神様、俺を異世界へ! 〜ふと呟いたら異世界へ送り込まれました〜 (相楽 弥)
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第一章 剣と魔法の異世界へ
#1 異世界へ行きたい


それまでの日々は退屈だった。

 

 朝起きて食事をして、学校へ行って授業を受けて、家に帰ってまた食事をして風呂に入って寝る。

 

 特に代わり映えの無い毎日を繰り返しているばかりで、どうにも不満だった。

 

 別に全然楽しくなかった訳でも無い。

 幸運な事にクラス内には話の合う友人が多く居る。

 

 アニメやラノベ、ゲームといった娯楽の数々もある。

 

 ......でも、それらには刺激が足りなかった。

 

 俺は『非日常』に憧れていた。

 

 突然怪獣が現れて街を破壊したり、地球に巨大隕石が衝突したり......とまでは望まないが、ある日突然自分の中の秘められた力が覚醒したり、実は仲の良い友人が異世界人だったり......。

 

 とにかく、それまでの日常をぶっ壊すような刺激が、俺は欲しかったんだ。

 

「またな、霧島!」

 

「おう」

 

 大手を振る友人に別れを告げて、校門を出る。

 今日は珍しくサボり魔の生活委員が花の水やりをしていた。

 

「あれ、あのサイダー無くなったのか」

 

 途中、自販機で飲み物を買おうとして、人気のサイダーが無くなっていることにも気が付いた。

 売り切れにでもなって、別の商品に差し換えているのだろうか。

 

(いつもと、違うな)

 

 そう、今日はいつもと違った。

 

 いつも八百屋の店番をしているオバサンが居なかった。

 かと思えば、店の奥でいつもは座っているオッサンが今日は店前に出ていた。

 

 いつもならすれ違わない犬を連れた老人とすれ違った。

 いつも塀の上にいる猫が居なかった。

 

(......何で、今日はこんなに違うんだ)

 

 そして、いつもここに来る時には上がっている踏切のバーが、下がっていた。

 

(どうせならもっと大きな変化を見たいんだけどな)

 

 電車がガタゴトと大きな音を立てて迫ってくる。

 少しづつ、周りの音が小さくなっていく。

 

 ──どうせなら。

 

「異世界に行きたい」

 

 そのぐらい突飛(とっぴ)な変化を、起こしてくれ。

 

『なら行ってみるか?』

 

 そんな空耳が聞こえた気がして。

 通り過ぎる風に思わず目を瞑った。

 

 

──────────

 

 

「やあ、突然()びだしてしまってすまないな」

 

 誰かの声が聞こえる。

 先程まで聞こえていた電車の音が無い。

 ...それどころか、その声以外の音が無い。

 

「......此処、何処だよ」

 

 目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。

 風も音もなく、あるのは白だけ。

 

 そして、呆然と立ち尽くす俺の前に一人の老爺(ろうや)が立っていた。

 

(明らかに普通じゃない。俺は、夢でも見ているのか?)

 

 だけど、夢にしては少しおかしい。

 今の俺の服装は、踏切の前に立っていた時の物だ。

 

 夢の中だとして、ここまで精密に再現出来るものだろうか?

 

「あ、あー。 聞こえているのか?」

 

「......聞こえてますよ。 ちょっと考え事してました」

 

 いい加減俺に気付かせようと顔の前で手を振り始めた老爺の手を払う。

 

「取り敢えず、今俺の身に何が起こってるのか知りたいんですけど」

 

 淡々と話を始める俺に少し困惑した表情を向ける老爺だったが、コホンと咳を払って説明を始める。

 

「まずここは地球では無い。......それは分かるな?」

 

「そりゃあまあ。明らかにおかしいですから」

 

 何も無い白い空間。

 物が無いのはまだしも、声以外の音がないというの変だ。

 

 それに加えて。

 

「貴方も明らかにただの人じゃないですしね」

 

 雲のような物の上に乗り、ふわふわと浮かぶ人など聞いた事が無い。

 仙人か......あるいは、神様とでも呼ぶべき存在なのかもしれない。

 

「なかなか鋭い目をしているな」

 

「......それで気づかれないと思ってるなら改めた方が良いと思いますよ」

 

「まあ、それは置いておこう。本題に入るが、君は先程『異世界に行きたい』と呟いたな?」

 

 何事も無かったかのように話を逸らされたのは少々イラついたが、話が進まないので飲み込もう。

 

「確かに呟いたと思いますけど、それが何か関係あるんですか?」

 

 ただの独り言。

 そこまで重大な意味を込めたつもりは無いのだが。

 

「いやその、異世界に行きたいのなら連れて行ってあげようかと思って」

 

「えらく軽いノリだな、おい!」

 

 何の気なしにポロッと(こぼ)した一言に、なれないツッコミを入れる俺。

 いきなり大声を出すなと老爺に叱られたが、大声を出さずしていられるものか。

 

「というか、あなたは本当に異世界に連れて行くなんて事がそもそも出来るんですか?」

 

 あまりに非現実的な要素の登場に、望んでいたとはいえ頭を痛めたが、当の老爺は当然だと言わんばかりに胸を張り。

 

「まあ、信じろという方が(こく)な話ではあるが嘘はつかんぞ。 神である私に誓ってな」

 

 なんて事だ。

 不意に呟いた願いが気まぐれに叶えられようとは。

 

 ......が、一つ問題がある。

 

「......えっと、仮に俺がその提案を断ったらどうなるんですか?

 

 万が一、この神様を名乗った老爺の連れていく世界が俺の想像したものと違った場合、クーリングオフは効くのか? という話である。

 

 地獄のような場所に連れていかれたのでは敵わない。

 

「何故そんな事を聞くのかは知らんが......まあ、テキトーに世界をねじ曲げて元の世界へ帰してやろう」

 

「そのテキトーに、っていう単語が凄く不穏(ふおん)なんですが......」

 

 だが、一応は帰ることが出来る......という事にしておこう。

 

「さて、また話が逸れてしまったが、今度こそ本題に入るぞ」

 

 コホンと軽く咳払いをはさみ、老爺から詳細の説明を受ける。

 

 まず、これから俺が飛ばされるのは魔法や魔物などが存在する『異世界』である事。

 次に、時間の流れは元の世界とさほど変わらない事。

 これに関しては生活リズムが崩れかねないのでありがたい。

 

 そして最後に、異世界に降り立ってすぐに死んでは可哀想なので老爺からあらゆる面でのサポートを受けてから出発させて貰えるそうで。

 

 一つ目が俺のステータスの補強及び強化。

 要するに、バラツキのある俺のステータスを一番高い値に揃え、更にそこから限界以上の能力を引き出してくれること。

 

 これを付けてくれる事で、俺の異世界での生存率は限りなく100%に近付いた。

 

 2つ目が異世界言語の習得。

 

 これは絶対に必要。

 いくらステータスがずば抜けていても、言語が理解出来ないのでは行動がままならない。

 

 そして最後に、初期資金の提供だ。

 

 どれだけ強くなっても金が無いのでは生きていけない。

 宿無し飯無しで餓死するのがオチだ。

 

 その点は老爺も考慮(こうりょ)してくれたらしい。

 

 更には俺が消えることによって起こる不都合も調整してくれるそう。

 これぞまさにご都合主義というやつだ。

 

 その他諸々の説明も受けて、これから老爺に連れて行かれる世界は、俺が望む物に限りなく近いことも分かった。

 

「さて、そろそろ送るからこっちへ来なさい」

 

 言われるがまま俺は老爺の元へ向かい、差し出された手を軽く握る。

 いつまでそうしていただろう。案外、それは一瞬の内に起きた事だったのかもしれない。

 

 その一瞬を引き延ばした時の中で、俺の体は光に包まれ。

 

「ではな少年。今度は退屈せねば良いな」

 

 老爺の優しげな声が頭に響き、そのまま意識を手放した。




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#2 始まった第二の人生

ふわりと草木の匂いがする。

 心地の良いそよ風が頬を撫でて、前髪を揺らす。

 

 日本の都会の喧騒(けんそう)とはまた違う、暖かで賑やかな声が聞こえてくる。

 

「......寝てた、のか」

 

 どうやら俺は横になっているらしい。

 少しづつ意識が覚醒してくると、全身の感覚も戻ってくる。

 

 ゆっくりと体を起こして、(つむ)った目をゆっくりと開けば、そこには俺の望んだ世界が広がっていた。

 

「此処が異世界...なのか。 あんまり実感ないけど」

 

 赤いレンガ造りの家々が並び、広場の周りでは行商人が様々な店を構えて威勢のいい声を上げている。

 

 そして、チラホラと装備に身を固めた冒険者らしき姿も見受けられる。

 

 大きな木の下で、俺はそんな非日常をしばらく眺めていた。

 

(そっか。俺は異世界に来たんだ)

 

 腰を上げると、自分の(ふところ)が妙に膨らんでいることに気が付き、ブレザーの内ポケットに手を入れる。

 

 少し大きめの皮袋の中には、小さな金貨が沢山入っていた。

 光に晒すと、その黄金色がキラキラと輝いてとても綺麗だ。

 

 それからもしばらく感慨に浸り続け、気付けば転送されてから少し時間が経ってしまっていた。

 

「まずは何をするかだな。通貨のレートも分からないし、買い物しながらちょっとずつ掴むか」

 

 丁度小腹も空いている。

 俺は木の下から出ると、香ばしい匂いが漂う市場へと足を向けた。

 

 まずは軽く食事を済ませ、その後に装備を整える事としよう。

 いつまでもこのブレザーのままで居る訳にもいかないしな。

 

 武器は......まだ止めておこう。

 どういうスタンスで冒険者になるのかはじっくりと考えた方がいい。

 

「らっしゃい! お、珍しいカッコだな兄ちゃん」

 

 行商の男にそう声をかけられ、取り敢えず適当に話を合わせておく。

 

「遠くの土地から来たものでね。あ、それ三つ」

 

『コッケ鳥の串焼き』と書かれた看板の屋台から漂う香ばしい匂いに誘われた俺は、思わず衝動買いをしてしまった。

 

 早速頂くと、絡みのあるタレがプリっとした肉によく絡んでとても美味い。

 日本で良く食べていた鶏肉よりも少し身は硬かったが、案外こっちの方が好みかも知れない。

 

 直ぐに平らげ、その足で今度は防具店に向か......おうとしたのだが、地図も持っていないのに一直線で向かえるはずも無く。

 

 親切な屋台の男が自分用の地図をプレゼントしてくれたのには感謝せねばならないだろう。

 ついでにこの街の名前も聞いてみた。

 

 冒険者の街、リドルト。

 アルカゼニア公国の南方に位置する王都に次いで二番目に大きな街らしく。

 冒険者を志す者達が一同に集う、駆け出しの街とも呼ばれているそうだ。

 その影響もあって集まってきた冒険者達に自分たちの自慢の品を売りたいと沢山の行商人も集う為、他の街よりも大きく発展出来たのだとか。

 

 男に手を振り、貰った地図を見ながら防具店へと向かう。

 そこでハタと気が付いた。

 

(異世界語、ちゃんと読める様になってる)

 

 神と名乗ったあの老爺からの説明で、異世界の言語は理解できるようになっているとは聞いていたが、あまりにすんなりとし過ぎて意識するまで気が付かなかった。

 

 日本語で書かれた文章を読むような具合でスラスラと読めてしまうのだから、不思議なものだ。

 

「さてと、『アルビオン』ってのが防具店の名前で......お、丁度その近くに宿もあるし服買ったらすぐチェックインするか」

 

 そしたら今来ているブレザーを脱いで装備に着替えて......。

 このブレザーは思い出に取っておこうか。

 

 と、そうこうしている内に防具店の前に到着した。

 小洒落(こじゃれ)た木造の看板に『服と防具の店 アルビオン』と英語の筆記体によく似た字体で書かれている。

 

 店の規模も他と比べれば大きい方か。

 

 どうやら日常の服装もここで整えられるようだ。

 

 扉を開き、中へ入ると数名の店員がにこやかに向かえてくれた。

 

「いらっしゃいませ、どのような服をお探しでしょうか?」

 

 

──────────

 

 

「ちょっと買いすぎたか? ......まあ、多いに越したことは無いだろうけどさ」

 

 服や装備の事などサッパリだった俺は、一人の店員に頼んで色々と見繕ってもらったのだが。

 当初は三着ほど普段着を買う予定だったのだが、話を聞いているうちにアレもコレも...と、気付けば倍の六着ほどを購入してしまっていた。

 

 巧みなセールストークに乗せられてしまった俺の負けか。

 

 だが、どの服も動きやすく普段着るには丁度いい事もあって見繕(みつくろ)ってくれた店員の眼は間違い無かった様だ。

 

(けど、冒険者ってもっとゴツゴツした装備来てるイメージがあったけど案外軽装なんだな)

 

 次に装備を見繕って貰ったのだが、あの店には鎧の類が殆ど置いていなかった。

 

 理由を聞いてみれば、そんな重装備をするのは王国の騎士位のようなもので、好き好んで鎧を着る冒険者はそうそう居ないとの事。

 

 逆に素早い動きが出来る様に、ブーツや薄手のアンダーシャツを着用する者が殆どで、防具らしい防具といえば胸当てや篭手(こて)等の小さな物しか装備しないらしい。

 

 さらに言えば、この街は駆け出しの冒険者が集う場所なので初心者には鎧をそもそも売らないらしい。

 

 まあ確かに、慣れない装備をしても使いこなせなくてガラクタになるのがオチだろう。

 

 そんな訳で、俺もこの街の駆け出し冒険者達に習って同じような装備に身を固める事にした。

 

「後は宿を取って寝るだけか。......なんか今日は疲れたし、早めに寝るかな」

 

 時間は分からないが、太陽が傾いて空が赤くなり染まり始めているのを見るにそろそろ夜が近づいてきているのだろう。

 

 マップ上の距離だと宿は目と鼻の先だ。

 早い事チェックインを済ませてしまおう。

 

(......そういや、何か視線を感じるんだよな......)

 

 

──────────

 

 

 宿へ向かうヒロト。

 そんな彼の後ろ姿を物陰から覗く者が一人。

 

 茶色いローブに身を包んだその者は、透き通る様な蒼い瞳で彼の事を見つめている。

 そして、一定の距離を付かず離れず追いかけているのだ。

 

「......今度こそ絶対に......!」

 

 小さなストーカーは、宿へ入っていく彼の姿を目にしながら、小さく拳を握るのだった。




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#3 最初の夜は

宿屋の名前は『リリーブ』と言うらしい。

 おそらく手書きだろう、味のある字体でこれまたデカデカと看板に書かれていた。

 

 先程よったアルビオンの店先と比べるとかなり質素だが、花壇の花々が丁寧に手入れされているのは宿主がそれだけ手をかけているとい証拠だろう。

 

 きっと、良い宿だ。

 

「いらっしゃい! 泊まりかい?」

 

 中に入ると、カウンターで大柄な男の人がニカッと笑って出迎えてくれた。

 白のタンクトップにエプロンという服装に一瞬自分の判断を疑うが、人は良さそうなのでそのままチェックインする事としよう。

 

「そのナリからしてアンタ冒険者だろ? 宿代まけてやるよ」

 

「えっ」

 

 何と、この宿は冒険者の宿代をまけてくれるらしい。

 理由を聞いてみれば冒険者は収入が安定しない為、軌道に乗るまで節約できる部分はとことん切り詰めなければ生活出来ないらしい。

 

 ならば、と彼は冒険者達の宿代をかなりまけているらしい。

 

「で、何泊するんだ? ウチは一泊につき鉄貨五枚だ」

 

 鉄貨。

 さっき屋台の男から教えてもらった情報によれば、白金貨から順に金貨、銀貨、銅貨、鉄貨といった価値らしく、レートとしてはそれぞれ百枚につき上の位の貨幣一枚だそう。

 

 生憎(あいにく)鉄貨は持ち合わせていないが、服を買った事で銅貨なら持っている。

 

「取り敢えず一ヶ月ぐらいでお願いします」

 

「よし、それじゃあ銅貨一枚と鉄貨五十枚だが......端数は切って銅貨一枚で良いぜ」

 

「いや、払いますよ! 払えますからちゃんと出させてください!」

 

 端数を切る、と彼は言ったがこの場合十日分の宿泊代を無料にしようと言っているのと同じだ。

 さすがにそこまでの施しを受けるわけにはいかない。

 

「いいから取っとけっての。浮いた金で美味いもん食えよ」

 

「いやいや、流石に貰えませんってば......」

 

 数分程こんな問答が続いたのだが、結局ご好意に負けて受け取ってしまった。

 ......今後何らかの形でちゃんと返そう。

 

 その後提示された書類にサインをする事になったのだが、そこでもまた驚いた。

 

(書けちゃうんだもんなぁ、異世界語)

 

 書いた事など一度文字のはずなのにスラスラとペンが動く。

 自分に起きている変化に改めて驚くと同時に、このサポートを付けてくれたあの神様に心の中で感謝した。

 

 

──────────

 

 

「じゃ、これがアンタの部屋の鍵だ。無くした時の罰金はまけねぇからな」

 

 そう言って彼──アルバーと言うらしい──から手渡された鍵に書かれた番号の部屋へと向かう。

 

 到着して中へ入ってみると、そこには真っ白なシーツが敷かれた一人用のベッドと簡素なクローゼットにタンス。

 トイレも完備されている様で安心した。

 

 浴場は共用だそうで、決まった時間に入浴するらしい。

 欲を言えば専用の物が欲しかったが、十二分に満足のいく部屋なので我慢しよう。

 

 俺は早速クローゼットに購入した服を収納し、防具を外してタンスの上のスペースに置く。

 ブレザーは......タンスの中に閉まっておこう。

 

「さてと、取り敢えずまずは所持品の確認だな。日本に居た時に持ってた物も(いく)つかあるし」

 

 ブレザーのポケットに入っていたものを取り敢えずベッドの上に並べる。

 

 財布、家の鍵、スマホに理科室から失敬したライター......。

 

「ロクなもの持ってないな......」

 

 というか何を思って俺は理科室のライターを持ってきたのだろう。

 確か実験の時に使ったものだと思うが......。

 

 財布は中身を抜けば使えるかと思ったが、どのコインのサイズも小銭入れのスペースにまるで収まらないので断念。

 

 家の鍵は論外で、スマホは充電が出来ない上に電波が無いのでただの金属の塊だ。

 

「使えそうなのはライターだけか? これも使い捨てだから長持ちはしなさそうだけど」

 

 まあキャンプでもする事になったなら火起こしが楽になるか。

 

 俺は今着ている服のポケットにライターを入れると、アルバーが用意するという夕食にありつく為に部屋を後にした。

 

 

 

 

 夕食は少し硬めのパンにハムとチーズを挟んだサンドイッチと少し辛めの味付けがされた野菜炒めだった。

 

 異世界に来て初めて摂ったちゃんとした食事だったが、この世界の料理も凄く美味い事が判明。

 昼間に食べたコッケ鳥の串焼きもそうだが、俺好みの味付けがされた物が多いのだ。

 

 というか、これをあのタンクトップが作っているのだから驚きだ。

 人は見かけによらないというのは本当らしい。

 

 十分ほどで平らげた俺は食器を返却すると、少し夜の街へと繰り出す事にした。

 というのも、入浴できる時間が決まっているのでそれまでは寝ることが出来ないからだ。

 

 というか風呂に入らずに寝るのは絶対に嫌だ。

 不衛生云々の前に習慣というのもあって崩したくないのだ。

 

「......けど、星が綺麗に見えるのな」

 

 ふと空を見あげれば、満天の星空が空を覆っている。

 日本にいた頃は、それこそ山奥に行かなければ見ることが出来なかっただろう星空がこんな街中でも見ることが出来るのだから凄いものだ。

 

(これからは、此処が俺の暮らす世界なんだよな)

 

 俺は今日、異世界へと降り立った。

 気まぐれに呟いた言葉を神様に拾われて、軽いノリで叶えてもらって。

 

 まだ実感は無いけど、最強のステータスまで貰ってこの世界へと渡ってきた。

 

「......まだ分かんない事だらけだけど、そのうち慣れるよな」

 

 これから俺の異世界生活が、始まるんだ。




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#4 小さな魔法使い

翌朝、少し早くに目覚めた俺は部屋の窓を開けてそこから外の景色を眺めていた。

 

 まだ早朝ということもあって、街はとても静かだ。

 聞こえてくる音といえば小鳥のさえずりぐらいなものか。

 

 ぐっと背伸びをして大きく欠伸をする。

 

「異世界の朝ってのは気持ちいいもんだなあ」

 

 昨日と同じ様なそよ風が髪を揺らし、少し冷たい空気が徐々に意識を覚醒させていく。

 

 (しばら)くボーッと街を眺めていたのだが、くうくうと腹の虫がなり始めたようで。

 

「......ちょっと早いけど朝飯にするか」

 

 普段着に着替えた俺は、部屋をあとにした。

 

 

──────────

 

 

「お、早いんだなヒロト」

 

「どうも、アルバーさん。ちょっと目が覚めちゃったので」

 

 食堂へ降りると、そこには既にアルバーさんがいた。

 どうやら食堂のテーブルを掃除していたらしく、手には茶色い布巾(ふきん)を持っている。

 

 相変わらずタンクトップにエプロンが何とも言えない感じだが、俺が何の為に食堂に降りてきたかを察してくれたらしく。

 

「ちょっと待ってろ。今簡単なもん作ってやるからな」

 

 と厨房へ入っていった。

 

 俺はというと、何か手伝おうと取り敢えず布巾を持ったは良いもののどのテーブルもピカピカに磨かれていたのでそっと机の上に戻しておいた。

 

「......」

 

 厨房から料理をする音が聞こえてくる。

 手持ち無沙汰になった俺は、ただ立っているのも気まずくなって席に着いてしまった。

 

 待っている間、少し食堂の中を見回してみる。

 決して大きくはない。むしろ、俺の知っているレストランと比べればかなり小さいくらいのスペースだ。

 

 そこに六人がけの机が三つと二人がけの机が四つ。

 厨房のすぐ近くにはバーカウンターの様な物もある。

 

 壁には農村の絵や壁掛けの花。

 そして、一枚の写真が飾られている。

 

 大柄な男と細身の女性。

 そして、男の肩には小さな女の子がちょこんと座っている。

 とてもいい笑顔だ。

 

(真ん中の大柄な男の人がアルバーさんか? となると、この二人は......)

 

「どうしたよボーッとして」

 

「のわっ!」

 

 背後から急に声をかけられて、思わず飛び上がる。

 その反動で椅子から転げ落ちて頭を打った、痛てぇ。

 

 床に転がったまま頭を抑えて(うずくま)る俺を、やれやれと言った様子で苦笑する彼は手を差し伸べて立たせてくれた。

 

「急に話しかけたのは悪かったけどよ、そんなに驚く必要あったのか?」

 

「考え事をしてたもので......」

 

 ジンジンする頭を(さす)りながら、彼が出してくれた料理に手を付ける。

 甘い味付けのスープとバゲット。

 それとササミのような食感の蒸し肉が添えられたサラダが今日の朝食だ。

 

 サラダをもしゃもしゃと頬張りながら、俺は先程の写真のことについて聞いてみる事にした。

 

「あーその写真な。俺の家族なんだよ、ソレ」

 

「へぇ。って事は、この奥さんと娘さんですか?」

 

「そうなんだよ。どうだ、可愛いだろ?」

 

 壁に掛けてあった写真を手にとって、デレた顔を見せるアルバーさん。

 あの強面が緩んで大変な事になっている。

 

 それから話を聞いてみると、奥さんと娘さんはこの街に住んでいるらしく、住み込みで宿主として働く彼に時々会いに来るという。

 宿の仕事が忙しくて中々家に帰ることが出来ないから、来る時には必ず奥さんが食事を持ってきて一緒に食べるんだとか。

 近所でも有名な仲良し夫婦らしい。

 

「っと、長話し過ぎたな。俺は仕事に戻るけど、なんかあったら言えよ。出来る範囲の事ならちゃんと助けてやるからよ」

 

 十分ほど話し込み、アルバーさんは掃除道具を持って二階へと上がって行った。

 

「......宿主ってのは大変なんだなあ」

 

 それでも誇らしげな彼の背中を見て、何事にもやり甲斐(がい)というものが大事なのかと、実感した。

 

 

──────────

 

 

 用意してもらった朝食を食べ終え、返却口に返した俺は食堂の隅でこちらを見ている少女に気が付いた。

 もしかしたら昨日感じた視線の正体は......と思い至り、慌てて目を逸らした彼女の元へと足を向ける。

 

「あの、俺なんか変なところあったかな? すごいジロジロ見られてたからちょっと気になったんだけど......」

 

 話しかけてみると少女は華奢(きゃしゃ)な体をビクッと強ばらせ、ギギギ......と音が聞こえてきそうな動きで首をこちらに向ける。

 

 いや、そんなに緊張しなくてもいいじゃないか。怒っている訳でもあるまいし。

 

「えっと、その......」

 

 人見知りなのか、中々話をしてくれない少女。

 不意に彼女の格好に目をやると、魔道士が着ている様なローブである事に気が付いた。

 よく見れば腰のあたりにワンドも差している。

 

「もしかしてさ、冒険者だったりする......のかな?」

 

 述べた推測を聞いてハッと俺の顔を見つめる。

 フードを被っていたので顔は今まで見えなかったのだが、ふわりとフードが取れて金髪に蒼い瞳をした可愛らしい顔が現れた。

 

「そう、なんです。 私冒険者になりたくてこの街に来て......」

 

 ほう。という事は俺と同じ冒険者を目指してる子なのか。

 どうやら話をしてくれるようなので、俺は彼女の向かいに座る。

 

「......なるほどね。つまり冒険者になるには二人以上での申請が必要で、パーティーを組んでくれる人を探してたと」

 

 少女はこくこくと頷いて肯定する。

 けど、知らなかったな。

 ギルドがあるのは聞いていたが、冒険者として登録するのにパーティーを組む必要があったとは。

 

 知らないまま行っていたら門前払いされていたところだ。

 

「それで、貴方はまだ登録されてないんですよね?」

 

「うん、まあ。おいおい行こうとは思ってたけど、そんな条件があったなんてなあ」

 

 これはまず、冒険者になる前に仲間を(つの)らなくてはいけないか。

 と、不意に俺の両手を彼女は握って顔をぐいと寄せてきた。

 

 近い、近いぞ......!

 そんでもってほのかに甘いいい香りがなんでもないぞ、忘れろ俺。

 

「も、もし良かったら私とぱ、パーティーを組んでくれませんか!?」

 

「お、落ち着きなよ!」

 

 急に大声をあげる彼女を(なだ)めながら周りをキョロキョロ。

 よし、また食堂に人は来てないみたいだ。

 

 ちょっと待っててと席を離れ、食堂に置いてある水をコップに入れてそれを彼女に渡す。

 ゆっくりとそれを飲み干した彼女は少し落ち着いたのか、顔を少し赤らめながら話を始めた。

 

「実はこの街に来たのはほんの数日前で、一緒にパーティーを組んでくれるような人が居なかったんです」

 

「えっと、要するにお願いはしてみたって事?」

 

 また少女はこくんと頷く。

 ......その沈んだ顔を見るに、全員に断られたのだろうか。可哀想に。

 

「......それで、何でまた俺とパーティーを組みたいと? まあ大体の理由は分かるけど」

 

「あの、貴方もこの街に来てすぐなんですよね? あの服屋さんで装備とか整えてましたし」

 

 ん? 確かにそうだけど、何でこの子がそんなことを知って......。

 

 もしかして、服屋を出た時に感じてた視線って。

 

「君さ、もしかして俺の後つけたりしてた?」

 

 少女がビクッと震える。

 どうやら図星らしい。

 

 俯いているのでどんな表情をしているのかは分からないが、耳が真っ赤になっているので予想はつく。

 

「ご、ごめんなさい。でも、今度こそはって思っていたので......」

 

「別に怒ってないから良いよ。......それで、さっきの話の続きだけどさ」

 

 彼女は冒険者になる為に、パーティーを組んでくれる手の空いた冒険者を探している訳で。

 実のところ、その話を聞いて俺もパーティーメンバーを募る必要が出てきた訳だ。

 

 となれば、答えは一つしかないだろう。

 俺の目の前に、手の空いている上にパーティーメンバーを探している駆け出しが居るのだから。

 

「組もうか、パーティー。俺とで良ければだけど、さ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 またも机から乗り出して俺の目の前へ。

 ああ、もう顔が近い!

 

「ま、まあ。俺も一人だし、冒険者になる為にパーティーが必要なら丁度良いかなって」

 

「ありがとうございますっ!! 良かった、本当に良かった......!」

 

 次は椅子の上でプルプルと震えてる。

 多分喜んでるんだろうけど、案外感情の起伏(きふく)が激しい子なんだな。

 

 ......そういえば、自己紹介がまだだったな。

 

「それじゃ改めて......俺は霧島 大翔。これからよろしくね、えっと......」

 

「エスト。エスト・シルヴィアです。あの、こちらこそよろしくお願いします! キリシマさん!」

 

「大翔でいいよ。......ってそうか、こっちだと英語式と同じなのか」

 

 えいごしき? とエストが小首を傾げる。

 まあわからなくて当然だよな。

 

「それでさ、俺は大翔が名前で霧島は苗字なんだ」

 

「変わったお名前なんですね。あ、それじゃあヒロトさん、で大丈夫ですか?」

 

「うん、よろしくねエスト」

 

 こうして俺は金髪の少女。もといエストとパーティーを組むことになった。

 この後、登録は早い方がいい。と彼女が言うので、急いで準備を整えてギルドへと向かった。

 

 人見知りだけど、行動力はとっても強いみたいだ。




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#5 リカント武具店

支度を整えて宿を出た俺とエストは、まずある場所に向かっていた。

 

 冒険者になる上でかなり重要な意味を持つ場所であり、そこであるものを購入しない事には始まらない程に。

 

「ヒロトさん、武器持ってなかったんですか?」

 

 そう、武器である。

 昨日は防具を整えたのだが、どんなスタイルの冒険者になるのかを真剣に考えてから武器を選んだ方がいいと考えた俺は、武器の購入を後回しにしていたのだ。

 

 まあ、寝る前に考えたおかげで使う武器は決めている。

 後は現物を見てどれを選ぶか、だけである。

 

「マップによればこの通りを真っ直ぐ行って......あ、ギルドまでの道の途中にあるのか」

 

「丁度良かったじゃないですか。私もワンドは持っているんですけど、攻撃力のある武器を持ってなかったのでついでに買いたいですし」

 

 腰に差した白いワンドをさすりながら、そんな事を言うエスト。

 やはりというかなんというか、エストは冒険者としての分類上、魔法使いのカテゴリーに入るらしい。

 

 そして、彼女が持つワンドというのは所謂(いわゆる)触媒(しょくばい)の様な物だ。

 簡単に言えば、ワンドを通して魔術を行使する事で暴走率の大幅なダウンと使用する魔術の効果を多少上昇させることができる出来る様で。

 

 一応何も触媒にせずに魔術を使用する事も可能だが、制御が難しい上に威力は完全に自身の魔力依存になる為、余程の上級者でもなければそんな真似はしないらしい。

 

 因みに制御が出来なくなると、酷い場合魔力が逆流して最悪死に至るそうだ。おお、怖い。

 

「エストはどんな武器を買うつもりなの? 魔術攻撃がメインだとあんまり大きな武器は持てないと思うけど」

 

「そうですねー......。無難にナイフにしておきましょうか。扱いも簡単ですし、何より軽いですから」

 

 なるほど、確かに武器を買う上で重さは重要だな。

 ......そういえば、俺のステータスって神様が強化してくれてるんだっけ。

 折角だから、それを生かした特性を持ってる武器にしたいな。

 

「あ、見えてきましたよ!」

 

 エストが指さす先には、目的地である『リカント武具店』の看板が。

 他と比べるとかなりこじんまりとした店だが、色々ある武具店の中でアルバーさんがここにした方がいい、とまで行った店なのだ。

 

 間違いは無いだろう。

 あの人はこの街に精通している(らしい)そうだからな。

 

「さてと、ここで間違いないみたいだし、取り敢えず入ろうか」

 

 

──────────

 

 

 中に入ると、そこには台に置かれたメイス類の打撃武器や、壁に掛けられた槍と剣、そして斧。

 ほのかに鉄臭い匂いが漂う、まさに武具店といった場所だった。

 

 まあ勿論本物の武具店に来るのはこれが初めてだけど。

 

 少し店内を見回っていると、店の奥から誰かの足音が聞こえてきた。

 

「おお、いらっしゃい。どんな武器を探してるんだい?」

 

 奥から出てきたのは、見た目にして四十代後半ぐらいの男性。

 ゴーグルのようなものを付け、腰には数本工具を携えている。

 

 如何(いか)にも鍛治職人といった人だ。

 

 エストはそそくさとナイフ売り場へ行って色々物色しているようなので、俺は俺の買い物をする事にした。

 

「あの、この店に魔力依存で威力が上がる剣とかってありますか?」

 

「魔力依存で威力が上がる剣......ねえ。一応ウチでも取り扱ってるんだが、ちょいと値が張るぞ?」

 

 それは折り込み済みだ。

 その為に少し多めに金貨を持ち出してきたのだから。

 

「お金ならあるので、どんな物があるか見せて貰えますか? 出来れば、色々見たいんです。剣の事はよく知らないので」

 

「よし、分かった。それじゃちょっと待ってな」

 

 そう言って、店主──バルトというらしい──は店の奥へと消えていった。

 

「あの、ヒロトさん」

 

「ん? どうしたの、エスト」

 

 既に会計を済ませたのか、革の鞘に差されたナイフを手に持ち、エストが不安そうな顔をする。

 

「ヒロトさんは紫鉱(アメスチール)製の剣を買われるんですよね?」

 

 紫鉱というのがイマイチ分からないが、魔力剣の材料か何かの事か?

 と、エストは近くにあったメイス武器を手に取って俺に手渡す。

 

 手渡されたメイスの打撃部分は黒色の成型色で統一されているが、よく見ると所々紫色の光がチカチカと光っている。

 

「これも紫鉱製の武器なんですけど、その......」

 

 そして申し訳なさげにタグを見せて来て......。

 

『金貨 六枚』

 

「なっ!?」

 

 高い、高いなオイ!

 いや別に払えない訳じゃないけど、金貨六枚って......。

 

 理由を聞いてみれば、詩玉単純(しぎょくたんじゅん)なものだった。

 

紫鉱石(アメジストスチール)って、錬金できる人がとても少ないんです。だから、どうしても紫鉱製の武器って高くなっちゃうんですよね......」

 

「な、なるほど。......まあでも、払えない額じゃないし、これから冒険者になったら依頼で稼げるでしょ? まあ、大丈夫だよ、うん」

 

 昨日宿に帰ってから数えてみたのだが、今持っている貨幣は金貨が二十一枚、銀貨が六枚、銅貨が三枚に、鉄貨が四枚。

 銅貨と鉄貨は食費等に使う小銭枠に使うとして、なるべく金貨と銀貨は温存しておきたいところだ。

 

 遠出するとなると馬車が必要になるのだが、レンタル料がものによっては金貨二枚するというので、安いものを使うにしてもそれなりに値は張るということだろう。

 

 と、そこへ大きな包みを担いだバルトさんが戻ってきた。

 

「待たせたな。これがウチで取り扱ってる魔力剣だ」

 

 そして、空いている台の上にその包みの中身を広げる。

 曲刀、直剣、細剣、双剣......と、沢山の種類の剣が並び、そのどれもが刀身に紫色の光を散りばめている。

 

「まあ手に取って自分に合うものを探してみな」

 

「それじゃあ、失礼して......ん?」

 

「どうしたんですか? ヒロトさん」

 

 その中の一つを手に取ってみたのだが、妙に手に馴染む感覚がある。

 こう、なんというか自分の身体と剣が一体化したような......ううむ、説明しようとすると難しいな。

 

 他の剣も試してみたが、どれも同じ感じだ。

 この感覚はなんなのかと、バルトさんに聞いてみると笑いながらこう返された。

 

「あれだな。アンタ、無意識の内に自分の魔力を流し込んでるんだよ」

 

 魔力を流し込む?

 そう言われてみると、体から刀身の先へ何かが流れていくような感覚があるようなないような......。

 

「ヒロトさんはまず魔力剣を扱う前に魔力そのものの扱いになれた方がいいみたいですね」

 

 隣でエストが苦笑いをみせる。

 参ったな。能力は強化されているけど、それそのものの扱いには体が慣れてないのか。

 

「ハハハ、まあ急ぐ事は無いだろ。ちゃんと慣らしてからまた来な」

 

「ですね......」

 

 結局、魔力剣の購入は断念。

 取り敢えず一番体にあった鋼鉄製の片手直剣(ロングソード)を購入しました。トホホ......。

 

 

──────────

 

 

 店を出て、エストが俺の袖をクイクイと引っ張る。

 何事かなと思って彼女の方を向くと。

 

「宿に戻ったら教えてあげますから、気を落とさないでくださいね」

 

 だとさ。助かるけど多少の劣等感に襲われるね、コレ。




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#6 いざ冒険者ギルドへ

「あの、ヒロトさん」

 

「どうしたの、エスト」

 

 リカント武具店をあとにして、ギルドへと続く大通りを歩く俺達。

 すると不意にエストが俺に質問を投げかけてきた。

 

「そのタイプの片手直剣(ロングソード)は腰に差さないと思うんですけど......」

 

 どうやら俺の帯剣スタイルがおかしいらしい。

 いや、その位は分かってるよ。だってこれ刀じゃないもの。

 

 でも、俺の中にある日本人の心がどうしてもそうさせるというかなんというか。

 それをエストに熱弁してあげようかと思ったけど通じなさそうなのでやめておこう。

 

「その、このスタイルの方が抜剣しやすいかなって思って」

 

「まあ、武器は自分の扱いやすいように装備するのが一番ですからね」

 

 少し不思議な顔をしたエストだったけど、なんとか納得してくれたみたいだ。

 ......そういえば、この世界に刀は存在するんだろうか。

 

 もしあるのなら、是非(ぜひ)手に入れてみたいもんだな。

 

 と、そうこうしている内に目的の場所へと到着した。

 大きな木の扉、その中から聞こえてくる人々の声。

 数段ある石段をゆっくりと登って、その扉の前へと到着した。

 

「ここが冒険者ギルド......」

 

「なんていうか、すごい大きい所なんだな」

 

 完全に気圧(けお)されてしまっている。

 こう、この大きな扉に形容しがたい威圧感があるというか......。

 

 だが立ち止まっていても始まらない。

 覚悟を決めると、俺とエストはその扉を開けた。

 

 

──────────

 

 

「ようこそ、冒険者ギルドへ! 依頼(クエスト)を受ける方はあちらの掲示板へ。報酬を受け取る方はそちらのカウンターへどうぞ!」

 

 ギルドに入ると、元気なお姉さんが出迎えてくれた。

 中には他のパーティーが壁に取り付けられた大きな掲示板に貼られた紙を取っては悩みを繰り返していたり、備え付けのバーで酒盛りをしている。

 

 ......というか、昼から酒とかこの人達は一体何を考えているんだろう。

 漂う酒の匂いにエストが若干顔をしかめている。

 もちろん俺も。

 

「......早く登録を済ませて出ましょう、ヒロトさん」

 

「そ、そうだな」

 

 あまり長居すると気分が悪くなりそうだ。

 俺達は先程案内をしていたお姉さんに話を聞き、登録窓口の方へと連れて行ってもらった。

 

 その途中、酒の匂いにゲンナリしかけているエストを見てお姉さんが、慣れれば大丈夫。とあまり励ましになっていない言葉を掛ける。

 慣れって怖いね、ホント。

 

「それでは、こちらの窓口にてお待ちくださいね。直ぐに担当の者を呼んできます」

 

「どうも、ありがとうございます」

 

 深々と頭を下げて、用意された丸椅子で到着を待つ。

 と、窓口の端にパンフレットのような物が置いてあることに気がついて、手持ち無沙汰な俺はそれを手に取って読んでみる。

 

(『冒険者心得』ねえ。お、持ち帰りは自由って書いてある)

 

 茶色い紙を紐で留めてあり、冊子の様になっている。

 少し時間が掛かりそうだったので今読んでみようか。

 

 はじめに。

 冒険者は、常に勇敢なる心を忘れるべからず。

 冒険者は、如何なる時も(おく)するべからず。

 冒険者は、仲間を重んじるべし。

 冒険者は、手を取り合い、支え合うべし。

 冒険者は、酒と女に溺れるべからず。

 

(......最初の四つは分かるけど、最後何だよコレ。てか、ここいる大半の冒険者はこれ守ってないだろ)

 

 まあ、気を取り直して次へ進もう。

 

『冒険者ギルド規約』

 

 その一

 冒険者とは、各国の王都より認定を受けた街に設置された『ギルド』において正式な手続きを踏んで認可された者を指す。また、国より直々に認められた場合も同義。

 

 その二

 冒険者は依頼を受ける際、必ず依頼受付へ報告を行う事。また、依頼達成時は報酬窓口へ報告を行い、適正な報酬を受け取る事。尚、受注した依頼を失敗、または破棄する場合は必ず依頼受付へ方向を行い、違約金(ペナルティ)を支払う事。(例外を除く)

 

※依頼遂行中にイレギュラーが発生した場合のみ、違約金の支払いを免除する。

 

 その三

 以下の条件に当該(とうがい)する冒険者には、冒険者資格の失効(しっこう)及び再発行の禁止を命ずる。

 

 ・依頼を三年間一度も受注しなかった場合。(例外を除く)

 ・他の冒険者への妨害、または攻撃を行った場合。(例外を除く)

 ・違約金を滞納した場合(三回以上)

 ・その他、所属するギルドの評価を下げる行為をした場合。

 

傷病(しょうびょう)等が原因の場合は免除する。

※正当防衛が認められた場合は免除する。

 

 その四

 ギルド所属の全ての冒険者には等級が付けられる。

 白→緑→赤→青→紫→黒→銀→金→白金(はっきん)の順である。

 

 尚、軽度の罰則行為を繰り返した場合、冒険者等級の降格を命じる場合がある。心するように。

 

(......まあ、こんなもんか。けど、色々決め事があるあたり、組織としての体裁(ていさい)を大事にしてるってことだろうな)

 

「あ、それヒロトさんも読んでたんですか? 」

 

「ちょっと暇だったからな。......お、担当の人来たみたいだぞ」

 

 冒険者心得を(ふところ)へしまい、登録担当だという職員が到着したので早速始めてもらう。

 何やら色々道具を持ってるみたいだけど......。

 

「初めまして。私はこのギルドで冒険者登録の担当部署長を務めています、ミラ・レドナーです。これからよろしくお願いしますね」

 

「「よろしくお願いします!」」

 

 ミラ、と名乗ったその職員はどうやらなかなかの重役らしい。

 俺の中のイメージでは、ゴツゴツとした髭の男が仕切ってるようなイメージだったのだが、彼女はスタイルが良く美人揃いの他の女性職員と比べてもずば抜けた美貌(びぼう)をたたえている。

 

「まず、こちらのパーティー証明書にサインを。それが終わりましたら、次はこちらのカードに貴方の個人情報を記入してください」

 

 提示された用紙にインクペンでスラスラと書いていく。

 やっぱり知らないはずの言語がスラスラ書けるというのは不思議な感覚だ。

 

 ......よし書けた。

 

「それでは次に、こちらのオーブに手をかざして下さいね。これから、カードへ貴方方の魔力を刻印(こくいん)します」

 

 言われるがままにオーブに手をかざす。

 結構大きな物なので下がどうなっているのか見にくいが、ほんのりと手のひらが暖かい気がする。

 これが魔力なんだろうか。

 

 それから程なくして、俺とエストの冒険者登録が無事完了した。

 

 俺達の冒険者等級は白。

 まあ当たり前だろうな、今日登録して依頼を一度も受けていないのだから。

 

 貰ったカードを手に取って、エストはとても嬉しそうだ。

 両手で大事に持って、じっと見つめてはにへらと笑っている。

 時折、俺の方を向いても嬉しそうな顔をするので、こっちも良い気分だ。

 

「それではキリシマヒロトさん、エスト・シルヴィアさん。貴方方の冒険者人生に幸があらん事を、ここで祈っています」

 

 ミラさんは、そう言って深々と頭を下げてニッコリと笑った。

 

 俺とエストは顔を見合わせて少し笑って。

 

「「ありがとうございます!」」

 

 冒険者になれたという喜びを噛み締めるように、深々と頭を下げた。




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#7 剣と魔法とコボルトと

「うわあ......沢山依頼(クエスト)があるんですねえ......」

 

 ギルドにて冒険者としてデビューした俺とエストは、早速依頼を受けてみることにした。

 とはいえ、俺達はまだデビューしたての新人、等級は白。

 受けられる依頼の種類はかなり限られている。

 

 なんでもギルド宛てに送られる冒険者への依頼の(ほとん)どは緑以上の等級を持つ冒険者のみであるらしく、冒険者デビューしたての白の冒険者にはギルドが用意した依頼が提示されるとの事。

 

 素人も同然の白の冒険者には依頼を任せられないから、一定以上の実力がある信頼のおける冒険者の方を選ぶのが依頼者の心理だというのは納得だ。

 俺だってそうするだろう。

 

 因みに冒険者ギルドが用意する仕事は、他の依頼よりも報酬が控えめだ。

まあ、チュートリアルのようなものだと思えばいいだろう。

 

「あ! 『ワイバーン討伐』なんてのもありますよ!」

 

「うん、一旦落ち着こうか」

 

 憧れだった冒険者になれて嬉しい! と舞い上がったエストが高難易度の依頼書を取ろうとしていたので手を引いて一度下がる。

 

 エストも自分が何をしようとしていたのかに気が付いて少し大人しくなった。

 

「舞い上がるのは良いけど程々にな。......けど、そこそこ種類あるよなあ」

 

 今俺達が受けられるのは、ゴブリンやコボルトの討伐クエストや配布用のポーションの材料になる薬草の収集だ。

 どれも報酬は一律で銅貨六枚。

 

 毎日の生活に必要な物は揃えられる上に、宿もちゃんと取れる。

 初心者には有難い報酬額だ。

 

(......あれ、スライムは青等級なのか? てっきり俺達でも受けられると思ってたんだけど)

 

 雑魚モンスターの象徴であるスライムがこの世界ではどうやら強いらしい。

 報酬も銀貨二枚とかなり高額だ。

 

 案外打撃とか当たらないのかもしれないな、ゲルだし。

 

「ヒロトさん! 賞金首モンスターの白獣(はくじゅう)の討伐依頼も......もごっ!」

 

「分かった! 分かったからちょっと静かにしててね、エスト」

 

 あろう事か黒等級の依頼を剥がそうとしていたエストをまたも捕まえて備え付けのベンチに座らせた。

 ......仕方ない、俺が選ぶとしようか。

 

(コボルトかゴブリンか......。難度の低い依頼はどっちだろう?)

 

 依頼書には対象モンスターの生息地や弱点なんかも書かれているので、今の俺達が対処しやすい方を選んだ方が良さそうだ。

 

 コボルトは森林の入口付近で、ゴブリンは森林の奥地に生息している。

 移動の安易さを考えるとコボルトが圧倒的だ。

 

 一応近くを通った職員にも聞いてみると、ゴブリン狩りは初心者向けであるものの準備等に時間を要するため、慣れてからの方が良いとの事。

 

「よし、これにするか!」

 

「どれにしたんですか? ヒロトさん」

 

 エストがトコトコと歩いてきて、俺の持つ依頼書を(のぞ)き込む。

 

 ─────────────────────

 依頼内容:コボルト五体の討伐。

 報酬:銅貨六枚

 場所:街の南東 フロウラの森。

 ─────────────────────

 

「取り敢えず職員の人にアドバイスを貰おうか。こういうのって、ちゃんと準備した方が良いし」

 

 まあ今俺が持っているステータスがあれば難なくクリア出来るはずだが、折角(せっかく)なので貰える情報は貰っておきたい。

 

 それに、俺一人ならまだしも今はエストという仲間がいる。

 危険にさらさない為にも必要な判断だ。

 

 

──────────

 

 

 街の門を出て、ギルドで貰った地図を頼りに歩く事十数分。

 目的地であるフロウラの森はかなり街から近い位置に位置していた。

 

「......エスト。犬系のモンスターは嗅覚が鋭いらしいから匂いの強い物を持ってるとおびき出せる。で合ってたよな?」

 

「合ってますよ。......でも、別にこんなに強い臭い玉じゃなくてもよかったんじゃ......うぅ」

 

「俺だって鼻がひん曲がりそうなのを我慢......うっ......してるんだから、文句言うのは無しだぞ......」

 

 右の腰に獣の血肉を腐らせた臭い玉をぶら下げて、俺とエストは獣道をひた歩く。

 途中その強烈な匂いに何度も吐き気を覚えながら、少しづつ歩いていく。

 

 職員に勧められてギルドから拝借(はいしゃく)した物品なのでその効果は間違いないのだろうが、コボルトに出会う前に俺達の鼻が死んでしまわないか心配だ。

 

 というか、この匂いは服についてもちゃんと取れるようになっているのだろうか。

 買って早々お陀仏(だぶつ)なんてのはゴメンだぞ、ホントに。

 

「けど、中々出てきませんねえ......」

 

「確かに気配がしないよな。でも、気を抜いたらダメだぞ、エスト」

 

 周りの気配に気を配りながら、少しづつ森の奥の方へと進む。

 と、その時だった。

 

(足音......?)

 

 意識を研ぎ澄まし、周りの様子を探っていた俺の耳に小さな足音が聞こえてきた。

 音はまばらで、少しづつ大きくなってきている。

 

 そこで気が付いた。

 その音が臭い玉に釣られたコボルトの足音だと。

 微かにだが、獣特有の荒い息遣いも混じっている。

 

「......エスト、何時でも魔法が撃てるように準備しててくれ。足音が近付いてきてる」

 

 慌てないように(さと)しながら、エストに臨戦態勢を整えるよう告げる。

 まだ足音が聞こえていないのか少し困惑する彼女だったが、直ぐに頷いてワンドを腰から抜く。

 

(数は......五匹だな。先頭を三匹が走って、その少し後ろにもう二匹つけてる)

 

 迫る足音を聴きながら、冷静に相手の戦力を分析、把握する。

 驚く事に迫るコボルトの気配を俺は探ることが出来ている。

 

 なんとも不思議な感覚だ。

 頭の中にぼんやりと相手の姿が見えるというのは。

 

(近い! もうすぐそこか!)

 

 そして、けたたましい鳴き声を上げながら右手の木から数羽の小鳥が飛び立ち、ガサガサと更に物音が近づいてくるのを感じる。

 

「来るぞエスト! さっき教えた配置につけ!」

 

「は、はいっ!!」

 

 素早く腰の剣を抜き、体の前で構える。

 ......さて、この世界に来て初めての戦闘。

 神様が俺に与えてくれたステータスがどの程度の物なのか、やっと試せるぞ!

 

 右足をグッと後ろに引いて、一番強い力で斬撃を繰り出せるように体勢を整える。

 深呼吸をして、しっかりと前を見据える。

 力まないように、無駄な力をフッと抜く。

 

 近付く足音を鋭くなった感覚の先で掴み取り、その位置を把握する。

 

(──来るッ!)

 

 そして、数匹のコボルトが(くさむら)から次々と飛び出して来た!

 

 ほんの数秒の時が拡大されて、俺の目には敵の動きがまるでスローモーションにでもかけられたかのように遅く見える。

 

「───ハアッ!!」

 

 溜めた力を解放し、先頭に(おど)り出た二匹の腹を目掛け、一気に剣を振り抜いた!

 

 振り抜いた刹那(せつな)、柔らかな何かを裂く様な感触が手元に伝わって一瞬意識が鈍るも、直ぐに立て直し、そのまま振り抜く。

 

 放った横繋ぎの一閃(いっせん)は、美しい放物線を空に描いて先に飛び出した一体の首を()ね、あとの二体の胴体を見事に寸断した。

 

「エスト! そっちにも行ったぞ!」

 

 剣を振り抜いた俺の脇をすり抜け、もう二体のコボルトがエストへと一直線に駆けていく。

 だが、近づく魔物にエストは瞑目(めいもく)し動じず。

 

 自身の魔力によって生じた蒼い光を突き出したワンドに(まと)わせ、カッと目を見開き高らかに詠唱する。

 

「──降り注げ氷結の刃! “アイシクル・レイン”!!!」

 

 そして蒼の魔法陣より放たれる無数の氷の刃。

 降り注ぐソレを(かわ)しきれずに、二体のコボルトはあらゆる箇所を串刺しにされ、その命を散らした。

 

 エストはゆっくりと目を閉じて、大きく息を吐く。

 

 時間にして僅か一分程。

 飛びかかったコボルトの群れは、殲滅(せんめつ)された。

 

 

──────────

 

 

 依頼達成後の帰り道。

 俺はある事についてエストに聞いてみた。

 

「さっきエストが使ってたアレって魔法......って事で良いのか?」

 

「ええ、そうですよ。あれが私の十八番である水属性中級攻撃魔法“アイシクル・レイン”です!」

 

 ふふん、と胸を張って俺に自慢する。

 そのドヤり具合がなんとも可愛い。

 

「どうです? カッコ良かったでしょう!」

 

「うん、カワ......カッコ良かったよ」

 

 褒められて嬉しいのか、ルンルンと俺の前を歩くエスト。

 少しぴょんぴょんと跳ねている。

 

 ふと西の空へ目をやると、日は少し傾き始めて空は茜色に染まり始めている。

 

「さて! ギルドに報告して宿に帰るまでが依頼だ。気を抜かないようにな、エスト」

 

「はいっ、ヒロトさん!」

 

 ぴょんと一回大きく跳ねて、彼女の透き通るような金色の髪がフワリと(なび)く。

 真っ直ぐ向けられた笑顔がとても心地よくて、気付けば俺の口も思わず綻んでいた。




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#8 厄介者はどこにでも

「ど、どうしましょう......ヒロトさん......」

 

 ここは異世界だ。

 魔法の概念(がいねん)があって、魔物が存在して、冒険者達がその魔物と戦って生計(せいけい)を立てている。

 俺が元居た日本とはまるで違う世界。

 

 それでも、空の色に時の流れ。

 人の温かさは変わらない。

 

 ......そしてこれもまた、変わらない事の一つであって。

 

「良いか坊主? 冒険者の世界ってのは強さが全てなのさ」

 

 ギルドを出てすぐの路地裏で。

 俺とエストは実に面倒で厄介な三馬鹿に絡まれていた。

 

 どうやらこの世界にも人様に迷惑を掛けることが趣味のお方が居るらしい。

 

「お前らはまだ新入りだろ? ならまだまだ弱いってことだよなぁ」

 

 チンピラの一人がケラケラと笑いながら俺の肩を雑に叩く。

 エストは完全に怯えきって沈黙したまま俺の服の裾を握っている。

 

 その手が震えているのは見なくても分かった。

 

「そこでだ。お前らが受けた依頼の報酬を半分俺達に納めれば、青等級の俺達が他の冒険者から守ってやるよ」

 

 一向に言い返さずに黙りこくっている俺の様子を、怯えていると取ったのか後ろの二人がニタリと嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

 異世界物の定番にチンピラに絡まれるというものがあるが、まさか自分がそんな目にあおうとは。

 

(まあこの後の展開だと、主人公がチンピラを成敗する流れになるけど......)

 

 ギルドで貰った冒険者心得のある一行が頭をよぎる。

 

『他の冒険者への攻撃は、違反の対象』

 正当防衛が認められれば違反にはならないが、ソレを決定付けられる証拠が揃っていない。

 

 せめてコイツらが暴力でも(ふる)ってくれればぶっ飛ばせるのだが......。

 どうにも口で(ののし)るばかりで自分達から仕掛けてくる気はないらしい。

 

 手を出せなければ強引に報酬の上前(うわまえ)をはねられ、手を出せば規則違反で資格を剥奪(はくだつ)される。

 それを理解した上でのこの手口なら、かなり悪質だ。

 

(...まあ、ソレが何だという話だけどな)

 

 こういうのは早急にスルーするに限る。

 この馬鹿達の被害者が居たとして、俺に関係があるかといえば......。

 

 無い。全くもって無い。

 というか、俺は正義の味方じゃない。

 よってコイツらを懲らしめてやる必要も無い。

 

「行こうエスト。小腹空いたし、帰り道に屋台で何か奢ってあげるよ」

 

「え、あの......?」

 

 震えるエストの手を握り、そのまま路地を出るために目の前のチンピラをのける。

 少しの間呆然と立っていた彼等だったが、明らかにおかしいことに気がついて俺の肩を今度はガッシリと掴んだ。

 

「て、てめぇ! まだ話は終わってねぇぞ!」

 

 ああもうイライラするなあ。

 

「うるさいよ。俺達は依頼終わりで腹が減ってるんだ。話ならまた後日ゆっくりしてくれ」

 

 適当にあしらって、肩を掴む手を払い除ける。

 これで諦めてくれれば良かったのだが、こういうタチの人間がそう簡単に見逃す訳もなく。

 

 素早く目の前に回り込んだチンピラが俺の顔を目掛けて殴りかかってきたのだが.....。

 次の瞬間には石畳の路面に額を叩きつける結果となった。

 

「て、てめ......ぇ」

 

 ガクッと意識を失う男。

 おかしいな。俺は飛んできた拳を掴んで躱そうとしただけなんだが......。

 

 イライラしすぎて力の加減が出来ていなかったらしい。

 仕方無い、このあとの展開も見えているのでそれっぽい台詞を吐いておくか。

 

「まだやるなら相手になる。......けど、それなら相応の覚悟を持って挑んで来るんだな」

 

 キッと睨みつけ、残った二人を威嚇。

 まあ仲間が目の前で戦闘不能にされたのだから、力量差は分かったはず。

 流石にまだ戦おうとするほど馬鹿じゃ......。

 

「てめぇ、ぶっ殺してやるッ!!」

 

 ......馬鹿でした。

 

 突進してくるチンピラ二人を軽く躱し、エストに下がるよう伝える。

 戸惑った様子のエストだったが今回も直ぐに後ろへ逃げてくれた。

 

(殺しちゃまずいし、どうにか手加減を......)

 

「オラァ! ボーッとしてんじゃねぇぞ!!」

 

 正面からの右回し蹴り。

 ソレを左腕で受け止めて、そのまま右脚をホールド。

 後ろから迫ってきたチンピラの左ストレートに合わせてホールドを外して放り投げた。

 

 ゴッと鈍い音が響いて、一人が倒れる。

 あとに残ったのは左手を血に染めた男一人。

 

「もう一度聞く......まだやる気か?」

 

「ヒ、ヒィ!」

 

 この馬鹿も流石に恐怖を感じたのか、倒れた二人を放ったらかしにしてそのまま逃げていった。

 

 ふうと溜息をついた俺は転がるチンピラを跨ぎ、震えるエストの手を取ってそのまま路地を出た。

 

 

──────────

 

 

「......あの、助けていただいてありがとうございました、ヒロトさん」

 

 路地を出た俺達は足早(あしばや)にその通りを去って、行商の屋台が集まる広場へとやって来た。

 幸いエストに怪我はなかったらしく、震えも収まったのか今は俺のすぐ後ろをちょこちょことついて来ている。

 ......服の裾はまだ手離せないみたいだが。

 

「お礼なんて良いってさっきから言ってるだろ? 俺は攻撃されそうになったから反撃しただけだし、エストが気負う必要は無いよ」

 

 実際、あの件にエストは深く関していない。

 俺が絡まれ、勝手にその場を去ろうとして、アイツらに襲われただけだ。

 

 そうやって何度もエストには言い聞かせているのだが、当の本人は少し納得していないらしい。

 

(本当に俺が勝手にやった事なんだけどなあ......)

 

 と、そこへいつかのあの香ばしい香りが。

 広場の一角であの親切な屋台の男が肉の調理に精を出していた。

 

 何か奢ってあげると言ったし、美味い物を食べながらちゃんと話せば分かってくれるだろうか。

 俺は男の屋台であの串焼きを四本買うと、広場の中央に鎮座(ちんざ)する巨木の(ふもと)に座り込んだ。

 

「はい。これ凄く美味しいから食べてみて」

 

 スンスンと匂いを嗅いで、微かにエストの表情が明るくなる。

 一口かじると目を輝かせ、すぐに一本丸々完食してしまった。

 

「な、美味しいだろ?」

 

「はい! コレ、とっても美味しいです!」

 

 少し気が楽になったのか、こっちを向いて笑顔を見せるエスト。

 白い頬にタレがついていたので持っていた布きれで拭ってやると、少し頬を赤らめて二本目をゆっくり食べだした。

 

「エスト。さっきの話の続きだけどさ」

 

「あ、あのぅ、その事なんですけど、やっぱりちゃんとお礼させてください!」

 

 といっても貰って困るのは俺だし、少し気が引ける。

 そこでいい考えを思いついた。

 

「エストは魔法が使えるんだろ? なら、今日のお礼として俺に魔法を教えてくれるってのはどうかな?」

 

 せっかく異世界にやって来た訳だし、魔法は是非使えるようになっておきたい。

 それに、魔力の扱いに慣れればあの剣も使えるようになるはず。

 

(まあ、第一の理由はエストに気負わせないためだけど......これ言ったらまた気にするだろうしな)

 

「勿論良いですけど......そんな事で良いんですか?」

 

「そんな事じゃないよ。俺はそれがいいんだ」

 

 少し悩んだエストだったが、次の瞬間には笑顔を浮かべて。

 

「任せてください! 私がちゃんと、ヒロトさんに魔法を教えて差し上げます!」

 

 いつもの元気を取り戻してくれた。

 

「それじゃあよろしくね、エスト先生」

 

「せんせ......もうっ、からかわないでくださいよっ!」

 

 それから一頻り笑ってふうと息をついて。

 俺は彼女に小指を差し出した。

 

「指切りげんまん。......俺の国で大事な約束を交わす時のおまじないなんだ」

 

 俺の第二の人生が始まったこの巨木の麓。

 日が落ち、街の灯りが照らす広場の中心。

 点々と輝き出した星空の下で。

 

 俺とエストは小さな約束を交わした。




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#9 魔法講師エスト

翌日、俺は昨日エストにお願いした『魔法の使い方を教えてもらう』を叶えてもらう為に、まず食堂の一角で魔法についての講義を受ける事になった。

 

 というのも魔法は感覚だけで使えるような物ではなく、ある程度知識を有した状態で初めて発現(はつげん)する物であるらしく。

 仮に感覚で発現させられたとしても形の決まらないデタラメな魔力の塊にしかならず、決まった形を持たせることが出来ないそうだ。

 

「ではまず、魔法が有する属性から説明しますね」

 

「よろしくお願いします、先生」

 

 からかわないでくださいっ! と一瞬ムスッとしたエストだったが、案外先生という響きが気に入ったのか内心少し嬉しそうにしているのがよく分かる。

 口元の綻びが隠しきれていない。

 

 そんなご機嫌な彼女が得意げに魔法について語り始めた。

 

「魔法には四つの基本属性と二つの特殊属性があるんです。まず基本属性が『火』『水』『風』『土』の四つで、特殊属性が『聖』『闇』の二つです」

 

 更に言うとそれぞれの属性には個人において向き不向きが存在するらしく、理論上人間は全ての属性の魔法を操ることが出来るものの適性が低いとそれに応じて発動させた魔法の規模も変わるらしい。

 

「私は火と風の水の適性があって、その中でも水属性は適性が高いんです。逆に風属性はあまり得意じゃありません」

 

「へぇ、じゃあ誰でも満足に魔法が使える訳じゃないんだな」

 

 それだけじゃないんですよ、と続けるエスト。

 

「適性の高低に応じて使える魔法の幅も変わってくるんです。例えば、私だと水属性の上級魔法は使えますけど、風属性は中級魔法の成功率がかなり低い......みたいな感じでしょうか」

 

 要するに魔法における適正とは『センス』と同意だろう。

 運動神経の有無で得意なスポーツの幅が変わるのと同じだ。

 

 魔力さえあれば簡単に使えるものだと考えていたが、そう甘くはないらしい。

 ......俺にはセンス、あるんだろうか。いや、無いと困るぞ。

 

「あとお話する事は......無いですね。多分、ここから先は実際に体験してもらった方が覚えやすいと思います」

 

「お、魔法の練習をするのか?」

 

 違いますよ、と首を振ってエストが取り出したのは正六角形の小さな黒い箱。

 それをパカッと開くと、中にはビー玉くらいの大きさの石が入れてある。

 

 白色の半透明で少し角ばった形をしたその小石をエストは手に取ると、俺に手渡してきた。

 

「えっと......これ何?」

 

「ぎゅっと握ってみてください。その時、なるべくその石の事を意識してくださいね」

 

 いきなり手渡されて握れと言われ、少し戸惑ったが取り敢えずやってみよう。

 目を瞑り、右の手のひらに置いた小石を言われた通りに握る。

 小石が肌に触れている感覚を意識して......。

 

 少しの間そうしていると手のひらがジワジワと暖かくなっていくのを感じ始めた。

 熱源はあの小石だろうか。

 

 と、そこであることに気がついた。

 

「あの、エストさん」

 

「......どうしたんですか? 急にさん付けなんて」

 

「いやあの。何か手のひら凄く熱くなってきたんだけど、これ大丈夫だよね?」

 

 というより痛い。

 暑すぎて手が痛いのだ。

 そろそろシャレにならなくなってきたので急いで小石を机に落とし、ダッシュで食堂前の水場へ。

 

 水を掛けたら一瞬ジュッと音がした、ヤバい。

 

「だ、大丈夫ですか!? というか、何で輝石(きせき)があんなに......?」

 

 アルバーさんに事情を話して、調理場の氷を布で包んでもらい手に当てる。

 危うく火傷するところだったかと思いきや、手には皮が溶けた跡がないのでその点、守備力の補正が働いているということだろうか。

 

「てか、輝石って何? あの小石の事?」

 

 傷は無くとも少しだけヒリヒリする手を冷ましながら席へ戻ると、握る前は光っていなかった小石が強い光を放っていた。

 だが暫くするとその光は徐々に弱くなっていき、俺の手のヒリヒリが取れる頃には元に戻っていた。

 

「実はこの小石、握る事でその対象の魔力量を図ることが出来る魔道具なんですけど......あんなに光ったり熱が出たりしたのは初めてです」

 

 今はもうなんの変哲(へんてつ)も無いただの小石に戻ったそれを黒い箱に直しながら、エストが困惑の混じった声色で続ける。

 

「ヒロトさんの魔力量はとても高いみたいです。私もそれなりに自信はある方なんですけどあんな反応は出ませんでしたし」

 

「規格外って事か。......でも、魔力が高くても使いこなせるわけじゃないんだろ?」

 

 その通りです、と首を縦に振るエスト。

 机の上に広げた本や道具を片付けると、席を立つ。

 

「宿の裏庭へ行きましょう。そこで実践練習です!」

 

 

──────────

 

 

「この宿、裏庭があったのか」

 

 食堂にある扉から出てすぐの所にある庭。

 木組みの棚に大量の(まき)が積まれていたり、石焼きの(かま)が置いてある。

 どうやらここは作業場らしい。

 

「これだけ広ければ、簡単な魔法の練習くらい出来ますね」

 

 そう言うとエストは薪置き場の隅に転がった使い物にならなさそうな物を何本か持ってきて、庭の中心あたりに並べていく。

 

 どうやら、あれを的に使うらしい。

 

「ふぅ、これで準備完了ですね。それじゃあヒロトさんはここに立ってくれますか?」

 

 言われるがまま転がっていた木の棒で描いた簡素(かんそ)な円の中に立つ。

 

「まずは初歩的な魔法からです。えっと......まず私がお手本を見せるので、良く見ていてくださいね」

 

「わ、分かった」

 

 静かに目を(つむ)り、ゆっくりと左手を前に突き出すエスト。

 その間、少しだけゾワゾワとした感覚を覚えた。

 

「灯れ、(しるべ)の火よ『トーチ』!」

 

 詠唱の完了と共にエストは人差し指をピンと出し、その先端から小さな火の玉が立ててある薪を目掛けて一直線に飛んでいく。

 命中すると小さな火がそれに灯り、少し不格好な松明のようになった。

 

 ふぅ、と人差し指に指を吹きかける彼女の仕草は宛ら硝煙(しょうえん)を吹き消すガンマンの様だ。

 

「とまあ、こんな感じですね。この魔法なら直接的な威力も無いですし練習にはもってこいだと思いますよ」

 

 さて、いよいよ俺も魔法を使う時が来た。

 といっても、最初は攻撃魔法ではなく日常生活で使う簡単な物だが。

 

「目を瞑って、しっかりイメージするんです。揺らめく灯火(ともしび)を頭の中で形作ってください」

 

「わ、分かった」

 

 言われた通りにイメージを固めていく。

 小さな、手元を照らせるくらいの火。

 

 すっと右手を前にだし、銃の手を形づくる。

 狙いを定め、エストが先程行った詠唱の文を一言一句違わずに。

 

「──灯れ、導の火よ『トーチ』!」

 

 瞬間、自分の指先に何か力が集まる感覚を覚え。

 小さな火の玉が勢い良く薪へと衝突した。

 

 乾いた音を立てて転がった薪が放たれた火に焼かれ、パチパチと火花が弾ける音がする。

 どうやら使う事が出来たらしい。

 

「えっと、成功で良いのかなエスト」

 

「ちょっと威力が出ちゃってますけど......成功ですよ、ヒロトさん!」

 

 その後、他の五属性の魔法についても取り敢えず初級の段階については使う事が出来ることが判明し、少し安堵を覚えた。

 

 これより上の魔法となると、実戦での練習が最適らしい。

 明日、また依頼を受けてその合間に練習をする事にしよう。

 

 ふと気付けば太陽が頂点を過ぎて少し傾き始めている。

 

「さてと。エスト、そろそろお昼にしようか」

 

「はい! それが終わったらもう一度おさらいしておきましょうね!」

 

 張り切った様子のエスト。

 年下の子に色々教わるというのは新鮮な気分だったが、彼女の教え方が丁寧で助かった。

 

「お手柔らかにね、先生」




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#10 “アイス・バレット”

「ヒロトさ〜ん!! お、追いつかれちゃいますよ〜!!」

 

「とにかく走れエスト! ......ああくそっ、何でこんな事に!」

 

 森の中を一心不乱に駆け回る。

 その背後から複数の破壊音が聞こえてくる。

 枝が折れる音に地面を鋭いものが刺す音。

 徐々にそれはこちらへと迫ってきている。

 

 俺とエストは。

 

「───ギィィッ!!」

 

 森に巣食う食人植物。

 マッドプラントに追われていた。

 

 

──────────

 

 

 (さかのぼ)る事数時間前。

 ギルドが支給するキュアポーションの原料となる薬草の収集依頼を受けた俺達は、魔法の練習がてら先日の森へとやって来ていた。

 

 早々に依頼分の薬草を集め終えた俺は、エストに水属性の魔法について教わっていた。

 

「今日教えるのは、“アイス・バレット”と“ウォーター・ウォール”の二つです。比較的習得の容易い中級魔法なので、ヒロトさんなら大丈夫だと思いますよ」

 

 そう言って俺の目の前にたったエストはトーチを発動させた時と同じ手の形を作り、10メートルほど離れた木に狙いを定める。

 只あの時と違う点と言えば、反動を軽減させるために突き出した左手に右手を添えている事か。

 

 どうやら威力のある魔法は発動時に反動があるらしい。

 

(結局、トーチは簡単に扱えるようになったけど攻撃魔法ともなれば扱い次第で危険にもなる。……しっかり見とかないとな)

 

 そして徐々にエストの指先に魔力が集まっていく。

 浮かび上がる色の無い魔方陣に水色の魔力が注がれ、回転し始める。

 

 その動きは早くなっていき、エストがぐっと体に力を入れた。

 

「──ッ“アイス・バレット”!!」

 

 エストの声と同時にその指先に発動した魔方陣から数発の氷弾が発射される。

 それらは風を切り狙った的へと一直線。

 着弾してその木の幹を抉りとり、その傷口を凍てつかせた。

 

 よしっ、と言うと共に指先に発生した冷気を吹き消すエスト。

 ……なんだろう、その仕草を気に入っているのだろうか。

 

「とまあ、こんなものですね。 この魔法は、相手にダメージを与えるだけでなく、その箇所(かしょ)を凍らせる効果があるんです」

 

「そうみたいだな。 ……て事は、この魔法で敵の足止めなんかも出来るのか?」

 

「足元を狙って発射すれば可能かもしれませんね。 私は……試したことないですけど」

 

 まあ本来そういう使い方をするものじゃないだろうし。

 何だか真剣にエストが考え出したので宥めると、俺はもう1つの“ウォーター・ウォール”について教えてくれとせがんだ。

 

 名前から推測するに、防御系の魔法になるんだろうか。

 流れる水流で相手の攻撃を(から)めとって防ぐ……的な。

 

「任せてくださいっ! それじゃあ、私の後ろにたって貰えますか?」

 

 言われるがままエストの後ろへ。

 すると彼女は目の前の空間に両手を突き出して詠唱を開始する。

 

 と、その時だった。

 

(……? 何だ、奥から何か音が聞こえてくる)

 

 人の足音にしては、雑音が多すぎる。

 ガザガサ、ゴゴゴと草を掻き分け土を蹴るような大きな音だ。

 

 其れがどんどんこちらへと近づいてくる。

 

(いや、やっぱりおかしいぞ。音が多すぎる!)

 

「エスト、ここから離れるぞ! 何か近づいてくる!」

 

「え、えっ!」

 

 詠唱の途中で突き出した手を握られて、驚いたように肩が飛び跳ねた彼女だったが、俺の表情を見て只事では無いと判断してくれたのだろう。

 

 直ぐに魔法の準備をやめて、森の出口へ走り出した。

 

 

──────────

 

 

「本格的にまずいなっ! このままだと埒が明かないぞ!」

 

 先程からエストが“アイス・バレット”を振り向きざまに連発しているのだが、マッドプラント達の動きが止まる気配はない。

 それどころか、命中した氷弾が気に触ったのか何処と無く怒っているようにすら見える。

 

 ギギギ、と奇妙な呻きをあげながら巻き上げた砂埃と共に少しずつ、だが確実に距離を詰めてきている。

 

「ヒロトさーん!!! お、追いつかれます〜!!」

 

 相変わらず氷弾を乱射しながら泣き顔で俺に訴えるエスト。

 魔力量には自信があると豪語していたが、このまま連射を続ければ枯渇も有り得るかもしれない。

 

 ……一か八か試してみよう。

 

「“トーチ”!!」

 

「えっ!? 何をして……」

 

 困惑するエストをスルーして、この魔法が持つ許容量限界の魔力を注ぎ込む。

 魔法陣が軋むような音を立てて高速回転を始めるが、気にしてはいられない。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 突き出した右手からあの時とは比べ物にならない大きさの火球が飛び出した。

 反動で若干後ろへと飛ばされたものの、放たれた火球は速度と規模を徐々に大きくしていき、マッドプラントの群れを目掛けて一直線に飛んでいく。

 

 そして着弾と同時に一体のマッドプラントへと引火、ごうごうと音を立てながら小さな火球がその身体を蝕んでいく。

 

 “トーチ”は着火魔法だ。

 規模さえ大きければ、着弾するだけでみるみるうちにその炎は拡がってしまう。

 痛みにのたうち回った1体が他の個体にもどんどんとその火を引火させていく。

 

 あっと言う間に火の海とかした群れは混乱してもう俺たちの事など気にならないらしい。

 

「嘘っ、あんなに威力が出るなんて……!」

 

「作戦成功だ! 今の内にここを離れるぞ!」

 

 俺はエストの手を引くと、一気に森を駆け抜ける。

 幾ら火の海になったとはいえ、万が一ということもある。

 すぐに森を降りて、街へと戻ることが先決だ。

 

 が、どうやらその万が一の事態が起きてしまったらしい。

 

「ヒロトさん! なんだか後ろの方から凄い音が……!」

 

「もう追いついてきたのか!?」

 

 先程よりも音の数は減ったものの、流石は怪物。

 残った個体が引火した部位を自ら切り落すことでダメージを最低限に抑えたらしい。

 なんとも頭のいい生物である。

 

 ここから森の出口まではまだ距離がある。

 (いく)ら俺の足が速くなっていても、流石に魔物のホームでは奴らの方が速いだろう。

 

(何か……何か手は……)

 

 先程の規格外“トーチ”も対策されたのではもう使えない。

 エストの“アイシクル・レイン”に関しても、威力はあるが詠唱に時間がかかる上に集中が必要。

 

 剣で立ち向かおうにも、この数では倒し切れないだろう。

 

(いや、待てよ。もしかしたら“アイス・バレット”もさっきみたいに威力を限界まで上げれば……)

 

 可能かもしれない。

 確実ではないが、考える暇などなかった。

 

 森の中を駆けながら、右手を前へと突き出して魔方陣を発動させる。

 エストが行っていた手順を思い返しながら、かつ高速で魔法陣の術式を構築。

 そこへ一気に魔力を流し込む。

 

 不思議と疲労感はない。

 只、自分の右手から何かが流れ出していく感覚がしっかりと伝わってくる。

 

「ヒロトさん……? まさか、“アイス・バレット”を使う気ですか!?」

 

「それしか今は方法が無さそうだし、さっきの“トーチ”の要領で威力を強化できるかもしれない。……ッ話してる暇は無さそうだぞ!」

 

 もう10メートルも無い位置にまでマッドプラントの群れは迫っている。

 

(……よしっ! 魔力が安定したぞ!)

 

 水色の魔力を限界まで注がれた魔法陣は、冷気を漏らしながら冷たい光を放っている。

 やはり軋むような音が聞こえてくるも、これが一番威力が出る安定した状態だろう。

 

「エスト、合図をしたら右の茂みに飛び込め!」

 

「は、はいっ!」

 

 あと数メートル。

 魔法陣の安定を保ちながら、俺は全速力で駆ける。

 

 限界ギリギリの魔力を流し込んでいるからか、少しづつ右手に痺れが生じてきた。

 俺はそれを左手で何とか抑えると、ぐっと右足に力を込める。

 

「今だエスト! 茂みに飛び込め!」

 

 指示通りエストは茂みに飛び込んで、そのまま少し距離をとる。

 そして俺は足に貯めた力を一気に解放、跳躍する。

 

(うおっ、マジか……!)

 

 驚いたのは俺自身。

 その高さは、優に5メートルを越えている。

 

 身体をひねり、こちらを見上げている怪物共に狙いを定める。

 ……チャンスは一度きり、これを逃せばもう逃げられない。

 

「くらえっ!! “アイス・バレット”ッ──!」

 

 キィィィンという細い音がその空間に響きわたり、そして右の(てのひら)程の大きさしかなかった魔法陣が一気に展開される。

 

 風切り音と共に放たれた氷弾……否、氷塊は発射と同時に群れの中心へと着弾した。

 轟音と冷気混じりの突風が辺りを支配し、空中に居た俺は思わず吹き飛ばされてしまう。

 

 マッドプラント達の呻きは聞こえなかった。

 

 何故ならそう、砂煙が晴れた後そこにあったのは。

 

「す、凄い……ッ!」

 

 四肢が断裂された状態で氷の壁に閉じ込められた群れ達の姿だったから。

 

 突風の影響で地面に叩きつけられた俺はというと、驚いた事に傷一つ無く、ほんの少し目眩(めまい)がする程度であった。

 恐らく魔力を一気に消費したからだろう。

 だがそれも徐々に回復していき、ハッキリとした視界にエストを捉えて彼女の元へと向かう。

 

「ぶ、無事か? エスト」

 

 急に茂みに飛び込んだことで髪や服に枝葉が付いてしまっているものの、突風による被害は無かったらしい。

 

「私は大丈夫ですけど……ヒロトさんは?」

 

「まあ、何とか。怪我もなかったし、大丈夫だよ」

 

 消費した分の魔力も回復したらしい。

 先程までの脱力感が嘘のように消えている。

 

「とにかく依頼自体は達成済みだし、ギルドへ戻ろうか」

 

「それもそうですね……ずっと走り回って疲れちゃいましたし……」

 

「確かに……な」

 

 俺はともかく、エストの方の疲労が酷そうだ。

 “アイス・バレット”の連発による魔力の消費や、ここまでの逃走で体力を消費しているはず。

 

「おぶるよ。ほら、乗って」

 

「そ、そんな、悪いですよ。ヒロトさんだって疲れてるだろうし……」

 

「俺なら大丈夫だから。ギルドに着くまで、ゆっくり休むと良いよ」

 

 ではお言葉に甘えて……と、屈んだ俺の背中に乗り込むエスト。

 少し歩いたところでふっと肩に捕まる力が弱くなった。

 どうやら眠ったらしい。

 

 すうすうと寝息をたてながら眠るエストを背に、俺はリドルトの街へと足を急がせた。




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#11 始まった異変

 ギルドに到着すると、何故か生暖かな視線と肌に突き刺さるような鋭い視線に囲まれた。

 

 俺はそれらを振り切ると、そそくさとロビーを通り抜けて依頼達成の報告をするためにカウンターへと向かう。

 

「すいません、依頼達成の承認をお願いします」

 

「かしこまりました。……相方さん、お疲れみたいですね」

 

「あはは……」

 

 エストはまだ眠ったままだった。

 まあ、あれだけ魔法を連発して森を駆け抜けてと忙しかったし、仕方ないだろうけど。

 

 ……ああ、そうだ。

 一応話しておいた方がいいかもしれないな。

 

「あの、実は今日受けた依頼を進めてる時にマッドプラントの群れに襲われまして……」

 

「それはたいへ……マッドプラントですか!?」

 

 ギルド職員が叫んだ『マッドプラント』という単語に建物内に居た冒険者や商人。他のギルド職員たちもざわめき出す。

 

 これだけ騒がれるということは奴等がいかに危険な魔物であったかも伺える。

 

「あの、今回の依頼は森林中部だったはずですよね? 本来マッドプラントはかなり奥地に住まう危険な魔物なのですが……」

 

 言外(げんがい)に依頼地域以外に向かったのか? という問い詰めが隠されていたが、もちろん俺達は中部から動いていない。

 何なら魔法の練習をしていたのは中部でもかなり浅い所だ。

 

「俺達はずっと依頼地域に居ましたよ。……そしたら急に奴等が群れで接近してきたんです」

 

 そんなまさか……と後ろで話している冒険者の声が聞こえてくるが、嘘は言っていない。

 俺は提示した冒険者カードの討伐モンスター枠を見るように職員に促す。

 

 このカード、どういう訳か討伐モンスターの名前と数だけでなく何処で討伐したのかまで記録してくれるのだ。

 

 職員が俺のカードを見ると、表示された座標は確かに森林中部の物だった。

 が、それ以上に驚いた事があったようで。

 

「あ、あのキリシマさん。ここにマッドプラント八体討伐という文字があるんですが……」

 

「ああ、倒しましたよ。ちょっと危なかったですけど……」

 

 おいおいマジかよ……という空気がギルド内に広がっていく。

 確かに信じられない事ではあるよな、俺まだ駆け出しだし。

 

 と、そこへ一人の男性が奥から歩いてくるのが見えた。

 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)とした巨躯(きょく)の男は隣に控えている職員から何かを聞いて頷き、真っ直ぐに俺の方へと向かってくる。

 

 後ろでまたざわめきが大きくなった。

 

(何だ、もしかしてギルドの責任者か?)

 

 男は俺の目の前で立ち止まると、

 

「オルグ=エーベン。このギルドのマスターだ」

 

 それだけ言うと控えている職員に何が告げてまた奥へと消えていった。

 

「彼は無口な御方でして……。あ、先程の件について詳しくお話を聞きたいとの事だったので、少しお時間を頂けますか?」

 

「は、はぁ」

 

 俺は職員に促され、ギルドの奥にある部屋へ通された。

 そこには大きな円卓(えんたく)を囲んで椅子が並べられており、それらから察するに会議などに使用する部屋だというのが分かった。

 

「う、うぅ……。あれ、此処は……?」

 

「お、起きたな」

 

 俺が円卓を囲む椅子のひとつに彼女を座らせてやると、寝ぼけ眼を(こす)りながら当たりをキョロキョロと見回して……。

 

「えっ!? こ、ここ本当に何処ですか!?」

 

 目が覚めたらいつもの宿では無く大きな会議室に居たのだ。

 驚いても仕方無いだろう。

 

 俺は目を白黒させているエストに事の顛末(てんまつ)を話してやると、既に目の前に座っていたギルドマスター。

 オルグ=エーベンに今日の事について問い掛ける。

 

 職員や冒険者達がざわめく程の異常事態だ。

 なにか原因があるのは明白だろう。

 

「今日俺達が襲われたあの魔物。……あれは本来、森林の奥地に住んでるんだよな」

 

「ああ、その通りだ。そして今までの記録にもマッドプラントが中部にまで降りてきたという記述は無かった」

 

 つまり完全なイレギュラー。

 絶対に起きる(はず)のない事態が今あの森で発生しているということだ。

 

「話によれば君達は薬草回収の依頼を遂行していた途中、突然飛び出して来たマッドプラントの群れに追われ、逃げながらも討伐した……という事で間違いないな?」

 

「大体そんな感じですね。……あの、原因については分からないんですか?」

 

 オルグは少しの間瞑目して、卓上(たくじょう)の書類に目を通しながら口を開く。

 

「現時点では無い。だが、近々調査隊を派遣しようと考えている」

 

 そして俺達の傍に控えていた職員が資料を手渡してくる。

 ……成程(なるほど)、青等級以上の冒険者で調査隊を組ませて深部に向かわせるのか。

 

 他の資料にはマッドプラントに関する情報が載っている。

 どうやらあの魔物は赤等級以上の冒険者が数人掛りで倒すレベルの魔物だったらしい。

 

 それを一人で倒せてしまった(あたり)、神様から受け取った能力というのは(すさ)まじいようだ。

 

 エストもそれらの資料に目を通したらしく、そんなに危ない魔物に……と顔を青ざめさせている。

 

「後程、君達には依頼の報酬とは別に報奨金を支払おう。加えて、今日この時を以て等級を白から赤への昇格を命じる」

 

 つまり明日からはギルドが提示する依頼では無く、実際にギルドへ寄せられた依頼を受ける事になる訳だ。

 

 より一層、気を引き締めねばならない。

 

 ありがとうございます、と一言告げて俺たちは頭を下げる。

 どうやら話は終わったらしいので、もう一度一礼した後に部屋を出ようとすると。

 

「まあ、何だ。……君達が無事で何よりだった。今後も頑張ってくれ」

 

 それだけボソリと呟いて、彼も部屋を出ていった。

 

(感情が読めない人だけど、案外優しいんだな)

 

 帰り際、俺達は受付で冒険者カードの更新をして貰った。

 カードの端に刻印されていた白の印が、赤い印に変わっている。

 

 これで明日から一端(いっぱし)の冒険者という訳だ。

 

 そして報奨金。

 これも金貨一枚と銀貨六枚という大金を受け渡された。

 取り敢えず金貨を銀貨へと両替したもらったので、それをエストと等分する事としよう。

 

 そしてカード更新と報奨金の受け取りを終えた後。

 俺達を担当してくれていたミラさんが、一つ忠告をしてくれた。

 

「明日から貴方方は赤等級の冒険者。つまり、一般の依頼を受注出来る事になる訳ですが……。今日の事もありますし、なるべく深部には近付かないようにお願いしますね」

 

 それだけ告げると、他の職員に呼ばれて軽い会釈(えしゃく)をした後に帰って行った。

 

(もうあんな思いは()()りだ。……肝に銘じておこう)

 

 

──────────

 

 

「今日は大変でしたね……」

 

「そうだな……」

 

 ギルドを出て宿へと続く大通り。

 既に日は落ちて路肩(ろかた)に並ぶ街頭には灯りが点っている。

 

 緊張が抜けたら急に疲労感が襲ってきた。

 決めた、宿に着いたらまずは風呂に入って体を休めよう。

 

 ……ああそうだ。

 一つ忘れていた事がある。

 

「ありがとうな、エスト」

 

「き、急にどうしたんですか? ヒロトさん」

 

 なぜ礼を言われたのか心当たりが無いのか、俺の方を見てあたふたとするエスト。

 

 そんな彼女に少し微笑(ほほえ)みかけて、俺は言葉を続ける。

 

「ほら、あの時エストが俺に“アイス・バレット”を教えてくれてなかったら、多分マッドプラントは倒せなかっただろ? 」

 

 だからありがとう、と頭を下げるとエストは更に慌てて否定する。

 

「そんな、私は魔法を見せただけでしたし……それこそ、あの時ヒロトさんがあの手段を取らなかったらやられていたかも知れませんし……」

 

「あはは。じゃあ、お互い様だな」

 

 それはちょっと違う気が……と呟くエストだったが、宿屋の看板が見えてきて安心したらしい。

 軽くスキップして俺の前へと躍り出ると、くるりとこっちを向いて───

 

「明日からも、よろしくお願いしますね!」

 

 金色の髪をふわりと(なび)かせ、満面の笑みを浮かべた。

 そんな彼女の靡いた髪が街の灯りに反射してキラキラと輝いて。

 

「……ああ! こっちこそよろしくな!」

 

 その姿に思わず息を飲んだ俺だったが、直ぐに気を取り直して笑顔を返した。

 

 

──────────

 

 

 ───ギルド内の一室にて。

 

 一人の男がある一枚の紙を手に、窓の外を眺めていた。

 冒険者ギルド リドルト支部のマスター、オルグ=エーベンは何かを(うれ)う様に瞑目する。

 

(彼の話に嘘は無かった。……私の固有技能に反応が無かった以上、それに偽りは無い)

 

 実は彼にはとある固有技能があった。

 

 固有技能《虚妄看破(きょもうかんぱ)》。

 対象が語る話の中に虚偽(きょぎ)の事柄が混ざっていた場合、それらを瞬時に看破する事ができる能力。

 

 更には自身を騙そうとする意志をも看破する事も可能だ。

 

 つまり彼の前においては、如何なる偽りも無意味になる。

 そして、この街の冒険者全体を管理する者である『ギルドマスター』という職についている彼にとって、それは大きな強みでもあった。

 

 だがしかし、ヒロトの話が嘘では無いという事実が逆に彼を悩ませていたのだ。

 

(マッドプラントはフロウラの森において上位に位置する魔物だ。……そんな彼等が我を失ってまで逃げ出す様なモノとなれば……)

 

 確実では無い。

 何せ、可能性が低すぎるのだ。

 

 だが、オルグの頭からその懸念(けねん)がどうしても外れない。

 それだけにそのモノの存在を考慮(こうりょ)しなければならなかった。

 

(……早急に手を打たねば、被害は拡大するのみ。いざとなれば王都へ支援を要請する事も視野に入れなければな)

 

 暫くして、彼はその書類を机上に置いて部屋を後にした。

 その書類に書かれていたのは───

 

『賞金首モンスター 白獣出没の(しら)せ』

 

 という文言(もんごん)だった。




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#12 農業の村ミニシア

 マッドプラントの件から数日が経った。

 あの日から晴れて一端(いっぱし)の冒険者としてのデビューを果たした俺達は、様々な依頼をこなしていた。

 

 ある日は二人でリザードマンを討伐したり。

 またある日は、他の冒険者達と協力してダンジョンに挑んだりと、冒険者として充実した毎日を送っていた。

 

 オルグの言っていた調査隊の件もどうやら人員が揃ったらしく、陣頭(じんとう)指揮を執る者を選抜した後に出発するとの事だ。

 

 そして今日も今日とて依頼を受けに来たわけなのだが───

 

「え? 依頼を代わって欲しい?」

 

 いつもの様に俺達二人が掲示板で依頼を選んでいると、そこへ一人の冒険者がやって来た。

 

 赤い短髪に黄金色の三白眼(さんぱくがん)が特徴的な彼は、以前ダンジョンに挑んだ際に共に戦った冒険者の一人。

 

 名前をベック=ヘレネスと言い、その一件以降仲良くしている友人だ。

 

「頼むよ、実はパーティー組んでたラッカルの奴が体調崩しちまってよ……。俺一人でやるにはちょいと難しいんだよ」

 

 因みにラッカルとは彼のパーティーメンバー。

 ラッカル=イーベンの事であり、彼もまたダンジョン攻略の際に共に戦った冒険者の一人である。

 

 どうやらその彼が風邪をひいてしまったらしく、どうしても依頼を遂行できなくなってしまったらしい。

 

「それで、どんな依頼なんですか?」

 

 エストがベックにそう尋ねると、彼は肩から提げたバックを空けて一枚の紙を取り出すとこれなんだけど……と申し訳なさげに手渡してきた。

 

 留めていた糸を解いて広げてみるとそこには、『ミニシア村への輸送依頼』と記されている。

 

「ミニシア村って言うと……確か、この街から西に行った所にある小さい村の事だよな」

 

 所謂(いわゆる)農村と呼ばれる地域で、とても長閑(のどか)な場所である。

 

「そうそう、俺達が前にダンジョン潜った時に寄った村だよ。……すまねぇけど、ここは一つ頼まれてくれねぇか? ほら、戦友の(よしみ)ってやつでさ」

 

 この通りだ! とまるで仏を拝むかの様に手を合わせるベック。

 ……仕方ない。

 

「分かった、引き受けてやるよその依頼。……エストもそれで良いか?」

 

 こくこくと頷き、肯定の意思を見せるエスト。

 どうやら既に受ける気満々だったらしい。

 

 この借りは必ず返すぜ! とサムズアップすると、彼は、ギルドを去っていった。

 そんな彼の背中を見送って、俺達は早速依頼書に目を通すことにした。

 

「郵送するって事は、馬車が必要ですよね。……この街だと、どこで借りられるんでしょうか?」

 

 前回ダンジョンに向かった際にはギルドが既に馬車を手配してくれていたが、今回は自分たちで借りて村へと向かわなければいけないらしい。

 

「それはまた後で職員の人に聞いてみよう。それより運ぶ物に関してだけど……」

 

 物品に関してはギルドが既に預かっているので、受付に行けば渡して貰えるようだ。

 取り敢えず物品を受け取ろうと思い、受付へ依頼書を提示すると、一枚の手紙を手渡された。

 

「この街で店を構えていらっしゃる食品店の方が野菜類の発注書を届けて頂きたいと、依頼を持ち込んでくださいました。……こちらがその発注書で、農家の方によろしく頼む。との事です」

 

 職員からの説明を聞き終え、手紙を受け取った俺達は馬車を借りるべく、手紙と一緒に貰ったマップで馬車貸しをしている店へと向かう。

 

「そう言えば、エストは馬車の操縦できるのか?」

 

 あの時はベックが馬車を操縦していたので良かったが、今回は俺たち二人だけ。

 勿論俺は操縦など出来る訳が無いので、彼女が出来なければ御者(ぎょしゃ)を雇わなければならない。

 

「安心してください! 小さい頃から父に習っていたのでバッチリですよ!」

 

 ふふんと自慢げに胸を張るエスト。

 

「それじゃ、よろしく頼むよ。エスト」

 

 任せてください! と今度はサムズアップを返してきた。

 相当自信があるらしいし、これなら大丈夫そうだ。

 

 

──────────

 

 

 馬車のレンタル代は案外良心的だった。

 何でも、この街の冒険者達にとって馬車を使う機会がとても多いらしく、価格を安く設定しても十分利益が出る程には儲かっているらしい。

 

俺達の応対をしてくれた店員の口調がやけに親しげだった事が少し気になったが、依頼を遂行するには馬車を借りなければならない。

 

 俺達は銅貨六枚で簡素な馬車を借りると、早速ミニシア村へと向かった。

 

 西の門から街を出て、かれこれ十数分。

 御者台に座って馬車を操縦するエストの姿を横目に、俺は雄大な草原を眺めながら感傷(かんしょう)に浸っていた。

 

(何て言うか、本当に異世界なんだよなぁ此処。流石にちょっと慣れてきたけど、こういう風景見ると改めて感じさせられるな)

 

 草原の向こうには頂上に雲がかかった大きな山々が連なっている。

 見た感じ富士山と同じか、それ以上の高さがあるかもしれない。

 

 時折(ときおり)吹いてくるそよ風が髪を揺らして、心地が良い。

 

 思わず眠りそうになっては、目を覚まし、また眠くなり───

 

(───ッ!? 何かの気配がする!)

 

 急に現れた謎の気配に驚いて眠気が吹き飛んだ。

 数は大体五つから六つ程、一箇所に(まと)まっている事を考えるとコボルトかゴブリンだろう。

 

 まだ距離がある内に、準備をしておこう。

 

「エスト。操縦中悪いんだけど、右前方に魔物の気配がする。何時でも戦闘に入れるように準備しておいてくれ」

 

「わ、分かりました……!」

 

 そして、道を進む事数分。

 気配の正体はコボルトだった。

 

 と、馬車の音に気がついたのかそのうちの一匹が尻尾を立てて警戒しているのが見える。

 

「仕方無い。此処で一旦馬車を停めて、先ずアイツらを倒すとしようか」

 

「了解です!」

 

 俺は荷台から飛び降りると、エストが馬車を停止させるまでの間、コボルト達の意識を逸らす為に群れの中心へ魔法を放つ。

 

 あくまで陽動(ようどう)だ。

 威力は無くてもいい。

 

「───こっちだ! “トーチ”!!」

 

 小さな火の玉を放ち、群れの中の一匹に命中させる。

 キャイン、という悲鳴と共に群れが一斉に俺へと狙いを定めて襲いかかって来た。

 

(折角だし、新しい魔法も試してみるか……!)

 

 草原を駆けながら、左手を天に(かざ)して魔方陣を形成する。

 そこへ光の魔力を流し込むと、あの時と同様に跳躍。

 

 完成した方陣を上空から振りかざす───! 

 

「──断罪(だんざい)の光よ降り注げ! “ライトニング・ボウ”!!」

 

 瞬間、光の矢が展開した方陣から射出されて俺を追っていたコボルト達に降り注ぐ。

 上空からの攻撃に対応出来なかった彼等は次々と串刺しになっていき、その命の火を吹き消されていく仲間の姿に動揺して判断力を失っていく。

 

 だがそれでも二匹だけ殺しきる事が出来なかった。

 が、手負いの彼らを待つのは死のみである。

 

 何故なら───

 

「──突き穿(うが)緋色(ひいろ)の槍よ! “フレイム・ジャベリン”!!」

 

 斜め後方。

 彼らの死角から飛来した二筋(ふたすじ)緋槍(ひそう)が襲う。

 

 結果、目の前に降り立った仲間の仇へと攻撃することも出来ないままに灼熱の槍に穿たれる結果となった。

 

「流石先生だな。まさに正確無比(せいかくむひ)な狙いだったし」

 

「ヒロトさんこそ、新しく覚えた魔法もしっかり制御できてましたよ。何よりあの“トーチ”の使い方には目を見張りましたね。流石、私の生徒です!」

 

 どうやらエストは本当に先生と呼ばれるのが気に入ったらしく、最近は否定もせずに俺の事を『生徒』と呼ぶ様になった。

 

 俺に先生と呼ばれると彼女の顔は決まって輝き出すものだから俺も面白くて、気分が乗るとついつい呼んでしまうのだ。

 

「よし。魔物も倒せた事だし、ミニシア村へ向かおうか」

 

 ひとしきりふざけたので、此処からは真面目に行こう。

 俺はエストを促すと、もう一度目的地への進路を執った。

 

 

──────────

 

 

 ミニシア村は先程軽く説明した通り農業が盛んな村だ。

 ここで育つ野菜達は栄養豊富で色味も良く、昔から王侯(おうこう)貴族の御用達(ごようたし)の食材として重宝(ちょうほう)されているらしい。

 

 村の門を潜ると直ぐに畑が広がる農業地帯が見えてくる。

 その中心に作られた土の道を馬車で進んでいくと、建物が立ち並ぶ地域へと到着した。

 

「馬車はこの村の馬車貸しの方が預かってくださいましたし、早速届け先の方を探しちゃいましょうか」

 

「そうだな。えっと……今此処が村の中心だから……」

 

 馬車を預け、ギルドで受け取ったマップを頼りに届け先の家を探す。

 村と言うだけあってそこまで大きい訳では無いし、リドルトのように路地が入り組んでいる事も無い。

 

 少し歩くと直ぐに目的地へと到着する事が出来た。

 

(随分と大きな建物だな。届け先の人は地主さんか何かなんだろうか?)

 

 そんなことを考えながら、コンコンとドアをノックすると中から(ひげ)を蓄えた小太りの中年男性が姿を現した。

 

「誰だね、チミ達は?」

 

「リドルトから依頼を受けてやって来ました、霧島大翔という者です」

 

「エスト=シルヴィアです」

 

 頭を下げて挨拶をすると、その男性は俺達が何故此処に来たのかに気づいたらしい。

 

「そうかそうか、チミ達あの店のオーナーに頼まれて来てくれたんだねぇ。さ、上がってくれたまえ、なにか飲み物を出そう」

 

 本当なら遠慮すべきかもしれないが、丁度喉が渇いていたところだ。

 ここは素直にお言葉に甘えておこう。

 

「私はジェフ=マーゴリー。気軽にジェフと呼んでくれたまえ。わざわざ遠くまですまないねぇ」

 

「いえいえ、俺達はこれが仕事ですから。……こちらこそお飲み物を頂いてしまって申し訳ないです」

 

 いやいや、いいんだよ。と笑うとジェフさんは、戸棚からクッキーまで出して俺達に食べさせてくれた。

 ここまで親切にされると(かえ)って申し訳なくなってしまうのは日本人の(さが)だろうか? 

 

 依頼されていた発注書を渡すと、彼は壁掛け電話のような物を手に取って誰かと話し始めた。

 エストによるとあれも魔道具の類らしい。

 

「よし、直ぐに物品を準備するからそれが終わるまでは(くつろ)いでもらって構わないよ。君達も疲れているだろうしねぇ」

 

 それだけ言い残すと、ジェフさんは広間を出ていってしまった。

 ……確かにここに来るまでの間、戦闘も挟んだことだし疲れているのは本当だ。

 

 今座っているソファの居心地もとても良い。

 エストに関しては実に幸せそうな表情でリラックスしている。

 

 俺も、彼女と同じようにリラックスさせてもらおう。

 

(……そう言えば、帰りも馬車を使うんだよな。発注書に記載されてた物品もかなりの量があったし、また魔物に遭遇するかもしれないよなぁ)

 

 そうなればまた戦闘しなければいけない訳だが、万が一届ける為の物品に傷がついてもいけない。

 

 そう思い、隣で寝そうになっているエストに質問してみる。

 

「なあエスト。なんかこう、テレポートみたいな魔法はないのか?」

 

 うーん、とゆっくりとした返事が返ってきて。

 数拍置いた後に、答えが返ってきた。

 

「一応ある事にはありますけど〜。聖属性と風属性の複合魔法ですし〜、全体でもかなり高位に位置する魔法なので〜。難しいかと思いますよ〜」

 

 えらく口調がゆっくりになっているのが気になるが、どうやらテレポート自体は存在するらしい。

 ……なら試してみる価値はありそうだ。

 

 あの神様から受け取った力を信じよう。

 

「詠唱がどんなやつか分かる? 試してみようと思うんだけど……」

 

「え〜っとですねぇ。『聖なる風よ、我を()の地へ運び給え』ですよ。昔、本で読んだので覚えてます〜」

 

「ありがとう、エスト。……よし」

 

 本当に試すんですか〜? と彼女が聞いてくるが、今は集中した方が良さそうだ。

 難しい魔法という事は、それだけ意識の集中を必要とするだろう。

 

(魔法を使うにはイメージする事が大事だ。……リリーブの食堂をイメージしてみるか……)

 

 頭の中でいつも食事を摂っているあの食堂を思い浮かべる。

 明確なイメージを形作り、その場所へ行きたいの願う。

 

「やってみるか……。──聖なる風よ、我を彼の地へ運び給え。“テレポート”……!」

 

 するとどうだろう、詠唱を終えた瞬間に俺の体がキラキラと輝き出した。

 

 そして目の前の空間が徐々に(ゆが)んでいき───

 

「……お、成功したのか」

 

 思わず目を瞑ってしまったが、目を開けてみるとどうやらテレポートは成功したらしい。

 思い描いた通りに、リリーブの食堂へとテレポートする事が出来た。

 

「お、帰ってたのかよヒロト。金髪の嬢ちゃんは一緒じゃねぇのか?」

 

 厨房から出てきたエプロン姿のアルバーさんが、不思議そうな顔をしてこっちへやって来る。

 

「ちょっと試してみたんです。……さてと、もう一度やってみよう」

 

 なんの話をしてんだ? と疑問顔になった彼だったが、次の瞬間には驚きの表情へと変わる事になった。

 

「──聖なる風よ、我を彼の地へ運び給え。“テレポート”……!」

 

 またも体が光に包まれて、景色が歪む。

 

「うおっ、消えた!?」

 

 そしてまた目を開ければ先程まで居たジェフさんの家の広間。

 ソファで寛いでいたエストがぽかんと口を開けて俺の帰還を出迎えてくれた。

 

「で、出来ちゃったんですか……?」

 

「うん、出来ちゃったよ。これで帰りは楽々だな」

 

 どうやらこのテレポートは個人では無く空間そのものに作用するらしい。

 その証拠に、食堂の床に落ちていた塩の小瓶が一緒に飛んできている。

 

 魔力の消費は大きくなるかもしれないが、馬車と積荷ごとリドルトへ持ち帰ることも可能だろう。

 

 未だに空いた口が塞がらない様子のエストに少し笑いかけると、改めて俺が持っている力はとんでもないんだなと実感するのだった。




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#13 護るという意志

「──聖なる風よ、我を()の地へ運び給え。“テレポート”……!」

 

 新しく覚えた“テレポート”を早速活用して、ジェフさん達に別れを告げた俺とエストはミニシア村を後にした。

 

 やはり転移の対象に指定するものが多ければ多い程魔力の消費は激しくなるらしいが、俺のキャパシティならまだまだ余裕がある。

 

 行きは一時間程かかった道のりも、テレポートを使う事で一瞬になった。

 

 一応街中に突然転移して騒ぎにならないよう、街の門から少し離れた場所を指定したが。

 

「よし、帰って来れたな」

 

「本当に一瞬なんですね……」

 

 テレポートする事はこれが初めてなのか、不思議な感覚に(とら)われていたエストがポツリと(こぼ)す。

 

 そして同時に、俺に対して(あき)れたような目を向けてきた。

 

「でも、まさか詠唱を教えただけで成功させちゃうなんて思いもしませんでしたよ……もう、尊敬を通り越して呆れちゃいますね」

 

「あはは……まあ、便利な手段が手に入ってラッキーって事で良いんじゃないか?」

 

 その後、街の門を潜るまでの間にエストが知っている“テレポート”に関する情報を教えてもらった。

 

 まず第一に、テレポート出来る場所は発動者自身が行った事のある場所に限られるらしい。

 なんでも、この魔法の本来の用途が『遠出した先から自分の拠点へと帰る為』である為、自分が行った所で()つ記憶に強く残っている場所でなければ転移できないらしい。

 

 つまり先程のリリーブ(しか)り、今回の転移に関しても俺があの食堂や西側の門を明確に覚えていたから転移できたのだ。

 

 そして次に、消費する魔力は発動者が居る場所からの距離と転移させようとしている物の量によって変動する。

 

 これに関しては、俺も先程体感済みだ。

 

 そして最後は、この魔法の効果範囲は()()ではなく()()であるという点だ。

 だからこそ先程の転移で馬車やエストを一緒に運ぶことが出来たのだが……。

 

「“テレポート”を発動させる時にですね、別に自分を対象に含まずとも周りにいる人や物だけに効果を付与(ふよ)する事も出来るんですよ」

 

 御者(ぎょしゃ)(だい)に座り、気持ち良さそうに髪を風に(なび)かせながらエストが(つぶや)く。

 要するに俺とエストが同時に転移せずとも、勝手に俺が場所を指定して彼女に対して発動させる事で彼女だけを転移させる事も出来るという事だ。

 

 これは移動手段以外としての方法も十二分に開拓出来そうだ。

 

「あ、そろそろ到着しますね。ちゃっちゃとギルドに届けちゃいましょうか」

 

 門を守る守衛(しゅえい)の出迎えを受けて、俺達はリドルトへと帰還した。

 

 

──────────

 

 

「……はい! 確かに依頼の達成を確認しました。それではこちらが報酬になります。次の依頼も頑張って下さいね」

 

 受付で手続きを済ませた俺たちは、少し体を休めようとロビーにある備え付けのテーブルスペースで寛いでいた。

 というのも、エストが俺の体を心配してくれたからというのが大きな理由だが。

 

 彼女曰く、魔力を沢山使った後は休息を摂る! というのが一般常識なんだとか。

 

 未だに魔力の扱い云々(うんぬん)に関しては(うと)い俺だが、慣れている彼女が言うのならそうなのだろうと取り敢えず従っている。

 

 一応、先生な訳だし。

 

「後でラッカルさんの所へお見舞いに行きましょうか、ヒロトさん」

 

 購買スペースで購入したフルーツジュースをこくこくと喉を鳴らして飲むエスト。

 俺は珈琲を注文して、ゆっくりと味わっていた。

 

「依頼達成の報告もあるしな。まあ、適当な土産物(みやげもの)でも見繕(みつくろ)っていくとするか」

 

 そんな他愛もない事を話しながら(くつろ)いでいた俺達だったのだが───

 

「ギルドマスターを……! オルグさんを呼んでくれ!」

 

 いきなり大きな音を立ててギルドの扉が開いたかと思いきや、数人の冒険者達が血相(けっそう)を変えて飛び込んで来た。

 

 その只事(ただごと)ではない様子に、ギルド内に戦慄(せんりつ)が走る。

 職員が(うなが)されるままにギルドマスターであるオルグを呼びに行っている間も彼等は落ち着きを失っており、息もかなり切らしていた。

 

(一体何事だ?)

 

 俺とエストは顔を見合わせると、少し様子を見てみようと視線で会話する。

 

 そこへ慌てた様子で走ってきたミラさんと、その後ろから小走りでやって来たオルグの姿が。

 

 どうやら傷を負っている者も居たらしく、ミラさんが集まってきた職員たちに指示を飛ばして医務室へと運び込んでいった。

 

 そしてその冒険者たちの内の一人。

 ギルドマスターを呼んでくれと切羽(せっぱ)()まった様子で叫んだ彼の前に屈むオルグ。

 

 そんな彼の肩をがしりと掴み、強い意志のある眼差(まなざ)しでこう告げた。

 

「フロウラの森に……魔物の集団が突然現れて……どいつもこいつも、見た事の無いやつだった……!!」

 

 ギルド内がざわめきだす。

 彼の話によれば、本来あの森では見かけない種類の魔物達が現れて、それらの襲撃から逃げ延びて此処へ辿り着いたらしい。

 

 よく見れば、彼の(ほお)にも一筋の傷が出来ている。

 

「……話は後で落ち着いてから聞こう。まずは治療が最優先だ……」

 

 彼の眼を真っ直ぐに見つめながら話を聞いていたオルグは自らの肩を貸すと、その冒険者を医務室へと運び込み、その場に留まっていた冒険者達に一言。

 

 腹の底からの低い声で告げた。

 

「……フロウラの森には今後調査が終了するまでの間、近づく事を禁止する。これは、ギルドマスターである俺の権限を持って命じた事だ。それを(たが)わぬようにな」

 

 そして自らの部屋へと足早(あしばや)に戻ろうとして、どうやら自分を見ている俺達の存在に気が付いたらしい。

 

 近くにいた職員になにやら耳打ちすると、その場を離れていった。

 

「……エスト。これってやっぱり……」

 

「というより、確実に私達の件と同じ事象が原因でしょうね……」

 

 先日のマッドプラント件然り、今回の魔物の襲撃然り。

 どうやら今までには無い事が立て続けに起きているようだ。

 

 と、俺達の元に先程オルグに耳打ちされていた職員がやって来て───

 

「マスターが何かお話したい事があるそうです。先日のお通しした部屋へと来ていただけますか?」

 

 俺とエストはまたも目を見合わせると、オルグが待っているであろうあの円卓の部屋へと向かった。

 

 

──────────

 

 

度々(たびたび)すまない……。だが、君等には話しておくべかもしれないと思ってな」

 

 円卓の部屋には彼と、甲冑(かっちゅう)を見に(まと)った騎士のような人物が一人その隣へ控えていた。

 

 鉄仮面を被っている為にその顔は(うかが)えないが、放たれるプレッシャーがその騎士が只者(ただもの)では無いということを教えてくれた。

 

「……それで、俺達は何でここへ呼ばれたんです?」

 

 俺達を連れてきてくれた職員の一人に促され、俺とエストは対面の席へと腰かける。

 卓上には既に二つの書類が用意されていた。

 

 一つは先日も見た調査隊に関するもの。

 そしてもう一つはある魔物についての情報が記された手配書のようなものだった。

 

 と、二枚目の書類を手にしたエストがいきなりああっ! と大きな声を上げる。

 

「ヒロトさん、ヒロトさん! コレって……」

 

 エストが書類の中央を指で示しているので、何事かと俺も手元の書類に目を通し……

 

白獣(はくじゅう)……? どこかで聞いた事のある名前だな)

 

 俺とエストが二人でその書類について話していると、突然オルグの隣に控えていた騎士がゴホンと咳払いをした。

 

 どうやら話をさせろという事らしい。

 

「いきなり本題を述べさせてもらうとだな。……君等を、今回派遣する調査隊に編入したいと考えているという(むね)を伝える為に、此処へ来てもらった」

 

「俺達を調査隊に……?」

 

 おかしいな。

 派遣する調査隊には青以上の等級を持つ冒険者が選抜される(はず)

 まだ赤等級の俺達をそれに編成しようとするとはどういう了見(りょうけん)だろうか。

 

 そんな事を考えていると、俺の疑問を代弁(だいべん)するかの(ごと)くエストが口を開いた。

 

「お言葉ですがギルドマスター。私達はまだ調査隊に編成されるほどの実力を持っていません。何故このような事を?」

 

 いつもの彼女とは違う、毅然(きぜん)とした態度に呆気(あっけ)に取られているとその質問に答えるように今度は騎士が口を開いた。

 

「オルグ殿は貴殿(きでん)等の能力を買っておられるのだ。駆け出しにして上位の魔物を(ほふ)る事が出来るその能力をな」

 

「……その通りだ。私は、君等のその能力を今回の調査に活かして欲しいと考えている」

 

 理由はこうだ、とオルグは続ける。

 

「まずキリシマ氏。君はミニシアの村から帰還する際に“テレポート”を使用したそうだな」

 

「……!? な、何でそれを……?」

 

 あの時転移したのは門から数百メートル程離れた場所。

 それに、あの場所は門の方向から見ると小高い丘のようになっているため視認する事は出来なかった筈だ。

 

 それらを考慮した上でのあの場所への転移だったが、一体誰が見ていたのだろうか。

 

「この街の門には物見(ものみ)(やぐら)が設置されている。そこに居る監視員の内の一人──ホークという男が君等を視認し、それを私に伝えてくれたのだ」

 

 話を聞けばそのホークという男。

 鳥人(ちょうじん)族という獣人であるらしく、その中でも(たか)の部族の出身であり、生まれながらにとある固有技能を有しているという。

 

 その名も、《固有技能 鷹の目》

 そのままのネーミングだが、その性能はかなり高い。

 開けた土地であれば一キロ先の小石の数をも数えることが出来る、鷹の部族特有の技能だ。

 更に《熱源感知》という一般技能を併用すれば、障害物があったとしても生き物であれば視認が出来る。

 

 どうやら転移した時に、その鷹の目に引っ掛かったらしい。

 

「聞けば“テレポート”は自分以外を対象に設定し、転移させる事が出来るという。君のその技能があれば、負傷した者を直ぐに此処へ送り返す事も可能では無いのか?」

 

「まあ、不可能ではないでしょうけど……。要するに、俺は人命救助要員という訳ですね」

 

 すまないがそういう事になる、と申し訳なさそうに(うなず)くオルグ。

 次にエストの方へ向き直る。

 

「次にシルヴィア氏。君の魔法の(さい)はこの街を拠点とする冒険者の中でもかなり上位に位置すると判断している。あれだけ離れた位置から制御の難しい“フレイム・ジャベリン”での狙撃には恐れ入った」

 

「そ、それを何処で……?」

 

 どうやらエストも見られていたらしい。

 ……というか、確かにあの時エストは俺やコボルト達からかなり離れた位置に馬車を停めていた筈。

 

 更に、幾ら手負いの魔物とはいえかなりの速度で俺に迫っていたのを覚えている。

 それを正射(せいしゃ)必中(ひっちゅう)(ごと)くたったの二発で穿(つらぬ)いたのはやはり彼女の才の高さ故なんだろうか。

 

「そもそも今回の依頼は私が直々に手配した物だ。ベックという者に頼んで色々と工作をしてもらい、バレないようにしたが」

 

「……! なるほど、それなら納得がいくよ……」

 

 彼の話を要約(ようやく)するとこうだ。

 

 まず初めに俺達と仲の良いベックとラッカルを呼び出して、今回の作戦の旨を伝えて協力を要請する。

 相応の報酬も用意するというオルグの話に乗ったベックとラッカルの二人が作戦を考えたらしい。

 

 俺達二人が毎日このギルドへ顔を出す事は分かっていたので、ベックが朝早くからギルドで待機していたらしい。

 そしてラッカルはというと、ベックにアイツは風邪をひいていると嘘をつかせる事で注意を()らし、依頼の為に立ち寄るであろう馬車貸しの店にて待機していた。

 

 そしてベックが依頼を受けさせる事に成功したとギルドから支給された通信用の魔道具に連絡が入ると同時に、馬車貸しの店員に成りすまして応対をしていたのだと言う。

 

 あの時の店員の口調がやけに親しげだったのは、それがラッカルだったからであり、知り合いに敬語を使うのがむず(がゆ)かったからかもしれない。

 

 そして馬車を見送ると同時にもう一人の協力者。オルグの隣に控えている騎士──名前をザウロ=リングレナルという──が、目的地へと向かう俺達を密かに付けていたそうだ。

 

 彼はリドルトの街やミニシアの村などを持ち、大陸の中心に位置する大国。

『アルカゼニア公国』の王都『アイギシュタ』が抱える公国騎士団の中でも屈指(くっし)手練(てだれ)だそう。

 

 現在はその腕を買われて公爵(こうしゃく)家の護衛隊の(おさ)を務めているらしく、今回はオルグ直々の依頼を受けてこの街へとやってきたのだとか。

 

 何でも彼等には昔から深い親交があったらしい。

 

(けど、あの人が跡を付けてたなんて気が付かなかったな。……そもそも、馬車も借りずにどうやって俺達を……?)

 

 エストも同じような疑問を抱いたのか、首を(かし)げてうーんと(うな)っている。

 その疑問に答えるかのように仮面の騎士、ザウロが口を開いた。

 

「私にはとある固有技能がある。それを使って貴殿等を付けていたのだ」

 

 そして鉄仮面を外すと静かに瞑目(めいもく)する。

 現れた顔は茶色い長髪をオールバックにし、目元のシワ深さや額の傷が彼の威厳(いげん)を示している。

 

 と、その時だった。

 

「……!? き、消えた……!?」

 

 突然なんの前触れも無く、ザウロの姿が消えたのだ。

 魔力の反応はなかったし、詠唱も聞こえなかった。

 

 何処だ、と二人で暫く辺りを見回していると不意に背後から声が聞こえてくる。

 

「どこを見ている」

 

「おわっ!?」

 

「ひゃうっ!?」

 

 声がする方へと振り返ると、ゼロ距離でザウロが仁王(におう)立ちしていた為に驚いて思わず椅子から落ちそうになった。

 

 そんな俺達の様子を満足そうに見て、彼はゆっくりと歩きながらオルグの元へと戻っていった。

 

「どうだ? これが私の固有技能、《存在(そんざい)希釈(きしゃく)》だ」

 

《固有技能 存在希釈》。

 自らの存在を概念(がいねん)として(とら)え、限界までその概念を希釈する事で相手が自身の姿を視認出来なくする技能だ。

 

 一般技能に《潜伏(せんぷく)》というものが存在するも、あれは自身の気配を相手に感じ取らせにくくするというものなので、目の前に(おど)り出たり音を立てたりとすればすぐにバレる。

 

 (しか)しながら、この技能が効果を発揮するのは()()()()()()()ではなく()()()()()()()()()()だ。

 つまり、存在と言う概念そのものを希釈する為、いくら相手の目の前で動こうが、どれだけ大きな音を立てようが気付かれないという潜伏系統の技能ではトップクラスの性能を誇る。

 

 そして、その技能の効果は自分の意思で任意の物に付与することが可能である為───

 

「……その《存在希釈》 を使って、自分の乗っている馬車そのものの存在概念を希釈した訳ですか……」

 

「そういう事だ」

 

 考えてみればとんでもない能力だ。

 だが制限(ギアス)もあるらしく、存在を希釈した状態では発動した時点で効果を付与した物にしか触れることが出来ないらしく、その制限によってジェフさんの家の中にまでは入る事が出来なかったらしい。

 

 その旨をオルグに伝え、十分な戦闘データを取る事は出来たと判断し、帰還した彼だったのだが……。

 

「キリシマ殿、まさか貴殿があの短時間で“テレポート”を習得していたとは思わなかった。……だから、私はオルグにその情報を伝える事が出来なかったのだ」

 

 感心したようで、どこか悔しげにザウロはそう言った。

 

 (ちな)みにホークが俺達の転移の瞬間を目撃したのは本当に偶然(ぐうぜん)だったらしい。

 実際突然出現した生体反応に彼も腰を抜かしたのだそうだ。

 

 ……悪い事をしてしまったな、ホークという監視員には。

 

「……さて、話を本題へと戻すが……。君等にはどうしてもこの調査隊に加わって欲しい。無茶な事を頼んでいる事は重々承知だが、君等の存在が事を大きく左右すると私は考えている」

 

 ふと、先日去り際に彼が俺達に掛けた言葉を思い出す。

 

『まあ、何だ。……君達が無事で何よりだった』

 

 ぶっきらぼうな様だが、彼はギルドマスターとしてこの街の冒険者達を大切に思っていた。

 そんな心を持つ彼が、先程駆け込んで来た冒険者達を見た時に何を思ったのかは想像に(かた)くない。

 

 俺は隣に座るエストに目を向ける。

 ……成程(なるほど)、もう答えは決まっているらしい。

 

 強い意思の宿る眼が、何よりもそれを物語(ものがた)っている。

 

「分かりました。……俺達も、その調査隊に合流します。いえ、させて下さい」

 

 深々と頭を下げた俺達。

 数拍置いて、オルグの口が開かれる。

 

「礼を言おう、勇敢(ゆうかん)な冒険者達。……君等にはまた何らかの形で謝礼をしよう」

 

 そう言うと、オルグは仏頂(ぶっちょう)(づら)を崩して優しく笑った。

 

 そして、この時を(もっ)発足(ほっそく)した。

 冒険者ギルド、リドルト支部において()()()()()()()の冒険者達による調査隊。

 

『フロウラ連合調査隊』が。

 

 街とそこへ住まう人々を守る為に───。




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#14 四人の冒険者たち

 ───宿の食堂の一角にて。

 

 他の冒険者や旅人達が会話を楽しみながら食事をしている中で、頭を抱える者たちが二名。

 

「どうしましょうか……」

 

「そうだなぁ……」

 

 数刻(すうこく)程何かを考えて、溜息を吐く。

 俺とエストはオルグからの頼みを受け、特例で調査隊へと編入される事になったのだが……。

 

 その後、彼とその傍にいた騎士ザウロから受けた説明を思い返しては、これからどうしようかと頭を悩ませていたのだった。

 

 

──────────

 

 

 オルグの真剣な思いに打たれ、フロウラの森へと向かう調査隊へ参加することを決めた俺達は、詳しい説明を受ける事になった。

 

「では先ず今回編成する人数についてだが……。我々ギルド上層部が選抜した冒険者二十名と、ザウロが手配してくれた公国騎士が六名の、計二十六名での調査になる」

 

 そしてその内訳を詳しく説明すると、大部分の戦闘を担う戦闘要員が冒険者十二名と騎士四名。

 回復や強化などを行う支援要員が冒険者四名に騎士が二名。

 そして最後に食料や予備の武器等を運搬する雑用係のような者に残りの四名の冒険者が充てられている。

 

 エストは魔法を行使して戦う戦闘員として。

 俺は名目(めいもく)(じょう)戦闘員としての編入だが、いざという時に“テレポート”を行使する支援役も務める事になる。

 

 そして当日行動を共にする騎士の中にはザウロも含まれているらしく、彼が調査隊の陣頭(じんとう)指揮を執るそうだ。

 

「作戦期間は三日を予定しているが、必要に応じて変更も考えている。……今回の調査の本題はこの森に白獣(はくじゅう)が住み着いたかどうか、だ。仮に遭遇しても、直ぐに戦闘を開始するなとは皆に伝えている」

 

 そこまで説明をすると、あとは任せたとオルグはザウロに目配(めくば)せをする。

 どうやらここからは彼の管轄(かんかつ)らしい。

 

「万が一白獣との戦闘に発展してしまった場合についてだが……。そこで重要になってくるのが君の能力だ、キリシマ殿」

 

「俺の能力……ですか?」

 

「そうだ。君の“テレポート”と私の固有技能を合わせて使用し、確実に撤退を遂行する」

 

 白獣は名の通り獣系統の魔物だ。

 その中でも犬型のカテゴリーに分類される白獣は、他の種族とは比較にならない鋭い嗅覚(きゅうかく)を有しており相手の気配に敏感(びんかん)だという。

 

 つまり(いく)ら隠密な行動を取るとはいっても、白獣に発見される可能性はゼロではないのだ。

 当初オルグはザウロの持つ《存在(そんざい)希釈(きしゃく)》を活用し、少数精鋭での調査を予定していた。

 

 だが、少人数では万が一戦闘状態に突入した場合に戦力不足になる事が懸念されていたのだ。

 

 何せ向かうのは森の深部。

 敵の数も強さも段違いに上がっている。

 

 なら遭遇しなければいい話だ、という者も居たが《存在希釈》を維持する為には研ぎ澄まされた集中力を保ち続ける必要がある。

 ずっと発動させているままにしておけば、みるみる内に精神力が削がれてしまい、肝心な時に発動させられなくなるという事態が容易に予想出来た。

 

「そんな時に現れたのが貴殿(きでん)だ、キリシマ殿」

 

 “テレポート”を使える者。

 つまり、俺の存在が作戦を大きく変えたというのだ。

 

《存在希釈》だけでは、匂いを完全に消す事は出来ないため白獣に発見される可能性があったが、俺が居る事で安全に撤退出来る可能性が大幅に上昇した。

 

 それに、彼等は俺の魔力のキャパシティを把握(はあく)していないので知らないようだが、あの時の“テレポート”は馬車と多くの荷物を転移させても魔力が少し減っただけで、まだまだ余裕があった。

 

 つまり、ある程度固まった位置に集まっていれば、一気に全員を転送する事も可能だということだ。

 

「何度も言うが、今回の作戦はあくまで調査が目的だ。奴の存在が明らかになった暁には、王直々に騎士団を派遣されるご意向だ」

 

 なら安心だ、と息を吐く俺とエスト。

 そんな俺達を見るオルグとザウロの表情は少し(けわ)しいものだった。

 

「調査の開始は五日後の早朝だ。それ(まで)に必要な装備等を揃えておいてほしい。……それと」

 

 

──────────

 

 

(期限までにもっと強くなれ……か)

 

 確かにオルグやザウロは、俺とエストの能力を高いと評価していたが、それはあくまで一般の魔物を相手にした場合のみだ。

 

 今回退治するのは、国から正式に指名手配を受けている賞金首のモンスター。

 一国の騎士団を動かす程の相手に立ち向かうのだから、能力をまだまだ向上させる必要があるというのは最もだろう。

 

 そう、最もなのだが……。

 

「たった五日で深部の魔物と渡り合えるようになるって、結構無茶な話ですよね……」

 

 エストは勿論、神様から力を授かっている俺であってもそんな短い期間で強くなるのは不可能に近いだろう。

 

 となれば残された手段は一つのみ。

 至極(しごく)単純(たんじゅん)な事だが、強くなる為にはこれが一番早いだろう。

 

「ひたすら新しい魔法を覚えまくって、手数を増やすしかないな。エストもまだ覚えてない魔法とかあるのか?」

 

「そうですねぇ……まだ、水属性の魔法や火属性の魔法で覚えていないものもありますし……」

 

 俺もエストも、まだまだ成長の余地(よち)はある。

 その後も話し合った結果、明日から早速開始することになった。

 

 

──────────

 

 

 翌日、朝早くにギルドの前へ到着した俺達は、とある人物に遭遇した。

 今回の調査隊に俺達を編入させた、影の功労(こうろう)者達である。

 

「お、ヒロトにエストじゃねぇか!」

 

 ベックとラッカルが入口で大手(おおて)を振っているのが見える。

 イラッときた俺は彼の元まで行くと、引きつった笑顔を見せて。

 

「元気そうで何よりだなぁ! おい、てめぇら一発殴らせろ!!」

 

 殴りかかった──が、落ち着いてください! と、俺の腕をエストがホールド。

 まあまあと(なだ)めるようにラッカルに肩をポンポンとされ、更にイラッとした。

 

「いや、ホントその事に関しちゃ悪かったな。でも、オルグさんにはいつも世話んなってるし、断る訳にもいかなくてよ……」

 

 ベックがすまねぇ! と頭を下げて、ラッカルも同様に俺達へと謝罪した。

 と、そんなベックの手に一枚の紙が握られているのに気が付く。

 

 俺は肩に置かれたラッカルの手を素早く払い除けると、一気に後ろへ飛び退いて臨戦態勢──どちらかと言えば逃げる為の──をとる。

 

 何事ですか!? とエストが飛び退いた俺を怪訝(けげん)そうな目で見るも、自分もその存在に気がついたらしい。

 

 ジリジリと後ずさりながら、腰のワンドに手を掛けている。

 

「な、何だよ! そんなに警戒しなくても良いだろ!?」

 

 焦るベック。

 そんな彼を見て、どうやらラッカルは気が付いたらしい。

 

「ベック。その紙のせいだと思うよ」

 

「えぇ? ……あ、これか」

 

 ベックは自分の手に握られた紙を(ふところ)に仕舞い込むと、ちょっと着いてきてくれねぇか? と俺達を促す。

 

 一瞬なんのつもりだろうか、と顔を見合わせた俺達だったが、今回の彼等にそんなつもりは無いらしい。

 

 素直にそれに従うと、ギルドの中へと入った。

 

「……それで、今日はどうしたんだよ。こんな朝早くに」

 

 ギルドの一角に備え付けられたスペースに俺達は腰掛けると、俺はそんな疑問を投げかける。

 

 ベックとラッカルも俺達同様、赤等級の冒険者である訳だが、普段彼らは昼過ぎから仕事を開始するのが日課になっていたはず。

 

 それがどう言う訳か、こんな朝早くにギルドに来ている。

 俺が警戒した理由にはこれも含まれていた。

 

「ヒロト達にはまだ言ってなかったけど、実は僕達も調査隊に参加する事になったんだ」

 

 まあ荷物持ちだけどな、と説明するラッカルの隣から皮肉(ひにく)めいたように呟くベック。

 

 どうやら荷物の運搬をする冒険者は、元々赤等級の冒険者から選抜する予定だったらしい。

 俺達二人が選抜される少し前に、オルグから編入の届けを受け取っていたようだ。

 

「それで、ここからが本題なんだけどね。調査隊に参加した以上、深部の魔物とある程度は戦えるようにならなきゃいけないでしょ?」

 

「仮に荷物持ちだとしても、もしかしたら戦闘に参加しなきゃならねぇ場合もあるってオルグさんは言ってたんだ」

 

 確かに、そんな状況もあるかもしれない。

 そう考えてみると、荷物持ちに業者ではなく冒険者を選抜したオルグの判断はそれを考慮しての事だったのかもしれない。

 

「この間ミラさんに聞いたけど、深部の魔物は僕達赤等級が何人か束になって勝てるかどうかのレベルだって言ってた。ならせめて、戦ってくれる青以上の人達の援護ぐらいはしたくってさ」

 

 ラッカルの説明に補足を入れておくと、深部の魔物は青等級の冒険者が二人がかりで(ようや)く倒せるレベルだ。

 

 しかし例え赤等級であっても、そこへ援護の手が入れば戦況は少しぐらい良くなるかもしれない。

 彼等の考えていた事は、実に先を見て判断された事だった。

 

(要するに、此処へ来た目的は同じって訳か)

 

「でだ。どうせならお前達も一緒にどうかな、って思ってあそこで待ってたって訳よ」

 

「それってベックさん達と一緒に依頼を受ける……って事ですか?」

 

 その通りだよ、とラッカルが続ける。

 

「何時もの僕達が受ける依頼じゃなくて、一つ上のランクに挑むんだ。二人じゃダメでも、四人ならきっと勝てる筈だしね」

 

「お前らも大体目的は同じなんじゃねぇの?」

 

 そう言うと、ベックは差し出してくる。

 

(こっちとしてはデメリットは無いし、一ランク上の魔物と戦えるなら、断る理由は無いよな)

 

 森の深部の魔物は強力だ。

 そんな奴らと一戦交える可能性があるのなら、此処でその強さを体感しておくべきかもしれない。

 

 俺はベックが差し出した手を握り、

 

「よし、じゃあ一緒に行くか。エストもそれで良いか?」

 

「勿論です!」

 

「決まりだな! となりゃ、早速出発するぞ!」

 

「そうだね、ベック」

 

 おおー! とまだ人の少ないロビーに、四人の冒険者達の声が響き渡った。




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#15 疾駆の少女

「よし、到着だな。……一旦休憩するか」

 

 馬車を駆ること三十分。

 俺達四人は今回の依頼を達成すべく、街から東に離れた遺跡群。

『イスタル古代遺跡群』へ、足を踏み入れていた。

 

 約数千年前の遺跡だとされている此処は、各国の考古学者達が総出で調査をした所、この国だけでなく大陸全土に広がる超巨大都市であったことが既に明らかになっている。

 

 この遺跡もその痕跡(こんせき)の一つなのだがある魔物が住み着いて以来、凶暴な魔物達の住処へと姿を変え、遺跡を調査する人間も立ち入ることが難しくなってしまったのだとか。

 

 ただ、この遺跡にある物はそこまで貴重なものでは無いらしく、ゆっくり時間をかけて魔物達の数を減らしていけばいいとの判断に至ったようだ。

 

「──で、その住み着いた魔物っていうのが」

 

「ストーンゴーレム。精霊達の残滓(ざんし)が創り出した岩塊の精霊の紛い物だね」

 

 ラッカル曰く、そもそもゴーレムと呼ばれる魔物達は一様に無機物が意志を持って動き出した物の事を言うらしく。

 

 岩や鉄、魔石に大木など様々な種類が存在するのだが、ゴーレム達を形成するのはその無機物と精霊達が寿命を終えた後、その場に残るとされる『精霊の残滓』が溶け込む事で起こる現象なのだとか。

 

「要するによ、アイツらは精霊の死骸で動かされてるって訳だ」

 

「言い方は悪いけど……まあ、ベックの言う通りだよ」

 

 だが、幾ら精霊の力が働くといっても所詮紛い物の無機物だ。

 元々意思を持たない彼等は自我をほとんどの場合持ち合わせていない。

 

 だから、目に入る物を壊し続ける。

 

(それで遺跡の調査員は入れなかったのか)

 

 俺の思い浮かべるゴーレム像は、温厚で物静かで。

 人との共存を図るような優しい魔物だと思っていたのだが。

 

 実際の世界では随分と違うらしい。

 

「でも、精霊術士さん達は疑似ゴーレムを創り出したり出来ますし、全てが敵対しているかといえばそうじゃないですね」

 

「へぇ、ゴーレムって創れるのか」

 

 ゴーレムの事も気になるし、今度その精霊術士さんとやらを探してみるか。

 

「っと、長居し過ぎたな。そろそろ向かおうぜ」

 

 ベックが腰に括りつけたガントレットを装着し、ガツンと拳を打ち合わせる。

 それを合図に俺達も立ち上がった。

 

「目指すは遺跡中心部。ストーンゴーレムだ!」

 

「「「おー!!!」」」

 

 

──────────

 

 

 ヒロト達一行がストーンゴーレムを討伐するため、遺跡中心部へと進み始めたその頃。

 その(くだん)の中心部では、一人の少女があるものに追われていた。

 

 頭の後ろで無造作に結われた銀髪を揺らし、強い光を点した黄金色の目で前を捉えている。

 

(早く、早く逃げないと……!!)

 

 背後から地に響く程の轟音が迫ってくる。

 少女はその小さな体躯(たいく)を活かして入り組んだ瓦礫の中を逃げていく。

 

 しばらく逃げていると、迫る音は徐々に遠くなっていく。

 

(逃げ切れたか……?)

 

 だが、油断したのが良くなかった。

 

 瓦礫の隙間を抜けた瞬間。

 

「ガルルッ!!」

 

「──ッ! コボルトまでッ!!」

 

 少女の右から二体のコボルトが飛び出してきた。

 それをすんでの所で躱した彼女は腰に携えた双剣を引き抜き、地を蹴った勢いそのままに回転。

 

 その腹を切り裂き、絶命させた。

 

(急げっ!!)

 

 凄まじい速度で駆けていく少女。

 中心部の出口が見え、安堵(あんど)したのだろうか。

 ふぅ、と息を漏らし───

 

(──なっ!?)

 

 突如背後から吹き荒れた突風に大きく吹き飛ばされ、地面に体を叩きつけられた。

 痛みに顔を(しか)めながらも何とか立ち上がろうとする彼女だったが、その足が思うように動かない。

 

 更には──

 

「……うっ……!!」

 

 突然体に走った激痛に、完全に体から力が抜け落ちてしまう。

 ボタボタという嫌な音に、思わず(つむ)った目を開けると。

 

(……血……)

 

 立ち上がろうとした時に、折れていた(あばら)の骨が肉に突き刺さったらしい。

 彼女は吐血していた。

 

 前方からはズシリと重い足音が近付いてくる。

 

(ああ、もう終わっちゃうんだな。あたしの人生……)

 

 薄れゆく意識の中で、彼女は死を覚悟した。

 

「────ッ!!!!」

 

 遺跡に響き渡るゴーレムの咆哮(ほうこう)を聞きながら。

 

 

──────────

 

 

 ──その数刻前。

 

「おい、何か今すげえ音しなかったか!?」

 

 中心部へ向かう途中。

 突如目指す方向から聞こえてきた大きな音に、俺達はその足を止めていた。

 

「もしかして、ゴーレムが暴れているんでしょうか?」

 

「だとしたら奇襲は難しいな。……正面突破しかないか」

 

 ラッカルが高所へと向かうぐらいの時間は稼げるだろうか。

 と、その当のラッカルが前方を見ながら驚きの声を上げた。

 

「み、皆! 女の子がっ!!」

 

 前方を指さして俺達に訴えるラッカル。

 どうやら視覚支援の魔法を使って前を伺っていたらしく、それを使っている時に何かを捉えたらしい。

 

「何、女の子がどうしたんだ?」

 

「襲われてるんだっ!! 急がないとっ!!」

 

 

──────────

 

 

「ラッカル!! 敵の位置を教えろっ!!」

 

「前方数十メートル! ヒロトから見て少し東だ!」

 

 中心部へと続く道を全力疾走。

 ラッカルが使用した速度強化魔法、“ギア・アクセル”をフル活用し、凄まじい速度で襲われているという少女の元へと向かう。

 

 それと同時に自分の後方へ魔方陣を展開、術式と方陣を高速構築する。

 狙うは今まさに拳を振り下ろさんとするゴーレムの腕。

 

 その狙いに気が付いたのかエストも方陣を展開し、ベックは俺たちが走るひとつ後ろでガントレットに何かを唱え始めた。

 

(くそっ、間に合うかっ!?)

 

 前の世界にいた頃には想像だに出来ないほどの速度で駆けているが、それでもゴーレムが振り下ろす腕の速度には追い付けない。

 

 と、先程から背後でガントレットに何かを吹き込んでいたベックが速度を上げて俺の背後へピタリと付いた。

 

「ヒロトっ! 俺が合図したらそのままの体勢でジャンプしろっ!」

 

「ッ! 分かったっ!」

 

 そしてベックは俺の背後に付いたまま、両手をグッと前へ突き出す。

 

「今だっ!」

 

「───どわっ!!」

 

 合図とともに跳躍、宙に浮いた俺の両足にベックの両拳が触れる。

 

「ぶっ飛べ───!!」

 

 一気に振り抜かれた両拳。

 その勢いのまま、俺の体は風を切りながらゴーレムの元へと飛んでいく。

 

(狙いは一点集中。 俺の持てる最大級の威力で奴の腕を吹き飛ばす───!!)

 

 背後に展開した方陣を、突き出した両手に移動させ駆動。

 酷く軋むような音を立てながらも、方陣に宿る光はその強さを増していく。

 

「“(いなな)け、神罰の雷よ! その威を以て突き穿て──ライトニング・ディヴァイン!! ”」

 

 放たれた極太の雷。

 方陣によって生み出された回転を帯び、目で追う事がやっとの速度で敵へと飛来する。

 

 聖属性()()()魔法“ライトニング・ディヴァイン”

 最上級、という冠詞が付く通り、人類が発明した聖属性の最高位に位置する魔法。

 

 その威力は並の要塞ならば容易(たやす)く貫き、古代の賢者が大海を割った際に使用したとの逸話もある、まさに“神罰”の一撃だ。

 

 俺はこの魔法を、ギルドの古文書をこっそり読んだ時に見つけて以来、密かに練習を重ねていた。

 .勿論、そこらで放ってしまっては大騒ぎになるので、詠唱と魔力のコントロールのみで練習を行っていたが。

 

「────ッ!?」

 

 突然目の前に現れた死の一撃。

 ゴーレムは本来覚えるはずのない恐怖を感じたのか、即座にその場から離れようとしたが──

 

 ゴウッという音と共に、その雷がゴーレムのに直撃し、岩石で構成されたその体は僅かな抵抗すら許されること無く穿たれた。

 

 それと同時に、辺り一面が思わず目を瞑ってしまうほどの光と体が浮くほどの豪風に襲われ、宙に浮いていた俺は勿論の事、その遥か後方を走っていた三人も大きく吹き飛ばされる。

 

「がっ───!」

 

 地に足の付かない状態で、俺は前方から飛んできた物体と衝突して──

 

 吹き荒れる風に巻き込まれたまま、中心部から大きく離れた大きな岩壁に激突した。

 

(やばい......意識が......)

 

 

──────────

 

 

「......痛てて......だ、大丈夫か? 2人とも......」

 

 幸い大きな怪我は無いのか、ゆらりとベックが立ち上がる。

 それに少し遅れて、エストとラッカルも立ち上がった。

 

「ぐっ......ヒ、ヒロトは、何処に......?」

 

 ラッカルは腕を骨折したのか、だらんとなった右腕を支えながら辺りを見回す。

 

「ラッカルさん! あまり動いちゃダメですよ! 私達で探しますから、休んでてください!」

 

「ご、ごめん。そう......させてもらうよ......」

 

 ラッカルを気遣うエストも体に擦り傷や切り傷を作っているが、そこまで重傷ではない。

 と、そんな彼らの耳に小さく声が聞こえた。

 

「......い......しっか......!」

 

 途切れ途切れだが、その声の主が酷く焦っているということは容易に理解出来る。

 

「向こうからです! ベックさん、行きましょう!」

 

「おうっ!」

 

 まだ少し痛む体に鞭を打ち、声のする方へと駆けて行く二人。

 そして到着すると──

 

「おいっ! しっかりしろよ! おいっ......!」

 

 先程ゴーレムに襲われていた少女が、その双眸(そうぼう)に涙を浮かべながら何かを揺さぶっていた。

 そして揺さぶられているのは、右腕が真逆に折れ曲がり、口から大量に吐血した大翔だった。

 

「─ッ!? ヒロトさん! しっかりしてくださいっ、ヒロトさんっ!!」

 

「お、落ち着けエスト! ......すまねぇ、少し離れててくれ」

 

 動揺するエストを宥め、揺さぶっている少女にそう言うと、ベックは大翔の首元に指を添えて脈を取る。

 

「......まだ脈はあるみてぇだ。 けど、ここから街へは時間が相当時間が掛かっちまう......!」

 

 幸い命はまだある。

 しかし、危険な状態である事に変わりは無かった。

 

 と、その時だった。

 

「......ぐっ......!」

 

 突然大翔の体がドクンと脈動したかと思えば、意識を取り戻した彼が左手を使って起き上がり始めたのだ。

 

「ひ、ヒロト......? お前、大丈夫なのかよ......!?」

 

 目の前で起きている信じられない光景に、ベックは言葉を失う。

 本来なら死にかけの状態のはずの彼が、動きは鈍いもののまた動き始めたからだ。

 

 

──────────

 

 

(痛って......やばいな、右腕の感覚がないぞ......)

 

 未だぼんやりとした視界で目の前にしゃがみこむ誰かの姿を捉え、少しづつ体を起こす。

 

 どうやら俺は生きているらしい。

 ......とても無事と言える状況ではないが。

 

「ヒロトさん......っ!」

 

 声が聞こえる。

 少しづつ回復してきた視界の端に、今にも泣き崩れそうなエストの顔が見えた。

 

「ごめん。無茶したみたいだな......」

 

「無茶なんてもんじゃねぇよ! お前も俺達も、そこの女の子も、全員死ぬとこだったんだぞっ!!」

 

 怒ったベックの声が、耳に響いて思わず顔を顰める。

 

「ああ、ごめん......。そうだ、ラッカルはどうしたんだ......?」

 

「アイツは腕の骨折っちまったよ。お前程じゃねぇから安心しろ」

 

「それ、安心しても良いのかよ......」

 

 傍から見れば、この状況でそんなに無駄口を叩けたものでは無いのだが、俺が生きていたということで余程安心したらしい。

 

 ベックは俺を見て困ったように少し笑い、エストは先程から泣きじゃくっている。

 

「......っと、まずはこの腕を治さないとな......」

 

「お前、回復魔法も使えるのか?」

 

「一応な。でも、まだ完全じゃないから応急処置程度にしかならないだろうけど......」

 

 魔力は既に全快している。

 あれだけの大魔術を行使したのだから、暫くは魔力が欠乏した状態になるのかとも思ったのだが、魔力回復の速度も凄まじく早いらしい。

 

(うわぁ......こいつは酷いな......)

 

 俺は少し顔を顰めながらも無事な左腕をぐにゃりと折れ曲がった右腕にかざすと、静かに詠唱を始めた。

 

「癒しの光よ、傷を癒したまえ──“ヒール”......!」

 

 光が負傷した箇所を包み込む。

 

 そして、その光が引く頃には右腕の感覚が戻り、折れ曲がっていた腕は元の形へ戻っていた。

 

 戻っていた、のだが.

 

「痛てててててっ! やばい、中途半端に治したからめちゃくちゃ痛てぇ......!!」

 

 骨折自体は回復していない上に、鈍くなっていた右腕の感覚が回復した事で、先程まで感じていなかった腕の痛みが急に俺を襲う。

 

「もう一回......! “ヒール”!」

 

 もう一度淡い光が右腕を包み込み、何とか痛みは和らいだ。

 

「......っと、ラッカルも治してやらないと......」

 

 ラッカルも先程の俺と同じく痛みに苦しんでいるであろう。

 そして起き上がったところで気が付いた。

 エストとベックの他に、俺の目の前で状況を呑み込めないまま座り込んでいる少女が居ることを。

 

「えっと......君、名前は?」

 

「......イリア。 イリア・ミテラストだ」

 

 イリアと名乗った少女は少し俯きながら、続ける。

 

「何で......何でアタシを助けたんだ? 何の関係もないのに、そんな大怪我までして......」

 

「何でって、言われてもな......あの時は必死だったし、思い出せないな」

 

「思い出せないって──」

 

「でも」

 

 俺の言葉に言い返そうとしたイリアの発言を遮る。

 

「目の前で殺されそうになってる人を見て、助けない理由がないだろ?」

 

「......!」

 

 驚いたような表情で固まる少女。

 少し俯いて、もう一度顔を上げると。

 

「......助けてくれて、ありがとうございました」

 

 耳を赤くしながら、ボソリと呟いた。

 

 そんな彼女の様子を見て俺達は顔を見合わせる。

 皆の顔は、一様に“助けられてよかった”という安堵と達成感に満ちていた。

 

「よし。 取り敢えず街へ戻ろうか。 イリアも一緒に来るか?」

 

「えっ......良いのか?」

 

「見た感じ、一人きりみたいだし.結構、怪我してるでしょ?」

 

 長い時間、ゴーレムに追われていたのだろう。

 装備している胸当てや篭手は傷だらけな上に所々ヒビが入っているし、彼女自身も頬や腕などに切り傷や痣が見受けられる。

 

 この場で“ヒール”を使うのも手だが、緊急を要さないのなら教会のプリーストに見てもらった方が良いだろう。

 

「そ、それじゃ......そうさせてもらおうかな」

 

「よし、じゃあ行こうか。 ゴーレムを倒した以上、ここに長居することも無いだろうし」

 

 2人もそれに同意し、俺達は遺跡を離れようとして──

 

「......ねぇ。 僕のこと忘れてない?」

 

「「「あっ」」」

 

 街へ帰る途中、拗ねてしまったラッカルの機嫌を直すのは、ゴーレムを倒すよりもずっと大変だった。




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#16 イリアの理由

「お、帰ったな二人とも! 今日は何をして......お前ら、ホントに何してきたんだ!?」

 

 宿屋に着くとアルバーさんが出迎えてくれたのだが、あまりにボロボロな俺達の服装を見て心配そうに駆け寄ってきた。

 

 それもそのはず。

 幾ら教会で治療を受けて帰ってきたとはいえ、装備していた防具や下に着ていた服が総じて壊れていたり穴が空いていたりと、普通ではなかったからだ。

 

「あはは......ちょっと無茶しちゃいまして......」

 

「......」

 

 笑って誤魔化す俺を、エストが黙って睨んでいる。

 馬車に乗っている間も暫く泣いたままだったからか、その目尻はほんのりと赤くなっている。

 

「そうみたいだな......まあ、お前らが無事ならそれで良いけどよ」

 

 そう言って少し呆れたように笑ったアルバーさんは、「取り敢えず風呂の用意してやるよ」と奥の部屋へ歩いていった。

 

「......と、取り敢えず部屋に戻ろうか、エスト」

 

「......ヒロトさん」

 

 そそくさと部屋へ向かおうとする俺の服の裾を、エストがぎゅっと引っ張った。

 その力が以前よりも強いことから察するに、どうやら彼女は怒ってらっしゃるようだ。

 

 ......まあ、あの魔法を行使した事で俺もエストも怪我をした訳だから、怒られて当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 俺は素直に謝ろうと、エストの方へ振り返って──

 

「......エスト?」

 

 彼女が泣きそうになっている事に気が付いた。

 だが、先程のような泣き方ではない。

 

 静かに、少しの涙を瞳に浮かべて、振り返った俺の目を真っ直ぐに見つめていた。

 

「......私、怖かったんですよ......」

 

「......ごめん。 あんな魔法使ったせいで、エスト達にも怪我させちゃってさ」

 

 謝る俺の言葉に、「そうじゃないんです」と首を振るエスト。

 彼女は俺の右手に自分の両手を優しく添えると、少しだけ力を込めで握る。

 

「......あの時、大怪我をしたあなたを見て、とっても怖くなったんです。 このまま、あなたが死んでしまうんじゃないかって」

 

(......そうだ。 俺の怪我が一番ひどかったんだよな)

 

 直ぐにヒールで治してしまったから忘れていたが、エスト達が俺を発見した時にはそれはもう凄惨な光景だったらしい。

 

 心配させてしまった事に申し訳なさを感じていると、彼女が手に込める力がまた少し強くなった。

 

「......今度からは絶対に無茶しないでくださいね? 私も、ヒロトさんが無茶しないように手助けしますから」

 

「......うん。 なるべく頑張ってみるよ」

 

「なるべくじゃダメです」

 

「......はい」

 

 言い返す言葉もない。

 

「......はい、お説教終わりですっ。 ヒロトさん、お部屋に戻りましょ」

 

 俺をひとしきり叱って満足したのか、少し項垂れた俺の右手を引いて彼女は歩き出した。

 

 

──────────

 

 

 部屋に戻ると、俺はまず右手の様子を確認した。

 教会のプリースト曰く、神経系や魔力回路への異常は無いので安心してください、との事。

 

 自分で触ったり、動かしてみたりする分にも違和感は無いので取り敢えず回復したとみていいだろう。

 

(けど、あの魔法は暫くは封印だな。まだまだ魔力の扱いもマスター出来てないみたいだし......)

 

 ゴーレムに対して放った“ライトニング・ディヴァイン”だが、本来あの様な爆風を起こすような魔法ではない。

 

 恐らく無意識的に必要以上の魔力を流し込んだことで魔法が暴走し、あの様な威力になったのだと考えられる。

 

(明日は休もうか。 エストも疲れただろうし、俺ももっと魔力コントロールの練習を積まないと......)

 

 ボロボロになった服を紙袋に纏めながら、明日の予定について考える。

 

 因みに、ボロボロになった防具や服は、古着屋に持っていくことでその素材や状態に応じた貨幣に換金してもらえる。

 どうやらそれらを再利用して、別の物品を作り出す業者が存在するらしい。

 

 いわゆる、『もったいない』の精神なのだろう。

 

「......さて、風呂入ったらもう一回教会に行かないとな」

 

 普段着に着替え、俺はそのまま部屋をあとにした。

 

 

──────────

 

 

 リドルトの街には教会と呼ばれる建物が一つ存在する。

 この国では主に、『創世神教』と呼ばれるこの世界を作った創世神サハトを崇める宗教が信仰されている。

 

 その為、この街に存在する教会もその『創世神教』を信仰するプリーストや神父らが従事しており、街の人々の心の拠り所となっている。

 

 また、教会に従事するプリーストによる無償の治療も行われており、冒険者たちにとっても馴染みの深い場所だ。

 

「そろそろあの子も治療が終わった頃だよな」

 

「私ビックリしましたよ。 まさか(あばら)を折っていたなんて......」

 

 あの子とは、先程助けた銀髪の少女、イリアの事だ。

 

 どうやら見た目以上に内部の損傷が激しかったらしく、教会のプリーストに診察されている途中で、「あなた、よく歩いてこられましたね」と驚愕されていた程だ。

 

 そして治療には時間を要する、とプリーストから説明を受けた俺達は、一旦宿へ戻って自分たちの服装を整えてからまた訪れることにしていた。

 

 教会の扉を開けると、奥にある治療室へと少し急ぎ足で向かう。

 ノックして開けてみると、腕や太腿(ふともも)に包帯を巻かれて切り傷や擦り傷の消毒を受けているイリアの姿があった。

 

「あ、ヒロトにエスト。 もう戻ってきてくれたのか?」

 

「ああ。 ......怪我の調子はどうですか? マカトさん」

 

肋骨(ろっこつ)の怪我についてはほぼ完治しました。 とはいえ、(しばら)くは血液が足りていませんので前衛に出られるのは控えた方が良いかと」

 

 そう言って消毒したイリアの傷口に布をあてているのは、この教会のプリースト。

 マカト=スーシーさんだ。

 

 マカトさんはこの教会に従事するプリースト達を束ねている修道士長であり、その証である洗礼名を彼は受けている。

 なので、“マカト”という名は本名ではないらしい。

 

「しかし、よくゴーレムに襲われてご無事でしたね」

 

「ううん。......あたし一人だったら、きっと今頃殺されてたよ。 そこをヒロト達が助けに来てくれたんだ」

 

「私達はゴーレム討伐の依頼を受けてあの遺跡へやってきていたんですけど、まさか既に誰かが戦っているなんて思いませんでしたよ」

 

 あの時、俺達が襲われているイリアを助けられたのは全くの偶然が重なった結果だった。

 現に、俺達があの依頼を受けていなければイリアは今ここに居ないだろう。

 遺跡の床に張り付いていたかもしれない。

 

「それは幸運でしたね。 貴女の日頃の行いが招いた結果でしょう、良かったですね」

 

「えへへ......」

 

 マカトさんにそう言われて少し照れたように笑うイリア。

 

 そんな彼女の姿を見て、俺はある一つの疑問が頭の中に生まれたのを感じた。

 

「......なあイリア。 君はなんであの遺跡に居たんだ? とても一人で潜り込めるような場所じゃないと思うんだけど」

 

 その問いかけに、さっきまで笑っていたイリアの顔が曇った。

 そして、どこか悲しげにしながら、彼女は自らの懐から一本の花を取りだした。

 

 ゴーレムと逃げ回っている間に服に()れてしまったのか、その花弁はくしゃっとなっているが、淡い青色がとても綺麗な花だ。

 

「......あたし、遺跡の近くの村で用心棒やってたんだ。 でも......」

 

 少し目を伏せ、イリアは続ける。

 

「ある日、村の女の子が病気になったんだ。 その子、こんなあたしと凄く仲良くしてくれて。 ......その病気、普通の治療法じゃ治らないって言われて」

 

 彼女の声が震えだし、マカトさんがその背を(さす)る。

 花を握る手も、力が込められて震えている。

 

「そこに、行商人が来たんだ。 それで、そいつらはその病気を治せる薬を持ってるって言ったから、あたし頼んだんだよ。 ......けど」

 

 ......行商人は、彼女の願いをまともに聞こうとしなかった。

 イリアが用心棒をしていた村は、この国の中でも貧しい部類の村だ。

 そんな村に、治療薬を買えるだけの資産があるとは行商人も考えていなかったのだろう。

 

「だから、金を稼ぐ事にしたんだ。 それで村に来た冒険者から聞いたんだよ」

 

 すっかり(しお)れてしまった花を眺めるイリア。

 と、その花を見たマカトさんが思い出したように呟いた。

 

「“アスルの花”......ですね。 香料として王族達にも重宝される高級品。 それを、あの遺跡に取りに行ったのですね?」

 

 コクリとイリアは頷く。

 

「この花をアイツらに売り付ければ、きっと病気を治す薬が手に入ると思ったんだ」

 

 そして彼女は見事に“アスルの花”を見つけ出し、それを採集していたのだが......。

 

「......その途中でゴーレムに襲われたってことか」

 

「遺跡深部はゴーレムの縄張りですからね......」

 

 と、マカトさんがそんなイリアにある現実を告げた。

 

「......イリアさん。 その薬がどの程度の金額の物なのか、私には測りかねます。ですが、“アスルの花”一本程度ではそんな大金にはならないのです」

 

「......!? そ、そんな! でも、あの冒険者達は確かにそう言って──」

 

「彼らが言っていたのは、その“アスルの花”を採集する依頼のことでしょう。 ギルドから出される依頼であれば、確かに高額な報酬を得ることが出来ます」

 

 それを聞いて、項垂(うなだ)れたように顔を伏せるイリア。

 ......彼女は、病気に伏した友人を救うために盲目になっていたのだ。

 

「そん......な......。 じゃあ、リリィはもう......!」

 

 自分の座るベッドのシーツを、シワの寄る程強く握りしめて呟くイリア。

 その声には、彼女の後悔と自責の念が込められている。

 

 俺はそんな彼女を、無性に助けたいと思った。

 ......しかし、今俺が覚えている“ヒール”では傷は癒せても病を治す事は不可能だ。

 せいぜい、その苦痛を和らげる程度にしかならない。

 

 そもそも、この世界において病床に伏すということは、死が迫っているということだ。

 まだ治療法が確立されていない病が、この世界には沢山存在する。

 

 その為、それを治すことが出来る薬──万事(よろず)の薬──は、非常に希少で高額な物。

 今の俺の財産でも、買えるかどうか怪しいとエストは言う。

 

(......手詰まり......なのか)

 

 これ以上方法が無い。

 ......と、その時マカトさんの口からある単語が零れ落ちた。

 

「“リザレクション”さえあれば、治す事が出来るかもしれないのですが......」

 

「......あの、今“リザレクション”があれば治せるって」

 

「......ええ、“リザレクション”の魔法があればどのような病でも治す事が可能です。ですが......」

 

 気の毒そうにマカトさんが黙り込む。

 それを引き継いで、エストが説明してくれた。

 

「“リザレクション”の魔法は、限られた人間にしか発現させることの出来ない奇跡の秘術なんです。 ......それに、この国にはその秘術を行使できる人間は国家魔術師であるシーヴィル様以外に存在しないんです」

 

 つまり、治す術はあるもののそれを行使できる人物が身近に居ないということか。

 ......たった一人の村娘の為に、国家魔術師が動くとは思えない。

 

(......一か八か......試してみるか)

 

「......マカトさん。 “リザレクション”の詠唱を教えて頂けませんか?」

 

 俺が不意に放ったその言葉に、その場にいた全員が一葉に俺を見る。

 マカトさんとエストは酷く驚いた様に目を見開いて、イリアは縋り付くような表情で俺を見上げている。

 

「教えるのは構いませんが、成功するとは到底思えません。 ......期待を持たせて裏切ってしまっては、あまりに彼女が可哀想です」

 

「それでも、やる前から無理だと決めつけるよりは良いんじゃないですか? ......万が一ってこともありますし」

 

 やがて諦めたようにマカトさんは息をつくと、「少し待っていてください」とだけ言い残して、治療室を出ていった。

 

 と、それと同時に黙っていたイリアが俺の手を強く握る。

 

「本当に、使えるのか......!?」

 

 その声色や目の動きで、彼女がいかに追い詰められていたのかが分かる。

 

 俺は彼女のその手を優しく握り返して

 

「......ああ。 任せてくれ」

 

 それだけ伝えて少し微笑んだ。

 ......あれだけマカトさんに対して啖呵(たんか)を切ったからな。

 ここで成功する保証がないとは、とても言い出せない。

 

 それに、俺は何の考えもなしに言ったわけではなかった。

 

(これまで、俺は魔力のコントロールがまだ不十分だとはいえ、覚えた魔法は全て成功させてきた。 ......これがあの時神様から受けたサービスの効果の一つなら、きっと“リザレクション”も会得出来るはず)

 

 俺はそう確信を持ちながら、あの時受けた説明を思い出していた。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想や、アドバイス等頂けるとありがたいです。


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#17 神の御業“リザレクション”

「ステータスを限界以上に引きあげる?」

 

 それは俺がまだこの異世界へと転移を果たす前の事。

 俺は神様から提示された条件の中にあった、『全ステータスの限界突破』について彼に聞いていた。

 

「そう。 お前のステータスは決して低い訳では無いが、それでは魔物の蔓延(はびこ)る世界を生き残るには(いささ)か不安であろう。 そこで、ワシからのサービスとしてお前のステータスを強化してやろうと思ってな」

 

 それも限界以上に。

 要するに、そのサービスを受けることで俺は異世界に降り立った瞬間から“俺TUEEEE”が可能になる。

 

 よく読んでいたラノベに登場する、最強の主人公と同じ能力を得られるという訳だ。

 

「それに、ステータスが高ければ様々な恩恵があるぞ?」

 

「それって例えばどんな?」

 

「代表的なものを挙げると、魔力だな。 魔力量が多ければ、それだけ適合する魔法の数も増える」

 

 神様曰く、人の持つ魔方に対する適性は当人が持つ魔力量に関連するらしい。

 つまり、魔力が低ければそこそこの魔法しか使えず、魔力が高ければ高等な魔法も使えるということ。

 

 それも、俺の場合は限界以上にまで魔力量を増やしてくれるということなので、これから行く異世界に存在する魔法全てを網羅(もうら)することも可能だと言う。

 

「なるほど。 それは確かに魅力的ですね」

 

 何より、異世界といえば魔法だ。

 それを種類の際限なく全て扱えるというのだから、最高のサービスだろう。

 

(全ての魔法が使える......これは、大きな強みになりそうだ)

 

 

──────────

 

 

「これが、“リザレクション”が記された魔導書です。 ......本来なら門外(もんがい)不出(ふしゅつ)なのですが、今回は貴方の勇気に免じてお貸し致します」

 

 マカトさんが持ってきてくれたのは、重厚な皮の表紙の本。

 パッと見かなり古ぼけており、ボロボロのようにも見えるのだが、開いてみると中の情報が記された紙はとても綺麗な状態で残されていた。

 

 それだけ、協会の人間が大事に保管してきたのだろうと、容易に理解できる。

 

(前半は“リザレクション”の起源が記されているのか。 ......お、あったぞ)

 

 パラパラとページをめくっていくと、ちょうど真ん中あたりに“神の御業 リザレクション”と大きく記されたページがあり、そこに詠唱文が長々と記されていた。

 

「随分と長い文だな......“ライトニング・ディヴァイン”でも三節詠唱だったのに」

 

「“リザレクション”を発動させるには、ここに記された六節の詠唱を文言違わず完璧に詠唱することが最低条件です。 ......最も、詠唱が出来るだけでは何にもならないのですが」

 

 マカトさん曰く、この協会に従事するプリーストや神父は皆、この“リザレクション”の習得を目指しているというのだが、誰一人として発動に至った者は居ないらしい。

 

 それどころか、この詠唱を完璧に暗唱出来る者も少ないのだとか。

 

「これは、本腰入れていかないとな......」

 

 紙に記された詠唱文を、頭の中で読み上げていく。

 

輪廻(りんね)円環(えんかん)、生から死へ、創世から滅亡へ、今ここに全ては逆転する、数多(あまた)を統べる創世の神よ、今ここに彼の御業を顕現(けんげん)させたまえ──)

 

 どうやらこの魔法は、何らかの事象や生物が辿る輪廻を逆転させる現象を起こすようだ。

 

 つまり、治療が難しい病に苦しんでいるリリィという少女が辿っている“死”への直進を逆転させる事で、病そのものを消し去る事が出来る......という解釈でいいのだろうか。

 

 もしそうなら、まさに“神の御業”と呼ばれるに相応しい魔法だ。

 

「......どうですか、ヒロトさん。 詠唱は出来そうなんですか?」

 

 先程から黙ったままの俺を心配しているのか、エストが声を掛けてくれた。

 

「ああ。 発動させる為の詠唱は頭に叩き込んだ。 ......あとは、“リザレクション”が正常に作動するかどうかだな」

 

 あの神様の言葉を信じるのなら、必ずこの魔法は成功する。

 ......いや、成功させなくてはならない。

 

「イリア、今からそのリリィって子がいる村まで案内してくれるか?」

 

 俺は椅子から立ち上がると、ベットに座り込んだままのイリアに声を掛ける。

 

「わ、分かった」

 

「馬車は教会所有の物をお使い下さい。 ......どうか貴方に創世神サハト様の御加護がありますことを......」

 

 マカトさんは首から提げたレリーフネックレスを両手で強く握り、祈る様に頭を下げた。

 

「ええ。 ......必ず、救ってきます」

 

 それだけ言い残すと、俺達は教会をあとにした。

 

 

──────────

 

 

「リリィ!」

 

 バタンと大きな音を立てて、勢いよくイリアが扉を開いた。

 馬車を駆り、俺達はイリアの友人が居る遺跡南東の村へ到着した。

 

 村の名は“プアブ村”。

 話に聞いていた通り、村はかなり困窮(こんきゅう)しているようだった。

 

 畑はあるが、耕す者が居らず。

 店はあるものの、そこには売る品物が存在しない。

 立ち並ぶ家々も壁にヒビが入り、屋根が一部無い物も存在する。

 

 そして何より、人々の痩せこけた顔がその惨状(さんじょう)を物語っていた。

 

「......い、りあ? 来て、くれたんだ......」

 

 そして村の最奥に位置する小さな小屋。

 イリアの案内でそこへと到着した俺達は、リリィの両親の許諾を得て彼女が眠っている部屋へと通された。

 

「これは......」

 

 エストが床に横たわるリリィの姿を見て、思わず言葉を失う。

 それは俺も同じだった。

 

 村の人々よりも更に痩せこけた顔からは色が抜け落ちており、目はほとんど開いていない。

 体は(ほとん)どの肉が落ちたのか、骨の形がくっきりと浮かび上がっている。

 

 しかし、苦しいはずの彼女がイリアの声を聞いた瞬間に少しだけ笑顔になったのは幸いだった。

 

「リリィ、もう少しの辛抱だからな! 今、この人がお前のこと直してくれるからさ!」

 

「......なお......るの? ほんとに......?」

 

 苦しげに声を絞り出すリリィ。

 声を発する度に、喉からヒューヒューと音が鳴るのが見ているだけでこちらまで苦しくなってしまう。

 

 俺はそんな彼女の側へ座り込むと、“リザレクション”に必要な魔力を練り上げながら、彼女に話しかける。

 

「初めまして、リリィ。 ......今から、君の病気を治すけど、一つだけ約束して欲しい」

 

「やく......そく......?」

 

「うん。 イリアは、君の病気を治すために沢山頑張ったんだ。 ......だから、君の病気が治って元気になったら、沢山褒めてあげて欲しい」

 

 その言葉を聞いてまた少し笑ったリリィはゆっくりと頷いて、自分の隣に座るイリアの手を握る。

 

「エスト。 これから“リザレクション”を行使する。 ......もし、俺が魔力のコントロールを誤りそうになったら、すぐに止めてくれ」

 

 仮に“リザレクション”の発動に成功したとして、そこから魔力のコントロールが上手くいかなければ元も子も無い。

 

 そんな俺の言葉にエストはこくりと頷くと、いつでもサポートができるように俺の背後へと回った。

 

(魔力の練り上げは十分。 ......さあ、始めるか──!)

 

 魔力をゆっくりと放出させる。

 そして、一言も違わないように慎重に詠唱を開始する。

 

「“輪廻の円環、生から死へ、創世から滅亡へ、今ここに全ては逆転する、数多を統べる創世の神よ、今ここに彼の御業を顕現させたまえ──! “リザレクション”──!!!」

 

 瞬間、横たわるリリィを淡い光が包み、その頭上に幾重(いくえ)もの魔法陣が発現する。

 それらは噛み合った歯車の様にそれぞれが同調して回転を始め、リリィを包む光はその強さを増していく。

 

 俺は“リザレクション”を発動させた事による大幅な魔力消費に一瞬揺らぎながらも、方陣の回転が狂わないように意識を魔法に収斂(しゅうれん)させる。

 

 と、煌々と輝く光の中でリリィの手を握っていたイリアが声を上げた。

 

「......リリィの手が温かくなっていく......!」

 

 先程まで酷く冷えていた彼女の体には正常な速度で血が巡り始め、徐々に彼女の体温を回復させていく。

 

「......くっ......あと、少し......!!」

 

 継続的に魔方陣へと大量の魔力を注ぎ込んでいるからか、少しづつ腕が痺れ始める。

 それでも、ここで止めてなるものかと俺は意識を研ぎ澄ませる。

 

 そして、部屋を一際強い光が覆った──

 

 

──────────

 

 

 ......いつまでそうしていただろうか。

 

 気が付くと、俺は天井を見上げていた。

 そして、後頭部には何やら柔らかい感触がある。

 

「......おはようございます、ヒロトさん」

 

 ハッキリとしてきた視界にまず映ったのは俺の顔を見て安堵しているエストの顔だった。

 ......ということはつまり。

 

「ご、ごめんっ! 膝枕なんてさせちゃって......」

 

 どうやら俺は“リザレクション”を発動させた反動で大量の魔力を失い、眠ってしまったらしい。

 今はもう完全に回復しているが、窓の外の日が落ちかけているのを見るにかなり長い間眠っていたらしい。

 

 と、そこへ一人の少女がやって来た。

 

「ヒロトお兄ちゃんっ! 助けてくれて、ありがとうっ!」

 

「......もしかして、リリィ? 良かった、元気になったんだね」

 

 俺の目の前で元気に笑っているのは、先程まで病床で今にも死にそうになっていたリリィだった。

 まだ頬に()けたあとは残っているものの、肌には健康的な赤みが戻り、殆ど開いていなかった両目もパッチリとしている。

 

 あまりに酷い姿だった彼女だったが、元気になるとイリアとおなじ銀髪に蒼色の瞳が良く似合う可愛らしい少女だ。

 

「......そういえばイリアは? さっきから姿が見えないけど......」

 

「イリアは私が治ったって、パパとママと一緒に村の皆に伝えに行ったよ!」

 

「とっても喜んでましたよ、皆さん」

 

「あはは......そっかぁ......」

 

 リリィに対して発動させた“リザレクション”は成功した。

 ......その事実を知って、俺はまた安堵(あんど)のあまり体から力が抜ける。

 

 それを隣に居たエストが支えてくれた。

 

(神様、ありがとう。 アンタがくれたこの力のおかげで、一つの命を救うことが出来たよ)

 

 この言葉を聞いているのかは分からないが、何処かで俺を見ているであろう彼に、心の中で礼を告げた。

 

 

──────────

 

 

「帰っちゃうの? ヒロトお兄ちゃん......」

 

「うん。 これから、冒険者のお仕事をしなくちゃいけないからね」

 

 名残惜しそうに俺の服の裾を掴んでいるリリィの頭を撫でてやると、気持ち良さそうににへらと笑う。

 

「本当に、ありがとうございました。 なんとお礼をしていいことか......」

 

「いえいえ、一日家に泊めていただいただけで結構ですよ。 ......それよりも、彼女を救う事が出来て本当に良かった」

 

 実は昨晩、今日はもう遅いからお礼も兼ねてうちに泊まられてはどうか、とリリィの両親が俺とエストを家に泊めてくれたのだ。

 

 その際に村の人々からもリリィを救ってくれたお礼がしたいと何度も言われたのだが、この村から何か頂いていくというのは少し気が進まない。

 

 と、そこへプアブ村の村長──アビヌ=ダルソムという名前だそう──が一つの細長い箱を持ってやって来た。

 

「キリシマ殿。 これを村の小さき命を救ってくれた貴方へ対する礼として、どうか受け取って頂けないだろうか」

 

 そう言って、その箱を俺の方へと差し出してきた。

 箱を包む布はかなりボロボロだが、箱自体はとても綺麗な状態だ。

 

 木製だと言うのに、腐っていないということはかなり高価なものだということだろう。

 

「そんな高価そうなもの、受け取る訳には......」

 

 遠慮して、受け取りを拒否しようとしたのだが、アビヌさんは引き下がらない。

 

「これはとある男が『一宿(いっしゅく)一飯(いっぱん)の礼に』とこの村へ置いていった魔法剣なのですが、我々が持っていても宝の持ち腐れというもの。 どうか、貴方の冒険に役立てて頂きたいのです」

 

 そして、とうとう俺はその言葉に押し負けて、箱を受け取ってしまった。

 ズシリと確かな重みのあるその箱の中には、剣の重みだけではなくて彼らの感謝の気持ちも詰まっている様だった。

 

「ヒロトさん、そろそろ行きましょうか。 マカトさんにこの馬車を返さないとですし」

 

 そして、馬車へと乗り込もうとする俺達の名前を背後から大きな声で呼ぶ者が居た。

 

「ヒロトー! エストー!」

 

「ヒロトさん、イリアちゃんが走ってきましたよ! おーい!」

 

 エストが大きく手を振る方へ目をやると、こちらへ駆け寄ってくるエストの姿が見えた。

 俺は馬車へ()けた足を下ろすと、駆けてきたイリアの元へと向かう。

 

 ハアハアと息をを切らしながらも、すぐにそれを整えて俺たちの方へと向き直ったイリア。

 何かを言おうとして、少しくぐもって。

 

「......本当に、ありがとう。 二人に出会わなかったら、あたしもリリィも死んじゃうところだった」

 

「いいや。 ......リリィを救ったことに関しては、俺達だけの功績じゃないよ」

 

「え......?」

 

 キョトンとするイリアを見て、顔を見合わせながら俺とエストは少し笑うと、俺は彼女の肩に手を置いて

 

「最初にリリィを救おうとしたのは、君だ。 イリア」

 

「イリアちゃんが行動を起こさなかったら、私達も知らないままでしたからね」

 

「で、でも、あたしは......」

 

 困惑するイリア。

 だが、そんな彼女の手を一人の小さな手が握りこんだ。

 

「イリアも、助けてくれてありがとうっ!」

 

「......!」

 

 村の人々が暖かい目で見守る早朝の広場で。

 

「......うんっ!」

 

 二人の小さな少女が満面の笑みを浮かべて居た。

 

 

──────────

 

 

「......なぁ、リリィ」

 

「どーしたの、イリア」

 

 ヒロト達が村を去ったあと。

 イリアとリリィの二人は、村にある小さな櫓の上で遠く広がる草原を眺めていた。

 

「また、あの二人に会えるかなぁ」

 

 何処か寂しそうな目で、イリアはぽつりと呟く。

 そんな彼女を優しげな目で見つめながら、リリィは小さく言った。

 

「きっと会えるよ。 きっと──」




ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想や、アドバイス等頂けるとありがたいです。

次回から第一章完結編へと向かい始めます。


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#18 生き残る為の作戦

 イリアとリリィの一件の翌日。

 

 マカトさん協力の元、俺が“リザレクション”を使えたという事実は(しばら)く公表を遅らせて貰う事になった。

 

 何より、街が混乱すると考えたからだ。

 それに、未だ街は“白獣(はくじゅう)”接近の脅威に脅かされている。

 

 そこへ駆け出しの冒険者が国家魔術師しか使えないと言われている蘇生の秘術(リザレクション)を使える、という素っ頓狂な話が飛び込んできたのでは、さらに街の人々の混乱を招いてしまう。

 

 なので、この事実を知っているのはプアブ村の人々と教会上層部。

 そして、俺とエストのみだ。

 

「けれど、本当に“リザレクション”を使えちゃうなんて......尊敬を通り越してつくづく呆れちゃいますよ、ヒロトさんには」

 

 俺の魔法の先生であるエストは先程から俺の部屋に来るなり備え付けの椅子に座って拗ね気味だ。

 

 プアブ村からリドルトへと帰還した後、マカトさんにプアブ村での出来事を話して、危うく教会中が大騒ぎになるところだった夜。

 

 宿に帰った後で、食事をしている時にエストが拗ね出したのだ。

 足をパタパタさせては、「もう私が教える事なんてないんですよーだ」とブー垂れている。

 

 その都度俺も弁解していたのだが、こうも長く続いてしまうとそろそろ面倒になってきた。

 

 と、そこへ部屋のドアをドンドンとノックする音が。

 俺が扉を開けると、そこには冒険者ギルドの受付嬢であるミラさんの姿があった。

 

「どうされたんですか? わざわざ俺達の宿まで来られて......」

 

「お二人を呼びに来たんですよ。 マスターから至急調査隊のメンバーを招集してくれ、と命令が下りましたので」

 

 その話を聞いて、さすがに拗ねている場合ではないと理解したのか、椅子から降りて俺の後ろへとやって来るエスト。

 

「エストさんも居られたんですね。 それでは、これから一緒に来ていただけますか?」

 

 

──────────

 

 

 ミラさんに連れられてギルドへ到着すると、そこには既に沢山の冒険者たちが集められていた。

 その数は二十名程だろうか。

 

 どうやら彼らも、俺達と同じく“フロウラ連合調査隊”のメンバーとして招集された冒険者らしい。

 

 と、その中に見知った顔を見つけた。

 

「よう。ベック、ラッカル」

 

「お、ヒロト達も到着してたんだな」

 

「久しぶり、二人とも」

 

「お久しぶりですっ」

 

 数日ぶりの再会となった二人は防具を新調したらしく、ラッカルに関しては前まで使っていた質素な弓から小さい魔石のような物があしらわれた物に変えていた。

 

「この間のゴーレム討伐の報酬が思いの外美味かったからな。 色々と揃えてきたって訳だ」

 

「ヒロト達も何か新しい装備買ったりしたの?」

 

 俺達はといえば、貰った報酬はそのまま銀行に預けていた。

 というのも、ここ暫くは色々とゴタゴタが続いたのでそんな暇がなかったからだ。

 

 まあ、壊れてしまった防具などは新調したが、前と変わった点は特に無い。

 この間プアブ村で貰った魔法剣も、まだ扱いになれていないので使っていない。

 

「けど、いきなり集めるなんて何かあったのか?」

 

「さあな。 俺達もギルドの職員に取り敢えず来てくれって言われたから来ただけでよ。 詳しい事はなんも知らされてねぇんだ」

 

「ふーん。 そっか」

 

 と、そんなことを話していた時だった。

 

 クイクイっと俺の服の裾をエストが引っ張る。

 何事かと思って耳を傾けると

 

「オルグさんがいらっしゃいましたよっ」

 

 と前を指さしている。

 その方向へと目をやって見ると、普段とは違う恐らく正装だと思われる服装に身を包んだオルグが集められた冒険者達の前に立っていた。

 

 彼は一つ咳払いをすると、ゆっくりと話し始めた。

 

「......今日皆に集まって貰ったのは他でもない。 先日告知した調査隊の件についてだ」

 

 それだけ言って、オルグは隣に控えているギルド職員達に指示を出す。

 俺達は職員から手渡された書類を受け取ると、各々それに目を通し始めた。

 

「諸君等に伝えるのが遅くなって済まなかった。 公国騎士団の到着が少し遅れてな。 ......それでは、今回の作戦の概要を伝えよう」

 

 いつもの仏頂面(ぶっちょうづら)を微塵もゆがめる事なく淡々と話を続けるオルグ。

 

 と、そんな様子を見ていたベックがぽつりと呟く。

 

「あの人があんなに喋るなんて、珍しいこともあんだな」

 

「それだけ、本気だって事じゃないのか?」

 

 普段寡黙な彼からは想像もできない姿だが、彼はこの街の冒険者たちの長。

 今回の問題について人一倍悩んだことだろう。

 

 彼自身が直轄の指揮を下すのはとても珍しいことらしいが、今回は自分が前に出て冒険者たちを支えたいと感じたのかもしれない。

 

「まず、作戦期間は五日間を目処にしている。 場合によっては期間の延長も考えているが、今の時点では一週間だと思っておいてくれ」

 

 また、五日間凌げるだけの食力などの物品は全てギルドが調達してくれるそうだ。

 なので、個人での物品購入の必要は武器等以外必要ない。

 

「出征は今日から三日後。 その間に、各々装備を固めておいて欲しい。 仮に白獣と対峙することが無かったとしても、向かうのは森の最深部。 強力な魔物との戦闘も視野に入れておく必要がある」

 

 隣に控えるミラさんが、書類の五ページ目を見るように促す。

 

 そこには、フロウラの森最深部に生息する魔物の名前や特徴。 討伐方法や注意点等が事細かに記されている。

 

 その中には、先日俺たちが討伐した“マッドプラント”の名も記されている。

 

「うぅ......また、追いかけられちゃうんでしょうか......」

 

 先日の出来事が若干のトラウマになっているエストが、その名前を見つけて嫌そうな顔をする。

 

「大丈夫。 今回はこの街の腕利き冒険者たちが一緒なんだ。 追いかけられるなんてことはないだろ」

 

「そうでしょうかぁ......」

 

 そこまで怖かったのか、あの時。

 ......でも、彼女の魔法の才は公国騎士が認める程だ。

 いざとなれば、彼女の魔法がきっと戦力になるはず。

 

 そんな感じで少し褒めていると機嫌を治したのか、ちょっと得意げな表情をしながら書類に目を通し始めた。

 

(もしかして、エストはチョロいのか?)

 

 真剣にオルグの話を聞いている彼女の横顔を見ながら、そんな疑念を胸に抱いた。

 

「最後に。 今回の作戦の最終目標はあくまで“白獣”がフロウラの森に住み着いているのかどうかを調査することだ。 仮に奴の姿を発見しても、戦闘を仕掛けるようなマネは決してするな。 奴が居たという情報さえ手に入れば、公国騎士団が討伐の為に動いてくれる」

 

 調査対象である“白獣”は国から多額の賞金が掛けられているだけあって、その強さは他の魔物と一線を画すものだ。

 

 その鋭い爪から繰り出される斬撃は、一振で鋼鉄製の鎧をも引き裂く程の恐ろしい威力を誇る。

 それに何より、“白獣”は名に“獣”の字がつくだけあって非常に鋭敏な嗅覚を所持している。

 

 その為、消臭ポーションを使った状態でも近づきすぎればその僅かな匂いから相手の場所を特定して襲いかかってくる。

 

 それだけ危険な魔物相手に、騎士団ほど統制の取れていない冒険者達が束になっても太刀打ち出来る訳が無い。

 

「余計なことをすれば確実に命を落とす。 ......各々、この言葉を胸に刻み込んでおいてくれ」

 

 オルグが威厳のある低い声でそう告げると、集められた冒険者たちは一様にゴクリと唾を飲みこんだ。

 

(いざという時は俺の“テレポート”で逃がす事も出来るけど......この書類に記されている情報を見る限り、万が一“白獣”と戦闘になったら連発出来るほどの隙は無さそうだな......)

 

 それに一度に大勢を転移させるとなると、転移させる対象が俺の視野に収まっている必要がある。

 

 そうでなければ“テレポート”の対象に指定することが出来ず、街へと転移させる事が出来ないからだ。

 

(これは色々と対策を考えておく必要がありそうだな......)

 

 

──────────

 

 

「と、言う訳で。 三日後の出征に備えて色々と対策やら準備やらをしたいんだ」

 

「それで俺たちを呼んだのか? ......まあ、対策は必要だと思ってたけどよ」

 

 宿屋リリーブ内の食堂の一角。

 俺とエストは、ギルドでの説明が終わったあとに近くにいたベックとラッカルに声をかけ、作戦会議を行うことにした。

 

 ここで今の俺達の遠征における立場を明らかにすると、純粋な戦闘要員はエスト一人のみ。

 ベックとラッカルは物資を運ぶ為の人員で、俺は一応戦闘要員として参加するが、いざと言う時に“テレポート”で負傷者達を街へと送り返す役割も担っている。

 

 また、今回の遠征では冒険者二十名と騎士六名の計二十六人を予定していたが、公国からさらに追加で四名の騎士が派遣される事が決定し、計三十名での作戦になる。

 

 そこに例外で加わった俺達を含めて三十四名。

 最終的な内訳としては、戦闘要員が十八名、支援要員が六名、運搬要員が六名だ。

 

「確か、今回の遠征に参加するのは青以上の冒険者がほとんどでしたよね? 私達は、例外で編入されましたけど......」

 

「それに僕とベックは戦闘要員じゃ無いからね。 実質的に、赤等級で戦闘要員なのはヒロトとエストだけじゃないかな」

 

 青以上のの冒険者の実力がどれ程の物なのかは分からないが、遠征の主力として選抜されているのだから深部の魔物と戦える程の強さは有しているのだろう。

 

 ......俺の中での青等級のイメージは路地裏で絡まれたあの馬鹿共(チンピラ)なのだが、皆がそうではないという事を祈りたい。

 

「それに、今回の作戦は公国騎士団からも参加者がいるんだろ? アイツら選りすぐりのエリートばっかだから相当強いはずだぜ?」

 

「まあ、な。 ......でも、万が一に備えて準備しとくのは大事だと思うぞ?」

 

 正直な話、赤等級の俺達にはそこまで期待は寄せられていないだろう。

 精々、深部の魔物での戦闘で援護を行う程度しか。

 

 ......まあ、幾ら俺のステータスが強化されているとはいえ、魔力のコントロールがまだ完璧ではない俺では活躍する事は難しいだろうし。

 

 “テレポート”を使えると言うだけでスカウトされたようなものだから、あまり気負う必要は無いのかもしれないが。

 

「取り敢えず、今俺達に必要なのは作戦中にどう生き残るかってことじゃねぇのか? 死んじまう可能性だって無いわけじゃねぇしよ」

 

「......あまり考えたくない話ですけど、ベックさんの言う通りですね......」

 

 死ぬと言う言葉に少し顔を青くするエスト。

 ......確かに、深部の魔物とは戦えるのだろうが、オルグが言っていたように“白獣”と戦闘になってしまってはその可能性もゼロではない。

 

 むしろ、俺達に至っては高いまである。

 

「ここは無理に戦う為の作戦を立てるより、確実に身を守る術を考えた方が良さそうだね」

 

 ラッカルがコップに入った氷をカラカラと転がしながら言う。

 成程、それは一理あるかもしれない。

 

「となれば基本は逃げだな。 勝てないと踏んだなら逃げてしまうのもありかもしれない」

 

「でも、それだと私達は助かりますけど他の冒険者の方々に負担がかかるんじゃないですか?」

 

 そんな卑怯な事は......と嫌そうな表情をするエスト。

 そんな彼女に「そうじゃなくって」と弁明すると、俺は机の上に置いてある角砂糖が入ったビンを手に取る。

 

 それを机の上に幾つか取り出して並べると、俺はそれらを動かしながら説明を始めた。

 

「ここでの“逃げ”ってのは、戦闘から退却して逃げ帰ることじゃない。 というか、深部に潜ったら逃げた所で他の魔物に襲われるのがオチだ」

 

「なら、どういう意味なんだよ」

 

 俺は取り出した角砂糖の中から一つ選ぶと、それを動かす。

 

「“逃げ”の意味は、なるべく魔物と正面切って戦わないって事だ」

 

「......でも、それじゃ結局他の冒険者の負担が大きくなるんじゃ......?」

 

「そう。 この作戦はそこが肝なんだ」

 

 そう言いながら机の上の角砂糖を右へ左へと動かす俺を不思議そうに見つめる三人。

 そんな三人の視線を感じて、ずっと指で動かしていた角砂糖の動きを止めた。

 

「さて、こっちで向かい合ってるこの砂糖を魔物と戦闘中の冒険者だと仮定しよう。 それで、その後方に置いてあるのが俺達だ」

 

 そして、その後方に置いた四つの角砂糖をそれぞれ向かい合わせた物から一定の距離を置いた位置に移動させる。

 

「さっき俺は“逃げ”の意味が魔物と正面切って戦わない事だって言ったけど、それは要するに“誰とも戦っていない魔物”を狙うんじゃなくて、“冒険者や騎士と戦闘中の魔物”を狙うって事なんだ」

 

 そう言って、移動させた砂糖を向かい合う砂糖の一つに向かって指で弾いて当てる。

 その衝撃で、当てられた方の砂糖が机の上から転がり落ちていった。

 

「......ヒロトさん。 アルバーさんに叱られますよ?」

 

「......後でしっかり謝るよ。 で、作戦の説明の続きだけど」

 

 気を取り直そうと軽く咳払いを挟み、俺は説明を再開する。

 

「何で他の冒険者と戦っている魔物を狙うかってことなんだけど、それは単純に俺達の実力が他の冒険者達よりも劣るからなんだ」

 

「それは僕達も理解してるよ。 けど、それなら最初から二対一で掛かった方が良いんじゃないの?」

 

「いや、最初から二対一なら魔物は二人を相手にしているという認識を持った状態で対抗してくる。 要するに、準備が出来ている状態になるって事だ」

 

 その上、今まで共に戦ったことも無い冒険者と即席のタッグを組んだところで連携が取れるはずもない。

 (かえ)って戦力がダウンするなんてことにもなりかねないだろう。

 

「今言った作戦は所謂(いわゆる)“奇襲”みたいなものなんだ。 他の冒険者と対峙(たいじ)してる魔物は、目の前の相手に全神経を向けている。 つまり、他の冒険者には気を向けられない状態になる」

 

 目の前の事に集中すると、周りが見えなくなるのは人も魔物も同じ事。

 つまり、それを利用するという事だ。

 

「そんな時に、完全に意識の外にある場所から攻撃をされれば大きなダメージを与える事が出来るはずだ」

 

「けどよ。 それじゃ倒しきれねぇんじゃねえのか? それに、他の冒険者と戦ってるってことは動き回ってる訳だし、当たらねぇなんてこともあるだろ」

 

「別に、確実に仕留められなくてもいいし、外れてもこの作戦の場合は問題ない」

 

 この作戦の狙いは別の所にある。

 

「重要なのは、意識外からの攻撃によって魔物に隙が生じる事なんだよ。 そうすれば、元々戦ってた冒険者達にとっても大きなチャンスになる」

 

「確かに、隙さえあれば急所を狙うことも出来ますね......!」

 

「倒せたらラッキー、倒せなくてもチャンスになる......」

 

 俺は机の上に転がした角砂糖を小瓶に仕舞いながらも、さらに話を続ける。

 

「これなら、俺達は直接的に魔物との戦闘をしなくて済むし、戦闘要員じゃない二人にも援護の芽が産まれるだろ?」

 

 ラッカルは言わずもがな、ガントレット使いのベックにも“衝槌(しょうつい)”という中距離攻撃の為の技能がある。

 

 この作戦に(のっと)って、これらの技で冒険者達を援護すれば戦力が劣る俺達でも十分に役に立つことが出来る。

 

「よしっ、それだ! その作戦で行こうぜ!」

 

「うん、僕も賛成だよ。 ......ヒロト、結構頭がキレるんだね」

 

実の所、前の世界でよく読んでいた漫画で得た知識なのだが......。

彼らに言っても分からなさそうなので言わないでおこう。

 

「そりゃどうも。 ......とはいえ、ある程度は連携が取れるようにしといた方がいいだろうし、明日辺りにでも近くの草原まで行ってみるか」

 

「はいっ! 良かったぁ......私達もお役に立てそうで......」

 

 それから各々の意見を追加して、最終的にはこんな感じになった。

 

 ・深部の魔物は、他の冒険者と戦っている個体から優先して攻撃する。

 ・倒すことが出来れば次へ、出来なければ一旦退いて別の個体を狙う。

 ・騎士が相手をしている魔物に関してはスルー。

(却って邪魔になる可能性があるため。 ただし、援護が必要だと判断した場合は加勢する)

 ・極力、フリーになっている魔物には近づかない事。

 

 この四ヶ条を以て、俺達の()()()()()()()()()”になった。




ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想や、アドバイス等頂けるとありがたいです。


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