ライザのアトリエ ~白銀の殺意と錬金術師の憂い~ (椎葉 如月)
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0話 ライザの旅立ち

アトリエシリーズ初プレイにてライザにぞっこんになってしまった作者です。

話題になっている女性らしい体つきももちろんですが、服装が一番可愛らしいです。
勿論クラウディア、リラさんも大好きです。

ちなみに男キャラで一番好きなのは、アンペルと迷っていたのですがボオス君です。
丸くなってきた辺りからずっと「仲間にならないかなー」と思ってましたが、無理でした……。
そんな彼も、この作品では活躍させたいです。


クーケン島っていう、なんてことない島の

 

ラーゼンボーデンっていう、なんてことない村

 

そこで、なんてことないあたしは暮らしている。

 

……なんてことない日々を変えたい、と焦がれながら

 

 

 

あたしは、ライザリン・シュタウト――――通称はライザ。

 

なんてことない農家の娘で――――錬金術師。

 

 

 

そんなあたしは、今日も今日とて秘密の隠れ家で

 

特に密かにもしていない計画のための準備をしている。

 

この退屈な、なんてことない――――けれど素晴らしい日々をもっと素晴らしいものに変えるために。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

―――――――――――――――――――――

―――――――――――――

 

 

 

 

 

「苦節三日――――ようやく完成だ!」

 

ライザは錬金釜をかき混ぜる手を止める。

ここ数日作り続けていた物の最後のパーツが出来上がったのだ。

しかし――――いくら休む間もなく素材の採集や調合を行っていたとはいえ――――三日で『苦節』というのは誇張が過ぎる気もする。

 

さっそくパーツを取り付けるべく、アトリエの外に出る。

ライザを待ち構えていたのは、巨大な馬車だった。

いや、馬車というにはそれとは明らかに違う点が二つある。

 

まずは荷台から立ち昇る煙だ。

錬金術を学び始めて数年が経過したライザだ。調合失敗からの火事、なんてことはない。

これはまさしく、アトリエに設置されている錬金釜から上がっている煙だ。

そしてもう一つ、そもそも馬が繋がれていない。

 

そう、これはライザの閃きと勘、そして知識を結集してできた自走式移動型錬金工房『みんなのアトリエ』だ。

 

「これをここにこうして…………オッケー!」

 

みんなのアトリエが完成した今のライザは、ことさらにうれしそうだ。

実働時間が三日とはいえ、構想自体は一年以上前からあった。

それがようやく完成したとあっては、こうして喜ばずにはいられないということか。

 

それとも、その先にある友人たちとの再会を思ってのことか。

 

「ラーゼン地区を歩いてるときにふと思いついて作ったけど、あたしも仕組みはあんましわかってないんだよねぇ……まあ、大丈夫でしょ!」

 

この天真爛漫さを見ていると、こっちまで安心してくるのはライザの人柄ゆえか。

いつも元気な姿は、誰もが見習うべきところだろう。

 

感慨にふけるようにしみじみと元々のライザのアトリエと小さくなったアトリエを見比べるライザは、しばらくすると大人びた表情を見せた。

 

「昨日の内にヨンナさんやフレッサさん、アガーテ姉さん……みんなには挨拶したし」

 

みんな、アンペルらに刺激されたのか、頑なに「島の外に出るな」なんて言わなかった。

アガーテに会いに行ったときには、いつも一緒にいた三人の悪ガキでも思い浮かべていたのか、遠くを見つめていた。

モリッツには、「息子によろしく言っておいてくれ」と言われ、莫大なお金を渡された。「くすねたら許さんぞ」と釘を刺してきた当たり、最近丸くなってきたとはいえ身内のことばかりな思考は変わっていないらしい。それすら、ライザにとっては微笑ましいものだったが。

 

そして、最後に行くべき場所がある。

 

「さて……行くか」

 

最後にもう一度、名残惜しそうにライザのアトリエを振り返り、小妖精の森をゆっくりと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっし、これでいいかな」

 

ライザは屋根裏部屋の掃除をしていた。

一時はここをアトリエとして使っていたし、なにより自分たちがただの悪ガキだったころに集まっていた場所なのだ。離れる前に掃除くらいはしていきたかった。

 

意味もなく三人で島をマッピングしたときの拙い線が描かれているだけの紙切れ、タオがうんうんと唸ってずっと本を読んでいたお決まりの椅子の日焼け跡、レントがバカみたいに部屋で素振りしたときにできた壁の傷、調合の仕方が未熟だったライザが錬金釜からこぼした液体の跡。

掃除と言ったが、それらは片づける気にはなれなかった。

 

ふと、そこに柔らかい笑みをたたえ、また偉そうな仏頂面をした――――二人の友人が割り込んでくる。

タオには偶には運動しろと外に放り出し、レントにはやかましいと言って押さえ、ライザには錬金釜が邪魔だと文句をつける男。それを困ったように笑って見つめている少女。

 

「やっと、ここまで来たんだ」

 

まってて、すぐに追いつくから。

そう自分の中で宣誓すると、ライザは少し埃をかぶった階段を下りていく。

 

 

 

1階には誰もいなかった。

 

「おかしいなー。今日は昼まで家にいるって言ってたのに」

 

現在は朝の9時。農家であれば畑に出かけていてもおかしくはないのだが、事前に聞いていた話とは違った。

 

「買い物にでも出かけたのかな」

 

それならしょうがない。ポストにでも手紙を残して出てしまおう。なに、悪ガキらしくて良いじゃないか。

そう思って外に出ると。

 

「待ちなさい、ライザ」

 

いつも通りの怖い顔をしたミオが仁王立ちして待っていた。隣にはアハハと頬をかくカールがいる。

 

「まーた島の外に行って、ろくでもないことやろうとしてるわね!?」

 

(あーあ、まーた始まったよ)

 

ライザはうんざりした。毎日毎日そんなに声を張り上げて、良いノド薬でも作ってこようかと心配になるくらいだ。

せっかくの旅立ちの日なのに、勘弁してほしいと、晴れ晴れとしていた気持ちは一気に曇天になった。

 

「今日という今日は、お父さんの農作業手伝いなさい!」

 

「いやだよー。成長促進肥料とか小麦粉のキメが細かくなる加工機とか作ったじゃん!」

 

「それはそれ。力仕事はお父さんだけじゃ大変なのよ?」

 

「女の子がする仕事じゃないよぉ~……もう、じゃね!」

 

旅に出ることは事前に言ってあったのだ。

これまでもピオニール聖塔などに日をまたいで出かけたこともあった。

ならば、わざわざ畏まって挨拶する必要はないと思ったのだが、

 

「待ちなさい! もう……――――元気でね」

 

おそらく聞こえないように言ったつもりだったのだろうが、聞こえてしまった。

親の心子知らずとは言うが、言葉にしたらちゃんと気持ちは伝わる。

この頑固な親子にはこういうコミュニケーションが一番いいのかもしれない。

 

「うん……! お母さんとお父さんも元気でね!」

 

 

 

 

 



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新たな一歩の始まり
1話 ライザと天災


「さて、まずは王都に向かおうかな~」

 

王都にはタオとボオスがいる。二人はクリント王国について調べるために王都へ留学を決意したわけだが、あれから何年経ったか。

仲間の中では一番遅く出ていったが、すでになにか新しい発見をしているかもしれない。

 

そんな想像をすると、ライザも負けられない気持ちになってきて、思わず笑みがこぼれる。

 

現在地は旅人の道・北方分岐路。

朝は旅立ちに相応しい晴れやかな空だったのだが、急に天候が変わりだして、今は大雨だ。

それでも、みんなのアトリエには全体を強化ガラスで覆う機能があるので、雨に濡れることもなく安全に運転中だ。

 

「あーあ、どうせなら気持ちイイー風を感じながら進みたかったのになあ」

 

ハンドルを操作するライザはがっくりと肩を落とす。

誰しも雨は嫌なものだ。それでも、天候と気持ちがここまでリンクしている人間も珍しくなかろうか。

 

「この雨が続くようじゃ、今日は早めに野営の準備かなぁ」

 

ライザ自身が作ったものとはいえ、ライザのアトリエを発つ前に少し試運転をした程度だ。落石や土砂崩れなどの事故を回避する意味でも、そういう選択肢を取らざるを得ない。

野営と言っても、その名の通りみんなのアトリエはライザのアトリエの縮小版。生活空間としての機能も充実させているので、やることと言えばライザが作った魔払いの花の香りを再現したお香を周囲に焚くくらいか。

 

いきなりケチが付いたと、ライザの気分はクーケン島周辺の湖の湖底ほどに沈む――――それほど深くないか。

 

そもそもが、ライザリン・シュタウトという少女はその時々によってジンクスなどを重んじることはあるが、過ぎたことを気にする人間ではない。

明日になればまた元気に「さあ出発だ!」などと身体を大の字に広げているだろう。

 

 

 

――――そう、不測の事態などが無ければ、だが。

 

 

 

ピーピーピー。機械音が車内に鳴り響く。

 

「えっ、なに!?――――ってこれは、気圧が……」

 

これまた旅用に作った周辺の気圧を計る気圧計が異常数値を示している――――否、今もどんどん低くなっている。

 

焦燥感と共に空を見上げると、分厚い雲がある一点に集まっていっている。

 

ライザはアトリエを停止させ、急いで戦闘用杖セレスティアシーカーを持って外へ出る。

現在の技術で作れる最高の武器で、この杖を握ってから魔物に負けたことはなかったのだが、杖を握る手の震えがどうしても収まってくれない。

こんなこと、初めてフィルフサに遭遇した時以来――――いや、それ以上だ。

 

「ちょっと冗談じゃないんだけど」

 

なにが出てくるかわからないから、どんな行動が正解かもわからない。

もし魔物だとして、戦って勝てるのか、すぐさまアトリエに飛び乗って逃げたほうが良いのか。

 

いや、と首を振る。

 

「どのみちここはクーケン島の近く――――あの島のなんてことない日常は壊させないんだから!」

 

ライザが叫ぶのに呼応するようにそれは姿を現した。

まずは顔と長い首が雲から出てきた。黄金の瞳がライザを射抜く。ゆっくりと雲の中から露わになっていく超大な身体。全身は銀色で包まれている。背中の翼をはためかせる度に強風が吹き荒れた。

竜だ。前に討伐したものなんて比べ物にならないくらいに、存在自体が重圧を放っているような竜。

竜の周りにはエレメントらしきものが風に乗って暴れている。

しかし、不自然な点があった。

 

「赤、黄色、黒……緑? あとは白?」

 

感じるものはエレメントのそれに酷似しているのだが、白はなんだ。

他は火、雷、風、闇だとしても、白色のエレメントは聞いたことがない。

 

「水かなぁ……っとと、今は考えてる場合じゃない」

 

錬金術師としては気になるけれども、明らかな身の危険だ。

竜もライザのことを捉えている様子で、呆けている場合ではない。

 

戦って勝てるとは思えない。走って逃げきれるとは思えない。みんなのアトリエの全速力で逃げ切れるかどうかわからない。島の方に行かれたらみんなが襲われる。

ならば、選択肢はひとつしかない。

 

「よっし」

 

ぐっと拳を握り気合いを入れると、ライザはあるものをカバンから取り出す。

瓶に入ったそれを自身にふりかけて、急いでアトリエを起動させる。

 

心なしか竜はさらに瞳を鋭く光らせる。

そして天を割くような咆哮。

 

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「うぅ、うるさいなぁ」

 

ライザが使ったのは誘魔香だ。魔物を引き寄せる香りをしている。

自分を囮に竜を別の離れた場所へ誘導しようというのだ。

 

しかしまあ、誘魔香を撒いたというのに魔物一匹出てこないのは、身の危険を察知しているからか。

おかげで、事故を気にすることなくライザは全速力を出していた。

辛うじて竜に追い付かれないらしく、離れもしないが近づきもしない。

ライザは内心ほくそ笑んだ。

 

 

 

しばらくアトリエを走らせると、ライムウィックの丘にたどり着いた。

いつも稀なる者の祭壇に鎮座しているはずのシャイニングぷにも今はいない。

 

もう逃げ場はない。行くとしたら祭壇の先の道無き道、森の中を通っていくしかない。

ならばと、ライザは乗り捨てるようにアトリエから飛び降りた。その手にしっかりと、杖を握りしめて。

 

「さあ、こぉい!」

 

不退転であるべきと決めて、竜と対峙する。覚悟を決めてしまえば、幾らか気が楽になってくる。

 

まず放つのはコーリングスター。遠距離からの攻撃で気絶を狙ったものだが、竜の叫び声だけでかき消されてしまった。

それだけ力が隔絶しているのだと思い知らされるが、関係ないとブラストノヴァを発動。巨大な光の玉が雨を弾き突き進む。

今度は直撃するもたいしたダメージにはなっていない様子。

 

お返しとばかりに、竜は翼で風を巻き起こす。

 

「きゃああああああ!」

 

華奢な身体のライザはそれだけで吹き飛ばされてしまった。

ぬかるんだ地面のおかげで大きなダメージにはならなかったが、体力は奪われる。

立ち上がったライザは、竜から放たれる膨大なプレッシャーも相まってすでに肩で息をしている。

 

しかし、心まで折るは能わず。

 

「まだまだいくよー!」

 

それからも魔法を連射するライザ。そのいずれも竜に致命傷どころか、傷すら負わせられなかった。

それでも島のためにと奮闘する。

 

そんなライザを見て、いよいよ勝負を決めることにしたのか、竜はエレメントを身体の中心に集める。

ライザはそれが何の前兆かを知っている。

 

「いいよー、さあ来てみなさい!」

 

仲間が島を出て行って数年。ライザは錬金術の研鑽だけに時間をつぎ込んでいた。時々農業を手伝わされてもいたが。

その過程で作った、最高傑作とも言えるものがいくつかある。

その一つ、虹色に輝く結晶体を取り出して、起動した。

 

前方にポイっと投げると、それは空中で停滞し、その場で回り出す。

各頂点から小さなカケラが切り離され、それらは六角形を形成した。

浮かんでいる結晶が全て繋がるように魔法の膜が現れて、完全起動となった。

 

イージスアリス。そう名付けられたこの装置は、魔法攻撃を一切通さない盾だ。

攻撃を受けて一回で消えてしまう上に、起動している間はこちらも攻撃できないが、補って余りあるほどの効果がある。

 

イージスアリスが完成したと同時に放たれたのは、竜のブレス。

ブレスは、それぞれの竜がその身に宿すエレメントによって属性が違ってくるが、放たれたのは黄金のブレスだった。

 

目が絡みそうなその輝きと、イージスアリスが衝突する。

 

「ちょっ、うそ!」

 

なんと、魔法に対する絶対的な抵抗があるはずのイージスアリスが軋んでいる。

それだけならば良い。しかし、本来なら衝突した時点で魔法が消滅していくのが正しい反応のはず。

しかし、黄金のブレスはいまだ健在だ。

 

「どういうことよー!」

 

すぐに範囲外に逃げ出したいが、イージスアリスの守護領域以外は地獄のような光景だ。

余波だけで地面が削れていき、またひび割れを起こしている。

 

一歩踏み出した瞬間ズタズタになる未来を幻視して、ブンブンと首を振る。

そんな死に方は絶対嫌だ。

ここはイージスアリスを、己の技術を信じるしかない。

 

そうして十数秒ほどせめぎ合った結果、軍配が上がったのはブレス。

イージスアリスは音を立てて砕け始める。

 

「くっそ〜、まだ新しい冒険もできてないのに」

 

せめて新たな冒険の地に行きたかったと、小さく漏らす。

クラウディアと知らない街でショッピングしたり、レントとタオを引き連れて未開の地を冒険したり、アンペルとリラの手伝いで別の門の封印をしたり、ボオスとは相変わらず口喧嘩をしたりと、やりたかったことはいくらでもあった。

 

こんなところで終わるなんて。

そう諦めかけたその時、やけに通る声が届く。

 

「前にもこんなことがあったな」

 

えっと聞き覚えのある声に振り向くと、そこに立っていたのは自分に錬金術を教えてくれた師のような存在、しかし師にはなれないとひねたことを言ったアンペル・フォルナーその人だった。

もちろんアンペルの旅仲間、リラも後ろに控えている。

リラは手を軽くあげるだけで挨拶とした。

 

「まあ、あの時とはいささか以上に状況が違うがな」

 

「アンペルさん!」

 

ライザの顔が喜色に染まる。

久しぶりに会った仲間。こんな状況でなければハイタッチでもしていたかもしれない。

しかし、その姿は平時のそれではない。服装などの多少の差異もそうだが、なによりも金色に輝く膜で体全体を覆っているのが気になる。

 

「喜んでる暇はないぞ。ライザ。その盾、その機構ならば、お前のエレメントを注げば盾を修復できるはずだ」

 

どうやら、アンペルもただ『門』を封印するだけの旅ではなかったらしい。

物を見ただけでその構造を完璧に看破して見せるとは、知識は以前と比べて格段に増えている。

ならば、その技術も磨かれているだろう。

 

「わ、わかった!」

 

「ふむ……よし」

 

イージスアリスの盾が完全に直ったのを確認して、アンペルは自らが纏っている膜を操作し、イージスアリスを包ませた。

そうすることでさらに防御力があがり、ブレスを防ぎきることに成功する。

 

「アンペルさん、今のは」

 

「お客さん、お帰りらしいな」

 

ライザの言葉を遮ってアンペルが言う。

言う通りに、竜はそっぽを向いて飛び去っていった。方向は島とは逆。

ライザはひとまず安心する。

 

「ライザ。敵と対峙しているうちは目を離すな」

 

リラが後ろから声をかける。アンペルも同意見ということらしい。

フィルフサと戦ってしばらくたち、長い間強敵と戦っていなかったせいか、気が緩んでいたらしい。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「反省して次に活かせ」

 

「それだけじゃないぞ。島に行かせないように自分に引きつけるとは、相変わらず無茶をするやつだ」

 

アンペルは誘魔香の残り香から、ライザの行動の意図を見破った。

 

竜が去ったことで雲も晴れ、夕日が木々の間をぬって差し込んでくる。

戦いは終わりだ。

同時に、なんとも言えない安堵感がライザに押し寄せる。

 

「島の人たちの気持ちが少しだけわかった。ライザ、お前は目を離すとなにをするか――――」

 

言葉が止まる。ライザが無言で抱きついてきた。

ライザは静かに涙を流していた。

 

考えてみれば当然なこと。

突然竜に出会って交戦、それもあんなにも巨大な竜だ。以前も同じような状況でアンペルらに助けられたが、敵の強大さが違う。それに、その時にはレントとタオもいた。孤独な戦いを強いられたライザは虚勢をはるしかなかったのだ。加えて、自分が負ければ島が破壊されるかもという不安。ライザが新たに手を加え、あるいは修繕・調整してきたとはいえ、人工島であるクーケン島の心臓部を破壊されでもしたらなにが起こるか想像だにもできない。

その身に降りかかるには重すぎるプレッシャーだ。

 

「全くしょうがないやつだ。冒険心もほどほどにしておけよ」

 

アンペルは優しい声色でそう言い、頭を撫でる。

 

こういう状況では、ある意味親より信頼できる二人が現れたことで、ライザの虚勢が崩れた。

 

「もう大丈夫だ。恐れることはない」

 

ことさら宥めるように放たれる言葉に、今だけは甘えたくなった。

 

ライザの慟哭が、丘に響き渡る。

 

 

 




錬金術師が主人公ということで、五色ネタはすでにほかのアトリエシリーズで使われているかもしれません。そうだったら御免なさい。

しかし、長らく個人的に書き物をしているのですが、登場人物の泣き声っていまだに上手く書けないんですよね。
どうしても稚拙になっちゃうというか。

というわけでこれからも、そんな場面は地の文で何とか誤魔化します。


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2話 ライザと錬金術の先

本編をプレイして、制作側がライザの涙を特別なものにしているとも思ったので、あまり泣かせたくなかったんですけどね。
彼女も女の子なので。




竜が去った後、流石に王都へ進む気にも慣れず、時間的にも丁度いいということで、三人は野営の準備を始めた。

 

錬金術は天才的でも、その他は平凡なライザは料理など全くしたことがなかった。

故に、旅の前に大量に保存食を錬金術によって作っていたのだが、物を見たアンペルとリラが「流石にそれは無理だ」と二人揃って言い放ち、あえなく調理開始となった。

錬金術で作った食物は、手作りほどの温かみも無く、食材の味8割・ゴムの味2割と表現されるもの。流石に好んで食べたくはないだろう。

 

そういうことで、調理担当となったのはアンペルだった。

見慣れないアンペルのエプロン姿に、ライザは興味深そうに声を漏らす。

 

「大抵の錬金術師にとって、料理は得意分野に入るんだがな。ライザ、お前ができないのは単に練習不足というだけだ。よくそれで旅に出れたもんだな」

 

「確かに方法は錬金術と似てるかもしれないけどさ。こう、ばーんと調合した方が早いじゃんって思っちゃうんだよねえ」

 

「それはある意味錬金術の才能に恵まれているとも言えるが……兎も角早めに身につけることだ。料理をしていて新たなレシピを思いつくこともあるぞ」

 

「んー、そう言われるとやってもいいかなぁ」

 

そうは言ったが、それからも「いや、でもなぁ」とウンウン唸っていた。

錬金術に興味は持てても、料理はまだ早かったのかもしれない。

 

「じゃあリラさんも料理できるの?」

 

「できるにはできるが、オーレン族特有の味付けだけだ。私は兎も角、こっちの人間にはお勧めできない」

 

「一度作ってもらったことがあるが、アレは獣臭くてかなわん」

 

「私はこっちの味付けに文句がある訳ではないし、基本調理はアンペルに任せている」

 

そうしないと私が餓死してしまうからな。そうアンペルは冗談めかして笑った。

そこまで言われると逆に興味が出てくるライザだった。

そういえばと、キロの野営地を思い出す。あそこにあった鍋からはいい匂いがしていたけど、部族ごとに調理方法が違うのかな、と想像する。

そこらへんはこれからの旅で知れるだろう。

 

出来上がったのはシチューだった。

スタンダードな献立だが、だからこそアンペルの腕が良いことがわかる。

食材も良いのだろう。鮮度が抜群で、不良な部分は見当たらない。

 

トロトロのそれをスプーンで掬い上げると、良い匂いが鼻をくすぐる。

いやに減っている腹が早く口に入れろと要求してくる。

 

ライザは次々にシチューを口に運んだ。味わうという概念を知らないらしい。

 

「んで、アンペルさんたちはなんでこっちに来たの? まさか、あの竜を追って?」

 

「それは間違いではない。しかし、正解でもないな」

 

「その勿体つけた言い方、変わってないんだね~」

 

アンペルは満点の星が輝く空を見上げる。竜の姿を思い浮かべていた。

 

「ここ最近、凄まじい力を持った魔物の目撃情報が相次いでいた。私たちはそれを追っていたんだ」

 

「各地で情報が上がっていたから低かったが、フィルフサである可能性は捨てきれないからな」

 

「『門』の封印が一斉に解けたのではと、最悪も想定していたはずなんだが……事態はそれ以上に深刻らしい」

 

月光が反射してアンペルのモノクルが妖しく光る。

憂いを帯びたその表情に、ライザは不安を募らせる。

 

「結論を言おう。私たちはあの竜に関して何も知らない」

 

「そう、なんだ……」

 

「あれは生物が太刀打ちできるようなものには思えない」

 

「リラさんがそんなことを言うほどの敵なんだ……」

 

二人の内、戦士であるリラが言うことなら、ある程度正しい。長年魔物と闘ってきた勘がある。

 

それに、ライザも竜と直接戦闘をしたのだ。ライザの魔法が一切通らなかった。魔法耐性が高いのは確実だ。

そうでなくても、物理攻撃も効果があるとは思えなかった。

 

なぜだろう。あの竜の一切が、自分たちとは隔絶していたように思えるのだ。

自信のあったイージスアリスも、容易に破られかけた。

アンペルの補助がなかったら――――

 

「そういえばアンペルさん。あの金色の膜はなんなの?」

 

「あぁ、あれか。いやなに。お前と、考えることは同じってことさ」

 

こともなげに、アンペルはそう言い切った。

しかし解せないことがある。イージスアリスは理論的に魔法攻撃の一切をシャットアウトする。それを破られたのならば、アンペルの防御膜を加えたとて、防げるとは思えない。

いや、単純に防御が上がったのだと言われればそうかもしれないが、ライザの錬金術師としての勘は納得しなかった。

 

「…………そうだな、教えておこう。これは、お前たちと別れて錬金術の研究を再開して発見したんだが」

 

アンペルは顎に手を当てて、説明を始める。

 

「錬金術で調合をしてできたものは、金色であればあるほど完成度というか……強度…………上手い表現が見つからないな。とにかく、そういったものが上がる。そんな感じだ」

 

「金色――――っ! あの竜も……」

 

「そうだ。だが、違う。あの竜はもっと深いものだ」

 

確かに、言われてみれば竜の放ったブレスは、アンペルの膜よりも強く輝いていた。

そこにあるだけで押しつぶされるようなそれを前に、ライザも半分諦めかけていたのだ。

 

「私の退魔の衣はただそれを模しただけ。模造品だ。だが――――あの竜はいわば完全」

 

「そうなんだ……。でもどうして?」

 

「それはわからない。本当に、発見しただけなんだ」

 

「ライザ。あまりアンペルをいじめてやるな。これでも毎日考えているんだ」

 

「錬金術師として、自分でも理論が説明できないことは言いたくはないんだがな。私も調合して偶然完成しただけだ。狙って作れるものではない。だが、お前ならば解き明かせるかもしれない。そう思ったから言うべきだと判断した」

 

そう言うアンペルは若干悔しそうだった。

腕を壊していた頃は、錬金術の探求などできなかったからか、ライザの成長はただただうれしいものだった。己の望みを叶えてくれるのではと。

しかしライザに腕を治してもらってから、欲求が増えたのだろう。

 

「錬金術、金色……竜、か」

 

そう呟いたライザの口元は、緩まっていた。

アンペルとリラはやれやれと呆れている。

 

「まったく、私の話を聞いていなかったのか?」

 

「変わっていないようで、安心したぞ。お前のあんな姿、前は見られなかったからな。手弱女になってしまったのかと思った」

 

咎めながらも、二人も同様に嬉しそうだ。

いつでもどこでも、冒険を求め突き進んでいく子どものようなライザは、今もなお変わっていないのだ。

 

「あったりまえでしょ! あたしはあたし! どのみちあの竜をどうにかしないと安心できないし」

 

「そうか……なら、私たちも協力しよう」

 

アンペルから言われた言葉は、予想外のものだった。

アンペルたちの旅の目的はあくまで『門』の封印。さきほども話していた通り、ここに足を運んだ理由が、フィルフサがいることを憂慮してのことならば、また別の場所に旅立ってしまうと思っていた。

 

「なんだその顔は。私たちはそんなに薄情に見えるか?」

 

「あの竜を倒さなければ、今度こそ各地の封印が破壊され未曾有の事態に陥るかもしれない」

 

「そういうわけだ。要するに、これもフィルフサへの対抗策の一手というわけだ」

 

ここでお別れだと思っていた二人からそんなことを言われると、どうにも嬉しくなってしまう。

 

「もうっ! 素直に助けてやるって言えないの?」

 

「悪いな。私たちはどこまでも、お前の言うところの『回りくどい大人』ってやつなんだ」

 

「私とお前を一緒くたにするな」

 

心底心外だと言わんばかりの顔をするリラ。だが、隠しきれない信頼が滲み出ている。

やっぱり二人はいいコンビだと、ライザは思う。

 

「えっと、じゃあまずはどうしようか」

 

「そうだな……少し気になることがある。王都の図書館で調べものがしたい」

 

「なら、行先は決まったな」

 

「あたしも丁度王都に行こうと思ってたし。やっと冒険が始まった感じ!」

 

クーケン島以外の生活圏を知らないライザ。別の街に行くというだけで心が躍る。

新しい文化や物。レシピを思いつくような本などもたくさんあるだろう。

 

「早く行ってみたいなあ」

 

「そうだな。お前に私の師を紹介するものいいかもしれない」

 

「アンペルさんの師匠!?」

 

自分に対しては師匠になれないと言った人物の師匠というのは、なんとも気分が悪い。

それに、彼が見た目通りの年齢ではないことは聞いている。ならば、その師匠という人は相当な高齢なのでは?

 

「ふふっ、楽しみにしていろ。あの人にはさしものお前でも、苦労するだろう」

 

「なんか、いやな予感が……」

 

「私も、アイツは苦手だ……」

 

リラがげんなりと項垂れる。

恐れを知らないリラをしてそう言わせる人物とはどういう人なのか、ライザは戦々恐々だ。心なしか、色白な肌が青ざめている気がする。

 

「二人とも、人の師匠に散々な言い様だな――――まあ、気持ちはわかる」

 

アンペルも、己の師を想起しているらしい。苦笑いを浮かべている。

 

それからも、別れた後の話をそれぞれが語った。

ライザは己が調合したものを誇らしげに見せ、説明をした。

アンペルとリラは、『門』をいくつも封印したとのこと。アンペルの腕が回復したことで、これまで以上にスムーズに作業を行えたのだろう。

 

語りだした夜はいつもより長く、そして短かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

三人は地図を広げて、これから通っていく道を確認していく。

 

「さて、王都へと向かうわけだが、実質ルートは一つしかない」

 

そう言ってアンペルが指したのは火山ヴァイスベルクだった。

 

「この山さえ越えればあとはこれと言った障害はない。強いて言えば、道中に街や村が少ないことか」

 

「えぇ、じゃあ他の道から行こうよ」

 

「そうもいかん。ピオニール聖塔を囲んでいる険しい山脈を越えるのは現実的じゃない。崖を登るのと同じだ、専用の装備が必要になってくる。加えて、山間には強力な魔物が住んでいるという話だ」

 

「私たちも出会ったことはないが、手は出さないほうがいいと言われている。旅人の間では有名だ」

 

竜だけでも大変なのに、まだそんな魔物が潜んでいるのかとライザは大げさに震えて見せた。

 

「そしてメイプルデルタの向こうだが――――絶対に近づくな」

 

「えっ」

 

鬼気迫るようなアンペルの口調に、ライザはやってもいないことで怒られたかのような居心地の悪さを感じた。

あの美しく、平和な光景のメイプルデルタ。その先になにがあるのかというと、

 

「あの一帯の大地には巨大な亀裂が奔っていて、越えるには一度谷へ降り立たなければならない。しかし、谷間は信じられないほどに巨大で、非常に過酷な環境だ。すべて、伝え聞いた話だがな」

 

「数少ない踏破者からフィルフサの目撃情報も挙げられているが、私たちでは近づけない。幸いにも、フィルフサでさえ、あそこで生き抜くことは難しいらしいからな。『門』が存在していることは確実だが、周辺での被害は確認されていない」

 

いつか、閉じなければならないけどなとリラは付け加えた。

 

二人の言葉はすべて注意するような口調だが、話を聞くたびにライザの冒険心はくすぐられている。

二人は気付いているのだろうか。

どちらにせよ、知識として知っているだけで、もしもの状況に陥った場合の対処は違ってくる。そう思ってのことだろう。

 

「とにかく、そういうわけでその2ルートから行くことはできない。さらに遠回りする道だと時間がかかりすぎる。だから、火山を越える」

 

「そういうことね。とりあえず、わかった」

 

「そのとりあえずってのが怖いな」

 

いつか、挑戦してしまうのだろう。ライザはそういう人間だ。

常に冒険することを忘れずに、やると決めたことには真っすぐ。

だがどうしてだろう。ライザならどうにかしてしまうのではと思わされる。

 

「じゃあ、さっそく火山に向けて出発っ!」

 

ライザはみんなのアトリエのエンジンを始動する。二人は慣れない感覚に戸惑うが、そんなこと関係ないと言わんばかりに平原をアクセル全開。

一直線で火山ヴァイスベルクを目指す。

 

 

 




設定の間違いや誤字などを教えていただけると助かります。
違和感ないように書き換えるようにするので。
一人称の間違いなど、細かい部分でも有難いです。


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3話 ライザと第1旅人

お気に入り登録してくださった方ありがとうございます。
執筆する上で、確かな助けとなっております。


それにしても、アンペルとリラの話し方の使い分けが難しい……。
勉強も兼ねて、ライザ二週目をそろそろ始めますかね。


「あっついよ〜……」

 

ライザは火山の山道を歩いていた。

山道、と言っても見渡す限りの岩、岩、岩。単に人が通った場所が比較的通りやすくなっているだけのものだ。

アップダウンが激しく、ただただ体力を失っていく。

さきほどから汗は滝のように吹き出し、衣服も身体に張り付いている。その感覚が気持ち悪くて仕方がない。

お気に入りである普段着からしてライザは薄着めのはずなのだが、ここでは薄手のパーカーでさえ脱ぎ捨てたくなってしまう。

 

前を歩いているアンペルとリラは気にした風もなく、ゴツゴツした道も歩き慣れているらしい。

ライザとは対照的に汗ひとつもかいていない。

 

(どうなってんのよもうー……)

 

特にアンペルと自分の服装を比べてみる。

彼は以前から服装的な変化はなく、Yシャツの上にジャケットを重ね、さらにその上にローブを羽織っている。ファッション的な違いはあれど、ローブの色が変わったくらい。

いつ見ても暑そうな出で立ちだが、ここへ着てからは視界に入れるだけで水没坑道へ駆け込みたくなる。あそこは全体的にひんやりしていて、今ならば半日は篭っていられる気がする。

 

幸いなのは、リラの服装が比較的薄着であることか。それはおそらくオーレン族の戦闘装束。以前と変わらないものを着ている。

 

「ライザどうした。さっきまでの元気はどうした?」

 

「ピンピンしてる二人がおかしいんだって……」

 

「旅を続けていれば慣れる。それに、ヴァイルベルクは比較的涼しいぞ」

 

「これを涼しいって言えるようにはなりたくないなぁ……」

 

想像していた華やかな旅と現実の違いを思い知らされ、ガックリとするライザ。

 

ちなみに、アトリエは簡単に分解できる構造になっており、現在はライザが抱えている巨大なリュックの中だ。

それでも入りきるような大きさには見えないが、これもライザの錬金術による成果。その名もご都合リュック。

内部は見た目の数十倍のものが入れられるほどの広さがあり、中に入れたものの重さも軽減できる代物だ。

ある意味、持ち運べる収納空間である。『門』の構造を観察して思いついたものなので、ライザが想像した異界とも言える。

 

そんなものを使ってもなお、アトリエを抱えて歩くのは一苦労だ。

ここまで計算して作っておけばよかったと後悔する。

 

 

 

そんなこんなでライザだけひーこらひーこら言いながら山道を歩き始めて三時間ほどが経過した。

息も絶え絶え、一歩も動けない。今のライザを表現するならば、そんなところだろう。

アンペルとリラに送る視線も、目は口ほどに物を言うを体現していた。

 

つまり、少しくらい休憩しようよ、と。

 

「情けないな。錬金術の研究ばかりで運動はしてこなかったか?」

 

「これでも、歩いた方だと……思うんだけどな…………」

 

「旅に出たばかりでは仕方ない。一旦休もう」

 

リラの言葉を聞いて一瞬だけパァッと喜びを見せるライザだったが、それを維持するだけの体力はすでに無かったらしい。すぐにどよ〜んとした雰囲気を発する。

 

「これは本格的にヤバいらしいな」

 

「例の古式秘具でもあれば、アトリエも運びやすいんだろうけどな」

 

「例の古式秘具って?」

 

「これさ」

 

アンペルは懐から数珠を取り出す。それは一つ一つが琥珀色に輝いており、強い力を感じる。

 

「宝物珠と言って、珠一つに対してひとつ、なんでも収納することができる。お前のリュックが部屋に収納スペースを作る発想なら、これは収納スペースの中の小物箱と言った感じか」

 

「なんでも入れられるの?」

 

「そう、文字通りなんでもだ。ただまあ、どんなに小さいものでも一つは一つと見なされるし、利便性は低いかもしれん。私は貴重品を入れているよ」

 

「ええー! じゃあアトリエもそっちに入れてくれればいいのにー」

 

「残念、全て埋まっている」

 

「ケチだなー」

 

ライザは休憩のために、退魔の花を模したもの、退魔の香を焚く。

徐々に辺りに独特の匂いが漂い始め、魔物の気配が遠ざかっていく。

 

三人はそれぞれに、そこらへんの岩に座った。

 

「もうすぐ山頂か」

 

「あぁ。そこからは降るだけだ。道もさらに険しくなる。注意しなければ」

 

「向こう側になると魔物も更に強くなる。気を引き締めていくぞ」

 

「もっと楽しい話題はないの?」

 

ライザは堅い話ばかりする二人に辟易としていた。レントとタオなら、嫌々ながらも自分のテンションに付き合ってくれていたので、いつだって明るいものだった。

今更ながらに、幼馴染二人に感謝の念を感じる。

 

「なにを言っている。旅においては、事前の行動確認と意識共有は大事だぞ」

 

「わかるけどさ。なんかねぇ」

 

こういうことも旅の一環だというのはりかいできる。

だけど、だけどライザが子供の頃から思い描いていた冒険とは、みんなで和気藹々と旅路を進み、笑いあり涙あり、時には辛いことも。でも仲間とならば乗り越えられる。

そんな小説の中の出来事のようなものだった。

 

なまじ一連の蝕みの女王との戦いがそんな感じだっただけに、待ちに待ったこの新たな冒険の始まりは、ライザにとって不服極まりないものだった。

真面目一徹の二人とライザはそういう意味では相性が悪い。他の仲間がいて緩和剤になってこそ、ということだ。

 

「そんなにいうならライザ、お前の方から話題を振ってみろ」

 

「そういわれると、違うんだよなー」

 

「ワガママなやつだ」

 

そんなこんな。しばらく雑談をしていると、遠くから気配が近づいてくる。その数はひとつ。

どうやら人間らしいと、とりあえず三人は気を緩める。

 

危害を加えてくるような犯罪者であれば、こんなところに一人でいないだろう。よしんば襲ってきたとしても、この三人であれば大抵の相手は無傷で対処可能だ。

 

「旅人かもしれんな」

 

「王都の方からかな」

 

「方角としてはそうだろう」

 

遠目に映る姿は、登山家のような服装で、こちらに気づいた様子で手を振ってくる。

そうして目の前まで来た男は、優しげな顔をした中年のほっそりとした男だった。

 

「やーやー、そちらも旅の途中かな?」

 

「あぁ。コイツはここを下っていった先にある湖に浮かぶ島から出てきたばかりの旅人デビューだがな。私はアンペルだ」

 

「リラ・ディザイアスだ」

 

「ら、ライザリン・シュタウトです。ライザって呼んでください」

 

「ーーーーライザっ! ライザリンだからライザか! おけおけ、ライザ。僕はユーステッド・ブラック。親愛なる友人たちからはテッドと呼ばれている。よろしく頼むよ、新たなる友、ライザっ!」

 

大層大げさなそぶりで、やけに可笑しそうな声色で、テッドはそう言った。ライザにはなにがなんだかわからない。

二人も顔を伏せて、肩を震わせている。

 

「そう、旅とは一期一会。しかーっし、僕らは皆今を生きる隣人。出会ってしまえばもう親友だ!」

 

頭の中はハテナ一色だ。

 

「ライザ、初対面の相手にいきなり愛称で呼べとは、踏み込んだな」

 

その一言で察した。自分はからかわれているんだと。

 

「もー、別にいいじゃない!」

 

「そうだっ、いいじゃない! 旅の恥はかき捨て。日記にでも綴って、燃やしてしまえ! そうすればこのステキな出会いの事実だけが残るのだから! なー、ライザ」

 

「そうだよねー、テッド」

 

ライザはヤケクソ気味に返事する。

大人にからかわれていい気分にはならないのだ。

 

「お二人さんもよろしく頼むよ。アンペル氏、リラ氏」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

「どうにも愉快だな、テッド」

 

「あぁ、折角の旅なんだ。楽しくなきゃ嫌だろう?」

 

「…………そうだな、その通りだ」

 

これまでの自分たちの旅を思い出したのだろう。

リラは少し遅れてそう返事した。

 

ライザは変わりかかった空気を戻すため、矢継ぎ早に言葉を続ける。

 

「ん、んんっ! えーと、テッドさんは」

 

「おやおやぁ、僕らの間に敬称なんて必要ないさ」

 

「…………」

 

「ふむぅ、残念。テッドと呼んでもらえるように頑張るとするよ。それでなにかな?」

 

「テッドさんは王都から来たんですか?」

 

「んん〜、残念。僕は王都より東の町の人間さ。それが?」

 

「ここ最近で竜の目撃情報とかないですか?」

 

銀色の竜の情報を少しでも集めようとしての質問だったのだが、

 

「わざわざそう聞いてくるってことはそこら辺を飛んでいる羽虫ではないってことだね。そういうことであれば、ざんねん」

 

どういうことか。

あれだけの巨体を持つ竜が人の目に触れないというのはおかしな話だ。

普段は雲の中に隠れているのだろうか。

ならば、なぜライザを襲ってきたのかが、わからなくなる。

 

「ライザは昨日、銀色の鱗を持つ竜に襲われたんだ。そいつは山のような巨躯で、危険なやつだ」

 

フィルフサとは関係がないからか、アンペルはアッサリと竜の情報を漏らす。

それもそうだ。あんな生物が野放しになっているのは、危険極まりない。

情報を拡散させ、周りに危険を知らせると同時に、ついでに戦力の確保も出来ればいい。

そんなところだ。

ただ、黄金のブレスについては明かす気はないらしい。昨夜にも言ったように、錬金術師としてのプライドだ。

 

「そんなやつが……三人はその竜をどうにかしようとしているのかい?」

 

「そんなところだ」

 

「大変な旅なんだねぇ」

 

おちゃらけたような態度は一瞬どこかへ消え、テッドは心配するようなそぶりを見せる。

 

「そんな大義を掲げた三人の一助にもなれないとは心苦しい。代わりと言ってはなんだけど、耳寄りな情報をあげよう」

 

そう言ってテッドは懐から紙を三枚取り出した。薄っぺらい長方形型で、絵やら文字やらが書いてある。

 

「王都から少し離れたところに、コーリンってぇ町がある。そこの温泉旅館は最高でねぇ。特に温泉には滋養強壮、肌の若返りなんて効果があるって噂だ。これはそのチケットさね」

 

「え、でもいいんですか?」

 

「いいんだいいんだ。僕はコーリンに寄る予定はなくてね。ケツを拭く紙にでもしようかと思ってたところなんだ。よければ、温泉で旅の疲れを癒してくれ」

 

「ここはありがたく貰っておこう。感謝する」

 

代表してアンペルが受け取る。

 

「じゃあ、代わりと言ってはなんだけど、クーケン島に寄ったならバジーリアって人に言えば、名物のスイーツを食べさせてもらえると思います」

 

「おぉっ! 僕はスイーツに目がないんだ。ぜひ寄らせてもらうよ!」

 

そう言ってテッドは去っていった。

去り際に「また会おう。ハッハッハッ」と手を振ってきたが、ライザは苦笑いとともに軽く手を振り返すだけだった。

 

「実に面白いやつだったな」

 

「そうだね。旅を楽しんでるって感じ」

 

先程も言ったようなものがライザの旅の理想。テッドは一人旅みたいだが、理想と近いその姿には憧れる。

 

「旅を続けていれば、また会えるだろう。私も、テッドは好感が持てる」

 

彼のいう通りなステキな出会いに感謝しつつ、三人は腰を上げた。



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