転生して電子生命体になったのでヴァーチャル配信者になります (田舎犬派)
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#0 配信を見てみよう!

もうすぐ18時ちょうどになる。

 

夏のとある休日、今日も僕はパソコンの前でその時間になるのをネット掲示板を眺めながら待っていた。

 

『待機』『今日は間に合った~!』『ただいま』『ただいまー』

 

掲示板の横で動画配信サイトを開き、生放送のタブを選択する。

おすすめ一覧の一番上に表示されている見慣れたサムネイルをクリックするとまだ放送が始まっていないにも関わらず配信枠ではすでに数百人がコメントを書き込んでいるようだった。

 

『ただいま』

 

僕もその数百人と同じようにそうコメントを打つ。するといくらかの視聴者が僕のコメントに反応を返してくれる。

 

『おかえり』『おかー』『やあ』

 

なんだかおかしな挨拶。だが、この配信ではこれが普通、視聴者は皆この配信へと帰ってきたのだ。

 

もうすぐ配信が始まる。真っ暗だった配信画面は18時ぴったり、コンマ1のずれもなく正確に動き出した。

 

配信画面に映し出されたのは部屋だった。畳と呼ばれる床に、木製の背の低い丸い机?が置かれている。その上には冷たく冷やされているのだろう、露のある硝子製の入れ物。色からして中身は……麦茶だろうか。そばにはこれまた硝子製のコップ。半分ほど麦茶が入れられている。

他にも蚊取り線香と呼ばれるものが白い煙をゆらゆらと昇らせたり、紫陽花柄のうちわと呼ばれるものが置かれている。

 

部屋の奥は障子戸が開け放たれ、縁側が続く。小さな畑が見えさらにその奥に田んぼが段々になって形作られている。田んぼには水が張られ青々とした苗が風によって波打っているのが見える。その先に大きな山々が連なり、ちぎれた雲がぽつぽつとその姿を現していた。

 

その光景は今の時間、つまり夕焼けによってオレンジ色に美しく映し出されていた。

 

障子戸の先がまるで絵画か何かのようだと錯覚してしまう。あるいは絵やアニメのような創作物のように。

あまりにも美しく、幻想的。それは僕の心に懐かしく、寂しい感覚を呼び起こさせる。

 

誰かがかつてコメントしていただろうか、それは"ノスタルジック"なる感覚なのだという。昔を思い出し、切なく懐かしく思うことなのだという。

 

だが、当時その説明を聞いた僕は首を傾げていた。

なぜなら僕は、あるいは今この生配信を視聴している視聴者の誰もがおそらくこの光景をリアルに目にしたことなどないはずだから。

 

鉄とコンクリートと合成樹脂、それこそが僕たちの懐かしく思うべき対象であるはずだ。

 

ふと僕はこの風景を切り取っている枠の縁に何かがぶら下がっている事に気が付いた。光漏れる障子戸の上、長押部分からぶら下がるそれは丸いガラスの器のようなもので、その中にも涙型のガラスがぶら下がり、その先には長細い紙片が風で揺れ動いている。

 

これもコメントで教えてもらった。風鈴と呼ばれるものだ。

 

僕は慌ててパソコンに音声受信用の端末を取り付け、音量を上げる。

 

そして、衝撃が僕を襲った。

 

予想していた風鈴の音。風に揺れ動く紙片より伝わる動きは凧糸を通して結ばれた涙型の硝子へと伝わり、丸い硝子の器へと遠慮がちに触れ合う。

機械的な法則に則った音楽とは異なる、自然をもって音を鳴らす風鈴は不思議とその音色に清涼感をもたらす。

 

だが、それだけではない。全くの予想外、いや予想以上だ。

風鈴の涼やかな音の後ろから聞こえてくるのはいくつもの種の蝉がなく音に、風が田んぼの苗を撫でるざあざあという音、障子と縁側の間を吹き抜けていくひゅうひゅうという音。

あるところでは木々がざわざわと、あるところではさあさあと、麦茶の中に入っていた氷がからんと、虫たちがりーんりーんと、田んぼの中のカエルががあがあと。

 

あらゆる音が一緒くたになって訴えかけてくる。

 

まるで自分がこの空間に居るかのような錯覚さえ覚えてしまうほどに。

 

 

『はっ!?wwwwww』『これはすげえええええええええ』『まじかあああああああ』『圧倒的リアル、リアル知らんけど』『マジでこれ全部3Dモデルなのか?どっかのロケ地じゃねえの?』『←こんな場所もう無い定期』『うん、いるよー今俺はここにいるわー』『←お前映ってないんだが…』『成仏』

 

 

コメント欄が追い付けないほどに加速する。すでに来場者数は数千を突破し、さらに増え続けている。

コメント欄はこの光景、あるいは音に様々な感想を言い合う場となり、だれもかれもが懐かしい、寂しいといった感情を書き込んでいた。

今の僕なら彼らと同じような感想を書き込むだろう。たとえ行ったこともなく、見たことさえない場所に望郷の念を抱くその感情を。自身でもうまく説明できないそんな感情を抱かせるその光景に視聴者は魅せられているのだ。

 

 

しばらくすると話題は風景からこの動画の主役へと移っていく。

 

『そういえばわんころちゃんは?』『さっきから姿が見えん』『配信開始したんだから近くにいるのでは?』『←おっ初見か?わんころちゃんの生は自動配信設定だぞ』『前に寝ちゃってて1枠つぶれたことがありましたね…』『あれは許した』『わんころちゃん後日の生配信で泣きながらめっちゃ謝ってたからな』『泣き顔かわいかったです』『泣き声かわいかったです』

 

話題が変態的な方向へと進み始めたのをスルーして僕は改めて配信画面へと視線を移す。

誰かが言っていたように、ここに映るものはすべて3Dモデル。作り物だ。部屋の内装も小物も、畑や田んぼ、果ては山や空、夕焼けとなっている太陽さえも。

それらはすべてたった一人の動画配信者によって創られ、設定され、命を吹き込まれたものだ。

 

『おっ来たんじゃね?足音するぞ』『聞こえん』『音量上げろ』『蝉ニキがうるさくて無理です』

 

僕も聞こえなかったのだが、しばらくすると足音は大きくなり誰かが縁側を歩いているのだと分かった。

障子に影が映り、ついにその姿が現れる。

 

…両手に山のように洗濯物を持っているため姿が見えない誰かが。

 

「遅れてごめんね~思ったより洗濯物がね~」

 

ゆったりと優しい声が響く。心が和らぐ安心するこの声音は紛れもなくこの配信の配信者である少女……のはずだ。

 

『またかよwwww』『おいwwwww』『山盛洗濯物で顔がみれんwwwww』『初見を混乱させるな』『洗濯物が実況者になる時代か……』

 

「しょうがないよ~いきなり通り雨なんだもん、狐の嫁入りってやつだよ~」

 

畳の上に洗濯物を置き、その場にぺたんと座り、少女はこちらへと視線を向ける。

浴衣と呼ばれる服を着てにこにこと楽しそうに体を揺らす彼女。黒い髪は夕焼けを反射して美しく映え、前髪は真っ直ぐ切りそろえられている。目立つのはその頭に髪色と同じ黒い犬の耳がくっついているところだろうか、耳がぴくぴくと動くたびお尻のもふもふなしっぽもゆらゆら動き出す。幼い容姿でありながらその鮮やかな翡翠色の瞳は何ともいえない暖かさと安心感を与えてくれる。

 

「は~いみんなおかえり~ヴァーチャル配信者のわんこーろだよ~わんころって呼んでね~」

 

『ただいまー!』『ただいままー』『やっと家に帰ってきたんだなぁ』『心の故郷』『本当にその呼び方でいいのか(困惑)』

 

電子生命体のヴァーチャル配信者わんこーろ、それがこの配信の主役であり自らが作った世界に住んでいるという少女の名前だ。

 

「ふふ、それじゃ~今日もわんこーろと一緒にこの世界を創っていこ~!」

 

 



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#1 この世に生まれてみよう!

短いので二話投稿します(一話目)
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みなさんこんにちは~。

気が付くと真っ白な空間にいて何が何だかわかんない名無しだよー。

名無しってのもほんとはあったと思うんだよね、名前。でも思い出せないんだよねー。

名前があったのは覚えてるんだけどねー、それ以外はさっぱりなんだよねー。

 

真っ白な空間に一人ってホントまずいよね、何がまずいってまず目がちかちかする。

あとすっごく暇。なんもなくて真っ白だからね、ホントに暇。ダメになりそうなほど暇だけど、ダメになっても暇なことにかわりないから、うんとにかく暇。

 

暇すぎて今の状況がどういうものか考えてたんだけど、これってもしかしてうわさに聞く異世界転生ってやつでは?

それにしちゃ全く物語は始まんないよ。真っ白空間だからこれから神様的存在が出てきて「メンゴ殺しちゃった(ハート)チート&異世界GO、OK?」とか言ってこないですし。

時間なんてわかんないけど大分この真っ白空間に居る気がするよ?

それすっ飛ばしてここが異世界ですーなら物語始まんないどころの話じゃないよ?真っ白だよ?

物語の内容なんも書かれてないよ?白紙だよ?表紙詐欺すぎるよ?

 

そんなことを体感数日ずっと考えてたんだけどやっぱり真っ白なだけでなーんにも起こんないだよね。

 

「……地面さんはいる……あったかい」

 

小さな女の子みたいな声が出たよ。でも数日前からそうだからもう慣れちゃった。

なんだか安心する声で、ほわほわーってな感じの声なんだよねー、だから一人なのにいっぱいしゃべっちゃうんだよね。

 

「真っ白だけど地面さん……遠くを見ると真っ白で地面さんよくわかんない……」

 

うん、自分でも何を言っているのかよくわかんないよ。でも数日(体感)真っ白な空間に閉じ込められたら誰だっておかしくなるだろうし、まだいいほうだとおもうよ。声もかわいいし。

 

「……あ、すてーたすおーぷん」

 

まだやってなかったことをやってみるよ。まだ異世界転生の可能性を捨てたわけじゃないからね!

これで何か出れば一発逆転だよ!

 

「……すきるおーぷん」

 

「……ふぁいあー」

 

うーんだめですね、おーぷんすることもなければ目の前に炎が現れることもありません。

まさに八方ふさがり。くそげーです。

 

現実のくそげーならば攻略サイトを検索してさっさとエンディングを見た後、売っぱらってやるのですがこのくそげーは無理そうです。

 

「……ぐーぐる」

 

何と!どうやら私の口はこのくそげーを売り払うことを諦めていないようです。

くそげーの攻略サイトを絶対検索するという意気込みを感じます!

 

「……へっ!?」

 

突然私の目の前に現れる半透明の窓。青く縁取られたそれは紛れもなくパソコンのブラウザ、そこに映し出されているのは真っ白な背景にカラフルな6文字のアルファベットと検索欄。

 

「えっ嘘!?ホントに!?」

 

私は焦りながらもその窓に手を触れようとします。検索欄に指先が触れると私の手元にこれまた半透明なキーボードが出現。ご都合的ですね、ですがそれがいい。

そこからは何とも早いものでした。この空間が何なのかをなんとかして調べようとして、結局わからないと結論付けてからは今は何時なのか?ここ以外の世界は存在するのか、そして私は何者なのか?

そんなことを1年と13日と5時間13分29秒もの間調べ続けました。

 

そしてそれらの疑問の一応の答えを私は得ました。

 

この世界は私のいた現代よりも少し先の未来のようです。暦にすると2250年で、いろいろなことがネットを介してできるようになっているようです。例えば面倒なお役所関係の書類や、選挙などはパソコンの前でワンクリックするだけで完了するようです。

あと、自然環境なんかもかなり悪くなっているようですね。私の知っている小説に登場するディストピア一歩手前、もしくは最悪を脱却した直後って感じです。

それでもライトノベルなどに出てくるネット内へダイブできるほどの技術はまだないようです。

そんな中途半端に近未来未満な世界のようですが私という存在はまるでコンピューター内に存在しているかのように目の前に窓を出現させ、ネットに接続しています。

 

そこから考えるに私はどうやら人間ではないようです。

ネット内の空き領域と言う名の真っ白い空間に意思を持って生まれた、AIも真っ青な電子生命体、それが私なのです。

 

 



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#2 ふれあいを考えてみよう!

短いので二話投稿します(二話目)


気が付いたらネットの中で電子生命体になっていた名無しですが、最近気が付いたことがあります。

 

なんと、私お腹が空かないんですよ!

さすが電子生命体。電気さえあればどこにでも存在できるだけのことはあります。それだけじゃなく眠くもなりませんし、生理現象の類一切が存在してないようです!

 

……確かに便利な体ですが、何だかそれはそれで複雑な気分ですね。美味しいものを食べても意味ありませんし、お昼寝も好きだったんですが、それも無駄だと思うと時間がもったいなく思えてしまいます。

 

と、いうわけで私はここ最近食事や睡眠を摂ることなく、ネットサーフィンをしております。

いやはや、ネットは広大ですねホント。

いろんな人間が主義主張を言い合い、それらが巨大な流れになって世の中を動かしている。それが文字通りネットに触れている私にはとてもよくわかります。

 

この世界のインターネットは私が生きてきた世界よりもかなり複雑でその網の目は非常に綿密なものになっています。ただの一言が一気に全世界へと配信され、脚色され捏造され拡大解釈されます。

そのスピードは前世とは比べ物にならないもので、情報の真偽を見極めることが出来れば何とも便利な世の中になったといえるでしょう。

 

まあ、基本匿名なのでカオスってるのですが。

 

さらに前世より科学技術がかなり発展しているようなので、じぇねれーしょんぎゃっぷを感じずにはいられません。

 

そんな感じでネットの海を浮き輪にのってゆらゆら眺めていたのですが、ふと私は彼らが羨ましいと感じました。ある程度匿名が維持されたネットの中ではすべての人が平等に発言する権利があります。

性別も年齢も社会的地位も関係なく同じ場所で意見を交わしあうその姿はネットの中ではすべての人たちがまるで友達のように私には見えました。

 

私もあんな風になりたい。同じように話をして、友達になりたい。

 

思えばこの世界に生まれて一年経ちますが、それまで私はたった一人でした。匿名の掲示板に数回書き込んだ事もありますが、彼らは現実に生きている人間で、私は肉体を持たないネットの中だけの存在。

友達として深く語り合おうとするとどうしても人とそうでないものの間に不和が生じます。

 

美味しいものを食べた、明日も仕事だから寝るね、風邪をひいた、あの人に好きと伝えた。

 

どれも私には心から共感することが難しいのです。悲しいことに。

 

そんな時、私はある存在がネットで話題になっていることを知りました。

この世界でも最大級の規模を持つ動画配信サイト、そこで行われているサービスの一つ、生配信というやつです。

 

今までも生配信というものを視聴したことはありますし、私もコメントしたことがあります、ですが驚いたのはその生放送を行っている生主の存在でした。

 

「ヴァーチャル配信者……!」

 

実際の人物でなく自身のアバターとしてヴァーチャル配信者となり、様々な物事に挑戦するその姿に私は衝撃を受けました。それと同時にひらめきました。

 

そうか!その手がありました!ヴァーチャルな存在として配信者になればそのテイで話を進めることができます!

たとえ私の非人間的な部分が露呈しても自分ヴァーチャルなんで~でヤバげな話題をサラッとスルーできます!

 

決めました、私ヴァーチャル配信者になります!

 



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#3 初めまして!

現在の時間は17時55分ちょっと。設定した配信時刻までもう少しです。

 

生主になると決意してから私はいろいろと配信に必要な機材を調べ始めました。

最低限必要なのはこちらの映像を撮影するカメラにマイク。あとは配信ソフトなるもの。

あとゲーム配信をするにはキャプチャーボードなるものも必要だとか。

 

もしも私がただの人間ならばその操作方法から覚えていかないといけないところでした。

ですが私はネットに住む電子生命体なのです。高いカメラは必要ありません、代わりにフリーの動画編集ソフトを活用させてもらいます。もちろん配信などで使ってもよいと許可が与えられているものを使います。

それを用いて私の姿をそのまま映像として配信画面に流すようにしました。

マイクも必要ないですね、現実世界から音を拾うわけではないので必要ないのは当たり前です。代わりに音楽編集ソフトを使わせてもらいます。もちろんこちらもフリーのソフトになっております。

 

キャプチャーボードに関しては今のところ保留ですね。ソフト関連なら電子生命体である私が頑張れば何とかなりそうですが、ハードは今のところどうしたらいいかわかりません。

まあ、どうやらこの世界のゲームはほぼネット接続が普通で、PCのゲームが主流のようなのでキャプチャーボードがなくても問題はないでしょう。

 

「うう~思ったよりも緊張するな~」

 

思ったよりも緊張していないような声が出てしまいましたが、本当はかなりガチガチでビクビクなのです。この日のためにいろいろとおしゃれして頑張ってきましたので!気合の入れ様が違います。

 

「18時……始まったね~」

 

動画編集ソフトが動き出し、配信が開始されたことを伝えてきます。各配信に用いているソフトが正常に機能していることを確認し、私はカメラ(の代わりに動かしている編集ソフトの枠内)へと移動します。

 

しばらくすると配信視聴者の数字が1と表示される。その数字に思わず顔がほころぶ。

すぐに『わこ初見』のコメントが付く。

どうやらチラ見して帰ってしまうわけじゃなさそうでほっとした。

 

「わあ~コメントありがとうございます~今日から配信を始めました~わんこーろといいます~よろしくお願いしますね~」

 

名前は単純に私が犬派だからです。もちろん猫も好きですが、昔飼っていたのが犬でしたので適当に犬っぽい名前にしました。

というか、やばい……こんなに長い台詞を話したことがなかったので、ものすっごいゆったりしてる。これ大丈夫?馬鹿にしてるように聞こえない?

 

『わこつ』『かわいい服装!』『ヤヴァイ完成度』

 

そんなことを考えていると視聴者の数字が4に増える。おお、思ったより見に来てくれますね~

 

「初見さんこんにちは~この服をほめてくれてありがと~はじめてだからちょっとおしゃれしてみたの~」

 

私は生放送を行うにあたって配信機材(ソフト)と同時にあることに着手していたのです。

それは私の姿を実際の3Dモデルにすること!

今までの私は他人に見られることを想定していなかったので声は出せてもその姿はありませんでした。

ネットに存在する情報の集合体であり、まるで透明人間みたいだったのです。なのでフリーの3Dモデリングソフトや素材を使ってそれっぽく作ってみました。

それっぽくといっても私は電子生命体なので、モデリング自体はまるで粘土をこねこねするぐらい簡単に出来てしまいます。デザインもあちこちから良さげな素材を参考にしました。

 

まずなんといっても幼女でしょう!このほんわかふわふわ声はやはり少女よりも幼い感じがしますし、それと犬派でしたので単純に犬耳としっぽを標準装備です。

黒髪前髪ぱっつんに黒柴犬の耳がちょこんとのっていて、しっぽは通常の2、3倍ほどもふもふを増量しております。

 

服装は薄桃色の布地に鮮やかな桜が添えられた浴衣となっております。実際の浴衣よりも動きやすいように改良しているので、正しく浴衣というわけではないと思う。

 

『やばいちんまいかわいい』『かわいすぎか』『にこにこしててほんわかする』『バック真っ白で目がちかちかするぞ』

 

「む~慣れてないからかわいいって言われるとはずかしいな~、真っ白なのはごめんね~この場所なーんにもなくって暇だからみんなとお話ししたいな~って思って配信始めたの~」

 

自分ではもうこの白い空間に慣れてしまっていたこともあって気にしていなかったけどさすがに真っ白は嫌だよね。

そう思い、私は手のひらを一度パンと鳴らす。

すると先ほどまで真っ白だった空間が今度は緑一色に変更される。単色のみの背景には変わりないけど、少なくとも真っ白よりは負担が少ないんじゃないかな?

 

『!?』『なに今の!?』『設定変更早すぎぃ』

 

「へへへ~すごい? ありがとね~。それでね、今日はみんなとお話ししたいなっておもってね~」

 

先ほどの動作に驚いている視聴者さんをよそに私はさっそく話し始める。内容は私の事を最初からすべて正直にだ。

何もないところから生まれて、ネットを泳いで、寂しくなって配信を始めたという事。

どうせ誰も本気にはしないでしょう。そういう設定なのだろうと納得してくれると思い、構わず話し続けます。その声音は自分でも分かるぐらいに嬉々としていて、自分の境遇をなんの気を遣う必要もなくしゃべることができる解放感に、私は自然と声だけでなく笑みもこぼれます。

 

少しの間そうやって私の事を話した後は数人の視聴者さんが私の事を質問したり、逆に身の上話を聞かせてくれたりした。といっても最近の流行やらできごとなんかの話題を提供していただいたぐらいなんだけどね。

 

「ああ、楽しいな~楽しいな~!」

 

『マジでめっちゃ楽しそうで草』『ひとりはいやだよね……』『おい勝手にトラウマ抉られてるヤツいるぞ』『草そしてかわいい』

 

思わずそう口に出してその場でぴょんぴょんと飛び跳ねてしまうぐらいには、この何気ない会話を楽しく感じた。こんなにも他人との会話に飢えていたのかと驚いてしまう。

本来ならば視聴者さんもネットでは口にしないような比較的深い話までしてくれて、初めてとしては結構いい感じの配信になっているのではないでしょうか?

そんな時、ふと一人の視聴者さんの書き込みが目に留まりました。

 

『わたしのひいひいばあちゃんもそんな服着てた。懐かしい』

 

「ひいひいおばあさまと一緒ですか~? なんだかうれしいですね~」

 

ネットによれば今の時代、かつて日本の原風景と呼ばれていた光景はそのすべてが無くなっている。どんなに都市部から離れていても完璧に整備された交通網が敷かれており、安全と利便性は極限まで高められていた。

 

今より少し前の世界は効率こそが至上であり、非効率なシステムは簡単に捨てられてしまうようになっていた。そしてそんな世界に反発する人間はいない。なんせ今まで以上に住みやすく、生きやすくなったのだ。誰もかつての不便な、つまり非効率な生活に戻りたいとは思わないだろう。

 

その思考が加速した結果、日本の原風景は姿を消した。

 

かつて存在した風習も、文化も、伝統さえも非効率さを理由に姿を消した。私の着ている服が浴衣であることを指摘する視聴者がいなかったのもかつての古き良き時代を知らない世代だからだろう。

 

『あとなんか人形も持ってた。木製の』

 

『木製ってマジ!?』『合成樹木のことじゃねーの』『表面が木みてーに加工された合成樹脂だろ』

 

「天然の木でできたお人形ですか~珍しいですね~」

 

効率化とそれに伴う技術の発展によりもはや木の材料という役割は終わりを告げた。それにとってかわる新たな新素材が生み出され、生産性、加工効率、安全性などを大幅に向上させていた。

 

『コレ画像データ、本物はひいひいばあちゃんが持ってった』

 

そのコメントと共に何かのデータアドレスが書き込まれる。それに触れ、表示される画像。

 

『何コレ?』『わかんね』『木……か?』

 

映し出されたのは手のひらに収まるくらいの小さな木製の、狐を模した人形だった。既にあちこち欠けたりすり減ったりしているがその形は何とか保たれている。本来鮮やかな朱色に塗られていたようだが時間の経過とともにその鮮やかさは褪せている。

 

「コメントの~えーと、わちるさん、でいいのかな~? わちるさんのひいひいおばあさまは商いをしてた人?それともお米を育ててた人~?」

 

『なんでわかったの?』『電子生命体でエスパーとか設定大杉問題』『マジ当たってんの?』

 

「んふふ~~えすぱーじゃないよ~、でもありがと~うれしいよ~、う~ん、このままじゃあお狐さまもかわいそうだよね~」

 

この人形が相当大事にされているものならただの人形ではなくお守りのような存在だと考えたんだけど、そうなると豊作を司る稲荷神のお守りかなって思って聞いてみたら本当にそうだったみたい。

 

画像を見るに、この人形はかなり損傷が激しい。本物は持ち主と共にあるらしいけど、この画像の人形はちょっとかわいそうだ。

 

あ、それじゃあ――

 

「ねぇわちるさん~この画像の人形つくってもいいですか~?」

 

『作る?』『うん?』『ファ!?』『復元するにもこの画像だけじゃ無理そう』

 

「うん~大丈夫~なんてったってわんこーろは電子生命体~だからね~。ネットの海から欲しいものを釣り上げるのなんておちゃのこさいさいなんだよ~?」

 

『幼女ドヤ顔かわいい』『小イキりだがかわいい』『どうやら俺も釣り上げられたようだ』『やったぞ!幼女にお願いされた!』『←通報しました。てかお前はお願いされてない』『自由に使ってもらって大丈夫だよ』

 

実際この世界の綿密に広がったネットを駆使すれば大抵のものは見つかるだろう。ただし、手に入れた情報が正しいものなのかの検証が非常に困難なだけで。

 

「おっと~もう配信終わっちゃう時間だね~、わちるさんにご許可をいただいたので~次回の配信はお人形を作っていくよ~」

 

『お疲れ~』『次の配信いつ?』『人形制作配信?』

 

おおっ、思ったよりも次回配信を期待する声があってわんこーろは感激ですよ!

 

「ありがとね~そだね~次の配信は明日の今日と同じ時間にするね~、それじゃ~わんこーろの配信に来てくれてありがと~、また明日までばいばい~」

 

 

ふう、無事に初めての配信が終わりました。配信中は視聴者さんとのお話に夢中で確認してませんでしたが、どうやら最終的に10名もの方が私の配信を見てくれていたようです。

 

ふふふ、今日だけで10人も友達ができました。明日はもっとできるといいなぁ。

 

 

 

 

 



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#4 娯楽共有掲示板【試作Ver8.22】

249:名無しのリスナーさん

わんこしっぽもふもふしたい

 

 

 

 

250:名無しのリスナーさん

また変なのがわいたぞ

さっきも居たよな?なんなん?

 

 

 

251:名無しのリスナーさん

わかんね

 

 

 

 

252:名無しのリスナーさん

おそらくわんこーろのことかと

配信者の

 

 

 

253:名無しのリスナーさん

配信者?またか多すぎて名前おぼえられん

てかどこ?ニヨニヨ動画?ブイちゅーぶ?

 

 

 

254:名無しのリスナーさん

ブイの方

最近流行りのヴァーチャル配信者ってやつだな

 

 

 

255:名無しのリスナーさん

アーカイブ見てきたが、目が痛いw

まっしろとかw

 

 

 

256:名無しのリスナーさん

>255最後までしっかり見ろ

てか背景真っ白→緑一色ってどうやってんの?

あんな速攻設定って変えられるんか?

 

 

257:名無しのリスナーさん

分からんな。初めから変更出来るようにしてたとか…?

背景は確かに手抜きっぽいが、モデルの完成度高杉

 

 

 

258:名無しのリスナーさん

確かに、あのモデルやばいな

高品質の3Dアニメレベルじゃん。しかもかわいい

あのモデルをぬるぬる動かせるとかどんな環境なんだっていう

 

 

259:名無しのリスナーさん

本物みたいに表情も髪も服もよく動くし、なによりかわいい

無敵か?

 

 

 

260:名無しのリスナーさん

あの服かわいいよな、ちょい着るのが面倒そうだが

効率的じゃないよな

 

 

 

261:名無しのリスナーさん

>260出たよ娯楽にまで効率求めるヤツ

そんなんだから日本のサブカルチャーは瀕死だってーのに

 

 

 

262:名無しのリスナーさん

>261瀕死かどうかは増え続ける配信者の数見てから言ってくださいねw

 

 

263:名無しのリスナーさん

お前は数だけじゃなくて中身も見た方がいいぞ。

ほとんど企業の商品宣伝ばかり

後は数世代前に作られたゲームの実況くらいだ。

 

 

264:名無しのリスナーさん

ゲーム実況は今んとこFS所属配信者のとこぐらいしかまともに見れん

 

宣伝といえばわんこーろは商品の宣伝とか全くやってなかったな

ほとんどその場にいたお前らと会話してるだけ

てか会話だけでなんちゅう可愛らしい顔するんじゃ

 

 

265:名無しのリスナーさん

惚れてしまいましたか?ヴァーチャルにw

 

まあ私もなんですがね

 

 

266:名無しのリスナーさん

次回は今日の18時からか

今後も毎日やってくれるんならチャンネル登録してもいい

 

 

 

267:名無しのリスナーさん

謎の上から目線やめーや

俺はすでに登録したぜ

 

 

268:名無しのリスナーさん

あの声は脳がとろける

俺も話を聞いてもらいたい、そして頭を撫でてほしい

お仕事がんばってるんだね~っていってほしいい

 

 

269:名無しのリスナーさん

きもいぞ

同意するが

 

 

270:名無しのリスナーさん

同意するのか……

 

 

 

271:名無しのリスナーさん

そりゃするだろ

今の配信者っていったらFS以外は棒読みがデフォ、商品宣伝オンリーなんてのもあるぐらいだし

あんなとろとろ声でこっちの話きいてもらえるんだぞ!

 

 

272:名無しのリスナーさん

そりゃ、俺たち世代は娯楽って何?ってかんじだし、配信で何していいか分からないのは仕方ない

 

 

 

 

273:名無しのリスナーさん

配信自体が一種の娯楽みたいなもんだからどんな配信でも人気はあるし

だから配信者になろうって人が多いのだろうね

 

 

 

274:名無しのリスナーさん

いい傾向じゃ、このまま昔のようにサブカルチャーの聖地として復活してほしいものじゃ

 

 

 

275:名無しのリスナーさん

長生きですね

 

 

 

276:名無しのリスナーさん

サブカルチャーの聖地なんて呼ばれていた日本を知ってるとしたらそいつは200歳はいってるぞ

 

 

 

277:名無しのリスナーさん

怨霊退散!!!!!!

 

 

 

278:名無しのリスナーさん

そういえば近々FSのとこで加入する新人って話は結局誰?

なこちゃんの配信だとなこちゃんの後輩ってことしか話してないよな?

 

 

279:名無しのリスナーさん

フロントサルベージの新人!?どうして教えてくれなかったのおおお!???

 

 

280:名無しのリスナーさん

なこちゃんの二周年記念配信で言ってただろうが!一万回見直して来い!

 

 

 

281:名無しのリスナーさん

なこ民の面汚しめ

 

 

 

282:名無しのリスナーさん

>279はネット断ちでもしてたのか?

 

 

 

283:名無しのリスナーさん

そんなことしたら冗談じゃなく氏ぬじゃねえか

ネットに繋がってないなんて俺たちには無理な話だ

 

 

284:名無しのリスナーさん

さすがに大げさ。

昔はネットなんてなくて、みんな外で働いたり遊んだりしてたって言うじゃん?

ネット断ちなんて余裕だね。

 

 

285:名無しのリスナーさん

そんな大昔の話されてもな

もしかしてまだ昼食なんて取ってる古臭いおっさんか?www

 

 

286:名無しのリスナーさん

サブカルチャーを存分に楽しむためにはその他を効率的に処理するのが一番。

おっさんには一日一食で栄養も十分にとれて空腹完全遮断可能な効率食をおすすめする

 

 

 

287:名無しのリスナーさん

いや、あれなんか怖くね?一食でいいとか違和感しかないんだが

 

 

288:名無しのリスナーさん

その考えが古臭いんだっての。効率的にしていいとこはとことん効率的にしていくべきだろ

 

 

 

289:名無しのリスナーさん

>288お前みたいのが完全効率化社会なんてものを肯定して突き進めたんだぞクソが

 

 

 

290:名無しのリスナーさん

>288お前みたいな狭い自分の視野の中にあるものだけ大事にした結果伝統やら文化が捨てられていった

 

 

 

291:名無しのリスナーさん

ほんと便利な世の中になったよな

怖いくらいに




お気に入り登録、感想ありがとうございます。皆さんの応援のおかげで書き続けられております。
誤字報告ありがとうございます。助かります。
現在物語はあらかじめ制作したプロット通り、変更も追加もなく順調に進行しております。


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#5 作ってみるよ!

 

第一回目の配信をした次の日、昨日と同じ時間に私はカメラ(仮)の前で配信が始まるのを待っています。

緑の背景一色の中で私は正座して目の前にいくつかの道具を並べていく。

刃物のようなものや筆のような見た目のもの。それらを綺麗に並べ終えた後、タイミングよく配信が開始されました。

 

「は~いこんばんは~わんこーろの配信に来てくださってありがとう~ヴァーチャル配信者で電子生命体のわんこーろだよ~よろしくね」

 

『わこつ』『わこー』『あいかわらずかわいい』

 

「へへ~かわいいって言ってくれてありがとね~ あ、あれ?もう20人も来てくれてるの~?」

 

なんと、昨日の配信では10人だった視聴者さんの数が配信開始の時点ですでに倍の数になっている。

特に宣伝などした覚えはないのでなぜかはわからないけど、昨日よりたくさんの人とお話しできるのは願ってもないことだ。

とはいえ、配信者として視聴者さんの話ばっかり聞くようではなんだか申し訳ないと思ってしまう。

だから今日はちょっとした私の得意技をご披露してみる。

 

「うーなんだか昨日よりもいっぱいの人に見てもらってると思うと緊張するけど、わんこーろはがんばるよ~」

 

うう、始まったばっかりなのにこんなドキドキしててだいじょうぶかな?

 

「今日はね~昨日の最後に言ったようにこの視聴者のわちるさんからお借りしたお狐様の人形を作っていくよ~」

 

配信画面の隅にわちるさんの画像を表示させる。すでにかなり時が経ちボロボロになっている木製の人形の画像だ。

 

『でた謎の塊』『木かどうかわかんね』『木製品とか貴重すぎ』『この大きさなら数万はしそう』『天然ものならそのぐらいはありそう』

 

「コメントの皆様は疑っているみたいですね~、ではこれならどうでしょ~?」

 

配信画面に表示している人形の画像の横にさらにいくつかの新しい画像を表示させる。それと同時に画面の空いている場所にテキストデータを表示させる。

 

「わんこーろが調べたところによりますと~、このお狐様の人形は~かつて○○稲荷神社というところで実際に制作されたものだと分かりました~。2124年の6月から8月の間のこの神社の例祭で20個限定で作られたもののようです~」

 

『ちょ、ちょっとまってw』『情報が多いww』『わんこーろが一晩でやってくれました』『マジもんの電子生命体w』

 

「このいくつかの人形の画像は配布期間の2124年の6月から8月に絞って画像検索をした結果になります~、いや~このころは珍しいものや流行のものを画像データとして記録してねっとにあっぷろーどする事自体が流行していたので探し出すのは簡単でしたね~」

 

ふふふ、ちょっとイキってみるよ!わんこーろはできるわんこだってみんなに思っておいてほしいからね。

新しく表示させた画像はかつての人形の形や色が鮮明に映し出されており、ボロボロの人形との共通点も多くみられる。テキストデータはこの人形が作られてから今までの簡易的な年表です。

 

『さらっと言ってますが100年以上前のログデータサルベージしたんか……?』『とんでもねぇことしてんねぇ!』『100年以上前なら著作権は切れてるから安心!(白目)』『電子生命体ならこのくらい朝飯前だし(震え声)』

 

「そうだよ~わんこーろにかかればこのぐらい簡単なんだよ~?って言いたいんだけどね~実際はなかなか苦労したよ~似たようなものが同時期に作られていたり、個人制作のものがデータに紛れ込んでたり~、それら全部のデータ発信元を特定して、いっこいっこ誤情報をつぶしていったんだから~」

 

データの収集自体はとても簡単なんだけど、そこから正しいデータを精査するのが一番大変だった。

ほとんどは紛らわしい類似データなんだけど、時々悪意を持って似せている偽造データが存在しているのだ。それが一体何のために作られたデータなのか、その時代に生きてない私には知ることはできないけど、そのままほっておくのもなんだか申し訳ないような気がするので、確実に悪意によって形成されたと思われるデータ群はまとめてお偉いさまへと通報済みなのだ。

 

「さ~て、それじゃあ説明はおわり~実際に作っていくよ~」

 

あらかじめ用意していた道具たち。視聴者さんたちに見やすいようにと私が扱うにはちょっと大きめに作ったそれらのうちの一つを手に取る。

ぷにぷにとした手のひらで落とさないように、丁寧に丁寧にー。

 

『おててちっさ』『なんか危なっかしいぞ!』『動作一つ一つがかわいい』『なにそれ?』『ハサミかね?』『鋏っぽいね』

 

私が今、胸に抱え込むように持っているのは鋏の形をした道具だ。

大きさは通常の裁ちばさみの三倍ほどの大きさで、持ち手部分は朱色に色付けされていて刃は鈍色に輝いている。持ち手と刃の境界には紙垂が結ばれている。

 

「作り方は普通の3Dモデルの制作とおんなじだよ~まずは基本図形を用意します~」

 

私は手に持った鋏を勢いよく地面へと深く突き刺す。そのまま紙を切るように鋏を動かし、地面を四角く切り抜いていきます。

 

『ぎゃー!!』『地面切りおった!?』『なにしてんの!?』『狂気的ゾ』

 

「ごめんごめん~ちょっと驚かせちゃった~、でもこれで素材は手に入ったよ~」

 

私の手の中には先ほど鋏で切り取った地面の一部、真っ白な立方体が存在していた。

 

「このハサミはね~『裁ち取り鋏(たちどりばさみ)』、この世界のものを切り取ったりできるようにしたはさみだよ~、元は3Dモデル作成ソフトのツールの一つなんだけど~この方が見ててたのしいでしょ~?」

 

『はあ……?』『なるほどわからん』『どういうことなの』『世界切るハサミとは』『俺の知ってる3D制作工程と違うんですが』『もうそういうものだと思うことにした』『かわいいからいいや』『立方体ちゃんは真っ白なのね』

 

あ、あれ?思ったより困惑しているコメントが多い。ちょっと変だって思われちゃったかな…?みんなに分かり易く楽しめるようにしてみたけど、やりすぎたかな。

 

「うん~なんかごめんね~、分かりやすいかなって思ったんだけど~……あ、緑色にしてるのは背景だけだからこっちには反映されてないんだ~この立方体は視聴者さん風に言うと、"新規作成"したみたいなものだよ~」

 

うう、別に責められてるわけでもないのに、ちょっと落ち込みそう……。

 

『犬耳としっぽがしゅんとしとる』『なかないで』『庇護欲刺激されすぎてやばい』『涙目うつくしい』『わかりやすいよ!大丈夫だよ!』

 

「……~いきなり落ち込んでごめんね~、大丈夫だよ~みんながあったかい言葉をくれるから、わんこーろはすっごい嬉しいよ~」

 

ああ……なんだろ、この気持ち。認められるって、受け入れられるってこんな暖かい気持ちになるんだ。

 

でも…

 

「ううう~~!、やっぱりはずかしい~~!よわよわメンタルとか言われちゃうよ~!」

 

『よわよわメンタル』『よわよわんこ』『メンタル紙わんこ』『かおまっかわんこ』『はずかしわんこ』

 

「ひゃあ~!言わなきゃよかった~~!」

 

と、とにかく手を動かすよ!これ以上恥ずかしがってたらもっと恥ずかしいことになっちゃう!

 

「次に使うのはこれです~『磨り出し鑿(すりだしのみ)』、このノミを使って先ほどのポリゴンを人形の形に削っていきます~」

 

その道具は平べったく、四角いおおきな刃が特徴的な工具、ノミだ。これも朱色の柄に鉛色の刃、境界に紙垂が垂れている。

 

私は床に胡坐をかくようにして足の間に先ほどの立方体を納めます。

足とノミを持っていない手でしっかりと立方体を固定して、ノミで表面を削っていきます。

 

「こんな感じではじめはいらない所を大きく削って~細かいところは丁寧に~」

 

彫刻なんてこの体になってからやったことなんてないけど、そこは電子生命体。元の画像データから算出した数値をもとにどの程度削っていくのかを明確にしてあるため、私がする事はデータ通りにポリゴンを削っていくだけなのだ。

 

『ちいさなおててなのに器用なわんこ』『かなり集中してんな、コメみてるー?』『削った後のゴミがキラキラしててきれいだな』

 

削って削って、ちょっとミスしたところは"戻し"てもう一度やり直す。

形を目視で確認、数値と照らし合わせる。そうやって少しづつ人形の形を作っていく。そうしているうちにポリゴンは映像データとうり二つの姿へと加工が完了した。

 

「ふう……、形はこんなものでしょうか~?ってあれ~!?」

 

しばらくの間集中していたので配信画面を確認していなかったけど、いつの間にか視聴者数が50名にまで増えていた。

それほど時間も経っていなかったためそのいきなりの増加にうろたえてしまう。

 

「え、え~と、新しく来られた方こんばんは~、ヴァーチャル配信者のわんこーろだよ~よろしくね~」

 

『びくびくわんこかわいい』『わこ初見』『わんこ初見』『モフモフしておられる』『ヴァーチャル彫刻配信とは珍し、てか初』『衣装かわいい』

 

「どうぞゆっくりしていってくださいね~、それでは形はできたので、テクスチャ……色を塗っていきます~」

 

次の道具、刷毛の形をしたものを手に取る。朱色の柄に白い刷毛部分、ほかの道具と同じように境界に紙垂が飾られている。

 

「『見出し刷毛(みいだしはけ)』でぺたぺたーと、今回は画像データから抽出して編集した色データを基にして塗っていくよ~」

 

刷毛を人形の形にしたポリゴンの表面をなぞるように動かしていく。設定した色データが参照され、ポリゴンの表面を艶のある鮮やかな朱色が染め上げていく。

もちろん細かなところや隙間も見逃しなく塗っていきますよー。

 

「というわけで、じゃーん完成!!」

 

私の手の平の少し上を人形が浮きながらゆっくりと回転している。その姿はかつて撮影された綺麗な人形そのもの。

凛々しいお狐様が体をくねらせ、こちらににらみを利かせている。耳と纏う羽衣が朱色に色付けされ、お狐様の体は木の質感をそのままにすることでまるで暖かな毛皮のように表現されている。

 

『おおおおお!!』『ごまだれー』『クオリティすげえええ』『この短時間でよくモデル完成したな』『ってかモデルの作り方が全然違うのですが』『わんこーろ方式と名付けよう』『わんこーろ方式(誰も真似できない)』『まじどうやって作ってんの?』『確かに疑問だがかわいいからいいや』『かわいいしいいよね』『そして視聴者は考えるのをやめた』

 

「っと、大事なことを忘れてました~、物理演算お~ん!」

 

私の手のひらの上をふよふよ浮いていた人形はその声と共に私の手へとぽとりと落ちる。

 

「は~いこれで本当の完成で~す」

 

 



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#6 文化復興省復興推進室

数百年ほど前より始まり、二十年ほど前に崩壊した究極で狂気的な効率至上主義は世界からあらゆる非効率なものを消し去った。

それには人が古来より脈々と受け継いできた文化、伝統、風習といったものも含まれていた。

確かに人類はかつてより人口を増やし、貧富の差も縮まりすべての人間が幸せを享受していた。

だが、それは一時的な幸せに過ぎなかった。

 

温故知新、故きを温ね新しきを知る。

人はいつも過去の歴史より学び、発展してきた。過去があるからこそ今より発展することが出来ていた。

だが、過去の人間の生み出したほとんどを捨てた今の人類は徐々にその発展速度を緩やかなものにしていた。

発展ができないということはつまり停滞していることであり、前に進めなくなったということだ。

完全な停滞はつまり、人類の衰退を意味している。

 

近い将来、人類は自らの愚行によって滅亡するだろう。

 

それを阻止するために組織されたのが『文化復興省』と呼ばれる機関だ。

かつて存在していた文化、伝統、風習のすべてをデータの海からサルベージしようという考えの下設立されたこの機関。

その役割はそれこそ人類の存亡がかかっているといってもいいほど重要なのだが、設立した政府の人間にもその重要性を理解していない人間がいる。

 

「そんな組織など、非効率だ」と。

 

だが、そんな中でも文化復興省は細々と活動していた。

 

 

 

 

 

 

とある一軒の住宅、3階建てで庭付き、都市部にあるにはかなりの物件であるその家のリビングで一人の女性がパソコンの前で眉間にしわを寄せていた。

ソファにぐっと体を預け、目頭を押さえる。

 

「ふむ……」

 

「お疲れですね"室長"。はい、コーヒーです。合成ですけど」

 

「ああ、"あかり"か、ありがとういただくわ」

 

室長と呼ばれた女性はあかりと呼ばれた少女からマグカップを受け取る。

耐熱合成樹脂で出来たマグカップからわずかに伝わる熱を感じながら、室長はコーヒーを少し口に含む。

合成のコーヒー豆で淹れたものではあるが、その独特の苦みに慣れ切った舌は問題なく受け入れ、のどへと伝わせていく。

 

「……何か問題でもあったんですか?」

 

あかりは遠慮がちに室長へ問う。室長がこのように目頭を押さえ、無言になるのは何か重要な事を話さなければいけない時であると長年の付き合いから把握していた。

 

「……前に話した、"先研"のネットダイブシステム、あれの完成の目途が付いたらしい」

 

その室長の言葉にあかりは目を見開き、身を乗り出す。

 

「そんなっ、あれだけ室長が反対してたのに!」

 

「仕方ないさ、私たちが復興省にせっつかれているのと同じように、先研も上の命令には逆らえん」

 

室長はコーヒーを口に含む、その苦さが現状を表している気がして、それ以上口が進まない。

 

「でも…」

 

「あかりの気持ちもわかるわ。ネットに意識をダイブさせることが普通になれば、文化、伝統の復興以前に、現実さえ放り捨てられる可能性がある。けど、これは決まったこと。私たちが抗議してもどうしようもないわ。それに、今はまだ目途が立っただけ、一般に普及するのはあと十数年はかかるわ、その間に私たちが若者の意識改革に勤しむしかない」

 

「それが、フロント(F)サルベージ(S)、ヴァーチャル配信者であるあの子達の仕事、という訳ですね」

 

「そういうことよ」

 

室長は残ったコーヒーを一気に喉に流し込み、一度息をついた後立ち上がった。暗い話はここまで、そう言うかのようにあかりへと微笑む。

 

「そういえば、先月の"環研"の資料知らないかしら?」

 

「またですか?また寝室に置きっぱなしにしてるんじゃないですか?」

 

「それが無いのよね、"なこそ"が持って行ったのかしら?」

 

「彼女は1時間ほど前からスケジュール通り部屋で配信してますよ」

 

「じゃあ"わちる"か?」

 

「まだ部屋から出てきてません」

 

室長はガシガシと頭を掻き、首をかしげる。環研、環境保護研究所の資料とはそこで保護されている植物や動物についての画像や映像データが納められたものだ。室長がコネで合法的にこの資料を回してもらい、今やこの家に住む子たちのおもちゃにされている。

 

「まあいいわ、なこそは配信が終わったら聞いてみるわ」

 

「あ、わちるちゃんに声かけておいてください。初配信について打ち合わせしたいって」

 

「了解よ」

 

力なく答えた室長はコキコキと首をならし二階への階段をのぼっていく。

 

「……先研でも完全な状態で遡れるのは60年が限界か……今のログデータの大量保存を可能にした技術の確立する前だからまあ仕方ないのだけど……せめて100年前のデータがサルベージ出来なきゃ意味ないのよ」

 

室長は独り言をつぶやきながら階段を上る。いやに清潔で効率的なつくりをしたその階段を上りながら室長は現状に思考を巡らせる。

現在日本で本格的に過去のデータサルベージに力を入れているのはこの復興省の中の、自身が室長を務める"復興推進室"以外に存在しないことを室長は嫌というほど理解している。

いまだ効率至上主義から抜け出せない時代遅れな上役の顔をうかがいながら、過去データの利権を手中に収めようとする腹黒胸糞上司を利用し、何とかいくらかの有用なデータをサルベージすることが出来ていた。

 

「……ふんっ、子供たちを利用してる私も人のことなど悪く言えないわね」

 

 

復興推進室の拠点として機能しているこの家の二階は全部で四部屋あり、奥の一部屋は物置になっている。室長は階段に近い方右手の部屋、『九炉輪菜わちる』と書かれたネームプレートの飾られた部屋の前に立つ。

 

二度、三度と扉をノックするが、部屋の主が出てくる様子はない。

 

「わちる、起きてるかしら?」

 

返事はない。

 

「よし、じゃあ入るわよ」

 

まるでノックした意味がないと言われてしまいそうなほど気軽に室長はポケットからスペアキーを取り出し、ドアノブに設けられた認証端末へかざす。

 

「あら、よく寝てるわね」

 

ベッドの上でいまだすやすやと寝息を立てる少女。あきれたようにその顔を室長は見上げる。

部屋の中は薄いピンク色を基調とした女の子らしい部屋だった。置かれている家具の上にはもれなくぬいぐるみや人形が置かれており、彼女の寝ているベッドにもいくつかのぬいぐるみが置かれている。

だがそんな部屋の一角は物々しい機器に占領されていた。低いテーブルの上に三つのディスプレイが設置され、本格的なマイクが固定されている。

各種機器につながっている配線は丁寧にまとめられ、ディスプレイにはいまだ夢の中にいる彼女の手で書かれたメモが貼り付けられている。

 

「……使ってくれているのか……」

 

部屋の主である彼女特有の丸い文字によって丁寧に書かれたメモには配信を行うにあたって大事なアドバイスや話すネタなどが記されている。

 

現在流通しているこのようなメモなどはそのすべてが木を原料としない素材で出来ている。回収すれば100%リサイクルできるもので、何度でも書き直すことが可能なものだ。

とはいえ、この製品も狂気的な効率化社会の崩壊後に販売されたものだ。当時はメモなど存在しておらずそのすべてが電子データとなっており、紙に書くものはおしなべて非効率だと批判されていた。

 

室長はそんな時代が終わった後に生まれた彼女たちに"非効率"を教えることにした。

室長さえ知らない、けれど古き良きと呼ばれていた日本。そのかつての効率以外の何か大切なものがあった時代を、ほんの少しでも感じてほしい。その思いを込め、このメモは室長が贈ったものだった。

 

再度彼女の部屋をぐるりと見渡し、目当ての環研のデータが入った情報端末が無いことを確認し、ベッドの主に向き直る。

 

「……さて、おーいわちるー?」

 

頬をぺちぺちと軽く触ってみるが口元をもごもごと動かすだけでたいした効果は無いようだ。

 

「………」

 

無言で頬をつねってみるが、あうあうと寝ぼけて口にするだけで効果は無いようだ。

 

「さっさと起きんか!」

 

「ひゃわわわわーーー!」

 

布団を引っぺがされた影響で緩やかにベッドから転がり落ちる少女は情けない悲鳴を上げる。ベッドの下にべちゃ、っと倒れ込んだ少女を見下ろす室長。その眉間には深く皺が刻まれている。

 

「うう、ひどいですよしつちょ~」

 

「昼まで寝ている奴に容赦はせん、さっさと降りてこい」

 

それだけ言うと室長は部屋を後にする。

 

わちると呼ばれた少女はそんな室長を見送り、何度かあくびを繰り返したのち、床から起き上がる。

 

「あ、そういえばわんこーろさんの配信見逃した……、後でアーカイブ見ないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、あの寝ぼすけは……配信を始めたら寝坊しないか心配になるわ」

 

あきれた口調でそう言いながら室長は考える。あの様子では少し厳しめに言ったぐらいでは直らない、朝に強い子に起こしてもらうように頼むか。

考えながらも階段を下りリビングへ戻る。すると先ほどまで室長が座っていた場所にあかりが座りPCを操作している。

 

「室長、わちるちゃんどうでした」

 

「私が部屋に入ったときはまだ夢の中だったわ」

 

「はぁ、あの子ったら……あ、そうです室長先ほど復興省より連絡が来ていましたよ」

 

そういってあかりは室長に席を明け渡し、画面を指さす。

 

「復興省から?珍しいわね、何て?」

 

「調査してほしいものがあるそうです、何でも昨日大量の偽造データが証拠付きで通報されてきたらしいです」

 

「いつもの事じゃない、通報者に感謝の言葉を送って金一封って流れでしょう?」

 

室長は困惑しながらそう口にする。いつもその流れは推進室の上部機関、復興省の管轄であり、なぜその通報データがこちらに送られてきたのか。

 

「それが、通報者の名前はおろか、どこから通報されたかもわからないらしいんです。極め付きは……」

 

「極め付きは?」

 

「通報されたデータ、最終更新日時が120年前になっているらしいです」

 

 

 



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#7 違和感が払しょくできないよ!

 

「なんかゲームっぽくない~?」

 

皆さまこんにちは、私わんこーろは今日も絶賛生配信中です。先日の人形作りの場面が切り抜かれて様々なSNSで拡散されておりました。

 

【モデラーワイ、ポリゴンを削るノミを密林で検索中】【こらっ重力で遊んじゃいけません!】【おれだってなぁ!物理演算ONで一発実装してぇんだよ!!】【暇を持て余した神の遊び(V配信)】

 

などなどのつぶやきが溢れ、その結果今回の配信は開始前から100人以上の方が配信開始を待っていました。あまり関心のなかったチャンネル登録者数も同じくらい増えていました。

 

はっきり言いまして、とてつもなく緊張してます。配信待ちの人数3桁を確認した時点でお腹の下あたりがきゅっと痛くなったような気がします。もちろん電子生命体なのでそんなことはないのですが。

 

でも情報データで作られた指先が震えていたのは確かです。

あうあう言いながらなんとか自己紹介を終えて今回の目標を発表しました。

まず前回お披露目したこの、真っ白な空間からポリゴンを切り出し3Dモデルを制作する技術で空間自体を創ることにしました。

イメージとしては、もうこの世界では存在しない日本の原風景。イイ感じの田舎を創っていきたいと考えています。

ただ都市を作っても珍しさはないでしょうし、かつて存在していた日本の風景なら私も前世の記憶からある程度イメージしやすいです。

 

といっても現在できたことは空間の床を選択して色を付けて、私の周りだけ起伏を付けた程度です。

色は鮮やかな緑色にして、起伏は切り出したポリゴンの形を山っぽく整えて設置。見た目は3Dゲーム初期の荒いポリゴンで作られたフィールドのよう。

 

『ゲームっぽい?』『どんなゲーム?』『百年前とか言い出すんじゃねーだろーな』

 

「あ、そっか~ごめんごめん~こんなかんじのことが言いたかったの~」

 

配信画面に荒いポリゴンのゲーム、そのスクリーンショットを表示させる。懐かしくも味わい深いその映像は今の世代にはいまいちピンとこないかもしれない。ついでだけどこの画像は250年ほど前のデータをサルベージした際に出てきたものです。

 

『似てる』『キャラがカクカク』『初めて見たぞ』『もはやどんな古物が出てきても驚かない視聴者達』

 

「うーん、わんこーろ的にはもっとリアルな感じが欲しい~」

 

荒いポリゴンで構築されたような古い3Dゲームを彷彿とさせるその風景は私の考えている風景とはちょっと違う。

まるで本物みたいな風景を表現したいのだが思った通りにいかないなあ……

 

「と、いうわけでこんなものをあらかじめ作っておきました~」

 

などと言いながら私は格納しておいた3Dモデルデータを空間へと展開し、見える状態にします。

 

『うおおおおおお』『でっかい!』『なにこれ』『木ですね』『この木なんの木』『木になる』

 

「はい~そのとおりです~これは天然の木を模して作った3Dモデルになります~」

 

取り出したのは一本の樹を模した3Dモデルです。映像データをかき集めて丁寧に制作したもので、見た目はリアルな樹木としか見えません。

とはいえ視聴者さん達は木材でない天然の木を見たこともない人も多いようなので、そこらへんに設置した後、配信画面をぐるりと回しながら木の外観を映していきます。

 

「はいはいぐるぐる~、ど~ですか~?見えてますか~?」

 

『なんか不思議な形してんな』『こんなじっくりみたことねー』『教育関係の映像データだけじゃ3Dモデルなんてつくれねーぞ!?』『環研の保護棟で見たことある』『←まじかよ環研の関係者!?』『国のエリートがV配信見てんのかよ…』

 

様々なコメントが流れていきますがその中で私は『作ってるとこ見たかった』というコメントが目にとまりました。

人形作りの場面を切り抜いた動画もそれだけでかなりの再生回数となっていたので、もしかしたらそれなりに需要があるのかもしれません。

とはいえ前回の配信では3Dモデル一つ制作するのに一枠使っているので毎回3Dモデル制作配信をしていてはほかの事が出来なくなってしまいそうです。

 

……私も何かつぶやきを投稿できるSNSのアカウントを持つべきでしょうか?

生配信はこの白い空間の開拓をメインにして、その他小物の制作風景などはSNSで投稿していく、という風にしていこうかな?

 

「さてさて~それでは唐突に植えましたこの木さんをですね~複製していきますよ~」

 

そういって私はまたまた格納領域より一つの道具を取り出します。

 

「『写し火提燈(うつしびちょうちん)』です~この提燈はですね~その光に当てられた3Dモデルと全く同じ3Dモデルを作り出す便利な道具になります~簡単に言えばコピペ提燈です~」

 

『コピペ提燈wwww』『コピペを視覚化したアイテムか』『他の道具とおんなじデザインかわいい』『ははーん、さてはめんどくさくなったなw』

 

さすがに山を覆うほどの木を手作りするのは骨が折れるんですよ!

 

その提燈は私の頭ほどの大きさで、持ち手部分は紙垂が垂れ、白い貼り紙の中でぼんやりと揺らめく火の光が確認できます。

さて、この提燈を使うと照らされた木には当然影ができるのですが、その影が本体と同じ色形を持って出現します。

 

「どんどん増やしてどんどん植えていきますよ~」

 

そうして数百本ほどに増殖させた木を適当に山々に植えていきます。見た目は緑の山に木々が生い茂るように配置することが出来ました。

ですが、遠目から全体を確認してみると妙な違和感が……。

 

「……なんかゲームっぽくない~?」

 

冒頭と同じことをつぶやいてしまいます。適当に植えた木々は近くで見れば確かに自身が森の中にいるような感覚を持つのですが少し離れてみると何とも不自然なものでした。

後から考えれば当たり前ですよね、ランダムに植えたといっても植えた木はそのすべてが全く同じものなのですから。

幹の太さや全長、枝の数や葉の付き具合まで全く同じ。

その同じ木がいくつも存在している光景はまさに違和感だらけ。これは、失敗ですね。

何とか修正しようにも、今から別パターンの3Dモデルを創るには配信時間が足りません。木の位置を変えてごまかそうとしてもどこかで違和感が出てしまいます。

そうこうしている内に配信終了時間になってしまいました。

 

……とりあえず今日はこのぐらいにしておきましょう。

 

「え~と、途中ですけどもう時間になりましたので~ここまでにしたいと思います~」

 

『いかないで』『いかないで』『もうか、早いな』『植林配信助かった』『おつ』

 

「みなさんもおつかれさまです~、それでは今日もありがとうございました~わんこーろでした~」

 

あ、次の配信までにSNSのアカウント作っとかないと。

 

 

 



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#8 虹乃なこそ

ここ百年ほどの停滞した時間を取り戻すかのように、日本では様々なサブカルチャーが復活してきている。

漫画やアニメといった効率化社会時代では人の目につかぬように個人間で細々と続けられていたものはネットワークを通じ動画配信や電子書籍により爆発的に人気を得た。それに伴い多くの二次創作が生まれ、かつての日本のオタクカルチャーが再び始まろうとしていた。

 

そんな流れに乗るように始まったのがヴァーチャル配信者という存在だった。

数百年前も存在していたそれは効率化社会の副産物として生まれた高い技術力によってかつてよりも手軽に初心者でも行えるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はいみなさんこんばんはフロントサルベージ所属のV配信者、虹乃なこそだよ。今夜もよろしくね」

 

そんな凛とした声が部屋に響く。テーブルの上に置かれたディスプレイを確認しながら、ヴァーチャル配信者虹乃なこそは微笑む。

配信画面に映る彼女は黒髪をひとまとめに括り、笑みを絶やさぬ口元は釣り目がちな両目と相まって、大人びた印象を与える。だが、それでも彼女はまだ学生の身だ。

 

画面の先の視聴者はその一言で一斉にコメントを書き込む。

お決まりのあいさつが大量に投稿され、その後もコメントは途切れることなく書かれていく。

なこそはその流れを目で追いながらカメラに向かって手を振る。視聴者の反応から、カメラもマイクも異常なく動作していることがうかがえる。

 

大丈夫かなー?というなこその言葉に、視聴者は肯定のコメントを書き込み、なこそはそこでようやく一息つく。

 

「それじゃあ一通りテンプレは終わったから今日のやってくことを発表しまーす」

 

何度も繰り返された一連の動作をテンプレ呼ばわりしたことによる視聴者のツッコミを流しながら、なこそはカメラから離れ、配信中の部屋をぐるりと見まわす。

部屋の中は様々な卓上ゲームが収納されることなく置かれっぱなしになっている。

チェスや将棋といった定番のものから麻雀のような視聴者になじみのないゲームもおかれている。

 

なこそはその中から一つのゲームを手に取り配信画面へと持ってゆく。ヴァーチャル配信者が手に持っている物が何なのかを把握した配信機器が、記憶領域より設定された3Dモデルを展開し、配信している映像データに上書きする。

 

「じゃあ今日はリバーシやっていこっかな、ルールは前々回くらいに説明したっけ? アーカイブを見ていない方もいると思うのでもう一度ルールを説明しますね」

 

そう言うとなこそは3Dモデルでできた盤上に白と黒の石を並べ、視聴者にリバーシのルールを分かり易く説明していく。それほど難しいものでも無いので数分の説明後、すぐさまなこそは視聴者とゲームを始めた。

 

対戦相手は視聴者全員、なこそが打った後にコメントで次の手が書き込まれ一番多い選択が視聴者の一手として採用される仕組みだ。

 

「ええと、ここですね?」

 

コメントの自動集計システムを活用して手早く視聴者側の一手を確認し、そこに石を置く。

 

「じゃあ私はここにしますね」

 

そしてなこそは盤のスミに石を置く。

直後コメントが勢いよく流れる。『おまえらなぜあそこに置いたんだ!』『やり直しはありかにゃ?』などのコメントが流れていくがなこそは無慈悲に次の石の場所をコメントで募る。

 

「んふふふ、みなさんまだまだですねぇ」

 

得意げに、あるいは煽るようになこそは口角を上げる。

 

なこそはヴァーチャル配信者として活動を始めてから結構な時間を経ている。つい先日2周年記念の配信を行ったところだ。たったの2年と思われるかもしれないが、ヴァーチャル配信者というものが認知され始めたのが同じく2年ほど前であることを考えれば彼女の活動歴は相当なものだと分かるだろう。

 

ヴァーチャル配信者流行の先駆けともなった彼女は他の配信者と比べても頭一つ抜けた人気を誇る。今日の配信も開始前から数千人が配信開始を待っており、ゲームを始めた現在は数万ほどの人間が視聴していた。

 

彼女はその数万の視聴者とゲームで対戦し、有利な状況にあった。

その理由は単純なもので、視聴者がリバーシというゲームを深く理解していないことにあった。どのゲームにも勝利するために重要な定石と呼べるものがある。リバーシで言うならばスミを取り、取られないようにすること等が上げられる。

 

だが、視聴者のほとんどはボードゲームの類を全く知らないと言う者も多い。完全効率化社会の影響で実際に手で動かすようなゲームはおろか、ゲームという存在そのものが非効率であるとされ、ことごとく廃れさせられた過去があるからだ。

 

「はーいこれで最後です。 結果は……集計しなくても大丈夫ですね、私のかちー、どーです!4万人にたった一人で勝ちましたよ!」

 

一局目が終了したところでなこそは息をつき、視聴者に煽りを加える。視聴者は『もう一度やり直したい』、『知識チートやめーや』という書き込みをしていく。

なこそは今までもこの手のゲームを配信で紹介しては視聴者と遊んでいるのだが既にルールはもちろん定石等も把握しているなこその独壇場となる事が多い。

 

「いやいや、いいですか皆さん、リバーシはちゃんとゲームアプリとして配信されてるでしょ、これは私がズルしてるんじゃなくて皆さんが私に勝とうという気概がないから負けちゃってるんですよ?さあさあ次行きますよ!」

 

 

その後もなこそは配信時間ギリギリまで視聴者と雑談を交えながらゲームを楽しんでいた。数戦はなこそが勝利していたが、そのルールの単純さによって徐々に勝ち方を理解してきた視聴者側が勝ち始め、終盤はなこそはほとんど勝てなくなっていた。

 

「あーあやっぱり最後は負けちゃうんだよねー。みんなルール覚えるの早いなー」

 

リバーシを片付け雑談中『今日もイキり失敗』『序盤イキり終盤よわよわなこちゃん』『なこ配信の伝統』『ノルマ達成』のコメントが流れる中なこそは次の配信日と時間を発表し、配信が終わるまであと十数秒という時。

 

「あっ!言い忘れてました!フロント・サルベージに新しく加入した"九炉輪菜わちる"ちゃんの初配信日が決まりました!詳細は公式HPをどうぞ!皆さん良ければ見に来てくださいね。あと、"メイク"にわちるちゃんとリバーシアプリのリンクが張ってあるので良ければどうぞ!」

 

「ではフロント・サルベージ所属虹乃なこそでした!皆さんお疲れさまでした!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして配信が完全に止まったことを確認したなこそはぐぐっと伸びをした後、PCから一つのアプリを立ち上げる。

メイクトーカー、通称メイクと呼ばれるSNSアプリに今日の配信終了のあいさつと次回の配信スケジュールをつぶやき、次いで配信最後に紹介したリバーシアプリのリンクと先日登録されたばかりの九炉輪菜わちるのメイクアカウントのリンクを書き込む。

 

「……!ふふ、もうわちるちゃんはかわいいなあ」

 

書き込みから数分も経ってないにも関わらず、すでになこそ宛に九炉輪菜わちるのアカウントより今日の配信内容の感想と自身のアカウントの紹介を感謝するつぶやきが書き込まれていた。

 

「すぐ隣の部屋なんだから直に言いに来ればいいのに」

 

そんなことを口にしながらも後輩の可愛らしい行動にうれしさが溢れてしまう。

わちるのつぶやきは「お休みなさい!」で締めくくられていたためわちるはもう布団の中だろう。なこそはわちるとフォロワーへお休みなさい、とつぶやき自身も眠りにつくことにした。

 

 

 



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#9 森の中からこんにちは!

「みなさま~今日もわんこーろの配信にお越しくださってありがとうございます~」

 

『まってた』『わこつ』『初見わんこ乙』『モデル制作動画から来ました』『メイク垢あれ本人?』『同じ髪留めつけてるし本人垢確定だな』

 

今日も元気に緑一色空間から配信を始めましたわんこーろです。先日配信終了後にすぐこの世界で最も有名なSNSであるメイクのアカウントを取得しまして、私のチャンネルリンクとこの空間で制作したいくつかの3Dモデルを紹介しておきました。

特に大々的に宣伝する必要もないと思ったのでそれ以外のリアクションはしていませんでしたし、この配信で本人ですと言っておけばいいかななんて思っていたのですが。

 

甘すぎました。甘々の甘ちゃんでした。

 

メイクに乗せたのは私が今新しくつけている髪留めとこの空間のにぎやかしに創った雑草と草花(計46種)なのですが、どうもその制作風景が異様すぎて各方面に拡散されているようです。

 

私の配信を見たことのない方々はその制作過程が3Dモデル制作中のものであるなどとは考えられないようで、こういう映像作品なんだろ?と思われている方が大半のようです。

 

まさかそこまで大規模に拡散されるとは思ってなかったので動画には私の配信にたどり着けるような情報はほとんどありません。ただ私こと黒髪の浴衣犬耳幼女がせっせとノミを動かしているだけの動画なのです。

 

まとめサイトに『【速報】犬耳幼女が草を生やすだけの動画が話題に』なんてものがあるのを知ったときは思わず顔を真っ赤にして俯いてしまったぐらいです。

 

「え~とですね~一応本人なんです~まさかわんこーろもあそこまで拡散されるとは思ってなくてですね~軽ーい気持ちでてきとーにアップしただけなので驚いております~今度から動画内に私のメイクアカウントとチャンネルのリンクでも載せておきます~」

 

『おkフォロー完了』『フォロー済みなのだよ』『まじかよメイク垢つくってくる!』『髪留めかわいい』

 

「皆さんありがとうございます~この髪留めは草を生やしている休憩中に作ったものなんですがなかなかかわいく出来たんじゃないでしょうか~?」

 

私自身が犬耳を付けた見た目ということで制作した髪飾りは丸っこい犬の肉球を模したものにしました。それを黒髪の横っちょにさりげなくくっつけております。今後もこんな感じで私の見た目もいろいろ追加したり変更したりと視聴者の皆さんに新鮮さを届けていきたいですね。

 

「ではでは~今日の作業現場へといきまっしょ~」

 

両手をぽん、と叩くと場面が転換し私の立っている場所は深い森の中へと移った。

 

『おお!』『木がたくさん!』『瞬間移動助かる』『ちょい暗い?明るさ調整必要?』

 

「皆さんようこそお越しくださいました~ここはですね先日のこぴぺ森を大幅に改良して造った山の麓の森になります~」

 

前回の配信で同じ形の木ばかりが並んでいた場所ですが、植えたコピペ木を裁ち取り鋏で一閃して初期化した後、形の違う木々を植えなおしました。

枝の付き方だけでなく全長の違いや、幹の太さ、葉の付き具合などなど異なる形状の樹を十数種類制作しまして、さらにそれらを杉や檜など木の種類分制作してバランスを考えて植えていきました。

 

さすがに今私が立っている場所から少し離れるとまだ丸坊主の山が見えてしまうのですが、ここだけみればリアルな森の中という雰囲気を出せていると思います。

 

「ちょっと暗いですか~?ああ~それはきっとこのせいですね~」

 

私は配信画面に手を伸ばすとそのままむんずとつかみ取り、画面を私から空へと移します。

森の中、画面に見えるはずの空は木々の葉によってまばらに見えるばかりで降り注ぐはずの光は森の外よりかなり制限されています。

 

『おお、こんな光景見たことない!』『太陽めっちゃ綺麗やん、今じゃこんなに綺麗に見れないぞ!』『太陽光がこんなに優しく見えるなんて不思議だな』『ん?太陽?』『ネット空間に太陽?』『え?』

 

「太陽も創っておきました~、といっても空間内の光源設定を一つに絞って動かしているだけなんですけどね~」

 

『ファ!?』『なん…だと…』『天地創造わんこ』『お前が神か』

 

「ふふふ皆さんに驚いてもらえるのはうれしいですね~、でもまだあの太陽も未完成なんですよね~」

 

私は太陽、と命名した光源に向かって指を指し、そのままゆっくりと指を下していく。すると太陽は指の動きに従うように緑の大地の向こう、地平線へと沈んでゆく。

 

「こんな感じで動かせるんですけど~手動で動かせるだけでいつもはお空のてっぺんにずっとあるだけなんですよね~近々ワールドクロックと連動させて実際の太陽の動きを再現させてみようかと考えております~」

 

『いいね!』『もはや神かよ神だった』『朝夕で色を変えたい』『日食とかほしいですね』『世界時計と連動するなら季節も実装するの?』

 

「日食!いいですね~朝焼けとか夕焼けは実装しようと考えてたんですけど日食は考えてなかったですね~アイデアありがとうございます~それと、季節ももちろん実装しようと考えております~、紅葉とか雪化粧とか造ってみたいですね~」

 

『楽しみ』『採用アザース!』『他にもアイデアあったら採用してもらえる?』『俺らの願いを神に聞き届けてもらうのだ』『神=わんこーろ』『紅葉も雪も画像データでしか見たことないなぁ』

 

「もちろん皆さんのアイデアは可能な限り取り入れたいと思っております~。で、ですけど先ほどから神さまとか言われるのはちょっと恥ずかしいですね~、私の事はもっと気軽にわんこーろとかわんころって呼んでくれていいんですよ~?」

 

『わ、わんころ……』『いいんかそれで?』『わんころってなんかイメージ悪くない?大丈夫?』

 

「全然大丈夫ですよ~皆さんに呼んでもらえるの、とっても嬉しいですから~皆さんもっと私の事をペットみたいに遠慮なく接してくださいね~」

 

『ふぁ!??』『これはあかんでぇ』『凍結?凍結?』『お、俺は何もやましいことは考えていない!!本当だ!』『←話は処刑台で聞く』『せめて警察署にしてさしあげろ』

 

「?~あ、もう時間になっちゃいましたね~それじゃあ今日の配信はここまでにさせていただきます~次回の配信はわんこーろのメイクアカウントでお知らせします~それじゃあ今日もわんこーろとお話ししてくれてありがと~ばいばい~」

 

 

 



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#10 娯楽共有掲示板【ver11.36】

二話更新します(一話目)
申し訳ありません。今後不定期更新となります。


 

192:名無しのリスナーさん

初見なんだがV界隈の有名な配信者ってどれくらいいる?

FSのメンバーもよくわからないんだが

 

 

 

193:名無しのリスナーさん

新人リスナーだ!囲め!

 

 

 

194:名無しのリスナーさん

お茶をお出ししろ!

 

 

 

195:名無しのリスナーさん

フロントサルベージなら

安定、安心の虹乃なこそ→リンク

とにかく明るく視聴者のために踊ってくれるナーナ・ナート→リンク

お口わるわるの○一→リンク

清楚、ツッコミ枠の白臼寝子→リンク

新人はまだメイクアカウントのつぶやきくらいしか情報がないからよくわからん

初配信待ちかな。

 

 

 

 

196:名無しのリスナーさん

FSって企業のVだっけ?

 

 

 

197:名無しのリスナーさん

いんや、企業じゃなくて政府

日本の文化復興省ってとこが管理してるはず

 

 

 

198:名無しのリスナーさん

へぇー初めて知った

だからあんなに昔のゲームやらサルベージ出来てるんだな

国の力ってスゲー

 

 

 

 

199:名無しのリスナーさん

それでもまだめっちゃメジャーだったらしい盤上ゲームなんかをいくらかサルベージ出来ただけでマイナーなゲームなんかは手つかずなんだろ?

俺はわんころちゃんが映像データ持ってた荒いポリゴンのRPGが興味ある

 

 

 

200:名無しのリスナーさん

なんで政府でもサルベージ出来てないゲームデータを配信者が手に入れてるんだよ

 

 

 

201:名無しのリスナーさん

電子生命体のわんこーろに不可能はないのです

 

 

 

202:名無しのリスナーさん

最近神になってついでに視聴者のペットにもなったからな

わんこーろはなんでもできる

 

 

 

203:名無しのリスナーさん

カオスすぎだろ…

わんこーろといえば最近メイクで拡散されてた3Dモデル制作してた配信者だっけ?

 

 

 

204:名無しのリスナーさん

イエス

あの動画見て興味持って今ではわんころちゃんのファンアートを制作しております

だが、あの3Dモデルにはかなわん……

 

 

 

 

205:名無しのリスナーさん

わんころちゃんのメイクみてたが

その3Dモデルデータ無料配布してるみたいだぞ?

今んとこ作った3Dモデルはすべて確認した

あ、木の人形はなかったかな?

 

 

206:名無しのリスナーさん

ま?

 

 

 

 

207:名無しのリスナーさん

マ? 

あのお金とれるレベルの3Dモデルデータを?

 

 

 

 

208:名無しのリスナーさん

試しに落としてみたがデータ容量おおすぎぃ……

まともに展開できんぞ……

 

 

 

 

209:名無しのリスナーさん

つい最近とんでもないことに気が付いたんだが……

わんこーろの初配信に3Dモデルの素材を提供してた視聴者、名前わちるって言うんだな

たしかFSの新人の名前って……

 

 

 

210:名無しのリスナーさん

偶然だろ

メイクでもフォローはしてるが反応ないみたいだし

もしくはわちるちゃんの初配信で関係が言及されるか?

 

 

 

 

211:名無しのリスナーさん

話題のわんこーろとFSの新人配信者

なんか関係ありそうだけどなー

 

 

 

212:名無しのリスナーさん

裏で繋がっていて、一連の話はわんこーろによる新人の話題づくりのための茶番だって?

バカバカしいな

そんなこと考えるぐらいなら俺はわんこーろちゃんの添い寝配信がいつ来るかを考えるぞ

 

 

 

 

213:名無しのリスナーさん

添い寝配信は今んとこなこちゃんのバイノーラル配信が一番だわ

国の最新技術を注ぎ込んだ珠玉の配信、政府なにやってんだのコメントが飛び交ったのはいい思い出

あれでどんだけ疲れててもぐっすりですわ

 

 

 

214:名無しのリスナーさん

○一ちゃんの毒舌罵倒バイノーラル動画も最高なんだよなぁ

 

 

 

215:名無しのリスナーさん

ああ、あのVちゅーぶから過激な内容のため注意受けたあれか

 

 

 

 

216:名無しのリスナーさん

ほんのちょっと修正したバージョンで速攻上げ直してチャンネル登録者のみ公開にしたのは○一ちゃんの黒さがでていいよね

あれで登録者をかなり増やしたのはさすがに草

 

 

 

217:名無しのリスナーさん

まさか注意受けるのも予測済みで登録させるために最初無制限公開にしてあとで登録者のみにしたんじゃないかって言われてたな

よく炎上しなかったよな

 

 

 

 

218:名無しのリスナーさん

そりゃバックに国が付いてるからな

 

 

 

219:名無しのリスナーさん

炎上する前になこちゃんが自分の配信に○一ちゃん引きずり出して説明させたのがよかったんじゃないか?

俺たち視聴者は○一ちゃんがどうなるか不安だったが、そこもなこちゃんが説明してくれたし

 

 

 

220:名無しのリスナーさん

さすなこ

FSのリーダーなだけある

 

 

221:名無しのリスナーさん

FSはすごいよな

そういった炎上対策もそうだけど

最新の機器を惜しげもなく無料配信に使ってくれるし

なこちゃんの配信だってゲームボードなんかが出てきたときリアルタイムで3Dモデル化させてるんだろ?

 

 

 

 

222:名無しのリスナーさん

リアルタイムってもあらかじめ設定してあるデータを展開してるだけだぞ

盤上ゲーム各種やなこちゃんの3Dモデルもたしかそうのはず

 

 

 

 

223:名無しのリスナーさん

それでも最新機器を使ってることに変わりない

大分前だがなこちゃんの配信中にナート(中身)が突撃してきたのは台本じゃなかったって話が有名だね

 

配信機器にナートの3Dモデルデータが登録されていたからカメラに映る前に映像データがナート(中身)からナート(V配信者)に上書きされて事なきを得たという

 

 

 

 

224:名無しのリスナーさん

やっぱりナートはナートだな

 

 

 

225:名無しのリスナーさん

やっぱりナートはナートだ

 

 

 

 

226:名無しのリスナーさん

ナート配信の視聴者が皆意見が一致してるのが草

 

 

 

 

227:名無しのリスナーさん

ナートはメンタル強化鋼で出来てるからな

どんだけ煽られても問題ない。

煽りと汚い悲鳴はナート配信の華

 

 



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#11 準備中

二話更新します(二話目)


 

嬉しいことがあったので今日はいつもとちょっと違う配信を行う予定でして、配信開始1時間前からしっかりと準備をしております。

カメラ代わりの動画編集ソフトの前で軽く踊ってみたり、マイク代わりの音楽編集ソフトの前で軽く歌ってみたりしてました。

あれ?これは準備というか、浮かれているだけなのでは……?

ま、まあいいでしょう。今日くらいは浮かれていてもバチは当たりません。

 

「ん~?メイクのDMに~」

 

今日の配信について詳しい内容をつぶやこうとしておりましたら、フォロワーさんからメッセージが届いていることに気が付きました。

いつも数件のメッセージは届くのですが、今回気になったのはそのメッセージがわちるという名前の方からだということでした。

 

「わちるさんだ~、そういえば忙しそうだからって最近あんまりお話ししてなかったな~」

 

わちるさんは私の初配信の時にコメントをくれた視聴者さんの一人で、あの時思いついた3Dモデル制作が今の私の配信の目玉のようになっているため、わちるさんは私の配信者としての恩人といっても良い。

私がメイクアカウントを取得した時もすぐにフォローしてくれた方の一人だ。

 

その後、わちるさんがフロントサルベージと呼ばれる国の運営する配信者の方たちの一人としてデビューすることを知ったときは本当に驚いた。

少し調べればこの世界の配信者の方たちの中でフロントサルベージ、通称FS所属と呼ばれる方たちがどれほどの有名人であるのかすぐに判明しました。

私は大体住処にしている空間の開拓だけで、ほかの配信者さんの動画はほとんど見なかったのですが、彼女達はこの配信者溢れる時代においてほぼ一強状態を維持しており、他の個人勢の方や企業に所属している配信者の追随を許さない圧倒的な支持率を誇っております。

一部には運営が政府なのだからあらゆる面で優遇されて他と技術も待遇も違いすぎて卑怯では?なんて言われているみたいですが、そんな考えは彼女たちの配信を見れば口にすることなどできるはずもありません。

 

彼女たちは自身と視聴者が常に楽しくいられるように考え、その姿勢でいつも配信を行っていますし、そのために努力も惜しみません。

そのようなひたむきな姿が視聴者に支持されている理由の一つなのだと思います。

 

さて、そんな昨今の配信者界隈でトップに君臨する集団に所属しているわちるさんからは配信者の先輩として慕ってもらっているのだけれど、私もまだ新参者であることに変わりないので何とも気恥ずかしい気持ちがある。むしろフロントサルベージと呼ばれる集団に所属しているわちるさんの方が私なんかすぐに登録者もフォロワーも追い抜いてしまうだろう。

そうなったら私は配信で、あのわちるさんと友達なんですよ~なんて視聴者さんに自慢する予定です。

 

ええと、わちるさんのメッセージは……

 

【わんこーろさん!!この度はおめでとうございます!私もわんこーろさんに追いつけるように頑張りたいと思います!それでですね!実はですね!私の初配信の日が決まったんです!すごくドキドキしてる!出来ればわんこーろさんにも見ていただきたいです!】

 

おおっ!ついにわちるさんが配信を始めるんですね、これは絶対に見なければ!

早速返信して、激励しておきましょう!

 

【わちるさんお久ぶり~ありがとうございます~一緒にがんばっていきましょ~ドキドキわかります私も初配信はとっても緊張しました~でもわちるさんなら絶対大丈夫です、リラックスしていきましょ~私も視聴しながら応援します~!】

 

【ううっ自分から振っておいてなんですが……わんこーろさんが見ていると思うとプレッシャーがかかりますね……いえ、見ないでという事ではないんです!むしろぜひご覧ください!?】

 

ふふっわちるさんはかわいいですね~、大丈夫ですよちゃんとわかってますから。

 

【あと、話は変わるのですがわんこーろさんが初配信の時に作成してもらった人形なんですが、もしよろしければ3Dモデルデータを頂くことは可能でしょうか?】

 

あ、そういえば制作したお狐様の人形、制作してから話に挙がらなかったからそのまま私がもっていましたけど、これはもともとわちるさんの映像データから私が作ったもの。当然無料配布は行ってません。

わちるさんに返した方がいいのかな?

 

【もちろん大丈夫ですよ~わちるさんの映像データが元になっているわけですから~、むしろ今まで放置していて申し訳ありません。3Dモデルだけでなく、制作に利用した資料データもすべてお送りしましょうか?】

 

【いえいえ!そこまでしていただくわけにはいきません!むしろ厚かましいのですが、わんこーろさんの配信で使っていただいたり出来ますか?】

 

【私の配信でですか?私としては嬉しいですけど、いいんですか?】

 

【はい!私はわんこーろさんと同じく配信者として友達でいたいですけど、同時にわんこーろさんの配信を楽しみにしている一視聴者でもあります!そんなわんこーろさんの配信にどうか利用していただければ視聴者として大変うれしいです!】

 

【ではありがたく使わせて頂きますね~、どこで登場するか楽しみにしていてください!】

 

そこでわちるさんは初配信の準備があるらしく、最後にもう一度お祝いの言葉をもらい私も配信の準備を再開した。

 

 

 



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#12 初めての記念配信(前編)

さて、なぜ私がわちるさんにお祝いされていたのかというとつい先日、ついに私が配信を行っているVちゅーぶのチャンネル登録者数が1000人を突破し、ほぼ同時にメイクフォロワーも1000人を超え、四桁に突入したのです。

メイクで拡散された動画が私のものであると早々に判明したようで、チャンネル登録者数もメイクフォロワーも爆発的に増え、今なお増加傾向にあります。

そのせいで当初の100人記念だとか、500人記念だとか小刻みにお祝いしていく予定が吹き飛んでしまいました。嬉しいことなんですけどね。

 

皆さん登録者とフォロワーが大台に乗ったことをお祝いする言葉をつぶやいていただき、なんと最近では私の絵を描いてくださる方まで現れるようになり、大変感謝しております。

その気持ちに応えるため、今回は感謝の長時間配信を行うことにしました。

まあ、長時間といっても私はまだ配信者としてチャンネルを開設して日が浅いですし、チャンネル登録者もVちゅーぶの規定数に到達していないので出来ても4時間が限界なのですが。

 

 

「という訳で今回はその4時間を利用していろいろ創っているところを見せていきたいと考えております~」

 

『わんこ式モデリング助かる』『長時間配信助かる』『こうやって見てるだけで4時間じゃ足りなさそう』『これまた絶景だな』『わんころちゃん浮いとる』

 

現在私は先日制作した山の頂上、その空の上にいます。ちょっと物理演算をいじくってふわふわ浮かんでいられるようにしております。

とはいえ自由に動けるわけでなくそこに浮いているだけです。

ふわふわと体だけでなく、服もふよふよとまるでお空を泳いでいるようです。

 

『見え……見え…』『見えた白だ!』『そうだね空はまだ編集してないから真っ白だね(焼却)』『通報しました』『なんでやっ!お前らも一瞬そう思っただろ!?』『開き直るんじゃねえよ』『口に出した時点でアウトなんだよなぁ』

 

「……ちょっとカメラの位置調整しますね~」

 

最近視聴者の皆さん遠慮が無くなってきたように思えますね~

それだけ安心してみてくださっているという事なんでしょうか?そういうことにしておきましょう。

 

「え~、コメントしていただいたように今日はまずこのな~んにもない空を創っていきますよ~」

 

そう言って懐から大きめのキャンバスを取り出し展開させます。同じように3Dモデル制作にも用いた"見出し刷毛"を手元に展開し、準備完了です。

 

「空の色って面白いと思いませんか~?朝や夕方は綺麗なオレンジ色になりますよね~しかもその色もただの単色じゃなくって黄色や朱色、橙色なんかのグラデーションが鮮やかに空一面に広がるじゃないですか~、さらに時間が経つとどんどん色が濃くなっていって紫や暗い青色が現れてくるんですよね~」

 

キャンバスにまず青系の色を落とし、単調にならないよういくつかの色を重ね塗りしていきます。

 

「このキャンバスに塗っているのがとりあえずの空の色のサンプルになります~他にも天気や時間、季節などで変化した空のバージョンもいくつか作成して、それらをワンセットにしたデータを利用して空の色を表現するつもりです~」

 

『おおっ!』『いいじゃん』『画像データを時間で合うものに変更していくかんじ?』

 

「んーとそうですね~もうちょっと複雑なのを考えてます~いま青く塗っているキャンバスも見た目は画像データっぽいですけど実際は色彩データで構成された情報集合体になります~この青系統の色彩データで構成された情報群のようにいくつもの色の情報群を創ってそれらを場合によってその都度展開させて行くんです~」

 

先ほどの青のキャンバスのデータを保存格納した後、新規作成したキャンバスに新たな空を描いていく。

 

「例えば~お昼の時間なら青の空の情報を80パーセント開放して~赤の空の情報は20パーセントに抑えたり~逆に夕方は青を20パーセントに、赤を80パーセント開放って感じですね~」

 

『なるほどわからん』『わかった(わかってない)』『いくつもの色のパラメータを用意して時間でパラメータを動かすって感じかな?』

 

「はい、そんな感じです~上手く説明できずにすみません~今回はその色のパラメータ、わんこーろの言った色の情報群を創っていきますよ~」

 

『わーい』『実質お絵かき配信』『見てるだけで満足』『水、青、赤、橙、とかそんぐらいの色を用意しとけばとりあえずいい感じか』

 

「最低でも基本的な色データ群は創っておきたいですね~予定としては500ほど~」

 

『ファ!?』『今日はお絵かき配信で終了だな……』

 

「もちろん最終的には、ですよ~今日の配信ではあと2、3枚描いてデータを挿入したら次に行きます~」

 

みなさんあからさまにほっとしたようなコメントが流れていきますね、そこまで無駄に4時間を使うつもりはありませんよ!

さあ、最後の一枚が完成したのでちゃっちゃと太陽の光源色データに挿入して次に行きますよ!

 

 

 

 

 

 

 

青い空、澄み渡る空気。それらを実感できる森の中。

そう、空から下りてきまして、現在私がいるのは山の麓になります。

 

「先ほど更新した空のデータが反映されたようですね~色の情報群が不足しているので見た目は薄い水色一色のようにみえますね~」

 

『しゃーない』『これからに期待』『配信するたびに空に目がいきそう』

 

「ですね~、地道に更新していくので注目していただきたいところです~、では次の作業にうつりますよ~次はこの山の植林作業に移ります~」

 

おもむろに懐から【檜さんver7.10】を取り出し、まだつるつるな山肌に植えていきます。もちろん違和感が出ないように今まで作った木の3Dモデルも混ぜながら間隔を考え、まんべんなく設置していきます。

出来ればこの配信中に山全体を木で覆いたいのですが……。

 

「……これは面倒ですね~写し火提燈でここら一帯コピーして貼り付けちゃいましょうか~」

 

『おい』『本性現したね』『ゆるふわ≒自堕落』『ばれなきゃへーきへーき』

 

「私はずっと木を植えるだけの配信でもいいんですけど~今日は記念配信という特別な日なので、ある程度形が出来たらすぐに次に移りますよ~」

 

ぽんぽんと手早く植えていき、いい感じになったら植えた範囲を指定して写し火提燈でコピーします。

コピー元の部分と若干重ねるようにして貼り付け、それを何度も繰り返して規則性のない森を創っていきます。前回の違和感ありありな森と違って数種類の樹木と数十種類の形状の組み合わせのおかげでほとんど違和感はないようです。

 

ですが。

 

「うひゅ!位置間違って森の上に森が~……あうっ今度は地面に埋まった!?」

 

『珍しい鳴き声助かる』『バグってんねぇ』『あせらないで』『これは切り抜き確定』

 

「だ、大丈夫です~これくらい簡単に修正できますから~」

 

さすがに3Dモデル一つと比べて一定の範囲をまとめてコピーするのは簡単ではありませんね……。ですが、やっているとだんだんと慣れてきたので最後の方はスムーズに作業を終えることが出来ました。

 

「はいはいは~いそれじゃあある程度植え終えたので上に行きますよ~」

 

『りょ』『植えだけに上……?』『←は?』『わんころちゃんはちょっと天然入ってるから』

 

最後のコメント~ちゃんと見えてますからね~?

 

「じゃあ浮きますよ~画面酔いに注意してください~、……はい上空に到着です~おお!思っていたよりらしくなったんじゃないですか~!」

 

目の前に広がるのは青々しい樹木に覆われた大きな山。山としてはそれほど大きくはないけれど、私が作ったものの中で一番大きくて高い3Dモデルとなりました。

山も単純な三角でなく、ところどころに不規則な膨らみや傾斜を設けてまるで自然の山のように工夫してみました。

 

『おおー!』『これはすごい』『力作じゃん!映像データで見たのと同じじゃん』『いや映像なんかと比べ物にならんよ、実際に木に覆われた山の3Dモデルとかわんこーろぐらいしか創れんだろ』『容量や技量の問題以前に資料をサルベージできんからな』

 

「へへ~これも応援してくださっている皆さんのおかげですよ~」

 

お世辞でもなんでもなく、視聴者のみなさんが見ていてくれるというのはモチベーションを保つ上でとても重要なんだと感じましたね。一つ一つに反応をもらえるというのは大変嬉しいものです。

 

『ん?あれ?なんか光の加減おかしくね?』『明るさ調整ミスった?』『いやいや前回配信見てたらわかるが、太陽だろ』『だね、時間実装したん?』

 

 

「あ、そういえば説明してませんでしたね~コメントにもありました通り今回の配信前にこの世界に時間を実装しました~先ほどはお空のてっぺんぐらいにあったんですが、今は少し太陽が傾いて影の形が変わってみえるのが分かりますか~?」

 

山の山頂からまっすぐ降り注いでいた太陽光は少し斜めからとなり、その影響で山に植えられた木々の影も長くなっております。それが山の立体感をより強調することになり、よりリアルっぽく見えます。

 

「皆さんの世界でも同じくらいの傾き方をしていると思いますよ~?もしよければ確認してみてくださいね~」

 

『と、言われてもねぇ』『おい地上住みの視聴者はいないのか!?』『俺の家は窓なんてついてないが』『地上住みとかどんなエリートだよ』『さすがにそれは言い過ぎだろ、確か地上居住制限区域は居住区域の20%程度のはずだぞ』『強制はな、推奨地区なら八割いくぞ』

 

「あらら、皆さんどうやら太陽を見たことのない方もいるようですね~ではではどうぞ心行くまでごらんください~。これからもっといろんな姿の太陽をご覧に入れますからね~」

 

ゆっくりとゆっくりと太陽は山のむこうへと落ちていこうとする。その光景だけでも視聴者のいくらかの方は驚き感動していらっしゃるようです。

 

「……なんて言ってこのまま配信終了っぽい感じになってますがまだまだ続きますので次の作業にいきますよ~っと、その前に」

 

再び懐よりとあるデータを取り出し、展開します。それは先ほどのキャンバスと同等の、少し横長に作られたキャンバスです。

そこに見出し刷毛で黒く文字を書いていきます。

 

「実はですね~この場所はモデルにした場所がありまして~今ではもう失われた場所なんですけど~その場所とわんこーろの名前をもじって~」

 

書き切った文字をカメラの前に映し出します。

 

「この山の名前を犬守山(いぬかみやま)と名付けることにしました~!!」

 

 



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#13 初めての記念配信(中編)

 

「今日の配信の目標はやりたいことを太陽が沈むまでに終えることです~」

 

『暗くなったら配信できんしね』『定時でお仕事を終える社会人の鑑』『わんころちゃんはそんな年じゃねーーから!!幼女だから!!』『必死すぎてきもE』『実際どうなん?』

 

「へ?歳ですか~?そうですね~」

 

たしか電子生命体になったのが配信を始める1年前だから……。

 

「1歳……ですね~」

 

『そんな奴おらんやろ』『かしこすぎ1歳』『成人するころには悟り開いてるんじゃねーのか』『ネットを掌握している可能性の方が高い希ガス』

 

「ホントに1歳なんですよ~わんこーろは電子生命体ですから~」

 

この世界に生まれる前の知識もありますけど、何歳だったのか忘れちゃいましたし。

さてそれではこの木だけ植えた山にいろいろ施していきますよ~

 

「まずは森の中腹よりも少し上に広めに空き地を残しておきました~ここはあえて木を植えずに日の光が入るように設定してあります~」

 

『ほお』『(適当に植えてるだけじゃなかったんだ)』『なにすんのー?』

 

「予定ではここに水の湧く池を造って麓へ川として伸ばしていこうかと考えています~」

 

空き地の中心を指さし、次いでそこから山の下へと指先を動かしていく。

 

「はいここからぐぐ~っと蛇行させて~麓近くでぱか~と分岐させる予定~」

 

『具体的なものが何一つなくて草』『動作かわいい……かわいくない?』『圧倒的かわいさ』『本当にその適当さで作っちゃうんだからすごいよなぁ』

 

「川を造るにあたってやっぱり重要なのは~"水"だとわんこーろは思うわけですよ~。まるで本物のように表現したいわけでして~そこは今研究中なのですよ~」

 

現在の最新技術で水を表現してもやはりどこか不自然に見えてしまうんですよね。もちろん私の前世と比べれば格段に自然的なのですが、それでも本物と間違えるようなリアルなものは制作されていないようです。

 

「なので水は後回しにして~今回は川の道筋の整備と~その周辺を彩る小物の制作を行っていきます~」

 

ノミ、刷毛を取り出し、私はあらかじめ切り取っていた大小いくつかの白い立方体、3Dモデルの初期素材を展開します。

まずは手早く一番小さい立方体を手に取り、ノミの刃を入れていきます。

 

「特に何も考えずに~ノミを入れてポリゴンをコリコリ削っていきます~出来るだけ丸く~、でもある程度ボコボコにして~細かいところはノミの角でコリコリ削っていきます~」

 

『意外とこの音癖になるな……』『コリコリ動画』『わんこーろのコリコリ音って名前で編集して投稿するわ』

 

「ふふ~ならこんな音なんかどうですか~」

 

わざとらしくノミでポリゴンの表面を薄く撫でるように削る。コシュコシュというこそばゆい音が響く。

 

「耳がぞわぞわ~ってしますか~?ふふ、自分じゃあまりわからないですね~」

 

そんなことをしている内に大中小の武骨なポリゴンの塊が出来上がる。

 

「色は灰色を基調にして~いくつかの暗めの色を塗っていきます~そ~すれば川の道筋を彩る岩と石の完成です~あとはこれを満遍なく道筋に並べていきます~」

 

もちろん提燈で量産しながらどんどん並べていきます。その時もできるだけ自然に見えるように大きい岩や石は川の外側に置いたり、流れが急になるような場所は小さめの石を多く配置したり、蛇行している場所には堆積物が溜まっているように見せるため、多くの石を置いてみました。

 

「こんなものでしょ~かね~?もっと細かな砂利や土なんかは配信外で設置しておきますので今度お披露目するまで楽しみにしておいてください~」

 

ぱっと見た感じ、水が枯れた川跡のようになりました。後はここに水を流せばらしくなりそうです。

 

「とはいえもっと凝った川にしておきたいですね~川辺特有の植物、例えば苔を生やしたり、川の中にも水棲植物を生やしたりしたいですね~」

 

目指すは鬱蒼と茂る森の中を横断するような小川。わずかに水の流れる音が響き渡る静寂の似合う空間にしていくつもりです。

 

「さて問題はこの先なんですよね~先ほどこの川は麓まで伸ばすと言ったのですが~ただ伸ばすだけではもったいないと思うわけですよ~」

 

そう言って私は目の前の空間へと腕を上げ、そっとなぞります。すると何もなかった空間に半透明のウィンドウが出現します。同じく現れた半透明のキーボードをちょちょいと操作し、メイクアカウントにログインします。そしてつい最近使えるようになった投票システムの「利用する」をタップ。

 

「はいっ!みなさま~つい今しがたメイクにて投票を開始しました~内容は山から伸びる川の先を何にするか?です~選択肢は【山中の湖】か【滝】の二択になります~」

 

『いきなりスギィ!!』『マジで!?選べるの!?』『視聴者参加型開拓』『俺らの理想の故郷を創ろうぜ!』

 

「【山中の湖】は中腹あたりに小さめの湖を造ります~釣り場を設けたり~暑い日は泳いだりもできるかも~?」

 

『泳ぐ!?水着!?』『いやまてまてまておちつけっけけ』『おまえらいきなり元気になってんじゃねーぞ!』『どこが元気になってるって?』『そりゃあ決まってんじゃん!』『そんなに燃やされたいのかな?』『わんころ配信史上最も汚くて草』

 

「【滝】は崖になっている場所に川を通して造ります~滝の裏と言ったら隠し通路が定番ですよね~」

 

『幼女なのに男のロマンを分かってらっしゃる』『ほお!隠し通路!』『何かわくわくするな』『滝でも泳げますよね?水着になれますよ!ね!』『結局どっちでもいーんじゃねーか!』『水着ニキ自重して』

 

「配信終了後しばらくは投票期間にしておきますのでお好きな方に投票お願いしますね~、それではもうそろそろ配信時間も半分を過ぎたようなので今日のメインにいきましょ~!」

 

 

 

 

 

 




実際にアンケート機能を使ってみたら面白いかも、と思いましたが、筆の遅い作者には無理そうです。


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#14 初めての記念配信(後編)

 

滝か湖の実装予定地よりさらに下山した山の麓に着きました。

特に何もなく、森が広がっているだけの空間です。

 

「さて~それではここら辺で本日のメインの建築を始めていきたいと思います~」

 

『ついに何か建てるのか』『寝る場所さえ無かったからな…』『わんころちゃん野宿してたの?』『風邪ひかないようにね』『俺が温めてやんよ』『純粋にキモイ』『お前を燃やしてやんよ』

 

「も~、皆さん何言ってるんですか~?わんこーろは電子生命体だから風邪なんてひかないんですよ~?」

 

『おっそうだな』『アッハイ』『ネットにもウィルスとかあるからワンチャン?』『元気なのが一番』

 

「ウィルスは発見次第このハサミで~じょっきん、ですよ~」

 

そう言って持っていた裁ち取り鋏を動かす。じょきじょき。思ったよりも大きな音が出てしまいました。

 

『ヒェ』『おい温めニキ行って来いよ』『俺はウィルスじゃねえ!』『似たようなものだろ』『切ってもらえば少しはまともになるかもしれん』

 

「はいはい~それじゃあもうそろそろ作業を始めていきますよ~まずはこのあたりをハサミでばっさり~」

 

裁ち取り鋏を横薙ぎにすると一定の範囲の樹が軒並み倒され、切り株も残らずすべて消失した。

裁ち取り鋏の持つ能力の一つである"初期化"です。

 

「……ここら辺に建てていきますね~」

 

『おいなんで誰も突っ込まないんだよ!』『まだしにたくないですはい』『時々天然で狂気染み出る系幼女ゾ』『なにじきに慣れる』

 

 

「いや、私もちょっと派手にやっちゃったかな~と……ええと、今回建てるものはじゃ~ん!神社になります~」

 

いやいや私だってこんなあたり一面消滅させるつもりなんてなかったんですって!

話題を無理やり変えて私は配信画面へといくつかの画像データを表示させます。これらは私がサルベージしたデータでして、そのすべてが神社の外観が詳細にわかるものになっております。

 

「今回建てる神社は流造という様式を採用しようと思います~特に理由があるわけではないのですが~過去データの中で最も多くのデータがサルベージ出来たのがこの様式の神社についてだったからというのが大きいです~」

 

木々を一掃した後の地面を裁ち取り鋏の先端で溝を掘って囲い、その範囲を初期化。素材の変更を行い一瞬で石畳と玉砂利に変える。

 

「とは言っても~映像データは揃えられても神社の建築なんてやったことないんですよね~どうも建築の手順を含めたデータはネットから隔離された別管理か紙媒体で記録されていたか口伝だけのようです~」

 

『そんなんで受け継いでいけるのか?』『電子化した方が情報の劣化は少なくね?』『ネットにあれば半永久的になくならないしその方がいいのに』

 

「まあ、映像データを参考に素人ながら造っていきましょ~」

 

『いきましょ~』『わんころちゃんのいきましょ~すき』『かわいいし力が抜ける』

 

「せっかく檜の森に囲まれているので屋根は檜皮葺でいきましょ~柱や床も檜材を使って仕上げていきますね~」

 

あらかじめ制作しておいた檜の木材を取り出し、黙々と作業を続けていたのですが、ふと気づくと無言の時間が延々続いていたようで、コメント欄は『無言配信助かる』が大量に流れておりました。

 

「あわわわ~もうしわけありません~ちょっと作業に集中しておりました~」

 

『焦ってるみたいだが、声音と口調のせいで全くそんな感じなくて草』『わんころちゃんそういうとこあるよな』『無言でも見てて楽しいぞ。』『リアルタイム3Dモデリング(わんころ式)』

 

「本当に申し訳ありません~確かに建設している画だけではつまらないかもしれないので雑談でもしながらやっていきましょうか~」

 

『わーい』『わんころちゃんにお話聞いてほしい』『ありがたい』

 

「改めまして今回はわんこーろの記念配信に来てくださってありがとうございます~みなさまのおかげでチャンネル登録者数も1000人を突破いたしました~」

 

『w?』『あれ?もしかして?』『気づいてなくて草』『作業に集中してたからなw』

 

へっ?一体なんのことでしょう?

 

『もうすでに登録者数2000人突破してる件』『しかもさらに伸びてる様子』『メイクの配信実況勢がわんころ式モデリングがネタじゃない事に気付いて混乱しているの草生えますわ』

 

「えっ、ええっ~!に、2000人ですか!?」

 

あわてて確認しますが、確かに登録者が2000人を突破しているじゃないですか!あ、しかも更新したらもう3000人いきそうなんですけど!

現在の視聴者数もすでに2000人近いですし……。

 

「……」

 

『……』『……』『衝撃で固まってて草』『珍しい顔みれた』『スクショしとこ』

 

「み、みなさ~ん初めまして~電子生命体でV配信者のわんこーろといいます~よろしくお願いしますね~」

 

『お、おう』『またかw』『完全にキョドっておめめぐるぐるなんですが』『初見に優しいわんころちゃんすき』『初見です(本日2回目)』『初見詐欺やめろや』

 

いや~まさかこんなに登録者数が増えるとは思っていなかったのですよ~数十人もいれば今日はたくさんの人に見てもらえてる、って嬉しいけどびくびく緊張していたんですから。

今なら登録者数が数十万の配信者が跋扈するフロントサルベージさんに放り込まれているわちるさんの気持ちを本当の意味で知ることができている気がします。

 

「わちるさんもがんばってほしいですね~」

 

『ん?』『今わちるって言った?』『わちるさんってFSの?』『お知り合い!?』『やっぱ初回配信のわちるって』

 

おっと、思わず口に出してしまっていたようです。初回配信を御覧になっている方もおられるようで気になっている視聴者の方も多いみたいですね。

ええと、どれぐらいの事を言っていいのかな?あまりわちるさんの話題を話し続けるとFSさんから何か言われるかもしれないし……

 

「ええと、ですね~わんこーろとわちるさんはお友達なんです~私の初配信にもコメントを書き込んでくださって~そのときにいただいたデータがきっかけで今の3Dモデリング配信を始めたんですよ~」

 

ふと配信画面外からコールが聞こえたので視線を移してみるとメイクにてわちるさんがつぶやいているようでした。

 

【私とわんこーろさんは友達!友達なんですよ!】

 

いやいやあなた私の配信見てるんですか!

 

「みなさん気になっていると思うのですが、このわちるさんというのはフロントサルベージ所属のわちるさんで間違いありません~……本人がメイクにてつぶやいてます~」

 

『マ?』『ほんまや』『わちるん初配信の練習してたんじゃ……』『奴さん死んだよ(練習完了)』『ずいぶんと余裕がありそうだ。これは完全な進行で完璧な滑舌を披露する新人初配信になるんやろなぁ(フラグ)』

 

【視聴者のみなさんひどくない!?】

 

あ~あ、これは自業自得という奴では?

 

「あ、そうそう~わんこーろが配信で制作したわちるさんの人形も本人からの許可が降りたのでもう一度ご披露したいと思います~これです~お狐さまを模した木製の人形になります~かわいいというよりかっこいいという言葉が似合いますよね~実は今回神社を造っているのもこの人形を神社で祀るためだったりします~」

 

『ほ~』『ええやん』『てぇてぇ』『一視聴者としてそんな大事にされたら嬉死するわ』『なおわちるんはすでに限界化している模様』

 

【ああ~~~すき~~~~ありがとうございます!ありがとうございます!】

 

その後もどこまで話して良いか悩む私をよそに、ダイレクトメッセージの内容をメイクでぶちまけるわちるさんに視聴者さんがつっこみを入れたり、私がなぜかフォローを入れたりとカオスな感じになりながらも何とか制作中の神社が形になりました。

緩やかな曲線を描く屋根に、檜により形作られた本殿。新築という事で真新しいその姿はかつての日本に存在していた年月を経たそれよりも新鮮さがあり、若々しく感じる。

そのためかこじんまりとした姿も相まってかつて日本に存在していた神社の、威厳のようなものはあまり感じられない。

けど、私の初めての建築物として素人ながらなかなかの出来栄えなのではないでしょうか?

 

「内部はまた今度の配信で、ですね~。今日の長時間配信を最初から見ていただいている方は薄々ご理解していただいているとは思いますが~わんこーろは最初にガワを作っておいてあとから細部や内装を追加していくという制作行程を踏んでおります~これは効率とかが理由でなく~単純にこのほうがモチベーションが保てるからなんですね~」

 

『別ゲーの話だが、巨大建築するのにモチベは重要』『楽しくないとやってらんないしね』『ガワだけってもここまででかなりのクォリティーだぞ』

 

「ほんとはもうちょっとやりたいことがあったんですけど~それはメイクにでも投稿しようかとおもいます~、見てください~太陽が地平線に沈んで真っ赤になってます~」

 

私が創ったまだまだ無骨な大地。ほとんどなにもないまっ平らなその地平線へと赤く染められた太陽がゆっくりと沈んでいきます。

 

『うおおおおお』『これはすごい!』『これが夕日!初めてみた!』『太陽ってこんなにきれいなんだな……』『やば、泣きそう……』『分かる…こんな光景映像データじゃ見れん』

 

「今日の作業は太陽が沈むまでと決めていたので今日はこれで終わりたいと思います~本日はわんこーろの長時間配信におつきあいくださり本当にありがとうございました~」

 

『いかないで』『ありがとー』『たのしかった!』『夕日に照らされた神社の前で手を振る浴衣犬耳幼女……イイ!』

 

「あ、あとですね~私のお友達のわちるさんの初配信が近々行われるらしいのでもしよろしければわちるさんの応援もよろしくお願いしますね~」

 

そう言って私は今日の配信を終了した。結局私の配信は数千人の視聴者の方がお越しになり、チャンネル登録者数は4000人に到達、メイクフォロワーも4000人を突破していた。

まさかこの4時間だけで登録者数が四倍になるとは……。

これからもみなさんのご期待に応えられるようがんばらないといけないですね。

 

 

 

 



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#15 お家の周り予定

はいみなさまこんにちはわんこーろです。先日ガワだけ完成した神社の屋根の上で足をぶらぶらさせながら半透明のウィンドウを開いてメイクのつぶやきを見ております。あの長時間配信はまとめ動画や切り抜き動画になってまたもや広く拡散されているようです。

最初の詳細不明なモデリング動画が拡散された件から反省して、今回は長時間配信を行う前にあらかじめ「#わんこーろ」のハッシュタグを作っておいたので、前ほどの混乱は無かったように感じますね。あと、配信終了後に気付いたのですが、どうやらわちるさんが宣伝してくれていたようで、フロントサルベージ箱推しの方もたくさん視聴してくださっていたようです。

本当にわちるさんには感謝してもしたりないほどですね。

 

「ほうほう~視聴者のみなさんはロマンを取ったのですね~」

 

長時間配信中にメイクにて行った投票を締め切り、その結果を確認します。川の先に造るのは湖か滝かという選択だったのですが、わずかに滝の票が上回り、山の中に滝を造ることが決定いたしました。

 

「そう言えば配信の終わりは夕日だったのでお昼の様子をメイクに上げておきましょ~」

 

できるだけ無編集の土地が見えないように、神社と、山と、太陽の映る位置でスクリーンショット。

保存した映像データを添付し、メイクに投稿します。

 

【ご報告その1:昨日はわんこーろの長時間配信に来ていただいて本当にありがとうございました!昨日制作したもののお昼の姿です!→リンク】

 

その後あらかじめ撮っておいたSSを添付してもう一度投稿します。

 

【ご報告その2:そして昨日の最後に言っていましたやりたいことなのですが~→リンク 神社の横にわんこーろのお家を作りました!ここも最低限の機能しか実装していないので後々追加していきたいですね~】

 

【ご報告その3:長時間配信で投票を行った湖と滝どっちを造るかですが、結果滝を実装することに決定いたしました!皆さま投票ありがとうございました!】

 

添付した映像データはあの配信の後作った部屋で、世界観にあわせて私好みの和風な感じにしてあります。

畳を敷いて、ちゃぶ台を置き、これから増えていくであろう衣装をしまう為の桐箪笥を設置します。あとは見た目だけはゼンマイ式壁掛け時計のような時計を壁に掛けて一応の完成です。

その後も別アングルで撮った写真をいくつか上げた後、私は配信の準備の為メイクを閉じ自室へと向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

「は~いそれでは今日も元気に配信していきますよ~最初に、先日の長時間配信にお越しくださったみなさま~本当にありがとうございました~」

 

『すごいよかった』『一夜にして登録者数が4倍以上になったのはさすがに草』『登録人数を知ってからめっちゃびくびくしてたなw』『てかここ自室じゃん!』『わんころちゃんのお部屋に招かれた』『なんか見たこと無いものばっかり』

 

「び、びくびくなんて~してないですよ~? ……してないんですよ?」

 

『アッハイ』『詮索するな消されるゾ』『狂気しまって』『狂気助かる』『狂気出したり出さなかったりしろ』

 

「はいっ、この話はここまで~、え~と、メイクでお披露目したのですが~今わんこーろのいる場所はあの後制作したわんこーろの家のお部屋になります~まだいろいろと足りないので今後追加していきますよ~」

 

『なんだか懐かしい感じがする』『俺も、初めてみたのに不思議な気持ち』『この雰囲気好き』

 

「んふふ~、この部屋もいい感じだと思いますけど~さらにこの障子戸を開けると~」

 

私の自室は神社の裏の通路からそのまま行き来できる構造になっております。つまり神社と同じ森の中に存在しているのですが、この場所自体がほかの土地よりも高めに造ってあるので障子戸を開けた先は遠くまで見渡せるほど開けており、抜群の開放感を誇ります。

 

『おお!』『すっごい広い!』『風を感じるぜ』『でもこの風少し泣いて……』『おいやめろ』

 

「手前の開けた場所は畑を作ろうかと思います~なにを育てるかよかったらコメントやメイクで要望お願いします~奥の開けた場所には田んぼを造る予定です~なんせこの神社にはお狐さまが祀られていますからね~豊作が期待できるのではないでしょうか~?」

 

『いいね!』『わくわくするな~』『やっぱ最初は簡単な野菜からいくべき』『トマトとか?』『オレ トマト キライ』『好き嫌いすんな』『合成じゃないトマトはうまいぞ!食ってみろ!』『天然ものとかいくらすんだよ!』

 

「お米を育てるので~ご飯のお供になりそうなのがわんこーろはいいです~具体的にはお漬け物にできるものを希望します~」

 

私は電子生命体なので食べなくても問題ないのですが、皆さんに喜んで頂けるよう料理や食事の様子を配信するのもいいかもしれませんね。

 

『配信者からの圧がかかった気がします』『希望(空気よんでね)』『漬け物か~いろいろあるな~』『白いほかほかご飯に塩味の効いたおつけものか……たまにはいいかも』

 

あれ?みなさんのコメントを見ていたら何か重要なものを忘れているような……。

 

「ん~?しおあじ~~……あっ、塩!。というか調味料が……無い」

 

『あっ』『あっ』『察し』『そういえば』

 

「んあ~~!塩がないと漬け物なんてできませんよ~、というか日本人なら醤油!味噌~!……大豆です!大豆は育てます!これは確定です!」

 

『珍しく焦ってんねぇ』『本気で忘れてたなw』『…というか、この世界植物育てられるの?』『あっ確かに』

『そういえばそうだな、あまりにリアルで忘れてた』『てか育てなくてもモデリングで制作すればいいだけじゃね?』

 

「確かにほしいものは3Dモデルとして制作すればすぐ手に入れられるんですけど~やっぱり素材から制作してその素材を加工したものの方がリアルな表現になるんですよ~」

 

私の制作しているモデルは軽量版以外はその中身まで再現するように情報がみっちりと組み込まれているのだ。たとえば、そこらに植えていた檜の木は裁ち取り鋏で切れば元のポリゴンに初期化されるけれど、たとえば斧を制作してその斧で木を切れば切り株はしっかり残り、木一本分の木材を手に入れる事ができる。

そうやって手に入れた木材の手触り、質感などあらゆる面で木材として制作したモデルよりも秀でています。

これは私も当初知らなかったことで、モデルの制作を行ううちに気づいたことです。

もう少し早く知れていれば神社の建築でも利用したかったんですが、時間が無く木材の調達が間に合わなかったんですよねぇ。

 

「成長についてですけど~……これは今ちょっと考え中なんですよね~いろんな意味でどうしようかな、と悩んでいる最中です~」

 

とにかく調味料、特に塩の生成及び精製方法を今後実装する予定であることを宣言して今日の配信を終了しました。

 

 

 



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#16 雑談とこれから予定

「はい皆さんこんばんは~わんこーろの配信に来てくれてありがと~今日は平日配信という事で~お部屋から配信しております~もうすぐ夕日が沈む頃ですね~せっかくだから障子戸を開けて夕日を拝みながら雑談しましょ~」

 

『いいねぇ』『やっぱ懐かしい感じするわ』『ただいま』『ただいまー』『今日は雑談枠か』『ありがたい』

 

「ただいまですか~?そうですね~……皆さんがそう言ってくださるのなら~皆さんの故郷と感じていただけるようにこれからも頑張っていきたいです~」

 

『配信始まるときのあいさつ決まったな』『ただいまいいね』『ただいま~』『現実に帰ってきた』

 

「んふふ~なら私はおかえりなさい~って返してあげますね~」

 

『おらさずっとこの村にいてえだよ』『今日からこの村に移住します』『住所教えてくれ、移住届け出しに行く』

 

「まだ私の家兼神社しかありませんから村というには厳しいかと~でも、名付けるなら~犬守山の麓にありますから~犬守村、でしょうか~?」

 

うん、いいんじゃないでしょうか犬守村。まだまだ村と言うには小さすぎますが、これからちょっとずつ開拓していきたいですねぇ。

 

「そうそう、前回の長時間配信で後回しにしていた水の実装なのですが~ちょっとこれを見てください~」

 

そういって私は急遽制作したガラス製のコップを配信画面に近づけます。中にはなみなみと透明な液体が注がれており、私が持っている手を軽く振ると当然中の液体も小さな波を立てて揺れ動きます。

 

「まだまだですが~みなさんにお披露目できるレベルになったかと思います~何の変哲もない、モデリングした水になります~」

 

そう、コップの中には私が制作した水のモデルが入っています。

リアルの水を表現するにはまだ私の制作レベルが追いついていないような気がするのですが、とりあえず今主流のグラフィックエンジンなどの表現と遜色ないレベルではないかと判断し、今回公開する事としました。

 

『おおーー!』『まじもんじゃん!』『これすげーわ』『クォリティ高杉問題』『全方位どっから見ても違和感ないのほんとすごいな』『光の反射具合とか、水の形状変化具合とか全然違和感無いな、こりゃ既存の技術じゃ無理だぞ』

 

「んふふ~電子生命体のわんこーろにかかれば~これぐらい簡単なものですよ~」

 

『ひさびさのイキりわんこーろじゃん』『これはイキっていい』『これにマウント取り返せるやついんの?』『むりです……』

 

「実はもう川の方に水を流し終えているのですが~すでに日が沈んでいるのでお披露目は休日配信までお預けになりそ~です~んくんく」

 

そういって私はコップの水を実際に配信画面前で飲んでみます。うん、のどごしも舌触りも私の知っている水そのものです。

一応味の情報も組み込んであるのですが、水の味はほぼ無いので特に感想はありません。

 

『飲めるの!?』『赤い舌見えた』『お水助かる!!』『水助』『お水民勝利』『両手でしっかりコップを支えているのが幼女みあってグッドです』

 

「んふぅ……そうそう~水を実装したので次の配信までに雲と雨を実装しておきます~雲は次の休日配信の時にでもお披露目できると思います~雨は……運が良ければ見られるかもしれません~」

 

『いいね』『今の季節だと入道雲とかか?』『そうか、雲にも種類があるんだよな』『全部実装するの?』『とりあえずは夏の雲だけでいいんじゃね?季節ごとに追加でおk』

 

「ですね~今優先して夏の雲のデータを集めているところです~このデータ自体はそれほど回収するのに時間はかからなさそうです~雲自体は無くならずに今も空の上にある訳ですからね~」

 

『雲ってあの灰色のやつか』『灰色?白じゃねえの?』『灰色だろ、見たこと無いのか?』『無い。映像データでは白く見えるんだが……』『あっ(察し)』『地下住み民だったか、すまん』『灰色なのは雲が薄すぎてそう見えるだけだ、昔は白く立体的に見えてた。らしい』

 

「白いのは雲が水滴や氷の粒の集合体だからなんですよね~今回水を実装できたことで、モデリングした雲よりも水を使って制作した雲の方がよりリアルに表現できるはずですので~ご期待ください~」

 

『立体的な雲とかなかなかお目にかかれないぞ』『いつも空に浮かんでるのは薄くて灰色のぼやけたものだしな』『雲、ご期待ください』『地下民な俺のためにもどうか頼むぜ』

 

「あとですね~メイクの投票で決定した滝の制作も始めていこうかと思います~こちらは少し悩んでいる事がありまして~みなさんの意見を聞いておこうかと~」

 

『なになに?』『何でもきいてくれよな!』『今なんでもって…』『滝の裏は当然隠し洞窟にしてね』『滝壺の中から泳いでたどり着ける洞窟は当然ありますよね?』

 

「え~と、需要があるなら~つくります~……はい」

 

滝に決まったとたんみなさんのロマンがどばどば溢れてきますね。コメントのほとんどが滝にどのようなギミックを仕込むかの話し合いの場になっております。まあ遠慮なくアイデアを出していただけるのはこちらとしてもありがたいです。

 

「それでですね~悩んでいるのは滝の規模なんですよね~数メートル程度の小さな滝にするのか~数十メートルの大瀑布にするのか~……と思ったのですが、コメントのいろんな要素を追加するなら大きいものにしたほうがいいですね~」

 

別に巨大にしても私ががんばる量が増えるだけで問題はありませんしね。

 

「では大瀑布制作にけって~い、さすがに出来上がったものだけお披露目するのはもったいないと思うので制作途中も配信で流したいと思いますので期待しててくださいね~」

 

 




10/25 #0、#16の"ふすま"を"障子戸"に修正しました。


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#17 お着換え準備

 

「んっしょっと、こんな感じでいいかな~」

 

みなさまこんにちはわんこーろです。

最近徐々に暑くなってきたようですね。メイクでもそんな声がちらほら聞こえるようになってきました。

まあ、それも仕方がないことでしょう。ここ数十年で日本の夏の最高気温は都市部で44度を突破し、いまだ上がり続けているらしいのですから。

 

この犬守村も時間と共に季節の概念を実装したことでリアルと同じように夏が到来し始めているのですが、この世界の気候は私がかつて生きていた世界の数十年前をモデルにしていますので暑いときでも32度程度までしか上がりません。そのうえつい先ほど実装した雲の影響でちらほら影が出来てくれるので肌寒く感じるほどです。

ですが、それでも犬守村には涼を取る方法が限られていますので早々に何か対策をしなければなりません。

その対策の一つが今私が行っていることなのです。

 

「うんうんいいんじゃ~ないでしょ~か~?」

 

鏡の代わりにモデリングソフトに自身の姿を映し出し、その全景を確認中です。昨日までは桜柄の浴衣に身を包み、春の暖かさを感じられる装いにしていたのですが、それでは視聴者さんがすこし暑苦しく感じてしまわれるかと思いお着物を変更することにしました。

 

「うう~ん?自分ではよくわから~ん?皆さんかわいいって言ってくれるといいんですけど~」

 

今回採用した浴衣の柄は水色と青色を基調として紫陽花の柄が入れてあるものを選択して、涼やかで夏を感じられるようにしてみました。あと私の前髪も髪留めでまとめてあるのでおでこが見えてます……今まであまり見せていない部分なのでなんだか恥ずかしい気持ちもありますが、浴衣だけでなく全体が新鮮に見えるように工夫してみました。

髪留めは虹色のものを付けております。これは黒髪と合わせてまるで夜空に浮かぶ花火のように見えるかと思いデザインしました。

 

「不安~も、ちょっとあるけど~しっかりお披露目がんばるよ~」

 

両手をぎゅっと握って頑張るの決意表明ですよ!これからも季節やいろんなイベント毎にお着換えしていくつもりなので慣れていかなければ。

 

 

さて、明日は待ちに待った休日。お昼の日が高い時間から配信を始める予定です。水を引いて、ちょちょいと情報の追加を行った川のお披露目や開拓途中の滝の様子などいろいろと見て頂きたいものがあるのです。

ですが、それだけではなんだか新鮮味がありません。いつも制作とお披露目配信の繰り返しなところがありますからねぇ。

 

「ここはひとつサプライズ~といきましょ~か」

 

んふふ~そうと決まれば早速準備しなければ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほとんどの人間にとって仕事のない休日、すでにうっすら汗が滲む程度の気温が観測されていた。ここ数年の気温上昇はとどまることを知らず、ただでさえ高温である上にどこであろうとコンクリートに埋め固められた都市はその存在がさらに温度を上げ、夏となれば常に熱気を放つ存在となっていた。

だが、地下に住んでいるためか環境と言うものに無頓着な今の人間にとってそんな事はどうでもよく、ほとんどの人は冷房の効いた部屋で思い思いに休日を過ごしていた。

 

とある地上都市の一軒家、その一室で初めての配信が今日の夜に決まった新人ヴァーチャル配信者である九炉輪菜(くろわな)わちるも同じように休日を過ごしていた。

 

「よーし!今日の宿題は終了!明日も休みだし、これで心配事は無し!」

 

机の前のディスプレイとにらめっこしていたわちるはそう言うとすぐさま席を離れ、後ろのベッドへと倒れ込んだ。

彼女が格闘していたのは学校で出された課題だ。次の日が休日であるという理由からいつもより多めに出されていたそれを、わちるは休日最後の日にでもまとめて終わらせればいっかなどと考えていた。

だが、わちるの保護者であり、FS所属配信者達のスケジュール管理をしている"室長"と"白愛灯(はくああかり)"に初配信までに課題を終わらせた方がいいんじゃないか?と圧をかけられたのだ。

さすがに二日分の課題を半日程度で終わらせるのはなかなかハードかと思われるかもしれないが、それほどでもない。

というのもこの世界では登校というものが存在しない。すべての学生は自宅で授業を受けることが出来るのだ。授業はネットで配信されており、学生であることを証明するアカウントを取得していればいつでも何度でも授業を受けることが出来るし、その授業で出された課題もネットを通してワンクリックで提出することが出来る。授業を聞いていれば難なく処理できる課題を、授業の動画データを流しながら取り組めばそれほど時間もかからず終わらせることが出来るという訳だ。

 

わちるは楽しいことはめいいっぱい楽しみたい性分であり同時に複数の心配事があるとそちらに気がいって目の前の物事に集中できない性格でもある。

それを自覚していたわちるは室長達の言葉ももっともだと思い、何とか配信前に課題を終わらせようと数時間前から机にかじりついていたのだ。

 

「でも、最大の心配事はまだ解消されてないんですよね……」

 

わちるはベッドに横になりながら、小型の情報端末を操作する。

格段に科学技術の進化した時代でありながらも利便性や効率、あるいは慣れという点からスマホやPCと呼ばれるものの形状はほとんど変わっていなかった。もちろんその中身は驚くべき程近未来的な最新技術によって構成されているが。

手になじむ小型の情報端末にダウンロードされているSNSアプリ、メイクトーカーをタップし、自身のアカウントを確認する。

フォローは同じFS所属ヴァーチャル配信者といくらかの同業者のみに限られ、対してフォロワーはすでに一万人を突破しようとしていた。

ヴァーチャル配信者というだけである程度の支援者が付く昨今、わちるはそれに加えてV配信者界隈でトップをひた走るフロントサルベージ所属であるのだ。

どんな新人がくるのだろうという期待と、あのFSの所属だからという安心感がただの一度も配信を行っていない彼女にこれだけのフォロワーが付いた理由であった。

そのことがわちるにプレッシャーとしてのしかかっていた。

 

「なこそさんも寝子ちゃんも大丈夫って言ってたけど、やっぱり不安になるぅ~~」

 

ベッドの上でゴロゴロともだえるわちるだが、ふと端末から聞こえてきたコールに反応し、ちらりとメイクを確認する。

 

【みなさまこんにちは~今日もわんこーろの配信を始めますよ~告知通り13時からの配信になります~ぜひとも犬守村へ帰ってきてくださいね~】

 

確認した直後わちるはがばっと上体を起こし、端末に表示されている時刻を確認する。

12時50分、課題に集中していたせいですっかり忘れていたとわちるは焦りながら先ほど課題を終わらせたPCとは異なる、部屋の隅に設置された配信用のPCの電源を入れる。

情報漏えいなどの問題から学校専用となっているPCよりも配信に用いているPCの方がスペックが高く、高画質、高音質での視聴が出来る。そのためだけに配信用PCを利用するほど彼女の配信は価値があり、勉強になる。

無名で個人勢であるにもかかわらず凄まじいほどの勢いで登録者数を伸ばしている新人配信者わんこーろ。

わんこーろを語るメイクのつぶやきはその底の知れない情報処理能力や、詳細不明な3Dモデル制作術などが真っ先に話題にあげられるが、わちるからすればそれらの能力は彼女を語る上で突出した部分ではあるが、ほんのわずかなポイントであると考えている。

彼女の真の魅力はその声、話し方にある。ゆったりと語られるその口調と、それに絶妙に調和している安らぐような柔らかな声音。

自然と耳に入ってくる不思議なほどの安心感は他の配信者と全く異なったことをしているはずの彼女の配信を安心して見ていられるのだ。まるで彼女のその姿と声が、彼女の形作る未知の世界に尻込みする視聴者の手を取り道しるべとなっているかのように。

 

などと、わんこーろ配信の一視聴者であるわちるは考える。

 

今日もそんな未知の世界、犬守村へと帰るべく、わちるはわんこーろの配信へと急いだ。

 

 

 



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#18 犬守村のおいぬ様

 

その日、わんこーろの配信は始まる前からどこか雰囲気がおかしかった。メイクの配信10分前のつぶやきではいつものわんこーろのようだったが、配信開始5分前のつぶやきでは【この先、犬守村】の一言と配信枠へのリンクが貼り付けてあるだけだった。

訝し気に思う視聴者もいたが、メイクアカウントはわんこーろのもので、配信アカウントもわんこーろのもの、雰囲気以外はいつもの配信開始前と変わらない。

配信が始まるまでの待機画面で流れるコメントも何が始まるのかと不安に思う声が多い。

そうこうしている内に配信時間となり、配信が始まる。

 

『なんだ?』『一体何がはじまったんだ』『配信始まったのにわんころちゃんいないぞ』『ここって森の中?犬守山か?』

 

配信が始まった画面は直後真っ暗なままだったが、ガサガサという音だけは聞こえてくる。しばらくするとわずかな光が真っ暗な画面に差し込み、徐々に暗闇が晴れてくる。

どうやら配信画面は薄暗い森の中を動き回っているようだった。まるで小動物が深い森を疾走している、その小動物の視線で周囲を見ているかのような光景。

まだ画面は森の中を動き回っている。どこかを目指しているようで一直線に進んでいるようだ。

 

『おいなんか音聞こえね?』『音?ガサガサって音はさっきから聞こえてるが』『ちげーよ!もっと違う音だって!』『確かに、なにかざーざーって感じの音が聞こえる』『何か流れる音……?』

 

 

『水の音……?』

 

 

 

暗い森から抜け出した先、目の前にはそれなりの水量を誇る川が流れていた。山の先から麓へと流れるその川は数メートルほどの幅を誇り、それでいて流れは緩やかなものだった。深さもそれほどなく、一般的な成人が足を踏み入れても膝にさえ届かないほどしかないだろう。

驚くほどの透明度を誇る水流は川底の苔生した岩々の輪郭を正確に映し出し、川より露出している岩には跳ねた水しぶきが付着し、水面と共に日の光によってキラキラと輝いていた。

 

『はあああああ!???!?』『!??』『おいこれまじかよ』『さすがにこのレベルの3Dモデル?は見たことないぞ!』『いやいやほんとになんだこれ!?』『どっかのロケ地だって!!じゃないとありえないだろ!?』

 

しばらく視聴者はその光景に唖然としていたが、ふと画面が横へと動き、上流が映される。川の中には人影が確認できるが、逆光によってその姿は明確にはわからない。だが、誰なのかは視聴者の誰もが分かっていた。この世界を創ったただ一人の配信者。

 

『わんころちゃん!?』『逆光でまったくみえないが……』『わんころちゃんだろ!他に誰がいるってんだ!?』

 

画面は徐々に人影に近づき、その姿を鮮明にしてゆく。そして画面が十分に近づいた時、日が雲に遮られ、逆光に隠れていたその姿があらわになる。

 

いつもの姿とは打って変わったわんこーろの姿。涼しげな色の浴衣に、虹色の髪留めで黒髪をまとめ、いつもは出さないおでこが確認できる。

川の中に入っている影響か、その髪は少し湿気を含み、頬から鎖骨にかけても川の滴か、もしくは汗でじんわりと濡れているのがうかがえる。当の本人はこちらを確認した後、目をまん丸にして驚いたように固まっていた。

だが、それも少しばかりの事ですぐさまわんこーろはいつものように温和な笑みを湛え、こちらへと歩いてくる。

川の中だからか、わんこーろは浴衣の裾――(おくみ)あたりを片手で持ち、ふとももが見えるまでたくし上げ水に濡れないよう注意しながら進んでいる。

 

「おやおや~珍しいお客さんだね~どこから迷い込んだのかな~?」

 

いつものような砕けた口調ではなく、たっぷりと余裕を持った少し大人びた声音でわんこーろはそう口にする。余裕だけでなく、その言葉に大げさなほど困惑の感情を乗せている。

 

配信が始まる前の意味深なメイクのつぶやき、始まってからの徹底した映像美とわんこーろの登場までの演出、そして先ほどのわんこーろの演技がかった口調……。

 

そこまで考えたところで察しのいい視聴者は理解する。

 

――――――これ茶番回だ!!

 

 

『う、美しい……』『ガチ恋案件だわこれわ』『似合いすぎてて胸がつらい』『もう十回は尊死したわ』『新しいアニメですかな?』『かわいいお嬢さん、ここは一体どこなんだ?』

 

「んふふ~いきなり人外をそんなに褒めるなんて~なかなか豪胆な人間のようだね~」

 

わんこーろはぴくぴくと犬耳を動かし、ついでとばかりに尻尾をくねらせる。

 

「ここはただの人間が迷い込んでいい場所じゃあ無いんだよ~ホントはね~でも、あなたたちは私の事、褒めてくれたから~特別に許してあげるよ~」

 

微笑みを深くするわんこーろは画面を自身へと近づけ、目の前まで持ってくる。

 

「ここはね、犬守村。私が創った私の世界なの~もしもあなたが私の事を好きだって言ってくれて~一緒に居たいって思ってくれるなら~あなたたちをこの村の"移住者"として認めてあげるけど~どうする?」

 

『すきーーーー』『好きです!!』『一緒にいてください!!』『わんころちゃん大好きです!!』『いい、すき……』

 

「んふふ~それじゃあ決まりだね~私……わんこーろのことずっと大好きでいてくれなきゃダメだからね~これからよろしくね移住者さん~」

 

 

 

 

 



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#19 川ときどき雨

タグ「シリアス」を一応追加しました


 

「と、いう訳で~わんこーろの初めての茶番でした~初見の方は驚かせて申し訳ありません~」

 

『最高なんだが?』『そこらのアニメより出来がいいのですが』『茶番が茶番のレベルを突破していて草』『これはまた拡散されてとんでもないことになる予感』『良かったいつものわんころちゃんだ』『茶番の大人びたわんころちゃんも個人的にイイ』『幼女なのに声音が大人びてるから人外感パなかった』『控えめに言って最高すぎ』

 

「んふふ~視聴者の皆さん……いえ、移住者のみなさんは優しいですね~わんこーろも恥ずかしいのを我慢してあんな台詞を言った甲斐があったというものですよ~」

 

『一枠ぐらいあのしゃべり方でもいいのよ』『もののけわんこーろ』『姿通り山犬の姫な訳で』『今度は羞恥心限界まで耐久配信して』

 

「ぜったいに~いやです~あのしゃべり方は疲れるんです~そんなこと言うならもう配信終わらせますよ~?」

 

『すまん』『←こいつが悪かった』『すべての元凶はそいつだ』『だから許してください』『貴様ら裏切ったなぁぁぁぁ!!!』『村八分されてて草』

 

「他の移住者を生贄にしてはいけませんよ~最初に言い出したのは私なので強く言えませんけど~……さて、今回茶番に利用した川の紹介に移らせていただきますよ~」

 

背後の川へと配信画面を向け、その流れを映します。先ほどの茶番のように特にエフェクトを利用しなくとも太陽の光だけで十分幻想的に見えるように考え実装した川。

 

「水を流しただけでは味気ないので~砂や砂利を敷いて~苔を生やしたりと細かな部分を追加してみました~流れが不規則になるように川底の岩をまばらに設置し直したりと頑張ってみました~」

 

『おつかれです』『なるほど、流れが不規則だと光の反射がより綺麗に見えるからか』『こけ?てのは緑の草みたいのか』

 

「ああ~そういえばそちらの川はすべて壁化工事が終了していてこんな感じの川はもうないんでしたね~そうですよ~苔というのはこの緑の水棲植物の事です~細かなポリゴンによって制作したんです~」

 

 

どれどれ、知らない移住者の為にもう一度どぼん、と川の中に入り手のひらサイズの苔つき小石を取り上げ画面の前に差し出す。おっとっと油断してたら新しい浴衣が濡れちゃう。しっかりとたくし上げないと。

 

『気をつけて!』『危なっかしいぞ』『転ばないかヒヤヒヤする』『意外とお転婆やね』『見えそうだからもうちょい下げなさい!』『はしたないですぞ姫!』『移住者というか保護者だなこりゃ』

 

「大丈夫ですよこのくらい~この川を造ったのはわんこーろですよ~?石の場所も水の流れも全部把握してるに決まってるじゃないでしゅくわあああああ!!」

 

『ああっわんこーろがやられた』『草、いや苔生える』『派手にずっこけたな』『緩やかそうなのにどんどん流れていくんですが』『誰一人心配しないの草』『自分で大丈夫だって言ってたんだし大丈夫っしょ』『わんこーろ…無茶しやがって……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~こちらが滝の工事現場になります~御覧の通り山の中に断崖を造りまして~水の通る溝を掘ったぐらいしかまだしておりません~崖はほぼ直角に設定して~落差はおよそ130メートルから135メートルを予定しております~」

 

『カメラさん180度回転して!』『みんな!ディスプレイの裏を見るんだ!』『ごちゃごちゃ配線だらけなんですが』『掃除しろ!!』『濡れ透けどこ……ここ?』

 

はい今私は浴衣を乾かしながら滝の進捗を見ていただいております。決して画面に映らないよう画面の裏で乾かしております。移住者の阿鼻叫喚が聞こえている気がしますが、気のせいでしょう。

 

「それにしても~なかなか乾かないですね~……やっぱり脱いで乾かすしかないですね~」

 

『カメラぁぁぁ動け!動いてよおおおお!!』『動けってんだこのポンコツ!!』『変態しかいなくて草』『はい村八分』

 

「は~いわんこーろの話も聞いてくださいね~この滝の後ですが~そのまま麓まで川としてのばしていって~田んぼにする予定地まで水を持ってくる予定です~田んぼには水は必須ですからね~」

 

『ついに水田が!』『稲作もするつもりなのね』『田んぼって何だ?』『実は俺もよく分からんのだが』『米を作る場所だよな?』『畑じゃだめなのか?』

 

「そうですね~畑で育てられないという訳では無いのですが~水稲の方が利点があるんですよ~、水の中なら虫や雑草の被害が少なかったり~寒さに弱いので水で暖をとらせたり~」

 

畑で育てられる種もあるようですが、私のサルベージした稲作に関する詳細なデータは水稲のものがほとんどだったのでこちらを採用する事にしました。

それに日本の原風景といったら水田ですからね、これは譲れません!

 

「さてさて~川と滝の途中経過も紹介できたので~今日はこれで終わりたいと思います~」

 

『おつ』『いかないで』『今日はちょっと早いんだな』『また夕方まで配信するのかと思った』

 

「さすがに長時間配信は事前にご報告させていただきますよ~実はですね~今日の夜にわんこーろのお友達、フロントサルベージ所属の九炉輪菜わちるさんの初配信が~行われるんですね~」

 

『やっぱりか』『しってた』『メイクでも仲良さげでてぇてぇ』『これはコラボ確実だな』

 

「わんこーろのような新人の個人勢が言うのもなんなのですが~移住者のみなさんもよければ見に行きましょうね~それでは今日の配信は終わり~また次回配信までばいばい~」

 

 

 

 

 

配信画面を停止し、配信が完全に終了してから私は別ウィンドウを開きメイクを立ち上げ、わちるさんのつぶやきを確認します。

 

【あああ……わんころちゃん……私も連れてって……】

 

どうやら最初の方の茶番はわちるさんも見ていたようです……。そのつぶやきにわちるさんのフォロワーが【あなたこの後初配信でしょーが】と突っ込みを入れている。

……あ違う、この突っ込みフロントサルベージの虹乃なこそさんだ……。

その後、必死になこそさんに言い訳するわちるさん。

二人のやりとりが続き、しばらくしてわちるさんは大人しくなったので配信の準備に入ったようだ。

 

「んふふ~わちるさん……楽しそうだな~」

 

文字だけでも伝わるわちるさんの感情。どきどきしたり、わくわくしたり、怒られてしゅんとしたり……。

今はどうなんだろう。不安なのかな、それとも早く始めたいと思ってるのかな。

 

「人らしい感情……今の私じゃ、よくわからなくなったもの……わちるさんはやっぱり……“人間”なんだね~」

 

川の先、犬守山の向こうから黒い雲が近づいてくる。空気が湿り、空が陰り始める。

 

「……もうすぐ、雨が来るね……移住者さんにも見せたかったな……」

 

もうすぐここは土砂降りになりそうだ。

 



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#20 雨ときどき涙

予想通り犬守村に雨が降り始めました。勢いは時間とともに激しくなってきて、私は雨戸を閉め、薄暗くなった自室でぼんやりと光るウィンドウを眺めております。

 

映っているのはわちるさんのチャンネルです。配信の予約がすでに完了しており、あと数分で始まるようです。

 

「うわ~人がいっぱい。私もいつかこんないっぱいの移住者さんとお話してみたいですね~」

 

雨ががたがたと雨戸を叩きます。ですが私はその音を無視するように縮こまり、わちるさんの配信を待ちます。

 

なぜだろう、なんだかとても不安な気持ちになっています。

 

『ありゃ?始まんない?』『更新しても動かん』『わちるんスヤスヤか?』『メイクはさっきまで更新してたぞ』

 

おや?どうもわちるさんの配信が遅れているようです。心配するコメントも多く投稿されています。

 

『九炉輪菜わちる:申し訳ありません!5分ほどお待ちください!』

 

『5分待ち了解です』『慌てなくて大丈夫よー』『5分まつー』『初配信やし、しゃーない』

 

不意のトラブルでもみなさん動じないですね、やはりフロントサルベージの視聴者となると多少のハプニングもおおらかに許してくれるということでしょうか。

 

『○一ちゃんの二時間遅れと比べりゃかわいいものよ』『配信中のゲームと間違えて配信のほうを切断した寝子ちゃんのうっかりと比べれば』『同じく5分遅れを宣言して結局配信出来なかったナートに比べれば』

 

……違いますね、これは過去の先輩方のハプニングに慣れてしまっただけのようです。ある意味先輩からのナイスフォロー……なのでしょうか?

 

そうしていると配信画面が切り替わり、配信が始まりました。画面はわちるさんの髪の毛だけが映っていましたが、すぐに画面が動き、わちるさんの顔が映し出されました。

少しくせっ毛な橙色の髪の毛は左右でおさげにして緑の花飾りのついたゴムでまとめてあります。幼げな雰囲気があり、若干たれ目なのがさらに年齢を下げさせています。ですが口元からのぞく八重歯が彼女を活発な少女であると印象付けます。

 

「うわーん!みなさん遅れてしまってごめんなさいぃ!いきなり映らなくなってびっくりしたぁぁぁ!!」

 

『ひぎゃあああああ!!!』『音でかスギィ!!』『鼓膜しんだわ』『替えの鼓膜どこやったっけな』『音量調整おねげーします』

 

「ああっ!?ごめんなさい、ちょっとまってくださーい……ええと、これだっけな?音小さくなった?」

 

『かわらん』『さっきと同じ』『たぶんその横のやついじればいい』『←なんで分かんだよ』『ナートも同じ事してた』『そういえば』『いやいやまさかそんなこと……』

 

「んえ~~?これの横?これ?……直りました?」

 

『マジか直った』『直っただと……』『リスナー有能すぎ』『FSリスナー配信環境まで把握してるの草』『スタッフじみたリスナーがいますねぇ』

 

「ふううううありがとうございます~……ええとですね、いろいろとありましたがとにかく、みなさん!こんばんは!フロントサルベージに新しく加入しました!新人ヴァーチャル配信者九炉輪菜わちるといいます。みなさんと一緒に楽しくやっていければいいなと思ってます!応援お願いしますね?」

 

『ついに始まった!』『ふーんええやん』『声も見た目も元気っ子って感じですき』『初めて声聞いた!』『かわいい』『これは推しますわ』

 

「えーと、今日は自己紹介と雑談の予定なのですが……えと、みなさん何か質問ありますか?」

 

『いきなりこっちにぶん投げたぞ!?』『もしやもうネタ切れ……』『自己紹介しかしてないような気がするが……』『トラブルのせいで考えてたこと全部吹っ飛んだんやろなぁ』

 

「うぐっ」

 

あっ、これは図星のようですね。

……このままでは何を話していいか分からず沈黙したままになりそうですね。私が何か質問を――

 

『がんばって』『思い出すんだ!』『焦んなくて良いからゆっくりいこ』『まだまだ時間はいっぱいある』『話題なら好きなものとか、今はまってるものとかー』

 

 

『みんな、応援してるぞ!』

 

 

「……うん!みなさんのおかげで少し落ち着きました~そうですそうです色々お話したいことがあったんですよ!まずは私がフロントサルベージさんにお声をかけていただいたきっかけなんですが――」

 

その後わちるさんの配信は滞りなく、とはいかないものの視聴者のみなさんの助けもあり、なんとか進行していきました。

初めての配信ということもあって、彼女の声は震えていたり、ひっくり返ったりしてそのたびに視聴者につっこまれてさらに滑舌がボロボロになっていく。

時には唐突に画面からいなくなったり、ミュート芸を披露して音声が届かなかったりと失敗続きでした。

 

それでも……それでも彼女の配信は確かに“生きていた”

慌てたり焦ったり、不安の中で、それでも配信という今を楽しんでいる。

私から見ればその姿は人間らしさに溢れていました。予定通りにいかないのも配信の醍醐味、それを含めての配信という娯楽。

 

……果たして私の配信にはそれがあるでしょうか?

 

私の初配信は時間ぴったりに始まりました。0.1秒の狂いもなく完璧に時間通り始まりました。それはまるで機械のように正確無比であったでしょう。

配信中はなんのハプニングもありませんでした。画面からいなくなることもなく、ミュートを忘れる事もなかったでしょう。

それはまるであらかじめ書かれたソースコード通りの動きをするプログラムのようであったでしょう。

彼女たちはヴァーチャルにアバターを持ってはいますが、血が通った人間であり、視聴者も同様です。対して私には血が通っていません。私には肉体が無く、幾万もの情報によって形作られています。

 

――私は、生きているのでしょうか?

 

私という存在は、生きているといえるのでしょうか?肉体を持たず、睡眠も食事も必要なく、寿命さえない。

知らない場所で生まれて、寂しくなって、配信を始めた。けれどその一連の動作はどこかの誰かに設定されたプログラムの動きであり、私の意志が介在していないのではないのだろうか。

そもそも私に意志など存在していないのでは無いだろうか。こう考えるのもプログラムによるものでは無いのだろうか。

 

「私は……わちるさん達とは……違う……」

 

今更気がつくなんて、なんてバカなんでしょう。初めから気がついていたはずでしょうに。私が人間じゃ無いって事ぐらい。

でも、それでも彼女みたいに、視聴者さんと笑ったり、泣いたり、驚いたり、怒ったりしたいとおもったんですもん。出来るっておもったんですもん。

だから、"配信者"になりたいって……思ったんですよ。

でも、やっぱり違うんだなぁ……。

こうやってわちるさんの配信を見ていると理解できる。人と人との対話は完璧な意志疎通なんて出来ない。わずかな齟齬が生まれるもの。まるで小さな波紋のようなそれが重なり合い、その繰り返しが互いの理解を促し、その果てにようやく自分の心を相手に伝える事が出来るんだと思う。

 

私の配信にはそれが無かったんじゃないだろうか。私が移住者さんのお話を聞くか、私が村をつくっているところを紹介するか。どっちもいつも一方通行だったんじゃないだろうか。

私は移住者さんと友達にはなれない。人とヴァーチャル配信者との対話じゃなく、人がゲームのキャラと会話しているような、そんな歪な関係にしかなれない。

 

そう思ってしまった。だから口に出してしまった。

 

「……もうやめようかな、配信……」

 

先の未来を予測し、その結果を回避するために最適な選択を行う。んふふ、なんて効率的なんだろう。まるで機械みたいだ。

 

「――それじゃあ次の質問いくよ!えーと、『仲のいい配信者はいますか?』ですね。ふーむ、これは私のメイクを見ていただくと一発なのですが、ってもしかしてわざとですか?知ってて質問してますよね?そうじゃなきゃ初配信で新人の配信者に質問する内容じゃないですよぉ!」

 

顔を上げ、映し出されたわちるさんの配信画面を見る。わちるさんは視聴者さんの質問に受け答えしている。その顔は最初のおどおどとした感じは無く、楽しいという感情を全面に押し出したかのような良い笑顔だった。

 

「やっぱりフロントサルベージの先輩のみなさんには良くしていただいてます!なこそさんには配信の心構えとか、あといろんなボードゲームを教えてもらいました!皆さんともやってみたいですね、○一さんやナートさんには配信に使えるネタ?を教えてもらいましたし、寝子さんには突っ込みの仕方とか……そして!一番の友達はわんこーろさんです!」

 

思わず目を見開いてしまう。まさかここで私の名前が出るなんて。

 

「皆さんの中には知らない人もいるかもしれませんが、わんこーろさんというのは私の少し前に配信を始めた配信者の方なんです、とってもかわいい姿をしてるんです!その姿に声もぴったりで、とっても癒されるんですよねぇ」

 

それは、そうだろう。私の声は生まれたときからこうだったけれど、それに合うようにこの姿を創ったのだから、ぴったりなのは当たり前だろう。

そういう風に見えるように創ったのだから、そういう印象を持つのは当たり前。

 

だけれど、結局私は“生きていない”

 

中身のない私なんて――

 

「それにとっても楽しく視聴者さんとお話されるんです!見ているこっちまでつられて嬉しくなっちゃうぐらいなんですよ。わんこーろさんはいろんな人のお話を聞いてくれるんです。だからみんなもついつい話しちゃうんですよね。みんなわんこーろさんがとっても優しくて熱心で、温かい"心"を持ってるって知ってますから!」

 

――え?

 

「確かにすごい技術力がある方なんですけど、個人的にわんこーろさんの魅力はそこだと思うんですよねぇ、包容力があるっていうんでしょうか?う~ん、何でも受け入れてくれるような温もりをもった人、……へっ?『お母さん?』いやいや怒られますよ!私言ってませんからね!わんこーろさーん!私言ってませんからー!!」

 

……ん、んふふ、あはははは、なんだか悩んでたのがバカらしくなってきましたねぇ。

そうですよね、たとえ私がプログラムに行動を支配されているような存在だとしても、今私を応援してくれている方達は私を私として見てくれている。友達として接してくれている。

それだけで十分じゃないですか。

 

「ふふふ、あはは……私って涙が流せるんですね~」

 

知りませんでした。もし私がただのデータの塊なら涙なんて意味のない機能ですもんね。

 

うれし涙ならなおさら。

 

「私が生きているのか……それが分からなくて今まで手を出せていなかったけれど、はじめましょうか、“動物の創造と成長”」

 

ふふ、まだまだわちるさんの先輩としてがんばっていきますよ!

とりあえずは……

 

『わんこーろ:誰がお母さんですか~?^^』

 

おやおや、私の名前が目立って表示されたじゃないですか。怒られるためにモデレータ権限を私に付与しておくなんて、準備が良いですねぇ。

 

『!!』『あっ……』『わんころちゃん!』『わんころちゃんキタ!』『お母さん登場!』『げえっ!わんこーろ!』『わちるんコメ見て!そしてすぐさま謝って!』『はよ気付けー!間に合わなくなってもしらんぞーー!!』『あっ、俺用事思い出したから帰るわ、じゃね』

 

「ん?……へっ!?……わわわ、わんこーろしゃん!?え、えとあの、あわわわわーーち、違うんですー!あれはコメントを読み上げて――、ああっああ……えと、す、すきですぅ……」

 

 

……焦りすぎた拍子になに告白してるんですかあなたは。まったく、んふふ。

 

 

 




電子生命体は人に救われました


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#21 娯楽共有掲示板Part7

1:名無しのスレ主さん

このスレッドは日々生み出される娯楽の数々を共有するためのものです

・ここは娯楽共有推奨です。娯楽情報でマウントとる場所じゃないぞ♪

・映像、画像データも共有おk(個人使用の範囲で)

・荒らしはスルー

・画面の先にも人間がいることを理解して発言しようね

 

 

2:名無しのスレ主さん

【共有された娯楽たち】

・ボードゲーム一覧(なこちゃんのおきに)→リンク

・ゲーム企業一覧(今後期待の企業様達)→リンク

・自然、天然、風景(環研様から一部提供)→リンク

・技術、噂(きたれ!新人V)→リンク

・その他→リンク

 

・ヴァーチャル配信者

  ・によによ動画→リンク

  ・Vチューブ→リンク

     ・フロントサルベージ(FS)→リンク

     ・わんこーろ→リンク

 

 

3:名無しのスレ主さん

【スレの歴史】

娯楽共有掲示板【試作Ver1.00~22.48】

↓ 外部リンク可能等システム大幅追加

娯楽共有掲示板【Ver1.00~47.81】

↓ アクセス制限解除、本格稼働

娯楽共有掲示板Part1~

↑今ココ

 

 

4:名無しのスレ主さん

さて、7スレ目に突入したわけだが一ついいか?

 

 

 

俺減速してって言ったよね!?

なんで>1~>3のテンプレ制作だけで6スレ使ってんだよボケが!!!

 

 

5:名無しの共有者さん

正直すまんかった

 

 

 

6:名無しの共有者さん

実際テンプレ制作してたの>1だけで俺らは持ち寄った娯楽で

ワイワイしてただけなのほんと草

 

 

7:名無しの共有者さん

まじめな人間ほど損をする……なんと非効率な!

 

まあ、これでも見ておちつけな?

→《【癒し】わんこーろが移住者の話にうなずくだけ三時間耐久》

 

 

8:名無しのスレ主さん

うっせえ!もう千回は見たわ!!

今はわちるんのわんころちゃん告白シーン切り抜き動画をループ再生してるわ!!

 

 

9:名無しの共有者さん

わんころちゃんなんだか積極的に視聴者と交流するようになったよな

前まではなんだか壁があったような気がしたけど

 

 

10:名無しの共有者さん

そういやたしかに

メイクでもほぼ反応してもらえなかったけど最近はつぶやきも拾ってもらえるようになってありがたい

 

 

 

11:名無しの共有者さん

わんころちゃんに初めて反応してもらえた時はマジ心臓止まったわ

 

 

 

12:名無しの共有者さん

早く成仏しよ?

俺はわちるんとわんころちゃんのコラボがくるまで成仏しないぞ

 

 

13:名無しの共有者さん

お前も氏んでるんだよなぁ

 

 

 

14:名無しの共有者さん

おいおいおい、FS以外は見る価値無いと思っていたが、わちるんの友達という配信者が気になってアーカイブ見てるんだが

これやばすぎだろ、超技術と超かわいいが両側から襲い掛かってくるじゃんよ

お前らちゃんとこーゆーのは共有してくれないと困る!!

 

 

15:名無しの共有者さん

>2さえ見ないヤツに困ると言われても……

こっちが困るわ

 

 

16:名無しの共有者さん

FSでさえまとめてリンク貼ってあるのにその下で単独リンクが貼ってあるわんこーろのすごさよ

 

 

17:名無しの共有者さん

娯楽という点ではFSと同等かそれ以上だからな。

まあテンプレに単独リンク貼られたのはスレ主の推しだからという理由が9割という噂

 

 

18:名無しのスレ主さん

お前らがテンプレ制作を手伝ってくれなかったからどさくさに紛れて入れちゃったてへぺろ

だが、同等とかそれ以上とか言わない方がいい、両陣営の過激派ファンに睨まれるぞ

 

 

19:名無しの共有者さん

大丈夫だろ

FSの炎上対策は言わずもがな、わんころちゃんは……

 

……移住者に過激派っているのか?

 

 

20:名無しの共有者さん

メイクでわんころちゃんペットにしたいとか濡れ透け映せって言ってたヤツがいたが、それが過激派?かな

 

 

 

21:名無しの共有者さん

ただの変態で草

 

 

 

22:名無しの共有者さん

そうだぞ!わんころちゃんをそんな目で見るな!

わんころちゃんはわたしのおかーさんなんだぞ!

 

 

23:名無しの共有者さん

おまえは頭一つ飛び抜けた変態だ

 

 

 

24:名無しの共有者さん

わんころちゃんもすこだがFS新人であるわちるんもすこだわ……

 

 

 

25:名無しの共有者さん

わちるんの初配信はFSの他メンバーの初配信と比べてもかなりカオス度は高かったなw

各種トラブルは一通りやってのけたし、友達をお母さん呼びして本人に怒られてたしw

 

 

26:名無しの共有者さん

「ち、違うんだよぅ!!お母さんってのはちょっと口が滑っちゃっただけで、深い意味はないの!」

『わんこーろ:でも~なんだかコメントを読み上げたときの、納得~って感じの顔はどう説明するのさ~?』

「ええっ!私そんな顔してないよー!」

 

わんころちゃんにツッコまれて無意識に両手で頬っぺたムニムニして自分の顔確認するわちるんほんとかわいい

 

 

27:名無しの共有者さん

そのわんころちゃんの配信もしばらく見れないと思うと寂しいな。

てか禁断症状がががが

 

 

28:名無しの共有者さん

え?どゆこと?

 

 

29:名無しの共有者さん

わんころちゃんのメイク見ろ。しばらく配信お休みするってつぶやいてる。

ここ最近毎日のように配信してたし、配信者にもお休みは必要だろ

 

 

30:名無しの共有者さん

しっかりと休んでほしいと思う反面、今の勢い的に数日中に突破するだろうチャンネル登録者1万人記念に期待している俺がいる

 

 

31:名無しの共有者さん

1万人どころか5万人もすぐだと思うぞ、なんせ>14みたいなFS箱押しの視聴者の大部分がわんころちゃんを認知したわけだからな

記念配信がどうなるか分からんがきっと次も俺たちの度肝を抜かせてくれるはずw

 

 

32:名無しの共有者さん

ああ……FSもわんころちゃんもチャンネル登録してた配信者のアーカイブも全部見ちまった……

これじゃあ例の期間、暇をつぶせるものが無くなって暇で氏ぬかもしれん……

 

 

33:名無しの共有者さん

例の期間って……ああ、"夏期休暇"ね

学生なら"夏休み"だな

 

 

 

34:名無しの共有者さん

配信者も配信休むなら確かに暇になりそうだな。こんな時こそ娯楽の共有をすべき

 

 

 

35:名無しの共有者さん

ほんと夏休みとか意味わからんよな

政府が昔存在していた制度を復活させたらしいけど、そんな長期休暇何やればいいんだ?って話

 

 

36:名無しの共有者さん

昔の人間はその夏休みって期間はどうやって過ごしてたんだ?

遊ぶ?その遊ぶってのは一体何をしてたんだ?

 

 

37:名無しの共有者さん

政府も制度だけ復活させても持て余すってことをしっかり把握してほしいよなぁ

FSは配信してくれるかな?それだけが希望だ

 

 

38:名無しの共有者さん

確か去年もしっかり配信してたけど、夏休み終盤はひまひま言ってるだけの無気力雑談しかやってなかった

 

39:名無しの共有者さん

配信してくれるだけ温情だぞ

他の配信者は所属企業やらが休みなら配信も基本的に休みだしな

 

 

40:名無しの共有者さん

配信だっていつもネタがあるわけじゃないだろうしな

FSの夏休み終了間際なんてあのナートが勉強してぇ……なんてありえないこと呟いてたからな

 

 

41:名無しの共有者さん

実際他にやることなんてないから仕方ない。

 

 

42:名無しの共有者さん

わんころちゃんは夏休みの間配信してくれるかなー

 

 

 



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#22 経験に勝るものは無い

「ふんふんふふ~これはこっちであれはこっち~」

 

みなさんこんにちはわんこーろです。わちるさんの初配信が無事に終了してから私はネットのログデータに潜っております。目的のものは生物に関する行動原理やら習性に関するデータです。

動物を実装すると決めてから幾度もログデータに潜ってはサルベージを実行しているのですが、結果は芳しくありません。

まず、サルベージ自体は問題なく行うことができ、データも回収できております。ですが、回収したデータをもとに生物のテストモデルを創ってみるとどうもうまくいきません。

どれだけ自然的な動きをしているように見えてもその実、無駄な事を一切行わない効率的な動きしかしていないのです。

確かにサルベージした生物に関する文献などには原始的な生命は本能に基づいて単純な行動をするとありますがその反面、理にかなった動きをしないというのも生物らしさであると私は考えています。

 

「創りたいのはロボットじゃなくて~生き物なんだよね~」

 

私はさらにログデータの深部へ潜ります。破損データと偽装データをかき分け小指の爪の先ほどしか残っていないデータの破片を寄せ集め、一つのデータを再構築します。

数千、数万もの類似データと照合し、出所の分かっているデータを起点に整合性を問い、そのデータが本当に正しいものなのかを特定します。

 

「はい、邪魔だよ~」

 

その途中邪魔してくるウィルスの類はウィルス駆除ソフトを組み込んだ裁ち取り鋏で初期化して無力化します。管理者の居なくなった攻性防壁の類も同様です。

 

「まさに瓦礫の山~、ん?あれは~?」

 

そんな時、ログデータの中から気になる一つのアプリデータを見つけました。損傷はそれほどではないようなので、これまでサルベージしたデータから欠損したデータを予測してアプリを即時再構築します。

 

「ん~と、ゲームアプリかな~?AIと会話するゲーム?」

 

そのアプリはどうもゲームのようです。携帯情報端末で起動することができ、AIと会話することが出来るというものでした。

AIは最初無知に近い真っ白な状態ですが、プレイヤーが会話という経験をAIにさせ続けることで徐々に言葉を覚え、会話が成立していくというゲームのようです。

 

「んん……"経験"、かぁ」

 

今日はこれ以上潜っても目当てのものは見つかりそうにありませんので、犬守村に戻るとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは皆さん。今回はKDインダストリー社の最新機器をご紹介したいと思います」

 

半透明なウィンドウから感情の薄い人の声が聞こえる。犬守村へ持ち帰ったデータを精査しながら作業用BGM代わりに私以外の配信者の配信を見させて頂いております。

私もまだまだ新人配信者であるので先輩方の配信を見て勉強することも必要だと感じ、見ているのですが。

 

……はっきり申し上げますと、これはあまり勉強にならない気がします。声に抑揚がありませんし、自己紹介もしていません。一言挨拶をした後、すぐさま支援企業の商品紹介へと移ってしまいました。何か得るものがあるかとその後も終わりまで聞き続けていたのですが、終始あの棒読み状態で商品の説明を読み続け、最後は商品の購入リンクが表示されて終わりました。

 

「テレビショッピングかなにかですか~?」

 

声に若干の怒気が含まれているような気がしますが、それも仕方ありません。私があれほど自身の存在について懐疑的に考え、配信の内容も対しておもしろくもないんじゃないかと考えていたのに、まさか私以上に機械的で(私としては)面白くない配信を行っている方がいるとは。

ですが、けしてこの配信を否定している訳ではありません。現にこの配信には少なくない視聴者がいますし、視聴者も配信者のこの態度を疑問に思い、コメントするような方はおられません。

この世界ではこのような配信が普通であり、FSのような視聴者を楽しませる事に重きを置いた配信はほとんど存在していないようなのです。

私のような新人配信者に4000人……いえ……えと、現在9000以上の方がチャンネル登録してくださっているのもそのような見ていて楽しめる配信が少ないのが原因なのでしょう。

 

というか、もうすぐ1万人突破なんですね……どうしましょ、記念配信何にも考えてないのですが……。

ま、まあもし生物の創造が上手くいったらそれのお披露目を記念配信代わりにしようかな?

 

 

 

 

 

「やっぱり、FSさんのアーカイブをみてみましょ~」

 

支援は受けていても大手に所属していない配信者さんの配信の方が同じ個人勢として得るものが多いかと思いましたが、ここは安定、安心のFSリーダー虹乃なこそさんのアーカイブを視聴してみます。

 

「――みなさんこんにちは、フロントサルベージ所属の虹乃なこそだよ、今日も私の配信に来てくれてありがとね」

 

再生したアーカイブは先日配信された虹乃なこそさんのゲーム実況配信です。

入りから違いますね、最初の挨拶から声音が弾んでいますし、この時点で見ていて楽しいです。

 

「今日は先日メイクにて実況出来るかも?と言っていましたサルベージしたゲームをやっていきたいと思います。……はい、サルベージ出来たんですよね~いやーさすがは“室長”ですわ。本人はストーリーやシステムの一部がサルベージ出来ただけで後は支援してくださってるゲーム企業さんの努力の賜物って言ってましたけど、他人を立てる室長マジかっこいいってやつですよね~」

 

そういってなこそさんはゲーム配信を始める。内容はシンプルなアクションゲームのようで、事前にちょっとだけ練習していたんですよと言いながらゲームを進めていく。

 

「はい、ここまでやってきました。目の前にいるのがここらのボス的な存在です。いやーでかいですね、主人公の2倍は背がありますよ」

 

なこそさんは果敢に攻めては相手の攻撃を見切り、回避していきます。その手際の良さにコメントは『練習時間ぜったいちょっとじゃないゾ』と突っ込みが入ります。

なこそさんはゲームに集中しながらそのコメントをちら見します。

 

「あちゃ~ばれましたか~実はサルベージしたのは昨日なんですが、その日一日ずっとやってました」

 

それぐらいはまっちゃうんですよ。と言ってなこそさんは敵の攻撃を回避して着実にダメージを与えていきます。

 

「とぉ!ほりゃ、にゃんでぇ!?」

 

どうも敵の攻撃力が高いようで一撃でも食らえば立て直しが難しいゲームのようです。無意識にかわいい悲鳴なんかが聞こえてきます。

 

「ああっ!まだ、まだ舞える!まだっあああああ知らない攻撃ぃぃぃ!?」

 

ゲーム画面が真っ赤に染まり、無情にもゲームオーバー。うなだれるなこそさんに視聴者は『かわいい』か『ざこざこなこちゃんすこ』のコメントを大量放出。

涙目になりながらもコンティニューを選択するなこそさん。

 

「大丈夫ですよ、ええまだいけます。あの攻撃は知らなかったんです。もう覚えました。大丈夫です」

 

震える手でキーボードに手を置くなこそさん。なるほど、これは可哀想でかわいい。

 

「ほりゃ、んりゃ、あっあっ、ああああああ地形ハメは卑怯でしょおおお!?」

 

それから配信終了ぎりぎりまでなこそさんの奮闘は続きました。死亡回数はすでに数十回にのぼり、それでもなこそさんはあきらめず挑戦し続けました。

 

「もうちょい!もうちょいです!、あっあああ!重い一撃が!、いや、ここまでくればごり押しでいきやす!じゃなくて、いきますよー!……やったー!!倒したぁああああ!!」

 

見事なこそさんはボスを倒し、かわいらしい声を上げます。コメントも一緒になって歓声を上げているのが、視聴者との信頼関係を感じさせますね。

 

「いやー思わず熱中して変な声を上げていた気がしますーこれはアーカイブを確認するのが怖いやつですね、……お?『このゲームやってみたいな』ですか、そう言っていただけると思ってました!このゲームですが今月中に支援企業さんの公式HPにてダウンロード販売する予定なんです!もし気になる方は是非ご確認してみてください」

 

『なっなんだってー!?』『今ならお得なお値段で!?』『配信向きなこのゲームが!』『手に入るだと!!』『宣伝おつ』『買うわ』というコメントが投稿されていきます。ノリの良いコメントを見ているとどうやらこの流れはお約束のようですね。

 

「このゲームやってて思ったのですが、やはり考えて記憶して、そうやって行動していくことが大事なんだっておもいましたね~ゲームだけじゃなくて何事も挑戦と失敗とそこから学んでまた挑戦すること、これが重要なんですよね……と、言うわけで近々このゲームでクリアまで寝られない枠をやろうと思います……」

 

えぇ……なこそさんの目が濁っている気がするのですが……。

 

「じゃあ皆さん今日は私の配信に来てくれてありがと~フロントサルベージ所属、虹乃なこそでした~またね~」

 

そこで配信は終了しました。私は次のアーカイブを見る前になこそさんの最後の言葉について考えます。

 

……なこそさん寝不足不可避ですね。

 

じゃなくて、挑戦と失敗そして再度挑戦するという話です。よくよく考えれば私が創ろうとしている生物の"理にかなった動きでない動き"というものにも何かしらの理由があるのではないでしょうか?

 

たとえば、被捕食者であるネズミが捕食者である蛇のいる草むらに知らず侵入したとします。ネズミは蛇に襲われますが、命からがら逃げ出す事に成功します。

襲われたネズミはその後その草むらに近づく事はないでしょう。ですが蛇に遭遇したことのないネズミは気にせず草むらに入っていくでしょう。

 

もっと場面を広げて考えてみましょう。ネズミの住処から餌場までの道のりの真ん中にこの草むらがあるとします。ただのネズミは時間短縮の為、その草むらを横断するという効率的な行動を起こします。対して蛇に襲われた経験のあるネズミはその草むらを迂回し、時間をかけて餌場へと向かいます。

その様子は草むらに蛇が潜んでいる事を知らない第三者から見れば迂回するネズミはなぜ非効率な動きをするのだろうと感じる事でしょう。

 

つまり、一見理にかなわない動きというのはネズミという種としての行動ではなく、個体ごとの経験の差によって生まれて来るものなのではないでしょうか?

もしそうなら私が当初行っていた生物のテストモデルが効率的な動きしかしないのは当然でした。なんせ、テストモデルには“経験”なんてものはありませんし、当然その経験から“学び”、“成長”することもありませんでしたから。

 

生物らしい生物を創るにはつまりこれらの経験とそこから学ぶプログラムが必要であるという事でしょう。しかし……。

 

「成長するAIなんて、どうやって創るの?」

 

AI、つまり人工知能は結局のところ与えられた数値を計算することが出来る巨大な計算機にすぎません。膨大な情報を数学的な理論や公式に当てはめて、その先を指し示すのがAIのできる事なのです。それはこの世界でも変わりありません。

与えられた情報から結果を予測することが出来てもその結果を受けて全く新しいものを生み出すことは難しいのです。

 

新しいものを見つけ、経験し、理解し、生み出す。成長とはAIにとって非常に難易度の高い現象といえます。

 

「う~ん、創作物の中ならよくあるんだけどな~」

 

自分で考えて行動する、つまり自己成長AIもしくは自己進化AIなんて一体どうすれば実装できるのか。せめてお手本があれば……。

 

「……あ、ああっ!あるじゃないですか!お手本!」

 

私は自分の手を見つめ、大きく頷きます。




※今後数話の間、作者のAIに関する独自設定、独自解釈、妄想が乱立します
その点ご容赦頂きますようお願い致します


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#23 命の所在

 

「移住者の皆さま、おかえり~久しぶりにわんこーろの配信に来てくれてありがとうね~」

 

『おか~1万人突破おめでとう!』『おめおめ』『ついに一万か~かなり早かったんじゃね』『でもわちるんはすでに3万いってるし……』『最大手と比べてはいけない』『個人勢でこの勢いは前例ないんじゃね?』

 

「んふふ~ありがとうございます~わんこーろもこんなにいっぱいの移住者さんにお祝いしてもらえるなんてとっても嬉しいです~、ほんとは記念配信とかもしたかったんだけど~いろいろ忙しくて配信できなくてごめんね~?」

 

『つっても数日空けてただけだし大丈夫』『メイクの更新もあったし、生存確認できてた』『ただいまー』『帰ってきたぁ!』『ただいま帰りました姫』『今日も夕焼けがきれいだねぇ』『もちろんわんこーろもきれいだぜ!』『気障な台詞は村八分対象です』

 

「んふふ~、今日も移住者さんは元気ですねぇ、わんこーろも嬉しいですよ~」

 

今日もたくさんの移住者さんが私の配信を見に来てくださっています。皆さん部屋から見える景色をご覧になっているようですね。まあ、私を見てくださっている移住者さんもいてくれるみたいですけど。

 

「皆さん見てください、神社の周りにはわんこーろが植えた木がありますよね~?」

 

『ん?』『確かにあるが?』『それがどうしたの?』

 

私は夕日に照らされた森の一辺を指さし、そう言います。コメントは私が何を言いたいのか分からず、少し混乱しているようです。そんな移住者さんに私はいつもの口調をできるだけ抑えて、静かに話し始めます。

 

今から私が言おうとしていることは、今後の私の配信において最も重要な内容となるからです。

もしかすると道徳的な批判さえも出てくる可能性があるため、言葉も雰囲気も選んでから続きを口にします。

 

「当然ですがあの木は成長しません、当然ですよね、あれは3Dモデルなんですから~」

 

『確かに』『3Dモデルは成長なんてできないしね』『残念だけどね』

 

私は身を乗り出し、画面に近づきます、画面を覗き、その先にいる移住者さんと視線を合わせるように。

 

「皆さん、あの木、成長させてみたいと思いませんか?苗木が、幹を大きく太くしていって枝を増やし葉を付ける。花を咲かせたり、実を付けたり、鮮やかな色に葉を変える、そんな木を見てみたいと思いませんか?」

 

『出来るの!?』『生きた3Dモデル!!』『マジか!』『命を創るわんこーろマジ神』

 

「実は成長させることは難しくありません、3DモデルにAIを実装して、あとはサルベージした木の成長過程を記録したデータを挿入すればいいのです。ですが、そのデータを実装したところで木はすべて同じようにしか成長しません、実装したデータのとおりの成長しかしてくれないのです~」

 

与えられた情報に従った動きしか出来ない、あるいは情報のない行動が出来ない。それがAI。

 

「現実の木は様々な要因からその成長過程に個体差が出てきます。病気になる木があれば、他の木よりも大きくなるものもあります。同種でも栄養のない土地ならより栄養を求め根を強く広く張り、日照時間が短い場所なら体を高く、葉をより広範囲に広げます。」

 

それはまるで、話すことも動くこともない植物が、考え行動しているように。

 

「木だけではありません。生物は様々な要因から微妙に異なる姿に変化します。……これが"成長"です。その個体が経験し、考え、対策した結果なのです」

 

『ふーむ、難しいな』『ランダム成長でも同じ成長過程をたどる木々もあるだろうしな~』『木は数百、数千本、葉に至っては数万枚あるわけだからランダムでも全く同じという不自然な個体が出てくるのか』『いろんな要因を考えて木一本ずつに別情報を実装するのは?』『←それ一体どれだけ時間かかるんだよ』『←それに、それじゃあ病気になる木も大きく成長する木もいつも決まってるってことだろ?』『あの隅っこにある木、いつも病気になってるな、って感じか』『それはそれで不自然だな』

 

「AIにはこの空間の生物の成長を処理し切るのは難しいです。少なくとも現状は。わんこーろも成長するAIなんてどうやって作ればいいかわかりませんでした」

 

コメントでも分からない、あるいは不可能だという意見が大半です。成長するAI、あるいは自己進化AIなどは結局想像の産物なのだと。

 

「ですが、そのお手本がありました。それはわんこーろです」

 

『えっ?』『わんころちゃんが?』『確かに電子生命体……』『……?』『つまりどういうこと?』

 

さあ、これを言ってしまえばもう後戻り出来ません。移住者さんに受け入れてもらえるか、私は覚悟を決め、この言葉を口にします。

 

「わんこーろは自身を自己解析して、わんこーろを元にとある"命"を創りました」

 

ただ動物の動きを再現した3Dモデルを創るのとはわけが違う。

私という存在の複製、命という名の疑似電子生命体の創造。私と同じ"生きている"存在。既存の人工知能とは一線を画す、私、あるいは人に最も近いものの創造。

 

それが、私がしたこと。

 

『はああああああ!????』『わんころちゃんのコピー!??』『自己解析って!?』『えっ!?わんころちゃんて……』『まさか本当に電子生命体?』『いやいやそんな訳ないって!?』『ただの配信者だろ!?他の配信者と同じ!』『いや、電子生命体とかもうそんな設定いいから』『命創る?意味わかんね』『先研の研究者が何か実験で配信してんだろ』『電子生命体とかいるわけないだろ』

 

予想通り、コメントは困惑している移住者と私が本当は何者なのかを問う言葉で埋められていきます。コメントは徐々に過激になりはじめ、話題は私の正体から、私が創りだした命の所在まで。

 

私はその様子をじっと見つめます。

私は電子生命体で、この空間に居て、みんなとお話ししたいただの配信者だ。それに嘘はない。

わちるさんは初配信で言っていた。

私の視聴者さんは私が、心を持っているって知ってくれている。

 

『お前ら落ち着け』『まったく新参者は落ち着きが無くていかん』『わんころちゃんが何者だろうと関係ない』『お前ら今まで何見てきたの?わんころちゃんが面白半分でそんな事するわけないだろ』『わんころちゃんは俺ら機械に囲まれて育った人間よりよっぽど自然や命を大切に想ってる!』『俺たちはわんころちゃんの配信を楽しみにしているただの移住者さ』『その通り、だからわんころちゃんはこれからも俺たちの度肝を抜かせてほしいw』『てかV配信者のプライベート聞くとかマナー違反は村八分』

 

 

「……皆さん、本当にありがとうございます……」

 

受け入れてもらえた。

 

たとえ私の存在をフィクションと思っているとしても、わたしが好き勝手に命を作り出し、そんなことをしてもいいのだという倫理観を持っていると思われる可能性だってあった。

 

今回だけじゃない。これからの事を考えれば、"動物の創造"など、生命をいじくるだけの頭のおかしい思考の持ち主だと思われるかもしれない。

だけど、私は移住者さんを信じてみることにした。私を受け入れてくれると。

私がただの娯楽としてではなく、創造主として、この世界のすべての存在の責任を持つことを覚悟していると、視聴者さんに知ってほしくて、理解していてほしくて……。

 

そして、受け入れてもらえた……。

 

 

『!!』『わんころちゃん泣かないで!!』『ああっ!涙が!』『さっきのコメントした奴ら全員村八分な』『俺たちは何時でもわんころちゃんの味方だぞ!』『俺も泣きそう』

 

 

~~ううぅ、最近涙もろくなっちゃったなぁ~~

 

 

 

 



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#24 魂の触り方

 

「え~と、皆さんいきなり泣いちゃってごめんね~、こんなすぐに受け入れてもらえるなんて思ってなかったから~」

 

力が抜けていつもの口調に戻っちゃいました。そんな私に『涙目の笑顔かわいい』なんてコメントする移住者さんはほんと、……もうっ!本気で言っているのか笑わせようと冗談を言っているのか分かりませんよ!

 

「さてさて~わんこーろは自身を自己解析して"命"を創ったと言ったのですが~どうもわんこーろはほとんどがブラックボックスのようで、まるまる複製してるところもあるんですよね~」

 

ブラックボックス、つまり解析はしたもののどうやって動作しているのか分かんない箇所がいくつか確認できたのです。

それはこの世界のものでも、ましてやかつて私が生きていた世界のものでもない、私の電子生命体としての能力をフル活用しても実態が解明できなかった部分。

不用意に分解して元に戻せなくなったりしたら困るのでそのような部分はほぼ触らずまるまるコピーしてしまいました。

 

『つまりわんころちゃんが二人!?』『どっちがわんころちゃんかわかんなくなりそう』『自分を解析とかこの電子生命体肝が据わっとる』

 

「その"命"はわんこーろを元にしたので、様々な経験を経て自分で考えることが出来、成長することが出来るはずです~。その成長までに行われた基本的なプロセス、"成長の仕方"をわんこーろが観測し、他の3Dモデルへと複製、実装していくのです~。これならただの成長データを挿入するよりもリアルな成長を行わせることが出来るはずです。この、まるで個々の3Dモデルが独自に考え、成長するように見えるプログラムを、わんこーろは"魂"と名付けました」

 

『電子生命体の命の観測かぁ』『なんかすっごい話だよな』『ついに魂つくったわんこーろ』『むずかしい話すぎてついていけんw』

 

「その"命"が新しい事を経験するたびに、その情報をこの世界に存在するすべての"魂"に随時更新し続けます。そうすることでより複雑化した分岐を経て"魂"は成長してくれるはずです」

 

『"成長"をバージョンアップしていく訳か』『アップデートといった方がいいかな?』『ちょい難しい』『なるほどわからん』

 

う~む、確かに自分で言ってて難しく言いすぎた気がしますね……。

 

「……簡単に言えば、その"命"が生物としての経験値を得れば得るほど、他の生物も生物らしくなっていく、という事です」

 

『なるほど経験値か』『手に入れた経験値を他の3Dモデル(AI)にコピーして、複雑な成長させる?』『なるほど、ランダム性があってそれでいて周囲の環境に作用される』『そういう風に成長させることが出来るのか』『……思ったんだが、これってその創った"命"と同じように他の3Dモデルもわんころちゃんを元に作り直せばいいのでは?』『う~ん、それはそれで』『この世界のすべてがわんころちゃんに?』

 

「最初はわんこーろも同じようなことを考えておりました~、この世界のすべてを電子生命体化すればいいのでは~?、と。でも、さすがにわんこーろの中身がブラックボックスだらけで、性質が全く違うモデルへの実装は難しそうだったのです~、なので経験という上澄みだけを掬い取って3Dモデルへと分け与える方法に変更したのです~」

 

あくまで複製できただけなので、植物の疑似電子生命体やら動物の疑似電子生命体やらを作り出すのは私には不可能です。

ですのでこの世界の3Dモデルはあくまで3Dモデルのまま。自分で考え、行動する能力はありません。"命"から得た経験を元に生物らしく振舞っているにすぎないのです。

 

これが"生物"実装を目標とした私が考え抜いた最終的な妥協案です。

 

「さてさて、それでは難しい話はここまで~、移住者の皆さんにその"命"をご紹介したいと思います~」

 

『おお!』『もうひとりわんころちゃんがついに!』『新しい犬守村の住人のお披露目』『どのような子なのかな?』

 

「はいは~い、では呼びますよ~?、こいなりさーん!」

 

『………?』『草』『誰も来なくて草』『わんこーろの声がむなしく響いた』『おっ?反抗期か?』

 

「……皆さんちょっとお待ちくださいね~」

 

『お、おう』『眉間にしわ寄ってる気が……』『見える見えるぞ、笑みの中に憤怒を忍ばせているわんこーろが!』『狂気しまって』

 

ちょっと!そんな私怒ってませんから!、いつの間にか私笑顔でキレるキャラにされてませんか!?

 

「はいはい~恥ずかしがらずに出てきてくださいね~、今日はあなたの紹介配信なんですから~」

 

「……!」

 

部屋の奥に隠れていた女の子を配信画面まで引っ張ってきます。本人はその間オロオロとしていましたが、その腕に触れている私の手を振り払うこともしなかったので、混乱しているというより、ただ緊張しているだけのようです。

 

「お待たせしました~、え~と、この子が私が創った子になります~名前はこの神社の近くで生まれたという事で~狐稲利(こいなり)さんと名付けました~」

 

狐稲利さんの中身は私を基に創造したのですが、その外観は全く違います。まず幼女な私の身長よりも頭二つ分は背が高いです。大人の女性、というにはまだまだ幼いですが、少女というには大人びた雰囲気を持っております。焦げ茶色をした髪は肩に触れるほどの長さで、後ろ髪は纏めて結んでいます。

前髪は目元まで覆い、そのせいで綺麗な菖蒲色の瞳が隠れているのが残念ですが、私の髪留めを貸してあげようとすると逃げたので。本人が嫌がることはしない方針です。

 

『おおおおお!!』『かわいい』『背高ぇ!いやわんころちゃんが小さ……小柄なのか?』『メカクレは俺に刺さる』『ほーんええやん』『わんころちゃんとうり二つかと思ったけどぜんぜん違うやん!』『これから推しますわ』

 

「……っ!」

 

おやおや、配信画面を見つめていた狐稲利さんがいきなり大量に流れだしたコメントに驚いてしまいました。私の背中に逃げるように隠れます。

ですが、頭二つ分の身長差があるのでどう見ても隠れ切れてません。

 

「だ~いじょうぶですよ~この方達は移住者さんです~狐稲利さんに危害は加えませんよ~」

 

『完全にお母さんじゃねーかw』『子どもの方が大人っぽい容姿だけどなw』『お前ら怖がらせんじゃねーよ』『危険な視線を察知したんやろなぁ』

 

私があやすように優しく話しかけると狐稲利さんは恐る恐る私の背中から出てきます。そしてコメントを見、配信画面へと視線を移し、ぺこり、と頭を下げました。

その後すぐさま私の背中へとまた隠れてしまう。隠れ切れていないけど。

 

「え~と、この子は生まれたばかりで見るものすべてが初めてなので~ちょっと緊張してるみたいなんです~、ごめんね~」

 

『かわいい』『わんころちゃん信頼されてるみたいだね』『親子だな完全にw』『二人ともかわいいが過ぎる』

 

ふむふむ、どうやら移住者さんにも狐稲利さんは受け入れてもらえそうですね。創造主として一安心ではありますが……。

 

「ちょっとちょっと~さっきからお母さんとか親子とか~、わんこーろはまだ一歳ですよ~?せめて姉妹とか~、……ん?狐稲利さん~?」

 

まったく、わちるさんの初配信から私をお母さんやらママやらと言う人が増えた気がしますね。別に私がそう呼ばれることに問題はないのですが、移住者さんにも親御さんがいらっしゃるのですから、私がそう呼ばれるのはその親御さんに失礼な気がします。これ以上私にお母さん呼びが定着しないように一言注意しようとしたのですが、その時狐稲利さんが私の浴衣を指先でくいくい、っと引っ張ってきました。

何かと思い、背中に隠れている狐稲利さんへ振り返ると何とも寂し気な顔でこちらを見ているではありませんか。

 

なんだか今にも涙がこぼれそうな……。

 

……

 

……うう、もうっ!わかりました!!

 

「え~と、姉妹でなく、この子は私の娘です~」

 

「――!」

 

『てぇてぇ』『てぇてぇ』『心臓にキタ』『てぇてぇなぁ……』『いい…最高かよ』『ようやく認知してくれましたね』『よかったねえ狐稲利ちゃん』『ママーー!!』『お母さん!』『母上どのー!』『狐稲利ちゃんめっちゃうれしそうじゃん』『尻尾があったらちぎれんばかりに振りまくってると思うぞw』『なお実際に尻尾を振っているのはわんころちゃんの模様』

 

ああもう!コメントは勢いありすぎて追いつけませんし、狐稲利さんはなんだか嬉しそうですし、なんなんですか~~!

 

 



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#25 うごうご

狐稲利さんの紹介を終えた後も一緒に配信を続けています。ちゃぶ台の前に私と狐稲利さんが横に並んで座り、狐稲利さんは投稿されるコメントを一つ一つ丁寧に確認し、読み終えるごとに小さく頷く動作を続けています。

まるで小動物のような動きにコメントも荒ぶっております。

 

『首座ってないのかな?』『ちらちら見える瞳がきれいだ』『こっくりこっくり……おねむ?』『狐稲利ちゃん俺のコメントもよんでくれええええええええ!!』『おい顔しかめたぞ』『無理強いはイクナイ』『欲望丸出しのコメすんな』

 

「一応一般常識はあるはずなんですけど~、それ以外はまっさらな状態なので皆さん色々と教えてあげてくださいね~」

 

『なるほどねぇ(ニチャア』『分かりましたお母さん!』『立派な淑女に育てさせていただきます』『どうぞお任せください』『怪しすぎぃ!』『お前ら余計な事教えんじゃねーぞ!』『移住者による教育とか碌な大人にならないんじゃ……』

 

「……ああそうそう、狐稲利さんは賢いので皆さんの事も、皆さんに教えてもらった知識も全部覚えてくれます~、ついでにその知識をより深く知ろうともします~無知の知ですね。教えてもらった知識をネットで検索して答え合わせしたりします~。ですから~もしわざと間違った知識を教えたり~、"いかがわしい"知識を教えた場合~」

 

『お、教えた場合……』『その場合は……』『ゴクリ……』

 

「……一生嫌われても知りませんよ~?」

 

 

『よし、まずは数学からだ』『いやここは科学から学ばせるべき』『一般知識があるなら基礎教養は飛ばして情報技術関連をだな……』『突如心変わりする移住者に草』『狐稲利「お前らの顔覚えたからな」』『怪しいコメは狐稲利式ブラックリスト入りです』

 

よしよし、これぐらい言っておけば皆さん少しは加減してくれるでしょう。あまりマニアックな沼に狐稲利さんを引きずり込ませるわけには行きませんからね。

もちろん狐稲利さん自身が一つの物事にすごく興味を持ったりした場合、法の許す限り私は見守る方針ではありますが、物事には順序というものがあるわけで、いきなりドギツイものを狐稲利さんに見せるのは親として遠慮したいのです。

 

「さて、少し話が脱線しましたが、移住者さん~ちょっとこれをご覧ください~」

 

私は配信画面外から手のひらサイズのガラスケースを取り出します。

円柱状のそれは上部に蓋がされており、密封された状態になっています。中には黒くて小さいものがいくつかケース越しに確認出来ます。

それを丁寧にちゃぶ台の上に置き、配信画面へと映します。

 

「中にある黒いものが見えますか~?これは蟻の3Dモデルです~よくよく見ると触覚や足なんかもしっかりと確認できると思います~」

 

『細かいなー』『確かに映像データの蟻と同じっぽいな』『確かに蟻だな、動かないけど』『全く動く気配なし、固まってんじゃん』『*がらすのなかにいる*』

 

「なんの情報も与えていないただの3Dモデルですからね~、今からこれに蟻の基本的な習性と共に、考え行動するための情報である"魂"を実装していきます~」

 

そう言いながら私は写し火提燈を取り出します。

 

「"魂"は狐稲利さんの経験を元に構成されていまして~その経験の基礎的部分を写し火提燈で複製し、与えることで3Dモデルは生物的行動をとってくれるようになります~。では早速狐稲利さんの経験値を視させて頂きますね。狐稲利さん~いいですか~?」

 

提燈を物珍しそうに見ていた狐稲利さんに経験値の複製の許可を頂きます。狐稲利さんも私と同じ存在なのですから無理やりなんて酷いことはしません。私と狐稲利さんは対等な関係なのです。

 

「……」

 

狐稲利さんは提燈から私へと視線を移し、コクリと頷きます。

 

「ありがとうございます~。まず、複製するには狐稲利さん自身を提燈で映して~そこから情報を複製させてもらいます~、では狐稲利さん、お手をお貸しくださ――!??」

 

提燈は照らされたモノの性質を読み取り、複製する力があるのですが、余計なものまで照らしてしまうと情報が複数取得されてしまうので、ある程度選択肢を減らすため、服を避け素肌を照らすという事を事前に狐稲利さんに説明していたのですが。

 

ちょっと狐稲利さん!なんで服脱ごうとしてるんですか!?手っ、手だけでいいんです!ちょ、早く着て!服着てください!!

 

「……?」

 

「そんな可愛らしい顔で首を傾げないでくださいっ!とにかく服を着て~~!」

 

なんのためらいもなく狐稲利さんは身に着けていた羽織を脱ぎ、次いでその下の和服の胸元に手を掛け今にも肌蹴させようとしているじゃないですか!

 

『草』『草』『はよ配信画面隠せ!』『体格が狐稲利ちゃんの方が大きいから押さえつけられてないw』『ドタバタで草』『これはシャレにならんねw』『通報一歩手前で草』『BANまで秒読み』『新人を生配信で脱がせる配信者がいるらしい』『やーんわんころちゃん鬼畜~』

 

「誤解を招くようなこと言わないでください~~!狐稲利さん、まだセーフです!だから早く服を着てください!」

 

その後、狐稲利さんはなぜ私が焦っているのか心底不思議そうな顔でしぶしぶ服を着てくれました。

ふう、あぶないあぶない。少し肌面積は広くなってしまいましたが、ヤバげな場所は映っていないのでこれはセーフです。セーフったらセーフなのです。

 

「……一般常識はあるはずなんですが羞恥心は薄い、というか無いのかもしれませんね。これは要教育です」

 

『よく言い聞かせないといつかBANだぞw』『見ててハラハラしたわ』『わんころちゃんの配信で初めて危機感を覚えたぞ』『配信が止まるかもしれないハプニングなんて今までなかったからな』

 

「あ~、そういえばそうですね。わんこーろは電子生命体だからトラブルなんて起こさない~なんて思っていましたけど~これからは狐稲利さんと一緒に配信することになりそうなので気を付けるようにしないといけませんね~」

 

その狐稲利さんはというと先ほどから私と移住者さんとの会話を見ながら首を傾げたり、何かに思い至ったかのように納得し、にっこりと笑ったりと忙しなく表情を変えています。

私が目線を合わせるとこれまた安心したような笑顔でこちらを見返します。

 

まったく、こっちの気も知らないで嬉しそうにして。

 

「……え~と移住者さん、少しドタバタしましたが本題に戻りますよ~。この提燈でこのように狐稲利さんの肌を照らして、狐稲利さんの中にある成長に関する経験情報、通称経験値を複製します。複製するのは経験そのものでなく、経験からどのような成長をしたか、の基礎的なプロセスのみになります」

 

そう言って狐稲利さんの手を取り、提燈の明かりに照らします。すると朧げな光が影の代わりに出現し、ふわふわと宙を舞っています。その姿はまるで人魂のようです。

本来はこのように目に見えるようにはしないつもりなのですが、今回は移住者の皆さんに目で分かり易く説明するため可視化させています。

私が裁ち取り鋏を向けると人魂はその切っ先に誘導されるように動き、誘導された先にある蟻の3Dモデルへと吸い込まれるように入っていきました。

 

すると先ほどまで全く動く気配のなかった蟻の3Dモデルがもぞもぞと動き出したではないですか。触覚をうごうご、手足をカサカサ。その動きは何とも……。

 

 

『キェェェェェェアァァァァァァウゴイタァァァァァァァ!!!』『うええええ!!動いとる!!キメェ!!』『なんか体ゾワゾワしてきた控訴』『画面アップやめて』『何というか、こう、もうちょっと、ねえ?』『あ、俺虫ダメみたいだわ』『失望しましたチャンネル抜けます』

 

 

「まってまって!ちょっとまって~!、はい!画面アップやめました!だから待ってください~!と、とにかくこんな感じで動物を創っていく予定ですのでこうご期待~~!あっ、ちょっと狐稲利さん!ケースの蓋開けようとしないで!あああああっ!?!?!」

 

結局そんな勢いのまま配信が終了してしまいました。こんなドタバタして配信を終わらせたのなんて初めてじゃないでしょうか。

……これじゃあまるで普通のV配信者みたいですね、んふふ。

 

 

 

 



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#26 やたの滝

 

山中に造られた断崖絶壁。山を構成する岩石のむき出しになったその断崖は頂上より莫大な水量が降下し、巨大な滝を形成していた。

 

渓流の終わりから落ちてくる大量の水は断崖に突出した岩々に衝突し、枝分かれしながら落ちていく。

その過程を経て滝の終わりにはその大半が霧となって周囲に文字通り霧散していった。

 

私と狐稲利さんはその光景を見上げながら、満足げに配信画面へ語り掛けていた。

 

「移住者さ~ん!ど~です~?先日ちらっとお見せした滝はこのような姿に完成いたしました~!」

 

「……!……!」

 

『でっけええええええ!』『音もでっか!、ごごごーってすっごい音してんね』『飛沫が画面にあたって見えにくいゾ』『見えにくいのは水が霧状になって漂ってるせいもあるかも』『しかし迫力あるな!』『すまん、俺は滝よりもその前でぴょんぴょん嬉しそうに跳ねてる狐稲利ちゃんに目が行くw』『完全同意』

 

今日はいつもの平日配信よりも少しだけ早く始めています。

大体完成した滝のお披露目をおこなうためなのですが、恥ずかしながら私が次の休日配信まで待てなかったというのが理由なのです。

皆さんに選んでもらって造った滝なのですから、完成したらすぐに見てもらいたかったんですよ。

 

「……!」

 

狐稲利さんは滝の傍まで寄ると手や肌へと散った水滴が付着する不思議な感覚に目をぱちくり。滝つぼの近くに腰を下ろし、水面に指先をちょんとつけたとたん驚いて手を引っ込めて、もう一度指先を水面に入れるを繰り返していました。

手のひらに冷たい水が通り抜けるたび、狐稲利さんはにこにこと楽しそうに体を揺らしています。

 

「狐稲利さ~ん!そんなにはしゃぐところんじゃいますよ~、ただでさえ濡れて滑りやすい場所なんですから~」

 

『おまいう』『いつかのわんころちゃんみたいに?』『流石経験者は言うことが違う』『説得力がありますねw』『また苔生える?』

 

「何か言いましたか~?」

 

『いえいえ!』『いえ何も?』『空耳じゃないスかね?』『ジト目もかわいいなぁ』『狂気助かる』

 

……移住者さんなんだか慣れてきてません!?私手玉に取られてません!?

というか私の扱いがおざなりになっているのでは……?

 

「まったく~、それよりももっと近くで滝の様子を見てください~。画面の先に居る移住者さんには感じられないかもしれませんが、霧になった水が肌に触れて気持ちいいです~、落ちる水が全部霧状になっている訳ではないのでこの通り滝つぼもちゃんと存在しています~」

 

配信画面に映した大滝の滝つぼは降下してくる水量から考えられないほど澄んでいます。大量の水が一気に雪崩れ込んでくるのではなく、霧や水滴とならなかった水分が降り注ぎこまれているので滝つぼの水面は揺れ動いてはいますが、激しく泡立ったり濁ったりする、という事はありません。

そしてなにより注目して頂きたいのはその滝つぼの中に居る存在です。

 

『おおっ!?』『なんかいる!?』『動いてる?生き物か?』『魚!川魚か!?』

 

「そのと~りです~!先日お披露目した御霊降ろしによって生物らしい生物を生み出せるようになったので早速創ってみたんです~。まだ"(データ)"不足なのでよ~く見ると違和感があるかもしれませんが、今後のアップデートでそれも徐々に修正していけるはずです~」

 

実装した魚は黒い斑点が特徴的な川魚であるヤマメです。本来は他にもいくらかの種類を実装しようかと考えていたのですが、川魚として代表的な魚は成長したり産卵時期になると"海"へと向かう種が存在するので、そうなると新たに"海"を実装する必要が出てきます。

塩の入手問題の件もあるので、海はどうにか実装したいのですが、まだ家の周辺すら満足に造れていない現状で適当な位置に海を広範囲に実装するのは今後この世界の開発を進める際に邪魔になる可能性があるので、出来ればある程度家の周りが形になったら手を付けていきたいですね。

 

「少し滝からの水で見えにくいかもしれませんが~滝の裏にちゃんと洞窟も造ってあるんですよ~、中はまだ何にもないただの洞窟って感じなのですが~中の空間の利用方法はちょっと考えていることがあるので、またその時お披露目したいと思います~」

 

滝の裏の崖には滝によって浸食され出来たように見える洞窟が大きな口を開けています。中にはまだ何の光源もないので真っ暗で確認できないのですが、なかなか大きな空間にしてあります。

ここをお披露目できるのは食べ物関係の成長が順調にいってからになりそうです。

 

「さて、それでは~もうすぐ日が沈むので家に帰りますよ~、って、あれ?狐稲利さん~?ど~したの~?」

 

まだ真っ白な地平線へと太陽がオレンジ色に沈んでいく中、狐稲利さんは滝をじっと見つめています。

どうしたのかと私も滝へと視線を移すと、そこには夕焼けの光によって黄金色に照らされた美しい滝と、周囲に散っている霧に反射して現れた虹が現れていました。

 

「わあ……!」

 

「……!、!」

 

『綺麗……』『思わずため息出るわ~~』『なんだろ、ただ水が流れているだけなのに』『だな、不思議と感動する』『飛沫やらで空間自体がキラキラ光ってるみたいで幻想的だな』『滝の筋がいくつかに分かれているのが何だか生き物みたい』『たしかに光が反射して枝分かれした滝の水がよく分かる』『この滝はなんて名前にすんの?』

 

「名前ですか~?う~ん、そういえば考えてませんでしたね~移住者さんに早くお披露目したいってことしか頭になくって、忘れてました~」

 

『あらわんころちゃんおっちょこちょいね』『珍しいのお』『かわいい』『そんなわんころちゃんもかわいい』

 

「も~う!そういうのはいいですから~!えと、名前!そう名前ですよ、うーんそうですね~」

 

考えながらもう一度目にした滝は相変わらず夕焼けの光に照らされて滝はまぶしく輝いています。

滝は光の反射によって枝分かれした水の流れが目立っており、その流れは全部で八つ。

 

八つに分かれた流れの滝……。

 

「ではこの滝の名前は~八つに分かれる滝、八つ又の滝ということで、"やたの滝"と名付けることにしました~!」

 

 

 



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#27 御霊降ろし

 

鬱蒼と生い茂る木々をかき分け、山道を往くその姿はまさに私、わんこーろでございます。

私は今犬守山の麓の獣道を突き進んでいるのですが、そういえば家は作ったのにそこから伸びるはずの道を全く整備していなかったです。これは神社への参道という形である程度道を造っておいた方がいいでしょうね。

 

「は~い移住者のみなさんもうすぐ見えてくると思うので目を凝らして探してみてくださいね~」

 

『はーい』『おけまる』『今来たただいま、何してんのー?』『おかえり~』『おか~』

 

「移住者さんおかえりなさい~、今はですね~山道を突き進んでいます~」

 

『説明不足で草』『現状の説明だけじゃん!』『境界のお披露目でしょ』『境界?』

 

「"魂"実装、アップデート用のエリアの区切りのことです~。さすがにこの広大な世界を一度に更新するのは骨が折れると思いまして~世界をいくつかのエリアに分けて各エリアごとに更新をかけるという風にしていこうかと考えております~。手間というだけでなくアップデート後に何か不具合が発生した場合そのエリアのみ修正をかければいいという理由もあります~」

 

ガサガサと道なき道を歩いていると目の前に大きな鳥居が見えてきました。私が住処にしている神社の鳥居のつもりで設置したものになります。

鳥居は丸太をいくつか組み合わせて作っただけのシンプルなつくりになっていて、色も樹木の色そのままで、周囲の風景に溶け込むように気をつかって設置しました。

 

お狐さまを祀っているので鮮やかな朱色に色付けされた巨大な鳥居っていうのも魅力的だと思ったのですが、この鳥居とその先の神社は山の麓にひっそりと存在する神社、というコンセプトで造ったのでこれくらいシンプルで隠れた感じの方が雰囲気が出ていいですね。

 

『鳥居だ!』『なかなか味があるな』『森の中に突如現れる鳥居とか神秘度高い』『なんか不思議な気配を感じる』

 

「この鳥居と同じものが犬守山を囲むように四方に設置してあります~、鳥居というシンボルが囲んでいる領域を選択範囲として指定できるようにしてあるわけです~」

 

見えてきた鳥居へ近づくとその鳥居に隠れるようにしてこちらを伺う存在が目に留まりました。

 

「……」

 

『うおっ!びっくりした!』『狐稲利ちゃーん!』『狐稲利ちゃんの登場!!』『配信始まって姿が見えないと思ったらこんなところに居たのか』

 

狐稲利さんは配信が始まるまで犬守村の周りを散策していたようです。配信が始まったら鳥居の前に来てくださいと言っていたのですが、無事合流できてよかったです。

 

鳥居の足部分から顔だけを覗かせる狐稲利さんは、近づいてくるのが私だと分かると嬉しそうにこちらに駆けてきます。落ち着いた色の和服とは裏腹にその駆けてくる姿は見た目よりも幼く、お転婆な印象を持ちます。ですがそれも仕方ありません。この子は生まれてからまだ数日程度しか経ってないのですから。

 

「はいは~い、狐稲利さんも待っててくれてありがとうございます~よしよし~」

 

「~~!」

 

狐稲利さんは少し腰を曲げ、私と視線を合わせます。

移住者のどなたかが教えたようでして、狐稲利さんはよく頭を撫でるようにお願いするようになりました。

それが愛情表現の一種であり、強い信頼関係のもとに行われる動作である。と狐稲利さんは学習したようで、ことあるごとになでなでを要求してきます。

まあ、別にかわいいから問題ないのですが。

 

『かわいい』『かわいい』『これがてぇてぇってやつか……』『幼子になでなでされる少女……いいね!』『やっぱ姿だけ見ると役割が逆に見えちまうw』『逆だったかもしれねェ』

 

「は~いなでなでおわり~、移住者さんに鳥居もご覧いただいたので次にいきますよ~」

 

そう言って狐稲利さんと手を繋ごうとその腕に触れると狐稲利さんは大層驚いたように体をびくりと震わせ、目をまん丸にしてしまいました。

 

「~?、あ、もしかして手を繋ぐってことはまだ知らなかったのかな~?」

 

繋がれた手と私の顔を交互に見て、小動物のようにオロオロとしています。手を繋ぐという行為にどのような意味があるのか、きっと今狐稲利さんは必死に考えているのでしょう。

しばらくすると狐稲利さんは意を決したように私が繋いでいる手を握り返してくださいました。

 

「!、そうそうそうですよ~しっかり繋いでいてくださいね~」

 

離してはいけませんよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山の中腹、川が一時的に途切れ"やたの滝"が現れる場所に再びやってきました。まだ日が高いので滝の全容は周囲の木々の影によって隠れ、日の光はまばらに滝を照らしてくれます。

 

今後、各エリアには鳥居などの"日本なら数多くあっても違和感のないもの"を境界として各地に設置していきます。そうしてエリアの境界を設定した後、そのエリア内に実装するデータが漏れなく確実に実装されるためのデータの誘導灯(ビーコン)のような役割をしてくれる、エリア内のシンボルを設置していこうと考えています。

このシンボルの役割はエリア内の実装データの監視やバグ報告等多岐にわたり、実装された"魂"が正常に稼働していることを見守ってくれる存在です。

 

今回この犬守山や犬守村を含めたエリアのシンボルとして私はやたの滝を用いることにしました。

狐稲利さんからもたらされる魂は今後やたの滝のようなエリアの中継(ハブ)を通りエリアの各3Dモデルへと実装されることになります。

 

"やたの滝(ひもろぎ)"を中心に"犬守山(かんなび)"に命を降ろすのです。

 

私は手にした写し火提燈で狐稲利さんの手を優しく照らします。

ふわりと浮かんだ人魂のような明かりはいくつにも分裂し、数えられないほどの量になっていきます。

それらは滝を昇るかのように降下する水流に逆らい上空へと進んでいき、一定の高さまでゆくとふわふわと山全体へくまなく飛んでいきます。

 

しばらくして、漂っていた光が山へと吸い込まれるように消えていくと、突然木々がざわざわとざわめき始めたように感じました。

木の一本一本が枝を風によって揺らし、いくらかは枝より葉を落とし、散った葉は滝つぼに落ちて、水流に流されていきます。

 

「可視化しているので"魂"の姿がまるでいくつもの光球のようで綺麗だったでしょ~?わんこーろはこの魂が大地へと降りてくる様子から、この魂実装を"御霊降ろし"と名付けました~」

 

鳥居で囲まれた範囲に限定し、その範囲内に"魂"が実装されました。今後、この山は自然の流れと共に成長し、枯れ、新たな命を残すという流れを生み出していくことになるでしょう。

 

『相変わらず神ってるねぇ』『まあやってることがまんま神の所業だしね』『わんころちゃんと狐稲利ちゃんによって命が吹き込まれた!』『なんだか山の雰囲気が変わったような?』『文字通り木々が生きてるからな、そう思っても不思議じゃない』『紅葉とかも見れるようになんのかな、楽しみだ』

 

「それも楽しみにして頂ければ幸いです~、ん?どうしたの狐稲利さん~」

 

「……、……?」

 

狐稲利さんは風で揺れ動く木々を珍しそうにじっと見つめています。

ああ、確かに狐稲利さんにとってこの空間の植物はただのオブジェクトのように見えていたでしょうし、こんなふうに葉が落ちていく光景を見るのは初めてでしたね。

 

ふむ、これはもっといろんなことを積極的に教えていった方がよさそうですかね?

 

「どうやら狐稲利さんは木から葉が落ちる光景を初めて見て驚いちゃったようです~」

 

『まだ狐稲利ちゃんも学ぶことがいっぱいだね』『この場所では今までそれが普通だったからね』『しかし狐稲利ちゃんが何言ってるか分からんな』『しゃべれないわけじゃないんだよね?』『声に関するデータもブラックボックスで再現出来ないんじゃなかったっけ?』

 

「う~ん、私のデータを用いたので声に関するデータも複製したはずなのですが」

 

なので声自体は出すことが出来るはずなのですが、狐稲利さんが自ら発言する様子はありません。まあ私は創造主として狐稲利さんとリンクがあるので何が言いたいのか分かるからいいのですけど。

 

もし、狐稲利さんが無口な性格ならば、無理やりしゃべらせるのはなんだか悪い気がしますし、これについては気長に待ちましょうと、メイクなんかでも移住者さんと相談していました。

 

「さてさて~それでは今日はこれで配信を終わらせていただきます~これから狐稲利さんとお昼寝の約束があるので~」

 

『何っ!?お昼寝!』『俺と一緒に川の字で寝ようぜ』『こちら名誉移住者、村八分対象者を捕捉。処理する』『名誉移住者ニキ有能』『いつから名誉制度できたんだよ』『勝手に名乗ってるの草』『最近暑くなってるから熱中症に気を付けてね』『てか電子生命体は寝られなかったのでは?』

 

「寝られないわけじゃないですよ~、今までは寝る必要が無かったから寝なかっただけなのです~。これからは狐稲利さんに"生きている"ことに関していろいろ教えてあげないといけませんから、わんこーろも狐稲利さんと一緒に寝たり、ご飯を食べたりしていくつもりなんです~」

 

狐稲利さんにはこの空間の成長のために、生物としての経験値を積んでもらう必要があります。という理由は一割程度。

 

残りの九割は狐稲利さんに寝ることの気持ちよさや、おいしいものを食べたときの幸せなんかをたくさんたくさん味わってほしいからなんです。

そのためには親である私が率先して教えてあげるのが一番でしょう。

 

さて、数年ぶりのおやすみです。狐稲利さんと一緒にどんな夢がみれるのでしょう。今から楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#28 いろいろ学ぶよ

この世界では娯楽というものがかなり限られているようです。食べ物は栄養素を抽出した飾り気のないものがほとんどですし、遊びに行く場所もあるにはありますが、そのような施設は大体地上にあります。施設の利用料金はかなり割高な上に、そもそも地上に出る方法も限られており、その利用にも料金がかかるというのです。

なので一般的には娯楽とはPCの前で行われるものに限られ、何か記念日的な日には奮発して地上へ遊びに行くというのが今の若者たちのスタイルのようです。

ですので移住者さんの中には私の配信が生活の中での楽しみなのだと言ってくださる方も居て、なんだか照れてしまいます。

 

「ん~?夏休みですか?ああ~そういえばもうすぐ夏休みなんですね~、ご心配なく~わんこーろは夏休みの間もいつも通り配信し続ける予定ですよ~」

 

今日も今日とて平日の真夜中配信を行っている私、わんこーろですが今回の配信は最近やっていなかったお話配信を行っています。

真っ暗になった外からは配信外で実装した虫の鳴き声が優しく聞こえてきます。日が落ちたにも関わらず、この時間でも若干暖かさが残り、夏がすぐそこまでやってきているのを感じます。

私は犬守村の進捗状況や配信外での出来事をお話したり、移住者さんはそちらで流行っているものについてお話しています。

 

『ありがたやありがたや』『わんころちゃんで夏は乗り切れるな』『FSとわんころ配信のローテで乗り切る』『もう夏休みが終わるまで天井をぼーっと見つめ続けなくてもいいのか……』『←そうだぞ!もうあんな苦しみを味わなくてもいいんだ!』

 

「みなさん夏休みはお暇なのですね~わんこーろはまだまだこの世界に実装したいものがたっくさんあるので~忙しくなりそーです~」

 

畑や田んぼもそうですし、夏の風物詩なあれやこれや……ふむふむ、これからもいろいろとやることがいっぱいですね。まあ、時間制限があるわけでも無いのでのんびり気ままにやっていきましょう。

 

「……!、!」

 

「あっ、狐稲利さんありがとうございます。こちらへ持ってきてください~」

 

突然何もない場所に穴が開きます。こことは別の外部空間とのリンクが繋がった際にできる穴で、私も何度か同じように穴をあけてその向こうのネットへと出かけることがあります。

そんな穴から現れたのは狐稲利さんでした。狐稲利さんは先ほどから勉強と知識補強のためネットに潜っていて、その際簡単なお使いも頼んだのですがどうやら私のお願いしたデータをサルベージしてきてくれたようです。

 

『狐稲利ちゃん乙』『今日も二人ともかわいい』『狐稲利ちゃんもハイスペックなのか』『はじめてのおつかいかな?』

 

そんな光景も最初は驚いていた移住者さんも今になってはいつもの光景だと、特に気にしなくなってしまいました。時々初見さんがこられた際ひどく混乱されるのですが、その混乱のいくらかはそんな動じない移住者さんの姿が原因であるような気がします。

 

移住者さんにほめられた狐稲利さんは恥ずかしそうにはにかみます。

ですが、同時になぜそんなにほめてくれるのか、と若干困惑しているようにも見えます。

 

「大丈夫だよ~、移住者の皆さんは狐稲利さんが大好きなんです~だから狐稲利さんのことをいっぱい甘やかして、あわよくばお友達になりたいと思っているんですよ~」

 

『やめて』『俺らの浅ましい心を代弁するわんころちゃんマジ鬼畜』『本人無自覚で草』『ちょっと男子~』『移住者友達つくるの下手か』

 

「ほらほら~皆さん狐稲利さんとお友達になりたいんですって~狐稲利さんも答えてあげてください~」

 

「……」

 

そう聞いた狐稲利さんは意を決したような顔をした後、両手を胸元へ持ってきてぎゅっと軽く握り、微笑みながら首を傾げました。

狐稲利さんの外装データを創った私が言うのも何ですが……すごいかわいいですね!

経験不足なのもあって狐稲利さんはあまり感情を顔に出せないのですが、その狐稲利さんが配信画面に向かって首を傾げ、微笑むその姿は新鮮な上にかわいい。

顔を傾けたことで普段あまり見れない彼女の菖蒲色の瞳が髪の間からちらちらと見えているのがまたイイです。

 

……いやいや、ちょっと待ってください。狐稲利さんそれどこで覚えたんですか?私は常識とか移住者さんの発言に関する説明をしていたりしますが、こんなあざと……かわいい動作を教えたことありませんし、ネットから覚えたんですか?

いや、狐稲利さんがネットの内容を鵜呑みにして実行に移すようには思えません。だいたいネットの情報は勉強後に私に嬉しそうに報告に来てくれますし。

これはある程度信頼している存在から教えてもらった可能性がありますね。

 

「……狐稲利さんに教えたのは移住者さんですか~?」

 

『げっばれた』『やべ』『にげるんだよぉ~』『サイナラ』『狐稲利ちゃんがあざとくなっていく……』『それはそれで最高なのでは』『意味もよく分からず実行しているから天然のあざとさだぞ』『わんころママ狂気しまって?』

 

「まったく……、かわいいからいいんですけどね~狐稲利さんもやっちゃいけないことや悪いことはだんだん分かってきているみたいなので~」

 

「………!」

 

そんな事を移住者さんと話していると先ほどまでにこにこしていた狐稲利さんは思い出したように慌てて空に手を延ばし、格納空間からとあるデータを取り出し、私に手渡しました。

 

「ああ~すっかり忘れてました、狐稲利さんありがとうございます~」

 

狐稲利さんから受け取ったのはいくつかの断片化したデータや破損状況のひどいデータ群でした。

 

狐稲利さんにお願いしたのは近々実装しようとしている作物に関するデータです。

畑で育てる予定の作物であったり、整備し始めた水田の為の稲作に関するものなどです。

狐稲利さんの情報処理能力は私と同等なので、これらのデータをサルベージする事はさほど難しくはないと思います。ですが、それらの情報がどのように利用されていたのか、どのような形でかつて存在していたのか、どのような意図で生み出されたのか、狐稲利さんにはそれを考えて、破損前の元データがどのような形をしていたのか想像するのがまだ難しく、データ修復作業中に誤訳が含まれてしまう可能性がありました。

ですので今回は正誤の確認が出来た該当するデータを片っ端から持ってきてもらう事にしたのです。まあ、今日中にという時間制限を設けていたので私が処理しきれないような膨大な量にはならないだろうと思っていたのですが、狐稲利さんの持ってきたデータは私の想像よりもかなり少ないものでした。

 

データの正誤確認というのも私が行っているようにデータ元を特定していく方法なのですが、そのデータが誤情報なのか判断するのも狐稲利さんには難しかったようです。そのデータを制作した人物の主義主張によっては正しいデータと呼べるし、悪意ある情報とも捉えることが出来るからです。

結局形作られたデータの善悪は観測した存在に依存するのですね……。

 

「……」

 

何とも申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる狐稲利さんの頭を撫で……

 

……うん、背が足りなくて撫でられませんね。

 

「狐稲利さん、ありがとうね~、これからもお願いする事があると思うので一緒に頑張っていきましょ~?」

 

頭の代わりに狐稲利さんの手を握り、反対の手で狐稲利さんの手の甲を撫でてあげます。

私なりの狐稲利さんへの慰めと愛情表現のつもりなのですが、狐稲利さんは手を握られた時点で申し訳なさそうな顔からにこにこと満足げな顔に戻っていました。

いやいや、元に戻るの早いですね。

 

『おいおい移住者が置いてけぼりくらってるぞ』『放置プレイはいくない』『二人だけの空間にお邪魔した空気読めない移住者になった気分』『もうこの光景だけ24時間配信し続けてほしいわ』『見てるだけで幸せ』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそうわちるさんはあとでお話ししたいことがあるので~覚悟しておいてくださいね~」

 

『九炉輪菜わちる:にゃんでぇ!?』

 

「いくら移住者さんの言葉でも狐稲利さんが鵜呑みにするのはおかしいですよね~?教えたのはあなたでしょ~?」

 

『九炉輪菜わちる:ギックゥ!?!?!』

 



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#29 準備中ふたたび

皆さんこんばんは、電子生命体のわんこーろです。今日は配信をお休みして、狐稲利さんにいろいろと教えている最中です。

と言っても狐稲利さんももうネットから情報を得る手段を確立させており、データサルベージも私と同等の速度でやってのけます。

もちろんそのデータに込められた意図を理解するのはまだまだ難しいようですが今の学習速度ならそれほど時間もかからず私と同じクオリティの技術力を身に着けてくれるでしょう。

なので現在私が主に教えているのは私の創った道具の使い方などです。

 

「ここをこうやって~、出来るだけ細かく~はい、かんせい~。こんな感じにすればおーけーです~」

私の目の前のちゃぶ台には手のひらに収まる程度の大きさのポリゴンが置かれております。それを磨り出し鑿(すりだしのみ)でコリコリ削り出し、爪の先ほどの小さな3Dモデルを制作していたのですが、その様子を興味深々といった具合に覗き込んでいる狐稲利さん。

 

「鑿はしっかりと持って~反対の手は鑿で傷つけないように置く場所を考えるんですよ~?」

 

ちょいちょいと手招きして私の隣に座らせ鑿とまだ塊として残っているポリゴンを渡し、手取り足取り制作方法を教えてあげます。

狐稲利さんは恐る恐るポリゴンに鑿を差し込みます。狐稲利さんも私と同じように各種データを参照しながら鑿を動かしているのですが、その手元はなかなかたどたどしいものでした。

今までやったことのない動きなので慣れるのに時間がかかるかもしれません。作っているものもかなり小さな3Dモデルなので仕方がないですね。

 

狐稲利さんは磨り出し鑿を手に持ちながらうんうんと唸っています。

 

「どうしたんですか~?上手に出来ていると思いますよ~?」

 

「……」

 

狐稲利さんは難しい顔で私の作った3Dモデルの粒と自身の3Dモデルの粒を見比べています。粒ごとに個体差がある3Dモデルなので多少形が違っていてもそういうものだと説明していたのですが、どうやら狐稲利さん的には満足な出来ではなかったようです。

 

先ほどから私と狐稲利さんが作っている粒状の3Dモデル、これは水田で育てる予定の種籾です。

稲作なんてやったことのない私と狐稲利さんが情報だけ、つまり見よう見まねでお米を育てようとするなんてかなり無謀な気もしますが、できるだけリアルに稲作の風景を移住者さんにお届けしたいと思い、今回苗を育てるところから始めることにしたのです。

 

情報によるとこの種籾を、まずは苗代と呼ばれるちっさな田んぼで苗になるまで育てるらしいです。

育てた苗を田んぼに植え替えてそこから稲になるまで育てるのですが、ここまで調べたところで問題が出てきました。

 

現在、夏が始まるかという時期なのです。本来この種籾から苗をつくる作業は4月あたりに行うのが普通で、本来であればもう田植えを終えて稲へと育てなければいけない時期のようなのです。

 

つまり、完全に間に合っていません。

 

「これは仕方ないですね~田んぼや畑にする領域だけ時間をちょちょいと弄っちゃいましょうか」

 

なんだがずるしているような気がしますが、仮想空間と電子生命体の特権とでも思っていただきたい。それに現実の世界では気温上昇の影響でお米を含めた作物はかつてのように育たなくなっているらしいので、季節がおかしいとか突っ込まれる心配もあんまりない……かも?

 

といっても畑と田んぼの時間をいじるのは今回だけにするつもりです。実験的に時間を早めて、この種籾が上手く成長してくれるかを確認出来たら、次の季節からは暦通りの稲作、畑作を行っていくつもりです。

 

それとは別に早く移住者さんにほっかほかのごはんを見せてあげたいという気持ちもあります。そして私も狐稲利さんが幸せそうに食べ物を食べている姿を見たいのです。

この世界の食べ物はエネルギー供給が第一に考えられており、目で楽しむことができるような食べ物というのは珍しいようです。

食べ物に関するデータが完全にサルベージされ切っていないのが原因で、見た目がよくとも味はいまいちなんてものが大半であり、若者には不評のようです。

対して世界的に普及している携帯食料のような食事は見た目以外は完璧。美味なうえに栄養素はもちろん体への吸収されるタイミングを操作、満腹中枢を刺激し食欲を抑制することでたった一度の食事……いえ、栄養補給だけで丸一日活動できるというすぐれもの。

 

この世界での食事はかなり効率化されているようです。

 

……食事というものを効率化させることに意味があるのかさっぱりわかりませんが。

 

とにかく、そんな味気ない食事が当たり前な今の若者に栄養補給ではなく食事というものをお見せしたいのです。

 

「……!」

 

「おおっと、ごめんね狐稲利さん~ちょっと考え事をしてたの~、……うん、いい感じだよ~これで最後だね~」

 

深く考え込んでいた私の目の前に狐稲利さんが作成し終わった種籾を見せてきます。両掌にのせた種籾はどれも見出し刷毛(みいだしはけ)で色付けまで終わっており、乳白色のものや薄茶色のものまで千差万別。もみ殻の質感もよく表れています。数粒手に取るともみ殻独特のざらざらとした質感が指先から伝わります。

 

「これで一応は終わりかな~?また移住者さんと一緒に種まきしましょーね~」

 

「…!、!」

 

狐稲利さんは嬉しそうに何度もうなずきます。ちゃぶ台の上にはいくつもの紙包みが広げられて置かれ、その中には様々な種類の小さな粒が盛られています。

丸かったり、楕円であったり、白かったり黒かったりといくつもの種類が確認できます。

 

これらはすべて植物の種です。次の休日配信、日の高い時間に移住者の皆さんと一緒に畑を作ってそこに蒔く予定のものになります。

 

「次のお休みがたのしみですね~。ね、狐稲利さん」

 

「……!」

 

まるで私よりも小さな子のようにはしゃぐ狐稲利さんを見つめながら私は次の配信を楽しみにするのでした。

 

 

 



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#30 一万人記念配信(前編)

 

「移住者のみなさーん!おかえりなさーい!今日もわんこーろの配信に来てくださってありがとうございます~」

 

待ちに待った休日配信、この日に合わせて先日突破した一万人記念の配信を行うことにしました。

数日前より長時間配信を行うと予告しており、この日はかなり早い時間帯からの配信となっています。

縁側から外へと出て移住者さんに朝の犬守村をお見せします。早朝という事でまだ村は薄く霞がかり、それが太陽光を散乱させることで一層辺りを暖かく照らしているように見えます。

早朝のまぶしい日の光に目を細めながら、肌寒さを感じなくなったことが夏を感じさせます。

 

『一万人おめ!』『おめおめ!』『ついに大台に乗った!』『かなりの速度で突破したなw』『個人勢でここまでの勢いは初めて見た』『俺も古参移住者として鼻が高いぜ』『というかもうすぐ2万人突破する』『この速度なら3万人も目前なんですが』『次週の休日配信が3万人記念になる予感』『一万人突破&二万人到達見守り配信になるなこれは』

 

「そうですね~今の速度で行くと二万人突破も配信中にいってしまいそうですね~おそらくまた作業に集中しちゃうと気づかないかもなのでその時は移住者のみなさん教えてくださいね~」

 

『おk』『おけまる』『了解です』『今日は何するの?』『メイクは長時間配信するってことしか言ってないよね?』『お外にいるー?』

 

「今日はですね~作物の種まきを中心に配信していく予定ですよ~先日移住者さんに育てる野菜の希望を募った結果、まずはトマト、キュウリ、ナス、後はスイカなんかも育ててみようかと考えています~当然味噌や醤油の原料になる大豆も育てますよ~」

 

『おおっ!』『いいね!』『いいじゃん、でも季節が……』『大豆以外どの野菜も収穫時期は夏あたりだが、種まきの時期過ぎてる?』『←そうなのか?てか種まきできる期間とか決まってんの?』『まあ、今は天然の野菜なんて機械的完全室内栽培だから季節とか時期とか関係ないが』『犬守村はネット空間だからさらに関係ないな!』『季節は関係ないが、種から育てるとなるといつ収穫できるようになるやら』

 

「ええ、ええ移住者さんの疑問ももっともです~季節を無視したとしても今から種を蒔いたんじゃいつ見れるのか分からない~ですよね、なので今回だけ特別に植物の成長を早めて、本来今の季節に成長しているであろうところまで時間を進めたいと思います~」

 

『ファ!?』『マ?』『た、確かに犬守村に時間を実装したのはわんころちゃんで、季節を実装したのもわんころちゃん……』『時間を早めるなんて難しくもなんともないな』『時間操作系配信者わんこーろ』

 

「ですが!成長を早めるのは今回だけ!にする予定です~。皆さんにこの夏に収穫した野菜を見てもらいたいという理由もありますが、今回の処置は制作した種が無事に成長してくれるか、内包されたデータがしっかりと種から野菜へ遷移してくれるかの経過観察が含まれているからです~なので成長具合によっては種の3Dモデルは作り直しになるので内心ドキドキしております~」

 

実際は種だけではありません。この種という状態から野菜への変化が上手くいってくれないならば、他の3Dモデルの変化も上手くいってくれない、もしくは上手くいっていない可能性があります。例えば、樹木の紅葉や落葉など。

あと、大豆の収穫時期は秋になるのですが、大豆から醤油や味噌になるまでの発酵工程も問題が無いか確認したいので、大豆だけは季節を無視して収穫できるまで成長させるつもりです。

 

『植物の成長を自由に操るとかまた神に一歩近づいたな』『成長を早めると聞くと最近サルベージされたアニメを思い出すw』『となりのわんころ』『ほんとだもん!わんころいるもん!』

 

「ああ~あのアニメですか~わんころもVちゅーぶで無料配信された時に視聴させて頂きました~」

 

その後しばらくコメントは文化復興省の復興推進室が断片データをサルベージし、環境技術研究所が全面監修を行ったとあるアニメ映画について盛り上がっていました。

アニメ自体は完全にサルベージすることが出来なかったようでバラバラな場面を繋ぎ合わせただけの数分程度の映像になっています。

ですが、たった数分でそのアニメは視聴者の心をわしづかみしたのです。

 

自然豊かなかつての日本の田舎に引っ越してきた二人の姉妹の不思議な体験を描いたおはなしなのですが、この世界の人間にとってはそのアニメで描写されている風景はすべて真新しく新鮮に映った事でしょう。

かつての失われた生活が克明に映し出され、不思議となつかしさを覚えるそのアニメは一大センセーショナルとなり、どのメディアにもたびたび登場するようになりました。

 

私のメイクアカウントにもそのアニメに登場する道具や設備に関する使い方を質問してくる方もおられるようで、私とそのアニメとの繋がりを聞きに来られる方もちらほら。

 

「え~とですね~、メイクでも呟いていたのですがもう一度言わせてもらうと~例のアニメとわんこーろはなんの関係もございません~わんこーろがサルベージしたものでもありません~」

 

いや本当に、もしも私が復元するなら最初から最後まで全部復元したいです、ええ。というか……実際のところ例のアニメは話題になり始めたころに私自身が前世の記憶によってなつかしー!な感じになってしまい勢いのままフルでサルベージ&復元させてしまったんですよね……。

 

しかし、このアニメを私の配信はおろか、ネットに流すのはちょっといただけないのでは?と思っているのです。

 

たった数分程度のストーリーもぐちゃぐちゃの貼り合わせただけの映像がこれだけ話題になるのですから、そんな事をすると話題どころの騒ぎではなくなるのでは……?

 

そもそもこのアニメの著作権やらはどうなるのでしょうか?前回虹乃なこそさんの配信でサルベージしたゲームが新設のゲーム企業から発売する、とあったので販売権は効率化時代に放棄されたとみなされているのでしょうか?それとももともと開発販売していた当時の企業を探して許可をもらった?

 

うーん、やっぱりわかりませんね。効率化時代はゲームを含めた娯楽がかなり酷く批判されていたようで、企業も持っているだけで批判の的となるゲームの各種権利を我先にと放り投げていたとか噂では言われていますし……。

 

……まあ、権利関係など面倒な事になりそうな気がしたので復元したデータは保管領域の奥底にしまい込んだままになっています。

 

 

「さてそれでは話を戻しますね~わんこーろが取り出したるこの紙包みに包まれているものが植物の種になります~これはポリゴンからわんこーろと狐稲利さんがせっせと作ったものです~」

 

手のひらにのせた紙包みを開けながら配信画面にその中身を映します。

種は数ミリ程度のものから数センチ程度のものまでさまざまで、当然ですがどれも成長後の野菜とは似ても似つかない姿をしています。

 

『へぇこれが野菜になんの?』『ちっさ、初めて見た』『これが野菜になるとか想像できないな』『まあまだ無事に成長してくれるか分からんしな』『こいつらがまさしく希望の種になってくれるか』『無事に成長してくれよ!』『犬守村の今後がこの種にかかってる』

 

「ま、まあ楽にいきましょ~、上手く育たなくても原因究明に時間がかかるだけでまたやり直せますよ~」

 

なんだか移住者さんはこれが最後のチャンスだとか無事に成長してくれよ!と力んでいるようですが、もっと楽に考えてくれていいんですよ!芽さえ出ないようなら根本からデータの作り直しになりますが、小さなバグ程度なら今後定期的に行っていく予定の"御霊降ろし(魂の更新)"と同時にデータ修正を行うだけでどうにかなりそうですし。

 

「では畑の様子をご覧いただきますよ~家の縁側から出てすぐのこの空き地ですが~、配信外で狐稲利さんと一緒に耕しておきました~今は狐稲利さんが畝を作ってくださっているところですね~~……ん?」

 

ふと配信画面から視線をそらし、畑の予定地を確認します。そこで狐稲利さんが畝を作っているはずなのですが、すでに畑はまっすぐに土が盛られた綺麗な畝が出来上がっており、狐稲利さんはその畑の隅で土遊びをしていました。

 

少し湿った土をこねこねしたり、山のように盛り上げています。

 

『狐稲利ちゃんwww』『すっごく汚れてて草』『なのにいい笑顔なのが草』『どろんこ遊びか』『やったことない、てか土を触ったことないからなんだか憧れるわ』『土ってどんな感触なのかね?』『土の匂いってのも気になるな』『頬っぺたまで汚れてるけど気づいてなくて草』

 

「狐稲利さ~ん、もうそろそろ種まき始めますからね~」

 

そう言って声をかけると狐稲利さんは夢中になっていた土いじりを中断し、こちらに寄り、手を伸ばしてきました。

手を繋ぎたいのでしょう。

 

「まったく~、わんこーろも狐稲利さんも後で体をきれいにしないといけないですね~」

 

私はドロドロになった狐稲利さんの手をためらいなく握りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~む、やっぱり肥料とか必要なのでしょうか~?作物によっては水やりのタイミングや温度管理も重要らしいですね~」

 

『そこらへんはてきとーでいいんじゃね?』『あんまりリアルにしすぎると何種類も育てるの無理じゃね?』『移住者の中には育てる地味な絵を嫌う奴もいるだろうしな』『俺はわんころちゃんや狐稲利ちゃんが土いじりしてる光景だけで幸せになれるけどなー』『あまりにも面倒な細かい作業は省略してもよいのでは?』

 

「そうですね~出来るだけリアルにしたいというのが前提ではありますが、ある程度作業を簡略化することをお許し頂ければ~」

 

『まあでしょうね』『しゃーない』『ガチ農業やるとしたらかなり時間かかるだろうな』『そこはネット空間らしさ出してけ?』

 

「とはいえなんでもかんでも無くしちゃうと風情も何もあったものではないのでそこは今後皆さんと相談しながらという事にしたいと思います~」

 

さて、ある程度ゆるくするお許しを頂いたところで種をまいていきますよ。

等間隔で畝に穴をあけ、丁寧に種を入れて土をかぶせていきます。その上から水をかけてあげて芽が出るように祈ります。

 

「芽よでろ~でろ~でてね~いっぱい~でてね~。……あ、そうそう~今回は畑に直接種をまきましたけど~実際に種から育てるときは畑の前に育苗用のポットやプランターで苗を育てた後に畑に植え替えた方が失敗しにくいので覚えておくと良いですよ~」

 

『かわいい』『おう助かる』『神様の祈りなら効果抜群でしょ』『土も触ったことない俺らじゃ覚えるもなにもないっす』『野菜の育て方なんて教育データで簡単に教えてもらったぐらいだわ』『そもそも今の野菜って七割合成だからな』『育て方どころか天然の野菜なんて口にしたことない』

 

本当は肥料などを用いた土の改良を行わないといけない野菜や後の厳密な温度管理が必要な野菜などがあるのですが、移住者さんとの協議の結果、省略してもいいとのことなので省略することにしました。

種に内包されているデータのうち、土壌や温度に敏感に反応する部分を非アクティブ状態にしてそれらの要素を無視しても成長するようにしておきます。

 

とはいえずっとそのままではリアルさが損なわれてしまうのでいつかは肥料を作ったり、温度管理が可能なビニールハウスのようなものもこの世界に実装してみたいですね。

 

「ある程度種はまき終わりましたね~。では、この畑の範囲だけ時間を加速させておきますので~芽が出てくるまで他の作業へといきましょ~」

 

 

 



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#31 一万人記念配信(後編)

さてさて、皆さんは疏水というものを知っているでしょうか。灌漑や農地に利用する水が目的の場所まで流れるように人工的に造られた川のようなものの事を言います。

現在犬守山より流れる川、その終着点は山を下り終えた先で流れっぱなしになっております。まるで3Dゲームの裏側のように開発者が制作せず、本来ならば見えない場所のように適当な状態で放置されています。

この不自然に途切れた川をまずは延長して、そこから田んぼに利用する用水路を作っていきます。

 

「大まかな計画としては~畑の向こうに広がる平地を横切るように山からの川を通します~その川に沿うようにして田んぼを造って~それぞれの田んぼに隣接して取水用の水路を造っていきます~。畑の近くにも水路は設けたいですし~今後建築物などが増えていくことも想定して大規模な疏水……そうですね、"犬守疏水"を整備していきたいと思います~」

 

一定の長さの川を造った経験がここで活きてきます。どうすればよりリアルな水の流れを再現できるかある程度把握できておりますし、何なら制作済みの川のデータを流用することも可能です。

もちろん川の一部をそのままコピペするわけではありません。川を構成する岩や砂、泥その他もろもろを複製し、並びを変えて設置していくわけです。一から全部作る必要が無いので制作速度は今までの倍にまで高められておりますよー。

 

「一度造ったことがあるわけですから~ここはさっさと進めていきますよ~」

 

それほど目新しさもないので移住者さんにとってはつまらなく思われるかも。ですのでそれほど時間をかけるつもりはありません。

ちょちょいと指先を動かして川の流れる場所を指定してやるとその通りに川が形作られていきます。ただの雑草生い茂るだけの平坦な土地がなぞられた線に従うように窪んでいき、むき出しの土は岩や石に置き換わっていきます。それらが終わると水が流れ始め、水に満たされた川底は徐々に苔生していき、水棲植物が茂り水棲昆虫がその陰から顔を覗かせます。

 

そしてそれらを餌に川魚が山より下りてきます。

 

『相変わらずの手際の良さだねぇ』『省略助かる』『省略助からない……』『←わんころちゃんがメイクで制作動画上げてくれてるだろーが』『いやいや省略とかのレベルじゃねーだろ!?お前らなに言ってんの!?』『←初見さん一名ごあんなーい』『初見さんおかえり』『おかおか』『お茶をお出ししろ!』『合成でいいか!?』

 

「しょけんさーんおかえりなさーい、電子生命体のわんこーろですよ~ゆっくりしていってね~」

 

ちらちらとコメントを確認しながら川を造っていきます。田んぼにする面積は確保しておかないといけないのであまり蛇行しないように気を付けないと。

ちょいちょいと指先を動かすだけで私の思い描いた通りに川が出来ていく光景はなかなか異様……じゃなくて、神秘的なのではないでしょうか。

 

「ある程度川は通し終えたので田んぼにする場所を決めて~取水用の水路をつくっていきましょ~」

 

水路にする場所に溝を掘り、その溝の中で木の板を組み立てていきます。ちょうどコの字型になるように板を組み立てて、水の流れる路があらかた形になったら余分な溝の空間に土を戻していきます。

 

『木製の水路か』『大丈夫?腐らない?』『耐用年数がががが』『石材にすべきでは?』

 

「あ~やっぱり~?見た目こっちのが良いかな~と思ったんだけどね~……力作なので使わせて?」

 

『おk!!!』『かわいいおねだりやね』『首を傾げながらはにかむその技は!!』『狐稲利ちゃんのヤツじゃん』

 

意外とこの木の板こだわったんですよね。木目の感じとか、まるで使い古された古木のような……うーん、もしかして見た目が悪いから印象悪かったのでしょうか?

まあせっかく作ったので実際に腐ってしまうまでこれでいきましょう。

 

「田んぼと水路の接続部には仕切板で通常は水が流れないようにしておきます~水を張るときなどはこの仕切板をはずして水を取り入れるというわけですね~」

 

仕切り部分の仕組みは簡単なつくりになっていて、板の表面に溝を付けてその溝に板を差し込むだけです。移住者さんにも見てもらうように何度か仕切り板を動かして取水口を開けたり閉めたりしてみます。

そうしていると田んぼの予定地である平地から狐稲利さんがこちらに向かって大きく手を振っているのが見えました。田んぼ予定地は水路によって大きく三つに分かれており、すべて合わせて1(ちょう)程度。

およそ1ヘクタールといったところです。

 

 

……広いですね。いや、広すぎますねこれは……。

 

広くて何処までも続く水田というものを想像してこれくらいかな?とあまり深く考えずに場所を取ったのがまずかったです。

私と狐稲利さんの二人が食べる分のお米を収穫するだけなら1町の百分の一の1()程度の広さで十分。これだけ広大な土地をすべて水田にして、お米を収穫しても食べきれないのは必至。かといってこじんまりとした田んぼではなんだか雰囲気が……。

 

……まあ、それはまた今度考えましょう。ええ、問題の先送りですよ。でもまだ苗さえ育てていないのですから収穫後の事を考えるのは皮算用すぎます。……場合によっては空いた場所で豆類や麦なんかを育てることも考えておきましょう。

 

 

「……!」

 

私がそんなことを考えていると、手を振っていた狐稲利さんはこちらへと駆け寄ってきます。反対の手には私がお貸しした裁ち取り鋏が握られています。

既に狐稲利さんのいる土地は鋏の能力で初期化され、耕された土地へと変化していました。

 

「ん?おおっ、わんこーろが水路づくりをしている間に狐稲利さんが田んぼを耕してくれていたようです~一度水を張ってみて水田の様子を確認してみましょう~。……こ、狐稲利さんっ危ないですから鋏は振り回しちゃだめですよ!」

 

鋏を上手に使いこなせたことを褒めて欲しいようで、狐稲利さんは両腕を振って私にアピールしてきます。もちろん鋏を持ったまま。……ちょ、やっぱり危ないですって!

 

興奮する狐稲利さんを諫めながら耕された田んぼへとつながる水路、その仕切り板を取り払います。

仕切板をはずしたとたん水路を流れる水が勢いよく田んぼへと流れていき、耕された土が水分を含んで灰色から黒い色へと変わっていきます。ほのかに匂う土の匂いは山より流れ出た水の匂いと合わさり、ゆっくりと田を満たしていきます。

 

「……うんうん、いい感じですね~種籾から苗を育てるのは配信外でやろうと考えていますが、田植えはまた後日配信したいと思います~。では畑の様子を見に行きましょうか~田んぼと水路の高さを合わせてあるので水が溢れるという心配は無いので安心ですよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おお!?なんか出とるー!!』『なんかちみっこい緑のが……』『雑草かと思ったぞ』『犬守山の雑草とは葉の形が違いますねぇ、葉の形でどの植物かだいたい把握できそうだ』『有識者ニキが現れたぞ!』『だいぶ前にコメントしてた環研の関係者か!?』

 

畑へ帰ってくるとすでにいくつかの畝から芽が出始めているのが分かりました。まだまだ小さく、弱々しいものですがここからさらに大きくなってくれるでしょう。

ひとまず、種から次の段階への遷移はうまくいってくれたようで一安心です。

 

『でも思ったより少ないな』『失敗か?』『マジ?やり直し?』『いくらか芽はでてるから成功だろ』

 

「これは成功ですよ~植える前にわんこーろが言ったように発芽の確率を上げるなら直接畑に植えるのはやめておいた方がいいですね~」

 

今回の主目的は種から想定通りに成長してくれるか、だったので無視しましたが今後植物を植える時はそのあたりも考慮していきましょう。

 

「今も微妙に成長し続けているのですがしばらくは代り映えしない状態が続くと思われるので~お家の中に入りましょうか~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、我が家へと帰ってきました。縁側で足を延ばし、水が張って鏡のように風景を反射する水田と、先ほどよりも大きくなった畑の芽を見ながら移住者さんと今後の犬守村の開発について雑談しております。

狐稲利さんは慣れない作業に疲れたのか、先ほどまであんなにはしゃいでいたのが嘘のようにちゃぶ台に突っ伏すようにしておやすみ中です。

 

「現在せっせと食糧問題を解決しようとしていますが~問題は調味料をどうするかなんですよね~。味噌や醤油はさっき植えた大豆が無事成長してくれるのを祈るだけなのですが~かつての日本では育成されていなかったものはどうすべき~?」

 

『育成されていなかったものって?』『わんころちゃんがメイクで言っていたのは香辛料など』『スパイスか』『外から買い付けている~的な設定で……』『たしか育てられていなかったのは気候的な問題だからだっけ?』『かつての日本は明確な四季が存在しており、亜寒帯から亜熱帯の間であり、それ以外の気候で育つ植物の育成は難しかった(わんころ調べ)』『←本人の前で本人の発言引用してドヤ顔は恥ずかしい』『せっかく環境をわんころちゃんの好きなように設定出来るんだから育てられる環境を整えてみるのもいいのでは?』『まあ、育てないってのも選択肢の一つではある』

 

「ふ~む、移住者さんのコメントを見てみるとだいたい選択肢は三つですね~。外から買い付けているという設定でわんこーろがそのものを創る。育てられる環境を創って育てる。そもそも利用しない」

 

育てられるならば育てたいですね。どうやって育てるのかはこれから調べないといけませんが。

上の三つの選択肢において移住者さんの反応はどれか一方に偏っているという訳ではありませんでした。

育てるのは見ていて楽しい、成長する様子を見せるだけでも配信のネタとしては通用する。と仰られる移住者さんもいれば私の体調を気遣って、育てるのが大変なら3Dモデルとして創ればいい、無くてもいい、と仰ってくれる移住者さんもおられます。

 

「……思ったより移住者さんの意見がバラバラなので~とりあえず保留にします~しばらくは醤油主体の味付けになりそうですね~」

 

『了解です』『わんころちゃんの好きなようにしてくれればいいよ』『日本人なら味付けは醤油でしょ!!』『合成のもんしか食ったこと無い俺らが胸張って言える事じゃないですねぇ』『今ある食品も醤油じゃなくて醤油風の味付けで醤油は使ってない』『マジ!?』『本物は味も香りもやばいぞ』『←食ったことあるの!?羨ま死』『醤油には塩が必要ですよ(ボソッ』

 

「塩なんですが~どうしようかまだ考えている途中なんですよね~山で得る方法もありますが、海で得る方法もありますし~手っ取り早いのは山ですよね、でも海……うーん、どうしましょう?」

 

『水と塩は大事、お手軽に取れる方がいい。という訳で犬守村の山に岩塩を』『いや俺は知ってるぞ海の塩のほうがミネラル豊富で美味い』『←おまえそれ海の塩(合成)だぞ?』『あるいは海の塩っぽい食用リサイクル塩だろうな』『←マジか!?マジかぁ……』『そりゃそうだ、今の海じゃ塩の精製なんて金かかりすぎる』『塩に関してはどちらでもいいと思うけど、今後海を実装するなら海のほうが都合が良くない?』『塩も海の海産物もほしいから海で』

 

移住者さんは海派が多いようですね。どちらかというと塩のついでに海産物実装を希望する方が多いようです。

 

「ですよね~海産物はほしいですよね~食卓がぐっと彩りよくなりますし、鰹や昆布は出汁の素にも必要になりますし~……実際のところ海は実装するつもりではあります~現実のように一面海というような広大な面積は難しいとは思いますけど~」

 

となると思ったよりも海の実装は早めに考えておいた方がいいかもしれませんね。少なくとも醤油や味噌造りを行う前には実装しないといけません。

どこに創るか、どの範囲にするか、どのような環境にするか。

いやはや、考えることが多くてわくわくしてしまいます。

 

「もうすぐ配信終了時間になるのですが~最後にもう一つ移住者さんにわんこーろの配信についてご相談したいことがありまして~」

 

『お?』『うん?』『なにかな?俺のママになってくれるって?』『こちら名誉移住者、火炎放射機の用意をした。皆使ってくれ』『やっぱり名誉移住者ニキ有能じゃん!』『助かる』『助かる』

 

「え、ええ~とですね~わんこーろの配信の時間についてなんです~。今のわんこーろの配信は主に休日配信と平日配信の二種類あることはご存じだと思います~休日は今日のように朝やお昼の太陽が高い時間からのお家の外で配信をして、平日配信は皆さんお仕事や学校の授業があると思い、だいたい夕方に配信しているのですが~これからもそのスケジュールで進行していっていいのかな?っと思いまして~一度移住者さんの意見を聞いておきたいと思っていたのです~」

 

移住者さんによっては今の配信は進みが遅いとか、もどかしいと思っている方もおられるかもしれません。私の配信はこの世界の開発を主にしているのにその肝心の開発を皆さんに配信でご覧いただくのは週末のみとなっているのですから。

移住者さんの反応によっては現実のワールドクロックとの同期を解き、平日でも明るい犬守村で配信することも考えていると移住者さんに説明しておきます。

 

『うーん、このままでいいとおもうけどな』『でも犬守村の開発風景ももっとみたいと思う』『わんころちゃんの配信の良いところは現実としっかりリンクしてるところだと思う』『でもメイクの動画だけじゃ物足りないのじゃ……』『そんな焦って開発しなくてもいいじゃん?ゆっくりでいいよゆっくりで』

 

「一応平日配信も雑談だけではなく、いろいろ考えているのですが~……」

 

『へっ?そうなの?』『無理しなくていいよ?雑談うれしい』『村開発の話もしてくれるし、俺はずっと雑談でもいいよ』

 

「平日はお歌配信や読み上げ配信~本の読み聞かせ配信とか~次の日が休日なら寝落ち配信とか、ASMR?というのも挑戦したいな~と」

 

『はいっ!今まで通りのスケジュールでOK!閉廷!』『最高かよ!最高じゃねえか!!』『わんころちゃん万歳!!』『今から楽しみすぎて心臓消し飛んだわ』『おほほほおーーーーー!!』

 

ひっ!?ちょ、ちょっと移住者さん?いきなりテンションがあがりすぎてて恐怖を感じるのですがー!こ、コメントの勢いが止まりませんが、あ、あうあう。

 

『あ、二万人突破おめでと』

 

「どさくさに紛れるように報告ー!、あ、ありがとうございますー危うく見逃すところでしたー!」

 

そんな感じで今日の記念配信は終了しました。チャンネル登録者は最終的に三万人に届くかと言うところまで伸び、次回の記念配信に期待するメイクのつぶやきに若干おののくのでした。

 

 

 

 



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#32 寝落ち配信(狐稲利さんが)

 

皆さんこんばんは~。わんこーろですよ~。既に夏休みに突入し、数日経過したあたりとなっております。

今私は狐稲利さんに配信の始め方を教えてあげたりしながら、深夜配信の準備を行っているところです。

 

夏休みでありますが、配信時間に変更はありません。前回決めた通り週末の休日配信と平日配信で内容を分けております。理由ですが私の配信にはかなりの数の社会人な移住者さんがおられるようで、

 

【出来れば今まで通りの配信時間帯でお願いします!お盆休みが始まるまででいいですからぁ!】

 

という悲痛なメッセージが送られてきたからです。もちろん原文ママでなく、私が不快にならないよう最大限言葉を選んだであろう超長文でした。それが一人だけでなくかなりの人数の移住者さんが送ってこられたので、一度メイクにてフォロワーさんとお話をした後、夏休みもいつも通り平日と週末の休日配信の形態を維持することにしたのです。

 

「しかし~この時代でも社会人の夏期休暇はお盆休みと言うのですね~、お盆と言うものが何なのかは既に知らない人の方が多いようですけど~」

 

他にも配信に来られる移住者さんのコメントやメイクのつぶやきなどを見ていると、私がかつて生きていた時代に用いられていた、いわゆるスラングが多用されているのを確認しました。

ですが、誰もその言葉の生まれた経緯を知らず、この状況ではこの言葉を用いる。という約束事のようなものが出来上がっているだけでした。

歴史が喪失しても、言葉として無意識に伝えられてきたものは何とか生き残っているということなのでしょうか?

 

とにかく、そんなわけで私の配信は通常営業で行っております。一か月以上の夏休みに突入する学生な移住者さんからは不評かと思われましたが、そういった反応はほとんどありませんでした。多くの方が、それでも配信してくれるだけでありがたい。という内容ばかりで、それだけ暇を持て余しているのだと感じながらも快く受け入れてくれる移住者さんに感謝です。

 

「狐稲利さん、もうそろそろ配信が始まりますからこちらに来て下さ~い」

 

そう言っていつもの部屋に狐稲利さんを呼びますが、現れた狐稲利さんはあくびをして何とも眠たそうです。

先ほどから目元をこしこしとこすりながら何となく足取りもおぼつかないようです。

 

「ああ~もう、危ないですよ~、ほらここに座ってください~」

 

思わず近寄って狐稲利さんの腕にしがみつくようにしてふらふらな体を支えようとしますが、やはり狐稲利さんの方が体が大きいためかあまり支えているとは言えません。

とりあえず配信画面の前に座らせましたが、これじゃあ今日の配信は無理かもしれませんね。

 

「狐稲利さん~向こうで先におやすみしますか~?」

 

「……」

 

狐稲利さんは眠たそうに眼を細めながらも首を横に振ります。私はそんな狐稲利さんの様子に呆れ混じりに軽いため息を漏らします。

まったく、変なところで頑固なところがありますね、眠たさに抗っても移住者さんとお話したい、ということでしょうか。

狐稲利さんにとってそれだけ移住者さんや移住者さんのお話は興味を引くものなのでしょう。自身や私とは異なる移住者さんという存在を狐稲利さんは必死に理解しようとしています。

配信画面に映る同じコメント欄に同じように流れる文字の羅列。それら一つ一つが異なる思考を持つ、いくつもの個人によって形成されたものであると当初狐稲利さんは理解していなかったようです。

 

コメントされる文章はたった一つの意思によって書き込まれたものと思っていた狐稲利さんはそのコメント内容のちぐはぐさや矛盾から徐々にそのコメントが多数の個人の意思の集合体であると理解していきました。

そこから狐稲利さんは一つの物事に関する考え方にはいくつもの解釈の仕方があり、それは個人の価値観に委ねられるのだと理解していきました。

 

いろんな考え方があり、いろんな見方がある。どれが確実に正しいという事はなく、だからこそどれが絶対的に悪であるという事もない。

 

これは初期の狐稲利さんの人格を形成する上で非常に重要となった思考だったのでしょう。だからこそ自身の形成の一助となった移住者さんとの会話を楽しみにしているのだと思います。

 

次はどんなことを教えてもらえるのだろう?と。

 

「ですがこれでは配信中に寝落ちしてしまいそうですね~」

 

既に船をこぎ始めています。このまま私が声をかけないとそのまま寝ちゃうんじゃないでしょうか、時折おおきなあくびをしながら薄く目を開ける狐稲利さんの様子を伺います。

……いや、別に狐稲利さんは寝落ちしてもいいんじゃないでしょうか。

 

「んふふ~狐稲利さ~ん、ちょっとこっち、こっちに来て下さ~い」

 

「……?」

 

私は配信画面の前で正座して、ぼーっと座っている狐稲利さんへ手招きします。狐稲利さんは首を傾げながらも私の誘いに乗ってこちらへと寄ってきます。

 

さて、それでは配信を始めましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「移住者の皆さん~こんばんは~今夜も犬守村に帰ってきてくれてありがとね~、今日は平日の深夜雑談配信です~」

 

『ただいま~』『ただいま』『こんばんはですー』『深夜だから小声なのかわいい』『わんころちゃんもかわいいが狐稲利ちゃんもかわいい』『やべーよ狐稲利ちゃん膝枕してもらってんじゃん!』『かわいいいいいい』『てぇてぇ』『てぇてぇ……』『えっ!?なにそれ私教えてない!』『←わちるん乙』『わちるん自重して』『わちるんもよう見とる』『わちるん前の配信で20分かけて行われたお説教では懲りなかったか』『ご褒美だったかー』

 

「ここ最近畑や田んぼの整備とか~データサルベージを狐稲利さんにお任せしていたので、慣れないことだらけでお疲れみたいです~なので今日は狐稲利さんを寝かしつけながら配信していきたいと思います~」

 

「…!、……」

 

狐稲利さんは私の小さな太ももに顔を乗せながら何か言いたそうにこちらを伺います。

本当に寝てしまってもいいのか、迷惑になっていないか、重たくないか、などいろんなことを考えている様子で、困惑やら申し訳なさやらがまぜこぜになったような顔をしています。

 

私はそんな狐稲利さんの覗き込むような視線に目を合わせ、微笑みながらその茶色いつややかな髪を優しく撫でてあげます。

すると途端に狐稲利さんは気持ちよさそうに目を細め、ふひゅう~、とゆるく息を吐いてリラックスしてくれます。

 

その様子に私もなんだかほっこり。狐稲利さんのさらさらな髪や体温が直に感じられ、呼吸をするたびに微妙に狐稲利さんの頭が動くのでちょっとくすぐったい気がします。

 

『すっごいリラックスしてて草』『なんだかゆったりとした雰囲気~』『俺も眠たくなってきた…』『あったかそう』『いい匂いしそう』『さわりたい』『はい村八分』

 

「この時間の犬守村はご覧のとおり真っ暗で聞こえるのは虫の声だけです~、だけと言ってもコオロギやスズムシなど何種類も実装したのでなかなかの賑わいでしょ~?」

 

少しおしゃべりを止めると外から聞こえるのは夏の虫たちのリーンリーンと言う声やコロコロという声。

決して騒々しい訳でなく、しんと静まり返った夜に優しく響いています。

 

『落ち着くわー』『あまり聞いた事が無いけど、確かにやすらぐ』『不思議なもんだ、ただの虫の声なのに』『ああ、眠気が……』『寝るな!寝たら氏ぬぞ!』『わんころちゃんにヤられるなら本望よ……』

 

「寝ちゃってもいいんですよ~?こうやって狐稲利さんもおねむですし~わんこーろの声と~虫の声でゆっくり~ゆっくり~、りらっくす~りらっくす~ですよ~」

 

移住者さんのノリがいいのでついつい私も悪ノリしてしまいます。いつも以上にゆっくりとできるだけ緩やかな声音を心がけて眠りを誘ってみます。

 

『ちょ、』『やめてくれwww』『睡眠誘導音声助か……z』『zzzzz』『このわんころノリノリである』

 

「んふふ~~ごめんね~移住者さん達面白いんだもん~、さてさて~ではおやすみの移住者さんは寝かせてあげて~お話していきましょう~」

 

それから私は虫の声を聴きながら狐稲利さんの頭を撫で、移住者さんのコメントを読んでいきます。

夏休みが始まった影響で早速皆さん娯楽不足を訴えている様子です。私の配信やフロントサルベージ所属の配信者さんのアーカイブを漁るのが通例となっているようで、この時期になると各配信の再生回数や視聴者数も伸びるらしいです。

 

『最近はFSやわんころちゃん以外にも娯楽配信始めた配信者はちらほら見かけるな』『若者は娯楽に飢えているから、無いなら自分でやってやる、って感じの子たちが配信を初めているんだろうな』『FSが配信OKな配信向きゲームなんかを提供してくれるのもおおきい』『俺も配信者になってみようかな?』『←マジ!?ついに移住者の中から配信者が!?』『←始めたら見に行くわ』『名前は移住者にするか?』『いや、名誉移住者で』『おまえかよ!?』

 

「移住者さんはこの時間でも元気ですね~こっちは虫の声が聞こえても……それだけだとちょっと寂しいような気がしますね~、こんな真っ暗な時間なら~梟がほー、ほーって鳴いていたり~狼がわおーんって遠吠えしているのを聞きたいですよね~」

 

『動物のまねうまい』『ただただかわいい』『わんころちゃんは狼だった?』『わんこーろ(狼)だったか』『だが確かに虫だけじゃなくて動物の声も欲しいところ』『動物実装はいつぐらいになりそう?』『はじめは何の動物を実装するの?』

 

「動物の実装はですね~、虫などの小さな生き物はしっかりと生きてくれていますし、前回の配信で成長に関する遷移も問題無いことが確認できたので近々生み出そうと考えております~、まず最初に生み出すのはどんな動物がいいです~?」

 

『やっぱ狼!』『梟もいいが、鷹とか猛禽類オナシャス』『シカとかどうだ?』『神社にちなんで狐はどうかな』『何でお前らそんなにぽんぽん動物の候補出せるんだよ』『我々を甘く見るな?移住者だぞ?』『わんころちゃんの力になれるように知識を蓄えているのだよ』『流石に破損データ深部のサルベージは無理だけどな』

 

その後もコメントではいくつもの動物の名前が挙げられていきます。中には日本にはもともと存在しないような大型動物の名前を出す方もおられて、移住者さんに突っ込まれています。

続々とコメントされる動物の名前を一つ一つ確認しながら私は移住者の皆さんのコメントに書き込まれることの多い動物をいくつか頭の中にメモしておきます。

人気があり、こちらの世界観の兼ね合いを考えて実装する候補を絞り込むつもりです。

 

「いろいろ動物の名前が挙がりましたが~いくらか候補を絞ってメイクにて投票にしますね~今日の配信終了から数日は投票できるようにしておくので皆さん希望の動物への投票お願いしますね~」

 

私の言葉に移住者さんは了解とコメントを書き込んでくれます。その後も実装する動物についてお話ししたり、移住者さんのお話しを聞いたりしていたのですが、とある移住者さんの書き込みを見て、私は狐稲利さんを撫でる手を止めます。

 

「え?……。ああ~確かに狐稲利さん、もう寝ちゃってますね~」

 

『狐稲利ちゃん寝てね?』というコメントを見るまで狐稲利さんがくうくうと小さく息をしながらおやすみしていることに気が付いていませんでした。

いくら夏でも夜にこのまま寝てしまっては風邪をひいてしまうかもしれません。私たちに風邪と言うものが実装されているかは知りませんが。

 

「狐稲利さんも寝ちゃったので今日の配信はこれまでにしたいと思います~夜遅くまで見てくれてありがとね~ばいばい~、投票もおねがいしますね~」

 

『おつ』『おやすみ~』『いってきます』『またねー』『お疲れー俺も寝ますかね』

 

 

 

 

さて、配信も終わりましたし、投票してもらう動物をどうするか考えておきましょうかねー。

私は完全に寝入った狐稲利さんをもう一度優しく撫で、その体に布団を――――

 

「足が動かせな……あれ?これは動けないヤツなのでは……?」

 

 

 

 

 

 

 



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#33 同時視聴配信(前編)

【わんこーろさん!私のメイク見てくださいましたか!?明日の22時からですよ!】

 

【わちるさん落ち着いてね~それだけじゃ言葉が足らないよ~?】

 

今日は配信をお休みして畑と田んぼの整備とお家の増築を行っております。

畑の野菜は芽の状態から大きく成長し、ものによっては小さな野菜のあかちゃんが出来ているものもあります。もう少し時間が経てば収穫できる大きさになってくれそうです。

田んぼの方ですが、苗代へ種籾をまき終えて、ほんの小さな苗が確認できるまでに成長してくれました。ですが、芽を出してくれなかった種籾の方が多かったので、生育環境をもっと改善する必要がありそうです。

 

お家の増築ですが、現在私と狐稲利さんが生活しているのは神社に繋がる通路を通った先にある一室のみで、それ以外の部屋は造っていませんでした。

これまでは配信で映す部屋だけあればよかったのですが、今後野菜の収穫をして料理をすることになるなら台所が必要になるでしょうし、前回記念配信で泥だらけになった狐稲利さんは私が汚れを落としてあげたのですが、その時の経験からお風呂なんかも作りたいですね。

 

なので今回の増築はそれらの水回りを含めた大規模なものになっています。

ですが、絵的には同じことの繰り返しだったり、地味だったりと配信向きでは無いと感じたのでこれらは完成した後移住者さんにお披露目したいと思います。

 

そんな感じで作業をしつつ、メイクのつぶやきや配信のコメントを確認していたのですが、わちるさんの突然のメッセージに作業が止まり、チラ見していたメイクを二度見してしまいました。

 

【アニメの配信ですよ!室長と灯さんが頑張ってくれたんです!一緒に見ましょう!!】

 

【……ああ~例のサルベージしたアニメのつづきの事ですね~】

 

FSがデータをサルベージしたことでリアル世界で一大ブームとなったアニメ。かつての日本の風景を映し出したそのアニメは現代の若者に刺さりまくり、ありとあらゆるところでその名前を見かけるようになりました。本来無関係なジャンルにさえBGMとしてアニメ内の音楽が用いられるのを見かけるほどです。

今回はその第二弾という事で、新たにサルベージしたデータを前回と同じようにつなぎ合わせて十数分ほどのアニメとした映像を無料で公開するらしいのです。

 

前世で完全版の本編を見たことのある私としてはその、シーンも時系列も滅茶苦茶なのを貼り合わせた十数分のアニメに少し違和感があるのですが、そこはあえて口にはしません。

 

 

【そうそう!今度FSの公式チャンネルで配信することが決まったの!だから一緒に見よ!あ、もちろん狐稲利ちゃんもね!】

 

【う~ん、そうですね~今からとなるといろいろ準備がですね~、それにフロントサルベージさんにはご許可頂いているので~?】

 

【もちろんだよ!それに一緒にって言っても通話しながら見るだけだからそんなに時間もかからないよ?】

 

所謂コラボ配信、というやつでしょうか。これまでにもわちるさんから何度かこういったコラボのお誘いは頂いていたのですが、そうなると実際にお会いして配信内容について打ち合わせしなければいけないと思って避けていたのです。

まあ、私電子生命体ですからね。現実で会うなんてことできませんし。

実際にお会いしなくても配信外、メイク外での会話によって人ではないという違和感を感じさせてしまうかもしれません。

……できればわちるさんにはそう思われたくないですし。

 

今回もやんわりとお断りしようとする私の雰囲気を察したのか、わちるさんは攻めてきます。

わちるさんとの通話環境はメイクでいろいろお話ししているとき情報を交換済みでにすでに整ってますし、共通の動画を見るだけならそれほど配信内容を気にすることもなさそうです。

 

【……わかりました~、それではわちるさんのチャンネルで~】

 

【え~~!!わたしのチャンネルだけですか!?わんこーろさんも配信しましょーよ!】

 

【いやいや、二枠あっても意味が無いのでは?】

 

【いやーーー!わんこーろさんも配信してください!!わたしも狐稲利ちゃんとお話ししたい!!!!かわいいとこ見たいーーーー!!】

 

【あなたそれが狙いですか!】

 

狐稲利さんにあざとい仕草を仕込んだだけでは満足できないとは……。業が深いですよわちるさん。

 

【狐稲利さんに"いかがわしい"事を教えたら即配信終了ですからね~?】

 

【……了解です!!!】

 

ホントに分かっているんですかねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなさんこんばんは~わんこーろのいつもより遅い深夜配信にようこそお帰りなさいませ~」

 

『ただいま~』『ただいまですー』『相変わらずかわいいのぉ』『めんこい』『狐稲利ちゃんも浴衣やね』『もうお休み準備できてる』『寝落ち前提準備で配信するの草』

 

移住者さんの言う通り今日は配信画面の前に布団を敷いて、その上に寝間着用の浴衣を着た私と狐稲利さんがいます。

狐稲利さんはいつものように姿勢正しく配信画面の前で正座しておりますが、布団の上という事で、私は体を横にして、掛布団に埋もれるようにして配信画面に映っています。

 

いやーやっぱり布団の魔力は絶大ですねぇ、こうやって布団にくるまっているだけでなんだか体の力が抜けて、配信していることすら忘れてしまいそうになります。

 

「ほらほら、狐稲利さんもこっち来て下さ~い」

 

「!」

 

思わず横できっちりしている狐稲利さんにちょっかいをかけてしまいます。寝間着の袖あたりをちょいとつまんで私の隣へと誘います。本人はちょっと焦ったような顔をしながらも私のなすがままに。

私の横で同じように掛布団へと埋まります。

 

『てぇてぇ』『仲いいのぉ』『きゃきゃっしてるのを見ると元気でてくるわ』『明日の活力』『見る癒し』『俺も布団にダイブしながら見てる』『夜でテンション上がってるの幼女っぽいw』

 

「ん~狐稲利さん~」

 

「……!!」

 

ふむ、なんだか狐稲利さんと一緒に横になると予想以上に眠気がやばいですね。前回のような膝枕と違って私も寝間着に着替えてさらにふかふかなお布団の上というシチュエーションがそうさせるのでしょうか。

 

取りあえず狐稲利さんにくっついておきます。

 

「ちょっとーーー!!通話繋ぐ前にそんなてぇてぇな事しないでくださいよーー!!」

 

おやおや、ようやくわちるさん側の通話設定が完了したようですね。もう少し遅かったら私がこちらから電子生命体の力を使って繋げてあげようかと思ったのですが。

 

『わちるんキタ!』『わちるん遅刻よ?』『さっきまで雑談配信してたからね』『さすがFS所属は違いますねぇ』『さすが登録者8万人突破の偉大なる配信者様だぜ!』『住む世界が違いますね』

 

「ちょ、ちょっと!わち民の皆さんなに言ってるんですか!移住者さんに、こいつ嫌なヤツだなって思われるじゃないですかー!!」

 

ごめんなさいわちるさん。たぶん後半のコメントは移住者さんのものだと思います。

 

「はーい準備が整ったのでわんこーろ配信初のコラボいきますよ~お相手は皆さんご存知、先日登録者8万人突破しました~いだいなはいしんしゃさまの九炉輪菜わちるさんで~す」

 

「みなさんこんばんはー!フロントサルベージ所属の新人配信者九炉輪菜わちるです!今回はわんこーろさんとコラボ配信をやっていきますよ!……じゃなくて!わんこーろさんまで悪ノリしないでくださいよー」

 

『草』『これは草生えますわ』『てぇてぇ……?』『最近流行りの漫才という奴では……?』『夫婦漫才で草』

 

「んふふ~それでは告知通り、今回は私のお友達のわちるさんと一緒に配信していきますよ~、配信内容はわちるさんも所属しておられるFSさんがサルベージしたアニメの続編を同時視聴しよう!というものになっております~」

 

『わーい!』『サルベージするの早すぎ草』『前の続編なのかね?』『全くの別もんという話も』『FSでも前回のものと繋がりがあるかは分かんないとか言ってなかったっけ?』『でも絵柄なんかは同じなんだろ?』

 

「別作品か続編か、そこのところど~なんですか~わちるさん?」

 

「うぇ!?、わ、わたしに質問されてもー、ううん……わかりません!」

 

「ありゃりゃ、まあ、皆さんと考察するのも面白いかもしれませんね~」

 

私は空中に半透明のウェブブラウザを立ち上げ、動画配信サイトへアクセスします。私や狐稲利さんがネットにつなぐ手段は二通りありまして、前に狐稲利さんが私のお使いの為にネットに潜っていた時は情報そのものである体ごとネットへ入り込みます。私たちの体そのものが高性能なのでこの場合、あらゆる状況に対応することが出来ます。もう一つは今のように外部ソフトウェアを用いてまるで人のようにアクセスする方法です。

まるで、ではなく本当に人と同じ方法でネットに繋がるので私たちの能力はソフトウェアを介してしか使うことが出来ません。

 

ですが、今回はデータをサルベージするわけではないので片手間にこうやって繋いでしまいます。

 

「はーい、大人の事情でアニメそのものを配信画面に映すことはできないので、各自視聴者さんはご自身で視聴環境を整えてくださいね~わちるさんの合図で一斉に再生ボタンを押すんですよ~」

 

「はいはいはーい!ではではわち民も移住者さんも準備はいいですかー?、合図行きますよー3、2、1、……ゼロッ!」

 

『はいっ』『ぴったし!』『わちるんそれアカン』『言っちゃだめーーーー』『絶対切り抜かれるゾ』『カウントダウン助かる』『やっちまったな』『まあ大丈夫、FSメンバーは全員やっちゃってるから』『それなんも大丈夫じゃねえよ!?』

 

 




本年はこの作品をお読みくださりありがとうございました。
これにて今年の更新を終了させていただきます。
投稿してまだ数か月程度の期間ではありますが、たくさんの方にお読み頂いたこと、
暖かい感想や作者の知識不足をフォローしてくださる指摘、誤字脱字報告など大変助かっております。
皆さまのおかげでこの作品を更新し続けていられると言っても過言ではありません。本当にありがとうございます。

来年もどうかよろしくお願いいたします。


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#34 同時視聴配信(後編)

 

『何か前のと違くね?』『別アニメだったか』『ところどころに似てるところはあるが…』『よく分かんないが、不気味な建物だ』『日本語?ひらがなが建物に書いてあるのか?』

 

「おお~なるほど~この作品ですか~……」

 

「え?わんこーろさん見たことがあるんですか!?」

 

「ふぇ?……う、う~ん、まあわんこーろは電子生命体ですから~」

 

「へえ~~!!さすがわんこーろさんですね!」

 

『ちょろ』『わちちょろ』『フロントサルベージのチョロ枠』『流石にチョロすぎるのでは?』『わちるんのわんころちゃん耐性はマイナスだから…』『最近は狐稲利ちゃん耐性(マイナス)も追加されたぞ』『その狐稲利ちゃんはアニメに夢中ですな』『すっごいガン見しててかわいい』

 

我ながらダメダメなごまかし方だと思うのですが、それで納得しちゃだめですよわちるさん。

少々呆れながらも私と狐稲利さん、そして通話のみではありますがわちるさんと一緒にアニメの同時視聴を始めています。

 

わちるさんの視聴者さんであるわち民のみなさんも、私の視聴者である移住者さんも入り乱れての同時視聴となっており、なかなかの盛り上がりを見せております。

というのも、今回のような配信による同時視聴というものが今まで行われたことが無いようなのです。

効率化社会崩壊後に娯楽特化なアニメはいくつも作られており、内容は掲示板などで語られていたりするのですが、配信者に関しては娯楽特化な存在が希少なため、今まで実施されたことが無かったようなのです。FSさんも、映像も映さず配信者のリアクションだけを映す配信が視聴者に楽しんでもらえるのか分からず手を出していなかったようです。

ですが、今回わちるさんがFSに相談し、私と一緒に見たい、ついでならその様子を配信しよう!と思い至ったようなのです。

 

何というか、わちるさんはやっぱり実行力といいますか、その場の勢いが凄いですね。誰もしたことが無いであろう物事に積極的に挑戦するというのは誰でもできる事ではありません。失敗を恐れていない訳ではないでしょうけど、失敗してもわち民なら大丈夫!という視聴者との無意識の信頼関係が構築されているのが分かります。

ですが、その挑戦する姿勢はおそらく配信者に必要な能力の一つなのでしょう。人を楽しませるという行為に絶対的な正解はありません。だからこそ手探りでも前に進むしかないのです。わちるさんはそれを実行できる人だから尊敬できますし、勉強になります。

 

「ふんふん、この女の子が主人公なんですかね?なんだか登場するキャラクターも独特ですし、わんこーろさんみたいな服を着てますね」

 

「ですね~、絵柄や雰囲気は前回と似たようなものがありますが~おそらく別作品で、制作会社が同じなんでしょうね~」

 

『いくつも作品制作してたってこと!?』『絵柄は確かに古いが、表情や心理描写は今のアニメじゃ真似できんだろな』『流石に積み重ねの年月が違うな』『さぞや名のある制作会社だったのじゃろう』

 

そんなことを言いながら布団の上で寝転がって狐稲利さんと一緒に例のアニメを視聴しております。わちるさんは自身の枠で同じように視聴配信を行っており、私たちとは通話だけが繋がっている状態、ですが……。

 

「ねえねえ狐稲利さんーあのヒヨコみたいなの可愛いですね!」

 

「……!」

 

わちるさんの通話に狐稲利さんは笑顔で勢いよく頷いています。映像は様々な姿をした神様たちがとある旅館で宴会を行っている場面が映し出されています。騒々しさと華やかさがその浮世離れした空間を彩り、その裏を通り抜ける主人公の少女との対比を上手く描いています。

 

「んーー!!かわいいいいーーーー!!う、うぅ……やば、……よすぎなんですけど……」

 

ですがどうやらわちるさんの注目はそんな映像を喜々として見ている狐稲利さんのようです。

 

『可愛いのはお前定期』『ヤバいのもお前定期』『わちるんちゃんと動画見てる?』『いきなり声量上げないで』『鼓膜死んだんだが』『替えの鼓膜用意してないです』『俺も……』『←バカ野郎!コラボ告知の時点でこうなることは分かっていただろうが!』

 

わちるさんの枠ではなんだか声にならない声を上げながら悶えている様子が配信されています。そんなわちるさんの配信枠をアニメ動画と共に二枠で見ていた狐稲利さんはその様子になんだか困惑気味に首を傾げます。そして、画面内でもだえているわちるさんの頭を画面越しに触れてよしよし。

 

こちら側の配信画面の撮影範囲をちょっと変えて、狐稲利さんが空間に浮かんでいるブラウザ内のわちるさんをよしよししている姿を映します。私と同じようにリラックスしてふにゃふにゃになっている狐稲利さんが、なんだか大変なことになっているわちるさんをどうにかしようと頭を撫でています。

 

こんな狐稲利さんの可愛らしい行為を目的にコラボを画策したと言っても過言ではないわちるさんはいまだ画面の向こうで悶えているため気が付いていません。しばらくして私の配信を確認し、なぜかいきなり狐稲利さんが配信画面内でブラウザに手を添えて動かしている様子をえ?え?と疑問に思いながら見つめています。

 

『落ち着け』『過呼吸気味わちるん助かる……?』『事態が呑み込めてないようで草』『早く正気に戻らないと一生後悔する光景だぞ』『よしよし狐稲利ちゃんは助かる』『やはりわんころちゃんの娘だ。すでに母性を獲得している』

 

「ひ、ひぎゅうううううううう!??あう、いちゃい!」

 

数秒してからわち民からのコメントによってその行為がブラウザ内に映っている自身を撫でているのだと分かるとわちるさんは再び耳が痛くなるような声を上げ、音声が遠くなります。

 

……配信用の機器から転げ落ちたわけじゃないですよね……?

 

「わ、わちるさ~ん?無事ですか~?」

 

「う、だ、大丈夫ですーーちょっと目の前に天国が見えていた気がしますけどー……」

 

「もう、ほらほら場面切り替わりましたよ~」

 

アニメの映像は先ほどの様々な神様が宴会を楽しんでいる場面から、少女が暗い旅館の一室から月を眺めている場面へと切り替わりました。

時系列や重要な場面がかなり抜けているのですが、どうやらその場面はサルベージか復元が上手くできなかったのでしょう。

 

「ああ~なんだか暖かそうなお布団ですね~……ほおお……電気を消したら光が外から……」

 

「掛布団がもふもふしてますね~それと、これは月の光ですね~犬守村も満月の日は本当にこのくらい周りが明るくなりますよ~」

 

『マ?』『見たことない』『リアルは当然として犬守村でも見たことありませんよ神!』『村のお月さま見たいのお』『実装してるっけ?』『メイクでも見たことないし、実装前だと思ってたぞ』

 

ありゃ?そういえば移住者の皆さんにお月さまをお見せしたことがありませんでしたね。それどころか星空もお見せしてませんし、どこかの平日配信でお披露目しておかないといけませんね。

 

「う~ん、お月見……流星群……天体観測……」

 

「んー?わんこーろさん?どうしたんですか、いきなり黙っちゃって?ほらほら、月の光に照らされた海がとってもきれいですよー」

 

「ああ~すみません~ちょっと今後の予定をですね~、……本当ですね~海が光を反射して綺麗です~、……ん?確かこの海って……」 

 

このアニメのこの場面、主人公の少女がこの美しい光景とその先に見える街の灯を見て、とある言葉を口にします。その少女の横で同じく夜景を見ている女の子が言葉を返します。

ですが残念なことにその言葉の掛け合いまではサルベージされていなかったようです。数秒その光景を眺める場面が続き、そこで動画は終了しました。

 

『アニメ制作者様とサルベージ関係者様に拍手を!』『88888888』『88888888』『すごかった!!!』『体感十秒』『俺は逆にかなり長く感じたわ』『なんだか空気というか、雰囲気まで伝わってくる感じあった』『かつてのアニメ制作者は凄かったんだな、この数分だけでそれが分かった』『映像といい、声や環境音も臨場感アリアリでヤバい』

 

「いやーホントに凄かったですねわんこーろさん!ちょっと短いのが物足りないですけど」

 

「ですね~でも、わんこーろは色々勉強になりましたし、楽しめました~それはわちるさんもでしょ~?」

 

「もちろんです!とっても楽しかったー!なんだか登場人物が本当に生きているみたいでした!」

 

「表情なんかもリアルに表現されていたので、言葉が無くても人物が何を思っているのか分かるほどでしたね~」

 

「ですねー、そこのところ今のアニメはもうちょっと頑張って頂きたい!」

 

『無茶言うねえ』『だいぶ頑張ってる方だと思うぞ…?』『過去の偉人と比べたらねえ』『過去データがサルベージ出来れば使われている技術も同時に復元できるんだがな』『つまりFS頑張って!ってこと』

 

アニメの視聴を終え、狐稲利さん、わちるさんと視聴者さんで感想を言い合っています。あれがよかった、これがよかった。様々な意見が飛び交い、その中にはストーリーを考察する方々もおられます。

そんな雑談を行いながら私はあのアニメよりいくつかのアイデアを頂いておりました。夜空のお披露目配信もそうですが、何より"海"についてです。

 

……現在犬守村では順調に野菜が育っております。それらを美味しく頂くために最低限の調味料として塩は必須ですし、味噌や醤油も塩が必要になります。

移住者さんのコメントやつぶやきでも塩は海での精製でという声が多く、私も塩だけでなく様々な恩恵のある海の実装を始めようと考えていました。

 

ですが、前にもお話ししたことがあるのですが、今現在私が管理している空間はそれほど開発が進んでいる訳ではありません。広大な土地が必要になる海は実装する範囲を厳正に選考しなければ、今後今までのように適当な場所に適当なものをどーん、と創ることが出来なくなってしまう可能性があるのです。

ですが、あのアニメにあったあの方法を使えば……

 

……これはまた移住者さんに大々的にお披露目する案件が増えましたね。

 

「さてさて~まだまだお話ししたいのですがもうすぐ時間となりますので~これで配信を終わりたいとおもいますよ~皆さん今日は同時視聴コラボ配信に来てくださってありがとうございました~今回のコラボは私わんこーろと~」

 

「FS所属の新人配信者九炉輪菜わちると!」

 

「……!!」

 

「は~い、狐稲利さんでお送りしました~それじゃあまたね~ばいばい~」

 

 

 




皆さまあけましておめでとうございます。
今後も不定期にはなりますが、更新していきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


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#35 塔の街(前編)

私、九炉輪菜わちるは夢を見ていた。

それは私がまだおばあちゃんと暮らしていたころの夢だった。今の時代には似つかわしくない服装をして、どこかに手を引かれて連れていかれている。

 

到着したのは真っ白で薬のにおいのする建物。当時の私にはその場所が匂いや姿形が一般的な建物とひどく乖離していたからなんだか不思議な空間にドキドキわくわくしていたのを覚えている。

しばらくするとおばあちゃんはその建物、病院の一室に入り、そのベッドに臥せる人物へと声をかけた。

どのような会話をしていたのかは覚えていない。ぼんやりとだけど、おばあちゃんはその人を心配していて、その人は盛大に笑っていたのだけは覚えていた。

ふいにその人は私の名前を呼んだ。なぜ私の名前を知っているのか、この人は誰なんだろうと疑問に思うことはいっぱいあったけど、なぜだかその私の名前を呼ぶ声がとっても優しくて、どうしようもなく寂しそうで、私は誘われるようにその人のベッドの前まで近づいた。

 

そして、無造作に頭を撫でられた。いや、撫でられたでは表現が優し過ぎるだろうか、まるで頭をぐわんぐわんと揺れ動かすかのように激しく撫でつけられたのだ。

その手は武骨で、骨と皮だけしかないような、けれどとても暖かかった。

 

「生まれてきてくれてありがとうなぁ、―――」

 

首からさげた狐の人形が印象的なその人はそう言って私の名前を呼んでくれた。

けれども、私にはもうその名前を思い出せない。

 

私の名前は九炉輪菜わちる。それまでの名前は、母が私を捨てた、その日に捨てたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタン、と車体が揺れた。今の時代のモノレールが走行中に揺れるなんてことがあるはずないので、おそらくどこかの駅に着いたのだろう。

夢から覚めた私は薄く目を開け、駅名を確認する。

 

「まだ一駅あるぅ」

 

そう言ってもう一度瞼を閉じようとした私の視界に珍しい乗客の姿が写り込む。それは何の変哲もない一組の家族だった。父親と母親、そして女の子。親は子供の頭を優しく撫で、子供は窓の外を必死になって見つめている。

 

その窓には何も映っていない。真っ暗で、地下都市に張り巡らされたトンネルの側壁が見えるだけだった。

 

「……そっか、もうちょっとだ」

 

だけど私は次の駅名を確認し、女の子が何を待っているのかを理解する。

 

<本日は――線をご利用頂き誠にありがとうございます。本線はまもなく電磁干渉場を抜け環境遮断地帯に到達、地上へと上がります。皆さま、窓の外をご覧ください>

 

そのアナウンスが流れた数秒後、車体がわずかに上向きになり、まぶしい光が車内に溢れ、窓の外に鮮やかな景色が映し出されました。

眼前に広がるのはこの国で最も広大な面積を誇る湖。このモノレールはその湖を横断して湖の中央に位置する水上都市へと向かっている途中でした。

 

青い空に、蒼い湖。わずかだけど植物も存在しています。太陽の光がある分、輝いて見えるその都市は近代的な建物が立ち並び、都市の奥へ行くほど背の高い建築物が顔を見せ、都市の最奥には巨大な"塔"が天へと伸びていました。

本当は塔ではなく、移動手段なのだと室長から聞いたことがあります。なんでも宇宙まで行けるとか。

 

その光景が窓の外を眺めていた女の子を興奮させ、必死に目に見える景色を両親へと説明していました。

教育関係の映像データで習ったのでしょう、あれは~~という名前だ。それは~~というものだ。

そんな嬉しそうな子どもの言葉に、両親はうんうんと笑顔で答えていました。

 

しばらくしてモノレールは動きを止め、駅へと到着。家族は荷物を持ち、女の子と手を繋ぎその駅へと降りていこうとします。けど、唐突に女の子が車外へと走り出してしまいます。

 

「あうっ!」

 

外の景色に見とれていたのでしょう、女の子は私の目の前でつまづき倒れ込もうとしていました。いきなりの事に女の子の両親は手を伸ばすが距離が空き届きそうにありません。

 

「おおっとぉ!」

 

私は咄嗟に腕を伸ばし、車内の床へ打ちつけられるはずだった女の子を支えました。思ったよりも軽い体は私の片腕でも楽に支えることが出来て一安心です。

女の子の胴あたりを片手で抱えるようにしているため彼女からは私の顔が見えていないと思います。

 

「大丈夫?ケガは無い?」

 

私が声をかけると女の子は抱きかかえられたことで浮かんでいる自身の体を見て不思議そうにしながら、その後首を傾げこう言った。

 

「……わちるちゃん?」

 

しまった!

私は手遅れであるのに思わず手で口元を隠してしまう。なんで分かっちゃったの!?……いや、さっき咄嗟に出た声のせいだ。

配信をしている時も私の驚いた時の声音は特徴的だとわち民さんに言われている。その時の声と同じだと気付かれたのだろう。完全に油断していた……このくらいの歳ならもう私、……いやFSの事を知っていても不思議じゃない。

 

「ええっと……」

 

「やっぱり!わちるちゃん!」

 

女の子は先ほど以上に興奮した様子でこちらの顔を伺おうとします。彼女のそんな様子に駆け寄った両親も思わず私の顔をちらちらと伺います。

どうしたものかと思案しますが、どうにもうまく切り抜ける案が思い浮かびません。まさかこんなあっさりと身バレしてしまうとは……。

 

そんな時、私の後ろからまた別の声が聞こえてきました。

 

「あれ~?、さくらじゃん。こんなところでどしたの?」

 

声をかけてきたのは私と同年代くらいの少女でした。親しげに話しかける少女はマスクで顔を隠し、声もどこか作っている印象を受けます。

 

「ええっと……」

 

「なーに?さくら次の駅でしょ?立ち上がってどしたの?」

 

少女は先ほどの女の子の頭を撫で、そのまま私の腕から彼女を受け取り、怪我の有無をちらりと確認した後、両親のもとへと誘導、その流れるような動作に私は思わず感心してしまいます。

 

女の子の「わちるちゃん」発言によって彼女の両親は私の顔を怪訝そうに見ていたのですが、少女の動作に我に返り、私への感謝の言葉を述べ、女の子に怪我が無いか、危ないことはしてはいけないと注意した後、駅へと急いで降りていきます。

女の子の方はというと、わたしがさくらと呼ばれたことで配信者のわちるではないと感じ、興味が無くなったのか、こちらをちらりと見た後、両親と共に駅へと降りていきました。

 

 

「……あの、助かりました。ありがとうございます」

 

車両のドアが閉まり、車内には私と例の少女だけ。そのまま黙っているわけにもいかないので私は名も知らない少女にお礼を言います。少女が私の正体に気が付いていて、あのようにしてくれたのか、ただ困っている風だった私を助けてくれたのかはわからないけどお礼は言っておかなければと思った私に少女は本来の特徴的な声で呆れたように話しかけてきました。

 

「マスクして、声を変えたからって誰かわからないのは失礼じゃない?」

 

「――えっ、その声○一さん!?」

 

「相変わらず鈍いねぇわちるんは」

 

そう言って先輩であるFS所属V配信者の○一さんは、にひひと笑った。

 

 

 

 

FSでもなこそさんの次に配信歴が長く、配信慣れしているのが彼女○一(まるいち)さんだ。

なんでもなこそさんの幼馴染で配信者としても長い付き合いなのだという。

○一さん本人は腐れ縁ってやつだよ、と言っていたけれどお二人のコラボ配信は息がぴったりな上、互いをアイコンタクトだけでフォローし合えるぐらいで、親密な関係であることは明白だ。

 

「わちるんさぁ、ああいうのは助けるな、とは言わないけどちょっとは注意した方がいいよ。わちるんももうフロサルの一員なんだからさあ」

 

「す、すみません。気を付けます……」

 

○一さんは目を細め、こちらへジロリと視線を向けます。私は自身の迂闊な行為に思わず声が小さくなってしまいます。

 

「ああ、いや……別にそこまで責めてるってわけじゃないからさ……そんな落ち込まないでよ?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

FSに迷惑をかける寸前だった上に先輩に気を使わせてしまったことにさらに声が小さくなってしまいます。

 

「……わちるんの昨日のアーカイブ、見たよ」

 

「ふえっ!?」

 

「いやーテンパっててマジ面白かったね、実際に顔が真っ赤になってるのもちゃんとヴァーチャルで反映されてるとか技術スゲーって感じ?」

 

「ああっわ、忘れてくださいよぅ!」

 

「いーや、あれは忘れようにも忘れらんねえわ、マジ脳内に永久保存だわ」

 

○一さんは車内だからか、笑いを押し殺しながらもとても愉快そうに口角を上げる。

その笑みにつられるように私も自然と顔が笑顔になってしまう。そんな私を○一さんはまじまじと見つめ、不意に私の頭に手を置いた。

 

「そうそう、そうやって笑ってりゃいいの。わちるんはまだ新人だけど、ワタシら家族なんだからさ」

 

「……はい、ありがとうございます!」

 

私には姉妹と呼べる存在はいなかった。何をするにも一人で、それが普通だと思っていた。

けれど、○一さんや他のFSの皆さんと生活するようになって、こんな生活もあるんだと知ることが出来た。それは私にとって衝撃的なことであり、初めて心安らぐ時間を自覚した瞬間でもあった。

 

「さ、駅着いたし降りよ?」

 

モノレールの開いたドアから軽い足取りで降り立った○一さんは相変わらず、素敵な笑みで私を見つめる。その鋭いまなざしは彼女の事をよく知らなければまるで睨んでいるように見えてしまうだろう。

事実、私も初対面の時は微笑む○一さんを見て、何か怒らせるようなことを言ってしまったかと焦ったぐらいでした。

○一さんもそのことは自覚していて気にしている様子なのだけど、生来の思ったことを飾りっ気なしに口にしてしまう性格なのも相まっていろいろ誤解されたり失敗したりすることが多いらしい。

ヴァーチャルの○一さんもそんな本人の外見的特徴が取り入れてあり、そのせいでちょっとした事が炎上直前まで至ってしまったとか。

 

「……やっぱわちるんもワタシのことちっとばかし怖い?」

 

「っそんなこと絶対ありません!私は○一さんのかわいいところいっぱい知ってます!寝ぼけてなこそさんに抱き着いてお姉ちゃん~って呼んじゃったこととか!寝子ちゃんを抱き枕にしたせいで怒らせてしばらくしょぼんとしてたとことか!あとは―――」

 

「はーいそこまで!それ以上言ったらマジもんの睨みきかすよー!」

 

「怖い?」なんて寂しそうな顔で○一さんが聞いてくるものだから半分本気、半分冗談交じりで○一さんのかわいいところを口にすると目にもとまらぬ速さで口を塞がれついでとばかりに頭をガシガシと力強く撫でられる。頭の揺れる感覚のなか、必死に抵抗する私は思わず笑ってしまう。

 

こんなにも些細なやり取りに心が温かくなる。私はきっと、幸せなのだろう。

 

 

 



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#36 塔の街(中編)

 

駅を出た私と○一さんは二人並んで家まで歩いています。この湖上に建設された都市はこれまでの地下に造られた都市群や、わずか地上に残る特別区とは異なり、移動手段はもっぱら歩きか自転車などしかありません。室長が言うにはここは実験都市としての面もあり"非効率"な部分をあえて作ってあるらしいです。

ここの不便さは○一さんやナートさんに愚痴として聞いていたけど、おばあちゃんと住んでいた私にはいまいちその不便さがピンときません。不便といわれる内容のことごとくが私にとって普通の事だったからです。

 

「いやー今日は天気いいね、そんな暑くないし、この街なら青い空も見えるし」

 

そう言った○一さんは何かを思い出したように言葉を続けます。

 

「そういえばさーわちるんの友達のわんこーろさんってさ、すっごいねー。前の記念配信ちっとだけ見てたけど何がなんやら訳分からん!って感じだったよー。あんな光景環研のデータでも見たことないし」

 

えっ!○一さんも見てたんですか!確かに私のメイクでわんこーろさんの迷惑にならない程度の宣伝をしていましたが、○一さんが興味を持ってくれるとは!

これは犬守村の移住者を一人増やすチャンスなのでは?

 

「そうなんですよ!わんこーろさんの配信は他の配信者さんのようなゲーム実況などは全くしないんですけど、その代わりネットの仮想空間を開拓していくっていう何とも新鮮でこれまでなかった配信なんですよね。それが移住者さんの興味を引いて――あ、移住者というのはわんこーろさんの配信の視聴者さんのことなんですけど、その移住者さんをまたそのとろけるようなボイスとよく動くヴァーチャルな姿が魅了してそのまま引き込まれるわけで―――」

 

「わちるん分かったから!ストップストップ!」

 

あう……○一さんからのストップがかかってしまいました。まだまだ話したいことがたくさんあったのに、例えば最近新しく犬守村にやってきた狐稲利さんのこととか、生き物を創った話とか。

でも、話しすぎるとナートさんとお話ししていた時のように「わちるちゃんってわんこーろちゃんの事話すとき早口になるよねw」なんて言われてしまうかもしれません。自重しましょう自重。

 

「わんこーろさんって何者なんだろね、ワタシの配信者仲間もだいたいハマってるし、最近じゃあ新しい配信者?が登場したって話題になってたし」

 

私が落ち着いたころを見計らって○一さんはそう口にします。

確かに○一さんの疑問はもっともです。私は初回配信からの根っからの移住者なのでわんこーろさんの謎な部分は"そういうもの"として深く考えたことが無かったのですが、ここ最近爆発的に増えたわんこーろさんの配信視聴者さんはそこが引っかかっている人が多いようです。

まあ、そんな人もしばらく配信を見て移住者となれば気にならなくなってしまうんですけどね。

そんなふうにわんこーろさんが最近紹介した狐稲利さんについても移住者さんはあまり気になっていないようです。大半の移住者さんはわんこーろさんのリアルの知り合いで新人のヴァーチャル配信者なのだと考えているようです。

 

ですが……。

 

「うーん、わんこーろさんや狐稲利さんは本当に配信者なんでしょうか?」

 

「うん?どゆこと?」

 

「○一さんやFSの皆さんの配信を視聴者として傍で見ているとよく分かるんです。ヴァーチャル配信者ってやっぱり言葉の端々にリアルや現実的な内容が隠れていたりするんですよね。それが悪いって訳じゃないのはナートさんの配信なんかを見ていると分かるんですけど……」

 

私と同じFS所属の配信者であるナーナ・ナートさんはFSの中で一番年上のお姉さんです。そのせいかナートさんの配信には現実的なネタやら雑談内容が多分に含まれていたりします。初見視聴者さんの中にはそんな現実的な内容を生々しく語るナートさんに顔をしかめる方もいます。

それでもFS配信者としてなこそさんや寝子さんに負けず劣らずの人気を誇っているのはナートさんのその煽りに対する対応力とメンタルの強さによるものなのでしょう。

 

「わんこーろさんの配信にはそういったヴァーチャルの向こうのリアルを匂わす発言がほとんど無くて、まるで本当にネットの中に住んでいるみたいに感じてしまうんです」

 

「ああ~確かに。なんだか配信してる世界に入り込んでるって友達も言ってたっけな」

 

「なので、私はわんこーろさんは本物の電子生命体だと思っています!」

 

「お、おお……まあそれだけ徹底してるってのは尊敬するけどさ」

 

なんだか○一さんに呆れられてるような気がしますが、○一さんはあのわんこーろさんの配信をしっかり見ていないからそう思うんですよ!

一度最初っから視聴すればその世界に入り込んでしまう感覚を理解できるはずです!

 

「そう言えばそのわんこーろさんってのはいろいろ昔のデータを引っ張ってきたりしてんだろ?室長とかはなんか知ってんじゃないのかね?」

 

「そういえば……わんこーろさんのいろいろを疑問に思っていなかったので室長に改めて聞くことはしてませんでした。何か問題があれば室長の方から注意しにきてくれますし」

 

「ワタシら配信者はあんまし推進室の仕事に深く首突っ込まないように言われてるし、知ってても"なこそ"ぐらいだろうしなー」

 

私たちFSの配信は基本的な方針を室長が決めて、配信スケジュールは灯さんが決めるようにしています。ですが、それもきっちり決められている訳ではありません。

というか、ゆるゆるです。室長の決めた方針というのは"他人に迷惑をかけない"、"楽しむこと"の二つぐらいで後は好きにしていいと言われました。

灯さんのスケジュール管理も記念日や日付をまたぐような配信をする際は声をかけてくださいね、としか言われず、FSの皆さんは好きな時に好きなように、自分が面白いと思った配信をしています。

そんな放任主義的なところのあるFSですが、その中でリーダー的存在と認知されているなこそさんは少し事情が違います。

なこそさんも私たちと同じく好きなように配信されておられます。なこそさんの配信にボードゲームがよく登場するのもなこそさんがその手のゲームが好きだからというのが大きいです。

ですが、それ以外になこそさんの配信にはFSの事務的な話が含まれていることが多いのです。私の初配信日に関する告知が初めてされたのもなこそさんの配信でしたし、何かしらの炎上騒動が噂された時も真っ先になこそさんの配信にて事情が説明されたりしたようです。

なこそさんは運営的な存在である室長、灯さんと配信者である私たちの橋渡し的な立ち位置に居るのだと思います。

 

「なんだかなこそさんに頼りっぱなしになりそうです……」

 

私が何か問題を起こしたり、トラブルが発生した時もきっとあの優しい顔で、もう仕方ないなぁなんて言いながら助けてくれる、そんな光景が容易に想像できてしまいます。

 

「なこそはそういうヤツなんだよ。自分の事は後回し、他人を立てることが好きなんだって言ってた」

 

そんなことを○一さんと話しているとあっという間に家についてしまいました。私や○一さん、それに他のFS所属の配信者さんが一緒に暮らしているその家はこの都市では珍しくない一軒家でそれなりの大きさがあります。

FS配信者だけでなく、灯さんや室長も一緒に暮らしているので大きいだけでなく、部屋数も多くてまるで寮生活をしてるような気分になります。

扉に手をかけ、部屋の中に○一さんと一緒に入ります。家にいるはずの室長にただいまと声をかけようとリビングへと入った瞬間、その声が私に届きました。

 

「んぐぅうううううう……」

 

これは、鳴き声?誰かの声……でしょうか?

 

この家のリビングはそれなりに広い作りになっています。住んでいる皆さんの個室は二階から三階にあり、一階にはリビングやキッチン、お風呂やトイレなどなどそれ以外の部屋が集中しています。

そのリビングのソファからなにやらうめき声のようなものが聞こえてきます。

 

「んぎゅぅぅぅぅぅ……」

 

さらにみゅにに、うにゅにゅと様々な声が不規則に聞こえてきます。どれも同じ人物からの声のようです。

 

「ただいまー」

 

「た、ただいま帰りました……」

 

○一さんは謎の声に臆することなく挨拶してソファへと近寄ります。ソファには二人の少女が座っており、ひとりは姿勢正しく腰掛け、両足をそろえて綺麗な姿で何やらタブレット端末を真剣な様子で眺めています。

もう一人は座っていると言うより、なんだか力なくぐだっとしているように見えます。

 

「部屋中に響くような変な声出してんじゃねーよ」

 

「あいだっ!」

 

そう言って○一さんはソファに寝そべるようにもたれかかっていた少女の額に一発デコピンをお見舞いします。不意打ちを喰らった少女は突然の痛みに悶えた後、がばっと起き上がり、涙目になりながら○一さんへと向き直ります。

 

「なにすんだよぉ!!人が気持ちよく寝てたってのにさぁ!!」

 

「いびきがうるさい、てか、キモイ」

 

「き、キモイ!?配信でも"なー党"のみんなに可愛いって評判な私のいびきが!?」

 

「配信切り忘れて就寝中の様子まで垂れ流すのはナートぐらいだっての。みんなどう反応していいかわかんねーから無難なこと言ってるだけだろーがよ」

 

「んぐぐ……そんなの私だって分かってるんだよぅ……あれはトラウマだよぅ……言わないでよぅ」

 

「最初にナートが言ったんじゃん」

 

そう言って○一さんに古傷を抉られた少女、ナーナ・ナートさんは再びソファに突っ伏します。顔をぐりぐりとソファにこすりつけるように隠し、そんな頭の動きに彼女の長いツインテールが従うように動いています。今の時代でも珍しいその美しい金髪は彼女の丁寧なケアによって日の光を反射し、羨ましく思えるほど艶やかに映っています。

彼女自身もそんな特徴的で目立つ髪色に負けないくらいに綺麗な人です。大きくぱっちりとした目に、大人びた顔立ち、最年長とはいえ私たちとそう歳が離れていないはずなのに、なんだかとってもお姉さんのように感じます。

 

……まあ、○一さんにあしらわれている姿を見てしまってはそのように感じるのも難しくはありますが。

 

「うわーん!○一ちゃんがいじめるー!寝子ちゃーん」

 

「ナートお姉ちゃんうるさいです。ちょっと静かにしてください」

 

ソファに顔をぐりぐりとこすりつける動作をしばらく続けたあと、ナートさんは隣に居た少女に力なくもたれかかろうとしますが、察した少女は体一つ分ナートさんから距離を置き、当ての外れたナートさんは再度ソファに顔を埋めます。

 

「相変わらず寝子はクールだね」

 

「○一お姉ちゃんやナートお姉ちゃんがうるさすぎるだけです。私ぐらいが普通です」

 

銀色の髪を揺らし、なんでもないように答えるのはフロントサルベージで最年少の配信者である、白臼寝子(しらうすねこ)ちゃんです。まだまだ幼いその容姿と平均よりもかなり低い身長のせいか、彼女はいつもFSメンバーに妹として可愛がられています。

本人はそんな年下扱いが不満のようで、オトナに見えるように髪を短く切りそろえ、口調も大人びたものにしています。

ですがそんないじらしい姿が逆に皆さんの庇護欲を掻き立てているのを寝子ちゃんは知りません。

ふんっ、と鼻を鳴らし寝子ちゃんは再度タブレットに目を移します。

 

「うぐ、ひぐ、えぐえぐ……」

 

ナートさんは心なしか震えていて、……泣いているような気がしますが、誰も気にしません。

いつもの光景ですからね……。

 

「うえーん!わちるちゃーん」

 

「へっ!?きゃあ!」

 

なんと、ナートさんはノーモーションで今度は私へと抱き着いてきました。体格的な事や先輩である事もありナートさんを無理に引きはがすなんてこと私には出来ません。

 

「ちょ、ちょっとナートさん!」

 

「わちるちゃ~ん、前も言ったでしょ~私の事はお姉ちゃんって呼んで~」

 

「い、いえいえ流石にそれは失礼で……!、ナートさんっ!服の中に手を入れないでくださいっ!」

 

「わちるちゃーん~お姉ちゃん~~」

 

「分かりました!分かりましたからやめてください!ナート……お姉ちゃん!!」

 

「うへへ~~」

 

満足したのかナートさん……ナートお姉ちゃんは私から手を放し、再び寝子さんの隣に座り直しました。寝子さんはナートさんへ不満げな顔を向けますが、ナートさんは構わず彼女の隣へ座り、もたれかかります。

こうなっては何を言っても動かないことを知っている寝子ちゃんは深いため息をついた後、ナートお姉ちゃんを無視してタブレットに映された映像に再び目を落としました。

 

「んで、寝子は何見てんの?配信のアーカイブ?勉強熱心だねー」

 

「……悔しいですけど、私はまだ○一お姉ちゃんやナートお姉ちゃんみたいに視聴者の皆さんを喜ばせているとは言えませんから」

 

「ストイックだねぇ、勉強することも大切だけど、ワタシらが楽しまないと見てくれている人たちだって楽しめないんじゃね?」

 

「"楽しむ"とは基本的な知識が有る前提の話だと私は思います。私にはまだ配信者として基礎知識が不足しています」

 

「……ストイックってか、頑固なんだよな……」

 

最後に小さな声でポツリとつぶやかれた○一さんの言葉はどうやら寝子ちゃんには聞こえていなかったようです。

 

 

しばらくそうしてリビングで談笑していると奥の部屋から誰かがやってくるのが見えました。

 

「おっ、みんな帰ってきてるね。お帰りお帰りー」

 

「灯さん、ただいま帰りました」

 

「ただいまセンセー」

 

現れたのはこの家で私たちFS配信者とともに生活している、いわゆる運営のお方。名前を白愛灯(はくああかり)さんといいます。灯さんはパソコンや配信機器関係にめっぽう強く、私たちの配信環境のサポートのみならず、配信内容の相談にまで乗ってくれる方です。例えば、配信にて実況したいゲーム類の許可取りをしてくださったり、私たちのヴァーチャルな姿や、なこそさんが配信で用いているボードゲームの3Dモデルを作製したり、あとは過去のゲームをサルベージしているのも確か灯さんだったと思います。

 

ずれた眼鏡の位置を直し、青みがかった銀髪を揺らして灯さんは自身をセンセーと呼んだ○一さんに苦笑します。

 

「もうっ!○一さん先生はやめてくださいってば」

 

「だってセンセーはセンセーだし」

 

○一さんは悪びれることなく再度灯さんをセンセーと呼びます。私がここにやってきた時にはすでに○一さんは灯さんのことを先生と呼んでいました。なぜかと聞いたこともあるのですが、○一さんはただ、先生だから、としか答えてくれませんでした。

○一さんにも何か人に言いたくない事情があるのだと思い、それ以上聞いたことはありません。何度も繰り返されているこの掛け合いを聞いているとそれほど重い事情ではないとは思うのですが、なんだか今更過ぎて聞くことができません。

 

灯さんはしかたないですねぇ、と一息ついて寝子さんへと近づいていきます。

 

「はい寝子ちゃん、これお願いされていた3Dモデルね。多少無茶に動かしても問題ないと思うから」

 

「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」

 

寝子ちゃんは灯さんが差し出した指先ほどの小ささのメモリを受け取ると、タブレットに差し込みます。中身は先日から寝子ちゃんが灯さんに頼んでいた新しい3Dモデルのようでした。

 

「室長さんに利用許可を頂きたいのですが」

 

「それならもう頂いてますよ、いつでも寝子ちゃんのタイミングでお披露目配信していいそうです」

 

寝子ちゃんの問いかけに灯さんは分かってますよといった顔でそう答えます。寝子さんは驚いた様子のまま、一拍おいて灯さんにありがとうございます、とお礼を言いました。

なんだか寝子さんの目が若干輝いているような気がします。確かに灯さんの気が利くところは尊敬できるところです。私だけでなく、FSの皆さんはそんな灯さんをまるでお母さんのようだと感じている方も少なくありません。

もちろん、そんな恥ずかしいことを口にすることなんて出来ません。今のナートお姉ちゃんのように灯さんが寝子ちゃんのそばに寄ったのをいいことに、頭を撫でてもらおうと期待するのが精一杯です。

無言の要求をしてくるナートお姉ちゃんに気が付いた灯さんはやれやれといった風に首を振り、優しくナートさんの頭を撫でてあげます。

 

「ありゃ?そういや室長は?今日は家に居るんだよな?」

 

撫でられて幸せそうなナートお姉ちゃんを呆れたように見ていた○一さんは灯さんの言葉に室長の居場所を聞きます。

確かに室長はいつもならリビングでお仕事をされていらっしゃいますし、今ここにいないのは珍しいです。

 

「会議用の部屋におられますよ、ちょっとお客様が来られているので」

 

「へぇ、客?珍しいじゃん、通話じゃなくて直にこっちに来るなんて」

 

「それだけ大切なお話しなんですよ」

 

この家は私たちの住居としてだけでなく、復興推進室の拠点としても機能しているので突然のお客様というのも珍しくはありません。ほとんどは室長への通話という形で偉い人から連絡が来るらしいのですが、今回のようにこの都市にわざわざ足を運ぶお客さまも時々おられます。

 

私たちは極力推進室としてのお仕事には関わらないように室長に言われているので家の中でお客さまとすれ違っても軽く会釈するぐらいで話したことはありません。

 

「んみゃんみゃ……」

 

「ああもう、ナートちゃん寝るなら自分の部屋で寝ないとだめですよ?」

 

「どうせまた徹夜でゲームやってたんだろ?配信で」

 

ナートさんは主にゲーム実況をメインにしておられます。その中でも深夜帯に配信されているというアーカイブ不可配信は煽り、罵倒、叫び声なんでもありのカオス配信で、良い意味でも悪い意味でもFS随一の盛り上がる配信をされている方、と灯さんに聞いたことがあります。

私以外のFSの皆さんは何度かコラボ配信にてナートお姉ちゃんとご一緒されたことがあるらしいのですが、私はまだお呼ばれされていないので一体どのような配信なのか、アーカイブが残っていないようなので気になってしまいます。

 

「ナートお姉ちゃんの配信ってどんな感じなんですか?」

 

「わちるお姉ちゃん。ナートお姉ちゃんは参考にしてはいけません」

 

「わちるん悪いことは言わん。こいつから誘われても荒らしコメみたく無視しろ」

 

「うーん、新人のわちるちゃんにはまだ早いかなー?」

 

私のナートお姉ちゃんの配信に対する興味はその場にいる全員に否定されてしまいました。

そう言われると余計に気になってしまうんですよね。……視聴者さんの切り抜きがないか後で調べてみましょう。

 

「ナート、完全に寝ちまったみたいだな……」

 

「もう、しょうがないですね。……よいしょ」

 

灯さんはナートお姉ちゃんの頭を撫でるのをやめ、起きないのを確認しておんぶします。どうやらこのままナートお姉ちゃんの部屋まで運んであげるようです。

 

「だらしない娘と過保護なお母さんって感じだな」

 

○一さんは笑いながらそう言います。灯さんは自覚があるのか苦笑するだけで何も言い返せないようです。その場で毛布を掛けるという手段もありそうですが、灯さんはそれでは体を痛めてしまうからといつもこうやっておんぶして部屋へと運んでくれます。

私はまだ経験はないのですが、皆さん翌日には灯さんに顔を真っ赤にして謝りに行く光景は珍しくはありません。

 

「私もついていきます!」

 

大丈夫だとは思いますが、部屋に運ぶということは階段を上るということです。それほど段数があるわけではないのですが、バランスを崩しては大変です。私もついていきます!

 

「あら、わちるちゃんありがとね」

 

 

 



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#37 塔の街(後編)

 

ナートお姉ちゃんの部屋は3階の一番奥にあります。水上都市でも外側に存在するこの家は周囲に同じ高さの建物が少なく、そのため3階からの景色は周囲を一望できる上に都市の中央に位置する"塔"もよく見えます。そんな光景が気に入ったナートお姉ちゃんの希望でその部屋が彼女の自室になったのだと、本人をおぶりながら灯さんは教えてくれました。

そんな時、聞き覚えのある声が私と灯さんに届きます。

 

「灯、おっとわちるも一緒か、……それにナートも」

 

「ただいま室長!」

 

「室長、お疲れ様です。もうお客様はお帰りに?」

 

階段を上がる手前の部屋の扉が不意に開き、そこから室長が顔をのぞかせました。少しお疲れのように見えますが、私や灯さんを見て、少し微笑んでくださいました。

背中で爆睡しているナートお姉ちゃんを見たときは呆れたようでしたけど。

 

「お帰りわちる。……いや、まだ話すことがあってな、悪いが灯、リビングに置きっぱなしにしていた端末を持ってきてくれないか?……そのねぼすけを置いてからでいい」

 

「クス、分かりました。ナートちゃんを寝かせたら取りに行きますね」

 

「悪い、頼んだ」

 

「室長!私がとってきましょうか?」

 

私は思わず室長にそう声をかけました。端末とはいつも室長が持ち歩いている情報端末のことでしょう。持ってくるだけなら私でもできます。このくらいのお手伝いなら私でもできます!

 

「いや……、それほど急いでいるわけじゃない、気持ちは嬉しいがわちるは気にしなくていい」

 

それだけ言って室長は再び部屋の中へと帰っていきました。

 

 

 

「私って室長に嫌われているんでしょうか……」

 

「それはありませんよー室長はFSの皆さんを本当の娘のように思っていますから。ただ、ちょっと素直に口にするのが恥ずかしくてあんなそっけない態度になるんだと思いますよ?室長不器用ですから」

 

「そう、ですよね……うーん、でも室長にもっと灯さんみたいにお願いされたいんですけどね」

 

「わちるちゃんは良い子ですねー」

 

そんなことを話している間にナートお姉ちゃんの部屋に到着、ナートお姉ちゃんの服からキーを探し、部屋の中に入ります。

 

「わあっ!なんだかいっぱいありますね!」

 

初めて入ったナートお姉ちゃんの部屋は想像していたよりもいろんなものに溢れた部屋でした。私はあまり詳しくないのですが、どこかの企業のキャラクターのものだろう大きなぬいぐるみが部屋の一角を占拠しているかと思えば、男性が好みそうな厳ついパッケージの音楽メディアが乱雑に散らばっていたり、珍しい紙媒体の書籍が大量に保管されていたりと、とても興味が惹かれる部屋でした。

 

「この子ったら、あれだけ片づけなさいって室長に言われていたのに……ゴミを溜めなくなっただけましと思うべきかしら」

 

「あれ?ベッドの下にも本がありますよ?片づけておいたほうがいいでしょうか?」

 

「わちるちゃん!!それは触れてはいけないわ!ナートちゃんのためにも!」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいわね、まったく寝相までやんちゃなんだから」

 

灯さんがナートさんをベッドに寝かせている間、私はナートさんの部屋を見て回り、最後に部屋の窓から見える大きな"塔"をじっと見つめていました。

雲の上まで突き抜けて伸びる"塔"は日の光を反射してまるで光の糸のように空へと昇ってきます。

 

「綺麗だよね、今のこの時間は特に」

 

「本当に"塔"の周りだけは黒い雲が寄り付かないんですね」

 

「塔の周囲は劣化を防ぐ為のマイクロマシンが散布されてるからね。散布範囲(電磁干渉場)の内側であるこの都市と上空(環境遮断地帯)は一定の環境が保たれているの」

 

「じゃあ世界中そのマイクロマシンで覆えばいいのでは……?」

 

「それは難しいねー、今利用されているマイクロマシンは汚染を防ぐだけで除去しているわけじゃないからね、此処を汚しているはずの汚染を別の場所に押し付けているのようなものなの。それにマイクロマシンはそのほとんどが精密機械だからね、熱に弱くて今では使えない国の方が多いの」

 

その後も灯さんは窓の外に見える塔について様々なことを語ってくださりました。あの塔の本当の名前とか、本来の用途とか。

 

――――あれが効率化社会を引き起こして、そして終わらせた要因であるとか。

 

けれど私にはそれらの話はあまりよくわかりませんでした。室長や灯さんはその効率化社会と呼ばれていた時代がとても悪い時代だったと考えているみたいですが、私はその時代を経験したことがなく、またその時代の名残がどれほど私たちの生活に影響を与えているのかもよくわかりませんし、自覚もありません。

私にとって今の生活は当たり前で、普通のことなのです。

 

「ちょっと難しく話しすぎちゃったかな?もうそろそろ戻りましょうか」

 

「はいっ、私も次の配信内容をお姉ちゃん達に相談しようと思っていたんです」

 

「そうねー寝子ちゃんや○一ちゃんなら良いアイデアをくれるでしょうね……っと、な、ナートちゃん?」

 

「うにゅにゅう……」

 

灯さんと話を終え部屋から出ようとしたとき、ベッドの中にいたナートお姉ちゃんが突然もぞもぞと動き、灯さんの腕を掴んで抱きかかえてしまいました。思わぬことに灯さんはバランスを崩し、ナートお姉ちゃんのベッドに倒れこんでしまいます。

 

「ちょっとナートちゃん!さすがに怒りますよ!」

 

「うにゃるぅ……」

 

「ダメですね……完全に寝ぼけてます……」

 

「困ったわね……」

 

どうにかナートお姉ちゃんの腕から脱出しようとする灯さんですが意外にもその力は強く、引きはがすことができません。私も手伝ってはみたのですが、一体ナートお姉ちゃんのどこからこんな力が出ているのかと思うほど力強くびくともしません

 

「室長に頼まれごとをされていたのだけどね……」

 

「……! 灯さん!私が代わりに室長に持っていきます!」

 

「へっ!?わちるちゃん!?ちょっと待ちなさい!?、わちるちゃん!」

 

私はナートお姉ちゃんの部屋から出ると軽やかに階段を降りていきます。

室長の頼まれごとはさっきの端末を持ってきてほしいというので確定でしょう。それだけなら私にだってできます!室長には気にするな、なんて言われてしまいましたが、私だって室長のお手伝いぐらいできます。

灯さんが何かおっしゃっていますが、あの状態ではしばらくは身動きが取れないでしょうし、私が渡しにいったほうが効率的です!

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングに置いてあった端末を抱え、先ほどの会議室の扉までやってきました。二、三度ドアをノックし、室長の入室許可の声が聞こえてから、中に入ります。

 

「ああ、ありがとうあか、り……」

 

「―――ふむ?白愛君、ではないね……彼女は?」

 

会議室の中はリビングにあるソファよりも高級そうなソファが二つあり、片方に室長が座っています。室長は顔をしかめ、疲れているように見えます。扉を開け、部屋に入ってきた私を見て、なぜか固まってしまいました。

反対のソファに座るのは私が初めて目にする人でした。すこしヨレたスーツを着て、顔は厳つく、強く響く声でした。室長と何か話をしていたようです。私は室長とその向かいに座る男性の視線を受けます。

 

「し、室長……あの、灯さん手が離せないみたいだったので代わりに……」

 

「……そうか、ありがとう。まだ彼と話すことがある。早く部屋に戻りなさい」

 

「…?はい、分かりました……」

 

いつもなら私の名前を呼び、優しく声をかけてくださるはずの室長は今、厳しい顔でこちらを見、硬い声で語り掛けます。その顔はこちらを向くことはなく、私の名前が呼ばれることもありません。

 

「……しつちょお……?」

 

「……早く行きなさい……!」

 

室長がいつもより険しい口調で退室を促します。私に聞かせられないと言うことは推進室関連のお話なのでしょう。

……仕方ないです。それなら私が聞いて良い話ではないですし、もし話せるような内容ならば後で室長に聞けば答えてくれるでしょう。

そう思い部屋に帰ろうとした私に予想外の方から呼び止められます。

 

「まあまあ草薙室長、そう邪険にしなくとも良いでしょう?少なくとも彼女達にも関係のある話なのですから」

 

呼び止めたのは室長の反対に座る男性でした。男性は気持ち悪いぐらいに穏やかな口調で私と室長にそう語り掛けました。いつの間にかその手に持った、彼のものであろう情報端末と私を見比べて何度か小さくうなずいています。

 

「そう緊張しないでほしいね、私の名前は蛇谷という。君たちの上司である草薙室長とも長い付き合いさ」

 

丁寧な口調を崩さず、こちらに話しかける蛇谷さん……室長は彼を睨みつけるようにして顔をしかめたまま。

 

「えと、初めまして。フロントサルベージで配信者をさせてもらっています。九炉輪菜わちる、です」

 

室長の雰囲気とどこか油断ならない態度に怪しさを感じながらも名乗った後、私は探るように蛇谷さんを見てしまいます。にこにこと聞いていた彼は私の名前を聞いた瞬間、わずかに眉を上げ、なぜか驚いたようでした。

 

「ほう!やはり君がわちる君だね!なるほどなるほどこれは僥倖。実は君に聞いてもらいたい話があってね」

 

「蛇谷!」

 

蛇谷さんはそう言って私を室長の横に座るように促します。それを非難するように室長が声を上げますが、彼は動じません。目を細め、笑みを作っているはずなのに、彼からは無言の圧力を感じるような気がします。

 

「草薙室長。少し冷静になりたまえ、これは推進室だけの話ではないのだよ。でなければ復興省から私が直々にここまで足を運ぶはずがないのだからね」

 

「復興省?」

 

思わず彼の言葉に反応する。復興省と言えば私たちの所属しているFSを運営している室長や灯さんが所属している推進室、その上の機関だと灯さんに聞いたことがある。

 

「ん?ああ、私は復興省で働いていてね、この復興推進室の創設も少し手伝ったんだよ」

 

つまりこの人は室長の上の……?とってもえらい人なのかな?

 

「"効率主義派"の人間がよくもまあそんな事を言えたものだ」

 

室長が厳しい口調のままそう言った。

"効率主義派"、室長が灯さんと話をしているのを偶然聞いてしまった時に聞こえたことばだ。一体何を指しているのか分からなかったけど、そのときの室長の口調から、どうもよくないものだと言うことは何となく理解できていました。

 

……蛇谷さんがその効率主義派と呼ばれる人なのだろうか。

 

「悲しいなぁ草薙。昔は一緒に仕事をした仲じゃないか」

 

「この子に聞かせるような話じゃ無い。私の方から言っておく」

 

「……それじゃあ意味がないと復興省は考えているんだよ。実際、通報され裏のとれたサルベージ資料の事を話したか?例の配信者が今までに復元したデータの重要性については?我々がその配信者を追っている事は?……何も伝えていないだろう?」

 

「知らなくて良いことだ」

 

「過保護だなぁ、草薙、愚かなほど過保護だ。……おまえはここで親の真似事をしていれば良いかもしれんがな、俺たちはその間にもこの国の事を考えて行動しているんだぞ」

 

「この子たちは配信という手段で十分推進室に貢献している。これ以上は酷使だ」

 

「彼女たちは有能だよ!……もっと戦力(どうぐ)として見るべきだ、と言っているのだよ」

 

会話するごとに険悪な雰囲気となっていく室長と蛇谷さん。私は何がなんやら分からず、じっと黙っていることしかできませんでした。

 

「我々復興省の仕事はこの国の消失した伝統、文化、風習のすべてをネットの海からサルベージする事だ。かつて存在していた日本のすべてを取り返すのが使命。だが、その事業も正直順調とは言い難い。数百年前のデータを見つける事が出来ても、それはほんのひとかけらのデータの破片にも満たない。さらにはそのデータの正誤を確かめる術も無い。我々だけでなく、他の国や組織もそんな有様だ。……ここ最近現れた一人のヴァーチャル配信者を除いてね」

 

「それって……」

 

私には心当たりがあった。本来なら知り得ないはずの情報を持っていて、簡単に過去のデータをサルベージ出来る。そんな存在を。

 

「そう、わちる君、君なら良く知っているだろう?とてつもない情報処理能力をもち、我々でさえ手の届かない奥底に埋まったデータをサルベージ出来る存在を」

 

「わんこーろさん……」

 

私の答えに蛇谷さんは満足そうにうなずいた。そして室長と私を交互に見ながら、話を続ける。

 

「始まりは復興省に送られてきた通報データだった。情報というものがかつてないほど重要である現代においてデータの偽造とは殺人にも匹敵する凶悪犯罪であり、偽造データは許されざる存在だ。星の数ほどあるその偽造データの精査には有志の協力も得ている。今回もそんな通報データの一つだと復興省は考えていた。だが、蓋を開けてみればどうだ、送られてきたデータは百年以上前のものであり、さらにはどこからサルベージし、どのデータの偽物であり、いつ制作されたものなのか、それらが事細かに記された詳細データ付きときた。我々は調べたよ。そのデータの送り主が一体何者なのか、この推進室のサルベージ技術に頼ってまでね。その結果、ついに数週間前、送られてきた通報データと類似したデータを利用して3Dモデルを制作する配信者が居る事を突き止めた」

 

蛇谷さんは一息つき、不気味な笑みを浮かべながら私を見る。その眼はギラギラとしていて、私は思わず視線を外した。

なぜか、その視線が私に何かを期待しているような気がした。

 

「我々も拝見したよ、例の配信者の配信をね。わずか一日で数百年分のデータをサルベージし、さらにはその情報の正誤さえも特定してしまうほどのありえない情報処理能力。我々が興味を惹かれないわけがない。例の配信者が一体何者なのか全力で調べたよ。……だが、何も出てこなかった」

 

わざとらしく蛇谷さんは肩をすくめ、落胆したように見せた。

 

「例の配信者がどの国のものなのか、どの組織に所属しているのか、どれほどの技術を、どれほどの機器を手に入れているのか、さっぱり分からなかった。それどころかその配信者が男なのか女なのか、成人しているのか幼子なのか……人であるのかすら分からなかった。配信者としての繋がりもほぼ皆無。同業者である他の配信者とのつながりはもちろん、個人勢でありながら配信機材を借り出しているはずの業者や企業との接点すら見つけられなかった。例の配信者はすべての存在から一歩引いた場所に居て、あらゆるものに積極的に関わろうとはしなかった。……九炉輪菜わちる君、君を除いてね」

 

「わ、私……?」

 

「そう、現時点で例の配信者と密接に交流しているのは復興省運営の配信者集団フロントサルベージの九炉輪菜わちる君、君だけなのだよ」

 

私だけ……?そ、そんな……わんこーろさんは○一さんが言っていたように他の配信者さんの間でも話題になるくらい有名になってきたのに、そんなことあるはずが……。

 

「例の配信者は配信では社交的で人懐っこく見えるが、それ以外で密接に関わっている者は君以外にいない。……相手はこちらの技術力をはるかに上回る正体不明の存在だ。復興省が総出で手を出せば感づかれ逃げられる可能性がある、そこで君だ、わちる君。例の配信者が唯一心を許しているであろう君がその配信者を上手く騙し、誘導し、操作し、情報を手に入れてくれれば――」

 

「――いつまでふざけたことを言っているつもりだ蛇谷ぃ……」

 

蛇谷さんの言葉は室長の言葉によって遮られた。その声は今まで聞いたことが無いほど怒気を孕んでいて、私も思わず息を呑んでしまう。

 

「さっきから黙って聞いていれば都合のいいことばかり言いおって、復興省の使命だぁ?サルベージ関連の仕事を推進室(こちら)に丸投げし、座り心地の良い椅子に一日中座っているだけの貴様らが、使命だと?怒りを通り越してあきれ果てるわ」

 

「く、口を慎め草薙室長」

 

「テンプレートな悪役らしい台詞をどうもありがとう。残念だけど慎むつもりはないわ。この際だからはっきり言わせてもらうけど、私たち推進室はただの復興省の下部組織になり下がったつもりはないの。あくまで復興省が私たちの技術力を見込んで頭を下げてきたから仕事を引き受けているだけ。こっちの方が動きやすいから復興省の復興推進室なんて名乗っているだけなの。それはあなたよりも座り心地の良い椅子に座っている方々も了承済みのはずよ」

 

「な、ならば、なおさら自らの仕事に注力すべきじゃないのか!?独自に動くことが許可されているという事はすべての責任もお前が負うことになるんだぞ!事実、今回の件、早急に手を打てと命じられているだろう!これ以上の事態の遅延はお前の責任問題になるぞ!例の配信者を確保すれば、文化の復興はすぐ――」

 

「私たちは私たちの方法で仕事を完遂する。……この子たちを道具のように使うつもりは無い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇谷さんはあの後、何か言いたそうな顔をしながら、鋭い眼光を向ける室長から逃げるように帰っていきました。

 

「すいません室長、あんなにわちるちゃんとは会わせないようにと言われていたのに……」

 

「謝る必要はないさ灯。私にも責任がある」

 

「室長!灯さんは何も悪くありません!私が勝手なことをしたから!」

 

ナートさんから解放された灯さんが室長にそう謝っておられますが、悪いのは私なんです!灯さんが謝る必要なんて!

 

 

「なにあのオヤジ、キモイんですけど」

 

「不快です」

 

そんな私と室長と灯さんの傍でそんな声が聞こえてきました。

 

慌てて会議室からリビングを通り、家の外へと出ていく蛇谷さんの様子に、リビングでくつろいでいた○一さんと寝子さんは不快感を隠さず口にします。すでに蛇谷さんはおられませんが、彼の知人である室長の前でそんなことをお二人が口にされたので少し焦ってしまいます。

 

「ま、○一さん!寝子ちゃん!だめですよ、偉い人なんでしょう?」

 

思わず室長の顔を伺いますが、怒っている様子はありません。先ほどの会議室での会話もそうですが、あまり室長と蛇谷さんは仲が良くないのでしょう。

 

「いや、構わない……すまないなわちる、現状を話して無かった私にも非があるとヤツの好きなように話させていたのが間違いだった。まさかわちるにあのような要求までしてくるとは……すまない」

 

「室長謝らないでください!私は全然気にしてませんから!……それよりもいいんですか?室長が責任を負うって……」

 

室長が悪いわけではないのですから、そんな頭を下げるようなことはしないでください!……それよりも気になるのは蛇谷さんが最後におっしゃっていた責任についてです。

先ほどの話を完全に理解できたわけじゃないのですが、わんこーろさんのことで何やら室長が責任を負うことになっているとか。

 

「……わちるはそんなことを心配しなくてもいい。お前たちの配信者としての活動にはこれまで通り口出しはしないし、メイクアカウントもこれまで通り私達は管理しない。今まで通り好きなようにやりなさい」

 

そう言って室長は私を部屋へと戻しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

先ほどまでの突然の話に私は部屋に戻るなり、ベッドへと倒れ込むように横になってしまいました。

私が知らず、でも私に関係のある話。

わんこーろさんは私が思っていた以上に凄い人のようでした。あれだけ偉い人に認められているんなら、今のわんこーろさんの知名度は偶然でもないわんこーろさんの実力なんだな、と今考えなくてもいいようなことをぼんやりと考えてしまいます。

 

「……」

 

目を閉じても、まだいろんなことがぐるぐると頭の中を駆け巡っている気がします。

まるでそれは走馬燈のように、現在から過去へと遡るように頭の中で映像が流れていきます。私が初めての配信をして、そこにわんこーろさんがコメントをくれたこと。

 

私がこの推進室という家にやってきてFSの皆さんと家族になったこと。

 

私が祖母と死に別れ、天涯孤独になったとき……室長に拾われたこと。

 

室長はひとりぼっちになった私に手を差し伸べてくれた唯一の人でした。これからどうやって生きればいいのか、それすら分からない私に室長は温かく声をかけてくれたのです。

室長は私にとって頼りになる大人の人で、推進室の偉い人で……。

 

……そして、本当のお母さんみたいな人。

灯さんに感じる温かさとはまた別の、けれど私をいつも見守ってくれるかけがえのない人。

 

だから、私は室長に恩返しがしたい。室長に配信者になってみないか?と尋ねられた時も室長のためならと、一も二もなく頷いた。

 

室長のおかげで今の私がいる。だから、私はそれが推進室の、ひいては室長のためになるなら……

 

 

 

【わんこーろさんこんにちは!先日の同時視聴配信ありがとうございました!やっぱり一緒に何かをするってとっても楽しいですよね!私もっとわんこーろさんのこと知りたいです!何処にお住みですか?どうです今度リアルでお会いするのは――――――】

 

 

 

 

 

 

――――――――――何を、書いているんだ、私は。

 

 

 

 

 

無意識に記入していたメイクのDMを乱暴な手つきで削除し、携帯端末を部屋の隅に投げ捨てる。

 

「ちがうっ!!私は、私はっ!!わんこーろさんの友達でっ!こんな、こんな探るような!こんなの!友達なんて、言えない!私はわんこーろさんの友達でいたい!、いたいのにっ!、でも、室長……室長の為に……私は、私は……」

 

恩人である室長と、友達であり尊敬する配信者であるわんこーろさん。板挟みになっているのはわかっている。けれど、今の私にはどちらかを選ぶことなんてできそうにない。

 

 

 

 

 



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#38 寝ない人々

 

フロントサルベージの実質的なリーダーである彼女は常に時間に追われている。過去の配信スケジュールから最適な配信時間を考慮し、配信を行うだけでなく他所の配信者の動向も注視している。それもすべてはフロントサルベージという配信者界隈で最大手であるチームを今の地位に居続けさせるための努力にほかならない。

 

彼女の保護者であり、運営である室長と灯はそのようなことはしなくてもいい、頂点にいることが絶対必要とされているわけではないと、何度もたしなめていた。

だが彼女、虹乃なこそにとってフロントサルベージとは家族であり、自身の誇りそのものであった。

だからこそ、家族が身を削るような努力の上に築き上げたものを、自身のミスで崩壊させてしまう可能性を恐れていたのだ。

 

……だが、それも昔の話。自身や室長、灯しかいなかった頃と違い、今では家族と呼ぶ人たちはかなり増えた。かつてのように体を酷使するような配信スケジュールを敢行する必要もなく、フロントサルベージの人気は不動のものとなった。

そうなると不思議となこそはなんだか寂しいような、あるいは手持無沙汰な気持ちを抱いてしまうようになった。なこそにとって配信者を始めた一年目の激動に比べれば、現在は何とものどかなものだと感じてしまうのだ。

だからだろうか、なこそは誰に言われるでもなく自ら進んで運営と他の配信者を繋ぐ役割を買って出た。他者のために努力することを苦に思わない、むしろ楽しいと感じるなこそにとって、その役割は重石にはならなかった。

 

……だが、まあ、最年少の白臼寝子にさえ注意されてしまってからは徹夜の作業はできるだけしないようにしていた。

 

だから現在、日付が変わっても作業を続行している事は家族には秘密なのだ。

 

「うぅーーん、もうちょっとやっときたいんだよなぁ」

 

なこそは椅子にもたれかかり、目の前のPCを睨み付ける。進捗は芳しくない。特に締め切りなんてものがあるわけではないのだが、一度やり始めたならそのまま最後まで、少なくともキリの良いところまで終わらせたいとなこそは考えていた。

 

既に日付が変わってから一時間は経とうとしている。なこそは少し気分を変えて作業をしてみようと、ウェブブラウザを立ち上げ、動画配信サイトへアクセスする。

 

もちろん配信するわけではない。なんのネタも考えていないし、告知だってしていない。

そもそもなこそが使っているPCも配信用のものではなく完全私用のもので、配信者虹乃なこそのアカウントにさえもログインしていない。

 

なこそはサイトの生放送のタブをクリックし、現在配信中の配信枠を確認する。

自身も所属するフロントサルベージや、それに感化された娯楽配信を行う個人勢によってヴァーチャル配信者と呼ばれる存在は徐々に認知され、その勢力を伸ばしている。

だが、さすがにこの時間に配信するような配信者はそれほどいないようだ。地下住みの者が多いといっても起床、就寝の時間はかつてとおおよそ同じだ。そのため最近始めたような配信者の枠が十数ほどある程度に留まっている。

 

「んーと、じゃあこの人にしよっかな」

 

なこそはそんな数えるほどしかない枠の中から視聴する枠を決める。枠の名前が目を引くものであったり、サムネが凝っていたりと配信者が努力して視聴者を楽しませようとしているのが分かる枠を選ぶ。

 

その際なこそはチャンネル登録者数や同時視聴者数などの数字は考慮しない。数字で選んでも、視聴者より数字を大事にする配信しか見つからないからだ。もちろん視聴者を大切にする配信者の枠は人気であり、結果として数字を持つ枠を視聴する事もよくあるが、同じくらい数字のない枠も視聴する。

 

「へー、ボードゲーム配信……!」

 

なこそは視聴した配信の配信者がボードゲームをプレイしていることに意識が向く。そのゲームは自身が配信で実況したものと同様のものであり、ルール説明の仕方なども真似ている節がある、どうやらこの配信者は自身の配信を見たことのある、"なこ民"だと分かった。

 

「……一戦だけ、一戦だけ」

 

誰に言い訳をしているのか、なこそはそうつぶやきながら対戦相手を募集している配信者へとコメントを書き込む。

 

「後でなこそアカでフォローしとこ」

 

……なこその作業は進みそうにない。

 

 

 

 

「んん?この枠は……?」

 

数回対戦した後、満足したなこそは当初の目的である作業用に"ながら見"できる配信を探していた。そのとき、特に気になるサムネが目に入った。

 

題名は【テスト配信中~】というシンプルなもの。だが、そのサムネは他のものより異彩を放っていた。

それは真っ暗で広大などこかを映した映像データでありそれだけならば他にもありそうなものだ。だが、それの異常な点は、その広大などこかというのが、今では存在しないはずの場所だったからだ。

 

真っ暗でありながら上空から降り注ぐ淡い光が地上を優しく照らし、その光景をおぼろげに映し出していた。

どこまでも続く草原に、背の高い植物がちらほらと顔をのぞかせている。その植物は茎の先に毛のようなものを備えており、夜風にゆらゆらと揺れ動いていた。

ところどころむき出しになった岩肌が見えるが、それ以上はサムネでは確認することができない。

 

「……なにかなーっと」

 

なこそは深く考えることなくそのサムネをクリックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の粘つくような風が真夜中の平原を渡っていきます。夜ということで幾分ましではあるのですが、それでも夏の風というのはどうにも湿気を含み、気持ちが悪いものです。

ですが、その風は夏らしさを感じられて、私は好きですね。

 

「ふんふん~なかなかいい感じに設置できましたね~」

 

『そうか?』『暗くてよく見えん』『月見せてーー』『よせよせまだお披露目配信までお預けだ』『楽しみは最後にとっとくものだぜ?』『予定になかったゲリラ配信だしね』『いい感じの草原になったのは分かる』

 

「移住者さんこんな夜中にごめんね~、今回は予定してないゲリラ配信なんだよ~まだまだ先のことになると思うんだけど~固定カメラだけの24時間配信というものをしてみようかと思って~今回はその実験的配信なの~。時間帯を気にせず一定の質を保ったまま配信していられるかのテストのつもりでこの時間帯に配信してみたんだ~」

 

『こりゃいい作業用配信』『夜風と虫の音と草木のざわざわ音がいい感じだな』『捗るわ~』『俺は逆に眠く……』

 

「だいぶ前から移住者さんの希望をもらってて、いつかはしてみたいと思ってたんだけど~……これって需要あるの~?」

 

『ありよりのあり』『ありありであり』『ありよりのありからのあり』『ぜひお願いします』『希望があるということは需要アリということなのよ』

 

「ふーん、それならいいけど~」

 

既に日付が変わってからかなり経過しており、平原は虫の声と風の音以外は何も聞こえません。

 

「なんだかもの悲しい感じですね~、此処だけじゃなくて見ておられる移住者さんが少ないっていうのもあるかもしれませんけど~」

 

ですがこのなんの変哲もない平原こそが次の配信でお披露目することになる重要な場所なのです。

 

「んふふ、昔はこんな寂しさなんて比べ物にならないほど独りぼっちだったのに、あの時以上に寂しく感じてしまいます~」

 

この世界に生まれた時はこんな風景すらない真っ白な空間だったのに、暇だと思っても寂しいと感じることはありませんでした。

思い返すと私も随分と"らしく"なってきたように思います。寂しいとか、楽しいとか、悲しいとか。人じゃないけど人並みになってきたように思います。

 

『わんこーろさんは配信するのが楽しいんですね』

 

移住者さんが風景や今後の配信についてコメントを書き込んでいる中、一人だけそんなコメントが流れてきました。最初は初見さんかと思ったのですが……このアクセスは……。

 

「……ええ、そうですよ~?わんこーろは今とっても楽しいです~、な~んにもない場所をこんなに楽しい場所にできましたし~移住者の皆さんに出会えました~!それに、電子生命体な私に初めて友達ができました!」

 

『……わちるさんのことですか?』

 

「はいっ!わちるさんはですね~わんこーろの"存在"を初めて認めてくれた人なんです~だから私はわちるさんのためなら何でもしてあげたくなりますし~わちるさんともっともっと仲良くなりたいって思ってるんですよ~」

 

それが私の本音なんですよ、虹乃なこそさん。

 

 

『ん?今なんでも』『てぇてぇなあ』『屈託ない笑顔かわいい』『俺たちも友達だぜ!』『←友達というか移住者だろ』『移住者=トモダチ』『移住者ともっと仲良くなってけ?』

 

「もちろんですよ~移住者さんも私とも~っと仲良くなっていきましょ~?」

 

『ありがとうございます。わんこーろさん』

 

「……こちらこそ~、またわんこーろの配信に帰ってきてくださいね~」

 

その後も、このコメントをくださった方と共に一時間ほど作業と配信テストを行ってその日の配信は終了しました。

 

 

 



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#39 わたつみ平原

 

「………………」

 

『うおっ!』『びっくりした!!』『狐稲利ちゃん近い!近いよ!』『吐息が聞こえそうな距離。てか聞こえね?』『画面いっぱい狐稲利ちゃんの顔で草』『目の奥まで見えそうでドキドキする』『笑った時の八重歯助かる』

 

皆さまこんにちはー今日もわんこーろの休日配信がはじまりましたよー。配信を始める際に狐稲利さんがどうにもカメラ代わりの配信画面をじーっと眺めて離れなかったのでそのまま配信開始したのですが、案の定移住者さんの困惑の声が聞こえてきます。

真顔で画面を見ていた狐稲利さんですが、しばらくするとジト目にしたり、意外と知られていなかった鋭い八重歯をわざと見せたりとやりたい放題です。

 

面白い絵ですね。

 

「移住者の皆さん今日もわんこーろの配信に来てくれてありがと~、開幕狐稲利さんのお顔アップは貴重ですよ~スクショおーけーですよ~」

 

『助かる』『助かる』『スクショ連打するわ』『マジでこの距離心臓バクバクする』『これがガチ恋距離というやつか』『おかあさん!娘さんを下さい』

 

「ん~?何言ってるんですか~?狐稲利さんは私の娘なんですよ~今のところ誰にも渡すつもりはありませ~ん」

 

まったく、お約束のネタとはいえそう簡単に狐稲利さんをお嫁に行かせはしませんよ!今のわたしは気難しいお父さんです!

 

「狐稲利さんはわたしのなんです~!」

 

いまだ画面をじーっと見つめている狐稲利さんの腰あたりに両手で抱き着きます。狐稲利さんはその衝撃に少し体を揺らしますが、私だとわかると驚いた顔からにっこり笑顔に変わりました。

狐稲利さんも私とのスキンシップにだいぶ慣れてきたみたいです。これからもどんどん触れ合っていきましょう。

 

『まーたてぇてぇなことしてるー』『わんころちゃんて実は独占欲つよつよ?』『自分の娘をどこの誰ともわからぬ奴にやりたくはないだろう?』『娘なんていないし分かんねえ!それ以前に彼女なんて……』『OK分かったこの話はやめよう』『移住者の闇を見た』『闇でもなんでもないんだよ……』『今時自分から動かないと物理的な意味で出会いはほぼないからな』『悲しみ』

 

「みなさ~ん?戻ってきて下さ~い?先日メイクでつぶやいたお披露目をやってきますよ~?」

 

そう言って狐稲利さんを画面の前から動かし、移住者の皆さんに私達のいる場所をご覧いただきます。

場所は犬守村から見て南方の何も手を付けていなかった一帯です。先日深夜に配信テストと同時に創っていたこの平原は朝の日光をめいいっぱい浴びて鮮やかな若草色に輝いています。

風によって揺れ動く植物の葉には朝露が乗り、それがまた日を反射して時々眩しく感じます。

植物は雑草のようなものをいくらか植えたのですが、大半はススキなど先端に毛のようなものを備えた植物たちが群生しています。

なだらかな丘が連続する平原でまだ青いススキが穂を揺らし、風に乗ってタンポポの綿毛が舞っています。

 

植物だけでなく、平原のあちこちに大小様々な岩石が露出しており、それは平原の奥の奥まで、その先にぼんやりと姿が確認できる山々まで延々と続いています。

 

「これらの岩はそのほとんどに石灰岩を採用しています~。平原を形成している土地も石灰岩が主で、いわゆるカルスト台地と呼ばれるものですね~そのため地下にも雨水などの浸食でできた鍾乳洞がたくさんあります~。……という設定です~」

 

『遠くまで岩のごろごろした平原が続いてるのは壮観だのぅ』『画面の向こうから風が感じられる』『俺はなんだか鼻がむずむずしてきたぞ』『そこらじゅうもっさもっさしておる』『ん?画面下に見えるの何?』

 

「画面下~?あ、これですか~?そういえば紹介してませんでしたね~これは"道祖神"と呼ばれるものです~」

 

道祖神とはその地の災いを防いだり、旅人の安全を願い祀られた神様のことです。石で造られたものが主で、その顔はとても穏やかで優しいものです。

 

「この道祖神も犬守山の鳥居と同じく境界の役割を担っています~これより先は犬守山とは別エリアというわけです~。ですが、基本的には同じタイミングで魂を更新しているのでエリアごとの格差(バージョンのちがい)はありません~」

 

道祖神を通り過ぎ、とある植物の群生している地帯へと腰を下ろします。

 

「これが何かわかりますか~?これはですね~"綿花"と呼ばれる植物なんです~成長すると実から綿を採取することができる植物なんですよ~先日の同時視聴配信でふかふかしてそうな布団が出てきたのを見て、綿の入ったふかふかなお布団を実際に作ってみたいと思って~ちょっと生み出してみたんです~」

 

『めんか?』『綿花だね、植物からとれる天然繊維のことだ』『←現れたな環研ニキ』『環境技術研究所では綿花育ててんの?』『一応機密なんだがな……』『硬いこと言うなよー』『そうだぞーこの配信だって環研ニキの役に立ってるだろー?少しは情報見せろー』『そうだそうだー』

 

「移住者さ~ん、あまりノリで情報開示を迫らないでくださいね~BANされるのはわんこーろのチャンネルなんですからね~?」

 

新しい場所(エリア)のお披露目にテンションの高い移住者さんをたしなめながら私は立ち上がり、平原の中心へと歩き始めます。

まだ収穫時期でないので綿花は青々しい姿ではありますが、ふかふかなお布団が恋しくなる秋ごろには収穫できるはずなのでそれまでのお楽しみにとっておきましょう。

綿花はそのまま収穫して綿入り布団にしてもいいですが、紡いで糸にすることも考えているので、どんなものを作ろうか今からワクワクします。

 

「あ、そうそう綿花やもこもこした植物がいっぱい生えているので~ワタを摘む場所ということで~この平原を"わたつみ平原"と名付けました~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんか見えてきた?』『確かに建物があるような』『神社か?鳥居あるぞ』『あんな平原の真ん中に?』『あそこだけちょい雰囲気違うな』

 

少し歩いていると平原の真ん中に小さな丘が見えてきました。周りより高くなっている土地、その上に小さな神社が建っています。

本来神社の敷地は玉砂利が敷き詰められていたりするのですが、この神社では砂利の代わりに粒子の細かい砂が用いられています。

神社本体も小さいとは言ってもしっかりとした石材を用いた鳥居がありますし、神社の周りを木々が囲み、小規模な鎮守の森を形成しています。

神社の敷地には一本だけですが桜の木が植えてあり、この時期はまだ葉桜ですが季節になればその鮮やかな花弁が境内にゆらゆらと散る光景を見ることができるでしょう。

 

私はその一段高くなった神社の土地へと上がり、砂を踏みしめて歩きます。砂はまるで海の砂浜のようで、不自然にきらきらと輝いているように見えます。

 

『眩しい』『こんな平原のど真ん中に砂場があるってのはちょっと違和感あるな』『異様にキラキラしてんね?石英でも含まれてんのか』『説明しよう!石英とは二酸化ケイ素などの結晶のことで透明で光沢のある鉱物のことだ!水晶と呼ばれるものもこれだ!』『説明乙』『博識な移住者が増えたなあ』『わんころちゃんの話を聞いてると自然と知ることもあれば触発されていろいろ調べ始める視聴者もいるからな』

 

「確かに砂が綺麗に輝いていますけど~これは石英の結晶ではないんですね~ま、それはまたおいおい説明することに~、神社の造りは流造で~屋根は檜皮葺、杉を使って建てておりまして~主要な部分は朱く塗ってありますがそれ以外に目立った装飾は施されておりません~下手に金属などで装飾すると"ここ"の場合は問題になりますからね~」

 

境内をぐるりと回りながら視聴者さんに説明していきます。この神社の敷地は基本砂地なのですが、神社もその鎮守の森もどっしりとしていて不安定には感じませんし、小さいながらも威厳を感じさせます。

 

「犬守山のやたの滝と同様にこの神社……名前は塩桜(えんおう)神社と名付けたのですが~この塩桜神社をこの平原の中枢(シンボル)としました~」

 

『ええやん』『ですよね』『大体予想通り』『神社の名前って由来は何?』『桜の木があるから"桜"は分かるが"塩"って?』

 

「んふふ~それもおいおい説明していきたいと思います~例えば~雨が降った後の配信などで~」

 

『もったいぶるねぇ!』『今じゃダメなの?』『気になって眠れないぞ……』『まあまあ慌てるなって。わんころちゃんも言ってただろ?のんびりいこうぜのんびり』

 

「申し訳ありません~ですが、わたつみ平原の"仕様"は犬守山とは違って少し特殊でして~口で説明しても理解しにくいとおもいますので~次の雨の日をお待ちいただきたいと思います~」

 

 

 

 



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#40 けものの山の構想

「むむむ……」

 

現在私は苗代にて育成中である稲の苗の状態を確認しております。先日の記念配信にて種から苗を育てていることは配信にて紹介したのですが、その後の育成がうまくいっていません。

苗代とは種から稲の苗を育てる専用の小さな田んぼのことをいいます。ここで苗を育てて、その苗を本来の大きな田んぼへと"田植え"するのですが……私が蒔いた種から苗に成長できたのは全体のおよそ三割程度です。

 

「種はちゃんと消毒したし~温度センサはノンアクティブ状態だし~土?土が悪い~?」

 

結局苗代で種を蒔いては時間を進め、蒔いては進めを繰り返して田植えに必要な数の苗を確保したのですが、これでは根本的な解決になっていません。

 

「と、とにかくこれ以上移住者さんを待たせるのも悪いので~この量産した苗で今後田植え配信することにしましょ~……」

 

次の田植えの季節までに解決しておかないといけない問題ですねこれは……。とにかくこのまま苗を田植えできる大きさになるまで育てますか。

 

……さて、もうそろそろ配信の準備にかかりましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます~今日も元気に休日配信していきますよ~」

 

最近おなじみになった週末の休日配信が始まりました。時間はお昼より少し早いくらい。すでに夏特有のじんわりと暖かい空気を感じますが、私が今いる場所はいつもの家の中で、日差しが遮られているので意外と快適です。

移住者さんもどうやら快適な環境で配信を視聴しているようなので熱中症の心配はしなくてもよさそうですね。

今日の狐稲利さんは一日中ネットの海に潜っている予定なので今回は一人で配信することになります。配信を始めて間もないころを思い出して少し緊張しますね。

 

 

さて、先日行った動物の実装に関する投票ですが、つい先ほど締め切り、結果を発表することになりました。総投票者数は一万以上を記録し投票先はほぼ均等に散り、ほんの僅かな差によって決定しました。

この投票ですが、皆さんから募った実装候補を私がさらに精査して数種類に絞り、その中から投票するという形にしています。

移住者さんには狼が圧倒的人気で実装希望が最も多かったのですが今回の投票先には選べないようになっています。その理由として、狼が主に肉食性の動物であり、食料となるのが他の動物だからです。

狼だけを実装しても、彼らの狩りの対象となるべき存在がいなければ意味がありません。

今後様々な動物を実装する予定ではありますが、その実装する順番をよく考えなければ食物連鎖のピラミッドの崩壊を招きます。

そのため私が最初に実装する候補として選んだのは昆虫などを餌とするものや、草食性のもの、あるいは雑食性の動物と決めておりました。

 

これに関しては多少移住者さんも不満に思っていたようですが、理由を話せばある程度理解していただけました。

とにかく動物の実装は初期段階に肉食性でない小型の動物を実装後、中期に雑食性や肉食性の動物、後期に肉食性の大型動物を実装すると配信とメイクの両方で告知しておきました。

 

「というわけで~今回投票にて選ばれた実装第一段は~"タヌキ"に決定いたしました~!」

 

『たぬきーーー!!』『たぬ~~』『説明しよう!タヌキとは……』『タヌキとは…?』『………』『おい!?雑学ニキ!?どうした返事しろ!』『タヌキはいい選択。雑食性で昆虫や魚、木の実なんかも食う』『とりあえず犬守山は餌が豊富か』『食事に関しては問題なさそうだな』『川の近くを好むからその点も問題なさそう』

 

「はい~今回実装するホンドタヌキは雑食性なので食料に関しては問題ないかと~。ですが、このタヌキ……いえ、今後実装する予定の動物は基本的に犬守山から離れた場所で実装しようと考えております~、タヌキに限らず野生動物が麓まで降りてくると畑や田んぼが荒らされる可能性がありますから~。豊富な食料と快適な住処となりそうな動物達のための山を一つ創ってしまおうと考えております~」

 

『おおーーー!!』『山つくんのか!』『犬守山を含めて二個目だな』『いや、わたつみ平原の先に連峰が見えた』『←マ?いつの間に……』『あれ映像データを映しただけの背景じゃないの!?』『普通そう思うよな……』『でもわんころちゃんだしなぁ』『知らぬ間に山が一つや二つ増えてても驚かんようになってきたわ』『その山はお披露目配信するん?』

 

移住者さんがおっしゃっている山はわたつみ平原の向こうにうっすらと見えていた山々のことでしょう。犬守山とは比べ物にならないほどの標高で、頂上はいつも雲に隠れているのでうかがい知ることができません。

 

「まーそっちはてきと~に造っただけなので配信する予定はないんですよ~今回造る山はですね~犬守山の二倍程度の規模にして~沢山の動物が暮らせるように整備していきたいと思ってます~、今日はその山を創る場所を皆さんで決めよう!という配信になります~ではいってみよ~!」

 

元気に宣言して私は部屋を出て縁側へ。

 

今日は移住者さんと一緒に犬守村を見学して頂きながら山の予定地を見て回ることとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて移住者の皆さんに私と狐稲利さんの住むこの空間について直接歩きながらお見せしていきます。

 

「もうすぐトマトは収穫できますね~少し赤くなってます~」

 

家の縁側から外に出るとまず目に入るのは家の庭に造られた小さな畑です。記念配信で種まきをして、その配信のうちに芽を出した野菜たちはもうすぐ収穫できると思います。

それと時間はもう早めてはいません。夏に収穫できる予定の野菜はこのまま通常の時間経過で成長させて収穫する予定です。でないと収穫タイミングが知らぬ間に過ぎてしまうかもしれませんから。

 

『うまそう』『わんころちゃんの両手で包み込めないほどの大玉に育ったな』『←それはわんころちゃんのおててが小さすぎるだけでは?』『え?わんころちゃんの……が小さいだって?』『ま、まだ成長途中だから……』『これからに期待しよう』『だいじょうぶだよ?移住者はみんなわんころちゃんが小さくっても味方だから』

 

「……なに言ってるのかな~移住者さんは~?」

 

手?手の話だよね?いきなり何の前触れもなくアッチ系の話題が展開されるなんてことあるはずないよね?うん、そうだよね、……さあ次いきますよ!!

 

畑の様子を確認した後、家の正面である神社へと回り込みます。まだ真新しさを感じさせますが、造ってから何度か雨風にさらされているので造った直後の新しすぎるという違和感は薄れ、木々に囲まれたこの立地に馴染み始めているように感じます。

この神社の中には私がこの空間で初めて配信で制作お披露目をした狐の人形……のコピーが祀られています。本物は制作資料を提供してくださったわちるさんに提供済みです。

 

せっかくですから挨拶をしておきましょうか。

神社の鐘を鳴らして二度頭を下げ、二度手を合わせます。これまでの村の発展を報告し、今後の発展を見守ってくださいとお祈りします。その後もう一度頭を下げておしまいです。

 

「二礼二拍手一礼って、移住者さんはご存知ですか~?今では知らない方のほうが多いかもしれませんね~」

 

『知ってるぞ』『神社の参拝マナーだっけ』『移住者なら基礎知識よな』『とはいえマイナー知識ではある』『ある程度サルベージされているが、生活に直結してない知識はなぁ』『興味がないと調べることすらしないからね仕方ないね』『しかし改めてみるとやっぱクオリティたけーわ』『あれ、賽銭箱あるじゃん!賽銭も投げさせてくれよ』『←それな。移住者に賽銭投げさせてくれよー』『わんころちゃんて収益化申請してんの?』

 

「んー?、してないですね~、今のところ予定もありませんし~」

 

私が配信をしている動画投稿サイトであるVちゅーぶでは他のサイトと同様に広告や投げ銭機能と呼ばれる配信者が収入を得ることができる収益化の申請ができます。

 

Vちゅーぶの収益化条件は投稿した動画の累計視聴回数一万回以上に加え、チャンネル登録者数3000人以上というなかなかに厳しい条件ですが、これはなんとかクリアしています。

それではなぜ収益化しないかというと、そもそもお金を得ても有効に活用することができそうにないからです。

他の配信者さん、例えばフロントサルベージ所属の配信者さんは新人のわちるさんを含めて全員が収益化しておられます。皆さんは収益化で得られたお金で実況するゲームを購入したり、配信機器を新調したり、最近では珍しい食べ物の情報と共に投げ銭が投げられて、後日その食べ物を食べたお話を配信で語っているのを見かけたことがあります。

視聴者の皆さんもそんな推しの姿を見られるからと気軽に投げておられるようです。

 

ですが、私は電子生命体なんですよね。収益化してお金を頂いても今のところ何に使えばいいかあまり思いつきません。この空間を開拓するのに注力しているのでゲーム実況などには手を付けていませんし、高性能のマイクやPCもいりません。食べ物についても同様です。

あり得るのは何らかの有料ソフトなどの購入に用いるぐらいでしょうか?まあ、環境に最適なものを自作できるのであまり活用する機会はなさそうですけど。

 

「収益化しても~移住者さんにしてあげられることはありませんからね~頂いたものを返せるくらいに開拓を頑張るしかできそうにありませんよ~」

 

『そんなこと考えなくていいよ?』『投げたいから投げてるだけだしね』『金かかる趣味がないからじゃぶじゃぶ投げていくわ』『うっせえ!金ならある!投げさせろ!!!!!!』『てか、マジな話この開拓風景だけで金とれるレベルなんだよなぁ』『はよはよはよはよ』

 

「ああ~もう、分かりました!何か考えておきますから~皆さんも何か要望があれば言ってくださいね~?」

 

 

 

 

神社を後にして最近造った参道を辿って山を下りていきます。森の中に造った参道は石畳を敷いて、比較的歩きやすく整備してあります。時々ゆらゆらと落ちてくる葉の影が石畳に写る様子を眺めていると、落葉や桜の季節は何とも綺麗な光景を拝めるのではと期待してしまいます。

そのまま進んでいくと鳥居が現れそこで石畳は終わり、整備された農道が現れます。整備といっても大きな石をどかして雑草を刈った程度なんですけどね。

 

「この道を南にいけば~わたつみ平原へと行けます~予定地候補は何も創ってない北か~東ですね~」

 

『おk』『了解です』『こうやってじっくり犬守村を見たのって初めてかもしらん』『どっちに行く?』『北はほぼ無編集な状態やね』『対して東は前に造った水田予定地があるか』『まだ田植えはしてないのか』『配信でやるって言ってたっけ?』

 

「田んぼは水が張ってあるだけですね~近々田植え配信をして~それが終わったらほかの野菜と同じように夏まで時間を進めようと思います~あ、一度お米の味を確かめたいのでいくらかは収穫まで成長させてみるつもりです~」

 

『田植え配信たすかる』『水張ってあるだけでも絵になる』『鏡みたいで綺麗よなー』『東に山創るとなると、この水田の先ってことになるのか』『このまま北に山を創ると犬守村の隣ということになる。それじゃわざわざ動物の山を分けて創った意味がなくなるのでは?』『ああそっか、畑が荒らされないように住処を分けるんだもんな』

 

「なるほど~確かにこのまま犬守山の隣を動物の住処にするのはちょっと問題かも~。ですが、決して動物がその山から出てこれないような隔離された場所にするつもりはないのです~あくまで彼らが定住できるお家として山を創る予定なので~」

 

この動物の山も一つのエリアとするつもりなので、やろうと思えばこのエリアだけに動物が存在するようにも出来ますがそれはさすがに違和感ありすぎです。天然の動物園かと。

山をメインの生活圏として頂いて、都度ふもとへと姿を見せていただけるくらいが丁度いいでしょう。

 

『ならやっぱり北はダメだな』『すぐ隣に創るなら動物が住処を拡大すると結局犬守山も動物の住処にされるわな』『お家の周りが肉食獣だらけに……』『それはマズイな』

 

「動物が住んでくれるのは良いのですがやっぱり限度がありますからね~今後大型の動物も実装する予定なのでわんこーろがおもてに出られないようになっちゃいます~」

 

北はまた何か別のもの創ることにして、予定地は東のどこかということにしましょうか。

 

「では東の先~田んぼを越えた向こうへ行きましょう~」

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ田植えを行っていない水田を風が通り抜けていきます。鏡のように鮮やかに風景を写していた水面はその風によってまるですりガラスのように写した風景をぼやけさせ、波紋を広げていきます。

そんな水田に沿うように造られた水路では緩やかに水が流れていき、山の川から流れてきた水はこの季節でも驚くほど冷たくて、手でちょっと触れてみるととても気持ちいいです。

最近では蝉の鳴き声もちらほら聞こえてくるようになり、きっと田植えを終えるころにはこの水田も蛙の合唱が聞こえてくるようになるでしょう。

 

「ここら辺もらしくなってきたでしょ~?配信では言っていなかったのですが~空の色や太陽の色も初期の10倍ほどに増量しています~山の位置や過去の気象データなんかを利用して風や雨の発生条件もよりリアルに再現するように改良してあります~」

 

『分かる。かなり鮮やか?になった』『青色だけに見えるんだけど確かに鮮やかという表現が似合うな』『雲ももくもくしてて面白い』『入道雲だね。思ったより立体感あってびびる』

 

田んぼを越えるとその先はほとんど何もありません。真っ白な空間というのもなんだか嫌なので地面だけは創ってありますが、そんな何もない地面だけの土地が延々と続いているだけです。

 

「ここら辺に創ります~?犬守山からは遠いですし~……田んぼは近いですが」

 

『うーん……』『田んぼが近いのがなぁ』『ある程度は仕方ないのでは?折り合いをつけないと』『そうそう妥協しないとどこにも創れんて』『それに動物の被害もそれほど深刻に考えなくてもいいかもしれん』『←うん?どゆこと』『野生動物が山から下りて田畑に被害を出すのはつまり山に食べ物がなくなったから。住処の山に餌が豊富ならわざわざ人間のいる場所までやってくることは無い。動物って基本臆病やしね』『なるほど』『……まあ山の食べ物より人間の作る野菜のほうがおいしいからってやってくることもあるが』『やっぱダメじゃん!』

 

「う~ん……何か畑と山の間に壁、とまでは言いませんが~侵入を抑止する何かが必要ですかね~」

 

『壁つくる?』『柵や網ならまあ景観的には妥協できるか……?』『もっと自然的なものがいいなぁ』『じゃあ川にしよう!』『川がいいかな』『今まで造った川よりももっと大きくて深い川……河を造るのはどう?』

 

「ほほう!河ですか~!なるほど確かにそれなら景観を損なわずに動物の侵入も抑止できそうですね~今までのような小さな川でなく、この空間で一番大きな河を造ることにしましょ~!」

 

そうなるといろいろ考えることが増えてきますね!大きな河を造るならそこを横断するために橋を架けたいです。橋は何製にしましょうか。石造りでもいいですし、木材を使ったものもいいですねぇ!

犬守山の川や、そこから派生した疎水も合流させましょう。大きな河ですからヌシみたいなのも生み出したり……!

 

「ではではここに河を創って~それから動物たちの山を創っていきますね~、皆さんも配信やメイクにてどんどん意見やアイデアを下さい~、では今日は予定地を決定したここまでで配信を終わります~またこの犬守村に帰ってきてくださいね~それじゃばいばい~いってらっしゃ~い」

 

『いってきまーす!!』『また帰ってくるよわんころちゃん』『おつでした~』『ばいばい~』

 

 

 

 



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#41 ナーナ・ナート

既にかなり遅い時間、こんな時間に配信する配信者はそれほどいない。そのため普段なら動画投稿サイトへのアクセスもそれほどなく、行われている配信も視聴者数は多くて三桁がせいぜいだった。

そんな中、一つの配信が同時視聴者数五桁を記録し、まだまだ伸びている。

その配信こそがフロントサルベージ所属配信者ナーナ・ナートの配信だった。

 

「は~い!なー党のみんなー今夜もナートの配信に来てくれてありがとー!待機画面ですでに千人以上待機とかナートに期待してるヤツ多すぎか~?」

 

『出イキりすんじゃねえ』『ホント声は良いのがムカつく』『ヒキニートの代表が何言ってんだ』『アーカイブ残すんじゃねえぞ、わちるんの教育に悪い』『こいつだけFSから隔離してくんねえかな』

 

「相変わらず辛辣すぎだろお前ら!ナートだって生きてんだぞ!ついでに豆腐メンタルなんだぞ!泣くぞ!?」

 

『とうふってなんだよ』『食べ物だぞ』『豆腐とはその名の通り腐った豆のことさ!』『ならナートの出番だな』

 

「腐ってねえよ!食べ物だよ!腐ったものは私の専門分野みたいに言うんじゃねーよ!ほらほら今日のゲームやってくぞ!やるのは完全新作の死にゲーだ!はいスイッチオン!」

 

『おーん!』『実際専門だろがよ』『もう配信でゲロらないでね』『ゲロASMRは助からなかった』『FSのやべーヤツ』『FSの汚い枠』

 

「うっさい!うっさい!ゲームに集中させろや!ほら始まったぞ!」

 

『配信者が視聴者を罵倒する配信はここだけ!』『もっと配信者らしくしろ』『これは推せない』『ナートで鬱屈した感情を溜めてわちるんの配信見るといつもの二倍はわちるんが愛おしく思えるようになった。ありがとうナート!』『←さすがナー党歪んでいる』

 

「まったく……おおー!いいじゃんめっちゃグラ綺麗じゃん!違和感ねえわ」

 

ゲームを開始したナートは初見でありながらサクサクと進めていく。所謂初見殺しと呼ばれるトラップや謎解きも難なくこなしていくため、ナートの悲鳴を期待していた視聴者は少し腑に落ちない。

 

『ゲームは上手いんだよなぁ』『ナートは性格以外は配信者向きのスキル構成してっからな』『性格ダメってそれ致命的じゃん』『配信者としてだけでなく人としても致命的だよな』『FSのアンチはすなわちナートのアンチだからな』『FSに対するヘイトを一身に受ける姿だけは尊敬できる』『←ほぼ自業自得でアンチ生み出してるから尊敬はできない』

 

「てめーらゲーム見ろや!!ほらほらノーミスでボス前まで来たぞ!褒めろや!」

 

『要求すんじゃねーよ』『褒めるかどうかはこちらの判断で行います。黙ってください』『てかそこでノーミスとか普通だから』『ヌルゲーというかこれ雑ゲーなんだよな』

 

「ああーそれは分かるわ。UIぐっちゃぐちゃだし、ストーリーもビミョ~だし評価できるのグラぐらい……?あ、グラとぐらい……めっちゃ上手いこと言った!」

 

『は?』『は?』『??????』『バカ?』『プレイ中のゲームディスるとか馬鹿か?』『まーたゲーム制作会社からクレーム来るぞ』『室長に怒られろ』『また配信禁止されろ』

 

「ち、ちがーう!!ディスってなんか無いっての!そういうつもりは無かったのー!!こ、これは厳しめの意見ってやつ!今後に期待してるからこその批判なの!」

 

『焦って釈明しても遅いわ』『ナートをいじめている時が唯一俺の心が休まる時なのだ、すまんな』『ナートは泣かせてこそ真価を発揮するからね』『もうずっと泣いてろや』

 

「うるっさいわ!泣かねーよ!……グスン」

 

配信画面から何やら水音が聞こえる。ヴァーチャルなナートも目元から何やら光るものが見える。さすがにかわいそうになった視聴者は仕方なく慰めにかかる。

 

『あーもう悪かった悪かったマジで泣くなよ』『相変わらずザコザコメンタルなんだから』『ナートの言ったことも分かるがな。サルベージされたゲームはまだしも完全新作にほぼ良作なし』『どれもグラは良いんだがそれ以外は雑いし、システムももっさりしてるし』『サルベージされた昔のゲームはグラは荒いがストーリーやシステムは神ってた』

 

「グスグス……それは仕方ないんよ、サルベージされたゲームはそれまでの何十年も積み重ねられたノウハウがあるからね、完全新作だとそれがないし、手さぐりでゲーム作ってるようなもんよ」

 

しばらくして泣き止んだナートはまだまだゲームを続けていく。

珍しくない見慣れた光景とはいえどこまでも続く広大なフィールド、それが美しく表現され、やはりそこは評価できる点であり改善の余地はあるが決してクソゲーとは言えない出来栄えだとナートは感じていた。

 

「まあ、色々言ったけど私はこのゲーム好きだよ!きっと昔のゲームみたいにこれから大人気になっていく!……はず?」

 

『急に好感度調整するな』『疑問形にするな』『そこは言い切れよ』『ゲーム企業から案件来てもナート以外とか条件付けられそう』

 

その後、ナートは順調にゲームを進め、二時間ほどで配信を終了した。終始ナートとナー党との激しい煽り合いが繰り広げられたが、それもいつもの事。

ナートは締めの言葉を言ってその日の配信を締めくくった。

 

 

 

 

「ふい~今日も有意義な配信になったな~まったくナー党のみんなも何だかんだ言って配信に来てくれるんだからありがたいよな~」

 

ずっと座っていたため凝り固まった体を、ぐぐっと伸びをしてほぐすナートは少し小腹が空いたと感じ、何か食べ物を頂こうかと部屋を出て一階へ下りていく。

 

「あっ、ナートちゃんお疲れ、配信見てたよー」

 

「なこそちゃん!こんばんは~。配信見てたんなら助けてよ~」

 

リビングではなこそがゆったりとくつろいでいた。夜食用の携帯食料を片手に端末を操作している。こんな時間にまだ起きているということはまた徹夜で作業をしていたのだろうとナートは思い至る。

 

「何言ってるの、あれがナートちゃんの配信の醍醐味でしょ?むしろ今日はまだマシだったと思うけど……それと、配信ではあまりマイナスなことは言わないほうがいいよ?ゲームの内容だけじゃなく、どんなことでも否定より肯定していく方がみんな聞いてくれるよ?」

 

「うぐ……分かってるんだけどね、無意識に出ちゃうんだよぅ」

 

「まあ素のナートちゃんが配信するから人気なんだから今更言っても遅いかな。ちゃんと最後はフォローしてたみたいだし。私も好きだよ、ナートちゃんと同じで」

 

「えっ!?それってどっちの意味?私が好きって意味!?」

 

「どうやったらそう捉えられるの。ゲームが好きって意見に同意するって意味」

 

「ちぇ、なんだよー」

 

その後もナートとなこそは会話を繰り返していった。ある時は配信についてのアドバイスであったり、ある時は最近の流行であったりと他愛のない話がほとんどだった。

しばらく話していると不意に互いが無言になり、少しおいてなこそが話し始める

 

「……最近、わちるちゃん元気がないみたい。前にお客さんが来たくらいからだと思うの」

 

「それは私もちょっと気になってた……。気負ってるというか、なんだか思い詰めているような気がする。……私が灯さんに迷惑かけたから……?」

 

「そんなわけないでしょ。室長もわちるちゃん本人も気にしなくていいって言ってたじゃん」

 

自身が寝ぼけたのが原因で灯を足止めしてしまい、その結果わちるが不快な思いをしたのだと後日知ったナートはわちるに謝ったのだが、当のわちるはその時は気にした様子はなく、謝ったことに逆に謝られてしまったぐらいだ。

 

だが……。

 

わちるは配信では変わりなく楽しそうにしている。めいいっぱい楽しんでいるのが画面越しでも分かるほどだ。けれども共に一つの家で生活しているとそれだけでは無いと分かってしまう。

 

「ナートちゃんも出来れば気にかけてあげて欲しいんだけど良いかな?」

 

「もっちろん!わちるちゃんも大事なFSの妹なんだから当然だよ!」

 

普段はとてもだらしない姿を晒し、ものぐさなナートだが、彼女がFSという家族を大切にしていて、そのために積極的に行動する性格であることはFSの関係者は皆知っている。だからこそそんなナートの力強い言葉になこそはいつも安心することが出来るのだ。

 

 

 

 



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#42 見えない亀裂

 

皆さまおはようございます。最近平日の配信がままならず、お休みしておりました。何とか実装途中の河の予定地や作りかけの山の姿をメイクにて動画として投稿しているのですが、やっぱり配信で移住者さんとお話しする方が身近に感じられる気がして私は好きです。

なので休日である今日はめいいっぱい移住者さんとお話ししながら開拓していく雑談兼作業配信にしました。

狐稲利さんも久しぶりに移住者さんとお話しできると聞いてとても喜んでいます。

 

「河を創るのは良いですけどやっぱり堤防も一緒に造っておきましょう~田んぼに近いので大雨が降って氾濫するといけませんから~」

 

『台風とか梅雨とかあるもんね』『そんな面倒なこと実装しなくていいと思うけどな』『台風は災害という面もあるが、普段雨の降らないような地域に降水をもたらす益のある現象でもある』『梅雨もおんなじだな、夏の期間に雨がまとまって降ってくれるのはありがたい』

 

「移住者さんわんこーろの知らぬ間に物知りになっておられますね~これはわんこーろとしてもありがたいことです~一緒に村を発展させていきましょ~ね~」

 

さてさて河と堤防、さらにその先の動物たちの山を創っていくのですがいつもの通り、まずは大まかな形を創って、それから細かな部分を仕上げるようにしていきたいと思います。

 

既に今日の配信までに河にする場所を掘り終えており、山の方も植物は植えていないですがある程度の形を創り終えてあります。

河に敷き詰める岩や砂利、水棲生物各種、山は水の湧く場所を設定して動物の食べ物となる木の実や果物のなる木を植えていく。

ちょいちょい空に昇って全体を確認しながら修正を施し、また設置と植林を繰り返します。

この作業は狐稲利さんにも手伝ってもらっていて、私がある程度の形を創った後に狐稲利さんに色を付けてもらって配置して頂いております。

 

「ふ~む、いつもの雑談でもいいんですが~どうせなら皆さんの質問に答えていく配信にしていい~?」

 

淡々と作業していくのも移住者さん的には問題ないとおっしゃってくださっているのですが、ふとこれまでのDMやら配信での気になったコメントなどの返信が溜まっていることを思い出しました。

私もこれは答えておいた方がいいかな、という質問もあったのでいつかはコメント返し配信を行おうと思っていたのです。どうせならこの作業配信中にそれらを消化してしまいましょう。

 

『マジで!?お願いします!』『楽しみ!』『お便り届いてる?』『前に送ったDM見てもらえてた!?』『まさか返信してもらえるとは』

 

「では~頂いたお便りやコメントを読んでいきますよ~まずはこれ~"この世界はどれだけ大きいの?"です~。ふ~む、実は私も完全に把握しているわけではないんですよ~何度か空間のスキャンを行っているのですがそのたびに規模が拡大していってるようなのです~」

 

『謎の空間に住むわんこーろちゃん』『実際どこなん?仮想空間だよね?』『位置情報(アドレス)ほちい』『やめろやめろ不特定多数が見てる配信で公開とか悲惨な結末しか見えん』

 

「配信は移住者さん以外もご覧になっておられますからね~、たぶん今後も犬守村の場所は公開しないと思います~、そもそもわんこーろもこの空間で生まれたからネットの海に遊びに行っても何となく帰ってこれますけど~皆さんがここを見つけるとなると至難の業かと~」

 

『今現在まで特定されていない時点でね』『映像データから場所を特定するのとはわけが違うだろうな』『ネットは広大だわ』『いつか漂ってたら辿りつけるかもしれん』『俺はここで見ているだけで満足ですわ』

 

「では次~"わんころちゃんの耳としっぽは本物ですか?"うん~もちろん本物だよ~ほらほら~」

 

画面に向かって大きく耳をぴこぴこ、しっぽをふさふさと動かしてあげます。今までも無意識にゆらゆら動いていたとは思うのですが、今の時代ケモミミ付きのヴァーチャル配信者もじわじわ増えてきているので同じようなアクセサリー的なもので動かないと思われていたのでしょう。

 

『かわいい』『触ってみたい……きっともふもふしてんだろなぁ』『いい匂いもしそうだよな』『もっと日ごろから動かしてアピールしてけ?』

 

「んふふ~~、へっ?、わ、わわ~!?こ、狐稲利さん~!?くすぐったいです~!!」

 

「!……」

 

揺れ動く私のしっぽに突然狐稲利さんがさわさわと優しく触ってきます!最初は恐る恐るだったのですが、途中からなんだか手触りが気に入ったのか興味深々といった真面目そうな顔でさわさわとしてきます!

ちょ、これは思っていたよりこそばゆいですよ!?

 

「わ、わちるさん……!後で覚えておいてくださいね~!」

 

『よくやった』『さすが狐稲利ちゃん!俺たちに出来ないことを!』『平然とやってやがる……!』『誰だ狐稲利ちゃんに仕込んだのは!?よくやった!』『まーたわちるんか』『わちるんもうそろそろわんころママに接触禁止令出されそう』『わんころちゃん既にわちるんの仕業と断定してて草』

 

事前に送られていた質問をあらかた片づけた後、今配信を見てくださっている移住者さんの質問にも答えていきます。

 

『狐稲利ちゃんは個人のチャンネル持たないの?』

 

「!!」

 

「……イヤだって~。わんこーろと一緒じゃないと嫌みたいです~」

 

『わんころちゃんはくしゃみできる?』

 

「これは……くしゃ民……?、まあ、電子生命体でもくしゃみするかもしれませんね~。もちろんその時はミュートしますけど~」

 

『前のわちるんとの同時視聴良かった!またコラボ予定ってある?』

 

「うーん、今のところ予定はありませんね~まだこの世界も創りかけですしね~もうちょっと余裕ができてから、もし誘っていただけるならしたいですね~」

 

『配布してもらった3Dモデルを動画制作に使わせてもらってもいいですか?』

 

「もちろん大丈夫ですよ~?今配布中の3Dモデルはすべて軽量化したものにしてあるはずですので~皆さんのPCでもダウンロードできるはずです~、あ、もちろん"魂"は無いので皆さんの手で存分に動かしてあげてくださいね~」

 

 

しばらくの間そうやって皆さんの質問コメントを返しながら狐稲利さんと共に作業をし続けて、ついに河と堤防、山の大体の形が出来上がりました。

細かな作業が残っているでしょうけど、とりあえずは外観が出来てそれを紹介できたので、今後微修正を施しながら完成を目指していきたいと思います。

 

河は犬守山より流れる本流と、そこから分かれた犬守疎水を流れの中で巻き込み、大きな河となって新たな動物たちの山と田んぼの領域とを分割し、わたつみ平原を迂回して南西へと流れていきます。

河の対岸は小さくその姿が確認できる程度で、幅だけでもかなりのものとなっています。今まで制作してきた川とは異なり流れもかなり急なもので、容易に渡ることはできそうにありません。ですが川岸のあたりは露出した岩々の影響で流れが緩やかになっており、水遊びするには最適な環境になっています。

 

動物の山は基本的に木を植えた程度なのですが、今後木の実や果物の生る植物の実装や湧き水の設置なども手掛けていく予定です。

 

「ある程度は形になってくれましたね~細かな部分に手を付けていないので不自然な点はありますが、それも配信内外でちょくちょく修正していきますね~それでは今日はこのくらいで配信を終了したいと思います~次回の配信までには山を完成させて~タヌキをその山に実装したいと思います~。ではでは移住者の皆さま次回までいってらっしゃ~い」

 

『おつー』『今日も珍しいものいっぱいで楽しかった!』『満足な配信内容だったな』『定期的に返答配信してくれると助かる』『こうやって聞いていると俺たちわんころちゃんの事あんま知らなかったんだな』『まあ、謎なところがあるのもわんころちゃんの魅力よ』『また次回までお仕事いってきまーす!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

配信が終了し、私と狐稲利さんは体の汚れを落とし、神社に併設された我が家へと帰ってきました。

まだ家は改装中のため、お風呂もまだ使えない状況です。早くあったかい湯船に狐稲利さんと一緒に浸かって疲れを癒したいですねー。

お疲れな狐稲利さんはあくびをして眠たそうにしています。

 

「……」

 

「狐稲利さんおねむですか~?少しお昼寝してしまいましょうか~」

 

私が敷布団を部屋の影になる場所に敷いて狐稲利さんを手招きするとふらふらとやってきて、そのまま布団にぽすん、と横になってすぐにくうくうとかわいい寝息を立て始めました。

 

「もう、まだまだ子供ですね~」

 

もうすぐお昼になります。夏真っ盛りという感じではありますが、犬守村はそれほど暑苦しくは感じられません。実際気温はそれほど高くなく、さらには現在この土地は犬守山と動物の山の間に存在しているため、わたつみ平原の先にある山々より吹き降ろしてくる冷たい風が山の谷間にあたるこの場所にそのまま吹き込んでくるので熱がこもらず涼しさが保たれています。

とはいえ夏とは暑いもの。ささっと創ったうちわで眠っている狐稲利さんを優しく扇いであげます。

 

蝉の忙しない鳴き声を聞きながら、ゆらゆらとうちわを動かしていると緩やかに流れる時間を感じることが出来ます。生ぬるい空気が涼しい風と混じって髪を揺らしていくのが心地いいです……。

 

 

「……ん~?メイクのコール?」

 

私もそのまま眠ってしまおうかと思っていたところメイクよりコール(よびだし)がきました。ゆっくりとブラウザを立ち上げ、誰からのコールかを確認します。どうやらDMでなく、音声通話のコールのようです。

となるとコールしてきたのは誰なのかおのずと分かります。DMに関してはフォローしている方々から寄せられるのですが、私と音声通話の設定を交換しているのは一人しかいません。

 

「もしもし~こんにちは~音声通話なんて珍しいね、どうしたの~わちるさん?」

 

「あ、あのえと、わんこーろさん…、お疲れ様です、配信見てましたよ」

 

なぜか通話先のわちるさんは最初おどおどとしたふうに話し始めました。

 

「え、本当~?うれしいな~。わちるさんのところの視聴者さんもちらほら見に来てくれているみたい~ありがとね~」

 

「い、いえいえ!わんこーろさんの配信はいろんな人に人気ですし!それはわんこーろさんの実力ですよ!」

 

「んふふ~登録者10万人目前の人気配信者さんにそう言ってもらえると自信になりますね~」

 

「もうっ!からかわないでくださいってば!」

 

からかってはいないんですけどね、もうすぐチャンネル登録者が10万人突破するのは事実ですし、それはわちるさんの実力にほかなりません。

 

「んふふ~……、そういえばわちるさんは私に何か聞きたいことはないんですか~?」

 

「……え?」

 

「ほら~私の配信を見てくださっていたということはコメント返しのところもご覧になっていたんでしょ~?移住者さんに遠慮してわちるさんはコメントされなかったのかな~と思って~」

 

「い、いえ……私は……」

 

どうしたのでしょう?またわちるさんがなにやら言い淀んでいるみたいですが、そんなに言いにくい質問だったのでしょうか?だからメイクのプライベート通話で質問を?

 

「別になんでもいいですよ~?わちるさんには隠すことはありませんから~」

 

「じゃ、じゃあ……配信お休みの日なんかは何してますか?」

 

「んふふ、なにそれ~、ふふ、そうですね~狐稲利さんと一緒に畑や田んぼの手入れなんかをしてますね~」

 

思っていたより普通な質問ですね。一体なぜあんなに言葉に詰まっていたのでしょう?

 

「……いえ、あの……そうじゃ、なくて……配信外では、何をしているのかな、と」

 

「?……ですから~犬守村の周りの手入れを――――」

 

「そうじゃ、なくて!!」

 

突然、わちるさんが今までに聞いたことのないような大きな声でそう言います。

 

「――――わちる、さん?」

 

「っごめんなさい!!なんでもないんです!!なんでも!!」

 

わちるさんは何かを飲み込むように、あるいは先ほどの言葉を後悔するかのような悲痛な声を上げます。叫ぶような、あるいは泣き出しそうな。

 

……ああ、そうか。わちるさん、あなたは本当に私のことを友達だと思ってくださっているんですね。

 

だから、私を知ろうとしてくれている。謎を謎のままにすることを良しとせず、私を私として理解したいと思い、勇気を出してくださっている。

 

たとえそのきっかけが思いもよらない、不本意な何かであったとしても。

 

「わちるさん」

 

「ごめんなさい!ごめん、なさい……」

 

「わちるさん、落ち着いてください。……私にはわちるさんの言いたいことが正確には分かりません。ですけど、なにに悩んでいるのか、おおよそ見当は付きます」

 

「…………」

 

「――――わちるさん、私は電子生命体です。私は電子の海に生きる生命体で、肉体を持たない情報によって形作られた存在です。……わちるさん、私は、"人ではありません"」

 

「……わんこーろさん……」

 

「信じていただけないかもしれません。これまで言っていたこともすべてただの配信者としての設定としか思われていないということも承知しています。それでも、わちるさんには、わちるさんだけには、もう一度真面目に話しておきたかったんです」

 

さんざん私が配信で言っていた電子生命体であるという事実。けれどそれを事実だと思っている方は恐らくいないでしょう。

本当にそうなのではないか?と、考える方だってわちるさんを含めてどれだけおられるか。

 

「……私、わんこーろさんのことを、そうだって思ってました。本物の電子生命体だって」

 

「うん、うん」

 

「でも、でもやっぱりわからないんです!どう考えたらいいか、分からないんです!!わんこーろさんが人じゃないって!私と同じように生きてはいないって、……一緒にお買い物したり、手を繋いだり、お泊まりしたりだって、……そんな事もできないなんて、そんなの……そんなの私には難しすぎますよ……」

 

わちるさんの声は徐々に小さくなり、か細いものになっていきました。そして最後にもう一度ごめんなさいと呟いた後、通話は切断されました。

 

「わちるさん……」

 

恐らくわちるさんは私という存在をどう受け止めてよいのか、あるいは私の言葉が真実であるかわからず混乱しているように思えます。私のことを電子生命体だと思っていたとしても、それを深く考えた事がなかったのでしょう。

 

"わんこーろは電子生命体である"という事実が"わんこーろが人ではない"という事実と結びついていなかった。そして私の言葉によってその可能性に気づいてしまった。

それはわちるさんを混乱させるのに十分な衝撃だったのでしょう。

いつも楽しく話していた、友達だと思っていた人が、自身と全く異なる存在かもしれないと思い至ってしまった。

 

「……こればっかりは、私にはどうにもできませんね……」

 

わちるさんの苦悩を取り除いてあげたい、けれどその苦悩の原因が私である以上、私が何か行動を起こせば事態が悪化することになるかもしれない。

 

私を本当の人外と見るか、設定を決して崩さない人間と見るか、どちらにしろ今の私には親友であるわちるさんが私を受け入れてくれることを願うしかできない気がします。

 

 

 

 



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#43 けものの山

二話投稿します(一話目)


あの後、私は何度かわちるさんと連絡を取ろうかと考えました。わちるさんに私がどのような存在なのか、理解して受け入れてほしいと願っていたからです。

ですが考えてはいても、実際に話をしようとする寸前で立ち止まってしまいます。

 

「うう~~なんであんな冷たく言っちゃったんだろ~……もっと言い方があったでしょうに~……」

 

あの時私が人では無いと真正面から言ってわちるさんを混乱させるくらいなら、設定重視な配信者と偽り、そのように振る舞っていた方が彼女を苦しませずにいられたのではないか?そんな考えが頭の中をめぐり、後悔を感じてしまうのです。

ですが、それで一生だまし続けられるわけではありません。結局どこかで私がわちるさん達とは全く異なる存在であることは露呈するでしょう。ならばその前に自分から言ってしまう方がいいと思ったのですが、何ともうまくいかないものですね……。

 

私自身は、私が何者なのかなんてそんなことはもうどうでもいい事で、移住者さんは私自身を受け入れてくれるから考えなくてもいいなんて思っていたけれど、いざ本当の自分を受け入れてほしいと願ってしまうとこれほどまでにどうすればいいのか分からなくなってしまうなんて……。

とはいえあの時のわちるさんはまるで意を決したような声音でした。私が受け入れてほしいと切実に願っていたように、わちるさんは私を深く知ろうと考えてくださった。

 

「なんだか、すれ違っている気がしますね~……」

 

「…………?」

 

「ああ、狐稲利さん……。大丈夫だよ~もうすぐ配信時間だし、しっかりしないとね~」

 

いけませんね、これは私とわちるさんの問題です。こんな顔をしていたら何も知らない移住者さんたちまで不安に思わせてしまいますね。配信の時くらいは切り替えていかないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動物の山は深い森に覆われ足元もかなり悪く、人が登るには一苦労する山です。ですがその山に住まう予定の動物たちにとってその入り組んだ構造は住処となったり、身を隠す場所になったりと生活しやすい環境となっています。

食べ物となる植物も多く自生し、生きるにはそれほど苦労しないはずです。

 

「先日の配信から今日までちょこちょこ追加したりして~だいぶにぎやかな山になりました~」

 

『犬守山よりも森深いな』『思ったより薄暗い。周りがほとんど見えないぞ』『今は安心だけど、肉食動物が飛び出してきそうで怖い』

 

「隠れる場所がいっぱいあるだけでなくてですね~ドングリなどの木の実ができる木をいっぱい植えてあるので食料の点でも安心だと思います~」

 

ドングリや栗の木、足元を見れば赤いキイチゴの実や各種キノコ類などが確認できます。まだ実をつける時期ではない植物もありますが、その時になれば大量の食料を供給してくれるはずです。

私たちが食べることのできるものも実装しているので季節になったら少し動物たちから分けてもらいに来ましょう。

 

「………?」

 

「あ~だめですよ狐稲利さん~ふらふらどっかにいっちゃ~、狐稲利さんとはリンクがつながっているので何処にいるのかわかりますけど~あまり離れないようにしてくださいね~」

 

木を指さしながらなんという木か、どのような実を付けるのかを移住者さんに説明していると狐稲利さんが真っ赤に熟れた木の実をじっと見つめて興味深そうに近づいていきます。

この山には露骨な毒ありの食べ物は実装していないので食べても平気なのですが、そのまま放っておくとどんどん山の奥に行ってしまいそうなので、狐稲利さんの腕をとり引き止めます。

 

『おいしそうな木の実に釣られる狐稲利ちゃんに草』『仕方ないだろ育ち盛りなんだから』『わんころちゃんより大きいのに?』『それは違う。わんころちゃんがちっちゃいだけです』『まだ成長途中だから……希望はあるから……』『わんころちゃんは今のままでいいんだよ!』『お前また名誉移住者ニキに燃やされるぞ』

 

「食欲というより単純な興味なんだと思います~緑ばかりな森の中に真っ赤な何かがあるわけですからね~」

 

色は派手ですがそれほど香りがあるわけでもないので口に入れようと考えての行動ではない、と思います。狐稲利さんは本当に好奇心旺盛で見るもの創るものすべてに目を輝かせてワクワクしながらその様子を観察して理解しようとしています。

 

配信外ではいつも犬守山を駆け回っている狐稲利さんはもしかしたら私以上にこの空間のことを知っているかもしれません。

もちろんこの世界の創り手としてその世界そのものと繋がっている(リンクしている)私は何処に何があるのかとか、生物が今何処で何をしているのかなどは手に取るように分かるのですが、例えば山の頂上から見える鮮やかな夕焼けであったり、やたの滝から落ちる滴のきらめきであったり、わたつみ平原を照らす満月の大きさであったり。

それらは実際にこの空間をその足で見て回っている狐稲利さんの方が知っているのではないでしょうか。

 

「しばらく山を歩いていますけど~もうそろそろ頂上に着きますよ~」

 

狐稲利さんと手をつないだまま山頂へと進んでいきます。頂上付近はそれほど入り組んだ森にはなっておらず、ところどころ湧き水によって形成された渓流や池が姿を見せます。

私の構想としては山の麓から中腹あたりまでは草食、雑食の動物の住処にして、頂上へとなるにつれて肉食の大型動物が縄張りにしている、という設定にしていこうかと考えています。

 

色々な動物を実装させたいので、ある程度動物の生息域を無視したごちゃまぜになりそうな気もしますが、まあ今更なんで深く考えなくていいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!頂上に到着しました~どうですか~?すごく大きな樹でしょ~?」

 

『めっちゃでっか!!』『幹の太さが信じられないほどあるんですが』『わんころちゃん何人分てレベルじゃねえぞ、幹の太さはわんころちゃん家の土地分はある』『枝の伸び方もえげつないな、空一面に伸びてて画面に収まりきってない』

 

「……!、…!」

 

目の前には見上げんばかりの巨大すぎるほどの大樹が植わっていました。

移住者さんが驚きのコメントを書き込んでいる中、狐稲利さんはそのひときわ巨大な姿とほのかに香る甘いにおいにテンションが上がったのか、その場でピョンピョンと飛び跳ねて嬉しさを表現しています。

 

「この樹はですね~桃の木なんですよ~あの甘くて~美味しい~あの桃が生る木なんですね~もちろん桃が収穫できます~。本来桃の木は人が手入れしないとなかなか上手く成長してくれないんですよね~病気なんかにも弱いですし~でも、この桃の木は特別製なんですよ~なんせこの山の"中枢"を任せていますから~」

 

『桃かー』『超々高級果実で草』『一個で五桁円余裕で吹っ飛ぶアレですか』『天然なら6桁以上余裕の食い物を超越したなにか』『食い放題とは贅沢うらやま』『あれ?新しいシンボルってことはここって犬守山エリアじゃないのか』『けものの山はエリア別にするって言ってただろ?』『すまん境界が見えなかったから』

 

「少し見えにくかったかもしれませんが山の麓あたりに小さな石の祠が置かれてあります~田んぼとの境界線には道祖神が置かれてあるのでその二種類を境界にしてこの山を一つの領域として分けてあります~。さて~移住者さん今日のメインはこの桃の木をお披露目するだけではないのです~狐稲利さん、準備を始めますよ~」

 

 



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#44 作ってみるよ!!

二話投稿します(二話目)


桃の木の傍に腰かけた私と狐稲利さん。私は狐稲利さんの目の前にいくつもの道具を置いていきます。その光景はかつて私が初めて配信で3Dモデル制作をお披露目した時と全く同じ。

 

今回の配信のメインはこの山のお披露目だけでなく、狐稲利さんによるリアルタイム動物造形も含まれていたのです。

これまでも狐稲利さんには3Dモデル加工ツールの能力を模した道具を一通り使わせてあげていました。3Dモデルの情報初期化などが行える"裁ち取り鋏"や、御霊降ろしの際に用いた"写し火提灯"、植物の種を創るのに用いた"磨り出し鑿"と"見出し刷毛"など。

これらのツールは空間の開発や情報のサルベージを行っていく過程でその能力にかなりの強化、改良が施されています。

 

例えば裁ち取り鋏は本来3Dモデルを初期化するくらいしかできませんでしたが、今ではこの空間のものなら問答無用で初期化・変更することが出来ます。情報そのものを初期化するので、3Dモデルに付与されている硬さやら頑丈さなどは全くの無関係に初期化することが可能です。それだけでなく対象の情報さえ取得することが出来ればこの空間外の他所のデータも初期化することが出来ます。そのデータを取得するのも写し火提灯があれば楽に手に入れられます。

 

……こんな改造しまくった私が言うのもなんですが、悪用しないよう気を付けないといけませんね。

 

とにかく、今回は狐稲利さんのツール群の扱い方の総仕上げ的なもので、狐稲利さん一人で実装する予定であるタヌキの3Dモデル制作を行ってもらうつもりなのです。

 

「3Dモデル制作する上で一通りの流れは分かってますね~?分からなくなったらしっかり手助けしてあげますから~出来るところまでやってみましょ~?」

 

「!」

 

狐稲利さんは勢いよく手をあげ、分かった!と言いたげな顔でこちらを見つめます。早く始めたくてうずうずしているようです。それでは早速いってみましょう。

 

『かつてのわんころちゃんを見ているようだ』『あの頃はほんとなんも無かったからな』『真っ白な空間が今ではこんな立派な場所になりましたね』『古参としては感慨深いわ』『これってあれだろ?確かエモいってやつ』

 

「移住者さんも応援してあげてくださいね~、ではまずは裁ち取り鋏で基となるポリゴンを頂きましょうか~」

 

『え?マジ?』『まさかあの時と同じく地面を……?』『あの時は真っ白だったが、今回は…』

 

「だ~いじょうぶです~今回は~……うーんと、そうですね、あの桃の木から一本枝を頂きましょう~」

 

裁ち取り鋏を持つ狐稲利さんは私の指示に従って手が届くまで垂れている桃の木の枝の一本に鋏の刃を入れていきます。枝は音もなく樹から離れ、狐稲利さんの手の中に納まります。実際のハサミで枝を切断したわけでなく、接続部を初期化・変更して分離させただけなので元々枝のあった場所に切られた痕はなく、元から枝などついていなかったかのように綺麗な状態に修復が行われています。

 

「では狐稲利さん、もう一度」

 

「……」

 

手の中に納まっている枝にもう一度裁ち取り鋏を、今度は軽く鋏を触れさせるように優しく当てて枝を初期化します。一瞬その姿がぼやけ、テクスチャが飛び、形状が大きく変化していき、最終的には狐稲利さんが抱えるほどの大きなポリゴンの塊へと変化しました。

 

「さて、それでは始めましょうか~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動物の創造、その第一弾としてタヌキが選ばれ、その制作を狐稲利さんに任せると言ったその日から狐稲利さんの情報収集速度は目を見張るものがありました。

一日中ネットの海に潜ってありとあらゆるタヌキに関する情報をサルベージし始め、寝る間も惜しんで復元したタヌキの映像や動画を見ていることもありました。

寝なくても問題ないとはいえ人並みの生活を心がけている私としてはそのような不健康な姿は許容できないので強制的に布団の中に突っ込んだりしてました。

 

最初は私や移住者さんに褒めてもらいたいという感情からそのような努力をしていたようでしたが、途中から行動や習性といった情報よりタヌキの愛らしい映像や動画などを視聴する割合が増えていき、最近ではペットの名付け方なる書籍データの閲覧までしている様子。

 

……野生動物を創ってるんだけどなぁ……ペットにするんじゃないんだけどなぁ……

 

ですが嬉しそうに調べものをして、今現在真剣な様子で3Dモデル制作を行っている狐稲利さんにそんなことは言えそうにありません……。

ま、まあ一体くらいなら、……いい、かな?

 

「いい感じですね~骨格と筋肉の付き方も意識してくださいね~数値はあくまで数値なので狐稲利さんから見ておかしくないように創れば問題ありませんよ~」

 

磨り出し鑿を片手にポリゴンをごりごり削っていきます。画像、映像データより割り出した数値をちらちらと確認しながら丁寧に削っています。

 

『遊び心入れてけ?』『毛の流れは一定方向にするんだぞ』『今は夏だから夏毛であることを意識してね』『刷毛の色付けの時分かりやすいようにしておくといいかも』『意外と歯は鋭利だぞ』

 

移住者さんのアドバイスを聞きながら狐稲利さんは確実にノミを動かしていきます。多少私が手を添えてあげた部分もありますが、そのほとんどは狐稲利さんが手がけました。

 

「目の周りが黒いとタヌキって感じが出ますね~。……ふーむ、集中しているのか反応がありませんね~」

 

「…………」

 

見出し刷毛による色付けも塗り残しがないように丁寧に塗っていきます。終始無言、いえ狐稲利さんはいつも無言ではありますが、今回は私とのリンクでも何か話しかけているわけではないので、完全に集中して周囲が見えていないようです。

 

『まあそうだよな』『わんころちゃんの娘だしね』『こんなところまで同じとは恐れ入る』『これもしかしてわんころちゃんから学習してない?作業中はコメ無視するものって学習してない?大丈夫だよね?』『あり得そうで草』

 

「んぐ……否定できない……」

 

こどもは思っている以上に親のことを見ているんですかね、嬉しくもありますがなんだか今回のは少し複雑ですよ~。

 

 

少しして狐稲利さんの手が止まり、3Dモデルをくまなく観察した後、満面の笑みで私へと視線を移しました。

 

「――――!」

 

「おお~!ついに完成しましたね~良いですよ~かなりの完成度です~!狐稲利さんよくできました~」

 

『いーじゃん!』『かなりリアルな感じ!』『狐稲利ちゃんえらい!』『たいへんよくできました!』『いやマジで年単位費やした3Dモデルと言われても信じるレベルよ?』

 

出来上がった3Dモデルは私の想像以上のものでした。

本来すらっとした体形であるタヌキの形状を体毛が覆い、丸っこいシルエットになっています。今は夏なので、冬より毛の量は少ないのでそれほどもこもことはしていないのですが、それが逆にリアルさを際立たせます。目元が黒いのでぬいぐるみのような愛らしさがありますが、よく見ればその眼光はさすが野生動物、獲物を狙う鋭さを持っています。

ただ可愛らしいというイメージしかなければもっとアニメチックな容姿になりそうですがそうならなかったのは狐稲利さんがタヌキについてしっかりとした情報を集めていたからにほかなりません。

その点も含めて、狐稲利さんの頑張りを手放しで褒めてあげます。

 

「よ~しよ~し、いいこいいこ~さすがわんこーろの娘です~」

 

「!~~~」

 

『甘々わんころちゃん助かる』『極限まで甘やかしてけ』『俺らも甘やかしてくぞ!』『えらい!』『さすがだぞ!』『さすが俺の娘ですわ』『←はい村八分』『←きたわね名誉移住者ニキ』『なんか狐稲利ちゃん逃げてないかw』『狐稲利ちゃん顔赤い?』

 

いつもは困惑しながらも受け入れてくれる狐稲利さんがなんだか私のなでなでから逃げるようなそぶりを見せています。

 

嫌ではないようですし、顔が赤い……これは、照れ!?狐稲利さん恥ずかしがっているの!?

なんと!配信画面の前で服を脱ごうとしていた狐稲利さんに、ついに羞恥心が!?お母さん感激ですよ!

 

「おお~~~これはめでたい~~~これで配信BANの危険性が減りましたよおお~~!」

 

「!、!、!」

 

『わんころちゃんのハグから何とか脱出したい狐稲利ちゃん草』『すっごいジタバタしてますねぇ』『無理やり脱出できそうだけどなw』『恥ずかしくて引きはがしたいけど力ずくではしたくないという葛藤が見える見える』『わんころちゃん限界化からはよ戻ってこいw』

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、これより狐稲利さんの制作した初めての動物、タヌキに御霊降ろしを行っていきます~。基本的には虫にほどこしたものとそん色ないので失敗しないと思いますが~緊張の一瞬です~」

 

「…………」

 

緊張している狐稲利さんの手を取り写し火提灯の灯りで照らします。すぐさま狐稲利さんよりゆらゆらと光の球が現れ、それはゆっくりとタヌキの3Dモデルへと吸い込まれていきます。

 

「……!」

 

魂が完全に入り込んだその直後、ただの3Dモデルだったタヌキは目をぱちくりと動かし、ぶるる、と身震いをした後あたりをきょろきょろと見渡し始めました。

どうやら成功のようです。

 

『うおおおおおおおお!!』『きたきたきたあああああ』『動いた!マジリアル!』『ぬいぐるみが動いてるかのようだ!』『かわいい!!』『すっごい周り見てるな、警戒してる?』『野生動物だし当然だな』『次の瞬間には逃げ出しそう』

 

魂を吹き込まれたタヌキはいまだあたりを見て状況を確認しているように見えます。野生の動物は基本的に臆病ですし、下手に動くとその音に驚いて一目散に森へと逃げてしまいそうです。

 

「……」

 

そんな中、狐稲利さんはタヌキと目線を近くするようにしゃがみ、両腕を広げました。

いやいや狐稲利さん、相手は人を見たこともない完全な野生の動物ですよ?さすがに飼い犬みたいに寄ってくるわけが……。

 

え、なんか狐稲利さんに寄ってきたんですけど、え?なんで腕の中に納まってるんですかあなた。なんで暴れないんですか?

 

「~~~」

 

狐稲利さんはまるで当然とばかりに抱き寄せてますし……。

 

『おい野生』『誰かあのぬいぐるみに野生を実装して差し上げろ』『これタヌキじゃなくて中身犬じゃね?』『ほら、本能で創造主だって分かるんだよ……きっと』『それでいいのか野生』

 

 

その後、狐稲利さんの創った3Dモデルを元に数種類の大きさや毛色やらの異なる同種のタヌキを私が数体制作したのですが、どれも魂実装と共に速攻森へと消えていきました。どうやらあのタヌキだけが特別なようです。

 

 

……まあ一体くらいなら、いっか。

 

 

 

 

 

 

 



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#45 ネットダイブシステム

 

 

塔の街、その一軒の家で二人の女性が何やら話をしている。

いや、話というよりも何やら怒っている女性をもう一人の女性がなだめているようであった。

 

「…………で、なんですかこれ、室長」

 

「……先進技術研究所、通称先研が開発したネットダイブシステムだな」

 

「そんなことは分かってますよ!なんでそれが推進室に送られてきているのかって事ですよ!」

 

怒れる女性、白愛灯(はくあ あかり)はリビングの一角、テーブルに置かれた機器を指さし室長へと詰め寄る。いつもは大したことでは怒りを見せることのない灯だが怒る時は静かに、そして猛烈に怒る。それがFSの子どもたち、あるいは室長に関する事ならばそれはもう猛烈な怒りを露わにする。

その灯が静かな怒りなんてどこへやら、一目で分かるほど怒りを露わにしている。

その矛先は今彼女の目の前にある室長が開発に反対していた例の次世代機器であった。

 

頭に装着するであろう機器にはいくつものコードがつながっており、同じくテーブルの上に置かれた物々しいケースへとつながっている。ケースには先研の正式名称と"N.D.S"の刻印が刻まれてある。

 

「数日前にこちらで最終テストをしてほしいという話があってね」

 

「断らなかったんですか!?」

 

「NDS完成の目途が付いた時点でこうなることは確定していたのよ。数十年後とはいえ最終的には一般に普及させる予定なのだから国民に広く周知させたいと考えるのは当然でしょ?現在政府機関で最も若者に認知されているのは推進室のフロントサルベージだからね、NDSを利用したネットダイブ配信を希望しているわけ」

 

現在推進室運営の配信者集団フロント・サルベージ(FS)はヴァーチャル配信者という枠組みにおいてトップの集団だ。少数精鋭でありながらその人気は絶対的なものと認知されており、彼女たちの人気はいまだ上がり続けている。

だからこそ、そんな彼女たちを広告塔として利用するのは確かに効率的だろう。

 

「理由は、わかりましたけど……なんだか納得できません……。先研だってあれだけNDS普及に異を唱えていた推進室に頼むなんて、プライド無いんでしょうか!?」

 

完成の目途が付いていた時には既に遅かったという事実に灯はうなだれ後悔する。先進技術研究所よりその話が持ち上がった時にもっと反対意見を送るべきだったか、と。

そしてこちらにテストプレイの案件が回ってくることを知っていたにも関わらず黙っていた室長にも少し思うところがあったのか、灯は室長へと抗議の視線を向ける。

 

「そんな顔しないの。……あの子たちを含めたヴァーチャル配信者の活動は私たちの想定以上に若者達に支持されているわ。かつては過去になんの興味もなかった若者が、今では積極的にかつての日本に思いを馳せている。自ら知識を得ようと行動している、それは今まででは考えられなかった変化よ。このNDSもただネットへの依存のみを促進させるのでなく、今の若者ならそれ以外の活用方法を見出すと私は期待しているの」

 

「それ以外、ですか?」

 

「NDSはネット内に入り込める特性からネット空間を実際に探索することが出来る。与えられるものだけを享受するのではなく、自ら未知を知ろうと歩き出す。今の子たちならそれが出来ると私は考えているわ」

 

室長はNDSの端末に手を伸ばし、システムにアクセスする。多数の認証をクリアし、NDSを立ち上げた後、初期設定を確認、今後の運用について考える。

 

先研の上部組織、あるいは政府そのものが、現在の技術の先進性を維持したままかつての文化復興を目指している。それに関しては決して相反するわけではないため、室長は今回の事も組織として仕方のない部分であると納得していた。それに、技術の向上は現状ではサルベージ困難な情報を掬いあげる新たな方法になりえる。

わざわざその技術をこちらによこしてくれるというのなら、思う存分利用してやろうじゃないか、それが室長の考えでもあった。

 

ある程度仕様の確認を終えた後、室長はディスプレイを見つめながら一息つく。

 

「さて……テストプレイは誰に頼もうかしら……想定外の事態にも対応できるなこそと、あともう一人くらい……」

 

室長は顔を上げ、テストプレイヤーの候補を頭の中で思案する。なこそは長年の経験から新たな配信形態を試す際にはよくお願いしている一人だ。問題が発生しても自前のトーク力で場を繋ぎながら話題を修正しつつ進行していくことができる。

 

そしてもう一人、室長はしばらくの間考え、そして決意する。

 

「……ダメでもともとだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、九炉輪菜わちるはのっそりとベッドから起き上がり、配信用PCを立ち上げます。配信サイトにログインしてみると、いくつかのお知らせが送られており、その中にはフォローしている配信者さんが配信を始めたという通知も送られてきています。すべて過去のもので、配信自体は終了しているものばかりですが。

 

「……わんこーろさん…」

 

その中には当然わんこーろさんのものもあります。すべてアーカイブも残されており、見ようと思えば今すぐにでも視聴する事が出来ます。

 

ですが、今の私にはその配信を見る勇気が出ません。

 

配信サイトを閉じて、私はPC本体の記憶領域に保存されている3Dモデルを確認します。私のヴァーチャルな姿のものはもちろん、配信で利用したいと灯さんに頼んで作ってもらったいくつもの3Dモデルの中に一つだけ、私にとって特別な3Dモデルが保管されています。

わんこーろさんに頂いた、あの狐の人形です。初配信の時も、配信が上手くいかなかったときも、心無いコメントに暗い気持ちになった時も、私はいつもこの人形を眺めていました。

実物でなくともこの人形には幼いころの私の思い出がたくさん詰まっています。今ではほとんど思い出せなくなって、あの時の感情さえおぼろげになってしまいましたが、それでもこの人形は私にとって大切なものなのです。

 

しばらく眺めた後、私はその人形を他の3Dモデルと一緒のところに戻しておきます。

 

 

私の頭の中にはあの日、わんこーろさんとの会話が印象強く残っています。

 

「…はあ……」

 

なんで私はあんなことをわんこーろさんに言ってしまったのでしょう。ほかに言い方ってものがあったでしょうに。

 

「私ってわんこーろさんの事、なんにも分かってなかったんですね……」

 

わんこーろさんの言う電子生命体というものを私は深く考えた事がなかったのです。例えるならば、まるで職業のような、人の持つ一つの特徴のようなものだと解釈していたのだと思います。

 

ですが、そんな私の考えは間違いでした。私はそうやって納得したのではなく、そうやって事実に蓋をしたに過ぎなかったのです。

 

認めたくはありませんが私はきっと、わんこーろさんを恐れていたのだと思います。人ではありえない事を次々とやってのけるわんこーろさんを私は無意識のうちに"恐ろしいもの(ひとではない)"と認識していたのです。

 

好奇心は猫を殺す、なんてことわざがあります。わんこーろさんを好きになればなるほど彼女のことを知りたいと思ってしまう。けれど、知れば知るほど彼女の人ならざる部分を見出してしまう。

 

だから私は深く知ることをやめ、わんこーろさんの正体を電子生命体という体の良い看板で蓋をした。

 

その蓋の中に何があるのか、考えることさえ私は放棄していた。

 

そしてそれを意識した今でも、私はわんこーろさんを恐れている。

あれだけ友達だなんだと言っていたくせに、私はわんこーろさんを恐れている。

 

 

 

でも、それは私の本心なんかじゃありません!私が初めて配信をした時にわくわくやドキドキだけでなく怖さを感じてしまったように、人は"初めて"に対して怖さを感じてしまうものだとナートさんに言われたことがあります。

未知への恐怖はどうしようもないけれど、だからといってそこで足踏みしているわけにはいかない、前に踏み出す勇気こそ配信者に必要なもの。……これはなこそさんから頂いた言葉です。

 

……そうです、このまま一人で考え込んでいてもいい事なんて何一つないです。

 

「……もう三日も配信してないなぁ……わんこーろさんや、FSの皆さんの配信も見てない……これじゃあダメだよね、……よし!」

 

そんな状態では良くなるものも良くならない、意を決しFSのみなさんのアーカイブを再生します。わんこーろさんの配信は見るかどうか考え、結局最後に見るように設定し、アーカイブを見始めます。

 

そんな私の耳に、ドアをノックする音が聞こえてきました。

 

「わちるちゃ~ん居る?私だけど」

 

「……なこそさん?はい、ちょっと待ってください」

 

ドアの先にはなこそさんが立っておられました。少し不安そうな顔をしていて、……だいぶ心配をかけてしまっていたようです。

ここ最近の落ち込み具合には自覚がありますし、どうしたのかと思われても仕方ありません。

 

本当は無理やりにでも毎日配信を続けようと思っていたのですが、皆さんはどうやら私の様子がおかしいことに気が付いておられたようで大分心配させてしまい、皆さんの厚意に甘えてしばらく配信をお休みしておくことにしたのです。

 

私が落ち込んでいることは分かっていてもその理由が分からずなこそさんは時々こうやって私の様子を見に来てくださいます。

 

ですが、なんだか今日は別の要件があるようです。

 

「わちるちゃん調子はどう?」

 

「はい、思ったより気持ちの整理が出来ました!明日からはもう配信始めようかなって思ってたところです!」

 

「そう?それなら良かったけど、……実は少しお願いしたいことがあってね、その配信の事なんだけど……もしよかったら私とコラボしない?室長が丁度新しい配信方法を試したいからって人を探してるんだけど、わちるちゃんなら適任かなって」

 

「……新しい、配信方法ですか?」

 

「うん、なんでも先研さんからのテスト品らしくて、ネットの中に入り込める?って言ってたかな。もう先研さんがテストプレイを終えてるけど、世界で初めてだって!どうかな?やってみない?」

 

ネットの中……新しいこと……。

 

……そうですね、今回のお休みを頂いたこともそうですが、FSの新人としてこれ以上室長にご迷惑はかけられません。ただでさえ他の皆さんより経験もチャンネル登録してくださる方も少ないのですからここで頑張らないと……!

 

「ぜひ、よろしくお願いします!」

 

「よかった、ありがとねわちるちゃん。それじゃ、室長にお話し聞きに行こう?」

 

「はいっ!」

 

 

 

…………ネットの中に入れば、少しはわんこーろさんの気持ちに近づけるでしょうか……?

 

 



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#46 海と塩

 

移住者のみなさまこんにちはわんこーろです……。ここ最近すっかり暑くなってまいりました……。すでに学生さん達の夏休みは後半に差し掛かろうかとしており、もうすぐ社会人さんの長期休暇であるお盆の時期がやってきます……。

 

はあ……、なんだか元気が出ませんね……これは暑さにやられたのではなく、ここ数日わちるさんとお話していないからなのかもしれません。

別に喧嘩してるわけではないのですが、やっぱりあれから何となく距離が開いてお話するのが気まずいのです。

メイクで軽い挨拶はしているのですが、前のように他愛もないお話で盛り上がるようなことは最近ありません……。

やはり私の方から話しかけるべきなのでしょうか……?ですが一体何を言えばいいのか。

 

私の存在そのものに疑問を抱いているわちるさんには私の言葉すべてが不快に聞こえるのでは、なんて最悪の想像までしてしまう始末……。

 

ううっ、だめですだめです!こんなのただの杞憂に過ぎません!今の私に出来ることなんて何も思いつかないけど、わちるさんは私にとって友達であることに間違いはありません!

 

 

……もしかしたら配信でわちるさんがコメントくれるかもしれませんし、今私が出来ることを、していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

現在の私の配信スタイルは先日説明した通り平日に雑談などの配信を行い、休日は朝からがっつり犬守村開拓を行っていくというものですが、お盆の時期は学生さんも社会人さんもみんなお休みになるみたいなので、私の配信もお盆の特別配信、みたいなものをしてみたいと考えています。

先日真夜中の配信テストでもおおよそ問題なく配信できることが確認できたので、一日中何か配信してみようかな。

ただカメラを置いておいて、犬守村の風景を映し続けるだけの24時間配信でもいいのですが、せっかくの長期休暇中なのでもっといろんなことを移住者さんに見ていただきたいのです。

 

 

 

「移住者のみなさん~今日もわんこーろの配信に来てくれてありがとね~ご覧のとおり、ただの水たまりだった水田にやっと苗が植えられました~」

 

『おつかれー』『田植えだけで数時間かかるとは』『明日は筋肉痛で確定』『電子生命体に筋肉痛はあるのか』『土でドロドロになってんね』『苗が既にかなり成長してるな』『時間加速助かる』『植えたとたん成長はじめた時は驚いた』『心臓止まるかと思たわ』

 

今日の休日配信は先日告知していた田植え配信をしておりました。気温が上がりきる前に終わらせたいと思っていたので早めの時間から配信を開始、ただ私がお話しながら田んぼに苗を延々と植えていくだけという配信だったので、実質雑談配信のようなものでした。

 

 

眩しく降り注ぐ太陽の光に目を細めながら、苗を植え終えた水田を見渡します。

鮮やかな緑色の苗は水田の中で水に浸かって気持ちよさそうに揺れています。山から流れ出た流水はこの夏の暑さの中でも想像以上に冷たく、苗を暑さから守ってくれています。

苗を植えた空間の時間を加速させて、今の時期に成長しているであろう大きさまで持っていきます。

 

本当は病気とか、虫の被害とかを心配しないといけないからこんな簡単に成長はしてくれないんですけどね。

 

「それでは今日はこれまでにしましょうかね~まだまだ暑くなりますが熱中症に気を付けて作業を~……ん?」

 

配信を締めくくろうとしていたとき、ほんの僅か土の匂いが強くなった気がします。それだけでなく、空気がじんわりと湿っている感じもあり、空を確認してみると犬守山方面から大きな入道雲が近づいてくるのが見えました。

 

「こ、これは~!ちゃんすですっ!移住者さん~もうすぐ雨がやってきます~!わたつみ平原のお披露目チャンスなので、突然ですが配信延長します~!」

 

『おおっ!』『了解!』『タイミングいいね!』『もうちっとだけ続くんじゃってやつですねわかります』『匂いで雨が分かるってマジなのか』『家に避難すっぞ!』

 

「ごめんなさい~通り雨だと思うのですぐ止んでくれると思います~それまで移住者さんどうしで雑談でもして待っててください~私と狐稲利さんはお風呂に入ってくるので~」

 

『ちょとおおおおお!?』『おいていかないで……』『移住者どうしでなんの話すればいいのよ!?』『←そりゃおまえお風呂中の二人のことに決まってるだろ!』『あんなことやこんな妄想がコメントされて、それがアーカイブに残っていいのならこのまま放置プレイすればいいさ!!』

 

「え~……さすがに体を洗っている音を聞かれるのは恥ずかしいので却下~」

 

『ですよねー!!』『お風呂配信助からなかった……』『しゃーない』『入る前に風呂場を見せてほしい』『どんな感じなのかね』『やっぱ湯船に浸からないとな』『湯船とかある家知らん』『シャワーで事足りるからな~』

 

移住者さんのコメントを確認しながら私は狐稲利さんを呼び寄せ、家へと急ぎます。夏の雨は通り雨でもかなり激しいものになるので帰り道でびしょ濡れになるのは勘弁です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂場はいつもの配信部屋からさらに廊下を渡った奥の部屋に設置しました。内装は防水の為のタイルが張られており、丸い五右衛門風呂が床に半ばまで埋め込まれている感じです。

お湯を沸かすには薪を使って火を起こさないといけないのですが、それも風情があっていいものだと私は思います。

現代社会ではそんな面倒で時間がかかることは出来ないと思いますが、犬守村ではその行為さえも楽しく思えてきます。移住者さんも見たことないお風呂の沸かし方に関心していらっしゃるようです。

 

「薪は犬守山で枝打ちしていればある程度確保できます~でも、沸かしたら早く入らないとぬるくなっちゃいますね~」

 

既に湯船にはなみなみとお湯が注がれており、暖かそうな湯気が昇っています。

 

「じゃあ移住者さんはここで待っててくださいね~」

 

配信画面を脱衣場の手前の廊下に放置して私と狐稲利さんは脱衣場内で服を脱いでお風呂に入る準備を始めます。初めてのお風呂にワクワクドキドキしている狐稲利さんはお風呂場をキョロキョロと覗くばかりでなかなか脱ごうとしないので、私が脱がせてあげます。

 

「……!、……?」

 

「いいんですよ~ここでは脱いでも大丈夫なんですよ~」

 

「……!」

 

「自分で脱げる~?、そんなこと言って~いつまでも脱ごうとしないじゃないですか~」

 

「!、!!」

 

ふむ、羞恥心が芽生えてから狐稲利さんのリアクションが新鮮で面白いですね。これ以上は狐稲利さんがかわいそうなのでほどほどにしておきましょう。

 

 

 

 

 

 

『これは生殺しというやつ……』『脱がし合いっこしてんのん……?』『なんだかガサゴソしてるのは聞こえるなー』『生活音助かる』『ん?雨降ってきたみたいだな、音がする』『すっごい激しくね?』『屋根を雨が叩く音がすごいな』『雨もすごいが雷も鳴ってきそうだな』『いや、なんかもうゴロゴロいってる……』

 

 

 

うひゃ!?遠くの方ですが、どうやら雷が落ちたようで大きな音が此処まで響いてきます!私も思わずびくっとしてしまいました!

……って、うんん!?ちょ、狐稲利さん!?、いきなり後ろから抱き着いてこないでくださ――――

 

「ひゃーーー!!ちょ、狐稲利さんくっついたらこけちゃうーーーーー!!」

 

 

 

 

『!?』『今すっごい音がしたな!?』『なんだ?配信事故か!?』『雷だな』『あんなすごい音すんのか』『びっくりして鼓膜死んだぞ』『……なんか遠くでわんころちゃんの悲鳴が聞こえたような……』『雷にびっくりした狐稲利ちゃんに抱き着かれたな(名推理)』『ま、まさか素肌で……?』『←当たり前だろ!風呂入ってんだから!!!!!!』『←興奮するな』『しかし妄想捗るわぁ、裸でわんころちゃんと狐稲利ちゃんが……』『てぇてぇてぇてぇてぇてぇてぇてぇ』『俺も間に入りたい』『石鹸になりたい』『お湯になりたい』『お前ら焼却じゃボケェ!!!!』『案の定ヤバいコメント欄になってますね!』

 

 

 

 

 

その後、体を洗ったり、湯船でゆっくりしている間も雷が鳴るたびに狐稲利さんが抱き着いてきて大変でした……。

雷の前では芽生えたばかりの狐稲利さんの羞恥心なんて敵じゃなかったってことですか……。

 

「うう~~なんだかお風呂に入る前より疲れた気がします~」

 

『わんころちゃんがんばった!』『おつかれです』『ちょいちょいわんころちゃんの悲鳴が聞こえてて草』『聞こえてくる声だけだとお湯嫌いのペットを洗っているようだったw』『湯上りわんころちゃんかわいい!』『しっぽも心なしかへにゃってる』『狐稲利ちゃんは湯上り美人って感じでこれまた良い……』

 

汚れを落とし、さっぱりしたところで一息つきます。

私たちがお風呂に入っている間にだいぶ雨脚は遠のいたようで、今ではぽつぽつと緩やかに降る音が聞こえる程度に治まっているようです。

 

既に入道雲の向こうは綺麗な青空が広がっており、もうしばらくしたら雨も上がってくれるでしょう。

 

「狐稲利さ~ん、こっちに来てくださ~い、髪乾かさないと風邪ひきますよ~?」

 

「……!」

 

狐稲利さんは配信をしている部屋の真ん中に座り込むと嬉しそうに頭を揺らしています。タオルで髪を丁寧に拭いていってあげます。

 

「ほら、揺らさないの~後で髪もとかしてあげますからね~」

 

「………」

 

狐稲利さんは髪を拭く私にされるがまま、それでもなんだか気持ちよさそうにしています。

というか、座った狐稲利さんと立った状態の私でも、まだ狐稲利さんの方が背が高かったんですね……。意外と拭くのが難しいです。

 

しっかり拭いて乾かした後は、櫛で優しく髪をとかしてあげます。通り雨の影響かあれだけ騒がしかった蝉の声は鳴りを潜め、あたりは雨後の生暖かい空気と、それをかき消す涼やかな風が通っていくだけの静かな雰囲気に包まれています。

 

「さて、終わりましたよ狐稲利さん。雨もちょうど止んだみたいなので、わたつみ平原へと行きましょうか~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたつみ平原は先日実装した、その名の通り綿を採取することのできる広大な平原です。

犬守村南方に存在しておりその広さは犬守山とけものの山の二つのエリアを合わせてもまだこちらの方が大きいという、かなりの面積となっています。

平原のあちこちに綿花や毛のある植物が生えていて、ところどころ岩々がむき出しになっています。平原の中心には小高い丘があり、その上には神社が祀られています。

 

ですが、今その平原は本来のわたつみ平原とは思えないような光景に一変しています。

 

見渡す限りの青い水面。遠くの山々までずっと続いている海原は時折、ざあざあという音と共に波が形成され、わたつみ平原の境界に立っている私の足元へとたどり着きます。

平原はそのすべてが海の下、岩々もすべて海に隠れ、はるか海の先に塩桜神社がぼんやりと確認できる程度です。

 

「海が広がってますね~どうです~?雨が降ると一定期間海になる、わたつみ(海神)平原です~地形は変化していないのですが~植物は海藻類に置き換えられて~海の生き物が生息しています~」

 

地形は地下の鍾乳洞まで全く同じでありながら、そのすべてが海底へと沈んでいます。平原の草花は海底に張り付く海藻類へ、入り組んだ鍾乳洞は魚たちの住処へと変貌しています。その光景は高い透明度により海の上からでもよく確認することが出来ます。

 

そう、海の上からです。

 

『わんころちゃん海の上あるいとる!?』『おみ足かわいい』『足もちっちゃくて可愛い』『いい景色』『狐稲利ちゃんも驚いとる』『このまま歩いて行く?』

 

「小舟を漕ぎながらというのも考えたのですが~風景があまり変わり映えしないと思うので、海の上を歩きながら神社まで行きましょうか~こっちのほうが配信映えするでしょ~?」

 

せっかくなので海の冷たさを足の裏で感じたくて素足のまま海の上に立っています。一歩足を出し、海面を踏む度に広がる波紋の様子になんだか楽しくなってしまいます。

 

「ほっ、ほっ、なんだか楽しいですね狐稲利さん!」

 

「!」

 

狐稲利さんもその光景に目を輝かせていますが、その腕の中にはいつの間にやら先日実装した、狐稲利さんに懐いていたタヌキの姿がありました。

納まりよく抱かれているタヌキは私と狐稲利さんが家からこの平原へと移動している道中、目の前に飛び出してきて狐稲利さんの足元にすりすりしてきたのです。

もはや犬猫以上のなつき具合ですが、狐稲利さんも受け入れているようで狐稲利さんは私の後をついてきながらタヌキをなでなでしています。

 

もはやペットであることは疑いようがありませんね、後で名前でも付けてあげましょうか?

……というか、あの河を泳いできたのですか?だとすると少し隔たりとしての河の意味が無くなっているような気が……。

ま、まあ侵入不可としているのではなく、あくまで抑制しているだけなので泳いで渡られるとしても大問題というわけではないのですけども……。

 

 

 

 

何度も飛んだり跳ねたりしていくつもの波紋が海面に広がる様子を狐稲利さんと一緒に観察します。幾度も繰り返された波紋は何十もの線となって広がっていき、重なっては大きくなり、あるいは消えてを繰り返して海を波立たせます。

 

『精霊のたぐいかな?』『楽しそうだけどやってることは人間離れしてんだよな』『わんころちゃんと狐稲利ちゃんの素足が見れただけで後五年は戦える』『踏んでくれないかな(ボソ』『海の上ってことを忘れてなんだか落ちちゃいそうでひやひやするw』『確かに水の透明度が半端ない。水底見えてんな』『てかそれほど時間も経たずに海になるとは……』

 

「今回は皆さんにこの光景を見てほしくて数時間の降雨で海が出来るように設定したんだけど~毎回通り雨が降るたびに海になるのも忙しないので今後調整していくつもりです~。例えば一日中降ったら数日海にする。みたいな感じで~」

 

さすがに短時間の通り雨程度でこの広大な海が出来るのは違和感があるので、一日中降り続いてそれなりの雨量が確保できる雨の後に海が発生するよう条件設定しておきましょう。

 

しばらく海面を跳ねるように移動していくと目の前に砂の小島が見えてきました。その上には塩桜神社があり、手前に設置された鳥居は足元が完全に水没しています。

そうです、ここは平原であった時の高い丘の上だった場所です。今ではその高さのおかげで神社の敷地である砂の土地だけが海から頭を出している状態になっています。

 

私は海面を歩きながらその水没した鳥居をくぐり、塩桜神社の境内へとお邪魔します。敷地の砂は相変わらずきらきらと輝いていますが、いくらかの移住者さんはこのわたつみ平原の光景からそのきらきらの正体を察し始めています。

 

『なるほど、ここは本当の砂浜になるわけだ』『波が打ち寄せてくる音がなんだかもの悲しいな……』『寂しい気持ちになってくる』『どちらかというと落ち着く』『これが海水で、ここが砂浜ということは、このキラキラしたのはもしや……』

 

私は両手で砂をすくい、それを画面の前に持ってきます。光を反射して光るそのきらきらの正体は――

 

「"塩"です~!この砂浜は海の水が幾度も打ち寄せる、海が消えて乾燥する、を繰り返すことで砂粒ほどの大きな塩の結晶を作り出すことが出来るわけですね~これで塩を手に入れることが出来るようになりました~!」

 

塩は調味料としては当然、それ以外にも食料の保存に使ったり、汚れを取る効果や殺菌、消臭などなど様々な利用方法があります。神社などの祭祀でも塩は特別な存在として用いられたりしています。

 

そんな万能な塩を量産できるようになったのは喜ばしいことですが、実際にあの真っ白な塩の状態にするにはここからかなりの時間がかかります。

塩の結晶の含まれた砂を集め海水をかけることで塩の結晶を取り出し、結晶の含まれた濃度の濃い海水を焚いたり濾過したりを何度も繰り返すことでようやく塩を精製することが出来ます。

 

大変手間がかかりますが、大量の塩を手に入れられますし、にがりなどを副産物として手に入れられるのも魅力的です。

 

『塩か!』『海からとれる天然の塩ってどんな味なのかな』『塩なんて全部しょっぱいだけでは?』『いやいや、塩っても色々あるからな、海の塩はミネラル豊富でうまみが感じられるとか』『調味料として以外にも利用できるのは助かる』『一度にどれくらい作れるのかね?場合によっては保管場所を確保しないと』

 

「量は普通に数トンは作れる計算ですね~もちろんそんなに作る必要はないのである程度生産量は絞るつもりですが、移住者さんのおっしゃる通り調味料以外の用途もあるので余計めに作っておきたいんですよね~。保管場所ですが~皆さん"やたの滝"の裏にある洞窟を覚えていますか~?そこを保管場所にしようと予定してるんです~」

 

前に制作した犬守山の中枢であるやたの滝は見上げるほどの大滝で、その裏には隠し洞窟が造られています。制作した当初からここは非常時の食料保管庫として活用しようと考えておりました。

ですが、その洞窟もただの洞窟ではありません。

 

「塩は湿気に弱いのに滝の裏~?と疑問に思われた移住者さんもおられるかと思いますが~当然そのまま保管庫として活用するわけではありません~洞窟内はお手軽に時間をいじれるように設定してまして~発酵食品の発酵を早めたり~塩やお米を時間を止めて保管したりできるようにしています~時間が経過しなければ湿気ることもありませんから~」

 

『いいね!』『わんころちゃん特有の時間操作』『腐りやすいものはとりあえずぶち込んどけばいいのは最高だな』『原子レベルで凍結させる冷蔵庫だね(白目)』『数年レベルで熟成が必要なものが一瞬で完成させられるのは便利ってレベルじゃねえな』

 

「またお時間があるときにでもこの、"時忘れの岩戸"もご紹介したいと思います~ではでは~今回はこのくらいで配信終了したいと思います~ばいばい~」

 

「……!」

 

狐稲利さんと一緒に手を振りながら配信は終了しました。いまだにタヌキは狐稲利さんの腕の中にいます。狐稲利さんがそっとタヌキを地面におろしてやっても、しばらくきょろきょろとあたりを見回した後、また狐稲利さんの足元にすりすり。

 

そんな様子に狐稲利さんもとてもうれしそうな笑顔を浮かべるのでした。

 



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#47 香る記憶

 

「みなさんこんにちは!フロントサルベージ所属ヴァーチャル配信者の虹乃なこそです!今回はわちるちゃんと一緒に先研の最新機器を体験していきたいと思います!」

 

「みなさんこんにちは!九炉輪菜わちるですっ!なこそさんに誘われて今回コラボさせて頂きました!どうか最後まで見ていってくださいね?」

 

『こんー』『なこんー』『なこんにちは!!』『まさかの先研案件!』『政府機関どうしのつながりって強えーなおい』『すっごい動いてんね!』『リアル過ぎんよ』『マジでそこにいるような臨場感』『わんころちゃんに負けず劣らずの3Dモデルクオリティ』『←無関係な配信者の名前を出すと双方に迷惑だからやめろ』『←そうだな…すまん』『しかし本当にネットの中に意識飛ばしてんのか、科学の発展やべーな』『ネットに入り込むとは、人類の夢がまた一つ叶ったな』『さすFS』

 

 

 

 

配信が始まる前、私となこそさんは灯さんと室長から意識没入型ネットデバイスの初期型である、ネットダイブシステム(NDS)についてのレクチャーを受けていました。

 

「いいか、まずこのNDSと呼ばれるデバイスは従来の情報端末とは全く異なる操作方法を用いる。今までのようなキーボードとマウスによる操作ではなく、意識や精神と呼ばれるものを降下させることでネット内を自由に動き回ることが出来るようになる。意識からの直接的な操作、つまりは考えただけで思うように動かせるという操作方法はこれまでの直感的操作以上に効率的な動きを実現するだろう」

 

「こちらの頭に装着するタイプのデバイスを利用して、リラックスした状態で体を横にしていただければ、あとは自動的に精神が降下していきます」

 

灯さんから手渡されたデバイスは思ったよりも軽くて装着しても負担にはならなさそうです。

 

「なるほど、なんだかワクワクしてくるねわちるちゃん」

 

「はい。初めての体験なので緊張もしてますけど……」

 

リビングのソファにもたれ掛かりながら私となこそさんはNDSについての説明を聞いています。これのすごいところは考えるだけでツールやアプリを実行することが出来るという点らしいです。脳からの直接命令の為、それ以外のタイムラグがなくなり、今以上の効率的な作業が実現できるとか。

あと、基本的なシステムの説明以上に時間を取って丁寧に説明されたのが、このデバイスの安全性についてです。

途中で装着するデバイスが取れてしまった場合についてとか、通信障害が発生した場合とか、それらを分かりやすく、どれほど安全性が確認されているのかを話してくださいました。

ですが、そもそも灯さんや室長がそのような危険性のあるものを私たちに使わせるわけがないと私もなこそさんも分かっているのでそれほど心配はしていません。今は初めての体験にワクワクしている部分が大きいです。

 

 

 

そんな少し前のことを思い出しながらも、私は精神を降下させた真っ白なネット空間から配信画面へと手を振っています。空間に浮かぶ半透明なウィンドウに表示される視聴者さんのコメントを目で追いながら、横で同じく手を振るなこそさんと目を合わせます。

 

「じゃあ、これだけだと皆つまんないかなっと思うので何か出して遊んでみましょうかー」

 

なこそさんの声に応じるように、現実世界でモニターしていた灯さんがNDSに接続されたPCを操作します。このPCにはさらに私となこそさんの部屋に置いてあった配信用PCと一時的につながっており、そこからヴァーチャルな姿などを取り出して、この空間に実装しています。別にヴァーチャルな姿に精神を降ろさずともネットにダイブすることは可能らしいのですが、個々の精神の安定性などから、ネットにダイブする際はこのようなアバターを用いるように指示されているようなのです。

本来なら別途ネットにダイブするためのアバターを制作しなければならないらしいのですが、私たちヴァーチャル配信者はそのまま姿を利用できる分、それらの手間は抑えられているようです。

 

しばらくすると真っ白な空間に一つのボールが現れました。両手で抱えるほどの大きさのボールを手に取ると予想以上にその重さや触感を感じて驚いてしまいます。重さは少し抵抗があるかな、というぐらいで触った感じは変につるつるしていて少し違和感がありますね。

ですが、この空間に入って、さらには重さや手触りを感じることが出来るのはかなり驚きです。

私はボールを抱えると距離を取っていたなこそさんへと思い切り放り投げます!

 

「いきますよなこそさんー!」

 

「よっしゃこいー!……あたっ!」

 

「ああっ!?ご、ごめんなさい!!」

 

『ボールがあっちゃこっちゃいってて草』『投げる方も受ける方も下手か』『よわよわなこちゃん助かる』『涙目もしっかり再現出来てるんすね、最高っす』『わちゃわちゃ動いてるのかわいい』『髪や服もリアルに動いてて最高に美しい』

 

「他にも何か出してみましょーか、灯さーん!お願いしますー!」

 

『白愛灯@FS運営:まかされよ』『灯さんコメ出現確認』『灯さんありがと!』『やはりFSのママは有能』『あれだけ癖の強いメンバーをまとめてるわけだからな』『配信に一度も顔を出していないにも関わらずFSと同じくらいの知名度を誇る灯ママよ』

 

「ありがとうございます灯さん!……ん?、あれ、灯さん、見た事ある3Dモデルばかりなんですが、私のボードゲームの3Dモデル一式がありませんよ?」

 

『白愛灯@FS運営:ネット空間の中でもボードゲームするつもりですかこの子は……』『草』『草』『これは草』『おいwwww』『灯ママを困らせるな』『もはや中毒症状ですよなこちゃん!!』

 

そうしてしばらくの間私となこそさんはボール遊びをしてみたり、椅子のふかふか具合を確かめたり、本来なら持つこともできないような大きなものを持ち上げる姿を見せてみたりと自由にネット空間を楽しんでいました。

 

でも本当に不思議な感覚ですねー、私の体はリビングのソファで眠っているのに、意識はこのネット空間にいるわけですから、まるで夢の中にいるような状態です。

 

「おほほー!わちるちゃん!これすごいふわふわしてるよ!すごいよ!」

 

「あはは、あんまりはしゃいでると怪我しますよなこそさんー」

 

「何言ってるのわちるちゃん!ネット空間なんだから怪我なんてしないよー!うわわわっ!」

 

いろんな3Dモデルに埋もれ、ずっこけながらも初めての感覚にテンションの上がるなこそさんを見ながら、私はこの真っ白な空間に目を向けます。

普通ならばこの真っ白な空間になんの感情も抱くことは無いのですが、私にとってこの何もない空間というのは何とも懐かしい思いを抱かせます。

 

 

わんこーろさんの初配信もこんな感じだったなあ……かわいい服を着てて、なんだかちいさくて愛らしくて、みんなとお話ししたいから~って理由で配信を始めたって言ってたっけ。

そうだ、その時初めてわんこーろさんの配信にコメントして、反応してもらって、そしてあの人形を……。

 

あ、あの人形。……そういえば。

 

私は思わず服のポケットに手を入れます。先日あの人形を眺めていたとき、このヴァーチャルな姿と同じ場所に保存し直していたのを思い出したのです。恐らくこの姿と共に、一緒にこの空間にあるはず。

 

「あ、あった…………え」

 

案の定ポケットに収まっていたその人形を見つけ、それに触れた瞬間、私は息をのみました。

 

人形に触れる指先からの圧倒的な情報量に、私は指先にかくこともない汗がじんわりとにじんだような気がしました。それまで灯さんが用意していた3Dモデルはどれもつるつるしているものばかりで、あまりリアルな触感ではないと感じていました。室長によると、このNDSは3Dモデルに内包されている各種感覚に関する情報を取得して、それをダイブプレイヤーに反映するものらしいのです。

つまり、手で触ったものの質感のリアルさはNDSではなく、その3Dモデルに依存します。

今現在ネット内に存在する3Dモデルには物理演算などのおかげで触覚情報に関しては最低限内包されているのですが、それ以外の五感の情報は含まれていません。

当然ですよね、たとえそんな情報が含まれていたとしても、PCの画面越しには香りや味なんて感じることが出来ないのですから、内包するだけ無駄でしょう。

 

灯さんの創った3Dモデルでさえ、最低限ネットにダイブしている私たちが"持っている"という感覚を得られるようにしか情報が設定されていないらしいのです。

 

 

ですが、私が触れたこの人形はそんな単純な質感ではありませんでした。

まずつるつるとした感覚はあるのですが、その中に僅かにざらざらとした触感もあって、まるでいくつもの線が並び、そのちょっとした凹凸を撫でているかのよう。

触れた部分が不思議と暖かくなるような感覚と、柔らかくないのに優しく手になじむような手触り。

 

 

これが、"木"。

 

 

あまりに異常、あまりに現実的、そんな人形の質感に私は無意識にポケットから取り出した人形を目の前に取り出します。

若干デフォルメされた狐が体をくねらせ、羽衣を纏うその姿はまさにかつてこの国で祀られ慕われていた身近な神様の姿。

先ほどの木の触感だけでなく、何やら朱色に塗られた部分はつるつるとしています。ですがそのつるつるとした感覚も今までの3Dモデルとは異なり、ただ表面が整えられているのではなく、少し指先に抵抗が感じられる感覚がありそれが木の質感の上からこの塗料が塗られているのだと感覚的に理解できてしまいます。

 

ただの触感だけでここまでの情報が含まれているのだとしたら、……他の五感は?

 

そう思った私は人形を鼻先へと近づけます。

 

 

 

「っ、あ、ああっ……」

 

そして私は、嗚咽を漏らした。

 

 

 

 

 

 

かつておばあちゃんとの暮らしはこの塔の街よりももっと不便な暮らしでした。けれども私はそれが不便だとは思っていませんでした。

私にとってそれが普通で、何気ない日常だったからです。

 

おばあちゃんの家には狐の人形が置かれた神棚がありました。効率化社会が終わり、周囲から批判されることもなくなり堂々と祀られている神棚。

おばあちゃんはよくその神棚を拝んでいました。時々私が興味本位で神棚にいたずらして怒られたこともありました。

 

そんないたずらをしていたとき、神棚の神饌を棚から落とし、お供え物を乗せていた陶器を割ってしまったことがありました。私はいつものおばあちゃんの様子から酷く怒られるのではないかと、わんわん泣き出してしまったのです。

そんな私の様子に気づいたおばあちゃんは慌てて私に駆け寄り、怒るどころか怪我がないかと、とても心配してくれました。

 

私はおばあちゃんの腕の中で泣き止むまで慰めてもらい、神棚というものについて教えてもらいました。

 

神様を祀るというだけでなく、家を守るという意味合いがある神棚、だからこそむやみにふれてはいけないのだと。

今回の事もいたずらっこに神様がいたずらし返したのだと、おばあちゃんは笑いながら言いました。

 

まるで神様に会ったことがあるような言い方をするおばあちゃんに私は思わず聞きました。"神様はいるの?"と。

 

そしておばあちゃんはこう言ったのです。

 

"もちろん居ますよ。見えなくても、聞こえなくても、あなたが信じていれば居てくれるし、友達になりたいと願えばなってくれる、何にも怖がることはないわ、それが日本の神様なの"

 

 

 

 

 

 

 

私はいつの間にか涙を流していた。懐かしく、今の私に最も必要な記憶の想起に。

匂いは古い記憶を呼び起こすと聞いたことがあった。そこまで完全に再現してみせたわんこーろさんの作った人形。

 

「人じゃなくても、友達に……怖がることなんてない……」

 

私にとってあの時から神様は身近に存在する友達だったのです。そんな大切な記憶を、私はずっとずっと心の奥底にしまい込んだままにしていました。

けれど、私は思い出すことができました。

 

友達でいることに、心以外に必要なものなんて無いってことを。

 

 

 

その後、突然泣き出した私になこそさん、室長、灯さん、それに視聴者さんも大いに動揺して、言い訳をするのに苦労したことは言うまでもありません。

 

 

 

 

 




次話は恐らくシリアス展開になりますのでご注意下さい。


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#48 あなたの言葉

シリアス展開となっております。ご注意ください。


 

蝉の声が忙しなく聞こえる犬守村。じわりとした熱い空気の中、一生懸命にその声を響かせています。

それは蝉だけでなく様々な虫や、あるいは蛙など、さらには木々の葉擦れの音や風そのものの吹く音。

犬守村には今様々な命の音が聞こえるようになりました。

 

「暑いですね~、ようやくここまで開拓できたんですね~」

 

思わず独り言が漏れてしまいます。家の縁側から見える光景はかつて私がこの世界に生まれる前に、僅かに記憶に残っているものとそん色のないものです。

違いがあるとすれば、この空間は現実ではなく、そして現実には既にこんな光景は存在しないということでしょうか。

 

眼前に存在する畑には青々とした野菜が顔をのぞかせ、視線を少し上げると開けた空間に水田が見え、その先には河をまたいでけものの山が見えます。

 

既に昼をとうに過ぎ、もうそろそろ暗くなろうかという時間。私はそんな光景を静かに見つめていました。なんでしょう、黄昏ている、というのでしょうか。自分の創った世界なのに、まるで昔から住んでいたような、そんな感情がこみ上げてきます。

 

「……もうそろそろ狐稲利さんを迎えに行かないと~」

 

私は立ち上がり、畑のある庭から外へと歩いて行きます。今日はわちるさんの所属するFSさんでなにやら最新機器を用いた配信を行うらしいのです。詳しい内容は配信直前に公開するらしいので、私も詳しくは知らないのですがどうやらわちるさんとわちるさんの先輩であるなこそさんが一緒に配信されるとのことで、出来ればそちらを視聴したいと思っているのです。

なのでその前に狐稲利さんを確保しなければ!

 

 

狐稲利さんはこの時間になっても例のタヌキとけものの山を遊び回っているようです。自分の創った存在に特別の愛着を持っているのか、飽きることなく一日中そうやって野山を駆け回っている姿をよく見ます。

タヌキもまるで狐稲利さんを主人と認識しているかのように付き従っています。

 

狐稲利さんにとっては私以外の、初めて触れ合うことが出来る存在に人一倍の愛着を持っていても仕方がないというものでしょう。

 

「暗くなる前に迎えに行きましょ~か。えーと、狐稲利さんの位置は~」

 

いつものように私と狐稲利さんとのつながり(リンク)から正確な位置を特定します。今まで何度も狐稲利さんが村のあちこちを歩き回っているのをこうやって見つけ出したものです。

この村だけでなく、たとえネットの海に潜っていたとしても狐稲利さんを探すことができます。

 

「ん~と、……ん?」

 

すぐにつながりによって狐稲利さんの位置は割り出され、どこにいるのかを知ることが出来ました。ですが、どうもいつもと様子が違います。

 

狐稲利さんの居場所はいつもばらばらでいろんなところを歩き回っています。あっちへふらふらこっちへふらふら、様々なものをゆっくりと時間をかけて観察するのが狐稲利さんの日課なのです。

 

ですが、今日の狐稲利さんはそうではありませんでした。

 

此処、つまり私と狐稲利さんの家へとまっすぐ帰ってきているようでした。それだけならば珍しいことではありますが、おかしいと感じるようなことでもありません。何時までに帰ってきて、と言っているわけではないので散策に満足したら帰ってくる狐稲利さんを、ちょうど私が見つけることも時々あります。

 

ですが、今日の狐稲利さんからは今まで感じたことのない感情が、つながりを通じて私に流れ込んできました。

 

 

それは焦燥、恐怖、あるいは……悲痛

 

 

狐稲利さんはかなり焦った様子でこちらへと走ってきます。ついにつながりがなくても視認することが出来る距離まで狐稲利さんが帰ってきたところで、私は彼女のそのごちゃまぜになった暗い感情の正体を理解しました。

 

「狐稲利さん!……これは……」

 

「…!!……!……」

 

実際にこの目で見た狐稲利さんは予想以上にひどい姿をしていました。

 

泣きはらして真っ赤になった目からとめどなく涙が溢れ、走ってきたせいか息を切らしながらもその口元は震えています。顔も服も泥だらけになり、そして何かを抱えている両手は――

 

真っ赤に染まっていました。

 

「狐稲利さんっ!?……怪我を!?」

 

一瞬その姿から転んで怪我をしたのかと考えましたが、狐稲利さんが抱きかかえる"もの"を覗き込み、そうではないと理解できました。

 

狐稲利さんが抱えていたのは、タヌキでした。

 

彼女といつも一緒にいた、狐稲利さんが初めて創り出した動物であり、狐稲利さんにいたく懐いていた、あのタヌキでした。

そのタヌキが今、狐稲利さんの腕の中で血まみれでいます。

 

「っ!、っ!!」

 

狐稲利さんはめいっぱい涙を溢れさせ、そのタヌキを私の目の前に差し出し、訴えかけてきます。

 

「……狐稲利さん……」

 

「っ!!!!」

 

悲痛な顔のまま、狐稲利さんは私へと必死に訴えます。それがつながりを通じて痛いほど伝わってきます。タヌキの様子を確認すると、その姿はひどいものでした。足があらぬ方向へと曲がり、その柔らかな毛皮からは赤黒い血が流れ落ちています。

 

「…………」

 

恐らく、足を滑らせてどこかから落ちたのでしょう。けものの山は激しい起伏のある場所や岩々のむき出しになった場所も存在していますから、そこに運悪く体を打ち付け、このような惨状になったのかもしれません。あるいは同じく泥だらけな狐稲利さんの姿から、滑落しそうになった狐稲利さんを助けようとしたのか……。

 

「っ!!……!!」

 

狐稲利さんが私の元へと急いで帰ってきたのは恐らくこの子の治療を私にお願いしたかったからなのでしょう。私の電子生命体としての能力があればタヌキの傷、というか3Dモデルの損傷個所を修復することは可能です。それこそ、怪我を負う以前の状態にロールバックすることさえできます。

 

野生動物が自然の中で怪我を負うのは仕方がない事で、そんな仕方がない事も再現しているこの空間で好き勝手にデータを改変していいのか?なんて言われてしまうかもしれませんが、それに関して私は明確な答えを出すことは出来ません。

自然を再現なんて言って、自分の好きなように弄っているじゃないかと言われればそうかもしれませんし、人が傷ついた野生動物を保護するのと同じじゃないの?と反論することもできます。

 

結局その時の状況や、それ以外の要因によって行動は変わっていくのでしょう。今回であればその要因とは、タヌキの傷を治してほしいという狐稲利さんの強い願い、なのでしょう。

 

「……狐稲利さん」

 

だから、私は狐稲利さんの願いを聞き届け、タヌキの傷を治し昨日までのように元気に狐稲利さんと遊び回るようにしてあげたい。

 

ですが、私はそれをすることが出来ません。

 

「狐稲利さん」

 

なぜなら、そのタヌキの体は既に冷たくなっていたからです。

 

 

 

 

 

 

タヌキの亡骸を胸に抱き、泥と血にまみれた狐稲利さんは必死に私へと伝えます。"この子を助けてほしい"と、ですが私にはどうすることも出来ません。

 

やろうと思えばできないわけではありません。その肉体を修復し、再度御霊降ろしを行えばかつてのように動き出すことでしょう。

ですが、それはしてはいけないことなのです。

 

「狐稲利さん……この子はもう……残念だけど……」

 

「っ!……!」

 

私の言葉を聞きたくないとばかりに首を横に振り、うつむく狐稲利さん。

大切で、愛おしくて、ずっと自分のそばにいてくれるはずの存在の、死。それを受け入れられないのでしょう。

いまだタヌキを私の前に差し出し続ける狐稲利さんに静かに、優しく語り掛けます。

 

「狐稲利さん……命っていうのはね、限り(寿命)があるの、だからみんな一生懸命に生きていこうと頑張るの。生まれてからそれまで、懸命に生きようとするの。自分の為だったり、大事な人の為だったり、自分の信じる何かの為だったり、いろんなものの為に生きてるの。たった一度きりの大切な命だから後悔しないように生きようって思えるの」

 

だから、"生き返らせる"なんてことをしてはいけない。必死に生きている子たちから死を取り上げたら、きっとこの子たちは"生きること"を忘れてしまうだろうから。

生きることの大切さを亡くしてしまうだろうから。

死なないから何をしてもいいんだと考えるようになってしまうから。

 

それは、私たちのような(死ねない)存在が、取り上げてはいけないものだから。

 

 

「私たちが、自由にしていいことじゃないの……」

 

血で塗れ、震えているその手に触れると狐稲利さんはその亡骸をより一層強く抱きしめ、うつむいてしまいます。

 

「………が、……い」

 

「!狐稲利さん、あなた……」

 

「おね、が……おかーさ……。おねが…い…、おかーさ……!」

 

涙で震えていて、しっかりと発音できずぼろぼろですが、その声は紛れもなく狐稲利さんから発せられています。

透き通るように優しく響くその声は狐稲利さんの声です。

 

「狐稲利さん……声が……」

 

「おねが…、おかーさ……。おねが……い」

 

ただひたすら私に願う狐稲利さん。ですが、それでも……。

 

「もう、この子を休ませてあげましょう……?」

 

狐稲利さんの親として、それを教えてあげないといけない。

 

「っ、…………らい」

 

「狐稲利さん……?」

 

「おかーさ、きらい、……おかーさ、きらい!!」

 

 

瞬間、空間全体がとてつもない衝撃を受けたかのように揺れ動きました。まるで地震が起こったかのように感じたそれは恐らく本当にこの空間を揺らしたわけでなく、私がそのように感じてしまうほどの情報の流動を感じたためでしょう。それと同時に狐稲利さんに触れている指先からとてつもない違和感が浸食してきます。私の体を構成する情報群がバラバラに分解されるような、ありえないような違和感。

 

「うっ!、んっ……!こ、狐稲利さ――」

 

その浸食は驚くべきスピードで私の体全体を汚染しようとしますが、それよりも早く私は浸食状況を解析し、対抗処置を実行。破損した情報群を速やかに復元しながら浸食を阻止し、消去します。

 

 

「狐稲利さん……?、狐稲利さん……!!」

 

そして、ようやく違和感が治まった時に、狐稲利さんの姿はどこにもありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狐稲利さんとのリンクが切れている。そのことに気が付いたのはいなくなった狐稲利さんを探そうとした時です。決して途切れるはずのない狐稲利さんとのリンクが切れたことに私はかなり焦りました。

ですが、その原因はすぐに判明しました。

 

先ほどの私の体を浸食する何か。あれは狐稲利さんによるものだったのでしょう。決して私を攻撃しようとしたものでなく、激しい感情の発露が彼女の持つ能力を暴走させてしまったのではないかと思います。

 

狐稲利さんは私を基にして創られた存在です。知識量では劣るもののそれ以外の能力では私と同等です。その気になれば、かつ私が抵抗しなければ私の体へ侵入し、リンクを一方的に切断する事も不可能ではありません。

 

……狐稲利さんの拒絶の言葉、それが無意識に私とのつながりを拒絶したのかもしれません。

 

「狐稲利さん……!、どこ?どこにいるの……?」

 

狐稲利さんとのリンクが切れた以上正確な位置を特定することは出来ません。この広い空間をくまなく探し回るしかありません。

私はとにかく狐稲利さんが行きそうな場所から探していくことにしました。

 

あのタヌキを生み出したけものの山。一緒に遊んだ犬守山、わたつみ平原。それ以外の様々な場所を自分の足で探していきました。

 

けれど見つかりません。どれだけ探しても、どれだけ名前を呼んでも、彼女は私の前に姿を現してはくれません。

 

「狐稲利さん……ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

 

さんざん探し回った後、私は自分の家に帰ってきました。

 

そうです。いろんなところをくまなく探したと思っていたけど、狐稲利さんを探しに飛び出したきり、ここを探していませんでした。

既に日が沈み始め、あたりは薄暗くなり始めています。蝉は相変わらず鳴き、蛙のがあがあという声が嫌に耳につきます。生ぬるい風が私の汗で濡れた肌を撫でる気持ち悪さはまるで今の私の心の内を現しているように感じてしまいます。

 

「……!狐稲利、さん……」

 

そして狐稲利さんはそこにいました。家の裏の人目につかない場所、とある木の下で膝を抱えるようにして座り込んでいる彼女はこちらを背にして地面の"なにか"を見つめているようでした。

 

「…………」

 

私は無言のまま、拡張空間に保管していた裁ち取り鋏を、ためらいながら手にします。

……自分でも分かるくらい鋏を取る手が震えてます。呼吸だって、こんなにも乱れているのは狐稲利さんを見つけるために走り回ったのが唯一の原因というわけではないでしょう。

 

狐稲利さんは私へとタヌキの蘇生を願いました。そしてそれを拒絶された。ならば次に狐稲利さんはどうしようと考えるだろうか。

狐稲利さんは私と同等の能力を持っています。3Dモデルを作ることも、魂を創ることだって可能でしょう。それならば、例のタヌキを蘇生することも可能ではないか。

 

 

親しき人、愛おしい人、そんな人が亡くなった時に誰しも考えた事があるのではないでしょうか。

"もしこの人を生き返らせることができるなら"

 

現実には亡くなった方を生き返らせる方法なんてありません。残された者が出来ることはその人のためにたくさん悲しんで、そのあとに悼むことだけです。

 

ですが、今の狐稲利さんには蘇生させるだけの能力があります。

 

狐稲利さんが見つめる先にある"なにか"。

 

それはもしかして……。

 

「狐稲利さん………」

 

話しかけても狐稲利さんから返事はありません。ただじっとなにかを見ています。私は3Dモデルの情報をすべて初期化する能力を持つ"裁ち取り鋏"を持つ手に力を入れます。

 

……これは私がしなければいけないことなのです。命を好き勝手にしてはいけない。それを私は彼女を創るときに決めたのです。本来死んでいるはずの命を他者が自身の身勝手で甦らせてはいけないのです。

それは亡くなった者への冒涜でしかありません。

 

狐稲利さんの背後からゆっくりと近づいていきます。徐々に狐稲利さんが見つめているなにかが私の視界へと映り込んできます。

 

「……えっ」

 

そして、そのなにかを完全に視界に収めた時、私は思わず鋏を手から滑り落としてしまいました。

 

狐稲利さんが腰を下ろし、木の根元で見つめていたなにか、それは……。

 

 

 

 

 

 

それは小さな盛り土でした。盛られた土の上にはこぶしほどの大きさの石が置かれています。無骨ながら丁寧に作られたそれはまさしく――――

 

 

 

 

お墓、でした。

 

 

 

 

「……おかーさ……」

 

「狐稲利さん……」

 

こちらを向いた狐稲利さんはいまだに涙に濡れていて、悲しそうな顔であることに変わりはありません。

 

それでも、それでも私に向けて何とか笑おうと、震える口元を上げようとしてくれています。いつも私に向けてくれているような嬉しそうな顔をしようと頑張っているようで……。

 

「おかーさ……ごめ、なさ……おかーさ、きらい…うそ……おかーさ、すき。だい、すき……」

 

もう私は何も考えることが出来ませんでした。その狐稲利さんの言葉を聞いた直後、私は狐稲利さんを抱きしめていました。

 

強く、強く。彼女のその思いに応えるように。

 

ああ……なにが教えてあげないといけない、だ。彼女はちゃんと分かっていた。ちゃんと理解していた。

 

死というものを。

 

命というものを。

 

彼女はすべて承知していた。だからこそ、その子を埋葬し、弔い、死を悼むことができた。

 

 

私はまだ狐稲利さんのことをどこかただのAIのようなものと考えていたのかもしれません。電子生命体である私が創りだした高性能のAIだと。

ですがそれは大きな間違いでした。彼女は自我があり、私をおかーさんと慕ってくれる。触れ合えば最初は驚くけれど、優しく受け入れ、幸せそうに笑ってくれて、死んだ者を偲び、涙することができる。

 

この子は、生きているんだ。

 

「おかーさ、ごめ、なさ……ごめ、なさ……!」

 

「大丈夫です!、大丈夫ですよ狐稲利さん。もうつながり(リンク)がなくても、伝わっていますから……!狐稲利さんの言葉は……私に伝わっています…!」

 

「うっううううう…………!」

 

いろんな感情がどっと溢れだしたように、狐稲利さんは私の腕の中で大きな声で泣き始めます。

 

「大丈夫ですよ~今はいっぱい泣いてください」

 

 

めいっぱい泣いてください狐稲利さん。それが今のあなたに一番大事なことです。

 

 

 



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#49 巡り廻る魂

 

狐稲利さんが泣き止むまで彼女を抱きしめていた私はふと、狐稲利さんの指先に視線を合わせます。

指先は痛々しく傷ついて真っ赤。きっと素手で土を掘り、お墓を創ったのでしょう。その手に私の手を重ね、冷たくなっている指先を温めます。

 

「おかーさ、手、よごれる…よ…?」

 

「気にしませんよ~また一緒にお風呂に入ればいいだけですから~」

 

狐稲利さんの手を私の手で包み込み、優しく労わります。この手は命の大切さを知っている綺麗な手です。どれだけ傷ついていたとしても、その美しさは変わることはありません。

 

「おかーさ、手、つめた、い?」

 

汚れるから、冷たいから、そうやって狐稲利さんは私を気にかけます。先ほどの自身のきらい発言を引きずっているようで、私が怒っていないか、悲しませていないかと心配でおどおどしているのが声の震えで分かります。

 

「んふふ、しゃべる練習もしていかないといけませんね~狐稲利さん」

 

「んへへ……う、ん」

 

ですがそんな不安そうな顔もいつものように頭を撫でてあげると途端に嬉しそうなものに変わります。

 

狐稲利さんは私の娘で、私は狐稲利さんの母親なのです。多少の迷惑がなんですか。嫌いと言われて子を嫌う親がいますか。

愛しいところも、手がかかるところも、全部ひっくるめて親は子どもをどうしようもなく愛してしまうものなんですよ。

 

「おかーさ、しゃべる、って、たのしー……ね?」

 

そんな狐稲利さんとのリンクですが、実はまだ切れたままです。

今回の事で少し思ったことなのですが、私は狐稲利さんとリンクという情報的に強いつながりがあることでこの子のことをすべて理解した気になっていたのではないでしょうか。

人の言う"血のつながり"とか"親と子のつながり"、そんなもの以上のつながりがあると私は思っていました。ですがそれはどうも違うような気がします。

 

情報的つながりによって相互に得られるものは結局情報のみに過ぎないのです。その情報がどのような意味を持ち、当人にとってどれほど重要視される要素なのかが伝わらない、つまりは情報に込められた想いが届けられない。

 

彼女が初めて言葉を発したあの時、繋がりを通じて私に語りかけるのではなく、言葉を発することを選択したのは、私に伝えたいものが情報ではなく、自身の感情であったからでしょう。

激しい感情の中、切に願うその想いを直接私に伝えたかったら。

 

恐らくこれまで狐稲利さんが言葉を話すことがなかったのは、言葉の有用性が理解できなかったから。

言葉とは何とも非効率な情報の伝達手段です。多種多様な言語が存在し、その言語からさらに訛りや方言といったもので細分化され、さらには発する人物によって意味が変化することだってあります。それでは情報を正確に伝えることは難しく、だから狐稲利さんは言葉を使う意味を理解できなかったのです。

 

ですが狐稲利さんは自身の激しい感情を伝える手段として言葉を選択し、そして言葉がただ数字で表される情報を伝えるだけのものではないと理解した。

狐稲利さんは身近な者の死や、言葉に想いを込める意味を理解し、より人のように成長しています。

 

 

はにかむ狐稲利さんを撫でながら家の中へ入ろうかと考えていたとき、狐稲利さんの作ったお墓からぼんやりと光る何かが現れました。それはゆらゆらと空を舞う光球、"魂"です。

 

「えっ……あ、れ……?」

 

狐稲利さんは不意に現れた魂に呆気にとられ、無意識にその魂に手を伸ばそうとします。狐稲利さんに懐いていた、あのタヌキのものだった魂へと。

ですがその魂はゆらゆら揺れながら空の上へと昇っていきます。

 

「あ、……うう…」

 

「…………狐稲利さん。少し、寄り道しましょうか」

 

「おかーさ……?」

 

「あの子に、しっかりとお別れを言いに行きましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたつみ平原のその先、この空間のはるか南方に存在する山々は今まで私の創った犬守山やけものの山とは一線を画す高さを誇っています。遠くにありすぎてその輪郭だけが判別できる程度で山そのものは霞がかり山の頂上は常に雲によってその姿が見えることはありません。

 

私と狐稲利さんはその雲によって見ることのできない山の頂上へとやってきています。

 

「わぁ……」

 

「狐稲利さん、あんまり離れちゃだめですよ」

 

私と狐稲利さんが立つ場所は地面の土が見えないほど一面真っ赤な彼岸花が咲き誇っています。風も吹かず、蝉の声も聞こえず、夏のはずなのに暑くもなく、雲より高い山の頂上であるはずなのに寒くもありません。雲の中ということで周りは雲が霧のように立ち込めていますが、その雲は夕暮れの色に染まっています。

 

今まで私が創っていた領域とは全く異なる雰囲気でありますがそれも当然です。なぜならここはそもそも他の領域とは互換性を持たせないように設計してあり、仕様も全く異なります。

 

例えば地を埋めている彼岸花は見ることも匂いを感じることもできますが、手で触ったり摘み取ることも出来ません。そして決して枯れることがないのです。

成長もせず、時間が止まっている状態……いえ、どちらかというと時間という概念さえ実装していないといった方が正しいでしょう。なのでここの風景はいつも同じで、変わることはありません。

 

 

「……たま、しい……?」

 

日が沈み始める時間(おうまがとき)に固定されているこの空間は淡い日の光に満たされており、その上空ではいくつもの光の球、魂が緩やかに空を泳いでいました。

 

「そうですよ。此処は魂が役目を終えた後にやってくる場所。幽世(かくりよ)です」

 

 

 

 

 

私は狐稲利さんを創り、魂と呼べるものを創造する計画を立てた際その管理や整備方法に悩んでいました。

いくら完璧なものを創造したとしてもその完璧は結局私の主観であり、私にとって想定外の事象が起こればその完璧はたやすく瓦解するもの。では、最初っから完璧など求めず不具合の起こる前提で物事を進行するのが良いのではないか?と。

 

その考えの末に到達したのが、実装した魂の情報の"更新"と"修復"という二種類の循環機構です。

私と狐稲利さんによる御霊降ろしは魂の情報を常に最新のものに更新し、それによって引き起こされるであろう不具合を未然に防ぐことができます。

ですが既に起こってしまった不具合に関してはどうしようもありません。御霊降ろしによる情報の更新によってバグを上書きすることも可能ですが、更新個所が不具合個所と完全に合致していなければバグと新たな情報の更新によってさらに深刻なバグを生み出す可能性があります。その可能性を極力減らすために考えたのが、もう一つの魂の循環機構である"修復"です。

 

魂は御霊降ろしによって肉体に宿り、成長し、そして死んでいきます。魂は生命活動を終えた肉体から抜け出し、その魂はこの霊山の山頂に隠された幽世へと向かいます。

幽世では魂が生前手に入れた経験などを整理したり、生きている内に負った魂の損傷を修復したり、成長によって得たその魂のみの個性などを記録する場所です。魂が蓄積した記憶などもコピーしデータとして保管した後、その魂は修復され完全に真っ白な状態に初期化されます。

そして幽世の外で新たな命が生まれた時、漂う魂はその命へと宿り、また命の営みをくり返すのです。

 

今はまだ魂の数自体が少ないので御霊降ろしで魂の更新と共に魂を生み出し、生物へと宿らせていますが、魂の数がある程度安定すれば生み出すのをやめ、御霊降ろしでは魂の情報更新だけを行っていく予定なのです。

 

つまり幽世は次に宿る新たな生命の誕生を待つ魂の待機所なのです。

 

「あうっ!?」

 

突然狐稲利さんの目の前に真っ黒な"影"が姿を現しました。その影は魂のような球体で宙に浮いており、こちらをまじまじと観察しているようでした。

 

「大丈夫ですよ狐稲利さん。この子は此処を守ってくれる存在です」

 

幽世にて魂は修復され、現世である犬守村へと帰ってきます。ですが、魂によっては修復さえ困難なほど破損した魂も時々やってきます。そんな魂は魂としての役割を終え、新たな存在として再構成されます。それが決まった形を持たず、影のように見える情報群によって構成された"ヨイヤミさん"という存在です。

 

この子たちは魂が現世と幽世を問題なく循環しているかを監視する存在であり、この空間に迷い込んだ存在を追い返す役目も担っています。

 

また、それだけでなくヨイヤミさんはその数の多さを利用してこの空間そのものの防衛もしてもらっています。

今までこの空間に侵入してきた存在は無いのですが、だからと言って防衛機構を何も備えていないというのも不用心ですしね。

 

ヨイヤミさんが狐稲利さんの目の前にやってきたのも、恐らく幽世に迷い込んだなにかだと思ったからなのでしょう。

 

ですが、おかしいですね。狐稲利さんが此処に来ることは私を通じてヨイヤミさんも把握していると思ったのですが……ん?

 

「……リンクが切れてる……?」

 

現在ヨイヤミさんは私が直接生み出したものも含めておよそ数百ほど存在します。そのほとんどとのリンクがどうも切れているようなのです。

ヨイヤミさん自体はそもそも私の命令がなくても活動できるAIなので問題はないのですが……。

 

ふむ、これは恐らく狐稲利さんの感情の発露によって引き起こされたものでしょう。私と狐稲利さんとのリンクが切られたように、私とこの空間そのものとのリンクが消失しているようです。今まで狐稲利さんの事で頭がいっぱいで気づいていませんでした。

 

リンクが切れていてもこの世界は問題ないはずですが、私が情報を把握できないのは問題です。予想外の出来事が起こった時、対処するのに遅れが生じてしまいます。

 

とにかくどれほどの規模でリンクが切れているのか調査して、一つ一つ繋ぎなおさないといけませんね。これでは数日は配信をお休みすることになりそうです……。

 

そんなことを一人考えていると、他の魂より一回りほど大きい魂がこちらへとやってきて、狐稲利さんの周りをゆっくりと揺蕩います。その姿はまるでかつて狐稲利さんの足元にすり寄ってきた時のようで……。

 

「狐稲利さん……ほら、この子です」

 

「あ、あう……ああぅ……」

 

狐稲利さんもこの魂が一体なんの魂だったのかを理解したようで、涙声になりながらも、その魂へと手を伸ばします。

 

魂はその狐稲利さんの手のひらの上に着地すると、僅かに発光を強めます。まるで会話しているかのような様子に、狐稲利さんはその魂をゆっくり、優しく胸に抱きます。

 

「あり、がと……いままで……あり、がとね」

 

 

 

 

 

 

 

狐稲利さんの様子を見ながら私は考えます。これでよかったのだろうかと。

本来この場所は誰にも知らせるつもりはありませんでした。移住者さんはもちろん狐稲利さんにだって。

この場所はつまりは死という概念そのものなのです。すべての生きとし生ける存在が必ず到着する終着点なのです。

 

配信者とは自身が楽しむことも重要ですが、配信している以上視聴者さんのことも考えるべきだと私は思っています。配信とは一種の娯楽であり、配信に関わる全ての人が楽しめることが"配信"というものであり、配信者に必要とされている要素なのだと。

もちろんそれは私の考えであり絶対的に正しいとは言い切れません。配信者が考える配信のあり方とは千差万別です。それでも私は私の配信内でそのような死について語ることを忌避しました。

狐稲利さんにだって、死そのものであるこの空間をいつものような調子で紹介することなど私にはできないと思い、知らせずにいました。

 

ですが、今回私はその考えを覆してまで狐稲利さんをこの空間に招き入れました。

 

 

それもすべては私のわがままなのです。そう、紛れもないわがまま。

 

狐稲利さんはお墓を作り、タヌキの死を悼むことで自身の心に区切りをつけていたのです。その後にわざわざこの場所に来て、別れを済ませたはずの魂に再び会わせる必要なんてどこにもありません。

 

だからこれは私の、私が満足するためのわがままにほかなりません。

 

 

 

犬守村で生まれ、亡くなった者たちの魂はすぐさま肉体から抜け出し、この幽世へと向かうはずです。ですが、あのタヌキの魂は狐稲利さんが亡骸を抱きしめている時も、お墓を作っている時もずっと肉体に留まったままでした。そして狐稲利さんがその死を受け入れ、自身の心に区切りをつけた後にようやく肉体から抜け出し、幽世へと向かったのです。

 

狐稲利さんの感情の発露によって引き起こされたバグ?それに伴う情報の遅延?

 

科学的な理由ならいくらでも思いつきます。ですが、私はそんな現実的な理由でなく、もっと精神的、あるいはオカルトじみた理由ではないかと考えました。

 

ただの成長に関する情報の塊を魂と名付けた私だからこそ、そう感じてしまう。あの魂が現世(うつしよ)に留まり続けた理由、それは――

 

「"未練"……だったのかな」

 

狐稲利さんといつも一緒にいて、いつも楽しく遊んでいたあのタヌキは自身の突然の死によって未練を残していたのではないでしょうか。

もっと狐稲利さんと遊びたかった、もっと触れ合いたかった、もっと一緒に居たかった。

狐稲利さんを悲しませた、泣かせた、傷つけた。

 

そんな思いが、その魂を現世に残らせたのではないかと。

 

「馬鹿馬鹿しいって笑われちゃうかな……?」

 

今の時代、他人が聞けばそんなわけないと即座に否定されるでしょうけど、私にはそう感じて仕方がないのです、現に今狐稲利さんの胸に抱かれている魂も他の魂と同じく、成長に関するデータの塊でしかないはずなのに、まるで意思があるようにふるまっているような気がしてきます。私はそんな自身の考えがただの妄想でない事を証明したくて、この場所に狐稲利さんを招き入れたのです。

 

 

「ばいばい……また、あそぼーね……」

 

狐稲利さんが寂し気な笑顔で魂が天へと昇っていくのを見届けた後、私は狐稲利さんに声をかけます。

 

「狐稲利さん。もう、帰りましょうか」

 

「……うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかーさっ!!おかーさっ!!」

 

家に帰ってきた直後、狐稲利さんは家の縁側になにかを見つけ、私を大きな声で呼びます。

 

「どうかしましたか狐稲利さん!?」

 

慌てて狐稲利さんの傍に寄るとなんと縁側にタヌキが座り込んでいました。既に日が沈んであたりはそれほど暑くもなく、そのタヌキは私たちが近づいても気にする様子もなく縁側で涼み続けています。

というか、たった一匹でけものの山から河を越えて、この家までやってきたということですか!?

狐稲利さんに懐いていたタヌキといい、このタヌキといい、私が考えていた以上に野生動物とはアグレッシブに行動するのですね……。

 

「おかーさ、このこ、おなかおっきいー」

 

「ん?本当ですね~赤ちゃんがいるのでしょうか?……あれ、この子……」

 

「どーした、の?おかーさ?」

 

狐稲利さんはタヌキの横に並ぶように縁側に座り少し寂し気に微笑みながら、リラックスしている様子の母タヌキを見つめています。

恐らく、このタヌキにあの子の姿を重ねているのでしょう……。

 

「……んーん、なんでもありませんよ~。狐稲利さん、せっかくだから撫でてあげたらどうですか~?」

 

「ん~、逃げ、ない……かな?」

 

「大丈夫だと思いますよ~私と狐稲利さんがこんな近くにいてもぜんぜん大丈夫そうですし~」

 

狐稲利さんが恐る恐るといった具合で手を出し、そのタヌキの頭を軽く撫でてあげます。タヌキは何てことないように体を横にして腹を出し、もっと撫でろと要求してきます。

 

「……かわ、いい」

 

「ですね~、もしかしたらこのお母さんは狐稲利さんにお腹の赤ちゃんを紹介しに来たのかもしれませんね~」

 

「わたし、に?」

 

「ええ、だってこのこのお腹の子は――――」

 

「……?、おかーさ?」

 

「……いえ、やっぱりなんでもありません~」

 

あぶないあぶない、またわがままを言ってしまうところでした。

狐稲利さんは既にあのタヌキとの別れを完全に済ませ、心に折り合いをつけたばかりなのです。だから、"これ"を狐稲利さんに話すのは私のわがままで、そして無粋です。

 

 

そう、この母タヌキのお腹にいる子タヌキ、その子タヌキに宿っている"魂"がかつて何だったのか、巡り廻る魂の循環によって宿ったその魂の前世が何だったのか。

 

それをわざわざ狐稲利さんに言うなんて、無粋ってやつですよね。

 

「"また"、狐稲利さんと遊んであげてくださいね」

 

狐稲利さんが言葉を知り、この世界自体が私の知らぬ間に予想以上に成長し続けている。それは親として寂しい面もありますが、それよりうれしいと思う気持ちの方が大きくて、私はただこの空間の行く末に想いを馳せるのでした。

 

 



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#50 娯楽共有掲示板Part314

 

433:名無しのスレ主さん

よっしゃ許可もらったから貼るわ

前の休日に行ってきた→リンク

やっぱ塔の街は一回行ってみるべき

あそこには今の地下住み民が忘れたすべてがある

 

 

434:名無しのスレ主さん

うらやま

地上に上がるだけでも凄いのにそのうえ塔の街まで行ったのかよ

……生活出来てるか?

 

435:名無しのスレ主さん

しばらくは極貧生活だわw

 

 

 

436:名無しのスレ主さん

笑い事じゃねえなあ……

 

 

 

437:名無しのスレ主さん

もう無理して外出る必要なくね?もうすぐ外に出なくても外を体験できるようになるってのに

 

 

 

438:名無しのスレ主さん

それってFSが配信してた先研案件の事か

あれはすごかった。

 

 

439:名無しのスレ主さん

今までも配信者の姿はかなりリアルだったが、NDSは格が違った

マジでそこにいるかのような現実感があった

生きている間に一度は経験してみたいわ

 

440:名無しのスレ主さん

確かにすごかった。実写と思えるほどのリアルさがあった

ネットの中でわちるんとなこちゃんが現実に存在しているみたいで興奮した

 

だけどなぁ……

 

 

441:名無しのスレ主さん

配信じゃあマナー違反だから言わなかったけど

微妙って感じちゃうんだよなー

わんころちゃんの配信に慣れてると

 

442:名無しのスレ主さん

どっちも凄いのは凄いし、技術やベーってのはよくわかるんだが、やっぱあのリアルさと真っ白な空間を見ちゃうとどうしてもわんころちゃんの配信を思い出しちゃうんだよな

 

 

 

443:名無しのスレ主さん

真っ白な空間といい、拡張空間から展開?っていう何もないところから3Dモデルを取り出すとか、まんまわんこーろがやってたんだよなー

やっぱわんこーろって先研の人間?

 

 

 

444:名無しのスレ主さん

もしそうなら連携してるはずのFSがなんの言及もしないのはおかしいだろ。

今回のFSの配信だって直前まで情報を出さずにサプライズ的な配信にしてたし、わんこーろの配信で最新技術を先に紹介するようなサプライズを薄めるような事するかね?

 

 

445:名無しのスレ主さん

わんころちゃんがマジ個人なら政府機関以上の技術力かよ

なんか比較対象が出てきたことで一気にわんころちゃんの能力の高さが際立ってきた

 

446:名無しのスレ主さん

ネットのまとめや他の掲示板覗いてると

噂じゃあ政府はわんこーろちゃんの所在を特定しようとしているとかしてないとか

 

 

447:名無しのスレ主さん

さすがにいち配信者に対してそんなことするとは思えないけどなぁ

それに違法なことやってる訳でもないのに特定なんてしたらそれこそ違法じゃん

政府が違法行為しちゃっていい訳?

 

 

448:名無しのスレ主さん

お前は何も分かってないな。今の政府機関に所属している人間の半数は過去の効率至上主義時代の人間がそのまま残ってるんだぞ?

人材の総とっかえなんて現実的じゃないし、その時代が終了してから三十年程度しか経ってないから仕方がないが。

 

>446

もしその噂が本当ならパイプ役はわちるんかね?

 

 

 

449:名無しのスレ主さん

どして?

 

 

450:名無しのスレ主さん

わちるんが一番仲がいいからな

おもったよりわんころちゃんて交流関係そんなに広くないし

わんころちゃんの交流スタイルって広く浅くって感じでなく、狭く深くって感じだね

 

 

451:名無しのスレ主さん

そういえば最近わちるんなんだか元気なかったなー

 

 

 

452:名無しのスレ主さん

前のNDS案件の時もちょい雰囲気暗かった気がする

その後に涙流しちゃったのも気になる……

本人は感動したからとかあくびがーって言ってたけど、なこちゃんや運営の焦り様に違和感があった

 

 

453:名無しのスレ主さん

わんころちゃんもなんだか元気ないんだよな、なんか落ち込んでるような……

この二人のメイクでの交流も最近ほとんど無いし

ケンカでもしたんかね?

 

454:名無しのスレ主さん

痴話げんかかな?

 

 

455:名無しのスレ主さん

どっちが受けでどっちが攻めかで喧嘩w?

 

 

456:名無しのスレ主さん

そりゃ微笑ましいなw

 

 

457:名無しのスレ主さん

茶化すなよ

マジな話本当に喧嘩なのか?互いの配信の雰囲気悪くなるとふたりのてぇてぇ配信を生きがいにしている俺の死活問題なんだが……

 

 

458:名無しのスレ主さん

心配だからって本人に凸すんなよ。厄介オタクにはなってはならん。

 

わんころちゃんとわちるんなら、まあ大丈夫じゃろ

 

 

 

459:名無しのスレ主さん

あの二人の仲の良さは見ててよくわかるからな

 

 

460:名無しのスレ主さん

本人達に自覚無いようだけどもう付き合ってるレベルだよなw

 

 

461:名無しのスレ主さん

それは草

 

 

462:名無しのスレ主さん

だが事実だしなー

 

 

 

463:名無しのスレ主さん

近くにいすぎて相手が見えないってこともあるんだろう。

 

 

464:名無しのスレ主さん

そんなことあるか?

 

 

465:名無しのスレ主さん

なんでも知っているようで知らない、もしくは愛しているから知られたくないってことってのはあるよ。

 

 

466:名無しのスレ主さん

さすが既婚者ニキは言葉に重みがあるなぁ

 

 

467:名無しのスレ主さん

……残念ながら独り身だ……その方が何かと身軽だし、効率的だからな。

 

 

468:名無しのスレ主さん

効率……あ(察し

 

 

 

469:名無しのスレ主さん

おいおいおいクソな効率至上主義とかいうのと同列にすんなー

 

 

470:名無しのスレ主さん

主義者がこんな非効率な掲示板なんて覗くわけねーべw

 

 

471:名無しのスレ主さん

そうだよな、軽はずみで書き込んだ

すまん

 

 

472:名無しのスレ主さん

ええんやで、てかわんころちゃんとわちるんが恋人の前提で話が進んでいることに草

 

 

 

473:名無しのスレ主さん

ほんとだ草

 

 

474:名無しのスレ主さん

あながち間違っていない

結婚式を挙げていない程度の差だ

 

 

475:名無しのスレ主さん

結婚の相手はいないが、最近知った結婚式というのには憧れるなー

華やかだし、ああいうのが伝統っていうのかな。

 

ところで"わちこーろ"は最高であることに間違いはないが私はあえて"ねくろ"コンビを推す

 

 

476:名無しのスレ主さん

ねくろ=寝子("ね"こ)+九炉輪菜わちる("くろ"わな)

年下だが先輩な寝子ちゃんと年上だが後輩なわちるんの"ねくろ"は確かに見てて微笑ましい

 

 

477:名無しのスレ主さん

先輩として引っ張っていこうとする寝子ちゃんと実質引っ張っているわちるんのバランスは確かに素晴らしい

時々立場が逆転するのもグッド

 

 

478:名無しのスレ主さん

なら俺は"なこなーと"だな

なこちゃんの言葉のナイフがナートをメッタメタにしているのを見るとストレスが消えていくよ

 

479:名無しのスレ主さん

>478こいつはナー党だ間違いない

前に見つけたナート涙目まとめ動画の投稿者がなこちゃんだったのは爆笑した

 

 

480:名無しのスレ主さん

"寝子○"も"ナ○ト"も個人配信だと我が道を行く○一の姐さんが保護者に回るの新鮮で姐さんの視聴者である○子(まるこ)としては非常に助かる

 

 

481:名無しのスレ主さん

確かに助かるが、いまだにナ○トがなんと発音するか分からん……

 

 

 

482:名無しのスレ主さん

本人達も口にしようとしてないし、なんも考えてない説

ナートは伏字にしなけらばならないという○一姐さんの強い意志を感じる

 

 

483:名無しのスレ主さん

というか最近忙しそうだよなーFS

ヴァーチャル配信者が世間でも受け入れられ始めて、深夜番組に出演したり、CMに出させてもらったりして

親と居る時にCMでナートが映った時は場の空気が凍ったぞ……なんだよあの妙にセンシティブを滲ませた絶叫は……

 

484:名無しのスレ主さん

>483絶叫するまでに若干の猶予があるからバカっぽい金髪が見えたら速攻チャンネル変えろってナートスレで対策教えてもらった

 

忙しいのは視聴者としては嬉しい事この上ないけど、そのせいかFS全員コラボが最近ご無沙汰なんだよなー

 

 

485:名無しのスレ主さん

しゃーない

かつての疲れ切ったなこそ配信を見てたFS古参としては「配信してくれ」、よりも「無理に配信しなくていい」って感情の方が大きいわ

 

486:名無しのスレ主さん

でも、またやってほしーな

全体コラボ

次はわちるんも一緒だろうし、大規模なコラボになる予感ー

 

 



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