浅倉威更生計画〜食べられたくない〜 (燭台さん。)
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プロローグ
あ、俺死んだんだ。
それを自覚したのは、割と最近の事だ。
俺の死因はまあ、よくある事故だった。友人も彼女もいない俺は大好きな仮面ライダーのショーを見に一人で歩いていて、そしてその最中にトラックのスリップに巻き込まれた。
冬は怖い。俺の出身は北海道で、スリップ事故はよくあることで、だからまあ、本当に単なる事故だ。単なる事故で俺の人生は終わった。
そして、どうやら俺は転生と言うものを果たしたらしい。天国には行けなかったようだ。俺の行いが悪かったのか、はたまた最初からそんなものはなかったのかもしれない。とりあえず第二の人生を俺は歩みだした訳である。
そしてそんなウキウキイベントな訳だが、ぶっちゃけ素直にはしゃげない。これから先、前世の記憶というのはそれなりに大きなアドバンテージではあるんだろう。でもそれ以上に俺をマイナスな気分にさせる光景が今、眼前に広がっている。大の男、まあ俺の父親が、俺の兄をボコスカ殴っている光景だ。
俺が転生したのは虐待が行われる家庭だった。俺は現在5歳で、2つ上の兄は7歳。7歳の子供がろくな抵抗なぞできる訳もなく、兄の顔にも体にも無数の痣があった。
しかし、それは俺には無いものだ。俺は生まれつき頭が少しよくて、それで両親に気に入られていた。だから殴られない。前世の記憶をしっかり思い出す前の俺は、殴られる兄をいつも避けていた。関わったら俺も殴られそうな気がしたからだ。もちろん助けたりもしなかった。
でも、流石にこれはまずいだろう。虐待というのは残念ながらありふれている。だが俺は兄に殴られたままでいて欲しいと望むほどゲスでは無いのだ。
父親眼前にひとしきり兄を殴り、スッキリした様子で兄を放置して歩き出す。それを見計らって俺は兄に近づいた。
「あ……にーちゃん、大丈夫……?」
「……なんのようだ……?」
突然話しかけてきた俺を、兄は忌々しげに睨んだ。兄の額からは血が伝っている。殴られている最中に切ってしまったようだ。俺は持っていたハンカチでそれを拭った。
「……なんのつもりだ?お前……」
「……にーちゃん。痛そう……だから」
「……お前はなぐられねぇもんな……。そうやって、呑気にしてられる訳だ」
ハン、と嘲るような目を向けられる。多分それはおおよそ7歳児がしていい目じゃなかった。荒んでいた。……その視線を、どこかで見たことがあるような気がした。
「……にーちゃん」
「なんだ。クソ親父がまた来る前に離れといたほうがいいんじゃねえのか……?」
「……なまえ、おしえて」
そう、俺は兄の名前も知らなかった。向こうは多分俺の名前を知ってるだろう。よく両親は俺の名前は呼ぶから。でも、兄の名前を呼ぶところは一度も見たことがない。
「名前だぁ?……きいてどうするんだ」
「にーちゃんのなまえ、しりたいんだ。……だめ?」
「……たけし、だ。満足か?暁」
「……!ありがと、たけしにーちゃん!」
たけし。その名前を聞いて、俺は嬉しくなった。まずは第一歩を踏み出せたのだ。
でもたけし、という響きがやたら引っかかる。聞いたことがあるような気がする。俺の苗字は浅倉だ。浅倉、浅倉たけし。
「……あさくらたけし!?」
「……うるせぇ。もうどっか行け。イライラしてくる」
しっしっ、と手を払う兄……威を見て、俺は固まった。浅倉威。それは仮面ライダー龍騎に登場するライダーの名前だ。
イライラする、という理由で暴行殺人を行ったサイコパスで、作中でも何人も他のライダーを殺した凶悪な人物。そして俺は同時に浅倉威に弟がいた事も思い出した。名前は浅倉暁。……まんま俺じゃないか。
浅倉暁は作中で悲惨な死を迎える。浅倉威の契約モンスターであるベノスネーカーにパクッと食われてしまうのだ。あのシーンは当時子供だった俺になかなかのショックを与えた。まあ龍騎には他にもやばいシーン沢山あったんだけど……。
……え、俺、パックンチョされるの?
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更生計画の始まり
どうやら俺はこのままだと将来的にパックンチョされてしまうらしい。
もちろんここが龍騎の世界である確証は無い。たまたま同姓同名の兄弟なだけの可能性もある。それに仮に龍騎の世界だとしても、この世界は様々な結末に枝分かれしていて、テレビ放送されていたいわゆる「本編」であるかすら分からない。テレビスペシャルの方かもしれないし、劇場版の方かもしれない。小説版は流石にないと思う。小説版の浅倉威には確か弟はいないはずだし。
しかしそれは「ここが龍騎本編の世界ではない」という証明にはまるでなり得ないのだ。仮にここが龍騎本編の世界だったら、俺は十数年後に食い殺されてしまう。イマイチ実感が湧かないが、折角の第二の人生だ。回避できるならなるべく回避したい。
回避する方法としてはまず「浅倉威を仮面ライダーにしない」というのが最善だろう。そもそもベノスネーカーと契約しなければ俺は食べられないのだから。もちろんライダーバトルが始まってしまえばミラーモンスターに襲われる可能性はある。でもそれは今はどうしようもない。
浅倉威が仮面ライダーになった理由としてはまず脱獄するためだ。戦いたいという欲求ももちろんあるだろうし、その欲求のせいで神崎士郎に選ばれたのだろうが、とりあえず脱獄の手段としてライダーになった。なら犯罪者にならなければいいわけだ。
浅倉威が犯罪を犯した全ての理由はイライラしたから。そしてそんなイライラしたらすぐに暴行を加えるようになった人間になった理由は、彼の幼少期にある。浅倉威は小さい頃から殴られていたせいで殴る殴られるの環境に居ないと落ち着かなくなってしまったのだという。
だいぶ方向性が掴めてきた。つまり、威が殴られないようにすればいいわけだ。しかしあの父親が虐待をやめるとも思えない。母親も同様。母親は殴る頻度は少ないが、それでも威をサンドバッグか何かだと思っている。
どうしたものか。子供の俺にできることは数少ない。それでもこの虐待は止めたかった。子供が殴られるシーンは見ていて気持ちのいいものでは決してないし。
その時、俺の頭にある考えが閃いた。
そうだ、殴られるのが威だからまずいんだ。俺が殴られればいい。
俺なら既に前世の記憶によって人格がある程度固まってるから殴られてサイコパスになる危険性は少ない。威が殴られるのを見るのは心が痛むが、俺が殴られるなら全然構わないだろう。
やり方は簡単。威が殴られているところを俺が庇えばいい。俺が庇い続ければ、あの短気な父親の事だ。自分に逆らう俺にムカついてヘイトはこちらにいくだろう。母親が同調するかは分からないが、母親が威を殴ろうとしたらその時にまた俺が庇えばいいだけ。
両親のヘイトが完全にこちらに向けば、威が殴られることはもうないだろう。そうすればあの凶暴性も育つことはない。俺はパックンチョされない。素晴らしい計画だ。
名付けて、「浅倉威更生計画」全ては俺のパックンチョされない未来のために!
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ごめんね
「クソがッ!!あいつら本当にイライラさせやがって……!!」
その日の夕方、早速チャンスがやってきた。苛立ちを隠そうともせず、ドカドカを大きい足音を立てて父親がやってくる。そして威の胸ぐらを掴み、顔を殴ろうとした。それを見た俺はすかさず威に飛びかかった。
「だめー!!」
案の定、父親の拳は俺の顔に当たる。凄まじい衝撃があったが、この程度なら全然大丈夫。
「なッ……何してんだ暁!!俺に逆らう気か!?」
「たけしにーちゃん殴っちゃだめ!!とーさんきらい!!」
「……このクソガキがァ!!!」
俺がちょっと逆らうと、父親はブチ切れて俺をボコボコに殴り始めた。威は呆然とそれを見ていて、母親もあっけらかんとしている。
「な、何してるのあなた……!それ、暁でしょ?暁は殴らないって決めたじゃない!」
「俺に逆らうようなクソガキいるか!!」
「ッ……お、お前のせいよ。お前のせいで暁まで……!!」
父親の言葉に動揺した母親は、そのまま威に矛先を向け、足で蹴っ飛ばそうとしていた。それを見た俺はすかさず父親のもとから抜け出し、威を庇う。腹に蹴りがはいり、息が出来なくなった。
「な、なんで、暁……!?なんでそんなの庇うの!!お母さんにも逆らう気!?」
「たけしにーちゃんをくるしませちゃやだぁ!!」
「なにいってるの!!離れなさい!!じゃないと蹴るわよ!!」
母親もこれは予想外だったらしく、若干躊躇いを見せた。しかし変わらず容赦なく俺を殴る父親に感化されたのか、同じように俺を蹴り、殴り始める。大の大人二人からの暴力。でも平気だ。威はずっとこれを受け続けてきたんだ。なら俺だって大丈夫。
一時間か、二時間か。とにかく長い時間が過ぎた頃。ようやっとこの暴力は終わり、俺はその場に放置された。ズキズキと体が痛んで動けない。
「……暁……お前」
ふと声が聞こえて顔を上げると、そこには困惑の表情を浮かべる威がいた。まあ、威からしたら戸惑う他ないだろう。昨日まで我関せずという態度だった弟が急に自分をかばい出したんだから。
「……たけしにーちゃん……ごめん」
「……なんで謝るんだ」
「……いままで、たすけられなくて、ごめんね……。おれ、でも、たけしにーちゃんが殴られるの、やだから……」
「……だから、って……」
威は何か言いたげにこちらを見ていたが、俺が大丈夫だ、と微笑むと、それを飲み込んでどこかへ行ってしまう。
そして俺はこれから、両親からの暴力の嵐に晒されるのだった。
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いたくない
痛みって麻痺するもんなんだな、と学んだ。
あれから、両親は毎日毎日俺を殴った。多分気に入ってた俺に逆らわれたという恨みもあるんだろう。容赦もなく、それは威に行われていたものよりも激しく思えた。
最初は俺を殴りながらも威にも暴力を振るおうとしていたが、その度に俺が必死にブロックした。それを繰り返すと、次第に両親は威への関心を失って、俺を殴ることに専念するようになった。それでいい。それでいいんだ。
最初は結構、辛かったかもしれない。将来のためとはいえこんなに殴られたことは前世でもなかったし。でも次第に慣れて、なんにも思わなくなった。あー殴られてるなぁって。鏡に映った俺は痣だらけで傷だらけで、それにもなんにも思わなくなった。ただ目元にできた痣がちょっと面白かった。
威はいつも何かを言いたそうな目でこちらを見ていて、でも俺はそれに気づく度に大丈夫だ、と示すために微笑んだ。大丈夫。もう痛くない。蹴られてるし殴られてるし踏まれてるけど、いたくない。
いたくないんだ。
「……暁」
「……たけしにーちゃん、どうしたの?」
ある日、両親がいない時に、威が俺に近づいてきた。手には濡れたタオルを持っている。俺がキョトンとしていると、威は俺の目元にそれを当てた。冷たくて気持ちいい。
「ん……にーちゃんありがと」
「……このままじゃ死ぬんじゃないのか、お前」
「しなないよ。まだ」
威の言葉に、俺はニッコリ微笑んで返した。まだ死なない。大丈夫。作中の浅倉威だって生き延びたのだ。耐えられるさ。
俺は身体は5歳児だけど中身は成人男性なんだから。このくらいの痛みは、苦しさは、どうってことは無いのだ。それよりこんな苦痛を今まで受け続けてきた威が心配になった。俺は、手遅れになっていないだろうか。
「たけしにーちゃんがいきてるから、たぶん、おれしなないよ」
「……馬鹿やろう。目がもう死んでるくせに、何言ってるんだよ」
「……んー?」
目が死んでる?なんのことだろう。俺は東條のような破滅的な英雄願望を持ってるわけじゃないのに。
「へんなこというなぁ、にーちゃん」
不思議そうな顔をする俺を見て、威はまた何か言いたげな顔をしてたけど、直ぐにどこかに行ってしまう。でも濡れタオルはそのままあって、威にも優しいところがあるんだな、と思った。作中では見せなかった優しさだけど、神崎士郎に食べ物を分けようとしてたりする描写もあったし、多分人間らしいところはちゃんとあるんだろう。
それから威は俺が殴られる度に、傷の手当をしてくれるようになった。
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いつまで
二年経って、俺は小学生になった。
学校は正直あんまり楽しくない。中身成人男性の俺には周りのクラスメイトはなんだかとても幼稚に見えるし、勉強もつまらない。常に体が傷だらけな俺を忌避するやつもいる。もしかしてこの傷を見たら誰かが俺や威を助けてくれるかもしれないと思ったけど、みんな見て見ぬふりだった。
学校で威と遭遇しても、あっちはふい、と直ぐにそっぽ向いてどこかに行ってしまう。仲良くしたいんだけどなぁ。
威も友達はいないみたいで、見かける時はいつも一人だった。
小学校に行き始めても暴力は続いている。最近は父親の機嫌が悪い時が多くて、傷も段々ひどいものになってる気がする。でもま、死ぬよりましだよな。今耐えれば死なずに済むなら、いくらだって耐えれる。
また今日もいつも通りに威がタオルと絆創膏を携えてやってくる。頬の痣に濡れタオルを当てながら、威は珍しく口を開いた。
「……いつまで殴られてるんだ」
いつまで。いつまで。考えたこともなかった。そうだ。いつ終わるんだろうか。
俺も大人になる。大人になったら解放されるんだろうか。大人になったら殴られなくなるんだろうか。大人か……。
独り立ちをすれば終わる。というのは何となく分かった。一人で生きていけるようになればいい。自分で自分を養えればいいんだと思う。そうすれば殴られる日々は終わるんだろう。……あるいは。
「……とーさんとかーさんが、しぬまでかな」
父親と母親の死。多分そうなれば俺は完全にあの両親から解放される。でも俺には家に火をつけるような度胸はないから、多分、そんなことはないだろうけど。
「……なんでこんなことする。お前は死んでもいいのか。死ぬかもしれないんだぞ……?」
「俺、死なないよ。……たけしにーちゃんがいるから」
威が生き延びたんだから、俺だって死なずに済むはずだ。浅倉威という存在が俺の生存の証明だろう。だから、大丈夫。俺は死なない。
「……お前、あたまおかしいのか?」
「そんなことないよ。俺があたまいいもん」
浅倉暁という人間は、いわゆる地頭というのが結構いいらしい。前世の記憶抜きにしても、それは理解出来た。このおかげで今まで殴られずに済んだようだ。
作中でも公務員と思しき職業に就いていたし、これなら結構将来に期待が持てる。まだ何になりたいとかは決まってないけど。
でも威はそんな言葉を聞きたいんじゃ無かったようだ。ますます訝しげなような、申し訳なさそうな、複雑な表情を浮かべる。
「たけしにーちゃん、俺ね、たけしにーちゃんがなぐられなきゃいいんだよ」
威さえ殴られなければ、俺は生き延びれるんだから。
だから俺は、そう言ってニッコリ微笑む。
笑えば大抵の人は何も言わなくなるのを俺は知っている。
「……ばかが」
案の定、威はそう吐き捨ててまたどこかへと行ってしまった。
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少しずつ
「食え」
ある日のこと、威がそう言ってパンを投げてきた。
俺はあんまりご飯を貰ってない。昔はちゃんと貰えてたけど、今はほぼ貰えなかった。いつも腹は減ってたが、まあ死なないし、と我慢してた。
「……いいの?たけしにーちゃんのごはんは……?」
「俺は前より食ってる。だから、お前が食え」
まさか威から食べ物を貰えるとは思わなかった。作中、浅倉威は神崎士郎に食事を分け与えるような描写はあったが、それは神崎士郎への感謝の念からだと思ってた。俺、威になんかしたっけ。
「……ありがと、たけしにーちゃん。いただきます」
まあいいや。食べよ。
ガブッ、とパンにかぶりつく。あ、美味しい。なんかめっちゃ美味しい。空腹は最高のスパイスというが、それは本当なようだ。俺は夢中になってパンを貪った。
「ん、美味しかった……」
久々の腹が満ちる感覚に、俺は目を細める。どうやら自分で思うより俺はずっと空腹だったらしい。
満足げな俺を見て、威はまた俺の前から去ろうとする。でも俺はまだ威と話したかった。
「たけしにーちゃん、まって」
「なんだ。まだ腹が減ってるのか?」
「ちがうよ。……たけしにーちゃん、は、俺のこと嫌い?」
俺の問いに、威は少し動揺したように目を開いた。
「……よくわからない。前は、大嫌いだったんだがな。お前のことなんて」
「今は、きらいじゃないの?」
「……わからないと言ってるだろうが」
ぷいっと威は顔を背けてしまったけど、その答えに俺は嬉しくなった。少なくとも嫌われてない。なら仲良く出来るかもしれない。
作中の浅倉威は、仲良くするなんてのが馬鹿らしくなるような凶悪な人物だった。でも今ここにいるのはあの浅倉威では無い。9歳の少年の浅倉威は、少し優しくて、まだ人間らしい。人間らしい感性を持ち合わせているように見える。そもそも傷の手当をしてくれる時点で作中とは大きく異なってると思う。この人間らしさがあの惨い暴力のせいで消えて凶暴な獣になったのが、あの浅倉威なんだろう。
少しずつ変わりつつあるんだ。これなら無事にパックンチョされる未来を回避できるかもしれない。
考えなきゃいけないことはたくさんある。虐待からどうやって抜け出すか、とか。ライダーバトルに巻き込まれないようにする方法、とか。でも先に確かな希望が見えたことに俺は安堵して、思わず笑みを浮かべた。
「たけしにーちゃん、俺、たけしにーちゃんをちゃんとこーせいするからね」
「はぁ?更生?何言ってんだお前」
威は意味が分からないとばかりに顔を顰めたけれど、今はそれでよかった。
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お礼
威にお礼をしたい。
俺はそう思うようになった。
威は俺が殴られる度に毎回手当をしてくれる。痣を冷やしてくれて、絆創膏を貼ってくれたりする。最近では消毒もちゃんとするようになった。
それにご飯もくれる。余った冷ご飯とか、硬いパンとかだけど、普段残飯のようなものしか貰えない俺にはありがたかった。
こんなに良くしてもらってるのに、俺は何も返せないな、と思った。何かできることがあるだろうか。
ふと、テーブルに置かれたチラシを見て閃いた。そうだ、絵を描こう。威の絵を。あんまり絵心とかは無いけど、気持ちは伝わる……はず。多分。
早速適当なチラシの裏にクレヨンで描き始めてみる。が、思ったより上手くいかない。想像以上に俺は絵が下手くそだった。あんまり時間をかける訳にもいかないのだ。こんなの両親に見られたら何を言われるか。
何枚かチラシを犠牲にして、ようやく出来上がった。下手ではあるけど、ちゃんと特徴は掴めてると思う。
早速これを携えて威を探す。すぐに見つかった。威は部屋の隅で寝っ転がっていた。
「たけしにーちゃん!」
「ぐえっ!?」
俺は威に突撃した。突然の衝撃に威は呻き声を上げ、困惑した様子で顔を上げる。俺はバッ、と描いた絵を見せた。
「たけしにーちゃん、いつもありがと!これ、お礼!」
「お礼、だァ?何言ってんだ?……お前が描いたのか?」
「うん!いつもお世話してもらってるから、お礼したくて!」
気に入って、くれただろうか。威は絵を手に取り、それをマジマジと見ている。
……やっぱり迷惑だったかな。威にとっては絵なんて何の役にも立たないだろうし。そう思うと少し申し訳なくなってくる。なんでもっといいものを贈ってあげられなかったんだろう。俺の精一杯ではあったけれど、そんなの関係ないだろうし。
「あ、あの、要らなかったら捨ててもいいから……」
「……いらない、なんて言ってない。……でもどうしてこんなに悪人ヅラなんだ?」
「あ、えっと……」
確かに俺の描いた威は目付きが悪い悪人ヅラだった。それは多分作中の浅倉威のイメージに引っ張られてるからだと思う。精一杯描いたけど、そこだけ何故か直らなかった。
「……まあいい。……貰っといてやる」
「……!ほんと?」
「ああ、捨てたりしねぇよ」
威は俺の頭の上に手をぽん、と置いて僅かに微笑んだ。今世で初めて見る威の笑顔。それは、とても優しい「お兄ちゃん」の表情で。
「……俺、たけしにーちゃんが俺のにーちゃんで、よかった」
俺は初めて、そう思えた。
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変な弟(side威)
この世界はクソッタレだと、常々思っていた。
俺を殴るクソ親父とクソババァ。そいつらに気に入られて殴られない弟。世界というものの理不尽を呪わずにはいられなかった。なんで俺だけがこんな思いしなきゃならないんだ。
父親も母親も大嫌いだったが、何より許せなかったのは悠々と笑って、無傷で、飯を食ってられる弟だった。俺のことはまるでいないものとして扱うアイツをぶん殴ってやりたくて仕方がなかった。そんなことをしたらその十倍は酷く殴られるから、やらなかったけど。
何も変わらないと思っていたのだ。俺も、この世界も。俺が殴られる世界に変動はないと。それがある日、決定的に変わった。
いつも通りに殴られて、放置されてる俺の方に弟が近づいてきた。訝しむ俺の傷にハンカチを当てながら、弟は尋ねてきた。名前を教えて欲しい、と。こいつは俺の名前も知らなかったわけだ。まあ、無理もないとは思う。あのクソ両親が俺の名前をちゃんと呼んだことなど一度もないのだから。
威、という名前を告げると、弟は嬉しそうにした直後、驚愕して目を見開いていた。変なやつだ。まあこれで関わってくるのは終わりだろう。そう思ってた。そう思ってたから。
まさか弟が、暁が身代わりになろうとするだなんて、思わなかった。
あいつは殴られそうな俺の前に出て、俺の代わりに殴られた。クソ親父はお気に入りが自分に逆らったのが許せなかったのか、普段より手酷く暁を殴り始めた。
クソババァに対しても同じことをした。蹴られそうな俺の前に、あいつは駆けてきてまた盾になった。それをあいつは何度も何度も繰り返して、次第に両親のヘイトは完全に暁に向かった。俺の方は無視されるようになった。
意味がわからなかった。でもとりあえず俺は、あのクソ両親からの暴力から解放されたんだ。そうだ。それでいい。大嫌いな弟が代わりに殴られるなんてスカッとするじゃないか。
なのに、なんで俺はこんなに腑に落ちないと思うんだ。苦い感情を覚えてるんだ。罪悪感、だなんて。俺は感じる必要無いはずだ。アイツが勝手にやったんだから。
でも、ボロボロになる暁を見てると胸が締め付けられる。どうしようもないくらいに。何度か、助けようと思って身体を乗り出したことがあった。でもその度に暁は笑うのだ。大丈夫だとでも言うように。あいつの笑みを見ると、身体が固まって何も出来なくなる。何も言えなくなる。圧力とかじゃなくて、ただ、絶望にも似た何かを垣間見て、脱力してしまうのだ。
どうしようもない現状に苛立ちを覚えた。何故、何故こんなにイライラするんだ。あんな弟のことで?
ズタボロの状態で放置されている弟を見かけた時、俺は我慢出来なくなって床にあったタオルを拾って水で濡らして、あいつの痣を冷やしてやった。すると暁は嬉しそうに目を細めて、ありがとう、と笑うのだ。本来それを言わなきゃいけないのは、俺の方の筈なのに。
俺は贖罪をするかのような気持ちであいつのケガの手当をするようになった。その度ごとにありがとう、たけしにーちゃん、と言ってくれる暁のことを、俺は真っ直ぐ見れなくなっていった。
暁の目は死んでいる。いつもいつも。底知れぬ闇を抱えている。いつからそうなったのかは覚えていない。アイツは、いつまでこんなことを続けるつもりだろう。
ふと気になって問いかけてみると、アイツは少し悩んだあと「とーさんとかーさんが、しぬまで」と答えた。それはアイツにあのクソ両親に逆らおうという気持ちがまるでないことを示していた。
このままじゃ、暁が殺される気がした。どうにかしなきゃいけない気がした。そうじゃなきゃ、暁が壊れてしまいそうだった。そんなふうに見えた。
暁はあまりものを食べていなさそうで、俺は時折台所などにあったパンやら冷ご飯やらをアイツのもとに持ってってやるようになった。そしたらアイツは、またありがとう、だなんて言って死んだ目で笑う。今の俺にできる、精一杯だった。
今日、部屋の隅で寝ていたら、いきなり暁が突撃してきた。突然の事に驚く俺に、暁は一枚の紙を差し出してきて、それはチラシの裏に描かれた俺だった。そこに描かれた俺はやけに悪人ヅラだったけど、それを見てるとなんだか胸の中に暖かい感情が生まれるのを感じた。初めてのことだった。
改めてその絵をマジマジと見てる。悪人ヅラは気になるが、それ以外はよく特徴を掴めてると思う。……嬉しいんだろう。俺は。
暁は、変な弟だ。
この時点でもう浅倉とは思えないね!
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おわり
俺が浅倉暁になってから、もう6年が経とうとしていた。
俺は現在11歳の小学五年生。威は中学生になった。相変わらず俺は殴られている。俺への暴力は年が経つにつれて加速度的に酷くなっていった。どうやら父親の仕事が上手くいってないらしい。やたら酒を飲むようになって、俺だけではなく母親まで殴るようになった。そして母親は俺にその鬱憤をぶつける。負のループが完成していた。
でも俺は大丈夫だろうと思っていた。多分死にはしないだろうと。大怪我くらいはするかもしれないけど。そして実際、俺は大怪我をした。
「暁ァ!!全部てめぇのせいだよ!!目障りなんだよぉ!!」
酔った父親がそう言って俺を殴り飛ばす。抵抗できない俺が蹲っていると、そこに足も飛んでくる。抉るような蹴りが入り、そしてボキッ、という嫌な音も聞こえた。……多分、肋骨が折れてる。しかし父親は容赦なく俺に暴行を加えてくる。大丈夫。いたくない。いたくない。いたくない。
いたくない。
ずっと小さく丸まっていた。上から容赦なく蹴られていたけど、しばらくすると離れていった。服をめくってみると、明らかにえげつない赤紫色に変色している。あー、どうしようコレ。ほっといて治るもんなのかな。
「……暁!?」
「あ、たけし兄ちゃん」
うーん、と頭を抱えながら傷跡を眺めていると、威が顔を青ざめさせてこっちへ駆け寄ってきた。そんな表情は初めて見た。まるで、俺を心から心配してくれてるみたいだ。
「……クソ親父どもに、やられたのか……?」
「うん。多分、肋骨が折れてるんじゃないかな」
「……暁、もうやめろ。こんなの、本当に死ぬ」
威は俺の肩を掴んで真顔で言った。やめろと言われても、今やめて威が殴られようになったら、結果として俺はパックンチョされてしまうのだ。やめられるわけがない。
「……大丈夫だよ、兄ちゃん。俺死なないよ」
「……自分から抵抗するつもりは、無いのか」
「多分、ないよ」
あの両親相手に抵抗なんてできるわけもない。下手に動いて矛先が威にまで向かうようになったら大変だ。大人しくしてるのが一番なんだよ。だから。
「心配しないでよ、兄ちゃん。俺大丈夫なんだから」
ニッコリと、いつも通り笑う。でも威は思い詰めたような表情をしていて、そしてその後、何かを決意したように顔を上げた。
「……暁。……お前は……」
威はまた何か言おうとした後、ふい、とどこかへ行ってしまった。その次にガチャりとドアが開く音がした。外に行ったんだろうか。もう夜も遅いのに。俺も少し眠かった。寝よう。そう思って横になり、ボロの毛布を纏う。目を瞑ればすぐに夢の中へと意識が落ちていった。
その夜、家は火に包まれた。
主人公以外の視点の話を投稿する時は別の話と一緒に二話投稿になります。なので栞を挟むことをおすすめします。
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火事
気づいたら2000UA、お気に入り40超えててびっくり。ありがとうございます!
何か焦げ臭いな、と思って目が覚めた。
顔を上げると、リビングの扉の向こうからやたら焦げ臭い匂いがした。ボヤでも起きたのか、と思い扉を開ける。……そこでは、大きな火事が起きていた。
辺りがメラメラと燃えているのを呆然と見ていた。何が、何が起きているんだろう。あまりに突然の事で、俺の体は動かなかったのだ。
「暁っ!!逃げるぞ!!」
ふと呼ぶ声が聞こえて、俺はハッと顔を上げた。見れば威が後ろから走ってきていて、そのまま俺の手を掴むと玄関の方向へと駆け出した。俺は一瞬何が何だかわからなかったけど、すぐに同じように走り出した。見れば、炎はすぐそこまでに迫っていた。
この家は割と広い家だった。玄関までは十数秒もかからないけど、それがやたら長く感じる。その時、燃え盛る木の柱が一本折れて、俺の方に倒れてきた。
……あ、死ぬ。
それを悟って、俺の体は固まってしまう。ああ、短い人生だったな、なんて回想をする。ひたすら殴られる人生だったけど、まあ、前と大差は無かったかな……。
「暁ァ!!」
不意にグイッ、と勢いよく引っ張られ、威が俺をかばうように抱きしめていた。柱は威の肩をかすり、威は「ぐぁあっ……!?」と呻き声を上げている。その肩に惨い火傷を負ってしまったことは想像に難くない。
「た、たけし兄ちゃん……!?」
「……大丈夫だ、早く、逃げるぞ!!」
多分俺は泣きそうな顔をしていたんだと思う。それでも威は俺を懸命に引っ張って走って行って、俺たちは外に出た。
家は轟々と燃えていた。消防車のサイレンの音と、野次馬のガヤガヤとした声が聞こえる。俺達が外に出ると野次馬がわあっ、とざわめいた。少ししてから、奥から消防隊の人が駆け寄ってきてくれた。俺達に毛布をかけながら、優しく質問する。怪我はないか、中にまだ人はいるか。
「た、たけし兄ちゃんが、肩に……あ、と、家の中に、まだ両親が……」
狼狽えながら俺は答える。威はずっと無言で、それでも固く俺の手を繋いでいてくれた。その手の温もりが、とても嬉しい。消防隊の人は俺達を救急車へと連れていった。その間際、燃え盛る家の方を振り返る。
多分、両親は死ぬだろう。もしこの火事が事故ではなくて、放火だとしたら、それは……。
俺は威の方を見たけど、威は何も答えてくれなかった。
そこから先のことはあまり覚えていない。救急車の中で俺は寝てしまって、気づいたら病院だった。病院で、両親が火事で死んだことを知った。医者は俺の体に無数にある傷跡に気づいたらしく、俺達が両親に何をされていたかを優しく聞いてきた。俺は全て答えた。両親に今までずっと殴られてきたことを。……しばらくして、俺達は母方の祖父母に引き取られることになった。
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救われて
「今まで気づいてあげられなくてごめんなさいね……」
「これからは、大丈夫だからな」
俺達を引き取ったのは、俺達の祖父母だと名乗る人達だった。彼らは今まで感じたことの無い優しさをもって、俺と威を抱きしめてくれた。
俺達の引き取り先探しは最初難航した。そりゃそうだ。誰もいきなり見知らぬ子供を二人も引き取れないだろう。別々の親戚に預けられる話も出たが、威がずっと俺の手を離さなかったのを見て、祖父母が「今まで虐げられて支え合ってきた兄弟を引き裂くのはあまりにも残酷だ」と言って、俺達を二人まとめて引き取ってくれたのだ。感謝してもしきれない。
「……本当に、いいんですか……?」
「子供はなんの心配もしなくていいの。私達がちゃんとお世話するからね」
「二人ともガリガリじゃないか。さ、ご飯を食べよう。妻が張り切って作ったんだよ」
祖父母に誘導されて食卓につく。テーブルにはポテトやハンバーグなどの子供が好きそうなご馳走が沢山あった。もしかしてこれ、全部食べていいんだろうか。
ゴクリ、と喉が鳴る。両親の元にいた時はこんなにいっぱいのご飯を食べたことなんてなかった。威も目を見張っている。
「……いただきます」
「いただきます」
みんなで手を合わせていただきますを言った。まずはポテトに手を出してみる。……カリカリでほくほくで、ちゃんと塩味が聞いてるけどじゃがいもの甘みもある。美味しい。ハンバーグやスパゲッティやサラダ。本当に子供向けのものだけれど、ちゃんと栄養も考えられた献立だと見れば分かった。俺も威も夢中で食べた。
威はスパゲッティを気に入ったらしく、口元がスパゲッティのソースだらけになるほどの勢いで食べていた。俺はポテトを沢山食べた。祖父母は、それを笑顔で眺めていた。優しい、優しい食卓。
「……威兄ちゃん」
「……なんだ?」
スパゲッティをもさもさと食べる威の肩には包帯が巻かれている。俺を庇った時に出来た火傷のあとが、その下にはあるのだろう。作中にも、その位置に火傷があった。
あの火事が威によって引き起こされたものだという確証はない。それでも、俺は威が起こしたものだとしか考えられなかった。でも、なんのために?
結果として俺と威はあの両親から解放された訳だし、良いことなのかもしれない。でも理由が分からなかった。今の威は両親からの暴力は無いから、あの火事は起きないとばかり思っていたのだが。
『 ……いつまで殴られてるつもりだ?』
『とーさんとかーさんがしぬまで、かな』
俺はふと、以前威と交わした会話を思い出した。
……いや、まさか。でも、もしそうだとしたら。俺の中で、威に問いたださねばならないという念が生まれた。
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兄弟
俺達の祖父母、つまり母親の両親は、結構な金持ちだった。母親は昔絶縁されていたらしく、本来なら祖父母も勘当した子供の子なんて引き取るつもりはなかったらしい。しかし俺達が虐待されていたことを聞いて考えが変わったのだと言う。
「あの子を勘当したのはね、あなた達の父親と結婚したいだなんて言い出したからなの。私達は猛反対したんだけどあの子は聞かなくて、喧嘩の勢いで絶縁を言い渡して……。でも、あなた達がこんなことになるんなら、認めてあげればよかったわ」
本当にごめんなさい、と、両親の葬式の際、涙ながらに祖母は謝った。
俺達は微塵も祖父母を恨んではいなかった。仕方のないことだと思う。あの父親は祖父母から見れば何処の馬の骨ともしれない男で、実際俺達を虐待するようなクズだったのだ。
祖父母は本当に優しい人たちだった。毎日美味しいご飯を食べさせてくれて、暖かい寝床もある。新しい学校は相変わらず馴染めなかったけど、ボロボロの服で傷だらけじゃないと言うだけで奇異の目で見てくる奴は随分減っていた。
俺達の生活は落ち着いた。だから、今問わなきゃいけない。
俺達は大きな部屋にベッドをふたつ並べて二人で寝ている。その方がいいだろう、と祖父母が判断したらしい。実際俺達も二人一緒の方が落ち着いた。
「電気消すぞ、暁」
「……兄ちゃん、ちょっと待ってくれないかな」
いつもの就寝時間である十時になっても寝ようとしない俺を、威は不思議そうな目で見た。俺はそのまま威に尋ねる。
「なんで、家に火をつけたの?」
威は目を見開いて固まっていた。数秒間俺を凝視した後、馬鹿馬鹿しい、と頭を振る。
「俺が火をつけた?何言ってんだ、あれは親父の煙草のせいで……」
「そう見せ掛けたんだよね。だってあの夜、父さんは煙草の吸殻をきっちり捨ててたんだよ」
「……それは」
「……ねぇ、俺分かってるんだよ。だから言い訳しないで欲しい。聞きたいだけなんだよ、理由を」
じっと俺は威を見つめた。その視線に威は一瞬たじろいだけど、すぐに平静を取り戻す。そしてややきつい視線を俺に向けた。
「くだらないことを言うな。もう寝るぞ」
「待ってよ兄ちゃん!……ねぇ、もしかして俺のためなの?なんで、兄ちゃんが俺のために火をつける必要なんてなかったでしょ?」
俺は必死に問い詰めた。逃げられる訳にはいかない。俺の将来のためにも、これはちゃんと聞いておかないといけないんだ。
「あのままでも兄ちゃんに不利益はなかったでしょ?兄ちゃんはもう暴力を振るわれてなかったんだから、ほっときゃ良かったのに。なんで、なんであんなこと……」
「……お前は」
「え?」
威はひときわきつい視線を俺に向ける。そしてつかつかと俺に歩みよると、いきなり胸倉を掴んで怒鳴った。
「お前は、俺が平気だとでも思ってたのか!?実の弟が、俺の代わりに死にかけてんだぞ!?平気な訳ねぇだろ!!ああ、確かに前の俺だったらざまぁみろとでも思っただろうな!でも無理なんだよ、限界だったんだよ!殴られても笑ってて、壊れてくお前を見るのが!!」
威は、泣いていた。泣きながら怒っていた。何に怒っているのか、俺には分からなかった。ただ、俺のために泣いて、俺のために怒ってるのは、なんとなく分かった。
「……威兄ちゃん……」
「もっと頼れよ、俺は兄貴なんだよ。いつまでも守られてばっかでいられるわけ、無いだろうが……!」
俺の胸倉を掴んだまま、威はそう言って力なくくずおれた。その肩は震えていて、どうすればいいか分からなくて。
守る。俺は守ってる自覚なんてなかったけど、威にとっては俺に守られてるって感じたんだろう。俺が代わりに殴られることが。それに、耐えられなかったって。……よく分からない。分からない。
ただ泣いている威が酷く小さく見えて、俺は思わず威を抱きしめた。一瞬ビクッと威が震えるのが分かった。
「……兄ちゃん。……ありがとう、俺のために、泣いてくれて。俺ね、誰かに自分のために泣かれたことも、怒られたことも、初めてだよ」
そう言って俺は笑った。心から。胸の中がポカポカするのを感じて、自然と笑みが零れていたのだ。
俺は冷たい暗い奥底に今までいた。今までも、これからも。でも威は俺を、そこから引っ張りあげてくれて、暖めてくれたんだ。俺には心配して泣く威の心境を理解することは出来ないけど、それでもただただ嬉しかった。
「……あ、きら……」
「……俺、これからはちゃんと兄ちゃんのこと頼れるように、頑張ってみるよ。だからさ、泣かないで」
俺のためになにかしてくれることは嬉しい。でも、俺が初めて大切だと思えた兄が泣く姿を見ると、なんだか胸が締め付けられるから。だから泣かないで欲しかった。
「……頼るのに、頑張るってなんだよ……。馬鹿が」
俺の心境を知ってか知らずか、威は顔を上げて、そう笑った。ぽん、と俺の頭に手が乗る。優しい手。俺の兄の手。
俺は、威の弟だ。原作も何も関係ない。今ここにいる浅倉威という人間の弟なんだと、しっかり自覚した。俺達は今初めてちゃんと兄弟になった。
「……寝るか、暁」
「うん、威兄ちゃん」
並んだベッドの中、俺達は互いの手を握りながら、緩やかで安らかな眠りについた。
幼少期編はこれで終わりです。ここから一気に時間が飛びます。
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時を経て
キィイィイ……イィィン
「……戦え」
耳障りな音がする。誰かの声がする。
「火をつけたのは、俺なんだからな」
大切な人の、しかしどこか違和感のある声がする。
「お兄ちゃん!」
誰かの泣きそうな叫びが聞こえる。
「城戸ォ!!」
誰かの祈るような叫びが聞こえる。
「最後の一人のライダーは、お前だ」
誰かの、声、が……。
「暁、おい、暁!」
身体に纏う温もりをガバッと奪われ、俺はその冷えた空気に身震いしながら目を覚ました。
窓辺から差し込む太陽光が眩しくて、目をゴシゴシと擦りながら顔を上げる。そこには、俺の布団を持って呆れ顔で立っている、25歳の威がいた。
「おはよう。……お前が寝坊なんて珍しいが、今日だけは寝坊したらまずいだろう。入学式だろ?確か」
「ああ、うん、そうだそうだ。ごめんね兄さん」
よいしょ、とベッドから降りながら時計を確認する。時刻は午前六時半。予定してた出勤時間は七時。……まずい時間が無い。あと三十分でスーツに着替えてご飯食べて顔洗って歯も磨いて……あーそういや今日の朝ごはんと弁当当番俺だった気がする。朝ごはんどころか昼ごはんも出来てない可能性が高い。ますますやばい。
「に、兄さんなんでもっと早くに起こしてくれなかったの!?」
「お前が起こしても起こしても起きなかったのが悪いんだろうが!兄さん兄さんって寝言で呟いてたくせに!」
俺寝言でそんなこと言ってたのか……。ちょっともしかしたらブラコンなのかな、俺。でも今はそんなことを気にしている時間はない。ダッシュで洗面所に向かい顔を洗ってかけてあるスーツを着る。朝ごはんは確か食パンがあったはずだしアレを齧って行こう。昼はコンビニで何か買うしかあるまい。
普段は早起きが得意なはずなのに、よりによって今日寝坊するなんてついてない。若干気分が落ち込むのを感じながらリビングに向かうと、食卓には既にバターが塗られたトーストとコーンスープが置かれていた。ついでに弁当箱もあった。
「……あれ?」
「お前が起きないから作っといた。お前より美味くはねぇけど、無いよりマシだろ。我慢しろ」
悠々とコーヒーを飲みながら威がぶっきらぼうに言う。その奥に隠された優しさに気づいて、俺は胸の中がじんわりと温もる感覚を覚えた。
「ありがとう威兄さん!やっぱり威兄さんは俺の最高の兄さんだよ!」
「無駄口叩いてないでさっさと食え」
「いただきます!」
座っている時間もないので急いで口の中にトーストを突っ込み、コーンスープで流し込む。それを繰り返す。ものの5分で朝食は終了したけど、お腹も暖まったしこれなら元気に子供たちの相手ができそうだ。時計を見ると既に針は七時を指していた。もう出なくては。
「兄さんいってきます!!」
「おー、気をつけろよ」
弁当を引っ掴んで玄関のドアを開ける。外の空気は思った以上に寒くて、ほんとに4月なのか、疑いたくなってしまう。さっき飲んだコーンスープのおかげで身体はぽかぽかなのでまだ平気だが。
威のおかげで電車にも間に合いそうだし、遅刻しないで済みそうだ。さすがに勤務一年目の入学式の日に遅刻は避けたかったので、俺はほっと息を吐いた。
「……しかし、もう十八年か」
ぽつり、と呟く。俺が浅倉威の弟として転生してから、十八年が経った。威は作中での年齢である25歳になって、俺は来月23になる。
俺は教師になった。昔の俺みたいに虐げられている子供たちを助けたいと思ったから、とかそんな綺麗な理由では無い。ただとりあえず教員免許は取っといた方がいいな、と思い取得し、そして他に行きたい道も無かったためである。ちなみに小学校の教師だ。
威は高校を卒業してからは大学には行かず、町工場で働いていた。が、職場でのトラブルなどで辞めちゃったらしい。威は作中のような凶暴さはないものの、やっぱりどこか短気な所があるから、こういったトラブルはやっぱり避けられなかったんだろう。更生には一応成功した筈なんだけどな……。
そして威は現在、俺と同居している。こうなることを見越して広めの部屋を借りといてよかった、と思った。威はご飯が食べられればとりあえず物欲はそんなにないので貯金は結構あるらしく、そこから光熱費などを折半している。現在は職探し中だ。
まあ最悪俺が養えばいいやと思ってる。大学入学を機に独り立ちした俺を心配して祖父母は過剰なまでのお小遣いをくれるから、金には困ってないのだ。前に冗談交じりでこのことを話すと、「弟に養われる兄貴とか本格的に尊厳失いかねないからやめてくれ」と疲れた顔で言われた。威は真面目だった。
「……失踪事件の話も、ポツポツ聞くようになったな。あー怖い怖い」
通勤快速に乗り込み吊革に捕まりながら、俺はふと電車のガラスに映る自分を見た。近頃発生している失踪事件。それは全てモンスターの仕業なのだが、それに気づいているのはライダーだけ。まあつまりどうしようもない。俺はライダーになるなんて真っ平だし、更生した威もなろうとはしないだろう。モンスターは怖いが怯えてちゃ生きていけないし。
とりあえず平穏に過ごしたい。平穏に、威と二人で。俺にはそれで充分だ。戦いなんていらない。
俺はこの祈りが後日ぶち破られることを、まだ知らなかった。
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接触(side威)
書き溜めがもたないので、今日は別視点一話のみの投稿となります。さすがにね、二日連続2話投稿はね、書き溜めが死ぬ……。
情けない兄貴だな、とつくづく思う。
職場での不正を見つけ、その事を問い質したことが大きなトラブルに発展し、結果として俺はクビにされた。その際に上司に「お前は社会で生きるのに向いてない、不適合者だ」と吐き捨てられた。
貯金はとりあえずあるものの住んでいた社宅は追い出されてしまい、一旦実家に戻ってしまって、祖父母に申し訳がなかった。2人は「いつまでもいていいからね」と言ってくれるが、流石にいい歳してニートはごめんだ。いくら祖父母が金持ちだからと言って、これはそう言う問題じゃないだろう。
そんな俺に暁が「じゃあ一緒に住む?」と持ちかけて来たのが二ヶ月前のこと。以降、俺達は暁が借りた3LDKで同居している。
家事は基本的に分担してやっている。が、飯当番の比率は暁の方が高い。なぜなら暁の飯は美味いからだ。暁の作るスパゲッティより美味しいスパゲッティなんて、祖母のものくらいだろう。時期にそれすら越しそうな勢いで、日々美味さが増している。優秀な弟をもてて俺は幸せだと思う。
でも、同時に申し訳なさも感じている。暁が以前「俺が兄さんを養ってもいいんだよ」と言ってきた時に、俺はやっぱりこのままじゃダメだと思った。今の俺は完全にアイツに甘えている。いや、今だけじゃない。両親に嬲られていた時から、俺は暁に甘えっぱなしだ。
暁に相応しい兄貴になりたい。暁は俺を最高の兄だと言うが、そんなことは全然ないのだ。もっと、ちゃんとした兄になりたいのに。
ため息を吐きながら風呂掃除をしていた、その時だった。
キィィィ……ィン
耳障りな金属音が聞こえて、俺は顔を上げた。何の音だ。しかもその音はだんだんと大きくなっている。その不快さに思わず顔を顰め、耳を押えた。
「浅倉威、お前には願いがあるな」
不意に見知らぬ声が聞こえた。どこから、どこからだ?辺りを見回すと、そいつの姿はすぐに見つかった。ただし、その男は鏡の中にいた。
鏡の中に、人間がいる。その非現実的な光景に俺は目を見開いた。が、俺の周りには当然俺以外はいないため、やっぱり鏡の中にこの男はいることになる。
「……なんなんだお前……?」
「お前の願いを叶えられる者だ」
俺の、願いだと?何を言っているのか分からない。だがこの男は嘘はついていないような気がした。何か、何か深いところにいるような錯覚を覚える。男は懐から四角形のケースのようなものを取り出すと、こちらに投げてきた。それは鏡面をくぐり抜けて俺の手元へと投げ込まれる。慌ててキャッチしたそれは、カードのケースのようだった。中に何枚かのカードが入っている。
「このカードデッキを使い、ライダーになって戦え」
「ライダー、だァ?なんだそれは」
「お前の他にライダーは12人。最後の一人になって生き残れば、望みは叶う」
……よく分からないがよく分からないなりに理解ができた。俺はライダーとやらになれて、他のライダーと戦って、最後の一人になれば望みが叶う。
「……なるわけないだろうが」
「お前が望む望まざるに関わらず、お前はライダーになるだろう。お前がお前であるために」
男は俺の目を真っ直ぐ見て告げた。その目に見つめられると、何やら全身がザワつくような寒気を覚える。こんなもの、突き返せばいい。そう思うのに身体が動かなかった。
「お前が浅倉暁の兄でありたいのなら、ライダーになれ」
男はそう告げると、突然スっと姿を消した。慌てて振り返ってみても周りにはもう男の影もない。しかし、カードデッキとやらは確かに俺の手元にあった。夢ではない。それ確信する。
「……どうなってやがるんだ」
「兄さん、ただいま」
あの奇妙な出来事から数時間経ち、暁が家に帰ってきた。表情は疲労は見えるものの晴れやかで、どうやら上手くはいったらしい。何故か大きな紙袋を抱えているのが気になったが。
俺は悩んだ末、とりあえずあの事を話すことにした。あの男は暁のことも知ってる様子だったし、情報の共有はしておいた方がいいだろう。
「おかえり暁、……なぁ」
「あ、そうだ見て見て兄さん!これ、買ってきたんだ!」
俺がカードデッキを持って話をしようとしたその時、暁はどこか興奮した様子で紙袋から一着の服を取り出した。それは見るからに派手な蛇革のジャケット。明らかに暁の趣味ではないそれを見て、俺は顔を顰める。
「……なんだそれ?」
「帰り道のにミリタリーショップがあってさ、そこで見つけたんだ!ね、兄さん着てみてよ!」
「はァ?なんだって俺が……」
「兄さんに似合うと思って衝動買いしちゃったんだよ、ほらほら、遠慮なく!」
そんなに押しが強いほうでは無いはずの暁がやたらグイグイ来る。目もキラキラしてるし、余程着て欲しいんだろう。……ため息を一つ吐き、俺はジャケットを受け取った。
「……1回だけだぞ」
「ありがとう兄さん!あ、直で着てね?」
「は?」
ジャケットを、直で……?正直意味がわからなかったが要望なら仕方ない。今着ているシャツを脱いでジャケットを羽織る。最初は忌避していたが、着てみると不思議としっくり来た。なんか、落ち着く。
「……あー……浅倉威だ……。かっこいいなぁ……」
「俺は生まれた時から浅倉威だろ、何言ってんだよ。……しかしまぁ、悪くないな。貰っとく」
「これからもバンバン着てね!!」
ハイハイ、と適当に返事をしながら、俺はそっと尻ポケットにしまっていたカードデッキに触れた。……完全に話すタイミング失った。
感想で「アビスは誰が変身しますか」という質問を頂き、その場で返答はしたのですが、改めて説明します。
私は龍騎に関してはテレビ本編とテレビスペシャルのみ履修しております。なので、それ以外で登場したキャラは出てくる可能性が極めて低いです。アビスどころか、ファムやリュウガなどは今考えているストーリーの流れだと100パー出てきません。ファムはまあ浅倉が更生済みなのでいずれにせよ登場させる理由はほぼありませんが。
あくまでこの二次創作は浅倉威を更生した結果のルートを書いているものなので、ぶっちゃけ威と暁以外はそんなに重要じゃなかったりします。真っ当に生きようとしてる浅倉が見たいがために私が趣味全開で書いてるのがこれなので……。
ただ、今後出して欲しい、という要望があったら考えます。ファムはともかくリュウガは一定の需要がありそうなので。アビスは無理です。(断言)
そんな感じで曖昧な知識と拙い技術で書き散らしているだけの「浅倉威更生計画」ですが、よろしければ今後も威と暁の絡みを暖かい目で見ていただけるとさいわいです。
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あまりにも早く
「変身!」
威が鏡にデッキを翳し、変身のポーズを取って腰のベルトにデッキを装着する。するとその姿は紫色のスーツを纏った、仮面ライダーへと変わった。
……早い。あまりにも早すぎる。なんでこんなことになっている?
ことの起こりは数時間前。
「あ、冷蔵庫の中身がわりとない」
成人男性二人の胃袋を支える冷蔵庫の中身が結構スカスカになっていた。そういや今朝のオムレツでケチャップと卵が同時に切れてたし、そろそろ買い物に行かなければならない。
「兄さん、俺買い物行くけど、兄さんも来る?」
「行く」
「即答だね、なんか欲しいものあるの?」
「いや、……失踪事件の事もあるし、心配でな。それに荷物持ちがいた方がいいだろ」
威は一瞬目を伏せたあとに、言い訳のように言葉を連ねた。こういう時は大抵なにか隠してるんだけど、まぁ問い詰めても仕方ない。割と威は口が固かったりするし、言いたくないことをわざわざ言わせることもないだろう。
エコバッグと財布、あとガラケーを持ってアパートを出る。この時代にスマートフォンなんてない。まあ2002年だからね、仕方ないね。元は令和に生きてた俺にはたまに不便だと思うこともあるが、連絡目的なら別にこれで十分だ。
「兄さん今日何食べたい?」
「あー……パスタ」
「オッケー。海鮮パスタにしようかな。ムール貝の」
「前にお前が殻ごと食べれる?って無茶ぶりしてきたあれか」
「悪かったよ……」
蛇革ジャケット似合ってたし、ワンチャンあると思ってたんだよ……。
なんてことをだべりつつ歩いていた。外はもう暗くて、街灯の明かりがコンクリートを照らしている。俺はふと、本当に何となく、ガラス張りの高層ビルを見上げた。
そこには、角の生えた人型のミラーモンスターが映っていた。
「……え」
思わず足を止めてそれを凝視したのが悪かった。
モンスターの腕が俺の方に伸びて、首を掴む。そして容赦なく、俺を鏡の向こう……ミラーワールドに引き込もうとした。抵抗もできない、ダメだ。死……。
「暁っ!!」
異変に気づいた威が俺に体当たりをする。その勢いでモンスターの手は離れ、俺は地面に倒れ込んだ。ゲホゲホ、と咳き込みながら顔を上げる。威は尻ポケットに手を伸ばして一瞬迷ったような表情をしながらも、すぐに決意を固めたようにガラスを睨むと、ポケットからカードデッキを取り出した。
「変身!」
威が鏡にデッキを翳し、変身のポーズを取って腰のベルトにデッキを装着する。するとその姿は紫色のスーツを纏った、仮面ライダーへと変わった。
「……暁、少し待ってろ」
威は俺にそう告げると、鏡の中に飛び込んでいった。そしてそこには、何も残らない。
……なんで。いつの間に、いつの間にデッキを手に入れたんだ。早すぎる。威が仮面ライダーになるタイミングが、あまりにも早すぎる。なんでこんなことになってるんだろう。
俺は立ち上がると、ガラスに向かって叫んだ。
「っ……神崎士郎!!いるんだろ、おい!!出てこい!!」
いるんだろ、とは言ったものの、神崎士郎が居る確証はなかった。しかし幸か不幸か、すぐに奴は現れる。気づけば奴はガラスの向こうに立って冷たくこちらを見すえていた。
「驚いたな。何故俺の名前を知っている?浅倉威にも言ってなかったはずだが」
「お前には関係ない!なんで、なんで兄さんが仮面ライダーになってるんだ!兄さんには今戦う理由は無いはずだ!!」
「今、できた。お前を守るという理由が」
俺は目を見開いた。つまり、こいつは威を仮面ライダーにするために俺を襲わせたとでも?
「……なんのために」
「浅倉威には戦う才能がある。あれがライダーになれば、ライダーバトルはより白熱するだろう」
感情の読めない無表情で淡々と神崎士郎は告げる。それに反して、俺の中にはふつふつと「怒り」が湧いてきた。……そうだ。これが怒りだ。紛うことなき。
「ふざけるな……!!兄さんが、死ぬかもしれないのに、お前は……!!お前の妹の糧にわざわざするために……!!」
「……何故それを知っている」
今度は神崎士郎が驚く番だった。神崎優衣のことを俺が知ってるとは思わなかったんだろう。口を滑らせたとは思ったが、今更後には引けない。
「理由は関係ない。でも知ってるさ!!お前が妹を救うためにライダーバトルを行ってることも、何度も失敗してタイムベントで繰り返してることも!!」
「……どうやらお前は知り過ぎているらしい。死んでもらった方が良さそうだ」
神崎士郎がそう無情に告げると、別のモンスターが神崎士郎の奥から現れた。威は今別の敵と戦っている。今俺を守ってくれる人は誰もいない。……どうやら今度こそ終わりらしい。せめて威の傍で死にたかったな、と思いながら目を瞑る。しかし直後、キキーっッ、とバイクのブレーキ音がした。それも、二つ。
「そこのお前、早く逃げろ!!」
「そこにいたら危ない!!」
そう言って駆け寄ってきたのは、デッキを手にした城戸真司と秋山蓮だった。
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壊れてる
俺は動けなかった。さっきまで俺と威は一般人だった筈だ。ライダーバトルなんて無縁だったはずなのに。なんで目の前に主人公達がいるんだろう。なんで俺は巻き込まれてしまったんだろう。
「おい、聞いてるのか?早く逃げろ!」
秋山の言葉に俺ははっと顔を上げる。モンスターは既に目前に迫っていて、慌ててガラスから離れた。
でも、ここで逃げるわけにもいかない。中ではまだ威が戦ってるんだから。待ってなきゃいけない。
「大丈夫か!?怪我は?」
城戸が俺の方に駆け寄ってくる。茶色の髪、水色のダウンジャケット。紛うことのない主人公だ。現実をしっかり認められない。
「……怪我は、ないです。……でも、中で兄さんが、戦ってて……」
「戦ってる?引きずり込まれたんじゃなくて?」
「……変身、って言って、いきなり変な格好になって」
俺の言葉に、城戸と秋山は顔を見合わせた。新たなライダーの発覚に驚いている様子だ。言っていいのかわからなかったけど、城戸がいるなら襲うことも無いだろう。
「……分かった。じゃあここで待ってて、俺達が終わらせてくる」
ひとまずモンスターの処理が先だと思ったのか、二人はデッキを取り出した。そしてデッキをガラスに向けてかざし、「変身!」と叫ぶ。直後、二人の姿は紺色のライダーと、赤いライダーに変わる。ガラスの向こうに飛び込んだ二人を俺は呆然と見つめていた。
神崎士郎の姿はもうそこにはなかった。
……どうして、こんなことになったんだろう。威の更生には成功したから、威がライダーになることは無いと思っていたのに。頭が痛い。……これから俺は、どうすればいいんだろう。
しばらくして、ガラスから威と秋山、城戸が出てきた。その奇妙な現象も、3回目となると既に見慣れている。
「……おかえり兄さん。大丈夫?」
「……ああ、こいつらが助けてくれたから。……倒しきれなかったが」
威は俯きがちに答えた。威もどうしていいか分からないんだろう。その手にはカードデッキが握られていて、本当に威はライダーになってしまったんだ、ということを実感させた。
「まさか、こうも早く三人目のライダーに遭遇するとはな。時間切れで倒せなかったのが残念だ」
「おい蓮、何言ってんだよ!?」
秋山の言葉に、城戸が非難がましい目を向けた。どうやら二人の性格はそのまま原作通りらしい。
「……とりあえず、落ち着いて話をしたいです。何が何だか分かってないんですよ……」
「ああ、そうだな。……でも暁、お前は帰れ」
「は?」
何を言われたのか分からなかった。帰れ、って?耳を疑った。
「な、なんでだよ兄さん!」
「お前には関係ない話だ。お前はライダーじゃない」
「兄さんだってなりたてじゃないか!今後兄さんがライダーになるって言うなら、弟の俺に関係ない話じゃないだろ!」
「関係ない!分かったら早く帰れ!」
「分かんないって!」
「ま、まあまあまあ落ち着いて、ね?俺は弟くんいた方がいいと思うよ?やっぱり今後に関わる話だし」
城戸の言葉に、威は苦い顔をする。そして「……好きにしろ」とどこか辛そうな表情で告げた。
……これが所謂喧嘩ってやつなんだろうか。初めてだ。さっきの怒りと言い、喧嘩と言い。ただそんなことがどうでも良くなるくらい、今はただ威との仲違いが辛かった。
俺達は主人公二人組と共に花鶏へ向かった。俺と威は徒歩だったから、俺が秋山の後ろ、威が城戸の後ろに乗る。バイクは初めて乗ったけど、なるほどこの風を切る感覚は心地よかった。いつか免許取ろうかな。威は終始不機嫌そうだったけど。
そして着いた花鶏は、テレビで見たものとまるで同じ外観をしていた。ほぁあ、と感嘆の声を漏らす俺を、城戸が不思議そうな顔で見つめていた。
「そんなに珍しいか?ここ」
「あ、いえ……、ただ、綺麗な場所だなって。お邪魔します」
誤魔化しながら花鶏の中へと向かう。小さな店内にはいくつかテーブルか並んでいて、カウンターの奥のキッチンに一人の女性がいた。ショートカットの意思の強そうな目をした彼女。彼女が、神崎優衣。
「おかえり、二人とも。……そっちの人達は?」
「三人目のライダーと、その弟だ。名前は……」
「……浅倉威」
「浅倉暁です。初めまして」
「俺は城戸真司!よろしく」
「秋山蓮だ」
俺がぺこり、と頭を下げると、優衣は驚いた様子ではあったが、すぐに「初めまして、神崎優衣です。どうぞ、座って」と俺達に促した。秋山と城戸がカウンター席に座ったのを見て、俺と威は同じテーブル席に着く。
「……浅倉威、お前、ライダーバトルについては把握してるか?」
「……あの男から聞いた。他のライダーと戦って勝ち残れば望みが叶うらしいな」
「そこまで分かってれば十分だ。俺達が敵対してるのも、理解できるな?」
「ちょ、ちょっと蓮!何言ってんだよ!戦いなんて間違ってるって!な、お前もそう思うだろ!」
城戸が縋るような視線を威に向けた。威はしばらく黙っていたが、はぁ、とため息を吐いて応える。
「間違ってる、とは思ってない」
「そんな、だって、おかしいだろこんなの!」
「それがあの男の定めたルールなんだろ?……が、俺は戦う気は無い。俺は暁を守るためにライダーになったんだ」
「……お前と言い城戸と言い、神崎士郎の人選はミスだとしか言えないな」
「はぁ?どういう意味だよ!」
「そのままの意味だ」
呆れる秋山に城戸が突っかかっている。威は普段見せないような憂いのある表情をして俯いていた。
「ちょっと、二人とも喧嘩しないでよ!一般人の人もいるのに!」
慌てて止めに入った優衣の言葉に、城戸ははっとした表情で俺を見る。
「な、なぁ、暁っつったよな?お前も自分の兄貴にこんなことして欲しくないだろ?」
「当たり前ですよ。俺は兄さんに死んで欲しくない。兄さんが危険な目に遭うなんて絶対に嫌だ。それなら俺があそこで死んでた方がいい」
「……え?」
俺の言葉に、城戸が目を見開いた。秋山も優衣も、驚いた様子でこちらを見ている。なんでそんなに不思議そうなんだろう。……がたっ、と立ち上がる音がして、直後に威が憤怒の形相を浮かべながら俺の襟首を掴んだ。
「……ふざけんな、ふざけんなっ!!お前は、お前は昔っからそうだ!!いつもいつも自己犠牲で、自分の事なんも考えてなくて!!俺がお前を守れなかった時に俺がどんな気持ちになるかも知らないでっ!!」
……威に怒鳴られている。そう理解するのに、少しかかった。なんでこんなに怒るのかまるで理解が出来ない。だって威にしてみれば俺のせいで危ない目にあったようなものなのに、なんで怒るんだ。なんでだ。
「……わかんないよ、兄さん」
不意に零れた俺の言葉に、威は心底絶望したような顔をする。さっきまで怒りが映っていたその目には、今は深い哀しみが湛えられていて。
なんで怒るのか、なんで悲しむのか。……理解が出来ない。
「……」
威は脱力したように手を離すと、そのままフラフラと店を出る。その後ろを城戸が「おい、ちょっと待てよ!」と追いかけていった。
「……暁、お前……壊れてるな」
秋山がそう俺に吐き捨てて、同じように店を出ていく。優衣も一瞬咎めるような視線を秋山に向けていたが、すぐに俯いてしまった。
壊れてる。俺は、壊れてる。その言葉が頭の中で反響していた。
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俺の弟は(side威)
受験勉強の合間に現在ちまちま書きためしてるのでしばらくすると投稿頻度が多分落ちます……。
忘れていた。ずっと忘れていた。いや、忘れたかったのか。……暁は、心が壊れてる。
アイツはずっと俺の代わりに殴られていた。俺はその罪悪感を埋めるためにアイツの傷を治療したり飯を調達してたりしてた。俺なりの礼のつもりでもあった。でも暁は、それにまでお礼と称して絵を渡してきた。あの頃は疑問は抱かなかったが、今なら分かる。アイツは俺に世話をしてもらえる理由を理解せず、ただの優しさだと思ってたんだろう。だからお礼なんか渡してきた。
殴られても笑っていて、ずっと、ずっと笑っていて。抵抗する気はなく、ただ俺を傷つけないようにしていた暁。いつから壊れていたんだ。親父に殴られていた時からか、それとも、最初からなのか。
ただ確信があった。暁があのまま壊れたままだと、きっといつか暁は死ぬだろう。暁は俺のために平気で命を捨てられるのだ、あいつは。
「……クソが」
ダンっ、と壁を蹴って吐き捨てる。俺は、俺はどうすれば……。
「あ、いた。おーい威さん!」
聞こえてきた呼び声に顔を上げると、さっきの二人組のうち、馬鹿っぽい方がやってきた。名前は……ダメだ、思い出せない。話をちゃんと聞いてなかったのが仇になった。
「……お前、は」
「お前な、確かにあの暁君の発言はやばかったけど、流石にあの言い方はないだろ、めっちゃ呆然としてたよ?」
「……お前に何がわかるんだ」
いきなり説教をしてきた馬鹿に呆れてしまう。何も知らないのだ。この馬鹿は。俺と暁が今までどう生きてきたのか。暁がいかに壊れていて、いかに不安定なのか。
「そりゃ俺は何も知らないけどさ、だからって……」
「知らないなら口を出すな。イライラする」
無視して歩くと、後ろから「おいちょっと待てよ!」と馬鹿が追いかけてくる。ああ、ウザったい。本当にこの手の馬鹿は……。
「とにかく俺が言いたいのは、一回暁君とちゃんと話した方がいいんじゃないかなってこと!このまますれ違うなんて嫌だろ!」
「そのすれ違い正した結果、暁が死ぬとしても?」
馬鹿を強く睨む。俺の視線に馬鹿は一瞬たじろいで、「いや、でも……」と言い訳がましくことばをつらねようとする。……そこまで言うなら、説明してやる。
「……俺と暁はな、昔クソみてぇな両親に虐待されてた」
「……え?」
「と言っても最初は俺だけだった。俺だけ殴られて、暁はぬくぬくしてた。俺はそれが許せなくて暁が大嫌いだった。だけどな、ある日アイツが俺を庇ったんだよ。それからも、ずっと。……それ以来、アイツは俺の代わりに毎日殴られるようになって、俺は殴られなくなった」
「……なっ……」
「助けようとしても暁は拒んで笑ってた。大丈夫だって、俺が殴られるのが嫌だからって。……とうとう本当に大怪我して、そしてその日の夜、家は火事になった」
「え、あ、火事!?」
「あの両親は焼け死んで、俺と暁は助かって、今は幸せに暮らしてたさ。でも暁は、あの時から何も変わってない。あの時と同じ、壊れたままだ。……話し合ってもアイツは分かってくれないだろう。アイツと俺はそもそも価値観が違うんだ。アイツにとって最優先が俺で、そして自分は一番下に置かれてるんだよ」
俺が火をつけたことは言わなかった。わざわざ馬鹿にそこまで言ってやる必要は無いと思ったからだ。馬鹿はとうとう黙りこくった。それを確認して、俺は歩き出す。家に帰るつもりは無い。今は、暁と顔を合わせたくなかった。
これからどうするか。……あの黒い方の男曰く、ミラーモンスターは一度狙った獲物はその後もずっと狙い続けるらしい。つまり、あのモンスターはまた暁を狙いにやってくる。ひとまずそれから暁を守る。……後のことは、後で考えよう。考えるのは苦手なんだ。
ぐうぅ、と腹が鳴る。……何も食べてない。屋台でラーメンでも食うか。本来なら今頃、暁が作ったパスタを食べていたんだろう。そう思うと、今夜は帰らないと決めたはずなのに、もう帰りたくて仕方なくなった。
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別離
俺はしばらく呆然としていた。動けなかったし、動く気にもなれなかった。
今まで、威が俺をこんな風に置いていったことはなかった。あの火事の時も、俺の手を引いて必死に逃げてくれて。なのに置いてかれた。俺は一人になっている。その事実を自覚すると、何故だか胸の辺りにどろどろとコンクリートのような黒いものが溜まって、重くなって、締め付けられる感覚があって。
「……ねぇ、大丈夫?」
優衣が心配そうにこちらを見ていた。大丈夫、大丈夫か。俺は今大丈夫なんだろうか。でもとりあえず生きてるから、多分。
「……大丈夫、ですよ。俺は」
「なら、なんで泣いてるの?」
その指摘に俺は首を傾げる。泣いてる?俺が?
頬に触れてみると確かに濡れた感触があって、そこで俺はやっと自分が泣いていることを知った。
「あ、れ……。おかしいな、両親に殴られた時も、泣かなかったのに……」
「……殴られてたの?」
「……昔、ね」
あの時だって俺は泣かなかった。いたくもなかった。なのになんで今、痛くも苦しくもなくて、怪我もしてない時に泣いてるんだろう。止めたくても勝手に流れてるものだから止めようがない。
「なんで、なんで、俺……泣いて……」
「……私は貴方たち兄弟のことは分からない。けど多分、お兄さんに怒鳴られて、置いてかれて、悲しくて寂しいから泣いてるんじゃないの?」
優衣の声色は哀れみと呆れが綯い交ぜになっていた。悲しくて、寂しい。……この締め付けられるような、押し付けられるような感じが、「悲しい」なのか。……俺、悲しいのか。
そう思うと、やけにストン、と納得出来た。俺は悲しいから泣いてるんだって。
「……どうしたら、悲しいは終わるんだ?」
「お兄さんと仲直りしたらどう?」
仲直り、か。仲直りって、どうやればいいんだろう。
威と喧嘩したことなんて今日までなかったから、よく分からない。
「謝ればいいのか……?」
「なんで、謝るの?」
「え?」
「謝罪って、自分が悪いと思ってる時にするものだよ。謝罪する理由がちゃんとなきゃ意味無いでしょ」
たしかに、と思った。俺は何が悪かったんだろう。思い返してみる。俺が何を言った時に威は怒った?
……俺が死んだ方がいいって言ったら、威は怒った。こっちの気持ちも知らないでって。威の気持ちってなんだ?俺が死んだら、威は……悲しい?
ああ、そういうことか。威は俺に死んで欲しくないから、怒ったのか。
「……うん、なんか、わかった気がする。……ありがとう優衣さん」
「どういたしまして。……暁君って、今までどうやって生きてきたの?まるで右も左も分からない子供みたい」
「……普通に兄さんと一緒に生きてきただけだよ」
右も左も分からない子供、か。もしかしたらそうなのかもしれない。薄々気づいてたけど、俺は感情とかそういうものが壊れてるらしいから。
でもなんとなく疑問に思ったことがあった。なんで俺、最初は死にたくなくて威の更生を始めたのに、今は威が死ぬくらいなら自分が死んでもいいって思ってるんだろう?
「……兄さんどこいったんだよ……!」
俺はテーブルに顔を突っ伏した。威は昨日の夜からまだ家に帰ってきていないようだ。あー、なんかすごい寒い感じがする。これはなんなんだろう。昨日の悲しいに似てるとは思う。後で優衣さんに聞いてみよう。
「……兄さんに会えなかったら仲直りも出来ない……」
折角仲直りしようと思ったのに、これじゃあまるで意味が無い。探しに行こうかとも思ったけど今日は生憎仕事だ。仕方なく、一人で朝ごはんを食べて、一人でごちそうさまを言って、一人分の食器を片付けて、家を出た。……泣きそう。
子供ってのは案外鋭くて、俺がおはよう、と教室に入ったら一番前の席の子が「先生、どうしたの?」と聞いてきた。とりあえず笑って誤魔化したが。
「……はぁ……」
やる気がおきない。おかげで授業で使う道具を足に落としちゃったし、お弁当を食べる気力もわかなかった。毎回割と頑張って作ってるので、残したら子供達に分けている。じゃんけんで勝った人におかずをひと品ずつあげるのだ。結構好評だった。
とぼとぼと帰路につく。今日も威はいないんだろうか。もしかしたら、これからもう威は帰ってこないんじゃないか。そんな想像が頭をよぎって、身体中がさぁっと水に浸されたみたいに冷たくなるのを感じた。これが恐怖であるのは言われずとも理解出来た。怖い。そうだ、威と離れるのが、会えなくなるのが怖いんだ。
震える体を片腕で抱きしめながら、しゃがみこんで壁に手をついて息を吐く。じわじわとせり上がるような、これが、恐怖。なんで威のことになるとこんな俺の心は荒れ狂うんだろう。怒ったのも、悲しんだのも、恐れたのも、威が全て起因してる。やっぱりブラコンなんだろうか。
少しだけ体の震えが収まって、俺はゆっくり立ち上がった。さっきまでまだうっすら茜色だったのに、今はもう暗い。昨日買い物し損ねたし、今日はスーパーによって帰らきゃいけないな。
そう思って歩き出した直後、背筋に這うチリチリとした感覚にはっと振り向く。振り向いた先にはカーブミラーがあって、そこに昨日俺を狙ってきたミラーモンスターが映っていた。奴は鏡から飛び出し、俺に飛びかかろうとする。咄嗟のことに俺は反応出来ずに固まってしまった。……ああ、威の傍で死にたかった。
「やめろッ!!」
一瞬幻聴かと思った。でもそれは確かな威の声で、次の瞬間、目の前で威がミラーモンスターに体当たりをするのを見た。
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契約
「暁、早く逃げろ!」
俺を背に庇いミラーモンスターと対峙しながら、威は叫んだ。逃げろ。逃げなきゃ。……嫌だ。
逃げたくない。ここで逃げたくないんだ。
「嫌だよ、兄さん」
「はぁ!?」
「俺、逃げない。絶対逃げない。だって俺やっぱり、兄さんが死ぬの嫌なんだ!」
威に死んで欲しくない。ただそれだけが俺の胸を占めていた。たとえ俺が死んだとしても、やっぱり、威に生きてて欲しいと思う。これはなんなんだろう。
「兄さんが逃げないなら、俺も逃げない!」
「……このバカ弟が……!じゃあいい、そこでじっとしてろ!俺が直ぐにカタをつけてくる!説教はその後だ!」
ミラーモンスターは現実世界でこのまま戦うのはまずいと思ったのかミラーワールドへ逃げていく。すぐさま威がデッキを取り出し、「変身!」とさけんだ。光が威を包み、その姿が紫色の仮面ライダー、仮面ライダー王蛇へと変わる。威は首を回して「あぁ……」と息を吐いて、カーブミラーへと飛び込んでいった。
「……神崎士郎、いるか?」
「……何の用だ」
直ぐに現れるあたり、スタンバイしてたんだろうか。それとも呼んだら来てくれるんだろうか。まあ、今はどうだって良かった。とりあえず俺を殺すことは諦めてくれたらしい。
俺は威に守られてるだけじゃ嫌だった。どうしたって俺は、威に置いていかれたくはないのだ。だから、決めた。
「デッキを寄越せ」
「……他のライダーと戦うつもりはあるのか?」
「あるよ。兄さんを害するライダーを、全員殺す。兄さんを守る。これが俺の願いで、誓いだ」
真っ直ぐに神崎士郎を見つめた。数秒、奴は俺を見つめ返したあと、ポケットからデッキを取り出して投げてきた。キャッチしてデッキを確認する。まだ何も書かれていないそれ。契約するモンスターを決めろということか。
「……浅倉暁、お前は、なんだ?」
「……さあ、ね」
俺がなんで浅倉暁に転生したのかも、よく分からない。俺が何かなんて俺が一番聞きたいくらいだ。ただ、今の俺にはそんなことはどうでもいい。
俺が何にせよ、俺は俺の願いを、誓いを守るだけだ。
「……変身!」
カーブミラーにデッキを翳し、高らかに叫んでデッキをベルトに装着する。直後、漲るような感覚がした後、俺の姿は黒いブランク体の仮面ライダーに変じていた。
キィィイ、ン、と耳障りな共鳴音がする。神崎士郎がモンスターを見繕ってきたのか、そこに一体のモンスターの姿が映った。
それは、ミラーモンスターとしてはあまりにも異質な姿をしていた。その顔は少女のように見える。しかし肌は青みを帯びた灰色をしていて、目の本来白くあるべき部分が黒く染っている。口元には鱗を模したガスマスクのようなものをつけていた。長い灰色の髪は、毛先にゆくにつれてメタリックな光沢と丸みを帯びていく不思議な髪だ。
ロボットのような金属的な関節の腕を持ち、その手は巨大な鳥のな足のように歪である。
そして何より、その下半身が一番奇妙だった。それは魚の尾ひれのようになっていたのだ。
かなり異形であり異質ではあったものの、それは人魚に似たミラーモンスターだった。彼女はこちらを襲うでもなく、じっとこちらを見つめている。俺は彼女に対し契約のカードを翳す。
瞬間、契約のカードが輝き、次の瞬間に何も書かれていなかったそこにその人魚の姿が写った。名前は「CHANTERNE」……シャンティレーヌ。随分と優美な名前だ。名前からして、人魚と言うよりセイレーンなのだろうか。セイレーンの姿は鳥だったり人魚だったりするから、彼女に鳥の様な特徴があるのも頷ける。
そして再びデッキとライダースーツが輝きを放つ。次の瞬間、俺の姿は変わっていた。色は黒から海を思わせる蒼へと。所々に鱗を模した意匠が施され、そして何より変わったのは口元だろう。シャンティレーヌと同じく、鱗模様のガスマスクが装着されていたのだ。マスクの口元に当たる箇所には鳥のくちばしのようなものがあり、それがカードを入れるバイザーになっているのだと、能動的に理解できた。
「さあ行け、仮面ライダーサイレン。そして戦え」
「……ああ、言われずとも」
そして俺は、ミラーワールドに飛び込んだ。
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戦う
ミラーワールドに入った時、威は二体のモンスターを相手取っていた。一体が威を翻弄し、そしてもう一体がその援護をしている。そのもう一体は角も大きく、リーダー格であるらしい。リーダー格の姿には見覚えがあった。昨日神崎士郎が呼び出していたモンスターだ。
なりたての威がそんな相手を倒せる訳もなく、既にボロボロだった。城戸と秋山はまだ来ていない。
「兄さん!!」
「……っ!?お前、まさか、暁……!?」
駆けつけてきた俺を見て、威が驚愕の声を上げる。その隙にモンスターが威を蹴り飛ばして、威は呻き声を上げて吹っ飛んでしまう。
まずい。俺は慌ててカードデッキからカードを取りだした。あまりに慌てていたものだから、カードの効果すら確認できない。口元の嘴のバイザーを下にずらし、カードを挿入した。
【HEALVENT】
ヒールベント?
疑問も持つ暇もなく、俺は歌い出していた。喉が知らず知らずのうちに歌い出していた、とでも言おうか。優しく、心地よい癒すような調べだった。そして少し歌うと、威の体が柔らかい青の光に包まれた。が、それだけだ。……何かあったのか?
「……怪我が治ってる。疲労もない……」
威はゆらりと立ち上がると、呆然と呟いた。あ、ヒールベントってそういうことか。とりあえず危機は脱したらしい。
「兄さん、まだ戦える?」
「……暁、お前……。……ああ、戦えるよ、いつでもなぁ!」
威は一瞬俺を責めるように見ていたけど、すぐに切り替えてべノサーベルを構えた。俺もデッキからカードを取り出す。取りだしたカードはソードベント、カードには長い爪を思わせる非常に細身の剣が映っていた。切ると言うより、突き刺すタイプのものだ。
【SWORDVENT】
上空からシャンティレーヌが現れ、剣を落としてきた。すかさずそれをキャッチし、構える。向こうも俺が増えたことで警戒を増したのか、リーダー格のモンスターも攻撃態勢になっていた。
先に動き出したのはモンスター。勢いよく走り出し、俺たちに殴りかかってきた。狙いは威。リーダー格は静観している。一緒に戦いに来ないリーダー格の挙動を気にしつつも、俺は迎撃体制に入る。
威はモンスターの拳をべノサーベルでいなし、その隙に蹴りを入れる。少し弱かったのかモンスターは若干怯んだのみで、今度は俺につかみかかってきた。身を捩ってそれを躱し、直後に威がべノサーベルで殴りつけた。俺はデッキからカードを取り出すと、すかさずバイザーでスキャンする。
【NASTYVENT】
という音声と共にシャンティレーヌが現れると、彼女は「ああああああああぁぁぁ……!!!」と絶叫する。悲しげで、全てを憎むような絶叫。モンスターはその声に耳を塞いで狼狽えていた。
「っ、今だ、兄さん!」
「ああ!」
威は杖状のバイザーを取り出すと、そこにカードを入れた。
【ADVENT】
威の背後からずるりとベノスネーカーが這いずってくる。そして威はもう一枚をバイザーにスキャンさせた。
【FINALVENT】
威は勢いよく走ってから飛び上がり、ベノスネーカーの放つ酸を浴びながらモンスターにバタ足のキックを見舞った。強烈なキックの連打と酸のコンボに、モンスターはなすすべ無く爆発する。後にはモンスターのコアのみが残った。
……生でべノクラッシュを見ることが出来る日が来るとは。今考えることではないが、やっぱりワクワクしてしまう。作中で何人ものライダーを葬った必殺技なのだ。
そんな感じでワクワクしてたから、俺は一瞬あのリーダー格から注意を外していた。それがいけなかった。瞬間、背後に気配を感じて振り返ると、既にリーダー格は拳を構えていて、なすすべ無く殴られる……と思った、その時。
【ADVENT】
という音声が聞こえたかと思うと、赤い龍がリーダー格を吹き飛ばした。間違いない、ドラグレッダーだ。振り返ると、そこには仮面ライダー龍騎、そしてナイトの姿があった。
「悪い、遅くなった!……そこのライダーは暁くんでいいんだよな?」
「結局兄弟揃ってライダーか。面倒だな」
「城戸さん、秋山さん!……ありがとうございます!」
圧倒的な人数差。あとは囲んで叩くだけだ。吹っ飛んだリーダー格を威がべノサーベルで殴り、秋山がダークバイザーで突き上げる。城戸がストライクベントを放ち丸焦げにし、そしてボロボロなリーダー格に、俺は最後の一撃を見舞った。
【FINALVENT】
シャンティレーヌが高らかに歌う。それは誘いの歌。死へと船人を引きずり込む呪いの歌。歌を聞いたリーダー格のモンスターは発狂し、走り出す。しかしそれすらシャンティレーヌが誘ったもの。走り出した先にいるのは、俺。俺はフラフラと走るモンスターの元へと走ると、容赦なく俺の剣、レーヌクロウをモンスターの腹部へ突き刺し、それを突き上げた。途端、モンスターは俺が突き刺した箇所から脳天までを真っ二つにされ、轟音と共に爆発した。……後には、コアが残る。
「……はぁ……」
倒した。その感慨がじわりと湧いてきて、俺はその場に座り込む。シャンティレーヌはリーダー格のコアの元まで泳いでいくと、それを美味しそうにペロリ、と丸呑みにする。
さぁあ、という音がして体を見てみると、粒子が体から立ち上っていた。そろそろ戻らないとまずいらしい。俺は立ち上がると、あのカーブミラーに飛び込んだ。
「……初戦闘、なんとか成功ってところかな」
「……おい、暁」
んー、と戦闘の余韻に体を伸ばしていると、後ろから威の声が聞こえた。ああそうだ、仲直り、しないと。
俺が振り返ると、威は俯いていた。……どうしたんだろう?
そう思った直後、パンッ、と乾いた音がして、頬が熱くなっていて。
俺は、威にビンタされていた。
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友達
「お前……お前ぇっ……!何やってんだよ、なぁ!なんで、ライダーになってんだ!?意味わかってんだろうな!?俺とお前は敵同士になるんだぞ!?」
俺の頬を平手打ちして、そして掴みかかった威は、とてもとても怒っていた。ちょっと前なら、その怒りの理由がわからなかったけど、今ならわかる。威は俺に、死んで欲しくないんだ。
「うん、勝手なことして、ごめん。……でも、俺だって兄さんに死んで欲しくないんだよ」
「だったら尚更だろうが!」
「俺がライダーになったのは、兄さんを守るためだ。兄さんを狙う他のライダーを倒すために俺はライダーになった。兄さんを守るのが、俺の願いだよ」
「……な、んで……」
まっすぐに威を見据える。今度は威が困惑していた。でも、これが俺の正直な気持ちだから。しばらくして、威はもうどうにでもなれ、と言わんばかりにため息を吐いた。
「……ああ、クソ……。分かったよ、分かった……。俺だってお前を守るためにライダーになったしな」
「……兄さん、でも俺、なるべく死なないようにはするよ。それにさ、俺達が互いを守り合えば、それって最強じゃない?」
「俺がお前を守って、お前が俺を守って、てか。なるほどな」
「うん。俺達はそうやって生き残ろう」
俺が笑うと、威もフッ、と優しげに微笑んだ。……仲直り成功でいいんだろうか。
俺達のやり取りを見ていた秋山と城戸は、やれやれと言った表情をしていた。
「……城戸さん、秋山さん、助けに来てくれてありがとうございました」
「いいのいいの、ライダー同士は助け合いだからな!」
「俺の最優先は兄さんですけど、余裕があったらお二人のことも助けますね!」
「おう!」
「お前はそれでいいのか……」
ニカッと笑う城戸に、呆れ気味の秋山。威も笑っていた。多分、今はこれでよかった。
俺のライダー就任祝いと仲直り記念?にみんなでご飯を食べようという話になった。
「くだらん、俺は帰る」
「俺の奢りですけど」
「貰えるものは貰おう」
一瞬の変わり身だった。早いよ。ちょろいよ秋山蓮。あまりの手のひら返しに城戸も威もびっくりしていた。
「……優衣さんも呼んで、みんなで食べに行きますか?」
「いいな!何食うよ?」
「麺類食いたい」
「じゃあラーメンにしますか」
「ほんとに兄貴が絶対なんだな、お前」
「てか暁君さ、今いくつ?」
「今年で23になります」
「同い年じゃん!なら敬語使わないでよ」
「いいんですか?」
「おう!仲良くしたいしな!」
「そっか、じゃあ宜しく、真司」
「……暁が他人に敬語解くのはだいぶ珍しいな」
そんなことを駄弁りつつ、俺達は花鶏に向かった。店に入ると優衣が食器を洗っていた。
「あ、おかえりみんな。……暁君、仲直り出来た?」
「うん、お陰様で」
「なら良かった」
「優衣ちゃん、これからみんなでラーメン食べるんだけどさ、優衣ちゃんも来る?」
「ほんと?私も行きたい!」
「暁の奢りだそうだ」
「あはは、優衣さんと真司と蓮にはお世話になったし、いくらでも奢るよ。兄さんの分も」
「奢ってくれるのは嬉しいけど、そんなに奢って大丈夫なの?」
「お金は割とあるんだ、俺達を育ててくれた祖父母が金持ちなの」
「ブルジョワめ……」
ぐぬぬ、と唸る真司がおかしくて、俺は笑っていた。……ああ、これが多分、楽しいってことなんだろう。
優衣も加えた五人で適当なラーメン屋に向かった。真司と優衣は普通にラーメンだけ頼んでたけど、蓮はラーメンの他に大盛りライスと餃子まで容赦なく頼んでて、優衣に怒られていた。まあもちろんちゃんと払った。威は替え玉を頼んでいた。
「はー美味しかった……」
「ほんとにありがとうね、暁君。ほら、蓮もお礼しなさい」
「感謝するぞ暁」
「なんでそう上から目線なの……?」
「いいんだよ優衣さん。奢るって言ったのは俺だしね」
「暁、そろそろ行かないとスーパーが閉まるぞ」
「あっそうだ買い物できなかったんだった。そろそろ行かなきゃ」
「おー、気ぃつけて帰れよ!」
「三人もね」
そうして三人と別れ、俺達はスーパーに向かい始めた。てくてく、と道を歩いていると、威と二人の時はとても落ち着くのを実感する。騒がしいのも楽しかったけど、やっぱりこれがいい。
「……兄さん、俺さ、ライダー同士の戦いを止めたりは、しないよ」
「ああ、そこら辺は割とどうでもいいしな」
「でも、真司や蓮の手助けは、少しでも出来たらいいなって思うんだ。これ、何かな?」
「……暁にも友達が出来たってことだろ」
友達、友達か。その響きはなかなか慣れなくて、何度か舌の上で転がしてみて。……うん、素敵だな。
「俺、初めて友達できたよ」
「よかったな」
そう言って威は、ぽん、と俺の頭を撫でてくれた。
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浅倉暁という男(side秋山蓮)
浅倉暁。浅倉威の弟で、仮面ライダーサイレン。ライダーとしての突出した能力はあまり見られない。ただ奴が契約したモンスターは少々特殊らしい。
まず、弱いモンスターのコアを食べない。そこら辺によくいる雑魚を狩っても、食べてくれなかったと暁は愚痴っていた。若干手こずるような強さのモンスターを倒してようやく食べてくれたのだと。ただそういうモンスターはあまり数も多くない。コアの選り好みをするモンスターなんて聞いたことはないが、シャンティレーヌは中々に奇怪な姿をしていた。そういうこともあるだろう。そのうちあいつは契約モンスターに食われそうだ。そうあってくれと、思う。
ただ奴は兄の浅倉威と協力してモンスターを狩っているから、エサの供給は何とかなっているらしい。そうなるとモンスターに食われることはそうそうないだろう。厄介だ、と呟く。
浅倉暁、俺はあいつが嫌いだ。あいつは人間じゃない。さながら壊れた玩具。そのくせ狂っているのだから手に負えない。あいつはまるで自覚がないようだが、あいつの兄への執着はまさに異常だった。兄への危害が加わりそうになると、あいつは途端に鬼になる。一瞬でも殺意を威に向けてみると、瞬間喉元に暁の手が触れている。その時の暁の目は、おぞましいなんてものではなかった。ドロドロと濁り腐り溜まりきった何か。それを見た瞬間、息が詰まった。狂気の一端を垣間見て、本能に訴えかける恐怖を感じる。
「蓮、何してるのかな?」
「……何もしてない。早く離せ」
「何もしてないなら、離すよ」
ぱっと暁は手を離して、途端呼吸が楽になる。生を確かめるように喉を擦りながら顔を上げると、あの男は既に兄の元に向かっていた。
嫌い、と言ったが、訂正する。俺はあいつが怖い。情けないとは思うが、あれは触れたらダメだと全身が警告を鳴らすのだ。あれは人間じゃないんだと。ましてやモンスターのような能動的な存在でもない。それよりももっと禍々しい忌まれるべきものだ。
兄である威はあいつの壊れっぷりを理解しているのか、していないのか。ただ常に暁がいる所には威がいるし、威がいる所には暁がいた。つまり、ライダーバトルを仕掛ける場合、基本的に1対2になるということだ。それはあまりに分が悪い。二人とも、決して弱くはないのだから。他のライダーと潰しあってくれるのが一番だが、何故かあいつらが他のライダーに負けるヴィジョンが浮かばないのだ。
「……なあ、お前らは仮に二人だけライダーバトルに勝ち残ったとして、そのあとどうするんだ?」
「どうするって?」
「願いを叶えられるのは一人。だがお前らは二人。最終的にどっちかが死ぬだろう」
二人の問題はそこだ。バトルロイヤルにおいて徒党を組むのは悪い選択じゃないが、勝者が一人である以上、それは絶対に解散する運命にある。が、こいつらが素直に戦い合うとも思えなかった。
「その時は俺が死ぬよ」
が、暁はあっさりと自分が死ぬ、と言い放った。前にも聞いたその言葉。こいつはやはり自分の命への執着が極めて薄いらしい。威が酷く咎めるような視線を送る。
「おい、暁」
「大丈夫だよ兄さん、俺が死んだ後に、兄さんが俺の蘇りを願えばいいでしょ?」
「なら俺が死ぬ。俺が死んで、お前が俺の蘇りを願えばいい」
「え、なにそれやだ」
「俺も嫌だ。……分かるだろう?」
「えー、じゃあどうする……?」
んー、と暁は首を捻る。二人の兄弟愛はやはり本物なのだろう。だからこんなに互いを思いやれる。少し違うが、俺にとっての恵理のようなものなのか。
恵理のことを思い出して、俺は首にかけたペアリングを握りしめた。
「……まぁ、その心配はいらない。勝ち残るのは俺だからな」
「……今から殺ってもいいんだぞ」
「やめとこ兄さん、今真司が餃子作ってくれてるんだから」
殺意を向けてくる威を諌める暁。しかし威が向けてきたものの数倍は濃厚な殺気の籠った視線を向けてくるのだから、まるで説得力がない。
だが、確かに今はやる気は起きなかった。暁が「真司の餃子が食べてみたい」と謎のリクエストをして、何故か餃子パーティをすることになっている。俺一人外食しようかと思ったが、暁が材料費を全て持つと言うので食うことにしたのだ。タダ飯が食べれるならそれに越したことはない。
浅倉暁、俺はこいつが恐ろしい。が、太っ腹な所のみは評価している。だから、敵対するのはなるべく最後にしておこう、とらしくもなく思った。
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