コワイ? 学校のカミュ (Towelie)
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Seven wonders

 7月も半ば、茹だる様な暑さが連日のように続いていた。

 今年は猛暑。
 毎年同じことを言っている気がして何の指標にもなっていない。

 教室の中の強めのクーラーは、熱波と熱気がうねりをあげる外界とは異なる世界を作っていた。
 

 授業終わりのチャイムが鳴り、帰宅する生徒が歓喜の花を咲かす中、少女は持ち前の器用さで素早く帰りの準備を整えていた。

 短い髪をカチューシャで纏めた少女はバックパックを手に取って教室からいの一番に出ようとしていた。

 少女は教室からでる直前、コマのようにくるりと身を翻えすと、帰り支度におぼつかない友達に声を掛ける。

「蛍ちゃんごめん! 後から必ず行くから先に行ってて!」

 そう一方的に告げると、少女は猛ダッシュで廊下を駆け出して行った。

 運動部特有の過剰な挨拶。

 その勢いに呆気に取られたように教室内は動きを止めていた。

 そんな皆の視線はある一点に注がれる。
 去っていた少女の残影を目で追いかけてるように見ていた少女に。

「はうっっ」

 少女は視線を感じて思わず声をあげてしまう。
 ただでさえ目立つ事には慣れないのにおまけに変な声まで上げてしまっていた。

 凍り付いたように立ち尽くしていた少女だったが、何かを思い出したように教室から逃げ出した、手で顔を隠したままの格好で。

 大人しい雰囲気の少し内気な少女。
 それが声を掛けられた少女──蛍だった。

 蛍は平静を装う様に歩きながら、辺りを伺う様にきょろきょろと視線を動かした。
 誰も後を追ってこないことに安堵すると、教室での行為に顔を赤くして想いを巡らせる。

(ああ、すごく恥ずかしかった……。燐ってばわざわざ言わなくても良いのに。でも、燐にとって特別に扱われている気がして少し嬉しい、かも)

 口にすることはない燐への想いで心が暖かくなる。
 だが、その想いとは裏腹に別の心配事が蛍の足取りを重くさせていた。

(わたし一人でちゃんとやれるかなぁ? ……やっぱり燐がいた方が良い気がする。でも、先に行って色々準備しとかないと、みんなにも燐にも迷惑が掛かっちゃうし。それにこれでも部長なんだから)

 蛍は一人でやらねばならない事に逡巡するが、部長としての責任感でそれらを振り払うと、少し足早に廊下を歩いた。

 こういうのは勢いが肝心だった。

 だが、その勢いづいた足は新聞部の部室ではなく、近くのトイレへと何故か伸びていた。

(とりあえず身だしなみを整えないとね。恥ずかしい格好なんかしてたらみんなに笑われちゃうもん。それに女の子は身だしなみが大事、って燐も言ってるしね)

 とりあえず蛍はまず最初にトイレに向かう事にした。

 一人でやれないわけでもないけど出来る事なら燐と一緒にやりたい。
 そのためなら多少の遅れも許されるだろう。
 だってわたしが部長なんだから。

 都合のいい言い訳と体のいい時間稼ぎ。

 トイレには様々な役割があるようだ。


 だが、そんなトイレからあんな事件が起きるなんて、この時の蛍には知る由もなかった。





 木造校舎特有の乾いた音が、廊下を歩くたびにギシギシと軋んだ。

 

 先ほどまでいた鉄筋の校舎と違い、木の温もりを感じさせる歴史を感じさせる古い校舎。

 

 そこの一室で新聞部主催の放課後ミーティングが行われる。

 

 議題は”学校に纏わる七不思議について”。

 

 

 良くあるネタであり、歴代の新聞部もこの特集を夏ごろにやっていたのが、アーカイブで分かった。

 

 (だからと言って真似しなくてもいいんだけど。でも、他にネタもないし、夏だからちょうど良いのかな?)

 

 それでも少女は気乗りしなかった。

 トイレに行って気持ちを落ち着かせたばかりなのに、やはり足取りは重いまま。

 

 全てが古めかしい校舎がよりその陰鬱な気持ちに拍車をかける。

 

 少女は二つに結わいた長い髪をたよわせながら、感触を踏みしめるように階段を上がっていった。

 

 ぎしっ、ぎしっ。

 

 軋むような音が踊り場から天井に抜ける。

 木造の校舎はやけに天井が高く、その音が梁を伝わって校舎全体に響いているのではないかと錯覚させた。

 

 

 少女は踊り場で一旦足を止めると、ステンドグラスの様な大きな窓から外の景色に目をやった。

 

 抜けるような青空と沸き立つ白い雲。

 なんでこんな気持ちのいい日に薄暗い部室で怖い話を聞かねばならないのか。

 

 少女の中である種の不条理が浮かび上がってきた。

 

 

 理由は二つほどあった。

 

 一つは学校新聞企画の為に、学校の七不思議を掲載するという企画が、そもそも好きではなかった。

 

 だからと言って他にネタもなかったし、かと言ってその手の話には()()()()詳しくなかったので、その手の話(学校の七不思議)に詳しい生徒を集めて今日、話を聞くことになった。

 

 そこまで怖い話がそこまで苦手というわけでもないが、嫌な感じというか陰鬱な気分にはなるのは間違いない。

 

 それに自分は幽霊とかそういうオカルト的なものにそこまで興味はないのだ。

 

 そしてもう一つの理由、それは単純に話したことのない生徒との邂逅である。

 割と人見知りな自分としてはそちらのほうが怖い話よりもより苦手だ。

 いっそのこと全てを親友に任せてしまいたいほどに。

 

 やけに気が重い原因はこちらのほうが大きいのかもしれない。

 

 これでも部長なんだ、その辺は割り切らないと多分ダメなんだろう。

 

 ……やっぱり部長なんて引き受けなければ良かった。

 

 

 

 少女──三間坂蛍(みまさかほたる)は新聞部の部長だったから。

 

 成り行きからではあるが。

 

 部長にうってつけの人物が他に居るのだが他の部活と掛け持ちしているため蛍がやる羽目になってしまった。

 

 実質二人で活動している部だったからどっちが上とかは関係ないのだけれど、形式上部長は必要だ、それは分かっているのだけれど。

 

 でも二人しかいない部活ならいっそ廃部にしてもいいとは思う。

 

 それほどまでに新聞部って今の学校に必要なのだろうか?

 個人でも企業でもネットで伝えることが多いというのに。

 

 

 アナログ且つローカルな学校新聞を誰が必要としているのだろう。

 

 

(どうせ誰も読まないんだから、資源の無駄遣いじゃない)

 

 今考えなくてもいい事に想いを巡らせながら、蛍はことさらゆっくりと部室へと向かって行った。

 

 気持ちの重さに合わせるようにぎいぎいと小さく鳴く床板。

 この木造校舎ももう必要ないものかもしれない。

 

 人気の少ない校舎には自分足音と、木の音だけが午後の強い光で照らされた廊下に広がっていた。

 

 それでも足はしっかりと部室へ向かっていく。

 

 心のどこかで怖いものみたさのようなものが自分にあるのだろうか。

 

 多分、そうじゃなくて……もっと個人的な理由だろう。

 

 

 ”()()()”古めかしいプレートが描掛けられた部屋の前まで来ると蛍はなんとなくそれを眺めていた。

 

 旧校舎に部室があるのは今や新聞部だけだった。

 開校以来の伝統の部らしい(ほとんどの学校がそうであるだろうが)が、今となってはこんな僻地に部室がある時点で存在意義が疑われるものである。

 

(やっぱり廃部が妥当だと思うんだ)

 

 今回の企画で評判が良くなかったら顧問に相談してみよう。

 別になくなっても困る者などいないだろうし。

 

 少し消極的な思案をしながら蛍は建付けの悪い部室のドアを両手で引き開ける。

 

 その頑固な扉は古い歴史のせいか無駄に重かった。

 

 重いドアをこじ開けると直ぐに人影が視界に飛び込んだ。

 突然の事でつい身構えてしまう蛍。

 だがそれは良く知っている顔だった。

 

「あっ、遅かったね蛍ちゃん。先に来て準備しちゃってたよ」

 

 明るく元気な声が殺風景な部室を照らすように響いた。

 それは蛍の良く知る人物、唯一の友達と言っても良い。

 その親友がそこに居てくれた。

 

 込谷燐(こみたにりん)

 

 蛍のクラスメートで明朗快活な栗色の髪の少女。

 

 本来は運動系の部活に所属していてしかもレギュラーなのだが、かねてからの親友の頼みもあって、少し前から新聞部と掛け持ちをしていた。

 

「燐、向こうの部活は大丈夫なの?」

 

 ここで言う部活とは新聞部ではなく掛け持ちしているホッケー部(グラウンドホッケー)のことだ。

 

 燐はその中でレギュラーメンバーの一人として活動している。

 これでもエース候補だからと燐は言うが、蛍の見立てだと既にエース級の活躍をしていた。

 

「今日は休みもらったんだ、最近ずっと忙しかったしね。それに蛍ちゃん一人だとちょっと心配だったんだよね」

 

 燐はペロリと舌を出して微笑んだ。

 

 蛍としても一人ですべてをこなすのは不安だったので燐が来てくれたことは随分と気が楽になった。

 

 教室で燐は後で来ると言っていたけど、本業の部活を断ってまで来るとは思っていなかった。

 

 だからこうして来てくれた上に準備までしてくれたことはとても助かった。

 若干後ろ向きの考えで時間稼ぎをしたけど、その甲斐はあった。

 燐には後で何かお礼をしなくては、ね。

 

 蛍はこれからの部活の事ではなく終わった後の楽しみに意識を向けていた。

 

「大丈夫?」

 

 上の空の蛍に燐が心配そうな声を掛ける。

 蛍は慌てて取り繕うと、改めて燐が準備したという部室に目を向けた。

 

 部室にはテーブルを繋げたものとその周りには椅子が幾つか用意されていた。

 テーブルにはお茶とお菓子も置いてあり、おもてなしの準備は既に万全のように見える。

 エアコンもちょうど良い温度で静かな音を立てていた、冷風が古い部室を程よく中和してくれいた。

 

「ありがとう、燐」

 

 蛍が目を見てしっかりとお礼を言うと、燐はにこやかに微笑み返してくれた。

 

 いつもしっかりしてる燐とならこんな不気味な企画でも楽しくやっていけそう、そんな好意的な予感がした。

 

「さて、後はみんなが来るのを待つだけだね。さっきメールで催促しておいたからそろそろ来るとは思うんだけど」

 

 燐はスマホを再度確認する。

 

 燐の手際の良さに蛍は目を丸くしてしまう。

 

 やはり燐が部長の方が何かとスムーズにいくような気がする。

 内気で人見知りの自分などよりもずっと部長らしい。

 

「とりあえず座ってまってみよう」

 

「うん」

 

 燐の提案に蛍は小さくうなずいた。

 

 二人は迎え合わせに座って他の生徒が来るまでじっと待つことにした。

 

 手持ち無沙汰からか蛍は思わずスマホに手が伸びる。

 それは燐も同じだった。

 

「………」

 

 壁に掛かっている丸い時計が分刻みに針を進めても誰も新聞部のドアを叩くものは現れない。

 

「うむむー、誰もこないねー」

 

 燐は小さな画面に視線を奪われたままで呟く。

 今日、昨日決めた企画ではない、前もって連絡していたはずなのに。

 

 あれから何度もチェックしているが、その既読すらついてなかった。

 

「うん、どうしちゃったんだろうね」

 

 蛍もスマホの画面を見ながら答えた。

 燐が同じことをしていたから真似しただけで特に面白くなかった。

 

 燐が再度、催促のメッセージを送ろうとしたその時、偶然にも燐あてのメッセージが送られてきた。

 

 あっ、と思わず声をだす。

 

 しかしそのメッセージは事態を好転させるものではなく。

 

 むしろ……。

 

 

『誰も来ないならお菓子食べちゃわない?』

 

 ……蛍からの暢気なメッセージだった。

 

 燐は顔を上げて蛍の真意を伺うと、恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らされてしまった。

 

 小さくため息をつく、そして黒い板から目の前の親友に燐は意識を戻した。

 

「あはは、ごめんね蛍ちゃん。退屈しちゃったよね」

 

 燐は蛍の提案に乗る形で先だってお菓子を食べ始めた。

 

「ほら、蛍ちゃんも一緒に食べよ。今、ネット上で話題のお菓子ばっかり選んできたんだよ」

 

 燐はそう言って奇妙な形の菓子を手に取って蛍の口元に運んだ。

 

 咄嗟のことに蛍は呆気に取られてしまうが、ややあってその小さな手につままれたちょっと異質な形のお菓子をそのまま口で受け止めた。

 

「あ、これ、見たことないお菓子だね。どこで買ったの?」

 

 蛍は自身の大胆な行動を隠すように、お菓子の話題に振った。

 咄嗟のことだったとはいえ、燐の手から直接食べるなんて……これはお菓子の味なのか燐の指の味なのか、今の蛍には判別がつかなかった。

 

「近くのコンビニに売ってたんだよ。新製品って書いてあったからついね。くすっ、それにしても蛍ちゃんお行儀悪いなー。てっきり手で受け止めると思っていたよ」

 

 燐がくすぐったそうに笑いかける。

 その微笑みは蛍の体温を少し上げるほどに暖かくさせた。

 

「ちょっと下品だったかな。でも好きだよこの味」

 

 燐が手渡しで食べさせてくれれば蛍としてはなんでも食べそうになるほど心がときめいていた。

 

 苦手な生クリームと辛いもの以外の話だが。

 

 

 二人は間食を楽しみつつ他愛のないおしゃべりに花を咲かせる。

 

 更に30分ほど時間を費やしたが、やはり誰ひとり来なかった。

 

 これにはさすがに二人とも呆れてしまい、今日はもう帰ろうかと蛍が切り出そうとする直前、突如として部室のドアが甲高い音でノックされた。

 

 二人は顔を見合わせると、どうぞと声を合わせる。

 

 すると。

 

「あら、二人ともいたのね」聞き覚えのあるやわらかい声が部室に響いた。

 

「オオモト様!?」

 

 燐と蛍は先ほどと同じ様に声を合わせてその名を呼んだ。

 

 

 ”オオモト様”

 

 新聞部の顧問であり歴史の教師、そして二人クラスの担任でもあった。

 

 本名は別にあるはずなのだが、この学校の生徒おろか、先生同士の間柄でもみな口を揃えたようにオオモト様と呼ばれている。

 

 本人もその敬称の様な感じで呼ばれることに嫌悪感を抱くことなく自然と受け入れているようだ。

 まるで最初からその名であったかのように……。

 

「それで今日は何をしているの?」

 

 オオモト様の落ち着いた柔らかい声色、蛍も燐もこの声が好きだった。

 

「えっと、学校の七不思議を学校新聞に乗せようと思ってその調査をするところ、でした」

 

 蛍は少し気後れしながらもオオモト様の疑問に目を見て答えた。

 

 オオモト様は顧問とはいっても特に指示をしてくれるわけでもなく半ば自由にやっていたので新聞部の活動を把握してないようだ。

 

 「そう……それで記事にはなりそうなの?」

 

 オオモト様は部室の中を見渡しながら質問してくる。

 

 オオモト様が何が言いたいかを把握した燐はちょっと拗ねた表情で答える。

「詳しい人に話を聞きたかったんですけどぉ、誰も来ないんですよ~」

 

 媚びたような燐の仕草に蛍は少し呆気に取られてしまった。

 

「そう、それは残念ね」

 

 オオモト様はそう言うと静かな動作で空いている席に座ると、さも当然の様にテーブルの上のペットボトルのお茶を飲み始めた。

 

 喉が渇いていたのだろうか? それにしてもあまりにも自然な動作に蛍は口をぽかんと開けていた。

 

 その浮世離れしたマイペース振りは割と何時ものことだったので燐はやや呆れながら苦笑していた。

 

 蛍は一連の動作にあっけにとられてしまっていたが、思い出したようにオオモト様に尋ねる。

 

「その、オオモト様は学校の七不思議とかご存じないですか?」

 

(蛍ちゃんグッジョブ!)

 

 燐はオオモト様から見えない位置で蛍に親指を上げてその閃きを称えた。

 

 蛍は親友の無邪気さに小さく微笑んだ。

 

 オオモト様は二人の様子を気に留めず、お茶を一本空にすると、ゆっくりとした口調で話し始めた。

 

 

「噂程度なら聞いたことがあるわ」

 

 燐と蛍は手を取り合って歓声をあげていた。

 このまま企画倒れでもしようものなら、廃部の前にお説教が待っているから。

 だがその説教する相手は目の前にいるだけれど。

 

 オオモト様はため息をついた後、同じ口調で話を続けた。

 

「旧校舎、つまりこの校舎の1階の隅にある女性用トイレ。そこで何かを見た生徒がいるみたいね。何件か報告を受けているわ。」

 

 二人は何かを感じ取ったように顔見合わせた。

 ”トイレ”それはこの手の話では良く言われる場所だった。

 

 怖い話にも詳しいわけでもなく、ましてや霊感があるわけでもなかったが、水もしくは水に纏わるスポットには霊が集まりやすい、そういった”定番”ぐらいは知っていた。

 

「やっぱり出るんですか?」

 

 興味津々の面持ちで燐が尋ねる。

 

「さあ、それは分からないわ」

 

 オオモト様はそんな燐の様子に気にする風もなく淡々と答えた。

 

「でも……行ってみる価値はあるかもしれないわね」

 

 オオモト様は微笑みながらそう締めくくった。

 

 

 二人の少女は和服を着た顧問に頭を下げると、噂のあるトイレへと向かうことにした。

 

 

 

 部室に来るときはあんなに重かった足取りは今や羽のように軽くなっていた。

 今から向かう所は心霊スポットかもしれないのにそこまでの恐怖を感じないのには理由があった。

 

 それは燐が一緒だから。

 

 燐が一緒ならなんでも頑張れそう、それこそ初対面の人や幽霊にだって。

 

 そこに根拠なんかないけど、繋いだ手の温もりが蛍に絶対的な自信を与えてくれていた。

 

 

 

 留守はオオモト様に任せて、二人は勢いのまま、旧校舎の1階にあるトイレの前まで来ていた。

 

 1階のトイレはちょうど日の差し込まない場所にある為か、とても薄暗い。

 灼熱の放課後においてもその強い日差しが入り込まないひんやりとした場所になっていた。

 

 トイレの前にある薄汚れた照明、二人を歓迎するように規則的な点滅を繰り返していた。

 

 ぺかぺかする照明を見ていると、蛍は不意に恐怖感に襲われた。

 

 燐に引かれるままここまでやってきたけど、いざそれを目の当たりにすると自然と足が竦む。

 

 普段見慣れた場所のハズだし、このトイレは以前使ったこともあったたはず。

 

 一体何が今は違うのだろう。

 

 正体の分からなさに不安を感じて、蛍は縋りつくように燐に寄りかかった。

 

「ねぇ……燐」

 

 蛍は不安を訴えるように思案気な瞳で見つめる。

 

 燐は蛍の瞳の奥に拒絶の影を見るが、あえてそれには触れなかった。

 代わりに優しい口調で声を掛ける。

 

「大丈夫だよ蛍ちゃん、一緒に行こ」

 

 燐は蛍の手のひらをしっかりと握った。

 そしていつもの変わらぬ笑顔で微笑んだ。

 

 それだけで蛍の不安や恐怖が薄らいでいく。

 燐が一緒にいること、それだけで蛍の心はどんなときでも平静を保っていられる。

 

 この親友こそが”すべて”なんだ。

 

「うん、行こう」

 

 燐の存在を確かめるように蛍は握り返す。

 小さく柔らかい手、でもとても力強い。

 

 二人は固く手を繋いだまま、緊張の面持ちでトイレの中へと足を踏み入れた。

 

 いつものトイレと変わらないその場所へと。

 

 

 

 日常に潜む非現実。

 

 その入り口がこんなところに簡単にある。

 

 蛍も燐も皆目見当もつかなかった。

 

 ただ好奇心に準ずるまま、その足を湿った空気の中に進ませる。

 

 

 

 何かの声が聞こえた気がした。

 

 

 

────

───

──

 




始めまして、Towelieと申します。


この度、美少女AVG(公式)の”青い空のカミュ”が好きで堪らなかったのでその想いを何か形にしたいと思い、素人ながらこのような小説形式で書いてみることにしてみました。

ですが物語として妄想してしまうのがエンディング後の話ばかりで流石にそれはハードルが高くなりそうですし、原作の内容的にデリケートな案件になりそうだったのでとりあえずスピンオフ形式で書いてみることにしました。

本編とはキャラの設定に違いを持たせるだけでなく一部のキャラも登場しない可能性があります。今のところ3キャラしか出るプロットしかないです……。

”学校であった怖い話”というAVGゲームの世界観を一部拝借させていただきましたが、そちらのキャラは出す予定がないのでクロスオーバーにはならないかなと思いタグはつけておりません。

それにしても、ある程度書き始めて思ったのことなのですが、本編と内容が被ってるかも──っと感じるところがちょっとヤバ目です。

話が進むほどに本編である青い空のカミュの話をなぞる感じが強くなってきたので何とか軌道修正するようにしてみてますが好き過ぎて似ることなんてある……かもも?

なんとか独自性を見出して行きたい所存です。

連載形式にしてますが続けられるかはモチベーションっていうかネタしだいです。

それでは長々と拙文失礼しました。

ではでは~。



追記:2020年8月にリメイクしてみました。


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Flower girl

「ごめんね、蛍ちゃん」

 1階のトイレに向かう途中、燐が唐突に謝ってきた。

「ん? どうしたの、燐?

 蛍は不思議そうに首をかしげる。

 ちょうど1階の階段の踊り場に来ると、二人は足を止めた。

 ここからでは噂のトイレは見えないが、薄暗い廊下がなんとなく不気味なものを感じさせる。

 普段通っているはずの場所なのに……。

 ただ噂を聞いただけでこうも一変するのだろうか?
 
「それで燐、さっきは何で謝ったの?

 纏わりついた陰鬱な気持ちを振り払う様に蛍が燐に尋ねる。

 なにか感じ取ったのか、蛍は自分の腕を無意識に擦っていた。

「うん……だってさ、ちゃんと前々から連絡しておいたんだよ。それなのに誰も来ないなんて……ほんとごめん」

 両手をついて謝る燐を見ていると、やっぱり部長は燐に任せるべきだったと蛍は思っていた。

 蛍はこの状況を好意的にとらえていたのだ。

 やはり知らない人と話すのは苦手だったし、怖い話を聞くのも正直好きではなかった。

 でも燐と二人で退屈な部室から出て、心霊スポットを調査をするのはとても楽しい。

 それまでの憂鬱さどこかへ行ってしまったほどだ。

 怖くないといったら嘘になるけれど、燐と一緒ならなんとかなりそう。


 だから。

「燐、気にしなくていいよ。だって今、わたし楽しいもん。だから大丈夫。二人で頑張ろ」

「蛍ちゃん」 
 
 二人は顔を身わせて微笑むと、手を取り合って階段を一段飛ばしでいっきに降りた。

 そのままトイレの前まで行くと、暗い入り口の奥から据えたような何ともいえない臭いが充満しているように燐は感じた。

 燐は少し身を屈めて周囲の臭いを探るように嗅いでみる。

 燐の犬のような鼻をならす仕草に蛍は思わず眉をひそめてしまう。

「燐って臭いフェチだったっけ?」

 蛍の指摘に燐はあっ、と声をあげると照れ笑いを浮かべた。

「う~ん、そう言う訳じゃないんだけど何か気にならない? なんか変な臭いがするっていうかぁ? わたし、そういうの結構気にしちゃうんだよね」
 
 燐は鼻をむずむずとさせながら、まだ周囲を匂いを嗅いでいた。 

「あ、蛍ちゃんの匂い好きだなあ。いつも良いシャンプー使ってるよねぇ?」

「わたしの匂いって……」

 蛍は恥ずかしそうに顔を赤くする。
 でも、燐にはいつも匂いをかがれていると思うと少し嬉しかったりもする。

「あ、蛍ちゃん。ちょっとバンザイしてみて」

「えっ?」

 燐の突然の要望に蛍は目を白黒とさせた。
 こんなところで何をさせたいのだろう?
 
 蛍には皆目見当がつかなかった。

「ちょっとだけ。ね?」

 燐は両手を合わせて懇願してくる。
 その真意が掴めぬまま、蛍は燐の言う通りに両手をあげて万歳のポーズを取った。

 蛍の大きめのバストが強調される体制になって少し恥ずかしい。

 誰かが通り掛かったら何て言い訳しよう、蛍はそのことばかり考えていたので、この後の燐の行動にまったく予想がついていなかった。

 燐はおもむろに蛍に近づくと無防備な腋に顔を寄せる。

 くんくん。
 
 燐がワザとらしく鼻を鳴らす音で蛍は事態を急速に理解することとなった。

(何してるの燐……匂いってまさか! まさかわたしの腋の臭いを嗅いでいるの? そんな汚いところの匂いを??)

 蛍の顔が羞恥と嫌悪で真っ赤に染まっていく。

「燐の、不潔」

 蛍は少し呆れたように言うと、即座に手を下ろした。

 珍しく嫌悪感を示して蛍は燐から距離を離す。
 それだけこの行為はまだ乙女の蛍には恥ずかしかった。

「あー、なんか傷つくー」

 蛍をしつこく追いかける燐。

 二人の少女は廊下をぐるぐると回り続けていた。

 無意味で無生産なじゃれ合い。
 高校生のやることにしては幼稚かもしれない遊び。
 でもとても楽しい。
 
 二人でこうしているのが楽しかった。


 七不思議の事もトイレの事も忘れるぐらいに……。




 女子トイレの中は日陰になっていて廊下よりも気温が低く、静寂さも相まって少し寒気を感じるほどだった。

 

 個室は6ヵ所ありざっと見てみたが使用中にはなっていなかった。

さて、どうしようか?と燐は思案する。とりあえずどこかの個室のドアを開けてみるのが定番なのだが…(個室は最後にチェックすればいいよね?)試しに洗面台を調べることにしてみた。水やハンドソープを出したりしてみたが特に異常はないようだった。

やっぱり個室かぁ。割と物怖じしない燐でも二の足を踏んでしまう。

(でも折角だし開けて確認してみないとなんか気持ち悪いよ)このまま逃げ帰っても得はないわけだしやってみるしかないか、それなりに覚悟をきめる燐。

一方の蛍は小刻みに体を震わせていた。特に霊感が強いというわけではないのだが嫌な予感が止まらなかったのだ。燐の手をぎゅっと握ったまま動きが鈍い蛍。燐が洗面台を調べている間も終始落ち着かない様子で上半身だけ動かして視線を彷徨わせているだけだった。

 

「とりあえず手前からノックしてみよっか?」燐は意を決して提案してみる。他に誰も居ない気がするのだが一応小声で話しかけた。

「ま、待って燐!」蛍もひそひそ声で話しかける。どうしたの?と問うと

「燐は花子さんのこと知ってる?」一瞬なんのことが分からなかったがあの事を蛍は聞いてきたのかと燐は理解した。

 

そうトイレには定番の()()()()の事。蛍はここに居ると思わしきものが花子さんだと思っているのだろう。もし仮に花子さんだとすると、確か3回ノックするんだっけ?お辞儀してからノックするんだったかな?最初に何番目のドアから開けるんだっけ?中途半端な知識が燐の頭の中を駆け巡る。蛍も自分から質問していたのにその確実な答えを持ってなく燐とさほど変わらない知識しかなかった。

 

そうだネットで調べれば良いんだ!そう思いスマホを取り出す燐。だが…その行為を途中で止めてしまう。

「どうしたの燐?」蛍が心配そうに覗きこむ。

燐はふふっと笑って「こういう事までスマホに頼ってるんじゃどうかなあと思ってさ」

言ってることは分かるのだが燐は未知に対する恐怖はないのだろうか?蛍としてはどんな形でも事前に知っておけばそれなりに対処出来るのではないかと思っているのだが。

 

でも今までも燐の行動力に助けられてきたし間違えはなかった、だから燐を信じて事前情報なしにやってみよう。蛍は頷いてみせた。

 

二人は手を繋いだまま個室のドアの前に立つ。重苦しい空気と緊張感で喉が渇きそうだった。

「じゃあわたしがノックするから蛍ちゃんは撮影係ね」えっ!?蛍は心臓が跳ね上がりそうに驚いた。お互い手を繋いでいるので片手が使えないから仕様がないにしてスマホ越しで異形の物?を撮影なんて(居るとは限らないが)…緊張のあまり手が滑りそうになる蛍。

「それに蛍ちゃんのスマホはわたしと違って最新式のやつだし。いいなー」燐はちょっと妬ましそうに耳元でささやいた。

「でもこれ使いづらいんだよね」恥ずかしそうにスマホを取り出す蛍。

蛍のスマホはカメラレンズが3つ付いた今売り出し中の新製品だった。だが少女が使うことは配慮されておらず高機能の代償に大型化と微妙に重量が増していた。

手を震わせながらもなんとか片手で操作をする蛍。

(手を離せばいいんだけど、離すほうが怖い気がする)蛍の精一杯の決意だった。

 

「良さそうだね。じゃあ…」こんこんと燐がノックする。何の反応も還ってこなかった。

燐はゆっくりとドアに手を掛ける…ぎぃーっと鈍い音で押戸を開けると…何も居なかった。

だが燐は「どうする?蓋も開けてみる?」と聞いてきた。

蛍は首をふるふると降って全力で拒否した。二つに束ねた髪も一緒にふるふるをして可愛らしい仕草に燐はつい微笑んでしまう。

 

一つヤマを越えてしまえば後は比較的楽だった。ノックして開けるその繰り返し、そんな調子で残るは後一つのドアとなった。最後に残った窓側の隅にある個室…定番だが嫌な予感がしていた。

「花子さん案件かな、これ?」燐が眉根を下げる。

「ど、どうだろ?同じルーチンじゃダメかな?」蛍は焦燥感に駆られていた。それだけこのドアの先に恐怖を感じているんだ、燐には蛍の気持ちが嫌というほど伝わってきていた。繋いだ手は冷たく縋りつくように握りしめていた。

燐は蛍の手をやさしく握り返すと慎重にスナップを利かせてノックする。…コンコン…

…………

ここでも何の返事もかえってこなかった。唾を一つ飲み込んでからゆっくりとドアを押し開ける燐。蛍もレンズ越しに個室の中を覗きこむ。…そこはなんの痕跡もなく静まりかえっていて使われた気配さえ無かった。

はあー、二人はほぼ同時に深いため息を漏らした。何も起こらないのが一番良い。今更ながらにそう思う、ロマンには欠けるが。

 

「何もないか、仕方ないね。とりあえず戻ろう」燐はちょっと落胆したが気を取り直してトイレから出ようと促す。

うん、頷く蛍。恐怖が去ったので余裕が出てきたのか「ちょっと残念だったね」と燐に笑みを浮かべる。

身を翻し、何も起きなかった個室から蛍が先に出ようとしたのだが、足が動かない。下半身が石の様に固くなっていた。それだけでなく右手もスマホを張り付けたまま動かせなかった。かろうじて燐と繋いでいる左手だけが少しだけ動かせるだけった。

一向に動こうとしない蛍に疑問を感じた燐だが自身も金縛りにあったように動くことが出来なかった。

「なっ!どうなってるのこれぇ!」燐が驚愕の声をあげる。

「燐!」蛍は叫ぶが燐はそちらに顔を向けることすら出来ない。

ヤバい空気が二人の心と体を包みこむ。

「蛍ちゃんどう?動ける?」燐は蛍に背を向けたまま問いかけることしか出来ない。「う、ダメ…みたい」どんなに力を入れてみても摺り足すら出来そうになかった。

 

燐と蛍が自身の体の異常に気をとられている時、音もなくトイレの蓋が持ち上がってきていた。「ひっ!!」恐怖のあまり叫び声すらまとも出すことが出来ない。

ゆっくりと空いていく蓋を固唾をのんで見つめることしか出来ない二人。体どころか心まで金縛りになってしまった。

 

蓋が半開きになったとき燐は便器の闇の中に光るものを見てしまう。(なにあれ?何か居る?)中の様子を伺おうと目を凝らすと…

 

「いやあ!!」暗闇から突然出てきた手が燐の手を掴んできた!咄嗟の出来事に悲鳴をあげる燐。蛍はあまりの非日常に身も心も氷ついたように固まってしまっていた。だが燐の悲鳴で我に返り、親友の生命が脅かされそうになっているその危機的状況を瞬時に理解し行動に出る。

「燐から離れて!このっ、このっ」なんとか動く左手で繋いだまま引っ張り上げようと試みるがどうにも動けない。蛍は焦った。

肝心の燐は……疑問に感じていた。トイレから伸びてきた手は燐の手を引き釣りこむような動きでも危害を加えるような力も入れてこなかった。まるで手の持ち主を確認するかのように感触を確かめたり慈しむように撫でたりと何かを確認するように触り続けてくる手。そして互いの掌が触れ合いそのまま握手をしてしまう。

「えっ?」その瞬間燐は何かをみた気がした。すると…パッとその手は消えてしまった。

時間にしてどのぐらいの事だったのだろう、出るのも消えるのも瞬間的すぎて理解が追い付かなかった。異常現象が終わっても二人は動けなかった。目の前で起きたことに脳が拒絶していたのかもしれない。

ゴトッ、蛍のスマホが手から落ちて鈍い音がトイレに響いた。「動ける?」「う、うん」二人は体が動くことを確認し合うと手を取り合ったまま一目散に駆け出した。

廊下を駆け抜け階段を一段飛ばしで登っていく、息が切れそうだった。

 

二人は2階の踊り場で階段の手すりに寄りかかり体を休めた。夢中で走ったせいですっかり汗だくとなってしまったが木造階段の臭いと肌触りが心地よい。蛍が座りこんで息を整えていると燐がスマホを渡してくれた。「キズ一つ付いてないし画面も割れてない。高いだけのことはあるのか」燐はうんうんと感心していた。危機的状況であったのにスマホの心配をする燐に可笑しくなってしまう。

「それより燐、手、大丈夫?」蛍は自分のスマホより燐の体を心配した。

燐の左手をまざまざと確認する蛍。細くてきめ細やかな手をしているが中に筋肉がしっかりとついていた。

もみもみ

蛍はつい夢中になって燐の手を触診した、大丈夫?みたい。

「もう蛍ちゃん触りすぎだよー」燐が恥ずかしそうに手を引っ込める。

「あっ、ご、ごめん。大丈夫みたい。でも一応消毒しておこ?」蛍は謝罪したがやっぱり気になってしまう。

「まあトイレに居たからね。手ぐらいは洗っておくよ」燐は苦笑いしてそう答えた。

 

二人は部室に近い手洗い場でハンドソープを付け入念に洗っておいた。特に燐は蛍が気にしていたので何度も洗うこととなった。「大丈夫なんだけどなー」また苦笑いする燐。濡れた手を拭き取り、手を何度か握ったりしてみる。特に痛みもなかったし何より……女の子って感じの柔らかい手だった。花子さんじゃないとは思うけど、もう少し上、同学年ぐらい子の手のように感じた。そうまるで……。

「?、どうしたの燐?」視線を感じて蛍が振り向く。「んーん、何でもない。とりあえず綺麗になったし戻ろ」燐はちょっと強引に話を逸らした。

 

「失礼します」一応ノックをしてから部室に入る蛍。

「おかえりなさい」部室に戻った二人を迎えてくれたのはオオモト様の柔らかな声とお茶の微かな香りだった。

「どうぞ」席につく二人の前に湯呑が置かれる。暖かなお茶の香りが鼻孔をくすぐった。エアコンの冷気に満たされた部室と入れたてのお茶は微妙なバランスを保っていた。

「それでどうだったかしら?」オオモト様が尋ねてきた。黒曜石のような深く揺らぎのない瞳を向けて。二人は顔を見合わせると意を決して燐が話そうとする前に

「燐がトイレに手を掴まれて体が動かなくなったんです!」蛍が捲し立てるようにオオモト様に説明した。燐の身を案じての事だと思うがあまりにも過剰な説明だった。

 

「そう…」オオモト様は一言だけ呟いた。今の説明だけで理解できたのだろうか?

不意に視線を窓の外に向けた。部室は旧校舎三階にあるので見晴らしは良いほうだった。まだ夕焼けには早く、入道雲が立ち上っていた。

 

「あの、あれから誰か来ましたか?」

このままだと救急車を要請されるかもと思った燐は話の方向を変えることにした。

「誰も訪れてないわ」オオモト様は短く答える。

深いため息をつく燐。なんで誰も来ないのだろう。そこまで無責任な人たちに頼んでしまったのだろうか?疑念が頭をもたげる。

「でも良かったわね」意外な言葉がオオモト様の口から発せられた。

何がですか?二人は疑問を口にしていた。特に蛍は燐を危険に晒してしまったことへの残痕があったので少し語気が強かった。

「新聞のネタにはなったでしょう?」穏やかな口調で言われてしまう。その通りなんだけどそれにしては代償が大きいような気はした。まあ一応ケガとかはしてないし…燐はそんな調子だったが、蛍はオオモト様の顧問としての無責任さに怪訝な表情となった。

 

「あの、他に知ってる噂ってないんですか?」燐はまだ懲りていないのかオオモト様に七不思議の事を尋ねる。責任感の強い燐のことだ、新聞部ひいては蛍の為を思って聞いているのだろう。

「二階の突き当りに大きな鏡があるでしょう?あそこの前に立つと変わったものが見られるらしいわ」あくまで噂でしょうけどね。オオモト様はそう付け加えた。

 

しかしトイレの件は噂以上の超常現象だった。この噂も本来なら眉唾ものだが先の体験が元となり、慎重にならざるを得なくなる。

「わ、私が先に行ってみるから燐はオオモト様と一緒に待ってて」蛍は椅子から立ち上がってそう宣言する。一人で危険がありそうなとこに行くのは正直無理に近しいことだったが、燐にこれ以上なにかあったら蛍の心が持たなくなる。だったら自分一人で行ったほうがリスクは少ないかも。何より燐を危険な目に遭わせたくないのだった。

「部長らしいこともしなくっちゃね」ぎこちない笑みで燐に笑いかける蛍。無理をしているのは明白だった。

その様子をみていた燐はゆっくりと立ち上がって蛍の緊張しているとおぼしき両手を取った。「一緒に連れていってよ蛍ちゃん。わたしも一応部員だし、力になってあげたいなー」燐が縋る様な目を向けてくる。悲しい、しくしく。泣きまねのオマケつきで。

「それに今度はオオモト様も一緒に行ってくれるから大丈夫!」悪戯っぽい笑みで突拍子のないことを燐は言う。

燐の発言でついオオモト様を見つめてしまう蛍。燐も同様にオオモト様の出方を待った。

 

「…そうね。折角だから付き合うわ」つっと静かに立ち上がるオオモト様。唆した燐としてはその様子にちょっと緊張してしまう。大丈夫よ、と燐の頭をなでるオオモト様、優しい行為だった。

三人は連れ立って廊下を出て二階にある鏡を目指す。その道中蛍は少し高揚していた。大好きな二人に囲まれて歩いていることに細やかな幸せを感じていた。でも…

(また何かに巻き込まれるかも)オオモト様も来てくれるとはいえ不安もあった。

夏の陽の高さをまだ感じる時間帯。二人の少女と女性は夏の熱気に包まれた廊下を歩いていた。汗ばむ空気の中、幸せな時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 






とりあえずストックしておいた2話目を投稿してみましたが…なんかもうネタがないかんじです。
書いてると楽しいんだけど余計な文が多すぎるのが素人丸出しです。〆かたもイマイチ分からないので適当です。

@タイトルが紛らわしいみたい?なので変更も考えております。ついでにサブタイトルはグーグル翻訳に丸投げしております。
翻訳機能には大変お世話になってます。
次作はまだまっさらな状態なので結構先になりそうー。

それでは此処までお読みいただき有難うございました。

ではではー。


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Snow White

階段を下り、廊下を渡る三人。旧校舎の廊下は空調も無く夏の暑さに晒されていた。だが木造が幸いしてある程度の気温で抑えられている。そんな中、自分達二人の少し後ろについて歩くオオモト様を燐は気にしていた。
オオモト様は着物しか持っていないのではないか?と学校内でちょっとした噂になっていた時期があった。学校行事の内容に関わらず着物姿だったのだから無理もない。でもそれを咎めるものは居なかった。生徒はおろか父兄や同業の先生すらも。長い黒髪に着物姿。学校内というある種の特殊な場所だからこそ不思議と違和感がなかった。
こういう先生が一人ぐらい居てもいいよね?すっごく綺麗だし。燐は素直にそう思った。

「ねえ、燐。旧校舎にある鏡ってどんなのだったっけ?」オオモト様ばかり見てる燐にちょっと寂しさを覚えて蛍は話を振ってみた。
「あー、うん。ちょっと忘れちゃったけど何かあるみたいだし、曰くつきの魔法の鏡だったりして」急なことで目を丸くした燐だが、蛍に向き直り苦笑いして意地悪な表情で答える。
魔法の鏡か…。蛍はそのワードに興味を示し、鏡に纏わる話を燐に語りだす。

「魔法の鏡っていったらやっぱり白雪姫かな?」蛍は子供の時に読んだ童話の名を出した。
「わたしは鏡の国のアリスかな?不思議の国も好きだけどね」燐も幼いころに読んだ児童向けの小説の名を出して想いを馳せる。

「両作品とも鏡が重要な役だけど、トラブルの元にもなってるよね…」白雪姫は魔法の鏡のせいで嫉妬をかって生命の危機に晒されるし、アリスはひょんなことから鏡の中に吸い込まれてしまうのだった。
「まあね。でも鏡がないとストーリーが成り立たないしねぇ」燐は仕方がないよと言った感じで結論づけた。
「それは…どうかしら?」不意にオオモト様が会話に参加してくる。蛍と燐は驚いてオオモト様に振り返る。
「物事には順序があるわ。仮に鏡がなくてもそれに代わるものが現れる、噂で白雪姫の評判を耳にすることもあるかもしれない。アリスも鏡の中ではなく暖炉の中からでも行けるじゃないかしら?」オオモト様は授業の様に二人に問いかける。
「細部に変化を加えても話の全体の流れはそれほど変わらないわ。結末に大きな違いはないってことね」オオモト様が言わんとしていること、つまり…
「多少の違いではストーリーを変えることが出来ないってことですか?」燐はちょっと自信な下げに発言する。
「ええ、そうね」短く答えるオオモト様。
何を言いたいんだろう?蛍はだまってオオモト様の言葉を頭のなかで反芻してみた。これといって結論は出ない。だがこれから向かう旧校舎の鏡と今の話に何か関係があるのだろうか?蛍は余計に混乱した。

そうこうしている内に何時の間にか突き当りの壁にある鏡にたどり着いていた。無言のまま三人を見下ろしている巨大な鏡、何もかも見透かすように……



郷土資料室の前にその鏡はあった。その一角は校舎の完成や行事の際の贈与品、歴史的価値のあるもの等、寄稿品が展示されているスペースとなっている。鏡もどこからか譲り受けたモノらしく横にプレートが掲げられているが擦れてxx年贈与としか読めなかった。

2メートルは優にあろうとする巨大な鏡、その表面は手入れが行き届いる為かまるで新品のように磨きこまれていた。

 

(そっか多分ここがそうなんだ)鏡を見て燐はあることを思いだした。

前に旧校舎に()()()スポットがあると聞いたことがあった。燐はその行為にそれほど興味がなかったのでスルーしたのだが何時の間にかその話題は消えていた。もう飽きられてしまったのだろうか?

 

「ねえ、せっかくだからみんなで写真撮らない?」燐は何故か今更になってその行為をしてみたいと思い2人に声を掛ける。

「わたしはいいけど…」蛍は同意するがちらっとオオモト様を横目で見てしまう。まさかとは思うが魂が抜けるとか言わないよね?普段から着物のせいでレトロな考えを持っているのではないかと危惧してしまう。

「………大丈夫よ」少しの沈黙の後、オオモト様から許可をもらった。

少し罪悪感があったが鏡越しに写真を撮る燐と蛍。鏡というフィルター越しだと何時と違ってどこか趣のある絵面に見えた。

燐はシャッターを切るたびに様々なポーズを決めて二人を楽しませた。さながらカメラテストに張り切る新人アイドルのようで蛍は微笑ましくなってしまう。

 

「やっぱり普通の鏡にか見えないけどなぁ」写真を十分に取り終えて満足した燐がまざまざと鏡を見つめる。鏡に変化は見られなかった。

ヒントが欲しくなり不意にオオモト様と目が合うが微笑むだけで何も言ってくれなかった。

 

「燐!これ見て!」先ほどの写真を確認していた蛍が驚愕の声をあげる。

何事かと思い蛍のスマホを覗きこむとそこには…3人の姿が映っていた。

「?特におかしなとこはないよね?」燐は疑問を口にする。オオモト様の表情があまり変わっていないことだろうか?それとも自分だけはしゃいでいる写真になっていることだろうか?燐は写真の出来栄えを気にしていた。

「よく見て燐!ほらココとか」蛍は写真のサムネイルを指さし画像を拡大する。やはり3人が映っている写真だ、特に変なものが映ってたりしてるわけではない。だが蛍は指摘する。

「わたしと燐の立ち位置が変わってるの!」ああ、なるほど!燐は蛍の言いたいことを理解した。でも…

「鏡越しなんだから良いんじゃ?ない?」首を傾げながら燐は答える。

「そういうことじゃないの、ほらこの写真だと分かりやすいよ」さらに画像を拡大する蛍。その画像をみて流石の燐も驚愕する。

2人の真ん中で可愛く片足立ちでポーズを決めているのは燐、ではなく……蛍だった。燐はその様子をカメラを片手に持ち撮影している。記憶にないビジョンだったし何より蛍はそんなことをするようなキャラではない。

どういうことなんだろう?スマホを覗きこんだまま固まる2人。他の写真も確認してみると同様に燐と蛍の立ち位置が変わっていた。オオモト様は変わっていなかったのでユニークアプリ等の仕業でも短期間の内には無理な編集だった。

2人は思わずオオモト様に答えを求めてしまう。視線を受けて黒い真珠の様な瞳を伏せオオモト様は答える。

 

「二人は本当に仲が良いのね」予想すらしない答えだったので何を言っているのか燐と蛍は困惑する。確かに登下校を一緒にする仲ではあるのだが…今欲しい回答には結びつきがないように感じた。

「あなた達はお互いに欲しているのね。引かれあうが故にその存在になりかわったともいえるわね」燐と蛍は目を丸くする。オオモト様が言うことが本当ならこの鏡というのは…、蛍はなんとなく恥ずかしくなって目を逸らして俯いてしまった。

(確かに燐のことは好きだけど、でも)だからと言って燐そのものになりたい訳ではない、無意識にそう思っていたのだろうか?自分にはない全てを持っている燐が欲しいと…。不本意な形でとはいえ本性を知られるのは恥ずかしくて怖かった。

でも燐だってわたしの事を…?他の人ではなくこれといった取り柄のないわたしを?蛍は意識するたびに色々な感情が入り混じり余計に顔を上げることが出来なくなった。

 

「ちょっと言い方が悪かったかしら?」オオモト様は小首を傾げながら呟く。

「燐と蛍は(つい)になっているのよ。例えば月と太陽。さながらチェスの駒の様に。お互いの存在は必要不可欠ね」オオモト様は改めて言い直して二人の頭をそっと撫でた。仲の良さを再確認してもらうかのように。

「うん。なんか照れちゃうけどわたし蛍ちゃんのこと好きだよ」オオモト様に促されたように燐が蛍の手を取ってまっすぐに笑顔を向ける。その顔はほんのり染まっていた。

「燐…」顔をあげて燐に躊躇いがちな瞳を向ける蛍。蛍の気持ちは燐の好きとは違って深い感情からくるものだがその想いを口に出すことはしなかった。

手を取り合って見つめ合うだけの二人。それを優しい目でみつめるオオモト様。時間も暑さも静止したようだった。

 

「でもなんで鏡じゃなくて写真が変化したんですか?」気を取り直した蛍はオオモト様に問いかける。

「鏡は真実を映し出す。けれどそれは人の目には捉えられない。だからこそデジタルで残ったのかもしれないわ」それは白雪姫の魔法の鏡のように人には分からない真実。

「だから喋る鏡だったのね」燐はそういう解釈をした。

「でも面白いよね。恋人の聖地になって観光名所化したりして」恋する乙女の目になる燐。女子高の敷地内が観光地になるのは色々おかしい気はするが。

 

「その変わり真実を見せるその代償として想いや記憶。寿命を少しもらって鏡は輝きを保っている。そういうサイクルになってるわ」オオモト様はさらっととんでもないことを口にした。

思わず後ずさり鏡から距離を放す燐と蛍。どこまで離れたら良いのだろうか?

「ごめんなさい、でも二人なら大丈夫よ」謝罪をするが何か根拠があるのだろうか?そしてオオモト様自身は大丈夫なんだろうか?疑念は尽きなかった。

「純粋な気持ちならそれほど人体に影響はないはずよ。でも歪んだ気持ちで鏡に向き合うと歪みに体が耐えきれないかもしれない。歪みに充てられて人の形を成さないこともあるみたいね」邪な想いで鏡が怪物とかそういった類にする。オオモト様の話は二人には荒唐無稽だった。

「燐。わたしちょっと気分が…」蛍が額を抑えて立ち尽くしていた。上手く視界が定まらないのかふらふらと揺れている。

「蛍ちゃん!」燐は今にも倒れそうな蛍を後ろから抱きすくめて支えた。

オオモト様はそういってくれたがやはり人間には到底扱えない代物ではないだろうか?蛍ほど純粋な女の子を燐は今まで見たことないのに…。

「ごめんなさい。やっぱりこの鏡はあなた達でも強すぎるのね」少し残念な瞳を鏡に向けるオオモト様。その瞳は微かに揺れていた。

 

「どうしたらいいんですか?!」蛍を抱きながら燐は尋ねる。

「割るしかないわね。もう十分役目を果たしたでしょうし」オオモト様は鏡から離れることなく答える。役目?この鏡に何らかの役割があったのだろうか?疑問はあったが口にはせずに鏡を睨む燐。

「でも…なんか勿体無いかも…せっかく綺麗な鏡なのに」蛍は燐に持たれかけながら小声で呟いた。

燐は蛍の手を握ってみた。弱弱しく握り返す白く細い指、脈が少し弱くなってる気がする。

焦燥感に駆られた燐は蛍の身を案じて更に距離を取った。蛍の体温と臭いを感じながら、なんとか知恵を振り絞る。

(やっぱり鏡を割るのがいいよね。でも…それが最適解なのかな?)燐は迷っていたが、急にあっ、と呟いて手を叩く。そして

「オオモト様、蛍ちゃんをお願いします!」オオモト様にまかせて蛍のもとを離れようとする燐。蛍の目は何かを訴えていたが「大丈夫すぐ戻るから」そう言い残して鏡の反対方向に駆け出していった。

「蛍、大丈夫よ」オオモト様は傍らに座り込むと蛍の頭を膝に乗せ。燐が置いていった水筒でタオルを濡らし額に乗せてやさしく頭を撫でる。まるで母親のような振る舞いに蛍は恥ずかしくなったが同時に嬉しくもなってしまう。

「燐は必ずあなたの元に帰ってくるわ。約束を守るいい子だから」オオモト様の口調は何故か強いものに感じられたが、その横顔は寂しそうだった。

「知ってます、だって燐だし」蛍は薄く微笑む。

 

そうしてる間に廊下の奥から勢いよく駆け出してくる音がする、燐の足音だった。

燐は何かを手に持って走ってくる。蛍とオオモト様の横をすり抜けて鏡まで一直線に!

「燐!」通り抜ける瞬間、蛍は状態を起こして声を掛けた。その際に燐が持っていたものを目にする。(あれってバケツ?)

「もしかして…」バケツの中身を見たオオモト様は何かに気が付いた。そしてその事を蛍に告げる前に

「おりゃぁぁぁ~!!」っと燐が声を上げると同時にバケツの中身をあの鏡にぶちまけたのだった。

燐が掛けたものそれは真っ黒な液体だった。見る見るうちに鏡が黒く染まっていった。

「黒い、ペンキ?」遠目だったので蛍はそう認識した。首を横に振るオオモト様。

「あれは(うるし)ね」短く答えをだすオオモト様。だが以外にも少し驚いた表情をしていた。

どんな時も平常だったオオモト様でも驚くことがあるんだ。蛍は妙な出来事に関心していた。

 

――漆は染料に使われるだけでなく接着剤として用いることも出来る。そのため鏡に掛かっても流がれ落ちることなくその鏡面を壁と共に黒く染めあげていた。輝きを失った鏡は黒く染まった周りの壁と同化したように見えた。

 

「思い切ったことをしたわね」割と満足そうな燐の後ろ姿にオオモト様が声を掛ける。怒っているわけではなさそうだが…

燐はバツが悪そうにオオモト様に振り返り。

「いやぁ、美術室をあさってたらたまたまこれがあったから使っちゃいました。…ごめんなさい」うやうやしく頭を下げる燐。バケツの中は空っぽになっていた。

オオモト様はため息を一つ付くと。「別にいいのよ」と一言いって燐の頭を撫でた。

てっきり怒られるものかと思っていた燐は拍子抜けしてしまう。

そのままオオモト様は鏡に近づいてその様子を確認する。そして

「こんな方法があったのね、壊すのが道理だと思っていたわ」と呟いた。その言葉の意味するものを燐は理解出来なかった。

 

「燐ー!」蛍が駆け寄ってくる。足取りは既にしっかりとしていたし顔色も良くなっていた。やっぱり鏡の影響で体調を崩していたのだろうか?手を取り合う二人、僅かな間の別れだったが蛍には戻ってきてくれただけで嬉しかった。

 

そんな様子を柔らかい瞳で見守るオオモト様。そこに声が届く。

(………これで良かったの?)幼い少女の声が頭の中に響いてくる。その声はオオモト様にしか聞こえなかった。

(ええ、そうね)それだけしか返事を返さなかった。

(…でも流れは変わらないわ、それでも)少女の声には少し諦めがあった。

(まだ分からないわ)微かな希望の色で。

……

 

「オオモト様ー」変わり果てた鏡の前で立ち尽くすオオモト様に燐と蛍も流石に異常さを感じて声を掛けて傍に駆け寄った。

「……大丈夫よ」そう言って二人に微笑むオオモト様。振り返るとある物を手にしていた。

「毬?」蛍は思わず声にする。オオモト様は先ほどまで持っていなかった小毬を両手で抱えていた。

「もう体は大丈夫なの?」そのことを気にも返さずにオオモト様は蛍に声を掛ける。

「あ、はい。おかげで良くなりました。ありがとうございます」蛍はちょっと焦ったがお礼を言うことが出来た。

「えー、蛍ちゃん。わたしも頑張ったんだよー」燐が少し口を尖らせて不満を言う。

「ふふっ、燐もありがとう」蛍は燐にも優しく声をかけた。

 

「それはそうと、その毬なんなんですか?」燐はそれが気になっていた。

指摘を受けオオモト様は手にしている手毬に視線を落とす。

「これは…云わば毒のようなものね」毒!?二人はオオモト様の発言にまたも驚いてしまう。

「だ、大丈夫なんですか?」恐る恐る聞く蛍。「ええ」あっさりと答えを返すオオモト様。

「今はまだ大丈夫」そういって毬を放り投げるオオモト様。色々な絹の糸で括られた綺麗な手毬、その軌跡を三人は目で追った。やがて毬は手の中に戻ってきた。毒々しいなんて言葉はあるがそれとは無縁の美しい小毬だった。

オオモト様はその毬を手に取ったまま身を翻し何処かへ行こうとする。

「あの、何処かへ行かれるんですか?」その様子を見て燐は堪らず声を掛けた。

色々ありすぎてうやむやになってしまったが流石に掃除とかしたほうが良いと思う。それに始末書も書かないといけないかも。ここで顧問が居なくなるのは何かと問題がある気がしていた。

「また来るわ、()()はそのままで構わないから」そう言って本当に立ち去ってしまうオオモト様、呆然としてしまう蛍と燐、すっかり取り残されてしまった。

「燐。どうしよう?」手を取って蛍が問いかけてくる。「うん…」この件の当事者とも言える燐は事の大きさに少し後悔していた。

「オオモト様はそう言ってたけど少しは片づけておこうよ」蛍が言ってくれたことで燐は少し罪悪感が和らいだ。

「うん、そうだね!」二人はある程度の片づけをしておいた。流石に漆を落とすことはできなかったが。

 

「あ。戻ってる」蛍は鏡の前で撮った写真をもう一度確認していた。写真にあった異変はすべて元に戻り。ポーズを決めているのは事実通り燐になっていた。

「これで異変は解決したけど…記事的には良かったのかなぁ?」燐は今更な事を言ってると自分でも思っていた。もともと噂に基づいて調査するのが目的だったのにその真相を断ち切ってしまったのだ。

「でも悪そうな鏡だったから良いんじゃない?」ふわふわとした感じで意見を言う蛍。

「まあ、確かにね」その意見に燐も同意する。

蛍が体調を崩したのは鏡が影響してると思うし。オオモト様もなんか物騒なことを言ってた気もしたので一応良かったとは思うのだが。

(割らなかっただけいいよね?)燐は鏡に問いかけてみる。そこには黒くなった鏡のような壁があるだけだった。黒くなった鏡をなんとなく見てしまう燐。その鏡面はもはやなにも写りこむことはなかった。

 

「とりあえず戻ろう。今度こそ誰か来てるかもしれないよ?」蛍に声を掛けられてはっとする燐。

「…そうだね」なんとなく思うところはあった燐だが蛍に返事をして踵を返す。

二人っきりになった燐と蛍。二人はなんとなく手を繋いで部室へ向かうことにした。

 

燐は横目で振り返ってみるが、黒くなった鏡は二人の背を睨むようにただ沈黙しているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話を投稿する際にタイトルの変更とR-15タグの追加をしました。一応まだそういう類の話になってないのですが今後そうなりそう?かと思い追加してみました。
今回のエピソードは鏡で決めてみましたが、ネタがなかったので鏡の国のアリスと白雪姫を話のモチーフとして選んでみました。ですがこの2作品偶然に選んでみましたが、どうやら本編、青い空のカミュとも関わってるみたいなんです。(あくまで仮定ですが)

まずは鏡の国のアリスですが、本編に深い関わりがあると思われる宮沢賢治が影響を受けたと思われる記述が一部の賢治作品にあるようです。それと今回少しだけ無理やり?絡ませたチェスの駒の話、本編もキャラや世界観が対になっている部分があるのではと思っています。

ついで白雪姫の方ですがこれはどうやらオオモト様のキャラ造形に関わっている部分があります。オオモト様の瞳の色を本編では黒檀で表現しています。ウィキってみると白雪姫の瞳や髪の色に黒檀との記述があったり、彼女に対する凶器の一部に色とりどりの絹の糸もありオオモト様の持つ手毬の表現と共通点を見出すことが出来ると考えてます。
これはあくまで仮定であり、青い空のカミュの世界観の極一部に当てはめただけでこれがすべてではないと思ってます。ファンとしましては少しだけでも青カミュ要素が含まれるだけで嬉しいのでこんな形で新たな発見が出来ただけでも小説を書いた甲斐があります。

書くのは結構大変ですが何とか次回につなげたいです。それでは。


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Rooftop

「結構疲れちゃったね」お菓子を頬張りながら話しかけてくる燐。
「そうだよねこんなに大変だと思わなかったよ」蛍もお菓子を頬張りつつ答える。
3階にある新聞部に戻ってきた2人、相変わらず誰からの便りすらなかった。
どーしてなんだろう?スマホを確認しながら苦言を零す燐。口にはスティック状のお菓子を一杯にしながら。やけ食いになってない?その様子を見て苦笑いする蛍。
これ以上は情報が無かった。唯一の情報源であるオオモト様も居なくなってしまったし今日は無理みたいだった。燐は半ば諦めて帰る提案を蛍にしようとしたが…その前に緊張しながらも蛍が話してきた。
「実は、わたし一つだけ知ってることがあるんだけど…」小声で語り掛ける。
「えっ!蛍ちゃん何か知ってるの?」燐がつぶさに食いつく。恐らく七不思議の事だろう。最初から言ってくれれば良いのに。そう思ったが口にはせずに蛍が話し始めるのを黙って待つことにした。
「部活に来る直前に聞いたことなんだけど…」とつとつと蛍が語りだした。
「今ってここの屋上は閉鎖されてるでしょ?その閉鎖になった原因が七不思議の一つなんだって」つまり旧校舎の屋上の事だろう。確かに屋上はあるがそんなに広いスペースではないはず。だが蛍や燐が入学したときはすでに閉鎖されていたので殆どの生徒が入ったことはないし、考えてみても見当すら付かなかった。そうなると誰からの情報なんだろう?リークした人が気になったが特に尋ねず話を促した。
「でね、やっぱり屋上から飛び降りちゃったんだって。二人で」何となく展開は予想できるものだった。
「その理由も聞いたんだけど何だか分かる?」突然クイズが始まってしまった。燐は苦笑いしつつも理由を探ってみる。
(二人でってことは多分同級生の女の子たちだろうしなあ。理由って言ったらやっぱりアレかなあ?)ありがちな結論を導き出す燐。
「将来に悲観して、かなあ?進路とかで親と喧嘩しちゃったとか?」この年頃の子にはよくある理由。燐や蛍もいづれ通らなければならない選択だった。
「うーん残念。答えはね、二人は恋人同士だった。でも周囲に反対されてそのショックでが原因みたい」そっちだったかー燐は少し残念がる。だがその答えには疑問があった。
(恋人同士ってたしかこの学校って前は共学だったよね?その頃の話だよね?まさかとは思うけど…)下世話な考えだと思うが頭の中に浮かんでしまっていた。
「女の子同士だと色々世間体が気になるのかな?私は気にしないけどなあ。燐はどう思う?」
…やっぱりこっちの恋人同士だったんだ…。





「ねえ燐、さっきの話どう思う?」

「んー?」燐は答えをはぐらかす様にペットボトルのカフェオレを飲みだした。

わたしね…蛍は燐の様子を気にせずに話を続ける。

「好きな人が一緒なんだから綺麗なままじゃなくてもいいと思うんだ。世間がどう思おうとそれは関係ない。二人でいることが重要だと思う」蛍の声色は恋する乙女のようにときめいていた。

燐は蛍には悪いと思ったが、なるべくお菓子を食べるのに集中する。

(だって二人っきりでこういう話をするのってなんか意識しちゃうんだよね。さっきの鏡のときも何か変な事言っちゃったし…)顔が火照っているのかもしれない。リモコンで空調の温度を少し下げた。

「ねぇ燐。これから行ってみない?」不意に蛍に両手を握られる。咄嗟の事だったので燐は固まってしまった。つい蛍の事を見てしまうがまともに目を合わせることが出来なかった。

「えっと、何処へ?」行先は分かってはいたのだが確認の為に聞いてみる。「もちろん屋上」当然とばかりに蛍は答える。なんとなくテンション高めに見えた。

「でも…閉鎖してるんでしょ?意味ないんじゃない?」蛍の勢いに少し及び腰になる燐。いつもと立場が逆転しているようだった。

「大丈夫、ちゃんと合鍵も持ってるよ」準備は整っていた。あまりにも出来過ぎている気がして燐は思案する。

(でも蛍ちゃん部長だしね。せっかく色々準備してくれたのに悪いよ。それに何があっても蛍ちゃんを信じよう)燐は親友を少しでも疑ったことを恥じた。

「ごめんね蛍ちゃん、一緒に行こ。変なことが続いたからちょっと警戒しちゃってたかも」少し舌を出して謝罪した。

「ううん、わたしも同じだよ。でも燐と一緒に行くことが重要なんだ」燐をまっすぐに見つめる言葉にも決意が現れていた。

「じゃあ行こう」燐は蛍に手を差し出す。その手をしっかりと蛍は握る。何時もと同じ感触が掌に伝わる。それだけで燐はすべてを信じられた。

新聞部の部室に鍵を掛けて二人は屋上に向かう、屋上は奥の上り階段のみ行ける場所で入り口は閉鎖されている。

二人は古めかしい年季の入った鉄の扉の前に立つ、蛍は猫の顔をあしらったポシェットから同じように古いタイプのカギを取り出して差し込んだ。カチリと音がなりロックが外れたことを確認すると燐は鉄錆のドアノブを回して扉を開ける。

ギイィィィィー 若干耳障りな鉄の擦れる音が響く。扉が開かれると外気の熱風が勢いよく流れ込んできた。屋上での景色に見とれてしばし無言で立ち尽くす二人。

空は青く、入道雲が湧きあがっている。眼下には雑居ビルが立ち並び、遠くには微かに海が見える。夏の様相をしていた。

 

屋上は屋根の修理や清掃をする為の用具置きに使うような場所で予想以上に狭い作りになっていた。手すりで囲まれているが長年使われてないことが分かるほど錆による浸食が激しく、手で触ることを躊躇うほどだった。ここから飛び降りるにはフェンスを越えるしかないのだが…

 

「あっ、見て燐。ここからすり抜けそうだよ」と蛍が指をさす。フェンスの間に僅かな隙間があり、頑張ればフェンスの外に行けそうな気はした。

「ここから二人で飛び降りちゃったのかな?」フェンス越しに下を覗きこむ。結構な高さがあった。落ちたら割と只ではすまない気がする。

「燐、試しにやってみる?」手を口に当てて大胆なことを言ってきた。でも流石に危ないよね。そう付け加えたがあまり笑えるものではなかった。

 

普段は立ち入り禁止の場所に居る為か立っているだけでも非日常感を感じてしまう。二人は何もせずにぼーっと風の音を聞いていた。屋上に吹く風は少しだけ温めでエアコンの風ばかり当たっている体に心地よかった。

 

「そろそろ戻ろっか?屋上に入っただけでも十分記事になるし、蛍ちゃんのおかげだね」蛍の手を取って笑顔で話しかける燐。

「……」蛍はこちらを向くこともせず何も答えなかった。風のせいで聞こえなかったのかもしれない。燐は再び同じことを問いかけようと声を掛ける。

――だが

突然、蛍は燐に抱きついてきた。

「ほ、蛍ちゃんどうしたの?」突然の事に少し戸惑う燐。もしかしたら蛍ちゃんって高いところが苦手だったのかも。抱きついてきた蛍に手を回してしっかりと抱き寄せる。

「蛍ちゃんって高所恐怖症だった?わたしが支えるからゆっくり戻ろう」抱き寄せながら耳元でささやく燐。鉄筋の校舎に比べ高さはないがそれなりに風は吹いているので体を持っていかれそうになる。

「大丈夫蛍ちゃん?」蛍が何も答えないのを不思議がったがそれほど恐怖を感じてるのかもしれない。蛍を抱いたまま扉に向かおうとする。だが燐の耳元に蛍の声が流れてきた。

「行かないで燐」蛍が更にギュッと燐に抱きつく、柔らかい少女の体とがお互いに密着する。「で、でもっ」その行為に少し声が上ずってしまう燐。蛍とハグをしたことは何度かあるがここまで積極的というか何かこう今までと何かが違う感じがしていた。愛情というかもう少し上の感情というか…。これまで経験したことがない抱擁だった、多分。

しばらく屋上で抱き合う二人。少女のもつ甘い香りと感情、そしてそれとは別の異なる臭いも混ざっていた。仄かな香りに二人は包まれているが気づくことはなかった。

「少し落ち着いた?」燐がゆっくりと蛍から離れる。何故か名残惜しかった。「うん。ごめんねもう大丈夫みたい」蛍は余韻を残しながら微笑みかけてくれた。その笑顔にどきっとしてしまう。

(なんかわたしすっごく蛍ちゃんを意識してる。どうしちゃったのかな?)燐は自分の感情の変化に戸惑っていた。つい思わず蛍の目の奥を覗きこんでしまう。そこには燐の顔しか映っていなかった。

「なんで二人は飛び降りたんだろうね、それが幸せだったのかな?」燐の目をまっすぐみて話しかける。二人の顔は近く鼻が掠めそうなぐらい、吐息が顔をくすぐった。こんなに近いとなんか変な声が出ちゃいそうだよ、それでも蛍の目を逸らすことが出来なかった。

「燐はわたしのこと好き?」少女漫画セリフのように聞いてくる蛍。吐息がかかりそう。

その言葉に少し迷った燐だがゆっくりと答える。

「わたし蛍ちゃんの事好きだよ。とっても」何かに後押しされるように告白する燐。胸の奥が蛍の事でいっぱいになった。

「ありがとう燐。私も前から好きだよ」二人は屋上で告白し合った。男女の恋人同士と変わりのない告白だった。

 

「…だったら一緒に飛んでくれる?」蛍は非現実的な提案をした。

話がつながってないように思えたが二人の間にはもはや関係なく、答えは決まっていた。

「そうだね…蛍ちゃんと一緒なら…わたしはいいよ」その瞳にはお互いの姿しか映っていない。手を取り合い二人はフェンスに近づいた。甘い香りに誘われるようにゆらゆらと。

「離れないように手を縛っておこう?」何時の間にか持っていた真っ赤なスカーフをしっかりと握られた手に巻き付ける蛍と燐。二人で協力してその作業をすることに胸の高鳴りを感じていた。

「痛いかな?」「すっごく痛いと思う」まるで他人事のように話し合う二人。しかし迷いなく器用にフェンスをすり抜けて先に進む。足が辛うじて乗せられる程度の縁に並んで立った。不安定な足場で風が二人の髪を揺らしスカートがはためいた…それでも何故か恐怖を感じることなく普段のように喋る二人の少女。

「いい天気だね」「うん。夏って感じだね」夏の青空を望む二人。まだじりじりとした日差しが照りつけていた。

「そろそろ行ってみようか?」「うん、二人で飛んでみよう」飛ぶことが出来ないのに何故飛んでみたいのだろう?ただ二人だけの世界に行ければそれだけで幸せになれそう。ただそれだけだった。

「燐、わたし最後にやっておきたいことがあるんだ」飛ぶ直前で蛍が見つめてくる。薄く潤んで悲しそうに見える瞳。燐はその答えを知っていた。だって頭に流れ込んできたから。

縛っていない手を絡めて強く互いに強く握りしめる。もう2度と離れたくないと主張するように。そしてお互い顔を近づけて瞳を覗きこみ合う二人の少女。燐と蛍。互いの吐息が混ざるように口を近づける…

その瞬間――

ドシン!!

激しく地面に地鳴りが響いた。思わずバランスを崩してしまう二人、燐は一瞬あった浮遊感で我に返ることができた。

(なんか浮いた?どうして?屋上なの?……)「蛍ちゃん!!」燐は反射的に蛍を抱き寄せた。片手を縛りつけておいたおかげで足が滑り落ちる前に掴むことが出来た。そしてそのまま勢いをつけてフェンスに体重を乗せて一緒に倒れ込んだ。フェンスは曲がり折れてしまったがなんとか転落だけは間逃れた。背中や手が痛んだが気にすることなく蛍を抱えて扉の中に逃げ込こむ燐。

横倒れに抱き合いながらも蛍の頭を抱え込んで揺れが収まるのを待った。

(地震?でも地震速報は来てないよね?あっ、縦揺れじゃならないんだっけ?)意識が元に戻ったのか余計な事を考えてしまう。

どのぐらい経ったのだろう、揺れはそれほど激しくなかったが割と長く続いていたように感じた。揺れが収まるのを待っている間に睡魔が襲ってきた。蛍は何時の間にか寝息を立てていた。「ごめんね…蛍ちゃん…」謝りながら眠気に身をまかせてしまう燐……

いつしか地震は収まっていたが、二人の少女はまだ抱き合ったまま眠っていた。

 

「…大丈夫…起きられる?」微睡の中で声がする…誰?眼をこすりながら何時もの癖で両手を上げて伸びをしようとする。だが左手に重みがあった。

「おはよう燐」蛍の声。そして左手には蛍の手が握られており。スカーフが巻き付けれたままだった。「おはよう蛍ちゃん」朝の登校のように挨拶を交わす。すっかり熟睡していたみたい。アクビを噛んでもう一度伸びをする燐。今度は左手も持ち上がった。振り向くと蛍も一緒に両手を上げて伸びをしていた。つい笑いあってしまう二人、一緒で良かったと改めて思った。

 

その後、お互いにケガをしていないか確認してみたが少し擦り傷があるぐらいで済んでいた。誤って落下してたらと思うと今頃になって震えがきていた。

 

「蛍ちゃんは…覚えてる?」確認するように聞いてみた。蛍の瞳が微かに揺れた。まだお互いの手は縛られたままだったが答えを出すように少し強く握られた。

「うん。ほとんど覚えてるよ。でも何か言わされてたっていうか、今そうしなきゃって感じになってたかも…」蛍の空いている左手が縛られている手に乗せられる、両手の温もりが伝わってきた。

「わたしも、だよ。操られてる?って感じじゃなかったなあ。なんかこう胸の奥の想いというか、なんというか…」まだ正気ではないのだろうか?つい蛍に愛想笑いをしてしまう。

でも燐は蛍に聞いておかなければならないことがあった。少し真面目な顔で蛍を見つめる。

「その、噂って誰に聞いたの?出来れば知りたいなーって思ってさ」身振り手振りで聞いてしまう。その滑稽なカンジに蛍は噴き出してしまう。

「くすっ、あのね実は初めて会った人なんだ。ウチの制服着てたし生徒だと思う。新聞部の活動の事も知ってたし、鍵も渡してくれたのもその人なんだよ」部室に来る前の記憶思いかえしてみる。「どんな感じの人だった?」燐が先を促した。

「えっと顔は……ごめん何か思い出せない」蛍はその生徒?の顔どころか髪形や声色さえも思い出すことが出来なかった。

(でも確かに鍵を受け取ったのにどうして?)ポシェットから再び鍵を取り出してみる。だかそれは…先端が折れて錆だらけの鉄の棒だった。

目の前の物質に理解が追い付かない二人。でも屋上のドアをこの鍵のようなもので確かに開けたのだ。そう確信してもう一度扉を振り返り開けようとする蛍。だが肝心のカギ穴が無かった。

カギ穴がある場所は悪戯出来ないように溶接が施されており、そもそも開けることが出来ない扉になっていた。

 

「どう、なってるの?」蛍の呟きに答えるものはなく扉を見つめることしか出来なかった……

 

屋上へ続く階段を確かめるように一段づつゆっくりと下りる。振り返っても何も変化はなかった。なんとなく気まずくなり無言になってしまう。踊り場に降りると蛍は天井を見ながらゆっくりと喋り出した。

「多分あれは()()だと思う」蛍の言ってることが咄嗟に理解出来なかった。

()()()()。あれって禁止されてるんだよね?幻覚とか起こしちゃうみたいだし」どうやら屋上での奇行?の原因を言ってるようだった。そういったトリックの類だったという事か?それに蛍は何故ケシの効果を知ってるのだろうか?謎は多かった。

とりあえず蛍の件は置いて、ある程度理解した上で発言する。

 

「じゃあそのせいで屋上に行ったと、思い込んだのかな?さっきまでの事は全部室内のでの事だったってこと、かな?」この過程だと鍵を開けずに屋上の扉の前で行われていたことになる。手を縛って飛び降りようとしたのも、二人で愛を囁きあってその後…の事も…、燐は余計な事を思い出して顔を真っ赤にしてしまっていた。

だが誰がそんなことをするのだろう?燐か蛍どちらかに恨みでもあるのだろうか?噂を流し鍵を渡した人物が一番怪しいのだが…肝心の正体が何も分からないのだからどうしようもない。

(それにそんなのを使うなんて異常だよ。悪戯にしては常軌を逸脱してる)これ以上は深入りしないほうが良いのかもしれない。何者かに狙われている可能性があったとしても。

 

「でもあの人はこれで良かったのかも」蛍が唐突に言う。やはり理解が追い付かなかった。

「あの人って?」慎重に聞き返す燐。適当にあしらうのは悪い気がした。

「鍵を渡してくれた人。あの人はこうなることを望んでいたんじゃないかな?」どの事だろうか?燐は頭をフル回転させて蛍の言葉を理解しようとした。

 

「きっとあの人達も飛び降りる気はなかったんだよ。ただ好きな人に告白したいだけだった。でもわたしたちみたいに地震とかそういうのがあって誤って落ちちゃっただけじゃないかな?」つまり噂はたんなる事故だったと蛍は言いたいのだ。そうなるとつまりその女生徒こそが噂そのものということに……、うーんと燐は少し考えてみたが後に、結論を紡ぎだした。

 

「わたしは霊とかそういうのは疎いんだけど…」と前置きして「悪意はなかったってこと?たまたま二人だったから理解して欲しかったってことかな?」感情的は部分はぼかしてなんとなく曖昧な結論を出してみる。

「うん。そんな感じ」蛍が結論に同意を示す。

イマイチ納得がいかない部分があったが、これまでだって理解の範疇を越えてきたのだ。今更かもしれない。蛍がそれで納得してくれたのなら燐はこれ以上問題提起をする理由がなかった。

 

少し眠っていたのだがまだ日は高く蒸していた。放課後ってこんなに長かったっけ?少し疑問はあったが気力も体力もまだ余裕があり何より、好きな人と一緒だった。

 

「ねえ、燐」「どうしたの?」窓からの夏の日差しが二人の影を長くする。

「もしあの時地震が起きなかったからわたしたちどうなってたかな?」はぐらかしていた疑問。偶然とはいえアレがなければ噂通りに一緒に飛んでいた?それとも真相?と同じように足を滑らせて?どちらにせよ悲惨な結末だったに違いない。

「そうじゃないよ燐」あの時の再現をするように手を繋いで密着してくる蛍。片手は未だに縛られていた。蛍の瞳が燐を映しこむ。あの時と違う透明度の高い瞳をまっすぐに。

「蛍ちゃん…」それしか言えなかった。それ以上のことは瞳の奥が訴えていた。目と目を見つめ合う一つになった影、瞬きすら忘れるほどに。

「ふふっ」不意に蛍の口に笑みが浮かぶ。片手を外し燐から距離を離す。2つの影に戻っていた。

「燐。戻ろう」燐の手を引いて部室の方向に導く蛍。「…うん」それだけを答えた。今はまだそれだけだった。

一線を越えることを心の奥で望んでいたのかもしれない。蛍に迷いはなかったが燐の瞳にはほんの少し迷いがあるように見えた。気をつかっているのかもしれない、けれど燐が少しでも嫌がるようなことはしたくなかった。

「その前にい加減これ外さない?なんか恥ずかしいよぅ」二人の手を縛っているスカーフを燐は指さした。今となってはこれだけが唯一の手掛かりだった。少女の心残りが紡ぎ出した真っ赤な色をしたスカーフ。もしかしたら二人を護ってくれたのかもしれない。

「わたしはこのままでも問題ないよ?」悪戯っぽく蛍は微笑む。これこそが二人の愛の証とでも言わんとばかりに。「じゃあ部室につくまでね」諦めてるようにため息を一つ付く燐。実はそこまで悪い気はしていなかった。

「えー、今日はずっとしてくれるんじゃないのー?」拗ねたように言ってくる。トイレの時どうするんだろうと思ったが一緒に入ろうとか言いだしかねないので止めておいた。

 

「もう部室だね」蛍が残念そうに言った。愛想笑いで返す燐。とりあえず先に入ってしまおうと蛍を促す。鍵を取り出して開けようとするが…あれ?鍵かかってない?!

合鍵を持っているのは唯一の顧問であるオオモト様ぐらいなので、多分オオモト様が来たんだと二人は思っていた。だったら今外しておかないと余計に恥ずかしいよ。そう蛍に耳打ちしようと燐。だがその前に。

「ただいま。オオモト様居ます?」と蛍が手を引いて部室に入ってしまった。反射的に蛍の後ろに隠れる燐。どうやって誤魔化そうか思案する。その考えもむなしく部室は静まり返っていて相変わらず人の気配はなかった。不審に思い中を見渡す蛍。するとテーブルの上に見慣れないモノを見つけた。

本が一冊だけ置いてあった。見覚えのない本だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんとなく再びタイトルを変更してみました。なんか直接過ぎかと思ってカタカナ表記+クエスチョンに変えてみたけど…別のホラーもののタイトルになってしまってもはや元ネタが何か分からなくなった気が…。それに別の誤解も与えそうかも。ニンジャの人とか。
今回は屋上ネタという事で屋上と言ったら百合!がコンセプトになっております。割と鉄板ネタではないかと思うわけです個人的にですが。百合と屋上。大変危険な組み合わせなので念のためにR-15タグを前回の更新のさいにつけておきました。割とさくっと書けそうかと思ったのですがやっぱり難しく、そしてなんか長くなりすぎちゃったぞ…そこそこプロットは立てておいたのになあ。
後、こういう話は情欲に駆られると言いますか、勢いそのままに書き進めちゃうとR18路線に行きそうになったりならなかったり。一応もとは18禁ゲームなので問題ない?のかもしれないですが。
結局色々配慮する形で書いてみました。百合キス路線も寸止めにしちゃったし、屋上ということである特定のワードを使うのも自重しました。
多分R15の範疇で収められてたかなーと思ってます。今回は入れませんでしたが耳なめとかはやっぱり18禁になっちゃうのかな?試しに入れたら怒られそうだけど。
さて次の伏線?も立ててしまったのでなんとか次作につなげたいなー。今度こそ短めに出来ればいいがぁ。それではー。


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Crime and Punishment

空調によって程よい温度が保たれている新聞部部室。その音が聞こえるほどに静寂な室内だった。髪の毛を二つに纏めた少女は小説を読みふけっていた。ショートカットでカチューシャを付けている少女はスマホの画面を難しそうな顔で見ていたり、電話を掛けたりしていた。時間を気にすることなくしばらくそうしていたが一人の少女がぐったりした様子で話し出す。
「やっぱり連絡とれないなぁ」今の今まで現れない連中に心底うんざりと言った感じで燐が嘆く。メールやSNS。電話とあらゆる手段を講じたのだが梨の礫で終わっていた。電波の障害を疑ってしまうほどに繋がらないスマホ。もはや意味のないガジェットだった。
これまでも何度も連絡を試みて失敗しているが今回はなんとかなりそうかと思っていた。何故なら遺留品が残されていたからだ。
屋上から戻ってくると部室に一冊の本が置いてあった。二人に覚えのない本。誰かが来たことは明白だった。それに鍵は掛けて出た筈なのに何故か外れていたのだ。顧問…オオモト様が戻ってきたかと思ったのだが…
(オオモト様の忘れ物なのかな?それなら説明がつくけどなんで居ないんだろう?)蛍が読んでいる本をみながら考察する。
その本は小説だった。ドストエフスキーの”罪と罰”の()()で長編のロシア文学だった。


「あ。ごめんね燐。つい読んじゃってた」視線を感じて本を読む手を止めて振り向く蛍。理系の蛍だが小説や童話を読むのが好きだった。

「ううん。だいじょーぶ」机に突っ伏してだらんとなっている燐。視線はテーブルに置かれたペットボトルの泡に注がれていた。まだ封を開けていない炭酸ガスが入った飲料水の泡をなんともなしに見続けてしまう。

「やっぱりダメだった?」「ダメだね~」短く報告し合う。みんな約束を忘れて帰ってしまったんだろう、そう結論付けることが自然に思えた。

 

「この小説。”罪と罰”燐は読んだことある?」蛍が本を手に尋ねてくる。「うん。結構難しいよねコレ。日本語訳だと分かりやすくていいんだけど」表紙を見つめる燐。学校に在るものだからか日本語訳の文庫だった。

「燐、ロシア語読めるの?」「全然!」当然とばかりに胸を張る燐。その様子が妙に可愛らしくて蛍は笑顔をみせてしまう。

「人名の呼び方が4種類以上あるんだっけ?名前と苗字、愛称とかなんとか…複雑だよねー」「そうそう、でも微妙なニュアンスで読みたい人はわざわざ人物相関図を作ってから現国版を読むんだって」そこからスタートなんだね。と少し気の毒そうに蛍が言った。

 

「主人公の人ってさ」「うん?」主人公とは罪と罰の青年の事だろう。ラスコーリニコフだっけ?ロージャとか言ってる人もいたような?

「殺人を犯しちゃって自首しちゃう話だっけ?」ザックリと説明するとそうなのだがそれだけだと長編には程遠い。「だったら最初からやらなきゃいいのにね」確かにそうだ。

「でもその後の恋人の愛が本当のテーマなんじゃないかなぁ?」罪を償い労働する主人公を見守る無償の愛。本当に書きたかったのはこの部分かもしれない燐はそう考察する。

「わたしまだ前編なんだけど…」ネタを少しバラされたので残念だと言う表情をする蛍。「あ、ごめん」「ん、いいよ。わたしもなんとなくあらすじを知ってたからね」からかうように微笑む。「謝って損した~」少しむくれてしまう燐。でもお互い顔を見合わせて笑いあった。

 

「で、どうするこれ?」二人の視線が小説に注がれる。手に取って裏表紙を見ると。第1図書室の蔵書であることが分かる刻印がしてあった。

この学校には二つの図書室があった。1つは旧校舎に昔からある古い図書室。もう一つは新校舎にある広くて開放的な図書室。中にはカフェスペースもありランチを取りながら生徒が閲覧できるようになっていた。

第1図書室は旧校舎一階にあり正面玄関から近い位置にあった。先に二人が調べたトイレと丁度真逆の位置にあった。開校当初から変わっていない為か状態が悪い蔵書が多くあまり生徒に人気はなかった。今は貴重な歴史資料館的な意味合いを兼ねて一般にも開放してなんとか存続している。しかし未だに貸出カード方式を採用している為、コンプライアンス的な観点で若い世代から人気がなかった。ちなみに第2図書室はバーコードとオンライン方式で管理されている。

 

ここにその第1図書室の本があるということは恐らく……旧校舎の図書室に行けということなのだろう。誰が置いていったものかはこの際関係なかった。悪戯?それとも罠?七不思議の情報提供としてはそれなりに理解出来るのだが、直接言わないでこんな面倒な事をする意味が分からない。それほどに正体も理由も知られたくないのだろうか?

ゲーム的というか弄ばれている感じが拭い去れない。二人がどういう反応を示し行動するか実験されてるようだった。

 

何をすれば二人にとっての最適解なのだろうか?本を前にして考え込む。いくら考えても相手の意図もその人物さえも分からない以上、答えが出ないのだが。

「やっぱり返しに行こうか?」しばらく考えていた蛍だが決心したように口を開く。「でもっ…!」燐は即返事を返すがその後が続かなかった。

蛍は燐の言いたいことが分かるとばかりに頷いてみせた。「流石に3回も変なことに巻き込まれてたら、いくらなんでも警戒するよ」少し笑ってみせる。

「なんか試されてるかもしれない。でも燐が一緒なら大丈夫な気がするんだ」「蛍ちゃん…」二人はしばし見つめ合って沈黙する。

「でも燐が嫌なら今日はもう止めよ?二人で帰っちゃおうよ」眉根を少し下げて悪戯っぽく微笑む蛍。透明感のある優しい笑みを見せてくれた。

 

燐はその笑みを見て同じ考えだったことに気づく、私だって蛍ちゃんに助けられてるんだよ。蛍ちゃんと一緒だから…。それに別に今日やらなくても明日に回したっていい、途中までだっていいはず。確かに中途半端なのは嫌だけど学校新聞程度でこれ以上危険な目に遭うのは御免だし、何より大切な人を守りたかった。とっても綺麗な蛍ちゃんをこれ以上傷付けたくないよ!それこそが燐の最優先事項であった。

だから燐は決心する。

「じゃあ本を返してそのまま帰ろう?オオモト様には明日説明すればいいよ」その言葉に蛍は強く同意した。これ以上はテンションが続かないし、何より日が傾いてくると帰りが遅くなってしまう。

部室内を掃除してある程度元通りにする。空調を切って今度こそしっかりを鍵を掛けたのを確認する。鍵を返しに行くか少し迷ったが扉の前に鍵を持って帰る旨の張り紙を張っておくことにした。アナログな方法だったが多分大丈夫だろう。オオモト様は携帯持ってないし…。

 

二人は連れ立って階段を下った。あのトイレに近い手前側の階段ではなく奥の階段を使って。2階にきたときにあの黒くなってしまった鏡が目に入ったが、特に気にせず1階のある図書室を目指して下りていった。階段を下ってすぐの角の先に第1図書室はあった。これまでのときと同様にあたりに人の気配は無く静寂に包まれている。

ここまで人に会わないのは流石におかしい。放課後とはいっても部活をする生徒やそれ以外で残っている生徒が居てもおかしくないし、何より他の教師にすら会わなかった。もしかしたら旧校舎は蛍と燐。そしてオオモト様だけしか居ないのではないだろうか?何かから隔離されているのかもしれない。考えるほどに恐怖が増してくるようだ。

だが蛍はそんなことより別の事に気を取られていた。図書室に行く間、燐の様子がおかしかったのだ。辺りをしきりに見渡したり壁に張り付くように移動してみせた。階段では身を屈めながら手摺りに身を隠す様に降りるなど徹底して警戒していた。

(やっぱり気にしてくれてるんだ。でもなんかちょっと楽しいかも)燐のスニーキング?になんとなくごっこ遊びのような気持ちになり微笑ましくなってしまう蛍。そういえば燐とこういう遊びをしたことはなかったかもしれない。少し寂しさを感じてしまった。

 

「蛍ちゃんちょっとゴメンね」つい惚けていると燐が何時の間にか傍に来て蛍のウェスト部分にロープを括りつけていた。燐は趣味が高じて学校にバックパックとトレッキング用の装備一式を持ってきていた。このロープも入っていた装備だった。「これで大丈夫かな?」何の事だろう?呆気にとられている間に手際よく準備は終わっていた。ロープは燐の体にも括りつけてあり先端は階段の手すり部分にある木造の装飾部分に回されていた。

「蛍ちゃん悪いんだけど先に図書室に入ってもらえる?何かあったらわたしが引っ張りあげるから」えっ!、と驚愕の声をあげる蛍。燐の説明だと二人一緒だと閉じ込められる危険があるからこれが無難だとのことだった。多分、屋上での経験を生かしたのだろう。燐の眼差しは真剣そのものだったので蛍は黙ってその計画に乗っかることにした。

 

本を片手に持ち、じりじりと屈みながら蛍は図書室に近づいてゆく。その様子をロープを握って見守る燐。学校の中で命綱を付けて身を屈めながら本を返しに行く。さっきのごっこ遊びより数段恥ずかしい行為だった。だが二人には緊張感が漂っていた。

 

しゃがみ歩きでなんとか図書室前の扉に辿り着く。普段運動をそれほどしてない蛍にはそれだけで結構な体力を消耗してしまっていた。蛍は一息つくと燐にアイコンタクトをする。互いに頷き合うとゆっくりと引き戸を開く。カラカラと乾いた音が鳴った。

うっ、蛍は思わずうめき声を出した。中が薄暗かったからかもしれない。午後の日差しから本が傷まないようにカーテンが引いてあった。こそこそと中に入って照明のスイッチを探してみる。屈んでいるためか場所が良く分からなかった。ちょっと中腰になり辺りを見回してみるとそれはあった。慎重にオンにしてみる。

パチッと音がして図書室の中をパッと蛍光灯の明かりが灯る。その明かりに少し安堵の声を漏らしてしまっていた。

「蛍ちゃん。まずは貸出カードを探そうよ」燐が小声で提案してきた。うん。と返事をしてカウンターの内側にあるカード置き場を探る。今では問題のある貸出カードのシステムだがその昔ながらの方法がノスタルジックで一部の大人等には好評らしい。

パラパラと貸出カードを漁ってみる。なんとなく罪悪感があった。書籍番号が一致してるカード入れを見つけて中を探る。つ、つ、罪。あ、あった!小さく歓声をあげる蛍。悪いとは思ったが貸出カードを確認してみる……名前の欄も日付も白紙のままだった……。

「見つかった?」燐も図書室に入ってきていた。明かりが灯ったので少し警戒レベルを下げたのだろう。「うん…」蛍が貸出カードを見せる。何も書かれていないカードを見て燐も言葉を失った。やっぱりたちの悪い悪戯なんだろうか?幾度となく疑ってしまう。…やっぱり今日は帰ろう。蛍に声を掛けようとした燐だが、その蛍は移動していた。

「どうしたの蛍ちゃん!?」少し声を荒げてしまっていた。この件で燐は危険を感じたのかドア付近まで戻っていた。万が一閉じ込められないように足でドアを固定して。

蛍は少し困ったような顔でこちらを振り向いたが視線を本棚に戻した。恐らく本を棚に戻すつもりなのだろう、指で場所を確認している。その指が不意に止まる。ドの所、ドストエフスキー著書を置く場所を発見していた。そこに罪と罰の上巻を戻す。蛍が無事にミッションを終えたのを確認して燐はため息をついた。そして合図とばかりにロープを2、3回軽く引っ張った。その合図を受けて手を振る蛍。なんとなく微笑ましい光景だった。そして小走りに戻ってきた。だがその手には…下巻?

蛍は罪と罰の下巻を持ってきていた。どういう事か分からずに困惑する燐。すると

「せっかくだから下巻も読みたいなって」ペロッと舌を少しだす蛍。燐はまたため息をついてしまう。だが何かを閃いたような顔をして下巻の貸出カードを確認してみる。カードはちゃんと入っていたのだが書いてあるのは…

「込谷燐…」「三間坂蛍…」二人の名前がカードにギッシリと刻まれていた…。

ちりちりと嫌な気配が二人を包む……

 

「蛍ちゃん!」燐が咄嗟に蛍の手を取って図書室から駆け出す!そして階段を1段ぬかしで駆け上がり2階まで行こうしたところで

うっ?っと体が重くなり先に進めなくなってしまう。また金縛りにでもあったのだろうか?素早く確認しようとして振り返ってみると…。

「あうう、燐、ロープが…」後ろの蛍が情けない声をあげていた。ロープが体に食い込んで先に進めなかったのだ。その様子をみて、あっ、と声をあげる燐。命綱で二人を結んでいたのをすっかり忘れていたのだ。

はぁ~、と気疲れして階段に座り込んでしまう燐。蛍も隣に腰を下ろした。とりあえず図書室に閉じ込められなかっただけでも良かったわけだが問題は残っていた。

蛍は罪と罰の下巻を持ち出してしまっていた。改めてその貸出カードを恐る恐る見てみるが、やはり二人の名前が色々な字体で書かれていたままだった。

「何がしたいんだろうね?」困惑した表情で話しかけてくる。燐はうーんと考えることしか出来なかった。

(わたしと蛍ちゃんに何か恨みでもあるのかな?何かしたかなあ?)更に考え込んでみる…あ、と思い当たることがあった。だが

(先月の学校新聞のグルメ特集のときスイーツ部?だったかと少しモメたんだっけ?確か…)それは他愛のないことだった。人気第一位は今話題のタピオカドリンクだのやっぱり定番のクレープだので結構難儀したのだった。でもそんなことで恨みをかうなんてあるのだろうか?食い物の恨みは恐ろしいとは聞くが。燐がそんな呑気な理由を考えている傍ら、蛍は何気なく下巻を読んでいた。

するとハッと気づいて本を手に図書室に戻ろうと手を引いて促してきた。

「どうしたの蛍ちゃん!」考え事をしていて咄嗟に立つことが出来なかった燐が声を掛ける。

「わかったの。きっとそういう事だと思う」抽象的なことだけ言う蛍。理解は出来なかったがまた図書室に行くならついていくしかない。そう決めて燐は蛍を追い越して階段を下った。

 

「ちゅうかん?」一瞬なにをいっているか分からなかった。その燐の言い回しが可愛くてつい笑みをこぼしてしまう蛍。

「そう中巻。この罪と罰は上巻、下巻、そして中巻の三部構成なんじゃないかな」本を手に蛍が解説する。

「さっき下巻を読んでみて分かったの。話繋がってないなーってだから」だから中巻がある、そういう事かと燐は納得した。

「でも何処にあるんだろ?」旧校舎の図書室は新校舎のものより作りは狭いが蔵書は多かった。閲覧スペースが少ない代わりに本を多めに置いていたのだ。

「手分けして探そうか?燐、手伝ってくれる?」「うん。もちろんだよ」燐に断る理由はなかった。二人は中巻を求めて分かれて本棚を探すことにした。流石にロープは邪魔だったので外してしまっていた。上下巻があった付近から探してみたがそう単純には見つかってはくれなかった。片っ端から探してみる二人。膨大な本の中から一冊を探すのは困難を極めた。

殆ど目を通してみたつもりだがやはり見つからなかった。今度は同じような色やサイズの本をピックアップしてみようと燐が提案する。その中に見落としたものがあるかもしれない。その案で探しだそうとした矢先、不意に蛍の足に何かが当たる。

 

「え?」それは探していた本だった。表紙には”罪と罰”中編と記してあった。すぐに燐に報告しようとしたのだが何故か中身が気になってしまう。そしてゆっくりと頁をめくってみた…

「…なに、これ?」とても低い声で蛍は呟いた。あまりにも小さい声だったので燐にすら聞こえなかった。そしてその本の中身は。

燐の写真?のようなものが載っているだけだった。だが次のページにも燐が映っていた。その次のページも同じだった。ページをめくるたびに様々な燐の姿が本に映っている。文化祭で出し物をする燐、体育祭で選手宣誓をする燐、ホッケー部で活躍する燐、授業で熱心にノートを取る燐、着替え途中…の燐、さまざまな燐が蛍の目を楽しませた。そして後半ページには更に驚愕の写真が載っていた。……え、わたしも居る…?しかも燐と……抱き合って…?あの屋上での写真なんだろうか?親密そうに見える二人の写真。蛍は思わず喉を鳴らしていた。次のページをめくってみると更に雷に打たれたようにビクッとなった。

 

「わたしと燐が…キス?…してる…」何故か口に出してしまっていた。燐に聞かれたくないはずなのに?しかもその写真だけ何故か何種類もあった。写真の中の二人は恋人同士が愛を確かめるように何度も口づけを交わしていた。触れ合うだけの優しいキス、お互いの舌を絡め合う情熱的なものも、それはまるで現実にあった出来事のように鮮明に映し出されていた。

 

(これってわたしの願望なの?でもこんな事…)思ったことなんて微塵もない、思わず首を振って否定してみる。

だが…これこそが本心なのだろう。何故かそう思った。だって自分の本当の気持ちに嘘はつきたくないから。

燐が望むならなんでもしてあげたい。わたしも出来ることならなんだって……だから…だから…燐と…燐と…触れ合ってみたい…全部知りたい燐の事…燐のすべてを…。

自分の気持ちは理解しているつもりだった。だがその想いの先に何があるのか。思わず最後のページをめくってみる、手は止まらなかった。

そこにも二人が映っていた、だがその姿は……

 

「蛍ちゃん?」不意に燐の声が聞こえた。思わず現実に戻されてしまう蛍。「あ!見つかったんだね~良かった」燐が無邪気な笑顔を見せてこちらに近づいてくる。その無邪気さに思わず狼狽してしまう蛍。

「中編ってどんなのだった?わたしにも見せてよ~」疑うことの知らない無垢な笑顔を見せる燐。その顔をまともに見ることが出来なかった。

「み、みちゃダメっ!」思わず叫んで本を後ろ手に隠してしまう蛍。こんなの燐には見せられない。だってこれはわたしの……。その様子に驚いてしまう燐だが、蛍が自分をからかってると思い。少し策を論じた。

「そっかー、じゃあいいやー」わざとらしく蛍にそっぽをむく燐。だが余裕のない蛍にはこれでも十分効果があったのかホッと胸を撫で下ろす様子が横目で確認出来た。その隙を見逃す燐ではなかった。

――もらった~!燐が素早く蛍の手から本を奪ってみせた。あっ!蛍は気づくが時すでに遅く本は燐の手の内にあった。絶望感でいっぱいになる蛍。だが胸の内は自分でも気づかない奥の所で期待していた。(燐に見られちゃう。わたしの本当の気持ちが…燐に…)諦めがあったのかもしれない。あの時のようにまた少しだけ覚悟を決めた。

だが本を開いた燐のリアクションは期待したものとは違っていた。

 

「?ふつーだね。何にもなってない普通の小説だねぇ」蛍が隠すほどだからか何かあるかもと思っていただけに落胆する燐。ついでに貸出カードも見てみたがこれも異常はなく普通に利用した人の名が記してあるだけだった。

「え。本当!?」思わず小説を燐から奪い去るように取ってしまう蛍。中身を確認してみたが…普通の本に戻ってる?全部のページをパラパラと捲ってみたが燐の写真などどこにもなかった。

ショックと安堵で蛍はその場にへなへなと座り込んでしまった。流石にその様子には燐も慌てて駆け寄る。「良かった」蛍の言葉は本が見つかったことへの喜びだと燐は解釈していた。

 

閲覧スペースのテーブルに3冊の本を置く。そしてそれぞれの貸出カードを順番に出してみる。白紙だった上巻のカードは…しっかりと借りた日時と名前が記してあった。それは中巻も同じだった…。問題は下巻だった。このカードだけが異常なことになっていた。二人の名が書いてあった異質なカード。意を決して再び下巻の貸出カードを覗きこむ二人。……そこには燐と蛍の名は無かった。他2枚のカードと同じく元通りになったと思う、そんな気がしていた。カードを入れ本を棚に戻す。ドストエフスキーの棚には罪と罰が全巻揃っていた。

 

「結局なんだったんだろうね~」なんか事件が起こるたびに言ってる気がしたが思わず出てしまう言葉だった。「多分……」蛍はそこで話を切った。自分のせいかもしれないなんて燐にはとても言えるわけがなかった。そんな蛍の様子が気になって思わず手を取る燐。今、手を取らないと後悔する気がしたのだ。

「さっ、帰ろ蛍ちゃん。わたしお腹すいちゃったから駅前でなにか食べてから帰ろうね」燐は蛍の手を握って笑顔で話しかける。本当に素敵な笑顔だと蛍は思っていた。

(わたしは燐に依存しているのかもしれない。燐はわたしが負担になってるのかも)

燐の笑顔を受けても蛍の心は晴れなかった。燐の手を握る資格すらないんだ。握った手から力を抜く蛍、ゆっくりとその場から離れるように……

だが燐が更に力強く蛍の手を握ってきた。

「わたし蛍ちゃんと一緒だから頑張れるんだよ。大好きな蛍ちゃんとだから」少し恥ずかしそうに言ってきてくれた。その言葉を受けてキョトンとした蛍だったが

「…うん。帰ろ」そう一言いうのが精いっぱいだった。これ以上言葉を紡いだら泣き出しそうだし。だがその想いを受けて抜いた再び燐の手を握り返す蛍。

(燐、大好きだよ。大好きな燐。優しい燐。この想いを誰にも渡したくない)蛍は心の中で何度も燐に告白する。秘めた感情をさらけ出すように。

 

二人は一緒に第1図書館から出た。そろそろ夕焼けが近い時間帯の筈だった。

夕焼けに照らされながら二人でクレープを食べて駅までの道を歩くそれだけで幸せな何時もの帰り道。想像して嬉しくなった。七不思議なんてどうでもいい、とりあえず学校を出ちゃえばいいんだ。明日残りをやればいい。今日来なかった人たちに明日理由を聞いてみよう。先の事に想いを馳せる。明日が来るのが当然の様に……。

 

旧校舎を出て新校舎の昇降口に、手を取り合って二人の少女が向かう。大したことのない距離だった。今日は色々な事がありすぎた。学校という非日常から解放されたい。そう願いつつ旧校舎を出ようとする二人、だがその耳に…。

 

ピンポンパンポン

と校内放送のチャイムがリズミカルに鳴り響いた。

まだ帰さないとばかりにタイミングよく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




台風の影響で集中出来たのか結構捗ってしまったです。自分の地域は今回の台風ではそこまで被害がなさそうで今のところは大丈夫っぽいですね。青い空のカミュの舞台の一つと目されている浜松も今回被害あったかな?小平口のモデルとなった地域も大丈夫だったかな?…実は場所を把握してないです。なんとなくここら辺かな?ぐらいしか調べていません。聖地巡礼とかしないつもりですし。静岡県も御殿場までしか行けてないので浜松までは何時か行ってみたいです。
今回は図書室での話にしてみました。罪と罰の小説はネタに困ったのである漫画作品からアイデアをもらってみたのですが、トリック的?な使い方しか出来なかったなあ。もう少し話に盛り込んでも良かったかも。
なんか今話で終わらせてしまおうかとちょっと思ったりしたのですが一応次回に繋がるようにしておきました。でもやっぱりネタ不足だなあ。話の上ではようやく折り返しなのに。
とりあえず次回に向けてネタを探してみます。それでは。



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Moon stairs

ピンポンパンポン♪ すっかり人気のない放課後にチャイムの音色が響き渡る。何となく予感がしていた。『込谷燐(こみたにりん)三間坂蛍(みまさかほたる)悪いけど至急職員室まで来てちょうだい』放送を聞いて燐と蛍は顔を見合わせた。放送してるのは間違いなくオオモト様だろう。やっぱり鍵を返しておくべきだったか、そう呟いてしまう燐。
まあ呼び出されてしまったのだから仕方ない、すっかり帰る気であった二人だが、なんとか気持ちを切り替えて2階にある職員室へと向かうことにした。何時の間にかあたりは薄暗くなり少し涼しさを感じるようになった。

「失礼しますー」「失礼します…」二人はノックしてから職員室のドアを開けた。爽やかなエアコンの空気を感じた。煌々と照明で満ちている職員室内、自分のデスクに座って何をしているオオモト様がこちらを振り返えると立ち上がって出迎えてくれた。
「ごめんなさいね。下校する途中だったんでしょう?」普段のように優しく微笑むオオモト様。鏡の前で別れてから数時間しか経ってないのに何だか久しぶりのような気がしてくる。
「あ、いえ。こちらこそ済みませんでしたお手を煩わせちゃって」そう言って頭を下げる燐。蛍も済みませんでした。と燐と一緒に謝罪した。そしてポシェットから部室のカギを取り出しオオモト様に返却した。
「ありがとう。あなた達が持ってても良いんだけどね」鍵を受けとりお礼を言ってくるオオモト様、その対応に二人はなんとなく嬉しくなった。

「部活で疲れている所悪いんだけど、あなた達二人に手伝ってもらいたいことがあるの」新聞部は一応文化部なのに運動部の部活後みたいなことを言われてしまう。
「お手伝いですか?」蛍が少し疲れた表情で尋ねる。今日はもう心も体もへとへとだった。
「ええ、でも無理にとは言わないわ。あまり生徒を長居させてもいけないしね」珍しく教師らしいことを言うオオモト様。外はまだ少し薄暗い程度であるが夕日になるにはまだ早い時間だった。

二人は顔を見合わせてしばし思案する。
(色々あって蛍ちゃんも疲れてるだろうし、オオモト様には悪いけど今日は断ろう)オオモト様の頼みを断るのには気が引けたが是が非でもという訳でもなさそうだし、いいよね?
燐の答えは決まった。その旨を伝えようと口を開く直前に「何をすればいいんですか?」と蛍が答えていた。意外な発言に思わず目を丸くしてしまう燐。オオモト様も予想していた答えではなかったのか少し戸惑いの色をみせた。
「…いいの?」ため息をついた後、ゆっくりと二人に問いかけるオオモト様。燐はつい蛍を横目で見てしまう、その視線に気づいて眉根を下げて済まなそうな顔を向ける蛍。その表情で大体のことは察することが出来た。だから燐としては「えと、大丈夫です」と答えることにした。多分蛍は自分を気遣ったのだろう。頼まれたら無下には出来ない性格であることも知っていて。だからこそ燐は引き受けることにしたのだ。

その様子にまたため息をついてしまうオオモト様。だがそんな二人のやり取りに少し安心があった。燐と蛍ならきっと…。


「蛍ちゃん無理してない?」燐が苦笑いを浮かべながら顔を覗きこんでくる。カーネリアンを思わせる淡い瞳が心配そうに揺れていた。

「大丈夫。それより付き合わせちゃってごめんね燐」トパーズの澄んだ瞳をまっすぐに向けて申し訳なさそうな表情をみせる蛍。

二人の少女はオオモト様の頼みごとを受けることにした。その内容は。

「旧校舎に残っている生徒がいるか確認して欲しいの。居たら早く帰るように促してもらえるかしら?」先ほどオオモト様に言われたことを思い返す。要するに見回りという事だろう、でも何でわたし達二人なんだろう?燐は少し違和感を感じていた。

隣の蛍は別の疑問を考えていた。

(まだ下校には少し早い気がする。わたし達が帰った後何か使うのかな?)学生が帰った後の体育館で祭りの稽古や町内のバレーチームが練習で使うとかは聞いたことがあるのだが、旧校舎すべてを何かに使うのだろうか?素朴な疑問だった。

 

「で、どうする?」蛍が逡巡していると、燐が首を傾げて話しかけてきた。

「ごめん、ちょっと考え事してた。で、何の事?」本当に聞いてなかったので素直に聞き替えすことにする。

「うん。一緒に見て回る?それとも手分けするか、ってね」見回りの仕方を聞いているのだろう。効率の観点から見れば二手に分かれたほうがいいに決まっている。それに早く帰りたいのなら尚更だ。

だが蛍は一人で行動する不安があった。日も落ちかけているし、何より今日は奇妙なことが立て続けに起こっているのだ。蛍でなくても尻込みしても仕方がないほどに。その上、日が落ちるとなると尚更かもしれない。

「手分けしよっか?そのほうが早く終わるし」蛍は自身の不安を気取られないようにっこりと微笑んでみせた。慣れないことをしたので頬が少し重かったが。

「…じゃあわたしが1階を見てくるから、蛍ちゃんが3階、ってことでいい?」蛍の気遣いを察したのか燐が素早く決断する。そして背中のバックパックからペンライトを取り出した。一応持っておいたほうがいいからと手に握らされる。小さいながらもジュラルミン製で握りやすく丁度良い重さが手に伝わってくる。

「うん、それでいいよ。ありがとう燐」大事に使うね、と素直に借りることにした。ペンライトから燐の優しさと温もりを感じられるような気がした。

「それじゃあ先に行ってくるね。何かあったら連絡してね!」燐は蛍に手を振って階下に向かって駆け出して行った。薄暗い照明しかない旧校舎の廊下を駆け出す燐の後姿を見送る蛍。その姿が視界から見えなくなるまで視線を向けたままで……

もしかしたらもう2度と会えないのではないだろうか?そんな不安を煽るように照明は薄暗く、影になっている所に何かしらの気配を感じてしまう。足音が遠ざかり階段を下るような音が聞こえる、多分1階まで降りたのだろう。その音を聞いてようやく決心したのか蛍は燐が行った方向に背を向けて3階に行くことにした。だが

――その直後、階段を駆け上がり廊下を勢いよく走る足音が迫ってきた。

 

「ごめん蛍ちゃん。やっぱり一緒に行こう?」と燐が息を切らしながら戻ってきたのだ。その姿に少し呆気に取られてしまう蛍。なんで戻ってきてくれたの?ほのかな想いを言葉にして燐に問いかける。

「二手に分かれた方が効率がいいと思ったけど…?」想いとは裏腹に少し意地悪な事を思わず口にしていた。しまったと思わず手を口に当ててしまう。だが燐は。

「なんか暗がりが怖くってさ、わたしこう見えても怖がりなんだ~」動揺することなく話しかけてくれた。少し芝居がかった口調だったが。「仕様がないなあ燐は、だったら一緒に行ってあげよう」それを受けて同じ様に芝居がかった返しをする蛍。

そして二人は顔を見合わせて笑いだした。長い間一緒にいる二人だからこそのやり取りだった。

 

すっかり日は落ちて夜の帳が下りだしてきていた。まだLEDになっていない蛍光灯の灯りが旧校舎を照らし出す。一部の照明は点灯を繰り返していてメンテナンスは行き届いていなかった。そんな校舎の3階から確認して回ることにした二人の少女。二人でいる意味を確かめるようにしっかりと手を繋ぎながら。

こんこん、とノックをしてから、失礼しますと扉を開けて入っていく、その繰り返し。だが扉を開ける度に緊張感と微かな恐怖があった、何に怯えているかも分からずに。

 

「なんかトイレのときを思い出すね」何部屋目かの確認をし終えた時、燐が呟いた。

最初に七不思議で調べたあの1階の女子トイレの事を言ってるのだろう。色々ありすぎてなんだか懐かしく感じてしまう。ほんの数時間前の出来事なのに…。考えてみると物理的に何かされたのは今のところあのケースだけだった。金縛りにあうだけでなく燐は手も掴まれていたのだった。あれから何ともなさそうだけど…?ちょっと気になって燐の正面に回って両手を繋いでみる蛍。両手をギュッと握ってみると同じような強さで握り返してくれた。

「?どうしたの蛍ちゃん」戸惑いながらもまっすぐに見つめてくる燐。二人の視線が交差する。「うん。何時もの燐だなあって」そういって微笑み返す蛍。こうして手を握り合っているだけで僅かな不安が消えていくようだった。

 

「次はここだね」燐が指を差して確認する。そこは美術室だった。美術部は割と遅くまで残っているらしいので誰かは居るかもしれない。これまでの時点で3階に残っているものは居なかった。

ノックをして返事がないのを確認して鍵を開けてみる。照明のスイッチを入れてみたが、当然の様に誰も居なかった。鍵をして照明が消えている時点で誰も居ないだろうとは思う。だが見回りである以上見て確認するしかなかった。そして誰も居ないの確認すると再び鍵を掛けるその繰り返し、地味に面倒だった。

(まあ暗闇の中でなにかやってても困るんだけどね色々)蛍はつい如何わしい想像をしてしまっていた。燐と一緒に見回りをすることになって余裕が生まれたのかもしれない。戻ってきてくれた事に心の中でそっと感謝した。

 

美術室の中は彫刻や有名な画家の絵のコピーなどが整然と並べられていた。部屋の中央には台座が置いてありここに絵のモデルを置いたりして皆でデッサンするのだろう。

「蛍ちゃんってさ、絵のモデルとかやったことある?蛍ちゃんがモデルならわたし美術部にも入っちゃいそうだなあ?」蛍の体を見ながら下世話な質問をしてくる燐。視線を感じてつい自分の体を見てしまっていた。

「わたしモデルとか無理だよ。あ。でも、燐が一緒なら。たとえ裸でも燐が一緒に脱いでくれるならやってみてもいいかも」俯きながらも大胆なこと言ってきた。蛍はモデル=ヌードだと思っている節があるらしい。

「えー、わたしの裸じゃモデルならないと思うけどなー。蛍ちゃんと違って子供っぽいし…」何かとしっかりしている燐だが蛍と比べると身体つきはすこし幼く見えた。

「そんなことないよ、燐は可愛いからそれをアピールすればいいんだよ。大丈夫、二人で頑張ろう」すでにモデルをやることが前提で話を進める蛍。それに燐は苦笑いするしかなかった。他愛の無い会話だけど何時もの二人だから楽しかった。二人が一緒で良かった。

 

特に何もなかった美術室を後にして先へ向かう蛍と燐。新聞部の前を通り過ぎて突き当りの部屋へ向かう。この部屋を確認すれば3階はすべて回ったことになる。突き当りの部屋のプレートには”音楽室”と記載してあった。

「音楽室か…やっぱりアレかなぁ?」燐が小声で話しかける。「あれって?」蛍も声を潜めて答えることにした。二人は自然にしゃがみ込んで会話する。

「ほら夜になるとピアノが勝手に鳴っちゃうとかいうやつ」「あぁ…」七不思議の定番スポットのことだと蛍は理解する。

「実際のところどうなのかな?こっそり先生が弾いてるだけのオチかなあ?」もしかしたら警備員の人かも。口もとを少し緩めて意地悪そうな顔する。「どうだろ?でも音が聞こえたらバレバレじゃない?」もっともな事を言う蛍。「…まあ、そうだよねぇ」そんな会話を音楽室のから少し離れたところでしていた。会話が途切れるとなんとなく聞き耳を立ててしまう二人。ピアノの音色を期待するかのように……

 

こんこん。

蛍が軽めにノックをする……なんの物音もしなかった。ゆっくりと開錠してドアノブに手を掛ける。扉は観音開きになっているので二人でドアを開けた。

普段は音に溢れている室内だが今は怖いぐらいに静まり帰っていた。「誰かいますかー?」燐は照明のスイッチを入れた後、なんとなく声を掛けてみた。スポットライトを当てたように煌びやかに輝く楽器。その中で二人の視線はやはりというかピアノに注がれる。燐は近づいて鍵盤の蓋を開こうとしたが個別に鍵がかかっていた。

「燐、弾いてみたかったの?」「いやぁ、なんかこう触ってみたくならない?」手でピアノを弾く真似をしてみせる。その指運びを見ているだけで軽やかに音楽を奏でる姿を想像して少し噴き出してしまう蛍だった。

 

「うーん、特に異常はないね。何かあるかと思ったんだけどなー」ピアノを中心に音楽室をくまなく調べていた燐だが諦めたように呟いた。「定番の場所でも必ず何かあるとは限らないよ。何もないのはいいことだよ」蛍が諭すように言った。「それもそうかー」しぶしぶ納得する燐。今日は止めるつもりだった七不思議の調査ををまだ諦めきれないのかもしれない。

「そんじゃ電気消すよー」照明を落として音楽室から出ようとする少女たち、だがその耳に聞こえたくない音が入ってきた。

ぽろん、ぽろんとピアノの音が静寂だった音楽室と二人の耳に届く。

あまりに唐突に聞こえてきたので恐怖で振り向くことすら出来ない。さっきまで何ともなかったピアノが鳴りだしたのだ。

「蛍ちゃん!!」咄嗟に蛍の手を握って素早く脱出する燐。扉を勢いよく閉めて鍵を掛けようとしたところで「待って燐!」と蛍に制止されてしまう。「だって!?」と燐が疑問を言いかけた口を蛍の人差し指がやんわりと塞いだ。

「燐、曲聞いてあげようよ?」「え、曲?」蛍の意図が分からなかった。誰も居ない音楽室のピアノが鳴っているだけで異常なのにその曲を聴く余裕なんてない。そう思っていた燐だが。

――どこか懐かしいメロディは何故か心に浸透していった。緊張して焦燥感を募られていた気持ちを落ちつかせるように……深く刻みこんでゆく。

 

再び音楽室の扉をゆっくりと開けた。照明はついていないのにそのピアノは燐光を纏ってきらきらと光を反射していた。何時の間にか月が照らしていたのだ。

月明かりに照らされて勝手に蓋が開いて鍵盤を動かし音を奏でるピアノ、一見すると恐ろしい超常現象なのだがその幻想的な光景とその音色に二人の少女は言葉を忘れて見入っている。灯りをつける必要がない月が輝く演奏会。燐と蛍はただのギャラリーになっていた。

 

「見て。燐、なんか……階段みたい」蛍が指をさした。月明かりがピアノの影を作り出す。そのシルエットがちょうど月に向かって伸びていたのだ。まるで月に届く階段がそこにあるように。燐と蛍の影が月の階段と重なる。月が呼んでいるようだった。その声に答えるように手を繋ぐ二人の少女。二人の影も手を繋いだ。叙情的なピアノの演奏を聞きながら夜空に浮かんでいるようだった。

 

「ん。…」気が付くと音楽室の扉にしゃがんで寄りかかっていたらしい。室内は何事もなかったように静まり返っておりピアノの音色も止まっていた。

「蛍ちゃん立てる?」燐が優しく手を貸した。「うん…」まだ眠たそうな表情を見せた蛍。燐の手を取り立ち上がると欠伸を噛んだ。あの不思議な演奏が子守唄替わりとなってしまったのだろうか?

「……月夜の晩に燐と二人でピアノのコンサートなんて素敵な体験だったね?もう少し聞いていたかったかも」蛍は興奮冷めやらぬといった感じで余韻に浸っていた。

「まあね。そうそう聞けるものでもないしね、でもこれって七不思議ってことでいいのかなぁ?何かこうモヤっとするんだよね」蛍の素直な感想に対し燐は少し冷静に分析する。

「…人為的なものだったとしても良いんじゃない?わたしは認定しちゃうな」部長からのお墨付きを貰ったので七不思議の記事にすることに燐は納得する。ただ人工知能的(A.I)なもので再現できそうな気はするので疑念は晴れなかった。ただ他の事件も含めた何らかの作為の跡が分かっていないので今は黙っておくことにした。

 

あれだけ音を奏でていたピアノは蓋を閉じて沈黙している。最初からそうであったかのようにただ月明かりに照らされているだけのピアノ、綺麗だけどどことなく寂しさを覚えた。静寂に包まれた音楽室のカギを掛けてその場を後にする。名残惜しい場所になった。

 

「これで3階は全部見たね。1階に行く前に2階の職員室に寄ってみる?」一息ついた後、蛍が提案してくる。長い時間音楽室に居た気がしていた。スマホで時間を確認すると19時前だった。「そうだねぇ、ちょっと時間が掛かったから一度職員室で報告したほうがいいかもね」どうせ1階に行くのだからついでに寄ろうと蛍の意見に賛成する。

 

二人は手を繋いでゆっくりと階段を下る。踊り場に差し掛かった時、月が二人を照らし階段上に影を伸ばした。思わず蛍は月を振り仰ぐ。7月の下弦の月は翡翠の様な色を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 




やっと続きが書けた…。今回はなんかキツかった…。ネタがないのは毎回だがとにかく筆っていうかキーボードが動かないったらなかったなあ。しかも前回より文字が少ないし…。やばいなあ少し飽きが来てるのかもしれないなー難しいところかも。
で、今回の話は学校の見回りなんですが初期プロットだと分かれて行動して後で再開する流れだったんだけどやっぱり最初から一緒にしました。後、本当は1回で見回りが全部終わるようにしてたんですが上手くまとめられなかったので次の話に続きます。
次回はもう少し早く書けるといいんだがーーーやっぱ無理そうかもーーー頑張るしかないかー。


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It’s hard to see what’s under your nose

旧校舎を月明かりが包んでいる。そんな廊下を二人一緒に進む。夏の暑さを忘れたように固く手を繋いで。2階にある職員室は廊下側に明かりが漏れていた。その様子に思わずホッとしてしまう二人の少女。ノックした後、連れ立って職員室の中に入る。だが、そこはもぬけの殻だった。肝心のオオモト様の姿も無く、ただ照明が煌々と二人を照らし続けるだけだった。
「どこに行っちゃったんだろうオオモト様」「もしかしたらまだ見回りを続けてるかもしれないよ?」オオモト様は用事が済んだ後、2階の見回りをする予定を二人に告げていた。行き違いになったかもしれない、蛍はそう分析する。
「どうしようか、ここで待ってたほうがいいのかな?それとも探しに行く?」燐が選択を悩んでいた。オオモト様は携帯電話の類を持ってないので連絡の仕様がないのが難点だった。だがそのことで蛍はあることを閃いた。
「校内放送で呼び出してみようか?」「え。オオモト様を?」蛍の発想に燐は少し驚いた。生徒が先生を放送で呼び出すのはあまり無い例だろう。後で怒られるかもしれないけどね、と蛍は付け加えた。「非常時だしいいんじゃない、かな?ちょっと面白そうだしね」少し意地悪そうな顔でその案にのってくる燐。二人は職員室の一角にある放送用のマイクの前に陣取った。
「燐、使い方って分かる?」つい小声で話しかけてしまっていた。職員室の中で何かするのは罪悪感が勝ってしまう。「大丈夫、わたし割とこういうの好きだし」燐は蛍にウィンクをして返す。かつて放送部員であったかのように手慣れた様子を見せる燐。何に対しても器用で呑み込みが早かった。マイクチェックをして音声が入ってるのを確認する。こほんと咳ばらいをしてマイク越しに喋り出す燐。「オオモト様、居りましたら至急職員室までお越しください。迷子の蛍ちゃんがお待ちです。繰り返します、オオモト様…」蛍は燐の声優の様な流暢な喋りに感嘆していたが途中の内容に顔を真っ赤にして驚いてしまった。「燐~!流石にそれは酷いよ~。わたし迷子じゃないもん」ぷいっと少しふて腐れて顔を背ける蛍。その仕草に燐は可愛くて堪らなくなっていた。
放送後緊張しながらオオモト様を待っていたが暫く経っても職員室に現れることは無かった。こうなると余計な心配をしてしまう。
「燐、オオモト様を探しに行こう」蛍はすこし焦燥感に駆られて燐の手を握る。「うん。1階の見回りも残ってるし途中でオオモト様に出会うかもね」その手を握り返す燐。二人の気持ちは一致していた。職員室はそのままに1階に駆け出す二人の少女。薄暗い廊下の照明と窓から覗く月明かりが音もなく見送っていた。



1階へ降りるとあの時のトイレが目に入った、今思えばこのトイレから七不思議が始まったんだっけ。なんとも言えず燐は嫌な顔をしていた。

「どうしよう燐。また行ってみる?」確認するように蛍が尋ねてくる。見回りなら入るのが当然なのだが一度嫌な目にあった場所だけに戸惑いがあった。うーん、としばし瞼を閉じて燐は思案する。

(もしかしたらオオモト様が居るかもしれないし行ってみる理由はあるんだよね)だが危ない目に遭った場所にまた行くのは無謀としかいいようがなかった。戸惑いを見せていると蛍が手を取り「大丈夫一緒に行ってみよ」と促してくれた。まだ危険が潜んでいるかもしれないのに一緒に行ってくれる親友がいる。それだけで嬉しかった。

 

再びあのトイレに行く燐と蛍、照明は灯っていたが前と同じで誰も居そうになかった。そして手を繋いだままあるトイレのドアの前に立つ。金縛りになった上に手を掴まれたあの個室……

また同じ目に遭うのだろうか?嫌な緊張感に包まれる。だが蛍は違和感を覚えていた。

(あれ?ここのドアってこんなのだっけ?)それは燐も同じ疑問だった。トイレの個室にしてはやけに狭いドアだった。まさか!と燐は扉を一気に開けてみた。

中は……モップやバケツ等の清掃用品が乱雑に詰め込まれている。この場所は掃除用具入れだった。恐怖で場所を勘違いしたのだろうか?念のため他の個室も確かめてみた。だが何も特別な事のない普通のトイレだった。

あ。そうだ、と蛍が手を叩いてポシェットからスマホを取り出した。そういえば蛍はここで写真を撮っていたのだ。あの時の画像を探し出しスマホを覗きこむ二人。だがそこに映っていたのは掃除用具入れの中の写真だった。同時刻付近の画像も確認してみるが同様に掃除用具入れの中を映したものばかりだった。

「こんなのおかしいよ、だって…!」「大丈夫だよ蛍ちゃん。ここでの事はわたしだってハッキリと覚えてるし。それに…」燐は自分の左手を開いてみる。あのときの感触と体温は未だに手が忘れていなかった。

「それにしてもなんか面白い絵だね。ほら、わたしと蛍ちゃん掃除用具にビックリしてる」燐は蛍のスマホを指さして笑っていた。燐はショックを受けている自分に気をつかってくれてるんだ。蛍はそう理解する。燐の明るさと優しさに随分助けられてる気がしていた。だから蛍もその想いにのっかることにした。

「ホントだね。ちょっとお間抜けに見えちゃうね。でもこれだと七不思議の記事に出来ないね」「あ。トイレだと思ったら掃除用具入れになっちゃう七不思議とかどうかなぁ?」いけそうじゃない、と燐が即興で考えてくれた。「なんかドジっぽいだけじゃないそれ?それにあんまり怖くなさそう」少し呆れ顔で蛍が苦笑いする。「いやー、別の意味で怖いと思うけどなー?」

二人はこの件をこれ以上話題にするのを止めた。確かに奇妙な事だがいくら考えても分からない。それより早くオオモト様を探して学校から出た方が重要であり、二人にとっての最善の選択だった。

 

「そういえばオオモト様居なかったね?」手を洗いながら蛍が話しかけてくる。

()()先生だから生徒用のトイレ使わないんじゃない?ってゆうかわたしオオモト様がトイレ行ってるの今まで見たことないんだけど…」少し心配そうに話す燐。「実はわたしも…でもオオモト様はトイレ行っちゃだめな人だよ」ハンドタオルで手を拭った後、反対にひっくり返して燐に渡す。

「どうして?」ありがと蛍ちゃん。と受け取ったタオルで手を拭った。

「なんかこう神秘性が失われるというか、ちょっと浮世離れしたところが魅力なんだからトイレなんて不浄なとこに居たらなんかやだな」燐からハンドタオルを受け取ってポシェットにしまう。

「蛍ちゃんにとってはオオモト様はまるでアイドルだね。まあ校内でも人気の先生だしね」手を綺麗にして色々な事をさっぱりと忘れてトイレから出る。オオモト様の事も含めてまだ見回りも終わっていない。下校まではまだ掛かりそうだった。

 

正面玄関の前を通り過ぎて保健室、理科準備室、家庭科室と各教室を見て回った。あの第1図書室にも入ってみたのだが、誰にも会う事もなくオオモト様にも出会うことが出来なかった。二人っきりになったのかもしれない。そう思わせるだけの孤独感がこの場所にはあった。木の床の足音が静寂の校舎に響き、壁や天井、床の木目が何かの動物や人の目を錯覚させる。蛍も燐も逃げ出したいぐらいだった。そんな時、ぽん、ぽんと何かの音が二人の耳に届く。何処かで聞き覚えがあるリズミカルな音。

「燐。もしかしてオオモト様の!」「手毬の音!?」燐と蛍は顔を見合わせて頷くと手を固く繋いで木造の廊下を走った。ボールが跳ねるような音は規則的に鳴り続ける。まるで二人を招いているかの様に…。その音の方角を耳を頼りに校舎を駆けた。二人は走りながらオオモト様の名を呼ぶが返事はかえってこなかった。裏口から出て渡り廊下を抜けるその先であったのは……。

 

「体育館…ここにオオモト様いるのかな?」燐は重厚そうな扉の前で呟いた。蛍は走り慣れないせいか座り込んで息を整えていた。蛍の息が整うまで試しに扉に手をかけてみる。鍵は掛かっていない、恐らくオオモト様が中にいるのだろう。隙間から覗いてみると中は真っ暗で何も見えない、照明すらないここで本当に居るのだろうか?「燐。どう?誰かいる?」背後から軽く抱きついて恐る恐る蛍が尋ねてきた。「ううん、まだ分かんない…」燐は蛍に貸しておいたペンライトを受け取って体育館の中に静かに入っていく。ペンライトを照らしてみるがカーテンが引いてあるのか闇が深く、手元を照らすのが精いっぱいだった。

真っ暗な闇の中ペンライトの灯りだけを頼りに少女達は闇に呼びかける。「オオモト様ー!」「何処ですかー?」やはり返事はなく代わりに暗闇と静寂、そして二人の足音だけが体育館に反響する。「体育館のスイッチって何処だったっけ?」燐は蛍と身を寄せ合いながら漆黒の空間をペンライトで見渡してみる。照明のスイッチは壁際にあるはずだがそこまで光が届かなかった。それどころか今、入ってきた通路すら闇に包まれて見えなくなっていた。

「誘導灯も見えないなんて…!」恐怖で叫んでしまう蛍。

「蛍ちゃん走ろう!」焦燥感に駆られ蛍の手を引いて走り出す燐。ペンライトを前に突き出して走るが黒い霧に光が遮られているようだった。(なんで壁にすら辿り着かないんだろう?)暗闇で方向感覚がおかしくなっているせいか同じところをぐるぐる回っているのではないかと錯覚してしまう。長い間走っているわけでもないのに疲労と恐怖で二人の心が折れかけようとしていた。その時あの鞠をつくような音がぽん、ぽん、ぽん。と何かを教えるように闇の中に鳴り響いた。

イチかバチか音の方角に走る燐と蛍。すると黒い闇の奥に壁をみた。そこには体育館の照明スイッチも並んでいた。

「これで!」と勢いをつけて燐はスイッチを入れた。ぱっ、ぱっ。と端から順に照明が体育館を照らし出す。そしてすべての照明が灯ると、嘘のように何もなかった。誘導灯や非常灯も普通に点灯しており、ボールのような物もその場にはなかった。何時もの見知った体育館に戻っていた。その様子に緊張の糸が切れたのかその場に座り込んでしまった。二人は寄り添ってしばし休憩することにした。

「オオモト様が、助けてくれた、のかな?」蛍は息を絶え絶えにあの音のことを呟く。

「だったらなんで、出てきてくれないんだろう?」燐も脱力したようにぐったりとしていた。

「…そうだよね」「うん…」二人はそれっきり黙ってしまった。暗闇の空間がよほど堪えたのだろう。開け離れた扉からくる夜風が汗ばんだ肌に心地よかった。

 

燐は何となく出口を眺めていた。とこちらを伺うようにしている人影のようなものが視界に映った。「あっ、オオモト様~!」燐が手を振って呼びかけるとその人影は即座に逃げ出していった。(違うの?じゃあもしかして!)燐は素早く立ち上がる。

「えっ?オオモト様居たの?」ついぼーっとしていたので慌てて問いかけるが横で座っていたはずの燐が居なくなっていた。

「蛍ちゃんはそこで休んでてわたし後を追ってみるから!」言うが早いが燐は人影を追いかけて走り出した。「燐ー!!」その後を追って蛍も走り出す。まだ十分に疲労は取れてなかったが燐に置いて行かれるのはそれ以上に辛いことだった。

 

人影を追って渡り廊下を校舎とは逆方向を駆ける燐。人影はこちらを振り返ることなくプールがある方へ一直線に逃げていった。

(プールの方に行った?だったら…!)ここのプールは現在使われておらず立ち入り禁止になっている。一般にも開放しておらず入り口には鎖で厳重に鍵が掛かっていて事実上の行き止まりとなっている。そこで確保出来るかもと思ってたのだが、プールを見て燐は驚愕する。

(入り口空いてる?どうして?…)鍵は外されており門も開いていた。燐は疑問に思ったが何故か深く気にせずに影を追ってプールサイドに走りこんだ。人影は燐と同じく女子の制服を着ていて髪形は……暗くてよく分からない。だがこの人物こそがすべての元凶に違いない。そう確信があった燐だが、それ故に油断があったのかもしれない。何かに取りつかれたように必死に距離を詰める燐。ついに人影を射程圏内に捉えて手を掴もうとする。そしてその手を掴んだ……と思ったのだが感触はなかった。代わりに……。

 

え……?

燐の体は宙に浮いていた。何が起きたのか理解出来ない。

燐は飛び込み台から水の張っていないプールに飛び降りたのだ。

高さは推定で2メートル程度だが、真っ暗で何も見えないので受け身が取れる状況ではない。このまま無防備で落ちれば大怪我の可能性もあった。

 

――落ちる!!

 

そう理解するが燐には成す術がない。ただ重力に体を引かれてしまう……。

 

「燐!!」

 

鋭い悲鳴と柔らかい感触が意識を失いかけた燐を現実に戻した。すんでのところで蛍が後ろから抱き留めてくれたのだ。

「蛍ちゃん!?」ギリギリのところで踏みとどまったがまだ安定はしていない。足を踏ん張ってなんとかバランスを整えようとする。

「燐!頑張って、お願いだから!」蛍が必死に体を引っ張り上げようとする。その力を利用して燐は体を捻じり蛍の方に倒れ込んだ。

「きゃっ!」二人分の体重が掛かり支えきれなくなった蛍は燐と一緒に倒れ込む、プールサイドに二人の少女が抱き合って倒れていた。

「いたた、ごめんね蛍ちゃんケガしてない?」燐は蛍に覆いかぶさるように抱きついていた。

「うん。頭は打ってないから大丈夫、それより燐こそ大丈夫?」蛍はそんな燐を心配するように覗きこんでいた。「わたしは蛍ちゃんのおかげで大丈夫だよ。ありがとう無茶させちゃったね」燐の瞳が蛍を真正面に映し出す。健気な蛍が堪らなくなり慈しむように少し強く抱きしめた。「燐…」蛍も強く抱きしめてくる。月に照らされながら二人は暫く抱き合っていた。

 

「蛍ちゃん立てる?」先に立ち上がった燐が蛍に手を差し伸べる。

「うん。ありがとう燐」その手を取って蛍はゆっくりと立ち上がり燐に微笑みかける。二人の少女は手を取り合って暫く見つめ合う。

「ありがとう蛍ちゃん。蛍ちゃんのおかげで助かっちゃったよー」燐は少し照れてお礼を言った。

「先に行っちゃったからビックリしたよ。でも間に合って本当に良かった」蛍は改めて胸を撫で下ろして微笑む。

それにしても誰だったんだろう見覚えがあるようでないような、なんとも判然としなかった。掴み損ねた手はトイレのものと同一なんだろうか?燐は両方の掌をにぎにぎとしてみる。…なんとなくこの行為が癖になってるようだった。

「あの人、蛍ちゃんが前に言ってた屋上のカギを渡してくれた人なのかな?」

「ごめん、あんまり覚えてないし、今の人影もちらっとしか確認出来なかったんだよね」蛍は少し申し訳なさそうに答えた。

「そっかー、なんか消えちゃったし幻だった、のかなぁ?」燐は首を傾げていた。

 

燐は思い出したかのように自分が落ちそうになったプールの底を見下ろしてみた。結構な高さがあったはず、とペンライトを向けてみると光の円が水面に浮かんだ。

そこは星が広がっていた。水が全くないかと思ってたが雨水が溜まっていたらしく水面が鏡のように反射してプールに夜空を作り出していた。

「わぁ。凄いね。まるで星の海みたいだね」「海っていうよりプールだよねー。でもとっても綺麗…だね」二人はしばし時を忘れてプールを見つめていた。

「星の海って天の川の事だよね」「うん。丁度今頃の時期に見えるんだっけ?晴れていて、お月き様がなくて、山の上あたり、じゃないと見えないみたいだけど」

「結構条件は厳しいね。でも燐と一緒に見てみたいな。天の川」蛍は両手を胸で組んだ、星に願いを捧げるように。

「じゃあ今度二人で星空を見にナイトキャンプしてみない?わたしも蛍ちゃんと一緒に見たいし」燐もそっと星に願いをかけてみる。

「いいけど、でも足手まといになっちゃうかも…」蛍はトレッキング初心者なので体力に自信がなかった。「大丈夫。一か月ぐらい体力づくり(フィジカルトレーニング)すればいいんだよ」燐が明るく励ましてくれる。

「うーん……燐が一緒にトレーニングしてくれるならやれそうかも」運動が苦手な蛍にとって地獄の一か月になるかもしれない。でも燐と一緒ならどんなことでも出来そうだった。なにより燐とこんなに仲良くなるなんて夢のようだった。

「そろそろ校舎に戻ろっか。オオモト様が待ってるかもしれないし」「そうだね、入れ違いになっちゃったかもね」手を取り合ってプールサイドを後にする二人。結局ここでもオオモト様に会うことは出来なかった。

 

二人は旧校舎の中に戻っていた。残っているのはオオモト様が見回るはずの2階だけなので、そこに行くために1階から階段を見上げていたが、何故か上る気にはならなかった。行先はそこではない気がしていたのだ。

「ねえ燐。今日だけで色々な事があったよね。3階は音楽室、2階は鏡、1階はトイレと図書室…」蛍は指折り数えて一つ一つ確認する。

「後、体育館にプール。屋上だね。七不思議全部体験しちゃったけど何か起きるのかなぁ?」

期待と不安が入り混じった顔して返す燐。

「どうだろうね?でも何かあるとしたらあそこだよね?」「うん。多分ね」

二人は迷うことなくその場所に向かう。そこは最初に行って再度行ったあの1階のトイレだった。そして端っこにある個室だったはずの掃除用具入れの扉を再び開いてみた……。

ぎぃっと鈍い音がして扉が開く。中には掃除用具が入っていて先ほどと何も変わりはない。

だが二人は気にする様子もみせずに中に入っていた掃除用具をすべて出して、奥の壁をモップを使って強く突いた。ベニヤで出来たような薄い壁はあっけなく破れ落ち、入り口のようなものが姿を現した。

燐は持っていたペンライトで中を照らしてみる。中は人ひとりが入れる程度の広さで足元には鉄製の梯子が下に伸びていた。ライトで照らしてみてもその先は暗く底は見えなかった。

 

「こういうの灯台下暗しっていうのかな?割と古典的なトリックだよね」念のためスマホで撮影をしておく蛍。撮った画像を確認してみたが今の所ちゃんと撮れているようだ。

「でも全部のトリックが分かったってわけでもないんだよねぇ」やや残念と言った口調で話す燐。

「この先に()()()がいるのかな?」あの人、恐らくすべての元凶と言ってもいい女子のことだろう。この学校の制服を着ていたことは確定済みだ。誰かはハッキリしなかったが。

「多分ね。それでも行ってみる?何か仕掛けてるかもしれないけど」

もしかしたら罠なのかもしれない。だがそこまでする遺恨が二人に対してあるのだろうか?そもそもこんなことをする意味があるのだろうか?

「行こう燐、行けばきっと何か分かるよ」蛍はこういう時の決断は早かった。燐と一緒だからこその決断の早さだった。

「…そうだねここまで来たら行くしかないよね」蛍とは逆に少し慎重になる燐。蛍を気遣っての慎重さだった。

 

――燐と蛍はお互いの手を握りあって顔を見合わせる。

――何があっても離れないように強く固く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この前某スーパー銭湯に行ったら風呂が4つも壊れていてショックだったー。しかもよりによって一番のお目当ての蛍(ちゃん)の湯に入れなかったのはとても悲しかったなあ;;でも普段は温泉のなかでLEDが蛍の様に点滅して趣を出していたのが湯が無くなったことでよりハッキリと蛍っぽいのが見えるようになったのは結構良かったかも。だが今度行くまでに蛍(ちゃん)の湯をなんとか直して欲しいなぁ。頑張れ龍○寺の湯!
さて今回は割と駆け足になっちゃったなあ、終盤あるあるですねー。上記の蛍(ちゃん)の湯ネタはプールで使わせてもらいました。龍○寺の湯は結構広くて好きなんだよねー。人が多すぎなのが問題だけど…。
さてさて恐らく次回で完結だと思います。出来れば今週中に書き上げたいなーーダメなら今月中までにはー。
それではー。


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De mariage

かん、かん、かん。
人気(ひとけ)のないトイレの中に乾いた金属音が響く。鉄の梯子を下っていく二つの影があった。こんなところにあったので錆で劣化していると思っていたが以外にもガッチリとした梯子で汚れも少ない。一度も使われてないわけでもなさそうだが、手入れだけはしてあるようにみえた。
「蛍ちゃん。足踏み外さないように気をつけて」先を行く少女が気を遣う。今のところはちゃんと降りることが出来るが途中からはどうなってるのかは不明だった。
「……うん」もう一人の少女はおぼつかない足で一段ずつ確かめながら降りていった。視界が悪く足元を見ながらなのでペースは遅かった。

「なんか結構奥までありそうだね。地下室があるのかな?」燐はペンライトを下に照らしながら片手だけでテンポよく梯子を下ってゆく。「そ、そうなんじゃない?」蛍は一歩ずつ降りることに集中していて返事を返す余裕がなかった。
「でも何でこんなとこに入り口作ったんだろう?しかもわざわざ隠してあったし…あ。ここが終点だね」よっと、燐は残りの梯子の段を飛ばして飛び降りた。コンクリートの固い感触がとトレッキングシューズ越しに足へと伝ってくる。
燐はピンク色の機能的なトレッキングシューズ、蛍は上品で可愛らしいローファーを履いていた。

燐と蛍は一度下駄箱まで戻り外履きを持ってきてトイレで履き替えていた。この先何かあるかもしれない、燐はそう直観していて一度昇降口まで戻る提案を蛍にしていた。このまま帰っても問題ない気はしたのだが……二人とも何かに惹かれるように帰ることなく戻ってきた。

地下は地上とはかなりの温度差があり、インナーを着ている燐でも少し寒気を感じるほどだった。ペンライトで辺りを照らしてみると壁と床はコンクリートに覆われており1枚のドアがあるだけだった。
「蛍ちゃん。もう少しだから頑張って!」まだ梯子にしがみ付いている蛍に下から声を掛ける。「う、うん。燐、ライトで照らしていてね」崖下を確認しながら慎重に降りるのは怖いが明かりで照らしてもらえば幾分楽になる。燐はライトで蛍の足元を照らして道案内をするがあ!っと声を思わずあげてしまっていた。
「ど、どうしたの燐?」その声に思わず動揺して動けなくなってしまう蛍。「あ。ごめん。なんでもないよ~」燐は誤魔化す様に照れた笑いを返す。
燐のペンライトは偶然にも蛍のスカートの中を照らしてしまっていた。スポットライトで照らしたように黒いストッキング越しの純白のパンツが浮かび淫靡(いんび)な空気を醸し出していた。(蛍ちゃんのパンツは普通に見たことあるけど特殊な空間だからかドキッとしちゃったよ、わたしちょっと変なのかな?)
燐は悶々としながらもライトを照らし続け、ようやく蛍も梯子を降りきることが出来た。その顔はほんのり上気していた。もしかして見られている事に気づいていたのだろうか?

「このドアしかないね。燐、開けてみた?」蛍は地下にある唯一の扉を手で触ってみる。地下の冷気のせいかひんやりとした鉄の感触が手に伝わった。金属製の扉で汚れが目立って錆びついているように見えるが比較的しっかりとしたドアに見える。

「ううん、まだ。蛍ちゃんが来てから開けようって思ってた」「じゃあ開けてみる?」やっぱり決断早いなーと燐は関心して。ドアノブを二人で握る。やはり鍵は掛かっておらず。扉を開くと長い間使っていないのかカビの様な臭いが鼻をくすぐった。



地下室の扉を開け放つと、燐は素早く扉の裏に隠れて身構える。蛍も慌てて燐の後ろに隠れて様子を伺った。

 

……暫く待ってみたが何も出てきたりしなかったので燐は少し恥ずかしかった。気を取り直して部屋の中を見回して見た後、慎重に足を踏み入れてみる。

すると靴の裏が柔らかい感触を伝えてきた。

「あ、やば!」反射的に足を離して入り口まで戻る燐。床にライトを当ててみるとそれは畳だった。良くみると大分傷んでいるものらしくカビも所々に生えてボロボロに朽ちている。それはここでの年数が経っていることを表していた。

ホッと胸を撫で下ろし改めて中に入っていく。燐に手を引かれ蛍も中に入った。ぐにゃっとしたなんとも嫌な感触が靴越しに広がって少し憂鬱な気分になった。

地下室と思しき空間は薄暗くカビの生えた臭いがしていた。燐はペンライトの光を周りに当ててみるがこれといって何もない空間で照明のスイッチも何故か見当たらなかった。

だが何故か室内は真っ暗というわけでなく、少し薄暗い程度で目を凝らせはある程度は認識できるほどだった。

「ここって何の為にあるのかなぁ?まあ地下室ってだけで怪しいけど、さ」部屋を見渡して何かないか物色してみる燐。「うーん。物置ってわけじゃ、なさそうだね」家にある物置小屋もこんな感じだったと蛍は思っていた。

静寂の地下室のせいか寒気を感じて蛍が手を取って寄り添ってきた。夏とはいえ地上とは温度差が大きいから無理もない。燐もなんとなく身震いをしていた。これ以上ここに居ても意味がないのかもしれない。そう思いかけたその時。

 

「ここにはまだ意味はあるのよ。今はもう使われてないけれど」燐と蛍以外の可憐な声が室内に反響した。

二人は咄嗟の事に慌てて。

「はうっ!」

「ひゃうぅっ!」と素っ頓狂な声を上げて抱き合ってしまった。初めて耳にする声なのだが何処かで聞いた様な声にも聞こえた。

燐は透かさず声の方角にライトの光を向けた。するとそこには…。

 

――幼い少女が立っていた。

まるで最初からそこに居たようにこちらを見つめて佇んでいる。

その少女は二人が良く知る人物、オオモト様に似ていた。まるで妹か小さいころの姿のように。丈は短いが似たような柄の着物を着ていて。顔だちは幼いがそのまま成長し髪を伸ばしたらそっくりに見えなくもない。それに同じ手毬も持っていたのだ。

 

「オオモト様!?」蛍は少女に尋ねてみる。「オオモト様って、さすがにそれはないんじゃない?」と燐はやや冷静にツッコミを入れた。

「……」少女はこの問いに答えなかった。意味が分からなかったわけではなさそうだが質問には無言だった。

「あ。オオモト様の妹さんじゃない?もしくはコスプレかも」暢気な答えを出す燐。蛍は思わず苦笑いをしてしまう。少女は……やはり何も答えず興味なさそうな顔をするだけだった。受けがよくなかったのか気まずい空気で暫く無言になってしまう3人の少女達。

だが不思議と嫌な気はしなかった。そもそも燐も蛍も突然現れた得体の知れない少女に恐怖も嫌悪感もなかった。異常な現象に慣れ過ぎているのかもしれないが……。

沈黙の空気に耐え切れず蛍が何かを喋り出そうとする前に…。

 

「ここはかつて防空壕だったの。昔、この場所は空襲が多かったから」少女は特に気にせずに淡々とした口調で沈黙を破った。少女の声色は幼いが口調そのものはオオモト様の授業のときと大差ないカンジで聞こえた。

だから今は使われていない、そういうことか、と蛍は納得していた。

 

「その後は別の事に使われるようになったの。ここでは色々な男女の行為があったわ。もちろん女子同士もあったようね」その少女は僅かに余計な事を付け足していたが、行為とは二人の乏しい知識でもある程度理解できるだろう。

「行為、ってまさか…」燐が耳まで赤くして呟いていた。蛍も顔を真っ赤にして目線を逸らして口を噤んでいた。

また沈黙が辺りを包むが蛍はすこし勢いをつけて尋ねることにした。

 

「その!……貴方が全部仕組んだことなんですか?七不思議とかすべての事…」蛍は少し強引に話を変えて問いかける。このまま”行為”についての話を膨らませても埒があきそうになかったし、何より事件の真相が知りたかったのだ。

 

「……違うわ。これはむしろあなた達自身の問題よ。わたしはその想いに手をかしただけ」突如ペンライトの明かりが何かに当たって反射する。

目の前が真っ白になり、たまらず燐と蛍は目を瞑ってしまっていた。その原因を探ろうと手をかざして瞬きをする燐。

光の先にはあの時と同じデザインの鏡が何時の間にか壁に掛かっていた。これが光を反射していたのだ。

 

そしてその鏡から人影が出てこようとしていた。まるで鏡の住人が現世に蘇ろうとするみたいに鏡の奥から這い出ようとしてくる。その様子を二人は膠着したように見守るしか出来ない。

鏡からペンライトの光線をずらして照らしてみるが、何故か足元と顔は良く見えなかった。だがやはり二人と同じ制服を着ていたのだ。これこそが求めていた元凶そのものだった。鏡から出てきた人物?はライトの明かりに照らされてそのシルエットを描き出す。

 

――ふたりは()()と対峙した。

 

「燐っ!?」と蛍が驚愕する。「蛍ちゃん!?」その姿を見て燐も思わず声をあげた。二人はほぼ同時に叫んでいたが。その内容の違いに、え?と思わず顔を見合わせてしまう。

 

「驚くことはないわ。そのどちらも正解なのだから」少女は鏡から出てきた影の隣で当然の様に話す。

「え?」燐が首を傾げる。

「どういうことなんですか?」蛍も首を傾げてしまった。

「これはあなた達二人のいわば投影ね。だからそれぞれが違った人物に見えるわ。二人がもっとも強く想いを寄せる人物、その想いが形となった。その人はすぐ隣にいるのにね」少女は手毬をポンっと上に投げた。緩やかな軌道を描いて再び手の中に戻る。

 

「でも、それぞれの想いが形になったのなら、どうして悪戯っていうか怖がらせる様な事をするんですか?」蛍の言う通りだった。蛍と燐はどちらかというと品行方正で通っているので、自分たちの分身?の様なものが悪さをするのは理解出来なかった。

 

「承認欲求の様なものよ。SNSでも度々騒がせてるでしょう?つまりは構ってほしいのね。自分のことをもっと見て欲しい。本心を知ってほしい。誰だって好きな人にはそうありたいはずよ」再び手毬を放り投げる。毬の複雑な模様が心の動きを表しているかのように様々な色が空中に踊った。

 

「じゃあつまりわたしが蛍ちゃんに、蛍ちゃんがわたしに見えるってことは・・・」

燐は2階にあった鏡の事を思い出した。もしかしたらあの鏡の影響で出来たものなのではないだろうか?もしあの時鏡を割っておけば、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 

「いいえ。鏡はただのきっかけに過ぎないわ。もし原因があるとするならばこの校舎、いえ、この地とあなた達二人の想いが強く影響したのかもしれない」心を読んだかのように少女は答えを出した。

「わたし達がこの不思議の元凶ってことですか?」蛍は憂鬱そうな顔をしてしまう。だって今まで遭遇してきた不可思議なことは自分たちが起こしてそれを自分たちで解決するという、無意味ともいえることだったから。

 

「あなた達はお互いを想うがあまり自分の事を蔑ろにしているわ。それで心に傷を付けてしまったのね。そのちぐはぐな想いを叶えようとした歪みがこの幻影に溜まっていったのね」少女はその幻影的な存在を見つめる。この少女には誰に見えているのだろう?

「じゃあ一体どうしたらいいんですか?」燐は結局オオモト様に尋ねるような口調になってしまっていた。この場で真実を知っているのはこの少女だけだったから。

「もう答えは出ているはず……後は、あなた達二人が受け入れられるだけ」少女は目を伏せて静かに毬を抱きしめる。

 

――答え。

恐らく燐と蛍の想いは多分一致している。

(後はわたしが受け入れられるかどうかってことか……)

燐の想い。蛍を好きな気持ちに変わりはない。だが、それは本人の倫理観に少しの不安を与えるものだった。受け入れたとしてその後は、次の日は、休日は、将来は。無駄に先の事を気にしてしまう。

多分恐れているだと思う。蛍を好きな気持ちをいつか失ってしまうこと、蛍に嫌われてしまうこと、そしてやがて別れることになる、それが怖いのだ。それにあの投影したとされている存在、蛍からは自分に見えたと言われたときショックだった。蛍を好きな気持ちが昂じてあのような事をしたというのならどれだけ寂しやがりやなんだろう。あの少女が言うように隣にずっと蛍ちゃんは居てくれてるのにわたしは……。燐は瞼を閉じて下を向いてしまった。視界がぼやけてしまう、それは悔しくて寂しくて恥ずかしかった。

 

「…燐」

不意に蛍が燐を抱きしめる。優しい抱擁。驚いた燐だったが大好きな蛍の香りに包まれる。

「わたしは燐に嫌な思いをさせたくない。もしわたしが燐の負担になってるなら、すべて忘れるよ。だから何時ものように笑ってほしいな」

 

「蛍ちゃん…」燐も蛍の背中に手を回してきつく抱きしめる。互いの顔が近くにあった。鼻がまつ毛が、吐息が、すべてが近くて当たりそう…。

「蛍ちゃん」「燐」二人は大好きな少女の名を呼んだ。

 

そしてどちらともなく少女たちは唇を重ね合わせていた。

瞳を閉じてお互いの存在を口だけで認識するように。それは二人にとって初めての行為となった。幸福と快楽、そして暖かさが唇越しに体に伝わってくる。

燐と蛍。二人だけのかけがえのない時間だった。

 

ゆっくりと二つの口が離れて見つめ合った。少女たちは互いの額をくっつけあって思い思いの告白をする。

「キスしちゃったね」「うん…」

「後悔してない?」「全然。むしろもっと早くこうしてればよかった、かな?」

「わたしもだよ。簡単なことなのにね」「そうだよね。こんなに簡単に気持ちって伝えあえるんだね」

見つめ合う二人の顔が鏡写しのように写り込んだ。燐の瞳は燐を、蛍の瞳は蛍を見ていた。なんだそういうことだったんだ。ようやく理解することが出来た。要するに自分を好きになればいいんだ。だから燐は、蛍は、自分を愛するために口づけをした。

 

――瞬間鏡が割れたような音が響く。

 

二人の唇は再び重なりあっていた。今度は深く強く互いの唇を求めあった。

「んっ……」少し音が漏れた。恥ずかしさを打ち消す様に少し舌を絡めて吸い合う。

後悔も唾液も想いもすべてを口の中で舌で混ぜ合わせて分け合った。ずっとこのままで居たかった、二人一緒でこの幸せな時間を共有していたい。

再びお互いの唇が離れる。少し、いや大分恥ずかしさがあったがそれ以上に幸せだった。好きな人と愛を確かめ合うことが出来て胸の内が熱く高鳴った。

 

(良かった…)

それはあの少女が発した最後の言葉。誰に向けて言ったのかは分からなかったが、幸せそうで儚い想いが詰まっているように聞こえた。

 

ふと気が付くと二人を模したモノもあのオオモト様似の少女も居なくなっていた。すべてが夢であったかの様に一切の痕跡を残すことすら残っていない。鏡のような物も、少女が持っていた手毬も残っていなかった。全てが忘却の彼方に行ってしまったかのように静まり返っている地下室。

結局あの少女は誰だったのだろう?もっと話をすればよかった。そして最後に届いた言葉。あれはどういう意味があったのだろうか?

二人はその場所を名残惜しいように暫く見つめていたが、やがて無言で手を取り合い地上に戻ることにした。帰り際ドアを閉める際、二人は暗闇の中に頭を下げた。特に意味などなかったがこれですべてを()()にしたかったのかもしれない。

 

かん…。かん…。

 

登りの梯子は下りに比べて更に体力を使うものだった。帰りも燐が先行して登って行くが、背後からの視線を感じて振り返ってしまう。

「……蛍ちゃん、何処見てるのかなぁ?」なんとなく嫌な予感がしていたが聞いてみる、

「何処って、燐のお尻だよ。パンツ可愛いよね縞々で」蛍はまだ梯子に手を掛けておらずペンライトで下から燐を照らしているだけだった。燐はカチューシャとお揃いのストライプ柄のパンツを身に着けていた。

「いやー!恥ずかしいから見ないでよぅ。ってなんで触ってるのー!?」蛍は何故か燐のお尻を撫でてしまっていた。

「さっきわたしのパンツ見てたからおあいこ。それに燐のお尻って引き締まっててつい触ってみたくなるんだよね」縞々で可愛いし、さっきと同じことを言う蛍。

「でも、わたし見るだけで触ってまではいないよー」燐はつい余計な事を言ってしまっていた。

「やっぱり見てたんだ。燐って意外とエッチだよね」「…蛍ちゃんのほうがエッチだよぉ……」撫でられ続けて恥ずかしさに真っ赤になる燐。

「ふふっ、そうかもね。でもわたしも燐に見られるの結構恥ずかしかったんだよ?今度は見せ合いっこしようか?」それには燐も首を振って拒否を示した。

 

燐はやれやれ、とため息をついてから、気を取り直して梯子を登ることに集中した。それでも蛍の視線がやはり気になってあまり力が入らない。すこし息が上がってしまうがそれは疲労からくるものなのか、それとも視線を感じてしまっているのか。

(あんなことしちゃったから意識してるのかな?蛍ちゃんが見てるだけで何か熱くなってきちゃうよ……)

蛍の方も意識してしまっていたが、燐の後に続いて懸命に梯子を登る。だが普段では考えることのない情欲で切なくなっていた。

(わたし燐と……キス、しちゃったんだよね?でも、もっと色々燐としてみたい……何かまだ足りないよ、燐……)熱に絆されたように視線を燐の縞々パンツに向けてしまう。梯子を登るたびに揺れるヒップに蛍は誘われるように釘付けになっていた。

(やっぱり蛍ちゃん見てるよね。これ以上何かされたら危ないもん色々と……。だから…)

と燐が覗きこんで蛍に声を掛けようとした時。

 

ぐらっとした感覚が鉄の梯子越しに伝わってきた。

ガタガタガタッ!学校全体が揺れ出した。

「なに?また地震なの!?」「きゃあ!」必死に梯子に捕まって揺れをやり過ごすことしか出来ない。ぱらぱらと暗闇の頭上から木の粉の様なものが降ってきて二人は戦慄を覚える。

幸い揺れはすぐ収まった。頭上にはそれ以上なにも降ってはこなかったので安堵のため息をつく二人。

 

「早くここから出ちゃおう!」もう視線とか気にする余裕はなく、燐と蛍は梯子を勢いで登り出した。ここだと不安定な足場だし、先ほどの地震が暗闇の閉塞感を隆起させて二人を焦らせたのだ。

だが頑張って登ってもまだ先が見えない。明らかに下りてきた以上に登っているはずのに出口の光さえ見えなかった。

(なんでまだ出られないの?異常な現象は全部終わったはずなのに!)燐の額に汗が滲んできた。底知れない恐怖と焦りが体力を奪っていく。

蛍は足を上げるのがやっとの状態になっていた。休憩したいのだが足を動かさないと闇に追い付かれそうで下を覗きこむことさえ出来ない。だがそれでも必死に梯子を登り続けた。

(折角、燐と想いを伝え合ったのに、こんなところで終わりたくない!)

限界に近い蛍の足を動かしているのは燐への想い、ただそれだけだった。

 

とん、とん、とん。

あの時のような音がした。体育館の時に聞いた毬をつく音がまた耳に響きだす。

(またあの音。オオモト様なの?)

二人はきょろきょろと辺りを見渡したがやはり方向が分からなかった。改めて頭上を見上げるとそこには今まで見えなかった天井が先にあった。行き止まりかもしれないが、確かめてみるべく天井まで必死に登る燐。辿り着いた天井は木で出来た板のようだった。試しに押してみると少し重くて引っかかる感触があったが、天井板が持ち上がって脱出口となった。

 

燐は残った気力を振り絞って地上に這い出た。即座に辺りを見渡してみるが、薄暗くて良く見えない。多分、旧校舎のどこかの教室だろう。何処の教室かはまだ分からかったが、そんなことよりも先にやることがある。

 

「蛍ちゃん、もう少しだから頑張って!」燐は出てきた穴に体ごと腕を突っ込んで蛍の手助けをした。その声に勇気をもらって蛍は最後の踏ん張りをみせた。

必死に登ってくる蛍の手を燐が掴んで引き上げた。勢いあまって二人は抱き合う格好になった。

「……はぁ、はぁ、はぁ。ありがとう燐……」息を絶え絶えにしながら蛍も階上に着いた。

蛍と抱き合いながらも改めて周りを見渡してみた燐、だが……やはり暗くてまだよく分からない。月明かりさえ差し込まない部屋で息を整えながら助かったことに今は安堵していた。二人は体を休めることだけ考えて互いの体をきつく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結局先週の土曜日には投稿出来なかったし、今回で終わりでもなかったーです。プロット出した時点で長すぎだと思ったけど色々詰め込みたくなっちゃうなあ。
今回はなんかエロレベルが高くなったせいかリテイクしまくっちゃったねぇ。ものすごく百合百合させたかったんだけど語彙力が足りなすぎる…。ちなみに少し前まで「ごびりょく」って呼んでました…学も無さすぎる…。本編では69はやってくれた二人ですけどキスは無かったので今回で入れてみたけど、やらなくてもよかったかなーとか思ったり。ギリギリのところで止めたほうがよかったかな?だがGLタグ付けている以上やるしかないってカンジでした。最後の最後まで取っておいても良かったけどねー。
今回のサブタイは……英語だと生々しい感じがしたので、本編リスペクトのフランス語にしてみたらよけいに生々しくなったでござる。まあ単なる思いつきなので深く考える必要はないかなーとか。

さてさて今度こそ、次こそがファイナルだと思ってます。拙い小説だけど最後まで書ききるぞー出来れば今月、いや来月頭までにはなんとか、かんとか。
それでは最終話でーー。


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trinity

何処かの教室のようだが授業の為の普通の教室ではなく用途別に分かれている特別教室のように見える。もっとも旧校舎には特別教室しかないのだが。
暗くて判然としなかったので、ライトの明かりを照らしてスイッチを入れてみた。
カチッと音はするが照明は点灯しなかった。燐は少しムキになって何度もカチカチとしてみるが明かりが灯すことはなかった。

仕方なくペンライトで辺りを照らしてみる。やけに殺風景な教室で少数の椅子と机、後は空っぽになった棚が幾つかあるだけでがらんとしていた。なんとなく天井を照らしてみると、肝心の蛍光灯が入っていなかった。

(なんで梯子を登った先がこの教室に出るんだろう?トイレの用具室から入ってきたはずのに)
首を傾げて考えてみてもこれまでの現象と同じで答えようがない。

一方、蛍は体を休めながら先ほど必死に登ってきた穴を見下ろしていた。教室の中が薄暗いので穴の中を見ても何も見えないが……地下からうめき声のような音が風に乗って聞こえてくる。あまりの不気味さに恐怖を感じて、慌てて地下への入り口を閉じる。その勢いで燐が少しびくっとしたが蛍は愛想笑いで返した。

「ど、何処なんだろうね、ここ、ちょっと埃っぽいかも」蛍は何事もなかったように辺りの様子を伺う。二人は思わず座り込んでしまっていたが、よく見ると埃だらけで靴も真っ白になってしまった。掃除した様子もないようだ。
「あまり長居する場所じゃないね。とりあえずここから出よう?」蛍の手を引いて燐が立ち上がる。蛍もゆっくりと上体を起こした。

教室のドアに手を掛けて出ようとするが音がするだけで開かなかった。
構造上、中に閉じ込められないように外から鍵を掛けても開く仕組みになっている筈なのだが。燐は教室の前にある、もう一つのドアまで走りよって開けようとするがこちらも開かなかった。
「やっぱり開かない。燐、そっちはー?」蛍はもう一度開けようとしてみたがやはり無理だった。
「こっちも、ダメ。ガタついているわけでもなさそうだけど……?」

「窓は……やっぱりダメだよね」燐はドアを諦めてると教室の窓にそっと近づく。
旧校舎にある殆どの窓には転落防止の為、格子がしておりここも例外ではなかった。
隙間から外をみると町の夜景が目に映る。下を覗きこむと校庭が見えるが、闇夜の為か結構な高さに見えて少し怖い。
首を回して上を見ると校舎の屋根らしきものがうっすらと見えた。どうやら3階の教室に居るようだった。

「ねぇ、燐、もしこのまま出られなかったらどうする?」蛍が何時の間にか隣に来ていた。二人はしばし窓からの夜景を眺めていた。
「どうするって、最悪、警察呼んじゃうとか?」大事になってしまうがいざとなったら止むを得ない。このまま学校で一晩明かすよりはマシだった。
「その手があったね。じゃあ少し安心かな?」ぽん、と手を叩いて納得する蛍。
「なるべく使いたくはないけどね」燐は苦笑いをしてしまう。

「今日って、普通の日だよね?一日でこんなに色々なことに遭遇するっておかしいよね?」
「そうだよねー。なんかずっとお化け屋敷の中に居るみたいだったよー」
「じゃあ結構楽しかったってこと?」「全然!もう逃げ出しちゃいたいぐらいだった」
「わたしもだよ」蛍は手を当てて微笑んだ。

「でも燐が一緒だったから大丈夫だったんだと思う。どんなに怖くても燐が居てくれたらそれだけで……」蛍が両手を差し出す。その手を燐はしっかりと握る。
「わたしも、蛍ちゃんが居てくれたから逃げ出さなかったんだと思う。蛍ちゃんと一緒だったから頑張ることができたんだ」
「でも……わたし達の想いが心霊現象っぽい?のを産み出しちゃったんだよね」
「うん……あの娘がそう言ってたよね……」
「じゃあ、結局この七不思議ってなんだったんだろうね?」
「…………」蛍は答えることが出来なかった。七不思議の噂を元に自分たちの想いが七不思議そのものを作り出したということになる。正直言って訳が分からなかった。

「でも……」
「ん?」
「でも、もう、変な事は起きないんじゃないかな?ほら、なんかこう、想いに気づいちゃったったというか……」
「あ。そうだよねえ、一応除霊?みたいなのした、よね?確か……」と燐は思い出したように同意したが、ふと蛍との行為も思い出してしまっていた。
(そういえばあの時、蛍ちゃんとわたしは……)顔が熱を帯びてるのが分かる。蛍と顔を合わせる度に唇が視界に入ってドキッとしてしまう。
「燐……」蛍が指を強く握ってくる。繋いだ両手を下げて見つめ合う少女。この体勢だと自然と顔が前に出てしまう。それはお互いに分かっていたことだった。

雲に隠れていた月が微かに室内を照らす。二人の影は寄り添う様に重なって。

「わたし蛍ちゃんのこと大好きだよ。綺麗な蛍ちゃんとずっと一緒にいたい」
「燐……大好きだよ燐。ずっと、ずっと前から好きだった」

月が二人を映し出す。二つの影と二人の少女が一つになった。
三度、柔らかい感触を唇から味わい合った。その行為には理屈はなく、ただもう一度確かめたかっただけなのかもしれない。

(嘘じゃなかったんだ、全部本当の事だった。だって同じなんだもの。あの時と同じ燐の味……)蛍は全てを忘れて夢心地になっていた。それは燐も同じで快楽の坩堝(るつぼ)の中にいた。

吐息と舌と唾液を絡ませ合う行為に没頭する少女達。
例えこのままここから出れなくても、時が永遠に止まっても良かった。ずっと二人でこうして唇を通わせているだけで何も必要としなかった。


「やっぱり仲が良いわね」二人の世界に割って入るように聞き覚えのある声が室内に響く。

二人は幻想から現実に戻されたように静かに瞳を開いて、名残惜しそうに唇を離し、余韻に浸ったまま声の方を向く。暗闇の教室の中に外の光が入りこみ、見覚えのあるシルエットを浮かび上がらせる。

「「オオモト様!?」」二人は抱き合ったままその名を呼んでいた。






「オオモト様!!」二人の前に姿を現したのは、あれほど探していたにも関わらず見つけることができなかったオオモト様だった。

 

「こんなところに居たのね。放課後は情事の時間ではないわ。でも二人が仲良くしてるのは良い事ね」オオモト様は一応釘を刺しつつも、優しい笑みを浮かべていた。

 

「情事って……あ、ごめん、燐!」「はうっっ!こっちこそごめんね蛍ちゃん!」二人はようやく恥ずかしさに気づいて慌てて距離を取った。そして何故か二人で謝りあった。

 

「えっと、た、たしかドアが開かなかったんですけど?」「そ、そうどんなに頑張っても開かなったんだよね」動揺しながらも弁明をしてしまう二人。

「……そう」オオモト様は怒ってはいないようだがなんとなく気まずくなってしまう。

 

「ご、ごめんなさい何といいますか、その……」「つ、月が綺麗だったからそれで……」

「そういう隠語もあるわね。燐も蛍もとっても綺麗で可愛かった」二人の頭を撫でてくるオオモト様。色んな意味でとても恥ずかしかった。

 

「もう学校に残っているのはあなた達だけよ。今日はこれで下校しましょう」

「はい…」「わかりました…」

気恥ずかしさで膠着している燐と蛍に向きなおる。

「大丈夫、二人の事は誰にも言わないわ」

「あ、ありがとう、ございます…」「…………」そんな事言われると余計に意識してしまって恥ずかしさが増してしまった。後悔はないのだが。

 

二人は俯きながらもオオモト様に促されて教室を後にする。何の教室だったんだろうとドア上部にあるプレートを見て蛍は驚愕する。そこには「新聞部」のルームプレートが付いていた。蛍が上を向いて固まったままなので、燐は不審に思って同じように上を見上げる。燐は目を丸くして同じように膠着してしまった。ここは新聞部の部室だったのだ。

 

「でも中に何も無くなってたよ!?それになんで部室に出てきちゃうの?」今は部員二人とは言っても創設以来続いてきた部なのだ。中には様々な資料や備品がぎっしりと棚に詰まっていたはずなのに。確かにめぼしいものは無くなっていた。

そして地下室から3階の新聞部の部室まで上がってきていたのだ。構造的におかしいことだったがそれを説明してくれるものはなさそうだった。

 

全ての答えを知っているような気がして、二人は思わずオオモト様の姿を見つめてしまう。オオモト様はあの手毬を持っていた。地下であった少女と同じ模様の手毬を……。

深いため息をついた後。

「この旧校舎は……」と言いかけたところで足元が揺れる感覚がした。

 

「また地震……!?」「今日は地震多いよ!」二人は思わず手を取り合って近くの壁に寄りかかった。

 

「これは地震じゃないわね。もう持たなくなってきている」

 

「え?」オオモト様が言ってることが分からなかった。地震ではないとしたらこの揺れの原因は何だと言うのだろうか?

 

「まさか悪霊とかの仕業とか言いませんよね?」揺れの激しさ焦って、ついオオモト様を問い詰めてしまう。

「……」

その無言が肯定していると受け取ってしまって燐も蛍も青ざめてしまう。

 

(今更悪霊の仕業とか。でもそう思ってもおかしくない現象ばっかりだったから)蛍は逡巡してしまっていた。

 

そうしてる間にも校舎はギシギシと揺れていた。身の危険を感じるほどの揺れ、その場に留まることを本能で嫌がるほどに危険な予感がしていた。

その時。

バキバキと何かが裂けたような音がして立ち竦んでしまった。何事かと思っていると突然天井から梁の様な巨大な木材が裂け落ちてきて3人とも声を上げることすら出来なかった。

重量感のあるものすごい音と、埃が舞って事態の深刻さを認識した。

その瞬間、廊下の照明が全て消え非常灯だけになってしまった。

 

「二人とも早く脱出しなさい!」オオモト様が珍しく叫んだ。その切羽詰まった様子に我に返る燐と蛍。

 

「わ、分かりました!蛍ちゃん!」「うん!」二人は頷き合うと手を取って崩壊しつつある校舎から出ようとする、が…。

 

――オオモト様はその場から動いていなかった。目を伏せて手毬を撫で続けている。

 

「何してるんですか!?」「オオモト様!」二人の悲痛な叫びを聞いても微動だにしない。

 

「……わたしはここに残るわ」静かに言い放つオオモト様。

 

「どうしてですか?」蛍は疑問を投げかける。

こうしている間にも揺れは収まるどころか徐々に強くなってきているようことが足元から感じとれた。頭上からは木の粉が雪の様にぱらぱらと降ってきていた。

 

「……」それでもオオモト様は動こうとしない。

蛍はあの地下であった少女と何か関係があるのでは思っていたが何も言えずにいた。

 

「もうこうなったらっ……!」燐と蛍は頷き合ってオオモト様の元へと引き返す。そしてその腕を両側から無理やり絡めた。

「あなたたち何を……!」両脇を二人に抱えあげられて明らかに動揺しているオオモト様。

 

「いくよ!」「うん!」

燐と蛍はオオモト様の両脇を挟んだまま走り出す。建物が揺れていて不安定な中、3人一緒に横一列で走りぬける。廊下や壁の木材の軋む音がして焦燥感を煽る中、ひたすらに出口を目指す。時折壁にぶつかりそうになり手をつきそうになるのだがギリギリのところで重心を取っていた。

オオモト様が軸となり二人に負担を掛けさせないようにしていたのだ。

 

昇降口に近い階段から2階に下り、後は1階の昇降口に向かうだけなのだが……。

1階の踊り場の先が何も見えないことに燐は違和感を感じていた。

「蛍ちゃん、待って!!」燐は叫んで制止を掛けた。踊り場で踏みとどまる3人。慌てて階下にペンライトを向けると……。

 

――1階の階段が無くなっていた。

さっき凄い音がしたのはここの階段が崩れ落ちた音だったのだ、と理解した。

 

「そうだ、もう一つの階段に!」と燐が身を翻そうとしたのだが足元がぐらっとなった。3人が立っている踊り場は既に支えを失っていて今にも落ちそうな場所だったのだ。

 

「ど、どうしよう燐……!」一刻の猶予もない。燐は素早く決断する。

「飛び降りるしかないよ!3人で一緒に飛ぼう!」確かにこれしかない、だが気がかりなことがあった。二人は思わず真ん中のオオモト様を見てしまう。今の体制だと着地の際にかなり危険を伴うことになる。それにタイミングを合わせないと飛ぶ前に床が抜ける恐れがあった。

オオモト様は暫く目を伏せて黙っていたが、ため息をついて観念したように口を開いた。

 

「……分かったわ。3人で行きましょう。でもその前に…」二人に抱えられた腕をゆっくりと解いて手にしていた毬を見つめる。色とりどりの毛糸であしらわれた綺麗な手毬、あの少女と同じ毬。

少し悲しそうな目で見つめているとその刹那――

 

ぽーんと上に投げ放った。一瞬の事だったので声を掛ける間もなかった。燐と蛍はその手毬の軌跡を口を開けたまま見届けることしか出来なかった。

 

手毬は何処かに引っかかったのか落ちてくることはなかった。

「これでいいの。元々わたしの物ではなかったから」

あの手毬は毒と言っていた気がしたがその事を質問する気はなかった。何よりそんな余裕はなかった。

オオモト様は手毬を失い手ぶらになった両手で燐と蛍、二人の手を片方ずつ握って微笑む。

 

「燐。タイミングは任せるわ」「わたしも燐に任せるよ」

「うん。分かった!じゃあ時間もないし即、行っちゃうよ!1、2、の3!!」正直カウントを数えることすら煩わしいほど焦ってはいたが燐は律儀にもカウントした。

 

そのカウントに合わせて3人は闇の中に飛び降りた。暗闇の中、飛んでいるのか浮いているのかさえ分からない。1秒にも満たない浮遊感ののち着地への恐怖と衝撃が襲ってくる!

 

……はずだったのだが重力が無くなったかのようにふんわりと着地出来た。まるで木から葉っぱが落ちるように緩やかな接地感だった。

燐と蛍は声も出せず顔を見合わせていた。そしてオオモト様を見る。その落ち着いた様子を見て二人は察してしまっていた。

 

「……ここは危ないわ。早く出ましょう」二人の頭上からオオモト様の声が届く。その声に我に返った2人はオオモト様の手を固く握って出口に急いだ。

昇降口は開いたままだった。月明かりが差し込む中、微かに外の景色と校庭が見える。

3人は手を取り合って校舎から飛び出した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」

燐も蛍もオオモト様さえも荒い息を上げながら出来るだけ校舎から離れるように懸命に走る。

 

校門近くまで来て燐はようやく足を止めた。それを合図にして3人の脱出はようやく終わりを迎えた。

滝の様に汗をかいて荒くなった呼吸を整える。蛍は校門に体を預けて今にも倒れ込みそうだった。オオモト様も……流石に余裕がなかったようで蛍の隣で体を休めていた。

 

休憩の最中、燐はあることにようやく理解が出来た。自身の左手を握ったり開いたりしてあの時の感触を思い起こそうとする。

(あの時トイレで握った手。あれって多分オオモト様だ。でもどうして?)

長い黒髪を揺らしながら息を整えているオオモト様を見る。こちらを振り返ると優しく目を細めて微笑んでくれた。

 

「あれ?学校大丈夫みたい、だね」すっかり校門前に座り込んだ蛍が旧校舎を指さした。

 

さっきの揺れの影響で旧校舎が崩壊してしまうのかと思っていたのだ。現に逃げる時も一部が崩落していたので無理もなかった。

 

「木造って耐用年数が20年ぐらいじゃなかったっけ。流石にもう危ないんじゃない?」燐のいう耐用年数とは不動産としての価値の年数のことであって、建物のそのものの寿命とは違った意味になるのだが。

「木造でもその構造を理解して適切なメンテナンスすることで長く使うことができるのよ」すっかり回復したオオモト様が二人の話に加わった。

 

「でも存続か……それとも、解体かで意見が分かれていたの」

 

「じゃあ新聞部の中が空っぽになってたのって、もしかして!」燐が思わず叫んでしまっていた。話の腰を折ったようで何とも気まずかったがオオモト様は気にすることなく話しだす。

 

「そう、明日から解体の為の検分が急きょ決まったの、だから今日の内に目ぼしいものは新校舎の方に移しておいたわ」それを聞いて納得した。道理で旧校舎に立ち寄る人を見かけないし、部室の中がさっぱりとしているわけだ。

 

「じゃあ結局解体ってことですか?」蛍は残念そうに尋ねる。

「そうではないわ」オオモト様は首を横に振る。

 

「むしろ今回の一件で校舎が教えてくれたのよ。脆くなって直さなければならない箇所をね」つまりあの地震のようなものは校舎自体が震えていたものだと言いたいのだろうか?校舎が確固たる意思を持っているかのように。

 

「もしかしてわたし達が異常現象を体験した場所も何らかの構造上の問題があったってことですか?」燐は首を傾げながら発言する。

「恐らくね」

 

「どうしても老朽化は避けられないわ。だからと言って壊してしまえば、もう元には戻すことはできない。似たようなものを作っても思い出や情感、材質さえも違うものになってしまう」

 

「だから解体前に校舎が教えてくれたのね。ここさえ直せばまだ使える。壊さないで欲しいって……」オオモト様はその木造の校舎をまっすぐに見据えていた。昔から知っているかのような温和な眼差しで。

 

「でもわたし達の想いっていうか歪みみたいなものがこの現象を起こしたって地下にいたあの娘が言っていたよね?幻だったのかもしれないけど……」

「うん。そんな事言ってたよね、蛍ちゃん。わたしも覚えてるよ」

二人はあの地下であった少女に言われたことを思い返していた。歪んだ想い。それは二人に極僅かにあった心の迷いのようなもの。だがそれは誰しも持ち得るものではないのだろうか。何故二人の想いだけが形となったのだろう。

 

「……ここの地下に昔、防空壕が作られていたって知っているわよね?」前を向いたままオオモト様が口を開く。

 

「はい」二人は同時に頷いた。

「えっと、その後はなんか恋人たちの秘密の場所として使われていた?みたいですね」エッチな事とかには使われてないはず……と燐はぼそっと小声で呟く。

 

「あそこでは色々な事があったみたい。逢引に使われるだけならまだいいけど、中には神隠し的な事案もあって行方不明になった生徒がいたらしいの」オオモト様は眉根を下げてため息をついた。

 

「ええっ!」余りの事に蛍は驚いてしまった。

 

「それは最後まで未解決のままだった。それからはあそこは、半永久的に閉鎖されて一部の人しか存在を覚えていない場所となった。でもその想いの欠片がまだ残っていて校舎に影響を与え続けたのかもしれない……」

 

二人は顔を見合わせてなんとも言えない気持ちになっていた。もしかしたらあの地下室には行方不明になった生徒の身柄がまだあるかもしれないのだ。そう思うと夏なのに寒気がして燐は身震いを起こす。

 

一方、蛍はその行方不明になった生徒とあの少女はイコールではないと考えていた。

少女は生徒という感じはしなかったし、何より蛍たちより幼く見えた。それに何故かオオモト様に似た格好をしていたのだ。つまり少女とオオモト様には何かの接点があるはず。そしてそれこそが全ての謎を解くカギになるのではないかと思ってはいた。

 

――でもその事を今はオオモト様に聞くことはしなかった。二人ともそんな事は望んでいなかったし、何よりも今は、校舎から出て3人が無事だったことだけで十分だったのだ。

謎の解明とかに使うリソースはもう今日の分は残っていなかった。

 

月明かりに照らされて木造の校舎がまるで神殿のように幻想的な風景を作り出していた。その光景を3人は言葉もなく眺め続けているだけ。

解体かどうかの判断は自分達には分からないし、校舎の意思的な物も何も感じ取れなかった。

だがとりあえず、今度こそすべて終わったんだと燐も蛍も安堵のため息をついた。

 

――長い長い放課後。

ようやく解放された少女達は帰宅の途につくことしか今は頭になかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次でファイナルと言ったな、アレは嘘だ………った……。なんか9話だと半端な気がしたので10話で完結としたいですー。
……本当は気力が続かなかったので投稿して少し楽になりたかっただけなんですけどねー。

今回もつらみでした。書ける時とそうでないときの差がデカいでかいですわー。@1話分のネタは残っているのだろうか?最終話は短めになりそうですね。
次回こそファイナルにしたいです。



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Blue door house

――20:28――

スマホの画面が今の時刻を映し出していた。

時間を確認して二人の少女はガックリと肩を落とす。

帰りの電車は動いているが最寄駅が比較的近い燐はともかく、蛍は終点が最寄り駅なのでこの時間だと家に着く頃には真夜中になってしまう可能性があった。
これといって特に用事があるわけではないが、家までの道のりがやけに億劫に感じる。

顔を見合わせて溜息をついてしまうが、家に帰らないことには疲れがとれそうになかった。

おまけにお腹もすいてるし……。

オオモト様は宿直なのか暫くすると学校の方に戻って行ってしまった。
「今日はお疲れさま。二人とも今日はもう帰ってもいいわよ」
そう一言告げられただけで解散となった。

結局肝心なことは何も分からないままに学校を後にしてしまう。後ろ髪引かれる思いはあったがこれ以上何もできそうになかった。ただ慌ただしい一日が終わったのだった。

駅までの道を並んで歩く、疲れの為なのか二人はずっと無言のままだった。

ふと、ラーメン店の明かりが目に入った。ネオンの灯りが誘っているように見えてしまい、思わず立ち止まってしまう。つい食べた時の事を妄想する。
すると不意にお腹がぐーっとなってしまって燐はとても恥ずかしかった。

「せ、折角だから食べていこうか?今日は色々あって体力使っちゃったし」恥ずかしさを誤魔化す様に燐は提案する。
「うん、いいね。わたしもペコペコだよ」蛍は燐の様子ににっこりと微笑んだ。

迷うことなくラーメン店に足を向ける二人。
ついでに餃子も頼んじゃおうかと期待に胸を膨らませつつ入ろうとしたそのとき――

ピッ、ピッ、とクラクションに呼び止められる。

音の方角に顔を向けると強い光に照らされて視界が一瞬白く染まった。
蛍は思わず手で覆って目を細めると、軽自動車のヘッドライトが二人を照らしているのが見えた。

そして。

「二人とも駅まで送ってあげるから寄り道しないで帰りなさい」とオオモト様の声がした。

てっきり学校に居残るのかと思ったのだが二人の後を追いかけてくれたのだろう。
ネイルピンクのボディに白のルーフのツートーンカラー、丸みを帯びた女性向けデザインのキュートな軽自動車。それがオオモト様の愛車のようだった。

燐と蛍がバツが悪そうにこっそり車に近づいた。寄り道ぐらい誰でもやってそうだが、いざ見つかると何となく気まずいものだった。だがオオモト様は怒ってる様子もなく、二人に微笑んでいた。
「さあ、早くお乗りなさい。ここで停車してると迷惑になるわ」オオモト様は催促するが特に慌てている様子は見受けられない。

「し、失礼します…」蛍は車の後部座席のドアを開けて乗り込もうとする。その様子に燐が慌てて声を掛けた。
「あ、わたしが後部座席に乗るから、蛍ちゃんは助手席に乗りなよ~」と助手席側のドアを開けて乗るように促した。
「大丈夫。燐が助手席に乗って、ね」と、二人で席を譲り合った結果……。

「やっぱり、仲が良いわね」オオモト様はバックミラーで後部座席を視認して微笑む。

「蛍ちゃん、本当にいいの?」
「うん。何かこうして並んで座ってると朝の電車と同じで安心するんだ」
「そっか、実はわたしも、行きも帰りも一緒だもんねー」

燐と蛍。手を握り合い、通学の電車の時の様に仲良く後部座席に座っていた。










二人はそれぞれスマホで電話を掛けていた。家に連絡しておいた方が良いとオオモト様に言われたのだ。今日は泊まっていくとの連絡をしておいた。車外はすっかり雨模様で水滴がサイドウィンドウに張り付いて滴り落ちていく。

 

オオモト様の車に乗り込んだ直後、ポツリ、ポツリと小雨が降ってきていた。駅まで送ってもらう予定だったが、雨脚が強くなってきたのと、少女二人を夜遅くに帰すのは危ないとのことでオオモト様の提案で今晩は家に泊めてもらうことにしたのだ。

 

オオモト様の住まいは郊外にある一軒家で昔は旅館をやっていたらしい。話には聞いたことがあったが実際に行ったことはなかった。

 

雨の中、夜の運転ということで燐も蛍も気遣ったが、オオモト様は”何時もの事だから”と気にする様子もなく雨に煙るネオンの街を運転して行く。

後部座席にいる燐と蛍はひそひそと話し合った。

「オオモト様って運転上手なんだっけ?」

「いつも車で通勤してるみたいだから大丈夫とは思うけど……」

バックミラーに映るオオモト様を表情を伺ってみる。普段と同じように落ち着き払ってるように見えた。

やがて車は煌びやかな町並みから抜けて、鬱蒼とした木々に覆われた山道を進むようになった。当然外灯も少なくなり夜を感じられるようになった、

 

オオモト様の運転にある程度安心出来たのか、蛍は燐にようやく声を掛けることができた。

「やっぱり旧校舎って取り壊しなのかな。その方が後々の為にも良さそうだけど、なんか勿体無い感じがしちゃうね」

「うーん。耐震の事もあるし、何より曰くつきだしねー。でも最近はリノベーション?とかして再生利用するんじゃないの?」燐は前にテレビで見た再生物件のドキュメント番組を想像していた。最近はネタが切れたのかたまにしかやらなくなったようだが。

 

「あの校舎は多分、大丈夫よ」不意にオオモト様が会話に加わってくる。

「……なにか根拠があるんですか?」蛍がもっともな疑問を投げかける。

 

「あそこの地下にはもう一つ秘密があるの。昔、外宇宙からの生命体がこの地に移り住んだ最初の場所なのよ」

 

オオモト様の言葉に燐も蛍も思考が停止してしまった。元々浮世離れしていると思ってはいたが宇宙人等という言葉が出るとは流石に想像付かなかった。

 

「あ、あはは……」なんとなく気まずくなって乾いた笑いを返す燐。これで少しは場が和めばよいのだがと割と必死の行動だった。

 

「――冗談よ」オオモト様はポツリと発した。

二人の少女は大きなため息をついた。冗談なのか本気なのか……何にせよ会話が更に途切れてしばし無言の空間が出来た。

少し寒気を覚えてきたのはエアコンのせいだけなのだろうか。

 

――

 

「ぅぅん……」燐はゆっくりと薄目を開けた。

何時の間にか寝てしまっていたらしい。

微睡の中、隣を見ると蛍がすやすやと寝息を立てているのが目に入った。それでもお互いの手はしっかりと握られている。

 

「もう少しで着くわ。まだ寝てても大丈夫よ」オオモト様はしっかりと運転していた。夜の雨の中でもスピードは一定を保っていた。

「ご、御免なさい、つい寝ちゃってました」燐は弁明してミラー越しにオオモト様の顔を伺ったが気にした風もなく微笑みをミラー越しに返してきた。

 

すっかり覚醒してしまった燐は何となく景色を眺めていた。街頭一つない山道なので今、何処辺りなのか分からないが、ただ黒い闇の先をぼーっと眺めていた。

ヘッドライトが夜道を照らすが雨によって光が遠くまで届いてはないようで視界は狭く、フロントガラスには真っ暗な世界しか見えていない。それでもオオモト様には緊張感が無いのか無言でそして何故か楽しそうにステアリングを握っていた。

 

暫く車内に沈黙が続いた。車内はラジオの音すらついていない為、聞こえるのはワイパーの規則的な機械音と安らかな蛍の寝息だけだった。

 

「今日は楽しかったかしら?」その沈黙を不意にオオモト様が破ってきた。

唐突に告げられたので何を言っているのか燐は理解が追い付かなかった。

今日は一日散々な目にあったのに一体何を言ってるんだろうと少し訝しげに思ったが。

「え、えっと、あんまり楽しめませんでした」と愛想笑いで返した。

 

「……そう」少し残念そうに眉根を寄せる。

 

「わたしは楽しかった。あなた達が手を引いて連れ出してくれた時、久しぶりにドキドキしたわ。わたしが不甲斐なかったから庇護欲が出たのかしらね。それでも嬉しかった」

ハンドルを大きくきってカーブを曲がる。なるべく振動は与えないように気をつかった運転をしていた。

 

「オオモト様…」少し胸が締め付けられる思いがした。

あの時は二人にそこまで深い考えはなかった。ただこのままだと後悔するとは思って必死に手を繋ぎあい3人一緒に逃げ出すことが出来たのだ。

 

「人は生きている限り何かを失っていくわ。それは仕方がないこと。でもそのままでいいなんてことはないのよ」前を向いたまま伏し目がちに言葉を紡ぐ。

 

「燐。あなたは愛されている」バックミラー越しに一瞬オオモト様と見つめ合った。黒檀の瞳の奥が揺れているように見えた。

「えっ!?」燐が目を丸くして驚くと、同時に車のブレーキが掛かる。少し体ががくん、と揺さぶられた。

 

「さあ、着いたわ」オオモト様がこちらを振り返って声を掛ける。

一軒家というには大きな建物があった。これがオオモト様の自宅なんだろうか。

シートベルトを外して外に下りてみる。雨はだいぶ小雨になっていた。雨音で遮られていた虫の声が夜風に乗って耳に届くようになった。

「ここが…」

「そう、わたしの家。前はちゃんとした旅館をしていたのだけど、今は休日だけ外国人向けのゲストハウスのような事をしているわ」

学校の先生をしているのに休日に民泊も運営してるなんてそうそう出来るものじゃない。改めてオオモト様の底知れなさに感心してしまう。

 

「それより、燐。蛍を起こしてあげて、すっかり寝入ってて可愛そうだけど」まだ車内で寝ている蛍を二人で見てしまう。やすらかな寝顔が映っていた。

「蛍ちゃん。起きて、もう着いたよ」肩を少し揺さぶって起こそうと試みる。

「う、うーん……」身をよじるが反応は薄い。

「蛍ちゃんー、起きてよー」少し強く揺さぶってみるがまだ覚醒してくれなかった。

 

その様子を見たオオモト様は少しからかうように微笑んでから。

「眠り姫を起こすのは王子様のキスじゃないかしら?」と提案してきた。

 

「ええっ!」再び燐は驚いてしまう。

(そういえばオオモト様に見られちゃったんだっけ。なんであの時……うー、そんな事より!)

燐はあの時のことを思い出して耳まで真っ赤にしてしまう。だがそのことで蛍の顔、そして無防備な唇を意識してしまっていた。

よく見ると蛍の唇は微かに震えている。まだ寝ているのか、それとも……?

そのことに燐は気づいていなかった。

 

「蛍ちゃん…」燐は蛍の手に優しく左手を重ね合わす。蛍がぴくっと微かに反応していた。右手で前髪をかき上げる。瞳を閉じたままの無垢な蛍が目に映る。

(やっぱりオオモト様が見てる前でするなんて在り得ないよ……。それに普通に起こせばいいだけの事だよ、ね)

それでも物欲しそうな蛍の唇を見ているとたまらなく愛おしくなり、燐は思わずそっと顔を近づけていた。そして燐は……。

蛍のくちびる……ではなく、少し上気した頬に燐は唇を押し当てた。頬へのキスは唇同士とは違ってそこまで恥ずかしくはないのだが、オオモト様に見られているせいかそれでも十分すぎる羞恥心があった。

「ちょっと違ったけど、ありがとう、燐」

蛍が瞼を開いて目を覚まして照れたように微笑んだ。燐はその様子に慌てて唇を離す、が。

「ちょっと違うって……?もー!蛍ちゃん。やっぱり起きてたんだねー」

 

「ごめん。燐がどうするか見てみたかったんだ」ペロッと舌をだす蛍。

「そうね。好きな人がどうするかは気になるところだものね」オオモト様まで囃しててくる。

「も~。オオモト様まで~」顔を真っ赤にして両手をぶんぶんと振って照れ隠しをすることしか出来ない燐。でも何故か幸せを感じていた。

 

「それにしても、オオモト様の家って、大きいですね」

車から出た蛍は元は旅館だった家をぐるりと見渡した。外観は古そうに見えるが庭も含めて手入れはしてあるように見える。駐車場も十分な広さは確保してあった。

「蛍ちゃん家も結構大きいと思うけどなー」

燐は先ほどの恥ずかしい行為から少し立ち直っていた。

 

「わたしの家はほら、無駄に広いだけだから……オオモト様の家は旅館をやってるんでしたっけ?」

蛍の家はオオモト様の家より更に大きい敷地だった。もっとも増改築を繰り返した末の大きさだったので少し歪な外観になってはいたが。

 

「そうよ。今は休みの時だけにしてるわ」

「旅館の名前ってあるんですか?」

「昔はちゃんとした名前があったんだけど、今は、”青いドアの家”って呼ばれているわね。ほら」と、オオモト様は家のドアを指さした。

今は夜の為、少し分かりずらいが、確かにドアは青色をしている。名前になるほどだから日中でみたらもっと素敵な青に見えるだろうと蛍は想像してみる……。

 

――突き抜けるような青空の下。鮮やかな青に彩られた古民家風の旅館……夏の山の風景にぴったりマッチングしている。

 

明日の朝の風景が楽しみになった。

 

「ここで立ち話も雨に濡れるだけね。さあ、お入りなさい」

と不意にオオモト様は燐の腕をとって歩き出す。

「え?ちょ、急に何するんですか」燐は突然の出来事に動揺したまま引かれるがままだった。

 

「うふふ、学校の時にこうしてくれたから、今度はわたしがしてあげるわ」

オオモト様は意地悪そうに微笑んだ。

「それに……わたしもあなたを愛している」

腕を絡めたままさらっと告白をしてくるオオモト様。

 

「ええっ!!」燐と蛍、二人して同じタイミングで驚いてしまった。

 

「――そんな!オオモト様、り、燐は、わたしの燐ですっ!」

駆け寄ってきた蛍も燐に腕を回してしがみ付いてくる。

燐はそんな二人に成すがままに振り回されるだけだった。

 

「あのー?なんか二人ともすっごく密着してくるんですけどー?」

ぐいぐいと両サイドから迫ってくる蛍とオオモト様。二人の豊満なバストが両脇から押し付けられて、なんとも言えない柔らかさとコンプレックスからくる、胸囲の格差社会を感じてしまっていた。

 

燐と2人の両手に花状態でオオモト様の家”青いドアの家”に3人で入る。オートライトの玄関で中は広く内装はリノベーションしたのかとても綺麗で新築のようにも見えた。

色々準備があるからと燐の腕からオオモト様が離れる。白檀の残り香が名残惜しそうに手についていた。

 

「はーぁ、今日は色々あったけど最後は大満足だったねぇ~」

「そうだよね。すっかり、オオモト様にお世話になっちゃったね」

「うんうん。美味しいものも食べたし温泉にも入っちゃったしねぇ。ちょっとした修学旅行みたいだったかも」二人とも幸せそうに余韻に浸っていた。

 

燐と蛍に宛がわれたのは2階にある宿泊客用の部屋で、ダブルベッドを完備しており壁にはテレビが、冷蔵庫、エアコン、ソファーと一通り家具が揃っていた。

温泉が自慢の旅館だったようで、実際、内湯だけでなく露天風呂もあった。それに小さいながらもサウナも完備してあった。二人は誰も居ないを良い事に風呂で大層はしゃいでしまっていたが。

 

料理も”余りものしかないけど”と言っていたが3人で食べるには多すぎるほどの食事を用意してくれた。オオモト様の手料理を食べたのは初めてだったが、とても美味しく格別な時間を楽しく過ごすことが出来た。

 

「この時間でも、まだわたし家についてないかも」蛍はベッドに座り込んで手にしたスマホで現時刻を確認する。すでに日付が変わりそうな時刻になっていたが、それでも家に辿り着けるかどうか怪しいみたいだった。

 

「それはそうと蛍ちゃん。なんで一緒のベッドで寝ているの?隣にちゃんとベッドあるのに?」何故か蛍は燐と一緒のベッドに潜り込んでいた。

 

「今日は燐と一緒に寝たいな、って。ダメかな?」

「ダメじゃないよ。わたしも蛍ちゃんと一緒に寝たかったし」

「そっか。なら良かった」にっこりと微笑む蛍。何らかの意図がありそうだったが燐は特に気にしなかった。

 

「オオモト様の家って今でも旅館っぽいことやってるみたいだけど、結構綺麗な部屋だよね」

二人とも着替えを持っていなかったので旅館で使っていた頃からの愛らしい浴衣に袖を通していた。制服で寝ても良かったのだが折角だからと貸してくれたのだ。ちなみに制服は洗濯してもらっていた。

 

「完全予約制にしてるんだって。わたし結構こういうのって興味あるんだよねー。隠れ家的な温泉宿の若い女将さんって感じで」

蛍は燐が女将となって可愛らしく働いているのを想像して不覚にも噴き出してしまった。

「あー!もう蛍ちゃん。わたしだって女将さんぐらいできるんだからねー」

ぷう、と燐は少し拗ねたような仕草をする。その様子も可愛らしかった。

 

「ふわぁ~、そろそろ寝よっか、って蛍ちゃん!?なんで浴衣脱いでるの。暑いならクーラーつけようか?」

「ん。大丈夫だよ。ちょっとサイズが合わなかったのかも……」蛍はゆっくりと浴衣の帯を解いていく。確か浴衣を選んだのオオモト様だったのでサイズ違いはまずない気はしたのだが。

薄暗い部屋の中で全裸になる蛍。少し恥ずかしそうな表情を見せるが、まっすぐに燐の瞳を見つめ返していた。

「んー、わたしも慣れない浴衣だからイマイチ着心地がよくないかなあ?それに夏だし蛍ちゃんしか見てないからいいかな」言い訳じみたことを言って燐も浴衣の帯を緩める。

恥ずかしそうに目を伏せて浴衣を脱ぐ燐。

二人の少女は一糸まとわぬ姿になっていた。そしてベットの上で折り重なるように抱き合う。お互いの鼓動と体温が伝わって交じりあっていく。

 

「燐はやさしいね」

「どうして?」

「だって一緒に裸になってくれたし」二人は至近距離で見つめ合った。瞬きすら忘れるほどに。

「蛍ちゃんとこうしたかっただけだよ。それに……()()()に書いてあった、よね?」ぎゅっと抱きしめる。柔らかくて良い香りの圧迫感がとても心地よい。

 

「――燐。知ってたの?」蛍は雷に撃たれたように動揺した。その衝撃は抱き合ってる燐にも切実に伝わってきていた。

図書室で見た本に書いてあったこと……燐と二人でこうなることを予知したような内容だった。結果、それは当たっていたのだ。そして最後のページに書かれていた二人の姿は……。

「裸で抱き合っていた。そういう事だよね」燐は蛍をあやすように背中をさする。蛍から少し動揺が抜けてきた。

「うん。だから裸になってみたんだ。もしかしてわたし達、まだ踊らされてるのかな」蛍は苦笑いして微笑んだ。激しくなった鼓動は落ち着いてきたようだ。

「それでも良いんじゃない。だって蛍ちゃんの事大好きだしね」

「燐……」蛍の鼻と燐の鼻が触れる。瞼を閉じる蛍。それを見た燐は薄くため息をついて。

 

「……だーめ」と、キスを回避する代わりに蛍を強く抱きしめる。

期待していたことと違っていたので呆気に取られてしまった。

「だって、本には抱き合う姿しか書いてなかったでしょ?……それに、キスなんてしたら興奮して余計に寝れなくなっちゃうよぉ」

”キス”って言葉を口にするだけで燐は胸が熱くなってしまっていた。

 

「もう。燐の意地悪……」

蛍は代わりに燐の首元にキスをした。跡が残るように少し強く吸い付いてくる。

 

「ん、もう、蛍ちゃんのエッチ」

「むちゅっ。……だってこうでもしないと燐のこと取られちゃいそうなんだもん」蛍は何度も何度も首元にキスの雨を降らす。

「あ、んっ…蛍ちゃん。取られるって誰……に?」

「オオモト様……だけじゃないよ。燐って結構モテるよ、ね……」首筋に沿って舌を這わせる蛍。そして燐の耳元に吐息を掛ける。

 

「や、蛍ちゃん耳はダメ……だよぉ。わたしそんな事ないよぉー」耳への刺激で自分の声が頭のなかで反響しているかのようになっていた。

 

「わたし、前に燐が告白されてたの知ってるよ。それにホッケーの試合だって燐、目当てっていう女の子結構いるんだよ……」燐の耳元で吐息交じりの囁き声で話す蛍。普段ならそこまで気にならないが、裸で抱き合ってるのとそれまでの行為で、耳に吐息をかけられるだけで強い刺激となっていた。

更に蛍は燐の耳を少し舐めてみた。燐は堪らず体をびくんとさせるが、特に抵抗は見せなかった。蛍は耳たぶや溝を丹念に嘗め回す、その献身的な行為に燐は声を我慢するので精一杯になっていた。

 

雨は何時の間にか上っていて雲の隙間から青白い月が照らし出す。月下の元で抱き合い、もぞもぞと動く二人の少女の裸体はまるで彫刻のように繊細で淫靡だった。

 

その最中、燐の視線はつい()()を捉えてしまっていた。

 

「あ、あれって!UFOじゃない!?」燐は夢から覚めた様にはっとなって窓の外を指差す。

「えっ?」蛍は燐に覆いかぶさっていたので咄嗟に動けなかった。

「ほら、あれ、って、あ。消えちゃった……」

何かの発光体がいたような気がしたのだが瞬く間に消えてしまっていた。

 

「燐~!変なこと言っちゃダメだよ…。わたしに集中して欲しいな……」

蛍は拗ねたような声を出して燐の視界を覆う様に強く抱きしめる。

「ごめんごめん。蛍ちゃん、って、結構、苦しいし、重い……かも……」

蛍は少し意地悪して燐に体重を預けていた。二人の裸体が最も密着してお互いの香りが混じり合う。

「……うん。そうだよ、人って重たいんだよ。だから燐。一人で何でも背負い込まないで欲しいな。じゃないとその内、その()()に押しつぶされちゃうよ……」

蛍が燐を抱き寄せてまた耳を攻めたてる。吐息交じりの蛍の声と舌で燐の耳はすっかり敏感にされていた。

「うん……あ。そ、そうだね。でも蛍ちゃんは軽いよ!それに柔らかくていい匂い……ずっとこうされていたい。けど、わたし、このままだと蛍ちゃんに依存しちゃうよっ……」

執拗に耳を舐められて燐は呼吸が荒くなってしまう。だがぎゅっと抱きしめられているのでもがくことしか出来ない。

「ん……良いんじゃない。わたしはもう燐なしの生活なんて考えられないよ。……ねえ燐、よかったら一緒に暮らそう?わたし、燐とならどんなことになっても構わないよ」

耳を舐めるのを止めてじっと燐を見つめ返す蛍。濡れた唇が淫猥だった。

 

「蛍ちゃん…」

燐も蛍の瞳を見つめ返した。切なさが涙となって滲んでいた。

(そっか、オオモト様だけじゃなく蛍ちゃんも知ってるんだ。……わたしは二人の想いにどう答えればいいんだろう)

 

「蛍ちゃん……わたし勇気が欲しいんだ。自分と向き合う勇気が欲しい……」

燐は目を伏せて物欲しそうな唇を少し突き出した。

自分でも甘えているのは分かってる。それでも誰かではなく今、蛍の愛が欲しかった。

「燐……」

互いの手を固く握ったまま、視線を絡み合わせる。瞳の奥から心の奥底が見えそうだった。

 

蛍の唇が吐息が燐と重なり合う……と思っていたのだが。

 

「ダメ……だよ、燐」

蛍は燐の頬に口づけをした。

ちゅっ、と音が出るように強く吸い付いて。

「蛍、ちゃん……」どうして?燐は思わず目で訴えかけてしまう。だがその視線を受けても蛍の瞳に迷いは見えなかった。

「これ以上したら本当に寝れなくなっちゃうよ。今日もう休もう、ね?」

今度は額にキスをしてきた。お休みのキス、ということなんだろう。

 

燐はため息をついて、蛍の優しさを受け入れた。

「ごめんね。我儘言っちゃって。今日は二人とも疲れちゃったもんね。うん、寝よっか」

「こっちこそゴメンね燐。その代わり今日はずっと抱いててあげるからね」

蛍は燐に抱きついて更に密着感が増してくる。お互いの胸元が変形するように押し付けられてなんともむず痒い刺激をあたえていた。

 

(明日……)

燐は蛍と抱きつかれたまま眠りの世界に入り込もうとしていた。

(明日戻ってきたら……その時に……)

意識ではもう少し考えたかったが、睡魔が疲れ切った体に心地よく襲ってきて抗えない。

(蛍、ちゃん……わたし……)

そこで燐の意識は眠りの中に溶け込んでいった。

 

燐の安らかな寝顔を見て、蛍は優しく頭を撫でた。

そして起こさないように軽く触れる程度に唇を重ね合わせた。

「お休み、燐…」

 

そして蛍もようやく眠りの途についた。

 

月明かりの下、裸体で抱き合って深い眠りに入る二人の少女。

蝉の声も蛙の鳴く音も雉鳩(きじばと)のさえずり声も聞こえなかった。

何の存在も入り込めない夢の中へとゆったりと落ちていった…………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




むむーー今度こそ終わらせるつもりだったんだけどなー。どうしてこうなったし。

話の〆方が分からない→先にエピローグを作ってみよう→なんか無駄に長くなっちゃったぞ→読みにくいので分割しよう→ようやく次話投稿。
という流れに落ち着きました。

つい先日某スーパー銭湯にまた行ったのですが今度は風呂が直っていたので念願のほたるの湯に入れてご満悦でした。だがそれで満足したのか、小説投稿は全然遅れちゃったなあ……。

次こそは終わりにしたい、はず、です。





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epilogue

雨はすっかり小康状態になり雲間から月が顔を出す。
県の木である木犀(もくせい)の葉が夜露に濡れていた。

──山の中腹にある古い宿の縁側に女性の姿が見える。縁台に腰を掛けて月を悠然と見上げていた。隣には小さなお盆に乗せられている徳利と杯があった。
その両手は大事そうに手毬を抱きかかえていた。
それはあのとき置いて行ったものと同じ柄をしていて、まったく同一の手毬に見えた。

(……月が恋しいの?)
風に乗って闇夜からの声が語り掛けてくる。

「………」
満月が一人の女性を照らし出す。そこにはいつもと違う姿のオオモト様しか居なかった。
桜柄のガーゼ生地で出来た寝間着に身を包んでいる。

(違うわね、恋しいのはあの娘たちの温もり)

「……そうかも、しれないわ」
月に向けた視線を逸らすことなく話し出す。傍から見ると独り言の様にしか見えない行為。

(だったら、一緒に寝てあげれば良いんじゃない。あの娘たちも無下にはしないわ)

「それは──どうかしらね?」

(拒絶されるのが怖いのね。今更、二人の仲に割って入るのが場違いと思っている)

「………」

(でも、あんなにはしゃぐあなたを見るのは珍しい。よっぽど気に入ってるのね)

「──それはあなたも、でしょう?」
手にしている毬に視線を移して話しかけているような仕草を見せる。だが毬は特に変化を見せるわけではなかった。

(………)
それまで饒舌に語っていた声が黙り込む。沈黙は肯定を意味しているかのように。

オオモト様は毬を静かに縁台に下ろすと両手で側に置いておいた杯を手に取ってみる。注がれているお酒に少女の姿が逆さに写り込んでいた。
並々と注がれている杯をゆっくりと飲み干してみた。
すっきりとした爽酒の味わいの中に、少女の想いが溶け出してくるようで、舌と喉が熱くなっていった。

「その気になれば二人を閉じ込めることも出来た筈よ。でも……そうしなかった。それどころかちゃんと出口まで導いてくれたわ」

「あなたは燐と蛍に何を見たのかしらね」

(それは……)

(……)

それっきり声が聞こえなくなった。代わりにそれまで鳴りを潜めていた虫の声が耳に届くようになった。

月明かりの下、雨上がりの夜風が長い黒髪を優しく揺らす。
それでも涼をとるには至らず、連日の熱帯夜だった。
夜明けまではまだ遠い時間帯、虫の声を肴に晩酌を楽しむ女性。

その表情は今までにないぐらい穏やかに見えた。



――――――――――――

―――――――――――――

 

 

相変わらず暑い日が続いていた。7月も下旬の月曜日、夏休みがまじかに迫っていた。

その午後の放課後、髪を二つに結わいて、キンセンカの髪飾りをつけて廊下を歩く女生徒がいた。足取りは軽く、どことなく楽しそうだった。

 

先週末は色々な事がありすぎて家に帰った後も疲れが取れず一日中寝て過ごしていた。

連絡がつかなった生徒からは土日の内に全員から謝罪メッセージが届けられた。

何で連絡さえ寄こさなかったか尋ねてみたが皆一様にすっかり忘れていたとの答えだった。

口裏を合わせているような感じはなさそうに見えた。

 

木造校舎は解体するか否かの最終議論が夏休み中にあるらしい。もっとも今は一部破損してしまったせいで立ち入り禁止区域になってしまったが。

 

階段を下りてガラス越しに見える校舎の中庭に入った。中庭と言っても上履きでも入れるようになっていて床はタイル張りにしてあった。

 

中庭は四方を校舎に囲まれていており真ん中に巨大な椋木(ネムノキ)と数基のベンチがあるだけのシンプルな場所で、周りを囲っているどの階の窓からも中を見ることが出来た。

中に入りしばらくすると。

「蛍ちゃん部長~。こっちこっち~」と蛍が好きな明るい声が木の影から呼びかけてきた。

小走りに親友の元に駆け出した。

「ごめん。少し遅くなっちゃった。で、ここ、なの?」蛍は小首を傾げてきょろきょろと辺りを伺うが特に何もない。燐がどうしてここに呼び出したんだろう?

 

「そうここ。ここが我が新聞部の新しい部室!開放感があっていいでしょ」

燐は何故か胸を張って自信満々に宣言した。ただ中庭を勝手に部室にしただけなのに。

 

「えー。日に焼けちゃいそうだよ。それに雨が降ったらどうするの?」

蛍は燐の言葉を真に受けて抗議する。蛍は燐と違ってどっちかというと部屋に引きこもる方なので陽の光が上から入る中庭はあまり好みではなかった。

 

「大丈夫。新聞部は今やこれだけで部活ができるからねー。雨が降ったらその辺の階段で活動すればいいんだよっ」

と、学校から支給されたタブレット端末をぱんぱんと叩く。これと印刷するプリンターさえあればどこでも活動出来るので実質部活とも言えなくもないが……。

 

「新しい部室貸してもらえなかったんだ」

「……うん。旧校舎が使えなくなったからねー。部員2人しかいない新聞部は後回しだって」

燐はジト目になって少し恨めしそうに嘆息した。

 

新校舎の部室を割り当てる会議で燐は頑張って交渉をしてきたのだが、他の部活に押し切られる形で断念することになってしまった。

蛍はオオモト様に直接頼みに行ったのだが今は難しいみたいだったので燐に望みを託したのだが、やはり今回は無理みたいだった。

 

「仕方ないよ。旧校舎が使えないのって意外と困ってるみたいだしね」

今回の件で学校内でも旧校舎の在り様を検討するようになったらしく、生徒内で存続の署名運動があるだけでなく、夏休み中にこっそり忍び込んで肝試しツアーをしようなんて企画も出るほどだった。

「みんな関心なかったのにねー」

「そうだよねー」

真夏の青空の下、二人して笑いあった。青と白の空に笑い声が吸い込まれていくようだった。

 

──少し言葉が途切れる。

蛍は燐の目をまっすぐ見て意を決したように口を開く。

燐にどうしても聞かなければならないことがあった。

 

「ところで、燐。えっと、あの……ど、どうだった、の?」あやふやな口調で気掛かりだったことを尋ねる。上手く言葉を伝えられない自分が歯痒かった。

今朝の通学の電車で一緒だった時はあえて聞かなかったのだが、結局一日中そのことが気になって何も手につかないほどであった。

 

蛍の言葉を受けて燐は一瞬目を丸くしたが、直ぐに向き直り、瞼を閉じて深く深呼吸をする。

そして、ゆっくりと話し始めた。

 

「――うん。わたし、ね……卒業までの間だけど、一人暮らしすることにしたよ」

燐は視線を逸らして夏の青空を遠い目で掠め見た。夏の真っ青な空に雲が悠然と流れていた。

 

燐の両親は離婚調停の真っ最中だった。父親は既に別居しており、母親が親権を取るだろうとは思っていた。だが母は世間体が気になるのかこの地を離れようとしている。もしかしたら親戚の家に預けられるかもしれない、燐はそう危惧していた。

だから燐は母親と話し合いをしたのだ。普段は気を遣って聞けなかったこともすべてぶちまけた。当然、喧嘩になってしまったがそれはある程度想定していたことだった。

 

最終的に母親が折れてくれた。卒業までの条件付きで一人暮らしを援助してくれるというのだ。もっとも、言いだしてくるのを母は待っていたようなのだが。

この場合”子の考え親知らず”と言ったところだろうか。

 

「まあ、これはこれで大変なんだけどね。バイトもしなきゃならないし……。でも部活を辞める気はないんだ。あ、もちろん新聞部も辞めないからね」

「燐……」

蛍は燐の決心に感嘆していた。自分よりしっかりしていると思っていた少女がほんの少しの間でより大きく成長していたからだ。

 

「でも……困ったことがあったらオオモト様、だけじゃなくて蛍ちゃんにも頼ろうと思ってるんだ。その時はいい、かなぁ?」

「もちろん、だって友達でしょ。燐の為ならどんなことだってする。だから遠慮なく言ってね」

「ありがとう蛍ちゃん。蛍ちゃんと友達で本当に良かった」

燐が微笑む。初夏の日差しのように澄んだ微笑み。蛍の一番好きな燐の笑顔だった。

 

「ねぇ、燐……友達としての証が欲しいな……」

「んー。あかしって?」

蛍はくるっと振り返り、燐の目の前で両手を握って口づけを待つ仕草をする。

「えー。友達同士は普通、キスしないんじゃない?」燐は少し意地悪な質問をする。

「友達同士でも、するよー。それにわたし達……あの日に結構しちゃってるじゃない」

 

あの日とは先週の放課後のことだろう。あまりにも現実離れしていたので遠い昔の様に感じるが、初めて二人でキスしたことや、その後もしてしまったこと……等、数分前の出来事の様にハッキリとした衝撃を覚えていた。

 

「うーん、そっか。大好きな蛍ちゃんが望むなら……むしろ!わたしが蛍ちゃんとしたいかも、いいかな?」

燐の両手が蛍の両手を包み込む。

お互いを向き合ったまま、二人は祈りを捧げるような格好となった。

「うん、大好きな燐とだから……キスしたい」

 

──ふたりの少女はお互いの瞳を見つめ合ったまま、挨拶をするようにキスを交わす。

あれから幾度となく唇を重さねているが未だになれず唇が触れただけで二人ともびくっとなってしまう。それでも離れることはせずに互いの唇を吸い合った。

 

その二人の様子を見ている者たちがいた。呆気にとられて黙ってみている生徒もいれば。思わず叫び声をあげてはしゃぐ生徒もいた。中にはスマホで写真を撮っている生徒すらいたのだ。

燐と蛍はすっかり忘れていたのだ。ここは普通の校舎の敷地内で、普通の放課後なので生徒はそれなりに残っていることを。

 

――つまり今の二人は……。

 

(……なんか周りが騒がしいよね、ううん、そういえば今って何処にいたんだっけ?)

燐は唇から伝わってくる幸福感が薄れていくような現実的な焦りを急速に感じていた。

(──もしかしてわたし達……すっごく恥ずかしいよ、燐……)

蛍はギャラリーに見られている現実から目を背けるように、瞼をぎゅっと閉じてキスに専念することにした。

(蛍ちゃん不味いよ。このままだと風紀を乱したことで何らかの処分をされちゃうよ)

そう思う燐だったがこのまま無下に蛍の唇を引き離すことが出来なかった。皆に見られていることがより興奮になって萌えあがっている……わけではないのだが。

 

──だがこのままだと下手すると風紀を乱したことで最悪、停学処分になるかもしれない。

とても名残惜しいが蛍の両肩を優しく押して促した。

「燐……」蛍の瞳は潤んでいて明らかにキスをせがんでいた。周囲の事など目に入っていないかのように。

その一途な瞳を見ていると唇に吸い寄せされそうになる燐だったが、首を振って意識をかき消すと、強引に蛍の手を取って駆け出した。

 

「蛍ちゃん、逃げよう!」

燐は蛍の手を引いて当てもなく校舎の中に駆け出した。そんな二人を近くのギャラリー達は大騒ぎで祝福してきた。あまりの恥ずかしさに気が変になりそうだったが兎に角、走り続けた。

せめて人気にないところまで、と廊下を曲がったところでオオモト様らしき人とすれ違ってしまうが、挨拶をする余裕もなくその場から逃げ出すように駆けていった。

 

オオモト様も呆気に取られたのか、廊下を走っていることを特に注意もせずに二人の後姿を見送った。そしてその背中にそっと声を掛けた。

 

「──やっぱり、仲がいいわね」と微笑むオオモト様。

 

燐と蛍。仲の良い二人を見ているだけで幸せで優しい気持ちになれた。

できることなら綺麗なままでずっと見守ってあげたい。

それは教師の立場だけではなく、一人の()()としての純粋な願いだった。

 

「ね、ねえ、燐。どこまで、逃げるの」蛍は息が上がってきていた。手を引かれるままに走り続けているがさすがに少し休ませて欲しかった。

「えっと、じゃあ、今日はこのまま帰ろう!」燐は未だにパニックになっていたのでとりあえずそれしか頭に浮かばなかった。

「え。このままって、ちょっと待って、燐!」まだ外履きに履き替えてないよ、と言う前に昇降口から外へ飛び出してしまう──が。

 

「あ、ごめん!ちゃんと履き替えないと帰れないよね」と身を翻して自分の下駄箱に行って周囲を少し気にしながらも、素早く外履きを取り出す。何時ものピンク色のトレッキングシューズ、キチンと手入れされていた。

蛍も自身のローファーに履き替えて、改めて外に出て行く。

さっきまでの勢いは何処へやら、二人の足取りは一般生徒の帰宅時と何ら変わりなかった。

(こうしていれば下校中の生徒と変わらないからバレ難いよ、ね)

 

夏の空はどこまでも青く澄みきっており、雲は染みるように白く眩しかった。

 

二人の少女は手を取り合ったまま、校庭に逃げた。

……逃げるというより、ただ普通に手を繋いで歩いているだけなのだが。

 

ふと後ろを振り返ると、特に誰も追ってきては居なかった。

代わりに旧校舎が視界に入った。

外観はあの時と変わらない姿に見えるが、昇降口は侵入出来ないようにバリケードが敷いてあった。もちろん新校舎側からも入れないようになっている。

校舎の中は修理するか解体工事かの方針がまだ決まっていないので、とりあえず手つかずの状態で放置されているようだ。

 

「あれから3日しか経ってないのに、すごく遠い過去に思えるね」

「うん。まるで夢の中での出来事のように思えるよ」

燐と蛍は話しながら校門の外まで出てしまっていた。

横断歩道を渡り、向かいにあるバス停──の近くにある自販機の横に二人並んで立っていた。

特にバスを待っているわけでもなく、ただ校門越しにぼんやりと旧校舎を眺めていた。

 

「ねえ、蛍ちゃん。今更こんな事言っちゃうのもなんなんだけど……」

「うん?」

 

「七不思議の騒動に巻き込まれてから蛍ちゃんと、その……すっごく仲良くなれたよね。それは良いんだけど……」

「でも、さ。これってその……もしかしたらあの、()()()()()ってやつなのかなって思って、ね」

燐は少し寂しそうな表情で苦笑いした。

極限状態に追い込まれた二人が苦難を切り抜けた先にある──友情を超えた愛情。恐らく燐が言いたいのはそのことだろうと思った。

つまり、今の二人はなし崩し的に仲良くなったと言いたいのだろう。

 

蛍は繋いだ手を少し強く握ってみる。

「燐、わたしはそれでも構わないよ。だって仲良くなったのは事実だもん。燐が望むならいつまでも傍に居たいな」

「蛍、ちゃん……」

 

二人は手を繋いだまま旧校舎を見つめ続けていた。

オオモト様に聞かれたとき楽しめなかったと答えたけど、実際は違っていた。

だって二人で居ることは常に楽しいことばっかりだったし幸せを感じるものだった。

第一、好きな人と一緒に居て楽しくないはずはないのだ。

 

「──女同士でも幸せを感じるのね」

不意に幼いように聞こえる声が何処からか聞こえてきた。

視線を感じて振り向くとひとりの少女がこちらを見ていた。

その姿と声に微かに見覚えがあったので燐も蛍も、あっ!と声を上げてしまった。

 

──オオモト様に似ている少女。

 

学校の地下室で合ったきりの、未だに名すら知らない謎の少女だった。

相も変わらずの着物姿……だったが、何故か背中にランドセルを背負っていた。年相応にも見える姿で特に違和感はなかった。

「えっと……が、学校の帰り?」

蛍は少し戸惑ったが、少女の見たままの姿が愛らしくて、つい声を掛けてしまっていた。

 

「二人ともまだ初心(うぶ)なのね。可愛いらしいわ。でもお似合いのカップルね」

蛍の質問には答えることなく、思いついたことを口にする少女。見た目とのギャップがある少しマセた褒め言葉だった。

「あはは……あ、ありがとう……」

”カップル”という生々しい言葉にとても恥ずかしくなった。燐はそれに混乱しつつも軽く苦笑いで返す。

 

「二人はキスだけで満足なの?その先までしたくならないのかしら」

その先って?二人は思わず顔を見合わせてしまう。少女の言葉に感化されてしまったのか、顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

 

「愛し方が分からないのなら、色々教えてあげてもいいれど……」

性に関しては確かに疎い二人だった、が同性同士となると尚の事だろう。

それでも年下に見える少女に教えてもらうのは流石に在り得なかった。だが……。

 

「燐。折角だから教えてもらっちゃおうか?」

「──蛍ちゃん!?」

燐は目を丸くして驚いてしまった。

 

「だって燐ともっと親しくなりたいんだもん。もしかしたら二人とも、すごく幸せな気持ちになっちゃうかも」

蛍は燐との行為に割と積極的だった。

「わたしは、蛍ちゃんと一緒にいるだけで充分幸せだよ」

「……でも、蛍ちゃんがわたしとの……そのえっちなことに幸せを感じるなら、頑張ってみても、いい、かも……」

燐は顔を赤くしながらも蛍の想いに応えるべく決意を表明した。

二人は自然と両手を繋ぎ合わせてお互いを見つめ合う。頬はほんのりと染まっていた。

 

「はいはい、いちゃつくなら人気のない所でしたほうがいいわよ、ほら」

少女はため息を一つ付くと、やや冷めた目で二人と校門の方を交互に見遣った。

 

「──あ、あの二人じゃない?」

「──間違えないよぉ」

何やら校門の辺りがきゃーきゃーと騒がしくなってきた。

 

その様子を不審に思った蛍だったが、直後にあることを思い出した。

「そ、そういえば、わたしたち逃げてたんだっけ」

しかも逃げてる理由が……恥ずかしすぎて、思い起こすのも憚られるほどだった。

 

あの中庭での一部始終を見たのか、あるいはその噂を知っているのか、一部の生徒がこちらを指差して騒いでいた。異様な騒ぎ様だったので、恐らく噂に尾ひれがついて、噂が大分盛られている可能性があった。

中には名指している声もあったので恐らく、身バレもしているだろう。

 

その一団に交じって燐の知っている顔もあったので、更に驚愕してしまった。

「げげっ!ホッケー部の連中もいるし!今日はもう、練習上がっちゃったのかぁー」

燐は最近、新聞部ばかり行ってるせいか、サボっているとかちょくちょく言われてたのだ。それだけでも後ろめたいのに、中庭のでの事まで知られちゃったとしたら……明日からの部活を想像するだけで恐ろしくなってしまう。

 

「──蛍ちゃん。とりあえず逃げよう!」

「ええっ!また逃げちゃうの?」

燐は瞬時に判断して蛍の手を引くと、帰り道とは逆方向に駆け出した。

あの少女の横を通り抜ける──その瞬間、すれ違いざまにある言葉を発した。

 

「やっぱり……仲、いいわね」

 

その言葉にハッとしてしまう二人。思わず振り返るが……無表情に佇む少女が見つめているだけだった。だがそれ立ち止まっている余裕もなく、蛍と燐は、別れを惜しむように少女に手を振って、その場から離れていった。

 

その場に残り、立ち竦む少女。やがて立ち去っていった二人の背中に手を小さく振り返した。

その姿は陽炎のように、夏の空気の中に、揺らめいていった……。

 

「はぁ、はぁ、何処まで、行くの?」

少し休憩してたのでまだ走ることは出来そうだが、燐のペースに付き合ってたら蛍はもちそうになかった。だから体力のある今のうちに、目的地を決めておきたかった。

「折角だから海!か、湖まで行っちゃおうか?走り回って熱くなっちゃったから足、水に入れたいし」

「だったら、結構距離あるし、自転車借りに行かない?それなら両方とも行けるよ」

蛍は息を弾ませながらも、頑張って燐との会話を続ける。

燐は少しペースを落として蛍の提案に笑顔で答える。夏の空のように爽やかな表情で。

 

「いいね、それ!じゃあそこまで行こう、蛍ちゃん!」

 

「……うん!」

 

照り付けるような午後の日差しの下、二人の少女は手を取り合って街中を駆け抜ける。

この先も天気は崩れることもなく、西日が差し込む猛暑となるだろう。

それでも走り続ける、汗だくになっても、息が上がりそうになっても繋いだ手は固く握られていた。

 

目的地はあった、その後の予定も、その先の事も。

 

面倒な事も、不安も、儚さも、寂しさも、すべて綯い交ぜにして今は捨てる。

 

この夏は楽しみと恋に生きる。秋も冬もその先の春も。大好きな人とずっと何処までも。

 

 

だから全てを失ってもこの手だけは離さない──。

 

 

────

 

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




──はい。やっと続きが書けましたー。そしてようやく終わらせることが出来ましたですよ。なんかずっと終わる終わる詐欺状態だったから結構ストレスになっていたけど、やっと片が付いたなあー。
10月中には終わらせる気だったのに気づけば11月も後半になっているとは……ダラダラやっていたとはいえ時の経つのは早いなー。もう年末が近いっすよー。

さてさて、毎回のあとがきはその場で思いついたことを、ダイレクト投稿していたのですが、最終話はある程度書くことを事前に決めておいたので結構書くと思います。
……で、予想以上に長くなったので結局下書きを作りました。トータル小説1話分の長さになってしまうとは思わなんだ……。

☆青い空のカミュ。
言わずとしれたカミュ(かみ)ゲーです。(当社比)褒めすぎ、かもしれないですがこんなにハマったゲームもそうそうないので超個人的には妥当な評価です。
何が良いって言ったら、キャラも音楽もシナリオも世界観もボイスもオープニングもエンディングも全部好きです。何週しても全然苦にならないのです。何回やっても同じエンディングなのに……。
でも、好きなものを何かと比較はしたくないのです。だから小説という形で好きを表現しかったわけですよー。
ちなみに好きな曲は”素粒子の灯台”この曲は作中でもっとも使い方が上手いなーって感じて好きです。ゲームの後半でしか聞けない3曲はどれも好きです。それとエンディング後のタイトルにから流れる”アトモスフィア”……ため息と共に3ループ以上聞いてしまいます。

☆学校であった怖い話。
自分はSFC版しかやったことなかったのですが、ベース作品として選んでいたのに、かなりのうろ覚え状態で、勘違いしたまま設定の一部を使ってしまっていました。
特に冒頭の七不思議の記事の為に7人を集めて取材をするところ、あれって本来は旧校舎の解体に便乗して怖い話をするっていう企画だったんですねー。しかも話す噂は、旧校舎が全然絡んでこない話ばかりだし、基本、話を聞くだけで現地に行ったりするシナリオは少ないし、新聞部も普通の校舎にあるものだし、で何かベースにすらなってないのでは……。思い込みって怖いなー。

でも全体の流れは”学校であった怖い話”のシナリオの一つ『殺人クラブ』っぽいかなーとか思ってたりします。このシナリオは割と簡単に見れるのですが、その割に難易度が高く、それが印象に残っていたのかもしれないです。

選択肢がやたらと多くてAVG仕立てになっているし、しかも時間制限のオマケつき。初見じゃまず無理なレベルです。更に主人公も含めて全員キャラ崩壊で殺伐としす過ぎてバトルロワイヤル状態なのがなー。
でも雰囲気も含めて好きなゲームだなー。少し荒い感じの実写も好きです。高校生にはちょっと無理がある役者の方々も良い味です。

☆小説の設定とか。
青い空のカミュでの燐と蛍の通う学校の情報はちょっと少ない感じです。
作中から分かりそうな事は、浜松にありそう、女子ホッケー部がある、修学旅行と文化祭がある。燐と蛍以外にトモとゆーかちゃんと言う生徒がいる。歴史の岸本先生がいる(ちょっとうろ覚え)ぐらいですかねえ。
わざわざ”女子”と付けているぐらいなので共学なのかな?とか思ってはいますが、自分はロマン感じる女子高設定にしてみました。

旧校舎は”学校であった~”のやつではなくて、昔、自分が通っていた小学校からイメージしてみました。今もまだその学校はありますが、旧校舎に相当する木造校舎は今は学校としては使われておらず、別の施設になっているようです。しかもその木造校舎、実は2階立てだったんですよ……。3階の方はむしろ”学校であった~”の方でした。すっかり忘れていたのに偶然なんでしょうか?
作中は主に浜松市街での話となってしまったのですが、行ったことなかったので大体ネット頼りにしました。やっぱり一度は行ってみたいなー浜松。

グーグルマップを見ても小平口駅はなさそうだったのであの辺なのかなーとか妄想に耽ってたりしました。ダム湖が一つのキーワードなんでしょうかそうなると候補は大まかに分けて2か所ぐらいですかねー。

青いドアの家はなんとなくやってしまった感がありありです。旅館設定のようなことをしたのは大変な思いをした燐と蛍を温かい温泉、もしくはお風呂に入れてあげたかったなーという願望からきてます。やはり龍○寺の湯の方が良かっただろうか。このネタで短編作ってみようかなーとかとか。

ここからは各キャラの設定とか。原作”青い空のカミュ”のネタバレしない程度にしますが、あくまで自分の作品の中での設定となっています。

☆込谷燐。
燐ちゃん。蛍ちゃんとは呼ばれるけど燐は、みんな呼び捨てで言うので公平を期す為にちゃん付けしてみたり。
自分の作品では完璧な妹系主人公になっています。勉強も運動も出来て明るく社交的、友達も多く、器用で何でもこなせる、しかも愛が深い完璧超人。それが燐、となっています。原作での設定と、そう変わらない感じかなって思ってます。ただ一部違う点があり、バックパックにはお守りを装備していません。それに相当するキャラが出ていないので。
後、原作だと、周囲の環境に振り回される可愛そうな役回りだったなー。と感じたので自分の作品では明るく元気いっぱいに活躍させてみました。設定の一部も汲み取ってみましたが、無理やり解決させてみました。ベタな展開だけど割とありかなーって思ってます。

☆三間坂蛍。
蛍ちゃん。燐が太陽なら蛍は月と言ったところでしょうか。設定の一部を使わなかったので普通の蛍ちゃんになってしまいました。某設定を使ってしまうとオオモト様との関係が色々面倒になっちゃうので今回は却下しました。設定が弱い気がしたので、新聞部部長にしてみましたが、特に有効活用は出来なかったです。感の鋭いキャラ付けを足しても良かったかもしれないですねー。でも当然好きなキャラなので、次回的なものがあったらもう少し活躍させてあげたいですねー。

☆大人のオオモト様。
二次創作界隈において所謂、便利なキャラとして地位が確定していることでしょう。自分の作品では先生役になってもらいました。何をやっても喋らせても美味しいキャラだと思ってます。
ついでに車の運転も担当してもらいました。車種は原作と同じくアルトラ○ンの2トーンミント、ではなくピンクにしてみました。女性向けっぽい車なのでこちらの色の方がが良さそうかなと思ったので。後、現実でもこの色をよく見かける気がする、かな?
原作はSグレードの2WDかなー?っぽかったので無駄にXの4WD設定にしてみましたけどそんな描写は微塵も入れませんでした……。
後、作中ではオオモト様と言われているのは大人の方だけにしました。理由は──下のキャラで……。

☆小さいオオモト様。
この作品では最後まで”少女”で通してみました。燐あたりに変な呼び名を付けさせようかと思ったのですが、なんかしっくりこなかったので少女のままにしてしまったです。
自分は原作におけるオオモト様が未だに良く分かっていないのでこのようなカンジにしてみました。ざっくり言っちゃうと、意識は同一人物なのに別人、というややこしい設定にしてみました。

実は本当にオオモト様の妹設定を考えたことがありまして。
ひなびた旅館を運営する、のんびりとした姉と、それを支える年の離れたしっかり者の妹。とかいうベタベタな展開も悪くないかと思ったけど、そうなると便宜上、名前を決める必要があるので止めにしました。
ただ結果的に扱いが悪いキャラになっちゃったなー。

☆総評的なもの。
長く苦しい戦いでした……。でも楽しかったです。初めは小説とか絶対無理どころか興味すらなかったです。でも青い空のカミュが好きな気持ちをなんとか形に出来ないかと思ったのがキッカケです。
仮に青い空のカミュがどれぐらい好きと聞かれたときに”小説を作るぐらい好きです”と答えるだけの実績が出来て良かったなぁと実感してます。
何かの比較じゃなくて好きを伝える方法。絵が描けない自分にとってはこれが現時点での最善策かなーなんて思ってます。

後、この 拙作(せっさく)は9割自己欲求を満たすために作ったもので、残り1割程は”青い空のカミュ”の宣伝にならないかなーという想いを込めております。

もし、この作品で”青い空のカミュ”を知ったという稀有な方が居りましたら、是非、体験版だけでもやってみてください。自分の作品よりも全然面白いですし、体験版にしてはボリュームあって楽しめると思っております。ただしPCが必要なのと18禁ゲームなので、その条件に合えばですが……。
もし万が一、これでファンが増えてくれれば、一狂信者としては嬉しい限りです。

それでは長くなりましたがこれで終わりにします。拙い作品ですが楽しんでもらえたらいいなあ、とか。
もし次回作的なものがあったら、もう少し頑張って読めるような作品を作ってみたいです──。


最後に初期プロットの様なものを張り付けてみます。
10月8日頃に改めて作ったものですが、今、これを見ると随分違った話になっちゃったなーと感慨深くなりますねー。本当は最終話のサブタイトルはある曲のタイトルにするつもりで、前から書いていたんですが直前で止めちゃいました。なんかイメージの多様性を奪ってしまう感じがしてしまったのです。それでも結構迷ったのですが、今のシンプルなサブタイで良かったと思ってます。

─────────────
学校であった怖い話パロディ。

@新聞部蛍ちゃん(部長)同じく新聞部燐(ホッケー部との掛け持ち)

@学校新聞企画の為怪談話(七不思議)を募集する。

@しかし誰もこない!

@先生役のオオモト様(一応部活の顧問)が来てトイレに何かあることを告げる。

@トイレで奇妙な体験をする二人だがなんとか無事に戻ってくる。

・音楽室と準備室?(サトくん?)△
・鏡の前とドッペルゲンガー?(小さいオオモト様?)○
・体育館と体育用具室?(ヒヒ?)△
・プールと更衣室?(水着?)○
・屋上と飛び降り?(二人で??)○
・理科実験室と準備室?(燐?)○
・地下室と裏切り?(蛍?)○
・昇降口と校庭?(燐の部活?)◇
・校長室と黒幕?(大人のオオモト様?)◇
・青いドアの家(本編の続き?)(蛍?)△
@以上いずれかを七不思議の舞台とする。
 ○一応採用 △基本なし ◇採用予定 
@エンディング
・七不思議の謎を解き。無事に7月になったことを今更ながら感嘆する蛍。
逢魔が時の夕焼けを眺めながら二人で帰宅の電車に乗るエンド
(本編へと繋がるエンド?)OVER THE TROUBLE
──────────

─────












……
さてさてさて。
もしかしたらですが、小説なんてどうでもいい、青い空のカミュについてネタバレ含めて色々書いてみろ、それが見たいんだって声がありそうな気がする、かな?
まあ、そういう作品ですものね。ちょろっと書いてみます。

ここから先は青い空のカミュのネタバレっぽいことを書いていくので見たくない方はここまでにしておくのが良いと思われます。
大丈夫な方は、拙い文で宜しければどうぞ見ていってくださいませ。



青い空のカミュの初プレイ、そしてクリアしたときはビックリしましたよ。特に初プレイはオートだったから余計に話が分からないままあのエンディングですよ。大変混乱っていうか所謂バッド、もしくはノーマルエンドだなーって思いました。恐らく大半の人がそう思ったことでしょう。
そして全部のCGを埋めて再びエンド付近、ドキドキしましたねー、なんか選択肢が出るんだろうって思いこんでましたから。

──ですが、もう知っての通りですね。あのエンディング以外は凌辱エンドしかありません。いくらタイトル画面でマウスをクリックしても隠しルートも何もなし、絶望感に包まれたまま聞くタイトル曲”アトモスフィア”はさぞ心に響いたことでしょう。
自分はもう呆然自失ですよ。泣きはしませんでしたが心にぽっかりと穴が開きました。一か月程経っても穴は塞がりませんでした。でも何週もしてしまいます。現在進行形で。
このゲームは自分にとって麻薬並みの中毒性があるのかもしれないです……。

さて──恐らくこういう話を見たいわけでは無いと思います。
キャラクターの話や設定の考察はとりあえず置いておいて。
エンディング及びそれに関するシナリオの考察をしたいと思います。

えっと、当初自分が頭の中で考えてたエンディングの考察は……。

1.世界が切り替わったことで蛍が普通の人間に、燐が座敷童、即ちオオモト様になった。

2.蛍だけが取り残されて燐や他の人は現実に戻った。

3.燐は蛍と別れ一人、風車の世界に残った。

4.蛍が紙飛行機を手に取り、振り返ると何事もなかったように燐が立っていた。

こんなところでしょうか。もう少し色々考えてた気がしますが、中にはあまり良くない感じのものも想像してたりしたのでこれぐらいにしておきます。

──この中に正解があるかと言えば当然無いと言えます。
続き的なものが今のところないので如何様にも解釈出来るのですがそれでもない気はしてます。
自分の性格上、楽観的な解釈というか、日和見的な考えになってますので、設定や状況を無視した希望的観測の要素が強いものばかりかなーって思ってます。
OP、ED、挿入歌の歌詞から悲観的な解釈をする方も多いかと思います。
少女同士の淡い想いを綴ったものはこういう儚い終わり方が多い気が、します?(そんなに多くの事を知っているわけではないですが)
だからプレイし終わって数か月の間はこんな妄想ばかりしてましたねー。

そんなある日、ある事実というかある作品を知ってからは妄想に少しズレが生じてしまいました。
そう”青い空のカミュ”を構成する作品と一つと思われる”銀河鉄道の夜”の事です。
作中にも名前は出ているのですが、あえて触れなかった作品でした。昔、アニメ版が何かを見たような記憶はあるんですが、結末までは思い出せませんでした。もしかしたら思い出したくなかったのかもしれないですが……。

ものすごく端的にいうのなら”青い空のカミュは銀河鉄道の夜がベースになっている”と説明することも出来るほどに、作品に深く関わっているのではと感じています。

正直言ってあまり知りたくない事実でした。しかも公式のユーザー投稿で知ったのではなく、まったく関係のない紙媒体のコラムから知ることになるとは──まさに寝耳に水でした。
コラムの内容は、銀河鉄道の夜の事を書いていたのですが、青い空のカミュに当てはめても遜色のないものだったので、恐らく間違いないだろうとは思ってます。

その事実で、折角大事にしていた世界観が崩れてしまう。今まで通りに楽しめないのでは、と大変危惧しておりました。
ですが、そのお蔭でずっとモヤモヤしていた事に、ある程度のアンサーが出すことが出来たので、結果的に良かったのではと思っています。
特に燐に対する理不尽さに一定の理解を示すことが出来ました。ですが、それと同時に別の答えも生まれてしまいました。

5.紙飛行機には蛍にとっての幸せが書いてあり、線路の先には蛍が本当に欲しかったものが待っていました……。

……むー。銀河鉄道の夜に沿うのならこの解釈になってしまう、かな?とか思ったりしてます。キャラで言うならDJあたりが候補でしょうか?
それでも良いかなとは思いますが、じゃあ──燐は?って事に当然なりますね。

燐はアルフレ……ではなくてカムパネルラ役だから仕方がない、ってことで納得しますでしょうか?
私としては……答えを出すまでもなく、二次創作で自分の気持ちの補完をすることにしました。
でも別のエンディングを作るということを()()するつもりはないので、スピンオフという体にして、ちょこっとだけ原作の別ルートを模索する程度に留めることにしました。
やたらと百合百合しいのもその過程の様なものと見てもらえれば幸いです(唐突なステマっぽい?)

さてさて、やたらと長くなってしまったので、とりあえず自分の結論だけ述べますと。
色々あったけど”金曜日にパステルのクレープを二人して頬張っているに違いない”が自分の希望する終着点です。
聡、小平口の住民、オオモト様、座敷童、銀河鉄道の夜、等々、その辺をすべて汲み取ってもこの結論に至るのでは思ってます。
燐は少しの間、ココロを休めているだけで、金曜の放課後、少し恥ずかしそうにクレープ屋で待ってくれていると思ってます。
──蛍との約束を守る為に。

青い空のカミュは銀河鉄道の夜でも、よだかの星でも、異邦人でもない別の作品です。多少参考にしている部分はあっても辿り着く先まで一緒とは限りません。想像するかぎり作品に終わりはないと思っております。
だからまだまだ楽しめます。人によって様々な解釈があるから楽しいんだと思います。ですから自分の結論も参考程度に留めて置いてくださると嬉しいです。

もしここまで読んでくれている方がいるなら有難うございます。拙いかつ、だらだらとした文章になってしまったことを改めてお詫びします。

まだまだ考察は出来そうな気はしますがそれはまた別の機会、があればいいなあ。
それではー。有難うございました。








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