ゾンビ日和 (からすにこふ2世)
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オープニング

作者の気まぐれシリーズ第二弾。VRMMOゾンビというものを見たかったけど、自分の読みたいものが無かったので、なら自分で書いてしまえと。


 ヴァーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン。要するにVRMMOというジャンルのゲームが世に出てきたのは、つい最近の話だ。PCのモニターの中に自分のアバターを作ってアレコレするという、MMORPGの類ならばそれ以前にも……具体的には二十年位前か。にもあった。しかしVRMMORPGはどうだったのかというと、無かった。正確には発想そのものはあったのだが、マシンスペックが要求レベルに対してあまりにも不足していたので実現不可能だったのだ。

 しかし、十五年前。量子コンピュータが実用化されてから機械関係の技術が飛躍的に進歩し、十年前に民間で使用できるレベルまで価格が落ち着いた。そのサーバーを用意することで、現実空間とほぼ変わらないレベルの仮想空間を用意することが可能になった。そして、VRMMOという新たなジャンルのゲームが開発された。

 

 それからというものVRMMORPG、FPS、サバイバル、カーレーシング、フライトシミュレーター。多種多様の、それまで同様神ゲーだの糞ゲーだの言われる種類のゲームが売りだされ、多くの人に遊ばれている。そして、私が今ログインしようとしている、ホラーゲーム。タイトルは、ゾンビ列島。まるで昭和のような古臭いネーミング。内容も古臭く、自由度が高いだけのテンプレートなゾンビ物。他のゲームと同じように、最新技術を贅沢に駆使してフィクションの世界を再現しようというものだ。

 

 だが、テンプレートというのは伝統とも言い換えられる。別の言い方をすれば古き良き、という奴だろうか。まあそんな感じで少なくとも外れではない。最近よく出るグラフィックが綺麗なだけの糞ゲーや、プレイ中に死んだら現実世界でも死ぬ地雷ゲーに比べれば十分当たりとも言える。

 

 さて、そうこう考えている内に脳とサーバーとの同期が完了したらしく、見慣れた風景が映る。その風景とは他でもない、勝手知ったる我が家の我が部屋。同期を開始する前に見ていた物。これは同期が失敗したわけではなく、スタート地点を我が家に設定しているからこうなのだ。ポケットに入っているスマートフォンを取り出して、メニューを開く。メールが一件入っていた。

 

「サーバーランキング上位者へのプレゼント配布のお知らせ……」

 

 確か先月もやっていた気がするが、私なんかがサーバー上位でいいんだろうか。仕事終わりにチョイチョイとやっているだけなのに。まあもらえるものはもらっておこう。今回のプレゼントはなんだろう……

 

「今回のプレゼントは……いらんな」

 

 スマートフォンの画面から出てきて床に落ちたアサルトライフルと弾薬を箪笥に押し込み、愛用のシャベルと耐久値最大のシャベル一本。水と携帯食料少しを持って、玄関を出て行く。銃など、私のプレイスタイルだと邪魔にしかならないのにもらっても嬉しくない。

 

 家の扉を開くと、そこは地獄だった。死体が歩き、死体を貪り、生者は逃げ惑い、追いつかれて食われる。そんな地獄のど真ん中に私は放り出された。

 

「すぅ~~~~~~……おぇ」

 

 血の錆臭い香りと、肉の腐った香りが風に冬の冷たい空気と一緒に吸込み、吐き気がしたので道のど真ん中に吐く。これがサーバーから与えられた擬似的な情報だとわかっていても、胃からこみ上げてくる胃液と食い物の混ざった香りまで再現されてしまうとここが現実だと勘違いしてしまいそうになる。仮に現実だとしても、それはそれで面白いからいいのだが……悲しいかな、現実世界にゾンビは溢れておらず、ログアウトして寝て起きれば明日も仕事がある。

 それを忘れたいがために、私はここに居るのだ。吐くだけ吐いたら、今度はシャベルを握りしめて、餌である私を見つけて寄ってきたゾンビ一匹の足に、フルスイング。肉を潰し、骨を折る心地よい感触と音に、思わず絶頂に達してしまいそうなほどの快感を得る。そして足という支柱を失ったゾンビはバランスを保てず地面に倒れ、私という餌を食らおうと這いずってくる。それを見た私は、いつも通りにシャベルの刃の先端を首に当てて押さえつけ、シャベルに足をかけて思い切り体重をかける。

 ザシュ、と土に刃を突き刺したような音がして、ゾンビの首が落ちた。落ちたゾンビの頭が、まるで職場の上司の顔のように見えて、とてもスッキリした。



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説明書

ソフト付録の説明書という名の設定殴り書き


ゾンビ列島

ジャンル サバイバルホラーアクション 

ゲーム形式 VRMMO

 

キャッチコピー 失楽園へようこそ

 

ゲーム説明

最新技術を駆使し、現実を忠実に再現した電脳空間で、圧倒的リアリティ、圧倒的自由度のゾンビゲームを楽しもう!

現実のあなたを模倣したアバターは、他のユーザーから随時追加される衣装をダウンロードして個性のあるファッションを作成できます。現実空間と変わらず、ありとあらゆる物を武器にしてゾンビと戦えます。しかし、無理に戦う必要もありません。逃げるも自由、戦うも自由。他のプレイヤーを襲うのもまた一興。さあ、法の鎖から解放された失楽園で、好きなように過ごしましょう!

(心臓の弱い方。痛みに弱い方はプレイをご遠慮ください)

 

舞台設定

現代日本全土。

 

メーカー希望価格

VRMMOフルセット 35,000円

ソフトのみ 7,500円

 

 

以下説明書

現実空間を忠実に模しており、デパートはおろか民家の中まで(どうやって覗いたのか)再現してある。

感覚システム実装。人間が感じる全ての感覚を忠実に再現している。痛みも再現されており、(もちろん少し抑えてあるが)食われる恐怖を実感できる。

実績システム実装。

全ての武器には耐久度が設定されている。

銃もある(ただし弾薬、威力は現実世界準拠)

ゾンビに部位破壊システム実装。頭部を破壊すれば一撃で倒せる。

ゾンビに鮮度、年齢システム。鮮度がよく、素体が若ければ走ってくる。

NPC,PC共に死後一時間経つと自動的にゾンビ化する。

死体を破壊しておけば、ゾンビ化しない(PCの死体は破壊するとどこかへ転移してゾンビ化する)

NPCは大体固まっている。そういうAIがセッティングされている。

現実空間で可能なことは全て可能になっている。レイプなども可能。殺人、PKもももちろん可能。窃盗も可能。

ゾンビを殺すと功績と金が手に入る。

 

指名手配

 

 犯罪行為を働いている最中に誰かに目撃された場合、口封じをしないと指名手配される。指名手配犯を殺すと、犯した犯罪の重さに見合った金がもらえる上に功績(※)も貯まるため、PCからは狙われる確率が跳ね上がる。NPCでも警察、自衛隊に見つかると警告なしで撃たれる。

 指名手配犯は民間の店(ノーマルショップ)が使用不可能になる。犯罪行為を繰り返すと、悪のカリスマという実績が解除され、犯罪行為を重ねるごとに金がもらえるようになる。その額は指名手配犯を殺害するよりも大きい。また、悪のカリスマの実績を解除するとアンダーグラウンドショップが使用可能になり、通常の店では売っていないもの(銃や麻薬など。もちろんゲーム中で吸ってもハイにはなれない。NPCはハイになる)を購入できる。ちなみに、普通の店で売っている物も購入できるが、ノーマルショップに比べるとその価格は異常なまでに高い。

 

指名手配犯を殺害し続けた場合、賞金稼ぎという実績が解除され、民間の店の商品が割引される。

 

プレイ中のコミュニケーションには音声、ボディランゲージの他に、テキストチャットを使用してのコミュニケーションが可能。掲示板があるが、ログアウトしないと見れない。

NPCのAIにはいくつか種類があり、善良な民間人、警察、自衛隊、DQN、ショップの店員、裏社会の住民。などなどがある。

 

全てのプレイヤーはログイン後五分間、全ての攻撃が無効化されるが同時に攻撃もできない状態になる。

 

ゾンビ

NPCは死亡後ゾンビとして復活し、空腹感に支配され、人間を探して彷徨い、目に入った人間を捕食しに動く。

PCは死亡後ゾンビとして復活するが、NPCとは違ってエリートゾンビになり、十体までゾンビを思い通りに動かすことが出来る。エリートゾンビ同士集まって、一緒に生存者をぶっ殺そう。

ゾンビは頭を破壊しないと死なない。エリートゾンビは死んだらランダムに設定された位置にリスポンする。NPCでもPCでもいいから、10人殺すか操っているゾンビに殺させるかで人間に戻れる。戻らずあえて人狩りを続けるのもあり。。

ゾンビからの攻撃でダメージを受けると感染状態になり、時間経過でゲージが徐々に溜まっていく。ゲージを回復させる手段はない。感染者はNPCから迫害され、集落からは追い出される。ゲージがMAXになると死亡。一時間経つとゾンビとして復活。

メニューからゾンビ化を選んでもゾンビになれる・

 

 

AI

善良な民間人 色んな意味で民間人。医療関係者だったり格闘家だったりニートだったり学生だったり主婦だったり会社員だったり……基本的に一箇所に集まってバリケードを設置して引きこもるのを好む。戦闘力は大体低い(例外もあるが)し、非交戦的。

AIにのみ設定されたストレス値(見えないが、ある)がMAXになるととんでもない行動をすることもあるため注意が必要。

 

DQN 自らの欲望のままに生き、他人に迷惑をかけることをなんとも思わない人々の総称。善良な民間人などにとっては非常に迷惑かつ不快な行動を取る事が多い。規模が少数だと態度はでかいが好戦的ではないという絶妙な設定によりPCをいらだたせる。しかし、数が集まるほどに好戦的になり、何をしでかすかわからなくなる。中にはコロコロしても指名手配されない連中も。

 

警察 集落にいる場合、それを取りまとめる役目を果たす。DQNは彼らが居ると沈静化する。犯罪者を見つけたらサーチ・アンド・デストロイ。悪即射。戦闘力は高めに設定されている。拳銃、警棒など、非常に美味しい武器を持っている。警察が一人いるだけで、その集落のストレス値は少し下がる。

 

自衛隊 現実での仕事は国を守ることだが、ゾンビが現れてからはそれを消毒する事を専業とする人たち。AIの中では最強クラスの戦闘力を持ち、かつ集団で行動するため見つけたら寄生するのも手。強力な武器を持っているが、それ欲しさに襲えば99.9%返り討ちにされゾンビの仲間入りを果たす。

 

 

武器

ゾンビ列島ではありとあらゆる物が武器になる。技術と材料があれば自作も可能。

全ての武器には耐久度が実装されている。刃物は全体的に耐久度が低い。鈍器は耐久度が高い。シャベルは耐久度が非常に高い。耐久度が下がると威力が下がる。刃物はその影響が特に大きい。銃は耐久度がゼロに近づくと動作不良を起し、ゼロになると壊れる。

耐久度は使用するごとに下がっていく。使用後の整備で回復する。

 

武器(この一覧に含まれているのはあくまでも一部であり、全てではありません)

 

日本刀

釘打ち機

チェーンソー

チップソー

包丁

シャベル

ハンマー

スレッジハンマー

 

実装されている銃

拳銃

片手で持って発射できるサイズの銃。威力、貫通力、命中精度、反動、どれを取っても劣悪の一言に尽きる。ベテランでもなければ、至近距離以外ではとても当たるものではない。そのサイズにより容易に服の中に隠して持ち歩ける事が利点。

トカレフT33

ニューナンブM60

S&W M37

 

サブマシンガン

小口径《拳銃弾程度のもの》の弾丸をフルオートで発射できる銃。威力は拳銃よりも少し高いが、頭以外を撃っても止まらないゾンビ相手では大差ない。近距離であればヘッドショットは容易。フルオートでばら撒いた場合は難しいが。拳銃と違い、隠すのは難しい。整備も難しい。

MP5

9mm機関けん銃

 

アサルトライフル

サブマシンガンよりも全長が長く、使用する弾丸も強力なものとなる。中距離での戦闘用。隠して持ち歩くのはまず不可能。少し訓練すれば、20m以内であればヘッドショットもしやすい。整備が難しい。

89式小銃

 

 

対人狙撃銃

銃身の上にスコープが着いており、遠距離の目標を正確に狙い撃つための銃。拳銃よりもずっと大きな弾丸を使用する。ボルトアクションとセミオートの物がある。貫通力、威力ともに高く、人間二人の頭位ならまとめて打ち抜ける。四肢に当たれば、その部位が使用不能になるくらいの威力がある。

 

豊和M1500 ボルトアクション

ドラグノフ セミオート

 

対物狙撃銃

銃身の上にスコープが着いており、遠距離の軽装甲目標を正確に狙い撃つための銃。対人狙撃銃よりもずっと破壊力のある弾丸を使用する。その破壊力はすさまじく、胴体に当たってもその衝撃で全身が破壊され、一撃でゾンビが死ぬほど。人間ならどこに当たっても、掠っても深刻な傷害を受け、致命傷となる。

 

M82A1 セミオート

 

散弾銃

シェルに入った小さな鉄の粒を、前方広範囲に発射する銃。貫通力は低いが、離れれば離れるほど殺傷範囲が広がる。よく誤解を受けるが、至近距離でしか相手を殺傷できないわけではない。

 

ダブルバレルショットガン

ポンプアクションショットガン

 

 

シーズン制

一ヶ月ワンシーズン。あるいは生存者全員ゾンビ化でシーズン終了。毎週水曜日メンテナンスがあり、シーズンリセットはメンテナンス時に行われます。

メンテ後はサーバーランキング上位者が発表され、そういう人たちにはささやかなプレゼントがあります。メンテ後は全てのプレイヤーが生存者となります。武器、金は持ち越しできます。

 



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第一話 肉食系女子

この物語の主人公は女性です。
女の子が血まみれになりながらゾンビを狩る…はて何処かで見たような。というのは無しですよ。


ゾンビ

 

燦々と降り注ぐ太陽の光が、地上に積もった雪を溶かして水にする。その水が夜になると凍って、次の日の朝にその上を歩く人を転ばせる。

いや、転ばせるのはなにも人だけではない。

 

「ゔぁ〜」

 

やる気の失せる声で、腐れた肉が呻く。今日も元気にゾンビを狩ろうとシャベルを担いでいざログインしたら、まさかいきなり転んで足を折ったゾンビと遭遇するなんて、と彼女は心の中でつぶやく。そして転ばせる手間が省けていいやと、頭にシャベルを振り下ろす。シャベルの腹とアスファルトの地面にサンドイッチにされたゾンビの頭は、まるで押し花のように潰れて、それを潰した感触に身震いする。

 

気持ち悪さに、ではなく。気持ち良さにだ。

 

グシャリという音と、肉を骨ごと叩き潰す感覚。人の形をした人でないものを破壊するこの非日常感。バーチャルの世界とわかっていても、とても心地よく、日々ストレスと戦う社会人にはこの刺激が本当に堪らないのだ。

 

日常とかけ離れた世界で、他ならぬ自分自身が主人公になって遊ぶことができる。それが、VRゲームの流行った最大の理由でもある。

 

「ふんふーんふふーん」

 

最初から綺麗に壊せたことに上機嫌になり、鼻歌を歌いながら大きな道をまっすぐ進む。乗り捨てられた車で道路の上をまっすぐ歩くのは難しいが、舗装されてない所に車はないのでそこを歩く。車の影にゾンビが隠れている場合もあるので、もちろんちゃんと警戒しながら進む。

 

「うがぁ!」

 

その警戒がフラグだったのか、一匹のゾンビが飛び出てきた。距離は一メートルとない。しかし、新鮮なゾンビじゃないのと冬の寒さで若干凍ってるのか、動きは鈍い。こんなところまで再現しなくてもいいのにと思うけど、それも運営のこだわりなのだろう。

 

「あよいしょー」

 

いつも通りシャベルのフルスイングではたき落とし、地面に転がす。

 

「どっこいしょー」

 

そして頭に振り下ろす。前に倒したゾンビと同じ要領で。

 

「最近これにも飽きてきたなー」

 

このゲームに、ではなくこの武器に。このゲームを始めてもう一年以上だが、最初からシャベルばかりを使っていて、他の武器を使ってない。そしていつも同じやり方でゾンビを倒している。つまり変化がないのだ。

 

「でもコレが一番慣れてるしなー」

 

シャベルだけでなく近接系統全ての武器には熟練度、という隠しパラメータが設定されている。同じ武器をずっと使い続ければ自然に上昇し、その武器を使った際に消費される体力と、武器の耐久力の減少が抑えられる。一定以上になると攻撃力も少しだけ増える。そして彼女のシャベルの熟練度はずっと前からカンストしている。慣れているとはそういう意味だ。

 

「ふんふーん、ふふーん」

 

ザクザクと音を立てて歩き続ける。楽しげに鼻歌を歌いながら歩き続ける。

そしてゾンビは音に引き寄せられてやってくる。寄ってくるのは音だけではないが、遠くにいる場合はまず音に反応する。

それなのに不必要に音を立てて歩いていれば、当然音を聞いたゾンビが群れをなしてやってくる。

 

「ふーんふーん……ん? 団体様かぁ」

 

彼女を取り囲むのは、9匹のゾンビ。一般的なソロプレイヤーが、バットなどの近接武器で対処できるゾンビの数はおよそ3であることから、どれほど彼女が窮地に置かれているかがよくわかる。

そしておまけに、フレッシュゾンビという死にたてのゾンビが一匹混ざっていて、しかもそれが後ろから接近しているため危険度はさらに増している。

 

「いやー、モテる女は辛いわー」

 

と言いつつ、真後ろから走り寄ってくるフレッシュゾンビの頭を、まるで見えているかのように横一閃。使い込まれたシャベルは刃物と鈍器の中間のような状態であり、簡単に頭を破壊してフレッシュゾンビを倒した。そして包囲に空いた穴から飛び出し、少しの距離を駆け足で移動する。すると、鮮度システムのおかげで移動速度にバラツキが出るため、足の速い順にゾンビが列をなして追ってくる。あとは手前から順に倒して行けば一匹ずつ相手をできる。トレインという技術の応用だ。

 

「よしよし」

 

彼女はゾンビがある程度離れたのを振り返って確認すると、その場で反転し野球のバッターのようにシャベルを構える。そして、一番手前のゾンビの足に向かってフルスイングした。高速で振られたシャベルのスプーンの部分が見事にゾンビの片足を捉え、足の骨を折り転倒させる。それを一旦そのままにして十歩ほど下がり、また次のゾンビの足を折る。それをあと七回繰り返し、見事全てのゾンビを這いずり状態にした。その後は一匹ずつ首に刃を当てて、踏み込んで首を落としてゾンビを全滅させることに成功する。

 

普通のプレイヤーならばここで安堵して気を緩めるが、彼女は違った。

 

「あと一匹、どこかな〜?」

 

安堵するどころか、元から一重だった目をさらに細め、肩まで届く黒い髪に隠れていた耳を出して、ゾンビを探し始めた。あと一匹どこかに『居る』と確信していたからだ。

 

プレイヤーがゾンビに襲われて死亡した場合、死亡後一時間で『エリートゾンビ』となり復活。エリートゾンビは見た目こそ普通のゾンビだが、状態は常にフレッシュでさらに十匹までゾンビを自由に使役でき、動きもAIのそれと違いよく動く。そして部下のゾンビと共に生きているプレイヤー、NPC達を襲う。そのため、通常のゾンビよりも倒した時のポイントが高く設定されている。なので、功績を求めるベテランからはよく狙われる。

 

「居た」

 

そうこうしている内に見つけたらしく、視線の先には車の影を小鳥を狙う猫のように低い姿勢で歩くゾンビが居た。普通のゾンビとは一線を画する異様な、知能を感じさせる行動。それこそがエリートゾンビ、別名『肉入り』の証明である。

 

そしてそれを見つけたベテランである彼女は当然嬉々として襲いかかる。止まっている車に足をかけて飛び上がり、

 

「チェエストーー!」

 

奇声を上げながら大上段に振りかぶったシャベルを、落下の勢いも加えて振り下ろしす。

奇声に驚いたのか動きの止まったゾンビはそれを避けられず、頭にモロに受けてしまい、そのままドサリと地面に崩れ落ちた。

 

「撃墜数じゅー」

 

そこに確実にトドメを刺すために、首にスプーンを押し当てて、踏み込む。

 

「いち!」

 

首がポロリと転がり落ちると、死体がその場で消失する。そう、エリートゾンビは死ぬと別の所にリスボンするのだ。それがどこかは完全にランダム。生存者の群れのど真ん中に出ることは無いらしいが。

 

「ふーんふーんふふーん」

 

それも意にせずまた道端に移動し、一度座り込んでペットボトルに入った水でシャベルについた血肉を流す。それからリュックサックの中に入った雑巾で軽く拭く。これがシャベルの『整備』だ。ゾンビや人間を倒した後に整備しておかないと武器の耐久力がどんどん下がってしまう。これをするかしないかで、生死が分かれる。

 

「ふーん?」

 

そこで彼女の持つ携帯電話が振動し、メッセージの着信を告げた。それをポケットからグイと引っ張り出して開くと、メールが一件。

 

「ふんふん」

 

中身を見ると、シャベラーの集いという『クラン』への勧誘メッセージだった。しかし彼女はソロプレイヤーなのでクランなどに入るつもりはなく、返信することもなくゴミ箱へと放り込んだ。



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