自由への逃走(既遂)〜ヒキガエルのトレバーの大冒険〜 (奈篠 千花)
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~ヒキガエルのトレバーの大冒険~

トレバー。

なんの変哲もないヒキガエルに見えるが、そんなことはない。

彼は、魔法使いの相棒となれるくらい賢い、普通のヒキガエルではない魔法動物なんである。

大抵、魔法生物ペットショップで売っている魔法動物は、人間(魔法使い)の言葉なんて普通に理解できるくらいに賢く、ついでに何か特殊能力を持っているものだ。

実はヒキガエルのトレバーが持っていたのはシビル・トレローニーなんかより自分の意志で使える未来予知の能力だった。

ただ、悲しいかな、蛙の口蓋と舌は人語を発音するのには向いていないので、彼の予知や警告が人間に伝わったことは一度もない。

 

そんな彼は、ペットショップの檻の中で、目の前のごはんをたらふく食べて、くつろいで消化に努めていた。

ピキーーーン!

そのとき、彼の第六感が働いた。

今!彼を買おうとする客が来る!

うっかり買われては、彼の[[rb:蛙生>じんせい]]が、波瀾万丈危険いっぱいになってしまう!

そう予知した彼はどこかに隠れようとしたのだがーー、

「ヒキガエルの在庫は現在こちらの一匹だけとなっております。

と、申しましても、申し分なく健康な雄でございましてーー。」

「ふん、選択の余地はないわけだな?

全く嘆かわしい、魔法使いの動物と言えば、ヒキガエルか猫と決まっておったものを、最近はフクロウフクロウとーー。」

檻は狭くトレバーにはどこにも隠れるところがなかった。

覗き込んでいたのはロングボトム家のアルジー爺さんで、姉妹の孫の入学祝いのために、ペットを買いに来たのだった。

よく言えばおおらかな、率直に言えば割と大雑把なアルジー爺さんは、若い者の流行などは気にせず、隠れきれなかったトレバーを鷲掴みにして(蛙だけど鷲掴みされた)、ひっくり返して健康チェックをすると、さっさと金を払って持って来たかごにトレバーを入れて連れ帰った。

 

連れ帰られて、引き合わされた丸顔の少年は猶まずかった。

ハリーほどではなくても、ネビルもまた何か大きな定めを背負っている。

ーーヤバい!こいつと一緒にいたら命がいくつあっても足りない!

ネビル本人というか、これからネビルが向かおうとする場所(言わずと知れた魔界ホグワーツである)がヤバい。

だが、カゴに入れられたトレバーに為すすべはなく、とうとうホグワーツに行く当日になってしまった。

トレバーはそれまでもあの手この手でロングボトム家からの脱出を試みていたのだが、成功するまでには至らなかったのだ。

キングズ・クロス駅で、最後のチャンスとばかりネビルの祖母の手荷物に隠れてみても、すぐにオーガスタにひょいとつまみ出されてしまった。

「婆ちゃん、ヒキガエルがまたいなくなっちゃった。」

「まあ、ネビルーー。」

それは彼らの間で慣れたやり取りになりつつあり、ネビルは基本、トレバーから目を離さないことを学びつつあった。

ホグワーツ特急の中でもトレバーは脱走を試みた。

特急の中では見つからないでいることができたのたが、だが、最終的に逃げることは叶わなかった。

なぜなら、ホグワーツ特急から生徒が全部降りてしまった後、多分、清掃のハウスエルフが回ってきて、ヒキガエルのトレバーを見つけると、物慣れない新入生の忘れ物と思われて、小舟に送り届けられてしまったからだ。

トレバーは小舟の中で、やはり姿を隠していたが、最終点検をする森番のハグリッドにあえなく見つかってしまった。

「ほれ、こりゃあ、お前さんのペットじゃろ。」

放り投げられてあえなくネビルの手に収まる。

ネビル は嬉しそうだったが、トレバーはそれどころではなかった。

ぐえーげごーと鳴きながら、トレバーは放せと訴えたが、いつも通り人間には通じず、トレバーはとうとうホグワーツに連れ込まれてしまったのだった。

 

いざ入ってみたホグワーツの生活は、案外と快適ーーでもなかった。

まず、フクロウが多い。

ネビルの同室のハリー・ポッターという黒髪のくしゃくしゃからしてフクロウを飼っているのだ。

そして誰がなんと言おうと、フクロウは猛禽類であって、カエルやネズミを食べる生き物なのである。

そして同室のロン・ウィーズリー という赤毛の連れていた鼠はなんだか妙ちきりんな存在ではあることも分かったが、ゲコゲコ鳴いてネビルに警告しても、ネビルは

「お腹空いたのちょっと待って。」

などと頓珍漢な答えを返してちっとも理解しない。

とにかくトレバーはフクロウから身を守るため、時々大人しくカゴに入りながらも逃走の機会は諦めていなかった。

だが、ホグワーツというところは、なかなか一筋縄ではいかない。

トレバーは数回と言わず脱走を試みたが、ネビルが鍵を掛け忘れたケージを脱出できても、フクロウが狙っている可能性のあるときは迂闊に動けない。

魔法動物のフクロウは、「人のペットは食べちゃいけないよ。」と言われて分かったような顔をしているが、絶対に飼い主の素知らぬところでヤバイことを考えている。

ホグワーツで飼われているフクロウや肉食のペットは結構禁じられた森まで遠征して狩りをしているのだ。

もっとも、トレバーも禁じられた森まで、森の中の水場までたどり着けば生き延びる算段もできると思うが、ホグワーツはほとんど迷路のようで、視点の低いトレバーにとっては、相当な難所だった。

 

ネビルはトレバーの脱走を警戒してか、授業にまでトレバーを連れて行くこともあった。

トレバー的にひどい目にあったと思うのは、ゴブリンとの混血の小男(フリットウィック教授のことである)の呪文学の授業で、あろうことか、

「そろそろ物を飛ばす練習をしましょう。」

と言って、トレバーをそのものとして扱い、教室中をびゅんびゅんと飛び回されたことである。

自分で跳ねるのはともかく、人に振り回されるのは勝手が違う。

はっきり言ってトレバーは酔った。

ひどい目にあったと、げろ〜と鳴いてぐったりしていると、ネビルがおろおろして背中をさすろうとしてきたが、両生類には熱い手で揺らされるのは一層の災害だった。

その上、他の生徒も自分のペットや持ち物を飛ばせばいいのに、何故か虎視眈々とトレバーを飛ばそうと狙ってきて、トレバーは、(ホグワーツの災難とはこれだったゲコ?)と疑うレベルだった。

 

それからもことあるごとに、ネビルはトレバーを連れ歩き、トレバーはネビルのドジに巻き込まれた。

一度などは、転んだネビルの下敷きになって、あわや、だいぶ以前の極東の国のアニメーションにモチーフがあった、衣服に張り付いたカエルになるところだった。

そして、ある日、トレバーはまたしても、ピキーーーン!と来た。

本日、飼い主のネビルは非常なトラブルに巻き込まれる!

とりあえず逃げ出すか!

予感に従ったまま、トレバーは迂闊にも(何度目か分からないが)ネビルが掛け忘れていたケージの鍵を見て、扉を頭で押し開けて抜け出した。

本日、ロンがドラコと喧嘩して、何故かハリーとドラコが決闘することになったその日である。

トレバーのその行動こそが、トレバーを探しに出たネビルを談話室に導くものになるとは気付かずに、トレバーはぺったんぺったんと廊下を進み、談話室に辿り着いた。

談話室に辿り着いたはいいが、トレバーは蛙である。

げこげこ鳴いても、肖像画の太った女は通してくれなかった。

その上迂回路を探しているうちにネビルが来た。

ぴょんこぴょんこしていたトレバーはネビルにがっしりと腹を掴まれてまさに死んだ蛙のような目をした。

 

その時、誰か来る気配がした。

ネビルは反射的に、肘掛け椅子の陰に隠れ、トレバーはどうせ隠れるんなら手を放してくれたらいいのに、と思っていた。

姿を現したのは、グリフィンドールのトリオ、ハリーとロン、そしてハーマイオニーで、この深夜に寮を抜け出すつもりのようだった。

飼い主ーーネビルは、なにかを決心したように三人を止めに入ったが、トレバーのことは掴んだままだった。

自由が欲しい。

心からそう思いつつ、トレバーは中空を見つめていた。

 

「君達、何してるの?」

「また外に出るんだろ。」

「外に出ちゃいけないよ。」

ネビルの制止に、トリオはネビルを追い払おうとした。

「もう寝たら?」

とか

「これは大事なことだから。」

とか言っているが、死にはしないがろくなことが起きない気配がはっきりと分かる。

「行かせやしない!」

ネビルと、三人組が言い争って、ネビルがトレバーから手を離した。

トレバーはありがたく飛び跳ねて、肘掛け椅子の陰に逃げ込んだ。

 

困難に立ち向かえと言ったくせに自分の邪魔はするなというロンの言い分に理があるとは思えないが、これからネビルもひどい目に合う。

トレバーは隠れたまま成り行きを見守った。

「やるならやれ!殴れよ!かかってこい!」

三対一、ネビルが魔法なしの挑戦をしてもそんなものを三人組が守るわけがなかった。

ハーマイオニーの呪文で動けなくなったネビルは無様に倒れて床の上で動けなくなった。

うむう、トレバーの飼い主として非常にみっともない。

トレバーは椅子の陰からそろそろと這い出して来た。

 

げこ。

トレバーはぴょんと、倒れたネビルの上に飛び乗った。

命に別状がないことは分かっている。

これは決して心配したが故の行動ではないのである。

心配などしていない。

絶対に違うのである。

ただ、倒れた人間(魔法使い)の胸郭の温度は、両生類であるトレバーには熱過ぎた。

人間、熱苦しい。

トレバーは、ぴょんと降りて、ネビルの周囲をうろうろした。

これも決して、間抜けな飼い主を心配したわけではないのである。

談話室から、蛙だけでは脱出できないからこの部屋にいるだけなのだ。

結局、ネビルは明け方までそのままだった。

そして、トレバーは逃走し損ねた。

 

トレバーは、一年目が終わるときにも、一年の最後のチャンスと思って逃げ出してみたが、道に迷ってトイレに迷い込み、人の気配がしたので隠れたものの、あえなく管理人に見つかった。 トレバーの、自由への逃走チャレンジは、これから数年に掛けて、不屈の闘志で続けられるのだが、最終学年を迎えるまで、いつも微妙なところで失敗する。

 

 

 

二年目は原作的にはトレバーの出番はなかったが、彼本人にとってみれば、ネビルに連れ回されるは、授業の呪文や薬の実験台にされるわ、ネビルのドジに巻き込まれるわで、ろくな一年ではなかった。

それでもなんとなく、トレバーはネビルと一緒にいたのである。

自由への挑戦チャレンジは既に恒例事業と化していた。

三年生、ネビルがホグワーツ特急を降りるとき、トレバーはネビルの頭の上にいた。

帽子の下でゲコゲコ鳴いていたわけだが、別に親しく打ち解けたわけではないと、トレバー的には強く主張する。

一年目だったら、そのまま頭から飛び降りて行方不明になってやってもいいところだが、一応我慢してやっているだけなのである。

 

三年目を迎え、ネビルのドジも落ち着いたかと思ったらそうでもなかった。

ネビルは魔法薬学の授業に、相変わらずトレバーを連れて来ていた。

正直、いろんな薬の匂いや苦手な匂いもするので、この授業に連れて来て欲しくはないのだが、逃走癖のあるヒキガエル、という認識をされているトレバーは非常に信用がない。

 

そしてやっぱりトレバー的に事件は起きた。

授業で作る「縮み薬」、ネビルに作ったそれをトレバーに飲ませるというのだ。

トレバー的予見では、これに関しては大丈夫という感覚があったので落ち着いていたが、ネビルは自分の腕に自信がないので真っ青だった。

トレバーはイラっとして

「げこっ(しっかりしろ!)」

と叱咤したが、いつも通り全く通じなかった。

まあそれもいつものことだ。

 

ネビルの作った薬は、ねっとりした黒髪の男(スネイプ教授のことである)にはお気に召さなかったようだが、成功していた。

黒髪の男は左手でトレバーを摘み上げると、スプーンで二、三滴、トレバーの口に流し込んだ。

飲みたくもなかったが、飲まざるを得ない。

薬は成功していて、ポンと軽い音を立ててトレバーは男の手の中でオタマジャクシになった。

ーーなんたる屈辱!

トレバーは人間がどう思おうと、立派にオタマジャクシの時代を終えて手足を生やした立派な成蛙なのである。

こんな幼児期に戻されてしまって、泳ぎ回るオタマジャクシ時代をもう一度と言うのか!

トレバーは憤然として身をよじったが、オタマジャクシはヒキガエル以上にどうしようもなかった。

黒髪の男が面白くもなさそうに別の薬を二、三滴トレバーに飲ませると、トレバーは元に戻ることができたが、どちらの薬も非常に不味かったことと、予想外に幼児期(オタマジャクシ姿)を晒したことはトレバー的に非常に不本意な出来事だった。

なんたる屈辱!

トレバーは一旦落ち着いていた自由への逃走チャレンジを再び再開した。

したが、成功はしなかった。

 

ともかくも、トレバーは四年間をネビルと過ごし、五年目を迎えたが、ここでまた彼はピーーーン!と来た。

今年はヤバい!

何か起こる!

実際、五年生の時には、ネビルはハリーたちと一緒に魔法省の神秘部に侵入し、杖を折られ顔面をボコボコにされて酷い目に遭い、挙句、シリウス・ブラックが死ぬのを目撃し、目当ての予言は破壊されてしまうのだから、ヤバいことが起こるのは間違いない。

トレバーは久々に本気で暴れたが、成長期にあるネビルの力が緩むことはなく、ホグワーツ 特急に乗り込んで、最後尾の車両に着くまで、思い切り片手で握り締められていた。

「トレバー、どうしたんだよ。

最近は結構聞き分けよくしてたのに。」

どうしたもこうしたもない!

トレバーは事件が起こる震源地のホグワーツに近寄りたくないだけである。

 

最後尾車両で、ハリーに出会ったネビルは、目を輝かせて妙ちきりんな植物の紹介を始め、トレバーをハリーという黒髪くしゃくしゃに預けた。

預けたというか、問答無用でハリーの膝に落とした。

当然、トレバーは憤慨した。

もうちょっと自分は丁寧に扱われるべきである、と。

ネビルが失敗しそうな時は(概ね自分にも被害が及びそうなときは特に)げこげこ鳴いて教えてやったというのに、いつまでもネビルときたら飼い主のくせにちっとも理解しやしないで、大鍋を溶かしたりする、と、トレバーは腹立たしく思った。

ネビルが羽根ペンを出してミンビュラス・ミンブルトニアという変わった名前の植物を突つき始めた時、トレバーは絶対にロクなことにならないと感じて、逃げ出そうと身をよじったが、黒髪くしゃくしゃはしっかりと両手でトレバーを押さえつけていたので逃げ出せなかった。

ネビルのせいで、ミンビュラス・ミンブルトニアがぶっしゅーーーと噴き出した臭液を真正面から黒髪くしゃくしゃが被ったのは自業自得であるとトレバーは思ったものの、液は臭くてトレバーの大嫌いな匂いを発していたので、トレバーの方にも液が垂れてきたことは非常に不幸な出来事だった。

ーーやっぱり本当にロクなことにならなかった。

今年も一年、酷い年になりそうだとトレバーは思った。

 

ただ、この五年生の時、ネビルが本当に大変なことになった神秘部への侵入の時、いつもトレバーを連れまわすネビルは、彼を連れてはいかなかった。

危険な目に遭うのは御免被るのだが、埒外にされるのはそれはそれで腹立たしいという複雑な気分で、トレバーは顔をボコボコにして杖を折られて帰ってきたネビルに、「このバカ!アホ!」という気持ちでげこげこ言ったのだが、ネビルは「トレバー、心配してくれるの、ありがとう。」と言い、彼らはいつでも意思疎通できていない。

 

腹立たしいまま、六年生になり、なにやら今年もピキーーーーン!と、危険な気配がする。

最早半ば嫌がらせで、トレバーはホグワーツ特急の座席の下に隠れてやった。

ネビルは友人に新しい杖を見せていたが、流石に慣れて

「おい、こっちにおいで、トレバー!」

と目ざとく声を掛けてきた。

もちろん、素直に出て行ってやる義理はない。

ネビルは座席の下に頭を突っ込んで甚だ締まらない格好になったがそんなこともトレバーの知ったことではない。

ホグワーツに行ったら危ないと何度警告してやっても(人間には、げこげことしか聞こえていないが)、聞き入れないネビルが悪いのだとばかり、トレバーは散々座席の下を移動して困らしてやったのだった。

 

そして、もちろん、この年も事件は起きた。

トレバーには直接的に関係はないが、校長のダンブルドアが死んだのだ。

トレバーは実は率直に言って、校長のペットの不死鳥のフォークスとは非常に仲が悪かったので、校長よりもフォークスがいなくなったことの方がせいせいしたが、校長が死んで学校は変な雰囲気になり、ネビルは落ち込んだ様子を見せていた。

トレバーがなぜフォークスと相性が悪いかというと、フォークスが火、トレバーの属性が水だ、そこからまず合わない。

そして猛禽類、と、被捕食者のヒキガエル。

不死鳥はヒキガエルなんか食べないと言われても、反射的に身構えるには仕方のないことだ。

 

ともかく、ダンブルドアの葬式ではマーピープルまで出てきて、なにかを歌っていたが、同じ水属性であるトレバーにはかろうじて意味がわかった。

ハリーがマーピープルが悲しんでいると感じた歌だったが、まあ確かに悲しんでいたことは確かだった。

マーピープルは、ダンブルドアが頼むだけ頼み支払いを約束したが、死をもって逃げおおせた払わせることができなかったと歌っていた。

どうせこの歌もトレバーの予言と一緒で人には届かない。

人の耳は大抵人の言葉しか聞けない。

 

 

 

七年生。

トレバーは初めてホグワーツ特急に乗り込むのに逃げなかった。

肚を括ったとも言う。

ネビルは暴れないトレバーに不思議な顔をしながらも、彼を肩の上に載せた。

 

だが、本当に、非常に腹立たしいことに、情勢が厳しくなり、ネビルの顔に傷が増え、今こそ分かれ!予言の力を役立てろ!と思うときにこそ、ネビルは危ないから、と言って、トレバーをケージに閉じ込めて行った。

腹立たしい!

ネビルはトレバーの言っていることをいまだに理解できないしようとしない(もっともこれは、ネビルに限ったことではなくヒキガエル語を理解できる人間(魔法使い)はいないのであるが)。

トレバーは腹を立てて、久しぶりにケージから脱走した。

その気になれば彼はやる蛙なのである。

 

彼は勢いで、グリフィンドールの談話室も他の生徒の出入りに紛れて脱出し、腹立ち紛れにホグワーツの廊下をペッタンペッタン跳ねて行った。

自分一匹で歩くことはないとは言え、7年もネビルと一緒にホグワーツをうろついていたのだ。

多少は方向も分かる。

だが、多分、いまの問題は方向ではなかった。

 

「ヒキガエル?」

彼は、無遠慮な指先につまみ上げられた。

アレクト・カローだった。

「ホグワーツも堕ちたものね、誰のものか知らないけどこんな畜生が廊下を闊歩しているなんてーー。」

アレクトはそのままトレバーを窓から放り投げようとしてーー。

「見回りかね、アレクト。

その蛙は?」

うっそりと、ねっとりした黒髪の男(もちろんセブルス・スネイプ教授である)が声を掛けて来た。

この男は魔法薬学の授業でネビルをいびり倒して、トレバーのこともしょっちゅう実験台にしていた男だから、トレバーは大の苦手だった。

だが、男はトレバーをつまみ上げた女に話し掛けて、明らかに話題はトレバーのことだった。

「ああ、これ。

これは廊下をうろちょろしていたから掃除しようと思ったのよ。

ヒキガエルなんかにいちいちうろちょろされたくないでしょう?」

汚ならしいものを扱うようにトレバーをつまんでいた女は、次に男の言葉でそれを手放せることを喜んでいるように見えた。

「ふむ。

ヒキガエルは薬の材料になる。

また、薬の効果を試すのにも役立つ。

いらぬなら引き取ろうか。」

黒髪の男の発言に、女はにんまりと笑った。

「あら、それはいいわね。

ただ捨てるのも無駄になるわね。」

トレバーは女から黒髪の男に引き渡され、黒髪の男は存外と丁寧にトレバーを受け取った。

 

男に本当に薬の材料にされるのか戦々恐々としていたトレバーだったが、物陰から出てきたネビルに驚いて男の手の中で跳ねた。

「スネイプ教授ーー、ありがとうございます。

トレバーを助けてくれて。」

助けた、と言うところには反応せず、男は

「ふんーー。

ペットのしつけがなっていないようだな、ロングボトム?

飼い主が判明したからには、一旦は返そう。

だが再びこのようなことがあれば、保証はできない。」

と言って、嫌みたらしい口調の割には慎重な手つきでネビルに手元に戻された。

トレバーは把握していない情勢だったが、これは、ネビルがカロー兄妹に追われて、必要の部屋に潜伏する少し前の出来事になる。

すでにネビルはカロー兄妹の授業をボイコットし始めて久しく、トレバーがネビルのペットだと認識されていればどんな目に遭わされるかわかったものではなかった。

ネビルは何か決意したような目をして、一旦部屋に戻った。

部屋に戻って、ネビルはトレバーをケージに戻さなかった。

 

この年、同室の他の四人のうち、黒髪のくしゃくしゃと赤毛のてんてん(そばかすのことらしい)は何故かいない。

他二人は出掛けているようだが(一応まだ消灯時間ではないのだ)、ネビルは一旦部屋に戻ったものの、外用の上着を取り出すと、再びトレバーを連れて部屋の外に歩き出した。

 

ネビルは、慎重にカロー兄妹の巡回を避けて外に出、禁じられた森の辺縁に来た。

トレバーが、ネビルが一年の頃からホグワーツで逃走する場合の最終目的地として狙っていた森である。

こういう時に、嫌な予感がする。

ピキーーン!

ネビルは禁じられた森に少し入ったところで、トレバーを下ろした。

なんのつもりだ。

トレバーはネビルを振り仰いで、げこげこ鳴いた。

いつも通じないトレバーの言葉で、この時も通じてはいなかったが、ネビルはトレバーに真剣に話し掛けた。

「トレバー、お別れだ。

僕は今、ホグワーツを牛耳ってるデスイーター達に徹底抗戦をしてる。

多分、もうすぐ君の餌も運べなくなる。

それに、君が僕のペットだって知れたら何をされるか分からない。」

だからと言ってペットを野に放つのはどうかと思うが、トレバーの場合、魔法生物でホグワーツであれば原生生息地域の範囲ということで考えておきたい。

ともかく、トレバーはネビルの言ったことを理解した。

理解した上で猛然と抗議した。

げこげこげこ。

だが、彼の言葉はいつでも通じないのだ。

 

ネビルに瞳に浮かんだ決然とした光を見て、再びトレバーは肚を括った。

ドジでどうしようもなかったネビルは大人になったのだ。

本当は相棒としてアドバイスしてやれればよかったが、ネビルはいつまで経ってもヒキガエル語を覚えない(再び言っておくがヒキガエル語を解せる人間はいない)。

それならトレバーにしてやれることは、ネビルの足手まといにならないようにしてやることだ。

 

トレバーも決然としてネビルに背を向け、ぴょんこぴょんこと森の奥に旅立った。

 

そうして、ネビルとトレバー、二人の男(雄)はそれぞれの戦場へ旅立って行った、と、綺麗にまとめられたら良かったのだが。

ホグワーツの禁断の森は、主にハグリッドのせいで、あり得ない頭数のアクロマンチュラや危険生物が大繁殖しており、さらに時々はハグリッドの弟の巨人がその辺を破壊して歩き、これ以上ないほど危険な場所となっていた。

 

トレバーは時々「げこげこげこーーっ!(ネビルのバカタレー!)」と鳴きながら森を跳ね、なんとか生き延びた。

そしてホグワーツ決戦の日は、アクロマンチュラは溢れ出し、ケンタウロスが森を踏み荒らし、デスイーターが禁じられた森を荒らし回った。

そして、昔感じたホグワーツへの恐ろしい予感はこれらのことだったのか!と納得しつつ、トレバーは一時は死を覚悟したが、意外と彼は死ななかった。

 

ホグワーツ決戦はトレバーに関係のないところで終わったが、彼の戦いは禁じられた森に危険生物を持ち込むハグリッドのせいで厳しくなるばかりだ。

それでもともかく、彼は森の中に小さな池を見つけ、可愛いメスのヒキガエルに出会った。

彼は自由への逃走を完遂し、厳しい環境でもヒキガエルの意外と長い寿命まで蛙生を謳歌するだろう。

 

彼の運命が今後ネビルと交わることは、多分ない。

 

 

 

 



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