悪の舞台 (ユリオ)
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プロローグ

 男はポケットに煙草がまだ1本残っていた事に気が付き、それを口にくわえた。

 ライターはないかとさらにポケットをまさぐるが見当たらず、そのまま火のついていない煙草をくわえたまま屋内を歩いていく。

 煙草は、数年前に吸うのをやめていた。今着ている上着は、久しぶりに箪笥の奥から引っ張り出してきたものであり、まだ煙草を吸っていた、人並みの人間だったころの代物だ。

 

 嗜好品は、人を堕落させるための物である。

 依存性があるものは特にそうだ。

 

 それに満たされる快感を得るために金を払い、その金で上流階級は満ち足りた生活をする。

 堕落した貧民階級はその甘い蜜を得ることだけを考え、自分が搾取されている事にも気づかない。

 大人ぶりたかったからと、そんなくだらない理由で始めた煙草をやめたのは、そんなどうしようもない現実を思い出したからであった。

 当時はまっていたゲームをやめてしまったのも同じ理由だ。

 いや、あのゲームこそが元凶というべきか。

 

 

 

 

 

 幼いころ、両親を亡くした。

 社会の駒でしかなかった両親は、簡単に切り捨てられ死体すら回収されることはなかった。

 貧民階級の人命のなんと軽い事か。

 無理を承知で、両親が死んだ職場へと赴き、せめて遺品を回収するだけでもと懇願したが聞いてはもらえなかった。上の命令には逆らえないと、皆口々にそういった。

 当然だ。誰だって自分が一番大事だ。今ならばそれもよくわかるが、幼かったころの自分には世界が皆、自分の敵になってしまったかのように思えた。

 

 そこに、この辺りでは見ないような上等なスーツを纏った男が現れた。

 あの男の顔を、覚えている。

 年は20代後半といったところだろうか。整髪剤できっちり髪の毛を分け、顔は図鑑で見た蛙のようで、左目の下の泣き黒子が二つあった。

 いつも偉そうにしている社長が慌てて出てきて、年下のその男にぺこぺこと頭を下げていた。

 

 引き留める大人たちを掻い潜り、二人の前に立ち頭を下げて願い出た。

 どうか、この職場で死んだ両親の遺体を回収するために、一旦ラインを止めて欲しいと。

 すると、スーツの男はこう答えた。

 なぜ、そんな事をしなくてはいけないのかと。

 子供は答えた。こんなところではなく、両親をきちんとした場所で弔いたいからだと。

 男は笑ってこう返した。

 自分は、この工場の生産が滞っているので視察に来た。このまま、業績が振るわないようならばここを潰して新しい工場を建てる予定だ。働きアリが死んだからといってラインを止めるような工場ならば必要ない。即刻取り潰すことになるだろうと。

 その言葉に、社長は慌てふためき、そんな事は絶対にしない。今だってラインを止めずに生産を続けている。だから、どうか、どうかと地面に顔をこすりつけながら涙ながらに懇願した。

 その様子に戸惑う子供をあざ笑うかのようにこう告げる。

 

『お前の、何の利益にもならない望みを叶えればここに働いている者はみんな路頭に迷う事になるだろう。再就職が出来ず、飢えて死んでしまう者もいるだろう。それでも、君は、願いを叶えて欲しいというのかい?』

 

 周りの大人たちがこちらを睨んでいた。

 たまに遊んでくれた優しかったおじさんも、同じ目をしていた。

 言い返してやりたいのに、何も言葉が出なかった。

 ここで自分が、両親を選んだところで目の前の男がそれを叶えてくれるわけがないとわかっていながらも、恐怖で何も言い返す事が出来ない。

 先ほどまでは、皆が敵に見えていたが今は違う。自分ただ一人がこの中で敵になっていたのだ。

 

『その行為が悪だと気づかず、君は己の身勝手で行動していたわけだ』

 

 自分はただ、両親をきちんと弔いたかっただけだ。

 その行為が、悪だというのか。

 

『ああ、悪だとも。何の利益にもならない事の為に、他者の人生をどん底に落とそうというのだから、それが悪でなくて何だというんだい。無自覚な悪ほど、質の悪いものはない』

 

 男は、可笑しそうに嗤っていた。

 恐い、怖い、こわい。

 

『だが、安心したまえ。君は悪ではない』

 

 なんなんだ、この男は。

 

『他者の目に怖気づき、何もできなくなるような者は悪ではない。ただの臆病者だ』

 

 言い返してやりたいのに、声を出すことが出来なかった。

 そもそも、彼の言う事を覆す言葉を自分は持ち合わせていなかった。

 否定したいと思いながらも、どこかで彼の言葉を肯定してしまっていた。

 だって、この場にいる大人は皆、この子供がまた余計な事を言うのではないかと警戒した目を向けている。誰も同情などしていない。あるのは、怒りや苛立ち、怯えといった感情だ。

 それはきっと、自分の行動が悪だからだ。だからこそ、自分はみんなの敵になってしまったのだ。

 男の言う通り、自分は臆病者だ。

 ここで悪になり、この場にいる大人たちから糾弾されることを恐れていた。

 それでいて、両親の事も見捨てることが出来ず、ただただそこにじっとしている事しかできなかった。

 

『こうも素敵な表情を見せてくれると、わざわざ下に降りてきたかいがあるっていうものだ。私は、それだけの為に、ここに来ているのだからね』

 そんな言葉を残して、男はその場を去っていった。

 

 きっと、本来ならばここに来るのはもっと下の役職の人間だったのだろう。

 それを、ただ自分にひれ伏し絶望する貧民階級の姿を見るためだけに治安も空気も何もかも悪いこんな場所に、あの男はやってきたのだ。

 

 あれこそが、悪だ。

 

 誰かの敵になることなどお構いなしに、ただただ自分の快楽の為にその場を乱す。

 損得など関係なく、自分の欲望に忠実に生きている。

 恐ろしく思いながらも、どこかその生き様を羨ましく思ってしまった。

 

 

 

 

 後日、工場に勤めていたおじさんから両親の死に際を教えてもらった。

 母がラインに巻き込まれ、父はそれを助けようとしたのだが、結果二人とも助かることはなかったのだという。

 父がその場に来た時点で、母を助ける事は無理なのは明白で、誰もが父を引き留め残された子供はどうするのだと説得したが、息子には謝っておいてくれと一言残してそのまま母の下へ向かった。

 うっすらと、まだ意識のあった母に向かって『今、そっちに行く』といって、そのまま二人して死んでしまったのだという。

 

 父の行為は、悪だ。

 

 息子である自分はそれによって元より苦しかった生活がさらに苦しくなり、工場の人たちにも迷惑をかけている。

 それで母が助かったならば、それは正義の行為といえただろうが、助けられず自分も死んでしまうとわかっていながら、父は母と一緒にいることを選んだのだ。

 後のことなど考えず、ただその時の大切だと思ったものの為に全てを投げ打った父は、間違いなく悪であった。

 

 その話を聞いた後、何度も後悔した。

 

 あんなにも大切だと思って、工場にまで乗り込んだというのに自分は両親を選ぶことが出来なかったことを。

 

 何度も、何度も後悔した。

 

 工場に勤めていた人たちに恨まれようと、それを選ぶべきだったのだ。父のように。

 きっと、あの場で両親を選ぶ事が出来なかった自分だからこそ、父は自分よりも母を選んだのだ。どうしてもそう思えて仕方なかった。

 

 どちらにせよ、死んで両親に合わす顔がない。

 

 だって、自分は彼らを選ぶ事が出来なかったのだ。

 

 みんなの敵になる事を恐れて、何も言葉を発する事すらできなかった。

 それでいて、みんなを助けたいなどとは微塵も思っていなかった。今だって、全く思っていない。

 自分は、正義に遠い人間だ。

 

 あの男の言う通り、何物でもないただの臆病ものだ。

 悪になれなかった自分を、許すことが出来なかった。

 両親を選ぶ事ができたなら、こんな後悔はなかった。

 

 悪にならなければならない。

 

 そうでなければ、この後悔の念が晴れることはない。

 そう心に決めてから、世界が変わった。

 

 生まれによる格差を変えることはできない。貧民階級は死ぬまで働き続けても裕福になることはできず、上流階級は綺麗な空気を吸いながら優雅な生活を送るのが当然だと、何の違和感もなく思っていた。

 

 その考えがまず壊れた。

 

 小学校で教えられた最低限の勉強に紛れ込まれた呪詛の数々。

 貧民階級は、自分が社会の駒でしかない事を理解しつつも、そこでひたすら酷使され続ける。

 上流階級は、貧民階級が身を粉にして働くのが大変だと口では言いつつも、それが当然と理解し、手を差し伸べるなどという発想はどこにもない。無自覚な悪とはこの事かと理解する。

 

 なんて不公平でおぞましい世界なのだろうか。

 

 噛みつけば、法を持ち出し自分たちが正義だとのたまう上流階級どもを嫌悪した。やっている事は紛れもなく悪だというのに、それを正義の盾で身を守ろうとする者のなんと愚かしい事か。

 敵意が自然とそちらに偏るのか致し方ない事であった。

 そうやって、社会を憎みながら生きてきた。

 

 だが、その感情は胸の内に燻るだけで、何もできないまま大人になり、生活をするための金を稼ぐために社会の歯車の一個となった。

 己の憎悪を内に秘めながらも、表向きは取り繕った笑顔をする自分が腹立たしかったが、生きるためには今は仕方がないのだと受け入れ、尖っていた心はすり減っていく。

 

 悪を憧れながらも、気が付けば何もできないどこにでもいる人並みの人間になってしまっていた。

 ゲームを始めたのはその頃だ。

 

 社会に疲れた人間が別の世界に行きたいと思うのは至極当然で、現実世界では感じられない解放感と自由を楽しんだ。

 そう、楽しかったのだ。

 純粋に、遊び、笑っていたのはあの場所だけだったのかもしれない。

 喧嘩もした、気にいらない奴と衝突もした、中には上流階級の人間も当然いたため、ちょっとした愚痴に嫉妬した時もあった。

 それでも、現実に比べれば楽園のようなあの場所は、何よりも大切だったのだ。

 より楽しむために、途中から課金もするようになった。

 何日も悩みながら、自分が作ったNPCのスキル構成や設定を書き込んでいく。

 本来の自分とは違う山羊の悪魔の姿で、ウルベルト・アレイン・オードルと名乗り、同じく異形の姿をした友人たちと過ごす時間が楽しかった。

 その、楽しいという気持ちが大きかったが故に、それが裏返った時の反動は凄まじいものであった。

 

 何でもない日だった。

 自分が所属していたギルドは社会人のみで構成されていたため、リアルの都合で数人ほど引退をする人がいたが自分はサービス終了までこのゲームを続けようとそう思っていた。少なくとも、ギルドマスターであったモモンガが辞めるまでは自分もこのゲームを続けるんだろうと漠然と考えていた。

 そんな折に見つけたネットニュースの一つ。

 今、自分がやっているゲーム、ユグドラシルについて書かれた記事が目についたため、何の気なしにそのページを開く。

 

 そこに、十数年ぶりに見る男の顔があった。

 歳をとって多少老けてしまっているが、蛙を思わせるような顔は相変わらずで、左目の下に泣き黒子が二つ。

 

 内容自体はたいした物ではなかったが、自分が今まで楽しんできた空間の作製にあの男が携わっていたという事実を知った瞬間、嫌悪感から思わず嘔吐した。

 自分が課金したその金であの男は私腹を肥やし、時にはその金で誰かの人生を狂わせていたのだろうか。

 最初から分かってはいた。あの世界は、上流階級の人間が、貧民階級の人間を上手く利用する為に作られた物だと言う事は。

 それを気付かないフリをして今まで過ごしてきた。

 そうはなるまいと思っていたにも関わらず、言い訳をして凡俗に落ちていた。

 忘れかけていたあの男の笑い声が頭の中に鳴り響く。

 

 ゲームを辞めたのはその次の日だ。

 

 仕事も辞めてしまおうかと思うが、それでは野垂れ死ぬだけだと、最低限の理性で一旦保留する。

 社会の歯車になるよりいっそ、そうやって野垂れ死んだ方が良いのではとも考えるが、それでは結局奴らにとって邪魔な思想を持つ人間が勝手に死んで行くだけだ。

 そもそも、そういう風にこの社会はできている。

 人をただの社会の歯車になるように洗脳し、歯車から脱しようとするとさらに過酷な生活を強いられ野垂れ死ぬ。

 

 1人ではどうする事も出来ないと、様々なツテを使いレジスタンス組織に加入した。

 紆余曲折あり、様々な組織を渡り歩く事になったがそれももう終わる。

 

 ある日、久しぶりに自宅のアパートに戻った際に1通の手紙が届いている事に気がついた。

 

 組織に入ってからは、夜の活動が多いため自宅には帰らず様々な場所を転々としながら過ごす事が多かった。それでもアパートを解約していなかたのは、以前から勤めていた会社に今も所属しているためだ。

 組織には、住民登録もされていない社会的には存在していない事になっている者も多いため、底辺とはいえ会社員という肩書きが場合によっては役立つ事もあったからだ。

 その為、帰る事は少なくなっていたが、会社に申請していた住所に籍自体は置いたままにしていた。

 直接届けてきたようで、宛先の住所も書かれていないが、差出人の名前、いや、ハンドルネームだけが書かれてあった。

 

 ベルリバー。

 

 今は辞めてしまった、あのゲームで知り合った友人の名がそこにはあった。

 家が割と近かった事もあり、引退当日に今にも死にそうな声をしていたウルベルトを心配してリアルで1度会いに来てくれた事もある友人だ。

 詳しい事を話はしなかったが、あまりにも心配して何か悩みがあるなら相談に乗るぞと根気強く言ってくるので、反社会組織に入ることがになるから、今後は自分には近づかない方が良いと忠告だけはしていた。

 

 そんな彼から何故、メールではなく手紙が来たのか。

 今時、紙媒体で連絡を取るのは、ネットすら使えない最下層の人間くらいのものだ。上流階級でも、機密保持の文書では履歴を残さないように紙媒体を使う事はあるとは聞いたことはあるが、どちらにせよかなり珍しい。

 不思議に思いながら封を開ければ、手紙は不穏な書き出しから始まっており、メールで送って来なかったのは、まさしく履歴を残さないためであったと知る。

 

『この手紙を読んでくれている頃、自分はもうこの世にはいないだろう』

 

 その書き出しの通り、彼がこの世を去ってしまったと確認が取れたのは数日前で、公的には事故死となっている。事故死と断定されるよりも1週間前に失踪しており、実際に彼がいつどこで殺されたのかはわからない。

 

 分かるのは、何故彼が殺される事になったのかと言う事だけだ。

 

 とても公にはできないような情報が手紙には書かれてあった。間違いなく、これを知ってしまった故に口封じとして殺されてしまったのだ。

 ゲームでの彼は自分とは違い、なるべくリスクを避けるようにした振る舞いをしていたが、その性格が悪い方に転がった。避けようと調べているうちに、知ってはいけない物まで偶然たどり着いてしまった。

 手書きで書かれたそれは間違いなく彼がこの時まで生きていた証だ。

 直接彼が持って来たのか、代理の誰かが持ってきたのかはわからないが、手紙が届いた直後に行動していれば助けられたのではないか、そう考えるが、実際のところそれは難しかっただろう。未だに、彼がどこで失踪したかまではわかっていないのだから。

 今更変えることが出来ない過去を悔やむより、彼の死を無意味にしないようにする事が先決だ。

 

 それに、運命というべきか、手紙の中には俺に悪を植え付けたあの男の名前もあった。

 

 ベルリバーからの手紙を組織にも見せ、今後の方針を話し合う。

 手紙の内容は信憑性があり、状況証拠としては真にたるものであったが、今このまま公表したところで上からもみ消されてしまうのは間違いない。

 確固たる物的証拠がなければ意味がない。

 

 話し合いの結果、自分が鉄砲玉として暴れているうちに、他のメンバーが証拠を集める事になった。話し合いと言うより、自分がその案を押し通したと言った方が正しい。

 今の組織のメンバーには、自分がここに入った経緯は話してあった。この腐りきった世界をどうにか壊したい願望はあるが、それ以上にあの男を打ち倒す事が目的であると。

 

 今がその時だ。

 

 後の事を任せる事になるが、お前らならできるさというと、何人かが泣いていた。

 良い仲間達だ。手紙の内容を話した時も作戦内容に意義を申し立てる者はいても、作戦を決行する事に反対する者はいなかった。

 世界的な組織を敵に回そうと言うのに、誰もがそれを望んでいた。やっと、世界を変える為の足がかりが出来たと喜び、それによって死ぬ事を決意した一人の男に対して涙を流す。自分たちだって、いつ死ぬかわからない状態だというのに。

 

 クソみたいな人生であったが、人生のうちで2度も良い仲間に巡り会えたのだから、思ったよりも悪くはなかったのかもしれない。

 出来れば、そんな彼らと最後まで付き合っていたかったがしょうがない。

 もし、この件がうまくいけばあの男は法に裁かれるなどの処遇を受ける。うまくいかなくても一度事が起これば警備がより厳重になり近づけない。

 

 だから、今しかない。

 あの男を殺すのだ。

 そうして俺は、本当の悪になれる。

 

 他にも俺が死なないような作戦はあった。あの男は確かに関係者であったがその首魁ではない以上、殺す必要なんてどこにもない。

 それを、ただの己の私怨のためだけに復讐の刃を向けた時、やっと自分は本物の悪になる。

 

 正義などどこにもない。

 悪と悪とが対峙する。

 そこが、自分の死に場所だ。

 

 もっとも、相手はこんな俺のことなど覚えてはいないのだろうけれども。

 

 ふと、部屋の隅に置かれた端末が目に入った。

 

 それを見て、今日はユグドラシルのサービス終了日であった事を思い出す。ギルマスから、最後だからみんなで集まらないかとメールが届いていた。心苦しく思いながらも、自分の立場的に接触はするべきではないと返信もしていない。

 

 それなのに、久しぶりに行きたいという思いが湧いてくる。

 

 あの男が関わっている事実を知った時は、ユグドラシルの事を思い出しただけで気分が悪くなっていたが、時間の経過でそれはなくなっていた。

 なにより、この場所で出会った友人のおかげでここに辿り着くことが出来たのだ。

 

 確かに、あの場所は堕落させるための檻として創られたものだった。

 しかし、そこで出会った彼らは紛れもなく生きた人間で、彼らとの交流は自分たちで築き上げたものだ。

 

 楽しかった思い出まで、憎悪する必要はない。

 そんな風に思えるようになったのは、死を覚悟したつい最近の事だ。

 

 作戦の決行が延期になってしまったため時間はある。

 久しぶりのログインとなると、アップデートも入るだろうから今からログインしたとして時間は5分あるかないかというところだろうか。

 行きたいとは思うが、やはり出来れば誰にも会いたくはない。どこでその行為が相手の迷惑になるか分からない以上、行くべきではない。

 それに何より、自分のこの決心が僅かばかりでも揺らいでしまったならばと考えると、それが何より怖かった。

 

 それでも、行かなければ死んだ後も後悔するのだろうなという確信があった。

 

 デミウルゴスに会いたい。

 

 あのゲームの中で、自分が作り上げた理想の悪魔。

 

 己の行動に迷った時はいつも、彼ならばどうするだろうかと考え、それを行動の指針にしていた。

 NPCである彼は、実際のところ喋りもしなければ表情だって変わらない。ただ、自分が決めた設定があるだけだ。

 だが、己の悪を目一杯詰め込んだその存在は、心の支えだった。

 

 そんな彼が消えてしまう前に、会いたかった。

 

 彼ならば、今から自分が成そうとしている悪を当たり前のように受け止めてくれる。

 もちろん、彼は意思を持たないのだから、自分がそう勝手に思い込んでいるだけだ。実際に会ったところで、ただのデータなのだから何も残らない。他者に迷惑をかけるリスクがあるだけだ。

 

 そう思い、端末を手に取った。

 

 この機会を逃せば後はない。

 大切なものがそこにあるならば、他者や利益など気にせずそれを掴むべきだ。

 己の悪に従い、数年ぶりになるゲームの世界へと旅立った。

 




 ウルベルトさんの設定が、公式でしっかりしたものがない事を良いことに捏造しまくってて申し訳ない。
 最初の方は自分で書きながらこれ、オーバーロードか? とか不安になりながら書いてたんですが、私の書くウルベルトさんの悪の定義をしっかしさせたくてこんな感じになりました。


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1話 転移

 ユグドラシルの世界で、ウルベルト・アレイン・オードルと名乗っていた悪魔が、その居城に数年ぶりに姿を現した。

 

 久しぶりに降り立った円卓には誰もおらず、その事にウルベルトは胸をなで下ろす。

 コンソールを確認すると、今このナザリック地下大墳墓にいるのはギルドマスターのモモンガだけと表示されていた。

 少なくとも、10人くらいは集まっているだろうかと思っていたのだが、その予想より遥かに下回る人数にいたたまれない気分になる。

 

 今、モモンガはどんな気持ちでどこにいるのだろう。

 

 自分が辞めたあと、何人がここを去り、彼はそれを見送っていったのか。

 声をかけてあげたいが、流石にそれはできない。だが、ログアウトをしたならば、彼に手紙を書こう。それで許されるかはわからないが、自分もこの場所を大切にしていたという事だけは、モモンガに伝えておきたかった。

 

 格好がつかないため、服装だけは最低限の物は装備していたが、それ以外はギルドの指輪しか今は持っていない。

 それなりに価値がありそうなものは、引退時その場にいた人達に譲渡し、それ以外は全て自室にしていた部屋に投げ込み、必要ならば勝手に使って良いからと言い残し、足早にログアウトしたのだ。

 酷い引退の仕方だと今だから思うが、それでもあの時は一分一秒でも早くこの場から逃げ出したくてたまらなかった。

 

 ギルドメンバーの証であるこの指輪も、本当はモモンガに渡すつもりだったのだが、それを彼は拒否した。

 いつでも戻ってきていいからと、優しい声でそういう彼に、自分は言い争いになると面倒だという酷い理由で、その指輪をはめ直したのだ。早くこの場から出ていきたいという理由で。

 今は、指輪を持たせたままにしてくれたモモンガに感謝する。

 

 アップデートに時間がかかってしまったため、もう時間は3分を切っている。

 ウルベルトは指輪の力を使い、己が作った悪魔と再会すべく7階層に飛んだ。

 

 7階層灼熱神殿。

 

 引退した時と、その光景は何ら変わっていなかった。

 他のメンバーが引退して、人数が減った後もモモンガがこのナザリック地下大墳墓を守ってくれていたからなのは間違いがない。手紙を書くときに、その事のお礼も書かなくてはいけないなと、頭の片隅にメモをして目的の人物の前まで行く。

 

 緋色のスーツを着た細身の悪魔が、ウルベルトが設定した通りの場所にいた。

 

「久しぶりだな、デミウルゴス」

 

 いきなりやめてしまったので、彼に最後に会ったのはいつでどんな事をしていた時なのかさえ、ウルベルトは覚えてはいない。

 引退の時は、その場にいるだけで気分が悪くなり、ここに来ることすらできなかった。

 

「今日はお別れを言いに来たんだ。俺は、この後死ぬ。その前に、どうしてもお前に会っておきたかった」

 NPCであるデミウルゴスの表情は変わらない。当然だ。こんなこと言ったってなにも変わらないのはわかってはいるが、自分にとってのけじめみたいなものだ。

 

「ベルリバーの仇討ちってのも当然理由の一つだが、結局は俺のわがままだ。ここで死ぬ事でしか、俺は本当の悪って奴になれない。俺は、お前みたいな生まれながらの悪じゃないからな」

 

 時間はもう、10秒ほどだ。

 

「もう、お別れの時間のようだ。お前を作ることが出来て俺は幸せだった。ありがとう、デミウルゴス。さようなら」

 0時になる。

 時間になったにも関わらず、ログアウトする様子がなく、コンソールを確認しようと目の前の悪魔から視線を外した時、声が聞こえた。

 

「置いていかないでください……」

 

 すぐそばで聞こえてきたその声は、聞き取るのが難しほど小さな声であったはずなのに、その耳触りの良い声はしっかりとウルベルトの耳に届いた。

 声の聞こえた方に顔を向ければ、ウルベルトが創り出した悪魔が涙を流していた。

 外見はどこからどう見ても大人だと言うのに、その姿をはいつまでも帰って来ない両親への不安で涙した、子供の頃の自分の姿と重なって見えた。

 

「……死ぬなどとおっしゃらないで下さい。それでも、どうしてもと言われるのでしたら、どうか私も連れて行って下さい。御身のお役に立つ事こそが、私の存在意義。どうか、どうか……」

 

 涙に濡れた宝石の瞳の輝きは、なんとも美しかった。

 自分は夢を見ているのであろうか。

 ユグドラシルにやって来たのは久しぶりであったが、これがゲームの世界でないという事だけははっきりとわかる。ウルベルトが引退したあとに、更にアップデートがされ、パッチが追加さられていたとしても、これはありえない。

 NPCがこんなにも感情的に話したり表情を変えたりするなどありえるはずがないのだ。

 

 それに、あの瞳だ。

 

 確かに、ウルベルトはデミウルゴスに普段はあまり開かれる事の無い瞳は、宝石で出来ていると設定していた。

 だが、それはあくまで設定にそう記入していたに過ぎず、実際に宝石を埋め込んだ訳ではない。

 

 ゴーレムなどであれば、強化するのに別途で鉱石を必要とするが、基本的にNPCは最初に種族を選び、種族毎のデフォルトの状態からプレイヤーが外装を変更して行く事となり、中身までは弄れないのだ。

 それだというのに、デミウルゴスにはウルベルトが思い描いた通りの瞳をしている。

 

 もし、万が一にも引退している間にそんな事が可能になってたのだとしても、少なくとも運営側が変更したわけではなく、プレイヤー側が行なったはずだ。流石に、運営がただのフレーバーテキストでしかない設定まで確認してその通りにNPCを変更するわけがない。瞳の件が無くても、プレイヤーの自由度を優先とていた運営が、勝手に個人が作ったNPCの仕様を変更するとは思えない。

 

 ならば、新しいパッチを使いギルメンの誰かが設定したかといえば、それもノーだ。

 どう考えても、表情一つとってもかなりの情報量だ。全NPCにそんな設定を作れるはずがない。万が一、1人2人程度なら可能だったとしても、引退したウルベルトが作ったNPCを選ぶわけがない。

 

 夢ならばと頬をつねろうとすれば、毛皮の感触があまりにもリアルに感じられる。

 自分のアバターは、ヤギの様な姿をした悪魔であり、それが変わっていないのが顔に触れた感触からわかる。そして、デミウルゴスのみならず、ウルベルトの顔も本来変わらないはずの表情に変化がある事が確認できてしまった。

 コンソールを操作しようにも、表示さらされずGMコールもできない。

 

 いや、違う。今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

 夢だとか、現実だとかはこの際関係ない。自らが生み出したNPCがウルベルトの発言のせいで涙を流しているのだ。それをとめる事こそが自分のやるべき事だ。

 未だにどう言った状況なのかは把握しきれないが、一旦その疑問を全部放り投げ、デミウルゴスに向き合う。

 

「デミウルゴス、心配させる様な事を言って悪かった。どうか泣き止んでくれないか?」

 

そう声をかけると、デミウルゴスは慌てて涙を拭う。

 

「かような醜態をお見せし、申し訳ございません。全ては私の不徳の致す所、ウルベルト様が謝られる必要などございません」

「醜態とは思っていない。お前は、別れも告げず居なくなった俺の事をずっと待っていてくれたんだな。すまなかった」

「どっ、どうか頭をお上げください。至高の御方であらせられるウルベルト様がシモベ如きに頭など下げる必要はございませんっ」

「俺は、お前に恨まれても仕方がないと思ってる。本当は、来ようと思えばここに来ることも、最低限お前に別れの挨拶をするくらいもできたのに、俺はそれをしなかったんだ」

 

 待ち続ける辛さは知っている。

 自分の場合、それはたった一晩であったがその心細さを覚えている。

 それを、何年も待ち続けてくれたであろう彼になら、殺されたとしても文句は言えない。

 ウルベルトの両親は、死んでしまったが故に別れの挨拶すらできなかったが自分は違う。迷惑になるからという言い訳の元、逃げてしまっていた。あの楽しかった思い出に浸り、再び自分がふやけてしまうのが怖くて。

 

 所詮はゲームなのだから、それもある意味仕方がない部分はあるが、デミウルゴスが意思を持ち、ウルベルトの帰りを待っていたというのだから、そんな言い訳は今更できない。

 

「恨むなど、そんな事あるはずがございません。あなた様に創造され、このナザリック第七階層の守護を任される名誉を与えられた。できる事ならば、御方々がいつも帰られるりあるでもお役に立ちたいとは願っておりましたが、きっとお声がかからないのは私の力不足のため。ウルベルト様がこちらに帰って来られなかったのも、成し遂げねばならぬ事があった故なのでしょう。ですから、恨むなどそんな事あるはずがありません。ただ……」

 

「ただ、なんだ?」

 

「待ち続ける日々は、寂しいものでした」

 

 ああ、これは俺だ。

 父の選択肢を誇り、それ故に恨むことはなかった。

 それでも、一人になった家の中で過ごす夜に誰もいない寂しさに己の肩を抱いて蹲っていた自分だ。

 自分の残像ごと、デミウルゴスを抱きしめた。

 

「そうだよな。寂しかったよな。ごめんな、デミウルゴス」

 

 驚きのあまり固まってしまっているデミウルゴスをより強く抱きしめる。

 暖かな体温が感じられ、脈打つ鼓動が彼は生きているという事を教えてくれる。

 

 自分は、泣きじゃくる子供を置いてまたリアルに戻るのか。

 

 リアルに戻りデミウルゴスをここに置いていくのと、デミウルゴスと共にいることを選びリアルを捨てる事は、どちらが悪なのだろうか。

 

 どちらがより大切なのか。

 両方を選ぶ事はできない。

 

 もしリアルに戻ったとして、あの男との対決を死なないように変更するなどできるはずがない。

自分のすべてを捨てて、あの男を対峙するからこそウルベルトは悪になれるのだ。他に大切なものを残し、そのために命を長らえようとするのではそもそも対峙する意味がない。

 

 この場に残り、今まで自分がやってきた事を全て捨て去り悪魔として生きていく事も、悪と言えば悪だろう。自分がいなくなっても、作戦は決行されるだろうが、連絡もなくいきなり消えたとなるとどれだけの迷惑を仲間にかける事になるだろう。

 

 だが、結局のところあの男と決着をつけない限り自分の心につけられたこの傷は治る事はなく、あの男と対峙できずに過ごすことは一生の後悔になる。

 

 そうだ。答えは最初から一つに決まっている。

 そもそも、自分はこの場所を捨ててきた人間だ。

 今更それをまた手にしようとする考えが間違っている。

 それでもなお、ここに残るのも悪なのではないかと言い訳を考えるのは、結局のところデミウルゴスを目の前に、その言葉を発することを恐れているからだ。

 結局自分はあの頃と変わらず臆病なままなのかと自身を嫌悪する。

 

 デミウルゴスを抱いていた腕を離す。

 その体温は、いまだ腕に残っている。

 ただのデータだといって、切り捨てることなどできるわけがない。

 

「ウルベルト様?」

 

 デミウルゴスのこちらを心配する声が耳に届く。今日初めて聞いたはずなのに、以前から知っていたように感じるのは、頭の中で思い描いていたのと同質の声だからだろうか。

 本当に彼をこのまま捨て置いて行ってしまっていいのだろうか。

 自分の父の行動が間違っていたとは思っていない。だからと言って、同じように置いていく事が正しいとはどうしても思えないのは、自分が悪ではないからなのか。

 

「デミウルゴス、俺はどういう選択肢を選ぶべきだ? 俺はお前を置いては行きたくはないが、リアルに置いてきた俺の死に場所を諦めてしまえば、俺は俺でなくなってしまうかもしれない」

 

 いつもは頭の中でしていた問いかけを口にだして言えば、向かい合った相手も声に出して答えてくれる。

 

「……私個人の願いは、ウルベルト様にここに残って頂く事です。きっと、他の御方が同じ質問をされたなら、私は御方に逆らうような事をしてでも、ここに留まるように説得したでしょう。しかし、ウルベルト様が悪に殉じるための行動を阻害することはできません。ですから、私も“りある”に赴き、ウルベルト様と死出の旅路をご一緒したく存じます」

 

 ああ、それはなんとも理想的だ。

 

 デミウルゴスを殺すなどしたくはないが、しかし置いていくよりは良いような、そんな気がした。何より本人が置いていかれる苦痛の方が、死ぬ苦痛よりも遥かにましだとその目で訴えている。

 

「良い考えだ。だが、二つ問題がある」

「それは、一体どの様な事でしょう。やはり、私では足手まといにしかならないのでしょうか」

「そんな事はない。お前がいてくれるなら、最期の時も心細くないだろう。だが、リアルには本来存在しないお前がそっちの世界に行ける保証がない。それによってお前が無駄死にする事だけは避けたい」

 

 元がデータである以上、リアルに行ったデミウルゴスが無事である保証はない。そんな形で消えてしまうならば、心苦しいが置いていった方がマシだ。

 

「そして、あともう一つなんだが……実は、さっきからリアルに戻ろうとしているのに、俺自身も戻れなくなっているという点だ……」

 

 どうしたらいいかと問いかけておいてこれは非常にカッコ悪い。

 時間が経てば何とかなるのではないかと楽観視している部分がどこかあったのだが、コンソールが出ないため、ログアウトが出来ずにいる。

 

「デミウルゴス、コンソールとか、ログアウトってわかるか?」

 

 もし、この場に残ると決めたとしても、出来る事なら帰れないから仕方なく残ったと言う形には、あまりしたくない。帰れるのにあえて残るからこそ、その選択肢は悪になるのだ。

 そんな思考だから、帰り方を模索するより先に、帰れる事を前提にした時の自分の選択肢に悩んでいたわけだが、時間が経っても変化がない以上、真面目にリアルへの帰還方法を考えねばならない。

 

「申し訳ございません、ウルベルト様。コンソールやログアウトがどういったものか存じておりません。御方が帰られる“りある”というのがどんな場所で、どうやって行き来されていたのかも、私の知識にはございません」

「確認を取ってるだけだ、一々謝ったりしなくて良い。通常はNPCであるお前たちには行けない場所だ、そういった知識がなくとも何ら不思議ではない」

 

 こうしてデミウルゴスが動けるようになったのは、日付が変わったタイミングとみてまず間違いないだろう。

 だが、待っているのが寂しかったといっている以上、それ以前の記憶も彼らは有しているという事になる。

 

「ユグドラシルについての知識はどの程度ある?」

 

 そう聞けば、ゲームの設定を、まるで説明書でも呼んでいるかの如くすらすらと言ってのける。

 つまり、自身がこの世界が娯楽の為に作られたゲームの世界であるという事も、自身がそこで作られたただのデータであるという事も理解していないという事だ。完全に、自立した個人として本人は認識しており、そうであるならばウルベルトもNPCに対してそう接するべきなのだろう。

 

 しかし、ただのゲームだった頃であればそれを示唆するような会話もしていたはずだ。都合の悪い情報は実体化する時に消えてしまったのか。

 どちらにせよ、本人が自覚していないなら告げるべきではないだろう。もし、自分が本当はどこにも存在しないただのデータだと言われればウルベルトならば発狂しかねない。

 

 それにしても、先ほどからずっとこちらに対して低姿勢で至高の御方などと言ったりするのが慣れない。今まで見下されて生きてきた人間であるため、なんだか変な感じがする。

 おそらく、ウルベルトが設定に紳士的な態度だとか、アインズ・ウール・ゴウンに絶対の忠誠を誓っていると書いたせいだろう。おそらく、同じ様に意思を持つ様になっているであろう他のNPC全てがこんな態度ではないはずだ。多分。

 その為、気にはなるが言葉遣いよりもまず現状確認だ。

 

「デミウルゴス、ちょっと俺に攻撃魔法をぶつけてみてくれないか?」

 

「えっ!?」

 

「どうも、俺の知ってるユグドラシルと仕様が違う気がするから確認のためだ。なんでも良いから」

「そっ、それならばウルベルト様が、私に魔法をお使い下さい。御身を傷つけるなど……」

「傷ついても治せばいいだけだろ。俺の方も後で試すから、とりあえずお前が俺に使ってみてくれ」

 

 そう言われて、おずおずと〈火球〉(ファイヤーボール)の魔法をウルベルトに向かって放つ。

 

 本当に僅かばかりではあるがダメージを受けた感覚がある。そして、種族特性により本来受けるはずよりもダメージが軽減されているのも確認ができた。

 デミウルゴスもだが、ウルベルト自身もゲームの設定のままここに存在していると言う事だ。

 ウルベルトも、同じように魔法を使ってみれば問題なく使用できた。

 デミウルゴスに攻撃するの嫌だなぁと、彼と同じように〈火球〉(ファイヤーボール)を使うと、装備がしっかりしている事もありデミウルゴスは完全に無効化してしまい、どこか不服そうな顔をしていた。

 使用できるのはゲームの頃と同じもので、とりあえず使った魔法の仕様は同じように思われた。

 

 だが、同じ点ばかりではない。

 

 攻撃が当たったと言う事は、フレンドリーファイヤーが解禁されていると言う事だ。元のゲームのままならば、同じギルドに所属している者はNPCも含めて仲間内では攻撃は当たらない仕様だったのが、ここではそれがない。

 

 薄々感づいてはいたため、驚きはないがどうしたものかと考える。

 リアルな触感がある事から、例えば首を絞めたりすれば実際に窒息死をさせられたるするのではないかと言う考えが浮かんでいた。

 実際に、悪魔の身体にそんなダメージが通るかはわからないが、少なくとも息は詰まるだろう。ユグドラシルや、そういった仮想現実の世界では法律で、味覚、嗅覚は完全にアウトで、触感に関しても少し感覚がある程度しか感じさせてはいけないという決まりがある。

 触感があると、ゲーム内で死んだりした際、本当に自分が死んだと錯覚してリアルの方の身体にも影響がでる事があるからだ。

 

 ならば、この世界でウルベルトが死んでしまった場合どうなるのだろうか。生きていたリアルの身体も同様に死んでしまったりするのだろうか。

 しかし、魔法がゲームの通りに使えるのなら蘇生魔法もあるはずなのだし、ゲーム同様にレベルダウンが起こるだけで復活できたりするのだろうか。

 

 悩みはつきない。

 

 最終手段としてどうにもならない時は死んでみるのもありかと、ウルベルトは考えていた。無駄死にはしたくはないが、そうは言っても元より死ぬ予定だったので生にそれほど執着はない。

 今すぐ試す予定はないが、デミウルゴスになら今すぐにでも殺されても別に良いかなと言う思いすらある。

 

 自分が創り出し、置いていってしまったデミウルゴスにはそれを怒り復讐する権利もあると思っていたが結局それは杞憂に終わった。今放ってきた魔法も低位のものでしかも、ウルベルトには耐性のある火属性の攻撃だ。 

 今着ている初期装備でなければダメージを与える事もなかっただろう。

 

 もちろん、油断させてグサリという可能性もあるが、それはそれで悪魔らしいし、それでやられても文句はない。

 だが、その可能性はないのは今までの会話でないとみている。どこか、ウルベルト本人と重ねて見えてしまう彼の事は信頼していいし、それが裏切られたとて不満はない。自分が創り出した最高の悪魔に殺されるならむしろ本望だ。

 

 だが、他のNPCに対しても同じ事を思えるかと言われればそんな事はない。流石に、同じ仲間だったとはいえ、そのNPCからの殺意までは受け入れる気はさらさらない。

 とはいえ、長らくユグドラシルを離れていた自分を他のNPCが快く受け入れてくれるのか。

 こればっかりは、会ってみないとわからない。

 

 しかし、フレンドリーファイヤーが解禁されている以上、同じギルドに所属しているNPCでも攻撃は通る。相手にもよるが、アイテムもない、装備も貧弱なウルベルトでは負けてしまうだろう。

 

 本来ならいの一番にするべきであろうモモンガに連絡する事を躊躇ってしまっているのもそれが原因だ。

 

 流石に、ゲームをいきなり辞めて、最終日にもモモンガを避けて7階層に来たとはいえ、彼に殺されるとは思ってはいない。その辺は、話せば分かってくれると信じている。

 しかし、NPCは別だ

 

 ユグドラシルを捨てた自分と違い、最後の時まで共にしたモモンガであればNPCが敵対してくる可能性は低いと思われる。

 モモンガとウルベルトが和解したとしても、それを良く思わないNPCがいるのではないかという不安。ナザリックにいるNPCの数を考えれば、そんな考えを持つ者がいないと考える方が不自然だ。

 

 そこでいざこざを起こすより、ウルベルトがそもそもいなかった事にしてリアルに戻った方が良いのではないかと思うが、そもそも帰れないのだからどうしようもない。

 

 まだ、この世界の現状を把握していないため絶対とは言い切れないが、恐らくモモンガはリアルよりもこちらの世界を選ぶのではないかと踏んでいる。

 彼の両親はすでに他界し、ウルベルトが辞めた後に良い人が現れていない限りは彼女もいないはずだ。リアルでの交友関係はあまりなくみんなとゲームをしている時が一番楽しいといっていた記憶もある。この世界がどんなものかわからないが、きっと糞みたいなリアルよりはずっとましだ。家族もいない彼が、リアルに固執する理由はないだろう。

 

 だが、ウルベルトが出来れば帰りたいと思っている理由の一つはそれだ。

 

 不満だらけな世界だからといって、そこから逃げ出すのは自分の負けを認めるようで嫌なのだ。

 まだ、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンという名前でなくクラン、ナインズ・オウン・ゴールという名前であった頃、たっち・みーとかいう正義面した男と悶着を起こした際、仲の良かった友人がクランを抜けていった。

 自分も辞めていった友人と同じ気持ちだったのだが、残った。

 ここで、自分も辞めてしまえばたっちの野郎から逃げたみたいだと思って、意地を張ってそのままクランに残った。

 その後も何度も喧嘩して重たい空気になったりもしたが、それを理由に辞めようとは思わなかった。

 リアルは糞なのは間違いないが、立ち向かう敵を前にして逃げ出すような真似はしたくない。

 己の性格の難儀さには、我がことながら面倒だと思うのだがそうやって捻くれて育ってきてしまったのだから仕方がない。

 それに、糞みたいな世界では確かにあったが、大切なものだってあった。そう簡単に切り捨てられるものではない。

 話し合えばわかってもらえると信じたいが、この意見の不一致をどうするか。

 それを考えると、どうしても声をかけるのが躊躇われる。

 

「アルベド?」

 

 突然、デミウルゴスが声を上げる。

 

 その名前には憶えがある。ナザリックの守護者統括を任されたNPCだ。

 ここに来たのかと周囲を見渡すが誰かが訪れた様子はなく、デミウルゴスがこちらに断りをするように頭を下げたあと、左こめかみに手を当てながら誰もいない場所に向かって喋っていた。

 一瞬不審に思ってしまったが、恐らく〈伝言〉(メッセージ)の魔法を使っているのだろう。

 

 元のゲームであれば、そもそも口が動くこともなく会話するときは固定回線で相手のみと会話が出来ていたが、回線などないのだからこうなるのも道理であろう。

 端末なども持っていないため、はたから見るといきなり喋りだした不審者に見えてしまう。

 自分からかける分には、周りを注意していればいいがいきなりかかってくると厄介だ。

 話が終わったデミウルゴスがこちらに向き直る。

 

「アルベドからの〈伝言〉(メッセージ)だったのですが、モモンガ様のご命令で1時間後に階層守護者は6階層に闘技場に来るようにとの事でした。ウルベルト様の事はいったんお伝えしなかったのですが、よろしかったでしょうか」

 

 やはりモモンガもここにいる。

 

 条件はやはり、ゲームの終了時間までログインしていたかどうかという事だろう。

 しかし、闘技場に階層守護者を集めてどうしようというのだろうか。

 

「ああ、それで構わない。こういうのは、直接言った方が良いからな。とりあえず、俺もモモンガさんのところに行こうと思うが、前と今ではどうも様子が違う気がするから、お前は時間まで7階層に問題がないか確認しておいてくれ」

 

 護衛という意味では、常に傍に置いておきたくはあるが、他のNPCがウルベルトに敵対した際、それを守ろうするデミウルゴスも敵とみなされかねない。

 いったん、一人で様子を見た方が良いだろう。

 

「かしこまりました」

 

 そういって礼をするポーズは惚れ惚れするほど格好がいい。

 

「じゃあ、任せたぞ」

「あっ、あの、ウルベルト様」

 

 立ち去ろうとするのを、デミウルゴスが呼び止める。

 

「どうした?」

「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「一つと言わずいくらでも、答えられることならいくらでも答えてやるよ」

「なんと慈悲深いお言葉。ありがとうございます」

「俺も今後お前に色々聞くだろうからお互い様だ。それで、聞きたい事って?」

「はい、ウルベルト様は、ベルリバー様の仇討と仰られておりましたが、かの御方はお亡くなりになられたという事なのでしょうか」

 

 ああ、そうだ。大事な事をデミウルゴスに言い忘れていた。

 思考が似ているし、ある程度は言わなくてもわかってくれるだろうという考えがあり、うっかりしていたし、それを思い出させてくれたことに感謝する。

 

「お前には嘘つきたくないから本当の事を話すが、ベルリバーは殺された。これは間違いない。だが、この事は誰にも言わないでくれ。特に、モモンガさんにはな。あと、俺が出来ればリアルに戻りたいって思っている事も言わないでおいてくれると助かる。言う必要が出てきた場合は俺の口から言う」

 

 モモンガがもしリアルに戻れた時、事故死ではなく他殺だと知ってしまうのはまずいだろう。作戦が成功している保証もないのだし、知らない方が良いことが世の中にはある。

 リアルに戻りたいという俺の意思については、とりあえず状況を確認してからの方がいいだろう。どういう事になるかわからないが、初っ端から喧嘩するような事は避けたい。

 

「かしこまりました。モモンガ様にもまだ伝えていない真実をお教えいただき、ありがとうございます」

「まぁ、俺がいなくても仇討の作戦は決行されているはずだから、あまりお前が気にするな」

「そうだったのですね。さすがはウルベルト様。不測の事態にも備えていたとは、このデミウルゴス感服いたしました」

 

 単純に、ウルベルトがリーダーではなく、不測の事態に備えて作戦はいくつか仲間内で提案されていたからにすぎないのだが、そんな事は言えない雰囲気だ。

 

「一応言っておくが、俺はお前より頭良くないからな」

「そのようなご謙遜をなさらずとも」

「謙遜じゃない。俺はギルドの中でも火力担当で頭脳担当じゃないんだから、ナザリックの知恵者として創ったお前より頭がいいわけがないだろ。というか、俺が頭良くないからお前をそういう設定にしたみたいなところはあるし」

「では、私はウルベルト様の不足を補うために創造していただいたのですね。なんと素晴らしい。その御期待に沿えるよう、このデミウルゴス誠心誠意ウルベルト様にお仕えさせていただきます」

「おっ、おう」

 

 デミウルゴスの尻尾が凄い勢いで左右に揺れていた。

 犬を飼っていたギルメン、確か餡ころもっちもちさんが、喜んでいる時すごい勢いで尻尾を振ってくるからそのままちぎれちゃうんじゃないかと思った、などといっており、そんなことないだろと内心冷めた気持ちできいていたのだが、今ならその気持ちがよくわかる。

 

 実際のところ、小卒で学がないからそれがコンプレックスでそういう設定にしたわけだが、足りない部分を補うというのはあながち間違いではないからいいだろう。

 例えデミウルゴス相手でも、頭の良い奴から頭が良いと勘違いされると嫌味のように思えて居心地が悪い。

 

 今度こそデミウルゴスの下を離れ、〈伝言〉(メッセージ)を使う。

 直接声を出さねばならないとわかっている以上、誰かの近くで使うのはなんだか躊躇われるからだ。

 念のため、先に他のギルメンはいないかとモモンガ以外の人に向けて〈伝言〉(メッセージ)を使ってみるが繋がらず、諦めてモモンガに〈伝言〉(メッセージ)を飛ばす。

 

「もしもし、モモンガさん? ウルベルト何ですけど、声、聞こえます?」

『えっ? えっ!? ウルベルトさん!? なんで、嘘っ』

 

 あまりにも驚いてテンパっているが、記憶にあるのと同じモモンガの声に安堵する。

 

「いや、実は俺サービスのギリギリにログインしてて、円卓の間にモモンガさんいなかったのもあって7階層にいるんですよ。モモンガさん今どこです?」

『そうなんですか! ごめんなさい、もう誰も来ないと思って最後は玉座の間かなって思ってそっちいってたんですよ。こんなことならずっと待ってたら良かったなぁ』

「どちらにせよ、俺も最後はどうしても7階層見ておきたくてそっち行っちゃってすいません。久しぶりだったから、起動したらアプデとか入って終了3分前くらいのログインでしたよ」

『来てくれてたってわかっただけで嬉しいですから気にしないでください。その時間だと、指輪使っても転移できない玉座の間は来れませんし』

「ほんとすいません。それで、合流したいんですけど、まだ玉座の間ですか?」

『いや、たったいま第六階層の闘技場に転移したところです。実際に魔法が使えるか確認したくて、それなら広い場所だなって思いまして』

「了解です、じゃあ俺も今からそっち行きます」

 

 そういって、一旦〈伝言〉を切る。

 〈伝言〉(メッセージ)を自分で使ってみてわかった事が一つある。

 デミウルゴスが、手を頭のこめかみにおいて〈伝言〉(メッセージ)を使っていたが、別にやらなくてもいいという事。

 そして、やらなくてもいいとわかっても、頭の中で響く声に反応しようとすると、ついそんなポーズになるという事。

 やはり、端末がない方が便利なのは間違いないのだが、今〈伝言〉(メッセージ)をしていますとアピールできる何かがあるべきだよななどと思いつつ、指輪の力を使いウルベルトは6階層へと転移した。




NPC作成については独自の設定になります。
デミウルゴスの瞳は、希少な宝石を本当に使っているとかのがロマンあるんですけど自分の中で整合性が取れなくて。

モモンガさんは原作通りの行動をしていた感じになります。
なので、アルベドの設定は原作通り「モモンガを愛している」にきっちり変更されています。


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2話 宝石

「ウルベルトさん!」

 闘技場の通路に転移するやいなや、骸骨が突進してきたため、思わずよける。

 

「避けなくてもいいじゃないですか! 感動の再会シーンですよ」

「いや、つい。モモンガさんの顔が怖くて」

 

 ゲーム時代に見慣れているはずなのだが、現実として存在しているせいか、彼のオーバーロードの姿は以前よりも迫力が増したように感じる。

 

「本当によかっ!……あ」

「えっ、どうしました?」

 

 骸骨の顔なので表情はわかりにくいが、それでも嬉しそうにしているのだろうなと思われたモモンガの顔がいきなり真顔になる。

 

「なんだか、感情が抑制された感じで。俺がアンデッドだから、そのせいとかですかね。状態異常の扱いになって平静に戻らされてるのかも」

「あー、なるほど。俺も、火属性の魔法受けたらダメージ軽減されたからそうでしょうね。精神的な部分にも作用するってのはちょっとやっかいですね」

「そうですね。って、魔法受けたんですかっ!」

「ちょっと、デミウルゴスに攻撃をしてもらって。ダメージもしっかり入りますね。っていうか、フレンドリーファイヤが解禁されてました」

「うわー、最初から凄い事確認しますね。でも、本当に良かったです。こんな訳のわからない状況で一人っきりじゃなくて。さっきまですごく不安だったんです。ウルベルトさんがいてくれて、本当に良かった。ありがとうございます!」

「ええ、まぁ、はい」

 

 実は一人でリアルに戻ろうとしていたとは口が裂けても言えないような迫力があった。

 こんなに押しが強い人だっただろうかという思いはあるが、この異常事態だ。自分と同じ状況の人が現れてほっとするのは当然であろう。

 

「そういえば、魔法の確認をするって言ってましたけど、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ってるってことは、それの確認ですか? 一応、さっき言った通り魔法受けて、自分でも攻撃魔法を使ってみたんですが、習得している魔法は問題なく使えそうですよ。それで、〈伝言〉(メッセージ)を使って連絡入れた感じです」

「なるほど。俺も、闘技場で確認が取れたらいろんなとこに使ってみようかと思ったんですが、〈伝言〉(メッセージ)は俺以外にはつながらなかった感じですか?」

「はい、ギルメン全員にかけてみたんですけど、繋がったのはモモンガさんだけですね。多分、サービス終了時にログインしていたかどうかが条件なんじゃないですかね」

「そうですか。残念です。他の人もいてくれたらもっと心強かったんですが」

 

 そういって落ち込むモモンガに、ウルベルトは若干の違和感を覚えた。

 確かに、一人より大勢いた方が心強いのは間違いないだろう。しかし、いきなりゲームの世界に来て、元の世界に戻れるかわからないこの状況を喜ぶ人間はどれほどいるだろうか。

 アインズ・ウール・ゴウンは、社会人のみで構成されたギルドだ。当然結婚して、子供もいる人だって何人もいる。事前に知らされているならまだしも、いきなり家族を捨ててこんな場所に来て果たして喜ぶ事はできるのだろうか。

 

 いや、モモンガはあまりの心細さに、そこまで考えずにそういってしまっているのだろう。自分の発言を悪かどうか判断するのはいいが、相手にまでそれは悪じゃないかと突き付けて何度、いろいろな人と喧嘩をしてきたことか。

 

「これからどうしましょう? 2人で話し合いたいけど、アルベドには、アウラとマーレには自分が声かけるからって言っちゃったから、とりあえず2人には会った方が良いと思うんですが」

「じゃあ、とりあえず声だけでもかけときますか。というか、守護者集めてどうする予定だったんですか?」

「みんなの忠義を確認しないと怖いなと思って。今まで会ったNPCはアルベドと、セバス、それからプレアデスなんですけど、凄いみんな俺の事敬ってるって感じでした。と言うか、忠義心MAXすぎて逆にどう接していけばいいのやらなんですが……」

 

 みんな集めて、レベル100のNPCに一気に反逆される方が怖くないかと最初ウルベルトは思ったが、モモンガが手に持つスタッフを見て考えを改めた。

 スタッフの能力と、モモンガの肋骨の隙間から見えるワールドアイテムがあれば最悪の事態になっても逃げるくらいならわけないだろう。指輪の能力でナザリック内であれば瞬時に移動できるわけだし、それなら1カ所に集めて確認した方が良い。一番恐ろしいのは、気づかない間に背後を取られる事だ。

 

「俺はデミウルゴスにしかまだ会ってないんですけど、至高の御方とか呼んだりしてきて、もしかして全員そんな感じなんですか?」

「今のところ全員そんな感じなんですよね。期待を裏切ったらどうなるか怖くて、支配者っぽく接してるんですけどボロが出そうで……」

「そうなると俺もそれっぽくした方が良いですかね。デミウルゴスは兎も角、他のNPCからどう思われてるか不安なんですよね」

 

 しかし、自分に支配者らしい態度がとれるだろうかとウルベルトは不安になる。

 ゲームをやっていた頃はふざけて悪役ロールをしていたが、人の上に立つ事など今までの人生でなかった。そんな人間が支配者らしくしたところですぐに露呈するに違いない。

 とはいえ、モモンガがすでにそうしているならば合わせておいた方が良いのだろうか。バレた時のリスクが大きいのが気になるが。

 

「分からない事だらけで不安しかないですよ。あっ、そういえばセバスに外の様子を見てくる様に命令してたんで、<伝言>使えるなら、アウラたちに会う前にちょっと様子聞いてみますね」

「おっ、流石ですね。不安とか言いながら命令までしてるとは。確かに、外の様子も気になりますからね」

 

 内の事ばかり心配して、外についてはあまり考えていなかったが、最終日にログインしていたのが自分達2人なはずもなく、同じ状況になっているプレイヤーもいるだろう。

 連携が取れるならば、リアルに戻る手段を探すのも格段に効率が良くなるはずだ。

 ただ、アインズ・ウール・ゴウンはPKなどといった行為をする事から、極悪DQNギルドとして名を馳せてしまっている。その為、プレイヤーがいたとしても協力してくれるかは甚だ怪しいのが不安だが。

 

 モモンガが〈伝言〉(メッセージ)している様子をみれば、自分と同じ様にこめかみに手を当てながら会話をしていた。

 見る角度によっては端末を持っているように見えるのが良いんだろうな、などと思っていると、モモンガが驚きの声をあげる。

 

 気になって、モモンガの声に耳を傾ければ、どうやら本来ナザリックの周りは沼地になっているはずなのに、草原になっているというそういう話らしい。

 あくまでゲームの世界が実体化しているものだと思っていたのだが、そうではなかったという事だ。ユグドラシルの別のエリアに行っただけなのか、それとも全く違う場所に来てしまっているのか、他にプレイヤーは来ているのか。確認する事項があまりにも多い。

 

 リアルでは、そろそろ作戦が開始される予定の時間になっているのではないだろうか。とはいえ、ウルベルトがここにいる以上、別の作戦に変えているはずだから、予定が変わって別の日に決行することになっている可能性もある。

 急いで帰る方法を探したいが、予想外な出来事が多すぎて帰れる道筋が全く見えてこない。

 

「ウルベルトさん、外は草原になっているようで周りには誰もいないみたいです」

「周りが敵だらけじゃなかっただけましと思うべきですかね」

 

 草原の先に敵がいないとも限らないが。いや、敵すらおらず、ナザリック以外すべて草原しかないような世界の方が怖いかもしれない。

 話し合わなければいけないことが多いが、守護者を集めている以上、先にそちらに会っておくべきであろう。集合の時間にはまだあるが、早めに集まってしまった守護者が、アウラとマーレに出くわして話を聞いていないとなっても面倒だ。

 

「そういえば、ウルベルトさんの装備も取りにいかないとですね」

 モモンガが、ウルベルトの恰好を見てそういった。

 

「あっ、やっぱり売ったりしてなかったんですか? モモンガさん貧乏性だからなぁ。アイテム必ず1個は残しておきたいタイプ」

「うっ、確かにそうですけど、でも、皆さんの装備は、いつ戻ってきてもいいようにって保管してただけで、貧乏性とは別の理由ですよ」

「売っちゃってもよかったんですけど、この現状だと助かります。とはいえ、時間があれだから装備を取りに行くのは守護者集めた後にしましょう」

「了解です。こんなことなら、先に〈伝言〉(メッセージ)試してみればよかったですね。もっと、今後の事話してから守護者集めればよかった」

 とはいえ、もはや今更だと闘技場へと足と進めた。

 

 

 

 

 

 

 闘技場に行くと、双子のダークエルフの姿がそこにはあった。

「いらっしゃいませ、モモンガ様。ウルベルト様。あたしたちの守護階層までようこそ!」

「あっ、あの、ようこそ」

 

 モモンガは、今まで出会ったNPCたちは敬服した態度だと言っていたが、この二人は割と親しみやすいような態度をとってきたことにほっとする。

 ぶくぶく茶釜が作ったNPC、アウラ・ベラ・フィオーラに、マーレ・ベロ・フィオーレ。男装をしたアウラが女で、スカートを履いたマーレが男という、そんな設定であったことを思い出す。性癖なんて人それぞれなのだし、そこについては触れないで置くべきだろう。

 

「先ほどから闘技場に来ている気配はあるのに、中々こちらにいらっしゃらないからどうしたのかと思っていたんですが、ウルベルト様がいらっしゃっていたんですね」

 

 階層守護者だと、その階層に誰か来ればわかるという事だろうか。確かに、それは十分あり得るだろう。

 とりあえず、二人からは敵意のようなものは感じない。

 むしろ、その表情は久しぶりに会えた事を喜んでいる風ですらある。

 

「ああ、そうだ。ウルベルトさんが久しぶりに帰還して、話が弾んでしまったためついそこで立ち話をしてしまっていたのだ」

「そうなんですね。あの、もしかして他の至高の御方もお戻りになられていたりするのですか」

 

 アウラが期待に満ちた目でこちらを見ている。マーレも、同じことが気になっているようで、おどおどしながらもこちらを同じような目で見つめてくる。

 

「悪いが、今ナザリックにいるギルドメンバーは俺とモモンガさんだけだ。他の連中については、どうしているのかも知らないんだ」

 

 ベルリバーが死んだのは知っているが、という言葉を飲み込む。

 二人は残念そうな顔をさせたが、そんな顔を見せるべきではないというように、すぐに先ほどの笑顔に表情を戻す。

 

「そうなんですね。でも、長くお姿を隠されていたウルベルト様が戻ってこられたという事は、ぶくぶく茶釜様も、いずれ戻ってこられるかもしれないってことですよね」

「うっ、ウルベルト様が戻られただけでも、嬉しいです。最近、帰還される御方があまりいなくて、その、寂しかったので」

 

 ぶくぶく茶釜がいつ引退したのかは知らないが、彼らもデミウルゴス同様に帰らぬ創造主を待ち続けていたわけで、敵意を向けられる覚悟をしていたが、少なくともこの二人に関してはその心配は杞憂だったという事だろう。

 

 ただ、こうも戻って来てくれて嬉しいオーラを出されると、リアルに帰って死ぬ予定だからもうここに来ることはない、なんてとてもじゃないが言えない雰囲気だ。どちらにせよ、今は諍いをしたくないので言うつもりはないのだが、いつかはこの事を告げねばならないのかと思うと胃が痛くなる。

 

「ところで、お二人がこの階層に来られたのは、ウルベルト様が久しぶりにお戻りになられたことの報告とかですか? それなら、盛大にパーティーとか開いたりするのが良いんじゃないかと思います」

 

 アウラの言葉に、マーレも同意するように何度も頷いている。

 

 ウルベルト的には帰る気まんまんなのでパーティーなどごめんこうむりたい。流れ的に、守護者に会う事になることは避けられないが、本音を言うと会えば会うほど、置いて行かないといけない罪悪感に見舞われるので今すぐこの場から消えたい。

 とはいえ、外は草原だというしリアルへの帰還方法を探すめどが立たない以上、今はこのままナザリックにいる方が無難だろう。広い場所を探すならば、どうしても人手が必要だ。

 

「ああ、そうだな。後日盛大なパーティーを開くのもいいかもしれないな」

 

 えっ、やるの!?

 思わず声に出しそうになった言葉を何とか飲み込む。

 この骸骨、非常事態だというのにどこか浮かれている。

 

「それよりモモンガさん、ここで起こっている異変を探る事の方が重要だと、私は思うんですよ」

 

 異変という言葉に、双子が首をかしげる。

 

「少しくらいはそんな時間をとってもいいと思うんですが、でも、そうですね現状確認の方が大事ですね。アウラにマーレ、実はウルベルトさんの帰還以外にも皆に話すことがあり、階層守護者をここに集めるようにしているのだ」

 

 その言葉に、アウラがシャルティアも来るのかぁと呟いていた。

 まだ少し、階層守護者たちが集まるまで時間があったため、モモンガがせっかく持ってきていたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの動作確認などを行った。

 

 そうこうしていると、集合の時間が近くなったのか一人の少女が現れる。

 先ほど、アウラが嫌そうにその名前を口にした少女の姿をした真祖の吸血鬼だ。

 その後、コキュートスがやってきてアルベドとデミウルゴスがやってくる。

 皆同様にウルベルトの帰還を驚き、そして喜んでいるように見えた。

 後から、外の様子を見て戻ってきたセバスがやってきたが、こちらも同様だ。

 

 ウルベルトと仲の悪かった、たっち・みーが作ったNPCなので彼からは何か別の反応があるのではないかと勘繰っていたのだが、むしろデミウルゴスの次くらいに、ウルベルトの帰還を喜び感涙している様子に、正直ちょっと引いてしまった。

 デミウルゴスも同じ気持ちだったのか、セバスに対する目線が冷たく見えたのは、恐らく気のせいじゃない。

 

 結果、NPCの反乱などといったのを心配したのが馬鹿みたいに全員からの忠義を受けることになった。

 あくまで表面上なので、実際にどう思っているのか心うちは読めないが、あの様子であればすぐに何か問題が起こるという事はないように思われる。

 ただ、アルベドの様子だけが気にかかる。

 

「アルベド、めっちゃモモンガさんの事を愛してるって感じでしたけど、タブラさん設定変えてたんですかね。シャルティアはネクロフィリアだからわかるんですけど」

 

 そう、アルベドとシャルティアがモモンガに自分を正妃にとアピールしてきたのである。

 シャルティアについては、彼女を作ったペペロンチーノがその設定を、こっちがしなくていいといっても話してきたので覚えているのだが、死んでいる人の方が好きという設定になっている。

 そのため、シャルティアがモモンガにモーションをかけてくるのはわかるのだが、ウルベルトの知る限りアルベドがモモンガを好きになる要素はなかったはずだ。

 

「えっ、あっ、ウルベルトさん、アルベドの設定覚えているんですか?」

 

「まぁ、デミウルゴスより立場的に上になりますからね。種族的にも悪魔系で、知恵者っていう点がデミウルゴスと若干かぶってるから、設定の方がかぶってないか気になって。といっても、あまりにも長かったんで全然覚えてないですけどね。ただ、ビッチっていう設定のはずだったんですけど、もしかしたら俺が言った事を気にして後から設定変えてたのかもしれないです」

 

「えっ、タブラさんに何か言ったんですか?」

 

「ええ、サキュバスなのに清楚ってギャップ萌えで、さらに清楚なのにビッチというギャップだとかいうから、それ、1週回って普通になってますよって言っちゃったんですよね。サキュバスがビッチって普通じゃないですかって。だから気にして一途設定にしたのかも。自分相手じゃなくて、モモンガさんをその相手にするあたりは、タブラさんらしい感じがしますし」

「えっ、あっ、そっ、そうなんですね。へー、そっかー、へー」

 

 モモンガの様子がおかしい気がしたが、いきなり美女に告白されて童貞の彼は戸惑っているだけだろうとウルベルトは結論づけた。

 実際のモモンガは、それなのに設定を変えなかったという事は、よほどタブラが拘っていた設定なのに自分はそれを変えてしまったのかと自責の念に駆られていた。

 

 もし、ウルベルトが自己完結せず、モモンガにもっとこの話を突っ込んで聞いていたば、もし、モモンガがここで自分の行った事をウルベルトに告げることが出来ていたのであれば運命は変わっていたであろうが、この時その重要性に気づく者は残念ながら誰もいなかった。

 

 二人は、守護者との会話が終わった後二人で今後について話し合う事にした。

 モモンガは、先にウルベルトの装備をどうにかするべきではと提案したが、ウルベルトの方が守護者の様子を見る限り、ナザリック内はある程度は安全だろうから一旦頭を整理して今後の事を考えたいといい、円卓の間に二人で顔を突き合わせている。

 

 モモンガとしても、ウルベルトの装備は気になったがいきなりこれだけの事が起こり、さらに自分が作ったNPCにまで会うとなるとキャパオーバーになりそうで、今でなくともいいか、といった心持であった。

 

「そっ、それより今後の事ですよ。というか、俺、リアルに戻ってまた社畜に戻るくらいならこのままこの世界にいてもいいかなって思ってるんですよね。家族とかいませんし、特にリアルの世界に未練はないので」

 

 そういってくるモモンガに、ウルベルトはやはりそうなるかと頭を抱える。

 モモンガの声色は、ウルベルトも両親と死別しているはずだし、散々リアルは糞だと言っていた為、同じ意見に違いないと思っているのが明白であった。

 

 ウルベルトが本当の事を言った際、ついてきてくれるのはデミウルゴスくらいであろう。

 もしかしたら、七階層にウルベルトが設置したNPCも来てくれるかもしれないが、その中で一番の戦力である紅蓮は、大きさ的にナザリックから外に出て連れて行くのは厳しいそうだ。

 

 久しぶりに帰還したウルベルトに歓喜の声を上げた守護者の顔が脳裏に浮かぶ。喜んだあと、自分の創造主も帰ってきているのかと期待した面持ちで質問し、そうではないと知り落胆した顔。

 どうやら、NPCにとっては創造主が一番上で、そのあとに他のギルメンと続く優先順位になっているようだ。

 

 至高の41人に尽くす事こそが存在意義であり、最上の喜びなのだという。

 その存在が、またこの地を去ろうとしてそれを良しとするNPCはいないように思われた。ただ、デミウルゴスは創造主がそう望むならばと、その意志を尊重している。それと同時に、他の至高の存在が同じ事を言ったのならばきっと止めていたとも言っている。

 

 本当の事を言ってその先どうなるかはわからないが、きっと良くない方向に行く。

 リアルに戻らなければというその気持ちは依然変わらないが、ここで諍いを起こしたくないという気持ちも、確かに存在している。

 ナザリックのこの地は、ウルベルトにとって普通の人間のように楽しく過ごせた唯一の場所であり宝物だ。それを入れていた宝箱が腐りきっている事を知りこの地を一度去ったわけだが、中に入っていた宝石の美しさは以前と変わらない。

 できる事ならば、美しい思い出のままにこの宝石を残しておきたい。

 ならば、この宝石を守るために少なくとも今は本音は隠しておくべきだろう。

 

「モモンガさんは、このままナザリックで平和に暮らしていければいいって感じですか?」

 

「そうですね。でも、この世界のどこかに強い相手がいてやられたりするのは怖いんで外の確認は必要だと思っていますよ。みんなで作ったナザリックが、よそ者に汚されるなんて嫌ですし。あと、できれば他のギルメンも同じように来ているかもしれないですし、探していければなと思っています。まぁ、可能性が低いのはわかっているんですけど」

 

 ウルベルトは、先ほど棚上げした問題が杞憂ではなかったという事実を知る。

 無自覚の悪ほど質が悪いものはないといった声が頭に響く。

 

 モモンガは、正義だとか悪だとかそんな事は考えていないだろう。

 ただ、彼にとってはゲームの世界で、みんなで作り上げたナザリック地下大墳墓が何よりも大事で、今はいないメンバーも自分と同じくらい大事に思っているはずという願望。

 

 ウルベルトとて、このナザリック地下大墳墓という場所は大事だ。しかし、糞ったれのリアルにも同じくらい大切なものはあった。

 人によっては引退してしまっている以上、他のゲームで同じくらい大事な、場合によってはそれ以上の仲間を見つけている可能性だってある。

 ゲームなのだから当然だ。それが人生の全てではないのだから。

 

 とはいえ、これを言ったところでモモンガの気持ちが変わるとは思えなかった。正義に傾倒している人間であれば、それに気づけば自分の考えを変えるかもしれない。

 だが、モモンガは違う。正義と悪、どちらにでもその時々に応じて傾くタイプの人間だ。

 

 だからこそ、中立の立場としてギルドをまとめてきたわけであるが、これが一気に悪に傾くのは厄介だ。リアルに帰したくないからといって、ウルベルトを監禁する可能性も、無きにしも非ずだ。

 もちろん、モモンガがそこまで病んだ性格をしているとはウルベルトとしても思いたくはない。ただ、可能性としてそれが頭に浮かんでしまっただけだ。

 

 そして、ウルベルトとしてはこの友人を悪に傾かせることはなるべくしたくなかった。中立で無色なのがモモンガの美徳であるとウルベルトは思っている。人数がいる状態であれば、いろんなところに傾いて、最終的に真ん中に位置するのがモモンガだ。

 それが、どちらか一方に傾いてしまえば、それはもうモモンガではないだろう。自分が正義だとウルベルトが言い出したなら、それは今までのウルベルトとは別人になってしまうのと同様に、モモンガにもそうはなって欲しくないのである。

 

「俺としては、ここに来る条件の一つはサービス終了時にログインしている事だと思うんでギルメンがいる可能性はほとんどないと思いますね。ただ、行き来できる可能性っていうのは、もしかしたらあるかもしれないと思っています。外からの敵に備える意味でも、モモンガさんが言うようにギルメンをここに呼ぶにしろ、リアルへの帰還手段は探すべきかと思います。それに合わせて、他のプレイヤーがいるかどうかですね」

 

 そもそもが、戻れる手段がなければどうしようもない。素直に、リアルに帰りたいというより、こういう方向で行けばモモンガも納得してリアルへの帰還方法を探してくれるのではないのかとそう提案した。

 嘘はついていないが、騙すような言葉に罪悪感はあるが仕方がない。

 あくまでモモンガが執着しているのは、ウルベルト個人ではなくギルドメンバーに対してなのであれば、他のメンバーが代わりに来れば、ウルベルト一人抜けてもそれほど問題はないはずだ。

 事前に行くのが分かっていたり、行き来ができたりするのであれば、この地に来たいと思う人はそれなりにいるはずだ。

 

「あっ、なるほど。もし、行き来できる手段があるなら、リアルに今いるギルメンも含めて全員こっちに呼べるかもしれないってことですね」

 

 全員はいろんな意味で無理だなと思ったが、それを顔に出さないようにする。

 

「ただ、NPC達は創造主の事になると結構過敏なんで、絶対見つかるという話の持っていき方はしない方が良いとは思います」

「そうですね。とりあえず、敵対する存在とプレイヤーがいないかの確認って感じでNPCには伝えましょう。この世界がどんな場所なのかを確認するのが最優先ですね」

 

 ウルベルトもそれに合意し、今後のことやそれ以外にもこれまでの事について二人で語り合った。

 

 一晩中二人で語り合っても眠くもならないし疲弊もしない事に気づき、ウルベルトは、ああ自分は今、人間じゃないのだなとそんなことを考えていた。




この段階で、アルベドの書き換えに気づいた場合は、なんやかんやあって開き直ったウルベルトさんの楽しいナザリック生活ルートに移行します。
この話を書き終わったら、そっちのルートも書きたいですね。

原作だと、デミウルゴスとの夜空で宝石箱の話をしてますが、モモンガさんの興味が完全に、久しぶりに会ったウルベルトさんの方に行ってるんで夜空の散歩はなくなってます。

デミウルゴスも、ウルベルトさんの目的がリアルへの帰還方法を探す事だとしっかり理解してますので、世界征服はしない流れになります。


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3話 宝物殿

 至高の御方である二人が去った後も、守護者達は皆しばしその場に座して動くことはなかったが、最初にアルベドが立ち上がると他の者もそれに習うように立ち上がった。

 皆、二人の御方のその支配者としての威光に触れ喜び震えていた。

 特に、長くナザリックを離れていたウルベルトの帰還は何よりも喜ぶべきことであった。ナザリックに帰還しなくなった至高の御方は多く、一人でもその御方が戻られた事により、自身の創造主もいずれ戻ってくるのではと期待する気持ちが生まれていた。

 

「ところで、ウルベルト様はなぜ今更ナザリックにご帰還されたのかしら」

 

 皆が二人を讃える声をあげる中、アルベドがそんな問いをデミウルゴスに投げかけた。

 闘技場に集まる前に、ある程度の事をデミウルゴスがウルベルトから聞いているであろうことはその態度から明白であったからだ。

 

「ウルベルト様は、今まで“りある”の世界で色々と立て込んでおられたご様子です。それがやっと時間が出来て、久々に今日、帰還されたというだけです」

「あなたも、詳しくは教えてもらえなかったという事なのかしら。ウルベルト様は、モモンガ様に会うよりも先にあなたに会っていたみたいだけど」

「これ以上は、ウルベルト様の私情に関わる事ですから。シモベ風情があまり出しゃばってそのような事を問いただすのは不敬ですよ、アルベド」

「あら、ごめんなさい。ウルベルト様がご帰還された理由がはっきりわかれば、他の至高の御方々がお戻りになられる為の手掛かりになるんじゃないかと思っただけなのよ」

 

 その言葉に、他の守護者たちも視線をデミウルゴスに向ける。

 なぜ、至高の御方々はこのナザリックに戻らなくなったのか、その理由が判明すればまた、昔のように41人の御方が揃う日が来るのではないのかと、そんな希望を抱いた眼差しだ。

 

 その気持ちは、デミウルゴスにもよくわかる。帰還したのがウルベルトでなければ、同じ立場になっていたであろう。

 だが、本当の理由をデミウルゴスはここにいる者に伝える事はできない。ウルベルトは、死ぬ前に少しの時間を割いてデミウルゴスに別れの挨拶をしに来たのだ。被造物としては何よりも嬉しい事であるが、他の者にそれを伝えればウルベルトが“りある”へ帰還したがっている事が露呈する。

 そうでなくても、それを伝えたとして他の御方が戻る手掛かりには一切ならない。皆が求めるような回答を、デミウルゴスは持ち合わせていない。

 

「至高の御方々は、“りある”ではそれほど繋がりがないようで、他の御方についてはウルベルト様も知らないご様子でした。こちらに戻られないのは、それぞれ違う理由かと思われます」

 

 その言葉に守護者たちは残念そうに肩をすくめる。

 実際にどの程度の情報共有を至高の41人がしていたのかにつては、デミウルゴスもわからない。だが、少なくともモモンガにベルリバーの死について伝えないように言っていた以上、モモンガとベルリバーは“りある”においては繋がりがほとんどないということだ。

 ナザリックに残っていたモモンガだけが特別なのか、そうでないのかは定かではないが。

 

「私がウルベルト様から教えていただいたのは二点、一点は、私たちは御方がお帰りになられる“りある”の世界には通常行く事が出来ないという事。ナザリックの守護という大事な任務があるからという事もありますが、御方々が我々をここに残して“りある”に連れて行って下さらなかったのは、そういう理由があるからだという事でした」

 

 その言葉に、残念そうにしていた表情が少し和らぐ。

 

「つまり、わらわが必要じゃなくなったから、足で纏いだからと捨てられたわけじゃないという事でありんすね」

 

 シャルティアが今にも泣きだしそうな声でそういった。

 長く創造主が戻らぬNPCはほぼ全員、その不安が何度も頭をかすめる。デミウルゴスとてそうだ。そんなことはありえないと、大事な役目を任されているのだからそれ以上を望むのは不敬だと、そう思いながらもやはり、どうして置いていかれてしまったのだろうかと考えてしまう。

 自身は至高の御方によって作り出された誉れある存在だと分かっていても尚、創造主が戻ってこないのは自分に何か至らない点があったのではないかと、もしくは、“りある”には自分よりも優れたシモベが御方の側にいて、もう自分は創造主にとって不要なものになってしまったのではないかと、侵入者すら来ない階層でただただ長い時間を待っていると、どうしてもそんな思考をしてしまう。

 

「ウルベルト様は、私の事を“りある”に連れていけたならばと言ってくださった。ぺロロンチーノ様だって、きっと我々が“りある”へ行く手段を持っていたならば君を連れて行ってくれただろう」

 

 その言葉に、シャルティアは満足そうに微笑んだ。

 

「そしてあともう一点なのだが、現在ナザリックが本来のヘルヘイムから別の場所に転移しているという話は、先ほど御方から聞いた通りだが、その影響なのか、現在、お二人の御方は“りある”への移動手段が使えなくなってしまっているらしい。いつもであれば、この時間には“りある”に戻られていたモモンガ様が今もなおナザリックに滞在されているのがその証拠だ」

「つまり、これからはずっとお二人がナザリックにいてくれるって事?」

 

 アウラが、それは喜ばしい事なのではないかというように言う。

 確かに、ずっとこの地にいて下さるのであればそれだけお仕えできる時間が増えるという事で、喜ばしいことであるのは事実だ。ほぼ毎日来てくださっていたモモンガとて、ナザリックで過ごすのはその数時間程度だ。

 それが、今後は朝から晩前ずっとこの地にいて下さるというのであれば、今後はただ待つだけの時間を過ごすこともなくなる。

 

「確かに、“りある”へ帰還できないお二方は、我々が不手際を起こすような事がなければ、このままナザリックにいて下さる事になるだろう。だが、逆に言うと他の御方がこのナザリックに帰還できなくなっているかもしれないという事でもある」

 

「じゃっ、じゃあ、もう、ぶくぶく茶釜様にはお会いできないということですか?」

「他の御方がこの地にいる可能性はほぼないに等しい。今も“りある”に居られる可能性の方が間違いなく高いだろう。ウルベルト様のように久々に帰還しようとしても、御方はここに来ることはできず、何もなくなってしまったヘルヘイムに佇むことになってしまう」

「ソレハ、非常ニ不味イ。ツマリ、早急ニヘルヘイムヘ戻ル事ガ、我々ノ活動目的トナルワケカ、デミウルゴス」

「そうだともいえるし、そうじゃないともいえるね」

「もったいぶらずに、はっきり言いなんし」

 

「ああ、すまないね。コキュートスの言うように、ヘルヘイムに戻るのも一つの手なのは間違いない。だが、ユグドラシルからでは我々は“りある”へ行く方法がなかったが、この世界ではもしかしたらその方法が見つけ出せるのではないかと、そういう話だ。もし、我々が“りある”に行き来できるのであれば、“りある”にいる御方のお手伝いをする事も可能だろう。何をなさっているのかまではわからないが、我々がお手伝いをし時間を作って差し上げる事ができれば、以前のようにナザリックに帰還してくださる時間も増えるかもしれない」

 

 皆、また至高の御方が41人揃う事があるのかもしれないという言葉に喜び、やる気を出していた。いつになるかわからぬ帰りを待つ日々は、皆同じように辛いものであり、ナザリック最盛期のあの頃のようになる日を夢見ている。

 

 本当にそんな方法があるのかどうかはまだわからない。

 しかし、ウルベルトはデミウルゴスにもし“りある”に連れていく事ができるのであれば、一緒に死ぬと言ってくださった。創造主と死を共にすることを許されたのだ。

 

 本当はウルベルトが死ぬなどとても耐えられない。そのような事は考えないで欲しいと、ただ、ナザリックにいてさえくれればそれで良いとそう願っている。

 

 だが、そうしないと本当の悪になれないのだとウルベルトは言った。

 それが一体どういう意味なのか、デミウルゴスにはわからない。

 ただ、悪になれない事がウルベルトにとってどんな責め苦を受けるよりも辛い事なのだろうという事だけはわかった。

 だから、ずっとナザリックに留まり、そばにいて欲しいという、自身の望みを捨てた。

 自分の願いよりも、ウルベルトの願いを優先した。

 このまま、“りある”への帰還方法が見つからなければウルベルトはずっとここにいてくれるのではないかという、不敬にもそんな事を考えて、それをすぐさま握りつぶす。

 

 ウルベルトの言うところの悪というのがいったいどういう物なのかはわからないが、一つだけ何となく理解している事がある。悪は迷ってはいけないという事だ。

 ウルベルトが創造してくれた通りの理想の悪魔である事が、デミウルゴスにとっては一番大事な事だ。何より一番恐ろしいのは、不要だと見限られる事。だから、それ以外はすべて捨てる。ナザリックも、モモンガも、ウルベルトの生も――。

 

「しかし、本当にウルベルト様が戻ってくださって良かった」

 

 そう口に出したのは先ほど、ウルベルトの帰還に咽び泣いていたセバスであった。

 至高の御方の帰還は確かに喜ばしいことであり、その行為は別に不思議ではないはずなのだが、彼がここまでの反応をする事に、デミウルゴスは違和感を覚えていた。

 

 どうしてそう思うのかは、デミウルゴス自身も理由がわからないのだが、セバスとは馬が合わない。セバスも、同じこと思っている。だからと言って、その創造主であるウルベルトの事をセバスが悪く思っているとは流石に考えていないが、それでもなぜだか、セバスがウルベルトの帰還をあそこまで喜ぶのは、予想外であった。

 執事として九階層にいるセバスは、ここにいる階層守護者よりも至高の御方に会う機会も多かったのだし、何ら不思議ではないはずなのだが、実際問題ウルベルトも、予想外の反応に驚いている様子だった。

 

「まったくもってその通りだが、君があのような反応をするとは驚いたよ」

「至高の御方がお戻りになる事を信じてはおりましたが、正直ウルベルト様はもうお亡くなりになられているのではと懸念していたのです。ウルベルト様を最後にお見掛けした日、かの御方はかなり衰弱した状態でいらっしゃいました。そして、それ以降ぱったりと姿を現さなくなったのでもしやと思っていたので、今こうして元気なお姿を拝見できたことが、何より嬉しかったのです」

「……なるほど、それは私も知らなかった」

 

 セバスがデミウルゴスの知らないウルベルトを知っているという事に多少嫉妬を覚えたが、彼が配置されているのは御方のプライベートルームのある九階層だ。たまたま前を通りすぎたという事だろう。

 しかし、そうなると“りある”には魔法で癒せぬほどの強い病があるという事だろうか。もしかしたら、ベルリバーの死因も関係しているのかもしれない。

 至高の御方ですら抗う事が難しい病となると、特殊耐性にステータスを割り振っているデミウルゴスといえどその地で活動するのはかなり厳しいものになるかもしれない。

 まずは、行く方法を探すのが先決ではあるが、行った後に無能を晒すようではまずい。

 ウルベルトにその点の確認もしておかなければと考えながら、デミウルゴスは他の守護者達と共に闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、まだ話したりない事はありますけど、そろそろ俺の装備取りに行きましょうか。宝物殿ですか?」

 

 ウルベルトがそう提案すると、モモンガが渋い顔をした。といっても、実際には肉のついていない骨だけのモモンガの表情は変わっていないのだが、何となくそんな感じがした。

 

「そう、です。宝物殿、ですね」

 

 ウルベルトに装備をきちんとして欲しいと主張を最初にしてきたのはモモンガであったはずなのにも関わらず歯切れの悪い言葉に、そういえば、宝物殿には彼が作り上げたNPCがいたことを思い出す。

 完成した直後は、本人も満足げでウルベルトにこういう設定だと自慢気に話していたのだが、その後、それは彼の黒歴史となったようで、わざわざヘロヘロにプログラミングしてもらった敬礼のポーズを見て顔を覆っていた。

 

「軍服は、俺もかっこいいと思いますよ」

 

 とりあえず、フォローをしておく。

 ウルベルトは、モモンガがそこまで頭を抱えるほど、彼の作り上げたNPCであるパンドラズ・アクターの設定は悪くはないと思っている。何とか本人に決めさせず、他の人が上げた案を採用させたので名前も悪くない。

 デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターが、ナザリックNPCの知恵者として創られているが、前者の二人は静の存在だ。ウルベルトは、デミウルゴスをスマートにかっこいいと設定していたし、タブラはアルベドに清楚で慎ましいという表向きの設定をつけている。

 それに対して、パンドラズ・アクターは動の存在だ。舞台の上で演じているかのようなオーバーリアクションをするという設定となっている。ウルベルトとしては、うまい具合に動きのあるキャラを作ってくれたおかげで、バランスが良くなったなと思っていた。

 

「ですよね。俺も軍服は今でも悪くなかったなって思ってるんですよ。でも、あれが動いて喋ってるのかと思うと気が重くて……」

 

 そんなに気にしなくてもと思うが、本人にとっては重要な事なのだろう。

 

「じゃあ、俺が一人で宝物殿に行ってくるんでモモンガさんは自室で装備アイテムの確認とかしててください。ゲームと違って、本来制限があって装備できなかった物も装備できるようになってる可能性もありますし」

「ウルベルトさん、一人で大丈夫ですか?」

「プレアデスのシズを連れていきます。この感じだと、多分設定どおり彼女ならパスワード覚えているでしょうし」

 

 プレアデスの一人、シズ・デルタ。彼女は設定上ナザリック内の全てのギミックの解除法とパスワードを把握している事になっている。宝物殿に彼女が行ったことは一度もないが、恐らくは彼女であればパスワードを知っているはずだ。

 もちろん、行った事のない場所はわからない、という可能性もあるが、その時はその時だ。設定した内容と、一致しないという事態が把握できるなら、それはそれで悪くはない。実際、NPC達の設定がどこまで準拠したものになっているのか把握する必要があるとは感じていた。パスワードを実際には教えていないシズが設定通りパスワードを知っているならば、NPC達は教えていなくても設定した通りの知識を持っているという事だ。

 

「いや、でも、宝物殿はちょっと……」

「パンドラ以外に何かあるんですか?」

 

 ウルベルトの記憶には該当するものは思い浮かばない。引退した後に、宝物殿に何か設置していたという事だろうか。

 

「トラップとかなら、シズと宝物殿を管理している管理しているパンドラズ・アクターに聞けば最悪わかりますし大丈夫ですよ。一人でできる事を二人でやっても時間がもったいないですし」

「せっかくだから、飾るならこうした方が良いかなって思っただけで、そんな深い意味とか、ないんですよ。本当に。だから、あの、その、あまり気にしないでください……」

 

 歯切れの悪いモモンガの言葉に首を傾けつつも了承し、二人は別行動をする。

 ウルベルトは、自室で最低限のアイテムを確保した後プレアデスが待機している部屋へと向かった。

 

 

 プレアデスは、他のNPC同様に再びウルベルトがこの地に戻ってきたことへの感謝と、今後も忠義を尽くすとの誓いの言葉を述べてきた。予想は出来ていたとはいえ少しげんなりする。

 もちろん、彼女たちを嫌っているわけではない。メイドである彼女たちが主に仕えようとするのは致し方ないことだとは理解している。とはいえ、自身が主にふさわしいと思っていないウルベルトは堅苦しいこのやり取りを今後もするのかと思うと頭が痛い問題だった。

 モモンガが支配者らしくしようというのである程度それに合わせて喋ってはいるが、砕けて喋りたいというのが本音であった。

 とはいえ、最終的にはウルベルトはこの地を去る予定なのだ。ならば、この地に残る予定のモモンガに合わせるのが道理だろう。

 

 事情を説明し、シズに同行を依頼すると他のメンバーがシズに嫉妬交じりの羨望の眼差しを向けてきたため、一人だけというのが申し訳なくなり、ユリも同行させることにした。

 宝物殿に備え付けられたトラップの事を考えると、連れていけるのはこの二人だ。他の者には、別の機会にお願い事をするからといって彼女たちの待機していた部屋を後にする。

 

「宝物殿には指輪で転移するしかないわけだが……」

 

 今更になって指輪が一つしかない事に気づく。

 ゲーム中は装備者しか機能しなかったのだから、普通に考えればこれでは二人を連れて行く事ができない。

 

「悪いが、予備の指輪を俺は持ち合わせてはいない。体の、腕とかを握っていてくれないか?」

 

 これで行けるかどうかはわからない。行けたらOK、ダメだったら二人には謝って一旦モモンガの元へ行けばいいだろう。

 ただ、言葉を発した後に気づいたことだが女性相手にこの発言はいかがなものであろうか。

 実際、その言葉を聞いたユリには驚きの表情があった。シズは機械故なのか表情が分かりにくい。

 

「よっ、よろしいのですか? 至高の御方に触れるなどそんなっ……」

「悪いがさっき言ったように他に指輪がない以上他に手段が現状ないんだ」

 

 腕くらいならば大丈夫だよな? セクハラにはならないよな? と不安になりつつもそう言うと、シズがウルベルトの手を握ってきた。ウルベルトの毛並みを確認するかのようにその手をさすってきて、どこか満足そうな表情をしているようにも見えた。

 

「ユリ姉も、早く。ウルベルト様、困ってる」

「そっ、そうね。申し訳ございません。重要な案件であるにもかかわらず、口を挟んでしまい。ご無礼をお許し下さい」

 

 そういって頭を下げた後、失礼しますと声をかけたあとユリがちょこんとウルベルトの右腕を掴んだ。

 両手に花とはこういう事だろうか、などと思いつつ、この状態は誰にも見せたくないなと思いながらウルベルトは指輪の力を使った。

 結果、3人とも無事に宝物殿へと転移することが出来た。アイテムの仕様がゲームの頃と変わっているという事だ。他にも仕様が変わっている物がないか確認する必要があるだろうが数が膨大なので全部は確認しきれないだろう。

 

 宝物殿に着いたのを確認すると、ユリはパッとこちらが驚くほどのスピードで手を離し、それに対してシズはウルベルトがもういいぞといったのちにその手をゆっくりと離した。

 金貨やアイテムが整理されず溢れかえったその様子にユリが驚き感嘆の声を漏らす。

 ウルベルトもその光景に驚いていた。ほとんどのギルメンがこの地を去ってから、かなり長い時間が経っていると聞いていたのでナザリックの維持費の事を考えればここにある金貨も減っているのではと思っていたのだが、その様子が全くない。

 ユグドラシルでは、色んな事をして自由に遊べたはずだが、モモンガはなるべくこの地をそのままに維持しようと、一人になってからも、ナザリックの維持費を集める事ばかりをしていたのだろう。奥に仕舞ってある金貨はもしかしたら減っているのかもしれないが、何となくほとんど変わらないんだろうなと思った。

 

 ウルベルトは、部屋から持ってきた毒無効化のアイテムが起動しているのを確認したのち、そもそも種族的に毒無効化能力を保持している二人を引き連れて、毒まみれのフロアを、〈全体飛行〉(マスフライ)を発動させて先へ進む。

 宝物殿の扉まで到着すると、シズにパスワードを聞き、その扉を開ける。

 具体的に、宝物殿のどこに装備を置いているのかまではわからないウルベルトは、それを知っているであろう人物を求めて歩を進める。

 

 そこに、ギルドメンバーの一人タブラ・スマラグディナの姿があった。

 当然本人ではない。

 もちろん、彼が同じく転移している可能性はゼロではないが、本来この場にいるはずのNPCの姿がない以上、タブラの姿をした彼こそが宝物殿の領域守護者とみて間違いないであろう。

 

「たっ、タブラ・スマラグディナ様もご帰還されておられたのですか? ただ、あのお方から至高の御方から発せられるオーラが感じられないのですが」

 

 ユリが不安そうにウルベルトにそう尋ねる。

 本来別の階層を守護していて、会った事がないはずのNPCも既知であるように喋っていたのでてっきりNPC達はこの地にいる存在を皆認識していると思っていたのだがどうやら違っていたようだ。宝物殿という、隔離された場所に所属しているからであろうか。

 

「オーラっていうのが気になるが、まぁ、その話は後でしよう。あれはこの地を守るドッペルゲンガー。モモンガさんが作り上げたNPC。そうだろ、パンドラズ・アクター」

 

 その言葉に、タブラの姿をしていたそれが形を変える。

 黄色い軍服を身にまとった埴輪のような顔。モモンガの黒歴史となってしまったNPCの姿がそこにはあった。

 

「これはこれは、ウルベルト・アレイン・オードル様! 御方がここに来られたのはいつぶりとなるのでしょう。長くお姿をお隠しになられたとお聞きしておりましたが、ご帰還されたとはなんと喜ばしい事でしょう!」

 

 ピシっと、天に腕を伸ばしたそのポーズは舞台の上ではさぞ映えるのであろうが、いきなりの対面でするにはいささか、いや、かなり大仰であった。

 隣で、シズがうわーと小声でドン引きする声が聞こえた。ユリも、怪訝な様子であった。

 なるほど、これが黒歴史かとウルベルトも納得する。いや、ウルベルトはそんなに悪くはないと今も思ってはいるが、キャラとして良いと思っているだけで、実際に普通に話すとなると厳しそうだと感じていた。

 

「ああ、久しぶりだな、パンドラズ・アクター。早速なんだがここに来た要件なんだが」

「ええ、ええ、わかりますとも。ウルベルト様がおっしゃらずとも、そのお姿を見れば一目瞭然でございましょう! ズバリ、装備品を取りに来られたのですねっ!」

 

 顔を近づけ、食い気味にパンドラズ・アクターがそう言ってきて、その圧にウルベルトも押され気味になる

 

「あっ、ああ、そうなんだ。モモンガさんにも、言われてな」

「ところで、私の創造主であらせられるモモンガ様はどうしておられるのでしょうか?」

「詳しくはあとで話すが、どうやら色々異変が起きているようだから確認作業をしてもらっている」

「そうなのですか。しかし、モモンガ様はさぞお喜びになられたことでしょう。あのお方は、ずっとこの地で他の皆さまお戻りになられるのを待ち続けておいででしたから」

 

 モモンガから聞いた話だと、残っていたギルドメンバーは、たった3人だったのだという。

 その残ったメンバーも、滅多にログインすることはなく来たとしても昔ほど長い時間この地にいることもなかったという事だ。

 仕方がないことだ。ゲームなんてそんなもんだ。

 ゲームとしてユグドラシルが終わっていたならばそう割り切れたのだろうが、今もなお、新たな形でこうして続いてしまった今では、仕方ないとも言っていられない。

 ウルベルトがゲームをやめるのは。もはやどうしようもなくウルベルトの本質に関わる部分なので、きっとこの未来を知っていてもこの地を去って行っただろうが、それでも、もっとちゃんと声をかけてあげておけばよかったという思いがよぎる。

 

「それではウルベルト様、霊廟までは私がご案内いたしましょう」

「霊廟?」

 

 聞き覚えのない名称に首をかしげる。ユリとシズも同様だ。

 

「はい。ウルベルト様がおられたころはまだ、その名称で呼ばれることはありませんでしたが、その数が増えるにつれ、自然とそのような名称で呼ばれるようになった地の事です」

 

 そう言うパンドラズ・アクターの後を着いて歩く。

 トラップの関係で、指輪をユリに渡し、二人をその場に残してパンドラズ・アクターとウルベルトはその先へと進んだ。

 

「ところで、ウルベルト様のお病気は完治されたのですか?」

 

 先ほど、二人きりで話した時にモモンガからも聞かれた質問だ。どうやらベルリバーは、ウルベルトが引退した理由は病気のためだと説明していたようだ。

 確かに、引退時に今にも倒れるんじゃないかというほど具合を悪くしていたのだから妥当な理由だろう。

 

「そうだな。つい最近になって治ったんだ」

 嘘ではない。ただ、病気といっても心の病気だったというだけだ。

 

「そうなのですね。それは良かった。では、今後はこの地に残っていただけるのですね」

 

 まずいなと、ウルベルトは冷や汗をかく。

 デミウルゴスがウルベルトにどこか似ているように、パンドラズ・アクターもまたどこかモモンガに似ている部分があるように思われる。この、もちろん残るよねっという押しの強さは、まさに先ほどのモモンガと同質のものだ。

 

「まぁ、でも、不測の事態だから何かの拍子にナザリックを離れる事もあり得るかしれないがな」

 

 はっきりと残るとは言えず、ぼやかしてしまったがこのドッペルゲンガーはどう思ったのだろうか。表情に動きがないのでさっぱり考えている事が見えてこない。

 

 そうこうしているうちに霊廟に辿り着く。

 そこで見た光景になるほどと納得する。

 確かにここは霊廟と言う名が相応しい。

 モモンガがあまり気にしないようになどといっていたのもこの事だ。

 不格好ではあるが、その造形が何を表しているのかは一目瞭然だ。何よりも、その身に着けている装備品は紛れもなく、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーたちの物であった。

 

「最後にお創りになられていたのが、あちらにありますタブラ様の像になります」

「ああ、それでタブラさんの恰好をしていたのか」

 

 パンドラズ・アクターには、ギルドメンバー全員に変身できる機能が備わっている。当時はその事を特になんとも思っていなかったが、モモンガはこんな時を予期して、自身のNPCにそんな能力を与えたのだろうか。

 どんな思いで、アヴァターラに装備をさせていたのかと考えると心が痛むが、それでもなお、ウルベルトは申し訳なくは思うが、ゲームをやめた事への後悔の念が湧くことはなかった。

 その事に、ウルベルトは安堵した。

 

 大丈夫だ。もし、リアルに戻っても自分は自分のやるべきことを成し遂げられる。

 話せば話すほどギルメンに似た部分を持ったNPC達に情が湧いてくるし、モモンガに対してもこの地に残していってしまう事に罪悪感はあるが、それでもはっきりと、この場でどちらを選ぶかと問われればこの地を捨てる事を選ぶ事が出来る。

 己の悪のありかは、いまだ変わってはいない。

 自身を模ったアヴァターラから装備品外し身に着けると宝物殿を後にし、ウルベルトはモモンガの元へと向かった。

 




 たっちはさんは完璧超人なんで、陰口は言われることはあっても直接言われる事はほとんどなさそうだなって思ってて、直接嫌味をぶつけて来るウルベルトさんとは、仲は悪いけど、割と好きだったんじゃないかなって思ってます。
 ウルベルトさんは、一緒にゲーム出来る程度には一応仲良いけど、少なくとも嫌味言いまくってる自分の事を相手は嫌いだろうと思ってるというイメージで、セバスの反応にウルベルトさんとデミウルゴスが何で? ってなってる温度差はその辺の描写をしたかっただけなんです。

 あと、カルマ値善よりなNPCを侍らせてるウルベルトさんって、なんか良いよねっていうのがなぜか自分の中にあって、原作通りでもあるしなとユリとシズで両手に花なシーンになりました。


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4話 カルネ村

 モモンガの部屋を開けると、そこには漆黒の全身鎧に身を包んだ戦士の姿があった。その傍らには、一般メイドの姿もある。

 

「あっ、ウルベルトさん、お帰りなさい。やっぱりその格好の方がしっくりきますね」

 

 そう言いながら、ヘルムを脱ぐと見慣れた骸骨が現れる。

 

「モモンガさん、そんな装備持ってたんですね。初めて見ました」

「ああ、違います。これ、装備品じゃなくて魔法で作ったんですよ。さっきから、大剣とか使えるんじゃないかと試していたんですけど、全然だめで。ただ、魔法で作りだした装備だったら大丈夫みたいです」

 

 つまり、ゲームの頃と同じ仕様だという事だ。

 モモンガと同じ魔法職であるウルベルトもおそらく同様だろう。仕様が変わっているものもいくつかあるというのに、妙なところでゲームと同じ縛りがあるのはどういう事なのだろうか。

 

「なるほど。ところで、モモンガさん、もう一人この部屋に入れても大丈夫です?」

「? 大丈夫ですけど、誰ですか?」

「パンドラです」

「えっ!?」

「パンドラズ・アクター。モモンガさんが入って良いと言ってるぞ」

 

 驚くモモンガをよそに、廊下に待機させていた人物を部屋に招き入れる。

 

「我が創造主たるモモンガ様っ! 宝物殿以外の場所でお会いするのはこれが初めてとなりますね。あなた様の被造物たるこのパンドラズ・アクター、ナザリックの非常事態と聞き及び参上いたしましたっ!」

 

 マントをなびかせ、大仰な敬礼のポーズをとりながら部屋に入ってくるパンドラズ・アクターに、モモンガは沈静化がかかっているのかその光景を唖然としながら見ていた。

 

 パンドラズ・アクターの方は、先ほどまでモモンガが確認のため取り出していたであろう装備品に興味を示している様子だ。

 そもそも、彼は宝物殿から出たことはなかったため、ここに来るまでの道中もどこか物珍しそうにしていた。

 

「それで、モモンガさん、パンドラに予備の指輪をあげたりとかできないですかね? どうやら、指輪をもっていないせいである意味閉じ込められている状態なんですよ。まぁ、本人はそう思ってないようですが。とはいえ、今後呼び出すことがある時、一々俺かモモンガさんが迎えに行かなきゃいけないんですよ」

 

 思い出されるは帰還の際、来るときは両手に花だったのが背後に埴輪が増えた光景。はたから見れば、さぞおかしかったに違いない。出来れば、二度とやりたくない。

 

「ああ、指輪ですね。いいですけど、いいんですけど、なんで今連れてきたんです?」

「外を確認するなら、まず遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使ったら良いんじゃないかって話になって、使い方わからないかもって言ったら、マジックアイテムの事なら自分にまかせてくれって言ってきたので」

 

 大体のアイテムはゲームの頃と同じように使えるが、それだって全てが全てではない。後から使い方がわからないとパンドラズ・アクターを呼んでくるよりも、今連れてきて教わった方が早いとウルベルトは判断し、ここに連れてきた。

 

 ついでに、モモンガがどんな反応をするのかも見ておきたかった。

 デミウルゴスが、ウルベルトを大事にしているように、パンドラズ・アクターもまた、モモンガを何よりも第一に考えている様子であった。パンドラズ・アクターはウルベルトとモモンガが対立するような事があれば、ウルベルトを切り捨ててモモンガの方につくだろう。

 間違いなくどんな場面でもモモンガの味方になる存在だと知っておいて欲しかった。

 その役目は、ウルベルトではないのだから。

 その事をいつかはっきり伝えないといけないのだろうが、それはここに残る彼らの距離がもっと近くになってからのが良いのだろう。

 

 モモンガが、パンドラズ・アクターに仲間の証でもある指輪を渡すと、パンドラは歓喜に震えていた。

 そのしぐさがあまりにも演技のようなオーバーリアクションで、それを見たモモンガが頭を抱える。彼らの距離が近づくのはまだだいぶ時間がかかるかもしれない。

 

「さあ、モモンガ様どうぞご命令を。例えどのようなご命令であろうとも、必ずや遂行して見せましょう」

「えっと、じゃあ遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の使い方を教えてくれるか?」

「Wenn es meines Gottes Wille!」

 

 恐らくドイツ語だろうか。パンドラズ・アクターのその言葉にアインズが再び沈静化がかかったのか沈黙して表情が無になる。

 

「それ、なんていう意味?」

「やめて、掘り返さないでっ、俺の黒歴史っ!」

 

 必死にさっきの発言をなかった事にしたいモモンガを無視して、ウルベルトはパンドラズ・アクターに質問する。

 

「我が神のお望みとあらば、という意味になります」

 

 モモンガは恥ずかしさのあまり手で顔を覆っている。

 ドイツ語がカッコいいと言う気持ちは、ウルベルトにも分からなくはないし、そんなに気にしなくても良いのにと思わなくもないが、やはり喋るたびにオーバーな身振り手振りが入るのが気になる。

 

「えっと、お前たちにとって、創造主って神みたいなものなのか? それともただ純粋に比喩?」

「モモンガ様は私にとって、神そのもの、いえその尊さは神以上の存在と言えるでしょう! このナザリック地下大墳墓を拠点として繁栄させ、私のような存在を創り出す御業。神と例えるのが最も近いと言えるでしょう。そして、そのモモンガ様に創造していだき、役割を与えていただいた恩に報いる事こそが我が人生っ!」

 

 パンドラズ・アクターが大仰なポーズを取りながら喋る度にモモンガのうめき声を上げる。

 それにしても、忠義心が重い。デミウルゴスも、ウルベルトに対して同じように思っているのだろうか。思っていそうではある。できれば、NPC達ともっとフランクな関係になりたいと思っているウルベルトにとっては、この信仰心ともいえる忠義の示し方には大分参っている。

 自分が崇められるような人間じゃないのは、ウルベルト自身が一番良く知っている。彼らが偉業だと言うそれも、ギルドのランキングはかなり上位にいたがそれでもさらに上はいるのだし、ゲームを頑張って楽しんでいただけに過ぎず、なんでもない事なのだから。

 

「かっ、神はやめよう。あと、ドイツ語もやめような。いや、少なくとも俺の前ではしないでいてくれると助かる」

「では、神ではないとするならばどのように言葉で表現するのがよろしいのでしょうか? 私を創り出すその偉業は、神と例えるのが最も近いと思っていたのですが」

「えっ、いや、別に神じゃなくても、創るなら親子とかでも……いや、うーん」

「親子! おお……モモンガ様。私を子と」

「えっ、いや、うーん。神よりは、その方が良い、のか?」

 

 モモンガは完全に混乱していた。

 ウルベルトは、ならデミウルゴスが俺の子かぁと思いながら、他人事のように二人の様子を眺めていた。

 一般メイドは、なぜだか嬉しそうにその様子を眺めていた。

 モモンガがウルベルトが来た時点で完全に支配者らしい態度をしていないが、それも特に気にした様子はない。ギルメン同士が昔のように仲良く話されているのは良いこのだと言わんばかりに、ウルベルトが来た時くらずっと嬉しそうにしており、モモンガとパンドラズ・アクターの様子にはそれ以上に幸せそうな笑みになったように思う。自身の創造主も、同じように親子と言ってくれるのではと考えているのかもしれない。

 

「畏まりました、では以後は父上をお呼びし」

「いや、ちょっと待てパンドラズ・アクター。お前だけ特別だと知れば、どこかで軋轢が生まれるかもしれない。故に、その呼び名は普段使わないでくれ。今回は、お前に頼みごとがあるが、必要以上にお前に会う事は少ないだろうが、それは、このナザリックで不和を招かないようにするためだ」

「承知いたしましたっ!」

 

 モモンガの言葉に、パンドラズ・アクターはびしっと敬礼をする。

 余計な事に突っ込むからだと、モモンガが恨みがましい目線をウルベルトに送ってくるので目を逸らす。

 

 

 

 そんなやりとりがあった後、パンドラズ・アクターに遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を使ってもらい、ナザリックの外の様子を探ってもらう。

 使い方自体は知っておけばそれほど難しいわけではないが、ユグドラシルの頃とは少し操作性が変わっていた。自力で使い方を探ろうとするとそれなりに時間がかかったかもしれない。

 

 外は、セバスが言っていた通り草原であった。

 マーレにナザリックの隠ぺいを頼んでいたが、それもほぼ終わっているのが確認できる。後できちんと褒めてあげるべきだろうと、モモンガと話す。

 

 時刻は間もなく朝になろうかといったところだ。

 アンデッドであるモモンガも、悪魔であるウルベルトも疲労というバッドステータスを持たないため、時間の感覚がなかった。

 日が徐々に昇っていく様は、あまりにも美しい。

 リアルでは絶対に目にする事の出来ない光景だ。

 この映し出された通りの世界が広がっているというのならば、それはなんとも素晴らしい。ブループラネットが愛してやまなかった自然の姿がそこにはある。外に出歩くのにガスマスクは必要なく、きっとこのまま日が昇っていけば空はどこまでも青く広がって行くのだろう。

 リアルに戻りたいという気持ちは相変わらずだが、それはそれとして外に出てみたいと、外に出て未知を求めて冒険をしてみたいとそう思ってしまう。

 

 あまりにも草原ばかりだったので、範囲を広げるとやっと違う光景が浮かび上がる。

 村だ。あまり大きくはない。朝早くだというのに、人の姿がちらほら見える。

 

「情報収集もかねて、ちょっとここに行ってみませんか?」

 

 モモンガもまた、未知なる世界に胸を高鳴らせてそう提案してきた。

 

「俺もそう思ってました。見た感じ、危険な感じはしないですし。ただ、言葉が通じればいいんですけどね」

「ああ、そうですね。さすがに日本語じゃないですよね」

 

 見た感じ、ヨーロッパ系の顔立ちだ。残念ながら、ウルベルトもモモンガも英語などの外来語は一切できない。できたところで、元の世界とは違うのだから、また別の言語を話している可能性の方が高いだろうが。

 

「そういえば、モモンガさん。名前、そのまんまで大丈夫ですか?」

「えっ、偽名を使った方が良いってことですか? まぁ、確かにうちのギルドは評判悪いですけど」

「いや、そうじゃなくて、モモンガと、ウルベルト・アレイン・オードルだったら、俺の方が偉そうじゃないですかね?」

「……ウルベルトさんが、下の名前名乗らなければ良いだけでは?」

「えっ、こんなにもかっこいいのにっ!?」

 

 実際、モモンガの言う通りなのだが、こだわりを持ってつけた名前だ。普段呼ぶときはもちろんウルベルトでいいのだが、名乗る時はかっこよくフルネームのウルベルト・アレイン・オードルと名乗りたい。

 ウルベルトのただのわがままなわけなのでモモンガが嫌がるならばただのウルベルトになるのも仕方がないと諦めつく程度の提案ではあったが。

 

「いやまぁ、でも確かに万が一にも日本語が通じて、この世界にもモモンガって名前の動物がいた場合、俺、小動物と同じ名前で恰好がつかないかもですね。ウルベルトさんと違って、この名前に拘りないですし」

「おっ、名前変えます? それなら俺がとっておきのかっこいい名前考えましょうか?」

「それはそれで良いんですけど、あの、せっかくだったらアインズ・ウール・ゴウンを名乗るとかは、ありですかね?」

 

 その提案にウルベルトは驚いた。てっきり、思いっきり外しまくった変な名前を付けてくると思っていたからだ。

 

「いや、この世界でプレイヤー探すなら、モモンガの名前よりこっちの名前の方が良いかなって。他のメンバーが今後戻ってきて、アインズ・ウール・ゴウンのフルメンバーになる頃にはまた元のモモンガに戻ろうと思いますけど」

 

 悪くはない。個人のハンドルネームを一々覚えている人間は少ないが、アインズ・ウール・ゴウンの名前は良くも悪くもユグドラシルプレイヤーには有名で、大抵の人は知っている。気づいたプレイヤーはギルドの関係者かどうか真偽を確かめるために近づいてくるだろう。

 逆に距離を置きたがる者も現れるだろうが、何らかのアクションを起こしてくる可能性はある。それにDQNギルドといわれているとはいえ、あくまでゲームでの話だ。現実になってしまったこの異世界でまでPKしてくるようなそんな連中だとは思わないだろう。と考えたいがどうだろう。思われそうな気もする。

 

 あまり考えてもしょうがない。ひとまず、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンを名乗り、その名前を広めていく事で情報を集めるという方針は悪くはないだろう。問題は、この世界は思っていた以上に広そうでかなり時間がかかりそうだという点だ。

 この世界で過ごしている時間と、リアルの時間経過が同じであれば、作戦にはもう間に合わない可能性が高い。そして、何日もかかる用ならリアルの体は当然食事もできないのだから死んでしまうだろう。そのあたりは、アニメや漫画であるような、戻ってきたらそれほど時間が経っていなかったパターンになっている事を祈る他ない。

 戻った時どうんるのかはわからない状態だが、リアルでどうなったのかは確認しておきたい。例え、リアルでの体は死んでしまって、どうしようもない状態だったとしても、このまま何もせずリアルへの帰還を諦めたくはない。

 

「じゃあ、アインズ・ウール・ゴウンの名を広めて情報収集をするっていう方針で行きましょうか」

「はい。あっ、でもいい人ばっかじゃないでしょうから、後々は拠点の位置はバレないように偽のナザリックを作るとかしたらいいかもですね」

「さすがモモンガさん、いや、アインズさん」

「なんか、慣れないですね、その呼び方」

 

 そういいつつも、それほど悪くは思っていないような感じだ。

 

「じゃあ、〈転移門〉(ゲート)で近くまで行ってみますか」

「少しお待ちください」

 

 アインズがそう提案したところで、パンドラズ・アクターがそれを止める。

 

「お二方とも、そのお姿のままお二人でお出になられるのでしょうか。一旦友好的に事を運ぶ、という事でしたら、彼らと同じ人間種の姿がよろしいかと。あと、何があるかわかりませんため、誰か共をお連れした方がよろしいかと。例えばそう、この私、パンドラズ・アクターなどおすすめです」

 

 ウルベルトとアインズは、再び遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で村の様子を確認する。

 言われてみれば、そこには人間の姿しかない。

 ユグドラシルでは、異業種も珍しくなかったのであまり気にしていなかったが確かにその通りだ。そもそもこの世界に悪魔やアンデッドが存在するのかもわからないし、いたとしても種族的に友好的な関係である可能性は低いだろう。

 

「俺は、人間化できますけど、アインズさんどうします?」

「でも、ウルベルトさんのそれレベルすごく下がりますけどいいんですか? 初見の場所で使うのはちょっと不安なんですけど」

「ダメっぽかったらすぐに解除します。装備品で補強しとけば一撃死はないですよ。多分」

 

 ウルベルトが習得している魔法に〈未熟な人間化〉というものがある。人間以外の種族であれば最初期から誰でも習得することが出来るが、人間化した際にレベルダウンをすることからそれを使う人はあまりいない。

 レベルが高いほど、レベルダウンする率は増えていき、レベル100のウルベルトではレベル30にまで落ちる。逆に、レベルが低ければ元のレベルと大差ない。始めたての頃に覚えて、あとから必要ないと消していく人が大半である。

 異業種では入れない街に入る時や、人間のみが使用可能なアイテムや装備品を使う時に使用する魔法だ。

 

 後衛で戦うタイプの人がアイテムを一時的に使うために〈未熟な人間化〉を使う事があるまれにある。といっても、そういう事をするのは大抵アイテムがそろっていない序盤だけだ。ユグドラシルは、多種多様な種族を選ぶ事が出来たが、それでも人間の割合が一番多く、自然と人間のみが使用のアイテムの数も他と比べると数が多い。それ故、せっかく良いアイテムを手に入れたのに使えないという主に初期勢のための魔法である。

 

 他に使用方法があるとするならば、異業種狩りが流行っていたユグドラシルにおいて、ある程度自分でどうにか出来るレベルまでは、人間の姿でやり過ごすというものだ。実際、運営が異業種狩りに苦しむ初心者を救うために作った魔法なのではないのかという者もいた。

 

 ウルベルトがどの用途で使っていたかといえば、先ほど述べたうちのどの用途にも使っていない。

 そもそも、覚えたのはかなり後になり、ガチ勢と言われるほどになってからだ。

 先ほども言った通り、ユグドラシルでは異業種狩りと呼ばれるものが横行していた。運営が様々な姿になれるようにとしているにも関わらず、異業種を選んだものを差別し、殺してもいいと勝手に思っている連中が数多くいた。アインズ・ウール・ゴウンは、そんな異業種狩りに対抗するように作られたギルドだ。

 そのため、そんな異業種狩りなどをする輩を逆に狩っていた。

 

 最初のうちは、異業種であるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを狙うような奴を返り討ちにしていたが、次第にその名が知れ渡ると誰も喧嘩を売ってこなくなる。特に、ウルベルトなどは悪名が轟き掲示板にアバターが張り出されるようになり、気づいても近づく者はいなくなる。

 これはこれでつまらないと、そこで思いついたのが〈未熟な人間化〉を使った作戦だ。

 

 ユグドラシルにおいて、いや大抵のゲームにおいて初心者狩りというものをする人間がいる。異業種狩りと同じくらい質の悪い奴らである。そういった連中をおびき出すためにわざと低いレベルの人間のアバターになり、そういった連中を釣るという、そんな誰もしないような用途にこの魔法を使っていた。

 実際、何人も釣れた。値の張る課金装備をちぐはぐにつけているとよく釣れた。

 

 正義の味方を気取っている奴に、そんな人を騙すような作戦はどうかと思うと言われたりもしたが、初心者だからとPKして装備はぎ取ろうとする奴らが悪いと言い返した。たまに、普段は異業種狩りをしていた連中なのに、こちらが人間だと優しく普通に接してきてそれが気にいらないからと別に悪いことはされてないがPKして、またヒーローもどきと喧嘩した。

 そんな、良くも悪くも思い出深い魔法だ。

 

「そうなると俺はどうしよう。あっ、顔を隠せばいいならこれはどうですかね」

 

 そういって、アインズが取り出したのは、泣いているようにも、怒っているようにも見える、なんとも形容しがたい表情をした、異様なお面であり、それを見てウルベルトは噴出した。

 

「おお、それは嫉妬する者たちのマスクっ! 年に一度、とある日のとある時間にのみ与えられるというあのアイテムっ!」

 

 パンドラズ・アクターがテンションを上げてそのアイテムの事を言うが、この仮面には何の魔法も込められておらず、込めることもできない。

 年に一度、そう、クリスマスの19時から22時までにログインしていると強制的に受け取らされる呪いのような恐ろしいアイテムである。

 

「笑ってますけど、ウルベルトさんも持ってるでしょ、嫉妬マスク」

「そうですけど、いやでもそれはちょっと。正面から見てられないっていうか。あと、そんな仮面をつけた不審者の隣を歩くのはできればしたくないですね」

「まぁ、確かに不審者以外の何者でもないですけど。でも、他に顔を隠せるものあったかなぁ」

 

 そういって、アインズが虚空に手を突っ込んでアイテムを探る。

 はたから見ると、腕が消えたように見えるので何とも不思議な光景だ。

 

「さっき着てた全身鎧でいいじゃないですか。あれ、結構かっこよかったですよ」

 

 色を変えたら、どこかの誰かさんの恰好と似ている気がするが、そこは言わないでおく。あれだって、見た目はかっこいいとウルベルトも思っていた。本人には絶対に言わないが。

 

「じゃあ、それで行きますか」

 

 そういって、アインズが先ほどの全身鎧の姿に変わる。顔を出さないのは不信感を覚えるだろうが、隣に人間のウルベルトがいれば、それもある程度は和らぐであろう。

 

「パンドラズ・アクター、先ほどの忠告に感謝する。それで、共を要した方が良いとのことだったが、今回はあくまで様子見だ。ウルベルトさんと私の二人で行く。お前は、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で周囲を確認し、何か問題があれば知らせてくれ。あと、先ほどの会話は聞いていたと思うが、私はこれよりアインズ・ウール・ゴウンと名乗る。以後は、アインズと呼ぶようにしてくれ。他の者にはあとで通達する」

 

「父上、いえ、アインズ様がそうおっしゃられるのならば。しかし、お二方に不測の事態があるようでしたら、すぐさま救援に向かわせていただきます」

 

 念のため、アルベドにも二人が出ていく事を〈伝言〉(メッセージ)で伝え、ナザリックの防衛レベルを上げるように声をかけた後、二人は〈転移門〉(ゲート)を使い、先ほど見た村の手前に飛んだのだった。

 

 

 

 

 

 直に感じるその風と、自然の匂いはここが本当にゲームではなく現実と存在しているのだと教えてくれる。

 人間の姿をしたウルベルトは、黒髪黒目の20代くらいの日本人顔でゲームのアバターなのでリアルの顔と比べればかなりイケメンであるが、どことなく小物っぽい印象がある。〈未熟な人間化〉による変化では、そのアバターの姿はランダムに設定され、変える事はできない。性別も、最初に設定した通りの物になる。こういった融通が利かないのも、この魔法を使う者が少なかった要因の一つだ。

 

 装備は、何が起こるかわからないため元の装備のままだ。腰から出た2本の腕のような装備には、自動防御機能があるためいきなり背後から敵に攻撃されても大丈夫なはずだ。

 遠隔視の鏡で見た限り、この村の住人は西洋人のような顔立ちであった。さすがに同じ人間なのだし、急に敵対はされないとは思うが、東洋人顔を見て彼らは一体どう思うのだろうか。

 

「なんか冒険って感じでドキドキしますね」

 

 本当に楽しそうに、アインズがそういった。

 久しぶりにギルドメンバーと一緒にこうして行動ができるのが何よりも楽しいのだと彼は言う。

 彼がNPCを共につけなかったのはナザリックの防衛のためだけではなく、こうして昔みたいにギルドメンバーと一緒にあの頃のように遊びたかったからというのがあるだろう。

 この広い世界を探索する以上、NPC達だけで外に出てもらう事も今後はあるだろうが、彼らはナザリックを守護するために存在している。ならば、基本はそこを守るように従事される方が良いのであろうか。ウルベルト達にとっても未開の土地ではあるが、そもそも外に出たことがない彼らを外に出すのは少し不安な部分もあった。

 きっと、それはアインズが先ほど親子という発言をしたこともあり、ウルベルトが彼らを子供のような存在と認識してしまったからであろう。

 

「あっ、あそこに人がいますから彼女に声をかけてみましょう」

 

 アインズが指さす方を見れば、いかにも村娘といった風情の少女が甕をもって歩いていた。中にはまだ何も入っていないのだろう事は、その足取りを見ればわかる。

 

「いきなり女の子に声をかけて、ナンパとか思われないですかね」

「大丈夫、だと信じたいです。そこは、ウルベルトさんの手腕にかかっています」

「えっ、俺がいくんですか?」

「だって、こんな顔の見えない相手より、人間の姿をしたウルベルトさんの方が良いに決まってるじゃないですか」

 

 確かにその通りだと、しぶしぶと少女の元へ近づく。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「えっ、わっ!」

 

 驚いた少女が水を入れる甕を落としそうになり、慌ててそれを受け止め彼女に渡す。

 

「ごめんなさい、こんなところにやってくる方なんてほとんどいないもので。どうかなさったんですか」

 

 会話ができる。

 偶然にもこの世界でも日本語が使われているのか、とも思ったがどうやらそうではない。聞こえてくる声と、喋っている口の動きがちぐはぐだ。どういう理屈かわからないが、お互い別の言語を喋っているにもかかわらず、その言葉が翻訳して聞こえているようだ。

 あまりにも不思議な現象だが、今は一旦会話ができる事に感謝して、その不思議な現象については置いておく。

 

「ちょっと旅の途中で道に迷ってしまいまして。ここがどの辺りになるかわかります?」

「ここはカルネ村です。リ・エスティーゼ王国に属する村で、すぐそばにある森がトブの大森林です。見たことない顔立ちですけれど、かなり遠くからいらしたんですか?」

「ええまぁ。この辺りに来たのは初めてで右も左もわからない状態なんです。この辺りで大きい街っていうとどこになるかとかわかりますか?」

「でしたら、エ・ランテルですね。帝国や法国にも面していることもあり、この辺では一番栄えている街なんです。水を汲み終わった後でよろしければ、道を簡単にですけどお教えしますよ。あっ、私、エンリ・エモットっていいます」

 

 そういって、少女、エンリは笑顔を向ける。

 知らない土地の名前に頭を抱えながらも、最初に出会った少女が良い人であった事に安堵する。

 

「こちらも名乗らずに失礼しました。私は、ウルベルト・アレイン・オードル。あっちにいるのが、私の友人のモ……、アインズ・ウール・ゴウンって、アインズさん?」

 

 振り向くと、アインズはこちらに背を向けて少し屈んだ姿勢をとっていた。

 頭に手を当てたその姿勢から見るに、恐らく〈伝言〉(メッセージ)が来たのだとウルベルトには推測できたが、エンリの方は何をしているのか理解できないといったような不審そうな目を向けている。もしかしたら、この世界で魔法を使えるのは自分たちだけなのかもしれない。もしくは、使っている魔法が違い、〈伝言〉(メッセージ)は存在しないのか。

 確認が必要だが、それ以上にせっかく良い関係が築けそうだったのにも関わらずそれが崩れ落ちそうなこの状況はまずい。エンリのアインズを見る目線が、完全に不審者を見るそれだ。声をかけようとすると、丁度会話が終わったらしいアインズがこちらを振り向く。

 

「すいません。あの、確認したいんですけど、今日ってこの村に大勢の人が来る予定とかって、あります?」

 

 アインズがエンリにそう尋ねた。

 おそらく、パンドラズ・アクターから、この村に何者かが近づいているという知らせを受けたという事だろう。

 

「いえ、そんな予定はありませんけど、どうかしたんですか?」

「武装した集団がこの村に向かってきているようなんですよ」

 

 そういうアインズの言葉に、なぜそんな事が分かるのだろうかとエンリは不思議そうな表情だ。

 ウルベルトは、一言エンリに断ってアインズと二人で少し離れた場所で相談をする。

 

「近づいてるって、どんな連中なんです?」

「数は大体100人くらいで、騎士っぽい姿をして、みんな同じ紋章の装備をした連中みたいです。ただ、装備品は何の魔法もかかってないようで、大した戦力はなさそうって言ってました」

「なるほど、村人よりそっちの方がもしかしたら情報聞きだすにはいいかもしれませんね。何しに来たか知らないですけど、ちょっと行ってみますか」

 

 ただの村人よりも、どこかの組織に所属している人間の方が知っている事は多いだろう。

 村は移動しないが、今こちらに向かっている連中はどういう行動をしてくるかわからないのだし、とりあえずそちらを優先させるのはそれほど悪くないはずだ。

 

 エンリに、また何かあれば声をかけるかもしれないといい、二人は騎士団が向かっているという方向に歩みを向けようとした時、女の悲鳴が聞こえた。

 

 こういった声を上げる場面を、ウルベルトは知っている。

 弱者が、強者にいたぶられる時に上げる悲鳴だ。

 

 ウルベルトの足は、自然とそちらに向かって走っていた。

 いつもならば、組織のリーダーが今更行っても助けられないと、ウルベルトがその場に行こうとするのを食い止めるのだが、今はそれを阻むものは今この場にはいない。

 血の匂いがする。

 すでに一度右腕を切り付けられ、なす術のない女に切りかかろうとする騎士に向かい、とっさの事だったので魔法ではなくそのまま走った勢いで思いっきり、ウルベルトは相手を蹴り上げた。

 




今後、外に出る時はモモンの見た目で、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る事になります。

原作では、モモンガさんが、遠隔視の鏡を使い方を探るのに手間取ってましたが、パンドラがやってくれたんでほんの少し原作より早くカルネ村に到着した感じになります。

あと、ウルベルトさんがいるせいでモモンガさんが浮かれ気味で、外に対する警戒度がちょっと下がってます。
ウルベルトさんも、急いで情報探したいんで、警戒するべきなのはわかるけど早く行動しようぜって思ってるからパッと一緒に外に出ちゃいました。

〈未熟な人間化〉は、習得条件にレベルが関係ある物と種族が関係ある物が使えなくなっている設定です。なので、使える呪文はかなり少なくなってます。逆に、それが関係ない〈大災厄〉は使える感じです。


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5話 正義の味方(悪)

「逃げれるか?」

 

 声をかけると女は驚きながらもうなずき、血が出る右腕をかばいながらその場を去っていく。

 

「この野郎、いきなり出てきやがって、何者だっ!」

 

 蹴りつけた騎士が体勢を立て直しこちらに怒鳴りつけてくるが、村人を襲っているのはこの男だけではない。

 村人を助ける義理などどこにもないが、無抵抗な彼らがただただ蹂躙される様をただ見ているだけなのは腹立たしかった。

 

 蹴りつけた時の感覚で、この騎士がウルベルトに比べて格下なのは明らかだ。まだ何か隠し持っている可能性もあり得るが、そうなれば元の姿に戻り本気を出すまでだ。

 〈火球〉《ファイヤーボール》で先ほどの騎士を燃やし、他にも村人を襲おうとしていた騎士に向けてもう1発放つ。

 人の焼ける臭いがする。

 

 嫌な臭いなはずなのに、どこか高揚している自分に気づく。

 先ほどまで強気な態度で襲っていた男が、悶え苦しみ、そのまま死んでいく。

 人が死んでいく姿は何度も見てきた。だが、自分の手で誰かを殺めたのはこれが初めてだった。

 

 彼が自分のせいで死んでしまったのにも関わらず、それをなんとも思わない自分に驚愕する。

 悪魔の体を得たことにより、性質もそれに寄ってしまったという事だろうか。

 このまま、自分のやりたいようにやっていれば己が求めていた理想の悪になれるのだろうか。

 

 違う。

 これはウルベルトの悪ではない。

 

 本来の、自分が持っていた悪ではなく、あとから植え付けられたそれを否定する。

 

 しかし、このまま彼らを放置する事も許しがたく、なるべく威力の低い魔法で彼らを足止めし、その命を奪わぬように攻撃をする。

 村人に襲い掛かっていた騎士たちが、こちらに気づきまとめてこちらを攻撃しようとしてくる。

 この形態で使える範囲攻撃はなんだっただろうかと考え、行動が遅れる。

 

 そこに、漆黒の戦士が割って入る。

 

 騎士の首が飛び、そこから血が噴き出す。

 おぞましい光景だというのに、それを美しいとさえ思える自分が、ただただ憎たらしかった。

 きっと自分が憧れていた悪というのはこういう思考をする存在で、デミウルゴスも同じ感想を抱くのだろう。

 それは構わない。だって彼はそのように作られた、生まれながらの悪なのだから。

 

 だが、ウルベルトは違う。年月をかけて自身がその境地に至ったならばそれを許容できただろうが、いきなり渡されたそれを、自身の物と認める事は出来なかった。

 そのように作られたデミウルゴスは、例え地位や能力がいきなり変わったとしても、その性質はきっと変わらない。

 ウルベルトが嫌うのは、自身の立場に胡坐をかいて悪逆を為すタイプの人間だ。そんな自分が、己が他者より強い力を得たとたんにこうも簡単に人を殺し、それに快楽を見出すなどあってはならない。この感情を許容すれば、今まで自分が嫌ってきた連中と同じ位置に落ちてしまう。

 

「いきなり走り出すからびっくりしましたよー」

 

 あんな事をしておきながら、アインズの声はいつも通りだった。

 彼も、同じくアンデッドの精神をもってしまい、人の生死に頓着がなくなってしまったのだろう。

 

「人、殺しちゃいましたね」

「えっ、あっ! 本当だ!」

 

 今更気づいたというようにアインズが驚きの声を上げる。

 そこでようやく、アインズも自分が人を殺したのになんとも思わなくなっているという事実に気づく。

 だが、いまだ囲まれた状態だ。その事を考えるのは後にするべきだ。

 

「情報聞きだしたいんで、なるべく殺さず捕縛するようにしてください」

「わかりました」

 

 そう言って、アインズが剣を振るう。

 魔法職である彼の剣技は、ただの力任せで技術も何もあったものではなかったが、それでも彼らを圧倒していた。相手のレベルは10にも達していないのかもしれない程度に弱い。

 魔法を使っている者は誰もおらず、ウルベルトは自身が魔法を使っている事に不安を覚えるが、敵がウルベルトに向かい魔法詠唱者かという声を聞いたので、恐らく魔法自体はこの世界に存在している。ただ、その比率はかなり少ないのかもしれない。

 

 力を抑えようとしたが、結局また何人かを殺してしまい、勝てないと悟って数十名が逃走。捕縛できたのは20人程度であった。

 ウルベルトのレベルは30に下がっているが、元から習得しているワールド・ディザスターのクラスはそのままで、その影響で本来使うよりも魔法の威力が高くなっているのも、制御が難しい要因の一つであった。

 

 途中から、村人も自らの村を守るために立ち上がり、ウルベルトとアインズに非力ながらも協力してくれた。それがなければ、もっと多くの騎士をこの手で殺めてしまっていただろう。

 

「どこのどなたか存じませんが、この村を救っていただきありがとうございます」

 

 村長を名乗る男がウルベルトとモモンガに礼を言う。

 感謝される言われなどないとウルベルトは思う。別に自分は正義の味方でも何でもない。村を救おうという気持ちは微塵もなかった。ただ、その光景が気にいらなかっただけだ。

 

 とはいえ、そんなこと言ったところで彼らにとって自分たちが救世主であることに変わりはない。否定する言葉を、ウルベルトは飲み込んだ。

 彼らに恩を売った状態というのはそれほど悪いものではない。まずは現状の把握が最優先だ。

 捕縛した騎士たちの見張りを村人に任せ、お礼をしたいという村長の家で報酬代わりにこの世界について話を聞いた。

 

 直接お金での報酬も欲しいところだが、それほど裕福な村ではないので、先ほど捕まえた奴らを役所に差し出せば報奨金が出るかもしれないというので、村人も手伝ってくれていたがそれらを全てウルベルトとモモンガが受け取るという事で話はまとまった。

 

 分かったのは、ここが本当にユグドラシルとは全く関係がない世界だという事。先ほど襲っていた騎士たちの紋章はバハルス帝国のもので、カルネ村があるリ・エスティーゼ王国とは毎年戦争を行っている間柄なのだという。ただ、捕まえた連中がそのまま本当に帝国の騎士なのかは疑わしいところではある。

 捕まえた連中に、〈人間種魅了〉の魔法を使って話をさせることはできるが、あれほどまでに弱かった彼らがプレイヤーに繋がっているとは思えなかったためその手段を使わずにいる。知らない国の戦争に首を突っ込む事の利点が、現時点ではあまりあるように思えない。一応後で改めて尋問はするつもりだが、期待は持てない。

 

 魔法については、魔法詠唱者はこの村にはおらず、使える人間は限られているのだという。たまに村に来る薬師が、彼の知っている唯一の魔法詠唱者だということだ。

 この世界の人間が使う魔法がどの程度の物か知りたかったのだが、残念ながら分からなかった。ユグドラシルにはない、第0位階の生活魔法と呼ばれるものがあると分かった程度だ。

 

 他に気になった話と言えば、冒険者という職業だろうか。アインズも、その夢にあふれたその職業に興味を示していた。

 どの国にも所属せず、それでいてある程度の身分が保証されるというのは、なんともありがたい。それに、そんな職業であるならば、プレイヤーや、リアルに戻るための情報が手に入りやすくなるかもしれない。

 

 とにかく、エ・ランテルが次の目的地なのは決まった。

 問題は、捕まえた20人もの騎士たちをどうやって運搬するかである。〈転移門〉(ゲート)が使えれば問題はないが、この世界でその魔法がどういう扱いになるかわからない以上、気軽に使う事は出来ない。しかし、このまま町まで連れていくには人数が多すぎる。ウルベルトとアインズが先にエ・ランテルに行き、話をつけてくるというのが一番現実的だろう。その間、村人が彼らをずっと監視する必要があるのが難点であるが。

 

 その事について村長と話し合っていると、突如アインズが立ち上がり、一言断りを入れた後に部屋を出て行った。おそらくであるが、また〈伝言〉(メッセージ)が入ったのだろう。

 少した後、ウルベルトに相談したいことがあるというので、二人は村長の家を一旦出る。

 

「なんか、また近づいてる軍団がいるみたいなんですよ。今度は50人くらい。さっき見せてもらった、リ・エスティーゼ王国の紋章が見えたって言ってました」

「なら、さっきの奴らが暴れてるの知って追いかけてるとかですかね。それだと、さっきの捕まえた連中もそいつらに引き渡したら良いから楽なんですが」

 

 確証はない。しかし、今こちらに向かっているのが本当に自国の戦士なのであれば、敵ではない可能性は高い。

 とはいえ、実際に会って話してみない事にはわからないわけだが。

 

「あと、それ以外にもなんか別の集団が付近に隠れるようにいるみたいで。こっちは、恰好からして魔法詠唱者なんじゃないかって言ってました。どう思います?」

「んー、さっきの連中は、今からくる団体をおびき寄せるための罠で、潜んでいる奴らは隙を見てそいつらを叩こうとしている、ってとこですかね。どこの国の組織なのかまではわからないですが」

 

 先ほどの話を聞く限り1年に行われている戦争は、帝国の方が有利な位置にいるように思えた。そんな帝国が、こんな小さな村を襲うメリットはいかほどの物だろうか。

 法国あたりが、裏で動いている可能性は大いにあるように思える。

 ただ、帝国が今年の限りで戦争を終わらすために、大将の首を取りに来たというわかりやすい図式の可能性ももちろんある。

 

 どういう意図があるかまではわからないが、このまま彼らを放置するのが得策とは思えない。わざわざ隠れているという事は、隠れるだけの理由があるという事だ。

 だが、この場を今離れるのもどうだろうか。ウルベルトか、アインズかのどちらかが行けばいいだけの話だが、人数がいるというのならば、今のこの状態ではさすがに不利な可能性がある。しかし、本来の力を出して良いものであろうか。

 

 確かにプレイヤーの情報や、リアルについての情報は知りたいと思っているし、それならば本来の姿を見せるのも悪くはないかもしれない。しかし、強大な力を見せつければ、関係ない現地人だってこちらに寄ってくる可能性がある。

 あくまで、プレイヤーだけが知っている情報、アインズ・ウール・ゴウンの名を知っている者だけが近づいてきてくれるような、そんな状態を作り、厄介ごとにはなるべく近づきたくはない。

 

「近くに魔獣が住んでいるという森があるわけですし、アウラの魔獣をけしかけてもらいましょうか? そうすれば、俺たちの事は露呈しないですし。ついでに、何人かナザリックに連れて行って情報を聞き出すのも良いかもですね」

 

 アインズの提案になるほどと思う。

 そもそも、二人でどうにかする必要はないのだ。

 

「モ……アインズさん、あったまいー」

「頭良いって程じゃないですよ。じゃあ、アウラに〈伝言〉(メッセージ)してみますね」

 

 〈伝言〉(メッセージ)が終わり、再び村長の家に戻ろうとした頃、近づいてきた新たな戦士団に気づいた村人がこちらに慌てて近づいてくる。

 先ほどの戦いで、村人の中で最初に加勢してきた男だ。自分たちの家族を守るのだと飛び出してきた彼の姿は、覚えている。

 

「ゴウンさんと、オードルさん、実はこの村にまた、戦士風の者たちが近づいてきているんです」

 

 遠目からでは、ただ近づいているようにしか見えないのだから当然だが、不安を隠せない声色であった。

 それでいて、共に戦った故であろうが当然何かあればまた二人が助けてくれるだろうという、そんな感情が透けて見えた。

 

 助けられるのが当たり前だと思われると迷惑だ。だって、こちらは正義の味方ではないのだから。

 とはいえ、近づいているのが王国の戦士であるならばやはり先ほどの捕虜を受け渡すのにちょうど良いし、どちらにしろ交渉は必要だ。

 気分は乗らないが、このまま正義の味方ごっこをしているのがこの場では良いのだろう。

 

「わかりました、私たちもそちらの様子を見に行きましょう。いいですよね、ウルベルトさん?」

「ええ、まぁ、そうですね」

 

 気のない返事をして一緒に戦士団が近づいてきている村の入り口へと向かう。

 一度戦って自信がついたのか、戦う覚悟を決めたのか武器を持った男たちが集まっており、皆一様に、ウルベルトとアインズが来てくれたことに安堵の表情を見せていた。

 

 これじゃあまるでヒーローだ。

 

 ウルベルトは苦い顔をする。モモンガだけはそれに気づいている様子であったが、だからと言ってこの場でなんと声をかけたらいいのかわからずに、声をかけられないでいた。

 

 戦士団がやってくる。

 先ほど戦った連中と違い、武装に統一性がない。それぞれの戦いに適した格好をしたその姿は、歴戦の戦士といった風格がある。

 そんな戦士の中でも、一目で彼がリーダーなのだとわかる、そんな屈強な男が一人いた。

 

 ああ、嫌いなタイプの人間だ。

 そう思い、ため息を吐く。

 

 戦士団は、村人たちがこちらに武器を構える様子に戸惑っている様子であったが、リーダーであろう男はそれにひるむ事なく前にでた。明らかに村人ではないこちらを一瞥すると一瞬不思議そうな顔をした。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っている者である」

 

 その言葉に、村人たちがざわめく。

 戦士長とはどんな人物か側にいた村人に尋ねると、王の御前試合で優勝を果たし、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人物だという。ただ、そんな身分の人間に会った者は誰もおらず、それが本当なのか分かる者は誰もいなかった。

 ただ、本当だとするならば、なぜ王直属の兵士たちが、こんな小さな村にやってきたのかという違和感がある。王直属という事は、普段は王都にいるはずだ。この近くの町はエ・ランテルだと言っていたので、戦士団が来るなら通常はそこからではないだろうか。

 

 とはいえ、恐らく本物だろう。どういう流れで戦士長がここに来ることになったのかはわからないが、わざわざ待ち伏せている魔法詠唱者たちの狙いは彼だと考えるのが妥当だろう。だとするならば、彼は本物の王国戦士長であるはずだ。

 

「この村も襲われているのではないかと思ったのだが、この地には帝国の騎士の姿はなかっただろか」

 

 その問いかけに、村長が前に出る。

 

「このカルネ村も、襲われておりました。ですが、たまたま旅の途中に出くわしてくださった、お二方の助力で何とかこの村を救う事が出来たのです。その証拠に、村の奥にある庫に捕縛した帝国兵を捕縛しております」

 

 その言葉に、ガゼフは馬を降りて二人の前に立つと、頭を下げ感謝の言葉を紡いだ。

 身分ある人間が頭を下げる事に、周りはどよめく。

 その姿に、皆は好感度を上げているのであろうがウルベルトは逆だった。ただただ、この男が気にいらないという気持ちが大きくなる。

 きっと、話せば喧嘩腰になってしまうだろうと思い、ウルベルトは一歩下がる。それを見たアインズは、察してくれたようで前に出る。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は、アインズ・ウール・ゴウン。そして、彼がウルベルト・アレイン・オードル。偶然、村が襲われている現場に出くわした旅の者です」

「この村以外にも、帝国兵に襲われた村がいくつかあるのだが、生存者が数名というひどい有様だった。貴殿らがこの地に来なければ、ここでも同じような悲劇が起こっていたはずだ。本当に、感謝の言葉もない」

「頭を上げてください。我々は正義の為にこの村を助けてわけではないのです。実は、報酬が目当てだったのですが、村の貧困状態では適正な金額を受け取る事は難しく、捕縛した騎士たちを受け渡す代わりに、王国から報奨金を受け取る事はできないでしょうか」

「もちろんです。本来であれば、私がするべき仕事を代わっていただいたのですから、それくらいはさせていただきたい。ただ、今すぐにとはいきません。まず、王都に戻って王に確認を取る必要がありますので、少々お時間がかかるかと」

 

 できればすぐに使える金が欲しかったのだが、王様に確認なんて取っていたらかなりの時間がかかるのではないだろうか。そもそも、馬で来ているようだが帰るのにどれだけの日数がかかるのか。

 〈転移門〉(ゲート)でも使って、ぱっと行ってぱっと戻るみたいな事ができればいいのだが、そう言う話が出ないあたり、〈転移門〉(ゲート)の魔法は一般的ではないという事だろう。ガゼフが連れて来た集団の中にもぱっと見、魔法詠唱者はいないため、魔法詠唱者はかなり限れらた人にしかなれないと見て間違いないだろう。

 アインズとガゼフが和やかなムードで話を進めていき、ウルベルトはただそれを傍で聞いていたのだが、とある一言で、いつもの悪い癖が出る。

 

「しかし、お二人はこの村にとって救世主、正義の味方といったところですな」

「あっ!」

 

 そのキーワードに、アインズが思わず声を上げウルベルトの方に顔を向ける。

 案の定、プッツンと何かが切れてしまったような表情のウルベルトとヘルム越しに目が合う。

 

「ダメですよ、ウルベルトさん。穏便に行くっていったじゃないですか」

「売られた喧嘩買う主義なんです」

「売られないですから。知らなかっただけですから」

「例え知らなかったとしても、私に対してあのような発言をする者は喧嘩を売ったとみなしています。ねぇ、戦士長さん。私を正義といったその言葉、撤回していただけますか?」

 

 ウルベルトは戦士長の前に立つ。

 後ろでアインズが、こうなったら止まらないと諦めて頭を抱えているが、これだけは譲れない。直接助けた状態になってしまった村人に言われのはまだ我慢できたが、こういう手合いに正義だと言われるとたまらなく腹が立つ。

 

 戦士長だけでなく、村人も含めてウルベルトのその様子に何がどうしたのか理解できないといった様子であった。

 一般的には、正義というのは誉め言葉として使われているのだから致し方がない事ではあるが、それでも、そこだけは譲れない。

 

「アインズさんも仰っていましたが、あくまで報酬の為に動いたにすぎないんです。いえ、もっと言えば、私の場合はそんな事すら考えず、ただ腹が立ったからという理由であの騎士たちと敵対したに過ぎないんです。例え、本当はこの村の住人が悪で、彼らが本当はそれを誅するために来た存在だったとしても、同じようにいきなり現れた彼らを打ちのめした事でしょう。何も状況も知りもしないのに、ただ気にいらなかったからと蹴りつけ、何人かは殺しもした。死んだ奴がどんな人だったかも知らない、帰りを待つ家族がいたかもしれない、やむを得ない事情でこんな事をしていたのかもしれない。それなのに、命を奪った。そんな行為が正義であるはずがない。私は、あくまで自身の信じる悪に従った行動した。それが正義であるなどと軽々しく言わないでいただきたい」

 

 正義が嫌いだとずっと思っていた。

 それは、ウルベルト自身が悪よりの存在だから、必然的に正義を憎んでいるのだと勝手に自分で決めつけていた。

 すると、組織のリーダーがある日、お前は正義のハードルが高すぎるんだと言った。だから、それに満たない奴が正義を名乗ったり、正義だと周りから言われたりしているのを見るとイライラするのだと。

 その通りだと言われてやっと気が付いた。

 

 ウルベルトの中で作り上げられる悪があまりにも大きくなりすぎて、それを本来倒すべき正義がこの程度でいいはずがないというそういう思い込みが、自身の正義像を肥大化させていた。

 目の前にいる戦士長も、きっと英雄だとか、正義の味方だとかもてはやされているのであろうが、ウルベルトの理想とする正義とは程遠い。むしろ、彼の行為は悪に近くだからこそこうもイライラするのだ。

 

「申し訳ない。貴殿を怒らせるつもりはなかった。しかし、それでもこうして救われた村人がいるのだから、例え死人が出ようと、それは立派な行為だったと私は思う」

 

 なんでこの男は余計に怒らせるような事を言うのだろうか。

 まるで、たっち・みーだ。ウルベルト自身、自分が面倒な性格をしているのは理解しているが、掘り返さなくてもいい話を掘り返すし、ピンポイントで言って欲しくない言葉を言ってくる。

 何で、こっちがそれは正義じゃないって言っているのに、それは立派な行為だったとか言ってくるのか。火に油を注ぎに来ているようにしか思えない。

 

「ところで、王国戦士長という役職はこんな小さな村に巡回ができるほど暇な役職なのですか? この辺で一番大きい都市はエ・ランテルと聞いているのですが、普通はそこから人が派遣されるのでは?」

「エ・ランテルは王の直轄領だ。その周辺の村を守るのも王の剣である私の務め。私がエ・ランテルに到着したタイミングでそのような事が起こった以上、出向かないわけにはいかないのです」

「罠だとしても?」

「その通りです。助けを求める民に手を差し伸べるため、我々はやってきたのです」

 

 さらに詳しく聞けば前に通ってきた村では生存者の為に、数人を警護の為に割いたのだという。

 根っからの正義漢という奴だ。

 部下も、それが間違っていると知りつつもその信念に感化され、厳しい状況と知りながらもそれに付き従っている。

 

 嫌な思い出が頭をよぎる。

 リアルで、こういうタイプの人間がとあるレジスタンス組織のリーダーを務めていた。圧倒的なカリスマと、その掲げる理想的な信念。例え他の人が無理でも、この人ならばと思えてしまうほどの人望の厚い人物。

 そんな男についていき、無駄な玉砕をして死んでしまった人間を、ウルベルトは知っている。

 どう考えても罠だと、このままでは何も成し遂げられずに終わってしまうと言ってもなお、彼ならばそんな状況も打破してしまうだろうと、最期までそれについて行きたいのだといって説得に応じなかった友人がいた。

 

 どうしても、死の運命から逃れられない場面というのはあったが、少なくともあれはそうではなかった。先導する男が目に見える地雷を踏みにいかなければ被害は最小限に抑えられたにも関わらず、それでもなお正義を掲げて前に進む馬鹿な奴だ。そういうのは、大抵組織に内通者などがいてそう動くように仕向けているし、今度の場合は王国の一部の貴族がそういう役割をしているのだろう。

 

 困っている人がいれば助けるのが当たり前というが、世の中に困っていない人間がどれほどいるのか。

 それら全てを助けることが本当にできるのならば、それ間違いなく正義であろうが、ただの人間にそんなことが出来るわけがなく、それならばせめて犠牲が最小限になる選択をするのが正義の味方の在り方ではないだろうか。

 

 ガゼフという男は話を聞けば、彼は王国において最高戦力たる人物だ。

 そんな男が、こんな小さな村でもし死んだとして、その後王国の国力が下がるのは明白で、いい未来が待ち受けていないことくらいは情勢があまりわかっていないウルベルトにも容易に想像できる。

 人の命の価値が違っているなんて子供でも知っている。

 それでもきっと、この男の死はきっと英雄の死として扱われるのだろう。それが無性に腹が立つ。

 

「あんた一体何の為に戦ってるんだ、ガゼフ・ストロノーフ。王の為か、それとも国の為か、はたまたただ目の前にいただけの村人を助ける為か? それら全てなどと馬鹿らしい夢物語は言ってくれるなよ。確かに、それらは同一線上にある場合もあるが、現状全く別の位置にある。王の為だというならば、今この場で死ぬ可能性を高めるなど愚の骨頂、国の為だというならば話を聞くに別のもっと優秀な王を立てるべきだ、そして、ただ困っている相手の為に損得勘定もなく助け、自身の命を脅かすのは、この場において王も国も両方手放すほどの愚行だぞ」

 

 ガゼフが何か言い返そうとするが、結局言い淀む。

 

「それは悪だ。正義の味方ごっこがしたいなら自分一人で勝手に死んでおけばいいだろう」

「勝手な事を言わないでいただきたい。我々は自らの意思で戦士長について行くと決めた。例え、そこで命が潰えようとも、後悔はない。何も知らないあなたに、そのような事を言われたくはない!」

 

 話を聞いていた戦士長の仲間が間に割って入ってきて、昔死んだ友人と同じようなことを言ってくる。

 

「良いんだ。彼の言う事にも一理ある。ただ、私は私の行いを間違いだとは思っていない。しかし、仲間をこうして巻き込んでしまっている事は、私も悪いと思っている」

 

 王国の戦士団は、そんな事がないと一致団結ムードになる中、その光景に今まで膨れ上がった熱が冷めていく。

 こうなったら何を言ったところでその決意や行動は変わらないだろう。

 無駄な事に時間を割いてしまったと、今更ながらに後悔する。そういう人間だというのは、最初見た時から感じていたのに、つい言い合ってしまった。いや、言い合たというより、ウルベルトが一方的に意見をぶつけたという方が正しいか。

 実際、ウルベルトは王国の事情を詳しくはないのだから、間違った事や見当違いな事を言っていたのかもしれないが、それでも言葉をぶつけずにはいられなかった。

 

 その時、悲鳴の様な声が聞こえた。

 そちらを振り向けば遠くに天使の姿が見える。その姿はユグドラシルで召喚されるものと同じデザインであった。

 方角的に、謎の魔法詠唱者達が呼び出したのは間違いないが、ユグドラシルと同じ天使を呼び出したと言う事は彼らもプレイヤーだったのだろうか。ただ、それにしてはやけにレベルか低いものを呼び出しているのも気になる。アウラが連れてきた魔獣はそんなにレベルの低いものだったのだろうか。ただ、それだとあの悲鳴はどう言うわけなのか。

 

「天使、だと……。法国の連中か? しかし、一体何が」

 

 ガゼフはそんな呟きをした後、天使の現れた場所を確認してくるように部下に指示を出す。

 天使の出現にこそ驚いてはいるものの、天使という存在自体は知っている様子である。

 ユグドラシルとは全く関係ない世界なのかと思っていたのだが、そういう訳ではないのだろうか。それとも、ユグドラシルの魔法を広めた人物がいるという事か。

 ウルベルトはモモンガの方に戻り小声で質問をする。

 

「アウラの呼び出した魔獣って、レベルどれくらいですか?」

「何を呼んだのかはアウラに任せたんで分からないですけど、この辺りの人間はあまり強くないから、もし見られても不自然じゃない程度のほどほどの強さでって言ってます」

 

 ほどほどとはどの程度だろうか。

 村人は、正直レベル1にも満たないのではないかというほど弱い。

 ガゼフについては、王国最強との事だが戦士系の実力など魔法詠唱者のウルベルトには皆目見当がつかず、しかし、それほど強いとは思えないというのが正直な感想であった。

 ならば、天使を呼び出した集団というのも悲鳴から察するに、それほどの実力者ではないとみるべきか。実際に見てみないとわからないが、本当に強い相手ならばパンドラズ・アクターから連絡が来ているだろう。

 

「戦士長、法国の者と思われるものが複数の魔獣、目視できる限りでは5体ほどに襲われておりました。見た事のない魔獣ですが、かなりの難度のものと思われます……。今のところ、こちらには気づいていないようですが、いかがしましょうか」

 

 あれに勝つのは無理だろうと、戻ってきた男の顔は告げていた。

 

「では、私が行こう。今は気づいていないといっても、もしその魔獣がこの村に来ればひとたまりもないだろう。それに、その法国の者からは事情聴取をする必要があるからな」

「それならば、我らも同行します」

「いや、お前たちは村を守っておいてくれ。せっかくお二人の尽力で助かったこの村に何かあっては困るからな」

 

 部下に指示を出した戦士長が、ウルベルトとアインズの前にやってくる。

 

「オードル殿と、ゴウン殿にもできればこの村を守っていただきたいのですが」

「断る」

「ははっ。でしょうな。そう言うと思ってました。では、お二人の旅路に幸がある事を祈っております」

 

 ガゼフが村から遠ざかっていく。

 幾人かの兵士がそれを止めようとするが、彼の決意は変わらず戻ってきた兵士は村人に状況を伝え、避難するように誘導する。

 ウルベルトの言葉の影響も少なからずあるだろうが、しかし彼はどちらにせよこの場面ならば一人で行ったであろう。すでに、仕事の範囲から大幅にずれているのだ。さらに、魔獣討伐ともなれば、あまりにも本来の仕事からかけ離れすぎている。

 対人戦であれば、兵士たちもまだ戦えるのだろうが、魔獣との戦い方を熟知していない人間が容易に行って良いものではない。

 

「アウラが呼んだ魔獣って、倒されても大丈夫な感じですか?」

「ちょっと、確認してみますね」

 

 そういって、モモンガが〈伝言〉(メッセージ)の魔法を使用する。

 心配した村人がこちらに声をかけてくるが適当にあしらう。

 戦士長との言い合いを聞いていたにも関わらず、こちらを信頼しているのはどうなのだろうか。先ほども言ったように、ウルベルトは別に助けようと思っていたわけでもないので、こんな風に信頼されるのは意味が分からない。

 

「ウルベルトさん、倒されても別に問題はないみたいです。ただ、レベル50のオルトロスらしいんですが今のところ相手はレベルが30あるかないか程度みたいで、負ける要素はなさそうだとのことです。すでに数人は捕獲も完了しているようです」

「なるほど。今の状態だとちょっときついですが、アイテムでごり押せば何とかなるか」

 

 PVPならば、レベルが10以上開けば勝ち目はほぼないが、モンスター相手ならば動きがある程度わかっていれば対処の仕様はいくらでもある。それに、アウラが従えている魔獣なのだから、アウラに事前にどう動くか指示を出してもらえば何ら問題ない。

 

「助けに行くんですか?」

「だって、報酬をもらうなら上の立場の人間に話を通してもらった方が良いじゃないですが。程よく恩を売って、がっぽりせしめるチャンスですよ」

 

 ウルベルトの言葉に、アインズはツンデレ、とか一番正義しているという言葉が喉まででかかったが、言えばすごい勢いで否定され喧嘩になるのは目に見えていたのでそれを飲み込んだ。

 もちろん、ウルベルトはそんな事は気づかず天使たちが現れた方角へ向かっていく。

 

「戦うなら、俺が前に出ますよ〈完全なる戦士化〉(パーフェクト・ウォリアー)を使えば、ごり押しでも問題ないと思うんで」

「えっ、アインズさんそんな魔法も習得してたんですか?」

「まぁ、そうですね。全然使った事なかったんですが」

 

 戦士の見た目で魔法を使うのは違和感があるので、この状況においては非常に助かる。きっと、どこかの正義の味方に憧れて習得していたのではないかと思われるが、そんな事を一々問いただすべきではないだろう。

 

「なら、俺は補助に徹しますよ。攻撃魔法は、〈大災厄〉以外ろくなの使えないんで」

 

 〈未熟な人間化〉を使った状態では、習得にレベルが関係するものや、種族限定の魔法が使えなくなってしまっている。逆に言うと、それらに関係のないワールド・ディザスター専用魔法〈大災厄〉は問題なく使えるのだが、この場で使えばとんでもないことになるのは目に見えているので、よほどの事がない限りは封印しておくべきだろう。

 

「それじゃあちょっと、正義面した男に恩を売りに行きますか」

 




 悪魔になった影響で人を殺しても平気になってるとウルベルトさんが言ってますが、これは勘違いですね。次の話で本人も気づきますが。
 人間化してても、あくまでゲーム上の人間、しかもカルマ値が低い人間になってるからこんな感じの感情を持つようになってます。
 ユグドラシルでは基本的敵はモンスターだったと思うんですが、でも人間の敵も場合によってはいただろうし、この異世界の人も悪い奴は殺してもしょうがないみたいな倫理感を持ってるようなのもあって、リアルの人間とは違うプレイヤーとしての人間になってます。
 とはいえ、一応人間なのもあって悪魔の時ほど、悪逆が楽しいみたいな感情はないです。

 そして、本人は理屈を捏ねてるが完全に正義の味方をしていてすまない。中盤から、ちゃんと悪役しているウルベルトさんになる予定なので、今しばらくお待ちください。


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6話 親子

「モモンガ様とウルベルト様が護衛も連れずに二人だけで外に出たなんてどういうことなの、パンドラズ・アクター! モモンガ様にもしもの事があったなら、あなた一体どう責任を取るつもりなの」

 

 モモンガから、外への探索に出るためナザリックの防衛を固めるようにと〈伝言〉(メッセージ)を受けたアルベドはその言葉に従ったのち、モモンガの自室へと向かった。

 そこで出会ったパンドラズ・アクターの自己紹介が終わるや否や、彼女は怒りに声を荒げた。

 まだ、外の様子は把握できていないこの現状で、二人だけを外に出すなど、そんな事が許されて良いはずがない。

 

「私はそのようにご命令をされ、それに従ったまでです」

「だから、それを止めるのがあなたの仕事じゃないのかと言っているのよ! モモンガ様に何かあったら、あなた責任が取れるの?」

「ですから、遠隔視の鏡で様子は確認しております。もしもの事があれば、すぐにでもそちらに向かう手はずになっております」

「見てから行動を起こしたら、間に合わないかもしれないじゃない!」

 

 ヒステリックな声を上げるアルベドにも、パンドラズ・アクターの表情は変わらない。ドッペルゲンガーの彼の顔は、どこを見ているかすらはっきり掴むことはできず、何を考えているのかなど全くわからない。

 彼はモモンガが作った存在だという。ならば、もっとモモンガの事を心配しても良さそうなものだと思うのだが、彼は父なる神がそうお望みになったからだと返答をした。

 

「あなたの仰ることはもっともでしょう、統括殿。しかし、私はモモンガ様の幸せこそを優先したい。あのお方はずっと、他の至高の御方がお戻りになられるのを待っておられた。再び、仲間と冒険に出られる日をずっと夢見てきた。それをお止めすることは、私にはできません」

 

 モモンガの安全よりも、モモンガの幸せを優先するという。

 それはつまり、モモンガの幸せとはあの男と一緒にいる事であると、そう言っているのだ。

 それが、たまらなく腹立たしかった。

 玉座の間にいたその時までは、モモンガはアルベドの事を見てくれていた。それが、第六階層に行き、あの男と再会してからはどうだ、その目線はあの男にばかり注がれている。それが、どうしても耐えられなかった。

 

「それにしても、統括殿はモモンガ様の心配ばかりされておられますね。まるで、ウルベルト様などは心配するに値しないと言わんばかりに」

 

 しまったと、アルベドが言い訳をしようと口を開こうとしたのを、パンドラズ・アクターが手で制す。

 

「いいえ、いいえ。お気持ちはよくわかりますとも。そして、あなたのその想いを、告発する気は毛頭もございません」

「それは、あなたにとってもあの男は邪魔な存在、という事で良いのかしら?」

「何度も言っておりますが、モモンガ様の幸せこそが私が望むもの。私は、至高の御方の姿を取ることはできますが、結局は本物ではない。モモンガ様のお心を真に癒すことが出来るのは、本物の至高の御方々でしかありえない。ですから、ウルベルト様が、モモンガ様の望まれるように、このナザリックに居続けていただけるのであれば、私からは文句は何もないのです」

 

 ああ、なるほどと、アルベドはにやりと口角を上げた。

 

「つまり、ウルベルトがリアルに帰ろうとしているようならば必要ないと、そういう事ね」

「ウルベルト様は、お病気のためナザリックを離れたとモモンガ様よりお伺いしておりました。どのような病気かは存じませんが、“りある”でしか療養ができない状態のようで、それならば仕方ないとモモンガ様は納得しておられました。それがもし、もし、ですよ“りある”に他に居場所があるだとか、仲間がいるだとか、そんな、このナザリック地下大墳墓よりも大事な場所があるからとこの地を去るのだとしたら、納得できるわけがないじゃないですか」

 

 つまり、ウルベルトがリアルに帰ろうとしているという確証が取れたならば、パンドラズ・アクターはアルベドに協力するといっているのだ。

 

「もし、そのような事があるようならば、モモンガ様がその事を知る前に行方不明という形で消えていただくか、もしくは死んでいただくのがよろしいでしょうね。そうすれば、モモンガ様の心の傷は最小限に留められる」

 

 それが当然の事だというように、ごく淡々と至高の存在であるウルベルトを消すとそうのたまう。

 ナザリックで誰もが崇める至高の40人を、ただモモンガの心を癒すだけの存在と定義し、それができないのであれば不要だという。

 

「私たち、仲良くなれるかしら」

「それは今後のウルベルト様次第でしょう。私としましては、あなたと組まずに済むのが一番良いのですが」

 

 何とかしてあの今更戻ってきた男が“りある”に戻ろうとしている確証を掴まなくては。

 アルベドとて、流石に至高の存在ともなれば早々手出しはできず、どうするべきか頭を悩ませていた。自分がやったと分かれば、モモンガに嫌われてしまうだろうから、秘密裏に事を進めなければいけない。

 そこに現れた協力者候補は、何としても仲間に引き入れなければいけない。宝物殿を守護する彼ならば、その地にあるアイテムも持ち出す事も可能だろう。そうでなくても、知恵者である彼は敵に回ると厄介だ。

 今まで他にも同様な想いを抱いている者はいないかと探りを入れてきたが、誰一人いなかった。アルベドと同じく、モモンガに恋慕しているシャルティアですら、創造主を優先していた。モモンガを愛する事を許可されたのが、アルベドのみである証拠でもあり、どこか誇らしくもあったがやはり事を起こすには一人では難しい。

 一先ずは、パンドラズ・アクターを仲間に引き入れる事が先決だ。

 

 確証はまだないものの、ウルベルトは“りある”に戻ろうとしているだろうと、アルベドは考えていた。デミウルゴスが、“りある”への行き来できる方法を探すべきだと提案してきたのは、彼がウルベルトが“りある"に戻ろうとしている事を知っており、その手助けをしようとしているという可能性は非常に高いと見ている。

 パンドラズ・アクターもこうしてアルベドに話しかけてきている辺り、ウルベルトの事を怪しいと睨んでいるように思われる。

 後はどうやって、モモンガがに知らせないようにその確証を得るかという事だ。

 パンドラズ・アクターは、ウルベルトの病気が本当だったか疑わしく思っている様子があるが、その点はセバスが話していた内容と合致してしまっている。

 ウルベルト本人に近づくよりも、デミウルゴスから情報を聞き出すべきかと思案していると、パンドラズ・アクターがとんでもないことを口にした。

 

「ああ、そうそう。先ほどモモンガ様より言われた事なのですが、お名前をアインズ・ウール・ゴウンに改名されるとのことでした。後ほど正式に通達されるでしょうが、以後はアインズ様とお呼びする事となるようで、私も呼び名を正さないといけませんね」

「は?」

「外はどうやら人間社会の様子。そこで、ウルベルト様が、モモンガ様の改名を提案しモモンガ様はアインズ・ウール・ゴウンを名乗られることをお決めになられたわけですが、統括殿、今すごい顔をしていらっしゃいますよ」

 

 許せない。

 許せるはずがない。

 

「モモンガ様のいと尊きお名前を改名する必要がどこにあるというの!」

「人間社会ですと、姓がないと侮られることがございますのでそういった理由でしょう」

 

 どうしてモモンガが人間なんかの為にそんな配慮をしなくてはいけないのか。姓がないからと言って侮るようなそんな人間ならば殺してしまえば良いだけではないか。

 ああ、憎い。

 今もモモンガの側にいるのがあの男だという事実がどうしても受け入れられない。

 一度はこの地を捨てたくせに今更帰って来て。

 パンドラズ・アクターは、至高の御方の似姿になれる代替え品であるが、アルベドの設定をモモンガが変えたのも、その至高の40人を待つ寂しさ故からだったのだろう。

 

 それでも良かった。

 どうせ、他の40人は戻ってこない。戻って来ても一瞬だけだ。

 彼らがいない間のモモンガの寂しさは、アルベドが埋めるはずだったのだ。モモンガの目線は、アルベドに向くべきはずだったのだ。

 それが、全部奪われた。

 あの男さえ現れなければ、愛してもらえたはずなのに。

 

「統括殿、どうか私以外の前ではそのような顔はされないように気を付けて下さいね。私としても、万が一の事態が起こった場合、協力者がいないと困りますので」

「ええ、そうね。ごめんなさい。今後は気を付けるわ」

 

 アルベドはいつもの慈愛あふれる笑顔に表情を戻す。

 だが、その内に燃え盛る憎悪の炎は勢いを増す。

 ああ、早くの男を殺してしまわなくては。

 モモンガの視線を奪い、あまつさえ名前まで奪ってしまったあの男を、早くモモンガの前から消してしまわなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜこのような事態になってしまったのか。

 陽光聖典隊長ニグン・グリット・ルーインは不測の事態に苦い顔をした。

 ガゼフ・ストロノーフ抹殺の任についていた彼らは、獲物が檻に入るのを待ち構えていた。それが突如、トブの大森林の方角から現れた頭が二つある獅子のような魔獣によって壊滅状態になった。

 突如現れた魔獣は、難度は恐らく100を超えているのではないかと思われる。

 

 あまりのタイミングの良さに罠なども考えたが、あれほどの魔獣を従えられるとも考えられず、ならばこれはただの偶然と考えるほかない。

 すでに何人かがやられ、森の奥に連れていかれている。おそらく、自分の巣穴に餌を持ち帰っているのであろう。

 

 もし、この魔獣が1体であればまだ対処ができたのかもしれないが、何よりも恐ろしいのがこの魔獣が複数で連携をとってくる事だ。

 炎を吐きだす攻撃をしたことから、氷の魔法をぶつけた結果、多少ではあるがダメージを与えられたのは確認したが、その魔法を放った者はもうここにはいない。他に意識をそらそうとしても、連携して自身の弱点を突いてきた存在を真っ先に屠りにきた。

 

 天使を召喚し応戦するが、かみ砕かれ、逃げようにも囲まれた現状ではそれも許されない。

 本来の予定であればこんな場所で使うべきではなかったのだが、ここで志半ばのまま死ぬよりはと第七位階の天使を召喚しようと魔封じの水晶を使おうとしたところ、何らかの危機を察したのか召喚するよりも先に魔獣が一気にニグンの元に襲ってきて、何とか生き永らえたが腕ごと水晶を奪われてしまった。

 このような魔獣の報告は聞いたことがないが、もしかしたら破滅の竜王が現れる前の予兆のようなものなのかもしれない。

 一命をとりとめた物の、最終兵器が奪われた今もはやどうすることもできない。

 そう、誰もが諦めかけた時に現れたのは、本来我々が殺すべき対象の男であった。

 

「貴殿らの目的は恐らく私の命であったのであろう。だが、このような魔獣を村へ行かせるわけにはいかない。故に、助太刀をさせていただく」

 

 馬鹿か、この男は。

 状況が見えていないのだろうか。

 一人でどうにか出来る敵ではない事は、明らかだ。それなのに、一人で助太刀に来たなどというのは、頭がおかしいとしか言いようがない。

 ただ、この男が英雄と謳われる事がある所以が分かった気がした。

 きっとこういう馬鹿に、人は夢を託したくなるのだろう。

 だが、この現状では無駄死にするだけなのは明白だ。

 

「逃げろストロノーフ! 奴らは炎の攻撃をし、弱点は氷のようだ。今はこの場を去り、この情報をもとに討伐隊を編成して来い!」

 

 その言葉に、ガゼフも仲間の陽光聖典も驚いていた。

 だが、今倒すべき敵はガゼフではない。この獣だ。このまま村を襲うような事があるならば、人類の脅威になりえる。それを排除する事こそが、人類の守り手たる我々の使命なのだ。

 

「いや、この獣たちはこの場で我々が仕留める」

 

 突如、全身鎧を着た男が現れそう言った。そばには、魔法詠唱者と思われる男も一人いる。

 二人とも、一目で分かるほど見事な装備品を身に纏っており、ただ者ではない風格があった。

 

「ゴウンに、オードル殿!」

 

 ガゼフが驚いたように声を上げる。

 聞いたことない名前であった。魔法詠唱者の顔から察するに、南方からやってきた旅人か冒険者といったところだろうか。

 だが、確かに装備は立派なものであったが、ガゼフとあと二人が来た程度でどうにか出来る状況ではない。

 

「この獣を倒せば、報酬とかもらえたりしますかね、戦士長殿?」

 

 にやりと笑いながら、魔法詠唱者の男がガゼフに問いかけた。

 

「!? ああ、少なくとも冒険者組合から魔獣討伐の報酬を受ける事は可能なはずだ。どれほどの強敵であったかは、この私が証人になろう」

 

 そういうガゼフは、どこか嬉しそうであった。

 そこからは、漆黒の鎧の戦士の独壇場であった。

 その剣技はあまりにも武骨であり、形もなにもあったものではなかったが、それでもその圧倒的な力の前ではそんな小細工は必要ないというようであった。

 近づいてきた敵をただひたすらに真っ二つに切り裂くという、ごく単純な戦法。

 遠くからの炎の攻撃は、魔法詠唱者の男が見事に防いでいた。第三位階までの魔法を使えるようだが、〈魔法の矢〉(マジック・アロー)の威力が通常のそれよりもかなり高いように見えた。もしかしたら、魔法の威力が高くなるようなそんなタレントを持っているのかもしれない。かなり優秀な魔法詠唱者の様だが、ただ漆黒の戦士の強さは圧倒的であった。

 その剣技のお粗末さから、ぷれいやーという事はなさそうだが、ぷれいやーの血を覚醒させた存在である可能性は非常に高いように思われた。もしかしたら、身に着けているマジックアイテムの効果なのかもしれないが、その力が圧倒的であった事には違いはない。

 そんな事を考えている間に、先ほどまであれほど勝ち目のない強敵と思っていた魔獣が、たった二人によって撃退されてしまった。

 ニグンは、この情報を早く本国に伝えねばと痛む腕を抑えながら、そんな事ばかりを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺しても良いといわれたので思いっきりやってしまったが本当によかったのだろうかと、オルトロスの死骸を見ながらアウラに対して罪悪感をウルベルトは覚えた。希少な魔獣というわけでもないので、別に問題はないとの事だったが、あとからまた生き返らすという事などはできるのだろうか。

 

「お強いとはお聞きしておりましたが、あそこまでとは思っておりませんでした。お二人には、感謝してもしきれません」

 

 自身では戦っても足手まといになると悟り、襲われていた魔法詠唱者たちを守ることに徹していたガゼフが、安全を確認した後こちらにやってくる。

 その戦いぶりからみて、レベルは30か40くらいはもしかしたらあるのかもしれないなと思われたが、いかんせん装備品が貧弱すぎて話にならなかった。これで、この辺では最強と言われる戦士と言うのだから、この世界ではレベル100の力はかなりオーバースペックだ。やはり、軽々しく力を見せる事はしない方が良いだろう。

 

 ガゼフの部下たちも、戦闘の音が聞こえなくなったところで、こちらにやって来て法国の人間に何があったのか話を聞いていた。ガゼフを殺そうとしていたのは間違いないだろうが、実行犯ではない以上証拠はなく、せいぜい不法入国で取り締まられるだけになるかもしれない。

 

「感謝は言葉より、形のあるもので欲しいものですね」

「その通りだな。なるべく、お二人の希望が叶うように王に間違いなくお伝えする。あと、魔獣討伐の報酬については、もしお二人が冒険者として登録されるなら、されていない状態よりも多く報酬がもらえるはずなので、そういう道も悪くはないと、私は思う」

 

 確かに、冒険者というのも悪くはないと思っていた。

 

「そうですね、俺たちはこれからゆっくり色んな所を回ってエ・ランテルに行くつもりですから、戦士長からエ・ランテルの冒険者組合に我々の事について話をつけておいてもらえますか? できれば、大きい報酬は後でいいので数日分の宿代ぐらいもそこに預けていただけるとありがたい」

 

 ユグドラシル金貨がいろんな面で使いにくい以上、なるべくこの世界の硬貨が必要だ。この世界に長居する気はさらさらないが、それでも情報を得ようとするならばそれ相応の金が必要になってくるのが世の常だ。

 勝手に話を進めてしまったが、モモンガも特に不満はなさそうであった。むしろ、どこか嬉しそうですらある。

 ガゼフはその程度ならば問題ないと請負、捕まえた連中と一緒に村を後にした。

 

 ウルベルトとアインズが村へ戻れば、まるで英雄が帰還したとばかりに讃えられた。それだけでも厄介だというのに、また村の近くに魔獣が現れたりどこかの騎士に襲われたりするかもしれないから、大したもてなしはできないがこの村に残ってくれないかとまで言われた。

 魔獣については完全にこちらのせいなので、アインズが魔獣除けの御守りを渡すと、こんな貴重なアイテムをと恐縮されてしまった。

 レベル50までの獣が近づきにくくなるという物で、ガチャから大量に出た、アインズにとってはごみアイテムであった。完全に近づいて来ないなら良いが、あくまで近づきにくくなるだけなので、上位互換アイテムを持っていた場合完全に必要がないような代物だ。大量に持っていたからか、20個くらいを在庫処分と言わんばかりに渡し、村の森に近い位置に置いておくようにと指示をしていた。

 別れを惜しむ村人たちを後に、ウルベルトとアインズは村を出て、ナザリックへと帰還したのだが、その後すぐに後悔した。

 

 

 完全に、失敗した。

 

 ノリで冒険者になるとか言ってしまったが、少なくともアインズと二人でなる必要は全然なかったと、ナザリックに帰還したウルベルトは気づき、頭を抱えていた。

 冒険者になるにしろ、アインズとは別れて別々になるべきだったが、これから二人で冒険者、楽しみですね! とテンションが高いアインズに今更別行動をしようとは言えない状況になっていた。

 しかも、捕まえた数人の法国の人間から尋問を行った結果、プレイヤーに繋がる情報が、少なくとも王国よりはありそうな雰囲気があった。

 アインズも一応、リアルへの帰還方法を探すという方針には同意しているものの、それでもナザリックの安全が一番であり、法国について探りを入れるのはもっと現状を把握してからの方が良いだろうと言ってきた。反論する言葉が思いつかず、法国を直接的に調べるのは後回しにされてしまった。

 

 せめて〈伝言〉(メッセージ)が言葉を発せずに使えるのならば、もっと気軽にデミウルゴスに相談して今後の方針を決めることもできたのだろうが、それもできない現状だ。少しの時間であれば〈伝言〉(メッセージ)をする事も出来るが、やはりこそこそとそんなことをしているのがアインズにバレれば不審に思われることは間違いない。

 今後はもっと慎重に、今後の動きを決めて行かなければいけない。

 

 カルネ村から帰った後、守護者たちを集めて今後の方針と、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンに改名したことを告げた後、一旦アイテムの整理をしたいとウルベルトはデミウルゴスと自室の片づけを行っていた。

 一般メイドが頑なに手伝うと言ってきたのだが、親子の触れ合いタイムだから今回は控えてくれと言うと、それならば仕方がないと納得してくれた。ただ、掃除は二人がいなくなったらするので、ゆっくりしていてくれと、お茶とお菓子を持ってきてくれた。

 

 悪魔の体は、特に飲食を必要としないのと、この世界に来て色々ありすぎたため今まで食事はとっていなかった。

 一口、メイドが持ってきてくれたクッキーを食べるとあまりの美味しさに目を見開く。

 ただ、こんな旨いものを知ってしまうと、餌付けされて帰りたくなくなるのでは、なんて思ってしまって1枚だけ食べてあとはデミウルゴスに食べるように言った。この味に慣れてしまえば、リアルでの食事は喉を通らなくなるだろう。

 

 部屋は、アイテムボックスにあったものを全てぶちまけていたこともあり、ひどい惨状である。メイドがするとは言っていたが、今後使いそうなアイテムを選別する必要もあったので、デミウルゴスと一緒に掃除をしながら作戦会議を開いていた。

 

「現状、他の守護者たちも自身の創造主が戻ってくる手掛かりになるのであれば と“りある”への行き来する方法を探す事には皆賛同しておりますので、情報収集はこちらの方で行っておきます。ただ、法国への調査となるとアインズ様の御命令に背くことになりますので、やはり難しいかと」

「そうだよなぁ」

「私個人で動くことは可能ですが、もし本当にぷれいやーが存在して友好関係が築けなかった場合のリスクが大きすぎるかと。アインズ様の御命令を背いての行動となると、ナザリックからの援助は求められませんから。ウルベルト様からのご命令を頂けるようでしたら、少し探りを入れるようにいたしますが」

「そこまではしなくていい、自身の命を一番に考えてくれ」

 

 ゲームと同じ仕様であるならば、NPCはユグドラシル金貨で復活ができるはずだ。だが、だからと言って簡単に死んで良い訳がない。ウルベルトは、持っていた金貨を全て、引退する時にナザリックの維持費にでも使ってくれと渡してしまっている。

 つまり、使うとなると宝物殿の金貨を使う事になる為、復活させるかどうかを決めるのはアインズだ。命令を背いたとあっては、復活させてもらえるかどうかも怪しい。

 そうでなくても、デミウルゴスが死ぬところなど見たくはない。

 

「とりあえずこのまま、地道に情報を集めていくしかないっていう事か」

「申し訳ございません」

「謝らなくて良い。お前がそう判断したっていうなら、それしかないって事なんだろう。それが確認できただけで充分だ」

 

 もし、ウルベルト一人で転移していたならば無茶をしただろうが、アインズが今後もこの地に残るとなるとそれもできない。デミウルゴスをリアルに連れていけない場合は、彼もここに置いていく事になるのだから、ナザリックの安全は絶対条件になる。

 そうなると、予想以上に広そうなこの世界でリアルへの帰還方法を探すには、ナザリックの力を借りながら地道にやっていくしかないという事だ。

 

 その間に、己の中にある悪が変わらない事を祈るばかりだ。

 

 カルネ村の一件で人を殺したにもかかわらずそれほど罪悪感を覚えない自分に驚いて、これは悪魔になった影響かと思っていたのだが、少し違っていた。いや、悪魔になった事でそういった影響が表れているのは間違いないが、人間化した際はそれが和らいでいたのだ。というより、人間化してもあくまで人間種のプレイヤーと同等の感情になっていたというべきか。

 ゲーム中では相手が人間であろうと敵であれば殺すのは自然な行為だ。それ故、敵と認識した相手に対して殺すことにそれほど躊躇がなかったのだと思われる。あの時感じた高揚感は、悪魔になった影響が残っていたのか、カルマ値が極悪であったからなのかは、はたまた両方の影響か。

 ただ、はっきりとしているのは人間化した時と悪魔状態では精神構造が多少変わってくるという事だ。情報収集のため数人連れてこられた陽光聖典が尋問という名の拷問を受けているのを目撃してもそれを愉快に思ってしまったのが証拠だ。

 このまま悪魔の精神になってしまえば、リアルに帰ったとして本当にやるべきだったことをやれなくなってしまうのではないかという恐怖があった。

 この気持ちが変わる前にどうか、リアルへ帰還できますようにと祈るより外にない。

 

「羊皮紙の捜索のご命令を頂いておりますので、それを探すのと並行して、近隣諸国から法国やぷれいやーの情報を集めるように致します。ですので、ウルベルト様はアインズ様と外の世界を楽しまれて頂いていても大丈夫です。アインズ様は、ずいぶん楽しそうにされておられましたし」

「まぁ、俺が何かするよりお前の方がこういうのは得意分野か。もう、自分で言い出しちまったし、一時はアインズさんと楽しく冒険者やって、アインズ・ウール・ゴウンの名前を広めておくか」

 

 冒険者になる以外の道もあったのだろうが、もはや今更だ。

 とりあえず、このままの方針で行くしかないだろう。

 

「そういえば、お前にとって俺ってどういう存在だ? ああ、創造主だって言うのはわかっているんだが」

 

 唐突に、ウルベルトは話題を変えた。

 

「この世で最も尊い、私が忠義を捧げるべきお方と思っておりますが、どうしてその様な質問を?」

 

 デミウルゴスが不思議そうな、そしてどこか不安そうな表情でそう尋ねる。

 

「いや、パンドラズ・アクターが創造主は神の様な存在だって言って、アインズさんがそれに対して親子の方が近いんじゃないかって言うからさ、俺とお前の場合はどうなんだろうと、そう思っただけなんだ。俺としても、神なんて大仰な存在じなくて、父親の方が気軽で良いなと思ってるんだが」

「よろしいのでしょうか。ただのシモベ風情がそんな……」

「俺がそうしたいって言ってんだよ。まぁ、一緒に死んでくれなんて言ってる奴に、親を名乗る資格はないかもしれないけどさ」

「いいえ、そのような事はございません。ウルベルト様にそう言っていただける事は何にも勝るほどの褒美でございます」

 

 デミウルゴスは歓喜に震えているが、親子になりたいだなんていうのはウルベルトの自己満足だ。

 

「俺の両親は俺を残して勝手に死んじまってな、俺はその場にいなかったからどうしようもないんだが、一緒に連れて行って欲しかったってずっと思ってた。でも、それ以上にこんな自分じゃあきっとダメなんだろうなって、ずっと俺なりの悪になろうと努力してきた。未だ理想には程遠いが、息子を一緒に地獄に連れていけたなら、過去の自分の後悔を拭い去れるんじゃないか、なんて馬鹿な事を思ってるんだ」

 

 親と名乗るには、やはり最低だなと口にして改めて思う。

 

「馬鹿だなんて、そのような事はございません。私も、ウルベルト様に置いていかれくらいならば、どのような場所であろうとお供したいと思っております」

「俺のわがままに突き合せちまって悪いな」

「そんな事はございません。私は、あなた様のわがままに付き合いたいのです」

「……俺の息子にするにはお前は出来すぎだな」

「ウルベルト様がそのように私をお創りになれれたからです」

「そうだな。その通りだ」

 

 そこで、ウルベルトは何か大切な事を忘れているようなそんな感覚がしたが、それが何なのか思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズが9階層のスィートルームの廊下を歩いていると、メイドがお茶とお菓子をワゴンに乗せて歩いているのが見えた。

 

「それは、どこに持って行くんだ?」

「ウルベルト様のお部屋まで持って行くところです。現在、ウルベルト様はデミウルゴス様と親子の触れ合いタイムとなっておりますので、その差し入れです」

 

 メイドは嬉しそうにそう言うと、アインズに会釈をしてウルベルトの部屋に向かって行った。

 

 親子、か。

 アインズは、自身でパンドラズ・アクターに対して親子などと言ってしまったが、本当はそんな風には思ってはいない。確かに、間違いなく自分が作り上げた黒歴史なのは間違いないが、育て上げた記憶はないのだからそれも当然だろう。

 

 しかし、NPC達とはもっと仲良くなるべきなのだろうかとは思う。

 先ほどのメイドも、自分が何かしてもらっているわけでもないのに、ウルベルトとデミウルゴスが仲良くしているという事実に嬉しそうにしていた。

 NPC達からの反逆を恐れて、支配者の様に振舞っていたが、それは間違いだっただろうか。一度そういう演技をしてしまっている以上、もはやそれを変えるのは難しいが、家族の様にNPC達に振舞っていた方が良かったのだろうかと思ってしまう。

 

 とはいえ、家族という物がどう言うものなのか、鈴木悟にはよくわからない。

 両親とも幼い頃に無くしてしまっており、家族と過ごしたごくわずかな時間の事は、もはや記憶の片隅にほんの少し残った程度で、実際にどう接するのが家族として正しいのかなんてわからない。

 ウルベルトも、同じく両親を幼くして無くしているはずだが、彼の場合はそれ故に家族と言う存在を求めて、デミウルゴスと今こうして仲良くしているのかもしれない。

 

 家族は無理でも、やはりもう少し位は彼らに近づいておくべきかと思い、アインズは歩を進めた。アインズにとっては家族でなくとも、ギルドメンバーにとって家族のような存在である彼らから失望はされたくない。

 冒険者になるための準備は済ませてしまったし、ウルベルトの邪魔もできなくて時間が空いている、と言うのが一番の理由なのだが、とりあえず魔獣を呼んでくれたアウラにお礼を言うべきかなと六階層へ向かった。

 アインズが突然来訪して礼を述べると、アウラは畏まってしまった。

 

「そんな、アインズ様や至高の御方に尽くす事が私たちの役目なんですから、そんなお礼なんて必要ないですよ」

 

 そんな風に言われると、なんだか少し寂しい気分になる。

 ギルドメンバーとは、もっと気安く話が出来ていたのになと、そんな事を思ってしまう。

 

「でも、尋問するのに捕まえた人間は本当に数人で良かったんですか? あの程度の人間なら、全員一気に捕まえる事もできましたけど」

 

 実際、アウラの言う通りあのレベルであればまとめて全員捕まえる事はナザリックの戦力を考えれば訳はないだろう。実際、尋問をして彼らにかかった呪いのようなものの存在を知らなかったが故に無駄に何人か殺してしまったため、情報収集としてはあまりうまくいっていないというのが現状だ。

 

 アインズだけであの場にいたならば、全員を捕縛するように指示を出していたであろうが、ウルベルトはあの時人間化していた故かもしれないが、人を殺したくないと思っていたようだった。そのため、被害を最小限にするべきかと、アインズが判断して捕まえるのは数人だけと、アウラには命令をしていた。とはいえ、ナザリックのNPC達は、人間種であるアウラでさえ人間を軽視しているので、なぜウルベルトが殺すのに躊躇しているのか理解はできないだろう。

 

「どこにプレイヤーがいるかわからないからな。あまり目立った悪行をして、こちらが悪い奴だと思われてしまっては、プレイヤーと交渉になった時に不利になる事もあり得る。故に、今回はこの程度で良いと判断した」

「なるほど。そういう事なんですね」

 

 納得してくれているアウラを見ながら、NPCが大事なのは間違いないがやはり、本音を話せるギルドメンバーたちが早く戻って来てくれないかと、アインズはそんな事を考えてしまっていた。

 




登場させる魔獣は、原作にも名前出ているキマイラあたりにしようと思ったけど、あとでレベル言われると困るなってんで、オルトロスにしました。
アトラスのゲームに出てる奴のイメージで、アギ(火炎)の攻撃してきて、ブフ(氷結)弱点だよねっ。って決めた感じです。


カルネ村の人は全員生存してるんで、ゴブリン将軍の角笛を渡して住人増やすわけにはいかず、エンリは残念ながらただの村娘のままです。


それと、申し訳ないんですけど、あと2話ほどは原作と同じような流れになります。もちろん、ウルベルトさんいるんで、色々変わりますが。後に関わる部分と、作者がただ書きたかった部分以外は端折っていくんでご了承ください。
その後は、一部のシーン以外は原作と違う流れになりますので。


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7話 冒険者

 冒険者の登録は、ガゼフが約束通り話を通してくれていたおかげですんなりとできた。

 規則だからと、もらったプレートは銅の物であったが、魔獣討伐の実績から冒険者として仕事の依頼を達成したら近いうちに上の位になるとの事だ。

 この世界の金銭価格が分からないが、魔獣討伐報酬とガゼフから冒険者組合に預けられたお金はそれなりの金額のようであったが今後の事を考えれば節約をするべきだろうと、ウルベルトとアインズは安い宿屋を教えてもらいそこへ向かう。

 

 そこで多少の諍いが起こり、ポーションがダメになったと喚く女とウルベルトが喧嘩になりそうになるも、アインズが自分のポーションを渡すことで何とか納めた。

 冒険者としての初仕事を探していると漆黒の剣というチームに声をかけられ、一緒にモンスター討伐をしないかと誘われたのでそれを了承した。戦士であるペテルをリーダーに、レンジャーのルクルット、魔法詠唱者のニニャと、森祭司のダインというバランスの良い銀プレートを付けたチームだ。

 この世界の冒険者の基準がどの程度のものか興味もあったので丁度良かった。

 

 ところが、ンフィーレアと名乗る薬師の少年からカルネ村への護衛の依頼を受け、話し合いの結果、漆黒の剣と共にモンスターを討伐しながらカルネ村へ行く事となった。

 

「まさか、こんなにすぐにカルネ村に行くことになるとは思わなかった」

 

 モンスター討伐とも併用してこなせるだろうと依頼を受けたが、たった数日前に盛大に別れをしたばかりなので、こんなにすぐに現れたらなんと思われるだろうか。

 向こうは別に悪くは思わないのだろうけれども、ただ何となく気恥ずかしい気持ちがあった。

 

「僕も驚きました。まさかお二人がカルネ村を救ってくださっていたとは。本当に、ありがとうございます」

「いえ、たまたま通りかかっただけですから。それに、初仕事が知っている場所への護衛ですと、こちらも少し気が楽ですし」

 

 アインズがそう言うが、漆黒の剣のメンバーも含めてそんな謙遜しなくても良いと、立派な行為だとそれを褒め称えてくる。それが嫌で、その話題の間だけ、ウルベルトは話の輪から外れていた。

 ガゼフに対しては、その姿を見た時から気にいらないとそう思ってしまった故に言い合いをしてしまったが、あと数日は依頼の為に一緒にすごく彼らと諍いを起こすわけにはいかない。

 

 次第に話題が逸れて来たので、ウルベルトも会話に参加する。タレントについての話題などは、陽光聖典からその存在は聞き出していたものの、実際に本人から聞く話は中々に興味深いものであった。

 ただ、現地ならではの能力は確かに珍しいし警戒すべきものではあるが、リアルへの帰還方法に繋がるとは思えない。いや、もしかしたら逆にそういうところに手掛かりがあるのかもしれないが、今のところはなんとも判断がつかない。

 そこからさらに話が飛んで貴族についての話になる。

 

「でも貴族様はいい身分だと思いますよ。住民を絞り上げて、自分の欲望のままに行動して良いと国で定められてるんですから」

 

 ニニャの微笑みの下のドロドロしたものには見覚えがあった。自身にも同じ感情が常に燻っており、それは身近なものだ。

 ルクルットが、それをなだめようとわざと軽い口調でそれをなだめるように声をかけるが、ニニャからその感情が完全に消える事はない。

 

「一部の貴族がまともなのは知っているんですけどね。姉を豚に連れて行かれた身としてはどうしても」

「わかる」

「えっ?」

 

 ダインが話を逸らそうと何か言いかけていたが、その前にウルベルトが口を挟んだ。

 

「やっぱどこの国でも、権力者って屑だよな。人を見下すのが当たり前だと思ってやがる。いや、そもそも人を虫けら程度にしか考えてないんだよ、あいつら」

「そうですよね! ウルベルトさんも、貴族に虐げられてきたんですか?」

「まぁ、俺はそこまでじゃないし、もっと酷い奴はいくらでもいるんだろうけど、両親は酷い場所で働かされて、死んでも遺体も返してくれないのな。人が死んでも関係ないって職場は改善しねぇし。連れていかれたっていうと、俺の職場の同僚が、車にぶつけられてこっちが怪我したってのに、車が汚れたから慰謝料よこせとかいうんだよ。意味わかんねぇだろ? それで、払えないってなってそのまま連れて行かれちまったんだよ。数日後ボロボロになって帰ってきて、あー、思い出しただけでもむしゃくしゃする」

「それは酷いですね。やっぱり、貴族なんてどこもろくな奴がいないんですね」

 

 分かってはいたが、やはりどこの世界も貴族だとかそういう権力を持った奴は同じなのだ。

 もう、それが当たり前だと思ってしまっているのだ。使う者と使われる者、踏みつぶす者と、踏みつぶされる者。上位者にはその権利があるとばかりに、いくらでも非道な事を行う。

 絶対にああはなるまい。

 ウルベルトは、政治的な意味では権力を持ってはいないが、力という意味ではこの世界における上位の存在になっているかもしれない状態だ。気づかないうちに、あんな連中と同じ所に落ちてしまわないように気をつけねばと、ニニャと貴族ディスりをしながら強く思った。

 

「あの、ウルベルトさん、盛り上がっているところ悪いんですけど、話題、変えません?」

「共通の話題は、仲良くなるための一番の近道なんですよ」

「できれば、他の話題で仲良くなって欲しいです」

 

 アインズの言い分もわからなくはないが、この会話によってニニャとの距離は確実に近くなっていた。敵が同じだとわかると、皆安心するものだ。

 

「アインズさんの言う通りでもあるんですが、でも少しほっとしました。お二人はお名前やその立派な装備から、もしかしてどこかのお偉いさんなんじゃないかと思っていたので」

「そうそう、アインズ・ウール・ゴウンに、ウルベルト・アレイン・オードルなんて、大仰な名前なんで正直ちょっと名前にビビッてたんだよ」

 

 その言葉に、やはりアインズではなくウルベルトの方が名前を改名するべきだっただろうかと少し考えたが、もう今更だ。

 名乗った以上、この世界ではウルベルト・アレイン・オードルだ。

 

「まぁ、名前はかっこいいからという理由で、自分で勝手につけただけですからね。良いでしょう、ウルベルト・アレイン・オードル」

「そうであったか。冒険者には、故あって偽名を使う者も多いであるからな」

 

 そう言って、本名が何かなどは聞いてくることは特になかった。きっと、それが冒険者としての礼儀なのであろう。

 

「実は、僕の名前も本名じゃないんですよ。連れて行かれた姉の事を忘れないようにと、姉の名前の一部を使っているんです」

「じゃあ、その姉さんを見かける事があったら、そこにいる貴族をぶん殴っといてやるよ」

「ははは。その時は、できれば僕にもぶん殴らせて欲しいです」

「そりゃそうだ。やっぱそういう復讐っていうのは、自分でやらなきゃだな。まぁ、でも、見つかるといいな。姉さん」

「はい」

 

 そう返事をするニニャはいい笑顔をしていた。

 復讐は何も生まないなんて、正義面をして言う奴がいるが、復讐を考えなければ前に進めない人間もいる。それを生きる糧にしている人間がいる。復讐が良いものだとは言わないが、だが、良い事じゃないからと言ってそんな事は復讐をしない理由にはならないだろう。

 復讐でしか癒すことのできない傷というのは、確かにあるのだ。

 

 

 

 

 そうこうしていると、森の方からモンスターが現れたのをレンジャーのルクルットが確認した。

 漆黒の剣はチームワークの取れた戦いをしていたが、やはりというかかなりレベルは低い。そして、出てきたゴブリンもオークもこれまたレベルが低い。

 レベル30にまで落ちたウルベルトや、戦士職を取っていないアインズですらあっさりと倒せてしまうほどだ。

 戦闘が終わると漆黒の剣のメンバーもンフィーレアも称賛の声を上げる。

 

「皆さんでしたらこの程度軽くこなせるようになりますよ」

 

 賞賛の声に対してアインズはそんな事を言うが嫌味に思われたりしないだろうかと不安に思うほど、レベルに差がありすぎる。

 この世界の人間も、ゲームの時のようにレベリングすればもっと強くなれたりするのだろうか。とはいえ、レベル上げをするにも倒すモンスターが低レベルすぎるので、かなり戦闘をこなす必要がありそうだ。

 逆に言うと、明らかにレベルが高い人間がいれば、自分たちと同じプレイヤーである可能性が高いと見て良いという事か。

 

 夕食の時間になると、アインズが気まずそうによそわれた食事を見ていた。

 顔は幻術で何とか誤魔化していたが、アンデッドである彼には食事をする事が出来ない。

 宗教的な理由だと説明すれば納得はしてもらえたが、命を奪った日の食事は四人以上で食べなくてはいけないというのは、もうちょっと他の案にできなかったのだろうか。特に誰も殺していない日に食事に誘われた際が困るんじゃないだろうか、とは思うがもうアインズがそう口に出した以上それに乗っかるしかない。

 人間化状態のウルベルトは空腹状態だったので、メンバーに断りを入れてアインズを引き連れて早々と離れた位置に移動した。

 

 

「それ、美味しいですか?」

「正直、めちゃくちゃうまいです」

 

 ナザリックで食べたクッキーには劣るが、しかしリアルで食べてきた粗悪な食事と比べれば何倍も美味しかった。そもそも、こんな温かい食事をとるのも稀だった。

 

「こういう時、アンデッドを選んだ自分を恨みたくなります」

「ギルメンの部屋漁れば、一つくらい飲食可になるアイテムとか、人間化のアイテムとかあるかもしれませんよ」

「いや、人の部屋勝手に漁るのはちょっと……」

「そんな気にしなくていいと思いますけどね。あとから謝れば許してくれますよ」

「いや、でも、やっぱり悪いですよ。それに、確かに興味はありますけど、食べれないからって困る事はないですし」

 

 気遣いができるのは良い事だが、アインズの場合必要以上に気を配りすぎている。

 

「もうちょっと、踏み込んできても大丈夫なんですよ。みんな、ギルドマスターにはかなりお世話になったんだから、部屋を漁るくらいなら誰も怒ったりしませんから」

「そうかもしれないですけど、でも、出来る限りはそのままの状態で残しておきたいんですよね。皆さんがいつ帰ってきても良いように」

 

 そうやって、ゲームの最終日になるまで彼は待ち続けていたのだろう。

 アインズから送られて来た、最終日に集まらないかというメールの文面を思い出す。

 ナザリックの現状や、引退した人がどれだけいるという情報は一切なく、ただ、最後の日なのでみんなで集まらないかという提案をした内容だった。

 もっと素直に寂しかったとか言えば良かったのに。まぁ、そうだったとしても、ウルベルトの行動は変わらないわけだが、それでも何人かは来てくれたりしたんじゃないだろうか。

 

「それにしても、ウルベルトさんは凄いですね。すぐにニニャさんとかみんなと仲良くなれて」

「あの時も言いましたけど、共通の話題があれば話が弾みますからね」

「俺、ユグドラシル以外に何もないんですよね。好きな小説もアニメも特に思い浮かばないし、好きなアイドルとかバンドもない。スポーツも興味がなくて、ウルベルトさんみたいにこれだっていうような信念もなくって。今まで、仕事かユグドラシルのどちらかしかなかったんですよね」

 

 それ故に、彼はユグドラシルと、そこで出会ったギルドメンバーに固執しているという事か。

 彼の世界はあまりにも狭い。そして、そこに閉じこもっている。

 

「ユグドラシルは、説明すらろくにない糞ゲーで、探しても、探しても出てくる未知なるものを求めて冒険するゲームでした。だから、そう、そのユグドラシルが好きだったモモンガさんは、そういう冒険が好きなんですよ。だから、大丈夫です。この世界にはたくさん冒険者がいて、まぁ、正直ただの傭兵みたいな仕事でしたけど、でも、そういうモモンガさんと同じような事を思っている人もたくさんいるはずで、漆黒の剣のみんなもそういうタイプのはずです。だから、モモンガさんだって、たくさん友達作れますよ」

「そう、ですかね」

「そうですよ。他のギルドメンバーが戻って来ても、異世界に来たのに誰とも親しくなれなかったなんて言ったら恥ずかしいじゃないですか。それよりも、数えきれないほどの友達を紹介して、出会うまでにあったいろんな冒険の話をした方が良いと思いませんか。あと、そうだモモンガさんはアイテムコレクターですし、この世界だけのアイテムを探して回るのも良いかもしれませんね。弱い装備とかばかりですけど、この世界にしかない物はまだまだたくさんあるでしょうし、そうやって冒険していけば、自然と色んな人と仲良くなれますよ」

「そう言われると、なんだか本当にそんな気になりますね。ナザリックと、ギルドメンバーのみんながいればそれでいいと思っていたけど、そうですね。戻ってきた皆さんに話せるような何かは欲しいですね」

 

 アインズは未だ、ナザリックと言う名の殻に閉じこもったままだ。

 これを完全に外に出すのはまだもう少し時間がかかるだろう。

 でも、少しくらいは出てもいいかと思ってくれたのならそれでいい。

 モモンガの分の食事もウルベルトが食べきり、みんなが待つ場所へ二人で戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 カルネ村に着くと、少しばかりであるが防壁になるように柵を作っていた。騎士団に襲われたり、魔獣が近くまでやってきたりしたのだから当然だろう。森に近い方は、モモンガがあげた魔獣除けの御守りが括り付けられている様だ。

 村に近づくと、ウルベルトとアインズの姿を確認した村人がすぐに寄って来た。騎士団が現れた時に加勢してきた男だ。

 

「オードルさんに、ゴウンさん! こんなにも早くお二人と再会できるとは思っていませんでした」

「我々もその予定だったんですが、冒険者としての初の依頼が彼の依頼でして」

 

 そういってンフィーレアの方に目線を向ければなるほどと納得し、村長にウルベルトとアインズが来たことを報告すると言って、こちらがそんな必要はないと言うのも聞かぬまま去って行ってしまった。

 

 そんな中、こちらに敵意の目線を向ける存在がいた。

 村人全員の顔を覚えているわけではないものの、全く見覚えのない顔だ。

 

「あんた達が、この村を救ったっていう旅人?」

「そうだが、それが何か?」

「なんで私の村を救ってくれなかったのっ!」

 

 女のヒステリックな声が村中にこだまする。

 その声に、慌てて村人の一人がこちらにやってくる。最初に、腕を斬りつけられていた女だ。

 

「申し訳ございません、彼女は先日の騎士団に村を滅ぼされ生き残った住人なんです。村が壊滅状態だったため、カルネ村に移住してきたばかりで……。元はこんな風に言う方じゃなかったんですが」

 

 つまり、八つ当たりだ。

 この件に関係ない漆黒の剣はどうすればいいのかわからず顔を見合わせていた。

 アインズは、何とか穏便に事を済ませたいと思っているようだったので、ウルベルトが彼の前に出た。

 

「それで、あなたは一体私たちに何をして欲しいと?」

「あんた達が助けに来てくれさえしたら、私の村はあんな風にはならなかった、旦那も、息子も死なずに済んだのよ! それなのになんで、なんでこの村だけを助けたの! 私の村や、他の襲われた村を助けず、どうしてっ!」

 

 そういう女は、死んだ家族の事を思い出してかその目から大粒の涙をこぼしながら悲鳴のような声を上げた。

 この女は、自分の発言がどれほど愚かな事か分かっているのだろうか。もし、分かっても尚同じ言葉を言えると言うのならば、その望みを、その悪を叶えてやりたいと思った。

 

「なるほど。つまり、この村だけを助けたことが不満だと」

「そうよ!」

「わかりました。じゃあ、あなたの望みを叶えましょう」

 

 そういうと、女の涙は止まった。

 信じられないという表情の女をしり目に、ウルベルトは懐から短剣を取り出すと、先ほど割って入ってきた女めがけて突き刺した。

 

「何をしようとしているんですか、ウルベルトさん!」

 

 ペテルが理解できないというように声を上げる。

 漆黒の剣のメンバーに守られた彼女は、間一髪のところで難を逃れたが、若干前とは違う位置に少しばかり傷がついて血が流れている。

 

「この女がこの村だけを助けたのが不満だというから。時間を戻せない以上、彼女の望みを叶えるなら、この村が騎士に襲われたのと同じ状態にするしかないじゃないですか」

 

 そう言いながら、今度は魔法を放とうとしていると、先ほどまで抗議していた女がその腕を掴んできた。

 

「なんですか、せっかくあなたの望みを叶えようとしているというのに」

「ちっ、違うの……ごめんなさい……そんなつもりじゃなかったの。私は……私は……」

 

 そういって縋りつく女を蹴り上げる。

 女が嗚咽を漏らし泣いているのは、蹴られた痛みからだけではなさそうだ。

 きっとあの女は善寄りの人間だ。ウルベルトの行動の意図を察してからの行動は早かった。

 

「そんなすぐに意見変えるくらいなら、最初っから突っかかってくるんじゃねぇよ、。八つ当たりにしても、相手を間違えすぎだろ。あいにく俺は正義ではなく悪だ。元々、何かを救おうなんて高尚な事は考えちゃいねぇんだよ」

 

 つい、両親の遺品を求めて職場まで行った昔の自分を思い出して馬鹿な事をやってしまった。

 ウルベルトは、先ほど傷つけた女の元へ向かうと手持ちのポーションを手渡した。

 

「悪かったな、巻き込んで」

「いえ、大丈夫です。オードルさんが本当に殺してくるとは思っていませんでしたから。でも、すごく驚きました」

 

 彼女はそう言うが、ウルベルトは女が止めに入らなければ実際に村人を襲う気でいたのだから、そんなに信頼されても困ってしまう。

 皆、今までのウルベルトの行動が演技だったのかと納得してしまっている。

 

「もう、すごい驚きましたよ。いきなり女の人攻撃するから」

「演技ならもっと傷つけないようにしてあげてくださいよー、可憐な女性に傷をつけちゃって」

「でも、おかげでさっきの女の人の怒りは収まったみたいですね」

「うむ、これくらいしないとあの手の輩は間違いに気づかないのであるな」

「あれっ、演技なんですか? ウルベルトさんの事だから本気かと」

 

 モモンガの言葉に、流石にそんなわけないだろうと笑いあう漆黒の剣のメンバーに適当に相槌を打つ。

 ウルベルトはただ見てみたかったのだ。それが理不尽とわかっていながらも、間違っていると気づいてもなおそれをして欲しいと懇願する悪を。

 だから明らかに間違った八つ当たりではあったがそれでも、その道を選ぶのであれば、そうしてやりたいと思ったに過ぎない。

 ただまぁ、見込み違いですぐさま意見を変えるようなそんな奴だったため村は救われたという、それだけの話だ。

 

 本当に馬鹿な事をした。そう思っていると、ンフィーレアが興奮した様子で少し話があると、ウルベルトとアインズを村の少し外れた場所に案内する。

 何かと思っているとポーションについて知りたくて、近づく手段として今回の依頼をしていたのだと彼は告げ、そのあと盛大に謝られた。別に何かこちらに不具合があるわけでもないのだから謝る必要はないのだが、執拗なほど下手に出て謝られた。

 

 同じ系統の魔法を使っているのだし、ポーションも同じだと勝手に思っていたのが悪かった。どうやらこの世界のポーションは青い色をしているそうで、効果もユグドラシルのポーションよりもかなり劣るようで、時間経過で劣化していくような代物のようだ。

 謝罪が終わると、ンフィーレアはそのポーションはどこで手に入れ入れたのか、作り方を知っているのかなどと矢継ぎ早に質問してくる。

 

 とりあえず、ポーションはとある遺跡で発掘して、それなりの数はあるがそれでも数には限りがあると伝えた。

 そんな貴重品をこうも簡単にあげるなんて、お二人は本当に良い人達なんですねと言われてしまったが、この状況ではそれを否定する術もなく、その言葉を甘んじて受け入れた。

 どうしても、赤いポーションを作りたいので、1本だけでも買い取らせて欲しいと言う言葉に了承し、ただしこの事は口外しないようにと約束させた。また、赤いポーションが完成したならば、アインズにまずその事を伝えるようにした。

 

 消耗品であるポーションは、今後のナザリックの事を考えれば必要な物だ。もし、本当に完成できたならナザリックで独占するのが良いのだろうが、その辺は今後ナザリックに残るアインズの判断に任せる。人間とも仲良くやっていく気があるのなら、広く技術を発展させるのも、ありと言えばありだろう。

 とはいえ、他のプレイヤーがいた場合、同じミスを犯すかもしれない。そうなった場合、赤いポーションが一般に流通するものになってしまっているとそれに気づく事ができないので、今は流出させる訳にはいかない。

 話が終わって村に戻ると、村長もやってきて盛大に歓迎されてしまう。

 さっきの泣き喚いていた女からも改めて謝罪をされてしまい、これではまるで自分が正義みたいじゃないかとウルベルトは頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウルベルトさんも乗ってもいいんですよ」

「いえ、歩きたい気分なので大丈夫です」

 

 アインズの言葉を、ウルベルトは顔も向けずに断った。

 そちらを見れば絶対に笑い声を上げずにいる自信がなかったからだ。

 

 今は、ンフィーレアの依頼を終わらせ、みんなでエ・ランテルへの帰還途中だ。

 薬草を採取するために森へ入った訳だが、森の賢王の話を聞き、そんな魔獣なら何か詳しい情報を知っているかもしれないのと、そうでなかったとしてもそれほどの魔獣をどうにか出来たなら、冒険者としての名も挙がるのではとアウラに探してもらった結果、ジャンガリアンハムスターのような姿をした、ハムスターとしては賢いが、そんなに賢そうでもない魔獣がアインズに服従して、一緒についてくると言ってきたのだ。

 

 そして今、アインズはそのハムスターの上にまたがっていた。

 なぜだか、現地人たちからは恐ろしい魔獣に見えるようで、そのつぶらな瞳も英知を感じさせると言われ、これを可愛いというお二人は流石ですねと言われてしまった。

 今までこの村はこの魔獣によって守られていたらしいが、その魔獣が、アインズが村にあげた魔獣除けの御守りがあって村に近づく事は難しいと発言した事から、なら別に今更こいつがいなくても問題ないのかと、本人がどうしてもとせがむこともあり連れて行く事になった。

 村人からは、アイテムの効果が実際に確認できて、さらに恐縮とお礼の言葉を述べられてしまった。

 

 それにしても、巨大ハムスターの上に乗る全身鎧の男の姿はなんともシュールであった。完全に、ウルベルトの美的センスから外れている。アインズに押し付けた結果、彼はこのハムスターにハムスケという、なんとも言えぬ名前を付けたが、ウルベルトが名前を付けようとすれば主人の座を渡すと言われそうだったのであえて何も言わなかった。

 

 町についてからもその目立つ姿は注目の的であった。

 知り合いだと思われたくない。

 その目線は、尊敬や畏怖を抱いたものであったが、ハムスターに乗った姿を尊敬されたくはない。

 

「では、アインズさんは組合で魔獣の登録をして来て下さい。薬草を下ろすなどの雑務はこちらでやっておきますから」

 

 ペテルがそう言ってアインズを残して別れようとするので、当然ウルベルトも漆黒の剣とンフィーレアの方について行く。

 

「えっ、ちょっ、せめてウルベルトさんはついてきて来ません?」

「大丈夫ですよ、アインズさん。ゆっくり魔獣の登録をしていて下さい。力仕事などの雑務はこっちでやっておきますから」

「その心は?」

「一緒に行って、奇異な目で見られるのは、ぜったいに嫌」

 

 こうなっては何を言っても無駄かと諦めたアインズがハムスケと一緒に遠ざかっていく。

 やはりシュールだ。

 

「良かったんですか、アインズさんだけで。なんだか寂しそうでしたが」

「良いんだよ。ずっと一緒だと思われても困るし」

 

 その言葉に皆が驚いた表情をする。

 

「お二人は仲が良いように思われたんですが、いつかチームを解散するつもりなんですか?」

「どうしても殺しておきたい奴がいてな。そいつまでの道のりが見つかれば、俺は今持ってる全部を捨てて、そこに行く予定だ。ああ、アインズさんには今のところ黙っておいてくれよ。今は何言っても納得してくれない気がするから」

 

 復讐心を抱いた仲間を持つ漆黒の剣はその件についてそれ以上は問うてこなかった。

 ニニャも、場面によってはこのチームを抜けて復讐にひた走る事になるかもしれない。そうなった時の事を考えているのかもしれない。

 一行はンフィーレアの家の裏手に馬車を止めると薬草の荷運びを行った。

 それが終わり、母屋の方に歩き出した時、向こう側から扉が開かれた。

 

「はーい。お帰りなさーい」

 

 そこに、まるでネコ科の動物を思わせるような瞳を持った金髪の女の姿があった。

 ンフィーレアの知り合いというわけではないようで、彼もその女の出現に驚いている。

 女は、とあるアイテムをンフィーレアに使わせて、第七位階の魔法を使おうとしているのだとそう言った。

 第七位階とか、すごく微妙だが先日陽光聖典から奪った魔封じの水晶の事も考えると、もしかしたらこの世界ではそれが使える限界だったりするのだろうか。その第七位階でどや顔できる彼女は、プレイヤーやユグドラシルとは関係がないと見て良いだろうか。

 とはいえ、現地人の中では割と強そうな方だ。どう考えても、漆黒の剣では力不足。ウルベルトも、負けるとは思わないが、タレントや武技のようにこの世界特有の技を使うという事があるのであれば、弱体化したままの姿では少し不安が残る。

 

「こいつの狙いはンフィーレアみたいなんで、皆さんは彼を連れて逃げてください」

「そんな、ウルベルトさんを置いてなど」

「狭い場所で魔法を使うと、周りを庇ってられないんですよ。こんな話をするよりも、早くアインズさんを連れてきていただける方が助かる」

 

 その言葉に、皆が外に出ていくが女はにやりと笑う。

 

「んー、お涙ちょうだいだねー。でも、魔法詠唱者ごときが残ったところで私に勝てるはずがないじゃん。スッといってドス! これで終わり」

「おーおー、ずいぶんな自信だな。それで、実際問題お前は一体どの程度強いんだ。ガゼフ・ストロノーフよりも強かったりするのか」

「そうねー、実際に戦ってみないとわからないけど、良い勝負にはなるんじゃないかなー。まぁ、勝つのは私だけどねっ」

 

 その言葉を言い終わる前に、女は手に持ったスティレットを思いきりこちらに突き刺そうとしてきたのをかわす。

 確かに、ガゼフの攻撃は直線的であったから、こういった不意打ちを得意とする彼女であれば隙をついてガゼフから勝利をもぎ取る事も可能に思われた。

 だが、その程度だ。

 何かを感じ取ったのか、女が距離を取る。

 今、この家の中は二人きりだし少しくらならは羽目を外すのも良いだろう。

 ウルベルトは、自身にかけていた〈未熟な人間化〉を解く。

 

「えっ……うそっ……あく、ま?」

「特別に、お前には私の真の姿を見せてやろう。我が名はウルベルト・アレイン・オードル。災厄の魔にして、お前を絶望の淵に落とす者だ」

 

 

 

 

 

 

 魔獣の登録を終えたアインズは、たまたま出くわしたンフィーレアの祖母のリイジー・バレアレと一緒に、彼の家へ向かっていた。

 二人で、どういう旅路であった出来事などを語りながら歩いていたのだが、バレアレ家が近づくにつれ、周りが騒がしくなる。

 

「何か、あったんですか?」

 

 不審に思ったアインズが、近くの人に話しかける。

 

「さぁ、よくわからないんだが強盗みたいだ。ただ、何をやったのかわからないが家がボロボロになってるみたいで、あればバレアレの薬品店じゃないかな」

 

 その言葉に、年配とは思えぬ速さでリイジーが家に向かって走りだし、アインズも慌ててそれを追いかけた。

 近くに行けば、確かに家は半壊状態となっているのが確認できる。

 そして、見知った人間の姿が目に入ってしまう。

 先ほどまで、ハムスケと一緒にいるのが恥ずかしいとウルベルトに避けられていたアインズであるが、今その立場が逆転していた。

 

 知り合いだと思われたくない。

 

 何をやったのかはわからない。だが、役人に説教を受けているウルベルトと、その近くに下着同然のようなそんな軽装の女が縛り上げられた状態で横たわっている。

 何が何だかサッパリわからない。

 

「あっ、アインズさん! ちょっとこっちに来て説明してくれませんか!」

 

 ウルベルトの言葉に、周りにいた人たちの目線が一気にこちらに向く。

 他人のフリをしたい。そう思いもしたが、しかし、どんなことがあろうと友人を見捨てるわけにはいかないと、意を決してアインズはウルベルトの元へ向かった。

 

「えっと、何がどうなっているんでしょうか」

「あんた、こいつの知り合いか? こいつがいきなり家に押し入り、爆破したあと、あまつさえ女性にこんな格好にして縛りあげて」

「違うんですって。いや、調子乗って魔法を使ったら思ったより威力が高くて。なので家を爆破したのは俺ですけどね、でも、その女は最初っからその格好だったんですよ! 上から羽織ってたのが爆破の勢いでどっかいっただけなんだって! そもそも、不法侵入っていうならその女の方だからなっ! 目を覚まして逃げられるとマズいかなって思って縛ってたら人が来て」

 

 一旦、人間化していたのを解いて、それなりに高位な魔法を使ったという事だろう。

 それは、まぁ、わからなくはないが、この女は一体誰なのだろうか。

 

「ンフィーレアは! 私の孫はどうしたんだいっ!」

「ンフィーレアなら、漆黒の剣に逃がして……って、アインズさん皆には会ってないんですか?」

「いえ、会っていないですね」

「あー、じゃあ他に仲間いたのか。いや、そうか。あっさり外に出したのはそういう事だよな。ミスったな」

 

 そのまま逮捕されそうになったウルベルトだが、リイジーが、孫が雇った冒険者だと説明してくれたことにより何とか釈放。

 漆黒の剣のメンバーが路地裏で倒れているのが見つかる。ボロボロになっていたが命に別状はなく、彼らの証言によりウルベルトは完全に無罪放免となった。

 

「やっぱ役人とか糞だわ」

「いや、あの状況は役人の人悪くないと思います」

 

 半壊の建物の中で、無傷な男と半裸で傷跡の残る女性が縛られるという状況。役人の人はきちんと仕事をしていただけと言えるだろう。

 ただ、女の服装はよく見れば冒険者プレートを張り付けた物であり、身元は未だわかっていないがかなりやばい人間ではないかという事だ。

 

「むしゃくしゃするから、ちょっとあの女の仲間をぶちのめしに行きましょう」

 

 そう言ってからのウルベルトの行動は早かった。

 意識が戻った女にアジトの場所を聞けば、怯え切った女は教えるから殺さないでくれと懇願しながら墓地でズーラーノーンという組織がやろうとしている事をペラペラと話し出した。

 場所が分かると一直線にそちらに向かう。すでに大量のアンデッドが召喚されていたがそんなのお構いなしである。

 他の人に見られるとマズいと、アインズは墓地には近づかないようにと警告し、誰からも見られていないかを確認した。途中、エントマから〈伝言〉(メッセージ)が届いたが返事を返す余裕がなかったため後でかけ直すと言い、周囲の警戒をしていた。

 

 元の姿に戻ったウルベルトの魔法の威力はすさまじく、流石に超位魔法や、大災厄の魔などといった破格なものは使わなかったが、それでもあまりの圧倒的な戦力差にやりすぎじゃないだろうか、とアインズは思ったが口に出さなかった。

 首謀者の男を殺さない程度にいたぶった後、叡者の額冠なるアイテムをつけられていたンフィーレアを助けたのち、墓地を後にした。

 アンデッドを倒し、ズーラーノーンという組織を壊滅させた二人の帰還を町の人達は讃えた。

 

「なんで俺こんな英雄みたいな扱いを受けてるんですか?」

「ウルベルトさんは、もっと自分のやっている行動を客観的に見た方が良いと思います」

 

 ウルベルトは未だ怪訝そうな顔をしていたが、一段落着いたアインズはそう言えばエントマから〈伝言〉(メッセージ)が来ていたのを思い出す。

 確か、折り返すときはアルベドに連絡するように言っていたよなとアルベドに〈伝言〉(メッセージ)を使うと、予想もしなかった言葉をアルベドが口にする。

 

 

 

『――アインズ様。シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました』

 




 ごめんよ、クレマンとカジっちゃん。名前すら出てないね。
 なるべく、死ぬ必要のないキャラは生かそうとしてるんですが、この二人は今後の登場予定もないし、さくっと終わらせようと思ったらギャグ展開になってすまない。
以降が割と真面目な話とかばかりで、ネタ的なのを挟める唯一のタイミングだったんでこんな事になってしまった。

 あと、ウルベルトさんの悪は、自分の中に定義があってやりたい事をやっているだけなんで、結果助けられた人や助けられなかった人から何を言われようが、知るか。の一言で終わらせられるから良いですね。
 たっちさんの話も書きたいなぁって思って構想を練ってるんですけど、いつもその辺で詰まって鬱っっぽかったり、バッドエンドじゃねぇか。みたいな話ばかり思いつくので、その辺の折り合いがついたらいつか書きたいなぁ。正義って難しい。


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8話 モモンガ

シャルティア洗脳までと、アインズVSシャルティア戦は原作と同じ流れなので割愛してます。


「なぜ、アインズ様をお一人で行かせたのですか」

 

 アルベドが殺気を込めた声をウルベルトに放つ。

 微笑みを絶やさぬ普段の彼女からは考えられないような物言いと表情であったが、この事態ではそれも仕方がないだろう。

 部屋には、ウルベルトとアルベドの他に、デミウルゴス、コキュートス、パンドラズ・アクターの姿がある。

 

「それが、アインズさんの、いや、アインズ・ウール・ゴウンの意思だからだ」

 

 そう言うと、アルベドはより一層その顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

「一人で行こうと思うんですよ」

 

 シャルティアが何者かに洗脳され、しかもそれがワールドアイテムかそれに類するものによる物だと発覚したのち、ウルベルトとアインズは宝物殿に来ていた。

 

「いや、相性も悪いですし、アインズさんじゃあシャルティアとの戦闘は厳しいでしょう。NPC同士を戦わせたくないって言うのなら、俺も気持ちは分からなくもないですが、もしもの事を考えてどちらかが残るべきだっていうなら、行くのは俺の方でしょう」

 

 アインズとウルベルトであれば、ウルベルトの方が強い。アインズは、手数が多く臨機応変に戦う事ができるが、火力はウルベルトの方が段違いで高い。

 どういう攻撃をするかわからない敵であるならば、アインズの方が場合によっては良いのかもしれないが、相手はシャルティアだ。彼女がどういう攻撃をしてくるかはある程度予測ができるため、対処の仕様もある。そうであるならば、攻撃力の高いウルベルトがここは行くべきだ。

 

 いや、本来であれば他の守護者も含めてきちんと編成を組んで行くのが正しいのだろう。だが、ウルベルトもそれはなるべくしたくはなかった。

 彼らが敵だと割り切って戦う姿などは見たくない。だが、せめて二人で行くべきではないだろうか。ウルベルトが攻撃そして、アインズがそれを補助する。NPCを戦わせないのであれば、それが一番の戦法ではないだろうか。

 

「ちょっと、考えてたんですよね。本当に俺が、このナザリック地下大墳墓の支配者で良いのかって。シャルティアに外の調査の命令をしたのは俺で、そのせいでシャルティアはこんな目にあって、俺の判断が間違ってたのかなって」

「それなら、俺も同意したんだから同罪でしょう。アインズさんが一人で抱え込むことじゃない」

 

 正直、甘く見ていたのだ。

 プレイヤーやユグドラシルの情報を探していたが、その影は一向に見つからず、この世界で強いと言われる人間もせいぜいレベル30程度。

 不測の事態など、そうそう起こる訳がないとそう思ってしまっていた。

 その結果がこれだ。

 ナザリックのワールドアイテムがきちんと存在できている以上、ワールドアイテムがこの世界に存在していても何ら不思議ではない。もっと警戒して事に当たるべきだったのだ。

 

「この前、ウルベルトさんがもし他のギルメンが戻った時、誰も紹介できる友達いないと恥ずかしいじゃないかって言ったじゃないですか」

「? 確かに、そんな話しましたけど、今は関係ないでしょ」

「いや、それで思ったんですよ。外もそうなんですけど、そもそもこのナザリックに所属しているみんなが意思を持って行動するようになったのに、全然そっちの方を見てなかったなって。もし皆さんが戻った時、NPC達に何もしてあげられない状況が、一番恥ずかしいんじゃないかって」

 

 それは、今後アインズがここに残るならば解決しなければいけない課題だとウルベルトが思っていた事だ。

 思ってはいたが、すぐには無理だと、いずれ時間が解決してくれるだろうと後回しにしていた問題だ。

 

「ここで一人で行って、シャルティアを救う事が出来たら、俺はもう少し胸を張ってナザリック地下大墳墓の支配者、アインズ・ウール・ゴウンを名乗れるようになると思うんです。だから、行かせてください」

 

 伽藍堂な瞳が、覚悟は決まっていると訴えかけてくる。

 

「……必ず、帰ってきてくださいよ」

「もちろんそのつもりです」

「ヤバそうだと思ったらすぐそっちに行きますからね」

「信頼してくださいよ。俺のPVPの勝率が良いのは知っているでしょ。ウルベルトさんにも勝った事あるじゃないですか」

「あれ、俺がかっこよく呪文を決めてる最中に攻撃してくるから……。いや、まぁ、そうですね。わかりました。無事に戻ってくるのをここで待ってます。そうじゃないと、アルベドとかが暴れそうですからね」

「お願いします。大丈夫です。アインズ・ウール・ゴウンに敗北はありえませんから」

 

 そう言って笑う友を、ウルベルトは見送った。

 これが正しかったのかどうかはわからない。ただ、アインズがああやって頼みごとをするのは初めてだった。

 誰かの意見に流されるわけでもなく、彼自身が決めた事だ。

 それを、否定する事などウルベルトには出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルベドはこの件に反対してくると思ってはいたが予想以上だな。

 そんな事を思いながら、ウルベルトは彼女の殺意まで籠って良そうなその瞳を見据える。

 アインズがすでにナザリックを出ていたと知らされていなかった彼女は、こちらが勝手に判断した事実に大層ご立腹だ。

 

「あなた達もなぜ、それを許してこの場にいるの! 今すぐにでもアインズ様の元へ行くべきではないの!」

 

 そう言って、アルベドは他の守護者に同意を求める。

 

「至高の御方がお決めになられた事だ。私から口を挟む事はできないよ」

「デミウルゴスト同ジダ、我々ハ、勝利スルト言ワレタアインズ様ノオ言葉ヲ信ジ、タダ見守ルノミダ」

 

 二人の意思が変わらないであろうことは、その声質から分かった。

 デミウルゴスの場合は、ウルベルトが残ってくれているからというのもあるだろうが、コキュートスはその武人の気質から、主の言葉には絶対に従うという忠誠心が見えた。

 

「そう、そうなのね。なら、パンドラズ・アクター、まさかあなたまでアインズ様がお一人で行かれたのが正しいなんて、そんな事は言わないわよね」

 

 すがるように、アルベドがその目線をパンドラズ・アクターに向ける。

 正直、パンドラズ・アクターがどう思っているのかについてはウルベルトも分からない。

 アルベドは、アインズへの強すぎる恋慕の想いから暴走する可能性を考慮して、コキュートスへの説明とデミウルゴスの帰還を待ってから部屋に呼んだ。パンドラズ・アクターも、アインズを一人で行かせるのに反対するのではないかと、思ったが今のところその様子はない。

 賛成するにしろ、反省するにしろ、彼にはアインズの雄姿を見せ、その反応を見ておきたいと思ったので宝物殿から一緒にここまでやって来たが、彼の表情に変化はない。

 

「気持ちだけで言えば私も同じですよ、統括殿。ですが、宝物殿を出る際のアインズ様のお姿を私は見てしまった。あのお姿を見ては、口を挟む事などできるはずがございません」

 

 つまり、アインズの命令だからというよりも、彼の気持ちを汲んだ上でここに残っているのだと、そう言う事だ。

 デミウルゴスと同じだ。本当はウルベルトに死んで欲しくないくせに、それでもウルベルトがそうしなくてはいけないのであれば、それについて来てくれようとしている姿と、パンドラズ・アクターの今の想いは同じものだ。

 その言葉に、ウルベルトは安堵し、アルベドは唇を噛みしめる。

 

「アインズ様にもしもの事があったら、どう責任を取るというのですか。ナザリックの支配者はアインズ様以外にあり得ない。例え至高の御方の一人であろうと、あのお方の代わりになれるはずがないっ!」

「アルベド、その発言はウルベルト様に不敬だ」

「あなたは黙ってて、デミウルゴス。あなたの言葉なんて聞きたくない。どうせ、残ってくれたのがウルベルト様で良かったと、アインズ様にもしもの事があったとしても、自分の創造主は残ってくれると、そう思っているんでしょ。そんなあなたの言葉なんか、聞きたくない」

 

 アルベドの言葉に、デミウルゴスは開きかけた口を閉じて一歩下がった。

 言い返すべき言葉はあったが、アルベドの言い分も間違いではないと思ったからだ。ウルベルトが残ってくれている現状に、安堵していたのは、紛れもない事実であった。

 デミウルゴスとて、アインズにもしもの事があったならばと考えれば気が気じゃない状況だ。それでも冷静でいられるのは、ウルベルトから、アインズの事を信じて欲しいと言われたからだ。もし、ウルベルトのいない状態でアインズが一人で行ってしまったのを知れば、アルベドのようになっていたかもしれない。

 

「ウルベルト様は、自分が創造したデミウルゴスに構ってばかり。でも、アインズ様は違う。慈悲深く、ずっとこの地に残って下さったあの方は平等に愛して下さる。だから、ナザリックに残るのは、この地を支配するのにふさわしいのは、あのお方しかいない、それ以外なんて認めない!」

 

 その通りだなと、アルベドの言葉を聞いてウルベルトは思った。

 

「お前は正しいよ、アルベド。このナザリックでお前たちの主人になるなんて、俺には土台無理な話だ。まぁ、そもそもなる気もないわけだが」

「ならどうして、アインズ様ではなくあなたがここに残っているの! どうして、アインズ様お一人で行かせたの!」

「パンドラズ・アクターと同じだよ。彼がそうしたいと願ったから一人で行かせた。安心しろ、本当にヤバそうだと思ったらすぐに転移して助けに行く」

「間に合わなかったらどう責任をとるというの!」

 

 恋とはここまで人を狂わせるものか。

 まるで別人のようだ。だが、これは間違いなく彼女の本心であり、真にアインズの事を、そしてナザリックの事を思っているからに他ならない。

 ナザリックをまとめるのは、アインズ・ウール・ゴウンをおいて他にはいない。最後までこの地に残っていた彼以外にはありえない。

 

「なるべくそうならないようにはしたいが、そうだな、もし間に合わなかった場合、俺はここを出ていくよ。ああ、でも、その場合はデミウルゴスだけは連れて行く事になるかな」

「それはっ!」

 

 慌てて口を挟もうとするデミウルゴスを手で制す。

 アルベドの怒りは先ほどよりもさらにその熱を上げたように見える。

 

「それで許してもらおうっていうんじゃなくって、俺はなるべくここを正しい形で残しておきたい。その場合、多分俺は邪魔になる。もし、デミウルゴスの命と他のナザリック全ての存在が天秤にかけられたら、俺は迷わずデミウルゴスを選ぶ。例え、金貨での復活ができるとわかっていてもだ。俺は、そう言う場面になったら他の何を捨てても家族を選ぶって決めてる。そんな奴が、上にいればいつか組織がダメになる。正しくこの地を収められるのは、アインズさんしかいないんだ」

「ならどうして、アインズ様だけを行かせてあなたがここに残っているの」

「ギルドメンバーにも遠慮して、あまり自分の意見を言わなかったあの人が珍しく我儘を言ったんだ。それに応えてやりたかった。アルベド、お前も真に彼を愛しているというなら、もうちょっと信じてあげても良いんじゃないかな」

 

 その言葉にも、アルベドの殺気が薄れる事はない。

 これは、ウルベルトが何を言ったところで無理なのかもしれない。

 

「何も知らないくせに、どんなお気持ちでモモンガ様がここで他の至高の御方を待ち続けたのか。どうせ、“りある”への帰還方法が見つかれば、モモンガ様とナザリックをまた捨ててそちらに行ってしまうのでしょ」

 

 お前もアインズも、俺の事を何も知らないくせに。

 そう、一瞬言いかけてそれを飲み込む。知らないのは当然だ。ウルベルト自身が言い出さなかったのだから。

 聞いて楽しい話じゃないからと、迷惑になるだろうからと何かと理由をつけて詳しい事は何も話してこなかった。なぜ悪になろうと決めたのか、ゲームを辞めた理由、ゲームを辞めてからの事。ぼんやりとした言葉でしか、それらについて話したことはない。

 言ったところで、ただの自己満足の為だけに死のうとするウルベルトを止めようとするのはわかり切っていたからだ。

 組織の連中だって、許可こそしたものの、戸籍もあり、仕事にもまだついているウルベルトは別の生き方をしても良いのだと、事あるごとに言ってくる。いきなり心変わりしたって良いんだからと、何度も何度も他の道を示そうとしてくる。

 

 それを受け入れてくれたのはデミウルゴスだけだ。

 アインズは、絶対にウルベルトの悪の行き着く先を良しとはしない。だから、ウルベルトは本当の事を言えない。

 ウルベルトが本音をぶつけられないでいるから、アインズもまたウルベルトに対して本音をぶつける事は今までなかった。

 結局、知らないのはお互い様だ。

 

「そうだな。リアルにはまだやり残してきた事がある。他のギルメンは違うだろうけど、少なくとも俺は、リアルへの行く道が見つかれば、ナザリックよりもそちらを片付ける事を優先させるだろうな」

 

 その言葉に、アルベドが下を向く。恐らく相変わらずその表情は怒りを露わにしているのだと思われるが、肩を震わせている彼女がどんな表情をしているのかは見えない。

 アルベドが本音をぶつけてきている以上、ウルベルトも同じくなるべく本心を伝えるべきだろうと思ってそう告げたわけだが、ナザリックよりもリアルを優先するという発言はまずかっただろうか。戻らないというと流石にマズいかと思い、やる事を片付けたら戻ってくるともとれるように発言したつもりではあったが。

 

「別にナザリックをないがしろにしている訳じゃないんだ。俺にとってもこの場所は大事だ。ただ、アインズさんほどではないってだけで。俺は、お前たちの理想の支配者から一番遠い存在だろう。そんな俺が何を言ったところところでお前の気持ちは収まらないんだろうけど、悪いがあともう少しだけ耐えてくれ。彼は必ず戻ってくるから」

 

 そう言われて、納得したわけではないのだろうがアルベドがソファに腰を下ろした。

 純粋に、何を言ったところでウルベルトの意見が変わることはなく、戦力的にここを抜け出す事はできないと諦めただけなのかもしれない。

 

 アルベドの暴走はある程度は予期していた事ではあったが、ここまではっきりと感情を表に出してくるとは思わなかった。

 とはいえ、悪い事ではない。むしろ、至高の御方と無条件にウルベルトの事を敬う他のNPCの方がおかしいのだ。ウルベルトは、アインズと違って一度はこの地を捨てて、今だって彼らの為に何かをしている訳ではないのだから、アルベドの意見の方が正しい。

 

 ただ、なぜ彼女だけがそうなのだろうか。

 

 それとも、アインズに恋慕しているシャルティアも同じ場面にいた場合、こんな風に激怒するのだろうか。いや、シャルティアの場合はあくまでネクロフィリアだからアインズに恋愛感情を抱いているだけで、他の死体系のギルメンがいた場合は、特別アインズだけにその感情が行くという事もなかった可能性は高い。

 彼女の創造主であるタブラ・スマラグディナが書いた設定によるものなのか、それともNPCの中でも一番高い役職を与えられているが故の言動だったのかは定かではない。もしかしたら、感情を得て時間がそれなりに経った事により、個人でそれぞれ設定とは違う自我が生まれたという可能性もあるかもしれない。

 アルベドも、もしかしたら創造主であるタブラがいれば、アインズよりもタブラの言葉を優先していたのかもしれないが、そのタブラはここにはいない。

 

 何はともあれ、パンドラズ・アクター以外にウルベルトという至高の存在がいても尚、ギルド長であるアインズを一番に考えてくれる存在がいるというのは喜ばしい事のはずだ。

 そう、喜ばしい事のはずなのだ。

 ああ、それだというのになぜだろうか。この付きまとう違和感は。

 アルベドの言葉は間違っていないはずだ。それなのに、何か彼女の先ほどの言葉に間違いがあったように思えてならないのはなぜだろうか。

 アルベドを見れば、怒りよりも不安が勝ったのか青ざめた表情でアインズの姿を祈るように眺めている。

 

 NPC達の優先順位は、創造主が一番上でそのあとに他の至高の存在が来ているはずだ。アルベドは、その創造主のタブラからどういう文面なのかはわからないがアインズを愛するように設定され、事実彼の事を何よりも一番に考えている。

 尚且つ、今後のナザリックの事を考えれば、ウルベルトとアインズ、どちらを優先するべきかは自明の理だ。そのため、例え至高の御方相手であろうと、あんな言葉遣いになったとしても今回の場合は致し方ないだろう。

 そのはずだ。何もおかしなところはない。

 

 頭の中で何度も現状を整理するが、違和感を見出すことはできない。デミウルゴスも何も言ってこないのだから、ウルベルトの気のせいと考えるべきだろう。

 皆、アインズとシャルティアの戦闘に見入っている。

 そうだ、恐らく大丈夫だとは信じているがもしもの事態を考慮してすぐに動けるように、ウルベルトこそその光景をしっかり見ておかなくてはいけないのだ。

 いまだに頭に何かが引っ掛かる感覚があったが、ウルベルトは一旦それを放り出し、二人の戦闘に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、全部アインズさんの予定通りに戦闘が進んでましたね。みんな賞賛してましたよ。特にコキュートスとか」

「いや、たまたまですよ。でも、勝てて本当に良かったです。ギルドマスターとして、やっと仕事が出来たっていう気持ちです」

 

 アインズとシャルティアの戦闘が終了した後、アインズが勝利を収め、シャルティアも無事にゲームの時と同様に金貨を使う事によってレベルダウンもなく復活する事が出来た。

 残念なのは、シャルティアがなぜあのような洗脳状態になってしまったのか、その時の記憶がなくなってしまっているという事だ。

 それにしても、洗脳が途中のシャルティア放置していたのはどういった理由からなのだろうか。アインズとシャルティアの戦闘の最中に現れる事もなかったのは不可解だ。

 しかし、現地人の力量を考えればかなり破格な事をしてきた存在がいる事は間違いなく、それはプレイヤーやそれに繋がる何かの可能性は高いだろう。その相手がどこの誰か分からないのは非常に残念だが、今はシャルティアが無事に復活できた事を喜ぶべきであろう。

 

「しかし、アルベドは本当に凄かったですよ。NPCにあんな風に食って掛かられたのは初めてでしたから、かなり驚きました」

「そうなんですね。俺が戻った時はそんな様子はなかったんですけど、すいません」

「別に、アインズさんが謝る事じゃないでしょ。アインズさんが好きって言う設定を付けたのはタブラさんですし」

 

 ウルベルトの言葉に、アインズの表情が曇った。

 そして、とある事実を口にする。

 

「いや、違うんです。ごめんなさい、言い出しにくくて言ってなかったんですけど、その設定書いたの、俺なんです」

「えっ?」

「サービス最終日に、アルベドの設定を見てみたら、ビッチであるって書いてあって、ナザリックのまとめ役であるNPCがこんな設定は酷いなと思って、俺が書き換えたんです。なぜか真なる無(ギンヌンガガプ)も持ってるし、最後くらい俺も勝手な事しても良いかなって」

 

 自分は、何か大変な思い違いをしていたのかもしれない。

 ああ、そうだ。ギルド長であるアインズは、スタッフ・オブ・アインズウール・ゴウンを使用すれば、本来ならば権限がなくてできないNPCの設定を変更することもできる。そうだ、初めて会った日に彼は確かにスタッフを持っていた。

 

「それで、モモンガを愛しているって、書き換えたんです。ごめんなさい。もっと早くに言っておくべきでした」

 

 ああ、そうだ。あの時感じた違和感はこれか。

 そうだ、彼女はアインズではなく、モモンガとそう呼んでいたのだ。元々の彼の呼び名であるため、大きな違和感はなかったし、もしあの場で気づいていたとしても激情したアルベドがたまたま昔の呼び名を使っただけとしか思わなかっただろうが、そうじゃない。

 アルベドは、アインズ・ウール・ゴウンではなく、モモンガを愛しているのだ。

 NPCは基本、創造主を一番と見ているようだが、この場合どうなる。二人が創造主となるのか、はたまた上書きされて最後に設定を変えた者が上位に行くのか。

 

「他のNPCの設定は変えてないですよね?」

 

 思いの外冷たい声を出してしまった事にウルベルト自身が驚く。

 アインズが、ウルベルトを怒らせたのだと勘違いして肩をビクッと震わせる。

 

「してないです! アルベドだけです。すいません、俺が設定を変えたせいでアルベドがウルベルトさんに辛く当たったみたいで。全部、勝手な事をやった俺の責任です」

「本当ですね? 本当に、他のNPCの設定は変えてないんですね?」

 

 誓ってそんな事はないというのでその言葉を信じるが、自分が眉間にしわを寄せた険しい表情をしているのが、アインズの怯えた表情で分かる。

 

「そういえば、敵のワールドアイテム対策に守護者達にも、ワールドアイテムを渡すんですよね」

「えっ、あっ、はい。アウラとマーレにはもうそれぞれ渡しちゃったんで、あとは一番外で仕事をしているデミウルゴスと、あと、ウルベルトさんで、ヒュギエイアの杯か、幾千の刃かのどちらかを持ってもらおうかと思っているんですけど」

「なら、ヒュギエイアの杯をデミウルゴスに、幾千の刃をコキュートスに渡してください」

「それじゃあ、ウルベルトさんがっ」

「あともう一つ、消費じゃないタイプのワールドアイテムがあるじゃないですか」

 

 その言葉に、アインズが一瞬理解できないという顔をするが、すぐにどれの事を言っているのか察する。

 

「アルベドが持っている真なる無(ギンヌンガガプ)を、俺が持ちます」

「でも、あれはタブラさんがアルベドに持たせたから、勝手に移動するのは……」

「ナザリックの防衛のために外に出る事のない彼女には不要でしょう。すでに一つ設定変えてるんですから、それがもう一つ増えても同じでしょう。元から勝手にタブラさんが移動させた訳ですし。それとも、俺よりアルベドの安否の方が大事ですか?」

 

 そう言われて、アインズがウルベルトの要求を受け入れた。

 ウルベルトは、これから自分がするべき事を頭の中で羅列していく。

 やらねばならぬ事の多さに目眩を起こしそうになるが、腹は決まった。

 ああ、これから忙しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、アルベドの設定を変えるべきではなかった。

 

 アインズは、誰もいない自室で何度目になるかわからないため息をついた。

 設定を変えたと告げた数日後、ウルベルトが休暇が欲しいと言って、誰の共を連れる事もなく、ナザリックから出て行って四日が経った。

 毎日一度は〈伝言〉(メッセージ)で安否を確認して、期限も一週間と言う取り決めなので後三日で帰ってくる予定なのだが、もしかしたらこのまま帰って来ないのではないかと不安になる。

 

 あの時のウルベルトは、他のNPCの設定を変えていないか執拗に確認してきた。ウルベルトがデミウルゴスを大事にしているのは知っていたし、それも仕方がないだろう。転移してすぐの時にアルベドの話題になった時にも黙ったままだったのだから、疑われてもしょうがない。

 みんながこの地に戻るまで、なるべくそのままで残しておこうと思っていたのに、アインズがそれを変えてしまったのだ。

 

 タブラが、アルベドに真なる無(ギンヌンガガプ)を与えていた事に少し腹が立っての行動だったが、アイテムならば別の場所にあってもまた戻せば良いだけの事だ。現に、今はウルベルトが所持している。

 だが、異世界にやって来てしまった今、設定を変える事は出来なくなっている。

 ユグドラシルのサービス最終日だったから、こんな異世界に来るとは思っていなかったからと言い訳は沢山あるが、変えてしまったと言う事実は変わらない。

 

 休暇が欲しいと言い出した時は、別段怒っているようには、外目からは見えなかったが実際のウルベルトの心中は分からない。

 ただ、自分の休暇が終わったらアインズも偶には一人で外に出るのも良いんじゃないかと提案してきた。気分転換に一人で考え事をする時間は大切だと。

 シャルティアの件もあって、一人で出歩くのは危険ではないかと、ウルベルトを止めようとしたのだが、設定を変えた負い目から強く言い返す事が出来ず、彼の提案を受け入れる事になってしまった。

 〈伝言〉(メッセージ)は約束通り毎日来ているので、元気にしているのは分かるが、今どこにいるのか、何をしているのかと言う問いには答えてもらえない。

 

 ウルベルトを引き留めようとした時に言い返された言葉が今も心に突き刺さっている。

 家族でもないのに、毎日顔を突き合わせるのは疲れると、ウルベルトはそう言った。

 アインズやNPC達の事は嫌いではないが、本来はゲームをやっている何時間か、一緒に遊んでいただけなので、ずっと一緒に生活していると疲れが溜まってくるのだと言う。

 言い分は分からなくはないが、少なくともアインズはこれまでの数日間、そんな事は全く考えていなかった。久しぶりに会った仲間と知らない土地を冒険して純粋にただ、楽しいと思っていたが、それは自分だけだったと言う事だ。それが何より寂しい。

 

 だが、そんな本音を言ってしまえば、重たい奴だと、束縛するようならナザリックから出て行くと言いかねないと思い、その話題には適当に相槌を打ってしまっていた。

 これで本当にウルベルトが戻って来なければ、アインズはまた一人になってしまう。さらにNPCにまで見放される様な事があれば、どうすれば良いのか分からない。

 せめて彼らを幻滅させないように振る舞おうとしているのだが、支配者である自分とそのシモベでは距離を感じてしまい、何だか余計に寂しい気分になってしまう。

 数日前までウルベルトがいてくれたからこそ、余計にそう感じる。

 

 ウルベルトから、設定を変えたなら責任を取るべきじゃないかと言われた事もあり、ちょくちょくアルベドには声をかけたりしようとしているのだが、女性経験がないアインズは彼女に対してどう接すれば良いかわからず、あまり上手くいっていないように思われる。

 設定を変えた事をアルベドに謝れば、彼女は謝らないで欲しいと泣きついてきた。だが、彼女がそんな態度もアインズが設定を書き換えたせいかと思うと、本当に取り返しのつかない事をしたのだなと、改めて後悔の念が頭をよぎる。

 

 冒険者の仕事は、パンドラズ・アクターにウルベルトの代わりをさせており、いつ依頼が来ても良いようにエ・ランテルの宿屋に駐在させている。

 ズーラーノーンと彼らが召喚したアンデッドを倒した事で、アダマンタイトの冒険者になったのだが、アダマンタイトでの初めての仕事はパンドラズ・アクターと一緒にする事になってしまった。

 パンドラズ・アクターは見事なまでにウルベルトを演じてくれていたが、やはり本人ではない。やる気が起きず、雑に依頼をこなしてしまっていたが、それでも何とかなる程度の仕事しかなかった。

 もう一度、ため息を吐いたタイミングで〈伝言〉(メッセージ)が入る。

 

「アインズ様、ユリ・アルファです。ご報告したい事があるのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」

 

 ユリは今日、外のログハウスの当番だったはずだが、外で何かあったのだろうか。

 

「ああ、構わない。それで、どの様な用件だ?」

「実は今、お客様がいらしておりまして」

「客? ナザリックに気づいたプレイヤーが接触してきたという事か?」

 

 普通の一般人であればユリがわざわざ〈伝言〉(メッセージ)をしてくるはずがない。

 お客様というならば今まで広めてきた情報を元に、友好的なプレイヤーが近づいてきたのかと考えた。

 

「いえ、恐らくぷれいやーではないと思われます。相手は、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスと名乗っており、彼と従者が数名来ております」

「は? 帝国の、皇帝?」

「はい。モモンガ様に会いに来たと先方は言ってきているのですが、いかがいたしましょう」

 

 ……どういう事?




 アルベドがまた同じミスしてるっぽくなって申し訳ない。
 でも、アルベドがうまく隠しても、モモンガさんは設定変えた事をこのタイミングで言う事になるんですよね。実は設定変えてたから、もっと大変な事になっているかと思ったっていう感じで。
 そして、アルベドが殺意見せないと当然ウルベルトさんはリアルについての発言しないので、アルベドは現状のまま。
 ウルベルトさんは、殺意に気づかないと詳細は省きますが、なんやかんやあった後に、ナザリックに残る事を決めます。
 そうなると、当然パンドラがアルベド不要になるんで、モモンガさんに告げ口してアルベドのバッドエンド確定。結果的に彼女にとっては最悪の事態を免れた形になっている、はず。


 そして、今まで基本ウルベルトさん視点で書いてきてたんですが以降は、最終話付近になるまでウルベルトさん以外のキャラの視点で話が進んで、他のキャラ目線でウルベルトさんの舞台を見る流れになります。
 一応、完結後に舞台裏としてウルベルトさん視点の話も書く予定ですので、今後もよろしくお願いします。


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9話 魔窟への道のり

「到着するまでまだ時間はありますから、寝てても良いんですぜ、陛下」

「そうしたいのは山々だが、これから行く場所の事を考えると、おちおち寝てもいられんよ」

 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは部下の言葉にそう返答をした。

 部下のバジウッドの言葉遣いは皇帝に対するには粗野な物言いであったが、いつもの事なのでお互い気にした様子はない。馬車の中で二人だからというのもあるが、そうでなくても彼らの会話はいつもこんな感じだ。

 魔法などで揺れる事もない馬車の旅は快適そのものであったが、その先の事を考えると頭が重くなる。

 目的地は、ナザリック地下大墳墓。

 話を聞いただけで調査すらしていないが、その地がこの世の理を超えた超越者たる化け物の居城であるという事だけは間違いのない事実だ。

 

「生きて帰れますかねぇ。俺たち」

 

 今回引き連れてきたのは馬車の御者をいれても六人ほどだ。

 本来であるならば、皇帝が乗った馬車の警護なのだからもっと人数を割く必要があったが、なるべくこの事を知る人物を減らすために、本当に最小限の人数に絞った。

 それでも、道中に魔獣に襲われる可能性も考えればもっと人数を割く必要があったがそれもとあるアイテムのおかげで必要がなくなっている。

 

「大丈夫だ、と言いたいところだが、こればかりは行ってみない事には何とも言えんな。ただ、行ってすぐに殺される可能性は低いだろう」

「それはまた、どういった理由で?」

「考えても見ろ、この先にいるモモンガと言うアンデッドはウルベルトと同等の存在なのだぞ? わざわざおびき出して殺さずとも、どうせ居城にいたままでも我々を殺す手段はいくらでもあるだろうさ。所詮我々は、奴らにとっては虫けらだ。まぁ、だからこそ、殺す気はなくともちょっとした事で死ぬ可能性もあるのだがな」

 

 少なくとも、ウルベルトの言葉が真実であるならば、モモンガには他のアンデッドのような生者を憎む気持ちは無いはずだ。ただ、別にそれは好意的な意味ではない。その生死に興味がないという意味だ。下手をすれば何のためらいもなく人を殺すだろう。

 だが、逆に言うと地雷さえ踏まなければ最低限の対話はできるという事だ。

 とはいえ、悪魔の言う事だ。完全に信用は出来ない。本当にそんな相手なのかは会ってみない事には分からない。

 

「帰る頃にはアンデッドの仲間入り、なんて展開は勘弁願いたいものですな。全く、陛下のお供役とは貧乏くじを引かされたもんで」

「お前が一番部下の中で軽口を叩くからだ」

「これからは、陛下に敬語と使うようにしねぇといけねぇな」

「すでに敬語になっていないぞ」

「ははっ。まぁ、最後までお供しますよ。俺なんかじゃあ、あんな化け物相手には足止めの壁にすらならないでしょうが」

「すまんな」

「気にしないでください。俺は、あんたの部下になれて、今でも本当に良かったと思っているんですから」

 

 できればジルクニフとしても、今後の帝国の事を考えれば四騎士は置いて来たかったというのが本音だ。特に、平民から成り上がってきたバジウッドは、騎士を目指す帝国市民から憧れの存在として見られている。

 どうせ、化け物相手では誰を連れてこようと変わらないのだから、今後の帝国に必要な人材は帝都に残し、ほどほどの人物だけを共に連れて行く程度でも良かったのだろうが、そもそも今回彼は護衛をして連れてきているわけではないので、そうもいかない。

 

 今、ナザリックに向かっているメンバーは、ジルクニフとバジウッド、それと馬車がもう一台あり、そこの中に帝国の主席宮廷魔術師であるフール―ダ・パラダインが乗っている。馬車それぞれに御者が一人ずつと、その二台の馬車を先導するように、四騎士の一人であるレイナース・ロックブルズが馬を走らせている。

 フールーダをこちらの馬車に乗せれば、御者を一人減らす事はできたのだが、ナザリックに着くまでの数時間、一緒に密室にいるのが耐えられそうになかったのでこのような配置になった。

 

 曰く、ナザリック地下大墳墓を支配するモモンガという男は、本来ならば支配者足りえる存在でないにも関わらず、彼や彼の仲間が作ったシモベたる存在から至高の存在だと崇められ、その期待に応えようと無理に支配者の演技をしているのだという。

 数日前にいきなり現れた悪魔は、ジルクニフとバジウッドの関係こそ本来ならば理想的だと言った。支配者ぶるにしても、部下から気さくに話しかけられるような関係に改善するべきだと、愚痴るようにモモンガという男について話した。

 

 悪魔の表情はわかりにくい。ぱっと見は、バフォルグという山羊のような姿の亜人にも見える悪魔だ。毛におおわれた顔では、その真意を読み解くのは容易ではないが、少なくとも、あの場面であの悪魔は本音を語っていたように思われ、ジルクニフとバジウッドの気安い関係には好印象を持っていたのは間違いないと見ている。

 だからこそ、バジウッドを連れてきた。付け焼刃で皇帝にため口をさせようとしてもすぐにボロが出る。他に適任はいない。なるべく、モモンガと友好的に話を進める為には、どうしても必要な人材だった。

 

 レイナースについては、ウルベルトに彼女が四騎士になった理由、とある魔物に顔の治らぬ呪いをかけられ、それを解呪する手がかりを探す事だと教えた際、その程度の呪いであれば、手持ちのポーションでも治るかもしれないが、ナザリックにいるペストーニャなる人物であれば、間違いなく癒せるだろうと言い、レイナースにナザリックに行った際にはこれを見せれば良いとメモ書きを渡していたからだ。

 四騎士である彼女の損失は、変えがきかない事もあり由々しき問題ではあるが、元より彼女とはそれを優先させて良いという契約であったし、ナザリックと言う絶対強者の前では例え彼女の実力でも奴等にとっては無意味だ。ならば、忠義心の薄い彼女の事は最悪切り捨てる事になったとしても仕方がないだろう。

 わざわざ、紙を書いてやったのになぜ連れて来なかったと後で悪魔に言われても困るので連れてきたという状態だ。

 彼女としても、いくら顔の呪いを気にしているとはいえ、悪魔との約束で化け物の居城に向かうのは複雑な心持ちである様だった。呪いが解けたとして、見返りに何か要求されたり、それこそ、死ねば呪いも解けるなんて言われたりしても何ら不思議ではないからだ。

 とは言え、わざわざもらった紙を無下にすれば、それこそ何が起こるかわからないからと文句は言わずついて来た。

 

 メモ書きの文章が、彼らが使う“にほん語”なる文字で未だ解読が出来ていないのも不安にさせる要因の一つだ。

 ジルクニフも、こちらはキチンとした紙で、ジルクニフはウルベルトの友人であり、ナザリックに来訪した際は、それ相応の態度をとるように。間違っても傷をつけるような事がないように、と言った旨の書かれているらしい書状をもらっている。

 文字を解読しようと試みるも、文章量的にそれも難しく、末尾にあるのがあの悪魔の名前、ウルベルト・アレイン・オードルではないかと推測ができる程度だ。

 名前らしきものは画数も少なく角ばった単純な文字であるのに、本文中には基本 丸みを帯びた単純な文字と、画数の多い複雑な文字が羅列され、名前の文字が少し分かった程度では本文までは読み解く事は叶わなかった。

 全く違う文面が書かれてある可能性もあるし、文面自体は説明された通りでも、聞かされていない一文が書かれている可能性は大いにある。だが、この件に関しては確認のしようもないので、ウルベルトを信じるより他にない。

 

 この書状の他にも、場所が王国領であり魔獣もいる危険地帯だからと言った際に認識阻害の護符をもらっており、このおかげで魔獣にも気づかれる事なく、目的地に向かえている。その事からも、ジルクニフをナザリックに招きたいと言う事だけは事実のように思われた。

 すでに鑑定してそれはないのは分かってはいたが、いっそ渡されたアイテムが粗悪品で、道中に襲われる事があれば、悪魔に文句の一つでも行ってやろうかとも思ったが残念ながらそんな事もないようだ。

 

 そして後一人、ナザリックに向かうメンバーの一人のフールーダだが、正直に言えば彼を連れて行きたくは無かった。だが、連れて行かないと言えば駄々をこねて、無理やりついて来てせっかく秘密裏に動いているのが露呈しかねないから連れてきたに過ぎない。

 本音を言えば、今すぐにでも妙な真似をする前に息の根を止めておきたい。

 だが、残念ながら彼を殺せる人材はおらず、やむなくモモンガへの贈答品と一緒に馬車に押し込めて、ナザリックに向かっている。

 

 ウルベルトを一目見た時のフールーダの反応は思い出しただけでも頭が痛くなる。

 フールーダ・パラダイン。彼が、何よりも魔術の深淵に触れる事を望んでいる事はジルクニフとて承知の事であった。だが、あそこまで豹変するとは想定外であった。

 一言で言うならば、変態であった。

 

 あの悪魔は、突如ジルクニフの前に現れた。その場にいたのは、秘書官のロネウと、四騎士の一人であるニンブルであったが、誰も奴が姿を現すその時までその存在に気づくことはなかった。

 悪魔は、自身をウルベルト・アレイン・オードルと名乗った。

 丁度、ジルクニフが手元に持っていた書類にも同じ名前が記されているが、たまたま名前が一致しただけ、という事がありえないのはすぐわかる。

 

 王国に突如現れ、その功績からアダマンタイトの位になる事が決まった冒険者。

 こちらが驚いていると愉快そうに、人間の姿に化ける。書類に添付された人相書きと全く同じ顔がそこにはあった。

 書類には、第三階位まで使える魔法詠唱者だと書かれているがそんなのは全てでたらめだ。

 どうやってここまでやって来たのかと問えば〈完全不可知化〉(パーフェクト・アウンノウアブル )なる、第九位階の魔法を使って入って来たというのだから、もはやこの時点でこちらに打つ手はない。

 人類がいまだ到達し得ない領域の魔法。それを防御する術を、帝国は持ち合わせてはいない。あまりにもでたらめすぎる能力だ。気づかれずにどこにでも侵入可能な存在など、対処できるわけがない。

 

 ウルベルトは冒険者として名を馳せて情報を得るつもりだったが、あまりにも非効率でまどろっこしいため、国の力を借りたいと言ってきた。断るならば、記憶だけ覗いてあとは用済みなので捨て置くだけだと付け足すのだから、交渉ではなくただの脅しだ。

 奴が何を調べているのかその時点で分からなかったが、拒否する事など出来はしない。ジルクニフが了承すれば、悪魔はにんまり笑い、これから我々は同盟者であり、友人だと白々しく言ってきた。ジルクニフがウルベルトを裏切らない限り、帝国の安全は保障すると言ったが、どこまで本気な言葉なのかはわからない。

 契約書にサインも書かされたが、にほん語なる文字で書かれそれは、何と書かれているのか分からない。ウルベルトがその内容を口に出して説明するも、当然ながら書かれた文字と、口に出した言葉が同一の物である保証はなく、それでも強者を前にその事に異議を申し立てる事は出来なかった。

 

 そんなやりとりをしている時に、フールーダが部屋にやってきた。

 そして、壊れた。

 

 フールーダは、そのタレントによって相手の使用できる魔法がどれほどの物かを見ることが出来るのだが、ウルベルトが第十位階まで使える事を見抜くと、相手が悪魔であることも憚らずその傍で跪き、あまつさえ足を舐めようとまでしていた。

 これまで、完全にウルベルトのペースで話が進められていたが、少なくともフールーダの痴態はウルベルトの想定外だったようで、本気で驚き、ドン引きしている様に見えた。いや、間違いなくドン引きしていた。唯一、こちらがウルベルトに与えたダメージがこれだった。

 

 だが、身内同然に思っており、能力的にも帝国にとって重鎮であったフールーダのこの姿は、ウルベルト以上にジルクニフの心に大きくダメージを与えた。

 魔法の深淵を覗かせてくれるならば、ジルクニフも国もすべて捨てると、本人が目の前にいながらも言うその姿に、若干悪魔がこちらに憐みの目線を見せたようにも見えたが、実際のところどうだったのかはわからない。

 どうしてもとせがむフールーダに、魔法の威力ならば確かに自身は誰よりも優れているが、その知識と覚えた魔法の数は圧倒的にモモンガの方が上なので、魔法を習うのであればそちらの方が適任だと言った。

 

 ウルベルトと同等の存在がいるという事実に、ジルクニフは考える事を放棄したくなった。ウルベルトと冒険者と一緒に組んでいる男、アインズ・ウール・ゴウンの本名がモモンガと言うのだという。そして、全身鎧で姿を明かすことがない彼の正体は、オーバーロードなる種族であり、いわゆるアンデッドだと言うのだから、もはやどう反応して良いのかわからない。

 しかも、魔法省のデスナイトを見て、こんな雑魚モンスターであればモモンガはいくらでも召喚できるとのたまい、その言葉にフールーダは歓喜し、ジルクニフは心が折れた。

 元より勝てる見込みがないのは明白であったが、それでも周辺諸国全ての力を集めて数で攻めればとも少し考えていたのだが、完全に使役できるデスナイトを量産できるとなると、数でも質でも勝てないのだから、こうなればもう、どうすれば被害をどれだけ最小限に留められるかの問題だ。

 

 ウルベルトが帝国から姿を消した翌々日に、こうして彼らの居城であるナザリック地下大墳墓に向かっているのだが、フールーダは自身の師になるモモンガの事を考えて浮かれていた。

 レイナースにメモ書きを渡したのは、何か真意があるのかもしれないが、傍から見ればただの気まぐれにも見え、どちらなのか未だに判断がついてないが、フールーダにモモンガを紹介したのは、純粋に面倒事を押し付けただけのように思われる。

 のちに話をして分かった事だが、ウルベルトはあまりモモンガの事を良くは思っていない。その為、これは嫌がらせ行為の一環だったのではないかと推測している。

 だからこそ、連れて行かなくては行けないのだが、フールーダの事を知らないであろうモモンガが、悪魔ですらその興奮をもっと抑えられないかと言ってきたその痴態を見て激怒し、こちらにまで被害が及ぶ事を現在一番恐れていた。

 

 できれば、今すぐに寿命や病気で死んでくれないだろうか。

 思わずそんな事を考えてしまう。

 とはいえ、フールーダが今すぐにいなくなり、その事が周辺諸国に露呈すればナザリックに滅ぼされる前に、他国が帝国に攻め入ってくる可能性もあり、フールーダの扱いをどうするか頭を悩ませている。

 ナザリックで引き取ってもらえるなら、それはそれで良いような気さえする。もはや、手元に置いていても困る存在だ。

 どちらにせよ、はっきりとこちらを裏切ると宣言したフールーダにはこれからまともな仕事は回せない。フールーダがその興奮をどこまで抑え込み、モモンガがどれほど寛容な人物であるかに全てがかかっていると言えるだろう。

 

「しかし、いつでも来て良いとは言ってましたが、こんなに早く奴の家に向かう必要が本当にあるんですかい?」

 

 バジウッドがジルクニフにそう問いかける。

 

「どう転ぶかはまだ俺にもわからん。だが、普通に考えれば皇帝という職に就いている者がここまで早く行動するとは思わんだろう。奴はまだ、どこぞを見て回ると言っていた。できれば、奴が根城に帰還する前にモモンガと言う男がどういう人物なのか見極めておきたい」

 

 とはいえ、相手が日付を指定してこなかった以上、すでに手を回している可能性の方が高いだろう。

 それは承知しているが、万が一の事を考え裏をかけるならそうしておきたい。

 

「あの悪魔を裏切るつもりなんですか?」

「場合によっては、な。目下、あの悪魔を倒せる存在は、モモンガを置いて他にはいない。どちらにつくのが人類にとって最良の判断か、見極める必要がある」

 

 悪魔とアンデッド。どちらも本来人類にとっての敵だ。

 ウルベルトは裏切らなければ帝国の安全は保障すると言っていたが、その場合は帝国以外の周辺諸国は全て消えてしまうのではないかとジルクニフは危惧していた。周辺諸国の話をした際、腐敗した王国貴族の話に嫌悪し、聖王国の王女の在り方を鼻で笑った男だ。少なくも、その二国はいずれ滅ぼされるだろうと踏んでいる。

 ただ気にいらない、そんな理由で国を亡ぼすほどの力を、あの悪魔は持っている。

 そして、帝国の安全と言ったが、悪魔にとってそれはどういう状況を指すのか。きちんと、人類としての営みを許してもらえるのか、それとも命があっても奴隷のような生活を強いられるのか。

 悪魔は契約にうるさいと言っていたが、契約通りであっても契約には抜け穴があり、結局人類が被害に合うという展開は、物語の中でも良くある展開だ。もちろん、物語であればその逆もあり得るが、契約書の内容がはっきりと解明していない現状ではこちらからその抜け穴を探す事も不可能だ。

 

 ウルベルトを裏切る場合、モモンガに助けを乞うしかなくなる。他に勝てる相手が現状いないのだから。

 しかし、そうなるとなぜウルベルトは、ジルクニフをナザリックに呼び、モモンガに会わせようとしているのかが分からない。

 対抗できる相手がいると知らなければ、もはやジルクニフにはウルベルトに従うという選択肢しかありえなかったのにも関わらずだ。

 少しでも奴の計画を狂わせようと、こうして急いでナザリックに向かっているが、全て奴の思惑通りであり、破滅の道を進んでしまっている可能性は否定できない。

 

「ウルベルトについて、お前はどう思う?」

「どうと言われましてもねぇ。存在自体が破格すぎてさっぱりですわ。ああ、でも、悪魔でも我が子は可愛いと思うんだなとは思いましたね」

「そうだな。奴が自身の息子だというデミウルゴスに執着しているのは間違いない。そのデミウルゴスが、今回のウルベルトがこの様な行動を取った原因の一因であると俺は見ている」

 

 息子と言っても、血が繋がった家族というわけではない。

 想像を絶する事実だが、その力のレベルだけで言えばウルベルトとも変わらない存在を創り上げたのだという。ゴーレム等ならまだ理解はできるが、生き物を、それも高レベルな存在を創り出すなど神の御業としか言いようがない。

 他の仲間が創った者も含めて、そう言う存在が何人もいるらしく、ウルベルトはそれを“えぬぴーしー”と呼んでおり、要は忠義心の厚いシモベなのだという。

 

 ただ、彼自身が理想を注ぎ込んで創り上げた悪魔の事だけは、シモベなどではなく大事な息子なのだ言って自慢してきた。

 息子の話をする時のウルベルトは、いつも以上に饒舌になる。

 それが一度だけ、一瞬言葉を詰まらせた瞬間があったのをジルクニフは見逃さなかった。

 ジルクニフが、それほど愛され、忠義心ある息子ならば、うちのフールーダやレイナースと違ってウルベルトを裏切る心配もないのだろうなと言う言葉を投げかけた時だ。

 言葉を詰まらせたのは一瞬で、その後その通りだと肯定をしてきたが、どこか忌々しい表情になっていたようにジルクニフには見えた。

 その為、ただの神々の親子喧嘩に人類が巻き込まれただけという可能性は大いにある。

 

「そこで聞きたいのだが、子供と喧嘩をしている時であっても、その子供をあれほどまでに褒め称える物なのか?」

 

 親子喧嘩であった場合、そこが不自然に感じた。

 ジルクニフに子供はいるが、次代の皇帝になる存在としか見ておらず、全く愛着がないというわけではないが、しかし、我が子としてきちんと向き合った事は一度もない。その為、親の心境と言うのは今一読み解けない。

 

「まぁ、どんな時でも子供は可愛いもんですがね。とは言え俺なら、子供側が何かやらかした上での喧嘩って言うなら、こんな事もする悪ガキでってどっかで言っちまうかもしれませんね。俺に非があるなら、その場で謝っちまいますから、子供と喧嘩して許してもらえないって愚痴るってとこですかね」

「まぁ、そんなところか。子供が何かしたというには、あまりにも息子は完璧であると強調していたし、あれほど忠義心が強いと言っていた息子が、よもや親が何かやったからと言って許さないとは考えにく。となると、第三者が関わってくるわけか」

「と言うと、誰ですか?」

「まぁ、十中八九モモンガだろうな。ナザリックに来たら仲良くしてやってくれと強調してくる割に、奴のやることなす事を否定していたからな」

 

 支配者に向いていないにも関わらず、無理して支配者ぶる姿は滑稽だとか、ナザリックを捨てた昔の仲間に固執する姿はいっそ哀れだと、棘のある口調で話していた。

 モモンガが、デミウルゴスにウルベルトを裏切るように仕向けているという事なのか。ただ、その説もなんだかしっくりこない。

 

 そもそも、全てがあの悪魔の演技である可能性もある。

 話す内容自体は、その殆どがまだ裏付けできていないが、おおよそ真実であろう。

 ユグドラシルと言う別の世界からやってくると言う“ぷれいやー”と言う存在。六大神や、八欲王の存在もこのぷれいやーであろうと、ウルベルトは告げた。

 実際、ウルベルトが前々からこの世界にいた存在ではなく、別の世界からいきなりやって来たというのは納得のいくものであった。明らかに、その力はけた違いすぎる。

 

 ただ、奴が話した中で信じがたい話が一つあり、そのユグドラシルに行く前にまた別の“りある”という世界にも存在しており、その世界では普通の人間だったと奴は言う。そして、その人間の姿こそが本来の姿なのだと。

 これほどまでに力を持った存在が、ただの人間だったとは到底考えにくい。

 だが、奴の王国の貴族に対する憎悪の感情は、まさに人間的であった。絶対の強者たる悪魔であれば、愚かな人間の行いを嘲り笑っていても良いように思われたが、そうではなかった。あれは、下から見上げる目線だ。底辺を知っているからこその悪態であったようにジルクニフは思う。

 

 故に、彼とモモンガが元は人間であると、とりあえずは信じている。

 とはいえ、悪魔やアンデッドの体にひっぱられて精神構造が変わってきていると本人も言っていたのだから、ただの人間として見る事はもちろんできない。

 ただの人間がいきなり世界を破壊できるほどの強大な力を得て、その超越感に虐殺を開始しても何ら不思議ではない。現に、八欲王のせいで世界は崩壊しかけたのだから。

 それでも、生まれながらの悪魔やアンデッドだというよりは、対話の余地があるように思われ、若干ではあるが心に余裕を持たせる要因でもあった。

 

 ただ、ウルベルトは何か一つ嘘を吐いている。

 これは、ただのジルクニフの勘であり、本当にそうなのかわからないし、実際のところ一つどころではないのかもしれないけれども、確かにあの悪魔は嘘を吐いている。

 それがどれの事なのかが分からない。

 真実だろうと思われる事柄があまりにも巨大すぎて、情報の整理がまだ追い付いていない。

 奴の虚を突こうと、こうして早くに行動した事も、正しいのかどうか未だ判断つかない。

 

「おっと、そろそろ目的地に着きそうですね」

 

 どう転ぶかわからないが、ここまで来れば腹をくくるしかない。

 ウルベルトがもうすでに帰還して、話を通しているならば良くも悪くもすんなりナザリックに入る事が出来たのだろうが、かなり早くと行動している以上、話を全く通していない可能性もある。むしろ、そうであるならばジルクニフはウルベルトの裏をかけたという事だ。

 本来ならば、先に伝達しておく案件だが今回はアポなし。モモンガには会えない可能性ももちろんあるが、どこであろうともすぐさま魔法で転移できるのだから、もし冒険者として活動していたとしても一時的にこちらに戻るくらいは訳ないだろう。まぁ、それはウルベルトも同様である以上、早く行動を起こしたことにさほど意味はないのかもしれないが。

 

 小高い丘の近くにログハウスが見える。その近くに馬車を止めると、なるべく素早く身支度を整えて馬車を降りる。

 フールーダもある程度弁えているのか、今のところ問題はなさそうで安心する。

 

 ログハウスから女性が出てくる。

 非常に整った容姿をしており、眼鏡をかけ髪は結い上げて夜会巻きにしている。

 事前に、未目麗しいメイドがいる事は聞かされていたが、それでもなおこれほどの美人がいるものかと驚かされる。

 だが、美女に気を取られている訳にもいかない。すぐさまこちらが敵対者ではない事を知らせるために、ウルベルトからの書状を彼女に見せ、もし、モモンガがいる様であれば会いたい旨を伝える。

 彼女は、驚きながらその書状を確認する。

 

「確かに、ウルベルト様のお書きになられた書状のご様子。私は、戦闘メイドプレアデスが一人、ユリ・アルファと申します。今、アインズ様に確認と取ってまいりますので、こちらのログハウスでしばしお待ちいただいてもよろしいでしょうか。突然の来訪でしたので、おもてなしの準備が整っておらず恐縮なのですが」

 

 書状を読み終わった彼女から、完全に相手がどのような人物か探るような視線がなくなった。書状には、特に問題はなかったと、とりあえず安心しても良いという事だろうか。

 また、事前に知っていたという訳でもなさそうだ。ウルベルトの裏をかいて行動できたとみるべきか。いや、それを判断するのはまだ早いだろう。

 

「いや、こちらこそ突然すまなかったね。ウルベルトからはいつでも来て良いと言われていたが、皇帝と言う役職柄、休みがいつ取れるか分からなくてね。どうしても今日しか予定が合わず、伝令を出すこともできなかった無礼を詫びさせてくれ。ああ、ウルベルトと呼び捨てしているが、彼たっての希望でね、君たちの主人をそう呼ぶ事を許して欲しい」

「ウルベルト様のご意思という事であれば、こちらから申す事はございません」

 

 ログハウスの中に、ジルクニフ一行が通される。やたらと天井が高い作りになっている。

 一堂に飲み物を出した後、ユリが奥の部屋に消えていく。

 

「美味いっすね、この飲み物。こんなに美味い飲み物、初めて飲みましたよ」

「そうだな。ウルベルトが、ここの飲食物は美味すぎて味覚が崩壊しそうになると言っていたのも頷ける」

 

 もし、ナザリックの全容を知らずにこの地に来るような事があったとするならば、この飲み物だけで己の敗北を悟り、帰りたいなどと言っていたかもしれない。

 ほどなくして、ユリが戻ってくる。

 

「アインズ様より許可が下りました。これから、ナザリック地下大墳墓までご案内いたしますので、私の後と着いて来ていただけますよう、お願いいたします」

 

 さぁ、勝負はこれからだ。

 ジルクニフは腹を括り、ユリに案内されるまま鏡のようなアイテムを通り、魔窟へと足を踏み入れた。

 




 近場の中で一番まともそうな国で、プレイヤーもいなさそうっていうだけの理由で悪魔に目を付けられた帝国。かわいそう。
 ジルクニフ好きなんで、頭髪を薄くしたくはないなぁと話をまだちゃんと考えていない頃は思っていたんですが、無理でした。

 リザードマンは、元々世界征服する予定もなかったんで普通に暮らしてます。というか、モモンガさんもウルベルトさんもそれどころじゃないので。


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