このすばin竈門兄妹 (黒箱BoX)
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第1話 転生

 

 訓練を終え、試練を乗り越えて鬼殺隊に入隊した炭治郎。そして鬼となってしまった根津子を箱に隠しながら最初の任務へと旅立ち――妹とともに鬼を滅した。16歳になった娘ばかりを好んで喰らう鬼、作り出した沼に潜む恐るべき血鬼術を使うそいつを妹といっしょに斃した。

 

 最初の一歩を踏み出した。鬼を倒し、鬼を人に戻す術を探す旅は、さあこれからだと言うその時。

 

 しかし、現実は漫画のように華々しくはない。そういうものなら当然カットするような場面が必ずある。この時代では自動車などないから、当然野宿はするわけだ。徒歩ではそうそう一日で着きはしない。

 

「――あれ?」

 

 希望と覚悟を胸に抱いて、そして満天の星空に抱かれて寝た。はず、だったのだが――目の前にあるのは見渡せない暗闇、そして……

 

「ようこそ死後の世界へ。竈門炭治郎さん、根津子さん。あなたはつい先程、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたね」

 

 神々しいまでに美しい女の人。すくなくとも、いまはそう見える――この時点では。

 

「あの、あなた誰ですか?」

 

 特に警戒することなく聞いた。さすが炭治郎というべき天然ぶりではあるけども、しかし彼の嗅覚は害意も血の匂いも嗅ぎ取っていないのだから彼の中では論理が通っている。

 

「私は貴方に新たな道を案内する女神です」

 

 さらりと言った。

 

「そうでしたか! 女神ですね。何を司る女神さまでしょうか」

 

 炭治郎は信じた。

 

「水を司る女神です」

 

「では、水を司る女神さまが何用でしょうか!」

 

「若くして死んだ若者たちに新たな道を示すためにここにいます」

 

「水が何か関係しますか!」

 

「関係しません」

 

「では、なぜ女神さまがそんなことを?」

 

「え? いや……なんでって……」

 

 詰まった。この時点でもうボロが出始めている。

 

「なぜでしょう?」

 

「いや……そりゃ……あの……だって、お給料いいし。偉いから威張れるし……」

 

「なるほど! 神様の中でも地位とかあるんですね! ありがとうございました」

 

「あー。いやー。あはは。うん、神様でも色々大変なのよね」

 

 ぽりぽりと頭をかく。もう神々しさはどこかに行ってしまった。

 

「――って、違う違う! せっかく他の担当の魂を分捕って来たんだから、早くしないとマズいんだった……」

 

「え?」

 

「いや、なんでもないわ」

 

 深呼吸して、もう色々とボロを出しているのに気を取り直してなかったことにする。

 

「さて、貴方には二つの選択肢があります。一つ目は、このまま天国に行くこと。

もう一つは、再び地球に赤ちゃんとして生まれ変わるか。どちらにしますか?」

 

「天国に行きたいです!」

 

「いやいや、待ちなさい? ちゃんと話聞いて? 天国っていっても貴方が想像しているような素晴らしい所ではないわよ。肉体がないから食事も睡眠も必要ない。早い話、三大欲求は何も満たせない。できることといえば、そこで暮らしている人とまったりお喋りすることくらいね」

 

「住めば都と言います! きっと、慣れればいいところになると思います!」

 

「あのね? 最後まで聞いてね? 今なら記憶と肉体を保ったまま別の世界に行けるのよ。いい? 今の鍛えた肉体をそのまま持っていけるの。しかも、その世界には俗に言う魔王軍ってのが居てね。大活躍できるわよ」

 

「はい、女神さま!」

 

 元気よく手を挙げた。

 

「何かしら?」

 

「魔王軍って何ですか?」

 

「人を殺す悪い奴らよ」

 

「――人を殺す奴らが……?」

 

 今までの天然さから一転、黒いものがにじみ出る。

 

「え? ええ。あいつらバンバン殺すわよ。それでこっちが困ってんだから」

 

 引いた。なにこいつ、マジヤバイんですけど、などと言って頭を抱えるが、そのアホさゆえに一瞬後には忘れてしまう。

 

「じゃ、決まりね。特典を付けてあげるわ。強力な固有スキルだったり、とんでもない才能だったり。神器級の装備だったりね。なんでも――」

 

「なら、根津子を人間に戻してください!」

 

「へ? いや、ちょっと近い……あれ?」

 

 どこからかバタバタと音が聞こえる。

 

「まっず!」

 

 水の女神が顔を青ざめさせる。

 

「まずい。まずいわ。他の神の担当から有望そうなのをちょちょいと分捕ってきたなんて知れたら、私の女神人生破滅よ……? って、あれ。ちょっと――あなた。死んでない?」

 

「はい。俺は死んでませんよ」

 

「ちょぉっとぉぉぉぉ! 死んでない? なんで死んでないのよ!? ただでさえバレたらまずいのに――死んでない魂をここに連れて来たなんて知れたら私、追放されちゃうわ!?」

 

「え? あの……落ち着いてください」

 

「ああ、もう! こうなったらさっさと転生させて証拠隠滅するしかないわね! 妹ちゃんは人間にしてあげるから、早く!」

 

「え? あの――」

 

「行きなさい!」

 

 魔方陣が光り、炭治郎と根津子が光に飲み込まれた。

 

 

 

 そして、眩しい光が消える。

 

「――ッ!」

 

 太陽の光を感じた。一瞬にして炭治郎の顏が蒼ざめた。

 

「……根津子ォ!」

 

 いずれは太陽光すらも克服する根津子の身体――しかし、今の段階では、最初の鬼を倒した段階では、太陽光は致命の毒に他ならない。だが、今更慌てたところですでに手遅れだ。”太陽光を受けてしまった”、すぐに身体で太陽光を遮ろうとも意味がない。鬼にとって太陽光は毒、もう根津子は致命傷を受けてしまった。

 

「お兄ちゃん」

 

 けれど、崩壊は訪れない。炭治郎は女神の言葉を思い出す。「人間にしてあげるから」……だから、妹はもう。

 

「お兄ちゃん。私、しゃべれるよ。それにね。いつも思ってたこと、今はもうないの」

 

 妹は涙を浮かべて兄を見る。

 

「私、もうお兄ちゃんを美味しそうって思わなくていいんだね?」

 

 根津子は鬼ではない。

 

「……根津子!」

 

 感極まって、抱き締め合った。涙を流して、喜び合う。

 

「ありがとう、女神さま」

 

 天に感謝をささげた。

 

 



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第2話 旅立ち

 感極まって抱き合ってはいたら1時間は経過していた。一通り喜び合った後、改めて周囲を見渡した。草原だった。……見たこともない草が揺れている。

 

「――ここは、どこだろう?」

 

「……」

 

 根津子は首を振って反応する。根津子はずっと寝ていたから口を竹でふさがれて過ごした日数はそう多くないけど、元々前に出る性格でもない。炭治郎としては、せっかく口が利けるようになったのにあまりしゃべってくれないのは少し寂しいのだけど。

 

「ええと。……これ、どうすれば?」

 

 二人とも時代柄ラノベなど読んでいない。街に行けばそういう大衆向けの読み物はあったかもしれないが、山奥育ちの二人に縁はなかった。

 

「……」

 

 途方に暮れてしまう。空を見上げて……けれど、何も思いつかなかった。そのまま何分か時が経過して。

 

「――人の悲鳴だ!」

 

 炭治郎が駆けだした。ほんの2,3分で到着する。

 

(なんだ、あれ? 蛙? 申し訳ないけど! 本当に申し訳ないけど! 等身大の蛙って気持ち悪いな! 本当に申し訳ないけど)

 

 悲鳴を上げたのは商人一家。馬車が溝に足を取られて動けなくなり、5体のジャイアントトードが迫っている。馬車を捨てて逃げ出せば何とかなるかもしれないけど――パニックに陥った一家は悲鳴を上げるばかりだった。そうそう命の危機に瀕して正しい行動を取ることなどできやしない。

 

「今、助ける……ッ!」

 

 更に加速する。

 

「全集中・水の呼吸。壱の……ッ?」

 

 横を駆け抜ける気配を感じた。

 

「……っふ!」

 

 その影はジャイアントトードの首を蹴ってねじ切ってしまった。

 

「……根津子ォ!?」

 

 驚いた。人間に戻った……はずなのに、鬼の身体能力がそのままなんて考えもしなかった。もっとも、女神にとっては当然のことだ。魔王に対する鉄砲玉として異世界に送り込むのに、その戦闘力を下げてどうすると言う話だ。徹底的に女神の側の都合だった。

 

「おにいちゃん、右をお願い!」

 

 その瞬間にも、左にいた蛙を殴って貫く。

 

「……そうだ。今は――戦っているんだ! 水の呼吸・『捌ノ型 滝壺』!」

 

 前方に居た二体をまとめて切り裂く。そして。

 

「っだあ!」

 

「最後の一匹! 『壱ノ型 水面切り』」

 

 最後の一体は首を飛ばされ、心臓を抉られて倒れ伏した。

 

「大丈夫ですか?」

 

 へたり込んでしまった商人一家に笑顔を見せる。目をぱちくりとさせている。とはいえ――恐怖の色はない。

 

「あの、冒険者の方ですか? 助けてくださって、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げた。

 

「あ、いえ。当然のことをしたまでですから。……え? 冒険者?」

 

「冒険者ではないのですか? 近くにアクセルの街があるからてっきり」

 

「街が近くにあるんですか?」

 

「アクセルの街から来たのでは? いえ、事情があるなら聞きませんが」

 

「あ……あはは。すいません」

 

 説明できるわけがなかった。なにせ、炭治郎にも意味が分かっていない。そもそも炭治郎は説明することすら苦手だった。

 

「では、お礼にアクセルまで送りましょう。それと、少ないですがお礼を」

 

「え……いや、お礼なら送ってもらうだけで……」

 

「冒険者ギルドに行って登録するためには千エリス必要ですよ」

 

「そうなんですか!? あ……それじゃ、ありがたく」

 

 

 

 そして、街に着いた。幸いにも文字が分かったため、迷うことはなかった。それはつまり、”失敗すれば頭がパーになる”事実を女神は教え忘れていたと言うことだが。というか、本名も教え忘れているが。

 

「――登録料に千エリス頂きます」

 

「はい、俺と妹の分です」

 

「……ん」

 

 そして、水晶に手を乗せる。

 

「おお、すごいです! 人間離れしたステータスですね」

 

 ニコニコと、そんなことを言われてしまった。

 

「え……あの……」

 

「あ、もちろん良い意味でですよ。物理系の職業なら何でもなれます」

 

「ええと……あ、じゃあソ-ドマスターでお願いします」

 

「はい、承りました。妹ちゃんの方もどうぞ」

 

「……ん」

 

「なんですか、これ! トンデモない数値ですよ。お兄さんより強いですね?」

 

「……ううん」

 

 首を振った。

 

「いやあ、素晴らしいですね。もしかしたら魔王を倒すパーティになるかもしれませんね」

 

 喝采が響いた。強力な冒険者の誕生をギルドに居た皆が喜んでいる。

 

「で、妹ちゃんはどの職業に就くのかな?」

 

「……ん」

 

 指示したのはソードマスター。兄とおそろいの職業だった。

 

「ええと、あなたの能力値ならもっと違う職業の方が」

 

「……ん」

 

 指をさし続ける。

 

「はい。では、手続きをします」

 

 そんなこんなで、はじめての冒険に出ることになった。

 

 

 

 数々の依頼をこなして、元々の高い実力も手伝ってかすぐに一人前とみなされるようになった二人。けれど――

 

 騒がしい声がする。それも聞いたことがある声と知らない声。

 

「――女神、様?」

 

 炭治郎と根津子の物語に、ポンコツ女神とニートが交わるとき――新しい道が開ける、かもしれない?

 

 



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