悪の舞台 (ユリオ)
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プロローグ

 男はポケットに煙草がまだ1本残っていた事に気が付き、それを口にくわえた。

 ライターはないかとさらにポケットをまさぐるが見当たらず、そのまま火のついていない煙草をくわえたまま屋内を歩いていく。

 煙草は、数年前に吸うのをやめていた。今着ている上着は、久しぶりに箪笥の奥から引っ張り出してきたものであり、まだ煙草を吸っていた、人並みの人間だったころの代物だ。

 

 嗜好品は、人を堕落させるための物である。

 依存性があるものは特にそうだ。

 

 それに満たされる快感を得るために金を払い、その金で上流階級は満ち足りた生活をする。

 堕落した貧民階級はその甘い蜜を得ることだけを考え、自分が搾取されている事にも気づかない。

 大人ぶりたかったからと、そんなくだらない理由で始めた煙草をやめたのは、そんなどうしようもない現実を思い出したからであった。

 当時はまっていたゲームをやめてしまったのも同じ理由だ。

 いや、あのゲームこそが元凶というべきか。

 

 

 

 

 

 幼いころ、両親を亡くした。

 社会の駒でしかなかった両親は、簡単に切り捨てられ死体すら回収されることはなかった。

 貧民階級の人命のなんと軽い事か。

 無理を承知で、両親が死んだ職場へと赴き、せめて遺品を回収するだけでもと懇願したが聞いてはもらえなかった。上の命令には逆らえないと、皆口々にそういった。

 当然だ。誰だって自分が一番大事だ。今ならばそれもよくわかるが、幼かったころの自分には世界が皆、自分の敵になってしまったかのように思えた。

 

 そこに、この辺りでは見ないような上等なスーツを纏った男が現れた。

 あの男の顔を、覚えている。

 年は20代後半といったところだろうか。整髪剤できっちり髪の毛を分け、顔は図鑑で見た蛙のようで、左目の下の泣き黒子が二つあった。

 いつも偉そうにしている社長が慌てて出てきて、年下のその男にぺこぺこと頭を下げていた。

 

 引き留める大人たちを掻い潜り、二人の前に立ち頭を下げて願い出た。

 どうか、この職場で死んだ両親の遺体を回収するために、一旦ラインを止めて欲しいと。

 すると、スーツの男はこう答えた。

 なぜ、そんな事をしなくてはいけないのかと。

 子供は答えた。こんなところではなく、両親をきちんとした場所で弔いたいからだと。

 男は笑ってこう返した。

 自分は、この工場の生産が滞っているので視察に来た。このまま、業績が振るわないようならばここを潰して新しい工場を建てる予定だ。働きアリが死んだからといってラインを止めるような工場ならば必要ない。即刻取り潰すことになるだろうと。

 その言葉に、社長は慌てふためき、そんな事は絶対にしない。今だってラインを止めずに生産を続けている。だから、どうか、どうかと地面に顔をこすりつけながら涙ながらに懇願した。

 その様子に戸惑う子供をあざ笑うかのようにこう告げる。

 

『お前の、何の利益にもならない望みを叶えればここに働いている者はみんな路頭に迷う事になるだろう。再就職が出来ず、飢えて死んでしまう者もいるだろう。それでも、君は、願いを叶えて欲しいというのかい?』

 

 周りの大人たちがこちらを睨んでいた。

 たまに遊んでくれた優しかったおじさんも、同じ目をしていた。

 言い返してやりたいのに、何も言葉が出なかった。

 ここで自分が、両親を選んだところで目の前の男がそれを叶えてくれるわけがないとわかっていながらも、恐怖で何も言い返す事が出来ない。

 先ほどまでは、皆が敵に見えていたが今は違う。自分ただ一人がこの中で敵になっていたのだ。

 

『その行為が悪だと気づかず、君は己の身勝手で行動していたわけだ』

 

 自分はただ、両親をきちんと弔いたかっただけだ。

 その行為が、悪だというのか。

 

『ああ、悪だとも。何の利益にもならない事の為に、他者の人生をどん底に落とそうというのだから、それが悪でなくて何だというんだい。無自覚な悪ほど、質の悪いものはない』

 

 男は、可笑しそうに嗤っていた。

 恐い、怖い、こわい。

 

『だが、安心したまえ。君は悪ではない』

 

 なんなんだ、この男は。

 

『他者の目に怖気づき、何もできなくなるような者は悪ではない。ただの臆病者だ』

 

 言い返してやりたいのに、声を出すことが出来なかった。

 そもそも、彼の言う事を覆す言葉を自分は持ち合わせていなかった。

 否定したいと思いながらも、どこかで彼の言葉を肯定してしまっていた。

 だって、この場にいる大人は皆、この子供がまた余計な事を言うのではないかと警戒した目を向けている。誰も同情などしていない。あるのは、怒りや苛立ち、怯えといった感情だ。

 それはきっと、自分の行動が悪だからだ。だからこそ、自分はみんなの敵になってしまったのだ。

 男の言う通り、自分は臆病者だ。

 ここで悪になり、この場にいる大人たちから糾弾されることを恐れていた。

 それでいて、両親の事も見捨てることが出来ず、ただただそこにじっとしている事しかできなかった。

 

『こうも素敵な表情を見せてくれると、わざわざ下に降りてきたかいがあるっていうものだ。私は、それだけの為に、ここに来ているのだからね』

 そんな言葉を残して、男はその場を去っていった。

 

 きっと、本来ならばここに来るのはもっと下の役職の人間だったのだろう。

 それを、ただ自分にひれ伏し絶望する貧民階級の姿を見るためだけに治安も空気も何もかも悪いこんな場所に、あの男はやってきたのだ。

 

 あれこそが、悪だ。

 

 誰かの敵になることなどお構いなしに、ただただ自分の快楽の為にその場を乱す。

 損得など関係なく、自分の欲望に忠実に生きている。

 恐ろしく思いながらも、どこかその生き様を羨ましく思ってしまった。

 

 

 

 

 後日、工場に勤めていたおじさんから両親の死に際を教えてもらった。

 母がラインに巻き込まれ、父はそれを助けようとしたのだが、結果二人とも助かることはなかったのだという。

 父がその場に来た時点で、母を助ける事は無理なのは明白で、誰もが父を引き留め残された子供はどうするのだと説得したが、息子には謝っておいてくれと一言残してそのまま母の下へ向かった。

 うっすらと、まだ意識のあった母に向かって『今、そっちに行く』といって、そのまま二人して死んでしまったのだという。

 

 父の行為は、悪だ。

 

 息子である自分はそれによって元より苦しかった生活がさらに苦しくなり、工場の人たちにも迷惑をかけている。

 それで母が助かったならば、それは正義の行為といえただろうが、助けられず自分も死んでしまうとわかっていながら、父は母と一緒にいることを選んだのだ。

 後のことなど考えず、ただその時の大切だと思ったものの為に全てを投げ打った父は、間違いなく悪であった。

 

 その話を聞いた後、何度も後悔した。

 

 あんなにも大切だと思って、工場にまで乗り込んだというのに自分は両親を選ぶことが出来なかったことを。

 

 何度も、何度も後悔した。

 

 工場に勤めていた人たちに恨まれようと、それを選ぶべきだったのだ。父のように。

 きっと、あの場で両親を選ぶ事が出来なかった自分だからこそ、父は自分よりも母を選んだのだ。どうしてもそう思えて仕方なかった。

 

 どちらにせよ、死んで両親に合わす顔がない。

 

 だって、自分は彼らを選ぶ事が出来なかったのだ。

 

 みんなの敵になる事を恐れて、何も言葉を発する事すらできなかった。

 それでいて、みんなを助けたいなどとは微塵も思っていなかった。今だって、全く思っていない。

 自分は、正義に遠い人間だ。

 

 あの男の言う通り、何物でもないただの臆病ものだ。

 悪になれなかった自分を、許すことが出来なかった。

 両親を選ぶ事ができたなら、こんな後悔はなかった。

 

 悪にならなければならない。

 

 そうでなければ、この後悔の念が晴れることはない。

 そう心に決めてから、世界が変わった。

 

 生まれによる格差を変えることはできない。貧民階級は死ぬまで働き続けても裕福になることはできず、上流階級は綺麗な空気を吸いながら優雅な生活を送るのが当然だと、何の違和感もなく思っていた。

 

 その考えがまず壊れた。

 

 小学校で教えられた最低限の勉強に紛れ込まれた呪詛の数々。

 貧民階級は、自分が社会の駒でしかない事を理解しつつも、そこでひたすら酷使され続ける。

 上流階級は、貧民階級が身を粉にして働くのが大変だと口では言いつつも、それが当然と理解し、手を差し伸べるなどという発想はどこにもない。無自覚な悪とはこの事かと理解する。

 

 なんて不公平でおぞましい世界なのだろうか。

 

 噛みつけば、法を持ち出し自分たちが正義だとのたまう上流階級どもを嫌悪した。やっている事は紛れもなく悪だというのに、それを正義の盾で身を守ろうとする者のなんと愚かしい事か。

 敵意が自然とそちらに偏るのか致し方ない事であった。

 そうやって、社会を憎みながら生きてきた。

 

 だが、その感情は胸の内に燻るだけで、何もできないまま大人になり、生活をするための金を稼ぐために社会の歯車の一個となった。

 己の憎悪を内に秘めながらも、表向きは取り繕った笑顔をする自分が腹立たしかったが、生きるためには今は仕方がないのだと受け入れ、尖っていた心はすり減っていく。

 

 悪を憧れながらも、気が付けば何もできないどこにでもいる人並みの人間になってしまっていた。

 ゲームを始めたのはその頃だ。

 

 社会に疲れた人間が別の世界に行きたいと思うのは至極当然で、現実世界では感じられない解放感と自由を楽しんだ。

 そう、楽しかったのだ。

 純粋に、遊び、笑っていたのはあの場所だけだったのかもしれない。

 喧嘩もした、気にいらない奴と衝突もした、中には上流階級の人間も当然いたため、ちょっとした愚痴に嫉妬した時もあった。

 それでも、現実に比べれば楽園のようなあの場所は、何よりも大切だったのだ。

 より楽しむために、途中から課金もするようになった。

 何日も悩みながら、自分が作ったNPCのスキル構成や設定を書き込んでいく。

 本来の自分とは違う山羊の悪魔の姿で、ウルベルト・アレイン・オードルと名乗り、同じく異形の姿をした友人たちと過ごす時間が楽しかった。

 その、楽しいという気持ちが大きかったが故に、それが裏返った時の反動は凄まじいものであった。

 

 何でもない日だった。

 自分が所属していたギルドは社会人のみで構成されていたため、リアルの都合で数人ほど引退をする人がいたが自分はサービス終了までこのゲームを続けようとそう思っていた。少なくとも、ギルドマスターであったモモンガが辞めるまでは自分もこのゲームを続けるんだろうと漠然と考えていた。

 そんな折に見つけたネットニュースの一つ。

 今、自分がやっているゲーム、ユグドラシルについて書かれた記事が目についたため、何の気なしにそのページを開く。

 

 そこに、十数年ぶりに見る男の顔があった。

 歳をとって多少老けてしまっているが、蛙を思わせるような顔は相変わらずで、左目の下に泣き黒子が二つ。

 

 内容自体はたいした物ではなかったが、自分が今まで楽しんできた空間の作製にあの男が携わっていたという事実を知った瞬間、嫌悪感から思わず嘔吐した。

 自分が課金したその金であの男は私腹を肥やし、時にはその金で誰かの人生を狂わせていたのだろうか。

 最初から分かってはいた。あの世界は、上流階級の人間が、貧民階級の人間を上手く利用する為に作られた物だと言う事は。

 それを気付かないフリをして今まで過ごしてきた。

 そうはなるまいと思っていたにも関わらず、言い訳をして凡俗に落ちていた。

 忘れかけていたあの男の笑い声が頭の中に鳴り響く。

 

 ゲームを辞めたのはその次の日だ。

 

 仕事も辞めてしまおうかと思うが、それでは野垂れ死ぬだけだと、最低限の理性で一旦保留する。

 社会の歯車になるよりいっそ、そうやって野垂れ死んだ方が良いのではとも考えるが、それでは結局奴らにとって邪魔な思想を持つ人間が勝手に死んで行くだけだ。

 そもそも、そういう風にこの社会はできている。

 人をただの社会の歯車になるように洗脳し、歯車から脱しようとするとさらに過酷な生活を強いられ野垂れ死ぬ。

 

 1人ではどうする事も出来ないと、様々なツテを使いレジスタンス組織に加入した。

 紆余曲折あり、様々な組織を渡り歩く事になったがそれももう終わる。

 

 ある日、久しぶりに自宅のアパートに戻った際に1通の手紙が届いている事に気がついた。

 

 組織に入ってからは、夜の活動が多いため自宅には帰らず様々な場所を転々としながら過ごす事が多かった。それでもアパートを解約していなかったのは、以前から勤めていた会社に今も所属しているためだ。

 組織には、住民登録もされていない社会的には存在していない事になっている者も多いため、底辺とはいえ会社員という肩書きが場合によっては役立つ事もあったからだ。

 その為、帰る事は少なくなっていたが、会社に申請していた住所に籍自体は置いたままにしていた。

 直接届けてきたようで、宛先の住所も書かれていないが、差出人の名前、いや、ハンドルネームだけが書かれてあった。

 

 ベルリバー。

 

 今は辞めてしまった、あのゲームで知り合った友人の名がそこにはあった。

 家が割と近かった事もあり、引退当日に今にも死にそうな声をしていたウルベルトを心配してリアルで1度会いに来てくれた事もある友人だ。

 詳しい事を話はしなかったが、あまりにも心配して何か悩みがあるなら相談に乗るぞと根気強く言ってくるので、反社会組織に入ることになるから、今後は自分には近づかない方が良いと忠告だけはしていた。

 

 そんな彼から何故、メールではなく手紙が来たのか。

 今時、紙媒体で連絡を取るのは、ネットすら使えない最下層の人間くらいのものだ。上流階級でも、機密保持の文書では履歴を残さないように紙媒体を使う事はあるとは聞いたことはあるが、どちらにせよかなり珍しい。

 不思議に思いながら封を開ければ、手紙は不穏な書き出しから始まっており、メールで送って来なかったのは、まさしく履歴を残さないためであったと知る。

 

『この手紙を読んでくれている頃、自分はもうこの世にはいないだろう』

 

 その書き出しの通り、彼がこの世を去ってしまったと確認が取れたのは数日前で、公的には事故死となっている。事故死と断定されるよりも1週間前に失踪しており、実際に彼がいつどこで殺されたのかはわからない。

 

 分かるのは、何故彼が殺される事になったのかと言う事だけだ。

 

 とても公にはできないような情報が手紙には書かれてあった。間違いなく、これを知ってしまった故に口封じとして殺されてしまったのだ。

 ゲームでの彼は自分とは違い、なるべくリスクを避けるようにした振る舞いをしていたが、その性格が悪い方に転がった。避けようと調べているうちに、知ってはいけない物まで偶然たどり着いてしまった。

 手書きで書かれたそれは間違いなく彼がこの時まで生きていた証だ。

 直接彼が持って来たのか、代理の誰かが持ってきたのかはわからないが、手紙が届いた直後に行動していれば助けられたのではないか、そう考えるが、実際のところそれは難しかっただろう。未だに、彼がどこで失踪したかまではわかっていないのだから。

 今更変えることが出来ない過去を悔やむより、彼の死を無意味にしないようにする事が先決だ。

 

 それに、運命というべきか、手紙の中には俺に悪を植え付けたあの男の名前もあった。

 

 ベルリバーからの手紙を組織にも見せ、今後の方針を話し合う。

 手紙の内容は信憑性があり、状況証拠としては真にたるものであったが、今このまま公表したところで上からもみ消されてしまうのは間違いない。

 確固たる物的証拠がなければ意味がない。

 

 話し合いの結果、自分が鉄砲玉として暴れているうちに、他のメンバーが証拠を集める事になった。話し合いと言うより、自分がその案を押し通したと言った方が正しい。

 今の組織のメンバーには、自分がここに入った経緯は話してあった。この腐りきった世界をどうにか壊したい願望はあるが、それ以上にあの男を打ち倒す事が目的であると。

 

 今がその時だ。

 

 後の事を任せる事になるが、お前らならできるさというと、何人かが泣いていた。

 良い仲間達だ。手紙の内容を話した時も作戦内容に意義を申し立てる者はいても、作戦を決行する事に反対する者はいなかった。

 世界的な組織を敵に回そうと言うのに、誰もがそれを望んでいた。やっと、世界を変える為の足がかりが出来たと喜び、それによって死ぬ事を決意した一人の男に対して涙を流す。自分たちだって、いつ死ぬかわからない状態だというのに。

 

 クソみたいな人生であったが、人生のうちで2度も良い仲間に巡り会えたのだから、思ったよりも悪くはなかったのかもしれない。

 出来れば、そんな彼らと最後まで付き合っていたかったがしょうがない。

 もし、この件がうまくいけばあの男は法に裁かれるなどの処遇を受ける。うまくいかなくても一度事が起これば警備がより厳重になり近づけない。

 

 だから、今しかない。

 あの男を殺すのだ。

 そうして俺は、本当の悪になれる。

 

 他にも俺が死なないような作戦はあった。あの男は確かに関係者であったがその首魁ではない以上、殺す必要なんてどこにもない。

 それを、ただの己の私怨のためだけに復讐の刃を向けた時、やっと自分は本物の悪になる。

 

 正義などどこにもない。

 悪と悪とが対峙する。

 そこが、自分の死に場所だ。

 

 もっとも、相手はこんな俺のことなど覚えてはいないのだろうけれども。

 

 ふと、部屋の隅に置かれた端末が目に入った。

 

 それを見て、今日はユグドラシルのサービス終了日であった事を思い出す。ギルマスから、最後だからみんなで集まらないかとメールが届いていた。心苦しく思いながらも、自分の立場的に接触はするべきではないと返信もしていない。

 

 それなのに、久しぶりに行きたいという思いが湧いてくる。

 

 あの男が関わっている事実を知った時は、ユグドラシルの事を思い出しただけで気分が悪くなっていたが、時間の経過でそれはなくなっていた。

 なにより、この場所で出会った友人のおかげでここに辿り着くことが出来たのだ。

 

 確かに、あの場所は堕落させるための檻として創られたものだった。

 しかし、そこで出会った彼らは紛れもなく生きた人間で、彼らとの交流は自分たちで築き上げたものだ。

 

 楽しかった思い出まで、憎悪する必要はない。

 そんな風に思えるようになったのは、死を覚悟したつい最近の事だ。

 

 作戦の決行が延期になってしまったため時間はある。

 久しぶりのログインとなると、アップデートも入るだろうから今からログインしたとして時間は5分あるかないかというところだろうか。

 行きたいとは思うが、やはり出来れば誰にも会いたくはない。どこでその行為が相手の迷惑になるか分からない以上、行くべきではない。

 それに何より、自分のこの決心が僅かばかりでも揺らいでしまったならばと考えると、それが何より怖かった。

 

 それでも、行かなければ死んだ後も後悔するのだろうなという確信があった。

 

 デミウルゴスに会いたい。

 

 あのゲームの中で、自分が作り上げた理想の悪魔。

 

 己の行動に迷った時はいつも、彼ならばどうするだろうかと考え、それを行動の指針にしていた。

 NPCである彼は、実際のところ喋りもしなければ表情だって変わらない。ただ、自分が決めた設定があるだけだ。

 だが、己の悪を目一杯詰め込んだその存在は、心の支えだった。

 

 そんな彼が消えてしまう前に、会いたかった。

 

 彼ならば、今から自分が成そうとしている悪を当たり前のように受け止めてくれる。

 もちろん、彼は意思を持たないのだから、自分がそう勝手に思い込んでいるだけだ。実際に会ったところで、ただのデータなのだから何も残らない。他者に迷惑をかけるリスクがあるだけだ。

 

 そう思い、端末を手に取った。

 

 この機会を逃せば後はない。

 大切なものがそこにあるならば、他者や利益など気にせずそれを掴むべきだ。

 己の悪に従い、数年ぶりになるゲームの世界へと旅立った。

 




 ウルベルトさんの設定が、公式でしっかりしたものがない事を良いことに捏造しまくってて申し訳ない。
 最初の方は自分で書きながらこれ、オーバーロードか? とか不安になりながら書いてたんですが、私の書くウルベルトさんの悪の定義をしっかしさせたくてこんな感じになりました。


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1話 転移

 ユグドラシルの世界で、ウルベルト・アレイン・オードルと名乗っていた悪魔が、その居城に数年ぶりに姿を現した。

 

 久しぶりに降り立った円卓には誰もおらず、その事にウルベルトは胸をなで下ろす。

 コンソールを確認すると、今このナザリック地下大墳墓にいるのはギルドマスターのモモンガだけと表示されていた。

 少なくとも、10人くらいは集まっているだろうかと思っていたのだが、その予想より遥かに下回る人数にいたたまれない気分になる。

 

 今、モモンガはどんな気持ちでどこにいるのだろう。

 

 自分が辞めたあと、何人がここを去り、彼はそれを見送っていったのか。

 声をかけてあげたいが、流石にそれはできない。だが、ログアウトをしたならば、彼に手紙を書こう。それで許されるかはわからないが、自分もこの場所を大切にしていたという事だけは、モモンガに伝えておきたかった。

 

 格好がつかないため、服装だけは最低限の物は装備していたが、それ以外はギルドの指輪しか今は持っていない。

 それなりに価値がありそうなものは、引退時その場にいた人達に譲渡し、それ以外は全て自室にしていた部屋に投げ込み、必要ならば勝手に使って良いからと言い残し、足早にログアウトしたのだ。

 酷い引退の仕方だと今だから思うが、それでもあの時は一分一秒でも早くこの場から逃げ出したくてたまらなかった。

 

 ギルドメンバーの証であるこの指輪も、本当はモモンガに渡すつもりだったのだが、それを彼は拒否した。

 いつでも戻ってきていいからと、優しい声でそういう彼に、自分は言い争いになると面倒だという酷い理由で、その指輪をはめ直したのだ。早くこの場から出ていきたいという理由で。

 今は、指輪を持たせたままにしてくれたモモンガに感謝する。

 

 アップデートに時間がかかってしまったため、もう時間は3分を切っている。

 ウルベルトは指輪の力を使い、己が作った悪魔と再会すべく7階層に飛んだ。

 

 7階層灼熱神殿。

 

 引退した時と、その光景は何ら変わっていなかった。

 他のメンバーが引退して、人数が減った後もモモンガがこのナザリック地下大墳墓を守ってくれていたからなのは間違いがない。手紙を書くときに、その事のお礼も書かなくてはいけないなと、頭の片隅にメモをして目的の人物の前まで行く。

 

 緋色のスーツを着た細身の悪魔が、ウルベルトが設定した通りの場所にいた。

 

「久しぶりだな、デミウルゴス」

 

 いきなりやめてしまったので、彼に最後に会ったのはいつでどんな事をしていた時なのかさえ、ウルベルトは覚えてはいない。

 引退の時は、その場にいるだけで気分が悪くなり、ここに来ることすらできなかった。

 

「今日はお別れを言いに来たんだ。俺は、この後死ぬ。その前に、どうしてもお前に会っておきたかった」

 NPCであるデミウルゴスの表情は変わらない。当然だ。こんなこと言ったってなにも変わらないのはわかってはいるが、自分にとってのけじめみたいなものだ。

 

「ベルリバーの仇討ちってのも当然理由の一つだが、結局は俺のわがままだ。ここで死ぬ事でしか、俺は本当の悪って奴になれない。俺は、お前みたいな生まれながらの悪じゃないからな」

 

 時間はもう、10秒ほどだ。

 

「もう、お別れの時間のようだ。お前を作ることが出来て俺は幸せだった。ありがとう、デミウルゴス。さようなら」

 0時になる。

 時間になったにも関わらず、ログアウトする様子がなく、コンソールを確認しようと目の前の悪魔から視線を外した時、声が聞こえた。

 

「置いていかないでください……」

 

 すぐそばで聞こえてきたその声は、聞き取るのが難しほど小さな声であったはずなのに、その耳触りの良い声はしっかりとウルベルトの耳に届いた。

 声の聞こえた方に顔を向ければ、ウルベルトが創り出した悪魔が涙を流していた。

 外見はどこからどう見ても大人だと言うのに、その姿をはいつまでも帰って来ない両親への不安で涙した、子供の頃の自分の姿と重なって見えた。

 

「……死ぬなどとおっしゃらないで下さい。それでも、どうしてもと言われるのでしたら、どうか私も連れて行って下さい。御身のお役に立つ事こそが、私の存在意義。どうか、どうか……」

 

 涙に濡れた宝石の瞳の輝きは、なんとも美しかった。

 自分は夢を見ているのであろうか。

 ユグドラシルにやって来たのは久しぶりであったが、これがゲームの世界でないという事だけははっきりとわかる。ウルベルトが引退したあとに、更にアップデートがされ、パッチが追加さられていたとしても、これはありえない。

 NPCがこんなにも感情的に話したり表情を変えたりするなどありえるはずがないのだ。

 

 それに、あの瞳だ。

 

 確かに、ウルベルトはデミウルゴスに普段はあまり開かれる事の無い瞳は、宝石で出来ていると設定していた。

 だが、それはあくまで設定にそう記入していたに過ぎず、実際に宝石を埋め込んだ訳ではない。

 

 ゴーレムなどであれば、強化するのに別途で鉱石を必要とするが、基本的にNPCは最初に種族を選び、種族毎のデフォルトの状態からプレイヤーが外装を変更して行く事となり、中身までは弄れないのだ。

 それだというのに、デミウルゴスにはウルベルトが思い描いた通りの瞳をしている。

 

 もし、万が一にも引退している間にそんな事が可能になってたのだとしても、少なくとも運営側が変更したわけではなく、プレイヤー側が行なったはずだ。流石に、運営がただのフレーバーテキストでしかない設定まで確認してその通りにNPCを変更するわけがない。瞳の件が無くても、プレイヤーの自由度を優先とていた運営が、勝手に個人が作ったNPCの仕様を変更するとは思えない。

 

 ならば、新しいパッチを使いギルメンの誰かが設定したかといえば、それもノーだ。

 どう考えても、表情一つとってもかなりの情報量だ。全NPCにそんな設定を作れるはずがない。万が一、1人2人程度なら可能だったとしても、引退したウルベルトが作ったNPCを選ぶわけがない。

 

 夢ならばと頬をつねろうとすれば、毛皮の感触があまりにもリアルに感じられる。

 自分のアバターは、ヤギの様な姿をした悪魔であり、それが変わっていないのが顔に触れた感触からわかる。そして、デミウルゴスのみならず、ウルベルトの顔も本来変わらないはずの表情に変化がある事が確認できてしまった。

 コンソールを操作しようにも、表示さらされずGMコールもできない。

 

 いや、違う。今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

 夢だとか、現実だとかはこの際関係ない。自らが生み出したNPCがウルベルトの発言のせいで涙を流しているのだ。それをとめる事こそが自分のやるべき事だ。

 未だにどう言った状況なのかは把握しきれないが、一旦その疑問を全部放り投げ、デミウルゴスに向き合う。

 

「デミウルゴス、心配させる様な事を言って悪かった。どうか泣き止んでくれないか?」

 

そう声をかけると、デミウルゴスは慌てて涙を拭う。

 

「かような醜態をお見せし、申し訳ございません。全ては私の不徳の致す所、ウルベルト様が謝られる必要などございません」

「醜態とは思っていない。お前は、別れも告げず居なくなった俺の事をずっと待っていてくれたんだな。すまなかった」

「どっ、どうか頭をお上げください。至高の御方であらせられるウルベルト様がシモベ如きに頭など下げる必要はございませんっ」

「俺は、お前に恨まれても仕方がないと思ってる。本当は、来ようと思えばここに来ることも、最低限お前に別れの挨拶をするくらいもできたのに、俺はそれをしなかったんだ」

 

 待ち続ける辛さは知っている。

 自分の場合、それはたった一晩であったがその心細さを覚えている。

 それを、何年も待ち続けてくれたであろう彼になら、殺されたとしても文句は言えない。

 ウルベルトの両親は、死んでしまったが故に別れの挨拶すらできなかったが自分は違う。迷惑になるからという言い訳の元、逃げてしまっていた。あの楽しかった思い出に浸り、再び自分がふやけてしまうのが怖くて。

 

 所詮はゲームなのだから、それもある意味仕方がない部分はあるが、デミウルゴスが意思を持ち、ウルベルトの帰りを待っていたというのだから、そんな言い訳は今更できない。

 

「恨むなど、そんな事あるはずがございません。あなた様に創造され、このナザリック第七階層の守護を任される名誉を与えられた。できる事ならば、御方々がいつも帰られるりあるでもお役に立ちたいとは願っておりましたが、きっとお声がかからないのは私の力不足のため。ウルベルト様がこちらに帰って来られなかったのも、成し遂げねばならぬ事があった故なのでしょう。ですから、恨むなどそんな事あるはずがありません。ただ……」

 

「ただ、なんだ?」

 

「待ち続ける日々は、寂しいものでした」

 

 ああ、これは俺だ。

 父の選択肢を誇り、それ故に恨むことはなかった。

 それでも、一人になった家の中で過ごす夜に誰もいない寂しさに己の肩を抱いて蹲っていた自分だ。

 自分の残像ごと、デミウルゴスを抱きしめた。

 

「そうだよな。寂しかったよな。ごめんな、デミウルゴス」

 

 驚きのあまり固まってしまっているデミウルゴスをより強く抱きしめる。

 暖かな体温が感じられ、脈打つ鼓動が彼は生きているという事を教えてくれる。

 

 自分は、泣きじゃくる子供を置いてまたリアルに戻るのか。

 

 リアルに戻りデミウルゴスをここに置いていくのと、デミウルゴスと共にいることを選びリアルを捨てる事は、どちらが悪なのだろうか。

 

 どちらがより大切なのか。

 両方を選ぶ事はできない。

 

 もしリアルに戻ったとして、あの男との対決を死なないように変更するなどできるはずがない。

自分のすべてを捨てて、あの男を対峙するからこそウルベルトは悪になれるのだ。他に大切なものを残し、そのために命を長らえようとするのではそもそも対峙する意味がない。

 

 この場に残り、今まで自分がやってきた事を全て捨て去り悪魔として生きていく事も、悪と言えば悪だろう。自分がいなくなっても、作戦は決行されるだろうが、連絡もなくいきなり消えたとなるとどれだけの迷惑を仲間にかける事になるだろう。

 

 だが、結局のところあの男と決着をつけない限り自分の心につけられたこの傷は治る事はなく、あの男と対峙できずに過ごすことは一生の後悔になる。

 

 そうだ。答えは最初から一つに決まっている。

 そもそも、自分はこの場所を捨ててきた人間だ。

 今更それをまた手にしようとする考えが間違っている。

 それでもなお、ここに残るのも悪なのではないかと言い訳を考えるのは、結局のところデミウルゴスを目の前に、その言葉を発することを恐れているからだ。

 結局自分はあの頃と変わらず臆病なままなのかと自身を嫌悪する。

 

 デミウルゴスを抱いていた腕を離す。

 その体温は、いまだ腕に残っている。

 ただのデータだといって、切り捨てることなどできるわけがない。

 

「ウルベルト様?」

 

 デミウルゴスのこちらを心配する声が耳に届く。今日初めて聞いたはずなのに、以前から知っていたように感じるのは、頭の中で思い描いていたのと同質の声だからだろうか。

 本当に彼をこのまま捨て置いて行ってしまっていいのだろうか。

 自分の父の行動が間違っていたとは思っていない。だからと言って、同じように置いていく事が正しいとはどうしても思えないのは、自分が悪ではないからなのか。

 

「デミウルゴス、俺はどういう選択肢を選ぶべきだ? 俺はお前を置いては行きたくはないが、リアルに置いてきた俺の死に場所を諦めてしまえば、俺は俺でなくなってしまうかもしれない」

 

 いつもは頭の中でしていた問いかけを口にだして言えば、向かい合った相手も声に出して答えてくれる。

 

「……私個人の願いは、ウルベルト様にここに残って頂く事です。きっと、他の御方が同じ質問をされたなら、私は御方に逆らうような事をしてでも、ここに留まるように説得したでしょう。しかし、ウルベルト様が悪に殉じるための行動を阻害することはできません。ですから、私も“りある”に赴き、ウルベルト様と死出の旅路をご一緒したく存じます」

 

 ああ、それはなんとも理想的だ。

 

 デミウルゴスを殺すなどしたくはないが、しかし置いていくよりは良いような、そんな気がした。何より本人が置いていかれる苦痛の方が、死ぬ苦痛よりも遥かにましだとその目で訴えている。

 

「良い考えだ。だが、二つ問題がある」

「それは、一体どの様な事でしょう。やはり、私では足手まといにしかならないのでしょうか」

「そんな事はない。お前がいてくれるなら、最期の時も心細くないだろう。だが、リアルには本来存在しないお前がそっちの世界に行ける保証がない。それによってお前が無駄死にする事だけは避けたい」

 

 元がデータである以上、リアルに行ったデミウルゴスが無事である保証はない。そんな形で消えてしまうならば、心苦しいが置いていった方がマシだ。

 

「そして、あともう一つなんだが……実は、さっきからリアルに戻ろうとしているのに、俺自身も戻れなくなっているという点だ……」

 

 どうしたらいいかと問いかけておいてこれは非常にカッコ悪い。

 時間が経てば何とかなるのではないかと楽観視している部分がどこかあったのだが、コンソールが出ないため、ログアウトが出来ずにいる。

 

「デミウルゴス、コンソールとか、ログアウトってわかるか?」

 

 もし、この場に残ると決めたとしても、出来る事なら帰れないから仕方なく残ったと言う形には、あまりしたくない。帰れるのにあえて残るからこそ、その選択肢は悪になるのだ。

 そんな思考だから、帰り方を模索するより先に、帰れる事を前提にした時の自分の選択肢に悩んでいたわけだが、時間が経っても変化がない以上、真面目にリアルへの帰還方法を考えねばならない。

 

「申し訳ございません、ウルベルト様。コンソールやログアウトがどういったものか存じておりません。御方が帰られる“りある”というのがどんな場所で、どうやって行き来されていたのかも、私の知識にはございません」

「確認を取ってるだけだ、一々謝ったりしなくて良い。通常はNPCであるお前たちには行けない場所だ、そういった知識がなくとも何ら不思議ではない」

 

 こうしてデミウルゴスが動けるようになったのは、日付が変わったタイミングとみてまず間違いないだろう。

 だが、待っているのが寂しかったといっている以上、それ以前の記憶も彼らは有しているという事になる。

 

「ユグドラシルについての知識はどの程度ある?」

 

 そう聞けば、ゲームの設定を、まるで説明書でも呼んでいるかの如くすらすらと言ってのける。

 つまり、自身がこの世界が娯楽の為に作られたゲームの世界であるという事も、自身がそこで作られたただのデータであるという事も理解していないという事だ。完全に、自立した個人として本人は認識しており、そうであるならばウルベルトもNPCに対してそう接するべきなのだろう。

 

 しかし、ただのゲームだった頃であればそれを示唆するような会話もしていたはずだ。都合の悪い情報は実体化する時に消えてしまったのか。

 どちらにせよ、本人が自覚していないなら告げるべきではないだろう。もし、自分が本当はどこにも存在しないただのデータだと言われればウルベルトならば発狂しかねない。

 

 それにしても、先ほどからずっとこちらに対して低姿勢で至高の御方などと言ったりするのが慣れない。今まで見下されて生きてきた人間であるため、なんだか変な感じがする。

 おそらく、ウルベルトが設定に紳士的な態度だとか、アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓っていると書いたせいだろう。おそらく、同じ様に意思を持つ様になっているであろう他のNPC全てがこんな態度ではないはずだ。多分。

 その為、気にはなるが言葉遣いよりもまず現状確認だ。

 

「デミウルゴス、ちょっと俺に攻撃魔法をぶつけてみてくれないか?」

 

「えっ!?」

 

「どうも、俺の知ってるユグドラシルと仕様が違う気がするから確認のためだ。なんでも良いから」

「そっ、それならばウルベルト様が、私に魔法をお使い下さい。御身を傷つけるなど……」

「傷ついても治せばいいだけだろ。俺の方も後で試すから、とりあえずお前が俺に使ってみてくれ」

 

 そう言われて、おずおずと〈火球〉(ファイヤーボール)の魔法をウルベルトに向かって放つ。

 

 本当に僅かばかりではあるがダメージを受けた感覚がある。そして、種族特性により本来受けるはずよりもダメージが軽減されているのも確認ができた。

 デミウルゴスもだが、ウルベルト自身もゲームの設定のままここに存在していると言う事だ。

 ウルベルトも、同じように魔法を使ってみれば問題なく使用できた。

 デミウルゴスに攻撃するの嫌だなぁと、彼と同じように〈火球〉(ファイヤーボール)を使うと、装備がしっかりしている事もありデミウルゴスは完全に無効化してしまい、どこか不服そうな顔をしていた。

 使用できるのはゲームの頃と同じもので、とりあえず使った魔法の仕様は同じように思われた。

 

 だが、同じ点ばかりではない。

 

 攻撃が当たったと言う事は、フレンドリーファイヤーが解禁されていると言う事だ。元のゲームのままならば、同じギルドに所属している者はNPCも含めて仲間内では攻撃は当たらない仕様だったのが、ここではそれがない。

 

 薄々感づいてはいたため、驚きはないがどうしたものかと考える。

 リアルな触感がある事から、例えば首を絞めたりすれば実際に窒息死をさせられたるするのではないかと言う考えが浮かんでいた。

 実際に、悪魔の身体にそんなダメージが通るかはわからないが、少なくとも息は詰まるだろう。ユグドラシルや、そういった仮想現実の世界では法律で、味覚、嗅覚は完全にアウトで、触感に関しても少し感覚がある程度しか感じさせてはいけないという決まりがある。

 触感があると、ゲーム内で死んだりした際、本当に自分が死んだと錯覚してリアルの方の身体にも影響がでる事があるからだ。

 

 ならば、この世界でウルベルトが死んでしまった場合どうなるのだろうか。生きていたリアルの身体も同様に死んでしまったりするのだろうか。

 しかし、魔法がゲームの通りに使えるのなら蘇生魔法もあるはずなのだし、ゲーム同様にレベルダウンが起こるだけで復活できたりするのだろうか。

 

 悩みはつきない。

 

 最終手段としてどうにもならない時は死んでみるのもありかと、ウルベルトは考えていた。無駄死にはしたくはないが、そうは言っても元より死ぬ予定だったので生にそれほど執着はない。

 今すぐ試す予定はないが、デミウルゴスになら今すぐにでも殺されても別に良いかなと言う思いすらある。

 

 自分が創り出し、置いていってしまったデミウルゴスにはそれを怒り復讐する権利もあると思っていたが結局それは杞憂に終わった。今放ってきた魔法も低位のものでしかも、ウルベルトには耐性のある火属性の攻撃だ。 

 今着ている初期装備でなければダメージを与える事もなかっただろう。

 

 もちろん、油断させてグサリという可能性もあるが、それはそれで悪魔らしいし、それでやられても文句はない。

 だが、その可能性はないのは今までの会話でないとみている。どこか、ウルベルト本人と重ねて見えてしまう彼の事は信頼していいし、それが裏切られたとて不満はない。自分が創り出した最高の悪魔に殺されるならむしろ本望だ。

 

 だが、他のNPCに対しても同じ事を思えるかと言われればそんな事はない。流石に、同じ仲間だったとはいえ、そのNPCからの殺意までは受け入れる気はさらさらない。

 とはいえ、長らくユグドラシルを離れていた自分を他のNPCが快く受け入れてくれるのか。

 こればっかりは、会ってみないとわからない。

 

 しかし、フレンドリーファイヤーが解禁されている以上、同じギルドに所属しているNPCでも攻撃は通る。相手にもよるが、アイテムもない、装備も貧弱なウルベルトでは負けてしまうだろう。

 

 本来ならいの一番にするべきであろうモモンガに連絡する事を躊躇ってしまっているのもそれが原因だ。

 

 流石に、ゲームをいきなり辞めて、最終日にもモモンガを避けて7階層に来たとはいえ、彼に殺されるとは思ってはいない。その辺は、話せば分かってくれると信じている。

 しかし、NPCは別だ。

 

 ユグドラシルを捨てた自分と違い、最後の時まで共にしたモモンガであればNPCが敵対してくる可能性は低いと思われる。

 モモンガとウルベルトが和解したとしても、それを良く思わないNPCがいるのではないかという不安。ナザリックにいるNPCの数を考えれば、そんな考えを持つ者がいないと考える方が不自然だ。

 

 そこでいざこざを起こすより、ウルベルトがそもそもいなかった事にしてリアルに戻った方が良いのではないかと思うが、そもそも帰れないのだからどうしようもない。

 

 まだ、この世界の現状を把握していないため絶対とは言い切れないが、恐らくモモンガはリアルよりもこちらの世界を選ぶのではないかと踏んでいる。

 彼の両親はすでに他界し、ウルベルトが辞めた後に良い人が現れていない限りは彼女もいないはずだ。リアルでの交友関係はあまりなくみんなとゲームをしている時が一番楽しいといっていた記憶もある。この世界がどんなものかわからないが、きっと糞みたいなリアルよりはずっとましだ。家族もいない彼が、リアルに固執する理由はないだろう。

 

 だが、ウルベルトが出来れば帰りたいと思っている理由の一つはそれだ。

 

 不満だらけな世界だからといって、そこから逃げ出すのは自分の負けを認めるようで嫌なのだ。

 まだ、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンという名前でなくクラン、ナインズ・オウン・ゴールという名前であった頃、たっち・みーとかいう正義面した男と悶着を起こした際、仲の良かった友人がクランを抜けていった。

 自分も辞めていった友人と同じ気持ちだったのだが、残った。

 ここで、自分も辞めてしまえばたっちの野郎から逃げたみたいだと思って、意地を張ってそのままクランに残った。

 その後も何度も喧嘩して重たい空気になったりもしたが、それを理由に辞めようとは思わなかった。

 リアルは糞なのは間違いないが、立ち向かう敵を前にして逃げ出すような真似はしたくない。

 己の性格の難儀さには、我がことながら面倒だと思うのだがそうやって捻くれて育ってきてしまったのだから仕方がない。

 それに、糞みたいな世界では確かにあったが、大切なものだってあった。そう簡単に切り捨てられるものではない。

 話し合えばわかってもらえると信じたいが、この意見の不一致をどうするか。

 それを考えると、どうしても声をかけるのが躊躇われる。

 

「アルベド?」

 

 突然、デミウルゴスが声を上げる。

 

 その名前には憶えがある。ナザリックの守護者統括を任されたNPCだ。

 ここに来たのかと周囲を見渡すが誰かが訪れた様子はなく、デミウルゴスがこちらに断りをするように頭を下げたあと、左こめかみに手を当てながら誰もいない場所に向かって喋っていた。

 一瞬不審に思ってしまったが、恐らく〈伝言〉(メッセージ)の魔法を使っているのだろう。

 

 元のゲームであれば、そもそも口が動くこともなく会話するときは固定回線で相手のみと会話が出来ていたが、回線などないのだからこうなるのも道理であろう。

 端末なども持っていないため、はたから見るといきなり喋りだした不審者に見えてしまう。

 自分からかける分には、周りを注意していればいいがいきなりかかってくると厄介だ。

 話が終わったデミウルゴスがこちらに向き直る。

 

「アルベドからの〈伝言〉(メッセージ)だったのですが、モモンガ様のご命令で1時間後に階層守護者は6階層に闘技場に来るようにとの事でした。ウルベルト様の事はいったんお伝えしなかったのですが、よろしかったでしょうか」

 

 やはりモモンガもここにいる。

 

 条件はやはり、ゲームの終了時間までログインしていたかどうかという事だろう。

 しかし、闘技場に階層守護者を集めてどうしようというのだろうか。

 

「ああ、それで構わない。こういうのは、直接言った方が良いからな。とりあえず、俺もモモンガさんのところに行こうと思うが、前と今ではどうも様子が違う気がするから、お前は時間まで7階層に問題がないか確認しておいてくれ」

 

 護衛という意味では、常に傍に置いておきたくはあるが、他のNPCがウルベルトに敵対した際、それを守ろうするデミウルゴスも敵とみなされかねない。

 いったん、一人で様子を見た方が良いだろう。

 

「かしこまりました」

 

 そういって礼をするポーズは惚れ惚れするほど格好がいい。

 

「じゃあ、任せたぞ」

「あっ、あの、ウルベルト様」

 

 立ち去ろうとするのを、デミウルゴスが呼び止める。

 

「どうした?」

「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「一つと言わずいくらでも、答えられることならいくらでも答えてやるよ」

「なんと慈悲深いお言葉。ありがとうございます」

「俺も今後お前に色々聞くだろうからお互い様だ。それで、聞きたい事って?」

「はい、ウルベルト様は、ベルリバー様の仇討と仰られておりましたが、かの御方はお亡くなりになられたという事なのでしょうか」

 

 ああ、そうだ。大事な事をデミウルゴスに言い忘れていた。

 思考が似ているし、ある程度は言わなくてもわかってくれるだろうという考えがあり、うっかりしていたし、それを思い出させてくれたことに感謝する。

 

「お前には嘘つきたくないから本当の事を話すが、ベルリバーは殺された。これは間違いない。だが、この事は誰にも言わないでくれ。特に、モモンガさんにはな。あと、俺が出来ればリアルに戻りたいって思っている事も言わないでおいてくれると助かる。言う必要が出てきた場合は俺の口から言う」

 

 モモンガがもしリアルに戻れた時、事故死ではなく他殺だと知ってしまうのはまずいだろう。作戦が成功している保証もないのだし、知らない方が良いことが世の中にはある。

 リアルに戻りたいという俺の意思については、とりあえず状況を確認してからの方がいいだろう。どういう事になるかわからないが、初っ端から喧嘩するような事は避けたい。

 

「かしこまりました。モモンガ様にもまだ伝えていない真実をお教えいただき、ありがとうございます」

「まぁ、俺がいなくても仇討の作戦は決行されているはずだから、あまりお前が気にするな」

「そうだったのですね。さすがはウルベルト様。不測の事態にも備えていたとは、このデミウルゴス感服いたしました」

 

 単純に、ウルベルトがリーダーではなく、不測の事態に備えて作戦はいくつか仲間内で提案されていたからにすぎないのだが、そんな事は言えない雰囲気だ。

 

「一応言っておくが、俺はお前より頭良くないからな」

「そのようなご謙遜をなさらずとも」

「謙遜じゃない。俺はギルドの中でも火力担当で頭脳担当じゃないんだから、ナザリックの知恵者として創ったお前より頭がいいわけがないだろ。というか、俺が頭良くないからお前をそういう設定にしたみたいなところはあるし」

「では、私はウルベルト様の不足を補うために創造していただいたのですね。なんと素晴らしい。その御期待に沿えるよう、このデミウルゴス誠心誠意ウルベルト様にお仕えさせていただきます」

「おっ、おう」

 

 デミウルゴスの尻尾が凄い勢いで左右に揺れていた。

 犬を飼っていたギルメン、確か餡ころもっちもちさんが、喜んでいる時すごい勢いで尻尾を振ってくるからそのままちぎれちゃうんじゃないかと思った、などといっており、そんなことないだろと内心冷めた気持ちできいていたのだが、今ならその気持ちがよくわかる。

 

 実際のところ、小卒で学がないからそれがコンプレックスでそういう設定にしたわけだが、足りない部分を補うというのはあながち間違いではないからいいだろう。

 例えデミウルゴス相手でも、頭の良い奴から頭が良いと勘違いされると嫌味のように思えて居心地が悪い。

 

 今度こそデミウルゴスの下を離れ、〈伝言〉(メッセージ)を使う。

 直接声を出さねばならないとわかっている以上、誰かの近くで使うのはなんだか躊躇われるからだ。

 念のため、先に他のギルメンはいないかとモモンガ以外の人に向けて〈伝言〉(メッセージ)を使ってみるが繋がらず、諦めてモモンガに〈伝言〉(メッセージ)を飛ばす。

 

「もしもし、モモンガさん? ウルベルト何ですけど、声、聞こえます?」

『えっ? えっ!? ウルベルトさん!? なんで、嘘っ』

 

 あまりにも驚いてテンパっているが、記憶にあるのと同じモモンガの声に安堵する。

 

「いや、実は俺サービスのギリギリにログインしてて、円卓の間にモモンガさんいなかったのもあって7階層にいるんですよ。モモンガさん今どこです?」

『そうなんですか! ごめんなさい、もう誰も来ないと思って最後は玉座の間かなって思ってそっちいってたんですよ。こんなことならずっと待ってたら良かったなぁ』

「どちらにせよ、俺も最後はどうしても7階層見ておきたくてそっち行っちゃってすいません。久しぶりだったから、起動したらアプデとか入って終了3分前くらいのログインでしたよ」

『来てくれてたってわかっただけで嬉しいですから気にしないでください。その時間だと、指輪使っても転移できない玉座の間は来れませんし』

「ほんとすいません。それで、合流したいんですけど、まだ玉座の間ですか?」

『いや、たったいま第六階層の闘技場に転移したところです。実際に魔法が使えるか確認したくて、それなら広い場所だなって思いまして』

「了解です、じゃあ俺も今からそっち行きます」

 

 そういって、一旦〈伝言〉を切る。

 〈伝言〉(メッセージ)を自分で使ってみてわかった事が一つある。

 デミウルゴスが、手を頭のこめかみにおいて〈伝言〉(メッセージ)を使っていたが、別にやらなくてもいいという事。

 そして、やらなくてもいいとわかっても、頭の中で響く声に反応しようとすると、ついそんなポーズになるという事。

 やはり、端末がない方が便利なのは間違いないのだが、今〈伝言〉(メッセージ)をしていますとアピールできる何かがあるべきだよななどと思いつつ、指輪の力を使いウルベルトは6階層へと転移した。




NPC作成については独自の設定になります。
デミウルゴスの瞳は、希少な宝石を本当に使っているとかのがロマンあるんですけど自分の中で整合性が取れなくて。

モモンガさんは原作通りの行動をしていた感じになります。
なので、アルベドの設定は原作通り「モモンガを愛している」にきっちり変更されています。


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2話 宝石

「ウルベルトさん!」

 闘技場の通路に転移するやいなや、骸骨が突進してきたため、思わずよける。

 

「避けなくてもいいじゃないですか! 感動の再会シーンですよ」

「いや、つい。モモンガさんの顔が怖くて」

 

 ゲーム時代に見慣れているはずなのだが、現実として存在しているせいか、彼のオーバーロードの姿は以前よりも迫力が増したように感じる。

 

「本当によかっ!……あ」

「えっ、どうしました?」

 

 骸骨の顔なので表情はわかりにくいが、それでも嬉しそうにしているのだろうなと思われたモモンガの顔がいきなり真顔になる。

 

「なんだか、感情が抑制された感じで。俺がアンデッドだから、そのせいとかですかね。状態異常の扱いになって平静に戻らされてるのかも」

「あー、なるほど。俺も、火属性の魔法受けたらダメージ軽減されたからそうでしょうね。精神的な部分にも作用するってのはちょっとやっかいですね」

「そうですね。って、魔法受けたんですかっ!」

「ちょっと、デミウルゴスに攻撃をしてもらって。ダメージもしっかり入りますね。っていうか、フレンドリーファイヤが解禁されてました」

「うわー、最初から凄い事確認しますね。でも、本当に良かったです。こんな訳のわからない状況で一人っきりじゃなくて。さっきまですごく不安だったんです。ウルベルトさんがいてくれて、本当に良かった。ありがとうございます!」

「ええ、まぁ、はい」

 

 実は一人でリアルに戻ろうとしていたとは口が裂けても言えないような迫力があった。

 こんなに押しが強い人だっただろうかという思いはあるが、この異常事態だ。自分と同じ状況の人が現れてほっとするのは当然であろう。

 

「そういえば、魔法の確認をするって言ってましたけど、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってるってことは、それの確認ですか? 一応、さっき言った通り魔法受けて、自分でも攻撃魔法を使ってみたんですが、習得している魔法は問題なく使えそうですよ。それで、〈伝言〉(メッセージ)を使って連絡入れた感じです」

「なるほど。俺も、闘技場で確認が取れたらいろんなとこに使ってみようかと思ったんですが、〈伝言〉(メッセージ)は俺以外にはつながらなかった感じですか?」

「はい、ギルメン全員にかけてみたんですけど、繋がったのはモモンガさんだけですね。多分、サービス終了時にログインしていたかどうかが条件なんじゃないですかね」

「そうですか。残念です。他の人もいてくれたらもっと心強かったんですが」

 

 そういって落ち込むモモンガに、ウルベルトは若干の違和感を覚えた。

 確かに、一人より大勢いた方が心強いのは間違いないだろう。しかし、いきなりゲームの世界に来て、元の世界に戻れるかわからないこの状況を喜ぶ人間はどれほどいるだろうか。

 アインズ・ウール・ゴウンは、社会人のみで構成されたギルドだ。当然結婚して、子供もいる人だって何人もいる。事前に知らされているならまだしも、いきなり家族を捨ててこんな場所に来て果たして喜ぶ事はできるのだろうか。

 

 いや、モモンガはあまりの心細さに、そこまで考えずにそういってしまっているのだろう。自分の発言を悪かどうか判断するのはいいが、相手にまでそれは悪じゃないかと突き付けて何度、いろいろな人と喧嘩をしてきたことか。

 

「これからどうしましょう? 2人で話し合いたいけど、アルベドには、アウラとマーレには自分が声かけるからって言っちゃったから、とりあえず2人には会った方が良いと思うんですが」

「じゃあ、とりあえず声だけでもかけときますか。というか、守護者集めてどうする予定だったんですか?」

「みんなの忠義を確認しないと怖いなと思って。今まで会ったNPCはアルベドと、セバス、それからプレアデスなんですけど、凄いみんな俺の事敬ってるって感じでした。と言うか、忠義心MAXすぎて逆にどう接していけばいいのやらなんですが……」

 

 みんな集めて、レベル100のNPCに一気に反逆される方が怖くないかと最初ウルベルトは思ったが、モモンガが手に持つスタッフを見て考えを改めた。

 スタッフの能力と、モモンガの肋骨の隙間から見えるワールドアイテムがあれば最悪の事態になっても逃げるくらいならわけないだろう。指輪の能力でナザリック内であれば瞬時に移動できるわけだし、それなら1カ所に集めて確認した方が良い。一番恐ろしいのは、気づかない間に背後を取られる事だ。

 

「俺はデミウルゴスにしかまだ会ってないんですけど、至高の御方とか呼んだりしてきて、もしかして全員そんな感じなんですか?」

「今のところ全員そんな感じなんですよね。期待を裏切ったらどうなるか怖くて、支配者っぽく接してるんですけどボロが出そうで……」

「そうなると俺もそれっぽくした方が良いですかね。デミウルゴスは兎も角、他のNPCからどう思われてるか不安なんですよね」

 

 しかし、自分に支配者らしい態度がとれるだろうかとウルベルトは不安になる。

 ゲームをやっていた頃はふざけて悪役ロールをしていたが、人の上に立つ事など今までの人生でなかった。そんな人間が支配者らしくしたところですぐに露呈するに違いない。

 とはいえ、モモンガがすでにそうしているならば合わせておいた方が良いのだろうか。バレた時のリスクが大きいのが気になるが。

 

「分からない事だらけで不安しかないですよ。あっ、そういえばセバスに外の様子を見てくる様に命令してたんで、<伝言>使えるなら、アウラたちに会う前にちょっと様子聞いてみますね」

「おっ、流石ですね。不安とか言いながら命令までしてるとは。確かに、外の様子も気になりますからね」

 

 内の事ばかり心配して、外についてはあまり考えていなかったが、最終日にログインしていたのが自分達2人なはずもなく、同じ状況になっているプレイヤーもいるだろう。

 連携が取れるならば、リアルに戻る手段を探すのも格段に効率が良くなるはずだ。

 ただ、アインズ・ウール・ゴウンはPKなどといった行為をする事から、極悪DQNギルドとして名を馳せてしまっている。その為、プレイヤーがいたとしても協力してくれるかは甚だ怪しいのが不安だが。

 

 モモンガが〈伝言〉(メッセージ)している様子をみれば、自分と同じ様にこめかみに手を当てながら会話をしていた。

 見る角度によっては端末を持っているように見えるのが良いんだろうな、などと思っていると、モモンガが驚きの声をあげる。

 

 気になって、モモンガの声に耳を傾ければ、どうやら本来ナザリックの周りは沼地になっているはずなのに、草原になっているというそういう話らしい。

 あくまでゲームの世界が実体化しているものだと思っていたのだが、そうではなかったという事だ。ユグドラシルの別のエリアに行っただけなのか、それとも全く違う場所に来てしまっているのか、他にプレイヤーは来ているのか。確認する事項があまりにも多い。

 

 リアルでは、そろそろ作戦が開始される予定の時間になっているのではないだろうか。とはいえ、ウルベルトがここにいる以上、別の作戦に変えているはずだから、予定が変わって別の日に決行することになっている可能性もある。

 急いで帰る方法を探したいが、予想外な出来事が多すぎて帰れる道筋が全く見えてこない。

 

「ウルベルトさん、外は草原になっているようで周りには誰もいないみたいです」

「周りが敵だらけじゃなかっただけましと思うべきですかね」

 

 草原の先に敵がいないとも限らないが。いや、敵すらおらず、ナザリック以外すべて草原しかないような世界の方が怖いかもしれない。

 話し合わなければいけないことが多いが、守護者を集めている以上、先にそちらに会っておくべきであろう。集合の時間にはまだあるが、早めに集まってしまった守護者が、アウラとマーレに出くわして話を聞いていないとなっても面倒だ。

 

「そういえば、ウルベルトさんの装備も取りにいかないとですね」

 モモンガが、ウルベルトの恰好を見てそういった。

 

「あっ、やっぱり売ったりしてなかったんですか? モモンガさん貧乏性だからなぁ。アイテム必ず1個は残しておきたいタイプ」

「うっ、確かにそうですけど、でも、皆さんの装備は、いつ戻ってきてもいいようにって保管してただけで、貧乏性とは別の理由ですよ」

「売っちゃってもよかったんですけど、この現状だと助かります。とはいえ、時間があれだから装備を取りに行くのは守護者集めた後にしましょう」

「了解です。こんなことなら、先に〈伝言〉(メッセージ)試してみればよかったですね。もっと、今後の事話してから守護者集めればよかった」

 とはいえ、もはや今更だと闘技場へと足と進めた。

 

 

 

 

 

 

 闘技場に行くと、双子のダークエルフの姿がそこにはあった。

「いらっしゃいませ、モモンガ様。ウルベルト様。あたしたちの守護階層までようこそ!」

「あっ、あの、ようこそ」

 

 モモンガは、今まで出会ったNPCたちは敬服した態度だと言っていたが、この二人は割と親しみやすいような態度をとってきたことにほっとする。

 ぶくぶく茶釜が作ったNPC、アウラ・ベラ・フィオーラに、マーレ・ベロ・フィオーレ。男装をしたアウラが女で、スカートを履いたマーレが男という、そんな設定であったことを思い出す。性癖なんて人それぞれなのだし、そこについては触れないで置くべきだろう。

 

「先ほどから闘技場に来ている気配はあるのに、中々こちらにいらっしゃらないからどうしたのかと思っていたんですが、ウルベルト様がいらっしゃっていたんですね」

 

 階層守護者だと、その階層に誰か来ればわかるという事だろうか。確かに、それは十分あり得るだろう。

 とりあえず、二人からは敵意のようなものは感じない。

 むしろ、その表情は久しぶりに会えた事を喜んでいる風ですらある。

 

「ああ、そうだ。ウルベルトさんが久しぶりに帰還して、話が弾んでしまったためついそこで立ち話をしてしまっていたのだ」

「そうなんですね。あの、もしかして他の至高の御方もお戻りになられていたりするのですか」

 

 アウラが期待に満ちた目でこちらを見ている。マーレも、同じことが気になっているようで、おどおどしながらもこちらを同じような目で見つめてくる。

 

「悪いが、今ナザリックにいるギルドメンバーは俺とモモンガさんだけだ。他の連中については、どうしているのかも知らないんだ」

 

 ベルリバーが死んだのは知っているが、という言葉を飲み込む。

 二人は残念そうな顔をさせたが、そんな顔を見せるべきではないというように、すぐに先ほどの笑顔に表情を戻す。

 

「そうなんですね。でも、長くお姿を隠されていたウルベルト様が戻ってこられたという事は、ぶくぶく茶釜様も、いずれ戻ってこられるかもしれないってことですよね」

「うっ、ウルベルト様が戻られただけでも、嬉しいです。最近、帰還される御方があまりいなくて、その、寂しかったので」

 

 ぶくぶく茶釜がいつ引退したのかは知らないが、彼らもデミウルゴス同様に帰らぬ創造主を待ち続けていたわけで、敵意を向けられる覚悟をしていたが、少なくともこの二人に関してはその心配は杞憂だったという事だろう。

 

 ただ、こうも戻って来てくれて嬉しいオーラを出されると、リアルに帰って死ぬ予定だからもうここに来ることはない、なんてとてもじゃないが言えない雰囲気だ。どちらにせよ、今は諍いをしたくないので言うつもりはないのだが、いつかはこの事を告げねばならないのかと思うと胃が痛くなる。

 

「ところで、お二人がこの階層に来られたのは、ウルベルト様が久しぶりにお戻りになられたことの報告とかですか? それなら、盛大にパーティーとか開いたりするのが良いんじゃないかと思います」

 

 アウラの言葉に、マーレも同意するように何度も頷いている。

 

 ウルベルト的には帰る気まんまんなのでパーティーなどごめんこうむりたい。流れ的に、守護者に会う事になることは避けられないが、本音を言うと会えば会うほど、置いて行かないといけない罪悪感に見舞われるので今すぐこの場から消えたい。

 とはいえ、外は草原だというしリアルへの帰還方法を探すめどが立たない以上、今はこのままナザリックにいる方が無難だろう。広い場所を探すならば、どうしても人手が必要だ。

 

「ああ、そうだな。後日盛大なパーティーを開くのもいいかもしれないな」

 

 えっ、やるの!?

 思わず声に出しそうになった言葉を何とか飲み込む。

 この骸骨、非常事態だというのにどこか浮かれている。

 

「それよりモモンガさん、ここで起こっている異変を探る事の方が重要だと、私は思うんですよ」

 

 異変という言葉に、双子が首をかしげる。

 

「少しくらいはそんな時間をとってもいいと思うんですが、でも、そうですね現状確認の方が大事ですね。アウラにマーレ、実はウルベルトさんの帰還以外にも皆に話すことがあり、階層守護者をここに集めるようにしているのだ」

 

 その言葉に、アウラがシャルティアも来るのかぁと呟いていた。

 まだ少し、階層守護者たちが集まるまで時間があったため、モモンガがせっかく持ってきていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの動作確認などを行った。

 

 そうこうしていると、集合の時間が近くなったのか一人の少女が現れる。

 先ほど、アウラが嫌そうにその名前を口にした少女の姿をした真祖の吸血鬼だ。

 その後、コキュートスがやってきてアルベドとデミウルゴスがやってくる。

 皆同様にウルベルトの帰還を驚き、そして喜んでいるように見えた。

 後から、外の様子を見て戻ってきたセバスがやってきたが、こちらも同様だ。

 

 ウルベルトと仲の悪かった、たっち・みーが作ったNPCなので彼からは何か別の反応があるのではないかと勘繰っていたのだが、むしろデミウルゴスの次くらいに、ウルベルトの帰還を喜び感涙している様子に、正直ちょっと引いてしまった。

 デミウルゴスも同じ気持ちだったのか、セバスに対する目線が冷たく見えたのは、恐らく気のせいじゃない。

 

 結果、NPCの反乱などといったのを心配したのが馬鹿みたいに全員からの忠義を受けることになった。

 あくまで表面上なので、実際にどう思っているのか心うちは読めないが、あの様子であればすぐに何か問題が起こるという事はないように思われる。

 ただ、アルベドの様子だけが気にかかる。

 

「アルベド、めっちゃモモンガさんの事を愛してるって感じでしたけど、タブラさん設定変えてたんですかね。シャルティアはネクロフィリアだからわかるんですけど」

 

 そう、アルベドとシャルティアがモモンガに自分を正妃にとアピールしてきたのである。

 シャルティアについては、彼女を作ったペペロンチーノがその設定を、こっちがしなくていいといっても話してきたので覚えているのだが、死んでいる人の方が好きという設定になっている。

 そのため、シャルティアがモモンガにモーションをかけてくるのはわかるのだが、ウルベルトの知る限りアルベドがモモンガを好きになる要素はなかったはずだ。

 

「えっ、あっ、ウルベルトさん、アルベドの設定覚えているんですか?」

 

「まぁ、デミウルゴスより立場的に上になりますからね。種族的にも悪魔系で、知恵者っていう点がデミウルゴスと若干かぶってるから、設定の方がかぶってないか気になって。といっても、あまりにも長かったんで全然覚えてないですけどね。ただ、ビッチっていう設定のはずだったんですけど、もしかしたら俺が言った事を気にして後から設定変えてたのかもしれないです」

 

「えっ、タブラさんに何か言ったんですか?」

 

「ええ、サキュバスなのに清楚ってギャップ萌えで、さらに清楚なのにビッチというギャップだとかいうから、それ、1週回って普通になってますよって言っちゃったんですよね。サキュバスがビッチって普通じゃないですかって。だから気にして一途設定にしたのかも。自分相手じゃなくて、モモンガさんをその相手にするあたりは、タブラさんらしい感じがしますし」

「えっ、あっ、そっ、そうなんですね。へー、そっかー、へー」

 

 モモンガの様子がおかしい気がしたが、いきなり美女に告白されて童貞の彼は戸惑っているだけだろうとウルベルトは結論づけた。

 実際のモモンガは、それなのに設定を変えなかったという事は、よほどタブラが拘っていた設定なのに自分はそれを変えてしまったのかと自責の念に駆られていた。

 

 もし、ウルベルトが自己完結せず、モモンガにもっとこの話を突っ込んで聞いていたば、もし、モモンガがここで自分の行った事をウルベルトに告げることが出来ていたのであれば運命は変わっていたであろうが、この時その重要性に気づく者は残念ながら誰もいなかった。

 

 二人は、守護者との会話が終わった後二人で今後について話し合う事にした。

 モモンガは、先にウルベルトの装備をどうにかするべきではと提案したが、ウルベルトの方が守護者の様子を見る限り、ナザリック内はある程度は安全だろうから一旦頭を整理して今後の事を考えたいといい、円卓の間に二人で顔を突き合わせている。

 

 モモンガとしても、ウルベルトの装備は気になったがいきなりこれだけの事が起こり、さらに自分が作ったNPCにまで会うとなるとキャパオーバーになりそうで、今でなくともいいか、といった心持であった。

 

「そっ、それより今後の事ですよ。というか、俺、リアルに戻ってまた社畜に戻るくらいならこのままこの世界にいてもいいかなって思ってるんですよね。家族とかいませんし、特にリアルの世界に未練はないので」

 

 そういってくるモモンガに、ウルベルトはやはりそうなるかと頭を抱える。

 モモンガの声色は、ウルベルトも両親と死別しているはずだし、散々リアルは糞だと言っていた為、同じ意見に違いないと思っているのが明白であった。

 

 ウルベルトが本当の事を言った際、ついてきてくれるのはデミウルゴスくらいであろう。

 もしかしたら、七階層にウルベルトが設置したNPCも来てくれるかもしれないが、その中で一番の戦力である紅蓮は、大きさ的にナザリックから外に出て連れて行くのは厳しいそうだ。

 

 久しぶりに帰還したウルベルトに歓喜の声を上げた守護者の顔が脳裏に浮かぶ。喜んだあと、自分の創造主も帰ってきているのかと期待した面持ちで質問し、そうではないと知り落胆した顔。

 どうやら、NPCにとっては創造主が一番上で、そのあとに他のギルメンと続く優先順位になっているようだ。

 

 至高の41人に尽くす事こそが存在意義であり、最上の喜びなのだという。

 その存在が、またこの地を去ろうとしてそれを良しとするNPCはいないように思われた。ただ、デミウルゴスは創造主がそう望むならばと、その意志を尊重している。それと同時に、他の至高の存在が同じ事を言ったのならばきっと止めていたとも言っている。

 

 本当の事を言ってその先どうなるかはわからないが、きっと良くない方向に行く。

 リアルに戻らなければというその気持ちは依然変わらないが、ここで諍いを起こしたくないという気持ちも、確かに存在している。

 ナザリックのこの地は、ウルベルトにとって普通の人間のように楽しく過ごせた唯一の場所であり宝物だ。それを入れていた宝箱が腐りきっている事を知りこの地を一度去ったわけだが、中に入っていた宝石の美しさは以前と変わらない。

 できる事ならば、美しい思い出のままにこの宝石を残しておきたい。

 ならば、この宝石を守るために少なくとも今は本音は隠しておくべきだろう。

 

「モモンガさんは、このままナザリックで平和に暮らしていければいいって感じですか?」

 

「そうですね。でも、この世界のどこかに強い相手がいてやられたりするのは怖いんで外の確認は必要だと思っていますよ。みんなで作ったナザリックが、よそ者に汚されるなんて嫌ですし。あと、できれば他のギルメンも同じように来ているかもしれないですし、探していければなと思っています。まぁ、可能性が低いのはわかっているんですけど」

 

 ウルベルトは、先ほど棚上げした問題が杞憂ではなかったという事実を知る。

 無自覚の悪ほど質が悪いものはないといった声が頭に響く。

 

 モモンガは、正義だとか悪だとかそんな事は考えていないだろう。

 ただ、彼にとってはゲームの世界で、みんなで作り上げたナザリック地下大墳墓が何よりも大事で、今はいないメンバーも自分と同じくらい大事に思っているはずという願望。

 

 ウルベルトとて、このナザリック地下大墳墓という場所は大事だ。しかし、糞ったれのリアルにも同じくらい大切なものはあった。

 人によっては引退してしまっている以上、他のゲームで同じくらい大事な、場合によってはそれ以上の仲間を見つけている可能性だってある。

 ゲームなのだから当然だ。それが人生の全てではないのだから。

 

 とはいえ、これを言ったところでモモンガの気持ちが変わるとは思えなかった。正義に傾倒している人間であれば、それに気づけば自分の考えを変えるかもしれない。

 だが、モモンガは違う。正義と悪、どちらにでもその時々に応じて傾くタイプの人間だ。

 

 だからこそ、中立の立場としてギルドをまとめてきたわけであるが、これが一気に悪に傾くのは厄介だ。リアルに帰したくないからといって、ウルベルトを監禁する可能性も、無きにしも非ずだ。

 もちろん、モモンガがそこまで病んだ性格をしているとはウルベルトとしても思いたくはない。ただ、可能性としてそれが頭に浮かんでしまっただけだ。

 

 そして、ウルベルトとしてはこの友人を悪に傾かせることはなるべくしたくなかった。中立で無色なのがモモンガの美徳であるとウルベルトは思っている。人数がいる状態であれば、いろんなところに傾いて、最終的に真ん中に位置するのがモモンガだ。

 それが、どちらか一方に傾いてしまえば、それはもうモモンガではないだろう。自分が正義だとウルベルトが言い出したなら、それは今までのウルベルトとは別人になってしまうのと同様に、モモンガにもそうはなって欲しくないのである。

 

「俺としては、ここに来る条件の一つはサービス終了時にログインしている事だと思うんでギルメンがいる可能性はほとんどないと思いますね。ただ、行き来できる可能性っていうのは、もしかしたらあるかもしれないと思っています。外からの敵に備える意味でも、モモンガさんが言うようにギルメンをここに呼ぶにしろ、リアルへの帰還手段は探すべきかと思います。それに合わせて、他のプレイヤーがいるかどうかですね」

 

 そもそもが、戻れる手段がなければどうしようもない。素直に、リアルに帰りたいというより、こういう方向で行けばモモンガも納得してリアルへの帰還方法を探してくれるのではないのかとそう提案した。

 嘘はついていないが、騙すような言葉に罪悪感はあるが仕方がない。

 あくまでモモンガが執着しているのは、ウルベルト個人ではなくギルドメンバーに対してなのであれば、他のメンバーが代わりに来れば、ウルベルト一人抜けてもそれほど問題はないはずだ。

 事前に行くのが分かっていたり、行き来ができたりするのであれば、この地に来たいと思う人はそれなりにいるはずだ。

 

「あっ、なるほど。もし、行き来できる手段があるなら、リアルに今いるギルメンも含めて全員こっちに呼べるかもしれないってことですね」

 

 全員はいろんな意味で無理だなと思ったが、それを顔に出さないようにする。

 

「ただ、NPC達は創造主の事になると結構過敏なんで、絶対見つかるという話の持っていき方はしない方が良いとは思います」

「そうですね。とりあえず、敵対する存在とプレイヤーがいないかの確認って感じでNPCには伝えましょう。この世界がどんな場所なのかを確認するのが最優先ですね」

 

 ウルベルトもそれに合意し、今後のことやそれ以外にもこれまでの事について二人で語り合った。

 

 一晩中二人で語り合っても眠くもならないし疲弊もしない事に気づき、ウルベルトは、ああ自分は今、人間じゃないのだなとそんなことを考えていた。




この段階で、アルベドの書き換えに気づいた場合は、なんやかんやあって開き直ったウルベルトさんの楽しいナザリック生活ルートに移行します。
この話を書き終わったら、そっちのルートも書きたいですね。

原作だと、デミウルゴスとの夜空で宝石箱の話をしてますが、モモンガさんの興味が完全に、久しぶりに会ったウルベルトさんの方に行ってるんで夜空の散歩はなくなってます。

デミウルゴスも、ウルベルトさんの目的がリアルへの帰還方法を探す事だとしっかり理解してますので、世界征服はしない流れになります。


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3話 宝物殿

 至高の御方である二人が去った後も、守護者達は皆しばしその場に座して動くことはなかったが、最初にアルベドが立ち上がると他の者もそれに習うように立ち上がった。

 皆、二人の御方のその支配者としての威光に触れ喜び震えていた。

 特に、長くナザリックを離れていたウルベルトの帰還は何よりも喜ぶべきことであった。ナザリックに帰還しなくなった至高の御方は多く、一人でもその御方が戻られた事により、自身の創造主もいずれ戻ってくるのではと期待する気持ちが生まれていた。

 

「ところで、ウルベルト様はなぜ今更ナザリックにご帰還されたのかしら」

 

 皆が二人を讃える声をあげる中、アルベドがそんな問いをデミウルゴスに投げかけた。

 闘技場に集まる前に、ある程度の事をデミウルゴスがウルベルトから聞いているであろうことはその態度から明白であったからだ。

 

「ウルベルト様は、今まで“りある”の世界で色々と立て込んでおられたご様子です。それがやっと時間が出来て、久々に今日、帰還されたというだけです」

「あなたも、詳しくは教えてもらえなかったという事なのかしら。ウルベルト様は、モモンガ様に会うよりも先にあなたに会っていたみたいだけど」

「これ以上は、ウルベルト様の私情に関わる事ですから。シモベ風情があまり出しゃばってそのような事を問いただすのは不敬ですよ、アルベド」

「あら、ごめんなさい。ウルベルト様がご帰還された理由がはっきりわかれば、他の至高の御方々がお戻りになられる為の手掛かりになるんじゃないかと思っただけなのよ」

 

 その言葉に、他の守護者たちも視線をデミウルゴスに向ける。

 なぜ、至高の御方々はこのナザリックに戻らなくなったのか、その理由が判明すればまた、昔のように41人の御方が揃う日が来るのではないのかと、そんな希望を抱いた眼差しだ。

 

 その気持ちは、デミウルゴスにもよくわかる。帰還したのがウルベルトでなければ、同じ立場になっていたであろう。

 だが、本当の理由をデミウルゴスはここにいる者に伝える事はできない。ウルベルトは、死ぬ前に少しの時間を割いてデミウルゴスに別れの挨拶をしに来たのだ。被造物としては何よりも嬉しい事であるが、他の者にそれを伝えればウルベルトが“りある”へ帰還したがっている事が露呈する。

 そうでなくても、それを伝えたとして他の御方が戻る手掛かりには一切ならない。皆が求めるような回答を、デミウルゴスは持ち合わせていない。

 

「至高の御方々は、“りある”ではそれほど繋がりがないようで、他の御方についてはウルベルト様も知らないご様子でした。こちらに戻られないのは、それぞれ違う理由かと思われます」

 

 その言葉に守護者たちは残念そうに肩をすくめる。

 実際にどの程度の情報共有を至高の41人がしていたのかにつては、デミウルゴスもわからない。だが、少なくともモモンガにベルリバーの死について伝えないように言っていた以上、モモンガとベルリバーは“りある”においては繋がりがほとんどないということだ。

 ナザリックに残っていたモモンガだけが特別なのか、そうでないのかは定かではないが。

 

「私がウルベルト様から教えていただいたのは二点、一点は、私たちは御方がお帰りになられる“りある”の世界には通常行く事が出来ないという事。ナザリックの守護という大事な任務があるからという事もありますが、御方々が我々をここに残して“りある”に連れて行って下さらなかったのは、そういう理由があるからだという事でした」

 

 その言葉に、残念そうにしていた表情が少し和らぐ。

 

「つまり、わらわが必要じゃなくなったから、足手まといだからと捨てられたわけじゃないという事でありんすね」

 

 シャルティアが今にも泣きだしそうな声でそういった。

 長く創造主が戻らぬNPCはほぼ全員、その不安が何度も頭をかすめる。デミウルゴスとてそうだ。そんなことはありえないと、大事な役目を任されているのだからそれ以上を望むのは不敬だと、そう思いながらもやはり、どうして置いていかれてしまったのだろうかと考えてしまう。

 自身は至高の御方によって作り出された誉れある存在だと分かっていても尚、創造主が戻ってこないのは自分に何か至らない点があったのではないかと、もしくは、“りある”には自分よりも優れたシモベが御方の側にいて、もう自分は創造主にとって不要なものになってしまったのではないかと、侵入者すら来ない階層でただただ長い時間を待っていると、どうしてもそんな思考をしてしまう。

 

「ウルベルト様は、私の事を“りある”に連れていけたならばと言ってくださった。ぺロロンチーノ様だって、きっと我々が“りある”へ行く手段を持っていたならば君を連れて行ってくれただろう」

 

 その言葉に、シャルティアは満足そうに微笑んだ。

 

「そしてあともう一点なのだが、現在ナザリックが本来のヘルヘイムから別の場所に転移しているという話は、先ほど御方から聞いた通りだが、その影響なのか、現在、お二人の御方は“りある”への移動手段が使えなくなってしまっているらしい。いつもであれば、この時間には“りある”に戻られていたモモンガ様が今もなおナザリックに滞在されているのがその証拠だ」

「つまり、これからはずっとお二人がナザリックにいてくれるって事?」

 

 アウラが、それは喜ばしい事なのではないかというように言う。

 確かに、ずっとこの地にいて下さるのであればそれだけお仕えできる時間が増えるという事で、喜ばしいことであるのは事実だ。ほぼ毎日来てくださっていたモモンガとて、ナザリックで過ごすのはその数時間程度だ。

 それが、今後は朝から晩前ずっとこの地にいて下さるというのであれば、今後はただ待つだけの時間を過ごすこともなくなる。

 

「確かに、“りある”へ帰還できないお二方は、我々が不手際を起こすような事がなければ、このままナザリックにいて下さる事になるだろう。だが、逆に言うと他の御方がこのナザリックに帰還できなくなっているかもしれないという事でもある」

 

「じゃっ、じゃあ、もう、ぶくぶく茶釜様にはお会いできないということですか?」

「他の御方がこの地にいる可能性はほぼないに等しい。今も“りある”に居られる可能性の方が間違いなく高いだろう。ウルベルト様のように久々に帰還しようとしても、御方はここに来ることはできず、何もなくなってしまったヘルヘイムに佇むことになってしまう」

「ソレハ、非常ニ不味イ。ツマリ、早急ニヘルヘイムヘ戻ル事ガ、我々ノ活動目的トナルワケカ、デミウルゴス」

「そうだともいえるし、そうじゃないともいえるね」

「もったいぶらずに、はっきり言いなんし」

 

「ああ、すまないね。コキュートスの言うように、ヘルヘイムに戻るのも一つの手なのは間違いない。だが、ユグドラシルからでは我々は“りある”へ行く方法がなかったが、この世界ではもしかしたらその方法が見つけ出せるのではないかと、そういう話だ。もし、我々が“りある”に行き来できるのであれば、“りある”にいる御方のお手伝いをする事も可能だろう。何をなさっているのかまではわからないが、我々がお手伝いをし時間を作って差し上げる事ができれば、以前のようにナザリックに帰還してくださる時間も増えるかもしれない」

 

 皆、また至高の御方が41人揃う事があるのかもしれないという言葉に喜び、やる気を出していた。いつになるかわからぬ帰りを待つ日々は、皆同じように辛いものであり、ナザリック最盛期のあの頃のようになる日を夢見ている。

 

 本当にそんな方法があるのかどうかはまだわからない。

 しかし、ウルベルトはデミウルゴスにもし“りある”に連れていく事ができるのであれば、一緒に死ぬと言ってくださった。創造主と死を共にすることを許されたのだ。

 

 本当はウルベルトが死ぬなどとても耐えられない。そのような事は考えないで欲しいと、ただ、ナザリックにいてさえくれればそれで良いとそう願っている。

 

 だが、そうしないと本当の悪になれないのだとウルベルトは言った。

 それが一体どういう意味なのか、デミウルゴスにはわからない。

 ただ、悪になれない事がウルベルトにとってどんな責め苦を受けるよりも辛い事なのだろうという事だけはわかった。

 だから、ずっとナザリックに留まり、そばにいて欲しいという、自身の望みを捨てた。

 自分の願いよりも、ウルベルトの願いを優先した。

 このまま、“りある”への帰還方法が見つからなければウルベルトはずっとここにいてくれるのではないかという、不敬にもそんな事を考えて、それをすぐさま握りつぶす。

 

 ウルベルトの言うところの悪というのがいったいどういう物なのかはわからないが、一つだけ何となく理解している事がある。悪は迷ってはいけないという事だ。

 ウルベルトが創造してくれた通りの理想の悪魔である事が、デミウルゴスにとっては一番大事な事だ。何より一番恐ろしいのは、不要だと見限られる事。だから、それ以外はすべて捨てる。ナザリックも、モモンガも、ウルベルトの生も――。

 

「しかし、本当にウルベルト様が戻ってくださって良かった」

 

 そう口に出したのは先ほど、ウルベルトの帰還に咽び泣いていたセバスであった。

 至高の御方の帰還は確かに喜ばしいことであり、その行為は別に不思議ではないはずなのだが、彼がここまでの反応をする事に、デミウルゴスは違和感を覚えていた。

 

 どうしてそう思うのかは、デミウルゴス自身も理由がわからないのだが、セバスとは馬が合わない。セバスも、同じこと思っている。だからと言って、その創造主であるウルベルトの事をセバスが悪く思っているとは流石に考えていないが、それでもなぜだか、セバスがウルベルトの帰還をあそこまで喜ぶのは、予想外であった。

 執事として九階層にいるセバスは、ここにいる階層守護者よりも至高の御方に会う機会も多かったのだし、何ら不思議ではないはずなのだが、実際問題ウルベルトも、予想外の反応に驚いている様子だった。

 

「まったくもってその通りだが、君があのような反応をするとは驚いたよ」

「至高の御方がお戻りになる事を信じてはおりましたが、正直ウルベルト様はもうお亡くなりになられているのではと懸念していたのです。ウルベルト様を最後にお見掛けした日、かの御方はかなり衰弱した状態でいらっしゃいました。そして、それ以降ぱったりと姿を現さなくなったのでもしやと思っていたので、今こうして元気なお姿を拝見できたことが、何より嬉しかったのです」

「……なるほど、それは私も知らなかった」

 

 セバスがデミウルゴスの知らないウルベルトを知っているという事に多少嫉妬を覚えたが、彼が配置されているのは御方のプライベートルームのある九階層だ。たまたま前を通りすぎたという事だろう。

 しかし、そうなると“りある”には魔法で癒せぬほどの強い病があるという事だろうか。もしかしたら、ベルリバーの死因も関係しているのかもしれない。

 至高の御方ですら抗う事が難しい病となると、特殊耐性にステータスを割り振っているデミウルゴスといえどその地で活動するのはかなり厳しいものになるかもしれない。

 まずは、行く方法を探すのが先決ではあるが、行った後に無能を晒すようではまずい。

 ウルベルトにその点の確認もしておかなければと考えながら、デミウルゴスは他の守護者達と共に闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、まだ話したりない事はありますけど、そろそろ俺の装備取りに行きましょうか。宝物殿ですか?」

 

 ウルベルトがそう提案すると、モモンガが渋い顔をした。といっても、実際には肉のついていない骨だけのモモンガの表情は変わっていないのだが、何となくそんな感じがした。

 

「そう、です。宝物殿、ですね」

 

 ウルベルトに装備をきちんとして欲しいと主張を最初にしてきたのはモモンガであったはずなのにも関わらず歯切れの悪い言葉に、そういえば、宝物殿には彼が作り上げたNPCがいたことを思い出す。

 完成した直後は、本人も満足げでウルベルトにこういう設定だと自慢気に話していたのだが、その後、それは彼の黒歴史となったようで、わざわざヘロヘロにプログラミングしてもらった敬礼のポーズを見て顔を覆っていた。

 

「軍服は、俺もかっこいいと思いますよ」

 

 とりあえず、フォローをしておく。

 ウルベルトは、モモンガがそこまで頭を抱えるほど、彼の作り上げたNPCであるパンドラズ・アクターの設定は悪くはないと思っている。何とか本人に決めさせず、他の人が上げた案を採用させたので名前も悪くない。

 デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターが、ナザリックNPCの知恵者として創られているが、前者の二人は静の存在だ。ウルベルトは、デミウルゴスをスマートにかっこいいと設定していたし、タブラはアルベドに清楚で慎ましいという表向きの設定をつけている。

 それに対して、パンドラズ・アクターは動の存在だ。舞台の上で演じているかのようなオーバーリアクションをするという設定となっている。ウルベルトとしては、うまい具合に動きのあるキャラを作ってくれたおかげで、バランスが良くなったなと思っていた。

 

「ですよね。俺も軍服は今でも悪くなかったなって思ってるんですよ。でも、あれが動いて喋ってるのかと思うと気が重くて……」

 

 そんなに気にしなくてもと思うが、本人にとっては重要な事なのだろう。

 

「じゃあ、俺が一人で宝物殿に行ってくるんでモモンガさんは自室で装備アイテムの確認とかしててください。ゲームと違って、本来制限があって装備できなかった物も装備できるようになってる可能性もありますし」

「ウルベルトさん、一人で大丈夫ですか?」

「プレアデスのシズを連れていきます。この感じだと、多分設定どおり彼女ならパスワード覚えているでしょうし」

 

 プレアデスの一人、シズ・デルタ。彼女は設定上ナザリック内の全てのギミックの解除法とパスワードを把握している事になっている。宝物殿に彼女が行ったことは一度もないが、恐らくは彼女であればパスワードを知っているはずだ。

 もちろん、行った事のない場所はわからない、という可能性もあるが、その時はその時だ。設定した内容と、一致しないという事態が把握できるなら、それはそれで悪くはない。実際、NPC達の設定がどこまで準拠したものになっているのか把握する必要があるとは感じていた。パスワードを実際には教えていないシズが設定通りパスワードを知っているならば、NPC達は教えていなくても設定した通りの知識を持っているという事だ。

 

「いや、でも、宝物殿はちょっと……」

「パンドラ以外に何かあるんですか?」

 

 ウルベルトの記憶には該当するものは思い浮かばない。引退した後に、宝物殿に何か設置していたという事だろうか。

 

「トラップとかなら、シズと宝物殿を管理している管理しているパンドラズ・アクターに聞けば最悪わかりますし大丈夫ですよ。一人でできる事を二人でやっても時間がもったいないですし」

「せっかくだから、飾るならこうした方が良いかなって思っただけで、そんな深い意味とか、ないんですよ。本当に。だから、あの、その、あまり気にしないでください……」

 

 歯切れの悪いモモンガの言葉に首を傾けつつも了承し、二人は別行動をする。

 ウルベルトは、自室で最低限のアイテムを確保した後プレアデスが待機している部屋へと向かった。

 

 

 プレアデスは、他のNPC同様に再びウルベルトがこの地に戻ってきたことへの感謝と、今後も忠義を尽くすとの誓いの言葉を述べてきた。予想は出来ていたとはいえ少しげんなりする。

 もちろん、彼女たちを嫌っているわけではない。メイドである彼女たちが主に仕えようとするのは致し方ないことだとは理解している。とはいえ、自身が主にふさわしいと思っていないウルベルトは堅苦しいこのやり取りを今後もするのかと思うと頭が痛い問題だった。

 モモンガが支配者らしくしようというのである程度それに合わせて喋ってはいるが、砕けて喋りたいというのが本音であった。

 とはいえ、最終的にはウルベルトはこの地を去る予定なのだ。ならば、この地に残る予定のモモンガに合わせるのが道理だろう。

 

 事情を説明し、シズに同行を依頼すると他のメンバーがシズに嫉妬交じりの羨望の眼差しを向けてきたため、一人だけというのが申し訳なくなり、ユリも同行させることにした。

 宝物殿に備え付けられたトラップの事を考えると、連れていけるのはこの二人だ。他の者には、別の機会にお願い事をするからといって彼女たちの待機していた部屋を後にする。

 

「宝物殿には指輪で転移するしかないわけだが……」

 

 今更になって指輪が一つしかない事に気づく。

 ゲーム中は装備者しか機能しなかったのだから、普通に考えればこれでは二人を連れて行く事ができない。

 

「悪いが、予備の指輪を俺は持ち合わせてはいない。体の、腕とかを握っていてくれないか?」

 

 これで行けるかどうかはわからない。行けたらOK、ダメだったら二人には謝って一旦モモンガの元へ行けばいいだろう。

 ただ、言葉を発した後に気づいたことだが女性相手にこの発言はいかがなものであろうか。

 実際、その言葉を聞いたユリには驚きの表情があった。シズは機械故なのか表情が分かりにくい。

 

「よっ、よろしいのですか? 至高の御方に触れるなどそんなっ……」

「悪いがさっき言ったように他に指輪がない以上他に手段が現状ないんだ」

 

 腕くらいならば大丈夫だよな? セクハラにはならないよな? と不安になりつつもそう言うと、シズがウルベルトの手を握ってきた。ウルベルトの毛並みを確認するかのようにその手をさすってきて、どこか満足そうな表情をしているようにも見えた。

 

「ユリ姉も、早く。ウルベルト様、困ってる」

「そっ、そうね。申し訳ございません。重要な案件であるにもかかわらず、口を挟んでしまい。ご無礼をお許し下さい」

 

 そういって頭を下げた後、失礼しますと声をかけたあとユリがちょこんとウルベルトの右腕を掴んだ。

 両手に花とはこういう事だろうか、などと思いつつ、この状態は誰にも見せたくないなと思いながらウルベルトは指輪の力を使った。

 結果、3人とも無事に宝物殿へと転移することが出来た。アイテムの仕様がゲームの頃と変わっているという事だ。他にも仕様が変わっている物がないか確認する必要があるだろうが数が膨大なので全部は確認しきれないだろう。

 

 宝物殿に着いたのを確認すると、ユリはパッとこちらが驚くほどのスピードで手を離し、それに対してシズはウルベルトがもういいぞといったのちにその手をゆっくりと離した。

 金貨やアイテムが整理されず溢れかえったその様子にユリが驚き感嘆の声を漏らす。

 ウルベルトもその光景に驚いていた。ほとんどのギルメンがこの地を去ってから、かなり長い時間が経っていると聞いていたのでナザリックの維持費の事を考えればここにある金貨も減っているのではと思っていたのだが、その様子が全くない。

 ユグドラシルでは、色んな事をして自由に遊べたはずだが、モモンガはなるべくこの地をそのままに維持しようと、一人になってからも、ナザリックの維持費を集める事ばかりをしていたのだろう。奥に仕舞ってある金貨はもしかしたら減っているのかもしれないが、何となくほとんど変わらないんだろうなと思った。

 

 ウルベルトは、部屋から持ってきた毒無効化のアイテムが起動しているのを確認したのち、そもそも種族的に毒無効化能力を保持している二人を引き連れて、毒まみれのフロアを、〈全体飛行〉(マスフライ)を発動させて先へ進む。

 宝物殿の扉まで到着すると、シズにパスワードを聞き、その扉を開ける。

 具体的に、宝物殿のどこに装備を置いているのかまではわからないウルベルトは、それを知っているであろう人物を求めて歩を進める。

 

 そこに、ギルドメンバーの一人タブラ・スマラグディナの姿があった。

 当然本人ではない。

 もちろん、彼が同じく転移している可能性はゼロではないが、本来この場にいるはずのNPCの姿がない以上、タブラの姿をした彼こそが宝物殿の領域守護者とみて間違いないであろう。

 

「たっ、タブラ・スマラグディナ様もご帰還されておられたのですか? ただ、あのお方から至高の御方から発せられるオーラが感じられないのですが」

 

 ユリが不安そうにウルベルトにそう尋ねる。

 本来別の階層を守護していて、会った事がないはずのNPCも既知であるように喋っていたのでてっきりNPC達はこの地にいる存在を皆認識していると思っていたのだがどうやら違っていたようだ。宝物殿という、隔離された場所に所属しているからであろうか。

 

「オーラっていうのが気になるが、まぁ、その話は後でしよう。あれはこの地を守るドッペルゲンガー。モモンガさんが作り上げたNPC。そうだろ、パンドラズ・アクター」

 

 その言葉に、タブラの姿をしていたそれが形を変える。

 黄色い軍服を身にまとった埴輪のような顔。モモンガの黒歴史となってしまったNPCの姿がそこにはあった。

 

「これはこれは、ウルベルト・アレイン・オードル様! 御方がここに来られたのはいつぶりとなるのでしょう。長くお姿をお隠しになられたとお聞きしておりましたが、ご帰還されたとはなんと喜ばしい事でしょう!」

 

 ピシっと、天に腕を伸ばしたそのポーズは舞台の上ではさぞ映えるのであろうが、いきなりの対面でするにはいささか、いや、かなり大仰であった。

 隣で、シズがうわーと小声でドン引きする声が聞こえた。ユリも、怪訝な様子であった。

 なるほど、これが黒歴史かとウルベルトも納得する。いや、ウルベルトはそんなに悪くはないと今も思ってはいるが、キャラとして良いと思っているだけで、実際に普通に話すとなると厳しそうだと感じていた。

 

「ああ、久しぶりだな、パンドラズ・アクター。早速なんだがここに来た要件なんだが」

「ええ、ええ、わかりますとも。ウルベルト様がおっしゃらずとも、そのお姿を見れば一目瞭然でございましょう! ズバリ、装備品を取りに来られたのですねっ!」

 

 顔を近づけ、食い気味にパンドラズ・アクターがそう言ってきて、その圧にウルベルトも押され気味になる

 

「あっ、ああ、そうなんだ。モモンガさんにも、言われてな」

「ところで、私の創造主であらせられるモモンガ様はどうしておられるのでしょうか?」

「詳しくはあとで話すが、どうやら色々異変が起きているようだから確認作業をしてもらっている」

「そうなのですか。しかし、モモンガ様はさぞお喜びになられたことでしょう。あのお方は、ずっとこの地で他の皆さまお戻りになられるのを待ち続けておいででしたから」

 

 モモンガから聞いた話だと、残っていたギルドメンバーは、たった3人だったのだという。

 その残ったメンバーも、滅多にログインすることはなく来たとしても昔ほど長い時間この地にいることもなかったという事だ。

 仕方がないことだ。ゲームなんてそんなもんだ。

 ゲームとしてユグドラシルが終わっていたならばそう割り切れたのだろうが、今もなお、新たな形でこうして続いてしまった今では、仕方ないとも言っていられない。

 ウルベルトがゲームをやめるのは。もはやどうしようもなくウルベルトの本質に関わる部分なので、きっとこの未来を知っていてもこの地を去って行っただろうが、それでも、もっとちゃんと声をかけてあげておけばよかったという思いがよぎる。

 

「それではウルベルト様、霊廟までは私がご案内いたしましょう」

「霊廟?」

 

 聞き覚えのない名称に首をかしげる。ユリとシズも同様だ。

 

「はい。ウルベルト様がおられたころはまだ、その名称で呼ばれることはありませんでしたが、その数が増えるにつれ、自然とそのような名称で呼ばれるようになった地の事です」

 

 そう言うパンドラズ・アクターの後を着いて歩く。

 トラップの関係で、指輪をユリに渡し、二人をその場に残してパンドラズ・アクターとウルベルトはその先へと進んだ。

 

「ところで、ウルベルト様のお病気は完治されたのですか?」

 

 先ほど、二人きりで話した時にモモンガからも聞かれた質問だ。どうやらベルリバーは、ウルベルトが引退した理由は病気のためだと説明していたようだ。

 確かに、引退時に今にも倒れるんじゃないかというほど具合を悪くしていたのだから妥当な理由だろう。

 

「そうだな。つい最近になって治ったんだ」

 嘘ではない。ただ、病気といっても心の病気だったというだけだ。

 

「そうなのですね。それは良かった。では、今後はこの地に残っていただけるのですね」

 

 まずいなと、ウルベルトは冷や汗をかく。

 デミウルゴスがウルベルトにどこか似ているように、パンドラズ・アクターもまたどこかモモンガに似ている部分があるように思われる。この、もちろん残るよねっという押しの強さは、まさに先ほどのモモンガと同質のものだ。

 

「まぁ、でも、不測の事態だから何かの拍子にナザリックを離れる事もあり得るかしれないがな」

 

 はっきりと残るとは言えず、ぼやかしてしまったがこのドッペルゲンガーはどう思ったのだろうか。表情に動きがないのでさっぱり考えている事が見えてこない。

 

 そうこうしているうちに霊廟に辿り着く。

 そこで見た光景になるほどと納得する。

 確かにここは霊廟と言う名が相応しい。

 モモンガがあまり気にしないようになどといっていたのもこの事だ。

 不格好ではあるが、その造形が何を表しているのかは一目瞭然だ。何よりも、その身に着けている装備品は紛れもなく、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーたちの物であった。

 

「最後にお創りになられていたのが、あちらにありますタブラ様の像になります」

「ああ、それでタブラさんの恰好をしていたのか」

 

 パンドラズ・アクターには、ギルドメンバー全員に変身できる機能が備わっている。当時はその事を特になんとも思っていなかったが、モモンガはこんな時を予期して、自身のNPCにそんな能力を与えたのだろうか。

 どんな思いで、アヴァターラに装備をさせていたのかと考えると心が痛むが、それでもなお、ウルベルトは申し訳なくは思うが、ゲームをやめた事への後悔の念が湧くことはなかった。

 その事に、ウルベルトは安堵した。

 

 大丈夫だ。もし、リアルに戻っても自分は自分のやるべきことを成し遂げられる。

 話せば話すほどギルメンに似た部分を持ったNPC達に情が湧いてくるし、モモンガに対してもこの地に残していってしまう事に罪悪感はあるが、それでもはっきりと、この場でどちらを選ぶかと問われればこの地を捨てる事を選ぶ事が出来る。

 己の悪のありかは、いまだ変わってはいない。

 自身を模ったアヴァターラから装備品外し身に着けると宝物殿を後にし、ウルベルトはモモンガの元へと向かった。

 




 たっちはさんは完璧超人なんで、陰口は言われることはあっても直接言われる事はほとんどなさそうだなって思ってて、直接嫌味をぶつけて来るウルベルトさんとは、仲は悪いけど、割と好きだったんじゃないかなって思ってます。
 ウルベルトさんは、一緒にゲーム出来る程度には一応仲良いけど、少なくとも嫌味言いまくってる自分の事を相手は嫌いだろうと思ってるというイメージで、セバスの反応にウルベルトさんとデミウルゴスが何で? ってなってる温度差はその辺の描写をしたかっただけなんです。

 あと、カルマ値善よりなNPCを侍らせてるウルベルトさんって、なんか良いよねっていうのがなぜか自分の中にあって、原作通りでもあるしなとユリとシズで両手に花なシーンになりました。


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4話 カルネ村

 モモンガの部屋を開けると、そこには漆黒の全身鎧に身を包んだ戦士の姿があった。その傍らには、一般メイドの姿もある。

 

「あっ、ウルベルトさん、お帰りなさい。やっぱりその格好の方がしっくりきますね」

 

 そう言いながら、ヘルムを脱ぐと見慣れた骸骨が現れる。

 

「モモンガさん、そんな装備持ってたんですね。初めて見ました」

「ああ、違います。これ、装備品じゃなくて魔法で作ったんですよ。さっきから、大剣とか使えるんじゃないかと試していたんですけど、全然だめで。ただ、魔法で作りだした装備だったら大丈夫みたいです」

 

 つまり、ゲームの頃と同じ仕様だという事だ。

 モモンガと同じ魔法職であるウルベルトもおそらく同様だろう。仕様が変わっているものもいくつかあるというのに、妙なところでゲームと同じ縛りがあるのはどういう事なのだろうか。

 

「なるほど。ところで、モモンガさん、もう一人この部屋に入れても大丈夫です?」

「? 大丈夫ですけど、誰ですか?」

「パンドラです」

「えっ!?」

「パンドラズ・アクター。モモンガさんが入って良いと言ってるぞ」

 

 驚くモモンガをよそに、廊下に待機させていた人物を部屋に招き入れる。

 

「我が創造主たるモモンガ様っ! 宝物殿以外の場所でお会いするのはこれが初めてとなりますね。あなた様の被造物たるこのパンドラズ・アクター、ナザリックの非常事態と聞き及び参上いたしましたっ!」

 

 マントをなびかせ、大仰な敬礼のポーズをとりながら部屋に入ってくるパンドラズ・アクターに、モモンガは沈静化がかかっているのかその光景を唖然としながら見ていた。

 

 パンドラズ・アクターの方は、先ほどまでモモンガが確認のため取り出していたであろう装備品に興味を示している様子だ。

 そもそも、彼は宝物殿から出たことはなかったため、ここに来るまでの道中もどこか物珍しそうにしていた。

 

「それで、モモンガさん、パンドラに予備の指輪をあげたりとかできないですかね? どうやら、指輪をもっていないせいである意味閉じ込められている状態なんですよ。まぁ、本人はそう思ってないようですが。とはいえ、今後呼び出すことがある時、一々俺かモモンガさんが迎えに行かなきゃいけないんですよ」

 

 思い出されるは帰還の際、来るときは両手に花だったのが背後に埴輪が増えた光景。はたから見れば、さぞおかしかったに違いない。出来れば、二度とやりたくない。

 

「ああ、指輪ですね。いいですけど、いいんですけど、なんで今連れてきたんです?」

「外を確認するなら、まず遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使ったら良いんじゃないかって話になって、使い方わからないかもって言ったら、マジックアイテムの事なら自分にまかせてくれって言ってきたので」

 

 大体のアイテムはゲームの頃と同じように使えるが、それだって全てが全てではない。後から使い方がわからないとパンドラズ・アクターを呼んでくるよりも、今連れてきて教わった方が早いとウルベルトは判断し、ここに連れてきた。

 

 ついでに、モモンガがどんな反応をするのかも見ておきたかった。

 デミウルゴスが、ウルベルトを大事にしているように、パンドラズ・アクターもまた、モモンガを何よりも第一に考えている様子であった。パンドラズ・アクターはウルベルトとモモンガが対立するような事があれば、ウルベルトを切り捨ててモモンガの方につくだろう。

 間違いなくどんな場面でもモモンガの味方になる存在だと知っておいて欲しかった。

 その役目は、ウルベルトではないのだから。

 その事をいつかはっきり伝えないといけないのだろうが、それはここに残る彼らの距離がもっと近くになってからのが良いのだろう。

 

 モモンガが、パンドラズ・アクターに仲間の証でもある指輪を渡すと、パンドラは歓喜に震えていた。

 そのしぐさがあまりにも演技のようなオーバーリアクションで、それを見たモモンガが頭を抱える。彼らの距離が近づくのはまだだいぶ時間がかかるかもしれない。

 

「さあ、モモンガ様どうぞご命令を。例えどのようなご命令であろうとも、必ずや遂行して見せましょう」

「えっと、じゃあ遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の使い方を教えてくれるか?」

「Wenn es meines Gottes Wille!」

 

 恐らくドイツ語だろうか。パンドラズ・アクターのその言葉にアインズが再び沈静化がかかったのか沈黙して表情が無になる。

 

「それ、なんていう意味?」

「やめて、掘り返さないでっ、俺の黒歴史っ!」

 

 必死にさっきの発言をなかった事にしたいモモンガを無視して、ウルベルトはパンドラズ・アクターに質問する。

 

「我が神のお望みとあらば、という意味になります」

 

 モモンガは恥ずかしさのあまり手で顔を覆っている。

 ドイツ語がカッコいいと言う気持ちは、ウルベルトにも分からなくはないし、そんなに気にしなくても良いのにと思わなくもないが、やはり喋るたびにオーバーな身振り手振りが入るのが気になる。

 

「えっと、お前たちにとって、創造主って神みたいなものなのか? それともただ純粋に比喩?」

「モモンガ様は私にとって、神そのもの、いえその尊さは神以上の存在と言えるでしょう! このナザリック地下大墳墓を拠点として繁栄させ、私のような存在を創り出す御業。神と例えるのが最も近いと言えるでしょう。そして、そのモモンガ様に創造していだき、役割を与えていただいた恩に報いる事こそが我が人生っ!」

 

 パンドラズ・アクターが大仰なポーズを取りながら喋る度にモモンガのうめき声を上げる。

 それにしても、忠義心が重い。デミウルゴスも、ウルベルトに対して同じように思っているのだろうか。思っていそうではある。できれば、NPC達ともっとフランクな関係になりたいと思っているウルベルトにとっては、この信仰心ともいえる忠義の示し方には大分参っている。

 自分が崇められるような人間じゃないのは、ウルベルト自身が一番良く知っている。彼らが偉業だと言うそれも、ギルドのランキングはかなり上位にいたがそれでもさらに上はいるのだし、ゲームを頑張って楽しんでいただけに過ぎず、なんでもない事なのだから。

 

「かっ、神はやめよう。あと、ドイツ語もやめような。いや、少なくとも俺の前ではしないでいてくれると助かる」

「では、神ではないとするならばどのように言葉で表現するのがよろしいのでしょうか? 私を創り出すその偉業は、神と例えるのが最も近いと思っていたのですが」

「えっ、いや、別に神じゃなくても、創るなら親子とかでも……いや、うーん」

「親子! おお……モモンガ様。私を子と」

「えっ、いや、うーん。神よりは、その方が良い、のか?」

 

 モモンガは完全に混乱していた。

 ウルベルトは、ならデミウルゴスが俺の子かぁと思いながら、他人事のように二人の様子を眺めていた。

 一般メイドは、なぜだか嬉しそうにその様子を眺めていた。

 モモンガがウルベルトが来た時点で完全に支配者らしい態度をしていないが、それも特に気にした様子はない。ギルメン同士が昔のように仲良く話されているのは良いこのだと言わんばかりに、ウルベルトが来た時くらずっと嬉しそうにしており、モモンガとパンドラズ・アクターの様子にはそれ以上に幸せそうな笑みになったように思う。自身の創造主も、同じように親子と言ってくれるのではと考えているのかもしれない。

 

「畏まりました、では以後は父上をお呼びし」

「いや、ちょっと待てパンドラズ・アクター。お前だけ特別だと知れば、どこかで軋轢が生まれるかもしれない。故に、その呼び名は普段使わないでくれ。今回は、お前に頼みごとがあるが、必要以上にお前に会う事は少ないだろうが、それは、このナザリックで不和を招かないようにするためだ」

「承知いたしましたっ!」

 

 モモンガの言葉に、パンドラズ・アクターはびしっと敬礼をする。

 余計な事に突っ込むからだと、モモンガが恨みがましい目線をウルベルトに送ってくるので目を逸らす。

 

 

 

 そんなやりとりがあった後、パンドラズ・アクターに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使ってもらい、ナザリックの外の様子を探ってもらう。

 使い方自体は知っておけばそれほど難しいわけではないが、ユグドラシルの頃とは少し操作性が変わっていた。自力で使い方を探ろうとするとそれなりに時間がかかったかもしれない。

 

 外は、セバスが言っていた通り草原であった。

 マーレにナザリックの隠ぺいを頼んでいたが、それもほぼ終わっているのが確認できる。後できちんと褒めてあげるべきだろうと、モモンガと話す。

 

 時刻は間もなく朝になろうかといったところだ。

 アンデッドであるモモンガも、悪魔であるウルベルトも疲労というバッドステータスを持たないため、時間の感覚がなかった。

 日が徐々に昇っていく様は、あまりにも美しい。

 リアルでは絶対に目にする事の出来ない光景だ。

 この映し出された通りの世界が広がっているというのならば、それはなんとも素晴らしい。ブループラネットが愛してやまなかった自然の姿がそこにはある。外に出歩くのにガスマスクは必要なく、きっとこのまま日が昇っていけば空はどこまでも青く広がって行くのだろう。

 リアルに戻りたいという気持ちは相変わらずだが、それはそれとして外に出てみたいと、外に出て未知を求めて冒険をしてみたいとそう思ってしまう。

 

 あまりにも草原ばかりだったので、範囲を広げるとやっと違う光景が浮かび上がる。

 村だ。あまり大きくはない。朝早くだというのに、人の姿がちらほら見える。

 

「情報収集もかねて、ちょっとここに行ってみませんか?」

 

 モモンガもまた、未知なる世界に胸を高鳴らせてそう提案してきた。

 

「俺もそう思ってました。見た感じ、危険な感じはしないですし。ただ、言葉が通じればいいんですけどね」

「ああ、そうですね。さすがに日本語じゃないですよね」

 

 見た感じ、ヨーロッパ系の顔立ちだ。残念ながら、ウルベルトもモモンガも英語などの外来語は一切できない。できたところで、元の世界とは違うのだから、また別の言語を話している可能性の方が高いだろうが。

 

「そういえば、モモンガさん。名前、そのまんまで大丈夫ですか?」

「えっ、偽名を使った方が良いってことですか? まぁ、確かにうちのギルドは評判悪いですけど」

「いや、そうじゃなくて、モモンガと、ウルベルト・アレイン・オードルだったら、俺の方が偉そうじゃないですかね?」

「……ウルベルトさんが、下の名前名乗らなければ良いだけでは?」

「えっ、こんなにもかっこいいのにっ!?」

 

 実際、モモンガの言う通りなのだが、こだわりを持ってつけた名前だ。普段呼ぶときはもちろんウルベルトでいいのだが、名乗る時はかっこよくフルネームのウルベルト・アレイン・オードルと名乗りたい。

 ウルベルトのただのわがままなわけなのでモモンガが嫌がるならばただのウルベルトになるのも仕方がないと諦めつく程度の提案ではあったが。

 

「いやまぁ、でも確かに万が一にも日本語が通じて、この世界にもモモンガって名前の動物がいた場合、俺、小動物と同じ名前で恰好がつかないかもですね。ウルベルトさんと違って、この名前に拘りないですし」

「おっ、名前変えます? それなら俺がとっておきのかっこいい名前考えましょうか?」

「それはそれで良いんですけど、あの、せっかくだったらアインズ・ウール・ゴウンを名乗るとかは、ありですかね?」

 

 その提案にウルベルトは驚いた。てっきり、思いっきり外しまくった変な名前を付けてくると思っていたからだ。

 

「いや、この世界でプレイヤー探すなら、モモンガの名前よりこっちの名前の方が良いかなって。他のメンバーが今後戻ってきて、アインズ・ウール・ゴウンのフルメンバーになる頃にはまた元のモモンガに戻ろうと思いますけど」

 

 悪くはない。個人のハンドルネームを一々覚えている人間は少ないが、アインズ・ウール・ゴウンの名前は良くも悪くもユグドラシルプレイヤーには有名で、大抵の人は知っている。気づいたプレイヤーはギルドの関係者かどうか真偽を確かめるために近づいてくるだろう。

 逆に距離を置きたがる者も現れるだろうが、何らかのアクションを起こしてくる可能性はある。それにDQNギルドといわれているとはいえ、あくまでゲームでの話だ。現実になってしまったこの異世界でまでPKしてくるようなそんな連中だとは思わないだろう。と考えたいがどうだろう。思われそうな気もする。

 

 あまり考えてもしょうがない。ひとまず、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンを名乗り、その名前を広めていく事で情報を集めるという方針は悪くはないだろう。問題は、この世界は思っていた以上に広そうでかなり時間がかかりそうだという点だ。

 この世界で過ごしている時間と、リアルの時間経過が同じであれば、作戦にはもう間に合わない可能性が高い。そして、何日もかかる用ならリアルの体は当然食事もできないのだから死んでしまうだろう。そのあたりは、アニメや漫画であるような、戻ってきたらそれほど時間が経っていなかったパターンになっている事を祈る他ない。

 戻った時どうなるのかはわからない状態だが、リアルでどうなったのかは確認しておきたい。例え、リアルでの体は死んでしまって、どうしようもない状態だったとしても、このまま何もせずリアルへの帰還を諦めたくはない。

 

「じゃあ、アインズ・ウール・ゴウンの名を広めて情報収集をするっていう方針で行きましょうか」

「はい。あっ、でもいい人ばっかじゃないでしょうから、後々は拠点の位置はバレないように偽のナザリックを作るとかしたらいいかもですね」

「さすがモモンガさん、いや、アインズさん」

「なんか、慣れないですね、その呼び方」

 

 そういいつつも、それほど悪くは思っていないような感じだ。

 

「じゃあ、〈転移門〉(ゲート)で近くまで行ってみますか」

「少しお待ちください」

 

 アインズがそう提案したところで、パンドラズ・アクターがそれを止める。

 

「お二方とも、そのお姿のままお二人でお出になられるのでしょうか。一旦友好的に事を運ぶ、という事でしたら、彼らと同じ人間種の姿がよろしいかと。あと、何があるかわかりませんため、誰か共をお連れした方がよろしいかと。例えばそう、この私、パンドラズ・アクターなどおすすめです」

 

 ウルベルトとアインズは、再び遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で村の様子を確認する。

 言われてみれば、そこには人間の姿しかない。

 ユグドラシルでは、異形種も珍しくなかったのであまり気にしていなかったが確かにその通りだ。そもそもこの世界に悪魔やアンデッドが存在するのかもわからないし、いたとしても種族的に友好的な関係である可能性は低いだろう。

 

「俺は、人間化できますけど、アインズさんどうします?」

「でも、ウルベルトさんのそれレベルすごく下がりますけどいいんですか? 初見の場所で使うのはちょっと不安なんですけど」

「ダメっぽかったらすぐに解除します。装備品で補強しとけば一撃死はないですよ。多分」

 

 ウルベルトが習得している魔法に〈未熟な人間化〉というものがある。人間以外の種族であれば最初期から誰でも習得することが出来るが、人間化した際にレベルダウンをすることからそれを使う人はあまりいない。

 レベルが高いほど、レベルダウンする率は増えていき、レベル100のウルベルトではレベル30にまで落ちる。逆に、レベルが低ければ元のレベルと大差ない。始めたての頃に覚えて、あとから必要ないと消していく人が大半である。

 異業種では入れない街に入る時や、人間のみが使用可能なアイテムや装備品を使う時に使用する魔法だ。

 

 後衛で戦うタイプの人がアイテムを一時的に使うために〈未熟な人間化〉を使う事があるまれにある。といっても、そういう事をするのは大抵アイテムがそろっていない序盤だけだ。ユグドラシルは、多種多様な種族を選ぶ事が出来たが、それでも人間の割合が一番多く、自然と人間のみが使用のアイテムの数も他と比べると数が多い。それ故、せっかく良いアイテムを手に入れたのに使えないという主に初期勢のための魔法である。

 

 他に使用方法があるとするならば、異業種狩りが流行っていたユグドラシルにおいて、ある程度自分でどうにか出来るレベルまでは、人間の姿でやり過ごすというものだ。実際、運営が異業種狩りに苦しむ初心者を救うために作った魔法なのではないのかという者もいた。

 

 ウルベルトがどの用途で使っていたかといえば、先ほど述べたうちのどの用途にも使っていない。

 そもそも、覚えたのはかなり後になり、ガチ勢と言われるほどになってからだ。

 先ほども言った通り、ユグドラシルでは異形種狩りと呼ばれるものが横行していた。運営が様々な姿になれるようにとしているにも関わらず、異業種を選んだものを差別し、殺してもいいと勝手に思っている連中が数多くいた。アインズ・ウール・ゴウンは、そんな異形種狩りに対抗するように作られたギルドだ。

 そのため、そんな異業種狩りなどをする輩を逆に狩っていた。

 

 最初のうちは、異業種であるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを狙うような奴を返り討ちにしていたが、次第にその名が知れ渡ると誰も喧嘩を売ってこなくなる。特に、ウルベルトなどは悪名が轟き掲示板にアバターが張り出されるようになり、気づいても近づく者はいなくなる。

 これはこれでつまらないと、そこで思いついたのが〈未熟な人間化〉を使った作戦だ。

 

 ユグドラシルにおいて、いや大抵のゲームにおいて初心者狩りというものをする人間がいる。異業種狩りと同じくらい質の悪い奴らである。そういった連中をおびき出すためにわざと低いレベルの人間のアバターになり、そういった連中を釣るという、そんな誰もしないような用途にこの魔法を使っていた。

 実際、何人も釣れた。値の張る課金装備をちぐはぐにつけているとよく釣れた。

 

 正義の味方を気取っている奴に、そんな人を騙すような作戦はどうかと思うと言われたりもしたが、初心者だからとPKして装備はぎ取ろうとする奴らが悪いと言い返した。たまに、普段は異業種狩りをしていた連中なのに、こちらが人間だと優しく普通に接してきてそれが気にいらないからと別に悪いことはされてないがPKして、またヒーローもどきと喧嘩した。

 そんな、良くも悪くも思い出深い魔法だ。

 

「そうなると俺はどうしよう。あっ、顔を隠せばいいならこれはどうですかね」

 

 そういって、アインズが取り出したのは、泣いているようにも、怒っているようにも見える、なんとも形容しがたい表情をした、異様なお面であり、それを見てウルベルトは噴出した。

 

「おお、それは嫉妬する者たちのマスクっ! 年に一度、とある日のとある時間にのみ与えられるというあのアイテムっ!」

 

 パンドラズ・アクターがテンションを上げてそのアイテムの事を言うが、この仮面には何の魔法も込められておらず、込めることもできない。

 年に一度、そう、クリスマスの19時から22時までにログインしていると強制的に受け取らされる呪いのような恐ろしいアイテムである。

 

「笑ってますけど、ウルベルトさんも持ってるでしょ、嫉妬マスク」

「そうですけど、いやでもそれはちょっと。正面から見てられないっていうか。あと、そんな仮面をつけた不審者の隣を歩くのはできればしたくないですね」

「まぁ、確かに不審者以外の何者でもないですけど。でも、他に顔を隠せるものあったかなぁ」

 

 そういって、アインズが虚空に手を突っ込んでアイテムを探る。

 はたから見ると、腕が消えたように見えるので何とも不思議な光景だ。

 

「さっき着てた全身鎧でいいじゃないですか。あれ、結構かっこよかったですよ」

 

 色を変えたら、どこかの誰かさんの恰好と似ている気がするが、そこは言わないでおく。あれだって、見た目はかっこいいとウルベルトも思っていた。本人には絶対に言わないが。

 

「じゃあ、それで行きますか」

 

 そういって、アインズが先ほどの全身鎧の姿に変わる。顔を出さないのは不信感を覚えるだろうが、隣に人間のウルベルトがいれば、それもある程度は和らぐであろう。

 

「パンドラズ・アクター、先ほどの忠告に感謝する。それで、共を要した方が良いとのことだったが、今回はあくまで様子見だ。ウルベルトさんと私の二人で行く。お前は、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で周囲を確認し、何か問題があれば知らせてくれ。あと、先ほどの会話は聞いていたと思うが、私はこれよりアインズ・ウール・ゴウンと名乗る。以後は、アインズと呼ぶようにしてくれ。他の者にはあとで通達する」

 

「父上、いえ、アインズ様がそうおっしゃられるのならば。しかし、お二方に不測の事態があるようでしたら、すぐさま救援に向かわせていただきます」

 

 念のため、アルベドにも二人が出ていく事を〈伝言〉(メッセージ)で伝え、ナザリックの防衛レベルを上げるように声をかけた後、二人は〈転移門〉(ゲート)を使い、先ほど見た村の手前に飛んだのだった。

 

 

 

 

 

 直に感じるその風と、自然の匂いはここが本当にゲームではなく現実と存在しているのだと教えてくれる。

 人間の姿をしたウルベルトは、黒髪黒目の20代くらいの日本人顔でゲームのアバターなのでリアルの顔と比べればかなりイケメンであるが、どことなく小物っぽい印象がある。〈未熟な人間化〉による変化では、そのアバターの姿はランダムに設定され、変える事はできない。性別も、最初に設定した通りの物になる。こういった融通が利かないのも、この魔法を使う者が少なかった要因の一つだ。

 

 装備は、何が起こるかわからないため元の装備のままだ。腰から出た2本の腕のような装備には、自動防御機能があるためいきなり背後から敵に攻撃されても大丈夫なはずだ。

 遠隔視の鏡で見た限り、この村の住人は西洋人のような顔立ちであった。さすがに同じ人間なのだし、急に敵対はされないとは思うが、東洋人顔を見て彼らは一体どう思うのだろうか。

 

「なんか冒険って感じでドキドキしますね」

 

 本当に楽しそうに、アインズがそういった。

 久しぶりにギルドメンバーと一緒にこうして行動ができるのが何よりも楽しいのだと彼は言う。

 彼がNPCを共につけなかったのはナザリックの防衛のためだけではなく、こうして昔みたいにギルドメンバーと一緒にあの頃のように遊びたかったからというのがあるだろう。

 この広い世界を探索する以上、NPC達だけで外に出てもらう事も今後はあるだろうが、彼らはナザリックを守護するために存在している。ならば、基本はそこを守るように従事される方が良いのであろうか。ウルベルト達にとっても未開の土地ではあるが、そもそも外に出たことがない彼らを外に出すのは少し不安な部分もあった。

 きっと、それはアインズが先ほど親子という発言をしたこともあり、ウルベルトが彼らを子供のような存在と認識してしまったからであろう。

 

「あっ、あそこに人がいますから彼女に声をかけてみましょう」

 

 アインズが指さす方を見れば、いかにも村娘といった風情の少女が甕をもって歩いていた。中にはまだ何も入っていないのだろう事は、その足取りを見ればわかる。

 

「いきなり女の子に声をかけて、ナンパとか思われないですかね」

「大丈夫、だと信じたいです。そこは、ウルベルトさんの手腕にかかっています」

「えっ、俺がいくんですか?」

「だって、こんな顔の見えない相手より、人間の姿をしたウルベルトさんの方が良いに決まってるじゃないですか」

 

 確かにその通りだと、しぶしぶと少女の元へ近づく。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「えっ、わっ!」

 

 驚いた少女が水を入れる甕を落としそうになり、慌ててそれを受け止め彼女に渡す。

 

「ごめんなさい、こんなところにやってくる方なんてほとんどいないもので。どうかなさったんですか」

 

 会話ができる。

 偶然にもこの世界でも日本語が使われているのか、とも思ったがどうやらそうではない。聞こえてくる声と、喋っている口の動きがちぐはぐだ。どういう理屈かわからないが、お互い別の言語を喋っているにもかかわらず、その言葉が翻訳して聞こえているようだ。

 あまりにも不思議な現象だが、今は一旦会話ができる事に感謝して、その不思議な現象については置いておく。

 

「ちょっと旅の途中で道に迷ってしまいまして。ここがどの辺りになるかわかります?」

「ここはカルネ村です。リ・エスティーゼ王国に属する村で、すぐそばにある森がトブの大森林です。見たことない顔立ちですけれど、かなり遠くからいらしたんですか?」

「ええまぁ。この辺りに来たのは初めてで右も左もわからない状態なんです。この辺りで大きい街っていうとどこになるかとかわかりますか?」

「でしたら、エ・ランテルですね。帝国や法国にも面していることもあり、この辺では一番栄えている街なんです。水を汲み終わった後でよろしければ、道を簡単にですけどお教えしますよ。あっ、私、エンリ・エモットっていいます」

 

 そういって、少女、エンリは笑顔を向ける。

 知らない土地の名前に頭を抱えながらも、最初に出会った少女が良い人であった事に安堵する。

 

「こちらも名乗らずに失礼しました。私は、ウルベルト・アレイン・オードル。あっちにいるのが、私の友人のモ……、アインズ・ウール・ゴウンって、アインズさん?」

 

 振り向くと、アインズはこちらに背を向けて少し屈んだ姿勢をとっていた。

 頭に手を当てたその姿勢から見るに、恐らく〈伝言〉(メッセージ)が来たのだとウルベルトには推測できたが、エンリの方は何をしているのか理解できないといったような不審そうな目を向けている。もしかしたら、この世界で魔法を使えるのは自分たちだけなのかもしれない。もしくは、使っている魔法が違い、〈伝言〉(メッセージ)は存在しないのか。

 確認が必要だが、それ以上にせっかく良い関係が築けそうだったのにも関わらずそれが崩れ落ちそうなこの状況はまずい。エンリのアインズを見る目線が、完全に不審者を見るそれだ。声をかけようとすると、丁度会話が終わったらしいアインズがこちらを振り向く。

 

「すいません。あの、確認したいんですけど、今日ってこの村に大勢の人が来る予定とかって、あります?」

 

 アインズがエンリにそう尋ねた。

 おそらく、パンドラズ・アクターから、この村に何者かが近づいているという知らせを受けたという事だろう。

 

「いえ、そんな予定はありませんけど、どうかしたんですか?」

「武装した集団がこの村に向かってきているようなんですよ」

 

 そういうアインズの言葉に、なぜそんな事が分かるのだろうかとエンリは不思議そうな表情だ。

 ウルベルトは、一言エンリに断ってアインズと二人で少し離れた場所で相談をする。

 

「近づいてるって、どんな連中なんです?」

「数は大体100人くらいで、騎士っぽい姿をして、みんな同じ紋章の装備をした連中みたいです。ただ、装備品は何の魔法もかかってないようで、大した戦力はなさそうって言ってました」

「なるほど、村人よりそっちの方がもしかしたら情報聞きだすにはいいかもしれませんね。何しに来たか知らないですけど、ちょっと行ってみますか」

 

 ただの村人よりも、どこかの組織に所属している人間の方が知っている事は多いだろう。

 村は移動しないが、今こちらに向かっている連中はどういう行動をしてくるかわからないのだし、とりあえずそちらを優先させるのはそれほど悪くないはずだ。

 

 エンリに、また何かあれば声をかけるかもしれないといい、二人は騎士団が向かっているという方向に歩みを向けようとした時、女の悲鳴が聞こえた。

 

 こういった声を上げる場面を、ウルベルトは知っている。

 弱者が、強者にいたぶられる時に上げる悲鳴だ。

 

 ウルベルトの足は、自然とそちらに向かって走っていた。

 いつもならば、組織のリーダーが今更行っても助けられないと、ウルベルトがその場に行こうとするのを食い止めるのだが、今はそれを阻むものは今この場にはいない。

 血の匂いがする。

 すでに一度右腕を切り付けられ、なす術のない女に切りかかろうとする騎士に向かい、とっさの事だったので魔法ではなくそのまま走った勢いで思いっきり、ウルベルトは相手を蹴り上げた。

 




今後、外に出る時はモモンの見た目で、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る事になります。

原作では、モモンガさんが、遠隔視の鏡を使い方を探るのに手間取ってましたが、パンドラがやってくれたんでほんの少し原作より早くカルネ村に到着した感じになります。

あと、ウルベルトさんがいるせいでモモンガさんが浮かれ気味で、外に対する警戒度がちょっと下がってます。
ウルベルトさんも、急いで情報探したいんで、警戒するべきなのはわかるけど早く行動しようぜって思ってるからパッと一緒に外に出ちゃいました。

〈未熟な人間化〉は、習得条件にレベルが関係ある物と種族が関係ある物が使えなくなっている設定です。なので、使える呪文はかなり少なくなってます。逆に、それが関係ない〈大災厄〉は使える感じです。


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5話 正義の味方(悪)

「逃げれるか?」

 

 声をかけると女は驚きながらもうなずき、血が出る右腕をかばいながらその場を去っていく。

 

「この野郎、いきなり出てきやがって、何者だっ!」

 

 蹴りつけた騎士が体勢を立て直しこちらに怒鳴りつけてくるが、村人を襲っているのはこの男だけではない。

 村人を助ける義理などどこにもないが、無抵抗な彼らがただただ蹂躙される様をただ見ているだけなのは腹立たしかった。

 

 蹴りつけた時の感覚で、この騎士がウルベルトに比べて格下なのは明らかだ。まだ何か隠し持っている可能性もあり得るが、そうなれば元の姿に戻り本気を出すまでだ。

 〈火球〉《ファイヤーボール》で先ほどの騎士を燃やし、他にも村人を襲おうとしていた騎士に向けてもう1発放つ。

 人の焼ける臭いがする。

 

 嫌な臭いなはずなのに、どこか高揚している自分に気づく。

 先ほどまで強気な態度で襲っていた男が、悶え苦しみ、そのまま死んでいく。

 人が死んでいく姿は何度も見てきた。だが、自分の手で誰かを殺めたのはこれが初めてだった。

 

 彼が自分のせいで死んでしまったのにも関わらず、それをなんとも思わない自分に驚愕する。

 悪魔の体を得たことにより、性質もそれに寄ってしまったという事だろうか。

 このまま、自分のやりたいようにやっていれば己が求めていた理想の悪になれるのだろうか。

 

 違う。

 これはウルベルトの悪ではない。

 

 本来の、自分が持っていた悪ではなく、あとから植え付けられたそれを否定する。

 

 しかし、このまま彼らを放置する事も許しがたく、なるべく威力の低い魔法で彼らを足止めし、その命を奪わぬように攻撃をする。

 村人に襲い掛かっていた騎士たちが、こちらに気づきまとめてこちらを攻撃しようとしてくる。

 この形態で使える範囲攻撃はなんだっただろうかと考え、行動が遅れる。

 

 そこに、漆黒の戦士が割って入る。

 

 騎士の首が飛び、そこから血が噴き出す。

 おぞましい光景だというのに、それを美しいとさえ思える自分が、ただただ憎たらしかった。

 きっと自分が憧れていた悪というのはこういう思考をする存在で、デミウルゴスも同じ感想を抱くのだろう。

 それは構わない。だって彼はそのように作られた、生まれながらの悪なのだから。

 

 だが、ウルベルトは違う。年月をかけて自身がその境地に至ったならばそれを許容できただろうが、いきなり渡されたそれを、自身の物と認める事は出来なかった。

 そのように作られたデミウルゴスは、例え地位や能力がいきなり変わったとしても、その性質はきっと変わらない。

 ウルベルトが嫌うのは、自身の立場に胡坐をかいて悪逆を為すタイプの人間だ。そんな自分が、己が他者より強い力を得たとたんにこうも簡単に人を殺し、それに快楽を見出すなどあってはならない。この感情を許容すれば、今まで自分が嫌ってきた連中と同じ位置に落ちてしまう。

 

「いきなり走り出すからびっくりしましたよー」

 

 あんな事をしておきながら、アインズの声はいつも通りだった。

 彼も、同じくアンデッドの精神をもってしまい、人の生死に頓着がなくなってしまったのだろう。

 

「人、殺しちゃいましたね」

「えっ、あっ! 本当だ!」

 

 今更気づいたというようにアインズが驚きの声を上げる。

 そこでようやく、アインズも自分が人を殺したのになんとも思わなくなっているという事実に気づく。

 だが、いまだ囲まれた状態だ。その事を考えるのは後にするべきだ。

 

「情報聞きだしたいんで、なるべく殺さず捕縛するようにしてください」

「わかりました」

 

 そう言って、アインズが剣を振るう。

 魔法職である彼の剣技は、ただの力任せで技術も何もあったものではなかったが、それでも彼らを圧倒していた。相手のレベルは10にも達していないのかもしれない程度に弱い。

 魔法を使っている者は誰もおらず、ウルベルトは自身が魔法を使っている事に不安を覚えるが、敵がウルベルトに向かい魔法詠唱者かという声を聞いたので、恐らく魔法自体はこの世界に存在している。ただ、その比率はかなり少ないのかもしれない。

 

 力を抑えようとしたが、結局また何人かを殺してしまい、勝てないと悟って数十名が逃走。捕縛できたのは20人程度であった。

 ウルベルトのレベルは30に下がっているが、元から習得しているワールド・ディザスターのクラスはそのままで、その影響で本来使うよりも魔法の威力が高くなっているのも、制御が難しい要因の一つであった。

 

 途中から、村人も自らの村を守るために立ち上がり、ウルベルトとアインズに非力ながらも協力してくれた。それがなければ、もっと多くの騎士をこの手で殺めてしまっていただろう。

 

「どこのどなたか存じませんが、この村を救っていただきありがとうございます」

 

 村長を名乗る男がウルベルトとモモンガに礼を言う。

 感謝される言われなどないとウルベルトは思う。別に自分は正義の味方でも何でもない。村を救おうという気持ちは微塵もなかった。ただ、その光景が気にいらなかっただけだ。

 

 とはいえ、そんなこと言ったところで彼らにとって自分たちが救世主であることに変わりはない。否定する言葉を、ウルベルトは飲み込んだ。

 彼らに恩を売った状態というのはそれほど悪いものではない。まずは現状の把握が最優先だ。

 捕縛した騎士たちの見張りを村人に任せ、お礼をしたいという村長の家で報酬代わりにこの世界について話を聞いた。

 

 直接お金での報酬も欲しいところだが、それほど裕福な村ではないので、先ほど捕まえた奴らを役所に差し出せば報奨金が出るかもしれないというので、村人も手伝ってくれていたがそれらを全てウルベルトとモモンガが受け取るという事で話はまとまった。

 

 分かったのは、ここが本当にユグドラシルとは全く関係がない世界だという事。先ほど襲っていた騎士たちの紋章はバハルス帝国のもので、カルネ村があるリ・エスティーゼ王国とは毎年戦争を行っている間柄なのだという。ただ、捕まえた連中がそのまま本当に帝国の騎士なのかは疑わしいところではある。

 捕まえた連中に、〈人間種魅了〉の魔法を使って話をさせることはできるが、あれほどまでに弱かった彼らがプレイヤーに繋がっているとは思えなかったためその手段を使わずにいる。知らない国の戦争に首を突っ込む事の利点が、現時点ではあまりあるように思えない。一応後で改めて尋問はするつもりだが、期待は持てない。

 

 魔法については、魔法詠唱者はこの村にはおらず、使える人間は限られているのだという。たまに村に来る薬師が、彼の知っている唯一の魔法詠唱者だということだ。

 この世界の人間が使う魔法がどの程度の物か知りたかったのだが、残念ながら分からなかった。ユグドラシルにはない、第0位階の生活魔法と呼ばれるものがあると分かった程度だ。

 

 他に気になった話と言えば、冒険者という職業だろうか。アインズも、その夢にあふれたその職業に興味を示していた。

 どの国にも所属せず、それでいてある程度の身分が保証されるというのは、なんともありがたい。それに、そんな職業であるならば、プレイヤーや、リアルに戻るための情報が手に入りやすくなるかもしれない。

 

 とにかく、エ・ランテルが次の目的地なのは決まった。

 問題は、捕まえた20人もの騎士たちをどうやって運搬するかである。〈転移門〉(ゲート)が使えれば問題はないが、この世界でその魔法がどういう扱いになるかわからない以上、気軽に使う事は出来ない。しかし、このまま町まで連れていくには人数が多すぎる。ウルベルトとアインズが先にエ・ランテルに行き、話をつけてくるというのが一番現実的だろう。その間、村人が彼らをずっと監視する必要があるのが難点であるが。

 

 その事について村長と話し合っていると、突如アインズが立ち上がり、一言断りを入れた後に部屋を出て行った。おそらくであるが、また〈伝言〉(メッセージ)が入ったのだろう。

 少した後、ウルベルトに相談したいことがあるというので、二人は村長の家を一旦出る。

 

「なんか、また近づいてる軍団がいるみたいなんですよ。今度は50人くらい。さっき見せてもらった、リ・エスティーゼ王国の紋章が見えたって言ってました」

「なら、さっきの奴らが暴れてるの知って追いかけてるとかですかね。それだと、さっきの捕まえた連中もそいつらに引き渡したら良いから楽なんですが」

 

 確証はない。しかし、今こちらに向かっているのが本当に自国の戦士なのであれば、敵ではない可能性は高い。

 とはいえ、実際に会って話してみない事にはわからないわけだが。

 

「あと、それ以外にもなんか別の集団が付近に隠れるようにいるみたいで。こっちは、恰好からして魔法詠唱者なんじゃないかって言ってました。どう思います?」

「んー、さっきの連中は、今からくる団体をおびき寄せるための罠で、潜んでいる奴らは隙を見てそいつらを叩こうとしている、ってとこですかね。どこの国の組織なのかまではわからないですが」

 

 先ほどの話を聞く限り1年に行われている戦争は、帝国の方が有利な位置にいるように思えた。そんな帝国が、こんな小さな村を襲うメリットはいかほどの物だろうか。

 法国あたりが、裏で動いている可能性は大いにあるように思える。

 ただ、帝国が今年の限りで戦争を終わらすために、大将の首を取りに来たというわかりやすい図式の可能性ももちろんある。

 

 どういう意図があるかまではわからないが、このまま彼らを放置するのが得策とは思えない。わざわざ隠れているという事は、隠れるだけの理由があるという事だ。

 だが、この場を今離れるのもどうだろうか。ウルベルトか、アインズかのどちらかが行けばいいだけの話だが、人数がいるというのならば、今のこの状態ではさすがに不利な可能性がある。しかし、本来の力を出して良いものであろうか。

 

 確かにプレイヤーの情報や、リアルについての情報は知りたいと思っているし、それならば本来の姿を見せるのも悪くはないかもしれない。しかし、強大な力を見せつければ、関係ない現地人だってこちらに寄ってくる可能性がある。

 あくまで、プレイヤーだけが知っている情報、アインズ・ウール・ゴウンの名を知っている者だけが近づいてきてくれるような、そんな状態を作り、厄介ごとにはなるべく近づきたくはない。

 

「近くに魔獣が住んでいるという森があるわけですし、アウラの魔獣をけしかけてもらいましょうか? そうすれば、俺たちの事は露呈しないですし。ついでに、何人かナザリックに連れて行って情報を聞き出すのも良いかもですね」

 

 アインズの提案になるほどと思う。

 そもそも、二人でどうにかする必要はないのだ。

 

「モ……アインズさん、あったまいー」

「頭良いって程じゃないですよ。じゃあ、アウラに〈伝言〉(メッセージ)してみますね」

 

 〈伝言〉(メッセージ)が終わり、再び村長の家に戻ろうとした頃、近づいてきた新たな戦士団に気づいた村人がこちらに慌てて近づいてくる。

 先ほどの戦いで、村人の中で最初に加勢してきた男だ。自分たちの家族を守るのだと飛び出してきた彼の姿は、覚えている。

 

「ゴウンさんと、オードルさん、実はこの村にまた、戦士風の者たちが近づいてきているんです」

 

 遠目からでは、ただ近づいているようにしか見えないのだから当然だが、不安を隠せない声色であった。

 それでいて、共に戦った故であろうが当然何かあればまた二人が助けてくれるだろうという、そんな感情が透けて見えた。

 

 助けられるのが当たり前だと思われると迷惑だ。だって、こちらは正義の味方ではないのだから。

 とはいえ、近づいているのが王国の戦士であるならばやはり先ほどの捕虜を受け渡すのにちょうど良いし、どちらにしろ交渉は必要だ。

 気分は乗らないが、このまま正義の味方ごっこをしているのがこの場では良いのだろう。

 

「わかりました、私たちもそちらの様子を見に行きましょう。いいですよね、ウルベルトさん?」

「ええ、まぁ、そうですね」

 

 気のない返事をして一緒に戦士団が近づいてきている村の入り口へと向かう。

 一度戦って自信がついたのか、戦う覚悟を決めたのか武器を持った男たちが集まっており、皆一様に、ウルベルトとアインズが来てくれたことに安堵の表情を見せていた。

 

 これじゃあまるでヒーローだ。

 

 ウルベルトは苦い顔をする。モモンガだけはそれに気づいている様子であったが、だからと言ってこの場でなんと声をかけたらいいのかわからずに、声をかけられないでいた。

 

 戦士団がやってくる。

 先ほど戦った連中と違い、武装に統一性がない。それぞれの戦いに適した格好をしたその姿は、歴戦の戦士といった風格がある。

 そんな戦士の中でも、一目で彼がリーダーなのだとわかる、そんな屈強な男が一人いた。

 

 ああ、嫌いなタイプの人間だ。

 そう思い、ため息を吐く。

 

 戦士団は、村人たちがこちらに武器を構える様子に戸惑っている様子であったが、リーダーであろう男はそれにひるむ事なく前にでた。明らかに村人ではないこちらを一瞥すると一瞬不思議そうな顔をした。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っている者である」

 

 その言葉に、村人たちがざわめく。

 戦士長とはどんな人物か側にいた村人に尋ねると、王の御前試合で優勝を果たし、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人物だという。ただ、そんな身分の人間に会った者は誰もおらず、それが本当なのか分かる者は誰もいなかった。

 ただ、本当だとするならば、なぜ王直属の兵士たちが、こんな小さな村にやってきたのかという違和感がある。王直属という事は、普段は王都にいるはずだ。この近くの町はエ・ランテルだと言っていたので、戦士団が来るなら通常はそこからではないだろうか。

 

 とはいえ、恐らく本物だろう。どういう流れで戦士長がここに来ることになったのかはわからないが、わざわざ待ち伏せている魔法詠唱者たちの狙いは彼だと考えるのが妥当だろう。だとするならば、彼は本物の王国戦士長であるはずだ。

 

「この村も襲われているのではないかと思ったのだが、この地には帝国の騎士の姿はなかっただろか」

 

 その問いかけに、村長が前に出る。

 

「このカルネ村も、襲われておりました。ですが、たまたま旅の途中に出くわしてくださった、お二方の助力で何とかこの村を救う事が出来たのです。その証拠に、村の奥にある庫に捕縛した帝国兵を捕縛しております」

 

 その言葉に、ガゼフは馬を降りて二人の前に立つと、頭を下げ感謝の言葉を紡いだ。

 身分ある人間が頭を下げる事に、周りはどよめく。

 その姿に、皆は好感度を上げているのであろうがウルベルトは逆だった。ただただ、この男が気にいらないという気持ちが大きくなる。

 きっと、話せば喧嘩腰になってしまうだろうと思い、ウルベルトは一歩下がる。それを見たアインズは、察してくれたようで前に出る。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は、アインズ・ウール・ゴウン。そして、彼がウルベルト・アレイン・オードル。偶然、村が襲われている現場に出くわした旅の者です」

「この村以外にも、帝国兵に襲われた村がいくつかあるのだが、生存者が数名というひどい有様だった。貴殿らがこの地に来なければ、ここでも同じような悲劇が起こっていたはずだ。本当に、感謝の言葉もない」

「頭を上げてください。我々は正義の為にこの村を助けてわけではないのです。実は、報酬が目当てだったのですが、村の貧困状態では適正な金額を受け取る事は難しく、捕縛した騎士たちを受け渡す代わりに、王国から報奨金を受け取る事はできないでしょうか」

「もちろんです。本来であれば、私がするべき仕事を代わっていただいたのですから、それくらいはさせていただきたい。ただ、今すぐにとはいきません。まず、王都に戻って王に確認を取る必要がありますので、少々お時間がかかるかと」

 

 できればすぐに使える金が欲しかったのだが、王様に確認なんて取っていたらかなりの時間がかかるのではないだろうか。そもそも、馬で来ているようだが帰るのにどれだけの日数がかかるのか。

 〈転移門〉(ゲート)でも使って、ぱっと行ってぱっと戻るみたいな事ができればいいのだが、そう言う話が出ないあたり、〈転移門〉(ゲート)の魔法は一般的ではないという事だろう。ガゼフが連れて来た集団の中にもぱっと見、魔法詠唱者はいないため、魔法詠唱者はかなり限れらた人にしかなれないと見て間違いないだろう。

 アインズとガゼフが和やかなムードで話を進めていき、ウルベルトはただそれを傍で聞いていたのだが、とある一言で、いつもの悪い癖が出る。

 

「しかし、お二人はこの村にとって救世主、正義の味方といったところですな」

「あっ!」

 

 そのキーワードに、アインズが思わず声を上げウルベルトの方に顔を向ける。

 案の定、プッツンと何かが切れてしまったような表情のウルベルトとヘルム越しに目が合う。

 

「ダメですよ、ウルベルトさん。穏便に行くっていったじゃないですか」

「売られた喧嘩買う主義なんです」

「売られないですから。知らなかっただけですから」

「例え知らなかったとしても、私に対してあのような発言をする者は喧嘩を売ったとみなしています。ねぇ、戦士長さん。私を正義といったその言葉、撤回していただけますか?」

 

 ウルベルトは戦士長の前に立つ。

 後ろでアインズが、こうなったら止まらないと諦めて頭を抱えているが、これだけは譲れない。直接助けた状態になってしまった村人に言われのはまだ我慢できたが、こういう手合いに正義だと言われるとたまらなく腹が立つ。

 

 戦士長だけでなく、村人も含めてウルベルトのその様子に何がどうしたのか理解できないといった様子であった。

 一般的には、正義というのは誉め言葉として使われているのだから致し方がない事ではあるが、それでも、そこだけは譲れない。

 

「アインズさんも仰っていましたが、あくまで報酬の為に動いたにすぎないんです。いえ、もっと言えば、私の場合はそんな事すら考えず、ただ腹が立ったからという理由であの騎士たちと敵対したに過ぎないんです。例え、本当はこの村の住人が悪で、彼らが本当はそれを誅するために来た存在だったとしても、同じようにいきなり現れた彼らを打ちのめした事でしょう。何も状況も知りもしないのに、ただ気にいらなかったからと蹴りつけ、何人かは殺しもした。死んだ奴がどんな人だったかも知らない、帰りを待つ家族がいたかもしれない、やむを得ない事情でこんな事をしていたのかもしれない。それなのに、命を奪った。そんな行為が正義であるはずがない。私は、あくまで自身の信じる悪に従った行動した。それが正義であるなどと軽々しく言わないでいただきたい」

 

 正義が嫌いだとずっと思っていた。

 それは、ウルベルト自身が悪よりの存在だから、必然的に正義を憎んでいるのだと勝手に自分で決めつけていた。

 すると、組織のリーダーがある日、お前は正義のハードルが高すぎるんだと言った。だから、それに満たない奴が正義を名乗ったり、正義だと周りから言われたりしているのを見るとイライラするのだと。

 その通りだと言われてやっと気が付いた。

 

 ウルベルトの中で作り上げられる悪があまりにも大きくなりすぎて、それを本来倒すべき正義がこの程度でいいはずがないというそういう思い込みが、自身の正義像を肥大化させていた。

 目の前にいる戦士長も、きっと英雄だとか、正義の味方だとかもてはやされているのであろうが、ウルベルトの理想とする正義とは程遠い。むしろ、彼の行為は悪に近くだからこそこうもイライラするのだ。

 

「申し訳ない。貴殿を怒らせるつもりはなかった。しかし、それでもこうして救われた村人がいるのだから、例え死人が出ようと、それは立派な行為だったと私は思う」

 

 なんでこの男は余計に怒らせるような事を言うのだろうか。

 まるで、たっち・みーだ。ウルベルト自身、自分が面倒な性格をしているのは理解しているが、掘り返さなくてもいい話を掘り返すし、ピンポイントで言って欲しくない言葉を言ってくる。

 何で、こっちがそれは正義じゃないって言っているのに、それは立派な行為だったとか言ってくるのか。火に油を注ぎに来ているようにしか思えない。

 

「ところで、王国戦士長という役職はこんな小さな村に巡回ができるほど暇な役職なのですか? この辺で一番大きい都市はエ・ランテルと聞いているのですが、普通はそこから人が派遣されるのでは?」

「エ・ランテルは王の直轄領だ。その周辺の村を守るのも王の剣である私の務め。私がエ・ランテルに到着したタイミングでそのような事が起こった以上、出向かないわけにはいかないのです」

「罠だとしても?」

「その通りです。助けを求める民に手を差し伸べるため、我々はやってきたのです」

 

 さらに詳しく聞けば前に通ってきた村では生存者の為に、数人を警護の為に割いたのだという。

 根っからの正義漢という奴だ。

 部下も、それが間違っていると知りつつもその信念に感化され、厳しい状況と知りながらもそれに付き従っている。

 

 嫌な思い出が頭をよぎる。

 リアルで、こういうタイプの人間がとあるレジスタンス組織のリーダーを務めていた。圧倒的なカリスマと、その掲げる理想的な信念。例え他の人が無理でも、この人ならばと思えてしまうほどの人望の厚い人物。

 そんな男についていき、無駄な玉砕をして死んでしまった人間を、ウルベルトは知っている。

 どう考えても罠だと、このままでは何も成し遂げられずに終わってしまうと言ってもなお、彼ならばそんな状況も打破してしまうだろうと、最期までそれについて行きたいのだといって説得に応じなかった友人がいた。

 

 どうしても、死の運命から逃れられない場面というのはあったが、少なくともあれはそうではなかった。先導する男が目に見える地雷を踏みにいかなければ被害は最小限に抑えられたにも関わらず、それでもなお正義を掲げて前に進む馬鹿な奴だ。そういうのは、大抵組織に内通者などがいてそう動くように仕向けているし、今度の場合は王国の一部の貴族がそういう役割をしているのだろう。

 

 困っている人がいれば助けるのが当たり前というが、世の中に困っていない人間がどれほどいるのか。

 それら全てを助けることが本当にできるのならば、それ間違いなく正義であろうが、ただの人間にそんなことが出来るわけがなく、それならばせめて犠牲が最小限になる選択をするのが正義の味方の在り方ではないだろうか。

 

 ガゼフという男は話を聞けば、彼は王国において最高戦力たる人物だ。

 そんな男が、こんな小さな村でもし死んだとして、その後王国の国力が下がるのは明白で、いい未来が待ち受けていないことくらいは情勢があまりわかっていないウルベルトにも容易に想像できる。

 人の命の価値が違っているなんて子供でも知っている。

 それでもきっと、この男の死はきっと英雄の死として扱われるのだろう。それが無性に腹が立つ。

 

「あんた一体何の為に戦ってるんだ、ガゼフ・ストロノーフ。王の為か、それとも国の為か、はたまたただ目の前にいただけの村人を助ける為か? それら全てなどと馬鹿らしい夢物語は言ってくれるなよ。確かに、それらは同一線上にある場合もあるが、現状全く別の位置にある。王の為だというならば、今この場で死ぬ可能性を高めるなど愚の骨頂、国の為だというならば話を聞くに別のもっと優秀な王を立てるべきだ、そして、ただ困っている相手の為に損得勘定もなく助け、自身の命を脅かすのは、この場において王も国も両方手放すほどの愚行だぞ」

 

 ガゼフが何か言い返そうとするが、結局言い淀む。

 

「それは悪だ。正義の味方ごっこがしたいなら自分一人で勝手に死んでおけばいいだろう」

「勝手な事を言わないでいただきたい。我々は自らの意思で戦士長について行くと決めた。例え、そこで命が潰えようとも、後悔はない。何も知らないあなたに、そのような事を言われたくはない!」

 

 話を聞いていた戦士長の仲間が間に割って入ってきて、昔死んだ友人と同じようなことを言ってくる。

 

「良いんだ。彼の言う事にも一理ある。ただ、私は私の行いを間違いだとは思っていない。しかし、仲間をこうして巻き込んでしまっている事は、私も悪いと思っている」

 

 王国の戦士団は、そんな事がないと一致団結ムードになる中、その光景に今まで膨れ上がった熱が冷めていく。

 こうなったら何を言ったところでその決意や行動は変わらないだろう。

 無駄な事に時間を割いてしまったと、今更ながらに後悔する。そういう人間だというのは、最初見た時から感じていたのに、つい言い合ってしまった。いや、言い合ったというより、ウルベルトが一方的に意見をぶつけたという方が正しいか。

 実際、ウルベルトは王国の事情を詳しくはないのだから、間違った事や見当違いな事を言っていたのかもしれないが、それでも言葉をぶつけずにはいられなかった。

 

 その時、悲鳴の様な声が聞こえた。

 そちらを振り向けば遠くに天使の姿が見える。その姿はユグドラシルで召喚されるものと同じデザインであった。

 方角的に、謎の魔法詠唱者達が呼び出したのは間違いないが、ユグドラシルと同じ天使を呼び出したと言う事は彼らもプレイヤーだったのだろうか。ただ、それにしてはやけにレベルか低いものを呼び出しているのも気になる。アウラが連れてきた魔獣はそんなにレベルの低いものだったのだろうか。ただ、それだとあの悲鳴はどう言うわけなのか。

 

「天使、だと……。法国の連中か? しかし、一体何が」

 

 ガゼフはそんな呟きをした後、天使の現れた場所を確認してくるように部下に指示を出す。

 天使の出現にこそ驚いてはいるものの、天使という存在自体は知っている様子である。

 ユグドラシルとは全く関係ない世界なのかと思っていたのだが、そういう訳ではないのだろうか。それとも、ユグドラシルの魔法を広めた人物がいるという事か。

 ウルベルトはモモンガの方に戻り小声で質問をする。

 

「アウラの呼び出した魔獣って、レベルどれくらいですか?」

「何を呼んだのかはアウラに任せたんで分からないですけど、この辺りの人間はあまり強くないから、もし見られても不自然じゃない程度のほどほどの強さでって言ってます」

 

 ほどほどとはどの程度だろうか。

 村人は、正直レベル1にも満たないのではないかというほど弱い。

 ガゼフについては、王国最強との事だが戦士系の実力など魔法詠唱者のウルベルトには皆目見当がつかず、しかし、それほど強いとは思えないというのが正直な感想であった。

 ならば、天使を呼び出した集団というのも悲鳴から察するに、それほどの実力者ではないとみるべきか。実際に見てみないとわからないが、本当に強い相手ならばパンドラズ・アクターから連絡が来ているだろう。

 

「戦士長、法国の者と思われるものが複数の魔獣、目視できる限りでは5体ほどに襲われておりました。見た事のない魔獣ですが、かなりの難度のものと思われます……。今のところ、こちらには気づいていないようですが、いかがしましょうか」

 

 あれに勝つのは無理だろうと、戻ってきた男の顔は告げていた。

 

「では、私が行こう。今は気づいていないといっても、もしその魔獣がこの村に来ればひとたまりもないだろう。それに、その法国の者からは事情聴取をする必要があるからな」

「それならば、我らも同行します」

「いや、お前たちは村を守っておいてくれ。せっかくお二人の尽力で助かったこの村に何かあっては困るからな」

 

 部下に指示を出した戦士長が、ウルベルトとアインズの前にやってくる。

 

「オードル殿と、ゴウン殿にもできればこの村を守っていただきたいのですが」

「断る」

「ははっ。でしょうな。そう言うと思ってました。では、お二人の旅路に幸がある事を祈っております」

 

 ガゼフが村から遠ざかっていく。

 幾人かの兵士がそれを止めようとするが、彼の決意は変わらず戻ってきた兵士は村人に状況を伝え、避難するように誘導する。

 ウルベルトの言葉の影響も少なからずあるだろうが、しかし彼はどちらにせよこの場面ならば一人で行ったであろう。すでに、仕事の範囲から大幅にずれているのだ。さらに、魔獣討伐ともなれば、あまりにも本来の仕事からかけ離れすぎている。

 対人戦であれば、兵士たちもまだ戦えるのだろうが、魔獣との戦い方を熟知していない人間が容易に行って良いものではない。

 

「アウラが呼んだ魔獣って、倒されても大丈夫な感じですか?」

「ちょっと、確認してみますね」

 

 そういって、モモンガが〈伝言〉(メッセージ)の魔法を使用する。

 心配した村人がこちらに声をかけてくるが適当にあしらう。

 戦士長との言い合いを聞いていたにも関わらず、こちらを信頼しているのはどうなのだろうか。先ほども言ったように、ウルベルトは別に助けようと思っていたわけでもないので、こんな風に信頼されるのは意味が分からない。

 

「ウルベルトさん、倒されても別に問題はないみたいです。ただ、レベル50のオルトロスらしいんですが今のところ相手はレベルが30あるかないか程度みたいで、負ける要素はなさそうだとのことです。すでに数人は捕獲も完了しているようです」

「なるほど。今の状態だとちょっときついですが、アイテムでごり押せば何とかなるか」

 

 PVPならば、レベルが10以上開けば勝ち目はほぼないが、モンスター相手ならば動きがある程度わかっていれば対処の仕様はいくらでもある。それに、アウラが従えている魔獣なのだから、アウラに事前にどう動くか指示を出してもらえば何ら問題ない。

 

「助けに行くんですか?」

「だって、報酬をもらうなら上の立場の人間に話を通してもらった方が良いじゃないですが。程よく恩を売って、がっぽりせしめるチャンスですよ」

 

 ウルベルトの言葉に、アインズはツンデレ、とか一番正義しているという言葉が喉まででかかったが、言えばすごい勢いで否定され喧嘩になるのは目に見えていたのでそれを飲み込んだ。

 もちろん、ウルベルトはそんな事は気づかず天使たちが現れた方角へ向かっていく。

 

「戦うなら、俺が前に出ますよ〈完全なる戦士化〉(パーフェクト・ウォリアー)を使えば、ごり押しでも問題ないと思うんで」

「えっ、アインズさんそんな魔法も習得してたんですか?」

「まぁ、そうですね。全然使った事なかったんですが」

 

 戦士の見た目で魔法を使うのは違和感があるので、この状況においては非常に助かる。きっと、どこかの正義の味方に憧れて習得していたのではないかと思われるが、そんな事を一々問いただすべきではないだろう。

 

「なら、俺は補助に徹しますよ。攻撃魔法は、〈大災厄〉以外ろくなの使えないんで」

 

 〈未熟な人間化〉を使った状態では、習得にレベルが関係するものや、種族限定の魔法が使えなくなってしまっている。逆に言うと、それらに関係のないワールド・ディザスター専用魔法〈大災厄〉は問題なく使えるのだが、この場で使えばとんでもないことになるのは目に見えているので、よほどの事がない限りは封印しておくべきだろう。

 

「それじゃあちょっと、正義面した男に恩を売りに行きますか」

 




 悪魔になった影響で人を殺しても平気になってるとウルベルトさんが言ってますが、これは勘違いですね。次の話で本人も気づきますが。
 人間化してても、あくまでゲーム上の人間、しかもカルマ値が低い人間になってるからこんな感じの感情を持つようになってます。
 ユグドラシルでは基本的敵はモンスターだったと思うんですが、でも人間の敵も場合によってはいただろうし、この異世界の人も悪い奴は殺してもしょうがないみたいな倫理感を持ってるようなのもあって、リアルの人間とは違うプレイヤーとしての人間になってます。
 とはいえ、一応人間なのもあって悪魔の時ほど、悪逆が楽しいみたいな感情はないです。

 そして、本人は理屈を捏ねてるが完全に正義の味方をしていてすまない。中盤から、ちゃんと悪役しているウルベルトさんになる予定なので、今しばらくお待ちください。


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6話 親子

「モモンガ様とウルベルト様が護衛も連れずに二人だけで外に出たなんてどういうことなの、パンドラズ・アクター! モモンガ様にもしもの事があったなら、あなた一体どう責任を取るつもりなの」

 

 モモンガから、外への探索に出るためナザリックの防衛を固めるようにと〈伝言〉(メッセージ)を受けたアルベドはその言葉に従ったのち、モモンガの自室へと向かった。

 そこで出会ったパンドラズ・アクターの自己紹介が終わるや否や、彼女は怒りに声を荒げた。

 まだ、外の様子は把握できていないこの現状で、二人だけを外に出すなど、そんな事が許されて良いはずがない。

 

「私はそのようにご命令をされ、それに従ったまでです」

「だから、それを止めるのがあなたの仕事じゃないのかと言っているのよ! モモンガ様に何かあったら、あなた責任が取れるの?」

「ですから、遠隔視の鏡で様子は確認しております。もしもの事があれば、すぐにでもそちらに向かう手はずになっております」

「見てから行動を起こしたら、間に合わないかもしれないじゃない!」

 

 ヒステリックな声を上げるアルベドにも、パンドラズ・アクターの表情は変わらない。ドッペルゲンガーの彼の顔は、どこを見ているかすらはっきり掴むことはできず、何を考えているのかなど全くわからない。

 彼はモモンガが作った存在だという。ならば、もっとモモンガの事を心配しても良さそうなものだと思うのだが、彼は父なる神がそうお望みになったからだと返答をした。

 

「あなたの仰ることはもっともでしょう、統括殿。しかし、私はモモンガ様の幸せこそを優先したい。あのお方はずっと、他の至高の御方がお戻りになられるのを待っておられた。再び、仲間と冒険に出られる日をずっと夢見てきた。それをお止めすることは、私にはできません」

 

 モモンガの安全よりも、モモンガの幸せを優先するという。

 それはつまり、モモンガの幸せとはあの男と一緒にいる事であると、そう言っているのだ。

 それが、たまらなく腹立たしかった。

 玉座の間にいたその時までは、モモンガはアルベドの事を見てくれていた。それが、第六階層に行き、あの男と再会してからはどうだ、その目線はあの男にばかり注がれている。それが、どうしても耐えられなかった。

 

「それにしても、統括殿はモモンガ様の心配ばかりされておられますね。まるで、ウルベルト様などは心配するに値しないと言わんばかりに」

 

 しまったと、アルベドが言い訳をしようと口を開こうとしたのを、パンドラズ・アクターが手で制す。

 

「いいえ、いいえ。お気持ちはよくわかりますとも。そして、あなたのその想いを、告発する気は毛頭もございません」

「それは、あなたにとってもあの男は邪魔な存在、という事で良いのかしら?」

「何度も言っておりますが、モモンガ様の幸せこそが私が望むもの。私は、至高の御方の姿を取ることはできますが、結局は本物ではない。モモンガ様のお心を真に癒すことが出来るのは、本物の至高の御方々でしかありえない。ですから、ウルベルト様が、モモンガ様の望まれるように、このナザリックに居続けていただけるのであれば、私からは文句は何もないのです」

 

 ああ、なるほどと、アルベドはにやりと口角を上げた。

 

「つまり、ウルベルトがリアルに帰ろうとしているようならば必要ないと、そういう事ね」

「ウルベルト様は、お病気のためナザリックを離れたとモモンガ様よりお伺いしておりました。どのような病気かは存じませんが、“りある”でしか療養ができない状態のようで、それならば仕方ないとモモンガ様は納得しておられました。それがもし、もし、ですよ“りある”に他に居場所があるだとか、仲間がいるだとか、そんな、このナザリック地下大墳墓よりも大事な場所があるからとこの地を去るのだとしたら、納得できるわけがないじゃないですか」

 

 つまり、ウルベルトがリアルに帰ろうとしているという確証が取れたならば、パンドラズ・アクターはアルベドに協力するといっているのだ。

 

「もし、そのような事があるようならば、モモンガ様がその事を知る前に行方不明という形で消えていただくか、もしくは死んでいただくのがよろしいでしょうね。そうすれば、モモンガ様の心の傷は最小限に留められる」

 

 それが当然の事だというように、ごく淡々と至高の存在であるウルベルトを消すとそうのたまう。

 ナザリックで誰もが崇める至高の40人を、ただモモンガの心を癒すだけの存在と定義し、それができないのであれば不要だという。

 

「私たち、仲良くなれるかしら」

「それは今後のウルベルト様次第でしょう。私としましては、あなたと組まずに済むのが一番良いのですが」

 

 何とかしてあの今更戻ってきた男が“りある”に戻ろうとしている確証を掴まなくては。

 アルベドとて、流石に至高の存在ともなれば早々手出しはできず、どうするべきか頭を悩ませていた。自分がやったと分かれば、モモンガに嫌われてしまうだろうから、秘密裏に事を進めなければいけない。

 そこに現れた協力者候補は、何としても仲間に引き入れなければいけない。宝物殿を守護する彼ならば、その地にあるアイテムも持ち出す事も可能だろう。そうでなくても、知恵者である彼は敵に回ると厄介だ。

 今まで他にも同様な想いを抱いている者はいないかと探りを入れてきたが、誰一人いなかった。アルベドと同じく、モモンガに恋慕しているシャルティアですら、創造主を優先していた。モモンガを愛する事を許可されたのが、アルベドのみである証拠でもあり、どこか誇らしくもあったがやはり事を起こすには一人では難しい。

 一先ずは、パンドラズ・アクターを仲間に引き入れる事が先決だ。

 

 確証はまだないものの、ウルベルトは“りある”に戻ろうとしているだろうと、アルベドは考えていた。デミウルゴスが、“りある”への行き来できる方法を探すべきだと提案してきたのは、彼がウルベルトが“りある"に戻ろうとしている事を知っており、その手助けをしようとしているという可能性は非常に高いと見ている。

 パンドラズ・アクターもこうしてアルベドに話しかけてきている辺り、ウルベルトの事を怪しいと睨んでいるように思われる。

 後はどうやって、モモンガに知らせないようにその確証を得るかという事だ。

 パンドラズ・アクターは、ウルベルトの病気が本当だったか疑わしく思っている様子があるが、その点はセバスが話していた内容と合致してしまっている。

 ウルベルト本人に近づくよりも、デミウルゴスから情報を聞き出すべきかと思案していると、パンドラズ・アクターがとんでもないことを口にした。

 

「ああ、そうそう。先ほどモモンガ様より言われた事なのですが、お名前をアインズ・ウール・ゴウンに改名されるとのことでした。後ほど正式に通達されるでしょうが、以後はアインズ様とお呼びする事となるようで、私も呼び名を正さないといけませんね」

「は?」

「外はどうやら人間社会の様子。そこで、ウルベルト様が、モモンガ様の改名を提案しモモンガ様はアインズ・ウール・ゴウンを名乗られることをお決めになられたわけですが、統括殿、今すごい顔をしていらっしゃいますよ」

 

 許せない。

 許せるはずがない。

 

「モモンガ様のいと尊きお名前を改名する必要がどこにあるというの!」

「人間社会ですと、姓がないと侮られることがございますのでそういった理由でしょう」

 

 どうしてモモンガが人間なんかの為にそんな配慮をしなくてはいけないのか。姓がないからと言って侮るようなそんな人間ならば殺してしまえば良いだけではないか。

 ああ、憎い。

 今もモモンガの側にいるのがあの男だという事実がどうしても受け入れられない。

 一度はこの地を捨てたくせに今更帰って来て。

 パンドラズ・アクターは、至高の御方の似姿になれる代替品であるが、アルベドの設定をモモンガが変えたのも、その至高の40人を待つ寂しさ故からだったのだろう。

 

 それでも良かった。

 どうせ、他の40人は戻ってこない。戻って来ても一瞬だけだ。

 彼らがいない間のモモンガの寂しさは、アルベドが埋めるはずだったのだ。モモンガの目線は、アルベドに向くべきはずだったのだ。

 それが、全部奪われた。

 あの男さえ現れなければ、愛してもらえたはずなのに。

 

「統括殿、どうか私以外の前ではそのような顔はされないように気を付けて下さいね。私としても、万が一の事態が起こった場合、協力者がいないと困りますので」

「ええ、そうね。ごめんなさい。今後は気を付けるわ」

 

 アルベドはいつもの慈愛あふれる笑顔に表情を戻す。

 だが、その内に燃え盛る憎悪の炎は勢いを増す。

 ああ、早くの男を殺してしまわなくては。

 モモンガの視線を奪い、あまつさえ名前まで奪ってしまったあの男を、早くモモンガの前から消してしまわなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜこのような事態になってしまったのか。

 陽光聖典隊長ニグン・グリット・ルーインは不測の事態に苦い顔をした。

 ガゼフ・ストロノーフ抹殺の任についていた彼らは、獲物が檻に入るのを待ち構えていた。それが突如、トブの大森林の方角から現れた頭が二つある獅子のような魔獣によって壊滅状態になった。

 突如現れた魔獣は、難度は恐らく100を超えているのではないかと思われる。

 

 あまりのタイミングの良さに罠なども考えたが、あれほどの魔獣を従えられるとも考えられず、ならばこれはただの偶然と考えるほかない。

 すでに何人かがやられ、森の奥に連れていかれている。おそらく、自分の巣穴に餌を持ち帰っているのであろう。

 

 もし、この魔獣が1体であればまだ対処ができたのかもしれないが、何よりも恐ろしいのがこの魔獣が複数で連携をとってくる事だ。

 炎を吐きだす攻撃をしたことから、氷の魔法をぶつけた結果、多少ではあるがダメージを与えられたのは確認したが、その魔法を放った者はもうここにはいない。他に意識をそらそうとしても、連携して自身の弱点を突いてきた存在を真っ先に屠りにきた。

 

 天使を召喚し応戦するが、かみ砕かれ、逃げようにも囲まれた現状ではそれも許されない。

 本来の予定であればこんな場所で使うべきではなかったのだが、ここで志半ばのまま死ぬよりはと第七位階の天使を召喚しようと魔封じの水晶を使おうとしたところ、何らかの危機を察したのか召喚するよりも先に魔獣が一気にニグンの元に襲ってきて、何とか生き永らえたが腕ごと水晶を奪われてしまった。

 このような魔獣の報告は聞いたことがないが、もしかしたら破滅の竜王が現れる前の予兆のようなものなのかもしれない。

 一命をとりとめた物の、最終兵器が奪われた今もはやどうすることもできない。

 そう、誰もが諦めかけた時に現れたのは、本来我々が殺すべき対象の男であった。

 

「貴殿らの目的は恐らく私の命であったのであろう。だが、このような魔獣を村へ行かせるわけにはいかない。故に、助太刀をさせていただく」

 

 馬鹿か、この男は。

 状況が見えていないのだろうか。

 一人でどうにか出来る敵ではない事は、明らかだ。それなのに、一人で助太刀に来たなどというのは、頭がおかしいとしか言いようがない。

 ただ、この男が英雄と謳われる事がある所以が分かった気がした。

 きっとこういう馬鹿に、人は夢を託したくなるのだろう。

 だが、この現状では無駄死にするだけなのは明白だ。

 

「逃げろストロノーフ! 奴らは炎の攻撃をし、弱点は氷のようだ。今はこの場を去り、この情報をもとに討伐隊を編成して来い!」

 

 その言葉に、ガゼフも仲間の陽光聖典も驚いていた。

 だが、今倒すべき敵はガゼフではない。この獣だ。このまま村を襲うような事があるならば、人類の脅威になりえる。それを排除する事こそが、人類の守り手たる我々の使命なのだ。

 

「いや、この獣たちはこの場で我々が仕留める」

 

 突如、全身鎧を着た男が現れそう言った。そばには、魔法詠唱者と思われる男も一人いる。

 二人とも、一目で分かるほど見事な装備品を身に纏っており、ただ者ではない風格があった。

 

「ゴウンに、オードル殿!」

 

 ガゼフが驚いたように声を上げる。

 聞いたことない名前であった。魔法詠唱者の顔から察するに、南方からやってきた旅人か冒険者といったところだろうか。

 だが、確かに装備は立派なものであったが、ガゼフとあと二人が来た程度でどうにか出来る状況ではない。

 

「この獣を倒せば、報酬とかもらえたりしますかね、戦士長殿?」

 

 にやりと笑いながら、魔法詠唱者の男がガゼフに問いかけた。

 

「!? ああ、少なくとも冒険者組合から魔獣討伐の報酬を受ける事は可能なはずだ。どれほどの強敵であったかは、この私が証人になろう」

 

 そういうガゼフは、どこか嬉しそうであった。

 そこからは、漆黒の鎧の戦士の独壇場であった。

 その剣技はあまりにも武骨であり、形もなにもあったものではなかったが、それでもその圧倒的な力の前ではそんな小細工は必要ないというようであった。

 近づいてきた敵をただひたすらに真っ二つに切り裂くという、ごく単純な戦法。

 遠くからの炎の攻撃は、魔法詠唱者の男が見事に防いでいた。第三位階までの魔法を使えるようだが、〈魔法の矢〉(マジック・アロー)の威力が通常のそれよりもかなり高いように見えた。もしかしたら、魔法の威力が高くなるようなそんなタレントを持っているのかもしれない。かなり優秀な魔法詠唱者の様だが、ただ漆黒の戦士の強さは圧倒的であった。

 その剣技のお粗末さから、ぷれいやーという事はなさそうだが、ぷれいやーの血を覚醒させた存在である可能性は非常に高いように思われた。もしかしたら、身に着けているマジックアイテムの効果なのかもしれないが、その力が圧倒的であった事には違いはない。

 そんな事を考えている間に、先ほどまであれほど勝ち目のない強敵と思っていた魔獣が、たった二人によって撃退されてしまった。

 ニグンは、この情報を早く本国に伝えねばと痛む腕を抑えながら、そんな事ばかりを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺しても良いといわれたので思いっきりやってしまったが本当によかったのだろうかと、オルトロスの死骸を見ながらアウラに対して罪悪感をウルベルトは覚えた。希少な魔獣というわけでもないので、別に問題はないとの事だったが、あとからまた生き返らすという事などはできるのだろうか。

 

「お強いとはお聞きしておりましたが、あそこまでとは思っておりませんでした。お二人には、感謝してもしきれません」

 

 自身では戦っても足手まといになると悟り、襲われていた魔法詠唱者たちを守ることに徹していたガゼフが、安全を確認した後こちらにやってくる。

 その戦いぶりからみて、レベルは30か40くらいはもしかしたらあるのかもしれないなと思われたが、いかんせん装備品が貧弱すぎて話にならなかった。これで、この辺では最強と言われる戦士と言うのだから、この世界ではレベル100の力はかなりオーバースペックだ。やはり、軽々しく力を見せる事はしない方が良いだろう。

 

 ガゼフの部下たちも、戦闘の音が聞こえなくなったところで、こちらにやって来て法国の人間に何があったのか話を聞いていた。ガゼフを殺そうとしていたのは間違いないだろうが、実行犯ではない以上証拠はなく、せいぜい不法入国で取り締まられるだけになるかもしれない。

 

「感謝は言葉より、形のあるもので欲しいものですね」

「その通りだな。なるべく、お二人の希望が叶うように王に間違いなくお伝えする。あと、魔獣討伐の報酬については、もしお二人が冒険者として登録されるなら、されていない状態よりも多く報酬がもらえるはずなので、そういう道も悪くはないと、私は思う」

 

 確かに、冒険者というのも悪くはないと思っていた。

 

「そうですね、俺たちはこれからゆっくり色んな所を回ってエ・ランテルに行くつもりですから、戦士長からエ・ランテルの冒険者組合に我々の事について話をつけておいてもらえますか? できれば、大きい報酬は後でいいので数日分の宿代ぐらいもそこに預けていただけるとありがたい」

 

 ユグドラシル金貨がいろんな面で使いにくい以上、なるべくこの世界の硬貨が必要だ。この世界に長居する気はさらさらないが、それでも情報を得ようとするならばそれ相応の金が必要になってくるのが世の常だ。

 勝手に話を進めてしまったが、モモンガも特に不満はなさそうであった。むしろ、どこか嬉しそうですらある。

 ガゼフはその程度ならば問題ないと請負い、捕まえた連中と一緒に村を後にした。

 

 ウルベルトとアインズが村へ戻れば、まるで英雄が帰還したとばかりに讃えられた。それだけでも厄介だというのに、また村の近くに魔獣が現れたりどこかの騎士に襲われたりするかもしれないから、大したもてなしはできないがこの村に残ってくれないかとまで言われた。

 魔獣については完全にこちらのせいなので、アインズが魔獣除けの御守りを渡すと、こんな貴重なアイテムをと恐縮されてしまった。

 レベル50までの獣が近づきにくくなるという物で、ガチャから大量に出た、アインズにとってはごみアイテムであった。完全に近づいて来ないなら良いが、あくまで近づきにくくなるだけなので、上位互換アイテムを持っていた場合完全に必要がないような代物だ。大量に持っていたからか、20個くらいを在庫処分と言わんばかりに渡し、村の森に近い位置に置いておくようにと指示をしていた。

 別れを惜しむ村人たちを後に、ウルベルトとアインズは村を出て、ナザリックへと帰還したのだが、その後すぐに後悔した。

 

 

 完全に、失敗した。

 

 ノリで冒険者になるとか言ってしまったが、少なくともアインズと二人でなる必要は全然なかったと、ナザリックに帰還したウルベルトは気づき、頭を抱えていた。

 冒険者になるにしろ、アインズとは別れて別々になるべきだったが、これから二人で冒険者、楽しみですね! とテンションが高いアインズに今更別行動をしようとは言えない状況になっていた。

 しかも、捕まえた数人の法国の人間から尋問を行った結果、プレイヤーに繋がる情報が、少なくとも王国よりはありそうな雰囲気があった。

 アインズも一応、リアルへの帰還方法を探すという方針には同意しているものの、それでもナザリックの安全が一番であり、法国について探りを入れるのはもっと現状を把握してからの方が良いだろうと言ってきた。反論する言葉が思いつかず、法国を直接的に調べるのは後回しにされてしまった。

 

 せめて〈伝言〉(メッセージ)が言葉を発せずに使えるのならば、もっと気軽にデミウルゴスに相談して今後の方針を決めることもできたのだろうが、それもできない現状だ。少しの時間であれば〈伝言〉(メッセージ)をする事も出来るが、やはりこそこそとそんなことをしているのがアインズにバレれば不審に思われることは間違いない。

 今後はもっと慎重に、今後の動きを決めて行かなければいけない。

 

 カルネ村から帰った後、守護者たちを集めて今後の方針と、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンに改名したことを告げた後、一旦アイテムの整理をしたいとウルベルトはデミウルゴスと自室の片づけを行っていた。

 一般メイドが頑なに手伝うと言ってきたのだが、親子の触れ合いタイムだから今回は控えてくれと言うと、それならば仕方がないと納得してくれた。ただ、掃除は二人がいなくなったらするので、ゆっくりしていてくれと、お茶とお菓子を持ってきてくれた。

 

 悪魔の体は、特に飲食を必要としないのと、この世界に来て色々ありすぎたため今まで食事はとっていなかった。

 一口、メイドが持ってきてくれたクッキーを食べるとあまりの美味しさに目を見開く。

 ただ、こんな旨いものを知ってしまうと、餌付けされて帰りたくなくなるのでは、なんて思ってしまって1枚だけ食べてあとはデミウルゴスに食べるように言った。この味に慣れてしまえば、リアルでの食事は喉を通らなくなるだろう。

 

 部屋は、アイテムボックスにあったものを全てぶちまけていたこともあり、ひどい惨状である。メイドがするとは言っていたが、今後使いそうなアイテムを選別する必要もあったので、デミウルゴスと一緒に掃除をしながら作戦会議を開いていた。

 

「現状、他の守護者たちも自身の創造主が戻ってくる手掛かりになるのであれば と“りある”への行き来する方法を探す事には皆賛同しておりますので、情報収集はこちらの方で行っておきます。ただ、法国への調査となるとアインズ様の御命令に背くことになりますので、やはり難しいかと」

「そうだよなぁ」

「私個人で動くことは可能ですが、もし本当にぷれいやーが存在して友好関係が築けなかった場合のリスクが大きすぎるかと。アインズ様の御命令を背いての行動となると、ナザリックからの援助は求められませんから。ウルベルト様からのご命令を頂けるようでしたら、少し探りを入れるようにいたしますが」

「そこまではしなくていい、自身の命を一番に考えてくれ」

 

 ゲームと同じ仕様であるならば、NPCはユグドラシル金貨で復活ができるはずだ。だが、だからと言って簡単に死んで良い訳がない。ウルベルトは、持っていた金貨を全て、引退する時にナザリックの維持費にでも使ってくれと渡してしまっている。

 つまり、使うとなると宝物殿の金貨を使う事になる為、復活させるかどうかを決めるのはアインズだ。命令を背いたとあっては、復活させてもらえるかどうかも怪しい。

 そうでなくても、デミウルゴスが死ぬところなど見たくはない。

 

「とりあえずこのまま、地道に情報を集めていくしかないっていう事か」

「申し訳ございません」

「謝らなくて良い。お前がそう判断したっていうなら、それしかないって事なんだろう。それが確認できただけで充分だ」

 

 もし、ウルベルト一人で転移していたならば無茶をしただろうが、アインズが今後もこの地に残るとなるとそれもできない。デミウルゴスをリアルに連れていけない場合は、彼もここに置いていく事になるのだから、ナザリックの安全は絶対条件になる。

 そうなると、予想以上に広そうなこの世界でリアルへの帰還方法を探すには、ナザリックの力を借りながら地道にやっていくしかないという事だ。

 

 その間に、己の中にある悪が変わらない事を祈るばかりだ。

 

 カルネ村の一件で人を殺したにもかかわらずそれほど罪悪感を覚えない自分に驚いて、これは悪魔になった影響かと思っていたのだが、少し違っていた。いや、悪魔になった事でそういった影響が表れているのは間違いないが、人間化した際はそれが和らいでいたのだ。というより、人間化してもあくまで人間種のプレイヤーと同等の感情になっていたというべきか。

 ゲーム中では相手が人間であろうと敵であれば殺すのは自然な行為だ。それ故、敵と認識した相手に対して殺すことにそれほど躊躇がなかったのだと思われる。あの時感じた高揚感は、悪魔になった影響が残っていたのか、カルマ値が極悪であったからなのかは、はたまた両方の影響か。

 ただ、はっきりとしているのは人間化した時と悪魔状態では精神構造が多少変わってくるという事だ。情報収集のため数人連れてこられた陽光聖典が尋問という名の拷問を受けているのを目撃してもそれを愉快に思ってしまったのが証拠だ。

 このまま悪魔の精神になってしまえば、リアルに帰ったとして本当にやるべきだったことをやれなくなってしまうのではないかという恐怖があった。

 この気持ちが変わる前にどうか、リアルへ帰還できますようにと祈るより外にない。

 

「羊皮紙の捜索のご命令を頂いておりますので、それを探すのと並行して、近隣諸国から法国やぷれいやーの情報を集めるように致します。ですので、ウルベルト様はアインズ様と外の世界を楽しまれて頂いていても大丈夫です。アインズ様は、ずいぶん楽しそうにされておられましたし」

「まぁ、俺が何かするよりお前の方がこういうのは得意分野か。もう、自分で言い出しちまったし、一時はアインズさんと楽しく冒険者やって、アインズ・ウール・ゴウンの名前を広めておくか」

 

 冒険者になる以外の道もあったのだろうが、もはや今更だ。

 とりあえず、このままの方針で行くしかないだろう。

 

「そういえば、お前にとって俺ってどういう存在だ? ああ、創造主だって言うのはわかっているんだが」

 

 唐突に、ウルベルトは話題を変えた。

 

「この世で最も尊い、私が忠義を捧げるべきお方と思っておりますが、どうしてその様な質問を?」

 

 デミウルゴスが不思議そうな、そしてどこか不安そうな表情でそう尋ねる。

 

「いや、パンドラズ・アクターが創造主は神の様な存在だって言って、アインズさんがそれに対して親子の方が近いんじゃないかって言うからさ、俺とお前の場合はどうなんだろうと、そう思っただけなんだ。俺としても、神なんて大仰な存在じなくて、父親の方が気軽で良いなと思ってるんだが」

「よろしいのでしょうか。ただのシモベ風情がそんな……」

「俺がそうしたいって言ってんだよ。まぁ、一緒に死んでくれなんて言ってる奴に、親を名乗る資格はないかもしれないけどさ」

「いいえ、そのような事はございません。ウルベルト様にそう言っていただける事は何にも勝るほどの褒美でございます」

 

 デミウルゴスは歓喜に震えているが、親子になりたいだなんていうのはウルベルトの自己満足だ。

 

「俺の両親は俺を残して勝手に死んじまってな、俺はその場にいなかったからどうしようもないんだが、一緒に連れて行って欲しかったってずっと思ってた。でも、それ以上にこんな自分じゃあきっとダメなんだろうなって、ずっと俺なりの悪になろうと努力してきた。未だ理想には程遠いが、息子を一緒に地獄に連れていけたなら、過去の自分の後悔を拭い去れるんじゃないか、なんて馬鹿な事を思ってるんだ」

 

 親と名乗るには、やはり最低だなと口にして改めて思う。

 

「馬鹿だなんて、そのような事はございません。私も、ウルベルト様に置いていかれくらいならば、どのような場所であろうとお供したいと思っております」

「俺のわがままに付き合せちまって悪いな」

「そんな事はございません。私は、あなた様のわがままに付き合いたいのです」

「……俺の息子にするにはお前は出来すぎだな」

「ウルベルト様がそのように私をお創りになれれたからです」

「そうだな。その通りだ」

 

 そこで、ウルベルトは何か大切な事を忘れているようなそんな感覚がしたが、それが何なのか思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズが9階層のスィートルームの廊下を歩いていると、メイドがお茶とお菓子をワゴンに乗せて歩いているのが見えた。

 

「それは、どこに持って行くんだ?」

「ウルベルト様のお部屋まで持って行くところです。現在、ウルベルト様はデミウルゴス様と親子の触れ合いタイムとなっておりますので、その差し入れです」

 

 メイドは嬉しそうにそう言うと、アインズに会釈をしてウルベルトの部屋に向かって行った。

 

 親子、か。

 アインズは、自身でパンドラズ・アクターに対して親子などと言ってしまったが、本当はそんな風には思ってはいない。確かに、間違いなく自分が作り上げた黒歴史なのは間違いないが、育て上げた記憶はないのだからそれも当然だろう。

 

 しかし、NPC達とはもっと仲良くなるべきなのだろうかとは思う。

 先ほどのメイドも、自分が何かしてもらっているわけでもないのに、ウルベルトとデミウルゴスが仲良くしているという事実に嬉しそうにしていた。

 NPC達からの反逆を恐れて、支配者の様に振舞っていたが、それは間違いだっただろうか。一度そういう演技をしてしまっている以上、もはやそれを変えるのは難しいが、家族の様にNPC達に振舞っていた方が良かったのだろうかと思ってしまう。

 

 とはいえ、家族という物がどう言うものなのか、鈴木悟にはよくわからない。

 両親とも幼い頃に無くしてしまっており、家族と過ごしたごくわずかな時間の事は、もはや記憶の片隅にほんの少し残った程度で、実際にどう接するのが家族として正しいのかなんてわからない。

 ウルベルトも、同じく両親を幼くして無くしているはずだが、彼の場合はそれ故に家族と言う存在を求めて、デミウルゴスと今こうして仲良くしているのかもしれない。

 

 家族は無理でも、やはりもう少し位は彼らに近づいておくべきかと思い、アインズは歩を進めた。アインズにとっては家族でなくとも、ギルドメンバーにとって家族のような存在である彼らから失望はされたくない。

 冒険者になるための準備は済ませてしまったし、ウルベルトの邪魔もできなくて時間が空いている、と言うのが一番の理由なのだが、とりあえず魔獣を呼んでくれたアウラにお礼を言うべきかなと六階層へ向かった。

 アインズが突然来訪して礼を述べると、アウラは畏まってしまった。

 

「そんな、アインズ様や至高の御方に尽くす事が私たちの役目なんですから、そんなお礼なんて必要ないですよ」

 

 そんな風に言われると、なんだか少し寂しい気分になる。

 ギルドメンバーとは、もっと気安く話が出来ていたのになと、そんな事を思ってしまう。

 

「でも、尋問するのに捕まえた人間は本当に数人で良かったんですか? あの程度の人間なら、全員一気に捕まえる事もできましたけど」

 

 実際、アウラの言う通りあのレベルであればまとめて全員捕まえる事はナザリックの戦力を考えれば訳はないだろう。実際、尋問をして彼らにかかった呪いのようなものの存在を知らなかったが故に無駄に何人か殺してしまったため、情報収集としてはあまりうまくいっていないというのが現状だ。

 

 アインズだけであの場にいたならば、全員を捕縛するように指示を出していたであろうが、ウルベルトはあの時人間化していた故かもしれないが、人を殺したくないと思っていたようだった。そのため、被害を最小限にするべきかと、アインズが判断して捕まえるのは数人だけと、アウラには命令をしていた。とはいえ、ナザリックのNPC達は、人間種であるアウラでさえ人間を軽視しているので、なぜウルベルトが殺すのに躊躇しているのか理解はできないだろう。

 

「どこにプレイヤーがいるかわからないからな。あまり目立った悪行をして、こちらが悪い奴だと思われてしまっては、プレイヤーと交渉になった時に不利になる事もあり得る。故に、今回はこの程度で良いと判断した」

「なるほど。そういう事なんですね」

 

 納得してくれているアウラを見ながら、NPCが大事なのは間違いないがやはり、本音を話せるギルドメンバーたちが早く戻って来てくれないかと、アインズはそんな事を考えてしまっていた。

 




登場させる魔獣は、原作にも名前出ているキマイラあたりにしようと思ったけど、あとでレベル言われると困るなってんで、オルトロスにしました。
アトラスのゲームに出てる奴のイメージで、アギ(火炎)の攻撃してきて、ブフ(氷結)弱点だよねっ。って決めた感じです。


カルネ村の人は全員生存してるんで、ゴブリン将軍の角笛を渡して住人増やすわけにはいかず、エンリは残念ながらただの村娘のままです。


それと、申し訳ないんですけど、あと2話ほどは原作と同じような流れになります。もちろん、ウルベルトさんいるんで、色々変わりますが。後に関わる部分と、作者がただ書きたかった部分以外は端折っていくんでご了承ください。
その後は、一部のシーン以外は原作と違う流れになりますので。


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7話 冒険者

 冒険者の登録は、ガゼフが約束通り話を通してくれていたおかげですんなりとできた。

 規則だからと、もらったプレートは銅の物であったが、魔獣討伐の実績から冒険者として仕事の依頼を達成したら近いうちに上の位になるとの事だ。

 この世界の金銭価格が分からないが、魔獣討伐報酬とガゼフから冒険者組合に預けられたお金はそれなりの金額のようであったが今後の事を考えれば節約をするべきだろうと、ウルベルトとアインズは安い宿屋を教えてもらいそこへ向かう。

 

 そこで多少の諍いが起こり、ポーションがダメになったと喚く女とウルベルトが喧嘩になりそうになるも、アインズが自分のポーションを渡すことで何とか納めた。

 冒険者としての初仕事を探していると漆黒の剣というチームに声をかけられ、一緒にモンスター討伐をしないかと誘われたのでそれを了承した。戦士であるペテルをリーダーに、レンジャーのルクルット、魔法詠唱者のニニャと、森祭司のダインというバランスの良い銀プレートを付けたチームだ。

 この世界の冒険者の基準がどの程度のものか興味もあったので丁度良かった。

 

 ところが、ンフィーレアと名乗る薬師の少年からカルネ村への護衛の依頼を受け、話し合いの結果、漆黒の剣と共にモンスターを討伐しながらカルネ村へ行く事となった。

 

「まさか、こんなにすぐにカルネ村に行くことになるとは思わなかった」

 

 モンスター討伐とも併用してこなせるだろうと依頼を受けたが、たった数日前に盛大に別れをしたばかりなので、こんなにすぐに現れたらなんと思われるだろうか。

 向こうは別に悪くは思わないのだろうけれども、ただ何となく気恥ずかしい気持ちがあった。

 

「僕も驚きました。まさかお二人がカルネ村を救ってくださっていたとは。本当に、ありがとうございます」

「いえ、たまたま通りかかっただけですから。それに、初仕事が知っている場所への護衛ですと、こちらも少し気が楽ですし」

 

 アインズがそう言うが、漆黒の剣のメンバーも含めてそんな謙遜しなくても良いと、立派な行為だとそれを褒め称えてくる。それが嫌で、その話題の間だけ、ウルベルトは話の輪から外れていた。

 ガゼフに対しては、その姿を見た時から気にいらないとそう思ってしまった故に言い合いをしてしまったが、あと数日は依頼の為に一緒にすごす彼らと諍いを起こすわけにはいかない。

 

 次第に話題が逸れて来たので、ウルベルトも会話に参加する。タレントについての話題などは、陽光聖典からその存在は聞き出していたものの、実際に本人から聞く話は中々に興味深いものであった。

 ただ、現地ならではの能力は確かに珍しいし警戒すべきものではあるが、リアルへの帰還方法に繋がるとは思えない。いや、もしかしたら逆にそういうところに手掛かりがあるのかもしれないが、今のところはなんとも判断がつかない。

 そこからさらに話が飛んで貴族についての話になる。

 

「でも貴族様はいい身分だと思いますよ。住民を絞り上げて、自分の欲望のままに行動して良いと国で定められてるんですから」

 

 ニニャの微笑みの下のドロドロしたものには見覚えがあった。自身にも同じ感情が常に燻っており、それは身近なものだ。

 ルクルットが、それをなだめようとわざと軽い口調でそれをなだめるように声をかけるが、ニニャからその感情が完全に消える事はない。

 

「一部の貴族がまともなのは知っているんですけどね。姉を豚に連れて行かれた身としてはどうしても」

「わかる」

「えっ?」

 

 ダインが話を逸らそうと何か言いかけていたが、その前にウルベルトが口を挟んだ。

 

「やっぱどこの国でも、権力者って屑だよな。人を見下すのが当たり前だと思ってやがる。いや、そもそも人を虫けら程度にしか考えてないんだよ、あいつら」

「そうですよね! ウルベルトさんも、貴族に虐げられてきたんですか?」

「まぁ、俺はそこまでじゃないし、もっと酷い奴はいくらでもいるんだろうけど、両親は酷い場所で働かされて、死んでも遺体も返してくれないのな。人が死んでも関係ないって職場は改善しねぇし。連れていかれたっていうと、俺の職場の同僚が、車にぶつけられてこっちが怪我したってのに、車が汚れたから慰謝料よこせとかいうんだよ。意味わかんねぇだろ? それで、払えないってなってそのまま連れて行かれちまったんだよ。数日後ボロボロになって帰ってきて、あー、思い出しただけでもむしゃくしゃする」

「それは酷いですね。やっぱり、貴族なんてどこもろくな奴がいないんですね」

 

 分かってはいたが、やはりどこの世界も貴族だとかそういう権力を持った奴は同じなのだ。

 もう、それが当たり前だと思ってしまっているのだ。使う者と使われる者、踏みつぶす者と、踏みつぶされる者。上位者にはその権利があるとばかりに、いくらでも非道な事を行う。

 絶対にああはなるまい。

 ウルベルトは、政治的な意味では権力を持ってはいないが、力という意味ではこの世界における上位の存在になっているかもしれない状態だ。気づかないうちに、あんな連中と同じ所に落ちてしまわないように気をつけねばと、ニニャと貴族ディスりをしながら強く思った。

 

「あの、ウルベルトさん、盛り上がっているところ悪いんですけど、話題、変えません?」

「共通の話題は、仲良くなるための一番の近道なんですよ」

「できれば、他の話題で仲良くなって欲しいです」

 

 アインズの言い分もわからなくはないが、この会話によってニニャとの距離は確実に近くなっていた。敵が同じだとわかると、皆安心するものだ。

 

「アインズさんの言う通りでもあるんですが、でも少しほっとしました。お二人はお名前やその立派な装備から、もしかしてどこかのお偉いさんなんじゃないかと思っていたので」

「そうそう、アインズ・ウール・ゴウンに、ウルベルト・アレイン・オードルなんて、大仰な名前なんで正直ちょっと名前にビビッてたんだよ」

 

 その言葉に、やはりアインズではなくウルベルトの方が名前を改名するべきだっただろうかと少し考えたが、もう今更だ。

 名乗った以上、この世界ではウルベルト・アレイン・オードルだ。

 

「まぁ、名前はかっこいいからという理由で、自分で勝手につけただけですからね。良いでしょう、ウルベルト・アレイン・オードル」

「そうであったか。冒険者には、故あって偽名を使う者も多いであるからな」

 

 そう言って、本名が何かなどは聞いてくることは特になかった。きっと、それが冒険者としての礼儀なのであろう。

 

「実は、僕の名前も本名じゃないんですよ。連れて行かれた姉の事を忘れないようにと、姉の名前の一部を使っているんです」

「じゃあ、その姉さんを見かける事があったら、そこにいる貴族をぶん殴っといてやるよ」

「ははは。その時は、できれば僕にもぶん殴らせて欲しいです」

「そりゃそうだ。やっぱそういう復讐っていうのは、自分でやらなきゃだな。まぁ、でも、見つかるといいな。姉さん」

「はい」

 

 そう返事をするニニャはいい笑顔をしていた。

 復讐は何も生まないなんて、正義面をして言う奴がいるが、復讐を考えなければ前に進めない人間もいる。それを生きる糧にしている人間がいる。復讐が良いものだとは言わないが、だが、良い事じゃないからと言ってそんな事は復讐をしない理由にはならないだろう。

 復讐でしか癒すことのできない傷というのは、確かにあるのだ。

 

 

 

 

 そうこうしていると、森の方からモンスターが現れたのをレンジャーのルクルットが確認した。

 漆黒の剣はチームワークの取れた戦いをしていたが、やはりというかかなりレベルは低い。そして、出てきたゴブリンもオークもこれまたレベルが低い。

 レベル30にまで落ちたウルベルトや、戦士職を取っていないアインズですらあっさりと倒せてしまうほどだ。

 戦闘が終わると漆黒の剣のメンバーもンフィーレアも称賛の声を上げる。

 

「皆さんでしたらこの程度軽くこなせるようになりますよ」

 

 賞賛の声に対してアインズはそんな事を言うが嫌味に思われたりしないだろうかと不安に思うほど、レベルに差がありすぎる。

 この世界の人間も、ゲームの時のようにレベリングすればもっと強くなれたりするのだろうか。とはいえ、レベル上げをするにも倒すモンスターが低レベルすぎるので、かなり戦闘をこなす必要がありそうだ。

 逆に言うと、明らかにレベルが高い人間がいれば、自分たちと同じプレイヤーである可能性が高いと見て良いという事か。

 

 夕食の時間になると、アインズが気まずそうによそわれた食事を見ていた。

 顔は幻術で何とか誤魔化していたが、アンデッドである彼には食事をする事が出来ない。

 宗教的な理由だと説明すれば納得はしてもらえたが、命を奪った日の食事は四人以上で食べなくてはいけないというのは、もうちょっと他の案にできなかったのだろうか。特に誰も殺していない日に食事に誘われた際が困るんじゃないだろうか、とは思うがもうアインズがそう口に出した以上それに乗っかるしかない。

 人間化状態のウルベルトは空腹状態だったので、メンバーに断りを入れてアインズを引き連れて早々と離れた位置に移動した。

 

 

「それ、美味しいですか?」

「正直、めちゃくちゃうまいです」

 

 ナザリックで食べたクッキーには劣るが、しかしリアルで食べてきた粗悪な食事と比べれば何倍も美味しかった。そもそも、こんな温かい食事をとるのも稀だった。

 

「こういう時、アンデッドを選んだ自分を恨みたくなります」

「ギルメンの部屋漁れば、一つくらい飲食可になるアイテムとか、人間化のアイテムとかあるかもしれませんよ」

「いや、人の部屋勝手に漁るのはちょっと……」

「そんな気にしなくていいと思いますけどね。あとから謝れば許してくれますよ」

「いや、でも、やっぱり悪いですよ。それに、確かに興味はありますけど、食べれないからって困る事はないですし」

 

 気遣いができるのは良い事だが、アインズの場合必要以上に気を配りすぎている。

 

「もうちょっと、踏み込んできても大丈夫なんですよ。みんな、ギルドマスターにはかなりお世話になったんだから、部屋を漁るくらいなら誰も怒ったりしませんから」

「そうかもしれないですけど、でも、出来る限りはそのままの状態で残しておきたいんですよね。皆さんがいつ帰ってきても良いように」

 

 そうやって、ゲームの最終日になるまで彼は待ち続けていたのだろう。

 アインズから送られて来た、最終日に集まらないかというメールの文面を思い出す。

 ナザリックの現状や、引退した人がどれだけいるという情報は一切なく、ただ、最後の日なのでみんなで集まらないかという提案をした内容だった。

 もっと素直に寂しかったとか言えば良かったのに。まぁ、そうだったとしても、ウルベルトの行動は変わらないわけだが、それでも何人かは来てくれたりしたんじゃないだろうか。

 

「それにしても、ウルベルトさんは凄いですね。すぐにニニャさんとかみんなと仲良くなれて」

「あの時も言いましたけど、共通の話題があれば話が弾みますからね」

「俺、ユグドラシル以外に何もないんですよね。好きな小説もアニメも特に思い浮かばないし、好きなアイドルとかバンドもない。スポーツも興味がなくて、ウルベルトさんみたいにこれだっていうような信念もなくって。今まで、仕事かユグドラシルのどちらかしかなかったんですよね」

 

 それ故に、彼はユグドラシルと、そこで出会ったギルドメンバーに固執しているという事か。

 彼の世界はあまりにも狭い。そして、そこに閉じこもっている。

 

「ユグドラシルは、説明すらろくにない糞ゲーで、探しても、探しても出てくる未知なるものを求めて冒険するゲームでした。だから、そう、そのユグドラシルが好きだったモモンガさんは、そういう冒険が好きなんですよ。だから、大丈夫です。この世界にはたくさん冒険者がいて、まぁ、正直ただの傭兵みたいな仕事でしたけど、でも、そういうモモンガさんと同じような事を思っている人もたくさんいるはずで、漆黒の剣のみんなもそういうタイプのはずです。だから、モモンガさんだって、たくさん友達作れますよ」

「そう、ですかね」

「そうですよ。他のギルドメンバーが戻って来ても、異世界に来たのに誰とも親しくなれなかったなんて言ったら恥ずかしいじゃないですか。それよりも、数えきれないほどの友達を紹介して、出会うまでにあったいろんな冒険の話をした方が良いと思いませんか。あと、そうだモモンガさんはアイテムコレクターですし、この世界だけのアイテムを探して回るのも良いかもしれませんね。弱い装備とかばかりですけど、この世界にしかない物はまだまだたくさんあるでしょうし、そうやって冒険していけば、自然と色んな人と仲良くなれますよ」

「そう言われると、なんだか本当にそんな気になりますね。ナザリックと、ギルドメンバーのみんながいればそれでいいと思っていたけど、そうですね。戻ってきた皆さんに話せるような何かは欲しいですね」

 

 アインズは未だ、ナザリックと言う名の殻に閉じこもったままだ。

 これを完全に外に出すのはまだもう少し時間がかかるだろう。

 でも、少しくらいは出てもいいかと思ってくれたのならそれでいい。

 モモンガの分の食事もウルベルトが食べきり、みんなが待つ場所へ二人で戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 カルネ村に着くと、少しばかりであるが防壁になるように柵を作っていた。騎士団に襲われたり、魔獣が近くまでやってきたりしたのだから当然だろう。森に近い方は、モモンガがあげた魔獣除けの御守りが括り付けられている様だ。

 村に近づくと、ウルベルトとアインズの姿を確認した村人がすぐに寄って来た。騎士団が現れた時に加勢してきた男だ。

 

「オードルさんに、ゴウンさん! こんなにも早くお二人と再会できるとは思っていませんでした」

「我々もその予定だったんですが、冒険者としての初の依頼が彼の依頼でして」

 

 そういってンフィーレアの方に目線を向ければなるほどと納得し、村長にウルベルトとアインズが来たことを報告すると言って、こちらがそんな必要はないと言うのも聞かぬまま去って行ってしまった。

 

 そんな中、こちらに敵意の目線を向ける存在がいた。

 村人全員の顔を覚えているわけではないものの、全く見覚えのない顔だ。

 

「あんた達が、この村を救ったっていう旅人?」

「そうだが、それが何か?」

「なんで私の村を救ってくれなかったのっ!」

 

 女のヒステリックな声が村中にこだまする。

 その声に、慌てて村人の一人がこちらにやってくる。最初に、腕を斬りつけられていた女だ。

 

「申し訳ございません、彼女は先日の騎士団に村を滅ぼされ生き残った住人なんです。村が壊滅状態だったため、カルネ村に移住してきたばかりで……。元はこんな風に言う方じゃなかったんですが」

 

 つまり、八つ当たりだ。

 この件に関係ない漆黒の剣はどうすればいいのかわからず顔を見合わせていた。

 アインズは、何とか穏便に事を済ませたいと思っているようだったので、ウルベルトが彼の前に出た。

 

「それで、あなたは一体私たちに何をして欲しいと?」

「あんた達が助けに来てくれさえしたら、私の村はあんな風にはならなかった、旦那も、息子も死なずに済んだのよ! それなのになんで、なんでこの村だけを助けたの! 私の村や、他の襲われた村を助けず、どうしてっ!」

 

 そういう女は、死んだ家族の事を思い出してかその目から大粒の涙をこぼしながら悲鳴のような声を上げた。

 この女は、自分の発言がどれほど愚かな事か分かっているのだろうか。もし、分かっても尚同じ言葉を言えると言うのならば、その望みを、その悪を叶えてやりたいと思った。

 

「なるほど。つまり、この村だけを助けたことが不満だと」

「そうよ!」

「わかりました。じゃあ、あなたの望みを叶えましょう」

 

 そういうと、女の涙は止まった。

 信じられないという表情の女をしり目に、ウルベルトは懐から短剣を取り出すと、先ほど割って入ってきた女めがけて突き刺した。

 

「何をしようとしているんですか、ウルベルトさん!」

 

 ペテルが理解できないというように声を上げる。

 漆黒の剣のメンバーに守られた彼女は、間一髪のところで難を逃れたが、若干前とは違う位置に少しばかり傷がついて血が流れている。

 

「この女がこの村だけを助けたのが不満だというから。時間を戻せない以上、彼女の望みを叶えるなら、この村が騎士に襲われたのと同じ状態にするしかないじゃないですか」

 

 そう言いながら、今度は魔法を放とうとしていると、先ほどまで抗議していた女がその腕を掴んできた。

 

「なんですか、せっかくあなたの望みを叶えようとしているというのに」

「ちっ、違うの……ごめんなさい……そんなつもりじゃなかったの。私は……私は……」

 

 そういって縋りつく女を蹴り上げる。

 女が嗚咽を漏らし泣いているのは、蹴られた痛みからだけではなさそうだ。

 きっとあの女は善寄りの人間だ。ウルベルトの行動の意図を察してからの行動は早かった。

 

「そんなすぐに意見変えるくらいなら、最初っから突っかかってくるんじゃねぇよ。八つ当たりにしても、相手を間違えすぎだろ。あいにく俺は正義ではなく悪だ。元々、何かを救おうなんて高尚な事は考えちゃいねぇんだよ」

 

 つい、両親の遺品を求めて職場まで行った昔の自分を思い出して馬鹿な事をやってしまった。

 ウルベルトは、先ほど傷つけた女の元へ向かうと手持ちのポーションを手渡した。

 

「悪かったな、巻き込んで」

「いえ、大丈夫です。オードルさんが本当に殺してくるとは思っていませんでしたから。でも、すごく驚きました」

 

 彼女はそう言うが、ウルベルトは女が止めに入らなければ実際に村人を襲う気でいたのだから、そんなに信頼されても困ってしまう。

 皆、今までのウルベルトの行動が演技だったのかと納得してしまっている。

 

「もう、すごい驚きましたよ。いきなり女の人攻撃するから」

「演技ならもっと傷つけないようにしてあげてくださいよー、可憐な女性に傷をつけちゃって」

「でも、おかげでさっきの女の人の怒りは収まったみたいですね」

「うむ、これくらいしないとあの手の輩は間違いに気づかないのであるな」

「あれっ、演技なんですか? ウルベルトさんの事だから本気かと」

 

 モモンガの言葉に、流石にそんなわけないだろうと笑いあう漆黒の剣のメンバーに適当に相槌を打つ。

 ウルベルトはただ見てみたかったのだ。それが理不尽とわかっていながらも、間違っていると気づいてもなおそれをして欲しいと懇願する悪を。

 だから明らかに間違った八つ当たりではあったがそれでも、その道を選ぶのであれば、そうしてやりたいと思ったに過ぎない。

 ただまぁ、見込み違いですぐさま意見を変えるようなそんな奴だったため村は救われたという、それだけの話だ。

 

 本当に馬鹿な事をした。そう思っていると、ンフィーレアが興奮した様子で少し話があると、ウルベルトとアインズを村の少し外れた場所に案内する。

 何かと思っているとポーションについて知りたくて、近づく手段として今回の依頼をしていたのだと彼は告げ、そのあと盛大に謝られた。別に何かこちらに不具合があるわけでもないのだから謝る必要はないのだが、執拗なほど下手に出て謝られた。

 

 同じ系統の魔法を使っているのだし、ポーションも同じだと勝手に思っていたのが悪かった。どうやらこの世界のポーションは青い色をしているそうで、効果もユグドラシルのポーションよりもかなり劣るようで、時間経過で劣化していくような代物のようだ。

 謝罪が終わると、ンフィーレアはそのポーションはどこで手に入れ入れたのか、作り方を知っているのかなどと矢継ぎ早に質問してくる。

 

 とりあえず、ポーションはとある遺跡で発掘して、それなりの数はあるがそれでも数には限りがあると伝えた。

 そんな貴重品をこうも簡単にあげるなんて、お二人は本当に良い人達なんですねと言われてしまったが、この状況ではそれを否定する術もなく、その言葉を甘んじて受け入れた。

 どうしても、赤いポーションを作りたいので、1本だけでも買い取らせて欲しいと言う言葉に了承し、ただしこの事は口外しないようにと約束させた。また、赤いポーションが完成したならば、アインズにまずその事を伝えるようにした。

 

 消耗品であるポーションは、今後のナザリックの事を考えれば必要な物だ。もし、本当に完成できたならナザリックで独占するのが良いのだろうが、その辺は今後ナザリックに残るアインズの判断に任せる。人間とも仲良くやっていく気があるのなら、広く技術を発展させるのも、ありと言えばありだろう。

 とはいえ、他のプレイヤーがいた場合、同じミスを犯すかもしれない。そうなった場合、赤いポーションが一般に流通するものになってしまっているとそれに気づく事ができないので、今は流出させる訳にはいかない。

 話が終わって村に戻ると、村長もやってきて盛大に歓迎されてしまう。

 さっきの泣き喚いていた女からも改めて謝罪をされてしまい、これではまるで自分が正義みたいじゃないかとウルベルトは頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウルベルトさんも乗ってもいいんですよ」

「いえ、歩きたい気分なので大丈夫です」

 

 アインズの言葉を、ウルベルトは顔も向けずに断った。

 そちらを見れば絶対に笑い声を上げずにいる自信がなかったからだ。

 

 今は、ンフィーレアの依頼を終わらせ、みんなでエ・ランテルへの帰還途中だ。

 薬草を採取するために森へ入った訳だが、森の賢王の話を聞き、そんな魔獣なら何か詳しい情報を知っているかもしれないのと、そうでなかったとしてもそれほどの魔獣をどうにか出来たなら、冒険者としての名も挙がるのではとアウラに探してもらった結果、ジャンガリアンハムスターのような姿をした、ハムスターとしては賢いが、そんなに賢そうでもない魔獣がアインズに服従して、一緒についてくると言ってきたのだ。

 

 そして今、アインズはそのハムスターの上にまたがっていた。

 なぜだか、現地人たちからは恐ろしい魔獣に見えるようで、そのつぶらな瞳も英知を感じさせると言われ、これを可愛いというお二人は流石ですねと言われてしまった。

 今までこの村はこの魔獣によって守られていたらしいが、その魔獣が、アインズが村にあげた魔獣除けの御守りがあって村に近づく事は難しいと発言した事から、なら別に今更こいつがいなくても問題ないのかと、本人がどうしてもとせがむこともあり連れて行く事になった。

 村人からは、アイテムの効果が実際に確認できて、さらに恐縮とお礼の言葉を述べられてしまった。

 

 それにしても、巨大ハムスターの上に乗る全身鎧の男の姿はなんともシュールであった。完全に、ウルベルトの美的センスから外れている。アインズに押し付けた結果、彼はこのハムスターにハムスケという、なんとも言えぬ名前を付けたが、ウルベルトが名前を付けようとすれば主人の座を渡すと言われそうだったのであえて何も言わなかった。

 

 町についてからもその目立つ姿は注目の的であった。

 知り合いだと思われたくない。

 その目線は、尊敬や畏怖を抱いたものであったが、ハムスターに乗った姿を尊敬されたくはない。

 

「では、アインズさんは組合で魔獣の登録をして来て下さい。薬草を下ろすなどの雑務はこちらでやっておきますから」

 

 ペテルがそう言ってアインズを残して別れようとするので、当然ウルベルトも漆黒の剣とンフィーレアの方について行く。

 

「えっ、ちょっ、せめてウルベルトさんはついてきて来ません?」

「大丈夫ですよ、アインズさん。ゆっくり魔獣の登録をしていて下さい。力仕事などの雑務はこっちでやっておきますから」

「その心は?」

「一緒に行って、奇異な目で見られるのは、ぜったいに嫌」

 

 こうなっては何を言っても無駄かと諦めたアインズがハムスケと一緒に遠ざかっていく。

 やはりシュールだ。

 

「良かったんですか、アインズさんだけで。なんだか寂しそうでしたが」

「良いんだよ。ずっと一緒だと思われても困るし」

 

 その言葉に皆が驚いた表情をする。

 

「お二人は仲が良いように思われたんですが、いつかチームを解散するつもりなんですか?」

「どうしても殺しておきたい奴がいてな。そいつまでの道のりが見つかれば、俺は今持ってる全部を捨てて、そこに行く予定だ。ああ、アインズさんには今のところ黙っておいてくれよ。今は何言っても納得してくれない気がするから」

 

 復讐心を抱いた仲間を持つ漆黒の剣はその件についてそれ以上は問うてこなかった。

 ニニャも、場面によってはこのチームを抜けて復讐にひた走る事になるかもしれない。そうなった時の事を考えているのかもしれない。

 一行はンフィーレアの家の裏手に馬車を止めると薬草の荷運びを行った。

 それが終わり、母屋の方に歩き出した時、向こう側から扉が開かれた。

 

「はーい。お帰りなさーい」

 

 そこに、まるでネコ科の動物を思わせるような瞳を持った金髪の女の姿があった。

 ンフィーレアの知り合いというわけではないようで、彼もその女の出現に驚いている。

 女は、とあるアイテムをンフィーレアに使わせて、第七位階の魔法を使おうとしているのだとそう言った。

 第七位階とか、すごく微妙だが先日陽光聖典から奪った魔封じの水晶の事も考えると、もしかしたらこの世界ではそれが使える限界だったりするのだろうか。その第七位階でどや顔できる彼女は、プレイヤーやユグドラシルとは関係がないと見て良いだろうか。

 とはいえ、現地人の中では割と強そうな方だ。どう考えても、漆黒の剣では力不足。ウルベルトも、負けるとは思わないが、タレントや武技のようにこの世界特有の技を使うという事があるのであれば、弱体化したままの姿では少し不安が残る。

 

「こいつの狙いはンフィーレアみたいなんで、皆さんは彼を連れて逃げてください」

「そんな、ウルベルトさんを置いてなど」

「狭い場所で魔法を使うと、周りを庇ってられないんですよ。こんな話をするよりも、早くアインズさんを連れてきていただける方が助かる」

 

 その言葉に、皆が外に出ていくが女はにやりと笑う。

 

「んー、お涙ちょうだいだねー。でも、魔法詠唱者ごときが残ったところで私に勝てるはずがないじゃん。スッといってドス! これで終わり」

「おーおー、ずいぶんな自信だな。それで、実際問題お前は一体どの程度強いんだ。ガゼフ・ストロノーフよりも強かったりするのか」

「そうねー、実際に戦ってみないとわからないけど、良い勝負にはなるんじゃないかなー。まぁ、勝つのは私だけどねっ」

 

 その言葉を言い終わる前に、女は手に持ったスティレットを思いきりこちらに突き刺そうとしてきたのをかわす。

 確かに、ガゼフの攻撃は直線的であったから、こういった不意打ちを得意とする彼女であれば隙をついてガゼフから勝利をもぎ取る事も可能に思われた。

 だが、その程度だ。

 何かを感じ取ったのか、女が距離を取る。

 今、この家の中は二人きりだし少しくらならは羽目を外すのも良いだろう。

 ウルベルトは、自身にかけていた〈未熟な人間化〉を解く。

 

「えっ……うそっ……あく、ま?」

「特別に、お前には私の真の姿を見せてやろう。我が名はウルベルト・アレイン・オードル。災厄の魔にして、お前を絶望の淵に落とす者だ」

 

 

 

 

 

 

 魔獣の登録を終えたアインズは、たまたま出くわしたンフィーレアの祖母のリイジー・バレアレと一緒に、彼の家へ向かっていた。

 二人で、どういう旅路であった出来事などを語りながら歩いていたのだが、バレアレ家が近づくにつれ、周りが騒がしくなる。

 

「何か、あったんですか?」

 

 不審に思ったアインズが、近くの人に話しかける。

 

「さぁ、よくわからないんだが強盗みたいだ。ただ、何をやったのかわからないが家がボロボロになってるみたいで、あればバレアレの薬品店じゃないかな」

 

 その言葉に、年配とは思えぬ速さでリイジーが家に向かって走りだし、アインズも慌ててそれを追いかけた。

 近くに行けば、確かに家は半壊状態となっているのが確認できる。

 そして、見知った人間の姿が目に入ってしまう。

 先ほどまで、ハムスケと一緒にいるのが恥ずかしいとウルベルトに避けられていたアインズであるが、今その立場が逆転していた。

 

 知り合いだと思われたくない。

 

 何をやったのかはわからない。だが、役人に説教を受けているウルベルトと、その近くに下着同然のようなそんな軽装の女が縛り上げられた状態で横たわっている。

 何が何だかサッパリわからない。

 

「あっ、アインズさん! ちょっとこっちに来て説明してくれませんか!」

 

 ウルベルトの言葉に、周りにいた人たちの目線が一気にこちらに向く。

 他人のフリをしたい。そう思いもしたが、しかし、どんなことがあろうと友人を見捨てるわけにはいかないと、意を決してアインズはウルベルトの元へ向かった。

 

「えっと、何がどうなっているんでしょうか」

「あんた、こいつの知り合いか? こいつがいきなり家に押し入り、爆破したあと、あまつさえ女性にこんな格好にして縛りあげて」

「違うんですって。いや、調子乗って魔法を使ったら思ったより威力が高くて。なので家を爆破したのは俺ですけどね、でも、その女は最初っからその格好だったんですよ! 上から羽織ってたのが爆破の勢いでどっかいっただけなんだって! そもそも、不法侵入っていうならその女の方だからなっ! 目を覚まして逃げられるとマズいかなって思って縛ってたら人が来て」

 

 一旦、人間化していたのを解いて、それなりに高位な魔法を使ったという事だろう。

 それは、まぁ、わからなくはないが、この女は一体誰なのだろうか。

 

「ンフィーレアは! 私の孫はどうしたんだいっ!」

「ンフィーレアなら、漆黒の剣に逃がして……って、アインズさん皆には会ってないんですか?」

「いえ、会っていないですね」

「あー、じゃあ他に仲間いたのか。いや、そうか。あっさり外に出したのはそういう事だよな。ミスったな」

 

 そのまま逮捕されそうになったウルベルトだが、リイジーが、孫が雇った冒険者だと説明してくれたことにより何とか釈放。

 漆黒の剣のメンバーが路地裏で倒れているのが見つかる。ボロボロになっていたが命に別状はなく、彼らの証言によりウルベルトは完全に無罪放免となった。

 

「やっぱ役人とか糞だわ」

「いや、あの状況は役人の人悪くないと思います」

 

 半壊の建物の中で、無傷な男と半裸で傷跡の残る女性が縛られるという状況。役人の人はきちんと仕事をしていただけと言えるだろう。

 ただ、女の服装はよく見れば冒険者プレートを張り付けた物であり、身元は未だわかっていないがかなりやばい人間ではないかという事だ。

 

「むしゃくしゃするから、ちょっとあの女の仲間をぶちのめしに行きましょう」

 

 そう言ってからのウルベルトの行動は早かった。

 意識が戻った女にアジトの場所を聞けば、怯え切った女は教えるから殺さないでくれと懇願しながら墓地でズーラーノーンという組織がやろうとしている事をペラペラと話し出した。

 場所が分かると一直線にそちらに向かう。すでに大量のアンデッドが召喚されていたがそんなのお構いなしである。

 他の人に見られるとマズいと、アインズは墓地には近づかないようにと警告し、誰からも見られていないかを確認した。途中、エントマから〈伝言〉(メッセージ)が届いたが返事を返す余裕がなかったため後でかけ直すと言い、周囲の警戒をしていた。

 

 元の姿に戻ったウルベルトの魔法の威力はすさまじく、流石に超位魔法や、大災厄の魔などといった破格なものは使わなかったが、それでもあまりの圧倒的な戦力差にやりすぎじゃないだろうか、とアインズは思ったが口に出さなかった。

 首謀者の男を殺さない程度にいたぶった後、叡者の額冠なるアイテムをつけられていたンフィーレアを助けたのち、墓地を後にした。

 アンデッドを倒し、ズーラーノーンという組織を壊滅させた二人の帰還を町の人達は讃えた。

 

「なんで俺こんな英雄みたいな扱いを受けてるんですか?」

「ウルベルトさんは、もっと自分のやっている行動を客観的に見た方が良いと思います」

 

 ウルベルトは未だ怪訝そうな顔をしていたが、一段落着いたアインズはそう言えばエントマから〈伝言〉(メッセージ)が来ていたのを思い出す。

 確か、折り返すときはアルベドに連絡するように言っていたよなとアルベドに〈伝言〉(メッセージ)を使うと、予想もしなかった言葉をアルベドが口にする。

 

 

 

『――アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました』

 




 ごめんよ、クレマンとカジっちゃん。名前すら出てないね。
 なるべく、死ぬ必要のないキャラは生かそうとしてるんですが、この二人は今後の登場予定もないし、さくっと終わらせようと思ったらギャグ展開になってすまない。
以降が割と真面目な話とかばかりで、ネタ的なのを挟める唯一のタイミングだったんでこんな事になってしまった。

 あと、ウルベルトさんの悪は、自分の中に定義があってやりたい事をやっているだけなんで、結果助けられた人や助けられなかった人から何を言われようが、知るか。の一言で終わらせられるから良いですね。
 たっちさんの話も書きたいなぁって思って構想を練ってるんですけど、いつもその辺で詰まって鬱っっぽかったり、バッドエンドじゃねぇか。みたいな話ばかり思いつくので、その辺の折り合いがついたらいつか書きたいなぁ。正義って難しい。


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8話 モモンガ

シャルティア洗脳までと、アインズVSシャルティア戦は原作と同じ流れなので割愛してます。


「なぜ、アインズ様をお一人で行かせたのですか」

 

 アルベドが殺気を込めた声をウルベルトに放つ。

 微笑みを絶やさぬ普段の彼女からは考えられないような物言いと表情であったが、この事態ではそれも仕方がないだろう。

 部屋には、ウルベルトとアルベドの他に、デミウルゴス、コキュートス、パンドラズ・アクターの姿がある。

 

「それが、アインズさんの、いや、アインズ・ウール・ゴウンの意思だからだ」

 

 そう言うと、アルベドはより一層その顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「一人で行こうと思うんですよ」

 

 シャルティアが何者かに洗脳され、しかもそれがワールドアイテムかそれに類するものによる物だと発覚したのち、ウルベルトとアインズは宝物殿に来ていた。

 

「いや、相性も悪いですし、アインズさんじゃあシャルティアとの戦闘は厳しいでしょう。NPC同士を戦わせたくないって言うのなら、俺も気持ちは分からなくもないですが、もしもの事を考えてどちらかが残るべきだっていうなら、行くのは俺の方でしょう」

 

 アインズとウルベルトであれば、ウルベルトの方が強い。アインズは、手数が多く臨機応変に戦う事ができるが、火力はウルベルトの方が段違いで高い。

 どういう攻撃をするかわからない敵であるならば、アインズの方が場合によっては良いのかもしれないが、相手はシャルティアだ。彼女がどういう攻撃をしてくるかはある程度予測ができるため、対処の仕様もある。そうであるならば、攻撃力の高いウルベルトがここは行くべきだ。

 

 いや、本来であれば他の守護者も含めてきちんと編成を組んで行くのが正しいのだろう。だが、ウルベルトもそれはなるべくしたくはなかった。

 彼らが敵だと割り切って戦う姿などは見たくない。だが、せめて二人で行くべきではないだろうか。ウルベルトが攻撃そして、アインズがそれを補助する。NPCを戦わせないのであれば、それが一番の戦法ではないだろうか。

 

「ちょっと、考えてたんですよね。本当に俺が、このナザリック地下大墳墓の支配者で良いのかって。シャルティアに外の調査の命令をしたのは俺で、そのせいでシャルティアはこんな目にあって、俺の判断が間違ってたのかなって」

「それなら、俺も同意したんだから同罪でしょう。アインズさんが一人で抱え込むことじゃない」

 

 正直、甘く見ていたのだ。

 プレイヤーやユグドラシルの情報を探していたが、その影は一向に見つからず、この世界で強いと言われる人間もせいぜいレベル30程度。

 不測の事態など、そうそう起こる訳がないとそう思ってしまっていた。

 その結果がこれだ。

 ナザリックのワールドアイテムがきちんと存在できている以上、ワールドアイテムがこの世界に存在していても何ら不思議ではない。もっと警戒して事に当たるべきだったのだ。

 

「この前、ウルベルトさんがもし他のギルメンが戻った時、誰も紹介できる友達いないと恥ずかしいじゃないかって言ったじゃないですか」

「? 確かに、そんな話しましたけど、今は関係ないでしょ」

「いや、それで思ったんですよ。外もそうなんですけど、そもそもこのナザリックに所属しているみんなが意思を持って行動するようになったのに、全然そっちの方を見てなかったなって。もし皆さんが戻った時、NPC達に何もしてあげられない状況が、一番恥ずかしいんじゃないかって」

 

 それは、今後アインズがここに残るならば解決しなければいけない課題だとウルベルトが思っていた事だ。

 思ってはいたが、すぐには無理だと、いずれ時間が解決してくれるだろうと後回しにしていた問題だ。

 

「ここで一人で行って、シャルティアを救う事が出来たら、俺はもう少し胸を張ってナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンを名乗れるようになると思うんです。だから、行かせてください」

 

 伽藍堂な瞳が、覚悟は決まっていると訴えかけてくる。

 

「……必ず、帰ってきてくださいよ」

「もちろんそのつもりです」

「ヤバそうだと思ったらすぐそっちに行きますからね」

「信頼してくださいよ。俺のPVPの勝率が良いのは知っているでしょ。ウルベルトさんにも勝った事あるじゃないですか」

「あれ、俺がかっこよく呪文を決めてる最中に攻撃してくるから……。いや、まぁ、そうですね。わかりました。無事に戻ってくるのをここで待ってます。そうじゃないと、アルベドとかが暴れそうですからね」

「お願いします。大丈夫です。アインズ・ウール・ゴウンに敗北はありえませんから」

 

 そう言って笑う友を、ウルベルトは見送った。

 これが正しかったのかどうかはわからない。ただ、アインズがああやって頼みごとをするのは初めてだった。

 誰かの意見に流されるわけでもなく、彼自身が決めた事だ。

 それを、否定する事などウルベルトには出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドはこの件に反対してくると思ってはいたが予想以上だな。

 そんな事を思いながら、ウルベルトは彼女の殺意まで籠って良そうなその瞳を見据える。

 アインズがすでにナザリックを出ていたと知らされていなかった彼女は、こちらが勝手に判断した事実に大層ご立腹だ。

 

「あなた達もなぜ、それを許してこの場にいるの! 今すぐにでもアインズ様の元へ行くべきではないの!」

 

 そう言って、アルベドは他の守護者に同意を求める。

 

「至高の御方がお決めになられた事だ。私から口を挟む事はできないよ」

「デミウルゴスト同ジダ、我々ハ、勝利スルト言ワレタアインズ様ノオ言葉ヲ信ジ、タダ見守ルノミダ」

 

 二人の意思が変わらないであろうことは、その声質から分かった。

 デミウルゴスの場合は、ウルベルトが残ってくれているからというのもあるだろうが、コキュートスはその武人の気質から、主の言葉には絶対に従うという忠誠心が見えた。

 

「そう、そうなのね。なら、パンドラズ・アクター、まさかあなたまでアインズ様がお一人で行かれたのが正しいなんて、そんな事は言わないわよね」

 

 すがるように、アルベドがその目線をパンドラズ・アクターに向ける。

 正直、パンドラズ・アクターがどう思っているのかについてはウルベルトも分からない。

 アルベドは、アインズへの強すぎる恋慕の想いから暴走する可能性を考慮して、コキュートスへの説明とデミウルゴスの帰還を待ってから部屋に呼んだ。パンドラズ・アクターも、アインズを一人で行かせるのに反対するのではないかと、思ったが今のところその様子はない。

 賛成するにしろ、反省するにしろ、彼にはアインズの雄姿を見せ、その反応を見ておきたいと思ったので宝物殿から一緒にここまでやって来たが、彼の表情に変化はない。

 

「気持ちだけで言えば私も同じですよ、統括殿。ですが、宝物殿を出る際のアインズ様のお姿を私は見てしまった。あのお姿を見ては、口を挟む事などできるはずがございません」

 

 つまり、アインズの命令だからというよりも、彼の気持ちを汲んだ上でここに残っているのだと、そう言う事だ。

 デミウルゴスと同じだ。本当はウルベルトに死んで欲しくないくせに、それでもウルベルトがそうしなくてはいけないのであれば、それについて来てくれようとしている姿と、パンドラズ・アクターの今の想いは同じものだ。

 その言葉に、ウルベルトは安堵し、アルベドは唇を噛みしめる。

 

「アインズ様にもしもの事があったら、どう責任を取るというのですか。ナザリックの支配者はアインズ様以外にあり得ない。例え至高の御方の一人であろうと、あのお方の代わりになれるはずがないっ!」

「アルベド、その発言はウルベルト様に不敬だ」

「あなたは黙ってて、デミウルゴス。あなたの言葉なんて聞きたくない。どうせ、残ってくれたのがウルベルト様で良かったと、アインズ様にもしもの事があったとしても、自分の創造主は残ってくれると、そう思っているんでしょ。そんなあなたの言葉なんか、聞きたくない」

 

 アルベドの言葉に、デミウルゴスは開きかけた口を閉じて一歩下がった。

 言い返すべき言葉はあったが、アルベドの言い分も間違いではないと思ったからだ。ウルベルトが残ってくれている現状に、安堵していたのは、紛れもない事実であった。

 デミウルゴスとて、アインズにもしもの事があったならばと考えれば気が気じゃない状況だ。それでも冷静でいられるのは、ウルベルトから、アインズの事を信じて欲しいと言われたからだ。もし、ウルベルトのいない状態でアインズが一人で行ってしまったのを知れば、アルベドのようになっていたかもしれない。

 

「ウルベルト様は、自分が創造したデミウルゴスに構ってばかり。でも、アインズ様は違う。慈悲深く、ずっとこの地に残って下さったあの方は平等に愛して下さる。だから、ナザリックに残るのは、この地を支配するのにふさわしいのは、あのお方しかいない、それ以外なんて認めない!」

 

 その通りだなと、アルベドの言葉を聞いてウルベルトは思った。

 

「お前は正しいよ、アルベド。このナザリックでお前たちの主人になるなんて、俺には土台無理な話だ。まぁ、そもそもなる気もないわけだが」

「ならどうして、アインズ様ではなくあなたがここに残っているの! どうして、アインズ様お一人で行かせたの!」

「パンドラズ・アクターと同じだよ。彼がそうしたいと願ったから一人で行かせた。安心しろ、本当にヤバそうだと思ったらすぐに転移して助けに行く」

「間に合わなかったらどう責任をとるというの!」

 

 恋とはここまで人を狂わせるものか。

 まるで別人のようだ。だが、これは間違いなく彼女の本心であり、真にアインズの事を、そしてナザリックの事を思っているからに他ならない。

 ナザリックをまとめるのは、アインズ・ウール・ゴウンをおいて他にはいない。最後までこの地に残っていた彼以外にはありえない。

 

「なるべくそうならないようにはしたいが、そうだな、もし間に合わなかった場合、俺はここを出ていくよ。ああ、でも、その場合はデミウルゴスだけは連れて行く事になるかな」

「それはっ!」

 

 慌てて口を挟もうとするデミウルゴスを手で制す。

 アルベドの怒りは先ほどよりもさらにその熱を上げたように見える。

 

「それで許してもらおうっていうんじゃなくって、俺はなるべくここを正しい形で残しておきたい。その場合、多分俺は邪魔になる。もし、デミウルゴスの命と他のナザリック全ての存在が天秤にかけられたら、俺は迷わずデミウルゴスを選ぶ。例え、金貨での復活ができるとわかっていてもだ。俺は、そう言う場面になったら他の何を捨てても家族を選ぶって決めてる。そんな奴が、上にいればいつか組織がダメになる。正しくこの地を収められるのは、アインズさんしかいないんだ」

「ならどうして、アインズ様だけを行かせてあなたがここに残っているの」

「ギルドメンバーにも遠慮して、あまり自分の意見を言わなかったあの人が珍しく我儘を言ったんだ。それに応えてやりたかった。アルベド、お前も真に彼を愛しているというなら、もうちょっと信じてあげても良いんじゃないかな」

 

 その言葉にも、アルベドの殺気が薄れる事はない。

 これは、ウルベルトが何を言ったところで無理なのかもしれない。

 

「何も知らないくせに、どんなお気持ちでモモンガ様がここで他の至高の御方を待ち続けたのか。どうせ、“りある”への帰還方法が見つかれば、モモンガ様とナザリックをまた捨ててそちらに行ってしまうのでしょ」

 

 お前もアインズも、俺の事を何も知らないくせに。

 そう、一瞬言いかけてそれを飲み込む。知らないのは当然だ。ウルベルト自身が言い出さなかったのだから。

 聞いて楽しい話じゃないからと、迷惑になるだろうからと何かと理由をつけて詳しい事は何も話してこなかった。なぜ悪になろうと決めたのか、ゲームを辞めた理由、ゲームを辞めてからの事。ぼんやりとした言葉でしか、それらについて話したことはない。

 言ったところで、ただの自己満足の為だけに死のうとするウルベルトを止めようとするのはわかり切っていたからだ。

 組織の連中だって、許可こそしたものの、戸籍もあり、仕事にもまだついているウルベルトは別の生き方をしても良いのだと、事あるごとに言ってくる。いきなり心変わりしたって良いんだからと、何度も何度も他の道を示そうとしてくる。

 

 それを受け入れてくれたのはデミウルゴスだけだ。

 アインズは、絶対にウルベルトの悪の行き着く先を良しとはしない。だから、ウルベルトは本当の事を言えない。

 ウルベルトが本音をぶつけられないでいるから、アインズもまたウルベルトに対して本音をぶつける事は今までなかった。

 結局、知らないのはお互い様だ。

 

「そうだな。リアルにはまだやり残してきた事がある。他のギルメンは違うだろうけど、少なくとも俺は、リアルへの行く道が見つかれば、ナザリックよりもそちらを片付ける事を優先させるだろうな」

 

 その言葉に、アルベドが下を向く。恐らく相変わらずその表情は怒りを露わにしているのだと思われるが、肩を震わせている彼女がどんな表情をしているのかは見えない。

 アルベドが本音をぶつけてきている以上、ウルベルトも同じくなるべく本心を伝えるべきだろうと思ってそう告げたわけだが、ナザリックよりもリアルを優先するという発言はまずかっただろうか。戻らないというと流石にマズいかと思い、やる事を片付けたら戻ってくるともとれるように発言したつもりではあったが。

 

「別にナザリックをないがしろにしている訳じゃないんだ。俺にとってもこの場所は大事だ。ただ、アインズさんほどではないってだけで。俺は、お前たちの理想の支配者から一番遠い存在だろう。そんな俺が何を言ったところところでお前の気持ちは収まらないんだろうけど、悪いがあともう少しだけ耐えてくれ。彼は必ず戻ってくるから」

 

 そう言われて、納得したわけではないのだろうがアルベドがソファに腰を下ろした。

 純粋に、何を言ったところでウルベルトの意見が変わることはなく、戦力的にここを抜け出す事はできないと諦めただけなのかもしれない。

 

 アルベドの暴走はある程度は予期していた事ではあったが、ここまではっきりと感情を表に出してくるとは思わなかった。

 とはいえ、悪い事ではない。むしろ、至高の御方と無条件にウルベルトの事を敬う他のNPCの方がおかしいのだ。ウルベルトは、アインズと違って一度はこの地を捨てて、今だって彼らの為に何かをしている訳ではないのだから、アルベドの意見の方が正しい。

 

 ただ、なぜ彼女だけがそうなのだろうか。

 

 それとも、アインズに恋慕しているシャルティアも同じ場面にいた場合、こんな風に激怒するのだろうか。いや、シャルティアの場合はあくまでネクロフィリアだからアインズに恋愛感情を抱いているだけで、他の死体系のギルメンがいた場合は、特別アインズだけにその感情が行くという事もなかった可能性は高い。

 彼女の創造主であるタブラ・スマラグディナが書いた設定によるものなのか、それともNPCの中でも一番高い役職を与えられているが故の言動だったのかは定かではない。もしかしたら、感情を得て時間がそれなりに経った事により、個人でそれぞれ設定とは違う自我が生まれたという可能性もあるかもしれない。

 アルベドも、もしかしたら創造主であるタブラがいれば、アインズよりもタブラの言葉を優先していたのかもしれないが、そのタブラはここにはいない。

 

 何はともあれ、パンドラズ・アクター以外にウルベルトという至高の存在がいても尚、ギルド長であるアインズを一番に考えてくれる存在がいるというのは喜ばしい事のはずだ。

 そう、喜ばしい事のはずなのだ。

 ああ、それだというのになぜだろうか。この付きまとう違和感は。

 アルベドの言葉は間違っていないはずだ。それなのに、何か彼女の先ほどの言葉に間違いがあったように思えてならないのはなぜだろうか。

 アルベドを見れば、怒りよりも不安が勝ったのか青ざめた表情でアインズの姿を祈るように眺めている。

 

 NPC達の優先順位は、創造主が一番上でそのあとに他の至高の存在が来ているはずだ。アルベドは、その創造主のタブラからどういう文面なのかはわからないがアインズを愛するように設定され、事実彼の事を何よりも一番に考えている。

 尚且つ、今後のナザリックの事を考えれば、ウルベルトとアインズ、どちらを優先するべきかは自明の理だ。そのため、例え至高の御方相手であろうと、あんな言葉遣いになったとしても今回の場合は致し方ないだろう。

 そのはずだ。何もおかしなところはない。

 

 頭の中で何度も現状を整理するが、違和感を見出すことはできない。デミウルゴスも何も言ってこないのだから、ウルベルトの気のせいと考えるべきだろう。

 皆、アインズとシャルティアの戦闘に見入っている。

 そうだ、恐らく大丈夫だとは信じているがもしもの事態を考慮してすぐに動けるように、ウルベルトこそその光景をしっかり見ておかなくてはいけないのだ。

 いまだに頭に何かが引っ掛かる感覚があったが、ウルベルトは一旦それを放り出し、二人の戦闘に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、全部アインズさんの予定通りに戦闘が進んでましたね。みんな賞賛してましたよ。特にコキュートスとか」

「いや、たまたまですよ。でも、勝てて本当に良かったです。ギルドマスターとして、やっと仕事が出来たっていう気持ちです」

 

 アインズとシャルティアの戦闘が終了した後、アインズが勝利を収め、シャルティアも無事にゲームの時と同様に金貨を使う事によってレベルダウンもなく復活する事が出来た。

 残念なのは、シャルティアがなぜあのような洗脳状態になってしまったのか、その時の記憶がなくなってしまっているという事だ。

 それにしても、洗脳が途中のシャルティア放置していたのはどういった理由からなのだろうか。アインズとシャルティアの戦闘の最中に現れる事もなかったのは不可解だ。

 しかし、現地人の力量を考えればかなり破格な事をしてきた存在がいる事は間違いなく、それはプレイヤーやそれに繋がる何かの可能性は高いだろう。その相手がどこの誰か分からないのは非常に残念だが、今はシャルティアが無事に復活できた事を喜ぶべきであろう。

 

「しかし、アルベドは本当に凄かったですよ。NPCにあんな風に食って掛かられたのは初めてでしたから、かなり驚きました」

「そうなんですね。俺が戻った時はそんな様子はなかったんですけど、すいません」

「別に、アインズさんが謝る事じゃないでしょ。アインズさんが好きって言う設定を付けたのはタブラさんですし」

 

 ウルベルトの言葉に、アインズの表情が曇った。

 そして、とある事実を口にする。

 

「いや、違うんです。ごめんなさい、言い出しにくくて言ってなかったんですけど、その設定書いたの、俺なんです」

「えっ?」

「サービス最終日に、アルベドの設定を見てみたら、ビッチであるって書いてあって、ナザリックのまとめ役であるNPCがこんな設定は酷いなと思って、俺が書き換えたんです。なぜか真なる無(ギンヌンガガプ)も持ってるし、最後くらい俺も勝手な事しても良いかなって」

 

 自分は、何か大変な思い違いをしていたのかもしれない。

 ああ、そうだ。ギルド長であるアインズは、スタッフ・オブ・アインズウール・ゴウンを使用すれば、本来ならば権限がなくてできないNPCの設定を変更することもできる。そうだ、初めて会った日に彼は確かにスタッフを持っていた。

 

「それで、モモンガを愛しているって、書き換えたんです。ごめんなさい。もっと早くに言っておくべきでした」

 

 ああ、そうだ。あの時感じた違和感はこれか。

 そうだ、彼女はアインズではなく、モモンガとそう呼んでいたのだ。元々の彼の呼び名であるため、大きな違和感はなかったし、もしあの場で気づいていたとしても激情したアルベドがたまたま昔の呼び名を使っただけとしか思わなかっただろうが、そうじゃない。

 アルベドは、アインズ・ウール・ゴウンではなく、モモンガを愛しているのだ。

 NPCは基本、創造主を一番と見ているようだが、この場合どうなる。二人が創造主となるのか、はたまた上書きされて最後に設定を変えた者が上位に行くのか。

 

「他のNPCの設定は変えてないですよね?」

 

 思いの外冷たい声を出してしまった事にウルベルト自身が驚く。

 アインズが、ウルベルトを怒らせたのだと勘違いして肩をビクッと震わせる。

 

「してないです! アルベドだけです。すいません、俺が設定を変えたせいでアルベドがウルベルトさんに辛く当たったみたいで。全部、勝手な事をやった俺の責任です」

「本当ですね? 本当に、他のNPCの設定は変えてないんですね?」

 

 誓ってそんな事はないというのでその言葉を信じるが、自分が眉間にしわを寄せた険しい表情をしているのが、アインズの怯えた表情で分かる。

 

「そういえば、敵のワールドアイテム対策に守護者達にも、ワールドアイテムを渡すんですよね」

「えっ、あっ、はい。アウラとマーレにはもうそれぞれ渡しちゃったんで、あとは一番外で仕事をしているデミウルゴスと、あと、ウルベルトさんで、ヒュギエイアの杯か、幾億の刃かのどちらかを持ってもらおうかと思っているんですけど」

「なら、ヒュギエイアの杯をデミウルゴスに、幾億の刃をコキュートスに渡してください」

「それじゃあ、ウルベルトさんがっ」

「あともう一つ、消費じゃないタイプのワールドアイテムがあるじゃないですか」

 

 その言葉に、アインズが一瞬理解できないという顔をするが、すぐにどれの事を言っているのか察する。

 

「アルベドが持っている真なる無(ギンヌンガガプ)を、俺が持ちます」

「でも、あれはタブラさんがアルベドに持たせたから、勝手に移動するのは……」

「ナザリックの防衛のために外に出る事のない彼女には不要でしょう。すでに一つ設定変えてるんですから、それがもう一つ増えても同じでしょう。元から勝手にタブラさんが移動させた訳ですし。それとも、俺よりアルベドの安否の方が大事ですか?」

 

 そう言われて、アインズがウルベルトの要求を受け入れた。

 ウルベルトは、これから自分がするべき事を頭の中で羅列していく。

 やらねばならぬ事の多さに目眩を起こしそうになるが、腹は決まった。

 ああ、これから忙しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、アルベドの設定を変えるべきではなかった。

 

 アインズは、誰もいない自室で何度目になるかわからないため息をついた。

 設定を変えたと告げた数日後、ウルベルトが休暇が欲しいと言って、誰の共を連れる事もなく、ナザリックから出て行って四日が経った。

 毎日一度は〈伝言〉(メッセージ)で安否を確認して、期限も一週間と言う取り決めなので後三日で帰ってくる予定なのだが、もしかしたらこのまま帰って来ないのではないかと不安になる。

 

 あの時のウルベルトは、他のNPCの設定を変えていないか執拗に確認してきた。ウルベルトがデミウルゴスを大事にしているのは知っていたし、それも仕方がないだろう。転移してすぐの時にアルベドの話題になった時にも黙ったままだったのだから、疑われてもしょうがない。

 みんながこの地に戻るまで、なるべくそのままで残しておこうと思っていたのに、アインズがそれを変えてしまったのだ。

 

 タブラが、アルベドに真なる無(ギンヌンガガプ)を与えていた事に少し腹が立っての行動だったが、アイテムならば別の場所にあってもまた戻せば良いだけの事だ。現に、今はウルベルトが所持している。

 だが、異世界にやって来てしまった今、設定を変える事は出来なくなっている。

 ユグドラシルのサービス最終日だったから、こんな異世界に来るとは思っていなかったからと言い訳は沢山あるが、変えてしまったと言う事実は変わらない。

 

 休暇が欲しいと言い出した時は、別段怒っているようには、外目からは見えなかったが実際のウルベルトの心中は分からない。

 ただ、自分の休暇が終わったらアインズも偶には一人で外に出るのも良いんじゃないかと提案してきた。気分転換に一人で考え事をする時間は大切だと。

 シャルティアの件もあって、一人で出歩くのは危険ではないかと、ウルベルトを止めようとしたのだが、設定を変えた負い目から強く言い返す事が出来ず、彼の提案を受け入れる事になってしまった。

 〈伝言〉(メッセージ)は約束通り毎日来ているので、元気にしているのは分かるが、今どこにいるのか、何をしているのかと言う問いには答えてもらえない。

 

 ウルベルトを引き留めようとした時に言い返された言葉が今も心に突き刺さっている。

 家族でもないのに、毎日顔を突き合わせるのは疲れると、ウルベルトはそう言った。

 アインズやNPC達の事は嫌いではないが、本来はゲームをやっている何時間か、一緒に遊んでいただけなので、ずっと一緒に生活していると疲れが溜まってくるのだと言う。

 言い分は分からなくはないが、少なくともアインズはこれまでの数日間、そんな事は全く考えていなかった。久しぶりに会った仲間と知らない土地を冒険して純粋にただ、楽しいと思っていたが、それは自分だけだったと言う事だ。それが何より寂しい。

 

 だが、そんな本音を言ってしまえば、重たい奴だと、束縛するようならナザリックから出て行くと言いかねないと思い、その話題には適当に相槌を打ってしまっていた。

 これで本当にウルベルトが戻って来なければ、アインズはまた一人になってしまう。さらにNPCにまで見放される様な事があれば、どうすれば良いのか分からない。

 せめて彼らを幻滅させないように振る舞おうとしているのだが、支配者である自分とそのシモベでは距離を感じてしまい、何だか余計に寂しい気分になってしまう。

 数日前までウルベルトがいてくれたからこそ、余計にそう感じる。

 

 ウルベルトから、設定を変えたなら責任を取るべきじゃないかと言われた事もあり、ちょくちょくアルベドには声をかけたりしようとしているのだが、女性経験がないアインズは彼女に対してどう接すれば良いかわからず、あまり上手くいっていないように思われる。

 設定を変えた事をアルベドに謝れば、彼女は謝らないで欲しいと泣きついてきた。だが、彼女がそんな態度もアインズが設定を書き換えたせいかと思うと、本当に取り返しのつかない事をしたのだなと、改めて後悔の念が頭をよぎる。

 

 冒険者の仕事は、パンドラズ・アクターにウルベルトの代わりをさせており、いつ依頼が来ても良いようにエ・ランテルの宿屋に駐在させている。

 ズーラーノーンと彼らが召喚したアンデッドを倒した事で、アダマンタイトの冒険者になったのだが、アダマンタイトでの初めての仕事はパンドラズ・アクターと一緒にする事になってしまった。

 パンドラズ・アクターは見事なまでにウルベルトを演じてくれていたが、やはり本人ではない。やる気が起きず、雑に依頼をこなしてしまっていたが、それでも何とかなる程度の仕事しかなかった。

 もう一度、ため息を吐いたタイミングで〈伝言〉(メッセージ)が入る。

 

「アインズ様、ユリ・アルファです。ご報告したい事があるのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」

 

 ユリは今日、外のログハウスの当番だったはずだが、外で何かあったのだろうか。

 

「ああ、構わない。それで、どの様な用件だ?」

「実は今、お客様がいらしておりまして」

「客? ナザリックに気づいたプレイヤーが接触してきたという事か?」

 

 普通の一般人であればユリがわざわざ〈伝言〉(メッセージ)をしてくるはずがない。

 お客様というならば今まで広めてきた情報を元に、友好的なプレイヤーが近づいてきたのかと考えた。

 

「いえ、恐らくぷれいやーではないと思われます。相手は、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと名乗っており、彼と従者が数名来ております」

「は? 帝国の、皇帝?」

「はい。モモンガ様に会いに来たと先方は言ってきているのですが、いかがいたしましょう」

 

 ……どういう事?




 アルベドがまた同じミスしてるっぽくなって申し訳ない。
 でも、アルベドがうまく隠しても、モモンガさんは設定変えた事をこのタイミングで言う事になるんですよね。実は設定変えてたから、もっと大変な事になっているかと思ったっていう感じで。
 そして、アルベドが殺意見せないと当然ウルベルトさんはリアルについての発言しないので、アルベドは現状のまま。
 ウルベルトさんは、殺意に気づかないと詳細は省きますが、なんやかんやあった後に、ナザリックに残る事を決めます。
 そうなると、当然パンドラがアルベド不要になるんで、モモンガさんに告げ口してアルベドのバッドエンド確定。結果的に彼女にとっては最悪の事態を免れた形になっている、はず。


 そして、今まで基本ウルベルトさん視点で書いてきてたんですが以降は、最終話付近になるまでウルベルトさん以外のキャラの視点で話が進んで、他のキャラ目線でウルベルトさんの舞台を見る流れになります。
 一応、完結後に舞台裏としてウルベルトさん視点の話も書く予定ですので、今後もよろしくお願いします。


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9話 魔窟への道のり

「到着するまでまだ時間はありますから、寝てても良いんですぜ、陛下」

「そうしたいのは山々だが、これから行く場所の事を考えると、おちおち寝てもいられんよ」

 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは部下の言葉にそう返答をした。

 部下のバジウッドの言葉遣いは皇帝に対するには粗野な物言いであったが、いつもの事なのでお互い気にした様子はない。馬車の中で二人だからというのもあるが、そうでなくても彼らの会話はいつもこんな感じだ。

 魔法などで揺れる事もない馬車の旅は快適そのものであったが、その先の事を考えると頭が重くなる。

 目的地は、ナザリック地下大墳墓。

 話を聞いただけで調査すらしていないが、その地がこの世の理を超えた超越者たる化け物の居城であるという事だけは間違いのない事実だ。

 

「生きて帰れますかねぇ。俺たち」

 

 今回引き連れてきたのは馬車の御者をいれても六人ほどだ。

 本来であるならば、皇帝が乗った馬車の警護なのだからもっと人数を割く必要があったが、なるべくこの事を知る人物を減らすために、本当に最小限の人数に絞った。

 それでも、道中に魔獣に襲われる可能性も考えればもっと人数を割く必要があったがそれもとあるアイテムのおかげで必要がなくなっている。

 

「大丈夫だ、と言いたいところだが、こればかりは行ってみない事には何とも言えんな。ただ、行ってすぐに殺される可能性は低いだろう」

「それはまた、どういった理由で?」

「考えても見ろ、この先にいるモモンガと言うアンデッドはウルベルトと同等の存在なのだぞ? わざわざおびき出して殺さずとも、どうせ居城にいたままでも我々を殺す手段はいくらでもあるだろうさ。所詮我々は、奴らにとっては虫けらだ。まぁ、だからこそ、殺す気はなくともちょっとした事で死ぬ可能性もあるのだがな」

 

 少なくとも、ウルベルトの言葉が真実であるならば、モモンガには他のアンデッドのような生者を憎む気持ちは無いはずだ。ただ、別にそれは好意的な意味ではない。その生死に興味がないという意味だ。下手をすれば何のためらいもなく人を殺すだろう。

 だが、逆に言うと地雷さえ踏まなければ最低限の対話はできるという事だ。

 とはいえ、悪魔の言う事だ。完全に信用は出来ない。本当にそんな相手なのかは会ってみない事には分からない。

 

「帰る頃にはアンデッドの仲間入り、なんて展開は勘弁願いたいものですな。全く、陛下のお供役とは貧乏くじを引かされたもんで」

「お前が一番部下の中で軽口を叩くからだ」

「これからは、陛下に敬語と使うようにしねぇといけねぇな」

「すでに敬語になっていないぞ」

「ははっ。まぁ、最後までお供しますよ。俺なんかじゃあ、あんな化け物相手には足止めの壁にすらならないでしょうが」

「すまんな」

「気にしないでください。俺は、あんたの部下になれて、今でも本当に良かったと思っているんですから」

 

 できればジルクニフとしても、今後の帝国の事を考えれば四騎士は置いて来たかったというのが本音だ。特に、平民から成り上がってきたバジウッドは、騎士を目指す帝国市民から憧れの存在として見られている。

 どうせ、化け物相手では誰を連れてこようと変わらないのだから、今後の帝国に必要な人材は帝都に残し、ほどほどの人物だけを共に連れて行く程度でも良かったのだろうが、そもそも今回彼は護衛として連れてきているわけではないので、そうもいかない。

 

 今、ナザリックに向かっているメンバーは、ジルクニフとバジウッド、それと馬車がもう一台あり、そこの中に帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインが乗っている。馬車それぞれに御者が一人ずつと、その二台の馬車を先導するように、四騎士の一人であるレイナース・ロックブルズが馬を走らせている。

 フールーダをこちらの馬車に乗せれば、御者を一人減らす事はできたのだが、ナザリックに着くまでの数時間、一緒に密室にいるのが耐えられそうになかったのでこのような配置になった。

 

 曰く、ナザリック地下大墳墓を支配するモモンガという男は、本来ならば支配者足りえる存在でないにも関わらず、彼や彼の仲間が作ったシモベたる存在から至高の存在だと崇められ、その期待に応えようと無理に支配者の演技をしているのだという。

 数日前にいきなり現れた悪魔は、ジルクニフとバジウッドの関係こそ本来ならば理想的だと言った。支配者ぶるにしても、部下から気さくに話しかけられるような関係に改善するべきだと、愚痴るようにモモンガという男について話した。

 

 悪魔の表情はわかりにくい。ぱっと見は、バフォルグという山羊のような姿の亜人にも見える悪魔だ。毛におおわれた顔では、その真意を読み解くのは容易ではないが、少なくとも、あの場面であの悪魔は本音を語っていたように思われ、ジルクニフとバジウッドの気安い関係には好印象を持っていたのは間違いないと見ている。

 だからこそ、バジウッドを連れてきた。付け焼刃で皇帝にため口をさせようとしてもすぐにボロが出る。他に適任はいない。なるべく、モモンガと友好的に話を進める為には、どうしても必要な人材だった。

 

 レイナースについては、ウルベルトに彼女が四騎士になった理由、とある魔物に顔の治らぬ呪いをかけられ、それを解呪する手がかりを探す事だと教えた際、その程度の呪いであれば、手持ちのポーションでも治るかもしれないが、ナザリックにいるペストーニャなる人物であれば、間違いなく癒せるだろうと言い、レイナースにナザリックに行った際にはこれを見せれば良いとメモ書きを渡していたからだ。

 四騎士である彼女の損失は、変えがきかない事もあり由々しき問題ではあるが、元より彼女とはそれを優先させて良いという契約であったし、ナザリックと言う絶対強者の前では例え彼女の実力でも奴等にとっては無意味だ。ならば、忠義心の薄い彼女の事は最悪切り捨てる事になったとしても仕方がないだろう。

 わざわざ、紙を書いてやったのになぜ連れて来なかったと後で悪魔に言われても困るので連れてきたという状態だ。

 彼女としても、いくら顔の呪いを気にしているとはいえ、悪魔との約束で化け物の居城に向かうのは複雑な心持ちである様だった。呪いが解けたとして、見返りに何か要求されたり、それこそ、死ねば呪いも解けるなんて言われたりしても何ら不思議ではないからだ。

 とは言え、わざわざもらった紙を無下にすれば、それこそ何が起こるかわからないからと文句は言わずついて来た。

 

 メモ書きの文章が、彼らが使う“にほん語”なる文字で未だ解読が出来ていないのも不安にさせる要因の一つだ。

 ジルクニフも、こちらはキチンとした紙で、ジルクニフはウルベルトの友人であり、ナザリックに来訪した際は、それ相応の態度をとるように。間違っても傷をつけるような事がないように、と言った旨の書かれているらしい書状をもらっている。

 文字を解読しようと試みるも、文章量的にそれも難しく、末尾にあるのがあの悪魔の名前、ウルベルト・アレイン・オードルではないかと推測ができる程度だ。

 名前らしきものは画数も少なく角ばった単純な文字であるのに、本文中には基本 丸みを帯びた単純な文字と、画数の多い複雑な文字が羅列され、名前の文字が少し分かった程度では本文までは読み解く事は叶わなかった。

 全く違う文面が書かれてある可能性もあるし、文面自体は説明された通りでも、聞かされていない一文が書かれている可能性は大いにある。だが、この件に関しては確認のしようもないので、ウルベルトを信じるより他にない。

 

 この書状の他にも、場所が王国領であり魔獣もいる危険地帯だからと言った際に認識阻害の護符をもらっており、このおかげで魔獣にも気づかれる事なく、目的地に向かえている。その事からも、ジルクニフをナザリックに招きたいと言う事だけは事実のように思われた。

 すでに鑑定してそれはないのは分かってはいたが、いっそ渡されたアイテムが粗悪品で、道中に襲われる事があれば、悪魔に文句の一つでも行ってやろうかとも思ったが残念ながらそんな事もないようだ。

 

 そして後一人、ナザリックに向かうメンバーの一人のフールーダだが、正直に言えば彼を連れて行きたくは無かった。だが、連れて行かないと言えば駄々をこねて、無理やりついて来てせっかく秘密裏に動いているのが露呈しかねないから連れてきたに過ぎない。

 本音を言えば、今すぐにでも妙な真似をする前に息の根を止めておきたい。

 だが、残念ながら彼を殺せる人材はおらず、やむなくモモンガへの贈答品と一緒に馬車に押し込めて、ナザリックに向かっている。

 

 ウルベルトを一目見た時のフールーダの反応は思い出しただけでも頭が痛くなる。

 フールーダ・パラダイン。彼が、何よりも魔術の深淵に触れる事を望んでいる事はジルクニフとて承知の事であった。だが、あそこまで豹変するとは想定外であった。

 一言で言うならば、変態であった。

 

 あの悪魔は、突如ジルクニフの前に現れた。その場にいたのは、秘書官のロウネと、四騎士の一人であるニンブルであったが、誰も奴が姿を現すその時までその存在に気づくことはなかった。

 悪魔は、自身をウルベルト・アレイン・オードルと名乗った。

 丁度、ジルクニフが手元に持っていた書類にも同じ名前が記されているが、たまたま名前が一致しただけ、という事がありえないのはすぐわかる。

 

 王国に突如現れ、その功績からアダマンタイトの位になる事が決まった冒険者。

 こちらが驚いていると愉快そうに、人間の姿に化ける。書類に添付された人相書きと全く同じ顔がそこにはあった。

 書類には、第三階位まで使える魔法詠唱者だと書かれているがそんなのは全てでたらめだ。

 どうやってここまでやって来たのかと問えば〈完全不可知化〉(パーフェクト・アウンノウアブル )なる、第九位階の魔法を使って入って来たというのだから、もはやこの時点でこちらに打つ手はない。

 人類がいまだ到達し得ない領域の魔法。それを防御する術を、帝国は持ち合わせてはいない。あまりにもでたらめすぎる能力だ。気づかれずにどこにでも侵入可能な存在など、対処できるわけがない。

 

 ウルベルトは冒険者として名を馳せて情報を得るつもりだったが、あまりにも非効率でまどろっこしいため、国の力を借りたいと言ってきた。断るならば、記憶だけ覗いてあとは用済みなので捨て置くだけだと付け足すのだから、交渉ではなくただの脅しだ。

 奴が何を調べているのかその時点で分からなかったが、拒否する事など出来はしない。ジルクニフが了承すれば、悪魔はにんまり笑い、これから我々は同盟者であり、友人だと白々しく言ってきた。ジルクニフがウルベルトを裏切らない限り、帝国の安全は保障すると言ったが、どこまで本気な言葉なのかはわからない。

 契約書にサインも書かされたが、にほん語なる文字で書かれそれは、何と書かれているのか分からない。ウルベルトがその内容を口に出して説明するも、当然ながら書かれた文字と、口に出した言葉が同一の物である保証はなく、それでも強者を前にその事に異議を申し立てる事は出来なかった。

 

 そんなやりとりをしている時に、フールーダが部屋にやってきた。

 そして、壊れた。

 

 フールーダは、そのタレントによって相手の使用できる魔法がどれほどの物かを見ることが出来るのだが、ウルベルトが第十位階まで使える事を見抜くと、相手が悪魔であることも憚らずその傍で跪き、あまつさえ足を舐めようとまでしていた。

 これまで、完全にウルベルトのペースで話が進められていたが、少なくともフールーダの痴態はウルベルトの想定外だったようで、本気で驚き、ドン引きしている様に見えた。いや、間違いなくドン引きしていた。唯一、こちらがウルベルトに与えたダメージがこれだった。

 

 だが、身内同然に思っており、能力的にも帝国にとって重鎮であったフールーダのこの姿は、ウルベルト以上にジルクニフの心に大きくダメージを与えた。

 魔法の深淵を覗かせてくれるならば、ジルクニフも国もすべて捨てると、本人が目の前にいながらも言うその姿に、若干悪魔がこちらに憐みの目線を見せたようにも見えたが、実際のところどうだったのかはわからない。

 どうしてもとせがむフールーダに、魔法の威力ならば確かに自身は誰よりも優れているが、その知識と覚えた魔法の数は圧倒的にモモンガの方が上なので、魔法を習うのであればそちらの方が適任だと言った。

 

 ウルベルトと同等の存在がいるという事実に、ジルクニフは考える事を放棄したくなった。ウルベルトと冒険者と一緒に組んでいる男、アインズ・ウール・ゴウンの本名がモモンガと言うのだという。そして、全身鎧で姿を明かすことがない彼の正体は、オーバーロードなる種族であり、いわゆるアンデッドだと言うのだから、もはやどう反応して良いのかわからない。

 しかも、魔法省のデスナイトを見て、こんな雑魚モンスターであればモモンガはいくらでも召喚できるとのたまい、その言葉にフールーダは歓喜し、ジルクニフは心が折れた。

 元より勝てる見込みがないのは明白であったが、それでも周辺諸国全ての力を集めて数で攻めればとも少し考えていたのだが、完全に使役できるデスナイトを量産できるとなると、数でも質でも勝てないのだから、こうなればもう、どうすれば被害をどれだけ最小限に留められるかの問題だ。

 

 ウルベルトが帝国から姿を消した翌々日に、こうして彼らの居城であるナザリック地下大墳墓に向かっているのだが、フールーダは自身の師になるモモンガの事を考えて浮かれていた。

 レイナースにメモ書きを渡したのは、何か真意があるのかもしれないが、傍から見ればただの気まぐれにも見え、どちらなのか未だに判断がついてないが、フールーダにモモンガを紹介したのは、純粋に面倒事を押し付けただけのように思われる。

 のちに話をして分かった事だが、ウルベルトはあまりモモンガの事を良くは思っていない。その為、これは嫌がらせ行為の一環だったのではないかと推測している。

 だからこそ、連れて行かなくては行けないのだが、フールーダの事を知らないであろうモモンガが、悪魔ですらその興奮をもっと抑えられないかと言ってきたその痴態を見て激怒し、こちらにまで被害が及ぶ事を現在一番恐れていた。

 

 できれば、今すぐに寿命や病気で死んでくれないだろうか。

 思わずそんな事を考えてしまう。

 とはいえ、フールーダが今すぐにいなくなり、その事が周辺諸国に露呈すればナザリックに滅ぼされる前に、他国が帝国に攻め入ってくる可能性もあり、フールーダの扱いをどうするか頭を悩ませている。

 ナザリックで引き取ってもらえるなら、それはそれで良いような気さえする。もはや、手元に置いていても困る存在だ。

 どちらにせよ、はっきりとこちらを裏切ると宣言したフールーダにはこれからまともな仕事は回せない。フールーダがその興奮をどこまで抑え込み、モモンガがどれほど寛容な人物であるかに全てがかかっていると言えるだろう。

 

「しかし、いつでも来て良いとは言ってましたが、こんなに早く奴の家に向かう必要が本当にあるんですかい?」

 

 バジウッドがジルクニフにそう問いかける。

 

「どう転ぶかはまだ俺にもわからん。だが、普通に考えれば皇帝という職に就いている者がここまで早く行動するとは思わんだろう。奴はまだ、どこぞを見て回ると言っていた。できれば、奴が根城に帰還する前にモモンガと言う男がどういう人物なのか見極めておきたい」

 

 とはいえ、相手が日付を指定してこなかった以上、すでに手を回している可能性の方が高いだろう。

 それは承知しているが、万が一の事を考え裏をかけるならそうしておきたい。

 

「あの悪魔を裏切るつもりなんですか?」

「場合によっては、な。目下、あの悪魔を倒せる存在は、モモンガを置いて他にはいない。どちらにつくのが人類にとって最良の判断か、見極める必要がある」

 

 悪魔とアンデッド。どちらも本来人類にとっての敵だ。

 ウルベルトは裏切らなければ帝国の安全は保障すると言っていたが、その場合は帝国以外の周辺諸国は全て消えてしまうのではないかとジルクニフは危惧していた。周辺諸国の話をした際、腐敗した王国貴族の話に嫌悪し、聖王国の王女の在り方を鼻で笑った男だ。少なくも、その二国はいずれ滅ぼされるだろうと踏んでいる。

 ただ気にいらない、そんな理由で国を亡ぼすほどの力を、あの悪魔は持っている。

 そして、帝国の安全と言ったが、悪魔にとってそれはどういう状況を指すのか。きちんと、人類としての営みを許してもらえるのか、それとも命があっても奴隷のような生活を強いられるのか。

 悪魔は契約にうるさいと言っていたが、契約通りであっても契約には抜け穴があり、結局人類が被害に合うという展開は、物語の中でも良くある展開だ。もちろん、物語であればその逆もあり得るが、契約書の内容がはっきりと解明していない現状ではこちらからその抜け穴を探す事も不可能だ。

 

 ウルベルトを裏切る場合、モモンガに助けを乞うしかなくなる。他に勝てる相手が現状いないのだから。

 しかし、そうなるとなぜウルベルトは、ジルクニフをナザリックに呼び、モモンガに会わせようとしているのかが分からない。

 対抗できる相手がいると知らなければ、もはやジルクニフにはウルベルトに従うという選択肢しかありえなかったのにも関わらずだ。

 少しでも奴の計画を狂わせようと、こうして急いでナザリックに向かっているが、全て奴の思惑通りであり、破滅の道を進んでしまっている可能性は否定できない。

 

「ウルベルトについて、お前はどう思う?」

「どうと言われましてもねぇ。存在自体が破格すぎてさっぱりですわ。ああ、でも、悪魔でも我が子は可愛いと思うんだなとは思いましたね」

「そうだな。奴が自身の息子だというデミウルゴスに執着しているのは間違いない。そのデミウルゴスが、今回のウルベルトがこの様な行動を取った原因の一因であると俺は見ている」

 

 息子と言っても、血が繋がった家族というわけではない。

 想像を絶する事実だが、その力のレベルだけで言えばウルベルトとも変わらない存在を創り上げたのだという。ゴーレム等ならまだ理解はできるが、生き物を、それも高レベルな存在を創り出すなど神の御業としか言いようがない。

 他の仲間が創った者も含めて、そう言う存在が何人もいるらしく、ウルベルトはそれを“えぬぴーしー”と呼んでおり、要は忠義心の厚いシモベなのだという。

 

 ただ、彼自身が理想を注ぎ込んで創り上げた悪魔の事だけは、シモベなどではなく大事な息子なのだ言って自慢してきた。

 息子の話をする時のウルベルトは、いつも以上に饒舌になる。

 それが一度だけ、一瞬言葉を詰まらせた瞬間があったのをジルクニフは見逃さなかった。

 ジルクニフが、それほど愛され、忠義心ある息子ならば、うちのフールーダやレイナースと違ってウルベルトを裏切る心配もないのだろうなと言う言葉を投げかけた時だ。

 言葉を詰まらせたのは一瞬で、その後その通りだと肯定をしてきたが、どこか忌々しい表情になっていたようにジルクニフには見えた。

 その為、ただの神々の親子喧嘩に人類が巻き込まれただけという可能性は大いにある。

 

「そこで聞きたいのだが、子供と喧嘩をしている時であっても、その子供をあれほどまでに褒め称える物なのか?」

 

 親子喧嘩であった場合、そこが不自然に感じた。

 ジルクニフに子供はいるが、次代の皇帝になる存在としか見ておらず、全く愛着がないというわけではないが、しかし、我が子としてきちんと向き合った事は一度もない。その為、親の心境と言うのは今一読み解けない。

 

「まぁ、どんな時でも子供は可愛いもんですがね。とは言え俺なら、子供側が何かやらかした上での喧嘩って言うなら、こんな事もする悪ガキでってどっかで言っちまうかもしれませんね。俺に非があるなら、その場で謝っちまいますから、子供と喧嘩して許してもらえないって愚痴るってとこですかね」

「まぁ、そんなところか。子供が何かしたというには、あまりにも息子は完璧であると強調していたし、あれほど忠義心が強いと言っていた息子が、よもや親が何かやったからと言って許さないとは考えにくい。となると、第三者が関わってくるわけか」

「と言うと、誰ですか?」

「まぁ、十中八九モモンガだろうな。ナザリックに来たら仲良くしてやってくれと強調してくる割に、奴のやることなす事を否定していたからな」

 

 支配者に向いていないにも関わらず、無理して支配者ぶる姿は滑稽だとか、ナザリックを捨てた昔の仲間に固執する姿はいっそ哀れだと、棘のある口調で話していた。

 モモンガが、デミウルゴスにウルベルトを裏切るように仕向けているという事なのか。ただ、その説もなんだかしっくりこない。

 

 そもそも、全てがあの悪魔の演技である可能性もある。

 話す内容自体は、その殆どがまだ裏付けできていないが、おおよそ真実であろう。

 ユグドラシルと言う別の世界からやってくると言う“ぷれいやー”と言う存在。六大神や、八欲王の存在もこのぷれいやーであろうと、ウルベルトは告げた。

 実際、ウルベルトが前々からこの世界にいた存在ではなく、別の世界からいきなりやって来たというのは納得のいくものであった。明らかに、その力はけた違いすぎる。

 

 ただ、奴が話した中で信じがたい話が一つあり、そのユグドラシルに行く前にまた別の“りある”という世界にも存在しており、その世界では普通の人間だったと奴は言う。そして、その人間の姿こそが本来の姿なのだと。

 これほどまでに力を持った存在が、ただの人間だったとは到底考えにくい。

 だが、奴の王国の貴族に対する憎悪の感情は、まさに人間的であった。絶対の強者たる悪魔であれば、愚かな人間の行いを嘲り笑っていても良いように思われたが、そうではなかった。あれは、下から見上げる目線だ。底辺を知っているからこその悪態であったようにジルクニフは思う。

 

 故に、彼とモモンガが元は人間であると、とりあえずは信じている。

 とはいえ、悪魔やアンデッドの体にひっぱられて精神構造が変わってきていると本人も言っていたのだから、ただの人間として見る事はもちろんできない。

 ただの人間がいきなり世界を破壊できるほどの強大な力を得て、その超越感に虐殺を開始しても何ら不思議ではない。現に、八欲王のせいで世界は崩壊しかけたのだから。

 それでも、生まれながらの悪魔やアンデッドだというよりは、対話の余地があるように思われ、若干ではあるが心に余裕を持たせる要因でもあった。

 

 ただ、ウルベルトは何か一つ嘘を吐いている。

 これは、ただのジルクニフの勘であり、本当にそうなのかわからないし、実際のところ一つどころではないのかもしれないけれども、確かにあの悪魔は嘘を吐いている。

 それがどれの事なのかが分からない。

 真実だろうと思われる事柄があまりにも巨大すぎて、情報の整理がまだ追い付いていない。

 奴の虚を突こうと、こうして早くに行動した事も、正しいのかどうか未だ判断つかない。

 

「おっと、そろそろ目的地に着きそうですね」

 

 どう転ぶかわからないが、ここまで来れば腹をくくるしかない。

 ウルベルトがもうすでに帰還して、話を通しているならば良くも悪くもすんなりナザリックに入る事が出来たのだろうが、かなり早くと行動している以上、話を全く通していない可能性もある。むしろ、そうであるならばジルクニフはウルベルトの裏をかけたという事だ。

 本来ならば、先に伝達しておく案件だが今回はアポなし。モモンガには会えない可能性ももちろんあるが、どこであろうともすぐさま魔法で転移できるのだから、もし冒険者として活動していたとしても一時的にこちらに戻るくらいは訳ないだろう。まぁ、それはウルベルトも同様である以上、早く行動を起こしたことにさほど意味はないのかもしれないが。

 

 小高い丘の近くにログハウスが見える。その近くに馬車を止めると、なるべく素早く身支度を整えて馬車を降りる。

 フールーダもある程度弁えているのか、今のところ問題はなさそうで安心する。

 

 ログハウスから女性が出てくる。

 非常に整った容姿をしており、眼鏡をかけ髪は結い上げて夜会巻きにしている。

 事前に、見目麗しいメイドがいる事は聞かされていたが、それでもなおこれほどの美人がいるものかと驚かされる。

 だが、美女に気を取られている訳にもいかない。すぐさまこちらが敵対者ではない事を知らせるために、ウルベルトからの書状を彼女に見せ、もし、モモンガがいる様であれば会いたい旨を伝える。

 彼女は、驚きながらその書状を確認する。

 

「確かに、ウルベルト様のお書きになられた書状のご様子。私は、戦闘メイドプレアデスが一人、ユリ・アルファと申します。今、アインズ様に確認と取ってまいりますので、こちらのログハウスでしばしお待ちいただいてもよろしいでしょうか。突然の来訪でしたので、おもてなしの準備が整っておらず恐縮なのですが」

 

 書状を読み終わった彼女から、完全に相手がどのような人物か探るような視線がなくなった。書状には、特に問題はなかったと、とりあえず安心しても良いという事だろうか。

 また、事前に知っていたという訳でもなさそうだ。ウルベルトの裏をかいて行動できたとみるべきか。いや、それを判断するのはまだ早いだろう。

 

「いや、こちらこそ突然すまなかったね。ウルベルトからはいつでも来て良いと言われていたが、皇帝と言う役職柄、休みがいつ取れるか分からなくてね。どうしても今日しか予定が合わず、伝令を出すこともできなかった無礼を詫びさせてくれ。ああ、ウルベルトと呼び捨てしているが、彼たっての希望でね、君たちの主人をそう呼ぶ事を許して欲しい」

「ウルベルト様のご意思という事であれば、こちらから申す事はございません」

 

 ログハウスの中に、ジルクニフ一行が通される。やたらと天井が高い作りになっている。

 一堂に飲み物を出した後、ユリが奥の部屋に消えていく。

 

「美味いっすね、この飲み物。こんなに美味い飲み物、初めて飲みましたよ」

「そうだな。ウルベルトが、ここの飲食物は美味すぎて味覚が崩壊しそうになると言っていたのも頷ける」

 

 もし、ナザリックの全容を知らずにこの地に来るような事があったとするならば、この飲み物だけで己の敗北を悟り、帰りたいなどと言っていたかもしれない。

 ほどなくして、ユリが戻ってくる。

 

「アインズ様より許可が下りました。これから、ナザリック地下大墳墓までご案内いたしますので、私の後と着いて来ていただけますよう、お願いいたします」

 

 さぁ、勝負はこれからだ。

 ジルクニフは腹を括り、ユリに案内されるまま鏡のようなアイテムを通り、魔窟へと足を踏み入れた。

 




 近場の中で一番まともそうな国で、プレイヤーもいなさそうっていうだけの理由で悪魔に目を付けられた帝国。かわいそう。
 ジルクニフ好きなんで、頭髪を薄くしたくはないなぁと話をまだちゃんと考えていない頃は思っていたんですが、無理でした。

 リザードマンは、元々世界征服する予定もなかったんで普通に暮らしてます。というか、モモンガさんもウルベルトさんもそれどころじゃないので。


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10話 友人

「良くぞ参られたバハルス帝国の皇帝。私がナザリック地下大墳墓が主人、アインズ・ウール・ゴウンだ。我が友、ウルベルトの友人だという君を、歓迎しよう」

 

 玉座に座るアンデッドがそう告げる。

 その傍には、羽を生やした美女がいる。彼女がこのナザリックのシモベ全て統括する役職にあり、このナザリックにおいて知恵者として位置している事をウルベルトから聞いているジルクニフは彼女を真っ先に警戒する。

 他にも、銀髪の美少女と、青白い昆虫のような者、ダークエルフの双子も存在しており、彼らとて一人で国を亡ぼせるほどの力を持った存在なのは知っているので警戒は必要だが、この場において一番気にしておく必要があるのは頭の良い者の存在だ。

 しかし、聞いていた情報にある限り、役職を与えられた強者のみをこうして集めたのはジルクニフを敵と見て警戒しているが故か。

 やすやすと一対一で話せると思ってはいなかったが、戦力としてはいささか過剰すぎる人員だ。もし、ウルベルトから話を聞いているのであれば、こちらの強さは承知のはず。やはり、事前の連絡をウルベルトからは受けていなかったとみるべきか。

 

 しかし、ウルベルトの息子だという悪魔の姿はここにはない。たまたまナザリックを不在にしているのか、はたまたあえてこの場に呼んでいないのか。できれば、彼の様子は観察しておきたかったのだが致し方ないだろう。こうして、モモンガと面会できただけでも僥倖だ。

 

「突然の来訪を受け入れていただき、感謝の言葉もない。私の名前は長いので、気軽にジルクニフと呼んでいただいて構わない。ウルベルトともそのようにしているし、貴殿ともそう言った気安い仲になれればと思っている」

「では私の事はアインズと……いや、ジルクニフは私の事をモモンガと呼んでいたようだが、それはウルベルトから聞いていたのだな」

「ああ。普段は、アインズ・ウール・ゴウンという名前で冒険者として活動しているのも承知だ。こちらが、ウルベルトとその真実を教えてもらえるほどの仲だとすぐに理解してもらえるように、モモンガという名前で君を呼び出してしまったが、私はどちらの呼び名でも構わないよ」

「そうか、全て承知なのだな。では、モモンガでも構わない。もし、外で私と会う事があるのならば、その時はアインズで頼む」

「では、改めてモモンガ。君とこうして会えた事に感謝を」

 

 山羊の表情もわかりにくかったが、肉のついてない骸骨の表情はサッパリわからない。それ故に、声色だけで相手の事を判断する必要がある。

 とりあえず、モモンガに関しては現状、特に問題はないように思われる。ウルベルトから聞いていた話との齟齬もなさそうだ。

 問題があるとすれば、周りに連れている階層守護者という地位についているはずのシモベたちだ。

 モモンガに対して慣れなれしすぎるんじゃないかとその目は訴えている。特に、羽の生えた美女、恐らくアルベドという名前の彼女は、明らかにこちらを警戒して睨みを利かせてくる。まぁ、いきなりの来訪者に警戒しないほうが逆に不自然ではあるが。

 

「とりあえず、私の連れを紹介しよう。こっちにいるのが、バジウッド・ペシュメル。元は平民だが帝国四騎士として、現在私が最も信頼している部下だ。そして、こちらも同じく四騎士の一人レイナース・ロックブルズなのだが、彼女はとある呪いで顔の半分が醜い姿になっていてね、ウルベルトがここにいるペストーニャ殿なら治療できるだろうと言うので連れて来させてもらったのだ」

「ほう、呪いか。どの程度かわからないが、こちらもこの世界にある呪いがどの程度のものか興味もある。その程度の事は構わない。あとで、ペストーニャの元まで案内しよう」

 

 彼女が可哀そうだからなどではなく、この世界での呪いという現象を気にするあたり、やはりその辺の人間への情は薄いと見て良いだろう。できるだけ、利益になる物を提供していく必要がある。

 

「それは助かる。良かったな、レイナース」

 

 そう言って彼女の方に顔を向けると、一応笑顔を取り繕ってはいる物のその奥には恐怖を押し殺している。

 どのような治療が行われるかわからない現状では、致し方ないだろう。

 

「そして、最後になるがこちらが」

「おお、偉大なる王モモンガ様! どうか、どうかこの私めに魔法の深淵を覗かせて下さいませ! それが叶うというのならば、どんなことでも致しましょう。ですから、どうか、どうか!」

 

 身を乗り出して前に出ようとするフールーダに、ジルクニフは顔が怒りに歪みそうになるのを何とか堪える。

 今のところはそれほど悪い印象をモモンガに与えていないはずだが、フールーダがここで暴走すればそれも無意味になる。

 

「落ちつけ。すまない、この者は帝国の首席魔術師で、フールーダ・パラダインという。第六位階まで使う事が出来る存在だ。君たちが来訪するまでは近隣諸国では最も優れた魔法詠唱者だったのだが、自分を超える存在を初めて目にし、こうして取り乱しているんだ。もし、可能であればこの者に魔法の知識を教えていただけると助かる。無論、厚かましいお願いだとは理解しているし、無理だというのならばこのまま帝国に連れ帰るとも」

「第十位階どころか、それを上回る超位の魔法も使えると伺っております! どうか、どうかこの私に至高なる御方の力の一旦をどうか、どうかこの私めに!」

 

 先にもっと酷い光景を見てしまっていたので、土下座して懇願するその姿が比較的にまともに見えてしまうが、初めて会った爺に土下座されるなど、気味が悪いだろう。それに、その血走った眼は狂人と言って差し支えのないものだ。

 ウルベルトの時のように、足を舐めように玉座まで登ろうとしたならば、そばにいるシモベにすぐさま殺されていただろうが、近づいていかないのは流石にその程度の理性は残っているからであろうか。

 

「それも、ウルベルトが言っていた事なのか? その者に私が魔法を教えるというのは。確かに、この世界において第六位階まで使える存在は珍しく、貴重ではあるが……」

 

 この変態を? 言い淀んだそのあとのセリフはこんなところだろうか。この程度の痴態でここまでドン引きさせているのだから、あの時のようになりふり構っていない状態ならすでに追い出されていたかもしれない。

 

「ウルベルトは、自分が教えるよりモモンガの方が知識を持っているからと言っていたが、無理ならば本当にいいんだ。なっ、フールーダ」

「いいえ! 魔法の深淵を教えていただけるまでこの場を離れませんぞ!」

 

 この糞爺。

 そのせいでこちらまで追い出されようとお構いなしだ。その対応がより一層に心証を悪くしているであろう事も気づいていないのだから始末が悪い。

 

「そうか、いや、まぁ、うん。そうだな、ならばナザリックの10階層にある図書館に行くことを許可しよう。まず、書物から魔法について知識を得るのが良いだろう」

「おお! ありがたきお言葉! このフールーダ・パラダイン。至高なる御方に感謝を捧げます」

 

 そう言って、フールーダが涙をこぼしながら額を床につけて感謝の意を告げる。

 助かった。とりあえず、これで一番懸念していた心配が払拭された。モモンガはそれなりに寛大な心を持っているようだ。

 いや、ウルベルトの頼みを断る事が出来ないと言ったほうが正しいのかもしれない。ウルベルトの名を出さなければ、こうはなっていなかったはずだ。

 

「では、こちらからも自己紹介をしておこうか」

 

 そう言って紹介された名はウルベルトから聞いていたのと同じだ。今のところ、ウルベルトからもたらされた情報と乖離している部分は見当たらない。

 

「ところで、ジルクニフはウルベルトとどうやって出会ったのだ?」

「どうやってと言われても、彼が突然押しかけて来た、としか言いようがないな。そして、自分の友人とも同じく友達になって欲しいと言われて、こうしてやって来た次第だ」

「そっ、そうか。ところで、彼は今どこで何をしているのかなどは知っているのか?」

「残念ならが、一昨日帝国を出て行ってからの彼がどこへ行ったのかは知らないんだ。スレイン法国と、アーグランド評議国辺りに興味を示しているようだったが、ああ、あと竜王国の話をしている時、どう言う意味かはしらないがぺロロンチーノと、呟いていたな」

「ぺロロンチーノ様っ!」

 

 突如、銀髪の美少女、シャルティア・ブラッド・フォールンが大きな声を上げた。

 ぺロロンチーノと言うのがどういう単語なのか、ジルクニフは理解していなかったのだが、何となく食べ物のような響きの単語だな、などと思っていたが彼女が様と敬称をつけて呼んだという事は人物名だったという事だ。

 しかも、彼女が様をつけて呼ぶとなると恐らく、ウルベルトやモモンガと同じ“ぷれいやー”の一人なのだろう。

 

「ぺロロンチーノと言うのは、我が同胞の名なのだが、確かにウルベルトはその名を口にしたのか?」

 

 モモンガも、仲間の名が出た事で期待をするような声でそう言う。今はいない仲間に執着しているというのは本当のようだ。

 他の周りにいるシモベたちも、声こそ出さないがどこか期待したような面持ちだ。

 だが、一人だけ冷めた表情の女がいる。

 守護者統括アルベド。彼女だけは、どうも他のシモベと比べると様子が違う。

 

「残念ながら、本人がいるという話ではないだろう。そこの王女が竜の血を引いている事もあり、かなりの年齢のはずなのだが、幼女の様な姿をしているという話題になった時、そのぺロロンチーノ殿の名を呟いていただけで」

「あっ……」

 

 モモンガが、全てを察したというような声を漏らす。

 恐らく、ぺロロンチーノなる人物はロリコンであり、幼女と言う単語にウルベルトも昔の仲間の名前を出したという、そんなところか。

 

 それよりも気になるのはアルベドの反応だ。もしかしたら、ウルベルトはアルベドのあの反応をジルクニフに見せるために、ぺロロンチーノと言う名を呟いたのではないだろうか。もしそうだとするならば、アルベドのあの反応は何に起因するものかを見極める必要が出てくる。

 しかし、同時に嫌な感覚がある。今の段階であまり踏み込みすぎるべきではないか。

 

 興奮気味のシャルティアを、モモンガがたまたま名前を呟いただけで関係ないだろうと宥めており、後ろを振り向かなければ見る事の出来ないアルベドの表情に気づいた様子はない。

 

「期待させるような事を言って申し訳なかった。お詫びと言うわけではないんだが、モモンガにプレゼントを持ってきたんだ、受け取ってくれないだろうか」

 

 そう言って、ジルクニフが後ろに控えているバジウッドに目配せをして持ってきた荷物を前に置かせる。

 

「これは?」

「口だけ賢者が発案したマジックアイテムで、こっちの方の箱は中が冷たくなっているんだが、ウルベルトは“れいぞうこ”と呼んでいたな。こちらの冷たい風が吹くアイテムの事は“せんぷうき”と呼んでいたか。帝国内で高級品と言われる物でも、このナザリックで作られたものに比べれば見劣りするだけだろうと思ってね。市場で普通に売られるような物ではあるが、モモンガはマジックアイテムを集めるのが趣味だと聞いて、こう言った物の方が興味があるんじゃないかと思って用意したんだが、どうかな」

「なるほど、確かにそれは興味深いな」

 

 そう言って、モモンガがわざわざ玉座から降りて来る。

 アルベドが、念のためこちらで確認を取ってからの方が良いのではと当然の忠告をするが、モモンガは問題ないとそれを制す。

 

「ウルベルトさんがここまで話をしているという事は、彼の事は信頼しても良いだろう」

 

 モモンガの言葉に、アルベドがその表情を僅かながら歪める。彼女はウルベルトを信頼していないという事か。

 もしかしたら、知恵者である彼女はウルベルトの裏切りに気づきながらも、まだ確証が持てず、モモンガにそれを伝える事もできない立場という事もあり得るか。そうなると、彼女を味方につけるべきか。その場合は、ウルベルトと真に仲が良いと思われるとまずいが、この場でそれを匂わせると、現状まだウルベルトを信頼しているであろうモモンガとの仲が一気に決裂する可能性もある。

 アルベドについては気になるが、現状はモモンガに近づく事が最優先。ならば、今はウルベルトと仲が良いと思わせておいた方が良い。

 

 モモンガは、物珍しそうにマジックアイテムを眺めている。その様子を見るにウルベルトが言うように、確かに元は一般人であった可能性は高いように思われる。

 だからと言って油断のできる相手ではない。彼の逆鱗に触れればこの世界は一気に火の海になるのだから。

 

「帝国の市場ではそう言ったマジックアイテムを売っていてね、もし遊びに来ることがあればぜひ行ってみるといい。事前に知らせてくれれば、私も案内するよ」

「皇帝という立場でも、そう簡単に街の市場に出かけたりするものなのか?」

「民がどういった暮らしをしているのか直に確認するのも皇帝の務め。たまに、お忍びで街の様子を見に行くこともあるさ」

「ええ、陛下はいきなり突拍子もない事をする事もあるんで、護衛するこっちもたまったもんじゃありません」

 

 軽口を叩くバジウッドに、モモンガは興味を引かれた様子であった。そして、それに対して特に気にした様子がないジルクニフにも。

 

「ふむ。この玉座の間は友人と語らうにはいささか大仰だな。私の私室に案内しよう。できれば座って話をしたいのだが、良いだろうか」

「もちろんこちちらは構わないよ」

「そうか、では、マーレはフールーダ殿を図書館まで案内してやってくれ。アウラは、レイナース殿をペストーニャの元へ。ジルクニフと、バジウッド殿はこのまま私が案内するので、アルベド、メイドにお茶の準備をするように伝えておいてくれ」

 

 モモンガが指示を出し、そこにバジウッドが口を挟む。

 

「すいません、モモンガ様、こんな素晴らしい場所に来たのは初めてで、出来ればこのナザリックを見て回る事はできませんかね? この玉座の間の入り口なんて見たとたん感動しちゃいましてね、モモンガ様がお仲間と作り上げたという、この場所をもう少し見てみたいんですが」

「そうか。うむ。良いだろう。では、コキュートス。彼にこのナザリックを案内してやってくれるか」

「承知イタシマシタ」

 

 予定通り過ぎる流れだ。ウルベルトから、ナザリックやモモンガの仲間を褒めておけば良いと言われたが、こうもあっさりナザリックを見て回れる許可が下りるとは思わなかった。

 無論、見ても問題ない場所だけになるだろうし、こちらの戦力では対処しようがないことが分かっているが、それでも拠点の構造を知ることは重要だ。ウルベルトから聞いた情報と同じなのか、齟齬があるのかも確認しておきたい。

 そうして、フールーダは心の底から嬉しそうに、レイナースは不安混じりな表情で、バジウッドは不安を表情には出さず飄々としていつもの表情でその場を後にし、ジルクニフもモモンガに付き添われて玉座の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直に言ってね、私は君が、いや君たちが怖いんだよ」

 

 出されたお茶を一口飲んだのち、ジルクニフはそう言葉を紡いだ。

 

「こんな事を言うと気分を害するかもしれないが、嘘を言うより本音で語った方が良いと思ってね。人間は弱い。君らからすれば、我々がちっぽけな存在だ。今ここで君の不評を買えば私だけでなく、帝国そのものが一瞬で塵となってしまう事だろう。それが恐ろしくて、今君と対話をしているんだ」

 

 そう言われて、別段アインズはそれを不快に思う事はなかった。

 彼の言葉は紛れもない本物で、彼が言ったようにアインズは今それだけの力を持ち得ているのだから、むしろ怖がらない方が不自然だ。

 この世界に来て、アンデッドと言うのがどれほど恐れられているのかは理解している。人類の敵としてみなされている存在に、こうして対話を試みようというのは、よほど勇気がある事だったのではないだろうか。

 

「それは、私がアンデッドである以上仕方のない事だろう」

「しかし、君もウルベルトも、元は人間なのだろう?」

「ウルベルトさんは、そんな事まで話したんですか」

 

 その事実を話していた事にも驚いたが、ジルクニフがそれを信じている事にも驚いた。

 そうだとすると、さっきまで玉座の間でしていた支配者の態度は滑稽だったかもしれない。そうでなくても、目の前にいるのは本物の生まれながらの支配者だ。

 

「半信半疑だったが、君とこうして話しているとそれが真実だと思える。だからこそ、国としてはまだ難しいが、私、ジルクニフ個人としては歩み寄り、理解をする事は出来るのではないかと考えている。個人と個人の歩み寄りが叶えば、かなりの年月はかかるだろうが、国としても君たちと付き合っていけるのではないかと。まぁ、私の代では無理かもしれないが、とりあえず、エルフの奴隷制度はウルベルトの進言もあり早急に撤廃するように勧めている」

 

 エルフの奴隷など言われても、そんな制度があったのか程度しか思わない。

 アンデッドが嫌われているのはわかっているから、正体がバレない様に気を付けないといけないなと、そんな風にしか思った事はない。

 冒険者をして、漆黒の剣の様に一時的に仲が良くなった存在はいたが、アインズから歩み寄ろうとしたことは一度もなかった。

 ギルドメンバーと、そのみんなで作り上げたナザリックさえあればそれで良かったから。

 ああ、でもきっと、ウルベルトはそれだけではダメだったのだろう。ダメだったし、アインズにもそれで良しとして欲しくなかったのではないだろうか。

 

「モモンガ、どうかこの私と、友人となってくれないだろうか。バハルス帝国の皇帝としてではなく、私個人と」

 

 その言葉が、とても嬉しかった。

 リアルでは、友達など誰一人いなかった。

 友達と呼べるのは、ギルドメンバーだけだったが、それもたっち・みーに誘われた仲間になり、徐々にその仲間が増えていき、その輪の中に自分がいただけで、こんな風に友達になりたいなんて言われた事は一度もなかった。

 以前、ウルベルトが外の友達を作った方が言っていたが、そのためにジルクニフを連れて来たという事なのだろう。

 

「おっ、俺で良ければ、よろしくお願いします」

「ウルベルトが、モモンガは支配者の演技をして気疲れをしていると言っていたし、そうして普通に喋ってもらえると私としても気が楽だ」

「ありがとう。ジルクニフは、部下とは親しいようで羨ましいよ」

「バジウッドは元々平民だからな。正式な場であればある程度はきちんとした態度をとらせるようにはしているが、基本は喋り方を強要するようなことはしていない。畏まった喋りをして、何か得があるわけでもなし、慣れ親しんだ喋り方の方が、意見も言いやすいという物だ」

 

 ウルベルトは貴族などの権力者を憎んでいたが、こういった柔軟な考えができるジルクニフはその対象にならないという事なのだろう。

 

「ナザリックのNPCたちとも、あんな風に気軽に喋れるようになりたいと思っているんだけど、難しいですかね」

「それは恐らく無理だろう。さっきも言ったように、バジウッドの場合は元がその喋り方だったからそうしているに過ぎない。見た限り、君の周りにいる“えぬぴーしー”達は、あれが自然な喋り方だからそうしているに過ぎない。それに、平民出身の者が全て私に軽口を叩く訳ではない。身分ある物に敬語を使った方が楽だと思う者の方が多い。普段しない喋り方をする方が、考えて物を言う分、間違った事を言う事が少ないからだ」

「そうか。やっぱり、無理か」

「そうだな、彼らの喋り方や態度をいきなり変えろと言っても、それは無理を強いるだけになるだろう。だが、だからと言って、モモンガがそれに合わせる必要もないだろう。お互いがどうしたいかを話し合い、妥協点を探すべきだ。思うに、君は相手の目の色を伺いすぎだ。もう少し、我儘を言っても構わないと思うよ」

 

 そんな事、許されるのだろうか。

 それで、嫌われたりしないだろうか。

 

「すぐには無理かもしれないが、異形種となった今の君にはいくらでも時間はあるだろう。少しずつ、話し合って改善していけばいいさ。君と私が、こうして対話をしているように」

 

 対話。

 そういえば、NPC達と少しくらいは話そうとしようとはしていたが、結局自分については何も話していなかったように思う。

 彼らが求めているのはナザリックの支配者で、自分はそれに見合うだけの中身を持ち合わせてはいなかったから。

 

「君の話を聞かせてくれないだろうか。ウルベルトから聞いたが、ユグドラシルという世界では数々の冒険を仲間としてきたのだろう。そう言った話でも構わない。異世界での冒険譚は、心躍る物だからね」

 

 そう言ってくれるジルクニフの笑顔は、とても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はジルクニフが遊びに来ましたよ」

 

 ウルベルトからの定例の〈伝言〉(メッセージ)に、アインズはまずその話をした。

 あんな風に誰かと話すのは久しぶりで、とても楽しい時間だった。そして、その時間をくれたのがウルベルトだというのも、嬉しかった要因の一つだ。

 教えてくれれば良かったのにとは思うが、サプライズがしたかったのだろうと、そう思っていた。

 

『えっ、あっ、ジルクニフ今日来たんですか?』

 

 当然、ウルベルトは承知だと思っていたのだが、驚いたような声が聞こえる。

 

「あの、ウルベルトさんの友達だって言って、ウルベルトさんの書いた書状も持ってたから普通にナザリックに招待したんですけど、良かったんですよね?」

 

 ウルベルトの態度に、何か自分は間違ったのではないのかと不安になる。

 また、アルベドの設定を変えた時の様に、取り返しのつかない失敗を犯して、友人を怒らせるような事はしたくない。

 

『ああ、いや、それは間違いないです。大丈夫です。ナザリックの連中って人間軽視している奴ばっかりだからちょっと不安だったんですけど、無事なら問題ないです』

 

 脅しすぎたか、というような小声が聞こえたような気がするが、はっきりとは聞き取れなかったし聞き間違いかなと、アインズは気にせず話しを進める。

 

「みんな、ウルベルトさんの命令だからって伝えたら、特に問題はなかったですよ。アルベドは、結構最後まで警戒してるっぽかったですけど」

『あー、なるほど。アルベドだけ、ね。それで、ジルクニフとは仲良くなれました?』

 

 ああ、やはりアインズに友達を作ろとしてくれて行動なのかとほっとする。

 

「はい。久しぶりにユグドラシルでの話とかできて凄く楽しかったです。今度は、ウルベルトさんもいる時にそういう機会が作れたらいいですね」

『機会があったら、ですね。皇帝って忙しいでしょうから』

「ですね。俺みたいな偽物じゃなくて本物の支配者ですもんね。今日も、他に来れる日がなかったからこの日になったって言ってましたし」

 

 後半はアインズばかりが喋ってしまっていたが、ジルクニフの話も興味深いものがあった。そして、聞けば聞くほど、アインズは自分には支配者としての素質はないんだろうなと思い知らされた。

 とてもじゃないが、マネなんて出来る訳がない。今は騙し騙しやっているが、本物と比べると自身がどれだけ支配者として劣っていのかがはっきりと見えてくる。

 きっと、ウルベルトがアインズの友人としてジルクニフを選んだのはそれをわからせる為だったのだろう。

 

「ところで、あのフールーダって人、何なんですか?」

 

 ジルクニフ一行はもうすでに帰ってしまったが、一人だけどうしてもと言うのでナザリックに残った老人の名を上げた。

 帰りたくないと駄々をこねるフールーダに、ジルクニフが苦い顔をしていたのを思い出す。結局、一応ウルベルトからもアインズから魔法を習ったら良いんじゃないかと言われている彼をどうするのが良いのかわからず、そのまま図書館に放置している状態だ。

 

『あれは、変態です』

「いや、変態なのはわかりますけど、あれ、どうしたら良いんですか? 魔法を教えるって言っても、ゲームで習得しただけだから、俺も教えるような知識がないから図書館で適当な本を読んでもらってるんですけど」

『ああ、そうですね。とりあえず、それで良いと思います』

「……面倒くさいからって、俺に押し付けただけとか、ないですよね?」

『なんか、臭いにおいを嗅ぐと、他の人にも嗅がせたくなるじゃないですか、そういう感覚ですね』

「…………」

『と言うのは半分冗談で、一応現地人の中では一番高位、っていっても第六位階ですけど、まだ使えるっていうし、人間なのに200年以上生きているっていうから、なんか今後のナザリックにその知識と経験が役に立つんじゃないかと思いまして』

 

 半分は本気なのか。

 とりあえず、今は本に夢中であるし、ウルベルトが戻って来るまではそれで何とかなるだろう。

 

「ウルベルトさんは、今日何をしていたんですか?」

『今日はケーキを食べました』

「ケーキ?」

『はい、クリームが乗っているような奴じゃなくて、素朴な感じのバターケーキで、とても美味しかったです』

 

 アインズは飲食ができないのでわからないが、食べ物ならばナザリックの物の方が美味しいんじゃないのだろうかと思うが、外で食べるそれは特別だったという事なのだろう。

 

 その後もう少しだけ話をして、ウルベルトの方から〈伝言〉(メッセージ)を切ってその日の二人の会話は終了したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗したかもしれんな」

 

 ナザリックから帝国へ戻る馬車の中、ジルクニフは一言そう呟いた。

 馬車にいるのは、行きと同じくジルクニフとバジウッドのみだ。

 

「仲良くなってるように見えましたが、何か問題があったんで?」

「そこがもしかしたら問題になるかもしれん。とは言え、もはや今更だな。どちらにつくべきか、早々に見極める必要がある」

 

 ジルクニフのモモンガに対する評は、良くも悪くも一般人だ。愚者という事はないが、特別頭が切れるという事もない。正義でもなければ、悪でもない言わば中立の存在。

 いや、現状を理解できていないという意味では愚者とも言えるかもしれない。

 ジルクニフが友人になろうといった言葉を素直に信じるほどには愚か者だが、純粋と捉えた方がこの場合は正しいだろう。

 

 そもそも、モモンガがジルクニフを信用すると決めたのは、ウルベルトから本来であれば気軽に話さないであろう事まで聞いていたからだ。ウルベルトが信頼する人物を信頼したに過ぎない。現に、最初の時点ではあれだけの戦力を集めていたのだから、本来は慎重な男のはずだ。

 もちろん、モモンガの言動が演技である可能性も全くなくはないが、恐らくそれはないだろとジルクニフは見ている。ユグドラシルと言う世界に話す時のあの興奮しきった様子は、流石に演技とは思えなかったし、話も脈絡がないものが多かった。あえてそれをしたというならばかなりの役者だが、そこにメリットがあったとは思えない。

 

「元より、いつ来るようにと指定していなかったというのは、いつ来ても問題がないようにすでに手筈が整っていたという事だろうな。まぁ、想定はしていたが」

「それで、奴の狙いはわかったんですかい?」

「おおよそな」

 

 とはいえ、まだ核心部分にまでは至っていない。

 

「この憶測があっているなら、モモンガとはあまり仲が良くなりすぎるべきではなかったのかもしれん」

「それはまた、どうして」

「仲が良くなったと思っていた人間から裏切られれば、知らない人間から悪口を言われるより腹が立つだろう。そういう事だ」

「モモンガを裏切るんですか?」

「ウルベルトの側につく場合はそうなるだろうな。あれだけ過去の仲間に執着していた男だ、その悪口でも言えば簡単に人一人くらい殺めるだろうよ」

「ウルベルトにつけば、帝国は奴が守るんですよね? なのに、モモンガを裏切って誰か殺されるっていうんですか?」

 

 バジウッドが、理解できないという表情をしている。

 

「誰か、ではなくまず間違いなくその役割は私であろうな。帝国を守ると契約をしているウルベルトは、その帝国の皇帝を傷つけた相手を敵と認定し、ナザリックと敵対関係になる。要は、喧嘩をする口実にされているわけだ」

「そんな、喧嘩するのに回りくどい事をする必要があるんですか?」

「そこがまだ見えていない。恐らく、息子と言うのがその辺に絡んでくるんだろうがな」

 

 やはり、デミウルゴスという男に会えなかったのが残念だ。モモンガは、外で別の任務をさせていると言っていた。

 たまたまなのか、そうでないのかは判断できない。ウルベルトが、あえて会わせないようにそうしている可能性は大いにある。

 

「しかし、喧嘩って言ったって、そうなった場合、ナザリックの連中のほとんどはモモンガに着くんですよね? なら、モモンガの方に着いた方がよくないですか? 陛下も死なずに済むわけですし」

 

 バジウッドから、ナザリックの様子を聞いたが、聞いていた以上の凄まじさだった。加えて、レイナースからペストーニャと言う人物の話を聞いたが、彼女は蘇生の魔術もできると話していたと言っていた。

 余談だが、レイナースは現在、一応行きと同じく馬に乗って馬車を先導しているが、帝国に着き次第、四騎士を辞める事になっている。

 元よりそういう契約だったとはいえ、呪いが解けた彼女は満面の笑みで再会したジルクニフに、恐らく事前に用意していたであろう辞表届を差し出してきた。ペストーニャと言うのは、かなりの好人物であったようで、犬頭のメイドの事を話す彼女はどこか興奮した面持ちであった。

 

 ウルベルトの方がモモンガよりも強いとウルベルト本人が言っており、それについてはモモンガも嬉しそうにウルベルトがどれだけ強いかを語っていたのでその点は間違いない。

 とはいえ、あれだけの数の戦力と、回復においても万全な体制のナザリックと真正面から戦えるとは思えない。

 

「そこまでの戦力差がありながら、あえて挑もうとしているというのであれば、何か秘策があるのは間違いなかろう。少なくとも、五分にはなる程度の秘策がな」

 

 そして、逆にモモンガの方はウルベルトを完全に信頼しきっているため、何の準備もしていないはずだ。

 

「そうだとしても、今からモモンガにそれを伝えて対策をとるとかは出来ないんですか?」

「無理だな」

「どうして?」

「モモンガのウルベルトを含めた仲間への執着心が異常すぎる。今、何の証拠もなしにウルベルトが裏切っているなどと言えば、その時点で私の首は飛んでいる。ウルベルトの行動の証拠がつかめない状況では、我々はモモンガの側につこうと泣き寝入りする事もできん。案外、あの執着心が面倒で、ウルベルトはモモンガから離反しようとしているのかもしれんな」

 

 それが全てと言うわけではないだろうが、それも理由の一つとしてあるのではないだろうか。

 それほどまでに、モモンガは拗らせている。

 今時点でジルクニフの首が飛べば、契約通りウルベルトはモモンガから帝国を守り、その後にジルクニフが実はモモンガに寝返ろうとしたという事実を突き付けて契約を破棄し、帝国を滅亡させる流れになるだろう。いや、滅亡まではさせないかもしれないが、どちらにせよ帝国国民に人権はなくなる。

 選択の余地は、ほぼないと言った状態だ。

 

「まったく、いやな時代に生まれてきてしまったものだ」

「本当に、その通りですね」

 

 結局、帰りの馬車でも睡眠をとる事にできず、ジルクニフは帝都へと帰宅する。

 頼りになるかはわからないが、現状を他国にも伝えるべきだと、今回の事柄を暗号でしたためた書状を御者に持たせて法国に向かうようにはさせているが、期待は全く持てずため息ばかりが漏れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドは、先日アインズより使用を許可された自室でウルベルトの考えを思案していたが未だに答えに到達しない。

 “りある”に帰ろうとしているという発言は、かなり危険を犯しながらも聞き出す事が出来たが、結局こちらの動きも見透かされてしまい、自身のワールドアイテムも奪われ、ろくに身動きもできない状態だ。

 それでも、聞き出すのであればあの場しかないと思っていたし、今でもそうだと思っている。

 問題は、その後の奴の動きだ。

 

 先ほど訪れていた帝国の皇帝とか言う男は一体何の意味があったのか。

 ナザリックの支配者たるアインズに何も告げず、ナザリックの事を外部の者に露呈させるなど裏切り行為と言って差し支えないはずのものだ。

 アインズを含め、他のシモベたちはそれでもウルベルトが良いと言ったならばと許容していたが、至高の御方であろうと、そんな事が許されて良いはずがない。

 皆、至高の御方がやる事であればと盲目的に従っている。

 だが、ウルベルトが裏で何か企んでいる事は間違いない。

 先ほどの皇帝に話を聞けば、ウルベルトがナザリックやモモンガを裏切ろうとしている証拠が出てくるのかもしれないが、流石にそんな簡単な話な訳がない。

 

 もし、本当にそんな簡単な話であるならば、大義名分を持ってウルベルトを殺す事が出来てしまう。

 それは、あまりにもアルベドにとって都合が良すぎる。

 

 やはり罠と考えるべきか。

 ウルベルトとて、流石にナザリックの全勢力を相手にして勝てるわけがない。そんな事は分かり切っているはずであり、ウルベルトは“りある”でやる事があると言っていた。ならば、そんな行動をするはずがない。

 そうだ、そんな事があるはずがない。

 現にワールドアイテムを奪われたのだから、奴がこちらを警戒している事は明らかだ。

 アルベドの元に毎日アインズが来てくれるようになったのも、ウルベルトがアルベドの動きを封じるために行ったことで間違いはない。アインズが来てくれる事は嬉しく思うが、これにより完全に自由に動く時間が奪われた。

 

 アインズからの絶対の信用を持っており、ある程度は何をしても許されているウルベルトが、わざわざナザリックに敵対するはずがないし、もしそうだとするならばその利点とは一体何なのか。

 利点は一向に見えて来ないが、ウルベルトの一連の行動は不信感を抱くものばかりで、敵対する理由をわざわざ作っているようにしかやはり思えない。

 そんな事はない。そんな、都合の良すぎる事がある訳がない。

 やはり今は下手に動くべきではないと、帝国皇帝に裏を取る事はやめ、アルベドは通常の執務に戻るべく自室を後にした。

 




 このモモンガさんは、原作ほど支配者の練習してない事もあって余計にジルクニフに会って自分は支配者に向いてないんだなぁって思ってます。
 というか、ウルベルトさんがデミウルゴスに、自分はそんな頭良くないって言っているのもあるから、至高の御方=自分よりも頭の優れた存在っていう図式になっていないので、今はバレてないけどそのうちバレたんじゃないかなぁ。
 といっても、バレてもNPCの忠誠心は変わらないだろうから、別に問題はないんでしょうけども。気にしてるのはフリをしているモモンガさんだけで。


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11話 休日

『今からお前のいる牧場まで行こうと思っているんだが、詳しい場所を教えてくれないか』

 

 デミウルゴスはつい一時間ほど前に、自身の創造主からそんな内容の〈伝言〉(メッセージ)が来てから、慌てて掃除をしていた。

 まだ作ったばかりの施設は、最低限の物だけで構成されており、良くも悪くも実用性のみに特化した造りになっている。

 ウルベルトを呼ぶには相応しくないが、ウルベルト本人がどうしてもと言うため、その来訪を了承した。そして、最低限のもてなしをするべく、〈伝言〉(メッセージ)が切れるや否や、部下達にウルベルトの来訪を伝えて全員で掃除を始めた。

 せめて、机や椅子などの調度品はナザリックから持ってきたいところであったが、ウルベルトからアインズには内密にと言われてしまいそれも出来ずにいる。

 仕事の合間に作っているウルベルトとアインズ用の玉座も、まだ完成にはほど遠い。

 

 ある程度の準備が出来た所で、羊達にも今から来るウルベルトに粗相をしないようにと言い含める。

 もしもの事を考えて、支配の呪言で身動きやその言動をさせないようにするべきかと悩むが、彼らが足掻き、悲鳴を上げる姿を見せた方がウルベルトも喜ぶだろうかと、忠告するだけに留めておく。

 

 しかし、何故いきなりウルベルトが牧場に来たいなどと言いだしたのか。

 可能性があるとすれば“りある”についての事か、先日のアルベドについての件であろう。

 シャルティアの討伐にアインズだけが向かった際、彼女はウルベルトに対して殺気を放っていたが、あれは恐らく、ウルベルトがアインズを殺そうと企んでいると勘違いをして、あの様な態度をとっていたのだろうとデミウルゴスは推察していた。

 

 そんな事実はないものの、一人で行くアインズをデミウルゴスが思いとどまるように説得しようとした際、ウルベルトがどうしてもアインズを一人で行かせて欲しいと言い、それを聞いたデミウルゴスは事故に見せかけてアインズを消す計画なのかと深読みしていたのだから、アルベドがそう思ってしまうのも仕方がないだろう。

 アルベドが、ウルベルトはデミウルゴスにばかりに構っていると言っていたが、捨てる予定のデミウルゴス以外のナザリックのシモベたちにウルベルトは情を抱かないように接しているのだからその通りだ。

 アインズを失い、さらに自分たちをまた捨てるかもしれない至高の御方一人しかいない状態など、とても許容できる案件ではない。故に、守護者統括たるアルベドがあのような態度をとったのはむしろ当然だ。ウルベルトも言っていたが、彼女の言葉は正しい。

 その為、正直あの場でコキュートスとパンドラズ・アクターが彼女の意見に賛同するような事があればどうしたものかと思案していたのだが、そのような事態には至らなかった。

 

 実際、アインズがいない方がウルベルトの望みを叶えやすいのは事実だ。アインズがいなければもっと堂々と動く事が出来る。他のシモベを良いように言いくるめられる自信もデミウルゴスにはある。

 もちろん、あまりにも大きすぎるリスクに対して見返りが少ないので、平時であればそんな考えは浮かばないが、あの時はアインズ自らが言い出した事ということもあり、事故に見せかけて殺す事もかなり難しいができなくはない様に思えた。

 とはいえ、実際のところはそうではなかった事は、アインズの計算された戦略から見ても明らかであろう。完全に勝利が出来ると確信した上での行動だったのは、間違いない。

 

 しかし、一度疑惑が頭をよぎればそう簡単に拭いされるものではない。というより、その後ウルベルトがアルベドから彼女の持つワールドアイテムを没収したことにより、その疑惑は深まったように思う。

 証拠がない為だろうが、ウルベルトの謀反の可能性を、アルベドがアインズに進言した様子はないが、こちらを警戒しているであろう彼女をこのままにしておいて良いのかウルベルトに尋ねたところ、アルベドについてはすでに承知であり、すでに対策は出来ており、そもそも彼女に自分を殺すような事は出来ないと言われ、確かにその通りであると納得した。

 彼女の能力ではウルベルトを殺す事は出来ないであろうし、証拠もない今であればアインズもウルベルトに味方するであろうから、彼女に勝ち目はない。

 

 そもそも、アルベドが何かあった際は食い止めるのを手伝ってくれと言われて、あの場にデミウルゴスとコキュートス、パンドラズ・アクターは呼ばれていたのだから、すでにその時点でウルベルトはアルベドについては分かっていたのだろうし、分かっていたのであれば今後も含めて対策済みであったのだろう。それに今まで気づくことが出来なかった事が口惜しい。

 とは言え、アルベドの件に関してウルベルトが対処したと言っていたのだし、このタイミングで彼女が妙な動きに出たとも思えない。ならば今回の来訪は“りある”に関する事と考えるべきか。

 

 先日、ウルベルトがアインズに休暇を願い出た。それについてはウルベルトから特に何も聞かされてはいないのだが、恐らく"りある"へ帰還する方法を探す為であろう。未だに手掛かり一つないこの状況を打破する為に、単独で行動に出られたに違いない。

 アルベドの件にしてもそうだが、ウルベルトの足りない知性を補う為にと創られたにも関わらず、ウルベルトの役に立てていないと言う事実に、デミウルゴスは自身を不甲斐なく思ってしまう。

 既にアインズに休暇の許可をもらった後であった為、それを引き留める事も出来なかった。

 すぐにでもウルベルトの手伝いをしたかったが、アインズから任された羊皮紙作成の為の牧場運営をしなくてはならず、ウルベルトからも大丈夫だからと言われてしまい、結局ウルベルトが休暇に入ってからはずっと牧場にいた。

 情報収集はしているが、調べれば調べるほど聖王国にはぷれいやーはいなさそうだと思うような情報しか入って来ない。

 

 休暇中のウルベルトがわざわざデミウルゴスの所にやって来ると言う事は、"りある"へ行く手段が見つかったと言う事だろうか。もし、本当にそうだとするならばこの短期間で見つけたウルベルトへの称賛の気持ちと同時に、自身の無能ぶりに嫌気が差す。

 もちろん、ウルベルトの願いが叶うならばそれが何より大事であるのは理解しているが、ウルベルトの理想とした通りの有能なシモベでいられなかったと言うのは苦痛だ。そのまま失望されるなら、自害したいくらいだ。

 そんなもやもやとしたデミウルゴスの前にウルベルトは約束通りやって来た。

 

「悪いな、いきなりで」

「とんでもごさいません。シモベ一同、ウルベルト様の来訪をお待ちしておりました。ただ、御方がいらっしゃるには、あまり相応しくないかとは思いますが」

「いや、むしろこの短期間でよくここまでやったもんだと褒めてやりたいくらいだよ」

 

 そう言いながらも、ウルベルトの顔には陰りが見えた。きっと、デミウルゴスを気遣ってそんな言葉を言って下さったのだろう。

 せっかく気遣ってもらったのにそれをどうこう言うのは逆に失礼だろうと、素直にその賛辞の言葉を受け取った振りをする。

 だが、牧場を見て回るウルベルトの様子は優れない。

 そのせいか、いつもならば甘美に思える羊の鳴き声もただのうるさい雑音にしか思えず、やはり口を閉ざさせておくべきだったかと後悔する。

 

「いや、まぁ、そうだな。そんなイメージで設定したもんな」

 

 ウルベルトがそんな独り言を呟く。

 

「何か至らないところがありましたでしょうか?」

 

 あまりに不安になり、ついデミウルゴスはウルベルトに問いただす。

 

「大丈夫だ。むしろこれぐらいやっておいた方が、インパクトがあるしな」

「インパクト?」

「ああ、いや、こっちの話だ、あまり気にするな」

 

 ウルベルトが何かをしようとしている様子なのはわかるが、それが何なのかがわからない。叡智の悪魔として創造して頂いたにも関わらず、本当に不甲斐ない。

 ウルベルトの計画にはそれで支障はないのが救いではあるが、その内容を教えてもらえないのは、信頼されていないと言う事か。何の成果もない現状では、そう思われても致し方ないだろう。

 

「どうした、暗い顔をして」

「私は、ウルベルト様のお役に立てているのでしょうか」

「そんな事気にしてるのか」

「そんな事ではございません」

 

 創造主に報いる事こそが存在意義。そんな事と、割り切る事は出来ない。

 無能を晒して、またウルベルトに置いて行かれたくはない。

 

「大丈夫だよ、デミウルゴス。お前はちゃんと役に立っているし、もし役に立っていなくても、俺が思っていた通りの行動をお前がしなくても、俺はお前を捨てたりしないから」

「……お言葉はありがたいのですが、私はウルベルト様が思った通りの行動もできない存在と思われているのでしょうか」

「可能性の話だ。これから俺がやる事に、お前が何を選んでも俺はその選択を否定しない」

「何をなさっているのかは、教えて下さらないのですか?」

「何も知らない状態で、お前には選んで欲しいからな。でも、お前ならちゃんと教えなくても分かってくれると、俺は信じているよ」

 

 そう言われてしまえば、ウルベルトが今何をしているのか、これ以上問いただす事は出来ない。自分で答えを見つけなければいけない。少なくとも、ウルベルトはデミウルゴスならばそれが出来ると信じてくれている。見捨てられたわけでも、無能だと思われたわけでもない。

 しかし、現状ではウルベルトが何を考えているのか全く見えて来なかった。

 

「ところで、聖王国についてはかなり調べはついてるんだよな。あとで、資料を見せてくれないか。とりあえず聖王女カルカとその周辺の奴だけで良い」

「畏まりました。しかし、聖王国では“ぷれいやー”や、“りある”に繋がるような情報は、今のところ何一つございませんが」

「まぁ、そうだろうな。それで構わない」

 

 なぜ、聖王国などに興味を持つのだろうか。

 少なくとも、聖王女カルカの思想は、ウルベルトが嫌うタイプの物に思われた。誰もが泣かない世界。掲げる理想は綺麗なものだが、そんな綺麗なだけの理想を掲げ続けていられるほど、優しい世界ではない。

 ウルベルトが名前を知っているという事は、その程度の事は知っていると思われるが、それでも調べようとするのは、デミウルゴスが知らされていない、ウルベルトの今後やろうとしている事に関わっているという事だろう。

 だが、余計によく分からなくなる。

 ウルベルトがやろうとしている事は“りある”に戻る手段に関わっているものだと思っていたのだが違うのだろうか。聖王国とアルベドの件が繋がる用には思えないため、さらに他の別件という事なのかもしれないが、その別件になる様な事柄に心当たりが一切ない。

 

「ウルベルト様が行おうとしている事は、“りある”を行き来する方法を探す事とは、別の事なのですか?」

「それは、お前次第だな。と言っても、リアルに帰るための方法は俺も全然見つけれてないんだけどな」

 

 笑いながらそんな風に言うウルベルトの言葉に、余計混乱してしまう。

 

「今はわからなくて良い。そのうち、わかる事だから」

 

 今自分が持っている情報では辿り着けないという事なのか。

 ならば、今は考えるだけ無駄なのかもしれない。

 そして、ウルベルトがまだ“りある”に帰る方法を見つけられていない事に少しだけ安堵してしまった。そんな事を思うべきではないとわかっていているのに。

 

「そんな事よりデミウルゴス、一緒に外に遊びに行こう」

「遊びに、とは一体どこへ?」

「とりあえず、街まで行こう。一番近いのは、聖王国だからそこで良いだろう。耳と尻尾さえ隠しておけば何とかなるだろう」

 

 そう言って、ウルベルトはデミウルゴスの為にローブを着せる。

 いつもはオールバックにしている髪を下ろして、なるべく耳元が見えないようにした上でフードをかぶる。かなり余裕のあるローブに尻尾を隠せば、ぱっと見は人間にも見えなくはないだろう。

 ウルベルトも、人間化した姿になっている。

 

「あの、これにはどういった意味があるのでしょうか?」

 

 人間の街に何があるというのか。それほどまでに、デミウルゴスが作ったこの牧場が気にいらなかったから、別の場所に移動するという事なのか。

 

「意味なんかないさ。しいて言うなら、休日の家族サービスと言う奴だな。お前が嫌なら無理強いはしないが」

「とんでもございません。ただ、この牧場はウルベルト様のお気に召さなかったのかと気になったもので」

「気にいるか気にいらないかで言うなら、今の俺は正直気にいらないと思っているさ。悪魔の俺は、大層気に入っているようだがね」

 

 人間化した状態では、同じ人間がいたぶられている姿を見るのは辛いという事なのか。そう言った精神の違いがあるという事は知らなかった。

 しかし、悪魔の元の姿ではそれもないというならば気にする必要はないのか、今後の牧場をどうしていくか、悩みどころである。

 

「牧場については、とりあえず今のままでいい。ただ、出来ればこれ以上は拡大しないでいてくれると助かる」

「承知いたしました」

「じゃあ、ちょっと出かけるか」

 

 そう言って、牧場のシモベたちに一声かけた後、デミウルゴスとウルベルトは聖王国へとのんびりとした足取りで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正面から検問を通って聖王国に侵入しようとすれば、デミウルゴスの正体が露見するため、不可視化の魔法で姿を消して〈飛行〉(フライ)を使って城壁を飛び越える。

 なんとも杜撰な守りの為、それを咎める者は誰もいなかった。

 とはいえ、もしもの事を考えると非常に危険な行動だ。一応、デミウルゴスがすでに聖王国にいる強者の情報は集め、それらが全て大した事がないのは確認しているが、それでもシャルティアの一件がある以上、あまり無茶な行動はして欲しくはない。

 だが、ウルベルトの楽しそうにしている顔を見て、自分が周りをしっかり警戒していれば良いだけの話だと結論を出す。あまりどうこう言って、楽しそうなウルベルトに水を差すのは悪い。

 

「外でこうやって歩いて買い物ができるっていうのは、それだけで楽しいな」

「“りある”では、違ったのですか?」

「外の空気はガスマスクを着用していないと歩けないほど汚染されていたからな。なるべく外にいる時間は短い方が良かったんだ。だから、こうして青い空の下で、大勢の人間が歩いている光景ってだけでも、俺にとっては新鮮だよ」

 

 “りある”の世界が劣悪なものであるというのは、以前にウルベルトに聞かされていたが、何度聞いても嘆かわしい。

 人間と言う下等生物が密集して普通の生活を営むこの光景は、デミウルゴスにとっては何の興味も湧かないものだが、ウルベルトにとってはそうではない。

 それが大切で尊いものなのだとウルベルトは言うが、それを共感できない事を寂しく思う。今のウルベルトが人間化しているから余計にデミウルゴスとは感じ方が違うのかもしれない。

 それでも、ウルベルトが傍にいて楽しそうにしてくれるならば、その感情を共感できずとも楽しいとは思える。

 町の人々は、異国の顔立ちをしたウルベルトと、褐色の肌をしたデミウルゴスを少し不審そうに眺めているが、ただ無邪気に色んな店を見て回るウルベルトに、ただの旅人か何かだろうと警戒を緩めていた。

 

「なんか服とか買ってやりたいと思ったが、ローブを脱ぐわけにはいかないから試着もできないな」

「私は、ウルベルト様から頂いたこのスーツがあればそれで満足です」

「まぁ、その格好が一番似合うのは間違いないんだがな。それに、わかってはいたが装備としてみると貧弱すぎるか」

 

 そう言いながらも、色々な服をデミウルゴスに当てては、これは似合うだとか、もっと濃い色の方が良いかなどと悩んでいる。

 結局、なんだかんだと言いながら1着ほどウルベルトはデミウルゴスに服を購入した。

 

「まぁ、実際に着る機会はないかもしれないが、もし気が向いたら着てくれよ」

 

 そう言って何の魔法もかかっていない、買ったばかりの服を差し出す。

 それでも、これはウルベルトがデミウルゴスに似合うだろうと選びに選び抜いた服だ。それを渡されて、喜ばないシモベはいないだろう。

 思わす、尻尾が揺らめきそうになるのを何とか抑える。

 デミウルゴスの表情を見たウルベルトは、満足そうにしていた。

 

「じゃあ、次は飯でも食いに行くか」

 

 ウルベルトは、服を買った店の店主に食事する場所について何やら尋ねている。

 教えられた店に、二人並んで歩いていく。

 その光景は、傍から見れば本当にただの仲の良い二人の人間にしか見えないだろう。二人が悪魔だと見破る存在は、どこにもいない。

 着いた店は、どちらかと言うと庶民的な店だが、最近できたばかりなのか小綺麗な内装をしていた。

 

「ナザリックの飯を食って、舌が肥えてるお前には美味く感じられないかもしれないな」

「そうかもしれませんが、何事も経験ですので」

 

 出された食事を二人で食べる。サラダとシチューとパンという、ありふれた料理。

 確かにそれは、美味くもなんともない。一応食べられなくはないという程度の代物だ。ウルベルトと一緒でなければ、こんなところで食事をしようなどとは思わなかっただろう。

 そんな食事を、ウルベルトは美味しそうに食べていた。

 それだけで、どれだけ“りある”の食糧事情が悪かったのかが伺える。

 

「一度だけ、富裕層が行くようなそんな場所に家族で食事に行こうとした事があるんだよ。俺の誕生日だからって両親が奮発してな。でも結局、飲食店の前のメニューの値段見て、三人分は厳しいってなって、普段買うより少しだけ高い食材だけ買って家で食べたんだよ」

 

 ぽつりぽつりで語られる“りある”の出来事から察するに、ウルベルトが貧民層にいたことはまず間違いないだろう。至高の御方であるウルベルトがなぜ、とは思うがそれをウルベルトに尋ねる事は憚られた。

 悪辣な環境に愚痴を溢しながらも、それをウルベルトは悪いと思っていないようだったからだ。むしろ、富裕層に生まれて来るよりも、そんな生活の方が自分に合っていると言わんばかりだ。

 食べた食器が下げられ、食後のデザートにケーキが運ばれてくる。何の変哲もないバターケーキだ。クリームが添えられていたり、果物が入っていたりすることもない、庶民的な物だ。

 

「その時母さんが作ってくれたのが、こういうタイプのケーキだったよ。思い出補正が強いんだろうけど、あの時食べたケーキが、今まで食べた中で一番美味い食べ物だった。味で言えば、もちろんナザリックの食事と比べれば残飯扱いの代物なのかもしれないけど、美味い物って言えば、やっぱり母親が俺の為に作ってくれたあの味なんだよ」

 

 確かに美味しいと、ケーキを一口食べてデミウルゴスは思った。

 味は大したことはないが、それでも美味しく感じるのは、ウルベルトが傍にいて優し気な表情でデミウルゴスを見てくれているからだ。

 

「親子になりたいなんて言いながらも、結局それらしい事を何もしてやれなかっただろう。だから、少しくらいそれらしい事をしてみたかったんだ」

「ありがとうございます、ウルベルト様。私にとって、このケーキ以上に美味しいと思うものはこの先きっと現れる事はないでしょう」

「舌が肥えたお前が言うと、嘘っぽく聞こえるな」

「そんな事はございません。ウルベルト様の大事な思い出を語っていただきながら食したこの味よりも、美味しいものなど存在しません」

「そうか、そうだな。俺としても、息子とこうしてとる食事は、両親とした食事と同じくらい美味しく思うよ」

 

 まるで、夢のような時間だった。

 悪魔が二人、こんな風にまるで人間の様にしているなどおかしな話だ。

 夕暮れになる頃に街を出て、ゆっくりと歩きながら牧場へ戻る。

 もう、周りに誰もいないというのに、ウルベルトは人間化した状態のままだ。

 

「綺麗な夕焼けだな。ほんと、こういう景色を見ると、リアルがどれだけ糞だったか思い知らされる」

「それほどまでに劣悪な環境だったのですね」

「なんでそんな場所に戻ろうとしてるんだって思ってるだろう」

「それは、はい。そうですね。ウルベルト様はやるべき事があるからと理解はしておりますが、他の御方々はどうして、ナザリックを置いて“りある”へ戻って行かれたのか、私には分かりかねております」

 

 ウルベルトと違って、富裕層である程度身分のある御方もおられるようだが、それでもやはり、空すら満足に見る事の出来ない腐敗しきった世界を選んだ理由がわからない。

 ナザリックに残ってくださっていれば、何不自由ない生活が約束されているのにも関わらず。

 

「そこで生まれ育ったから。理由なんてただそれだけだよ。何年もずっと生きてきたら、どんな地獄みたいな場所でも、決して捨てられない大切な物や思い出の一つや二つあるもんだ。それが良いものか、悪いものかは別問題だけどな」

 

 ウルベルトの場合、それは家族との思い出や、悪になる為の死に場所の事であろうか。

 それにしても、今日のウルベルトは姿を変えているせいか悪魔らしくない。

 まるで……。

 

「まるで人間みたいだろう」

 

 デミウルゴスが頭に浮かんでいた言葉を、ウルベルトが口にする。

 

「……“りある”での至高の御方は、人間なのですか?」

「さぁ、どうだろうな。俺もリアルでは全員に会った事があるわけじゃないから。でも、俺は人間だよ。人間として今まで生まれ育ってきた」

 

 驚きはない。

 今までウルベルトが語ってきた“りある”の話や、今日の振る舞いを見れば、それは何ら不思議な事ではない。

 悪魔であるウルベルトが、わざわざ悪になりたがっていたのがそもそも不自然だったのだ。

 

「失望したか?」

「そのような事はございません。ウルベルト様が私の創造主である事に違いはないのですから」

 

 そうだ、重要なのはそれだけだ。

 例え人間であろうと、その忠義が変わる事はない。

 それに、そんな重大な事を教えていただけているという事は、自分はウルベルトから信頼されているという証拠に他ならない。

 御方々が“りある”にシモベを連れて行こうというとしなかったのは、出来なかったという事もあるが本来の人間の姿を見せる事を嫌っての事もあるのかもしれない。

 

「むしろ、そうであったならば牧場の光景はさぞ不快だった事でしょう。その事に気づかず、あのような光景をお見せし、申し訳ございません」

「そうだな。リアルのままの俺だったら多分吐いてた。今の人間化した状態なら嫌悪する程度ってところか」

「それほどまでに、違うのですか」

「ああ、まるで別人みたいに」

「どのようなお姿や感情になっていたとしても、私の創造主はウルベルト様お一人。それに変わりはございません」

 

 そのデミウルゴスの言葉に、ウルベルトは返答を返してはくれなかった。

 徐々に落ちていく夕日をぼんやりと見つめている。

 

「このまま二人で逃げ出しちまおうか」

 

 しばらく無言で歩いていたウルベルトがぽつりと、そんな言葉を呟いた。

 

「ナザリックも、リアルも全部放り出して、どこか遠く、ナザリックの奴等に見つからない様にひっそりと、森の中にでも小さな家を作ってさ。誰かを殺したり、苦しめたりもせずにひっそり暮らして、たまに今日みたいに街に出たりするんだ」

 

 何か返答しなければと思うのだが、紡ぐべき言葉が見つからない。

 

「元が人間の俺は良いけど、最初から悪魔として生まれたお前には耐えられないかもしれないな。ああ、その時はお前が俺を気が済むように殺してくれたら良い」

「そんなっ」

「なんてな」

「え?」

「冗談だよ」

 

 本当にそうだったのだろうか。

 デミウルゴスがすぐにそれに賛同していたのであれば、本当に今からでもここから遠いどこかへ旅に出ていたのではないだろうか。

 

 だが、その生活を想像する事が出来なかった。

 そんな生活は、ウルベルトにもデミウルゴスにも似合わない。その為、あの時すぐに返答をする事が出来なかった。

 あまりにも、平凡そうな人間らしい望み。

 ウルベルトも、本当にそんな生活がしたかった訳ではないだろうし、出来るとも思っていなかっただろう。

 それでも、この日の事を思い出しては、あの時すぐに答えを出し、一緒に逃げ出していたならばどうなっていたのだろうかとデミウルゴスは夢想する。

 

 けれど、結論はいつも同じだ。そんな生活は似合わない。

 ウルベルトが人間だと分かった今でも、あの御方がそんな当たり前な日常を本当に望んでいたとは思えない。

 デミウルゴスにしても、ウルベルトが傍にいてくれるならばそれで満足して毎日を過ごせていたかもしれないが、それでも、それはウルベルトが理想とした悪魔の生き方として間違っている。

 だから、これはただの夢の話。実際にはありえない可能性。

 それが分かっていてもなお、デミウルゴスはその可能性を考え、何度も、やはり似合わないなと同じ結論を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ウルベルトが牧場に来てたあの日から数日が経った。

 調査をするのには外の方が、都合が良い事もあってナザリックには一度も帰還をしていないし、ウルベルトからもなるべくそこで仕事をしておいてくれと言われていた。

 牧場にいる間は、またウルベルトがここに来ても不快に思わないように、羊達の環境を変えようとしているが、他の部下の手前いきなり方針を変えるのは不自然なのでそれほど進んではいない。

 牧場の経営については、半ばデミウルゴスの趣味も入っていたが、ウルベルトが不快に思うのであればそちらのほうが重要だ。人を貶める事に愉悦を感じる性格ではあるば、別にそれをしないといけないというほどではない。

 そんな折、アインズより〈伝言〉(メッセージ)が入る。

 

『実は、ソリュシャンより連絡があり、セバスに裏切りの疑いが出た。お前の意見聞きたいので、一度ナザリックに戻るようにしてくれ』

「畏まりました。直ちに帰還するようにいたします」

 

 なんだか嫌な予感がした。

 それが、セバスが本当に裏切っていたという内容ならば良い。それならばセバスを罰すれば済むだけの話だ。

 不安は消える事はなく、デミウルゴスはナザリックへの帰還の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンドラズ・アクターは、ウルベルトの姿になり変わり、エ・ランテルの宿屋に一人佇んでいた。

 ウルベルトがいない間、その代役として依頼などが来るのを待つ任務だ。

 

 アルベドの思惑がウルベルトに露呈している事は、彼女からワールド・アイテムが没収された事からも明らかだが、パンドラズ・アクターも、この状況から察するにそれに加担しているとウルベルトは見ているのであろう。

 この状況では、ウルベルトをどうこうするのはほぼ不可能だ。バレていない状況であれば、ウルベルトを殺す手段はあったのだが、それも使えなくなっているだろう。

 

 アルベドは、ウルベルトがいなくなってからアインズが毎日自分に会いに来てくれると、喜んでいるが、アインズが来るタイミングがまちまちな事もあり、自由に行動ができない状態だ。

 もちろん、アインズがそんな行動を取っているのは、ウルベルトがそうする様にと言い含めたからに過ぎない。アルベドとて理解はしているものの、アインズの来訪をやめるように言う事など当然できない。

 アルベドとパンドラズ・アクター。二人が身動き出来ない間に"りある"への帰還方法を見つけて、さっさと一人で帰ろうという腹積りだろうか。

 とは言え、今まで何の手がかりもなかったというのに、たった一週間の間に一人で探して見つかるものであろうか。いや、デミウルゴスがすでにおおよその方法を見つけている可能性もある。

 もはや、それならそれで構わないとも思う。

 

 もちろん、ナザリックに残ってもらう事が一番の理想ではあるが、下手な事を言ってアインズの心に大きく傷を作るよりは、ふらっと消えてしまった方がまだましだ。

 そうでなくとも、最近どうやら二人の仲に亀裂が入ったように見える。

 恐らくであるがアインズがアルベドの設定を書き換えた事をウルベルトに伝えたのだろう。もちろんアルベドの失言も問題ではあったが、そうでなくてもアインズがその事実をウルベルトに伝えた時点でその考えには行き着いてしまった可能性は高いので、彼女のミスをどうこう言うつもりはない。

 それよりも、彼女のおかげでウルベルトがリアルに戻ろうとしていたという事実を知れた。戻ってくるともとれるニュアンスにも聞こえたが、恐らくナザリックに戻る気などないだろう。あるならば、そう言っているはずだし、そもそもウルベルトは一度もナザリックに残ると言っていないのだから、信用に値しない。

 

 アインズがウルベルトと話している時、気まずそうにしていた様子を思い出す。

 やはり、このまま元の状態に戻る事もできず、いつ、ナザリックを捨てるとアインズの心を抉るような発言されるよりも、アインズが何も知らぬ間に勝手に消えてくれていた方が良い。

 そう思いながら一週間、たまにアインズと冒険者として仕事をしながら過ごしていたのだが、結局ウルベルトは戻って来た。

 

 特に何か変わった様子はない。“りある”への帰還方法が見つからなかったという事か。

 どうするべきか。

 パンドラズ・アクターは、別にアルベドと違ってウルベルトに殺意がある訳ではない。その為、ウルベルトが下手な事を言う前に、二人で話をつけるべきかと思案しているところに丁度ウルベルトが現れた。

 あまりにもタイミングが良いが、相手も同じことを考えていたという事か。

 

「アルベドは、俺の事をどう思っている?」

 

 最初に投げかけられた問いはそれだった。

 それくらい知っているであろうに白々しい。

 

「ずいぶんウルベルト様の事を怨んでおいでのご様子ですよ」

 

 嘘を吐いてもしょうがないと、パンドラズ・アクターはそう答えた。

 

「まぁ、そうだろうな」

「それで、ウルベルト様は私にどのようなご用事がおありなのですか?」

 

 邪魔だからと消すという事は流石にしないとは思うがどうだろうか。“ぷれいやー”である御方二人は確認していないのでわからないが、NPCは死んでも金貨さえあればレベルダウンもなく蘇生が可能だ。

 アインズが蘇生をしてくれるのは分かっているのだから、殺すという手段はとらないと思われるがどうだろうか。ナザリックの全ての金貨を消す方法があるというならば話は別だが。

 

「何、ちょっとお前に頼みたいことがあってな」

「私に?」

「そうだ。今俺が最も信用できるNPCであるパンドラズ・アクター。お前にやって欲しい事がある」

 




 二人的には普通に親子の休日なんだけど、傍から見たら成人男性二人がデートしてるだけだなぁと、読み返しながら思った回。

 今まで毎週更新してたんですが、ちょっとストックが減って来たので(と言っても2.5話分はあるんですが)次は3週間後の1月10日の更新予定にしています。
 年末年始の休みに書き溜めて、後半の数話はなるべく短いスパンで更新出来たら理想的だなぁとは思っています。

 更新しない2週間の間は、何もしないのもあれなんで、もしかしたら今書いているのを書く前に、二次創作でがっつり書くの初めてだからと試しで書いてた話を限定かなんかで上げようかなぁとも考えているんで、気が向いたらチェックしていただければと思います。
 本当は上げる気なかったんですけど、せっかく7万字も書いてるのが勿体ない気がしてきて。


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12話 正義

セバスがツアレを助けて娼館襲撃するまでの流れは原作と同じなので割愛してます。


 ウルベルトが休暇から戻って来て、表面上は前と何ら変わらない様に見えた。ただ、その間に何があって何処にいたのかをアインズに語る事はなかった。

 明らかに、二人の間には溝がある。元の関係に戻りたいとは思うのだが、余計な事を言って溝がこれ以上深くなる事を恐れ、何も言えなかった。

 

 そんな折に、ソリュシャンからセバスに裏切りの疑いあると〈伝言〉(メッセージ)が届く。

 嫌な時に嫌な事が重なる。

 本当にセバスがそんな事をしたとは思っていない。

 きっと、創造主であるたっち・みーのように誰かが困っているならと、ナザリック内では下等生物扱いされている人間を助けたとかそんな話だろう。ナザリックを裏切るつもりはないと、アインズは信じている。

 

 とはいえ確認は必要だし、このままセバスならば大丈夫だと無責任に許せば、ソリュシャンの不信感を拭う事ができない。

 今後はせめて連絡をくれるようにしてくれればそれで良いと思うのだが、ウルベルトはこれをどう思うだろうか。

 ソリュシャンから詳しく話を聞くと、助けた女は娼婦でよほど扱いが悪かったのか、セバスが連れて来た時はそれはもう酷い有様だったのだと言う。

 黙っている訳にもいかず、ウルベルトにその件を話すと、その娼館の在り方に眉を潜めていた。

 自分は悪だと言いながらも、弱者がいたぶられているのは耐えられないタイプの人だ。案外大丈夫かもしれないとこの時は思ってしまい、少なくともその場では何も起こらなかった事に胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 

「ならばこれを以て、セバスの忠誠に偽りなしと私は判断する。ご苦労だった、セバス」

 

 部屋には、アインズとウルベルト、セバスと彼が助けたという女、あとはデミウルゴスとコキュートスが控えていた。

 セバスの忠誠を確かめる為に、彼に助けた女を殺すように命じたのだが、セバスはそれを見事行った。

 と言っても、その攻撃自体はコキュートスが受け止めたので彼女は無事だ。この方法には、ウルベルトも同意していたのだが、先ほどからウルベルトは何も発言しなかった。

 

 そんなウルベルトの様子はもちろん気になるのだが、セバスが助けた女の事も気になる。

 その顔は、以前出会った冒険者の少年と似ているような気がした。もし、本当にそうなのであれば、ウルベルトも以前に見つけたら助けると言っていたのだし、救ってやるべきだろう。

 

「ツアレと言ったか。お前の本名をフルネームで聞かせてくれないか」

 

 最初は中々声を発しようとしなかったが、ぽつりと彼女が呟いた。

 

「ツ、ツアレ……ツアレニーニャです」

「やはりそうか。お前の弟とは縁がある。アインズ・ウール・ゴウンの名において、君を保護すると誓おう」

 

 弟、と言うところでツアレニーニャが首をかしげる。

 もしかしたら、ニニャは女だったのだろうか。言われてみれば、もしかしたらそうだったのではないかと思われる部分はあったなと、今更ながらに思う。

 とはいえ、彼女の顔と境遇、そして名前からして別人という事もないはずだ。

 これについてはウルベルトも同意するだろうとそちらに顔を向けると、明らかに睨みつけるような鋭い視線をしたウルベルトが目に入る。その目線の先にあるのはセバスだ。

 

「なぜその女を殺そうとした、セバス」

 

 この部屋に来て、ウルベルトが初めて発した言葉がそれであった。

 

「そっ、それは、私にとってはナザリックの至高の御方々に仕える事が存在意義であり、アインズ様がそれをお命じになられたから」

「ならばなぜ、今まで報告もしてこなかった。目立たないように行動しろと言っていたはずなのに、ずいぶんともめ事を起こしていたようじゃないか」

「それは……」

「困っている人を助けえるのは当たり前だと、お前もお前の創造主のような戯言をほざくのだろう。ナザリックに尽くすのが存在意義と言いながら、ナザリックの不利益なるかもしれないと知りながら、お前はお前の中の正義を選んだわけだ。それとも、この程度は何でもないと思うほどの低能だったのか、お前は」

 

 セバスは、反論の言葉を発する事もできず項垂れた。

 

「その女を助ける事がお前にとっての正義だったのではないのか? 助けると決めたならば、最後まで貫き通すのが正義ではないのか? 自分が助けるだけの力を持っているからと気まぐれに助け、主に言われたからとそれをすぐに投げ捨てるのか? 結局お前は、正義の真似事をして自分の欲求を満たしたかっただけじゃないのか」

 

 止めなければとはアインズも思うのだが、何と声をかければ良いのか分からない。

 ウルベルトとたっち・みーもこのような形で喧嘩はしていたが、それでも両者の力関係は同等であった。言い合いから殴り合いの喧嘩になる事もあったが、ウルベルトとセバスでは上下関係がある為、ウルベルトが一方的にセバスに言葉をぶつける事になってしまっている。

 

「俺はな、そう言う偽善が大嫌いなんだよ。助けると言いながら、結局自分の都合が悪くなれば切り捨てるような奴は最悪だ」

「そっそんな事は、ありません。わっ、私は、例えここで殺されても、セバス様に助けられて、一緒に数日を過ごす事ができて、幸せ、でした」

 

 ここで口を挟んできたツアレニーニャにこの場にいた全員の目線が降り注ぐ。

 それに怯えながらも、彼女は目を伏せる事もなくしっかりと震えながらも立っていた。

 

「結果論の話をしているんじゃないんだよ、お嬢さん。君は根が良いから、いや、セバスに恋慕しているが故にそう思ったのかもしれないが、もし私が同じ立場だったとしたならば、自身をその場に貶めた貴族と同じくらい、この男を怨んだろうよ。生きる希望を持たせた挙句、それを簡単に手のひら返すような、そんな人をただのおもちゃか何かかと思っているような奴など、憎悪の対象でしかない」

 

 ツアレの言葉に頭を上げたセバスが、ウルベルトの言葉に再び項垂れる。

 存在意義であると言った至高の存在に、そんな事を言われれば仕方がない事ではあるが、その顔は酷く青ざめていた。

 

「俺はな、お前の創造主のたっち・みーが大嫌いだったよ。あいつも自己満足の為だけに、人の事を助けて、助けたら満足してそれで終わりだ。正義なんかとは程遠い、馬鹿な男だ」

 

 その言葉に、セバスがぱっと顔を上げた。

 

「お待ちください。私への罵倒は最もですが、たっち・みー様は違います。あのお方は、本当に」

「モモンガさんも、あいつに助けられたらしいが、現状はどうだ。彼がそのまま一人になっていったのに気づきもしない。いや、もしかしたら気づいていても、関係ないと、リアルで地位もあって良いご身分なあいつにとっては、友人がどうなろうとリアルの方が結局大事だったんだろうよ。ユグドラシルって場所は、正義の味方ごっこをするに最適の場所だ。自己満足の為の人助け。救った結果ではなく、救うという行為が目的。その場限りの優越感さえ得られたら、助けた奴がどうなっても良いんだろう。お前と同じだ、セバス」

 

 その言葉は、アインズにも突き刺さる。

 次第にログインする頻度が減っていき、ウルベルトが引退した少し後に、仕事が忙しいからと彼もナザリックから去って行った。

 仕方ないと思いつつも、異形種狩りに嫌気がさしゲームを辞めようと思った時に、たっち・みーが自分を救ってくれたというその、輝かしい思い出があったからこそ、今までユグドラシルというゲームをやり続けていた。そんな彼の引退は、他の誰よりも堪えた。

 

「そんな、たっち・みー様は……」

「たっち・みーなら、その女を見殺しにしたか? 違うだろう。きっとお前と同じように女を助けただろうよ。そう思ったから、お前はその女を助けたんじゃないのか?」

「至高の御方であれば、至らない私と違って別の方法で彼女を助けていたはずです」

「自分に方法がわからないからと、都合よく至高の御方ならできたはずときたか。至高の御方などとお前たちは言うが、そんな都合のよく何でも出来るような万能の存在ではないぞ。ただの一個人。救える数には限りがある。ナザリックに許可を得ようにも、それを気にいらないという俺がいる中で、あいつはどういう行動を取るのだろうな」

 

 彼ならどうしていただろう。ナザリックを捨ててでも正義を選んだのだろうか。

 アインズだけであればたっち・みーのその行動を許容しただろうし、例えそれによってナザリックに不都合が起こったとしても全て許してしまっただろう。そういう正義を貫こうとする彼の姿が好きだったからだ。

 

 けれど、ウルベルトはそれが許せないという。

 もしこの場にたっち・みーがいて、ウルベルトと意見が割れた時、自分はどちらにつくのだろうか。

 ナザリックの事を考えれば、関係ない人間の事は気にするべきではない。セバスなどの一部のNPCを除いて彼らは人間をなんとも思っていないのだから、全体の事を考えればウルベルトの意見の方が正しい気がする。

 けれど、だからと言ってたっち・みーの正義を止められるかと言われれば、止められる気はしない。だからこそ、アインズはセバスに対しても先ほど許しを出した。それが、正しい彼の在り方だと思ったから。

 

「あいつとならば意見が違えば殴り合いの喧嘩になっただろう。その女を殺せと言えば、あいつの拳は、女の方ではなく、俺に向いたはずだ。喧嘩で負ければ俺も嫌々ながらに了承するしかないからな」

 

 ああ、この場に誰か他のウルベルトを止めてくれるようなギルドメンバーがいてくれたらと願うが、そんな者のはどこにもいない。

 

「だがセバス、お前は守ると誓ったはずのその女に手をかけた。俺やアインズさんが稼いだ金をその女を助ける為に使ったというのにだ。お前にとってははした金にしか見えなかったのかもしれないが、金を集めるというのは、なかなかどうして難しい。それでも、お前ならば正当な理由で使うだろうと渡したそれを、その女を助ける為だけに使い、最終的にその女を殺そうとした。あのままこの女を殺していれば、完全にそれも無駄だ。あるのは、お前が助けた時に得た満足感だけ。金も減って、余計な諍いを起こし、残ったのが女の死体一つでは割に合わないだろう。殺せと命じられたからとそれに従うのがナザリックへの忠儀だと思う事こそ間違いだ」

 

 一応、あのやり方自体をウルベルトは同意していたはずなのだが、言われてみれば殺そうとしたらそれで良いとは言っていなかった事にアインズは今更ながらに気づくが遅すぎる。

 ウルベルトを同席させるべきではなかった。やはり元より仲が悪かったたっち・みーと性質が似通っているセバスとでは、あまりにも相性が悪すぎる。

 

「……自害をお命じ頂けないでしょうか」

 

 セバスが、声を振り絞ってその言葉を発した。

 

「そんなっ、セバス様っ!」

 

 ツアレニーニャが、セバスに抱き着いて、その発言を止めようとするが、もはや口から出た言葉を消す事は出来ない。

 

「この場にいるのが辛くなって死を選ぶか」

「また、このように至高の御方のご迷惑をおかけする事があるかもしれません。そうなる前に、どうか」

「さっきの話を聞いていなかったのか。お前の無能ぶりは理解できたが、それこそお前が死ねば全てが無駄だったと、お前をこの場に寄越した我々の判断が悪かったというのも同然。それに、先ほどアインズ・ウール・ゴウンがお前の忠儀に偽りなしと、お前の罪を許したのだぞ。それを、覆そうと言うのかお前はっ!」

「お待ちください、ウルベルト様」

 

 セバスにつかみかかろうとするウルベルトを止めたのはデミウルゴスであった。

 よく見れば、彼の顔はセバス以上に青ざめていた。

 

「もう、十分かと」

 

 デミウルゴスは、震える声でそう告げた。

 ウルベルトは、そんなデミウルゴスの様子に何か納得したようなそんな表情をする。

 

「……そうか。そうだな」

 

 一気にウルベルトの怒りが収まっていく。

 

「十分と言ったが、それはお前が俺の考えている事をわかった上での発言という事でいいのかな」

「そのお考えの一端のみかと思われますが」

「そうか。聡い息子を持てた事を嬉しく思うぞ。だが、それを誰かに口外する事を禁じる。これは命令だ、デミウルゴス」

「……かしこまりました」

 

 何だ。

 話が見えて来ない。

 セバスの発言に、ウルベルトが腹を立てているだけに見えたが、それだけではないという事なのか。

 

「アインズさんも、デミウルゴスに詮索するような事を言わないように。俺は、ちょっと頭を冷やしたいんで出て行きますが、ついてこないで下さいね」

「えっ……あの……」

「娼館はセバスが潰したというが、完全に問題がないのか確認しておくべきだろうな。そのあと、俺のところまで来てくれ、デミウルゴス。少し話がある」

 

 それだけ言い残して、ウルベルトはその場を後にした。

 止める事は出来なかった。

 どこで間違えてしまったのだろうか。やはり、アルベドの設定を書き換えたところか。

 追いかけたいと言う気持ちはあるが、それをすればこの場で決定的にウルベルトとの溝が深まりそうな気がしてならない。

 

「すまない、私も一人で考えたい。あとは任せていいか」

「かしこまりました。それで、あそこの女はいかがいたしましょうか」

「彼女は私が後で家族の元へ連れていく。ナザリック、にはさすがにおいておけないか。私が連れて行くまでどこか適当な場所で保護しておいてくれ」

 

 知り合いである自分が、ニニャの元へ連れて行くのが良いのだろうし、ウルベルトとの事も相談したい気持ちもあるのだが、どうにも今すぐに行く気が起こらない。

 しかし、ウルベルトを怒らせる原因となった彼女をナザリックに連れて行くのには不安があり、ずいぶん雑な指示になってしまった。

 

「では、後の事はお任せください」

 

 デミウルゴスのその言葉を聞き、アインズは部屋を出た。

 ナザリックへ帰還する気にもならなかったため、冒険者としての姿である漆黒の鎧に身を包み、一人で王都をフラフラと重い足取りで歩いて行く。

 このままセバスがナザリックに残れば、またウルベルトとこのような諍いを起こすのだろうか。

 とは言えすでに彼を許してしまっているのだし、それに何より、もしたっち・みーが戻ってきた時、ウルベルトと意見が合わなかったからセバスをナザリックから追い出した、などとはとても言えない。

 セバスを見捨てるなどという事は、絶対にできない。

 ならばどうすれば良いのか。

 答えは一向に見えて来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、デミウルゴス様」

「敬称は不要だ。それに、君を助ける意図もないのだから、礼の言葉も必要ない」

 

 セバスの言葉に、デミウルゴスはそっけない返事をした。

 実際、本当にセバスの事などどうでも良かった。

 

「私を、怨んでおいでなのではないですか、あれほど迄にウルベルト様の不評を買った私を」

「別に怨んでなどはいない。ウルベルト様も言われていたが、アインズ・ウール・ゴウンの名において君は許されたのだ。ならば、それに口を挟むつもりはない。とは言え、元より私は君の事が嫌いだ。こうして話をしているのも気分が悪い。そこの女を連れて、ソリュシャンと一緒にここを出る準備をしに行きたまえ」

「……わかりました」

 

 セバスが、ツアレニーニャを連れて部屋を出て行く。

 部屋には、デミウルゴスとコキュートスのみが残される。

 

「大丈夫カ、デミウルゴス」

 

 完全に他の者がいなくなったのを確認したタイミングで、コキュートスがデミウルゴスに声をかけた。

 

「正直に言うと、あまり大丈夫じゃないね」

 

 他の者がいれば言わなかったであろう弱音を、デミウルゴスは吐いた。

 一緒に来ていたのがコキュートスで良かったと安堵するが、ウルベルトはこうなる事をわかった上での配置だったのかもしれない。いや、きっとそうだ。

 

「手伝エル事ハアルカ?」

「ありがとう。だけど大丈夫だ。これは、あくまで私の問題だ」

 

 そうだ。セバスなんて関係ない。

 ウルベルトがセバスにぶつけた言葉は本心だったのだろうが、それすら関係ない。ウルベルトの真意は別にある。

 

「……もし、ウルベルト様が敵に回ったら、君はどうする?」

「ソノ時ニナッテミナイト分カラナイガ、恐ラクアインズ様ノ方ニツクダロウ」

「君は真っすぐで良いね、コキュートス」

 

 その有り様を、羨ましく思う。

 ウルベルトの今回の発言の意図はわかるが、彼が求める答えが何なのか、それがいまだに導き出せない。

 それ故に、自分が今後どんな行動をするべきなのか、その指標が揺らいでいる。

 

「ウルベルト様ハ、ナザリックヲ去ルノカ?」

「仮定の話だよ。本気にしないでくれ。それより、ナザリックに現状の報告をして来てくれないか。八本指については私が今から調べて来る。場合によっては相手を捕縛する可能性もあるので、守護者とプレアデスには仕事を任せるかもしれないので準備をするように伝えておいてくれ。まぁ、それほど大きな事にはならないだろうがね」

 

 デミウルゴスの考えが合っているのであれば、ナザリックは表面上は人助けをしておいた方が良いはずだ。

 ウルベルトが今後王国をどうするつもりなのかについてはわからないが、なるべく犠牲を出さない形で処理するのが理想的であろう。

 どういう扱いをするにしろ、殺しては後が面倒だ。蘇生魔術を使うという手もあるが、わざわざそんなものをこちらが使うより、最初から殺さないでおいた方が良いだろう。

 

「忠義とは難しいものだね」

「ソウダナ。私モ、アノ場デ至高ノ御方ニ殺セト言ワレレバ、セバス同様即座ニアノ女ヲ殺シテイタダロウ」

「君の場合、そもそも瀕死の女が道端にいたとしても、それを助ける事がナザリックの為にならないなら、そんな事はしないだろう。いや、セバス以外はあんな行動誰もとらないだろう」

「確カニソノ通リダ」

「セバスは、確かに善性が強く創造されているが、ナザリックの不利益になろうとも人助けをするようには定められていない。だからこそ、女を助けたのは紛れもないセバス本人の意思。そして、あの女を殺そうとしたのはナザリックの家令と定められた彼の設定故。どちらを選ぶのが正しいのか」

「ソレハ、至高ノ御方ニ定メラレタ通リノ行イヲスル事コソガ正シイノデハナイノカ?」

「……そうだね。通常であるならば、それが正しい」

 

 本来であれば、至高の御方に定められていない行動を取る事はナザリックにとって悪だ。

 ああしかし、悪を良しとするあのお方はそれを望まれるのかもしれない。

 そう思うと、どうしても選択する事が出来ない。

 どちらを選んでも、デミウルゴスは大切な物を手放す事になる。

 

「では、私は出てくる。八本指について分かったら〈伝言〉(メッセージ)でどうするか指示を出す。私はそのままウルベルト様の元へ向かうので後の事は君に任せるが、何か問題があったら君の方から私に〈伝言〉(メッセージ)を入れてくれ」

「承知シタ」

 

 どうしたものか。

 とりあえずは、八本指の情報を調べる為に、デミウルゴスは姿を隠し、王城へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました」

 

 リ・エスティーゼ王国第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、突然の窓からの来訪者に驚く事もなく、平然とその異形を招き入れた。

 緋色のスーツと言う南方の方で見られる服を纏っているが、顔は蛙であった。驚きはあるが、想定の範囲内だ。

 

「私が来ることを予期していたとは、流石と言っておきましょうか。ラナー王女」

「いえいえ、そんな。少し考えれば誰にでもわかる事ですから」

 

 ラナーにとっては、その答えに行き着くことは当然の事であり、それが分からない人間達の方が、理解が出来ない。

 目の前の異形は、ラナーが平然としているのをさも当然としている様子から、彼女の異常性に気づいていたという事だ。ラナーがただの夢見る乙女のような存在だと勘違いしている連中とは違うという事は、それだけではっきりと分かる。

 自分と同等か、いや、頭脳面でも上だと考えて行動するべきだ。そうでなくても、実力行使をされればそれを止められる人間は、少なくとも王国には誰一人いないはずだ。だからこそ、この異形はこうやって堂々とラナーの前に姿を現した。

 

「私は、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。どうぞ、ラナーとお呼びください。それで、あなた様の事はなんとお呼びしたらよろしいのでしょうか」

「君と交友を深めるつもりはない。今は急いでいてね。私が求める情報を君が提供してくれればそれでいい。拒否すれば、まぁそれは言うまでもないでしょう」

「そうですか? しかし、呼び名がないと不便ですので一先ずカエル様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「……ヤルダバオトとでも呼んでくれたまえ」

 

 ラナーが提案した呼び名が気に障ったのか、彼は名を告げてきたがその口ぶりから真の名ではないだろう。

 カエルのような姿の亜人であれば、フロッグマンという種族がいるがそれとも違う。おそらく悪魔かそれに類するものだ。

 先日、エ・ランテルにてズーラーノーンが冒険者によって捕縛されたが、その時捕まった関係者が悪魔がどうと呟いていたと言う。ただの比喩表現であると誰もが思っているが、そうではないと言う事だ。

 関係者である女は、法国が自国の罪人である為どうしても身柄を受け渡して欲しいと言ってきた。タイミングと法国の対応から、女がどう言った存在かは大体分かる。

 そして、その女をいとも容易く捕縛してみせた冒険者はかなりの規格外だ。その冒険者の仲間であると思われるこの異形も、同じく規格外と見ておくべきだ。

 

 カエル頭のこれだけ目立つ存在であれば、どこかに姿を現していればちょっとした噂は流れてきそうなものだが、それがないという事は少なくともこの姿で人間達の前で何か行動している訳ではないのだろう。

 別に、もっと人間に近い形態に変形する事ができ、その姿で普段は行動している可能性がある。その姿で真の名を名乗っているからこそ、仮の姿、仮の名前で現れたのだろうとラナーは推察した。

 本当の姿と名前を明かさないのは、こちらと友好関係を築くつもりはないという事の表れか。

 

「一応確認なのですが、ウルベルト・アレイン・オードル様と、アインズ・ウール・ゴウン様、そして今日私のクライムと娼館を潰したセバス様が、ヤルダバオト様のお仲間という事でよろしいのですよね」

「私とセバスをお二方と同等の扱いをするのはやめていただこう。我々は、御方のシモベにしか過ぎない」

 

 ラナーは、自身の考えていた誤りを即座に修正する。

 組織だった物ではあると思っていたが、トップに立つ存在はウルベルトであろうと考えていた。流れて来る噂を聞く限り、ウルベルトはその場の勢いで行動するタイプであり、そこに打算はない。

 あれだけ好き勝手やっているという事は、それに口を挟める存在はおらず、つまり一番上の立場であり、傍にいるアインズはそのお供だと仮定していた。上に立つものが、共をつけるのは当然の行いだからだ。

 上に立つからと言って武力において強者だとは限らないが、共をつけずに外を出歩いている以上は相当な実力者であると見て良いだろう。

 

 だが、その彼らが力を分散させず一緒にいる意味。

 ラナーには理解できないが、恐らく友情だとか言うそんな感情ゆえか。

 だとすると、今目の前にいるヤルダバオトよりも彼らの知能は人間並みの存在である可能性もあるか思うが、そんな事を口にすれば今目の前にいる異形はラナーから情報を聞き出した後に用済みとばかりに切り捨てられてしまうだろう。

 

「以後、気を付けますわ。それで、必要な情報と言うのは八本指の事ですよね。彼らを一網打尽に潰すには今が好機ですので、明日の夜にでも私の駒を動かそうと思っております。その際、あなた様方に不都合な情報があるようでしたら、こちらでもみ消しましょう」

「それは結構。それで、君の飼い犬はセバスについて何と言っていた?」

 

 セバスの行動は、予定になかった動きに違いない。だからこそ、ヤルダバオトはラナーの元へやって来た。

 彼らの目的はまだラナーにもはっきりと見えていないが、少なくとも世界征服などと言うものではない。

 もしそうであるなら、カルネ村での事件の際に捕虜をああも簡単にこちらに渡しはしなかったはずだ。彼らが必要な情報を持っていないとすぐに判断できたからこそ、受け渡してきた。世界征服が目的であれば、もっと入念にこの辺一帯の情報を得るために尋問をする必要があったはずだ。

 ならば彼らの願いはもっと個人的なものだろう。主に彼らが王国で動いているのは純粋に一番近かったから。彼らの本拠地があるのはカルネ村の近くのはずだ。

 

 今まで表舞台に出てこなかった彼らがなぜ今このタイミングで出てきたのか。今まで隠れ住んでいたと仮定するより、いきなりこの地に現れたと考えた方が自然であろう。

 そして、いきなり、恐らく本人たちの意思ではなく勝手にこの世界にやってくる事になったのだとしたら、彼らの目的は、本来の世界への帰還。

 恐らく、ウルベルトと、アインズの名前は元の世界の人間には通じる暗号の様なものなのだろう。冒険者として名を広める事で、情報を持っている者を集める作戦か。

 

 セバスの行動は、むやみに王国の裏組織に首を突っ込み、厄介ごとを招いた状態ではあるが、彼の行動は人々が賞賛するような善行でもある。一般的な感性の人間であれば、行き倒れの娼婦を見返りもなく助けるという行為は、現実には存在しえないおとぎ話の勇者の様なあり方だ。

 本来の彼の仕事は、一般人の目線から情報を探るという事だったのだろうが、事を起こした今であれば、彼を担ぎ上げた方が利用価値としてはあるという事だ。

 

「とても素晴らしいお方だと褒めておりました。彼の行いはどこからどう見ても正義そのもの。ちょうど、八本指への襲撃も戦力がもう少しあればと思っておりましたので、セバス様も来ていただけるのであれば、こちらも助かりますわ」

「なら、そのように手配しよう。他にも数名、ウルベルト様とアインズ様の知り合いとして援助に向かわせる」

 

 先にウルベルトの名前を呼ぶ、という事は少なくとも彼にとっての優先順位はそちらの方が高いのだろう。ただ、一括りにしない辺り両者への忠義の度合いはそれほど大きな差はないと思われる。

 しかし、大抵は組織に同じ地位の人間が二人いれば派閥が出来るはず。

 地雷を踏む事になるかもしれないと思いつつ、確認の為にその言葉をヤルダバオトに向けて声に出す。

 

「あなた様方の助力があれば、八本指をこちらの犠牲なく潰す事が出来るでしょう。ふふっ、まるでヤルダバオト様は、正義の味方みたいですわね」

 

 その言葉に、瞳には明らかなほどに殺意が宿った。

 

「正義の味方? 私が? 失言にもほどがありますよ、ラナー王女。私はあくまで、セバスが招いたマイナスをプラスにするにはこうするのが現状、一番都合が良いからとそうしているに過ぎない。私は、人間などどうなったってかまわないし、結果的に今回あなた方は助かるのかもしれませんが、こちらは別に助けようなどと言う気持ちは微塵もない。あくまで人間達を自分の都合の良いように利用しているだけの私が、正義などであるはずがない」

 

 ヤルダバオトの言葉に、ラナーはふっとほほ笑んだ。

 

「……何がおかしいのですか」

「いえ、戦士長からお聞きした、正義の味方と言われた時のウルベルト様の様子ととてもよく似ていたものですから」

 

 カエルの元より大きな目が驚いたようにさらに見開き、先ほどまでの殺意は一気に霧散した。

 これは、ラナーが想定していたよりもこのヤルダバオトはウルベルトに近い存在だ。

 

「まるで、親子の様」

 

 場合によっては不敬であるかもしれないが、この様子であれば問題ないだろうとだめ押しの一言。

 ヤルダバオトは、ため息を吐く。

 

「良いでしょう。先ほどのあなたの失言はなかった事にいたしましょう」

「ありがとうございます」

 

 否定の言葉はない。

 つまり、実際に血縁関係かはさておき、それに類するほど近い存在であるという事だ。この異形が、ただの組織の下っ端ではなくかなり上位の存在である事はその点から間違いないだろう。

 

「それでは、襲撃の時間や編成についてどのようにする予定か教えてもらえるかな。それによって、私も誰を呼び寄せるか判断する」

「でしたら、今お茶をお淹れしますわ」

「結構。私は今急いでいるので、手短に済ませたい。君の影の中に悪魔を潜ませるので、後から連絡事項があればそちらに伝えるし、君も予定外な事が起これば影に話しかけてくれればいい」

 

 まだ襲撃までには時間はあるだろうし、この異形であればすでにある程度の方針は決まっているはず。

 ならば、急ぎの用事とは八本指とは別の事柄。

 

「ウルベルト様に、何かおありになっているんですか?」

「無駄話をする時間はないと言っているんだがね」

 

 これ以上は流石に踏み込めない。ラナーは簡潔に現状と、これからの行動についてヤルダバオトに語った。

 しかし、ウルベルトに何かあったのは間違いない。ヤルダバオトにとってかなり厄介な何かが。

 正義を嫌う男が、身内の正義じみた行動に嫌気がさして組織を抜けようとしている?

 いや、違う。

 ではそれは何か。

 ヤルダバオトとの会話が終わるころ、その答えに辿り着く。

 カエルの頭をした異形がいなくなったのを確認して、ラナーは本当に楽しそうに笑った。そして、自身の影の中に悪魔が潜んでいる事を思い出し、それを少しだけ押し殺すが、この程度のラナーの奇行でヤルダバオトがラナーを殺しに来ることはない事はわかりきっている。

 輝かしい未来は約束されたも同然だ。

 

「ああ、ウルベルト様がいらしたときの準備をしておかなくてはいけないわね」

 

 でもそれよりも先にさっさと八本指を片付けておかなくては。

 ラナーは自身の部屋に青の薔薇の面々を集め、今後の事について話し合いながらも、今ヤルダバオトがどのようになっているのかを想像し、とても愉快な気持ちで話を進めるのであった。




 デミウルゴスが気づいた件は、どっかにすでにちょこっと書いてます。というか、今までコメントで指摘されなくて良かったー。
 バレるの恐れて分かりにくくしすぎせいかもしれないけど。


 年末年始を、なるべく小説を書き進めていた結果、後2話分くらい書いたら本編が終わる状態になりました。ちゃんと、エタらず完結できそう。

 あと、パスワード限定でリアルで死んだウルベルトさんが幽霊になってナザリックに来る話を載せてるんでお暇な方は読んでいただけると幸いです。ユーザー情報のところにパスワードも載せてるので。
 まだ2話までしか載せてないですけど、舞台の方終わったら残りをちまちま上げていく予定です。


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13話 設定

先に謝っておく。ごめん、ジルクニフ。


 ラナーとの邂逅が終わったあと、デミウルゴスはまずアインズに〈伝言〉(メッセージ)をいれ、今後の方針に了承をもらった。その後、コキュートスに〈伝言〉(メッセージ)をいれ指示をする。

 セバスが行った行為をなかった事に出来ないのならば、上手く利用するのが一番良いだろうと、デミウルゴスは判断した。

 ラナーからは正義の味方などと言われてしまったが、“ぷれいやー”がこちらに接触し易くするには、そんな風に擬装するのが一番良い。ウルベルトやアインズが冒険者として人助けをしていたのもそれが理由のはずだ。

 

 その為、セバスが予定外に行った善行もアインズの功績だと思わす事が出来れば、セバスの行動もマイナスではなくなる。

 本来なら八本指襲撃は、アインズにも来てもらうのが良いのだが、今はそんな気分ではないと思われるので、セバスとの繋がりをはっきり見せるのは後で良い。

 プレアデスにも手伝わせれば、“ぷれいやー”からはギルド全体の方針が善に寄っていると勘違いさせることが出来るだろう。これは、当然あくまで”ぷれいやー“をおびき出し、情報を集めるための手段に過ぎない。

 

 しかし、アインズが一人になりたいと言ったのをその通りにしている訳だが、本当に大丈夫なのか不安になる。〈伝言〉(メッセージ)をした時の声の様子からも、ウルベルトがナザリックを去るのではないかと言う不安が滲み出ていた。

 とは言え、ウルベルトの行動の理由を語る事を禁じられているため、デミウルゴスにはアインズにかける言葉がない。

 できる事ならば、この事態になったのはデミウルゴスのせいであり、アインズがこんな風に気を落とすべきではないと伝えたい。そうするべきなのではないかと、アインズの為にその言葉を伝えたくなる気持ちを押しとどめる。

 

 捨てると決めたはずなのに。

 ウルベルトの望みを叶える事以外の全ては捨てると決めたはずなのに、それが揺らいでいた事に今の今まで気づいていなかった愚かな自分を呪いたくなる。

 今度こそ本当に捨てるのだと、自分に言い聞かせる。

 ただ、本当にそれで良いのだろうかと、ウルベルトは本当にそれを望んでいるのだろうかと、不安が拭い去れないのはどうしてだろう。

 

 創造主と会う事を恐れたのは今日が初めてだ。

 決断の時はきた。

 ウルベルトは、何を選んでも許すと以前言っていたが、それでも選んで欲しいと思っている答えがある以上、その通りの答えを出さなければいけない。

 覚悟を決めて、デミウルゴスはウルベルトがいると思われる場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん早かったな。俺がいる場所も教えていなかったというのに」

 

 ウルベルトは、バハルス帝国の王城に、皇帝であるジルクニフと何やら語らっている最中の様子であった。

 

「帝国の皇帝が、以前ウルベルト様の友人を名乗りナザリックに訪れた話は聞いておりましたので、一番可能性が高いのはここかと思い来た次第です」

 

 ジルクニフが、居心地悪そうに席をはずそうとする。

 

「そのままこの部屋にいてくれ、ジルクニフ。デミウルゴスも、あれは調度品か何かとでも思っておけ」

 

 ウルベルトがそう言うならばと、デミウルゴスはジルクニフを意識の外に出すが、調度品と言われた本人は、この場に残らねばならなくなったことに苦い顔をして、なるべく部屋の隅に移動した。

 

「一応確認するが、八本指の方も問題は終わらせて来たのか?」

「はい。王国の第三王女ラナーがその拠点を把握しているであろう事はわかっておりましたので、彼女に接触して、その後の動きはコキュートスに任せておりますので問題ありません」

「ラナー王女、ね。なるほど。それにしても、先ほどはよく俺を止めてくれたな」

 

 ウルベルトが、セバスに怒りをぶつけようとしていたのを止めた時。

 あの時、セバスについては彼の自業自得な部分もあったのでどうでも良かったのだが、アインズが辛そうな顔をしているのが耐えられなくなり、止めに入らずにはいられなかった。

 ウルベルトが、あんな行いをしたのは、デミウルゴスに責任があるのだから。

 

「ウルベルト様は、最初からセバスに対して怒ってはいらっしゃらないご様子でしたので」

 

 デミウルゴスのその言葉にウルベルトは嬉しそうに笑った。

 

「そう見えたか? 言葉自体は本音そのものだったんだがな」

「気づいたのは私だけのようで、他の者はウルベルト様がセバスの言動にお怒りになって出て行ったと信じております」

「そうか、お前だけか。お前だけが、俺の事を理解しているというわけだ」

 

 ウルベルトのセバスへの態度はただの演技だ。ウルベルトが内心楽しそうにしているのがデミウルゴスには伝わった。

 何より、あの内容はセバスではなくデミウルゴスにとある事を伝えようとしたものだ。

 

 デミウルゴスは今まで選択を誤ってきた。

 それをデミウルゴス自身に気づかせるために、あんな風な言葉を使ったのだ。セバスは、たまたま丁度いいタイミングで過ちを犯したものだからそれに利用されたに過ぎない。

 セバスがあのような行いをしなくても、いずれ今と同じような事態には間違いなくなっていた。それが少しばかり早くなっただけだ。

 

「では、具体的に八本指をどう対処するようにしたのか、教えてくれるか」

 

 そう問われて、アインズに報告したのと同じ事を伝えた。

 正義の真似事をする事に、もしかしたらウルベルトは反対するのではと懸念したが特にそんな様子もなく、むしろ機嫌が良さそうにすら見えた。

 ここは間違っていなかったと安堵する。

 だが、問題はここからだ。いや、むしろここで喜ぶという事は、最悪の事態が待っている事に他ならない。

 

「素晴らしいな。アインズ・ウール・ゴウンが正義を為す。お前は俺がやって欲しかったように話を進めてくれて助かるよ」

「ありがとうございます」

 

 そう返答するも、そのウルベルトの賛辞に喜びを見出す事が出来ない。

 ウルベルトはこちらを見て微笑んではいるが、この先の言葉を聞くのが恐ろしい。

 

「なぁ、デミウルゴス。お前は俺の考えの一端が分かると言ったが、俺が次にとる行動は何か、お前が考えたそれを教えてはくれないか」

 

 元は人間だと言うが、今目の前にいるこの御方は間違いなく悪魔だ。

 デミウルゴスは、自身が考えたウルベルトの行動を否定したかったが、それが合っていようがいなかろうが、口に出せばきっとウルベルトはそれを正解としてしまうのだろう。

 それでも、ウルベルトに乞われてしまえば、それを口に出すより他にない。

 

「……正義を行うナザリックに離反し、ウルベルト様の悪を示そうとされているものと考えております」

 

 その言葉に、ウルベルトは満足そうに微笑んだ。

 本当にそれだけが目的ならばここまでデミウルゴスは苦悩していなかっただろう。問題は、なぜ今になってそんな事をしようと考えたのかという事だ。

 

 原因は自分にある。

 デミウルゴスが、最初に心に誓った通りの言動が出来ていれば、こんな事にはならなかったはずだ。

 それでも、こうなってしまったのならばもはや仕方がない。

 最初に決めた通り、ウルベルトだけを選び、それ以外は捨てる。そうでなくてはいけない。

 

「それで、お前はどちらを選ぶ」

「私は、ウルベルト様を」

「違う」

 

 何が違っているのか、ウルベルトの言葉が理解できなかった。

 ウルベルトと、アインズ、どちらにつくかの問いではなかったのか。

 

「お前が、ウルベルト・アレイン・オードルを選ぶのは当然だろう。問題は、今の悪魔となってしまった俺を選ぶのか、それとも、『アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓う』という文言を書いた過去の、人間だった頃の俺を選ぶか、そのどちらかだ」

 

 言葉が詰まる。

 そうなのだ。デミウルゴス自身、今まではっきりとした自覚はなかったのだが、ウルベルトが設定した『アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓う』という言葉に束縛されていた。

 ウルベルトの為であるならば全てを捨てようと決めていたのに、ウルベルトがモモンガにアインズ・ウール・ゴウンの名を許可したことにより、潜在的にこの方に忠義を示さねばと自然とそんな言動をしていた。

 

 一番わかりやすくそれが出ていたのは、アインズが一人でシャルティアの元へ行くという話を聞いた時だろう。ウルベルトの態度に変化があったのもこのタイミングなのできっとここで気づいたのだ。

 そう、アインズが死んだ方がウルベルトの事を運ぶのに都合が良いと、考えればすぐに分かったはずなのに、デミウルゴスはあの時、アインズの事を心配してそれを止めようとしてしまったのだ。ウルベルトがそれを止める言葉を発するまで、アインズを殺すという発想すら湧かなかった。

 ウルベルトにその気がなかったとしても、その発想自体はすぐに考えるべきだったのにも関わらず、それが出来なかった。

 

 至高の御方二人が冒険者になった時だって、お二人が一緒に行動するのは効率が悪いのは分かっていた。他のシモベたちにも“りある”の手掛かりを探すようにはしていたが、出来る事ならばデミウルゴスか、ウルベルトのどちらかが一番にそこに辿り着くのが理想的だ。

 あの時点であれば、戦士長に口約束をした程度であったのだし、多少怪しまれる可能性もあったが、別行動をするようにアインズに口添えをする事は可能だった。それなのに、楽しそうなアインズを見て安全策を選んだ体で、その考えを口に出す事をしなかった。

 

 二人の意見がかみ合うようにと、対立が起きないようにとそういう方向に話を進めてきてしまっていた。

 ウルベルトが、デミウルゴスよりも先に“りある”について情報を得たのではないかという時に感じた焦りも、自身の無能さ故だけではなく、このまま情報が見つからなければ今のままの日常が続くのにと、そんな愚かしい思いがあったせいだ。

 

 だから、設定に縛られずウルベルトを選ぼうと、そう決めていた。

 決めていたはずだが、それはどちらのウルベルトなのか。

 そもそも、デミウルゴスがそのような言動をしたのは、ウルベルトが設定した理想の存在でありたいという思いにより、自然とそう動いてしまっていたからだ。ウルベルトが与えてくれた設定だからこそ、気づいた後ですら思い悩んでいた。

 

 思い出すのはあの休日の一日。

 あの日の人間の姿をしていたウルベルト。

 過去の話をする時のあのどこか切なくも幸せそうな顔。

 今のウルベルトを選ぶという事は、あの日のウルベルトを捨てるという事か。

 そう思うと、本当にそれを捨ててしまって良いものなのか、何も選択できずに、思考がぐるぐると回転するばかりで答えを出す事が出来ない。

 

「迷ったな、デミウルゴス」

 

 その言葉に、びくりと体を震わせる。

 迷うなど、それは一番やってはいけない事だとわかっていたはずなのに。

 どちらのウルベルトを取るにしろ、ウルベルトの理想とする悪がやってはいけない事がそれだと、知っていたはずなのに。

 

「この地に来たばかりの人間の残滓が多かった頃の俺は馬鹿な事をしたものだな。俺を含めた41人の総称たるアインズ・ウール・ゴウンの名を一人の男に許すなど。それはただの気まぐれか、はたまたお前につけた設定故に、悪魔になった俺を選ばないようにとした行動だったのか」

 

 そうなのだ、そう考えてしまうと、今のウルベルトに素直に従うのが正しいのかが分からなくなる。アインズ・ウール・ゴウンをモモンガが名乗る事を許可していたのはウルベルトなのだから。

 

「どちらを選んでも良いんだぞ、デミウルゴス。お前がどちらを選ぼうとそれを許す。その意見は、どちらの俺も賛同している。少なくとも、俺がお前を捨てる事はない。お前が今の俺を選んでくれるのであれば、このままセバスの言動や正義を為すナザリックの動きが気にいらないというそんな理由で奴らに敵対し、お前がアインズにつくというならば、お前を取り返す名目でナザリックに攻勢を仕掛けるだけだ。大して変わらない」

 

 どちらにせよ、ウルベルトとナザリックが敵対する事は免れない。

 

「今回だけその迷いを許そう。一度ナザリックに戻ってじっくり考えるんだな」

「……かしこまりました」

「次に会うとき前にはきちんと答えを出しておけ。間違っても、どちらも選べないとずっと立ち尽くし続けるような臆病者にはなるなよ。もしそうであるならば、お前は俺の理想と遠い存在になり果てたとしれ」

「心得ております。次にお会いする時までに、必ずやウルベルト様の求める理想の悪として行動を示します」

 

 そう言ってその場を立ち去るのだが、頭の中は未だもやがかかったようで、正解の道筋が見えて来ない。

 一度こうして恩情を与えられたわけだが、きっとすぐに答えを出せなかったデミウルゴスに対してウルベルトは失望しているに違いない。

 

 そんな重い足取りのデミウルゴスに〈伝言〉(メッセージ)が入る。

 しかも相手がセバスだというのだから思わず舌打ちの声が漏れ、相手はそれに委縮している様子だ。

 なんとも間の悪い男だ。いや、実際のところはウルベルトとの会話の途中ではなかった辺り、タイミングは良いというべきなのだが、聞きたくない声を聞かされる事に苛立ちが募る。

 ツアレニーニャがちょっとした隙に攫われたという内容で、場所はよくよく聞けば元より襲撃予定の場所だ。別にそのまま行動してもらってもよかったのだが、この前の事を反省して報告をきちんとして確認を取ろうとしているのだろう。実際、どんな些細な事でも報告する事は大事なのだが、それぐらい自分で判断しろと言いたくなる。

 

 セバスに、襲撃の手伝いをする際はセバスがそこに行き、ツアレニーニャを助ければそれで良い、今回はナザリックを正義と思わせる事が目的なのだから、セバスが好きな正義を勝手にやってくれと言い捨てて〈伝言〉(メッセージ)を切る。

 ナザリックに戻ったデミウルゴスは、普段は睡眠が不要のため使っていなかったベッドに横になった。

 疲労というバッドステータスとは無縁のはずなのに、明らかに疲れを感じていた。答えの出ない堂々巡り。ショートしそうになる頭を冷やすため、悪魔は少しだけ眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジルクニフ、お前はデミウルゴスが今後どう動くと思う?」

 

 奴の息子たる悪魔が部屋を後にし、ウルベルトがそう質問を投げかける。

 今まで置物として身動きも取らず部屋の隅で成り行きを見守っていたジルクニフだが、余計な事に人を巻き込みやがってという思いが頭を占めていた。

 ウルベルトがモモンガと事を構える為に動いているとは読んでいたが、よもや自分が過去に取り決めた設定故に、彼の息子が自分とモモンガどちらかを選べない状態であるから、あえて対立してどちらか選ばせようとしているだけとは思わなかった。ただの自業自得ではないか。

 もちろんそんな事は口に出さないが、ウルベルトに振り回されているデミウルゴスには多少同情する。

 

「設定、というのがどれほどの効力があるのか知らないが、消えてしまう人間としての君よりも、今の君を選ぶんじゃないか。そうでなくても、君の息子は悪魔なんだろ。それならば、最終的に悪魔の君の在り様の方が彼にとっても良いのではないかな」

 

 デミウルゴスがどっちを取ろうがジルクニフにとっては変わらない。どちらにせよ、ウルベルトはナザリックに戦争を仕掛ける気であり、ウルベルトをとるか裏切るかの二択なのは、変わりはしない。

 しいて言うならば、ジルクニフがウルベルトを選んだ場合、デミウルゴスがこちらについてくれるのであれば、今こうしているようにウルベルトの話相手をしなくても済むので、そうであれば良いという程度だ。

 自分以外の者に対して、息子が敬意を払うのが嫌ならばそう命令してしまえばいいのに。

 いや、そこを本人の意思で決めさせたいというのが奴の考えであることは先ほどの会話で分かりはしたが、甚だ迷惑な話だ。

 

「そういえば、ナザリックではこの世界の素材を使って羊皮紙を作っているんだが、それが何の素材か分かるか?」

 

 そう言って、ウルベルトが魔法の込められた羊皮紙を投げてよこす。

 意図が読めない。

 なぜ今、羊皮紙の話になる。生産するのに、帝国の力を貸してくれとでも言うのだろうか。

 

「羊皮紙というくらいなのだから、羊ではないのか? 普通のものより確かに質は良いようだが、普通の羊皮紙にしかみえないが」

「モモンガはキメラか何かと勘違いしていたな。どうもこの世界の通常の羊皮紙では私たちの高度な魔法を込めることができなくてね、いろいろ試した結果、これが一番都合良かったんだ。俺は、聖王国両脚羊と呼んでいるんだがね」

「……両脚?」

 

 いやな汗が流れる。

 両脚で歩く羊など見た事も聞いた事ない。そんなものが、聖王国にいるとは到底思えないし、ただの亜人の類であればこの悪魔がこんな風に話を振るわけがない。

 となれば、答えは一つ。

 

「今俺の前にも、聖王国産ではない両脚羊が一匹いるわけだが、この地でも牧場経営をするのも悪くないんじゃないかと思ってね」

 

 やられた。

 最初から、自分の側につかせる気など毛頭もなかったという訳か。

 

「1回皮を剥いだ程度では人間は死なない。ちゃんと回復をしてやればまた皮を剥ぐことができる。こちらだって、家畜の数や質が落ちるのは困るからね、きちんと面倒を見るとも。おとなしく皮を剥がされていれば、あとは今まで通り普通の生活をしていてもらって構わない」

 

 そんな状態で、普通の生活など送れるものか。

 悪魔を裏切ってモモンガにつくか、家畜として生きながらえるかの二択。

 モモンガがこちらの要請に応えてくれる可能性は薄いが、それでも可能性が零ではない以上そちらにつく以外には、もはや人類が人類として生きる道はない。

 

「そう不安そうな顔をするなよ。痛いのは一時だけ。試しにやってみるか」

 

 そう言って蹴り飛ばされて床に叩きつけられる。

 今から皮を剥ぐなど正気か? いや、悪魔であればこの程度は大したでは事はないという事か。

 服を破られ、背中の部分がさらけ出される。

 悪魔が何かを取り出している様だが床にうつ伏せになった状態では確認できないが、恐らく刃物を取り出したのだと思われ、そんな事を考えていると痛みが走る。

 

「せっかくだから、今回取れた皮には、お前の好きな魔法を込めてやるよ。と言っても第三位階までしか込められないんだがな」

 

 そう言葉を紡ぎながらも、ウルベルトはその手を動かし背中の肉が徐々に剥がされていく。

 

「……メッ、メッセージの魔法を……込めて、くれないか……」

 

 痛みと恐怖でパニックになりそうになるが、何とか声を振り絞り、ウルベルトの言葉に答える。

 この場で奴が自分を殺すと言う事はまずあり得ない。それは分かっているのだが、もしかしたらと言う考えが頭をよぎる。

 

「そうか。了解した」

 

 そう言うと、先ほどまではゆっくりだった手つきが荒々しくなり、急激な痛みにジルクニフはそのまま意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると平然と悪魔がソファに腰を掛けているのが目に入る。

 服は破れたままの為、背中はずいぶんと涼しいが痛みは一切なく、触れてみれば特に外傷はないように思われた。

 だが、あの時の痛みと恐怖はしっかりと記憶には残っている。

 

「君の皮でできたスクロールだ。大事に使いたまえよ。この世界の〈伝言〉(メッセージ)の魔法と違って信頼できるものだ」

 

 そう言って投げてよこすのは、先ほど見た物と瓜二つであった。

 

「こんなにすぐに出来るとは驚いた」

「そちらが寝すぎていたの間違いじゃないのか」

 

 そう言われて時計を見るが先ほどから10分程度しか時間は経っていない。

 材料さえあれば、魔法ですぐに完成させる事も可能という事か。

 

「何てことなかっただろう」

 

 そう言って、悪魔がにんまりと嗤う。

 

「ああ、そうだな。こうも完全に治療してもらえるとは思わなかったよ」

 

 あんな経験は一度で十分だ。何度もやられれば気が狂う。それでも、こうも綺麗に治るのであれば、それが何度も何度も地獄の様に続く事になるのだろう。

 元が人間だと言うが、これは間違いなく悪魔の所業。

 人間性の残滓が残っているのではと期待などできはしないし、だからこそのデミウルゴスとのあの会話になる訳だ。

 もはや、人間とは別の者になり果てた存在は、きっとジルクニフの皮を剥ぐ時も喜々とした様子であったに違いない。

 

「さて、そのスクロールで一体誰に〈伝言〉(メッセージ)をいれるのか」

「……それは、君に教えなければいけない事なのかな?」

「いいや、君に上げたものだ。自由に使ってくれて構わないとも。それでは、私は用事があるので出て行くよ」

 

 悪魔がさっと部屋から消えるようにいなくなる。

 それを確認すると、どっと疲れが襲う。

 完全に相手の予定調和で動く事になるのは癪だが、他に選択肢はない。

 〈伝言〉(メッセージ)を使う相手は当然モモンガだ。だが、スクロールはもらったが、直接ジルクニフが使う事が出来ない事がもどかしい。とは言え、今からナザリックに行くのでは遅すぎる。

 顔も知らぬ相手には〈伝言〉(メッセージ)を使う事は出来ないため、先日ナザリックに行ったメンバーの誰かでなければいけないが、ジルクニフも、バジウッドもレイナースも魔法を使う事が出来ないため、スクロールを使う事は出来ず、二度手間ではあるが帝国の魔法詠唱者に現在ナザリックに滞在しているフールーダに連絡を取り、フールーダからモモンガに〈伝言〉(メッセージ)をしてもらう必要がある。

 この場面でフールーダに頼まねばならぬというのはなんとも恐ろしいが、それ以外に今は道がない。

 

 あの悪魔の息子はどういう行動に出るのか。

 できる事なら、モモンガの方についてくれればウルベルトを倒す事も容易いだろうにと思ったが、こちらでどうこう出来る案件ではないなと、自身に出来る事をするため、ジルクニフは扉の外にいるはずの衛兵に声をかけるのだった。

 




 デミウルゴスは、何があってもウルベルトさんにつくんだろうなと思っていた方、すいません。

 一応、1話でデミウルゴスの態度を見てアインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓っているって書いたからかなっていうシーンがありまして、その文言についてはすでに書いているから、後出しじゃないんです。
 改名前に、1回その時点でのデミウルゴスの心境書いて、その後は本文中でデミウルゴスが言った通りですが、若干アインズ様を気にしている風に、分かりにくいけど書いてました。


 そういえば、異世界かるてっと2期始まりましたね。
 実は、オバロはまったきっかけがいせかるだったんで、もう2期が作られるほど時間が経ったんだなぁって思いながら1話を観てました。相変わらずちゃんとキャラがしっかりしていて面白い。
 いせかるなかったら、この話も書いていなかったので、ありがとういせかる。


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14話 王国の夜

 罰を与えて欲しかった。

 だが、それは叶わぬ願いである。

 再びツアレを助ける事となったセバスは、悲痛な表情を隠す事もできないまま、与えられた任務を遂行していた。

 

 ツアレを助けた事は間違いだったとは言いたくない。

 セバスの創造主であるたっち・みーであれば、あの場面で必ず彼女を助けたであろうし、自分も同じような行動をしたかった。そうする事で、たっち・みーの理念は正しいものだと実感し、少しでも敬愛する創造主に近づきたかった。

 ナザリックのシモベの行動として間違っているという事は理解していた。

 だからこそ、御方に報告する事が出来なかった。

 それでも、自分であれば人間の女一人、何とかする事が出来るとそう思っていた。自身の能力を驕っていたとしか言いようがない。なんともおこがましい事だ。

 ウルベルトが怒るのも無理はない。

 

 かの御方が悪を理想としている事は知っていた。セバスにとってそれは理解できるものではないが、それを良しとするウルベルトが、正義の行いを忌み嫌うであろう事は簡単に推察できる。セバスの無責任な人助けをウルベルトがあまり良い顔をしないであろう事は分かっていた。

 分かっていて黙っていたのだから、これはもう弁明のしようもない。

 

 自分にとって大事なのは、たっち・みーの理念か、それともナザリックか。

 当然、後者であるべきだ。

 

 ナザリックにとって不利益になるような行為は、自分だけで済まされる問題ではない。他のナザリックに所属する者達にも迷惑になる。

 現に、たっち・みーの理念に基づきツアレを助けた事によってウルベルトの反感を買い、御方は出て行ってしまわれた。

 頭を冷やしてくると言っていたが、このまま帰って来ないのではないかという不安を拭う事がどうしてもできない。

 自分の行いのせいで御方を失う事になるなど、どうやったって償う事も出来ないほどの大罪だ。他のシモベたちからも非難されるはずだが、アインズがセバスの行いを許してしまっているが故に、表だって罵声を浴びせてくれる者は誰もいないだろう。

 

 ウルベルトの被造物であるデミウルゴスであれば、怒りをぶつけて来てくれるのではないかと思ったがそれもない。むしろ、彼に助けられたという事実が余計に自分を惨めにさせる。

 ウルベルトを怒らせるだけでなく、アインズが保護するといったツアレまで攫われ、もはやこの落ち度を挽回する事は不可能だろう。

 せめて、今度こそはきちんと報告するべきだと、デミウルゴスにツアレが攫われた事を〈伝言〉(メッセージ)で伝えたが、セバスの声を聞くなり舌打ちをしてきた辺り、当然ではあるがかなり内心では怒っている様子であった。

 

 それでいて、どうすれば良いのかしっかりと説明してくれる辺り、公私を弁えている。

 普段は気が合わないと嫌っている相手だが、その辺りの線引きがきちんとできている彼を、今はうらやましく思う。人を貶める事を好む彼だが、仕事となれば別にそれを拘る事はきっとないのだ。現に、セバスにこのまま正義の行いをするように指示をしてきた。

 今回の作戦は、アインズの許可を取っているとはいえ完全にデミウルゴスの発案だ。悪を好む彼が、ナザリックの為になるならと人間の正義になる作戦をとっているのだから、セバスだってナザリックの為ならば正義に反する行いも是とするべきだったのだ。

 

 それが、本来のナザリックのシモベとしての正しい在り方。

 それが出来ない自分は、欠陥品なのかもしれない。

 

 だからこそ、出来るのであれば自害がしたかった。それが逃げの判断なのは理解できたが、とてもじゃないが耐えられなかった。今でも、同じ場面でツアレ見つけ彼女が助けを求めたならば、助けてしまいそうな自分を捨てきれる自信がなかった。

 罰を与えられない事が一番の罰だというように、この傷は永遠に癒える事はないのだろう。

 

 淡々と向かってきた敵を倒し、ツアレの元へ向かう。

 一度は殺そうとしていた男に、泣きじゃくりながらツアレは飛び込んでくる。それが、余計に罪悪感をセバスの胸に与える。

 こんな風に慕われるいわれは自分にはない。

 守ると約束したにも関わらず、殺そうとした自分には彼女を抱きしめる資格はない。

 

 一緒に来たクライムやブレイン達と合流するも、ツアレを連れても尚その表情が晴れないセバスの様子に彼らは不安そうな面持ちになっている。

 先ほどまでは、あくまでツアレを心配しての事だろうとあまりその事に触れていなかった彼らを心配させてしまった。

 正義を行う事が仕事なのだから、ここは胸を張るべきなのだが、どうも自分は演技が下手なようでどう取り繕おうとしても、思った通りの表情をする事が出来ない。

 

「大丈夫ですか、セバス様」

 

 全てが終わったのを確認して問題なくことが済んだことを知らせる狼煙を上げた後、今回捕まえた者を連行する者と、上司に報告しに行った者、証拠品などの確認のために襲撃した屋敷の捜査に当たる者が、それぞれ別の場所へ向かう。

 そんな者達がいなくなり、クライムとブレイン、セバスの3人になったタイミングで、クライムが、セバスに声をかけてきた。

 

「心配をおかけし申し訳ございません。しかし、問題はございません。ちょっと、私事で少し考え事があるだけですので、皆様には関係のない事です」

「そうですか。ですが、もし私で力になれる事があれば遠慮せず仰ってください」

「ありがとうございます」

 

 優しい青年だ。真っすぐで、ひたむきで好感が持てる。そんな彼が、ひどく眩しく見える。

 ナザリックに不満がある訳もなく、そこで至高の御方にお仕えする事が出来る事は何よりも幸せな事だ。その思いは今も変わらない。

 だがもし、自分のこの性とナザリックの方向性がかみ合っていたならば、自分も彼のように真っすぐでいられたのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。

 不敬な考えだ。合わないのであれば合わせるのが本来のシモベとして正しい在り方だ。ナザリックの方が自分の性と合っていたらなど、ナザリックの在り方を定めた至高の御方々にあまりにも失礼だ。

 

「……セバス様は、この後どうなってしまわれるのですか?」

 

 ツアレが不安そうな声を上げる。

 

「普段通り、何も変わりませんよ。主が私の行った事を許された以上、お咎めを受ける事はないのですから」

「でもっ、でも、あの方は凄く怒っていらっしゃいました。戻ったら、セバス様は酷い目に合わされるのではないのですか?」

 

 そうであるならばどれれだけ良かった事だろう。

 より一層、気が重くなる。

 どうすれば、自分の罪は償えるのか。

 

「あの、それはどういう事なのでしょう。セバス様の主というのは、冒険者のアインズ・ウール・ゴウンさんと、ウルベルト・アレイン・オードルさん、ですよね。今回の作戦にも協力していただいた立派な方だとお伺いしているのですが」

 

 セバスの様子があまりにも悲痛に満ちていた事もあり、クライムが詮索をしてくるが、それも仕方がないだろう。

 ここはなんと言って乗り切るのが正しいのだろうか。

 二人の御方が正義であると思わせるのが仕事であったはずなのに、これでは彼らを不安にさせてしまう。これ以上の失敗は重ねられない。

 とは言え、嘘を吐いてどうにかなるだろうか。自分に演技力がないのは、先ほどから身に染みて分かっているので、下手に隠そうとすれば逆に怪しまれる可能性もある。

 

「悩みがあるなら聞くぜ。何なら今から話しやすいように酒場にでも移動するか? こういうのは、誰かに話した方が楽だったりするもんですよ」

 

 ブレインがそう提案してくる。

 話したところで楽にはならないだろうが、このまま妙な疑惑を与えたままよりは、はっきりと言うべきかとセバスは口を開いた。

 

「私が、主の一人を怒らせてしまったのです。なるべく面倒事を起こさぬようにと言われていたにもかかわらず、路地裏に捨てられた彼女を助けて、厄介ごとに首を突っ込んでしまった」

「それは、非難されるような事柄ではないでしょう。セバス様の行いは、正しいものです」

 

 正義というものを真っすぐ信じるその目で、クライムがセバスを肯定する。

 

「正しい行為だとしても、それは主に与えられた命と違う行動です。それだけでも問題だというのに、私はそれを報告する事もしなかった。それによって、主たちの知らない間に話が大きくなってしまった。彼女がいた娼館を潰せば良いなんて甘い考えをして行動をしていたのです」

「報告は大事ですしそれを怠ったのは確かに問題かもしれませんが、結果的にツアレさんは助かり、おかげで今夜八本指を壊滅する事が出来たのです。現に、セバス様の主も八本指の壊滅を望まれていたのだから、それほど気に病む事はないのではないですか。先ほど、許されたと仰っていましたし、気にしすぎなのではないのでしょうか」

 

 セバスがツアレを助けたから、本来はそんな予定はなかった八本指を倒す流れになったのだが、正義を示す事を目的としている為、アインズとウルベルトは、最初から王国の闇である八本指をどうにかするべきだと考えていたというシナリオになっている。

 そのため、セバスの行動によってそれがなしえた事は、主人にとっても喜ばしい事だと勘違いしても仕方がない事だ。

 正直、それによる効果がどれほどのものか、セバスは理解していないが、当初のアインズとウルベルトの予定にはなかったものなのだから、本来やらなくてもいけない仕事を増やしたのは間違いない。

 

「主の命に反する行いをした私は、ツアレを殺すように主に言われ、その言葉通りツアレを殺そうとしました」

「えっ!?」

「殺そうとしたって、生きてるじゃないか」

「はい。主はあくまで私がどういう行動を取るか試す為にそのような事を言っただけで、彼女を殺させる気はなかったのです。私の攻撃は、彼女に当たる事はありませんでしたが、そこで、主への忠儀への偽りはないと、アインズ様よりお言葉を頂き、私は許されてしまった」

「ひっどい事させるな。しかし、それならば気にする事はないんじゃないですか」

 

 ブレインは、本当に殺す気がなかったにしろ、ツアレを使ってそんな風に試す事を良く思っていない様子だ。

 

「主への忠義の証明はされましたが、私の正義は、彼女を殺そうとした事により否定されました。彼女を救うと誓っておきながら、殺そうとした私をウルベルト様はそれを悪だと、断じて正義などではないと仰られた」

「それでは、どちらを選んでもダメだという事になるではないですか?」

「いいえ、ツアレを殺すように言われた時、御方の考えが分からずその言葉通りに行動した私に責があります。御方が、彼女を殺すつもりがないと見抜き、彼女を助けたことによる利を私が提示できていたのであれば、ウルベルト様の逆鱗に触れる事もなかった。私は、間違ってしまったのです」

 

 ウルベルトがナザリックに戻ってきたと知った時、セバスは本当に嬉しく思っていたのだ。

 もちろん、出来る事であれば自身の創造主であるたっち・みーに再び会いたいとは思ってはいたが、もう戻ってくる事はないと諦めていた御方の帰還は、他の御方もいずれまた戻ってくる可能性を示唆するかのようにも思われた。

 たっち・みーとウルベルトがどういう間柄だったのかは、セバスは知らない。たまたま二人が言い合いをしている現場を目撃した事があり、傍から見れば仲が悪く喧嘩をしているようにも思えたが、たっち・みーはどこか楽しそうにしているようにも見えた。

 自分も、たっち・みーのようにウルベルトに言い合うような事が出来ていたのであれば、あそこまでウルベルトが怒る事はなかったのではないかと今になって思うが、もはや時間を戻す事が出来ない以上、どうしようもないし、至高の御方を相手にそんな物言いをする事は、セバスにはできない。

 セバスでは、たっち・みーの様にはなれない。

 

「話をしたら少し楽になった気がします。私の愚痴を聞いていただき、ありがとうございます。それでは、私は彼女を今度こそ安全な場所に連れて行きますので、失礼いたします。今回、私と一緒に来た者たちにも、私は彼女を連れていくため、先に戻ったと伝えておいて下さい」

 

 実際、楽になどは全くなっていない。

 むしろ、自分の行いがどれほど愚かなものだったかを再認識させられただけだ。

 それでも、アインズとウルベルトの行いに不信感があったのは恐らく消えたはずだし、これで良いだろう。あくまで悪いのは選択肢を誤ったセバスだけだ。

 不安そうな面持ちのツアレを連れて、セバスはその場を後にする。

 背後にいる彼らは、まだどこか納得していない様子ではあったが、これ以上彼らに言う言葉はないし、うまく取り繕える自信がない。

 ウルベルトがナザリックに帰還している事を祈りながらも、ウルベルトはもう帰って来ないのだろうという確信があった。

 それでも、自分に今できる事は、これだけだ。

 与えられた仕事を全うするべく、夜の王都を歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、マジですげぇな。ちっこいのによくやるぜ、お前」

 

 がしっと、大柄な人間が肩を叩く。性別は女らしいが、ぱっと見では男と見間違えてもおかしくはない体躯をしている。

 王国のアダマンタイト級冒険者青の薔薇の一人、戦士ガガーラン。そんな彼女からの賛辞は、本来であれば喜ぶべきものであるが、言われた当人にとっては酷くどうでも良く思われていた。

 

「別にぃ、これくらい大したことないですぅ」

 

 ナザリックの戦闘メイドプレアデスが一人、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータは、御方から賜った自身の衣服に気安く触れるその態度を不快に感じてはいたがそれを顔に出す事はせず、ガガーランの言葉に受け答えをした。というより、仮面上の虫を顔に見立てている彼女の表情は変わらない。

 

 コキュートスの命を受け、八本指なる連中を取り押さえる為に、彼女は人間に加勢していた。

 エントマの他には、セバス、ユリ、ルプスレギナ、ナーベラルが別の場所で同じように行動をしている。

 ソリュシャンは我儘なお嬢様役をしていた為、戦闘をするのは不自然だという理由から。シズはナザリックのギミックを全て熟知している為、万が一の事を考えれば外には出せないと今回はナザリックに待機している。

 

 強いなどと人間の尺度で褒められたが、ウルベルトが第3位階までの魔法しか使えないという体になっている為、それより下の第2位階までしか使わないようにしている。あまりにも強すぎると不審がられると、とにかく手加減しての戦闘。

 服装も、普段着用している物とは違うタイプのランクが下のメイド服を着用している。

 

 ガガーランという人間は、ずいぶん美味しそうだが、人間に我々が安全な存在だと知らしめる役目を仰せつかっている以上、それを思っても口に出す事はしない。

 至高の御方の為であれば、食料と行動する事も耐える事は出来る。

 

 ただ、しいて言うならば直接アインズかウルベルトから命令を受けたかったが、今は別途で行動をしているとのことでそのお姿は見ていない。とは言え、直接御方からご命令を承るなどあまりにも贅沢すぎる。

 こうして、御方の為の仕事が出来ているというだけで幸せなのだから、それ以上は高望みという奴だ。

 でも、出来る事ならばこの任務が終わった後にそのお姿を見る事だけでも叶えば良いなとは思う。最近、二人の御方に会うことが少なかったため余計にそう思う。

 特に、休暇と言ってナザリックを一時期不在にしていたウルベルトの顔は、休暇が終わった後もお見掛けしていない。たまに見かけたというメイドも、何やら慌ただしくしていて、声をかける事も出来なかったと言っていた。

 

 御方々の動向が変わったのはシャルティアの洗脳事件の後だが、敵対する存在が確認された以上それに伴う変化があるのは当然だろうとは思っているが、それだというのに特別命令を下される事もなく、いつも通りの仕事をこなすしかできない事を寂しくは思っていた。

 それが、やっとこうして栄えある仕事を任されたのだ。失敗は許されない。

 

 ただ、気になるのはセバスの態度だ。

 この作戦の前に何かあったのは間違いないが、それがどういった事だったのかまではエントマには知らされていない。

 人間の女を保護する事になったという事は知っているし、セバスとソリュシャンが目を離した隙にその女がつい先ほど攫われた事までは知っているが、攫われる前からセバスの様子はおかしかったので、女を保護するまでの経緯の中で何かあったという事なのだろう。

 セバスと共に行動していたソリュシャンは知っている様だが、尋ねれば彼女もその件について話したくはないようで過ちを犯したセバスをアインズが許したとだけ言ってそれ以上は教えてくれない。気にはなったが、青ざめたソリュシャンの顔を見れば、それ以上は誰も問いただせなかった。

 

 とても許されたという様子ではなかった。

 セバスのせいで御方に何かあったというのであれば由々しき事態であり、それは例えセバスであろうとも許す事は出来ない。セバス本人だって、許されたとは思っていないはずであり、だからこそのあの表情なのだろうとは思う。

 しかし、セバスは許されているのだと言う。

 間違いを犯しておきながらも許されたのだとすれば、そこにあるのは苦痛だろうか。

 とはいえ、これはただの憶測だ。本当にただ、セバスやソリュシャンが必要以上にその失敗を気にしているというだけの話かもしれない。

 

 今回の作戦が成功して、御方々が喜んでくれればいいのに。

 そう思うが、今一自信が持てない。

 言われた通りの行動はきちんとできてはいるが、本当に人間なんかの為に行動する事が御方の為になるのかと不安になる。

 それでも、今はそれを為すしかない。

 

 別れていた他のメンバーとも合流すれば、他の姉妹たちも同じことを思っている様子であった。

 それでも皆、不安になりながらもしっかりとアインズが許可をしたという作戦を言われた通りに実行する。それしか、今出来る事は何もないのだから。

 

「しっかし、見事に美女ばっかりだな」

 

 並んだ姉妹を見て、ガガーランがそんな感想を漏らす。

 当然だ、至高の御方に創造されたのだから下等な人間とは違う。その見た目を褒めてくるのは当たり前ではあるが、最初に顔を合わせた時から何度もそう言うので聞き飽きたセリフでもある。

 

「とても良い趣味をしている」

 

 双子の忍者の片割れが目を輝かせてそういった。

 なんだか嫌な目線だ。

 とはいえ、忍者という職業は本来レベル60に達しないとなれないものだ。どうにも、双子の動きを見るにとてもレベル60とは思えないのだが、何か偽装している可能性はあるので用心は必要だろう。

 

「これだけの力を持った者をメイドにして侍らすなど、どうかしていると思うがな、そのアインズとウルベルトって奴は。そもそも、どうやってこんな人材をこれほど集めて、普段どこで何をしているのやら」

「ちょっと、イビルアイ。お二人の事を詮索しないっていうのが今回の作戦を手伝ってもらう条件だってラナーも言っていたでしょ」

 

 イビルアイという子供を、青の薔薇のリーダーであるラキュースが窘める。

 どうにも、このイビルアイという少女は一番こちらを警戒しているようだ。戦闘能力も、直接見たわけではないので分からないが、この中で一番高いように思われる。

 仮面越しではっきりとは分からないが、しかし確かにこちらを怪しむようなそんな視線を感じる。

 至高の御方を侮辱するような発言も混じっているが、怪しんでいる相手に攻撃的な態度をとればさらに状況は悪くなる。今は耐えるより他にない。

 ナーベラルが耐え切れず何か言いそうになっているが、ユリがそれを止めている。

 

「クライム君と一緒に娼館を壊滅していただいたセバス様の件もあるし、それに、アインズさんとウルベルトさんの噂は結構入ってくるけど、悪い噂は全然ないのよ。まぁ、やりすぎてどうこうってのはあるみたいけど。私は、信頼できる方だと思うわ」

 

 なるほど、さすが至高の御方。

 見事に人間を信頼させる事に成功している。

 今自分たちが怪しまれれば、至高の御方の功績を無駄にする事になる。

 一応、すべての作戦完了の狼煙が上がったのは確認しているが、それでも、別れたチームの責任者が集まり、どんな様子であったか話をまとめるようになっている。そのため、別れたあと2チームが戻ってきたら今回の任務は終了だが、最後だからと油断せず引き締めて任務に当たらなければ。

 

「あっ、でも、詮索って訳じゃないんだけど、もしよかったらウルベルトさんの装備品ってどこで手に入れられたとか、教えてもらえないかしら? この前人相書きで見たんだけど、凄い素敵な衣装で、ぜひ私も取り入れたいのよ!」

 

 確かにウルベルトの装備品は人間に合わせてランクが下の物を冒険者としては使っているが、それでも一級品だ。

 こっちの、青の薔薇のリーダーだという女は多少は他の奴よりはましで、見所があるというべきか。至高の御方本人ではなく、装備の方に重点を置いている辺り、他より少しマシという程度ではあるが。

 

「申し訳ございません、私どももそこまでは把握しておりません。もし、ウルベルト様にお伺い出来るタイミングがありましたら、聞いておきますね」

 

 ユリがラキュースの言葉に返事を返す。

 流石というべきか、人間相手でもきちんとした受け答えをする姉を尊敬する。

 

「ぜひお願いします! ところで、この後の報告会が終わった後の打ち上げには本当に参加されないんですか?」

「はい、任務が終わったら帰還するように仰せつかっておりますので、またの機会がありましたら、その時よろしくお願いします」

 

 人間どもと仲良くするという作戦上、打ち上げとやらにも出るべきなのかと悩んで、隙を見てコキュートスに確認を取ったところ、参加できるならその方が良いのかもしれないが、アインズとウルベルトが不在のため、何があってもすぐに動けるように、あまり長居もするべきではないという事になり、打ち上げには参加しない流れとなった。

 正直、これ以上人間どもに付き合わなくても良いのはありがたい。

 

 とはいえ、すぐに動けるようにとはどういう意味なのか。

 また別の任務がすぐに入る可能性があるという事か。

 もちろん、御方の為に働けるのであればそれは喜ばしい事だ。

 いつ、どんなタイミングであれすぐに駆け付けて仕事にあたる。それ以上に大切な事などないのだから。

 しかし、今まで日替わりのログハウスでの仕事以外は動く事がなかったのに、なぜ今になってそう言う動きになったのだろう。

 やはり、御方から直接説明を受けていない為、不安になる。

 本当にこれで正しいのか、何度目かになる迷いを頭の中に浮かび上がらせながら、残り2チームの帰りを待つのであった。




 ウルベルトさん初期から残るルートでは、ラキュースと楽しく中二談義するシーンを書きたい。

 読み返してたら、なんかこの話動きあまりないなぁと思ったんで、普段より一日早く上げて、明日には次の話を上げようと思ってます。
 というか、読み直して訂正してないだけでもう、ほとんど書き終わってるので、更新ペース上げようと思うので、よろしくお願いいたします。


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15話 裏切りの知らせ

 ウルベルトがナザリックに戻ったら連絡をくれるようにと言っていたのだが誰からもその連絡がこず、アインズはふらふらと街を歩いていた。

 デミウルゴスから、八本指とかいう組織を討伐するとの連絡は来ていたが、内容は話半分に聞いて了承した。

 その作戦がどういう意味があるのか今一よく分かっていないのだが、デミウルゴスが立てた作戦ならばきっと間違いがないだろうし、何よりウルベルトは文句を言わないだろうと思ったからだ。

 

 謝れば済む問題なのだろうか。

 謝るにしても、今回の件はどう話を切り出せばいいのだろうか。そんな事を考えていたら、時間はあっという間に過ぎていく。

 答えは出ない。

 

 アルベドの件については、もはやどうする事もできないが、今回のセバスの件はどうするのが良かったのだろうか。セバスを許したことが悪かったとは思わないが、やり方が悪かったのか。

 とはいえ、嫌疑がかかったセバスをそのままにする事は出来ず、明確な形でナザリックに対する謀反の意思はなかったと示してもらう必要があった。あの形でそれを正すのは手っ取り早い手段ではあったし、ウルベルトだってそれには同意していた。

 その先のウルベルトの考えまで見抜けていなかったアインズが悪いと言えばそうかもしれないが、そうであれば先にそれを言って欲しかった。

 とはいえ、ウルベルトがセバスと相性が悪いであろう事はアインズだって流石に最初から分かっていた。セバスが無断でツアレニーニャを助けた時点で、ウルベルト的にはアウトだったという事なのだろう。

 

 このままウルベルトが帰って来なかったらどうしよう。

 他のギルドメンバーに再び会える保証はどこにもない。

 であれば、この世界に一緒に来たウルベルトを失うなんてことはしたくない。

 彼を失わずに済むためにはどうすれば良いのか。

 いくら考えても答えは出ない。

 

 いっそ、ナザリックから出られないようにしたら良いのでは、なんて馬鹿みたいな事も頭をよぎるが、そんな事をすればウルベルトはアインズを今度こそ本当に嫌うだろう。

 ウルベルトがセバスに向けたようなあんな目線を、自分に向けられたらと思うと、とてもじゃないが耐えられる気がしない。

 

 嫌われる事は恐ろしい。

 

 それが嫌で、自分はいつだってどっちつかずの人間だった。

 意見が対立しても、どちらかに肩入れする事も出来ずその真ん中にいた。

 ウルベルトとたっち・みーの様な両極端なタイプがいる場合は、そんなアインズの性格がうまく働いていたように思う。

 人が減っていくごとに、自分の立ち位置が崩れていくような感覚が、ゲームをやっていた当時あった。

 それが、一人になって逆にここにしか自分の居場所はないのだと今まで以上にしがみついていた。

 

 この世界には現状、ウルベルト以外のギルドメンバーがいないのだから、そのウルベルトに合わせれば良いとやってきたつもりだったのだが、どうやら自分はそれに失敗したらしい。

 ある程度、ウルベルトについては分かっているつもりだった。

 彼がゲームを辞めてから長らく会っていなかったが、それでも、アインズ・ウール・ゴウンを作る前から無課金同盟などと言って仲良くやっていた相手だ。うまくやれると思っていた。

 

 自分はウルベルトについて何も知らなかったんだなと、当たり前な事実にようやく気付く。

 ウルベルトがゲームを辞めている間、彼が何をしていたかなどについては、全く知らない。知ろうとも思わなかったので尋ねる事もしなかった。

 鈴木悟にとって、ゲームをしていないリアルにいる時の自分というのはただの社会の歯車に過ぎず、機械と何ら変わらない物だという認識だった。ユグドラシルにいる時だけが、本当の人間として生きている時間だった。

 友とくだらない話をして、作戦を練ってダンジョンを攻略する。愚痴を言ったり、笑ったり、泣いたり、誰かと触れ合ってコミュニケーションをとる場所は、そこしかなかった。

 リアルでの自分は生きていないただの物でしかなかったから、これだけ固執しているギルドメンバーの事であってもリアルの彼らがどうしているかは、あまり深くは気にしたことはなかった。オフ会をしてリアルの彼らと触れ合う事があったが、今一実感が持てなかったのを覚えている。

 ユグドラシルで再会した際の話のネタにと、ホワイトブリムの漫画を読んだり、ぶくぶく茶釜がまたアニメの声優に抜擢されたんだなぁなどと確認をする程度はしていたが、一度やったオフ会以降、リアルの彼らに会おうとは考えなかった。

 他のゲームに誘ってくれる人たちもいたが、自分はユグドラシルでの生き方しか知らないから、他の場所に行こうだなんて考えもしなかった。

 

 結果、一人取り残された。

 

 当たり前の話だが、鈴木悟と違って、他のメンバーたちはリアルでもきちんと生きていたのだろう。歯車の様に働いていたとしても、リアルで友人を作ったり、ユグドラシルでしていたのと同じような他愛ない話をしたりもして、誰かときちんと向き合って生きていたのだろう。

 だとするならば、数年会っていなかったウルベルトが変わってしまったとしてもそれは当然の事だ。ゲーム時代だって、毎日会うわけでもなく、たまに数時間会うだけの付き合いだ。その程度の付き合いで、相手の事を分かったと思うのがそもそも間違いだ。

 ウルベルトが悪に拘っているのは、両親を殺した社会への憎悪からであろうが、知っているのはその程度だ。本当にそれだけが理由なのかもよく分かっていない。

 

 今更、話し合ってどうにかなるものなのだろうか。

 そんな事を考えて歩いていると、夜だというのに人だかりが見えた。よく見れば、見知った顔も何人かそこにはあった。

 そういえば、八本指とか言う組織をどうにかするためにセバスとプレアデスを出撃させているとか、そんな話だったなと思い出す。いるのはプレアデスの内の4人で、ソリュシャンとシズとセバスの姿はない。

 彼女たちは、アインズと同様にこちらに気づいている様子だが、それを周りにいる人間にも知らせて良いのにもかわからずどこかよそよそしい態度をとっていた。

 申し訳ないが、今あの輪の中に入る気分にはなれない。デミウルゴスからも、もし可能なら顔を出すだけでもして欲しいと言われてはいたが、絶対という訳ではない。

 幸い、周りにいる他の人間たちはこちらに気づいた様子がないので、引き返そうとした時、後ろから声をかけられた。

 

「ゴウン殿ではないですか! 今日の作戦には来られないと伺っていたのですが、来ていただけたのですね。ただ、生憎ともう全て終わった後ですが、せっかくですから一緒に祝杯でもどうですか?」

 

 そう声をかけてきたのはガゼフ・ストロノーフであった。

 快活な裏表のなさそうな笑顔が眩しく見える。

 

「あっ、いやっ、あの、私は結構です。作戦が成功したのであれば、良かったです」

「そうですか? 遠慮なさらなくても良いのですよ。ところで、オードル殿はどうされたのですか?」

 

 一番聞かれたくない問いだ。

 何と答えれば良いのだろうか。

 喧嘩した、とは少し違う気がする。ウルベルトがあそこまで怒っていたのはアインズに対してではなくセバスに対してであった。いや、そのセバスを許したアインズに対してもやはり怒ってはいるのだろうけれども。

 

「おい、あんたがセバス様の主だっていう、アインズ・ウール・ゴウンか?」

 

 アインズが返答に困っていると、別の方向から現れた男がそう声を投げかけて来た。

 知らない男だ。

 ボサボサの髪に無精ひげが生えた男で、腰に差した武器からして剣士といったところか。

 

「そうだが、君は?」

「俺はブレイン・アングラウス。まぁ、ただの雇われ兵みたいなもんだ。少し前にセバス様と出会って、一緒に娼館を潰すのも手伝っていた男だ。それで、あんたはまぁ、セバス様を許したって言ってたから良いが、ウルベルトって奴は今どうしてるんだ?」

 

 セバスが今回の件を喋ってしまったという事か。

 とはいえ、なんで彼はこんな風に腹を立てたような態度をしているのだろうか。

 ブレインの様子に、プレアデスが臨戦態勢に入りそうになっているのが目の端で見えたので、伝わるか分からないが、手で大丈夫だとアピールする。

 

「どうしたんだ、ブレイン。何かあったのか?」

「セバス様が辛そうな顔をしているから話を聞いてみれば、ウルベルトって奴から今回、娼館の前で女を助けた行為を悪だと言われ、それを気にしているようだった。俺は、あんな強い人があんな弱弱しい姿を見せるのが我慢ならねぇんだよ。だから、そのウルベルトって奴に一言文句を言ってやりたいと思ったんだ」

 

 第三者がそんな事を言っても話がこじれるだけではないだろうか。

 そもそも、このブレインという男はウルベルトの事を何も知らない。だからこそセバスに肩入れしているのだし、余計にウルベルトを怒らせるとしか思えない。

 そんな事を考えていると、その言葉にガゼフが笑っていた。

 

「はっはっはっ。それはなんともオードル殿らしいな」

「笑いごとじゃねぇよ。今にも死にそうなくらい落ち込んでたんだぞ、セバス様」

「それは、セバス殿が気にしすぎなのではないのか? 何を隠そう、この俺も先日オードル殿には村人を助けようとしたのは悪だと言われたからな」

「はぁ? なんだそれ」

「あの方の言葉はある意味で正鵠を射ているからな、中々に堪える。自分の中でこれが正しいという軸がなければ折られてしまいそうになるほどな」

 

 ガゼフは、まるでウルベルトの事であれば自分は良くわかっているというように喋る。

 彼らが会って言葉を交わしたのなんてほんの短い間であったはずなのに。

 

「なんだよ、セバス様の心が弱いっていうのか?」

「まぁ、俺はその場にいなかったし、どういう状況であったのか詳しくはわからないので何とも言えないし、相手が自身の主であるならば反論が出来ないのであろうから仕方ないとは思うが、セバス殿はオードル殿の言葉に自分の行動は間違いだったのかと悩んでおられるのだろう」

「確かに軽率な行動だったかもしれないが、それは正義だったと俺は思うぞ」

「そうだな。俺もそう思う。だから、セバス殿もはっきりとオードル殿にそう言ってやれれば良かったのではないかと思う。それでも口論にはなるだろうが、はっきりとそれを示せば、その考えを否定したとしても、ある程度の理解はしてくれる方だと、少なくとも俺は思っているよ」

 

 どうしてこんな、ウルベルトを信頼していると言ったような言葉を彼は紡げるのだろうか。

 その姿に、ついさっきまで喧嘩していたはずなのに、ウルベルトであれば大丈夫だろうとろくに作戦も立てずに連係プレーをしてみせるたっち・みーの姿を連想させた。

 自分の方がウルベルトとの付き合いは長いのに。

 嫉妬と、自分のふがいなさで押しつぶされそうになる。ガゼフの言った事は間違いがないと思うのだが、だからと言って今後どうすれば良いのかが分からない。

 

「なーに、そんなところで立ち話してんだよ」

 

 そう言って、いきなり割り込んできたのは、先ほどまでプレアデスたちと一緒にいた集団にいた人物だ。体格が良かったので遠目からでも目立っていた。

 

「てか、お前その全身鎧、アインズ・ウール・ゴウンか。俺は青の薔薇のガガーランってんだ。今日はお宅のメイドのエントマと一緒に組んで戦ってたんだが、あんまりにも強くてびっくりしたぜ」

「はぁ」

 

 青の薔薇の名前は聞いた事がある。王国のアダマンタイト級冒険者で女性だけのチームだったはずだが、この目の前の人物は、本当に女なのだろうか。とても女には見えないが、だからと言って確認するのは失礼だろう。

 というより、早くこの場から出て行きたい。

 

「お前、童貞だろ」

「へっ!?」

「あんな可愛いメイド侍らせてるっていうからどんな奴かと思ってたんだが、まさか童貞だったとはな。一発俺とやるか?」

「えぇ……?」

 

 プレアデスで一番沸点が低いのはナーベラルであったのか、彼女を他のメンバーが押さえつけている。ただ、他のメンバーも良い顔はしていない。

 話半分にしか作戦内容は聞いていないのだが、確か今回はなるべく人間に友好的に接し、こちらを味方だと思わせるとかそんな内容だったはずだ。

 アインズも好戦的な態度をとっていない事もあり、アインズから直接、もう人間に対して友好的にしなくても良いという命令が下されない以上、この場はそのまま耐えるべきだという判断をしているのだろう。

 再度、手で大丈夫だからと主張する。デミウルゴスの作戦をダメにしたら、ウルベルトに怒られる。

 

「ちょっと、ガガーラン失礼でしょ。いきなりごめんなさい。私は青の薔薇のリーダー、ラキュースです。この度はご協力、本当に感謝しております」

 

 こちらは、まともそうな女性だと安心する。

 プレアデスを含めた他のメンバーも全員こちらに集まって来てしまい、さらにこの場から離れるのが困難になってしまう。

 

「ところで、何の話をしてたんだよ」

「いやなに、セバス殿はあまり元気がない様子だったのは、作戦前に会っていたのでみんな存じていると思うが、それがどうやら、ゴウン殿の相方であるオードル殿をあの御仁が怒らせて、それで考え込んでいたという事らしくてな」

 

 その言葉に、動揺したのは当然プレアデスだ。

 許した以上、円滑に作戦を遂行させるためには仕方がなかったのだろうが、彼女たちはその事を知らなかったようだ。自分の直属の上司がミスを犯していたと知って冷静でいられるはずもなかった。

 

「申し訳ございません、アインズ様。そのような事があったとは存じておらず」

「いや、良いんだ。私はセバスの行いを許した。だから、お前たちがセバスを怨むような事は絶対にしないでやってくれ」

 

 そうは言ってもあまり納得していないようで、皆一様に申し訳なさそうにしていた。

 

「それで、具体的には一体何があったんだ。ああ、私はイビルアイ。青の薔薇のメンバーだ」

 

 青の薔薇にはこんな子供もいるのか。とは言え、彼女もアダマンタイト級冒険者の一人だ。子供扱いはするべきではないのだろう。

 アインズは、事の顛末をできれば話したくなかったのだが、結局ブレインが先ほどしたのと同じ説明をしてしまう。

 こちらの事を知らぬ者は、ブレインの様にツアレニーニャを殺そうとした事で疑いを確認しようとしたこと、あれほど善であるセバスを許す事をしなかったウルベルトに嫌そうな顔をしていたが、報告、相談、連絡がないのはやはり問題であり、意見の食い違いなどはある程度しょうがないだろうと言った感じであった。

 

 それに対してプレアデスは、セバスの行動を聞いた時点で皆一様に顔面蒼白であった。アインズやウルベルトに報告せず、勝手な行動をしていた時点でセバスの罪はあまりにも大きい。それによってウルベルトの怒りに触れてしまったと聞き、明らかにセバスへの憎悪を露わにした。

 至高の御方に仕える事が彼女たちの使命。せっかく戻ってきたウルベルトが、またいなくなってしまうなど、とてもじゃないが彼女たちにとっては耐えられないのであろう。それは分かる。だが、出来る事であるならばその感情は自分に向けて欲しいと思う。

 

 NPC同士の仲が悪くなるのを見たくはない。

 何とか、セバスは悪くないと取り繕い、表面上は彼女たちもそれを納得していないようだが、ウルベルトが今どこに行ったのか分からないという今の状況を伝えると、その表情は悲痛に包まれた。

 きっと戻ってくるからと言っても、完全にその不安が晴れることはない。何より、その言葉を吐くアインズが一番疑っているのだからそれもしょうがないだろう。

 

「大丈夫ですよ。オードル殿はきっと戻って来ますよ」

 

 不安そうなアインズに、ガゼフが声をかけて来る。

 その優しい声に、どうしてだから苛立ちを覚えてしまう。

 

「何も知らない人が、そんな事言わないでください!」

 

 思わず荒げた声を上げてしまう。

 自分が、ウルベルトの帰還を信じられないのに、それほどウルベルトを知りもしないはずのガゼフが確信持って帰ってくると信じているのが耐えられなかった。

 ウルベルトを信じてあげられない、ウルベルトの事を何も理解できていない自分自身に腹が立っていた。

 

 そんな時、頭の中でいきなり声が響いた。

 

『突然の〈伝言〉(メッセージ)失礼いたします、我が師よフールーダ・パラダインです。今、少しお時間よろしいでしょう』

 

「えっ、あっ、ちょっと待て」

 

 いきなりの〈伝言〉(メッセージ)に慌てる。

 周りの人たちも、怒りの声を上げたアインズが、いきなり慌てたような声を出したのだから何があったのかと不思議そうな顔をしている。

 しかし、フールーダからの話したい事とはなんだ? 全く見当もつかないが、だからこそよほど緊急な案件かもしれない。

 少し彼と話をしたところ、この世界の〈伝言〉(メッセージ)の魔法は信用性がかなり低いのだという。フールーダもなるべく緊急時に参考として聞く程度で、〈伝言〉(メッセージ)だけの情報は信じられないと言っていた。ならば、それだけ緊急の要件という事になる。

 

「すいません、ちょっと〈伝言〉(メッセージ)が入ったので出て行きます」

 

 そう言って、心配そうな表情をする人の輪から抜け出して、一人で会話できる場所に移動する。

 

「それで、一体何の用なんだフールーダ」

『はい、それなんですが、あの、あくまで私からではなくジルからどうしても我が師にお伝えして欲しいと言われただけでして……。私は決してそのような事はないと思うのですが』

「ジルクニフから?」

『はい、単刀直入に申しますと、ウルベルト様が、我が師であるアインズ様とナザリックを裏切っていると、そういう事を言っておりました』

 

 は?

 何だそれは。

 なんで、ジルクニフがそんな事を言うのだろう。

 彼とは仲良くなれていたと思う。彼だって、ウルベルトの事を友だと言っていたはずだ。

 それがどうしてそんな事を言うのか。

 

「そんなはずはない! ありえない!」

『はい、私もそう思うのですが、どうしてもその事をアインズ様に伝えて欲しいと言われまして……』

 

 例え喧嘩をしていたとしても、ウルベルトが裏切るだなんてそんな事があるはずがない。

 そんな事、あって欲しくない。

 事実であって欲しくない。

 ああ、でも、ジルクニフはナザリックがどれだけ脅威であるのかをきちんと理解していた。そんな彼がアインズにそんな事を言えば怒りを買い、自分や帝国がろくな目に合わないであろう事は分かっていたはずだ。

 ならば、とも考えるがどうしてもそれを肯定する事が出来ない。

 勝手にアルベドの設定を変え、すぐにそれを伝えなかった事で未だにアインズに対してウルベルトは不信感を抱いているのか。セバスという、自分と意見の合わない物を許容している事でナザリックに嫌気がさしてしまったのか。

 

 裏切る理由ならいくつも考えついてしまうのが口惜しい。

 それでも、その言葉を信じる事はどうしてもできなかった。

 ずっと、待っていたのだ。

 他のギルドメンバーが戻ってくるその日を。

 そして、また別れる日の事などもう考えたくはない。

 ここはゲームの時と違ってログアウトをする必要がない。ナノマシンが減ったからと強制的に追い出される事もない。やっと見つけた居場所なのだ。ここでならずっとちゃんと生きていける。リアルの様なただの物ではなく、ちゃんと自分が生きていける場所なのだ。

 

 そして、そこには仲間がいないといけない。

 一人は寂しい。

 一人は辛い。

 楽しい思い出をくれた彼らが、自分を傷つけるような事をするはずがない。

 

「ありえない、そんな事は絶対にありえない!」

 

 そう言って、まだ何か言いたそうにしていたフールーダからの〈伝言〉(メッセージ)強制的に終了させた。

 どうすれば良い。

 ウルベルトが今どこにいるのかアインズには見当がつかない。

 ジルクニフがこのタイミングでそう言ってきたという事は少し前までウルベルトはそこにいたのかもしれないが、〈伝言〉(メッセージ)を使ってきた以上、今はもうそこにはいないのだろう。そんな内容を本人がいる前で言えるわけがないのだから。

 ならば、一体どこにいるのか。

 他に行きそうな場所の心当たりはどこにもない。

 

 ナザリックの者全てに、ウルベルトの捜索をさせようかとも考えたが、先ほどのプレアデスの表情を思い出すとそれも躊躇われる。

 流れ的にセバスが完全に悪者になってしまう。出来るならば、ウルベルトが穏便にナザリックに戻る形にしたい。そうしないと、まずい事になる。

 デミウルゴスに聞けば分かるかもしれないが、教えてくれるだろうか。彼は何か気づいているようだったが、それは一体何だったのか。

 あの時デミウルゴスは自分が責められているわけでもないのに青い顔をしていた。

 フールーダの言っていた通り、ウルベルトがナザリックを裏切ろうとしているのに気づいたが故に、デミウルゴスはあんな顔をしていたのではないかと言う考えが頭をよぎる。

 

 そんなはずはない。

 そう思いたいのに、そうとしか思えなくなってきてしまっている自分が憎い。

 ガゼフが、真っすぐにウルベルトならば大丈夫だろうと信じていたように、自分もウルベルトを信じたいのに、それが出来ない。

 再び〈伝言〉(メッセージ)が入る。

 またフールーダからだろうと、相手を確認せずに荒げた声を上げてしまう。

 

「いい加減にしろ! その様な戯言は断じて信じない!」

 

「えっ、あっ、申し訳ございません、アインズ様。既に、ご承知だったのでしょうか……」

 

 女の恐縮しきった声に我に帰る。

 聞いた事ある声でナザリックの者である事は間違いないのだが、名前まで出てこない。

 

「いや、すまない。別の者と間違えたようだ。えっと……」

「桜花領域守護者、オーレオール・オメガです。重要な案件でした為、アインズ様がまだ存じておられないのでしたら早急に知らせねばと〈伝言〉(メッセージ)をさせていただきました」

 

 予想外の相手にアインズは動揺する。

 間違いなく、彼女はアインズが言って欲しく無い言葉を言う。聞きたくはないが、聞かなくてはならない。

 

「ウルベルト様が、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってナザリックを出て行かれてしまいました」




 ジルクニフは、今頃フールーダから、やっぱりアインズ様怒ってたよって言われて頭を抱えていると思われます。あともうちょっとの辛抱なので、毛根には耐えてもらいたいところです。


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16話 ゲヘナ

 ギルド武器である、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをウルベルトが持ち去ったという情報を聞き、ウルベルトがナザリックを裏切っていると言ったフールーダの言葉が頭に響く。

 そんな事はないと否定したいが、オーレオールがそんな嘘をつく訳がない。そして、スタッフを持ち出したのに、裏切り以外の理由を見出せるかと言われれば否だ。

 

 ギリギリのところで保っていたものが折れる。

 なぜ、ウルベルトはそこまでの事をしでかしたのか。

 もし、この世界でギルド武器が破壊されたならばどうなるのだろう。ゲーム内であればギルド武器が破壊されればギルドは解散になる。

 ギルドが解散になれば、特典として作り上げたNPCも拠点の持ち主でなくなったプレイヤーの命令を聞くことは当然なく、設定などは初期状態に戻る。設置した罠なども当然全て作動しなくなる。

 拠点の所有権が壊した人物になるのであれば、ナザリックはウルベルトの物になってしまうのだろうか。

 だが、ナザリックはギルドホーム用の拠点だ。ギルド以外の、個人での所有は出来ないようにユグドラシルではなっていた。

 

 とはいえ、今はゲームの頃とは違う。

 NPC達だって、設定された通りとは言えそれぞれに感情を持って行動している。そこから、忠義心が消えた状態になるという可能性はあるし、設定がすべて消えて動かなくなるかもしれない。もしくは、ギルドメンバーが書いた設定が消え、種族ごと元の設定に書き変わり、悪魔なら悪魔、吸血鬼なら吸血鬼の性格になっているかもしれない。

 ユグドラシルでは無理だったが、個人でもギルドホームを所有できるようになっている可能性もある。

 どんな効果をもたらすかは分からないが、間違いないのはアインズがナザリックから追い出されるであろうという事実だけだ。

 

 ナザリックに所属するギルドメンバーだからこそ、NPC達はアインズに忠誠を誓っていたのだ。

 見せかけだけの支配者でもうまくやっていけたのはその高すぎる忠誠心故だ。それがなくなれば、アインズに尽くしていこうと思う者はいなくなるだろう。今まで彼らを騙すように支配者を演じていた事を糾弾される自分が容易に想像できてしまう。

 オーレオールの言葉遣いから察するに、まだこちらに敬意を払っているように思われる。

 その為、まだ破壊はしていないはずだ。

 とはいえ、それがいつ起こるかわからない以上、慎重にならなければいけない。

 

『私には、ウルベルト様をお止めする事ができませんでした。御方はナザリックを出られて、ニグレド様に探索するようにはお願いしているのですが、まだ発見には至っておりません』

「そうか、報告ありがとう」

 

 そう言って〈伝言〉(メッセージ)を切った。

 ナザリックを壊される事はなんとしても食い止めなければいけない。

 あそこは自分の帰るべき家なのだ。なんとしても守らなければいけない。

 しかしそれは、ウルベルトと敵対する事に他ならない。

 出来ればしたくはなかった。しかし、敵対しなければただ、ナザリックを崩壊させられて、ウルベルトともここでお別れになってしまうかもしれない。

 

 どちらも捨てたくはない。

 それでも、ウルベルトがギルド武器を持ち出すという行動をしてしまった以上、それを取り返す必要はどうしたってあるのだ。

 取り返したとして、ウルベルトはその行動を起こしたアインズをどう思うのだろうか。また、昔の様に仲良くなれるとはとても思えなかった。あの輝かしく美しい日々は遥か遠く。手を伸ばしても届くことはない。

 それでも、そうだと分かっていても尚、アインズはどうしてもウルベルトを諦める事が出来なかった。彼を繋ぎとめる術はないかと考えを巡らすが一向にアイデアは浮かんでこない。

 NPC達には、とてもじゃないが相談できない内容だ。

 

 ならば誰に、と考えたところでジルクニフの顔が頭に浮かんだ。

 ウルベルトが裏切ろうとしていると伝えようとしてきた彼ならば、自分の知らない何かを知っているかもしれない。それに、アインズなんかよりずっと頭が回る。

 それに、謝るべきだろう。

 ジルクニフの進言はかなり勇気のいる物だったに違いない。フールーダは、アインズがどんな様子だったか、きっともうジルクニフに伝えているだろうし、それによって彼はアインズを怒らせたと恐怖しているに違いないのだから。

 認めたくはないが、彼の言葉は真実だ。

 アインズは、ジルクニフに〈伝言〉(メッセージ)を飛ばす。

 

「あの、ジルクニフ、モモンガなんだが、そのさっきはすまなかった。ちょっといきなりで動揺して」

『モモンガか! いや、いきなりあんな事を言えばそうなるのも無理はない。だが、早急に対策に講じるべきだ。奴の目的は、アインズ・ウール・ゴウンに反逆する事だ。しかし、君からこうして〈伝言〉(メッセージ)をしてくれるという事は、何かすでに動きがあったという事か?』

 

 アインズ・ウール・ゴウンに反逆する事が目的とは一体どういう意味なのだろうか。

 よく分からないがとりあえず、ジルクニフは味方だと思って良いのだろう。

 

「それが、ウルベルトさんにギルド武器を持ち出された」

『ギルド武器? 何だそれは』

「ナザリックの所有権、みたいなものかな。具体的にどうなるのかは俺にも分からないんだが、それが破壊されれば俺はナザリックの支配者じゃなくなる。NPC達も、俺の指示に従わなくなる可能性がある」

『なるほど、それが奴の切り札か。だが、恐らくそれを奴は早々に破壊する事はない』

「なんでそんな事が分かる?」

『奴の目的は、デミウルゴスが自分とアインズどちらを選ぶかを見定めることだ。君が支配者であるが故に余計にデミウルゴスは迷い、迷った末の答えを奴は欲している。支配者でなくなった君では、その迷いが消えるかもしれない以上、それは奴にとっても最終手段のはずだ』

 

 どういう事だと問いただせば、先ほどまでウルベルトが話していたという内容をジルクニフが教えてくれる。

 なんでその程度の事でこんな事を、と思うような内容ではあったものの、なんだかウルベルトらしいと今までの理由の中で一番腑に落ちてしまったのも事実だ。

 ウルベルトという男は、とにかく悪に拘っていた。

 アインズのせいだとか、セバスの行動のせいだけで、ナザリックを裏切るような人ではなかったと信じているが、自分の悪の為であれば何をしたとしても不思議はないと思えてしまうほどの。

 

『あれはもう、君の知っているウルベルトではなく、別の悪魔になり果てようとしているぞ』

 

 アインズは、感情が一定以上まで行けば抑制される。だが、それがないウルベルトの場合は、悪魔としての感情をひたすらにため込んでいたという事なのか。

 

『とりあえず、デミウルゴスの身柄を確保しておく事だな。ナザリックに戻ると言っていたから、今ならまだいるかもしれん』

 

 なら、とりあえず一旦〈伝言〉(メッセージ)を切って、ナザリックに連絡を入れるべきかと思った時に悲鳴にも近いようなそんな声が響いた。

 その声に何かあったのかと街の人も窓から顔を出して外の様子を伺っている。

 アインズもそちらを振り向けば、轟々と燃え盛る炎の壁が見えた。

 

「ゲヘナの炎……」

『何? どうした、そちらで何かあったのか?』

「すまない、ジルクニフ。また後で連絡する。よく分からないが、ウルベルトさんが何かやっている事だけは間違いない様だ」

 

 〈伝言〉(メッセージ)を切ってそちらに走る。

 炎は、王城を取り囲むように燃えている。

 範囲内の悪魔種の攻撃力を上げる等の効果がある。そんな種族限定で効果がある魔法を使えるのは効果の恩恵がある悪魔種のみだ。恐らくデミウルゴスも使えるはずだが、違うであろう。

 ウルベルトだ。

 炎が出現したのが今ならば、その範囲内に彼はいるはずだ。

 だが、なぜ王城に。

 

 嫌な考えが頭に浮かぶ。

 彼は権力者を嫌う。そして、あそこにいるのは権力者達だ。

 人間の、アインズの知るウルベルトであれば例え権力者相手であろうと力がない相手には口は出しても手は出さない人であった。

 だが、彼が本当に悪魔になってしまったのであれば、そんな事はしないと保証は出来ない。ギルド武器まで持ち出した彼を信じる事はもう、流石にできない。

 

 先ほどの集団の前を通りすぎる時、プレアデス達には早急にナザリックに戻りデミウルゴスがいたならば、ナザリックから出ないようにするように頼む。いないのであれば、何としても探すようにとも付け足す。

 突然の、しかも守護者を捕縛しろという内容の命令に彼女たちは狼狽えながらも、了承の意を示してその場を立ち去る。

 

 他の者達がアインズを引き留めてどういう事か説明してくれと声をかける者がいたがそれらには構わず走り、〈飛行〉(フライ)の方が早いかと魔法を唱える。

 それに、一人だけ着いてくる者がいる。

 確か、イビルアイと言っていた。

 

「おい、あれはなんだ! 何か知っているのか!?」

「説明している余裕はないっ」

 

 そう言って一人先に進もうとしていたのだが、目的の人物が同じく〈飛行〉(フライ)を使って上空を飛んでいるのが目に入りその足を止める。

 彼を止めなければと思っていたにも関わらず、その姿を見て、何と言葉をかけて良いのか迷ってしまった。

 

「あれは、何だ。悪魔か? 知っているなら教えろ!」

 

 隣で少女が怒鳴るように問うてくる声は遠く聞こえる。

 恐ろしくて、でも、そのままには出来ないと少しずつ前に進む。相手はまだ、こちらに気づいた様子はない。

 ゲヘナの炎が揺らめき、スクリーンの様になりウルベルトの姿が大きく映し出される。ただの映像を映し出すためのマジックアイテムだが、これによって城下の人間も悪魔の存在を視認する。

 

「我が名はウルベルト・アレイン・オードル。この世に災厄をもたらす悪魔なり!」

 

 芝居がかった口調は、ゲームで遊んでいたころにやっていた悪役ロールとそっくりであった。

 

「手始めにこの地に地獄を創る事とした、炎の中では貴族どもが悪魔に蹂躙されているところだ。ああ、しかし安心したまえ。まだ全ては殺していないとも。いつ自分も同じ目に合うかと恐怖する姿を見る事こそがこの私の愉しみなのだから」

 

 しかし、本物の彼であるならばこんな事をするはずがない。

 本当に変わってしまったのか。昔の彼はもうどこにもいないというのか。

 アインズも、自分で人を殺してもなんとも思わないような人でなしになり果ててしまっている。この場所でアンデッドとして生きるのであればそれもしょうがないかと諦めている。

 代わりに、ギルドメンバーに対する執着は以前にも増したように思うが、そのアインズが執着していたギルドメンバーのウルベルトと、今のウルベルトは同じなのか、それとも別なのか。

 

「おい、あれはお前の仲間と同じ名前だが、まさか本人なのか?」

「そうだ。紛れもなく、俺の友人だ」

 

 とにかく、今はギルド武器を取り戻さなくては。

 ウルベルトの前に行く。イビルアイがついてくるが、彼女に構ってはいられない。

 近づくと、それに気づいた彼は少し驚いたように目を見開いた。

 

「ウルベルトさん」

「これはこれは、アインズ・ウール・ゴウン殿。今頃はナザリックだと思っていたんですが、こんなに早い到着ってことは、すぐ近くにいたのかな。お連れのお嬢さんはどちら様で?」

「私は、青の薔薇のイビルアイだ。城の中の者を殺したと言ったが、一体貴様はどれだけの人の命を奪ったのだっ!」

 

 アインズと違い、イビルアイには明確な怒りがあった。

 彼女は人間なのだから当然だ。同種の存在がただの遊びで殺されてはたまったものではないだろう。

 

「ああ、君がイビルアイか。なるほど。どれだけの命を奪ったかについては生憎と数えていないのでね、私が召喚した悪魔が今も被害を増やしているであろうし、サッパリわからないし、興味はないよ」

「このっ……」

 

 こぶしを握り締めながらも、彼女が動くに動けなかったのは、恐らくその強さを的確に把握していたからであろう。今この場で戦った場合、どうやったって勝ち目はないと。

 

「ウルベルトさん、これがあなたのなりたかった悪なんですか?」

 

 本当に、人間だった頃の彼の意思は消えてしまっているのだろうか。まだ残っているならば、それを戻す術がどこかにあるのではないかと、そんな事を思ってしまう。

 対峙してなお、やはりまだ彼と直接やり合う気になれない。

 話し合いで何とかなれば良いのにと、そんな今更無理だとわかっているのに、そんな考えをしてしまう。

 

「俺はずっと悪になりたかった。いや、悪にならなくてはいけなかった。それだというのに、まだ人間だった頃の俺は、それを忘れかけていた時があった。仲間と楽しく仲良しごっこして、ダンジョンを攻略したりただただ無為に馬鹿みたいに騒いで、そんな事をしているうちに、忘れかけていた時が確かにあったんだ」

 

 それは、間違いなくユグドラシルの頃の話だ。

 

「忘れかけた悪を思い出して、俺はその場所を捨てた。今度こそ、本当に自分は悪になるはずだった。それなのに気がついたらこの世界に来て、人間から本当の悪魔になって俺は人間の頃に思い描いていた悪になりそこなった」

 

 リアルに戻れなくなったため、やろうとしていたことが出来なくなった、という事か?

 しかし、ウルベルトはここに残ると……、そう思いかけて気づいた。

 そうだ、一度も言っていない。ここに一緒に自分と残ってくれるとは、彼は一度も言ってくれてはいなかった。アインズが、勝手にリアルを憎む彼ならば残るだろうという体で話を進めていただけだ。

 ならば、最初からこの世界にきて仲良くやって来ていたように思えていたのは全て嘘だったという事だ。そんなことも気づかず、一人ウルベルトが一緒にいてくれた事にはしゃいでいたという訳か。

 

「それが叶わなくなった今、この世界で、悪魔としての悪を為す。そうしてやっと、俺は救われる」

「ふざけるなっ! 自分の都合の為に他者の命を弄ぶなど」

「それが悪魔ってものだろう。まぁ、この場で決着をつけるのはやめておこう。まだ決心がついていないようだからな。アインズ・ウール・ゴウンの名を背負うならば、きちんと覚悟を決めろ。言葉で俺を説得できるなどと、馬鹿な事は考えるなよ」

 

 そう言い残すと、ウルベルトは姿を消す。

 イビルアイが追いかけようとするが、すでにその姿はなくどこに行ったのかはアインズにも分からなかった。

 ただ、あれは間違いなくウルベルトであった。

 誰かに洗脳されたという事もないだろう。本人の意思で決めて彼は動いている。

 

「大丈夫か、お前」

 

 イビルアイがアインズに声をかけて来る。

 

「いきなり色んな事が起こりすぎて混乱している。それより、俺はあの悪魔とは仲間だったんだぞ。信用できないだろ」

「だが、話から察するに今は敵同士、みたいなものなんだろう」

「敵……」

 

 未だに信じられない。

 とりあえず、ウルベルトを探さなくてはいけない。

 これだけの騒ぎになってしまっていれば、ナザリックの者に知らせずに済ませるという事は出来ないだろう。そうでなくても、プレアデスにデミウルゴスを捕縛するように頼んでいるのだから隠し通せるものではない。

 オーレオールは、ニグレドにウルベルトを探索をするように頼んでいると言っていたし、その結果を待つべきか。

 

 考えながらだったため、深く何も考えずイビルアイの後を追うようについて行く。

 さっきの連中の前に降り立った時、さっさとどこかへ消えておけば良かったと後悔するが今更だ。

 王城の様子を見に行ったのか、人数が減って残っているのはガゼフとブレイン、ラキュースとガガーランだけであった。

 

「ゴウン殿、先ほどのあれは……」

 

 最初に声をかけてきたのは、ウルベルトと面識のあるガゼフであった。

 何と返答すれば良いのか答えに窮しているが、それがウルベルト本人だと言っているも同然であった。

 

「あんたは、あいつが悪魔だって知ってたのか?」

 

 次に声をかけてきたのはブレインだ。

 責めるようなその口調から、アインズも人間以外の存在なのではないかと疑っている事が容易にわかる。

 ここで自分がアンデッドだと言ったらどうなるのだろうか。

 いや、そもそも彼らと別に仲良くなりたい訳でもないのだから、返事なんかせずにこの場から逃げ出せばいいはずなのだが、なんだかそれもし難い雰囲気だ。

 

 その時、ガシャン、ガシャンと、鎧を身に纏った者が近づいてくる音が聞こえてきた。

 振り向いてその存在を認識した時、一瞬たっち・みーを思わせたが、すぐに全く別人だと気づく。

 白銀の鎧を身に纏った騎士が、そこにいた。

 

「ツアー?」

 

 イビルアイが恐らくその白銀の騎士の名前を漏らす。

 

「やぁ、イビルアイ。久しぶりだね。そして、他の皆さんは初めましてかな。僕の名前はツァインドルクス=ヴァイシオン。長いのでツアーと呼んでくれ」

 

 全く知らない名前だ。

 だが、その名前に驚いている者もいる。

 

「アーグランド評議国の白金の竜王か」

「うん。まぁ、本体は抜け出す事が出来ないから、鎧を遠隔操作しているだけに過ぎないんだけどね。昔、その事を教えずに仲間と旅をしていたんだが、今になってもリグリットにはその事をちくちく文句いわれるからね、今回は先に言っておこうと思って」

「リグリットって、あの婆の知り合いかよ」

 

 ブレインがそう言葉を漏らし、青の薔薇もそのリグリットという相手は知っているようであった。

 何も知らないのはアインズだけで、なんだか一人疎外感を覚える。

 そもそも、この人物は何をしに来たのだろうか。

 

「よろしくね、モモンガ」

 

 そう言って、彼が握手を求めるように手を差し出す。

 

「……なんで、名前知っているんですか?」

「えっ?」

「いや、モモンガって、表では名乗っていないんですけど」

「……白金の竜王だからね! 何でも知っているよ!」

 

 怪しい。

 

「ほら、あれだ。君たちはプレイヤーだろ。プレイヤーが良い奴なのか、悪い奴かを見定める為に君らを監視していたんだが、えっと、なんだっけ。そう、帝国。帝国で君の名前をモモンガと言っているのを聞いたんだよ」

 

 確かにジルクニフなど、先日ナザリックにきた帝国の者たちはモモンガと呼んでいたから不自然ではないような気はするのだが、なんでこんな慌てふためいているのだろうか。

 

「監視って、いつから?」

「えっーと、ちょっと待ってね。ああ、そう、君らがユグドラシルからこちらの世界に転移したその日から、だよ。今まではえーっと、特に害がなさそうだったので、接触をしてこなかったが、こうして世界の危機の訪れを感じやって来た。というわけさ」

 

 先ほどからやたらとえっと、とかそういった語が多かったりするのだが、元からそういう喋りなのだろうか。

 

「おい、ツアー。”ぷれいやー”が来たら分かるとか、そんな事が出来るなんて聞いてないぞ」

「それは、ほら、100年毎に何度も起こっている事だからね、最近になって“ぷれいやー”が来る時の感覚がつかめるようになってきて、今回は彼らがやって来てすぐに分かった、という事だよ。うん。という事で、イビルアイはちょっと黙っていてくれるかい? 今僕はモモンガと話しているんだ」

 

 やはり怪しい。とてもじゃないが、信用していい相手だとは思えない。

 

「えーと、それでなんだ。君の友人であるウルベルトは、今までは何とか人間としての理性を消さないように、耐えてきたが、自身の中に生まれた、えーと、悪魔に耐え切れず、とうとう本当悪魔になり、この世界を闇に包みこもうとしているのだ」

 

 なぜだか分からないけれど、まるで台本を棒読みするようにツアーが話す。遠隔操作で鎧を動かして会話もしているようなので、そのせいでこんな喋りになっているのだろうか。

 どうにも胡散臭さが拭えない。

 

「それは、ラキュースがキリネイラムを使っていると闇の人格に乗っ取られそうになっているってのと同じ感じか?」

「ふぇっ!?」

 

 ツアーの話を聞いたガガーランがそう言うと、ラキュースが驚いたような妙な声を上げる。

 確かに神官がそんな風に闇の人格に乗っ取られるというのは恥ずかしいものなのかもしれない。

 

「そんな事になってるの? それは、良く知らないけど」

「わっ、私の事は良いので、ツアーさん話の続きを、どうぞ!」

「そうかい? いやまぁ、とにかく彼を止める事が出来るのはモモンガを置いて他にはいない。だから、君は辛いかもしれないけれど、身も心も悪魔になった友人を倒さなければいけない、みたいなそんな話だよ」

 

 実感がいまだに湧かないせいもあるのかもしれないが、ツアーの説明は、なんだかRPGのゲームの設定みたいだなと思ってしまった。

 

「あと、あれだね。ここにいるメンバーはきっと信頼できる人物だ。だから、君の本当の姿を見せても良いんじゃいかなと思うんだよ」

 

 そう言いながら、ツアーがモモンガのヘルムを剥ぎ取る。

 いきなりの事で反応が遅れてしまい、骸骨の頭を晒してしまう。

 周りのみんなも、あまりにも唐突な出来事に驚いているが、ウルベルトが悪魔である以上、その仲間であったモモンガが人外の存在である事もすでに念頭に入れていたようで、思ったほどの驚愕ではないようであった。

 

「先ほどの話を聞く限り、オードル殿も元は人間だったと言う事であったし、ゴウン殿、いや、モモンガ殿と言うべきか? 貴殿も元は人間だったのが、何かの魔法でアンデッドになったと、そういう事か?」

「いや、あの、なんて言ったらいいのかな……」

「まぁ、とりあえずその認識で良いんじゃないかな。詳しく説明するのは面倒だ」

 

 ツアーは、本当にユグドラシルやプレイヤーについて全て知っている様だ。

 他のプレイヤーにも会った事があるような口ぶりであったし、そういう連中からある程度の事情は聴いているという事なのだろうか。

 

「童貞だと思っていたが、まさかそもそもついていなかったとはなっ」

 

 ガガーランはそういって笑い飛ばす。

 

「ちょっと、ガガーラン失礼でしょ。でも、私も例えモモンガさんがアンデッドでも怖がったりはしません」

「まぁ、ついさっき会ったばかりでそんなにあんたの事は知らねぇが、悪い奴じゃない事くらいは分かる。アンデッドだからって、今この場でどうこう言うつもりはねぇよ」

 

 受け入れられている。

 アンデッドは、人間から忌み嫌われる存在のはずなのに。

 

「私もお前がアンデッドだろうと気にしない、と言うより、私も同じだ。元は人間であったが今は私もアンデッド、吸血鬼なのだからな」

 

 そういうと、イビルアイが仮面を外した。

 どうやらあの仮面は認識を阻害するものだったようで、彼女が間違いなくアンデッドだという事が分かる。 

 青の薔薇のメンバーはそれに特に動揺はなく、初めから知っていたようだ。

 アンデッドだと知っていながら、一緒にチームを組んでいたという事か。そんな事が可能なのだなと驚く。もちろん、普段はそれがバレぬようにアインズと同じくひた隠しにしている様だが、それでも、それを認めてくれる人間と言うのはいるのだという事実に、なんだか少し嬉しいような、そんな気持ちになる。

 別に、ナザリックの者以外から好かれたいだなんて思っていなかたけれど、でも、出来る事ならばやはり知らない人であったとしてもなるべく嫌われたくはないと思っていたから。

 

「もちろん、私も気にしません。モモンガ殿と、オードル殿が悪い人物ではない事は理解しているつもりです」

「いや、ウルベルトって奴は今は悪い奴だろうが」

「そんなことはない。悪魔に精神を乗っ取られそうなってしまっただけなのだろう。本来のあの御仁であればこのような事を喜んでやる方ではない。だからこそ、絶対に止めなければいけない。この世界の為にも、オードル殿の為にも」

 

 まだ、ガゼフは信じているのか。人としてのウルベルトの心を。

 やはり、止めるしか道はない。

 

「とはいえ、オードル殿が今どこにいるかわからぬ以上、今は目の前の事に当たりたい。部下たちを行かせてはいるが、王の安否が心配なのでこの場は立ち去らせていただく。私では何の役にも立たないかもしれないが、肉壁くらいにはなるかもしれない。事を構える事になったのならば、知らせてくれるとありがたい。友を殺すという罪は、一人で背負うには重すぎる」

 

 友を殺す。

 できればしたくないが、そうするしかないか。

 復活魔法を使えば、何とかなったりするのだろうか、などと考えるがプレイヤーが死んだらどうなるかは確認していないので、それが使用可能なのかはわからない。

 

「私たちも、ティアとティナを先行して行かせているけど、王城の方の援助に行かせてもらいます。モモンガさん、どうかあまり気を張りすぎないように」

 

 ガゼフやブレイン、青の薔薇のメンバーが去っていき、ツアーとモモンガだけが残される。

 良い人たちだった。

 どうして自分なんかに優しくしてくれるのだろうと思ってしまうが、例えさっき会ったばかりの相手でも気遣ってもらえるというのは嬉しい。

 とりあえず、今出来る事はウルベルトの居場所を探す事だ。

 デミウルゴスならば知っているかもしれない。

 そう思い、ナザリックに帰還しようと思ったモモンガの前にまた別の人物が現れる。

 今夜は乱入してくる人物が多すぎる。

 

 

「スルシャーナ様!」

 

 近づいてきた男が感極まった声でそう叫ぶ。

 誰の事だ?

 と思うのだが、目線が明らかにこちらを向いている。

 スルシャーナという名前に聞き覚えはなく、人違い、いやアンデッド違いなのは間違いない。骨の区別は難しいであろうから、それも仕方がないとは思うのだが、その顔はどこかで見た誰かに似ているような気がしたが一向に思い出すことができない。

 

 

 

 

 この時のアインズが知る由もない事であるが、彼はスレイン法国の漆黒聖典が一人、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアであった。

 誰かに似ていると思ったのは、以前エ・ランテルにてウルベルトが捕縛した冒険者プレートを身に纏った女の兄であったからである。

 

 スレイン法国はカルネ村の一件より、アインズ・ウール・ゴウンと、ウルベルト・アレイン・オードルの動向について探っていた。

 彼らと接触して帰還したニグンの証言により、彼らは人類に敵対する者ではないと思われるが、もしかしたら神の遺物を使っているのか、その力は強大で敵に回るとやっかいだという事で調査を進めていた。

 結局彼らの素性は分からなかったが、少なくとも冒険者になった彼らの行動は特に人類に害があるものではなく、出来れば味方としてこちらに引き入れ、そうでなくても装備品の入手経路だけでも確認はできないかという話題になっていた矢先、帝国から一通の書状が届いた。

 

 曰く彼らは”ぷれいやー”と呼ばれる存在であり、ナザリック地下大墳墓という場所で多くの異形種たちを束ねているのだという。

 書かれてあるナザリックの規模や、推定の戦闘力に目を疑ったが、今まで”ぷれいやー”についての知識はさほどなかったはずの帝国がわざわざこうして手紙をよこしてきた以上、デマという事もあるまい。

 無論、そのナザリック側が偽の情報を流すために行ったという可能性もあるが、デマを流すならば人間側に勝ち目があると装い、ナザリックに奇襲を仕掛けた瞬間に一網打尽とするべきだろう。

 これほど過剰な戦力を持っているというデマは、法国がすぐに手が出せないようにするという時間稼ぎの意味はあるだろうが、本当に大した力がないのであればそんな事はいずれ分かる。

 神とはいえ人間以外の種族である彼らは、どれだけ強大であっても、倒さねばならないという話の流れになるのだが、その”ぷれいやー”のうちの片方がアンデッドであるという情報が、議論を白熱させた。

 

 法国は、六大神を信仰しているが、そのうち闇の神であるスルシャーナはアンデッドであった。

 もちろん、アインズとスルシャーナが同一人物だと思っている者はほとんどいない。スルシャーナであれば異形種達とともに行動をしている訳がないし、スルシャーナの従者であったお方もその事について言葉を発せない以上、違うのだとは思われる。

 とはいえ、もし本当にスルシャーナであったならばとほんの少しばかり不安になるのも事実だ。帝国からの書状にも、悪魔であるウルベルトは危険人物だが、アインズの方は現状、人間と敵対する意思はないと書かれてあり、罠である可能性ももちろんあるが、アインズと一度接触してみるべきではないかという話に落ち着いた。

 

 そこで本人たっての志望もあり、クアイエッセがその任についた。

 ウルベルトの隙をついてアインズだけに接触を試みる以上、人数は少ない方が良い。そして、何かあっても単身逃げ延びれる人材となると、彼が適任ではあった。

 熱狂的とも言えるスルシャーナ教の信者であったクアイエッセとしても、本当にアインズがスルシャーナであるとは信じてはいないものの、一刻も早く真偽を確かめてくてしょうがなかった。

 

 道中、彼らが滞在した事のあるカルネ村に立ち寄った。

 ニグンや、今まで調べてていた内容ではアインズもウルベルトも人の良い性格を少なくとも表面上はしていたと聞いていたのだが、村人がここだけの話だがと、ウルベルトという男がどれだけ酷い男で、それを止めるアインズがどれだけ聖人であったかを語った。

 直に人の声を聞くと違うものだと思いながら、彼らが拠点としているエ・ランテルに向かう。

 冒険者組合に行っても、アインズとウルベルトが今どこにいるのか分からないという回答を得たのだが、そこで、彼らと一緒に仕事をした事があるという、漆黒の剣という冒険者達に出会った。

 彼らも、カルネ村の者と同じように、ウルベルトは悪であり、アインズが正義だと言っていた。そして、ウルベルトに最後に会った時、王都に行くと言っていたという情報を得て、クアイエッセはこの地にたどり着き、先ほど王都で上がった炎に映し出された光景を見た。

 

 そして、慌ててアインズが降り立った地にたどり着いた時、かの御方の顔をはっきりと視認し、確信した。

 この御方こそ自分の崇拝する神で間違いないと。

 

 

 

 

 

「大罪を犯せし者たちによって放逐されたなど偽りの伝承でしかなかったのですね!」

 

 神との邂逅に感激に打ちひしがれるクアイエッセであるが、当然彼の事情など全く知らないアインズにとっては、意味不明な状況であった。

 何と返答するべきかとあたふたしていると、ツアーが二人の間に入る形で会話を始める。

 

「彼は、モモンガ。スルシャーナの生まれ変わりみたいなもので、スルシャーナだった頃の記憶はないという設定だ」

「なるほど! ……設定?」

「ああ、いや、そういう話なんだよ。復活の際に記憶が消えちゃったとか、そういうあれだ」

「そうであられたのですね」

「えっ? えっ?」

 

 なぜかよくわからないが、ツアーが勝手に話を進めていき、話の内容を今一理解していない事もあり、否定すらろくにできないでいる。

 と言うか、スルシャーナとは誰だ?

 

「今までは彼の力で悪魔を封じ込めていたのだが、ついに悪魔の真の力が解き放たれてしまったのだ。モモンガはこれから世界の為に悪魔と対峙する訳なんだが、法国はどうするんだい?」

「もちろん、スルシャーナ様に付き従い、戦いにはせ参じる所存です」

 

 クワイエッセがキラキラした瞳でこちらを見ている。

 よく分からないが、とにかくこの男はスルシャーナと言う人物を崇拝していて、アインズをそれだと勘違いしているようだし、ツアーにいたっては勘違いさせようとしている。

 否定したいが、期待に満ちた瞳を見ていると違うとはとても言いにくい。

 

「こっ、これは私の役目だ。お前たちが戦場に来ても無駄死にするだけになるぞ」

「なんと慈悲深いお言葉なのでしょう! 神の為に死ねるのであれば本望です。それに、法国には神が残したアイテムもあります故、心配はご無用です」

 

 神とは、プレイヤーの事だろうか。プレイヤーが残したマジックアイテムを法国は所有しているのか。

 元より一番怪しいと思っていた訳だが、つまりシャルティアを洗脳したのこいつらの可能性が高いんじゃないのか? とも思ったが今はそれどころではないのでそれを聞くのはやめておく。

 ただ、そんな事を考えている間に、法国に戻りすぐに軍を出せるようにしてきますと言ってクアイエッセがすでに遠くに行ってしまっている。

 いきなり現れて、いきなり消えて行ってしまった。

 

「なんで、あんな誤解を招くような事したんですか?」

 

 怒りを込めてツアーに尋ねる。

 

「法国は人間以外を許さないからね。例外があるとするならば、彼らが崇める神、スルシャーナくらいなものだ。誤解させておいた方が今は丁度良いんだよ」

「あとで困らないですか、これ」

「困るかもしれないね。法国も神が一人だけ再臨したとなると宗教戦争が起こるかもね。でもまぁ、君には時間がたくさんあるんだから、少しずつ誤解を解いて行けばいいよ」

 

 何なんだこの男は。勝手な事ばかり言って。

 

「そう警戒しないでくれ。僕は君の味方だ」

「信用できない」

 

 先ほどまで一緒にいたガゼフや青の薔薇のメンバーは信用しても良いのではないかと思うが、このツアーと言う人物だけはどうにも信用が出来ない。

 彼が、戦況を自分の良いように勝手に動かしているようにしか思えて仕方がない。

 

「そうか、それは残念だ。君とは友達になりたいと思っていたんだが。まぁ、今夜はこんなもんで良いだろう。それじゃあ、モモンガまた今度」

 

 そう言って彼も去っていき、今度こそ乱入者は現れることはなくモモンガ一人になる。

 とりあえず、途中で〈伝言〉(メッセージ)を切ってしまったジルクニフに何があったのかを説明したあと、ナザリックへと帰還した。




 描写はしてないけど、この話で初めて原作生存者が死亡してますね。ランポッサとかひっそりと死んでますね。といっても、王様は次の新刊で死にそうな気もするけど。


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17話 悪の聖騎士

 デミウルゴスは、第六階層に監禁されていた。

 どうしたって勝ち目がないのが分かっていたからという事もあるが、特に抵抗もなく連行されその場にいた。

 その牢獄に来客が現れ、デミウルゴスは頭を下げた。

 自身が忠誠を尽くすべき相手である、アインズ・ウール・ゴウンの姿がそこにはあった。

 

「デミウルゴス、お前の知っている事を教えてはくれないか。そして、お前はこれからどうしたいのかを」

「……かしこまりました。しかし、すでにアインズ様が承知の事ばかりだとは思いますが」

 

 話して良いのかどうかは分からないが、しかし忠誠を尽くすべきと定められた相手からそう問われてしまえば答えるしかない。

 外で何が起こったのかは把握していないが、状況から察するにすでに事は起こっており、それを言ったところで何かがあるでもなし。アインズにとっても、確認の作業でしかないだろう。

 とはいっても、一から十まで全てを話すつもりもないが。

 

「ウルベルト様は、リアルへのご帰還を望んでおられました」

「やはり、そうか」

「具体的に何をなさろうとされていたのかは私も存じておりませんが、仇討の様なものであったと理解しております」

「それは、ウルベルトさんの両親を殺した社会に対して、と言ったところか。まぁ、あの人らしいか」

 

 アインズの言葉は間違っているとも言えないが、正しいものではない。

 しかし、デミウルゴスはそれをアインズに伝えなかった。ベルリバーが死んだという事実はすでに傷ついたアインズの心をさらに痛めるであろうし、それすらただの表向きの理由で、ただのウルベルトの自己満足だと言っても、それを理解はしてもらえないように思えたからだ。

 

「黙っていたお前を咎めるつもりはない。気づかなかった落ち度は私にもある。それに、きっとお前が私とウルベルトさんとで忠義を迷っていなかったならば、もっと早くにあの人はここからいなくなっていただろうからな」

 

 いっそこの場でアインズから断罪された方が良かった。

 あれは、どちらも捨てられないデミウルゴスがとった半端な言動だ。忠義には程遠い、ただ、御方二人がこの場に残ってくれればという、そんな願望によるものだ。

 自分の願いと、アインズの願いが近いため、若干そちらよりの言動になってしまっていたという、ただそれだけの話だ。

 

「ウルベルトさんがどこにいるか、わかるか?」

「おそらく、いえ、間違いなく聖王国かと」

「根拠は?」

「以前、ウルベルト様から、聖王国についての情報を教えて欲しいと言われておりました。そして、それは “りある”への帰還とか関係ない案件だと。それと、悪魔と対峙するには似合いの名前ですから」

 

 そう言った事を気にする方だった。

 悪と対峙するのは、やはり正義が似合いだろう。その点では、聖王国が名前や国の在り方から一番合う。

 

「それで、お前はどうするつもりなんだ。やはり、ウルベルトさんの方につくのか?」

「私は、ウルベルト様が望まれた私でいたい、ただそれだけです」

「そうか。そうだな。だが、悪いがお前をここから出すわけにはいかない。お前が向こうに行ってしまえば、あの人がこの地に残る理由がなくなってしまう」

「それは、当然の判断かと」

「……正直、お前はもっと取り乱しているかと思っていた。素直に受け答えをしてくれるとは、思っても見なかった」

「私は、ウルベルト様よりアインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓うようにと定められております。ですから、その名を冠するあなた様に、無様な振る舞いや、虚偽を伝える事はしたくはないのです」

「設定、か」

 

 忌々しいというように、アインズが言葉を漏らす。

 まるで、デミウルゴス以外にも設定に関する事で何か嫌な事でもあったような、そんな口ぶりであった。

 

「ただ、勘違いはしないでいただきたいのです。私は、設定に書かれたことを実行するだけの機械ではございません」

 

 断言するようにそう言うと、アインズは少し驚いたような表情になる。

 

「ウルベルト様に答えを出しておくように言われ、考えたうえで今このようにアインズ様にお話をしているのです。設定していただいた通りの私でいたいと思い、自分で決めた上での今の私だと、それだけは分かっていただきたいのです」

「そうか。わかった。だが、どちらにせよ、ウルベルトさんと決着をつけるまでお前を出す事は出来ない。すまない、デミウルゴス。お前にはもう少し設定について聞きたいが、今はあまり時間がない」

 

 そう言い残してアインズが去って行く。

 一人、脱獄不可能な牢獄に閉じ込められたことに安堵してしまう自分に腹が立つ。

 ウルベルトの思った通りの自分でありたい、その気持ちは紛れもなく本物だが、それをしたくないと思っている自分がいるのも確かだ。

 だからこうして、逃げ出せない理由がある場に閉じ込められている事に安心感を覚えてしまう。それがいけない事だと分かっていても。とはいえ、わざと捕まったわけではないし、ナザリックの防衛は完璧だ。デミウルゴス一人では、どうする事も出来ないのも事実だ。

 

 しかし、アインズが設定を気にしていたのはなんだったのだろうか。

 アインズが設定したシモベというと、パンドラズ・アクターだ。彼も、何か現状では困るような設定をされていたのだろうか。そう考えるがなんだか違う気がする。

 他のシモベの設定をアインズがしたという話は聞いた事がないが、もしかしたらギルド長であったアインズであれば勝手に他の御方が設定した上から、さらに設定を足すというような事が出来たりするのだろうかと、そこまで考えてようやく気付く。

 

 なるほど、アルベドか。

 そうなると、ウルベルトの行動の分からなかった部分も綺麗にピースが埋まる。

 こうも焦って行動に移していたのはこれが理由かと合点する。

 とはいえ、今更それに気づいたところで今はどうする事も出来ず、デミウルゴスは一人牢獄に囚われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれこそが正しい正義だと、ネイア・バラハは涙を流しながらその光景を目に焼き付けていた。

 聖騎士と悪魔の戦いは、圧倒的なまでに悪魔の方に軍配が上がっていた。

 勝てる見込みは微塵もなく、戦場に立つ聖騎士もそれは分かり切っていた。それでも、一歩も引くことはなく、恐れる事無く己が死ぬその時まで剣を振り続けた。

 その光景が、とても美しかった。

 本人は出陣前にそれを否定したが、しかしあれは紛れもなく正義であると、ネイアは強く思ったのであった。

 

 

 

 

 

 亜人たちが聖王国に向けて押しかけて来た。

 最初はそれが、いつものように亜人達の進行であると思われたが違った。彼らは、自らの土地を追われ逃げて来た者達であった。

 いくら亜人とはいえ、無抵抗で涙を流しながら助けを乞う存在に、剣を向けるのははばかられた。

 それに、亜人を追い出したというその存在の情報は必要だ。彼らを殺しつくして探索するより、彼らに直接聞いた方が良いだろうという判断により、とりあえず数人の亜人を招き入れ、話を聞く事となった。

 

 皆一様に悪魔が現れたのだという。

 それにより、命からがらここまで逃げ延びたのだと。どうか、他の仲間も城塞の中に入れ、助けて欲しいと懇願してきた。

 

 罠である可能性もある。

 亜人を助けるなど、城壁を担当する者だけで決めて良い案件ではない。上に情報を伝え、今後の方針を仰いでからでないといけないはずだったが、彼らはすんなりと城壁内部へと案内された。

 聖王国王女、カルカ・ベサーレスがそれを許した。

 王都を守護していたはずの聖騎士団を引き連れ、聖王女は城壁の街へ来ていた。神託を賜り、この地に災いが起こる事を予期した上での行動であると王女は言う。

 もちろん、聖王女が許したと言え、それに反発する者は多くいた。

 当然だ、亜人に家族を殺された者だった数多くいるのだから、彼らを助けるという道理が分からない。

 

「今まで私は、誰も泣かない国にしたいとそう願っていました。現実の見えていない愚かな夢です。誰もと言いながら、こちらを攻撃してくるのだからと、自国民を守るためにと多くの亜人を殺してきました。その戦いで聖騎士が犠牲になった事も当然あります。それでも、その私の夢は間違いなく正義だったのです。私如きで救えるのはそこまでだった。だから、私は、今までの私が間違っていたとは思いません。それは、正しい在り方だった」

 

 聖王女が何を伝えたいのか、誰もその時点では理解していなかった。

 誰も泣かない世界。それは確かにとても綺麗な理想であり、同時にそれが不可能だと誰もが知っていた。知っていてなお、その美しさに憧れ、聖騎士は剣をとるのだ。

 

「だから、私がこうして亜人達を助けるという行為は、以前の正義を掲げる私が行わなかった事、つまり悪なのです。ですが、私は今までの私を捨てそれを選びます。聖王女カルカ・ベサーレスは悪を為す者になったと今ここに宣言いたします」

 

 悪とはなんだ。

 そうはいっても、困っている亜人を助けたというそれが、悪なのだろうか。確かに以前であれば、許す事はしなかったかもしれないが、あまりにも飛躍しすぎている。

 一緒にやってきた聖騎士すら、その言葉を正しく理解している者はほとんどいない。半数以上は、いきなり神託がどうのと言って騎士団を連れてここまでやって来た聖王女に不信感を覚えていた。

 そもそも、なぜ今それを言うのか。

 

 遠くで悲鳴が聞こえた。

 城壁の上から、悪魔の群れが現れたとの報告が上がる。

 

「聖騎士の皆さんは、まだ逃げ遅れている亜人の方々を誘導して下さい」

 

 まだ、悪魔の進行がないタイミングにやって来た亜人ならまだしも、今襲われている者を助けるとなると話がまた別になる。

 この距離ならば、まだ弓や魔法で攻撃が出来る。亜人もまとめて掃討するのであれば問題ない。

 だが、救うとなると戦いの最前線まで行かないといけなくなる。魔法も、亜人に当てないようにするとなると、遠距離からではなかなか厳しいものがある。

 

「我々に、亜人の為に死ねというのですか!」

「その通りです」

 

 王女の言葉に迷いはなかった。

 

「亜人だから全て助けるというわけではないのです。今まで敵対してきた私たちに助けを求めてきた彼らを、私は救いたいのです。それによって、我が聖騎士達が血を流すことになると分かっていても」

 

 犠牲を恐れないと、彼女は言った。

 今までの彼女であれば絶対に言わなかった言葉だ。自国民の為ならば多少の犠牲を覚悟しなくてはいけないと理解していても、なるべくならばそれがないようにと祈っていた今までの彼女とは違う。

 その時、地面が揺れた。それと同時に城壁の向こうからさらに大きな悲鳴が上がる。

 城壁の向こうで、何か大きな魔法が行使されたようだ。

 

「ウルベルト・アレイン・オードルと名乗る、恐らく悪魔の親玉と思われる者が現れ、城壁前の平野を焼け野原にしてしまいました。そして、この国で一番強い騎士を出せと……」

 

 報告してきた男の目線がカルカの隣にいるレメディオスに行く。

 聖王国聖騎士団団長レメディオス・カストディオ。この国で強い騎士と言えば、聖王国の神宝である聖剣サファルリシアを持つ彼女を置いて他にない。

 だが、報告する男は彼女ではあの悪魔には敵わないであろうと気づいていた。

 そもそも、あれほどの破壊力のある魔法を簡単に放つことが出来る存在に勝てる者など、存在するはずがない。

 

「レメディオス」

「はい、カルカ様」

「行ってくれますか」

「当然です。私はあなたの剣。あなたが悪となるならば私は悪として剣を振るい、あなたの為にこの命を捧げます」

 

 眩しいほどの笑顔で、何の迷いもなくそう告げるレメディオスの言葉に、他の聖騎士たちもそれが正しい騎士としての在り方かと、文句を言う声は小さくなる。

 

 だが、戦況の報告が来るたび、それがどれほど絶望的であるのかを理解していく。

 100を超える悪魔。

 亜人達を城壁内に匿う事が出来たとして、その後この城壁を死守できるかどうか。

 逃げのびてきた亜人達だって、魔法などは使えないものの人間よりも個人個人の力は強い。そんな亜人達が逃げるしかないと判断した相手に、果たして勝つことはできるのかどうか。

 しかし、悪魔を倒さなければ、聖王国は崩壊する。戦うしか道はないのだが、どうしたって不安を拭う事が出来ない。

 

 そんな中、レメディオスだけはそんな報告を聞いても表情を変える事はなかった。

 どんな戦況であれ、自分の為すべき事は変わらないと、そんな様子であった。

 聖騎士団の団長がそのような態度をしている以上、表立って弱音を吐くことも憚られた。

 

「お一人で行くなどあまりにも無茶です」

 

 戦場に向かうレメディオスに、騎士の一人がそれを止めようと声をかける。

 

「なら、大勢で行けば勝てるのか?」

「いえ……しかし、今後の事を考えれば、あなたは生き残るべき人材だ」

「それで?」

「ですから、我々が他国の援軍が来るまで持ちこたえます。せめてそれまで」

「カルカ様は私に死ねとおっしゃられた」

「えっ?」

「亜人の救助と、他国の助勢が来るまであの悪魔と戦い、そしてその果てに死ぬようにとご命令された。ならば私のやる事はただ一つだけだ」

 

 そう言い残して、レメディオスは悪魔の前に立つ。

 助太刀しようとする者は、彼女の直属の部下や彼女の妹であるケラルトによって阻まれた。

 身内がそれに了承してしまっている以上、外野がとやかく言ういわれはない。しかし、完全に納得していないであろうことは、そのケラルトの表情から容易に分かる。納得はしていないが、この決断を受け入れているといった様相である。

 

 聖騎士の誇りにかけ、カルカの命に従い死ぬと決断したレメディオスの犠牲を無駄にする訳にはいかない。

 悪魔の親玉を彼女が引き付けてくれている間に、他の悪魔を倒し、こちらに避難してくる亜人達を助けることしか、聖騎士達にはできなかった。

 ここで、亜人だからとないがしろにしてしまえば、レメディオスの決意が無駄になる。それだけはさせる訳にはいかないと、本来敵であったはずの相手を助ける。

 

 それは、正しい事なのかどうか分からない。

 亜人達はいずれ助けた恩を仇で返す事もあるかもしれない。そもそも、悪魔とグルである可能性だってあるのだ。信じるに値する相手ではない。

 聖王国の民の事を考えれば、これは正しい行いではない。

 だが、間違ってはいないと誰もが信じた。

 信じたかったと言った方が正しいか。

 

 カルカはこれを悪だと言った。だが、涙を流し感謝の言葉を述べる亜人を見て、これを見捨てる事が正義だと思える者はほとんどいない。

 彼らの命は、レメディオスの命をかけるほどのものだと、むしろそうでなくては困る。

 剣戟の音が遠くまでこだまする。

 聖騎士と悪魔との戦いを、聖王国の民も、亜人も同じようにそれが尊いものであるというように眺め、目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剣と言うのは今までろくに使った事はなかったんだが、こうしてつばぜり合いをしてみると、中々どうして面白いな」

「そうか、それは良かった。お得意の魔法は使わなくても良いのか?」

「使えばすぐに終わってしまうだろう」

「まったく、その通りだ、なっ」

 

 レメディオスが言葉の終わりに一気に相手に詰め寄るが見事に避けられる。

 悪魔が剣を使った事がないというのは事実だろう。

 剣の太刀筋は素人同然。型という物が全くないのだが、それでいてどこかで見て覚えたというような妙に鋭い太刀筋をたまにするので油断がならない。

 

 剣の技量のみで見ればレメディオスが上をいっているが、圧倒的なまでに速度と力が違いすぎる故に、彼女に勝ちの目は一切ない。

 レメディオスは、その剣を受けるだけで腕がしびれて剣を落としそうになる事が何度もあった。その為、なるべく回避するしか他にないのだが、相手の方が速度は速いのだから、いつもそう上手く避けられるわけではない。

 いったん距離をとり、息を整える。

 ポーションを体にかけ、まだ体は動くことを確認する。

 

「死ぬのが怖くないのか、レメディオス」

「お前がそれを問うか、いや、お前だからこそそれを問うのか」

 

 レメディオスが剣の切っ先をウルベルトに向ける。

 

「主の為に戦い戦場で死ぬ、騎士としてこれ以上の誉れはない。ならば、それを恐れる必要などどこにもない」

「根っからの騎士だな、お前は」

「他の生き方を知らないだけだ」

 

 カルカとケラルトの言葉の通りに動くだけの彼女は、本当の意味での騎士道は理解してはいない。

 何が正しいだとか、悪いだとかは二人が決める事だ。 

 いわれた通りの戦場で剣を振るう事しかレメディオスには出来ない。

 

「お前が死んだあと、カルカも、ケラルトもお前のいない世界で幸せに暮らし、そうしているうちにお前の事など忘れてしまうかもしれないぞ」

「良い事ではないか。二人が幸せに暮らせるのであれば、私も死んだかいがあったという物だ。例え忘れ去られようが、それが二人の幸せの結果であれば私はそれでも構わない」

「お前はあきれるほど馬鹿な奴だな」

「ああそうさ。私は大馬鹿だ」

 

 再び二人の剣が交わる。

 レメディオスが先に動いても、ウルベルトはその動きを遅れて見た上で少しの動作で見事にかわし、逆にウルベルトの明らかな大ぶりな攻撃であっても技があまりにも早く強力であるが故にレメディオスは全力でそれをかわす。

 はたから見れば、猫が鼠をいたぶっているような、そんな光景だ。

 

「だが、それはお前も同じだろうが、ウルベルト!」

 

 外から見た情景とは別に、当の二人はどこか楽しそうであった。

 レメディオスの方は、いつ倒れてもおかしくない状態だというのに、その表情は明るい。

 

「ああその通りだ、まったくその通りだとも」

 

 まるで旧知の仲のように。

 笑いあいながら剣を交える。

 

「しかし、私は悪になったはずなのに、この聖剣が使えるというのは、なんとも不思議な事だな」

「なんだ、今更自分はやはり正義だったというのか」

「まさか! そして、カルカ様が私を悪だと言った。ならば私は紛れもなく悪だろう。そもそも、最初に私を悪だと言ったのはお前ではないか」

「その通りだ。お前こそが俺が理想とした悪であるからこそ、俺はこうしてお前と刃を交えているのだからな」

 

 悪になりたかった男と、その男が悪と定めた者の戦いは続く。

 レメディオスは何度目かのポーションを使うが、傷が深すぎてその効果は薄い。

 それでも、剣を握り勝てぬと分かっている相手にその刃を向ける。

 地面はもう、彼女の血で真っ赤に染めあがっていた。

 どれほどの痛みを与えられようと、彼女に迷いはなく、ただ主に命じられた通りに己の全てをウルベルトにぶつける。

 

「ああ、楽しかったチャンバラごっこもここで終わりの様だ」

「そうか。ならば、最後にこの聖剣の力をお前に見せてやろう。相手が悪であるほど威力が増す技だ、もしかしたら、お前を消し炭に出来るかもしれないな」

「だとするならば、それは俺が悪になれたという証。それはそれで構わないが、まぁ、無理だろうな」

「後悔しても知らないぞ」

 

 レメディオスは剣を構え直す。

 一日に一度しか使う事の出来ない必殺技。

 それを放とうとする聖剣は今まで見た事のないほどの光を放つ。

 だが、その攻撃が悪魔に届くことはなかった。

 

「さようならだ、レメディオス。お前の出番は、ここで終了だ」

「では、一足先に地獄に行っているぞ。あとは上手くやれよ、ウルベルト」

「大丈夫だ。俺の息子は、俺と違って優秀だからな」

 

 力を出し切ったレメディオスはもう剣を振り被る力も残ってはいなかったが、それでも膝を屈する事はない。

 その彼女の首を、ウルベルトは切り落とした。

 ぼとりと、彼女の首が赤く染まった大地に落ちる。

 死して尚、その表情には恐怖はどこにもなく、安らかな物であった。

 

「なるほど、これが人を殺すという事か」

 

 すでに数多くの人間を殺してきたはずの悪魔がそう呟いた。

 だが、その声を拾う者は、どこにもいない。

 悪魔は魔法によって炎を出し、死した騎士の亡骸を灰と化す。

 戦いに身を殉じた騎士の死を嘆き悲しむ声が遠くから聞こえてくるのであった。




 レメディオスが、好きでしてね。彼女を活躍させるにはどうすればいいのかなと悩んだ結果、戦場で死ぬしかないな、という悲しい結論に至りました。
 原作は、生き延びちゃったせいで逆に不安な未来しか想像できないので、辛い。


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18話 悪役

 魔を穿つ剣は、今までに見た事のないほどの輝きを放ち、遠く離れた地からもその光は見えていたという。

 ほんの少し、人々は勝利を期待したが、それがはかない希望であったのだとすぐに気づく。

 その首が斬り落とされ、そして炎により遺体すら回収する事が出来ず、復活させる事もできないという報告を受け、表情を変えることがなかったのは、聖王女であるカルカだけであった。

 妹であるケラルトは必死に平静を取り繕おうとしたが、その涙を止める事は出来ず、しかしそれでも己の役割を全うしていた。

 だが、カルカが非道かといえばそういう事もなく、そばにいた聖騎士は彼女のあまりにも握りしめられすぎて血の気の失った手に気づいていた。

 王として前に出ている間は、悲しみを表情に出さないように耐えているのは明白であった。

 ならばその意思を尊重し、その手については見て見ぬフリをした。

 

 見える範囲のみであるが、亜人の城壁内への避難はレメディオスの時間稼ぎにより先ほど終了した。

 だが、この程度の城壁であれば悪魔は簡単に破ってしまうであろう。

 すぐにでも、聖王女だけでもここから退避をさせようとしたが、彼女は動くことはない。

 ずっと、城壁の一番見晴らしのいい場所でその状況を子細に確認していた。

 援軍はまだ来ない。

 当然だろう。瞬間移動でもできない限り、普通はあと数日かかるところだ。そもそも、援軍が来る保証などないし、来てくれるたとして、勝てるかどうかも怪しいものだ。

 

「俺としたことが、少し遊びすぎてしまったようだ」

 

 何かの魔法なのか城壁にまで聞こえる声でそう言って、悪魔は剣をどこかに仕舞ってしまうと、代わりに禍々しい見た目のマジックアイテムを手にしていた。

 

「あがいて見せろよ、人間ども」

 

 そう言うや、アイテムから100を越える悪魔が呼び出される。

 亜人達を襲っていた悪魔も、まだ全て倒し切れてはいないのに、いきなりこの数を対処するのは難しい。なにより、親玉である大悪魔がその後ろにまだ控えているのだ。

 もうこれ以上、どうすることもできない。

 ひたすら城壁を守るより他にない。

 それが、無謀だと分かっていても。

 

 そんな中、さらに別の集団が現れる。

 その現れ方は異様であった。異次元の穴とでもいうべきか、何もない空間から亀裂の様なものが生まれたかと思うとそこから異形の者達が現れた。

 

 まず、その先頭に立つのはアンデッドであった。

 その後ろに、頭に角を生やし腰に翼を付けた異形の存在、他にはダークエルフの双子と、ひときわ目立つのは巨大な虫の様な化け物であった。

 

 誰もが、彼らはウルベルトなる大悪魔が呼び寄せた援軍であろうと絶望した。

 だが、そのあとに続いて出て来た存在達に、聖王国の民は相手が本当に敵であるのかが分からなくなる。

 場違いに執事服を着た男はただの人間の様に見えた。そのあとに続くのは、冒険者と言った格好の5人組。ここまでは、それでもきっと彼らも恐ろしい化け物の仲間だろうと思っていたが、そのあとに続いて出てきたのは、王国の旗を持つ戦士団であった。

 その先頭に立つガゼフ・ストロノーフの姿は、その顔を見知った聖騎士達が間違いなく本物だという。

 冒険者の5人組も、王国のアダマンタイト級冒険者、青の薔薇ではないかという声が上がる。

 

 なぜ、人間であるはずの彼らがあのような異形と共に現れたのか。

 もしや、王国はすでに悪魔に乗っ取られており、彼らは悪魔たちに強要され、もしくは洗脳されてこの場にきているのではないかと、そんな不安な声が上がる。

 人間だからと言って、異形種達と一緒に現れた彼らをすんなりと王国の兵士だからと受け入れられる訳もないが、それでも、万が一にも彼らは味方ではないのかという、希望的な観測をする者も少なからずいた。

 彼らが味方でなければ、聖王国の滅亡は決まったも同然なのだから、そんな希望に縋りたくなるのも当然と言えば当然であった。

 敵か味方か分からぬ彼らがどのように動くか、聖王国の人間は固唾を飲んでその動向を見守った。

 

 

「どうやら、俺は間に合ったようですね、ウルベルトさん」

 

 アンデッドが、大悪魔に話しかける。

 

「なんです。俺が今から気持ちよく虐殺を始めようと思ったのに、それを止めに来たんですか?」

「そうです」

「人間なんてどうでも良いと思っているのに?」

「そうです。今だってそんなに彼らの生き死になんてそれほど興味はないんです。でも、あなたがそれをするのは、見ていて気分が悪い。だから、それを止めに来た」

 

 その言葉に、悪魔は高笑いをする。

 

「それで、何の役にも立たない人間も連れて来たんですか、あなたは。守る数が増えると厄介なだけですよ」

 

 そう言いながら、先ほどと同じようなアイテムを取り出し使用すると、先ほどよりもはるかに多い、数えきれないほどの悪魔が呼び出される。

 

「全員守ります。これ以上、あなたにこんな無益な殺しはさせたくない」

「つまり、俺に殺しをさせない為に俺を殺すと、そういうのか」

「殺す気はないです」

「は? 俺を殺す覚悟もなくこの場に来たんですか?」

「友達を殺す覚悟なんて、したくありません。だから、思いっきりぶん殴って、それからどうするか、一緒に考えましょう、ウルベルトさん」

「まったく、頭の中お花畑ですか。そう言うのなら、追加できたそちらの援軍もきちんと守って、俺を倒して見せて下さいよ」

「援軍?」

 

 そんなものはこれ以上用意していない。

 だが、ウルベルトが向く方向から音が聞こえる。足並みをそろえて進軍するその足音が。

 50人規模であった王国の戦士団の比ではない。

 帝国の騎士がずらりと並んでおり、空にはヒポグリフに乗ったロイヤルエアガードの姿もあった。

 その中には帝国の皇帝の姿もある。

 

「人類の危機のため、そして何より友の窮地に駆け付ける為に、私はこの地にやって来た」

 

 帝国の騎士たちは、それぞれに配置につき守りを固める。

 敵対する悪魔の総数や、正体不明の異形種達に驚いた様子はなく、まるで初めからこの戦場の状況を知っているかのようであった。

 

「聞こえるか、モモンガ! 私はその、ウルベルトという悪魔に痛い目に合わされてな、できれば自分でぶん殴ってやりたかったのだが、どうにも私にはできそうにない。私の分までそいつの事をぶん殴ってやってくれ!」

 

 どうやって帝国軍がここまでやって来れたのかは分からない。

 分かる事は彼らは人類と、そして悪魔と今対峙しているアンデッドの味方だという事だけ。

 聖王国の民と助けられた亜人達はその様にあっけにとられる。

 先に現れた異形種達の力は圧倒的で、召喚された悪魔を見事なまでに一掃していく。

 それでもまだ、信じて良いのかまだ不安が残る。

 本当にアンデッドなど信じて良いのか、まして頭に角が生え、腰から羽根が生えたあの者は悪魔なのではないかと思われ、どうしても信じ切る事が出来ずにいた。

 

「我々は、人間達が助けてくれると信じてここに訪れた亜人達を助けました。ならば、今度は私たちが助けに来て下さったという方々を信じましょう。それが、例え人間以外の種族であっても。我々の生きる道は、今それ以外にないのですから」

 

 カルカの言葉に、半信半疑な者もまだ多数いた。

 だが、それ以外に生きる道はない。それだけは確かな真実であった。

 それに、王国兵も、帝国騎士も異形の者達を恐れることはなく、彼らをフォローするかのように戦い、城壁が破られないようにと守ってくれている。

 そんな中で、たとえ疑っていたとしてもそれを口に出せる者は、現状誰一人いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド武器を取られ、ウルベルトの捜索の為にニグレドなどの一部のNPC達にはすでにその事が知れてしまっている以上、黙っているわけにはいかないとアインズはナザリックのなるべく多くの者を玉座の間に招き、事の顛末を語った。

 その時の彼らの悲痛の表情。

 彼らに、彼らの敬愛する至高の御方であるウルベルトを倒せと命令する事が、アインズにはできなかった。シャルティアの時もそうであったが、誰かが傷つくくらいならば、自分一人が傷つき、その罪を背負った方が良い。その方がまだ気が楽だ。

 

 そう思ったのだが、頑なにNPC達はそれを拒んだ。

 ウルベルト相手でもシャルティアの時の様にどうにかする策があるといっても、嘘だと見抜いているからなのか、誰もアインズのその行動を良しとはしなかった。

 ここでアインズを失えば、至高の御方が誰一人としていなくなるのだから当然と言えば当然であったのかもしれないが、前回シャルティアの時は、アインズがそう決めたならばと言ってくれたコキュートスでさえ、首を縦に振る事はなかった。

 皆、今回ばかりはアインズ一人に行かせる訳にはいかないと。この命令ばかりは聞くことが出来ないと、アインズの言葉を拒んだ。

 

「相手が同じ至高の御方であれば、アインズ様とて無事では済まないでしょう。我々を傷つけたくないという、慈悲深いお気持ちは嬉しく思いますが、どうか私に御身を守らせて下さい」

 

 アルベドは、アインズが何を言おうと着いて行くとそんな様子でそう言った。

 

「わらわには、ウルベルト様のお気持ちは分かりんせん。どうするのが本当に正しいのかも分かりんせん。でも、アインズ様をお一人にしてはいけない事は分かっていんす。だから、どうか一緒に連れっていっておくんなし」

 

 理解していなくても、アインズが一人になるのは良くないと、シャルティアが彼女なりに精一杯考えた様子でそう言った。

 

「正直、至高の御方がナザリックに反逆するなんて考えた事もなかったんで、まだよく理解していない部分もあるんですが、あたしはアインズ様の側につきたい。そして、そのアインズ様がウルベルト様と対峙するのを、ただナザリックで見守るだけなんて、そんな事はしたくありません」

 

 アウラが、ここでただ待っているなんてそんな事は耐えられないと、そう言った。

 

「ぼっ、僕も、ウルベルト様と戦うのは嫌だけど、アインズ様はもっと嫌なんだと思うから、お役に立てるか分からないですけど、僕も一緒に行きたいです」

 

 嫌な事を自分一人で背負おうとしないで欲しいと、マーレがそう言った。

 

「アインズ様ノオ言葉ニ従ウ事ガ本当ハ正シイノカモ知レマセン。シカシ、御二方ドチラカ、モシクハ両方ガ去ルカモ知レナイコノ事態、最後ガドノ様ナ結末ニナルノカ、出来ル事ナレバ、御傍デ見届ケサセテ頂キタク思イマス」

 

 間違いなく、アインズが勝ったところでウルベルトが今までのように戻ってくる事はほぼあり得ない。だから、別れとなるこの戦いには、どうしても一緒に行きたいと、コキュートスがそう言った。

 

「ウルベルト様は私の行動がなくても今回のような事を起こしただろうとおっしゃられました。確かにその通りかもしれません。ですが、あの時の御方の言葉はもっともだった。私は、何が本当に大事なのかあの御方に示さなくてはいけない。だからどうか、私の我儘である事は承知ですが、アインズ様と共にウルベルト様の元へ行く事をお許し願えないでしょうか」

 

 セバスは、この前の事が深い傷となっており、それ故にウルベルトと会える最後の場所になるかもしれないその地に、どうしても一緒に行きたいのだと、そう言ってきた。

 

 ここに来て、初めてアインズは彼らNPCが本当に生きているのだなと実感した。

 そう思おうと考えても、設定通りにしか動く事の出来ない存在だという認識が今までは頭から離れなかった。

 だが、そうではない。

 先ほどデミウルゴスだって言っていた。自分は設定通りに動くだけの機械ではないのだ。

 

「お前たちの中には、人間を嫌うように設定された者もいる。だが、私は今から人間を助けに行こうと思う。それでも、この私に付き従いたいというのか」

 

 それでも構わないと誰もが言う。

 ただ、それは何故かと問う者も当然いる。

 

「私の知るウルベルトさんは、そういった虐殺を好むタイプではなかった。彼はリアルでは虐げられて生活してきたが、それ故に自分がそういった行いをする事を律していた。弱い相手に暴力を振るう事はしない人だった。だから、私は彼にこれ以上の殺しをさせないよう、人間を守りたいと、そう思っている」

 

 ウルベルトがリアルで虐げられていたという言葉にNPC達は衝撃を受けるが、そういう理由ならば人間を守るのも当然だと彼らは言ってくれる。

 今のウルベルトやナザリック全体の設定を考えれば、いっそアンデッドとして蹂躙に参加するようなそんな振る舞いをするのが良かったのかもしれない。

 だけど、やはり自分は元のウルベルトが好きで、そんな彼を捨てられはしたくなかった。

 

「それも、今回だけに限らないかもしれない。先日ナザリックに来た帝国の皇帝ジルクニフは私を友だと言ってくれた。他にも、私の事を気遣ってくれた人間がいた。無論、その者達とナザリックどちらを選ぶかと問われれば私は間違いなくナザリックを選ぶ。だが、出来ることならば彼らとも友好関係を築いて行きたい」

 

 人間を食料として見ている者も多く存在するナザリックにおいてこれは酷な話であるという事は、アインズも承知の上だ。

 いざとなれば彼らを切り捨てる事は容易だが、それはしたくなかった。

 アンデッドであってもアインズを受け入れてくれた彼らの事を失いたくはないし、彼らが人類を守りたいと思っているのならば、アインズもできれば同じようにそうしたい。

 誰も彼もを助けようとは流石に考えていないが、ああして受け入れてくれる人がいるのであれば、共存という道も悪くないのではないかとそう考えた。

 そんな風にできたならば、他のギルドメンバーの誰が来ても胸を張って自分の友人を紹介し、今まであった出来事を笑って話せるのではないかと思ったから。

 

 ただ、それにはウルベルトをどうにかするより他にない。

 彼を殺す覚悟は未だにできていない。

 ただ、本音で話し合う覚悟は出来た。

 ウルベルトが何と言ってこようとも、相手の意見に流されず自分の意見をはっきり言ってやるのだと、それだけは決めた。

 正直勝ち目は全くない。

 何はともかく、会話が必要だ。

 結果、戦う事にはどうしたってなるのだろうが、とにかく直接会わなければどうしようもない。

 

 アインズの言葉に、誰もが迷うことなく、アインズが人間と共存を望むのであればそれに付き従うと言う。

 本当にそれで良いのかと問いただせば、構わないと、アインズが自分たちのせいで苦しむ姿は見たくないと、そんなアインズを見るくらいならば、下等生物と思っていた人間に味方する程度何でもないと言う。

 彼らの決意は固い。

 ウルベルトと戦う事になるであろう事には、未だ誰もが不安を抱えているようだったが、それはアインズも同じだ。

 だから、アインズは一人で行くことをやめた。

 

 とはいえ、誰もがガゼフや青の薔薇のように異形種であるアインズやナザリックのシモベたちを許容する事はまずありえないだろう。

 これから聖王国に行くわけだが、そこにアンデッドの大群なんて連れて行けば間違いなく混乱が起こるだろうし、守るどころの話ではなくなるだろう。

 それ故、少数精鋭で行くことに決めた。

 アルベドに、コキュートス、アウラとマーレ、そしてセバス。

 最初、ウルベルトと同じ悪魔種であるアルベドは除外しようとしたのだが、守りに徹する事になるかもしれないのであれば、自分以上の適任はいないという彼女を入れることになった。

 他は、万が一の事を考えてナザリックの防衛にあたらせる。

 ウルベルトが、ナザリック内のどこにでも転移できる指輪を持っている以上、これ以上ナザリックを防衛するメンバーを減らすわけにはいかない。

 そう言った理由と、以前ワールドアイテムを持った相手に襲撃されたシャルティアが表舞台に出るのは良くないだろうと彼女はナザリックに残る流れとなった。

 

 そのメンバーでナザリックを出て聖王国に向かおうとした時、声を上げたのはパンドラズ・アクターであった。

 人間達を助けるのであれば、同じ人間達と一緒に戦場へ行き、共に戦えば聖王国の民もこちらを信用するのではないかと言うのである。

 その言葉に、なるほどと思いガゼフと青の薔薇のメンバーに声をかけた。

 王国はその城内での惨劇故にごたごたとしていたが、ガゼフが何とか上と話をつけ、彼の直属の部隊が聖王国に行くことを許可された。

 ガゼフの直属とはいえ、王国の兵士だ。

 どうやら国王が死んでいたようで、ならばすぐに話はつかないのではないかとアインズは思っていたのだが、案外すぐに話が通った。ガゼフも拍子抜けと言った様子であった。

 とはいえ、手続きだなんだですぐに行けるという事もなく、運よくウルベルトもまだ動いていなかったようで数日後に、ウルベルトが現れたタイミングで聖王国に乗り込む事になる。

 何だか上手いように事が運んでいるなと思いながらも、アインズは今こうしてウルベルトと対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、くそ悪魔!」

 

 モモンガから王国でのウルベルトの動きや、その他評議国の白金の竜王などが現れたという報告を聞いたジルクニフは、すぐさま王国の被害情報を確認するようにと部下に指示を出した。

 本来であれば〈伝言〉(メッセージ)での情報は信用ならないが、事は一刻を争う。とにかく何でも良いから情報が欲しいと、内通者にどのような状況であったのかを問いただした。

 何人かはこの事件で殺されてしまっていたが、残った者がいうには、現れた悪魔は品定めをするようにそれぞれ人の顔を確認し、名前を問いただしたその後に殺しを行っていたと言う。

 誰が殺されていたのかと分かっている範囲で名前を上げていくと、まず国王であるランポッサⅢ世の名があがり、次に第一王子であるバルブロと続き、その後も名前を読み上げている。

 黙って報告を聞いていたジルクニフが、いきなり声を荒げたのは、死亡者名を15人ほど上げたタイミングであった。

 

「どっ、どうされましたか?」

 

 秘書官であるロウネがおそるおそる尋ねる。

 

「どうしたもこうしたもない。すぐに軍を動かす準備をするぞ。このまま舞台から降りては、帝国はただのやられ役ではないか」

「それは、一体どういう意味なのですか?」

 

 同じくその報告を聞いていたニンブルも、ジルクニフが何に気づいたのかわからず困惑の声を上げる。

 

「あの悪魔、最初から国を亡ぼす気などさらさらなかったのだよ」

「いえ、しかし〈伝言〉(メッセージ)で信憑性のない情報とは言え、王国には甚大な被害が出ているのは間違いないかと思いますが」

「私が王国の国王であったならば、先ほど名前の挙がった奴らはほとんど処罰していたであろう者達だ。頭の固い貴族や、汚職に手を染める馬鹿どもばかりだ」

「偶然、という事は?」

「先ほどの報告にも悪魔は相手を選んでいたと言っていたであろう。つまり、奴は王国の膿を排除し、その後の王国が再建しやすい環境を作り出したにしか過ぎん。それを分かりにくくするために関係ない者も中には含まれているのだろうが、それでもあの腐り切った王国を立て直すには必要最低限な犠牲のうちだろう」

「しかし、全員を殺さないのはいつ殺されるかわからぬ恐怖を味わわせるためと、言っていたのですよね?」

「だからこそ、もし本当にそのつもりであれば王国に必要な人物こそを先に殺し、馬鹿な貴族だけを残すはずだ。ウルベルトの奴が王国の内情を詳しく知っているはずがないから、恐らく誰を殺すか決めたのはラナーだろうな」

 

 どの時点でラナーがウルベルトと組んでいたのかは分からない。案外、あの化け物レベルで頭のいい女の事であるから、ジルクニフと違い早い段階でそれに気づいて準備していたからこそ、こうも早く王国での虐殺が行われたという可能性があるし、実際そうなのだろうとジルクニフは考える。

 元より嫌な女であったが、より一層嫌になる。

 最初から勝ち組の椅子に座って、必要な人間と不要な人間を仕分けていた訳だ。

 

「しかし、それで奴に何の利点があるのですか」

 

 王国を潰す気が本当はなかったとして、ウルベルトが何を得るのか。

 

「ナザリックの異形種たちと手を取り仲良くなれと言われて、お前たちすぐにそれができるか?」

「えっ、それは、そうですね。正直少し難しいかと」

「ならば、共通の敵がいるとしたならばどうなる」

「それは、奴はナザリックの者達と人間を共闘させるために、わざと悪役を演じていたと、そういう事なのですか」

 

 ジルクニフは、ニンブルのその言葉に忌々しそうにしながらも肯定した。

 

「まったく、皮の剥がされ損だ。そもそも、私の皮を使ってスクロールを作ったというのも、今にして思うと怪しいな。いやまぁ、もうそれはいいか。気づかなかった私が悪いとは言いたくはないが、私の意思でモモンガを選ばせたくてやったんだろう。明らかにやり過ぎだがな!」

「それで、進軍と言うのはどこに?」

「わからん。だが、聖王国辺りだろう。恐らくモモンガもシモベを率いてそこにいるはずだ。ナザリックのシモベの形相を先に兵に伝えておけ。ウルベルトは恐らく悪魔を召喚するなりしているだろうが、その数は予想の10倍はいると考えていろ。だが、臆することはない。奴の狙いが国を亡ぼす事でない以上それほど被害が出ることはないだろう。何より、ナザリックのシモベ達がいるのだから負けるわけがない」

 

「あの、それならば我が軍は不要なのでは? 彼らの戦力がどれほどかは聞いていますが、我々が行けば邪魔になるだけではないでしょうか」

 

 その疑問は当然だ。

 戦力だけで言うならばナザリックだけで十分だ。帝国軍がどれだけの数をそろえられたとしても、彼らにかすり傷を付けられるか程度の力しかないのだから、いない方が良いのではないのか。

 

「聖王国は今まで亜人からの進行により、貿易がある一部の種族以外には帝国以上に排他的だ。これから国を、世界を変えるならば、ここで人間が前に出る必要がある。聖王国の堅物共も、異形種に助けられたとは認めたくなくても、帝国から援助が来た事は無視できまい。今回の進軍は、人間と異形種が手を組んだという実例を作る機会だ。故に、なるべく数は欲しいがナザリックの者達の形相を伝え明らかに顔に出るほど難色を示す者がいたらそいつらはこの作戦にはいれるな」

「なるほど。了解しました」

「それに先ほども言ったが、このまま舞台を降りれば我々帝国は、ただ奴の良いように扱われただけの端役だ。神話の中で名を上げるには、ここで動くより他にない。他の者にも言っておけ、この進軍に加われば、後世まで己の名が残るとな」

「神話、ですか」

「そうだ。奴らと同じ”ぷれいやー”である八欲王たちの話は、今は神話として現代に残っている。奴は今その、神話の悪役になろうと、自分で台本を書き、壇上に立っている」

 

 何と愚かな考えか。

 しかし、あれほど迄に悪に拘っていた男であるならば、それもあり得る。

 どう幕引きするのかまでは分からないが、ナザリック側を勝利させようとしているという事実だけは明らかだ。

 

「まったく、馬鹿な男だな、あいつは」

 

 悪態をつきながら、ジルクニフは軍の用意をするためにと準備を始める。

 その考えが正しかったのだと証明するように、一人の人物が現れ聖王国まで通じる道を創りだす。

 それにより、帝国軍は本来ならば到着するはずのない速さで聖王国に到着し、事前に知らされた通りの戦場の様子に驚く事もなく、参戦をするのであった。




 作者の書くウルベルトさんは、「悪に憧れながらも、悪役にしかなれない男」というコンセプトで書いてます。


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19話 最後の舞台

 なぜジルクニフや帝国兵が来ているのか、アインズはそれを不思議に思いながらも今はそんな事を考える余裕はないとウルベルトに向き合う。

 隙を作ればやられてしまう。

 

 ナザリックのシモベ達には、あまり強すぎる力を見せては人間達を怖がらせるだけだろうから、いざという時は構わないが、なるべく守り以外では最低限の力で戦うようにと言っている。

 ウルベルトがアイテムで召喚した悪魔は数が多いだけで威力としては大した事がないので、このままであれば特に問題はないはずだ。

 

 ウルベルトに勝つ為だけであれば一斉に畳みかけるようにするべきなのだろうが、ウルベルトに勝機がない状態にしてしまうと、スタッフを盾にしてくる可能性が出てくる。

 向こうにとっては、恐らく出来れば壊したくないという程度の物だろうが、こちらとしてはそれをやられてしまえば敗北が確定したも同然になるので、それだけは避けなくてはいけない。

 どちらにせよ、まずは会話による説得を試みる予定であるし、それなら一対一の方が良い。

 とはいえ、会話にすらならない状況になれば一緒に連れてきたシモベ達と一緒に、ウルベルトを叩く必要が出てくる訳で、そんな状況になれば最低限の力で、なんて言っていられないので全力で戦う事になる訳だが。

 

 そうやって、現状はシモベ達には力を抑えさせているがウルベルトと対峙するアインズだけはそうはいかない。こちらは対話がしたいと言っても、向こうはそうではない。当然戦闘は避けられないし、相手が相手なので本気で行かなくてはいけない。

 アインズがウルベルトとのPVPに勝ったのは数えるほどしかない。それも、本気の試合とは程遠い。彼がいつもロールプレイの一環でする無駄なセリフを決めている最中の不意打ち。それ以外にアインズがウルベルトに勝つ隙はどこにもなかったからだ。

 攻撃特化のガチビルドのウルベルトにアインズが勝とうとするならば、長期戦に持ち込むより他にない。彼の持つワールドディザスターという職種は通常よりも攻撃力を高める代わりに燃費が悪い。特に、彼の一番攻撃力の高い魔法であるワールドディザスター専用魔法の大災厄は、MPの60%を消費するものだ。

 だから、本来であれば逆に大災厄を序盤に撃たせるように仕向けるのが正しいのであろう。初手でそれを使わせ、それをしのげたのであれば勝機を見出す事が出来る。

 

 しかし、それは出来ない。

 大災厄を防げないから、ではない。

 人間を守ると、そう決めたからだ。

 

 超位魔法すらしのぐ力を持つそれは、ゲーム上ではフィールド全てを覆いつくすほど広範囲に破壊をもたらす大技だ。

 アインズとシモベ達だけがそれを避ける手段は一応ない事もないのだが、この位置から魔法を使われて聖王国を守る事はまず不可能。

 それ故に、大災厄を使わせる訳にはいかない。

 

 ウルベルトとしても、戦闘中使えるのが一度きりしかない技でない以上、避けられる可能性がある場面では使ってこないはずだ。

 ゲームの時の様に大災厄を放つ時にまた無駄な詠唱をしてくれるのであれば話は別だが、この状況でそんな事をしてくれると期待する方が愚かだろう。

 なるべく速攻で、隙を見せずに戦う。課金アイテムも出し惜しみなく、全部ぶつけるしか勝ちの目はない。威張れる事ではないが、課金の額は圧倒的にアインズが上回っており、ウルベルトが引退してから出た彼の知らないマジックアイテムも所持している。それでどうにかするより他にない。

 しかし、いくら途中で引退していたとはいえ一時期はユグドラシル内でもかなりの上位に食い込んでいた相手。ワールドチャンピオンであったたっち・みー相手に勝利こそしなかったが五分の戦いをする相手に、致命傷と言えるほどの攻撃を与える事はなかなか出来ない。

 

「アインズさんは、人を殺した事はありますか?」

 

 戦闘のさなか、ウルベルトがそんな事を問うてきた。

 

「何を。この世界に来て、カルネ村に来た時に、俺もあなたも人を殺したじゃないですか」

「あれは虐殺っていうんですよ。強者による弱者の蹂躙。結果としては確かに生きていた人間が死ぬだけなんだから変わりはないんでしょうが、殺す側は相手を人間だと認識していないのだから、あれは人殺しとは違う」

「何が言いたいんですか」

 

 確かに、特に殺した相手の事はアインズも気にしていない。アンデッド故、人間という種族に興味がないからと言うのもあるが、ゲーム感覚がまだあるから、と言うのが大きいように思う。

 話しながらもお互いが魔法を出すのは止まらない。油断をするとやられるが、元より会話をしに来たのだ。だから、話の内容はさておき向こうから話しかけてくれた事に、少しほっとする。

 

「俺は、リアルで人を殺したかったんです」

「……それが、リアルに戻ろうとした理由ですか」

「そうです。俺にはどうしても殺したい奴がいた。どうしても、殺さなきゃいけない悪があった」

「それが、あなたのなりたかった悪、なんですか」

「それ以外に道はなかった。それをしなくては、あの世の両親に会わせる顔がないと、悪を殺し己も悪になる日を夢見て来た」

 

 あまりにもいびつ。

 ウルベルトの悪に対する執着心が強い事は理解していたが、それで本当に救われると思っているのが異常だ。

 その殺したい相手と言うのはきっとウルベルトの両親が死ぬきっかけになった存在なのだろうが、それを殺して両親が戻ってくるわけでもなし。

 確かに相手は憎いかもしれないが、リアルで富裕層を殺そうとした人間がどのような末路を辿るか分かっていないはずもないだろうに。

 

「復讐なんで馬鹿らしい、そう思いました?」

「ニニャの時も思ってましたけど、復讐自体は別に構わないと思うんですよ。でも、それは今の楽しそうに過ごしているこの生活を壊すほど重要な事なのかなって。そりゃあ、自分を苦しめた相手が良い思いをしていたら腹が立つのは分かりますけど、今の幸せを壊す方が俺は怖い」

「まぁ、そうでしょうね。理解してもらえるとは思ってません。ただ、俺は別にその相手が憎いわけじゃない。憎いのは自分自身。あの時あの場であの男に言い返す事が出来なかった幼い頃の俺。悪に言い負かされ、臆病者とののしられた、そんな俺なんて不要でしょう」

「それで、人間だった頃の感情を捨てて悪魔になると、そう言うんですか!」

 

 具体的に何があったのかは分からない。

 アインズだって、鈴木悟として、ただの物として生きている頃の自分というのは徐々に薄れている感覚がある。

 それでも、覚えている光景はある。

 料理を作る母の背を、今でもはっきりと覚えている。

 結局それによって死んでしまったが、自分の為にと頑張っていた母の事は今でも忘れることはないし、忘れたくはないと思う。

 だから、忘れてしまうのはしょうがないかもしれないが、人間であった頃の事をあえて忘れようとは考えない。

 ウルベルトにだってそんな記憶の一つや二つあるはずだ。人間であった頃を捨てるというのはそれも捨てる事になる。

 

「別にあなたには関係ない話でしょう。何を言っても分かり合えない。それが分かっていたから今まで言わなかった。別に、俺だってナザリックを壊したいわけでもない。そちらがデミウルゴスを受け渡してくれるなら、大人しく引く事だってやぶさかじゃない」

「嫌です。俺は、みんなでただ平穏に暮らしたい。その中には、もちろんあなたも必要だ。だから、この場で決着をつけるし、あなたがデミウルゴスに執着する以上彼を引き渡す事はない」

「それが、ただ平穏に暮らすというのが、あなたの望みですか」

「そうです。それ以上の望みは俺にはない」

 

 そんな当たり前の事が難しい。

 マナエッセンスによりウルベルトのMPを確認するがまだかなり余裕がある。

 HPにしたって、半分も削れていない。

 

 ウルベルトがゲームを辞めたユグドラシル末期に出た属性の攻撃であれば耐性を備えているはずがないと、アイテムによりそういった攻撃を中心にしているはずなのにダメージがそれほど入らない。

 確実に対策を取っている。

 ウルベルトがそんなアイテムを持っているはずがないし、魔法で作成するにしても知らないアイテムは出来ないはずだ。

 

 図書館で調べた?

 いや、それならば司書などの目撃証言があるはずだが、そう言った事はなかった。あそこには何人もNPCがいるのだから、誰もそれを知らせないわけがない。

 ならば他のギルドメンバーの部屋から持ってきたのかとも思うが、そんなピンポイントで必要なアイテムを見つけられるとは到底思えない。

 だとするならば、残りはあと一か所。

 しかし、そんな事がありえるのか。

 

「ああ、でもデミウルゴスは来てくれたみたいですよ」

「えっ?」

 

 遠くでアルベドが何かを叫んでいる声が聞こえた。

 恐る恐るそちらに目を向ければ、最初に目に入ったのは、ナザリックに残してきたはずのシャルティアの姿であった。

 その後ろに、デミウルゴスの姿がある。

 なぜだか分からないけれど、いつも着ている緋色のスーツではなく、黒を基調とした服を身に着けている。

 どうやってあの場から逃げたかなんて、シャルティアが明らかにデミウルゴスの護衛をするような形で現れた以上、彼女がデミウルゴスを牢から出したという事だろう。

 いや、彼女だけではないだろう。よく見れば、アルベドの傍にいるのは同じくナザリックに残してきたはずのパンドラズ・アクターだ。

 

 裏切り、という言葉が脳裏をかすめる。

 

「よく来てくれたな、デミウルゴス」

「遅くなり、申し訳ございません、ウルベルト様」

「いや、丁度良い頃合いだ。もう、迷いはないんだな」

「はい。私はウルベルト様の望みを叶える為にここにいるのです」

 

 まずいと、そう思いながらもデミウルゴスを止める事が出来なかった。

 このままシャルティアも敵に回るという事であれば、アインズに勝ち目はない。シャルティア用の対策など何もしていないのだから。

 他のシモベ達と共闘するにしても厳しい状況になるし、一緒に連れてきたシモベ達もこうなってしまえば信用していいのか怪しくなってしまう。

 

「デミウルゴス。俺が作り上げた理想の悪魔。お前が俺の望み叶える事を選んだというのであれば、もはやここに何の未練もない」

「待ってください! ナザリックを本気で捨てるんですか! みんなで作り上げた大事な物を、あなたは本当に捨てられると言うんですか!」

「それを後生大事にしているのはあなただけでしょう。だからこそみんな離れて行って、あなた一人が残った。自分が大事な物が、相手も大事だと勝手に思い込んでいただけでしょう」

 

 確かにその通りだ。

 その通りなのだが、やはり納得ができない。

 

「俺は悪になる。その為ならなんだって捨てる。本当に大切な物以外を全部捨てることで、俺はやっと悪になる。ナザリックも、モモンガさんも、全部!」

 

 ウルベルトがそう言い切る前に、アインズは何かが光るのが見えた。

 それがナイフの刃が日の光に反射したのだと気づいたのは、その刃がウルベルトに刺さった後であった。

 たった一刺しの攻撃。

 それだというのに、ウルベルトのHPは一気に減っていくのが見えた。

 刺した本人の表情は俯いていて良く見えない。

 何か二人が話している様だが声が小さすぎてここまでそれは届いてこない。

 呆然とその光景を眺めていると、最後の力を振り絞るようにウルベルトが顔を上げた。

 

「すいません、モモンガさん。あと、よろしくお願いいたします」

 

 最後にそう言い残すウルベルトの声も表情もモモンガのよく知るウルベルトそのものであった。

 先ほどまでの殺気は嘘のようで、なんだか舞台を降りた俳優の素顔を見たようなそんな感じがなぜだかした。

 

 突如、ウルベルトの体から炎が上がり燃えていく。

 炎耐性のある悪魔の体は中々燃え尽きることはないが、そこで彼は死亡した。

 先ほどまで、アインズと熾烈な戦いを繰り広げていたにもかかわらず、あまりにもあっさりと死んでいく様をただじっとその場に立ち尽くして見ている事しか、アインズにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだい、シャルティア。こんなところにやって来て」

 

 デミウルゴスのが捕まっている牢屋に神祖の吸血鬼がやってくる。

 

「別に。ただ、アインズ様からデミウルゴスを逃がさないようにとご命令されているから、様子を見に来ただけでありんす」

「では、もうアインズ様は行ってしまわれたのかな」

「そうなるでありんすね」

 

 投獄されたままでは、デミウルゴスはウルベルトの望みを叶えることが出来ない。

 しかし、牢を破りシャルティアを撃退してナザリックの外に出るという芸当はデミウルゴスには不可能だ。事前に準備をしているなら話は別だが、現状自分一人でここから逃げ出す術を何も持ち合わせてはいない。

 

「このままで良いでありんすか?」

「良いも何も、ここから出られないのだからどうしようもないだろう」

「抵抗すらしてないじゃあありんせんか」

「そんな事をしても無駄だと分かっているからね」

「創造主が自分を待ってくれているのに?」

 

 シャルティアが、こちらを不思議そうな瞳で見ている。

 

「わらわは、ペロロンチーノ様が望まれるなら、その為ならなんだってする。いつも私を見て可愛いと言ってくださったから、毎日身だしなみにも気を付けて、いつ再会しても良いように可憐な自分であるように日々自身を磨いていんす」

「…………」

「ペロロンチーノ様が、アインズ様とナザリックを捨てて自分と一緒に駆け落ちしようと言ってくれるならどこへでも行く。わらわは、別に頭が悪いというわけではありんせんけど、デミウルゴスほどは良くないでありんす。だから、その後がどうなるかなんて何も考えず、ペロロンチーノ様を選ぶ」

 

 ああ、彼女はとても真っすぐだ。

 それがとても羨ましい。

 

「デミウルゴスは、本当にこのままで良いでありんすか? この後ウルベルト様がどうなるか分からないのに、足掻くこともなくこんなところに留まって、それで後悔はないんでありんすか?」

「良いわけがない。きっと私はその事を一生後悔する」

 

 そんな結末になったのならば、自分は自分を決して許す事はないだろう。

 分かり切っていた。

 それでも、ウルベルトの願いを叶える事が恐ろしかったのだ。

 デミウルゴスが本来彼の頭脳であればすぐに導き出せたはずの答えを出すのに時間を要してしまったのは、結局のところそのせいであった。

 それをしたくなかったから。

 他の結末を模索してしまったが故に、答えに辿り着くのが遅れた。

 きっと、あのラナーとか言う女はデミウルゴスよりも先にその答えに辿り着いていただろう。

 

 しかし、いつまでも逃げてもいられない。

 確かにそれはやりたくない事ではあったが、ウルベルトはそれを望んでいる。その大役をデミウルゴスに任せようとしているのだから、それに応えるべきだ。

 

「どうしたいか、決まったでありんすかえ?」

「ああ、大丈夫だ。迷いは完全に晴れた。しかし、まさか君に諭されるとは思ってもみなかったよ」

「失礼でありんすね。私はただ、ペロロンチーノ様なら、仲間が困っていたらその背中を押すだろうなと、そう思ったからこうして様子を見に来ただけでありんす」

 

 そう言いながら、シャルティアが牢のカギを開ける。

 

「良いのかい、アインズ様のご命令を背いて」

「わらわはデミウルゴスほど頭が良くありんせんから、頭の回るデミウルゴスに上手い事のせられて鍵を開けてしまっただけ。そうでありんしょ?」

「はははっ。そうだね。悪いのは全て私だ」

 

 デミウルゴスが牢を出る。

 もう、後戻りはできない。

 その時、こちらに向かってくる足音が聞こえ、シャルティアが身構える。

 

「おんやぁ、もうすでに牢から出られていらっしゃいましたか」

「パンドラズ・アクター!」

 

 彼を視認すると攻撃に移ろうとするシャルティアの前にデミウルゴスが立つ。

 

「大丈夫だ。別に彼はこちらの邪魔をしに来たわけじゃない。そうだろう?」

 

 意味が分からないとシャルティアは混乱した表情になる。

 

「ええ、その通りですとも。此度の舞台の主役をお連れ仕様としに来た、ただの裏方でございます。そのご様子ですと、すでに役割は把握しているご様子ですね。結構」

「舞台? 一体何のことでありんすか?」

「全部ウルベルト様の筋書き通りに事が進んでいるという事だ。いつからかは知らないが、パンドラズ・アクターもその協力者だという、それだけの話さ」

 

 そう言われてもまだ、シャルティアは今一話についていけていないようであった。

 彼女では、こんな事をウルベルトがやる理由に辿り着けるはずがないのでそれは仕方がないだろう。

 

「とりあえず、パンドラズ・アクターは味方なんでありんすね?」

「そうですとも。シャルティア嬢もこちらに加わるとは思っておりませんでしたが。おかげで手間が省けました」

「つまり、わらわが何もしなくても、デミウルゴスは牢を出てたんでありんすか?」

「そうなるね。とは言え、君の言葉で決心が固まった。感謝しているよ、シャルティア」

 

 本当に、心の底から感謝していた。

 どちらにしろ牢は出ていただろうが、途中でシャルティアと戦闘になり、己の行動を否定されたならば、迷いはきっと晴れなかっただろうから。

 

「では、デミウルゴス殿。こちらがウルベルト様を殺すための武器になります。背中からでしたらダメージ入りますから、思いっきりぶすっといっちゃってくださいませ」

「えっ!?」

 

 これからのデミウルゴスの行動を分かっていなかったシャルティアが驚きの声を上げる。

 

「ウルベルト様を、殺すんでありんすか?」

「おや、知らなかったのですか」

「えっ? えっ? デミウルゴスは、それで良いんでありんすか? 本当に?」

「私だって迷ったさ。だからこそ、牢屋で大人しく捕まっていた。でも、私はやはりあのお方の理想でありたい。だからもう、迷わない。私はこの手でウルベルト様を殺す。あのお方は、それを望まれている」

「でも、さっき舞台と言っていたし、本当に殺すわけじゃ……」

「いいや、殺す。すべてはその為に行われてきたことなのだから」

 

 “りある”で死のうとしていた御方が、“りある”への帰還方法がなく考えた結果のこの舞台。

 元よりウルベルトの願いは、悪になる為に死ぬ事。

 帰れぬならば、こちらの世界でそれを為そうとそう考えただけだ。

 きっと、”りある”へ戻る手段がこのまま見つからないのであれば、死によって“りある”に戻る事は出来ないかと確認する予定は元からあったのだろう。

 その上で、アルベドの件と、悪魔になって自分の考えや思考が変わってきた事により、完全に意識が変わる前に事を起こさねばとという流れになった訳だ。

 

「今からでも私たちと敵対するかい、シャルティア」

「いや、良いでありんす。ちゃんと考えてそう決めたんなら、ウルベルト様の元まで連れていきんす。それに、ウルベルト様もそれを望まれているというなら、それを止める理由もありんせん。本当にそれで良いのか、あまり自信はありんせんけど」

「そうか、ありがとう」

 

 フッフッフッフと、そのやりとりを見てパンドラズ・アクターが笑う。

 

「なんでありんすか、いきなり」

「いえなに、このメンバー。無課金同盟の再来、とでもいったところでしょうかね!」

「無課金同盟?」

「なんでありんすか、それは」

「いえ、私も父上から前に聞いた事があるだけで詳しくはないのですが、アインズ様とウルベルト様、ペロロンチーノ様のお三方は、まだギルドアインズ・ウール・ゴウンが設立する前に無課金同盟なるに組していたと聞き及んでおります」

「初めて聞くが、それは一体どういう同盟なんだい?」

「課金アイテムを使わず、己の力を高める事を目的とした同盟という程度しか存じておりません。しかし、至高の御方という強大な敵を倒しに行くのに、丁度良いメンバーであるなと、そう思ったのです」

「なるほど。いい話を聞いた」

 

 普段集まる事がない三人の組み合わせだが、確かに創造主であった御方達は特に仲が良かったように記憶している。

 たまたまではあったが、だからこそ運命的だ。

 

「しかし、そんなナイフで至高の御方が殺せるでありんすか?」

「御方が着用されている装備に細工をしてあります。特定の場所に、特定のアイテムであれば大ダメージが入るようになっておりますので、問題ございません。ウルベルト様ご本人の協力で、さらにダメージが入るように改良しておりますので、一回突き刺すだけでHPをほぼ削り取れることでしょう」

 

 なるほど、その辺りもきちんと準備しているのだなと感心して聞いていたのだが、気になる言葉があった。

 

「ちょっと待ってくれ、今、さらにと言ったか」

「ええ、言いました。元より、場合によってはウルベルト様を始末する事も考えておりましたので、最初から細工を施した装備を渡しておりましたので。その時点では、気づかれないように刺す場所が一点のみでしたが、改良した今でしたら、背中の大体の部分に刺していただければ問題ありませんので、失敗する事はございませんよ」

 

 自信満々に自身の仕事を語る。

 パンドラズ・アクターがウルベルトに加担するのが、これが結果的にアインズにとって悪くない未来をもたらすからだろうとデミウルゴスは思っていた。

 だから、流石に元より御方を殺そうとしていたとは思ってもみなかった。

 アルベドの件もそうだが、どうも自分は身内に対しては少し考えが甘くなっているなと、己の弱点に気づかされる。

 

「今はもう、他の御方を殺そうだなんて考えておりませんよ。自分で死ぬと決められたウルベルト様は別ですがね」

「それはまた、なぜ」

「アインズ様、いえ、モモンガ様は他の御方の事を信じたがっている。なら、私も信じようと。その結果どうなろうと、それをモモンガ様と一緒に受け止めようと、そう決めただけなのです」

 

 ウルベルトとパンドラズ・アクターの間でどんな会話があったのかは分からない。

 だが今後、彼がどんな考えを持つ至高の御方が現れようと暗殺という形でその御方を殺すという事は間違いなくないだろう。その事実だけで今は良い。

 シャルティアもあきれたという顔をしているが、今は特にそれについて言及はしない。話の内容についていけてない、というのが大半の理由であるようにも思えるが。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「何かまだ準備が必要でしたか?」

「ああ、少し衣装を着替えてくる。それまで待っていてもらえるか」

「はっはー。なるほど、なるほど。ラストステージに出る前の衣装替えですね。良いですとも」

「身だしなみは重要でありんすからね」

 

 ウルベルトと買い物に行った日に買ってもらった服。

 あれは、この時の為の物だ。

 魔法の服ではないので、着用者に合わせてサイズが変わるわけではないのだがピタリとデミウルゴスのサイズに合う。

 

「さて、では行きましょうか。主役殿」

 

 シャルティアとパンドラズ・アクターに先導される形で、デミウルゴスは壇上に立つ。

 その登場にいち早く気づいたアルベドをパンドラズ・アクターが制する。

 これから行うのは親殺しという大罪。

 いくら本人の願いと言えど、至高の御方を殺すなど、ナザリックのシモベを全て敵に回す所業。

 それでも、迷いは一切ない。

 

「それじゃあ、しっかりやりなんし」

 

 いや、全てではない。

 後から知ったにも関わらず、それを許した彼女もいる。だから、大丈夫だ。

 

「ありがとう、シャルティア」

 

 シャルティアに見守られる形で、モモンガとウルベルトの前に立つ。

 何も知らないモモンガは、今は恐らく裏切りの可能性に動揺している事であろう。

 

「よく来てくれたな、デミウルゴス」

「遅くなり、申し訳ございません、ウルベルト様」

「いや、丁度良い頃合いだ。もう、迷いはないんだな」

「はい。私はウルベルト様の望みを叶える為にここにいるのです」

 

 そう。

 ウルベルトに死んで欲しくないという願いより、ウルベルトの理想の悪魔となる事を選んだ。

 背を向けたその背中にナイフを突き刺す。

 パンドラズ・アクターが用意したそれは、彼の言った通り通常ではありえないほどウルベルトにダメージを与えているのが分かる。

 刺したその背中から血が滲んでくる。

 

「俺のわがままに付き合わせちまって悪いな」

 

 デミウルゴスにしか聞こえないようなそんな小さな声で、ウルベルトがそうささやくのが聞こえた。

 その言葉に、自分は間違っていなかったのだと安堵する。

 以前にもウルベルトがデミウルゴスに言ったのと同じセリフであったが、今はまるでその逆だ。あの時は、デミウルゴスを殺す事にウルベルトがその言葉を告げていた。

 

「そんな事はございません。私は、あなた様のわがままに付き合いたいのです」

 

 あの時と同じ返答をデミウルゴスもする。

 最後の御方の晴れ舞台なのだから、涙は流すまいと必死に耐えながら、背中から溢れる血を眺めていた。




 タイトルに舞台ってあるように、ウルベルトさんが主演監督している、ただの舞台のお話です。
 主演のウルベルトさんが舞台上で言ったセリフは、本音は混ざってても全部演技なんで、当然舞台を降りて、演じていない素の本人の気持ちとは別物です。
 前回、悪“役”って言っていた通り、ただの役です。

装備品いじれるかどうかは、正直難しいと思ってるんですが、パンドラとアルベドがギルメンをこっそり殺るにはこれくらいできないときついかなぁと思って、この話での捏造設定でご了承お願いしたい。プラスな効果追加は無理でも、マイナスな効果ならできないかなぁって。
 全員の装備をいじってたわけじゃなく、一々装備品の鑑定とかしなさそうな性格で尚且つかなり初期からいなくなってたウルベルトさんの装備をたまたまいじってたって感じです。


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20話 答え

 モモンガからアルベドの設定を変えたと聞かされた時、ウルベルトが最初に思ったのは自身の創り上げたNPCの設定についてであった。

 以前よりほんの少しだけ感じていた違和感の様な物の正体に、ここでようやく気が付いた。

 ウルベルトは、デミウルゴスの設定に「アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓っている」と書いていた。ギルド、とはつけていない。すでにかなりの文字数を埋めていた為その文字を省いた事は覚えている。

 つけていたとしても大して変わりはしなかったのかもしれないが、とにかくそう書いた。

 そして、今ウルベルトの目の前にいる相手は、それと同じ名を冠している。しかも、変えるように提案したのはそもそも自分で、ナザリックのシモベ達にはウルベルトがその名をモモンガが名乗る事を許可した事を伝えてある。

 

 アインズ・ウール・ゴウン。

 それは、ウルベルトも含めたギルドメンバーの総称。

 NPCの創造主に対する想いは他のギルドメンバーに対するものよりも重い。

 しかし、ギルドメンバー41人分の忠儀が一人に向けられたならば、その天秤はどちらに傾くのか。

 

 現状を見るにほぼ均等。

 恐らく、デミウルゴス自身はその事にまだ気づいていない。

 このままでは、何かの拍子にデミウルゴスがウルベルトはリアルに帰ろうとしている事をモモンガに伝える可能性がある。忠義を向ける相手から問われてしまえば、それに嘘を吐くことは難しいはずだ。

 今はまだ、二人の願いの間を取るように意見をしてくるが、これが出来ない状況に陥った場合どうなるのか。元より、デミウルゴスは本心ではウルベルトに死んで欲しくないという願いがあるのだから、最終的にモモンガの方につく可能性もあるが、どうだろうか。

 

 デミウルゴスはすぐに決断できるだろうか。

 いや、出来ない。

 必ず迷う。

 

 ウルベルトが書いた設定のせいで、自分の創り上げた理想の悪魔が迷うという、一番理想から遠い行いをする姿が目に浮かぶ。

 表面的な部分では設定した通りの立ち振る舞いをしているが、実際彼の本質的な部分はウルベルトと似ている。自分であれば必ず迷うような選択を、デミウルゴスが迷わず決断できるとは到底思えない。

 自分でそう設定しておきながら、モモンガから設定の話が出るまで気づかなかったという事実が腹立たしい。

 これだけでも、ウルベルトにとっては大問題であった。

 リアルへの帰還よりも、自身の理想が目の前で崩れ落ちそうになっているのをどうにかする事を優先したいと思うほどに、どうしてもこのままにしておけない問題だ。

 自分で考えた上で設定に縛られているならそれはそれで構わないが、縛られている事にすら気づかず、設定通りに行動しているのだとしたら、それはやはりウルベルトの理想とした悪魔の在り方として間違っている。

 デミウルゴスがただのデータとしての存在ではなく、今は一個人として生きているのだから、本人に何とかして気づかせた上で、どうするか選んでほしい。

 

 そして、問題はそれだけではない。

 アルベドがこちらへ向けた殺意。あれはあくまでナザリックの為を思っての事だと思っていたが違うのだろう。

 モモンガがアルベドやNPC達よりもウルベルトを尊重し続ける限り、彼女の殺意が薄れる事はおそらくない。

 しかも、彼女の愛する相手の名前を奪ったのはウルベルトだ。

 もし、まだモモンガがアインズ・ウール・ゴウンに改名する前であれば彼女と交渉する余地があったかもしれない。

 しかし、それも今となっては無理だろう。

 彼女が愛する相手の名前を奪い、二人でナザリックの外で行動をし続けてきた今のウルベルトの話をアルベドが聞くわけがない。

 

 さっさと死んでおけば良かった。

 帰る方法が見つからないようなら、最終手段として死ぬ事も考えていた。

 もしかしたら、リアルの世界に帰れば時間がそれほど経っていないのではないかなどと言う奇跡の様な考えをせず、作戦に間に合わないと分かった時点で早々に死んでおけば良かったのだ。

 精神的にも若干悪魔のようになってきて、もしかしたら今までの自分の感情がいつか消えるかもしれないと気づいていたのだし、気づいた時点で完全に最終手段に移るべきだったのだ。

 

 それが出来なかったのは、デミウルゴスと同じでウルベルトもモモンガを切り捨てきれなかったからだ。

 デミウルゴスがそう言うならばと、その言葉に甘えてここに今まで居座っていた。

 結局、デミウルゴスがモモンガを切り捨てられないのもそれが一因でもあるだろう。ウルベルトの自分で気づいていなかった真意に影響されたのだ。

 

 これからどうするか。

 アルベドは、ウルベルトを殺す手段を持っているのだろうか。

 こうなってしまえば、アルベドに殺される事もやぶさかではないが、モモンガに気づかれればきっと彼女はモモンガから嫌われてしまう。

 モモンガも、自分が設定を変えたせいでアルベドがそんな事をしたと分かれば、きっと己の行為を許す事が出来ないだろう。それだけでなく、全てのNPCの設定を覚えている訳ではない以上、アルベドの様な行動を取るNPCがいるのではないかと警戒する。

 

 少しずつ距離が近づいていたモモンガとNPCの距離が一気に遠くなる。

 それだけは、何としても避けなければいけない。

 だって、ウルベルトはここからいなくなる予定だが、モモンガとNPC達はこれからもここで生活し続けるのだから。

 

 しかし、アルベドは次にどういう行動をとるのであろうか。

 と考えて、気づく。

 そうだ、ウルベルトはアルベドや他の者の前で先ほど、ナザリックとデミウルゴスのどちらかを選ぶとなれば、デミウルゴスを選ぶと言ってしまった。

 アルベドにウルベルトを殺す事はほぼ不可能。

 しかし、デミウルゴスを捕縛する事は恐らく可能。

 

 まずい、まずい、まずい。

 急いで行動を起こす必要がある。

 これ以上のイレギュラーがあってはいけないので、他のNPCの設定を変えていないのかの確認。

 モモンガはいないと言っているし、ならばきっとそうなのだろうが、だからと言ってアルベドに協力者がいないとは限らない。いるとすれば、まぁ、パンドラズ・アクターが怪しいか。確証はないが、モモンガを優先させる彼ならば、モモンガの望みに反する事をしようとするウルベルトを許せない可能性はある。

 とにかく、3人の距離を離す必要がある。

 

 念のため、アルベドのワールドアイテムも彼女から手放させておいた方が良い。

 デミウルゴスの安全が最優先だ。

 とはいえ、ウルベルトの殺害が無理だと悟ったアルベドが無茶をやらかさないとも限らない。

 

 ならば、彼女がそんな行動を起こしてもしょうがないと思える理由を作れば良い。

 元よりウルベルトは悪になろうとしていたのだ。

 ナザリックに反逆する悪になるのに何の問題があるというのか。

 そうだ、その末に死んでしまえばアルベドの問題は解決する。

 

 問題はどうやって最終的に死ぬかだ。

 最悪アルベドに殺されても良いが、最後の相手が彼女というのはどうも違う気がする。嫉妬の末に殺されるのは、悪の死に方として間違っている気がする。

 ならばモモンガかと言われれば、それも違う。そもそも、彼の場合はどうあがいても最終的にはギルドメンバーであるウルベルトを殺さない気がする。

 

 最初にこの世界に来て考えていた事を思い出す。

 デミウルゴスが、ウルベルトを油断させてグサリと殺したとしても別に構わないとあの時は考えていた。

 今は、彼はそんな事をするタイプではないと自信を持って言えるが、しかし、それは理想的な死に方ではないだろうか。

 ああ、そうだ。

 最期はそれが良い。

 いや、そうでなくてはいけない。

 その為の舞台を整えよう。

 彼にとってそれは辛いものであるだろうが、一度その光景を夢想してしまえば、それ以外の死に方など考える気もしなくなった。

 

 とにかく、モモンガに嫌われるべきだ。

 ウルベルトを信用できない相手だと思うようになれば、モモンガはNPCを頼るようになるであろう。

 とはいえ、すぐに本音を打ち明ける事は出来ないであろうし、外に友達も作った方が良い。

 

 その点ジルクニフは都合の良い相手だった。

 ただ、問題があるとするならばその行動力の高さか。ウルベルトが、モモンガを裏切ろうとする確固たる証拠を用意し終わる前にナザリックに来るとは思っていなかった。

 一人で行き当たりばったりに行動すればこうなるのも仕方がないだろう。

 とはいえ、モモンガは友達が出来たと喜んでいた。一番重要な部分がきちんとできたのであれば、とりあえずはまだ脚本の修正は可能だ。

 

 帝国を出た後は、フールーダから話を聞いた、白金の竜王の元へ向かった。

 実際どれほどの力を持っているか分からないが、自分とモモンガの喧嘩に横やりをいれられたら迷惑だ。元より、こちらは死ぬ予定だし最悪殺されたって構わないといった気分で乗り込んだ。

 とはいえ、ここで自分が死ねば、ナザリックが仇討にやってくるだろうから、その方が向こうにとって迷惑なはずだ。それに、ウルベルトは自分が死んだ後は出来るだけこの世界の住人達にとっても良いものになって欲しいと思っているのだから、話ができる相手ならば多分大丈夫だろうと、そんな具合であった。

 

「君は随分馬鹿なんだな」

 

 単身乗り込んできたウルベルトにツアーはそう言う。

 自分でもそう思う。

 もっと他に良い道がたくさんあるのにも関わらずこんな道を選んだのだから。

 

「良いだろう、君を信じよう。今回の件に関しては僕は君に手を貸す。とは言え、君が死んだ後その、モモンガがどういう行動を取るか分からない。もし、この世界の敵になる用なら僕はそれを止める為に動くだろう」

「それで構わない。その後どうするかを決めるのは、モモンガさん自身だから」

 

 恐らくそんな未来にはきっとならないけれど。

 そうなったとしても、それがモモンガの決めた事ならばそれは仕方がない事だろう。

 ただ、出来る事ならばNPC達も含めてナザリックのみんなが外に出て、種族関係なく仲良く、とまではいかなくとも普通の生活が送れるようなそんな世界が来ればいいなと、そんな事を思う。

 

 敵になるのは、自分一人で十分だ。

 もちろん、ナザリックのNPC達がそんな事を望んでいない事は分かっている。人間を食料としか思っていない存在もいるし、彼らにとってはウルベルトの思う理想の世界は迷惑極まりないだろうとは理解している。

 それでも、出来る事ならばモモンガと一緒に、ただただ楽しくこの世界で暮らして欲しいと願った。

 

 ただ、この時点で一つだけまだ悩んでいた事がある。

 デミウルゴスをどうするか。

 

 殺すと約束した。

 ならば、ウルベルトを殺した後そのまま彼も死ぬようにするべきなのか。

 一日一緒に過ごして、殺したくないという気持ちが大きくなっていく。

 しかし、置いて行かれた彼はどう思う。

 間違いなく辛い思いをする。

 ウルベルトの様に、死ぬまで解けない呪いの様なこの感情を彼は一生背負う事になる。

 それは、ダメだろう。

 確かにそれは悪かもしれないが、その苦痛は自分が一番良く知っている。

 ならば、一緒に殺してやるべきだ。そうでなければ救われない。そのはずだ。

 

 迷いを断ち切れぬまま聖王国で舞台の準備をする。

 悪魔を倒されるに似合いの名前だと思っただけに過ぎないと思ったその場所で、ウルベルトは悪を見た。

 

 聖王国でウルベルトはまず聖王女であるカルカに接触した。

 彼女の理想はまさに正義というに相応しい。それが実現できるならば、ウルベルトもその正義を認めた事だろう。

 だが、どうあがいたって無理な願いだ。

 それは彼女が一番分かっていた。

 

「俺は基本的に正義が嫌いだ。誰もが救われるなんてそんな事はありえないって知っている。でも一人だけ、この人だけは違うとそう思った人がいた」

 

 俺がリアルにいた頃の話。

 ユグドラシルを辞めて、必死にあがいていた時に見た尊い光景。

 

「俺は悪になる為に、同じように社会に反逆しようとする組織を色々見て来た。でも、大半は形だけ。みんなで集まって愚痴を言って、たまに仲間を増やすためと動くけどそれだけ。何かをしなければと思っても、本当に何かをする勇気はなく、組織に属してこうして集まっているだけで、何かをやっている気になっているよう奴ばかりだった。そんな場所では俺の願いは叶えられない」

 

 結果、転々と色んな組織を見て回る事になる。

 同じように組織に愛想をつかして転々としていく人間は他にも何人かいて友人になった。

 もう、大半は死んでいってしまったけれども。

 

「そこで、評判は悪かったが、こんな生ぬるいところよりは良いんじゃないかと過激派組織に友人と入る事にした。そしたら、丁度その日に抗争が起こって巻き込まれた。まぁ、日常茶飯事な光景ではある。とは言え、過激派を名乗る組織だけあって味方がいようが一般人を巻き込もうがお構いなしの乱戦だ。武器も何も持ち合わせてない俺は戦う術もなくて、友人と一緒に逃げる事しかできなかった。ああもうだめだと思った時、俺だけが助けられた」

 

 燃える炎の熱さを覚えている。

 銃声がいつもより近くで聞こえる。

 罵声と、助けを求める叫び声が響く。

 

「足に怪我をしていたが友人はまだ生きていて、俺を助けた男を振り切ってそちらに行こうとしたら止められた。それでも見捨てられないと助けに行こうとした俺を、男は殴って気絶させて、俺だけを助けた。気絶した男を担いで逃げるのがどれだけ大変だった事か。でも、目が覚めてすぐにはそんな事を考える余裕がなくて、なんで俺一人を助けたのだという怒りばかりが頭を占めていた」

 

 何も為せずに死ぬのかと、絶望した友人の顔が、未だに脳裏に残っている。

 死ぬ事よりも、やるべき事もやれず、ただの犠牲者の一人と死んでいく事を悔やむような、そんな表情をしていた。

 

「でも、その怒りはすぐに消えた。助けた男に文句を言おうと会いに行けば、あいつは泣いていたんだ。また救えなかった。目の前に救える命があったのに、切り捨てたのだと泣き喚いている男の姿を見た」

 

 当然、助けた男にとって俺の友人はただの知らない赤の他人にしか過ぎない。

 あの場ではすぐに助けないとと切り捨てたにも関わらず、見ず知らずの他人の為に涙を流していた。

 その光景にあっけに取られていた俺に、傍にいた女はいつもの事だと言った。

 戦場では誰よりも的確に行動して、必要とあれば容赦なく他者を切り捨てる。助けられる可能性があっても、そこに仲間の犠牲や不都合が出ると分かれば助けない。

 だが、助けられると分かればどんな場所にでも向かう。

 そして、帰って来てからああしていつも泣いているのだと言う。

 彼女の言う通り、男が泣く姿を何度も見た。何度も何度も。

 

「男は決して自分を正義だとは言わなかった。こちらが多少犠牲を出せば最終的にはもっと多くの人を助けられたかもしれないのに、確実ではないからと助けなかった。助ける為とはいえ、何人も人を殺してきた。そんな自分が正義であるはずがないと」

 

 大抵どこの組織も皆、己の信じる正義を掲げていた。

 だが、男はそれを頑なに否定し、そんな彼にについて行こうと決めた。

 

「彼は確かに正義ではなく悪なのかもしれない。けれど、あの涙だけは断じて悪ではなく正義だった」

 

 助けるたびに、他の誰かを見殺しにして。

 心をすり減らしながらも前に進むことをやめなかった。

 

「カルカ・ベサーレスお前は何を選ぶ。確かにお前の掲げる理想は正義そのものだ。それは俺も否定しないさ。お前が掲げる理想が本当に実現できるというならば、それはなんとも素晴らしい事だとも」

 

 今まで掲げていた理想を捨てるという事は、その理想に付き従うと決めた者達を裏切る行為だ。

 本当に彼女の理想を信じていた者はいないだろうが、それでも、切り捨てる覚悟をするのは難しい。

 ジルクニフなどは、人ではなく王として生きる事を最初から覚悟していたが故に不要な物を切り捨て、帝国を繁栄させてきたが、カルカの心はまだ王としては不完全。その心はまだ、ただの人だった。

 

「分かっていたのです。逃げてはいけないと。けれど、ようやく決心がつきました。私は、この国の為に悪となります」

 

 まだ、その顔には不安があった。

 とは言え、話し相手は悪魔なのだから不安も当然だろう。

 それでも、悪魔の言葉を信じると、信じたいと彼女は言った。

 

「だって、あなたの語る未来はあまりにも綺麗だったから。人間も亜人も異形種も分け隔てなく過ごせる世界。しかも、あなたは友人の為にその世界を作りたいというのですから、私はその言葉を信じたい。そして、その未来を語るあなたが悪だというのなら、私も同じその悪になりたいと、そう思ったのです」

 

 ウルベルトは背中を押しただけに過ぎない。

 全ては彼女が選んだ事。

 聖王国は問題がないわけではないが、それでもある程度うまくやって来てはいた。

 今回の戦いで本来死ぬ事がなかったであろう騎士が何人も犠牲になる。

 理想とした未来を築き上げるまでの間に、間違いなく多くの民が死んでいく。

 それでも、先の未来の為にその犠牲をためらわないと、彼女は誓った。

 

 その事を、側近のケラルト・カストディオにも伝えた。

 ウルベルトは、ケラルトに気づかれないように隠れてその様子を眺めていた。

 彼女は、カルカの言葉を中々信じようとはしなかった。

 今まで敵対してきた亜人との和平などすぐに出来る事ではなく、今までそんな事を言ってこなかったカルカがそんな事を急に言い出せば不審に思う。

 それでも、カルカがあまりにも熱心に彼女を説き伏せてようやく折れた。

 折れたところでウルベルトが姿を現すと、やはり悪魔に騙されているのではと当然の反応を示す。悪魔とは本来人を誑かす存在なのだからそう思うのは当然であろう。

 それが正し反応だ。

 

 だが、もう一人は違った。

 ケラルトの姉である、レメディオスにも、カルカが今後方針を変え、悪になるとそう伝えた。

 

「カルカ様が悪になるなら、私も悪になる」

 

 何の迷いもなく、彼女はそう答えた。

 

「正義を掲げる聖騎士であるあなたが、そんな簡単に悪になるなどと言って良いのですか」

「ん? ああ、そうか。でも、私は正義に忠誠を誓ったのではなく、カルカ様に忠誠を誓った身だ。そのカルカ様が今まで正義を掲げていたからこそ、正義の為に行動をしていたが、カルカ様が悪になるならそれに合わせる」

「なら、例えば私が今から聖騎士を殺すようにと命じたら、あなたはそれを実行するのですか」

「カルカ様がそれを望むなら。私は頭が良くないから、何をするかはカルカ様とケラルトが決めてくれ。私は二人が幸せならそれで良いし、聖騎士を殺す事がカルカ様の為になるなら今からでも殺しに行く」

 

 悪を見た。

 何のためらいもなく、カルカがそれを望むならと今までの自分を全て捨てられると彼女は言う。

 ウルベルトが理想とした悪の形がそこにはあった。

 その光景を一緒に見ていたケラルトが涙していた。

 カルカも必死にこらえていたが、結局耐え切れずに涙を流した。

 

 考えるのはケラルトの役目だからと、全てを武にのみ費やした結果が彼女だ。

 カルカとケラルトがいるならば、彼女は有用な兵器として使えるだろう。

 だが、もし二人がいなくったならば彼女はきっとこの国をダメにする。

 カルカの掲げた正義は、どうやったって人が成し遂げられるものではない。それでも、レメディオスはカルカがそれを望んでいるならばとその正義を為そうとする。為せなくても、引くことはない。それを止められるのはカルカとケラルトだけ。

 やり方を教えなくては、彼女は上手く稼働しない。

 考える事を放棄している彼女は、操縦者がいなければ一気にポンコツになってしまう事だろう。

 

「レメディオス。私が望むこの世界の未来の為に、あなたは死んでくれますか」

「ああ、もちろん。私はあなたの剣だ。カルカ様の好きに使ってくれたら良い」

 

 どこまでも彼女は真っすぐで折れる事がない。

 それが、酷く羨ましかった。

 きっと彼女はどれほど非難されようとも、その芯が変わる事はなく、きっと彼女は何があっても迷う事がないのだ。

 例えば亜人が人間を人質にとったならば、彼女は必ずその人質を助けようとする。それによって助けようとした聖騎士達がどれほど傷つくことになろうとも、カルカの掲げた理念を体現しようとする彼女は例えそれが無理でも、助けを求める民を見捨てられないはずだ。

 悪く言えば融通が利かない。

 聖王国を潰すのであれば、カルカとケラルトを先に潰し、レメディオスを残すようにすればきっとすんなりいくだろう。

 何が正しいのかなどは関係ない。

 カルカの言葉だけが、考える事を放棄した彼女にとっての全てだった。

 

「レメディオス・カストディオ。お前が未来の礎として死ぬ事をカルカとケラルトは決心したが、きっと彼女たちにとってそれは大きな傷になる。納得はしても、その罪悪感は一生消えないだろう。二人を置いて行くというその悪に、レメディオス、お前自身はどう思う」

 

 レメディオス・カストディオは死ななければいけない。

 悪魔の強さを強調するために、聖騎士の象徴として死ぬ役割は、彼女以外にはありえない。

 殺した後に蘇生させたらどうかという提案を、カルカもケラルトも否定した。

 レメディオスは嘘を吐ける人間ではないから、生きていれば今回の事が仕組まれた茶番であると必ずどこかで露呈する。悪魔と手を組んでいた事がバレてしまえばカルカの地位は間違いなく失墜するし、結果国は崩壊する。

 彼女の犠牲を無駄にしないようにと、国が一致団結出来るように持って行った方が良いと結論付ける。

 それが、役職故に下したカルカとケラルトの判断だった。

 無論、一個人としての彼女たちの気持ちとしては、レメディオスを自分たちの決断で殺す事を辛く思っている。

それでも、悪になると決めたからと、そう言う彼女たちはウルベルトなんかよりもよほど腹が決まっている。

 

「でも、カルカ様もケラルトも、私が死んだ先にある未来を望んでいるんだろう。なら、別に構わない。それに、私は二人には生きていて欲しい」

「二人が罪悪感に押しつぶされようが関係なく生きて欲しいか、なるほど、やっぱりお前は悪なんだな」

「確かに、カルカ様がそう言った以上私は悪だろう。だが、違うぞ。二人に生きていて欲しいと思うこの気持ちは悪なんかじゃない。そんな事も知らないなんて、お前は私以上に馬鹿なんだな」

 

 そう言って彼女は笑っていた。

 求めていた答えは至極単純な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、デミウルゴス。俺はずっとお前を一緒に殺すべきなのか悩んでいたんだ」

 

 たった一本のナイフに刺されただけだというのに激しい痛みがあり、もうすぐ自分は死ぬのだなという事がはっきりと分かった。

 でも、伝えないといけない言葉がある。

 

「そしたら、馬鹿な女が教えてくれたんだ。その先どんな苦しい未来が待ち受けていても、家族や大切な人に生きていて欲しいと思うその気持ちは、悪なんかじゃない」

 

 ずっと、自身を置いて行った父は悪だとしてきた。

 だからこそ、自分も悪にならねばと、あの場面で傍にいたならば一緒に心中してもらえる自分にならねばと思っていた。

 

「愛、なんだそうだ。この先何があるかわからないが、生きていれば幸せな未来を築けるかもしれない。そう言う希望を預けたいと思う気持ちは、決して悪でなく、愛なんだ」

 

 こんな当たり前な事に今まで気づかなかった。

 同じ場面に自分がいたとして、父は俺を一緒に連れて行ってはくれなかっただろう。

 ずいぶん遠回りをしてしまった。

 でも、答えは得た。

 

「だから、お前は連れて行けない」

「……はい」

 

 背後にいるデミウルゴスの顔は見えないけれど、彼が今どんな表情をしているのか分かる。

 

「お前の好きなように生きてくれ。でも、出来る事ならさ、モモンガさんの傍にいてやってくれ。あの人、寂しがり屋みたいだから」

「かしこまりました」

「デミウルゴス。俺はお前を創れて本当に、良かった。ありがとう、俺の理想の悪魔」

「私も、あなた様に創造していただけて嬉しかった。ここでお別れなのはとても残念ですが。しかし、後の事は全てお任せください。必ずや、ウルベルト様の理想を形にして見せましょう」

「ああ、うん。お前がやってくれるなら、安心だな」

 

 痛みに耐えながら最後にモモンガに一言伝える。

 向こうにとってはいい迷惑だっただろうが、でもきっと大丈夫だ。

 ゆっくり目を閉じる。

 ウルベルト・アレイン・オードルは、最後の台本を終え壇上から姿を消すのであった。




 次回で本編完結になります。


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最終話 友達

 終幕はあっけないものであった。

 悪魔が討たれたというのに歓声の雄たけびを上げる者は誰もいない。

 子供の様に泣きじゃくる声が遠くまで響き渡る。

 この世を地獄にしようとした大悪魔、ウルベルト・アレイン・オードルを打ち取ったのは、同じ悪魔でなおかつウルベルトの息子だと知れ渡る。

 世界の救済の為に親を殺した彼を、悪魔だからだと疎外する者は、少なくともその戦場には誰もいなかった。

 こうして、世界は救われた。

 

 

 

 

 

 

 悪魔との戦いが終わった後、聖王国は戦いのあった城壁近くの街を中心に亜人との交流をするようになった。

 当然、戦いに参加していなかったという事もあり、南側の貴族を中心に反発する声は大きいが、帝国がそれに手を貸すように動き出した事もあり、その声は徐々にではあるが小さくなってきている。

 また、戦いを見守っていた聖騎士の一人であるネイア・バラハの演説により、戦いがあった事も知らぬ場所の市民も味方につけたのも大きな要因の一つであろう。

 最初は数人に話をしていただけのそれであったが、気が付けばその支持者が増え、貴族たちも無視できないほどの規模に拡大していた。

 

 もちろん、うまく交流できない亜人も当然いる。それでも、今回の件で協力関係になった亜人達のおかげで、今までは分からなかった森の地形を把握する事もでき、亜人による進行があっても以前より対処が出来るようになった。

 とは言え、線引きは難しい。

 人間と仲良くなりたいと近づいて、後から騙そうとする亜人達も当然いる。それによって滅びかけた町や村もある。カルカは、なるべく被害の酷い地域に自ら足を運んだ。

 石を投げつけられるような事はしょっちゅうで、それでも彼女が訪問をする事を辞める事はなく、自分の下した決断によって死んだ者達の為に涙した。だが、決して自分の行いが間違っていたとは言わなかった。

 

 そんな中、真に交流を深めようとする亜人もいる。まだ、被害の数は大きいが、それを受け入れようとする人間の数も徐々にではあるが増えていく。

 少しずつではあるが着実に、聖王女カルカの采配により国の在り方は変わりつつあった。

 

 

 

 

 帝国では、少なくとも市民には何の被害もなかったため、今回の事を知らない者が多かった。

 それが、戦いから戻ってきた騎士たちの伝聞により少しずつ広まり、それを吟遊詩人達が語るのは当然の事なのだが、国が吟遊詩人たちに補助金を出すなどしたことにより爆発的に広まった。

 大劇場で演劇の演目になるまでになったが、その際に実際に本物のアンデッドなどの異形種が舞台に上がるという前代未聞な劇に観客は圧倒され、亜人や異形種だからと恐れる声は少しずつだが減っていく。

 

 何より、皇帝であるジルクニフが今回の戦いで悪魔と戦ったモモンガというアンデッドを公式に友人だと言った事件が大きく影響している。

 無論、皇帝は気が狂っているだとか、操られているのではないかという声は大きく上がった。

 それでも、実際に彼らが市場で仲良さそうに買い物をしている姿を見れば、直接それに文句を言える者は誰一人いなかった。

 神殿勢力を中心に、反発する声は未だ強いが、吟遊詩人達の謳うその内容が本当なのであればそれを敵に回せばどうなるのかわからぬ訳ではない。

 

 市民は皮を剥がれても尚悪魔に屈する事のなかったという皇帝を讃えた。

 証人が本人をおいて他にいなかったため、反対勢力から話を盛っているだけなのではないのかという指摘もあったが、後日、聖王国にて皮剥ぎが行われていた場所が発見される。

 大悪魔の死亡により、彼が召喚していたらしい悪魔が暴走を起こしたらしく現場はほぼ原形をとどめていないような酷い有様であった。生存者が数人発見されたが、何度も皮を剥がれ精神が錯乱しているらしく、ただただ怯えた様子で、その悲惨さを物語るだけで有益な情報を得られる状態ではなかった。

 アインズ改め、モモンガがもっと早く、この皮剥ぎ牧場に気づいていれば被害は防げたのではないのかという声も当然上がるが、それ以上に自分たちがそのような目に合わずに済んだ事に安堵する声が多い。

 課題はまだ残っているが、帝国は一つ一つ問題を解決し、国を栄えさせていた。

 

 

 

 

 王国は、まだ現状を把握していない者が大半で、今回の戦いに参加したのもガゼフの直属の部隊と青の薔薇だけだったこともあり、亜人や異形種達との友好関係を築くという段階には至っていない。

 とはいえ、帝国や聖王国が亜人との交易で利益を上げる中、このままの状態では後れを取ると徐々にではあるが一部では体制が少しずつ変わり始めていた。

 

 また、第二皇子が王位を辞退したためラナーが女王に就任。

 普段は貴族たちを目の敵にする事が多い国民達も今回の事件には同情する者も多く、さらに民の為と若い女王が様々な政策を行った。

 帝国との戦争によって国力が下がっていた王国であるが、帝国から戦争終結の提案がされ、それによって徴兵される事がなくなったため、少しずつではあるがまともな国に戻りつつある。

 ラナーが提案する政策は、長期的に見て大きな成果が得られるものばかりだったため、すぐに結果が出るものではなかったが、それでも確実に腐敗しきった王国が息を吹き返していた。

 

 

 

 

 法国では、今回の戦いにこそ参加は出来なかったが、途中から遠見の魔法でその様子を伺っており、国の上層部はモモンガを正式に神と認定。

 信仰する神の一柱だけの復活という事で、宗教的な観点により内紛が起こり、今回の事件で一番国が荒れたのが法国であった。

 それでもまだ、復活した神が今まで法国が是としていた通り、人間のみの救済を目指していたのであればまだ事はここまで大きくはならなかったのだが、モモンガが異形種達を率いているという事が受け入れられないという者が当然ながら大勢いた。

 

 神本人に謁見して話を聞けば、自身はスルシャーナと近い存在かもしれないが、本人ではないと否定。

 ただ、種族などによる差別がないそんな世界を目指したいのだと語った。

 

 元よりスルシャーナ教であった者を中心に、その慈悲深い言葉に、自分たちは教義をはき違えていたのではないのかと考える者が現れ始めた。

 人間の為に他の者を排他してきたが、本来はこの考え方が正しかったのではないかと、法国の間違った方針を質す為に、スルシャーナは異形種達を引き連れて、モモンガとして再臨したのではないのか、という意見が表れだし、今も尚論争は続いており、もはやスルシャーナ教というより、新たなモモンガ教が出来る勢いで、当のモモンガは陰で困っていたりもした。

 

 否定派の勢力の方がまだ数は多いが、それでも神の言う事をないがしろにできない事も出来なかった。また、近隣諸国が亜人達と手を組み始めている中で、彼らを虐殺するような事は難しい。

 人類を守るため、危険な存在を狩る作業は未だ続いており、国民レベルではまだそれを受け入れられる者は多くはないが、ゆっくりな歩みながら少しずつ、法国はその在り方を変えて行っていた。

 

 

 

 

 ナザリックが存在している場所は、本来王国の土地であったのだがラナーが特別地区と認定し、王国領ではなくナザリックの所有する土地となった。王国の貴族からは反発もあるにはあったが、異形種達に喧嘩を売る勇気もなく、可決された。

 そこに住まう彼らが表に出る事はあまりない。

 少なくとも、政治的に近隣諸国と付き合うつもりはないと各国に通達があった。

 

 情報や、希少なアイテムがあれば正当な取引をする事もあるが、ナザリックが団体で動く事はほぼない。

 ただ、彼らは冒険をするように世界を旅したりして、たまに個人的に仲の良い者とは交流し、この世界を眺めているだけの様な存在であった。

 変に刺激しなければ特に害はない存在だと次第に認識されて行き、たまに帝国の皇帝など、モモンガの知り合いがその地に踏み入れる事はあったが、元より人がそんな行くような土地ではなかったため、特に大きな問題も起こらず、そこにあり続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルベルトが死んだすぐ後の事、何が何だかわからないまま、アインズは聖王女を名乗る女性から感謝の言葉をもらった。

 正直、話の展開に全くついていけていない。

 未だに、ウルベルトが死んだという実感がない。

 復活の魔法をかければプレイヤーも生き返るのだろうかと、そんな事ばかり考える。ただ、遺体はデミウルゴスが時間をかけて燃やし尽くしてしまっている。

 遺体がない状態でも復活は出来るのだろうか、とも思うが、ウルベルトの最期の様子を思えば、きっと本人としては生き返るつもりなんてさらさらないのだろうなとも思う。

 

 疲れているだろうから、後日改めてお礼をするという聖王女の言葉にやっと解放されたとナザリックへと帰還する。個人的に話したい事もあると言っていたが、どんな要件なのか見当もつかない。

 デミウルゴスに話を聞けば分かるのだろうが、すでに泣き止んではいるものの消沈しきった彼になぜウルベルトを殺したのか、などとはこのタイミングでは聞くのはためらわれた。

 連れて来たシモベ達もどういう事か理解が及ばず、アインズ同様に混乱しきっている。

 

 ウルベルトを殺す気のなかったアインズからしてみれば、デミウルゴスのしたことはとても許されるものでは本来ないのだが、本気であんな風に泣き喚いていた彼に怒りをぶつける気になれる訳もなく、そもそもあの時最期に見たウルベルトの顔を見れば、元よりそう言う予定であった事は明白だ。

 とりあえずと、皆でナザリックに戻ると、パンドラズ・アクターがアインズに声をかけてきた。

 

「父上、ご返却する物がありますため、少々よろしいでしょうか」

 

 よく分からないながら頷くと、パンドラズ・アクターが指輪を使ってどこかへ消えてしまう。

 一緒に戻ってきたみんなも、理解していない様子だった。

 いや、デミウルゴスだけは全てを理解した表情をしていた。パンドラズ・アクターとデミウルゴスと一緒にやって来ていたはずのシャルティアは、なぜか理解してない組に属していた。

 少しして、パンドラズ・アクターが戻ってくる。その手には、見覚えのあるスタッフが握られていた。

 

「こちらを、お返ししておきます」

 

 ウルベルトが盗んだという事になっていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがアインズに手渡される。

 デミウルゴス以外のシモベが驚きの声を上げる。

 アインズは、驚きすぎて声も出なかった。

 

「父上を騙していた事を心よりお詫び申し上げます。ただ、これ以降私があなた様に虚偽を申し上げる事も、裏で何か企むようなそんな事はしないと誓います」

 

 これは、おそらくオーレオールもグルなんだろうな。とは思ったが今この場でそれを問いただす気にもなれず、ただただあっけに取られていた。

 ただ、本当にアインズとナザリックをどうこうするつもりはなかったんだなぁという事だけは分かった。

 誰にどこから説明を聞くべきか。

 

「詳しくはお客人が来ておりますので、とりあえずは、あちらの御方に話を聞くのがよろしいかと」

 

 彼がそう言うや現れたのはいつぞやの白銀の鎧であった。

 そう言えば彼も、わざとらしい、というより台詞を読むかのように説明をしていたなと思い出す。理由はここまで来れば明白であろう。というより、あの時点で全部ウルベルトの仕組みの演技だと気づけただろうに、と今更ながらに思う。本当に今更だが。

 

「やぁ、久しぶりってほどでもないね、モモンガ」

「……どうも」

「僕もウルベルトから君に渡すように言われた預かり物があってね、出来れば二人で話したいんだ」

 

 預かり物とは何だろうか。

 スタッフ以外にはウルベルトが持ち出した物などないが。まぁ、スタッフも実際は持ち出していなかった訳だが。

 

「モモンガ様、皆には私から説明をしておきますので、どうぞお二人で話されて下さい」

 

 全てを知っている様子のデミウルゴスがそう言う。

 こうなったらどうにでもなれだ。

 デミウルゴスがどんな説明をするのか分からないし、気になるが、アインズ、いやモモンガにとって悪い事ではないという事だけは分かる。

 

「そうか、では任せたぞ」

 

 そう言い残して、シモベ達を残してツアーと一緒に自室へ向かう。

 高レベルの異形種だらけのナザリックでも、ツアーは堂々としているな、と思ったがよく考えれば中身は空っぽらしいから当然か。

 メイドにお茶でも頼もうかと思ったが、どうせ飲めないだろうから不要だろう。

 

「とりあえずこれ、返しておくね」

 

 そう言って、軽い感じで返却されたものに、モモンガは驚きの声を上げる。

 

「それっ、〈真なる無〉!」

 

 もちろん、ウルベルトにそれを渡したのはモモンガなのだから、忘れていたという訳ではない。

 ただ、モモンガと戦う以上、ワールドアイテム対策に確実に持ったままだと思っていた。だから、ウルベルトとの戦闘には、ワールドアイテムは効かないだろうと、いつも肋骨の中に入れている物以外を持ってくる事をしていなかった。

 これをツアーが持っているという事は、あの戦闘の時も当然持っていなかったのだろう。

 だとするならば、モモンガがワールドアイテムを使ってしまえば割とあっさり勝てていた可能性が高い。いや、パンドラズ・アクターが内通者としていたのだから、モモンガが自前のそれ以外持って行かなかったのは彼も承知だったのだろう。

 

「自分が信用できないなら、その保証にこれを預けるって言われてさ。いやぁ、参ったよ」

「それ、返しても良かったんですか」

 

 まだ、ナザリックがこの世界の味方をするとは完全に決まっていない。

 それなのに、こんなに簡単に返却するのは、用心が足りないのではないだろうか。

 信用を得るためとはいえ、こんな貴重な物を他人に渡すウルベルトもウルベルトだが。

 

「短い付き合いだったけど、友達の頼みだからね。今回の様子も見て、その友達である君の事も信じようと思っただけだよ。何も考えていないわけじゃない」

 

 友達。

 そう言われてしまえば、特にどうこう言う気も失せてしまう。

 

「あとは、手紙だね。僕が帰った後にでも読んだらいい。何を書いているのかまでは知らないけど、でも、読めば大体分かるはずだから」

 

 ワールドアイテムよりもこちらの方が大事だとだというように、しっかりとモモンガの手にそれを握らせる。

 ぼんやりと、リアルではメールでのやり取りしかなかったから、こうした手紙をもらったのは初めてだなぁなんて思っていた。

 

「彼、ずいぶん君の事を心配していたよ。自分がいなくなったあと、ちゃんとやって行けるのかって」

「……それなら、いなくならなければ良かったじゃないですか」

「まったくその通りだよね。本当に彼は馬鹿だよ。全部捨てるって言いながら、捨てきれないからこんな事をして、悪になるんだって言いながらも、結局悪役どまりなんだよね」

 

 悪役、つまりシャルティアとの戦いが終わって、アルベドの設定を変えた事を話した辺りからのウルベルトの言動は全て演技だったわけだ。

 それまでは、別に演技という訳ではないが、それでも隠し事をしながらモモンガに接していて、最期の表情だけが彼の本当の素顔だった。

 

「君を怒らそうと必死になってたんだけど、結局モモンガはウルベルトに対して怒らなかったね」

「怒ってはいたんだと思います。でも、それを表に出すのが苦手で、本音を言えば嫌われるかもしれないから、それなら自分が悪い体で考えを巡らせちゃうんですよね」

「そう言うところだね、ウルベルトが君に対して心配していたのは。僕なんかは君と会った時のあれで、いきなりモモンガって呼んでんじゃねぇよとか、演技下手すぎるだろ、とかウルベルトに言われて、君が普段から僕の前でモモンガって言ってるからだろっ、とか、素人がいきなり演技出来る訳ないだろって口喧嘩してたよ」

「俺が気付かなかったから良かったですけど、今にして思うとあれ、酷かったですよ。それどころじゃなさ過ぎて気づかなかったですけど」

 

 多分、今回の事を物語としてそのまま書いたら、その部分だけ雰囲気ぶち壊しじゃないかってくらいに。一発勝負の舞台である以上、失敗があるのも当然なのかもしれないが。

 とはいえ、結局不審に思いながらも、モモンガは気づかず舞台は幕を下ろした訳だが。

 

「ウルベルトが怒るのは最もなんだけどね。まぁ、でも、だからって文句は言ったらいけないわけじゃない。喧嘩するのが仲の良い証拠な訳じゃないけどさ、長く一緒にいるつもりがあるなら、ある程度は思った事はぶつけた方が良いし、ぶつけた後も仲良くやって行ける相手なら、この先もやっていけるだろう。それで、モモンガ、君はこれからも残りの仲間が来るのを待ち続けるのかい?」

「これからのナザリックの方針はまだはっきりと決まっていないけど、それは間違いないです」

「そう。まぁ、それはそれで良いと思うよ。100年毎ではあるけれど、”ぷれいやー”がこの世界にやって来るのは事実だし、いつかは君の仲間も来るかもしれない。でも、彼らが君の思った通りの行動をしてくれるとは限らないよ」

 

 よく考えれば当たり前の話だ。ただ、モモンガはその事をあまり考えていなかった。モモンガがこの異世界を受け入れしすぎていただけだ。

 リアルに大切な物を残してきたからと帰りたいと願う人は当然いるだろうし、異形種になった自分に耐えられなくなる人だっているかもしれない。ゲームだから何とかなった意見の食い違いも、今後ずっとになるのだからどんどん溝が深くなっていくかもしれない。

 そんな当たり前な事を深く考えず、会えば何とかなるだろうと思っていた。

 

「それでも、やっぱり俺はみんなが戻ってくるのを待ち続けます。裏切られるかもしれないけど、でも、そうじゃない可能性だって当然あるんだから」

 

 信じたいのだ。

 結局、ウルベルトはいなくなりこそすれ、モモンガの事を考えてはくれていた。

 自分は置いて行かれてしまったけれど、それでもその分色々な物を残してくれた。

 もちろん、もっと他に良い案があっただろうとか、きちんと説明しろよとか言いたい事はたくさんある訳で、完全に納得した訳ではないが、それをこうなるまで気づく事も、言い返す事も出来なかったモモンガにも問題はあった。

 

「まぁ、君の性格ならきっと今回ほど悪い展開にはきっとならないよ。多分ね。辛かったかもしれないけど、最悪のケースの予行練習はこれでできたわけだから、後はどんな展開になっても、君はきっと耐えられるよ」

 

 できればそんな事は起こって欲しくはないけれど、そうなった時の心積もりは確かに今回の事で出来たように思う。

 まぁ、あんなスパルタな形での予行練習はもうこりごりだが。

 

「言いたい事はたくさんあるんだけど、今日はこの辺で帰るよ。君も、早くその手紙を読みたいだろうし。でも、帰る前に念のために聞いておくけど、世界を崩壊させる気とかはないんだよね?」

「今のところその予定はないです」

「そう、良かった。君がこの世界の敵になるなら、僕は君と戦わなくてはいけなかったからね、本当に良かった」

「今はそうだけど、このままアンデッドとして生きていたら気が変わるかもしれない」

「そうなったらそうなった時だよ。今、その気がないならそれで良い」

 

 アバウト何だなぁと思うが、多分モモンガの事を信じてくれているのだろう。

 帰ると言ったツアーを途中まで送る。

 

「ちょっと事情があって本体では外に出られなくてね。良かったら今度は君が僕の家に来てくれよ。歓迎するからさ」

「ああ、うん。やる事やって気が向いたらそうするよ」

「そうだね、牧場とかやり過ぎてる案件もあるから当分は多分忙しいと思うよ」

「牧場?」

「手紙にも書いているかもしれないけど、詳しくはデミウルゴス君に聞いたらいいよ。正直、かなりドン引きしたんだから」

 

 最期にそう言い残してツアーが帰っていく。

 後で知ることになるが、確かに大変な事になっており、ドン引きするのも致し方ないと言った有様であった。

 自分でやった事だからとデミウルゴスが大抵は何とか隠ぺいをしたが、本当に色々面倒だったし、全く気付かなかった自分に落ち込んだりもした。

 だが、それは後の話で、この時のモモンガはそれについては深く考えず、とりあえずウルベルトの手紙を読むために再び自室へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなに状況を説明するとデミウルゴスがナザリックのシモベ達を集めていたが、アルベドだけがパンドラズ・アクターから話があると言われて宝物殿に来ていた。

 

 正直、意味が分からない。

 なぜ、パンドラズ・アクターがウルベルトの味方の様な真似をしていたのか。

 本当にウルベルトは死んだのか。

 死んだならばどういう意味があったのか、死を偽装したというのならば今どこに潜んでいるのか。

 

 答えが見つからずイライラしたその目に、ウルベルトの姿が映る。

 もちろん、偽物だ。

 パンドラズ・アクターがウルベルトの姿を模しているだけだ。

 

「話は良いんだけど、その格好はやめてもらえるかしら?」

 

 不愉快だ。

 

「そうおっしゃらずに。雰囲気は大事でしょう」

「雰囲気なんてどうでも良いわ。早く要件を言ってちょうだい」

 

 そもそもさっき来ていた鎧は誰だったのか。

 オーレオールが、他のシモベ達にウルベルトからの命令だからと説明をしてこのナザリックに招き入れたようなのだが、どうしてそんな信用できない者をこの栄えあるナザリックに入れたのか理解が出来ない。

 

「そうカリカリするなよ、アルベド」

 

 そう言うパンドラズ・アクターは、姿だけでなく本物のウルベルトの様だった。

 癇に障るが、きっとパンドラズ・アクターは演技をやめないだろう。諦めるしかない。

 

「お前はモモンガさんに、『モモンガを愛している』と書かれたらしいが、書かれる前のお前はモモンガさんの事をどう思っていたんだ?」

「あまり良くは覚えてはいないわ。でも、最後までナザリックに残って下さった慈悲深い至高の御方。そのお方を愛する権利を与えられた瞬間、とても嬉しかった事だけは覚えているわ」

 

 今の自分は、モモンガを愛したくてしょうがない存在だ。前がどうだったかなんて興味はないし、モモンガを愛していない自分というのが、今のアルベドには理解出来ない。

 

「書かれていなかったら、愛さなかったのか?」

「それは……」

 

 言葉が詰まる。

 そんな、ありもしなかった可能性の事は考えた事はなかった。

 ただ、愛していたと即答する事が出来ない。

 

「書かれた事に忠実なだけなら、システム通りにしか動けないロボットと同じだぞ、アルベド。愛していると書いて、本当にそんなように動くお前を見て、モモンガさんは本当にお前の愛を信じられると思うか?」

 

 ロボットなどではないと、本当に愛しているのだと言い返したいのにそれを声に出す事が出来ない。

 自分という存在が一体何なのかと、不安が泥の様に底から湧き上がって来て、なんだか恐ろしくなる。

 

「設定された通りの自分になりたいっていうなら、それで良い。少なくとも、デミウルゴスは今回の件で考えたうえで、場面によっては設定と異なる事をしながらも、最終的に俺の理想でありたいと動いてくれた。お前はどうなんだ、アルベド。ちゃんと、考えた上で設定された通りモモンガさんを愛そうと思ったのか? それとも、そう書かれたから愛する真似事をしていたのか?」

「……違う」

 

 確かに考えたかと言われれば、考えた事はなかった。ただ、そう設定してもらえるのであれば、この御方を愛して良いのだと、自分の気持ちを深く考えた事などなかった。それでも。

 

「真似事なんじゃかない。私は、モモンガ様を愛している。あの時そう書かれて嬉しかった気持ちは間違いなく本当で、だから、だから……」

 

 設定されなければ、モモンガを愛さなかったのではないのかという疑惑が晴れる事はない。

 それまでの自分はビッチであると定められていた為、特定の誰か一人に思いを寄せる事はなかったかもしれない。

 だとするならば、自分の愛は偽物なのではないのかと疑ってしまうが、そうではないと否定する。そうでないと、今の自分が壊れてしまいそうだった。

 

「違うと思うならちゃんとそれを証明して見せろ。別にきっかけが、設定してもらったから意識するようになって、本当に好きになったとか、そんなんでも別に良いんだよ。俺がいなくなってモモンガさんがお前に目を向けるようになったとしても、それは愛とは別の感情だ。本当に愛していて、相手からも愛されたいなら、ギルメンとかの他の奴の事なんか気にせず、ちゃんと自分の気持ちを伝えろ」

 

 自分はいつからモモンガ以外の至高の御方を憎むようになったのだろうか。

 モモンガが設定を変えた瞬間だろうか、それともそれより以前からだっただろうか。

 よく覚えていない。

 モモンガ以外の至高の御方については、なぜだかモモンガを裏切った奴だという認識が頭に染みついていて、尚且つそのうちの一人が自分の愛するモモンガを奪っていくのだから、殺さなくてはいけないという強迫観念にも似た思いが頭を占めていた。

 ウルベルトさえいなければ、愛してもらえると、そんな勘違いをしていた。

 

「好きなら好きでちゃんと順序だてて恋愛しろよ。一旦設定がどうとか忘れてさ。お前の恋が実るかどうかは分からないけど、そうすれば、きっとモモンガさんはちゃんとお前の事を見てくれるはずだからさ。少なくとも、俺は応援してるから、後は頑張れよ、アルベド」

 

 そう言い終わると、パンドラズ・アクターは普段の姿に形を戻した。

 設定について考えると頭がくらくらする。

 だが、考えなくてはいけない。癪に障るが、ウルベルトの言う通り、設定されたからその通りの行動を表面的にするだけでは、モモンガは自分に振り向いてくれない。それは、確かに事実だと思えた。

 

「デミウルゴス殿が他の方にお伝えしてる頃かと思うんですが、至高の御方々、少なくともウルベルト様とアインズ様は“りある”では何の力も権力もないただの人間であらせられたそうですよ」

 

 何を言っているのだ、そう言い返したくなるがモモンガがウルベルトは“りある”では虐げられて生きていたと言っていたし、戦いに協力する事になった人間達も、そんなような事を確かに言っていた。

 だが、本当にそんな事がありえるのか?

 至高の御方がただの人間だなんてそんな事が。

 

「ありえないと思ったでしょう。この地を君臨するべき御方が人間な訳がないと。モモンガ様が我々より、ギルドメンバーを選ぶのは結局この認識故なのでしょうね」

「でも、モモンガ様はしっかりとこのナザリックの支配者として立ち振る舞っていらっしゃったじゃない」

「怖かったからでしょう、私たちが」

 

 怖い? どうして?

 そう思ってしまったが、もし、それが事実であるならば、その認識こそが間違いだったのかと気づく。

 人間だとするならば、異形種である我々を恐れるのは当然の感情だ。

 

「期待を裏切ってナザリックを追い出されるのが恐ろしくて、私たちに合わせて支配者のフリをして下さっていた。モモンガ様が、我々ではなく、他の至高の御方に意識が行くのは当然でしょう。常に仮面をかぶって話さなければいけない相手より、素顔で本音を話せる相手と一緒の方が良いに決まっている」

 

 話の展開にまだ頭がついていけていない。

 それでも、その話が本当だとするならば、ウルベルトを殺したところで、やはりモモンガはアルベドを見てはくれなかったという事か。

 ユグドラシルの頃は人間的感情のまま過ごしていたが、今のこの異世界にやって来てから、心が体に合った精神に徐々に変化して行っているらしいなどと、パンドラズ・アクターが説明していく。

 人間がどうして、アンデッドなどの姿をしているのか、どうやって我々を創り出したのかなど疑問がいくらでも湧いて出てくるが、モモンガを愛したいという気持ちは以前変わらない。

 人間だろうと構わない。今度こそ、あのお方を愛したいし、その為には知らなければいけない事がたくさんある。

 

「そういえば、ウルベルト様は、元より死ぬご予定だったらしいですよ」

「……えっ?」

「死ぬ前に一目様子を見ようとやって来たところ戻れなくなったそうで。“りある”への帰還手段が見つからなければ、試しにこの世界でも死んでみようと思っての今回の事でした。最初から残る気はなかったから、我々にギルドメンバーの代わりとして、モモンガ様の側にいて欲しいとそう願っておいででした。モモンガ様に必要なのは忠実なシモベなどではなく、何でも気軽に話せる友人だからと」

「……馬鹿な男ね」

 

 そうだとしてももっと良いやり方はいくらでもあったろうに。

 

「ええ、全く。その通りかと」

 

 

 

 パンドラズ・アクターとの話が終わってアルベドも他の者が集まっている玉座の間へ向かう。

 すでに話が終えたデミウルゴスが扉の前に立っていた。

 

「私を怒っているのかしら」

「残念ながら君に対して怒りの気持ちは特にない。気づかなかったのは私の落ち度だし、我々が設定された通りの存在になってしまうのも、ある程度は仕方のない事だしね」

「でも、最終的にウルベルト様が死を選ぶにしろ、私の事がなければこんな風に事を急いて起こす事もなかったでしょう」

「まったくもってその通りだ」

 

 数時間前には子供の様に泣きじゃくっていた彼だが、今はその面影はどこにもなく、しっかりと全てを受け止めてそこに立っていた。

 アルベドの頭の中では未だ設定というものがはっきりせず、自分の意思と、設定された自分が乖離しそうになるのをどうにかまとめるのに必死なのだが、多分彼はそれをきちんと整理出来たのだろう。

 

「でも、ウルベルト様は死んだその先の事を我々に任されて逝ってしまわれた。君も含めて、ナザリックのシモベ全員だ。だから、君が設定された通りにモモンガ様を愛そうとするのか、設定通りにする必要はないと悟り、設定とは違う在り方を選ぶのか、君がそれをモモンガ様に示して形にするまでは、君が今回やろうとした事をモモンガ様に言うつもりはない」

「お優しいのね」

「そうだよ、私はナザリックに所属する者には優しいんだ。知らなかったのかい? とはいえ、君が他の至高の御方が現れた時、また殺そうとするなら話は別だがね」

「……もうしないわよ」

 

 結局ウルベルトの良いように動かされている感がある。

 玉座の間の扉を開ければ頭を悩ませるシモベ達であふれかえっていた。

 アルベドもその中に混ざり、モモンガがやってくるまで頭を悩ませ考え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この手紙を読んでいる頃、もう俺は死んでいるでしょう。

 なんて出だしの文章を、まさか自分が書くとは思っていませんでした。

 でも、この手紙をモモンさんが読んでいるというのであれば、俺の予定通りに事が進んだという事でしょうし、モモンガさんには悪いですが、本当に良かった。

 

 とりあえず、本当に最後まで迷惑をかけてすいません。

 色々考えたんですが、やっぱり自分はナザリックに残る事は出来ません。理由はまぁ、色々あるんですけど、リアルに帰る手段として一度は試しておこうと前から思っての事です。

 そして、それをするならまだ俺が、はっきりと人間だった頃の意識が残っていると実感している時にしたかったからです。時間が経てば経つほど、その人間としての自分があやふやになりそうだったので、こんなタイミングで死ぬことを選びました。

 俺が今までどういう生活を送って来たかなどは、思ったより長くなったんで別紙に書いたんですが、改めて客観的に自分の生き方を読んでみると、凄い馬鹿な事してきたなぁと、自分の事ながら呆れてしまいました。

 馬鹿だし、間違え続けていたんですけど、それでも譲る事が出来なかった結果の状況という訳です。

 

 本当は、こんな手紙を書く予定はなくって、モモンガさんが俺の事を信じられなくなって、嫌いになってくれたなら、NPCに頼るしかなくなり、自然と俺の事なんか忘れてNPC達と仲良くできるんじゃないのかな、なんて甘い考えをしていました。

 何やってもモモンガさんが俺に怒ってくれないものだから、本当に困りました。俺ならとっくにぶちぎれているだろうなと思う事でも怒らないんですもん。

 

 でも、それだけ大事に思ってくれていたってことなんですよね。

 それなのにこんな勝手をしちゃって本当にごめんなさい。

 俺はこういう生き方しかできないみたいです。

 

 いなくなるならせめて、俺がいなくなった後もモモンガさんが寂しくないようにと、友達になれそうな候補は見つけておいたので、出来ればNPC達はもちろんですが彼らとも仲良くするのもありだと思います。

 というか、ジルクニフには凄く悪い事をしたので、今後の事はモモンガさんに任せますが、出来れば彼には危害を加えるような事はしないでくれると嬉しいです。

 後は、聖王国のレメディオスには恩があるので、聖王女のカルカなどにも優しくしてやれそうなら、そうして下さい。

 別に強制するつもりはないので、信じきった彼らを蹂躙する、みたいな展開も全然ありだと思います。

 ただ、自分はアンデッドだからと、ナザリックのNPC達は基本的に人間などナザリック外の存在に良い感情を抱いていないからと、そんな理由で共存を諦める必要はないと、それを伝えたかっただけなので。

 

 時間がなかったので横のつながりが広い人間ばかりと手を組む流れにしちゃったんですが、とにかく、アンデッドだろうが何だろうが、友達を作る事くらいできるんです。

 ナザリックのNPC達だって話せばきっと分かってくれると、今のモモンガさんなら分かっているんじゃないでしょうか。分かっていないなら、多分大丈夫なんで、俺の事を信じて相談してみてください。

 デミウルゴスには俺が人間だっていう事バラしているんで、モモンガさんが人間だった事も分かっているはずなので、ちゃんと理解してくれますから。

 

 自分のやりたい事をまず言って見てください。

 それで本当に良いのかどうかは、後で話し合えば良いだけなんですから。

 

 モモンガさんならきっと——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、わざわざ集まってくれてありがとう」

 

 玉座の間に、ナザリックのシモベの殆どが集まっている。

 まだ、少し怖い。

 でも、大丈夫だ。

 

「最初に言っておくが、ウルベルトさんが死んだ」

 

 流石にその件についてはデミウルゴスが話をつけていたようで特に驚いた様子はない。ただ、それでも悲痛な表情を浮かべて、認めたくない事実を受け止めていた。

 

「僭越ながらモモンガ様。御身が、“りある”の世界では人間であった事や、ウルベルト様がなぜこの様な事をしたかについては、大まかではありますが伝えております。」

 

 やはり、モモンガが人間だという事はバラしている。そうではないのかとは思っていたが、そう言われて少し身を固くする。

 だが、人間だとバラしたというのに、NPC達から敵意を向けられていないという事にモモンガは安堵した。

 彼らに対して怯える必要はなかったんだなと、今更ながらに気づく。最初のあの時、とっさに支配者らしくしなくてはとそんな言動をとってしまったが、あんな事をしなければ、もっと彼らと打ち解けていたりするのだろうかと考えるが、今更だ。

 

「そうか、ありがとうデミウルゴス。みんなも、今まで騙していてすまなかった」

「モモンガ様が謝られる必要はございません」

「そうです、私たちが勝手に誤解していただけなんですから」

 

 口々に、モモンガは悪くないと誰もが言う。

 はじめっからちゃんと本当の事を話し合っておけば良かった。

 肩の荷が少し降りて軽くなる。

 

「ありがとう。ずっと怖くて言い出せなかった。確かに今の私はアンデッドだが、元はただの人間だ。お前たちに見捨てられたらと、今まで大事だと思っていたナザリックから追い出されたならばと、ずっと恐れていた」

 

 そんな事はしないと。

 自分たちが仕えるべき御方はあなた様しかありえないと口々に言う。

 人間だったならばきっと涙が出ていたのだろうが、今のこの体ではそれもできない。だが、それはそれで仕方ないし、受け入れる。

 自分はここで生きていくと決めたから、アンデッドである自分を肯定する。

 でも、人間であった頃の自分を否定するつもりもない。

 

「私はここに残り、お前たちと生きて行こうと思っている。ナザリックが滅びるその日まで。ただ、アインズ・ウール・ゴウンの名前は返上して、再びモモンガと名乗る事にする。だから、アインズ・ウール・ゴウンとしての最後の言葉になるが、まずはセバス」

「はい」

「先日はお前を許すと言いながらも庇ってやれなくて悪かったな。ウルベルトさんも、先日は言い過ぎたから謝っておいてくれと手紙に残していた」

 

〈セバスにはちょっときつく言い過ぎたんで謝っておいてください。

 ただまぁ、正義の味方も結構だけど、ちゃんと自分の本当にやりたい事が何なのか見つけて欲しい〉

 

「そんな。あれは私のミスです。御方が謝られる必要など」

「確かに、お前にも非はある。だから、この前の件はそれで帳消しだ。とは言え、今後も私の側にいてくれるのであれば、報告はするように。そして、人助けも結構だが今後は助けた後の事もきちんと考えて行動するようにな」

「かしこまりました」

 

 少しだけ救われたようなそんな顔をセバスがする。

 多分あの場面は、アインズがセバスを庇うのをウルベルトは期待していたのだと思う。険悪になったウルベルトより、自分の命令を守ろうとしたセバスを選ぶようにとウルベルトはあんな演技をしていたのだろう。

 分かってみれば、あえて怒らそうとした言動が多かったように思う。

 

「次にデミウルゴス。お前には一つ罰を与えよう。アインズ・ウール・ゴウンとして、ウルベルト・アレイン・オードルを殺したことによる罪に罰を」

 

〈できれば、デミウルゴスには罰を与えてあげてください。

 きっとそうしないと、生きているのが辛くなるから。内容は、モモンガさんにお任せします〉

 

 自分で考えておいてくれよとも思うが、ウルベルトからの最後の頼みだからと、頭を悩ませて考えた罰をデミウルゴスに告げる。

 

「これから編纂されるであろう、今回の出来事を題材とした物語を収集し、確認しろ。なるべく吟遊詩人達が語りきかす物も含めてだ。そこに書かれたウルベルト・アレイン・オードルが、きちんと彼の理想とした悪として書かれているか検閲し、修正を行い、またその話を広める事を、お前への罰とする」

「かしこまりました」

 

 そういうデミウルゴスの声は、どこか震えていて、なんだかまた泣きだしそうだった。

 ただ、どこかほっとしたような、そんな感じもある。

 

「大変な作業だぞ。今もきっと増えているだろうし、遠くへ広まったり時間が経てば話が歪曲して伝わる事もあるだろう。言語を理解する種族が存続する限り続く罰だ、出来るか?」

「はい。必ずや、その罰を完遂してみせます」

 

 ウルベルトの事を忘れないように。

 そして、彼の理想をきちんと正しい形で残せるように。

 命令するまでもなく、きっとデミウルゴスはそれをしただろう。だが、罰という名目にする事で、余計にそれを縛り付けただけだ。

 これで本当に良かったのかはわからない。

 それでも、この仕事を頼めるのはデミウルゴスをおいて他にはいない。

 

「では、これが本当にアインズ・ウール・ゴウンとしての最後の言葉だ」

 

 ごくりと、唾を飲み込む音が誰ともなく聞こえてくる。

 そんな大したことを言うつもりではないんだけどな、とは思うが、まぁ、そんな期待をされるのもこれが最後だ。

 

「みんな、好きに生きてくれ」

 

 手に持ったギルド武器を玉座に置いて、階段を下りてみんなと同じ目線に立つ。

 このまま見捨てられるのではと不安な表情の者も多くいる。

 自分と同じで、置いて行かれるのが怖いのだ。

 

「そして、ここからは私、いや俺からのお願いだ。お願いだから、別に聞く必要もない。俺はこれから積極的に、という訳ではないが人間などのこの世界の者達とも交流して生きて行こうと思う。だから、本来なら、俺がここを出て行くべきなのかもしれないけど、俺はここに残る。ここが、俺の家だから」

 

 自分が帰るべき場所はリアルでもなく、このナザリックだ。

 NPC達から認めてもらえないかもしれない。否定されるかもしれない。

 それでも、決めた。

 ここで殺されるなら、自分はそこまでだったという事だ。

 それに、死んだらその先でウルベルトに会えるかもしれないし、なんて思ったら死ぬのも前ほど怖くはない。

 

 誰もその場を動く者はいなかった。

 モモンガに刃を向ける者もいない。

 

「モモンガ様」

 

 アルベドが、真っすぐモモンガを見つめながら声をかけた。

 

「私は、モモンガ様が何を選ぼうともあなた様の傍にいて、あなた様を愛したいのです。最後までこの地に残り、この後もこの地に残り続けると言ってくださったあなた様を愛したいのです。モモンガ様がそう設定されたからそう思うのか、私はまだはっきりと答えられません。でも、それでも、モモンガ様をこれからもお傍で愛していきたいのです」

「アルベド……」

 

 彼女の言葉に、モモンガは少し救われた。

 モモンガが不用意に書いた設定に縛られている。それを書き換える事は出来ない。

 出来ないが、彼女は今、それを踏まえた上で、元は人間だったモモンガを愛したいと言ってくれている。

 自分がそれに応えられるかはまだ分からない。

 今までは彼女から愛情を向けられるたびに罪悪感に苛まれていたが、それが薄れていく。

 

「ありがとう。俺も、まだそれについて返答する答えを持っていない。ちゃんと考えで俺も答えを出す、だから、これからも傍にいてくれ」

 

 そう言うと、アルベドは嬉しそうに涙した。

 

「ちょっと、アルベド抜け駆けはだめでありんすよ。わららも、元がどうあれ今のモモンガ様の事を愛しているでありんす」

「あたしも、愛してるっていうのとは違いますけど、モモンガ様の事は今でもやっぱり好きです。だから、これからも一緒にいたいって、そうもいます」

「ぼっ、僕も。これからも、ナザリックでモモンガ様と一緒にいたいです」

「私モ今後トモ変ワラズ、モモンガ様ニツイテ行ク所存デス」

 

 口々にそう言ってくれる皆に、ないはずの胸がギュッと掴まれたようなそんな感覚になる。

 ああ、自分はここにいて良いんだなと、不安はもうどこにもない。

 

 ウルベルトの手紙に書かれていたその一文を思い出す。

 大丈夫だ。きちんと言える。

 

 今まで彼らはモモンガを知っている様子であるのに、モモンガは彼らの事をあまり知らないが故にいびつな関係を築き上げてきた。

 だから、一から始めよう。

 

「ありがとう、本当にありがとう。俺は、お前たちの理想的な支配者にはなれない。アインズ・ウール・ゴウンは元から誰かを頂点にする形ではなく、多数決を尊重する序列のないようなそんなギルドだった。だから、俺はこのナザリックをそういう形に戻したい。だから、どうか」

 

 この台詞を自分が言うのは初めてだ。

 今後は気軽に言えるようになればいいなとは思うが、初めてだと思うとなんだかドキドキしながらその言葉を口にした。

 

 

 

「どうか俺と、友達になってくれないだろうか」

 

 



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エピローグ

 気が付いたら見覚えのある様な無いような、そんな部屋に一人ポツンと立っていた。

 ユグドラシルのどこかで、こんな感じの部屋の作りをした建物があったような気がしなくもないが、あまりはっきりとは覚えていない。

 座り心地のよさそうなソファーに、机の上にはお茶とお菓子まで用意されている。

 先ほどまであったはずの痛みはどこにもなく、ウルベルト・アレイン・オードルのアバターの姿でそこにいた。

 

『蘇生をご希望のお客様はこのままロビーでお待ち下さい』

 

 いきなりそんな声が聞こえた。

 妙な夢だなと思いながら、部屋にあったドアを開けて外に出る。

 せっかく死んだのに蘇生なんかしたら台無しではないか。

 開けた先は、真っ白な道がまっすぐに続いていた。

 

『ロビーを出られますと、蘇生を拒否したことになり復活が出来なくなります。復活ご希望の方は、ロビーまでお戻り下さい』

 

 つまり、このまま外に出れば復活せずに済むのかとそのまま前に進む。

 次第になんだか体が重くなっていくような感覚があり、足元を見ればここ最近見ていなかった自分の人間の足が目に入る。

 

 構わずそのまま前に進めば次第に少し息苦しさを感じるようになる。

 リアルではそう言えばこんな感じだったなとそう思いながら振り返る事もなく前に進む。

 何度も、警告するようにロビーに戻るように促されるが知ったこっちゃない。

 

 黒と白の扉があるだけの部屋につく頃には完全に元のただの人間に戻っていた。

 特にそれについて悲嘆する事は当然ない。だってもう、ウルベルト・アレイン・オードルは死んだのだから。

 

『こちらの扉を通りますと、もうロビーに戻る事は出来なくなります。白い扉が天国行き、黒い扉が地獄行きとなっております』

 

 自分で選べちゃうのかよ。と思いながら当たり前のように黒い扉を開ける。

 天国なんて興味はない。

 初めから地獄へ行くつもりで死んだのだから当然だろうと、扉の先の真っ暗な世界に足を踏み入れた。

 

 

 

 

「うおっ」

 

 妙な夢から目が覚めて、目が覚めたのに辺りが真っ暗な事に驚いて声を上げる。

 ただ、目の前が真っ暗な理由はすぐに分かった。

 電源の切れたゲーム端末を頭にかぶっているから真っ暗なだけだ。外せば見覚えのある部屋がしっかり見えた。

 

「あれっ、起きちまったか」

 

 良く見知った男が、どうやら俺に掛けようと思ったのか毛布を持ってそこに立っていた。

 

「……リーダー、今何年何月何日の何時?」

 

 寝ぼけてんのかと言いながら教えてもらった日時は、ユグドラシル最終日の翌日で、時刻は0時を10分過ぎた程度の時間だった。

 つまり、記憶に間違いがないならユグドラシルにログインをして十数分しか経っていない。

 ユグドラシルから異世界に行ってのあの出来事は全部夢だったのだろうか、とも思うがあまりにもはっきりと思い出されるそれが夢だとはとても断定できるものではないし、夢だなんて思いたくはなかった。

 大事な事を教えてもらった。

 単純な答えだったけれど、でもあれは自分では導き出せなかった答えだ。だから、あれが夢である訳がないと、一人で勝手に納得する。夢でないならなんだというのだとも思うが、夢だと思えばあそこで生きていた彼らの存在を否定するようでなんだか嫌だったのだ。

 

 ただ、現実感があまりないのも事実だ。

 かなり何人も人を殺したりしてきたが、ゲームをやって来た程度の実感しかない。

 リアルでは人は殺した事はないとはいえ、最近では見慣れるほどに死体に触れる事もあったのでそんなもんなのだろうか。

 

 しかし、だとすると都合の良いようにできているもんだ。

 何週間も向こうの世界にいたが、それがリアルでは10分程度だった訳だ。とは言え、向こうの世界で何百年も生きていたらこっちでは肉体が死んでしまっていたかもしれないし、早々に死んでおいて良かったと安堵する。

 

「事故があって予定のルートがやはり使えなくなっていて、今日の作戦は別の日に延期だ。俺らの動向がバレたんじゃないかと調べたが、完全に無関係だと確認が取れた。ルートをまた一から調べ直す事になるから、今日はもう家に帰ってゆっくり寝てていいぞ」

 

 本来であれば、今日死ぬはずだった男を気遣うように、リーダーがそう言った。

 寝ていたのも、気疲れしていたからだろうと判断しているようだった。

 

「そういえ、端末被って何やってたんだ?」

「ゲームやってたんすよ。ユグドラシル。昨日で最終日だったから」

「ああ、お前に手紙くれたダチと一緒にやってたっていうゲームか」

「久しぶりに仲の良い友達に会って、他にも色んな人に会ってきた」

 

 異世界に会って、そこで息子もできた、などと言えば頭がおかしくなったと思われて今からでも病院に連れて行かれるんだろうな、などと思って当然それは口には出さない。

 何だか口に出すと、今までの出来事が胡散臭いものになってしまうような気がして、自分の中だけに留めておく。

 

「あのさ、リーダー。作戦、立て直すんだよな」

「そうだな。だから、決行は早くて来週くらいになるんじゃねぇかな」

「ならさ、ちょっとお願いがあるんだけど、良いかな」

「おう、何だ」

 

 真っすぐと、リーダーの目を見て、はっきりと決めた事を口にする。

 

「俺、生きようかと思うんだ。やる事が出来た。だから、出来れば死にたくない」

 

 その言葉に一度大きく目を見開いて、その言葉が真実だと知ると泣きだした。

 嬉しそうに泣く彼を見るのは、これが初めてだった。

 

「良かった、本当に良かった」

 

 まるで自分が救われたかのように、本当に嬉しそうでこちらまでなんだか嬉しくなる。

 組織にいるのは、大抵は戸籍もなくろくな仕事にもつけない、ここにしか居場所のない連中だった。だが、戸籍も仕事も持っていて、人生をやり直せる道はいくらでもあった。そんな俺が組織に入る事をリーダー良く思っていなかったのだが、無理やり押しかけて組織に仲間入りしていた。

 そんな自分が、生きたいと言った事が他人事であるはずなのに本当に嬉しかったらしい。

 まぁ、過去に自分が必死になって助けた相手が死のうとしていたのは、当然気分が悪いだろう。

 

「でも、別に作戦に参加しないって訳じゃないぞ。関わったからには責任もって俺も参加する。そこで死んだらまぁ、そこまでだったと思うよ」

 

 始めた事に最後まで責任を持って見届けたいから戻ってきたのだ。

 死ぬ気はないが、やる事はやる。

 

「来るなって言いたいが、分かったよ。でも、生きたいと思っているお前を死なすような配置にはしない。しかし、良い友達に出会ったんだな」

「そう。久しぶりに凄く楽しかったんだ」

 

 それにもう、馬鹿な復讐をする必要もなくなったし、する気も失せた。

 というより、人を殺すのは少なくとも俺には一人が精一杯みたいだ。

 カルネ村や、王国で何十人と殺してきたが、それについては、悪かったなとは思うがその程度だが、たった一人、自分の手でレメディオスの首を叩き落とした感覚だけはしっかり残っていた。

 悪を殺すのは一人で十分だ。

 これ以上は、自分には背負えない。

 

 ああ、とりあえずモモンガの様子を見に行かないと。

 彼がこちらに戻ってくる保証はない。戻ってこないなら戻って来なくてもいい。きっと、それは向こうの世界で楽しくやっている証拠だろうからそれはそれで構わないだろう。

 だが、何かの拍子に戻ってくる可能性は当然ある訳で、そうなった時周りに誰もいないと寂しいだろう。

 癪ではあるが、たっち・みーなどの富裕層で金を持っているギルメンを中心に力を貸してもらい、恐らく眠っているんじゃないかと思われるモモンガの保護をしないとなぁなんて、やらなきゃいけない事を頭に書きだす。

 

 悪魔の時と違って魔法も使えないし、身体能力も衰え、外はガスマスクなしでは歩けないような最悪の環境。おまけに飯は糞マズい。

 確かに地獄だなぁとは思うが、それでもやはり自分が生きるのはこの、薄汚れたどうしようもない掃きだめの様な世界だ。

 それで良い。

 どうか、異世界に残してきた彼らの人生に幸があらん事をと願いながら、深夜に迷惑だろうなと思いながらも、たっち・みーに電話をかけるのであった。




 これにて本編完結となります。
 読んでいただいた方、さらにはコメントまで下さった方と、誤字報告していただいた方々には本当に感謝です。

 本編完結ですが、何度か言ってますがウルベルトさん視点の舞台裏と、ウルベルトさん目線以外の書いていない部分(聖王国に行く前の青の薔薇やらガゼフとかとのやり取りとか)
 あとその後のちょっとしたおまけの後日談(最終話冒頭にちょっと書いたけど、モモンガさんとジルクニフが仲良く買い物してる話とか)書きたいなぁと思っているんで、気が向いたらそちらも読んでいただけると幸いです。

 ただ、舞台裏は基本シリアスは欠片程度しかないお話になってますので、真面目な話の方が好きな方は向かないかも……。


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