素が多すぎるため、考慮しないことにした)だろうし、他国でも日本に遅れること10年ほどだが、各国で技術革新と言えるほどの科学技術の進歩の兆しが見える。このまま座して待てば、科学技術の面で劣らないまでも、差を詰められることは確かだと権堂は判断していた。

 一方で、これ以上宇宙開発が活発化すれば、日本はある程度の国力を常に宇宙に費やさざるをえなくなり、大西洋連邦との戦争に投入できる国力の差が縮まるかどうかも不透明だ。

 また、そもそも大西洋連邦がこのような幼稚な強攻策を取ってきた以上、あちらにもはや日本と矛を交えないという選択肢は皆無と言ってもいいだろう。難癖つけられた開戦の大義名分を与えないように片っ端から陰謀を阻止したとしても、果たして何年の間阻止できるか。

 そして大西洋連邦が居直り強盗に走れば、それは日本側の揺ぎ無い大義名分となる。居直り強盗に走った暴君に対する抗戦以上に正当な大義名分は期待できないだろうし、大義名分は正当であればあるほど、戦後に優位に立てる。

 深海内閣の方針も、主上の御心も不戦であることは理解していたが、それでも権堂は敢えてそれに反して帝国を戦争に引きずりこむことを選んだのは、開戦が避けられない以上、最も犠牲の少ない勝ち方をするべきだと判断したためである。

 仮に権堂が拿捕のタイミングを指示し、それが結果的に開戦を招いたことが露呈しても、現行犯での拿捕に拘った結果だといえば深く追求されることはないし、大西洋連邦の居直り強盗という普通では考えられない傲岸不遜な振る舞いまで軍部が予知していたなどと信じるものはまずいないだろう。命令書などの自身が関与した証拠を戦後に焼却すれば、軍部が独走して開戦を招いた前例だとされる可能性も低い。

 万が一、日本が負けた場合にも、内閣にも主上にも事実を知らせていなければ、自分が日本の道を独断で誤らせた戦犯として全ての罪を被ることができる。万事において抜かりは無いはずだった。

 

「ジブリールがあんな嘘を信じきっているというのは滑稽ですね……しかし、南雲さん。万事上手くいっているように思えますが、ムルタ・アズラエルは動いていないのですか?」

 権堂は南雲に問いかける。

「彼もロゴスのメンバーのはずでしょう?最近はジブリールと距離をおいているようですが、あそこまでジブリールが派手に動いていればそれ相応のリアクションをするのが普通です。最悪、アズラエルがジブリールの動きを押さえにかかって開戦が避けられる可能性もあると考えていましたが」

「いや……アズラエルからジブリールに対するコンタクトはいまのところこちらのルートでも確認されていない」

 南雲の口調からは苦さが感じられる。どうも、その当たりの調査には納得できていない様子だ。

「やつは今、軍需産業複合体(ロゴス)の中でも特殊な立ち位置にあるようだ。最近は軍需産業複合体(ロゴス)の会合にも顔を出さないらしいな。ジブリールに嫌われているから、その辺が会合の話題になることもないらしいが」

「アズラエルが、軍需産業複合体(ロゴス)の中で凋落しつつあるというわけではないでしょう?」

「ああ。ロゴス内部の一個人の勢力でいえば、アズラエルがダントツだ。だが、軍需産業複合体(ロゴス)の半分ほどはブルーコスモス派でな、前回の大戦後に手のひらを返すようにコーディネーターを利用し始めたアズラエルとは馬があわないようだ。ジブリールがその筆頭だな。しかも、ジブリールはあの癇癪持ちときたから、会合でもアズラエルの名前を出すやつはいないそうだ。まぁ、かれらに相互理解などできんと俺は思うよ」

 権堂は困惑した様子でさらに問う。

「単に馬が合わないというだけであのアズラエルがおとなしくしているとは考えにくいですな」

「俺もそう思う。やつはこのまま座しているようなおとなしい輩では絶対ないさ。少し前に、軍需産業複合体(ロゴス)の非ブルーコスモス閥をアイスランドに集めていたという情報もあるから、十中八九何か企んでいる。おそらく、ジブリールの与り知らぬところでこっそりとな」

「……それが大西洋連邦の対日戦略にも関わる可能性も?」

「否定はできない」

 南雲は一息ついて手元の茶を啜ると、忠告するような重々しい口調で言った。

軍需産業複合体(ロゴス)情勢は複雑怪奇……しかもそのキーマンの動きが一番読めない。権堂、油断はするなよ。アズラエルは侮れん」

 権堂は、南雲の忠告に対し、静かに頷いた。




ナグモさん登場。やはりタカ派です。

アズラエルは色々ときな臭い感じです。


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PHASE-19.5 悪魔と道標

リアルが年末ギリギリまで忙しい……忌々しい25日が過ぎれば自由の身なのですが。


 前回の大戦時には一時期地球連合軍の最高司令部がおかれたヘヴンズベースを抱える島、アイスランド。その北西に存在する島こそ、世界最大の島であるグリーンランドだ。

 その島の一角には専用の滑走路まで備え付けた広大な別荘地が存在するのだが、実はその広大な土地はとある一人の資産家の私有地なのだ。男の名はムルタ・アズラエル。大西洋連邦の経済界の重鎮にして、先代のブルーコスモスの盟主である。

 普段はアズラエルとその家族しか利用しないために数機の航空機しか存在しないはずのアズラエル専用の空港には珍しく、今日は多くの航空機の姿が見られる。そして、寒空のもとでまた一機の小型機が鮮やかな着陸を決め、機体を滑走路から搭乗口へと移動させていく。

 今しがた着陸した小型機の前方の扉が開き、中から髭を蓄えた若い東洋人の男が姿を現した。男は、周囲に並ぶ機体に刻まれた家紋から訪問客を推し測る。

「ローバーにノーマン……なるほど、私はどうやら少し遅れたらしいな」

「ローバー様も、先ほどお着きになったところでございます。気になさることはないかと」

 案内人に導かれ、男は空港の玄関口に停められていた黒塗りの車に乗り込む。そして出迎えにきた黒塗りの車に乗って男は空港を後にした。

 

 

 

 二十分ほど車を走らせると、丘陵の上にある小さな邸宅に到着した。邸宅の入り口では、邸宅の主であるアズラエルが笑顔を浮かべている。

「お招きいただきありがとうございます、Mr.アズラエル。中々いい雰囲気のする別荘地ですな」

「気に入ってもらえたなら光栄です」

 歩み寄るアズラエルに対し、男も笑みを浮かべながら握手をする。

「貴方が到着したので、後は一人だけですよ」

「まだ来ていないのは誰ですか?」

「後はバンビーン氏だけです。しかし、先ほど空港から連絡があったので、後30分ほどで彼も到着するでしょう。さて、寒空の下で長話ということもなんですから、早く中に入りませんか?」

「そうしましょう」

 アズラエルに招かれ、男は邸宅の中に入ることにした。グリーンランドの気候は、やはり彼にとっては寒かったらしい。

「バンビーン氏以外の皆様は、どうしていますか?」

 廊下を歩きながら男はアズラエルに問いかける。

「皆様、お酒を楽しんでいますよ。ここには僕の趣味で集めた一級品の酒がありますからね」

「貴方のコレクションですか、それなら期待できそうだ。是非とも楽しみたいものです」

「皆様、暇ではないですからね。バンビーン氏が到着次第、すぐに君の計画について話す予定です。あまり僕のコレクションを楽しんでいる時間はないと思っていてください」

「それは残念」

 つまらない話をしているうちに二人は他の出席者達が待つ客間までたどり着いていた。二人の目の前で自動ドアが開く。

「随分と待たせてくれるな、アズラエル。私達はあまり暇ではないのだがね」

 客間のソファに座る禿頭で肥えた男が不機嫌そうな声を挙げた。

「申し訳ありません、ローバーさん」

 アズラエルはローバーに軽く頭を下げる。

「酒だけは一級品が揃っているとはいえ、男同士で呑んでいればその旨みも半減するし、飽きる。そろそろ、本題に入ってくれんかね」

「申し訳ありませんが、バンビーン氏がまだ到着していません。今回の話は、彼が到着してから説明させていただきます」

 ローバーは鼻をならす。

「フン……また一本ボトルを開けなければならんのか。こんなキナ臭い情勢の中、わざわざグリーンランドで上手くもない酒を呷るために私達を呼び出したというのなら、私は帰らせてもらうぞ」

 ローバーの隣に座る大きな体格をした男も、ローバーの主張に賛意を示す。

「同感だな。アズラエル、お主もジブリールの動きは知っているだろう。やつが色々なところで強く動くものだから、その影響も多方面に出ているのだ。あの癇癪持ちのせいで大西洋連邦は今揺れに揺れている」

「あの男、如何なる手段を使っているのか知らんが、最近やけにその影響力が強くなりつつある。大西洋連邦軍も、やつの一派が開発するMAの時期主力機への採用に傾いているらしいからな。このままMA主力ドクトリンが進めば、我が社も軍需部門が傾きかねん」

「ご心配なく。勿論、今回のお話は昨今の情勢についても関わりのある話です。皆様をわざわざこのムルタ・アズラエルの秘密酒場(スピーク・イージー)にお招きするだけの価値のあるお話を、サトル・ファリーナ氏がしてくれますから」

 アズラエルの言葉に対し、ローバーは怪訝な顔をする。

「ファリーナ?……先代の後を継いだばかりの彼に、我々を召集するほどの話があるというのかね?」

「ええ。きっと皆様も興味を示していただけると確信していますよ」

 隣に立つアズラエルの意味ありげな視線を向けられ、先ほどアズラエルと共に入室した男――サトル・ファリーナは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 それからおよそ30分後、白髪で年配の男――バンビーンが到着し、男達は客間に備え付けられた円卓の席に腰を降ろした。そして、一人立ち上がったサトルが話を切り出した。

「本日、私がアズラエル氏にお願いしてこのような場所を用意して集まっていただいたのは、外でもありません。私達の今後について――つまりは、対ジブリール戦略についての提案を不肖ながら私、二代目ファリーナからさせていただくためです」

 サトルは冷然と語り始める。

「ここにいる皆様は、皆様長らく重工業関係のお仕事を……平たく言えば、軍需産業を営んでおられる方々です。そして、我々がかつて己の利益のために属していた軍需産業複合体(ロゴス)の――正確に言えば、現在の盟主であるロード・ジブリールの方針から距離を置いておられる方々でもある」

「前置きはいいぞ、二代目ファリーナ」

 ノーマンがサトルを睨む。本題にさっさと入れと言わんばかりだ。

「いえ。現状の確認ですよ、ノーマン様。……さて、結論から言ってしまえば、我々はジブリールから距離を置いていたがゆえに、彼が作り出そうとしている『特需』の恩恵に与ることもできず、彼が作り出そうとしている新しい時代に淘汰されようとしています。そして、私がジブリールに対するカウンターアタックの思案をアズラエル氏に提案したところ、彼は大いに興味を持ってくれたのです」

 一同の視線が、今回の集会の発起人たるアズラエルの元に向かう。それに対し、アズラエルは商売人らしい顔に張り付いた笑みを浮かべて答えた。

「皆さんもご存知のように、ジブリール君は前回の大戦後に僕の後任としてブルーコスモスの盟主に就任し、凄まじい勢いで政界、財界、軍にその勢力を拡大してきました。そして、彼は今、宇宙開発で急成長している日本を警戒し、このまま日本が世界の頂点に立つ前に叩き潰し、大西洋連邦の覇権を護るために対日戦争を画策しています」

「今更言われんでも、この忌々しい現状のことなど分かっている。だが、我々にとっての問題はジブリールの派閥が大西洋連邦軍という優良顧客を囲い込もうとしていること、そして彼奴が作り出そうとしている新しい世界秩序とやらの結果、戦後に世界の民需は大きく減じるということだ。軍需を押さえられ、戦後に民間の市場まで荒廃させられたら商売あがったりだ」

 ローバーが忌々しいことだと吐き捨て、その隣に座る大柄の男もそれに追随する。

「日本との戦いということになれば、まぁ、負けはしないだろうが、それでも国家総力戦の覚悟が必要だ。しかし、現状で国家総力戦を世界大戦規模で行うなどという馬鹿な真似をすれば、下手をすれば大西洋連邦の市場ですら十年は停滞しかねん。我々の主力たる民需部門に大きな影響が出ることは避けられんだろうな。しかも、戦後は最大の仮想的がいなくなって軍も軍縮を行うから、軍需も落ち込む。軍需はこのままでは何れジブリールの派閥に独占されるからどうせ期待はできんが」

「マーシャンへのちょっかいみたいにこちらの腹が痛まず、利が大きな戦争であれば歓迎するがね」

 

 

 

 前回の大戦後、大西洋連邦軍は陸・海・空、宇宙の全軍でそのドクトリンを大きく転換させる動きを見せた。前回の大戦でザフトが初めて戦争に投入した新兵器、MSを今後の主力兵器から外し、MSの代わりにMAを新たに主力兵器の座に戻そうとする試みだ。

 このMA主兵論を唱えた派閥は、元々はブルーコスモス閥であり、コーディネーターの真似事をしてカトンボのような華奢なMSを主力とすることに忌避感を覚えていた。そして、前回の大戦後にブルーコスモスを辞したアズラエルの後を継いでブルーコスモスの盟主の座に就任したロード・ジブリールはこの動きを積極的に後押しした。

 元々、ジブリール自身が有する軍需企業、アドゥカーフ・メカノインダストリー社もMAの開発に秀でた企業ということもあったし、ジブリールもMSという兵器には否定的な立場を取っていたからだ。

 とはいえ、前回の大戦でその実用性を実証したMSをいきなり軍の主力から外すともなれば、慎重派や現状維持を善しとする人々は抵抗を覚えることも必至である。彼らの抵抗の結果、今のところはMS主兵論がとりあえずのところ維持されている。

 大西洋連邦軍の数の上での主力はダガーLからウィンダムへと転換し、海軍と空軍でも制空権確保のための高性能可変MSとして少数のキャスパリーグを生産しており、新型のMAの配備は一部の基地で限定的に開始されているらしい。

 しかし、その新型のMAが戦争に投入され、実戦証明(コンバットプルーフ)されれば軍のMAへの評価もがらりと変わる可能性が高い。MAがもしも大きな戦果を上げることに成功した場合、軍はMSの調達を限定してMAの生産を優先するようになるだろう。

 ジブリールと同様に、MAを自身の保有する軍需産業部門の主力としている人々がジブリールに賛同し、彼の掲げる対日戦争計画を分の悪い賭けではないと判断しているのもMA主兵論の普及への期待が大きいからだ。

 このままま大規模な戦争もなくMSのMAに対する優位性が覆らない場合、外国からのMAの受注は愚か大西洋連邦からの受注でさえ考え辛く、軍需部門のお先は真っ暗だという確信がジブリールの取り巻き達にはある。ストライクダガーや105ダガーなどのシリーズの生産で成功したアズラエルとは違い、彼らには目玉商品がないためにあまり余裕はなかった。

 勿論、ジブリールやその取り巻きたちも、軍需以外の多種多様な産業を抱える企業複合体の支配者なので、国家総力戦などという真似をすれば戦後自分たちが民需産業の分野で大きく減退するリスクがあるということも十分理解している。

 しかし、大西洋連邦の経済は戦後好調とはいえず、数少ない民需というパイの奪い合いの様相を呈しているのが現状だ。このまま手をこまねいていれば、自分たちの誰かが民需の市場から追い出されるという危機感を持っていた軍需産業複合体(ロゴス)のメンバーは確信していた。

 そして彼らはただ座して緩やかな死を座して待つよりも、一発逆転の可能性に賭けることを選んだ。確かに、戦後も10年はこれまで以上に大西洋連邦の市場は厳しくなるだろうが、日本に勝ってその市場を奪い、莫大な資源の眠る火星を奪い、日本民族を奴隷のように酷使することで十分損失を取り戻せるという考えが彼らの脳裏にはあった。

 

 

 

「皆様の懸念は分かります。ジブリールは前回の大戦後から、軍の主力兵器をMAへと回帰させることを画策し、考えを同じくする軍の派閥を支援することで現在の軍の主流の考えをMA主兵論へと転換させました。そして、その我々――MSを主力兵器として開発している企業はその煽りを受けて今後の軍の受注は厳しい状況にある。この中で唯一軍需が好調なのは、主力兵器のウィンダム、そして海軍や空軍のキャスパリーグを生産しているアズラエル氏だけでしょう」

 サトルは淡々と続ける。

「我々とて生存本能というものがあります。このまま何の策も講じることなく凋落し、落伍していくことなど到底認められません。かといって、ジブリールの掲げる計画に乗るというのも認めがたいですね。彼の掲げる計画とやらは、正直なところ杜撰としか言いようのないものですから」

「実際、彼の計画はハイスクールの生徒が作ったようなものですよ。数でおせば質の差はいくらでも覆しうる――それが彼の計画において、大西洋連邦が日本に勝てるとされている唯一の根拠はこれですから。」

 アズラエルの捕捉に対し、ノーマンが溜息をついた。

「……しかし、それだけでジブリールにあれだけのメンバーがついていくのかね?ジブリールの取り巻きとて、これまでこの世界の荒波に飲み込まれずに生き残った経営者だ。彼らとて、勝算が無ければこんな計画を実行したりはせん」

 さらに、ローバーが口を開く。

「マクウィリアムのやつも、ジブリールの口車に乗ったのには何か理由があることを仄めかしていたよ。アズラエル、君なら調べがついているんじゃないのか?」

「ええ……まぁ、ね」

「君にしてははっきりとしない物言いだな、アズラエル」

 煮え切らない口調で話すアズラエルに対し、男達は訝しげな視線を向ける。それに答えるように、アズラエルは静かに言った。

「……確定情報ではないのですが、彼らの裏には『彼女たち』が関わっているという可能性があります」

 ローバーの眉がぴくりと動く。

「……確かなのかね?」

「あのジブリールがここまで上手くことを運んでいるんですよ?誰かが手を貸していると考えるのが妥当です」

 サトルもアズラエルに続いて捕捉する。

「軍と共同開発されていたアドゥカーフ・メカノインダストリー社の試作戦略級巨大MAが極秘裏に火星に運び込まれていたという情報もあります。あれほどの戦略的価値を持つMAの情報が日本軍がその存在を確認するまで我々の元に入っていなかったことを考えると、相当に情報戦に長けた人材がジブリールについていることは間違いないでしょう。それに、彼があれだけのメンバーの信頼を得たことから考えるに、非常に優秀なブレーンがいる可能性も否めません。二つの条件を鑑みれば、『彼女たち』の存在を疑うべきでしょう」

 ノーマンが天を仰ぐ。

「あの『歴史の道標』が直接動くというのか……」

 

 

 

 『歴史の道標』

 それは世界が近代に突入するとともに誕生した秘密結社であると言われている。その目的、成り立ち、活動内容、メンバー構成などは一切不明だ。世界の経済を支配している軍需産業複合体(ロゴス)のメンバーであっても、世界が変革される節目節目で暗躍し、人類の進む方向を操作しているということぐらいしか知らない。

 他に分かっていることといえば、『歴史の道標』の頭首の座はある一族のものであるということ、そしてその頭首は代々女性であることぐらいだ。過去に接触を試みたものがいないわけではなかったが、歴代の軍需産業複合体(ロゴス)の盟主の中にはその禁忌(アンタッチャブル)に触れたことで破滅した人間も少なくない。

 今、彼らが知りえている情報は、歴代の世界を支配する勢力の盟主が死を曝して手に入れたものとも言える。勿論彼らも自分たちを影から気づかれずに操っている存在に対していい感情は抱いていないが、如何に世界を支配する彼らとはいえ、一切正体も分からない巨大な謎の組織が相手となると分が悪いと考えるのは自然なことだった。

 

 

 

「ジブリールに対抗するということは『歴史の道標』に逆らうこと――つまりは、自分たちが滅ぼされるのではないか。貴方方はそのように感じておられるのでしょう?」

 男達の間に流れる重い空気を意にも介さずにアズラエルが言った。

「その予測は非常に現実的なものです。過去、どれほどの先人が『歴史の道標』の秘密のヴェールを覗こうとして屍を曝してきたことか。私の曽祖父もその一人です。だから、私の祖父のブルーノ・アズラエルもジブリール君についたのでしょうね」

 しかし、とアズラエルが続ける。

「世界中に死を振り撒く私達が、顔も姿も分からない謎の女性の手のひらで踊らされているのですよ?おそらく、あの忌々しいコーディネーターとの戦いも、今回の対日戦争も、全て彼女達の差し金でしょう。不愉快だと思いませんか?」

 男たちは眉を顰める。何を今更問うているのか、といった様子だ。

 自分たちは商人だ。必要とあらば武器でも何でも売る。需要を造るために、他社より優位に立つためには工作だって厭わない。

 人に武器を持たせ、戦わせ、利益を得る側の人間だ。

 そう――彼らは人を戦わせる、その手で操る(プレイヤー)側の人間だ。(キャラクター)ではないという自負があった。

「私たちは自分たちの都合で戦争を起こし、自分たちの都合で戦争を終わらせ、自分たちの都合で仮初の平和とやらを維持する人種ではありませんか?そんな立場である我々が、知らぬ間に誰かの思惑に乗せられている」

 サトルが高らかに告げる。手を大仰に広げ、まるで説法をするかのような口調だ。

「思い出してください、我々死の商人の本分を!!我々は、無知な群集を煽り、支配する立場の人間です!!断じて!!マスコミの、世論の声に靡き、思考をコントロールされる愚かな民衆とは違う!!」

 アズラエルは、サトルの言葉に畳み掛けるように続ける。

「確かに、これまで私達は彼らに操られ、結果的に富を得ていたということも事実でしょう。しかし……我々にレールを用意してくれるお節介な支配者が、まだ必要ですか?私達は彼女達のレールがなければ素直に奈落に真っ逆さまに落ちていくほど間抜けでしょうかね?」

 まるで、保護者がいなければ一人で生きることもできないのか?とでも挑発するアズラエルの言葉に、男達もムッとする。彼らとて、彼らなりの、経営者、事業者としての誇りがある。誰かの敷いたレールが無ければ生きられないような温室でヌクヌクと過ごしてきた覚えはなかった。

 

 

 

 静かな、それでいて頑とした意志を籠めてアズラエルは宣言する。

 

「ジブリールの、彼女達の思惑を徹底的に潰しましょうよ。今こそ、死の商人(わたしたち)道標(一族)を外れ、道標(真の支配者)に成り代わるときです」

 

 サトルもアズラエルに続いて堂々と演説する。

「人を煽り、戦わせてきた私達も実は道化だったなどというふざけた真似をしてくれたやつらが築こうとしている世界とやらを叩き壊してやりましょう。駒のように扱ってきた道標とやらを支配者の座から引き摺り下ろすのです。対立に火をつけ、武器を供給して煽り、激戦を演出し、頃合を見計らって幕を降ろす。銃を持つ当事者の意志など関係なく戦争の始まりから終わりまで、人の誕生から葬式までを私達の都合で勝手に決める武器商人らしいやり方でやつらの計画とやらを破綻させてやろうではありませんか」

 

 そして、最後にサトルは高らかに宣言した。

「私はここに、ジブリールを、そして『道標』を討つための計画として、全ての人間の生死を我々の手で握る死の商人の閻魔帳――『プロジェクト4』の導入実行を進言いたします!!」

 

 

 悪魔(死の商人)の未来に血の栄光あれと祈り、悪魔たちは自らの血を垂らした赤いワインを呷った。




ゴジラ新作製作決定!!
嬉しいですね。とりあえず北村、お前だけはやるな。できればGMKの金子さんにガメラみたいに三部作を作って欲しいです。


今回のサトル・ファリーナさんはあの作品からのネタです。
プロジェクト4は原作どおりの計画ではありません。名前を借りたという意味が大きいです。

最後に、アンケートの結果について。
とりあえず、一人一票でカウントして、一人で二つ投票している場合はひとつあたり0.5票としてカウントしました。



結果

劾のグルメ 3票
既婚者達の忘年会 4票
ディアッカ・エルスマンの異端審問日誌 3票
本編 4票

ということになりました。
同票で一位が二つでたので、どちらもハイペースで書き上げられるように頑張ります。


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PHASE-20 嵐の前に

大和のライバル戦艦の設計を考えて一日つぶした……そして気づく。
後半年は最低出番がない……今やらんでもええやん。


「あれが本土への定期便か……」

「オービターって言うんだと。こいつで種子島までいけるらしいぜ」

 シンとタリサの二人は、アメノミハシラと地上とを行き来している定期便の発着港区画にいた。二人の目の前のモニターには、今桟橋に横付けされた巨大なシャトルが映されている。

 任官以来始めての纏まった休暇が取れた二人は、午後の便でここアメノミハシラから本土に降りようとしていたのである。学生時代も休暇中に地上に戻ることが何度かあったが、その際には安土から種子島に降りる直行便が用意されていたため、アメノミハシラ経由で地球に降りるのは今回が初めてとなる。

 現在のところ、宇宙軍の人間が本土に降りるための手段はアメノミハシラから発着するシャトルと前述の安土からの直行便の二つしかないこともあって、二人の周りには彼らと同じように休暇で本土に戻る予定の私服姿の軍人が大勢いた。

『アメノミハシラ発、種子島行きのシャトルは、1030に発進致します。これより搭乗手続きを開始しますので、チケットをお持ちの方は搭乗口まで起こし下さい』

「おっ……搭乗手続きが始まったぞ!!タリサ、早く行こうぜ!!」

「待てってシン……そんなに急いだってシャトルの出る時間は変わらないぞ!!」

 搭乗を促すアナウンスを耳にして慌てて搭乗口に駆け出そうとするシンに引きづられながらタリサは搭乗口へと向かった。

 それから30分後、二人を乗せたシャトルはアメノミハシラを離れ、地上へと降下していった。

 

 二人がこのように本土に降りる都合がつけられたのは、今からおよそ一週間前のことであった。

 

 

 

C.E.79 6月15日 火星 マリネリス基地

 

「転属ですか!?」

 シンたち、イーグル中隊の面々は、隊長の響からの突然の通達に耳を疑う。

 特にシンとタリサには寝耳に水の話だ。彼らが配属されたのは3月の末、実質二ヶ月半で転属ということは通常は稀だ。可能性があるとすれば島流しぐらいだろうが、生憎火星よりも遠い島流しのあては宇宙軍にはない。

「そうだ。ノクティス・ラビリンタス事変は先の火星圏開拓共同体の降伏によって正式に終結した。しかし、マリネリス基地は今回の武力衝突で少なくない犠牲を出した。MSなどの兵器の損耗率で見ても、人員の損耗率で見ても全滅の判定となった。兵器の更新、基地の欠員の補充や入れ替えが行われるのに併せて、我々も人員の補充を行い、その後別の基地に転属することとなった」

 

 マリネリス基地は先の武力衝突で、兵装の7割、その戦闘員の3割ほどを死傷する大損害を被った。火星の地上戦力の損耗は比較的軽微ではあったが、軌道上の敵機動部隊の邀撃で軽空母1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦7隻の損害を被ったことが大きかった。

 マーシャンの艦艇など大西洋連邦のお下がりの旧式で恐れるに足らずと判断した防衛省は、空母搭載機や基地配備の局地戦用MSなどの機動戦力の更新を優先し、艦艇戦力の更新を後回ししていたため、火星基地に配属されていた艦艇は全て2線級の旧式艦ばかりだったのである。

 そして、敵MS部隊の特攻により兵装や観測機器に損害を被った日本側は、敵駆逐艦や戦艦の肉薄攻撃により大打撃を受けてしまった。今回の武力衝突における人員損失の大半は、この時撃沈された艦艇乗組員のものだ。

 軍事上では、3割の損害で全滅の判定が下されることを考えれば、書類上は一個基地防衛戦力が丸々消滅したことと同意義だ。既に敵対する戦力は火星周辺には存在しないために必要とされる戦力は戦前よりも少なくてもよいが、交易路の防衛のためにはマリネリス基地駐屯部隊の再編は急務だった。

 

「隊長、質問してよろしいでしょうか?」

「質問を許可する。何だ、甲田」

 甲田は響に尋ねた。

「基地の戦力そのものが再編成されるのに合わせて転属ということでしょうか?確かに効率はいいと思いますが、引継ぎは大丈夫なのでしょうか?」

「基地の再編成に合わせた転属という考えかどうかは俺にも分からない。だが、士気の面から考えれば激戦を戦った兵士をそのまま僻地でいつまでも勤務させ続けることを是としないとするだけの良識は上も持ち合わせているはずだから、転属そのものは不思議ではないだろう。火星が平穏を取り戻しつつある一方で今度は地球方面がキナ臭くなっているというのも、我々を戻す一因となったのかもしれないが。そして二つ目の質問の答えだが、マリネリス基地は仮想敵だったマーシャンが降伏したことに合わせ、駐屯するMS兵力を現在の四個中隊から三個中隊に削ることとなっている。我々航宙隊第一中隊(イーグルス)はその削減される一個中隊となるから引継ぎは不要だ」

「そうですか。……それで、我々の転属先というのは一体どこなのでしょうか?」

 響は笑みを浮かべながら言った。

「配属先は第一航宙艦隊の航宙母艦、『雲龍』となる。我々は、明後日マリネリス基地を出る資源輸送船に同乗し、近く『雲龍』が回航されるアメノミハシラまで向かう予定だ。そして……我々はそこで各自に一週間の休暇が与えられる予定となっている」

 イーグルスの面々は思わぬ吉報に頬の緩みを隠し切れない。真っ先にシンが声をあげた。

「隊長!!自分からも質問があります!!」

「何だ、言ってみろ」

「はっ!!アメノミハシラで一週間の休暇ということですが……その、アメノミハシラから休暇で本土に戻ることもできるのでしょうか?」

「アメノミハシラからは、日に数回本土に向かう便が出ているからな。本土側からも、同様の定期便がある。一週間の滞在は可能だな」

 シンは満面の笑みを浮かべる。しかし、響の話はまで終わっていなかった。

「しかし、本土行きの便は事前予約制でな~。そして、アメノミハシラは宇宙軍の人間が地上に降りるときに使うターミナルとしても使用されている場所でもある。当然のことながら、定期便は大人気だ。一週間前には予約しなければ席は取れない。帰りもまた然りだ」

「そ、それじゃぁ……」

 シンは不安に駆られ、冷や汗を流す。

「ここからアメノミハシラまで一週間はかかるな。明後日に出発するから、到着は9日後になるか。それからチケットを取っても……日帰りだな」

「シン君、基地の通信施設は許可申請しないと使わせてもらえないわよ。今は基地の復旧のために通信回線はほぼ全て需品科とか武器科に優先的に割り振られているから。でも、許可は一週間ぐらいしないと降りないからね」

 中島と弓村の追い討ちを受け、シンはその背に暗い影を背負う。だが、響はそれまでの神妙な表情を崩してシンに歩み寄ると、豪快に笑いながら落ち込むシンの肩をバンバンと叩いた。

「はっはっは!!それぐらいで落ち込むな、若造!!こんなこともあろうかと、俺がさっきアメノミハシラとの通信を知り合いに頼んでしておいた。タリサ、シン。お前達の分のチケットは既に確保してある!!」

「た……隊長ぉぉ!!」

 地獄に仏を見たかのような表情を浮かべ、シンは響に敬礼する。

「隊長……ありがとうございます!!」

「感謝するっていうなら、これからは勝手な行動は控えてくれるよな?」

「これからは心を入れ替えて真面目に指示に従って戦います!!」

 感激して涙を浮かべながらシンは宣誓する。

「調子のいいやつ……」

「まぁ、そう言うな。確かに、最近は少しおとなしくなってるだろ?」

 呆れたような表情を浮かべる弓村を甲田が諫める。弓村はまだ言いたいことがあるようだったが、とりあえずここは甲田の顔を立てて口を噤むことにした。

 

 

 

 

 オービターを降りたシンは、搭乗口を出ると同時に自身を包んだ湿気を帯びた熱い風を感じてボソリと呟いた。

「久しぶりだなぁ……本土は」

「このすさまじく不快なジメジメっぷりは確かに本土だよ……ああ、気持ち悪い」

 前日に九州地方を襲った豪雨の影響もあってか、今日の種子島は非常に蒸し暑かった。日ごろから本土で生活している人間にとってはこの時期の種子島の気候もそれほどキツイものでもなかったのだろうが、ここ一年ほどは気温、湿度ともに管理されていた宇宙の施設にいたこともあって、二人の身体は気候に順応できずにいた。

 タリサもシンも汗腺から汗を噴出し、汗が染みこんだ肌着がべっとりと纏わりつく嫌な感触を感じていた。

 その不快感がたまらなくなったタリサはシャツの胸元で仰いだ。その慎ましい胸を包む下着がシャツの下に見え隠れしているが、残念ながら、彼女の体型では色気の欠片も感じられない。その光景は、夏休みに遠出して汗をかいている小学生そのものだった。当然のことながら、反応した男性は周囲に一人もいない。シンも全くリアクションをすることなく、手帳を取り出してこれからの予定を確認する。

 宇宙への玄関である種子島宇宙港に隣接した種子島空港には、国内各地の空港との間を結ぶ航路が設けられており、宇宙から降下した人々はこの空港を経由して全国各地へと向かうため、シンもここからは国内線に乗り換えて家族が暮らす横浜へと向かう予定だ。飛行機が出るのは40分後、少し時間がありそうだ。

「タリサは、このまま鹿児島の方か」

「ああ。まぁ、ここも鹿児島県だけどな。大隅半島の方にあたしの一族が住んでいるんだ。姉貴も待っているし、久々に羽を延ばすつもりだ」

 タリサの一族は、第三次世界大戦を機に東アジア共和国に蹂躙された故郷ネパールの山岳地帯から日本に移り住んだ。残念なことに日本には故郷ネパールに似た気候の土地は存在しなかったこともあり、彼らは九州を新たな生活の地として選んだという話をシンはタリサから聞いたことがあった。

「姉貴が迎えに来てくれるっていうからさ、このまま本土の方に向かうんだ」

「タリサのお姉さんって確か、陸軍さんだったっけ」

「ああ。第六師団の歩兵第45連隊にいるんだ。種子島空港に来てる陸軍の連絡機に姉貴と二人で便乗させてもらえる手筈になってるんだってさ」

「……あの歩兵第45連隊か?」

 シンの顔が盛大に引き攣る。

「そうだぜ?そうだ、ついでだしシンも会ってみないか?」

「あ、ああ。そうだな」

 しかし、そこでシンは一つの事実を思い出す。自分はこれまでタリサに何をしてきたのか、そして、第45連隊の恐怖のエピソードを。

 

 大日本帝国陸軍では明治からの伝統に攻めは九州、守りは東北、北海道というものがある。

 かつて、徴兵制が敷かれていたころから歩兵科に徴兵された兵士は出身地の部隊に配属される仕組みになっていたこともあり、歩兵部隊には地元の出身者の特色が出ることが多かったといわれている。現在では徴兵制は廃止されて全面的に志願制になっているが、基本的に歩兵科の配属は地元の連隊という仕組みは変わっていない。

 歩兵以外の部隊でも、なるべく地元出身者は地元の部隊へという方針は取られている。しかし、全国くまなく配備される歩兵と違い、機甲部隊は地理的な重要性の高いところに重点的に配置されていることもあって、他地方の出身者の比率も低くない。

 ただ、地元の色が強い歩兵部隊となるべく連携を取りやすくするという狙いもあって、陸軍の各師団はなるべく同じ地方の出身者で固めているのが現状だ。無論、地方の色が強く出過ぎることも良くないので、司令部には他地方からの出身者もくまなく混ぜることでバランスを取っているのである。

 豪雪地帯で生まれ育った北国の兵は辛抱強く寒さにも強いことから、20世紀のソビエトとの紛争でも多数がシベリアや満州といった極寒の地でスラヴ人や漢人相手の戦いによく駆り出された。これらの戦場では基本戦略が守勢であったこともあり、彼らは粘りと辛抱強さが要求される北の大地の防衛戦で幾度もその名を馳せた。現在でも、陣地作りと防衛戦をやらせれば旭川の第七師団か弘前の第八師団の右に出るものはいないと言われている。

 そして、彼らと対になる帝国陸軍の攻めの先鋒が熊本の第六師団である。

 九州人(ただし、一部地域は除く)は伝統的に戦が強いことは歴史的にも周知の事実だ。豊臣秀吉が九州討伐に二十万以上の兵を動員しなければならなかったことからもその脅威は計り知れるだろう。九州兵は精強無比であり、血の気の多い兵が多いというのは戦国時代からの伝統とも言えるかもしれない。

 ただ、その精強な第六師団の中でも、最も前述の九州兵の資質が強い部隊が歩兵第45連隊である。

 ――大日本帝国陸軍第六師団歩兵第45連隊。

 それは、大日本帝国最強の攻撃特化部隊にして、狂戦士(バーサーカー)の巣窟として恐れられる人外集団だ。その戦闘力たるや、空挺団と特殊作戦群以外では並ぶものなしといわれている。

 戦国時代に上杉謙信に仕えて活躍した伝説の忍者鳶加藤に肖って命名された、挺進行動により困難な状況を克服して任務を遂行するための不屈の精神力と、知識及び技能を習得したものにのみ与えられる精鋭の証、鳶徽章を有する隊員も少なくない。全国の歩兵の8%しか保有していないこの徽章を、第45連隊では15%が保有していることからもその錬度の高さが分かるだろう。

 

 

 歩兵第45連隊は戦績も並ではない。20世紀に勃発した大東亜戦争ではサイパン島に派遣され、B-29による日本本土攻撃のためにマリアナ諸島の占領を狙うアメリカ軍海兵隊第二海兵師団と繰り広げた死闘は、大東亜戦争を象徴する激戦の一つとして語り継がれている。

 この戦いにおいて第45連隊は、上陸した海岸に橋頭堡を築いていた海兵隊を歩兵第13連隊と戦車第7連隊、戦車第26連隊と共同で夜間に襲撃し、突然のスコールという天佑もあって戦車や医療品、食料品などの多数の物資を焼き払うことで海兵隊の継戦能力を奪うことに成功する。

 当時独ソ戦を参考に対ソビエト戦車用に開発されていた携帯式対戦車擲弾発射器も多数持ちこみ、第45連隊はアメリカ軍が物資を集積していた上陸地点を護る戦車を多数撃破した。これだけでも脅威的な戦果なのだが、さらに第45連隊は照明弾をありったけ投入して目くらましに使うなどの奇策もあって米海兵隊に肉薄することに成功する。

 異常なほどの白兵戦の技量と、悪天候、轟音が響き渡り視界の悪い夜間においても衰えない統率力、そして撃たれても吹き飛ばされても怯まない凄まじい闘志で米海兵隊を圧倒した同連隊は、敵味方入り乱れる混戦の中で米海兵隊第二海兵師団に甚大な損害を与えることに成功する。

 実は、戦争勃発後、帝国陸軍は戦前から思案していた対米戦略に従って絶対国防圏という防衛ラインを設定し、その外側にある日本側の領地の防衛を全て放棄していたということもあり、米軍はサイパンの戦いまで本気で守ろうとする陣地を攻撃する機会がなかった。

 米海兵隊にとって日本軍との本格的な交戦はサイパンの戦いが初めてであり、上陸の際の日本軍の抵抗が皆無だったことや当時の人種差別的な思想もあって米海兵隊員は完全に油断していたことも夜襲の成功やその後の情けないまでの混乱に繋がったと考えられる。

 また、スコールという天佑や、海兵師団司令部の早期壊滅、実戦経験に乏しい兵が錯乱して銃を当たり構わず乱射したことによって友軍誤射(フレンドリーファイア)が多発したなどという類稀な幸運があったことも戦果の要因であったと言えよう。

 さらに、その後大損害を被って壊滅した第二海兵師団に代わってサイパンに派遣されてきた第四海兵師団は敢えてジャングルまで誘い込み、ゲリラ戦を展開することでこちらにも大損害を与えた。

 結局、アメリカ軍はこのままサイパンを攻撃することは割に合わず、ただ損害を徒に重ねるだけだと判断し、サイパンを包囲して無力化することを選んだ。

 米軍の公式記録によれば、上陸したその夜の夜襲によって第二海兵師団は全8000人の内5000人近くの死傷者を出すだけではなく、合計で29両の戦車を喪失したと記録されている。さらに、第二海兵師団に代わりジャングルに進軍した第四海兵師団も3ヶ月の攻防戦で2000人の損害を被り、50両近い戦車を失った。

 

 敵に大きな被害を与えた第45連隊も、夜襲の先陣を切って最後は殿を受け持ったということもあり、夜襲の翌日には合計で2000人近い死傷者を出して、全滅判定を受けた。

 その後第45連隊の生き残りは歩兵第13連隊に吸収され、その後も米軍が損害を重ねてサイパン島の攻略を諦めるまで戦い続けた。3000人ほどいた第45連隊の兵の中で、終戦後に生きて本土に戻れた兵は200人ほどだったとされている。

 そして、この戦いにおける常軌を逸した日本軍の奮闘ぶりと米海兵隊の損害を受けて、当時のアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズヴェルトは対日戦略を大きく転換せざるを得なくなった。

 島嶼を攻略して飛行場を確保し、そこから日本にB-29による戦略爆撃を加えて日本を屈服させるという戦略を見直すと同時に、合衆国海軍の総力をもって日本の海軍を撃滅し日本のシーレーンを絶つことで屈服させるという戦略に転換したのである。

 しかし、帝国海軍聯合艦隊撃滅を目論んで来寇したアメリカ海軍太平洋艦隊は聯合艦隊に艦隊決戦の舞台へと引きずり出され、日本軍が戦前から計画していた漸減邀撃作戦によって崩壊することとなった。

 太平洋艦隊の壊滅したことを聞いたフランクリン・ルーズヴェルトは卒倒し、そのまま脳卒中で死亡した。後を継いだ副大統領のトルーマンが、ソビエトによるユーラシア大陸赤化の波に対抗するべく対日和平を決断し、大東亜戦争は終結した。

 結果的にみれば、第45連隊の奮戦が日本の勝利への道筋を開いたとも言えるだろう。

 因みに、この敗戦によりいいとこなしで終わったアメリカ合衆国海兵隊は組織存続の危機に立たされ、後のベトナム戦争では組織の存続をかけた盛大な流血を強いられることとなる。

 

 

 上記のような公式の戦果だけでも第45連隊の異常さが分かるが、それ以外にも第45連隊の恐ろしさを伝えるエピソードとして、こんな話も伝わっている。

 実は、第45連隊を中心にしかけられた夜襲を生き残った兵士の中にも、PTSDと思われる症状を発症して戦力にならなくなった者が少なからずいたことが当時の海兵隊の軍医の記録から分かっている。

 生き残って心を病んだ彼らの証言によれば、

「き、聞こえるんだ。まだ耳から離れないんだよ。『おいてけ……首おいてけ』……おぞましい声でそう叫ぶ血まみれの侍の姿が!!」

「『大将首だ!! 大将首だろう!? なあ大将首だろうおまえ』って言いながら突っ込んでくるんだ!!俺は副官なのに……しかも、ライフルで打ち込んでも一発じゃ絶対に倒れない……俺は本当に人間と戦っていたのか?」

「あの悪魔は半狂乱になって『KILL JAP!!』と叫びながら機関銃の弾を敵味方構わずに撒き散らしてる豚みたいな師団長の前に一瞬で詰め寄ったんだ!!そして『わがんねぇよぅ。何言ってんのかさっぱりわがらねぇ。日本語(ひのもとことば)しゃべれよう』って言ってサムライ・サーベルで師団長の首を跳ね飛ばしたのさ……そして、あの悪魔は俺を見て追いかけてきたんだ!!……きっとやつはまだ死んでない!!まだ俺を追いかけてきてるんだ!!まだ!!」

 などという正気を疑うようなエピソードが次々と報告されている。

 これらの証言は戦場につきものの恐怖心から生まれた妄想であると米海兵隊ではされているが、第45連隊の奮闘ぶりを考えればあながち嘘でもないかもしれないと考えるものは現在でも大西洋連邦には少なくない。

 日本でも、第45連隊の生き残りや彼らと共に戦った第13連隊の隊員の証言から、彼らの異常さは事実として知られている。

 彼らは、『殺人まっしーん』、『薩人ましーん』、『妖怪首おいてけ』等といった渾名で呼ばれ、同じ帝国の兵であっても恐れる存在である。

 これらの正気を疑うようなエピソードに事欠かないこともあって、第45連隊の隊員は部隊が最後に外地に派遣されてから60年ほど経過した現在でも、人間を辞めた化け物の巣窟として恐れられているのである。

 

 

 長々と歩兵第45連隊の話をしたが、本題はタリサの姉がそこに所属しているということだ。つまり、タリサの姉は所謂『薩人ましーん』ということである。シンはグルカの血やべぇと内心で冷や汗をかく。

 シンからすれば、これは少しまずい。なんせ自分はタリサが火星まで島流しのような配属となった原因である噴射ユニット喪失事件の主犯だ。というよりも、自分はタリサを事件の共犯に巻き込んだ立場だとも言える。

 以前、タリサがあの事件と火星配属で家族を失望させた云々を愚痴っていたことを知っているため、彼女の家族と顔を合わせるのは非常に気まずい。タリサの家族からすれば自分は彼女の宇宙軍での栄光の道を絶った忌むべき存在に他ならないだろう。

 気まずいだけならまだしも、もしもそのお姉さんが自分と同じようなシスコンであれば、恐るべき事態となる。

 シスコン+薩人ましーん+妹を害する男。答えはサーチアンドデストロイ一托だ。

 シンは迷わず逃亡を決意する。身勝手な話だが、シンにも妹がいる以上、こんなところで死ねなかった。

「あ、いや。俺も飛行機の時間が迫ってるからさ、ほら。家族団らんしておけよ。それじゃあな!!」

「あ、おい!?シン!!」

 シンは戸惑うタリサをおいて全力疾走で空港の搭乗口に向かった。

 

 

 ――すまないタリサ。俺はまだ死ねない。マユが俺を待っているんだ!!

 

 シンは妹を持つ=自分と同じように妹を大切にしているという図式のおかしさに気づけない男だった。



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PHASE-21 ignited

お久しぶりです。
およそ7ヶ月ぶりの更新となりますね、待たせてしまってごめんなさい。
ちょっと時間ができたことと、お気に入りの架空戦記の新刊を読んだことで執筆意欲が湧きまして、なんとか一本書き上げられました。


『担架持って来い!!全身に火傷を負っているぞ!!』

『出血が多すぎる……衛生兵!!』

『急げ……くたばるんじゃねぇぞ!!』

 

 そこは、尋常ならざる空間だった。一般人であればそこかしこにこびりついている血痕や、多くの人が身体中を包帯で巻かれて力なく項垂れている光景を見れば正気ではいられないだろう。

 シンは、そんな凄惨な光景を再生された映像であるかのような感覚で眺めていた。彼は理解しているのだ。この光景がノクティス・ラビリンタス事変の真っ只中のマリネリス基地の光景であり、シンにとってはすでに体験した『過去』の光景を再生しているだけの夢であるということを。

 

 

 一般的には、ノクティス・ラビリンタス事変は日本の勝利として伝えられ、死者も被害の割には少数だと報じられている。そのため、この戦争をマスコミの発表した情報でしか知らない一般人にはきっとこの凄惨な光景がマリネリス基地の真実だと言っても信じられないかもしれない。

 確かに、轟沈した艦艇は駆逐艦『朝霧』『夕霧』『浜霧』巡洋艦『赤間』『庄内』のみで、この5隻を除く喪失艦は全て乗員の退避に成功しているし、マーシャンの襲撃を受けたマリネリス基地の防衛砲台なども殆どが無人だった。

 MS部隊も全部隊に配備された最新鋭の不知火弐型のおかげで生き延びたパイロットが多い。不知火弐型のコクピットはTPS装甲の技術を流用して堅牢に造られており、コクピットブロックにビーム兵器の直撃を受けない限りはパイロットの安全は保障されるつくりになっている。

 しかし、コックピットに攻撃を受けて死亡したパイロットがいないわけではない。マリネリス基地に配備されている36機の不知火弐型のうち、修理不能機を含めて18機を喪失しており、その内8名が戦死している。残る10名も戦死はせずとも最低でも全治4ヶ月の重傷を負っていた。これは、軍事的には全滅判定となる。

 そして、軽空母『祥鳳』のMS隊にもマリネリス基地と同様に最新鋭の不知火弐型が配備されていたものの、軽空母1隻に配備されるMSなど、予備機を含めて二個中隊27機ほどである。

 その戦力で艦隊全体を護ることは困難を極めるものであり、さらに宇宙での被撃墜は即死は免れたとしても無事生還できる可能性は低い。デブリの直撃や流れ弾に巻き込まれる可能性が高く、また、長時間パイロットスーツのみで宇宙遊泳をしていれば放射線による被曝もありうる。元々パイロットスーツは長時間での船外活動に適したものではない。あくまで、非常時における最低限度の放射線遮断能力しかないのだ。

 結果、機体を失ったパイロットも18人が生き残ったものの、その半数がなんらかの負傷をして継続して機体に乗り続けることが困難となってマリネリス基地に搬送されている。

 また、艦艇部隊でも轟沈は免れたものの、艦艇が損傷を受けて乗組員が負傷する事例は多発していた。そして、戦闘が小康状態になったときを見計らって艦艇から多数の負傷者がマリネリス基地に運び出された。いざ戦闘が始まれば負傷者の世話をする余裕もなくなるため、できるだけ負傷者に負担をかけないように設備の整ったマリネリス基地に輸送したのである。

 しかし、撃沈された軽空母1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦4隻から退避した負傷者と、防衛戦を辛くも生き延びた巡洋艦1隻、駆逐艦2隻から退避した負傷者の数は合計で500名以上にのぼる。

 マリネリス基地には6000人近い職員がいるが、基地職員を含む600人以上の負傷者を受け入れることは、基地の医療施設のキャパシティを超えていた。当然ながら、病院棟に収容しきれない負傷者は基地のいたるところに溢れることとなる。

 その結果が、シンがかつて見た尋常ならざる空間だった。

 

 

 しかし、この光景は過去に体験した記憶が夢で再生されているだけのこと。この現状はシンがほんの少し前に実際にこの目で見た景色の焼きまわしでしかない。

 一般人ほど軟弱ではなくとも生理的嫌悪感を拭えない凄惨な光景にも慣れがある一人前の軍人には程遠いであろう感性を持つ新兵にとって、精神衛生上あまりいい環境ではないはずだ。実際に、タリサもこの光景に気分を悪くしてカウンセリング担当者のもとに送り出されている。

 だが、シンはそんな環境下にありながらに心はそれほど揺らいでいなかった。タリサがやせ我慢をしていることに気づいて即座にカウンセリングを受けさせた甲田も、シンには一応カウンセリングを進めるだけでムリに連れて行こうとはしなかった。

 別に、彼の心が特段強かったからだとか、生まれつき感性がどこか狂っていたというわけでも、夢だと理解しているから達観していたというわけではない。単純に、彼がこの光景に遭遇するのは初めてではなかったというだけのことである。つまりは、彼は慣れていたのだ。

 

 8年前、東アジア共和国の軍靴に踏み躙られていたオーブで彼は見た。流れ弾を受けて一瞬の内に頭を掻き消された女性に、クラスター爆弾で赤い欠片へと変貌した男、そして両足を失って母の名を呼び続ける子供。そして、血の臭いが立ち込める医務室と、親兄弟、子供や孫を失って悲観にくれる人々。全て、彼は見ていた。

 幸いにも当時は自分と妹のことで精一杯で、目の前の光景に恐怖して立ちすくむ余裕すらなかった。PTSDにもならなかったのも、そのおかげかもしれない。

 

『……たくない…………死にたくない』

 死に怯える声にシンは振り返る。直後に、血まみれになったパイロットスーツを纏った男が担架で運ばれていく。

『痛い……俺の脚が……脚が』

 さらに、すぐ傍にはあるべき場所に脚がない兵士が蹲っている。

 少し運が悪ければ、自分も同じ運命にあったのではないだろうか。シンは自問する。

 もしも、あのとき軌道降下兵団(オービットダイバーズ)の援護がほんの少し遅かったら自分は死んでいただろう。死んでいなくても、五体満足ではいられなかったことは間違いない。

 自分が軍にいられない身体になったら――そう思ったシンは背筋を震わせる。決して自分の能力で助かったわけではないと自覚しているが故に、なおさら『もしも』の可能性が恐ろしく感じるのだ。

 

「……ちゃ…………お……」

 

 結局のところ、オーブで父と妹の脚を失った無力なあのころの自分と、新米とはいえ軍人となった今の自分で何が違うのだろうとシンは考えさせられてしまう。8年前も、先日の戦いも、自分の能力だけで乗り切れたわけではない。運があったからこそ乗り切れただけなのかもしれないと考えずにはいられない。

 

「おに……ちゃ……」

 

 一体、いつになったらあの人に追いつけるのだろうか。どうすれば、あの人に近づけるのだろうか。火星圏開拓共同体との手打ちが終わり、戦争が終わった後はそれを考える日々が続いている。

 自分が、何をしなければならないのかシンには分からなくなっていた。

 

 

 

 

「いい加減にしなさい!!おにいちゃん!!」

 妹――マユ・アスカの怒声でシンは目が覚めた。

「おう……おはよう」

「おはようじゃない!!もう、朝ごはん冷めちゃう!!」

 マユは兄にさっさと着替えてご飯を食べて食器を洗っておくように言いつけると、すぐにその場を後にした。

「……しっかりものになって。兄としては嬉しいような、寂しいような。複雑だな」

 シンはゆっくりと立ち上がり、妹の待つリビングへと向かった。

 

 

「大体ね、軍人ならもう少しシャキっとしてよ!!だらしない生活して職場に迷惑かけてないよね?」

「大丈夫だって。ラッパが鳴れば条件反射で飛び起きるから」

 マユのお叱りを受けながら、シンは思う。脚を失った直後は絶望して涙で枕を濡らす日々を過ごしていたマユは、もういない。妹はオーブにいたころと同じ笑顔を取り戻してくれたことは兄としてもとても嬉しい。

 軍学校に通っていたころは一年に二度しか日本に戻れなかったために中々会えなかったが、自分がいない間にマユは心も逞しく成長していたようだ。やはり、脚を取り戻したことが大きかったのだろう。

 シンはワンピースの下に見えるマユの脚に視線を向ける。そこには8年前のあの日、戦場となったオーブで失ったはずの両脚があった。義足でも、生体義肢でもない、生身の脚が。

 

 

 実は、7年前にマユは両脚の再生治療を受けていた。一年かけてマユから採取した細胞を元に脚を培養し、それを手術によって移植したのだ。そして、さらに3年のリハビリを経てマユは生身の脚と遜色の無い新しい脚を手に入れた。

 脚を手に入れたマユは厳しいリハビリにも耐えることで、普通の人間とほとんど変わらない普通の暮らしを取り戻した。しかし、それは兄の人生と引き換えにもたらされたものであった。

 7年前の時点で、脚一本の再生で日本円でざっと700万の費用がかかった。マユは両脚を失っているため両脚で1400万、手術費用を合わせれば、1500万近くの手術代が彼女が脚を取り戻すために必要となった。

 当時の日本のサラリーマンの平均年収が450万円であることからも、1500万円という金額が簡単に手が出せる金額でないことが分かる。勿論、オーブから命からがら着の身着のまま逃げてきた難民にそれほどの大金がポンと用意できるはずがない。

 脚を失った10歳の少女と、ありふれた14歳の少年、そして職を持たない母一人という難民の家庭で1500万円を工面しようとしても、まっとうな手段では10年以上かかるだろう。

 ローンを組んだり、借金をするという選択肢もないわけではない。だが、オーブから着の身着のままで逃げてきた難民一家、当然担保となるような資産など何一つなく、特別な地位や技能にも縁のないありふれた一般市民だった一家に1500万もの大金を貸してくれる銀行などどこにもなかった。

 当時、オーブから日本に渡った難民の大部分は彼らと同じように社会的信頼が低かったため、就職や起業などでも苦労するケースが多かった。この社会的信頼の低さは、東アジアの侵攻直前のオーブ政府が日本からの義勇軍派遣を断ったり、邦人の脱出の際に随伴する軍艦にも色々とケチをつけたことでオーブ国民に対する日本国民の印象が悪くなったことに起因する。ウズミを、アスハを支持したことでオーブは焼かれ、日本にも迷惑をかけた。オーブ難民は今も尚ウズミの掲げた理念の呪いに苛まれていたのである。

 社会的な信頼が得られる地位につくにも大きなハードルがあり、さらに社会的な信頼がある地位につけたとしても、1500万円の返済に子供二人を抱えたままでは何年かかるのかも分からない。このような状態では、融資やローンを組むことを渋られるのも無理もない話だ。

 しかし、再生治療を選択するのであれば、手術は早いうちに行った方がよい。自分の脚の感覚を完全に忘却した後に再生治療を施してもリハビリには長い時間がかかるし、そもそも脚を失ってからかなり後で再生治療をすると、様々な問題点が出てくることが多い。特に、成長期の子供にはその傾向が顕著である。

 

 そして、8年前シンは妹のために決断をした。それが、15歳から入学できる大日本帝国宇宙軍航宙学校の受験である。

 日本では義務教育である小学校6年間と中学校の3年間は授業料、給食費、教材費その他諸々は(私立の学校を除いて)全て国が支払っている。しかし、高校と大学の授業料の補助は基本的に少ない。入学試験での成績がずば抜けて優秀だったものに対して公立の学校が返済無用の奨学金を出すことはあるが、その奨学金に頼って高校から大学まで進学し、卒業できる人物は稀であった。

 アスカ一家には当然、シンを高校に進学させるだけの金銭的余裕など存在しなかった。シンも頭の悪い方ではないのだが、オーブとは異なるカリキュラムを組んでいる日本の高校入学試験で奨学金を得られるほどの優秀な成績を得られる可能性は極めて低かった。

 そこで、シンは一家の生活のため、そして妹の脚のために軍学校の門を叩いたのである。

 軍学校に入ればそこには一日三食付きの寮があり、そして学校の授業料や軍服などの購入費は全て国が出してくれる。さらに、学校在学中は国から毎月給料も支給されるのだ。母もインストラクターの職を得たとはいえ、その給料だけでは母一人、補助が必要な娘一人の日々の生活をしていくだけで精一杯だった。

 軍学校の給金があれば、妹が最低限不自由しない暮らしを行えるようにするために仕送りをすることもできる。

 さらに、軍学校への入学者は在学中に国が支払った授業料等の一切を国に返金しない限りは必ず軍にお礼奉公につかなくてはならない。(余談ではあるが、日本ではお礼奉公を拒否した人間に対しての社会的な風当たりは悪く、そのような人材は民間でも自分の居場所を得られるケースは少なかった)

 その代わりに、軍学校の生徒は将来ほぼ間違いなく軍にお礼奉公することが確定しているので、融資やローンを組む際の社会的な信頼度は一般的な地方公務員並の高さがあった。これは、かつて政府の方から民間に働きかけた結果でもある。

 大東亜戦争の直後は、いつ戦死するか分からない軍人に対して融資すれば、対象者が戦死してしまえば資金が回収できなくなる危険があると考えたために銀行は軍人のローンなどには消極的だった。しかし、その現状を許しておけば軍人以外の国家公務員との格差が問題となる。元軍人の議員や在郷軍人会の働きかけにより、軍人が戦死した場合の遺族年金などの設定を改定し、同時に金融業者にも軍人に対する融資の差別をやめるように指導したのだ。

 難民であっても一度軍学校に入れば融資の際にも軍人と同じような社会的な信頼度の高い取引相手とみなされるため、妹の脚の治療費を調達することも不可能ではなかった。ただ、難民であるシンか彼の母が融資を受けられる社会的身分を短期間で得るためには、こうするしか方法はなかったのである。

 さらに、シンは軍学校の中でも最も倍率が高い航宙学校に入学することを決めた。航宙学校はMSやMAの操縦を学ぶ専門の学校だ。ここでの7年に及ぶ実習と学習を経てようやく一人前のパイロットを養成できるのである。

 そのMSやMAのパイロットは任務で出撃するたびに特別手当てがもらえる上に、基本給も若干高めだ。シン自身もあの日オーブで自分たちを救ってくれたMSの姿に憧れる部分が大きかったし、妹の脚の治療費の返済を考えれば、少しでも短期間で金を稼ぐ必要があったため、パイロットという職業は彼にとっても魅力的だった。

 なお、航宙学校は他の軍学校とは違い、お礼奉公は最低でも10年間である。パイロットの養成にかかる7年という時間と手間から基本的にお礼奉公を辞退することは重篤な病気の発覚などといった特段の事情がない限りは許されない。

 このような事情があるので、社会的な信頼度は他の軍学校の生徒よりも高い。これも、1500万という大金を確実に融資してもらうために少しでも社会的な信頼度の高い立場に立ちたかったシンにとって都合がよかった。

 陸・海・空・宙の大日本帝国4軍の内、宇宙軍を選んだのは、単にシンの好みの問題であった。生まれてからずっと地球で育ってきたため、宇宙に対する憧れがシンには子供の頃からあった。どうせ自分の人生が軍に縛り付けられるのであれば、少しでも夢に近い場所がいいと考えたのである。

 

 自分の脚の再生治療にかかる治療費のために兄が人生の選択肢を捨てて軍に入るという提案を母から受けた当初、マユは人目を憚らずに泣いて兄を止めようとした。自分の脚のせいで兄の人生を狂わせてしまうという罪悪感に彼女は耐えられなかったのだ。

 しかし、どのみちオーブの難民であり、高校に通う余裕のない兄の針路は肉体労働系のブルーカラーか軍くらいしか選択肢がないということを母から説明され、さらに兄の真摯な説得(ちょっと母が心配になるほどの妹愛溢れるものだった)を受け、マユは何度も兄に謝りながらもその提案を受け入れることにした。

 そして手術を受けてから7年が経過し、マユは一度脚を失ったとは考えられないほどに回復して周囲の人間と何も変わらない生活を営んでいる。母と二人ぐらしであるが、兄からの仕送りと母の給金で狭いながらもアパートを借りて不自由ない暮らしをしていた。

 義務教育のため授業料等一切無償の公立中学を卒業後、マユは東京にある陸軍衛生看護学校に進学した。自身が戦争によって両脚を失い、そして老若男女関係なく命が無慈悲に消えていく現場にいたこともあってか、彼女は成長するにつれて人の命を救う仕事をしてみたいと思うようになっていた。

 だが、兄の仕送りと母の稼ぎで高校に進学することは難しく、大学の医学部など到底通えない。そこで、授業料などを国が払ってくれる軍の看護学校を進学先に選択したのだ。陸軍を選んだのは、単純に横浜から一番近い軍の看護学校が東京の陸軍衛生看護学校だったという理由からである。

 

 

「ねぇ、休暇は明後日までだよね。それまでにどこか行くところはあるの?」

 食事を終え、シンの食器を荒いながらマユが言った。

「ああ。父さんの墓参りに行こうと思ってる」

 シンの父は、オーブ脱出時に一家を回収してくれたアークエンジェルにて息を引き取った。その後、国の助成で身内だけの葬式を済ませて遺骨を引き取り、横浜に移住した後に神道の墓に葬っていた。シンは、帰郷の度の墓参りをこれまで欠かしたことはない。

「……そっか。お兄ちゃんもピンピンして帰ってこれたんだしね。きっとお父さんが守ってくれていたんだと思うよ」

「きっと、そうだな」

 シンは、ニュースを見るためにテレビをつける。火星マリネリス基地はテレビも使えない環境であったため、最低限の国際情勢や政治などのニュースしか見られなかった。久々に本土の世情を知りたいとシンは思っていた。

 某局では相変わらず結論ありきのコメントをする論評者と、素人で特に考えなしに政治に対する意見を言う三流コメンテーターによる報道番組が流れているし、他局も平常運転で特に変わったところもない。

 やはり某局では肝心の報道の内容も、空母から爆撃機が飛び立てるという戯言をほざいた代議士とか、相変わらずブーメラン発言をする議員を数知れず抱える野党への苦言をまたある局では現与党の議員のちょっとした発言への追求や重箱の隅をつつくようなレッテル貼りばかりだ。

 先の大西洋連邦のステルス機襲撃の件に関しても、軍事的な制裁も辞さないのが正しいかのように煽り、現政府の路線を弱腰と非難するばかりだ。ケチをつけることなどそこらへんの小学生にだってできるのだから、もう少し国民の理解を深めたり議論の呼び水となるような報道をしてほしいものだ。

 自らの思想ありきの結論を元に世論を誘導するかのような報道を積極的にどの局もしているあたり、この国のマスコミもオーブのそれと似たり寄ったりで質が悪いとシンは思う。

 もう少し、マシな番組はないのか。そう考えてチャンネルを変えようとシンがリモコンを持ったとき、目の前の画面の上部に緊急速報と銘打ったテロップが現れる。

 

『大西洋連邦が大日本帝国に対して最後通牒』

 

 そのテロップを見たシンはしばし茫然自失とする。マユも、手に持っていた皿をそのままにテレビの画面に釘付けとなっている。その間に、画面はテレビ局の報道フロアへと移り変わり、若いアナウンサーが手元の原稿を慌てながら読み上げる。

『外務省の発表によりますと、先ほど駐日大西洋連邦大使より、最後通牒が届けられたとのことです。恐らく、火星で拿捕された大西洋連邦のステルスMSへの追及に対したことが、今回の開戦理由だと思われます。……繰り返しお伝えします。外務省の発表によりますと、先ほど駐日大西洋連邦大使より、最後通牒が届けられたとのことです』

 

 我に戻ったシンは、テレビの伝えるニュースを聞いて、拳を強く握り締める。あまりに強く握り締めたその手は、彼の怒りを示すかのように真っ赤になっていた。そして、シンは我慢できずに画面に向かって吼えた。

 

「また戦争がしたいのか!? あんた達は!!」




ようやく対大西洋連邦戦が始まります。
ここから本格的な戦いになる予定です。マーシャン?あれは前座です。


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PHASE-22 カウントダウン

久しぶりに架空戦記を読み漁って、執筆意欲が湧いてきました。


 最後通牒。それは、外交文書の一つであり、国家間の交渉の際に最終的な要求を文書で提示するものである。最終的要求を示すことで交渉を打ち切る姿勢を臭わせ、最終的な要求を相手国が受け入れない場合には即座に交渉を打ち切るという意思を示す。

 日露戦争を受けて『宣戦布告なき不意打ちによる先制攻撃』を避けるために1907年にハーグで締結された「開戦に関する条約」の第一条には、「締約国は理由を付したる開戦宣言の形式、または条件付開戦宣言を含む最後通牒の形式を有する、明瞭かつ事前の通告なくして、其の相互間に戦争を開始すべからざることを承認す」とある。

 そもそも、宣戦布告のない戦争は国際社会から戦争からみなされず、中立国条項なども適応されなかったりするため、現在では戦争を始めるにあたって宣戦布告をすることが常識となっている。

 宣戦布告というのは当事国が正式に戦争を始めることを布告し、それを相手国に伝えることで即時有効となるものだ。直接相手国に交渉打ち切りを通告するという形式が、上記の条約第一条にある開戦宣言となる。

 そして、条件付開戦宣言を含む最後通牒というのは、提示した条件が一定の期限内に満たされない場合、期限切れと同時に宣戦布告としての効力を発効する物を指す。そして、その条件付開戦宣言を含む最後通牒が、大西洋連邦から大日本帝国に対して送られていた。

 

 

 

 さて、在大西洋連邦日本大使に、大西洋連邦国務長官ウィルソン・マルコンスの手による後の歴史で「ウィルソン・ノート」と称される対日最後通牒が手渡されたのは、6月25日のことであった。

 「ウィルソン・ノート」の主な内容は、以下の通りである。

 

 

1 日火平和条約調印式を襲撃したステルス機に関して、大西洋連邦に謂れの無い濡れ衣を着せようとしたことに対する謝罪と賠償

2 大西洋連邦と共同での宇宙開発の提案並びに、宇宙開拓基幹技術の相互開示

3 火星圏開発共同体の領土主権の了承並びに通商における平等待遇の確保

4 各国の火星利権に対する門戸開放並びに機会平等の保障

5 大西洋連邦による日本の資産凍結を解除、同時に日本による大西洋連邦資産の凍結の解除

6 大西洋連邦による日本の対大西洋連邦攻撃拠点となりうる基地の査察

7 衛星軌道ステーションの国際管理

8 返答期限は7月1日に設定

 

 

 

 額面でも美辞麗句とはいえないほどにドロドロとした我欲を窺えるが、これを意訳すると、小学生にも分かる剛田主義(ジャイアニズム)が見えてくるようになる。被害者側の視点に立って意訳したものは、以下の通りである。

 

 

1 「おい。俺はあの条約調印式を妨害したステルス機なんて知らねーっつてんだろ!!証拠?んなもんお前らが捏造したんだろうが!!イエローモンキーのジャップが神に祝福された白人様を疑うのか?さっさと捏造認めて土下座して、疑って俺を傷つけた慰謝料よこせや!!」

2 「宇宙開発は一国だけ突出してるとかってのはよくないし、共同でやるべきだよな。そして、お前の物は俺の物、俺の物も俺の物。というわけで、新しいマキシマとか宇宙開発に使える技術全部見せろ」

3 「お前がこないだの戦争で奪った領土はお前のものとは認めねーから。あれは先住民の火星圏開拓共同体のものだからなww。そういうことだから、やつらの領土を返して、やつらのものだってことを認めてやつらと対等な通商条約を結べ」

4 「火星の利権をお前が独占しているってことがど~も気に食わねぇんだ。俺たちも利権にかませるってのは当然のことだよなぁ?締め出しってのはナシだろうが。平等に行こうぜ」

5 「資産凍結は互いにやめようぜ。俺の命令に従ってくれるのならわざわざお前の金を永遠に返さないでおく必要はねぇから」

6 「お前、俺を殺せる兵器持ってるよな。俺、そういうのマジやなんだわ。というわけで、俺を殴れる兵器がある場所全て俺に見せて安心させてくれねぇかなあ。俺?俺の兵器は見せねぇよ、お前に見せる必要ねぇし」

7 「アメノミハシラってお前が独占するってズルくね?地球のみんなで仲良く使うことが、地球全体のへーわとはってんに繋がると俺は思うのよ~」

8 「7月1日までに俺の命令に従わなかったら、お前の国を武力で滅ぼすから。シンキングタイムは5日ね。これ受け入れてくんないと、今後交渉の余地ないよ」

 

 

 もはや、どこからどう見ても駄目駄目小学生を苛めるガキ大将のやり方そのものである。当然のことながら、そんな要求を大日本帝国が呑むはずがない。

 火星との条約締結の際に襲撃したステルス機は日本側が鹵獲し、それが大西洋連邦の機体であることも、部品もアクタイオン社純正のものであることも分かっている。火星までこの機体持ち込まれた経緯に大西洋連邦の輸送艦が関わっていた証拠も掴んでいた。

 また、自分たちが長年の間汗水垂らしてやっと手に入れた科学技術と火星の資源利権を二束三文で敵国にくれてやる筋合いなどない。火星開発に血も汗も流していない他国に手に入れた利権を平等に分配する理由もない。既に戦闘に勝利した火星圏開拓共同体に慈悲を与える必要もない。

 そして、最後の基地査察だ。まるで、自分たちの軍だけは正義で、他の軍は全て悪であるかのような身勝手な言い分だ。大西洋連邦の属国でもなければこのような要求が受け入れられる余地はないだろう。

 

 傍若無人な振る舞いに怒り心頭に発した帝国の陸・海・空・宇宙の4軍は、形式上返答期限を待ちながらも間違いなく避けられなくなった開戦に備えて動きはじめていた。

 

 

 

 

C.E.71 6月26日 L4 大日本帝国領『安土』

 

 

 妹との久しぶりの再会を突然の大西洋連邦による最後通牒によって打ち切られ、その日の内に出された休暇返上と基地への即座の帰還命令を受けてシン・アスカはアメノミハシラ経由でL4の大日本帝国領コロニー安土の安土鎮守府に向かわされることとなった。

 

 安土鎮守府に停泊中の航宙母艦『雲龍』に乗り込んだシンは、すぐさま発着艦訓練を叩き込まれた。発着艦の経験は、伏見の大日本帝国宇宙軍航宙学校にある練習航宙母艦『鳳翔』で積んでいるが、航宙母艦にはそれぞれ微妙に発着艦の際に注意しなければならない癖がある。

 特に、着艦では小さなことが原因で事故となるケースも多い。着艦の際には自動着艦プログラムなどが使えるはずだが、戦闘で調子の悪くなった機体をプログラムで制御できないことだってあるのだ。

 そこで、パイロットはいざという時には限られたセンサーと己の腕だけで損傷機を着艦させるテクニックを学ばなければならないのである。幸いにも、パイロット以外のクルーは慣熟訓練をほぼ終了していたために艦側の問題はあまり発生しなかった。そして、発着艦訓練を終えたシンとタリサは、隊長たちが待っているブリーフィングルームに移動していた。

 

「そう不機嫌そうな顔するなって。アタシだって久しぶりの家族の団欒をぶち壊されたんだ。気持ちは分かるけど、そんなあからさまに不機嫌です~って顔をされると空気が悪くなる」

 眉間に皺をよせて刺々しいオーラを発する我らが主人公、シン・アスカに対し、タリサが忠告する。

「それに、怒る相手は大西洋連邦だろ?これからアタシたちはあのジャイアンをぶん殴る任務につくんだ。憂さ晴らしはそこでやりなよ」

「……別に、憂さ晴らしの相手を探してたわけじゃない」

 と口では言いながらも、どこかシンもやつあたりをしていた自覚はあったのだろう。先ほどまでの刺々しいオーラを少しおさめた。

「単純に、俺はもうすぐ戦争になるからピリピリしていただけだ。これからは、気をつける」

「ふ~ん、付き合いの長いアタシにはピリピリしていただけには見えなかったけどね。ま、そういうことにしておいてやるよ」

 一応言い訳しておくと、シンの中にも戦争になることに対する不安が無かったわけではない。ノクティス・ラビリンタスで死に掛けてからまだ3ヶ月も経っていないのだ。そのおかげであの島流しじみた配置から逃れることができたという面もあるのだが、やはり命と島流しは天秤にかけられるものではない。何より、自分が戦場に出たことが妹と母を心配させていることを彼は知っている。また彼女たちに心配をかけてしまうことはシンにとっても心苦しいものであった。

 ノクティス・ラビリンタスの武力衝突は相手が格下の火星圏開発共同体だったが、それでも終戦までおよそ3ヶ月を費やした。しかし、今度の敵は大西洋連邦だ。国力も軍事力も火星圏開発共同体とは比べ物にならない。

 そんな相手と戦争をするとなると、最低でも数ヶ月、長ければ数年は続くだろう。ということは、自分は母と妹に数年の間心配をかけ続けることになる。軍の基地からは家族とはそれなりの頻度で連絡が取れるが、航海中は家族とは一切連絡が取れない。作戦行動中に外部と私的な交信をすることなど許されるわけがないのである。

 母艦が戦地を巡っていると、機密保持の関係上連絡を取ることが数ヶ月できないということもザラにある。当然、その間に搭乗員の家族たちは音沙汰のないことに不安を感じる。家族に本当の意味で覚悟をさせている軍人など、このご時世にどれだけいるだろうか。

「なぁ……タリサ」

「うん?」

「連絡が長い間取れない時って、家族に心配かけないようにするにはどうすればいい?」

 急におとなしい声音で声をかけてきたシンに、タリサは訝しげな表情を浮かべる。

「いきなり何を……なるほどね。そういうことか」

 タリサは鬼の首を取ったような笑みを浮かべる。

「お兄ちゃんは可愛い可愛い妹に心配をかけたくないってことか。相変わらずのシスコンぶりだなぁ」

「シスコンじゃねぇ!!妹を心配するのは兄として当たり前のことだ!!」

「お前のそれは健全な兄妹の持つ家族愛ではねぇだろう……」

 タリサは知っている。航宙学校時代には休暇の度に妹に会いに行き、毎週妹に手紙を送り、さらに携帯の着メロは妹の声、待ちうけは妹とのツーショット。そして私物には妹と撮ったプリクラ。これを健全と考えるのは無理がある。

「まぁ……お前の常軌を逸したシスコン度は置いておくとして、うちの家族の場合だけどな」

 頭を恥ずかしそうにかきながらタリサは自身の家族のことについて語る。

「そもそも、うちの家族は戦場に出たアタシのことを思って毎日祈るとかそういうのは絶対ないな。グルカ族の働き手がみんなグルカ兵ってわけじゃないんだけど、アタシのご先祖様は大東亜戦争時や、フォークランド戦争で活躍した英雄だったこともあって、アタシの家系は第三次世界大戦前まではグルカ兵を多く輩出する家系だったのさ。いつも一族の誰かしらは必ずグルカ兵になってるから、一々無事を祈ってハラハラする毎日を送るよりは信じてただ待つってのが普通になったんだと。アタシも家族も、曾爺ちゃんから色々と聞かされたしな」

「そういえば、お前の曾爺ちゃんって……」

「5年前に大往生さ。アタシも子供の頃から爺ちゃんに言いつけられてたよ。『家族が戦場にいったとしても、ただ信じて待っていればいい。それがグルカだ』ってね」

 第三次世界大戦時にネパールから脱出し損ねた日本人達を命を賭して隣国の汎ムスリム会議領まで連れて行き、その後先代の陛下のお言葉を受けて、日本の市民権を手に入れたタリサの曽祖父、ジャナ・マナンダルの話は日本でも有名だ。20世紀の某映画に登場するベトナム帰還兵のような活躍をしたため、『ラ○ボー』という異名も広く知れ渡っている。

 その後、日本に脱出したグルカ族からは軍に志願した者の多くは非常に高い評価を受けているということも、軍の人間であれば知る者も多い。タリサの姉は歩兵第45連隊の妖怪首おいてけであるし、タリサの父も大西洋連邦のレンジャー資格に相当する、鳶徽章の訓練教官をやっているらしい。

「母さんも婆ちゃんも爺ちゃんも、この間帰った時は全然心配した顔を見せなかったよ。大西洋連邦の最後通牒でニュースで聞いても、涙一つ見せずに送り出してくれた」

 シンが家を出たときは、マユは気丈に振舞って涙を見せまいとしていた。父と両脚を戦争で失っているという経験があるため、どうしてもその時のことを思い出してしまうのだろう。そもそも、マユは可愛らしく繊細でとても優しい子だ。タリサの家族と同じことをさせることは無理だ。

「……参考にはならなかったが、ありがとうよ」

 投げやりな口調で礼を言うシンに、タリサも苦笑する。しかし、その後にタリサの放った何気ない一言をシンは聞き逃さなかった。

「だろうな。アタシの一族は特殊だから。でも、そうだな……お前が撃墜王(エースパイロット)にでもなれば妹さんも安心できるんじゃないか?撃墜数が20を超えれば、従軍記者とかが特集で取り上げてくれるかもしれないぞ。一方通行だが、無事を伝えるには悪くない手だろう?」

 

 撃墜王(エースパイロット)――それは五機以上の敵機を撃墜したパイロットに送られる称号だ。これをもっているパイロットは尊敬の的となり、撃墜数が多いパイロットは世間からも大きな注目を浴びる。戦時中は取材やインタビューなどの機会にも事欠かない。

 確かに、撃墜王(エースパイロット)とならば記者を通じて戦地から自分の情報を発信できるし、撃墜王(エースパイロット)と称されるほどの実力を持っていることが分かれば、簡単に死ぬことはないと考えてマユも少しは安心してくれるかもしれない。シンが妹のために撃墜王(エースパイロット)を目指すことは、当然のことだった。

 後世でも、シン・アスカの名前はこの時期を代表する撃墜王(エースパイロット)として轟くことになる。しかし、撃墜王(エースパイロット)を目指した動機が拗らせたシスコンだということも様々な資料によって裏付けられてしまう。

 彼が撃墜王(エースパイロット)の栄誉とシスコンの不名誉を歴史に刻むことになるとは、まだこの時誰も予期していなかった。




次回あたりには、フレイを出したいなぁ……なんて思ってますけど、出せるかなぁ。
そろそろ、原作メインを出しておきたいんですけどね


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PHASE-23 『その時』を待つもの

執筆ペースが上がる上がる。
うん、ストレスの反動だね。


C.E.79 6月29日 L1方面のデブリ帯

 

 デブリ宙域にある巨大小惑星の影に隠れるように、巨大な艦艇が何隻も潜んでいる。よく見ると、付近のコロニーの残骸や、大破した宇宙船の残骸にも小型船の影が見て取れる。その艦艇の内の一隻、そこにその艦体を漆黒に染めた一隻の船の姿があった。

 その船の名はドミニオン。前回の大戦時に歴史にその名を刻んだアークエンジェル級強襲機動特装艦の二番艦である。しかし、その姿は前回の大戦時に日本に亡命した一番艦アークエンジェルとは大きく異なっている。アークエンジェルが匠による劇的前後で大きく姿を変えたということもあるが、大西洋連邦の残ったドミニオンも就役時から度重なる改造を受けていたのである。

 まず目に付くのが、姉妹艦アークエンジェルに比べて大きく伸びた船体だ。全長420mだった船体は、アークエンジェル級の特徴だった足のようだった前部と後部を繋ぐ細い胴体を換装したことで450m以上になっていた。

 胴体部が縦横ともに長くなったことで胴体部に新たに格納スペースをつくる余裕が生まれ、収納可能MS数は24機、二個中隊分にまで拡大している。また、脚部も全て取り替えられたため、かつてのような曲線的なフォルムではなくどこか直線的な印象を受ける。

 

「……状況はブラウン、か」

 ドミニオンのブリッジで、ドミニオン艦長であるナタル・バジルール大佐はプトレマイオスクレーターから受け取った命令を受け取って呟いた。ブラウンの符丁は、事前の取り決めでは「日本側最後通牒拒絶の可能性大、対日開戦に向けて事前の作戦指示書を開封せよ」という意味となっている。

「開戦は避けられないってことか」

「そのようだな、フラガ中佐」

 彼女に話しかけてきたドミニオンMS隊の隊長と第一中隊の隊長を兼任する、ムウ・ラ・フラガ中佐は、悩ましげな表情を浮かべるナタルに対して、実に飄々としている。彼とはアークエンジェルに乗っていたころからの縁である。艦長に対してこのような口調はどうかと思うが、ムウも節度は理解しているだろうから追求はしなかった。

 また、アークエンジェルでの経験を通じ、ただ絞めつけて規則を厳格にするだけでは人間関係が上手くいかないことを彼女は学んでいた。戦闘時以外はある程度の余裕を持たせておくことが艦内の信頼関係の醸造に繋がるのだ。

 それに、内心では彼のような気心に知れる信頼できる相手が自分の艦のMS部隊を率いていることで彼女は実はかなり安心している。

 因みに、ムウの軍で積み上げてきた実績と名声から言えば既に大佐になっていなければおかしいのであるが、2年前にとある将官の娘(15歳)に手を出し降格処分を受けていた。本人曰く、「22と言われてそれを信じてしまった」らしい。幸いにも、彼がグラマラスな女性が好きな女垂らしであることは世間でも知られていた為、ロリコンの悪名だけは免れた。

 因みに、両名とも現在独身であるが、二人の間に男女の情は全くない。ナタルにとってムウのようなタイプの女垂らしの男は虫唾が走るほどに汚らわしい存在であったし、ムウからしてもあのようなバリバリ委員長タイプの真面目な女性は苦手だった。

 ムウは現在12名のガールフレンドを抱えているが、今のところ人生の墓場に向かう予定はないらしい。まぁ、彼の女性遍歴についてよく知るナタル曰く、人生の墓場に行く前に刺されて本物の墓場に向かうだろうとのことだが。

「やはり、大義名分はあれかね?火星で外交使節を攻撃したっていうステルス機」

「……だろうな。我が国は謂れの無い誹謗中傷を受けているんだ。その点はけじめをつけねばなるまい」

 政府が本当のことを言っているかどうかは怪しいものだが――ナタルは続けて口にしようとした言葉を胸の内にしまう。おそらく、隣のムウも同じことを思っていることも彼女は分かっている。

 しかし、彼らは軍人である。政府が戦えというのならば戦わなければならないし、一将官として政治的な問題に積極的に口を挟むつもりもない。しかも、近い内に戦争が始まるとあってはその正当性を艦を預かるトップが口にすることは許されない。戦争の正当性を疑う発言を艦のトップがすれば、当然のことながらその部下達の士気にも影響するからである。

 

「それで、MS隊は大丈夫か?随分と整備班が手を焼いているという話を聞いたが」 

 ナタルの問いかけにムウはガシガシと乱暴に頭を掻きながら答える。

「あ~、正直言ってあまりよくないな。今だと、戦闘に耐えられるギリギリだ。戦闘中被弾した機体の応急修理とか部品交換とかやらせたら絶対手間取るぞ」

「後数日で何とかなるものではない……か。新型機だから多少は仕方が無いと割り切れるのだがな」

 ナタルは溜息をつきたいところであったが、部下の手前それはできない。艦内の問題を指揮官が気にしている姿勢を見せても、それはクルーの不安を煽るだけであることを知るナタルは敢えて自信ありげな表情を浮かべる。

「しかし、問題はあるまい。何せドミニオンには大西洋連邦のトップエースがいるのだからな」

「当然だろ、俺は不可能を可能にする男だぜ?」

 不敵な笑みを浮かべる艦長とMS隊隊長。そこにさらに自信に満ちた女性の声が加わる。

「あら、フラガ中佐は部下の腕を買ってはくれないのかしら?後、艦長。こちらが本日の報告書になります」

 その声の主は、燃えるような紅い髪を無重力空間に靡かせながらブリッジへと足を踏み入れた。白磁のような透明感のある白い肌、グラビアモデルのような均整の取れた手足と抜群のプロポーション、そして女神の彫像のような整った顔立ちを併せ持った美女の登場に、ブリッジの男性たちの視線が集中する。

「報告書は確かに受け取った……それと、勿論フレイにも期待している。何せ、我が国の女性パイロットの中でかの乱れ桜に次ぐ撃墜数(スコア)なのだからな」

「ありがとうございます、艦長。しかし、頼りになる部下は私だけではありませんよ?ステラたちもいますから」

 彼女の名前はフレイ・アルスター。階級は少佐で、『妖花』『無双のライトニング』などの異名を持つドミニオンMS隊副隊長兼第二中隊隊長のエースパイロットである。初陣から8年が経ち、彼女はかつての可憐な白百合のような少女の原型を窺わせながらも、大人の女性の色香を放つ立派な美女へと成長していた。

 かつては『ゆりかご』に頼っていた彼女だったが、大戦後に再度レナ・イメリアに預けられ、精神面でも技術面でも大きな成長を遂げていた。尚、親をコーディネーターの蛮行で失ったという共通の過去を持ち、かつナチュラル最強クラスのパイロットの一人であるイメリアをフレイは一人の人間としても慕っており、プライベートでは姉妹のように接しているらしい。

 ナタルも昔の精神的に不安定な彼女を心配していたが、イメリアの弟子として大成した今の彼女にはかつてのような不安を抱いてはおらず、一人のパイロットとして信頼を寄せていた。

「ステラ・ルーシェか。彼女達3人はなにやら特殊な事情を抱えているらしいが、フレイがそこまで言い切るのなら問題はないな」

「ええ。オルガたちにくらべればとっても素直ですよ。何せ、ご飯で脅さなくても言うこと聞いてくれますし」

「……俺の部下にしとけばよかったと心から後悔してる。あ~、なんで俺はオルガたちをフレイに押し付けてステラたちの担当になろうとしなかったんだ!」

 ムウは腕を組みながら深い溜息をつく。

 現在、フレイ率いるドミニオン第二MS中隊には3人のエクステンデットとブルーコスモス管轄の養護施設出身者のパイロットが在籍している。一方、ムウ直轄の第一MS中隊にはブーステッドマン3人と、正規の連合のパイロットが在籍している。

 特殊な事情のある兵がドミニオンに預けられたのは、どう考えてもムウ・ラ・フラガがドミニオンに配属されていたからだろう。彼は前回の大戦時にブーステッドマンを部下として受け持ち、癖も強く精神が不安定で扱い辛い彼らを見事に部隊として運用して見せた。

 この結果にはブーステッドマン専属の管理員たちも驚き、同時にムウの持つ手腕を高く評価した。その後ブーステッドマンの研究はリスクの高さから縮小されたため、現在ではムウの部下である3人以外のブーステッドマンは存在しない。

 時が経ち、現在。大戦後に本格的な生産が始まったエクステンデットの研究と本格運用に際し、ブーステッドマンの手綱を上手くとっていたムウの手腕に研究員たちは再度注目した。そして、彼に3人のエクステンデットを預けたのである。

 しかし、ムウはドミニオン隊に3人のエクステンデットが預けられると、すぐに相性の問題云々という御託を垂れて無理やりに3人とも自身が直接指揮する第一中隊からフレイが指揮する第二中隊に転属させた。オルガたちのような聞き分けのない輩を後3人も面倒を見ることになれば、確実に胃壁が削られる日々になると考えた末の横暴であった。

 誤算だったのは、新たに配属された3人のエクステンデット、ステラ・ルーシェとアウル・ニーダ、そしてスティング・オークレーはオルガよりも遥かに素直で扱いやすい人材であったことである。

 彼らはフレイを『姉』と刷り込まれ、素直に慕って命令に従ったのである。フレイに従順で、性格も悪くない。どこからどう見てもオルガ・シャニ・クロトのトリオよりも扱いやすかった。

 ムウは再度配置換えを画策したが、一度身勝手から部下を押し付けられたフレイがそれに黙っているはずがなかった。フレイはムウよりも早く関係各所を回り、根回しをした。フレイほどの美女に手を握られ、上目づかいで『お願い』されるのと、プレイボーイ性活を満喫してる男からの要請。どちらを快く引き受けるかなど考えるまでも無いだろう。

 因みに、ブルーコスモス管轄の養護施設出身者がフレイの中隊に集中して在籍しているのは、フレイの方から亡き父の伝を使って働きかけた結果である。コーディネーターを蔑視する教育を受けて育ってきた彼らのうちの一人を偶然部下に持ち、コーディネーターに底知れぬ憎悪を抱く自分と相性がいいし、幼いころから特殊な訓練を受けてきたために戦闘能力も申し分ないことを知ったことがきっかけだった。

 フレイの企みを知った当初、ブルーコスモス色の強い部隊になることが予想された為にナタルも渋い顔をした。しかし、コーディネーターに対する意識はともかく命令には従順で腕も確かなことをフレイが力説し、実際に彼らと面談を重ねた結果、反コーディネーター感情に駆られて暴走する危険は少ないことを彼女も認めた。

 結局、部下で色々と苦労しているのはムウだけであった。

 そして、落ち込んでいるムウを横目に、ナタルはフレイに向き直った。

「中佐の自業自得はおいておくとして、だ……フレイ。本国から先ほど通達があった。ついては、そのことに関してパイロットを集めた話をしたい。20分後にブリーフィングルームにパイロットを集めてくれ」

「始まるんですね?」

 フレイの眼差しが、兵士のそれに変わる。

「ああ。詳しくは後で話す」

「分かりました。……失礼します」

 フレイは敬礼をすると、床を蹴ってブリッジを去った。

 

「昔は狂ってしまうんじゃないかと思ったが、どうやらその心配は杞憂だったか」

 フレイを送り出して閉まったブリッジの扉を見ながらポツリと呟いたナタルの言葉に、ムウは頭を振った。

「……いや、まだ分からん。だが、彼女を戦場に送り出して、父親を自分たちの無力さで死なせて復讐に取り付かせたきっかけを作ったのは俺たちだ。彼女が道を踏み外さないかどうか、俺たちにはそれを見守り続ける義務がある」

 

 

 日本の、そして大西洋連邦の兵士、政治家の思惑が入り混じる混沌を内に抱く世界。その世界にとってきっと、『その時』は遠いものではない。

 

 

 

 

 

『アークエンジェル』級強襲機動特装艦『ドミニオン』

竣工:C.E.71 6月2日

同型艦:『アークエンジェル』

 

全長 450.7m

 

マキシマオーバードライブ搭載

 

兵装

 

マキシマ砲 1基1門

230cm2連装高エネルギー収束火線砲「ドルヒボーレン ドライ」2基4門

110cm単装リニアカノン「バリアントMk.8 mod3」2基2門

75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」30門(CIWS)

艦橋後方ミサイル発射管 16セル(対空ミサイル専用)

艦尾6大型連装ミサイル発射管4基

 

搭載可能MS数 24機

 

外見はアークエンジェルがベースだが、胴体部はUC時のネェルアーガマに近い。足のようだった艦の前部は0083のアルビオンのような形に変更。足の間にはAGEのディーヴァのような形でマキシマ砲が装備されている。

 

 

アークエンジェル級強襲機動特装艦の二番艦。

海皇(ポセイドン)作戦にて、第31任務部隊(TF31)の旗艦として初陣を飾った。その後、大西洋連邦の大規模な艦艇更新による部隊再編を受け、第1艦隊に移籍した。しかし、アークエンジェル級はローエングリンなどの砲戦力に関しては問題がなかったが、搭載可能MS数が一個中隊12機分という点を問題視された。そこで、C.E.75に大西洋連邦はドミニオンに改装を施すことになる。

実は、この改装には大西洋連邦内での二つの戦術思想の異なる二つの派閥の間の抗争も関係している。

改装当時、大西洋連邦内では大きく二つの戦術思想があった。一つの戦術思想は、前回の大戦での戦訓から戦場でのMSの運用を重視するものだ。

MSを運用する母艦もNJの影響下では被弾機の回収や補給、MS隊との連絡や指揮に際して後方に下がってはいられなかったため、前線に出ざるを得なかった。そしてその結果少なくない母艦が敵巡洋艦との砲戦に巻き込まれたという結果を踏まえ、彼らはMS母艦に堅牢な装甲と巡洋艦を上回る火力を求めた。

ラウ・ル・クルーゼやアンドリュー・バルトフェルド、マルコ・モラシムなど名だたるザフトのエースや名将が率いる精鋭MS部隊の追撃をMS一機とMA一機で切り抜けたアークエンジェル級一番艦アークエンジェルの設計思想を航宙母艦に求めた彼らは、『MS運用航宙戦艦派』と呼ばれている。

『MS運用航宙戦艦派』の支持基盤は主に前回の大戦を生き残ったベテラン兵や歴戦の将官であった。大西洋連邦のトップエースであり、アークエンジェルとドミニオンのクルーであったムウ・ラ・フラガやナタル・バジルールなどもこの派閥に属していた。この派閥はムルタ・アズラエルが後援しており、艦載用MSの開発はアズラエルの息のかかった企業を中心に行われている。

そして、もう一方の派閥の戦術思想は、MSの運用よりもMAの運用を重視するものであった。

こちらは当時ロールアウトしたばかりの新型MAを開発した元ユーラシア連邦国籍企業のアドゥカーフ・メカノインダストリー社が後援をしている。アドゥカーフ・メカノインダストリー社は当時、ユーラシア連邦が自社開発の大型MAには興味を示さずにMSを重視する戦略とその開発を国策としていたために今後のユーラシア連邦での軍需に見切りをつけて、大西洋連邦に本社を移していた。

因みに、アドゥカーフ・メカノインダストリー社の移籍の裏には、実質的な会社の支配者であったロード・ジブリールの判断と大西洋連邦軍への根回しがあったとも言われている。実際、アドゥカーフ・メカノインダストリー社は大西洋連邦軍に大型MAが採用され、MA部門ではほぼ独占企業といってもいい地位を手に入れている。

そして、彼らは堅牢で損傷しても多少の距離であれば余裕を持って後退できるMAの母艦には、過度な装甲は不要であり、敵艦との砲戦に巻き込まれても陽電子リフレクターを搭載したMAを艦の直衛に回せば問題ないと考えていた。

MAの火力は全般的にMS以上であり、艦艇に対しても有効な装備を搭載することを前提としている。MAは敵MSの掃討や敵艦隊への攻撃、艦の護衛もできるマルチロール機であり、その母艦には過度な装甲よりも一機でも多い搭載数が重要だというのが彼ら、所謂『MA主兵論派』の主張であった。

この派閥の支持基盤は、前回の大戦では現場に出ることのなかった者達や参謀畑の人間、コーディネーターの開発したMSを戦力の中心とすることに感情的反発を覚えるブルーコスモス派や反コーディネーター思想の持ち主であった。

そして、ドミニオンの改装には前者の『MS運用航宙戦艦派』の意向が大きく関わっている。MS運用航宙戦艦派にとってアークエンジェル級は自分たちの戦術思想の正当性を示す根拠でもあり、ドミニオンの改装の成功はMA主兵論派の鼻っ柱をへし折ることにも繋がるからだ。

予算の無駄だという横槍がMA主兵論派から入ったが、MS運用航宙戦艦派は影に日向に力を貸していたアズラエルの活動の甲斐もあってどうにか改装を承認させることに成功する。

そして、ドミニオンは1年にわたる改装工事によってその姿を一変させた。

まず、艦の動力は大西洋連邦が配備を進めているマキシマオーバードライブに換装された。これにより、以前よりも出力が倍近く上昇している。

次に、全長420mだった船体は、アークエンジェル級の特徴だった足のようだった前部と後部を繋ぐ細い胴体を換装したことで450m以上になっていた。全幅は胴体部肥大化にともなってかつてのドミニオンよりも16mも長くなっている。

胴体部が縦横ともに長くなったことで胴体部に新たに格納スペースをつくる余裕が生まれ、収納可能MS数は24機、二個中隊分にまで拡大している。また、脚部も全て取り替えられたため、かつてのような曲線的なフォルムではなくどこか直線的な印象を受ける。

そして、脚部の取替えに伴ってかつて靴底と称されたカタパルト下に格納されていた陽電子破城砲「ローエングリン」二門は撤去された。その代替として、胴体中央下部にはマキシマ砲を搭載している。

マキシマ砲はローエングリンに比べて発射間隔と門数に劣るが、破壊力の高さからこちらが採用された。エネルギーの問題で両方を搭載して運用することは難しかったためである。

そして、主砲はオーブのモルゲンレーテ社が東アジア共和国の国策軍需企業、『Weapon Industry Corporation of Asia(WICA)』に吸収されてゴットフリートの改良型を入手することが難しくなったことを受けてアドゥカーフ・メカノインダストリー社で大型MA用に独自開発されたドルヒボーレン(ドイツ語で貫通するの意)ドライを採用している。これは速射性能においてゴットフリートMk.71を凌ぐが、砲身が長くなったことに伴い収納機構は採用できなくなった。

副砲にはバリアントMk.8 mod3を採用された。これは竣工時に取り付けられていたバリアントMk.8の改良モデルで、砲身が延びたことで破壊力と射撃の精度が向上している。また、構造を簡略にして生産効率と整備性を上げ、格納スペースを減らしバリアントの搭載弾数を増やすためにバリアントMk.8 mod3には収納機構はオミットされている。

対空砲には傑作対空自動バルカン砲塔システムであるイーゲルシュテルンが引き続き採用されている。最も激しく消耗する対空砲の弾薬の共通化によって兵站への負担を軽くする目的もあったとされているが、長年使われていたために対空砲としての性能や信頼性はこの時代でも重宝されるものであったことは間違いない。ただし、防空能力の向上のために砲数は改装前の16門から倍近い30門に増設されている。




ようやく種原作組を出せました。
ナタルたちは多分、二年ぶりの登場ですかね?ホントに久しぶりの登場です。


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PHASE-24 オペレーション・メイス

Fate/grand orderどうなってんでしょ、ホント……

昨日の時点で清姫とエリザベートを撃破したところです。
パーティーはアサ次郎と牛若丸とキャスター兄貴とマシュさんです。
しかし、ワイバーン多くて兄貴が使えねぇ……アサ次郎無双ですよ、ホントに。アサ次郎がフレンド召喚でGETした☆1の癖して我がパーティのダメージディーラーやってるってのが何だかなぁ。

因みに、石で召喚した他サーヴァントも悲惨なもんで、
ティーチ、モーツァルト、シェイクスピア、アンデルセン、ミノタウロス、ショタイスカンダル、緑茶、マタハリとクラスが偏りに偏ってます。
三騎士なんて緑茶さんしかいないっていうね。しかも、作家系サーヴァントがダブる悪夢。
昨日の1100ギリギリの召喚でようやくマルタを迎えるも、そこから48時間メンテって状態です。


C.E.79 7月1日 アメノミハシラ

 

 

 日本の有する宇宙での大規模拠点はアメノミハシラと火星、そしてL4コロニー群であるが、その中でアメノミハシラは位置的に大きな意味を持つ。

 アメノミハシラは常に日本の上空を移動しており、宇宙から日本に直接降下を試みる敵を迎撃できる絶好の位置にある。そして日本から宇宙に上げた物資や人員、逆に宇宙から降ろす物資や人員を中継する物流の拠点としての役割も持っている。当然のことながら、戦時には宇宙軍の兵站を支える重要な拠点になるのだ。

 かつて狂信的宗教団体によるテロの標的となったこともあり、常に日本とその交通網を護るべく軽空母1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦8隻がアメノミハシラを母港とする艦隊に配属されている。アメノミハシラは航宙母艦クラスの巨艦が同時に6隻まで桟橋につけられる世界最大の軌道ステーションであるため、これだけの戦力を常駐させることが可能だった。

 また、アメノミハシラ自体にも己を護る強力な防衛システムが存在する。かの海皇(ポセイドン)作戦ではザフトの大量破壊兵器、ジェネシスを崩壊させた特型20口径330cm要塞砲、通称デラック砲だ。この巨砲の一撃を喰らえば、、如何なる国の軍艦であっても撃沈は免れない。

 しかし、戦時体制となるとこの防衛体制でも不安が残る。敵が多数のMAやMS、艦船といった物量で攻めてきた場合、質では上でも防衛戦を支えきれなくなる可能性が十分に考えられるからだ。

 まして、今回の戦争の相手は大西洋連邦ときた。前回の大戦時には5個艦隊を擁していたが、現在はさらに増えて7個艦隊を擁している。数だけで見れば、こちらの宇宙軍聯合艦隊2.5セット分に匹敵するだけの戦力を有しているのである。

 前回の大戦時のザフトと地球連合軍の戦力差に比べると鼻で笑えるくらいの戦力差ではあるが、もはや大西洋連邦軍はかつてのようなザフトに撃墜数(スコア)を献上するヤラレ役ではない。

 戦勝後に接収したマティウス市の技術や、ユーラシア連邦との裏取引で手に入れたセクスティルス市とマイウス市の技術、コーディネーター以上のMS開発の才を発揮する天才開発技術者の出現によって、大西洋連邦は質の面でも前回の大戦よりもはるかに水準を上げているのである。確実に、帝国軍との技術格差を縮めてきている。

 そもそも、大西洋連邦を構成する主要国家であるアメリカとイギリスはかつて、日本との戦争において引き分けている。近代に入ってから、両国と同じ土俵で正面から戦って引き分けた国など、日本だけだ。世界最強最大の国家を自負する彼らにとって、それはとても気に食わないものであった。

 現にほぼ全ての部隊には、数々の伝説を造り上げたGAT-X105ストライク以上の性能を誇るGAT-04ウィンダムが行き渡っており、さらに一部エース部隊には第二期GAT-Xシリーズの改良機や新規に開発されたエース専用機、MA主兵論派の部隊には量産が進みつつある陽電子リフレクター搭載の大型MAまで配備されているのだ。

 日本人に大和魂があるように、大西洋連邦にもフロンティアスピリッツやジョンブル魂がある。彼らは、一度差をつけられたらどんな手をつかってでも追い越すという執念があり、世界に君臨する最大の統治国家にして地球圏最強国家である自負を数世紀の間持ち続けてきた。

 ここにきての日本人の台頭と明確な差を見せつけられた屈辱が、大西洋連邦国民の眠れる誇りと執念に火をつけたのだろう。日本人に追いつけ追い越せとばかりに研究に没頭する科学者たちの中で、横浜の魔女ほどではなくとも間違いなく『天才』と呼ばれる逸材が台頭し始めた。

 自然循環保護システム・エントを開発した『森の救世主』キャサリン・ライアン、ウィンダムに次ぐ主力MSになることが内定している新型MSを開発した『MSの鬼』、フランク・ハイネマン。学生時代には極東の魔女と一対一で激論を繰り広げ、最後まで彼女に勝利宣言をさせなかった『西の鬼才』ダニエル・マクフィー。新たな理論で構築された集積回路を開発し、量子コンピューターの性能を数段引き上げた『星の叡智』クラウス・エッカルト。

 メディアは斜陽の大西洋連邦を救う能力を持った彼らに敬意を払って『アルケミースターズ』と呼んだ。『アルケミースターズ』の貢献があったからこそ、大西洋連邦は日本から遅れること2年でマキシマオーバードライブの開発、量産に成功できた。そして、勝機を見出して国家総力戦を挑むことが可能となったのである。

 日本も、大西洋連邦が侮れない敵であることは理解している。現在のところ、MSや艦船など各種兵器の性能で言えば間違いなく優位に立っているし、前回の大戦での人的損耗が僅かだったために実戦経験もある優秀な軍人が多数いるため、人的な面でも優位に立っていることも明白だ。しかし、それは現時点での話に過ぎない。

 大西洋連邦軍の恐ろしいところは、その学習能力の高さである。彼らは一度痛い目を見ると、そこまでするかと思うほどに徹底した対策を打ってくる。密林に潜むゲリラの襲撃で大損害を被れば密林を徹底した爆撃で焼き払い、航空機でフルボッコにされたならば、月刊正規空母や週間護衛空母と言わしめるほどに空母を量産するのだ。

 序盤に勝利していたところで全く安心できない。大西洋連邦の本当の恐ろしさは、戦争の中盤以降に顕になるのである。それを知るが故に、日本は大西洋連邦とことを構えることは可能な限り避けてきたのだ。

 しかし、大西洋連邦が日本に対して手交したウィルソン・ノートの回答期限を迎えたこの日、大日本帝国と大西洋連邦は交戦状態に入った。既に開戦は九分九厘避けられないものと判断していたそれぞれの国では交換船の準備が整っており、一週間以内に全ての交換船が出発する手筈になっている。

 前回の戦争から僅か8年で再び戦時体制に入ったことに対して国民からは戸惑いの声も上がっているが、大西洋連邦の要求の傲慢さについては既に国民の知るところとなっているため、戦争に反対を唱える声は小さい。

 企業家達は戦時特需を見込んで精力的に動きだし、マスコミ関係者は自分の利得の為にどのようにして戦争を報道して世論の熱を高めるかを画策し始めている。財務省や外務省も戦争によって生じるであろうマイナス面に頭を抱えながら対策を始めていた。

 そして、陸・海・空・宙の4軍の軍人たちも、自分たちの役割を果たす時を迎えていた。祖国を護るために、彼らはこれから戦場へと旅立つのである。

 

 

 

 『安土』に停泊していた航宙母艦『雲龍』は、発着艦訓練を完了後に命令を受けてアメノミハシラに移動していた。

 桟橋に船体を接続した『雲龍』の食堂では、コーヒーを片手に持ったシンが怒りの眼差しを食堂に備え付けられたテレビに、正確に言えばそこに写っている壮年の男に向けていた。

『これより私は、全世界の皆様に非常に重大かつ残念な事態をお伝えせねばなりません』

 画面に映る男の名は、ジョゼフ・コープランド。前回の大戦後に就任した、現職の大西洋連邦大統領その人である。

『我が大西洋連邦と日本は、まだ大西洋連邦がアメリカやイギリスなどといった形でバラバラだった時、第二次世界大戦の終結からずっと多くの国民にとってライバルであり、友である国でした。先のプラントとの戦いにおいても、日本は我々と共に戦い、ナチュラルの絶滅を画策した悪の巣窟を多大な犠牲を払いながらも討ち果たしました。政府にとっても、経済的、軍事的にも最も頼りになる盟友であり、戦友であったと言っても過言ではありません。国民の皆様も、この頼りになる盟友との関係がこれからもずっと続いていくものであるとつい最近まで信じていたのです。私自身も盟友である日本と国交を断絶するなどということは夢にも思っていませんでした。しかし、太平洋を挟んだ数世紀にも及ぶ長い蜜月もついに終焉の時を迎えてしまいました。永遠の友情は、幻想だったのです』

 コープランドは誰かを悼むように淡々と話を続ける。

『火星圏開拓共同体が、日本と交戦して不幸にも敗北したことは皆様もご存知でしょう。終戦交渉の際に彼らはステルス機能を持つMSの襲撃を受けました。しかし、あろうことか日本はそのMSが大西洋連邦のものであるという言いがかりをつけてきたのです。勿論、政府は一切そのようなことを命じておりませんし、我が軍も全く関与していません。これは謂れなき誹謗中傷であり、我が国の名誉を著しく貶めるものにほかならないのです。我々は幾度となく対話の機会を用意し、可能な限り自分達の潔白を主張しましたが、未だに彼らは納得せず、私達が卑怯な襲撃者だと決め付けることを止めません。数世紀に及ぶ友誼を信じることもせず、我が国を卑怯な陰謀家呼ばわりされれば我々とて黙ってはいられません。我々を不当に貶める日本の現政権は、我々にとって看過できない存在なのです』

 画面の中の男は、苦渋の決断であったとでも思わせぶりな表情をしているが、シンにはそれが白々しく思えてならなかった。

 日本政府の言い分を鵜呑みしているわけではないが、少なくとも講和会議を襲撃したMSが拿捕されたということは確かなのだろう。しかし、大西洋連邦が日本に敵対している火星圏開拓共同体に肩入れしていたことも、傲岸不遜としか言いようのない要求を日本に突きつけてきたことも事実だ。それでいてこれまでの友誼を信じてくれなどというのは虫のいい話だとシンは思う。

『よって、先の最後通牒の通り、本日をもって大西洋連邦が武力によって日本の現政権を排除することを日本政府に通告いたしました』

「開き直っただけじゃねぇか」

 シンは毒づき、左手に持ったコーヒーを飲み干して食堂を後にした。

「戦争がしたければ、地獄の鬼とでもやっていろ。死んでいくのはあんたら政治家じゃなくて、日々を普通に暮らしてる国民なんだ」

 脳裏に過ぎるのはあの日のオーブの姿だ。東アジアから謂れのない罪を着せられて開戦を余儀なくされたあの日のオーブと今の日本の姿が、とても似ているとシンは感じていた。そして大西洋連邦の居直り強盗のような態度に対して、父を奪った傲慢で強欲な東アジア共和国と同じような怒りと憎しみを抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「……ラミアス艦長や坊主とやりあうってこともあるのかねぇ」

 オーブ生まれの戦争を憎む青年があらん限りに怒りを大西洋連邦に向けながら自室に向かっていた頃、デブリベルトを移動中の強襲機動特装艦『ドミニオン』の展望室で一人の男がボソリと呟いた。

 男の名前はムウ・ラ・フラガ。大西洋連邦一の撃墜王(エースパイロット)である。落とした女性の数は3桁に及び、落としたMSやMAの数もそれに並ぶという色々な意味ですごい撃墜数(スコア)で知られている。それ故に男からは尊敬と嫉妬を、女性からは恋慕と軽蔑の何れかの念を持って接されることが非常に多い。

「仕方がないな。それが戦争ってやつだ」

 これから、ムウは大西洋連邦の軍人として日本帝国軍に戦いを挑むことになる。

 作戦名は『オペレーション・メイス』。作戦の戦術的な目的は日本にとって重要な兵站拠点であるアメノミハシラを守護する艦隊を撃滅し、周辺の制宙権を奪取することにある。敢えてアメノミハシラそのものではなく、そこに駐留する艦隊の壊滅を狙っている。

 流石にデラック砲の射程に入って狙い撃ちにされては分が悪いことは分かっているので、敢えてアメノミハシラを積極的に狙わない。しかし、上手く駐留する艦隊を壊滅させることができればアメノミハシラを拠点とした日本軍の宇宙交通網の大動脈を断絶することが可能であるし、航路を護るためにL4に引篭もっている艦隊の一部も出撃せざるをえなくなる。L4の守護もあるので、出せる艦隊は全艦艇の半分といったところだろう。

 艦隊をつり出すというこちらの意図に気づいてL4からの援軍が到着するまで要塞砲の射程内に篭ることも考えられるが、その場合はL4からの援軍が到着するまでに随伴している機雷敷設艦が悠々と機雷を設置するだけだ。さらに、随伴している特殊砲艦が断続的に要塞に砲撃を叩きつける手筈となっている。 

 この特殊砲艦は、大西洋連邦で試作されたデラック砲を搭載しており、しかも口径と砲身長ではアメノミハシラに設置されているデラック砲を上回る代物であった。当然射程距離ではアメノミハシラのデラック砲のそれを上回っている。尚、大西洋連邦ではモニター艦として建造された2隻の特殊砲艦の両方を投入する予定となっている。何時の時代も、要塞崩しには巨砲による弾丸で耕すことが有効なのだと彼らは判断していたのである。

 ただし、モニター艦ということで通常の戦艦に比べて高性能な観測機器が多数搭載されているが、それでもこのレベルの巨砲の命中精度を高めることは困難を極めるらしく、計算上アメノミハシラに直撃弾を当てられる確率は0.1%となっており、1000発撃ってようやく1発の命中弾を得られる計算となる。

 日本軍にとって戦力分散は愚の骨頂であるが、打って出なければ交通網が断絶され、経済的に日本は大打撃を受けてしまう。そんな状態に追い込むことがこの作戦の戦略的な目標であった。

 因みに、作戦名であるメイスとは柄の先に重量のある柄頭を有することにより通常の棍棒より高い打撃力を生みだす殴打武器であり、日本語に直すと鎚矛という意味を持つ。艦艇を叩き、その後交易網を叩き、日本の経済を叩く。何度も致命傷になりうる殴打を連続的に加えるという意味を籠めた作戦名なのである。

 

 ムウは、胸元から一枚の写真を取り出す。ヘリオポリスからの逃避行の末にたどり着いたアラスカにて、アークエンジェルの艦橋をバックにクルーたちと撮った記念写真だ。フレイとナタル、そして自分が艦を去ることになったのでここまで生き延びてきたという記念と再会の願いを籠めて撮られた一枚であった。

 共に命を預けあった信頼できる戦友たちと戦うことに戸惑いがないわけがないが、それでもムウは軍人だ。感傷で戦争はしないだけの分別はあった。それに、自分が迷えば部下達が、そして今の自分を信じてくれる戦友たちの命を危険に照らす。

 彼にとって大事なのは今の仲間であり、戦友だった。ムウは前回の大戦で何度もザフト相手に負け戦を経験し、その度に殆どの戦友を失ってきたが故に、隣に立つ戦友には特別な思いを抱いていた。

「覚悟してくれよ、ラミアス艦長、それに坊主たち。俺も、部下達を死なせるわけにはいかないんでね」

 時計を見て出撃の時間が近づいていることに気がついたムウは、展望室を後にする。その顔は、任務を忠実に遂行する軍人のそれである。そしてその後ろ姿からは、立ちはだかるものを薙ぎ払って戦友を守ろうとする撃墜王(エースパイロット)の風格が滲んでいた。



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PHASE-25 始まりの砲火

お久しぶりです。
大体半年振りですかね?

チマチマと毎晩書き続けてどうにかさきほど書きあがりました。


C.E.79 7月2日

 

 アメノミハシラ付近の宙域に大西洋連邦宇宙軍第一任務部隊(TF1)と大日本帝国が擁する第四艦隊の姿があった。

 両軍合わせて百数十隻の艦艇が対峙する中で、最初に動いたのは大日本帝国宇宙軍だった。

 

「要塞の庇護から出てくるとはな……」

 大西洋連邦宇宙軍第一任務部隊(TF1)の司令官マクスィー・グフラン中将は旗艦アンドリュー・ジャクソンのCICにて日本軍の行動に首をひねっていた。

「普通ならば、要塞の庇護の下で戦わんとするでしょうな」

 彼に追随して副官のデリー・ハンスプ中佐も疑問を呈した。

「こちらの射程ギリギリまで距離を詰めさせ、要塞砲で確実に仕留めるのが常道です。しかし、何故堅実な常道を棄てたのか……」

「さてな……けれど、あちらさんもバカではあるまい。何かしらの策があると見るべきだ」

 グフランにも、日本軍の司令官の腹の内はまったく分からない。ただ、彼自身は敵将の取った策をベターな策だと考えていた。

 『オペレーション・メイス』の戦術的な目的は日本にとって重要な物流拠点であるアメノミハシラを守護する艦隊を撃滅し、周辺の制宙権を奪取することで日本軍の兵站と流通にダメージを与えることである。

 つまり、こうして艦隊を引きずり出すことに成功した時点で、作戦の第一段階はクリアしたこととなる。要塞砲の射程内に篭って防衛戦を展開された場合には非常に厄介な事態になっただろう。

 仮に敵艦隊が要塞砲の射程内に留まり続けた場合には態々引っ張ってきたモニター艦による砲撃と浮遊機雷の散布によって引きずり出さなければならなかったのだから、その手間も省いて作戦の第一段階をクリアした意味は大きい。

 そして、敵艦隊からしてみても、この展開はこのまま消極的になっているよりも都合のいいものだ。機雷を散布された場合、掃海は非常に危険で手間がかかる作業となり、物流には官民問わず大きな問題が発生することが見込まれ、モニター艦による砲撃を受ければ(まぁ、ラッキーヒットしか当たりそうに無いのだが)要塞機能に支障をきたすことも考えうる。

 それならば、最初から打って出た方が被害を最小限度に防げるかもしれない。尤も、それは日本艦隊がこちらの艦隊を撃滅できればの話であるが。

「仮にどのような策があったとしても、我々はそれを食い破るだけだがな。全艦、砲撃準備!!一斉射後にMS隊を順次発艦させるぞ!!」

 恐れなどまったく感じさせない堂々とした声でグフランは指揮下の艦隊に命じた。

 

 

 

 

 宇宙空間を進む大西洋連邦艦隊の先頭、そこには艦隊をグレーに染めた特徴的な艦がいた。

 主砲である230cm2連装高エネルギー収束火線砲「ドルヒボーレン ドライ」2基4門と副砲の110cm単装リニアカノン「バリアントMk.8 mod3」2基2門を放ちながら勇猛果敢に敵陣に迫るその艦の名は、ドミニオン。前回の大戦の最終決戦とも言える海皇(ポセイドン)作戦にも参加し、大きな成果を挙げたことでも知られる武勲艦である。

 元々がMS運用実験艦としての側面が強く、通常の規格に合わない高性能機や少数生産機を運用する能力に秀でた艦ということもあり、ドミニオンには撃墜王(エースパイロット)とその専用機が多数搭載されていた。

 艦内では二個MS中隊24機の出撃準備が滞りなく完了しており、後は順次特徴的な足のような形をした艦首カタパルトから発進するのを待つのみとなっていた。最初にカタパルトに接続して発艦態勢に入ったのは、GAT-04ウィンダム。現時点での大西洋連邦の主力MSである。

 唯一、フェイズシフト装甲を装備していないという点で防御力だけは前回の大戦の中盤では悪鬼の如き猛威を振るったGAT-X105ストライクに及ばないが、それ以外の面ではストライクの性能を上回り、生産性も非常に高い優れたMSだ。

 このボディーを燃え盛る業火のような朱に染め、肩に焔とFを象った特徴的なマーキングをしたこのウィンダムこそ、大西洋連邦の誇る美貌と技量を兼ねそろえた撃墜王(エースパイロット)、フレイ・アルスター少佐専用のウィンダムである。

「始まったわね……」

 発艦態勢に入ったMSのコックピットブロックの中でフレイは呟いた。

 モニターにはドミニオンのブリッジのカメラが捉えた映像が映し出されている。

 周囲の艦からは無数の光条が放たれ、闇一色の空間を貫く。画面の向こう側からもこちらの砲撃に応えるかのごとく無数のミサイルの灯やビームの光条が放たれ、こちらの砲撃と交差して暗黒の宙を彩っていた。まさしく、人と人が殺意をぶつけ合う戦争という劇の幕が上がったところだった。

 しかし、人が人を殺すために磨き続けた刃が次々と交差する戦場を前にしていながらも、フレイのバイタルデータは全く動揺を示していなかった。寧ろ、僅かながらの高揚が見て取れる。

 初陣以降、幾多の戦場を己の技量で切り抜けてきた彼女は、もはやアークエンジェルに乗っていたころの戦闘の度に頭を枕に埋めて縮こまっていた少女ではないのだ。今の彼女は、己の在り方と戦いに少しの疑問も抱かない一人前の戦士だった。

『GAT-04ウィンダム、カタパルト接続、発進スタンバイ』

 艦橋の発艦管制オペレーターの声がフレイの耳に聞こえてくる。

『システムオールグリーン、進路クリア、ウィンダム発進どうぞ!!』

「フレイ・アルスター。ウィンダム、行くわよ!!」

 電磁カタパルトによって加速された朱のウィンダムが漆黒の大宇宙へと飛び立つ。

 朱に染まったウィンダムのメインカメラの見据える先には、こちらを迎え撃たんとする日本軍のMSの姿があった。

 

 

 

 黒一色の宇宙空間のあちこちでけたたましいフラッシュが炸裂している。それは、推進剤が引火して爆発四散するMSの末期の姿だったり、戦艦が搭載する巨砲が吐き出す太いビームの光だったり、弾薬庫に誘爆して轟沈した艦船の断末魔だったりと様々な要因で生み出されていた。

 この光景を直接目撃していれば、繰り返される直視できない光の点滅で目をやられ、まともに瞼を上げることはできなくなっていただろう。

 幸いにも、大西洋連邦の艦やMSではモニターに映し出される光は光量を調整して表示する機能が搭載されているし、日本軍のパイロットが利用している高解像度網膜投影システムでも同様に強すぎる光にはフィルターがかけられるようになっているため、戦士たちはこの戦いの中でも目を見開きながら戦うことができていた。

 シンも、絶え間なく浴びせられる光に惑わされることなく乗機を最大速力で飛翔させていた。雲龍航宙隊に所属する24機の不知火弐型が腰部噴射ユニットから青い炎を吐き出しながら敵MS隊に迫る。

『全機、敵機との距離が200になるまで現状の速度を維持!!』

 中隊長、響剛輔中佐の檄がとぶ。

『第2小隊は第1小隊と連携して左翼の敵に当たれ!!第3小隊は左翼だ!!』

 命令と同時にシンの所属する第3小隊の小隊長、甲田大尉(イーグル2)の機体が左に傾斜して針路を変更する。それに続き、雁屋少尉(イーグル4)シン(イーグル11)、タリサ《イーグル12》が針路を左に変更した。

 速度を維持したまま敵機に向かっていったため、すぐに敵機の姿が頭部メインカメラに捉えられる。敵は4機のウィンダムと8機のダガーL。ストライカーパックはどうやらウィンダムがエールストライカーでダガーLがドッペルホルン連装無反動砲のようだ。

『聞いたな!!シン(イーグル11)タリサ(イーグル12)はエレメントを組んでウィンダムと当たれ!!』

「「了解!!」」

 甲田の号令と同時にシンはトリガーを引いた。目標は、流れ弾でも喰らったのかストライカーパックを損傷したウィンダムだ。78式支援突撃砲が火を吹き、緑の閃光がウィンダム目掛けて放たれた。閃光はウィンダムの掲げた盾に弾かれて四散する。

 さらに、不知火の肩部ユニットからミサイルが発射され、3方向から包囲するような軌道を描きながら敵機に迫る。標的となったウィンダムは周囲の3機と協力してミサイルを撃墜しつつ可能な限り回避しようとするが、ここまで全てが陽動だ。

「突っ込めタリサ!!援護は引き受けた!!」

『おうさ!!』

 シンの指示を受けるまでもなく、タリサは既に突っ込んでいた。フットバーを蹴っ飛ばし、噴射ユニットを吹かしながらタリサは敵に肉薄する。敵機の弾幕は不規則に噴射ユニットの角度を調節してジグザグに飛行するタリサを捉えることができない。

 さらにシンは肩部ミサイルユニットからミサイルを立て続けに発射してウィンダムの逃げ道を塞ぐように追い立てながら、同時にビームで牽制する。逃げ道を狙われていることに気がついたのだろう。損傷のあるウィンダムを庇うように一機のウィンダムがタリサの前に立ち塞がり、タリサの突進に対するカウンターを狙ってか、ライフルを棄ててビームサーベルを引き抜いた。

 真っ直ぐに突っ込んでくる相手であればカウンターの要領でビームサーベルを叩き込むのは難しいことではないと、この時敵パイロットは考えたのだろう。だが、タリサを相手にこの判断は悪手だった。

『舐めんじゃねぇ!!』

 タリサは山岳の戦闘民族の末裔、近接戦闘に秀でた一人前のグルカだ。74式近接戦闘長刀を振りかざしたタリサの不知火弐型は敵機との接触寸前に脚部と腰を捻り、ウィンダムの振りぬいたビームサーベルを掠めながらウィンダムの脇へと移動していた。

 敵パイロットが脇に移動した不知火弐型にサーベルを向ける前に、74式近接戦闘長刀がウィンダムのコクピットのある腰を貫通した。タリサはそのまま勢いよく長刀を振りぬき、ウィンダムを両断、さらに庇われていた機体にも肉薄し、こちらのコックピットも長刀で叩き斬った。

 両断されたウィンダムは、そのまま機能を停止してただの鉄屑に成り下がり、叩き斬られたウィンダムは爆発四散した。これで、敵の半数を撃破。残りは二機だ。

「次だタリサ!!」

『言われなくても!!』

 周囲の状況をレーダーや目視で確認し、付近にはあの2機のウィンダム以外の脅威がないことを確認したシンは矢継ぎ早に指示を出す。

 どちらかというと突撃志向の強い二人だが、紛いなりにも士官学校をトップクラス(同時にトップクラスの問題児でもあったが)の成績で卒業しているのだ。攻撃一辺倒ではなく、周囲の状況を確認した細かな連携や状況判断ぐらいはやってのける力は備わっている。火星では経験不足から攻撃に逸ることが多く、結果窮状を招くことも少なくなかったが、場数を踏むことで多少はその気も抑えられるようになったのである。

 立て続けに二機が長刀で斬られる様子を見て、臆したのだろう。生き残ったウィンダムのうち、一機がライフルと頭部バルカンを連射して必死に弾幕を張ってこちらを近づけまいとする。

 先ほどと同様に鋭角な機動を取りながら敵機に近づこうとするタリサだが、今度は先ほどのように容易に接近することはできなかった。敵機はミサイルを頭部バルカンで薙ぎ払い、ビームを回避しながら距離を取ろうとするからだ。

 だが、トリガーハッピー状態の敵機には、どうやらタリサしか目に入っていないらしい。先ほどの長刀での解体ショーを見せつけられたということもあるだろうが、シンに対する注意は散漫というほかなかった。

 シンは救援に入ろうとするもう一機のウィンダムを牽制して足止めに徹する。どのみち、頭部バルカン砲の弾数など限られているのだ。あのように無茶苦茶に撃ち続けていればそう遠くないうちに弾切れになる。

 あの程度で恐慌状態に陥るパイロットであれば、頼みの綱であるバルカンを失えばさらに冷静さを失うだろう。完全に冷静さを失いパニック状態になった新米パイロットなど、火星で実戦を少なからず経験したタリサの敵ではない。

 シンの予想通り、その直後パニックになったウィンダムは不知火弐型に背を向けて逃亡を図った。だが、スピードでは不知火弐型が優る。追いつかれたウィンダムは背後から両断され、爆発四散した。

 残るは、一機。だが、味方が全て撃墜され、生き残った一機も勝ち目がないことは理解したのだろう。積極的に攻勢に出ることはなく、守勢にまわりつつ、少しずつ戦場を移動しようとする姿勢を取っている。速度で負けている以上、背を向けて逃げることは愚策だと理解しているらしい。

 敵機は一機だ。ミサイルの弾幕に絡み取れば撃墜は難しくないだろう。しかし、ミサイルの数も限られているため、ここでミサイルを消費することはシンも避けたい。そのため、78式支援突撃砲による牽制に留めているのだが、ビームライフル一丁の牽制で敵機の動きを封じられるほどにはシンは場数を踏んでいなかった。

 このままでは埒が明かない。そう判断したシンは、ちょうど近くを漂っていた先ほどタリサが撃破したウィンダムの盾をかっぱらって不知火の左手に持った。

「タリサ!!タイミング合わせろよ!!」

 シンは盾を掲げながら突進する。攻撃を棄て、回避と防御に専念したシンはちょこまかと動き回るウィンダムにどうにかくらいつき、長刀が届く距離にまで肉薄することに成功する。慌てて頭部の近接火器から12・5mm弾をばら撒いて牽制しようとするが、シンは弾幕をものともせず盾ごとウィンダムに体当たりを決める。

 凄まじい衝撃に襲われる両機。コックピットを揺らす激しい衝撃に、視界が揺れ、操縦桿を握る手も握力を保持するだけで手一杯となる。だが、僚機を失ったウィンダムと違い、シンには相棒がいるのだ。

『隙アリィ!!』

 衝撃に揺さぶられるパイロットは、背後から迫り来る長刀に対応することはできなかった。74式近接戦闘長刀はウィンダムを袈裟斬りにした。タリサは即座に噴射ユニットを全開にしてその場を離脱。その直後、袈裟斬りにされたウィンダムは推進剤が引火したのか、火球へと変貌した。

「周囲に敵影はなし……どうやら甲田大尉も敵機を片付け終えたらしいな」

 シンは周囲をレーダーで確認しながらタリサに通信を繋いだ。

『シン、こっちの機体に目立った損傷はない。そっちはどうだ?』

「ああ、頭が少しクラクラするけど、こっちにも損傷はないな。関節部も大丈夫そうだ」

 戦場の全体で見れば、混戦状態になりつつあるようで、優勢なのか劣勢なのかは分からない。だが、どうやらシンの周囲では概ね日本側が優勢に立っているらしく、敵機の反応もそれほど多くはないし、距離も離れている。

『イーグル2よりイーグル11並びにイーグル12』

 シンたちと別れて8機のダガーLと交戦していた甲田から通信が入る。どうやら、あちらも無事に敵機を殲滅できたらしい。

『周囲の敵機はひとまず掃討した。ポイント245で合流後、中隊長のもと――』

 甲田が命令を言い切る前に、目の前に通信ウィンドウが開かれ、ヘルメット内蔵のスピーカー越しに悲鳴じみた要請が聞こえてきた。

『甲田大尉、雁屋少尉!!すぐに戻って下さい!!このままじゃみんなが――』

 悲鳴じみた声の主は中隊のCP将校(コマンドポストオフィサー)、緑川曹長だ。そして、彼女の悲鳴と同時に、視界の端に新たなポップアップが表示される。それは、彼の中隊の内2機のシグナルが消失したことを知らせるものだった。

 

 

 

 

 

形式番号 GATー04

正式名称 ウィンダム(フレイ専用)

配備年数 C.E.78

機体全高 18.67m

使用武装 M2M5 トーデスシュレッケン12.5mm自動近接防御火器

     M7G2 リトラクタブルビームガン

     ES04B ビームサーベル

     Mk315 スティレット投擲噴進対装甲貫入弾

     M443 スコルピオン機動レールガン内蔵式対ビームシールド

     ストライカーパック

     ガンバレルストライカーVer4

 

備考:外見は通常のウィンダムと同じ。朱色にボディーがペイントされ、左肩には炎とFをモチーフにしたマークが刻まれている

 

 

フレイ専用にチューンアップされたウィンダム。第二期GATシリーズのカスタム機の部品も流用しているため、機体性能的には通常のウィンダムに比べて平均して2割から3割ほど高い

自律誘導兵器ユニットによる多角攻撃を織り交ぜた近接戦闘を得意とするフレイのスタイルに合わせて武装も変更されており、乱戦での取り回しに長けたブルデュエルのリトラクタブルビームガンや、レールガン内蔵式対ビームシールドを用いる

ガンバレルストライカーVer4は前回の大戦時にフレイが搭乗したダガーMk.Ⅱに搭載されていたガンバレルストライカーVer2の改良型で、4機のガンバレル全てがエグザスで搭載実績のあるM16M-D4ガンバレルの改良型である無線誘導式のM16M-D7ガンバレルに換装されており、GAU-868L2 2連想ビーム砲とDE-RXM91Dフィールドエッジ「ホーニッドムーン」を組み込んである(つまりは、無線誘導のエグザスのガンバレルを背負っているということ)



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PHASE-26 紅の嵐

遅くなってごめんなさい。実は、前回の種死ZIPANGUの投稿後に少し手術を受けて入院していました。
退院はすぐでしたが、退院後も食生活に制限が加えられていたために色々と萎えていましたし、身の回りがゴタゴタしていたこともあって執筆が中々進みませんでしたね。
結局、一月ぶりの投稿ですが話はほとんど進んでいないっていう……


「全く……どいつもこいつも不甲斐ないわね」

 朱にペイントされた専用機仕様のウィンダムの中で、フレイ・アルスターは舌打ちした。

 

 当初、数に優る大西洋連邦軍が日本軍に対して優位に立ってはいたのだが、その優位はこの1時間ほどの戦いで崩れ去っていた。

 既に、戦況はほぼ互角。元々主力MSの性能を比較すれば、ようやく大西洋連邦全軍に配備が行き届いたウィンダムと、不知火弐型への更新が進んでいる日本軍の現時点の主力機、陽炎改を比べた場合、撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は2.3対1でまだ陽炎改の方が優れているのだ。時間の経過によって数の差が埋められることも十分考えられることである。

 数で圧せばいいと安易に考えた大西洋連邦の見通しが甘かったとも言わざるをえないだろう。この作戦を立案した作戦本部も、元々味方を欺かんとする意図はなかったかもしれない。 一応、味方から無能の謗りを免れない彼らにもそれなりの言い分はあるらしいが。

 まず、日本軍のMSの更新速度がこちらの予想を上回っていた。作戦本部が日本の議会に提出された防衛予算や各地の軍需工場の動き、関連企業の資材調達状況や株価の変動等の情報から導き出した大日本帝国宇宙軍に配備されている不知火弐型の数は、実際に配備された数を大きく下回っていた。不知火弐型の調達に関する情報は情報局によって操作されており、その成果が出た形となる。

 次に、アメノミハシラの防衛に駆り出された部隊の配備された不知火弐型の比率だ。大西洋連邦軍はこの時点で知る由もないことなのだが、実は、日本が調達した不知火弐型のおよそ8割がこの戦闘に参加した部隊に配備されていた。

 宇宙軍は強権を行使し、不知火弐型への機種転換を済ませていた部隊を強引に各地からかき集めたのだ。当然各地のコロニーや軍港で混乱一歩手前の状況に陥ったが、そちらは日本の『労働者と油は絞れば絞るほど出る』という江戸幕府初代将軍以来脈々と受け継がれてきたデスマーチ理論でどうにかなっていた。

 軍の実務官僚をこれほど酷使(実際に過労で軍病院に入院したものは少なくない)してまで不知火弐型をそろえるというのは通常は考えられないことである。ただ、いざというときの取らぬ足らぬを人を酷使してどうにかするのがこの国の悪しき伝統なのだ。

 因みに、給料面での待遇改善は数世紀前に比べて遥かに進んでいるが、未だに「企業戦士」=サラリーマンの構図は崩れていない。

 最期に、アメノミハシラの軍勢が要塞の傘から早々に飛び出してきたことだ。本来であれば、要塞の傘に篭る敵に一方的に攻撃を与えることで要塞の傘から追い出し、そこに攻撃を加える手筈になっていたが、早々に日本軍は攻勢に移ってきたために計画は当初から躓いていた。

 これらの要因が重なったことで、大西洋連邦宇宙軍は当初の予定よりも苦戦を強いられていたのである。多分に大西洋連邦の楽観論のツケが回ってきた部分があるが、そもそもこの出兵論そのものがロゴスの根回しによって実現したものであるため、出兵論を強めるために作戦本部には不都合な情報はあまり与えていないところもあった。

 作戦本部もA級戦犯であることには間違いがないが、この損害の原因はもっと根深いところにあるのだ。

 

『おねえちゃん。ナタルがむこうで暴れてきてって言ってる』

 妹分であるステラ・ルーシェ曹長から通信が入る。それに対し、フレイは好戦的な笑みを浮かべながら応えた。

「分かったわ。――アウル!!スティング!!聞いていたわね!!」

 ウィンダムのコックピットモニターに二つの通信ウィンドウがポップする。

『わぁーったよ。雑魚を蹴散らせばいいんでしょ?』

『アウル、調子に乗るな。任務なんだぞ』

 生意気そうな口調で話す淡い青の髪の男がアウル・ニーダ曹長。アウルを諫める顰め面の男がスティング・オークレー曹長だ。彼らとステラはエクステンデットと呼ばれる強化人間であり、薬物的な身体強化や、催眠によるメンタル面の強化なども施されている。特に、フレイの小隊に所属する彼らは、エクステンデットの中でも最高クラスの戦闘能力を誇る。

 大西洋連邦最高峰のエースであるフレイが指揮すれば、時に3人がかりとはいえ大西洋連邦最強の撃墜王(エースパイロット)、ムウ・ラ・フラガですら撃墜判定されることもあるのだ。

「アタシが先行してかき回してくるわ!!ステラたちは迂回して後ろから食い散らかしてやりなさい!!」

『うん、わかった!!』

 無邪気な笑みを浮かべるモニター画面のステラに僅かに頬を緩めるも、すぐさまフレイはフットバーを蹴り飛ばし、機体を加速させた。それに続き、後続の3機のMSが軌道を変え、フレイと距離を取る。

「さて、じゃあサクッと終わらせるわよ」

 レーダーが日本軍の不知火弐型を捉えると同時にフレイは乗機の両腕が握るライフルの銃口を正面に向けて構えた。

「『自分たちは正義の味方じゃない』って言っていた貴方達が世界で正義面してるのって、正直虫唾が走るのよね」

 不知火弐型の方も、レーダーでフレイの機体の接近を察知したのだろう。散開した8機の不知火がライフルをこちらにむけて構えている姿がコックピットのメインモニターに映し出された。

 8機の不知火は、まっすぐ突っ込んでくるこちらを十字砲火で絡め取る配置についている。通常であれば、自分から火箭の網に飛び込むことなど、まさしく飛んで火に入る夏の虫だ。にもかかわらず、フレイはそんなことに構わずに十字砲火の網が待ち受ける空間を突き進む。

 当然のことながら、火にいる夏の虫に対して8機の不知火は理想的とも言える集中砲火を浴びせた。火箭が複雑に絡み合い、フレイのウィンダムを絡めとらんとする。

 しかし、火箭の網の目を縫うようにフレイのウィンダムは突き進む。時に左に、時に右に上にと細かくスラスターの噴射口を傾け、手足を振ってAMBAC制御で機体の姿勢を変えることで紙一重で砲火を回避したフレイのウィンダムは、速度を全く落すことなくキルゾーンを抜けた。

 十字砲火が浴びせられるキルゾーンを抜ければ、もはやフレイの道を遮るものなどない。瞬時に一機の不知火弐型に肉薄したフレイは、ウィンダムが両腕に構えるライフルのトリガーを引いた。

 M7G2 リトラクタブルビームガンから放たれた連続して緑の閃光が放たれる。最初の数発こそ、71式攻盾で上手くコックピットをビームから守った不知火弐型だったが、腰部噴射ユニットがビームの直撃を受けて爆発、その衝撃で姿勢を崩した隙を見逃さずに放たれた銃撃によって、コックピットを打ち抜かれて爆発四散する。

 不可能なはずの砲火潜り抜けを平然とやってのけ、さらに僚機を一瞬で撃墜してみせた紅のウィンダムに恐れをなしたのだろう。撃墜された不知火弐型の一番近くにいた一機が狂ったようにビームを撒き散らして牽制する。

 しかし、先ほどは8機の不知火弐型が形成した分厚い弾幕を突破してのけたフレイにとっては、たった一機の不知火弐型が苦し紛れに張った弾幕など脅威になりえない。両腕のライフルを構えなおして急ターンしたフレイのウィンダムは、弾幕を軽々と潜り抜けながら肉薄する。

 不知火弐型の脇を高速ですり抜けつつ、AMBAC制御で姿勢を変えたフレイのウィンダムは、がら空きの脇からビームを打ち込み、不知火弐型のコックピットを撃ちぬいた。最初の不知火弐型が撃墜されてから、この間およそ15秒。この短時間で、8対1は6対1となっていた。

 そして、残りの6機の不知火弐型の側面からさらに銃撃が浴びせられる。側面から回り込んでいたステラたちが到着したのだ。これで、6対1から6対4。数だけで見ても形勢は五分五分に近づきつつあり、実際のところ、パイロットの質の差から言えば日本側は圧倒的な不利に立たされていた。

『お姉ちゃん!!』

「待っていたわ、ステラ。突っ込んできなさい!!あぁ、スティングはステラの援護、アウルはアタシのカバーね」

『は~い!!』

『……了解]

 愛する姉の言葉に舞い上がって笑顔を浮かべているステラ、はしゃぐ妹分の御守をぞんざいに命じられて淡々と了承するスティング。

『え~、また姉ちゃんのカバーかよ。たまには前にいかせてくれてもいいじゃん、ケチ』

「私が前に出たいの。何?まさか不満?」

『へ~へ~。分かりましたよ』

 不満を口にするアウルと、わがままを通すフレイ。アウルはいつも突撃するフレイのカバーを命じられるばかりで、前に出させてもらえないことへのフラストレーションを溜めつつあった。尤も、フレイからしてみれば、ヒットアンドアウェイならばともかく近接格闘戦をさせるにはアウルの技量は正直なところ心もとないものだった。

 しかし、それを面と向かって言えばアウルは反発し、命令を無視してでも格闘戦をしでかすだろう。自分のわがままに付き合わせるという形をとることで、彼が無茶をしでかさないように予防線を張る。これが姉貴分なりの気遣いなのだ。年齢に比べて精神的に幼いところのあるエクステンデットのアウルにはまだ分からないことだが。

 

 

 

 

 

 

 一方、フレイたちの襲撃を受けた雲龍航宙隊第一中隊は一瞬で2機が立て続けに撃墜されたことによる動揺から既に立ち直っていた。雲龍航宙隊第一中隊の内、中隊長の響を含めた4名が火星での激戦を潜り抜けた猛者だ。既に彼らは敵のパイロットとの力量差を見極め、先に別れた第三小隊の合流を待つ消極的な戦いへと切り替えていた。

『隊長!!あの赤いウィンダムはカスタム機です!!ブースターの推定推力は通常の機体のおよそ1.3倍!!』

 元整備士でもある中島は、その経験から敵MSのスペックなどを非常に的確に推測することができた。

「敵のエースだろうな。それで、側面からきた3機は?」

『そちらはおそらく、第二期GAT-Xシリーズの改修機でしょう。スペックは想像できませんが、間違いなくウィンダムは超えています』

「集中砲火を潜り抜ける腕っこきが乗ってるカスタム機に、第二期GAT-Xシリーズの改修機か。加えてお高くつく高性能機を揃えているってことは、十中八九こいつはエースを集めた超優良部隊だな」

 響はレーダーで周囲の状況を見つめながら冷静に考察をしていた。おそらく、側面を突いてきた第二期GAT-Xシリーズの改修機は不知火弐型のスペックを上回っている可能性が高い。ただ、どうやら腕の方は先ほど曲芸を見せてくれた赤のウィンダムのパイロットほどではないようだが。

 そして、現状、彼の指揮下にある6機の不知火弐型では、これを撃退することは不可能であるという結論は響の頭の中で瞬時に導き出された。

 先ほど撃墜された2機は、雲龍に配属されてから彼らの中隊に補充されたパイロットで、お世辞にも力量は大日本帝国宇宙軍母艦航宙隊のパイロットの腕前としては下の上から中の下といったところでしかない。母艦航宙隊のパイロットには、基地航宙隊のパイロットに要求される力量よりも上の力量が要求されるということを差し引いても、腕はあまりいいわけではなかった。

 その他の二名のパイロットは、母艦航宙隊のパイロットとしては並程度の腕前はある。歴戦の猛者である響の統率力もあったため、2機が立て続けに撃墜されても即座に指示に従って態勢を立て直していたが、現状を打破しうるほどの腕はない。

「いいか!!各機、まともにやりあおうと思うな!!距離を取りつつ、エレメントで対応しろ!!」

 シンたちが戻ってくるまで耐え忍ぶことができれば、敗北はないと響は判断した。しかし、この尋常ならざる敵パイロット相手に敗北しないだけで十分な戦果だと彼は考えている。

 もしもこの敵小隊をこのまま野放しにすれば、よほど腕のある撃墜王(エースパイロット)かベテランが対応しない限りは的にしかならないからだ。このことは、既に撃墜された2機がその身をもって証明してくれている。

 敗北しないだけで、戦況に大きく貢献できるのである。

『隊長!!甲田大尉がそちらに向かっています!!後10分だけ耐えてください!!』

 CP将校(コマンドポストオフィサー)、緑川曹長の泣きそうな声がスピーカーから聞こえてくる。

「10分か……聞いたな、10分だ。10分だけ持ちこたえろ!!死ぬんじゃねぇぞぉ!!」

『ラジャー!!』

 スピーカーから聞こえてきた力強い唱和に、響は僅かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 ――とはいったものの、正直、10分誰一人欠けることなく持つかどうかは怪しいな。

 

 しかし、ふと懸念事項に占められた響の脳裏に一人の若者の顔が過ぎった。

 シン。若者にありがちな無鉄砲さを武器にどこまでも真っ直ぐ突き進む素直な青年だ。ただ、彼のMSの操縦センスには自分や他の隊員にはないどこか光るものがあった。コーディネーターが生まれつき備えている反射速度や身体能力とはまた違う、戦人の才とでもいうべき原石。日々の訓練や火星での戦いの中で時折シンが見せた力は、現在大日本帝国軍で撃墜王(エース)と呼ばれている彼らの力を彷彿とさせることもあった。

 

 ――ひょっとすると、アイツがこの窮地を抜け出す希望になるやもしれんな。

 

 響は、部下の手前勇壮な姿を演じつつ、未だひよっこ呼ばわりしている新人の才能に縋る自分の弱さを恥じる一方、シンにまるでヒーローに向けるような期待を寄せている自分を可笑しく思った。



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