やおよろずっ! (かささぎ。)
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1話 始まりは突然だったらしい


こっそりと。




 

 

あぁ、体がふわふわする。何も無い空間で浮かんでるような、流されているような感覚に陥る。思考がまとまらないまま、何も無かったはずの周囲の景色が、突然変化し始める。

 

そこは何処にでもあるような学校の教室……を映し出したかと思えば、恐らくその学校の一角にあるであろう兎や鶏、更には孔雀なんている飼育小屋に場面が変わる。そこから運動場へ、多くの人々が忙しそうに歩く街中、人通りの少ない路地裏へ場面が変わっていく。そんな中、全ての場面に登場していた一人の少年がいた。

 

その少年だけでなく、移りゆく場面にはもう一つ共通していた事がある……そう、その少年がおかしいのだ。比喩的な例えではなく、直接的な意味としておかしい。

 

学校の教室では、自分の所持品に対して喋ってるようで、急に謝り始めた。

 

飼育小屋では、そこにいる動物達と踊りだし、運動場では同世代の子と喧嘩をしているのだが、その原因が遊具を過度に汚した事だと言う。

 

街中ではひたすらにごみを拾い歩くというボランティア精神は素晴らしいとも言えるが、途中で電信柱や信号機などの公共物を磨いて綺麗にし始める始末。路地裏では多くの不良を目の前にして、携帯を片手に高笑いを上げていた。

 

中には良い事をしていると言えるものもある……しかし、普通の子供がそこまでするだろうか? いや、大人でさえする人は少ないはず。

そんな罰ゲームを受けているか、新手のイジメを受けているとさえ誤解されそうな行動をする少年を中心に、場面が切り替わっていたのだ。

 

そしてもう一度、場面が切り替わる。

 

周りを見渡すと、なんの変哲のない机に椅子、テレビなどが存在しており、物音一つすらしない。この頃はまだ部屋は綺麗だったなぁとしみじみ思う。そんな事を考えてると、何かが視界の隅で動いた。そちらに視線を移すと、先程の少年がベッドに寝転んでいた。……これで最後、いつも通りの夢か。

 

いつもとは言っても、そんな頻繁に見る夢ではない。これは今から三年ほど前……中学二年生の時に実際に起こった出来事。それを今もなお見るという事は、それ程までに衝撃的で印象的な出来事だったと言えよう……別に先程まで見てた多くの場面が大した事無い出来事かと問われれば、決してそうでは無いのだが。

 

多くの場面の中で今見ている光景が最後であり、特に印象的な出来事と言えるのは、この日を境に少年の人生が変わったと言っても断言出来るからだ。この出来事が一番古い夢であり、これが原因で先程までの夢へと繋がっていくのだ。

 

俺は何故このタイミングで、この行為をしようと思ったのだろうか……いや、そんな事を言っててもしょうがない。それをしたかった、ただそれだけの事だ。

 

そんな事を考えていると、ベッドに寝転んでいた少年が動き出す。あぁ、その先へ行くんじゃない。もし神様とやらが本当に実在したと言うのならば、俺に何故このタイミングでこの行為を促したのだろうか? 小一時間ほど問い詰めたいものだ。

 

まぁ、遅かれ早かれ必ず起こっていた事なのかもしれないが、それでももう少しだけ普通の日常を過ごしていたかった。

 

少年は急ぎ足でその部屋から出て、とある場所へと向かう。その足に迷いは無い、寄り道などせず、先程の部屋から一分もしない内に、目的の場所へ到着していた。軽くノックをした後、返事がない事を確認し、躊躇うことなくドアを開け、入室していった。

 

……そうだな……衝撃的で印象的な出来事だったと先程述べたが、一つ付け加えよう。

 

その出来事は間違いなく、その少年に一生残り続けるトラウマを植え付けたのだ。だってそうだろう?

 

一時的にとは言えその場所、その空間はその少年だけの……俺だけの空間だったんだ。ドアの外から声が聞こえてくるのは普通にあり得るが、まさか室内から声が聞こえてくるとは……ましてや俺以外の誰かがそこに居たなんて思いもしなかったんだ。

 

夢の中の少年が入室した後、ドアが閉められる。そのドアにはその場所の名前が記されたプレートが掛けられていた。

 

 

 

 

ーーーTOILETーーー

 

 

 

 

そう、最後の夢はトイレの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜……」

 

いや〜すっきりした。折角の昼寝タイムを過ごしてたら、突然の便意に催されたのでトイレへと駆け込んでしまった。

 

しかし、大と小をする時はなんとも言い難い気持ち良さ、快感があるよな、うん。小は出した瞬間から思わず、あ゛〜と声が出るあの感覚。大は踏ん張って踏ん張って出し切った後のお腹のすっきりさ、もしくはすぅっと出た時の解放感。これは思わず癖になるな。

 

癖になるとか以前に生理現象なんだけどね、なんてトイレに気持ち良さを感じてると、こんなどうでもいい事をいつも考えてしまう訳だが、俺だけじゃないはずだ。

 

これからもう一眠りするか、ゲームをするか考えつつ、綺麗に三角折りされたトイレットペーパーの先を手に取り、巻き取った時だった。

 

 

『うぅんっ!』

 

「……え?」

 

 

いきなりの事だった為、手を止めてしまう。なんだか妙に艶めかしい女性の変な声がした気がするが…… いやいや、そんな声が聞こえる訳ないか。思わず間抜けな声を出してしまったが、今家に居るのは妹だけ。両親と一華ねぇは仕事のはずだ。

 

まさか妹の……と一瞬頭によぎったが、そんな訳ねぇか、まだ寝ぼけてんなぁと気にせずに止まっていた手を動かし、大をした後にするであろう体の掃除をした時だった。

 

 

 

 

 

『はぁぁあああん! この物凄く臭いけどこの癖になる匂いさいっっっこうです! この鼻に付く匂いの元となる排泄物を私の力で除去していると考えれば尚のこと!

 

また優しく且つ拭き取る程度には強い悟くんの手に包み込まれるこの感覚、これもまた気持ちいいです! あぁ、私は悟くんの、人のお役に立てているのですね!

 

そして私に擦りつけられるこの汚らわしい物に感じるこの不快感! 何をするのですか! 私をこんなに……こんなに汚して、興奮しているのですね!

 

あぁぁ!! 私の〇〇○が悟の×××によって汚されてしまうです! けど堪らない、堪らないの! 私、達してしまいますですぅ!』

 

 

体を拭いた直後、そんな淫らで艶めかしく、そして余りにも卑猥な言葉がトイレ内に響き渡る。突然の出来事、不意を打たれたタイミングすぎてギョッとしてしまい、手に持っていた使用済みトイレットペーパーがトイレの中へ落ちる。

 

思わず声のした方へ顔を向ける。向けてしまった。するとそこには

 

 

『はぁ……はぁ…… これこそまさに生きてるって、感じられる瞬間。悟くんは後一回分、私を巻き取って使用するはずです。さぁ! つづき……を……しま』

 

 

そんな事を言い放って、恍惚な表情を浮かべた少女が、手洗いをする吐水口の所に上半身だけ起こしてこちらに手を伸ばしていた。何を言ってるか分からない? 俺も分からない。

 

この一瞬、しかし俺にはとてつもなく長い時間に感じられた。その少女も俺が見ている事に気付いたのか、恍惚な表情からきょとんと呆けた表情へ、そして思いっきり驚いた様子で声を掛けてきた。

 

 

『も、も、ももももしかして、私の事が見えているですか!?』

 

 

勿論、見えているよ。けど、明らかに信じられない。だってそうだろ?

トイレの手洗い吐水口の所にいる少女、これは言葉の意味通り、人の姿をしているが普通の人と明らかに大きさが違う。おおよそ10cm程度の身長でしかない。しかも髪の毛の色が薄いピンクの様な色をしていて、服も薄いピンク色を基本にした着物を付けている。

 

うん……取り敢えず俺は目の前の光景から目を逸らして、もう一度体の掃除をした。トイレットペーパーを巻き取った時、拭き取った時に、『んんっ!』『あぁ、そこはだめっ!』 なんて声が聞こえてきたが完全に無視をして、水を流した。

 

 

『悟くんのいけずぅですぅ! 私が流されてしまっても、第二第三の私がすぐ現れるです! また、貴方の肛○を拭き取る為に!』

 

 

そんなしつこい雑魚敵と思わせつつ、よく考えなくても変態的なセリフを吐きながら、先程まで見えていた少女は、徐々に姿が薄くなっていき……消えた。

 

しばらくの間、俺は立ち尽くしてしまっていた。なんだ、なんだったんだあれは。……まぁ考えてても仕方がない。余りにも寝ぼけすぎていたんだろう。

 

あんな小さな少女……って変だな、普通の人が聞いたら何言ってんだってなるだろうけど、そのままの意味で女の子がいて、頭がおかしいというか……ちょっとえ、えろい事言ってて、しかも俺の名前を知ってるなんて……

 

いや〜まだ、俺って夢見てんのかね。取り敢えず自分の部屋に 『ちょっと待つです』 ……へっ?

 

 

『私は言ったですよ? 直ぐに第二第三の私が現れると…… それに悟くん、トイレットペーパーを使用した後は、いつもみたいに次の人が使いやすい様に三角折りして下さいです。

ちゃんと丁寧に優しく……きゃっ』

 

 

振り向いた先には、先ほどの女の子がトイレットペーパーホルダーの上で恥ずかしそうに頰を染め、手で押さえている。

 

俺はもう何が何だか分からず、ただただ呆然としていた。そんな俺を全く気にせず、その小さな、人として小さ過ぎる女の子は話を続けた。

 

 

『あ、すいませんです。ついつい私嬉しくなってしまって…… まさか、こんな日が来るなんて考えもしなかったです。では自己紹介を……

 

私はなんとですね、トイレットペーパーの神様なのです、いぇい! 悟くんが生まれてから……いいえ、生まれる前の貴方のご両親の代から、ずっと御心家の皆さんのお尻をお拭き続けていましたです! 悟くんだけが突然私を見える様になった事にはびっくりしましたが、これからもよろしくお願いしますですっ!』

 

 

そう言って少女はニッコリと微笑みを浮かべ俺を見つめており、俺は一瞬固まった後、絶叫を上げながら自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

いつ見てもこの夢は酷過ぎる。この自称トイレットペーパーの神様を名乗る、明らかに小さ過ぎる女の子と出会って……というか見える様になってから、俺にとっての安息の場所が消え去った。

 

何故ならば……自称神様がトイレットペーパーだけじゃなかったからだ。しかも何故だか知らないが俺にしか見えていないようで、もう大変なんてものじゃない。勿論、新種の病気かと思ったが、そこから奇妙というか……色々と不思議な事が起きていたし、なんとも言い難い。

 

この時から俺は間違いなく荒んでいった……少なくとも心は。頭がおかしくなりそうだった。よく鬱にならなかったなとも思う。けれど、いつまでも現実から……俺にとっての現実から逃げていては何も始まらない。

 

それに自称神様達は、なんだかんだいい奴らで面白い奴らだった。憎もうにも憎めず、鬱陶しそうに無視を続けると、視界の端で勝手に落ち込み、むしろそれが鬱陶しく感じるし。

 

こちらが助けられた事も何度もある。俺だけじゃどうしようもなかった事を、解決してくれた事もある。それらは、一般人じゃ到底理解できないことだ。簡単にそれをやってのける彼・彼女らを、俺の妄想だと馬鹿にする事は出来なくなった。

 

こいつら(神様)を認め、この存在を前提とした行動をするということは、周りから浮いてしまう事に他ならない……まぁ、やりようはあったんだろうけど……

 

最初こそ抵抗はあったけど、今ではすっかりこの環境に慣れてしまった自分がいる。慣れって怖いよなぁ。

 

 

……おっと、目覚ましの音が聞こえる……気がする。多分もうそろそろ起きる頃合いなのだろう。トイレでの夢はたまに見るが、それでもこんなにはっきりとした形を見るなんて……

 

まぁ起きたら夢の内容なんておぼろげにしか思い出せないんだけどな。しかし……一目見てとても可憐で綺麗な女の子が、人としては小さすぎ、言動が逸脱し過ぎていて、おまけに俺の尻をずっと拭いてきたなんて言ってきたらパニクるわ絶対。

 

……ってうるせぇな、あいつら! もう起きるよ! はぁ、高校生には辛過ぎる生活だ。寧ろ枯れてすらいるかもしれない。

そんな事を考えつつ、途端に意識が遠のいていく。話す機会があれば他の奴らの事も紹介して行こう。取り敢えず……起きたら……とい……れだ……な。

 

 






後々タグとかジャンルとか加えたり変えるかもしれない。


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2話 二度寝を出来ないって辛くない?


ちょっと早めに。


 

 

 

冬の寒さを超え、暖かな風が吹きつつもまだ少し肌寒さが残る今日この頃。()()()()()()カーテンからは、朝の日射しが部屋に注ぎ込まれ、瞼を閉じていたのに確かな眩しさとほのかな熱を感じていた。

 

 

『おはよぉぉぉおおお!!! おきてぇ!!』

 

 

今年度より高校二年生になり、ぼちぼち進路の事を考えていかなければならない時期となった。が、少なくとも今はこの惰眠を貪りつつ、ギリギリまでこの温もりを味わっていたかった。

 

しかし、甲高いベルの音に加えたこの甲高い女性のソプラノボイス。しかも問題は目覚ましの音を止める事が出来ても、この声は止められない。ベルの音をすぐ消し、声がした女性の方へ手を伸ばすが、全く感触が無い。そうだった、触れられねぇから消せねぇや。結局耐える事が出来ずに起きようとするが……

 

 

『お目覚めのようですね、ご主人様』

 

 

と、ベッドの上で毛布に包まれている俺のすぐ横で、落ち着いた女性の声が聞こえる。 その女性はゆっくりと俺の頭を撫でていた……またこいつは……こちらからは触れられない事を良いことに、好き勝手やりやがって。

 

 

『彼女の声は頭に響きますからね。ご主人様も今日から新学期のようですし、諦めて起きる事をお勧めします』

 

「……だから入ってこないでくれっていつも言っているだろ」

 

『私達の仲ではありませんか。それにご主人様自らこのベッドで寝ているのですよ? これは私の権利です』

 

『うぉぉおおおお! おきろぉぉおお!!』

 

「あぁもううるせぇー! 起きるから黙れ!」

 

 

いつまで経っても朝からこのうるささには敵わず起きる。季節はまだ春の始まり、布団の温もりは一瞬にして消え去ってしまい、もう一度被り直したい欲に駆られる。

 

そしてベッドの方を見ると、藍色と白を基調とした服装にロングスカートとこれこそ正当派なメイドとも言える姿に、綺麗に輝く長い銀色の髪をした女性と、金髪の小さい女の子が目覚まし時計のすぐ横に立っていた……金髪の子は小さい女の子と言ったが、身長自体目覚まし時計と並ぶ程しかない。

 

 

『お! やっと起きたね、悟』

 

『少し残念ですけど、さぁ学校の準備をしましょう。妹様も待っております』

 

「……はぁ……時計ちゃんはもう少し手加減しろ、ベッドは心臓に悪いから入ってくるんじゃねーよ」

 

『ご主人様は最初の頃ならいざ知らず、最近は慣れておいでですよね? ……最も、本当にやめて欲しいのならば、素直に朝起きた直後だと下半身にテント張っていて恥ずかしいからって言えばよろしいかと』

 

「おいばかやめろ!」

 

『悟! 私から生き甲斐であるお前を起こす仕事を奪うのかっ!』

 

「涙目で訴えてくるな、加減をしてくれと言っているだけだろ!」

 

『朝から騒がしいねぇ〜低血圧な私には辛いのに、みんなうるさいから寝るに寝れないじゃんかー』

 

 

目覚まし時計とベッドに一言物申していると、新たな声が響く。ベッドの奴、自分が女性の姿をしているからって、男子をおちょくりやがって……

 

それに次から次へと……低血圧とかお前ってそもそも血流れてんのかよ。そう思いながら、新たな声のした方へ向き直り手を伸ばす。

 

 

『お、おいこら! 勝手に私の制服を取るんじゃない!』

 

「ハンガー……お前のじゃねぇよ。それ着ないと学校に行けないんだが」

 

『きょ、拒否するよ! これだから休み明けは嫌なんだよ〜 もっと悟に包まれていたいんだから!』

 

 

制服を取ろうにも、ハンガーに張り付いてるような感覚がして取る事が出来ない、いい加減にしてくれ……早起きした意味が無くなるから。

不本意だが、この手を使うしかないか……

 

 

「……どうせ休み中は洗濯してクリーニングかけてたんだし、俺の匂いは薄まってたはずだろ? ほら、今日から着るんだし」

 

『く、確かに……卑怯だよ……あぁ……』

 

そう言って、制服が取れるようになり、ハンガーから取り出すと、パーカー姿の黒髪ツインテールの女の子が出てきた……ハンガーにぶら下がっており、名残惜しそうな顔をしていたが。

 

普通は自らの口で 「俺の匂いまた付くだろ?」 みたいな事なんて言いたくないんだが、けどそれで以前痛い目に合ってるからなぁ……

 

 

「さて、そんじゃ行ってくる」

 

『それではご主人様』

 

 

いってらっしゃーい!!

 

部屋いっぱいに響き渡る声が余りにもうるさい。先程の三人……柱? に加えて大勢の自称神様達から挨拶を受ける。本当いつも元気すぎると溜息を吐きながら、廊下へ出てリビングへ向かう。

 

 

『ホント朝っぱらからうるさくて敵わないわ。貴方もそう思わない?』

 

『……私は悟様の荷物入れですので…… しかし他の者達も、自分の仕事を全うしていると考えれば仕方なき事かと』

 

『堅っ苦しいわね』

 

 

一つは若い女性の声、もう一つは渋い男性の声が聞こえてきた。気付けば、俺の肩に女の子が座っていた。髪は肩にかかるくらいの抑えめの茶髪、服装はなぜか俺の高校の女子の制服。

その子が話し掛けている相手は、俺が手に持っている鞄だ。こちらは姿を現していない。

 

 

『今日から新学期ねぇ……この子ももっと友達出来ると良いのだけれど』

 

「……別にいらねぇし、寂しくねぇし」

 

『……はぁ、何も聞いてないわよ。全く、そういうとこよ。素直じゃないし、人にはツンケンした態度取っちゃうし、ツンデレなの? 挙句には堪えきれずに変なこと始めちゃって頭おかしいと思われちゃうし』

 

「前者はまだしも……ってツンデレ言うな! そもそもその頭おかしいと思われてる原因の一部が君にあるんだけどなぁ!」

 

『悟様、もう少しお声を小さく。また妹様に聞こえてしまいますぞ』

 

「すまん、ヒートアップしてしまった。サンキュー、マイバッグ」

 

『あー本当つまんないわねぇ。 妹さんに冷たい目で見られてるアンタ見るの、私好きなんだけど』

 

「お前は俺を殺す気か? 家の居場所的に」

 

『もう半分死んでるようなものじゃない』

 

 

確かに、と納得しかけてしまったが、それもこいつら自称神のせいなんだけど!

とりあえず気の休まる暇が全く無い事を一人嘆きながら、学校へ行くとしよう。

 

 

『あ、そう言えば悟。アンタの友達から連絡来てたわよ。いつもの場所で待ってるって。本当、何であんないい子が悟みたいな頭おかしい子と仲が良いのかしらね』

 

 

そういう事は早く言えっての! 俺はすぐさま支度をしてダッシュした。

 

 

 

 

 

 

朝食を取る際に妹から真顔で 「おにぃ、本当独り言やめてよ? 今年度から私も同じ学校だし、兄弟と思われたくない」 と言われ、密かに心へ大ダメージを受けながらも、学校へ行く。

 

しかし一年も通えば、色々な奴らと知り合うものだ。

 

 

『やぁ、悟くん。今日から学校頑張ってなぁ……あ、そろそろ青になるよ』

 

『ちょっと! 私の体を踏まないでよ! 折角の美肌が汚れるわ!』

 

『……俺は黒いからな。ふふ、汚れても問題ない。ただ、ガムやタバコ……その他もろもろゴミを捨てる奴は許さねえ』

 

『ゴミって言うな! お、俺たちだって好きで捨てられてるわけじゃねぇ!』

 

 

上から信号機に横断歩道の白線に道路。挙句には捨てられてるコンビニの袋等を含めたゴミ達だ……あれぇ? 何かおかしいなぁ……ってごめんて、謝るからそんな目見るな。しかも急いでるのに……

 

 

と思いつつ、しょうがないので道路を歩きつつゴミを拾って行く。……いやだってこいつらめッちゃ泣いてるんだもん。めんどくさくないのかって? もう慣れた。

 

 

『こ、これが我々の言葉を分かってくれる伝説の……っ!』

 

『私達もついに新たな物の礎となれるのね!』

 

『風に吹かれて、人に踏まれ、歩く人々に無視をされ、挙句人の目に入らない場所へ飛ばされる運命と思っていたのに……あぁ、救世主、悟様!』

 

 

え、何? 俺っていつのまにか伝説になってたの? てか様って付けるのやめて!

 

 

『悟くんはゴミと認識されてしまった仲間を拾ったり、数々のボランティアをやってくれてるからねぇ。巷ではかなりの有名人よ』

 

『俺たちだって好きでゴミになってるんじゃないやい! ちゃんとした役割を持って生まれてきてるのに……』

 

 

……そっとしておこう。横断歩道を渡りきった後、向かいの信号機が伝説と呼ばれる理由を教えてくれたが、身から出た錆だったか……

 

ちなみに、この信号機は互いが好きで、愛し合っているらしい。しかし本体である信号機そのものからあまり離れられず、触れる事さえ出来ない悲恋の運命である。

……うん、俺に相談されても困る。

 

話は戻って、伝説だとか誰にも人には伝わらないんだろうけど、別に気にしてないし。しかし、しょうがないだろう? 偽善者だの、いい人ぶろうなんて思ってるわけじゃないけれど、こいつらの言葉が分かっちまうから、出来る事はしてやりたいんだよ。

 

……と言いつつ、実際は最初の頃に色々あってなぁ。当時のことを思い出すと身震いが止まらない。

 

そりゃボランティア……って聞こえはいいけどそんなの疲れるし、めんどくさいし、遊ぶ時間減るしやだと思ってた。思ってたが……はぁ、ため息しか出ない。

 

 

『あら、他の子達の為にも身を粉にして働く事は良いことよ』

 

『そうです、誇って下さい悟様』

 

 

肩に乗っている女の子と鞄から褒められた。鞄はいいがこいつは……

 

 

『あら、不服かしら? 残念ねぇ、折角貴方の相棒がこうやって褒めてあげてるのに。 私だって滅多に来ない誰かからの連絡が来たらすぐ教えてあげたり、どうしてもと言う時は時計と一緒に起こしてあげたり、他にもいろんな事を貴方の為にしてるのに……悲しいわ…… こんなにも尽くしてるのにそんな目で見てくるなんて……しくしく』

 

「めんどくせぇ、嘘泣きすんな! はいはい感謝してるよ!」

 

『感謝と敬意と恩義が足りない』

 

「……ってめぇ……」

 

『あら? ほら、さっさと歩きなさいな。学校に遅刻するわよ?』

 

 

 

肩に乗ってる彼女は涼しげな顔をして前を指差す。俺は携帯を取り出し時間を確認し直し、確かにゆっくり歩きすぎたと反省した……というより、先程のゴミ拾いが原因の大部分をしめるが。

 

 

『勝手に触らないでくれる?』

 

「辛辣過ぎるだろ! 今日は一段と激しくねぇか!?」

 

 

時間が空けばすぐ弄ってくる……というかもはや言葉の暴力と化しているのはフォンちゃんこと俺のスマホだ。スマホと呼んでたら「ださいっ!」 と一蹴され、電源を勝手に切るだの誰かに電話掛けるだの、酷い目にあった……こいつらの名前問題もあったな、あの時は大惨事だった。

 

 

「お? 遅いじゃねぇか。またいつものボランティアか? つーかここまでくるとボランティアってより趣味=ゴミ拾いだよな」

 

 

っとー、それよりも目の前に現れたこいつの話だな。

 

苦笑を交えつつ此方に声を掛けてきたのは、くそイケメン野郎の深草 佑(ふかくさ ゆう)。小学校の頃からの長い付き合いで、俺から離れなかった唯一の奴だ。目は大きく、鼻が高い。高身長でスポーツ万能な上に勉強も出来る。そして笑顔はかっこよく、苦笑しながらやれやれしょうがない奴だな……みたいな雰囲気を出してくるとは……なんだよこいつ、主人公かよ。

 

中学の時、ある日を境に明らかに頭がおかしくなった男子の側にずっと居るんだが、その男子に取っては本当の事でも、普通の人にとっては妄想としか捉えることのできない言動を正面から受けていた。なのにも関わらず、変わらずに接していたり、むしろ普通なら面倒くさいボランティアとかにも一緒に参加している、性格すらイケメンだ。

 

俺だったら頭がおかしい男子居たら距離を取るな……俺の事ながら。けれどそんな俺といた事によって問題も確かにあった。俺なんかが一緒にいたらこいつにも迷惑がかかっちまうと思ったが……

 

 

「何暗い顔してんの? なんかあったか?」

 

「……いや、何も」

 

「絶対何かあったろー? ほんとそのぶっきらぼうなとこ直さねぇと、また一人の時間増えちまうぞ? 」

 

「まぁいいじゃねぇか。一人でも寂しくねぇし」

 

「本当、素直じゃねぇんだから……」

 

 

……大概の奴らは俺のしでかした事から、そのイメージを持ったままだから話辛そうだし。俺自身も一時期は佑以外と会話することすらなぁ……いつのまにか話す事が苦痛に……な?

 

『そうよねぇ、もっと言ってあげなさいな』

 

「っ……はぁ……」

 

「また溜息……新学期早々暗いなぁ。まぁ気分入れ替えてさっさと行こうぜ」

 

「そうだな、今日は楽だし」

 

 

……本当、俺には勿体ないいい奴だよこいつは。

 

昨日の番組見たか? など他愛も無い話を繰り広げながら学校へ共に行く。時にはフォンちゃんが茶々入れてきやがるが、流石に反応する訳にはいくまい……まぁ今までやらかしてるから学んだ、と言った方がいいか。

 

なんだかんだこいつと一緒に居る時が一番気が楽だ。学校では人気な奴だから一緒に絡む事こそ少ないが……こいつから俺のところへ来るのはやめてほしい。人が集まってくることによって、近くにいる俺に多くの奇異な視線を感じるからだ。

 

さぁ、まずはクラス分けだ。こいつが居るのと居ないとでは、クラスでの扱いが明らかに違うからな。一年時?……別のクラスで、関わっちゃダメな奴扱いでしたがなにか? ……めげる……まぁ一人ではなかったけども。

 

そんなこんなで、人がいっぱい居る所まではなんの捻りもない会話をしながら、笑っていた親友を横目に登校していくのであった。

 

 

 

 

 

「悟、クラスの紙張り出されてるぞ〜」

 

「見たらわかるって」

 

 

佑と共に学校へ到着し、新しいクラスの紙が張り出されている場所へ向かう。さてさて、新しいクラスは……

 

 

「うぉぉおおおお! なんだこのクラス!」

 

「絶対楽しいだろっ」

 

「やったぁぁぁ! 深草君と一緒だっ!」

 

「岸城さんと……これは」

 

 

他の生徒の騒ぎ声が聞こえてくる。うるさすぎて周りの奴らが…… 『やりました掲示板さん!』 『あぁ、こんなに俺たちを見てくれて子供達が喜んでくれてるなんて……』 あぁ……うん、良かったね。

 

取り敢えず聞こえてくる生徒と人外の声を流しつつ、自分のクラスを確認すると……

 

 

「おぉ、佑と一緒だ」

 

 

よっしゃぁぁぁぁぁ!!!

 

 

『良かったわね、これで腫れ物扱いじゃなくなって』

 

「あぁ! よろしくな悟。それに他の奴らも面白そうだぞ」

 

 

本物の神よ! ありがとう! ……フォンちゃんの声を無視しつつ、佑と話し合う。無視した事によって、頬を膨らませてるフォンちゃんだが、勘弁してくれ。ここいっぱい人がいるんだよ。

 

 

しかし、他の奴らも? どういう事だ、と思いクラスの名前を眺めると…… あぁ、確かにこりゃ騒ぐか。

 

まずはこの人、岸城 聖良(きしじょう せいら)。イギリスからの帰国子女に加えて、確かハーフ? クォーター? どっちか忘れたけどそうだったはず。女性の髪型には明るくないが、綺麗な金髪をアップにしている女生徒。お淑やかでお嬢様……かと思いきや、正義感溢れる行動と毅然とした立ち振る舞いで、かなりの人気を誇っている。

慕う生徒はもちろん多く、時期生徒会長候補と声を上げる生徒もいる。あと美人……話した事ねぇけど。

 

次に親友こと深草 佑。まぁ、俺と付き合っている時点でどんだけ気のいい奴かは言った通り。あとイケメン、説明不要。

 

そんで、喧嘩っ早い上にめちゃくちゃ強いと噂されている女生徒、柊 まひろ。名前こそ可愛いが、その外見からは想像し難い鋭い目つきに、似合わない言葉遣いなんだけど……すぐに素が出るのが特徴。黒髪を後ろで束ねていて、見た目は目以外可愛く、一年の最初の頃こそ人気だったが、まぁ今は俺とは違う意味で基本的に一人でいるらしい。……こいつとはちょっとした縁がある。ちなみに、噂以上に喧嘩は強い、まじで。

 

最後に、樫原 扇(かたぎはら おうぎ)。身長190はある筋骨隆々としたその体に、ヤがつきそうな人達の様な強面な人相。お前まじで日本人かよ、とまで噂されてる大男だ。柊 まひろとどっちが強いのか、対面した時には戦争が起きるのではないかとさえ言われている。言われているのだが……扇と俺は一年の頃同じクラスで、こいつとは話したことある。互いに多くは話さないが、だからこそいい。佑以外で一緒にて楽……まぁ佑とこいつしか普段からよく話す奴いねぇけど(例外は除く)。ちなみに喧嘩はした事すらないほどの優しい奴。

 

こんな四人がいれば、慣れはしても飽きる事はまずないだろう。てか佑は人気でしょうがないけど、扇が居てくれてほんと助かった。これで一人じゃない……一緒にいて互いの相乗効果によりヤバさが際立つかもしれないが。

 

 

『誰に説明してんのよ。それに何でもっとやばい奴が含まれてないのよ』

 

「悟、それはツッコミ待ちか? もっと目立ってる有名人いるじゃん」

 

 

え、君達仲良いね。佑もフォンちゃんの言葉聞こえてないのに、すかさず突っ込んで来るなんて……そこには触れないでほしい。

 

 

御心 悟(みこころ さとる)。中学からの奇行と合わせて、高校でマシにはなったものの未だ健在。例えばクラスで授業中、先生に怒られた事の言い訳で筆箱が開かないとか意味不発言。その後、思いっきり『おやっさん! 勘弁してください! 』 と謝罪したと思ったら、筆箱が勝手に開くという手品を披露した……とかね。他にも飼育小屋ダンス事件とか色々。

何に驚いたかいきなり奇声を上げるとか、一人でいる時に、ブツブツ何か呟いたりしてるめちゃくちゃ変人の頭やばい奴。けど手品だけは上手いからそこは評価されてるという」

 

 

……筆箱事件、あったなぁ。ちょっと買い換えるか迷った時に無意識に呟いたらあれだよ。しかも、その後は手品と勘違いされるし大変だった、結局怒られたし。飼育小屋事件? 嫌な事件だったね。奇声をあげるとかおま、いきなり理科室の人体模型から話しかけられたり、合唱練習の時、中庭の草や花がノリノリで歌い出したらどうするよ。びびるだろ? 人体模型いい奴だし、草花の歌はめっちゃうめぇし。

 

 

「……さっさと行こうぜ」

 

「ごめんって悟! 悪かったって!」

 

 

俺の話になると、面倒くさいと言うか、気落ちするというか、諦めてる。まぁ現状に不満なんて……いや一つだけ不満はあるな、しかし今話すべき事じゃない。と言うわけで、話は終わりにしてクラスに向かう。

 

 

「…… ま、手品うんぬんは置いといて、それだけじゃないんだけどな、評価されてんの」

 

「……因みにどんな?」

 

「聞こえてんのかよ。まぁそれはぼちぼちな」

 

「あぁ……嫌な予感しかしない」

 

『……残念ね、諦めなさい』

 

『顔を上げてください、悟様』

 

 

後ろで苦笑をしているであろう佑と顔を背けているフォンちゃんと鞄の言葉で、まぁいっかと気分を入れ替えて再びクラスへと足を進めた。

 

 

 

 

 

長ったらしい校長の話と共に始業式が終わり、このHRが終われば帰れると言うところでなんと先生からビッグニュースがもたらされた。

 

 

「それとな、実は今日から転校生がこのクラスへ入る事となっている。男子は喜べ、可愛いぞー。女子は仲良くしてやってくれ、ちょっと世間には疎いらしいからな」

 

「よっしゃぁぁあああ、女の子とか!」

 

 

男子の野太い声と、それを白い目で見つめる女子達。しかし、こんな時期に転校生とな?

 

 

「……喜べとは言ったが、怖がらせるなよ?」

 

 

先生の一言と共に、男子は静まり返る。新子千代(あたらし ちよ)先生、今年の担任である。腰下まである黒髪にすらっとした体型で一部の男子生徒から人気……一部? ハハッ、絶壁だからしょうが

 

 

「……御心、次は無い」

 

 

突如として、体へナイフを突き付けられているような錯覚に陥る。

こっわっ! 何でわかったの? とまぁ、ちょっと男勝りなところがあるが、生徒に親身になってくれると言う、評判のいい先生だ……ちなみに噂では、女子からもかなりの人気を獲得しているらしい……

 

俺? 多分だけど普段からヤベー奴扱いされてるから警戒してるんじゃね? ほら、今ので男子諸君が転校生を守らなきゃとか言ってるじゃん……別に興味は無いよ? ほんとだよ?

 

 

『アンタ、噂ばっかりね』

 

 

うっせ、話す奴が少ないからしょうがねぇだろ。

 

「千代ちゃーん、早く紹介してよぉ〜」

 

「柊……名前でちゃん付けはやめろと」

 

「いいじゃんいいじゃん、みんなも呼んでるし」

 

 

柊……ほんとその鋭い目つきのせいで、その猫っかぶり全く似合ってねぇからやめとけ……ほら、男子ちょっとビクって震わせてる奴いるじゃねぇか。何したんだよ。

 

 

「全く……あぁ、それと紹介した後、早速席替えだ。その方が盛り上がるだろ?」

 

 

その一言で、静まっていたクラスがもう一度盛り上がりを見せる。やったぜ、クラスの中央とか色々な意味で嫌だったから助かる。これで窓際辺りに行ければ楽勝だぜ。ん? クラスのイケイケな奴らが集まる定番な場所? 俺が居たらこっちこねぇよ。

 

 

『何悲しい事を自信満々に言ってんのよアンタは……それより』

 

 

肩に乗り続けているフォンちゃんから、鋭い攻撃ならぬ、口撃を受けショックを受けつつ、フォンちゃんが付け加えて一言言った。

 

 

『なんか……凄いのがそこにいる気がする』

 

「凄いの?」

 

『えぇ、何となくだけれど……』

 

 

小声で会話しつつ、よく分からないことを言うフォンちゃんに、疑問を抱きつつ、考える。凄いのって……転校生の事だよな、多分。なんだ?

 

 

「そんじゃー呼ぶから、お前達静かにしろ〜……よし、じゃあいいぞ、入ってこい」

 

 

新子先生がそう言うと、ゆっくりとドアが開く。そして、一人の女生徒が姿勢正しく入ってきた。

 

 

「……なるほど……」

 

 

確かにすげぇ。いやまて、男子には目に毒だろ。腰下くらいまである黒髪ポニーテール。身長はそれ程高くなく、女子生徒の中でも真ん中より下くらいか?……問題はそこじゃない。豊満な胸に、引き締まった腰のラインからの中々に安産型なお尻。……クラスに入ってきた時に、横から少し見えたうなじ、ポイント高いですね。本人は姿勢は正しくても、もの凄く緊張しているのがわかる。結論、エロい。

 

 

『サーッ!!』

 

 

ゴッッッ!!!

 

 

転校生に見惚れていると、掛け声と同時に頭の横で何かが動いた。その瞬間、思いっきり後頭部に衝撃が走り、そのまま額が机に直撃する。転校生が入ってきた事により、静まっていたクラスメイト達の視線が全て俺の方へ向く。

 

 

『……鼻の下が伸びてた。変態、ド変態、見かけたばかりの女の子に欲情するゴミね。そう言うの女の子は敏感なんだからやめなさい。ほんっとうに最悪……なんでこんなのが相棒だなんて』

 

 

そう、フォンちゃんが鮮やかな回し蹴りをぶちかまして来やがった。

……すみません、確かに見惚れてたかもしれません。しかしこんな仕打ちします? めちゃくちゃ後頭部とおでこ痛いんですが。 周りからの視線も痛いんですが。

 

 

「……また御心お前か…… 気にしなくていいぞ、その男子がおかしいのはいつも通りだ。自己紹介をしてくれ」

 

 

周囲の生徒達は怯えるようにこちらを向き、気を取り直して新子先生が転校生に話を振っていた。

 

……転校生を見ると、目を見開いて何かに驚いているようだった。先程感じられた緊張感は、そこにはなかった。

 

 

「どうした?」

 

「い、いえ! なんでもありません!」

 

 

転校生はハッと気を取り直し、改めて自己紹介を始めた。

 

 

「えぇっと……霧島 萩乃(きりしま はぎの)です。修行の一環として、鹿児島から引っ越してきました。あぁ! 修行というのは、家の事で……その……よろしくお願いします」

 

 

……うん、取り敢えず凄い所から来たんだな。あまり人前で話す事が得意ではなさそうというか、慣れてなさそう。

 

しかし、前半のはっきりとした口調と、後半のおどおどとした挨拶、そして生真面目そうで、優しい雰囲気を感じた男子達は明らかにテンションが上がっているのが見える……絶対それ見た目も影響しているよね?

 

 

「……まぁいいか、質問は後で自由にな。そんじゃ席替えをこのまま始める。霧島の近くになった奴はよろしく頼むぞ」

 

 

生徒達の興奮は冷め止まぬまま、席替えの準備へ入る。仮の席に座っている霧島さんの近くにいる奴らは、席替えよりも今がチャンスとばかりに彼女へ話しかけているが……慣れてないのか、緊張しているのか、上手く話せてなさそうだ……と思いたい。何故なら彼女は、周囲の話を聞いてるようで、隙あらば俺の方を見ているような気がしたからだ。

 

 

『あの子……いや、まさかね』

 

 

そんな不穏な事、呟かないでくださいよ、フォンさんや。

 

 

 

 

 



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3話 神様は本当に気まぐれ


一生懸命書き溜めを作る作業。
ペース落としてもいいんだろうけど……




 

 

どうしてこうなった。

 

 

「あはは! よろしくね〜 悟っち」

 

「あれ? 柊さんと悟って仲良いの?」

 

「ぼちぼち……って感じかなぁ〜? これで私も何とかクラスで過ごしていけるよぉ」

 

「……無理だろ」

 

「は?」

 

「……すみません、柊さん」

 

「柊さん、意外と普通じゃん。俺からもよろしくね〜」

 

「意外と、って失礼だよ〜。まぁいっか! はぁ〜い! 深草君もよろ〜」

 

 

位置的には窓際の列の後ろから二番目を確保できた。それはいいんだ、狙い通りでハッピー、佑と扇に続いて神様ありがとう!

 

問題は周囲の席の奴らだ。前が佑、右斜め前が柊だ。佑はいいよ、だが柊テメェはだめだ。

クソッタレな神様さんありがとう! 是非とも今度からはやめてくれ。

 

 

「……初めて話をしますね。御心君、これからよろしくお願いします」

 

「……まぁ……そのなんだ、よろしく頼む」

 

「……お噂は聞き及んでいましたが、成る程。やはり自分の目で見て話さないと分かりませんね、人柄と言うものは」

 

「そういうものなのか?」

 

「そういうものでしょう……まぁ少なくとも噂ほどとっつきにくい人ではない事は分かります。

しかし、先程の大きな物音は頂けません。あれは霧島さんへの無礼にあたります。折角の挨拶の邪魔を……」

 

「い、いいんですよ! 岸城さん! あれのおかげで緊張もだいぶ解けましたから! 私、こう言う所……というか、環境というか、初めてだったので、凄い助かりましたから」

 

「……霧島さんが仰るのであればこれくらいにしときましょうか」

 

「……あぁ、すまなかった」

 

 

そう、俺の隣の席が岸城さん、岸城さんの後ろに転校生の霧島さんがいるのだ。てか俺に話してくる女子なんて、委員長か柊くらいしかいなかったのに、岸城さんめっちゃ話しかけてくるじゃん。何なの? 気があるの?

 

 

『そんな訳無いじゃない。現実見なさい、可能性はゼロよ』

 

 

わかってるわ! ちょっと動揺しただけだよ! ていうか俺、噂話ってのが気になります!

……何これ? 誰かの作為的な何かを感じざるおえない。佑すまねぇ、俺は後ろへ逃げる。

 

 

「扇、今年も同じになったな。よろしく」

 

「……あぁ、此方こそ……よろしく」

 

「互いに互いのペースで行こう……そんな話すタイプでも無いし」

 

「……そうか、すまないな……ありがとう、一人よりかお前といる時の方が……飽きない」

 

「改めてこの一年、よろしく頼む」

 

「……あぁ」

 

『……相変わらずね、この子も。この子なら、アンタと違ってすぐ仲のいい子増えそうな気がするのに』

 

 

フォンちゃん。先程から一言多いぞ。

そして何を隠そう、窓際一番後ろの席はなんと扇なのだ。佑は俺以外とも喋るだろうし、寧ろ学校では部活メンバーとかと過ごしてるからな。これで扇が居なかったら心完全に折れてたよ。

 

 

「よーし、各自移動終わったな。丁度いい、岸城、霧島の事は頼むぞ」

 

「はい、承りました」

 

「それぞれの委員などは明日決めるから今日は解散」

 

 

そう言って、各自部活動やらで学校を後にする……と言っても、大半は霧島さんへ話しかける為に残っていたのだが。

 

 

「霧島さん、この後時間があれば校内を案内致しますよ。私も部活がある身、人の事は言えませんが、先生から直々に頼まれましたので、私が請け負いましょう。

他の皆さんもそれぞれの部活へ早く行くべきです。また明日も時間割的には余裕がありますので。その時にでも交流するチャンスはあるはずですから。

それに初日で疲れてるかもしれませんから、あまり霧島さんへ押し掛けるものではありませんよ」

 

 

大半の生徒が霧島さんへ押し掛けようとした時、岸城さんよりストップが掛かる。流石のカリスマ、各生徒は残念に思いながらも、帰りの挨拶を岸城さんや霧島さんへしながら、教室を後にしようとしていた。さて、俺も帰ろっかな。どうせ残ってても何もする事ねぇし。佑は部活として……そうだな、扇でも誘って遊び行くか。

 

 

「あ、はい! よろしくお願いします!」

 

「では、まず最初は……」

 

 

いい感じで打ち解けているように見える二人。ただ気になったのは、霧島さんからずっと見られている様な感覚がした。理由は分からないけれど、俺は気付かない振りをして学校を後にした。

 

 

 

 

 

 

扇と飯でも食って街をぶらぶらしながら多くの神様と交流を図り、1日を終える。新学期初日からだいぶ環境が変わったと思うが、祐と扇がいるだけでなんとか乗り越えて行けそうだ。

 

 

「ただいま〜」

 

 

おかえり〜、と妹の声が聞こえてくる……が別の声も聞こえてきた。あいつもしかして……

 

 

「お、悟じゃん。遅かったけど遊んできた?」

 

「……また来てたのか柊」

 

「いいじゃん、明日からは伊織ちゃんが入学してくるしその前祝いって事で」

 

「この前もしてたろうが」

 

「あ゛ぁ? 何か文句あるのかなぁ?」

 

 

いえ何もありません……そう、勘付いてる人もいるだろうが、学校での柊は完全に猫っかぶりだ。うちの妹の伊織とは仲が良く、結構な頻度でうちに遊びに来る。ほんとこいつは他に友達が居らんのかと……ってすんません、ほんとその目で睨まないで下さい。まじ怖いっす。

 

 

『けど伊織しか遊ぶ相手居ないと考えると、睨まれても可愛いわね』

 

 

フォンちゃんの呟きに吹き出しそうになりつつ、部屋に戻る。あのままだと柊からの視線で死にそうだった。しかし妹と柊は何話してんだろうな、あそこまで意気投合するとは思わなかった。

 

 

『おかえりなさいませ』

 

『おかえり!』

 

 

ベッドの挨拶を始めとして、部屋にいるみんなから出迎えの挨拶をされる。いつもの事だが元気いいなぁ。

 

 

『主よ、私を使うか?』

 

「あーそうだな、付けといて〜」

 

『了解した』

 

 

今の声は俺のパソコン。簡単に言うと女の子のロボット……女の子と言ったが、普通にロボだからな? 本体のデスクトップが黒だからか全体的に黒のカラーリング、目は青色だ。ただ喜怒哀楽の表現を、目と服装……外装? の色を変えることで表しているらしく、分かりやすい性格をしてる。

 

そして、普段は制服から着替えてる間にパソコン自らが起動してくれている。パスワードとかも自然と入力されいつでも使用可能の状態へ……信頼してるが、してるからといってパスワードを他人に勝手に打たせるのは危険じゃないかって? ははっ、俺のプライベートなぞ無いようなものだぞ?

 

まぁパソコンに限らず今まで被害を被るどころか、むしろ守られてきたからな、大丈夫だ……ただなぁ……趣味とか、その……せ、性癖とか……さぁ〜。

 

パソコンを始めとして、多くの物が今か今かと自分を使ってくれと待ち侘びている。いや、いつもする事を先にやるからそんな使わねーよ? ハンガーはすぐに匂い嗅ぐのやめろ。せめて見えないとこでやってくれ。

 

さてと、やる事と言っても今日の勉強なんですけどね。パソコンが音楽のマイリストを既に準備してくれており、後は勉強用具を出すだけだが……

 

 

『早く座りなさい! 時間は有限なのよ!』

 

「言われなくても座るよ! せっかちだなぁ」

 

『ほら! 早く早く!』

 

『……チッ』

 

『あらぁ、何やら負け犬の鳴き声が聴こえてきたけど、些細な事よね〜。早くご主人様! 私に座って!』

 

 

……うむ、慣れたけれど「私に座って」って言葉を女の子から言われると色々と妄想が……

 

っと危ない危ない。それはそうとベッドさん舌打ちは辞めましょう? 顔付きも怖いし……

 

今聞こえた声の主は椅子ちゃん。こちらはベッドの正統派メイドって感じではなく、藍色と白を基調とした服装までは同じだが、下がミニスカートで銀髪のセミロング、そして中学生くらいの見た目をしてる。ん? 上記の言葉と相まって犯罪臭が増す? そんな馬鹿な。

 

 

『ふふんっ、ご主人様ー今日は椅子に座ったまま寝てもいいのよ?』

 

「いや、いつもベッドで寝てるじゃねぇか。それに体痛めるし」

 

『もー、素直じゃ無いんだから〜。あ、肩揉もうか? 疲れてない? 大丈夫?』

 

「あー! 勉強やらせてくれ!」

 

 

三角座りで俺のすぐ横にしゃがみ込み頬を膨らませた椅子ちゃん……可愛くても駄目なもんはだめなんだからねっ!

 

なお、その瞬間に妹から「いつもいつも煩い! まひろさん来てるし静かにしてて! ほんとその独り言は悪い癖だよ!」とドアを叩かれた……客観的に見てて独り言を叫んでる変人だもんなぁ……悲しくなってきた。

 

そして煩くて集中できないからヘッドホンを耳に当て、パソコンに繋げて音楽を聴く……が流れてこない。いや、普通に俺が操作してもいいんだけど……ってえっ! ボタンが反応しない!?

 

 

「……ねぇ、パソコンちゃん、音楽流れてねぇよ?」

 

『……主が私とは業務的な会話しかしてくれない』

 

 

デスクトップの上に座りながら足をぶらぶらしてるロボ娘。体が藍色に点滅している……あ゛ぁ゛〜! 今日はこいつもか!

 

 

「そんな事はないぞ、いつも俺はお前に助けられてる。動画とか見たり作業する時も頼っているし、むしろ静かにしてくれていて作業も捗るから助かってるんだ」

 

『……けどもう少し話してくれてもいいと思う。携帯とは特に会話してるではないか』

 

『え? そこで私に飛び火するわけ?』

 

『これは私だけが思っていることでは無い。私達(八百万)が思っている事』

 

『ほんとそうなのですよー!! 悟くんはもっと平等に私達へ構うべきなのです!』

 

 

来やがったな、トイレットペーパー。お前、普通なら部屋に置いてねぇからな? 三ロール分置いてあるけれど、妹と姉になんでトイレットペーパーを飾ってるか質問されたんだぞ? むしろ姉には変に察せられたんだが?

 

トイレットペーパーで拭くとベタついてチリが付くから拭かねぇよ!? いや、その前にそんな事を誤解された挙句察せられるの超つれぇよ!? そもそもこいつらのいる部屋でそんな事できねぇよ!!

 

 

『平等に扱わないにしても、私と悟くんがこの中で初めて出会ったのですよ! ならば優遇するのは私の筈です!』

 

『……それはおかしい、主は私を毎日使用してくれている。そこには心に安らぎを欲していることと主の勉学への意気込みを感じる。その為に必要としてくれているのは、まさに私が大切だからでは?』

 

『そんな事言ったら私も毎日使ってくれているのです! ちゃんと丁寧に拭きあげているのですよ? むしろ悟くんの大切な場所(ケツのアナ)を毎日見せてくれているのは、私が特別だからなのです! 私クラスになれば、その日の内容で、悟くんの調子がわかるのです! えっへん!』

 

『むむむ』

 

『あー、私も毎日使われているのねー。しかし……毎日、使われる、ってなかなかいい響きをしているとは思わない? 悟?』

 

 

……お前ら……勘弁しろやぁぁああ!!

パソコンはむむむじゃねぇよ、負けるなよ!フォンちゃん、いちいち話にノらなくていいから! 棒読みがより一層腹ただしいわ!

 

一番はトイレットペーパー、お前だよ! えっへんってなんだ、可愛いけどお前との出会いは最悪だわ! 毎日トイレで女の子の喘ぎ声聞かされる身にもなってみろ! 昔なんてスッキリさとかそんな事考えてたのに、今は苦痛でしかは無いわ!

 

しかも丁寧に拭き取る? 大切な場所? わざわざ口にするなぁ! しかも拭いてるのは俺じゃねぇかよ!

 

そんな口論をしているうちに周りがヒートアップし始め、いつのまにか勉強どころではなくなっていた。

 

俺と一部の男? 勢は頭を抑えながら騒ぎ始める神様達を見つめていた。

 

あぁ、早速勉強出来てねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

いつもより早く甲高いベルと声に起こされ、ベッドからはからかわれる事を繰り返し、制服を着込み、早めに学校へと向かう。今日は入学式となっており、在校生は早めに待機しておくことになっている。

 

クラスの奴らは新入生が気になるのかその話題で持ちきりだ。

 

 

「ふふ、後輩が増えるというのはやはりいいものですね」

 

「……そうか?」

 

「私はそう思います。特に今年は私にとって妹と呼べる親戚の子が入学して来るんです」

 

「あぁ、それは確かにいいかもな……俺にも妹がいて、今日入学して来るんだ」

 

「あら! それはおめでとうございます。しかし、妹がいらしたのですね」

 

 

仲はそんなに良くないけどな、と岸城へ返答する。やはり隣の席という事もあって話す機会が恵まれていると言っていいのか……他の男子からは凄い目で見られてるが。

 

 

「岸城さんも御心くんもなんですねっ! 私も一緒に来た子が一年生なんですよ。その子も女の子なので、みんな仲良く出来ればいいですね!」

 

「霧島さんも? これは何かの縁なのでしょうね。もし機会があればお話ししてみたいものです」

 

 

ふふふっと二人が笑い合う。俺には眩しすぎる。まぁ確かに妹達は妹達で仲良くしてくれるといいかな。ここにたまたま三人がいるように、縁があるかもしれない。

 

 

「悟っちは日々の独り言の癖直さないと、伊織ちゃんから他人のふりされちゃうぞ〜」

 

『確かにそうよね。悟、気を引き締めていきなさい。家族から他人のフリされるというのは……あら? 今更だったかしら?』

 

 

本当にこいつらは……柊が俺の妹を知っているという事で、岸城達から質問されている。まぁ伊織も柊と仲良くできるんなら、岸城達と仲良くできるだろう。先輩としては頼もしい奴らだと思うし。

 

 

『少なくとも悟よりか頼もしい子達だと思うわね。そもそもその思う、ってのが噂からの判断でしょうが』

 

 

お、俺みたいな奴にも話しかけてくれるし、昨日と今話したからいい奴だと思ったんだよ!

 

 

『はいはい、そういう事にしといてあげるわ……ってそろそろ移動ね。伊織の晴れ舞台見てあげなさいな』

 

 

確かに少しずつ移動を開始していた。まぁ今日は入学式と後半のちょっとしたHRで終わりだし、楽勝だな!

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 

クラスにいる誰もが岸城へ話しかける事が出来ない。俺にしか見えないだろうが、岸城の所有物である物の神様たちが、触れる事は出来ずとも岸城に気を遣ってるのが分かる。

 

入学式が終わった、それは良い。ただ入学式そのものが問題大有りだったんだ。

 

問題点はただ一つ、入学試験首席者による代表挨拶だった。ぱっと見は長い黒髪で遠目から見てもとても美人な子だったのだが……まさか挨拶からかましてくるとは。

 

 

『我の同胞となる者たち、そして先達者達よ! く、ふふふふ……なんなのあの子、面白すぎない? あれは知ってるわ。所謂厨二病って奴でしょ? 確かにあれは病気よ、ふふふ』

 

 

フォンちゃんや、俺も笑い釣られそうになるからやめろ。今の岸城を見ていても笑えるか?

 

そう、そんな挨拶の初っぱなからかましてきた子こそが、岸城が朝言っていた妹分だったのだ。この姉貴分からどうしてあぁなったんだよ……

 

 

『ほら、話しかけてあげなさいな? 早いうちになんとかしておかないと、ずっと隣が辛気臭いわよ。クラス全体がなんとも言えない雰囲気になってるし、佑なんか窓ガラスの反射で悟に助け求めてるじゃない』

 

 

まじかよ、ってまじだわ。あの佑が何も出来ない程なのかよ。え? まじで何かやれと?

 

 

「……岸城、とっても可愛い妹だったな」

 

「……」

 

 

クラス全員が行ったぁぁと思ってからのそれはダメだろとシンクロした瞬間だった。俺も言っててまずいと思った。

 

 

『まさに』『ヒューっ!』『て』『言えるくらい』『の』『美少女』『だったぜぇ!』

 

 

途切れ途切れの男性女性の声が流れる。それは俺の胸ポケットから……おい、おいおい! フォンちゃんは控えめな胸を張って胸を叩いていた。

 

 

「……御心君」

 

「……なんだ?」

 

 

まさに空気が死んでいた。なんて事をしてくれたんだフォンちゃん。あんな手の込んだ事までしてくれやがって。普段からあんな音声を作って持ってる奴と思われるじゃないか。

 

って今はそんな事考えてる場合じゃない。目の前の壊れかけの人形のような同級生をどうにかしなければ。

 

かた……ぐるりと、正に人形のような動きで此方を見据えてくる岸城。金髪とか瞳の色が相まってめっちゃ人形っぽくて怖いんだが!? しかも目に光がない。

 

 

「……御心くん」

 

「……どうした?」

 

『心配しなくても』『大丈夫』『さぁ!』

 

 

おい、火を油に注ぐな。

 

 

『っ! ……あの子は……あの子はあんな子じゃ無いんですよぉ!』

 

 

時期生徒会長候補のガチ泣きが炸裂した。



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4話 理不尽に慣れることは無い

 

 

 

時間は夕暮れ時、日が落ちつつも周囲をオレンジ色に染め上げている。開いている窓からふわりと風が流れ込み、窓際に立つ彼女の橙色に染まりつつある綺麗な金髪を靡かせている。放課後の学校なのに、幻想的な空間を作る彼女を美しいと言うのだろう。

 

しかしそれは遠目から見たら、である。

近くで見ると儚い雰囲気はなく、むしろ虚無。光の宿っていない目が、開いた窓から部活に励む生徒達のいる校庭を見据えている。

 

今日は入学式で、すぐに学校は終わる筈だったのだ。だが彼女は部活を体調不良で休んだらしく、ずっと教室に残っている。

 

先程の次期生徒会長候補であるカリスマ女子高生のガチ泣き事件により、教室は新学期で浮いていた初日の様な喧騒を見せず、あの(イケメン)すら押し黙る程だった。

 

以降の予定も新子先生が気を遣い(先生も疲れた顔をしていたことから、何かあったのかもしれない)、後日改める事となったが……

 

クラス全員から再起不能状態である彼女を押し付けられ、今教室には彼女と俺しかいない。

 

おい、岸城のファンクラブよ。今こそがチャンスであろう。何故弱っている彼女の側に居ないんだ。佑もムードメーカー兼クラスの中心だろうが。柊は口笛吹きながら帰りやがった。霧島さんは最後まで気にしていたが、話しかけても上の空であった彼女を見て、今日はそっとしておくことにした様だ。扇はまぁ……何も出来なくとも仕方ない。

 

俺も何も出来ないと思うのだが、トドメを刺したのはお前も原因の一つにあるだろうという一言。そんな事を言われたからには、罪悪感を感じずにはいられず、しかしこの状況どうすればいいのか全くわからない。

 

……そもそも、原因は俺ではなく、机の上で寛いで他人のフリをしているフォンちゃんなのだが……まぁ、言い訳なんて無理っすねぇ……

 

 

『ねぇ、まだ終わらないのかしら? さっさと元気付けなさいよ。全く』

 

 

ほんとこのクソアマァ……!

こちらから触れることが出来ればデコピン百発はお見舞いしてやるのにこんちくしょう。

 

ずっと無言状態のまま時間は流れる。季節はまだ春先。日が沈めば気温は下がり、より一層寒くなる。そこで調子すらも下がってしまえば、今後気が重くなるのは間違いない。少なくとも彼女の周りだけは、春が来たかと思えば夏秋を吹き飛ばして真冬だ。俺は冬が苦手なんだ。

 

 

「……あの子とは春休みに一度顔を合わせたのです」

 

 

自分の記憶を思い出すように語り始めた岸城……えっ? これ俺聞く流れなの? 流石の俺もまともに顔合わせて会話した二日目の相手に……俺の感性がおかしいのか?

 

自嘲気味に語りかける彼女は何処か懐かしそうにしていた。

 

 

「あの時はまだ普通でした。いつものように姉上と慕ってくれて、共に勉強し、家の手伝いもしました。彼女の家は古き着物屋を継いでおり、身内贔屓かもしれませんがとても可愛らしく上品に彼女自身が着物を着こなしておりました」

 

『まぁ確かにあの雰囲気は和服似合いそうよねぇ〜。この子がイギリス人形としたら、あの厨二病の子は日本人形ね』

 

 

言いたい事は分からんでもない。

 

 

「それが……その顔合わせた以降の僅かばかりの時間であぁも変わりますか!? それだけでも驚愕しましたが、それでも可愛い妹分です。何があったのかと、何かとても大変なことがあったのではないかと思い、直接話しに行きました」

 

『この子もいい子じゃないの。妹想いの姉の鏡ね。見習いなさい、悟』

 

 

そうだな。なら君も持ち主想いになってくれないかな? そうすれば自然と妹とも仲良くなれると思うんだ。

 

勝手に口出してくるフォンちゃんへの文句を堪えながらも、俺は岸城の言葉の聞きに徹する。

 

 

「それなのに会って開口一番に、『我が最愛の姉君よ。この新世代の象徴たるや我の言霊、どうであったか?』……ですって? 分かるわけないじゃないの!? しかも本人満足そうな顔してるし、私では何も言えないわ……けど周りも何やら様子がおかしいし、そもそもコミュニケーションすら取れないわよ!」

 

『ふふふふっ、その子堂々とし過ぎでしょ。なに? 裏側でそんな事あったの? 面白過ぎない? 私を笑い殺す気? しかし、絶対自分が痛いって気付いてないわよね? 家柄も良くて、今までこんな過保護そうな姉を含めた人達と暮らしてたら、確かに反動は大きそうよね。むしろ本人は自覚すら無いかもしれないわ。誇らしいとさえ思ってるかもしれない。一番タチ悪いパターンよ? 見てる分にはめちゃくちゃ面白いけれど……ふふふ、なんか式の挨拶を思い出しちゃうわね。ふふ、ふふふ、はははははっ!』

 

「……くくく、ボロクソ言い過ぎ……あ」

 

「……何に笑ったのかしら? 」

 

 

やっべ、笑い釣られた! だって俺も思い出しちゃったんだぜ? しかも隣でめちゃくちゃにボロクソに言ってるんだぜ? 岸城には聞こえてないとはいえ、シチュエーションが既に面白いのに、隣で爆笑してる且つ思い出し笑いを重ねられると無理だ。

 

 

「何がおかしいのかしら? ボロクソとは一体? ねぇ、教えてくれると嬉しいのだけど?」

 

『こっわ』

 

 

こっわ! いきなりめっちゃ距離詰めて来やがった。下から覗き込む様に見てきてるけど……あ、これあかんやつ。

 

 

「い……いや、それは……」

 

「なに? ねぇ?」

 

『いきなり様子変わり過ぎじゃない? 昨日の彼女、どこ行ったのよ』

 

 

まじでそれな……なるほど、これが俗に言うヤンデレって奴か。対象は妹分、差し詰め俺は妹を笑った一般人……って待て待て、まずい。この局面を乗り切らなければ……

 

 

「それは……二人の仲がかなり良さそうでな。妹と仲の良くない俺からすれば、羨ましいと思える」

 

「……は?」

 

 

先程までの空気を霧散させ、呆けた表示をする岸城。うん、そのアホっぽい顔の方が可愛いぞ。

 

 

「俺の勝手な印象だったが……岸城には人の悪口をどんなに小さくとも言わない印象を持ってたんだ。そんな人がその子について……遠慮無くボロクソ言ってたからそれくらい仲いいんだなって」

 

「ま、まぁ長い付き合いですので……」

 

「その……なんだ、その子の事は最初は戸惑うかもしれないが、長い目で見守ってやってくれ。いずれ本人が気付くだろうさ」

 

「そうであればいいのですが……」

 

「今日は済まない……俺なりのジョークだったんだ、けど悪いことをした」

 

「……まぁそういうことにしておきましょう。こちらこそ、身内の急な変化に戸惑い、その八つ当たりをしてしまいましたね。そのせいでこんな遅くまで……後日お礼をさせて頂きます」

 

「べ、別にそこまでしなくても……」

 

 

おぉ……ようやく元に戻った。近づき過ぎてた岸城と物理的な距離も元に戻ったし、取り敢えずは問題ないだろう。

 

 

「……そうですか。時間を取らせた事は申し訳ありませんが、御心君の助言通りあの子の事は暫く見守ろうと思います。その前にもう少し話してから……」

 

「あぁ、それがいい」

 

「はい、それでは先に失礼します」

 

「また明日な」

 

『また』『明日』『可愛い』『妹の為』『がんばり』『な』『さい』

 

「「……」」

 

 

……何事もなく終わりそうだっただろ。そういうとこだぞ、フォンちゃん。当の本人はいつのまにか肩に乗って、両頬に手をついて不機嫌そうに足をパタパタしていた。

 

 

『……なんか無難に躱した感じ、ムカつく』

 

「……昨日の人柄について、一つ訂正しましょう。確かに貴方は噂通りの人ですね」

 

「……すまない」

 

「では、改めてまた」

 

「あぁ」

 

 

気を取り直して岸城は教室から出て行く。

 

……もぉー! ほんと何なの! 朝の対応もやりとりも今に至るまでの時間も全部フォンちゃん、お前のせいじゃん! 新しい技術使いやがって。何だよその至るとこから音声引っ張って来て会話に参加する技術。もっと上手い使い方あるだろ!

 

 

『はー、スッキリした! さぁて、帰るわよ悟』

 

 

ほんとお前、お前……!

新学期始まって新しく喋れる友達、しかも女子が増えそうだったのにほんと台無しだよ!

 

悟はやり場の無い怒りを胸に秘めながら、今後もこんな理不尽に付き合わなければならないと考えると、とても気が遠くなる思いだった。

 

 

 

 

 

 

 

今日は己の弱さを思い知った日ですわね……あの子の事でこんなに取り乱してしまうとは。そしてクラスの全員にあんな姿を見せてしまい、挙句クラスメイトに八つ当たりしてしまうとは……

 

 

「ただあれは仕方ないわよね……」

 

 

そう、あの男子は会話は普通というか、良い助言をくれてだいぶ心に余裕が出来たと思いましたのに、最後にふざけないといけない病気なのですか? わざわざ携帯を使ってあんな凝った事までして……

 

しかし、あれでまだマシになった方と言うのが驚きです。どれ程までに昔の彼は奇天烈な存在だったのでしょうか?

 

一方でどんな相手でも対応を変えない……という点は好印象であります。私に対して、やはり殿方は下心見え見えで関わろうとして来ます。女性は……慕ってくれるのは嬉しいのですが、普通とは言えない子もいますし、もしくは明らかに敵意のある子もいました。

 

ただ御心君はそう言った人達とは少し違うような感じがします……何度も言いますが、人をおちょくることに関しては誠に遺憾ではありますが。

 

 

「……時折聞こえてくるおかしな噂は本当の様ですが、別の噂も本当なのかもしれませんね」

 

 

さて、あの子が待っています。よく話し合って、意識を冷静保ち見守りたいと思います。あの子のあの状態はやはり、私の知っているあの子は違いますから。

 

私は知らずのうちに顔を上げ、若干いつもより歩くペースが早くなっていた事に気付かないまま、帰路を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 

帰ってきて、すぐにベッドに倒れ込む。

 

もう本当疲れちまった……まだ新学期二日目だぞ。佑や扇と一緒になれたのは良かったのに、むしろ去年の方がマシだったのでは? と思うくらいに精神的に疲労しちまってる。

 

まぁ……クラス関係なく、あの入学生代表の挨拶はどうしようもならんか……てかあのどうしようもない雰囲気で俺なら何とかなるみたいな空気やめて欲しい。少し自意識過剰なんだろうか? いやでも佑だけじゃなく、他の奴らからも視線感じたしなぁ……

 

 

『あらあら、うふふ……お疲れ様ですわ、ご主人様。ふらつきながら帰ってきたと思ったらいきなり抱きしめて下さるなんて、私は嬉しい限りでございます』

 

『あぁー! 何で! 何で! いつもは私に腰掛けてくれてたでしょー!』

 

『おーい悟ー、早く制服寄越せー。シワになるだろ?』

 

『おかえり主よ。私を起動させておくぞ?』

 

『悟くん、お疲れです? 寝る前にはお風呂とトイレに行った方がいいと思いますです。やっぱりスッキリとした方が身体にもよろしいです。なら先にトイレに……』

 

「あー……取り敢えず静かにしてくれ……パソコンはまだいいや、そんな気分じゃない」

 

『なん……だと……』

 

 

わちゃわちゃと周囲がうるさい。俺は溜息を大きく吐き暫くベッドに寝転んだ後、取り敢えず着替えてズボンを脱いだ時だった。

 

 

「悟、入るけどいいよね」

 

 

またも遊びに来ていた柊が問答無用で部屋に入ってきた。お互い固まり、部屋に静寂が訪れる。

 

柊は固まりこちらをじっと見つめている……って見つめすぎじゃない? ここは反応する方が負けなんだ。俺は何食わぬ顔でズボンを履いた。

 

 

「……で、何?」

 

「……うーんと、なんかごめん」

 

「そう思ったならノックしてくれ」

 

「おーけー、それで今日どうだった?」

 

『ご、ご主人様の裸体を見て反応がない!? うら若き女性がそれでいいのですか!?』

 

 

ベッドが驚愕していたが無視。しかも裸体じゃねぇし、腰から下だけでパンツ履いてたし。見ろよ柊の顔。あのなんとも言えない食いしばった表情。やっちまったって顔してるよ。

 

 

「取り敢えず……大丈夫だろ。明日からまぁ……普通に戻るんじゃね? まだまともに話して二日目だからわかんねぇけど」

 

 

むしろ二日目に起きることじゃねぇんだよなぁ。

 

 

「あっそ、それは良かったわ。ウチもあの空気は勘弁願いたいし」

 

「俺は無言でも構わないけどな」

 

「……そう言いつつアンタが最初に事を起こしたでしょ」

 

「不可抗力だ」

 

 

な訳ないでしょ……と柊は呟く。いやほんと個人的には無言でも構わない。だって基本喋らないから……悲しいとか言わないで。

 

 

「まぁ大丈夫ならいいや、それで岸城さんの妹? 親戚の子についてだけど、伊織と同じクラスらしいよ。ほんとアンタの妹なだけあるわ、すぐ打ち解けて楽しく過ごしてるみたい」

 

「まじか」

 

『類は友を呼ぶ……とはこの場合違うけど、伊織の周りには特別に変わった人間が集まるのね』

 

 

またもいつの間にか方にいるフォンちゃんは呆れるように呟く。そんな事ねぇと思うが……俺もその変わった人間に入ってるなら訴訟も辞さない。

 

 

「ま、そんだけ。伊織が側にいるなら大丈夫じゃない? あとは岸城さんとのこれからだけど……それはアンタがなんか言ったみたいだし、明日からはまた楽しく出来そうね」

 

「いうてお前も基本一人じゃねぇかよ」

 

「うっさい! ウチはこれから友達増やすんだよ! 岸城さんも霧島さんも噂なんて気にしなさそうだし、ウチも仲良くやれそうだし!」

 

「ならあの猫撫で声で喋るのやめろ。目と雰囲気と合ってねぇ、逆にこえぇよ。それにムカつく、腹立つ」

 

「はぁ!? 別に猫撫で声じゃねぇし、猫被ってねぇし! 目つきの話すんなよてめぇ。それに後半はアンタの意見だろうが、ブン殴んぞ」

 

「すまん、悪かった。だからその右腕を下げてくれ。それに猫被ってるとまでは言ってない」

 

「せっかく人が様子を見に来てあげたのにそんな態度とか、はぁームカつく! アンタなんて学校から帰ってきてすぐオナ……変態行為に勤しむマジモンの変態の癖に、どうせ岸城さんに欲情でもしたんでしょ、このハゲ!」

 

「おいまて、後半は明らかに誤解だ。着替えてただけだろ! ノックしないお前が悪いし、何よりハゲじゃなく坊主だ! 坊主カッケェだろ!」

 

「知るかよ! もうウチ帰るかんな!」

 

 

あっかんべーっと、子供染みた姿を見せた後、部屋から去り帰っていった……中々。際どい単語を言いかけていたが、

 

 

『私的には学校のあの子より、こっちの方が好きなんだけどねぇ』

 

 

それは本人に言ってやれ。まぁ聞こえないだろうけど。それよりもあんな誤解されるとかもうむりぃ、風呂入ろ。

 

 

『全然気にしてないじゃないの』

 

 

フォンちゃんの声を無視しながら俺は風呂の準備をし始めた……こんな疲れる日は風呂にゆっくり浸かって忘れるのが一番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御心くん! 貴方って神様を信じますか?」

 

『信じるも何も儂の事を見えとる時点で、信じるかどうかは置いといて、どういうモンかは認識しとるじゃろうて』

 

 

新学期三日目……俺はこの日、秘密を共有する。

 





未だにプロローグとは……



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