ライブラ秘書嬢の異世界渡航 (一星)
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人魚姫は英雄の夢を見るか? 番外編
ゆく年くる年


原作も未到達の時期なのを良いことに、超平和なA組の年末年始をお送りします。(というのを2016年のTwitterでゆるゆるやっていたSSログ)

※時事ネタあります


 

【年の瀬】

「もう今年もあと2日やねぇ」

「そうだね」

「今年は本当に色んなことがあったな!」

「まさか年末を皆と寮で過ごすことになるなんてね……」

「上半期が特に怒涛だったからな」

「USJ襲撃事件にヒーロー殺しとの交戦、合宿前はイズクが死柄木とエンカウント、合宿は強襲……うわぁ、思い返せばホントに事件に事欠かなかった年だな……」

 

【掃除】

「皆部屋の掃除は済んだかい? 明日は全員で一斉に共用フロアの掃除になるから、ということだったが……」

「窓拭きとかは終わったんだけど、途中でまとめ途中のヒーローノートを見つけちゃってついつい……」

「分かるわ~そういうんって脱線するとなかなか戻って来れんよね」

 

 

【掃除②】

「私も途中から洋書読み返してて気づいたら日が暮れてた」

「轟くんはどうだい?」

「元々あんまり荷物ねえから、畳上げて掃除したりするくらいで済んだな」

「あれ取り外しできるやつなんだ……」

「というかあの改造をどうやって一人で完成させたのか未だに疑問なんだけど」

 

 

【クリスマス】

「砂藤くんが焼いてくれたケーキめっちゃ美味しかった!!」

「男子高校生がまさかブッシュドノエル作るとは思わなかった……将来レシピ本出せそう」

「大量にオードブルとかメイン料理黙々と同時進行で作ってた星合さんも凄かったよ……」

「途中から何人か料理の方に参加してたな」

「寮生活がはじまって、バースデーとかハロウィンみたいなイベント事の度に飾り付けが本格的になってってるそっちも凄いと思うけどね……」

 

 

【クリスマス②】

「とはいえ、量がとにかく多いから梅雨ちゃんとか爆豪が手伝ってくれて助かった……」

「爆豪くんが料理班に合流した時はびっくりした」

「あのかっちゃんが……」

「最近はそんな突っかかられなくなったから、話すのは楽になったかな」

「お前らいつの間にか仲良くなったよな」

「うむ、良いことだ!」

 

※ちなみに 秘書嬢シリーズメシウマ3銃士

 嬢(洋食中心に世界各国の家庭料理)

 砂藤くん(スイーツ専門だがプロレベル)

 梅雨ちゃん(ザ・日本の食卓。得意ジャンルはないが色んなコツを知っているので家庭料理が美味)

 番外編:爆豪(基本レシピを見れば初見で作れるがあんまり作ろうという気にならない)

 

 

 

【聖夜の知らない話】

「……ちなみにここだけの話。料理の一部は日頃のお礼を込めて相澤先生達に献上した。クリスマスで羽目を外した生徒が出た時、すぐ駆けつけられるように外に飲みに行けない先生方に、おつまみになりそうな物をと思って。そしたらまぁそれなりに先生方も酔ってたんだ。…………良いなぁお酒飲みたい。……おっと本音が出た。まあ案の定絡まれてマイク先生と英語でクリスマスキャロル歌ったり、好きな子居ないのってミッドナイトに迫られたりした。そこはまぁ、苦笑いで乗り切ったんだけど。

 ……不意にさ、青春してる? 楽しい? って、素面の心配した声で訊かれてさ。先生方、皆こっち見てるんだよ」

 

「ハッとしたよね。先生方は、入学前から私があんまり良い子ども時代を送ってないことを知ってるから。勿論、それが全てまことではないけど、少なくともこの姿だった時の私は、とても幸せとはいえなかった。でも、最近の私は、ふとした瞬間本当の子どもみたいに振る舞ってる。少し怖いけど。

 でもそれは、きっとすごいことだ。私が取りこぼしたまま大人になってしまったものを、彼らが取り戻させてくれた。不可能を可能にした。無自覚で無邪気で、だからこそ愛おしい。それだけで、私はここに来れて良かったって思えるんだ。……その点については、堕落王には感謝しても良いかな。

 だから、楽しくて幸せですって、青春してますって自然に笑えたよ。……怖いぐらいだ、とは流石に言えなかったけど。また心配かけるのは本意じゃないから。その後先生方に揉みくちゃにされて、寮に戻るのが遅くなったのはご愛嬌かな。共有スペースに残ってた常闇くんや障子くん、轟とお茶飲んで部屋に戻ったよ」

 

「……生きていて良かったなって思える時が来るなんて、きっと一年と少し前の私は思いもよらないだろう。HLでは、いつ死んでも良いように懸命に生きるだけだったから。目が覚めて、1日の始まりを噛み締めたいほど喜ばしく思えるのは、彼らのお陰だ。いつか帰っても、思い出を抱いて生きていける」

 

「……んん、ちょっとした独り言のつもりだったのに、長くなっちゃったな。ごめん、あまり気にしなくて良い。日付も変わったね。2016年、最後の日だ。明日はまた大掃除だし、夕飯は大量に蕎麦を湯がいて、梅雨ちゃんに天ぷらの手ほどきをしてもらう予定なんだ。蕎麦だから轟が喜びそうだ。去年の暮れと正月は、あんまりそれらしいことしていないから、2度目の今回は皆に日本の年越しとお正月を教えてもらうつもり。……その逆もいつか、出来たら楽しいだろうな。

 夜も遅いし、今夜はそろそろやめにしよう。起きたら、また皆と私のお喋りに付き合ってほしい。それじゃ、おやすみなさい」

 

 

 

【大晦日―大掃除】

千晶「おはよう。……って言っても、もうこんな時間だけどね」(朝10時頃)

梅雨「今は相澤先生の監督のもと、皆で共有スペースのお掃除中よ」

砂「キッチンをよく使う俺たち三人がキッチン担当だ」

 

「とはいえ、キッチンは使うメンバーがメンバーだから、普段からこまめに汚れが溜まらないよう掃除してるし、IHコンロだし、普段掃除できてない所をするくらいかな。それに他の場所を担当してるメンバーからヘルプ来るんだよね」

「障子と星合くらいだからな、脚立なしで天井近くまで掃除できんの」

「障子ちゃんは複製腕で、千晶ちゃんは血の糸を操って皆が届かない所を掃除してくれるから助かるわ」

「一家に一台とか便利な家電扱いした声が聞こえたんだけどあれ本当に誰かな~? (ニッコリ)」

「おーい発言した奴早めに自首しろ~」

 

 

【大晦日-夜】

「紅白始まったねぇ」

「タオル回して踊り狂ってた上鳴くんとミナとトオルがかわいかった」

「みかんうめぇ」

「ちゅーか千晶ちゃんが溶けとる」

「おこたは良い文明だよね……疲れた……」

「全員分のお蕎麦を湯がいたり天ぷら揚げてたものね、お疲れ様」

「梅雨ちゃんくん」

「梅雨ちゃんもお疲れ様~」

「轟ちゃん、お邪魔するわね」

「おう」

 

「ちなみに説明すると、皆観たい番組が違うから、晩御飯が終わってからはそれぞれ番組ごとにテレビを置いてる子の部屋に固まってるんだ」

「ガキ使が圧倒的多数やったからそっちは共有スペースのおっきいテレビで、私らは畳とコタツのある轟くんの部屋にお邪魔してるんよ~。畳落ち着く~」

「緑谷と麗日は何してんだアレ?」

「あーうんまあ、気にしない気にしない」

 

 

【除夜の鐘】

「あ、除夜の鐘や」

「紅白が終わってこれに切り替わると、年末だって気になるわね、ケロ」

「鳴らす回数は煩悩の数、だっけ?」

「うん。108回」

「……人間の煩悩ってその程度に収まるもんなのかな……」

「星合さんの顔がうららかじゃなくなってる……!」

 

 

 

千晶「明けましておめでとうございます!!!! 中の人がFGOアニメ見てたせいで結局年末の様子をお伝えできず年明けのご挨拶となりますが、本年も中の人とライブラ秘書嬢シリーズを宜しくお願い申し上げます!」

一同『よろしくお願いしま~す!!』

 

 

【初詣】

「さて、年も越えたことだしそろそろお暇しようか」

「さすがに安全の為に初詣は夜が明けたら、ってことになってるもんね」

「朝方に行くん、何気に初めてかもしれん……」

「そこはお家によってそれぞれだもんね」

「そもそも初詣自体初めてなのがここにいる」

「そうなのか! ではきちんと初詣の作法を責任もって教えねば!」

「よろしく。じゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 

【初詣―②】

「千晶ちゃんは何お願いした?」

「む、麗日くん、初詣はお願い事ではなく神様へのごあいさむぐっ」

「委員長ちょい黙ろう」

「うーん……神様に何お願いしていいか分かんなくなったから、今年も皆、大怪我や病気もなく過ごせるようお見守りくださいって。こういうのがアリかは分からないけど」

「そういうお願い事はありですわ!」

「(いい子や……)」

「(良い子だ……)」

 

 

【アルコール(偽)の気配を察知】

「あ、甘酒配ってる!」

「あまざけ?」

「子どもが飲んでも酔わんお酒みたいなもんやよ〜」

「日本酒を造るときに出る酒粕で作った甘めの飲み物って感じかな」

「へぇ……(キラキラ」

「さみぃし、貰いに行くか」

「行く」

「即答」

 

 

 

【A組格付けチェック】

「最初は皆思い思いに見てたんだ……けど途中から共有スペースのソファーをABのゾーンに分けて問題ごとに各自移動して、A組格付けチェックが始まったのであった……」

「マイク持って誰に喋ってんだ峰田?」

(中の人が格付けチェック全く未視聴でDASHの方見てたのでほぼ空想です)

 

 

【格付け①-ワイン】

「毎回思うけどすげーの持ってくるよな」

「ぶっちゃけ今回もG○cktの連勝記録のが気になる」

「(ブリオンの90年物ヴィンテージ……良いなぁチーズと一緒に呑みたい……呑めないことだけが残念……)」

「(何でだろう……星合さんの目が据わってる……真剣だ……ゴクリ)」

「(チェインは勿論、スティーブンやクラウスだって喜んで飲むだろうなぁ……ザップにはヴィンテージなんて勿体無い、絶対これやらせても安酒と違い分かんないだろうなぁ、素面なら野生の勘で当てられても、酩酊すると手がつけられないから……レオとツェッドはあんまり飲まなかったなぁ……)」

 

 

【三重奏】

「28億vs80万て……(呆れ」

「ここまで差があると分かりそうなものですが……」

「そういえば今年のウィーンフィルニューイヤーコンサートの指揮者はドゥダメル氏だそうだな。後で録画を観るのが楽しみだ」

「そうらしいですわね。母も楽しみにしてましたわ」

「あそこの会話の格調高さよ」

 

 

【個人レッスンinラインヘルツ家】

「八百万さんはやっぱピアノとか習ったりした?」

「ええ、楽器はピアノとヴァイオリンのお稽古をしてましたわ」

「ザ・お嬢様って感じだ!」

「千晶もオルガン得意だけど、誰かに習ったりした?」

「いや、オルガンは見様見真似だったかな……習ったのはヴァイオリンの方かなぁ」

「ヴァイオリン……」

「毎回思うけど星合も実はお嬢じゃねえの?」

 

(なお教師はクラウス母)

 

 

【格付け-結果】

「テレビじゃ分からない味覚を除いて全問正解は八百万と星合、一問×だったのは飯田と轟と爆豪と緑谷、あとはまちまちだったぜ」

「途中から八百万達の正解率がヤバい事に気付いて公平のために二人は直前に着席ルールにしたら、座らなかった方の絶望感がテレビの中とリンクしてた」

「あいつらが次世代のG○cktだったんだ……(ギリィ」

「ちなみにこちらは味覚が採点基準に入ってたら速攻で映す価値無しになるところだった峰田です」

「八百万は分かるとしてやっぱ星合も隠れセレブだろ」

「隠れセレブとは」

 

 

【帰省ラッシュ】

「んじゃ、俺らも行ってくるわ」

「お互い良い正月を、だな!」

「うん。皆気を付けて」

「行ってくるね~!」

 

「……」

「……」

「……何人かは残っているとはいえ、皆実家に帰ると、静かだねぇ」

「そうだな」

「轟は冬美さんに顔見せに帰らないの?」

「帰らねえよ。どうせ帰ったって親父にしごかれるか、面倒な親戚づきあいか仕事の得意先の挨拶回りに引きずり回されるだけだ。お前こそ帰らねぇのか?」

「私は帰ってもなぁ…………(待ってる人いないし、オールマイトは教師寮だし)」

 

「……なら、お母さんの見舞いでも行くか?」

「あ、いいね。……というか、一緒に行ってもいいの? 新年だしゆっくり二人で過ごしてきた方が良くないかい?」

「駄目だったらそもそも誘ってねえ。お母さんも、きっと喜ぶ」

「そっか」

 

 

【てのひら】

「ハンドクリーム?」

「うん。料理とか皿洗いとかで手荒れするから(ぬりぬり」

「千晶ちゃんて手ぇちょっと大きくない?」

「そう?」

「ほらやっぱちょっと大きい!」

「ほんとだ。手といえば、イズクは去年ですっかり様変わりしたね」

「あはは……これ以上傷が増えないようにしないと……」

「俺も、ハンドクラッシャーにこれ以上ならねえように気をつけねえと……」

「ハンドクラッシャー?」

「あはは、懐かしい」

 

「……未だに不思議なんだけど」

「うん?」

「轟とか爆豪とか、個性使ってよく手のひら火傷しないなと」

「まぁ……個性が発動したての頃はコントロールしきれなくて怪我することはあるぞ」

「かっちゃんもほんの一時期だけ、手のひらの皮剥けたかなんかで包帯巻いてたなぁ……すぐコツ掴んでたけど」

「そう言う星合の手はよく見ると緑谷に近いな」

「皮ちょい厚めで胼胝多いね(ふにふに」

「意外だな、星合くんは足技中心だろう?」

「まぁ、足以外にも弓とか槍とか、たまに剣も使うからねぇ。白兵戦も出来て損はないから」

「ハイスペック……!」

 

 

【感動の再会とかなかった】(オールマイトと千晶)

「ちなみに元の世界に帰ったらまず何がしたい?」

「酒」

「エッ」

「おさけのみたい」

 

「っていうのは冗談で」

「(いや絶対今の本音だった……)」

「正直向こうに帰った時どれだけ机に仕事積んであるかと考えるだけで微妙に胃が痛いしそもそも義兄と同僚が過労死して無いか心配でいっそ現実逃避したい(ノンブレス)」

「緑谷少年が感染ってるよ千晶くん……」

「……仲間が無事なら、それだけで十分です。それだけで良い。私は今ここで、一生分のボーナスを貰ってるようなものですから」

(……人並みの幸せなんて、叶えられない夢を味わえている。なんたる僥倖。それだけで、私はまた戦える。命を擦り減らしても、霧の街に骨を埋めることになっても、頑張れる)

 

 

【1/14】(リクエストボックスより秘書嬢からのエール)

 千晶「寒い中、最後の追い込みお疲れ様。……明日センター試験だって聞いたよ。上手く実力が発揮できるか、今すごく不安だと思う。しかも明日大雪だって予報されてるし。自分のなりたい将来が掴めるかどうか、明日明後日で決まるって考えたら、緊張すると思う。

 でも、そんな時は今までの努力を思い浮かべて。やりたいこと楽しいことを我慢して、模試の連続だったりして大変だったと思う。友達と勉強したり、模試の判定で一喜一憂したり。それらは、確かに今の君の血肉になっているはずだから。落ち着いて一つ一つ着実に解いていけば、きっと実力を出せるよ。私も上手くいくよう、お祈りしてるね。ささやかだけど。

 さ、今日は早めに寝ること。万全の態勢で臨まないとね。明日の持ち物が揃ってるか、もう一度確かめるのも大事だよ。あと、寒がりさんならカイロとか防寒対策も忘れずにね。うん、じゃあおやすみ。がんばれ、受験生さん」

 

 

【もし風邪を引いたらin寮】(麗日)

「具合悪い? 何か欲しいものある?」

「(寒……)……酒」(頭回ってない)

「さけ?」

「(しまった口が滑った)」

「鮭かぁ~でも体調悪いんならほぐしたのをおかゆにちょっと混ぜたほうがええよね、ちょっと聞いてくるから待ってて!」

「………………英語圏じゃなくてよかった」

(お昼ご飯は梅雨ちゃん特製卵がゆon鮭フレークのせでした)

 

 

 



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青年Lの手記

レオナルドが集めた、「クリスティアナ」にまつわるライブラ2TOPの独白。


 

「クリスのこと? なんだい少年、藪から棒に………そうだな」

 

 実はね、最初から僕らは仲が良かったわけではないんだ。ハハハ、意外かい? おいクラウス、君までそう驚くことは無いだろ。……まぁ、君と出会った頃にはもう、僕らは今の僕らみたいな関係だったからね、仕方がないか。

 そう、最初はほんとうに、沢山いる中のちょうど偶然、師匠の下での修行時期が被っただけの兄弟弟子だったんだ。

 

 エスメラルダ流は牙狩りの数ある流派の例に洩れず、才能さえあれば出自の貴賤を問わなくてね。クリスも適性検査で引っかかって、エスメラルダ流の家にやってきた子だった。

 エスメラルダは修行中は基本的に同じ一つ屋根の下で暮らすのが伝統でね、ああまた兄弟弟子が増えたのかと思ったくらいだった。だって僕以外は師匠含め全員女性だし。女流流派なんだよ、エスメラルダって。男の適合者は一世代に出るか出ないかくらいのレアで、しかも途中で脱落せず一人前になれればかなり強力な使い手になるってことが過去の経験から分かってた。僕は三世代ぶり……ようは一世紀ぶりに現れた適合者だったんだ。当然上は師匠に特に僕に目を掛けるよう圧力を掛けて、まぁ師匠は上層部の言うことを素直に聞くようなタマじゃないから同じように扱われるわけだけど、たまに連れていかれる支部や本部では甘やかされたりしたわけだよ。可愛くない子どもだったと思うよ、我ながら。

 

 最初はお互いにあんまりお互いの事を認識してなかったと思う。修行の段階が違うから別々の行動だし、他にも兄弟弟子がいるんだ、入れ替わりが激しい新入りの世話を焼くタイプでもなかったしね。

 でも、よく一緒に行動してた妹弟子がいうんだよ、あの新入りの子、あなたと似てるわね、って。その時は反抗期真っ最中で、似てるもんかってつっぱねまくってた。

 ……なんでって? うーん……なんだかね、その時のクリスは生きることを諦めてる節があったんだよ。生気の死んだ赤い眼で、虚ろに世界を眺めてるようにみえた。それでも、歌と料理が上手かったから、他の兄弟弟子(かぞく)には受け入れられてたけどね。

 そこからどうやって今みたく、一つ屋根の下で暮らすようになったかっていうと……うんまぁ、僕とクリスの名誉のためにも、詳細は伏せておくよ。ははは、ごめんって。散々引っ張っておいてそれはない? いやでもね、ほんとにありふれた顛末だよ? 

 

 

 ちょっとばかし、盛大すぎる兄妹げんかをしただけさ。

 

 

 そう言って、氷の副官は懐かしそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 ……ああ、レオ。そろそろ来るのではないかと思っていた。そこに掛けたまえ。ギルベルト、お茶を。

 ああ、気にせずとも良い。今日の水遣りは完了しているし、少しばかり緑を愛でていただけだ。邪魔などでは全くない。クリスティアナの事が聞きたいのだろう? 皆に聞いて回っているのは知っていた。こちらにはいつ聞きに来るのかと、密かに楽しみにしていたのだ。かねてからの友人のことを話すのは、楽しいものだ。

 さて、何が聞きたいのかね? 私が知っている限りなら、彼女の誇りを汚さぬ範囲で答えよう。

 

 

 彼女との出会いか。あれは、キプロスでの任務のことだった。その時の私は、師からようやく一人前として、支部での任務に就いても良いと許しを得たばかりの新人(ニュービー)だった。修業とは違う戦場の厳しさを知り、戦場での同胞たちとの語らい、彼らの習いを少しずつ教わっていた頃に、かの地での任務を言い渡された。その中のメンバーには、既に友であったスティーブンではないエスメラルダの精鋭が居ると聞き、不謹慎ながら期待に胸を躍らせたものだ。少し早く現地入りしてしまうほどに。

 なにせ、そのエスメラルダとは、彼が数居る兄弟弟子の中で事あるごとに優秀だと太鼓判を押す妹君だったのだから。

 

 目を灼くほどの太陽光に熱せられた白い街並みの中で、ほんの少しの建物の陰に佇む彼女を見て、戦場でもないのに、ありふれた日常の一風景の中で、彼女がそうだとすぐに分かった。癖のある黒髪に赤目、真夏の日中に履くには、血法を使っても暑いだろうに、鉄板入りの皮のブーツを履いていた。日陰で涼んでいる野良猫の腹を、愛でるように撫でていたのを今でも鮮明に憶えている。

 彼女もスティーブンから話を聞いていたのか、私の容貌をみてすぐに誰か思い当たったらしい。少し話をした後、彼女のお勧めだという地元のレストランで昼食を取り、そしてそこから出る頃にはすっかり私は彼女を信頼していた。義兄であるスティーブンと同様、彼女もまた背中を預けるに足る人物だと思ったのだ。今も、それは変わらない。あの時の、この女性との付き合いは長くなるだろうという直感は外れていなかったのだと時折思うほどだ。

 

 だから──牙狩り上層部によって、彼女が惨い実験の被検体になっていると聞いた時は、目の前が真っ赤に染まるほど、かつてなく激昂してしまった。いくらなんでもやり過ぎだと、実験施設を破壊した時に瓦礫のただなかで、スティーブンや叔父上に窘められたほどに。

 血界の眷属への牙を研ぐため、人類の進歩のためといえ、どうして彼女が害されなければならなかったのかと。彼女の血が秘める可能性がどれほど魅力的であったとしても、あの所業だけは、私は永遠に許せそうにない。……それほどに、惨憺たる光景だった。彼女の性格も、あの事件の前後で少々変わっているほどだ。

 それでも、徐々に立ち上がった彼女の強さを、私は心から尊敬している。正確に変化があったとしても、彼女は昔も今も、彼女であることに変わりはなかったのだから。

 

 

 

 

 

 クリスティアナ・I・スターフェイズ。

 魔封街結社ライブラが誇る、かの敏腕秘書を、アジア系の幼さが残る美貌をもつ不可視の人狼は、親友、と何の迷いもなく形容してみせた。斗流の炎を操る兄弟子は妙に縁の有る悪友、風を操る弟弟子は頼もしい先達だと語る。隻眼の狙撃手は可愛い、色々な意味で目の離せない後輩と称し、包帯でその容貌を隠している老執事は心優しい、己が主人に欠かせぬひとだと顎髭をそよがせた。副官は頼もしい相棒で家族だと、リーダーは背中を預けるに足る友人だと、そう。

 

 

 随分前に、ふと思い立ってクリスのことを聞いて回った時のメモを見直し、レオナルド・ウォッチは溜息を吐いた。

 

 掛け替えのないひとなのだ。ライブラ秘書という役職が担う仕事は誰かが代わりに出来ても、クリスティアナという人物の穴を埋めることは出来ない。だからこんなにもさみしい。埃が積もらないように定期的に老執事(バトラー)の手によって掃除はされているものの、彼女のデスクは彼女が忽然と姿を消したあの日のまま、誰かがそこへ居座ることなく、そのままに保たれている。主の帰りを待つように。

 そんな空席を見るたびに、ああ大事なものが欠けている、と思うのだ。胸にぽっかりと風穴が空いたような、寒風が吹きこむようなうすら寒い空虚だ。

 はやく見つかればいいと思う。非力なレオナルドにはどうすることもできないけれど、白い闇の人込みにまぎれていやしないかと、面影を捜すことはままあるから。

 

 

 

 メモの最後は、実はレオナルド自身の当時の印象を語った時のことが綴られている。

 

 メンバーから聞き取った話をまとめ上げ、こんなもんかとボールペンの尻でこりこりとこめかみのあたりを掻いたレオナルドの挙動を、コーヒーの入ったマグを手に眺めていたスティーブンは、前々から胸に秘めていたクエスチョンを口にした。

 

 クリスのことを纏めてるけど、少年的にはクリスはどう見えてるんだい? 

 

 俺ですか? 

 うーん、そうっすね、チェインさんとは違うベクトルで不思議な人だなって。距離感が独特っていうか。中心人物なのに真ん中にいなくて、でも欠かせない感じ。個人的には、飴と鞭が的確で、もし姉がいたらこういう感じかなとか、思ったり……はは。

 



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深淵蛍石

※オリジナルキャラクターあり


 

 

「はい、おーしまい」

 

 自分の足元から数メートル先、今この瞬間にヒトであったものがただの蛋白質の塊になったところで青年が声を上げれば、背後で抜き出した情報を上へ伝えている上司が「八つ当たりはやめなさい」と、通信中のスマホの画面から目を離さないまま呟いた。

 散々な言われように、表情はへらへらと笑ったまま、青年は内心憮然としながら振り返る。

 

「えー、どこがです? いつも通り、綺麗さっぱり血も体液も零さず、証拠になりそうなものの後始末が撤去作業以外ないスマートな掃除っぷりでしょ?」

「いえ、八つ当たりです。“彼女(ネーヴェ)”がいらっしゃらない時の貴方は、情報を絞り切ってから、何の感慨もなく、殺し方だけこだわって、ゴミ屑を丸めるように殺しますから」

「えー、ヒドーイ。俺のこと何だと思ってんですか」

「棒読みで言われても」

「アハハ」

 

 数秒、文字を打ち込んでいた指が止まって、意味ありげな視線を頂戴した。

 

「アストラ、“フロスト”が、彼女に関する情報収集も含め、しばらく諜報は控えろと」

「────」

 

 その言葉に、その場に数秒沈黙が下りた。青年は胸の内が急速に冷えるのを自覚して、笑みの形に固定していた表情筋をほどいて無に戻す。

 何度も狂騒の煽りを受け、ところどころ崩れた廃ビルに電気が通っているはずもなく、光源は持参した古めかしいランプ一つだけだ。闇と共存し、同化して生きている青年や上司には特に光源がなくとも夜目は十分に利くが、拷問(オハナシ)相手から効率よく必要な情報を聞き出すには、恐怖や自己保身の感情を適度に利用するのが一番だ。不安定な炎の揺らめきと、逆光に隠される表情。まれにいる、クラウスのような強靭な鋼鉄の信念を持つ人間には通用しない手だが、大体の人間は拷問に耐性など無い。敵対組織から送り込まれたスパイは少々手ごわいが、ここは百戦錬磨の軍人すらあっさり死ぬ魔境、ヘルサレムズ・ロット。「外」でのホラーやスプラッタのジャンルで語られるモノより、死よりもっとむごいことなど山ほどある。むしろ毎日がバーゲンセールだ。

 ガラスで覆われたランプの中の炎が、風もないのにジジジ、と音を立てて激しく揺らめく。オレンジの光を受けて、上司の長い前髪の間から覗いている切れ長の銀の眼が静かにこちらを見据えている。その中にいる青年は、能面のような無表情だった。

 

「……嬢さんに関しては、断るって返しといてくれます?」

「アストラ」

「……俺が動く理由は、全て嬢さんのため。私設部隊にいる以上、番頭の指示は聞きますけど命令は聞くつもりないんで。まーライブラや部隊に迷惑は掛けませんし? これでもキチンと休んでるんで無駄な心配ですよ」

 

 平坦な声が、軽薄な口調で紡がれる。口調だけはいつも通りに、しかし表情はその軽さに見合わないほど何も感情を映さない。……もとより、青年が笑みを向ける相手は限られている。機械のような青年にまっとうな心を注いで足したのは彼女だ。それが欠けている今、恐怖を煽る手段としても必要が無くなれば、たちまち鉄は温度を喪う。

 

「行方探しから手ェ引いた、多忙で薄情などっかの誰かさんと違って。こっちは行方の手がかりでも探してなきゃ、気ィ狂いそうなんで」

 

 物言いたげな視線から逃れるように、青年は背を向けたまま気だるげに手を一度ひらりと振る。そしてそのまま、窓ガラスの割れた廃ビルの窓辺から外へ飛び降りた。

 一瞬の浮遊感の後、重力に従って身体は落下する。随分な高度があったが、落下の勢いを殺して、青年は慌てずに猫のような身のこなしで着地した。

 

 今夜も霧が一段と濃い。

 光を透さない泥のような瞳で周囲を一瞥し、立ち上がった青年は迷うことなく大通りへ向かう道ではなく、暗闇と霧が濃い方へと擦り切れたスニーカーの爪先を向けた。屋根や電柱といった道なき道を足掛かりに、大きく跳躍する。

 

 

 

 堕落王のはた迷惑な騒動を終息させるため出動し、そのさなか、堕落王の魔導生物(ペット)に仕込まれていた魔術に巻き込まれ、魔法陣の強烈な光に呑み込まれた後、ライブラの欠かせない核の一つ、秘書・クリスティアナ・I・スターフェイズは行方不明となった。忽然と姿は消え、連絡はつかず、GPSはエラーばかりを示した。

 ライブラの人海戦術、情報網をもってしても、彼女の安否どころか生死すら分からないまま、半年が過ぎようとしている。「二段階属性変換」唯一の遣い手を失ってなるものかと、牙狩り本部までもが腰を上げ、すべての支部に発見次第すぐさま伝達せよと連絡を回し、世界中を捜しても、結果は芳しくなかった。

 

 女々しい未練だ。往生際の悪い願望だ。

 世界の均衡を保つライブラとそれを裏側から支えるスティーブンの私設部隊が持つ、ありとあらゆる情報網とツテを駆使しても行方が掴めないというのなら、「行方不明」は「死亡の確認は出来ないが生存は絶望的」に近いことを。私設部隊でも諜報を担う一人であり、情報屋の側面をもつ青年は、理性の内では重々承知していた。

 行方知れずになって半年。それだけの時間があれば、たとえ数千キロ離れた地球の裏側であろうと、どんなに劣悪な環境にいたとしても、連絡を取れる状況を整える、もしくは世界中に散らばる支部からライブラへと連絡をつけることだって出来るはずなのだ。どんな劣勢、不利な条件下であろうと、それを持ち前の頭脳と行動力でひっくり返すのがクリスティアナという女性だ。あの辣腕をもってして打つ手が無い状況下にいるとしたら───それこそ、人智の及ばない領域、堕落王の手許か、異界に繋がる「永遠の(ウロ)」の中か、だ。

 

 

 不意に視界が曇り、揺らいだ。身を切るような夜風に目を凝らしても滲んだ視界は明瞭さを失ったまま、にわかに熱を帯びる。息を吹き返した胸が軋みを上げている。唇をしっかりと結んでいなければ、喉奥の熱の塊が、たちまち水気を帯びた嗚咽に変わって空気を震わせてしまいそうだった。

 

 ───嗚呼、まだ自分は認められないでいる。億が一にも、かの人が生きている僅かな可能性だけを妄信している。

 

 だって仕方がない。

 彼女が居ない世界など耐えられない。

 彼女が消えた世界など意味がない。

 生きる意味が、見いだせない。

 

 ────アストラ。

 

 出来損ないだと、化け物だと、そんな風に蔑まれ見下され虐げられていた青年を、暗くてじめついた、黴臭い牢屋から連れ出してくれたのは彼女だった。識別のために機械的に割り当てられた無機質なナンバーしか持たなかった己に、温かい名をくれた。生きる意味をくれた。

 この命は貰いものだ。彼女が慈しんでくれたもの。たとえそれが、同族意識や憐憫をはらんだ感情だったとして、一体何の問題があるだろう。人でなしを人として扱ってくれた、名前を、温かい食事を、生きるための知恵を与えて世界を見せてくれた、たったそれだけの恩義があれば、自分はどんな汚れ仕事だって喜んで引き受けられる。あの日、この命は彼女の為に使うと決めた。

 

 

「……無事に帰ってきてくださいよ、嬢さん……」

 

 宙に身を躍らせながら青年はぼやく。

 

 ライブラは、クリスティアナ・I・スターフェイズを諦めていない。行方探しからは手を引いたが、それと諦めることはイコールでは結ばれない。

 世界を幾度となく救ってきたライブラの思考は非常に柔軟だ。そしてなにより、とても諦めが悪い。

 

 ライブラでもほんの一握りの人物にしか知らされていない、情報を得る最後の手段。そのカードを切ったリーダー・クラウスと付き人のK・Kが先日、とある異空間、時間すら操れる異界の顔役の元を訪れた。本来なら、神性存在にすら並び立つという影響力の大きさから、人間がおいそれと謁見できない存在。叶える願いに応じて、それに見合う時間の間、将棋とチェスが融合した異界でもっとも有名な盤上遊戯(ボードゲーム)・プロスフェアーで勝利するか逃げ切るかすれば、相応の望みが叶えられる。負ければ永劫にアルルエルの脳に取り込まれ、脳味噌だけの無残な姿で、ずっとプロスフェアーを差し続ける悲惨な運命を辿る。

 願いを賭けることによって緊張感を与え、奇跡の遊戯を実現するための崇高なる儀式。そのためのギブアンドテイクの契約。

 だが、顔役──ドン・アルルエルは願いを聞いたとたん、駒を並べ終えようとしていた遊戯盤を消した。それは、叶えられない願いだから、と。

 

 ───「クリスティアナ君の居場所が知りたい」という願いを、私は叶えることができない。なぜなら、彼女が消えたという情報を耳にした時点で私も探したが、全く足取りがつかめなかったからだ。魔法陣が発動した瞬間から後、彼女はこの人界のどこにも()()()()()()()。空間と時間を操れる私だが、この私でも認識できない次元────「人界」でも「異界」でも、その狭間に点在する小さな異空間、そのどれでもない場所。おそらく世界の層が違う場所に、彼女が居るからだろう。世界を跨ぐとなれば取り戻すのは難しいだろうけど、頑張ってくれよ。

 

 そう答えたドン・アルルエルに、二人は驚いたに違いない。次元を跨いだ場所にいるかもしれないという、やっと得られた手がかりそのものもそうだが、本来ならその情報すら対価になるべきものだろう、と。対価なしにヒントを与えてくれた彼が何か企んでいるのではと踏んで、剣呑に真意を問うたK・Kに、彼は笑って言ったという。

「クラウス君に匹敵するプロスフェアーの指し手だ、喪うのは世界的損失だからね」と。

 

 それでも、かの人の生存が確約されたわけではない。人界にも異界にも居ない、さらに遠い次元に居るかもしれない。広大だった捜索範囲が狭まった程度で、状況が好転したわけではない。そも、遥か人類史の始まりから現在に至るまでの織物の中で、人界と異界が寄り添っていることさえ、3年前に大崩落が起こって大穴が空いてようやく確定したほどだ。異界に自力で渡るすべさえ持たない今の人類に、世界の層を飛び越える技術力は未だない。

 けれど、あともう一つだけ。彼女の存在に到達できる方法があるとしたら。

 

 

 

「……絶対に見つけてやる」

 

 ────堕落王、フェムト。

 千年を生き、魔導を極めたと云われる稀代の怪人。これまで幾度となく、HL構築前から人界にしばしば危険極まりない魔獣を思い付きで放っては迷惑な大騒ぎを起こす、世界中の保険会社に超弩級の人災(……)指定された人物。今回の件を引き起こした張本人ならば、何かしら知っているのではないか。そんなほんのわずかな希望は、話だけならば、事件直後からずっと話題に上っていた。

 しかし、十三王にまつわる情報は極めて少なく、噂や都市伝説ならともかく、正確性を求めるとほぼ皆無に等しい。そも、ヘルサレムズ・ロットにすら滅多に実体を現さず、ライブラの面々でさえも直接顔を合わせた回数は少ない。ライブラの天井に設置した吊り下げ式の小型テレビや街中の巨大ディスプレイなどをハッキングし、突然画面越しに一方的に宣言してくるのが常だからだ。首根っこを掴んで問い質したくとも、十三王の居所が知れないのであれば、突撃することもできない。

 では向こうから接触してきた時に聞き出すしかない、という方針になるのは当然の節理だろう。しかし、そう決めたのと同時に、週に一度や二度、少なくとも一ヵ月に数回は起きていた堕落王の暇つぶしがぱったりと途絶えたのである。急に顔を見せなくなった堕落王に、一部界隈では堕落王は他の地域に移動したのでは、と憶測が飛び交ったほどに。時折偏執王アリギュラらしい人物の目撃情報もライブラに寄せられたが、ただの人間に神出鬼没な彼女の足取りを追えるわけもない。正直、八方塞がりの手詰まり状態に陥っていた。

 

 

 世界の均衡を護るべく、日夜暗躍する魔封街結社・ライブラに、秘書役一人を捜すためだけにすべてのリソースを割けるほど、この境界都市に蠢く欲は甘くない。どれだけ潰してもキリのないゴキブリの如く、野望のために「外」の均衡をひっくり返しかねない事をしでかそうとする連中はひっきりなしに現れる。けれども、その騒動に対処できる手練れの数は限られている。クリスティアナが担っていた仕事は、自分がいつ死んでも大丈夫なようにと、用意周到な彼女が書き残していた引き継ぎの手引きによってしかるべき人員に割り振られた。それでも赤毛のリーダーと人狼の諜報員、番頭役の疲労と胃痛(ストレス)が日ごとに増しているのを、不可視の人狼にも気付かれないほど磨き上げた諜報スキルで青年は知っていた。

 

 ならば、自由に動ける自分が手がかりを見つけ出す。そう青年が躍起になるのは無理もないことだったし、スティーブンもそれを黙認している。今日の忠告は、自棄になりはじめた青年への諫言だ。十三王相手にコソコソと嗅ぎ回り続け、下手に不興を買って破滅に追いやられないよう気をつけろという警告。……勿論、本当に言葉そのままの意味も含まれているかもしれないが、素直に従う気は毛頭なかった。

 これはただの、自分の意地なのだから。

 

 足がかりにした電柱を強く足裏で踏み切って、青年は道なき空の道を跳び跳ねた。

 

 

 




“アストラ”
 私設部隊の青年。本名は無く、かつては識別番号で呼ばれていた。とある人体実験の失敗作として地下深くの牢屋に収容され、迫害されていた。クリスティアナの役に立つことを至上の喜び、唯一の生きがいとしている。自らの執着心がヒナの刷り込み、吊り橋効果に近いことは自覚しているが、その上で変える気は全くない忠義者。今の名はクリスティアナにラテン語で星を意味する名前を付けてもらったもの。
 アジア系の顔立ちで、無造作に伸ばした髪をうなじのあたりで一つに結っている。アジア系年齢不詳の黒髪短髪猫目の飄々とした青年で、同族嫌悪からかスティーブンとは滅法折り合いが悪い(お互い利用価値があるのと殺しあうと嬢が悲しむので実行しないが)。変装潜入の達人で基本の仕事は諜報。たまに暗殺。
 チェインが人狼局を通じて世界の均衡を崩す輩の動きを集めるオモテなら、彼はクリスティアナのためだけに役立ちそうな情報を集めたり、ライブラ内の黒判定の裏切り者やクリスティアナに近づいてきたスパイを私設部隊(細身のリーダー格ぽい男性を通じてブンへ)に渡したり自ら手を汚したりするウラ。


私設部隊の青年モブ視点からのBBB側の状況の話。
ぶっちゃけ13王は雲隠れしたら人間に手出しなんてできないよねという話。
アストラくんは本編に登場させるつもりはないですが、まぁそんな子もいるんだよと。


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ダイヤモンドは青い化け物


※未来IF



 

 

 死んだらひとつだけ、たったひとつだけ、叶えたいことがある。

 

 

 

 とある昼下がり、とあるヴィランを追うための作戦会議のため、複数事務所の看板ヒーローが一堂に会した顔合わせの意味が強い作戦会議を終え、ヒーロースーツから普通の私服に着替えた緑谷出久と星合千晶は会議があった建物から少し離れた場所にあるカフェに来ていた。

 

 雄英を卒業してから数年。未だ決着のつかない敵連合との戦いを在学中から繰り広げていたお陰か、普通の卒業生より経験値の多かった元A組の面々は、早くも事務所でそれなりの地位を確立する者、在学中に縁が出来た事務所のサイドキックとして華々しく活躍する者、あるいは独立して個人事務所を経営している者、それぞれがそれぞれのペースで前進していた。

 在学中からの活躍から、「黄金世代」と世間から呼ばれている元A・B組の中でも、抜きんでて立身出世していたのが千晶だった。卒業後、どこの事務所に就くこともなく、ふらりと旅行にでも出るような気軽さで、誰に知らせるでもなく海外に渡った彼女に、すわ失踪かとクラスメイト達は焦ったものだ。しばらくして、向こうでのコネクションを作って帰ってきた時には女性陣に飛びつかれて、もみくちゃに潰されていた。

 

 現在ヒーロー”ネレイド”は事務所もサイドキックも持たず、フリーのヒーローとして活動している。7ヵ国語を話せるマルチリンガルとその年齢に見合わない判断力と多彩な能力を買われ、塚内やオールマイト、グラントリノ経由で警察や国家からの依頼を受けて、要人の警護や災害時の向こうのヒーローとの調整役として海外出張することが多く、日本に居る時間はほんのわずか。今回こうして日本に長めに留まっているのは、今追っている敵が監視の目を掻い潜って日本に潜伏していることを掴んだからだ。

 オールマイトの愛弟子と被後見人、尊敬する人物を同じくする友人でもある二人はひとしきり近況報告に花を咲かせていたが、ふと千晶が世間話でもするような軽い口調で、「話は変わるけど、前から考えてることがあって」と呟いた。

 

 

「考えてること?」

 

 何の話かときょとりと丸い目を瞬かせながら、それでも居住まいを正して聴こうとする緑谷の態度に、うん、と好ましげに、満足げに頷いた千晶はアイスコーヒーをマドラーでかき混ぜる手を止め、目を伏せて微苦笑を唇に乗せた。睫毛の向こうからちらりちらりと蘇芳が覗く。

 何人かには話してあることなんだけれど。

 そう前置きする涼やかな声の静かさに、ひやりとしたものが突然背筋を撫でた。必要以上にもったいぶることを、滅多に彼女はしないのに。

 それ以上彼女に言わせてはならないと、何かしらの剣呑さを直感的に感じ取った緑谷は、それでもその声に籠められた真剣さに話を無理に遮ることも出来ず、ガンガンと頭の中で鳴る警鐘に表情をわずかに強張らせた。

 

 

「もし、何かの拍子でこっちで死んでしまったら」

 

 嫌な予感は的中した。────想像よりももっと悪い方向へ。

 ひゅ、と喉が空気を捉え損ねて間抜けな音を鳴らす。

 

「焼いた骨は、ダイヤに変えてほしい」

 

 

 

 氷を飲み干し、水と冷気と遊び、氷に埋もれて眠る。生きとし生けるもの、あらゆる生命の時間をたちまちのうちに停めてしまう、氷の死神。

 しばしばそのように謳われるエスメラルダ流に属する者は、実は戦争孤児やストリートチルドレン、身寄りのない者がほとんどだ。なぜなら、彼らは牙狩りが慈善活動と称して子供たちに手を差し伸べる際、健康診断で行う血液検査の結果、エスメラルダを付与されるにふさわしい血液を持つと判断され、牙狩りになることを選ぶという形で見出されているからだ。

 

 だから、そのほとんどが帰る家を、還る場所を持たない。

 ────激闘の末、惨たらしく冷たい身体になったあとの、墓さえも。

 

 牙狩りに老衰という穏やかな死はありえない。運よく支部や本部でのデスクワーク勤務やお偉いの座についたとしても、血気盛んなブラッドブリードに襲撃されて死ぬ、というのは無い話ではない。特にルーマニア支部などは、吸血鬼伝説のメッカであることもあってか、腕試し感覚で転化したての吸血鬼に襲われることは日常茶飯事だ。牙狩り的には、襲撃頻度で言えばヘルサレムズ・ロットの次に危険地帯かもしれない。

 そんな裏稼業だ、遺体の一部でも回収してもらえれば御の字、回収不可能と判断してやむを得ず、仲間の遺体を置き去りに離脱せねばならない事態など、数えるのもばからしいほどゴロゴロと転がっている。

 それほどの凄惨な世界だ。戦友の死を丁重に弔うことすらままならない絶望的な世界と知りながら、牙狩りは生死の狭間で足掻いている。たった一歩でも、自らの献身が、人類が仇敵に牙を剥くための礎になればと、程度の差こそあれ、みっともなく生き足掻いて。

 

 

 そんな彼らも、こんな形で死ねたら本望だという、淡い夢は見る。

 叶わないと知りながら、それでも。

 

 

 エスメラルダ流派の人間が、遺骨をうつくしいダイヤに変え始めたのは、一体いつからだったのか。おそらく正確に事を知っているのは師だけだと、千晶は思っている。

 牙狩りは、死後どのように処理を望むかは個々人の裁量に委ねられている。国籍も人種も、下手をすれば種族も問わない巨大組織だ。信仰する宗教や個々人の価値観がぶっ飛んだ方向にバラエティ豊かなのだから、死後の扱いをマニュアル化すること自体が難しい。そもそも、一定期間で遺書の更新を義務付けているような奇特な組織であるからして。

 牙狩り所属員の共同墓所は世界各地にあるものの、流派によってはそこへ遺骨や遺品を埋めず、人種や宗教に依らない、流派独自の葬儀方法に則ることも多い。エスメラルダ式血凍道の「遺骨が残っており、本人が希望する場合、ダイヤモンドに変えて遺された世代に役立てる」という流儀もその一つだった。

 もとは同胞を悼むためのただの儀式だった。しかし、遺骨をダイヤに変えたものを使用した装飾品が、血法発動の術式を組むための伝導性を上げると発覚してからは、積極的に戦うための道具にも利用されることとなった。……生前に、ダイヤになる前の当人が許可を出せば、だが。さすがに勝手に遺骨たるダイヤを、死後も吸血鬼との戦いに駆り出すほどの不道徳さはエスメラルダには無かった。

 

 当然千晶も、そのダイヤを所持していた。そう、クラウスとスティーブンがオーダーメイドで作ってくれた、あの出血針入りの指輪に付けられているダイヤだ。

 生前から世話になっていた姉弟子たちから、あなたの手許に残るなら、あなたの助けになるなら嬉しいわと、死の悲愴さなどかけらも見せない、晴れやかな笑顔で乞われたのを、今でも鮮明に憶えている。

 遺灰や遺骨に含まれる炭素によって、無色透明からサファイヤに近い濃い青色まで、出来上がるまでどんな色になるかは全く分からないメモリー・ダイヤモンドが二人分、あの指輪に使われている。

 千晶……クリスティアナも、死後はダイヤモンド加工を施してもらうことに賛成だった。遺骨をダイヤに、というとネガティブに捉えがちだが、エスメラルダ流派内ではむしろ自分自身が自在に操っていた氷に近い姿に成ることも相まって、希望者は多い。スティーブンは、下手にダイヤとして自分の証を遺すと、特にクリスとクラウスが自分の死を無駄に引きずりそうだから、もし僕が死んだら遺灰をすべてバルセロナの海に撒いてくれと、酔っ払った果てにぼそぼそと事あるごとにこぼしていたが。

 その時の義兄の表情を思いだして懐かしんでいた千晶は、顔を上げた先に見えた弟分のような友人が表情を悲愴に染めて口の端を強張らせているのを見て、苦笑した。

 

「……オールマイトに話した時と、おんなじ顔してる」

「えっ」

 

 突如出てきた師匠の名に、緑谷は驚きに肩を跳ねさせる。蒼褪めた顔が驚愕に変わるのを見てとって、後見人には真っ先に話さないといけないでしょう? と千晶は言った。

 完全にワン・フォー・オールを緑谷へ譲渡し、神野の悪夢と云われる近代ヒーロー史の大いなる転換点となった戦いで、宿敵オール・フォー・ワンに残り火全てを使い切ったオールマイトは既に前線を退いて久しい。とはいえ、ナンバーワンヒーローを長年背負ってきたその根っからのヒーロー気質、そして敵連合のリーダー、死柄木との複雑に絡まった因縁ゆえに、完全に隠居したわけではなく、後方支援と雄英高校での後進育成に現在も喜々として励んでいる。

 

 ねぇイズク。大人びて艶やかさを増した、麗しの女性はただただ穏やかに笑いかけた。

 

「悲しい話に聞こえるかもしれないけど、私にとってはそう悲しいことでもないの。ずっと、それが望みだった。一切日の差さない土の中で眠るより、誰かの生を、静かに傍らで見てみたいって。この指輪も、そうやって師匠たちから受け継いできた他のひとの歴史だ」

 

 自分の身体の組織が、末端から凍りついていくのを聞きながら眠るように死ねたら、と思うこともあった。けれどそれは牙狩りの宿命上叶わないことで、こちらの世界に来ても、きっとそんな結末は望めない。誰かの嘆きを聞きながら、戦場か薬品の匂いのする病院で死ぬのだろうと。だから、その後の始末で、ダイヤに変わるというもう一つの死後願望で満足することにしたのだ。

 自分という存在を、確固たるものとして後世に遺すことは、良いことも悪いこともあるだろう。遺された者たちへ、死んだという事実を受け入れる手助けとなるか、妨げになるか。或いは、死者への無用な執着を生むかもしれない。けれど、千晶はあまり心配していなかった。

 

「君に話したのは、オールマイト以外にも私の気持ちを知ってもらいたかったからだよ」

「……え?」

「ヒーローは命懸け。まして、敵連合との戦いもまだ残っている。どんな結末になっても、早いにしろ遅いにしろ人は死ぬ。家族のいない私は、こうして親しい人たちに後を託すしかない」

 

 だから伝えておきたかったと彼女は笑う。故国・スペインは多民族が混じる国家、キリスト教信者が多いため伝統的に土葬が多いが、近年は火葬も増えてきている。だが、千晶が望むのはそういった慣例からかなり外れた流儀だ。火葬の後、遺骨の一部を鉱石に変えてほしいなど、生前に伝えておかなければまず思いつくまい。

 そう話す千晶の表情に、意外なことに見た者を哀しくさせるような悲愴さは無かった。それを見て、緑谷は友人がいずれ来る最期と真正面から向き合っているのだと理解した。悲哀でも苦悩でも諦念でもなく、生命の定めそのものをそういうものだと飲み込んで。

 緑谷にも、形こそ違えど似たような想いがあった。師から受け継いだ、聖火の如き大いなる個性。無個性だった自分をヒーローにしてくれた力を、自分が力尽きるまでに自分やこれまでのワン・フォー・オールの継承者たちの意志を継いでくれる誰かへ譲渡したいという想いが。

 

 だからこそ、緑谷はその想いを託されたことを嬉しく、それでいて少しだけ淋しく思った。

 

「分かった」

 

 しっかりと瑪瑙色(アガット)の瞳を見て頷いた緑谷に、千晶はほっと息をついてから、ありがとうと少女のように素直に笑った。

 

「ちなみに、ダイヤに変えた後はどうするの?」

「ああ……正直言ってその後のことはあまりこだわりが無くて……本当は兄妹や弟子に譲り渡すものだけど、そういう相手もいないしね。そうだな、渡してもいいと思えて、相手も受け取ってくれる人が出来なければバルセロナの海にでも沈めてくれないか? 指輪も、ダイヤも、残りの骨も」

「物騒! というかそれでいいの!?」

「別に死体遺棄じゃなくて、散骨に近いから物騒では無いと思うけれど……うん。それが良いんだ」

 

 ギョッとした緑谷に、千晶は穏やかに微笑みを浮かべて窓の外に視線を向けた。午後の穏やかな日差しを受けて、空はやわらかな青色をしている。故郷とはまた違った空の蒼だ。

 

「氷に近い姿に変わって、残りの骨も水に、それも故郷の海に還れるなら、私にとってはこれ以上ない弔いだよ」

 

 それに良い友人たちに恵まれた。そんな彼らに送ってもらえるなんて、これ以上何を望めというのだ。……あぁ、義兄たちに会えないまま死ぬことだけは、心残りになるかもしれないが。

 それはその時だろう、とドライな思考回路の千晶は脳の隅にさっさとその思考を放り投げた。たらればのことを考え込みすぎるのは、精神衛生上よろしくない。

 

 

 

「ちなみにこの話、オールマイトと僕以外は誰かにしたの?」

「日本じゃオールマイトとイズクだけ。後は海外の知り合いばっかりかな」

「あれ、轟くんや麗日さんはいいの?」

「あの二人は……なんか、内容的に罪悪感を感じて……」

「ああ……うん……轟くんとか止めてきそう……(でも話さなかったらそれはそれで後で怒りそうな気がする……)」

 

 

 




▼ダイヤモンドは青い化け物
エスメラルダの死の作法についての話。未来IFな上に捏造設定乱舞でした。

Twitterで見かけた遺骨をダイヤモンドに変える技術が、物凄く夢が詰まっているなと思い立ったのが元ネタです。
未来IFは色々ネタを考えてました。ヒーローにならず大学で個性使って治療できるドクターになろうと医学部進学するルートとか。
以下はヒーローだった場合の詳しい設定。思い付きを書きなぐったものそのままを載せているので事務所所属設定など話の内容との誤差があります。


▼ネレイド(秘書嬢)
 基本副業は乗り気じゃない。事務所は副業に比重が少ない所を選ぶ。マスコミや記者の取材は特に逃げる。なので雑誌で珍しく特集組まれるとファンがたかってとんでもないことになるのがお約束。彼氏にしたい・嫁にしたい・踏まれたいヒーローランキング上位に毎年絶対いる。彼氏にしたいランキングに入ってるのは笑うところ。
 容姿につられたミーハーなファンも多いが、助けられてファンになり応援しているガチ勢のが圧倒的に多い。実は女性人気のほうが高い。
 社交の場には出るのはスポンサーとの付き合いのためであり仕事だとHL時代から割り切ってるので苦ではない。

 CM出るとしたら見た目と世間イメージ的にハイクラス向けの高級ブランドが多い。コーヒーとかお酒とか化粧品とかの嗜好品と指輪とスーツと靴。大概商品イメージの似た路線のヤオモモと撮影現場で出くわす。
 そして副業で得た金銭のほとんどは孤児院や教会、基金に寄付している。納税対策とか口さがなく言う評論家が必ず湧くが、そもそも株式とかの投資や資金運用にべらぼうに強い辣腕持ちなのであんまり関係ない。大体副業と株式で得た金はチャリティやら災害系寄付に回してる。雄英時代に作った人脈が広く、経営科出身で税理士や弁護士、ヒーローコーディネーターなどのスペシャリストの友人が多いので週刊誌が難癖つけるほころびがない。人脈もすごいがバックが警視庁重役だったり元平和の象徴だったり現No.1ヒーローだったりと色々と豪華&強いので敵に回してはいけない人。

 体育祭のインターバルで水と氷のパフォーマンスをするのが恒例になってしまい、その影響で夏場の港湾都市のイベントや水族館なんかで納涼パフォーマンスをするのが夏の風物詩。ギャングオルカとのコラボも多い。一日密着系ドキュメンタリー番組(プロ○ェッショナル的な)でプライベートでスケートしてるのを見たスケート関係者により、嬢と組んでるスポンサー味方につけてチャリティーアイスショーのシークレットゲストになったり。絶対プロスケーターと打ち解けてスケーターのタンブラーとかにお邪魔する。あとなんか氷のパフォーマンスに感銘を受けて作ったらしい映画(ア○雪)が日本に上陸した際はスペゲスとして舞台挨拶とか監督との対談で絶対に呼ばれる。

 同期の中でも出世株だが、7ヶ国語のマルチリンガルと年に見合わない判断力を買われて海外出向するベテランヒーローの通訳やら、海外での大災害発生時に救援を送るときの連絡調整役に抜擢されることが多い。なのでほとんど世界を飛び回って日本にいない事の方が多く、十分資金も経験も人気も実力も独立していいレベルなのにサイドキックのままでいる。どこの事務所に行ったかって?それはご想像にお任せ。

 公式ツイッターもブログもタンブラーもなく、メディア露出も低いので私生活が謎な人。でもちょいちょいショートやウラビティを始めとした同期のSNSで登場するため、表舞台への露出が低い割には若い層に人気。ただし同期のうっかりの煽りを受けるのももっぱらネレイドなので、ファンからは「ドンマイの人」の印象の強いセロファンと合わせて苦労人認定されている。でも男より男前で、炎上の煽りを何度食らおうとも交流が途切れない辺り懐が広い。ヒーロー科?それなら全員抱いたぜ…感のあるスパダリ。おっぱいのついたイケメン。
 知能犯の敵に情報を与えないためにSNSはしないが、仕事や出張、個人的な旅行でよく海外に行くので、馴染みの出版社から旅行記を出版してみないかと打診されるのもいい。ガイドブックには載らない穴場や豆知識が載ってて、スクラップブックみたいな中身の旅行エッセイ。
 たまに同期のA組B組、同時期にヒーローになった他校の子たちもゲスト出演している。デクのやたらぎっしり詰まった書きなぐったみたいな筆跡の分析メモや、梅雨ちゃんの可愛いイラスト、路地裏の漫才雑談。
 路地裏+お茶子とのバルセロナ訪問や、出張先のドイツで落ち合った嬢+切+爆の三人で酒盛りも見たい。


 外見は20代、中身は三十路なので常に余裕があり、肌の露出は低いのにそこはかとなく色気だだ漏れの大人の女性になった。モテるがさほど親しく無い人間のアプローチは面倒なだけなので上手いこと躱してフラグを折っている。逆に親しい人間からのアプローチは全く気づかないのはスターフェイズの血。

 ミッドナイトには未だに可愛がられ、20歳になりたてのときに居酒屋に連れ込んで、限界を知るのと経験積ませる為に一度潰そうと画策したミッドナイトとプレマイが逆に潰された事件は未だに一部始終を見ていた相澤を戦慄させている。こいつまさかの酒豪。似たような事件がA組同窓会でも起きた時、男性陣が(隙が無さ過ぎて嫁に行き遅れねぇか心配だわ)と(あっでも学生時代からずっと片思いしてる奴が居るから大丈夫か)と某T氏をチラ見する人や某メンタリストヒーローS氏を思い浮かべる人が出る中、約数名は潰し返されてテーブルで死んでいる姿があったそうな。

 本人はさっぱり家庭を持つ気がなく、クラスメイトが幸せになってくれることだけを願っているので誰が一番に結婚式の招待状を送ってくるかが最近の楽しみ。





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途上にて瞬く

※轟→千晶の恋愛要素があります
※オリキャラとキャラのCPなんてお断りじゃいという人は後書きへ目次で移動もしくはブラウザバック推奨。


※本編ではまだふわふわしている轟くんですが、こちらの轟くんはガッツリ恋心を自覚している時空ですのであしからず。
時間軸的にはおそらく期末試験前あたり。


 俺の友人は、いつだって余裕に満ちている。

 けれど、ただ余裕に満ちているのではなくて、表情を取り繕うことが得意なだけだと気づいてから、ふとした時に見つける“無理”の欠片を拾い上げるようになった。人当たりの良い貌の下で、無理はしていないかと、ひそかに目を配ることが多くなった。視野狭窄に陥っていたことを指摘してくれた恩を、ひとつひとつ返すように。

 

 

 だからだろうか。

 

 

 斜め前、窓際の列の3番目。少し前かがみでノートに板書を書き込む緑谷の前の席に座る、シャツとカーディガン越しにも身体の厚みの無さが良く分かるひょろりとした背中を眺める。

 中間服に衣替えしても、周りが長袖シャツの裾をまくりあげたりしている中、星合はブレザーを脱いだだけだった。個性が個性だから寒がりではないはずなのに、グレーのカーディガンを羽織っている姿は少し目立つ。

 午後の思わず眠たくなりそうな陽気と一緒に教室内に吹き込むやわらかな風が、カーテンと一緒に肩口で切り揃えられた黒髪を揺らす光景に、思わず目を細めた。

 

 体育祭、俺との対戦で髪を焦がした星合は、背中まであった髪をばっさりと肩につかない程度にまで切り落として登校してきた。急に印象が変わりすぎて目を瞠っていた俺は、その後の麗日の発言で、星合が髪を切らざるを得ない理由を作ったのが自分だと知らされて愕然とした。

 本人は全く気にしていないそぶりだったが、気にしていないからといって俺の罪悪感が消えるわけもなく。その日の授業中、ろくに集中も出来ず、悩みに悩んで姉さんに責任の取り方をメールで尋ねた俺は、半ば強引に普段行きもしないショッピングモールまで星合を引きずっていった。

 そこで詫びの品として星合が選んだのが、白い花のバレッタだった。

 

 それを、台に並べられた色とりどりのアクセサリーの中から吸い寄せられるようにして見つけ、手のひらに乗せた時の星合の表情を、鮮明におぼえている。

 さざめく長い睫毛にふちどられた真っ赤な瞳をとろかせて、つぼみがほころんで花開くように、白い頬をさくら色に上気させてやわらかく微笑む姿が、これ以上なく焼き付いている。

 

 場所が場所で無ければ、ああ、と溜息さえ漏れてしまいそうだった。

 きれいだと、素直にそう思えた。

 表情を取り繕う事が多かったから、かえって色鮮やかなその表情に目を奪われたのだろう。

 

 俺はようやく、こいつの本質を垣間見れたのだと思った。

 

 

 あの時すでに、俺はすっかりとこいつに魅了されていたのだと、思う。

 

 

 少しだけ伸びた、波打つ黒髪を纏める白い花のバレッタ。それを身に付けているのを見るたびに、胸のあたりがむず痒いような、落ち着かない気分になる。

 それでも自然と口角が上がってしまうのはやめられなくて、表情を元に戻そうと顔を触ったり口元を手で覆ったりして、緑谷たちや星合本人に不思議がられている。ついでに言えば、あの日から姉さんには妙にニヤニヤ顔をされることが多くなった。

 

 

「轟、最近表情がやわらかくなったね。良い顔になった」

「そうか」

 

 休み時間や授業中、放課後の帰り道。いろんな場面で、雰囲気がやわらかくなった、前よりとっつきやすくなったと周囲に言われることが多くなった。

 良い傾向だね、と自分の事のように晴れやかに笑うのを見下ろしながら、そうっと目を伏せた。口元がほんの少し緩む。伏せた三日月の視界の中で、艶めく黒を彩る花がちらついた。

 

 

 ならそれはおまえのお陰だと、面と向かって言える日は、きっとそう遠くない。

 

 

 




 この話、轟はもう一度あの表情が見たくて、大人になって自由になるお金が増えたとたん、店で似合いそうだと思ったものをついつい理由もないのに色々買ってくるようになるという後日談があります。千晶はちょっと困りながらも、プレゼントされるのは慣れているし、純粋に嬉しいしで強く言えずについつい受け取ってしまったりする。


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番外編|窒息しても生きたい(未来IF)
15cmの未来の余白



※主人公が原作キャラクターと恋人関係、結婚する描写がありますのでご注意ください。苦手な方は黙ってブラウザバックだぜ!




 ────最高の復讐とは、幸せに生きることだ(Vivir bien es la mejor venganza. )

 

 

 **

 

 

『ヒーロービルボードチャートJP、3位は氷と炎の貴公子ショート!』

 

 

 白く煙ぶり、凍りついた空気が、常に鉄の鳥と人々、多くの荷物を受け入れ飛び立たせるこの建物の外を席巻している。

 とはいえ空のダイヤに遅れや離着陸の見合わせがでるほどの悪天候でもない。この時期にはよくあることだ。空路は海路や陸路と比べ、天候ひとつで大きく行動の変更を余儀なくされる。急な天候の変化で帰国が遅くなることを憂慮していた男が、朝の時点で問題なさそうだと安堵したのも当然だった。本来なら彼の相棒(バディ)が真っ先に確認するところでもあるのだが、今日ばかりは全て上の空だった。

 

 セットした紫の癖毛を崩さない程度に、男はため息交じりに指先で弄った。学生時代は逆立てていたが、今は撫でつけるような形にセットし、前髪は分けて左右に流している。切り損ねて長くなってしまったそれを弄るのが、悩んでいる時の癖になってしまった。ちらり、と横目で隣の相棒を盗み見る。

 手元のスマートフォンで日本で発表中のヒーロー番付を視聴している彼女は、ようやく読み上げられたトップ10の中に待ちかねた名が読み上げられ、嬉しそうに真っ赤なルージュで彩った唇を吊り上げている。満足そうではないのがポイントだ。欲の薄い彼女とはいえ、「あいつ」がトップを期待していた部分も多少なりはあっただろう。

 まぁ、今期のトップヒーローに選ばれたのが、かつての旧友で現在の”平和の象徴”を()()体現する男なので、折り合いをつけているのだろう。平和の象徴たれと望まれ、それまでのたった一つの強烈な光が全てを背負うものではなく、クラスメイト達と共に多数のヒーローを先導し協力しての新しい”象徴”となった、そばかすに癖毛で、平凡そうに見えて非凡な英雄。

 

 自分が登場しない番付に見知った面々が登場するのを見るためにずっとそわそわと落ち着かなかった彼女を、どうにか荷物検査やら関税チェックやらでポカをやらかさないか見張り──案外彼女がこういう時、普段なら間違ってもやらない間抜けをやらかすことを知ったのはここ数年のことだ──利用予定の航空会社が構えるラウンジのソファーより、硬い待合椅子に座らせてさっさと番組を見る体勢に入らせた方が良いと判断したのは間違っていなかった。途中で男がイギリスの有名な紅茶老舗メーカーを銘打ったシャンパンバーでテイクアウトしてきた紅茶のカップは手を付けられないまま冷めきっている。紅茶と珈琲にはうるさい彼女なら一口は飲みそうなものなのに。勿体ないので男がそれも呑み切ってダストボックスに捨てる頃には、時計の針はもう少しで搭乗開始になることを告げていた。

 

 

 

「星合、そろそろ搭乗時間だぞ」

 

 

 いよいよ半目になって肩を叩いた男に、弾かれるようにして顔を上げた彼女は瞬きで問う前に時計を確認し、苦笑交じりに立ち上がった。それまでの腑抜けたポンコツぶりは見る影もない。

 

 

「ああ、ゴメン。随分夢中になってたみたい」

「全くだ。行くぞ」

 

 

 搭乗開始のアナウンスが繰り返され、先ほどまでそれなりに航空機を待つ人々で埋まっていたはずの待合椅子は、随分がらんとしている。忘れ物が無いか振り返って一度確認した二人は、搭乗ゲートへ足を向けた。

 

 

『ブリティッシュ・エアウェイズ、成田行き、14時30分発、123便は只今より搭乗のご案内を開始します、○番搭乗口よりご搭乗ください────―』

 

 

 ざわめきに包まれる中でも聞き取りやすくするために機械的なまでに抑揚のついたクイーンズイングリッシュが、クリスマスソングをバックにアナウンスを投げかけている。搭乗ゲート前の待機列に加わりながら、顔を隠すためのサングラス越しに、彼女は壁一面を覆う大きな窓ガラスへと顔を向けた。

 

 淡いヴェールを青白く沈んだ空と街に掛けるような、ささやかな粉雪が降りしきっている。その合間を縫うように、無数の飛行機が離陸と着陸を繰り返していた。灰色の雲に覆いつくされ、冷気で白く曇った窓にうっすらと映る女の姿は、十数年前のあの日とほとんど変わり映えしなかった。

 

 

 

 星合千晶(ほしあい ちあき)、28歳。

 クリスティアナ・I・スターフェイズが「星合千晶」になって、十三年を迎えようとしていた。

 

 

 

 **

 

 

 思えばあっという間のようで、とても長かったような気もする十三年間だった。

 雄英を卒業し、これ以上留まっていては自分が自分で無くなってしまう気がして、オールマイトにも、イズクにも、お茶子にも、誰にも行先を告げずに、失踪するように日本から消えた。「思考の怪物」と呼ばれた元の世界の自分のように、世界を渡り歩いて、様々な人々と出会い、時折敵連合のヴィランと戦ったりして。一生帰れないのではという絶望に身も心もボロボロになって、比喩ではなく文字通り死にかけた時期もあった。そういった堂々巡りの果てに、ついに、私は本当の意味で星合千晶を受け入れた。三年の放浪の果てに、ようやく答えを得たのだった。

 

 日本に戻ってからは、学生時代に塚内さんを始め、警察関係者や何人かプロヒーローにも人脈を広げていたこと、放浪中も色んな分野の人脈が出来ていたこと、そして7ヵ国語を話せるマルチリンガルを買われ、ベテランヒーローの海外派遣時の通訳や要人警護などといったフリーランスのヒーローとして働いている。事務所も持たず、サイドキックも雇ってはいないが、心理学を大学で修め、メンタリストヒーローとして活動するシン……心操人使とバディを組んで海外を飛び回ることが一年の殆どだった。

 

 若手ヒーローがフリーランスで食っていけるなどごくわずかだが、私にはむしろ事務所所属の方が窮屈に感じるだろうことは明白だった。名声も地位も大して興味は無かった。むしろマスコミの視線などわずらわしいだけとすら思う。マネーロンダリングはライブラ時代から得意だったし、株取引は思考分析のいい訓練になる。イズクや爆豪たちのようにトップヒーローとして脚光を浴びるのは、長く裏社会でヴァンパイアハンターをしてきた身としては、あまりにむず痒くて居心地が悪い。政府や警察の依頼を受けて極秘裏に動くシークレットヒーローというのは、非常に性に合っていた。

 日本での知名度は元クラスメイト達に比べれば微々たるものだが、時には国家を跨いで暗躍するヴィランや犯罪シンジゲートを潰すための対策会議に呼ばれたりなど、世界のヒーロー界隈では名が売れていると自負している。

 

 

 仕事は至って順調で、シンとのバディも結成以来良好なままだ。日本に帰った時にはお茶子やモモたち友人とお茶をすることもあるし、マイクやミッドナイトと買い物に行ったりオールマイトと映画鑑賞をしたりとオフも充実している。海外にいる時間が長すぎて、日本のセーフハウスが自宅なのかアメリカの方が自宅なのか分からなくなりつつあるが、それはさておき。

 

 

 

「……」

 

 じっとりと隣から注がれる視線に、私は素知らぬ顔を決め込みながら内心ひくつきそうになる顔を鉄面皮にするのに非常に苦労していた。

 

 クリスマスに年越し、そして新年とイベント続きで浮つく時期こそ、悪はこぞって暗躍するものだ。比例してヒーローが出動する案件も多いこの時期。フリーランスゆえに急な呼び出しもあり、不定期だが仕事が入らない時期はまとめて休みが取れる自分と違い、毎年ビルボードチャートトップ5に入る人気ヒーローである恋人こと轟焦凍とオフが被ったのは、ここ数年の経験を考えれば奇跡的なことだった。

 

 なにしろ、恋人らしいクリスマスなど過ごせたためしがない。レストランの予約だったり、いつもより手の込んだご馳走の下ごしらえだったり。折角準備をしても、轟が急に事務所から出動要請で呼び出されたり、はたまた自分がその時期に急な海外での仕事が入ってしまったり。帰宅と出勤ですれ違うこともあった。

 今年もきっとそうだろうと、どちらも根が淡白なものだからあまり期待しないでいようと話していたものだから、クリスマス直前のこの時期にレストランの予約など取れるわけもなく。長期のロンドン出張を終えて疲労困憊、ファンからはおっぱいのついたイケメン、スパダリと囁かれる自らが、自分では当たり前のことをしているつもりなのであまり良く分からないが、ラテン系のそつのない根回しをする余裕もなく。

 ならばせめて、とパパラッチの目を気にしなくていい轟の家でのんびり過ごそう、ということになったのだ。共にキッチンに並んで料理を作り、たわいもない話をぽつぽつと交わしながら食事を楽しんだあと、大きなソファーに身を預けながら二人並んで食後のコーヒーブレイクを楽しんでいた。

 

 年末となれば人気映画の放映や特番がテレビ表を埋め尽くすが、自分も轟もさしてテレビに熱中する性質ではない。オールマイトの影響で若干新旧問わず映画に詳しくなってしまった自覚はあるが、元々仕事のためにニュースぐらいしかまともに見なかった人間だ。身に染みついた習慣は中々変えられるものではない。由緒正しい日本家屋の屋敷に住んでいたお坊ちゃまの轟は厳しくエンデヴァーに躾けられたせいで世俗に疎い。BGMにするならテレビよりもクラシック音楽、映画よりも読書。こういうところで趣味嗜好、好む雰囲気が似通っているのは気楽でいい。数年間に及ぶ交際の中で、『前』の25歳の自分なら決して許さなかっただろう距離感にもすっかりと慣れた。根気強い恋人に慣れさせられた、の方が正しいだろうか。セーター越しにも鍛えた筋肉を感じる肩に頭の側面を預けて軽く寄り掛かりながら、隣を気にしすぎることもなくタブレット操作に集中するだなんて、10年前の自分なら誰にも許さなかったに違いなかった。

 

 国家レベルの機密を扱うことも多い職務上、メディアへの露出が少ない自分と違って、轟は母親譲りの美形と父譲りの実力を兼ね備えたヒーローとしてテレビ出演も多い。世俗慣れしていない天然ボケの発言もウケたのだろう。ほっておけば美術スタッフに衣装を丸投げしがちな恋人のために、年明けに控えている人気ヒーローが一堂に集う新春ヒーロー特番や新年会で轟が身に纏う服を選ぶのは楽しい。義兄や黙っていれば素材だけは良いザップ、ファッションに疎いレオを着飾るのは、ライブラ時代からの自分の少ない楽しみでもあった。

 楽しい、のだが……先程からじっ、と自分の手許に注がれる視線に、気付かないふりを続けるのも正直限界だった。

 

 

(わ、わかりやすい……)

 

 

 あの常に肌が焦げそうなほどの緊張が張りつめるヘルサレムズ・ロットという街、吸血鬼との対決に感じる生と死の瀬戸際。命をチップに凌ぎ合う、人間の領域を凌駕した戦場の最前線から遠く離れ、ヒーローとして似たような職務に就きながらも、どこか物足りなさを感じる自分は、かつての獣のような気配探知は最早持ちえない。この世界で少しずつ融け込み生きるには、不要な鋭さだったからだ。それでも、人の視線には特に敏感なのは変わりない事実だった。轟が何を思って、どこに視線を向けているのかを、すぐに察した。

 

(指……薬指か? 中指も……しまった、クラウスからの指輪は外してくるべきだったな)

 

 

 視線に物理的な攻撃力が備わっていたなら穴が開きそうなほど、じっくりと視線を落としている恋人の虹彩の違う双眸に揺らめく感情は、人を緑眼の怪物たらしめるもの──嫉妬だ。

 自分の両の手の中指それぞれに嵌っている、女性が身に付けるにしては幅広の銀のダブルリング。小粒ながら変わらぬ輝きを放ち続けるダイヤモンド、エメラルド、アクアマリン、アメジストといった宝石類が配列されたその指輪は、もう二度と会うことはないだろう、自らを救ってくれた救世主にして最も尊敬する同胞(とも)が贈ってくれた、今や形見となったれっきとした武器だ。戦士であれど、美しく着飾るべきだと。ドイツ公爵位を持つラインヘルツ家がその長い歴史の中愛用してきた武器工房が手掛けた、二つとない自分の為に設計された出血針入りの指輪。激しい戦闘で欠けたり壊れたりすることのないよう、聖銀に聖水で清めた宝石類のあしらわれた指輪には、幾重もの魔術的な防御が働いている。

 

 仕事中だけでなく、警戒心の強い自らがほぼ四六時中、肌身離さず身に付ける護身武器。自分が誇り高い牙狩りであり、今となってはあの高潔な赤毛の紳士との繋がりを感じさせる唯一となった一品を、轟は以前からあまり良くは思っていないようだった。自分の感情を切り離して、彼の立場で考えれば、それも当然とは思う──恋人の自分ではない、他の男が贈った指輪が常に両手に輝いているなど、男として許せまい。

 轟家の遺伝子なのか、育った環境の中で育んだ本人の根本的な気質なのか、轟は表面的には淡白なように人の目に映るが、その本質はこちらを嫉妬の先の相手ごと飲み込んで、骨の一片も残さず焼き尽くしかねない灼熱の溶岩のようにどろりと重く、苛烈だ。個性とはその人間の本質がカタチになったもの──何の根拠(エビデンス)もない通説を馬鹿にはできないものだ。轟焦凍は氷点下の静謐と冷静、焦土を生む情熱と苛烈という矛盾を内包する男だ。意外にも情熱的で、タールのように重い独占欲は、時々空恐ろしくもなるが──愛を知らぬ自分には、むしろ安心できる重石だと思う自分もまた、愛が重く、狂っていると思う。

 

 

 それでも轟がクラウスの指輪を外せと言ってこないのは、この指輪が私の最高のコンディションを担う一つだからと知っているからだ。

 血法は牙狩りの技術。こちらの世界のサポート会社の技術がいかに優れていても、科学では異世界の魔術をカバーできない。指輪に仕込まれた術式は企業秘密で再現不可能なために新しい指輪に流用することもできない。プライベートならまだしも、戦場でも外せなんて言う戯言は、明日の命も分からない職業に就いている身としては言えない台詞だろうから。外せ、ではなく気に食わない、とこちらを強制せずに、自分の感情だけハッキリ言うあたり彼らしいが。そんなものを着けるくらい警戒しなくても、俺が護る──……思いだすだけで、血流操作しなければすぐに顔が熱を持ちそうになる睦言は恐らく永遠に忘れられない。

 それ以降、轟と二人きりで過ごす時は出来る限り──特にベッドの上では絶対に外すようになったが、うっかり外し忘れていた自分に舌打ちしたくなった。折角の逢瀬をぶち壊したくないという程度の乙女心は残っている。たとえ、精神年齢がもうすぐアラフォーに届こうかというおばさんであろうとも。

 

 

(……左の、薬指か)

 

 

 左の薬指が示すものが何かわからないほど鈍感ではない。けれど、自分に訪れるかもしれない「結婚」の言葉は、口の中で何度転がそうと実感は少しも湧かず、捕らえどころのない霧を頭に生んで思考をふやかすだけだった。

 ダイヤモンドの指輪を取り交わす永遠の儀式など、自らから最も遠い行いだと思っていた。……今も、その認識は変わらない。

 

 

 表向き名乗っている肉体の推定年齢は28だが、実際に精神的に生きた年数は38年間だ。ヒーローとしては脂が乗ってくる時期、ようやく軌道に乗ってきた中堅といったところだが、牙狩りであれば、20年前後も死線を潜り抜けてきたベテランの域に入る。そろそろ戦場で部隊長クラスになって指揮や後進指導、流派の後継者なら師匠から流派を継承するか、はたまた幕僚として前線を離れ、上層部の一員となるかといった選択肢を考えなければならない時期でもある。

 

 ……つまり、それだけ35歳のデッドラインを超えてなお生きていられる牙狩りが少ないという証でもあった。牙狩りはみな短命だ。血界の眷属との戦闘における生還率の低さもその理由だが────血法という吸血鬼への対抗法は、自らにも向く牙であり、その寿命を削るものだからだ。

 

 その原因は、ほとんどの牙狩りが修業期間を成長期においていることに由来する。

 

 属性の血液に、常人には理解しがたいほど難解な数式と科学と魔術が複雑に織り交ざり融合した術式を加えることで、血法は出来ている。血液だけで氷や炎には変わらない。さりとて術式を完璧に理解したとて、属性の血液が無ければ意味がない。千年に及ぶ牙狩りの遺産であり、過去の牙たちの血と屍で積み上げてきた研鑽だ。その血液を最も効率よく運用する器を作るには、成熟してからでは遅い。骨や筋肉、内臓が大人へと成長していく時期に術式を理解し修行を行うことで、術式は細胞のひとかけらにまで馴染み、各流派の血法に相応しい肉体を醸造する。対吸血鬼のためのサイボーグ。口さがない若い牙狩りが自らの境遇を皮肉る決まりのフレーズだ。

 血界の眷属がDNAに直接極小の術式を上位存在に好き勝手に直接書き込まれた人間の突然変異体ならば、牙狩りもまた、似たような業に足を突っ込まなければ到底同じ土俵に上がる事すら許されない。不死者を殺すため、人間の枠から外れた身体能力を形成させるための、肉体の魔改造。

 

 ブレングリード流ならその戦いに必要な大量の血液を保有し、近接戦闘を行っても耐えうる巨大で屈強な肉体を。

 エスメラルダ式なら鋭い蹴りを叩き込むための、しなやかで長い脚を。

 そして全流派に共通して、命を繋ぐための肉体再生能力と血液生産能力は、人間の平均値を遥かに凌駕している。

 

 

 それゆえに────酷使され続けた骨髄が、筋肉が、細胞が、肉体が限界を迎えるのもまた、常人より早い。血法の達人であれば細胞活動の活性を抑えるために消費血液量を絞っても技の威力を維持し、老化現象を遅らせることも可能だが──それでも、前線に居る時間が長いほど、肉体の限界は早く訪れ、魂が削られていく。ザップの師匠が「血闘神」と呼ばれ畏れ崇められるのは火と風の二重属性使いで、その長老級(エルダークラス)を単独で滅殺できる技量だけでなく、その長命さもまた、理由の一つだった。

 

 HLに渡ると決めた時、おそらく自分はデッドラインは越えられず、あの霧の街が死地になるだろうと予感していた。不明な点だらけの無属性の血液、あらゆる流派の術式を理解し駆使する自分は、多くの流派の術を受け継ぎ記憶する者であると同時に、それだけ早く命を削るだろうと水晶宮式血濤道を編む際に覚悟した。クラウスやスティーブンにそれを明かしたことはないが、様々な流派を学びたいとエスメラルダの師匠とクラウスの両親に頭を下げた時、止められこそしなかったが良い顔もされなかったのが良い証拠だ。いつまで経っても老け込む様子を見せないエスメラルダの師の魔女めいた余裕綽々の美貌が、あの時ばかりはとてつもなく酸っぱいシチリアレモンを生で齧ったかのように崩れていたさまは忘れられない。

 代を重ねて洗練されていない血法は無駄も多く消費が激しい。戦場で死ぬか、老衰で死ぬか、どちらにしろ、その場所はHLの内側だろうと思っていた。……結局のところ、堕落王のうっかり事故のせいで、霧の結界の中の前線どころか次元と世界線を跨いでしまうという奇妙な現実があるが。

 

 

 それだけが、結婚が自分に無縁だと切り捨てていた理由ではない。

 ……結婚のその先に待つだろう、子を為すという行為が、あまりに恐ろしかったのだ。

 

 おぞましい人体実験を経ても、結局無属性の血液の継承法は分からず仕舞いだった。ただ一つ、諦めの悪い上層部が狙っているとすれば──当時、まだローティーンだった年齢の関係で試されなかった方法、人間としては一番まっとうで自然な血の繋ぎ方である、子どもを産むことだった。

 けれど、牙狩り同士が結婚しても、今までの歴史上から算出されたデータから見ても、属性の血液が発現する確率は低い。ましてや無属性という突然変異的な希少血液が引き継がれる可能性なんて、天文学的な確率の宝くじを引き当てるに等しい無謀さだというのに──それを頑なに信じ込む頭の能天気(アホ)さが、私を世界中の支部を飛び回らせ、果てにHLという連中の手出しできない魔境に飛ぶ決意を固めさせた。

 無属性の血液を引き継ごうと引き継がなかろうと、自分の子に待つのは陰惨な未来だけだ。引き継げば牙狩り以外の将来の選択肢は与えられず、引き継がなくても途中で属性が発現しないかと、その遺伝子を次代に期待して人生全てに牙狩りが纏わりついてくる。悲願の為の必要な犠牲だと綺麗ごとを盾に、牙狩りの業にずたずたにされるのは自分だけでもう十分だった。それに、生まれてすぐに教会に捨てられた自分が、愛情も家族も良く分からない自分が、子どもを育て、まともな母親になれるとは、到底思えなかったのだ。

 

 もし、結婚して家族もできたとしよう。それでも、いつかまた全て失うのではという疑念は付き纏う。突然この世界に来たように、ようやくこちらに骨を埋める決意をしたというのに、また何かの運命の悪戯で、やっと得たもの全てを失い、置いていくことになれば──二度と立ち上がれない、そんな予感があった。

 

 

 

 答えは得た。美しいものを見た。

 永遠に欠損するはずだった足りないものは、温かい思い出と体温で補われ満たされた。

 これまでの不幸と絶望に値する人生の報酬のような奇跡の渦中に──未だ私は存在している。

 

 

 深く深く沈み込んでいた思考が、そろりと触れてきた体温に引き上げられる。見れば、骨ばった指先がつつ、と白い皮膚の上を滑っていた。掌と指の継ぎ目の関節から指の先まで、かさついて熱い指が丁寧に撫でてくる。触れている部分に注がれていたはずの視線は、今は自分の横顔に注がれているようだった。体重を預けていた肩が不意に引かれる。支えを失くし、傾く身体に咄嗟にバランスを取ろうとする前に、手を絡めとられて抱き留められた。つるりと温度の無い金属が指先でもたつく。うっかり取り落としかけそうになったタブレットを掴み直したが、ホッと息をつく間もない。熱い息がうなじに掛かって、ぶわりと全身の毛穴が開くような興奮をおぼえた。

 

「……ッ」

「千晶」

 

 息を詰めた私の肩を抱くように太い腕が回る。強張った肩から力を抜けと言わんばかりの、あやすような口調。けれど普段の冷静で平坦な声色ではない。自分しか知らない、耳から流し込まれる度に内側から灼かれるのではないかと思うほどの、ぞっとするくらいに艶を帯びた低い声だ。この時ばかりは全身が性感帯になったかと錯覚する。……そろそろ慣れるべきだと思うのだが、道のりは長そうだ。この声に名前を呼ばれるのが弱いと知っていて、耳朶に直接吹き込んでくるのだから、タチが悪い。こちらの方が随分年上だというのに、こういった場面では良いように振り回される。年上の威厳もクソもなかった。

 恐る恐る見上げた黒曜と翡翠には、酒精で赤らみ潤んだだけではない、あの時には無かった、雄の本能がちらちらと双眸の奥で焔のように揺らめいていた。

 

(ああ、きれいだ)

 

 歳を重ねた分だけ学生時代とは見違えるように幼さが抜けて、随分精悍さを増した整った容貌はやはり、溜息が出るほど美しい。西洋人は成長と共に厳つくなりやすいが、東洋人は人種的にベビーフェイスで、筋肉が付きづらい。恋人もその例にもれず、鍛え上げられた肢体は固く引き締まっているが、幅や大きさは変わらない。学生の頃に比べれば、少々身長差は増えたが。

 

 

「……良いか?」

 

 相変わらず言葉は足りないが、それが何への合意なのか聞くまでもない。止める気など無いくせに、一応こちらの意志を訊いてくるあたり、可愛げがある。彼の場合、男が好き勝手に女を甚振ることにトラウマめいた恐怖があるからこそなのだろうが……おのれエンデヴァー。

 最近顔を合わせていない元トップヒーローに心の中で怨嗟を零しながら、とっくのとうに画面の電源がオフになったタブレットを、指輪から出した血の腕でローテーブルに置き、ついでに指輪も脱ぎ捨てる。それが答えだ。靴も指輪も脱ぎ捨てたなら、皮膚かくちびるでも噛み切らない限り、私はただの女でしかない。

 

「馬鹿ね」

 

 いちいち聞かなくても、解るでしょう? 

 くちびるに浮かぶのは、意地の悪い笑みだ。28歳とは思えない色気だよなあとよく知り合いに言われるが、育ちの悪さゆえにどこかしらスレていて、ニヒルで婀娜っぽい38歳がたまに顔を覗かせているのだろう。言葉と顔とは裏腹に、心の中では、ああ、と何度洩らしたか分からない溜息が落ちる。

 ……私にはとうてい勿体ないひと。明かせない秘密を良しとして、話すまで辛抱強く隣にいてくれた、唯一無二。己の本質が化け物殺しで人殺しの咎を負う穢れだらけだと知っても、手を離さないでいてくれた。

 

 

 ────前の世界での自分は、誰かの為に費やすことを是とした人生だった。魂の一片が全て擦り切れるまで、尊いものの為に献身するために奔走した。

 

 

 だが、この世界には、今まで己に無意識に科していたしがらみは、最早無い。

 

 

(それなら)

 

 腕を伸ばして、太い首に絡みつかせる。猫のように首筋に額を擦り付けると、ふわりと嗅ぎ慣れたしゃぼんの匂いがした。同じ洗剤でも、汗が混じると少し違った風に感じるのだから不思議だ。心臓側の半身は少し熱っぽくて、生きているのだと安心を与えてくれる。皮膚とやわらかなニット越しに聞こえる心音は心地よくて、これからすることさえなければ、このまま眠れてしまいそうなほど。神経質すぎてクラウスやスティーブン以外の気配が近くに在ったら、とても熟眠できなかった頃とは大違いだ。それほどまで時間をかけてぐずぐずに防壁を融かしてきた彼の熱量には、恐れ入る。

 別の人間のことをちらりとでも考えたのが空気で伝わったのか、がぶりと耳朶を甘噛みされた。

 

 

 ────しがらみがないのなら、この世界では、自分の為の幸せを求めても、良いのだろうか。

 

 

 何も持たない人生に、様々な彩りを与えてくれた。

 何もないなら、今から少しずつ得れば良いのだと、ちっとも遅くは無いのだと諭してくれた。重ねてきた年月の中で、交わした言葉で、分け合った触れ合いで、何度彼に救われてきたか、わからない。

 いつも泣きたくなるほどの優しさで愛してくれる轟を、もう自分は、たとえ轟が望んだとしても、離してあげられそうになかった。彼でなくては駄目だ。もはや彼なくしては、息すら出来ないくらいの自分が嫌で、怖かった。

 全部作り変えられたのだ、身体も、心も、なにもかも。

 此処にいるのは、ヒーローで、ただの女の、星合千晶だ。

 

(幸せになってもいいのかな)

 

 ぽつり、疑問が頭の中で生まれる。肩口に額を押し付け、膝に乗り上げて凭れかかるような体勢で密着しながら、とりとめのない疑問符が浮かんだ。

 世界と仲間を免罪符に切り捨ててきた元友人(スパイ)たちや、未だ前線にいるだろうクラウスやスティーブンを差し置いて、のうのうと幸せを享受しても良いものか。救った人間より殺した人間の方が多いのでは? 守ったと思ったものは本当に守れていたのか? 

 溜め込みに溜め込んだ自己否定と罪悪感と絶望が、今になって酷く重苦しく圧し掛かってくる。

 

 うなじに差し込まれた長い指が、癖毛のブルネットの生え際を撫でる。ひどく淫靡な手つきだというのに、慈しみすら感じるから、ことあるごとに泣きたくなるのだ。反対側の自由な手が、一つ一つの指を確かめるように合間に差し込まれ、握りこまれる。血の通う温度。生きてここにいることを、確かに感じる。

 

「全部あなたのものだから」

 

 だから涙が出る前に、何も考えられなくなるぐらいぐちゃぐちゃに溶かして溺れさせてほしい。失くして窒息するくらいなら、肺を水に浸して息が出来ずに溺死するほうが、よほど良い。

 生唾を呑み込んだ喉仏が動いて、言葉の端々を食われるように唇を食まれる。

 

 

 ────私は貴方を幸せにできるだろうか。

 

 

 脳裏で浮かんだ一抹の不安を、背筋を走る電流が掻き消した。

 



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49°4542'N. 11°0775'E

※主人公が原作キャラクターと恋人関係、結婚する描写がありますのでご注意ください。苦手な方は黙ってブラウザバックだぜ!



 

 

 星合千晶にとって、否、クリスティアナにとって、バレエとアイススケートは切っても離せないライフワークだ。どちらも頭から足のつま先まで神経をとがらせ、バランスと柔軟性、姿勢制御を高度に要求される芸術だ。革靴やヒールで不安定極まりない氷の上で戦う必要性が出てくるエスメラルダ式の修行に、これら二つが組み込まれるのは、何も不思議な事では無かった。

 放浪中に仲良くなった行きずりの旅人が、実は小さなスケートリンクの管理者で、仕事でドイツに寄ると、営業時間後にリンクを貸し切りにいくらでも滑らせてくれるようになったのはありがたかった。元の世界でのベルギー支部にいた、気のいいオネエの同僚に少し似ている。こちらの旅人はヘテロだが。

 

 思う存分に、むしろ八つ当たり気味に自分の煩悶やら葛藤やらをぶつけるように氷の上で飛んで跳ねて滑ってを繰り返していたその時、先にドイツに幾つか所持しているセーフハウスに帰っていたはずのシンが息せき切ってリンクサイドに駆け込んできた。

 

「星合!!」

「うわ、何、どうしたの」

 

 休憩も挟まずに踊り狂っていたせいで、氷の上で気温は寒いはずなのに、汗だくになるほど身体は火照っていた。鬼気迫る表情のバディに何事かと、氷の上を歩くようにすいすいと滑り、サイドとリンクを隔てる柵の元まで移動する。途端、鼻先に勢いよく突き付けられたのは黒いカバーの掛けられたスマホの一面だった。

 

『人気ヒーロー・ショート、年上女性と熱愛発覚か』

 

 ウワァ。

 

 その見出しと写真を見てまず口からぽろりと出たのは、そんな気の抜けた声だった。あっ多分今のわたし笑えてないぞ、中途半端な笑顔で目が死んでるアルカイックスマイル、レオの言葉を借りるならスターフェイズ伝家の宝刀・春風の微笑み(激おこ)である。

 ゴシップ記事に添えられている写真は腕を組んだ女性がにこやかに轟の腕を引っ張ってどこかに行こうとしているものだ。轟の表情も普段メディアで見るそれより穏やかで、うっすら笑みを浮かべているのもゴシップの餌としては十分に破壊力があるだろう。また見事にすっぱ抜かれたこと、というのが自分の感想だった。完全に他人事だ。記事を見た瞬間、吐いた声は自分でもどうかと思うほど傍観者のそれだった。

 リンクの皮膚がひりつくほどの冷気を通して鼓膜を振るわせて、神経を通じて脳に入力される電気信号で自分の声を捉えてもそう思ったのだ、シンが呆れかえるのも当然だった。

 

「うわぁ、ってそれだけか!? あの野郎、お前が居ながら浮気してたかもしれないんだぞ!?」

「シン、どうどう」

「いやお前が焦れよ!?」

「いやぁ……だって、ねぇ」

 

 完全に自分以上にブチ切れている相棒を若干引きつつも宥めようとするが、火にウォッカを注ぐようなものだったらしい。だが、何と言われても怒りの一つも湧かないのだから仕方がない。

 曖昧な笑みで言葉を濁しながら、ちらり、と再び視点を合わせた写真の女性を見やる。流石にプライバシー保護でその顔は黒く塗りつぶされているが、見間違いようがなかった。

 

 

「その女性、轟のお姉さんだもの」

「は?」

 

 

 私が爆弾発言を投下した瞬間、二人しかいないリンクに本日最大の叫び声が響いた。あまりの大声に、管理室でのんびりしていた友人が何事かと飛び出してくるほどだ。耳を劈くような大声に思わず、肩を竦めた。

 

「あー、そんな大声上げて……喉、商売道具なんだから大事にしないと」

「オイオイどうした、今の声、事務所まで聞こえてきたぞ」

「悪いテオ、なんでもねえよ……」

「ならいいけど、静かにな」

 

 贔屓のサッカーの試合を観るため再び友人が引っ込むと、静かなリンクサイドに長い溜め息が響いた。

 

「……間違いないのか?」

「うん。仲良くさせてもらってる身としては見間違いないと思う」

「……確かに白髪に赤メッシュ……言われてみりゃ血縁ありそうな頭だな……」

「ついでに言えばプライバシー保護で台無しになってるけど、顔も結構似てる」

「ネタ欲しさかよマスゴミ……」

「シン、スマホが割れる割れる」

「…………でも、良かったな。誤報で」

「……うん」

「ガチの浮気現場だったらあの紅白頭締め上げるところだった」

「あははは」

「あははって、お前な」

「そういうことはしない人だから、心配してない」

 

 そんな器用さはない人だ。クラウスと同様、一途で真っ直ぐで、男女間の不誠実さを何より嫌う人だからこそ、安心していられる。そんなもしもがある人なら、きっと私はほだされなかった。心の数パーセントでも、完全にゆるして、預けたりはしなかっただろう。

 そっぽを向いているシンがどんな表情をしているかは、私からは見えなかったけれど。自分の事のように心配して、怒ってくれる相棒のありがたさに、私は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 普通の靴ではまともに立っていることすら難しい、平らに均された氷の上も、エスメラルダにとっては地面と変わりない。氷の上で片足を思い切り振り上げ、軸足にしっかり体重を乗せて重い一撃を振り抜くためにバランス感覚は必須項目で、スケートは氷の上が地面とそう変わらなくなるまでの練習場なのだ。スピンとステップを跳びぬけている体力と脚力に物言わせて、難度も労力も度外視した、競技のプログラムとしてはとても認められない内容で滑る今の私は、プロが見れば無茶苦茶だと頭を抱えることだろう。

 

 ジャンプでは身体に芯が通ったように直線を意識し、スピンはむしろ柔軟を最大限に生かす。ステップは軽やかに。身体に染みついた教えに沿って忠実に飛び、着氷。氷の破片を巻き上げて、エッジが銀盤を鋭く抉る。全身の筋肉とめぐる血流がいつもより鮮明に知覚できる。指先、爪先まで鋭敏に神経を張りつめさせるような感覚。走るようなフォームで軽快にステップを踏むが、身体は鉛のように重かった。心と体はバラバラ、目は虚ろを映して、笑顔どころか無表情でブツブツ呟いている私のスケーティングは正直見れたものではない。だからわざわざ営業時間外のリンクを貸してもらっているというのに、誤解が解けた後もリンクサイドで頬杖をついてこちらを眺めるシンの視線が、少々居心地が悪い。

 

「シン……律儀に残ってなくても、先帰ってていいよ?」

「俺のことは気にすんな、背景ぐらいに思っといてくれ」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 一旦クールダウンの為にリンクをぐるりと周回する。バックステップでの滑走も慣れたものだ。周囲に人がいないと分かっていれば、気を張らずに悠々と氷の上を泳げる。ヒラヒラと手を振った相棒はまた頬杖をついて、表情の読めない顔でじっとこちらを見てくる。落ち着かない。

 

 

(心配させてるんだろうな)

 

 数年バディを組んで、あちこちを旅したのだ。面と向かって会ったことの無い人間でも行動分析できるのだ、身近な人間の思考を推測するのは容易い。サイコメトラーでも無ければ千里眼持ちでもないから、表情や仕草で読み取れる領域までで、心の細部や押し込めたものまで知ることはできない。集団に潜もうとする犯罪者、仲間の内に潜むスパイや裏切り者をあぶりだすには十分有効だが。

 

 今回も、この観察眼を買っての依頼だった。

 エンジェルスケイルや発火快楽ドラッグ(アグニの角質)に似た、肉体改造系危険ドラッグの売人と胴元の確保と流通ルート、顧客リストの奪取。地元ヒーローとPDの地道な聞き込み、張り込み調査で、とあるパーティと見せかけ、売人から顧客へドラッグの受け渡しが行われるのを掴んだ。後はそのパーティで一網打尽にして、胴元から製造工場を吐かせる。HLで飽きるほど処理した手合いだ。

 私とシンに来た依頼は、会場から万一でも脱走者が出ないよう、予測できる逃走ルートの絞り込み、あとは会場内に潜入するチームに入って、私は警部と共に現場指揮、シンは「洗脳」で暴動になるだろう会場内の鎮圧だ。まだ(見た目は)若造でしかも海外ヒーローだというのに、最近こうして陣頭指揮を任されることも多くなってきた。多分HN(ヒーローネットワーク)での活動報告と口コミで広まったんだろう。向こうの世界で作った超高性能AIの「ムネーモシュネー」をこちらの技術レベルまで更新した電脳魔でのホワイトハッカーという一面は流石に外聞が悪いので、警察の一部しか知らないが。

 

 パーティは明日。最終ブリーフィングを終えたその足で、リンクまで来た。自分の身体の最終調整と、一斉捕縛に動いた後予想される流れの確認。アスリートが念入りにウォーミングアップをして集中するように、私にとってはスケートが精神安定剤のようなものだった。バレエも同様だ。氷の上だと目が醒めるような心地がする。身体の調整と頭の整理にはぴったりだった。ここなら、余計な雑念も雑音も入らない。

 流れる汗を服で拭うように見せかけて、耳に意識を傾ける。

 

(……やっぱり、どんどん聞こえづらくなってるな)

 

 スマホから流しているはずのクラシックはどこか遠い。ぼわんと水を隔てて音を聞いているような奇妙な感覚に、小さくスラングを吐き出す。

 

 ここ最近の私の世界は、少々静かすぎる。

 

 

 

**

 

 

「ああ、うん……大丈夫だよ、問題ない。ニューイヤーはこっちで過ごす羽目になりそうだけど、松の内の間には帰れると思う。お土産買って帰るよ」

 

 冬ともなれば、日暮れは地球の何処にあっても早いものだ。ハンドルに重ねた手の上に顎を乗せ、心操人使は遠くの紺と紫と橙が滲んで混じり合うサンセットを眺めていた。隣のシートに身を預けてスマホ片手に淡く微笑む相棒の後ろ、車のフレームの向こうで、切り取られた大西洋が波立つのが見える。赤レンガの屋根と石造りの中世の雰囲気が残る街並みを染める夕暮れ時、今となってはすっかり見慣れた光景だが、時折故郷の街並みが恋しくなる。西洋の街並みに違和感なく溶け込む相棒と、どこかしら浮きがちな自分との差異を思い知る。なにもかもを。

 

 画面をタップして通話を打ち切った星合に、麗日か、と彼女の一番の女友達の名前を挙げる。昨日の自分が不本意だが、星合千晶と連れ添う唯一として認めていた男の痛烈な裏切りに憤り、卒倒しそうなほどの眩暈に襲われたように、漏れ聞こえた関西訛りの声もまた焦りに満ちていた。高額になりがちな国際電話をかけてでも、心ないゴシップに傷ついてはいないかと案じたのだろう。浮気相手と目された相手が微塵も恋愛対象に含まれようのない関係性だったとしても、焦りの一つも見せず、世間話でもするかのように落ち着いて対応する星合もどうかと思うが。

 頷いて見せた星合は、微笑みの中に苦みを添えた。日本人より濃い眉が、ほんの少しだけ下がる。

 

「心配されてしまった」

「だろうな。むしろ帰国したら知り合い全員に問い詰められると思うぞ」

「う、それは嫌だな……」

 

 類い稀な思考能力でほんの一瞬で色々予測したのだろう、スマホを握ったままの手の甲を額に押し当て、聞こえた声はため息交じりにくぐもっていた。

 

「それは置いといて……土産を買うならマルクト寄っていくか? クリスマスマーケットも明日の昼で終わりだろ」

「渡す頃にはクリスマスどころかお正月過ぎてるけどね……オーナメントで良いのがないか見繕って、レープクーヘンなら日持ちするし買っていこうか」

「だな。こないだ飲んだグリューワインの屋台も寄ろうぜ、あれは美味かった」

「車だから家までお預けだけどね」

 

 気が滅入るだけの話題はさっさと流すと、彼女もまたさっさと思考を切り替えたらしい。

 現在仕事で滞在中のニュルンベルクは、ドイツ各地で開かれる2500近くのクリスマスマーケットの中でも観光客に人気な「世界最古のドレスデン」「世界最大のシュトゥットガルト」と並んで、世界一有名なクリスマスマーケットだ。金色の天使がシンボルのこのマーケットは毎年多くの観光客が詰め掛ける。赤レンガと石畳が美しい旧市街の市庁舎広場に「美しの泉」と呼ばれる金色の噴水塔がそびえ立ち、赤と白のボーダー柄の天幕を張った屋台が立ち並ぶ。クリスマスツリーに飾る精緻なオーナメントや、蜂蜜とスパイス、柑橘類の皮やナッツを使ったレープクーヘンという、ツリーのオーナメントにも使われるクッキーが売り場に並び、シナモンやオレンジの輪切りを浮かべたホットワインが靴下型のマグカップに入れられて売りに出される。

 この街での依頼は早々に終わったので、こうして次に入れている仕事までマーケットを巡る余裕があるくらい、次への移動時間含めて数日空きが出たのは喜ばしい。違法ドラッグをバラまいていた売人は洗脳で停止、洗脳にひっかからずパニックを起こした参加者はまとめて星合に氷漬けにされた。後処理にむしろ手こずったが、所詮国外のヒーローにできることなんて限られている。引継ぎを済ませ、つかの間の休息を楽しんでいた。お次は他の国のヒーローとチームを組んでの要人警護だ。ぎりぎりまで張りつめなければならない任務前に一息つけるか否かで、パフォーマンスはともかく、心持ちが違う。

 

 

 広場で色々買い物を終え、車に戻る道すがら。俺はここ数日ずっと引っかかっていたことをついに口にした。

 

「……帰国したら、すぐに病院行くぞ」

「え」

 

 悪戯を見咎められた猫のように、表情は変えないままぴしりと凍りつく星合に、俺は額を押さえた。

 

「やっぱりほっておくつもりだったな……単純に聴力が落ちてるのか精神的なもんかだけでもハッキリさせといたほうが、後々良いだろ。対策立てやすいし、いざって時に周囲に説明すんのにも役に立つ」

「うっ」

「診断下りりゃ、サポート会社に補助アイテム作成申請もできる。まだ症状が軽いのに轟や緑谷を心配させたくないってのも分かるが、バディとしては看過できねえよ」

 

 バディだから。何度繰り返したか分からない免罪符を盾にする。こう言えば、星合の性格上無視できないのを承知で、ずるい言い方をする。

 本当ならすぐに病院に引っ張っていきたいところだが、海外じゃ保険適用外だったりして高額になりがちだ。国際的に活躍するヒーロー向けの保険にも勿論入っているが、通院の利便性を考えれば日本の方が良い。

 

 常人よりも能力のピークが早い分、落ちるのも早いと事前に聞いていなければ、ここのところ彼女の聴力が低下していることにすら気付かなかっただろう。個性が身体能力の延長線上でしか無い以上、老化と共に能力に陰りが見えるのは当たり前だ。ヒーローの宿命でもある。……でも、ヒーロー業もプライベートもこれから、という時にその兆候が見え始めたのだ。心配しない訳がない。

 しかも星合の個性は人間の生命線である血液そのものを資本とする。使いすぎは死にそのまま直結するし、もし彼女の話の通りなら、酷使しすぎた造血細胞によって産生量がガクンと落ちて、血が薄まったり、総血液量が低下して諸臓器や筋肉の維持に関わってくるとなると、放置は危険だ。四肢や臓器の壊死にもつながりかねない。

 

「……分かった」

「よし」

 

 言質は取った。後はリカバリーガールや医療系個性の信用できるツテに受診の根回しをしておけば、こっそりサボることもないだろう。

 

 

 

 いろいろとマーケットで買い込んで、戦利品を詰めた紙袋が振動でガサガサと音を立てる。拠点のセーフハウスに戻る道すがら、運転を交代し、ハンドルを黒の皮手袋越しに握る相棒を見やる。何でもないありふれたレンタカーだが、きりりとした気の強そうな横顔で運転するさまは映画のワンシーンのようだ。時々ヴィランとびっくりするほどのカーチェイスを繰り広げるが、その度に思う。お前どこでそんな技術身に付けたんだ、と。

 

 

 色々とミステリアスで、問題ごとを抱え込みがちなバディ。耳の事、轟の浮気誤報道、未だ勢力の衰えないヴィラン連合のこと……問題ばかりが山積みになって、いつかこいつが一人で抱え込み切れなくなって潰れてしまわないか、それが俺は心配でならない。

 

 

「何度も言ったと思うけどさ」

「うん?」

「何があっても、俺はお前の味方だからな」

 

 まだ暖まり切っていない車内に、一瞬沈黙が下りた。少しの照れくささをごまかすために、窓の外を勢いよく流れていく街並みに視線を向けているから、今星合が、……クリスティアナ・I・スターフェイズがどんな表情をしているのか分からない。ただ、かすかに息を呑む音だけが、耳朶を震わせた。

 

 

 

 

 星合千晶が抱える秘密の一端を、俺は明かされていた。

 雄英卒業直後、ヒーロー科トップクラスの技量と人望の持ち主が、どこのヒーロー事務所にも就職せず、はたまた進学もせず、全ての連絡手段を絶って失踪したのは、たちまちのうちに彼女を知る全関係者の知るところとなった。後見人であるオールマイトにすら悟らせずに、雄英高校卒業式を最後に行方を眩ました彼女に、敵連合が拉致したのかとか、もっと巨大な犯罪シンジゲートに目を付けられたかと騒然となる中、その数日前に、県内最大級のショッピングモールで、明らかに長期旅行としか思えないスーツケースを購入するところに出くわせたのは幸運だった。どこか出かけるのかと訊いた俺に、探し物をしに、と抽象的に答えた星合の寂しげな横顔が今でも焼き付いて離れない。その後失踪したのを見て、騒然とする周囲の中でひとり、ああ、あいつは自分の意志でどこかに飛び立ったのだと腑に落ちた。恐らくしばらくは帰ってこないだろうことも。新人で色々余裕のない時期だというのに、時間の合間を縫って血眼で探し出そうとする元クラスメイト達に、俺はそのことは告げずにいた。不義理だとは思うが、あの横顔を思いだすとどうにも口が重くなって、最後まで俺の中の秘密として仕舞いこまれた。

 

 

 数年後、見覚えのないメールアドレスから送られてきた「そろそろ帰るよ」の一言の通り、再び星合は日本に戻ってきた。すぐに約束を取り付けて再会した星合は、高1の体育祭後に髪を切った時よりずっと髪を短くしていた。疲れの滲む頬骨はあまり健康的ではなかったけれど、強靭な意思を秘めた赤い瞳は変わらず、むしろどこかすっきりと、何かを吹っ切ったような面持ちだった。何をしていたのか、何を捜していたのかを訊かない俺に、星合は今後どうするかを語って聞かせてくれた。事務所もサイドキックも持たない、フリーランスのヒーローとして活躍する。表舞台は緑谷や爆豪といった面々に任せ、イレイザーヘッドのようなアングラ系の仕事をメインに暗躍すると。

 バディの話を持ち掛けたのは俺だ。心理学の大学と非常勤のサイドキックを掛け持ちして、個性の「洗脳」の幅がさらに広がっていた。政府や警察から俺個人に依頼が舞い込むようになってきていて、俺の現状は星合のヒーロー観に沿うものだった。こいつの隣に立ちたい、背中を預け合う相棒でありたい。それは学生からずっと抱き続けてきた望みだった。このチャンスを逃せば、次は無いだろうと予感していた。だが──―断られた。にべもなく。緑谷なみの頑固さで。安定した事務所でのサイドキックを捨てる必要はない、と。そこから今のバディ関係までこぎつけるのにどれだけかかったことか。

 秘密を打ち明けられたのは、バディで動くようになって数年、スペインのバルセロナの海辺でだった。他言無用で、と前置きされて語られたのは、彼女の血液に由来する「個性」が「個性」でないこと、学生時代は上手く誤魔化していたが、相澤先生の抹消も物間のコピーも、「個性」に干渉する個性が無意味なこと、血液を用いた技は異世界由来で、実は実際の年齢は10歳年上だとか、そういった耳を疑うような、それでいて不思議と納得してしまうような秘密の数々だった。

 

「……何で俺に明かしたんだ? おいそれと明かせるようなもんじゃないだろう」

 

 言いたい様々な言葉を呑み込んだ末に尋ねると、星合は海に視線を投げたまま、夕日に染まった顔に穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「君に何も返せない私が出来る、唯一の誠実だからだよ」

 

 一瞬、最後の最後まで明かさずにいようと決めた気持ちを悟られているのかと、ぎくりとした。けれどそんな意味が含まれていないのを、次の一言で思い知る。

 

 

 たぶん、私は皆を置いて早死にするだろうから。

 

 

 海風に混じって辛うじて聞こえた小さな呟きに、頭を殴られたような衝撃を覚えた。何も返せないなんて、そんなことはないと、むしろ貰ったものを返せていないのはこちらの台詞だと言い返してやりたかった。なのに開いた口から零れるのは、言葉どころか音にすらなり損ねた空気ばかりで。

 死への恐怖も苦悩も無かった。悲愴さも諦念も無く、ただ誰もが迎える生命の定めとばかりに、揺るがない確定事項として受け入れていた。

 

 

 

 

 通り過ぎる街頭の光が、血の気の薄い横顔を照らし出す。泣くのを我慢しようとする子供のような、見ているこちらが胸を衝かれるような小さな微苦笑が浮かんでいた。

 

「……ありがとう」

 

 

 頼むから、星合から幸せを奪ってくれるなと、切に願う。

 たとえそれが、自分が与えるものでは無かったとしても。

 

 



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土曜日の君に似合いの花束を

※主人公が原作キャラクターと恋人関係、結婚する描写がありますのでご注意ください。苦手な方は黙ってブラウザバックだぜ!



 

 先日の日本版ヒーロービルボードで3位にランクインした、絶対的な人気を誇るヒーロー・ショートこと轟焦凍の機嫌は絶不調だった。日頃から無表情気味だが、ここ最近は完全に目も表情も死んでいる。

 

 

 まさか自分の姉の買い物に引きずられるような形で付きあったら、いつの間にかパパラッチされて熱愛だのなんだの好き放題に書かれるとは誰が予想するだろうか。テレビも新聞も連日飽きもせずに年の瀬のお茶の間に必ずその話題を引きずり出してくるだけでなく、現場でもその話題をぶっ込まれるのだからたちが悪い。

 新春の特別番組として、トップヒーローをゲストに多数呼んだ豪華な人気トーク番組の収録後、記者やカメラマンに押しかけられ、あげく「今日の衣裳も先日の買い物に付き添った彼女に選んでもらったんですか?」と最悪極まりない質問を投げかけられた時、心底生放送が終わった後で良かったと思った。ただでさえ学生時代に比べればずっとマシになったとはいえ、周囲に比べて愛想が良いとはお世辞でも言えない自分の顔が、とてもじゃないが放送事故レベルに歪んだままではスポンサーや番組スタッフに迷惑が掛かっただろう。

 

 下卑た好奇心を隠しもしない声で厭らしく揶揄するインタビュアーに、今期はトップを逃したものの、ナンバースリーヒーローである自分を誇りに思ってくれ、今日の晴れ姿を楽しみにしてくれていた姉と恋人を間接的に侮辱されたような心境だった。その場は颯爽と現れたオールマイトに注目が集まったお陰で、なし崩しにその質問は流れた。だが記者へのサービス精神と見せかけ、輝かしい笑顔と力強いサムズアップを送られたことで、意図的に助け舟を出してくれたのだと気付き、深々と頭を下げてその場を後にした。

 

 だが、その程度で興味を失くすことはないらしく、更なる特ダネを求め、自宅まで特定して押しかけてくる者まで出てくる事態に、轟は自分より輪をかけてメディア嫌いの恋人の気持ちが分かる気がした。やましいことなど微塵もないが、言葉一つを都合のいい方に捻じ曲げ切り取って、報道の自由を盾にこれみよがしに掲げるのがゴシップだ。恋人ほど角が立たない言いくるめ方が出来るほど弁が立つわけでもないので、轟はひたすら無言を貫き通して、取材を断り続けるしかない。運よく元同級生と現場が被ることが多く、誰もが皆轟と千晶の交際を知っているからこそ同情的で、ここはいいから帰りなよ、と率先してマスコミを引き受けてくれるのは有難かった。

 

 

 ……ただ気掛かりなのは、あの報道以来、ドイツに出張中の恋人と連絡が取れないことだ。写真を見れば、聡明な彼女なら取り乱す前に、すぐに相手が自分の姉・冬美だと気づいてくれるだろう。何しろ、二人が学生だった頃から、姉と千晶は本当の姉妹のように仲が良かったのだ。彼女の秘密を知った今になって思えば、千晶の中身が姉とほぼ同年代だったのに由来する親しみだったのだが。

 けれど、全く繋がらない電話に焦れて、最終手段だと千晶の相棒(サイドキックではなくバディだ)である心操人使にどんな様子か探りを入れるべく連絡を取ってみたが、「二度目は無いと思え、帰ったらとりあえず一回殴らせろ」とすこぶる不機嫌な声で一方的に通話を切られた。

 

 

 ある意味当然だった。

 心操人使は、星合千晶に焦がれながら、ずっとその隣に立つために、轟とは違う相棒という形を選んだ男だからだ。

 

 

 己の恋心に堅く蓋をして押し殺してでも、さよならの一言で断ち切れる恋慕での繋がりではなく、背中を預け合い、信頼で結びついた友愛の立場を取ったのだ。男同士だから分かるが、根底ではまだ吹っ切れていないのが良く分かる。下手をすれば自分よりも長い時間、共に世界を駆けまわりながら、それでも轟の目を盗んで不貞行為を働かないのは、轟への義理というよりは、ただただ千晶との関係を壊したくないという想いと、心操がネレイドというヒーローの在り方を心底尊敬し、それに相応しくあろうとしているからだ。そういった立場を貫こうとする姿勢に関しては、轟は心操を評価しているし、邪推することも無かった。……その一種の信頼と嫉妬をするしないという心情的な問題とは、また話は別だが。

 そういやまた声量上がってたな、とどうでもいい感想が頭に浮かんでくる。

 

「と、轟くん大丈夫……?」

「おう……大丈夫じゃねえ……」

「み、みたいだね……(思ったよりダメージデカかった……!)」

 

 心配そうに声を掛けてきた緑谷にも疲労感三割増しでおざなりに返事をすれば、今や日本の平和の象徴の代表たる男は、目に見えておろおろと挙動不審になった。しまった、とデカデカと考えていることが顔に出ている友人に苦笑を滲ませて指摘する気力もなかった。敵と相対すれば誰よりも頼もしいというのに、平常が気弱で普通じみて見えるところは学生時代から変わらなかった。

 あの頃から大きく変化したものは多い。歳を経るにつれて見えてくるものもあれば、当たり前だった純粋なものを見失っていく感覚もあった。けれど、自分の人生のターニングポイントは間違いなく高校一年生の春と夏の境目だった。

 何の根拠もないが、轟にはただ年月を経ただけではこうはならなかっただろうという予感があった。妄執に取り憑かれていた自分の世界を広げてくれたのは、目の前の男と尊敬する恋人、そしてこれまで出会ってきたかけがえのない知人たちとの出会いがあったからこそだった。

 

 未だ確執は残っているものの、十年前とは接し方も互いに随分軟化したエンデヴァー(クソ親父)もその顔の広さを遺憾なく発揮して、自分の娘と息子をネタにあることないこと書き立てようとしていたマスコミに圧力を掛けているらしいと、母づてに聞いた。父の話題を出しているのに、心底おかしそうにころころと笑い声を上げるようになった母は、数日後に帰国予定の千晶と轟の三人、欲を言えば家族(……)全員で実家のリビングで例の特番での晴れ姿を早く見たいと、年賀状を今か今かと待ちかねる少女のような様子で指折り帰国予定日を待ち続けている。

 

 

 不安がらせたり、泣かせたりしてはいないだろうか。気丈に振る舞うのが得意で、プライドが勝って負の感情を他人の前で曝け出すのを良しとしない恋人が自分の知らない所で心を痛めているのではないか。そんな想像が轟の胃を重くする。

 国内と海外、仕事の場が異なる以上会えない時間の方が長い。だが、愛想をつかされていないかとか、浮気されているんじゃないかと疑念を抱いてギスギスしたりだとか、そういった世の恋人が一度は通るだろう道を、二人は今まで経験しないままだった。抱いたとしても、それを相手にぶつけようとはしなかった。会えない時間が多いからこそ、会える時間が一分一秒でも惜しい。轟も千晶もそう考えるタイプだった。つい欲望のままに抱き潰してしまうことも多いが、家庭環境がお世辞にも良いとは言えなかった二人にとって、くだらない話をしたり、料理をしたり、そういった何気ない日常の中に相手が穏やかに暮らしていることそのものが幸せなのだ。

 

 

(次会った時に渡そうって決めてたのにな)

 

 

 あまりのタイミングの悪さ、時勢の悪さに、出るため息も深い。轟はマスコミのせいで自宅の机の抽斗に仕舞いっぱなしの小箱を思った。

 青いベルベット地の外箱に収めた、ハードプラチナの指輪。六つの爪がダイヤモンドを指先に留まった雪の結晶のように見せるデザインに、店員が並べた婚約指輪のサンプルの中で雷に打たれたように「これだ」と即決した。デザインの方向性は今まで何度もアクセサリーを贈ってきた中で把握している。指輪は流石に初めてだったが、情事の後の疲れて一番無防備な時にこっそり指のサイズを測ったので問題ない。

 ……だが、こんなことになるなら、最後に共に過ごしたクリスマス直前の夜に渡しておけば、とも思ってしまう。シンプルなデザインだからこそ色々とダイヤモンドの質をこだわって、裏面へのイニシャル刻印もつけたオーダーだったため、あの夜にはまだ届いていなかったのだ。

 

 明らかに誤報と分かるニュースとはいえ、浮気騒動の矢先にプロポーズというのもどうなのか。パパラッチされた姉との買い物では、プロポーズの仕方に既婚者としてのアドバイスをもらっていた。その時の会話の内容までは聞かれていなかったのか、記事にされていなかったのは不幸中の幸いだろうか。元クラスメイトで既にゴールインしている面々に恥を忍んで話を訊いたり、千晶の親友である麗日や蛙吹といった面々との相談の時にパパラッチされていたら、心操に本気で締め上げられていただろう。

 とりあえずきちんと話し合って、世間が落ち着いてからでなければ婚約話もしづらい。なにしろ、プロポーズとなると二人にとって、結婚以上の大きな意味をもつのだから。

 

 

 高校卒業から十年。戸籍上と肉体年齢では28歳だが、千晶の精神年齢は38歳。アラフォーだ。いくら肉体が若かろうと精神的に10歳も年上なのだ、ただでさえナイーブな結婚やその先に待つ子どもの問題を考えれば、これ以上先延ばしにはできない。

 自分以上に愛を知らず、人との確固とした結びつきを信じることができない、何もかも与えられず、自分から「ほしい(give me)」と乞うこともできずに「私にはなにもない」と自嘲の笑みを浮かべるばかりだった彼女と恋人になるのにも、それはもう大変だったのだ。

 失踪事件でヒーローになったのが遅かった千晶の活躍が安定し、尚且つ自分がトップヒーローになり、この世界に彼女を繋ぎ止めるに相応しい、力と立場と甲斐性を得るまでプロポーズしないと自分で誓いを立てていたために少し遅くなったが、星合千晶という一人の女性の過去も現在も未来も、幸せも不安も丸ごと迎え入れる準備がやっと、ようやく整ったのだ。指輪のオーダーを終えた時、長かった、と小さく感慨深く息を吐くぐらいには。

 指輪を渡す時、初めて高校生の時に千晶にバレッタを贈った時のように、小さく歓声を上げてうっとりと微笑んでくれるだろうか、それともほろほろとうれし涙を流すのか。ほっそりした指に指輪を嵌めてプロポーズした後のことを、悩んだり想像したりしながら帰国を待つはずが、これほど悶々とする羽目になろうとは思いもしなかった。浮かれた気分に水を差された気分だった。

 

 

「会いてぇな……」

 

 あと数日なんてとても待てそうにない。ため息交じりに呟くと、隣で周囲を警戒していた緑谷が苦笑した。

 ──その時。

 

「うわあああああ!! たっ、助けてくれえええ!!」

「! 行こう轟くん」

「おう」

 

 数ブロック先から聞こえた悲鳴に、一瞬で頭の中が切り替わる。顔を引き締め、二人して勢いよく駆け出す。角を曲がって現場に目を向けた瞬間、聞き慣れた声が響いた。

 

 

「────水晶宮式血濤道」

 

 

 天を衝くような数メートルに及ぶ巨体の男が、無造作に市民に手を掛けようとしているその場面。その丁度後ろに、ひらりとベランダの手すりから舞い降りる人影。その手慣れたパルクールの動きには見覚えがあった。不敵な笑みを浮かべた人物の赤く塗られたくちびるが動き、凛とした声が不思議とよく通った。

 

「“天網恢恢(てんもうかいかい)”」

 

 瞬間、ヴィランの男の巨体が一切の動きを止めた。石化の魔眼(キュベレイ)に掛かったような不自然な停止の仕方に一瞬周囲の一般人たちは一様に疑問符を浮かべたが、すぐにその場からわっと逃げ去っていく。その場に残ったのは動きを止められた男と、動きを止めたであろう人物────星合千晶が、片手をポケットに突っ込んだ立ち姿で警察に携帯で通報していた。

 

「ち……ネレイド!」

「や、ひさしぶり」

 

 思わず本名で呼びそうになるのをぐっとこらえ、ヒーローネームで呼べば、こちらに気付いた彼女は目を丸くして、すぐににかりとわらった。通報を終えてひらひらと手を振る様子はいつも通りに見える。にんまりと弓なりにしなる真紅の瞳は悪戯っ子のようでいて、チェシャ猫のような食えなさも同居していた。透明で沼底のように濁っている、老獪な赤色。

 

「おま……帰国は3日後じゃ……」

「そのつもりだったんだけど、思いのほか仕事が早く終わったから帰ってきちゃったよ。何か大変なことになってるみたいだし」

 

 改めて見れば、千晶は鞄ひとつ持たない手ぶらだった。彼女の長い脚と変わらないくらい大きいスーツケースは見当たらない。きっといつも通り空港から自宅への宅配を頼んだのだろう。仕立てのいいイタリアスーツによれもほつれも汚れもなく、女性的な曲線を引き立てながら、すとんと縦に落ちるデザインが長い脚を強調していた。膝丈のチェスターフィールドコートは目の醒めるアイスブルーで、光源の色によってはごく明るいライトグレーにも見える。

 外であることと、俺がヒーロー活動中なのもあいまって、千晶の態度はあくまでヒーローとしてのものだ。線引きがしっかりしているのは今に始まったことじゃない。トップヒーローになるまで、スキャンダルの類いは好ましくない。そんな気遣いがあって、滅多にないヒーローの彼女と共同戦線を張れても、恋人関係を匂わす態度の一切を削ぎ落として彼女は振る舞っていた。それがどこか寂しいと感じるあたり、重症だと思う。どう声を掛けていいものか迷った末に、思わず、手のひらで口元を覆った。

 

「……その。解ってるとは思うんだが、あの記事は誤報だ」

「そりゃそうでしょ、君のお姉さんだもん。見間違えようがない」

 

 一瞬虚を突かれたような顔をして、ふ、と千晶が笑った。どうしたものかと対処に困って思案するような苦笑だった。通話を終えた後からずっと両手をポケットに突っ込んだままのラフな立ち姿が、きりりとした美貌を引き立てるコートとスーツの潔癖なほどの威厳とちぐはぐで、どこか一種の気安さと近寄りがたさを同居させていた。

 

 数秒、二人の間に居心地の悪い沈黙が落ちた。

 

 うなじをかりかりと掻く切り揃えられた指先は艶やかに紅い。

 

「まいったな、本当は、きちんとした本物を渡すつもりだったんだけど」

 

 おもむろに首元を引っかいていた手を胸の前に掲げた彼女の中指から、シーツがこすれ合うような音を立てて細い血の紐が射出され、宙を揺蕩った。それを綾取りのように指に引っかけ、手繰り寄せて、するすると複雑な形を編み上げる。茫然と見守る俺と緑谷の前で、千晶の指が血を織り上げるのを止めた瞬間、パキン、と水が凍ってひび割れる音ともに、冷やされた空気が急激な温度変化で白い蒸気を生み出した。温かくは無いから、むしろドライアイスのような霧が千晶の手許を隠す。

 

 

「まさかこんなところで会うと思ってなかったから……急ごしらえで申し訳ないのだけど」

 

 撒いていたストールを首から引き抜き、浅葱から白に溶けるような色合いの薄絹を冷気の靄に隠れたそれに巻き付けた。太陽に掛かっていた雲がさっと晴れて、差し込んだ光が靄を透かして、その中身をようやく見ることが出来た。

 

「氷の……」

「薔薇……?」

 

 千晶が俺に差し出していたのは、溜息が出そうなほど精緻な、透明度の高い氷を削り出して作った氷の薔薇の花束だった。ストールを包装紙とリボンに見立てた花束の中には、青と白の、密度の違う氷で編まれた繊細な薔薇。

 

 

「焦凍」

 

 

 しんと静かな涼音が俺の名を呼んだ。茫然と促されるまま受け取った花束を受け取り、薔薇を眺めていた俺はゆっくりと顔を上げて、こちらを見つめてくる真剣な瞳に目を奪われた。ぞっとするほどうつくしい花貌には、幾度も打ち磨かれて研ぎ澄まされた刃物めいた覚悟があった。

 

Eres mi alma gemela(私のいとしい片割れよ).何も持たない私に、私自身の幸せを教えてくれたひとよ。どうしようもない死にたがりに生きたいと思わせてくれたひと」

 

 重なった偶然の果てに、貴方に出会えたことを、私は心の底から感謝している。

 

 真剣さの中に熱を帯びていく瑪瑙(アガット)の瞳。長い睫毛がはためいて、そろりと伏せられた。

 視線の先を辿る前に、ほっそりとした指先に片手を取られ、左手の薬指のあたりにやわらかな口づけが落とされる。海外の血を彷彿とさせる、気障で、けれどあまりに似合う行為に、周囲がざわりと色めく。甘くとろめいたアルコールのような声に吹き込まれた熱に煽られたように、頬のあたりがかっと熱を持つのを感じた。ストール越しに感じる氷の冷たさに、反対の手から電流のような痺れが全身に伝播する。

 中世の騎士が誓いを立てるような行為から顔を上げた彼女の襟ぐりから覗いた、見覚えのあるチェーンネックレスが影の中できらりと蒼く光った。

 

 

Te amo con toda mi alma(私の全てで貴方を愛してる).……君のこれからの輝かしい人生ぜんぶを、どうか私と共に歩んでほしい」

 

 

 私にあなたの人生を頂戴。

 

 

 

 ────それは、星合千晶、クリスティアナ・I・スターフェイズという人間が心の底から望んで「欲しい」と、初めて口にした瞬間だった。痛いほど切実な想いのこもった、祈りにも似た願いだった。

 

 

 

 

 

「悪い」

 

 だから、ぽろりと零れた音は完全に無意識だった。嬉しさと悔しさと感動と後色んな感情がごちゃ混ぜになった内心の大嵐ぶりに比べて、その呟きは静かだった。ひく、と繋がった手が怯えたように揺れる。

 えっ、と文字に書き起こしたら濁点がついていそうな蛙の潰れたような声でギョッとする緑谷を視界の端に捉えながら、捕らえられたままの手を逆に今度は轟が丁重に持ち上げた。

 

「此処に嵌めたいモン、俺も持ってきてねえ」

 

 するりと撫ぜたのは左の薬指の根元。本当なら急造で自分も氷で指輪を作って嵌めたいところだったが、千晶ほど繊細な個性での作業に向いていないことを自覚していたので、相手を傷つけかねない無謀には挑まなかった。

 

「……だから、あとで二人きりの時にあらためて仕切り直させてくれ」

 

 考えるタイミングが同じと分かって、少し笑ってしまった。まさか先に逆プロポーズされるとは思いもよらなかった。男として少し、いやかなり悔しいが、それ以上に嬉しかったのだ。

 確かに、今。星合千晶が、自分を丸ごと欲しいと乞うてくれた。それは、彼女自らこの世界に居たいと言ってくれたも同然で。今自分と恋仲でいてくれるのは帰れないからで、元の世界に帰れる手段が見つかったら、握ったこの手が離れていくんじゃないか──内心で押し殺していた不安を吹き飛ばすような威力が、その一言に詰め込まれていた。同じ気持ちでいてくれたことに、これ以上ない喜びを感じる。

 

 どう言おうか、なんて何度もシュミレーションしては頭を悩ませていたのに、実際に言うとなったら、言葉はするりとつっかえることなく零れ落ちた。

 

 

「……結婚しよう、千晶」

 

 きょと、と目を丸くした彼女は、くしゃりと表情を崩した。

 

「は、ふは。やっぱり締まらないなあ、天然さんめ」

 

 

 瞬きで零れ落ちた一粒の涙が、彼女が他人の目も憚らず飛びついてきたことで砕け散る。至近距離にぼやける視界の中で、腕の中に納まった体温を逃がさないように強く抱きしめた。

 

 

 浮いて彷徨っていた最後の欠けひとつ。最後のピースをパズルに填め込むように、かちりと何かが噛みあう音がしたような気がした。

 



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炉には白いアザレアをくべてくれ

 ヒーロービルボードチャート三位、半冷半燃ヒーロー・ショートと、海外で密かに、けれど根強いファンを世界各地に持つ国際派ヒーロー・ネレイドの婚約報道は全国と揺るがすにとどまらず、耳ざとい海外メディアもこぞって取り上げた。

 ラテンの血全開で成された逆プロポーズの詳細は()()()()()()()()雑誌記者により全文がそのままそっくり書き起こされ、1月11日、ショートの誕生日に合わせて開かれた婚約発表の為の記者会見までの数日のニュースやメディアを賑わせた。

 

 逆プロポーズが行われたその夕方にお茶の間を騒がせてから、たった数日しか経っていないにも関わらず、ショートが所属する事務所主導の記者会見は、こうなることを予見していたかのように万全の態勢で行われた。まさかの両名の隣にデデドン、と効果音が着きそうなほどの威圧感(物理)で構えたのは往年の大英雄、オールマイト(最初の数分だけ頑張ってマッスルフォームで記者陣を出迎えた)とエンデヴァー。2世ヒーローでも知られるショートはともかく、何故ネレイド側にオールマイトが? と困惑する記者陣に、「私のかわいい娘だからね!!」とカミングアウト。まさかの元未成年後見人で、ネレイドが成人した今は正式に養女として戸籍登録されているという新たな事実(スクープ)に、ライターとカメラマンの腕が火を噴いた。

 

 ビッグヒーロー同士の婚約を祝ったのは、同じく前線で活躍するヒーローから大ベテランまで目白押しだった。二人の親友の緑谷と麗日は自分のことのように感激のあまりカメラの前で大号泣し、それをなぐさめながら八百万と飯田が披露宴の友人代表は任せてくれ! と張り切った。その他のクラスメイトたちからも祝いのメッセージが事務所あてに届いていると報告するショートのささやかな笑顔を使ったオンライン記事の閲覧数はあわやサーバーダウンする寸前まで伸びた。その記事の伸びに隠れて、ネレイドのバディとして有名だった心操の「……星合、おめでとう。どうか幸せになってくれ。轟、頼んだぞ」と不器用な笑みをこぼしたインタビュー記事は、密かに存在していた心操×星合派だったファンを大号泣させた。

 

 

 挙式や披露宴の日程を問うインタビュアーに対し、どちらも詳細な日程は未定だと答えた。

 

『まだ宿命の敵連合との戦いは終わってませんから。あの時代のクラスメイトたちが集結するイベントなんて、連中には格好のネタでしょう。晴れの日まで連中とやり合う気はないので』

『……ただ、この話をすると白無垢かウエディングドレスかでオールマイトとエンデヴァーの譲れない戦いが勃発するのが難点ですね』

『轟家の嫁入りは代々和式だ、それだけ和装が似合うなら、白無垢も問題なく映えるだろう』

『だからエンデヴァー、一世一代の大イベントなんだよ? 二人の好きなようにしたらいいじゃないって言ってるよね? 強制良くないよ?』

 

 そこから発展する口論に、冷や汗を流したインタビュアーが……どうやって収めてるんですか? と問うた瞬間、にっこり、といい笑顔で「お義父さん方」と有無を言わせない声音でぴしゃりと諌めた。途端に口を閉じる二人、という会話の流れもまた笑いを誘った。

 

 

 

 

 

 その三か月後、桜の咲き乱れる季節に、都内の有名な神社で二人は神前式で挙式し、三々九度の盃を呑み交わした。一般に公開はされなかったものの、五つ紋付羽織袴の轟に寄り添う、白無垢に綿帽子姿の千晶は、桜の中で大層美麗だったと、長らく千晶の姉がわりだと自負していたミッドナイトは語った。その後旧友たちや知人だけの披露宴は大賑わいだったとも。

 

 

 

 そして時は流れ、七月。

 スペインはバルセロナ。数百年経っても未だ未完の大聖堂で、ひとり千晶は佇んでいた。

 

 結い上げた黒髪は引きずりそうなほどに長い繊細なレースのヴェールで覆われ、膝から優雅に床へと広がるマーメイドラインの無垢のドレスに、聖堂を彩るステンドグラスの鮮やかな色が落ちている。トランペットとも称されるシルエットラインが紅やエメラルドグリーン、バルセロナブルーに染まって床の上を泳ぐさまは、金魚が尾ひれをひらめかせるさまに似ている。首元のレースチョーカーから鎖骨、胸元にかけて透かしの入った華を象ったレース地は、千晶の身体に残った傷を曖昧に覆い隠し、首や胸元を彩る刺青を上品に透かせた。レースに縫いこまれたビーズが細かい光を乱反射させている。ウエディングドレスの宿命である背中が大きく開いているのは致し方ない。背中の酷い火傷跡や刃物傷、銃創はコンシーラーやスキンを張ることで、間近で無遠慮に眺めなければ気付かないほど偽装されている。

 

 かつてネレイドの最初のコスチュームをデザインした、中学時代の旧友が千晶の為だけにデザインし作り上げたドレスを身に纏い、人気のない大聖堂でひとり、千晶は祭壇前で天へと延びる塔の天井を仰いでいた。

 不意にステンドグラスの高窓(クリアストーリ)から差し込む光が翳り、その彩度を落とす中、千晶以外に人気のない聖堂内に、少年のような、それでいて老獪さをはらんだアルトが響いた。

 

 

「……そうか。お前は、その答えを選んだんだな」

 

 数秒の沈黙の後に、周囲をあちこち見まわすでもなく、泰然と頭上を眺めていた千晶は、そのままうっすらと笑んで見せた。

 

「ええ。……呆れた?」

 

 それに、姿の見えない男の声はいいや、と合いの手を打った。

 不安定な音程が、高く広がる聖堂の天井を跳ね返り、パビリオンの中をさざなみのように広がって消えていく。口笛の内容は聞き覚えのあるものだった。モーツァルト作、不朽の名作オペラ『魔笛』。それに、千晶は声の正体への確信を強めた。

 

 

「いいや。めでたいってだけさ。これでお前は"俺"から永遠に解放されるってわけだ」

「どうかな。私は確かに救われたけど、私の中の絶望が完全に消えるわけじゃないもの。全部ひっくるめて今の私があるんだから。救われて消えるほどヒトの絶望が儚いものなら、とっくに貴方は“死んでる”でしょう。だから、私の中の貴方は死なない」

 

 きっぱりとした英語の言葉の端が消えないうちに、静かな聖堂を突き破る勢いの哄笑がとどろいた。

 

「ふ、ははははは!! こいつは一本取られた!! そうだ、おまえという人間は最初からそうだった! 全くお前の言う通りさ兄妹、希望が人間の足を動かすように、絶望と未練は人間を生かす。だからこそ俺は二度目の大崩落を望んだし、おまえはこうして誰とも連れ添わないはずだった己を変えたんだ」

「……そうね。私の、もうひとつの半身さん」

 

 中央の身廊と両脇の側廊を隔てる列柱は、天井近くで複雑な彫刻の織り込まれたアーチを描いている。その一角に不自然な影が落ちた。人影とも呼べない大きさのそれはするすると窓や壁を這って、ついには祭壇の向こう、鐘楼の窓下に設置されたキリストの磔刑を表した彫像の肩元に現れた。

 

「お前はついに、他でもないおまえ自身の為に祈るんだ。有象無象の為に自分自身を切り売りしてきた、奇跡の嬰児(みどりご)、運命に搾取され、翻弄され続けた泡沫(うたかた)の聖女さんよ。もう自殺の為の銀のナイフはいらないな?」

 

 からかうような軽く謳う口調に、千晶は影をぎろりと睨みつけた。

 

「そんな大層な名前を付けないで。私は私でしかありえない。愛するひとのために消えたりなんかしない。私はただの、星合……いいえ、轟千晶なのだから」

 

 姿の見えないそれが、影の中でわらったように、千晶には思えた。

 

「じゃあな、兄妹(クリス)。いいや、轟千晶。再び“俺”を受け入れるような未来を掴むなよ────」

 

 フッ、と一瞬だけ、聖堂内の蝋燭に灯る炎、照明の一切が掻き消える。一陣の風に煽られたかのような現象を残して、概念的な観測者たる悪魔(かれ)はここを去ったようだった。

 

「──―ええ、絶望王(Fallen)。人界で漂白し続けるあなたに、いつか穏やかな眠りが訪れますように」

 

 

 

 

 サグラダ・ファミリアは正式名称を日本語に訳すると、聖家族贖罪教会という名のカトリック教会だ。生まれ育った世界と同じ名前、似た街並みの故郷で随一の人気を誇るモニュメント、聖家族が眠る墓を擁するこの巨大な建造物は千晶(クリスティアナ)にとっての原点であり、ひとつの心の拠り所だった。

 サグラダ・ファミリアの建造物はそのものが巨大な一つの楽器だ。捧げられる合唱、演奏はパビリオンを通じてバルセロナ上空から全域へと音を届ける。天に近いここならば、声を届けたい世界の向こう側へ、声は届くのではないか。かつて大崩落で異界と現世が交わったように。

 そんな思いで、未だ慣れない我儘をダメもとで言ってみたのだ。ハネムーンではサグラダ・ファミリアに寄って、祈りを捧げに行きたいと。断られることも考えての我儘だったが、恋人は二つ返事でうきうきと(いやあれお前以外には仏頂面にしかみえないからなという峰田のツッコミが入った)スペインを経由する旅行計画を立て、しかもドレスを作ってくれた旧友と結託して、こうして一人祈りと報告を捧げる機会を作ってくれたのだ。

 するりと膝を折って(かしづ)き、両手を組み合わせる。

 

 

 ──―ハロー、ハロー。スティーブン。クラウス。聞こえていますか、届いていますか。

 

 

 こつり、と石造りの床を靴音が叩く。近づいてくる足音が隣で止まったのに、瞼を開けば、すっくと立つ夫がいた。こちらの視線に気づいた彼がふわりと微笑み、立ち上がる私のドレスの裾を踏まないようにしながら、むき出しの肩と、腰元に手を添えた。

 

 

 

「────私は、このひとと、この世界で生きていくね」

 

 

 

 

 七月七日。奇しくも星降る夜、私が教会の前に捨て置かれた夜(たんじょうび)と同じ日のことだった。

 

 

 

 




あとがき

 書いてる途中で「人魚姫は英雄の夢を見るか 完」のテロップが頭の中に何度浮かんだことか……(遠い目)。
 というわけでリクエストボックスより「轟千の結婚話」でした。ほんとはこのリクエストの中に「オルマイとエンデヴァ―の娘息子自慢話を交えて」って入ってたんですがちょっとメインの方で力尽きたので、いずれオフ本なりにした時かまた短編まとめた時に持ち越します……。すまない……。

 多分大体わかると思いますが一番最初の秘書嬢のデレシーン(R18に足を突っ込まない程度の精一杯の情事を匂わすシーン)が書いてた時のテンションとして最初からクライマックスでした。あと最後。ハーレクイン的なR18頑張って書こうか迷ったけど需要不明だし、なにより多分過去の経験上私が羞恥心でパーンしそうだったのでやめました。

 今まで轟千がくっつく系のネタはたっっっっっくさん頂いていたにもかかわらず中々食指が動かない状態だったんですが、今回の恋人すっとばして結婚ネタまでいったら薔薇ばさーっと轟に突き付けて逆プロポーズする嬢のシーンが浮かんだのが今回筆を執ることになった切っ掛けです。そうじゃなかったら年末はずっと純黒書いてた。
 その後青っぽい薄暗さの中の大聖堂でマーメイドラインドレス着た千晶がひとり見返り美人でこっち振り返っているシーンとか色々浮かんだ結果、この有様です。

 普通にハッピーエンドにするつもりが、どうしても「星合千晶が幸せになる為には」をテーマにすると前から考えてた問題が立ちはだかって、しかも彼女の性格上、無責任に放り投げることもできないで抱え込んで苦悩するので清算するまで面倒くさいことになると思ってましたが書き起こしたらやっぱり色々面倒事抱えてました。某過労死王が冥界の女神の分析で「勤勉で努力家、他者への気配りと責任感のかたまり。プライドは高く冷徹だが、何故か自己評価が低い」と言ってたのを見た瞬間「どこの秘密結社の秘書嬢ですか王よ!!」と叫んだのは蛇足です。


 多分どんなルートを通ろうが、誰とくっつこうがくっつかまいが、似たような展開になると思われます。本編最終回あたりのネタバレに触るのでBBB世界に帰るのを諦めた理由やら失踪事件の詳細は省いていますが、最終的に嬢からプロポーズしようと考えるに至った経緯はちょっと力尽きて書けてません……。あと本編で関係を明かしてないせいでネタは思いついたのに登場させられなかった合宿編以降のキャラが書けなかったのが心残りなのでいつかどこかで書き足してると思われる。


 ちなみに今回溜めに溜めていたリクボをまとめて消化。
「轟千の結婚話」「千晶の卒業とその後」「無意識に嫉妬する轟と嫉妬されてる事に気づいて少し意識してしまう千晶」「とどちあのマイルドすけべ(すけべしてないとか言ってはいけない)」ちょっと変化球しましたが「一時的に声が出なくなってしまった千晶と心配するA組+心操」(多分これはこれで書けそう)。

 あとはこれまでに頂いた秘書嬢シリーズ三次創作から色々エッセンスを逆輸入しています~。某方が書いてくれた轟千(夫婦)とか心千の在り方が最高だったんじゃ……。
(とか言ってたらフォロワーさんが三次でクラウスの指輪に嫉妬する轟視点を書いて下さって、あまりの愛の重さの理想っぷりにしにました。悔いはない……すごい……)



「窒息してでも生きたい」「炉には白いアザレアをくべてくれ」はライブラ秘書嬢シリーズや彼女の死生観をイメージして作ったお題「未練しか遺せない人工奇跡」より。12題あるんですがこれを「土曜日の君に似合いの花束を」を作ったフォロワーさんが神解釈してくださったのがほんとうに宝物です・・・。以下お題を作った時の自己解釈。

 ・窒息してでも生きたい:心臓
 生きたい/逝きたい/往きたい
 人は矛盾を抱える生き物だけれど、明らかに度の過ぎる矛盾を抱えてもなお「まとも」に見える千晶・クリスの怪物性。あるいは彼女を人魚たらしめるなにか。死にたいのに生きたい。

・炉には白いアザレアをくべてくれ:魂
 炉:心臓(いのちをもやす)、火葬場
 白いアザレア「貴方に愛されて幸せ、充足」
 命が死ぬとき、あるいは彼らや彼女にとっての「星合千晶」もしくは「クリスティアナ」が死ぬとき。くべたらあとは忘れてくれ。
 ちなみにアザレアの西洋花言葉は「節制・禁酒・脆さ、私の為に身体を大切に」 

あと口説き文句のスペイン語は

Te amo con toda mi alma:私の魂全てであなたを愛している
Eres mi alma gemela :あなたは私のもうひとつの魂だ
を文に沿うように解釈してます。

またクラウス・スティーブンが一緒に贈った指輪に使われている石言葉

エメラルド:幸福、安定、希望、愛の成就
アクアマリン:幸福に満ちる、聡明、勇気、健康 (別名夜の女王、人魚石)
アメジスト:高貴、知性、誠実、心の平和
ダイヤモンド:純潔、清浄無垢、永遠の絆 
(この指輪に使われているのは遺骨から作られたメモリー・ダイヤモンド。「ダイヤモンドは青い化け物」参照)


おまけ
(耳郎・蛙吹・八百万で女子会)

「しっかし、薔薇を贈るなんてね。さすがA組のスパダリ」
「でも、どうして薔薇だったの?」
「うーん、昔お世話になった家の庭が見事でねえ。自然と植物にも詳しくなったんだけど、その流れでバラを贈る時の本数で意味が変わるっていうのを知ってたから、それを思いだしたら、焦凍に贈りたくなっちゃって」
「ああ、そういうのあるらしいね」
「一本なら『私には貴方だけ』、二本なら『この世界には二人だけ』三本なら『愛しています』だったかと。それで少し飛んで11本が『最愛、宝物』……」
「で、12本が『私の伴侶になって下さい』と。それ以上の本数だとインパクトはあるけど、処理に困るからねえ。まあ予定が狂ったおかげで、本当は焦凍らしい色の赤と白の薔薇でやるつもりが、結果的に青と白の氷の薔薇になっちゃったわけだけど」

「でも、氷の薔薇の花束なんてロマンティックね。お伽噺の世界のようよ」
「咄嗟に色違いの氷でバラが作れるあたりが流石って感じだしね」
「あはは、そう言ってもらえると気障ったらしいことした甲斐があるよ。12本のバラにはちょっと特別な意味もあったしね」
「特別な意味、ですの?」
「うん。12本のバラは別名ダズンローズ。昔のヨーロッパで男性がプロポーズの為に薔薇を摘んで贈る習慣のことなんだけど、一本一本に意味を込めて摘むんだ。その意味っていうのが、愛情・情熱・感謝・希望・幸福、永遠・尊敬・努力・栄光・誠実、そして信頼・真実。それら全てを貴方に誓いますっていうのが、ダズンローズの素敵なところなん……え、どうしたの?」
「……轟が千晶泣かしたらあたし心操と一緒にぶん殴りに行くわ」
「え?」
「幸せになって下さいね、千晶さん……!!応援しておりますわ……!!」
「う、うん、ありがとう……?」
「ケロケロ(これは轟ちゃんに教えておかないとね)」





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Extra01:銀の弾丸(×名探偵コナン)
タブラ・ラサで構わない


血界戦線×名探偵コナン。
秘書嬢によるスコッチさん救済話。救済に地雷がある方は注意を。


 FBIで、ひとつ有名な話がある。鏡に映らない者には用心せよ。FBIアカデミーに限らず、正式に捜査官として配属された後も、口を酸っぱくして捜査官の間で語り継がれるそれは、お伽噺のような、それでいてすぐそばの日常に忍び寄っているようなホラーのような凄みをもっていた。それが途切れることなく語り継がれていたのは、ひとえにFBI捜査官が、その特殊な任務の中でそういった存在と遭遇することがままあるからだ。

 鏡に映らない者には用心せよ。奴らは、生き血を啜る魔怪である。ドラキュラやカーミラといった世界的に有名な古典的ホラーの中のフィクションではなく、実際の民間伝承に語られる不死者・吸血鬼であると。

 どう考えても科学で立証できない、理解の及ばない怪現象が起きた時は、速やかにとある機関に出動要請を申請しなければならない。いくら厳しい基準をクリアし、知識と武力を備えた捜査官であろうと、犬死にしたくなければ絶対に手だししてはならない、手に負えない領域外の相手だと。それがFBI内の暗黙の了解だった。

 その機関とは、ヴァチカンに本部を置く“牙狩り”と呼ばれる、吸血鬼専門の武闘組織。人外の化け物に対抗するために、一般人の括りを大いに外れた戦闘能力をもつ精鋭(ヴァンパイアハンター)を数多く有し、全世界に支部を持つ千年の歴史を持つ秘密特務機関である。

 

 全世界に潜む吸血鬼を見つけ出すため、FBIで語られているような伝承を用いて、牙狩りはあらゆる諜報・警察組織と秘密協定を結んでいる。吸血鬼と思しき目撃情報と引き換えに、不死者の撃退・殲滅を行い、時には人界を護るために必要と判断されれば、裏稼業でもある牙狩り独自の情報網から得られたテロ組織などの情報共有も行う、Win-Winの関係を結んでいた。とはいえ、アメリカに忠誠を誓う公的な司法組織のFBIと、キリスト教系の宗教的側面の強い巨大秘密組織が表立って共闘戦線を張ることはなく、多くがシークレットナンバーによる連絡が殆どだ。

 

 ただし、ごく一部の例外を除いて。

 

 

 

「死なれては困るわ」

 

 誰もいない、気配すら感じなかったその場に、艶やかな女の声が突然響いた。

 

「だ、誰だ!?」

 

 動揺するスコッチと同じく、俺も口にこそ出しはしなかったものの、素早く周囲に目を走らせる。埃が積もって曇りきっているヒビの入った窓辺に、溶け出るように不意に影が落ちた。その陰から滲みだすように、ひとつの人影が像を結ぶ。

 見覚えのある女の顔が浮かび、思わず目を瞠った。

 

「クリスティアナ・I・スターフェイズ……!」

「やあ、相変わらずの悪人面だね。潜入中に人のフルネームを呼ぶのは感心しないけど、昔のよしみで見逃そう」

 

 背中を壁に預けて優雅に佇んでいたのは、ブルーグレイのファッションスーツを着こなしたラテン系の美女。数年前、まだ俺が正式なFBI捜査官としてアメリカにいた頃出会った、優秀なヴァンパイアハンターが其処に居た。彼女もまた吸血鬼を追って世界中を飛び回る人間だが、何故日本に居る? 

 

「ライ……知り合いか?」

「ああ。組織の人間じゃなく、俺の所属先で出会った人間だが……何故君が」

「私が何者か、それを論じる時間は無いと思うけれどね。

 スコッチ、貴方の命を狙う組織の追っ手が5キロ圏内まで迫っている。説明する時間が惜しいので悪いけれど、私が貴方に差し出せるカードを提示しよう。死ぬか、私の手を取って亡命するか。選ぶといい」

 

 前振りゼロで提示された選択肢は両極端で、俺もスコッチも思わず息をのんだ。

 

「「!!」」

「亡命する場合は、時折私の手伝いをしてもらうことになるけれど、その代わり衣食住は保証するとも。なんなら私が持っている人脈、情報屋との伝手、全て自由に使って良い」

「なに……?」

 

 それは、破格の条件と言っていい。手伝いの内容が気になるが、それを差し引いてもお釣りがくるほどに、世界に名だたる欧州の“思考の怪物”の情報網は値千金の価値がある。裏社会は縁故……コネを重視する。あらゆる闇の職業は繋がっていて、人間関係と伝手がモノを言う。牙狩りはその職務の性質上、世界の正義の為に動いてはいるが、裏社会で暗躍する組織だ。我々からすれば組織に直接潜入しなければ得られない裏の職業同士で交わされる情報を、自分の足で出向いて、相手との関係性を一から構築する手間をすっ飛ばして得られるとなれば、誰もが喉から手が出るほど欲しがるに決まっている。望んで許されるなら、その許可を俺にも貰いたいものだ。……彼女に対する前科があるから、到底無理だろうが。

 

「何者かは分からないが……俺にかなり有利なのは、分かる。……NOCとバレて後が無い俺に、何を望む?」

「対価は日本警察との貸し(コネ)の強化と、潜入捜査官としての優秀な働き。狙撃もやってもらいたいけれど、殺害までは強要しない。死なない程度の威嚇射撃で構わない。後は、黒ずくめを徹底的に潰すために、実際に潜入し、コードネームを得られたほどの人間のアドバイスが欲しい、といったところ?」

 

 ルビーのようにとろりと赤い瞳が細められる。神造の美貌に春風のような無邪気な微笑みを携えても、目の笑わないチェシャ猫のような印象を二人に与えた。

 しかし、その対価は情報網の価値と、組織に追われる身であるNOCを匿うという、身中にいつ爆発するか分からない火種を抱え込むのには到底釣り合うとは思えない。殺害までは強要しない、という蒙昧なオーダーも気にかかる。

 

「君が交渉に出向くとは……それに、組織を潰す、と聞こえたが。いつから牙狩りは犯罪組織も粛清対象に入れた?」

 

 そしてなにより、世界中のあらゆる情報を集めはしても、直接吸血鬼に関わっていなければ、どんなに悪名高い犯罪組織であろうとその超人的な力を行使することの無かった牙狩りが、本格的に組織壊滅に動いているという事実に、嫌な予感がした。まさか、組織幹部か……あるいはボスに、吸血鬼がいるのか? 

 震えそうになる声を押し殺しての俺の問いに、クリスティアナはきょとんと眼を瞬かせた。凄みを添えていた花貌が一気に、年相応の若い女性のそれになる。

 

「あれ、聞いてない? 私、ヘルサレムズ・ロットに本拠を移したんだけれど」

「……聞いていない」

「そう……じゃあこれも知らないか。秘密結社ライブラ」

「! ライブラだと!?」

 

 スコッチが泡を吹く勢いで、それでも声量は押さえて叫ぶ。ライブラ。その名前は知っている。黒の組織でも最近聞くようになった噂だ……つい半年前の紐育大崩落で、突如世界トップクラスの大都市を失い、一転してあらゆる闇がうごめく犯罪都市(ヘルサレムズ・ロット)が爆誕し、アメリカの国際的地位は失墜。異世界の超常的犯罪が世界に流れ込んで、世界が阿鼻叫喚の火の海になると思いきや……戦々恐々としていた世界や俺たちFBIの予想に反し、漏れ出した超常は極めて少ない。

 

 黒の組織もHLの異界武器や魔術、魔導科学を取り入れようと下っ端を何人か送り込んでいるらしいが、何度送り込んでも数日のうちに音信不通、行方は霧の中に埋もれてしまっているという。構成員の死体で情報が洩れていないか確かめようにも、厳しすぎる二重門のセキュリティチェックのせいで、やっとHL入りしても時間が立ちすぎているのとありとあらゆる狂騒にまぎれて、手掛かりひとつ掴めない……そんな有様だと。

 

 そんな中、ヘルサレムズ・ロットであらゆる謀略をくじき、外へ異界の余波が及ばないようにしている秘密組織があるのだと、ジンがふとした時に苛立たしげに零していた。それがライブラ。世界の均衡を護るという使命に相応しい、天秤の名を冠した秘密結社。すでに世界中のあらゆる犯罪集団の耳にも届いている、厄介な目の上のタンコブについての情報はその結社名のみで、ひとたび構成員の情報が出回れば、億の値が付いても可笑しくないとまで言われている。

 

 

 だが、そうか。もし彼女がその結社の構成員ならば、チリひとつ情報が漏れださないのも頷ける。

 

 

「あのライブラに、君が?」

「Yes.まだまだ発足したてで、信用のおける腕利きが少なくてね。基礎は出来たけれど地固めが甘い。HLには日本のヤクザや極道も紛れ込み始めている。私個人での日本警察のコネは弱いから、今から関係強化の為に挨拶に向かう予定なんだよ。誰か有能な人材はいないかと探したら、組織内のもめ事で余波を食らった潜入捜査官が居ると聞いて、こうしてやってきたわけ。

 優秀な捜査官を借り受けるのは気が引けるけれど、再び公安に戻るにしても、ほとぼりを冷まさなきゃ動きづらいだろう。黒の組織についてはぶっちゃけついでだ。今はライブラが動くほどの価値はない。奴らも手探りなのか小手調べのような動きだけど、大本が大きな黒い染みなら、近々HLに大きな花火を携えてくる。闇夜のカラスを潰せば、牙狩りとしても世界中の治安維持組織に多大な恩を売れるしね」

「……なるほど」

 

 彼女らしくない、相手に利の有りすぎる取引だと思ったが……今回は時間制限もあって、彼女の牙狩りという職務をあまり知らない初対面の人間に取引を持ち掛ける関係上、珍しく手の内を見せてくれた。

 そういうことならば、納得がいく。彼女が日本に来ていたのはライブラの足固めのため。情報網と天才的な頭脳を以て、将来的に潰す予定の組織について調べている過程で、スコッチという日本警察所属の捜査官がNOCとバレたことを突き止めたのだろう。

 この場所に来れたのは……それこそ思考の怪物に、俺の選びそうな建物を特定されたとしか思えない。彼女なら、スコッチとよく一緒に行動していたライが、FBIの赤井秀一だと特定するのは朝飯前だろう。そして俺を知っているのだから、そこから行動予測は十分に可能なことを、数年前の共闘で思い知っている。

 とはいえ、彼女の交渉手腕をもってすれば、スコッチを助けなければならないというわけでも無い。それでも彼を助けようとするあたり、冷酷さの中に非情になりきれない人間臭さが垣間見える。

 

「……さて、そろそろ霧で誤魔化すのも限界だ。貴方の選択はどちらだ?」

 

 ゆえに、スコッチがどちらを選ぶかだなんて、分かりきったことだった。

 

 



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陽溜まる幽霊

※スコッチさんの本名バレあります。ご注意を。


 

 重苦しい曇天だったのが、廃ビルを出た時には霧雨に天気が変わっていた。此処がロンドンなら傘をさす必要すら感じないだろうほどの細かな雨の中、足早に進む彼女の背を見つめる。うっすらと霧が立ち込める灰色の街の中、黒塗りの、厳つい顔の男が乗った車がやたらとすぐそばを通り過ぎるが、そのどれもが堂々と歩道を歩く俺には目も留めず、俺たちがさっきまでいた方向に消えていく。

 

「……よくわからんが、凄い能力だな」

 

 ぽつりと呟いた俺に、胡乱げな視線が前からちらりと寄越される。少し歩く速度を落とした彼女と半歩差の距離感で並び歩く。

 俺の死亡偽装工作をするからと残ったライと別れた後、近くに車を停めているとばかり思っていた俺は、少し歩くと言った彼女に仰天した。もう数キロ圏内に迫る追っ手の目を、徒歩でどうやって掻い潜ろうというのか。危なすぎる橋にさすがに苦言を呈そうとした俺に、黙って彼女が小さな四角形の手鏡を向けた。

 

 丁度、俺が鏡の中の平凡な見た目の男(映っているはずの自分)と目を合わせるような角度で。

 

 それは何よりも雄弁な答えで、実際に窓や古びたショーウインドウにも、自分とは似ても似つかない顔の男が不安げな顔をしているのが映るのだから、もう訳がわからん。突如目の前に垂れた蜘蛛の糸に半ばヤケクソで縋ったは良いが、既に前途多難な気配をひしひしと感じる。

 

「……後できちんと説明するよ」

「良いのか? こういう特殊技能はマジックと一緒でタネを隠してなんぼのもんだろ?」

「内容を話したところで、真似できるような代物じゃないから構わない。それに、さっきの反応を見る限り貴方は“牙狩り”に関してはあまり詳しくなさそうだし」

「はは……スマン、教えてくれると助かる」

「それも後で。往来で気軽にしていい話じゃないからね。とりあえず、私を中心とした一定距離範囲内に居る人間、ありとあらゆる光学機器の類から君の姿が別の人間に見えるように歪ませて錯覚させていると思っていてくれればいいかな」

「さらりととんでもないことを言ってないか? ……ありがたいけどな」

 

 あのライが「彼女に任せれば、たとえ組織の追っ手だろうと逃げおおせるのは容易だ」と太鼓判を押した意味がようやく分かった。なんだそのフィクションみたいなチート技。

 黒の組織の図抜けた科学力でも実現できなさそうな、アリバイの存在意義に真っ向から反抗する、完全犯罪を可能にしてしまいそうな……いや、その気になれば成し遂げることも可能な能力に眩暈がする。

 俄かには信じがたいが、組織の人間らしき車が堂々と歩く俺の真横を素通りしているのと、視認出来る限りのモノに映る自分の姿を見ていると、信じるしかないというか、なんというか。さっきの「霧で誤魔化すにも限界がある」という言葉から推察するには、この季節外れの霧によっておおよそ日本とは思えない様相を呈している街も彼女の術中なのかもしれないと思うと、とんでもない人間に目を付けられたとひやりとする。今は(多分)味方でいてくれているからいいが、うん、怒らせないようにしよう。組織の追っ手より手強く、全然逃げ切れる気がしない。

 

「……ちなみに、一定範囲内ってのは?」

「800ヤード」

 

 なるほど、狙撃も不可能、と。

 

 

 

 

 その後、何の妨害もなく街を出て、辿り着いたのはこの日本の中枢・霞が関。日本警察との関係強化に向かうと言っていた彼女の言葉通り、彼女の後を追って着いた先は俺の所属でもある警視庁本部庁舎だった(実質日本警察トップの官房長とは交渉済みらしかった)。

 アポイントは勿論取っていたらしく、冴えない男に扮したままの俺も含めてあっさりと応接室に通され、ほどなくして白馬警視総監が現れた。たっぷりと蓄えた口髭と人の良さそうな顔の白馬警視総監と、かたや20半ばに届くかといった若いクリスティアナの絵面は違和感バリバリだったが、二人の話し合いは終始和やかだった。……内容は全く和やかじゃないが。

 

 

 世界の安寧を護る鍵と言ってもいい秘密結社が交渉役に選んだのがこの年若い女性だということを、俺はその場で身を以て知った。これでも組織の幹部に登り詰めるために、交渉の手管は潜入前にみっちりと仕込まれた。表でも通じるビジネスマン的な交渉術だけにとどまらず、脅し、恐喝などのあくどい方面も。

 だが彼女は若くとも一流の交渉人だった。端的に言えば、契約以上の要求を飲まされたが、それを上回るほどの利益を得る結果になった、といったところか。

 

 警視庁とライブラの基本契約はヘルサレムズ・ロット入りした日本の非合法組織に関する情報提供・共有だ。彼女はその上に「異界産の武器・薬品・生体兵器・動植物など勝手な持ち出しを条約で禁じているモノをヘルサレムズ・ロットの外に持ち出そうとする、あるいは世界崩壊に繋がる悪事の実行・企画・幇助など、世界に多大な影響を及ぼす行動を取った日本国民の捕縛・討伐」を上乗せした。

 それだけでなく、彼女の補佐役もどきとして隣で大人しく座っているだけになっていた俺の幻術を解いて、NOCとバレて現在死に物狂いで逃走中のはずの俺の一時的な引き入れの申し入れも追加だ。あの時の警視総監の驚きっぷりといったらない。

 

 こうやって並び立ててみれば、中々に無茶苦茶な要求だ。だが、俺を組織から匿い、事が終わるまでは一時的に彼女の部下(人質)になる代わりに、俺を通じて世界でも五指に入る情報網を得られるとなれば首を縦に振らざるを得ないだろう。世界のどの警察・国家諜報機関よりも先んじた情報を得られるチャンスがぶら下がっていると聞いて、断る馬鹿は居ない。加えて、俺がNOCだとバレる遠因になったという、日本警察内に潜む内部工作員と、警察庁と警視庁でもめ事を起こして、工作員に俺のことをゲロった奴の名前が載ったリストをトドメに譲渡され、交渉は無事(?)終了した。

 

 

「元々日本警察に渡すアメはあの工作員リストだったんだよ」と彼女は言う。確かに俺が自殺したり組織に殺されたりといった勧誘失敗時でも十分に効力を持つアメだ。結果的にはあの要求を飲ませるトドメになったわけだが、確かに俺という存在を抜いたとしても、交渉を成立させうるだけの価値がある。

 日本警察としては、非合法組織員であったり犯罪者であっても、立場的にも心情的にもライブラに討伐を許可したくはないところだが、野放しにすればどれほどの被害を叩き出すかを懇切丁寧に説かれれば頷かざるを得ない。ここ最近黒の組織も含めて犯罪係数が上昇しつつある日本に、これ以上厄介な火種を持ち込ませるわけにはいかないのだ。

 

 この若さで、確実に相手に要求を呑ませる材料を揃え、巧みな話術で誘導する手腕には恐れ入った。流石は境界都市の調停者だ。恨みを買わず、お互いに実利のあるものにすることで、相手に裏切るという選択肢を最初から失くさせる交渉術。

 彼女の思い通りに事は進んでしまったが、かといって彼女を排せば組織全体に大きな取り返しのつかない損失を被るとなれば、戦う前に戦意を喪失させるようなものだ。強硬に見せかけて、政治家ばりの交渉手腕。

 

 警視庁の後はもうひとつのゼロ、公安警察のひとつである法務省直下の公安調査庁(通称公調)などの機関にも出向き、関係締結が全て終わる頃には、すっかり日が暮れていた。

 東都のとある高級老舗ホテルのハイクラスの一室に到着した瞬間、精神的な緊張が解けてどっと疲労が押し寄せてきた。生きるか死ぬかという状況から、NOCという常に気を張っていなきゃならない状況下から脱せたからかもしれない。それでも長年の習慣で室内に盗聴器や隠しカメラが無いか確認していると、スーツのジャケットを脱いでハンガーに掛けていたクリスが苦笑した。

 

 

「ここは牙狩りの息の掛かったホテルだからね、防犯性は保証するよ」

「そうなのか……というか、牙狩りって組織はそんなに顔が広いのか」

「歴史が長いからね」

 

 そう前置きして、クリスは牙狩りについて語ってくれた。曰く、吸血鬼は空想の怪物ではなく、現代にも潜む現象だと。驚異的な再生能力を持つ不死者であり、その姿は光学機器では捉えられない。人間の生き血を糧とし、血を吸われた人間は屍喰らい(グール)となる。それを狩るための血を持つ人間が集まったのが牙狩りというヴァンパイアハンターの組織で、ライブラはその下部組織に当たるらしい。何で本職から離れたことをわざわざしているのかといえば、それはかの境界都市に空いている異界と繋がる穴の向こうには吸血鬼が住まい、その穴を通じてこちらに侵攻してくる可能性が高いから、ということだった。

 あらゆる物理的な攻撃が効かないというトンデモ存在に対し、牙狩りが持つ攻撃手段について尋ねると、クリスは軽く靴底で床をタップした。瞬間、キィンと音を立てて真っ青な氷柱が部屋のど真ん中に出現する。

 

「な……」

「私たち牙狩りは属性を持つ血液を用いた技──血法を行使する。吸血鬼の細胞にナノレベルで侵食・破壊する血液で攻撃・防御をすることで、本来ダメージを負わない吸血鬼にやっとまともな手傷を負わせられる。私はちょっと例外で、水や氷、風といった複数属性が操作できるけれど……基本的には人間が持つ血液は一属性と決まっている」

 

 彼女が不意に左手を握りこむ仕草をした。途端、中指に嵌めた銀色の指輪から真っ赤な液体がブワッと空気中に広がる。何事かと目を瞠る俺の目の前で、赤い液体は彼女のブルーのシャツもスラックスも汚すことなく、そのとろりと赤い帯を細い手のような形に変え、少し離れたところにあるグラス二つと、備え付けの冷蔵庫からペリエの入った小さな瓶を抱えて戻ってきた。手慣れた手つきで瓶の王冠を外して、グラスに注いでくれた水を貰い、半ば茫然としながら口にする。毒の気配など無く、ただの炭酸水だった。

 

「昼間の霧や幻術も、その血法? ってやつなのか」

Exthactry(その通り)

 

 ふわふわの絨毯の上に突如生えた、水色を塗ったかのような真っ青な氷柱はあまりにミスマッチだが、幻の類ではなく、それははっきりと冷気を漂わせている。改めて今の状況に冷や汗が出てくる。俺は、武器や自分の拳を使わずとも人を簡単に殺められる力を持つ組織の虎口に飛び込んじまったのだと。

 だが──今も組織に潜入している優秀な幼馴染の事を思えば、泣き言なんていっていられない。あいつはきっと、ライや噂づてに俺が死んだと聞くだろう。ボロを出すような下手は打たないだろうが、ひどく心を痛めそうで心配だ。折角命拾いした命だ、早く情報を集めて組織を一網打尽にしなければ。

 

「ま、貴方の新しい身分証が届くまでの数日は日本で地盤作りをするけれど……HLに渡ってすぐには仕事は回さない。しばらくはあっちの雰囲気に慣れてもらうので、よろしく」

「えっ」

 

 思わず驚きの声を上げた俺に、貴方を侮っているわけじゃないけれど、と呟いたクリスは長く長く、細い溜め息をついた。ジャケットを脱いでラフな格好になったスタイルの良い美女の、愁いの籠った溜息を吐くさまは非常に絵になる。

 

「あの街はテレビが報道している内容よりずっと危険だ。慣れていないとちょっとした無知やうっかりなんていうスナック感覚で簡単に死ぬ。危険度で言えば、黒の組織のやっていることなんて児戯に見えるレベルの、簡単に世界が滅びかねない存在や陰謀が渦巻いている場所だ。

 強すぎる正義感は身を滅ぼす、気の緩みは取り返しのつかない厄ネタを引き寄せるだろう。何かと人間界からかけ離れた場所だ、HLに関する基礎知識・常識の類を頭と体に叩き込んで慣らしてからじゃなきゃ、長くは持たないよ。優秀な人材をみすみす死なせるつもりはないし、貴方だって拾った命を捨てたくはないはずだ」

「そうか……分かった、よろしく頼む」

 

「慣らす、といってもそんなに構えることはないけどね。ウチの構成員と組んで、観光案内も兼ねたレクチャーをうけつつ、普通の人間として生活してもらうだけ。それが済んで、貴方が本当に世界の為に動ける人間と信用出来たら──ライブラの生命線、数億ゼーロの価値を持つ情報網の一部を解禁しよう」

「一部?」

「貴方が望む情報を吸い上げられる部分だけで充分でしょう? ライブラの情報網はあまりに広い。あまりに広すぎて──その全貌を把握するのが難しいほどに。リーダーだけ、副官だけ、私だけが知っている、それぞれが独自に保有する情報ルートも存在する。必要以上に手を出せば、やたら時間を浪費するだけでなく──組織が壊滅した後、貴方を公安に返せなくなってしまう」

「知りすぎて、というやつか……」

「そう。私の情報網の一端に触れるだけでも、貴方の脳にも億の価値が付く。ライブラに入る事、その情報網を扱うことは、多大なリスクが付き纏うことになるのと同義だから」

 

 煌びやかすぎない照明の光を反射させて、血の色にも見える蘇芳の瞳が鋭く細められた。とはいってもそれは一瞬で、すぐさま溜息と共に閉じられた。

 

「現地に飛んでもいないのに脅すのはほどほどにしようか。緩みすぎも構えすぎも良くないし」

「ああ……」

「これから驚きすぎで身が持たないくらいの世界に飛び込むなら、せめて今ぐらいは、ちょっとした休暇だと思ってゆっくりしてほしい。あの組織でコードネーム持ちとなれば、相当な負荷が掛かっていただろうし」

 

 そうやって微笑む彼女は、裏社会に属する人間とは思えないほど、とても穏やかな顔をしていた。声音から、心から自分を労わってくれているのだと分かる。四六始終気を張らなければならなかった組織では得られなかった、人の暖かさだった。

 ───ああ、そうだ。俺はまだ、彼女に何も返せていない。

 

「──ありがとう。本当に」

 

 あの場所に現れてくれて。死ぬか行方をくらますかしかなかった俺に、選択肢を与えてくれて。

 多分彼女が現れなければ、もっと早く追っ手が到着していただろう。そうなれば、同じNOCだと知ったライに疑いが向くのを避けるために、同じ公安警察で幼馴染のバーボンにも魔の手が忍び寄らないように、唯一自分の素性を知る手掛かりになる携帯ごと撃ち抜いて自殺していただろうから。それがたとえ打算によるものだとしても。

 

「俺を助けてくれて、ありがとう」

 

 それでも、今俺はここで生きている。それを可能にしてくれたのは、他ならぬ彼女だ。

 なんだかんだで言えていなかった感謝の言葉を伝えて、しっかり下げていた頭を上げた俺の目に映ったのは、目を丸くして、ぽかんと口を半開きにした彼女だった。凛とした表情しか見たことが無かっただけに、少し間の抜けた表情は、ああ年下の女の子だもんなと当たり前のはずの事実を思い出させた。

 ぱちぱち、と長い睫毛をはためかせて瞬きを繰り返した彼女は、数秒の空白を置いて、どういたしまして、と少しだけ眉を下げて笑った。困り笑いにも似たその表情は、作り物めいた綺麗すぎる顔を人間味があると感じさせるものだった。どうしてそんな表情をしたのか聞いてみたい気持ちもあったが、声に出す前に差し出された白い手に意識が逸れた。

 

「そういえば、まともに自己紹介をしてなかったと思って。私はクリスティアナ・I・スターフェイズ。秘密結社ライブラの経理と渉外担当です。よろしく」

「ああ! 俺は諸伏景光だ。これからよろしく頼む、クリス」

 

 差し出された白い手を握り返し、互いに笑いあった。

 これが、俺が日本の安寧を守る警察官から、世界の均衡を護るライブラの構成員になる、その始まりの話だ。組織よりも危険で刺激的な毎日への、その序章に過ぎない──最初の一歩だった。

 そして俺は、遠くない日に、彼女のあの困り笑いの意味も知ることになるのだが──今の俺には、そんな事知る由もなかった。

 

 




 入りきらなかったり余談が多い後書きと補足

 23歳秘書嬢「わぁー、すごい買い被られてる~」


 赤井さんの予想は半分当たってるけど色々勘違いが混ざっている。切れ者の目には秘書嬢は怪物じみて映るそうです。最初にうっかりグールとエンカウントして共闘した時に、悪い子はまとめて氷漬けの印象が強すぎて超人越えて怪物扱いだよ、やったね秘書嬢! 

 赤井さんの「前科」とは、世界トップクラスの情報網を味方につけようと画策したFBIの指示を受けた赤井さんがハニトラを仕掛けようとしたが、血液と体質の性質上、全く酔わない秘書嬢に酒の席で見事に返り討ちされただけでなく、丁重にモーテルに送り届けられるという男の面目丸つぶれの一件のこと。モーテルのベッドに丁寧に寝かせて、その端に腰掛けながら、薄暗がりでも見える濃い隈を見ながら物憂げにクリスに「……ダメな男ね」と細く白い息を吐いてほしい。

 赤い彗星「驚くほどに何もなかった」

 この一件以降、赤井さんに気に入られ、有事に頼りになる相棒認定される。なんでさ。クリスからすると目的の為なら女を食い物にすることを躊躇わない、女の扱いもなってないダメ男(身内に似たような人物がいるのも相まって)認定なのであっさり塩対応。とりあえず一回は名前を見た瞬間に電話を切るなど彼女らしくないお茶目行動がつい出てくる。二人の間ではある意味定型文と化したやりとりなので何事もなかったかのように平然と赤井さんも掛け直してくる。スティーブンとK・Kのような、対等で容赦なくたしなめる間柄。
 クリスもダメ男とは事あるごとに口にするが、ただのDisではなく義兄(スティーブン)とどこか似ているからこその「ほっとけない人ね」という意味でもある。ちなみにFBIと面識があるのはクリスとクラウスのみのため、赤井さんとスティーブンは直接の面識がない(が、赤井さんは自分と誰かを時折重ねて見ているようなのは気付いている)。
 お互いの頭脳や技術、優秀さは認めて合っているが、あまり反りは合っていない凸凹コンビ。でも推理能力や観察眼、普段の行動を元にした分析能力などはそっくりなので脳味噌は通じ合っている。この二人が同じ作戦のブリーフィングに参加すると意味深な単語だけで分かり合って仔細まで詰めずとも息ピッタリで動ける(クリスを始めライブラ・牙狩りの面々は打ち合わせ無しの同時行動は普段から慣れているが)ので、FBIからは「あの赤井も認める相棒」という認識。このネタで事あるごとにクリスを勧誘がてらからかうので赤井さんもたちが悪い。
 だからFBIに転職する気はさらさら無いって言ってんだろビュロウの黒犬(シェパード)


『欧州の思考の怪物」『霧の女(ミストレス)』『平成のモリアーティ』
 各調査機関など表裏の世界での呼び名。切れ者揃いの大富豪・政治家・警察・諜報機関の人間を同時に相手取り、一説では情報戦におけるパワーバランスの要の一つを握るとも言われる(※この時点では元々広げ始めていた人脈を本格的に動かしはじめて半年なので、周囲による盛大な深読みしすぎからの勘違い&買い被り)。それでいて行方を全く掴ませない、尾行泣かせの女である。

 縁故社会である裏社会に巨大な人脈と情報網を張り巡らせており、高名な情報屋であればあるほど彼女についての情報はたとえ知っていたとしても絶対に売りたがらないほどの影響力を持つ(※バレたら後ろからサックリ殺しにきそうだから)。どの組織・機関からも勧誘を受け、諸手を広げて迎え入れられるほどのビッグネーム。黄金に勝る億の価値を持つ脳の持ち主。

 蜘蛛糸の如く広げ、全体像の全く見えない情報網の広さや、時折各警察機関が喉から手が出るほど欲しい重要な情報をぶらつかせ各機関を懐柔、ライブラ設立後はその職務ゆえに人間世界の法を外れた粛清の仕方を認めさせる交渉手腕を、彼女の敵が嫉妬と皮肉を込めて賞した俗称が「平成のモリアーティ」である。誰が悪のナポレオンか。
 元々優秀な頭脳の持ち主だが、人体実験で脳の未使用部分を叩き起こされるほどの拷問を受けた影響で、高速思考と収集した情報に基づく千里眼じみた未来予測を行う。これでも純粋なIQではクラウスやスティーブンには負けるが、彼女の場合は情報戦に特化した頭脳と言える。映像記憶保有者。


 赤井と出会う数年前、北米支部に出向していた折、K・Kのバイクに同乗していたら自殺しようとしていたギフテッドのヒロキ・サワダを偶然発見、血法でキャッチ。心身共に疲労困憊していた彼を保護した。もちろん二人で某ITの帝王にガチギレした。世界最高と謳われる人工頭脳「ノアズ・アーク」を味方に保有しており、有事の際はノアズアークの助けを借りている。ドン・アルルエルの所に赴く際は、彼女とノアズアークの頭脳を以てしても深く潜りすぎて探知できない情報を得るための「最終手段」である。
 ヒロキ君は同じく嬢に助けられた成実先生とのんびり島暮らししている(たまに離婚して離れ離れになった父親が会いに来る)。二人とも嬢の助けになりたいとHLに来ようとしたが、血腥い世界に来なくていいと嬢とK・K二人に説得され、有事の時のみの助っ人として日本からライブラに助力している。遊びに来た成実先生とルシアナ先生は一目で意気投合した。
 ウイスキートリオと酒を飲みながら、もしクリスが潜入したらという話になったら、コードネームは「サングリア」「ローザ」もしくは「サイレント」だろうなぁという与太話がある。
 スペイン語でsangríaは「出血」「瀉血」「流出」などの意味を持つ。ローザはワインベースにジンジャーエールを混ぜたカクテル「ローザ・ロッソ」と牙狩りから揶揄と畏怖を込めて呼ばれている「エスメラルダの氷の薔薇(フローズ)」をかけて。サイレントはブランデーの代わりにスコッチを使用したサイドカー「サイレント・サード」より。こちらは霧の女、エスメラルダが静寂を生むことから。蛇足。


 スコッチ逃亡の為に使用した技……水晶宮式血濤道「逃水」
 既に降って街に満ち満ちていた霧雨と水気を利用し、広範囲に血液を拡散させ自分の戦闘領域をあらかじめ確保していた。予想通りスコッチが逃げてきたのを確認し、ライ以外の追っ手の方向感覚を狂わせる指向性の霧の結界を廃ビル周囲に展開。追っ手を攪乱し、勧誘のための時間稼ぎを行った。
 本来「逃水」は空気の温度差を意図的に生み出し光の屈折率を変え、目の錯覚を起こし認識を阻害する技だが、感覚を惑わすという点において幻術と非常に相性が良く、幻術で投射した幻を逃水の幻惑効果で「そこに正しくあるもの」として視覚に誤認させている。逃水はクリスの血法の中でも特に精密制御を要求される技であるため、本来は800ヤードもの効果範囲は持たない。今回は事前に降っていた霧雨によって街に水気が満ちていたという好条件の中、濡れた地面に染み込ませた血を媒介に広範囲の索敵をすでに行っていたため行えた。


 スコッチの感謝の言葉に対してキョトンとしてしまった理由は、「初めて救けたことに感謝されたから」。牙狩り任務では吸血鬼の特性上(日光下にいられないため恐らく自由に動けるのはHL成立前だと地下や人里離れた森、屋内に限定されそう)一般人が居合わせても大抵グール化してて手遅ればっかり、HLに渡ってからは組織を潰したり襲い掛かってきた敵を倒したり殺したりばっかりで、仲間以外の一般人に心から感謝されたことはなさそうだなと……。
 ホームパーティ回のスティーブンのようなキョトン顔をしながら、「あ、私今回初めて誰かの命を救ったのか……」と自分の生い立ち含めじわじわ感動していた。完全に人命救助だという意識が無かった。スターフェイズ兄妹にとって何かしらの切っ掛けで知り合い、情が沸いて初めて「助けよう」という意識になっていそう。そうでもないと役職的に心がもたない。

 困り笑顔の意味をスコッチさんが知るのは、HLに慣れてPC技術やらハッキングに対する対処その他諸々を身に付け、ライブラの機密情報を少しずつ知っていく段階でのこと。捜査官としての勘の良さで、スティーブンやクリスが組織内の自浄装置としても動いているのを悟りそう……。KK同様、そうかもしれないと思いながらも直接聞いたり怒ったりはせずに、やりすぎたら諌める気持ちで傍にいてひっそり支えてくれそう。

 その他、HLに渡ってヒラ構成員と生活しながらスナイパーとしてKKと遠くからの援護で動いたり、異界のトンデモ武器を見てパトリックの武器屋で驚いたりキラキラ目を輝かせたり、組織からの監視が解けた安室さんに実は生きてましたというカミングアウト回やら色々考えていましたがとりあえずここまで。
 スコッチさんは果たして全部終わった後無事に公安に帰れるのか。


 ちなみにコナンはアニメしか観ていないクチです……映画は古い方は結構見てますが最近のはぼちぼちです。純黒と執行人は観ました。最近のコナンも見れてないので色々間違っていたらすまない……。



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たくさんの名前とひとつの心臓

スコッチ里帰り回。

時間軸は人魚姫は英雄の夢を見るか?本編開始(BBB10巻終了後)時の2年前、紐育大崩落から1年経った頃。DCはスコッチさん身バレから半年後、DC原作開始2年前設定。


※オリキャラが多数出張るので苦手な方は回避をお願いします
※スコッチさんの本名バレあります。オリジナルの偽名もあります。



 

「あー、ヒロ、ちょっと」

「うん? どうしたクリス」

 

 黒の組織から脱出し、公安から一時的にライブラに異動したスコッチこと諸伏景光は、デスクで書類仕事をしていたクリスに声を掛けられ、手にした端末で眺めていたライフルリストから顔を上げた。

 

 FBIの捜査官・赤井秀一の700ヤードに及ぶ射撃能力には及ばずとも、景光ほどの超長距離射撃を精密に行える技量の持ち主は世界中探してもそうはいない。精密射撃と速射、スナイプのための場所取りが得意で、血の気が多いライブラのガンスリンガーたちの中で、「待ち」も根気よくこなす。

 長距離から放たれる弾丸は相手を殺すことなく、けれど確実に無力化させる。ついつい力加減を誤ってやりすぎてしまうメンバーが多い中、敵を殺すことなく生け捕りにしたい時、もしくは接近するのが難しい敵に対し、景光の技術はライブラにとって重要なものになっていた。

 人当たりも良く、すぐに狙撃部隊の面々とも仲良くなり、スナイパーが複数配置される任務にあっては、スナイパーだから分かる視点で、任務のブリーフィングでもスティーブンやクリスティアナが思いつかない、興味深い意見を遠慮なく出していた。

 そういった得意分野の違いも含め、異界産の火器類を用いて、遠隔射撃などの離れ業をこなすK・Kに次ぐスナイパーとして、景光は早くもライブラの核構成員としてライブラに馴染みつつあった。

 

 

 ライブラ構成員の武器類を一手に担う武器庫(アーセナル)のパトリックから送られてきた新しい入荷品をひやかしつつ、予備の弾倉を注文カートに入れた景光は、座っていたソファーから立ち上がり、クリスティアナのいるデスクに近づいた。そんな彼を見上げたクリスティアナは、緊張したような少し強張った顔で、ひと呼吸を置いて口を開いた。

 

「バーボンが酔いどれ鴉の目から逃れたそうだよ」

「は……」

 

 他の構成員も出入りしているのを慮って、言葉遊びのようなワードで繋がれた一言に、景光は硬直した。

 

「んだそれ、酒がカラスから逃げたって、意味分かんねーぞクリス」

「このバ────カ。クリスがあえてそう言うってことは、何かの暗号なんでしょ」

「俺様の頭から降りろこの雌犬!!!」

 

 案の定、先ほどまで景光が座っていたソファーの対面にチンピラ感満載で座り携帯ゲームを弄っていたザップが何言ってんだお前という顔を隠しもせず声を上げたが、その言葉はあえなく途中でくぐもった呻きに変わった。

 希釈を解いてザップの顔面を容赦なく踏み潰したのは、景光と同じ出向組のチェインだ。むぎゅむぎゅと音を立てて靴底をザップにめり込ませ、捕らえようとする腕が足に絡みつく前に軽々とジャンプするチェインに怒り心頭のザップ。ライブラでも比較的若い年代に入る彼らのやり取りを横目に、景光は苦笑した。

 

 バーボンが酔いどれ鴉の目から逃れた。

 つまりは、景光の幼馴染で同じ潜入捜査官、そして組織でもペアだったバーボンこと降谷零が、酔いどれ鴉……黒ずくめの組織の監視から、ようやく逃れたという知らせだった。

 NOCとペアになり、しかもNOCと気付かなかった愚か者。バーボン自身も内通者あるいは裏切り者の可能性があると警戒されて、監視が付くことは容易に考えられた。コツコツと築き上げた功績はマイナス評価へ転落。表向きはライによって殺されたスコッチの死から半年と数か月、ようやくバーボンの監視と謹慎が解け、多少は信用回復がなされたという吉報だ。

 この半年間、ずっと待ち望んでいた報告に、ふっと肩の力を抜き、仰ぎ見るように顔を上げて目を閉じた。よかった。心からの安堵に、肺を空っぽにする勢いで長い溜め息をつきながら景光はその場にしゃがみこんだ。

 

「そうか……良かった……」

「長かったようで短かったね」

「ああ……」

「というわけで、久々に日本出張行くよ」

 

 こちらの感慨を吹っ飛ばすようなセリフが、直属の上司から出てきた。

 景光を勧誘したのがクリスということもあって、景光への仕事はスティーブンからではなくクリスを通して振られていた。構成員の陣頭指揮を担うのはもっぱら番頭のスティーブンと秘書のクリスティアナのどちらかなのだが、景光の場合は日本文化や景光の諸事情に詳しいクリスが直属の上司扱いになっていた。これまでも、何度かHL内外でのクリスティアナの交渉の場に付き添ったり、スナイパーとしての仕事を振られている。

 

「えっ!? いいのか!?」

「良いもなにも。むしろ半年待たせて申し訳ないって感じだけど」

 

 思わず声を上ずらせて期待と驚きに目を輝かせる景光に、「流石に逃水で誤魔化すにも、監視の目がキツイ状況じゃリスクが高すぎたから」とクリスは溜息を吐いて、遠くのデスクで聞き耳を立てていたらしいスティーブンが苦笑いし、ボスでもあるクラウスは胃のあたりを押さえて冷や汗を流していた。

 あんまり気に病むとまた胃潰瘍になるぞ、ボス。2メートル近くある巨体にかなりの強面に似合わず、真摯で妙に心配性な彼に景光は気にするなと笑いかけた。

 

 半年は長く辛かったが、仕方のないことだと理解していた。監視の目がある中で会いに行くのは、諸伏景光(スコッチ)にとっても降谷零(バーボン)にとっても自殺行為だ。その間にできることをしようと、景光は歯がゆさをこらえながら様々な「稽古事」をライブラの仕事の傍ら続けてきた。クリスティアナや構成員たちに仕込んでもらった変装術や演技、出てしまいがちな人間の癖を変えるコツ、齧った程度だが幻術や魔術での視覚や感覚、聴覚の攪乱方法。これで景光がHLに来る前のように、幻術が解けてしまうから一定以上クリスティアナから離れられない、なんてことはない。

 何故景光が半年間という短い期間で幾つもの技術を習得できたかといえば、普段生活する傍ら街中に異変がないか見張っている諜報担当の構成員たちと、そのぐらいの技術は持っといて損は無いよな、という話になったからだ。構成員の誰かが気を利かせたらしく、クリスティアナやKKにその話は洩れていて、その日のうちにあれよあれよと「稽古事」が増えることになった。それも超一級のヒューマーの師匠を揃えて。HLの住人、しかもヒューマーとくれば、大方訳アリだ。普通なら学べないような知識も、ライブラなら専門家が何気ない顔でゴロゴロいるのだから怖ろしいと景光は思う。

 

 

 

 

 と、いうわけで。

 

 

「帰ってきた……!」

 

 成田空港国際線ターミナル。セキュリティや襲われる危険性も鑑みて、またもやラインヘルツ家が出してくれたプライベートジェットで、再び故郷に帰ってきた。14時間に上るフライトを終え、タラップを踏みしめるたびに頬を撫でる風が湿ったものではなく、からりと乾いた涼やかさに景光は目を細めた。

 

 

 ちなみにもうすでにしっかり変装済みだ。「諸伏景光」の特徴と限りなく乖離させつつ、クリスティアナの隣に立っていても不審がられないような見た目に変えている。どんな外見にするかはライブラの連中とワイワイやりながら決めた。

 地毛が黒髪ストレートだから、松田みたいな癖毛をイメージしつつ、今時のツーブロックの明るい茶髪にチェンジ。目は日本人によくある焦げ茶色だ。顔は無精髭を生やしてないと学生に間違えられるくらいの童顔だったから、あえて変装時は冒険しようとスティーブンやハマーみたいな色っぽさのある顔立ちを選んだ。

 

 服装はクリスに同行して登庁もする予定だから基本的にスーツだ。とはいってもよくある凡庸なリクルートスーツじゃなく、クリスと並んでも悪目立ちも見劣りもしない程度の、黒地に銀の細いストライプが入った小洒落たファッションスーツだ。

 普段の俺なら無精髭のせいであまり決まらないし着もしないタイプの服だが、ちょっとチャラめのアラサー設定だとしっくりきていた。スーツだといざという時動きにくいんじゃと思ったが、袖を通してみたらそんなことはなかった。きちんとしたテーラーによるものだと着心地が全然違う。普通の会社員を表向き名乗っているスティーブンやクリスティアナがお高めのスーツでも汚れとか破れとか気にせずガンガン足技で戦ってるのが地味に不思議だったのだが、こうしてみると納得だった。なんでもクラウスの実家が愛用するテーラーで、色々物騒な要望も通るらしく、俺も色々懐に銃やら武器を仕込んだり使いやすくしてもらうよう頼んだ。

 

 外で名乗る名前も決めた。「檜山満(ひやま みつる)」。日本人だが親の仕事の関係でアメリカで育って、大学卒業後も紐育に留まっていたらHL化してしまい、そのままHLの調査会社でクリスの部下として働いている設定だ。ライブラとしての取引の場合は、クリスのボディーガード兼補佐役として動く。クリスの広すぎる伝手で、この見た目の経歴や偽造身分証も発行済み。ここまでやるのかと首を傾げたら、今後HL外に俺を連れ出すときはほぼこの設定で行くからとのことらしい。これからも連れ出してくれる予定があったのに驚いたが、クリス一人だと何でもできる分無茶をしそうだから、恩人の助けになりたい俺としては願ってもない話だ。

 もはや見た目も設定も普段から遠くかけ離れた別人状態だが、完成した変装時の姿を見て、K・Kやチェインが良い笑顔でサムズアップしてくれたから、不自然さは無いと思う。……俺が動揺して、演技でボロを出さない限りは。

 

 

「行こう、檜山」

「はい」

 

 黒髪を風になびかせながら、颯爽と歩き出すクリスティアナの後を追随する。専用車で入国ゲートまで向かい、プライベートジェット使用者が使える専用ターミナルに入る。他の一般客に会うことなく、待ち時間ゼロで入国手続きが行えるのが新鮮で、思わずキョロキョロしたいのを必死で抑えた。プライベートジェット使える奴の関係者なのにお上りさん丸出しはちょっとな。

 今回の渡航でスナイパーライフルみたいな大きい武器はあまり持ち歩けないから(スーツに似合わなさ過ぎるし、咄嗟の時に取り回しがきかないし)、パトリックが空輸でHL外に技術的でも規格的でも持ち出せる限界ギリギリの重火器を先んじて日本に送ってくれている。使い慣れたものばかりだからありがたい。だから今の手持ちは、銃身を限界まで圧縮して、見た目は完全にただのボールペンにしか見えない、持ち物検査にも引っかからないし使用者以外使用不可という魔術的な仕掛けが施された自動拳銃2丁だ。これならスーツの胸元や裏ポケットに忍ばせていても全く不自然じゃないから、今回の任務にはうってつけだ。

 

 

 一抹の不安もあったが無事に検査を潜り抜け、エスコートしてくれたコンシェルジュの見送りを受けながら専用ターミナル入り口の車寄せに出ると、停められていた一台の真っ赤なスポーツカーの前に、あまりスポーツカーが似合わなさそうな一人の女性が立っていた。

 

「お待ちしておりました、お姉さま、檜山様」

「わざわざすまないね、氷室」

「いいえ、私には勿体ないお言葉です。こうしてお姉さまのお出迎えが出来て光栄ですわ」

 

 きっちりと45度のお辞儀で出迎えてくれた氷室という女性は、大和撫子然とした品のある顔立ちでゆったりと笑った。彼女のエスコートでクリスは助手席に乗り込むかと思ったが、後部座席に二人して通された。長旅でお疲れでしょうから、とのことだった。驚くほど静かにスピードを上げ、赤い車は空港を後にする。

 

「良い車だな。フェアレディZか」

 

 幼馴染(バーボン)元同僚(ライ)も自分の車を持って愛用していたせいか、自然と車に詳しくなったが……この車もその過程で知っていた。国産車メーカーが誇るスポーツカーのひとつ。クリスティアナやザップが使う血法の艶めいた赤にも似た、見る角度によって色を変える鮮やかなカーマインレッドに流線型のシャープな車体。長いストレートの黒髪を一つに束ねて肩に垂らした、スーツよりも着物が似合い、運転するより同乗するほうが似合う和風美人の氷室のチョイスとは思えないが、それでも美しい車だ。

 そう洩らした俺に、氷室はくすりと笑った。お淑やかに、艶やかに。それでいて得意げに。

 

「お姉さまにお似合いの車でしょう?」

「懇意にしてる財閥の方からプレゼントされたんだよ、日本に来るときはこれを足に使えばいいって」

 

 勿体ないほどの贈り物だよ、とクリスが溜息を吐いた。何でも、クリスが海外に居る間は保管もメンテナンスも全部財閥が受け持ち、常に最新モデルの車とオプション、防弾仕様に交換してくれているのだとか。しかも車はこれだけじゃなく、プライベート用に白のロードスターという別メーカーのオープンカーまで用意されているのだとか。尋常じゃない気に入られように、流石に俺も乾いた笑いしか浮かばなかった。

 

「でもなるほどな、クリスの車なら納得だ」

「でしょう? 赤い貴婦人、お姉さまにこれほど相応しい車は他を置いてありませんわ」

「持ち上げすぎだよ。私には身分不相応だと思うけど」

 

 クリスは不貞腐れたようにぼそぼそとそう言ったが、俺としては氷室と同意見だった。忘れそうになるがクリスはまだ23歳という若さだが、その手腕や堂々とした立ち振る舞い、大人びた見た目も相まって、年上のはずの氷室と同い年かそれより上に見える。サングラスをして運転する姿なんか、とても様になるになるに違いない。この車を贈った人物はセンスが良い。

 

「そういえばお姉さま、鈴木相談役がもし時間に余裕があればお会いしたいと仰せでしたわ。園子さまも」

「そうだね……車とか色々預かってもらってるし、最近会えてないしな……分かった、時間を作るよ」

「後はパトリック様からお預かりした武器類ですが……すでにホテルに運び込んでおります。檜山様、確認をお願いしますね」

「ありがとう、氷室さん」

 

 クリスは身体そのものが武器だから、K・Kのように954血弾格闘技(ブラッドバレッド・ア―ツ)で銃火器を使う場面以外は武器は必要ない。だから今回持ち込んだのはほぼ俺用の武器だ。

 

「そして、これがお姉さまから頼まれていた調べものの報告書ですわ。ご査収下さいませ」

「助かるよ」

 

 信号待ちの間に、氷室がクリスに差し出したのは分厚いファイルだった。横からこっそり覗かせてもらったが、英語でみっしり文字が並んだ報告書だったので、後で俺が読んでも当たり障りのない部分だけ読ませてもらおうとすぐに首をひっこめた。あんなもの車の中で読んだら酔いそうだ。車酔いと情報量過多で。

 氷室の快適すぎる運転技術で何度か眠り込みそうになるのをこらえつつ、夜の東京をドライブすること小一時間。東都にある牙狩りの息が掛かっているというホテルに到着した。

 

「檜山様のご友人の降谷さんが登庁される日が分かりましたら、すぐに連絡いたします」

「何から何までありがとう、氷室さん。よろしく頼むよ」

「いえ、お姉さまの為ですもの」

 

 フェアレディZをホテルの地下駐車場に停めてから帰るという氷室さんは、深々と頭を下げた。

 

「それではお姉さま、檜山様。何かご入用があれば我々人狼局と水晶宮親衛隊にご連絡下さい。お休みなさいませ」

「うん、おやすみ、氷室」

「気を付けて」

 

 ホテルに踏み入る俺たちを、あのキッチリしたお辞儀で見送る氷室。ホテルの自動ドアの向こうをもう一度振り返った時には、車も氷室も忽然と消えていた。

 



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近づく足音、響く銃声

スコッチ里帰り回。

時間軸は人魚姫は英雄の夢を見るか?本編開始(BBB10巻終了後)時の2年前、紐育大崩落から1年経った頃。DCはスコッチさん身バレから半年後、DC原作開始2年前設定。


※オリキャラが多数出張るので苦手な方は回避をお願いします
※スコッチさんの本名バレあります。オリジナルの偽名もあります。



 

 ホテルは相変わらずグレードの高い一室が用意されていた。アメニティからウェルカムサービスまで充実している。前回のように幻術が解ける危険性から、スウィートルームの別々の寝室を使う、なんてことはせず、今回は流石に別の部屋だが……それでも、同じ階に他人の気配を感じない。

 

 なんでも牙狩りの構成員はこういった息の掛かったホテルで割と好待遇になるらしいのだが、スティーブンいわく、日本でのクリスのもてなしぶりはぶっちゃけ異常なくらいらしい。なんでも過去に日本のロイヤルファミリー……つまり天皇家や日本の牙狩りにまつわる事件で多大な恩を売ったせいだとかなんとか。

 そもそも吸血鬼の実在、それを狩る牙狩りや、おそらく世界規模の諜報機関としては最上級のスペックを持つ人狼局の存在こそ俺にとっては信じがたい驚きだったが、それらが日本にも存在すると聞いてさらにびっくりした。そりゃ牙狩りの職務が吸血鬼に関連する事柄のみ関与するわけだから、警察でも上層部のごく一部しか知らんのは分かるんだが……日本の牙狩りは半分くらい現存する陰陽師とか、ファンタジーが過ぎる。リアル陰陽師とかワクワクするけどな。存在の否定が頭に浮かばず、スティーブンやクリスから説明を受けて、あっさり「あ、いるんだ」って感想が浮かんだ辺り、俺も随分HLに馴染んだもんだ。なにせ幻術使いとか魔導師とかPSI保持者(サイキッカー)とか魔女とかがゴロゴロ周囲にいるせいか、どうも感覚が麻痺している。

 

 

 古代日本の朝廷に仕えていた陰陽師集団が、世界的組織である牙狩りに吸収されたって経緯から、日本の根幹と言える霊地の要所を押さえて霊的なバランスを調節しながら、吸血鬼やあやかしなんかを調伏するために、日本の牙狩り本部は京都にあるらしい。東京にも天皇家を守護する部隊のための支部があるらしい。

 今回は京都まで出向く用事は無いが、東京支部にクリスは用事があるらしい。俺も面通ししておくと良いと言われたので、同行する予定だ。多分、俺がライブラを抜けて公安に戻った後のことも考えて、もし吸血鬼らしい影があったらすぐに助力を請えるようにという彼女なりの配慮だろう。ぶっちゃけ俺のライブラ用のスマホは世界各国の諜報員や警察関係者、あと何故か俺自身も気に入ってくれた数人の富豪と連絡先の宝庫状態だ。

 牙狩りへの顔出し以外にも、ライブラのスポンサーである財閥や大企業と数件の面会予定がある。かなり多忙なクリスにしてはかなり緩めに予定を入れているのは、ゼロが組織の目を掻い潜って警察庁に顔を出すタイミングでこちらも警察庁に向かうからだ。最悪、俺たちが日本を発つ前の日に来てもらうよう零の上司に指示を出してもらう予定だが……果たしてどうなるか。

 

 

 

 

 鋼が擦れる音がする。世間に一般的に出回っているライフル類とはワケが違う、異界産の化け物級に使いづらくて気位の高い相棒(ライフル)を素早く組み立て、配置につく。右耳に嵌めたインカムから、聞き慣れた声が凛と響いた。

 

『────これより任務を開始する。警戒態勢(デフコン)2、分かっていると思うが一般市民や建造物への被害は最小限に、かつ全員取り押さえるぞ』

 

 この街のどこかで、黒髪を靡かせながら赤い目で街を見下ろすスーツの少女が頭に思い浮かぶ。わざわざスコープで探すなんて野暮はしないし、その必要もない。

 

 

 彼女は自分の事をただの秘書だとのたまうが、ライブラの誰もがそれを認めないだろう。確かに、クラウス(ボス)のような眩いほどの光を、善性を持つわけじゃない。スティーブンほど狡猾なくらいの人心掌握術を心得ているわけじゃない。

 

 だが、彼女には確かに人を率いるための力……安っぽい言い方をすれば、カリスマ性があった。指揮を執る涼やかな声を聞くと、心が静かに奮い立つ。頼られれば嬉しいし、支えたい、役に立ちたいと頑張る気も起きるというものだ。今宵集められた人員は、クラウス以上にクリス個人に従う人間で構成されている。

 戦略にあまり造詣の無い俺でも分かるほど、的確に無駄なく配置されている人員。敷かれた包囲網に隙は無い。構成員はクリスが今回の為に選んだとあって超一級揃いだ。ライブラや牙狩りの構成員で超一級の優秀な人員となれば、たとえ不測の事態が起きたとしても各自がそれぞれに最善に向かって判断・行動ができる。打ち合わせ無しの同時行動。指示が無ければ動けなくなる集団より、行動はバラバラでも最終的な統率が取れた軍団の方がよほど優秀だ。

 

 何でもアリが許されてしまう無法地帯(ホームグラウンド)ではなく、人の法で統治される法治国家だからこそ、俺たちライブラの活動は誰にも知られてはいけない。最小限の人員で、確実な仕事を。難しいことじゃない、いつもやっていることだ。ちょっと今回は、派手なドンパチを控えるだけで。

 

 夜でも明るい街並みの中、静かに影が蠢いている。俺とクリスとは別のルートで日本入りしたライブラの仲間たちや、日本にいる、組織を超えてクリスを慕う部下や協力者たちが、雑踏にまぎれ、普通を装いながらも全員配置についた。

 ターゲットはとあるチンピラ集団。何がどうやってライブラの目を掻い潜り、二重門のセキュリティを突破して遠い日本まで条約で禁止されている異界武器や魔導生物を持ちだせたのかは気になるが──今は些末な問題だ。今は、とりあえずこの国に厄介なブツを持ち込んだ連中の無力化が最優先だ。

 

『さあ、馬鹿どもに思い知らせてやろう。ライブラを敵に回した恐怖を。我々をあまつさえ出し抜いて今なお高笑いしている──その罪を』

「──了解」

 

 殺さず壊さず、ALIVE ONLY(生け捕り)に。

 義兄(スティーブン)そっくりの口調で宣言された恩人からのオーダーに、射撃体勢で待機する俺は、スコープを覗き込みながら口端を吊り上げた。

 

 

 

 

 コツリ、と高いヒールが足音一つ立てた瞬間、倉庫内はたちまち蒼い氷に包まれた。

 魔導生物の入った超合金製のコンテナごと、全て氷漬けにする。古びた廃倉庫に転がるチンピラ共は苦悶の呻きを零しながら身体の殆どを氷漬けにされ、脚や腕を撃ち抜かれて氷の中を赤で汚していた。

 

『──こちらアイン、B11からB9に逃走中だったターゲットの沈黙を確認した。既に回収部隊が到着して事後処理中だ。……これで全部か?』

「ええ。持ち出された旧型マネキンタイプの生体オートマタの台数もあってるし、一番厄介だったブースト系のドラッグの流出の心配もなさそう。氷室から聞いてるウスラ馬鹿どもの頭数も、その一人を加えればピッタリ。作戦終了ね」

『お疲れさん』

 

 万が一、在り得ないとは思うが念には念を入れて、一応通信を傍受されていたり盗み聞きされていた時の為に取り決めていたコードネームである1(アイン)を名乗った諸伏景光の声に、私もお疲れ様、と返した。

 

 倉庫内に音もなく転移してきた日本支部から借りてきた術士たちが、片付けるべき下手人たちとここに在ってはならない荷物をテキパキと転移させていく。取りこぼしも微塵の痕跡も残してはならないため、彼らは真剣に取り組んでくれていた。回収した荷物は後日、日本支部で凍ったままストレス発散のサンドバックになってもらい、誰にも再利用できないレベルに粉微塵にする予定だ。下手人はライブラの目を欺いた手段について懇々と尋問を受けてもらう。世界の転覆一歩手前までやらかしかけていたのだ、一思いに殺してやる慈悲など無い。

 

 

 ともあれ、日本に来た理由の一つが無事に片付きそうだと、やれやれと溜息を吐きながら、肩の力を抜こうとしたその時……取り逃がしの無いようにと索敵の為に張り巡らせたままの血法のレーダーが反応した。はっとかすかに息を呑むのが聞こえたのか、ヒロが「どうした?」と怪訝そうな声を出す。

 

 引っかかったのは一つだけ。速度からして徒歩だが、妙な緩急をつけているところを見ると、かなり警戒した足取りだ。狙いは────この倉庫だろう。警察(PD)に嗅ぎつかれた? それにしては早すぎるし、この倉庫で起きていることを少しでも知るなら、多数相手に単身で挑みはしないだろう。今回はカーチェイスも爆発も繰り広げておらず、むざむざ一般人に通報されるような悪手は取っていないはずだ。

 

 いや、高速で考えを巡らせるよりも先に、今すべきことは。

 

「水晶宮式血濤道」

 

 地面に着けた足裏から伝播するように、あらかじめ撒いておいた水にほんの微量混ぜた自身の血液を介して、血法を発動させる。スモークでも焚いたかのように倉庫内にうっすらと立ち昇る薄い霧に、術士の数人が何事かとこちらを振り返る。気にするなと軽く手を振った。

 

『何があった』

「何者かがこっちに向かってきている。まだこっちの撤収作業が終わってないから、とりあえず逃水の霧で攪乱して時間を稼ぐ。

 総員、撤収作業を急げ。証拠は出来る限り残すな。撤収出来次第、プランDに則って各自その場から離脱せよ」

 

 複数の声が了解の声を返す中、今は取り繕うことなく地声で喋っているはずのヒロの、涼やかでどこか艶のある特徴的な返事が聞こえなかったのが気に掛かって『アイン?』と呼び掛けた。ここまでは予想外ではあったが、十分想定内の範囲だった。HLのように厄介事がドリフトして急に飛び込んでくるような要素が薄いだけ、たかが一人の乱入など対処は簡単だ。

 

『……(ゼロ)……!!』

 

 そう、感激とも驚愕とも取れない囁きを聞くまでは。

 素早く彼のいる位置とUnknown反応の位置を事前に叩き込んでおいた頭の中の地図に書き起こす。……十分暗視スコープで捉えられる位置取りと距離だ。パトリックが張り切って用意したスコープ類だ、可視距離はヒロの射撃可能距離をフルに活用できる距離数のモノを選んでいるはずだ。おそらく、私の為に威嚇射撃をしようと敵影を捜して、その結果今回の出張のメインイベントご本人を見つけてしまったらしい。

 OMG(オーマイガー)、と私は顔を手のひらで覆った。

 

「うわ、ダブルフェイスか。どっちの顔で来てるか知らないが、ブッキングとは恐ろしい嗅覚だ。撃ってないだろうね、アイン」

『撃てるわけないだろ……! 撃ったら間違いなく気づかれるぞ……!』

「……、君も随分こっちに馴染んだな……」

 

 真っ先に出てきたのが、大事な戦友を傷付けたくないという諸伏景光個人の私情ではなく、ライブラという現在の立場を優先した発言に、思わず感慨深げに、余計な一言が転がり出た。透けて見えるのは相手への洞察力や危険察知能力への手放しの信頼だ。

 は? とインカム越しに聞こえた焦りと不審で上擦った声に、アホなことを考えている暇はないと気を取り直す。

 

「いや。偶然とはいえ奇跡的な巡り合わせだが、バーボンなのか降谷なのか分からない以上、君を迂闊に接触させるわけにはいかないし、ましてや彼みたいな切れ者相手にこの倉庫で『何かあった』と悟らせること自体悪手だな。援護はいらないから君も離脱してくれ。逃水の範囲外にスナイパーがいないとも限らない」

『リーダーを一人にさせたくない所だが……むしろ俺がいた方が危険か。分かったよ』

「じゃあまた、安全圏のパーキングで落ち合おう」

 

 当たり前のように寄せられる信用が心地よい。少々切迫した状況なのに、悠長にも軽口が叩けるのは、多少の事では動じなくなってしまった自分の胆の太さと、血法による霧の結界への絶対的な信頼があるからだ。

 降谷零にもバーボンにもHLへの渡航歴はない。警察庁内での牙狩りに関する情報の浸透率は、他の諜報機関の例にもれず、鏡に映らない化け物はすぐに上司に通報しろという迷信レベル。牙狩りたちの人外な技術に関する知識もないだろう。事前の調べで分かった彼の性格を加味すれば、非科学的な分野への知識も無さそうだ。下手に観光地と認識される危険を減らすため、報道規制が掛けられてるジャンルである幻術や魔術の類が実際に存在することすら知らない、可能性の内に含めもしない、「外」の世界では珍しくもない現実主義者だ。

 こういうタイプは、かえって常識の知識が邪魔してくれるお陰で欺きやすい。慌てず騒がず、術者が全員日本支部に転移したのを確認してから自分も離脱し、その上で逃水を解除すれば、問題なく逃げ切れる。すぐ近くに路駐せず、倉庫から距離の離れたパーキングに愛車を停めて正解だった。

 

水守(みもり)さま、撤収準備が整いました」

「……ああ。先に支部に飛んで待っていてくれ、後で別ルートで伺うから」

「御意に。……お気をつけて」

 

 若紫色の羽織を着た白装束の集団が、ぞろり揃って頭を下げる。その瞬間、かすかな光を残して倉庫内に残っていた氷漬けの貨物や下手人たちと共に掻き消えた。不可視の人狼とはまた違った消え方を見守り、自分以外誰も居なくなった倉庫を一度見渡した。髪の一筋、氷のひとかけらなど、些細だが勘繰られかねない要素一つ残っていないか確認を終えると、血法で2階部分に相当する高さにある換気窓まで飛び上がる。倉庫スペースをぐるりと見下ろせるような形で作られた回廊に降り立ち、老朽化して立て付けの悪い窓を手袋を嵌めた手でこじ開け、窓枠に飛び乗る。ふわりと夜風に煽られて、ダークスーツの上に羽織った京紫色の羽織がはためいた。袖を通していない羽織がずり落ちないよう、胸の前で結ばれた鬱金色の組み紐の房飾りが揺れる。薄い色のついたサングラス越しに周囲に誰も居ないことを確かめてから、再び血紐を出して、某蜘蛛男のように別のビルに紐の伸縮する反動で飛び移るのを繰り返し、夜の街を跳ねるように、その場から離脱した。

 

 その羽織の胸元と背骨の上には、小さな金の菊花紋が染め抜かれていた。

 



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にじむ透明をbleuと呼ぼうか

 

 

 日本に滞在して2週間ちょっと。仕事ばかりじゃなく、ヒロキ・サワダと浅井成実(セイジ)というクリスの協力者で知り合い(俺からしたらクリスの恩人仲間になる)にドライブがてら会いに行ったりという完全オフの日も挟みながら、そろそろHLに戻らないとヤバいと思い始めていた頃、ようやく俺たちが待っていた知らせが飛び込んできた。

 

「ヒロ」

 

 氷室が案内してくれた東都外れのホテルではなく、新東都内にある由緒正しい知る人ぞ知る老舗旅館。もちろん牙狩りの息が掛かっていて、由緒正しい日本建築だが、実はセキュリティは物理的にも魔術的にも万全、牙狩り関連の会合や密談、お偉いの迎合にも使用される場所なので、狙われる運命にあるクリスや俺としても安心安全の旅館の一室で朝食を取っていた中での知らせだった。

 仕事的に他の客となるべく顔を合わせないように、出張時は基本食事は部屋で取る。素朴だが丁寧な仕事が感じられる朝食は、旅館が提供するものにしては量が控え目で、丁度良い膳が運ばれてくる。正直腹いっぱいになりすぎるのも残すのも困るので、こういったささやかな気遣いは有難かった。

 

「君の幼馴染に、会いに行こうか」

 

 朝の光が差し込む窓辺を背にして、血の気の薄い白皙の整った容貌の中、切れ長の蘇芳が透明な光を放っている。まだ口紅も引かれていないが、素のままでも蠱惑的な唇がにんまりと笑った。

 

 

 

 

 霞が関、警察庁。半年ぶりの霞が関だ。あの時訪れたのは隣の警視庁だったが。……少し複雑な心境に、茶色に偽装した目を細める。クリス経由で聞いた話じゃ、俺を引き入れる際に渡した工作員リストによって警察内部に潜んでいた工作員は駆逐され、組織の妨害を受けつつも多少の情報を入手し、組織への反撃の一手になったと聞く。嬉しくもあり、複雑でもあった。

 外来からの訪問者用の許可証を受付で受け取り、ほどなくしてやってきた案内の職員と合流してあまり踏み入れたことの無い警察庁舎内に足を踏み入れた。

 

「例の件については、用意はいつでも整っております」

「分かった。誘導でき次第通信を入れてくれ」

「お心のままに」

 

 クリスと案内の職員──正真正銘警察庁職員なのだが、同時にクリス個人に従う日本版私設部隊の「(つばめ)」でもある男と小声で打ち合わせをしている内容を耳に入れながら、そのすぐ後ろをついて歩く俺は不審がられない程度に周囲を警戒、観察していた。もうこれは潜入捜査官としてのクセみたいなもんだ。セーフティハウスやライブラのオフィスなど、ごく一部の安心できる場所以外の……特に他の組織の中に入る場合は、特に。

 

 日本人ではあまり見かけないすらりとした長身美脚のクリスが、ヒール音をほとんどさせていないにも関わらず颯爽と廊下を歩くのをすれ違いざまに見惚れていく職員は多いが、それ以外の悪意の籠った視線は感じない。

 

「こちらになります」

 

 燕の男が指し示したのは、警察庁のかなり奥まった場所にある、何の変哲もないドアだった。何の部屋なのかを示す立て札も何もない、下手をしたら立地的に倉庫か資料室かとスルーしてしまいそうなドアを、男が独特なリズムで小さくノックをしてドアを開けた。ちらりと見えた感じだと、密談向けの小部屋らしかった。

 

「失礼します」

 

 先陣を切るクリスの後ろを、なるべく目立たないように一礼して入室する。チャラそうな見た目だが、クリスという印象強いラテン美女の隣に立つにはやや覇気も存在感もない男、それが檜山満だ。

 俺たちを見てさっとソファーから立ち上がったのは警察庁警備局警備企画課のお偉いさん、つまりゼロの上司と────

 

「ご足労感謝します、はじめまして……警察庁警備局警備企画課の降谷零です」

 

 きりりと表情を引き締めた、幼馴染だった。

 

「はじめまして。クリスティアナ・I・スターフェイズです。こちらは部下の檜山満といいます、どうぞお見知り置きを」

 

 一年ぶりにまともに顔を合わせる幼馴染の姿にうっかり涙が出そうになるが、早くも化けの皮が剥がれそうな俺を察知したクリスが釘を刺すように話を向けてきたおかげで、感傷とは裏腹に口から「よろしくお願い致します」と地声とは似ても似つかない声が返答した。

 ……それにしても、この前の隠密任務でスコープ越しに見た時も思ったが、スコッチとして最後にゼロを見た時より、随分痩せたように思う。ちゃんとメシは食えてるのか、身体を休められているのか甚だ不安になった。

 そんな思考を変装のマスクの下に潜めながら、軽く握手を交わし、席に着く。さあ、ここからが本番だ。

 

 

 

 ゼロに会いに来た俺たちだが、今回の警察庁訪問の用事はそれだけじゃない。俺の生存を隠匿するために上層部との繋がりに留まっていたのを、今回の訪問を機に、ライブラ、及び牙狩り日本支部は警備企画課(ゼロ)と正式に協力関係を結び、契約通り俺が収集した黒の組織に関する情報を公安に流し始めることになる。今の今まで情報提供が出来なかったのは、警察内部の工作員の影響を取り除いて、内部告発によるごたごたが収束するのに時間を要したことと、俺への情報網の使用許可が下りたのがごく最近だからだ。

 この取引は牙狩りの長い歴史の中でも異例も異例になる。血界の眷属(ブラッドブリード)の絡まない、牙狩りの視点から見れば世界にごまんとある、たかが犯罪組織の粛清に世界秩序の裏の番人である牙狩りが関わるなど、これまでの沈黙の掟を破る勢いだ。ライブラとしても、HL外で暗躍する組織など、本来歯牙にもかけない存在だろう。

 だが、ライブラが静観できない理由が出来てしまった。俺のNOCバレ時点では「保留」程度の評価だった組織が、まだ重要度はかなり低いものの、警戒観察対象に入った訳。

 

 

 ────―APTX(アポトキシン)4869、その識別番号から別名を「出来損ないの名探偵(シェリングフォード)」。服用したら体内で毒が検出されないという、科学技術で神秘の域に片足を突っ込みかけている毒薬の存在を、人狼がキャッチしたからだ。

 

 

 

 その毒薬の存在を突き止めたのは本当に偶然だった。

 ライブラ同様、黒の組織も正確な構成員の人数は掴めず、全世界の各界に構成員が入り込んでいるというあいまいな情報以外、長年潜入している捜査官でも掴み切れない規模をもつ。そして、ただの反社会勢力にしては、目的も行動原理もさっぱり分からない。自分が属する派閥の幹部から仕事の連絡が下りてくるか、派閥に属していない末端も末端な連中は派閥の構成員から使い捨てのような形で駆り出される。任務の真意を悟らせない、完全なトップダウンかつ個人主義的な命令系統だった。探り屋としてコードネーム持ちになるほどの評価を受けたバーボンですら、組織の目的には肉薄どころか推定できないほど情報が秘匿されていた。つまり、組織の生命線に繋がりかねない重要情報ということだ。

 組織を潰さんとする、俺たち潜入捜査官がこれまで辿り着けなかった目的。壊滅の大きな進歩になる鍵になるその情報。ようやく情報網の使用許可を貰ったはいいが、さあ調べるぞと意気込んでコンソールに座り、クリスに一通り操作を教わって数分で手を止めることになった。

 潜入捜査官としてのノウハウはあっても、俺にゼロのような、膨大な情報から絞り込んでいくためのスキルが無かったのに気付いてしまったのだ。潜入中は有力な幹部を確保する、あるいは壊滅に繋がる重要情報の入手という明確なオーダーがあったが、情報通でもない俺は、どういった方向で探っていけばいいのか、皆目見当がつかなくなってしまったのだ。

 

 世界中のその筋の人間や諜報機関が、喉から手が出るほど欲しがる宝の山を前にして撃沈したのだ。ゼロならこの世界に張られた網を最大限に有効活用できたんだろうが……俺のサイバー方面のスキルは3人組の中でも最低だった。……クリス、引き抜く人選間違えてないか? と遠い目をしたのはつい一か月前のことだ。

 前もって忠告されていた通り、制限されていてもあまりに莫大すぎる量・範囲の情報網を前にどこから手を付けていいか途方に暮れる俺に、クリスは裏社会の情報のエキスパートとして、そして組織について先入観がないからこその全く異なる視点からのアプローチを助言してくれた。

 

 

 俺が組織に潜入していなくても探れる、奴らの手がかり。それは、金の流れだ。

 組織の全体像がつかめず、末端を取り込んでもトカゲのしっぽ切り程度で組織に大したダメージにならないのなら、時折驚くほど大胆なくせに、慎重で狡猾な実働部隊から攻めるのではなく、組織運営に必要な資金の流れを掴めばいいと。

 俺がコードネームを得るまでに、下積み期間として実力を見るために色んな仕事をやらされた。敵対組織との抗争や口封じのための殺人や暗殺ばっかり注目されがちだが、その他にも恐喝、窃盗、違法薬物の取引、ハッキング、他の組織との交渉、情報を得るためのハニートラップ……その他エトセトラ。手広いが、そこらの反社会組織でもやってそうな事ばかりではある。

 

 その中でもクリスが注目したのは違法薬物の取引、あと武器の流通だった。恐喝や窃盗は件数が多すぎて絞り込みに時間がかかり、取りこぼしも多い。もししくじりがあれば組織が下手人の構成員を抹殺して情報源を絶たれかねない危険性も高い。その代わり、薬物取引や武器の流通ルートは、黒の組織外の裏社会の他の職種と必ず関わる。取引相手を殺してしまっては意味が無いからだ。秘密主義の組織でも、外部と少しでも繋がりがあるのなら、クリスの情報網ならそこから逆探知できる。

 武器の仕入れに関してはルートさえ構築してしまえば、ある程度自分の組織内で賄えるだろうが、銃刀法のある日本では製造は難しい。むしろ、海外で大戦以前から続けている信頼性のある武器商人から密輸するほうがよほど質がいいし、入手難度が下がる。幹部クラスのスペック持ちなら、スナイパーにしろガンナーにしろ、武器にもこだわりが出てくるものだ。

 

 

 となると、陸路で密輸できない島国の日本で武器類を持ち込もうとすれば、自然と手段は海路に絞られる。空路は海路に比べると制限も多いしセキュリティチェックが厳しい。ライブラの武器庫であり、武器商人としては裏社会でも指折りのパトリックとニーカにも知恵を借りた。対戦車用ともいえる威力を持つ戦術超小型核兵器であるナノニューク弾なんてバケモノ弾を仕入れられるほどの彼らのツテは世界中に広がっていて、裏社会で有名な武器商人に関してはクリスより詳しい。

 あと組織が関わっていた違法薬物に使われる植物の中に、日本の環境で生育が難しい植物を偶然、ラインヘルツの緑の指(グリーンフィンガー)であるクラウスが教えてくれたお陰で、植物・茶葉・薬品系の貨物を扱う輸入業者が怪しいと見た。そこまで絞り込んだ後は、牙狩り日本支部がきな臭い動きがあると睨んでいた海路での輸入履歴のある企業をリストアップして、情報網の中でも日本にいる情報屋や人狼たちに精査の依頼をした。

 

 

 もちろん無数にある日本の企業を大小問わず絞り込んでいく手間は半端じゃない。まともに着手したら1ヵ月無休で働いたとしても無理な情報量だったのだが……俺のあまりの拙さに、コンソールに棲んでいた電脳魔がある日、痺れを切らして声を掛けてきたのだ。

 

 

『手伝おっか? スコッチのおにいさん』

 

 

 そんなエラーメッセージと共に、開きまくったウィンドウが重なっている画面にひょこりと顔を出した幼女にビックリしすぎて、椅子から転げ落ちたのは笑い話だ。

 

 電脳演算人工知能・ムネーモシュネー。

 クリスが日本のギフテッド、ヒロキ・サワダと、彼が開発した人類最高の発明と云われる人工知能のノアズ・アーク、そしてライブラの魔術的なセキュリティを担う鍵屋のユリアンの助言を得て完成させた、自立思考を持つ弩級のAIだ。

 ライブラという世界の命運を握る秘密結社が抱えているあらゆる秘密や情報を蓄積・管理し、サイバー攻撃の最後の砦となるに十分なスペックを有しているとかで、どこかクリスに似た面差しの、桜色の目がくりくりとしてて可愛い黒髪幼女の見た目に反してハイスペックどころかチートスペックだった。

 

 

 そんなムネーモシュネーという管理人の手を借りて、どうにかこうにか絞り込んだ怪しい企業を調べてもらった結果……自動車製造で有名な大企業の一つと、名前は売れてないがそこそこの研究施設を持つとある製薬会社がビンゴした。しかも大企業の方は社長が黒の組織の幹部で、直接会ったことはないが名前はよくよく知っているピスコだった。政界にも顔の利く財界の大物が黒とか、調査結果を聞いて倒れかけた。アイリッシュとかテキーラとか、俺でも知っている幹部との接触記録が残っていたお陰で、桝山がピスコだと判明した。

 そして……もう一つ、黒の組織関連だと分かった製薬会社が一番資金を掛けている人里離れた研究所に潜入した人狼が特別厳重に監視された部屋に入って見つけたのが、くだんの毒薬だった。

 

 体内で毒反応が出ない毒薬なんてものは、完全にライブラ案件ものだ。しかも人狼が毒薬の効能を知るために丁度行われてた投薬実験を見てたらバタバタマウスが死ぬ中、一匹だけ苦しんだ後身体が縮んで子どもになってた? ハイ完全にアウトー。一緒に報告書を読んでいたクリスが、最後まで読み終る頃にはぐだぐだと机につっぷつしてやる気のない声を出していたのが印象的だった。あの日は他にも重要案件山積みでやる気がマイナスに振り切っていたらしい。確かに、異界の魔導科学でもないのに、人体のプログラム細胞死……アポトーシスを利用した、人間の技術で若返りの薬を作ろうものなら、間違いなく世界がひっくり返る。足のつかない毒薬の時点でかなりの被害が予想される上、若返りの妙薬となれば表世界の因果律が滅茶苦茶になる。人界に及ぼす影響は奴らが思うより甚大だ。

 

 ライブラが公安と手を結ぶのは、その毒薬が世界に流通するのを阻止するためだ。まだ研究段階で上層部に結果は伝わってないらしいが、その薬を研究してる若い天才研究者……コードネーム・シェリーはジンが時々監視しているらしい。いち研究者でありながらコードネームを持ち、あのジンが監視するほどの幹部となれば、彼女とその研究が組織にとってどれほど重要か、考えなくとも分かる。幹部の中でも冷酷で知られるジンがAPTX4869の効果を知ったら、間違いなく使おうとしかねない。

 

 世界を転覆させかねないその薬の使用を阻止するためにも、警戒レベルが上がったその日から、定期的にシェリーの元に諜報員が派遣されているらしかった。いざという時、APTXに関係するデータが組織に渡る前に消去するために。だが、シェリーの頭の中には設計図が保管されたままになる。諜報員が様子を見守っているのは、ジンがシェリーの身を脅かした際の彼女の保護、あるいは……彼女の行動如何によっては、これ以上の被害を押さえるために、彼女の暗殺も視野に入れて、だ。

 

 

 

 

「……以上が、我々が掴んだ組織の極秘情報です」

 

 時々クリスに補足してもらいつつ、この一ヵ月で突き止めた情報のプレゼンを終える。紙媒体で出力したその資料を必死に目で追っているゼロの表情は蒼褪めていて、眉間には深い深い皺が刻まれている。多分、こんな深い情報までどうやって探ったんだ、とか、こいつら本当にただの調査会社の人間か……? と疑っているところだろう。そりゃ、数年かけてコードネーム持ちになっても知り得なかった、日本に潜む闇のありかを此処まで探り出されたら、探り屋の名が泣くというか、捜査官としてのプライドがズタズタになるよなぁ。

 最近うっかりライブラの日常に慣れてきていたが、改めてクリスのを規格外ぶりを思い知る。

 

「短期間でこれほどとは……。貴方たちは……一体……」

 

 ゼロの真っ直ぐなブルーグレイの視線を受けた俺とクリスは、さっと目配せし合った。

 

「ミスタ・フルヤ。先ほどは調査会社の人間だと自己紹介をしましたが……あれは嘘です」

「……でしょうね。情報の真偽はこちらでももう一度確かめますが、これほどの情報を集められる人間がただの調査会社勤めとは思えない。奴らは組織外に自分の正体をそうそう悟らせるようなヘマはしないし……武器流通ルートと違法薬物ルートから逆算して組織に繋がる企業を割り出すなど、絞り込みにどれほど時間が掛かるか」

「ご理解が早くて助かります。……では、あの組織でバーボンのコードネームを持ち、探り屋として認められているあなたならご存知でしょう。我々は、秘密結社ライブラの一員です」

「な……っ!?」

 

 クリスのカミングアウトに、ゼロの表情が驚愕に彩られる。信じられないと表情にありありと出ている。……無理もない、俺がゼロの立場だったら、すぐには信じられん。

 

「あのライブラ、ですか」

 

 疑わしい、という棘の籠ったゼロの呟きに、場が膠着するかと思いきや。助け舟を出したのはゼロの上司だった。

 

「実はな降谷、我が公安とライブラ……スターフェイズ女史とは一年前から繋がりがあってな……。今回、お前が組織からの監視から逃れたのを機に、本格的に協力体制を結ぶこととなった」

「! ……なるほど、ライブラを騙る者ではないと。確かに、あの情報も、世界の均衡を保つべく暗躍しているというライブラなら納得いきます」

 

 硬い声に滲んだのは、探り屋としての矜持だろう。謎に包まれた境界都市の中でも更に実体のつかめない秘密結社。その構成員なら、己の知らない情報をここまで掴んでいても何ら不思議ではない──そう自分に納得させるように言い聞かせているのだろう。

 愛国心の人一倍強い、自分の優秀さを良く分かっているゼロからすれば、HLにいる人間に、自国の企業に扮する組織の情報を先に掴まれたというのは業腹だろうが。ライに向けていたようなクリスや俺への敵愾心が表面上に表れないのは流石と言うべきか。

 

 

「本来なら、我々の職務はHLから異界の技術・生物が流出し、世界に不可逆の混沌が侵食し、滅びかねない事象を回避すること。ただの犯罪組織というだけなら、その規模や被害に関わらず、我々が手を出す領域ではない……皆様、各国の治安組織にお任せする領分。そのため保留程度に留まっていましたが……そうも言ってはいられない事態になってしまった。未完成でありながら体内から検出されない毒となり、研究が進めば若返りの妙薬の再現となるAPTX4869は、この世界に存在してはならない毒薬だ」

「ええ……そうでしょうね。ですが、何故一年経った今、本気で公安と手を結ぼうと? ここまで独自に調べられる情報網と諜報員が居るのなら、今日までに奴らの一部でも潰す機会も力もあったはずだ」

 

 

 おっと、顔に出てないだけで敵意満々だったか。ライブラは既に官房長の許可も取ってる協力組織であって、FBIとはワケが違うってのに……溜息を全力で吐きたくなった。隣のクリスは刺々しい言葉にもどこ吹く風で泰然としているが。

 

 

「その疑問はごもっとも。だが、我々もHLの外の組織にかかずらっていられるほど暇ではありません。なにしろHLは毎日のように爆弾事件やらデモやらテロまがいの暴動・狂騒が起きる街。13王の数人が直接ちょっかいを出してくる。APTX4869の一件がなければ、ライブラとして手を出す理由は何もなかった」

 

 淡々と説得するクリスの声には、同情を誘うだとか敵愾心を突っぱねようだとかいうような、一切の情が含まれていない。事実そのままを冷静に述べているだけだ。

 

 彼女がライブラのために日本警察と手を結ぼうとし、その過程で俺を助けようとしなければ、ライブラが黒の組織を目に留めることなんて無かっただろう。異界武器を持ちだそうとすればそれ相応の報復をしただろうが、組織丸ごとを壊滅させるべく動こうとはしなかったに違いない。今こうやって、クリスの助力を得られているのも奇跡に等しいのだ。

 ライブラで黒の組織に関して動いているのは俺とクリスのみ。当然だ、ライブラの目的にあの組織は含まれない。血界の眷属がらみでもない。クラウスとスティーブンは役職上、俺がライブラに加入した目的が黒の組織を追い、情報を得るためだと知ってはいるが、手出しはしてこない。それでよかった。これは表……俺たち警察の領分だ。クリスだって、情報網の提供と助言のみに留めていて、きちんと契約通りに線引きしてくれている。

 思考の怪物と言われたって人間だ。クリスが捌く仕事量は、今まで過労死していないのが不思議なくらい膨大で、他人に任せることも手伝うことも出来ないほど複雑だ。それにプラスして黒の組織について調べてくれなんて、口が裂けても言えるはずがない。言いたくもない。そんな泣き言を言うのは、自分が許せなくなりそうだった。

 

 クリスが協力してくれている今この状態は、彼女の気まぐれと温情によって成り立っている。ゼロはそれが分かっていないからこそ、物怖じせず言えるのだ。ゼロの上司はヒヤヒヤものだろう、ここでクリスの機嫌を損ねれば、ようやく進み始めていた組織壊滅の道が途絶えかねないのだから。公安に協力する予定の「燕」だって、クリスの意向があるから手を貸そうとしてくれているのだ。今この会話を「燕」の誰かが聞けば、クリスが許そうともクリスへの侮辱に激昂するだろう。彼らの忠誠心は古い時代の主従関係に等しいものがある。

 

 

「そもそも、あの組織に目を付けたのは、彼をこちらに引き込むための条件として適切だったからにすぎません」

「……彼?」

 

 胡乱げに片目を眇めるゼロを前に、クリスが横目で俺を見た。それに、俺はしっかり頷いた。

 

「ミスタ・フルヤ。今日この日まで貴方に彼の存在を隠していたことを謝罪します。危険だからとはいえ、半年も貴方に要らない心労をかけてしまった」

「……いや、クリスが謝る必要はないぞ? 悪いのは俺のことをバラした工作員どもだろ」

「……は?」

 

 今までクリスの存在感にまぎれるように、意識的に抑えていた存在感を解き、口調も檜山から俺自身のものに変える。クリスばかりに刺すような視線を送っていたゼロの目が、ようやくこちらを向いた。

 檜山の時はこの存在感によるトリックを度々使っていた。ライブラとして人前に立つときのクリスのカリスマオーラは、リーダーとして振る舞っているクラウスに等しいものがある。それを利用すれば、同じ場に居ても俺の印象は限りなく薄くなる。マジシャンが使う視線誘導の応用だ。俺のことを誰かが聞き出そうとしても、クリスに視線が言ってしまって、俺に関しては外見特徴すらぼやけるぐらいの存在感の薄さになる。死人として扱われている俺が、檜山満として暗躍するには必須スキルだった。

 HLの外でこのスキルと認識阻害系の幻術諸々込みの変装の皮を、他人の前で解くのはこれが初めてだ。クリスがGOサインを出したのなら、ゼロの上司もシロ、この部屋にも隠しカメラ()盗聴器()は届かないのを確認済みということ。躊躇う要素は微塵もなかった。

 

 

「──今まで会いに行けなくてすまなかった」

 

 

 被っていた檜山のマスクに手を掛け、声を変えるために使っていた術を解除。高かった声が元の地声に変わる。

 鋭かったブルーグレイの瞳が、限りなく見開かれて冬の青空のようなアイスグレーに色を変えるのを見ながら、俺はニッ、と不敵に笑ってマスクを脱ぎ捨てた。

 

「元気そうで安心したよ…………ゼロ」

 

 

 あの忌まわしい日を覚えている。忘れるはずがなかった。

 身元が分からなくなるほどに燃やし尽くされた遺体はあいつと同じぐらいの体格。胸元には銃で心臓を撃ち抜いたような痕。近くには見間違えるはずもない、あいつが使っていた携帯が撃ち抜かれて壊されていた。同じフロアに運よく火の手から逃れたアイツの髪や血痕が残っていたことからも、スコッチは無事処分された────あの忌々しいライによって。間に合わなかった────その後悔が、この半年ずっと身の回りをついて回っていた。

 

 

 だから────目の前で起きているこれは、疲労が見せた幻覚じゃないかと、自分の脳味噌すら疑ってしまいそうになる。きっとスコッチが……諸伏景光が実は生きているという、自分にとって都合のいい現実を認めたいと思ってしまう自分の弱さと、夢から覚めた時の絶望感を認めたくなくて、拒絶してしまいたくなる。

 だが、死んだはずの男が俺の前で、見慣れた不敵な明るい笑顔から、拗ねたような、困ったような顔をして、そんな幽霊でも見たような顔をするなよ、と再び口を開いてしまったら……自分の頬をつねるより先に、勢いよく立ち上がって駆け寄ってしまうのは、きっと不可抗力だ。

 むんず、と掴んだ男の顔は人肌の暖かさがあった。青い釣り目に無精髭、一年前とほとんど変わらない諸伏景光がそこにいた。

 

「本当に、景光、なのか……?」

「おう。お前の幼馴染で元警視庁公安部所属、そんでスコッチだった諸伏景光だ」

「……!」

 

 伸ばされた手が、無造作に自分の金髪を撫で繰り回す。その温かさに、目の端がジワリと滲んだ。

 

 

 生きている。今ここに、確かに、生きているのだ。

 

 

「っ、この、大馬鹿野郎…………!!」

 

 

 一年前に大事なものを失ったあの日から、ずっと重石のように心の奥底で(こご)っていた行き場のない感情が、目から零れ落ちる雫となって融けていく。硬く結んだ口の端が、力を入れられずにへなへなと緩んだ。涙で滲んだ視界に映る友人が少し慌てたような表情になって、そうしてほどけるように苦笑した。あたたかな腕が肩に回る。額とこめかみから伝わる温度が、ただただ嬉しかった。微かに聞こえた心音に、夢ではないと目を瞑ると、まなじりから一粒涙が零れた。ああ、もはや感情の制御が効かない。

 この時、ようやくただの降谷零として、感情も表情も取り繕うことなく、本当の意味で泣くことが出来た。

 

 旧友たちの心温まる再会に、温かく見守っていたクリスと降谷の上司は、目配せをして、ただただ見守っていた。

 

 




無事再会。



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頭上の星をひとつきみに帰す

 

 

 ゼロと再会した翌日、俺とクリスは空港にいた。人通りの多いロビー……ではなく、またもやプライベートジェット用の専用ターミナル内の、打ち合わせや軽食が取れるこじんまりした待合室に一人、俺はスマホを手にしていた。通話相手は勿論ゼロだ。

 

「だからそう心配すんなって、これでも色々身に付けたんだぞ? 上手くやるさ」

『それは分かってるが、あのヘルサレムズ・ロットだぞ? 組織以上に油断が命取りだとティアも言っていただろう』

 

 心配性な幼馴染に俺は肩を竦めた。

 

「まぁそりゃな…………一回ヤバい目にもあったし」

『……今、何か聞き捨てならないことを呟かなかったか?』

「いやいや、まさかぁ!」

『………………まぁいい、ライブラなら下手な潜伏より安全だろう。なにしろ、組織でさえHLでの活動はままならないと聞いている。生半可な人間を送り込んでもすぐ死ぬ、と。彼女も……まだ完全にとはいかないが、見ている限り信用できる人間のようだしな』

「ぶっちゃけ百人力だぞ。こんど武勇伝聞かせてやろうか」

『……ああ、また追々な』

「……お前の方こそ、頑張りすぎて倒れるなよ。俺は俺なりに、お前からは見えない情報を探っていくからさ」

『頼むぞ』

「おう。……お、手続き終わったみたいだ。そろそろ搭乗するから切るな」

『そうか。見送りに行けなくてすまないな』

「なに、またちょこちょこ様子を見に行くさ。じゃあな」

『ああ』

 

 電話を切り、機内に持ち込む手荷物を手に、カウンターで手続きをしてくれていた氷室とクリスに駆け寄った。本来なら氷室と俺ですべきだったんだろうが、ゼロから電話が掛かってきたのを見たクリスに、良いから喋っておいで、と送り出されたのだ。小走りでやってくる俺に、クリスが苦笑している。

 

「お待たせしました」

「ああ、行こうか」

「お姉さま、檜山様。いってらっしゃいませ。またお会いできるのを我ら一同、楽しみにしております」

「また何かあったら頼むね」

「はい」

 

 専用ターミナルで氷室とは別れ、搭乗口から車でプライベートジェットのある滑走路まで当たり障りのない会話をして移動し、タラップを登ってジェット内に乗り込んだ。

 おかえりなさいませ! とやたら大きい声で出迎えてくれたラインヘルツ家が誇る特殊執事(コンバット・バトラー)にへらりと笑いかけつつ、シートに腰を下ろす。

 

「本当に良いの? せっかく再会できたんだ、休暇ついでに君だけもう少し日本に残っていても構わなかったのに」

「良いんだよ。十分休めたし、顔が見れただけ十分だ。これ以上いたら戻りがたくなりそうだし」

「君がそれでいいなら、とやかく言わないけど……」

 

 シートに座るなり、すかさず執事からサーブされたペリエで喉を潤しながら何度も尋ねてくるクリスに気にするなと笑う。これからは集めた情報を流すために何度か日本に足を運ぶ機会もあるだろうし、これが最後の別れじゃない。

 

「今の俺は、ライブラ所属の諸伏景光だからな」

 

 窓の外は抜けるような青空が広がっていて、フライト日和だ。約15時間のフライトを経て、HLのあるマンハッタン島最寄りのニューアーク・リバティー空港まで飛ぶ。今日も今日とて、あの境界都市はキノコ雲型の霧の結界に包まれて薄曇りの空なのだろう。2週間の不在が、あまりに長く感じた。

 HLの「外」は相変わらず平和で、あの都市でライブラが担う役目の重要性を思い知る。俺たちが守りたい日本や世界が平和なのは、ライブラが水際で異界の浸食を食い止めているからだ。……そのことに、今の俺は誇りを持っている。たとえ表向きは死人扱いで、遠く日本からも組織との戦いの前線から離れていても、あの場所で俺なりに日本の為に、組織壊滅の為に出来ることがあるのだから。

 そういう思いを込めてにかりと笑顔をクリスに向けた。そんな俺の顔を見て、通路を挟んだシートにゆったりと身を預けていたクリスは蘇芳色の目をぱちぱちとしばたたかせると、得心がいったようにゆったりと微笑みを浮かべた。

 

「……そうだった。帰ろうか、ヒロ」

「おう!」

 

 

 

 

 世界の均衡を守るべく暗躍する、秘密結社ライブラ。この物語は、そのライブラにひょんなことから加入することになった、一人の日本人警察官の戦いと日常の記録の──ほんの一部にすぎない。

 



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貫かれた鼓動を数えて

おまけ・NOCバレしたライと秘書嬢の夜話



 

 夜も深まる午前3時、自分以外誰も居ないライブラの痛いほど沈黙が支配する夜のオフィスに、バイブ音が鳴り響いた。緊急事態かと慌てて居残り仕事をしていたクリスティアナ・I・スターフェイズはさっとスマホの画面を見て、あからさまに嫌な顔をした。

 たっぷり数回分コールするのを眺めてから、切れる気配のない着信に渋々通話ボタンをタップする。スピーカーから漏れ聞こえたのは、滅多に掛けてこない特徴的な男の声だ。

 

『久しぶりだな』

「………………今何時だと思ってるんですかねぇ……」

『そっちは深夜3時か、その割には声がしっかりしているが……徹夜かな』

「寝てるところ叩き起こされてたら、出ずに電源落としてるわ」

「それは良かった」

 

 今の会話のどこら辺に安心する要素があったのか。言葉に混ぜた棘を感じ取れないほど鈍感でもあるまいに。苦言を呈する元気もなくなり、椅子に座ったまま大きく身体をのけぞらせた。その間も空いた左手から出した血の手でカリカリと始末書の処理を進めていく。雨に濡れそぼる霧の街を逆さに眺めながら、「……で?」と続きを促した。

 

「こんな夜更けに掛けてくるんだから、何か用件でも?」

『声が聴きたくなった、と言ったら、ど』

 

 ピッ。

 

 最後まで言い切らないうちに、通話終了のボタンをプッシュする。慈悲は無い。今自分の顔を鏡で見たのなら、くっきりと青筋が浮かんでいそうだ。減らない書類と連日の徹夜による睡眠不足でイラつきやすくなっているのも手伝っているのだろう。いつになく短気な自分を、残っている自分の中でも冷静な部分が考察する。

 頭の隅に浮上してきた、とある島国で準備させていた「万が一」の事態も本人があの能天気な状態なら起こるまい、と折りたたんだ携帯を書類の山にぽいと放り投げようとしたが、その直前に再び携帯が震えた。「Bereau’s Shepherd Dog」……事務所(ビュロウ)黒犬(シェパード)。本名でも良かったが、誰に見られるか分からないのもあるからと、本人が見たら苦虫をかみつぶしてたっぷり味わったような顔をしそうなあだ名で登録している。

 たっぷり5秒待って、緩慢に通話ボタンを押した。

 

『ひどいな、切らなくてもいいだろう』

「そんな馬鹿なジョーク飛ばす余裕があるなら大丈夫そうね」

 

 今度は向こうが一瞬沈黙した。

 

『……流石だな、もう掴んでいたのか?』

「まぁ。FBIが動いたってくらいだよ、耳に挟んだのは。あとは勘。滅多に掛けてこないのに時間も憚らずこんなタイミングで掛けてきたのが良い証拠。その様子だとライとは名乗れない状況まで来たようだね、シュウ?」

『ああ……ジンを捕らえようと罠を張ったが、事前に察知されてしまった』

「そう。貴方は狙撃の腕と頭脳は優秀だけど、どこかしら詰めが甘いもの。そもそも潜入なんて向いてないんだから、かえって好都合じゃないの」

 

 折角のチャンスがフイになって残念ねとか、潜入失敗して残念ねなんて慰めは言ってやらない。そんなことは思いすらしないし、この男もそんな言葉を求めて私に掛けてきたんじゃないだろう。そんな甘い慰めは、元ガールフレンドのジョディか組織に入るために利用した恋人さん(宮野明美)に求めてくれ。……当たり屋で始まる恋って凄いな、色んな意味で。

 

 そもそも、赤井秀一という男はとことん潜入捜査に向いていないと思うのだ。確かにアメリカの正義と秩序の担い手であるFBIとは思えないほどの悪人面とロン毛に黒ずくめという格好は組織のカラー的に随分馴染んだだろうが、情報を探り出すには社交性皆無だし、肝心なところで詰めが甘い。単独行動が多いから、周囲が連携取れずに思いがけないヘマに繋がるのだ。今回もそのパターンに違いない。ある程度有能じゃないと何年経とうがコードネームを貰えないからとはいえ、あの男を潜入捜査官に選んだ人選が本気で謎だと思う。

 

『フ……君にはそう見えるのか。興味深い』

「貴方は組織の内側に潜り込むより、組織の目を欺き通して、奴らにとって予想外の一発逆転を撃ち込む鬼札(ジョーカー)の方がお似合い。仲間から隠し事が洩れるなら、いっそ秘密裏に動いた方が良いと思うけれど」

 

 私の酷評にも、シュウはくつくつと笑うだけだった。

 人間の根本的な性格は中々変えられない。口の堅さも、ある程度意識してコントロールできる面もあるが、長年の癖というのは抜けにくい。ちょっとした気の緩みで口を滑らすなんてことも大いにありうるだろう。人間とはそういう生き物だ。一番良いのは、大事な情報はたとえ味方でも、本当に必要で無ければ無闇に教えないことだ。HLでは本人が知らないうちに情報を抜き取る手法なんて山とあるのだし、余計に。隠し事をしているのでは、と相手に不信感や疑心暗鬼を与えないよう、与える情報の取捨選択が腕の見せ所だが。なにしろ、疑心暗鬼に陥った人間がどんな狂気を生むか、それは人類史でも魔女裁判などの忌まわしい事件が証明している。

 あまり回っていない頭で、つらつらと思いつくままに言葉を並べ立てていると、成る程な、と少し面白そうに電話の向こう側で笑う気配がした。

 

『ジョーカーか……ふむ、参考にさせてもらおう』

「ハイハイ」

『ほとぼりが冷めたらいい酒を持ってそっちに行く。3人で呑もう、君のつまみが久々に食べたい』

「じゃあ異界産のドギツいのをワイナリーにたっっぷり準備しておくわ」

 

 言外に潰す、と圧を込めて放った言葉に、FBIきっての切れ者と名高い男も動揺したようだった。

 

『それは君以外がちょっと飲んだら即座に気絶するレベルじゃないのか……?』

「飲んべえの狼も酔う度数だから否定はしない」

 

 色も青かったり紫だったり、アメリカのキャンディーよろしくいろいろ色が混ざってるものまで。HLに出回る酒というのは人界以上に多種多様で、中には内臓を直に焼くような馬鹿みたいな度数の酒も色々ある。流石に喉が爛れるレベルの酒を提供するつもりはないが、HLにはたとえ酒に強いヒューマーでも潰せる酒なんてゴロゴロ転がっている。

 私の場合、毒耐性が付いていて水に変換できる血液という特殊体質のせいか、アルコールを毒判定してさっさと無毒化ののちに分解してしまうため、どれだけ強い酒を呑もうがさっぱり酔えないのが残念だ。

 お陰で、この男がFBIに私を引き込むために仕掛けてきたレディー・キラーを涼しい顔で躱せたのだが。……参加したことないけど、何でも飲み比べで決めるウワバミの穴倉とも呼ばれる『バッカ―ディオの秤』に参加したら、多分出禁になる自信がある。

 

『(狼……? 男か?)もう一人も、連れていけたらいいんだがな』

「レイ? まぁ彼は潜入中だし……さっさと組織を壊滅させたら出来るでしょう」

『……ああ、そうだな』

「……貴方らしくない発言だね、なに、まさか酔ってるの?」

『そうかもしれん……』

「おいFBIしっかりしろ、逃走中だろ飲んでんじゃねえよせめて帰国後に酒盛りしろ」

 

 何やってんだコイツ、と叫び出しそうになった。

 だが、聞こえてきた次の声は、らしくもなく弱々しさをはらんでいた。

 

『……ありがとう、ティア』

 

 それは何に向けた謝意なのか。

 聞くのは野暮な気がして、溜息を吐く代わりに嫌味で返す。

 

「その呼び名は許可してないわよ、ダメ男」

 

 

**

 

 

「クリス!!」

「どうした、ヒロ」

「どうしたの、そんな血相変えて」

 

 数年後のある日、顔を真っ青にしてオフィスに慌ただしく飛び込んできたヒロに、次の作戦についてスティーブンと打ち合わせをしていた私はきょとんとした。普段はほんわかしているが、スナイパーとしてはすこぶる冷静な部分もあると知っていたからこそ、ここまで取り乱すような案件とは何なのか。緊急事態か、と思わず身構える。

 ぜえはあ、と肩で息をしていたヒロの息が整うのを待ち、ゆるゆると顔を上げたヒロの顔には、焦燥が浮かんでいた。ライが、と途切れ途切れに呟いたヒロに、私は目を丸くする。……シュウ? 

 

「ライ、赤井が……! 組織に殺されたって……!」

 

 突然の訃報に一瞬息が止まりそうになるが、動揺はすぐに波のように引いていった。混乱するより先に、確かめなければならないことがあるからだ。

 

「アカイっていうと、クリスの知り合いのFBIで優秀なスナイパーっていう、あのミスタ・アカイか?」

「ああ……」

 

 珈琲のカップ片手に目を丸くするスティーブンとヒロの会話に入り込むように、私は努めて冷静を保とうと意識しながら、声を絞り出した。

 

「…………ヒロ、その情報元は?」

「あ、警視庁にいる『燕』の(ちがや)経由でメッセンジャーのディアンからと……あと日本に飛んでたFBI捜査官から……」

「……そう」

 

 今、HLは朝の9時。日本とは14時間差……つまり向こうは夜10時頃だ。

 ヒロの口から出た情報源は、FBIの捜査官はともかく、前者は私の知る限り不明確な事実を伝えてくる面々ではない。だから、赤井秀一が組織に殺されたというのは恐らく信憑性が高い。……だが、あの悪運の強い、殺しても死ななさそうな男が、私の耳にヤバい状況にあると知る間もなく殺されるだろうか。……ああ、クソ。あとで情報を集めないと判断がつかない。

 溜息をついて、すこしだけ頤を引いて俯くと、ぎゅう、とぬいぐるみのようにヒロに抱きしめられた。それを解くことはせず、大人しくされるがままになる。ぐす、と粘膜の擦れる音と、かすかにふるえる体温の中で、溜息にもならない息を鼻から逃がして、瞼をおろした。

 

 

 蘇るのは、いつかの夜のこと。シュウがライという酒の名前を捨てた日に、珍しく時差も気にせず非常識な時間に電話を掛けてきたあの夜のことだ。こちらが秘密裏に、もし彼が窮地に陥った際に手助けできるよう燕の援軍を待機させていたのを悟ったらしいシュウの素直なお礼を聞く前の話題。私の作ったつまみが食べたいと、何気ない会話に混ぜてきた可愛らしい我が侭だ。組織に潜入する前、牙狩りとFBIの合同捜査の打ち上げで一度だけ振る舞った手料理を、彼は大層お気に召したらしい。……あの後、まだ交際中だったはずのジョディがレシピを聞いてきて大変だった。

 最後に電話を掛けてきたときは、確かヴェデッドとローストビーフを仕込んでいた時に掛かって来て、自信作だと言ったら、君の自信作なら、さぞ美味いんだろう。次会う時は是非食べてみたいもんだ、と笑っていたくせに。……次、は結局訪れなかった。

 

 

 ……駄目だ、鼻がつんとしてきた。

 込み上げてきそうになる何かを喉奥で押しとどめて、額をヒロの胸に預ける。後ろから伸びてきたスティーブンの手が、不器用に頭を撫でた。

 

「(……あんまり長いことゴーストしていると、食べたいって言ってたローストビーフ、貴方の分だけ作らないから)」

 

 心の中で、憎まれ口をたたく。しぶとく生き延びていると信じ込んでいなければ、あっという間に膝が砕けて立ち上がれなくなりそうだった。

 本当に死んだのか、それとも密やかに生きているのか。海と濃い霧に遮られている私たちでは詳細は掴めない。けれど、周囲を長々と悲しませるのは馬鹿の所業だ。

 遠いあの夜の電話で話したことをうっすらと思いだす。殺しても死ななさそうな男だ。組織に対する切り札、ジョーカーが立ち消えなど許さない。4人で祝杯を挙げるなんて温かい夢を、私なんかに想像させたのだ。叶えず一人死ぬなんて、ゆるさない。言い出した責任は取ってもらわねば。

 

「(だから早く帰ってきなさい、シュウ)」

 

 

 



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▼After Word

 人物紹介という名の補足祭り。やたら長くなったのはごご愛嬌……。

 

 

▼クリスティアナ・I・スターフェイズ

 色々暗躍するライブラのナンバー3。本編を読んでいない方向けの詳しいプロフィールは後記。

 主人公のはずだがぶっちゃけ今回のようなDC側サイドの話だと、スコッチにもっぱら語り部を取られている気がある主人公(重要)。

 

 スコッチ視点だと分かりにくいが、随所で燕と連携を取っていたところからお察しできる通り、ここぞとばかりにライブラや牙狩りに刃向かう異分子排除に取り掛かっていた。警察庁の別の局の中にHLからチンピラが異界産の物品を持ち出して日本に持ち込むのに手を貸したクズがいたため、燕にはその人物の確保を依頼していた。このあたり降谷さんの前でクリスが大捕り物するシーンを書こうかと思いましたが、自分で書いていてあまりに解釈違いになったのでカット。

 

 人体実験のショックから立ち直って世界各国の支部を回っていた時に日本支部に所属していた時期があり、その時に売った恩が原因で「水守(みもり)」と呼ばれる。あまりに誰得なオリジナル要素過分過ぎる上、別のジャンルとのクロスオーバーになってしまうので詳しい内容は自重した。日本支部からの扱いがかなり好意的なのは日本を一回救っている所為。おそらくこのネタを降谷が知ったら愛国心ゆえに最初の失言をした自分を思い返してヘコむ。

 

 降谷零が桜(警察シンボルは桜を元にした旭日章)ならクリスは菊(天皇家のシンボルは十六八重表菊紋章)。

 

 前回スコッチを(たとえ交渉という所用があったとはいえ)北米からはるばる来てまで助けたのは、牙狩りとは無縁で異常者扱いの自分を知らず、なおかつ裏切る可能性が限りなく低い立場にある優秀な人間が味方に欲しかったため。無意識下の欲求の為、クリス本人も周囲と同様に打算部分だけが理由だと思っている。

 だが案外スコッチが情に厚くて、聞いていたカタログスペックより潜在能力や伸びしろが大きかったのですっかり気に入りつつある。打算とはいえ命を救えてよかったと思う反面、狂騒と背徳の街であるHLには致命的に合わないのに連れてきてしまった事に後悔と自責を抱いている。何かと気にかけているのはそういった理由もある。

 

 スコッチはいずれ組織壊滅後には公安に返す予定なので、少なくともそれまではたとえどれだけボロカス侮辱されようが公安と共同戦線を破棄するつもりはない。あまりに優秀なので日に日に返すのが惜しくなってなんかない、……ないぞ? 

 日本有数の財閥である鈴木家とも交流があり、次郎吉に気に入られている。恐らくコナンとのエンカウントがあるとしたら園子経由だと思われる。

 

 もしクリスとスコッチが純黒に参戦したら、車軸に取り付けられた爆弾半分を上から紐なしバンジーよろしくダイナミック飛び降りしながら凍結させていったり、ラストの観覧車ゴロゴロをコナンの伸縮サスペンダー同様、最大規模の籠目(ザップでいう赫綰縛(かくわんばく)・血で編んだ細かい伸縮自在ネット、原作サップは網を引っ張って瞬間的にだが1トンはあるパワードスーツという名の金属の塊が降ってきたのを静止させた)で引っ張って止めてほしい。スコッチはキュラソーという重要な組織の手がかりを握る幹部を確保(最終的には潰される前に救い出すことになる)するべく公安・燕と連携して暗躍してほしい願望。誰か書いてくれ。

 

 クリスの愛車、フェアレディZとロードスターはTwitterで「折角DCで成人済み主人公なんだし、秘書嬢に似合う車ってありますかねぇ……」と何気なく呟いたらフォロワーさんがこれどう? と教えてくれた車があまりにドンピシャだったので使わせて頂きました──! ありがとうございます!! 赤と白というチョイスがまた良い……これに乗ってカーチェイスする秘書嬢とか考えるだけで最高オブ最高。

 

 

 

 

▼スコッチ(諸伏景光・檜山満)

 順調にHLに馴染み、HLならではの手法で変装やハッキングなど諸々のスキルを磨いて組織潜入時よりかなりパワーアップした。最近ようやくデーターベースの一部を弄る許可を得たので、組織に感づかれない程度に少しずつ探りを入れ始めている。自分の脳にも億の価値が付いたので普段通りに見えて、HLを出歩く際は結構ドキドキハラハラ。一回だけ敵対組織にライブラの一員と知られて、本気で死んだ方がマシかもしれないと思う目に遭いかけたが、絶対敵殺すマンに変貌したライブラの皆さまにより未遂で救出された。五体満足ってすばらしい。

 ライブラのやり方(殺しも止む無し)に最初は葛藤したが、相手をころさないと鼬ごっこだったり本気で世界が終わりかねない案件がゴロゴロしているので、組織時代同様一旦割り切ったらちょっと楽になった。彼もぶっちゃけ潜入に向いてない優しすぎる人。

 

 チェイン同様、協力組織からの出向組のため、核構成員だがクリス直属の部下扱い。少しずつクリスの立場や過去を知るにつれて、なんだかほっとけなくてK・K同様に仕事がある時だけ呼び出される勤務タイプなのに自主的にクリスの仕事の手伝い(延長線でスティーブンからのお使いとか)をやり始め、半年経った現在はメインメンバーにクリスの補佐とも認識されている。新人構成員にはライブラの補佐官は二人居ると勘違いされるほど。

 本編でクリスが行方不明になったらSAN値チェック。赤井ほどは荒れないがムネーモシュネーと連携して全世界を洗い出しまくりそう(十分荒れている)。

 レオ同様愛想のいい顔でフランク(ただし口は堅いし強情だが)なので友達やら人脈が広い。きっと数年後に入ってくるレオとは波長が合う。ザップに対しては、最初はお巡りさんらしくクズのロイヤルストレートを窘めていたが、あまりの直らなさにザップはこういうもんか、とやや諦めつつある。スティーブンってゼロに似ているよな、と思ったのは内緒。

 

 

 

 

▼降谷零(バーボン・安室透)

 スコッチ死亡でSAN値が削れていたけどうまいこと仮面を被って監視期間を乗り切り、今回スコッチ生存を知って色々回復した人。前回の話でクリスが逃水で廃ビル周辺を攪乱の霧で覆っており、彼も方向感覚を狂わされて足止めされていたため、足音でうっかり幼馴染自殺の切っ掛けとなるルートがへし折られている。なので赤井との確執は原作よりマシだが、元々あまり仲良くもなかったのでどうあがいても殴り合い宇宙の観覧車ファイトは防げない。よくも騙してやがったなFBI! 

 

 スコッチ生存を知って感動の再会をした後、自分の醜態を思い返して冷静になればなるほど恥ずかしくなってきて不機嫌さを醸し出して誤魔化そうとするものの、クリスがライブラのナンバースリーで経理関係を一手に担っており、牙狩りが吸血鬼対抗のために存在する裏社会の均衡の番人であり、ライブラも牙狩りから派生した組織だと色々爆弾を落とされて( ゚д゚)ポカーンした。トドメに情報戦を左右するほどの影響力を持っていることを知っていた「欧州の思考の怪物」だと知って色々納得。それと同時に自分がどれだけヤバい言動をしたのか後で冷静になってから気付いてめちゃくちゃ頭を抱える(最悪の場合、幼馴染を人質にとられたまま破局して自分がNOCだと情報を流されかねなかった)。

 

 自分とスコッチのためとはいえ一年間知らされなかったり、世界一の危険地帯に幼馴染を連れていかれたことにモヤモヤしたりするも、スコッチを強引にでも助けてくれた(よりによってライに助けられずに済んだ)ことには感謝している。これ以上ない心強い協力者だが、たとえ犯罪者でもHLで自国民を殺すこともあるため、ライブラという組織の在り方には複雑な思いを抱いている。

 

 だがバーボンとしてHLに潜入させられたり、クリスやスコッチが日本に出張に来たりなどで親交を深めるにつれ、誇りを持って仕事をしているが時には冷酷にもなれるトリプルフェイスで、他人においそれと言えない内容の仕事で、ついでにワーカーホリックで、あまり赤井の事は好きじゃないと共通点が多いのに気付き、HLのスコッチのセーフハウスでクリスの作った酒やつまみを食べてぐだぐだ愚痴大会をするぐらいの仲になっていく。彼ぐらいの捜査官となると心を赦してる相手以外が作った食べ物って飲み食いしなさそうなので。あとクリスも靴脱いで武装解除するくらいには気心知れているといい(エスメラルダにとって靴を脱いで寛ぐのは最上級の親愛表現だったらいいという捏造)。

 ザップとは根本的に反りが合わないし、スティーブンとは表面上当たり障りなくビジネスライクに交流するが、内心で同族嫌悪。

 

 本来ティア(あるいはドイツ読みだとクリスティーネになるのでティーネ)と呼ぶのを許しているのはクラウスやラインヘルツ家などごく一部の身内だけに限っていたが、バーボンの近くにベルモットことクリス・ヴィンヤードがいるため、クリスの愛称で呼ぶと色々弊害が起きてしまうからという理由でティアと呼ばせてもらっている。のちにこの愛称で呼ばれるのを赤井には許可していないのを知ってざまぁとバーボン顔で愉悦の笑みを浮かべるくだりがある。

 倉庫街での抗争についてはバーボンとして組織の命令で探りに行くが、もぬけの殻で拍子抜けした。どう報告したのかは彼のみぞ知る。リアリスト(というか自分の知識の外の事象や非科学的なものは信じないタイプ)なのでライブラの暗躍にはもちろん気付いていない。おそらくHL潜入したらリアリストを改めなければならない人その①。

 

 

 

 

▼赤井秀一(詳しい出会い・関係性は前回参照)

 クリスとは組織潜入前のFBIエージェント時代からの知り合い。頭脳の切れっぷりがクリスと同レベルなので、HL成立前の北米支部にクリスが出向していた時はことあるごとに捜査に巻き込んでいた。FBIからはあの赤井も認める相棒認定されていた。クリスがやたら赤井に当たりが強いのは前回を参照。

 赤井が一方的にクリスをおちょくっているバディに見えるが、実際は暴走する赤井をまともに窘められるストッパーでもあった。恐らく人魚姫本編で堕落王の魔法陣転移事故でクリスが行方不明になったと聞いたらSAN値が確実に削れる人。何気ない愚痴を聞いてくれる友人兼ストッパーを失くして、原作通りの無理無茶をやらかす。ちなみに沖矢昴の姿でMHA世界帰還後のクリスとばったり会った瞬間にスターフェイズの伝家の宝刀・観察力Aで正体をあっさり見抜かれる。そして隠れる気あんのかと怒られる(例:少年探偵団のストーカー行為、純黒でのカーチェイスとスナイプ)。もっと忍べよFBI。

 

 

 

▼声がでかいラインへルツ家コンバット・バトラー

 アニメ2期にも登場してくれた、あのうっかり脳抜きされてしまった彼です。経験は浅いけど既に有能。ラインヘルツ家の客人であり最早身内認定のクリスをお嬢様と呼ぶ。

 

 

 [newpage]

 

【オリジナルキャラクター】

 

▼氷室

 クリスティアナ親衛隊もとい過激派その①(笑うところ)

 人狼局特殊諜報部(ルー・ガルーズ フロム ノーウェア)日本支部所属の「不可視の人狼」。

 この時間軸では25歳(人魚姫は英雄の夢を見るか? 本編開始時で27歳)。日本版私設部隊「燕」の一人。日本における嬢の情報網を担う一人。「氷室」は人狼局での任務中か「燕」でのコードネーム。コードネームに氷を用いている時点で崇拝具合はお察し。本名は常盤千代(ときわ ちよ)。名前の由来は菊の異称・千代見草より。

 

 黒髪ストレートのロングヘアに青みがかった黒目。潜入時は希釈に関わるため髪は纏めている。大和撫子の体現と言わんばかりのお淑やかな容姿。洋服より着物が似合うお嬢様。口調もそれに見合うものだが、クリスの敵に対してはにこにこしながら慇懃無礼で舌鋒鋭く、かなりの毒舌家にチェンジする。

 存在希釈(エグジステンスディルート)の精度はチェインには遠く及ばないが、潜入能力や人の心の懐にするりと入り込む手際などは超一級。人狼局日本支部は国内のテロ組織への潜入も多いが、汚職捜査の依頼も多いため、各種省庁、公安警察にもよく潜り込む。また旧華族のお嬢様という立場のため、政財界にも顔が利く(勿論人狼という事実は家ぐるみで秘匿している)。某お国漫画の祖国様こと菊さんとも交流がある。

 

 クリスより2歳年上だが、何故かクリスティアナの事を「お姉さま」と呼んで盲信レベルで慕う。外見は大人びて見えるクリスと人種的に幼く見える氷室では大体同い年かクリスが上に見られるので、真相を知らない人間でも大抵騙される。

 優秀な人間ほど裏切りが続発する事態に、人事面でほとほと困ったクリスからアジア・特に日本の諜報・警察組織でライブラに引き込めそうな能力・人柄の人間は居ないかと半ばダメ元で相談され、頼られたのがあまりに嬉しくて勤務外の諜報を色々頑張った結果、公安警察内の足の引っ張り合いで黒ずくめに身バレし、処刑カウントダウンが始まりそうなスコッチという人材を発見した功労者。むしろ自分がHLに馳せ参じたかったが、チェインに劣る自分の希釈能力ではクリスに迷惑をかける可能性も否定できないと自己分析し、クリスがあまり干渉できない日本での諜報で貢献しようと頑張る健気(?)な乙女。

 

 

▼警察庁の「燕」

 実はゼロの上司、警備企画課課長の友人。裏でかなり頑張った人。

 

 

 

 

 

【自己解釈・捏造設定】

・日本の牙狩りは京都に御所があった時代から陰陽師や天文方として天皇家に仕えていた術者や人狼たちの異能集団が前身で、ひっそり活動を続けていたのを牙狩りに接収された形(全力捏造設定)。そのため攻撃系よりも吸血鬼やあやかしを封印する方に長けている。吸血鬼退治だけでなく、見えざる者やあやかしにまつわる事件、騒ぎの調停、日本という神霊国家の地鎮も職務とする。天皇家に類する組織として、桜の代紋を用いる警察などの司法機関と対極となる菊を象徴とする。

 

 

・術士(PSI、サイとも)

 BBB1期アニオリ設定のサイキッカーたちが所属する機関「LHOS」に所属する超能力(PSI)保持者たちのこと。あるいは所属していないが超能力を持つ者たちのこと。それぞれ超能力の種類は多岐にわたるが、アニメでは大男を破裂させるほどのサイコキネシスやHL内を飛び回るテレポーターが登場していた。日本の牙狩りは発生機序が特殊だったため、術士が多数所属している設定。

 

 

(つばめ)・燕隊

 水晶宮式に従う牙狩り日本支部所属の者たちを纏めて呼ぶ名。つまりクリスの私設部隊の日本版。クリスが呼び掛けて作った物ではなく、構成員たちが勝手に集まって勝手に組織したファンクラブ(ガチ)あるいは支援組織。陰陽師・人狼・PSI保有者など職種・階級は多岐にわたる。一部外部組織の人間も所属しており、諸伏景光も京都本部に顔を出した際に半ば強引に所属が決定した。

 

 日本支部非公式の団体だが、日本支部上層部がクリスを「水守」と崇めているため、ほぼ無言承認されている。氷室もこの隊でのコードネームであり、支部では本名で所属している。クリスが氷室の名前で呼ぶのは便宜上便利だから。

 あくまでクリスに協力するために設立されたものであり、ライブラの味方ではない。クリスが大切にしているからライブラに有用な情報を集めているというスタンスを徹底している。クリスの周辺を嗅ぎ回る者を許さない者が多く、おそらくコナンや赤井さんにはかなり風当りが厳しいと思われる。

 燕として活動する際は、若紫の地に金糸で「菊水紋に燕」があしらわれた腕章・羽織を使用する。それ以外の服装は自由。これはクリスが羽織る、伝統的に宮家に連なる者のみ使用が許された京紫に十六菊の紋の入った羽織を着ているのに倣った。

 まじっく快人の小泉紅子も一応所属。日本の数少ない土着系の魔女(ガチ)で牙狩りとも縁があったため。クリスとはお茶する程度の仲。

 

 

 

・演算人工知能ムネーモシュネー

 ノアズアークはヒロキの制作した人工知能であり、その神髄はプログラミングや演算能力にある。個人資産のため牙狩りの機密性の高い情報を与えるわけにいかないので、日本が誇るギフテッド・ヒロキやその人工知能ノアズアーク、ライブラの鍵屋・ユリアンの助言を得てクリスティアナ・I・スターフェイズが作成・完成させた。

 こちらは急成長する電脳世界でのライブラの情報を記憶・保存・保護の目的で作成。HLの超常科学や魔術的なハッキングも防御できるほどの常に進化するセキュリティシステム構築能力を持つ。閲覧権限はライブラトップ3とギルベルト、スコッチ(ただし一部)のみに制限されている。収録されている情報があまりに膨大なため、基本的に利用するのはクリスとギルベルトとスコッチ。ノアズアークと根底のプログラムが似ており、機密事項に触れない程度でならば情報共有が可能。ノア同様1年で人間の5年分成長する。

 

 一定の成長を経てノアズアーク同様、人間の自我のごとき自立思考を持つが、命名の元ネタの影響か、年相応の無邪気な幼女のような口調。人間の姿を取る時は、5歳ぐらいのクリスに似た黒髪桜色の目の幼女。ちょこちょこクリスの私用のスマホやパソコンに侵入して作り手(母親)の様子を見守ってニコニコしている。ゆえにクリスのスマホやパソコンをハッキングしようものなら逆探知してハッキング返ししようとするほど。

 あと実はライブラが構成員に支給しているスマホはムネーモシュネーが作成するセキュリティプログラムが必ず組み込まれているため、構成員のスマホなら自由に行き来・閲覧可能。つまり裏切り行為のやり取りがスマホ上に残っていたらその時点でその構成員はアボン確定という鬼畜仕様。この事実はスターフェイズの2名しか知りえない重要機密。

 命名はギリシャ神話の記憶と学問の女神から。

 

 

 

▼裏話

 

「近づく足音、響く銃声」は前回の「タブラ・ラサでも構わない」でクリスという異物によって歪められた、本来あったはずの「スコッチの自殺」ルートの再演というかオマージュになっていました。いつの間にか。ニアミスを書こうとしたらなんか物凄く意味深になってしまった。大体は暴走する捏造設定の所為です。

 夜の人気のない場所(廃ビル/古倉庫)での交渉に、降谷零/バーボンがその場に現れなければつつがなく事が終わった、という状況設定の類似性。しかもどっちも降谷零本人は自分が事態を悪化させたことに全く気付いていないという。

 死人が出てないのは古倉庫におけるスコッチ役であるクリスが一筋縄で捕まるような人間でなかったから。というかエンカウントしても恐らく問題なくあしらえたと思われる。どうあがいても人外相手に張り合えるライブラ相手に暴力で勝てるわけがない。相手に気付かれることなく血の針相手に打ち込んで、たとえ背後をとられようが身動き取れなくされようが相手を全身冷凍出来る御仁なら、おめおめ捕まるはずもなく。

 大体そんな感じのロールプレイになっていた夜でした。

 

 

 

 今回タイトルに使用したお題はお題屋さんたちの秋の夢の競演こと秋の夜長「夜長文庫」で作られたセットお題「導火線 / 血の色をした謎は」からお借りしました。このセット題、ウイスキートリオで連想されたお題なんですよ……他のお題も最高なんですよ……つらい……「ラブレター フロム ビヨンド」とかこのシリーズの為に在るようなお題にしか思えないしもっと使いたかった……(遺言)

 

 

 とりあえず書きたい要素をほぼ今回で書ききった(あえて書きたいとしたら赤井さんの変装バレぐらい)のでネタ切れです……どうするかな……。

 ウイスキートリオと秘書嬢の親愛度は最終的に3人とも気心知れた友人レベルで止まる(赤い彗星のみすでにやや矢印出てますが)、IFルートでくっつくもの楽しそうだなぁと。金髪碧眼褐色ベビーフェイスでハイスペックの安室透と黒髪赤目色白のミステリアスな雰囲気醸し出しているおっぱいのついたスパダリの秘書嬢が並んでるとかもう視界の暴力だと思う。

 



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グッドエンドの逆算

※スコッチさんが主人公(オリジナルキャラクター)に対して恋愛感情を抱いてます。
 あと自殺関連の件から公安に対して不信感が強いので公安抜けたいと思ってる系スコッチさんなので注意。
 合わないと思ったら黙ってブラウザバックで自衛よろしくお願い致します。


※スコッチさんの本名バレがあります。
 偽名は檜山満(ひやま みつる)、変装時は松田さんみたいな癖毛をツーブロックにした明るい茶色にした垂れ目系の、ちょっと覇気と存在感の無いイケメンになる。

 自殺阻止された後、主人公(秘密結社ナンバースリー、経理と渉外担当)と一緒に交渉についていったりスナイプするお仕事をしながら、対価に主人公の情報網を使って組織の情報を集めることを条件に公安から一時的に秘密結社に異動している設定。



 

 ──死なれては困るわ

 

 もう逃げ場が天国にしかないと覚悟してリボルバーを握ったあの日、引き金に掛けた指を解かせたのは、唐突に割り込んだ声だった。薄暗い廃ビルの中、ネオンのささやかな光の中で浮かび上がる白磁の横顔はあまりに美しすぎて、いっそこわいほどで。血の色をした目でじっと見つめられた瞬間に、ライの目を盗んで引き金を引かなければと焦っていた俺の頭は真っ白になった。それを確認した後、自分に付いてくるかどうか、選択肢を与えてくるのだから抜け目がなかった。

 

 ──組織と公安が貴方を捨てるなら、その心臓は私が貰い受けましょう。貴方は死ぬには惜しい。

 

 人智を超えた技術で組織の目と追っ手を躱し、警視総監とクリスが話をつけている最中もどこか現実感が無くて、ホテルで盗聴器も隠しカメラもない安全地帯だと意識した瞬間、張り詰めていた糸がプツンと切れた。彼女もそれを察してくれたのか、ソファーで今後の事をゆっくり話してくれた。

 組織が壊滅して身の危険がなくなるまでの間、身の安全とライブラでの情報収集を対価に公安から出向という形で、裏社会に密かに噂される秘密結社・ライブラに所属が決まって、助けてもらった礼を言って握手を交わして。色々会話をしながらルームサービスで腹を満たしたら、それまでの緊張感の反動か、いつの間にか寝入っていたらしい。次に目を覚ますと翌日の朝で、しかも自分がマスターベッドルームで一人寝かされていることに気付いた時、茫然とした。

 

 流石老舗ホテルのスイートルーム、ベッドの寝心地は最高で、久々にぐっすり眠れて身体はすこぶる快調だった。スナイパーで、ライフルを持ち運ぶのに、フェイクのために本当のギターも入れたギターケースを背負って移動となるとかなりの重さになる。ただでさえライフルと予備のマガジンや手入れ用の工具だけでも合わせたら5キロは軽く超える。そしてギターケース自体とフェイクのギターも合わせればかなりの重さになる。だから慢性的にあった肩こりさえ嘘のように消えていたのには驚きを隠せなかった(後で知ることになるが、俺の血液に干渉して血流の流れを良くして疲労回復促進をしていたらしい)。そしてなにより、本来このベッドを使うはずだった人間を差し置いて寝ている事態に慌てない訳がなかった。

 

 慌てて寝室を出れば、リビングのソファーでパソコンと向き合いながら書類仕事をこなしている恩人がいて。昨日は掛けていなかったPCメガネをかけ、パソコンの傍らに処理済みらしい書類の山と、俺の今後に必要な手続きに必要な書類を終わらせていて。それを見て、俺がぐっすり休めるよう、万が一組織の追っ手が届かないか警戒して徹夜してくれていたのだと気づいたら、かすかに残っていた疑念や警戒心は消えた。

 

 

 

 それからライブラの仕事を通してクリスティアナという一人の人間を見ていく中で、仲間にさえ畏れられる切れ者ぶり、冷徹さに身震いした。

 でもそれ以上に、彼女はさみしいほどに独りぼっちで、俺よりも4つも年下の女の子が懸命に生き足掻いているのだと知った。頭のキレも冷徹さも仲間を守るために必要なライブラの負の側面で、それを繊細なクラウスの代わりに、スターフェイズ兄妹が背負っているだけのことだと、彼らもクラウスと同じくらい優しくて、ただただ感情を隠すのが器用で得意なだけなのだと悟った。

 

 そんな姿が幼馴染と重なった。責任感が強くて周りへの気配りが上手で、仕事も料理もそつなくこなすハイスペックで、だからこそ一人で抱え込んで、弱いところを隠して。どうして放っておけるだろう。

 最初は、ただ命を救ってくれた恩返しがしたかっただけだった。でも段々と彼女が背負っている重荷を減らせればという一心で、クリスの書類仕事を俺に出来る範囲で手伝ったり、仕事の前の必要な武器や物資の調達やらの準備、スティーブンからの「おつかい」を自主的にこなすようになった。そのうちにいつしか「クリスの補佐」という認識が構成員の中で広まっていて、クリスの仕事には殆ど俺がバックアップに就くことになったりと、セット扱いされるようになった。

 

 

 たとえこの思いが吊り橋効果だとしても、一時的なものだと揶揄されても。恩と尊敬が恋愛感情にすり替わったものだと指差されても。俺はいつしか、クリスティアナの事が好きになっていた。

 

 

**

 

 

「な~クリス、心遣いは嬉しいんだけどさ」

「この生地はしっくりこないな……肩幅が日本人にしては大きいから、あまり厚地だと膨らんで、余計ずんぐりして見えるのかしら。ミスタ、次はあそこの棚のミッドナイトブルーの生地を」

「畏まりました」

「話を聞いてくれクリス、檜山の顔に似合うのを作るのは分かる、でも素顔の俺の分までオーダーメイドで作ることないぞ!? ホントに!」

「い、や、だ」

「クリス~~~」

 

 ドイツはベルリンのとあるテーラー。ドイツで公爵家の爵位勲を持つラインヘルツ御用達のその場所で、仁王立ちするクリスは真剣にとっかえひっかえスーツ生地を肩口に宛がわれてすっかり困り顔のスコッチを睨むような鋭さで見つめた。

 

「檜山用は仕事用。でも折角男前なんだから、良いスーツのひとつ持っていて損は無いと思うの」

「お、男前……」

 

 顔を褒められて照れたような表情をしたスコッチだが、すぐにへにょりと太めの眉が垂れた。

 

「檜山のはライブラの外交担当(ミストレス)の隣に立つ以上、良いスーツじゃなきゃ見劣りするのは分かるけどな、でも俺自身のためのスーツにオーダーメイドなんて不相応だろ!?」

「ちっとも不相応じゃない。むしろ貴方はもっと着飾ることに頓着して。勿体ないったらないわ、顔もスタイルも素敵なんだから。日頃何かとお世話になってるお礼。受け取ってくれないなら仕立てても無駄になってしまうことになるけど」

「~~~~~っ、ああもう、分かった……」

 

 天然褒め殺しか、これだからラテンは怖いとスコッチは頭を抱えた。

 スコッチ、諸伏景光がクリスティアナの補佐として動くことに決まった時点で、スーツのオーダーは必然的だった。クリスティアナが担うのはライブラの人脈と経理。世界有数の富豪や政財界の大物と会う回数は多い。その時、傍に控える以上はクリスの顔を立てるためにも、相応の服装が暗黙のドレスコードとして求められる。それは理解していたが、まさか誰かに着飾っているのを見せる必要のない諸伏景光の素顔に似合うものまで仕立てようとするのは予想外だった。

 

「……というわけなんだ、スティーブン」

『なんだ、良かったじゃないか』

「どこが……いや嬉しいけどな、“檜山”より俺のスーツのほうが真剣に選んでもらえてるってのも光栄だけど……身に余るっていうか」

『ヒロ、連れてかれたテーラーは?』

「え? ○○ってとこだが」

『ならなおさらだ、そのテーラーはラインヘルツ家筆頭に牙狩りや高級官僚を相手に商売してる、オーダーメイドは一見(いちげん)お断りのテーラーだ。そこにクリスが連れてった時点で、君はもうクリスにとって大切な“身内”だ。仲間でも中々連れていったりしない。俺に言わせてもらえば、わざわざ閉店後に来店予約をして対応させるなんて、滅多にないことだ。愛されてるな』

「……っ!」

『スーツも既製品じゃ物足りないから、わざわざ手間暇かけて絶対似合うのを作ろうとしてると思ったら、可愛いだろう?』

「おう……」

 

 背筋の伸びた初老のテーラーと話し込んでいたクリスが視線に気づいて振り返る。ほわりと小さく笑んだクリスに、景光は火照りを感じる片頬を押さえながら、小さく手を振り返した。

 

 

**

 

 

 年月は経ち、組織ももう間もなく壊滅作戦に取り掛かろうというところまで情報を集め、追い詰めに掛かった頃のこと。俺はいつものように事務処理に追われているだろうクリスを手伝うためにオフィスに足をむけていた。

 だが、その足はオフィスに繋がる中華風の扉の前で止まることになる。

 

「馬鹿だよ……言えるわけない、今更公安に返したくない、だなんて」

 

 ほんの少しだけ空いたドアの隙間。俺のかみさまが頭を抱え、項垂れた頭の先を膝近くまで寄せて、死んでしまいそうな声音で呟いた。静かなライブラの事務所の高い天井に跳ね返って、融け消える。オフィスに繋がるドアに掛けた手がじわり、手汗を滲ませて滑りそうだ。

 

 ヒロとレイに顔向けできない。

 

 そうやって呻くのを、盗み聞きしてしまった。

 

 みぢり、という音が、自分の掌の中から聞こえた。知らず力を込めていた手は深く爪痕が残っていた。

 

 

 

 ──もうすぐ戻れるね、ヒロ

 

 組織が壊滅したら、俺は、諸伏景光は姿を隠す必要がなくなる。名前を偽って行動することも。勿論、各国の諜報組織が協力し合い、隙の無い布陣を敷く予定の掃討作戦でも、莫大な規模を誇り世界各地に飛んでいる組織の人間を一網打尽にしきれない部分はあるだろう。残党がいる限り命の危険は付き纏うが──絶対に表で素顔を晒せない、というレベルからは脱する。

 

 そうなったら、この契約は終わりになる。クリスと公安が取り決めた、組織が壊滅するまで諸伏景光をHLに構成員として迎え入れ匿い、その代わりに情報を提供する、という契約。ライブラ結成当時の、人員が本当に仕事量に見合っていない少数精鋭ぶりとは打って変わって、今は情報収集担当や狙撃部隊もできた。クリスやスティーブンなど核構成員のマルチぶりは変わらないけれど、末端はそれぞれ役割を専業化できるまで、その人数を増やすことが出来たのだ。俺がいなくとも狙撃手は他にもいるし、まぁクリスの補佐が居なくなるが、彼女なら一人でこれからも大量の仕事をこなしてしまうんだろうという予感があった。つまり、俺が必ずライブラに残らなきゃならない理由は、とても薄い。

 

 ついこの前の掃討作戦のための作戦会議が終わった後も、そうやって、さびしいなぁと何でもないような調子で社交辞令みたいに言うから。残りたいなんて言えないと、泣きたくなるのを、潜入中から慣れっこになっちまった、仮面の笑顔を浮かべてこらえたってのに。

 

 なのに。

 

 

 

 気付けば、握ったままのドアを勢いよく開け放っていた。乱暴な開け方に中華風の扉が悲鳴を上げて、音にか、俺の気配にか。顔を素早く上げたクリスの顔が驚愕と悲愴に塗りつぶされていく。

 

「ヒロ、きいて──」

 

 夕焼けを切り取って煮詰めたような赤い瞳がはっきりと揺れる。血の気が引いた面に、普段なら血流操作で表れることの無い隈がくっきりと浮かんで、憔悴した表情をさらに悲痛に染めた。その表情にぎりっと奥歯を噛み締めた。

 

「ごめ、なさ」

 

 叱られるのを怖がる子どものように、ぎゅっと頭を抱え込むように身体を縮こめた彼女に、俺は手を伸ばして。

 

「ごめんな」

 

 ただ一言を呟いて、幼い怖がり方で怯えるクリスを抱きしめた。

 

「え?」

「馬鹿だなぁ、俺も、お前も。お互いの為だと思って取り繕って、無理して」

 

 お互いを思うがあまりに「これが最善なんだ」と心を殺そうとして、苦しんで。

 気付けなかったことに心が痛む。怒っていると怯えさせたことに申し訳なく思う。

 けれどそれ以上に、残って欲しいと思ってもらえたことが嬉しかった。

 仕事とプライベートを、公と私情を完全に切り離して、時には非情なまでに振る舞えるクリスティアナが、公私混同した我儘を、4つ下の少女らしいことを少しでも考えてくれたことが、なによりも俺には嬉しかった。

 

 強張ったままの腕の中の身体を、怖がらなくていいよという想いを込めて、ぽんぽんと優しく叩く。

 鍛えていて、外人女性としても高身長の部類に入ると言っても、その肢体は狙撃手の自分のそれより華奢だ。人外めいた身体能力を秘める、しなやかで重い筋肉が詰まっていたとしても、まだ25歳なのだ。この背中が背負うものは潰れそうなくらい重たくて、しかも誰にも荷物を預けられないくらいに複雑で。少しでもその背中が潰れてしまわないようにと出来る限りで支えたかったのだ。今までも、そしてこれからも。

 だから、世界のあらゆる悪意の矢面に立つ彼女に、もう少し傍にいてと頼られたのが何よりもうれしかった。

 

 ああ、俺のかみさま。いとしいいとしい、俺だけのかみさま。

 

「クリス」

 

 返事はない。じっと抱き込まれたまま身じろぎしない彼女に構わず、言葉を続ける。

 

「俺がもう少しクリスの傍で支えたいって言ったら、失望するか?」

 

 クリスの肩口に額を預けながら呟いたら、俯いていたクリスががばりと顔を起こした。な、とかは、とか、言葉どころか単語未満の呟きが落ちてくる。

 ああでも、降谷や風見は怒るかな。日本を守る公安失格だって叱るだろうか。むしろボコボコにされるかもしれない。……それでも、良いと思っている自分がいる。

 

 公安は自分の身分が潜入先にバレたら、国の為、家族の為、情報の秘匿のため、自決することが求められる。公安警察官はそれを覚悟して任務に望む。あの時の俺もそうだった。あの時の行動に後悔はない。

 ただ……あのまま死ねば、降谷が俺を追い詰めたと、ずっと思いつめることになっただろう。ライ、赤井も口は悪いが案外いいヤツだから、もしかしたら降谷を気遣って、俺を殺しただなんて言ったかもしれない。ただでさえ相性の悪いあいつらの仲を拗らせるような未来もあったかもしれない。

 

 だから──クリスに命を拾われたことを、俺は心の底から感謝している。感謝と今向けている恋慕は別物だが、公安の「俺」はあのとき死んだとも思っている。

 なにしろ、俺のNOCバレの原因は実働を担う“作業班”トップである警視庁公安部の内部からの密告だ。公安は国を守るためならその手口がいかに非道だろうと、躊躇わない。それは理解している。それでも、俺がNOCだと密告したあれは、国の為でもなんでもなかった。たかが私怨や組織間の因縁の為に殺されかけた身としては、公安部へ以前までの忠誠心は無い。俺が日本警察に情報を流すのは、今も孤立無援の状態で潜入中の親友を助けるためと、クリスの契約があったからこそだ。戻りたいかと言われれば──本音を言わせてもらえるなら、間違いなくNOを出すほどに、今の俺は「ライブラ」だった。

 

「なんで……」

「大事なものが増えたんだよ」

 

 ギルベルトさんが淹れてくれる紅茶。

 人界異界を問わない武器が所狭しと壁や棚に並ぶパトリックの武器庫(アーセナル)。ニーカの繊細で丁寧なメンテ。

 K・Kのとこのチビたちはヤンチャでかわいいし、出来上がったK・Kの愚痴と家族自慢を差っ引いても、同じスナイパー談義をしながら酒を飲み交わす時間も良い。

 

 クラウスと温室の植物の水遣りするのも気分が落ち着く。

 弟みたいなレオやザップと通い詰めたダイナー。

 ブローディ&ハマーと特別恩赦の日に名画を鑑賞した貸し切りの美術館。

 大道芸で稼いだツェッドと散歩した旧セントラル・パーク。

 ふと気づけば希釈して俺の肩にいつの間にか留まっているチェインの、小鳥のような重みだとか、時折肩に登ってくるソニックにクッキーを餌付けしたり遊ぶ和やかな時間だとか、スティーブンと遅めのブランチのために、グローサリーであれこれサンドイッチやコーヒー豆を試行錯誤したりする時間だとか。

 

 そして俺のためだけに似合いの一着を作ろうと柳眉を悩ましげに寄せて、俺の視線に気づいて笑うクリスが。

 この理不尽で犯罪渦巻く霧の街での何気ない日常と狂騒が、いつの間にか大事になってしまった。

 

 

「公安の俺はあの日死んだ。今の俺は、日本もひっくるめて世界の為に命を張るライブラだ」

 

 

 まだ、何にも恩返しできてないしな、と付け加えながら。

 いつか俺は公安(オモテ)に戻るからと、クリスティアナが、スティーブンが、クラウスが、俺に殺しをさせたがらなかったのには気付いていた。クリスに至っては最初から明言していた。射程距離600ヤード越えの俺と同等の長距離精密射撃の名手はライブラといえどK・Kだけ(というか彼女は金さえかければ、たとえ戦場に自分がいなくても遠隔操作で標的を仕留められる)で、俺が出て引き金を引けば済む任務も悉く外されて別の構成員が当てられていた。深手を負っても、すぐに治っているように動けるが、「外」でどんな暴走が起こるか分からない不安定な異界医療は極力使われなかった。

 その心遣いが、もどかしくも嬉しかった。

 俺が日本で警察官に戻れるように心を尽くしてくれた彼らと共に、歩いていきたいのだ。

 

「貴方は表に戻れる人なんだよ……」

「俺も国の為、任務のためとはいえ人殺しだぞ? しかも何の罪もない人間すら殺した。警察官として戻ったとしても、この一件が終わった後の処分は難しいし、サッチョーで上の方の地位にいる降谷ですらどうなるか」

「それでも……」

「俺を返したくないなら、建前を喋るのはやめてくれ、クリス」

 

 ぐ、とクリスの眉根と口元が歪む。秘書としてライブラとして、俺の行く末を慮ってくれるのは良いが、それよりも彼女個人の気持ちを聞きたかった。

 どれだけ沈黙がその場を占めたのか。オフィスの壁一面を覆う窓から降り注ぐ光と、霧の海を泳ぐ異界生物のみょうちきりんな遊泳飛行を眺めて待っていると、観念したらしいクリスが細い溜め息をついた。

 

「さみしい」

 

 ああ、さみしいとも……だってそうだろう、君は私がこの街で裏切られ続けるのに疲れて、誰か信用のできる人材はいないかって、氷室に探してもらって見つけたんだ。そして君は、自分の欲望に飲み込まれることもなく、境界線を見誤って地雷を踏むことも無く、それどころか私の仕事を手伝ってくれて、疲れた時には気分転換に連れ出してくれて、労わってくれて。普通の仕事仲間で、友人でいてくれた。それが、どんなにうれしくて、得難いことだったか。君がいない時にうっかり君がいる前提で独り言を言って、クラウスやスティーブンに微笑ましそうに見られたのが何回あったと思う? クラウスにトドメとばかりに「ヒロが来てから君は活き活きしている」とかいわれたらさ、すっかり君に依存しているのを自覚しない訳にはいかないでしょう? ……馬鹿で、愚かでしょう。最初から手放すと決めていたのに、やっと出来た友人を笑って見送ることも出来なさそうだなんて、心底どうかしている。

 

 

 こどものようなぽつりとした呟きから、ぽろぽろと小雨が降るように、クリスは嫌に饒舌に、心の内を語ってくれた。よしよしと、撫で心地のいい黒髪を撫でながら、口元は緩みっぱなしだ。

 

「俺は嬉しいけどなあ。クリスが俺のこと大事に思ってくれてたんだなって知れて。もっと依存っつーか、頼ってくれていいんだぞ?」

「これ以上頼ったらダメになりそうだから遠慮する……」

「クリスはちょっと駄目になるぐらいで丁度良いと思うぞ……お前らスターフェイズは一歩間違えたら過労死しそうで怖い……」

「ええー……」

「と、いうわけで、組織壊滅して諸々掃除が終わった後にどうやって公安に報告するか考えないとなあ」

「え」

 

 ぽかんと口を半開きにする俺のかみさまに、にんまりと笑ってみせた。

 

「組織壊滅まで手伝ってもらったんだ、俺が返す恩は大きいぞ? 長丁場になるなぁ」

 

 まぁ恩返しどうこうを抜きにしても、俺がただ傍に居たいだけなんだけど。

 

 

 

 

「話は聞かせてもらった!!!!」

「!?!?!?!?」

「ぅえっちょっ、スティーブンにクラウス、チェインまでいたのか!?」

「すまないクリス、ヒロ、盗み聞きするつもりは無かったのだが……」

「やっ」

「えーっと、俺もいます……」

「レオまで……」

 

「ちなみにライブラとしても僕個人としてもヒロの契約更新、いやライブラ残存は大いに結構。むしろ全力で協力するよ」

「スティーブン!?」

「おっ、ホントか?」

「狙撃班が昔に比べて余裕が出たとはいえ、ヒロレベルの長距離スナイプはそういないし、まして殺さず確実に無力化できる腕前となると貴重だ。加えて無茶しがちなクリスのストッパー兼友人なわけだし、協力しない訳がないさ。こちらもどうやってヒロをこっちに引き込もうか考えていたんでね、渡りに船と言ったところだ」

「うむ、ヒロがこちらに残ってくれるのならば、これほど頼もしいことはない」

「二人とも……ありがとうな」

 

「でもヒロの幼馴染のミスタ・フルヤが一番の難敵でしょう……まずは外堀を埋めるとか」

「外堀って、この場合ヒロさんとフルヤさんの上司さんとかっすか?」

「そうだな、ああいうタイプは本人の説得の前にある程度選択肢を潰してからの方が効果的だろう」

「じゃあこういうのはどうです、日本のツバメ所属の人狼に協力要請して、公安が探る予定の組織の情報を握っておくとか!」

「そして公安内に恩を売っておき、牙狩り及びライブラとの繋がりは向こうにとってとても有益なものと強く認識させる……うん、それでいこう」

「いやそれでいこうじゃなくて」

「いいじゃないかクリス、黒の組織が壊滅したらヒロが居なくなるって頭抱えて胃に穴開けかねないくらい悩んでセーフハウスの中行ったり来たりしなくていいんだから」

「ん″ん″っ」

「あっヒロさんが悶えた」

「兄さんの裏切り者……!!!」

 

 

 

 

 

【スティーブンはスコッチを応援しているのか?】

「うん? ああ、まあね。だっていい奴だろう、彼。少年やクラウスに近い光属性っていうか……。まぁ、それでも人殺しの経験とか裏社会の組織に潜入してただけあって、あの二人みたいな目が潰れそうなまぶしさじゃないが。逆に僕らみたいなのにはその方が落ち着くんだよなぁ……。僕らの汚くてどうしようもない部分をうっすら知ってても、態度変えずに笑って接してくれるのには、クラウスとはまた違って意味で救われてるよ。そうじゃなきゃ僕らのセーフハウスに招いて一緒にディナーしたりしないし。まぁ、彼が結構自活能力ないのも原因だけど」

「スターフェイズさんがガチ気に入りしてる……」

 

 

【チェインとスコッチ】

「結構な頻度でいつの間にか肩に乗っかってることが多くてビビる」

「ヒロは肩幅広いから乗りやすい(グッ)」

「そこか!? まぁ、俺に乗る時は凄い軽くしてくれてるからいいんだけどな、落ちないかが心配で……」

「落ちる前に下りるよ」

 

 マイペース同士波長が合いそう(レオも)

 

 

 

 

(蛇足)

 この話に至る前に、実は降谷さんがバーボンとしてHLの調査とパイプを作る仕事を任されて、組織には内緒でライブラと連携して外に出しても実害の薄そうなモノだけ出して組織が得る異界技術とかをコントロールする話があるんですが(時間軸的にMHA世界にクリスが転移する前でBBBだと10巻より前)、その関係で一応ライブラも降谷さんの素性と性格はある程度知っている(ニコニコしてるけど食えない人)。チェインさんが外堀埋めるのに全力なのはクリスもスコッチも気に入っているので幸せになってほしいから。ブンさんが乗り気なのは、応援する気もあるけど色々知り過ぎちゃったスコッチを完全な身内に引っ張り込んで手元に置きたいからという理由も。

 多分この後全力で外堀を埋めにかかるライブラ&日本のクリス親衛隊()と、ライブラの情報網を手放したくない公安上層部(掃除済み)の思惑が噛みあってそのままスコッチ残留になる。降谷さんは一回カチコミ(遊び)に来る。

 

 



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施しの英雄と天秤の淑女(×FGO)
施しの英雄と天秤の淑女



※ライブラの秘書嬢(エスメラルダ)のオリ主が実はFGO世界で藤丸立香(♂)と二人で「最後のマスター」をしていたことがあったら、しかも相棒が施しの英雄・カルナだったら、という妄想から始まったプライベッターでじりじり更新していたIFネタです。
EXTRAシリーズ未読のマスターが書いています。

※世界観や設定に地雷がある場合はそっとその時点でブラウザバックをお願い致します。読了後の批判、苦情はご遠慮願います。BBBと型月世界のパワーバランスに関しては話の都合を考えて設定させて頂いておりますので、合わないと思われた方は閲覧をご遠慮頂ますようよろしくおねがいします。


※時間軸の設定上、FGO第一章及び、亜種特異点・イベントの内容を大いに含みます。明らかなネタバレ・真名バレは無いよう書いていますが、お読みになる際は人理修復後マスターを推奨します。



 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 燃え落ちる街並みの中、雪花の盾を触媒に、魔力を以て召喚陣に火を灯し回す。

 召喚陣の上に翳した手の甲が灼けるような熱を持つ。立香の甲に刻まれた盾のような紋ではなく、翼を広げたような、複雑かつ精緻な天秤を模した令呪が滲みだすように浮かび上がり、赤い光を放つ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 ────Anfang(セット)

 ────告げる。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 腕に青の線が複雑に走る。体内で蠢き沸く、熱の奔流。制御できないほどの血潮の猛りに、私は吠えるように言葉を紡ぐ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 ひときわ強い輝きを放った召喚陣に、ロマンが叫ぶ。

 

『凄まじい魔力だ、この霊基反応、間違いなく大英雄クラスが来るぞ!!』

 

 

 青い電流と火花がばちばちと唸りを上げ、私の回路から汲み上げられた魔力がヒトの形を成した。余りに眩しすぎて、閃光が収まるまで直視できないほどに。

 

 

 

「──サーヴァント、ランサ―。真名をカルナという。お前がオレのマスターか?」

 

 

 現れたのは、白髪にそれと同じくらい白い幽鬼のような肌、金の鋭利な鎧に大槍を携え、胸に赤い宝玉をつけた細身の青年だった。全てを見抜くような碧玉の双眸に射抜かれ、そして彼が名乗った名前に私は息を呑んだ。じわり、と冷や汗が知らず浮かぶ。

 

 カルナ。ロマンの言う通り、数ある英雄の中でも大英雄と言って過言でない英雄だろう。インド最大の叙事詩『マハーバーラタ』に語られる大英雄アルジュナの異父兄にして、最大のライバル。太陽神スーリヤの息子。武芸を競う場において養父を侮辱され怒り、その場でクシャトリヤ(王族)として迎え入れアルジュナとの挑戦を手助けしようとしたドゥルヨーダナの友として、カウラヴァ百王子のために奮戦した高潔な「施しの英雄」。周囲の謀略によって本来の実力を全く発揮できない状態に追い込まれた上で、ライバルであるアルジュナに謀殺に近い形で首を射落とされた悲劇の英雄でもあるが……「炎」に縁遠い自分が、太陽神の息子たる彼を引き当てるとは、どんな因果だろう。

 とはいえ、この非常事態にあって、これ以上ない心強い味方でもある。彼に相応しいとは言えなくとも、マスターだと胸を張って言える行いをしたいものだ。そんな思いを胸に、問い掛ける彼に私は手を差し出した。

 

「ええ。私があなたのマスター、クリスティアナ・I・スターフェイズよ。『マハーバーラタ』に名高い大英雄と戦えること、誇りに思うわ」

「……どうやら此度もオレは良きマスターに巡り合えたようだ。見るに、お前は己を悪と知りながら、それでもより多くの命の平穏と幸福のために、時には鉄の理性で無慈悲で冷酷な手段を取ることも已む無しとする気性のようだ。そういった在り方にはオレも覚えがある。我が槍を預けるに不足はない」

「苦悩ばかりの人生だったけれど……施しの英雄にそこまで褒められると、悪い気はしないね」

 

 掴まれた手はひやりとしていたが、その痩躯に反して力強い。強固に魔力パスが結ばれるのを感じて、私は口端が吊り上がるのを感じた。

 

 

 ──これが、のちに「私のランサー」と信を預ける、私の相棒との出会いである。

 

 

 

 人理焼却、七つの特異点を巡る旅は、生半可なものでは無かった。

 燃え落ちる冬木にて、反転したアーサー王を打ち倒し。

 次なるフランスでは、邪竜ひしめくオルレアンを可憐な王妃と旗持つ救国の聖女と共に駆け抜け。

 古代ローマでは可憐で暴虐の代名詞たる薔薇の皇帝と共に、数々のローマ皇帝を相手取り。

 伝説に語られるオケアノスの大海では剛毅な大海賊と共に冒険に漕ぎ出し。

 毒の霧烟る、どこか懐かしい雰囲気のロンドンでは、反逆のロンディウムの騎士と共に、群れる金属の兵隊を退け、ついに敵の首魁と対面しその本懐を聞く機会に恵まれた。静かで冷徹な口ぶりで私の問いに答えた、ちぐはぐな印象を覚えるソロモンとの邂逅。そしてその場で邪視の呪いに掛かり──7日間、人間の悪性の具現であるサーヴァントと戦う監獄塔に魂ひとつで立ち向かう羽目にもなった。

 

 無事監獄塔を脱出し、次なる特異点とされた北米では、私のカルナだけでなく、抑止力として聖杯に呼び出されたカルナもいた。しかも敵には、カルナの終生のライバルであるアルジュナという好カード。オルタとなったクー・フーリンと彼をオルタ化させたメイヴ女王との戦いは熾烈を極めた。

 次のキャメロットでは円卓の苛烈さ、凄絶さに挫けそうになりながらも、べディヴィエールやアーラシュ、歴代のハサンたち、そしてエジプトのファラオの力を借り、神槍ロンゴミニアドを持つ女神に立ち向かった。

 バビロニアでは絶望的な状況下でもあきらめないウルクという古代都市の底力、尊敬される過労死王たるキャスター・ギルガメッシュと共に、イシュタルやエレシュキガル、ケツァルコアトルといった女神たちの助力の元、原初の創世神に牙を剥いた。

 ──そして、終局特異点、冠位時間神殿ソロモンで、永遠にも思えるほど蠢き沸く魔神柱を、これまでの特異点で出会った味方も敵も関係なく、縁を紡いだサーヴァントすべてと協力して、一秒間に44本の計算で磨り潰しながら駆け抜け、ロマニの偉大で悲しい決意の元、私と立香は、人理焼却を阻止した。

 

 その他、微小な特異点やハロウィンの悪夢だったり、人理焼却阻止後も5つの特異点を修復するドタバタはあったのだが……その旅路は、苦難と挫絶、幾たびの喪失に満ち溢れてなお、輝かしい宝物だった。

 何故かカルナを始め、本来なら炎に全く縁のないはずの私にばかり太陽系サーヴァント……玉藻前やガヴェイン、ファラオ・オジマンディアスやらケツァルコアトルが召喚されたり(全体的にとてもまぶしい)、立香が召喚したバーサーカーのウラド公には吸血鬼には猛毒のはずの血を所望され追いかけ回されたり、雷の縁あって召喚した頼光さんには「母と呼んでください!!」と迫られるし。いや頼光さんの母性はまさに理想の母親像ですけど、あんないい人私には勿体ないです……。あと茶々も普段は見た目どおりのお転婆姫なのに、ふとした時に見せる母性に思わず大人しく休まさせられるから……母性つよい……。

 バレンタインのお返しに男性陣からもらった聖遺物待ったなしのお返しに身震いはしたものの、どれもこれもが嬉しかった。流石にカルナが不死の黄金の鎧の一部を鍛え直してピアスを作って持って来た時には本気で良いのか、と念押ししてしまったが、彼の耳輪にも似たデザインのピアスを贈られたのがうれしくて、カルナの要望通りカルデアで二人の時だけは付けていた。特異点でつけていたら失くしそうで怖いし。

 

 

 そして、セイレムの魔女裁判を乗り越え、冥界のクリスマスを終えたその後、私は得た聖杯の力を使い、元の世界……堕落王に飛ばされるまでいた、HLに帰還することにした。立香やダ・ヴィンチちゃん、マシュ、それに支えてくれた職員たち、そして頼れるサーヴァントたちはとても惜しんでくれたし、それ以上に別の世界でまた世界を救う戦いに戻ることを応援してくれた。ライブラとは違った意味で、得難い仲間たちに見送られ、契約していたサーヴァントたちが座へ還るのを見送った後、それでも思い出として残ったカルナのピアスやその他の僅かな荷物を手に、私は聖杯を使用して無事にHLに帰還した。

 最早右手に礼呪はなく、ライブラの秘書として以前と変わりない生活を送りながら──それでも、黄金のピアスを耳に下げ、氷を、脚を振るう日々だった。

 

 

 

 ────今日までは。

 

 

 

「……超絶高いところからのフリーフォールとか、新宿で終わりだと思ってたんだけどなー!?」

 

 

 ああここに相棒(カルナ)がいてくれたら『魔力放出(炎)』で颯爽と受け止めてくれただろうに、と遠い目をする。ここにはアラフィフもいないしまして信頼する一番槍もいない、無情なる狂騒の街である。氷を外壁にブッ刺して足場にしようにも、建物が遠すぎて不可能だ。

 最悪、もう少し地上に近いところで籠目で血の網を張って受け身を取るほかあるまい、と半ば覚悟したその時、右手に刺すような痛みが走った。瞬間、ここしばらく感じていなかった身体から何かの力が抜けるような感覚に襲われる。視界の隅で、黄金の粒子がはじけたように見えた。

 

「──オレを喚んだか、クリスティアナ」

「は──」

「ああ、驚くのも無理はない。オレ自身とても驚いている────だが、同時にこれ以上ない喜びでもある。お前の槍として、再びサーヴァントとして現界が叶ったのだから」

 

 冷徹に取られがちな、言葉数の少ない言葉回し。コミュニケーションは苦手だと宣った相棒は、鉄面皮を崩して嬉しそうに碧玉の目を緩めた。

 

「カルナ!!?」

「ああ」

「エッ本当に私のカルナか君!? 普通座に還ったら召喚されてた間の記憶はほとんど引き継がれないんじゃなかったの!?」

「その疑問はもっともだが、今はそれよりも優先させるべきことがあるだろう……抱えるぞ」

「あ、ごめん。ありがとう」

「礼など不要。当然のことをしたまでだ」

 

 カルナに抱き込まれた瞬間、落下が止まる。

 本来飛ぶ術を持たないカルナだが、魔力放出スキルの応用によって飛ぶことが可能なのだ。ただ、大英雄の名に恥じない宝具やスキルの数々のために、かなり燃費が悪いという欠点はあるが……この吸血鬼に対抗するために色々魔改造された身体が秘める魔力量は、カルナの実力を常に十全には発揮させられずとも、使用する魔力を限定すれば、本来の8割なら瞬間的に解放できる。魔力放出も短時間なら十分に活用できる。バビロニアの泥の海だったり新宿の開幕問答無用フリーフォールでは大変お世話になりました。

 ビルの上に降ろされた瞬間、がばりと抱き付く。恥など知るか。

 

「……また君に会えてうれしいよ、カルナ。私の無二のランサー」

「オレこそ感謝する、マスターが常にこのピアスをつけていたお陰で、こうして窮地の呼び掛けに応えることが出来た」

「……あ、これが原因?」

 

 耳元で金の精緻な細工に、カルナの胸で輝くものと同じ赤い宝石がちりばめられたピアスが揺れる。愛おしげに目を細めたカルナの指先が耳飾りに触れるのを静かに受け入れた。

 

「ああ。父より賜った不死の鎧、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』の一部を捧げるほどのマスターなど、幾たびある聖杯戦争での記憶の中でもお前のみ。ゆえに、オレはお前との記憶を持ったまま再び現界が叶ったと言えよう。常に身に付けてくれていたのだろう、そのピアスからは別れた時とは比べ物にならんほど、マスターの魔力が籠っているのを感じる」

「……君が遺してくれたものだからね、嬉しかった思い出を忘れたくなかったんだ」

 

 照れているのを隠すように、ぐりぐりと額をカルナの身体に押し付ける。細い指が私の髪を梳いていくのが心地よかった。そうか、と上から落ちてくる声は穏やかだ。

 

「ところでマスター、身体に不具合は無いか」

「? いや、これといって」

 

 どうしたの? と問えば、カルナは無表情のまま眉根を寄せた。

 

「此処がマスターの生まれ育った世界ならば、本来“英霊(サーヴァント)”どころか、“座”や聖杯といった魔術世界のモノは存在しないだろう。お前は世界を跨いだ時の補整(帳尻合わせ)で本来無いはずの魔術回路を特殊な血液が代行し、マスター適正も持ち合わせていた。全身に行き渡る回路(血管)と自前の魔力炉(造血細胞)をひとつ持っている状態でカルデアの電気による魔力サポートを受けていたために、魔力燃費の悪いオレや、他の大英雄クラスと複数契約していても問題は無かったが……この世界ではそうもいくまい」

「ああ、成る程。そういうことか……言われてみれば確かに。でも座がないのにカルナはこうして現界してるし、令呪はカルデアに居た時と同じだし、魔力パスも直接繋がってる、よねこれ」

 

 本来ならサーヴァントは聖杯の魔力をもって、令呪を持つ人間との契約で座にいる英霊の分霊の一側面を一クラスのサーヴァントという小さい枠に収めて召喚するもの。あの人理修復の旅が本来の聖杯戦争から遠く離れた状況下とはいえ、マシュの円卓の盾を媒介に英霊を喚んでいた。ならば、座も聖杯も英霊もない異世界にあたるこの世界に、本人から渡された鎧の一部という最高の触媒があったとしても、カルナという英霊は本来喚べないはずなのだ。分霊とかいう以前に、魔術師(しかし名前は同じだが中身は全く別物)はいても、魔術世界の無いこの世界における大英雄カルナは実在しない神話上の人物であり、向こうの座にいるカルナとは別人物だろうから。

 しかし今ここに彼はいる。おまけに、さっきの召喚で痛みが走ったことで薄々わかってはいたが、右手にはあの天秤のような令呪が三画分くっきりと刻まれている。……毎日回復するのかなこれ。

 

「ああ。しかも今感じる限りでは聖杯や他のサーヴァントの気配は皆無だ。ゆえに、お前が還ってきたことで聖杯が紛れ込みこの街が特異点化し、聖杯を媒介にお前に喚ばれたというわけでもなさそうだ」

「良かった……さすがのカルデアも、並行世界でもない異世界はシバで観測できないだろうし、観測できないならレイシフトも無理だし。でも聖杯がないなら尚更、何でカルナを喚べたのか分からないなぁ……? ちなみに霊体化はできるの?」

「問題ない」

「じゃあカルデアみたいに一時的に受肉してるわけじゃないのか……そういえば今第二再臨の姿で『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』ありの状態だけど、体感的にそんなに魔力が食われてる感じはないなあ。確かその鎧って纏ってるだけで魔力消費発生したよね?」

「ああ。さっきの魔力放出をした後でも体調が変化せず、オレから見ても今の魔力供給量は十分に感じる。だが、過去に聖杯戦争で呼び出された時の記録を考えても、いくらお前といえどバックアップなしで出来るのかと云われると疑問が残る」

「じゃあ聖杯に近しいもの、魔力タンク的なものがあるってこと……? ……ピアスがそうってことはないよね、流石に」

「魔力がこもっているとはいえ、所詮はお前のサーヴァントとしてのオレを引き当てるのに使う触媒としての機能しか持たないだろう。他にあの世界から持ち出したものはないのか」

「うーん……同じお返しでもらったロビンの記念銀貨やビリーの銀の弾丸、ギルガメッシュ王からのウルククルーズで渡されたラピスラズリの腕飾り、ゲオル先生からのベイヤードのたてがみ……他にも食べ物以外で持ってこれそうな貰い物はあらかた持って来たけども、カルナのピアスほど常に持ち歩いてるわけじゃないからなぁ」

「……クリスティアナ。お前がこちらに還ってくる時、聖杯を使ったのだったな」

「うん」

「その聖杯は特異点もしくは微小特異点で得た聖杯の欠片か?」

「いや、7つの特異点の聖杯や欠片を使ってもいいってダ・ヴィンチちゃんや立香、スタッフたちは言ってくれたけど、私が還った後に来る査問官たちに、強化で使った以外の聖杯の数が合わなかったら変ないちゃもんつけられそうだから、って悩んでたらキャスギルが「ならばこれを使え雑種」って二人の時に、宝物庫から無造作に投げ渡されたやつを………………」

 

 喋りながらふとひとつの可能性に思い当って口をつぐんだ私に、カルナが怪訝そうな顔をした。

 

「どうした」

「いや……そういえばこっちに無事に還ってきた時に、見覚えのない金の指輪があったな、って。金の指輪ってロマニの件もあるし、セーフハウスで仕舞いっぱなしにしてたんだけど……今思うと腕飾りと似たような装飾があったような」

「……それではないか?」

「ですよね!!」

 

 となれば今すぐ確かめなければならない。今の今まで放置していたのが怖いほどの代物の可能性が出てきた以上、もう知りませんでしたとはいかない。

 ちょっと泣きたい気持ちになりつつも、自宅に戻るべくまずはこの高層ビルを下りようと屋上のドアへ足を向ける。戦闘中だったらビルの外壁に足場にする氷を刺しながら安全ベルトも何もないフリーフォールで降りるのだが、自分に回り回ってくる請求書を一枚増やすくらいなら多少の手間は惜しむまい。そんな私に手を伸ばし、ひょいとカルナが腕に座らせるようにして軽々と担いだ。

 

「んっ!?」

「この方が早いだろう、セーフハウスとやらはどこにある」

「……向こうです」

「承知した」

 

 懐かしい、と遠い目をしながらおとなしく担がれる。時間との勝負でもあった特異点では、俊敏Aのカルナによくこうして担がれ運ばれていた。人類の限界を突破している私達牙狩りの戦闘力は英霊たちに負けず劣らずだが、無駄な体力消費を抑える目的で、だ。

 オジマンディアス王を召喚した後の特異点では、場合によっては彼のライダーたるゆえんでもある宝具の『闇夜の太陽船(メセケテット)』に乗船する栄誉を賜ったものだが……カルナに担がれた回数の方がはるかに多かった。

 鋭く地を蹴り、瞬間的な『魔力放出(炎)』で緩やかに高度を下げ方向転換しながら、不可視の人狼のようにHLの霧の空を飛ぶ。カルナの細腕だが筋力Bのステータス通り、落ちる心配など微塵もない安定した担がれ方に、大人しくカルナの首に腕を回して捕まりながら、普段見ることのできない景色に見惚れる。眼下で異形の群れが空を泳ぎ、道路には様々な車がひしめき、歩く人々は人間から異形までより取り見取りだ。

 

「話には聞いていたが、まさしく魑魅魍魎の街だな」

「特異点並みに理不尽と暴力と狂騒の渦巻くろくでもないところだけどねえ」

「でも、嫌いではないのだろう」

「……うん」

 

 濃い霧が髪をしっとりと濡らしながらも、ゆっくりと空の旅を楽しむこと数分。私とスティーブンのセーフハウスがあるビルの前庭に降ろしてもらうと、カルナが持っている槍を見てハッとした。

 

「カルナ、霊体化してもらっていい? うちのセーフハウス、侵入者対策で兵器の類いはセキュリティに引っかかるようになってるんだ」

「承知した。……随分なセキュリティを敷いているのだな」

 

 スウッと空気に溶け込むようにカルナの姿が消えるが、パスが直接繋がっているせいか、姿は見えなくてもなんとなく気配で近くにいるのは感じ取れる。幽霊状態の彼を連れて、私はセーフハウスのある階に上がった。

 

「とはいえ、生体銃とかの身体の細胞をもとにした武器はあくまで人間扱いになるからすり抜け出来ちゃうんだけどねぇ……ここだよ」

 

 随分前にセーフハウスで実際に起きた惨劇を思いだして遠い目をしながら、セーフハウスの厳重すぎるロックを外してドアを開ける。今日はヴェデットが家事をしに来る日ではないから、カルナの姿を見られることもないだろう。……スティーブンは夕方まで事務所に詰めているだろうし。

 霊体化を解いた(念のためか槍と鎧を解いた状態で現れた)カルナと共に、指輪を保管している自室に入る。ほとんど寝るための部屋だし、ヴェデットが掃除に入ってくれるのもあってライブラに関するものは一切ない、広さの割に物の少ない部屋だ。……オジマンディアス王から下賜されたスフィンクス・ウェヘ厶メスウト……身体が蒼い宇宙で出来た、仮名コスモ・スフィンクスの幼体、スフィンクス・アウラードが三匹、ちょろちょろしている以外は至って普通の部屋である。未だに大きくなる様子も見せず、仔犬サイズで室内飼いが可能なのは良いのだが、あのオジマンディアス王の背後でEXアタック(コスモビーム)していた成獣の大きさを考えると、とてもじゃないがこの街の外では色んな意味で飼えない仔たちである。

 

「太陽王のスフィンクスか」

「うん。未だにオジマンディアス王が込めた魔力を感じるから、私が生きてる限りは死なないんじゃないかなぁと思う」

「過保護だな」

 

 君が言うか。

 カルナの容赦ない批評に苦笑しながら、机の鍵付きの抽斗の奥から、厳重に魔術で封をした指輪の箱を取り出す。こちらに還ってきた時ぶりにその蓋を開けば、一切輝きを失っていない黄金の指輪が姿を現した。むしろ燐光を放ってすらみえるそれに、嫌な予感は確信に変わった。

 

「……これだな」

「やっぱり?」

「ああ。指輪になっているが、強い魔力を感じる。お前をこの世界に送り込んだことで大半の魔力を使用してはいるようだが……それでもサーヴァントを現界させるのに十分すぎる量が残っている。偶々特異点で拾った聖杯の欠片でも、エリザベートやオルタ化したジャンヌダルクがひとつの世界たる特異点を成せたほどだ。あの原初の王が所有していた聖杯ならば、相当の魔力を貯め込んでいただろうな」

 

 それに、とひとつ言葉を切ったカルナが、指輪の側面に彫られた精緻な細工と、トップを飾る蒼い石……おそらくラピス・ラズリを、全ての欺瞞と真実を見抜くスキル『貧者の見識:A』の原点になった鋭すぎるほどの観察眼で見つめた。

 

「……視たところ、これに刻まれているのは恐らく、サーヴァントの霊基パターンだ」

「え“っ」

「お前が契約したサーヴァント全員かどうかは分かりかねるが、かなりの情報量を詰め込んでいるように見える。細工を施したのはダ・ヴィンチだろう。工学と彫刻に明るく、霊基パターンを指輪に彫り込んで、魔力炉(聖杯)簡易召喚陣(マシュの盾の代わり)の機能を同時に持たせるなぞ、幾ら他のキャスターでもそう出来ることではあるまい」

「魔術世界が無いから狙われる心配が無いのはいいけど、なんてもの発明しちゃってるんですか我が王と万能の人~~~~~~!」

 

 異世界でも契約した記録のあるサーヴァントの現界を可能にする指輪とか、カルナの宝具の一部で作ったピアスや、ゲオル先生の宝具である無敵の馬(ベイヤード)のたてがみで作ったブレスレッドにカルデア中の聖人サーヴァントが寄ってたかって祝福と祈りを込めた本気の護符(アミュレット)以上のヤバい代物である。魔術協会が知ったら血眼で戦争仕掛けてくるレベルの。いや嬉しいけど! 

 そういえば人理修復後に出現した新宿・アガルタ・下総国・セイレム……とあとセラフィックスの5つの亜種特異点を巡る最中、ダ・ヴィンチちゃんとキャスギル、あとその他の、立香が召喚したキャスターも含め、カルデアのキャスター陣が集まって話をしてるところを時々見たような。……これを作ってくれてたのかなぁ。そう思うと、彼らの想いを嬉しく思うし、同時にしんみりとしてしまった。遠く二度と会えない場所に還る私のために、神秘の究極に迫る代物を作り出してまで、訪れるかもしれない窮地に備えてくれたのだろうか。

 

 思わず蹲って膝を抱え込んで叫んだ私に、何だ何だとアウラードたちが寄ってくる。一匹はカルナの傍をウロチョロしているのが目の保養だ。アウラードたちの頭を撫でた後、立ち上がった私は指輪を光に翳した。

 

「……着けるべきだよねぇ、これ」

「それを想定して作っているだろうな」

 

 覚悟はしてたけど退路が断たれた感じがしますカルナさん……。

 おずおずと指輪を右手人差し指に嵌めると、不思議と吸い付くようにぴったり嵌った。瞬間、血管走行と同じ軌道を描くように蒼い光が身体の上を走る──血管と同化している『魔術回路』の概念が起動したのだ。

 魔術回路と接続された指輪に魔力が回される。すると、指輪から見覚えのあるホログラムが浮かんだ──あの万能の人の姿を映して。

 

『やぁクリス、元気かい? これを視ているってことは、無事にキャスターのギルガメッシュ王と企てた聖杯への細工は成功し──不幸なことに、君の身に大小なりとも危機が迫ったってことだろう。サーヴァントの誰かが傍にいるかもしれないし、あるいは君自身だけでこの指輪の仕掛けに辿り着いたのかもしれない──今の私にはそれを知る術はないんだけどね』

「ダ・ヴィンチちゃん……」

 

 ホログラム姿の彼女はその不変の美貌に微かな憂いを浮かべたものの、すぐに完璧な微笑みを口元に湛えた。

 

『まぁともあれ、この指輪は立香君と共に最後のマスターとして尽力してくれた君へ、再び世界を救う、終わりの見えない戦いに挑む君へ、我々カルデアからのせめてもの餞別だと思ってくれ。

 理論上でなら、君がこちらで召喚したサーヴァントであれば、その指輪に刻まれた英霊を君との旅の記憶を保持したまま、異世界でも召喚できるはずだ。この指輪には君が最後にサーヴァントを強化した時の霊基情報が刻まれている。一応君のサーヴァントたち全員に説明して、異世界で召喚される可能性に承諾してくれた英霊だけ刻んである。まぁ全員だけどね? BBやパッションリップの協力が無かったら、いくらこの万能のダ・ヴィンチちゃんでもその指輪に数十人単位の霊基情報は圧縮(パッキング)出来なかっただろうから、君からも彼女たちにはお礼を言ってくれ。その方が喜ぶだろうから。

 勿論、聖杯を提供してくれたギルガメッシュ王と指輪の細工、あと色々加護やら魔術やらマスタースキル(偽)とかを内蔵するのに手伝ってくれたキャスター陣および技術者系サーヴァントにもね』

「……ちょっと待ってなんかすごい聞き捨てならない追加機能を聞いた気がしたんだけど」

 

 思わずツッコミを入れるが、通信機能ではなく録画再生機能のホログラムは一呼吸だけおいて喋り続ける。製作者一覧作ったら物凄い顔ぶれになりそうな気がひしひしとする。古今東西の知識人たちが集まって作った指輪とか絶対チートじゃないですかやだ~……。マスタースキル(偽)ってもしやガンドとか使えるんです? 

 

『英霊の力は絶大だ、それは人間でありながら英霊の域に片足を突っ込んでいる君は重々承知の上だろう。その上でカルデアは君にその指輪を贈ろう。きっと君は世界の為に英霊たちの力を借りるかもしれないけれど、そんな風に縛られなくていいんだ。戦う為でも、正しいことの為でもない。私は、立香くんやマシュ、カルデアのスタッフは、最後のマスターでも秘密結社の秘書でもない、ただの人である君が幸せになるために、その指輪を使って欲しいんだ。そのラピスラズリが君の人生の邪気を払い、より豊かな人生へ導いてくれることを祈っているよ』

「────…………」

『わが友、クリスティアナ。君の人生の旅路が、より良く、幸せで長く続くものでありますように。君がその人生に幕引く最後の瞬間に、良い人生だったと笑えるような未来が待っていることを、我々は願っている────』

 

 ぷつん、とダ・ヴィンチちゃんの姿が消え、代わりに月に月桂樹の冠を模したフィニス・カルデアの紋章が映し出される。涙で滲んだ視界でそれを捉えて、とうとう涙をこらえきれなくなった私はぼたぼたと涙を流した。あたたかな手が背中をそっと撫でる。寄り添うアウラードと一騎の相棒に囲まれ、金の指輪を握りしめて、私はただただ声もなく泣きはらした。

 

 

 

 

 

 




 この後泣き止んだ秘書嬢とカルナが共に事務所に行ってサーヴァント召喚が可能なことをクラウスとステブンに説明し、義兄VS妹が連れてきた彼氏(相棒です)の圧迫面接が始まるのであった────!! (雰囲気ぶち壊し)

 NEXT:圧迫面接


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望む未来に星は落ちない

 

 体内の水が干上がるような感覚さえ覚えるほど、涙をこんなに流すのは久しぶりに思えた。

 

 

「落ち着いたか」

「……ん」

 

 年甲斐もなくボロ泣きしてしまい、少しの気恥ずかしさもあるが、いつまでも俯いては居られない。ひとつ気分を入れ変えるために大きく深呼吸した私が顔を上げると、蒼く澄み切った双眸と至近距離で視線がかち合った。

 2年の歳月を共にしても、たまにこの神造の美は正視に耐えがたい。いい意味で。顔が良すぎるのだ、彼は。若干心臓が跳ねあがったのを感じて即座に血流操作し、顔に朱が上るのは阻止した。

 が、この朴念仁の相棒はするりと手を伸ばして、親指で瞼の下、涙袋のあたりを親指で撫ぜた。無表情のままだが、どこか愁いを帯びた眼差しが、労わるような手つきがカルナの心情を切実に訴えてくる。

 

「……腫れてしまったな」

「年甲斐もなく泣いたからね……」

「我慢の必要もあるまい、顔が台無しになるほど感情を爆発させるのも、時として必要だろう」

 

 ……ええと、恐らく時には大泣きして感情を発散させるのは人として当たり前で、そう年甲斐もないと恥じる必要はない、と励ましてくれたのだろう。相変わらず肝心な一言が足りない。

 

「台無し……そんなに酷いのか……ああ、化粧が落ちたのかな」

 

 ぐい、とわずかに熱を持つ瞼を擦れば、滲んだアイシャドーやマスカラが手に付いた。ああ、これならメイクが溶けてパンダになっていても無理はない。カルナが酷いと言うのも無理はないだろう。熱を持ったせいか痒くなり始めた瞼を再度擦ろうとしたら、手首を掴まれ止められた。

 

「擦るな、傷めるぞ」

「痒いんだよ……もう一旦化粧落とそうかな」

「その方がいいだろうな」

 

 カルナに手を離してもらい、バスルームに移動する。確かに目元中心にぼろぼろに剥げたメイクにうわぁと顔をしかめ、慣れた手つきで化粧を落とす。特異点の旅先ではおちおち化粧などできるはずもなく、サーヴァントの数も私達マスター側にも余裕が無かったオルレアンやローマを旅した頃はすっぴんなどいくらでも彼に見せてきたため今更だが、興味深げに背後から鏡越しに見られているのを感じると、どうも居心地が悪い。

 

「……見てて楽しいものじゃないと思うんだけれど」

「そうか? オレとしては興味深いが」

「ええ……?」

 

 顔を洗い終えてタオルで拭きながら、鏡越しに胡乱な目を向けると、壁に寄りかかっていたカルナはふっとやわらかな笑みをこぼした。

 

「しばらく見ないうちにより綺麗になったと、感慨深く思っていただけだ」

「えっ」

 

 思わず口説き文句のようなセリフにびしりと固まる。

 彼とは2年間ずっと旅を共にしてきて、絆もマックスの10だ。マハーバーラタでもその義理高さが人気を呼ぶ彼だが、伝承にたがわず最初からマスターとして素人もいいところの私に正当な忠言はあっても、勝手に行動することはなかった。

 絆を深めるごとに互いのことが理解できるようになり、次第にカルナの言動も真意を翻訳できるまでになったのだが……彼も「自分の中で完結してしまって肝心な伝えるべき一言を言わない」「一言多いせいで無自覚に相手を煽る」という矛盾にも思えるコミュニケーションにおいて致命的な口下手を直そうと努力する過程で、何故か口説き文句に近い甘い言葉が増えた。なんでさ。

 そもそも嘘や虚飾と無縁の英雄である。言動は素直で的を射すぎているからこそ、忠言が刺さって相手を逆上させる。ゆえに、必要ないだろうと胸に秘めてしまう部分の言葉を言うようになれば、施しの英雄、聖人とも後生に謳われる徳と慈悲深さが顔を出す。

 だから心臓に悪い。……嘘に塗れた人間の言葉に騙され続け、曲者揃いの政財界の人間と渡り合う過程で、自分のそれなりに恵まれた、利用価値のある見目を称えるお世辞など聞き飽きた私には、嘘などない、真っ直ぐな好意はより胸に刺さるのである。二人きりでも滅多に見せない穏やかな微笑みつきで言われようものなら、赤面しないではいられないほどに。

 

「特異点を巡る旅ではそれどころではなかったからな……魔力不足で憔悴しきったお前も見てきた身としては、元の世界に戻って不足なく、お前らしく生活している様子を見れるというのは喜ばしい。……どうした、何か気に障る事でも言っただろうか」

「イエ、離れてる間に免疫落ちたなと思ってるだけだから……気にしないで……」

 

 タオルに赤くなった顔半分を埋めるように隠したまま、ふがふがと返事を返す。私の回りくどい返事にきょとんと目を丸くしていたカルナはふと視線を動かした後、途端に笑みを深くして、楽しげに喉を鳴らして笑うのだった。俯いて顔を洗っていたせいで、髪の間から覗いた耳まで真っ赤に染まっていたのを見止めたのだと私が気付くまで、あと数秒の事である。

 

 

 

 その後、恥ずかしさが極まった私はバスルームからカルナを追いやりさっさと化粧を済ませ、紐なしバンジーで崩れた髪も整えたところで、霊体化したカルナを伴いライブラの事務所に向かった。

 今日は珍しく非番の日だったのだが、英霊召喚が出来るようになったことはクラウスとスティーブンにはせめて説明しなければならない。なにしろ、失踪中に一番胃と心を痛めていたのがこの二人である。英霊の存在は大きい。力もそうだが……なにより個性が強い。古代王とか為政者系とか頼光さんとかキアラとか。今後は自宅に英霊が闊歩することだって考えられる。同居しているスティーブンの承諾は不可欠だし、もし支障が出るなら、複数所持しているセーフハウスに移動することも考えなければならないだろう。……ウェデッドという家政婦を雇っているとはいえ、スティーブンの健康と精神状態と私の心の安寧のために、出来る限り別居はしたくないのだが。

 リトルチャイナタウンの細い路地を抜け、ところどころ塗装の禿げた色褪せた中華扉を開け、エレベーターに乗る。ライブラに繋がる幾つかの扉のうちのひとつである揺り籠は、外観の建物とはそぐわない動きをしながら数分横移動と縦移動を繰り返し、ようやく停止した。

 

 

「クラウス、スティーブン、居る?」

 

 ドアを開けてひょっこりとライブラのオフィスを覗き込めば、デスクでコーヒーブレイクをしていたらしい義兄と視線が合った。驚いたのだろう、ぱち、と瞬きをして私の目より少し薄い蘇芳色の双眸を丸めた彼は、少し高い声で尋ねてきた。

 

「あれ、クリス。今日は非番だって言っただろう、どうした」

「ちょっと相談というか報告したいことがあって……」

「……緊急事態かね?」

 

 スティーブンとはまた離れた個人のデスクに座っていたクラウスが顔を上げる。パソコンに前のめりで齧り付いていたところを見るに、オンラインで趣味のプロスフェアーに興じていたのだろう。それでもこちらを優先しようと、銀縁の眼鏡の奥できらめきを放つ明るいグリーンの目で射抜いてくるクラウスに、私は後ろ頭を掻いた。

 

「緊急性はないんだけど、今後に関わる重要なことなんだ。聞いてもらえる?」

「無論だ。ギルベルト、クリスにもお茶を」

「畏まりました、クリスさん、今日は紅茶とコーヒー、どちらになさいますか?」

「ありがとうございます、紅茶をお願いします」

 

 すぐに重々しく頷いたクラウスと、デスクの上のラップトップを閉じてマグを手にソファーへ向かってくるスティーブンの向かいのソファーに腰を下ろす。丁度ふたりとギルベルトさん以外は出払っているらしく、事務所は心地よい静けさが満ちている。離れた場所でギルベルトさんが紅茶を淹れてくれるBGMに、居住まいを正して話を促してくれる二人に、私はためらいがちに口を遙々開いた。

 

「……私が堕落王の魔法陣事故に巻き込まれて失踪している間、私が異界(ビヨンド)とも異なる異世界で、人類史を燃やし未来を絶った存在と戦っていた、って話したことは覚えている?」

「ああ、過去にレイシフト……だったかな、タイムスリップ技術を使って過去のありえないはずの歪みを正すことが出来る研究機関に落とされた矢先に、そのタイムスリップが可能な素質を持った人間の大多数が内部犯の爆破テロで瀕死の傷を負い、何故か異世界から来たはずのお前がその素質を持っているという状態で、もう一人生き残った適性者と共に、なし崩しに最後のマスターとして英霊と呼ばれる使い魔と一緒にタイムスリップを重ねた、そうだったね」

「そして一年の歳月を懸けて人理焼却は阻止された。世界は救われた……。そして止まった人類の時間が動き出したもう一年の間にも、元凶だった魔神柱の生き残りが生んだ過去の歪み、特異点の修復にあたり……完全に歴史が修復された以上、もうレイシフト技術はいらないだろうと判断された2年間の最後に、クリス、君はこちらに還ってくることができた」

 

 説明したのは随分前だというのに、大まかな流れを覚えているあたり流石としか言いようがない。

 二人の言葉に頷いた私は、遠慮がちに、歯切れ悪く言葉を紡いだ。

 

「協力してくれた英霊たちは、こっちに還ってくる前に、彼らが還るべき英霊の座に還ってもらった。……そう思っていたんだけど」

「けど?」

「英霊たちが私に内緒で、もしこちらの世界で身の危険が迫った時、英霊を召喚できるように、還る手段にこっそり細工をされてたらしくて。英霊たちをこっちでも呼び出せるようになりました……」

「……なんだって?」

「それは……慕われていたのだな、流石と言うべきか」

 

 ギルベルトさんが苦笑しながらも私の前に紅茶を置いてくれた。並大抵のことでは動じない二人でさえ言葉を失うレベルである。一応、二人に乞われて人理修復の旅はかなり端折ってはいるが全て語っている。口伝で想像するのは難しいだろうが、英霊の力がどれだけ強大かは何となく察しているだろうからこその反応だった。

 

「ちなみに、テロ直後に強制的にレイシフトさせられた冬木で最初に召喚して、ずっと私と戦ってくれた相棒のサーヴァントが今、見えないだろうけど護衛してくれてる」

「……すごいな、全然気配を感じないぞ」

「うむ」

 

 きょろ、と辺りを油断なく見渡す武人の二人も霊体化したカルナの気配は捉えきれないのか、ソファーの背を挟んで私の斜め後ろに立っているカルナとは全く違う見当違いな方向を見ている。

 そんな二人を見てか、ずっと黙って控えていたカルナが不意に口を開いた。

 

『……マスター、二人さえ良ければ少し話をしてみたいのだが』

「そう? クラウス、スティーブン。二人さえ良ければ話をしたいって言ってるんだけど、どうかな」

「こちらの方こそ、クリスティアナを支えてくれた英霊にはお礼を申し上げたいところだ」

「僕も構わないよ。お前が自慢げに話してくれた大英雄を拝んでみたいね」

 

 一応異世界の存在であり、一騎で都市や国を滅ぼすのも魔力さえ許せば簡単にやってのける、いわば戦術級の兵力である。吸血鬼という不死を相手にしている以上、そう簡単に引け腰になることはないと分かっていても、遠慮はするものだ。

 そんな私の憂慮を跳ね飛ばすように、二人はあっさり快諾してくれた。その様子に少し笑ったような気配がしたと思えば、ソファーの背を軽々飛び越え私の隣に降り立ちながら、カルナが霊体化を解いた。淡い粒子を纏っていきなり目の前に現れた黄金の英雄に、二人が揃って目を剥く。

 

「──お初にお目にかかる。サーヴァント、ランサー。真名をカルナと云う」

「これがマハーバーラタの大英雄か……! 神話通り聞きしに勝る威容だな……!」

 

 即座に名前を聞いて原典を言い当てるあたり、スティーブンの知識量は相変わらず裾野が広い。そんな明後日の方向の感動をよそに、勢いよく立ち上がったのはクラウスだ。躊躇いなく一礼する動作には相手への敬意と育ちの良さが漂っている。

 

「こちらこそ、お会いできて光栄です、施しの英雄。私はクラウス・V・ラインヘルツと申します。この秘密結社ライブラのリーダーをしております。わが友、クリスティアナを支えて頂き、誠に感謝申し上げる」

「礼など不要。サーヴァントとして、英霊として当然のことをしたまでの事」

 

 生真面目に礼を述べるクラウスに、カルナは淡々と返した。その冷酷なまでに変わらない無表情と温度のない突っぱねたような言葉に不安に思ったのだろう、クラウスはさらに感謝を重ねた。

 

「しかし、貴方がた英霊の支えあってこそ、クリスは無事に帰ってくることが出来た。このHLでも類を見ない人類の歴史そのものという困難が立ち塞がり、奇跡のような旅路を重ねてきたと聞いております。上司として、友として、感謝申し上げるのは当然です」

 

 だが、とかカルナが言い返して、エンドレス一方通行に見えるお礼合戦が始まりそうな気配を察知した私は、ひらりと手を振った。

 

「クラウス、解りにくいけどちゃんとカルナはクラウスの感謝を受け取ってるよ、大丈夫」

 

 そんな私の言葉に、

「む、そうなのかね」と眼鏡を光らせ口をつぐむクラウスと、

「また言葉が足りなかったか、クリス」と首を傾げるカルナ。

 

「足りないのもあるけど、君の言動に慣れてない二人にはそっけなく突っぱねてるようにしか聞こえないと思うよ」

 

 私みたいに君の発言を噛み砕いて翻訳した副音声が聞こえてくるぐらい仲が深まってるわけでもあるまいし、と身体はクラウスへ向けて頷きを返しながら、心中でひとりごちる。初対面の絆0では意思疎通に大きな齟齬があるだろう。表情筋を動かさないまま冷ややかに言うものだから、相手はそのままの印象を受け取るに決まっている。

 マスターに召喚されたサーヴァント、英霊として、マスターの身を守護し戦うのは彼にとって当然のことであり、マスターの為に二度目の生で槍を振るうことを召喚された報酬と捉えるような聖人の彼なりの謙遜だ。特別なことではないからこそ、そう仰々しく礼を述べずとも良い、という気遣いが通じないのは、見ている身としては歯がゆいものだ。

 

「私を護って戦うのが君にとって当たり前で、特別なことではないからそう畏まらなくてもいい、そういう意味だろう?」

「ああ。……流石、お前は丁寧にオレの足らない言葉を汲み取ってくれるな」

 

 解釈はどうも間違っていなかったらしい。ふっと笑みをこぼしたカルナに、クラウスがふむと顎に手を当てた。

 

「なるほど、そういう意味でしたか。思慮が至らず申し訳ない、我が不徳の致す所」

「いや、今のはクリスの解説がないと分からないだろう……僕はスティーブン・A・スターフェイズ。クリスの兄弟子だ、どうぞよろしく」

 

 律儀に謝るクラウスに呆れ顔で肩を竦めたスティーブンは、カルナへ手を差し出した。差し出された手とスティーブンの顔を見比べたカルナが、一拍置いてその手を握り返す。

 

「お前がマスターの義兄(あに)か。そうか……常々お前たちの話はマスターより聞いている。一度会ってみたいと思っていた。世界で最も尊敬する、何より守り支えたい二人だとな」

「そうなのか」

 

 強張った表情をほどいて、きょとんと目を丸くするスティーブンと、とても嬉しそうに凶悪なまでの笑みを浮かべるクラウスに私は顔をそらした。いやその通りなんだけど面と向かってそんなこと言わなくても。座りが悪くなるじゃないか。私の挙動を見たカルナがそう恥じることでもあるまい、と言うけれど、生憎私は君ほどの素直さは持ち合わせてないんです! 

 

「いいや、お前は言うべきことはたとえ耳に痛い忠言であっても、相手の為を思ってきちんと相手に伝えられる人間だろう。でなければ、オレのような口下手を補うなど出来はしまい」

「ぐっ」

 

 まぶしい。

 照れ隠しに卑屈なことを言ったら倍返しで褒め殺しに遭って、不利属性から不意打ちでクリティカルヒット食らった気持ちになった。私のカルナがぐう聖すぎる。……やめて、私のHPはもうゼロよ……とサブカル大国日本から来た立香がよく口にしていた言葉を借りながら手で顔を覆う。

 

「あー、うん」

 

 ぐだぐだな空気を察知してか、ごほん、とわざとらしく咳払いをしたスティーブンは、打って変わって鋭い眼光をカルナへ差し向けた。剣呑に閃く蘇芳。空気が一瞬で張りつめたものへ変わり、気温も心なしか数度下がったような感覚を覚える。長い足を大仰に組み替えて、仮面の微笑みを着けた彼は私の兄ではなく、無法者たちを恐れ震え上がらせる氷の副官として言葉を紡ぐ。

 

「さて、施しの英雄。異世界の、とはいえ恐らくこちらに伝わっている英雄像とそう変わらないだろう。クリスティアナと最も長い時間を過ごした君を英霊たちの代表として問おう。これから君たちはどう行動するつもりだ?」

「どう、とは。抽象的過ぎて判断しかねるが」

「ああ、すまないね。基本的な行動指針を聞きたいんだ。クリスを気に入ってこっちまで来たぐらいだ、共にいることは決定事項としても、その大いなる兵力を解放する気はあるのか。それは何を指針として判断するのか。世界の均衡を保つライブラとしては、それをハッキリさせておきたい」

 

 スティーブンの問いは至って当然で、今一番の問題でもあった。皆、私が望めば世界を救う手助けをしてくれるだろう。私の指示にも従ってくれるだろう。けれど、私の我儘やエゴで、心と行動が伴わないまま、仕方ないと妥協してくれている時もあるのだ。だからこそ、私も彼らが何を思ってどう動くことを望んでいるのかを聞きたかった。何より、世界の審判者(ライブラ)として問う兄に、私が口を挟む権限もない。

 

「クリスティアナによって使役される使い魔(サーヴァント)であっても、魔力を使いすぎればクリスの寿命は縮み、最悪死に至る。それでなくとも、君たち英霊の力は使い方を誤れば……下手をすれば使い方が間違っていなくとも加減をミスすれば、世界を崩壊させかねないほど莫大なものなのだろう? 君と宿敵のアルジュナが本気でぶつかった場合、特異点の北米大陸があやうく滅びかねなかったかもしれないと聞いたしね」

 

 イ・ブルーリパス・ウナムでのことを引き合いに出す義兄は真意を読ませない微笑みを湛える。

 圧倒的スケールを誇る金字塔、三大叙事詩に語られる、今なお絶大な人気と知名度を誇る大英雄。インド三大神にして互いに不仲な雷神インドラと太陽神スーリヤの息子同士。英雄王より古い、まだ神々の影響が色濃く及ぶ神代に生きて覇を競い合った武芸の達人にして神の子の二人が、神代が終わり神々の恩恵が薄れた時代の、しかも神々の影響が最も遠かった未開地である北米大陸でぶつかりあったのだ。

 神代の真エーテルが満ちる頑強で回復力に満ちた環境であればまだしも、神秘の守りが極めて薄かった大地に神代の破壊力を持ち込めば、生態系をぶち壊しにする破壊力を周囲に撒き散らすのは必至。カルナの奥義『梵天よ、我を呪え (ブラフマーストラ・クンダーラ)』は核兵器レベルの破壊力であり、ただでさえ『魔力放出(炎)』だけで宝具級の破壊力なのだ。スティーブンが憂慮するのも当然だ。

 神々の茶々が入りすぎた生前と違って、なんの介入もないアルジュナとの一騎打ちという宿願叶ったカルナが若干ハイになって魔力配分を珍しく考慮せずにごっそり魔力持っていきながら、楽しそうに生き生きと戦ったあの戦いはまさに神話の再現といってよかった。エアーズロックなみの大岩を切断してその切断面から爆発とかインド怖い。

 その時のうかれようを思い出したのか、口調は丁寧なのに圧を感じるスティーブンの言葉に、僅かにカルナは口端を曲げた。

 

「……耳に痛い話だな」

「強すぎる力は使い道を考えなければ、周囲に被害しか生まない暴威以外の何物でもない。それをわきまえているだけだよ、我々は」

「道理だな。……ふむ、オレをマスターが召喚した英霊全員の代表として、と言っていたが。英霊と一括りにしても我が宿阿のような英雄らしい英霊もいれば、反英雄と呼ばれる人間に反旗を翻したものまでと様々なのでな、確証はしかねるが……恐らく、貴殿が心配しているようなことは起こるまい。

 我々英霊は本来、契約が終われば現世には留まらず、英霊の座にいる本霊にマスターとの記録を持って還るのみ。

 だが、この世界には英霊の座はなく、本霊より完全に決別した我々は最早、その指輪以外に還る場所を持たない。その指輪が破壊されるようなことがあれば、二度とマスターの元に馳せ参じる奇跡は起こらないだろう。

 ……だが、オレたちも指輪を破壊されれば、本霊に還ってマスターとの記憶を本霊の記録に残すこともできないまま、主人を失った使い魔として行き場なく彷徨う、あるいは消えるのだとしても構わないと、そういう意味で、覚悟をもって『着いていく』と答えた。それほどまでに、我々はクリスティアナ・I・スターフェイズという人間を愛した。人理修復を成し遂げ続いていく世界を見届け、今を生きる人間の望みを叶えるべくサーヴァントとして召喚されるよりも、たとえ世界の異物として存在し、他の人間や世界そのものに存在を否定されようとも、クリスティアナという一人の人間の生命の終わりまで、彼女が我々を見限らない限りは、添い遂げ見届けたいと願ったのだ。……英霊一騎だけでもこのような考えに至るのは異なこと、それが召喚された全員というのだから、貴殿の妹は実に英霊たらしだぞ」

 

 珍しく饒舌に語ったカルナの説明を受け、スティーブンは完全に頭を抱えていた。対する隣のクラウスは比較的凶悪ではない微笑ましいという類の笑顔を浮かべているのだから対照的な二人である。ちなみに私もできるなら頭を抱えるかここから逃げ出したい。しれっとした顔で褒め殺しにされて嬉しいやら恥ずかしいやら、うっすら察していた衝撃的な彼らの覚悟を改めて宣言されて身が引き締まるやら忙しい。

 額に手を当てたまま、視線だけを持ち上げてカルナを見たスティーブンは、掠れた声で問うた。

 

「……つまり、完全に君たちはクリスの味方であり、クリスを絶対に裏切れない、裏切るはずがないと、そういうことだね? この子の意に沿わないことはしないと」

「英霊によっては、マスターの予想も超えた突飛なことを考える者もいるだろうが……行動、手段の善悪を問わず、その動機は最終的に“マスターのため”に至るだろう。少なくとも、マスターの不利益になることはしない。周囲に少々迷惑はかかるかもしれんが。戦闘においても同様だ、マスターの命に関わる案件でもなければ、指示に反する行いはするまい。それだけの絆を結んできた、マスターの指示の的確さは皆知っている」

「オーケー、分かった。それだけ分かれば十分だ。……本当に、仲が良いんだね」

 

 降参だとハンズアップするスティーブンに、無論だとカルナは頷く。

 

「オレには勿体無いほどのマスターだ。幾度か聖杯戦争に参加し、マスター運には恵まれている方だと思っているが、彼女ほどオレを理解してくれる者は珍しい」

「カルナも口下手を克服しようとしてくれてるからだよ」

「そうか」

 

 私達がのほほんと微笑み合っていると、スティーブンが疲れたようにがっくりと大げさな動きで肩を落とした。

 

「……まったく、結婚してもいないのに娘が彼氏を連れてきた気分を味わうことになるなんてね」

「しかしスティーブン、クリスに心からの理解者が増えることは喜ばしいことだ」

「いやまぁそうなんだけどね? 兄貴としては複雑なんだよなぁ」

 

 軽口を叩くスティーブンからもうカルナを警戒するプレッシャーも緊張も感じられない。仲間内に見せる穏やかさだけが残っていた。それを見て、とりあえずは認められたのだとほっと胸をなでおろした。

 

 

 

 




カルナ
 二人の話は前から聞いていたので会えて嬉しい。スティーブンから警戒されているのは気づいていたが、同じ兄の立場なので兄としてクリスを心配しているのだろうと解釈してあまり警戒を気に留めていなかった。言葉を交わすうちに貧者の見識でクリスと同じく、大事なもの、今回の場合は兄弟を守ろうと大衆に悪と呼ばれる行い、悪人のような振る舞いをしてでも護る覚悟のある人間だと見抜き、かつての主人の面影を見て、自分の中の悪の振る舞いと理想の乖離にもがき苦しむあり方に(無意識に)宿痾の影を見た。ひっそりとクリスの次に護る対象にしようと決めた。英霊たる彼にとって宝である、未来を生きる人間の一人。それも大事なマスターが愛する兄ならば護る理由には十分だろうと。そんな通常運転のマイペースさでスティーブンの調子を崩した人。クラウスに関しては時代が時代ならば英雄ともてはやされるだろう、最先端の英雄になれる男だと興味深く思っている。


スティーブン
 唐突に妹が彼氏を連れてきた気分を味わった人。お兄ちゃんは許しませ……あっうん君ら仲良しだな……。
 人間不信だったクリスがめちゃめちゃ信頼して、相手の言葉足らずすら読み取るほどに絆を深めたカルナに家族としてちょっとばかり嫉妬している。それ以上に話だけ聞いていても驚異的すぎる破壊力を有する英霊の中でも、トップクラスの性能を持つ大英雄を冷静に危険視していた。この2つが混じり合ってピリピリしていたのだが、カルナにはお見通しだった。マイペースすぎるカルナに話を持っていかれそうなのを頑張って主導権握り直して問い詰めた。実力を目の当たりにする機会があったら、こいつら絶対牙狩りに知られるのも野放しにするのもアウトだと悟る。特に新茶がやばい。無辜の吸血鬼と鬼ズもやばい。天草四郎と殺生院キアラはもっとやばい。
 このあとサーヴァントたちとの奇妙な同居生活が始まることをまだ彼は知らない。幽霊がいっぱいやで。しばらく唯一の楽園だった自宅も気が休まらずに鬱々としながら事務所に泊まる日が増える日々を送る。仕事は優秀だがクリス同様自分の幸せと健康を犠牲にしているので、不摂生な生活を心配されて世話焼きサーヴァントに構われることになる。最終的に諦め……ほだされて慣れる。クリスほどではないが一度理不尽を諦めてしまえば適応能力は並以上にある男。


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朽ちゆく献身の宛名

リクボ「FGOIFで、茶々を召喚して普段の天真爛漫さにはいはいって流すクリスが、大怪我したときに茶々が見せる母性にどうすればいいのかわからなくなって、タジタジになって、逆らえなくなるところが見たい」
 茶々の絆5台詞ネタがあります。



 

「マスター! 何をしておるかっ、安静にせよというに! ちょっと目を離した隙に部屋を抜け出しおって、悪い子じゃなそなたは!」

「あっはい」

 

 前略、クラウス、スティーブン。お元気でしょうか。

 今私は、部屋から出がしらに仁王立ちする幼女に声高に怒られています。

 

 

 

 

 

「まったく、ちぃと体調が良くなったらすぐに動こうとするのはそなたの悪いところじゃ。ええと、わーかーほりっく? とかいうやつじゃな」

「ご、ごめんなさい」

 

 マイルームを出て数歩で幼女……もとい茶々に見つかった私は、そのまま回れ右してベッドの中に強制的に詰め込まれた。ぷりぷり怒りながら定期的にピックに刺したうさぎりんごを差し出してくる甲斐甲斐しさに、私はたじたじになりながら口を開けてそれを受け入れる。

 少し前、いつぞやのぐだぐだ時空と見せかけて実は魔神柱の仕業だった明治維新の特異点。そこでの出会いを縁にして、カルデアに私が召喚したのが茶々だ。まぁ相変わらず日輪と言われた秀吉公すら頭を抱えるお転婆っぷり、微笑ましいくらいの天真爛漫な彼女だったのだが……特異点修復を終えて、色々ズタボロの姿で帰るなり、愛らしい笑顔が引っ込んだ。真顔でドクターやサンソン、ナイチンゲールの前に突き出された時は色んな意味で死を覚悟した。

 

 そして治療が終わるなり、こんな調子で茶々の看病のもと、ずっとマイルームで静養を余儀なくされている。

 そういえば、明治維新の時も沖田さんが吐血した後、屯所でずっと献身的に看病してたわ、この子。日本の歴史には疎いけれど、ノッブ……信長公の姪にして、豊臣を滅ぼした傾国の悪女と民衆に罵られ、両親や子どもを戦や病気で失った悲劇のひと。だからなのか、病気や怪我で倒れ伏すのをひどく怖がっているように思える。さっきも、少しお湯を貰いにキッチンに行こうとしただけであの形相。だいぶ良くなったとはいえ、バビロニアで魔力不足に陥った指先がまた再発の兆しを見せるような状態だったのだから、心配しすぎるのも無理もないのだが……。

 

 しかし、茶々の言う通り、じっと同じ部屋に籠っているのは落ち着かない。せめて何か、端末でもできるドクターやスタッフの手伝いがあればいいのに、茶々が断固として許さない。本を読むのがギリギリセーフって。しかもきっちり時間を測って。

 だから茶々や、時折様子を見に来るカルナや玉藻、古代王たち、立香にマシュ、食事をわざわざ持ってきてくれるエミヤやロビン、ブーディカといった面々と喋るくらいしか楽しみが無い。皆、いい機会だからゆっくり休めと笑い交じりに言ってくれるが、落ち着かないのはしょうがないだろう。かれこれ生きている時間の殆どを、戦いや仕事に忙殺されてきた身だ。ぽんと空いた時間を貰っても、逆に何をしていいのかわからなくなる。なにもしない、大人しくしていることに罪悪感を感じるほどに。

 

 さくさくとりんごを咀嚼しながら考え事をしていれば、口の中のものを全部呑み込んだタイミングでぐに、と小さい手のひらに頬を挟まれた。

 

「まぁ~たそなた、胃に悪そうなことをつらつら考えておるな? 駄目と言っておろうに。頭が回りすぎるのも考え物じゃな」

「はは、よく分かったね。ごめん」

「むむ、そなたの謝罪はいまいち信用できん。というか、謝ったら済むと思って直す気ないじゃろ、茶々にはまるっとお見通しじゃ!」

「(う、鋭い)」

 

 思わずひく、と表情筋を引き攣らせれば、目ざとく気づいた茶々は鼻を鳴らした。頬を手のひらでサンドされたまま、ぐにぐにとマッサージするかのようにこねくり回される。ベッドに膝のりになった茶々は、その幼さに見合わない憂いに満ちた溜息、表情をみせた。

 

「そなたは頑張りすぎなのじゃ、マスターの仕事もして、カルデアに戻ったらスタッフの手伝いをして、種火周回も素材集めも欠かさぬ。サーヴァントの小競り合いや我が侭にも付きあって、いったいどこにそなたの安らぎ、安寧がある?」

「茶々……」

(わらわ)にまつろうものはみな、滅びの定めからは逃れられぬ。そなたは、妾を焼き続ける炎を恐れぬと言った。妾は、そなたの滅びまで寄り添うてやろうとは言った。それは変わらぬ。けれど、今のまま休むことを忘れて走り続ければ、妾の炎に焼き尽くされる以前に、そなたは自滅してしまう。捨のように病に倒れ、死んでしまうやもしれぬ。今回の特異点とて、うっかり死にかけたであろう。そなたのその他者への献身は、いっそそなたを蝕む毒じゃ。毒の効きにくいそなたをじわじわ絞め殺す、死の縄に他ならぬ」

 

 私の顔を茶々が覗き込む。サラサラの長い髪が視界を覆い鎖す。

 癇癪を起こして表情を歪めるのではなく、今の彼女の瞳に浮かぶのは、明治維新でも見せた彼女の破滅的な諦観だった。置いて逝かれることへの、絶望に満ちた恐怖だった。

 

「休むことを覚えよ、クリスティアナ。休息は病人に必要なもの。罪ではない。働き者に与えられる正当な報酬じゃ。何もせぬことが恐ろしいなら、妾がついておる。看病は得意なのでな、任せよ。……何もしなければ己に価値など無いなど、どうか思うてくれるな、妾の愛しい子」

 

 日輪の子を惑わした傾国の美女ではなく、子どもを育て、傍にずっと寄り添った、母の哀しくあたたかい、微笑みがあった。

 ……私に父は、母はいない。生まれてすぐに捨てられた。教会のシスターたちは良い人たちだったが忙しく、風邪をひいても傍にいてくれるひとはいなくて、あまりに寂しくて。でも、わがままなんて言えなくて。親にも捨てられた自分は、誰かの役に立たなければいらない子なのだと、そんな恐怖心は根元から染みついていた。

 その時の記憶が、感情があまりに鮮明すぎて、眠るわけでも無いのに何もせず一人でベッドに横たわるのが嫌なのを、見透かされたようだった。なるほど、まるっとお見通し、だったわけだ。

 

「そなたの国の歌は知らぬので悪いが、子守唄を歌ってやろう。捨も拾も、この歌が好きでな、すぐ眠れた……悪夢などはあの夢魔に払わせようぞ、だから、今は眠っておれ」

 

 ちいさな手のひらが瞼を覆う。薄闇が広がるけれど、不思議と今は恐ろしくは無かった。

 ああ。秀吉公が茶々だけに優しかったのが、少しわかる気がする────。

 

 

 

 

 

「マースターぁ! 何ぞ面白きことしてして~! 茶々退屈~~!!」

「はいはい、仰せの通りに」

 

 茶々姫。

 周囲を駆けまわる、日輪を模した兜に絢爛豪華な着物のドレスを纏った少女。日輪の子すら頭を抱えた我が侭姫。憎めないお茶目な姫君。

 されどそれは私が元気な時の姿で、私が弱ったのならずっとそばに着いていてくれる、母のような人。

 数居るサーヴァントと、それぞれの関係があるけれど。手を引き時には引かれて、支え合うこの関係も、奇妙だけれど心地よいのだ。

 

 

 

 

 

 



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秘書嬢チーム紹介

秘書嬢が召喚した鯖と指輪などの設定あれこれ。


独断と偏見に満ちた秘書嬢チームを紹介するぜ!! 

※天秤の淑女では第二部突入前に離脱しているので第二部で縁を結ぶサーヴァントは未加入

各クラス先頭(エクストラ除く)のサーヴァントはクラスごとのリーダーというか特に重用されている鯖。

 

 

剣:ガヴェイン、ランスロット、両儀式、ラーマ、アーサー・ペンドラゴン、沖田総司、カエサル・ガイウス・ユリウス、ジークフリート、ネロ・クラウディウス〔ブライド〕

 

槍:カルナ、クー・フーリン、フィン・マックール、ヘクトール、李書文、ウラド三世〔EXTRA〕、エルキドゥ、メドゥーサ〔ランサー〕、パールヴァティ、(スカサハ)

 

弓:ロビンフッド、エウリュアレ、オリオン、ビリー・ザ・キッド、新宿のアーチャー、イシュタル、エミヤ、子ギル、アーラシュ

 

 

騎:オジマンディアス、ケツァルコアトル、マリー・アントワネット、フランシス・ドレイク、モードレッド〔ライダー〕、ブーディカ、ゲオルギウス

 

術:玉藻の前、ギルガメッシュ〔キャスター〕、メディア、ジェロニモ、エレナ・ブラヴァツキー、トーマス・エジソン、ナーサリー・ライム、パラケルスス、オケアノスのキャスター、マーリン

 

殺:呪腕のハサン、百貌のハサン、ファントム・ジ・オペラ、ジャック・ザ・リッパー、新宿のアサシン、酒呑童子、マタ・ハリ、カーミラ、水着ニトクリス、クレオパトラ、風魔小太郎、エミヤ〔アサシン〕

 

狂:源頼光、茶々、ベオウルフ、フランケンシュタイン、茨木童子、クー・フーリン〔オルタ〕、ナイチンゲール、土方歳三

 

EX:BB、メルトリリス、殺生院キアラ、天草四郎、巌窟王、ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕

 

 

 

 

 

【余談】

・基本的に太陽系、王・為政者系、近代に近い英霊が多い。さらに言えば雷系(頼光・金時・モードレッド・テスラ・アルジュナ・エレシュキガル・パールヴァティーなど)も呼びやすいが今回の人理修復ではあまり影響せず。

・クリスティアナは藤丸立香同様、中立・中庸だが、立香よりも手段を択ばず、大局的に必要とあれば無辜の人間を見捨てることも、悪と呼ばれる行為に手を染めることも心情はともあれ行動することを厭わない。これは彼女の人生によって醸造された変えることの出来ない価値観であり、人類の欲望と悪性を、人外の獣性を見つめ続けた、別世界の救世者としての「綺麗ごとだけで世界は救えない」「目の前の存在を殺してでも世界を救う」という信念と諦念に依るもの。

 そのため、アルトリア・ペンドラゴンやジャンヌ・ダルクなど理想を説き続ける者、無垢なる真正の聖人などとは極めて相性が悪い。その清廉な在り方にクリスティアナは憧憬を抱きはするが、己のこれまでの所業を顧みて、闇に属する自分がその隣に立つなどおこがましいと忌避するからである。召喚するサーヴァントも程度の差はあれど、目的や結果の達成には清濁併せ呑むことも必要だと理解しているものが多い。

 

・太陽系が意外にも多いのは嬢の魂の属性が陽のため。異世界法則によるものとはいえ水・氷・風・雷と五行では陰の性質を持つ血を宿しながらも、太陽の国スペインに生まれた太陽の女であり、クリスティアナとは「聖油で清められた」、ミドルネームのイグナシオとは「炎のような」を意味する。肉体(血)と精神は陰の性質を帯びているが、本質たる魂は真逆の炎や太陽に縁を持つ。陰陽併せ持つこの矛盾した性質が太陽系サーヴァントを引き寄せる様子。まぁつまり、珍しがっているのである。

 

・(散々迷ったので)Twitterでのアンケートの結果、アルジュナは立香側のサーヴァントに。カルデアでインド大戦するんか……? (戦慄)

 

・白髪青目に炎のカルナと、黒髪赤眼に水を司るクリスでは正反対に見えるが、実は「他人の為に自分の幸福を切り売りできる施しの精神」「生まれてすぐに母親に捨てられた天涯孤独」「自らの境遇からあらゆる欺瞞・虚飾を見抜く観察眼を得た」など、本質や境遇が非常に似ている点で、触媒なしでいきなり大英雄クラスを引き当てる縁召喚となった。また前述の通り、陰陽併せ持つ特殊体質であることから、太陽系・神霊サーヴァントを引き当てやすいのも一つの理由である。

 

・クリスティアナにとってのカルナとは藤丸立香におけるマシュであり、カルナと一番パスの繋がりが強いため、死後太陽神スーリヤと一体化したカルナの加護(マシュのマスターへの無毒化スキル的な)があるため、一定レベル(パラメーターで神性C以下)の炎熱の攻撃を無効化する「太陽神の加護:B」スキルがクリス自身に備わっている。実質、人間が操る炎では傷一つ付けることはできず、むしろ魔力回復に回されてしまう。

 物理・概念ダメージを10分の1に減衰させる最強の鎧『日輪よ、具足となれ』を砕いた欠片で鍛えた「落陽のピアス」着用時はカルナの『神性:A』同様、神性B以下まで無力化となる。

 実はこれのせいで6章のトラウマでもあるガヴェインのガラティーン攻撃がクリスに一切通らない(ガヴェインは神性適正なし)というアレな状況が生まれたというエピソードがある。神性Bのオジマンディアス王の攻撃は一応通る。

 

・ちなみにカルナ召喚時の「見るに、お前は己を悪と知りながら、それでもより多くの命の平穏と幸福のために、時には鉄の理性で無慈悲で冷酷な手段を取ることも已む無しとする気性のようだ。そういった在り方にはオレも覚えがある」とは生前仕えたドゥルヨーダナのこと。

 

・ダ・ヴィンチちゃんはクリス側のサーヴァント全員に「もしもの話だけど、彼女が異世界に帰る時、一緒に着いていけるとしたら着いていきたいか」という質問をし、それに対し全員が是を返し、指輪に全員分の霊基情報を刻むのが決定(人理修復直後)→この質問で「ちなみにどんな形で異世界にサーヴァントを連れていくのか?」と疑問or興味を持った鯖(キャスターや知識人)が聞き返し、嬢の基本武装で常に身に付けられて邪魔にならない装身具の指輪を作る、という計画を明かす→じゃあちょっと一枚噛ませてくれという形で企画・製作班が立ち上がる→噂を聞きつけた立香側のサーヴァントも面白そうと協力しはじめる、といった形をとっているので、カルナのように着いていけるかも、ということは知っていても、じゃあ具体的にどんな形で着いていくのかまでは知らなかったりするサーヴァントも。なのでカルナの反応がああいった形になった。術ギルやエレナなど製作班を最初に呼び出していたらダ・ヴィンチちゃんの説明前に自慢話や苦労話、裏話大会が繰り広げられたかもしれない。

 ぼかした質問で指輪製作を全員に明かさなかったのは、カルナのように嘘・隠し事が苦手だったり、茨木、ジャックなど嬢の話術でうっかり話してしまう可能性がある鯖もいること、またたとえ神代の魔女や世界最高峰の頭脳や技術者が集まっても本当に異世界での英霊召喚が可能かは博打に近い確実性のない話のため、士気にも関わる以上内輪に留めるべきと判断したため。嬢に明かさなかったのはサプライズと妙に謙遜癖のある嬢に確実に押し付けるため。

 

・術ギルのバレンタインお返しはウルククルーズでラピスラズリの腕飾りは弓ギルのお返しだが、7章(あれは生前なので微妙かもですが)や幕間でクラスチェンジしたりしているのでセーフかなと。キャスターの自分がマスターに贈りたかったのはウルククルーズだが、万一の時に触媒となりうる残るものを、と考えた時に思いついたのがラピスラズリの腕輪だったと。ちなみにカルデアに弓ギルは召喚されていない設定。

 

・セラフィックスには立香・クリスの両名が赴いた。立香側はイベントストーリーの編成、クリスはカルナ・玉藻・ガヴェインを連れて行ったはずが、はぐれた自鯖が何故か書文先生とナーサリーとネロ(ブライド)になっていて??? になる。しかも立香・クリスは一人一人セラフィックスの端と端にばらけさせるという難易度ルナティックモード。

 

 

瑠璃の金環(ラピス・アニーロ)

 キャスターのギルガメッシュが所有する聖杯(ウルクの大杯ではない)を元に、レオナルド・ダ・ヴィンチが企画・設計しカルデアのキャスター他知識人+αの智慧を結集して作り出した黄金の指輪。 神代の黄金(というか聖杯の一部)を錬成した指輪に、神代では最高の聖石だったラピスラズリを使用した指輪。

 人理修復後、二部序で語られる「もしものための備え」と同時並行で一年かけて作り上げた疑似的な「座」であり「魔力タンク」であり「簡易召喚陣」であり神代から現代にいたるまでのあらゆる魔術・加護・概念礼装・マスタースキルの詰まった超級の「魔術礼装」である。ぶっちゃけ一種の宝具に近い。

 お察しの通り、魔術世界に存在しようものなら魔術協会やアトラス院、聖堂教会などありとあらゆる魔術世界の組織・個人がこれを狙って血で血を洗う大惨事(誤字ではない)世界大戦になりかねないヤバい代物。そのため、残念ながら護身術にクリスより乏しい藤丸立香には間違っても持たせられない。というか本人も「恐ろしすぎて持ちたくない」と全力で拒否した。

 

 作りはしたものの、一度は別れ、異世界に還るクリスの意志を尊重し、クリスが望む、あるいは大小問わず身の危険が迫った時でなければ初回起動しないよう設定されていた。危険が生じた時に召喚されるサーヴァントは完全にランダム設定だったのだが、フリーフォール時にほぼ肌身離さず着用していたカルナのピアスという最強の触媒があったため、カルナが真っ先に駆けつける結果となった。相棒だからね、当然だね。

 でもラピスラズリの腕飾りやベイヤードのブレスレットなども時と場合に応じて(後者は特に呪い関係で滅茶苦茶活躍していた)身に付けていたので、キャスギルやゲオルギウスも結構出現頻度は高かった。

 一応念のため悪用防止に、初回起動後はクリスティアナの魔術回路・生体パターンがなければ起動せず、ただの指輪でしかないというアフターケア付き。

 

 異世界でもクリスティアナがカルデアで召喚したサーヴァントに限り、召喚可能とする限定的・疑似的な『座』の機能を持つため、指輪に刻まれた霊基情報を元にサーヴァントが召喚できる。一度に召喚できる数が最大6騎なのは相変わらずだが、魔力消費削減のため、6騎を編成しても実際に実体化するのはスターティングメンバ―の3騎。これは臨戦状態においての話なので、武装解除して省エネモード(世界に溶け込むために私服姿になったり)中だったり、キャスター陣によって工房(マイルーム)化されたクリスティアナのセーフハウスやライブラ事務所においては魔力消費を限りなく抑えられるため、6騎の限りではない。

 とはいえ一度に6騎編成して召喚すると、一度全員召喚を解く&再編成して再召喚しないとメンバー変更が一切出来ず、その間かなり無防備になるため、基本的にはその場で必要に応じて単体召喚することが多い。

 

 本来なら疑似的な『座』など生み出せるはずもないが、どこぞのチートなラスボス系後輩の『黄金の杯(アウレア・ボークラ)』と『百獣母胎(ポトニア・テローン)』による「根源」接続によって、召喚可能サーヴァントをクリスと契約した分霊の最終状態のみを保存する、と機能を限定することで改造可能となった。チート改竄ここに極まれりである。なんでそこまでしたかって? これからも可愛そうなマスターさんを虐めるためです♡ なお情報の圧縮にはその手のプロであるパッションリップ(立香側)が担当。

(ちなみにBBは立香を「センパイ」、クリスを「マスターさん」呼び)

 

 

 

 

 

 




→リクボで頂いた「施しの~設定でMHA世界に退行して落ちる羽目になったら」のざっくり設定
 
(ここからMHAとのクロス入ります)


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Le rêve nocturne

 FGO(最後のマスター)→BBB世界→MHA世界(退行)

 ▼星合千晶(クリスティアナ)
 個性;血液操作・英霊召喚

 最後のマスターの片割れとして人理修復の偉業を成し遂げ、亜種特異点修復後に聖杯を用いてBBB世界に帰還したルートの嬢。そのため、カルデアから贈られた『瑠璃の金環(ラピス・アニーロ)』を所持しており、世界を跨いでも英霊召喚できるようになっている。プラス元々の血法があるので、本編よりさらなるチート感が増した女子高生(25)。私のサーヴァントは最強なんだ。
 とはいえスタート時点で血法だけでもかなり優位な上、サーヴァント一体でも強力すぎる(宝具なんて周囲被害考えるともっての外)ので、英霊召喚も個性登録は公式にしているが、授業では全く披露せず。一応霊体化したりして傍には誰かしら控えていたりする。クラウスの指輪同様、『瑠璃の金環』も普段から身に付けている。
 オールマイトに拾われる下りは全く一緒だが、住む場所を決めるに当たっては子ギル・巌窟王などの黄金律スキル組が株で一山当てて、一人暮らし用の部屋ではなくセキュリティ完備の広々とした高級マンションを買った。勿論キャスター陣がすぐに陣地作成で拡張・工房化したのでプチカルデアとばかりに常に何人も英霊が現界している。
 英霊があまりに強力すぎるのを懸念した塚内・オールマイトの提案で、英霊召喚については表向き秘密にすることに。ただ諜報・回復系宝具があまりに魅力的すぎるので、政府とリカバリーガールの審査・許可を経て、有事の際の個性使用許可資格を所有している。
 本編よりもヒーローになることへの執着が輪をかけて薄い。雄英に通うのは保護してくれたオールマイト・リカバリーガールへの恩返しと、ヒーローを目指すように思わせておけば政府からの監視が緩むため。

 しかしヴィラン連合とかいう厄介な敵も出てきたので、能ある鷹は爪を隠すで体育祭など敵も見るような場所では全くそぶりすら見せないまま学生時代を過ごす(が、百貌のハサンやアサシン勢を使って情報収集は怠らず)。
 たまに私服姿のカルナや頼光、玉藻、ケツァルコアトル、巌窟王など過保護勢や、子ギルやナーサリー、ジャックなどを引率したエミヤなどが雄英まで様子見がてら迎えに来るのでとても目立つ。周囲からは顔面偏差値の暴力とか思われていたり、人種も年齢もバラバラ、名前が悉く英雄と同じな“家族”を疑問視されるがのらりくらりとはぐらかしている。話術EX。

 合宿編でやっと英霊召喚。しかもスキル『情報抹消:B』『霧夜の殺人:A』『気配遮断:A+』を持つジャックに指向性の硫酸の毒霧『暗黒霧都(ザ・ミスト)』を敵連合のみに指定して使わせ、夜という完全奇襲可能条件で「死なない程度に甚振って追い返しておいて」という鬼畜指示っぷり。完全に怒っている。普通の本編より殺意が高い。というか冷血女(ネーヴェ)の片鱗が出ている。
 ある意味硫酸の霧を吸った上にナイフで滅多切りにされるという死んだ方がマシな状態にはなるのだが、命は取らないだけ温情だし殺す気でそっちも来たのだからと自業自得と冷たく割り切っている。嬢はエンカウントしていないので知らないが、トガちゃんだけ『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』の「時間帯が夜」「対象が女性」「霧が出ている状況」の発動条件を満たして回避も防御も不能な「解体された死体になる」という結果をナイフが引っ張ってきてしまうので、ジャックにエンカウントせず全力で逃げないと確実に死ぬ。しかしジャックはスキルで完全に気配遮断しているので物凄い無理ゲー。タイミングによってはトガと居合わせた緑谷やお茶子その他クラスメイトに物凄くグロいトラウマを植え付けかねない爆弾と化す。その前に一応止めはする。
 死なない程度に心を折ることを目的にしていたので、実は毒の全体宝具の酒呑でも良かったのだが、指向性がないので味方を巻き込むこと、万一酒呑童子の姿を見られたら覚えてしまうのでジャックにしたとのこと。



 カルナは冬木で召喚した最初のサーヴァント。立香とマシュのような相棒関係にある。隣にいるのが当たり前。
 聖杯を捧げてレベル100、スキルマ、フォウマ済みの絆10。クリスのサーヴァントと言えば真っ先にカルナの名前が上がるほど。主従であり、相棒であり、兄妹のようであり、特別な思慕を向け合う関係性。周囲には恋人か何かと疑われるレベルの仲睦まじさ。
 ただ異世界召喚可能になってからは大英雄クラスとあってわりと燃費の悪さが露呈するので、省エネモードで人目のないところや気にしなくていい場所ではスキンシップが多い。
 アンデル先生「仲のいい兄妹かお前らは、いや兄妹でもそこまでやらんぞオイ聞いてるのか施しの英雄」




 →トガとジャック・ザ・リッパーの邂逅(トガちゃんSAN値チェック描写、当社比でグロ成分多め注意)
 殺人者と殺人鬼の邂逅。SAN値的にこれも運命か。



 

 夜の森が燃える。夜闇を紫色の炎が染め上げていく。同時に薄っすらと立ち込め始めた霧のようなものを目で捉える。……ただの霧にしては明瞭すぎるしこの夜の気候条件に適していないし、妙に停滞している。……毒ガスか。

 敵襲。

 そこまで思考が至った、わずか一秒にも満たない時間で、私は初日に森を駆け回って仕込んでいた守りのために地に打ち込んでいた少量の血液、それを薄く地中に張り巡らせることで敷いたセンサーを起動させる。無用であればいいと仕込んでいたものを使うことになるとは皮肉だ。センサーが示す反応は、明らかに学生といるはずのプロヒーローとの数と合わない。多すぎる。肝試しのために森の道に沿って待機している生徒から離れたところから、道なき獣道を縫うように移動している人間がいる。その数9人。それらに地中を介してごく少量の血でマーカーを打つ。全てはこの後の布石のために。

 

 その中でも道なき森の中を不穏な動きで移動する誰かがこちらに近づいている。それを感じ取った私は、木の上へ飛び上がって息を潜めた。意思を自らの内へ押し込める。気配を絶つ。身体をごくごく薄い水の膜で覆い、幻術をかけて姿を消す。

 そうして待つこと一分もせずに現れたのは、腕を拘束具で締め付けられた、開口器を嵌めた異様な風体の男だった。目は明後日の方向を向いて虚ろ。歯が奇妙に直線状に枝分かれしながら伸び、地面に鋭く突き立てることで素早く身軽に動いている。……遠目でも、あれは殺し慣れた者の動きだと思った。容赦なく叩き潰して良い類の、放置すれば他の生徒に軽くない危害の及ぶヴィランだと判断し──私に気づかずに通り過ぎようとした男の頭上に幻術をかけたまま飛び降り──風圧でかろうじて反応した男が完全に振り仰ぐ前に、その脳天に踵落としを決めた。接触と共に血液を付着させ、絶対零度の小針で全身を瞬間凍結させる。

 男は何が起こったのか知覚するまえに、思考ごと冷凍された。かろうじて生命活動ができるレベルの冷凍だが、指一本動かせない硬度の氷であり、細胞レベルでの氷結では急激な体温低下に意識はシャットダウンされる。手練であろうと抵抗不可能な状態にせしめ、私は地面に降り立つと同時に幻術を解いた。

 

「……ヴィラン連合の襲撃か。USJのときより尖兵のレベルが上がってるな」

 

 楽しいはずの合宿をぶち壊しにする闖入者の出現に苛立ちを覚えながらも、思考と手は止めない。センサーで大まかな人間の動きを把握しながら、取るべき手段を思い巡らせて、ついに表立って起動することのなかった最終手段に触れた。右手の人差し指に輝く金環、黄金の願望機が形を変えた指輪を。

 

『このような場まで来るとは、穏やかではないな』

「……カルナ」

 

 独り言に応えたのは、霊体化した相棒、漆黒の日輪であるカルナだ。静かな声は苦慮を滲ませて、普段のそれよりも少し低い。一瞬の躊躇と苦慮の後に、私は彼に告げた。

 

「霊体化を解いて、カルナ。この森は広い……私一人では手が足りない。合宿をぶち壊しにしてくれたおめでたい連中に知らしめなければ気が済まない……自分たちが何に手出ししたのかを、骨の髄まで」

『構わないが……我々の存在を明かして良いのか? お前の望むところではないだろう』

 

 カルナの平坦な声は僅かに憂慮に滲んでいる。

 人類史を彩り、繁栄の中に刻まれてきた偉大なる過去の人間の影法師。英霊一騎だけでも一都市、一国を滅ぼすことも不可能ではない一騎当千の実力者たち。本来は人類の危機に際して呼び出される人類史の守護者たちだ。たとえ一つのクラスという枠に実力を抑えられ、生前に比べればダウングレードしていたとしても、スキルひとつ、振るう技のひとつさえ、人外の膂力や俊敏性、技術に相当する。個性という本来の人間から離れた進化を遂げたこの世界の人間であっても、戦闘機には敵わないのと同じだ。……あのオールマイトでさえも。それだけ互いには明確で絶対的な力の壁が厳然とそびえ立っている。そも、比較するのもおこがましいぐらいに。

 だから、英霊の力を人に明かすのを良しとしなかった。周囲に与える影響が大きすぎる。核兵器に匹敵する熱量のビーム、その気になれば彼岸から魂を呼び戻しその器を癒やすことも可能な神格の分け御霊。声色、吐息一つ、視線の一瞥で対象の思考を泥酔させ蕩かす鬼の酒気。どのようにも利用価値のある特殊な能力ばかり。ひとたび知られれば、善悪を問わず利用しようと擦り寄ってくる人間は数え切れないほどいるだろう。周囲へ牙を向きかねないほどの欲望をもって。……それは、どうしても嫌だった。友人たちの学生生活を壊すことも、今の穏やかすぎるほどの関係性を崩すのも。

 だが、そんなことを言っていられる状況ではない。ガスと炎。あちらは本気で生徒が死んでも構わないと思って襲撃を仕掛けてきている。……出し惜しめば、誰かが死んでも不思議ではないほどの状況。

 だから私は、なんでもないように、心配しないでと笑いかけた。

 

「戦力を出し惜しんで間に合わずに誰かが死ぬより、厭うことはないよ」

『……承知した』

 

 風もないのに木々が揺れる。魔力が風を起こし、その中に金の粒子が結集する。ヒトの形を取ったそれは、ほろほろと溶け消えるようにして一人の青年の姿を露わにする。闇夜にあっても目を引く白い髪と肌、夜を切り裂く一筋の日輪を顕す金の鎧。涼やかな蒼氷色が、憂いを乗せて私を流し見る。

 

「──それがお前の望みなら、叶えるにやぶさかではない」

「ありがとう。……多分あの炎は目くらましと生徒の行動を制限させる目的で放ったんだろう。生徒を大回りさせて教師との合流を遅らせ、撤退ポイントに人を寄せないつもりか……まぁ、何であれありがたく回復に使わせてもらうけど」

 

 本来なら森を燃やす炎は脅威だが、『太陽神の寵愛』で炎を無力化する私にはただの魔力回復のための餌でしかない。彼女をここに呼び寄せ、宝具を使ってもらうぐらいの魔力は賄えるだろう。もう一人召喚するサーヴァントはとうに決めていた。

 この状況で最も輝くサーヴァント。機動力があり、特定条件下での隠密性に置いてはトップクラス。アサシンの語源となった山の翁ではなく、霧の都市で暗躍した殺人鬼(シリアルキラー)

 

「──私たちを呼んだ? おかあさん」

 

 ジャック・ザ・リッパー。カルデアの基準で初代”山の翁”や最後のファラオ、平安を脅かした蒐集家の鬼と同列に成長する最高クラスの霊基(レベル上限)を持つサーヴァントだった。小学生くらいの可愛らしい容姿に反して若草色の瞳は純粋が故に狂気的で、顔には目元の切り傷と頬に縫い傷。腰に吊り下がった大ぶりのアーミーナイフや鉈などの刃物が、彼女が普通ではないことを証明している。

 

「ええ。ジャック。早速でごめんね、宝具『暗黒霧都(ザ・ミスト)』を私が指定する人間にのみ展開。そしてその人間たちだけを、殺さないギリギリまで痛めつけて追い返して」

「? 解体しちゃだめなの?」

「良いと言いたいけど、そうすると今後私が動きにくくなってしまうから。それに、のこのこやってきた斥候に、とんでもないものに手を出したとボスに報告してもらうためにも殺すわけにはいかないわ。……ジャックには我慢をさせてしまうことになるけど」

 

『暗黒霧都』は産業革命時代のイングランドを包んだ硫酸の霧を振りまく結界宝具である。霧によって方向感覚は失われ、魔力で生まれた硫酸の霧は呼吸器に一定ダメージを与え続ける。直感B以上のスキル、あるいは魔力を払う魔術でなければ永遠に迷い続けるこの宝具の最大の利点は、効果範囲の広さに反して、霧の中にいる誰に効果を与えるか、与えないかを宝具使用者が判断できるところにある。同じアサシンの酒呑童子のスキル『果実の酒気』あるいは『千紫万紅・神便鬼毒』は範囲内の人間を平等にターゲットにしてしまうが、『暗黒霧都』ならば、襲撃してきたヴィランのみを迷わせ、肺を冒し、解除するまで退却も許さない。二度とこんな真似をさせないように徹底的に心を折るのには最適だった。

 とはいえ、久々の戦闘なのに彼女の在り方を否定しかねない「殺さないで」を命令するのは、若干申し訳無さもあるのだが……ジャックはぷるぷると小動物じみた動きで首を横に振った。

 

「ううん! おかあさんのお願いだもん、我慢する! 殺さない程度に切れば良いんだね!」

「お願い。ああ、あと『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』は使っちゃだめよ。あれは問答無用で殺しちゃうから」

「宝具はだめ、だね。わかった! 行ってくるね!」

「頼むよ、ジャック」

「うん!」

 

 ヴィランの毒ガスよりもずっと濃い白い闇が広がっていく。元気よく返事をしてぴょこりと跳ねた彼女は霧に紛れるように森の中へ消えた。ジャックの気配が一気にスピードを上げて遠ざかっていく。

 

「私たちも行こうか。炎を消しながら会敵したら応戦、生徒がいたら回収して安全な場所まで連れて行こう」

「了解した。……飛ばすぞ」

 

 本気を出せば空を音速で駆ける大英雄の赤い炎の外套が光を帯び、私たちは紫炎が森を燃やすエリアへと中空に駆け上がるのだった。

 

 

 **

 

 

「解体するね」

 

 白髪に頬と目元に傷のある小さな女の子は、にっこりと笑った。逆手に持った大振りのナイフが、その愛らしさと対照的で現実味がない。明らかな凶器なのに、あどけない幼女が持つとどうにもちぐはぐで、玩具を手にしているのではと思い込みたくなってしまう。

 暗闇の中で芽吹いたばかりの黄緑色の瞳がヤヌスグリーンに炯炯と輝いて、濃い霧の中に消える。姿も、気配も。何も感じなくなった。息がしづらい。炎を呑んだように灼けつく喉が痛みを訴え続ける。

 

 この時トガヒミコは己の失策を悟った。

 あれに出会ってはいけなかった。せめてあまりに遅くとも、目が合った瞬間にここから離脱しなければならなかった。何故数秒前の自分はあの女の子の異常性に気付かなかった? 

 そもそもまず、この夜、この場所に自分は居るべきでなかった。

 

 何故なら──最初にナイフで腕を切り付けられた数秒後まで、あの子の存在を知覚できていなかったのだから。

 

 

「此よりは地獄。わたしたちは、炎、雨、力────殺戮をここに」

 

 

 さえずるような少女の謳う声は奇妙に反響してどこから響いているのかわからない。

 目を凝らしても、耳を澄ませても、感覚を精一杯張りつめさせても、どこから襲ってくるのかわからない。霧が深すぎて、何も分からない。

 ああ、くらくら、する。

 

 トガヒミコにはそれが恐ろしかった。今まで大好きな人を切り刻んで、ぐちゃぐちゃにして、真っ赤な血で彩って。その過程、結果が彼女にとってなによりの愉しみだった。その血で自分が「好きな人」に成るのが、なによりの悦びだった。

 そのためには法、ルール、ヒーローや警察の追っ手、自らを「常識」で縛ろうとするなにもかもが邪魔だった。それらを身を潜めて、血で変装して、息も気配も自我も殺して隠れることで撒き続けてきた。

 暗殺技術に等しい、気配を断つ術が周囲よりずっと優れていたと自負するトガヒミコだからこそ、そして何より、人を切り刻んできたからこそ────あの少女が自分よりずっと格上で、自分が狩られる立場だと本能で理解した今、身動きが取れないほどの恐怖に飲み込まれた。

 

「『解体(マリア・ザ)────』」

 

 動けない。動けない。動けない、逃げられない。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、ああ、私の内臓(なかみ)がぐちゃぐちゃになる。勝手に動いて外に飛び出そうとしている。私もあの人たちみたいになる。あのナイフと(なた)でお腹を切り開かれて、血も神経も骨も皮も肉も目も鼻も口も首も腕も胸もお腹も足も指も全部ばらばら、ばらばら、ばらばらに…………

 脳裏に赤い光が明滅する。ちかちかちかちかちかちか、ばらばらになった私の無残な姿が走馬灯のように見えて、ギュッと目を瞑って襲い来るだろう衝撃に耐えるために歯を食いしばった、

 

「あっ」

 

 喉を締めあげていたプレッシャーが一気に緩む。はっ、と反射的に息を呑んで、どくどくどくとうるさい心臓の音を聞きながら目を開くと、幼女の声だけが森の中に響いた。

 

「ごめんなさい、おかあさん」

「…………え?」

「宝具はつかっちゃだめなのに、わたしやくそく破るところだった。うっかり殺しちゃうところだった」

 

 

 ほうぐ。おかあさん。一体何の事……────

 

 

「だから、殺さない程度に切るね?」

 

 私が最後に視たのは血しぶきと、鈍色のナイフ。えぐられるような重い衝撃。身体中にうまれた熱と痛みを感じながら瞼を閉ざす寸前に……森の暗がりに光る、赤いなにかを見た。

 

 

 

 

 **

 

「ジャック」

「あっ、おかあさん」

 

 カルナに空を飛んでもらい、ショートカットしてジャックの気配があるところに到着すれば、血で濡れたナイフを手にしたジャックと、セーラー服に何やら物騒な機械を背負った少女のヴィランが倒れていた。ヴィランは遠目で見る限り、致命傷にならない程度の切り傷だけで、腹部を掻っ捌かれているわけでも、内臓が飛び出ているわけでもなさそうで安心した。まぁ中々にエグい絵面ではあるのだが、私設部隊の拷問風景に比べればずっとマシだ。トマティーナも真っ青な、内臓の卸売り市場みたいな血みどろフィーバーな惨状と較べている時点で、私の感性もどこか確実にネジが飛んでいるが。

 

 先程、急に魔力を持っていかれる感覚には少し焦った。ジャックの宝具『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』は対人宝具のため、魔力消費はそう多くもないのだが、その効果が問題なのだ。

 稀代の殺人鬼、ロンドンを脅かした都市伝説の殺人を再現するかの宝具は、強力な女性特攻を持つ。「時間帯が夜である」「相手が女性、または雌である」「霧が出ている」、この三つの条件が揃っている時に宝具を使用すると、対象の身体の中身を外に弾きだして問答無用で「解体された死体」にする、呪いの宝具なのだ。しかもクー・フーリンのゲイ・ボルクの「心臓に必中」と似た因果律の逆転を引き起こす宝具で、まず解体された死体という「殺人」が発生し、その次に標的の「死亡」が起こり、最後に大きく遅れて解体に至るまでの「理屈」がやってくるのだ。結果が先に提示され、最後にその結果を引き起こすための過程が後追いで出てくることになる。

 

 条件がひとつ欠ければ致命傷には至らずダメージを与えるだけだが、一つ揃うだけで威力は跳ね上がる。しかもナイフそのものが宝具なのではなく、正体も動機も不明な「ジャック・ザ・リッパーの殺人」という概念に基づく極大の呪いなので、呪い耐性が無ければ距離は関係なく物理的な防御は叶わず、霧の中なら「必ず中る」ので回避は不可。「ジャック・ザ・リッパーの姿を見た目撃者は居なかった」という伝説から生まれたスキル『情報抹消:B』の効果で、戦闘終了後、目撃者と対象の記憶からジャックの外見特徴、声、能力、行動に至る一切が抜け落ちる。

 女性限定だが完全犯罪を生み出す最高の暗殺宝具、それが『解体聖母(マリア・ザ・リッパー)』。

 

 本来なら殺しにやってきたヴィランに手加減する情けは一切かけないのだが、流石にこの合宿所で殺人が起こったら色々と不味い。戦闘許可は出ているが、あくまでヴィランに殺されないよう自衛のために発令されたものであって、ヴィランを殺していいというお墨付きではないのだ。というか、この世界のヒーローは殺人を許されていない。一時的な逮捕が精々だ。探偵と警察が混じったような権限しか持たない以上、間違いなく過剰防衛になるジャックの宝具を使わせるわけにはいかなかった。私が英霊召喚出来ることは一部の先生方しか知らないことだし、相澤先生は不可解な状況下で唯一動きの読めなかった私を疑うだろう。それ以前にこの場で殺人が起ころうものなら、マスコミが黙っていない。雄英へのバッシングは強くなり、世論はヒーローへの疑念に一気に傾く。ともすれば自分も、相澤先生も責任を取って学校を辞める、あるいは刑務所行きの運命だ。それは望むところじゃない。

 

 だからジャックが何を思ってか宝具を使おうと真名解放するのを、令呪で止めたのだ。どうせあと数時間で回復するのだから、取り返しのつかないことになる前に惜しみなく一画使って「強制」した。……間に合って良かった。

 

 

「おかあさん、ごめんなさい。わたしたち、宝具つかっちゃうところだった」

「気を付けて……HLと違って、この世界では殺しちゃだめだからね。でもお茶子と梅雨ちゃんのふたりを助けてくれてありがとう、ジャック」

「うん!」

 

 ナイフに付いた血を払ってケースに収めたジャックの頭をなでると、嬉しそうにニコニコ笑う。この邪気のない笑顔とか、ナーサリーや立香のところのアビゲイル、サンタリリィ、バニヤンたちと戯れているところを見ているだけだと忘れそうになるが、ジャックは「堕胎された子どもたちの悪霊」が集まって出来た、いたかもしれない「ジャック・ザ・リッパー」の可能性のひとつなのだ。

 

「ジャック、先にうちに帰ってて」

「もういいの? 分かった! ナーサリーと待ってるね」

 

 ぴょこんと一つ跳ねたジャックが金の粒子となって融け消える。霊体化ではなく、召喚解除によって指輪の疑似座を通して自宅に戻っていくのを感覚を通して見送った私は、倒れ伏しているヴィランを一瞥した。

 

「このまま置いておいたら失血死しそうだな、焼くか」

「ああ、うん、お願いカルナ」

「承知した」

 

 カルナが指先をヴィランに向けて振ると、ぽっとオレンジの炎がヴィランの身体のあちこちに灯り、未だに血が流れる傷口を焼き塞ぐ。太陽神の息子であるカルナが操る炎は、本気を出せば周囲をマグマに変えかねないほど高熱だ。だが炎の規模と温度を操ることで、こうした応急処置にもつかえるのだ。……人理修復の旅で、何度私や立香がお世話になったことか。

 痛みにかすかに身じろぐだけで、ヴィランは起きる様子はない。……ジャックの殺気を間近で受けて、痛みに気絶したのならしばらくは目覚めないだろう。とりあえず後で回収に来るとして、とりあえず生徒側の現状を知るためにも広場に戻らなければ。

 

「戻ろうか、カルナ」

「ああ。飛ばすぞ」

 

 

 

 

 魔力放出で空を飛ぶこと数分、森を突っ切って広場に出ると、相澤先生やクラスメイトたちが負傷したりガスで気絶している子たちを背負って集まっているところだった。

 

「相澤先生!」

「!! 星合、無事だったか! ──……その男は、お前の味方か」

「はい。私の個性で呼び出した、大事な英霊です」

「……そうか」

 

 私を担いでいたカルナを見た瞬間視線を鋭くしながらも問う相澤先生に首肯すれば、彼は溜息と共に瞼を降ろした。すぐに気を取り直すところはさすがだ。

 

「重体の人はどのぐらいいますか」

「催眠ガスで意識不明が10人以上、ヴィランの攻撃で頭を強く打ったピクシーボブ、重軽傷が今のところ5人ほど……まだ戻ってきてない奴も多い」

「それならとりあえず今戻ってきている人全員を集めましょう。私に個性を使わせて下さい」

「! 何か策があるのか」

「英霊の中に弱体解除……毒物を無毒化して傷を回復させられる人がいます。完全に無毒化は難しくても、毒が回るのを少しでも遅らせられるはずです。黙っていましたが、リカバリーガールと警察に、やむを得ない人命救助の場合は回復系のみ英霊の力を他人に行使してもいいと許可を貰ってます」

「わかった」

 

 遠くで救急車と消防車のサイレンが響いている。先生方が通報したんだろう……あまり英霊の力は知られたくない、救急隊が来る前に彼女を呼び出して宝具を使ってもらわなければ。負傷者が集められている合宿所前までカルナに担いでもらって移動しながら、私はホログラムを操作して編成欄にセットする。

 

「ついたぞ」

「ありがとう! 周囲警戒よろしく!」

「承知した、敵は近付けさせん」

 

 合宿所前にはシートが敷かれ、その上でクラスメイト達が寝かされていた。森の中でお化け役としてB組の面々が主にガス攻撃に気付かないまま昏倒したんだろう。ほとんどがB組の中、早い順番でスタートしたトオルやキョウカも中に混じっていた。……大した外傷がないのが不幸中の幸いだろうか。もっと早くに気付けていたらと、不甲斐なさに奥歯を噛み締める。

 彼らに駆け寄った私を見て、合宿所で補習だった切島くんたちが顔を明るくさせた。

 

「星合! お前無事だったか!」

「うん! 私は大丈夫──それより、怪我やガスを多少なり受けた人は一旦この場に残って! 私の個性で回復させるから!」

「えっマジか!?」

「星合そんなことも出来んの!?」

「詳しい説明は後で! ───Anfang(セット)!!」

 

 ぎょっと目を丸くする切島くんや負傷者を運搬して戻ってきた所だったらしい飯田くんや尾白君が驚いているのを横目に、説明をぶった切った私は令呪のある右手をぐっと握りしめ、胸の前に翳した。

 

 ──英霊指定召喚:バーサーカー

 ──概念礼装指定:カレイドスコープ最大解放

 

 

「──来て! ナイチンゲール!!」

 

 

 私の叫びに反応した『瑠璃の金環(ラピス・アニーロ)』が、魔術回路が、暗闇を明るく照らす蒼い電流のような光を放つ。

 

 

「──ええ、司令官(マスター)。すべての命を救いましょう。すべての命を奪ってでも、私は必ずそうします」

 

 

 黄金の粒子を纏って現れるのは、赤い軍服に大きな衛生鞄を腰に括りつけ、白い軍靴を履いた女性。人類史において、現代にいたるまで圧倒的な知名度を誇る“クリミアの天使”。ピンクゴールドの髪を束ねた彼女は目の前の重症患者たちを診て眉を鋭く吊り上げた。

 

「ナイチンゲール! 早速で悪いけど『人体理解:A』!」

「はい。本格治療を開始します。覚悟は、宜しいでしょうか?」

「彼らはガスによる中毒者と、一人頭部外傷、その他大小の傷を負ってる! 貴方の宝具で癒してほしい!」

 

 スキルによってどこが悪いのかを見定めてもらい、その上で宝具を使用することでより効率化を図る。本来は人型のエネミーの弱点を見抜き、攻撃力と防御力をアップするスキルなのだが、今回は応用としての使い道だ。

 召喚直後に矢継ぎ早に指示を出す私に、ナイチンゲールは手袋をぎゅっと嵌め直しながら微笑んだ。

 

「適切な指示に感謝を。さあ、緊急治療です!!」

 

 血液が沸騰するような感覚。血液を魔力に、血管を魔術回路として辻褄を合わせた私の身体は、魔力を練って宝具を放つたびにこの高揚するような、自分の根幹が不安定になるような、不思議な感覚を覚える。カルナや玉藻は私の魂が陽であり、身体と精神が陰の気を帯びているから、その全てを運用する宝具起動時はどちらもが混ざり合ってフワフワするのだろうと言っていた。あまり人間の身体には良くない負担らしいが、魔改造された身体ではその負担もあまり掛かっていないのが幸いだとドクターが胸を撫で下ろしていた。……懐かしい。

 

「全ての毒あるもの、害あるものを絶ち! 我が力の限り、人々の幸福を導かん!!」

 

 両手を虚空に掲げたナイチンゲールの周囲に魔力の波動が満ちる。髪やスカートを揺らめかせるそれは、辺り一面に広がって打ち寄せるさざなみになった。

 カッ、と見開かれた赤い双眸が彼女の前に倒れ、蹲る患者たち全てをくまなく見渡す。それと同時に、彼女の背後に彼女の「傷病者を助ける白衣の天使」の逸話と看護師の概念がカタチを取った幻影が、手にした幅広の大剣を祈るように胸の前に掲げた。

 最大捕捉人数100人の対軍宝具、彼女が指差す先、効果範囲のあらゆる毒性と攻撃性は無視され、内包するものを回復させる絶対安全圏────

 

 

「『我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)』!!」

 

 

 温かな緑の光が駆け抜け、患者を包み込むように広がる。溶け込んだ光はやがてガスのみならず身体中の毒素を集め、黒い靄となって細く細く、クラスメイトや奮戦したヒーローたちの身体から溶け出し立ち昇った。身体に負った大小の切り傷や擦り傷も、僅かな血痕を残して元通りに塞がっていく。

 

「すげ……」

「傷が治ってく……」

 

 幻想的な光景に、手も足も止めて見惚れる彼らをよそに、ナイチンゲールは素早く患者の元に駆け寄って呼吸や脈を確かめ、テキパキと救助順序を定めていく。カルデアに召喚されたことで現代の医療・看護知識を聖杯から得た彼女は、勿論災害時の救助優先システムたるトリアージも心得ているのだ。数分後に駆けつけた救急隊にバーサーカーらしい食って掛かるような勢いで状態を報告し、重傷者から搬送させる手際は流石としか言いようがない。まぁ、救急隊の人たちはナイチンゲールの剣幕と知識量に目を白黒させながらも勢いに押されて従っていたが。

 私もそれを黙って見ていたわけじゃなく、搬送の手伝いや車の誘導、後から運ばれてきた怪我人の誘導と治療に当たった。……流石に、障子くんに担がれて運ばれてきた全身ボロボロのイズクには驚いたが。どこもかしこも血まみれ、両腕に関しては無茶を重ねたんだろう、内出血で紫色に腫れ上がり、右手の指先はぐちゃぐちゃの方向を向いていた。体育祭の比じゃなかった。泣いているのか錯乱しているのか分からないくらいの雄叫びを上げて暴れて手が付けられないので、私の後に般若顔ですっ飛んできたナイチンゲールが手刀で昏倒させた。

 

「おい、何しやがる……」

「轟、どうどう。怪しい人じゃないから」

 

 急に現れたナイチンゲールを警戒する轟やお茶子たちをなだめると、向けられた敵意にぎろりとナイチンゲールが目を向けた。小陸軍省と呼ばれた鋼の精神そのもののようなひと睨みは、バーサーカーともあって非常に心臓に悪い。

 

「命を救うためです。ええ、命を! 救うためなら、私は何でもするわ! ええそうよ、何でも!」

「ナイチンゲールも落ち着いて、今は目の前の患者の方が大事だろう?」

「……失礼しました」

 

 マスターであり、あの北米大陸の対戦を乗り越え、ナイチンゲールとの付き合いを心得ている私とならば割と狂化の影響が少ない会話ができるのだが、悪気はあろうとなかろうと治療の邪魔をする人間には狂化EXのステータスに恥じないバーサーカーぶりを発揮するのは変わらない。これでもだいぶん丸くなった方だが。

 

「マスター、この患者はあまりに重傷です。新しく運ばれてきた患者を含めて、もう一度宝具の使用許可を」

「うーん、それは構わないんだけど。ナイチンゲール、一回で治せそう? ここまでぐちゃぐちゃだと君だけじゃ難しいと思うんだけど」

「……ええ、マスター。分かります、確かに私の宝具は多数を救うもの。故に彼を回復させるには足らないと、そういうことでしょう」

「うん、だからあのロクデナシを呼ぼう。あの宝具なら対人宝具でレンジも狭いし、継続回復が見込める。一度でダメなら数回に分けて治療するしかないだろう。……星5三騎召喚で宝具2連発となるとちょっと無理をすることになるけど……こんなことでしか手助け出来なかったんだ、多少の無茶は目を瞑ってね、ナイチンゲール」

「……重症患者を救う為ですから、今回だけですよ。あの時のような魔力不足にはさせません」

「ウルクの時のこと? ……あれは私ももう勘弁したいなあ」

 

 激戦に激戦を重ねたあの消耗戦において、立香と私の指は魔力不足と血液不足で壊死寸前になるほど真っ黒だった。ナイチンゲールの手助けがなければ、私たちの指先は腐り落ちていただろう。今の私の指先は真っ白だが、本来の25歳の私の指にはうっすら痕跡が残っている。それほどにあの神代の戦いはなにもかもが絶望的だったのだ。

 

「というわけで、出番だマーリン」

「──良いとも。久々に呼び出してくれたね、マイ・ロード。退屈しそうだったよ」

「ええっ、何もないところから何か白いお兄さんが出てきた!?」

 

 私の一声を待っていたかのようにノータイムで現れたのは、白い長髪に白いローブ、聖剣エクスカリバーを仕込んである木の杖を手にした、絢爛なるアーサー王伝説に名を連ねる魔術師・マーリンである。耳飾りのせいでウーパールーパーとか言ってはいけない。

 人理修復を成し遂げ、理想郷アヴァロンに永遠に閉じ込められる運命にある夢魔の彼は未だ死んでいない。というか死ねない。死んでいないということは英霊にはなれないため、当然この指輪の疑似座にも登録できないのだが……そこは古代ウルクの底、冥界まで徒歩で来た男である。アヴァロンの抜け道を色々弄って単独顕現スキルを活用し、向こうの世界とこっちの世界を自由に行き来している。向こうの世界の織物を眺めながら私の旅路も見守るとかいう中々な引きこもり生活を送っているキングメーカーならぬトラブルメーカーなロクデナシである。一応英霊になったら冠位(グランド)を与えられるとあって、性能はピカいちなんだけども。

 

 とりあえずイズクはシートの上に降ろしてもらい、轟たちにもイズクの近くで固まってもらう。マーリンの宝具レンジが狭いからだ。

 いったい何が始まるのかと不安そうな彼らには後でちゃんと説明するとして、とりあえず治療を優先させる。

 

「令呪を以て命ずる、ナイチンゲール、マーリン、宝具を以てイズクたちの治療を」

「治療、開始」

「お任せ、マイ・ロード。……王の話をするとしよう」

 

 カッ、と令呪が光を放ち、令呪の膨大な魔力が二人に注がれる。二画目が手の甲から消えた瞬間に、二人は詠唱を始めた。

 

「全ての毒あるもの、害あるものを絶ち! 我が力の限り、人々の幸福を導かん!!」

「星の内海(うちうみ)、物見の(うてな)、楽園の端から君に聴かせよう……君たちの物語は祝福に満ちていると。罪なき者は通るがいい」

 

 看護師の幻影が顕現する。光のさざなみが辺りに満ちる。

 濃いマゼンダ色の花びらが咲き乱れ、10メートル四方を色とりどりの花の海に変える。

 赤い炎に燃える夜闇を掻き消して、降り注ぐのは暖かな春の陽光と満ちる夏の匂い。

 誰も辿り着きようのない理想郷。地球という惑星が持つ、魂の置き場所。

 僅かな範囲の空を理想郷の空に書き換え、今も彼が幽閉される宙に浮く白い最果ての塔が現れた。

 

 

「──『我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)』!!!」

「──『永遠に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』!」

 

 

 ナイチンゲールとマーリンの宝具が重ね掛けされる。

 ナイチンゲールによってイズク達の身体に蓄積されたガスの毒、不純物は取り除かれ、血を流し続ける傷口は塞がれ、内部破裂によってぐちゃぐちゃになった骨、神経、血管、筋肉はあるべき配列へと導かれる。

 さらにマーリンの『永遠に閉ざされた理想郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』、対人宝具であり最大捕捉7人という狭くも強力な宝具によって、ナイチンゲールの宝具の回復効果を底上げし、自らの宝具でも「味方全体に5ターンの間HP回復状態を付与」の効果で継続回復を行っていく。

 それでもまだ、イズクの度重なる無茶によって変色した腕は癒えた様子がない。自らの変化に驚くお茶子や障子くん達の様子に反して、くらくらする頭を押さえながらも渋面のまま私はさらに指示を出した。

 

「ナイチンゲール、イズクへ『鋼の看護:A』を」

「はい。……どのような戦い方をすれば、ここまで癒えにくい傷を……これではまるで身体の内部で炸裂弾が破裂したような……」

 

 マックスまで上げたHP回復スキルを使用してもらう。それでもじわじわと癒えていくだけの傷。

 戦時病院で尽力し、サーヴァントとなってからも人間業ではない様々な怪我を見てきた彼女でさえ眉を顰めるイズクの状態に、私はお茶子に問い掛けた。

 

「……一体なにがあったんだい?」

「実は……」

 

 話しにくそうではあったが、お茶子はぽつぽつと森の中で何があったのかを教えてくれた。

 ジャックが殺しかけた女のヴィランから逃げた二人は障子くん、イズク、轟、常闇くん、爆豪の一団と合流。イズクたちも直前に常闇くんの個性が暴走して轟と爆豪を襲っていたヴィランを退けた後、広場に戻るため向かう途中──音もなく常闇くんと爆豪がヴィランによって攫われていた。あの女のヴィランを小脇に抱えたマジシャンらしき格好のヴィランが逃げるのを必至で追いすがったものの──奪還は失敗し、黒霧によって爆豪が連れされれた。

 ……あの女のヴィラン、放置せず縛って連れてくるべきだったな。結構なトラウマ製造シーンだっただろうし切り傷も酷かったので復帰は時間が掛かるだろうけれども。クラスメイトの安否を優先させたことは後悔していないが、微妙に下手を打った。その場にいれば、むざむざ取り逃がすこともなく、全員無力化出来ただろうに。

 僅かに渋面を作ったのを、爆豪の奪還に失敗したことへの憤りに見えたのか……心配げな面持ちの梅雨ちゃんに気付いて苦笑を浮かべた。

 

「……マーリン、視える?」

「勿論だとも」

 

 周囲に聞こえないよう、小声での私の問いかけに、魔術師の頂点の一人たる夢魔は微笑んだ。

 感情を持ち合わせず、夢の中で集めた心の機微を燃料に、人間らしい感情や表情の変化を再現して使い捨てにしているに過ぎない彼は、あらゆる現在(いま)を見透す最高位の千里眼の持ち主だ。勿論、この場にいる限りこちらの世界で今起きているすべての事象を見通せる彼には、その気になりさえすれば連れ去られた爆豪やヴィランの現在地を特定することなど朝飯前だ。

 だがそれを、私は彼らに言うつもりはない。言ったら最後、少なくともイズクは救出に向かってしまう。それはルールを超えた行いだ。ただの感情に突き動かされた蛮勇だ。それを、オールマイトを恩人と仰ぐ私は許さない。

 

 

 ──結局。

 生徒41人の内、ヴィランの催眠ガスによって意識不明の重体15名は、ナイチンゲールの宝具によって日付が変わる頃に殆どが目を覚まし、念のため検査入院となった。重・軽傷者11名も入院の必要がないレベルが多く、腕の損傷がひどいイズクと、頭を打ったモモ、B組の泡瀬くん、ガスの中心地にいた鉄哲くんが入院となった。そして行方不明が1名、爆豪。無傷は私含めて14名。

 プロヒーローはピクシーボブが頭を強く打たれて重体。ナイチンゲールの宝具で後遺症は残らないだろうが、こちらも意識が戻らなかったため入院。そしてラグドールが大量の血痕を残して行方不明。

 一方敵は3名の現行犯逮捕。殆どを取り逃がす結果となった。

 

 最悪の結果で、林間合宿は幕を閉じた。

 

 

 

「……世間は大騒ぎだぞ、マスター」

「……予想はしてたけど、頭が痛いね……」

 

 宝具とスキルの連発で、久々に大量の魔力を消費してふらつく私に、先生方や友人たちは病院を勧めてくれたのだが、人間の医療でどうにかなる不調ではないので、工房化した自宅に戻る方が魔力回復が早いと判断したカルナに連れられ、一人自宅に戻った。口数の少ないカルナに変わり、マーリンが少し残って口八丁で先生方に当たり障りのない説明をしてくれたとのことなので多分大丈夫だと思っていたのだが、自宅で色んなサーヴァントに魔力回復が早まるように添い寝されながら、死んだように眠っていた私が翌日の昼過ぎに目を覚ますと、クラスメイトたちから大量のメッセージが来ていた。未読の件数の数字を見てげっそりした。

 

 リビングで寛いでいた巌窟王に淹れてもらったコーヒーを啜りながら、チャンネルを変えようとほぼ全部が雄英の失態関連なのを見てぐったりと呻いた。こっちのメディアや民衆の傾向は最早病気だ。敵の思うツボに悉くはまり込んでいるのに気付かない。

 大半が自分の体調を気遣ったり、いくらメッセージを送っても返事のない私への心配の言葉だったりするメッセージに返信を返していると、エプロンをつけたエミヤがテーブルにトレイを置いた。

 

「わ、美味しそう」

「食べられそうかね?」

「うん! ありがとう、頂きます」

 

 さっきから良い匂いがすると思っていたら、皿に乗せられていたのはとろとろのチーズがたっぷりと一緒に挟まれたハムに絡み、目玉焼きがほかほかと湯気を立てるクロックマダムだった。隣に添えられたトマトとキュウリのピクルスが彩りを与えている。スープは野菜を刻んでことこと煮込んだミネストローネ。味付けの感じからして、これはエミヤではなくロビンが作ったのだろう。エミヤのはトマト缶や隠し味を使ったこっくりとした奥深い味わいだが、ロビンは材料が少なくても出来る透明に近いスープで、野菜のうまみを感じるさっぱりとした味わいなのだ。特異点で野営をした時、焚火で作ってくれた懐かしのスープの味に、私の頬も緩む。

 

「体調はどうだ、マスター」

「皆のお陰で、結構魔力は回復したと思う。久々の宝具連発だったから、きっと身体が驚いたんだろうね」

「君が縮んでから、あれほど宝具を使う機会も無かったからある意味当然か……ともあれ、回復が進んでいるのならなによりだ。英霊の事は教師陣から緘口令が敷かれたお陰でメディアは君の功績に気付いていないが、雄英の生徒と云うだけでマスコミが寄ってくるような状況だ。外出はおすすめできない。……今日ばかりは家でゆっくり休んでもバチは当たらないと思うがね」

「……そうだね。そうするよ」

 

 

 

 

 





 この後、塚内さんに呼び出されて政府から英霊使用許可が下り、正式にヴィラン連合捕縛作戦に協力。とはいっても流石に無理をして2日後だし、一応ヒーロー資格はないし政府も学生の身分で表舞台に出したら色々不味いので、前線には出ず本部でセコムで周囲を固めながらハサンズを送り込んだり、玉藻に念のため待機してもらったり程度。しかし緑谷が入院している病院にA組でお見舞いに行ったところに居合わせていないので、ヤオモモが発信機を取り付けたこと、それを辿って緑谷たちが救出にこっそり来ていることをつゆ知らないので、爆豪をかっさらって行った緑谷達にはぁ!? ってなる。とりあえずオルマイVSオールフォーワン戦でマーリンの『英雄作成』他サーヴァントたちのバフマシマシで戦うオルマイとデバフ掛けられまくるOFAが見たいだけの人生だった……。
 回復宝具なら玉藻を登場させても良かったんですが、個人的に二人を登場させたかったのと、玉藻を出すと全力で話が別の方向に転がるので自重。



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夢幻召喚


(FGO→MHAだった場合の√においてありえたかもしれない話。指輪を使って英霊召喚だけでなくイリヤのように英霊を纏うことが出来た場合)
(書きたいとこだけ書いたので途中で終わります)


 

 

 教師陣からのオーダーは「本気でやれ」だ。恐らく鋭い先生方の何人かは調整中の『夢幻召喚(インストール)』をご所望なのだろう。英霊召喚は目立ちすぎる。なにしろ、個性で人手を増やせ、しかも全員(作家とか例外はいるが)戦闘や一芸に秀でた達人ばかりである。悪用を考えられたらキリがない。それなら、まだ英霊の概念を纏う方がリスクが低い。

 覚悟は当に決まっている。

 私は目を閉じて、控えていてくれた彼女に、肉体を委ねた。

 

 

「さぁ、久しぶりの戦闘だ! 派手に行こうじゃないか」

 

 

 雰囲気が一変する。緩やかに波打つ黒髪が鮮やかなマゼンダへ花開くように色を変え、瞳は血の赤から(ソラ)のような蒼氷色へ。額から斜めに横切る大きな縫い傷が穏やかな花貌を野生的に彩る。薄い霧が晴れる頃、胸元がざっくりと開いた紅のサーコートを纏った麗人がそこに居た。その出で立ちは普段の彼女のヒーロースーツと酷似していた。ただ一つ違うとすれば……手慣れた動作で腰のホルスターから引き抜き、くるりくるりと手の中で回してから同時に両手で照準を淀みなく合わせてみせる技量、その手に握られたクラシカルな鈍い金色の二挺拳銃が異彩を放つ。星合千晶の名残を残しながら、それでも別人の気配を漂わせる目の前の友人に、轟は目を見開く。

 

「な……んだ、その姿は……」

「何、アンタがとっときの左を使ったんだ、ならこっちも全力でお相手するってのが筋ってもんさ! そういうことだよ、お前さん。

 ああ、勘違いはしないでおくれよ? ちょいとこのスタイルは燃費が悪くてねぇ。最近調整がついたところさ────出し惜しんでた訳じゃないが、何事にも使い所ってもんがあるだろう? 提督(マスター)はこの戦いに意義を見出した。アタシを纏ったってのはそういうことさ、光栄に思いな」

 

 朗々とした張りのある声は千晶のものなのに別物に聞こえるのは、普段の彼女とかけ離れた口調と喋り方だからだろう。冷静沈着、穏やかな気風の千晶が豪快で男勝りな言葉遣いをしているのだ。見た目も大きく変化しているのも相まって、余計に別人にしか見えない。まるで──別人が彼女の身体を借りて喋っているような異物感。頭のなかで翻訳する過程で彼女の喋る日本語は少し丁寧になっているらしく、英語ならもう少し口調は荒いといつだったか千晶が言っていたが、それでも彼女のもつ本来の雰囲気とそぐわない。

 スカーレットを纏う麗人は青い眼を僅かに伏せ、ココではないどこかを見つめるような遠い目でぼやいた。

 

「……ああ、ちょいと喋りすぎたね。悪いね提督。さあ小僧、怖気づいてビビってんじゃないだろうね?」

「……その風体については後で聞く。……やることは変わらねえ、倒す、それだけだ」

「アッハハ! いいじゃないか、かかってきな──満足させておくれよ?」

 

 片眉を跳ね上げ、片目を眇めてスカーフェイスが挑発的に歪む。と同時に腕を伸ばして定めていた照準を外し、銃口を上に向けるように肘を曲げ顔の横に拳銃を掲げた瞬間、その後ろの空間から波紋が生まれ、黒に金の縁取りがなされた大砲──カルバリン砲の銃身(バレル)が現れる。銃口だけのそれは巨大にして無機質。非現実的な光景のはずなのに、無慈悲に命を奪う機構の物々しさを放っている。

 

「流石にアタシの船はココでは召喚出来ないけどねぇ、弾を込める砲台さえあればいいのさ」

 

 観客の誰かが叫んだ。武器の持ち込みは不可だろうと。闘志を駆り立てるような熱気をにわかに帯びていた場に水を差す発言だと気づかないまま、心のまま沸き起こった義憤を吠え立てる。何故止めないのかと、その場から動く気配のないセメントスやミッドナイト、放送席の相澤やマイクに異議を唱えるが、彼らが対応する前にあぁ? とぐるり首を巡らせた千晶(ドレイク)が胡乱げな顔つきでその観客を大観衆の中から迷うことなく見上げた。間接的にマスターを侮辱したにも等しい男に、嵐の王として酷薄に光る青の眼光を飛ばしながら。

 

「野暮なこと言うねえ、アンタの目は節穴かい? 観てただろう、この子は武器なんざ一つも持ち込んじゃいない。それを見逃すようなタマじゃないよ、ここのセンセイたちは。アタシはこの子のチカラのほんの一部分に過ぎないのさ。銃も砲台もアタシを解除すれば夢幻と消える。そもそも──この銃口しか無い砲台をどうやって持ち込むってんだい?」

「ぐっ……」

「ええ、彼女は武器一つ持ち込んでいません。身につけていたのは個性発動のために必要な最低限の品のみ──それも武器ではない道具です。あの銃も個性で作成したもの。故にルール違反ではありません」

 

 ミッドナイトの援護射撃に二の口が告げない観客に、呆れ返ってため息を鼻に抜けさせたドレイクはまぁいいさ、と大仰に肩をすくめた。興味を失くした表情で顔を轟へと戻す頃には獰猛な笑みをその顔に浮かべながら。

 

「安心しな、情けなんざ持ち合わせちゃいないが──アタシだって加減は弁えてるさ。この子がアタシを選んでくれた理由も。そういうわけで本気で働かせてもらうけど、殺し合いはご法度なんだろう? 死なない程度に威力は抑えるさ───そら、避けれるもんなら避けてみな、当たったら砕けるよ!」

「!!」

 

 銃口が燐光を放つ。集まった粒子が収束し、紫や金の魔力光が幾条ものビームとして轟へと真っ直ぐに放たれた。速いがビームゆえに直線的に進むビーム。慣れれば射線の着弾点を予測することは容易い。轟の動きを先読みして放たれる乱舞、氷の一斉射撃よりも避ける難易度は低いそれを、轟はジグザグに避けながら少しずつドレイクとの距離を詰めていく。遠距離砲撃なら、銃口そばにいるドレイクに肉薄すれば反撃し難くなると考えながら。

 

「撃て撃て撃てぇえ!」

「(冷静に対応すりゃ避けれなくはねえ……が、避けるので精一杯だ。狙いが荒いように見えて、実際最短の逃げ道は防がれて反撃させてくれる余地もねえ。砲弾じゃなくビームなら弾切れを待つだけ無駄だ、チャージゼロの連射は厄介だ。あの砲撃とまともにやりあってたらこっちの体力だけ削られてジリ貧は確実。懐に潜り込んで砲撃の邪魔さえ入らなけりゃ、氷結か炎での攻撃が届く)」

「そら、弾薬追加だよ!」

 

 凌ぐので精一杯な己に歯噛みしながらも、じわじわと前進していく轟にドレイクは獰猛に笑う。

 最初の砲撃から彼我の距離が半分に到達すると、砲撃に加えてドレイクが操る二丁拳銃の銃口が火を噴いた。絶え間なくリロードされ連射される乱射が正確に轟の足場近くを抉っていく。避けきれなかった魔力で出来た銃弾が数発轟の足をかすめ、貫通した。

 

「ぐっ!」

 

 やられてばかりでたまるか、と轟が苦し紛れに放った炎の渦はビームで相殺されながらも、その執念の一端がドレイクに届いた。サーコートの裾が炎に舐められ、焦げ跡を残し裾がほつれる。飛び退りながらそれを確認したドレイクは目を丸くした後、呵々大笑した。

 

「いいねえいいねえ、流石はこの子が認めた男! 奥の手使ってでも向き合おうとした人間! 折れない気概、大いに結構! そんなら出し惜しみはナシだ、派手に使い切ろうじゃないか! ────野郎ども、時間だよ!」

 

 ドレイクは上機嫌にそう笑うと、天に片方の銃口を突き上げ、どこか此処ではない遠くへ呼びかけるように、腹の底から吠え立てた。拡声器など必要ないほどにコロシアム全体に轟く咆哮。その痩身から放たれた覇気と大音声がビリビリと空気を震わせ、聞く者の一切を震え上がらせる。世界一周を成し遂げた偉大なる大海賊、イギリスを大英帝国に押し上げた太陽を落とした女、すべての海を繋げてみせた星の開拓者が、嵐の夜と亡霊の群れを引き連れて嗤う。

 砲台の後ろに顕現するは無数の霧で構成された亡霊の帆船。ガレオン船に備えられた砲台が一斉に轟へ照準を合わせる。

 

「嵐の王、亡霊の群れ! ──ワイルドハントの始まりだ!」

 

 ──宝具・限定解放。『黄金鹿と嵐の夜(ゴールデン・ワイルドハント)』。

 



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21グラムの無限大

騎乗Aのカルナさんに雄英の門で出待ちしてほしい妄想。


 

 

「あれ、なんか校門のところ騒がしい」

「どうしたんだろ」

 

 授業を終え、学校に残ってテストに向けての勉強をしていて普段より帰る時間が遅くなった。

 一緒に勉強していたお茶子やイズク達と学校を出ようとしたところ、妙に校門の近くで生徒が一方向を見て騒いでいたり、立ち止まったりと奇妙な動きを見せていた。……主に女子生徒が。

 疑問に思いながらも近づいたところで、その視線の先に居た人物にぎょっとすることになる。

 

「え」

 

 校門前の通りの端に停まっていたのは黒に金と赤のラインが流線型を描く大型バイク。その側面に寄りかかるようにして立ち、暮れなずむ空をぼんやりと眺めていたのは、白髪をそよがせた細身の男性──カルナだった。きらり、と左耳の耳輪が揺れてきらめきを放つ。

 

 しかも一瞬誰かと目を疑ったのは他でもない。

 カルナはインド神話の大英雄。知名度、実力ともに英雄王とも並ぶトップサーヴァント。その名に恥じない実力と比例して、魔力燃費が物凄く悪い。常時纏う黄金の鎧、武器の神槍、敵の宝具でさえ溶解させる太陽のごとき魔力放出と、尋常ではない魔力を食うのだ。並みのマスターでは不死の黄金の鎧はもちろん、インドラから賜った雷光の必滅の槍『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』の維持すらままならないほどだ。私は特殊な体質と指輪からの魔力サポートで問題ないが、戦闘モードではやはり消費量が大きい。カルナもそれは重々承知で、私の負担が減るように普段から動いてくれている。本当にできた相棒である。

 なので普段は魔力消費を少なくするために、家にいるか霊体化しているかのどちらかで、家に居ても服に頓着しないからシンプルに黒のVネックにズボンという出で立ちばかりみていたせいで、完全に省エネモード、つまり武装解除してオシャレな現代服を着ているのが見慣れなかったせいだ。

 

 なにしろカルナは顔がいい。古代インドでは髭があって体格がいい方が美形という基準だったので、御者の息子という身分の低さも相まって、痩せぎすで母がカルナを生んだ動機が不純なために姿が濁っていて不気味に見えたというカルナは、生前はそれほど異性にもてなかっただろうが、現代の美的感覚では弩級の美形に当てはまる。サーヴァントは美形ぞろいだが、神性が高いほど直視しがたくなるような美形度が増すのだ。カルナ・オジマンディアス王・ギルガメッシュ王、あと神性は関係ないがガヴェインとランスロットが並んだところを視て何回直視できずに腕をひさしにしたことか。目の保養通り越してあれは物理的に痛い。

 カルナは太陽神の息子とあって白皙の花貌である。神の子なのに親に捨てられて貧困層で育ったせいか、サーヴァントの今も少々細身すぎるが、今日の服装は貧相に見えないような厚地のコーディネートだった。

 ファー付きの黒革のショートジャケットにVネック、細身の黒スキニーにごつい男物のブーツ、軽く腕まくりをした細い手首には金のバングル、そして黒手袋。アルジュナに射落とされた首の傷は私の天秤の令呪の金の飾り付きの黒革のチョーカーで隠されている。お前はどこのV系バンドマンだと人目がないなら蹲りたかった。私特攻過ぎてクリティカルヒットだ。いやあまりに似合いすぎて目の保養ですけども。誰だコーディネートしたの。鈴鹿か? 玉藻か? マタ・ハリか? 

 

 

「うわぁ、あのお兄さんかっこいい……!」

「誰かのお兄さんとか、知り合いかな……」

「……カルナ」

「「えっ」」

 

 思わずぽろりと名前を呼んだ瞬間、完全に他人事だった二人がギョッとした顔でこちらを向いた。

 

「知り合いか、星合」

「というか家族みたいなもの……」

「え」

 

 さらに轟と飯田くんが何故か固まったところで、カルナが不意に顔を上げてこちらを見た。多分魔力パスを辿って近づいてきたのが分かったのだろう。視線が迷わずこっちを見てきた。

 

「マ、……千晶、迎えに来たぞ」

「(マスターって言いそうになったんだな)びっくりした、どうしたの、急に」

「なに、今日は遅くなるとエミヤから聞いてな。……しかし、勉学のためとはいえ、日没を忘れてまで耽るのはいささか不用心に思うが」

 

 ぴくりとも動かない美貌は全くの無表情、目つきは鋭く、余分のない直截な言葉は淡々としているからこそ、余計に鋭く感じる。私はこの物言いに慣れているし、「勉強熱心は良いが、こんな時間まで残ると帰り道が危ないだろうと思って迎えに来た」といったところだろう。言葉の足りなさはだいぶ改善されてきたのに、オブラートゼロのせいで妙にキツく聞こえてしまう罠。生い立ちの貧しさは私も同等ではあるが、この人の場合ダイレクトに損に繋がっている気がする。何か背後の轟の気配が剣呑になった気がするんですけど気のせいですかね(遠い目)。

 

「気を付けるよ。ごめん、迎えも来たしこの人と帰るね」

「あっ、うん! 気を付けてね!」

「千晶ちゃん、また明日ね!」

 

 硬直から解けた二人と、黙って手を振る後ろの二人に手を振り、カルナから渡されたヘルメットをかぶる。カルナの後ろにまたがって腰に手を回せば、手慣れた手つきでエンジンを掛けたカルナはハンドルを握った。

 

「行くぞ、しっかり捕まっていろ」

「うん」

 

 軽く回していた手をしっかり腰に回すように腕を誘導され、その通りに従って細身の背中にぴったりくっつけば、黒の鉄馬が唸りを一つ上げて加速した。密着する恥ずかしさとか散々担がれたり腕の中に庇われてたりしていて今更ですな。恥じらいが無いとは言わないが。

 騎乗:Aのクラススキルは伊達ではなく、バイクに乗っているところなんて見たことがないから恐らく初運転だろうに、非常に乗り心地がいい。カルナの場合、マハーバーラタによれば生前は戦車を駆って弓を主武装に戦場を駆け巡っていたのだ。『無冠の武芸』が示すように剣と槍でも無類の強さを誇り、アルジュナの父インドラから必滅の槍を賜ったことからランサー適性があるのだが、アーチャーやライダーでの召喚も在りうるのだから、騎乗スキルが高く、現代の乗り物だろうと例外なく乗りこなせるのは当然だった。

 頬を押し付けるようにくっついていた私は、似たような状況があったなと記憶を捲った。

 

「そういえば、誰かにバイク乗せてもらうの、新宿以来だなぁ」

「そうか、生憎オレはその時のことを映像でしか良く知らんのだが……」

「あの時は悪属性で固めたからなぁ……善属性が皆連れてってもらおうと悪いことをしようとしたストライキ、今思いだしても可愛すぎて死にそう」

 

 太陽系サーヴァント、つまり善属性が主力に多い私のサーヴァント、及び立香のサーヴァントたちが、可愛らしいレベルで精一杯思いつく悪いことをしていたあのストライキはスタッフが映像に撮って永久保存版を作ったレベルで可愛かったのだ。マシュの食事の後の片づけを手伝わないとかなにそれ可愛すぎかよ。カルナはオルタ化すればいけるか、なんてそもそもオルタナティブな一面もない根っからの聖人なのに真剣に悩んで、悩みすぎて直接私に相談しに来るし。あの時は尊さでベッドに倒れ込んだ。

 

 とはいえあの特異点は悪属性でも無ければ息が詰まりそうなほどの悪性の街だった。HLとどっこいの犯罪都市が新宿に出現するとか訳が分からなかった。散々裏社会に属していた私にとってはあの手の都市は慣れたもので、できれば立香は留守番してもらいたいくらいだったのだが。

 アルトリア・オルタのバイク、キュイラッシェ・オルタの後ろに乗って、ノーヘルで中央道を速度制限? 知ったことかとばかりにカッ飛ぶように移動し、新宿のバーサーカーと空前絶後の鬼ごっこを繰り広げたのは記憶に鮮烈に残っている。

 

「……その時のことは映像越しではあったが、少し悔しい、と葛藤したのを覚えている」

「うん?」

「ライダーのクラスでの現界であれば、戦車に乗せることもできたのだが……望んでも得られない話をしても意味がない。だからこうして鉄馬を共に駆れるというのは、得難い僥倖に思う」

「………………」

「クリスティアナ?」

 

 不意に黙り込んだ私の怪訝に思ったらしいカルナが、ちらりとヘルメットのバイザー越しに振り返る。私はそれをポカンと見ながら、半ば茫然とした面持ちで呟いた。恐らく意味を履き違えていなければ、彼は。

 

「カルナさんや」

「?」

「……もしかして嫉妬ですか」

「!」

 

 丁度赤信号にさしかかり、バイクを減速させたタイミングでの呟きに、カルナははたりと口をつぐんで、スモークの掛かったバイザー越しにも分かるほど、白皙の頬を赤く色づかせた。

 

「……む、そう、見えたか。そうか……そう、かもしれん。あまりこの手の感情を覚えたことがないので、良く分からんが……人の機微に聡いお前が言うのならば、悋気(りんき)、というやつなのだろう」

 

 ヘルメットのせいでより聞こえづらくはあるが、珍しくもごもごと喋る相棒に、私は深々と溜息をついた。背中に首を預ければ、カルナがおろおろする気配があったが、こちらはそれどころではない。なんだこのかわいい生き物。

 

「君って本当に尊いよねぇ…………」

 

 

 アルトリア・オルタとバイクに乗ってコンクリートの戦場を駆け抜ける姿を見て、何故か先を越された気分で実はモヤモヤしていて、でも他の特異点でもHLでもそんな機会は無かったから、こうして二人乗りが出来るのが嬉しいだなんて、人たらしにもほどがある。

 

 施しの英雄、頼み事をされれば敵であろうと断らない徳の高い聖人。アルジュナさえ絡まなければ快楽に無縁で我欲とは程遠い人格者が、たかがいちマスターとの相乗りに固執したと聞いて、感慨を抱かずにはいられない。大事にされている、ということは承知していた。過去の聖杯戦争で出会ったことがあるという玉藻やジークフリート、天草、立香の召喚したジャンヌたちからそういった意味の言葉を掛けられたことは数えきれない。マスターに従うことを第一義とするとはいえ、私への対応は自分が知るそれより、やや過保護なほどだと。

 

 英霊は死後に意識が変わることはほとんどない。英霊は過去の人物の影法師。よほど鮮烈な思い出でなければ、座にいる本霊に影響し、聖杯戦争に呼び出される他の分霊にまで変化が及ぶことは、少ない。カルナの場合はよく話に出てくるジナコというマスターの「誤解されるのは伝えたいことを途中で切るからだ」にえらく衝撃を受けたらしい。うん、私もそう思う。

 ……私に対して行動が他の英霊の知るものと違うのならば、かつてジナコというマスターの通り、私も少なからず影響を与えているのだろうか。

 

 

 私の唯一無二のランサー。常に私の行く闇に染まった道を明るく照らす、日輪がひとり。私の生涯において得難い相棒であり、畏れ多くも兄のように、欠けた己の半身のように慕わしい、無双の大英雄。

 

 

 本来なら、人理修復をもってカルナを始め、共に戦ってきたサーヴァントとは今生の別れになるはずだった。けれど、彼らは自らの意志で、ダ・ヴィンチちゃんの作った指輪に刻まれることを是とした。まったく成立系統の違う異世界、本霊から離れ、還るべき座のない世界に私と共に征くことを決めてくれた。その重大さが、自分もその立場だったからこそ分かる。世界の異物となってでも、私を選んでくれた彼らは、もう何があろうと手離せない、私の尊い友人たちだ。

 

 願わくは、この身体が朽ち果てるまで共に、どこまでも往こう。あの万能の人が望み願ってくれたように、この人生をより良く、より長く、幸せに生きられるように。マシュの言う通り、私の人生の価値が決まる最期に、幸せだったと笑えるように。どんなに波乱と苦悩に満ちた旅路だったとしても、彼らという頼もしい味方がいて、この世界で出来た友人たちがいて、元の世界に帰るべき場所があるのなら、もう、ひとりではないから。

 

 

「……きみを、きみたちを愛しているよ」

「……ああ。オレも、オレたちも、そうだとも。クリスティアナ・I・スターフェイズ。我らがマスターよ」

 

 

 腰に回した手に、そっと片手が添えられる。槍を振るうその手は、手袋越しにもあたたかくしっかりとしていて、すこし、涙が出そうだった。

 

 

 

 

 





 クリスティアナのもうひとつの救いのかたち。ダ・ヴィンチちゃんの言葉は本編嬢にとってのクラウスの言葉レベルの救いというか祈りで、対等にずっと戦ってきた戦友だからこそ刺さった。立場など関係なく、ただのひとりの仕えた女の為に異物になることを選んだ英霊たちの行動もまた、何者でもない自分を認められた気がしてクリスにとっての救いになっている。そのため、本編よりも英霊たちに見せる姿はやや弱いしただのひとらしい行動が多い。

 あと真面目な話をぶった切ると今年の初夢にカルナさんとドライブする最高な夢を見たので、それを下敷きにしています。もっかい見たい……というかこの一連の話はその初夢から着想を得たんですよ……悪夢ばっかりみるたちなので久々の良夢だったんだ……カルナさんもそうだけど、新シンさんも黒いスカジャン着て颯爽とバイク乗っててほしい人生でした……。


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言霊幸ふ森

「ロビンのスープを飲むとほっとするわ」

 

 焚き火に照らされた横顔が緩む。

 俺たちのマスター。その細い肩に人理という重い命運がのしかかっている。

 人理とは、人間という種が歩んできた歴史の航海図。人類が過去に歩んできた途方もない時間の積み重ね、研鑽そのものだ。まだ正体もわからない敵は、それを燃やし尽くしてしまった。過去、現在、そして当たり前にあるはずだった未来をも。

 彼女はこんなバカげた戦いに参加するはずもない人だった。レイシフト適正だけで招集された数合わせの一般枠ですらない、完全なるイレギュラー。彼女が救おうとしている歴史のどこにも彼女が居ない、莫大な織物のほころびを繋ぎ合わせようとしている。それも、彼女にとっては関係のない、異世界の全人類の存亡をかけた戦いを、だ。メリットは皆無で、考えられるデメリットばかりが山のように積み上がる。たとえこの戦いが勝利に終わっても、未来を取り返すという報酬すら、彼女には与えられないのだから。

 人道的にもとるとしても、投げ出すことだって許されるはずだった。彼女がマスターとなる義務はなく、義理さえも無かったのだ。

 

 けれど彼女はマスターになった。修羅の道を選んだ。

 

 もうひとりのマスターのような底抜けのお人好しでも無いくせに、どうしてそこまでするのかと尋ねたことがあった。成り行きで否応なく巻き込まれたにしては彼女は能動的だったし、敵に対する悪態こそ吐けど、弱音も泣き言も、文句の一つさえ零すことはなかった。

 

 そんな俺の疑問に、彼女は大したことでもなさげに軽く言ってのけるのだった。

 

「立香だけに負わせられるわけないわ、こんなにも潰れそうな重圧」

「だから私がちょっとだけ、あの子たちのための緩衝材になる。あの人が私にそうしてくれたように」

 

「大丈夫、『ロビンフッド』。名も無き森の義賊(だれか)さん。世界を救うことは、人類を護り未来へ繋ぐことは、私が選び取った天命で、逃れることも出来ない宿命だから」

 

 世界を救うという重圧がどれほど重い鎖になるのかを、このお嬢さんは知っていた。けれどそれ以上に、自分が投げ出した後に人類に襲いかかる理不尽な暴力を、抗うことのできない猛威を、未来がないという滅びを、この世界の誰よりも明確に想像できた。できてしまった。

 だからこそ、彼女はマスターとなった。流されてではなく、自分の意思でその立場を選び取った。

 そこに生きたいという渇望は無かった。やれる力があり、そうするべきだからするだけだという意思があった。出来る限り死からは抗おうとはするが、あくまでその足掻きの原点は死んでは立ち行かなくなるからという、役割からくる責任感に過ぎない。死ぬ時は死ぬだろうという、その年齢で得るべきじゃない乾いた達観があった。

 きっと、もうひとりのマスターと自分のどちらかしか生きることが出来なくて、他の方法も抜け道も無いと、二人が生き残る方法が何一つないのだと悟ったら、何の躊躇もなく自分を殺してみせるのだろう。容易に想像できてしまった。世界の中に自分が居たいという渇望一つ、持てないまま大人になってしまった彼女だから。

 

 だから。

 

 絶対にこの旅は負けられない。彼女をこの世界に殺させるわけにはいかない。それは、俺以外のサーヴァントも、カルデア職員たちも願うこと。

 

「そりゃ光栄ですわ、マスター」

 

 夢に視た惨劇を想う。語り継がれる英雄譚のような劇的すぎる人生。その半生が悲劇に満ちてなお、この人は衆生に幸せを望むのだ。ありふれた日常を。人間の及ばない技術や存在に脅かされることのない平穏を。望めば望むほど、自らは戦場という最も遠い場所に遠ざかると知っていても、その魂をごうごうと燃やし続ける。

 

 目覚めた時に決意した。あんたがマスターだと認めよう。俺の毒や罠という戦法を良しとするあんたを。どこかの誰かさんに良く似た人生を送ってきて、なお折れないあんたを、俺は支えよう。

 無念の中死ぬことがないように。

 生きて、あんたが会いたい誰かに会えるように。

 

 見返りを求める人間らしい欲すら、誰かから享受する喜びを、ほんとうの意味で知ることの出来なかったあんたが、どうか少しでもしあわせになれるように。

 

 

 初めて言の葉に乗せた呼び名に、あんたはちょっと間を置いて、照れながらも花のように年相応にわらった。

 

 




秘書嬢と似たもの同士その2(一人目はカルナ)。


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光輝救済聖典クルクシェートラ~神の詩~

※まだ第二部序章が始まったぐらいの頃に書いたなんちゃってインド特異点の妄想でした。ユガクシェートラどころかアナスタシア途中で止まってるマスターなので色々本家と齟齬があるかもしれません。
簡単に言うと幕間と言うには長く、亜種特異点と言うには微妙なとある夢の話。なんちゃってマハーバーラタ。書きたいところだけ。


 

「貴方だけいて下されば、私は──」

「■■■、お前は神の怒りに触れたぞ」

「知っていたって受け入れられるものか、こんな、こんな──!!」

 

 だだっ広い荒野、つい先程まで操っていた、こんな結末になった全ての原因になった車輪の取られた戦車、そして青い矢の持ち主からも、遥か遠くまで落ち延びて。膝に抱え込んだ私の大事な英雄は、消えゆく命の灯火の最後を燃やして、満足に上がりもしないだろう片腕を持ち上げようとして、数センチも浮かせずに力を失くした。空よりも蒼い瞳がどんどん濁りを増していくのが、あまりに悔しくて、哀しくて、やりきれなくて。血にまみれた白皙の頬にぼろぼろと涙が滴り落ちながら、己の無力さに血が出るほど唇を強く噛み締めた。

 そんな私を見た彼は、喉まで迫り上がってむせた、自分の血で溺れるような鈍い水音の混じった浅い呼吸の合間に、ふ、と薄い笑い声を混じらせた。

 

「泣いてくれるな、青蓮。この有様では、お前の頰すら拭ってやれないのだから……」

 

 

 

 **

 

 

 

 目を覚ましたら、見知らぬ森の中の、泉の中に立っていた。

 もっと正しく言うのなら、薄紅色の蓮が咲き乱れる泉の中に、ひときわ大きく咲いた青蓮の花弁の中に居た。……花の中に人とは、グリム童話で似たような話を見たことがあるような。

 萼から花弁の先にかけて、純白の白から夜明けの空のような、忘れな草色に移り変わるほっそりとした花弁は美しい。人一人をすっぽり覆えるほどの花の大きさは少々異常なまでの成長にも思えるが、ここが夢ならばしょうがない。

 

 そう、きっとこれは夢だ。

 

 明晰夢、という言葉をご存知だろうか。なんのことはない、自分が夢を見ていると認識して見る夢のことである。今の私がそれだった。

 私は普段、あまり夢を見ない。睡眠時間が少ないというのもあるし、気絶するように深く眠り込んでいつの間にか朝が来ている、なんてことがざらだったことも関係しているだろう。見たとしても覚えているのは悪夢ばかりで、それに比べて穏やかに見れる夢が増えたのは、マスターとなってサーヴァントたちの生前を垣間見るようになってからだ。今回はそれに似ているから、きっと今回もそうなのだろう。根拠はないが、夢に整合性を求めても疲れるだけだから、それ以上考えずに私は花びらの外へと足を踏み出した。

 ぱしゃん。

 水面に踏み出せば、靴面から幾重にもさざなみが起こる。ふわりふわりと弾力のあるゼリーを踏むような、それでいて跳ね返されるクッションのような柔らかさを感じながら水の上を歩く私は、はたから見ればさぞ滑稽だろう。いや、天草だって水の上を歩いたという奇跡──実際は本人曰く、無意識に使っていた魔術らしいのだが──を生前成しているのだから、なんとも言い難いのだが。

 水晶宮式血濤道、乙の舞”水蜘蛛”。水を凝集させ、表面張力を人体を支えられるレベルまで一時的に上げる技を用いながら、泉の中心から数メートルほどの距離にあるほとりまで歩き、ようやく靴底が地面を踏みしめた。

 

「これは驚いた」

 

 枯れ木のようなしわがれた声が響いて、声の方に緩慢に振り返った。目を向けた先には、深くフードを被った老人が木製の身の丈ほどの杖を胸元に抱え込み、片膝を立てて大きな巌に座していた。全く気配一つさせなかったその老人に片眉を跳ね上げていると、唯一見える長く伸びた白髭が震えた。

 

「神の愛し子にお目にかかるとは」

「……貴方は」

「なに、儂はしがない世捨て人。リシ、と呼ばれるもの」

 

 仙人のようなものだろうかと思って眺めていると、老人は節くれだった指先を持ち上げ、一つの方向を指さした。

 

「太陽と水、風の神々の気配をもつ愛し子よ、青蓮(インディヴァーラ)より出でし蓮女(うつくしいひと)。このまま山を下っていきなされ。そこに貴方の運命が居よう」

「……運命?」

「然り。その気配を持つならば、かの者と出会うは必定。いずれ巡り合うとしても、神々の詩という定めがある以上、出会いは早いほうが宜しい」

「そう。ありがとうございます」

 

 指し示した方角に足を向け、泉から離れる。足の進むまま、流れるままに歩を進めれば、いつしか周囲の景色は人里離れた深い山中から、むせ返るような熱気が吹く、人の街らしき場所に変わっていた。急な場面転換に意味は無いのだろう。不必要な時間経過を削ってくっつけたような乱雑さが許されるのも、曖昧な夢ならではとも言えた。

 肌が焦げるような熱を感じる。むせ返るような風は砂つぶをはらんでいるようで、撫でるというより触られているようなざらりとした感触。

 ぱっと目を見開いた途端に差し込む日差しの強さに、一度目をつぶった。

 瞬きをする。もう一度開いた視界には、カルデアの雪と氷に閉ざされた岩山などではなく、それまで見ていた緑と水気に満ちた森でもなく、赤い砂と土の大地が広がっていた。

 

 さっきまでのおとぎ話のような光景とはうってかわって、人の気配が身近な場所に変わったためか、ぼやけていた意識が徐々にはっきりとしてくる。

 ふとずきりと頭に痛みを覚えてこめかみを押さえる。USAが誇る東海岸の一大都市、眠らぬ街、元NYとは真逆だった、コンクリートの気配もないだだっ広い赤茶の大地。世界各国の影響力から遠ざかるために地球の極点に所在を置くカルデアともまた違う。ただ眼前にあるのは土と、所々に点在する木々と川、石造りの建物ばかりである。

 通りに面して建てられた屋台に積み上げられているのは、金銀の糸を縫い込み複雑な紋様を凝らした薄絹……インドで女性が纏うサリーのようなものだったり、水を汲むための甕や壺、細工品や木工品。賑やかしい屋台に目を奪われながらも、ぐいと引っ張られるような感覚を覚えて、私はとある場所に移動していた。

 

 再び目を開くとそこは大観衆がひしめく闘技場だった。観衆の注目の先には二人の青年。その片方、原始的な造りながら一目で生半可な力では引けぬ豪弓だと見て取ったそれを簡単に引き絞ってみせた白髪の人物に、私はこの不可解な状況の全てを理解した。周囲の人間の文化レベルから中東かアジアまで絞っていたが、ようやくこの夢の主に思い至ったのだ。よくよく見れば己の身体は半透明で、観衆の身体が触れても感触は感じずただすり抜けるようになっていた。

 

 ああ、これは。

 

「──君の(生前)か、カルナ」

 

 

 一応、カルナを召喚する前から、マハーバーラタは読んだことがあった。流石にサンスクリットの原文は読めないのでアルファベット表記に翻訳されたものだ。教養と暇つぶしにさらっと読んだ程度だが、勧善懲悪であり、終盤のクルクシェートラの戦いでアルジュナがカルナを討つまでの経緯に至っては明らかな神々のアルジュナへの身贔屓が過ぎて、出来レース……と苦々しく思いながら読んでいた。

 確かにカルナはその不死たらしめる黄金の鎧を失った状態でも勝てないと神々を戦慄させた上、実力のほとんどを発揮できない状態にあって、相対したアルジュナやその従者クリシュナを何度も追い詰めるほどの武芸者だ。でもそこまでやるかこの野郎と思いながら読んでいた記憶がある。カルナが仕えたドゥルヨーダナは生まれたその時から呪いの子、不吉の子として周囲から奇異な目で見られる悪として描かれ、カルナも悲劇の英雄としての側面は強いが、その生い立ちなどには私も共感を覚えていた。だからこそアルジュナへの神々の施しが気に食わなかったとも言えるが。

 そんな気持ちは彼を召喚して、改めて叙事詩を開くまで久しく忘れていたのだが──だからこそ、私は彼を召喚したのかもしれない。

 

 

 イーリアス、オデュッセイアと並び世界三大叙事詩と呼ばれる大英雄譚。ラーマが活躍するラーマーヤナと並びインドが誇る金字塔、マハーバーラタ。偉大なるバーラタ族の物語という意味の聖典である。

 その只中に傍観者としてでも自分がいるというのは、なんとも言い難い奇妙さがある。しかも善側のアルジュナに視点が多く置かれる叙事詩において、悪役であるカルナ側の視点から眺めることになるだろうと思うと、余計に。こちらの世界の神話は誰かの創作や語り物ではなく、遠い昔に「実際にあった」とされる伝記ものだからこそ、カルナやアルジュナ、その他の天属性のサーヴァントが召喚できるのだが……伝説、作り話としての先入観が強い私としては、奇妙な心地になるのは無理もなかった。

 

「……君が殺される場面を見た時、平静でいられる自信がないなあ」

 

 これがカルナの夢であるなら、幕引きは必ずカルナの首がアルジュナの矢によって飛ぶシーンであろう。人理修復において最も頼りにしてきた相棒が実力を発揮できないまま卑怯な仕打ちで殺されるところを見て、夢から覚めた私はどんな顔をしてカルナやアルジュナに会えばいいというのか。たとえ戦士としてのしきたりを破ってでも宿敵が自分を殺そうとしたのが喜ばしいという、カルナにしてはえらく仄暗い喜びを知っていても、だ。結末を知っていても、心に小さくないダメージを食らいそうで恐々とする。

 剛弓を引き絞り的に矢を当ててみせたカルナを、文化的に仕方のないこととはいえ、身分の貧しさを理由に約束のはずの婿取りを拒否する見る目のないドラウパディー(お姫様)を白けた目で一瞥し、さっさとカルナに目を戻す。

 カルナはいつも目にしている身に沿うぴったりとした黒タイツ的な出で立ちではなく、古代インドらしい衣服を身にまとっていた。ただ肌面積が広いので、ゆったりしたつくりの服だというのにより細身に見える。ぴちぴちタイツより服を着ている方が目の置所に困るとは思いもしなかったが、よく似合っている。

 その後颯爽と現れた布を頭に巻き付けた色黒の青年──神性の血でも引いていない限り、人の身ではとても引けそうにない剛弓を引き絞り矢を中ててみせた彼は、目深にかぶった布のせいで顔が見えないので確証はないが、恐らく伝説通りならばアルジュナだ。ドラウパディーや彼女の父であるドルパダ王が彼に駆け寄っていくのを傍目に、私は一人ごちた。

 

「他の誰が認めずとも、私は貴方を、貴方の武芸を称賛するわ。あの日私を、私の生き様を認めてくれたように」

 

 無冠の武芸。そのスキルの名の通り、生前、様々な呪いや制限によってその真価を発揮すること無く終わった、誰にも認められることのなかった弓、戦車、そして槍の、比類ない究極の武芸をカルナは身につけている。このドラウパディーの婿取りでも分かる通り、作中でカルナは身分の貧しさを理由にその武芸を正当に評価されないことがほとんどだった。

 きっと彼の性格ならば、袖にされたことも致し方無しとあまり気にしてはいないだろうが……それでも彼のマスターとしては、幾度も力を貸してくれた彼を、魅せてくれた槍の武芸をないがしろにされるのは我慢ならない。けれど実体を持たない、目の前の記録を眺める亡霊の声では誰にも届かないだろうから──せめて、この記録をもつ彼に伝わればいいと、つぶやいたのだ。

 カルナ。そう声に乗せた呼びかけは、そう大きくは無かったはずだ。婿が決まり湧く武闘場、アルジュナとドラウパディーに観衆が注目し大歓声を上げる中に紛れてしまう程度の小さな声。

 

 だが、闘技場の隅で行末を眺めていた背中が、勢いよくこちらを振り返った。

 

「──!!」

 

 真実を見透かす蒼氷が、はっきりとこちらを捉えて驚愕に丸められる。かち合うはずのない双眸、だのにカルナは、一瞬虚を突かれた顔をした後、真っ直ぐにこちらに向かって駆け出してきた。触れられないとはいえすり抜けられる感覚は気分が良くなくて、人混みに紛れるのを嫌ってふよふよと虚空に浮いていた私めがけて、一目散に。嘘だろ。

 夢のかたちでサーヴァントの生前の記録を見ることは初めてではなくて、そのどれもが干渉したくても声も手も届かなかったから、予想だにしない事態に私はカルナが私のすぐ傍に来るまで呆然としていた。少々遅れてカルナの後を追ってくる男は、カウラヴァ百王子の第一王子、ドゥルヨーダナだろうか、そんな明後日のことを頭の隅で考えながら。

 

「オレの名を呼んだのは、貴方か」

「え、ええ。……私が視えるのね」

 

 私を見上げたカルナの呼びかけは、あの燃える地方都市で投げかけられた最初の言葉と似ていた。お前、ではなく貴方、という敬称に内心首を傾げながら、動揺を押し殺して言葉を返した。すると、何を当たり前のことを、と言いたげにカルナが首をちょんと傾げた。

 

「見えていなければこうして目を合わせて会話をすることも出来まいよ」

 

 いやはいそうなんですけども。

 私を見上げてあっけに取られていたドゥルヨーダナ(仮)も、全く同じツッコミをカルナに繰り出すのだった。うーん、この天然ぶりと勘違いされやすい竹を割った言葉選び、出会った頃のカルナを思い出すわ。ドゥルヨーダナがアイタタな感じで頭を押さえる気持ちがよく分かる。

 

 

 

 **

(力尽きたので裏設定・解説をつらつらと。やや難解なので読まなくても大丈夫です)

 

 クリスはふと気がつくと、とある聖仙に池の中の蓮から出てきたところを助けられる。戦車の奥義など色々学を授けられた後、下山した先にお前の運命がいると告げられ、忠告に従って下山。この時点では単なる夢と思っていたため、少々強引な話運び、急な場面転換も多かった。そのためあまり気に留めず、話に流され従うままだった。場面転換時に一応「目が覚めている」はずなのだが肉体と魂の分離が進んでおり、クリスにその自覚はなく一連の夢として認識されている。

 

 下山した先にあった街では気づけば武芸大会を観戦しており、その中にカルナを見つけ納得。カルナの生前を夢に見ているのだと認識。流石に相手には見えるまいと思ってこっそり観察していたら気づかれて驚く。

 この後なんやかやでドゥルヨーダナに気に入られて宮殿に招かれ、クリスの持ち前の見識の深さから交流を深める。その中で武芸師範ドローナの的場でアルジュナと知り合う。

 あまりに長くリアル過ぎる夢に心配になりつつも流されるままになっていたが、途中で夢ではなく監獄島のように魂だけ連れてこられたパターンではないかと気づいたクリスは、特異点としてマハーバーラタが繰り広げられている世界を認識、聖杯を持つ誰かによってマハーバーラタが改変される危険性を考え、ドゥルヨーダナ率いるカウラヴァ側としてパーンダヴァ側との戦争に挑んでいく。この特異点の終末が、きっとアルジュナとカルナという大英雄が雌雄を決するクルクシェートラの戦いだと睨んで。

 

 マスターとサーヴァントでない、友人として関係を築くカルナとクリスだが、カルナの言動から強い親しみを感じて? となる。カルナはクリスから父スーリヤの加護を感じ(実際は死後スーリヤと一体化した自分がサーヴァントとなってから与えたもの)、耳には自分の黄金の鎧と同じ波動を発する黄金にルビーで飾られたピアスを着けていたことから、もしかしたら家族あるいは血縁かもしれないとそわそわしていた。良き友人、同胞としてだけではなく、少しだけ家族愛のようなものが生まれていた。残念ながらどれも自分で与えたものなので見当違いなのだが。

 これを見逃さなかったのは日天スーリヤで、カウラヴァとバーンドゥの対立が深まる中、与えた覚えのない加護を持ち、息子の近くに居るクリスを見定めんとカルナの肉体に憑依して接触してくる。サーヴァントのように使い魔にできるレベルにスケールダウンしている神性とはレベルが違う、神代の正真正銘の最高神の一柱とノーガード対面を果たす羽目になったため、流石のクリスもめちゃくちゃ冷汗かくレベルで威圧された。自動的に加護のバリアが強まったので、カルデアで目覚めないマスターを心配し肉体の維持に務めていた加護を与えているサーヴァントが危機だと察して暴れだしかけた。

 また男装してカウラヴァの軍師兼戦士として戦場を駆け抜け、二つ名として呼ばれていたサラスヴァティが興味を示して会いに来たりと色んな意味でハードな出会いが待ち受けていた。

 

 神が存在し地上に大きな影響を与える古代インド、神代であるため、神秘の薄れた現代ではあまりパワーのない加護も現実に変化を与えるレベルで大きく影響する。特に肉体の護りがないせいで無防備な魂を保護するため、余計に加護が強まっていた。太陽神ズだと、たとえ大雨が降っていてもクリスが建物から出てくるとそこだけさっと雲が晴れて太陽の光が差す。サラスヴァティの加護は水滴から白く透き通った蓮が咲くエフェクトがマーリンよろしく歩くたびに出たり胸辺りの高さで出てきたりする(クリス本人には見えていない)

 スーリヤ、シヴァの配偶神パールヴァティ、エジプト神ラー、水天日光・天照大神の化身、アステカ文明に降臨したケツァルコアトル、バビロニア・ウルクの都市神イシュタル、ギリシャ神話のアルテミス、エウリュアレなどとかなり豪華な加護っぷりなので、加護の証が見えるとぎょっとされる。人によっては眩しすぎてクリス本体が見えないほど。クリシュナ(アルジュナにカルナ謀殺を囁いた親友、ヴィシュヌ神の化身(アヴァターラ))は目を疑い、神々が定める戦いの結末を「居ないはずの人間」が変えてくるのではと警戒し一触即発の空気になってまで忠告しに来るレベル。

 

 ちなみにアルジュナの父であるインドラも、息子が気に入った人の子を品定めするべく、スーリヤのようにアルジュナを介して面白半分にちょっかいをかけようと接触を図るが、それを察知したスーリヤパパによる妨害の数々により阻止される。おそらくエンカウントしていたら神話でよく語られる「神に気に入られた人間が辿るろくでもない末期」が待ち受けていたと思われるのでファインセーブ。

 

 カルナが正史通りクルクシェートラで謀殺され、ドゥルヨーダナがアルジュナの兄のビーマによって倒され、カウラヴァ側の敗北で『マハーバーラタ』通りの筋書きで決戦が終局した後、アルジュナは友を保護するべく、捕虜という名目で男装していた(本名は呼びにくいのでティアと名乗っていた)彼女を手元に置こうとする。

 しかし宮殿への護送中、厳重な警備と捕縛の中、アルジュナの目の前で哀しい微笑みを浮かべて天を仰いだ彼女の身体は、最初からまぼろしだったかのように消え失せた。

 

 単なる特異点ではなく悪趣味な何者かによるマハーバーラタの再演。誰かの介入によって変えられることを危惧して参戦した自分こそが唯一の異物であり、正史と何も変わらないままのあまりに異様なひとつの編纂事象、人類記録。「存在しないもの」が物語に干渉しても、修正力によって何も変わりはしないのだと、暗躍した彼女の全ての努力を嘲笑い、厄介なマスターの心を静かに殺すために。

 

「光輝救済聖典クルクシェートラ~神の詩~」とは

 タイトルの「光輝」とはアルジュナの異名「輝く王冠(キリーティ)」と、太陽神の息子であるカルナのどちらも指す。最初は特異点修正のために動いていたはずが、いつしかたとえ無駄だと、行き着く先が悲劇だと知っていたって、カルナを、アルジュナを「救い」たかった「聖典」マハーバーラタにおけるクリスの話。同じ貧しい境遇にあった相棒のカルナを、同じ周囲からの期待と重圧に押しつぶされそうになりながら平気そうに振る舞うアルジュナを、マスターとしての使命感ではなく単なる個人として、救いたかった女の話。しかし待ち受けていたのは無情なる「あるべき結末」だった。剪定事象とはいえ人類史にはハッピーエンドだが、クリスやアルジュナからしてみたらバッドエンドであり、決して小さくない傷を負うことになったメリーバッドエンド。

 

神の詩(バガヴァッド・ギーター)」とは親族同士で殺し合う戦いに疑問を懐き、躊躇い迷うアルジュナに、友であり導き手としてクリシュナが「卑小なる心の弱さを捨て、クシャトリヤとしてのダルマ(義務)を遂行せよ」と説いたもの。この時代の戦士は誰にも屈しないこと、戦いを避ける自己防衛の衝動に抗うことを主な義務とし、地位を守るためその義務を課していた。アルジュナのヒロイズム、英雄的資質(クシャトリヤダルマ)は王子として、戦いから逃げるなというクリシュナの忠言からなるマハーバーラタ中の哲学的意味を持つ部分である。

 またマハーバーラタにおいてダルマの言葉が最初に出るのは、決戦の地であるクルクシェートラに言及する場面、神の詩が語られた場所もクルクシェートラであることから、「ダルマの地」「正義の地」「真実の地」とその場面が訳されている。勝者によって真実が明かされる正義の地、とも読み解かれる。勝利者の考え、意向こそ正義、真実として世に広まり認知される人類史の通例を考えると、クルクシェートラとは人間の内なる戦い、人の中で繰り広げられる悪徳と美徳の戦いの寓話と後世にて解釈されているのも納得できる。神々が定めた行く末しか辿れない、神性の庇護下にある人類が未成熟な時期において、ギルガメッシュによる神々との訣別以降の人類であるクリスにとっては、許しがたい現実だったとしても。

 

 

 ハスは泥の中で根を張り、花を咲かせる属性から大地の力を秘め、豊穣、生命力を表す花として世界でも神聖視されている。綺麗な濁りのない水では上手く育たないことから、クリスティアナを表す花として選んだ。今回はアジア・古代インドでの話なので、極楽浄土がハスの形をしている思想から神々がよくハスを台座にしていること、アルジュナの矢筒にもハスが描かれていることからも。

 実はハスは宗教でよく聞く「蓮華」のことを指し(レンゲソウの方ではなかった)、しばしば擬人化されているようで、日本での吉祥天女にあたるラクシュミーなど女神たちが挙げられる中に、アルジュナ・カルナの母であるクンティーも含まれる(エジプトの女神もほぼ全員ハスや睡蓮をシンボルとしているとのこと)。ブッダ(釈迦)は生まれたばかりながら歩き出し、最初に地面に足がついたところからハスが生まれ、北に向かって七歩歩んだ足跡の一つ一つから大輪のハスの花が咲いた、という逸話があることから最初のシーンに取り入れました。ある意味マーリンさん。

 古代インドでは最高位の美女のことを蓮女(パドミニ)といい、ハスのような美しさだ、と形容したとか。

 古代エジプトにおいてはハスは太陽が登る頃、早朝に花を開くため、太陽王ラーの化身、太陽の花として大切にされ、王家の紋章となるとともに永遠の命、新しい命の象徴とされた。ナイルの花嫁とも。ラムセス二世(オジマンディアス)の墓所からは白睡蓮と青睡蓮の花の残滓が発見され、クレオパトラが睡蓮の香水を愛用したという話が残っている。

 

 またハスをロータス、睡蓮をウォーターリリーと呼ぶのに対し、インドではハスを色で呼び名を区別しているとか。青いものを「indivara」と呼ぶが、これはハスではなくて実は睡蓮。ややこしい。

 西洋の聖なる花は白百合だが、ユリに関してトラウマを持つクリス(本編参照)にとっては、どちらかというとロータスの方が似合うのかもしれない。

 ハスは7月8日、睡蓮は7月7日の誕生花(クリスは7/7生まれ)。夏の季語であり、7月頃の七十二候「蓮始開(はすはじめてひらく)」がある。花言葉は雄弁、遠くに去る愛、沈着、休養、優しさ、清純な心、など。

 白、という意味のアルジュナと、聖なるもの、というクリスティアナを示唆するロータスに「遠くに去る愛」「清純な心」「神聖」とは中々皮肉な偶然である。クリスにはハスを添えたいと思って調べたらこんなにしんどい話が出てくるなんて想像するかよ。またアルジュナの異名に「星のもとに生まれたもの」があるのもまたしんどい。



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Material

クリスとクリス側のサーヴァントのマテリアルもどき。

※FGO第一章及び、亜種特異点・イベント、各サーヴァントの台詞・絆ボイス・FGOマテリアル3・4の内容を大いに含みます。

お読みになる際は人理修復後マスターを推奨します。




マスター

 

 其は世界を渡るもの。停滞の対極を為す者。

 (アン)()、神に造られた人でありながら、森羅万象を操る者。

 果てなき旅路を往くは、星と結晶を名に冠する者なり。

 

 真名:クリスティアナ・I(イグナシオ)・スターフェイズ(MHA世界など一部世界では星合千晶(ほしあい ちあき)

 

 堕落王の気まぐれで異世界であるFGO世界に突き落とされ、気づけば爆破テロ前のカルデアに藤丸立香とともに床でレムレムしていた人。

 属性は藤丸立香同様中立・中庸だが、広義には「守りたいもののためには手段の善悪を厭わない」である。どこかの世界では10年分退行してその間の経験を全部引っこ抜かれていたが、FGO世界で立ち向かう相手の規模のためか、世界を跨いだ際の帳尻合わせという名の補正は「魔術のような効果を生み出す血を全身に流す血管」に「魔術回路」、「特殊な血液」に「魔力」を、「血を作る造血細胞と心臓」に「魔力炉」の概念(テクスチャー)を貼り付けるに留めていた。そして「異世界を渡ってきた」事実は「異なる時代・世界に飛んでも意味消失しない適正」としてアラヤが認識し、「レイシフト適正」にすり替わった。レイシフト適正は立香・デミサーヴァント化する前のマシュに次いで95%。

 

 実はとある人物が常に彼女を観てその存在を確たるものにしているため、カルデアからの観測による意味消失を防ぐための存在立証は必要ないのだが、これはカルデア側の誰もあずかり知らないこと。ギルガメッシュ、マーリン、アーラシュの千里眼組も「クリスを常に観ているものがいる」まではわかるが、千里眼の範囲外にいる次元の違う場所にいる術者までは分からないので沈黙を貫いている。多分クリスティアナがそれを知ったら大体予想のつく人物ではあるのだが。

 

 本来は魔封街結社ライブラのナンバースリーにして渉外と経理を一手に担う秘書。クラウス・スティーブンと並ぶ頭脳の明晰さと交渉術により、BBB世界(派生の『銀の弾丸』DC世界)では「思考の怪物」「現代のモリアーティ」と呼ばれるほどの世界中に張り巡らせた人脈、情報網を持つ。世界でも有数の情報戦において多大な影響力を有する一人であり、一度情報が漏れれば億の値がつくライブラにあって、積み上がる黄金より価値ある頭脳と皮肉と欲望を込めて無法者たちの口上に上るほど。ライブラの機密情報を蓄積・保管するコンソールには彼女が作った、BBほどではなくとも世界的に技術で2世代は置いてけぼりにする高性能弩級AIの電脳魔「ムネーモシュネー」が棲んでいる。

 また、幻術を巧みに使い足取りを読ませず追手を撒き続けることから「霧の女(ミストレス)」とも。その世界中の政財界の重鎮、富豪、情報屋とのコネや情報網を狙う人間は個人・組織を問わず後を絶たない。兄弟子であるスティーブンと共にライブラに忍び寄るスパイ、裏切り者を処断する施設部隊を率いる処刑人という立場から(クリスはもっぱら構成員の中からグレーゾーンを選別する役割ではあるが)人類の善性を愚直なまでに信じるクラウスに対して、ライブラの暗部を象徴する。悪をもって善を護る。たとえその手段が残酷で非道であったとしても、善だけでは悪意に無力ならば、己の手を汚して心を殺してでも、善なるものの為に悪をもって悪を支配するのがスターフェイズ兄妹である。故に、とある悪のアラフィフを呼び寄せるは道理であり、村人の為に卑怯な手を使ってでも単身で領主に歯向かった、とある貌無しの青年と気が合うのは当然ともいえる。

 

 通常一人の人間に宿る血液属性は一種だが、BBB世界において二人しか居ない複数属性の使い手。しかも、もうひとりは風と火の血液をそれぞれ混ざり合わないよう操作して生きている(この事実だけで同じ牙刈りにドン引きされるレベルの超絶技巧)のに対し、クリスティアナの血液は様々な属性に変化できる「無属性」の血液(属性が無いのではなく特定の属性に固定しない流動的な性質のため、誤解を招きやすいがこういったネーミングになった)。

 最初は氷属性の血液と判定されたためエスメラルダ流に預けられたが、修行の過程でこの特殊性が明らかになった後、牙狩り本部のタカ派が吸血鬼に対する新たな反撃の芽として実験施設に拉致し、数年間、クラウスとスティーブンに助け出されるまで、実験動物じみた扱いを受け、拷問まがいの研究を受けることとなる。

 その際に誘拐と実験を指示した上層部はラインヘルツ家とエスメラルダ流によって牙刈りを追われているが、今もクリスティアナをクラウスと並ぶ人類救済と吸血鬼打倒の御旗と見なし、奇跡の具現として無属性の水から様々な属性の血法を操ることから「泡沫の聖女」と狂信あるいは利用価値ある人類の礎として狙っている者が少なからず存在する。

 

 この拉致事件の前後でクリスの性格は多少変わっており、研究の代償にもともと優秀だったIQが化物クラスに覚醒、毒耐性を身につけている。並列情報処理能力はライブラトップで、もともとの資質であるカメラ・アイ(映像記憶)と合わせて、上記のような思考の怪物と呼ばれるに相応しい頭脳を有する。

 

 今を生きる人間でありながら、1ナノ秒(100億分の一秒)の間に半身の邪神の太刀筋を徐々に見切り、切り結ぶなど、英霊たちから見ても「英雄に片足を突っ込んでいる」ほどの身体能力・戦闘力を有し、在り方は英雄そのもの。ただしこれは褒め言葉では全くない。何故なら英雄は、運命に定められた敵を倒したのなら、守った人々に異物と見なされ滅ぼされる運命にあるのだから。

 だからこそ英霊たちはどうか英雄になってくれるなと願いながら見守っている。……マスターの気性からして、叶わない祈りだと薄々気づいていても。

 

 

 ▼所持スキル(マスター礼装ではなくクリスティアナ本人が所持する能力)

 

 ・耐毒スキル

 藤丸立香がマシュをメインサーヴァントとし、彼女に力を貸している英霊の能力から耐毒スキル(?)を得ているが、クリスのそれは、希少な血液を生産する彼女を(せめてその血液を途絶えさせない方法が見つかるまでは)死んでもらうわけにはいかないと逸った牙狩りタカ派が研究員に指示して毒耐性をつけるために死なない程度のありとあらゆる毒を食事や水に仕込んだ果てに獲得したもの。毒によっては耐性が弱いものもあるが、HLで異界産の動物・植物・化合物による毒を扱ったことも多々あるため、人間としてはかなりの耐性を持つ。

 ロンドンの肺を侵す魔霧はシナトベの風で薄めたりサーヴァントにスキルを使ってもらい、ちょっと気分が悪くなる程度で済んだ。

 

 

 ・太陽神の加護

 強化前『太陽神の加護:B』⇒強化後『太陽神の寵愛:B』

 スキルの恩恵を受けるサーヴァント:カルナ、オジマンディアス、玉藻の前、ケツァルコアトル、ギルガメッシュ、ガヴェイン、クー・フーリン

 

 太陽神の寵愛を受ける者が授かるスキル。

 施しの英雄カルナ、神王オジマンディアス、水天日光玉藻の前、炎鳥ケツァルコアトルの四騎の太陽神の化身を召喚し、分霊とはいえ英霊として格の高い彼らがその旅路を見守らんと『瑠璃の金環(ラピス・アニーロ)』に刻まれることを良しとした、その本来ならありえないはずの寵愛を受けて『太陽神の加護』が変化した。クリス本人は知らぬ事実だが、一度カルデアから異世界へ帰還する際にサーヴァントを全員座に返したにもかかわらず、加護が継続していたことからも溺愛ぶりはお察しである。

 スキル効果は神性C以下(落陽のピアス着用時、もしくはスフィンクス・アウラードを伴う場合はB以下)の炎に関連する攻撃を一切無効化し、吸収して魔力に変換する。……というものだが、契約し直しの際にどこをどう弄ったのか、実は魔力変換効率がカルデア時代より格段に上がっている。更に〔日差し〕のある状態では効率が更にアップし、炎を受けずとも日光を魔力変換して少しずつ魔力リチャージ、常時太陽関係・もしくは太陽神の血を引くサーヴァントの攻撃力をアップ(固定バフなので敵のデバフで解除されない)する壊れ性能。その場にいる太陽関係のサーヴァントに影響するため、立香側にいる術とプロトのクー・フーリンにも適用される。

(厳密にはギルガメッシュやクー・フーリンも太陽神の血を引くが、今作では一般的に太陽系サーヴァントと聞いて名が挙がるサーヴァント、便宜的に太陽の力・加護をメインに振るうもの、もしくは太陽神の分け御霊を「太陽系」サーヴァントと括っています)

 

 指輪を作っている間の期間に、もし異世界に付いていくならば血法と召喚の酷使で身体の老化を速めさせないためにも、魔力の継続回復は必須と太陽系で話し合ったらしい。特に日光による魔力リチャージは血液の酷使で身体の老化が早まり、寿命が縮むことを知ったオジマンディアスが付けるべきだろうと発案した。太陽神ラーの化身であり至上のファラオである彼も唯一完璧でない肉体の脆弱さを憂えたこそなのだろうか。

 最早加護よりも祝福に近い。高位英霊、レア度の高い英霊を何騎も率いる際に重宝するスキル。

 

 

 ▼所持アイテム

瑠璃の金環(ラピス・アニーロ)

 キャスターのギルガメッシュが所有する聖杯(ウルクの大杯ではない)を元に、レオナルド・ダ・ヴィンチが企画・設計、カルデアのキャスター他知識人+αの智慧を結集して作り出した黄金の指輪。神代の黄金(というか聖杯の一部)を錬成した指輪に、神代では最高の聖石だったラピスラズリをあしらった指輪。

 人理修復後、二部序で語られる「もしものための備え」と同時並行で一年かけて作り上げた疑似的な「座」であり「魔力タンク」であり「簡易召喚陣」であり神代から現代にいたるまでのあらゆる魔術・加護・概念礼装・マスタースキルの詰まった超級の「魔術礼装」である。一種の宝具に近い。

 

 お察しの通り、魔術世界に存在しようものなら魔術協会やアトラス院、聖堂教会などありとあらゆる魔術世界の組織・個人がこれを狙って血で血を洗う大惨事(誤字ではない)世界大戦になりかねないヤバい代物。そのため、残念ながら護身術にクリスより乏しい藤丸立香には間違っても持たせられない。というか本人も「恐ろしすぎて持ちたくない」と全力で拒否した。

 

 作りはしたものの、一度は別れ、異世界に還るクリスの意志を尊重し、クリスが英霊を望む、あるいは大小問わず身の危険が迫った時でなければ初回起動しないよう設定されていた。危険が生じた時に召喚されるサーヴァントは完全にランダム設定だったのだが、フリーフォール時にほぼ肌身離さず着用していたカルナのピアスという最強の触媒があったため、カルナが真っ先に駆けつける結果となった。相棒だからね、当然だね。

 でもラピスラズリの腕飾りやベイヤードのブレスレットなども時と場合に応じて(後者は特に呪い関係で滅茶苦茶活躍していた)身に付けていたので、キャスギルやゲオルギウスも結構出現頻度は高かった。

 一応念のため悪用防止に、初回起動後はクリスティアナの魔術回路・生体パターンがなければ起動せず、ただの指輪でしかないというアフターケア付き。

 

 異世界でもクリスティアナがカルデアで召喚したサーヴァントに限り、召喚可能とする限定的・疑似的な『座』の機能を持つため、指輪に刻まれた霊基情報を元にサーヴァントが召喚できる。一度に召喚できる数が最大6騎なのは相変わらずだが、魔力消費削減のため、6騎を編成しても実際に実体化するのはスターティングメンバ―の3騎。これは臨戦状態においての話なので、武装解除して省エネモード(世界に溶け込むために私服姿になったり)中だったり、キャスター陣によって工房(マイルーム)化されたクリスティアナのセーフハウスやライブラ事務所においては魔力消費を限りなく抑えられるため、6騎の限りではない。

 とはいえ一度に6騎編成して召喚すると、一度全員召喚を解く&再編成して再召喚しないとメンバー変更が一切出来ず、その間かなり無防備になるため、基本的にはその場で必要に応じて単体召喚することが多い。

 

 本来なら疑似的な『座』など生み出せるはずもないが、どこぞのチートなラスボス系後輩の『黄金の杯(アウレア・ボークラ)』と『百獣母胎(ポトニア・テローン)』による「根源」接続によって、召喚可能サーヴァントをクリスと契約した分霊の最終状態のみを保存する、と機能を限定することで改造可能となった。チート改竄ここに極まれりである。なんでそこまでしたかって? これからも可愛そうなマスターさんを虐めるためです♡ なお情報の圧縮にはその手のプロであるパッションリップ(立香側)が担当。(ちなみにBBは立香を「センパイ」、クリスを「マスターさん」呼び)

 

 普段はどこにでも肌身離さず身につけていられる指輪の形をとっているが、展開すると天秤を模したクリスティアナの令呪と十字架がレリーフとして彫り込まれた、背の低いワイングラスのような形状をした、内側が宇宙のような瑠璃色、外側が金色の杯となる。この姿から瑠璃の杯、あるいは瑠璃の小聖杯と呼ばれる。ギルガメッシュが持っていた聖杯で次元跳躍の願いを叶えた後の残り滓なので溜め込める魔力はかなり減っているが、十二分な魔力リソースとして運用できる。

 前述の通り、召喚システム以外にあらゆる魔術、加護、概念礼装、マスタースキルが詰まっており、展開時に色々組み合わせを作って待機させておき、戦闘中にすぐにシングルアクションで発動、というのも可能。

 

 

 

 

 

太陽系サーヴァント

 

 

カルナ

 

 ──オレはマスターの一番槍にして最大戦力。いかに古今東西の名だたる英雄が名を連ねようと、これだけは譲ることはできん。

 ──オレを喚んだか、クリスティアナ。

 

 レベル100、スキルマ・フォウマ済み、絆10

 言わずと知れた一番槍、クリスの最初の英霊にしてメインサーヴァント。

 魔力消費が激しく、負担を抑えるため基本的に家にいるか霊体化してクリスのそばにいる。

 たまにクリスの帰りが遅いときはバイクで迎えに行ったりする。ほぼ全ての特異点で苦楽をともにしてきたが、初めてスターティングメンバーから外された新宿でアルトリアオルタに二人乗りを先に越され、ちょっとだけ嫉妬を覚えたが、クリスに指摘されてようやく気づいた。その後も二人乗りが気に入ったのか何度か迎えに行ったり出かけ先に送ったりと外出頻度が増えた。ついでにエミヤや自宅待機組のおつかいをこなしていく。さすが某マスターのパシリをしていた男。旅先の乗馬体験で馬の乗り方のレクチャー後、二人で遠駆けして心のしこりは完全に払拭された。

 マスターに対し、無自覚に独占欲を示しつつある。一度目(人理修復直後)のバレンタインでは父より賜った宝具の鎧を砕いて作ったピアスを贈り、二回目(バレンタイン2018)はカカオ不足を解消すべくマスターや他の鯖と奮戦し、満を持してきちんとあらかじめ贈り物を用意してきた三度目(BBB,あるいはMHA世界)はさらに色んな意味でやばい代物を贈るとはまだ誰も知らないのであった……。

 

 移動の際はエジソン製の黒いボディに赤・金のラインが入った大型バイク『レッドウィング・シュバルツ』を駆る。騎乗Aなので運転は上手い。霊体化すれば済むので電車など公共交通機関に乗る機会は少ないが、恐らく改札でオロオロするタイプ。

 着るものにこだわりはなく、家ではだいたい長袖か七分丈の黒いシャツにスウェットの下かズボンを履いたラフな格好だが、外に出るときはマスターに恥をかかせまいとお洒落してくる。身なりに頓着しないがセンスは悪くない人。服選びに困ったら不思議と波長の合う(公式マテリアルより)玉藻にアドバイスを貰っている。本人の容姿と似合う色・服装のせいで大概V系のバンドマンかなにかと勘違いされる。

 

 あの黒タイツは服ではなく、恐らく母親がカルナを産んだ経緯が「リシから授かった神の子を得られるマントラが本物なのか試してみよう」という不純な動機ゆえに生まれた濁りだと思われるが、生前は正午に父であるスーリヤに沐浴しながら祈る際には濁りが消えたという伝承がある。サーヴァントの今は霊基の一部であり、カルナの意思で晴らすことができるという捏造設定。そのため省エネモード時の彼の身体は白い。腕や足が露出しても問題ない。

 武装時と同様、黒・赤・金、彩度の低いピンク系を好む。差し色は目と同じターコイズブルー。たまにベージュ。顔がいいのでシンプル・シックな服装も似合うが、パンク系でも似合ってしまう。革や金属系のアクセサリーが似合う。スタッズとかファスナーとかじゃらじゃらしていても違和感がない。フォーマルよりカジュアル。かっちり系よりも首周りがゆったりしている方が好き。細身なので玉藻や鈴鹿は細さをカバーする服選びをしている。ライダーの金時と並ぶと服装的に絵面がかなりいかついことになる。

 冬は黒のロングコート・オフホワイトに赤のノルディック柄の入ったマフラー(クリス手製)、赤のハイネック縦セーター、ベージュのスキニー、黒いごつめのブーツなど。モスグリーンの大きめのモッズコートも良い。家ではベージュのざっくり編まれた厚手のセーターでもこもこになっていてほしい。

 

 

 

 玉藻の前

 

 ────みこーん! これはイケ魂の予感……!! 

 

 レベル90、スキルマ、フォウマ済み、絆8

 ロンドン・監獄島後に召喚された。ロンドンで一目惚れし縁を繋いでカルデアに押しかけた良妻狐。苦悩は多くても大事なところはブレないイケ魂の予感を感じたらしい。出会いがもう少し早ければ私も絆10に……! と思ったかは定かではないが、アーツパを支え、キャスター筆頭に躍り出る活躍を見せた。

 ご主人様大好きを公言するだけあって外出機会が多い。というか秘書の仕事をしているときはクリスがせっかくの若い身空を仕事で尽く潰し、まったく買い物などを一緒に楽しめなかったため、学生の身分にある今は全力で人生を楽しんでもらいたいと休日になにかとショッピングや映画、スイーツめぐりなどを企画してクリスとともに全力で現世を謳歌している。鈴鹿とは狐耳で献身的でギャル系とみせかけて実は才女など、色々要素が被りまくってライバル的な関係だが、嬢のコーディネートや遊ぶプランを立てるときは結託している。

 流行に敏感でコーディネート上手。外出するサーヴァントの服装チェックをすることも多い。散財しそうとみせかけて、意外とお金の使い所を考える締まり屋。良妻ですもの、節約節約。でも貧相にみえないよう、ちょっと高くても質の良い使い勝手のいいものを選ぶ。流行のアイテムを取り入れるのが上手。獣系なので化学繊維でない本物の動物の毛のファーとかは苦手。自宅では露出が多いが、外出時は変な輩に絡まれる時間が惜しいので少し控えめのお姉さん系コーデ。オフショルダーとか似合いそう。

 

 

 ガヴェイン

 

 ──マスター・クリス。本日はどちらへ? お供いたします。

 ──いえ、マスターが炎にて傷つかないというのはとても喜ばしいのですが、こう、霊基に刻まれた記録からか少々悪寒がするというか。妙な心地になるのです。

 

 レベル80、フォウマ済み、絆6

 キャメロット後に召喚された。白亜の城門前で渾身のガラティーンを全部クリスに吸収され回復、不夜何するものぞとばかりに男性特攻のエウリュアレとオリオン、そしてロビンフッドにバウられまくったトラウマが衝撃的すぎて、消滅し本霊に還ったにも関わらずうっすら覚えたままカルデアに召喚された。そのためか絆の伸びがかなり悪い。太陽系の中では一番絆が低い。一応今はその事は和解しているのだが、たまに炎を吸収しているところを見るとトラウマが蘇って複雑な面持ちになる太陽の騎士。不仲に思われそうだが、アーサー伝説に語られる通り非の打ち所のない騎士らしい忠義を捧げている。『太陽神の寵愛』で『聖者の数字』がより強化され、ことさら輝きを増すアーツ顔のバスターゴリラ。日中ならだいたいガラティーンすれば敵は死ぬ。唯一太陽系の中で神性を持たない。

 

 スキルマではないのは召喚時期が遅かったことと、ランスロットと大騎士勲章を取り合ったため。もっと勲章よこせと据わった目で立香とキャメロット王城のシャドウサーヴァントのガヴェインを倒しまくったことはカルデアスタッフ全員の秘密である。要求量に対してドロップ率が塩すぎる。

 

 顔が正統派王子なので外に出ると必ず道行く女性に二度見される。王やクリスの供をしているならばいざ知らず、円卓だけで出かけると逆ナンにホイホイ付いていってしまうので要注意。大抵は指輪の中で待機しているが、たまにジャガイモが豊富にあるときは大量のマッシュポテトを生産する。

 青・白系の少しカジュアル寄りの服をかちっと着こなす。ポロシャツとか似合いそう。スポーティ系も似合う。蒼銀の騎士であるアーサーと血縁とあってギフトがなければただただ爽やかなのである。……性癖はまぁ生前のトラウマのせいでアレだが。

 

 

 オジマンディアス

 

 ──嗚呼、貴様は本当に。こうも危なっかしくては、うかうかと眠りにも着けぬわ。この王の中の王たる余が導いてやらねばならぬ愚か者よ……。

 ──征くぞ、支度を疾くせよ。どこへ行くかだと? 決まっておろう、貴様が生まれた世界のあらゆる名建築、このオジマンディアスの目に叶うか見てやろうというのだ! 

 

 レベル90、スキルマ、フォウマ、絆8

 キャメロット後に真っ先にやってきた、セリフが途中で切れるが首は落ちない系ファラオ。

 クリスがサーヴァントの中でも人一倍敬意を持って接し、敬称、敬語を使うサーヴァントの一人。クリスはオジマンディアス王、太陽王、我が君などと呼んでいる。(ちなみにもう一人の敬意をもって接している賢王のほうはギルガメッシュ王、キャスギル、我が王と呼んでいる)

 勇者の素質があり、自らの矮小さを知り、身分を弁えながらも真っ直ぐに物申す女。実際世界を救い続けたクリスを彼はひと目で気に入ったものの、キャメロットではストーリー通り偉大な太陽王として振る舞い君臨した。ダイナミックピラミッド落としを敢行後、上機嫌で召喚に応じた。太陽の灼熱を固めたようなクリスの赤い瞳を気に入っている。

 

 が、血法そのものが細胞劣化を早め魂を削り続ける戦い方であり、更に魔術回路を血管に、魔力炉が心臓と造血細胞に設定されているため、無茶な魔力の使い方をすれば更に寿命をすり減らすスピードを早めると知った瞬間、本気で激昂しクリスを怒鳴りつけた。思わず彼女のすれすれに神罰の光が降り注いだほどの怒りである。けれどある意味当然のこと。完全な肉体と地上のあらゆるものを手に入れた絶対者であっても避けられない死を嘆き悲しんだ彼ゆえに、死に突き進む召喚者の愚行は許せなかった。

 

 それでもなお歩みを止めないと宣言する己のマスターを彼は処断できなかった。落陽が地平線の彼方に沈み消え行く瞬間のように儚くも力強く、炯々と輝く赤は、あまりにまっすぐ過ぎた。

 ゆえに、彼は聡明でありながら不器用で愚直なマスターを導く太陽であると今回の現界を定義する。間違いを犯さぬように導き、見守れば良いのだと、本来の彼ならありえないほどの恩寵を授けながら。

 異世界に帰るから契約を解除する? ……フハハ、それも良かろう。しかし──貴様が仰ぐべき太陽は再び昇るであろう。そう満足げに玉座に君臨しながら笑った太陽王の言葉通り、異世界で太陽神は再び降臨する。

 

 上記の経緯から、大抵クリスのそばで霊体化しているか自宅で寛いでいる。たまに学校まで押しかける。旅行の際は異世界の建築を見てやろう! と世界遺産や文化財指定の名建築などを見て回るツアーになる。クリスを立香やマシュを含め自分の娘息子のように想っている太陽系のフリーダムパパ。

 省エネモード時は黒をメインに白・金のシンプルな服が多い。差し色はピーコックブルーやプルシャンブルーなど彩度があまり高くない深みのある青系。自宅では黒いシャツを羽織っただけの前を完全にオープンにしたどこぞの世界での服装のことが多いが、外ではホワイトデー礼装のような白いジャケットにピーコックブルーの巻き物をゆるく巻いて黒縁メガネをかけたインテリなアパレル社長風の格好などかなり目に良心的な格好。

 

 

 ケツァルコアトル

 

 ──ムーチョムーチョ! 私、貴女のこととっても気に入りました! これからどうぞよろしくね、素敵なマスターさん? 

 

 レベル90、フォウマ、絆7

 バビロニア後に召喚された南米の女神。翼ある蛇。太陽神であり金星の女神であり、文化、風の神とも言われる。

 太陽、風という親和性の強い縁と、古い宇宙からの客人でありアステカの最高神の一柱と、彼女が去った後のアステカを滅ぼしたラテンの血脈の遥か子孫という因縁による結びつきが強い。とはいえ態度はだいたいFGOのバビロニア~マイルームボイスの彼女である。興奮したときのエセ外国人じみた片言とおおらかで流暢な口調とやたら静かなマジギレモードを使い分ける人。

 自らが悪神との戦いに敗れ、アステカを追われる原因となった酒はもう嫌と思っていたが、たとえ異界産の喉が焼ける度数であろうと自前の毒分解の体質からアルコールで全く酔わないクリスと静かに盃を掲げ合うのが好き。クリスも無茶に飲ませないので、本音が出るレベルで前後不覚まで陥ることが少ない。

 思考基準が神のそれであり、人間と同じ尺度でものをとらえないため、残忍な判断を取ることもある。マスターであるクリスのことをバビロニアの一件から気に入っているが、クリス個人そのものを、というよりは「このマスターを形作った人間という種族の成長」を愛している。オジマンディアスや玉藻のような神の化身ではなく神霊そのものであるため、クリスを気に入っている視点もかなり大局的で人の親愛に拠るものではない。でも他人の目からはデレデレにクリスを甘やかしたがるスキンシップの激しい南米系お姉さんにしか映らない。よく雄英校門前まで迎えにくる過保護勢の一人扱い。

 目立つし大きいのでヘッドギアは外しているが、顎下の宝玉や特徴的な髪型はそのまま。シンプルな格好が好き。181cmと高身長でスタイル抜群のため、パンツスタイルが多い。エスメラルダの修行の影響で脚長に成長した175cmのクリスとは目線が近いので嬉しいらしい。

 

 

 

その他クリス側サーヴァント

 

 

 エミヤ

 

 ──ああ、なんたることだ。折角食育が進んできていたところだというのに……しかしマスター、成長期の姿でそのやせ細りぶりは見るに耐えない。とりあえず当分の拠点は確保できた、ならば次は食を満たすべきだ。いいかね、情報収集が先ではない。食が 先だ。早急にその身に栄養をつけさせねば。……ナーサリー、ヘンゼルとグレーテルの魔女ではないぞ、私は。

 

 レベル90、スキルマ、フォウマ済み、絆10

 冬木クリア後に召喚された初期メンバー。嬢の信頼も厚いみんなのオカン。嬢からは普通にエミヤと呼ばれている。

 アーチャー二枚看板の一人。転移後に縮んでしまった嬢を一番心配した人。人理修復後、嬢がFGO世界に残るのを得策とは考えず、抑止の守護者としての経験から、同じクリス側のサーヴァントで守護者である殺エミヤと共に、彼女が抑止に殺される危険性も鑑みて、出来る限り早く異世界に帰ることを願い、本人にもその危険性を打診していた。人理焼却中から5つの亜種特異点をめぐるまでの旅はアラヤが機能していない、あるいは人理継続のために利用価値があると様子見されていたとしても、完全に異なる血の系譜と力を持つ彼女という異物を、アラヤは見逃さないと確信して。

 

 BBB/MHA世界転移後はもっぱら自宅待機し、家事に一手に引き受け日夜勤しむ主夫。圧倒的世話焼き。本人は口ではなんやかや言いつつも楽しそうにしている。弁当や食事の準備をする関係上、クリスの動向を一番良く知っている。多分クリスのラインのトーク履歴で上から5番目の中には彼との個人トークが必ず入っている。

 せっかくカルデア時代から嬢の貧血回避&魂の消耗(造血スピードより消費スピードが勝って収支が合わない無理をすると自動的に寿命が削れる)阻止のためにも食事量の少なさをコツコツ改善させていたのに、体が縮んで15歳時の一番まともに食事を取れず栄養失調気味で、胃の容量も小さい時点に強制的に巻き戻されて涙を飲んだ。でも食べる楽しみは覚えたままなので、幸せそうな笑顔で自分の料理を食べてくれる嬢を見るのが何よりの楽しみで癒やし。休みの日は一緒にキッチンに立って料理をしている。エミヤがバレンタインのお返しに贈った料理道具セットは大事に使われており、時々手伝おうとするナーサリーやジャックが使うことも。

 省エネモードの服装はカルナに似て黒・赤系のシンプルな服装に、黒もしくは赤のエプロンを着けている。着回し上手。

 

 

 ロビンフッド

 

 ──え、お嬢さん、アンタその綺麗なツラして毒とか罠とか偏見ない感じ? ウソでしょ!? 

 ──オレは危険物係じゃないんですけどねぇ!? 斥候がいざというとき耳使えなくなったらどうしてくれんだよ……

 

 レベル90、スキルマ、フォウマ済み、絆10

 エミヤより少し遅いがオルレアン前に召喚。ガラじゃないんですけどねぇと言いながら、エミヤと共にあくの強いアーチャーズを率いてきた弓リーダーポジ。イー・バウで道中の高HP・高防御のエネミーをぶっ倒し続け、キャメロットではエウリュアレ、オリオンと共にガヴェイン絶対殺すマンした緑の賢者。

 毒や罠を多用してたとえ卑怯と言われようが正面切って戦わずに勝ちたいタイプだが、マスターが嫌悪を示すどころか全力で賛成してきたときには思わず面食らった。顔に似合わねえ。でも夢などでクリスの人生を垣間見て、本意でなくとも闇討ち暗殺騙し騙されの世界に生きた己のマスターに生前の自分を重ねてからは、全力でサポートしようと決意。そこから絆がガン上がりした。自分のような英霊に聖杯使うなんざ趣味が悪いと言いながら、高レアを召喚しても頼りにされるのが嬉しいツンデレ。

 

 生前の経験から野営の知識が豊富で、オルレアン時など野営に慣れていない立香やマシュのサポート(クリスは吸血鬼退治の一環で経験は多少ある)や狩猟、野営料理に長けていた。カルデアでも時々料理をしていた。

 基本自宅待機か用事がなければ指輪に引っ込んでいるが、敵連合が出てきてからは単独行動スキルのあるアーチャーらしく、霊体化して情報収集や罠の仕込みなど有事にいつでも出撃できるよう準備に余念がない。隠れマスターガチ勢。面倒見がいいので子ども鯖の面倒をみたり、エリちゃん・ネロブライドの手綱を引いたり(不本意)、レジスタンス組でのんべんだらりしたりしていることも。

 俺はいいですわ、と周囲に見える形で供をするのは他の目立ちたがりに任せ、現世に干渉せず、あくまでサーヴァントとして他人に己の存在をさとられず暗躍することでクリスに貢献することを望む(この方針は同じ初期勢であるハサン先生・小太郎などアサシン勢も)。人前に出ない(出ても誰かのコンビニに付き合ったり程度)のでシャツやパーカーにジーンズ姿がほとんど。パ○ラコラボロビンいいよね。

 

 

 クー・フーリン(槍)

 

 ──オウマスター、シュミレーターか? 種火か? まぁなんにせよ付き合うぜ、なにしろ身体が動きたがって仕方ねえのよ。

 

 レベル80 宝具5 スキル6/6/6 フォウマ 絆10

 クリス側。槍の全体宝具ならばカルナが筆頭だが、クー・フーリンは単体宝具とケルト神話の大英雄の逸話に名高い継戦能力から重宝されている。初期槍にしてカルナと並ぶ双槍。

 本領発揮のランサークラス、しかも今回は気風の良い、自害令呪を気にしなくていいマスターなのでかなりご機嫌。わしゃわしゃ頭を撫でくり回すのが好き。立香からは兄貴、槍ニキと呼ばれている。クリスは最初クー・フーリンと呼んでいたがカルデアで勃発した愛称呼びブームとオルタニキ召喚に際して(槍の)クーさんと呼んでいる。

 

 太陽神ルーの息子たる光の御子なので太陽神の寵愛スキルの恩恵に与れる。常時攻撃アップが付いている(固定バフ扱いで敵スキルで解除不能)ので強くて倒れない。矢避けとガッツと礼装でゾンビ並のしぶとさを見せるため、高難度クエストではしんがりを務めることも多い。初期槍はカルナと冬木後召喚のヘクトール、オルレアン後に召喚したウラド三世(槍)で乗り切っていたので仲が良い(?)

 BBB・MHA世界ではほぼ現界している。どこぞの世界のように魚屋でバイトしてたり釣りしてたり、自宅で酒盛りしたりと現代を謳歌している。ウワバミ通り越してワクのマスターが作ったつまみを片手に酒盛りするのが何よりの楽しみ。服装は大体公式で出てるのを想像してほしい。レザージャケット着たらスタイルの良さがバリバリに引き立ちそう。

 たまに学校前までバイクで迎えに行ったりする気のいいあんちゃん。個人的に爆豪・切島あたりと波長が合いそう。

 

 

 クー・フーリン(狂)

 

 ──……お前の敵はどれだ。

 

 レベル90、フォウマ、絆6

 北米神話大戦後に召喚。このあたりからクリス側にオルタ系鯖が集中するのは暗黙の認識だったが、メイヴの欲望で生まれた反転したクー・フーリンが 霊基登録されるとは思っていなかったのでカルデアスタッフ一同仰天した。

 基本的に嬢は脳筋戦法を取らないので(無駄な火力・被害を好まない)何でもかんでも戦闘に駆り出されることはないが、再臨で矢避け解放後はここぞという時の火力役として投入される事が多い。

 ほとんどしゃべらないが絆が深まるごとにマイルームに居座っている時間が増えていく。担ぎ方は後ろ向きに俵担ぎか小脇に抱えられる。嬢からはオルタのクーさん、もしくは他にオルタ鯖が近くにいないときはオルタと呼ばれている。立香からはタニキ。

 他の自分たちよりも「(武器)」であり「サーヴァント」である意識が強い。

 お前はただ敵を指し示すのみで良い、全て俺が鏖殺してみせよう。

 北米神話大戦での彼より気だるげ感は薄れ、戦いに楽しみを見出す享楽な性質は他の自分よりも低く、ただ召喚者の前に立ちはだかる邪魔者を排除することを一義とする。

 

 BBB・MHA世界は世界観的に尻尾を隠さなくても奇異の目を向けられることは無いが、BBBでもHL以外の場所での外出時は絶対に現界しない。その他獣耳、獣顔、超巨体など現代社会からやや逸脱した身体特徴を持つサーヴァントも同様に厄介事の火種にならないよう現界を避ける。

 彼の場合、秘書嬢に乞われでもしない限りは、滅多に指輪の座から出てくることはない。セーフハウスの嬢の自室に嬢が居るときだけ、短時間に出てくることはある。サーヴァント時にフードを被っているため、稀な省エネモード中は黒いパーカーを着てフードを深々と被っている。下は黒のスウェット。人前に出ることなどほぼ無いため、服はその組み合わせのみで事足りている。必要なら英霊正装のスーツや礼装のアウトレイジの衣装を霊基を弄って編めばいい、という考え。

 

 

 

 ジークフリート

 

 ──マスター。少し休憩を挟んだらどうだろうか。少々根を詰めすぎだと思うのだが。

 

 レベル90、宝具5、フォウマレベルマ、絆10

 オルレアン中に召喚した初セイバー。ハサン先生や小太郎と共に竜を狩りまくったカルデアのドラゴンスレイヤー。どこかの時空で宿敵として戦った記録もあって、カルナと並んでフランスを駆け抜ける姿はどこか嬉しそうだったらしい。もちろんオルレアン修復後、シュミレーターでめちゃくちゃ勝負した。

 オルレアン中に召喚したのでボロボロになるのは避けられたが、召喚陣を回さなければ抑止に呼ばれていたのは薄々感じていた。すまないと謝るたびにすまなくないとノータイム(途中から容赦なく言葉を被せつつ)で切り返す秘書嬢に根負けして、以降すまないの数は激減した。嬢は言葉より行動で示せ派だから仕方ない。

 ただチェイテピラミッドで本編にかすりもしていないのにマスターへの謝罪のためだけに空にぼんやり影送りならぬ影法師のかたちでスタート地点に戻ってもらうとやり直しを告げるすまない発言にはクリスもせやな、と色々疲れていたため肯定した。

 

 FGO序盤あるあるなセイバー難民でもあったので、沖田やランスロット、ガヴェインなどが召喚されるまでの初期はカエサル共々非常に頼りにされた。ウルクのムシュフシュは槍で竜特攻が効くので毒針狩りが捗った。

 とても紳士。抱えるときはお姫様抱っこしそうだが流石に戦闘中はカルナと同じように腕に座らせるような感じで担ぎそう。無茶苦茶する嬢を初期から見ているので若干心配性。オルレアン後にカーミラが召喚されたときは即座に背後に嬢を庇った(バーサク・アサシンとランサーの吸血鬼組がオルレアンでかなり危ない発言をしていたため)。すまないのくだりやらなんやら色々乗り越えたので絆も固い。戦友。無茶振りしすぎなければ冗談も乗ってくれる。

 

 ジークと一回気紛れで呼んでみたらアポ鯖が盛大に反応(立香のジャンヌとジークフリートは動揺、アストルフォとカルナは懐かしそうな表情、天草がニコニコしながら雰囲気はドロドロしたのを垂れ流してそれはダメですマスターと却下してくる)したのでシェイクスピアが嗅ぎつけて悪ふざけをする前に封印。以降、本人の許可をとって北欧神話のウォルスンガ・サガで同一人物とされるシグルドからとってシグ、と呼んでいる。

 BBB・MHA世界では主に指輪の中で待機していることが多い。ハイネックのグレーの縦セーターとかとても似合いそう。カルナと並んで立つとあまりの顔面偏差値に周囲がざわざわする。ただ弱点の背中は服で隠せないのでMHA世界の個性の関連で身体特徴に合わせてオーダーをできる店で背中が空いた服とか買ってもらってそう。第三再臨の竜っぽい見た目は迫害されることはないだろうが、やたら目立つので自主的に第二再臨姿など翼や角をキャストオフした状態で過ごしている事が多い。

 

 

 

 ランスロット(剣)

 

 ──はい。必ずや、貴女の願いを叶えると誓いましょう。

 

 レベル80 フォウマ、スキル6/6/8 絆6

 ロンドン後召喚。少し前に召喚された沖田と共にセイバー難民だったクリス側のセイバー戦力増強に貢献。なおフルフェイスのバーサーカーの方は、冬木の後立香が召喚している。

 スターでバリバリクリティカルを叩き出し、Aチェインでアロンダイト大回転する、華やかな円卓にあって最強、理想の騎士と呼ばれた男。マシュという突然の娘が出来ておろおろした、とぅわが鳴き声のお父さん。

 

 正義を愛し、女性を敬い、邪悪を憎む。正道を好み、卑怯な振る舞いを許さず、誇り高くあろうとする騎士道の体現者。しかし、常に一線引いた態度のため、親愛的な付き合いが濃い沖田やジークフリートに比べ、非常に淡々とした主従だった。

 マテリアルが更新されるたび、キャメロットで再び主に歯向かってでも正しさに殉じたランスロットの光の側面しか無い高潔さに目を潰される思いで、何で私の方に来ちゃったかなとクリスが苦笑するレベル。クリスからしてみれば、魔術師ほどではないが、十二分に正道から外れた己の人生の所業は、ランスロットが忌み嫌う悪そのもの。円卓の騎士との相性はただでさえ悪そうなのに、その中でも性格的に相容れなさそうなのが来た、キャメロットまで時折思っていた。キャメロットでもギフトを受けていないランスロットの状態を知り、なおかつギフトを得てもその一点はブレない在り方に、むしろその思いは強くなった。立香やサーヴァントの負担を減らすため、罠や邪道も躊躇わないクリスを見て、ぽつりと「困ったお方だ。私のマスターであるならば、正々堂々となさってほしい。……いえ、失言でした」とランスロットがぼやいたのも、彼女の心にヒビを入れる一因だったのかもしれない。

 

 だからだろう、立香のアルトリアを遠くから眺めて、合わせる顔がないからと近寄ろうとしないランスロットが「……ただ、王に私という罪人を裁いてほしい。聖杯にかける願いと言えば、それだけです」と呟いたのに「救われたいんだ」と冷たく意地の悪い言葉を投げかけてしまったのは。

 忠義を捧げた王に不貞を働いて、円卓の崩壊を招いておきながら逃げた彼が、聖杯という奇跡に求める願いが贖罪とは。

 世界のために友人であろうと殺すのもやむ無しとし、裏切りに悲しみながらも己の所業の罪深さを受け止め、許されたいなど逃げ出すことを許さないクリスには、その願いは酷く傲慢に聞こえたのだ。罪をつまびらかにして裁かれたいとは、裁かれていない自分が抱く引け目から救われたいのだという叫びにしか聞こえなかった。しかも彼は、今なら聖杯など求めずともその願いを叶えられるというのに。二度と謝ることも言い訳も出来ない自分と違って。

 高潔な騎士が手違いだろうが自分の召喚に応えて、今もなお従えているという違和感も、己と似て非なる立場にありながら、もだもだと悩み続けるランスロットに同族嫌悪の感情を抱いたことも、無垢なる湖の聖剣を捧げられるにはあまりに相応しくない、曇りすぎた己という卑屈さとランスロットへの引け目も含んだつぶやきだった。

 

 レイシフトでカルデア以外の場所へ行くことも可能とはいえ、季節感のない閉鎖空間。グランドオーダーの規模に対してマスターは二人だけ、カルデアが48人のマスター候補を揃えて、チームで当たろうとしているところからもたった二人で対応できる規模ではないのは明らかで、その重圧は同じ世界を救うという目的でも比較にならなかったのか。気丈に振る舞い続け、溜め込みに溜め込んだ鬱憤が噴出したようなものだった。言葉のトゲを剣としてランスロットに向けたクリスの表情は、ごっそりと色が削げ落ちていた。

 急に態度が氷点下に落ちた主に困惑するランスロットを放置して、賢者タイムではないが自己分析から自己嫌悪に陥ってクリスはマイルームに籠もる。心配したカルナやロビンらの励ましをもってしても閉じこもったままのクリスを見かねたセイバーオルタ(アルトリア顔のオルタ系は全員クリス側)がランスロットを遠慮なくどついてクリスの不調の理由を聞き出して、「ではお望み通り裁いてやろう」とシミュレーターで遠慮なくボコボコにした。シミュレーターが壊れる勢いで暴れる二人に何事かと駆けつけた立香とアルトリアが理由を聞き、渋面に。とはいえ立香のサーヴァントではないので令呪で止めることもできないため、ロマンにクリスの部屋にシミュレーターの映像を中継を頼み、モルガーンをブッパしまくるオルタを見て驚かせ、思わず常識人で責任感の強いクリスにやめさせるよう仕向けた。

 

 困惑する一同に「貴様の不義はこれを持って以降、不問とする」と暴君オーラ全開でランスロットに言い放ち、クリスにカメラ越しに「マスター、この通り、貴様が思うほどこの男は清廉潔白でもないぞ。なにしろ王の妻を掻っ攫って行くような男だ。方法はともあれ、正義と信じる道のために蛮行をやむ無しとする貴様と、然程変わりはしないだろうよ」とランスロットの痛いところをオルタらしく容赦なく抉って立ち去り、その後マイルームで互いの過去と黒歴史暴露大会からの和解を経て、ようやく絆3以降が解放された(それまでどれだけ出撃しても上がらなかった)カルデアでは(笑い話にするためにあえて)ヒトヅマンスロット事件と呼ばれている。絶対に越えようとしなかった主従の一線が消えた日でもあった。

 

 

 その後、クリスはランスロットに一つの願いと意思を託す。

 

 ──私の行いは報われるものではない。人界の存続、人類が人類らしく歩んでいく未来を護るために行う蛮行は決して良き功績として認められはしまい。それでいい。そもそも、私たちの代で、吸血鬼を完全密封し、その脅威を退けるなど遠い幻想だろう。いかに人類の枠から踏み出したものであれ、私たちに待つのは後進が先に進むための道を切り拓き、さらなる一歩を踏みしめるための血と屍の礎となることだ。

 

 だから。

 

 もし私の行いが、世界と人類を守るという免罪の義理すらかけ離れた虚実の悪となったその時は、遠慮なく私を斬るがいい。

 騎士に騎士の中の王と謳われたアーサー王から理想の騎士と呼ばれたひとよ。湖の騎士(Lanslot du lac)よ。

 聖地にて一度は忠義を誓った獅子王の行いを正すため、二度の反旗を翻した正義の騎士たる貴方に斬り伏せられるなら、悪となった私の末期には、さぞふさわしかろう────

 

 

 その後、キャメロット後に召喚されたガヴェインとは傍に仕える騎士としてどちらが相応しいか、騎士勲章を賭けてバチバチにライバルしたりしている。ランスロットは勲章を食うわりにはスキルが自己完結していてなおかつスキルマにしなくても効果が高いので勲章に余裕が出なければスキルマの道のりは遠い。

 なお、ランスロットの趣味であるチェスでの勝敗は五分五分。

 

 Fate以外の世界では省エネモードでクリスの身辺警護に当たることが多い。宝具による手にした武具の宝具化、変装とステータス偽装は恩恵が大きい。ただし筋金入りのフランス人というか、恋が燃え上がるとすさまじい行動力を発揮したりする逸話もあり、美女に目がないのでそういった場所では逆ナンされたりナンパしにいったりとわりとポンコツなお父さん。困ったお方はお前の方だよとクリスあるいは誰かが突っ込むのはお約束。

 

 

 

 エルキドゥ

 

 ──マスター。僕だけ何故か少々先んじて来てしまったようだから、北の魔獣の一団を壊滅させてきたのだけど、魔力に支障はないかな? テンションが高い? そうかな。そうかもしれない。

 

 レベル90 フォウマ、スキル8/6/8 絆7

 バビロニア攻略前に召喚。英雄王の唯一の友、人と神を繋ぎ止めるために神々に生み出された変幻自在の泥人形。意思持つ神造兵装、自然と調和・一体化する大地の分身。天の楔。

 大地の魔力さえ在れば崩れること無くあらゆる形に復元可能、ステータスすら弄くれる彼は、カルナとは別の意味でクリスと相性がいい。なにしろ、クリスの魔力はその器に流れる血液。その血液は水、氷、植物、雷など、自然と密接な関わりを持つため、魔力も魔力パスもそちら寄りに変質している。もし起源を持っていたら「森羅」となるほど。

 加えて複数の神々から太陽の恩恵を受けるクリスは、エルキドゥにとって心地よさを感じるマスター。逆もまたしかり。もともとどこかの世界線で「人でないマスターを初めて持ったサーヴァント」なのだから、マスターの多少の異質さは彼にとってさしたる問題ではないのだろう。

 

 兵器として人間への振る舞いを突き通すエルキドゥに倣い、クリスのエルキドゥへの扱いも人を扱うそれではない。だがそれは尊重していないということではなく、また迫害や差別とは無縁。神の兵器を扱う人間として驕らず、謙遜せず、機械としてのエルキドゥの本来の存在目的、理由に沿った運用だけを心がける。むしろ無用な配慮や過剰な心配はかえって、完璧である神が作った、完成されている神造兵器たる彼を困惑させるだけだと感じ取っているからである。これには親友も何も口出しせず満足げ。

 もともとBBBの異界由来の謎技術で高性能AIを作って、意思を持っているような挙動をするAIに最重要機密を守らせているような人間なので人のかたちをした泥人形だろうと、良くも悪くもヒト扱いしない(エルキドゥの身が危ないとかいう遠慮がない)(そもそも人類史最強クラスのギルガメッシュと、ヒトの姿にスケールダウンしてようやく同等レベルまで落とし込める神様お手製のアクティブモンスターに、復元できない魂以外で心配無用な上、むしろ相手の心配をしないといけないレベル)

 

 上記の理由から、人生や性格において共通点が多く縁召喚となったカルナとは違い、性能的な意味で非常に相性がいいエルキドゥだが、彼にとって好ましい性格(博愛精神に満ち、全体主義であり、それでいて自分を第一として考えるもの)のうち、社会的立場や役職などのしがらみとしての価値はあれど(これを認めているから死ぬわけには行かないと思っているわけだが)、ひとつの命としての自分を価値なきものとして扱い、自己評価が極めて低い点においてはその眉根をわずかに寄せる。

 

 耐久系のサーヴァントのため、槍のクー・フーリンと共に高HPエネミーを相手取る事が多い。

 スキルマじゃないのはLv6以降の愚者の鎖の要求量がエグすぎるため。

 Fate世界以外ではマスターからの起動呼び出しを指輪の中で待っていることが多い。MHA世界では神性持ちが居ないので宝具の神性にスタン効果が有効活用出来ないが、星の数が増えるほど好戦的というかここぞという時に言うことを聞いてくれないアクの強さがあるサーヴァントの中で、星5ながら鎖で殺さず捕らえる戦法ができ、邪神やら神性存在やらヤバイ存在もぽこぽこ出てくるHLにおいては身長体重可変で、ステータスを弄って耐久アップなどができることもあり、なにげに活躍の場が多い。

 マスターを担ぐ際は大体巨鳥など飛ぶものに変化したりして最適な形に変容する。

 省エネモード時はわざわざ人型を取らず、鳩や無機物などに変化してクリスにひっついて行動する。人の姿で護衛が難しそうな有事の際、アサシンとは別の意味で優秀な護衛と言える。

 

 なお、絶対魔獣戦線にも同行し、初っ端からエルキドゥVSキングゥという傍から見ているとどっちがどっちなのか混乱しそうなバトルが起こり、イシュタル登場時には不意打ちで討とうとするなどアクティブモンスターっぷりをみせつけた。

 

 

 

 ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕

 

 ──さぁ、精々しぶとく生き汚く足掻きましょう? どうせ死後も共に煉獄に落ちる身ですもの、貴女の魂の最後の一片が燃え尽きてなくなるまで、ええ、どんな地獄にも付き合うとしましょう。

 ──この旗は我が魂の咆哮、勝利のために振るう呪いの旗。私の半身、殺意と憎悪を煮詰めたこんな女を選んでくれた、私のただ一人のマスターの道を()き拓く一撃を喰らいなさい。

 

 レベル90 スキルマ、フォウマ、絆9

 贋作英霊後に召喚。復讐の念に染まった黒い竜の魔女。殺意と憎悪を羊水として産み落とされた、反英雄のアヴェンジャー。巌窟王と並び、黒き怨念を以てマスターのために呪旗を振るう復讐者。

 

 オルレアンにて敵対時、相対した二人のマスターを見て、虫唾が走るもうひとりの自分と心の綺麗なマスターちゃん(立香)を見て嫌悪感を見せるものの、クリスに対してはその矛先は不思議と鋭くなかった。オルレアンの道中で見た惨状から憤る彼らに対し、クリスの目に宿るのは怒りではなく、憐れみでもなく、ただ淡々とした敵意だけだった。そこにルーラーとして召喚された彼女は底知れない闇を感じ、「ふぅん。アンタはそこの二人に比べてちょっとはマシな目をしてるじゃない」と呟く。本人は否定するだろうが、間違いなくそれは共感であり親愛の情だった。

 

 オルレアンの時点で、交わした言葉は少なくとも、互いにシンパシーを感じていたのか、憎めないものとして見ていた節があった。そんな中、贋作英霊イベントにてボスとして登場した際、「だって……私に愛される要素なんてない! 魅力なんてない! どうしようもなく捻くれた小娘よ! あるのは吐き気がするほど強い力だけ! でも、しょうがないでしょ!? 私にはそれしかない! 復讐に駆り立てられる私には、それしかない!」と彼女が本心を吐露した時、クリスは自覚する。ああ、鏡を見ているようだと。

 

 

 それは痛切な悲鳴だった。

 愛されることも、求められることもなかった自己への卑屈。

 それに付いて回る、他者に対するどうしようもない劣等感。

 唯一手にしていたのは、欲しくもなかっただ強いだけの力。

 それでも誰かに求められたいという渇望。

 それでも消えない、不信感と憎悪。

 

 あまりに見覚えのある感情だった。

 あまりに突き刺さる慟哭だった。

 

 どれほど功を成し、どれほど命を救おうと。決して報われることのない己の面影を見た。

 

 

 イベント後、すぐに召喚を果たした彼女にクリスは根気強くつきまとった。

 傷を舐め合う馴れ合いではなく、哀れみからくる同情心でもなく、ただ傍にいたかったとクリスは語る。

 そんな彼女にジャンヌ・オルタも最初は拒否をするものの、口先だけの安い慰めが最大の侮辱と心得ており、立香と違いまっさらな光ではないクリスの、闇の中光る星のような淡い輝きは落ち着くものだった。拒否もどんどん形だけ、口だけのものになり、絆4になる頃には傍にいるのが当たり前になるほど。

 そして、絆5手前でクリスの恵まれない幼少期や研究動物扱いで監禁された時期を夢で垣間見て、ジャンヌ・オルタもクリスに感じていた同族感を理解する。自然を操り、宗教的観点から神の敵たる吸血鬼を滅ぼす泡沫の聖女として祀り上げられたマスターに、自分の原型となった世界で一番嫌いなもうひとりの善良な自分を同一視しながら。

 

 復讐者として生きても不思議ではない過去ながら、自己愛を捨てて人類のために貢献する、もうひとりの自分にも似た部分を憎らしく思いながらも、それでも、ある意味人間らしい葛藤を捨てはしない己のマスターを手放すことは一度も考えなかった。

 共に炎で焼かれるのが嫌なら離れなさいという忠告に、ひとりじゃないなら怖くないわと強がりでなく本心として言い切った、得難い者だと知っていたからだ。炎を引き出すために、研究者たちに赤く燃える焼きごてで背中を幾度も灼かれた彼女らしい一言だった。

 我が蛮行は必ずや地獄に落ちるに相応しい。けれど、竜の魔女が一緒なら、煉獄も怖くはないと綺麗に笑い飛ばしてくれた稀有な主だと。

 

 ジャンヌ・オルタは決意する。

 罪を贖うために存在するのではない。救われたいから存在するのではない。

 このどうしようもない物好きなマスターに勝利を与えるために、今回の現界を定義する。

 もし敗北して、何も報われないうたかたの夢と成り果てようとも、恐れはしない。

 傍らには、うたかたの聖女というレッテルを押しつけられた、ただの小娘であるマスターがいるのだから。

 

 

 ただまあそれはそれとして、彼女はコツコツと努力を欠かさない。

 元にしたあの女がポンコツ脳筋なんだから、地頭が残念なのはしょうがない。頭脳労働はもうひとりのいけ好かないスカした態度のアヴェンジャーに任せるとして、最低限文字は綺麗な字で書けないと。マスターが最高の頭脳を持つなら、それぐらいの教養がないと恥ずかしいでしょう。

 新宿では社交界での経験値が高い男装したクリスに完璧にエスコートされながら踊れて恥ずかしいやらうれしいやら。スパダリパワーここに極まれりで、農民出身のジャンヌ・オルタはくらくらしっぱなしだった。文字の次はダンスとマナーね、ええ、ものにしてみせますとも。

 

 Fate以外の世界では気ままに過ごしている。指輪の座で休んでいることもあれば、セーフハウスや外に出て省エネモードでクリスに連れ添ったり、霊体化して見守っていたり。新宿で披露したハイブランドで固めたワンピースとジャケット姿はお気に入りらしい。新宿でキュイラッシェ・オルタを駆ってマスターと二人超高速ドライブをしたセイバーオルタに対抗して、「竜の魔女」スキルが竜種にも騎乗できる最高ランクの騎乗スキルなのも相まってバイク運転も検討している。「あいつがスピード狂なら、そうね、こっちはマスターが乗りたくなるような運転を目指してやろうじゃないの」

 とどのつまり、ヒロイン力の高いツンデレ。

 

 

 

 

 立香側サーヴァント

 

 

 クー・フーリン(術)

 立香側。冬木ではぐれサーヴァントとして立香とクリスに出会った時、初見で所長の状態を見抜き、片方は戦闘ド素人丸出しで魔術師らしくもない一般人と盾の少女、片方は何気なく突っ立ってるように見えて、かなり距離が離れてる時点で自分に気づいてて、いつでも反撃可能なように自然体の構えで警戒中の女と、槍の時に死合いたいレベルのサーヴァントというちぐはぐな一行と見極めていた。マスターとして指揮能力、戦闘力など諸々のスペックとしてはクリスが上だが、戦力バランスとドルイド姿での現界ともあって、導くものとして立香の一時的なサーヴァントになることを申し出る。

 いい尻だったのでマシュ同様触ろうとしたが、避けられて手首を捻り上げる手前の寸止めで無言の笑顔で威嚇された。

 

 冬木で諸々の立ち回りを見ていい女認定しており、消滅間際に「今度はランサーで呼んでもらいたいもんだ、ああ、次はお前さんのサーヴァントになるのも良いかもな。俺は結構色んな聖杯戦争に呼ばれてきたが、良いマスター、良い女。良い戦い。この3つが揃って、なおかつ俺が最後まで悔いなく戦えるってのは中々無かったんでな。そういう点では、アンタとでも上手くやれそうだ──」と言い残す。……それがフラグとも知らず。

 果たして、キャスタークラスの彼はカルデアに戻った直後の立香に召喚され(プレボ鯖だから仕方ない)、その後立て続けにクリスがランサークラスを引き当てるというどこぞの王様が見たら大爆笑必死の愉悦案件が起きた。これはひどい。「あの時のキャスニキの表情の抜け落ちっぷりはしばらく夢に見るレベルだった」と立香がぼやいたほど。

 とはいえマスター自慢といざこざが起きるのはクー・フーリン同士の間だけで、彼とクリスの間柄は至って平穏。ランサークラスの時より年嵩の年齢での召喚ともあって落ち着きと思慮深さがあるが、たまに底知れない目を向けられているのを察知する。そういった場合は槍と狂のクー・フーリンが威嚇しているので今のところ問題は無い……はず。

 魔術師として未熟な立香と、異世界人ながらも、もともと幻術を扱えるほど魔術素質があり、世界からの概念付与で回路を持っているクリスに北欧の秘術たるルーン魔術やガンドなどを教えたのはこの人。

 

 クー・フーリン(プロト)

 立香側。槍と術に比べて召喚されたのはちょっと遅かったが、召喚後の第一声でクリスにめちゃくちゃ驚いた顔をされたのが印象的だった。なんということはない、元の世界のクズのロイヤルストレートをキメた銀髪褐色猿ことザップと声帯がそっくりだっただけ。「……あいつの声ってつくづく良かったんだな」という意味深な一言から驚いた理由をクリスから聞き、女好きぶりにちょっとフェルグス叔父貴を思い出すのであった。多分女癖の悪さはどっこい。恨まれなく後腐れなく、といった点ではフェルグスに軍配があがるが。

 

 クリスと直接話すことはあまりなく、槍と術の会話で直接話さないのにやたら彼女のことを知っている状態。自分のマスターである立香とは友人のような気さくな関係を築いている。術の暴走のあおりを食らって止めに走らされるのは大抵プロト。

 

 

 ベディヴィエール

 立香側サーヴァント。キャメロットでの功績を認められ、今回のみ英霊として存在を許された。

 誠実にして清廉、アーサー王の執事役として他の円卓から誰も異議を唱えるものが居なかったほどの忠義ある人格者。キャメロット後、カルデアに召喚された瞬間ボロ泣きした立香とマシュを受け止めおろおろしながら、こっそり涙を拭ったクリスと笑いあった。

 生真面目で朴訥な紳士であり、誰かを支える執事役だったこともあり、本職が秘書役であるクリスとは波長が合う。主のために難事を切り開き、煩わせぬよう雑事をこなし、環境を整える。人の輪の中心に居るよりも、そこで輝く主の姿を、片隅に佇んで落ち着いた笑みを浮かべて見守る──そんな気質を備える二人。

 主従ではないが、ベディ、レディ・クリスと呼び親しみ、バレンタインデーには親愛の贈り物を交わした仲。そんな仲睦まじい二人の様子を遠目から眺める職員には、銀と黒、翠と赤という正反対の色彩の長身美形が並ぶ図として目の保養にされていたとか。

 

 2年の旅路を経て、クリスが英霊たちを座に返した後、聖杯を用いて異世界へ帰る彼女を、一抹の寂しさを胸に抱えながらも、友の幸福を願い、立香と共に見送った。

 

 

 アルジュナ

 マスター・立香が召喚した弓兵。ロンドン修復後に召喚された。が、初見でもう一人のマスターであるクリスティアナを見て動揺するなど所々気になる点も散見された。北米大戦ではレベル的な問題とレイシフトに編成時点で弾かれ(敵側サーヴァントのため)カルデアに残留。ちなみに北米大戦のアルジュナはクリスに対して特に大きな反応を見せなかった。

 時空神殿での魔神柱狩り競争、人理修復後、両マスターの計らいでクルクシェートラや北米大戦で果たせなかった令呪ガン積みで極限まで生前に近づけた状態で全力での一騎打ちの他、シュミレーターでの手合わせなどを経て一応互いの確執・執着は落ち着きを見せている。が、クリスティアナへの接触は極力回避している様子。様々なサーヴァントが理由を尋ねるが、彼の口からその理由が語られたことは未だ無い。

 

 

 

 ▼剪定異聞特異点「光輝救済聖典クルクシェートラ」クリア、及び幕間「得られざるサラスヴァティ」クリア後解放マテリアル

 

 ──ああ、今は遠き私の友よ。唯一、この私が授かることの出来なかった、掌から零れ落ちるように消え失せたひと。

 ──あなたがあの人の生き写しのようであることが、ただ、嬉しくて。どうしようもなく、憎たらしいのです──。

 

 カルデアに召喚されたのは実は「光輝救済聖典」を経由したルートのアルジュナ。「在らざる者」であるクリスティアナがカルナとのパスを利用されマハーバーラタ世界に夢を経由してレイシフト(下総国と同じ原理)した世界線を辿っている。彼にとってクリスは生前にカルナとはまた違った意味で執着した人物。それが今度は女性として生を受け、マスターとしてカルナをメインサーヴァントに数々の英霊を率いていたためめちゃくちゃ動揺した。同時にバーラタの記憶が無いにもかかわらず一番槍として傍にあるカルナへの嫉妬と困惑が強かったのもこのため。

 また、生前の己の所業への引け目と、自分を覚えておらず見てくれもしない友の面影がつらく、カルナと信頼を築き睦まじく過ごすクリスを見たくないという思いからクリスを避け続けていたため、光輝救済聖典後までクリスはアルジュナに避けられ続けている理由を聞けないままだった。

 

 クリスからしてみれば最初のサーヴァントであるカルナの肩を持つのはごく自然なことで、裏切りを嫌う彼女が、マハーバーラタにおいて「カルナを殺す」宿命にあるアルジュナに靡かないのは当然のことなのだが、あらゆる祝福を神から与えられていた授かりの英雄たる彼にとって、王子でも完璧なアルジュナとしてでもなく、ただのひとりの人間として善も悪も認め受け入れてくれた(と思っている)クリスはたとえ敵側だったとしても、取り返してでも傍に置きたいかけがえのない友人であり、護るべき心の拠り所だった。

 

 カルナをクルクシェートラで謀殺し、ドゥルヨーダナがアルジュナの兄のビーマによって倒され、カウラヴァ側の敗北で決戦が終局した後、アルジュナは捕虜という名目で男装していた(本名は呼びにくいのでティアと名乗っていた)彼女を手元に置こうとする。

 しかし宮殿への護送中、厳重な警備と捕縛の中、アルジュナの目の前で美しくも哀しい微笑みを浮かべて天を仰いだ彼女の身体は、最初からまぼろしだったかのように消え失せた。彼女にとって夢の終わりに過ぎない終末だったとしても、アルジュナに与えた衝撃は計り知れず、唯一の理解者を失った彼の心に深い傷を残すこととなる。

 

 人理修復が為されれば剪定事象として人理には残らず、消え行くさだめの記録と記憶。奇譚のあった剪定世界の授かりの英雄がどんなに心の底から望み、手を伸ばしても得られなかったただ一人、唯一である。

 

 サラスヴァティとはメルトリリスの霊基に含まれる一柱であり、インド神話に語られる水や風などの自然、音などの「流れるもの」を操る河の女神である。ブラフマーの配偶神でもある。また、ペルシア神話におけるアナーヒターと同一視される。このアナーヒターは金星神で、バビロニアではイシュタルと習合、他地域ではアルテミスなどとも同一視されている。

 光輝救済聖典バーラタにおいては、ドゥルヨーダナやカルナの友、軍師としてカウラヴァ側についた彼女の戦い、指揮を観て敵味方が女神の名になぞらえ賞賛した呼び名である。

 

 

 

その他サーヴァント

 

 葛飾北斎

 

 ──イヤサ、こいつは驚いた! 南蛮人でこれほどまぶしい面の美人を拝んだのは初めてだよ! ちょっと待っとくれ、ぜひその艶姿(あですがた)、おれに描かせておくんな!! 

 

 カルデア未召喚サーヴァント。リアル過ぎる初夢の狭間で出会った、べらんめえ口調な江戸っ子フォーリナー。

 出会って真っ先に謎のタコにひっきりなしに付きとまとわれ、元気に会話する立香と応為に反してクリスは道中ずっとテンションガタ落ちだった。地味にSAN値減少(小)をターン毎に受けていた。正体的に仕方ないが。それでも一時的狂気に陥らないだけ流石は鋼の精神力である。ととさまに悪気は皆目ないが、描きたいという欲を優先して自重もしないあたり強心臓。クリスのサーヴァントである鈴鹿に追い払われてもめげない。鈴鹿の語彙力がどんどん無くなってこのタコ! とひねりもない罵倒を引き出すレベルでしつこかった。

 ととさまがクリスに目をつけたのは、後世に名を轟かすほどの名画を紙へ描き上げ、どっかの邪神と融合したことでアップした観察力と勘で、クリスが只者でないどころかフォーリナーで召喚されても可笑しくない存在と察知して、描きたくて描きたくてしょうがなくなったから。

 

 ただし、もし彼の画力でクリスを描こうものなら、それはクリスを「永続的狂気」に叩き落として「彼女」じゃなくさせるほどの、人物画とは思えない、本人すら気づかなかった真実を写し取った恐ろしいものが出来上がる。

 深淵の邪神と混然となった境地で描かれる非ユークリッド幾何学的画風のせいではなく、そこに映し出されたものに、クリスティアナという人格は粉々に打ち砕かれる。

 彼女が彼女として在るために、決して見てはならなかったものを、気づいてはならないものを、「自分」を守るために無意識に目をそらし続けていたものを──彼は人の心腑のまま、描いてしまったのだから。

 この場合、ありとあらゆる人やサーヴァントの手による処置を施そうとも打つ手なし、回復の見込みはない。人一人狂っただけでは終わらない。強制バッドエンド。

 

 なお、第一第二再臨時の応為本人が描いた場合は、北斎が自分より美人図に優れていたと言わしめるだけに普通に素晴らしい美人画を描き上げる。

 ……なお、クリスはその職務上、生まれのわりに目・舌が肥えていて、クラウスやドグ・ハマーなどの感性鋭い仲間が傍に居たことからも審美眼も光るものを持つ。生粋の西洋人である彼女があの時代の人物画の自分に美を感じ取るかはさておき、画が発する素晴らしいものという波動は感じ取れるだろうが。

 

 融合した邪神が海に眠るものであり、北斎のスケッチの中には人魚や水虎などが描かれていたこともあり、初夢との縁もあって召喚には十分なものが揃っている。

 初夢の狭間が終わる頃、北斎からはクリスを描けなかったことを大層惜しまれる。クリスに召喚されるのを嬉々として座で待っていたサーヴァントは他にも(玉藻・オジマンディアスなど)いたが、クリスティアナは諸事情から「フォーリナーを召喚できない」制約があるため、絶対に北斎はお呼びがかからない。立香ならワンチャンあったが、そこは座からの誘いも邪神の侵食も「画を描き続けたい」という一念にて跳ね除けた偏執狂、クリスにこそ執着する北斎は果たして、カルデアにはたどり着かなかった。

 

 もし万が一の可能性を掴んで召喚されていたとしたら、北斎からの圧倒的矢印(ただのモデルになってほしい好奇心)と応為からのアプローチに辟易としながらも、エミヤと共に生活力ゼロの葛飾親子の世話をなんだかんだ焼いていると思われる。なにしろ、生活力ゼロで目を離したらすぐにゴミ屋敷に周囲を変えてしまうタイプの人間は、どこかの不可視の人狼を思い起こさせて、クリスにとって懐かしさすら呼び起こすのだから。

 

 



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蒼穹のヴァリアシオン(×グラブル)
星屑めいた絶対零度の花びら


※グラブルとのクロスです。が、FGOクロスのネタが途中混じります。

※団長はグランくん。
※メインストーリー45章まで既読の新米騎空士なので、キャラだったり設定に矛盾があるかもしれません


イベント・若き義勇の振るう剣より、ポセイドンの神鎮めの話。



 

 エルステ帝国の謀略によってアウギュステに眠る星晶獣・ポセイドンは暴走状態にあった。

 島ごと沈めると豪語し、その冗談のような言葉を実現できる星の民が残した怒れる大いなる兵器を、グラン率いる騎空団総出でなんとか戦闘に持ち込み、溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせたはいいものの、今度は休眠状態を叩き起こされた上に、空の民(帝国)に強制的に屈服させられそうになったことに対してへそを曲げてしまったのだ。

 

 アウギュステ列島が水に沈み、空の底、奈落に墜落して大勢の島民が犠牲になってしまうのをどうにか防いだところでこれだ。アウギュステはその正式名称をアウギュステ列島特別経済協力自治区というように、どの国の領土にも属さない自治区である。「海」がある島としてリゾート地として全空に名高く、傭兵を国軍に匹敵するほど雇えるほど潤沢な財源は、アウギュステに軒を連ねる観光者向けの商店からの税収がほとんどを占めている。

 ポセイドンはリヴァイアサンと同じ水を司る星晶獣であり、水神の名を冠する通り強力な星晶獣であることは先の戦闘の激しさが物語っている。一応鎮静の兆しを見せたとはいえ、ポセイドンが荒ぶったままでは海は荒れたまま、漁業も海水浴もろくにできない状況がつづくだろう。それは島民の生活にも無視できない被害をもたらすことは容易に想像できてしまったグランたちが、どうポセイドンをなだめるか頭を捻っていたその時、コルワがその場の空気には似つかわしくない明るさであっけらかんと笑った。

 

 

「あら、適任がいるじゃない」

 

 天の声にすがるようにグランたちがコルワを見返すと、彼女はにこにこととある方向を指さしていた。その場の全員がその指先が指し示す方を辿る。

 その先、頭痛をこらえるように額に指先を押し当てていたクリスが苦々しく呟く。

 

「コルワ」

「前に言ってたじゃない、水神を鎮めたことがあるって」

「……確かに龍鎮めはやったことはあるが、はたしてあれが星晶獣相手に通用するか……」

 

 いつだったか、酒の席でその場の流れで肴にした昔むかしの話を持ち出してきたコルワに、クリスは頭の奥から鈍痛が響いてくるような気がした。愉快犯的な彼女の笑みを見たのも原因だろう。

 どこか楽しげなコルワの言葉を否定するどころか、ほとんどの団員にとって寝耳に水な爆弾発言を落としたクリスティアナにその場がざわついた。

 

「竜、だと?」

「ドラゴンはドラゴンでも、ファフニールみたいな四足歩行じゃあなくて、蛇に手足がついているような、リヴァイアサンに似た龍だけどね。地鎮を司るような龍の水神が、龍脈……国の大地全体を巡る魔力エネルギーの通り道の異常で荒御魂化して、今回のポセイドンのように暴走状態に陥ったのを、その国伝統の神楽舞と同化した歩法での封印術を使いながら舞を奉納する機会があったってだけさ」

「だけって」

 

 竜と聞いて片眉を跳ね上げて訝しげに問うパーシヴァルに、こともなげにクリスティアナは過去の経験を語る。

 が、その内容は口調ほど簡単でないのを、かつての自国の動乱から容易に察せたランスロットが苦笑した。邪竜ファフニールほどでなくても、最強種と呼ばれる竜種の暴走を殺さず止めるなど、生半可なことではない。

 

「ポセイドンが怒っているのは、空の民に無理やり従えられそうになって、侮辱されたと思っているからでしょう? なら、ポセイドンに対して尊重と畏敬を示して、空の民にはポセイドンの庇護と恩恵が必要だと考え直してもらえば良いの思うの」

「なるほどな……クリスの舞は、人間にはまだ見守る価値があると考え直してもらうための、頭を冷やすきっかけになってもらうってか」

「……ものすごくまともそうなことを言っているが、コルワ、君は単に以前作った巫女装束を私に着せたいだけだろう」

 

 頭痛を堪えるように頭を片手で押さえたまま、渋い顔で唸るクリスに、ぐりんとコルワが勢いよくクリスに向き直った。

 

「ええそうよ、だって貴方の舞が見たくて作ったのに、舞って見せてくれるどころか、袖すら通してくれなかったじゃない! この私が作った服を、よ!?」

「必要に駆られてやった一度っきりの舞を、ガイーヌやアンスリアみたいな本職もいる前でなんて恥ずかしくて出来るわけないでしょうに」

 

 鬼気迫った表情でクリスににじり寄ったかと思うと、興奮したように矢継ぎ早な言葉を紡ぎながら、掴んだクリスティアナの両肩をがっくんがっくんと前後に揺らすコルワ。それでもクリスティアナの表情は呆れ返ったままだった。

 

「その本業二人が見たいって言っても見せてくれなかったでしょう!?」

「……する必要がないなら、進んでしたいものでもないし」

 

 

 クリスが消極的なのは理由がきちんとあった。

 なにしろ、龍鎮めの舞を舞ったのは彼女の体感でもう5年以上前のことになる。それ以降きちんと練習を積んでもいない一度きり披露しただけの舞を、踊り子として生計を立て、真剣に踊りに向き合っている者たちの前で踊るのは、流石に失礼だろうと考えていたからだ。

 

 確かにクリスが扱う氷の蹴術・エスメラルダ式血凍道は、氷の上で足を振り上げたり、空中で技を放つことも考慮しているため、不安定な足場でのバランス感覚を重視している。ゆえに修行の中にアイススケートやバレエ、そしてエスメラルダの本拠があるスペインのお国芸であるフラメンコでバランス感覚、体幹、足さばきを学ぶ。

 それらの基礎的なトレーニングを欠かしたことがないからこそ、龍神鎮めの儀を急遽代理で頼まれ、国の危機ともあって断ることも出来ず、なんとか形にして役目を終えることが出来たのだ。

 日本は八百万の神々が治める神秘的な成り立ちを持つ国だが、その中でも位の高い国津神である龍神が静まらなければ、土地に巡る龍脈が暴走し、地震の多い日本はさらに未曾有の大地震に多く見舞われ、壊滅的な被害を負っただろう。

 鎮めの儀を担っていた巫女血筋の継承者が事故で急逝したため、代役を務めるための条件である水の素質を持ち、水上に立つことが出来て、なおかつ踊りの基礎があるとはいえ、他国の人間であるクリスに土下座しかねない勢いでプライドの高い神官たちや日本支部の上層部が頭を下げてきたことからも、その逼迫した状況を物語っていた。

 

 いくらガイーヌの剣舞に付き合え、フラメンコやバレエが踊れるとは言っても、龍鎮めの舞は神舞い、あるいは巫女舞とよばれる神事。門外不出の奥義であり、神に捧げる大事な舞踊だ。生半可なものを見せるわけにはいかないと、時々思い出したようにねだってくるコルワやガイーヌたちの懇願を断り続けていたのだ。

 ……だが、この状況は妙にデジャブを感じていたのも本心だ。ただ、水神の名を冠するとはいえポセイドンは星の民に作られた兵器。封印の側面を持つ神舞いとはいえ、通用する保証は何処にもなかった。だから黙って他の方法がないか考えていたというのに、とクリスは遠い目をした。

 

「ティーネ」

 

 そんな女子二人の舌戦のスピードに置いていかれている周囲だったが、その二人に待ったをかけた人物が居た。

 クリスティアナの愛称でもほんの数人、特に親しい人間にしか許していないその愛称を騎空団の中でも呼べるのはただひとりと一匹。クリスティアナを姉のように慕う団長、グランだった。

 あまり大きくはない声での呼びかけだったが、肩を揺さぶるのをやめたコルワから解放されたクリスティアナは、少々不服そうな顔で弟分を見下ろした。可愛がっているグランに彼女がそんな表情を向けるのは珍しいことでもあったが、グランがこれから言うであろう言葉を薄々察しての表情だったのだろうと他の団員が察するまで、数秒も無かった。

 

 

 

 背に腹は変えられない。打てる手が現状思いつかない以上、どんなに姉貴分が嫌がっていても、やってみてもらう価値はあると団長として団長命令を発動したグラン。そして土下座しかねない勢いで頭を下げる今回の騒動の遠因ともいえるユーリのダメ押しもあり、がっくりと肩を落としながらも粛々と従ったクリスティアナが嬉々としてコルワに引きずられて着替えに戻ること30分ほど。ポセイドンの様子を伺いつつ待機していたグランたちに、すいっと滑るように近づく影があった。

 

「団長、お待たせ! 準備整ったわよ」

 

 コルワのやりきったと達成感あふれる笑顔の後ろ、静かに佇む人物の姿にグランたちは息を呑んだ。

 アウギュステの一年中温暖な気候、リゾートに相応しい抜けるような青空に対比するような、白と鮮やかな緋色のコントラスト。上質な布で軽やかに織られた白衣(はくえ)と、踊ることを前提に作られたためか巫女袴に多いスカート状ではなくズボン状になった緋袴。

 その上に羽織るのは千早(ちはや)と呼ばれる薄手の祭祀用の羽織だ。胸元は朱色の胸紐で緩やかに結ばれ、袖裾には白絹に桜や梅の図柄が桃色や朱色で丁寧に刺繍され、シンプルな巫女装束に控えめな華やかさを添えている。

 緋袴には白い裳が結わえられ、裾にかけて萌黄や緑青、瓶覗色と淡い色の細長い布が縫い付けられていた。引きずってしまいそうな長さのその裾が砂で汚れないよう、着替えや化粧を手伝いに行ったユエルとソシエがゆったりとまとめた裾を手にしていた。

 

 クリスが居た世界の日本における伝統的な巫女装束に加えて、彼女は天の羽衣とも呼べそうな、透けるような薄手のヴェールを頭に被っていた。薄い金属板を打って作られたティアラ状の天冠を額に付けており、天冠から伸びる雨垂れのような金属飾りがシャラシャラと揺れる。同じく祭祀用の頭飾りである花簪などの髪留めを用い、長いウェーブを描く黒髪はうなじの後ろでひとまとめに結わえているため、普段よりすっきりとした首周りが、紅を刷かれた頬、地肌の白さと相まって清廉とした色気を醸し出していた。

 そしてコルワやソシエたちによってより美貌を引き立たせるよう化粧を施されたクリスは、衣装の荘厳さと合わせて、神がかった美しさを静かに発していた。

 

 

「わぁ……!!」

「おぉ~、すっげえキレイだぜ、ティーネ!」

「ビィくんの言う通り、美しいな……」

 

 感動の声を上げるルリアやビィ、カタリナ。その隣で言語野がやられたらしいグランががくがくと首を振って同意している。そうだろうそうだろうと出来栄えに頷くコルワがあたりを見渡せば、神々しさに当てられたのか若い団員は顔を赤くしながらぼうっと見惚れている者も決して少なくはなかった。あのパーシヴァルやジークフリート、ユーステスでさえ軽く目を瞠っている。

 純粋な褒め言葉を受けたクリスは、垂れ下がるヴェールを避けつつにこり、と目を細めてルリアたちに微笑んだ。目元に引かれた紅が細められ、眦に得も言われぬ色香を添えている。普段よりも静かな、神造めいた微笑みにノックアウトされた団員が倒れる音が砂浜に響くが、その場の誰もその音を聞きとがめなかった。気にする余裕がなかったというのが正しいだろう。カタリナやルリアさえ笑顔に当てられて顔を赤くするが、すうっと滑るようにクリスが前に出るのを見て目をしばたたかせた。

 歩く、というより鳥が舞い降りてくるようなその動きに怪訝に思いながらカタリナがクリスの足元を見れば、その足元は数センチほど地面を離れていた。その理由をすぐに悟った──クリスの足元に、いつも見かける靴はなく、赤い刺青の入れられた素足がさらされていたからだ。

 

「行ってくる」

 

 グランとパーシヴァルの間をすり抜け、一言呟きながら、ポセイドンの待つ青い海へとふわふわと宙に浮きながら滑空していくクリスティアナを、二人は重々しいうなずきと共に見送った。

 

 

 

 

 波打ち際でユエルとソシエが持っていた裳から手を離せば、ひらりと水面に白絹が扇のように広がった。緋袴から伸びる細い足首が白波をかき分けたのはほんの数歩、血法を発動したクリスティアナは地面と同じように水面に立ってみせた。それに驚くポセイドンの前まで進み出たクリスティアナは、しとやかに、朗々と言葉を紡いだ。

 

「ポセイドン。大いなる海を司る海神の名を与えられた星晶獣よ」

「……何の真似だ、人の子。空でも星でもない……虚空より至りし……異郷の民」

「……眠りを妨げた挙げ句、畏敬を忘れた人間の暴挙、謹んでお詫び申し上げる。今回の無礼に値するものとは思えないが、せめてひとつ、僭越ながら我が舞を奉納させて頂きたい」

「──舞……だと?」

「神には感謝と畏敬を持って供物や神楽を捧げるもの。なれば、神を称するポセイドン、貴方に舞を捧げてもなんら可笑しくはありますまい」

 

 しゃらり、と羽衣をかき分けて胸の前に閉じたまま掲げた檜扇(ひおうぎ)、その留め具から流れる白から濃い青に変化していく五色の垂布を捧げ持ち、鮮やかにクリスティアナは笑った。

 

 

「かつては国を支える龍の水神すら鎮めた我が舞、とくと御覧じろ」

 

 

 りぃん、と足首に嵌めた金環に繋がる鈴が、澄んだ音を波間に響かせた。

 

 

 

 

 くっきりと赤い唇が、静かに開かれる。閉じた檜扇を顔の前にかざし、目を薄く閉ざした静謐な佇まいはいっそ飲まれそうな静けさに満ちている。

 

日天(スーリヤ)よ、我が舞を照覧あれ」

 

 ここではない遠い世界、異世界で出会った太陽神の息子、人類史そのものを守るための旅で相棒と呼んだ最高のサーヴァントを思い浮かべながら呼びかける。ピアスは衣装に似合わないからと着けてはいないが、太陽の光を受けて燦然と輝く黄金と瑠璃の指輪が僅かに温もったように感じた。陽が傾き、陽光がオレンジに色づく刻限。蒼い海は紺青に色を変える中、呼びかける声に答えるように、クリスの周囲にホタルに似た淡い燐光がふわりふわりと立ち上っては消えていく。

 

弁財天(サラスヴァティ)よ、我に力を授け給え」

 

 奇妙な夢の果て、神代のインドで邂逅した流体、風、歌舞音曲、ありとあらゆる「流れるもの」を操る河の女神に祈りを捧げる。電子の海にて出会った(どく)の女王、嗜虐的でいじらしいアルターエゴのサーヴァント・メルトリリスを象徴する鉄の棘足、その細い切っ先で渦巻く水を踊り、どろどろに経験値(スライム)化した敵を吸収するドレイン能力の源泉、メルトリリスがもつ女神三柱のハイ・エッセンスのうちの一柱でもある。

 その女神の恩恵は、波こそ高くないとはいえ荒ぶっていたさざなみを、クリスの周囲に波紋状に広がった青い光が打ち消し、水面に白く透き通ったまぼろしの蓮華を咲かせ始めた。何処からともなく聞こえてくる笛や琴の音にポセイドンやグランたちは音の発生場所を探ろうとするが、海全体からその気配が感じられ、星晶獣の気配を感じ取れるルリアや、魔物さえ鎮められるリラの名手であるアンリエットさえ首を傾げさせた。

 

 静かな海辺を切り裂くように澄んだ笛の音が響き渡ると同時に、勢いよく檜扇を開いたクリスがとんっと見えない水床を裸足で打ち鳴らすように踏み出した。尾を引くように裳と羽衣が風をはらんで棚引く。かろやかな脚さばきのたびに胸元の菊結綴が揺れ、踝に嵌められた華奢なアンクレットが跳ねるように打ち鳴らされた。

 指先、つま先に至るまで神経をはりつめたようにスラリと伸ばしながら、一挙一動はなよやかにしてたおやかだ。静かに、時には大胆な動きでくるりと衣装の重さなど無いかのように回る度、檜扇の動きに合わせて水面から立ち上った水流が静謐な舞に躍動感を添えた。水面から生まれては宙で消える燐光は妖火のようにゆらゆらと立ち上りながら幾重にも重なり合い、白い千早や羽衣を透かし、美しくも幻想的に舞を彩っていく。

 この世界の舞は多くは華やかなものが多い。ガイーヌのようなアラビアン風の衣装に身を包んでの息を呑むほど鋭い剣舞、アンスリアのような魔法の炎を用いて踊る情熱的な舞、そしてディアンサたち五花の巫女のようなアイドルにもにた舞。

 それとは対象的な、静謐さとぴりりとした緊張感が伴う、雅やかな舞はこの世界の者たちにとって目新しいものであった。

 

 陽が落ちてゆき、海辺がうっすらと夜の色になじむ頃。燃え落ちるような太陽の光から、空に輝く月から落ちる虹色の月光に移り変わりながら照らされた神舞いは、名残を惜しむように溶け消えていく笛の音とともに幕を閉じた。

 舞が終わるまでの短くはない間、その場に居た誰もが言葉を発せず、神秘的な光景にしばらく魂が抜けたように飲まれていた。

 奇妙な静寂を打ち破ったのは、唸るように低い声を轟かせたポセイドンだった。

 

「……見事なり。貴様のその舞と後ろの者共の不屈の執念に免じて、島を落とすことはやめてやろう」

 

 苦々しげな表情ではあったが、それまでの威圧するような荒々しさは消え、苦しげでもあった途切れ途切れの声に怒気はない。アウギュステのビーチはいつもの穏やかさを取り戻していた。一か八かの作戦が功を奏したことに、グランたちはほっと安堵のため息を漏らした。

 

「厚情、感謝致します」

「二度はないと覚えておくがいい」

 

 無言で薄衣を被った頭が垂れる。平伏したままのクリスを一瞥してルリアへと視線を向けたポセイドンに、ルリアもそろそろと波打ち際に近づいた。ポセイドンの鉾先から光が集まり、手のひら大の光の玉が生まれたところでふよふよと空中を漂い、ルリアに吸い込まれていった。普段なら鎮まった星晶獣が光の断片となってルリアに吸収されたところで終了なのだが、普段とは違う流れにルリアとグランが首を傾げた。そんな二人の前で、ポセイドンの視線が砂浜へ向かって戻る途中だったクリスに再び差し向けられた。

 

「……虚空の民、名は何という」

「は、え、クリスティアナ、ですけど」

 

 舞が終わって肩の力を抜いたところで再び話しかけられ、疲労で少し曲がっていた背筋を伸ばしながらクリスが返答すると、ポセイドンは数秒沈黙した後、フン、と鼻を鳴らした。疑問符を頭に浮かべて呆気にとられる人間たちに構うこと無く、水神は目を細め、再び鉾を今度はクリスティアナに差し向けた。ルリアのときと同じように生まれた光の玉はクリスの手元にたどり着くと、蒼い大粒の鉱石が嵌め込まれたブローチになって、ころんと掌に転がり落ちた。

 

「!?」

「持っていくがいい。水を操り冷気を生むその血、無より水を生む我ならば消耗を補えよう」

「!」

 

 ブローチはポセイドンの額を飾る天冠と同じ鈍い金で、貝殻や水流を模した彫刻が施されている。プルシャンブルーの美しい鉱石からはポセイドンが発している闘気と同じ水属性の波動を感じた。つまるところ、これはポセイドンの加護付きのブローチ、ということだ。

 血法の弱点を見透かしたようなポセイドンの言葉に、ブローチとポセイドンの青い目を交互に見返し、数秒の空白の後、クリスはぎゅっとブローチを握りしめた。

 

「ありがとう、ポセイドン」

「見事な舞の礼だ。その技量、みすみす死なせるには惜しいゆえな──―」

 

 言いたいことは言ったとばかりに光の粒になり、ルリアに流れ込むように消えたポセイドン。それを最後まで見守っていたクリスは、お疲れと快哉を上げて駆け寄ってくる仲間たちに、ひらりと片腕を掲げて砂浜へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

「見事だった。流石は俺の秘書(かしん)だ」

「だから家臣は無理だって……うん、まあ、ありがとう」

「いやほんとに美しい舞だったぞ」

「歩くたびに華が咲いて、光と一緒に踊ってるところなんか夢みたいだったよな~!」

「うむ。……しかし、あれだな」

 

 砂に引きずってしまう裳は早々に取り払ってコルワに預け、ナルメアが甲斐甲斐しく差し出してくるタオルやジュースを受け取りながらクリスが舞の疲れを癒やしていると、フェードラッヘの(元含む)騎士四人が話しかけてきた。

 口々に褒められて困ったように照れ笑いを浮かべるクリスだったが、不意にジークフリートが言葉を切ったのに首を傾げた。ことりと首を傾げる動作が薄絹を被ったままということもあって小動物じみてみえるな、と周囲が明後日の方向に思考を飛ばす中、その羽衣をちょいと身を屈めながらめくったジークフリートが、クリスと目を合わせて破顔した。

 

「この衣装だと余計に、天女のように何処か遠くに連れ去られてしまいそうだな」

「そういうところだぞジークフリート……」

 

 兜を脱げばたちまち街の女を虜にする美丈夫がさらりと発した、口説き文句じみた褒め言葉に、んん”っ、と喉元で照れをこらえながら苦言を呈したクリス。何故か流れ弾を食らったヴェインとランスロットが身近で身悶え、パーシヴァルが呆れたように深い深いため息をつく。その様子に不思議そうにきょとんとしてみせるのだから、この三十路男は罪深い。

 情熱の国ともいわれるスペインで生まれ育ったクリスはラテンの価値観から熱烈な口説き文句は周囲で日常的に飛び交っていたので慣れているし、義兄が仕事上ハニートラップで情報を集めてくることもあり耐性がついている。自身もライブラの窓口として社交界に顔をだす機会も多かったため、上っ面だけの薄っぺらい褒め言葉など聞き飽きてすらいた。逆に、そういった耐性がなければ、ジークフリートの言動は相手に口説かれていると勘違いされてもなんら可笑しくないだろう発言だった。過去に美女(特に人妻)を見たら敵であろうが助けたり口説いたりする某湖の騎士という前例がいたこともあり、ジークフリートにその気が全くない単なる褒め言葉として受け止められた。

 

 だがしかし、そうか。

 薄絹が風に煽られて飛んでいかぬよう、絹地の下で額を飾る天冠と繋がっているために、未だ脱いでいない半透明の羽衣の裾を手でたぐり、クリスは心中でつぶやいた。

 

 天女、とは中々馴染みのない言葉である。緋袴ではあるが、羽衣を被って笛の音とともに舞う姿は、どちらかというと牛若丸の伝説をクリスに思い起こさせる。弁慶の薙刀をひらりひらりと躱す薄幸の美少年。牛若丸と聞くとどうしても首級を上げたがるライダーが思い浮かんでしまうが、この場合クリスが生まれ育った世界の日本に伝わる伝説の方の少年である。

 

 

 流石に見かねたパーシヴァルがガミガミとクリス以上にジークフリートへ苦言を呈している中、ふと何かを思いついたようにぱちりと瞬きをしたクリスは、薄衣の下でにまりと笑みを浮かべた。眦とくちびるに引かれた紅と、銀を撒き散らしたように頬をきらめかす汗の粒で普段よりいっそう蠱惑的な雰囲気を纏っていたクリスは、そうだなぁといたずらっぽく声を上げる。

 その声にん? とジークフリートたちがクリスに目を向ける中、彼女は顔が見えるよう羽衣の前を手でたくし上げ、うっそりと眦を細めて艶然と微笑んだ。小さな野花が集まって綻ぶような、ささやかな普段の笑みとは違う。目を奪う艶やかな大輪の花が花開くような、意図的に自らの容姿の有用性を理解して利用するような、計算された女の笑みが周囲の視線を惹き付ける。

 

「わたしを天女と言うなら、何処かに飛ばされないよう掴んで離さないでくれるかい?」

 

 普段、気にかかる策謀の兆しに対して周囲に黙って単独行動を起こしがちであり、その道中に断ろうがなんだろうがほぼ強制的に着いて行かされる羽目になる、戦友とも悪友ともつかない男への、普段の意趣返しも含めたささやかな言葉遊び。

 色気を伴った笑みと相まって、普段なら口にもしないような口説き文句で返してみせたクリスに4人が言葉を失い、誰かがなんとか硬直から解かれて言葉を絞り出そうとした、矢先──

 

「クリスさーん!!」

「ああ、ルリア。今行くよ」

 

 大手を振って名前を呼ぶルリアに反応し、一瞬で普段どおりの雰囲気に立ち戻ったクリスがさっさと踵を返して立ち去る。

 残された四人がどんな反応をしていたか。それは怪訝に思った他の団員から声を掛けられるまで、硬直から暫くの間立ち戻れなかったとだけ、一部始終をニヤニヤと眺めていたカリオストロは呟くのだった。

 

 

 

 **

(おまけ・ポセイドンがブローチをくれた理由)

 

 後日、事件の余波による家屋の倒壊の復旧作業が進む中、クリスティアナは島の図書館を訪れていた。蔵書数はそれほど多くないこぢんまりとした図書館だったが、埃一つ被っていない本や棚が、管理者や司書の几帳面さを物語っている。そんな中、島の歴史や伝説にまつわる本が集められている棚の前に居たクリスは、本の一つを選び取って抜き出した。索引と目次をめくり、めぼしいものがなさそうなら戻してと、とっかえひっかえを繰り返していた彼女は、目当ての名前を見つけてページを繰った。

 

 ──ポセイドン。

 ──海界を支配する気高き星晶獣。無から水を生み、さらに水場を住処とする魔物を創りだすことが出来る。

 

 神舞いを披露した後、加護の籠もったブローチを渡してきた星晶獣のことをきちんと知るべく、クリスティアナは島の守り神である星晶獣のページに目を通す。無から水を生み、というところで、あの時の『消耗を補える』とポセイドンが言った意味に納得した。

 

 クリスが扱う血法は魔法とは根本的に異なる。魔法は魔力と呼ばれる人間の中に流れる生体エネルギー、あるいは自然の中に満ちるものに指向性を与え、魔法として炎や水、風をゼロから「生み出す」技術である。

 しかし、血法は属性の血液を術式によってその属性の持つ力に「変化」させ、あるいは「干渉」する技術。ルーツとしては石を黄金に変えうるなど、等価交換を基本ルールとする錬金術に近しい。

 だからこそ大技になればなるほど血液の消費量は増大し、比例して失血死のリスクも高まる。

 だが、血法は自然法則に従い、属性血液に近しい触媒があるとその難易度や消費量が少なくて済む利点がある。クリスの場合は、凍らせる範囲が雨や霧などの水気に包まれていれば、普段よりぐっと負担が少なくて済むのだ。

 

 ポセイドンがどうやってその事を知っていたのかは不明だが、ポセイドンの「無から水を生み」という能力は、クリスとしては非常にうれしい効果である。

 そんな中、文章をさらに読み進めていたクリスは、はたりと文字を目で追うのをやめた。もう一度引っかかった部分に目を通す。

 

 ──人と語らうことを好む珍しい星晶獣であり、星の民からは、水辺とそこに住む生物全ての管理を任されていた。

 

 ……この一文を見て、なんとも言えない気持ちに陥った。この文の人が星の民を指すのか、それとも空の民も含まれるのかは謎だが、人間と語らうのを好む穏やかな星晶獣を、あそこまで怒り狂わせたのもまた人間だということが。

 せめてルリアの中で静かに眠り、時折出てきて話ができれば、と思う。星晶獣の中には団員と交流……というかちょっかいをかけるのが好きなものもおり、ティアマトやユグドラシルなどはわざわざ人間スケールまで縮んで艇の中を散歩していたりする。

 

 さびしかったのかな、とクリスティアナは本を閉じながら、午後の光が柔らかに差す室内でぽつりと呟いた。

 

 

 




**
 龍鎮めの下りは「銀の弾丸2」で出てきていた「日本の牙刈りに多大な恩を売った」の一端です。ガチで書くとジャンルが行方不明になるので掘り下げなかったんですがここでちょい出し。牙狩り日本支部について趣味丸出しの捏造かましてる(陰陽師が多いとかなんとか)ので気になる方は「銀の弾丸」編をお読みください。「ライブラ秘書嬢」シリーズはルートが繋がってるようで繋がっていないように見せかけて、些細な設定は外伝含む全シリーズ共通だったりするので……

 ポセイドンのくだりは公式説明文より。人間好きなのに無体働かれたらそら怒るわな。


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肌になじむ懊悩


※リクボで度々頂いてた傷・刺青バレネタ。うっかりラッキースケベしてしまうパーさん。
※パーシヴァル×クリスっぽい表現あります。恋愛表現苦手な方はブラウザバックで。



 

 我が相棒、パーシヴァルは王の気質を持つ男である。理想の国を作るためと、若い身空にこうして様々な島々を渡り歩き、難事を切り開いていくのを、旅路を共にする中で見てきた。絵空事と笑われそうで、とても尊い理想を実現するために、研鑽と行動を欠かさない男。いずれは、必ず国を率いる王となる人。だが、彼は王である前に騎士である。弱きを助け悪を挫き、正義と主君に忠義を捧げる騎士なのだ。

 

 

 

 自分にとあてがわれたグランサイファーの自室。多くの団員たちがやれ依頼だの買い物だのに(ふね)を空けている時を見計らってシャワーを浴びた私は、タオル一枚を身体に巻き付けただけの姿で脱衣所からぺたぺたと間抜けな足音を立てて、姿見の前に立つ。濡れてしんなりとしたブルネットの先から滴り落ちる水滴が、肌を滑り落ちて艶めくマガボニーの床に丸を描いていくのに構わず、鏡の中に映る傷だらけの身体を眺めた。

 タオルに覆われていない鎖骨まわりから伸びる赤い入れ墨が、白い肌と対比して鮮やかに紋を浮かび上がらせている。それよりももっと目を引くのはうっすらと筋が入って割れかけている腹筋と、すんなり伸びた長い脚、その胴、背中、つま先に至るまでのあちこちについた傷跡だ。切創、銃創、火傷の痕。引き攣れた皮膚はそこだけ色が違う。

 足裏は幾度も技を使うために針を踏み続けて内出血で青黒く滲み、足の指の皮膚は手のそれよりも少しばかり黒ずんでいる。氷のエスメラルダを修めた者が修行中に誰しも通る、凍傷で壊死一歩手前まで進行した名残だ。血流操作においては天賦の才があり、内出血だろうと循環不良だろうと血液を操って取り繕うことなど造作もない自分が、わざとそれらの名残を残しているのは、単なる戒めだった。己の力に溺れ、驕らないようにと。

 とてもルリアのような天真爛漫で感受性の強い少年少女には見せられないひどい代物ではあるが、背中の屈辱的な暴力の痕とは違って、足のそれは死に物狂いで磨いたエスメラルダ血凍道の修練の証であり、誇りを示す勲章だった。

 

 血は繋がっていないはずの義兄とよく似た、鮮紅色の垂れ目と濃く、きりりと釣り上がった眉。顔はハニートラップに使える程度には整っていると自負はしているが、服の下は自分でも女としてどうかと思うような傷だらけの身体。

 五歳のときに教会でエスメラルダの適性を見出されてから20年。そして諸々の異世界渡航含めてのプラスアルファの数年間。いつも異世界渡航が終われば飛ばされる前の時間軸の身体に戻されるため便宜的に25歳を名乗ってはいるが、体感時間としてはその年齢以上の年月のほとんどを、戦いに費やしてきた。傷の数だけ修羅場を潜り抜けてきたようなものだ。

 ……私という人間の醜悪さの証左でもあった。

 

 正義のためのはずなのに、正義を守るために取る手段は限りなく悪に近い。大義はあれど、どう取り繕ったって私はただの人殺しである。

 悪をもって善を守る。私にとってなによりもかけがえのない人を守るためだけに、さして執着もない世界を救うために手を血に染めた。裏切り者、スパイを直接手にかけはしなくとも、数多く居る構成員の中から限りなく黒に近い者をあぶり出し、粛清に加担している時点で同罪だ。

 汚れ仕事を請け負ったことを後悔したことはない。友と呼んだものを自分の手で氷漬けにして私設部隊に引き渡し、死ぬよりも辛い拷問にかけさせた罪から逃げる気も毛頭ない。私が生きるために、殺したのだ。彼らの命を背負って私は今ここに立っている。あの異界都市が消え、吸血鬼の脅威が減れば、すぐさま自らの罪を認めて自首しようかと考えるほどには、許しがたい蛮行でもってライブラを守り、世界を救ってきた。

 

 他の誰でもない、私自身に、私のすべて、なにもかもに、私は絶望している。

 

 パーシヴァルの家臣への誘いを有耶無耶にして保留にし続けているのもそのせいだ。

 

 戦闘能力だけでなく、並外れた頭脳、情報網を求められることは数多くあった。何も持たない私は、命の恩人であるクラウスとスティーブンを支えるために、組織の補佐を務めるために必要なあらゆるものを身に着けた。そうでもしないと自分に価値など無かったから。自分の身も守れないお荷物にはなりたくなかったし、世界の盾となる彼らの支えになればと思った。そのために怪物じみたものに変容してしまった頭脳を活かせるなら、実験動物扱いされた地獄の数年も無駄では無かったと認めることができた。

 でも、私の信念、私の覚悟を、認めてくれたのは。能力だけを見て欲するのではなく、私という人間が欲しいと言ってくれたのは、パーシヴァルが初めてだった。

 たとえ私の犯してきた罪を知らずとも、ある折に呟いた「正義も悪も大差ない。立場が違うだけだろう」という言葉が妙に心に刺さって、私が勝手に救われたのだ。不必要に自分を貶めなくてもいいのだと言われた気がして、嬉しかったのだ。

 ……それでも、パーシヴァルの理想の国に、彼の隣に家臣として立つ自分が想像できない。闇にどっぷりと浸かってしまった自分では、いつ元の世界に帰るともしれない自分では、やはりあの赤い王の信頼する家臣にはふさわしくなかろうと思ってしまうのだ。

 

 

「──い、おい、クリスティアナ。入る、ぞ……」

「──え?」

 

 苛立ったような声が不意に耳に入り、はたと我に返って振り向けば、ぎょっと朽葉色の目を見開いたパーシヴァルが自室のドアを開きかけた体勢のまま固まっていた。ぱちり、と瞬きをした拍子に、瞳から冷たい滴がこぼれ落ちて頬を濡らし、鎖骨にぶつかって弾けた。

 ノックの音も呼びかけも、あまつさえ近づく気配すら気付かなかった不覚を取った事にしまったと思うよりも、今のタオル一枚しか身に纏っていない己の姿を思い出して私は青ざめた。

 普段徹底して露出を控えている自分にとって、身に纏っているのがタオル一枚という裸にも近い姿を見られたことに対する羞恥ではない。そんな可愛げなどではない。常の堅物なパーシヴァルなら顔を真っ赤にして、即座に踵を返すところだが、それを忘れてじっと見つめている場所が、最も醜く残った火傷痕、爛れ引き攣った背中だと気づいたからだ。

 これまでこの傷を見て浴びた侮蔑、興味本位の探る目、遠慮のない気味悪がる声を思い出して顔から血の気が引いた。

 

「パ」

「……おい、クリス。その火傷痕はどうした、誰に付けられた、言え」

「え、あの、ちょ、パーシヴァル、落ち着いて」

 

 カツカツと鉄靴を鳴らして歩み寄ってきたパーシヴァルの声は聞いたこともない低さと鋭さだった。詰問されるようなおどろおどろしいトーンに面食らい、思わず胸の前で片手を掲げて制止しようとするが、構わず彼我の距離を詰められ、睨めつける視線の鋭さに押し黙った。頭の先から爪先まで、市場で目利きをするような、感情を挟まない確認のような目つきが肌の上を這う。常から刻まれている眉間のシワがさらに寄ったのを見て取って、気まずさに目を伏せた。

 居心地の悪い空気に肌を冷やすこと数呼吸分、パーシヴァルが静かに口を開いた。

 

「……かなりの古傷とはいえ、お前ほどの技量の女が背中に深い火傷を負うなど相当だろう。しかも燃え盛る火に灼かれたのではないな? 何度も焼きごてを押されたような痕だ」

 

 大きな手が頬を滑り、髪から滴ったものではない水気で濡れた目元を指の腹で拭われる。自然と見上げる形になった精悍な面差しは、憂慮で険しく顰められていた。

 

「お前を害したのはどこの下郎だ。消し炭にしてくれる」

 

 見上げた先の朽葉色の瞳に、怒りの炎が燃え上がっている。自分のことのように憤怒を示す姿に、本当に実行しそうな苛立ちの籠もった声に。私は瞬きを繰り返した後、湧き出る感情のまま、ふふ、と笑みを零した。笑うつもりはなかったのだが、心配されて嬉しくて、少しむず痒かったのだ。

 

「!? 何故笑う、俺は本気でだな……」

「いや、うん。流石はパーシヴァルだなと思って」

「は?」

「これを見て気持ち悪がるどころか、真っ先に心配してくれるところが君らしい」

「……」

 

 途端にスンッ、とチベットスナギツネのような(こっちであの動物のようななんとも言えない真顔の例えが思いつかなかった)真顔になったパーシヴァルに己の失言を悟ったが、どこが彼の癇に障ったのか分からずうろたえる。と、ばちっと目の前に火花が走った。無防備だった額を指で弾かれたのだと遅れて思考が追いつく間に、思わず軽くのけぞり、額を押さえた。

 

「!! っ、いった」

「お前というやつは、ほんとうに、……いや、何も言うまい」

「ええ? ……まぁいいか、とりあえず着替えたいから出てってほしいんだ、け、あ」

 

 手を離したり後ろにのけぞったりしたのが良くなかったのだろう、巻き付けていたタオルが不意に緩んだ。胸元でゆるく折り込んでいたタオルの端が、身じろぎのはずみで外れ、ぺろりと前に垂れ下がる。タオルの端をとっさに掴んで生まれたままの姿を晒すのは免れたものの、眼の前に立っていたせいで大きくはだけた胸元を、不可抗力で目の当たりにしてしまった戦友の白い肌がボッ、と火が吹き出そうな勢いで朱に染まった。生唾と声にならない悲鳴を飲み込んだらしい喉から、音になりそこねた声の残滓が尾を引く。

 

「~~~~~ッッ、早く服を着ろ馬鹿者!!!!!」

 

 バサーッ、とパーシヴァルが肩に掛けていた上着を顔めがけて投げつけられ、視界が塞がる。その間にドアがけたたましく閉まる音と荒々しい足音がものすごい早足で遠くに去っていくのを感じながら、私は大きな上着を顔から引っ剥がしてため息をついた。

 

「人を痴女みたいに言わないでほしいんだけどな」

 

 露出狂の趣味はない。

 そんな独り言を受け止めてくれる相手もいないので、手触りの良い布でつくられた上着を軽く畳んで、皺にならないよう椅子の背に掛け、また誰かに侵入される前に衣服を手早く身につける。そうして革のブーツに足を通すころ、不意にとあることに気づいた。

 

「……そういえば、何の用で来たんだ?」

 

 傷を見られた上にあのラッキースケベで顔を合わせるのは少々気まずいのだが、投げつけられた上着を返さなければならないし、私に用があるなら聞きに行ったほうが良いだろう。

 そう思い、上着を腕にかけた私は、パーシヴァルの気配が遠ざかっていった方向に向かって部屋を出た。

 

 

 

 その頃、色々悶々と考え込むパーシヴァルの赤らんだ頬を見咎めて、艇に戻ってきたヴェインやランスロットにからかわれているところに出くわし、パーシヴァルの反応から色々とフェードラッヘ組に邪推されてニヤニヤされることなど、つゆとも知らず。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……危機感というものが無いのかあいつは」

 

 知らず口をついで出る悪態に覇気はない。顔の半分に当てた手から、覆った頬が熱を持っているのが伝わってくる。

 本来なら嫁入り前の同年代のうら若い女の着替え途中に、断りを入れたとはいえ踏み入った時点ですぐに踵を返すべきところを、背中の尋常ではない火傷の痕を、彼女の壮絶な人生が見て取れる傷だらけの四肢を見て、踏み込んだのは自分だ。タオルが外れかけ、きわどい場所ぎりぎりまでうっかり見てしまった胸元とて、自分の行動に大いに遠因があるから責められない。

 つまるところ、ずっと早鐘を打ちっぱなしの心臓をどうにか宥めすかし、目に焼き付いてしまった眼福からくる煩悩を払おうと、身体の内のエネルギーを八つ当たりじみた怒りに転換させているだけなのだ。思考を明後日に飛ばしていなければ、引き締まっていながら柔らかそうな印象を与える白肌がむわむわと頭に浮かび上がって、顔以外の場所に熱が集まりかねない。

 

 顔の熱を冷ますためにグランサイファーの甲板に足を向ける。団員の殆どが出払ったグランサイファーは、いつもの喧騒が嘘のように静まり返っている。廊下には窓から温かい陽光が差し込み、飴色の木床に光の波を描いていた。

 ふと、パーシヴァルは歩みを止めた。

 

「(だが、あれならば色々と納得がいく)」

 

 パーシヴァルやクリスティアナよりずっと年下の少年、グランが率いる騎空団は、星の島、空の果てにあるイスタルシアを目指し空の航海を続けている。道中、団長やルリア、カタリナといった古株の面々の気質からか、立ち寄った島の村人からの依頼や困りごとを解決するべく色々と依頼を受けることも多い。路銀や対価の釣り合いを目当てにせず、時には慈善で手を差し伸べる稀有な彼らの志に賛同するようにして、騎空団に所属を決めたものも多い。パーシヴァルやクリスもそういった経緯でこの艇に参加した。

 

 数多くこなしてきた依頼の中で、荷物運びは特に多い依頼だ。持ち逃げされる可能性は否定できないが、そういう場合は騎空団の信用に関わる上、違反を繰り返すようなら全空の秩序を維持する秩序の騎空団が黙っては居ない。魔物が多い島などでは陸路より遥かに安全で多くのものを運べるため、騎空団への依頼は絶えない。

 とはいえ、騎空艇が停泊できない山間だったり、開けた場所のない地では商隊を護衛したりというパターンも多く、そういった依頼では日数を跨ぐため、森のなかで野営することも多かった。

 

 となると、必然的に川などで水浴びをして身を清めることもある。老若男女入り交じる騎空団なので、そういう場合はいくつかのグループに分けて、水浴びをしない面々は水浴び場が直接見えない距離に離れつつ、覗きをしそうな不届き者は持ち場を抜け出していないか何人かで常にマークしながら、川の周辺を警戒するのを繰り返すのがルールだ。

 

 が、そのことに関してパーシヴァルはつい数日前、カタリナから相談を受けていた。

 同性であってもクリスティアナが誰かと共に水浴びをするのを頑なに(とはいえ角が立たないようのらりくらりと理由を並べ立ててだが)拒み、いつの間にか身奇麗にしているのだが、なにか事情を知らないか、と。

 まっとうに考えて、同性のカタリナですら聞けない理由を自分に訊くのはお門違いではとパーシヴァルは一瞬思ったものの、騎空団に所属してからの年月よりもずっと長い時間を共に旅していた身だからこそ、なにか知っているのではと望みを掛けたのだろうということに思い当たって、喉から出かけた苦言を飲み込んだ。そうしてそのまま首を横に振った自分にそうか、とカタリナが肩を落としたのは記憶に新しい。

 

「ま、まぁクリスのことだ。何か訳ありなのだろう……グランがあれだけ慕う人格者だ、我々を嫌って、という訳でもないだろうしな。すまない、妙なことを聞いてしまった」

 

 クリスを心配してのカタリナの言葉に気にするなと返したものの、そのことが心にずっと引っかかったままだった。

 

 

 何しろ、グランサイファーに乗るまでの数年間、共に旅をしていても、パーシヴァルがクリスの身の上について知っていることはごく僅かだ。殆ど知らないと言っても良いほどに。

 出会いこそ、諸国漫遊の途中で訪れた、のどかな村を襲った魔物のスタンピードに出くわし、まともに戦える者が居ない村人たちを守るため、お互いよそ者ながら奮戦した、というものだ。

 

 それだけならこのご時世では悲しいかなよくあることだが、魔物の大群に対してたった二人という圧倒的劣勢ながらも互いの機転と火力で戦況をひっくり返し、消耗を強いられながらもなんとか防衛を成し遂げ魔物を倒し終えた後、クリスティアナが戦いを終えて自分とパーシヴァルに必要な処置をした後、休まずにそのままの足で傷ついた村人たちを重症のもの、身体の弱い子ども、老人、妊婦を優先して治療して回ったのを見たからだ。

 大した傷でもないのに先に俺を治せとわめく男にも怯むどころか理路整然と論破し、暴言を浴びせられながらもその男もきちんと治療して回った胆力と正しさはもとより、治療すべき怪我人の見極め方、重症を負った者への手当の仕方を、自分が居なくなった後も怪我人の家族が行えるよう、理解し実践できるまで手ほどきに付き合う姿に、安い言い方をすれば感動したのだ。言動から滲み出る、自分にまだない知識を感じさせる知性と、それを行動に反映させている女の旅人は、理想の国を作るために様々な島、村を漫遊するパーシヴァルには、是が非でも家臣に迎えたい理想的な人間だった。

 

 家臣への勧誘は断られ続けているが、パーシヴァルの理想を聞いても一笑に伏すどころか「貴方なら出来そうね」と穏やかに肯定したクリスと縁あって、二人で歩んできた旅の日々は心地よかった。クリスティアナは互いのプライベートな事情は弁え、あれこれと深く立ち入ってくるような厚顔さは見せず、ウェールズの三男と知っても色目ひとつ使わなかった。パーシヴァルを一人の騎士として、一人の個人として、身分関係なく対等に接してきたのが気楽だったのかもしれない。

 戦術のことで意見を求めれば、自分では思いもつかなかった、はっとさせられるような案が出てくる頭の柔軟さ、見識の深さも興味深かった。自分のことを話すよりも相手の話を聞くほうが楽しそうにする聞き上手であったし、旅の途中で訪れた村の、戦争や魔物のせいで親をなくした子どもたちにピアノや琴などその場にある楽器を使って音楽を爪弾き、聞いたこともないおとぎ話や冒険譚、伝承を語るのが上手い語り上手でもあった。

 自分より2つ年下の、庶民とは思えない教養の高さ、立ちふるまいから、自分に似た上流階級特有の気品さを感じるのに、妙に世渡り上手で類まれな戦闘能力を持つアンバランスさから、よほど訳ありなのだろうと思って、旅立った理由も、旅をしている目的も深く訊くことは無かった。

 

 

 だが、あの火傷痕をみれば、大体の事情は察せてしまえた。

 背中に幾度も真っ赤に熱した焼きごてを押し付けられたような痕が重なってできた火傷痕の色濃さから、その皮膚の爛れた程度、深さ、それに伴った激痛を推し量れてしまった。パーシヴァルの愛剣のように炎を纏った武器で傷つけられたわけでもなく、土地を焼く炎に服ごと皮膚をあぶられたのでもなく、人為的な悪意に無理やり屈服させられた上で、人を人とも思わぬ行為を繰り返した下衆の仕業なのだと。傷跡の周囲に走る皮膚の引き攣れを加味すれば、成長期という一番回復力の高い時期に受けた傷にもかかわらずあれほど残るほど、惨憺たる目に遭ってきたのだろう、と。火傷以外にも体中に走る刀傷、銃創、それらの暴力に対抗するために酷使した足の損傷ぶりを見れば明らかだった。

 かつてフェードラッヘの黒竜騎士団に所属し、今も様々な国の姿を見てきたパーシヴァルでさえ一歩気圧されてしまうような、クリスティアナが文字通り血反吐を吐いて手にし、積み上げた人生の証。

 クリスの口ぶりからも、これまで何度も醜いだの何だのと、口さがないを言葉を囁かれ、白い目を向けられてきたのだろう。彼女の性格を考えれば、良好な関係を築いてきたグランたち騎空団の団員たちに知られた後の反応を恐れ、気遣ったに違いない。そんな輩は居ないとは思うが、想像するだけで胸を押しつぶしていても不思議ではない。傷を見てしまった自分を見返す鮮やかな紅色の目は、隠しきれない動揺と怯えでゆらぎ、常に大きく崩れない表情ははっきりと分かるほど青ざめていたのだから。

 

「……何度、泣いたのだろうな」

 

 彼女が自分の闖入に気づいて振り返る寸前、姿見越しに見たその表情は、驚くほど空洞だった。どこにも焦点の合わない、星の消えた蘇芳は暗く翳り、感情を映さない美貌は人形のように生気を感じさせなかった。人とはあんな顔も出来るのかと驚くほど、絶望という言葉が似合いすぎる姿だった。振り返りざまに生気を取り戻した彼女の頬を伝った涙が、泣いているというのに、確かに彼女は生きた人間だと、見ているこちらをほっとさせるくらいには。

 だから、彼女にあんな顔をさせた人間がどうしようもなく憎らしく、今すぐ消し炭にしてやりたいほどの怒りに震えた。あんな顔をしないで済むように、元気づけてやりたかったのだ。得意の話術で(といっても今回は無意識だろうが)上手いように斜め上に話をはぐらかされてしまったのには気づいたが、あまりに年相応の少女のように、可憐に笑うものだから、気勢を削がれて追求する気になれなくなってしまった。

 ……だからだろうか、妙に庇護欲が湧いてしまってむず痒い。

 

 

 そうやって甲板の縁に寄りかかって頬杖をついて悩みこんでいたのが良くなかった。

 

「泣いてたって、誰が?」

「!!!!???」

 

 にゅっと背後から湧いて出た気配と声に、ごまかしきれないほど派手に肩が跳ねた。即座に後ろを振り向けば、不思議そうな顔で首を傾げるランスロットとヴェインが立っていた。

 

「ききき貴様ら、いつの間に」

「いや、今さっき。珍しくパーさんが一人で黄昏れてるからどうかしたのかなって」

 

 そう語る二人は鎧姿ではなく平服で、手には中身がこぼれそうなほど詰め込まれた紙袋が抱えられている。気配を察知出来なかったことにもそうだが、声に出したつもりがなかった声が独り言として零れていたことに舌打つ。

 

「で、誰が泣いてたんだ?」

「……貴様らには関係のないことだ」

「いや、気になるって! 誰か落ち込んでるなら元気づけてやりたいしさ」

「そうだぞパーシヴァル、口ぶりからして騎空団の誰かだろう? ……というか、何か顔が赤くないか、お前」

「!」

「……え、まさかパーさん、パーさんに限って無いと思うけど、誰か泣かせた上で顔赤くしてんの?」

 

 どう曲解したらそんな発想に至るのか。駄犬ヴェインの当たっているようで全くの見当違いな、ともすれば変態扱いするような言い草にひくりと口元が引き攣った。ランスロットがあーあ、と苦笑するような、それでいて展開を少し楽しんでいるような質の悪い中途半端な笑みが余計に癇に障る。

 

「駄犬……貴様、よほど命が惜しくないと見えるな……」

「あっちょっとまってパーさん、俺が悪かった、悪かったから剣抜こうとするのやめよう!? 俺今丸腰だし折角の買い出ししてきた食材が駄目になっちゃうから!!」

「まあまあ、パーシヴァル落ち着けって」

「貴様も貴様だランスロット……!!」

 

 腰帯に提げていた愛剣の柄を掴み引き抜きかけたその時、甲板と船室を繋ぐドアが開いて、よく通る声が俺の名を呼んだ。

 

「パーシヴァル!」

 

 ぎっ、と反射的に身体の動きが止まる。

 ほんの小さなヒール音を鳴らしてこちらに駆け寄ってくるのは、先程上着を投げつけた相手だった。腕に畳んだ俺の上着を掛け、小走りで駆け寄ってくるクリスはきちんと身なりを整えてはいたものの、急いだのかしっとりと髪は濡れたままで、化粧こそ施していないが、湯上がりの上気した頬が妙に艶めかしい。ほぉ、と傍らの二人も意味深なため息を吐くほどだ。先程の失態も手伝って、ようやく引いていた頬の熱がぶり返しそうなのを、気力で抑える。

 

「さっきはわざわざ訪ねてきてくれたのに色々ごめん、何か用があったんじゃないかと思って」

「……気にするな、というかきちんと髪を乾かせ、風邪を引くぞ」

「あ、忘れてた。まぁ大丈夫だよ。上着もありがとう」

「ああ」

「それで、何か用だった?」

「……大した用じゃない。が、少し前にもう少し上等な魔石や布がほしいと零していただろう。良さそうな店を見かけたから行ってみてはどうだと伝える予定だっただけだ」

 

 ことりと首を傾げるクリスから視線を反らし、何気なさを装って嘯いた。

 魔石や布を欲しがっていたのも、店を見かけたのも本当だが、訪室したのは別の理由──カタリナからの相談事を、遠まわしに訊ねてみるつもりだった。

 だが、その理由も分かり、この場にランスロットやヴェインという第三者がいる以上、無闇矢鱈にトラウマを言いふらして引っ掻き回す真似をしたくないがゆえの、真実と嘘を織り交ぜた言い訳だったのだが──

 

「ほほぅ」

「へえ」

 

 視界の隅でニヤニヤと意味深な笑みを浮かべる二人に、パーシヴァルはこめかみが引き攣るのを感じた。絶対に良からぬ事を考えているとすぐわかる、生暖かい視線と表情に苦言を呈そうと口を開きかけたものの、ぱっと表情を明るくして腕を掴んできたクリスの声に邪魔をされた。

 

「本当? それなら今から都合が良かったら案内してくれないかな?」

「は、ああ、構わないが」

 

 クリスの勢いに押されて頷けば、小さくガッツポーズ、なんて彼女らしくない分かりやすい喜び方をした。

 

「上質なパワーストーンを手に入れたら、君やグラン、ルリアたちの護りになるようなルーン石を作ろうと思ってたんだ。このあたりの空域は鉱石が特産の島が多いと聞いていたから期待してたんだけど、パーシヴァルのお眼鏡に叶うとなれば確実だろうしね」

 

 急いで準備してくる! と子どものように浮ついた足取りで船内に戻ったクリスティアナを見送っていた俺は、後頭部に突き刺さる生ぬるい視線に後ろを振り返った。

 

 

「うん、クリスティアナってたまに何考えてるか分かんない、ジークフリートさんっぽいとこあるけど、いい子だもんな! 応援してるぜ!!」

「そうだな。彼女ならパーシヴァルともお似合いだろう。頑張れよ」

「貴様ら、言わせておけば好き勝手に…………っ!!」

 

 

 妙にいい笑顔でサムズアップした二人に掴みかかろうとするも避けられ、数分後、クリスが再び甲板に戻ってくるまでの間、いい年した男三人での追いかけっこは続くのだった。

 

 



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竜殺しと不死殺し

140字名刺メーカーやら文庫メーカーで作ってたグラブルSSです。



 

流転する胎児

 

 みなしごもそうでない子供も分け隔てなく、クリスは音楽や物語を語って曇った幼子の笑顔を増やしていた。

 物静かそうな顔に似合わず子どもが寄っていっても嫌そうな顔一つせずに相手しているのを、共に旅を始めた当初は意外に思ったものだ。

 

 偽善ではないかと問いかければ、迷いも動揺もなくそうかもねとあっさりとした返答が返ってきて、こちらの方が虚をつかれた。

 振り返った赤色は透明な色をして笑っていた。

 私は、かつて私がされたかったことやされて嬉しかったことをやっているに過ぎないのさ、と。

 

「されたかったこと?」

「孤児だったからね」

 

(二人で諸国漫遊してた頃のパーシヴァルとの会話。)

 

 

霜凍りて音無と成る

 

 冬が歩いてくる。周囲の景色を振りまいた冷気で白と青に染めて、霜に凍る地面をさりさりと音を立てて忍び寄ってくる。

 死が歩いてくる。人の形をした死が、倒れ伏す赤髪の男を背に、こちらへと。見下ろす蘇芳色の縁取りは炯々とみどりに染まって、目玉さえ凍りついたように銀のヴェールで覆われていた。

 

「私はそれほど御大層な身分でもないし、他人に講釈垂れるほど上等な人間でもない。

 ああ、でも心が狭いともたまに言われるんだよ……こういった時に。

 と、いうわけで。──何も感じず惨めに死ね。我が王を害したその罪、その不敬。万死に値する」

 

 青が、息も音もなにもかもを飲み込んでいく。

 ダイヤモンドダストすら舞う中で凍てついた双眸を向ける彼女を、誰かが氷妃と畏怖を込めて呼んだのだった。

 

(パーさん不意打ちで攻撃されて激おこ、家臣になるのを腹くくったクリス)

 

 

 

竜殺しと不死殺し

 

 

「すごい剣よね」

「お前の十字架には負けるさ」

 

 カクテルグラスを手にした竜殺しの英雄は、素顔を覆い隠し身体を覆うベイルアーマーは脱ぎ捨て、シンプルな装いで騎空艇のバーカウンターに座っていた。くるりと回したグラスの中で、琥珀色の液体と丸い氷が波間を描く。

 武装を解いているのにも関わらず、愛剣だけは肌身離さず持ち歩く彼を、彼がこの騎空艇に合流した当時は呆れた目で見る者も居たが、クリスティアナは相変わらずだと苦笑一つに留め、苦言を呈することは無かった。

 立場は違えど、気持ちはよくわかったのだ。使い慣れた武器とは、もはや切り離せない体の一部のようなものだ。クリスティアナにとって両脚、そして技を使うために履いている出血針が仕込まれたブーツがそれに当たる。身体から離せば落ち着かないし、それを誰かと共にいる時に許すということは、それだけで何よりもの信頼の証になるだろう。殺伐とした世界に身を置いてきた者同士、そこには確かに通ずるものがあった。特にジークフリートが国を出る羽目になった背景には、フェードラッヘの執政官・イザベラの謀略があったことも考えれば、一時的とて剣を手放すなど以ての外だろう。

 

「邪竜ファフニールを斬り、その血を浴びた魔剣か。……持ってみても?」

「構わんよ。……ただし、持てるなら、な」

 

 ふ、と緩んだジークフリートの表情は、酒気を飲み干してもさして代わり映えしない。面白がるような挑発的な声音に一瞬ちらりと赤い瞳を向けたものの、すぐさまその視線は大剣に落とされた。

 壁に立てかけられた、身の丈を優に超すであろう大剣。漆黒と紅色を塗り固めたようなその柄に、華奢な指が添えられる。

 一拍置いて、ぐっ、とクリスティアナの花貌に険が走る。眉間に寄せられた皺が、その大剣の重量を物語っていた。

 

 使い手としてその重量が如何ほどか知っていただけに、暖かく見守っていたジークフリートは、大剣の切っ先が床からゆっくりと時間を掛けて離れていくのを見て目を見張った。両足を踏ん張って、無理をして持ち上げているわけではない。その証拠に、剣先に震えはまったくない。軽く前後に足を開いて、自然な構えを取る女は魔力での身体強化など使わずに、その細腕で持ち上げてみせたのだ。

 どうして驚かずにいられるだろう。しかも、男のドワーフでなんとか持ち上がるかどうか、という重量の剣を、片腕で持ち上げたというのだからなおのこと驚きだ。

 流石に船室内なので大きく取り回したりなどはしなかったが、ふむ、と何やら上下に僅かに振ってみたり握り方を変えているクリスティアナに頬杖を付いたまま、大きく目を見開いて珍しく固まるジークフリート。その視線に気づいて、クリスティアナはうっそりと目を細めて、艶然とした勝ち気な微笑みを浮かべた。

 

「私が何なのか、知らなかったわけじゃないだろ?」

 

 

 





 原作ザップが瞬間的とはいえトン級の飛来物を紐で食い止めたり、ハマーが飛来するモンスタートラック打ち返せるのを考えると牙狩りたちなら筋力的にも色々限界突破していそう。
 ジクフリさんとはお互い色々察し合っている。ダメージとともに再生するところとか怪我の治りが異常に早いところとか。命を削って生きてる人たち。ある意味互いに遠慮も容赦が無くて、クリスの万能ぶりを見込んで、ジクフリさんの色々な暗躍に貸し出される(貸し出しと言う名の半ば強制拉致)
 ジクフリさんは時々騎空団から離れたり合流したりするけど、母国へのきな臭さを察知したら一人で行ったりクリスを引っ張って来たり、察したクリスがお目付役としてついて行ったり派遣されたりする。多くを語らなくても察して動くし説明不足に文句言わずに予想立てて確認してくるので口下手には楽な相手。周囲がむしろ心配する。
 買い出し班になったクリスとジークさんが迷子を保護して(あるいは子ども系の団員)、抱っこして買い出しをしていたら店員に親子に間違われるも、否定する必要もないとほっといて騎空艇に戻ったらすごい大騒ぎになるとか。マイペース×合理主義はほっとくと爆弾。どっちも切れ者なのに日常だとネジがずれている。並んでると頼もしいけど日常ターンで爆弾投下してくるので混ぜるな危険。

 カリオストロとの会話でうっかり人体実験を受けたことがあることをほのめかす失言をしてしまい、一瞬にして和やかなムードが修羅場と化すのも見たい。
 後日談でジクフリさんと並べて、両者の人外に足を突っ込みかけてる回復力への危惧(回復力の代わりにごりごり寿命をすり減らしてる説)を漏らすカリオストロとか見たいです先生……(言うだけ言う)



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Anamnesis is over the rose.

サイドストーリー・氷炎牆に鬩ぐより。決着後の話です。


 

 

 早朝のウェールズ城は静かだった。

 朝露をはらんだ涼しい風が、吹き抜けのバルコニーから流れ込んでは頬や髪を撫でていく。白と青のコントラストが美しい白の廊下を歩いていた私は、ふとある場所で足を止めた。見上げた先の壁に掛けられているのは、豪奢な額縁に入っている肖像画。柔らかな陽光の中にしとやかに座す、長い赤髪を肩に流した美しい妙齢の女性が、こちらに微笑みかけていた。

 

「……綺麗な方ですね」

「……気づいていたか」

 

 ぽつりとつぶやけば、中庭と地続きになった側廊の柱の陰から、金髪の眼光鋭い美青年――このウェールズ城の主であるアグロヴァルが姿を現した。振り返りざまそれを見た私は、「気配には敏感なもので」と冗談めかして愛想笑いを浮かべた。ぴくり、とアグロヴァルの鉄面皮が僅かに歪むのが、朝の淡い陰りの中でもよく見えた。

 先の事件で浅くない傷を負った彼は、初めて顔を合わせたときのような絢爛な蒼銀の鎧と鎖帷子を着込んではおらず、だらしなく見えないようデザインされたゆったりとしたシャツと羽織という簡素な、それでいて質の良さそうなラフな佇まいだった。シャツの襟や袖ぐりから覗いた包帯が痛々しくはあるが、初対面の相手を威圧するような王者の風格と得体の知れなさを何処かに捨ててきたように、紅蓮の瞳は理知的な光を宿して凪いでいた。それこそが、あの赤い王が愛し尊敬した、長兄の素顔なのだろう。

 こつり、とゆっくりと歩を進めてきたアグロヴァルが隣に立つと同時に、漸う口を開いた。

 

「ヘルツェロイデ・ウェールズ。我らの母だ」

「ああ、やはり。パーシヴァルから、素晴らしい方だったと聞いています」

「そうか。……確かに、誰よりも優しく崇高であったが、ゆえに愚かでもあった」

 

 悔恨のにじむ声。けれど氷のように凪いだ面差しは感情を伺わせないものだった。

 パーシヴァルから聞いていた母との思い出、そしてその最期を知っていた私は沈黙を貫いた。隣国の戦火で溢れた難民を受け入れた彼女。ありふれた日常、平穏による幸せを愛した人。人を助けることに理由を定義することなく困窮した人々に手を差し伸べ続け、その善良さで人々に慕われ続けた姿は、我がリーダー……クラウスと重なる。

 

「母に会いたい一心でかような凶事を起こしたが……パーシヴァルやお前たちに止められて、目が覚めたようだ。世話をかけた」

「いいえ。貴方が無事でよかったです、アグロヴァル殿。……それに、会えない人に会いたくなる気持ちは、私にも痛いほど理解できますから」

「ほう。貴様にもそんな人間がいるのか」

「ええ、沢山います」

 

 これまでの奇妙な旅路で、遥かな異世界で出会ってきた人々の顔が思い浮かぶ。

 

「……一番会いたい人は、ヘルツェロイデ様に似ている気がします」

「母上にか」

「ええ。お人好しで、人を疑うことを知らなくて。人を助けるのに理由などいらないと、躊躇いもなく手を差し伸べてしまうような、どうしようもなく眩しい人です」

 

 まぶしいからあこがれた。

 心の美しさに、ああなりたいと願った。

 だから、彼の優しさにつけ込もうとする不届き者を退ける役目を、選び取った。

 価値のない自分がようやく役に立てると、誇りと信念を抱いて、隣に立ったのだ。

 たとえ、その手段が彼に誇れるものではなくとも。

 

「……ああ、確かに、似ているな」

 

 瞑目したアグロヴァルが、ほのかな笑みを口端に浮かべた。

 

 

 

 

 




この後ヘルツェロイデ様のドレスに袖通したりする話を書きたかったけどまあ脱線した上に力尽きたよねという。アグロヴァルお兄ちゃん是非ウチにも来て欲しい……


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マテリアル inグラブル

クリスがプレイアブルキャラ化したら、という妄想の産物。


 旅人がたどり着いたのは、果てしない蒼が続く空の世界。

 空の果てを目指す少年、理想の国の建国を夢見る青年。

 二人との偶然の出会いを境に、冷たくもやさしい、不器用な旅人はまた、大いなる運命の激流に巻き込まれることとなる。

 

 

 [氷妃]クリスティアナ

 SSR 水 バランス ヒューマン

 25歳 170cm

 趣味:読書、洋裁、吟遊

 好き:珈琲、料理

 嫌い:裏切り、自分自身

 

 奥義:ニウェウス・カルケル・アブソルート

 絶対零度の白氷瀑。

 クリスが指定する対象範囲を冬に染め上げる大寒波を発生させ、一切の生命活動を断ち切る氷獄に変える技。繊細で頑強な氷の檻の中で、人間も魔物も等しく氷の十字架となってその場に墓標のごとくそびえ立つこととなるだろう。

 絶対零度のエスメラルダの血と魔術要素が組み合わされて生まれた、永遠に熔けることのない氷獄。

 威力を調整することによって即死から動きを止めるレベルまで自由に調整できる。

 氷結による1Tのスタン効果、自身へのクリティカル確率中アップ付き。

 

 アビリティ:

 天泣:敵全体に水属性ダメージ / 防御力15%DOWN / ダブルアタック・トリプルアタック確率DOWN

 アグアセロ:効果中(3T)自身の奥義ダメージ+20% / 味方全体に連続攻撃確率上昇効果(15%、+で30%)

 ファタ・モルガナ(逃水):味方全体に回避付与(1T)

 

 サポートアビリティ:

 天秤の狩人:自身の残りHPが少ないほど攻撃力UP / 被ダメージ時の奥義ゲージ上昇率UP

 半歩分の時間稼ぎ:一度だけ戦闘不能にならずHP1で耐える

 

 

 本名、クリスティアナ・イグナシオ・スターフェイズ。

 異世界の境界都市にて、異界からの影響力、邪悪を退けるため日夜戦う秘密結社ライブラの敏腕秘書。

 玲瓏な顔立ちに、たおやかな所作は気品を感じさせる。見目に違わず冷静沈着で幅広い知識を有する才媛。

 不死者である血界の眷属を倒すため、人外に片足突っ込んでいる戦闘力を持つ牙狩りの一員であり、その中でも汎用性トップの血法を自在に操る天才ゆえに、攻防補助治癒となんでもござれの万能型。

 あらゆる属性への変化を遂げる「無属性」血液という特殊な血液から複数属性の血法を操る点から、グラブル世界では操る武器、血法によって属性変化する。

 エスメラルダ式血凍道(格闘)→水

 水晶宮式血濤道(弓)→水

 斗流血法・シナトベ(槍)→風

 954血弾格闘術(銃)→光

 古代ルーン魔術など魔術→闇

 

 異世界渡航で学んだ古代ルーン魔術や強力な魔術を一小節か二小節でドカドカ発動させるので一対多が得意と思わせて、一騎打ちもチーム戦も平均以上にこなしてみせる。戦力として有用性が高く、色んな所からスカウトが来る人材。

 カリスマ持ちだが、それはあくまで軍師的なものであって、君主的な性質ではない。生まれながらにして誰かを支えるための才能があり、自分がリーダーの器ではないことも重々承知。

 

 異世界渡航は過去に何度も経験しており慣れっこではある(√としてはBBB→FGO→MHA→グラブル)が、今回は世界体系も世界のスケールも違う空の世界のため、少々浮足立っている。

 最初はグランの故郷であるザンクティンゼルの森に落ちる(メインストーリーの数年前)が、グランとの交流後、強制的に別の島に飛ばされ、一人旅を続ける。その中でとある村を襲ったスタンピードをきっかけに、諸国漫遊中のパーシヴァルと知り合う。

 常識は妙にすこんと抜けているものの、秘書として培ってきた観察眼、交渉術、経理、世界各国の支部を転々としながら培ったラインヘルツ家仕込みの社交術に幅広く深い知識、困った人間にはきちんと事態を精査した上で、行き詰まった状況を打開する案を提示してみせるなどの敏腕ぶりに唸ったパーシヴァルに家臣勧誘される。半分は空の世界で生きているなら知っているはずの当たり前の常識が抜けているのが心配なのもあったが。だがクリスは様々な理由から申し出を辞退する。が、色々縁あってグランの騎空団に参列するまでの数年間、旅を共にする。

 

 赤毛、良いところのお坊ちゃん、責任感が強い、困っている人を放っておけないと、クラウスを想起させる要素が揃っているので郷愁を覚えつつも、パーシヴァルの正義感はクラウスほど潔癖でもないので息がしやすい。

 戦友のような距離感での旅を続けているが、実はパーシヴァルの人間性はかなりクリスの好みど真ん中(異性のタイプ:真っ直ぐな人、裏切らない人、顔は綺麗系もしくはハンサム系。なお意外なギャップに弱い)生い立ち故に心の壁があまりに頑強すぎるが、その壁さえ叩き壊せば一気に落ちる。

 グラン・ビィとは兄弟のような距離感。ルリアはその他人事とは到底思えない境遇とグランと魂を分け合っている点からも非常に可愛がっている。星晶獣を操る力を持っているとはいえ戦いとは無縁な普通の少女としての生活を送れるようにと、服を作ったり料理を教えたり、ルーンで作ったお守りを持たせたりと甲斐甲斐しい。イオも自分が知っている魔術で教えられそうなものは教えたりと、ルリアとはまた違った可愛がり方をしている。

 

 親に見捨てられた捨て子であること、特異的な属性血液から牙狩りの強硬派の命令で師匠の元から拉致され、実験動物扱いされ拷問を受けた経験から、非常に自己評価が低く、道具的な意味でしか自分に価値を見いだせないでいる。異世界渡航を経て多少緩和されつつはあるが、自己愛の低さは変わらず。武器である血液も許されるならそっくり入れ替えたいと願うほど憎んでいる。「信じるために疑い続ける」と言ってのけるほどの極度の人間不信だが、ライブラの秘書として交渉役として活躍するために不信感を押し殺し、交渉事が得意そうに振る舞い演じきっている。

(BBB世界では)正式な公的免許は取っていないが、異世界で医術を勉強したこともあり医学薬学に詳しい。牙刈りとして血法という自然界に存在する力を発生させる技術をふるう過程で必要なため、数学、化学、生物学にも強い。

 孤児ながら兄やリーダーを支えるために交渉術から社交術、ダンスや音楽など幅広い教養を高いレベルで身につけているため周囲からは天才と目されがちだが、捨てられた自分がクラウスたちに相応しい人間になるために、と無価値な自分に傍にいるための価値をつけようと努力した結果。器用なだけで天才ではない。

 



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