金色のコルダ 月森蓮×日野香穂子「この思いの帰る場所」 (二重螺旋二重)
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この思いの帰る場所

過去に個人サイトで掲載していたものの再掲載です。
(初出は、07年8月末に行われたコルダ2阿弥陀に投稿した作品です。本当はこのタイトルは、加地君の連鎖ルートに進んだ時のイベント名なのですが、月日でエントリーしていたので、そのまま月日で書いてみました。)


※コルダ2設定の月日。恋愛第4段階くらいの時点での休日デートイベントを想定しつつ。他2での幾つかのサブイベントも拾いつつ話を組み立ててます。





夕暮れの街の色は日の残照によってオレンジ色に映え、それに対照的に空の色は夜の始まりを示す濃い藍色を湛えている。

 

12月に入ったばかりとは言え、眼下に広がる横浜の町は、既にクリスマスの準備をすっかり終えている。

主な道路、街路に植えられた木々はイルミネーションの光を点灯し始め、オレンジ色と藍色の世界の中に、光の線を描き始めていた。

 

街で一番高いビルにある、この特別展望室はオープンしたての頃は、

展望室に昇るためのエレベータの中が朝の通勤電車と変わらないほどの混み具合になり、

そのエレベータを待つ行列も、さながら臨海部の人気アミューズメントパーク施設のようにロープを張られる始末であった。

が、その後、周囲に再開発によって、同じような高さのビルが建てられたり

それらビルの中にも次々と新しい商業施設がオープンすることによって、 現在では当初ほどの混雑はみられなくなっていた。

 

そうは言っても、今はクリスマスの時期。 展望室は、今現在、二人が見ているのと同じ、

このロマンチックな風景をみたいと願うカップルの姿が数多く認められた。

 

「月森君、大丈夫?顔色悪いけど、まさか高所恐怖症とは言わないよねぇ!?」

 

「いや、そういうわけではない。人いきれしたのと、あとは高層ビル特有の高速エレベータのせいもあるかもしれない。」

 

実は、月森と香穂子は、このビル下の人ごみと喧噪をさけてここに来たわけなのだが、

この場所も人口密度という意味では、さして変わりはないのかも知れない。

 

「うわー、車や電車がちっちゃーい。」

 

香穂子が、お決まりの感嘆の声をあげる。

 

「それに、なんて綺麗なオレンジ色!」

 

オレンジ色、というより、君の髪の色に近い。月森は、そう思ったが、それを言葉にはしなかった。 出来なかった。

 

替わりに、口をついて出たのは、もっと即物的なもので、

 

「そんなに手すりから身を乗り出すのは、いくら何でもやめた方がいいんじゃないだろうか。危険だろう。」

 

といった、注意喚起の言葉。

 

「え?でも、ガラスあるし。これ位は全然平気でしょ?」

 

月森にも、本当は分かっていた。それさえも、今の自分の感情を誤魔化すための言葉に過ぎないと。

 

外界の景色は徐々に夜の色を強め、彩度と明度を下げていた。

 

そして、今、香穂子自身が言葉にした外界との区切りであるガラスは、その濃い色を背景に鏡のように彼女自身を映し出し、

そこへ身を乗り出す様子は…一瞬、まるで彼女がガラスに映った彼女自身に対して口付けをしているように見えた。

 

その一瞬の光景に、胸が詰まり、息をするのも忘れてみとれた。

 

そこから、どうにか目を逸らしながら、絞り出したのが上の言葉だ。

 

そして、続けた言葉も、更にもっと即物的だった。

 

「いや、手すりの強度の問題もあるだろうし。」

 

「ん?なんか今、ちょっと、女の子の心の琴線に触れる微妙なこと言わなかった?

というか、そこまで言うってことは、月森君、やっぱり高所恐怖症の気があるんじゃないの?」

 

月森をからかうように香穂子はそう言って笑う。

 

これまでの経験で、月森は、恐怖症と名の付く程、何事かに強い忌避感を抱いたことはあまりない。

 

ただ、今、この瞬間、一番、怖いことは何かと聞かれたら、目の前にいる彼女という存在を失うこと、 と答えるかも知れない。

 

矛盾だ。傲慢だとすら思う。彼女を置いて行こうとしているのは、離れて行こうとしているのは、月森自身だというのに。

 

そんな月森の胸中の葛藤をよそに、香穂子は、またくるりと身体の向きを変え、再び視界を夕闇の町で一杯にしていた。

 

「こうして、改めて見ると、また綺麗だね、この町。

学院も高台にあるから結構見晴らしいいけれど、 さすがに、ここまではいかないからね・・・。あ・・・!」

 

香穂子は、何かに、ふっと気が付いたと言う風に、指先をある方向に向けた。

 

「見えるんじゃないかなーって予想していたけれど、やっぱり見えるなー。」

 

「何が?」

 

胸の息苦しさを紛らわすために、一つ大きな呼吸をしてから、

やっと月森はそう一言口にし、香穂子の隣に並んだ。

が、その言葉を継いだタイミングは、香穂子には大きな溜息をつかれたという風にとられたらしい。

 

「ええと、あの、そんな風に溜息まじりに、聞かれてしまうと言い出し難いんですが…。

どうせ、このはしゃぎ方は子供ぽいとか、そういう風に思ってるんでしょ。 それに、言おうとしたことも・・・・・・だしなあ…。」

 

「いや、今のは溜息じゃない。タイミングが悪かっただけだ。続きをどうぞ。そんな言い方をされると返って気になる。」

 

「いや、続きをどうぞって、そんな風に言われると、内容がむにゃむにゃなことだけに余計に…。」

 

「?何か、俺には言い難いことなのか?とにかく言ってみてくれないか?」

 

「あー、もう、じゃあ言うけど、でも、聞いた後、不機嫌になるのは、なし、だよ。」

 

話題にしようとした、私も私だけどさあ、と、香穂子は、更に口ごもりつつ、ぽつりと言った。

 

「ここからも、見えるんだな、って思ったの。」

 

「それは聞いた。だから、何が?」

 

「三塔伝説の塔、3つ。あのね…」

 

香穂子は、ここで意を決したように、以下の言葉を一気にまくし立てた。

 

「県庁旧庁舎のキングの塔、税関のクイーンの塔、最後に開港資料館の時計塔のジャックの塔。

これ3つの塔を同時に見られる地点が地上では3つだけあるんだって。

その3つを全部周ると幸せになれるっていう、この町の新都市伝説?

というより、観光キャンペーンがかってるって話も聞くけど、

とにかく、そういうおまじないがあって、今ちょっと女子の間でも流行ってるの!

・・・学校帰りに彼氏と一緒に3箇所全部周るっていうのが!」

 

「で、ここは4箇所目だな、と思ったの。ほら、見えるでしょ。月森君には興味ない、つまらない話だろうけど!」

 

そう言われて、指を指されても、目のあまり良くない月森にははっきりと視認は出来なかった。

夕暮れ時は、一日でも一番物がよく見えにくい時間帯だということもある。

唯一、海側の税関の塔くらいだろうか。 夕映えの海と空に、その反対色の緑色のモスク風の塔のみは目視出来た。

 

「今、この状態では俺からは良くは見えないが、確かに、その3つの塔の名は一応、知っている。」

 

目を細めたり、首を傾げたりしながら、香穂子の指し示す方向を見る月森を見て、

香穂子は申し訳ない言い方をしたな、と少々後悔をした。

 

「あの、ごめんなさい。そんなに一生懸命探してくれなくていいです。 ホントに月森君には興味ない話題だったと思うし。」

 

「その言い方が、先ほどから気になっている。

君は、なんだか話す前から勝手に、俺がその話題に興味あるかどうか

決めてかかっているみたいに聞こえるんだが。」

 

「え?だって、それはそうでしょ。月森君、この手のジンクスやおまじない話、嫌いじゃない?」

 

「俺自身は、そういったことは信じない方だが、他の人間がそれを信じることには干渉しないし、

それを話題にされても特に不快だとは思わないが。」

 

「嘘…!だって、この間だって、柚木先輩や志水君と駅前広場の噴水で

コインを投げながら願い事をするって話になった時、凄く嫌そうな顔してたでしょ?」

 

そう言って、香穂子は、先頃、柚木や志水と一緒に下校した折の駅前広場の噴水でコイン投げの願掛けの一件を持ち出して来た。

 

・・・あの件をして、そういう風に捉えていたとは。

 

正直、その手のジンクスやおまじないは、自分一人ならば自ら進んでやりたいとは思わないが、

それが彼女の口からもたらされる話題の一つであったり、あるいはまた一緒に参加することに意義があるようなものならば、

別に何ら忌避するところではないのだが。

 

事実、既に、この間も、水族館で特別イベントとして設置してあった、

幸せのハンドベルとやらを鳴らすために長い行列に着いたりもしているのだ。

その事実については、彼女の中でどう認識されているというのだろう。

 

「君が、あの件を、そういう風に捉えていたとは知らなかった。

あれは…あの時、君に俺の表情がそう見えたというのは、ああしたコイン投げを等をした結果、

噴水の清掃時にコイン回収の手間がかかり、それはあの有名なトレビの泉などですら問題になっていると

以前、聞いたことがあったから、それを思い出していたのではないかと思う。

少なくとも、そうした結果、他の人間や公共サービスの手を煩わせるようなものは避けた方がいい、と、

そう思っただけだ。先輩の手前、言葉にはしなかったが。」

 

月森は、そう、気真面目にことの次第を説いた後、ついでを装いつつ、急いでこう付け足した。

 

「事実、この間の水族館では幸せのベルを鳴らすための行列に並びもした。

・・・だから、もし、君が行きたいというのなら、その幸せになれるという

3つの塔巡りに付きあうこともやぶさかではないのだが。」

 

月森自身、自分にしては、珍しくタイミングよく言葉を紡げた方だったのではないかと思ったのだが、

その真意が伝わるのには、とても長い一瞬の時を経なければならなかった。

 

「ああ、確かにあの時は珍しく付き合ってくれるんだなって・・・え?それって…?」

 

香穂子は、最初、そう受け答えながら、途中で気付き、先ほどの自分のした三塔伝説の説明を

頭の中でもう一度繰り返した。そして最後の『彼氏と一緒に』と言った部分に思い至った後、盛大に赤面した。

 

香穂子は、あははと笑いながら、どうにか言葉を探しあて、会話を続けることで、その動揺を鎮めようと試みた。

 

「あ、あのね、この3つの塔って、昔は町中のどこに居ても見ることが出来たんだって。

他に、高い建物がほとんどなかったから。

そんな時代があったことを考えると、確かに、このおまじない、今更って感じではあるですよね・・・」

 

一緒に行っては、みたいけれど。月森君と。香穂子は、口の中で、小さくもごもごとそう言葉にした。

 

「一緒に行くのは、構わない。今度、本当に行こう。下校時が良ければ、それこそ明日にでも。」

 

最近は、香穂子と月森は一緒に下校するのが常となっており、その何遍かに一回は寄り道を挟むこともある。

 

これは、その寄り道の予約のようなものなのだ、いつもしていることからそう外れているわけじゃない、

そう大したことじゃないから、と、香穂子は回らない頭で、筋道があまり通っていない理屈をこねくり回していた。

 

先ほどまでの高所恐怖症云々で月森をからかっていたときの調子はどこへやら。

 

そんな香穂子の様子を横目に、今度は月森の方が言葉を継いだ。

 

「それにしても、この町に住んでいて、一応、その名だけは耳にしたことはあったが

改めて、どれがどの塔だと言われると、君のように即答では出てこなかったな。

そのおまじないを知らなかったことも無論なんだが。」

 

「三塔伝説の話は、本当に最近になって出来たものなんだと思う。

さっきも言ったけれど、それこそ観光がらみで人工的に作られたものかもしれないっていうのは、

私も分かってるんだけど。それでも、やってみたくなるのが、女心というものなのです。」

 

そして、香穂子はかのヴェルディの有名オペラアリアの一節を、少しだけ口ずさんだ。

それは今、彼らが取り組んでいるアンサンブルで取り上げいてる曲の一つでもある。

 

あれ?でも、塔から最後に飛び降りるのはトスカか・・・と、呟いたことから、

どうやら香穂子の中では、イタリアオペラ悲劇のと塔との間で、連想連鎖が起きたらしかった。

 

「 でも、どれがどの塔っていうのは、小学生の知識です。小学校6年生の時の社会科見学の時に習うことだよ。」

 

少し調子を取り戻した香穂子が、また少しからかいの口調を滲ませながら続けた。

 

「3つの塔はね、町の中から良く見えただけではなくて、海からも良く見えたらしいね。

だから、船乗りの間でも、あの3つの塔は目印にもなっていたんだって。

この塔が見えたら、無事帰りついた証拠だって。

三塔伝説のおおもとも多分、そういう航海安全の願掛けからはじまってるみたい。

そして、海外でも、結構有名らしいね、この町のこの塔って。」

 

邪心なく、月森にそう説明を続ける香穂子。

 

いや、海や航海、海外 という言葉から連想される事柄が、

今の自分達に当てはめるとどうなるのか、それに思い至っていないわけがない。

 

それでも、月森の目を見据える香穂子の瞳は、どこまでも澄んでいて。

 

月森は、この瞳に、どう報い、どう応えたらいいのか、その答えを探していた。

 

しかし、今この瞬間、彼女とこうして夕闇に浮かぶ、少し非現実的なまでに美しい

この故郷の町を目の前に語っていると、 ここしばらく悩んでいたその答も、自然と出ていた。

それは、本当にごく単純なことなのではないか、と。

 

「…そうか。目印、か…。でも、俺には必要ないな…。」

 

「え?だから、昔の話だよ?それも船で海外に行くのが普通だった時代の。

今は飛行機の時代だから・・・もともと見えないんじゃないかな?上空からはさすがに。」

 

彼女の持ち前の天然性の鈍さによって月森の言葉は遮られ、そして、次の言葉も続け辛くなった。

どうして、こういう肝心な時に彼女は…。

いや、それはわざとなのかも知れない。

船、飛行機、海外という言葉を使いながらも、最後の一点にだけは

ずっと触れないでいてくれている、彼女の優しさの一環なのかも知れない。

 

しかし、この場面は、それでも言うべき時だろう。

 

「いや、今も昔も、こういうことは変わりないと思う。」

 

そして、月森は、この日二度目の、自分としては上出来の部類ではないかと自認する言葉を口にした。

 

「世界中何処に行っても、最終的に帰ってくる場所は、分り切っている。

目印もいらない・・・この思いの帰る場所は、ここしか、君の傍らにしかないから。」

 

今回は、先ほどのような長い時間を待たずに済んだ。

 

月森が最後の一音を発音し終わると、ほぼ同時に、香穂子の瞳から、

大粒の涙が流れ始め、その言葉の意味が、きちんと彼女に通じていることを示していたから。

 

『この思いの帰る場所は、君のもとにしかない』

 

それは、月森がこの時点で、香穂子に贈ることの出来る、ただ一つの約束の言葉だった。

 

「なんか、3つ周らなくても、今日、ここに来ただけで・・・もうおまじない実現しちゃったみたい・・・!」

 

香穂子にも分かっていた、これは現時点で望みうる最上の言葉だと。

 

これ以上、望むものは何もない程に。

 

「?明日、一緒に周るのではなかったのか?」

 

「・・・一緒に周ること自体は楽しそうだけれど、おまじない的には無駄かもね。」

 

香穂子は、涙を溜めた瞳で柔らかい笑顔を作り、こう付け足した。

 

「これ以上、幸せになんて、きっとなれないと思うから・・・!」

 

香穂子はそっと背伸びをし、月森の顔へと自分の顔を近づけた。

 

 

そして、 月森は先ほど嫉妬の念すら向けたガラス窓と同じ立場となった。

 

 

 

 

 

 

 

<Fin.>

 




過去に自サイトに掲載していたものの再掲載です。
少し古い作品ですが、発掘&展示品として。

読んで頂き、とても嬉しいです。ありがとうございました。


コルダでは、月日、土日、柚香、他、男子学生たちがわいわいやっているコメディタッチのお話も良く書きます。かなり昔から書いているため、個人サイト→支部→ハーメルンと移行しております。支部にもコルダだけで100作品近くありますのでそちらもどうぞ。

二重螺旋・拝


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