雪は溶けない (箱葉)
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tgt.0 金の獅子を見つけた話/共犯者ができた話
ぼたりと汗が落ちた。
目が眩むほどに強い日差しと、むせ返るような暑さで息が詰まる。幼い少年は小さな手で顎を伝う汗を苛立たしげに拭った。
こんな暑さのなか外で遊ぼうだなんて、先生も子供たちもどうかしている。
少年――雲雀恭弥が重々しい溜息を吐くが、それに気付く人間はいなかった。みんなプールで大はしゃぎしていたので。
並盛幼稚園にある砂の広場のど真ん中に、ででんと鎮座した巨大なビニールプール。水がなみなみと張られたその中で、水着姿の園児たちが思い思いに遊んでいた。数人の保育士たちも片手に水の溢れるホースを持ちながら笑っている。
そんなキラキラとした光景の傍ら、恭弥はといえば、着替えもせずに離れた位置からプールを眺めていた。絶対に入らないと言い張って見学になったのだ。子供たちが水遊びをする姿は一見涼しそうだが、恭弥にとっては地獄絵図でしかない。
この暑さは論外だし、恭弥がこの世で一番嫌いなものは群れる人間だ。眺めているだけで苛々が募る。保育士が誰も見ていない隙を狙って、恭弥はついに幼稚園を脱走した。
帽子と水筒、そして愛用のトンファーをしっかり持って、目指すは近場の山である。
幼稚園からの脱走はよくあることなので、すぐに家の者へ連絡が行くだろう。しかしこちらも簡単に捕まるつもりはない。最近発見したその山は、子供でも比較的登りやすい緩やかな斜面でありながら、非常に見通しが悪い絶好の隠れ場所なのだ。
緩やかとはいえ、獣道すらない斜面を危なげなく登る。先日雨が降ったせいか湿った土の匂いが強い。嫌いではないその匂いや、木の葉の擦れ合う音を聴きながら薄暗い森の奥へ歩を進めた。
山の中腹あたりまで登ったところで不意に、異様に冷たい風が頰を撫でた。氷のような冷たさだ。山の中は涼しいとはいえ、あまりにも不自然な温度。
異変に気付いた恭弥は身構え、澄ませた耳に小さくガラスの割れるような音が届いた。
足音をなるべく立てないようにしながら、音のした方角へ向かう。ガラスの割れるような音は依然続いている。だんだんと静かに近付き、ついに音の正体を目にして。
目を見開いた。
薄暗い森の中に、何本もの氷の像が建っている。
どの像もスーツを着た男のようで、それぞれが驚いているような格好をしていた。否、驚いているのではないか。どちらかといえば、何かに襲われる直前というような……ような、でも、ない。
恭弥は薄々と、この氷像たちが元は人間であることを感じ取った。
彼らの視線は足元に集中している。元凶はおそらく――そこに立っている、雲雀より少し背の低いフードを被った子供。
何かを握りしめているような小さな手で、子供が氷像の1つをノックするように叩く。するとバキンと大きな音を立て、氷像が粉々に砕け散った。先ほどから聞こえていたガラスの割れるような音の正体はこれのようだ。
1つ、また1つと子供は氷像を粉々にしていく。
薄気味悪さ半分、興味半分で異様な光景をじっと見つめる。砕けて地面に散った氷は、目を離した隙に跡形もなく消えていた。
もしもあの氷像が元々人間だったとしたら、あの子供がしているのは殺人ではないだろうか? ということにようやく気付いた恭弥は、氷像があと1つになったところで声をかけた。
「ねえ」
「っ!?」
呼びかけに反応し、子供が勢いよく振り向く。その拍子に被っていたフードが外れた。
――ライオンだ。
とっさに恭弥はそう思った。テレビで見た、獰猛な百獣の王。色合いもそれらしく、肩まである薄い金色の髪が振り向きざまにふわりと舞い、吊りがちの大きな瞳はこの薄暗い森の中でも琥珀色にギラギラと輝いていた。
小さななりをしているのに一瞬向けられた強い殺気は強者のそれで、同年代の子どもたちとは一線を画している。
これは、強い生きものだ。恭弥と同じ。
金色の子供が、恭弥を見て驚いたように目を丸めた。同じ子供ということで警戒が薄れたのか、殺気が抑えられる。
「……きみ、みてたの?」
「うん。ふしぎだね、こおらせるのも君がやったの?」
「えっと……」
戸惑ったように子供が目を泳がせた。
「べつに、だれかに言ったりしないよ」
そう言った途端、ほっとした表情になった子供に分かりやすい子だなと思う。
人を殺すのは悪いことだというのは知っていたが、恭弥にとってそれはどうでもいいことだ。弱い者が淘汰されるのは自然の摂理。そもそも氷像の男たちは明らかに外の人間であり、並盛の人間ではなかったので守る対象ですらない。
それよりも気になるのは彼の能力であり、強さであり、獣のような性だった。
「ねえ、だれにも言わないかわりに、僕といっしょにあそんで」
「あそぶ?」
首を傾げた子供の前で、幼児用に調整された木製のトンファーを取り出す。それを相手がぱちくりと見つめた。
見慣れないものだったせいか訝しげな顔をしていたが、恭弥が構えたところでようやくトンファーが武器であると気付いたらしい。
「……たたかうの、すきなの?」
「うん」
「おれ、こおらせることしかできないよ」
「きたえてあげる」
この生きものなら絶対に強くなる、そう確信しながら恭弥は笑う。うーん、と悩んだ表情の子供は何度も首をひねり、そのついでに視界に入った最後の氷像を「あ、わすれてた」と呟きながら粉々にし、恭弥を見てまた首をひねり、ようやく頷いた。
「わかった。じゃあ、ともだちになろう」
「……いいよ。僕は、雲雀恭弥」
「きょーやくんね。おれは沢田
猫のように目を細めて笑った、ツグと名乗る少年は握手を求めるように手を差し出した。
「……僕も、恭弥でいい」
小さく言って手を握る。
それは、雲雀恭弥に初めて友達と呼べる存在ができた日のことだった。
▽▽▽
沢田家継が、沢田家継として生まれたのは3歳の頃だった。
沢田家の長男として生を受けた家継は、非常に言葉を喋り始めるのが遅かったらしい。
お腹が空いても泣かず、おしめが濡れても泣かず、常にぼーっとしている状態で「あー」や「うー」と気まぐれに声を発するばかり。何か障害があるのでは、と両親は医療機関を訪ねたものの、健康状態に異常はなく「ただぼんやりさんなだけですね」と言われるだけだった。
1つ下の弟である綱吉はよく泣き、1歳前後で言葉も話し始めただけに、3歳になっても言葉を発さない家継は楽観的だった両親を徐々に焦らせていた。
転機が訪れたのは、家継が3歳の誕生日を迎えた2ヶ月後――1月の雪が降っていた日だ。
お昼寝の時間だった家継は、2階の部屋でベビーベッドに横になっていた。奈々は寝たがらない綱吉を抱えリビングへと向かったため、完全に1人ぼっちの状態。
その空間に突如、1人の男が何もないところから現れた。
鉄の帽子を被り、仮面を付けた男はゆっくりと家継の眠るベッドへと近付く。そしてすやすやと眠る幼児の胸に、手に持っていた
「ずっと抑えていたんだな、賢い子だ――もう大丈夫だよ。おはよう、3代目ネーヴェ」
その瞬間、白いおしゃぶりが強烈な閃光を放つ。家継の体から吸収するかのように、おしゃぶりの中で純白の炎が渦巻いた。その勢いは凄まじく、抑えきれなかったのか炎がうっすらと家継の体表をも覆い始める。
ベビーベッドが徐々に凍り始め、仮面の男は慌てた様子でポケットを探った。
「おしゃぶりだけでは駄目か、どこにやったかな……ああ、あった」
懐から取り出したのは真っ白な立方体だ。石で出来ているような滑らかな断面に、8つの角には金の装飾が施されている。そのうちの1つの角から金のチェーンが伸び、装飾品として吊り下げられるようになっていた。
立方体の一面をぱかりと開いた仮面の男は、その中に白いおしゃぶりを入れて箱を閉じた。同時に凍りかかっていたベッドが元に戻り、家継の体を覆っていた炎も消える。
眠っていた家継がゆっくりと目を開いた。静かに仮面の男を見つめる幼子の手に、立方体をそっと握らせる。
「これは君のものだ。君を、君として生かすものだ。……好きに使うといい、ネーヴェ」
男の言葉を聞いて、幼い家継がぷくぷくとした手を伸ばす――しかし、触れる寸前に仮面の男はその場から姿を消していた。
この瞬間こそが家継の物心がついた日であり、一番最初の記憶となった日であった。
仮面の男の言葉を成長した今でも覚えている。そして、部屋に戻ってきた母に「おなかすいた」と喋って大層驚かせてしまったことも、覚えていた。
その日から家継の体にはとある異変が起きていたのだが、今は割愛しよう。
時が経って5歳になった。
家継は家の中で謎の男を見たことも、特殊な能力が使えるようになったことも両親に伝えなかった。それが異常であると分かっていたからだ。
突然息子の手に握られていた立方体に関しては、母親の奈々は持ち前の天然っぷりできっとどこかで拾ったのだろうと思い込み、父親の家光は長い間沈黙していた息子が突然喋り出した衝撃でそれどころではなかった。だから何も怪しまれずに済んだのは幸運だったと思う。
両親の会話を聞いて、テレビを見て、今までのぼんやりっぷりは何だったのかというほど家継は知識をぐんぐん吸収していった。
父は忙しい人らしく、家を長期間空けることが多い。だからその間は家継がこの家を、家族を守ろうと決心した。普通ならそれは母の手伝いをするだとか、弟の面倒を見るとかいうベクトルで発揮されるものだろう。
確かにそういう手伝いもするにはしていたが、家継がメインに始めたのは『外敵の排除』であった。
父のいない間というのは、とにかく家の周囲に不審な人物が増える。気配に敏かった家継は、やがて家族を守るタイプと狙うタイプの、2種類の不審者が存在することに気付いた。前者は放っておいても害はないが、後者は非常に困る。
悩みに悩んで、家継は家族を狙うタイプの不審者を特殊能力で消してしまうことにした。
それがタブーであることも、既に分かっていた。けれど一番大事なのは家族の安全、それだけだ。
半径1メートル以内であれば、どんなものも凍らせることができる。
それが家継に備わった能力であった。
自分を囮にして人気のない場所へと不審者を誘い込み、禁忌のような力で凍らせて粉々にしてしまえば跡形も残らない。便利なものだ。
まさか実行2回目にして、同年代の少年に現場を目撃されるとは思わなかったけれど。
変わった子だった。さらさらとした黒髪に切れ長の瞳と整った顔立ちをしているものの、むすっとした表情のせいで無愛想に見える。けれど、戦いのことになると心から楽しそうに笑う少年だった。
映画で見たことがある。たぶん、戦闘狂というヤツなのだろう。
雲雀恭弥と名乗る彼は、家継のしていたことに微塵も興味がなさそうだった。どうでもいいから早く戦って、と言わんばかりの輝く瞳に、家継の秘密を誰かに言われるかもしれないという不安は一瞬で消え去った。その日から彼と友達になったのだ。
そして彼にはおしゃぶりのこと、能力のこと、不審者のこと――全てを話した。「ふうん、そう」で済ませてしまった恭弥に流石だと思う。
「ほんとにきょーみなさそうだね」
「まあね。……でも、こまったことがあるなら言いなよ。僕の家なら並盛町のけいびをきょうかすることもできるし、したいのしょりもできると思うから」
「君んちってなんなの?」
いったい何をしている家なのか心底気になったが、恭弥は「さあね」と微笑むだけで答えてはくれなかった。
謎の多い友人ではあるが、なぜかとても波長が合う。気心の知れた仲になるのは早かった。
そんなこんなで不審者を消しつつ恭弥と手合わせをし、かわいい弟を愛でつつ母の手伝いもし、勉学に励み、すくすくと家継は育った。
時が経ちすぎて父の声をすっかり忘れ、中学2年生になり、そうして――運命の日は、訪れたのだ。
次回から原作開始でツナさんなど出てきます。
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日常編
tgt.1 イタリアから来た刺客
「――ぐ……ツグ、起きな」
「んん……?」
暖かい陽だまりの中で微睡むような、心地よい感覚に身を任せる。しかしそれを邪魔するかのようにどこからか声が聞こえてきた。
なぜか頬が痛い。とても痛い。ぐりぐり引っ張られているような気が……そう認識した瞬間、意識が急速に覚醒した。
勢いよく開かれた視界に映ったのは、不機嫌そうな幼馴染の顔と地面に散らばる不良の山。ぺちんと頬が元に戻る感触がして、先ほどから彼に頰を引っ張られていたのだと分かった。
「立ったまま寝ないでくれる? 見回りの途中だよ」
あぁ、と間の抜けた声を出す。
うっかり眠っていたらしい。欠伸と一緒に「ごめーん」と謝りながら、家継は回らない頭で眠る直前のことを思い出そうとした。
確か……そう、朝の見回りの最中にタバコを吸っている生徒たちを発見したのだったっけ。蜘蛛の子を散らすように逃げていく生徒を幼馴染が追い、暇だった家継は突っ立ったまま眠ってしまったのだろう。
家継の通う並盛中学校。
そこは『平々凡々、並がいい』という校歌を掲げているにも関わらず、非凡の権化のような風紀委員長が権力を握っている学校であった。
曰く1人で不良を30人倒しただとか、実は並盛町の裏社会をも支配しているだとか、妙な噂の絶えない風紀委員長であったが、その正体が家継の幼馴染である雲雀恭弥だと知ったときは深く納得した。噂もあながち間違いではなさそうだ。
家継が並中に入学する3ヶ月ほど前、恭弥が自宅へ来て「君、風紀委員ね」と一言だけ残して学ラン一式と風紀委員の腕章をスペア付きで置いていった衝撃は今でも覚えている。
よく分からないまま学ランと腕章を身につけて入学式へ向かい、いかついリーゼントのあんちゃん達に挟まれながら宇宙猫のような表情で入学式を終えた苦い過去。あの時はこんなヤンキーみたいな風紀委員会があってたまるか、と心の底から叫びたかった。
変な噂が広まると来年入学する弟にも影響するので辞めようとしたのだが、この学校のヒエラルキーの頂点が風紀委員会であると知り、家継は即座に手のひらを返した。
権力こそパワーである。
仕込みトンファーで風紀を乱す者をフルボッコにしていく恭弥と、なんとか狩場から逃げ出した者を容赦なく蹴飛ばしていく家継の2人は、史上最悪のコンビとして瞬く間に学校中から恐れられるようになった。
廊下を歩くだけで人が波のように割れていく現象に少々やりすぎでは? と気付いた頃には遅かった。一度広まった評価は簡単には変わらない。
色々と吹っ切れた家継は弟に申し訳ないと合掌しつつ、今日も風紀委員として活動している。
弟よ、何かあったらすぐ助けるからそれで勘弁してほしい。
本当になんでこんなことになったんだろう、と思い返しながら目を擦り、止まっていた足を無理やり動かす。
見回りの最終地点は校門だ。颯爽と歩いていく恭弥の後ろをヨタヨタついて行ったのだが、近付くとともに口論しているような声が聞こえてきた。
「……騒がしいね」
呟いた恭弥に頷く。
問題でもあったのかと小走りで校門に向かい、そこに居た人物を目にして家継は素っ頓狂な声を上げた。
「ツッくん!?」
「に……兄さん!?」
……弟がパンイチで校門前にいた場合、兄はどうすればいいだろうか。
思わず口をぽかんと開けたまま固まる。
重力に逆らった栗色の髪に焦げ茶色の大きな瞳、母親譲りの童顔。どこからどう見ても弟である綱吉だ。家継たちを見て慌てたように地面に散らばった服をかき集めている。
様子を見ると暴漢に襲われたとかいう訳でもなさそうだ。本当にどうしてパンイチなんだ。
訳が分からなかったが、とりあえず寒そうなので自分の着ている学ランを差し出した。
「着る?」
「い、いや、服あるから大丈夫……」
「ねえ、もう授業始まるんだけど。家継の弟だからって見逃しはしないよ」
淡々と恭弥がそう言うと、ひいっと小さく悲鳴を上げて綱吉がすっ飛んで逃げてしまった。
「す、すみませんでしたーー!」
「あああツッくん! せめてズボン穿かないと風邪ひいちゃう!」
手にした学ランを握りしめて弟の後ろ姿を見送っていると「ちゃおっス」と背後から声がした。幼い声に何気なく振り向き――声の主を見た家継は、わずかに目を見開く。
赤ん坊だ。黒い帽子にカメレオンを乗せ、黒いスーツを着た赤ん坊がいる。
そこまでならまだいい。問題は、その胸で大きく存在を主張している
どうして、家継と色違いの、同じおしゃぶりを持っているんだ。なんとか表情だけは平静を装ったまま、赤ん坊を見つめる。
「お前が沢田家継だな?」
「うん、そう……だけど」
「オレは家庭教師ヒットマンリボーン。はるばるイタリアから、ツナとお前を教育するために来たんだぞ」
恭弥や謎の不審者、町中のヤクザなどと数え切れないほど戦ってきたから分かる。
この赤ん坊は、強い。
さらにあのおしゃぶりを持っているということは、家継と同じで不思議な能力を持つ可能性も高い。家継がしてきたことを知って報復に来たのか、別の思惑があるのかは知らないが……ただの家庭教師ではないことだけは分かった。
しかし相手の能力が分からない以上、迂闊に動くことはできない。
「……ツッくんとおれの家庭教師?」
「そうだぞ。詳しいことはお前が家に帰ってから説明するが、今日から住み込みで世話になるからな。先に挨拶しておこうと思ったんだ」
「住み込みって。それ、母さんは知ってるの?」
「ああ。『食事付きの住み込みなら24時間タダで教えます』っていう謳い文句が売りの、イケメンでチャーミングな家庭教師を呼んだのは他でもない奈々だからな」
インチキくさいにもほどがある。よくそんな怪しいものを呼んだなと家継は一周回って感心したが、その天然っぷりが母のいい所である。なんだか一気に気が抜けて「あーそう」と適当に返事をした。
つまり、家庭教師を名乗る彼はこれから学校にいる時を除けばずっと家継や綱吉の傍にいるということか。……面倒なことになった。
隣で黙ってやり取りを見ていた恭弥が口を挟む。
「もう授業が始まるんだ、さっさと行くよ」
「ああ、そうだね。まあおれはこれから寝るんだけど……じゃーせんせー、また後でね」
「ちゃおちゃお」
見た目だけなら天使のような自称家庭教師に手を振って、その場を後にする。隣で恭弥が小さく笑ったような気がした。
黙々と歩き、応接室へ入った直後。家継は半目で恭弥を見た。
「楽しそうだね……」
「とってもね。君は不機嫌そうだ」
鼻歌でも歌いそうな調子の彼に「とってもね!」とやけくそで叫ぶ。
恭弥が楽しそうなのは間違いなく、家継と同様にあの赤ん坊の強さを感じ取ったからだろう。おしゃぶりの力を知っているんだからそりゃウキウキもするだろうさ、戦闘狂だもの。
家継はこれから腹の探り合いをしなければいけないということが辛くてもう帰りたかった。いや、帰るとあの刺客だかよく分からない赤ん坊が待っているのか。帰りたくない。
何も知らないふりをすることは得意だが、ストレスが半端ないので嫌いなのである。
「いやだあああ……」
うわーんと泣くふりをしながらロッカーの中にある毛布を取り出し、応接室の黒い革張りソファに飛び込んだ。行儀悪いよと指摘が入ったが知ったこっちゃない。
「寝る! おやすみ!」
「おやすみ、午後はテストあるから起きなよ」
「知らない!」
元気よく叫んだら頭に消しゴムが激突したが知らないったら知らない。さっさと寝てしまおうと毛布を被り、3秒で夢の世界へ旅立った。
▽▽▽
起きたら全部夢でした、ということにならないかなあという淡い期待は、帰宅して早々砕け散った。
綱吉の部屋から「ひええーー!」と元気な悲鳴が聞こえてくる。同時に爆発音が聞こえたような気がする、本当に胃が痛くなってきた。
パタパタとスリッパの音がして母が顔を出した。
「いーくんおかえりなさい! ツッくんからリボーンくんのお話は聞いた?」
「ただいま母さん、校門で本人とちょっとだけ会ったよ。今から詳しく話を、聞いて……くるんだ……」
迎えてくれた母の笑顔に癒されたが、これからのことを思い出しテンションは尻すぼみに下がっていく。
「あらどうしたの? 体調が悪いのかしら、部屋で休む?」
「大丈夫……話終わったら夕食手伝うよ……」
「無理はしなくていいからね」
ひらひらと手を振って2階へ上がった。深呼吸をして、ゲッソリとした顔を普段通りの表情に戻してから綱吉の部屋の扉をノックする。
「ツッくーん入るよー」
「待ってたぞ、ツグ」
扉を開けると、正座した綱吉とリボーンがこちらを見ていた。困惑した表情の綱吉に、分かるよその気持ち、と内心頷きながら隣へ座る。
「で、詳しい説明ってなあに、先生」
「単刀直入に言うが、オレがここへ来た理由は、ツナをボンゴレファミリーっつーマフィアの10代目ボスにするためだ」
「…………」
「マフィアのボス!? ……え、オレが!?」
初っ端からすごい爆弾を投げてきた。朝の自己紹介の時点でヒットマンなんて単語が混ざっていたから、今更ではあるものの。
黙ったまま、というより言葉を失ったままリボーンの言葉の続きに耳を傾ける。
「ツナを立派なマフィアのボスに教育してくれ、という9代目ボスからの依頼でな」
そう言ってリボーンは1枚の紙を取り出した。家系図の書かれたそれと共に説明が進められる。
要するにボンゴレファミリーの初代ボスが引退して日本に渡り、初代の孫の孫の孫……と続いて家継と綱吉に繋がるらしい。
血を受け継ぐれっきとしたボス候補、と聞いて家継は全てのピースが当てはまったような気がした。家の周りにいた不審者のことである。あれがボス候補である綱吉を狙う者と、ボンゴレ関係の守る者であったとするならば辻褄が合う。長年の謎がようやく解けて、家継は本題とは全く別のところで感動した。
あれ、と綱吉が首を傾げる。
「ちょっと待てよ、血を受け継ぐっていうなら兄さんもだろ? 兄さんはボス候補じゃないのかよ」
「そういえば……そうだね?」
「ちゃんとツグも候補に入ってるぞ。ただ、ツグの体質だとボスには向かないだろうってことで補欠扱いだ」
「ほ、補欠かあ……なるほど」
――家継がおしゃぶりを受け取った日から、不思議な能力が使えるようになったことの他に、もう1つ起きていた変化がある。
異様に体温が低くなったのだ。
平均34.3度でそれより上がることはほぼなく、むしろ下がることの方が多い。いくら体温を上げる薬を飲んでも、暖かい部屋で服を着込んでも体温は変わらなかった。普通であれば体に異常が出る上、凍死の危険もあるレベルだ。
しかし、家継に健康の異常はほぼなかった。発育が遅く15歳の時点で身長が152センチしかないという弊害と、低体温ゆえの眠気に悩まされてはいるものの、それ以外はまったくの健康体という医者も匙を投げる特異体質だった。
健康状態が悪くないなら良いじゃないか……と言いたいところなのだが、低体温ゆえの眠気というのが非常にまずい。
夜に何時間睡眠を取っても何をしても、日中ずっと微睡むような眠気がついてくるのだ。今朝のように立ったまま寝てしまうこともしばしばあり、日常生活に大きな支障が出ていた。
その厄介な体質についても、ボンゴレファミリーとやらに把握されていたらしい。確かにマフィアのボス向きではないなと家継は納得した。綱吉も少し苦い顔で「ああ……」と頷く。
「ま、補欠と言っても将来ツナの補佐になるかもしれねえんだ。遠慮なくツグも教育してやるぞ」
「丁重にご遠慮したいかな……」
「兄さん見捨てないで!? オレこんな訳分かんないのと2人っきりはイヤだ!」
うわあああと泣きついてくる弟の頭を撫でながら思案する。
リボーンの話に違和感はなかった。おそらく、ボンゴレの跡継ぎについてや家庭教師の話は本当のことなのだろう。最近は不審者の掃除をしていないし、タイミング的にバレた訳でもなさそうだ。綱吉たちに危害を加えない、ということが分かれば一安心である。
おしゃぶりに関しては、リボーンから話してくるまでは秘密にしておこうと決めた。使える手札は万が一のために隠しておいた方がいいだろう。
家継が考え込んでいる間にピンクのパジャマに着替え、いつの間にかナイトキャップまで被っていたリボーンはいそいそと綱吉のベッドに潜り込んだ。
「ああっ、オレのベッドで勝手に寝るな!」
「おやすみタイムだ、また明日な。ちなみにオレの眠りを妨げたらブービートラップが爆発するぞ」
「げっ」
これまたいつの間にか、ベッドの周囲には手榴弾のトラップが張り巡らされている。
家継の頬は引きつった。どうやら思っていた以上にとんでもない教師が来てしまったらしい。
ゆっくりとこちらを見た綱吉に、視線を合わせて頷いた。
「今日は、おれの部屋で寝よっか……」
「うん……」
実家に原作を置いてきているので、アニメの方で確認しながら書いています。めっちゃ懐かしくてうわーって感動しながら見ました。
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tgt.2 目に入れても痛くない
早朝。ぼんやりと、重いまぶたを持ち上げながらぷかぷか油に浮く唐揚げを見つめる。学ランのズボンと白シャツの上にエプロンを着て、家継は大きな欠伸をした。
午前5時のリビングはまだ薄暗い。空が白み始めた頃の、人の気配がしない静かな空間が家継は好きだった。
適当な鼻歌を歌いながらきつね色の唐揚げをトレーに移していたとき、ふいにリビングの扉が開いたのでちらりと視線を向ける。
「ちゃおっス。ツグは朝はえーんだな」
「ちゃおーっす、弁当はおれ担当だからね。せんせーも朝早いじゃん。朝ごはんはまだだよ」
リビングへ入ってきたのは、昨日、沢田兄弟の家庭教師となったリボーンだった。パジャマ姿の彼に軽く手を振りながら片手で卵を割り、だし巻き卵を作る準備をする。
「お前が起きる音がしたからな、様子を見に来たんだぞ」
なるほどぉ、と欠伸混じりに返す。
近付いてきたリボーンはやっぱりどこからどう見ても赤ん坊だ。どんな育ち方をしたら赤ん坊が殺し屋やら家庭教師やらになれるんだろう。
リボーンが隣で勝手にコーヒーを淹れ始める。イタリア人はコーヒー好きと聞くけれど、彼もそうなのかもしれない。赤ん坊が飲んでいることにはもう突っ込まないことにした。
「ツグは後悔してることってねーのか?」
「え……突然なんの話?」
「昨日ツナに聞いたら、好きな女子に告白しとけば良かったって言ってたからな。お前はどうなのかと思ったんだ」
綱吉らしい後悔に思わず声を上げて笑った。諦め癖のある弟のことだ、どうせ告白してもオレなんて……などと考えていそうである。もっと自信を持てば良い線行きそうなのにな、と考えながら「いないよ」と笑い混じりに返した。
「みんな可愛いとは思うけどね、恋愛は面倒だからいいや。デートの途中で寝てばっかの奴なんて向こうから願い下げだろうし」
「そんなもんお前の魅力でなんとかしろ」
「無茶ぶりにもほどがあるなあ」
苦笑しながら卵焼きをひっくり返し、その間に冷めた唐揚げや昨日の夕飯の残りを慣れた手つきで弁当箱に詰めていく。
「後悔していること、ねえ……」
「やりたいことでもいいぞ」
一応真剣に考えてみるが思いつかない。思えば、意外と後悔とは無縁の生活をしてきていた。昔からやりたいと思ったことは必ず叶えてきたし、家継の中で最優先事項である『家族を守る』こともできている。
「やりたいことは全部やってるから、ないね」
「なんだ、つまんねーな」
「ひどくない?」
そこは教師として褒めるべきところではないだろうか。腑に落ちないまま弁当の具を詰め終わり、一息ついたところでリボーンがコーヒーの入った小さなカップを差し出してきた。
「飲むか? 自慢のエスプレッソだぞ」
家継の分も作っていてくれたらしい。ありがたく受け取って一口飲んでみる。
それは今まで飲んだエスプレッソの中で、確実に一番美味しいと言える味だった。濃さも香りも申し分なく、先ほどまでモヤがかかっているようだった頭もスッキリする。こんなに美味しいのだったら毎日でも飲みたいな、と呟くと「気が向いたらな」と言って、リボーンはニヒルな笑みを浮かべた。
▽▽▽
朝の服装チェックを終え、気まぐれで自分の教室へと向かう。すぐに寝てしまうため教室には普段あまり寄り付かないのだが、今日はなんとなく授業を受けたい気分だった。
もしかしたらリボーンのエスプレッソが効いているのかもしれない。
「おお沢田! 聞いたぞ、お前の弟の活躍!」
「あれ、笹川くん……活躍ってなんの話?」
教室に入ると同時に話しかけてきたのは、同じクラスの笹川了平だった。短い銀髪で絆創膏を鼻にひっつけた、ボクシング部主将の熱血漢である。あまり接点のない彼が話しかけてきた、その内容に首を傾げた。
「む、聞いていないのか。実は昨日、オレの妹を巡って剣道部主将の持田と沢田の弟が勝負をしたようでな」
は!? と思わず声を荒げた。そんなこと聞いていない。
「沢田の弟が素晴らしい剣さばきで持田を倒したらしいぞ! 髪を千切っては投げ千切っては投げ、かっこよかったと京子が言っていた!」
「剣さばきなのになんで髪の毛千切ってるのさ! ええ、人違いじゃなく?」
「1-Aの沢田ツナというのがお前の弟なら間違いではないな!」
「ツナじゃなくて綱吉だけど……」
1年A組に沢田という姓は1人しかいないので、間違いなく弟である。
しかし了平の言う綱吉像が全く想像できない。間違っても剣道部の主将なんかに勝負を挑むような性格ではないのに、なぜ。そこまで考えて脳裏に黒衣の赤ん坊の姿が過ぎった。
まさか――リボーンが、綱吉に何かしたのだろうか。それが一番可能性が高い。
「なかなか見込みのある奴だな、ボクシング部に勧誘するのもいいかもしれん」
「やめたげて、多分ボクシングは苦手だと思うよ」
「そうなのか?」
残念だ、と惜しそうな顔をする了平に苦笑する。彼は熱い男を見るとすぐボクシング部に勧誘したがるのだが、家でゲームばかりしているインドア派の綱吉には酷だろう。
他にもボクシング部に入れそうな人はきっといるさ、と了平に言って席に座る。チャイムが鳴り、HRが始まってからも家継の頭の中は先ほどの話でいっぱいだった。
午後になって応接室へ移動した。恭弥は外出しているようで、部屋には家継しかいない。ソファに座り残っている仕事の確認をしながら思考を巡らせていた。
リボーンはどんな方法で、あの綱吉を勝負事に引っ張り出したのだろう。そればかりが気になって何も手につかない。計算ミスを連発してしまったので、ホッチキスで書類をまとめるだけの作業に変えた。
帰ったらリボーンに聞こう、と考えながら書類を手に取ると、ふいに気になる単語が目に入る。
「集団食中毒……?」
今日、1年A組の生徒が複数、食中毒で欠席するという内容の書類だ。綱吉もA組である。何だか嫌な予感がしたが、それが何なのかまでは分からなかった。
「……寝るかあ」
あまりにも気が散るので、寝てしまうことにする。あくびを連発しつつよっこらせと立ち上がり、毛布を取り出すためにロッカーに手を掛けて。
――その瞬間、外で爆発音がした。
南校舎裏、と即座に音の発生源を判断して応接室を飛び出した。恭弥が学校にいない今、一番早く対応できるのは家継だ。
普段ならもっとゆっくり向かうのだが、マフィアという存在がはっきりと身近になった今、綱吉の身に何が起きてもおかしくない。いつも以上に警戒していた家継は全速力で音のする方へ走った。
弟に、何もなければいいのだけれど。
ドォン! ドォン! と連続で爆発音が続く。
突き当たりの窓を勢いよく開け、爆発音に負けない大声で叫んだ。
「そこ! 何やってる!」
視界を覆っていた煙が晴れ、そこにいた人物が姿を見せる。あれは――確か今日転入してきた1年生の獄寺隼人、だっただろうか。イタリアからの帰国子女で……イタリア?
あ、と声を漏らしながら気付く。リボーンもイタリア人である。イタリアといえばマフィアである。
どうして今まで気付かなかったんだ、と頭を抱えたくなったが、そもそも家継が彼の転入届を見たのは1ヶ月前のことだ。仕方がない。
「あ、危ないよ、この人ダイナマイト投げてくるんだ!」
嫌な予感は当たって欲しくなかったのだが、獄寺から少し離れた位置に綱吉がいた。走ってきて良かった、と考えながら不安そうにこちらを見上げる弟へニッと笑いかける。
窓枠に手を置いて、2階から飛び降りた。
「兄さん!?」
難なく着地して「大丈夫だよー」と綱吉に手を振る。いつも眠りこけている姿ばかり見せている上に体質のせいか、弟には病弱だと思われている節があった。残念ながら大抵の大人をボコボコにできる程度に健康優良児なのだが、綱吉には優しいお兄ちゃんとして見られたいので黙っているのである。
こちらにガンを飛ばしてくる獄寺を無視して綱吉に駆け寄った。
「ツッくんは怪我してない?」
「だ、大丈夫……なんとか」
「早かったな、ツグ。一応人払いはしてあったんだが」
「うわ、出た」
にゅっとどこからともなくリボーンが現れて一歩下がる。
「風紀委員だからね……これ、何の騒ぎ?」
「ボスの座を賭けて対決してるんだぞ」
「してないよ! けしかけたのお前だろ……ぶっ!?」
「今回はツナの戦いだからな。ツグ、お前は手を出すなよ」
反論しようとした綱吉にビンタを食らわせながら、リボーンが下がれとジェスチャーをしてきた。
ダイナマイトを持った男相手に何をさせようとしているのか非常に心配だが、リボーンの家庭教師としての腕前も気になるので渋々綱吉から離れる。
「わかった……でも、1つだけ言わせて」
これだけは風紀委員として先に言っておかねばならない。
「獄寺隼人、校内は禁煙だし爆発物の持ち込みも禁止だよ!」
「それ今言うー!?」
「うるせえチビ! 誰だか知らねえが偉そうに指図すんな……まとめて果てろ!」
火に油を注いでしまったようだ。獄寺が大量のダイナマイトにタバコで火をつけ、こちらへと投げてきた。
ごめんツッくん、と心の中で謝る。家継も綱吉も走れば避けれる位置にいたのだが、運の悪いことにダイナマイトが転がった方から1人の生徒が歩いてきた。
「おーツナ、何してんだ?」
「山本!」
綱吉と同じクラスの山本武だ。野球部のエースだったはず。短い黒髪で爽やかな好青年、といった風貌の彼がニコニコと近付き、爆発間近のダイナマイトを拾ってしまった。
流石にまずいかと家継が動くよりも早く、綱吉が駆け出す。
「け、消さなきゃ……!」
「ツッくん!」
綱吉が手を伸ばし、山本の持つダイナマイトの火を握りつぶした。あちち! と叫んだ綱吉の手のひらは確実に火傷しているだろう。足元にもまだまだ火のついたダイナマイトはある。
このままでは2人とも爆発に巻き込まれてしまう。
駆け寄ろうとしたが、ズボンの裾を小さな手に掴まれていて危うく転びかけた。「リボーン!」咎めるように振り返り、絶句する。
リボーンが綱吉に銃口を向けていた。
「何を……ッ!!」
「まあ、黙って見てろ」
止める間もなく発砲音が響く。
銃弾が綱吉の脳天に直撃して、ゆっくり倒れていくのを呆然と見つめる。嘘だろ、と思う間もなく――次の瞬間ぶわりと綱吉の額に炎が灯り、服が弾け飛んだ。
服が、弾け飛んだ(2回目)。
「な……なに?」
「リ・ボーン! 死ぬ気で消化活動ー!!」
ものすごく既視感がある。昨日も見たあの姿。
パンツ一丁の姿で、人が変わったように次々と手でダイナマイトの火を握り潰していく弟の姿を呆然と見た。
「さっきツナに撃ったのは死ぬ気弾だ」
「……死ぬ気弾?」
「ボンゴレファミリーに伝わる銃弾でな。後悔している人間の脳天を撃ち抜けば、後悔していることに対して死ぬ気で頑張らせることができるんだ。ただし、何も後悔していない人間に撃つと本当に死んじまうから注意が必要だけどな」
「ああ……それで今朝、おれに後悔してることがないか聞いたのか」
説明を聞いて納得し、ばくばくと跳ねていた心臓が落ち着いてくる。本当にびっくりした。危うくリボーンを殺しにかかるところだった。
今の綱吉の状態は、死ぬ気で火を消せばよかったと後悔したから発現したのだろう。
「ん? 待てよ、昨日ツッくんがパンイチだったのって……」
今朝リボーンから聞いた、綱吉の後悔していることを思い出して微妙な顔になる。
「笹川京子に死ぬ気で告白してたぞ。振られたけどな」
「何させてんの!?」
パンイチで勢いよく告白されたら誰だって断るに決まっている。
鬼だ……と呟きながら綱吉に視線を戻すと、消火活動は終わったようだった。なぜか獄寺が土下座している。
目的を果たせば『死ぬ気』の状態は解除されるのか、綱吉の額の炎は消えていた。
「お、お見それしましたー! 貴方こそが10代目にふさわしい! この獄寺、地獄の果てまで貴方について行きます!」
「え、えええっ?」
「変わり身早っ」
思わず家継が突っ込む。目を輝かせて綱吉を見上げる獄寺は、尻尾があればぶんぶん振っていそうな勢いだ。さっきまでの不良然とした態度はどこへいった。
「あはは、これって何のゲームなんだ?」と笑いながら近付いた山本が綱吉に話しかける。
「楽しそうじゃん、オレも入れてくれよ! 10代目……ってことはツナがボスか?」
「山本まで!? い、いや、オレボスになるつもりは全然……」
隣にいたリボーンが「ファミリー、2人ゲットだぜ」と呟く。なるほど、これは仲間を集めるための作戦だったのか。確かに綱吉を守る者がいればそれだけ安全になる。
結果的に綱吉にとっていい方向へ進んだことに、家継は少しだけリボーンを尊敬した。綱吉自身はボスになることを嫌がっているようだが、切っても切れない血の繋がりがあるというのなら、一般人よりいっそボスになってしまった方が堂々と守れて安全だと家継は考えている。幼い頃から敵の存在を知っていたために、綱吉がボスになることに関しては肯定的に捉えていた。
「それにしても……」
ダイナマイトを素手で消すという思い切った行動や、この短時間で2人も仲間にしたのは綱吉自身の力だ。弟の秘められた力に思わず家継はほろりと泣いた。
「ツッくん、立派になって……」
「兄さ……な、泣いてるー!? なんで!?」
「油跳ねるのが熱いからって揚げ物すらできなかったツッくんが、こんな……こんな……」
「やめて、さらっと恥ずかしいこと暴露しないで!」
「あはは、ツナって面白いな!」
「山本に笑われてるし!」
ぐすぐすと鼻を啜っていたが、背後から掛けられた声に家継はぴたりと止まった。
「なんだぁ、アイツ」
「だっせー! あのパンツ男!」
ギャハハハ、と笑う声にゆっくりと振り返る。3年の不良たちが綱吉を指差して笑っていた。
彼らの顔にどうにも見覚えがあると思ったら、昨日タバコを吸って恭弥にボコボコにされていた奴らだ。ダイナマイトを取り出そうとした獄寺を制止し、声をかける。
「随分と元気そうだねえ! 咬み殺されるだけじゃ足りなかったのかな?」
「はあ? 誰だテメ……げっ!?」
「風紀委員の沢田!?」
一気に顔が青ざめる不良たちを尻目に、家継は優しく綱吉の肩に手を置いた。
「ツッくん、ちょーっと後ろ向いててくれる? 10秒だけでいいから」
「え? う、うん。分かった」
素直に後ろを向いた弟にニッコリと笑い――次の瞬間、地面を蹴り飛ばして不良たちに一瞬で間合いを詰めた。
勢いを保ったまま真ん中にいた男の鳩尾を飛び蹴りで抉る。体を捻って方向転換し、左側の男のこめかみを蹴り飛ばした。地面に着地して右側の男の胸倉を掴み、勢いよく頭突きを食らわす。この間わずか3秒である。
意識を失った不良たちが地面に崩れ落ちた。
「あ、あの鮮やかな手並み、一般人じゃねえ!」
「あれはツナの兄の家継だぞ」
「リボーンさん……ってええ!? 10代目のお兄様!?」
「諸事情でボス候補の補欠なんだ、後継者争いには基本参加しねーから安心していいぞ。現時点では最強のファミリー……だな。オレも、あんなに動けることは今初めて知った」
ただいまー、とのほほんと帰ってきた家継を獄寺と山本が引きつった顔で迎える。
「え、なに? 何が起きてるの?」
「もういいよ、ツッくん。ちょっと注意したらみんなびっくりして倒れちゃったみたい。風紀委員って怖いイメージで広まってるからなあ、悲しいなー。あー動いたら眠くなってきた……」
振り向いた綱吉が倒れる不良を見て「風紀委員ってこえー!」と叫ぶ姿を満足げに見つめる。素直な弟が今日もかわいい。
ひと仕事終えた家継は片手を挙げた。
「じゃー、対決も終わったみたいだしおれは寝てくるよ。備品の破損がないから今回は見逃すけど、次からタバコとダイナマイトは学校で出さないようにしてね、獄寺くん」
「……う、うっす……」
引きつった顔のまま獄寺が小さく頷く。「風邪ひいちゃうから早く服着なよ」と綱吉に言って、家継は校舎の方へと向かった。
爆発音に関してはさっきの不良3人に擦りつけておけばいいだろう。本来なら生徒の校則違反はきっちり恭弥に報告するのだが、綱吉のファミリーになった以上ある程度は見逃すことにした。
綱吉に仲間が出来たということは、家継も彼らを守らなければいけない。仲間が傷付けば綱吉が悲しむことは間違いないのだから。
基本的な思考が弟を中心に回っている家継は、まあまあにブラコンであった。
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tgt.3 牛と蠍の来訪
今日も快晴だ。
柔らかな日の光が射し込む応接室で、家継はうつらうつらとしながら書類の整理をしていた。奥のテーブルでは恭弥がひたすら黙々と作業し、たまにリーゼントが報告に来る。静かで平和な日だ。
一般的な風紀委員の仕事内容は知らないが、並中における風紀委員の仕事はかなり多い。
巡回は校内だけでなく並盛町全体にまで及ぶし、教員会議にも口を出すし、学校中の書類という書類は最終的に風紀委員が管理している。もう完全に支配者のそれだが、気にしていたらキリがないしどうしようもない。風紀委員長の仰せのままに、みんなでせっせと並盛町を管理するしかないのだ。
眠気に襲われやすい家継は、できるところまでやって限界がきたら寝る、を繰り返しながら膨大な量の書類を捌いていた。それにしてもなぜ並盛商店街の決裁書なんてものが紛れているのだろう。いや、考えるな考えるな。
結局昨日の爆発騒ぎに関しては『不良3人が校舎裏で爆竹を鳴らしていたので家継がぶん殴った』という内容の報告書を、原稿用紙2枚分くらい使ってそれっぽく書き提出した。
恭弥から何も言われなかったので誤魔化せたはずだ。あとは獄寺がタバコとダイナマイトを持ち込まず、リボーンが何もしなければ平和に過ごせるだろう……多分。
なぜかこれで一安心とはどうしても思えず、小さなため息を吐く。
「ねえ、あの赤ん坊は?」
「へっ、な、なにがっ?」
機械的に判子を押していた恭弥がふいに口を開いた。驚いて声がひっくり返る。
「君んとこいるんでしょ、結局なんだったの」
ダイナマイト隠蔽事件がバレた訳ではなく、一昨日校門でリボーンと遭遇した後のことを聞かれているらしい。そう理解して内心ほっとした。
「言ってなかったっけ……なんか、ほんとに家庭教師だったみたいだよ。住み込みの。教わるのは主にツッくんの方だけど」
「ふうん。戦った?」
「恭弥はそればっかだなあ、戦ってないよ」
首を横に振ると、フンと鼻を鳴らして恭弥は手元に視線を戻した。
「……おれとツッくんって、イタリアンマフィアのボスの直系の子孫なんだってさ。だからツッくんをボスとして育てるぜーっていう感じの家庭教師」
「へえ」
非常に淡白な返事が返ってきた。
「……もうちょっと驚いてもよくない?」
「君に外国の血が流れてることは一目瞭然だし、君が狩ってた群れ、どう見ても外国人な上に堅気じゃないでしょ。そういう筋との関係があるんだろうってことくらい分かるよ」
「嘘だろ……おれ、リボーンが来てやっと気付いたのに」
可哀想なものを見るような目で見られた。普通、殺す相手なんてあまり見ないし考えないと思う。
……いや――逆か。家継の方がおかしいのかもしれない。今までは何も考えずに、敵がいる、おびき寄せる、消すのシンプルな考えで行動していた。それだけではダメだったのかも、と困惑して手を口に当てる。
家継の表情を見た恭弥は肩をすくめた。
「別に、今のままでいいんじゃないの」
「……そうかな?」
「どっちにしろ咬み殺すんだ、一緒だろう?」
さっきまで哀れみの目で見ていたくせに、そのままでいいとはどういうことだ。しかし恭弥の言うことも、もっともだと思ったので「そっかあ」と頷いた。
書類を置いてぐっと上半身を伸ばす。連鎖的に出たあくびにそろそろ眠ろうかと考える。傍らに畳んで置いてあった毛布を取り、広げたところでノックの音がした。
入ってきたのは1年の風紀委員だ。普段は一昔前の不良のような見た目通りに、言動も荒っぽい者が多いのだが、恭弥の前では揃って礼儀正しい。
「ヒバリさん、校内に子供が入り込んでいるようです」
「子供?」
明らかに恭弥の声音が弾んだ。
「僕が行く」
「は、はい!」
「あ、おれも」
立ち上がった恭弥に続いて家継も身を起こした。子供といえばリボーンしか思いつかない。だからこそ恭弥は反応したのだろう。家継もリボーンに巻き込まれる綱吉が心配でついていくことにした。
小さな家庭教師が来てから弟が元気になったのはいいが、部屋から聞こえてくる声の大半が「ひえぇー!」とか「ギャー!」なんていう悲鳴なのはどうかと思う。爆発音や銃声も絶えないし、そろそろご近所から苦情が来そうだ。
相変わらず勝手に人の波が割れていく廊下を歩き、目撃情報のあった一年の階へ向かう。A組の前に人だかりができており、騒ぎに集中していた生徒がこちらに気付いてざっと引いた。
案の定、中心にいたのは綱吉だ。足元になにかが引っ付いている。
「ひえっヒバリさん……と、兄さん!」
「よっす! ツナの兄ちゃん!」
こちらを見た瞬間慌てる綱吉と、手を挙げて挨拶してきた山本、複雑そうな表情で会釈だけしてきた獄寺の3人へ笑顔で手を振った。
辺りを見回したがリボーンの姿は見えない。
「ツナぁ〜!」
綱吉の足元から声がする。引っ付いていたのは子供だったらしい、あの子が騒ぎの元凶のようだ。
牛柄の服を着た、黒いもじゃもじゃ頭の子供が綱吉のズボンの裾を引っ張っている。家継と恭弥がそれに視線を向けていることに気付いた綱吉は「すいません、すぐに返しますからー!」と言って、足に子供を貼り付けたまま走り去ってしまった。
「え、ちょっと!?」
「10代目!」
「授業始まるまでに戻ってこいよー!」
山本が声を掛け、獄寺は綱吉を追いかけていく。手を中途半端に浮かせたまま、家継は眉を下げた。
「……恭弥がいるとツッくんが逃げる」
「知らないよ、文句があるなら弟に言いな」
半分八つ当たりで唇を尖らせる。リボーンがいなかったせいか少し機嫌の悪い恭弥が、踵を返し「寝る。君は追うなり好きにしたら」と言ってその場を後にした。
眠気はあるのだが、牛柄の子供のことが気になるので綱吉たちの後を追うことにする。
どうやら彼らは中庭に向かったらしい。
授業が近いために生徒の姿はほとんどなく、おかげですぐに見つけられた。綱吉たちの姿が視界に入ると同時に、獄寺がダイナマイトを子供に投げたのもばっちりと見てしまったが。
「わーお……」
昨日の今日で堂々とダイナマイトを持ってくるメンタル、嫌いじゃない。彼は注意しても聞かないタイプだな、と考えながらゆっくりと近付いた。
ダイナマイトを食らっても意外とピンピンしていた子供が元気よく泣き出す。その傍らには壊れたロケットランチャーが転がっていて、またマフィア関係かと小さく溜息を吐いた。
「――で、今度はどこのどちら様?」
かなりの至近距離で声を掛けると、綱吉と獄寺が勢いよく振り向いた。
「うわぁっ!? に、兄さんついてきてたの!? いや、この子リボーンの知り合いらしいんだけどさ。今朝いきなりウチに来てリボーン襲って、コテンパンにやり返されてて……」
「ボヴィーノファミリーのヒットマンだぞ」
へえ、と頷きかけて二度見した。
「あれっ、リボーンいるじゃん」
「ちゃおっス」
いないと思っていたのに普通にいた。しかも何故か手洗い場の一部が自動ドアのように開き、そこから出た小さな椅子に座っている。
「どうやって出てきてるのさ」
「兄弟揃って同じツッコミするんだな、10点減点だぞ」
「理不尽すぎない?」
どういう仕組みなのか教えてくれない上になぜか減点された。何のポイントだ。
泣き喚いていたヒットマンらしい子供がもじゃもじゃ頭に手を突っ込んだかと思うと、大きなバズーカを取り出した。どこにそんな収納力がと考えている間に、子供が自分に向けてバズーカを撃つ。
ボン、と大きな音がして煙が一面に広がった。
「な、なんだ?」
綱吉が呟く。煙の中から子供ではない気配を感じ、家継は弟を庇うように一歩前へ出た。
煙の中から出てきたのは――青年だ。天然パーマらしい黒髪に垂れ目、胸元の開いた牛柄のシャツとずいぶん色男らしい格好をしている。余裕のある様子でこちらに歩み寄ってくる彼が、綱吉を見て小さく笑った。
「お久しぶり、若きボンゴレ10代目。10年前の自分が世話になってます、泣き虫だったランボです」
「な、なんだってー!?」
ランボという名前に聞き覚えはなかったが、10年前という単語と綱吉の反応で薄々察する。
「10年バズーカだな。ランボの所属する、ボヴィーノファミリーに代々伝わるという武器だ」
「10年バズーカで撃たれた者は、10年後の自分と5分間だけ入れ替わることができるんです」
リボーンに続いて青年が説明をした。
家継の予想通り、この青年は先ほどまで泣いていた子供の10年後の姿ということらしい。死ぬ気弾といい、マフィアの科学力は進化しすぎな気がする。
ランボと名乗った青年は、綱吉のことを『若きボンゴレ10代目』と呼んでいた。10年後にはしっかりとボスになれているのか。
「……よかった」
小さな呟きは誰にも拾われずに済んだらしい。「嘘、このかっこいい兄さんがあのランボ!?」と綱吉が驚愕するのを微笑ましく眺め、目を細めた。
「若き家継さんは……お変わりないようで」
「うん……うん? お変わりない?」
今、聞き捨てならないことを聞いたような。綱吉に向けていた視線をランボに向けると、彼は困惑した表情を浮かべている。家継も困惑した。
「つかぬ事をお伺いしたいんですが……もしかしておれ、10年後も身長……伸びていない?」
「あー……えー……」
「目がすっげー泳いでる! マジで!? おれ180センチのナイスガイになる予定だったのに!」
「え、兄さんそんなに伸びるつもりだったの!?」
ショック! と叫んで両手で顔を覆う。家族を華麗に守る高身長イケメンを目指して、こっそり牛乳を毎日飲んでいたのに。ひどい。綱吉の何気ない一言がさらに家継を傷付けた。
家継の肩にリボーンが乗ったかと思えば、小さな手でぽんと頭を撫でられる。
「大丈夫だツグ、男のかっこよさは身長なんかで決まらねえ」
「リボーン……」
赤ん坊の彼が言うと説得力が違う。なんだかリボーンがとても偉大に見えた。
それから大人ランボがリボーンに攻撃を仕掛けたり、見事返り討ちにされたりと色々あったが、とりあえず備品が壊れたりなどすることはなく、平和に事は収束した。10年後のランボも、元に戻ったランボも泣いていたけれど。
▽▽▽
「ただいまー」
帰宅したが、母は外出中のようで返事はなかった。買い物だろうか。家継は何気なく視線を下に向けて、女性物の見慣れない靴があることに気付いた。それと、リビングに知らない気配があることにも。
誰だろう、と特に何も考えずにリビングの扉を開く。
「あら、おかえりなさい」
「遅かったな、ツグ」
「!?」
見知らぬ女性がダイニングテーブルに肘をついて座り、こちらを見ていた。赤みがかったロングヘアに少し気怠げな表情の美人だ。しかもなぜかリボーンを膝に乗せている。
「えっと……どちら様?」
「こいつは毒サソリビアンキ。フリーのヒットマンだ。オレを追いかけて日本まで来たんだぞ」
「うふふ、貴方のためなら何処へでも行くわ」
恍惚とした表情でリボーンを抱きしめる彼女に「はあ……」と返すしかなかった。
またヒットマンである。ほとんど1日に1人の勢いで訪れているんじゃないだろうか。これから先が思いやられる。
「ツッくんは?」
「アイツなら2階だ。獄寺もいるぞ」
「ほんと? 顔だけ出してこようかな……」
獄寺には何となく避けられている気がするが、家継としては綱吉のために、程々に友好関係を築いておきたいのだ。どうやったら仲良くなれるだろうかと考えながら踵を返そうとしたが、ビアンキに呼び止められた。
「ああ、2階に行く前にこれを食べて行きなさい。私も今日から住み込みで家庭教師の一部を担当するから、お近付きの印に」
そう言って、彼女がテーブルの上に置いてあった皿をこちらへ差し出す。
家継は皿の中身を見て一歩引いた。
全体的に紫がかった固形物がいくつも入っており、虫やらキノコやらがチラチラ見え隠れするわ紫色の煙が上がっているわ――どう見ても毒物である。こんなに全力で毒物ですと主張している食べ物も珍しい。食べ物かどうかすら怪しい。
「これはなん……ですか?」
「見て分からない? クッキーよ」
見て分からないです、と心の中で返した。
「ビアンキはポイズンクッキングっていう技を持っているんだぞ。作る料理の全てが毒物になるんだ」
「せんせー、説明してくれるのはありがたいんだけど、それでおれにどうしろと?」
「……すぴー」
「目開けたまま寝ないで!?」
立派な鼻提灯をぶら下げた教師に見捨てられた。ずいっとクッキー(毒)の皿を突きつけられる。
「私の気持ちが受け取れないっていうの……? ランボは食べてくれたわよ」
「え、ランボが!?」
嘘だろ、と呟くとビアンキが家継の後ろを指差した。おそるおそる振り向く。確かにランボはいた。ただし、フローリングの床に転がって泡を吹いている姿で。
こわい。
女性を怖いと思ったのは生まれて初めてである。完全に断れない空気が漂っているため、家継は腹を括ることにした。策がない、訳でもないのだ。
家継には不思議な能力がある。
半径1メートル以内なら何でも凍らせることができ、凍らせたものを砕けば跡形も無くなって消える異能の力。
以前、砕けたカタマリが溶けたら肉片とかにならないのだろうか、と不思議に思い観察したことがある。結果として、砕けた破片は水蒸気のようになって消えていたので、この能力はあまり物理と関係ないらしいということが分かっていた。
つまり、だ。この能力の不思議理論でいけば、目の前に迫るポイズンクッキングを口に入れた瞬間に凍らせ、噛み砕いて飲み込んでしまえば、胃の中で毒ごと消えるはずなのである。
一か八かやるしかない。
えいやっとクッキーを一枚つまみ、口の中に放り込んだ。リボーンの鼻提灯がパチンと割れる。
クッキーが舌に触れる寸前に、一瞬で凍らせた。しかし、今凍らせたら噛み砕く時の音で異変に気付かれるのでは? と今更なことに気付く。
一旦解凍して、噛み砕いてから凍らせるしかない。覚悟を決めて氷を溶かした瞬間、強烈な味と刺激が舌に走った。「うっ」と口元を押さえながらもなんとか噛み砕く。
砕かれたクッキーを即座に凍結させて、まとめて飲み込んだ。舌に大ダメージを受けたが、これで内臓は死守できたはずだ。多分。
「ご、ごちそうさま……じゃあツッくんとこ行ってくる……」
とにかくこの場から早く離脱したい。その一心で家継は口元を押さえながらよろよろとリビングを出た。
▽▽▽
「……あの子、私の料理を食べても倒れなかったわ。リボーン」
「オレは何もしてねーぞ、あいつの自力だ……どうなってやがる?」
ビアンキとリボーンは視線を合わせ、家継が閉めた扉を見つめていた。
▽▽▽
「ツッくーん……」
「あ、おかえり兄さん……って顔青いけど大丈夫!?」
「なんとか。ビアンキの料理、やばいね……」
「食べたの!?」
綱吉の部屋に突撃して床にへたり込む。まだ舌から微妙な気持ち悪さが伝わってくる。
ベッドでも借りようかと思ったのだが、そこには先客がいた。
「なんで獄寺くんがそこで寝てるの?」
「ああ……それにはふかーい理由がありまして……」
悟りを開いたような表情の綱吉が言うには、なんと獄寺はあのビアンキと姉弟だったらしい。幼少期にビアンキからポイズンクッキングを食べさせられたおかげで、彼女を見るだけでお腹が猛烈に痛くなるようになってしまったのだとか。
ベッドでうなされている獄寺に、とりあえずナムナムと拝んでおく。
「そうだ、獄寺くんが言ってたんだけどさ」
「うん?」
「……獄寺くんって、年上は全員敵だって思ってるらしくて。その上、兄さんって兄弟の上じゃんか。ビアンキと立場も被るし、余計に接しづらいらしいんだよね」
「え、そうなの?」
「10代目のお兄様なのに申し訳ない、でもいけ好かねえーって悩んでたんだ……どうすればいいと思う?」
「あー、なるほどなあ。別に、無理に愛想良くする必要はないと思うけど」
友好的に接したいと考えてはいたが、無理やり仲良くとまでは思っていない。
家継は好きなものは好き、嫌いなものは嫌いときっぱり分けるタイプだ。なので獄寺のような悩みとは無縁であり、理解もできなかった。しかし弟が悩んでいるのなら解決してやらねばいけないだろう。
困ったような表情の綱吉に、にっこりと微笑みかける。
「まあ、その辺は後でなんとかしとくよ。大丈夫」
「ほんと?」
うん、と頷いて立ち上がった。
「おれは部屋に戻るけど……獄寺くん、夕飯までに起きれるかなあ? 母さんはまだ帰ってこなさそうだけど」
「どうだろ。ビアンキがいたらまた倒れちゃいそう」
綱吉の言葉でリビングにはビアンキがいることを思い出した。そして、ある可能性に気が付いて家継はさっと顔を青ざめさせる。
「ツッくん、ビアンキが住み込みの家庭教師ってこと……知ってる?」
「……えっ」
一気に綱吉の顔も青ざめた。ビアンキ、住み込み、夕食。ここから導き出される予想は――……紫色の食卓、一択である。
「ど、どうしようー! このままじゃ家族全員死んじゃうよ!」
「いや、大丈夫、おれが全力を尽くして阻止する。何があっても朝昼夜の3食だけは台所に立ち入らせないから……!」
「兄さん……!」
握りこぶしを作る兄と、それを拝む弟。
家継の奮闘の甲斐あって、その日の夕食は無事に普通の色をしていたという。
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tgt.4 日常に潜む
ご無沙汰しております!
tgt.3がどうしても納得いかなくてそのまま放置してしまっていたのですが、なんとか微妙に変えることで続きを書けるようになりました。ついでに0から3まで細かい修正を入れています。
一週間に一回くらい更新できたらいいな……という願望はありますが、また止まっていたらごめんなさい。一応最後まで話の展開は決まっているので、完結は絶対にしたいと思っています。のんびりよろしくお願いします。
並盛町の、人気のない路地裏。そこでは鈍い打撃音が響いていた。「ぐえっ」「ギャッ」というカエルの潰れたような声と共に人が宙を舞う。地面に叩きつけられた男の背中を踏みつけ、微笑みながら家継は武器を構えた。
「ほら、復讐なんだろう? もっと真剣にかかっておいでよ」
――事は、家継が巡回のために町中をぼんやりと歩いていたところから始まった。人気のない路地裏を通っていたら突然20人くらいの柄の悪い男たちに囲まれたのだ。
「……なにか?」
「お前、風紀委員だよなあ? よくもワシらの組を潰してくれたな……おかげで計画がパァじゃ、組員もワシも明日の飯すら買う金がねえ! 許さんぞ……許さんぞ雲雀恭弥ァ!!」
「いや、それおれ無関係……うわっ」
身に覚えのないことを叫んだ男が、ドスを構えて斬りかかってきた。慌てて避けたが、他の男たちも次々と武器を取り出し始める。
どうやら恭弥がどこかのヤのつく自由業の組織を潰し、その報復で風紀委員を襲おうとしているらしい。完全にとばっちりである。
風紀委員は不良出身が多いために一般人よりは喧嘩が強いが、刃物を持った成人男性数十名を相手にするのは流石に難しいだろう。家継はたまたま狙われたのが自分で良かったと呑気に考えながら、学ランの裏から武器を取り出した。そして冒頭に至る。
家継が取り出したのは三節棍。3本の棒を鎖で繋いだ、中国武術で使われる打撃武器だ。幼馴染の伝手で入手した真っ白な金属でできたそれは、家継の体に合わせて1つの棒が30センチと短めになっている。
元々は恭弥が「君が素手だとトンファーで殴り甲斐がない。何か武器持って」と無茶振りしてきたので適当に選んだものだ。しかし、リーチは長いし、刃物も弾き返せるほど頑丈なので今では愛用している。
片端の棒を持って鞭のように振り回し、距離を取らせると共に武器を弾く。持ち前の俊敏さで相手に詰め寄り、両端の棒を持って頭部を殴り、腹を蹴り飛ばした。
次々に男たちが襲いかかってくるが、流れるような動きで無力化していく。凶悪な幼馴染に比べれば無抵抗の人間を殴っているような気になるほど生温い。
数分でその場には気絶した人間の山が出来上がった。スマホを取り出して電話を掛ける。
「あーもしもし、草壁くん? 3丁目の路地でヤクザの残党みたいなのがいて、うん。20人くらいかな、刃物持ってたから、警察の手配お願い。はーい」
通話終了のボタンを押して、大きな欠伸をした。
「見回りの時間も終わったし、帰るかあ」
1週間に1回は先程のように絡まれる。他の風紀委員より風紀を乱す者との遭遇率が高いのだ。
きっと、小さいせいで舐められやすいのだろう。戦いは嫌いではないので構わないのだけれど、同時に身長が伸びないという残酷な未来を思い出して家継は溜息を吐いた。
▽▽▽
帰宅すると、また見知らぬ靴が玄関にあった。リビングから出てきた母と鉢合わせする。
「あら、いーくんおかえりなさい! いま獄寺くんと山本くんと、リボーンくんのお友達が来てるわよ」
「せんせーの友達……?」
ということは、またまたマフィアだろうか。
本来、家継は人と接するのが苦手だ。こうも初対面の人間に連続して遭遇するとストレスが溜まってくる。
「ちょうどよかったわ、ジュースとおやつ持って行ってくれないかしら?」
「ん、いいよ」
とはいえ母の頼みは断れない。彼女から飲み物とおかきを乗せたお盆を受け取り、2階へと向かった。部屋の扉をノックして「入るよー」と声を掛ける。部屋の中では綱吉、獄寺、山本、そして見知らぬ少女の4人がテーブルの周りで深刻な表情をしていた。
「……え、なに? この空気」
「はひ!? どなたですか!?」
家継を見て少女が声をあげる。パッと見、普通にかわいらしい女の子だ。黒髪を後ろで結び、名門校である緑中の制服を着ている。
リボーンの友達にしてはあまりにも普通の女の子で内心首を傾げていると、綱吉が家継を指差した。
「オレの兄さんだよ」
「ええっ!? あなたの兄弟、ということは……お兄さんもリボーンちゃんをいじめてるんですか!?」
「は? なんて?」
テーブルにお盆を置いた姿勢のまま固まった。机の上にいたリボーンが少女に向かって首を振る。
「こいつは何もしてこねーぞ」
「そうですか、よかっ……何も? いじめられてるリボーンちゃんを見て何もしないのは、いじめてるのと一緒です! サイテー! やっぱりハルがこの問題を解いてリボーンちゃんを助けないと……!」
騒ぐだけ騒いで、むむむと眉間にシワを寄せて紙と睨めっこを始めた、ハルというらしい少女を呆気に取られながら見た。
綱吉が疲れた様子でぼやく。
「こいつ、オレがリボーンをいじめてると思ってるんだよ……意味わかんないけど」
「嘘でしょ、普通逆じゃないの――いって!!」
リボーンのいる方向から、猛烈なスピードで消しゴムが飛んできて額に直撃した。めちゃくちゃ痛い。涙目で額を押さえながら綱吉の隣に座る。
「せんせーの友達って母さんが言ってたけど、どっちかっていうと……愛護家?」
「オレの所在を賭けて勝負してるんだぞ。ツグ、お前もやってみろ」
リボーンに、綱吉たちや少女の持っている紙と同じものを渡される。どうやら数学の問題らしい。
「この問題をオレらが先に解けたら小僧はツナのとこにいて、そっちの女の子が解けたら小僧は女の子の家に行くんすよ! オレら全然問題解けなかったんすけどね!」
「笑ってんじゃねーよ野球バカ! 10代目、オレは絶対問題解いて見せますよ!」
「いや、むしろリボーンはもらっていってほしいけど――いって!!」
綱吉にも消しゴムの洗礼が行われてしまった。
山本の説明で、ようやく部屋に入ったとき重苦しい空気だった理由がわかった。問題が難しすぎたのだろう。言い合いをする獄寺と山本の声を聞きながら問題を見てみたが、家継にも全く分からなった。
「おれはギブかな〜、全然わかんない、あはは!」
「兄さんも分かんないの!? これ何年生の問題だよー!」
リボーンが出て行くことで綱吉のためになるのであれば本気で頑張りもするのだが、今のところ悪影響ではない、と思うので頑張る必要もない。早々に紙を投げ出して立ち上がった。
「じゃ、おれは昼寝してくるから皆さん頑張って」
「ええええ」
綱吉の悲鳴に苦笑しながら部屋を出る。
その日の夕食の席で、鮭の塩焼きをお箸でつつきながら綱吉はげっそりとしていた。
「なんだよ〜、無茶苦茶だよあんな答え!」
「オレの理論が理解できねえってのか」
できるか! と綱吉が叫んだ。
「ツグもあの問題が解けねえとは、未来の補佐が聞いて呆れるな。明日はお前の勉強を見てやるぞ」
「補佐って確定なんだ……いや、おれは間に合ってるよ。授業寝てても良いように、中3の分まで予習終わってるし」
「え、マジで!?」
「じゃあ次は高3までだな」
いやだ……と呟いたが無視された。生徒の声にもっと耳を傾けてほしい。
「ガハハ! このたまごやきおいしいんだもんね〜!」
「リボーン、スープの熱さはどうかしら」
いつの間にかランボまでちゃっかり家にいるし、ビアンキも馴染んで食卓が随分と騒がしくなった。母も綱吉もそれなりに楽しそうなのは良いことだ。
隣に座っていたランボに皿を差し出す。
「ランボ、おれの分の卵焼きも食べる?」
「いるー!」
疲れているのかあまり食欲がなかったので、食べてくれてありがたい。綱吉にも昔は好物をあげていたなあと思い出しては頬を緩ませながら、「ごちそうさま」と手を合わせる。
風呂を済ませて自室に戻ると、なぜかリボーンがベッドの上にちょこんと座っていた。
「今日はここで寝るぞ」
「そうなの? ツッくんの絵以外何にもないけど、まあくつろいでってよ」
「お前は本当にブラコンだな」
「いやあ、それほどでも」
「全く褒めてねえぞ」
家継の部屋は物が少ない。ベッドと教科書の詰まった本棚に、整頓された勉強机、そして壁にぐちゃぐちゃの絵が額縁に入れて飾ってあるだけだ。幼稚園の時に綱吉にプレゼントされた、家族全員の絵が描かれたクレヨンのイラストである。
このエピソード聞く? とわくわくしながらリボーンに聞いたが「いい」と即答された。悲しい。
特にすることもないので早々にベッドに入る。リボーンもいつの間にか、どこから吊り下げているのかよく分からないハンモックに横たわっていたので電気を消した。
微睡んでいる最中にぽつりとリボーンが呟く。
「獄寺がファミリーに入ったとき、お前は一瞬で不良を叩きのめしていたが……その強さ、誰に教わったんだ? お前の隣にいたヒバリってヤツか?」
「ん……そうだよ。幼稚園の頃からね、容赦なく手合わせに付き合わせられてて。あいつのお陰で予想以上に強くなれたから、感謝はしてるんだけど……小学校低学年の頃にヤクザのシマに2人だけで殴り込みに連れて行かれたりとか、色々……あったなあ……」
遠い目をしながら思い返す。あの時は楽しかったが、流石に死ぬかと思った。
「やべーな……ってことは、そいつは裏の事情にも詳しいのか?」
「詳しいんじゃない? 詳しいどころか裏組織の頂点に居そうな勢いだし」
「――そうか」
相槌を打ち、静かになったリボーンを不思議に思い声をかけた。
「で、それがどうかした?」
返事はない。顔を横に向けてみると、リボーンは目を開いたまま寝ていた。かなり不気味だった。
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tgt.5 家庭教師の独白、それから
ダメダメだけれど伸び代はある綱吉。優秀だけれど扱いづらい家継。それが、リボーンの沢田兄弟に対する現在の評価だ。
「いってきまーす」
今日も今日とて気怠そうに家を出た綱吉の後を、リボーンは気配を隠してついていく。彼らの性格は大体把握したものの、まだ観察が必要な段階だ。
快活な野球少年である山本と、スモーキンボムとして名を馳せていた獄寺。今までなら交流することがなかっただろうタイプの彼らを、リボーンがお膳立てしたとはいえ、あっさりファミリーに引き入れた綱吉には中々見込みがある。
自分を下げる卑屈な部分や諦め癖が目につくが、根っこはお人好しで愛される才能を持った人間だ。求心力はボスに必要な要素であり、それが愛されるものであればなお良い。
しかし、兄である家継は――。
並中へ近付くにつれ、校門前で服装チェックをしている家継が視界に入った。
眠そうに目を細めた、綱吉よりも少しだけ吊り目がちな童顔に、母の奈々に合わせたのか肩まで伸ばされている金髪。二次性徴を迎えていなさそうな幼さのせいも相まって、異国の少女のようにしか見えない風貌だ。
人は見かけによらない……そのことをリボーンは理解しているつもりだったが、あれでいて強いことや、人を傷つけることに躊躇いのない戦い方をしていたことには少々驚いた。
歩いてくる綱吉に気付いた家継が、嬉しそうに頬を緩める。
家継はとにかく家族を愛していた。それ故に家事の手伝いを積極的にこなし、授業には出席しないものの常に成績上位を保ち、弟に甘すぎるほど優しい――典型的な『良いお兄ちゃん』であるのだろう。
しかし、家継がリボーンや獄寺たち……つまり家族以外へと向ける言葉は、普通の対応のように見えてどこか淡々としていた。軽口は叩くが感情の起伏が少ない。物腰が柔らかそうに見えて、どこか一線を引いているのだ。
綱吉は全く気付いていなさそうだが。
仲間に支えられるのが綱吉なら、家継は仲間を置いて一人で全てを解決してしまうのだろう。ファミリーのボスよりは独裁者向きだ。
人を警戒することが身に染み付いている。不用意に立ち入れば拒絶されるだろう――そんな空気を纏っていた。リボーンが身を置く裏社会では、腐るほど居るような性質だけれど、あの平和な沢田家でどうしてそんな人間が出来上がったのか。それが一番の謎である。
その謎を解く鍵になり得そうなのが雲雀恭弥だった。家継の幼馴染だという、並盛中学校の風紀委員長でありながら不良の頂点に君臨する者。
彼はかなりの強者であると方々で聞く。家継のことを聞くついでにファミリーの一員として引き入れることができたら、大きな戦力になるだろう。彼には他にも聞きたいことがあるし――そういう訳で。
「そろそろアジトが欲しいな」
昼休み。
屋上で昼食を取っていた綱吉、山本、獄寺の3人の前でそう言ったリボーンは、栗の形をしたコスプレ衣装(ビアンキ作)によって綱吉を気絶させた。そして綱吉を休ませるために、3人を応接室へ向かわせることに成功したのである。
もちろん応接室が風紀委員会の、雲雀恭弥の根城であることを分かっての所業だ。
日の当たりの良い応接室へ、一番乗りで入る。リボーンはそこそこ値の張りそうなソファへ乗り上がって「こんな良い部屋があるとはなあ」と感心しながら部屋を見回す山本たちを迎えた。
「応接室はほとんど使われてねーんだ、家具も見晴らしもいいし立地条件は最高だぞ。家継も潜り込んで熟睡できるくらいだしな」
「じゅ、10代目のお兄様!?」
「うおっ、びっくりした!」
獄寺がやっとソファの上にいる家継に気付いた。できればこの場に居てほしくなかったのだが、この時間帯はいつも応接室で寝ているようだし、ちょっとやそっとの物音では起きないことも確認済みなので寝かせてやっているのだ。
山本と獄寺は反対側のソファに綱吉を横たえた。
「というか、立地条件って……ああ、アジトが欲しいってそういうことか。面白そうだな! 秘密基地かあ」
「子供かおめーは! ……まあ、いいんじゃねえか? ファミリーにアジトは絶対必要だからな」
楽しそうな山本と獄寺に頷く。「決まりだな」とリボーンが言ったその時、部屋の扉が開いて風紀委員がわらわらと入ってきた。侵入者であるリボーンたちを見て訝しげな顔をしている。
「お前ら、ここで何してるんだ。誰に断ってここへ入った」
「ああ? おめーらこそ何の用だ」
「生意気な口をきくな、ここはオレら風紀委員会の部屋だぞ!」
「風紀委員だぁ? 知らねえな、ここはオレたちボンゴレファミリーのアジトになる予定なんだよ!」
掴みかかろうとする風紀委員の手を獄寺が払い、それをきっかけに乱闘が始まった。仕方ないなというように苦笑して山本も参戦する。ボコスカと殴る音をBGMに、リボーンはサイフォンでコーヒーを入れ始めた。
部屋に良い香りが漂い、コーヒーが出来上がった頃、風紀委員は1人残らず床に伏していた。「流石だな」と言いながらコーヒーを山本たちに渡す。
さて、そろそろ会議が終わる頃だが。
「ふん……番犬の役にも立たないね」
――来た。
本命のご登場にニヤリと笑う。雲雀がリボーンに気付いたようで目が合った。その途端、彼も楽しそうに口元を吊り上げる。
どうやら以前から目を付けられていたらしい。他の2人には目を向けず、まっすぐリボーンに話しかけてきた。
「やあ、赤ん坊。僕と戦ってくれない?」
「何だ? おめーもこいつらの仲間か?」
「獄寺、待て……っ」
山本の制止も虚しく、雲雀に近寄った獄寺はトンファーでさっくりと意識を刈り取られた。流れるように山本も一撃で昏倒させられる。
「僕は弱くて群れる草食動物が嫌いでね……視界に入ると咬み殺したくなる」
圧倒的な力。家継があの強さならばと予想はしていたが、ただの学生にしては異常なほど強い。
「でも赤ん坊、君は強いだろう?」
まるで、こちらの強さを疑いもしない彼に少し違和感を覚えた。リボーンの外見はただの赤ん坊だ。マフィア関係の人間であればこのおしゃぶりがアルコバレーノの証であると知っているため、最初から警戒される。しかし表の人間はリボーンの姿にすっかり騙されるはずなのだ。
強者の気配に聡いのか、それ以外の要因、例えばマフィアとの繋がりがあるのか……。
「そうだな。先にオレの質問に答えてくれたら、戦ってやってもいいぞ」
「ふうん。何が聞きたいんだい」
「聞きたいことは2つある。まずは1つ目。ツグとはどうやって仲良くなったんだ?」
雲雀が片眉を上げた。
「……それ、聞く意味あるの?」
「大アリだな」
家庭教師として、教え子の人格形成に関わることは把握しておきたい。それによって教育方式も変わるのだ。
「さあ……面白そうだから戦ったんだ。意外とついて来たから、定期的に会うようになったな」
「ついて来た? 何歳の頃だ」
「多分幼稚園の頃だったと思うけど。次は?」
雲雀が幼稚園の頃から戦闘狂だったとは驚きだが、それに家継がついていけたということにも驚きである。雲雀が家継を変えたのではなく、元々素質があったということか。
「じゃあ、2つ目の質問だ。どっちかっつーと、こっちが本命なんだが……並盛町に訪れるマフィアを、一切の痕跡も残さずに消せる人物に心当たりはねーか?」
「……さあ? 知らないね」
「お前が並盛町の支配者だって言うなら、知らねーはずはねえぞ」
雲雀が眉間に皺を寄せた。
知らないと答えるまでに不自然な間が空いた。これはおそらく、知っているのだろう。しかし言うつもりはなさそうだ。もう一押し必要か。
「コンタクトを取りてえ。もし、そいつがオレの予想通りの人物なら――
明確な意思と情報を伝え、報酬もちらつかせる。リボーンの言葉に、雲雀はしばし沈黙した。彼は何を考えているのか読みづらい。
リボーンが探している人物、それは、マフィアの間で伝説とされてきた正体不明の8人目のアルコバレーノだ。
完全犯罪を可能にする暗殺者。それが、並盛にいるかもしれないと数年前から噂になっていたのだ。
同じおしゃぶりを持つ、伝説と呼ばれる同胞に一度で良いから会ってみたい。そしてその技を見たいと、リボーンは昔から思っていた。
「……白いおしゃぶりに、ネーヴェという名を持つ人物なら知っているよ」
「――! 本当か」
「けれど君と話をしたがるとは思えないな。聞くだけ聞いてみるけど、絶望的だと思って」
「居場所を紹介することはできねーのか? でなければ、戦ってやらねえって言っても?」
「…………無理だね」
思いっきり不機嫌な表情で、渋々と、それでも雲雀は否と答えた。見るからに戦闘狂であるのに、その機会を失ってでも断られたことに内心驚く。
「僕は――」
雲雀が窓の外に視線を向ける。
「この町の全体を、できるかぎり把握していたい。けれど常に僕の手が届くわけじゃない。だから手足として風紀委員がいるけど、彼らはまだ成長途中だ。外から来る害虫に対応できない。彼らの代わりに、臨時でネーヴェに任せてるんだ。協力関係にあるから信頼を失うようなことはできないな」
風紀委員は町内警備の手足にするものではないし、伝説のアルコバレーノを害虫駆除に使うものでもないとリボーンは思ったが黙っておいた。
「……分かった。まあ、伝説の存在に一度会ってみたいってだけだからな。無理は言わねえ」
「そう」
この町に存在していることは分かったのだ。それだけでも充分な収穫だった。面会を断られたとしても、最悪町内を虱潰しに探せばいい。
話が纏まった頃、綱吉が「ううーん」と唸って目を覚ました。
「なんだ、君も居たの」
「え、だれ……ヒバリさん!? なんでここに、っていうかここどこ!?」
「うるさい。これ、回収してさっさと出ていってくれない? 邪魔なんだけど」
「これって……獄寺くんと山本ー!?」
「3秒以内に出ていかないと咬み殺すよ」
「ヒィィィィ理不尽!」
毎度のことだが、綱吉は雲雀に対して怯えすぎではないだろうか。ボスになる男が情けない、これは後でみっちり修行してやらねばと決める。
これまた一戦あるのではと思っていたが、意外にも雲雀が綱吉を攻撃することはなかった。ただし、殺気はどんどん膨れ上がっている。
「リボーン、またお前の仕業だろ! 手伝ってくれよ!」
「ボク知らないもーん」
「嘘つけ!!」
意識を失った獄寺と山本を引き摺りながら、綱吉が大慌てで応接室を出ていく。それを見送って、リボーンは雲雀に向き直った。
「まあ、断られた場合でも一応教えてくれ。質問に答えてくれてサンキューな。3日ぶっ続けはしねえが、今度戦ってやるぞ」
「貸しは大きいよ。早めにね」
淡々とした口調の中にも殺気が込められている。早めに退散した方が良さそうだ。
ちらりと家継の様子を見たが、ぐっすりと眠ったままだった。よくこんな殺気の中で眠れるな。
睡眠に関わることにはポンコツなのかもしれないと思いながら、綱吉の後を追ってリボーンも応接室を後にした。
今日の収穫は大きい。家継が元々ああいう性質だったことを知れたし、そして何より、ほとんど幻だと思っていた人物がこの町に居ることが分かったのだ。偽物という可能性もあるが、アルコバレーノを騙るなんてまともな神経ではできないだろう。柄ではないが小躍りでもしたい気分だった。
これからは通常通り綱吉を鍛えつつ、ネーヴェの居所を探りつつ、家継の教育にも本腰を入れる。
家継は文武両道でそつがなく、どう鍛えようか迷っていたのだが、これですっきりした。幼少時から戦闘センスがあったのなら、そのまま戦闘力を伸ばしてやる方向で良いだろう。
その為には死ぬ気を習得して貰いたいのだが……後悔はないと言い切られたものだから、軽率に死ぬ気弾を撃つことが出来ない。
明確に張られた一線と、あまりにも揺るぎない自我。どうやってあれから後悔を引き出すか、それが課題だ。
▽▽▽
「ぐえッ!?」
突然腹に重い衝撃が走り、喉から汚い悲鳴が出た。あまりの痛みに一瞬で覚醒する。
「いっって!! なに!?」
昼寝を堪能していた家継は、叫びながら飛び起きた。顔を上げると魔王がいた。殺気がやばい。半端ない。一体どうしたというのか。
真顔でこちらを見下ろす恭弥へ、トンファーで抉られた腹をさすりながらおそるおそる声を掛ける。
「あのう……恭弥さん? どうしました?」
「……さっき、赤ん坊が来てね。自分と同じおしゃぶりを持った、ネーヴェという名の赤ん坊を探していると言われたよ」
「え」
目を見開いた。それは。
――おはよう、3代目ネーヴェ。
それは、家継のもう1つの名だ。無意識に手が、ズボンのポケットの中のおしゃぶりを入れた立方体に触れる。一気に体温が下がるような心地がした。
「それ、」
「言ってないよ。会ってみたいって頼まれたから、一応聞いてみるとだけ答えておいた」
バチンと手を合わせて全力で拝んだ。
「ありがとうございます……ッ!」
幼い日の、誰にも言わないという約束を守ってくれた幼馴染が輝いて見える。持つべきものは友である。恭弥しかいないけど。
まだまだ、リボーンやおしゃぶりについては知らないことばかりだ。そんな状態でバレたら後手に回ることは確実。この力は切り札でもあるし、情報が足りない状態で正体を明かしたくはなかった。
「お断りしといて……」
「……いいよ」
「でも、なんで赤ん坊って限定してるんだろう。リボーンがおしゃぶりを持ってるってことは、他にもいるだろうし、もしかしておしゃぶりの持ち主って赤ん坊がデフォルトだったりするのかな」
普段は不思議アイテムとして認識しているので気にしていなかったが、よく考えると男子中学生がおしゃぶりを持っているというのは字面がひどい。赤ん坊のためのアイテムだからおしゃぶり、と考えた方が自然である。
そういえばおしゃぶりを貰ったのは赤ん坊の時だったし、間違いではないのか――と思ったところで、やけに幼馴染が静かだなと視線を向けた。
「うわ般若」
「君の情報を黙っていたおかげで」
「お、おかげで?」
「赤ん坊との3日ぶっ続け戦闘がナシになったんだ――責任、取ってくれるよね」
「ええもう全力でお相手させていただきます! ありがとうございます!!」
そう叫びながら家継は幼馴染に感謝の意を示すために、普段手合わせに使っている山へ向かうべく全速力で窓から飛び出した。
読み上げ機能なんてものがあったんですね! すごい! 誤字脱字や文末・表現の重複が分かりやすくなって修正が捗りますね(涙目)
たまに綱吉のことつなきちって読むの可愛くて良です。修正したけど。読み方変なやつは辞書登録していたのですが、もう飽きてきました。「頬に」は読み上げてくれるのに「頬を」は認識しないのどうして……。
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tgt.6 ささやかに守り隊
カラッとした天気の朝、登校中に珍しいものを見つけた。住宅街の通路に屋台があったのだ。中華まんを販売しているようで、熱気と独特の香りが漂ってくる。
さっき朝食を食べたばかりだというのに唾が湧いてきた。
ところで話は変わるが、家継の座右の銘は『欲望には忠実に』である。
「すみませーん、ひとつください」
無口な店主から中華まんを受け取り、半分に割りながら歩き出した。猫舌なのでしばらく冷まさないと食べられないのが難点だ。
頃合いを見てかぶりつき、口の中に溢れる肉汁に満面の笑みを浮かべる。登校中に買い食いをする背徳感も相まって、とても美味い。
絶対恭弥には見つからないようにしないと。確実にぶん殴られてしまう。
「あ」
幼馴染のことを考えて思い出した。
あの屋台、出店の許可は取っているのだろうか。風紀委員会は着々と支配の手を広げていて、最近では屋台の出店さえも管理している。家継は書類の全てを把握している訳ではないので分からないけれど、許可を取っていなかったとしたら潰されてしまうだろう。
屋台が風紀委員に見つからないことを、他人事のように願いながら、中華まんの最後のひとかけらを口に押し込んだ。
▽▽▽
――ドォォォォン……
花火のような音が聞こえる。
午後の授業をすっぽかして、屋上にある給水塔の裏で眠りこけていた家継は目を覚ました。スーパーの特売の花火だろうか。ぼんやりと目を開く。
空には爆発の後のような煙が残っていた。空で、何かが爆発した?
気になるもののまだ眠い。上空なら綱吉に被害もないだろうし、まあ良いかと再び目を閉じる。
「甘ぇぞ、ダメツグ」
「へぶっ!?」
唐突に強烈なビンタをくらった。「うおお」と呻きながら転がり身を起こす。正確にはビンタではなく家庭教師の蹴りだった。頬が鈍い痛みを訴える。
「何するのさ、先生」
「殺気を受けても起きねえ、爆発音でも二度寝……そんなんじゃマフィアになれねーぞ」
リボーンが家継のそばに着地した。人を急に蹴るの、どうかと思う。
彼の言葉に思うところがない訳ではない。確かに危険であると家継も分かっていた。人の気配には敏感だが、睡眠中はそのセンサーが全くと言っていいほど働かないのだ。
きっと四六時中、命を狙われるようになったら一溜りもないだろう。課題であることは重々承知しているけれど。
「でも眠いんだよ……強制的に寝ちゃうっていうかさあ。ゲーム中にとつぜん電源切られるみたいな感じ、分かる?」
綱吉が何度か母にやられていたやつだ。あの無常感と、抗いようのない眠気は少し似ている気がする。
「知らねーな。だったらお前が危機的状況で寝ているたび叩き起こしてやる。緊急時、すぐに起きる癖をつけろ」
「そんな横暴な」
「ツナをいざという時に助けられねーかも」
「ぜひ起こしてくださいお願いします」
食い気味に一瞬で土下座した。「よろしい」とリボーンが頷く気配がする。
「ちなみに、さっきの爆発? はなんだったの?」
「ツナをターゲットと見間違えた、イーピンっつーヒットマンが爆発したんだ」
「なんて?」
「技名は
おっかなさすぎる。リボーンの様子から綱吉が無事であったことは分かるが、肝が冷えた。できれば二度と来てほしくない相手だ。
しかし今までのパターンから考えると、綱吉に接触したヒットマンは軒並み沢田家に入り浸るようになっている。大丈夫かなあ……。
嫌な予感がする。
次の日は休みであったので、家継は心置きなく惰眠を貪っていた。
太陽が高く昇り、部屋いっぱいに光が差し込んできた頃、ふわりと目が覚めて大きな欠伸をする。
家の外が騒がしい。切羽詰まったような綱吉の声が聞こえて、またリボーンが何かしたのかと身を起こした。
緩慢な動きでベッドから降り、玄関側に面している窓を開けて下を見る。
綱吉が門の前で、白い服を着た女の子に抱きつかれていた。以前家に来ていたハルという少女が抱きついている子を離そうと躍起になっている。
修羅場かな。お邪魔かもしれない。
声は掛けずに引っ込もうとする。しかし、突然窓枠にぴょんとリボーンが乗ってきた。
「ツナに抱きついてるのが、10年バズーカで入れ替わった大人のイーピンだぞ。ちなみにあと5秒で爆発するぞ」
「はぁ!?」
声を荒げる。昨日聞いたイーピンの情報が高速で脳内を駆け巡った。爆発、クレーター、空に残っていた広範囲の煙。
家継は反射的に窓から飛び降りた。
「ちょっとどいて!」
「うわあっ兄さん!?」
「はひ!? ツナさんの――!」
着地してイーピンを綱吉からひっぺ剥がすと、今度は家継に抱きついてきた。筒子時限超爆が発動すると人に引っ付きたがる、ということは昨日リボーンから聞いている。
――おれより少し大きいけど、重さ的には、たぶん問題ない。
そもそも考えている暇がない。抱きつかれた状態のまま家の塀に飛び乗って、イーピンを全力で空へぶん投げた。
「よいしょー!!」
「ええーーーーっ!?」
直後、重々しい爆発音と共に凄まじい風と光が吹き荒れる。家継はバランスを崩して塀から落ちたものの、空中で一回転して無事に着地した。
風が収まり、周囲を確認する。家も、近所にも損害はないようだ。もちろん綱吉にも。
ほっとした途端、心臓がばくばくと跳ねだした。寝起きで急に動いたせいだろう。胸を押さえつつ綱吉たちに向き合った。
「すっげー! ナイスフォームっす!」
「さすがツナさんのお兄さんです〜! プリティーなのにかっこいいなんて! もちろん一番かっこいいのはツナさんですけど!」
「えっと、山本くんと、ハルちゃんだっけ。……獄寺くんはなんで倒れてるの?」
「獄寺のお姉さんがさっき通り掛かったんすけど、そのとき急に倒れちまったんすよ」
「ああ……なるほど……」
難儀なものである。哀れみの視線を向けていると、ハルがぐいぐいと視界に割り込んできた。
「名前覚えててくれたんですね! 改めて、三浦ハルと申します! ツナさんの未来のお嫁さんになる予定なので……末長くよろしくお願いしますね、お義兄さん!」
「ハル、変なこと言うなって……!」
「そうなの? よろしくね、ハルちゃん」
「兄さんまで!」
輝く笑顔のハルと握手をする。隣で慌てふためいている綱吉が面白い。
そういえば綱吉が好きなのは同じクラスの笹川京子だったか。けれどハルのように、ここまで真っ直ぐ好意を示してくれる女の子というのは貴重だ。
大事にしておかないと、と家継は比較的フレンドリーにハルへ笑いかけた。
マフィアには愛人が付き物というイメージがあるので、いざというときは京子とハル、どちらかを愛人にすることも出来るだろうし。多分。
風切音がして空を見上げる。小さな何かが落ちてくる――反射的に受け止めて、それが幼い子供であることに少し驚いた。
弁髪というのだったか、中国の古風な髪型にチャイナ服を着ている。
「ああ、君がイーピンかな? 10年バズーカの効力が切れたのか」
「そういえば、よく大人イーピン投げれたね!? 2階から普通に飛び降りてくるし、最近兄さんの意外な一面ばっかり見てる気がする……」
「そ、そう!? 多分筋トレの賜物だよあはは!」
冷や汗をかきながら笑って誤魔化した。家継はあくまで家庭的で優しく、一歩離れたところからそっと弟を見守るパーフェクトな兄を目指している。人をぶん投げ、二階から飛び降り、不良を一発KOするような兄は解釈違いなのである。
穏やかさを失いたくないのだが、リボーンが来てから予想外のことが起きすぎて体裁を保ちづらくなっていた。困る。
「△%〜○!」
抱きかかえていたイーピンが話しかけてきた。しかし発せられたのは異国の言葉だ。
「やば、中国語かな。分かんない……」
「ありがとうって言ってるぞ。あと早く下ろしてくれとも言ってるな」
「おっと、ごめんね」
遅れて2階から下りてきたリボーンに助け舟を出される。そういえば、しっかりと抱えたままだった。慌てて地面に彼女を下ろし笑いかける。なぜかイーピンはギュッとしかめっ面になった。
「あれっ」
「あ、それ恥ずかしがってる反応みたいだよ」
「そうなんだ!」
綱吉の言葉で安心した。良かった、初対面で嫌われる兄なんていなかったのだ。ほっと息を吐く。
ランボのように彼女もこれから沢田家に出入りするのなら、中国語を覚えたほうが良いかもしれない。リボーンにねだれば中国語の教材を買ってもらえるだろうか。
▽▽▽
――いろいろあった、翌日の放課後。
家継はなぜか、ボクシング部の部室へと呼び出されていた。誘ったのはリボーンだ。風紀委員としての活動がない日だったので素直に了承し、普段近寄ることのないプレハブへと向かう。
目当ての場所へ着いたので「失礼しまーす」と声を掛けながら、引き戸をスライドさせて部室へ入った。
「お、ツナの兄ちゃん!」
「お義兄さん、こんにちは〜!」
「遅かったわね」
「山本くん、ハルちゃん、ビアンキさんに……ランボとイーピンも? 大所帯だね」
いったい何をするのだろう。聞けば、みんなリボーンに誘われたらしい。「ランボさんも来てやったんだぞ!」と自慢げなランボに、偉いねえと頭を撫でる。ついでにイーピンも撫でた。人間爆弾なんて御免だと思っていたが、普通に可愛らしい子供なので甘やかしたくなってしまう。
「ツナさんが大活躍するって聞いたので、すっ飛んで来ちゃいました!」
「ツッくんが? ボクシング部で? なんか嫌な予感するな……」
具体的に言えば、ボクシングに情熱を注いでいるクラスメイトとか、極限が口癖のクラスメイトとか。脳裏にチラつく熱い男を消すように頭を振る。
背後で戸が引かれる音がし、振り向いた。
「おお、極限に集まっているな!」
「……ビンゴ」
予感が当たってしまった。太陽のように輝く笑顔で入ってきたのは、思い描いていたばかりのクラスメイト、笹川了平だった。肩には見慣れない老人を乗せている。
「沢田も来てくれたのか! どうだ、お前もボクシング部に入らんか! 兄弟揃ってボクシング部というのも楽しいだろう!」
「毎回断るのも心苦しいんだけど、入らないよ――って、今なんて?」
「む? ボクシング部に入らないかと言ったが」
「そこじゃない。兄弟揃ってってどういう意味?」
「おおそうだ、聞いてくれ! 今日沢田の弟が、晴れてボクシング部に入部することになったのだ!」
「いやいやいや」
ない、絶対ない。
綱吉がボクシング部に入ろうとすることなんて99.9パーセントの確率でない。きっとリボーンがなにかしたのだろう。家継を呼び出したのも彼だし。
喜んでいる了平には悪いけれど、綱吉がここへ来ても入部することは無いだろうなと家継は思った。
噂をすればというべきか、扉の外で弱々しい声がした。それに気付いた了平が扉を引き、最愛の弟がおそるおそるといった様子で入ってくる。
「待ってたぞ、ツナ!」
「うわっ、みんないる!?」
山本の声でこちらに気付いた綱吉が驚く。家継も「やっほー」と笑顔で手を振っておいた。
綱吉が何をさせられるかは分からない。しかし、こんなにギャラリーを集めたのだから悪いことにはならないだろう。山本の隣に立って、家継は静観することに決めた。
ところで、入部を断りたがる綱吉と熱くゴリ押ししてくる了平。その近くで動かない、ゾウの被り物を被った老人が地味にすごく気になっていた。その謎はすぐに解ける。
「沢田弟の、いや、兄弟を分けるのは面倒だな。ツナの評判を聞きつけて、タイからムエタイの長老まで来ているぞ! パオパオ老師だ!」
「パオーン!」
「リ、リボーン!!」
「え、先生なの!?」
ムエタイの長老だったのか、と納得する間もなく第二の衝撃が訪れる。全くリボーンには見えない。だが綱吉が言うのなら、そうなのだろう。
家庭教師の変装技術に驚き、弟の観察眼に驚いている間に、リボーンがそそのかして綱吉と了平が勝負をすることになっていた。
ビアンキに頭部を守るヘッドギアを被せられた綱吉がリングに上がる。
「ツッくーん、がんばれー!」
「頑張れじゃないよ、助けてよ〜!!」
「兄に頼ってんじゃねえ」
「いてっ!」
パオパオ老師……でなく、リボーンに蹴りを入れられつつ、ハルの合図でゴングが鳴らされた。
了平がいきいきとジャブを繰り出す。綱吉は避けられないようで、見事に全ての攻撃を受けてしまっていた。今すぐ飛び出してお兄ちゃんパンチで助けたいところをぐっと我慢する。
きっと、家継よりもリボーンのほうが正しいだろうから。口も手も出すべきではない。
――それはそれとして、可愛い弟が殴られるところを見るのは無理だけど!
「うう……!」
「ど、どうしたんすかツナの兄ちゃん。目なんか瞑って」
「瞑らないとやってらんないんだよ~!」
顔をくしゃくしゃに歪めながら唸る。もどかしすぎて足踏みまで始めたとき、一発の銃声が響いた。
死ぬ気弾を綱吉に撃ったのだろうか。薄く目を開けると、倒れていたのは了平のほうだった。
「そっち!?」
思わず目を見開く。このままでは綱吉が、さらにボコボコにされるだけではないだろうか。戦々恐々としながら起き上がる了平を見る。
しかし、彼に変化が訪れることはなかった。額に炎が灯ってはいる。でも、それだけだ。
「もしかして、常に死ぬ気だから死ぬ気弾が効いてないってこと……?」
綱吉の呟きで納得する。いつも全力な了平ならあり得るかもしれない。こちらが溶けそうなくらい熱すぎるとは思っていたけれど、まさか常時死ぬ気モードだったとは。恐ろしい男だ。
続いてもう一発銃声が響き、今度こそ綱吉が撃たれた。心臓に悪いので綱吉を撃つときは撃つと言ってほしい。
「リ・ボーン! 死ぬ気で入部を断るー!!」
お決まりのように服が破れ、綱吉が荒々しく起き上がる。
「毎回服が破れるのって、ちょっとヒロインぽいよね」
「え?」
「いや、なんでもない」
山本に素で聞き返されたので黙った。気を取り直して「ツッくんがんばれー! いけー!」と応援する。
「入部しろ!」と了平が繰り出す拳を「いやだ!」と綱吉が避けた。何度も攻撃が飛んでくるが、その全てを避けている。先ほどとは動きが大違いだ。
弟の秘められた力に大はしゃぎしていると、ついに綱吉の拳が了平をリングの外まで吹っ飛ばした。
決着がついたかと思えば、まだまだ了平はやる気のようだ。しかし綱吉の死ぬ気モードは解けてしまっている。死ぬ気弾を1日に何度も撃つことはできるのだろうか。
まだまだこれから、という雰囲気を破るように、突然部室へ女子生徒が飛び込んできた。
「た、大変よ!」
彼女は確か、綱吉と同じクラスの黒川花だ。家継は興味のない相手の名前を中々覚えられない。しかし綱吉のクラスメイトだけは把握するようにしていたので、すぐに分かった。
切羽詰まった様子の彼女が「空手部が、京子を……!」と言ったことで部室内の空気が変わる。
「なあに、どうしたの?」
続いて入ってきたのは、話題にされていた京子本人だった。ここにいるじゃん、と全員が脱力する。
しかし家継は、部室の前に複数人の気配があることに気付いていた。高笑いをしながら気配の主たちが入ってくる。空手の道着を着た男が7人、ずらりと入口へ並んだ。
「オレは並盛高校空手部主将、大山大五郎! 相手しちゃるけん、かかってこんかーい!」
「並盛高校……?」
――並中の空手部に所属している大山の弟が、京子をマネージャーにしたいとゴネたらしい。
家継から見ても京子は可愛らしいと思うし、むさ苦しい運動部が女子マネージャーを求める気持ちも分かる。しかし、そこで高校生の兄を連れてくるのは卑怯ではないだろうか。ブラコンも大概にしてほしい。
「ダメだよ、そんな無理やり……!」
京子の腕を引っ張った部員に、綱吉が声を上げる。穏やかではない雰囲気だ。
風紀委員として名乗り出たほうがいいだろうか。一歩踏み出したところで、ひとりの空手部員が倒れ、家継は動きを止めた。
獄寺が腹を押さえながら入り口に立っていたのだ。10代目のためなら、と無理を押して駆けつけたらしい。
彼が空手部員に手を出したことを皮切りに、双方とも相手に飛びかかり始めた。
ビアンキはポイズンクッキングで無双し、獄寺は空手部員の道着の帯にダイナマイトを差し込み、山本は対人戦の経験などほとんど無いだろうに、ひょいひょいと攻撃を避けていく。
了平は言わずもがなの強さであったし、イーピンも謎の拳法で相手を悶絶させていた。
もしかしてこのファミリー、最強なのでは?
「ツグ、お前も行ってこい」
「え? おれ箸より重たいもの持てないから無理」
「兄さん昨日、大人イーピンぶん投げてたよね!?」
「やだなツッくん、それはそれ、これはこれだよ」
「どういうことだよ!」
兄が弟の前で暴力を振るう訳にはいかないし。幸いにも、他のメンバーが強いので家継の出る幕はないだろう。
リボーンのじっとりとした視線を無視して、ハルや花、ランボと一緒に後方で乱闘を眺める。しかし吹き飛ばされた空手部員が、ひとりこちらへ来てしまった。
「みんな!」
綱吉が焦ったように叫ぶ。駆け寄ってくるものの間に合わないだろう。そもそも勝てるかどうかも危ういところだ……仕方がない。
家継は渾身の演技力で、焦ったように綱吉の後ろを指差した。
「あ、UFO!!」
「ええっこんな狭い部屋に!?」
綱吉が振り向いた隙に、部員の鳩尾へ足先を叩き込んだ。「ってある訳ねーよ!」と綱吉が視線を戻したときには、声すら出ない様子で部員が倒れ伏すところだった。
「……あれ?」
「はひ〜、お義兄さんすごいです〜!」
「足を上げたら向こうからぶつかってきただけだよ〜」
綱吉がノリツッコミの技を習得していて良かった。ちゃんとフリに乗ってくれるので誤魔化しやすい。倒れた部員に責任を被せて、わざとらしく口笛を吹く。
「それよりいいの、ツッくん。京子ちゃん連れて行かれそうだよ」
「ああっ、京子ちゃん!」
「ツナくん!」
他の部員たちはこちら側の人間が倒した。
ひとりだけ残った、京子をマネージャーにしたいと強く主張していた部員が無理やり京子の手を引いている。駆け寄った綱吉がそれを止めた。
今は死ぬ気モードじゃない。けれど、及び腰ながらも空手部員に立ち向かっている綱吉を感慨深く眺めた。本当に彼女のことが好きなのだろう。
まあ、弟はたいへん優しいので、あの場にいるのが京子でなくても助けるとは思うけれど。
ここで声援を送ったら敵に対して火に油を注ぐことは、流石に分かっている。心の中で100万回応援した。
空手部員が綱吉に殴りかかる。「ひええ……!」と目を瞑った綱吉にリボーンが鋭く声を掛けた。
「カウンターだ、ツナ」
「……っ!」
綱吉が拳を出す。型もなにもない、ただ拳を前へと出すだけの動作。その動きで相手の拳が綱吉から僅かに逸れた。そして――相手の頬に、綱吉の拳が、しっかりと叩き込まれた。
鈍い音がして、部員が床に崩れ落ちる。
「キャーーッ!!」
「やったーー!!」
隣にいたハルと手を取り合ってぴょんぴょん跳ねた。死ぬ気弾なしで敵を倒せたのだ。なんて素晴らしい、快挙である。
完全に敗北した空手部員たちは大慌てで部室から逃げ出し、その場は祝いのムードで包まれた。
綱吉は仲間たちに囲まれて照れ臭そうだ。
「ファミリーの結束が、かなり強まったな」
「そうだねえ」
リボーンは満足げに笑っている。彼はいつも同じような笑みを浮かべているので、家継からは『そう見える』というだけであるが。
空手部員たちを倒したときの、ファミリーの連携はすごかった。彼らを集めたのはリボーンだ。無茶苦茶なように見えて、鮮やかな手腕で綱吉の周囲の環境を整えている。
いつか、自分もリボーンのように、綱吉に良い影響を与えることができるようになるだろうか。見えないところで外敵を排除したり、でろでろに甘やかすのではなく、もっとこう……そっと見守りつつも健康的な助けになりたいというか。
ダメだ。健康的にと考えて真っ先に思いついたのが筋トレしかない。そうじゃなくて、精神面のことなのだけれど。
家継はその辺りのことにはたいへん弱かった。
――まだまだ勉強しないとなあ。
仲間と笑い合う綱吉を、一歩離れた場所から眺めてひとつ欠伸をした。
この時点でムエタイ(姐さん)要素あったんですね、新発見。
2週間後にノートPCが届くのでスマホのメモ帳とはおさらばです! 筆が速くなる予感!(媒体を変えれば筆が速くなるという幻想)
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tgt.7 ライバルの登場・上
「なにあれ……」
家継は石造りの塀に背中を押しつけ、遠い目で呟いた。――この道をあと一歩進み、左に曲がれば自宅がある通りに出る。しかしその一歩が踏み出せないでいた。
自宅の前で黒服の男たちがたむろしていたのだ。放課後、巡回を終えて帰ってきたらこれである。勘弁してほしい。
気配をできるだけ薄め、そっと顔を覗かせて男たちを観察する。ざっと10数名は居るだろう。揃って異国の顔立ちである上に、この町のチンピラより遥かに戦えそうな身のこなしの者ばかりだ。
いつもの
……ということは、またリボーンの知り合いである可能性が高いだろう。
安心したような、うんざりしたような深い溜息を吐いて、家継は男たちのいるほうへ足を向けた。
彼らが家継に気付く。その途端、統率の取れた動きで道の両端に整列した。
「お帰りなさいませ、沢田家継殿」
ずいぶんと恭しい待遇だ。少し驚いた家継は目を丸くした。威圧的な黒服の整列を見ると風紀委員を思い出すなあ、と全く関係のないことを考えつつ、一番近い男に声を掛ける。
「あの。うちに何かご用ですか」
「ボスがお待ちです。さあ、どうぞ」
「……どうも」
男は問いかけには答えず、ただ家のほうへ手を向けて促してきた。
ボスが待っている、ということは彼らは護衛か。こんなに引き連れているなんて、かなり偉い人が待っているのかもしれない。心の底から行きたくないが、すでに綱吉が帰宅しているだろうし、彼に偉い人の相手を丸投げする訳にはいかないので家に向かうしかない。行きたくないが。
相手に軽く会釈して、頭を抱えたい気持ちを抑えながら足を動かす。両端に黒服の男たちが並ぶ中を堂々と突っ切り、門の前に着いた、その時。
「馬鹿ァ!!」
綱吉の叫び声とともに、2階の空いている窓から手榴弾が飛び出してきた。
「ええ!?」
おそらくランボのものだろう、紫色のそれに見覚えがあった。まずい。このままでは黒服の男たちが爆発に巻き込まれる。
弾き返そうと懐の三節棍に手を伸ばしたが、それよりも早く窓から人影が飛び出した。
「てめーら、伏せろ!!」
見知らぬ青年が空中で鞭を振るい、手榴弾を絡め取って上へ放り投げる。
――間一髪、上空で爆発した。
青年が地面に着地するのをぽかんと見つめる。彼は黒服の男たちに囲まれて「ボス」と呼ばれながら笑い合っていた。あれが、マフィアのボスか。
暗殺者は腐るほど見たけれど、ボスと呼ばれる存在をちゃんと見たのは初めてである。立ち居振る舞いは洗練されており、部下からの信望も厚い。マフィア相手に言うことではないが、かっこいいし良い人そうだなあというのが家継から見た印象だった。
しかし、悠長に構えていられたのはそこまでだった。
「ディーノさん、かっこいい……!」
「は?」
2階の窓から顔を覗かせた綱吉の一言。
それに一瞬で青年の好感度が地の底へめり込む。喉の奥から人生で一番低い声が出た気がしたし、こめかみがピキリと音を立てたような気もした。
「お、兄貴のほうも帰ってたのか! へえ……面構えは悪くないな。覇気もあるし、体幹もしっかりしてる。今んとこ、ツナよりボスに向いてんじゃねえか?」
弟には絶対聞かせられないドスの効いた声が聞こえたのか、こちらに気付いた青年が笑みを浮かべながら近付いてくる。
その肩にリボーンが飛び乗った。
「普段はこんなにピリピリしてねーんだけどな。お前を睨んで戦闘態勢に入ってるだけだぞ。良かったな、レアツグだ」
「嘘だろ何でだよ!」
「そんなレアいらねえー!」と叫んだ、いけ好かない相手を目を細めて凝視する。
よく見れば金髪金眼で家継とカラーリングが被っている上に、家継より頭ひとつ分くらい飛び出た身長に女の子受けしそうな顔、つまりイケメンと分類される人間であることに今更ながら気付いて歯を食い縛った。イケメンは滅びろ。
顔を若干引きつらせたディーノがリボーンからこちらに目を向けた。
「驚かせちまった……んだよな? すまん、悪かった。オレはディーノ、キャバッローネファミリーの10代目ボスだ。リボーンの元教え子で、お前たちの兄弟子にあたる。よろしくな」
「あにでし」
兄ポジションまで被りやがった――。
綱吉の兄はひとりで充分である。お呼びでないのでお帰り願いたいが、わざわざイタリアから来たマフィアのボス(周囲に部下付き)にそんなことを言えるはずもなく。
「………………沢田家継です。よろしくお願いします」
渋々、本当に渋々挨拶を返した。
詳しくは家の中で、という流れをぶった切るようにリボーンが声を上げた。
「――丁度いいな。ツグがやる気みてーだし、夕飯前の運動にいっちょ手合わせしてこい」
「え!? オレはこれから色々話すことが……」
「拳で語り合え。ツグもそれでいいだろ?」
「おれは大歓迎だよ。近くに空き地があるので、そこでどうですか? 『兄弟子殿』」
「あー……お前が良いんなら、良いけどよ」
ディーノが苦笑する。
今までで一番リボーンに感謝したかもしれない。合法的に気に入らない相手と戦えるって最高。満面の笑みで家継は頷いた。
しかし弟に見られる訳にはいかないので、まだ2階からこちらを見下ろしていた綱吉へ向けて朗らかに手を振る。
「ツッくーん! 悪いけど今からディーノさんと話してくるから、家で待っててくんない?」
「うん? 分かったー!」
「……なあリボーン、オレすげー嫌われてないか」
「あいつ筋金入りのブラコンだからな。お前にポジション取られたような気がしてんだろ」
「マジか……」
目の前でひそひそと交わされる会話は、リボーンの言う通りだったので否定するところがない。かと言って認めるのも癪なので無視をした。
「お前たちは帰ってろ」
部下を返そうとしたディーノに、リボーンがかぶりを振る。
「いや、ロマーリオは連れて行け」
「何でだよ、手合わせするだけだろ? 大丈夫だって!」
「大丈夫じゃねーから言ってんだ、いいから連れてけ」
確かに、マフィアのボスが一人きりというのも危険だろう。
ディーノ、リボーン、家継、そしてロマーリオと呼ばれた黒服の部下だけが残り、後の部下たちは黒い車に乗り帰っていった。残った4人で空地へと向かう。
あまり会話もなく、すぐに目的地へ着いた。
人通りの少ない場所にある、利便性の少なさから長年買い取る者がいない空き地だ。障害物もなく適度に広いので、小学生の頃は恭弥と一緒に遊び場として使っていた場所である。
夕方の6時を過ぎた頃。空が茜色から深い藍色へ変わる狭間で、家継とディーノは距離を取って向かい合った。お互いに無言だ。ディーノは家継を観察しているようで、視線が煩わしい。家継は早く戦いたいもどかしさを抑えるために口数が少なくなっていた。
「お前、武器は持ってるか?」
「はい。いつでもどうぞ」
ディーノの問いに頷く。ディーノが鞭を取り出して構えるが、家継はその場に突っ立ったまま動かない。
ロマーリオと呼ばれていた男が手を上げる。
「──始め!」
合図と同時に鞭が家継の目の前まで迫っていた。即座に取り出した三節棍で上空に弾く。
「へえ! それがお前の武器か!」
楽しそうに口角を上げたディーノの顔面目掛け、横薙ぎに武器を振る。軽く避けられて家継は眉間に皺を寄せた。
片端の棒に鞭を絡めて囮にし、反対側の棒でぶん殴ろうとしたら蹴りが飛んでくる。ギリギリで避けたものの、三節棍に絡んでいた鞭に引っ張られて体勢が崩れた。
辛うじて脇腹に蹴りを入れ、その反動でディーノから距離を取る。
「……っ、やるじゃねーか!」
紙一重で鞭が頬を掠めた。
家継が入れた蹴りは軽かったのだろう。ディーノの顔が歪められたのは一瞬だけだった。すぐに口元に笑みが浮かべられ、鞭の猛攻が始まる。
どこから攻撃が来るか分からない、自在にうねるせいで掴みどころもない。初めての感覚だ。
「ックソ!」
思わず舌打ちが漏れる。
いつもならすぐに倒せるのに、倒せない苛立ち。恭弥以外でここまで苦戦する相手は初めてだった。下っ端より断然強い。これがマフィアのボスかと痛感する。
おしゃぶりの力を使えないことも痛かった。力を使えれば一瞬で――いや。そもそも今の状態では、力の効果範囲である1メートル以内にまず近寄れないか。
中距離武器である鞭は、接近しなければ使えないおしゃぶりの力と相性が悪い。逆に三節棍であれば短距離から中距離まで自在に使える武器なのでそこそこ有利なはずなのだが、これは単純に家継の力量不足で負けている。
負ける――――負けて、たまるか!
ギリ、と歯軋りをして牙を剥く。
兄弟子云々のことはいつの間にか頭の中から消えていた。ただ目の前にいる獲物を狩りたい、それだけしか考えられない。
鞭を避けて、三節棍で防いで、それが面倒で。
隙のない攻撃の中へ勢いよく足を踏み入れた。
「おい!?」
ビリッと何かが裂ける音がする。音として認識はした。それが何かまでは考えず、ただ一直線に踏み込む。間合いに入ってしまえば一瞬の隙ができる。
狙うはその首――棍の先端を向けて、抉るような勢いで突き出す。
捉えた、そう、確信したのに。
がくんと膝が崩れ、視界が回転した。
「ぐ……っ!」
肺の酸素が一気に押し出され、鈍い衝撃が背中に走る。地面に叩きつけられたのだと遅れて気が付いた。膝が崩れたのは鞭で足首を引っ張られたせいだったらしい。絡んでいた紐が解ける感触がする。
「はー……流石にひやっとしたぜ。首を狙ってくるとは容赦ねーな」
苦笑いで家継を見下ろすディーノに、一気に脱力した。目を閉じて深い溜息を吐く。
――負けた。恭弥に負けても何とも思わないけれど、ディーノに負けると不快極まりない。心のどこかで素直にすごいと思ってしまうのも嫌だ。
「すっっっっごい……むかつく……」
両手で顔を覆いながら声を絞り出す。こんなに悔しいのは人生で初めてかもしれない。
「まあそう言うなって。さっきはマジで命の危機を感じたんだぜ? すげえよ、その歳でそんだけ動けりゃ上等だ」
「慰めとかいらないんであっち行ってください」
誰とも話したくないんで。そう言ったのにディーノは家継の頭をわしわしかき混ぜてきた。やけに楽しそうな顔で腹が立つ。
離れて見ていたリボーンとロマーリオも近付いてきた。
「ようボス、間一髪だったな」
「ほんっとにな! リボーンに手合わせしろって言われたときは軽い気持ちで頷いたが、これは予想外だったぜ」
「お前、修行が足りねーんじゃねえか? 8歳も年下相手に情けねえ」
「ちゃんと勝っただろ!?」
頭の上でわいわいと騒がしい。仰向けに寝転がったままでいたら段々と眠くなってきた。早くどこかへ行ってくれないかな、と思いながら目を閉じる。
「おいツグ、こんなとこで寝るな。家に帰ってママンに手当てしてもらえ」
「そうだ、怪我! 結構ざっくりいってたよな……ってすげえ血が出てる!?」
左の二の腕が地味に熱いと思ったら、無理やり突っ込んでいったときに裂けていたようだ。自覚した途端に気分が悪くなってきた。
血を流すなんて何年ぶりだろう。
「おえ……もうやだここで寝る……」
「寝るな寝るな、もうちょい耐えてくれ。抱えていってやるか――」
「起きます」
即答して無理やり身を起こした。ディーノに抱えられるくらいなら意地でも起きる。「ボスが嫌ならオレが抱えてやろうか」とロマーリオに笑いながら言われたが、丁重にお断りした。
すでに血は止まっていたものの、おそらく学ランの下のカッターシャツは赤く染まっているだろう。捨てるしかなさそうだ。予備の制服を持っていて良かった。
腕を押さえながら、覚束ない足取りで帰路につく。家が見えてきた頃に、隣を歩くディーノを見上げた。
「あの……手当ては自分でするので、母さんと弟には怪我したこと言わないでもらえますか」
「――いいぜ。つっても、その見た目じゃ一発でバレそうだな……ほら」
少し目を丸くしたディーノが、にかりと笑って頷いた。ふいに彼が着ていた緑色の上着を脱ぎだして家継の肩に掛ける。
「寒そうだったから貸した、って言えば誤魔化せるだろ」
「………………ありがとうございます」
「そんな嫌そうな顔するなって! ツナの兄弟子ってのが気に入らねーのかもしれねえが、お前の兄弟子でもあるんだからな? もっと尊敬して頼ってくれて良いんだぜ」
その兄弟子っぽく構われるのが、生暖かい目で見られるのが一番嫌なのだとは、世話を焼かれている手前言える訳がなかったので「善処します……」と家継は小さく呟いた。
帰宅してすぐに自室へ向かったため、家族に姿を見られることは免れた。
クローゼットの奥にある救急箱を取り出す。消毒液を傷口に勢いよく掛け、思いっきり顔を顰めた。痛いのは嫌いだ。打撲や骨折なら慣れているが、切り傷を作る機会はほとんどなかったせいで余計に痛みを感じる。
苦々しい表情で家継は血を拭う。ずっと、次こそは絶対に勝つという意地と、今のままでは勝てないだろうという理性が頭の中でせめぎ合っていた。
こんなに苛立たしいのは人生で初めてかもしれない。人を嫌う、という行為はひどく疲れる。それが嫌で、気に入らない相手は即座に潰してきたのに。
どうにも言葉にならないもどかしさを抱えて溜息を吐いた。
ガーゼを貼り、上から包帯を巻いてシャツを羽織る。これで見た目は問題ないだろう。リビングへ向かおうとドアノブに手をかけて、顔を顰め続けていたことを思い出した。深呼吸をして穏やかな表情を意識する。
そうして、部屋を出た。
遅くなってすみません! 中途半端に長くなりそうだったので上下に分けました。全部書けている訳ではないので下は多分また1週間後くらいです……。
一時期急にUAが増えてびっくりしたのですが、ランキングにお邪魔していたみたいで心臓が口から出るかと思いました。
お気に入りに入れてくださったり、評価や感想をくださる方々、読んでくださる方々、いつもありがとうございます~! とても力をいただいています、これからも頑張って書きますね!
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